垣根帝督「協力しろ」鹿目まどか「ええ…」 (140)


「キュゥべえに騙される前のバカな私を助けて」

それが"この世界"の彼女の遺言だった。

ーーまた失敗した。

もう何度目かも分からない後悔と涙を連れて、少女はまた飛び立とうとしていた。

走馬灯のように駆け巡る思い出を胸の奥にしまって。

瓦礫と硝煙で覆われた目の前の惨劇から目を背けつつも、彼女はまたそれこそ何度目かも分からない決意を燃やすのだった。

(次こそは、必ず……!!)






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久々のクロスだな





10月初旬の心地よい秋風が吹き込んでいた。

看護婦が気を遣ってくれたのだろうか。

1/4ほど開けられた窓を見てそんなことを考えながら、暁美ほむらはゆっくりと起き上がる。

見慣れた病院の個室だった。

(うう……んっ)

長く昼寝しすぎたような倦怠感は毎度の事ながら慣れない。

彼女はベッドの上で軽くストレッチをすると顔を洗い、身の回りの持ち物を一つずつチェックしていく。

まるで納品された商品を検品するスーパーの店員の用な仕草だ。

それが終わると、今度は病室を出てエレベーターホールへと向かい、一階へ降りる。

受け付けロビーの片隅、数台の自動販売機が設置された待合室に一直線に向かうと、彼女はフリースペースに置かれた朝刊を手に取った。

各新聞社のものを一部ずつ。

自動販売機でコーヒーを買っていた中年の男性が、年端に合わないことをするほむらを不思議な目で見つめるが、彼女は気にも留めずいくつもの朝刊をテーブルに広げ読み進めていく。

とはいえほむらは同世代の少女らが好むであろう人気タレントのスキャンダルやテレビ欄、スポーツニュースなどには目もくれず、政治や経済、さらには上場企業一覧など大抵のサラリーマンが読み飛ばすような記事ばかり熱心に眺めている。

と、スラスラと流れていたほむらの目線が急に止まった。

原因不明の集団昏倒事件があったという記事、だが彼女の目に止まったのはその内容ではない。

(……学園都市?)

常識的に考えて、場所を説明するなら○○県○○市といった風に記載されるのが当然だが、そこにはただ"学園都市"とだけ書かれていた。

まるでそれがどこにあるのか皆が知っていて当然というように。

(……、)

「あの、ちょっといいですか?」

「え? あ、何かな?」

突然声をかけられた中年男性は少し驚きながらも飲んでいたコーヒーをテーブルに置き、ほむらに向き直る。

「この学園都市って、どこにあるんでしょうか?」

「え……?」

しまった。とほむらは思った。

質問した途端、男性の目の色が明確に変わったからだ。

彼女は分かる。これは不審と憐れみの視線だ。

ほむらがした質問は、あまりに常識外れだったのだ。

「すいません。何でもありません!」

彼女はそう言うと、怪訝な顔をしている男性から視線を外し、足早に病室へと戻っていく。

どうやらこの学園都市というのがこの世界では当たり前に受け入れられているらしい。

(前の世界では聞いたこともなかった。都道府県と同レベルでメディアに取り扱われる学園都市っていったい……)





どうせなら白垣根くんとの組み合わせが見たかったな……

期待

俺はオリジナル垣根の方が好きやで

>>5
俺ジナル垣根君は好きだけど、まどかとなら白垣根君で見たかったという話




分かった事がある。

"この時代"の日本には国家とは別に独立した行政権を持つ自治体がある。

そこは東京都西部を中心に埼玉県、山梨県、神奈川県を跨ぐように、外周を高さ5メートルの壁で覆われた円形の都市である。

内部は全23学区に分けられ、人口230万人中8割が学生である。

そこは最先端の科学に基づき、超能力開発なんてものを学校のカリキュラムに組み込んでいる。

そこは12人の理事と1人の理事長によって運営され日本国内でありながら独自の条例が優先される治外法権の都市である。

「……なにこれ」

スマホの大手検索アプリが表示したページを見つめながら、ほむらは絞り出すように呟いた。

看護師が仕組んだ盛大なドッキリとかじゃないだろうかと一瞬頭に浮かんだが、すぐに我に帰る。

世界的大企業が、何をとち狂ったら個人の悪戯に加担してくれるのか。

実際にテレビを付けてみればニュースキャスターが神妙な面持ちで、9月30日に起こった謎の集団昏倒事件について報じている。

思わず食い入って見ていると、突如部屋のドアがノックされた。

「暁美さーん、入りますよー」

軽い口振りで入ってきたのは30歳前後の女性看護師だった。

「血圧計りますねー」

彼女はガチャガチャとカートに乗った器具をいじりながらテレビに目を向け、

「あ、暁美さんもそのニュース見てる。最近みんなこの話題ばっかり」

「そんなに、大きな事件だったんですか?」

「そりゃあそうですよ! あの学園都市が原因究明に苦労するなんて、普通ならあり得ないことです。なんたって壁の外と内で科学技術に2、30年の開きがあるって言われてるくらいですし」

「(そんなに……一体どうなってるの)」

ほむらの囁きは看護師に聞こえなかったようで、彼女は自分も学園都市に行ってかっこよく超能力を使いたかったと喋り続けている。

(確かに学園都市の事は気になる。でも……)

実は、彼女には為し遂げなければならない明確な目標があった。

確かにイレギュラーな事態だが、あまりそちらに傾倒して"本業"が疎かになっては元も子もない。

注目はしつつ、使える物があれば拝借して己の武器の足しにするくらいの心持ちでちょうどいいかもしれない。

「でも、所詮は学生の授業だし、超能力って言っても手品くらいのものなのでは?」

「うーん……。いくつかレベル分けがされてるとは聞いたことあるけど詳しい事は分からないや。ごめんなさいね」

(まあそんなところよね。"アイツ"を倒すための戦力には間違いなくならないでしょうね)

そんな風に考えて、ひとまず超能力という単語からは思考を離すことにした。

(自分の足しになるかどうか、それだけを考えて行動しないと。余計な寄り道は良くないわ。自分の興味に振り回されないように)

血圧を計られながら、ほむらは今一度決意を固めた。



原作の垣根の顛末が悲惨すぎて……

期待
俺もオリジナルが好きだな、三期もくるし




鹿目まどかは特にこれと言った取り柄のない普通の中学生である、と自分で思っている。

「おっきろーーーー!!!」

まだ幼稚園にも通えない幼い弟タツヤのモーニングコールなどではビクともしない母親に止めの一撃(布団剥がし)を見舞い、少女はいつも通り朝の支度をする。

1階に降りると、父知久が庭に出て家庭菜園の世話をしているようだった。

「おはようパパ」

「おはようまどか。今日はよく晴れたね」

「プチトマト摘んでるの?」

「うん、朝食のサラダに入れようと思ってね」

慣れた手つきでトマトを千切っていく知久。

父が作る朝食は、まどかにとって毎朝の楽しみの一つだった。

ほどなくして、重い足取りで母、詢子が瞼をこすりながら降りてきた。

「おはよう、コーヒーでいいかい?」

「うん、頼むわ」

テキパキと朝食の準備をする知久をよそに、詢子は置いてあった朝刊に手を伸ばした。

まどかは横目でそれを見ると、

「またこの前の昏倒事件のこと? 最近本当にそればっかりだね」

少しうんざりした様な感じでまどかは話しかける。

彼女が言っているのは9月30日に学園都市で起きた事件のことだ。

「まあ被害者の数が半端じゃないようだしなあ。特定の場所にいた人達が集中的にって訳じゃなくて、ほとんどの学区に跨がって一定の割合で被害が出てるってのも気味が悪いよな」

