相棒×聲の形「灯台下暗し」 (680)

初投稿になります。

以下は、この作品を読む前に把握していただきたい事でございます。

1.この作品は、相棒と聲の形のクロスオーバーSS。
時系列は相棒側は、シーズン16第1・2話が終了してから
第8話までの間の11月という設定で、右京さんの相棒が冠城亘君です。
聲の形は、小学生編になります。

2.世界観は相棒寄り。聲の形の年代も相棒側に合わせた形になります。

3.ストーリーの都合で、双方の原作に登場していないオリキャラや独自設定が出て来ます。
苦手な方はご注意して下さい。

最後に、私は聲の形そのものは未見です(そもそも、見る勇気が…)
一応ネタバレ情報等は見ていますが、それでも原作と合わない部分が出てくるかもしれないことをご了承下さい……

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1526886958

―2017年 11月―


岐阜県のとある市で『ある事件』が起きた。

それは、『見落としてはならないもの』を
見落としてしまった者達が犯してしまった大きな過ち……

これは、そんな彼らと関わった2人の刑事の物語である。

~相棒シーズン16 オープニング~

相棒×聲の形 ~1日目~


ある日、東京から岐阜県水門市を2人の男が訪れた。

1人は眼鏡を掛け、スーツを着た初老の男。

もう1人は、彼より若い男。


初老の男の名は『杉下右京』

警視庁の陸の孤島にして人材の墓場とも言われる『特命係』の係長で、
数々の難事件を解決してきた、本庁きっての切れ者にして変わり者で有名な人物だ。


もう1人の若い男は『冠城亘』

かつては法務省事務次官『日下部彌彦』の下にいたキャリア官僚で、
当初は出向という形で特命係を出入りし、何かと右京に絡んできていたが、
1年前に起きたある事件をきっかけに法務省をクビになり、警察学校に入学。
その数ヶ月後、紆余曲折合って杉下右京の現在の相棒となった。

ちなみに、彼が本格的に特命係入りを果たして、今年で早二年目である。

冠城「ここですね」


そんな窓際部署の2人は、とある一軒家に辿り着く。

表札には『伍堂』と書かれてある。

早速、その家の呼び鈴を右京が鳴らすと、中から若い風貌の男性が姿を現した。



若い男性「はい…どちら様でしょうか?」

右京「東京の警視庁から来ました、特命係の杉下右京です」


そう言いながら警察手帳を見せる右京に続いて、
冠城も「冠城です」と名乗った。


右京「交番巡査の伍堂圭三さんですね?」

「警視庁からの命令で、あなたが東京への旅行の際に落とした、警察手帳をお届けに上がりました」


と言って、スーツの中から自分の物とは別の警察手帳を差し出す右京。
それを見て「あぁ、間違いない!僕のですよ!」と言って手帳を受け取る伍堂と呼ばれた男。
今回、特命係に下された命令は、この伍堂刑事に警察手帳を届ける事だったのである。

伍堂刑事「ありがとうございます!」

「見付からなかったらクビだと部長から言い渡されて、どうしようかと思っていたところで……」

「本当に、助かりました!」

冠城「お礼は、届けてくれた方に言って下さい」

右京「今度からは気を付けて下さいよ?」

「念押しで常に持ち歩くのは構いませんが、警察手帳は我々警察官の命のようなもの」

「今回は、善良な市民が拾ってくれたから良かったものの、万が一犯罪者の手に渡りでもしたらそれこそ大変です」

伍堂刑事「以後、気を付けます!」


右京の注意を受け、びしりと敬礼する伍堂刑事。

そんな彼に見送られながら、特命係の2人は家を後にした。

冠城「しっかし、旅行先で警察手帳落とすなんて、間抜けにも程があると思いませんか?」

右京「もっともな意見です。後は、気を付てくれるようになる事を祈るしかありません」

冠城「それにしても、内村刑事部長も面倒なお使いを頼んだものですね……」

「いち早く届けなければならないものだったとはいえ……」

「何も、東京から離れたこんな所に、わざわざ俺達送り込む必要ないんじゃないですかね?」

「持ち主も分かってるんだし、郵送で送ればいいのに」

右京「あの方の事ですから、恐らくそれすら面倒だったのでしょうねぇ…」

冠城「ところで…ちょっとお腹空きません?」

右京「言われてみると……」

冠城「じゃあ、早速近場の店でも探しましょうか?」

右京「構いませんが、出来る限り安いお店をお願いします。
僕達は、観光に来たわけではありませんからねえ」

冠城「ホント、真面目ですね。少しくらい羽目を外しても罰は当たりませんよ」


と言いつつ、冠城はスマホを取り出して、近場の安い店を探し始めた。

右京「…?」


その時であった。右京がふと、側にあった小学校の裏門目を向けてみると、
門の向こうで小学6年程度の3人の少年の姿が目に留まる。

それ自体は、特に何でもなかったが、問題は少年達の様子……

3人の内2人が、1人の少年に暴力を振るっていたのだ。


右京「冠城君…!」

冠城「どうしたんで……あっ!」


右京の声掛けで目の前で起こっている事に気付いた冠城は、店を探すのを中断。
すぐさま2人の少年に向かって「君達、何してるんだ!」と叫ぶ。
その声に反応した2人の少年は、まずい…!と言った様子でその場から逃げ出した。

少年「………」


一方、暴行を受けていた少年は、その場からフラフラと立ち上がりながら、
門の向こうにいる右京達にゆっくり顔を向ける。


右京「大丈夫ですか?」

冠城「酷い怪我だね…一度保健室で診てもらった方がいいよ」

右京「僕達も一緒に行って先生に相談してあげますよ」

少年「……」


優しく声を掛ける特命係の2人であったが、少年は何も言わずにフラフラと立ち去った。
予想外の反応に、冠城は不思議がる。


右京「?」


一方、右京はある事に気付く。向こうにある体育館らしき建物の陰から、
限りなくピンク色に近い茶色の髪をしたショートボブカットの少女が覗き込んでいたのだ。
だが、その少女は右京に見付かったのに気付いたのか、すぐに建物の陰に姿を消してしまう。


冠城「どうしました?」

右京「いえ……何も」

冠城「それにしても今の……ただ事じゃありませんでしたね」

右京「そうですねぇ……」

冠城「腹ごしらえの前に、立ち寄りますか?ここ……」


問い掛ける冠城。

右京の答えは、言うまでも無くYESであった。

―水門小学校 校長室―


水田校長「私が、校長の水田門木です」


校長室に招き入れられた特命係の2人に自己紹介をし、お辞儀をする水田校長。
それに対して、特命係の2人もお辞儀し返し、水田校長に促されて椅子に腰かける。


水田校長「警察の方が、何のご用でしょうか…?」

右京「実は、少しばかり確認したい事がありましてね…」

水田校長「確認……ですか?」

右京「つい先程、校舎内でこちらの学校の生徒さんが、別のクラスか同じクラスかは分かりませんが……」

「2人の生徒さんから、暴力を振るわれているところを見掛けました」

「そこで、この学校で何が起こっているのか、確かめようかと……」

冠城「申し訳ありませんね。細かい事が気になる方でして」

水田校長「…………」


右京の問いに、水田校長は顔を曇らせた。

冠城「……?」


その様子に冠城は怪訝に思う。

一方、校長はそれに気付かないままこう答えた。


水田校長「多分……喧嘩か何かでしょう」

右京「喧嘩?」

水田校長「はい…当校では、生徒が他の児童に暴力行為を行ったと言う事実は、確認されていません」

「しかし、年頃の子供も多いですからね……ちょっとした事で、衝突を起こすといった事はあると思いますよ」

右京「なるほど…ちょっとした衝突による喧嘩ですか………」

冠城「となると、思いの外大した事ではなかったって訳ですね?」


冠城の言葉に水田校長は「はい…」と答えた。


右京「お忙しい所、お時間を取らせてしまいました…」

水田校長「いえ構いません。これも、あなた方の仕事でしょう……?」

冠城「そうですね。じゃ、行きますか?」

右京「えぇ…これで、失礼します」


こうして右京は、冠城と一緒に校長室を後にしようと立ち上がったが……


右京「あ…!最後にひとつだけよろしいですか?」

と言って、また校長にある事を聞いた。


右京「この学校で、他に何かしらのトラブルがあった事はありませんでしたか?」

「例えば、先程の男の子の件とは別に、いじめもしくはそれに相当する事案があったとか……」

水田校長「…………いいえ」

右京「そうですか…」


一言そう答えると、右京は冠城を連れて校長室を後にした。

それを確認すると、水田校長は自分以外誰もいなくなった室内で
「ふぅ……」と、まるで肝が冷えるような状況から脱したかのように、安堵の表情を浮かべていた。

―水門小学校 廊下―


校長室を後にした特命係の2人が、外に向かって歩いていたその時であった。


???「だから何度も言ってるだろう!お前にアイツらを糾弾する資格は無い!」

右京と冠城「「?」」


突然、向こうから誰かの怒鳴り声が聞こえる。

何事かと思いその先に向かい、覗き込んでみると、
そこには先程の少年が、教師と思われる眼鏡を掛けた男性と向かい合っている。
一応、少年は手当てを受けたらしく、顔中絆創膏だらけ。

だが、教師らしき男性は彼に対し、何故かあまりいい顔をしていない。

それだけにとどまらず、こうも言い放った


教師「これはお前がまいた種だ!自分でやった事は、自分でどうにかしろ!」

少年「け、けど……」

教師「何だ?文句があるなら、言ってみろ」

少年「…………」

教師「無いならさっさと教室に戻れ!次の授業に間に合わんだろ」


教師に吐き捨てられ、少年は何も言い返さずに教室に戻っていく。
その一部始終を、特命係の2人は隠れて静観する。

そして……

少女「……………」

右京「……」


右京はまた、あの少年の姿を心配そうに見ている少女の姿を目撃するのであった。

その後、校舎から離れた特命係の2人は、近場に飲食店で食事をとる事になった。


冠城「どうです?あなたのご注文通り、近くて安いお店を探してあげました」

右京「確かにそうですが……」

冠城「そうですが……何か?」

右京「この料理…明らかに君好みのものではありませんか?」

冠城「別にいいじゃないですか。パイナップル入りの酢豚がある訳じゃあるまいし…」

右京「そういう問題ではないですがねぇ……」


そのようなやり取りを交わしつつ、淡々と料理を口にしていく特命係の2人。

その途中、冠城はいきなり「右京さんは、どう思います?」と問い掛けた。

右京「何がですか?」

冠城「何がって…さっきの事ですよ」

「率直に言って、俺はあの校長は怪しいと考えています」

右京「怪しい、ですか……」

冠城「えぇ……」

「あの2人の少年が彼にしていた事は、喧嘩にしては明らかに度が過ぎてる感じだったし…」

「何しろあなたに問い掛けられた時、あの校長の顔色は明らかに変わっていました」

「そこで俺が考えたのは、『学校があの少年へのいじめを知りながら、見て見ぬ振りをしているではないか?』ということなんですが……」

右京「確かに、色々と気になる点があるのは事実です。しかし、ひとつ分からない事があります」

冠城「分からない事って?」

右京「先程の少年の担任と思われる教師の言葉です」

「あの時彼は、『これはお前がまいた種だ!自分でやった事は、自分でどうにかしろ!』と言っていました」

「それも、あんなに傷だらけな少年を前にしてです」

冠城「確かに、なんか引っ掛かりますね」

右京「いずれにせよ、あの学校が何か隠しているのは、間違いないでしょう」

冠城「それをはっきりさせないと気が済まない」

右京「えぇ…」

冠城「そう来なくちゃ、面白くありませんね」

右京「冠城君…遊びではありませんよ?」


右京の突っ込みに、冠城は「分かってますっ!」と返す。


冠城「で?次は何処当たるつもりですか?」

右京「その事ですが、もう決めてあります」

冠城「何です?」

右京「それはですねぇ……」

数時間後……

水門小学校は下校時間になり、生徒達が次々と正門から出て家路に就く。
その様子を、特命係の2人が遠くから隠れて覗いている。


冠城「どうして、下校中の子供達を見張らなくちゃならないんです?」

右京「…………」

冠城「ここで待ち構えて、さっきの少年を捕まえて話を聞き出すという算段ですか?」

右京「………………」

冠城「まあ確かに、方法としてはありかもしれませんが……」

右京「君……少し黙っててくれませんか?」

冠城「すみません……」


と言って頭を下げる冠城。

右京「…来ましたよ」

冠城「え…?」


その直後、目当ての子供が学校から出てくる。
それは、先程少年の様子を見ていた少女であった。

少女は、特命係の2人が見張っている事に気付かないまま、家路に就く。


冠城「女の子?」

右京「行きますよ」

冠城「あ…はい!」


予想外の相手に戸惑いつつも、冠城は右京と共に彼女を尾行する。

一見すると、普通に歩いて帰っているように見えるが……

冠城「………あの娘、やけにキョロキョロしてません?」


冠城の言う通り、少女はやたらと周囲を気にしながら歩いている様子であった。


右京「確かにそうですねぇ……」

冠城「まさか、俺達の気配に勘付いたとか?」


早くも尾行がバレたと考える冠城。その時、彼の横を自転車に乗った男性が走り抜ける。
運が悪い事に、男性の行く先には、尾行中の少女がいた。

しかし、男性は曲がるのが面倒なのか、
避ける気配がなく代わりにベルを鳴らして自分の存在を知らせている。


少女「…」


だが、何故か少女は振り返らず、まるで何事もないかの如く前進している。


冠城「危ない!」


冠城の声と共に特命係は助けに出ようとしたが、
尾行の為に距離を取っていたせいだろう、間に合わなかった。

キキ――ッ!

が、男性の方が寸での所で急ブレーキを掛けた為、衝突は避けられた。


少女「!!」


そして、ようやく自分の後ろに自転車が来ていた事に気付いたのだろう、
少女は男性の方に振り返り、驚いている。

その際、右京は彼女の耳に注目したのだが、この時誰も気が付いていない。


男性「馬鹿野郎!何であんだけ鳴らしたのに避けねぇんだよ!今度から気を付けろ!!」


怒鳴り付けてくる男性に対し、少女は無言で頭を下げている。
そんな彼女の様子を確認すらしないまま、男性は走り去った。
彼が走り去るのを確認すると、少女は再び歩き出す。

右京「…大事に至らなくて良かったですね」

冠城「しかし、感じ悪い人でしたね」

「目の前に人がいると分かってるんだから、自分の方から避ければいいのに……」


男性の行動に呆れ返る一方、冠城はある疑問を抱く。


冠城「けど…何であの娘、ベルの音に気付かなかったんでしょうか?
あれだけ鳴らされたら、普通誰だって気が付くのに……」

右京「どうやらあの娘、耳が不自由なようですよ」

冠城「何でそんなこと分かるんですか?」

右京「今、ほんの一瞬だけ耳に補聴器を入れているのが見えたもので……」

冠城「相変わらず、細かいところに目が行くこと……」

右京「君もせっかく鼻が利くのですから、視野も広くなくては困りますよ」


右京の言う事に冠城は「出来る限り精進してみます」と答えた。

それと同時に、彼女がやたらと周囲を気にしているのに納得がいった。
音がよく聞こえない以上、他に頼れるのは自分の目だけ。
だからこそ、周囲に気を配らねばならなかったのだろう。

そんな事がありつつも、2人は少女の尾行を続けた。

尾行の末、彼らは一件のマンションに辿り着く。
彼女の入っていったマンションを前に、冠城が「ここがあの娘の家ですか…」
と呟く一方、右京はマンションに向かって歩き出す。


冠城「あ、ちょっと待って下さいよ!」


自分を置いて先に進む上司の後を、冠城は急いで着いて行く。
彼らが向かったのは、マンションの管理人室。

そこで、マンションの管理人と対面する。

管理人「私が管理人の者です」

右京「どうも…警視庁特命係の杉下右京です」

冠城「冠城亘です」


特命係の2人は、名乗りながら警察手帳を管理人に見せた。


管理人「警察の方が、ウチに何のご用で…?」

右京「実は、お会いしたい方がいらっしゃいましてねぇ……」

管理人「お会いしたい方?どちら様で?」

右京「こちらのマンションに、『西宮さん』と言う方は住んでいらっしゃいますか?」

管理人「西宮……えぇ、確かに住んでますよ。何か、御用で?」

右京「大した事ではありません。少し、確認したい事があるだけです」

冠城「何はともあれ、西宮さんのお宅に案内してくれませんか?」

管理人「分かりました」


こうして、特命係の2人は西宮家の前に案内された。

管理人「こちらです」

右京「どうもありがとう……」

冠城「今回の事は、我々が本部に直接お伝えしますので、後はお任せ下さい」

管理人「分かりました。どのような事情があるのか知りませんが、お仕事頑張って下さい」


そう言い残して、管理人は立ち去った。

冠城「……さて、そろそろ話してくれませんか?」

右京「何をですか?」

冠城「とぼけないで下さい」

「何で急に、あの娘を尾行しようなんて話しになったんです?」

「おまけにあの娘の名前……いつ知ったんですか?」

「俺達、まだ一度もあの娘と会ってないはずなんですが」

右京「実は、先程あの少年の様子をあの娘が覗いているのが見えましてねぇ……」

「彼女が何か知っているのではないかと思ったんです」

「その上、胸のところに名札をしていました。名前はそこから…」

冠城「本当に細かい所に目が行きますね」

「とはいえ……目の付け所はいいと思いますよ?」

「隠し事をしようとしている人や被害者本人をつつくより、目撃者に当たった方が情報を得られる確率は高いですからね」

右京「分かったのならば、行きますよ」

冠城「はい」

ピンポーン!

一通り話しを終えると、特命係の2人は西宮宅の呼び鈴を鳴らす。
すると、1人の老婆が玄関の扉を開けて顔を出す。

この家に暮らす少女の祖母『西宮いと』である。


いと「はい?」

右京「西宮さんですか?」

いと「そ、そうですが…あなた方は?」

右京「東京の警視庁から来ました、特命係の杉下右京です」


伍堂刑事の時と同じ要領で名乗りながら警察手帳を見せる右京と、
それに続いて「冠城です」と名乗る冠城。

唐突な警察官の訪問に、いとは目を丸くした。

いと「あの…警察の方が、どうして?」

右京「お宅にいらっしゃる娘さんに、用がありましてねぇ…」

冠城「もう学校も終わってる時間ですし、戻られていますよね?」

いと「え、えぇ…しかし孫に何のご用が?」

右京「大した事ではありません。少し、お話しを聞きたいもので…」

いと「とにかく、外で立ち話も何ですので、中へどうぞ…」

右京「お心遣い、感謝します」

冠城「お邪魔させて頂きます!」

いとに案内され、西宮宅に上がり込む特命係の2人。
すると今度は、黒髪のショートヘアーのボーイッシュな出で立ちの少女が待っていた。

少女の3歳年下の妹『西宮結絃』である。


結絃「婆ちゃん、その人達誰?」

いと「警察の方よ。ウチの娘に用があるみたいなのよ」

結絃「それって……ひょっとしてオレ?」

右京「残念ながら違います。君より3歳くらい年上の娘の方で……」

結絃「それって姉ちゃん?」

冠城「そんな所だね……」

結絃「それじゃあ、オレ呼んでくるから、その間そこで婆ちゃんと一緒に待ってなよ」


結絃はそう言って姉を呼びに向かっていった。

いと「やれやれ、気が早いね……」

冠城「いえ…むしろ大助かりですよ」

右京「それにしても、随分とボーイッシュなお孫さんですねぇ…」

いと「おや…ゆずが女の子だと分かるんですか?」

右京「えぇ……」

「髪も短く服装も男性的で、パッと見た感じ男の子に見えますが」

「目元や唇、顔の輪郭等に少女としての特徴が見えたものでして……」

いと「これはまた、随分と細かいところに目を付けたこと……」

右京「そういう所を気にしてしまう性分でして……」

冠城「しかし…あの娘、あれですよね?今時で言うその、僕っ娘……的な、そういうのですよね?」

いと「………」


冠城の言葉に、いとは何故か表情を曇らせた。

いと「それだけなら、まだ良かったんですがね……」

冠城「え…?」

いと「何でもありません。こちらの事です……」

「ゆずが、もう1人の孫を連れて来るまで居間の方で待っていて下さい」


こうして特命係の2人は居間に案内され、自家製のしそジュースを振る舞われる。
それから少しすると、ショートボブカットの少女が結絃の手で彼らの前に連れて来られる。

彼女こそ、暴行を受けた少年を見つめていた少女だ。

結絃「ほら、これがお姉ちゃんに用事がある刑事さんだよ」

右京「どうも初めまして。特命係の杉下右京です」

冠城「冠城亘です」

少女「…………」


自己紹介をする特命係の2人に対し、
少女は何も喋らず、代わりに両手で何かしらのジェスチャーを見せた。

冠城「?」

結絃「刑事さん、手話分かんないかな?」

冠城「ごめんね…こう言う子とは、筆談でしか会話した事なかったから……」

「ちなみに…何て言ってたの?」

結絃「『始めまして、私の名前は西宮硝子です』だよ」

右京「西宮硝子ちゃんと言うのですか…」

冠城「硝子ちゃんは、喋る事も出来ないんですね」

いと「全く喋れない訳ではありません」

「しかし、生まれ付き耳が不自由だったことが祟って、正しい声の出し方が分からないもので……」

結絃「だからさ、刑事さん達には悪いけど、オレが通訳やるから、お姉ちゃんに何聞きたいのか話してくれない?」

右京「その必要はありませんよ」

結絃「え?」


予想外の答えに結絃はキョトンとする。

そんな彼女をよそに、右京は硝子の前に立ち目線を合わせると、
笑顔を浮かべながら手話で


「僕は特命係の杉下右京。あちらにいるのは、冠城亘君…」

「今日は、君にお話しがあってここに来ました」


と伝える。

極々自然に手話を使う右京の姿に結絃は驚いた。

結絃「す、凄い!刑事さん、手話出来るの?」

右京「彼と違い、いかなる相手ともコミュニケーションを取れるよう、必要最低限のスキルは身に着けているもので……」

冠城「右京さん……今、さり気なく僕の事けなしませんでした?」


と冠城は突っ込んだが、右京は無視して手話で硝子との会話を始める。

右京「硝子ちゃん……今から僕の質問に、正直に答えて下さい。いいですね?」


手話を交えながらの指示に梢子は「分かりました」と手話で伝える。


右京「今日、君の通っている学校でいじめられている男の子を見かけました」

「君は、その男の子の事を心配そうに見ていましたね?」


右京の問い掛けに、硝子は少し表情を濁しながら「はい…」と手話で答えた。


右京「一体彼は何故、あんな事になってしまったのですか?

「彼の事を見ていた君なら、何か事情を知っていますよね?」


更なる質問を掛ける右京。
だが、硝子は複雑そうな表情を浮かべ、手話をやる手が止めてしまう。

誤字がありました…

×手話をやる手が止めてしまう。→〇手話をやる手を止めてしまう。

いと「おや…どうしたんだね?」

硝子「………」


中々その先を話そうとしない硝子。
その様子は、心を痛めているように見える。

一方、右京の手話を見ていた結弦は、何かに気付いたかのように右京にある事を聞く。


結絃「刑事さん……横から悪いけど、そのいじめられていた男の子ってどんな奴だった?」

右京「そうですねぇ…黒く、ボサボサした髪をしていて、少しばかりつり目な印象受けました」

結絃「ボサボサ頭のつり目……」


「もしかして……『石田』かな?」

右京「石田?」

結絃「石田将也……お姉ちゃんをいじめてた野郎さ」

「ひょっとして刑事さん達、お姉ちゃんが学校でいじめられた事、調べてるの?」

右京「はいぃ?」


結絃の言葉に、右京らは疑問の表情を浮かべた。

結絃「違うのか?」

右京「確かに、僕達が調べているのは、あの学校で起こっているいじめの事ですが…」

冠城「僕達は、男の子がいじめられている事実を確認しようと、硝子ちゃんに話を伺いに来ました」

「だから、硝子ちゃんがいじめられていたという話しは、初耳です」

右京「一体、どういう事なのでしょうか?差し障りがなければ、お教え頂けませんか?」

いと「えぇ…」

そう言っていとは、事の経緯を語り始める。


梢子があの学校の6年2組へ転校したのは、今年の4月頃……

その時は、特にこれと言った異変はなかったのだが、6月頃から何かがおかしくなり始めた。
硝子がずぶ濡れで帰ってきたり、筆談用に持たせたノートや靴を紛失したり……
挙句の果てには補聴器の紛失と故障が8回、それに伴って耳を負傷するという事態が発生。
そこで硝子と結絃の母親が、学校側を問い質したのだという。

いと「そこで開かれた生徒会で、石田君が犯人である事が判明したんだそうです……」

右京「そうでしたか…」

冠城「しかしその石田君、どうして硝子ちゃんをいじめたんですかね?」

「8回も補聴器に手を出すなんて、さすがにやり過ぎだと思いますよ」

結絃「決まってんじゃないか。お姉ちゃんが耳悪いから、その事バカにしてたんだよ!」

「オレも、アイツが姉ちゃんの補聴器捨ててるとことか見たし!」


結絃の一言に特命係の2人は、硝子の身に何が起きたのか大体把握できた。

人は、自分と大きく異なるものを見ると、
珍しがってちょっかいを出したり、排除しようとしたりするもの。

要するに、石田は硝子の聴覚障害をネタに彼女をいじめていたのだろう。

そう思う一方で、右京の脳内に『ある疑問』が渦を巻き始める……

いと「ゆず……落ち着きなさい。その事はもう終わったんだから………」

結絃「け、けど……」

冠城「終わったって?」


結絃をたしなめるいとの一言に、疑問を呈する冠城。

???「ただいま」


その時であった。1人の女性が部屋にこの家に入ってきたのである。
彼女こそ、梢子と結絃の母親である『西宮八重子』だ。


結絃「……!」

いと「おや八重子、今日は随分と早かったねぇ」

八重子「今日は色々とあってね…あら?あなた達は?」

右京「どうも…警視庁特命係の杉下です」

冠城「冠城です…諸々の事情があって、お邪魔させてもらっています」

八重子「ふーん……?」


特命係に対して無関心そうに振舞う八重子であったが、硝子がこの場にいる姿を見て顔色を変える。

八重子「硝子!アンタ、宿題は終わったの?」

硝子「あ……ぅ………」

八重子「その様子だとまだなようね。さっさと部屋に戻りなさい!」

冠城「あ…あの、奥様?僕達、彼女に用事がありましてね……」

八重子「うるさいわね!アンタ達には関係ないことよ!」

結絃「ちょっと母さん!この刑事さんの話しも聞いてやりなよ!」

八重子「アンタもうるさいわね!」

「大体、何で警察がウチに上がってるのよ?ウチは、何もやましい事やってないわよ!」

「ほら硝子!部屋に戻りなさい!」


そう怒鳴り散らした末、八重子は硝子を無理矢理自室に引っ張っていった。

結絃「クソ!アイツめ……!」

いと「これ、ゆず……」

「刑事さん、娘の八重子が不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません……」

冠城「いやいやいや!不快だなんてとんでもない!」

右京「いきなり上がり込んだのは、事実ですからねぇ…早々に退散させてもらいます」

「硝子ちゃんも、少しばかり話すのを躊躇っている様子でしたし、無理強いは出来ません」

「また、日を改めてお伺いします……」

いと「え、えぇ…」


こうして、申し訳なさそうないとを背に、特命係の2人は西宮宅を後にする。

その後、いとは心配そうに……

結絃は恨めしそうに……

それぞれ違う表情で、母親に無理やり連れていかれた
硝子の部屋の扉を無言で見つめるしかなかった。

―水門市内―


冠城「まさか、あなたに手話の心得まであったとは驚きです」

「あなたの事ですから、耳の不自由な人間が関わった件がいくつかあってもおかしくないとは、思っていましたが……」

「その手の方と直接会話する術を、きちんと持っていたんですね?」

右京「かくいう君は元はキャリア官僚だったんですから、手話のひとつくらいは出来なくてはならないと思うんですがねぇ……」

冠城「申し訳ありませんね。あなたと違い、幽霊やプリキュアに関心を持てる程の多趣味性がないものでして……」

右京「冠城君……前者はともかく、後者はあの時の捜査に必要だったから調べただけであって、大して興味があった訳ではありませんよ」

冠城「大して興味がないのなら、シールになっている人物が何のアニメのキャラクターなのか特定するのに、結構時間が掛かるはずです」

「しかし、俺の記憶が正しければ、あなたは写真に映ったあのシールを見てから」

「あのキャラクターがプリキュアである事を特定するのに、あまり時間が掛からなかったような気がするんですが……」

「そこのところ、どうなんです?」

右京「…………」


冠城の問いに、右京は何も答えなかった。

黙秘を実行した上司に、冠城は先程けなされた仕返しが出来たような気分になるが、
「まあ、その事はともかく……」と言って気持ちを切り替える。

冠城「右京さんはどう思いました?硝子ちゃん達のお母様の態度……」

「確かに唐突に上がり込んだのは俺達だし、2人の刑事2人がいきなり上がって来たと知ったら」

「最初のお婆様みたく自分達が疑われてるんじゃないかと勘ぐってしまうのは、まあ分かりますが……」

「だからといって、あんなに言うことないと思いませんか?」

右京「確かにあまりにも辛辣ではないかと、僕も思います。ただ……」

冠城「ただ?」

右京「あのお母様からは、何かしらの『意思』を感じました」

冠城「意思ですか?」

右京「ご本人は、厳しい顔のままでいるつもりだったようですが、僕には彼女の目から強い意思が宿っているように見えました」

「それが何なのか、現段階では見当が付きませんが、障害を持つお子様がいらっしゃる家庭です。何か複雑な事情があってもおかしくはない……」

冠城「ああいう家庭は、デリケートな面が多いですしね」

「ただ、それなら何で硝子ちゃんは、あの学校に通ってるんでしょう?」

「あの水門小って学校、見た感じ普通の学校ですよね?」

右京「その点も気になりますが、今重要なのはそちらではありません」

冠城「あの少年の事ですね」


冠城の言葉に右京は「えぇ…」と答えると、こう続ける。

右京「この一連の調べで、あの子の身に起きた出来事の背景が少しずつ見えてきました」

「結絃ちゃんの話しが正しければ、あの少年の名前は石田将也……当初彼は、西宮硝子ちゃんをいじめていた」

「最初はただちょっかいを出しているだけだったのか、それとも始めからいじめに相当する行為だったのか……」

「いずれにせよ、石田君は硝子ちゃんが難聴である事を理由に嫌がらせを行った」

「その行為が積みに積み重なり、とうとう彼女の補聴器を8度に渡って故障・紛失させ、その上耳を負傷させる事態にまで発展させてしまった」

「恐らく、昼間彼の担任と思われる方が言っていたのは、この事を指していたのでしょうねぇ……」

冠城「この事から石田君は硝子ちゃんをいじめた事で、クラス内から報復を受けている可能性が高い。」

「となると、あれは石田君の自業自得と言う事になりますが……」

右京「そうだった所で、あのようなやり方が許されると思いますか?」

「それに、今日我々が知ったのは、硝子ちゃんと石田君がいじめを受けていたと言う大まかな事実だけ……」

「詳しい状況を把握した訳ではありません」

「硝子ちゃんいじめの報復と断定するのは、あまりにも早過ぎる」

冠城「俺達、まだ石田君本人に話を聞いていませんしね」

「それに、『もう終わった』という西宮さん達の言葉も気になるし……」

「……ん?」

その時であった。噂をすれば何とやらか、向こうの道を昼間見た少年……
即ち、石田将也がトボトボ歩いている姿を特命係の2人は発見する。

昼間の暴行の跡である、顔の絆創膏が相変わらず痛々しい。

そんな印象を彼らが抱いていると、石田は一件の店に入っていく。

それは『HAIR MAKE ISHIDA』と書かれた看板がある床屋であった。

冠城「HAIR MAKE ISHIDA(ヘアメイクイシダ)……」

右京「恐らく、ここが彼の自宅でしょう。そして、看板にイシダとあると言う事は……」

冠城「やはり、彼が石田将也君で間違いない…」

右京「…冠城君」

冠城「何ですか?」

右京「至急、今夜泊まる宿を探して下さい」


「東京に帰るのは、まだ少し先になりそうです」


冠城「了解……」

1日目(第1話)はここまでになります。
次回は、石田周りを攻めて行きます。

以下は補足


その1.伍堂圭三。

本作のオリジナルキャラクターです。名前の元ネタは特にありません。
当初は伍堂啓介にする予定でしたが、広瀬啓介と被るので現在の名前に変更したという経緯があります。
ちなみに彼、今後もストーリーに絡んできますのでお忘れなく。

その2.水門小学校の校長。

聲の形公式のキャラクターですが、原作アニメでは名無しの権兵衛でした。
当SSでは、名前が無いと少し不便かなと思い、勝手に名前を追加させてもらいました……
ちなみに、水田門木と言う名前にこれと言った元ネタは無く、
水門小学校の水門の響きから適当に着想したものです。

それと、右京さんが手話できるのはシーズン5元日スペシャルで披露された公式設定です。
また、聲の形側の月数はネットで調べた考察を参考にしているので、
原作と違うかもしれません事をご了承ください……

とりあえず、今日の更新は以上です。
今後、不定期に更新していく予定でございます。

初投稿ゆえに色々と不慣れなところがありますが、どうぞよろしくお願いします…

乙。別の人が同じネタを使っていたけどどう変わっていくのか気になりますね。

>>59
遅ればせながら……

問題はそこなんですよね……
一応、冠城時代設定にするなど差別化は図ってはいるのですが、ちゃんと出来ているかどうか……

とはいえ、既に一通り書き溜めてあるし、一度投下しちゃった以上、最後までやらせて頂く所存ではあります。

改めて見てみると細かいミスが……

>>23

×冠城「けど…何であの娘、ベルの音に気付かなかったんでしょうか? → 冠城「けど…何であの娘、ベルの音に気付かなかったんでしょうか?あれだけ鳴らされたら、普通誰だって気が付くのに……」
あれだけ鳴らされたら、普通誰だって気が付くのに……」

>>51

×冠城「この事から石田君は硝子ちゃんをいじめた事で、クラス内から報復を受けている可能性が高い。」→ 冠城「この事から石田君は硝子ちゃんをいじめた事で、クラス内から報復を受けている可能性が高い」

そして、続きです。

今回不快な話が出てくるので、苦手な方はご注意を……

相棒×聲の形 ~2日目~


翌日の朝……

西宮宅では硝子は朝食を終え、服を着替えて学校に行く時間になっていた。


硝子「………」


だが、硝子は1人気乗りしない表情を浮かべている。
そんな彼女が自身の脳裏に浮かべているのは、昨日いじめられたり、
教師に突き放されたりしていた石田の姿……

そして、その事を調べに来た右京の顔であった。


八重子「硝子!学校に行く準備は出来たの?!」


それを遮らんと言わんばかりに、怒鳴るような声と共に八重子が姿を現す。

八重子「もう出来てるじゃないの!早く行きなさい、遅刻するわよ!」

硝子「………」

八重子「何よその顔は!あの事はもう終わったのよ?」

「そんな顔をしてると、またあのクソガキに舐められるわよ!」


娘の表情に苛立つような表情を浮かべる八重子は、彼女の腕を無理矢理引っ張り、玄関へ連れて行く。
それを結絃は見逃さない。


結絃「母さん!ちょっとは優しくしてやれよ!」

八重子「うるさいわね。ほら!行きなさい硝子!」


反論しようとする結絃を無視して、八重子は硝子を押す。
八重子の強い押しに硝子は素直に従うしかなく、学校へと出掛けて行った。

八重子「さて…私も早く仕事に行かなくちゃね」

「母さん!私がいない間結絃を甘やかさないで頂戴」

結絃「ちょっと…婆ちゃんはオレらのこと甘やかしてなんか……」


バタン!

