香澄「燃やしちゃった!」 (69)



香澄「蔵が……」


沙綾「あちゃー……めっちゃ燃えてるねぇ」

有咲「ぅおおおぉぉぉ!?!!」

香澄「ごめんっ、ごめんねっ! 有咲っ!」

有咲「ごめんじゃねぇーっ!! 明日の朝刊載ったぞ香澄てめぇーっ!!」

香澄「わざとじゃないんだよーっ、有咲ぁー!」

有咲「わざとじゃないつったっておまえっ!」


りみ「今日は風が強いから火の手が早いね」

たえ「焼きいも食べたかったなぁ」

香澄「おたえが焼きいも焼こうって言ったから」

たえ「私はりみが焼きいも食べたいって言ってたのを聞いて提案してみただけだよ?」

りみ「た、たしか……お芋を用意してくれたのは沙綾ちゃんだったよね?」

沙綾「うん。商店街の人たちに分けてもらったんだ」

りみ「沙綾ちゃんすごい」

香澄「さすがさーや!」

たえ「また言ったら分けてもらえるかな?」


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香澄「すごい! どんどん火が燃え移ってる!」

沙綾「もう母屋の方も駄目そうだねぇ」

有咲「わ、私の家が…………ど、どうしてくれんだ香澄てめぇぇぇぇーーっ!!」

りみ「お、落ち着いてっ……有咲ちゃん」

沙綾「あれ? そういえばおたえは?」

香澄「さっきまで一緒にいたはずなのに。おーい、おたえー!」

りみ「あ、あれっ…!」


たえ「うぅ……」


香澄「おたえが燃え盛る蔵から!?」

りみ「なんでわざわざ火の中に……?」

たえ「はぁ……死ぬかと思った」

有咲「だ、大丈夫か!? おたえ! 怪我は!?」

たえ「うん。平気だよ」

沙綾「何してたの……? おたえ」

たえ「これ。回収してきた」

りみ「わぁ! 焼きいもだぁ!」

たえ「ほくほくだよ。この4つ以外は炭になっちゃってたけど」


りみ「あ……でも4つじゃ」

沙綾「私と香澄とりみりんとおたえ……これだと有咲の分が」

有咲「い、いや、私はべつに焼きいもなんか」

たえ「もう一回探してくるっ」

有咲「待て待てっ! おまえ自殺願望でもあんのかっ!? さっきはたまたま運が良くて助かったけど今度は確実に死ぬぞっ!?」

たえ「もしかして心配してくれてる? 有咲」

有咲「し、心配とかじゃねーしっ…! わ、私の家の蔵から死人が出るのは、やっぱ良い気持ちはしねーし? だから……」

沙綾「正確にいえば、蔵“だった”場所だけどね」

たえ「さらっと残酷なこと言うよね。沙綾って」

りみ「じゃあ有咲ちゃんの焼きいもは…」

有咲「い、いやっ……だから私は別に最初から焼きいもなんて欲しく」

香澄「私の半分あげるね、有咲。はいっ」

有咲「え?」

香澄「有咲の分。一緒に食べよう」

有咲「べ、別に、欲しいなんて一言も…」

香澄「えぇー! いらないのー?」

有咲「い、いらないとも、言ってない……」


香澄「んぅーっ! ほくほくでとろとろでおいひぃーっ!」

沙綾「良い焼き加減。うちのパンもここで焼いたらもっと美味しくなるかな?」

たえ「ピザも焼きたい」

りみ「んー、めっちゃおいひぃ」

沙綾「りみりん、それ何かけてるの?」

りみ「チョコソースだよ? 沙綾ちゃんもかける?」

沙綾「合うのかなぁ……んじゃ試しに」

香澄「私も!」

たえ「私にもちょうだい。りみ」

りみ「うん、いいよ」



有咲「はぁ……もぐもぐ……」


たえ「家が燃えちゃって可哀想だし、私のも有咲に半分あげる」

りみ「私のも半分あげるから、これで元気出して。有咲ちゃん」

沙綾「じゃあ私のも食べていいよ」

有咲「わ、わるいな……ってこれ全部チョコかかってんじゃねーかっ!!」

香澄「おぉっ、やっと元気出てきたね! それでこそ有咲だよ!」


たえ「私、目の前でこんなすごい火事を見たの初めて」

りみ「間近で見るとすごい迫力だね」

沙綾「熱気が直に伝わってるからなんかこう生きてるって実感が……って、あっ!」

たえ「沙綾?」

沙綾「蔵が燃えたってことは、それってつまり…」

りみ「もうあそこで練習出来ないね…」

たえ「また建てればいいよ。今度は蔵じゃなくて宮殿とかどうかな?」

有咲「おまえら完全に他人事だと思ってんだろーっ!?」

沙綾「違う違う、有咲。そうじゃなくて」

有咲「はぁ?」

沙綾「蔵が燃えちゃったってことは、あそこに置いてた私のドラムは…」

りみ「あ……私たちは普段持ち歩いてるから楽器無事だったけど、沙綾ちゃんは」

たえ「私、ちょっと様子見てくる」

有咲「ちょっ、だからおまえは軽々しく命をベットしようとすんじゃねぇーっ!!」

たえ「でもこのままじゃ沙綾のドラムが」

有咲「今更おたえが行ったところで状況は何も変わらねーだろっ!」

沙綾「あれ高かったのになぁ……蔵が燃えちゃうから……」

有咲「おまえらが燃やしたんだろっ! 主に香澄っ!」


有咲「っておい香澄! 聞いてんのかっ!?」

香澄「ふふふふ~」

有咲「さてはおまえまったく反省してねーな?」

香澄「こんなこともあろうかと」

たえ「ん?」

りみ「香澄ちゃん?」

香澄「じゃーん! 実は芋パを始める前に外に避難させておきましたー! ほら、あっちに沙綾のドラム置いてるよー!」

沙綾「え? あっ、ホントだ! あんなところに私のドラム!」

たえ「香澄の危険察知能力すごい」

香澄「えへへー」

有咲「そんな能力あるならもっと他に気にするところあるだろっ!? 大元のところでおまえにはそれが激しく欠落してねーか!?」

香澄「心配しないで。有咲」

有咲「は、はぁ?」

香澄「有咲のキーボードも無事だから!」

有咲「ま、まじでか!?」


りみ「有咲ちゃーん! 有咲ちゃんのキーボードもこっちに避難されてるよー」


有咲「お、おぉ……サ、サンキュー、香澄」

香澄「えへへー」


たえ「ねぇ、有咲」

有咲「ん? なんだー? おたえ」

たえ「みんなの楽器も無事だったことだし、そろそろ練習始めたいんだけど」

有咲「今にも襲ってこんとするあの業火を前にしてよく平然とそんなことが言えるな、おまえ」

たえ「うん?」

りみ「そうだよ、おたえちゃん。いくらなんでも炎の中で練習するのはちょっと……新しい練習場所を探さなきゃ」

有咲「気にするところはそこじゃねぇーっ!!」

沙綾「練習場所っていっても、ここ以外だとスタジオくらいしか」

たえ「ここにスタジオを建てる……?」

沙綾「あっ、それいいかも!」

有咲「よくねぇーっ!!」

香澄「有咲、バンドが嫌になっちゃったの……? 私たちとやるの楽しくなくなっちゃった……?」

りみ「有咲ちゃん……」

沙綾「有咲…」

たえ「有咲」

有咲「い、いや、そうは言ってない、けど……」


たえ「なら早く建てよう。チューニングして待ってるね」

香澄「私もー」

有咲「……は? いやいや待て待て」

たえ「どうしたの? 有咲。早く宮殿買ってきて」

有咲「どこに売ってんだよそんなもの! つーか買ったからって一瞬で建つわけじゃねーからなっ!?」

たえ「え? でも私のやってるリズムゲームでは」

有咲「ゲームで噴水や足湯を買うのと一緒に考えてんじゃねーっ!!」

たえ「ふふ、冗談だよ。さすがに足湯と宮殿とじゃ規模が全然違うからね」

有咲「足湯もすぐには建たねーぞ……それに建てるにしても費用とかの問題が…」

たえ「費用? それいくらくらいなの?」