「うーん……、確かに屋内にいた人も被害に遭ってるのも変な話だよね」

まどかにとって、集団昏倒の原因で思い浮かぶものといえば神経性のガスや食中毒などだが、今回の場合そのどちらにしても説明がつかない。

この不思議な事件は学園都市外でも噂になり、様々な憶測が好き勝手に語られていた。

SNS上でも『特殊な電波に寄るもの』『学園都市を疎ましく思う秘密結社の大規模クーデター』『宇宙人の襲撃』など都市伝説のような話まで飛び交っているのをまどかは知っている。

「そもそも学園都市が発表してる情報が全て正しいとは限らないしな。恩恵を受けてるうちらが言うのも何だが、あそこは他より進んだ科学技術で他国と対等に渡り合えるまで成長した都市だ。ある程度情報規制はされてると考えるのが自然だろう」

まどかが住む見滝原市は、近年学園都市からの援助を受け急速に発展した街だった。

そのため、彼女の通う中学校をはじめ、公共施設の外観や設備も他の都市と比べて洗練され、どこか未来的なイメージを受ける。

地元の政治家の一部は最初「これは学園都市の実験だ」と反対していたが、いつの間にかそう言った意見も聞かなくなった。

住民にしてみれば、より快適に暮らせるようになるのだ。反対する理由はない。

きっとその政治家も、科学の恩恵による誘惑に負けたのだろう。

まどかがそんな事を思っていると、丁度知久がプレートを両手に持って運んできた。






「お待たせ。今日はさっき採れたトマトをサラダに、ホウレン草をオムレツに入れてみたんだ」

真っ白なプレートには、半切りにされたプチトマトとレタス、キュウリのサラダ。さっと湯通ししたホウレン草を混ぜ込んだフワフワのオムレツが綺麗に盛り付けられていた。

「うわぁ、おいしそう、いただきまーす!」

「トーストも焼けたよ」

「コーヒーのおかわりお願い」

「うん、了解」

オムレツをナイフで切り分け幸せそうに頬張るまどか。

知久はそんな娘の表情に柔和な笑みを浮かべながら詢子のカップにコーヒーを注ぐ。

「今日も遅くなるのかい?」

「うん。ちょっと最近立て込んでてな。気張り時なんだ」

「あんまり無理はしないようにね」

「うん、サンキュー」

鹿目家は妻詢子が働きに出て、夫知久は専業主夫として家族を支えている。

結婚当初は逆だったらしいが、効率重視の詢子の意見で今の形になったと、まどかは聞いている。






朝食を食べ終えると、洗面台の前で歯を磨きながら詢子と他愛もない母娘の会話をする。これもいつもの日課だった。

「でね、和子先生なんだけど今度は上手くいきそうなんだって」

「アイツいつもそう言って上手くいった試しがないからなぁ。もういい歳だし、そろそろ身を固めて欲しいんだけど」

彼女たちが話しているのはまどかのクラスの担任教師である早乙女和子のことだ。

彼女は詢子の旧友でもある。

「和子もそうだけどまどかはどうなんだ? 中学入って告白の1つはされたのか?」

「ええっ!? そんなことある訳ないよ! む、無理だよ私なんて……」

「そうか? もしかしたら隠れまどかファンがいるかも知れないぞ」

「そんなぁ、ないって……」

謙遜するまどかだが、周りのクラスメイトや友達がラブレターを貰っただの告白しただのされただの、そういった類の恋愛話を耳にすることはよくあった。

その度に、少し羨ましいと思ってしまうのも事実だ。

自分に自信がある訳ではないが、もしこれから色恋沙汰に全く無縁で学生生活を終えるというのもいくら何でも寂しすぎる。

詢子はまどかの横顔をチラリと見ると、何本か置かれたリボンの中から一番派手な赤いものを手に取った。

「よし、今日はこれにしな!」

「えー? 派手すぎない?」

「派手なくらいが丁度いいんだよ。アンタは自分からグイグイ行くタイプじゃないんだから、せめて見た目だけでも気を遣って周りに印象付けなきゃ」

「うーん……、そうなの、かなぁ?」

「そうなんだよ」

何の根拠があるのか知らないが、詢子は断言する。

「いいかまどか、恋愛はサッカーと同じだ。自分で立ち位置を考えて動かないといつまでたってもパスは回ってこない。じっとしてても打球が飛んでくる野球とは違う」

「な、何で球技で例えたの……?」

「分かりやすいだろ?」

正直微妙な例えだと思ったが、そんなことを口にするほど彼女は愚かではない。

本人が傑作だと思ったものに対しては、明確な反論がない限り取り敢えず同意しとくのが円滑な人間関係を築く秘訣なのだ。

詢子に言われた通り赤いリボンを身につけ、まどかは支度を終える。

時計を見れば、そろそろ家を出なければ友達と待ち合わせした時間に間に合わない。

「じゃあママ、私先に行くね」

「おう、行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃいまどか」

知久もキッチン朝食の片付けをしながら背中越しに声をかけた。

「行ってきまーす!」

ドアを開けて家を飛び出すと、スッキリとした秋晴れの空が一陣の風と共に出迎えてくれた。

まどかはスカートを押さえつつ、いつもの登校ルートをいつもと同じように足早に駆けていく。

これが、鹿目まどかにとって朝の日常だった。






美樹さやかと志筑仁美は姫名川沿いのランニングコースで鹿目まどかを待っていた。

別にまどかが遅刻している訳ではないが、生活習慣の違いか、自然と2人がまどかを待つ構図になっていることが多い。

「……ふぁ~あ。あら、失礼」

さやかがボーっと川の流れを眺めていると隣にいた仁美が口元を押さえて涙目になっている。

あくびを噛み殺そうとしたが、声が出てしまったようだ。

「眠そうだね。昨日は日本舞踊だっけ」

「ええ。思いの外稽古が押してしまって、今日の授業の予習をしていたら深夜までかかってしまいましたわ」

仁美は裕福な家庭の箱入り娘であり、日本舞踊の他にもピアノや茶の湯など様々な習い事をしている。

もっとも、その大半は本人の希望ではなく、半ば両親からの強制らしいが。

「そんな状況でもちゃんと予習してくるあたりさすがは仁美だなあ。あたしなら誰かに聞けばいいやって思っちゃう」

私も本当はそうしたいのですけれど、と仁美は本音を漏らし、

「そうやって他の人に頼ってばかりいると、結局受験の時自分がしっぺ返しを食らうことになりますから」

「うへぇ……」

"受験"という単語が出た途端、さやかは露骨に嫌そうな顔をする。

「朝からテンション下がるようなこと言わないでよー。あー……、考えてみれば来年の今頃は受験に向けて皆ピリピリしてんだろうなあ」

彼女たちは現在中学2年生。あと半年も経たない内に3年生になる。

計画的な生徒ならもうそろそろ準備を始めているかもしれない。

「そうですわねぇ。そうなると、今みたいに登校前ゆっくりする時間も無くなるかも……」

「えー! あたしこうやって仁美と駄弁ってるの結構好きなんだけど。やだよ仁美ー、寂しいよー」

さやかはわざとらしく仁美に抱きつき、ゆらゆらと左右揺さぶる。

だが仁美にとっての受験が自分のそれとは意味が異なることは分かっている。

