少女「きつね?」きつね「狐ですね」 (37)

少女「えっきつねなの? きつねって喋るの?」

きつね「神様ですから」

少女「きつねじゃないの?」

きつね「狐で神様ですから」


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少女「神さまってもっとおじいちゃんみたいな人だと思ってた」

少女「初めて会った神さまがきつねって変な気がする」

きつね「ここ、稲荷神社ですからね。狐でも問題ないでしょう」

きつね「まあ正確には神様ではないですけど。だいたい神様みたいなものだと思ってくれて構いません」

少女「だいたい神さま」

きつね「ええ、だいたい神様」


きつね「それで、どうして神社に? 最近よく来てますけど」

少女「……見てたの?」

きつね「神様ですから」

少女「……困った時の神頼みしてた」


きつね「何をお願いしてたんですか? 神様直々に聞いてあげましょう」

少女「いや……。なんか直接言うのはちょっと……」

きつね「ここまで来て何言ってるんですか! こんな機会滅多にないですよ! さあ! はりあっぷ!」

少女「ええ……」



少女「その、ね? 私、引っ越すことになったの」

きつね「それは寂しいですね」

少女「……寂しいも何も初対面でしょ」

きつね「いえいえ」

きつね「この神社、誰も来てくれないんですよ。参拝者も管理人さんも。久しぶりのお客さんなんです、貴方」

少女「まあ、寂れてるもんね。ここ」


きつね「小さな鳥居をくぐり長い階段を登ると、そこには辺り一面に鬱蒼と生い茂る木々! 午後のひとときだけ神社に射しこむ光! 近くには清流とそれを求めてやって来た鳥たち! あと滝!」

