美穂「月夜の校舎の」李衣菜「大冒険」 (20)

『美穂ちゃん、起きてる?』

「李衣菜ちゃん?」

 お風呂から上がって読みかけの小説を読もうとしたらスマホに李衣菜ちゃんからのメッセージがあったことに気付きました。時計を見ると23時少し過ぎたあたり。今日もお昼寝をしたので眠気はあまりありません。

『うん。どうしたの?』

『実は一生のお願いがありまして……』

『お願い?』

『うん。ちょっと今から付き合って欲しいかなー、なんて』



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 こんな時間にどこに行こうというのだろう。私たちの年齢じゃ外に出てお店に入ったところで追い返されてしまう。だって良い子はもう寝る時間なのだから。

『学校に宿題を忘れたことに今気づいてさ、それを取りに行きたいんだけど……』

 ああ、ナルホド。三点リーダーの裏にある李衣菜ちゃんの言わんとしていることが分かりました。外を見ると月明かりだけがぼんやりと闇を照らしている。夜の学校、それもこんな時間となると明かりなんてあるわけありません。

 みくちゃんには頼んだ? と送ろうとしましたが、彼女はいま収録の関係で海外に行っていることを思い出しました。

『みんな収録だったり予定があったりで美穂ちゃんしかいなくてさ』

『今度ケーキ、奢ってね』

『勿論! お安い御用だよ!』

 消去法だとは言え頼まれるのは嫌な気分ではありません。私は変装用の服を来てみんなに見つからないように外に出ます。

「守衛さん、ごめんなさいっ」

 寮の守衛さんが見回りに行った隙を狙って寮から出た私は李衣菜ちゃんとの待ち合わせのコンビニに向かいます。

「あっ、きたきた。ごめんね、こんな時間に」

 李衣菜ちゃんも帽子とメガネを被ってお忍びモードです。こんな時間にアイドルが歩いていると何かと厄介な事になりますからね。例え行く先が学校だとしても。

「んじゃ早く取りに行こうか」

「うん」

 月明かりの中自転車を押して歩く李衣菜ちゃんの隣を歩いて行く。私のペースに合わせてくれていつもより少しゆっくりと歩いてくれるのがなんだか嬉しかった。

「2人乗りとか出来たら楽なんだけどね」

「危険だしおまわりさんに止められちゃうよ。それにこうやってお喋りしながら歩いている方が楽しいな」

 お互いの近況や学校のこと、友達のこと。とりとめのない話をしながら前へ前へ。電灯も少ない道を歩き続ける。

「や、やっぱり雰囲気あるね……」

「うん……」

 日の出ているときは運動部の活発な声や吹奏楽部のチューニングの音が響いて活気にあふれている学校も、日付が変わろうという頃になると全く違う顔を見せます。明かりは全くなく、一度入ってしまえば二度と出てこれなくなりそうな恐ろしさすら感じていました。

「李衣菜ちゃん、宿題どうしても取りに行かなきゃダメ、かな?」

「先生が厳しい人なんだ。しかも結構な量があるから、朝学校に行っても間に合わないかもしれないし……」

 李衣菜ちゃんの困り顔からその先生がいかに厳しい人なのかが伝わってきます。

「あんまりアイドルの仕事良く思ってないから私のこと若干目の敵にしてるっぽいし……」

「あはは……」

 アイドルといっても私たちは女子高生。学生の本分は歌うことでも踊ることでもなく学ぶこと。誰かの憧れになる以上、口には出されなくても文武両道を求められているんです。

「でも門閉まってるよ? どうやって入るの?」

 それに今日日学校には厳重なセキュリティが張られているはずです。実際私が通っていた熊本の学校にも、今通っている学校にも防犯システムは用意されています。こないだも夜の学校に忍び込んで、その……あ、アレなことをしようとしていた同級生が捕まってこっ酷く叱られたって話ですし……。

「うちの学校、プールの柵が低くてそこから侵入できるんだ。それに私の行く教室までの道にセンサーとかカメラはなかったはずだから多分大丈夫、かな?」

「本当?」

 夜の学校に忍び込んだなんてプロデューサーさんにバレたら大目玉は間違いありません。

「うん。結構忍び込んでいる生徒もいるって話だし。急ごう美穂ちゃん、これ以上暗くなったらそれこそ帰れなくなっちゃう」

 時計を見ると日付は変わってしまいました。私は李衣菜ちゃんの後ろに着いて行き音を立てないように慎重に慎重にプールの策を超えます。

「ナイトプールだね」

「思っているのとは違う気がするなぁ」

 多分ここで写真を撮っても炎上しちゃうだけな気がします。そんな呑気なことを考えながらプールを抜けて校舎に行こうとしたその時でした。

 ポチャン!