仁美とは小学校時代からの付き合いだが、彼女はその時から様々な習い事で忙しそうにしていた。

そういった事情や彼女の家柄を考えても、その辺の中途半端な高校への進学など許してくれないだろう。

有名なお嬢様学校か、難関大学への進学者を毎年多数輩出している進学校か。

お世辞にも勉強ができるとは言えないさやかには候補にすら挙げようと思わない学校に違いない。

別に学校が別になったからといって友達じゃなくなる訳ではないが、それでも今と同じようにとはいかない。

一緒にいる時間は、確実に激減する。

当然そういったことは口にも顔にも出さず、さやかはいつも通り明るく努める。

どうしようもないことは考えない。今を楽しく生きるのが彼女のスタンスだ。

「さ、さやかさん! どさくさに紛れて脇腹をつつくのはやめて下さい。ーーひうっ!」

「おやおや、今の声はなんですかな?」

しまった、という顔をする仁美。

こういう反応はさやかが一番喜ぶ類のものだ。

現に彼女の顔を見ると、ニヤニヤとガキ大将のような凶悪な笑みを浮かべている。

仁美は両脇を締めると、加虐心に目覚めた親友から逃げるべく、反対側から駆け足でこちらに向かってくるもう1人の親友に助けを求めることを決めたのだった。


「今日はみなさんに大事な話があります」

今朝のホームルームは、息巻く担任、早乙女和子の宣言で始まった。

「目玉焼きは半熟ですか? それとも固焼きですか? はい中沢くん!」

突然の指名を受けた男子生徒は、担任の謎の気迫に気圧されながら、どっちでもいいと思います、無難な答えを返す。

その通り! と和子は持っていた指示棒をへし折り、

「たかが玉子の焼き加減なんかで女の価値は決まりません! 女子の皆さんは、くれぐれも半熟じゃないと食べられないとかぬかす男とは交際しないように! そして男子の皆さんは、絶対に玉子の焼き加減に文句をつけるような大人にならないように!」

ベラベラと捲し立てる和子を見ながら、まどかは級友のさやかと顔を見合わせる。

「駄目だったかー」

「みたいだね」

どうやら、3ヶ月交際していた男性とは破局したようだ。

愚痴を吐き出し、スッキリした和子はゴホンと咳をして気を取り直すと言った。

「では、突然ですが転校生を紹介します。暁美さーん!」

一呼吸置いた後、うおおぉぉぉ! という男子の歓声と、何でこっちが後なんだよ、という冷静なツッコミが教室にこだました。

失礼します、と言って入ってきたのは長い黒髪の女の子だった。

(うわー、綺麗な子だなぁ……)

まどかは一目でそう思った。

モデルのようなスラッとした立ち振舞いに、切れ長の目。

まだ教室に入って教壇の上に立っただけなのに、その動作の一つ一つにどこか中学生離れした気品を感じさせる。

周りの生徒(特に男子)も同じ感想らしく、おおぅ……、と感嘆のような呻きがあちこちから聞こえた。

「暁美さんは、この秋ご両親の仕事の都合で、東京から見滝原に越してこられました。みなさん仲良くして下さいね」

「暁美ほむらです」

彼女は深々とお辞儀すると、簡単な自己紹介を始めた。

「まだ、この街について分からないことだらけなので、色々教えてもらえると助かります」

それと、と彼女は続け、

「趣味は特にありませんが、幼い頃から科学や超能力といった分野には興味がありました。この街は学園都市と提携しているそうなので、そういった話ができたらうれしいです」

彼女はそう締めくくって、もう一度頭を下げた。

パチパチパチ、とクラス中から歓迎の拍手が飛ぶ。

(へぇ、以外だなぁ)

とまどかは思った。

(見た目的には窓辺で本とか読んでる方が様になりそうだけど)

女子でそういったジャンルが好きと大っぴらに言うのは珍しいかもしれない。

そう思ってまどかは改めてほむらの顔を見る、と、

(ん……?)

ばっちりと目が合った。

たまたま目線が合ってしまっただけかと思ったが、ほむらは中々視線を外そうとしない。

じっ、とこちらを見つめている。

(え……? え?)

以前どこかで合っただろうか? 急いで記憶を辿ってみるが、思い当たる節はない。

(えっと……、なんなんだろう。ちょっと、怖いかも)

訳も分からず色々考えていると、いつの間にかほむらは用意された席に座っていた。

ちらり、と目線だけ動かして見ると、彼女は何でもなかったかのように荷物を取り出している。

自意識過剰かもしれないが、本当に過去に合っていて、自分だけ忘れているとすればとても失礼なことだ。

機会があれば、さりげなく聞いてみよう。

まあこんなところかしら、と暁美ほむらは呟く。

初登校を終えた夜、彼女はマンションの一室で、パソコンと向かい合っていた。

(今までとは勝手が違うけど、何とか上手くいきそうね)

殺風景な部屋だった。

それなりに広さはあるが、無駄なインテリアや小物などはほとんどない。

まるで、夜逃げの準備でもしている様だ。

(それにしても、疲れた……)

初日はやはりというべきか、質問攻めで休み時間は潰れた。

内容は、まあ前の学校のこととか、好きな芸能人だとか、彼氏はいるのかなどといったありきたりなものである。

女子がそういった質問をする理由は簡単だ。

見極めているのである。彼女が自分たちのグループに迎合するかどうかを。

概ね女子の友情は個人と個人で形成されるのではなく、グループとしての繋がりが多い。

なのでAとB、BとCは仲が良いがAとCは仲が悪いといった状況は起こりにくい。

それが学校といういくつものグループが同じ場所に介在するようなシチュエーションでは尚更だ。

特別どのグループに入りたいとも思わないほむらは、そういった質問には適当に返答し、遊びなどの誘いに対しては架空の用事をでっち上げて回避していた。

彼女には『目的』がある。

余計な事に時間を取られる訳にはいかないのだ。

でも、とほむらは思う。

(やはり自己紹介で学園都市の事を口にしたのは正解だったわね)

質問攻めが一段落した午後からは、毎年学園都市に見学に言っているという男子や、科学のテストでは毎回クラス1位だというサイエンティストな女子生徒も話しかけてきてくれた。

特に、見滝原は学園都市のおかげで発展した街ということもあって、そういった分野に詳しい生徒も多かった。

特に男子たちは、一見とっつきにくそうな女子転校生が科学や超能力といった共通の話題を持っている事が嬉しかったのだろう。

他クラスの友人も呼んで、実用されている兵器から都市伝説のような噂まで、色々な事を教えてくれた。

(……大覇星祭、一端覧祭。要するに体育祭と文化祭ね。樹刑図の設計者(ツリーダイアグラム)。謎の攻撃で破壊された高性能演算システムっと)

他にも時速7000キロで飛ぶ超音速旅客機、核爆発にも耐えられる窓のないビル、7人の超能力者(LEVEL-5)など、にわかには信じがたい単語をメモアプリに書き込み、整理していく。

そうしながら、彼女はかすかな笑みを浮かべていた。

これが嘘か誠かは分からない。

しかし本当なら、ほむらにとっては僥倖というしかない。

(使える者は全て使う)