だが、結絃の言葉を無視して、八重子も仕事に出て行ってしまった。

結絃「またシカトかよ!」

いと「ゆずや、仕方ないよ……」

「それに、石田君の事ももう終わったんだから………」

結絃「石田の事……か」

いと「……どうしたんだい?」

結絃「いや、昨日の刑事さんの言ってた事が少し気になってさ」

いと「石田君がいじめられている……確かそんな事言ってたねぇ」

結絃「アイツがいじめられようが、知った事じゃないけどさ…」

「『何でそれを、刑事さんが調べてるんだろ?』って思って……」

「しかも、姉ちゃんがそれを見てたっていうし……」

「一体、何が起きてるっていうんだ?」

いと「…………」

結絃「とにかく、学校が終わったら姉ちゃんに聞いてみるよ」

いと「そうね……そうするのが一番かもね………」

―石田宅―


石田「母ちゃん…俺、行ってくるから」


一方、石田もまた学校へ登校しに行く所であった。


美也子「行ってらっしゃい……ショーちゃん」


そんな彼を、母親の『石田美也子』は見送る。

しかし、玄関を出る石田の後ろ姿は、とても暗く映った。

美也子「…………」


何故彼は、あんなに暗いのだろうか?

そう言えば昨日、傷だらけで学校から帰ってきた。

いや、昨日だけではない。

本人は、また学校ではしゃぎ過ぎたといっていたが……

その割には、あまりにも傷の具合が酷過ぎる。


美也子(やっぱり……あの子………)

いじめられているのか?

そう考え、美也子は首を横に振った。

もし仮にそうであったとして、自分に何が出来る?
彼が硝子をいじめたのは紛れもない事実……

いじめの加害者の母親の自分がいくら言った所で、
よその子をいじめた母親が何を言うのかと断じられるのは目に見えている。


美也子「ショーちゃん……」


それでも彼女は、これ以上何もしてあげられない自分に、歯がゆさを感じた。

―水門小への通学路―


小学校低学年・高学年が自身の母校へと向かう道。

その途中で、石田と硝子が出くわした。


石田「あ…」

硝子「…………」


目が合ってしまう2人……

石田はとても複雑そうにしている一方、硝子は彼の顔をジッと見ている。
彼の顔には、未だに昨日の傷の手当てをした跡である、絆創膏が貼られてある。

石田「な…なんだよ?」

硝子「…………」

石田「なに人の顔ジロジロ見てんだよ!」

硝子「……………」

石田「あぁ…そういやお前、耳聞こえなかったんだっけ?それでいて、凄く音痴で……」

硝子「……………」

石田「大体、俺がこうなったのは全部お前のせいだ!お前なんか来なかったら…!」


まるで、今の自分の状況に対する苛立ちをぶつけるかのように言い放つ石田。
しかし硝子は、表情を崩さず彼を見続けている。

そんな彼女に、石田は余計苛立ちを募らせた。

石田「ンな顔されても分かんねぇよ!なんか言いたきゃはっきり言えよ!このぉ!」


当たり散らすように硝子を軽く押し飛ばすと、石田はさっさと先に行ってしまう。
それでも梢子は、怒らずに彼の後ろ姿をジッと見つめていた……

―旅館の前―


冠城「さあて…右京さん、今日は何処から行きますか?」


そう言いながら旅館から出て来つつ、「やっぱり、石田君のお宅ですか?」と冠城は隣を歩く上司に尋ねた。


右京「そうするつもりですが、今日は別行動と行きましょう」

冠城「別行動ですか。それは面白い……」

右京「…………」


面白がっている様に振る舞う冠城に対し、右京は冷ややかな目を向けた。


冠城「冗談です!だから、何をすればいいか教えてくれません?」

右京「………それはですね」


右京は、冠城に何をして欲しいのかを説明した。

冠城「分かりました。出来る限りやってみましょう」

右京「お願いします。僕は、石田君のお宅を当たります」


こうして、2人はそれぞれ別の場所へと向かって行った。

一旦切ります。何とか今日中には終わらせたいです

―HAIR MAKE ISHIDA―


店内には客がおらずガラガラであった。

石田の硝子いじめが発覚して以来、こんな調子なのだ。

あんな出来事が起きたのだ、何処からか噂が流れて石田家に不信感を抱かれてもおかしくない……


???「お邪魔します」


だがその時、誰かが店に入って来る。


美也子「いらっしゃいませ…」


美也子が店の出入り口に目を向けると、そこには眼鏡とスーツ姿の男が1人……

言うまでもなく、特命係の杉下右京だ。

右京は、「どうも初めまして。こういう者です……」と言いながら警察手帳を見せた。

美也子「警察?」

右京「東京の警視庁にある特命係から来ました、杉下右京です」

「あなたが、石田将也君のお母様ですか?」

美也子「は、はい。母の石田美也子ですが………」

右京「少々お話があります。お時間頂いても、よろしいですか?」

美也子「…………」


「はい、構いません……」

警察がウチに来た……

この事実に、美也子はある確信を抱き、右京を自宅の居間に案内した。

―石田家の居間―


右京「本当にいきなり押し掛けて、申し訳ありませんねぇ……」

美也子「そんな事ありません。最近めっきりお客様が減ってしまって、暇でしたから…」


最近、客が減っている……


何故、そうなっているのかについて、右京はあえて言及しなかった。
石田の硝子いじめが関連している事は、今までの調べで明らかであったからだ。

一方、美也子は恐る恐るこう尋ねた。

美也子「ところで、刑事さん……お話と言うのはもしかして、息子の……」

「ショーちゃ…じゃなくて、将也のことで来たのでは……?」

右京「そんな所です」

美也子「じゃあ目的は……」

右京「彼が、西宮硝子ちゃんに対して行ったいじめについて、詳しい話を伺いに……」


右京の一言に、美也子の表情が一気に重苦しくなる。

それだけ、息子の所業を憂いているという事なのだろう。

息子が硝子をいじめた事実に対する
強い責任と自任の念を美也子から感じつつ、右京は話しを続ける。

右京「ご察しであると思いますが、我々はとある事情から息子さんのした事を調べました」

「結果、西宮硝子ちゃんの事をいじめていた事実が判明した……」

「しかし、動機の面が未だ不透明でありましてねぇ……」

「硝子ちゃんの妹さんは、硝子ちゃんの難聴の事を馬鹿にしていたのではないかと仰っていましたが……」

「実際のところ、どうなのでしょう?」

美也子「…多分、その娘の言う通りだと思います」

「ショーちゃんは、友達とつるんで度胸試しとか言って河に飛び込んだり、自分より体の大きい人に喧嘩を売ったり……」

「親の私が言うのも何ですが、やんちゃ過ぎる悪ガキでした」

右京「随分と無茶をなさっていたのですねぇ……」

「しかし、止めなかったんですか?」

美也子「…………」

「はい……」

「数年前に夫が出て行って以来、1人で店を切り盛りしていて忙しかったですし……」

「何より、変に叱るより、好きにさせておいた方がいいと思っていました」

「一番上の娘も、しょっちゅう恋人をとっかえひっかえに連れて来てたので」

「尚更、子供達は自由にしておくべきだと……」

「けど、それがこんな事になってしまうなんて……」

右京「普段からやんちゃが過ぎていたという事は、硝子ちゃんへのいじめもそれの延長線上のようなものだったと?」

美也子「恐らくは…………」

「それに、今年に入ってから、お友達の子とつるむ事がなくなってきたので、それも関係しているのかもしれません」

右京「………」

「ところで、息子さんが硝子ちゃんをいじめた事で、学校から他に何か聞いていませんか?」

美也子「いいえ…将也が西宮さんのお子さんをいじめていたこと以外、なにも……」


彼女のその言葉に、右京は「なるほど……そうですか」と納得してみせる。

美也子「あの…聞きたいのは、それだけですか?」

右京「えぇ……何か?」

美也子「…せっかくお伺いしてくれた所、こんな事を言うのは申し訳ありませんが……」

「出来るなら、もう息子の事で来ないで欲しいんです……」

右京「…………」

「…息子さんの事で色々とお辛い事はご察しします」

「しかし、警察としてこの問題に目を瞑る訳には……」

美也子「違うんです」


これ以上、石田の事で責められるのが
嫌なのだろうと思って言った右京であったが、美也子はそれを否定した。

右京「違う?それは、どういう事で……?」

美也子「………」



「実は…………」

―水門小学校―


6年2組の教室では、いつも通りの授業が行われ、いつも通りの時間が過ぎていた。

ただ1人、石田を除いては……

石田「……………」


昨日特命係の2人に見付かった事があったのか、向こうがそう言う気分なのかは不明だが、
今日は肉体的苦痛を与えるようないじめは行われはしなかった。

だがその代わり、誰からも無視され、一部の生徒からはケラケラと笑われている……

石田「ん…?」


その時であった。石田は自分の席に目を向けると、そこには梢子がいた。
一体彼女は何をしているのかと言うと、彼の机を雑巾がけをしている。

本来ならば、自分の机を誰かが掃除してくれる事は喜ばしい事であるはずなのだが、
相手がよりによって自分がいじめた相手……

石田は、それが不愉快に感じた。

石田「おい!何勝手に人様机拭いてんだよ!あっち行け!」

硝子「あ……」


彼は怒鳴りながら梢子を机から突き放すと、もう手を出されまいと言わんばかりに席に腰掛ける。
それでも硝子は心配そうな目を向けるが、「何見てんだよ?さっさと行けよ!」と結局突き放されてしまう。

耳がはっきりと聞こえないとは言え、彼の様子からそう言われていると察したのだろう、
硝子はシュンとしながら彼の席から離れるしかなかった。

石田(たく…何なんだよ!)


そう言えば、この前も勝手に机の中を漁っていた事もあったっけ……?

と、硝子の行動を思い出したが、今の状況の事で頭が一杯な石田は、
その理由まで考える余裕はなかったのであった……

その頃、校長室ではある男が水田校長に呼び出されていた。
石田がいる6年2組の担任教師である。


担任「校長…いきなり呼び出して、何でしょうか?」

水田校長「竹内君。実は昨日、警察の方が私のとこに来てね……」


校長の問いに、『竹内』と呼ばれた6年2組の担任は「警察が?」と少しばかり驚く。


竹内「一体、何の用で来たんで?」

水田校長「…………」

「『この学校の生徒が、暴力を振るわれている現場を見た』と……」

竹内「……………」

水田校長「一応、喧嘩と言う事にはしておいたんだが……」

竹内「…………」

「あなたが喧嘩だと思っていらっしゃるのなら、そうなのでは?」

水田校長「んーまあ…そうだと思いたいんだが……」

「向こうは『いじめか何かがあったのではないか?』と疑っているみたいでね」

竹内「それに対しては、何と答えたんです?」

水田校長「『特に何もなかった』と……」

竹内「……………」

「だったら、問題ないじゃないですか」

「西宮いじめの犯人は石田……そういう事で話しは付いたはずです」

「あれ以来、私のクラスも平和です。今更聞くような事じゃないでしょう?」

水田校長「それも、そうだな……」

「すまんね……西宮君のいじめ問題があったばかりだから、少し心配になって………」

竹内「本当に、要らない心配ですね」


呆れた風に返すと、竹内は「では、業務に戻らせてもらいます」と言って退室する。

竹内「ふぅ…………」


そして、校長室の外で安堵するかのように息を吐いた。

―放課後―


石田はいじめられる前にさっさと家に帰ろうと、足早に学校を出ようと歩いていた。


???「おい…!」


だが、正門を出た辺りで、彼は後ろから誰かに呼び止められる。
その声に石田は反射的に反応し、振り返ってしまう。


???「お前……さっさと帰って逃げようとか思ってるんじゃねぇよな?」


振り返った先には、昨日自分に暴力を振るっていた2人の少年……

名前は、『島田一旗』と『広瀬啓祐』

石田「な……なんだよ?何の用だよ?」

島田「インガオーホーの続き……」

石田「え…?」

島田「だから、昨日のインガオーホーの続き」

石田「…!」


島田の言葉に石田の表情が青ざめた。

要するに、昨日特命係に中断させられた暴行の続きを、今から始めようと言われたのだ。

石田「お、おい……こんな所で続きやるの、まずいんじゃねぇか……?」

島田「だから、今から場所移すんだよ……広瀬!」

広瀬「おう!」


島田に命令され、広瀬は石田を押さえつける。


石田「や、止めろよ…!明日でもいいだろ?!」

島田「そうやって逃げようたってそうは行かねぇよ」


考えを見透かしたかのように返す島田。

そして抵抗虚しく、何処かに連れて行かれそうになる石田。


だが……



???「ちょっと、そこの君達ぃ~」

突然、自分達以外の男性に呼び止められ、彼らはその声がした方向を振り返る。


島田と広瀬「「!」」


振り返った瞬間、2人は驚きの表情を見せる。
何故ならそこには、昨日自分達の石田へのいじめを止めてきた冠城亘がいたからだ。

冠城「その子を何処へ連れて行く気かな?」

島田「え…あ……」

広瀬「そ、それは……その………」

冠城「もしかして、昨日僕達のせいで出来なかった喧嘩の続きかな?」

島田と広瀬「「………」」

冠城「駄目だなぁ……」

「君達みたいな年頃になると色々あるのは分かるけど、だからって喧嘩は良くないよ?仲良くしなきゃ~」

広瀬「お、おい…!島田……」

島田「に…逃げろ!」


何でまた邪魔が……!

と悔しさを感じたものの、今この場で捕まっては元も子もない。

そう言う訳で、広瀬と島田は一目散に逃げて行った。

冠城「…………」


この場から立ち去る彼らを見た後、冠城は「大丈夫かい?」と石田に声を掛ける。

彼らから解放された石田は、何も言わずにさっさとその場から立ち去ろうとした。

冠城「石田将也君だね?」


石田「!?」


だが、冠城に自分の名前を呼ばれ、石田は驚き、足を止めて彼を見た。

何故、彼は自分の名前を知っているのだろうか?

昨日、少し顔を合わせただけで、一言も会話していないのに……

冠城「やっぱり……君が石田君なんだね?」

石田「あ…アンタ、一体……?」

冠城「話したいのは山々だけど、ここだとちょっとまずい……場所を移そう」

石田「あ…あ、あぁ……」


冠城の提案に流されるままに乗っかる石田。

こうして、彼を連れて移動を開始しようとする冠城であったが……

冠城「?」


その時、後ろの方を見ると、硝子が遠くからこちらを見ている事に気付く。
しかも良く見てみれば、彼女の目線は石田の方にも向けられているようにも見えた。

冠城「…………」


冠城はその様子が少し気になったものの、
今は石田の方が優先であった為、その場を立ち去るしかなかった。

こうして冠城は、石田を連れて近場のファミレスに入り、
そして隠れるのに最適そうな席に腰掛けた。

冠城「ここなら、向こうの席からはすりガラス越しで君の姿は良く見えないし」

「外からも、僕の陰になって君の姿は誰にも見えない」

「唯一の目撃者は店の人とそこの監視カメラだけど……」

「店員が他の客に君の事を話すわけないし、監視カメラの映像だって一般人が見れるものじゃない」

「そもそもこんな店、子供だけで入れやしない……」

「どうだい?彼らから身を隠すには、打って付けだろ?」


そう言ってウインクしてみせる冠城。
だが、石田は彼に対する不信感を拭いきれなかった。

そんな中、店員の女性が冠城が注文したオレンジジュースを石田に持って来る。

冠城「ほら……喉乾いただろ?」

石田「け、けど……」

冠城「僕からのおごりだ。遠慮しないで飲めって」

石田「………」


冠城にそこまで言われると、石田は半ば仕方なしにオレンジジュースに口を付ける。

そして、彼が全部飲みきったあたりで、冠城は表情を切り替える。

冠城「自己紹介がまだだったね。僕はこういう者だ……」


そう言って冠城は、自分の手帳を見せる。


冠城「警察手帳……一度くらいは見た事あるだろ?」

石田「! じゃ…じゃあ、アンタは……!」

冠城「僕は、東京の警視庁から来た刑事だ」

「名前は、冠城亘……」

石田「冠城亘……」

冠城「さて、どうして僕があそこにいたのかだけど……」


身分を明かした冠城は、昨日島田達のいじめを止めた後、
右京と共に色々と調べて回った事を石田に明かした。


冠城「そうして君の事を調べていく内に、君が西宮硝子ちゃんをいじめていた事が分かったという訳だ」

「だから、あそこで君を待っていたんだ。その事を詳しく聞く為にね」

石田「…………」


事情を聞かされた石田の表情は重かった。

当然だろう、自分の所業がこんな形で警察に知られるとは、思ってもみなかったのだから。

そして、冠城がその事を咎めに来たのだろうとも考えた。

冠城「言っとくけど、僕は君を咎める為に話しを聞こうってわけじゃないんだ」


予想外の言葉に石田は「え…?」と疑問符を浮かべる。


冠城「君、今いじめられているでしょ?」

石田「い、いや…それは……」

冠城「隠さなくたっていい。昨日のあれは、どう見ても喧嘩なんかじゃない」

「無抵抗な相手をリンチにして痛めつける……立派ないじめだ」

「さっきだって、そうなり掛けていたんじゃないのかい?」

石田「……」

冠城「しかし、何故硝子ちゃんをいじめる側だった君が、今度はいじめられる立場になったのかっていう疑問があってね……」

「僕は最初、硝子ちゃんをいじめた事に対する報復だと思ったんだけど……」

「ウチの上司は、他の可能性も疑ってるみたいでね……君に直接聞いて来いって言われたんだ」

石田「…………」

冠城「だから…正直に話して欲しい」

「今君がいじめられているは、硝子ちゃんをいじめた事に対する報復なのか?そうじゃないのか?」


真剣な面持ちで、石田と顔を合わせながら冠城は問い掛ける。
一方石田は、そわそわした様子で答えようとしない。

答えるべきかどうか迷っているようだ。

そこで冠城は、次のような事を言った。

冠城「話したくないのなら、それで構わない」

「一般人……それも子供から強引に事情を聞き出すなんて、警察のする事じゃないからね」

「けど……それでいいのかい?」

石田「え…?」

冠城「君は今、担任の先生からの助けも得られない状況に陥っているんじゃないのかい?」

石田「どうして、そのことを?」

冠城「昨日、学校でたまたま見たんだよ。君が、先生に相手にされていない現場を……」

石田「…………」

冠城「それに、被害者が被害に遭ったと認めてくれなければ、僕達警察も手の出しようがない。事件性が、認められないからね」

「しかも僕らは違う所轄の刑事だ……この市には長くはいられない。いつ、警視庁に呼び戻されてもおかしくないんだ」

「そうなったら、君を助ける大人はいなくなるだろうね」

「それでも乗り切れる……後悔しないという自信があると言うのなら、僕達は引き下がるつもりでいるけど」

石田「……!」

冠城の言葉に、石田は表情を曇らせる。

少しばかり脅すような真似をして冠城は心を痛ませたが、間違った事は言っていないつもりだ。

このまま石田が何も話さなければ……救いを求めてくれなければ、意味がない。

6年生と言えども、彼はまだ子供……大人の助けがなければ生きていけない年頃だ。

だから尚更、彼自身が自分達大人に救いを求めてくれなければ、その時点で終わってしまう。

それこそ、昨日今日といじめから救ったことすら無意味になる。

冠城「大丈夫……君から聞いた事は、上司以外には誰にも話さない」

「僕の上司も、同じ対応を取ってくれるだろう」

石田「ほ、ホント……か?」

冠城「僕達は警察だ……秘密は守るよ」


秘密は守るという冠城の言葉……

この一連の流れで、石田の心は揺れ動く。

そして……



石田「じ、実は……」

―西宮家―


結絃「姉ちゃんお帰り」

硝子「おきゃ…えり……」


学校から帰って早々、待ち構えた結絃に硝子は呂律の回らない声で「お帰り」と返してみせる。

ランドセルも下ろし、手も洗い、少し落ち着いた頃合いを見計らい、
結絃はいよいよ、気になることを聞き出そうと動く……

結絃「姉ちゃん…ちょっと聞きたい事あるんだけど」


手話を交えて聞いて来る妹に、硝子は「なに?」と手話で返す。


結絃「昨日、刑事さんが石田がいじめられてて、姉ちゃんがそれ見てたって言ってたけど……」

「一体、どうしてそんな事してるんだ?石田に何が起きてるんだ?」

硝子「…………」


その事を聞かれた途端、硝子はまた昨日の時の様に手話をする手を止めて黙ってしまう。

結絃「ね、姉ちゃん……?」


何も答えない姉を不思議がる結絃。

一方、本人は手話で「宿題やってきます」と伝え、足早に自室に行ってしまった。

結絃「姉ちゃん…!」

いと「ゆず…どうしたんだい?」

結絃「婆ちゃん……姉ちゃんに、石田がいじめられてる事を聞いてみたんだけど」

「何も答えてくれなかった……」

いと「そうかい……」

結絃「どうしてだよ……何で話してくれないんだよ?」

「なんか…アイツのこと庇ってるみたいだ……」

いと「……………」

一方その頃……

ファミレスで話しを終えた冠城は、石田を彼の自宅まで送り届けていた。


石田「この辺でいい。ここまで来れば、アイツらには会わないから」

冠城「そうかい?じゃあ、気を付けて……」


こうして、石田に背を向けてその場を立ち去ろうとする冠城。
そんな彼に対し、石田は「待って…!」と言って彼を引き止める。


冠城「ん……?」

石田「さ、さっき話したこと……」

冠城「…………」




「何の事かな?」


石田「え…?」

冠城「僕は、喧嘩沙汰になりそうになった君を助け、君を家の側まで送った……」

「それ以外に何もしていない」

「つまり、君は僕に何も話していない……」

「そうだろう?」


すっとぼけた風に言って見せた後、冠城は改めてこの場から去っていく。

彼の受け答えに、石田は絶対に彼は秘密を守ってくれる……

自分の味方だという確証を得るのだった。

冠城「…………」

こうして、石田を送り終えた冠城は、泊っている旅館の部屋に戻ってみると、
そこには既に右京がおり、ちゃぶ台の上のお茶を優雅にすすっていた。

冠城「そろそろ、紅茶が恋しくなってきたんじゃないですか?」

右京「やっと戻りましたか。僕はずっと、ここで待っていたのですが……」

「一体何処で油を売っていたんでしょうかねえ?」

冠城「せっかく戻って来て、そりゃないじゃないですか~」

右京「では、君はちゃんと石田君から話しを聞く事が出来たんですか?」

冠城「もちろんです。下校時間を狙って正門で待ち構え、捕まえました」

「その際、例の2人にまたいじめられそうになってたので、助けてあげましたよ」

「そちらは?」

右京「石田君のお母様……石田美也子さんから、話しを伺うことが出来ました」

冠城「お母様にですか……」

右京「どうやら、シングルマザーのようで……」


右京の答えに「そうだったんですか……」と冠城は納得する。

冠城「で?彼女は、なんと?」

右京「その前に、君が石田君から聞いたことを話して下さい。何を聞いたかは、その際お話しします」

冠城「分かりましたが……その前に、ひとつ聞いて宜しいですか?」

右京「何でしょうか?」

冠城「朝は特に気にしていませんでしたが、わざわざ別々に行動する必要あったんでしょうか?」

「2人で石田君のお母様に話を伺って、その後石田君に話しを聞く……」

「それでも、問題なかったと思うんですが……」

右京「大の大人……それも男2人が揃って話しを聞くよりも、一対一で話した方が向こうも話しやすいだろうと判断しました」

「それに、あのようなお子様から証言を引き出すのは、僕よりも君の方が向いていると思いましてねぇ……」

冠城「つまりそれは、俺の能力を買ってくれたので?」

右京「それはともかく、早く話してくれませんかねぇ……」

冠城「そこは『はいそうです』って言って下さいよ……」


そう言って残念そうにしつつも、冠城は石田から聞いた話を語り出す。

何でも石田は、今まで島田や広瀬と言った学校の友達と一緒に、
よく馬鹿騒ぎして遊んでいたのだが、今年に入りその2人が



『いい加減危ないから』


『来年の中学校への進学に向けての勉強を進めたいから』

などの理由で、石田の馬鹿騒ぎの輪から離れて行ったのだという。

冠城「それで石田君、凄く退屈だったそうで…」

右京「その矢先に、硝子ちゃんがやって来た……」

「石田君のお母様も、友人とつるまなくなったのが関係していると言ってしましたが……」

「彼女に手を出したのはやはり、普段の行動の延長線上のようなものだったわけなのですね」

冠城「えぇ…彼が言うには、最初は自分にとっての非日常……。悪く言えば、退屈しのぎの道具みたいに見ていた様なんです」

最初はただからかっていただけだったものを、面白がって続けてい行く内にエスカレート。
からかいから嫌がらせへと変わっていったのだと、冠城は語った。

6年生と言えども、石田はまだやんちゃ盛りの子供……

調子に乗って事を大きくしてしまうのは、彼でなくとも十分あり得る。

だが、そう考えると『担任に止められなかったのか?』という疑問が出てくるが……

右京「そして、彼の担任はその事を黙認していた訳ですか……」

冠城「良く分かりましたね」

右京「学校からは『硝子ちゃんいじめの犯人は石田君である』という事実しか聞かされなかった……」

「石田君のお母様は、そう仰っていました」

「それに、昨日の硝子ちゃんのお婆様の話しを聞いた時から、その時点で教員が止めなかったのかという疑問があったもので……」

冠城「さすがです。まさにその通り……」

「しかも、石田君の担任……昨日我々が見たあの人、竹内というんですが……」

「問題はいじめの黙認だけではないらしいんですよ」

右京「と、言いますと?」

冠城「……………」

「どうやら彼、硝子ちゃんが石田君のいるクラスに入った時点で、彼女の世話を生徒達にやらせていたそうなんです」

「要するに、丸投げですね」

「それが原因で、6年2組の授業はいつも遅れていて、生徒達はその事で梢子ちゃんを忌々しく思っていたみたいなんです」


石田が硝子へのいじめをエスカレートさせたのも、それが一因しているのだと冠城は語った。

冠城「それと、竹内先生は確かにいじめの黙認はしましたが、一応注意はして来たそうですよ」

右京「ですが、軽い注意しかしなかった……」

冠城「ご名答」

「石田君が言うには、彼は注意してくる事はしてきたものの……」



『やり過ぎは良くない』


『こんな事を続けていると、いつか自分に返って来るぞ』

冠城「と、忠告めいた事を言ったくらいで、それ以上の事はしなかったと………」

注意しかしなかった……

つまり、竹内は硝子いじめを黙認したばかりか、必要最低限の対応しか取らなかった事になる。

その上、硝子の世話を生徒に押し付けていたとは……


他人の子供を預かっている以上、教員は彼らの身の安全と教育の場を保証出来なければならないはずだ。

しかし、竹内は硝子に対し、それが出来ていなかった……

生徒を指導する立場の人間がして許されることではない。

冠城「で、話しはここからなんですが……」

「実は、あの学校でクラス対抗の合唱コンクールが行われたそうでしてね……」

「その事で、『喜多』という教師と竹内先生が『ある事』で揉めていたんです」

「その『ある事』と言うのが、硝子ちゃんをコンクールに参加させるかどうかでした」

何故竹内と喜多が、そのような事で揉めたのか?