「きゃ!?」

「な、何!?」

 私たちの後ろでプールに何かが落ちたような音がしたんです。恐る恐る振り返っても、そこには闇一色のなか冷たい水が漂っているだけ。

「か、カエルでもいたのか? 私の地元の学校でも、プールにカエルとかアメンボがいたりってあったし」

「そ、そうだよねー! あはは」

「李衣菜ちゃん?」

 暗くてよく見えませんが、引き攣った笑いをしています。

「何か隠してる?」

「……うちの学校さ、七不思議があるんだけど」

 七不思議――。その瞬間、私は追求をしてしまったことを後悔してしまいました。

「学園七不思議4つ目――夜のプールを泳ぐカトウさんの噂」

「ダメダメダメそれ以上はダメ! だって恐怖かんじたんだもの!」

「わぁ!」

 どんな噂かはわかりませんが! これ以上ここにいちゃいけないと私の直感が囁いています!

「帰りましょう、李衣菜ちゃん」

「えっ!? ここまで来たんだから最後まで付き合って!」

「これ以上は無理です! 私はそんな年齢じゃないです!」

「落ち着いて! 私も美穂ちゃんと同い年だから!!」

 すっかりパニック状態に陥った私を宥めるように李衣菜ちゃんは手をつなぎます。

「え?」

「離しちゃダメだからね! 私のためにも美穂ちゃんのためにも! 離したら……ケーキ奢らないから!」

 小さく温かな手から震えが伝わる。怖いのは私だけじゃない、李衣菜ちゃんだって同じなんだ。

「李衣菜ちゃん、生きてケーキ、食べようね」

 全てはケーキのため! と怖がる気持ちを押し込めてプールから出ました。当然窓は全部しまっていたのですが、どうやら1つだけ鍵が壊れたまままだ修理されていない窓があるらしく、そこから私たちは第二ステージ校舎へと入り込みます。

「「おばけなんてなーいさ! うっそさ! お墓なんて嘘さ! そこにいないさ!」」

 どうにでもなれと吹っ切れてしまった私たちは勇気を奮うように歌いながら携帯のライトを頼りに進んでいきます。そうです、小梅ちゃんには申し訳ないですが、おばけなんて嘘なんです。

「きゃあ!」

「ど、どうしたの李衣菜ちゃん!」

「い、いま足元をカサカサって! 聞こえたの! 聞こえたくなかったけど!」

「ひぃ!」

 むしろ足がないよりも多いほうが怖いんです! 闇に紛れて見せませんでしたが、紛れもなく……。おばけ以上に怖いものが出てきたので私たちは駆け足で階段を上ります。

「あっ、この階段学園七不思議その6の上りと下りで段数が違う13階段……」

「そういうこと言わないで~!」

 李衣菜ちゃん、さてはわざとやっていませんか?

「やっと教室だ……」

 その後も魂を吸い取ると言われる踊り場のかがみの前を通ったり、やお花を摘みに行きたくなった私がハナコさんならぬケイコさんがいるというトイレに入ったりと夜の学校を堪能(やりたくやってるわけじゃないんですが……)しつくして、目的地の教室へとたどり着きました。

「あったあった! ミッションコンプリートだね」

 机の中に手を入れてガサガサとすると中からプリントの束を取り出します。

「これ、明日までにやらないとダメなんですか?」

「今日は寝れないかも……」

 これから待っているであろう徹夜作業が憂鬱なのか視線を宙に浮かせて頬を軽くかきます。

「えーと、美穂ちゃん? さきほど一生のお願いと言っといてなんなんですが……」

 その続きは口にしなくてもわかりました。こんな時間まで起きちゃったんだし、もう少し夜ふかししても大丈夫かな。

「ケーキ、もうひとつね」

「ありがとう! 助かる!」

 屈託のない笑みを浮かべる李衣菜ちゃんは本当に嬉しそうでした。

「ここで李衣菜ちゃん、授業受けてるんですね」

「うん。やっぱり夜だからもはや別世界って感じだけど。この席、結構日当たり良くて気持ちいいんだ。多分美穗ちゃん気にいるんじゃないかな」

 月明かりが優しく差し込む席を指さします。

「私、李衣菜ちゃんの前の席に座ってるよ」

 ちょうど私の教室での席は李衣菜ちゃんの真ん前でした。プリントを配れば目が合うんだろうな。普段顔を合わしていても、学校でってなるとまたちょっと変わるのかも。

「へぇ、なんだか面白いね、それ。もし同じ学校で同じクラスだったなら、アイドルが2人前と後ろで並んでいて」

「一緒にお日様が気持ちよくて寝ちゃったりして」

「あはは、あったかもね。さてと、回収するもの回収したし私たちも帰ろ……ん?」

 宿題をカバンに入れて教室を出ようとしたところで李衣菜ちゃんは足を止めてシッと口の前で人差し指を立てます。

「どうしたの李衣菜ちゃん?」

「……誰か来るっぽい」

「ええっ!むぐ」

 大きな声を出しかけましたが李衣菜ちゃんの手で口が塞がれます。コツコツ、コツコツ……遠くから聞こえてくる足音と話し声がどんどんと近づいてきます。

「! この声クラスメイトの子だ。相手は……彼氏?」

「ええ? ってことは……」

「この部屋に来ちゃう……っ」

 もし見つかろうものなら騒ぎになります。でも今から出たらみつかっちゃう! 隠れる場所隠れる場――。

「ごめん美穂ちゃん、我慢してね」

 そう言うと李衣菜ちゃんに引っ張られて掃除用具入れへと入れられます。


「さ、流石に2人入ると狭いね……」

「う、うん」

 隠れる場所はここしかなかったから仕方なかったんです。でもいくら華奢な女の子が2人とは言え、狭い用具入れはギュウギュウになります。

(顔、近い……)