彼女は考える。

(今まで色んな手段を試した。でも駄目だった。少なくとも『私たち』だけじゃ、ワルプルギスは倒せなかった)

これが降って湧いた幸運とは限らない。

この街の様子も今までとは違うし、そもそも学園都市の先進兵器とやらが自分に扱えるかは分からないのだ。

だから最初に聞いた時はそれほど期待していなかった。

効果があるか分からないものに命を預けるほどほむらはバカではない。

しかし、病院で色んな患者から話を聞き、ネットで調べ、クラスメイトに教えてもらい、少しずつ見方が変わって来ていた。

(でも学園都市の科学技術があれば、もしかしたら……)

気づけば日付が変わっていた。

予想以上に考え込んでいたらしい。

ほむらはテキストを保存すると、明日の準備をして寝る事にした。

明日は明日でやる事があるのだ。

(さて、今まで通りなら明日はまどかに接触して放課後にーー)

ぶつぶつと記憶を辿りながら呟き、彼女は床についた。




昨日は常に人だかりができていて話しかけられなかったし、今日頃合いを見て聞いてみよう。

鹿目まどかがそんな事を自分に言い聞かせていた3限目終わりの休み時間。

その機会は突然やって来た。

「鹿目さん? ちょっといいかしら」 

「うひぁぅっ!?」

突然背後から声をかけられて、まどかは何とも間抜けな声を上げる。

振り返ると件の転校生ほむらは相変わらずなクールな表情だったが、まどかのあまりの反応に若干動揺したらしく、少し身体が後ろにのけ反っている。

彼女は気を取り直して言う。

「……鹿目さん。あなた保健委員よね」

「う、うん……。そうだけど」

「私、ちょっと頭が痛くて。保健室、案内してもらえるかしら?」

そう言って、ほむらは教室から出ていく。

「……、」

「……、」

スタスタと歩き続けるほむら。

案内してと言ったのに、なぜ勝手に行こうとするのか。

困惑するまどかだが、ほむらはそんな事を知ってか知らずか、後ろを振り向こうとすらしない。

これでは自分がいなくなったとしても問題ないのではないか、と彼女は思う。

「……あ、あのー。暁美、さん?」

たまらずまどかは声をかける。

それに対して、ほむらは振り向きさえせず、歩きながら返した。

「何かしら?」

「えーと、もしかして……、保健室の場所知ってたりするのかなぁって……」

「いいえ、知らないわ」

そうは言うが、彼女が歩いているのは保健室までの最短ルートだ。

間違った方向に行ってれば、無理矢理止めて案内することもできるが、正しい方へ行かれてしまってはただついていくしかない。

ほむらのそっけない雰囲気に、まどかは問い詰めるのを諦め、話題を変えることにした。

「ね、ねぇ暁美さん。もし、勘違いだったら悪いんだけどさ」

控えめな性格の彼女らしく、断りを入れてから話し始める。

「……昨日、自己紹介の時に、不自然に目が合った気がしたんだけど……。もしかして、前に会ったことが、あったり?」

彼女がそう聞いた瞬間、今まで顔さえ向けてくれなかったほむらの足が、ピタリと止まった。

いきなり止まると思っていなかったまどかは、思わず背中にぶつかりそうになる。

「え? え」

何か気に障るような事を言っただろうか? 慌てそうになるまどかに、背中を見せていたほむらがゆっくりと振り返る。

「鹿目まどか。自分や家族、友達の人生が尊いと、思う? 大事にしてる?」

「え、ええ……?」





返ってきた言葉は予想外のものだった。

なぜ突然哲学的な話なのか? 質問の意図がよく分からず、まどかは思わずたじろぐ。

しかし、ほむらの目はいたって真剣だ。

別にからかっている様子は微塵もなく、こちらが返答するまで終わらないという強い意思が伝わってくる。

「……えーと、私は家族も友達も、みんな大事だし、その……、大好きだよ」

場当たり的な答えとなったが、嘘はついていない。

これはまぎれもない彼女の本音だ。

「本当に?」

「ほ、本当だよ!」

そう、とほむらは再びクールな声色に戻り、

「なら、くれぐれも自分以外の何かになろうなんて思わないことね。あなたは鹿目まどかのままでいればいい」

そう言い残してほむらは去っていった。

「……何だったんだろう」

数十秒ほど、まどかはその場に立ち尽くしていた。

彼女の頭の中には、様々な感情がグルグルと混ざりあって、自分でも分からなくなっている。

暁美ほむら。

よく分からないが彼女がまどかに対し、何か因縁のようなものを抱えているようだ。

しかし、まどかには心当たりがまるでないのだ。

(う、うーん……)

モヤモヤした気分のまま、彼女は教室に戻る。

彼女の表情を見た美樹さやかが心配して話しかけてくれたところで、ほむらが保健室に行きたがっていたことを思い出した。

結局1人で行けたのだろうか?





放課後、まどかとさやかは通学路を歩いていた。

といっても彼女たちの下校ルートとは違う。

二人は街へ遊びに行く道中だ。

ちなみに、仁美は今日も習い事があるようで名残惜しそうに途中で別れた。

「にしても転校生にはビックリだよね。クール系優等生かと思ったら、まさかのサイコなサイエンティスト! 今日も男子たちと学園都市についてトークしてたし」

「ほんとにね。一体なんなんだろう。本当に心当たりなくて……」

美人転校生の以外すぎる一面を知ったさやかは嬉しそうにしているが、まどかにとってはたまったものではない。

あんな衝撃的な事を言われては、これからどう接していけばいいのかすら分からない。

「まあ気にしない気にしない! もし転校生が何かしてきたら、あたしが守ってあげるから!」

「別に意地悪しようって感じではないんだけど……。うーん」

頭を抱えるまどかと、その背中をバンバンと笑顔で叩くさやか。

そうこうしていると、大型のショッピングモールに到着した。

彼女たちは、その中にある音楽ショップへと向かう。

「じゃああたし、クラシックのコーナー見てくるから。適当に潰しといて」

「うん。上条くんのだよね?」

「あ、アハハ……」

バツが悪そうに笑うさやか。

彼女たちがここに来たのは、さやかが幼なじみに渡すCDを探すためだった。

彼女の幼なじみ上条恭介は、将来を嘱望されたバイオリニストだったが、事故で左手が動かなくなり、最近は塞ぎこんでいると聞いている。

さやかは入院中の幼なじみに元気になって欲しくて、彼の好きなクラシックCDをプレゼントしようというのだ。

恭介とさやかの関係は、まどかもよく知っている。

上手くいって欲しいと、彼女は心から応援していた。






(さて、と)

大事な幼なじみにあげるプレゼント。きっとさやかは吟味するだろうから時間がかかるに違いない。

まどかは適当に試曲でもして暇を潰そうと、とあるブースの一角へと向かった。

彼女が向かったのは演歌のブース。

周りは年輩の男性ばかりだが、彼女は気にせずヘッドホンを手に取ると、嬉しそうに曲を再生していく。

こんな所に女子中学生がいるという周りの不思議そうな視線にも気づかず、3曲目を再生した時だった。

「(助けて……)」

「ん?」

まどかはヘッドホンを外す。

それはかすかな声だった。

聞き間違いだろうか?