沙綾「あたしも建てたことないからよくわからないけど、結構しそうだよね」

有咲「知らねーけど、たぶん1000万とかじゃね?」

りみ「い、いっせんまん!? いっせんまんあったら沙綾ちゃんちのチョココロネが1000個買えちゃうよっ!」

たえ「香澄、1000万持ってる?」

香澄「えーと……あ、1000円しかない」

たえ「残念。ちょっと足りないね」

有咲「まったく足りてねーからな!?」


たえ「どうしよう。困った」

香澄「焼きいも売っちゃう?」

たえ「香澄、天才なの?」

香澄「えへへー」

有咲「どこがだよ!? このアホコンビっ!!」

りみ「ほとんど炭になっちゃってるし、私たちが持ってるこの食べかけだと1000万で買ってくれる人を探すのは難しそうだよね」

有咲「アホがもう一人いた!?」

沙綾「まぁすぐに1000万を作るのはさすがに無理だと思うよ? だから有咲は地道にバイトでもするしかないんじゃない?」

有咲「は、はぁ!?」

有咲(なんで私がおまえらが燃やした家のためにバイトしなきゃいけねーんだよっ!!)

有咲(……ってツッコミたいところだけど、あの3人の後だと沙綾がめちゃめちゃまともなこと言ってるようにも聞こえるんだよなぁ)


沙綾「あ、でもうちは無理だよ? 人雇う余裕とかたぶん無さそうだし」

りみ「おたえちゃん、SPACEは?」

たえ「どうだろ? 今度聞いてみる」

有咲(え? マジで私がバイトする流れになってんのか……?)



有咲「はぁ……この先、私はどうやって生きていけば……」

たえ「人生に答えは無いって誰かが言ってたよ」

有咲「私はそんな深いところで悩んでんじゃねー……未来のことより今日明日だ……」

りみ「家が無くなっちゃったら寝るところとか困るよね」

たえ「野宿? あ、ホームレスだ」

香澄「ちょうど良い機会だし、みんなキャンプとかしちゃう?」

有咲「自ら火を放っといて良い機会とか言ってんじゃねーぞ香澄!!」

たえ「じゃあうちに泊まる?」

有咲「え…?」

りみ「うちも有咲ちゃんなら大歓迎」

沙綾「あたしと一緒の部屋で良ければ歓迎するよ? 有咲」

香澄「有咲ー! うちに来なよー!」

有咲「お、おまえら……ぐすっ……」


有咲(でも他人の家にお泊まりなんて……とか言ってる状況じゃねぇよな……)

有咲(つーかおたえの家ってうさぎを飼ってること以外に情報が無さすぎてマジで謎だ……嫌な予感しかしねぇ)

有咲(りみの家は……あ、たしかりみってあの姉ちゃんと一緒の部屋とか言ってたような……てことは私も同じ部屋に……? りみだけならともかくそんなの無理すぎんだろっ!)

有咲(……となれば一番無難なのは沙綾の家か。まぁ一度行ったことあるしな……家族も良い人そうだったし)


有咲「……じゃ、じゃあ、沙綾」

沙綾「あ、ごめん。有咲」

有咲「へ?」

沙綾「今、家から電話かかってきてさ。母さんが調子悪くなっちゃったって」

有咲「だ、大丈夫なのか!?」

沙綾「うん。この大火事のこと聞いて心配したって。みんな無事なの伝えたら安心してたから」

沙綾「でも今日のところは安静にって」

有咲「そ、そうだよな……そんな時にお邪魔するわけにもいかないよな」

有咲「…なら、りみ」

りみ「ごめんね。有咲ちゃん」

有咲「…え?」

りみ「今、思い出したんだけど……今日はお姉ちゃんの友達が泊まりにくる日なのすっかり忘れてて。しかも3人」

有咲(3人ってまさかあの人たちか……それはさすがに無理だ……つーか嫌だ)

有咲「そ、そっか……」

有咲(しょーがねぇ……今日のところはおたえの家で我慢するしか)

たえ「今日はうさぎの換毛期なんだ」

有咲「……は?」

たえ「換毛期」

有咲「お、おぉ……」

有咲(意味わかんねーコイツ! 今日はってなんだよ!? 期っていうくらいなら単日なのおかしくねーか!?)

有咲(……いや、ちょっと待て! てことは……)

香澄「ふふー♪」

有咲「……」


香澄の家


香澄「着いたよー! 有咲ー!」

有咲「お、おう……」

有咲(ふーん……ここが香澄の家か……燃やしてやろうかな)


有咲「んじゃお邪魔しま」

香澄「おかえり! 有咲!」

有咲「…………おじゃまします」

香澄「違うよーっ、有咲ー! おじゃましますじゃなくてただいま! 今日からここが有咲の家なんだから」

有咲「はぁ? ち、ちげーしっ…! おまえがあまりにもしつこいから、今日だけ仕方なく泊まってやる、って…」

香澄「でも有咲の家って無くなっちゃったよね?」

有咲「よ、よーくわかってんじゃねーかっ……おまえが燃やしたんだからなっ!? おまえがっ!!」

香澄「そうだよー。だから責任取らなきゃって。有咲、好きなだけここにいていいからね!」

有咲「泊めたくらいで家を全焼させた罪が消えると思うなよっ!?」

香澄「まぁまぁ、そう言わずにー。おかえり、有咲」

有咲「お、おまえ」

香澄「おかえり」

有咲「た、ただい、ま……////」


香澄「じゃじゃーん! ここがリビング!」

有咲「いや、見りゃわかるし」

香澄「えへへー。今、お茶でも淹れるから座って待っててねー」

有咲「お、おう……」


有咲(うわぁ……やっぱ他人の家って落ち着かねぇ……)

有咲(ここに今日泊まるんだよな……今日だけじゃないのか、明日も明後日も、ずっと……)

有咲(帰りてぇ……でも他に行くあてないし、沙綾やおたえやりみの家でも同じだろうし……我慢するしかない、か)


香澄「お待たせー! ん? どうしたの? 難しい顔して」

有咲「……別に」

香澄「遠慮しないでくつろいでいいからねー?」

有咲「あー、うん……」

有咲(そう言われてくつろげたら苦労しねーよっ!!)


香澄「有咲。お菓子食べる?」

有咲「……お構い無く」

香澄「有咲、もしかして緊張してる?」

有咲「…っ、べ、別にそんなんじゃ」


香澄「そんな緊張しなくてもいいのに」

有咲「う、うるせ……だから緊張なんかしてねーって」

香澄「ねー、有咲」

有咲「……なんだよ」

香澄「明日からはずーっと一緒だねぇ。家から学校まで行きも帰りも」

有咲「うぜー……マジで勘弁してくれ……」

香澄「えぇー! 有咲は楽しみじゃないのー?」

有咲「家燃えたのに楽しめるわけねーだろ……」

香澄「それはそれ、これはこれじゃない? せっかくなんだし、もっと楽しまなきゃもったいないよー」

有咲「おまえ私が通報したら一発で監獄行きだからな!?」

香澄「え……私、監獄に入れられちゃうの……? もう有咲やみんなとバンドできないの?」

有咲「い、いや、それはあくまで私が通報したらの話で…」

香澄「通報するの……? 有咲」

有咲「し、しない、けど……」

香澄「有咲ぁー!」

有咲「ああもうっ、うぜぇうぜーっ!」


有咲「ったく……あんまベタベタしてくん」

香澄「あーっ!!」

有咲「うぉっ!? こ、今度はなんだよ!?」

香澄「用事思い出した! ちょっと行ってくるね!」

有咲「…え? あ、ちょ、香澄」

香澄「そんなに遅くならないから有咲はここで待ってて!」

有咲「い、いや、ちょっ……」



有咲「…………は?」


有咲「マ、マジでどっか行きやがったアイツ……」


有咲(う、嘘だろ……ちょっと待て、嘘だろ……え、なんで……香澄がいなくなったら、私は他人の家で一人で……)


有咲「…………」


有咲(いや、無理無理無理無理っ……!!)