理由は言わずもがな、硝子は耳がよく聞こえず、声も上手く出せないからだ。
そのような人間が合唱コンクールに入れば、どうなるか……

結果は言うまでもない。

冠城「まあでも、喜多先生の強い推しで、結局硝子ちゃんも参加させられたんですが……」

「結果は言うまでも無く、6年2組の惨敗」

「それをきっかけに、6年2組の生徒達のフラストレーションが爆発……」

「石田君の硝子ちゃんいじめに積極的に、参加するようになっていったそうです」

そうして石田は、硝子の机に落書きしたり、
教科書や靴を隠したり、筆談用ノートに落書きした上で校内の池に捨てたり、
そして例の補聴器を破損・紛失させたりなどと言った事件を、起こしてしまったのだという

しかもこの件には石田だけでなく『植野直花』という女子生徒を始めとした、多くの生徒が関わっていたそうだ。

直接手を出していない生徒も、彼らの行いを止めるどころか、遠くから笑っていたり、
中には『川井みき』の様に必要最低限の注意にとどめ、後は安全圏に避難しているような者もいたのだという。

冠城「その時、石田君はとても楽しくて……それでいて、嬉しかったそうです」

「『クラスのみんなを苦しめる相手に制裁を加えるだけで、離れて行った友達が戻って来たから』と……」

右京「彼からして見れば、そうだったのかもしれませんねぇ……」

だが右京は、石田の行いを肯定する気はなかった。

今まで共に遊んできた友達が離れて退屈だったのも分るし、
それを理由に、何かに手を出したくなってしまう気持ちも分かる。
そして、健常な人間に囲まれて生きてきた石田にとって、硝子は大変珍しい存在に映った事だろう。

だが、先程の冠城の言の通り、石田は硝子の事を人間として見ていなかった節がある。

それでいて、この所業。

これはただのいじめ……犯罪だ。

だが、それ以上に右京が許せなかったのは、周りの人間の行動であった。

竹内は硝子への対応を生徒に丸投げし、石田の行動に対しては軽く注意しただけ。
障がい者児童への理解を乞うべき人物がそれを放棄したことが原因なのに、
生徒達は硝子に対してストレスを溜め、石田と共謀する始末……

この時の6年2組の教室は、硝子に対するいじめが横行する無法地帯と化していたのは想像に難しくない。

それでも竹内は、彼らを止めなかったのだろう。

これだけでも充分悪質であったが、そんな右京の怒りに更に火を点けるような話が冠城の口から語られる……

冠城「けど、そんな事も長く続くはずがなく、補聴器が8回紛失・破損させられた事で西宮家が学校側を訴えた」

「ところが、犯人捜しのために行われた生徒会で、いきなり竹内先生が『硝子ちゃんいじめの犯人は石田君だ』と言い出した」

「竹内先生は、自分が何度も注意したのに石田君がそれを聞かなかった事にし……」

「自身の注意不足を有耶無耶にしたどころか、生徒達が石田君に加担した事すらなかった事にしてきたんです」

「6年2組の生徒達も、その流れに乗って自分達の責任を石田君に擦り付けた……」

「結果、硝子ちゃんの補聴器の件で生じた賠償金170万円を、石田君の母親一人が支払う事になった」

「おまけに、学級裁判で6年2組がカーストになった事で、生徒達は石田君をいじめるようになった……」


「……と言うのが、石田君があの2人から暴行を受けていた事の真相です」

「同時に、これがあの学校で起きた、硝子ちゃんいじめの実態でもあります」

「彼らは、全ての責任を石田君に押し付け、まるで何事もなかったかのように学校生活を続けているという訳です」

右京「…………」


冠城から聞かされた、水門小学校での石田と硝子の詳細な状況に、
右京は表情ひとつ変えなかったものの、何となく怒気らしきものが滲み出ているのを感じた。

それを察した冠城は「ところで…そちらは他に何か聞きませんでしたか?」と無難に尋ねた。

右京「……………」

「このようなことを、仰っていました……」

~回想~


右京「違う?それは、どういう事で……?」

美也子「………」

「実は私、補聴器の賠償金170万円を西宮さんに払ってきたんです」

右京「賠償金を?」

美也子「えぇ…それが、私があの家族さんに出来る、せめてもの償いでしたから……」

「だから、この件はもうケリが付いているんです……」

「悪い言い方をすれば、刑事さんの出る幕は無いと言う事になります……」

右京「…………」


そう語る美也子の様子に、さすがの右京もこれ以上問い質すのは酷だろうと判断した。
しかし、それでも聞いておきたい事があった。

右京「お気持ち、察しします…」

「ただ……最後にひとつだけ、お伺いしてよろしいですか?」

美也子「何ですか?」

右京「実は昨日…息子さんが、同じ学校の児童から暴行を受けている現場を目撃しました」

「この事から、彼は学校内でいじめを受けている可能性があります」

「あなたは、その事をご存知ですか?」


右京の問いに、美也子はそこまで動揺する様子はなかった。

右京「…ご存知なのですね?」

美也子「学校から聞かされた訳ではありませんし、本人が話していわけでもありません」

「むしろ、あの子は『学校ではしゃぎ過ぎたんだ』と言ってましたが……」

「私も母親です…心配かけまいと誤魔化しているのは分かります」

「明らかに、いつもより酷い有様で帰って来る事が多くなりましたから……」

右京「学校には訴えなかったんですか?」

美也子「出来るならそうしたいです。けれど、将也はよその子をいじめてしまいました……」

「そのような子の母親が声を上げたところで、かえって反感を買われるだけです……」


そうは語るものの、彼女の顔からは悔しさややり場のない怒りなど、
様々感情が複雑に入り混じっていた。

その表情から、我が子を助けられない自分に対する
歯がゆさが滲み出ているのを、右京は感じた。


~回想終了~

冠城「確かに、加害者の身内は加害者と同列に扱われるもの……」

「石田君のお母さんが手を出せずにいるのも、無理はありませんね………」

右京「…………」

冠城「…右京さん?」

右京「…冠城君。君は、この話しを聞いてどう思いましたか?」

冠城「どうしたんですか?急に……」

右京「いいから答えて下さい」


急に意見を求めてきた上司に、冠城は少しばかり動揺したが、
右京の真剣な表情に並々ならぬものを感じ、素直にこう答えた。

冠城「許せない…と言うのが正直な感想です」

「最初に手を出したのは石田君である事は確かだし、硝子ちゃんにした事も擁護出来たものじゃない」

「裁きを受けるのは当然です」

「けどそれは、いじめに加担した生徒や原因を作った竹内先生も同じはずなのに、彼らは石田君の非を利用して自分達だけ責任逃れた」

「おまけに、クラスの順位がカーストになった責任すら、いじめという形で石田君に押し付ける始末です」

「こんな事やってるんだ……硝子ちゃんいじめも、誰かが石田君に代わって継続させている可能性が高い」

「彼らにも思うところがあったのかもしれませんが……」




「そうだとしてもこんなこと、間違っていると思いますよ」


右京「その通りです。こんなこと間違っている……」

「彼らに裏切られたのは石田君の自業自得ではあります」

「しかし、6年2組の生徒達と竹内先生が石田君にした事は、石田君が硝子ちゃんにしたこと以上に許しがたい……」

「全ての真実を明らかにし、彼らを自身の罪と向き合わさなければ、何も解決しませんよ……!」

冠城「…………」


強い口調で言い放つ上司の姿に、冠城は自分と彼の意思が一致していると確信した。

冠城「お互い意見が合いましたね……」

「しかし……ひとつ、大きな問題があります」

「どうやって彼らの罪を暴くのかです」

「石田家と西宮家の示談が成立している今、うかつに手出しできないし……」

「生徒達や竹内先生を攻めようにも、こちらは証拠がない……」

「石田君いじめから事を進めようにも、俺達は島田君達と何度か顔を合わせている」

「これ以上、不用意に嗅ぎ回りでもしたら、彼に対するいじめをかえって助長する恐れがある」

「はっきり言って、お手上げですよ」


と言いながら、本当に両手を上げて見せる一方で、
「けど、あなたの事だから、何か手は考えてあるのでしょう?」とも聞いてみせた。

右京「君も察しが良くなりましたねぇ……」

冠城「という事は、ビンゴですか?」

右京「そんなところです」

冠城「それで?どんな手、考えてるんです?」


冠城の問いに右京は「水田校長を利用します」と答えた。

冠城「あの校長を、ですか?」

右京「冠城君……昨日僕達の質問に対して彼、何と答えましたか?」

冠城「……そう言えば、硝子ちゃんいじめの事隠しましたね」

右京「そう……彼は我々に対し、いじめなどのトラブルはなかったと嘘の証言……即ち、偽証を図ったのです」

「ここまで言えば、分かりますね?」

冠城「………………」


「彼の偽証から事を進め、そこから芋ずる式に6年2組のいじめ問題を引きずり出そうというわけですね」

右京「そういう事です。彼が、今回の件を何処まで把握しているかは分かりませんが……」

「一度示談で決着を着けたと思っていた問題に、別の問題が隠れていると知れば、否が応でも事の真偽を確かめたくなるはずです」

「警察が6年2組に立ち入ることをあの方に許可させれば、それで問題ない……」

冠城「しかし、どのみち証拠は必要になりますよ」

右京「そこで僕に考えがあります」

冠城「考えって?」


右京は、冠城に自分の考えを話した。

冠城「確かに、それを調べさせるのが確実そうですが……」

「そう都合良く今も保管していますかね?」

右京「だからこそ、君にも動いてもらおうというわけですよ……」

冠城「………………」

「分かりました」

「ただ、俺らの顔と身分は割れていますからね……別の奴にやらせる事になりますが、構いませんか?」

右京「構いませんよ……元より、そうさせてもらうつもりです」

冠城「んじゃ、明日朝一番に『アイツ』に連絡入れてみますかね……」

右京「頼みますよ」


そうして、右京の考えを実行に移す事となった冠城。

6年2組のいじめ問題に終止符を打つべく、ついに特命係が動き出した……

2日目(第2話)はここまで。

途中で中断しなければならないアクシデントがありましたが、何とか書ききれました……

ただ、都合良く詳細が明らかになり過ぎかな?

次回は、問題解決の仕込みを開始します。

そして、脱字を発見……

×「けどそれは、いじめに加担した生徒や原因を作った竹内先生も同じはずなのに、彼らは石田君の非を利用して自分達だけ責任逃れた」→〇「けどそれは、いじめに加担した生徒や原因を作った竹内先生も同じはずなのに、彼らは石田君の非を利用して自分達だけ責任を逃れた」

皆さんレスありがとうございます。
>>60でも書いた通り、完結はさせたい所存です。

そういう訳で続きですが、その前に……



今回は結構不快な表現が含まれるので、苦手な方はご注意下さい。

相棒×聲の形 ~3日目~


―翌日―


硝子は、水門小学校へと足を進めていた。

いつも通りの、通い慣れた道。

しかし、その表情はどこか曇りがちだ。


右京「おっと!これは失礼……」

硝子「…!」


その時であった。突然、右京が通り掛かり、彼女と軽くぶつかってしまった。

硝子「あ…!」


そんな彼を見送ったその時であった。
硝子は、足元に一枚のハンカチが落ちている事に気付く。
見た所、大人の男性が使っていそうなデザインであり、硝子は先程ぶつかった際に右京が落とした物なのではないかと考える。

そこで彼女は、急いでそれを拾い上げ、急いで右京の下に駆け寄る。


硝子「あ…あ、にょ……!」


何とか追い付いた硝子は、スーツの裾を引っ張りながら呂律の回らない声で右京を呼び止めた。


右京「どうしました?」

硝子「こるぇ……」


振り返った右京に、硝子はハンカチを差し出した。


右京「おやおや…これは僕のじゃありませんか。拾ってくれたんですか?」


と言いながら手話を交えると、硝子は首を縦に振った。

右京「どうもありがとう……君も学校で頑張って下さいね」


ハンカチを受け取りながら、手話を交える右京。
それを見た硝子は、一瞬複雑な表情になったが、すぐに愛想笑いを浮かべて頷くと学校の方へと歩みを進める。


右京「…………」


だが右京は、その表情が心配を掛けまいと作った顔である事を見抜いていた。
そしてどういう訳か、その際髪から見え隠れした彼女の右耳を注視する。

その後、硝子が拾った自分のハンカチに少しの間目を向けたのち、ポケットにしまい込みながらある場所へ向かった。

―西宮家―


いと「はい……あら?」


呼び鈴が鳴ったので、いとは顔を出すとそこには右京が立っており、彼女に対して深々とお辞儀をする。
それから、彼はまたリビングに案内された。

この時間、硝子はもちろん彼女の母親もいなかった。


結絃「あれ?刑事さんまた来たんだ」


そこへ、結絃が奥の部屋から姿を現した。


右京「おや……君もいたんですか?」

結絃「え?うん、まあ……」

右京「学校に行かないんでいいんですか?」

結絃「そ、それは……」


右京の問いに結絃は言葉を詰まらせた。


いと「刑事さん…ゆずは硝子の事で色々とありまして………」

右京「…………」


いとの一言で、右京は察した。

結絃は、姉の障害をネタにいじめに遭い、不登校になったことを……

右京「なるほど……知らなかったとはいえ、辛い事を聞いてしまい申し訳ない」

結絃「いいんだよ。元はと言えば、アイツが……」

「母さんが、姉ちゃんをちゃんとした学校に連れて行かないのが悪いんだから!」

いと「これ、ゆず!」

結絃「だってそうじゃんかよ!そのせいで姉ちゃん何度もいじめられてんのに、アイツはその事まるで分かっちゃいない!」

「おまけに姉ちゃんに解決させるとか何とか言って今まで助けもしなかった癖して」

「今回に限ってはちゃんと石田の母さんに補聴器の弁償させて……」

「まったくわけ分かんないよ!」

いと「ゆず……!すみません、刑事さん……」

右京「いえ……構いませんよ」

「しかし、彼女とお母様はあまり仲がよろしくないんですねぇ……」

結絃「当たり前だよ!姉ちゃんの事中々助けようとしなかったばかりか、髪まで切って補聴器を見えるようにしようとして……!」

「そんな事したら余計いじめられるって分かんねぇのかなあ?」

いと「ゆず!ちょっと外に出てってもらおうかしら?刑事さんが落ち着いて話が出来ないでしょう」

結絃「ちぇ…!しょうがねぇな……」


さすがのいとも、他人の前で結絃が愚痴々言うのを良しとせず退室を命じると、結絃は渋々と部屋を出て行った。

いと「本当にすみません。孫が、お見苦しいところを………」

右京「いいえ……彼女が愚痴をこぼすようなきっかけを作ってしまったのは、こちらです」

「あなたが頭を下げる必要はありませんよ」

「それに……お母様が硝子ちゃんに何をしてきたのか、それが少しばかり分かりました」

いと「八重子がしてきたこと……?」

右京「…………」

「今の結絃ちゃんの話しを聞く限り、彼女は硝子ちゃんに対し、結構な無茶振りをなさっていたようですね?」

「硝子ちゃんが普通の小学校に通っているのも一昨日の厳しい態度も、それが関係している……違いますか?」

いと「……………」


右京の問いの、いとはしばし黙ったのち、こう答えた。


いと「娘は……八重子は、本当はあんな娘じゃないんです……」

「昔から不器用で、周囲から誤解される事がしょっちゅうあるもんで……」

「それに、好きでああやっている訳でないんですよ」

右京「と、仰いますと?」

いと「…………」

「あれは、13年以上前の事です……娘は、1人の男性と結婚しました」

「その男性と結婚して最初に産まれたのが、硝子でした……」


その時の八重子は、実に幸せだったのだといとは語る。

だが……


いと「硝子が産まれてから3年後……あの娘の幸せは終わりを告げました」

「ある日、硝子の様子がおかしい事に気付いたんです。こちらの声に、ほとんど反応しなくなって……」

「そこでお医者様に診てもらったところ、高難度難聴であると診断されました」

右京「硝子ちゃんが障害を持っていると分かったのは、産まれてから3年経った後だったのですか……」

いと「産まれた直後はまだある程度耳が聞こえていたらしく、最初の検査の段階で見逃されていたようで……」

「おまけにお医者様の話によると、『先天性風疹症候群(せんてんせいふうしんしょうこうぐん)』の可能性が高いと……」

右京「先天性風疹症候群……母親の持つ風疹ウィルスに由来する障害ですか」

「ということは、八重子さんは硝子ちゃんを身ごもった当時、風疹ウィルスを発症していた……」

いと「えぇ……」

「心当たりがないか聞いてみたら、夫と子作りをした後、調子が悪くなった時期があったと言っていました」

「そこで、夫の持っていた菌が移ったのではないかと思い、八重子は硝子の障害の件も含め、彼にその事を話しました」

「しかし………」

八重子がそうしたところ、夫は態度を一変させ、
『八重子が予防接種を怠ったせいだ』などと言い出し、自分の責任を八重子に押し付け、
その上硝子が聴覚障害を患ったことを理由に、彼女を毛嫌いし始めたのだ。

彼だけではない……彼の両親もだ。

彼らは自分達の息子の非を咎めるどころか、彼に肩入れし……



『障害を抱え、国などから補助を受けて生きる子供など要らない』


『責任逃れをする世間知らずな親の子は、きっと世間知らずに育つ』


『不満があるなら1人で育てろ』

などと散々文句を言って硝子や八重子を毛嫌いした末、
八重子に硝子を押し付け、そのまま別れてしまったそうである。

いと「以来、彼らが何処で何をやってるか……今はもう分かりません」

「八重子は、その時のことを酷く悔やみました。『私がもっと強気に出ていれば、硝子を守れたのに』と……」

「私もあの娘の事を庇い切れなかったので、『あなた1人のせいではない』と言ったのですが、それでも彼女は自分を責めました」

「そして、お腹に結絃がいると分かった頃からでしょうか?」

「あの娘は、涙を捨てて硝子を『障害に甘えない強い子に育てる』と誓ったんです」

「こうして八重子は、硝子達に対して厳しく接するようになった訳なのです」

右京「硝子ちゃんが普通学校である水門小学校に通っているのも、その一環のようなものだったのですね?」

いと「はい……」

「しかし、刑事さんの言う通り無茶振りが過ぎるところがありましてね……」

「この6年間、硝子は他の学校でも補聴器を紛失したり不適切な扱いを受けました」

「それでも八重子は、硝子自身が強くなり、自力で解決出来るようになる事を望み、普通学校に入れるのを止めませんでした」

「その一環として、先程結絃が話した通り、硝子の補聴器がはっきり見えるよう髪を切ろうとまでして……」

「結絃が、男の子の様に振る舞う様になってしまったのも、それが原因です」

「あの娘は、八重子から硝子を守る為、自ら髪を切って女の子らしく振る舞う事を捨ててしまった……」

「ただ……さすがの八重子も、今回の石田君の所業は見逃せなかったようですがね」

右京「硝子ちゃんは今年で6年生……小学校生活も残り僅かですからねえ」

「『今回ばかりはしっかり解決しなければいけない』と考えたのでしょう」

いと「えぇ、恐らくは……」

右京「………」

今の話を聞き、右京は八重子の中に宿る意思の正体を理解した。

彼女は、夫の不備を押し付けられ、それに対して抵抗が出来なかったのだろう。
だからこそ、絶対に弱みを見せないと心に誓った。

娘達を強く育てようと手厳しく接しているのも
自分の二の舞を踏ませたくないという意図がある事も充分考えられた。

しかしそれは、母としては苦渋の決断でもあったに違いない。
真面目にやればやるほど、かえって理解されなくなるというリスクもない事はないのだ。
結絃が彼女に反感を持っている事からも、それは明らかだ。

それでも八重子は自身の信念を曲げず、今日まで彼女らを育ててきたのだろう。

並の人間なら、途中で挫折してもおかしくない……

そう考えると、八重子は親としては立派な人物と言えよう。

しかし……

右京「お婆様……八重子さんがどれ程の覚悟を持って、硝子ちゃん達と接して来たのか理解出来ました」

「彼女があそこまで厳しい態度を取るのは、旦那様一家の押し付けから硝子ちゃんを守れなかった弱い自分を隠す為……」

「硝子ちゃんを守れなかった自分に対する、一種の責任と戒めの表われでもあった」

「障害を患うお子様を持つ親は、周囲から見下される事も多い」

「旦那様もおらず、あなた以外に頼れる人間がいなかった彼女は、そうするしかなかった……」

「その決意は、生半可なものではない……だからあなたは、今までずっと彼女のやり方を見守ってきた」

いと「…………」


何の返事を返さないいとではあったが、否定をしているわけではない事はすぐに理解出来た。

右京「しかし……本当に八重子さんのやり方に、問題はなかったのでしょうか?」

いと「え…?」

右京「人は完璧ではありません。例え真っ当な理由で動いているつもりが、知らない間に間違いを犯すことがあります」

「この13年間、八重子さんを見守ってきたあなたは、そう感じることがあったのではありませんか?」

「例えば、先程申した無茶振りとか……」

いと「…………」


右京の問い掛けに、いとは思い当たる節がある様な表情を浮かべた。


右京「あなたも、理解なさっているとは思いますが……」

「子供という存在は、いじめに対しては無力です。そこに障害の有無は関係ない……」

「結絃ちゃんが健常な人間であるにもかかわらず、いじめに耐えかねて不登校になってしまっている事からも明らかです」

「人がいじめられる理由は色々とありますが、一番分かりやすいものとしては、『自分達と異なる存在を受け入れられない』というものが挙げられます」

「今回の件はまさにそれです。これまで、硝子ちゃんに対して不当な扱いをしてきた者達は、彼女の障害を理解し、歩み寄ろうとしなかったのでしょう」

「しかし何故、そんな事になってしまうのか?」



「それは、硝子ちゃんが同じ人間でありながら、彼らと異なる点があるからです」

右京「人は、自身と異なる存在を見ると、それを排除しようとしてしまう……ある意味、本能のようなものです」

「健常な人間の多い普通学校では、そのような思想の人間が特に多い」

「障害を持つ人間が、普通学校で上手くやっていけたという事例はない事はありませんが……」

「硝子ちゃんの事を理解出来る人間がいなければ、どんなに強くあれと望んだところで、それは意味を成さなくなる……」

「彼女に歩み寄り、理解しようとする人間がいなければ、硝子ちゃんに対するいじめがなくなる事はないでしょう」

「何故硝子ちゃんはいじめられるのか?何が駄目なのか?」

「そして、どのような学校に入れれば、彼女がいじめられる確率が減るのか?」

「今一度、八重子さんと話し合ってみてはいかがでしょうか?」

いと「…………」

右京の話しを聞き、いとの表情は複雑であった。

八重子は今は二児の母……子供ではない。

母親の自分が、今更干渉すべきではないと考えているのだろう。

それ故、娘と孫の領域に必要以上に足を踏み込んではいけないと、
今まで自制を掛けてきたことは想像出来た。

しかし……それでも右京は、このままにすべきではないと考えていた。

右京「…………」

「僕も無茶な事を言っているのは分かっているつもりです」

「母として、大人になった娘さんの意思を尊重してあげたい気持ちも分かります……」

「しかし、硝子ちゃんは来年で中学生……大人への道を歩み始める頃です」

「それなのに、八重子さんは自身の誤りに気付かず、お孫さん達も彼女の真意を知らず、溝を作ったまま……」

「果たして、このままでいいのでしょうか?」

「場を取り持つ為、中立の立場を保つのも大事ですが……」

「時としては、踏み込んだ対応を取っても罰は当たらないと思いますよ」

いと「…………」


右京のいう言葉を、いとはただ黙って聞いていた。

右京「…………」

「申し訳ない。僕とした事が、年上の方に対し、なんと説教じみたことを………」

いと「……そんな事、ありません。久し振りに、いい話しを聞かせてもらって感謝しています……」

「ここまで真摯な言葉を掛けてくれる男の人に会うのは、何年振りでしょうねぇ……」

「私も、長生きして色々知ってるつもりでいたけれど、まだまだだったのかもしれません……」

右京「………」

「そう言って頂けると、幸いです………」


と、右京は安心の意を見せた。

何故、わざわざいとに呼び掛けたのか?

それは、この件はあくまで西宮家の問題であるからだ。

八重子が姉妹を虐待していたというなら話しは別だが、
今回のケースは、硝子の事を考え過ぎたが故の失敗に近い。

相手が犯罪者でない以上、警察がうかつに足を踏み込んでいい領域ではない。
例え杉下右京個人として言ったところで、第三者の横槍と断じられるのも目に見えている。

そもそも、自分達が今追っているのは6年2組のいじめ問題……

西宮家の問題の解決ではない。

西宮家の問題は西宮家の人間に解決させなければならない。

それが、彼女らの為なのだ。

いと「ところで、今日は何のご用で?生憎、硝子は学校ですが……」

右京「その事なんですがねぇ……」

「独自に調べてみたところ、硝子ちゃんにわざわざ話を伺う必要はないことが判明しまして……」

いと「では、その事をお知らせに?」

右京「えぇ……」

「しかし、それとは別に『ある物』が必要になりました」

いと「ある物?」

右京「それはですねぇ……」



―水門小学校―


男「お願いです!どうかこの通り…!」


学校の事務室にいる事務員の前で、1人の男が両手を合わせ頭を深々下げながら何かを頼み込んでいる。
どうやら、この学校に何か用事があって来た者のようだ。
そこへ、職員に連れられて水田校長がやって来る。


水田校長「この人かね?」

職員「はい……先程から、あなたに会うまで絶対帰らないと言って聞かないもので……」


職員の説明を聞き「ふむ……」と言ったのち、水田校長は男に声を掛ける。

水田校長「君……私が、校長の水田ですが」

青木「おぉ!やっと来ましたか……あぁ、これはどうも初めまして!」

「僕、『青木年男』と言いましてね、どうしてもこの学校に用がありまして……

「その為に、どうしてもあなたと話がしたかったんですよ~」


なんと、この学校を訪れた男の正体は警視庁サイバー対策課の青木であった。

何故彼が、ここにいるのか?

一方、目の前の青年が警察の人間だと知らないまま、校長は質問を続ける。

水田校長「用事とはなんだね?」

青木「実は、僕の友人が教師の勉強やってましてね、その勉強の為に小学校の授業を見学しようと思ってたみたいなんですが……」

「運が悪い事に高熱でぶっ倒れて、出来なくなってしまったらしくて……」

「だから僕が代わりにその様子を見学して、見た内容まとめて持って来いって頼まれたんですよ」

「僕は断ったんですが、この時期のこの学校じゃないと絶対駄目だと言って聞かないもので……」

「ですのでここは、あなた様直々に見学許可を頂きたいと……」

職員「こ、校長……どうします?」

水田校長「うーむ……」

青木「もちろん、授業の邪魔になる事は一切やりません!廊下から黙って見てるだけなんで…!」

「用が済んだら、すぐ帰りますから……ね?」

水田校長「………」


青木の頼みに、水田校長は少し考えたのちこう答える。


水田校長「分かった…そう言う事なら、好きにして構わんよ」

青木「ありがとうございます!では、ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと終わらせてきます」


と言って青木は、早々に学校の奥へと足を進めて行った。

職員「校長……良かったんですか?」

水田校長「見学くらいなら構わんだろう」

「それに、これが元でこの学校に注目が集まるかもしれんし……」

職員「は、はぁ……」

―水門小学校内の廊下―

青木「ふぅ……」

「何で僕がこんな遠くまで来て、こんな猿芝居打たなきゃなんないんだか……」


廊下を歩きながら愚痴る一方で、
「しかし、こんなにあっさり通してくれるなんて……あの水田とか言う校長、とんだ無能だな」と校長の事を嘲笑ってもみせた。


青木「さて…6年2組の教室はっと………」


6年2組の教室を探し歩く青木。しばらくそうしている内に、彼はその教室を発見する。


青木「あったあった……何の授業やってるんだ?」


青木はこっそりと6年2組を覗き込むと、竹内が授業内容を黒板に書いて生徒を指導している最中であった。
そこに書かれた文字や、生徒達が開いている教科書を見る限り、国語の授業をやっているようだ。



青木「撮影開始……」

それを確認するや、青木は懐からスマホを取り出して動画撮影を開始した。
しかしそのスマホは、良く見れば彼のものではない。

そして、彼が『誰かのスマホ』で撮影している授業風景は、次のようなものだ。

竹内「次は朗読だ。西宮、読んでみろ」

硝子「………」


教科書の内容を読むよう、竹内は硝子に指示する。


硝子「あ、う……ひ…………」


映像の中の硝子は、必死に教科書に書かれた内容を口にするが、呂律が回らず意味不明な言葉になってしまう。


竹内「何やってんだ……」

「おい植野、どう読むか教えてやれ!」

植野「………」

「はい……」


それを見かねた竹内は、隣に座る黒髪の少女……

即ち、植野直花に梢子の朗読のサポートを指示すると、植野は渋々了承した。


植野「ほら……ここはね、こう読むのよ」

硝子「う…いぃ……」

植野「違うわよ!……あぁ、もう!」


隣から大きな声で発音の仕方を教える植野だったが、
耳の不自由な硝子がすぐに理解出来るはずがなく、授業は中々進まない。

そうしている内に、植野の表情はあからさまに険しくなり、
周りの生徒達も笑っていたが、竹内はと言うと笑うのを止めるよう喝を入れただけで、
硝子と植野を助けようとはしなかった。

青木は、この一連の様子を念入りに撮影した。

青木「これで良しっと……」


動画撮影を終える青木。だが、彼の目的はこれで終わりではなかった。

次の目的達成の為、彼は手近な男子トイレの個室に身を潜めた。



―西宮家―


右京「わざわざ無理を言ってしまって、申し訳ありませんね」

いと「いえいえ…構いません。刑事さんの役に立てるのなら、それで充分です」


どうやら、ある物を借りる事に成功したらしく、右京は礼を述べながら西宮家の玄関に足を運ぶ。

そんな中、いとはある疑問を投げ掛ける。


いと「しかし、どうしてそれが必要なんですか?」

右京「申し訳ありません。現段階では、お話しする事は出来ないものでして……」

いと「守秘義務…ですか?」

右京「えぇ……」

「しかし、全て終わったらきちんとお返ししますので、どうか心配なさらずに……」

いと「はい、分かりました」


いとの返事を確認すると、右京をお辞儀をした後立ち去ろうとしたが、
「あ!最後にひとつだけ……」と言いながら振り返り、次のような事を聞いた。

右京「石田君の事で、硝子ちゃんは何か言っていませんでしたか?」

いと「えぇ……昨日、あの娘が学校から帰った後、結絃が聞いていました」

右京「彼女は何と?」

いと「それが……何も答えてくれなかったそうです」

右京「何も答えなかった?」

いと「えぇ…結絃は、『まるで石田君の事を庇ってるみたいだ』と言っていましたが……」

右京「そうですか。いや、少し気になったものでしてね……」

「では、今度こそ失礼します」


そう言うと、右京は西宮家を後にする。

そして、『ある場所』へと向かって行くのだった。



―水門小学校 校内―


チャイムの音を合図に、青木はトイレの個室から出てくると
廊下に出ている生徒に見付からないようにしながら、再び6年2組の教室に向かった。


???「ねえアンタ…どういうつもりなの?」

青木「ん…?」


そして、例の教室を訪れると、怒気の籠った声が聞こえる。

それは、先程硝子のサポートを指示されていた、植野直花……

彼女は、腕を組んだ格好で席に座る硝子を睨んでいる。


硝子「………」

植野「どうしていつもいつも、あたしがあんだけ教えてやってるのに分かってくれないの?」

硝子「……………」

植野「そうやってまた、だんまり決め込もうっていうの?」

「ふざけんなよ!」

パチン―――!