「……、」

まどかはもう一度ヘッドホンを耳にかけようとする、と、

「(助けて……! まどか!)」

「!」

今度は確実に聞こえた。

まどかは首を振って周りを見渡す。

特におかしな所はない。

だが、

「(助けて……!)」

声は断続して発せられていた。

まどかは慌ててさやかを呼びにいく。

「さやかちゃん! 誰かが私に助けを求めてる!」

「へ? は? な、何言ってんのよアンタ」

さやかは何の冗談かと思ったが、親友の鬼気迫る表情を見て思わず黙りこむ。

まどかは集中して耳を澄ませる。

音は一定の方角から来ていることがすぐに分かった。

「こっち! 来てさやかちゃん!」

「え? ちょ、まどか!?」

音源を探りながら早足で歩くまどか、やがて二人は従業員通路の扉の前に辿り着いた。

まどかは少し逡巡したがすぐにさやかに向き直ると真剣な表情で言った。

「この奥から聞こえる! 行こう! さやかちゃん!」

「え!? ここ一般人は立ち入り禁止でしょ」

「だ、だって助けを求める声はこの奥から聞こえるもん! 私の名前を呼んでる!!」

まどかはそう言うと、さやかの返事も待たずに扉を開けて先に行ってしまう。

さやかはどうするか迷ったが頭をかきむしると、

「あーもう! お店の人に怒られたらアンタが謝りなさいよ!」

意を決したように後を駆けていった。





薄暗い従業員通路の先、荷物が大量に積まれたバックヤード。

そこでさやかが見たものは、血まみれの白い猫のような生き物を抱えたまどかと、黒を基調とした中世ヨーロッパ風の衣装に身を包んだ転校生暁美ほむらだった。

彼女の手には、黒光りする拳銃が握られている。

(な、何!? どうなってるのこれ!)