有咲(マジで勘弁してくれよ……香澄ーっ!! おまえマジで最悪なやつだなおいっ!!)

有咲(初めて来た他人の家でひとりぼっちにされるやつの気持ち考えたことあんのかあいつ……!!)



有咲「…………」


有咲(つーかマジでどこ行ったんだよアイツ……すぐ帰ってくるよな? 結構待ってる気がするぞ)

有咲(ってまだ10分しか経ってねーのかよ……体感では3時間くらい経過してるってのに)

有咲(うぅ、落ち着かねー……)


ガチャ…


有咲(玄関が開く音……やっと帰ってきたか……)

「ただい」

有咲「おせーよっ!! 何やってたんだよっ!! 私をほったらかしにしていきなり消えてんじゃねーっ!!」

妹「えっ」

有咲「え?」

有咲(や、やっちまったぁーーっ!! 全部おまえのせいだからな香澄ーーっ!!)

妹「あ、あの……」

有咲「ご、ごきげんよう……」

妹「お、お姉ちゃんは……?」

有咲「さ、さぁ?」

有咲(そんなのこっちが聞きてーよっ!!)

妹「え、えーと……市ヶ谷さん、ですよね? お姉ちゃんと一緒にバンドやってる」

有咲「そ、そうですが」

妹「どうしてうちに?」


有咲「え……?」

有咲(まさかとは思ってたけど、やっぱ言ってねーんだな香澄っ! 私を泊めるなら泊めるで事前に家族に伝えとけよっ!)

有咲(これじゃ私が不審者みてぇじゃねーかっ!!)


有咲「こ、こほんっ……実はいろいろありまして、今日はここに泊めてくれるって香澄…ちゃんが」

妹「あ、そうだったんですね。それで、お姉ちゃんは?」

有咲「……」

妹「……?」

有咲「え、えーと、もうすぐ戻ってくるとか言ってたような……ちょっと聞いてみますね」
ピッ

妹「は、はぁ……」

有咲「……っ」


有咲(…………出ろ、早く電話に出ろ、香澄。そしてこの妹におまえの口から事情を説明してくれ、香澄)


有咲「…………っ」


有咲(なんで出ねぇんだよっ!! マジでふざけんなアイツっ!!)


妹「あの…」

有咲「ど、どうしちゃったんですかねぇ……香澄ちゃん……着信に気付いてないのかなぁ? おほほほほ」

有咲(つーかおほほほほってなんだ!!)

妹「……」


有咲「あ、私のことはお構い無く。香澄ちゃんもすぐ戻ってくると思いますし。……たぶん…………すぐに」

妹「……」

有咲(し、死にてぇ……帰ってきたらただじゃおかねーぞ、香澄ぃぃっ!!)

妹「じゃ、じゃあ私、宿題あるんで部屋に行きますけど……もし何かあったら呼んでください」

有咲「あ、ありがとうございます…」



有咲(はぁ……マジで疲れた……)


ガチャ…


有咲「マジでぶっ殺すぞてめぇーーっ!!」

母「あら?」

有咲「……」



有咲(……香澄が戻ってきたのは、それから1時間以上が経ってからだった)


香澄「たっだいまー!」

有咲「かーすーみー……てめぇ……っ」

香澄「あれ? どうしたの? 有咲。怒ってる?」

有咲「たりめぇーだろっ!! ふざけんなっ!!」

香澄「ごめんね。もしかして退屈だった? くつろいでていいって言ったのに」

有咲「そう言われてくつろげるわけねーだろっ!! 人間が全員おまえと同じメンタルの持ち主だと思うなよっ!?」

有咲「つーか電話にも出ねーで今まで何やってんたんだよっ!!」

香澄「これだよ、これ!」

有咲「ん? なんだそれ……ってこれ私のキーボードじゃん!」

香澄「あのまま外に置いとくのも危ないかなって」

有咲「お、おぉ……サンキュー……」

香澄「えへへー」

有咲「つーか運ぶなら私も連れていけよっ!」

香澄「だって有咲、疲れてそうだったし」

有咲「……おまえの気遣いは悪いようにしか働かねーんだからマジでやめろよな」



夕食


母「有咲ちゃん、遠慮しないでどんどん食べてね」

有咲「は、はい……ありがとうございます」

香澄「今日は有咲の歓迎会だねー! お母さん、あっちゃん、有咲ってね、すっごくおもしろいんだよー!」

妹「へぇ…」


有咲(マジでやめろ……)



お風呂


香澄「有咲ー! 一緒にお風呂入ろー!」

有咲「は、はぁ!? 一人で入れっ!!」

香澄「えー! そんなこと言わずにー!」
グイグイッ

有咲「ちょ、マジでやめっ、勝手に服脱がすなぁーっ!!」



香澄の部屋


有咲「え、私どこで寝ればいいんだ……?」

香澄「このベッドに決まってるじゃーん!」

有咲「い、いや、それは…」

香澄「私とよりもあっちゃんと一緒の方がよかった?」

有咲「え?」

香澄「あっちゃーん! 有咲があっちゃんと一緒に」

有咲「わーっ! 馬鹿馬鹿っ! やめろーっ! ここでいいっ、ここでいいからっ!」

香澄「えへへ。照れてる有咲、可愛いね」

有咲「べ、べつにそんなんじゃねーし……」

香澄「あーりさっ!」
ギュッ

有咲「く、くっつくなぁーーっ!!!!」



翌朝


有咲「すぅ……すぅ……Zzz」


香澄「有咲ー、有咲ってばー!」

有咲「んぅ……なんだよ、朝からうるせーな……」

香澄「早く起きないと学校に遅刻しちゃうよっ」

有咲「ん、んんぅ……今日は気分が乗らねーから行か……」


有咲(ちょっと待て……もし学校休んだら香澄がいない間、私はこの家に取り残されんのか……?)

有咲(くっ……満足に学校すらもサボれないとか……!)


香澄「有咲ー!」

有咲「ああもうっ、うぜー! 行けばいいんだろ行けばっ!」



学校


香澄「みんな、おはよー!」

たえ「おはよー。香澄、有咲」

有咲(だりぃ……)

りみ「あ、そういえば有咲ちゃん、昨日は香澄ちゃんちに泊まったんだっけ?」

沙綾「なんか朝から疲れてそうだけど、昨日何かあった?」

有咲「何かあったどころの騒ぎじゃねぇ……家燃やされて他人の家に拉致られて、私の人生史上ダントツで濃い一日だったよ……」


有咲(香澄はうぜーし、今日もあの家に戻るって考えると頭おかしくなりそうだ……)

有咲(今日はなんとしてでも別の家に……香澄と一緒よりはマシだろ)


有咲「な、なぁ、沙綾……お母さんの具合は」

沙綾「あー、まだちょっとね」

有咲「そ、そっか……まぁ昨日の今日だし。りみのとこは」

りみ「ごめんね、有咲ちゃん。お姉ちゃんの友達、ただの泊まりじゃなくて合宿だったみたいでまだしばらくうちに」

有咲「……」

たえ「今日もうさぎの換毛期なんだ」

有咲「……まだ何も言ってねーぞ」


有咲(てことは、今日も香澄の家か……)



放課後


有咲(悪夢の放課後が来てしまった……帰りたくねぇ……授業数3倍とかになんねーかな……)


香澄「有咲ー! 迎えにきたよー! 一緒に帰ろー!」


有咲「ひぃっ…!」

有咲(き、来やがった……地獄からの使者が)

香澄「家に帰ったら何して遊ぼっか。かくれんぼする?」

有咲(小学生かよ……)

沙綾「ダメだよ、香澄。有咲をひとりじめしたら」

りみ「今日の有咲ちゃん、放課後はおたえちゃんと一緒だもんね」

有咲「え? でもおたえの家って換毛期とか言って」

たえ「ううん、泊めるとかじゃないよ。話してみたらオッケーだって。だから行こ?」

有咲「……?」

有咲(何言ってんだ、コイツ……さっぱりわかんねー……)

