課長「いいか? 俺はお前が憎くって叱ってるわけじゃないんだ……」部下「はぁ……」 (31)


部下「じゃあなんで叱るんですか?」

部下「今日は大事な日なんで、説教なんてちゃちゃっと終わらせて欲しいんですけど」

課長「…………!」

課長「いいだろう、答えてやる」

課長「俺がお前に抱いてる感情は、“憎い”などという生易しいものじゃないんだ」

部下「はぁ……?」

課長「あえていうなら、“超憎い”といったところか」

部下「すんません、俺、課長になにかしましたっけ?」

課長「したさ……」


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課長「忘れたとはいわせんぞ! 30年前、あの小さな村での惨劇を!」

部下「!」

部下「課長、あんたまさか、ひょっとして……」

課長「そうだ! お前に家族と村のみんなを殺された……生き残りだ!」

部下「ヒャハッ! あの時のガキか!」

部下「もちろん、覚えてるぜ! あれは楽しかったからなァ……!」

課長「おのれ……!」




30年前、ある小さな村……



ボォォォォ……!

メラメラメラメラメラ…

悪人「ヒャッハーッ! 燃えろ、燃えろォ!」

悪人「いやァ~、こういう小さな村の連中を皆殺しにするのは楽しくてたまらねェぜ!」

少年「うう……」

悪人「お? まだ生き残りがいやがったか! 虫ケラは残さず駆除しなきゃなァ!」


少年「よくも、みんなを……!」

少年「ころしてやる、ぜったいころしてや、る……!」

悪人「ククク、このガキ、どす黒いいい目をしてやがる!」

悪人「いいだろう! その目に免じて、特別に生かしておいてやるよォ!」

少年「ころ、す……!」

悪人「これでも俺は本業はサラリーマンなんだ、名刺をやるよ」ピラッ

悪人「せいぜい生き残って腕を磨くんだな……ま、十中八九でかくなる前にくたばるだろうが」

悪人「ヒャハハハハハハハッ!!!」

少年「ころして、やる……!」



部下「まさか、あの時のガキが、再び俺の前に現れるなんてなァ……よく生き延びたもんだ」

課長「お前への憎しみを糧に、どうにか生き残ったんだ」

課長「そして、お前の名刺を頼りに、大学卒業後この会社に入社し……」

課長「お前の弱点を探りつつ仕事をこなし、それなりに出世して……」

部下「俺の上司になったってわけか」

部下「で? 俺の弱点は見つかったか?」

課長「…………」

部下「見つかるわけねェよな……俺に弱点なんざねえからな!」

課長「その慢心こそが弱点であると、今から思い知らせてやる!」

部下「ハッ、ナメてんじゃねぇぞ! クソガキがァ!!!」


部下「シィッ!」


部下は鋭い踏み込みから、閃光のようなジャブを放つ。

だが、課長もこれを落ち着いてガード。


パパパァンッ!


無論、このジャブは倒すための攻撃ではない。

本命はジャブで牽制してからの――右ストレート!


ブオッ!!!


部下(外れた……ッ!?)

課長「セイッ!」


ガゴッ!


必中を期した右ストレートはかわされ、課長のアッパーが部下の顎に炸裂した。


部下「がっ……!」

課長(くそっ、自分から飛び上がって、アッパーの威力を殺したか!)


部下「ククク、なるほど……ほざくだけの強さは身につけたようだな」

課長「この30年、お前を憎み続け、血のにじむような修行をしたからな」

部下「だが、もし俺を殺したらどうするつもりだ? この会社で働き続けるのか?」

課長「いや、部下を殺した責任を取って、いさぎよく退職するつもりだ」

課長「そして、店でも始めるさ……」

部下「無理だな」

課長「!」

部下「一度憎しみの連鎖に身を置いた者が、安息を手に入れられるわけがない」

部下「仮に俺を倒せたところで、お前は生涯血みどろの世界で生き続けることになる!」

課長「…………」


部下「もっとも、“お前が俺を倒したら”という仮定自体、ありえないことなんだがなァ!」バッ

課長(書類の山を手に取った!? どうするつもりだ!?)


バサァッ!


書類が紙吹雪となって、課長の視界をふさぐ。

目くらましである。


課長「くっ……!」

部下「強くはなったが、こういうダーティ・ファイトには慣れてねェだろ!」


ズドドドッ!


胸部、鳩尾、金的への三連撃。

まともに被弾してしまった課長は、たちまち床に沈んだ。


ドザッ……


課長「あぐ、ぐぐぐ……ッ!」

部下「勝負あったな。お前の憎しみとやらも、所詮はこの程度よ」

部下「さァて、じっくりいたぶってやるぜ!」


部下「オラァッ!」


ドゴォッ!