訳も分からず狼狽していると、まどかが正面をキッ、と睨んで叫んだ。

「どうしてこんな事するの! ひどいよ!」

対してほむらは一切顔色を変えない。

彼女は静かに言う。

「いいからそいつを渡しなさい。そいつは私たちの敵なの」

「何言ってるの!? この子ずっと私に助けを求めてたんだよ? 酷いことしないで!」

白い生き物を庇うようにギュッ、と抱き締めたまどかに対し、ほむらは無言で応じた。

彼女は持っていた拳銃をゆっくりと構える。

まどかの腕の中にいるそれを狙って、

「クソッ!」

さやかは反射的に飛び出した。

彼女は側に置いてあった消火器を掴むと、ほむらに向かって声を上げる。

「こっちだ転校生!」

ほむらの目線がこちらを向いた。

さやかはホースを構えると、躊躇なくレバーを引く。

一瞬にして視界が真っ白に遮られた。

彼女は構わず、巨大な段ボールがいくつも乗せられた台車を横倒しにした。

ガッシャアアアアン!!! という轟音が響く。

ぶちまけられた大量の段ボールやその中身が、ほむらとの間を遮る一時的な壁となる。

「まどか、行くよ!」

「さやかちゃん!?」

驚愕の表情をしている親友の手を無理矢理引っ張り、さやかは出口へと走り出す。





「なんなのあれ! なんでアイツがここにいるの!? 何あの格好!? てかその動物何!!?」

白煙で覆われた通路を目を凝らして走り抜けながらさやかは頭に浮かぶ事をそのまま捲し立てる。

「わっかんないよ!」

血にまみれグッタリした白い生き物を抱えて、まどかは反射的に返した。

「声を辿っていったらこの子が怪我してて、暁美さんが変な格好で拳銃向けてて……!」

「何!? アイツイカれたシリアルキラーでもあるの!? どんだけ個性の塊なのよ!」

視界が晴れると、すぐに従業員通路から外に出る扉が見えた。

さやかは勢いよく扉を開けて飛び出す。

そこは買い物客が行き交うショッピングモールなどではなかった。

「なによこれ……、」

辺りは、見たこともないサイケデリックな空間へと変貌していた。

近くにあったはずのブティックも、気づけば彼女たちが今出てきた扉すら見当たらない。

「さ、さやかちゃん……」

まどかを見ると、白い生き物を力強く抱えながらも、その顔は恐怖に歪んでいる。

「ま、まどか……、」

さやかはまどかに近寄ると、ギュッとその肩を抱く。

ヤバい、と彼女は思う。

何がどうなっているのかは分からないが、ここは危険だと本能が告げている。

「に、逃げようよさやかちゃん!」

「逃げるったってどっちに……、うわあっ!!」

気づけば人型の不気味な人形が、何体もこちらに向かってきていた。

一方からだけではない。

右からも、左からも、

ケラケラと甲高い声で鳴きながら、あちこちから二人に近づいてくる。

「ひ、ひぃぃぃ!!」

さやかの喉が干上がる。

消火器はもう捨ててしまった。武器はない。

ここまでか。

思わず目を閉じまどかを強く抱き締めた時だった。






「間一髪ね」

どこからか響いた声。

ワンテンポ遅れてゴバッッッ!!! という爆音がこだました。

「う、うわっ!」

続いて訪れた爆風に二人は抱き合って目を閉じる。

風が止んで目を開けると、自分たちの周りにいた不気味な存在は跡形もなく消えている。

「な、何がーー」

「ちょっと待っててね」

二人は思わず声の方へ振り向く。

そこにはマスケット銃を抱えた一人の少女が立っていた。

先ほどのほむらとどこか似たような雰囲気を感じさせる衣装を見に纏った少女は、二人を見て軽くウィンクすると、

「さっさと残りも片付けてしまうわよ!」

彼女はそう叫ぶと空高く飛び上がった。

彼女の両手には巨大な大砲が抱えられている。

「ティロ・フィナーレ‼!!」

ゴオオオオオオン!!!! という爆音と共に、砲弾が発射された。

青白い尾を引いて着弾した一撃は、その地点を中心にドーム状の衝撃波を撒き散らした。

まだ何十体も残っていた人形のような化け物が、砂粒のように吹き飛ばされていく。

「す、すごい……!」

自分が置かれている状況も忘れて、まどかが感嘆の声を上げる。

「これは、一体ーー」

「彼女は魔法少女」

真下から聞こえた声に二人は顔を向ける。

声の主は先ほどまでまどかに抱えられていた白い生き物だった。

彼は無機質な瞳で砲撃の残滓を見つめながら言った。

「文字通り、魔女を狩る者さ」

無駄に書き込みすぎ……
アニメのシーンを冗長に説明してるだけ。もうちょっと絞った方がいい。

面白いよ
待ってる




「間に合わなかった、か……」

苦虫を噛み潰したような顔でほむらは呟く。

彼女の目線の先にいるのは3人の少女、それとーー、

「あら、無事だったのね」

最初に気づいたのはほむらと同じ特殊なユニフォームを着た金髪の少女だった。

続いて他の2人もほむらの方へ目を向ける。

「転校生。あんた……!」

「あ、暁美さん! これは一体ーー」

少女達の表情は険しい。

好意的な色は微塵も感じられないが、それは当然だろう。

ほむら自身もそんな事は分かりきっているのか、全く表情を変えずにただ一点を見つめている。

まどかの腕の中にいる、白い小さな生き物を。

「使いなさい。魔翌力を消費したでしょ?」

金髪の少女がほむらに向かって何かを放り投げた。

小さな宝石のようなそれを、しかしほむらはノータイムで投げ返す。

「あなたの得物よ。気を遣わなくてもいいわ」

「そう」

金髪の少女も大して気に留めなかった。

彼女はほむらの目線の先を一瞥すると、

「キュゥべえを狙ってたみたいだけど、どういうつもりかしら?」

彼女の声色は冷たい。

「説明する義理はないわ」

「そう。じゃあ理由もなく"友達"を襲うような人に私も自己紹介する気にはなれないわね。早く使い魔の残党を追いかけたら?」

「……、」

「それともこの子達に何か用かしら? どうやら知り合いみたいだけど」

そう言って、少女は2人に目をやる。

「え、えっと……、」

「コイツはあたしたちのクラスメイトで、転校してきたばっかりなんです」

さやかはほむらを睨みつけると、

「転校生。アンタもその、魔法少女ってやつなの? よく分かんないけど何でこの白いの襲ったんだよ。別にコイツは敵じゃないんでしょ」

「……、」

ほむらは何も答えない。

ただじっとまどかの腕の中を見つめている。

その様子を見ていた金髪の少女は片手でさやかに下がるよう促すとほむらに向き直った。

「ねぇ、お互い余計な争いごととは無縁でいたいと思わない?」

「っ、あなたは何も分かってないーー!」

ほむらは何かを言おうとした。だが、

「飲み込みが悪いのね」

厳しい口調で、少女が口を挟む。

「見逃してあげるって言ってるの。今の状況理解してるの? あなたも、この子達に嫌われたくはないんでしょ?」

「ッ……!」

口惜しそうに、ほむらが後ずさりする。

まだ目的は達成できていないがあまりにも状況が悪すぎる。

致し方ない。

そう思って、ほむらは背を向けた。

「ちょっと転校生!? まだ何も聞いてないんだけど! 説明しなさいよ! この白いのの事とか、さっきの化物のこととか!」

「それは彼女たちから聞くといいわ」

そう言って、彼女は薄暗い通路へ消えていった。





「無事でよかったわ」

暁美ほむらが去った後、金髪の少女は安心したように笑顔を浮かべた。

「自己紹介しなくちゃね。私は巴マミ。見滝原中学校の3年生よ」

「え!? 同じ学校!?」

「こ、これで中学生なんてーー、凄い」

何だか2人の視線が首の下に注がれているような気がするが、恐らく気のせいだろう。

マミそう思い、次にまどかの腕の中にすっぽり収まっている小さな生き物の頭を撫でながら言う。

「そして、この子はキュゥべえ。私の大切な友達よ」

紹介を受けたキュゥべえは、まどかの腕の中からピョンと飛び出し、軽く頭を下げる。

「さっきは危ないところを助けてくれてありがとう、まどか、さやか」

「え? 何であたしたちの名前をーー」

「あなた達に才能があるからよ」

「さ、才能……?」

突然の事に、まどかはキョトンとした顔をする。

さやかも意味が分からないといった顔で尋ねる。

「才能って、何のですか?」

「もちろん、魔法少女のさ!」

代わりに答えたのはキュゥべえだった。

続いて、マミがそれを補足する。

「そもそも、普通の人にはキュゥべえの姿は見えないし、声も聞こえない。この子が見えているという事は、あなた達に魔法少女としての才能がある証なのよ」

「さっきの転校生も、そうだっていうのーー?」

「そうよ。あの子もキュゥべえと契約した魔法少女。なのに何でこの子を狙うのか、理由は分からないけど……」

「契約……、」

「ボクたちは何でも一つ願い事を叶える事を条件に、魔法少女になって魔女を退治してもらっているんだ」

「な、何でもーー!?」

魅力的すぎるキュゥべえの言葉にさやかが食いつく。

キュゥべえは、うん、と肯定するとこう続けた。

「だからさまどか、さやか。ボクと契約して魔法少女になってよ!」


        ☆



「0930事件、ねぇ……」

SNSのタイムラインに流れてくるワードを拾いながら、誉望万化はポツリと呟いた。

ここは学園都市にある高層ビルの中。

2つの部屋をぶち抜いたような広大な空間には不自然なほど物が少ない。

殺風景な部屋に無造作に置かれたソファに背をもたれながら、彼はタブレットを操作している。

「はぁ……、もう10月だってのに何なのかしらこの暑さは」

すると、その台詞に反して非常に涼しそうな格好をした少女が入ってきた。

ハイヒールに真っ赤なドレスを着た彼女は、街頭で貰ったのだろうか、その格好に似合わず居酒屋のロゴが入ったうちわで顔を扇いでいる。

「……誉望さん、誉望さん。私、友達とショッピングする夢が叶いましたぁ!」

続いてニヘラァ……、だらしない笑顔を浮かべて入ってきたのは髪をツーサイドアップにまとめた少女だ。

肩にかけられたスクールバックには『弓箭猟虎』と書かれたネームシールがある。

これで『ゆみやらっこ』と読む。

「いやショッピングって……、ただコンビニ行ってただけだろ」

「しかも友達じゃないしね」

ドレスの少女がうちわの柄を向けながらツッコミを入れる。

ひ、酷い! と喚く少女を無視して誉望はビニール袋からペットボトルの炭酸飲料を取り出す。

対してドレスの少女はカップのアイスコーヒーをストローで啜りながら、

「何見てたの」

「ん? いつも通りリアルタイムの情報を漁ってただけだよ」

「はぁ、今なんてどこ見たって0930事件の話題で持ちきりでしょうに」

「ご名答」

誉望は強めの炭酸で喉と胃を潤しながら、

「物的被害は少なかったから実感が湧きにくい部分はあるんだろうけど、それを抜きにしても学園都市に衝撃を与えるには十分だ」

「むしろ目に見える被害が少ないからこそ、分からない部分を憶測で埋めようとして、確証の無い噂が飛び交う原因になっているんでしょうね」

「だろうな」

誉望はドレスの少女の言葉に頷く。

学園都市は9月の終わりに外部からの大規模攻撃を受け、パニックに陥った。

しかし、攻撃といっても街がめちゃくちゃに破壊された訳ではなく、大量の死体がそこら中に転がったという訳でもない。

ただ音もなく、学園都市内のあちこちで謎の集団昏倒事件が起きただけだ。

そして彼らは、全員もう回復している。

起こった日付から『0930事件』と呼ばれるこの出来事は、学園都市ならず、今や日本中でトップニュースになっていた。

「でも不思議ですよね。原理も何も分からないのに何で外部の攻撃だって決めつけるのか」

そう言って、パックのオレンジジュースを飲みながら弓箭猟虎はソファの背もたれに座った。

「統括理事会がそう発表してるからな」

「でもそうなると、学園都市の科学技術を持ってしても解明できない技術を持った集団がいるという事になるわね」

ドレスの少女の言葉に3人は一斉に黙る。

結局今世間を騒がせている理由はそれだった。

なぜ科学の最先端を行く学園都市が原因を把握できていないのか。

学園都市を襲った未知の科学技術とはーー?