怒鳴りながら植野は、硝子の頬に平手打ちを叩き込む。

痛みで顔を歪める硝子。


一方、周りの生徒達はというと……

川井「~♪」


川井みきを始めとした、多くの女子・男子生徒は知らん振りしており、
中には何事もないかのように談笑している者達もいた。

見ている生徒もいるにはいたものの、その多くが硝子の姿を見て笑っている。


硝子「…………」


しかし、硝子は自衛の為だろう、愛想笑いを浮かべている。

川井「何だよ……笑って許される問題じゃねぇんだよ!」

「大体、アンタが来てからこんな事ばっか……」

「石田もいじめられるようになったし、あたしもアンタのせいで恥かいてばっかだし……」

「アンタが来てから、何もかもがおかしくなったのよ!分かってる?」

「いや……分かってないだろ!」



「この悪魔……!!」

硝子「…………」


と、硝子を罵ってみせる植野。

硝子も聞こえているわけではないが、植野の様子から何を言われているのか何となくは感じ取っている。

一方、こんな事になっているにもかかわらず、周囲の生徒達は止めに入らない。

それどころか………

女子生徒A「あーあ……可哀想に」

女子生徒B「けど、いい気味よね」

女子生徒C「アイツのせいで私らの授業、滅茶苦茶だもんね~」


と、陰口を叩いている生徒が大多数であった。

青木は、その様子も『誰かのスマホ』で撮影している。




男子生徒「おっちゃん、何やってんだ?」

青木「い!?」


その時であった。たまたま近くを通り掛かった
他のクラスの生徒に話し掛けられ、青木は思わず変な声を上げてしまう。

そして、急いで『誰かのスマホ』をポケットにしまい込む。

男子生徒「今、なんか隠さなかった?」

青木「隠してない!隠してないよ~……」

男子生徒「つーか、おっちゃん誰?先生じゃないよね?」

青木「あ、あのね……『お兄さん』はね、学校のお勉強に来てる人でね………」

女性教師「どうしたの?」


そこへ、他のクラスの教師がやって来る。

男子生徒「変なおっちゃんが、こそこそ何か覗いてたんです」

「しかも、何か怪しいもの隠しました」

女性教師「え!?」

青木「ち、違います!僕は、友達の頼みで学校の勉強に来た者です!」

女性教師「そうなんですか?」

「けど……今は休み時間ですけど」

青木「休み時間の様子観察も、学校の勉強の内なんです!」

「それに、見学許可もちゃんともらってます!後で校長先生に聞いてみれば分かります!」

「それに、もうそろそろ帰りますんで、校長先生にそう伝えておいて下さい!」

「それじゃ!!」


と言って強引に押し切ると、青木は足早に逃げ出した。

そんな彼に、生徒と教師は呆気にとられるのであった。

―水門小学校 敷地内―


青木「はぁ…はぁ……危なかった………」

「たく……何がおっちゃんだよ、あのガキ!僕はそんなに言われる程老け込んでないっつーの!」

「……うん?」


青木は、ふと前を見ると、そこには池があった。


青木「池……」

「丁度いい……ここにある物拾って、こんな学校さっさとおさらばだ!」


そう言いながら、青木は池の中を覗き込んでみる。

覗いた先にあったものは果たして……?



―職員室―


島田と広瀬は、急に竹内にこの場所に呼び出された。


広瀬「お、おい……先生、どうして急に俺達を呼び出したんだ?」

島田「知らねぇよ……お前、何かしたんじゃないのか?」

広瀬「やってねえよ……!」


竹内「お前達……」


そのようなやり取りを交わす2人の前に、竹内が姿を現す。
それを見た2人は、ぴたりと黙って彼と向き合った。

竹内「実は聞きたいことがある……正直に答えてくれ」

島田「な、何ですか…?」

竹内「お前達、最近石田へのことで、やり過ぎてはいないだろうな?」

島田と広瀬「「!」」


竹内の問いに、2人は背筋を凍らせた。

彼は、自分達の石田いじめに対しては、ほとんど無関心だったはず……

どうして今頃、そんな事を聞かれなければならないのだろうか?

その疑問に答えるかのように、竹内は次のような事を話す。

竹内「実は昨日、校長先生に呼び出されてな……」

「『この学校の生徒が、暴力を振るわれている現場を見た』と、警察に聞かれたらしいんだ」

島田「け、警察の人に?」

竹内「そうだ……」

「お前達は特に石田に手を出しているからな……何か目を付けられる事でもしたんじゃないか?」

島田「そ、そんな訳ない……な?」

広瀬「う、うん……!」

竹内「…………」

「そうか、ならいいんだ」

「だが、くれぐれもやり過ぎないように……いいな?」

島田と広瀬「「はい」」


こうして、2人は開放された。

だが、何故竹内にあんなことを聞かれたのか……

その疑問は尽きなかった。

広瀬「島田……一体、どういう事なんだろうな?」

島田「…………」

広瀬「何で急に、竹内先生はあんな事聞いてきたんだろ?」

「それに、警察の人がどうして校長先生のところに……?」

島田「……」

「は!」


その時であった……島田の脳裏に、ある人物の姿が思い浮かぶ。

それは、二度に渡って自分達のいじめを妨害した、あの男……

冠城亘の姿が……

島田「まさか!アイツ……!」

「ん……?」


冠城の正体に勘付く島田。

するとその時、教室にいたくなくてウロウロしていたのだろう……

目の前の廊下を歩く石田の姿が目に留まる。


島田「…!」


その姿を見るや、島田は速足で石田に駆け寄ると、胸倉を掴んで壁に押し付ける。


石田「!? な、なんだよ……!」


突然の出来事に困惑する石田。

そんな彼の事などお構いなしに、島田は「おい……知ってる事全部話せ!」と問い掛ける。

石田「何の事だよ……?」

島田「とぼけんじゃねぇよ……昨日、お前を助けた奴いただろ?」

石田「あ……あの、男の人?」

島田「そうだ……」

「アイツ、誰だ?」

石田「へ…?」

島田「誰だって聞いてんだよ!」


そう言って島田は、乱暴に石田の体を揺すった。

彼の行動の理由が分からず、石田はますます混乱する。

石田「だ、だから何なんだって……!」

島田「さっきな……竹内先生からお前のことを聞かれたんだよ!」

石田「俺のこと……?」

島田「あぁ……」

「校長先生から『警察の人から、俺がお前をボコボコにしてること聞かれた』ってな!」

石田「け、警察が校長先生に?」

「……け、けど、それと俺に何の関係が?」

島田「昨日と一昨日、俺達の邪魔したアイツ……警察だろ?」

「アイツに何か話したんじゃないのか?」

石田「……!」


島田の問いに、石田は思わず反応してしまう。

その様子を島田は見逃さない。

島田「やっぱ知ってんのか?アイツのこと……」

石田「そ、それは……」

島田「一体、何話した?正直に言え……!」

石田「…………」


鬼気迫る様な島田の問いに、石田は一瞬言おうか否か迷ったが、
すぐに冠城が言ってくれた、あの言葉が彼の脳裏を過ぎった。



『大丈夫……君から聞いた事は、上司以外には誰にも話さない』


『僕の上司も、同じ対応を取ってくれるだろう』

石田「…!」


そうだ、彼も自分が全てを話した事を秘密にしてくれると約束してくれたのだ、

だったら、自分も……!

石田「さ、さあ……?」

島田「はあ?」

石田「だ、誰なんだろうな?あの人……」

島田「…………」

「お前、それ本気で言ってるのか?」

石田「あ、あぁ……」

「確かにあの人、俺のこと助けたけどさ……」

「あの後、すぐに俺を家の側まで届けてくれて……」

「だから、警察の人なのか全然分からないし、なんにも話してない……」

島田「…………」

「ふざけてんのか?」

石田「ふざけてねぇよ……」

「大体、お前が正直に言えっつったんじゃねぇか……」

島田「……………」

こうして、しばし無言で石田を睨む島田。

同じく無言で見つめる広瀬……

そして……

ドカッ―――!

島田は、石田の顔を殴りつけた。


石田「いって……!」


殴られ、赤くはれた頬を押さえ、その場に跪く石田。

一方、殴った本人は忌々しそうに舌打ちしたのち、
「行くぞ!」と言って、広瀬と共にその場から離れて行った。


石田「…………」

広瀬「お、おい……島田、大丈夫なのかよ?さっき竹内先生に……」

島田「あぁ……だからさっきは、一発殴るだけで済ませてやった」

広瀬「けど、石田の奴、本当にアイツのこと何も知らないのか?」

島田「分からない。けど、あんなんじゃ聞くだけ無駄だろ」

「とにかく、ほとぼりが冷めるまでアイツへのインガオーホーは、しばらく休みだ」

広瀬「あぁ……」



だが、島田達はまだ知らなかった……

こうしている間に、自分達を裁こうとする者達が、着々と準備を進めていることに……



水門市内某所カフェ……

このカフェの一角で、1人の青年がコーヒーをたしなんでいた。

冠城亘である。

そこに、水門小学校でやるべき事を終えた青木年男が姿を見せる。

青木「やれやれ……」

「こっちはやりたくもない猿芝居やらされるは、正体バレそうになって肝を冷やす思いをしたっていうのに……」

「あなたと言う人は、安全地帯でコーヒー飲んでサボタージュですか?」

「お高く留まった身分だ事ですねえ!」

冠城「別にサボって何かねぇよ。お前が来るまでの間、する事がないから休憩してただけだ」

青木「はいはいそーですかっと!」


あからさまに納得していない声色で、青木は冠城の向かい側の椅子に腰かける。

冠城「それで?ちゃんと撮ってきたんだろうな」

青木「その前にひとつ言いたい事があります」

冠城「なんだよ?」

青木「顔も身分も明かしてて入りずらかったと言うのも分かりますし……」

「いきなり岐阜県警に頼む事も出来ないと言うのも分りますよ?」

「けど……何で僕なんですか!?」

「僕はサイバーセキュリティー課の特別捜査官であって、潜入捜査官じゃないんですよ!」

「大体、こう言うのは伊丹さん達に頼むのが筋ってものじゃありませんかね?」

冠城「まあまあ……あの2人だって、わざわざ遠くの小学校に忍び込みに来てくれる程暇じゃないんだよ」

「それに引き換え、お前は今日は非番……つまり休暇中」

「偶然にも、彼らや俺達以上に動きやすい立場だったんだ」

「おまけに、遅刻する心配もない……上から怒られないだけマシだろ?」

青木(休暇じゃなかったら遅刻させる気だったのかよ……)


心の中で呟きながら、青木は恨めしそうな目線を送る。

それに気付いているのかいないのか、冠城は「それに、お前を選んだ理由はそれだけじゃない」と言う。

青木「それだけじゃないって、どういう事ですか?」

冠城「よく考えてみろ……」




「芹沢さんはともかく、伊丹さんのあの顔は潜入に向いてないだろ?」


青木「…………」

「確かに、それは言えてますね」

「あんなこっわ~い顔の人がやってきたら、門前払いは確実です」

「それどころか、ヤクザか何かと間違われて通報されるかもしれませんね」

冠城「だろ?」


この間、警視庁にいる本人が背中のかゆみを訴えながら「誰かが俺のこと、悪く言ったような気がする」と言い出し、
芹沢から「病院予約しますよ?」とブラックジョークを飛ばされたのかどうかは定かではない……

青木「しかし、貴重なお休みの時間を潰した罪は重いですよ」

冠城「それは悪かったっと……」

青木「本気で謝ってるんですか?それ……」

冠城「一応は……」

青木「…………」

冠城「それより、早いところ結果を報告しろ」

青木「分かりましたよ……」


冠城の受け答えにイラっとしつつ、青木は『誰かのスマホ』を差し出した。

青木「ほら……要求通り、『あなたのスマホ』にばっちり収めてきましたよ」

冠城「どれどれ……」


出された『誰かのスマホ』=自分のスマホを手に取ると、
冠城は先程青木が撮影した事の一部始終を確認した。


青木「どうですか?」

冠城「……よく撮れてるじゃないか。さすが、お向かいさんを覗き見する趣味があるだけの事はあるな」

青木「失敬な!あの時は、たまたま事件が起きたのが目に入ったので、とっさに撮影しただけです」

「そんな趣味断じてありません!」

冠城「はいはい……それで?」

青木「何です?」

冠城「だから……西宮硝子ちゃんの筆談用ノート。それも回収したんだろ?」


そう言いながら、硝子のノートを出すよう促す冠城。

だが、青木は……

青木「残念ながら回収出来ませんでした」

冠城「はあ?何で?」

青木「それらしい池を見付ける事は出来ました。しかし、そんなものなかったんですよ」

冠城「ど、どうしてだよ?」

青木「こっちが聞きたいですよ……」

「本当にその石田とかいう少年は、学校の池にノートを捨てたと言ったんですか?」

冠城「あぁ、間違いない」

青木「だとしたら、騙されたんじゃありませんかね?」

冠城「とか言って、ホントはちゃんと確認しなかったんじゃないのか?」


疑いを掛ける冠城に対し、青木は何も分かっていない奴を見るような目でこう返した。

青木「あのですね……あの池は、それなりに深さはありましたが、かと言って底が見えない程でもありませんでした」

「ノートなんか沈んでたら分かりますよ」

「まあ……仮にあったところで、証拠隠滅の為に学校が処分したと思いますよ」




「なんせあの学校、腐ってますからね」


冠城「腐っている?」

青木「えぇ……あのクラスの様子を見てすぐ分かりましたよ」

「クラスの担任は西宮硝子の授業を生徒に丸投げ、あのクラスのガキんちょはその事で西宮硝子に八つ当たり」

「それでもって周りの連中はガン無視決め込んで、ケラケラ笑って陰口叩く始末……」

「挙句の果てに、校長は僕をあっさり通す無能ときた」

「何とまあ、ド低能なこと!」

「これを腐っているといわずに何と言いますか?」

冠城「……………」

青木「けど、何処の学校もこんなものなんでしょうね」

「自分達の失敗を怒られるのが怖いから、知らん振りを決め込んで……」

「いざ咎められそうになれば、いじめた奴に全部擦り付けて自分達だけはのうのうと仕事を続けていく……」

「子供連中も、そんな奴らの背中を見て、真似をして……そして汚い大人に育っていく」

「まるで犯罪者育成教室……う〇こだ!」




「そして、こんなう〇こどもを満足に掃除出来ず、日本中にゴロゴロさせている警察はもっとう〇こですよ」


冠城「…………」


普段なら反論するところであったが、今回冠城は珍しく青木の言い分を真面目に聞いていた。

警察嫌いの青木の事だ、学校問題にかこつけて警察の事を叩きたかっただけなのかもしれない……

だが、言っている事自体は割と的を得ていた。

この日本には今回のような事件が起きた学校は、数が知れないだろう。
それらちゃんと解決出来ているのか聞かれると……

それは出来ているとは胸を張って言えない。

学校内のいじめは、限られた空間内で行われている。
それが故に、警察が気付くのに遅れ、そして気付いた時には既に内密に処理された後であることが大半だ。
今、こうしている間も、何処か別の学校でも同じ事が起こり、その真実が闇に葬られ続けているに違いない。

この問題で一番罪深いのは、ある意味日本警察なのかもしれない……

そう思った時、ふと冠城は昨日の右京の表情を思い出した。

石田の話しを聞いて何を感じたのかと問い掛けた際に見せた、あの真剣な表情が……


恐らく……いや、間違いなく彼も分かっている。

今回の問題は、水門小学校に限った事ではないことを……

他の学校の過ちを裁けず、野放しにしてしまっている日本警察の現状を……


今この瞬間、冠城は自分達が今回の件に関わるのがいかに大事なことであるのかを再認識させられた。


そして「まさか……お前にその事を教えられるなんてな………」とボソリと呟く。

青木「何か言いました?」

冠城「ん?あぁ……」

「『ノートがなくても、これくらいあれば充分だ』ってな」


と言って誤魔化す冠城。誤魔化しと知らないまま、
青木は「それは良かった。また行って探して来いと言われたら、どうしようかと思いましたよ」
と言ってみせた。

青木「という訳で、僕はこれで……」

冠城「おいおい……せっかくここまで来たんだし、一杯くらい飲んでけよ」

「ここのコーヒー、美味しいぞ?」

青木「お断りします。休みと言えども暇ではないんで……」


冠城の誘いを突っぱねると、青木は席を立って足早に帰っていった。
そんな彼の後ろ姿を見送ると、冠城は静かにまだカップに残ったコーヒーに口を付ける。

その後、飲み終え、会計を済ませると、『ある場所』へと向かって行った。

所変わって水門市のとある交番……

今この場所で、1人の男性が勤務に当たっていた。
一昨日、特命係から警察手帳を返された伍堂刑事だ。


???「失礼します……」

伍堂刑事「ん?」


その際中、外から声がしたもので振り返ってみると、そこには右京が立っていた。

ミスりました……

×その際中~ → 〇その時~

右京「本部に問い合わせたところ、謹慎処分が解かれ、復帰したと聞きましてねぇ………」

伍堂刑事「あなたは……杉下さん?」

冠城「伍堂さーん……あ!右京さんも来てましたか」


そこへ冠城もやって来る。

彼も同様の手段で、伍堂刑事がここにいる事を突き止めたのだろう。

一方、伍堂刑事は冠城までまだここにいる事に驚く。

伍堂刑事「冠城さんまで……一体、どうしたんですか?僕はてっきり、本庁に帰られたものかと……」

冠城「そうしたかったんですが、色々と野暮用が出来ちゃったもので……」

右京「冠城君、そちらはどうでしたか?」

冠城「青木の奴、上手くやってくれました」

「ただ、ノートは池にはなかったって言うんですよ……」

「アイツは、学校が処分したんじゃないかって言ってましたけど……」

右京「そうですか…では、今回集めた物だけで何とかしましょう」

冠城「そう言えば、そちらは目的のもの、手に入ったんですか?」

右京「えぇ……修理可能か確かめる為、いとさんがまだ保管してくれていました」

伍堂刑事「あ、あの……何の話をしてるので?」

右京「おっとこれは失礼……」

冠城「実は、あなたに見て欲しいものがあるんです」

伍堂刑事「見て欲しいものって?」

冠城「これなんですがね……」


そう言って冠城は、自分のスマホを取り出すと、先程青木に撮らせた映像を伍堂刑事に見せる。


伍堂刑事「ん…?」


見せられた映像に目を向ける伍堂刑事。その横で右京も映像をジッと確認する。


伍堂刑事「この娘は?」

冠城「西宮硝子ちゃん……耳が不自由で、言葉を上手く発する事が出来ない女の子です」

伍堂刑事「障害がある娘なんですか?」

「なのに、こんな事が……?」


驚きを隠せないでいる伍堂刑事。

その後彼は、2つの映像全てを見せられた。

冠城「これで全部です。どうです?」

右京「問題ありません。これなら、充分証拠になるでしょう」

伍堂刑事「あ、あの……これは一体?」

冠城「伍堂さん…あなたは水門小学校って学校ご存知ですよね?」

伍堂刑事「もちろんですよ。この市内にある学校ですし…」

冠城「この映像は、その学校の中のものなんですが……」

「4日前、あの学校で生徒がいじめられていると思しき現場を、見ちゃったんです」

右京「そこで僕達は、校長先生を尋ねました。しかし……」

冠城「校長先生は、あくまで喧嘩であり、学校内でいじめなんかなかったと言いました」

右京「ところが、その後調べてみた結果、あの学校で西宮硝子ちゃんを巡るいじめ問題が起きている事が判明しました」

冠城「その件自体は、加害者の親が硝子ちゃんの親に賠償金を支払って解決した事にはなってるみたいなんですけど……」

「見ての通り、他にも犯人がいて、いじめが続いていたんです」

右京「その上、今の映像から見ても担任教師の対応は不適切です」

「あの学校の校長先生は、これらを隠す為に我々に偽証を図った可能性が高い」

冠城「こんなの……警察官として許せますか?」

伍堂刑事「許せませんよ!何とかしてあげないと……」

右京「なので、他に証拠になりうるものを持ってきました」


そう言って右京は、スーツの中からある物を取り出した。

それは、壊れた補聴器であった。

伍堂刑事「これは?」

右京「いじめの被害者である、西宮硝子ちゃんが付けていた補聴器です」

「これらは全て、いじめ問題の際に破損させられた物……つまり、犯人の指紋が付着している可能性が非常に高い」

冠城「少なくとも西宮家は4人、加害者とされているお子様は1人……」

「それ以上の指紋が出た場合、彼らの関与も疑うべきです」

右京「そこで、あなたには岐阜県警にこの事を調べてくれるよう、進言して欲しいんです」

伍堂刑事「僕がですか?」

冠城「俺達は、違う所轄の人間だ。その上、厄介者扱いまで受けている窓際部署……」

「そんな連中の話なんて、そう簡単に通るものじゃないでしょう?」

伍堂刑事「え?えぇ……」

右京「なのでお願いします」

伍堂刑事「………」

「そんなの気にしなくていいですよ。兄に言えば一発なんですから」

右京「兄?」

冠城「あなた……お兄さんがいらっしゃるので?」

伍堂刑事「えぇ…『伍堂清太郎』と言いまして、岐阜県警本部の一課の警部をやってるんです」

「おまけに義理堅い人でしてね……僕の手帳を届けてくれたあなた達の頼みと聞けば、絶対に断りませんよ」

冠城「…………」

「右京さん、意外な所に味方がいましたね」

右京「では、早速お願いします」

伍堂刑事「了解です!」


こうして伍堂刑事は、兄に知らせるべく電話を掛ける。

伍堂刑事「あぁ、兄さん……ごめんね、そっちも忙しいのに」

「それでさ、一昨日僕に警察手帳届けてくれた、本庁の刑事さん2人のこと覚えてるよね?」

「今、その人達が兄さんの助けを必要としてるんだよ」

「……………」

「うん、分かった。杉下さんに替わるね」


兄と会話を交わした末、伍堂刑事は「はい」と言って右京に受話器を差し出す。

右京は、受話器を受け取ると、そのまま伍堂刑事の兄に話しかける。


右京「替わりました。警視庁特命係の杉下右京です」

伍堂警部『伍堂清太郎です。何やら事件があったそうですが?』

右京「えぇ……」


こうして右京は、伍堂警部に水門小学校のいじめ問題の事を全て話す。

伍堂警部『小学校のいじめか……それは穏やかではありませんね』

右京「ですので、こちらも証拠を揃えて来ました」

「ご協力、願えませんか?」

伍堂警部『もちろんです』

『ただ、私は今少し手が離せない状況でしてね……』

『部下の坂木を代わりに遣しますので、弟に全て預けておいて下さい』

右京「分かりました」

「では、また後程……」

伍堂警部『えぇ、後程……』


こうして、右京は伍堂警部との電話を終え、受話器を元に戻す。

冠城「どうでしたか?」

伍堂刑事「兄はなんと?」

右京「これから証拠品を取りに部下の方を遣すそうです」

「その間、あなたに預けてくれと……」

伍堂刑事「僕にですか?」

右京「出来ますか?」

伍堂刑事「もちろんですよ!大事な物ですからね、絶対渡しておきます」

右京「では、これも預かってくれませんか」


そう言って右京は、伍堂刑事にあるものを差し出す。

それは今朝、硝子が拾って渡したハンカチだった。

伍堂刑事「ハンカチ?」

右京「今朝、偶然硝子ちゃんとぶつかった際、彼女が拾ってくれましてねぇ……」

「彼女の指紋が付着しているはずなので、他の指紋と区別を付けるのに使って下さい」


もちろん、偶然など真っ赤な嘘……

硝子に触らせる為にわざと落としたは、言うまでもない。


伍堂刑事「分かりました!では、補聴器と映像入りの冠城さんのスマホと共にお預かりします」

冠城「それは構いませんが、警察手帳みたいになくさないで下さいよ?」

「特にこれ……俺の大事なスマホですから」

伍堂刑事「さすがにそんな事まではしませんよ!とにかく、お任せ下さい!」

右京「お願いします」

「それと、何か報告したい事があったら、僕のスマートフォンに電話を掛けるようにとも伝えておいて下さい」

「ちなみに、番号はこちらです」


そう言って右京は、自分のスマホの番号をメモに書き写して伍堂刑事に渡した。


伍堂刑事「分かりました。兄にそう伝えるよう、部下の人に言っておきます!」


と、びしっと敬礼してみせる伍堂刑事。
それを確認すると、特命係の2人は彼に後を任せて交番を後にした。

冠城「さて……後は、岐阜県警が結果を出すまで待つだけですかね?」

右京「いえ……まだやらねばならない事があります」

冠城「え……?」

「ちょ、ちょっと待って下さい。今日、僕達がしないといけないのは、証拠集めだったんじゃ……」

右京「そのはずだったんですが、急遽やらなければならない事が増えたんです」

「これから、市内の住宅街を回りますよ」

冠城「は、はい……」

どうも腑に落ちないながらも、冠城は右京の言う通りにする事にした。

こうして、特命係の2人は水門市内の住宅街である事を聞いて回る事になった。
しかもどういう訳か、水門小へ歩いて通学出来る距離にある住宅街を重点的に当たった。
だが、どんなに聞いて回っても右京の望むような情報は、入って来ない。

右京「なるほど……それを聞いて安心しました。では、これで……」


お礼を言いながら、家から離れていく右京。ここでも情報は手に入らなかったらしい。
そこへ、途中で別れて聞き込みに行った冠城が、合流してくる。


冠城「右京さん!」

右京「冠城君、そちらは?」


右京の問いに、「全然です」と返す冠城。

そんな彼らの姿を、不思議そうに見ている女性が背後に1人……

それに気付かないまま、2人は話しを続ける。

右京「そうですか……」

冠城「けど、右京さん……」

「いくら、あの学校へ歩いて通学できる範囲内に絞ってるとはいえ、俺達だけで探すなんて無謀じゃないですか?」

右京「自分達の足で地道に探すのは、警察の基本ですよ」

冠城「いや、それもそうですけど……」

「というか、何でいきなりこんなこと始めたんです?」



女性「あ、あのぉ……」


と、冠城が疑問をもらし始めたその時、後ろから見ていた女性が声を掛けてきた。

右京「おや……あなたは?」

女性「私……ですか?『佐原』と申します……」

「先程から、色んな家を聞いて回っていますが、あなた達は……?」

右京「警視庁特命係の杉下右京です」

冠城「冠城亘です」

佐原「刑事さん……何か、事件でも?」

右京「最近、不登校児童の非行が問題になっていましてねぇ……」

「なので、実態調査を行っているんですよ」


不登校児童の非行の実態調査……

無論、怪しまれないようにする為の嘘なのであるが、それを聞かされた佐原と名乗った女性は、
「不登校児童の?!それは、本当ですか?」と、まるで会いたかった人に会えたかのような様子で聞き返してくる。

右京「えぇ…そうですが?」

佐原「丁度よかった……是非とも、刑事さん達に会って欲しい子がいるんです!」

冠城「会って欲しい子がいる?」

右京「もしかしてその子、水門小学校に通っていたりしますか?」

佐原「そうです!良く分かりましたね」

右京「………」

冠城「……………」


彼女の答えに、特命係の2人はお互い顔を見合わせる。

ようやく、目的の人物に会えるかもしれないという期待を滲ませて……

―通学路―


学校が終わって、家路に就く石田と硝子。

植野の平手打ちを喰らった硝子の頬は、若干の赤みを帯びていたが、それも少し引いている。
一方、島田に殴られた石田の頬は、先程より腫れは引いたものの、不完全であった為かガーゼが貼ってある。


硝子「…………」


硝子はそれを心配そうに見つめている。

だが、石田は……

石田「何だよ?これが面白いのか?」

硝子「…………」

石田「ホント、感じ悪いよな……お前」

硝子「……………」


石田の言で、何とも気まずい空気が漂う。

その空気が漂ったまま、2人はお互いが別れる道に差し掛かる。


石田「…………」


しかし石田は、特に何も言わずに硝子と別れ、帰っていく。

硝子「……………」


その姿を、硝子は黙って見ていたのだった。

それを知らないまま、石田は帰宅する。

美也子「お帰りショーちゃん」

石田「ただいま母ちゃん……」

美也子「あら……そのほっぺた、どうしたの?」

石田「また学校で暴れ過ぎた」

美也子「またなの?来年は中学生なんだから、いい加減馬鹿騒ぎは止めなさいよ」

石田「分かってるよ……」


と言ってランドセルを降ろし、手を洗いに向かう石田。

美也子「…………」


しかし美也子は、石田の頬のガーゼの正体が、また学校でいじめられた傷跡なのではないかと思った。

本来なら、転校させればいい話しだが、そんなにすぐに出来るものではない。

そもそも、本人はそれを望むのだろうか?

果たしてそれが、彼の為になるのだろうか?

美也子は、分からなかった……

―夜―


硝子と結絃が寝静まった西宮家の西宮いとの部屋に、八重子は呼び出された。


八重子「何なの母さん?私、明日も早いんだけど」


突拍子もなく呼び出してきた母に対し、八重子は軽く愚痴を漏らした。


いと「本当にすまないね……けど、本当に大事な話しなんだ。聞いてくれるかい?」

八重子「構わないけど」


素っ気無く返す八重子。

だが、母親であるいとは、それが彼女なりの了解の意思表示である事がすぐに分かった。

なので、心置きなく話しを切り出す……

いと「八重子、ちょっと早いかもしれないけどね……」

「私が話したいのは、硝子の進学先についてなんだよ」

八重子「硝子の進学先?」

いと「あぁ……」

「硝子も来年で中学生になるけど……」

「中学になっても、あの娘を普通の学校に入れるつもりなの?」

八重子「今更聞くまでもないでしょう」

いと「………」

八重子「……なに?」

いと「八重子…悪い事は言わないよ。それは止めておやり」

八重子「はあ…?」

いと「普通の学校に入れたところで、あの娘が苦しむだけだって事よ」

八重子「それは……来年から養護学校かろう学校に入れろって事なの?」


八重子の問いに、いとは無言で頷いた。

それを見て、一気に表情が険しくなる。

八重子「ふざけた事言わないでくれる?それじゃあ、硝子が強くなれないじゃない」

いと「本当にそうなのかねぇ……」

「この6年間、あなたはそう言ってあの娘を普通学校に入れてきたけれど……」

「そうやって上手く行った試しがあったかい?」

「何処へ行っても、不当な扱いを受けては転校しての繰り返しだったじゃないか」

八重子「それは、硝子が強くなろうとしないからよ。あの娘が強くなれば、そんなこと……」

いと「それは無理な相談だよ。子供なんて、いじめには無力なものよ」

「ゆずだって障害がないのに、いじめに耐えかねて不登校になってしまった……」

「それだけじゃない。あなただって、小さい頃いじめられた時は、よく私に泣き付いてたんだよ?」


八重子の幼少期の事を例題に挙げてみるいとであったが、当の本人は「そんな昔の事、忘れたわ」と冷たくあしらった。

いと「覚えてないなら構わない」

「けど、どうして石田君や今まで通って来た学校の子達は、硝子をいじめたのか……」

「お前は、一度でもその理由を考えた事があるかい?」

八重子「それは硝子の事を馬鹿にしたからでしょう?あのクソガキどもは、あの娘の事何も分かっちゃいないのよ!」

いと「分かっているじゃないの……」

「そうさ、学校にいる人達からしてみれば、硝子は赤の他人……あの娘の事情なんて知った事ではないんだよ」

「結局、あの娘に理解のある人がいなければ、どんなに強い娘にする事を望んでも意味がないんだよ」

八重子「そんな事で、あの娘を障がい者用の学校に入れろというの?」

いと「そんな事なんかじゃない。あの娘にとって大事なことよ……」

「お前が、あの時の事を今も引きずっているのは分かるよ。だから私もずっと、お前の事を見守ってきた……」

「今更、お前のやり方を否定する気はない。捨てろという気もない」

「けどね……せめてあの娘を入れる学校の事だけは、見直して欲しいのよ」

「あえて不利な環境に入れて、成長を促そうというつもりなのでしょうけど……」

「必ずしもそれが、障害に負けない強い娘を育てる方法とは限らないよ」

「それに硝子だって、自分の障害が周りに影響を与えている事を気にしているはずさ」

八重子「…………」

いと「あの娘は、私なんかと比べるとまだまだ先が長い……」

「障害に甘えない強い娘にするのは、もっと大きくなってからでも遅くはないはずだよ」

「専門の学校でもいじめられないとは限らないけれど……」

「お前が、真に硝子がいじめられない事を願うなら、安全性が高い学校に入れてあげるのが筋ってものだよ」

「そうすれば、結絃だってあなたへの認識を改めるだろうさ」

八重子「………………」


いつになく真剣な表情で訴えるいと。

その姿に、八重子は一瞬だけ何か思う表情を見せたものの……

八重子「言いたい事はそれだけ?」

いと「え…?」

八重子「突然説教臭い事言い出して、一体どういう風の吹き回し?」

「今になって母親面でもしたくなったのかしら?」

いと「八重子……」

八重子「同じ家族と言えども、硝子を育てるのは母親の私の務めなの」

「あの娘の事をどう育てるのか、どの学校に入れるのかを決めるのは、私の役目……」

「もちろん、結絃の事も……」

いと「………」

八重子「年寄りの気紛れに付き合っていられるほど、私は暇じゃないの」

「だからもう……休ませてもらうわ」


そう言って八重子は、その場を立つと部屋から出て行ってしまった。

いと「……………」

1人自室に残されたいとは、その姿を黙って見送るしかなかった……

同じ頃、特命係が泊っている旅館の一室……


右京「そうですか……どうもありがとう」


誰かから電話が掛かったのだろう、スマホ越しで相手に礼を言って右京は電話を切る。

そこへ、冠城がトイレから戻って来る。


冠城「内村刑事部長に、ここで好き勝手に動いている事がとうとうバレたんですか?」


戻って早々、冗談を言ってみる冠城であったが、
右京には「それなら、わざわざお礼を言いますかね?」と真面目に返されてしまう。

冠城「ちょっと冗談言ってみただけじゃないですか……ホント、ノリが悪いですね」

右京「こっちはふざけている訳ではありませんよ」

冠城「それは失礼しました……」


と言って謝ると、冠城は改めて「じゃあ、真面目にお聞きします。今の電話、誰からです?」と聞いた。

右京「伍堂警部からです。たった今、例の補聴器の鑑定が始まったと……」

冠城「ようやく番が回ってきましたか……」

右京「話しによると、明日にでも結果は出るそうですよ」

冠城「じゃあ、今日俺達が出来る事は、今度こそ終わったんですね?」

右京「そう言う事になります。しかし……」

「冠城君、ひとつ聞きたいことがあります」

冠城「何ですか?」

右京「昨日君は、石田君がいじめられそうになったところを助けたと仰っていましたが……」

「その現場に、硝子ちゃんはいましたか?」

冠城「あ……そう言えば確かにいましたね、硝子ちゃん」

「あの時は、石田君の安全が優先だったんで、声は掛けませんでしたが……」

「そう言えばあの娘、一昨日も石田君がいるところにいたんでしたっけ?」

右京「えぇ……」

「やはり彼女、石田君がいじめられている現場をいつも覗いていたようですね」

冠城「けど、どうしてでしょうか?」

「硝子ちゃんからしてみれば、石田君は自分をいじめた相手……」

「そのような子が虐げられている現場にわざわざ足を運んで、何を考えてるんでしょうか?」

「まさか……ああ見えて、自分をいじめた相手の惨めな姿を見て楽しんでいる何てこと、ないですよね?」

右京「どうでしょうかねぇ……真実は、意外なものかもしれませんよ?」


何処か意味深な言い回しを見せる上司に、冠城は「もしかして右京さん、何か知っているので?」と尋ねた。

右京「ある程度想像は出来ていますが、現段階では僕の妄想でしかない状態です」

「とにかく今は、目の前の問題の解決を優先すべきだと思います」

冠城「そうですね。事件を解決した後、ゆっくりと調べましょう」


こうして、特命係も眠りに就く事となった。

明日に迫る、『終止符を打つ時』に備えて……

3日目(第3話)はここまでです。

これにて、問題解決の仕込みは完了ですが、
色々と都合良過ぎな展開になってしまったかな……

何はともあれ、第4話である4日目は、いよいよ特命係がいじめ問題に直接切り込みます。

果たして、彼らの賭けは吉と出るか凶と出るか!?