香澄「あ、そっか。今日からバイトなんだっけ? 有咲」

有咲「……は? バ、バイト!?」

たえ「うん。昨日、オーナーに話してみたら今日から働かせてくれるって」

有咲「はぁぁぁ!?!! な、なに勝手に決めてんだっ!! 私は働くとか一言も言ってねぇーっ!!」


沙綾「でも実際、いつまでも香澄の家にお世話になるわけにはいかないでしょ?」

有咲「うっ、そ、それは……」

有咲(他のやつらがアホばっかなせいで、コイツだけはちょっとだけまともなこと言うから説得力あるんだよなぁ……)

たえ「お金貯めて早く宮殿買わないとね」

りみ「うん。練習場所が無いのは困るから」

有咲「宮殿……つーか普通の家買うのだってそんな簡単には……」

有咲(それに今までバイトとかしたことねーし。初めてのバイト代でマイホーム買うって前代未聞すぎるだろ)


有咲「……ちなみに時給いくら貰えるんだ?」

たえ「高校生は750円だよ?」

有咲「安っ! 安すぎんだろそれっ!? いつになったら貯まるんだよっ!! つーかなんで私の青春をそんなもんに捧げなきゃなんねーんだっ!!」

たえ「頑張ったら時給上がるかも」

有咲「……おまえはいくらで働いてんの?」

たえ「さっき言ったよ? 高校生は750円って」

有咲「上がってねーじゃんっ!!」

たえ「ほら、有咲! 早く行かないと遅刻しちゃう!」
グイッ

有咲「だ、だから私はまだ働くとは……は、離せーっ!!」
ズルズル


りみ「頑張って! 有咲ちゃん!」

沙綾「応援してるよー!」

香澄「終わったら迎えに行くねー!」


有咲「お、おまえら覚えてろよぉーーっ!!」



SPACE


有咲「…………」

オーナー「……初日から遅刻とかやる気あるのかい?」

有咲「はぁ!? べ、別に遅刻じゃ……おたえは17時からだって」

オーナー「あんたは初日なんだから30分前に来るように伝えておいただろ!」

有咲「え?」

たえ「あ…」

有咲(聞いてねぇーーっ!! つーか「あ…」って、おたえ絶対忘れてただろっ!!)

有咲「お、おい、おたえっ……」

オーナー「花園はさっさと着替えて仕事に取り掛かんな」

たえ「はい。じゃあしっかりね、有咲」

有咲(待てこらふざけんなぁーーっ!!)


オーナー「……あんた、名前は?」

有咲「は?」

オーナー「面接だよ。ちゃんと答えな」

有咲「面接?」

有咲(てことは落とされりゃ働かなくていいってことか……)


有咲(ここよりマシなバイトなんて探せばいくらでも)

オーナー「名前っ!!」

有咲「ひ、ひぃっ! い、市ヶ谷有咲ですっ!」

有咲(こ、こえぇぇっ……!!)

オーナー「高校生かい?」

有咲「ま、まぁ一応…」

オーナー「一応?」

有咲「あんま真面目に学校とか行ってないんでー、ここでも真面目に働く自信とか全然ありませーん」

オーナー「……志望動機は?」

有咲「花園たえに無理矢理連れてこられて」

オーナー「……趣味は?」

有咲「盆栽」

オーナー「……特技は?」

有咲「ネットオークション」

オーナー「……音楽の経験は?」

有咲「遊びでキーボードをちょっとだけ」

オーナー「…………なるほど」


有咲(さて、帰るか……)


オーナー「これが制服。さっさと着替えてきな」

有咲(え?)


有咲「い、いや、だから私は…」

オーナー「さっさと動きなっ!!」

有咲「は、はいっ!!」



有咲(マジで意味わかんねぇ…)

有咲「あのオーナー、まさかボケてんのか……なんで私なんかを雇ってんだよ……とても正気の沙汰とは思えねぇ」

有咲「こんなはずじゃ……」


たえ「あ、面接どうだった?」

有咲「おたえ、てめぇっ……時間間違えるわ、いきなり面接始まるわ、おまえの情報伝達能力どうなってんだ!?」

たえ「でも受かったみたいでよかったね。おめでとう。有咲」

有咲「全然っ、めでたくねぇーっ!!」


オーナー「市ヶ谷っ!!」


有咲「は、はいっ、すぐ行きますっ!!」

たえ「ふふ、頑張ってね。有咲」

有咲「覚えとけよ、花園たえっ……!!」



有咲「……で、私は何すればいいんすかー?」

オーナー「あれを見な」

有咲「……? 天井がどうかしたんすかー?」

オーナー「電球が切れてるから交換しときな」

有咲「はい? あんな高いところどうやって」

オーナー「花園!」

たえ「脚立と替えの電球です」

有咲「マジか……つーかおまえがやれよ、おたえ」

たえ「私は入口の掃き掃除があるから」

有咲「そっち私がやるから」

オーナー「駄目だ! 市ヶ谷! さっさとやんなっ!」

有咲「くっ……!」

たえ「落ちないように気を付けてね。有咲」



有咲「た、高い……落ちたらマジで大怪我すんだろ、こんなの……」

有咲「こ、こえぇ……登ったはいいもの、こんな高所で作業とか」


オーナー「市ヶ谷っ!! ぼさっとしてんじゃないよっ!!」


有咲「ひぃっ!? うぉっ…!!」
グラッ

有咲「はぁっ、はぁっ……や、やべぇ、マジで落ちるかと思った……」


有咲「ふざけんなっ!! いきなり大声出すんじゃねぇーっ!!」


オーナー「誰に向かって口を利いてるんだい!?」


有咲「だから喋りかけんなっつーのっ!!」



有咲「はぁ……やっと終わった……なんで私がこんな目に」

オーナー「やりきったかい?」

有咲「うっせぇーっ!! このババァっ!!」

オーナー「……ついてきな」

有咲(や、やべっ……つい本音が駄々漏れに……怒られんのかな)

オーナー「さっさと動きなっ! ホントにトロい子だねっ!」

有咲「……っ、はいはい、わかりましたー」



オーナー「次の仕事だ」

有咲「まだあるんすかー?」

オーナー「これらを全部、倉庫に運んどきな」

有咲「…は? 私一人で? 50箱くらいあるんすけど」

オーナー「いちいちうるさい奴だねっ! 他に誰かいるように見えるかい!? 口動かす暇があるなら手を動かしなっ!」

有咲「はいはいはいはい、わかりましたよっ!!」


有咲(このババァ、いつか絶対殺す……!!)


有咲「よいしょ、っと……って、うぉぉっ!? めちゃめちゃ重てぇぇっ!!!!」



有咲「はぁっ、はぁっ……し、死ぬっ……」

有咲「なんで私ばっかこんな超肉体労働させられてんだよっ……もう無理。やってられっか」


有咲「はぁぁ……」


有咲「……さて、バックレるか」


有咲「荷物を持って……と、よし」
コソコソ

有咲「おたえには悪いけど、あのババァのせいだからな……自業自得か。まぁ、どうせ私なんかがいなくなっても誰も困んねーし」
コソコソ


有咲「……よし、誰もいないな」


たえ「あー! 有咲、荷物なんか持ってどこ行くのー?」


有咲「なっ…!?」

有咲(ふざけんな、マジでふざけんなこいつっ!! 見りゃわかんだろ!? 頼むからそんな大声で私を呼ぶんじゃねぇーーっ!!)


たえ「あ、そっか。有咲はまだ自分のロッカー貰ってないもんね」

たえ「荷物貸して」

有咲「え?」

たえ「私のロッカーに入れといてあげる。鍵もついてるから安心だよ」
ガチャ

有咲(ああぁぁぁーー!! 私の荷物が封印されっ……マジで馬鹿だろコイツっ!! 何してくれてんだ!?)


有咲「お、おたえっ、違う! そうじゃねぇって」

たえ「??」

有咲「鍵をっ、今の鍵を早く」


オーナー「何してんだい!? 市ヶ谷っ!!」


有咲(見付かったぁーーっ!?)