そこに天使だの変な格好の女だの黒い翼だのといった関連性があるかどうかも分からない都市伝説の用な噂話が絡んで、各々が勝手なストーリーを作り出していた。

「何だか、SF小説のあらすじ読んでるみたい」

誉望のタブレットを勝手にスライドしながらドレスの少女は溜め息をつく。

「まぁ、確かにこの中のほとんどは読む価値もない書き込みなんだろうな」

でも、と誉望は続けて、

「こういったある種の話題で持ちきりの時こそ、本当の情報をカモフラージュしやすかったりするんだよ」

傍らの少女2人が、ん? という表情をする。

補足を求められていると思った誉望はタブレットの画面を2人に見えるようにして、

「例えば、こんな書き込みとかな」

「『見滝原市を中心に、最近謎の失踪事件多発……?』」



        ☆

ていとくん原作では糞みたな扱いだからSSでは救われておくれやす

いまだにていとくんが影も形もないことに戦慄を覚える

このまま全員の心理描写を書き続けると、ワルプル戦は2030年頃になりそう




「何それ?」

タブレットの書き込みを訝しげに見つめながら、ドレスの少女は半ば呆れたように呟いた。

「今回の依頼」

「は?」

「見滝原やその周囲で怪死や行方不明になる人が多発してるのは事実なんスよ。それを調査しろってさ」

「はあ……。何で私たちが……?」

「確か、見滝原って学園都市と提携して急発展してるとこですよね」

口元に指を当てて考えるようにしながら弓箭猟虎が言う。

「でもそんなのどこででもあり得る話ですし、そもそも県警の管轄なのでは? 私たちの出る幕ではないと思うんですけど……」

彼女が言ってる事はもっともだった。

いくら繋がりがあろうと、街中で起きる出来事全てに干渉していてはきりがない。

学園都市は(体面上は)あくまで一自治体という扱いであり、他の自治体を調査する権限などない。

だが、

「そりゃあ地方の一般市民が多少どうなろうが学園都市は歯牙にもかけないだろうさ」

誉望は何かを確信しているように言う。

「でも忘れてないスか? 見滝原は事実上学園都市の庇護の下成長を遂げた街だ。当然あの統括理事会が博愛精神に満ちた慈善事業としてそんなことする訳ない。見返りはきっちり貰ってる」

「まあ確かにあの街には学園都市の出先機関がたくさんありますしーー」

と、そこまで言ったところで猟虎がハッ、と何かに気づいたような表情をする。





一瞬の沈黙の後、ドレスの少女がなるほどね、と静かに呟いた。

「研究員がやられたのね」

「それも1人や2人じゃない。不思議っスよね? いくら外部とはいえ、一応学園都市の研究機関だ。セキュリティに抜かりはなかったはずなのに」

学園都市が派遣した研究員。

それはもちろん大学を出たばかりの若手研修生などではない。

情報漏洩を防ぐため、選ばれた精鋭にそれをさらに監視する何重ものシステム。

世間一般には発表されていないが、当然最新鋭の技術を盗もうとするよからぬ輩の襲撃も想定に入れて、それなりの武装も常備されているはずだった。

その中で起こった、集団失踪事件。

施設が荒らされた形跡もなく、見事に人影だけが切り取られたように消えていたという。

「何人かが結託して逃げ出したとかは……、科学技術を外部に売るために」

「学園都市から外部に出る時は、ミジンコサイズのナノデバイスを血管に注入されるわ。どこへ逃げたってGPSで丸わかりよ」

「じゃあ」

「ま、そういうことだよ」

タブレットをカバンにしまい、誉望は手をヒラヒラと振りながら言う。

「半端な部隊を送り込んでも返り討ちにされると踏んだんだろう。それで俺たちに白羽の矢が立ったってこと」

「0930事件に続いてのこれ。統括理事会はある程度目星を付けてるのかしら」

「うーん……。でもそうなるとかなり危なくないですか? 相手は短時間で都市機能を麻痺させて研究員を痕跡すら残さず暗[ピーーー]るほどの手練れなんですよね」

「この2つの犯人が同じかは分からないけど、まあ危険なのは事実だな」

そこまで言って、誉望はハアと溜め息をついた。

他の2人もそうだが、話の内容の割にはどこか口調が軽い。

まるで、強力な後ろ楯により自分たちが犠牲になることは絶対にないとでも言うかのように。

「ま、ただ俺たちがここであーだこーだ言ってもしょうがないスよ。決めるのはあの人だし」

「そうね。彼も色々と"準備"をしてるみたいだから、恐らく断るんじゃない?」

誉望も同意見だった。

0930事件以来、学園都市の防衛網は弱点が露呈した形になってしまっている。

その隙をついて、いくつかの暗部組織が人目につかないところで様々な企てをしていた。

そして彼らもその中の一つであり、とある目的の為に着々と準備を進めている。

だからこんな依頼受けられるはずがない。

そう思っていたからこそ、誉望は楽観的に考えていたのだがーー。

        ☆



「おう、いいんじゃねえの?」

「はぇ?」

予想外の好反応に、誉望万化はキョトンとした顔をする。

そこにいたのは背の高いガラの悪そうな少年だった。

少年の名は『垣根帝督』。

彼ら『スクール』をまとめるリーダーである。

驚いたような表情の誉望に彼は言う。

「何か問題でもあるのか? 統括理事会経由で回ってきた正式な"仕事"なんだろ? 直轄の組織である俺たちがそれを受けるのがそんなに不思議か?」

垣根の言葉に、誉望はやや困惑しながらも首を横に振る。

「にしても前の騒動に続き今度は"外"ときたか。アレイスターのクソ野郎はどこまで把握してんのか。案外、ビルの中では顔面蒼白にして焦りまくってたりな」

詳細が記された電子メールを眺めながら、彼は気軽な調子で言う。

ビルというのは学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーが鎮座する漆黒のビルの事だ。

入り口どころか窓すらなく、外から中の様子を伺い知ることはできない。

「本気?」

頬杖をつきながらドレスの少女は訝しげに目を細める。

「『ピンセット』の方は諦めるの? その為に色々準備してきたんでしょ?」

「別に諦めた訳じゃないさ。ただこっちの依頼に底知れぬ可能性を感じただけだ」

「?」

何を言いたいのか分からないといった様子の少女。

彼女は『心理定規(メジャーハート)』という精神干渉系の能力者だが、あくまで他者と自分との"心の距離"を操作するものなので、相手の心の内は読めない。

他の2人も同様の反応で、それを見た垣根は面倒臭そうに溜め息をついた。

「察しが悪いなオマエら。いいかよく考えろ。俺たちは今まで何に向けて準備してきたんだ? 一体誰を相手にしようとしてる?」

「何って、そりゃあ……」

3人は顔を見合わせる。

だが誰も答えを言おうとはしない。

いまいち垣根の意図が掴めていないようだ。

「まだ分かんねえのかよ……」

彼は半ばあきれたように、

「俺たちはアレイスターを出し抜こうとしてんだぞ。『ピンセット』云々もあくまでその為の手段だ。それ自体が目的じゃねえ。履き違えんなよ」

学園都市に対するクーデター。

そんな大層な計画を彼は本気で実行しようとしていた。




「何もわざわざ相手の得意分野で勝負してやる必要はねえ。『土俵外』に引きずり降ろせるならそれに越したことはないと思わないか?」

得意分野。

学園都市の統括理事長であるアレイスターにとってのそれは、まさしく科学や超能力そのものだろう。

ならその範囲外とは、

「……垣根さん。それってもしかして今ネット上で話題になってる『超能力以外の異能』って奴っスか?」

それは半ば都市伝説のような噂だった。

9月30日に学園都市の襲った謎の現象。

学園都市の科学力を持ってしても解明できないのならもうそれは科学ではない何か別の未知の力なのではないのかという。

「別におかしな事はねえだろ」

しかし、垣根は至極真っ当な顔で言う。

「この街で実用化されてるのが量子論に基づいた能力ってだけで"その他"がないとは限らねえ。まだこの世界には俺たちの知らねえ法則が眠ってるかもしれねえぞ?」

「な、何だか変に夢のある話ですね」

おずおずと弓箭猟虎が発言する。

「『超能力者(Level5)』のあなたが言うと何だか凄く違和感があるけどね」

「じゃあ垣根さんはそれを見つけて自分の糧にしようと?」

「対価としては悪くねえ」

あくまで可能性の話だが。と垣根は前置きした上で、

「もしこの一連の事件が本当に学園都市外の能力に依るものだとしたら、ソイツをモノに出来ればアレイスターに対する有効打になり得る。正直、まだまだ手札は足りねえ。かき集められるだけ集めといた方がいい」