次回は結構独自設定入るので、一応注意です……

続きです。

前回の最後にあった通り、独自設定が入ってくるので一応注意です……

相棒×聲の形 ~4日目~


次の日の朝……


西宮家の人間も石田家の人間も、普段通りに学校や仕事に足を運んでいった。

硝子と石田は、またしてもいじめに苛まれる時が来たと不安を……

美也子は客足が少なく、息子の罪の重さを実感する時がまたきたと……


それぞれの思いを抱いて。

そして、職場へ向かう八重子は……


八重子「…………」


彼女は、昨晩のいとの言葉が心の中で響いていた。
あの時こそ一蹴してみせたものの、内心は少しずつだが揺らぎを見せていたのだ。


八重子(そんな事はない…私は、間違っていない……!)


首を横に振ると、八重子は振り払うように職場へと向かっていった。

―西宮家―


結絃は、急にいとに呼び出された。


結絃「婆ちゃん、どうしたんだよ?話があるって……」

いと「…………」

「ゆずや……母さんの事なんだけどね………」

結絃「アイツがどうかしたの?」

いと「……」

「婆ちゃんはね、ずっと母さんの事を見守って来たんだよ……」

「あんまり、口出しし過ぎるのは、母さんとお前達の為にはならないと思ってね」

結絃「…………」

いと「けど……それも、そろそろ終わりにしなくちゃならない……」

「昨日、刑事さんに言われて、ようやく気付いたんだよ」

「だから、これからお前には、母さんが今まで何を考えて生きて来たのか、教えようと思うの」

「後で、硝子にも教えておやり……」

結絃「………」

あまりにも突然の事なのか、結絃は押し黙ったままだ。

かと言って、何も話さないわけにはいかない……

これも、彼女達の今後の為だ。



いと「実はね……」

一方特命係は、今日の朝食を終え、自分達の部屋に足を運んでいるところであった。

その最中、冠城は何やら不満をもらしている。


冠城「右京さん……今日までこの旅館で、美味しいごはんを頂いてもらっていますが……」

「この4日間注文した料理は全て、ご飯と味噌汁の定食……あまりにも庶民的過ぎやしませんかね?」

右京「仕方がないじゃありませんか。本来、この旅館に泊まる事は想定していなかったこと……」

「だからこそ、無駄な出費を避けつつ、栄養バランスの良い料理を注文しているのです」

「それに、そこまで不満があるのでしたら、個別に注文すればいい話しですよ」

冠城「有無言わさずに俺の分まで勝手に注文しておいて、よく言いますよ……」

右京「君が注文するのがあまりにも遅いからですよ」

冠城「…………」

「もしかして右京さん、4日前俺が自分好みの料理の店に連れて行ったの、根に持ってません?」

右京「それは誤解ですよ……」

冠城「本当ですか?」

右京「本当です」

冠城「…………」


頑なに否定する上司。その姿に冠城は、「やっぱり根に持ってるんだな……」と感じた。

ブイー!ブイー!

その時であった。自分のスマホが震え出したので、右京はポケットからスマホを取り出す。

すかさず冠城は横から画面をのぞき込む。

そこには『伍堂清太郎』の名前が表示されていた。


冠城「右京さん……」

右京「……………」





「ついにきましたか…」



2、3時間後……


水門小学校の校長室に、制服姿の2人の男性が押し掛ける。


1人は、若い男性……

もう1人は伍堂刑事を威厳ある顔立ちにしたような、髭面の年配の男性であった。

水田校長「だ、誰だね君達は?」

年配の男性「岐阜県警捜査一課の者です。校長の水田門木さんですね?」

若い男性「ちょっと署までご同行願えませんか?」


警察手帳を見せながら署への同行を頼む警察の男性。
これに、校長は動揺の色を見せる。

水田校長「わ、私は何もやってませんよ……!」

若い刑事「ですから、その確認の為来てもらいたいんです」

年配の刑事「お時間は取らせませんので……」

水田校長「……………」


確認の為に来て欲しいとせがむ警察官。

これ以上拒否するとかえって怪しまれると思ったのだろう、
水田校長は渋々了承するしかなかった。

そして、彼が警察署へ行ったという一報は、瞬く間に教員達に伝わった。


―6年2組―


竹内「みんな、本当なら今は算数の時間だが、緊急の職員会議が入った事により、この時間は自習とする」

「先生が戻って来るまで、教室を出ないように」


そう伝えると、竹内は教室を後にした。


広瀬「緊急の職員会議?何があったんだ?」

島田「知らねぇよ」


突然の事態に、ざわつく6年2組の教室。
石田も硝子もその輪に加わる事はなかったが、同様の反応であった。

―岐阜県警本部 取調室―


任意同行に応じた水田校長は、デスクを挟む形で年配の刑事と向かい合う格好になっていた。


水田校長「あ、あの……お話を聞くんじゃなかったんですか?」

「それにここ……取調室ですよね?」

年配の刑事「実はあなたにお話を聞きたいのは、私達ではないんです」

水田校長「そ、それはどういう事で…?」

年配の刑事「もう少々お待ち下さい。部下の者がその方達を連れて来ます」

若い刑事「警部、お連れしました!」


と、丁度良いタイミングで、若い刑事が『ある2人組』を連れて取調室に入ってきた。

水田校長「な…!」


連れられた2人を見て校長は驚いた。

それもそのはず、彼が連れて来たのは4日前に自分のところへ来た特命係だったからだ。

そんな彼を尻目に、警部と呼ばれた年配の刑事は席を立ち、彼らと向き合う。

伍堂警部「面と向かっては始めてですね。私が、岐阜県警捜査一課の伍堂清太郎……」

「今あなた方をここへ案内したのは、部下の坂木です」

坂木「坂木利久男です。よろしくお願いします」

伍堂警部「そして、あなたが警視庁特命係の杉下右京に……」

冠城「冠城亘です」

右京「あなたが、伍堂圭三刑事のお兄様ですか」

伍堂警部「はい。弟の警察手帳の件は、本当に感謝しています」

冠城「お礼を言われる程のことではありませんよ。特別に与えられた命令に従ったまでです」

そのようなやり取りの末、右京は「構いませんか?」と言って
校長の向かいに座っていい尋ねると、伍堂警部は「どうぞ……」と返した。

向かい合う校長と右京……

その時水田校長は、どうして自分がここに連れて来られたのかを理解した。

水田校長「なるほど、あなた達の差し金だったんですね……」

右京「申し訳ありませんねぇ……安全に事を運ぶには、あなたをここに連れて来るしかなかったもので……」

水田校長「安全?それは、どういう事ですか?」

右京「……………」

「解決せねばならない大きな問題が、あなたの学校で起きているという事ですよ……」

水田校長「な、何を言ってるんですか?我が校ではそんなこと……」

冠城「起こっていない……あなたはそうやってまた、嘘を吐くつもりですか?」

「本当はあの学校では、大きな事件が起きていたんじゃありませんか?」

「そう……6年2組の西宮硝子ちゃんいじめという事件が………」

水田校長「…………」


「調べたんですか?」


冠城「ああ言われると余計に調べたくなってしまうのが、我々なもので……」

水田校長「…………」


冠城の言葉に、水田校長は少しばかり絶句したが、すぐにこう返す。

水田校長「そ、そこまで調べたのなら知っているはずですよ」

「あの件は、石田君のお母さんが西宮さんの補聴器の弁償して……それで片が付いたんです」

「これって示談の成立でしょう?示談が成立した案件に、警察は口を挟んではいけないはずですよ」

右京「確かにその通りです……示談交渉の成立が認められた場合、被害者と加害者が和解したとみなされ不起訴処分となる」

「少なくとも、石田家と西宮家は形式上は、補聴器の弁償を行うことで和解が認められます」

「そこに我々が口を挟む事は出来ません。しかし……」

「もしも、石田君に共犯者がいたとしたらどうでしょうか?」

「その共犯者達が主犯の彼に罪を擦り付けた結果が、石田家が西宮家に170万円を支払うことだったのだとしたら?」

「そうなってくると、西宮家と和解していない加害者は大勢いる事になります」

「それを放っておいて、いいのでしょうかねぇ……」

水田校長「まさか…そんな……あり得ませんよ……!」

「確かに、6年2組のみんなは犯人は石田君だと言ってたし……」

「竹内君だってそうです!それに彼からは、あれ以来あの教室は平和だと聞いています!」


必死で訴え出す水田校長。

その様子から、少なくともこの言葉に嘘はないと彼らは察した。

右京「なるほど……その様子だと、あなたも『硝子ちゃんいじめの犯人は石田将也である』としか聞かされなかったのですね?」

水田校長「それは……どういう事ですか?」


右京に問い掛ける水田校長。

ここで、今まで黙っていた伍堂警部が口を開く。


伍堂警部「あなたの学校では、西宮硝子さんへの授業体制に問題があり……」

「それが原因で彼女にいじめが発生した事をあなたが隠したのではないかと、こちらのお二人が疑いを掛けていらしたものでしてね……」

「事実の確認の為、こちらに来てもらう運びになったというわけです」

右京「しかし今の反応を見る限り、どうやら違ったようですねえ」

冠城「けれど、全くの無問題ではない……」

「4日前の我々の質問に対し、あなたはいじめなんか起きていないと嘘を吐き、先程も同様の事をしようとした……」

「これは立派な偽証ですよ」

右京「それだけではありません」

「あなたは竹内先生から、事実の一端しか聞かされていなかったのは、ほぼ間違いない……」

「となると、竹内先生はあなたに虚偽の報告を行った疑いがあります」

水田校長「そ、そんな馬鹿な!何で竹内君が嘘なんか……」

伍堂警部「今言ったじゃありませんか。硝子さんへの授業体制に問題があった疑いがあると……」

「竹内先生の不備で、西宮硝子ちゃんに対するいじめが発生した……その事を咎められるのを恐れ、あなたに嘘の報告をした」

「理由は、それで充分でしょう?」

水田校長「し、しかし……」

右京「…………」


まだ信じられないといった様子の校長。

そんな彼に対し、右京は真剣な面持ちで問い掛ける。

右京「しかし、水田校長……あなたは、ちゃんと事の真偽を確かめたのですか?」

「立場上あなたは、常日頃から6年2組を観察しているわけではない……」

「彼らがそれを利用して、全ての事実を語らずにいたという可能性も充分考えられたはずです」

「一度でも、そのような事を考えたことがありましたか?」

水田校長「そ、それは…………」


右京の問いに、水田校長は何も答えられなかった。

案の定、彼は竹内らの言葉を鵜呑みにし、それ以上の詮索は一切していなかったようだ。

それを見た右京は、次の一手に出る。

右京「ちなみに、証拠も既に挙がっています」

「冠城君………」

冠城「はい」


右京に言われ、冠城は自分のスマホを取り出すと、昨日青木に撮らせた映像を水田校長に見せた。
映像を見た水田校長は、驚きの表情を見せる。

水田校長「こ、これは…!」

冠城「昨日、同期の奴に無理矢理撮らせた映像ですが……」

「これの何処が平和なんですか?」

水田校長「…………」

伍堂警部「ちなみに、例の件で破損させられた硝子ちゃんの補聴器も調べましたが……」

「それからも疑わしい点が出て来ました」

右京「それだけではありません」

「石田君に全てが押し付けられた結果が、石田家と西宮家の示談交渉なのだとすれば……」

「石田君もまた、何かしらの危険に曝されている可能性があります」

「それでいて、西宮硝子ちゃんは未だいじめに遭っている……」

「6年2組で起こった問題は、何も解決していないんですよ」

「それを放っておいて、いいんでしょうか?」

水田校長「…………」

「一体、何が望みなんですか?私にどうしろと……?」


疑問を投げ掛ける水田校長。
これに対し右京は、少し間をおいてこう答えた。

右京「我々警察が、6年2組に立ち入ることを許可して頂きたい」

水田校長「立ち入りの許可……」

冠城「証拠が挙がっている以上、あなただって無視は出来ないでしょう?」

水田校長「そ、そうですが………」

右京「水田校長……これは、子供達の今後に関わる事なのです」

「このまま、全てが明らかにならないままだと、彼らは間違った道を進み続け、いずれ後戻り出来なくなる……」

「そうなれば、人としての道を踏み外す事になってしまうでしょう」

「本来学校とは、子供達を正しき道へ導く為にあるべき所です……」

「違いますか?」

水田校長「…………」

右京「あなたが一言でもYESと言って頂ければ、それでいい……」

「たったそれだけで、彼らの未来に一条の光を指す事が出来るのです」

「なので……どうか立ち入りの許可を頂けないでしょうか?」

真剣な面持ちで頼み込む右京。

そんな彼に、水田校長が出した答えは……?


数時間後……

水門小学校の6年2組の教室に、会議を終えた竹内が戻って来た。


竹内「みんな…落ち着いて聞いて欲しい。今から1時間前、校長先生が警察に連れていかれた」


水田校長が警察に連れていかれた……

竹内の一言で、生徒達は騒然とする。
その彼らを宥めるように、竹内はこう続ける。


竹内「職員会議で話し合った結果、今日の授業は続けられないという答えが出た」

「よって、お前達は早急に家に帰るように……」




???「お帰りになるのはまだ早いですよ」


その時であった。

聞き慣れない男性の声が聞こえ、竹内達は声のした方を見てみると、
そこには両手を後ろに組んだ格好の杉下右京が立っていた。

広瀬「お、おい!島田、あの眼鏡のおっさん、アイツ(冠城)と一緒にいた奴だよな?」

島田「な、何でアイツが…?」


石田をいじめていた2人は突然の右京の登場に動揺するが、動揺しているのは彼らだけではない。
今日まで何度か顔を合わせた硝子と、4日前に彼を見た石田もだ。

そんな彼らの反応をよそに、右京は竹内の側に歩み寄った。

竹内「な、何ですかあなたは?」

右京「警察の者です。子供達を帰すのは、もう少し待って頂きたい」


警察手帳を見せる右京に対し、竹内は「警察が、誰の許しでこんな所に?」と返す。

右京「水田校長ですよ」

竹内「校長先生!?」

右京「ですので、今この場の指揮は、我々がとらせて頂く事になります。よろしいですね?」

竹内「それは構いませんが、一体どういう事なんですか?」

右京「すぐにでもお話ししたいところですが、まだ人数が足りません。話しはその時に……」


こうして右京は、彼らにこの場で少しの間待つよう促した。

それから少しして、冠城が1人の女性を連れてやって来た。

冠城「右京さん。喜多先生を連れて来ました」

右京「ご苦労様です」


連れて来られた女性は、この学校の音楽教師の喜多であった。

喜多は、いきなりこの教室に……しかも警察に連れて来られたからか、とても不安そうだ。

喜多「あ…あの……なんで、私が?」

右京「あなたも、硝子ちゃん達と繋がりがあるそうでしてねぇ……」

「その事で、是非とも知ってもらいたい事があるものです」

冠城「別にあなたを疑っているとかではないので、どうぞご安心を……」

喜多「は、はぁ……」


それでもまだ少し不安そうにしている喜多。

伍堂警部「こちらです……」


続いて、伍堂警部と坂木がそれぞれある女性を連れてきた。

西宮八重子と石田美也子である。

母親がこの場に連れて来られた事に驚く2人。

一方2人の母親も、目の前に右京達がいて驚きを隠せないでいた。


美也子「あなたは……一昨日の刑事さん?」

八重子「どうしてあなた達がここにいるのよ!?」

伍堂警部「彼らだけではありませんよ。我々も警察……岐阜県警捜査一課の者です」


そう言って伍堂警部と坂木は警察手帳を八重子達に見せた。

八重子「あ、あなた……この学校の人じゃなかったの?」

美也子「私もてっきり……」

坂木「騙すような真似をして、申し訳ありません」

伍堂警部「こちらの杉下警部から『あなた方を連れて来るなら、警察である事は伏せた方がいい』と助言されたものでして……」

右京「あなた方は一度、我々と顔を合わせていますからねえ」

「正直に名乗らせたら、警戒されるのではないかと思いまして………」

冠城「何はともあれ、これで全員揃いましたね」

右京「えぇ……」


喜多、八重子、美也子……

三名の到着を確認した彼は、いよいよ話しの本題に取り掛かる。

右京「ご存知の方もいらっしゃると思いますが、この学校の校長先生を任意同行で連れて行く運びとなりました」

伍堂警部「現在、彼の身柄は岐阜県警が預かっています」

美也子「校長先生が?」

竹内「丁度良かった……どうして、急に校長先生を連れていったんですか?おかげで、我々教職員は大混乱ですよ」

右京「ご迷惑をお掛けして、申し訳ないと思っています」

「しかし、どうしても我々の下に来てもらわなくてはならない理由があったものでして……」

竹内「理由って?」

冠城「彼が、このクラスで起こった出来事を、隠している疑いが持ち上がりましてね……」

「その事の真相を、確かめる為に……」

竹内「え…?」


冠城の一言に、竹内の表情が一瞬曇った。

彼だけではない、硝子と石田以外の生徒も……

美也子「ここで起きた事を隠してるって…?」

右京「我々は、とある事情で水田校長を尋ね、この学校で何かトラブルがなかったかどうか伺いました」

「その際彼は、『この学校では何も起きていなかった』と答えたのですが……」

「後で調べてみたところ、このクラスで西宮硝子ちゃんに対するいじめ問題が起こっていた事が判明しました」

冠城「つまり彼は、我々に対し偽証を図った……だから、彼を任意で連れて行った訳なんです」

右京「なので、今一度確認させてもらいます……」

「このクラスで、そこにいらっしゃる西宮硝子ちゃんへのいじめは、起きていましたか?」


右京は、片手で席に座る硝子を指しながら、この場にいる者達に問い掛けた。

そこで返ってきた答えは、言うまでもなく……

八重子「えぇ、そうですよ!そこの石田さんの息子さんが、ウチの硝子をいじめました」

喜多「私も…石田君が西宮さんをいじめていると、聞きました……」

島田「そうだ、おっさ……じゃなくて刑事さん!石田の奴が西宮の事いじめてたんだ!」

川井「しかもそれだけじゃないわ!石田君、最初に来た時からずっと西宮さんの事悪く言ってたもん!」

植野「…………」


八重子と喜多の言葉を皮切りに、次々と硝子いじめの犯人は石田だと主張し始める生徒達。
その中で、植野だけ複雑そうにしているのを、右京は見逃さない。

一方、彼らの姿に美也子は辛そうな表情を浮かべ、石田と硝子も俯いている。
その3人の様子も確認しつつ、右京は竹内に向き直る。


右京「なるほど……これ程までに証人がいるとなれば、石田君が硝子ちゃんをいじめたと見て間違いはありません」

「それを水田校長は、内密に処理したというわけですか……」

竹内「当たり前じゃないですか。石田が犯人じゃなければ、誰が西宮をいじめたと言うんですか?」

「そもそも、処理されていると知っているなら、わざわざあなた方が出てくるような話ではありません」

「校長が勝手に吐いた嘘に、我々を巻き込まないで頂きたい!」


突き放すような言葉を発する竹内。

右京はそんな彼に擬古的な視線を向けながら、こう切り返した。

右京「ところが、そうも行かないんですよ……」

「何故なら解決したのは、『石田君が』硝子ちゃんをいじめた事だけなんですから……」

竹内「は…はあ?」

冠城「要するに、石田君以外にもいじめの犯人がいるという事です」

「その犯人達は今、何もなかったかのように過ごしている……」

右京「我々は、その事実を確かめるよう水田校長に頼まれ、ここへ来たというわけです」

生徒達「…!」

竹内「…………」


特命係の2人の一言に、生徒達の背筋が凍り付き、
竹内の表情も少し濁ったが、平静さを保ってこう返した。


竹内「石田以外に犯人がいるなんてあり得ませんよ。私もちゃんと見てたんですから」

右京「それは間違いありませんね?」

竹内「もちろんです」

右京「それでは……今度は硝子ちゃんと石田君、双方のお母様に尋ねます」

「石田君が硝子ちゃんをいじめたという事実をこの学校から聞かされたのは、間違いありませんか?」

八重子「もちろんです!私が補聴器の事で訴えたら、『犯人は石田君だ』という答えをもらいました」

美也子「私も、そちらの竹内先生から電話で………」

右京「その事で他に何かお話は?」

美也子「先日お話しした通りです。将也が、西宮さんの娘さんをいじめたこと以外、なにも………」

八重子「私もよ」

右京「なるほど……」

「つまり、あなた方は石田君と硝子ちゃんがどのような状況に置かれていたのか、その詳細までは知らされなかったのですね?」

美也子「確かにそういうことになりますが………」

八重子「大体、そんなこと知って何になるのよ?知ろうが知るまいが、関係ないことよ!」

美也子とは対照的に、重要な問題ではないと突っぱねてみせる八重子。

しかし右京は「ところが、それが一番問題なんですよ……」と返した。


八重子「はあ?」


彼の言葉の意味が分からず、小首を傾げる八重子。
その疑問を解消すべく、右京は次のようなことを語る。

右京「西宮八重子さん、石田美也子さん……」

「保護者と言う立場上、あなた方は学校内でのお子様の状況を確認する事は、基本的に不可能です」

「彼らの状況を知るには、学校関係者に問い合わせる必要がある……」

「それしか知る術がなかったあなた方は、学校側の言葉を信じるしかありません」

「しかし裏を返せばそれは、学校側が言った事はどのようなものだろうと、あなた方にとっての真実になってしまうという事を意味します」



「例えそれが、事実の一部が欠けた内容であったとしても……」

八重子「…?」

美也子「ちょ…ちょっと待って下さい。それってひょっとして……!」


美也子が何か勘付いたのを見て、右京は
「そのひょっとしてですよ……」と言ってまた竹内の方に顔を向け、こう続ける……

右京「竹内先生が石田君・硝子ちゃん双方の詳細な状況を語っていれば、この件はまた別の見方が出来た可能性があるんです」

「『石田君に共犯者がいた』という見方が……」

「それだけではない、いじめ問題が起こった原因もです」

「よって竹内先生……あなたは、伝えるべき事実を全て伝えていない疑いがあるのですよ」

右京の指摘で、八重子と美也子はハッとした。

言われてみると、自分達は学校側の言い分を聞いただけで、その信憑性を疑った事はなかった。

相手が嘘……もしくは不都合な事実を隠している可能性だってあったはずだ。

どうして今まで、そのような考えが思い浮かばなかったのだろうか?

2人の母親は、そのことを不思議に感じた。

竹内「ふ、ふざけないで下さい!さっきみんなが言った事を忘れたんですか?犯人は石田であると……!」

右京「えぇ確かに、先程皆さんが言ったことは事実でしょう」

「補聴器が紛失及び破損させられたという事実がある以上、何者かが硝子ちゃんをいじめていたのは確実です」

「その何者かこそが、石田将也君……」

「だからこそ、君達は石田君が犯人だと名指しした」

川井「そうですよ」

広瀬「そうじゃなかったら、石田が犯人だなんて分からないじゃんか!」

右京「しかし、それがかえって腑に落ちないんですよ……」

広瀬「え…?」

右京「君達が、石田君が犯人であると主張したという事は、少なくとも石田君の行いに否定的であったはずです」







「なのに何故、君達は石田君を止めることが出来なかったのでしょうか?」




生徒達「!!!!!」


右京の投げ掛けた疑問に、6年2組の生徒達の表情はまたしても凍り付いた。
その反応を確認しながら、右京はこう続ける。

右京「犯人が石田君1人で、ここにいる全員が否定的だったのならば、事態が悪化する前に止めに入る子がいてもおかしくなかったはずです」

「たった1人のいじめ加害者とクラスの生徒全員……どちらに分があるのか、言うまでもありません」

「しかし、そうであるにもかかわらず石田君の硝子ちゃんいじめは、彼のお母様が補聴器の賠償金を支払う程にまで悪化しています」

「どうして君達は、そうなる前に石田君を止める事が出来なかったのか……」

「その理由を教えて下さい」

島田「え、えっと……」

広瀬「それは…………」


右京の問い掛けに、答えに詰まる島田と広瀬をはじめとした6年2組の生徒達。

その様子は動揺している以外の何物でもない。

竹内「それはきっと、みんな石田の仕返しが怖かったんですよ」


だが、それを見た竹内はまるで助け舟を出すかのように、横槍を入れだす。
これに生徒達は安堵の表情を浮かべるが、
右京は気にせず「これ程、同じ思想の子が沢山いたのにですか?」と疑問を投げ掛けた。