オーナー「まさか仕事をほっぽりだして逃げようとしてたんじゃないだろうね?」

たえ「有咲が荷物の置場所に困ってて。私のロッカーを共同で使うことにしました」

オーナー「なんだ、そうだったのかい。鍵はちゃんと閉めたかい?」

たえ「はい。ここに」

オーナー「なら仕事が終わるまで無くさないようにお前が肌身離さず持っておくんだよ」


有咲(やべぇ、完全に疑われてる……)


有咲「あ、あの、ちょっとお手洗いに」

たえ「あ、もしかして場所わからなかったとか?」

オーナー「花園、市ヶ谷に教えといてやんな」

たえ「はい」


たえ「こっちだよー」

有咲「……おたえ、おまえはあのババァの犬かよ」

たえ「犬? うーん、私はうさぎの方が好きかな。犬も可愛いよね」

有咲「私が死んだらおまえのせいだからな……」


オーナー「市ヶ谷っ!!」

有咲「うっせぇーっ!! 聞こえてますよっ!!」

オーナー「あんたは口の利き方がまるでなってないね」

有咲「くっ、このババァ、香澄以上にうぜぇ……!」

オーナー「何か言ったかい?」



その後、死ぬほど働かされた有咲。

ようやく一日の業務が終了した。



有咲「ぜぇ……ぜぇ……マジで、死ぬ……っ」

たえ「有咲、帰らないの?」

有咲「も、もうちょっと休んでから、帰るわ……」

たえ「そっか。じゃあまた明日ね。ばいばい」

有咲「おー……」


有咲(はぁ……もう二度と来ねぇ……)

有咲(こんだけこきつかわれて時給750円とかブラック過ぎんだろ、マジで……)



有咲「さて、そろそろ帰るか…」


オーナー「市ヶ谷」


有咲「うぉっ!? ビックリした!!」

オーナー「なんだい、人のことを化け物のように……失礼な子だねぇ」

有咲「……なんすかー? もう仕事は終わってますよね?」

オーナー「……そこ、座んな」

有咲「はぁ? なんで」

オーナー「いいから座んな!」

有咲「はいはい…」


有咲「……で、なんすかぁ?」

オーナー「私の奢りだ。冷めないうちに飲みな」

有咲「え? コーヒー? ……んじゃ遠慮なく」

オーナー「……」

有咲「ずずぅーっ……ん? う、うまっ!」


有咲(なんだこれ、必死で働いた後のコーヒーってこんな美味いのかよ……)


オーナー「……市ヶ谷」

有咲「はい?」

オーナー「今日一日御苦労だったね。明日からもよろしく頼むよ」

有咲「…………うす」


有咲(……仕事中はマジで殺してやろうかと思ってたけど、なんだ意外と良い人じゃん)

有咲(ま、まぁ、あと一日くらいは働いてやってもいいかな……どうせ暇だし……香澄の家に直帰とかマジで勘弁だし)



香澄の家


有咲「あの……お、おかわり、いただけますか……?」

母「はーい。ちょっと待っててね」

香澄「おぉ、有咲がおかわりするとこ初めて見たかも!」

有咲「あー、なんか今日はすげぇ腹減ってて……」

有咲(つーか働いた後のご飯もマジでうめぇな……)

香澄「でも有咲えらいねー。オーナー怖いから途中で逃げ出すんじゃないかと思ってたよ」

有咲(何度もそう考えたけどな……)

香澄「外で待ち構えてたけど、全然出てこないから有咲今頃頑張って働いてるんだなーって」

有咲「おまえもあのババァの犬かよっ!!」



翌日 放課後


有咲「筋肉痛やべぇー……」

たえ「初日だったからね。そのうち慣れてくるよ」

有咲「いや初日とかの問題じゃねぇーっ!! 私、おまえの10倍くらいキツい仕事与えられてたからなっ!?」

たえ「そうだっけ?」


有咲「ったく……つーか今日は時間間違えんなよなー?」

たえ「大丈夫。今日は休みだから」

有咲「え? そうなのか? でも昨日あのババァ…」

たえ「有咲は出勤でしょ? 私は休み」

有咲「……は?」

有咲「はぁぁ!? え、おたえは休みなのに私だけ!? なんで!?」

たえ「そういうシフトだからだよ?」

有咲「マジか……まぁいっか」

有咲「…………って、ならこんなのんびりしてるのヤバいんじゃ!?」



SPACE


オーナー「……二日続けて遅刻」

有咲「い、いやっ、今日は……なんていうか、その……」

有咲「すいません」

オーナー「謝る暇があるならさっさと着替えて働きな!」

有咲「はいはい…」

オーナー「はいは一回っ!」

有咲「は、はいっ!! つーか至近距離でそんなデカイ声出すなよっ!! ビックリすんだろっ!!」

オーナー「相変わらず口の悪い子だね」

有咲「あんたに言われたくねぇーっ!」




仕事終了


有咲「うぅっ……今日も死ぬほど疲れたぁ……っ」

有咲「マジで人使い荒いな、あのババァっ……!」

有咲「また見つからないうちにさっさと帰るとするか……」


有咲「…………」


有咲(はぁ……コーヒー飲みてぇな……)


有咲(今日はちょっとドリンク作らせてもらったし、自分で作って飲むか……)

有咲(勝手に作っていいのかな……まぁ別に怒られたら怒られたでいいか……)


有咲「……んぅ?」

有咲「バイト中に教えてもらった通りに作ってんのに、何か違う気が……」

有咲(昨日あのババァに淹れてもらったコーヒーの方がずっと美味かった…)

有咲(客用とはまた別なのか?)

有咲「まぁ……まずいわけじゃねーからべつにいいけど」



有咲「……ん? あそこにあるのって」


有咲「キーボードか……そういえば家が燃えてから触ってなかったっけ」

有咲「まぁ、それどころじゃなかったしな……」

有咲「ちょっとだけなら、弾いてもいいかな」
スッ


ピンッ…


有咲「おぉ、たった二日ぶりだってのになんか懐かしい感覚……」


ピンッ……ポロロンッ……


有咲「……♪」


有咲「ふんふふーん♪」


有咲「久しぶりに弾くとやっぱ楽しいな……またみんなと演奏してぇなぁ……」

有咲「そのためには早く金貯めて、スタジオ付きの宮殿建てないとなぁ……」

有咲「いつになることやら」


オーナー「……」


有咲「……ん? うぉぉっ!?!!」

有咲「い、いるならいるって言えよっ!! マジでビビったぁ……」

オーナー「……阿佐ヶ谷」

有咲「……市ヶ谷っすけど」

オーナー「市ヶ谷」

有咲(あー、また怒られんだろーなー……勝手にコーヒー飲んだことか、勝手にキーボードに触ったことか……まぁ両方だろ)