きつね「どう考えても"いんすたばえ"しますよ! どうして誰も来ないんですか!」

少女「急に叫ばないでよ……。参道が整備されてないとか、そもそも誰も知らないとか、いろいろあると思うけど」

きつね「だ、だれもしらない……」


少女「話が逸れました。私が引っ越すって話です」

きつね「……あっはい。そうでしたそうでした」

少女「うん、それで、引っ越したくないんだよね。私」

きつね「はあ、なんでまた」

少女「友だちとか、会えなくなるの嫌だもん」

きつね「向こうでも出来ますよ、たぶん」

少女「新しい友だちが出来てもいまの友だちとは会えなくなるでしょ」

きつね「まあ、そういうものですから」


きつね「それで、どこに引っ越すんですか?」

少女「いや、私、引っ越したくないんだけど」

きつね「まあまあ」

少女「……遠いとこ。飛行機で行くんだって」

きつね「へえ、いつの予定ですか?」

少女「夏休みの間に。だから、二ヶ月後くらい」


きつね「まあまあ余裕ありますね」

少女「……うん、まあ」

少女「聞く必要あったの?」

きつね「いえ、特には。でも少しくらい知っておいてもいいと思いますよ。これから住むところなんですから」

少女「…………」



少女「神さま、もしかしてそんなに協力してくれる気ないの?」

少女「聞いてあげるっていうのは、聞くだけなの?」

きつね「……ええと、まあ、はい」

きつね「本当は流れのままに生きてくのが自然なことで、神様なんて本来見てるだけらしいですから」

きつね「わたしが何か、力を使って願い事を叶えるのは、不自然なことだと思うのです」


少女「……でも、ここで私が神さまに会ったのも自然の流れだよ。友だちに頼ることも自然の流れなんじゃないかな」

少女「私は引っ越したくない。だから友だちに手伝ってもらう。自然じゃない?」

少女「……神さまの力とかはよくわかんないけど、そんなのなしに手伝ってほしい」

きつね「……うーん。友だち、友だちですか」

少女「……まだ友だちじゃないの?」

きつね「いえ、友だちでいいですけど。うーん」


少女「油あげあげるから、お願い」

きつね「……わたし、肉食です。まあ、お願いは手伝うことにしますけど」

少女「……いいの? ありがと!」


きつね「それで、どうして引っ越すことになったんですか?」

少女「お父さんの転勤」

きつね「いまの家は借家ですか?」

少女「たぶん、違うと思う」


きつね「なら問題ないですね。一人暮らししましょうか」

少女「一人暮らし……?」

きつね「はい」

少女「えっ、私、一人暮らしできないよ。料理とか、お掃除とか、うまくできないから」

きつね「そこらへんはわたしが手伝いますよ」

少女「……ならいいのかな」


きつね「提案しといてなんですが、ご両親と離れて暮らすのはいいんですか?」

少女「そんなに良くないけど、ここを離れるよりはいいかな」

きつね「いいんですか」

少女「いいんです」


きつね「なら後は説得ですね」

少女「せっとく」

きつね「はい。どうやってご両親から許可貰いましょうか。普通に考えたら小学……五年生くらいですか? 小学生が一人暮らしなんて、許してもらえませんから」

少女「私、中学生だけど」

きつね「えっ」


きつね「まあ、それは置いといて」

少女「いや置いとかないでよ、中学生なら許可もらうのも少しは楽だよ」

きつね「あっそうですね。たしかに」

少女「……小学生だと思われてたのは気にしないから、つづき一緒に考えようよ」


少女「説得ってどうやってすればいいのかな。説得したことないからわかんないんだけど」

きつね「考えてみたらわたしもやったことないですね。どうしましょうか」

きつね「というか、さっきわたしにしたのは説得じゃないんですか?」

少女「あったしかに。えっと、でもあれは……」

きつね「あれは?」

少女「説得というより、わがまま、かなあ」


少女「……とりあえず帰ったら話してみる。もしかしたら何も言わないでも許可してくれるかもしれないし」

きつね「そうですか。なら、わたしは貴方が次に来るまでに考えておきますね」

少女「うん、お願い」

少女「ばいばい、また明日来るね」

きつね「……はい。また明日」




少女「こんにちは」

きつね「はい、こんにちは」

少女「そういえば神さまはここで寝てるの?」

きつね「ええ、社の中で。……そうですね、昨日みたいに立ち話もなんですし、中で話しましょうか」

少女「……汚くない?」

きつね「わたし、掃除できるので」


きつね「それで、どうでした?」

少女「許可、貰えちゃった」

きつね「"貰えちゃった"?」

少女「あ、いや、神さまが考えてくれてるのに悪いかなって」

きつね「別に悪いことないですよ。貰えてよかったですね」


少女「うん、ありがと。ちなみに神さまはどんなこと考えてたの?」

きつね「直談判でも、しようかな、と」

少女「えっと、神さまが?」

きつね「はい。"だいたい神様"が協力しますって言えばなんとかなるかなぁと」

少女「それは、その……。うん、先に許可貰えて良かったかな」


きつね「名案だと思ってたのですが」

少女「うーん」

少女「そもそも神さまって信じてくれるかな?」

きつね「狐が喋っていれば信じてくれるでしょう」

少女「そうかな?」



少女「……ま、まあ、とにかくこれでもう大丈夫だよね。私、まだここに住んでてもいいんだ」

きつね「はい、そうですね。……わたし、何もしてませんけど」

少女「そんなことないと思うけどなあ」



少女「それで、その……。神さま」

きつね「はい?」

少女「お礼に何をすればいいかな。神さまは油あげ食べないんでしょ? 肉食ならハンバーグは……玉ねぎ入れてたら食べられないし。いや、そもそも私うまく料理できないけどさ」

きつね「……えっと、そんなこと考えてたんですか? 別にお礼なんていらないですよ」

少女「そんなことないよ! 神さまは私のお願い事を手伝ってくれて、しかも叶ったんだから。……やってくれたことに対して、お礼はしっかりしないと」


きつね「わたしは何もしてませんよ」

少女「さっきも言ったけどそんなことないよ。神さまに相談しなかったら、私、何も言えずに引っ越してたと思う。それに、一人暮らしなんて、とてもしようとは思えなかった」

少女「神さまが料理やお掃除を手伝ってくれるって、教えてくれるって言ったのほんとに嬉しかったの。だから、お礼がしたい」

少女「お礼をしないと神さまに悪いとかじゃなくて、私が、私の為に神さまにお礼がしたいの」

きつね「……そうなんですか」

少女「うん」


きつね「……でしたら、わたしと一緒に暮らしてくれませんか? その、今は難しいかもしれないですけど、一人暮らしを始めたら」

少女「い、いいの? そんなことで。私もそうなったら嬉しいんだけど……。とりあえず一人暮らしするまでは、ここに通うことにするね。来れない日も、あるかもしれないけど」

きつね「あっいえ、一週間に一回でも大丈夫ですよ。そんなたくさんじゃなくても」


きつね「というか、う、嬉しいですか。まだ二日しか話してないのにこんなこと言うなんて、引かれると思ってたんですけど……」

少女「私たちの関係に時間なんて障害でもなんでもないよブラザー!」

きつね「なんですかそのテンション。というかブラザーじゃなくてシスターです」

少女「あっ、えっと……。女の子でした?」

きつね「はい。ええまあ狐の性別なんて分かんないだろうとは思ってましたけど」


きつね「って、男に同棲を誘われて嬉しいって言ったつもりだったんですか! 貴方! だめですよそんなの!」

少女「神さまならいいかなあって……。というか、その……。きつねだし……」

きつね「わたしはペットですか」

少女「そんなつもりは……。そんなにないかな……」

きつね「そんなにって少しはあったんですか」

少女「えっと、黙秘」


少女「それで、一緒に暮らすならどっちの家にするの? こっちの社か、私の家か」

きつね「具体的な話は二ヶ月後でも構いません。今は、その、もうちょっと雑談をしませんか?」

少女「え? なんで? 別に大丈夫だけど」

きつね「わたし会話に飢えてるんです。ほら、"誰も知らないし"なんて言われちゃうような場所ですから」

少女「いや、あはは……。それは、うん、ごめん」

きつね「……まあ事実ですから。それに、貴方が来てくれたので、もう誰も知らない場所ってわけでもないですので」

少女「……うん」



少女「そういえば神さまってコンコン鳴かないの? どうやって喋ってるの?」

きつね「狐はコンコンなんて鳴きませんよ。それと、わたしは」

きつね「神様ですから」


おわり。

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