竹内「逆に考えてみて下さいよ、これだけの多くの子がいるんです」

「みんな、自分と同じ考えを持っていたなんて、知らなかったんですよ」

「なあみんな、そうだろ?」

島田「先生の言う通りだ!」

広瀬「みんなの考えも知ってたら、俺達だって石田を止めてた!」

川井「そうよ!私達、石田君に仕返しされるのがとても怖かったの!ね?」

植野「え?え、えぇ……」


またしても竹内に続くように、口を揃えて答える6年2組の生徒達。
だが、相変わらず植野だけはあまり乗り気ではなさそうで、むしろ複雑そうな様子である。

彼らの姿を右京が黙って見る中、伍堂警部が竹内に歩み寄る。

伍堂警部「随分と彼らの肩をお持ちになりますね」

竹内「当たり前じゃないですか。彼らは曲りなりしも、私の生徒です」

「あらぬ疑いを掛けられた彼らを守るのも、教師である私の役目ですよ」

伍堂警部「まあ、確かにそれは間違っていませんね」

右京「しかし、本当にそれだけなのですか?」

竹内「……何ですか?何か他意があるとでも?」


聞き返す竹内。そんな彼の目を見ながら右京は……



右京「では、竹内先生……ひとつお聞きしますが………」






「何故あなたは、同じ6年2組の生徒である硝子ちゃんの事を守れなかったのですか?」




竹内「!!」


上記のようなことを問い掛けた。これに竹内は目をギョッとさせた。

右京「あなたも、彼ら同様石田君が梢子ちゃんをいじめている事実を把握していたんですよね?」

「それなのに何故、こんな事になったのでしょうか?」

「このクラスで一番の力を持っているのは、担任であり大人でもあるあなたです」

「あなたがもっと積極的に動いていれば、石田君を止める事は出来たでしょうし……」

「生徒達もそれに便乗し、石田君を止めるよう動けるようになったはずだと思います」

「なのにどうして……?」

竹内「な、何言ってるんですか?」

「私は石田が西宮をいじめているのを、何度も注意しました。それでも彼は止めなかったんです!」

右京「それは確かですか?」

竹内「えぇ…職員室にいた他の教員……」

「例えば、そこにいる喜多先生が見ているはずですよ!」

喜多「え!?」


いきなり竹内に指をさされ、喜多は少しばかり驚く。

右京「喜多先生……それは本当ですか?」

喜多「えっと……」


「………あ!」


「そ、そう言えば確かに、竹内先生が石田君に何か言っているところを見たことがあります」

右京「なるほど……あなたが見たと仰るのなら、そうなのでしょう」


納得の言葉を発する右京に、竹内の表情は一瞬緩んだが……

右京「しかし竹内先生。あなたが彼にしたという『注意』ですが………」

「本来この言葉は、他者が犯した誤りを指摘する行為を指します」

「いわば、口頭による忠告……その場で仲裁するのとは、わけが違う」

「石田君は普段からお母様に叱られた事がなく、無茶をすることも多かったそうです」

「そのような子が、口で忠告しただけで止められるとは思えません」

「そうなると、別の手段が考えられたはずです」

「例えば、石田君の行動を頻繁に監視し、硝子ちゃんに手を出しそうであれば阻止するか……」

「お母様に、石田君が問題行動を止めない事を相談するか……」

「とにかく、止める手段はいくらでもあったはずなんです」

「しかし聞いてみれば、石田君のお母様はあなたの電話を受けるまで、息子さんが硝子ちゃんをいじめていた事を知らなかったそうですし……」

「あなたご自身の口からも、注意したという言葉は出ても直接的に止めたといった表現は出てきていない」

「つまり………」




「あなたは、石田君のいじめそのものを止めるのに、消極的だった事が認められるんですよ」


竹内「!」


右京の指摘に竹内は表情を曇らせたが、それでも引き下がらない。


竹内「そ……そんなのデタラメだ!」

「大体、何の得があって、そんないい加減な事しなくちゃならないんです?」

右京「それは、硝子ちゃんいじめの原因に、思い当たる節があったからです」

「2人のお母様に全ての事実を伝えなかったのも、それが大きく絡んでいる……」

竹内「え…?!」

美也子「それは、どういう事ですか?」

八重子「そうよ!硝子がいじめられた原因を知ってるのに、どうしてその事を隠す必要があるの?!」


当然の疑問を投げ掛ける2人の母親。

彼女らに対し、右京は少し間を置いてある事を問う。

右京「お二人は、硝子ちゃんいじめが起こった原因は何だと思いますか?」

美也子「そ、それは……」

八重子「石田君が硝子の障害を馬鹿にしたからに決まっているじゃないですか!」

右京「確かに……それもあると思います」

「しかし、石田君に共犯者がいたとなると、原因はそれだけではなかったと思われます」

八重子「それだけじゃない?」


首を傾げる八重子。それは美也子も同様だ。

そんな彼女らに対し、右京はこう続ける。

右京「仮に石田君の共犯者がここにいる生徒達だったと考えると、その理由は何なのか?」

「石田君と思想が一致したからと考えるのが自然ですが……」

「そう考えると、何の理由があってその様な思想を抱くに至ってしまったのかという疑問が生じます」

「そこで考えられるのが、『硝子ちゃんが難聴であり、それが元で確執が生じた』と言うものですが……」

「それだと、また別の疑問が生じます」


そこまで言いながら、右京は竹内の方を向き直し……

右京「何故、竹内先生がいながらこんな事になったのかです」

「通常、教員は障害を持つお子様とそうでない子が衝突しないよう、障害のあるお子様への理解を深めるよう配慮しなければならなかったはず……」

「しかし、現にこのクラスでは、硝子ちゃんへのいじめが発生している……」

「教員が場を取り持っていれば、起こり得ない事態です」

「これは、どうしてなのでしょうかねぇ……?」


わざとらしい喋り口調で、右京は竹内に疑問を投げつけた。

竹内「今度は何を言いたいんですか?」

右京「…………」


疑問を投げ掛ける竹内。

そんな彼に対し、右京は唐突に手を使ったジェスチャーを見せる。

竹内「な……何ですか?」

右京「なるほど、そうですか……」

竹内「だ、だから……何なんですか?!」

右京「今のは手話なのですが……」

「竹内先生……あなた、手話の知識がありませんね?」

竹内「……………」

「当たり前じゃないですか。普段から、西宮のような子と接する機会もありませんでしたし……」

「そもそも、西宮は筆談で会話していました。出来なくても問題ない」

右京「確かに、硝子ちゃんは筆談でコミュニケーションを取っていたそうですが……」

「筆談は手話のような高度な知識を必要としない反面、文字を書く作業を挟むが故、互いの意思を表示するまでに時間が掛かるという欠点がある」

「場合によっては、手話を用いた方が効率よくコミュニケーションを取れる場面があったはずです」

「硝子ちゃんはどちらかというと、手話での会話が得意な娘です。その上、筆談用ノートも紛失したようですからねぇ……」

竹内「……………」

右京「ちなみに、今のは『この手話、分かりますか?』と言う内容だったのですが……」

「それを理解する事が出来ず、尚且つ障害のある子と接する機会もなかったというあなたが」

「硝子ちゃんに対応しきれるものなのでしょうかねぇ……?」

竹内「は…!」


その瞬間、竹内は右京にはめられた事に気付くが、それももう後の祭り……

彼の反応を右京は見逃さない。


美也子「刑事さん、どういう事なんですか?」

八重子「そうよ!さっさと説明して頂戴!」



説明を求める2人の母親に対し、右京は「事件の全容は、恐らくこうです」と言って、いよいよ事件の核心に迫る推理を始める。

右京「八重子さんの意向により、硝子ちゃんはこの学校に転校し、このクラスの生徒となった」

「ところが、竹内先生は硝子ちゃんに対応する術を持たなかった。そんな彼にとって、硝子ちゃんは重荷でしかない……」

「しかし一度生徒として預かってしまった以上、そう簡単に手放すことは出来ません。それこそ、職務放棄を咎められる危険性がある」

「自身が西宮硝子と言う重い荷物から逃れるには、荷物持ちが必要だった」

「そこで彼が取った行動は、6年2組の生徒達に硝子ちゃんの世話を任せる事でした」

「生徒が他の児童にフォローを入れることは違法ではない」

「それどころか、健常な子供達が障害あるお子様を手助けしていると言う構図が出来上がる……」

「そうする事で、『自分は何のダメージを負わないまま、硝子ちゃんから逃れられる』と考えたのでしょう……」

竹内「…………」

右京「しかしそれは、生徒達も同様でした」

「彼らも普通学級の人間であるが故に、障害あるお子様へ対応する術を持たなかったのです」

「そのような人間が、果たしてまともに授業を受ける事が出来るでしょうか?」

「常識的に考えて、難しいと思います」

「そこで本来ならば、教師が対策を取るところですが、硝子ちゃんと関わりたくなかった竹内先生は現状維持を貫いた」

「障害を持つお子様と対応出来ず、教師からの助けも得られない……」

「このような状況に、彼らは酷くストレスを感じたはずです」

「その最中、石田君は硝子ちゃんを頻繁に手を出し、日に日にそれが悪質な方向へエスカレートしていった」

「梢子ちゃんの世話でストレスを感じていた彼らは、それを見てどう思ったでしょうか?」

「恐らくは………」




「『石田君がストレスの元凶に制裁を与えてくれている』」


「そう感じたと思います」


そう言いながら生徒達に目を移す右京。
彼に目を向けられた生徒達は、全員焦った様子で目を反らした。

一方美也子は、何かに気付いたのか「ま、まさか……!」と声を上げる。

右京「そのまさか……」

「こうして彼らは、いつしか石田君の硝子ちゃんいじめを肯定し、共謀するようになったのです」

「共謀しなかった生徒も、硝子ちゃんいじめを見て見ぬふりをしていたと考えられます」

「一方、自分達の行いがバレた時の事も考えたはずです」

「ストレスの発散が出来たところで、事が明らかになればそれこそ大きなダメージを負う事になる……」

「それから逃れるには、『誰か』に自分達の罪と責任を持って行ってもらう他ありません」

「その誰かと言うのが……」

と言って右京は、石田に目を向ける。


右京「石田君、君だった…」

石田「…………」

右京「君は、彼らよりも先に硝子ちゃんに手を出し、それでいて積極的にいじめていた……」

「責任を押し付けられても、文句は言えないだろうと彼らは踏んだのでしょう」

「そしてそれは、竹内先生も同じだった……」

「万が一、石田君の硝子ちゃんいじめが外部に漏れれば、硝子ちゃんの世話を生徒達に押し付けた事が芋ずる式で明らかになる可能性があった」

「そうなれば、教師として大きなダメージを負う事は免れません。退職させられるかもしれないとも、考えたのでしょう」

「そう……これこそが、竹内先生が石田君を止めるのに消極的で、あなた方保護者に全ての事実を明かさなかった理由です」

「しかし、口先の忠告だけで石田君が止まるはずがなく、事態は深刻化……」

「そこで彼が最後に取った手段が、石田君に犠牲になってもらう事でした」

「石田君が全て悪い事にしてしまえば、梢子ちゃんやいじめ問題への対応の不備を有耶無耶に出来る……」

「そう考えたのでしょう」


冠城「そして、彼らの目論見は見事成功……」

「校長もあなた方も、石田君一人が犯人だと信じてしまった」

美也子「そ、それじゃあ!私達は……」

八重子「コイツらの隠蔽に協力してしまったってことなの!?」

右京「結果的に言うと……」




「そうなります」


八重子と美也子「「!!」」


右京の言葉に愕然とする2人の母親と、彼の推理に焦りの色を隠せないでいる竹内。

そんな竹内に、美也子は問う。

美也子「た、竹内先生……今の話し、本当なんですか?」

竹内「そ……それこそデタラメだ!」

「大体、証拠は?証拠はあるんですか?」

「警察なら、証拠を見せて下さいよ!証拠を!!」

冠城「…………」

「なんて言ってますが……どうします?」

右京「これだけ証拠の提出を望んでいるのです……見せてあげて下さい」

冠城「分かりました」

竹内「な…!?」


特命係の2人のやり取りに、竹内は心底驚く。

それを気にせず、冠城は懐からスマホを取り出した。

冠城「皆さん……今から流す映像をしっかり見ていて下さい」


そう言って、冠城は昨日青木に撮らせた映像を流した。

教科書の朗読を硝子に指示する竹内の姿や、授業の事で硝子に手を上げ、悪魔と罵る植野の姿……

そして、彼女の行いを側で見て笑ったり、無視したりしている川井や生徒達の姿が映った、あの映像を……

竹内「…………!」

植野「……………!」


一連の映像を見て、竹内と植野らの顔が青ざめた。

冠城「これは、昨日俺が同期の奴に無理矢理撮らせたものですが……」

「これ、どういう事なんでしょうかねぇ?」

伍堂警部「竹内先生……あなたは、硝子さんが耳が不自由で声を発するのも難しい身である事は、把握済みだったはずだ」

「なのに何故、教科書の朗読を指示したんですか?」

右京「君も、随分と手荒い真似をしていたんですねぇ……」

植野「………」

坂木「ちなみにこれ、無編集である事は鑑識課が確認済みです」

竹内「……………」

右京「それと、疑わしい物は他にもあります」


そう言いながら、右京は懐からビニールに入れられたある物を取り出した。

それは、昨日岐阜県警に鑑定に出した、壊れた補聴器……


八重子「それは……!どうして、あなたが?」

右京「実は昨日、あなたや硝子ちゃんが出掛けている間に、いとさんから借りさせてもらったもので……」


右京が八重子の疑問に答えた後、今度は伍堂警部が口を開く。

伍堂警部「この事からもお分かりの通り、この補聴器は西宮硝子さんの所持品です」

「我々岐阜県警は、こちらのお二人の頼みを受け、これを鑑識課に調べさせました」

「その結果、奇妙な事実が判明しました」

八重子「奇妙な事実って…?」

伍堂警部「西宮さん……あなたのお宅は、あなたと梢子さんを含めた4人家族だと聞きましたが、間違いありませんか?」

八重子「もちろんですけど」

伍堂警部「なるほど……」

「では、この補聴器には少なくとも、あなた方家族4人とこれに手を出した石田将也さん……」

「計5種類の指紋が付着していなければなりません」

坂木「ところが鑑定の結果、この補聴器には5種類以上の指紋が付着しているそうなんですよね」

伍堂警部「ちなみに、内ひとつは硝子さんの指紋である事は確認済みです」

右京「おやおや…それは妙ですねぇ……」

「耳の不自由な硝子ちゃんにとって、補聴器は生活に必要なもの……」

「それを何の理由もなく外出先で外し、身内以外の人間それも複数に触らせたとは考えずらい」

「これは、どういう事なのでしょうかねぇ?」

生徒達「…………!」


右京の問い掛けに生徒達は、何も言えなかった。

まさか、補聴器が今も残っていてそれを調べられるとは思わなかったのだろう。

右京「……………」

「いずれにせよ、ここにいる皆さんの指紋を調べれば、分かることです」

伍堂警部「そう言う訳です……この場にいる皆さん全員、指紋の採取にご協力願えませんか?」

竹内「ちょっと待って下さい!私達もですか!?」

伍堂警部「当然でしょう。学校内で破損させられたのです……あなた方教員が、破損させた可能性がないとは言い切れません」

右京「特に竹内先生、あなたには十分動機がありますからねぇ……」

竹内「いいえ!私は西宮の補聴器の破損には、一切関与していません!」

右京「それは本当ですか?」

竹内「えぇ!」

右京「絶対にですか?」

竹内「絶対です!」

右京「そうなんですかねぇ……?」

冠城「本当は硝子ちゃんの事で色々あったせいで腹が立って、つい……なんて事あるんじゃありません?」

竹内「ふざけないで下さい!私はそんなこと断じてやっていない!」

「他の生徒の指紋がちょっと付いていたというだけで、疑うのは止めてもらいたいものですね!」

右京達「……………」


と竹内が言った途端、急に4人の警察官は睨むように彼に視線を集中させた。

竹内「な……なんですか?」

右京「竹内先生……あなた今、なんと仰いましたか?」

竹内「『疑うのは止めてもらいたいものですね!』」

右京「そのひとつ前」

竹内「………」

「『他の生徒達の指紋がちょっと付いていただけで……』ですが?」

右京「………………」

「竹内先生、あなた……」




「何故この補聴器に、石田君以外の生徒の指紋が付着していると分かったんですか?」


竹内「え…?」

冠城「俺達、確かに西宮さん一家と石田君以外の指紋が付着しているとは言いましたが……」

「それがこのクラスの生徒のものである事はおろか、子供の指紋であるという事すらまだ言っていないんですよ?」

右京「この場において、生徒さんの指紋が付着している事を知る人物は限られます」

「実際に手を出した本人とそれを目撃した人物……」

「どうしてあなたは、犯人と目撃者しか知り得ない情報を知っているのですか?」

竹内「そ、それは…あなた達が彼らを疑うから……!」

伍堂警部「いくら疑わしいからと言って、照合もなしにその指紋が彼らのものだと断定する事は我々にも出来ません」

「いじめとは関係ない別の誰かが、何かの偶然で触れたものであるという可能性も僅かながら残っているんですよ」

冠城「つまりあなたは、我々が生徒さん達に疑いを掛けているというだけの理由で、石田君以外の生徒の指紋が付着していると決め付けたわけですか」

坂木「さっきまで、生徒さんを庇ってた人のする事とは思えませんね」

竹内「……!」


4人の警察官に畳み掛けられる竹内。

その時、彼は気付いた。




『またしてもはめられた』と……


竹内「……………」

右京「竹内先生……そろそれ、全部話してくれませんか?」

冠城「黙っているだけ、立場が悪くなるだけですよ」


特命係の2人に自供を促される竹内。

すると、竹内は……

竹内「まさか……撮られていたばかりか、二度もこんな手に引っ掛かってしまうなんて………」

「なんて間抜けなんだか!」

右京「お認めになるんですね?」

竹内「えぇ……全部、あなたが話した通りですよ!」

「私は……いえ、俺は西宮をどうしたらいいか分からなかった!」

「彼女の事があまりにも手に余ったから、生徒にそれを押し付けた!」

「そしたら、石田の西宮いじめが悪化して、生徒達も協力するようになった……」

「その事を咎められるのが嫌で、石田に全部押し付けたんです!」

右京「やはり、そうでしたか……」

冠城「他にも、何かありますかね?」

竹内「…………」

「そこにいる島田が中心になって、石田と西宮両方をいじめていました」

「けど俺は、これ以上関わるのが嫌だったから、止めなかった……」

島田と広瀬「「……」」


竹内は島田達が石田をいじめ、硝子いじめを継続させていた事実も暴露した。

これに八重子と美也子は驚きを隠せなかった。


八重子「今度は、コイツらが……硝子を!?」

美也子「それじゃあ……将也がいじめられていたのは……」

冠城「硝子ちゃんいじめの報復ではない……」




「彼らの責任の押し付けの一環として、いじめられていたんです」


美也子「!!!!」


目の前に突き付けられた事実に、美也子はショックを受けた。

今まで、信頼して息子のことを預けていた学校……

それが、ここまでずさんな対応を取っていたなんて……

この瞬間、美也子の水門小学校に対する信頼は、音を立てて崩れ落ちた。

そして、もっと早く気付いていれば……と後悔した。

一方、この学校への信頼が崩れ落ちたのは、八重子も同様であった。


八重子「教師の癖に、人様の娘がいじめられているのを見て見ぬふりしてたなんて……」

「アンタ最低ね!」

竹内「最低だと……?」

八重子「えぇ、最低よ」

「アンタだけじゃない……アンタらガキどももよ!」

「今までの学校もそうだったけど、普通学校ってアンタ達みたいなクソみたいな奴らしかいないのかしら?」

竹内「俺達がクソだと……?」



「ふざけるな!」

八重子「はあ?」


突然声を荒げる竹内に、八重子が首を傾げる。

彼女の様子に竹内は、まるで無知な人間を見るような目を八重子に向けながら問い掛ける。

竹内「西宮の母さん……何故彼女を、西宮をこの学校に入れた?」

八重子「そんなの決まっているでしょ!強い娘に育ってもらう為です!」

竹内「つまりアンタは、自分の子供が育てばそれで良かった……」

「他はどうなっても構わなかったってことか?」

八重子「な、何を言ってるの?!」

竹内「アンタがしたのはそれだけ勝手だってことだよ!!」

八重子「勝手ですって!?」

竹内「あぁそうだよ!」

「アンタ、普通学校に障がい者を入れると、周囲にどれだけ負担がかかるのか……」

「どれだけの確執が生まれるのか、一度も考えた事ないだろ!」

「仮に、自分が手の付け方がわからない人間をいきなり差し出されてみろ?」

「アンタ、そいつのお守りがちゃんと出来るのか?」

八重子「無理に決まってるでしょう!」

竹内「そう、無理なんだ!俺の置かれた状況はまさにそれだったんだ!」

「こんな手の掛かるガキを押し付けやがって……!」

「障がい者だからって、どんなに迷惑かけてもいいと思ったら大間違いだぞ!」

八重子「あ、アンタ!硝子の事何も知らない癖に、よくそんな口が利けるわね……!」

竹内「あぁ、知らねぇよ!俺は……」

「いや、俺達はアンタの家族でも何でもない!赤の他人だ!」

「そんな奴らの所に、普通と違うガキ放り込んだところで理解されないなんて、入れる前から分かるだろ!」

「それともアンタは、一度でもそう言う事を考えて西宮を学校に入れた事があるのか?!」

八重子「そ…それは……」


竹内の問いに、八重子は自分でも驚くほど動揺した。

昨日、いとに言われた事がまた頭の中を過ったからである。

八重子「…………」

竹内「ほら……やっぱりそうだ!」

「結局アンタは、自分の子供だけが良ければそれでいいような、自分勝手な馬鹿親だったんだ!」




「俺達がクソなら、アンタはクズだよ!!」


八重子「……!」


竹内に罵倒され、更に動揺の色を見せる八重子。

そしてまた頭の中を過る、いとの言葉……



『所詮彼らは赤の他人……自分達さえよければ、他人の事情はどうだっていい』


『硝子の事を理解出来る人間がいなければ、どんなに硝子を強い娘に育てようと望んでも無意味……』

まさか、ここにきてその言葉の意味を実感させられるとは、さしもの彼女も思ってみなかった。

そんな中、竹内の怒りの矛先は美也子にも向けられる。

竹内「それと石田の母さん!」

「どうして日頃から石田を叱らなかった?」

「アンタがちゃんと叱っていれば、石田はこんな厄介事起こさなかった!」

「2人揃って出来の悪いガキを入れやがったもんだ!」

「子も子なら親も親だよなあ?」

美也子と八重子「「…………」」


竹内に罵倒され、2人の母親は何も言い返すことが出来なかった。

彼の豹変ぶりに、喜多は動揺する。

喜多「た、竹内先生!いくら何でも言い過ぎじゃ……」

竹内「フン!そんな事が言えた立場じゃない癖に何を言うか!」

喜多「ど、どう言う事です?」

竹内「どう言う事だあ?そんなのアンタが一番良く知ってるだろ!」

「アンタ、やたらと西宮の事をひいきしてたよな?」

「俺や生徒達が、アイツのせいで苦しい思いをしていたと言うのに……!」

喜多「け、けど……私がしっかりしないと、西宮さんが可哀想だから………」

竹内「西宮が可哀想だと思うなら、彼女への対応の仕方も分らず、四苦八苦している俺達も可哀想と思わなかったのか?」

「おまけに、俺が何度も警告したにもかかわらず、西宮を校内の合唱コンクールに入れて……」

「おかげで、6年2組は最下位という大恥!そのせいで、俺のクラスは余計ギスギスした空気になった!」

「その上、生徒達に無理矢理手話なんか教えようとして……」

喜多「…………」

竹内「アンタがした事は、俺のクラスを余計滅茶苦茶にしただけだ!」

「西宮の事ばかり考えて、俺達に対する配慮は一切無し……」

「そう言う点においては、アンタも西宮のクズ親と同類だ!」


今までの鬱憤を晴らさんと言わんばかりに、喜多をこき下ろす竹内。

そんな彼に対し、喜多も痛いところを突かれたと言わんばかりに、何も言い返せなかった。

八重子「け……けど、この学校は障がい者を受け入れる学校なんでしょ!?」

「これじゃあ話が違うじゃないの!」

「ふざけるのもいい加減にしなさいよっ!!」


だがここで、八重子は何とかして反論してみせた。

今、言い放った通り、八重子がこの学校に硝子を入れる事を決めたのは、
この学校が障がい者を受け入れる所があると、『ある人物』から聞かされたからであった。

だが、それを聞いた竹内はと言うと……

竹内「はあ?」

八重子「はあ?じゃないわよ!私はね、校長先生からそう聞かされて、それで硝子をここに……」


ここに硝子を入学させる事を決めるに至った理由を説明する八重子。

しかし、それを聞いた竹内は、またしても無知な人間を見るような目で
今度は「ふふふ……」と不気味に含み笑う。

八重子「何がおかしいのよ!?」

竹内「…アンタ、本気でそんな事信じてたのか?」

「本当に馬鹿な奴だ!」

「けど、おかげでようやく分かったよ……」

「あの校長が何を考えて俺にこんな事をしたのかが……!」

八重子「…?」

冠城「それ……どういう意味ですか?」


冠城に聞かれると、竹内は警察官4人にも無知な人間を見るような目を向ける。


竹内「アンタ達も哀れなもんだな。自分達が、トカゲの尻尾切りに利用されたとも知らないで……!」

坂木「僕達がトカゲの尻尾切りに利用されてるだって?」

竹内「あぁ、そうさ…!」

「この学校は、障がい者を受け入れた事なんて一度もない普通の学校だ!」

「そこの喜多が、前の学校できこえの教室の教師をやってた事があったらしいが……」

「それは前の学校の話……ここではただの音楽教師だ」

「そうだよ……ここには、障がい者用の教室もサービスもありゃしない!」

「大体俺はな、西宮がこのクラスに入ると聞かされた時、校長に反対したんだ」

「『耳の聞こえない子供の世話なんて、俺には出来ない』とな!」

「だがあの校長は、『もう既に決めた事だから、どうしようもない』とか言って、俺に西宮を押し付けて来やがった!」

「その後も俺は、西宮の事でアイツに抗議を続けた……」

「だがアイツは、『西宮を預かった君が何とかすべき事だろう』と言って、全く取り合わなかったんだ!」

「アンタ達をけし掛けたのも、俺を悪者にして自分のした事を有耶無耶にしようと考えたんだろうよ!」

八重子「……!」

右京達「…………」


竹内の口から語られた衝撃の事実。

さしもの八重子も、この事実に目を白黒させた。

一方、それを知った右京はまた口を開いた。


右京「なるほど……そう言う事だったのですね?」



「硝子ちゃんの事を想うあまり、彼女がもたらす周囲への影響を顧みなかった西宮八重子さん……」


「八重子さんに嘘を吐き尚且つ硝子ちゃんを竹内先生に押し付け、その後一切の支援を行わなかった水田校長……」


「八重子さん同様硝子ちゃんを想うあまり、6年2組の皆さんへの配慮が疎かだった喜多先生………」


「自分の意図や硝子ちゃんの事にばかり考え、周囲に気を配れなかった大人達の行動……」

「それらの積み重ねが6年2組に圧し掛かった事が、この問題の根源……真の原因だった」

竹内「ようやく分かったか?そうさ、悪いのはあの校長とアイツに騙された西宮のクズ親……」

「そして、ここをきこえの教室と混同してた喜多だ!」

「コイツらが、俺のクラスに不幸を運んできたんだ!」



「恨むべきは俺達じゃない!校長と、自分達の不甲斐なさを恨め!!!!」

今まで溜め込んでいたものを全部吐き出さんと言わんばかりに竹内は叫びに近い声をあげた。

そのせいだろう、言い放った後の彼は「はあはあ」と息を切らしていた。

川井「そ……そうよ!」

「これは全部、喜多先生と校長先生と西宮さんと石田君のおばさんが全部悪いのよ!」

「私らは、それを押し付けられたんだわ!」

女子生徒A「確かにその通りね!」

女子生徒B「こういうのって、大体大人が悪いもんね!」

島田「確かに、西宮のおばさんが西宮を入れなければ……」

「石田のおばさんが石田のこと叱っていれば、こんな事ならなかった!」

「俺だって、石田に責任押し付けて、いじめる必要なんかなかったんだ!」

広瀬「ホント、ひでぇ話だよな!」

八重子「な…!?」

美也子と喜多「「…………」」


竹内の言葉を皮切りに、急に八重子と美也子と喜多を責め始める生徒達。

中でも特に八重子を攻めに掛かったのは、植野であった。

植野「ホントよ!全くもってその通りだわ!」

「西宮さんのおばさん。知らないようだから教えてあげるけどね……」

「あたしら6年2組のみんな、1年生の頃からずっと一緒だった」

「石田の悪ふざけが過ぎること以外は、問題なかった……普通だったの!」

「竹内先生は5年生の時からの担任だったけど、本当は普通の先生だったわ」



「けど、西宮さんが来てから、あたしらのクラスはおかしくなった……!」

「あたしは西宮さんの隣の席にされてから、ずっと西宮さんの世話やらされた」

「けど西宮さん、何度教えても全然分かってくれないし、竹内先生も全然助けてくれない!」

「おかげで、授業も遅れてみんなから笑われて……!」

「だからあたし、石田と一緒に西宮さんをいじめてた……」

「すると今度は、みんなが石田に全てを押し付けて、いじめだして……!」

「あたしだって、ホントは味方したかった……けど、怒られるのが怖くて、石田のせいにしちゃって……!」

「そのせいでずっと、石田がいじめられてるのを、指をくわえて見てるしかなかった……」

八重子「だ……だから、何なの………?」

植野「石田が……あたしらや竹内先生がこうなったのは、全部アンタのせいだって言いたいんだよ!」

「アンタが西宮さんを入れなきゃ、こんな事にはならなかったんだ!」

「それと石田のおばさん……アンタ、石田がいじめられてるの、知ってたよな?」

「毎日いじめられて、凄くボロボロになってたから」

美也子「そ、そうだけど……それが、どうしたの?」

植野「どうしたの?じゃねえよ!」

「あんだけボロボロになった石田の姿見て、アンタ助けようとか思わなかったのかよ?!」

「アンタ、石田の母さんだろ?母さんなら、いじめられた自分の子供の1人くらい助けてやれよ!」

美也子「…………」

植野「これも全部、アンタら大人がいい加減だったせいだ!」

「アンタらのせいで、このクラスは普通じゃなくなっちゃったんだよ!」

「だから……返せよ!普通だったあたしらのクラス返せよぉ!!!」


持てる感情を解き放つかの如く叫ぶ植野。

この次の瞬間、他の生徒達も「そうだ!」「俺達の平和を返せよ!」と口々に八重子達を攻めた。

八重子「…………」


自分に向かって恨みつらみを投げつけてくる生徒達……

彼らを前にして、八重子は何も言わずに立ち尽くすしかなかった。



硝子を強くしたい……


自分のような弱い子にしたくない……

その一心で弱い自分を封印し、心を鬼にして普通学校に入れてきた。

それが、硝子を強い子に育てる方法だと信じていた。


だが、目の前に広がる現実はどうだ?


まるで、硝子への対処が出来ず、苦しみ、そして自分の事を恨む人間に溢れている。

自分は今まで、こんな所に硝子を入れていたのか……

これでは、まるで………

八重子「…?」


その時、頬を何かが伝うのに八重子は気付く。

正体を確かめる為、指で触れてみると、それは一滴の水……



否、水ではない……涙であった。

夫一家から硝子を押し付けられて以来、捨てたはずの涙……

どうして、今になって?


理由は……今更考えるまでもない。



八重子「…………」

(それだけ私は、無茶ばかりしてきたって事ね……)

一方、植野の言葉は美也子の心にも重く圧し掛かっていた。

自分は、確かに石田の事を助けなかった……

それはあくまで、自分のような人間が声を上げても、誰も相手にしてくれないと思っていたから……

いや、それだけではない。

自分の事を心配させまいとする息子の気持ちを、踏みにじりたくないという思いがあったからだ。



しかし……今になって考えるとこれは、一種の逃げだったのではないか?

息子の気遣いに、甘えていただけだったのではないか?

批判される事を覚悟で、言い出す勇気も必要だったのではないか?