有咲「すいませんでしたー」

オーナー「全然駄目だね。まるでなってない」

有咲「はい?」

オーナー「キーボードの演奏も、このコーヒーの淹れ方も……ずずぅーっ」

有咲「わ、私のコーヒー勝手に飲んでんじゃねぇーーっ!!」

オーナー「どっちだい?」

有咲「はぁ? なにが?」

オーナー「……だからどっちを教えてほしいんだい? キーボードの弾き方かい? それとも美味いコーヒーの淹れ方かい?」



数日後


有咲「ただいまー」

香澄「あ、おかえりー! 有咲ー!」

有咲「うぜぇ……いちいち玄関まで来なくていいっての」

香澄「お腹空いてるでしょ? ご飯一緒に食べよ!」

有咲「え、おまえまだ食べてなかったのか!?」

香澄「有咲が帰るの待ってたんだよ」

有咲「そ、そっか……悪いな。つーか待ってなくてもよかったのに」

香澄「えー! 一人で食べるの寂しいかなって思って」

有咲「ふ、ふーん……」



有咲「香澄、おかわり」

香澄「最近の有咲は食欲旺盛だねぇ」

有咲「エネルギーを消費すりゃ嫌でも腹は減るだろ」

香澄「そっかぁ」


香澄「有咲、最近帰ってくるの遅いね?」

有咲「まぁな。仕事が忙しくて。つーかこれからも遅くなるからマジで待ってなくていいぞ」


香澄「ううん、待ってる。有咲といっぱい話したいし!」

有咲「……」

香澄「仕事大変?」

有咲「死ぬほど大変…………けど、最近はちょっとだけ楽しい、かも」

香澄「そっかぁ。うん、最近の有咲はなんかイキイキしてるように見える」

有咲「そ、そうか?」

香澄「応援してるからね、有咲」

有咲「…うん。サンキュー、香澄」



有咲「……あ、あのさ、香澄」

香澄「んー?」

有咲「明日、学校行かねーから。私」

香澄「え? なんで? 体調悪いの?」

有咲「そうじゃなくて仕事。SPACEに行く」

香澄「でも、有咲は高校生なんだから昼間は……オーナーに来いって言われたの?」

有咲「いや、私から。おまえと関わる前まで学校はたまにしか行ってなかったし、それにたくさん働いた方がその分稼げるしな」

香澄「でも…」



半年後


有咲「おばさん、おはよ。朝飯出来てるから座って」

母「おはよう、有咲ちゃん。いつも悪いわね」

有咲「長い間居候させてもらってんだから、こんくらい当然だろ」

母「ふふ、すっかり良い子になっちゃって」

有咲「そ、そんなんじゃねーって……つーか香澄たちはまだ寝てんのか……ったく、しょーがねー」


有咲「香澄ー! 明日香ー! 朝飯食うぞー? さっさと降りてこーい!」



香澄「有咲ー! おはよー!」

明日香「おはよう、有咲ちゃん」

有咲「おう。これ弁当な。忘れんなよー?」

明日香「うん! ありがと!」

香澄「有咲、今日も学校行かないの…?」

有咲「あー、うん。進級は問題なかったし、試験もおまえより遥かに良い点取ってるから別にいいだろ」

母「でも有咲ちゃんは香澄や明日香と同じでまだ高校生なんだから学校には行ってほしいけどねぇ」

有咲「……早く金貯めなきゃいけねーし。いつまでも世話になりっぱなしでいるわけにも、な」


有咲(……というか、今の私は学校なんかに行くよりSPACEで働いてる方が、よっぽど楽しい)


SPACE


有咲「音響、照明はこれでよしっ、と」

オーナー「市ヶ谷、ちょっといいかい?」

有咲「ん?」



有咲「は? メンバーが一人来れないって……このバンドって今日の公演リストのメインのやつらだろ? たしか」

オーナー「一人欠いた状態で演奏させるか、それとも演奏自体を取り止めるか」

有咲「いや、ただでさえ最近売上落ちてきてんのにそんなことしたらSPACEの信用にも拘わるだろ…」

オーナー「……そこで一つ提案があるんだが」

有咲「あー、来れないメンバーってキーボードか。なら私がサポートで入れば済む話じゃん」

オーナー「話が早いね。もう数時間しかないが、いけそうかい? 市ヶ谷」

有咲「私なら余裕だろ。このバンドの演奏はここで何回か聴いたことあるし、音源も残ってるだろ?」

オーナー「ああ。じゃあ頼んだよ、市ヶ谷」


公演終了


有咲「ふぅ……片付け終わり、と」

オーナー「市ヶ谷。ご苦労だったね」

有咲「べつに。自分では完璧に弾けてる感じだったけど、あんたの目からはどうだった?」

オーナー「完璧だったよ」

有咲「お、おう……そうか」

オーナー「なんだい? 自分から訊いておきながら」

有咲「い、いや、あんたが私を褒めるなんか珍しいなって…」

オーナー「私は良いものは素直に良いと認めるよ。お前の演奏は完璧だった。だから完璧と言ったまでさ」

有咲「あ、あざす…」

オーナー「今日も残って弾いていくんだろ? 戸締まりだけはきっちりして帰んな」

有咲「あ、うん…」

オーナー「お疲れ、市ヶ谷」

有咲「お疲れした」


有咲「…………」


有咲(今日みたいに他バンドのサポートとして演奏したことは何回かあったけど、あのオーナーに褒められたの初めてだ)

有咲(なんか、すげぇ……うれしい)


有咲「さて、練習練習……」


有咲(やっぱステージからの景色は格別だったな)

有咲(……私も早くあいつらと一緒に)


ピンッ……ポロロンッ……


有咲「~♪」


たえ「有咲」

有咲「うぉっ!? お、おたえ!? おまえまだ帰ってなかったのかよ…」

たえ「有咲と話したくて」

有咲「いや、いつでも話せるじゃん…」

たえ「ううん、仕事中の有咲ってなんかすごく真剣で近寄りがたい空気出してるし」

有咲「そ、そうか?」

たえ「香澄も寂しいって。有咲、家に帰ってくるのはいつも夜遅いからゆっくり話せないって」

たえ「りみも沙綾も寂しがってる。もう学校には来ないの?」

有咲「まぁ、仕事が忙しいからなー。つーか私をここで働かせたのはおまえだろ、おたえ」

たえ「そうだけど……まさか学校を休んでまで働くなんて思ってなかった」


有咲「別によくね? 今更学校なんて行っても意味ねーし」

たえ「そんなことない」

有咲「あるよ。私はここで働くのが楽しいからな。音楽のことも勉強できて、仕事終わった後は練習させてくれて、今日みたいに客前で演奏もして」

有咲「私は今がすげぇ充実してて楽しい」

たえ「…私たちのことは?」

有咲「え?」

たえ「ポピパにも戻ってくるつもりはないの? 有咲も知ってるでしょ? 私たち、たまにスタジオ借りて練習してる」

たえ「有咲は仕事があるからって言うけど……なんで来てくれないの? もう私たちのこともどうでもいいの?」

有咲「……っ、マジで怒るぞ、おたえ」

有咲(私だっておまえらと演奏したいっ……だからこうして毎日必死で働いてるし、練習してる。そもそも私をここまで追い込んだのはおまえらだろっ……!)

有咲(私には、遊んでる時間なんかないんだよっ……!!)

有咲(つーか宮殿建てろっつったのおまえだろっ!! だから必死で働いて金貯めて、みんなに取り残されないように仕事が終わってからも一人で練習して……)

有咲(……それなのに、寂しいとかそんなくだらない理由でなんで私が責められなきゃいけねーんだよっ!!)


たえ「有咲」

有咲「……っ」

たえ「私……ううん、私たち、また有咲と一緒に演奏したい」

有咲「だから勝手なことばかり言うなよっ! おまえも働いてるから知ってるよな? このライブハウスは経営が悪化してる……それなのにのんびり休んでられるわけないだろっ!」

有咲「私が、頑張らなきゃっ……」

有咲(この場所で、このステージに立ちたいって香澄の夢、私たちみんなの夢を、私が潰やすわけにはいかないんだよっ……!!)


たえ「いつでもいいから、一緒に練習しよう? 私たち、有咲の都合に合わせるから」

有咲「だから私は…………あ、あー、そうだな、明日とかでもいいか?」

たえ「うんっ、もちろん」

有咲「といっても明日も私は仕事あるから。それが終わってから。……今と同じ時間に、ここで」

たえ「うん! みんなに伝えておく!」


有咲(……なんだかんだ言って、明日が来るのがけっこう楽しみだったんだ)

有咲(本当は私だってみんなで練習したかった。当たり前だろ)

有咲(Poppin'Partyのみんなで奏でる音はめっちゃ楽しいって……半年以上経った今でもそれは手に取るように思い出せるから)




翌日


香澄「有咲ーっ! 会いたかったよーっ!」

有咲「香澄おまえはいつも家で顔合わせてんだろっ!」

香澄「だって有咲、全然相手してくれないしーっ!」

りみ「有咲ちゃんっ」

沙綾「久しぶりー、有咲」

有咲「りみ、沙綾」

沙綾「有咲、しばらく見ない間に真人間になったらしいじゃーん?」

有咲「うっせぇっ! どっちかっていうとおまえらの方がヤバい奴だったからなっ!?」

有咲「私の家、全焼させたこと忘れてねぇだろーな!?」

たえ「もうとっくに時効だよ」

りみ「半年過ぎたしね」

有咲「そんな短いわけねぇーだろっ!」


有咲「つーか喋ってねーでさっさと始めるぞー。私たち以外誰もいないからってあんま遅くまで音鳴らすわけにもいかねーんだから」

りみ「うんっ、そうだね」

香澄「早くみんなで合わせたいー! いつでもいいよっ!」

たえ「香澄、チューニング」

香澄「あ、そっか」

有咲「おまえ大丈夫かー? 香澄」

香澄「平気平気ー!」





沙綾「よーし、みんな準備オッケー?」

りみ「うん!」

たえ「おっけー」

香澄「いつでも!」

有咲「んじゃ、やるか」


有咲(この光景見るのもすげぇ久しぶりだな……沙綾、おたえ、りみ、香澄)

有咲(実際、こうしてるとマジでテンション上がってくる……!)