部下「オラァッ! オラァッ! ……もいっちょ!」


ドガッ! ドゴッ! ドボッ!


課長「が、がは……っ!」


蹴りと踏みつけの嵐が課長を襲う。

30年間鍛えられた課長の肉体が、死の寸前まで追い込まれる。


部下「んじゃ、そろそろトドメ刺すぜ」

課長「ぐ……!」

部下「トドメは、このエッジ付き名刺で刺してやるよォ!」ギラッ

部下「お前の戦いは名刺に始まり、名刺に終わるってわけだァ! ヒャハハハハハッ!」

課長「ま、まだ……だ……」

部下「あばよ」



シュバッ!


少女「パパ……」


部下「!?」ビクッ

部下「や、やぁ……」

部下「今日は会社まで迎えに来てくれるっていってたが……やけに早いじゃないか」


少女「パパ……何やってるの?」


部下「あ、いや、これは……」

課長(“大事の日”ってのは、このことだったか!)


この好機(チャンス)を逃す手はない。

――課長が最後の力を振り絞る!


課長「うおおおおっ!」ダッ

部下「まだ動けたのかッ!?」


ドカッ!


課長のショルダータックルで、部下がよろめく。

さらに、そこへ――


ガゴォッ!!!


ちょうどアルファベットの「J」を描く軌道で、アッパーが火を噴いた。

先程のように衝撃を逃がされることもなく、クリーンヒットである。


部下「が、は……っ!」グラグラ…

課長「ダァッ!!!」


ガツンッ!!!


全体重を乗せ、額を顔面のど真ん中にぶつける!

部下「ぐばっ……!」

喰らった部下の顔面は陥没し、白目をむいて、床に崩れ落ちた。


ドザァッ……!


課長(あんな隙を見せるなんて……。お前にもやはり、弱点はあったんだな……)


部下は既に息絶えていた。

人知れず多くの村を滅ぼした悪魔が、ついに退治されたのである。



課長「これで俺の憎しみの人生も……終わりだ」

少女「パパ……」

課長「俺はたった今、君の父親を殺した」

課長「俺がこいつを憎んだように、君も俺のことが憎いだろう」

課長「さぁ、俺を殺してくれ……」

課長「俺を殺しても、君を憎む奴はいない。これで憎しみの連鎖は終わるんだ」


少女「いえ、私はあなたを殺しません。憎みもしません」

課長「なぜ?」

少女「だって私……パパのやってきたこと、知ってたんだもの……」

課長「!」

少女「パパは私にとっては優しいパパだったけど、恐ろしい殺戮者でもあったって……」

少女「本当は私がパパを止めるべきだった……でも怖くていえなかった……」

課長「……そうだったのか」


課長「だが、これからどうする? 君の家族はおそらくあいつだけだろ?」

少女「…………」

少女「ねえ、あなたについていったらダメ?」

課長「!」

少女「私、パパを止めてくれたあなたと……一緒にいたい。いいでしょ?」

課長「かまわないよ。二人で店を開こう。静かに暮らそう」

課長「これからはもう、憎む憎まれるなどとは無縁の人生を送りたい」

少女「ありがとう……!」


少女「じゃあ、二人でどんなお店をやるの?」

課長「そうだな……」

課長「長年修行ばかりやってきて、俺にできることなんてせいぜい格闘とメシ作ることぐらいだ」

課長「格闘技はもうこりごりだし、ちょっとした料理店でもやろうか」

少女「私も料理は得意だよ!」

課長「よーし、しっかり手伝ってもらうからな!」

少女「はーい!」

…………

……


……

…………

会社を辞め、課長は“店長”となり、少女は従業員となった。

二人が営む料理店は、なかなかの繁盛を見せていた。


ワイワイ…… ワイワイ……

客「お嬢ちゃん、焼き魚定食頼むわー!」

少女「はーい!」



店長「ふぅ、今日も大忙しだ……ん!?」


店長「ちょっとこっちに来なさい」

少女「なに?」

店長「お前……ここにあった肉を食べちゃっただろ?」

少女「あっ、ごめんなさい……」

店長「もし、肉料理の注文を受けた後に、やっぱり肉がなかったなんて事態になってたらどうするんだ?」

店長「お客さんガッカリしちゃうだろ?」

少女「どうしても、お腹がすいちゃったから……」


店長「この店の仕事はハードだし、店のものを食べるのはかまわない。俺もそれは許してる」

少女「うん……」

店長「ただし、食べる時は前もって俺に報告してからじゃないとダメだ」

店長「いいか? 俺はお前が肉食って叱ってるわけじゃないんだ……」







~ おわり ~

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