石田のことを叱ることも出来ず、他人の娘にも迷惑を掛け、石田いじめのことを言い出せなかった……

それでいて、学校側の言い分を鵜呑みにしてしまった自分……


美也子はまた、これまでの自分を後悔した。

そして、喜多も思った。

もう少し彼らの事を考えてやるべきだった……

ここは、きこえの教室があった前の学校ではない事を、今になって思い知らされる……

学校が違えば、当然生徒への対応の仕方もある程度変わって来る。

そんな事、当たり前であったはずなのに……

後悔に明け暮れる2人の母親と喜多……

そして、責められる母親の姿に、硝子と石田も心を痛めている。


その様子を黙って見ている4人の警察官……

少しして、右京が八重子らの前に歩む。

右京「では……僕からもひとつよろしいですか?」


そう言いながら、人差し指を立てる右京。

この時、八重子らは彼からも責められるのだと覚悟した。




右京「……………」









「ふざけるんじゃないッ!!」






生徒達「!!」


だが、右京が怒りの矛先を向けたのは、生徒達の方であった。

いきなり怒声を上げられ、驚きのあまり黙る生徒達。

そんな彼らに、右京はこう続ける。

右京「八重子さんのやり方に問題があったのも確かです」

「美也子さんも、勇気を出して声を上げるべきだったかもしれない……」

「水田校長や喜多先生の配慮不足も、然るべきものです」

「しかしあなた達自身はどうなのですか?!」

「例えば竹内先生!あなたは、自分の手には負えないという理由で、自身のすべきことを生徒達に押し付けた!」

「その上、石田君が助けを求めたにもかかわらず、彼の行いを盾に一切の手助けもなし……」

「これでは、水田校長と同じではありませんか…!」

竹内「……」


指差しながら竹内を非難する右京。

一方、冠城も生徒達に冷たい目を向けながらこう言った。

冠城「君達もだよ」

「大人達が悪いなら、初めから硝子ちゃんをいじめる必要なんてなかったはずだ」

「それなのに彼女をいじめたのは、大人達に敵う訳がないから……」

「こんなの、ただの八つ当たりだ」

「正当性の欠片もない……!」

川井「けど刑事さん!私は、西宮さんも石田君もいじめてません」

「今の映像で分かるでしょ?」

島田「お前!何逃げようとしてんだよ!」

川井「失礼ね。私は本当の事言ってるだけよ」

「私はあなたと広瀬君と違って、石田君の机に落書きしたり教科書盗ったりしてないもん!」

石田「え…!?」


川井の言葉に、石田は何故か今まで知らなかった事を知らされたかのように驚いている。

その様子を右京と冠城は見逃さなかったが、今は話しを続ける事を優先する。

冠城「………」

「君、名前は?」

川井「川井みきよ」

冠城「川井みきちゃん……君は『犯人隠避』って知ってるかい?」

「事件の犯人を故意に隠したり、庇ったりすることなんだけど……」

「そういった行為も、法律上は犯罪の一種として扱われている」

川井「だから?」

冠城「確かに君は、いじめに直接加担した事はなかったかもしれない。けど……」



「君は、このクラスでいじめ問題が起きていた事を把握していた」

「それを知りながら、他の子達と一緒に『硝子ちゃんいじめの犯人は石田君だ』と主張した」

「そして今さっき、島田君達の行いも暴露した」

川井「えぇ……」

冠城「しかし、君は今までそのことを知りながら、誰にも話さなかった……」

「その時点で君は、いじめの共犯者や犯人を隠避したことになる」

「残念だけど、これも立派な犯罪だ」

川井「そ、そんな……!私、みんなが怖かったから仕方なく……」

冠城「例え悪気がなかったのだとしても、法律上犯罪と認められたものは犯罪でしかない」

「手を出さなければ悪者にはならないと思ったら、大間違いなんだ」

「まず君は、それを知った方がいい……」


そして最後に冠城は、「ここにいるみんなも、同じだけどね」と付け加えた。

彼の言い分に、川井はもちろんだが、今までいじめを黙認していたであろう生徒達も絶句した。

だが、こんな中で竹内は……

竹内「じゃあ、どうすれば良かったっていうんだ?アンタさっき言ったよな?」

「『一度生徒として預かった以上、そう簡単に硝子を手放す事は出来ない』と…!」

「教師として西宮を手放す事が出来なかった俺には、これ以外に方法がなかったんだ!」

「大体俺がどんな状況だったのか、その現場も見た事もない癖に何を偉そうに言ってるんだか……」

「警察は、弱い奴らの味方だろう?一般教師の俺は校長の前では弱者でしかなかった!」

「裁くべきは俺への支援を怠った校長と、そんな奴に騙された西宮のクズ親ですよ!」


と言って今度は、被害者面を始めた。

植野「そうよ……あたしらも、西宮さんのことどうしたらいいのか、分かんなかった………」

「筆談だけじゃ、西宮さんと付き合えなかった……」

「それに、あたしら子供だよ?大人の人達にも、太刀打ちできない弱い子供なんだよ?」

「他に……他に、どうすればよかったのよ……?」


それに続き、植野も自身の胸の内を明かす。

だが、そんな彼らに4人の警察官は同情はしたものの、あまりいい顔はしなかった。

そして、まず冠城が竹内に次のような事を聞いた。

冠城「竹内先生……あなたは、硝子ちゃんが聴覚障害を患う女の子である事を、事前に聞かされていたんですよね?」

「だから、水田校長に反対意見を出すことが出来た」

竹内「そうですよ。だから?」

冠城「だったら、その間に聴覚障害を持つお子様との接し方を調べようと、思わなかったんですか?」

「相手が耳が聞こえないと分かっているなら、いくらでも対処法は調べられたはずですよ?」

竹内「……!」


冠城の疑問に竹内は、まるで今まで考えた事もなかった事を突き付けられたような表情を浮かべた。

だが、すぐに首を横に振ってこう返す。

竹内「そ、そんな時間なかったんだよ!」

冠城「それなら、水田校長が支援を行わなかった事を教育委員会に訴えるべきだったのでは?」

竹内「したところで無理だ!理事長はアイツの昔からの親友なんだ!」

「訴えたところで、庇い立てされるに決まってる!」

右京「なるほど……彼と理事長は、そのような関係でしたか」

冠城「けど、他にも手段はあったはずですよ」

「硝子ちゃんに配慮して、授業時間を調整するとか……」

「それでも支障が出るのだったら、八重子さんに相談するという手もあったはずですよ」

「それで彼女が聞く耳を持たなかったのなら、児童相談所に何かしらの対処を取ってもらう手もあった」

「本当に校長と八重子さんが全ての元凶だとするなら……」

「こうなる前に、自分達の状況を周囲にはっきり伝えるべきだったんじゃありませんか?」


竹内「………」


冠城の問いに、竹内は何も答えられなかった。

右京「その様子だと、今までそのような発想はなかったようですねぇ……」

「恐らくあなたは、『八重子さんや水田校長から面倒なお子様を預かった』」

「この事実にばかり気取られていた」

「それが故に、自分に何が出来るのか……どうすれば、事態を改善出来るのか……」

「それを考えるのを、すっかり忘れていた……」



「教師として……」


「いえ、人として恥ずべきことではありませんか?」


竹内「……………」


黙ったままの竹内。一方、右京はまた生徒達の方に向き直る。

右京「君達も同様です」

「君達も、硝子ちゃんを押し付けられた……彼女の障害に振り回された」

「その事に気を取られ、見るべきものを見落としてしまった」

植野「ど、どういう事よ?」


植野の疑問に、右京は少し間を置いてこう答えた。

右京「『佐原みよこ』」

「このクラスにはもう1人、そのような名前の女の子が通っていたそうですね?」

植野「!?」


不意に出された何者かの名前に、植野は驚きの表情を見せた。
しかし、その名前に反応したのは、彼女だけではなかった。

喜多「佐原みよこちゃん?」

右京「ご存知なで?」

喜多「えぇ……私が西宮さんの為に手話を習わせようとした時、ただ1人だけ賛成してくれた娘です」

「けど、急に来なくなってしまって……」

右京「なるほど……やはり、そういう事でしたか」

植野「ど、どういう事なんだよ?大体、何でアイツの事知ってんだよ?」


植野の問いに対し、右京は次のような事を語る。

右京「実は、先程の証拠映像……初めてあれを確認した際、気になる点を見付けました」

「そこの席だけ、空いていたのです」


そう言って彼は、その席を手で指し示した。

右京の言う通りその席だけ誰も座っておらず、空席である。

右京「それを見て僕は……」

「『硝子ちゃんに味方をした為に、不登校にされてしまった子がいるのではないか?』と考え本来、その席に座っているはずの生徒を探しました」

「結果、佐原みよこちゃんの存在に行き着いたのです」

冠城「いじめは、ターゲット本人ばかりが狙われるわけではない……」

「ターゲットを庇った人間も同様の被害に遭い、不登校になるケースも少なくないからね」

植野「そ、それで……アイツはアンタらに何って言ったの?」


何処か動揺した色を見せ始める植野の問いに対し、右京らはこう答えた。


右京「根気強く聞いてみましたが、余程塞ぎ込んでいたらしく、本人から直接話しを聞く事は出来ませんでした」

冠城「その代わり、お母様から話を伺うことは出来ました」

~回想~


佐原母「娘が不登校になった理由…ですか?」

右京「えぇ……何か、それらしい事を仰っていませんでしたか?」

冠城「どんな細かい事でも構わないんで……」

佐原母「いいえ……何を言っても教えてくれませんでした」

右京「学校に相談は?」

佐原母「しましたが、原因については知らないの一点張りで……」

右京「なるほど……」

冠城「ところで……彼女が不登校になったのは、いつ頃なんですか?」

佐原母「確か……5月頃だったと思います」

右京「5月ですか……」


~回想終了~

喜多「5月?それって確か、私がみんなに手話を習わせようとした頃じゃ……」

右京「では、佐原ちゃんが不登校になったのは、喜多先生の提案に乗った後のこと……」

「何故、佐原ちゃんは喜多先生の提案に乗ったのか?恐らく、硝子ちゃんと接する為だったと思われます」

「しかし、転校から1ヶ月も経っているなら、硝子ちゃんに不満を抱いていた生徒がいてもおかしくありません」

「そうなると、考えられる事はただひとつ……」




「硝子ちゃんと仲良くしたが為に誰かにいじめられ、心を折られてしまったという事です」


植野「!!!!」


右京の推理に、植野の表情が一気に青ざめる。

何故なら、佐原をいじめた犯人は他でもない、自分自身であったからだ。

だが、すぐに首を横に振って平静さを保つ。


植野「け、けど……自業自得じゃん!」

「西宮さんと仲良くしてたのって、ただの得点稼ぎだった訳だし……」



右京「…………」


「果たして、そうなのでしょうか?」

植野「え…?」

右京「僕は、佐原ちゃんがどんな娘なのか、お母様に伺いました」

「すると彼女は、こう答えました……」

「『気が弱い一方で、友達想いないい子であった』と……」

冠城「実際彼女、今年入った女の子と仲良しになった事をよく話していたそうだよ」

「おまけに、その娘の為に手話の本を買ってきて欲しとせがまれた事すらあったとか……」

右京「その仲良しになった娘と言うのは、硝子ちゃんと見て間違いないでしょう」

植野「……」

右京「これらの事実から、彼女がいかに本気で硝子ちゃんと接しようとしていたのかが見て取れます」

「このような娘が、そんな邪な感情で行動していたとは考えずらい……」

「そして、一番着目すべき点は、彼女が『友達想いな性格をしている』ことです」

「彼女が硝子ちゃんと仲良くしていたのなら、君達も例外ではなかったはず……」

「そう考えると、竹内先生の押し付けにより、このクラスの空気が悪くなっていたことを憂いていたことが想像出来ます」

「無論、状況を改善する手立ても考えたはずです」

「どうやれば、6年2組の生徒達と硝子ちゃんを仲良くさせられるのか?」

「子供である彼女に、竹内先生を動かすことは不可能です」

「ならば、自分の手で両者の関係を取り持つ他ない……」

「その末に行き着いたのが……」





「『手話を習得し、硝子ちゃんと君達の通訳者になる』」





「……という答えだったのではないでしょうか?」

植野「………」

「ちょっと、待って……」

「それって、つまり………」

「アイツは、あたしらを助けようとしてたってこと……?」



右京「少なくとも、僕はそう思います……」

植野「…………」



「け、けど……そんなの分かんないじゃん……」

「刑事さんだって、アイツと直接話したわけじゃないんだろ?」

「勝手な妄想で、決めないでよ……」

右京「確かに……」

「今話した事は、これまで得た情報から組み立てた、僕の想像……君の言うように、妄想でしかないのかもしれません」

「しかし、真実かどうか分からないからこそ、彼女の真意にもっと触れてみるべきだったのではないでしょうか?」

「得点稼ぎか否かは、それから決めても遅くはなかったと思いますよ?」

植野「…………」

右京の言葉が、植野の心に大きくのしかかった。

確かに、あの時の自分は自分の状況ばかり考えて、佐原の考えに深入りした事はなかった。

それだけではない……

自分がいじめていた硝子の気持ちも、考えた事は一切なかった。

それを考えていたのは、黙って聞いている他の生徒達も同様である。

右京「誰が佐原ちゃんの心を折ったのか……それは分かりません」

「しかし、誰かが彼女の意思を汲んであげていれば、硝子ちゃんと君達の関係は変わっていた可能性があったのは事実です」

「その可能性に君達は見向きもせず、そして知らずして状況改善の糸口を絶ってしまった……」

「実に愚かだと思いませんか?」

生徒達「…………」


右京のその一言に、生徒達は言い返す言葉がなかった。

彼らの様子を確認すると、右京は冠城とアイコンタクトを取り、最後の仕上げに掛かる。

右京「硝子ちゃん……こちらに来て下さい」

冠城「石田君も……」

硝子「?」

石田「あ…うん……」


右京は手話で、冠城には口頭でそれぞれ名指しで呼ばれ、
硝子と石田は少し困惑しながらも、言われるがままに特命係の2人の前に来る。

そして、彼らは2人を生徒や竹内の方に振り向かせる。

冠城「みんな……まず、石田君の顔を見てくれ」

「傷だらけだろ?」

「これは……君達のいじめで着いた傷だ」

島田と広瀬「「…………」」


冠城の言う通り島田らの暴行により、石田の顔は絆創膏とガーゼが貼られていて、とても痛々しかった。
4日前の傷はいくつかは完全に治っているものがあったものの、それでも治りきっていないものもいくつかある。
その上、頬には昨日島田に殴られた跡もあり、未だガーゼが貼られたままだ。

右京「次は硝子ちゃんの耳を見て下さい……」


そう言った後、右京は硝子に耳についたものをみんなに見せるよう手話で指示すると、
彼女はいう通りに補聴器を外し、右耳の耳たぶについた『それ』を生徒達に向けた。

それは、裂傷の跡であった。

右京「これは、石田君が彼女の補聴器を取った際に着いた傷です」

「余程、強く引っ張たのでしょう……未だ、跡が残っている」

冠城「みんな、これを見て何か思うことはないかい?」


問い掛ける冠城。だが、彼らはどう答えたらいいのか……

どうして急にこんなものを見せられているのか分からないのか、黙ったままだ。

答えに詰まる彼らに教えるかのように、特命係の2人はこう言った。

右京「彼らの傷は、この一連の出来事でできたものです」

「いずれも、命に別条のないものですが……」

「もし仮に、この傷が命に関わるものだったとしたら、あなた達はどうするつもりだったのでしょうか?」

冠城「それに、彼らの受けた傷は、他にもある……」



「それは、心の傷だ」

右京「いじめというのは、人の体だけでなく、心にすら深い傷跡を刻み込んでしまいます」

「石田君の顔の傷はじきに消えるかもしれませんが、逆に心の傷はそう簡単には消すことは出来ません」

「一生分の傷として、彼らの中に残り続ける……」

「そして一生分の痛みとなって、この先も彼らを苦しめる……」

「もしそうなったら……まず最初に、人間不信に陥ってしまうでしょう」

「そしていずれは……今回の事を招いたことに尾を引かせ、苦しみ、必要以上に自分自身を責め……」




「やがて、自らの死を選ぶでしょう……」



竹内と生徒達「……!」


右京の言葉に竹内と生徒達は、ハッとした表情を浮かべた。

右京「ようやく……分かったようですね?」

「そう……いじめというのは、時として人の命を奪ってしまうことすらある……」

「この日本で、いじめを苦に自ら命を絶った人間は、後を絶ちません」

「あなた達は、危うく2人の人間の命を……未来を奪うところだった………」




「それでもあなた達は、自分達は悪くない……」






「悪いのは周りの人間だと断じる資格が……」










「ありますか?」






竹内「……………」

生徒達「……………」


右京の問いに、反論する者は誰もいなかった。

それを確認すると、特命係の2人は伍堂警部に向き直る。

右京「後は、お願いします……」

冠城「すみませんね……違う所轄の、それもこんな窓際部署のわがままに付き合わせてしまって」

伍堂警部「構いませんよ。弟の手帳の件で、借りを作ったままにしておく訳にもいきませんでしたし」

「それに……」




「こうやって犠牲になった子供達は、数が知れませんから」



そう語る伍堂警部の目には、強い意志が宿っていた。

そんな彼の意思を汲んだのだろう、右京らは無言で頭を下げるとその場から立ち去った。

坂木「では、改めましてこの場にいる皆さん……指紋の照合にご協力願います」

「無論、生徒さん達は保護者同伴で……」

伍堂警部「西宮さんのお母さん」

「被疑者の指紋と区別を付けたいので、残る2人の家族さんにも協力して欲しいのですが……」

「構いませんか?」



八重子「…………」

「好きにして頂戴……」

伍堂警部「ご協力、感謝します」

坂木「では、行きましょうか」

竹内「…………」

生徒達「…………」

―西宮家―


結絃「…………」

いと「これが、お母さんの全てだよ……」

「あなた達のお母さんは……」

「八重子はね、あなた達を守る為にずっと弱い自分を隠して生きてきたんだよ」

結絃「…………」

「な、何だよそれ……?」

「そんな理由あったんなら、最初から一言くらい言ってくれても良かったじゃんかよ……!」

「1人で全部背負い込みやがってよ……!」

「これじゃあ……今までバカ親呼ばわりしてたのが………」

「姉ちゃん守る為に髪まで切って……男らしく振る舞ってたのが馬鹿みたいじゃんか……!」

いと「………………」

「ごめんなさいね……」

「本当は、最初から全部話すべきだったのかもしれない……」

「けど……怖かったのよ。本当の事をあなた達に言ってしまえば、八重子の覚悟が無駄になる……」

「それこそ、この家族が壊れてしまうんじゃないかってね……」

結絃「…………」

いと「けど……それは逃げてるだけだったのかもしれないね………」

「あの娘の好きにさせておけば、あなた達が私の側に来てくれる……」

「孫に頼られるのが嬉しくて……甘えていただけだったのかもしれない」

「今のことは、もっと後になって話すつもりだったけど……」

「早め話してもいい時も、あるのかもしれないね……」

結絃「………………」


ピリリリ!

悟るかのようにいとが語った、その時であった。

突然、電話が鳴り出した。

結絃「電話?」

いと「私が出るよ」


とりあえず話を中断して、いとは受話器を手に取った。

いと「もしもし……西宮ですが?」

坂木『岐阜県警捜査一課の坂木です』

『突然で失礼ですが、西宮いとさんですね?』

いと「はい、そうですが」

坂木『もう1人の娘さんもいらっしゃいますね?』

いと「いますけど……」

坂木『では、至急署まで来て下さい。西宮硝子ちゃんのことで、調べたいことがあるんです』

いと「…………」

「分かりました……もう1人の娘と一緒に、今すぐ向かいます………」


そう言うと、いとは電話を切った。

結絃「婆ちゃん、誰から?」

いと「警察の人よ。硝子のことで来て欲しいって……」

結絃「姉ちゃんのことで?何かあったのか!?」

いと「分からないけど……とにかく、行きましょう」

結絃「うん!」

―水門小学校 校庭―


冠城「後は、岐阜県警が上手くやってくれるでしょうね」

右京「えぇ……」

「しかし、我々がすべき事はまだ残っています」

冠城「教育委員会理事長の所に行くんですね?」

右京「先程の事を確かめなければなりませんからねえ」

冠城「けど、その前にひとつ聞かせて下さい」

「硝子ちゃんの右耳に傷が残ってるなんて、どうやって知ったんですか?」

右京「補聴器は、その人に合った形のものが使用されています」

「石田君が、それを無理に外したのだとしたら、耳の一部に裂傷が生じる可能性が高い」

「無理に補聴器を取られ、消えない傷が残ったという事例はない事はありませんからねぇ……」

「もっとも、実際に気付いたのは、昨日硝子ちゃんに会った時でしたが」

冠城「何と言うか……もうさすがとしか言いようがありません」

右京「疑問も解消したところで、行きますよ」

冠城「えぇ、行きましょう!」

あれから数時間後……

いとと結絃を交えた上で、6年2組の人間全員の指紋の採取が行われ、補聴器の指紋と照合が行われた。
その結果、案の定西宮家と石田以外の6年2組の生徒数名の指紋と一致。

動かぬ証拠を突き付けられ尚且つ右京に心をへし折られた事もあり、
生徒達は硝子いじめに関与した事や黙認したこと……

石田にその事を押し付け、いじめていた事を素直に認めた。


動機は、概ねこれまでの話通りであった。

石田の硝子いじめに便乗したり黙認したりしたのは、竹内の押し付けや合唱コンクールで最下位を取った事で、
硝子に対するストレスと恨みが積もった事や、彼女と関わり合いになりたくなかったからであった。

石田に責任を押し付けたのも、彼の硝子いじめで硝子が耳を負傷し、
女子生徒が保健室に運び込む事態が起こったのを見て、自分達がその事を咎められるのを恐れたのと、
島田のような黙認組が無理矢理付き合わされそうになった事に怒ったのが動機であった。

同時に植野は、硝子だけでなく、彼女に味方していた佐原みよこをいじめていた事実も告白した。

竹内も、証拠映像を再度見せられた上で、自分の行いを全て認めたのだった。

それを聞かされた生徒の保護者達は当然ながら、彼らの行いを怒った。
中には、彼らを止めなかったことを含めて、竹内を責める親も少なくはなかった。

あれから数時間後……

いとと結絃を交えた上で、6年2組の人間全員の指紋の採取が行われ、補聴器の指紋と照合が行われた。
その結果、案の定西宮家と石田以外の6年2組の生徒数名の指紋と一致。

動かぬ証拠を突き付けられ尚且つ右京に心をへし折られた事もあり、
生徒達は硝子いじめに関与した事や黙認したこと……

石田にその事を押し付け、いじめていた事を素直に認めた。


動機は、概ねこれまでの話通りであった。

石田の硝子いじめに便乗したり黙認したりしたのは、竹内の押し付けや合唱コンクールで最下位を取った事で、
硝子に対するストレスと恨みが積もった事や、彼女と関わり合いになりたくなかったからであった。

石田に責任を押し付けたのも、彼の硝子いじめで硝子が耳を負傷し、
女子生徒が保健室に運び込む事態が起こったのを見て、自分達がその事を咎められるのを恐れたのと、
島田のような黙認組が無理矢理付き合わされそうになった事に怒ったのが動機であった。

同時に植野は、硝子だけでなく、彼女に味方していた佐原みよこをいじめていた事実も告白した。

竹内も、証拠映像を再度見せられた上で、自分の行いを全て認めたのだった。

それを聞かされた生徒の保護者達は当然ながら、彼らの行いを怒った。
中には、彼らを止めなかったことを含めて、竹内を責める親も少なくはなかった。

ミスして、二連続で書き込んでしまいました……

>>546はないものとしてお願いします……




そして……


―取調室―


右京「水田校長……非常に残念なお知らせがあります」

「今回の件ですが、我々の見立て通り、石田君に共犯者がいたこと……」

「その原因が、竹内の硝子ちゃんへの対応不足にあった事が判明しました」

冠城「現在、彼らの身柄は少年課が預かっています」

右京「竹内は、自身の監督責任の遺棄を問われることになるでしょう」

「それだけではありません。西宮さん達の事を罵倒してしまいました……」

「彼らに対する人権侵害と名誉棄損の罪にも、問われる事になります」

冠城「懲戒免職は、免れないでしょうね」

右京「6年2組の子供達も、刑事罰を受けない代わりに家庭裁判所から厳重指導を受け」

「その後保護者の方が彼らに代わって、西宮さん達に事の責任を取ることになるでしょう」

「中には、少年院に送致される子もいるかもしれません」

水田校長「そうですか……」


特命係の2人の報告を受け、校長は残念な表情を浮かべた。

右京「しかし、これで終わりではありません」

水田校長「え…?」

冠城「立ち入り調査の際、西宮八重子さんと竹内が気になる事を言っていたんです」

「彼女らの言によると、あなたが障がい者を受け入れる学校だと嘘を吐いたこと……」

「そして、あなたが竹内の反対を押し切って彼に硝子ちゃんを押し付け、その上一切の支援を行わなかったことを………」

水田校長「…!」


冠城の言葉に、水田校長の顔が青ざめた。

それに構わず、右京はこう続ける。

右京「竹内は、あなたと理事長が親友と言っていたものでしてね……彼にも話しを聞いてみる事にしたんです」

「結果、驚くべきことが判明しました」

冠城「彼は、あなたからは硝子ちゃんいじめのこと以外、何も聞かされていなかったんです」

右京「しかし竹内は、硝子ちゃんが自分のクラスの生徒になる事を反対していました」

「そして彼女の対応に困り、あなたにその事を相談すらしている……」

「彼らがあなたに事実の一片しか伝えなかったように、あなたもまた理事長に事実の一片しか伝えていなかったんです」

冠城「彼……心底驚いていましたよ」

水田校長「…………」

右京「僕は、今回の件を調べていく内に、最初にあなたが偽証を図ったのが引っ掛かりました」

「硝子ちゃんいじめの問題は、石田家が西宮家に賠償金を支払う事で解決したことになっていたはずだったからです」

「示談が成立した案件である以上、あの場ではこれ以上の詮索は不要とするのが適切のはず……」

「なのにあなたは、必要のない嘘を我々に吐いた……」

「一体それは何故なのか?その手掛かりを求め、理事長に更に話しを伺ってみました」

冠城「その結果、有力な情報を教えて下さいました」

「あの学校……2・3年前から入学率が低下し、業績が少しずつ落ち始めていたそうですね?」

「酒の席であなたは、その事で悩んでいるのを理事長に打ち明けていた……」

水田校長「……………」


右京「この事から、ある事実が導き出されます」

「あなたが、八重子さんに嘘を吐いてまで硝子ちゃんを受け入れねばならなかった理由、それは……」




「落ち始めた学校の業績を伸ばす為ですね?」


水田校長「…………」

「どうして、そう思うんですか?」


問いに対して校長は聞き返すと、右京はこう答えた。

右京「障害を持つお子様を受け入れれば、それだけで話題になるからです」

「世間では、障害を持つお子様を受け入れる姿勢は、プラスにとられる傾向にあります」

「それが元で、学校にお子様を入れる家庭が増える……あなたはそう考えたのでしょう」

冠城「俺達に嘘を吐いたのは、俺達の話しを聞いてまた、別のいじめが起こったのではないかと考えたから……」

「示談が成立した案件とは言え、過去にいじめが起きていた事を少しでも口にすれば、俺達にあの学校での出来事を探られることになる」

「そこから芋づる式に、障がい者の受け入れ態勢が整っていない事がバレるとあなたは考えた」

右京「だからあなたは、嘘を言ってでも警察を学校に入れたくなかった……」

「違いますか?」

水田校長「…………」


特命係の問い掛けに対し、水田校長はしばし黙ったのち、こう答えた。

水田校長「仕方がなかったんです……」

「理事長が私に託したものを守るには、こうするしかなかったんです」

冠城「理事長があなたに託した?」

水田校長「水門小学校の事ですよ……」

「刑事さんは知らないでしょうから教えてあげますが、あの学校を建てたのは、今の理事長の祖父なんです」

「祖父の代からあの学校を守り続けてきた彼は、ある時親友の私にあの学校を託しました」

「その時、彼は私にこう言いました」

「『祖父の代から続いたこの学校を守ってくれ』と……」

「しかし、3年前からどういう訳か入学率が落ち始めました……」

「このまま放っておけば、いずれ水門小学校は他の学校の後れを取り、経営難に陥る……」

「そんな危機感に駆られました」

右京「その矢先に現れたのが、西宮硝子ちゃんだった……」

水田校長「硝子ちゃんが障がい者だと聞かされ、始めは受け入れを拒否しようと思いました」

「しかし、普通じゃない子供がウチに入れば、周囲から注目が集まるのではないか?」

「それが元で、またこの学校に子供達を入れる人が増えるのではないか?」

「そう考えました……」

「しかし、当校は障がい者を受け入れた事が一度もなく、受け入れ態勢やサービスが不十分で準備する時間もありませんでした」

「ですが、喜多君が前の学校できこえの教室の教師をやっていたと聞いて……それで大丈夫だろうと思ったんです」

右京「……………」

水田校長「とにかく私は、どんな手を使ってでも、守らなければならなかったんです」

「あの人が祖父の代から守り続けてきたあの学校を……!」


悲痛な胸の内を水田校長は明かす。

しかし、それを聞いた右京らはいい顔をしなかった。

右京「水田校長。あなたが、友人の思いに報いろうとする気持ちがあった事は分かりました」

「しかし……本来学校は、子供達が正しき未来へ歩むのに必要なものを与える為にある場所だったはずです」

「今回、あなたがした事により、未来ある子供達が道を踏み外してしまいました」

「彼らだけではありません……竹内もです」

「彼も、本来生徒を導くべき立場の人間だったはずが、あなたが何の準備もなく硝子ちゃんを入れた事により」

「自身の使命を放棄し、硝子ちゃんと石田君の身を危険に曝してしまった……」

「それどころかあなたは、八重子さんを始めとした、親御さんたちの期待と信用すら裏切った」

「果たして、これで理事長は喜ぶのでしょうか?」

水田校長「……………」

右京「今回の件であなたは、我々に対する偽証といじめ問題の調査不足や理事長に対する虚偽の報告……」

「そして、八重子さんに対する詐欺などの罪で裁かれる事になるでしょう」

「校長の免許も、剥奪されることになると思います」

冠城「しかし……それで苦しむのは、あなただけではありません」

「あの学校と理事長もです」

「今回の事で、あの学校で起こった出来事は世間に広まる事になるでしょう」

「そうなれば批判の矢面に立たされ、水門小学校の評判は地に落ちる……」

「そのことで苦しむ毎日があの学校を待っている事でしょう」

「理事長もあなたの不祥事を見抜けなかった事で、何かしらの責任をとる事になると思いますよ」

水田校長「そ、そんな……どうして?」

冠城「それは、あなたが硝子ちゃんを学校の売名に利用しようとしたからです」

「彼女は、1人の人間だ。理事長から預かった学校を守るための道具なんかじゃない」

右京「そもそも、受け入れ態勢の整っていない状況で、彼女を入れればどうなるか……結果は最初から分かっていたはずです」

「あなたは、友人から預かった学校を守りたいという焦りから、そんな大事なことすら忘れてしまった……」

「親友の約束の為と思ってした事が、あなたの親友がお爺様の代から守って来たものを壊してしまったのです」

「それだけではありません。あなたは……」








「あの学校を守ってくれると期待を抱いた親友すら、裏切ってしまった」






水田校長「…………!」


右京の言葉に、水田校長はようやく自分が取り返しの付かない事をしてしまった事に気付いた。

それを知り彼は、俯いて涙を流した。



今更泣いたところで、もう遅い……


それでも、今の彼にはこうする事しか出来なかった……

数週間後……


事件を起こした者達に、家庭裁判所から罰が下された。

竹内は右京達の見立て通り、監督責任の放棄や
石田・西宮両家に対する人権侵害と名誉棄損等の罪で彼らに罰金を支払った上で、懲戒免職が下された。

生徒達は、島田と広瀬のような直接的に手を出した生徒達は、少年院へと送致され、それ以外は厳重指導を受ける事となった。
その後、彼らに代わって保護者達が、西宮・石田両家に多額の謝礼金を支払わされることになったという。

植野は石田に対する行いを強く反省している意思が認められた為、
石田家への処分は謝罪だけで済まされたが、その代わり西宮家に対しては他の生徒達と同等の罰金を支払う事になった。
佐原みよこに対しても、相応の対応を取らされたのは言うまでもない。

水田校長は、硝子の受け入れ態勢を整えていなかったにもかかわらず、
八重子にその事を伝えなかった事や、右京ら警察に対する偽証の罪に問われ、
竹内同様西宮・石田家に罰金を支払ったうえで懲戒免職になった。

理事長も、水田校長の虚偽の報告を見抜けなかったことや、
親友の暴走を止められなかったことに責任を感じ、
西宮家と石田家に謝罪と謝礼金を送った上で、辞任を表明したという。

ちなみに、ここまで彼らが西宮家と石田家に支払った金額は、
石田美也子が西宮八重子に支払った170万円の倍の額だったとの事である。


一方喜多は、違法行為に手を染めてはいなかったので、これと言った処罰やペナルティはなかったが、
今回の件を機に、周囲の人間の事を考えてことを進めようと決心したらしい。

最後に残された水門小学校は、右京の言う通り世間からバッシングを受け、生徒を退学させる家庭も発生。
それに加え、マスコミや報道関係者も、今回の事を過剰ともいえる程に報道し、
その対応に追われる毎日を送る事となった。

ここまで見て分かる通り、これ程の大事になったにもかかわらず、
石田はこれ以上の罪に問われず、むしろ家庭裁判所からは硝子と同列に扱われた。

理由は、美也子が八重子に補聴器の賠償金を支払ったことで既に示談が成立していたこと、
それ以降、硝子に対するいじめが確認されていなかった等の理由から、これ以上の罪には問えないと判断されたのだ。

この判断に生徒の親の何人かは難色を示したものの、一方で生徒達と竹内は文句を言う事はなかった。

石田家が西宮家に賠償金を支払うよう仕向け、石田があれ以上の硝子いじめを行えない状況を作ったのは、他でもない自分達であったからだ。

そんな事をした自分達に、家庭裁判所の判断を非難する資格はない……

自分達に責任を擦り付けられたのが、硝子いじめを行った石田へのしっぺ返しなら、
これこそが、石田の罪を利用した自分達に対するしっぺ返しなのだろう……




こうして硝子と石田を巡るいじめ問題は、犯人達が因果応報の結末を迎える事で解決したのだった。


4日目(第4話)はここまで。

水門小学校には障がい者の受け入れ態勢が整っておらず、
その上校長が八重子に嘘を吐いてしまった……というのが、今回の独自設定です。
喜多先生の設定も原作オリジナル版に+αした感じです。

とはいえ、今回の展開も含めてちょっと微妙だったかなーとも思います。

自分で書いておいて何ですが、今回色々と結構間違ってると思います……


何はともあれ、次回はいよいよ最終日もとい最終回です。

そう、まだ続くんじゃよ……

最後に補足です……


その1.伍堂清太郎

伍堂圭三刑事の兄で、岐阜県警捜査一課の警部。
兄弟だけあって弟と顔が似ているものの、こちらはしっかりした性格をしている。
おまけに義理堅く、特命係が伍堂刑事のクビの危機を救ったという事で彼らに協力しました。
警察官として真面目な人で、特に今回のようなケースは絶対に見逃しません。

とまあ、今回特命係に協力する刑事さんが必要だから出した……そんな感じのキャラクターです。


その2.坂木利久男

伍堂警部の部下……としか言いようのない人ですが、実は当初は名無しでした。
でも、周りが名前ありの刑事ばかりなのに、彼だけ名無しなのはどうかなと思い設定しました。

ちなみに、彼らの名前も特に元ネタはありません。


最後に、多分察している方もいるかもですが、
右京さんは植野が佐原をいじめたことに途中から気付いています。
しかし、佐原の真意に見向きしなかったのは他の生徒も同様ですし、
何しろ後で本人が認めるだろうと思い、あの場ではあえて明言しませんでした。

今日は以上ですが、次回は完結なので出来ることなら早めに投下したいところであります……

ちょっと疑問ですけど原作の水門小学校はたぶん公立だよ。
私立ならともかく公立小学校に理事長なんて普通いないんじゃない?