~♪


香澄「どう!? どうだった!?」

沙綾「うん、すごくよかった!」

たえ「やっぱり5人揃っての演奏だと全然違うね」

りみ「めっちゃドキドキしたぁー」

香澄「有咲は!?」

有咲「うん…すげぇ楽しかった……」

香澄「だよねだよねっ! 今度はお客さんの前で演奏したいなー!」

沙綾「有咲が良ければだけど、またここのオーディション受ける?」

たえ「今ならいけそうな気がする」

りみ「次のオーディションっていつだっけ? 有咲ちゃん」


有咲「……」


香澄「有咲?」


有咲「……いや、なんつーか、無理じゃね?」


香澄、たえ、りみ、沙綾「「「「え……?」」」」

有咲「まぁ、ここのオーナーは何て言うかは知らねーけど、私からしてみれば……ステージに立つ資格は無いと思う」



「「「「…………」」」」


沙綾「ど、どこかマズかったかな……?」

有咲「どこかというよりも、まず演奏技術がまったく足りてない」

香澄「で、でもっ、楽しかった!」

りみ「有咲ちゃんもさっき私たちと演奏して楽しいって…」

有咲「あー、うん。素直に楽しいと思ったよ。でもそれとこれとは全然話が違うだろ?」

たえ「違うって…」

有咲「演奏する私たちが楽しむ分には勝手だけどさ、つーか私たちはまだ高校生だしそれでいいと思うよ」

有咲「でも客は金を払って公演を観に来てるわけじゃん? ……だから、明らかに足りてない、不完全な演奏を聴かせるべきじゃないと私は思う」

有咲「ハッキリ言って聴かせたくない。今のままじゃ、私はこのバンドでステージには立ちたくない」

香澄、りみ、沙綾「「「…………」」」

たえ「……有咲の言いたいことはわかる。でもこのSPACEってライブハウスは、たしかに技術は必要だけど、何より音楽に対する情熱を」

有咲「情熱、か……まぁ否定はしねーけど。それは人前で聴かせられる技術があってこそだろ?」

有咲「それによっての水準があやふやになっちまったのが……今のSPACEだ」



一ヶ月後


オーナー「SPACEを閉めるよ」

有咲「はぁ!? ふざけんなっ!! ついにボケたか、ババァ!!」

オーナー「……」

有咲「……っ、なに諦めてんだよ、売上が下がりまくってんのは知ってるけどさぁっ!」

有咲「なんとかして巻き返してやろうってっ、頑張ってきたじゃねーかっ!! それをっ、こんな中途半端に」

オーナー「私はやりきった。この決断に後悔は無いよ」

有咲「私はやりきってねぇ……散々こきつかっておいて最後がそれかよっ……!!」

オーナー「市ヶ谷……すまないね」


有咲「……」


有咲「……っ、ふざけ、んなっ……」


有咲(終わらせねぇ……!! 絶対に、この場所を終わらせるわけにはいかねぇんだよっ……!!)

有咲(アイツの……香澄のためにっ……!!)


有咲「……終わるなら、勝手に一人で終わってろよ。ババァ」

オーナー「市ヶ谷……お前」

有咲「あんたに出来なかったこと……私なら出来る」


有咲「よこせよ、私に……この場所を」


有咲(私の手で、このライブハウスを世界一キラキラできる場所に…)


有咲(そして私たちもそのステージに……)


有咲(夢を終わらせるわけにはいかない)


有咲(そのためなら、私は)



数日後


たえ「有咲っ!」

有咲「オーナーと呼べっつったろ」

たえ「オーナーから聞いてビックリした。今日から有咲がこのSPACEのオーナーなの?」

有咲「まぁなー、私が潰れかけたこのライブハウスを復活させてやるよ」

たえ「そんなことができるの?」

有咲「出来る出来ないじゃねー、やるしかねーんだ」

たえ「有咲、カッコいい」

有咲「当然、今のままでは潰れるのも時間の問題だ。だから大規模な改革が必要だな…」

たえ「改革! 何をするの?」

有咲「それを今考えてる段階……とりあえず、おたえ」

たえ「ん?」

有咲「おまえの時給は今日から400円だ」

たえ「えっ…」

有咲「その代わり、いっぱい働かせてやる。そうだな……今の倍はここで働けるぞー?」

有咲「そうすれば給料も実質今までよりも多くなる。おまえだって本当はいっぱい働きたかったんだろ?」

有咲「ほら、これでお互いWinWin。誰も損してなくね?」

たえ「すごい! 有咲、錬金術師みたいだ!」

有咲(マジでアホだな、コイツ……)


有咲(この調子で、暇そうにしてたりみも低時給で雇うことに成功)

有咲(沙綾は家の手伝いがあるからとかで断られた……まぁ仕方ねーか)

有咲(香澄は時給200円で雇った)


有咲(その後、錬金術のからくりに沙綾が気付いたことで、おたえとりみが文句言ってきたけど、営業後に無料でスタジオ同様の練習機材が使えることを条件に納得してくれた)


有咲(破格の時給で雇うことに成功したアホ3人を酷使しまくれば、人件費の方はかなり抑えられる……)


有咲(あとは、肝心の客集めだ……)


有咲(さて、どうするか……やっぱり出演バンドのクオリティは重要だ……となれば現在定期的にうちでライブをしているバンドの再度見直しも必要か……)



香澄「有咲ー」

有咲「あー? 何か用か、香澄」

香澄「最近家にいる間、ずっとパソコン触ってるよね、有咲」

有咲「それがどうかしたかー?」

香澄「別にどうってわけじゃないけど、ちょっと休憩したら?」

有咲「疲れてねーし、いらねー」

香澄「ホントに大丈夫? じゃあさ」

有咲「…香澄」

香澄「うん?」

有咲「わりーけど、黙っててくんね?」


有咲「おまえの相手してるほど暇じゃねーんだ、私」
カタカタカタ

香澄「ご、ごめんねっ、有咲」

有咲「それと、気が散るから今後部屋に入ってくんなよー?」

香澄「じゃあコーヒーでも淹れてき」

有咲「おーい……私の話、聞いてたかー?」

香澄「で、でも」

有咲「集中したいから喋りかけてくんなって……マジで怒るぞー?」
カタカタカタ

香澄「……ごめん」



有咲(チケット代はどうすっかなぁ……出演バンドはクオリティ重視でいく予定だから、今よりも上げるか……)

有咲(それとも逆に下げるか……思いきって無料ライブとかもありかな)

有咲(昼公演を無料にして、夜を有料にすれば……)
カタカタカタ


香澄(有咲……)