 私のほうが少しだけ身長が高いからちょっと見下ろす形になりますが、李衣菜ちゃんの顔がすぐそこ、吐息がくすぐったいくらいに密着しているんです。ガララと勢いよく扉が開くと先ほどの声の主が入ってきました。用具入れからは見えませんが、そ、その彼氏さんと2人で誰もいない(と思い込んでいる)夜の教室に来るってことは、つまり……

「美穂ちゃんにはまだ早いっ」

「わわっ」

 狭い中音を立てないように李衣菜ちゃんの両手が私の耳を塞ぎます。ちょっと背伸びした彼女の表情は聞いちゃいけないものを聞いてしまったかのように顔を赤らめています。

(ど、どれくらいこうしてたらいいんだろう……)

 耳をふさがれているので外の音は聞こえません。でも李衣菜ちゃんの表情でチョメ! なことが起きているのは想像がつきます。い、一応私も年頃なわけですし李衣菜ちゃんはまだ早いって言いましたけど、同い年ですし……。

「はぁ……どんな顔して明日から教室行けばいいんだろ」

 李衣菜ちゃんは苦しげにより顔を赤らめます。このままだと私たち2人とも気を失っちゃう! 体を少しよじらせたその時でした、掛かっていたハタキの毛先が鼻あたりに触れて……。

「クシュン!」

「わぁ!」

 くしゃみ、しちゃいました。李衣菜ちゃんの目の前で。そしてその勢いのまま、私たちは掃除用具入れから倒れ込んでしまい――。バタン!!

「あっ」

「あっ」

 目と目が合うその瞬間、気まずいと気付いた――。

「きゃあああああ!!」

「ぎゃあああ!!」

 カップルは教室から一目散に逃げ出して行きます。

「あ、あのー……」

「靴下、忘れていってる……」

 可愛らしいピンク色の靴下が落ちていました。……脱ぐようなこと、していたんでしょうか。

「ごめん李衣菜ちゃん、顔汚しちゃって」

 ピンク色のお気に入りのハンカチを彼女に渡します。

「無理ないって。あんな狭くて埃っぽいところに入っていたんだから。ありがと美穂ちゃん、洗って返すね。って私たちも急いで逃げよ!」

「う、うん!」

 掃除用具を急いで入れて教室を走って出ます。廊下を走らない! と昔ながらの張り紙がされていましたが今はそれどころじゃありません!

「無事出れたね」

「心臓止まるかと思ったよ~」

 行きと同じルートを戻り学校の外に出た私たちはすっかり汗ビッショリで息も絶え絶え、レッスンをやりきったみたいです。

「あの子も無事帰れたのならいいんだけど」

「脅かしちゃったみたいで罪悪感あります……」

 もし逆の立場で、私と李衣菜ちゃんがイチャイチャしていたとして……。

「前提がおかしい!?」

「どしたの!?」

「変なこと、考えてました!」

「正直だね!」

 今の私、リンゴよりも顔が真っ赤です……。

「帰りましょうか!」

「そ、そうだね! 宿題終わらせなきゃ……」

 時計を見ると1時すぎ。1時間程度の夜の学校の冒険で見つけた宝物は宿題というゲンナリしちゃいそうなもので、おまけに変な気分にもなっちゃいましたけど。

「なんか、楽しかったよね」

「うんっ。美穂ちゃんと2人で遊んだのって久しぶりだった気がするし」

 他の誰も知らない、私と李衣菜ちゃんだけの秘密。見ていたのは空に浮かぶ月だけでした。

 数日後。

「ねえりーな、聞いた?」

「うん?」

「学園七不思議ってあるでしょ? あれ、新しい怪異があったんだって」

「……へ?」

「掃除用具入れの中に女の子のゾンビが2人……ってりーな? 顔真っ青だよ? 怖い話ダメだっけ?」

「あ、あははははは……」

「……」

「あのー? 小梅ちゃん? 私の顔に何かついてる?」

「うん……憑いてるよ……」

「え゛」

「でも、悪い子じゃないから……ふふっ」

「えええええええ!!!」

 もう夜の学校は懲り懲りです!!

このご時世たいていの学校はセコムしてるから窓ガラスわるために侵入してもすぐ捕まるよねという話でした、お付き合いくださりありがとうございます

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