>>576

!?

完全に調査不足でした、申し訳ありません……orz

乙です
いじめが人殺しに直結する、教育上のトラブルよりも桁外れに悪質で危険な人権蹂躙、犯罪的行為である事
それぞれに被害者の面があっても、責任が無い弱い立場である硝子を精神的に虐待した時点で何の正当性もない事、
元々右京さんはこの辺りの事をきっちり口に出す人ですが、
右京さんよりも若いGTO冠城が硝子をいじめた児童達に、竹内に押し付けられた只の腹いせだとはっきり伝えた事。
一見傍若無人な右京さんが、最終的には警察官としての公的な対処、解決を一番大事にしている事
責任と原因の分担、分析が丁寧になされているため、
何より頭脳明晰な「正義の警察官」である特命係の物語として好感が持てました。

備考)近年の少年法改正で少年院送致の下限は「概ね12歳」となりましたが、
小学生の犯罪に適用するのは直接殺しでもしない限り実務的には難しいです。
このお話なら、児童自立支援施設(旧教護院)が現実的な上限でしょう。
正直、他にもありますが、メインの筋道が通っているので
そういう事を大事にする「相棒」、右京さん達とのクロスオーバーとして楽しめました。
なんか上からの書き方になってしまって失礼しました。

呪怨とぬ~べ~のクロスオーバーも読みたいです、次回もし書いてくれる気があるならよろしくお願いします

>>578
感想とご指摘、どうもありがとうございます。
またしても、私めの調査不足が露呈してしまいましたね……
上の件も併せて、下調べって本当に大事なんだなと痛感しております……

>>579
申し訳ありません……
一応それなりに知っている作品ではありますが、書く予定はありません。
それに私の場合、自分の書きたい作品は自分で決める方針でいきますので、
リクエストにお答えする事はできないことをご了承下さい……

そして時間が出来たので、昨日に引き続いて続きを投下です。

いよいよ、完結でございます……

相棒×聲の形 ~最終日~


あれから更に数日後……

特命係は再び水門市の西宮家を訪れた。


右京「お邪魔します」

結絃「あ……母さん!婆ちゃん!あの時の刑事さん達が来たよー!」


こうして、結絃の案内により特命係の2人は居間へ案内された。
居間にはいとだけではなく、八重子と硝子も待っていた。


八重子「あなた達また来たの?」

冠城「申し訳ありませんね。当事者として、解決後の被害者の様子も確認しなくちゃならないんで………」

八重子「ふん……用が済んだらさっさと帰ることね」


ぶっきらぼうに返す八重子であったが、不思議と棘のある感じはしなかった。

なので冠城は、「そうさせてもらいます」と笑顔で返した。

いと「硝子の件は、本当の感謝しています……」

「まさか、まだいじめられていたなんて、思ってもみませんでした」

結絃「ホントだよ。いきなり指紋取らせてくれとか言われたと思ったら……」

「あの先生や石田以外の連中も犯人だとか聞かされて、ビックリしたよ」

いと「八重子もこれに懲りて、今度からは硝子を入れる学校の事をちゃんと考えてくれると言ってくました」

「そして、孫達と八重子の関係も以前より良くなりました」

「これも全部、あなた達のおかげです……」

結絃「それ……どういうこと?」

右京「あなた方に、会わせたい方達がいます」

八重子「会わせたい人達?」

結絃「誰それ?」

冠城「もう、お連れしています」

右京「入ってきて構いませんよ!」


右京が玄関に向かって呼び掛けると、それを合図にとある母子が玄関から居間に上がって来る。

>>584順番をミスりました……
本来の>>583の後に来る内容は、以下の内容です……

右京「僕は、あくまで思ったことを口にしただけですよ……」

冠城「ま、何はともあれ平和そうで安心しました」

結絃「ホントだよ!刑事さん達のおかげで、いい事だらけだよ」

「ひょっとして刑事さん達……神様かなんかじゃねぇのか?」

右京「おや……神様ときましたか」

冠城「俺達、むしろ疫病神だと思うんですけどねぇ……」


と言いつつも、冠城は満更でもない様子であった。

しかしすぐに表情を改めて
「さて……我々がここに来た目的は、単純にこの家の状況を確かめる為だけじゃないんです」と言った。

そして、このままだと話の流れが成立しないので、>>584の内容を再度書き込みます。

結絃「それ……どういうこと?」

右京「あなた方に、会わせたい方達がいます」

八重子「会わせたい人達?」

結絃「誰それ?」

冠城「もう、お連れしています」

右京「入ってきて構いませんよ!」


右京が玄関に向かって呼び掛けると、それを合図にとある母子が玄関から居間に上がって来る。

美也子「お邪魔します……」

石田「お、お邪魔します………」


それは、石田美也子と袋を持った石田将也であった。

硝子「…!」

結絃「お、お前…!」

八重子「誰かと思えば、硝子をいじめた子供とその親じゃない!」

「一体、どの面下げてウチに上がってるのかしら?」


2人の姿を見るや否や、あからさまに嫌そうな表情を見せる結絃と八重子。

いとも何も言わなかったが、あまりいい顔はしていなかった。


硝子「…………」


しかし、硝子だけは違った。石田の事を心配そうに見ていた。
だが、家族の人間はその事に気付かず、結絃は石田に歩み寄る。

結絃「おいお前…!今までよくも姉ちゃんのこといじめてくれたなあ?」

石田「…………」

結絃「お前のせいで、姉ちゃんどんだけ傷付いたと思ってんだ?え?」

石田「そ、それは……」

結絃「それは?何だよ!」

「『姉ちゃんの耳聞こえないのが馬鹿みたいだからいじめました~』だろ?」

石田「………」

結絃「しっかしいい気味だよな……他の奴らに裏切られちゃって………」

「姉ちゃんをいじめたから罰が当たったんだよ!」

石田「……………」

結絃「例えお前が裏切られていじめらたところで、オレ達はお前のこと絶対許さないからな!」


結絃に辛辣な言葉の数々をぶつけられる石田であったが、彼は何も言い返すことが出来ない。

結絃「何だよ?さっきから黙りこくりやがって!逆にムカつくな…!」

冠城「まあまあ……そこまでにしときなって」

結絃「けど、刑事さん……!」

八重子「というか、何でこんな奴らを連れて来たんです?事件は解決したんじゃないんですか?!」

右京「確かに、事件そのものは解決しました」

「しかし、この事件にはまだ謎が残されています」

「それを明らかにしなければ、完全に終わったとは言えないんですよ……」

八重子「謎…?」

結絃「何だよそれ?」


八重子らが疑問符を浮かべると、右京は話を切り出す。

右京「残された謎は、2つ……」

「1つ目は、筆談用ノートの行方です」

冠城「実は、同期の奴には証拠映像以外に、石田君が池に捨てたという筆談用ノートも回収させようとしました」

右京「筆談用ノートも、酷くいたずらされたようでしたからねぇ……」

「犯人の筆跡や指紋を取れると思い、回収を命じたのです」

冠城「ところが、池からノートは見付からなかった」

「同期の奴は、学校側が回収して処分したんじゃないかと言っていましたが……」

「後で水田門木を始めとした学校職員に確認してみたところ、誰もそのようなノートは拾っていなかった」

「つまり、学校側はノートに全く手を付けていなかったんです。捨てられていた事実すら知らなかった」

右京「そこで、硝子ちゃんいじめに関与した生徒が回収した線で調べを進めてみました」

「その結果、島田一旗と広瀬啓祐が心当たりがある一件があったと証言してくれました」

冠城「彼らは一度、石田君をあの池に突き落とした事があったそうです」

「しかも、時期は石田君のお母様が賠償金を持ってきた日……」

「つまり、石田君が筆談用ノートを捨てた後の出来事だった」

結絃「ちょ、ちょっと待てよ!それじゃあ………」


何か感付いた結絃。彼女の反応を確認すると、
冠城は「ほら……出しな」と言って、石田に紙袋の中身を出す事を促す。

促されるまま、石田は持っている袋から『ある物』を取り出した。

結絃「あ……!」


出されたものを見て、結絃は驚いた。

彼女だけではない……西宮家の人間全員もだ。

何故なら、袋の中から出てきたのは、
落書きだらけで尚且つ水を吸って若干の歪みが生じた、硝子の筆談用ノートだったからである。

石田「…………」

結絃「お……お前、何でそれを!?」

右京「突き落とされた際、偶然目に留まったので自宅に持って帰っていたそうです」

冠城「本人曰く、何か思うところがあったそうで……」


ちなみに、あの時冠城に石田がこの事を話さなかったのは、
その事を知れば、自分の手で硝子に返せと言われると思ったからであった。
自分に対するいじめの事でこれ以上、彼女と顔を合わせたくなかったのである。

右京らに筆談用ノートを持っている事を看破された際も、
頑なに拒んでいたが、彼らの根気強い説得もあって今こうしてこの場にいるのである。

結絃「でも、そいつにそれ持って来させて、どうする気なのさ?」

「まさか……姉ちゃんに返させて、『そいつのした事これで全部水に流して下さい~』なんて言うんじゃねぇよな?」

石田「……………」

八重子「残念だけど、そんな事であっさり許すほど、私達は都合良く出来ていないわ」

「大体、そこまでされたノート、今更いらないわよ!」

冠城「待って下さい奥さん……僕達別に、彼への許しを乞いに来たんじゃないんですよ」

右京「確かに硝子ちゃんに返すべきだと提案はしましたが、ただそれだけです」

「そもそも、そうしたところで許してもらえるとは、我々も思っていませんよ……」

冠城「というか、これはあくまで前座……本題はここからなんです」

八重子「どういう事なの?」


彼らの言うことに、八重子を始めとした硝子以外の西宮家の人間は小首を傾げた。

それを確認しつつ、右京はまた話しを始める。


右京「ここで、2つ目の謎について話さなくてはなりません」

「2つ目の謎は6年2組へ立ち入った際、川井みきが発した一言……」



『私はあなたと広瀬君と違って、石田君の机に落書きしたり教科書盗ったりしてないもん!』

右京「これを聞いた時の石田君の反応です」

「石田君……君はこれを聞いて驚いている様子でしたが、あれは何故ですか?」


石田「……」

「島田の奴らがそんな事までしてなんて、知らなかったから…………」


右京「なるほど……やはりそうでしたか」

結絃「それの何がおかしいんだよ?単に今まで気付いてなかっただけだろ?」

冠城「それが、おかしいんだよ」

「万が一自分の机に落書きされていたり、教科書がなくなっていたりしていたら」

「自分の席に戻ったり、授業に入った時に気付いていなくちゃならないんだ」

右京「ところが、川井みきのあの言葉を聞くまで、石田君はこの事を知らなかった……」

「妙だと思いませんか?」

冠城「ちなみに、彼女の証言が事実であることを島田達は認めています」

結絃「確かに、変かもしれないけど……」

八重子「それが何だって言うのよ?」



右京「つまり、石田君を密かに助けていた人物がいたのです」

「恐らく、その人物が机の落書きを消し、隠された教科書を見付け、彼の机に戻していた……」

結絃「こんな奴を助けてた奴がいるなんて……そんな馬鹿な事があるのか!?」

右京「世の中には、様々な方がいます」

「石田君の所業を知りながらも、助けようとする方が存在しないとは限りませんよ」

冠城「しかし問題は、その人が一体誰なのかです」

「まず最初に考えられるのは、石田君いじめに後ろめたさを感じていた、植野直花ですが……」

「石田君いじめを指をくわえて見ていることしか出来なかったそうだから、彼女の線は薄い」

右京「そこで次に考えられるのは、友達想いな性格の佐原みよこちゃんですが……」

「石田君いじめが起こるよりもずっと前から不登校になっていた彼女にも、石田君を助ける事は不可能です」

「となると、この2人は石田君を助けていた人物から、除外されることになります」

結絃「何だよそれ?結局、コイツに味方した奴なんていないじゃんかよ」

「ま……まさかとは思うけど、幽霊がやったとか言うんじゃないよね?」

右京「幽霊の仕業ですか……」

「確かに、石田君の守護霊が現われたという可能性も無くはないですが………」

「それにしては、範囲が限定されています。残念ながら、その線も薄いでしょう」

結絃「は…はぁ……?」

八重子「あの……ふざけないでくれませんか?」

右京「?」

「僕は、普通に考えたことを述べただけだったんですが……」

「何かおかしなところでもありましたか?」

八重子「え…?」

冠城「……………」


こんな場面でもオカルト好きを全開にする右京に結絃は困惑し、
八重子も珍しくあからさまに困惑の表情を見せた。

そんな上司に、冠城は冷ややかな視線を送っている……

だが、当の本人はそんな事などお構いなしに、話しを続ける。


右京「しかし……まだ1人だけ、思い当たる人物がいます」

いと「それは、一体誰なんですか?」

右京「その前に結絃ちゃんといとさん……」

「最初に僕達がこの家に来た目的を、思い出して頂きたい」

いと「あなた達がここに来た目的?」

結絃「う、うーんと……」


そうして、特命係の2人がやって来た目的を思い出そうと、自身の記憶を探るいとと結絃。

そして……

結絃「…あ!思い出した!」

「石田がいじめられてるの見て、その事を姉ちゃんに聞きに来たんだったよね?」

右京「そうです。しかし……」

「肝心なのは理由の方です。そちらも、思い出せましたか?」

結絃「あ……うん!」

「確か……姉ちゃんが、石田がいじめられてるところを見てたから………だよね?」

右京「その通り。それで?」

結絃「それで……?」

いと「何でしょうか?」

右京「何か、引っ掛かりませんか?」

いと「引っ掛かる?」

結絃「うーん……」




「…………」






「あれ?」



右京に問われ、しばし考え込んだ結果、結絃が何かに気が付いた。


右京「どうやら、気が付いたようですねぇ……」

「そう……我々は、硝子ちゃんが石田君がいじめられている現場を覗いているのを目撃しました」

「しかも、一度だけではありませんでした。竹内に追い払われている現場などにもいたのです」

「だから僕達は、彼女の後を追ってこの家に辿り着いた……」

「僕達が今回の事件を知り、解決出来たのはある意味、硝子ちゃんの存在があったからとも言えるかもしれません」

「しかし……ここでひとつ疑問があります」

「何故彼女は、石田君の事を見ていたのでしょうか?」

「何故彼女は、石田君の現状をあなた方に話そうとしなかったのでしょうか?」




「まるで、彼の事を心配していたかのようです……」


結絃「…………」

「お、おいおい…ま、まさか……!」

右京「…………」

「えぇ、そのまさか……」


と言いながら右京は、硝子の前に歩み寄る。

そして、今までの会話の内容を、
手話で一通り伝えたのち、また手話を交えてこう続けた。


右京「石田君を助けていたのは、君ですね?」






「西宮硝子ちゃん……」




硝子「…………」


右京の一言に、西宮家・石田家双方が驚愕した。


八重子「そ……そんな馬鹿な!」

結絃「そうだよ!何で姉ちゃんが、自分をいじめた奴なんか助けないと………」


石田「……あ!」


「自分をいじめた奴なんか助けないといけなんだよ!」
結絃がそう言おうとしたのを遮るかのように、石田が何かを思い出したかのような声を上げる。

冠城「どうしたんだい?」

石田「そ、そう言えば……西宮の奴、最近俺の机掃除したり、中に手ぇ突っ込んで何かやってたんだ……」

「あれは、ひょっとして……!」

右京「…………」

「……どうやら、僕の考えは正しかったようですねえ」

結絃「ちょ……ちょっと待ってくれよ!これって一体どういう事なんだ!?」

八重子「そうよ!どうして硝子が彼を助けなくちゃならないの?」

「相手は、自分をいじめた子ですよ!」

右京「…………」

「『罪を憎んで人を憎まず』……という言葉は、ご存知ですね?」

「詳しく説明すると長くなってしまうので割愛しますが、簡潔に言うと」

「『犯した罪は憎むべきだが、罪を犯した本人そのものは憎んではならない』という意味のあることわざです」

「確かに硝子ちゃんは、石田君からいじめられた事自体は辛く感じていたと思います」

「しかし、それを理由に彼を恨む気はなかったという事です」

「それどころか、あの学校のいじめ問題の原因は、自分にあるのではないかとすら思っていたのかもしれません……」

八重子「自分のせいだと思っていた?」

右京「今日までの間、彼女は自身の障害が周囲の人間に影響を与えてしまった現場を、何度も目の当たりにしてきたはずです」

「そのような考えに至ってしまう可能性は、充分考えられます」

「また、自身の欠点が周囲に影響を及ぼしてしまったという点は、石田君にも当てはまる部分がある……」

「そういう意味では、彼女と石田君は似た者同士だった」

「そこに彼女は、シンパシーを感じたのかもしれません」

冠城「後は島田達の思惑にも、何となく気付いていたのかもしれませんね」

八重子「そ…そんな!そんな馬鹿げたことある訳ないわ!」

右京「では、本人に確かめましょう」


そう言って右京は、先程の推理の内容を一通り手話で話すと、
「僕の推理に間違いはありませんか?」と言いながら手話で尋ねた。

硝子「…………」


聞かれた本人は、自分の家族の人間や石田母子の様子を確認すると、
急に石田の前まで行き、筆談用ノートを見ながら両手を差し出す。

さすがの石田も、それが筆談用ノートを渡してくれというアピールである事に気付き、
硝子にノートを手渡すと、硝子は足早に自室に入り、消しゴムと鉛筆を持ってすぐに戻って来る。

そして、まだ字を書けそうなページを開くと……



「はい、そうです。ぜんぶ刑事さんの言うとおりです」

と書いて全員に見せた。

八重子「しょ、硝子……!」

結絃「う…嘘だろ……?」

いと「………………」


硝子の見せた一言に、八重子と結絃は愕然とした。

あれだけ自分達が憎たらしいと思っていた、石田将也……

まさか、いじめられた当人は、真逆な事を考えていたなんて……

いとも、硝子が自分の障害が周りに影響を与えている事を思い悩んでいること自体は勘付いてはいたが、
まさかそれが、石田を助ける事に繋がっていたとは思っておらず、複雑な表情を浮かべている。


だが、一番驚いているのは、石田本人であった。

石田「そ、そんな……西宮が、そんな事、思ってたなんて………」

「俺、一度も考えたこと、なかった……」

冠城「確かに……僕も、予想外だったよ」

「硝子ちゃんが君を見ていたのに、そんな意味があったなんて……」

「でも、良かったじゃないか」

石田「良かった…?」

冠城「いじめられている間、君は自分に味方する人なんていない……そう思っていたんだろう?」

石田「あ…あぁ……」

冠城「けど、本当はこんなにもすぐ近くに、君の味方は存在していた」

「それだけじゃない……硝子ちゃんは、君を恨んですらいなかった」

「そして……結果的ではあるけれど、僕達をいじめ問題の存在まで導いてくれた」

「彼女の存在が、君をいじめから救ってくれたんだよ」

石田「に…西宮……」


「そうなのか?」と口で言おうとしたが、相手が耳が不自由である事を思い出し、
石田は先程硝子がしたのと同じように、筆談用ノートと鉛筆と消しゴムを渡すよう頼む。
硝子は、それに応じてノートや鉛筆、消しゴムを手渡すと、石田は冠城が自分に言った事を書き、
その最後の部分に改めて「そうなのか?」と書いて、鉛筆と消しゴムごとノートを硝子に返す。


硝子「…………」


すると硝子は、「はい、そうです」に加え……


「私のせいで、あなたやみんなを悪者にしてしまいました……」

「ごめんなさい……」


とも書いて見せた。

石田「…!」


それを見た瞬間、石田の頭の中に硝子にして来た事が蘇る。

転校して早々からかったこと……

合唱コンクールで最下位を取った事で腹を立て、散々いじめたこと……

せっかく「友達になろう」と書いて見せてくれた筆談用ノートを、池に捨てたこと……

皆と共に調子に乗って補聴器を奪って壊したりしたこと……


とにかく、色々な出来事が彼の頭の中を駆け巡り、やがてそれは罪悪と懺悔の感情へと変わっていく。


石田「!」


石田は今度はバッと硝子からノートと鉛筆を取ると、ある事を書いて硝子に見せた。

それは……

「違う!悪いのは俺なんだ!」

「俺は、お前の事を退屈しのぎの道具として見ていた。女とすら見ていなかった」

「お前の気持ちも考えていなかった」

「おまけに、周りの奴らがそれを喜んで……それが嬉しくて、調子に乗って、お前に酷い事をしてしまった」

「お前は悪くない、悪いのは俺なんだ!」

「俺の方が、よっぽど最低な野郎だよ!」

「だから……」





「ごめんなさい!」





という、彼女に対する謝罪の文章であった。

硝子「……」

石田「ごめん……!ホント、ごめん………!!」


筆談だけでは伝えきれないと思ったのだろう、
石田はそう言いながらノートに書いた内容を見せながら、土下座した。
硝子達側からは見えなかったが、土下座している彼の目には涙が滲んでいる……

美也子「西宮さん!」

「今……この場において、改めて謝罪させてもらいます!」

「息子が……将也が、お宅の娘さんを傷付けてしまい、誠に申し訳ございませんでした!!」

「今すぐにでも許してはくれないとは思います……」

「しかし!母として……将也の親として、息子の非礼を心からお詫び申し上げます!」




「本当に……本当に申し訳ありませんでした……!!」


息子に感化されたのだろう、美也子も涙ぐみながら息子の横で土下座して謝罪した。

謝罪する彼らを、硝子は優しい顔で見つめている。

彼女の祖母も母も妹も、目の前の光景をただ黙って見るしかなかった。

今まで、自分達は目の前の石田を硝子を傷付けた人物として、憎悪し続けていた。
自分達がそう思っているのだから、硝子もきっと同じだろうと、勝手に決め付けている節があった。
だが、蓋を開けてみれば事実は全くの逆であった。

硝子の考えている事を全て理解していたつもりが、
実はそうではなかった事を今この場で、思い知らされたのだ。


だからこそ、何を言えばいいのか……

どんな言葉をかければいいか、全く分からなかった。

西宮一家の様子を確認すると、特命係の2人は石田の側に歩み寄り、
冠城が背中をポンポンと叩いて、顔を上げさせる。


冠城「ちゃんと、謝れたな……」

石田「あ……!」

「け、けど……こんなんだけじゃ………」

冠城「いや……今はこれでいい。今の君に出来るのは、これで精一杯のはずだから……」

石田「…………」

右京「石田君……」

「今こうして君は、硝子ちゃんの真意を理解し、その罪を認めて悔いることが出来ました」

「これは、人として大きな一歩だと僕は思います」

「しかし……これで終わりではありません」

「何故なら、この事件の終わりは『新たなる試練の始まり』でもあるからです」

石田「新たなる試練の始まり……?」

右京「今回の一件で、君のしたことはより多くの人間に知れ渡る事になると思われます」

「君に同情する一方で、非難する人間も大勢現れることでしょう」

「これから君は、そのような人々の目に曝される日々を送ることになる……」

「恐らくこれが、これ以上法で裁かれることのない君に与えられた、罰なのかもしれません……」

石田「俺への、罰……」


右京の言葉に石田は胸が締め付けられた。


確かにそうだ……

いくら硝子が許しても、世間の人々がすぐに許すとは限らない。

先程の八重子と結絃の物言いからも、それは明らかだった。


そんな自分は、どうすればいい?


右京は、まるでその考えを見透かしたかのようにこう続けた。

右京「だからこそ、硝子ちゃんの為に生きて下さい……」

「生きて……自身の罪と向き合いながら、彼女と手を取り合い、前を向いて歩き続けて下さい……」

「それが、君がこれからすべき償いです」

「硝子ちゃんも、恐らくそれを望むでしょう……」


そう言って右京は、硝子の方に目を向け、石田もそれに続いて彼女の顔を見た。

硝子は、未だ優しい顔を自分達に向けている。


冠城「そうだ石田君……君は、生きるんだ」

「生きて、今度は君が硝子ちゃんを助けてあげるんだ」

「硝子ちゃんも君を助けたんだ。今度は、君の番だ」

石田「け、けど……俺なんかに、そんなこと………」

冠城「なに弱気になってるんだ……」

「佐原ちゃんだって、みんなと硝子ちゃんの為に自分の出来ることをしようとしたんだ」

「結局それは、上手く行かなかったけど……」

「女の子だって頑張ろうとしたんだ、男の君が頑張ろうとしないでどうする?」

「それに、今回僕達に協力してくれた伍堂警部……」

「あの人も、僕達に作った借りを返す為に頑張ってくれたんだ」




「警察官が出来たんなら、君にも出来るよな?」


真摯な言葉を石田に投げ掛ける冠城。

その言葉に、石田は何も返さなかったが、自分の中で何かが動き出したのを感じ取る。


それを確認すると、特命係の2人は両家族に目を向ける。


右京「我々は……これで失礼させて頂きます」

冠城「色々と、お世話になりました」

右京「ここから先は、あなた方が解決すべき事です。そこに我々が関わる余地はありません」

「なので、最後にひとつだけ言わせて下さい」








「どうか、今回の出来事を忘れないで下さい……」






右京は、彼らの心に刻み付けるかのように言うと、冠城と共に一礼したのち西宮家から立ち去った。

特命係がいなくなり、西宮家にはこの家に住む4人家族と石田母子だけが残された。
彼らは、お互い何と言えばいいか分からず、どぎまぎした様子を見せる。

硝子「………」


だが、少しして硝子はまた石田が持つノートを取ると、あるページを開き石田に見せる。

それは、「友達になろう」と書かれたページ……

石田が、このノートを捨てる直前に見せられた、あの言葉であった。


石田「…………」


その文字をジッと見る石田。




今この瞬間、石田将也と西宮硝子……



そして、石田家と西宮家の何かが変わり始めた……


―水門市内―


冠城「さて……石田君、上手くやっていけますかね?」

右京「この先は、僕達にも予想が付かない事です。後は、彼らの気持ち次第ですよ」

冠城「俺達に出来るのは、あれで限界か……」


「……ん?」


その時、何やら騒がしい声が聞こえるので彼らはその方向に目を向けると、
門前にたくさんの人だかりがある水門小学校が見えた。

報道関係者だろうか?

何故、彼らが集まっているのか……

理由は、言うまでもないだろう。

冠城「水田門木の思惑通りになりましたね」

「硝子ちゃんを入れた事により、この学校は一躍有名になった……」

右京「彼の望む形ではありませんでしたがねえ」

冠城「哀れなものですね」


皮肉を込めて言ってみせたのち、冠城は少し間をおいてこのような事を言い出す。


冠城「右京さん……人はどうして、すぐ側にあるものに気が付かないんでしょうか?」

右京「何ですか?藪から棒に……」

冠城「今回の件に関わった人達の事思い返したら、そう感じたんですよ」




「硝子ちゃんの事を思うあまり、周囲の影響を顧みる事が出来なかった八重子さん……」


「この学校の今後を思うあまり、何の準備もなく硝子ちゃんを入れる事のリスクを考えられなかった水田門木……」


「水田門木から硝子ちゃんを押し付けられた事実にばかり気を取られ、解決策を模索できなかった竹内………」


「硝子ちゃんの事ばかり考え、他の生徒への配慮が足らず、結果彼らとの間に溝を作ってしまった喜多先生……」


「佐原ちゃんという解決の糸口があった事に気付かなかった6年2組の生徒達……」


「学校側の言い分に疑念を持てなかった、美也子さんと八重子さん……」


「そして、今まで硝子ちゃんが味方している事に気が付かなかった石田君……」



「とにかく、挙げ出したらキリがありませんが……」

「どれも、少しでも視野を広げれば違った見方が出来たかもしれないし、解決の糸口にもなったかもしれない……」

「なのに『どうしてみんな、それに気が付かなかったんだろう?』って思いましてね」

右京「それが、人間なんですよ……」

「冠城君……もし君が、真っ暗闇の中で灯明台(とうみょうだい)の灯りを見付けるとします。そしたら君は、どうしますか?」

冠城「そりゃ、真っ暗闇ですからね。迷いなくその灯りの方に目を向けますよ」

右京「しかしその時、灯明台の下にある暗がりに警察手帳を落としてしまったら?君は、すぐに気付けますか?」

冠城「真っ暗だし、警察手帳も黒い色をしてますから、すぐには気付かないと思います」


右京「そう……人間、暗闇の中で一際大きな光に目を奪われれば、その下の暗がりに隠れたものを見落としてしまう……」

「例えそれが、すぐ側にあったものであってもです」

「今回関わった方達も、それぞれ自分の目の前にある大きな光に目を奪われ、暗がりに落ちていたものに気が付かなかったという事ですよ……」



「正に『灯台下暗し』です」

冠城「灯台下暗し……この事件を一言で表すのに、ピッタリなことわざですね」

「俺達は、彼らの足元の暗がりに落ちていたものを拾ってあげた訳ですか」

右京「そうしなければ、この学校や当事者達はおろか」

「世間の人々もあの学校で起きた事の真実に気付かないまま、全ては灯明台の下に広がる闇に飲まれていた事でしょう……」

「今回は我々の目に留まったから良かったものの……」

「そうでなかったら、どうなっていたでしょうかねえ?」

冠城「考えるだけでゾッとします……」


上司の問いに冠城は身震いする物真似をしながら答えた。

青木の言うように彼らは竹内の背中を見て、汚い大人に育ってしまう……

そして、将来は違う場所で同じことを繰り返してしまう……

そんな未来が思い浮かんだからだ。


今この時、冠城は最悪の事態を回避できたことを実感した。

例えこれが、日本にはびこる事件の一端に過ぎないのだとしても……

未来ある子供達に一条の光を指せたのなら、充分だろう。

一方で、不安も残る……

冠城「しかし……生徒達や竹内、水田門木達はこれからどうするんでしょうね?」

「乗り気で罪暴いといて、こんな事を言うのもなんですけど……」

「今回の件で彼らも石田君同様、世間から冷たい視線を向けられる事になるでしょう」

「ある意味、法的な罰よりもつらい目に遭うかもしれません」

右京「彼らは、それ程の事をしてしまったということですよ……」

「自らと異なる存在を認めず、他者の罪を利用して自身の罪をなかった事にしようとした……」

「これだけでも、彼らの犯した罪は大きいと思います」

「だからこそ、彼らもこれから戦わなくてはならないのです」





「自分自身の犯した罪と……」



冠城「…………」


彼の言葉を聞き、冠城は悟った。

石田同様、後は彼らの気持ち次第であること……

そして、自分達に出来ることはもう何もないことを…………


冠城「それじゃあ……帰りますか?東京に」

右京「えぇ、帰りましょう……」


役目を終えた杉下右京と冠城亘は、水門小学校に背を向け、帰っていく。


自分達が本来いるべき場所……








警視庁特命係へ








~このクロスオーバーSSは、二次創作です~

以上を持ちまして、相棒と聲の形のクロスオーバーSSは完結となります。

冒頭にもありました通り、聲の形を始めとしたその他もろもろの知識が疎く、
聲の形側に小ネタを仕込むことがあまり出来なければ、誤った知識
(実際、色々とミスや矛盾をやらかしてしまいました……)
他者のSSと被ってしまう部分もあったと思いますが、それでも楽しめたというのなら幸いです……

最後の補足ですが、>>667>>668のくだりは、
右京さんと冠城君が聲の形の世界での役目を終えたので、
相棒ワールドへ帰還したという意味があったりします。

また、時系列がシーズン16真っ只中であるという設定から分かる通り、
高校生編を書く予定はありません。

他作者さんの作品との差別化もありますが、
想像を膨らませる余地を持たせた感じにした方がいいとも思い、
今回のような形になりました。

という訳で、特命係が関わった事で、
石田達のその後がどう変わったのかは、皆さんの想像次第でございます……

本作は以上となります。

しばし様子見してからHTML化の依頼を出そうと思いますので、
それまで感想等がございましたら、どうぞお気軽に……

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