数日後



有咲「……実は前々からちょっと思うところはあったんですよ」


有咲「元オーナーはあなた方を気に入っていたので、私も口を出したりはしませんでしたけど」


有咲「ですが、今となっては状況は大きく異なります。このライブハウス……SPACEは出演バンドの演奏技術を最も重要視します」

有咲「あなた方の技術がまったく足りていないというわけではないのですが……まぁ状況が違うのはあなた方も同じかと思います」


有咲「……大学、忙しそうですね。練習時間、足りてないんじゃないですか?」

有咲「演奏、パフォーマンス共にクオリティが以前よりも若干ですが落ちているのはご自身でも当然気付いていますよね?」


有咲「ハッキリ言いますと、今のままではうちのステージに立たせるわけにはいきません」


有咲「非情と思われるかもしれませんが、私だってこのライブハウスを立て直そうと必死なんです。どうかわかってください」


有咲「オーディションは随時受け付けてますので、また実力が備わってきた際には歓迎しますよ」


有咲「ですので、今日のところはお引き取りを」


有咲「……Glitter*Greenの皆さん」



有咲「あー、疲れた……これで、あと残りのバンドは6組か」

りみ「あ、有咲ちゃんっ!」

有咲「おー、りみー、時間押してんだからさっさと次のバンド用意させとけよー」

りみ「なんで……?」

有咲「ん?」

りみ「なんで、お姉ちゃんたちが…」

有咲「なんでって……りみも聞いてただろ? あの演奏じゃとても客前には出せない。前よりも下手になってんだからそんなの当たり前だろ」

りみ「で、でも……」

有咲「完璧な、最上の演奏を客に聴いてもらう。不完全なバンドが混じってたら、このライブハウスの名に傷が付くだろ」

りみ「……っ」

有咲「私、何か間違ったこと言ってる?」

りみ「う、ううん……」

有咲「なら次のバンド、早く呼んできてくれ」

りみ「……はい」


有咲(リニューアルオープンから一ヶ月……大改革の話題性もあってか、私の定めてた目標よりも40%ほど売上が増した)

有咲(平日の開店から閉店まであの3人を働かせまくっても1万円も人件費がかからないのはかなりでかい)


有咲(平日は夜公演のみ。休日は昼公演と夜公演の二部制……昼公演のチケットは無料にした)

有咲(昼出演のバンドは夜に出るバンドと比べるとどうしてもクオリティは低くなる……でもそのおかげで夜公演のプレミア感はどんどん増していった)

有咲(チケット価格を強気に5000円にしたのは成功だったな……当然、学割なんてしょーもないものは廃止した)


有咲(SPACEの夜公演のステージに立てるというのは、今や音楽業界の選定基準の一種になろうとしている)

有咲(だから昼しか出演できないバンドもそれを目指し、必死に練習を積んでいる……わかりやすい目標をすぐそばに示してやるのはやっぱモチベーションにかなり影響するからな)


有咲(……よし、すべてが順調だ)

有咲(このブランド力こそが、私の目指していたものだ)

有咲(あとは……)
カタカタカタ


香澄「ねー、有咲ー!」


有咲「……勝手に入ってくんなって言っておいたよな?」


香澄「ご、ごめんね? でも……もう夜中の3時なのにまだ明かりが点いてたから」

有咲「まだまだやること山積みなんだから寝るわけにはいかねーだろ…」
カタカタカタ

香澄「忙しいの? だったら私も何か手伝うよ?」

有咲「結構。おまえに言ってもどうしようもねーし…」

香澄「そんなことないよ! なんでも言ってみて? ねぇ有咲ー!」

有咲「…………うぜぇ」

香澄「有咲…」

有咲「うぜぇ、うぜぇうぜぇうぜぇ……」

有咲「マジでうぜぇ……頼むから邪魔すんなよっ!!!!」

香澄「…っ」

有咲「別におまえに心配されることなんか一切ねぇからっ! 疲れてもねーし、すこぶる絶好調だし」

有咲「どっちかっつーと、おまえの相手してる方が疲れんだよなぁー!」

有咲「私のこと思ってくれるならさ、放っておいてくんね?」

有咲「明日は休日で昼公演あんだから、おまえこそさっさと寝ろよ」

香澄「……うん、わかった」

香澄「じゃあまた明日……おやすみ、有咲」


有咲「……」
カタカタカタ



有咲(更に一ヶ月が経った。先月ほどの勢いは無いが、それでも経営は順調だ)

有咲(私自身もレベルの高い音楽に触れられて、毎日がすげぇ楽しい)

有咲(……早く私たちもここのステージに立ちてぇな)


有咲(……でも出演バンド、このライブハウス自体のレベルがどんどん上がっているということは、必然的に私の理想も当初よりも高くなってて)



沙綾「ふぅー……今のかなりイイ感じだったね!」

香澄「うん! すっごいキラキラした!」

りみ「やっぱり有咲ちゃんは飛び抜けて上手だけど、私たちも」

たえ「私たちも成長してる」


有咲(……まだ、全然足りない)

有咲(こうして営業終了後に毎日みんなで練習して、私以外のメンバーも確実に上達してる……)

有咲(でも、このままじゃいつまで経っても、このステージには立たせられない……)

有咲(私の場合はあのババァがマンツーマンで指導してくれてたから上達も早かったけど……やっぱ独学だと成長速度に限界があるか……)

有咲(ベースとドラムとギター、あとボーカルか……)


一ヶ月後


有咲「りみ、今のとこ微妙に詰まってんだよなぁ」

りみ「だ、だよね……ごめんね。ちょっと難しくて。自分でも練習してるんだけど」

有咲「ちょっとベース貸して」

りみ「え? あ、うん…」

たえ「……?」


有咲「ここは、こんな感じで……」


りみ「す、すごいっ、有咲ちゃん」

沙綾「え、有咲ってベースも弾けるの…?」

有咲「まぁ……長いこと働いてりゃ数多くのバンド見るからな……それで自然と」

たえ「有咲って天才?」

香澄「……」

有咲「一応、ギターやドラムも教えられると思うから、気になるところあったら聞いてくれよー?」

沙綾「じゃあさっそく。ここのとこなんだけど」

有咲「あー、ここは」


香澄「……」

たえ「香澄? どうしたの?」

りみ「チョコ食べる?」


有咲「んじゃ気を付けて帰れよー」




有咲「さて、練習練習……痛っ…! あー、やっぱギターとベースとドラムを同時に極めるのはさすがに無理があったか……」

有咲(……でも、私が頑張らないと)

有咲(私があいつらに完璧に教えられるようになれば、その分ステージに上がれる日も近くなる)

有咲「指が痛いとか泣き言言ってられねーよな」


ジャガジャーン…

ベンベンベンベン…

シャンシャンシャンシャン…


有咲「はぁ……はぁっ……」


香澄「…………有咲」


有咲「か、香澄!? おまえ、なんでここに……? あいつらと一緒に帰ったんじゃ…」

香澄「やっぱり練習してたんだ……毎日夜中まで」

有咲「そうだけど? おまえ、明日も学校だろ? さっさと帰って寝ろよ」

有咲「それに、おまえがいると練習の邪魔」

香澄「一緒に帰ろ? 有咲」

有咲「は?」


有咲「私、練習してんだよ。見たらわかるだろ? 帰るならおまえ一人で帰れよ」

香澄「じゃあ有咲が帰るまで、私もここにいるね」

有咲「……なんの嫌がらせだ? おまえがいると集中して練習できねーっつっただろ」

香澄「……」

有咲「これ以上私の邪魔するつもりなら、マジで怒るぞ?」

香澄「……っ、ねぇ、有咲」

有咲「うるせぇ、さっさと帰れ。もうこんな時間だからな、金やるからタクシーで帰れよ」

香澄「…有咲」

有咲「なんだよ、うぜぇなっ!」

香澄「なんでそんなに頑張るの……? もう、頑張らなくていいよ……」


有咲「……っ」


有咲「なん、だよ……それ……っ」


香澄「有咲が心配なの! 毎日毎日夜遅くまで練習して、昼間はずっと働いて、そんなんじゃいつか倒れちゃう!」

有咲「……うるせぇ」

香澄「有咲っ!」

有咲「うるせぇっ!!!!」


有咲「……頑張るな? ……っ、おまえの口からそんな言葉、死んでも聞きたくなかった……っ」

香澄「あ、有咲…」

有咲「帰れ」


有咲「いいから帰れよっ!!!!」

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