「……そう、分かったわ」

垣根の言葉に、あっさりと心理定規は同意した。

と言っても『スクール』では彼がリーダーであり、彼の意思がグループ全体の意思である。

垣根が一度言い出した事を引っ込めるような性格でないのを彼女も知っているからなのだろう。





「もし見当違いだったらどうするの?」

「そん時は適当な理由でっち上げて引き上げるさ。ボランティアに付き合ってる暇はねえしな」

「はあ……、初めから仕事をこなす気はないのね」

気だるそうに息を吐く心理定規。

その横で弓箭猟虎は何故かソワソワしていた。

「あの……、あの……!」

「ん? どうした弓箭?」

不思議な顔で誉望が声をかける。

当の本人は、まるで新作のゲームを待ちわびる子供のような表情で、

「これって……、初の"外"での任務。当然泊まり掛けになるんですよね?」

「んー、そりゃそうだろ。さすがに見滝原まで日帰りはキツいと思うぞ」

いつ終わるかも未定だしな、と誉望は言う。

「てことはてことは……! これって……! 皆で……! お泊まりって事ですよね!? わ、私今まで友達と泊まり旅行とかしたことないんです……! わー、色々準備しないと! ト、トランプとか持って行っていいですか!?」

「いや、旅行じゃないし。てか泊まり初めてって? 修学旅行とか無かったのか?」

「休みました。ボッチが行っても楽しくないので」

「何て悲しい理由……」

しみじみとツッコミを入れる誉望。

そんな2人のやり取りを見ていた垣根は面倒臭そうな顔をしていた。

彼は言う。

「盛り上がってるところ悪いが行くのは俺と誉望だけだぞ」

「へ!?」

誉望と猟虎、2人から間抜けな声が出た。

心理定規は、特に反応もなくじっと垣根の方を見ている。

「オマエらよく考えろ。全員で"外"に出て、もし仕事が長引いたら誰が『ピンセット』回収するんだ?」

「あら、それはもう諦めたんじゃなかったの?」

「諦めてはいないさ。ただ魅力的な仕事が同時に舞い込んだからそっちにも戦力割くってだけだ」

ええー! と弓箭猟虎が悲痛な声を出す。

「せっかく……! せっかく夢が叶ったと思ったのに」

ううぅ、と露骨にテンションを下げる猟虎。





そんな彼女を気にも留めず、垣根は淡々と役割分担を言い渡す。

「俺と誉望は見滝原で研究施設中心に調査をする。その間、オマエら2人はトラブルが起きた時に対処できるよう学園都市で待機しとけ」

彼は続けて、

「もし実験予定日までに俺たちが戻れそうも無い時は下部組織の連中と協力して『ピンセット』を奪え。いいか?」

ふぁい……、と猟虎から気の抜けた返事が聞こえた。

他の2人も異存はないようなので、決まりだな。と彼は言って電子メールを返送する。

そうしながら垣根は薄く笑みを浮かべていた。

彼はこれからの予定に希望を馳せる。

学園都市製ではない未知の能力。

ネット上では都市伝説と同列に扱われるようなこの話題も、彼はそれなりに信用を寄せていた。

彼らは学園都市のカリキュラムを受けて発現した能力を扱うが、その中にもあるのだ。

どれだけ能力を解析しても、説明のつかない空白の部分が。

そのわずかな不明点をノイズとして切り捨ててしまう学者もいるが、垣根はそこにこそ能力運用の真髄があるのではないかと考えている。

彼の扱う超能力『未元物質(ダークマター)』。

垣根自身、この能力を隅から隅まで把握しているとは言い難かった。

能力の運用方法は分かるが、それを構成している理論の輪は完全に閉じておらず、一部異物のようなものが混じっている。

それを解き明かした時こそ、新たな制御領域の拡大(クリアランス)を取得し、完全に能力を支配下に置けると彼は信じていた。

「しっかし今回は、本当に棚からぼた餅になるかもなあ」

「……?」

何でもねえよ、と垣根はぶっきらぼうに言う。

あくまで可能性。

だが、もし今回の見滝原の遠征で未知の法則を発見できれば。

それを、上手く取り入れられれば。

"外"から能力を見直す事で、『未元物質』に新しいインスピレーションを付加する事ができれば。

彼はポツリと呟いた。

「……正直まだ中盤戦くらいだと思ってたが、ひょっとしたら一気に詰みまで行くかもなあ。アレイスター?」


やっぱり垣根好きだわ
ほんといいキャラしてる

おつ
垣根がいればまどかも人のままでいられるかもね

でも垣根は人のままで居られなかったよね

垣根もいいキャラしてるけどスクールの面々全員いいキャラしてて好きだな自分は 新しく判明した猟虎ちゃんも魅力的だし

彼の末路はバレーボール

原作でもなぜか垣根と☆の扱いには天と地ほどの差があるからねぇ……(特に最近。黒幕にしてラスボス候補が女体化してヒロイン化とか草も生えない)

噛ませになっただけで、能力はクソ強いし本人も優秀だからな…

一方と垣根はレベル5の中でも自然法則自体を歪める他と比べて別格の能力だからな

        ☆



「これがソウルジェム。私たち魔法少女の力の源よ」

見滝原のマンションの一室。

巴マミは窮地を救った後輩2人を自宅へ招き入れると、懐から小さい宝石のような物を取り出した。

「うわあ、綺麗……」

それを見てさやかが感嘆の声を上げる。

マミは続ける。

「でもこのソウルジェム。ちょっと色が濁っていると思わない?」

「確かに、そうですね」

まどかはソウルジェムに目を近づけて頷いた。

キラキラと光ってはいるが、磨かれた宝石特有の透き通った光ではなく、どちらかと言うと如何わしい占い師が使う水晶玉のような、暗く怪しい輝きだ。

「さっき使い魔と戦ったでしょ? ああやって魔翌力を使うと、それに応じてソウルジェムが濁ってしまうの。この穢れが溜まると魔法少女として活動できなくなってしまうわ」

「え? じゃあどうするんですか? マミさん、このまま戦い続けてたらいつかはーー」

「大丈夫」

さやかの言葉を遮って、マミはポシェットから小さな髪飾りのような物を取り出した。

彼女はそれをソウルジェムに近づける。

「穢れが……吸いとられた?」

「マミさん、これは一体……」

「これがグリーフシードよ」

マミはニッコリと微笑んで言った。

「魔女がたまに落としていくアイテムで、魔法少女にとって魔女退治の対価みたいなものね。こうやってソウルジェムを綺麗に保つことで、私たちは能力を使う事ができるの」

へえ~と2人は目を丸くして見る。

でも、とマミは少し声のトーンを落として言う。

「逆に言えばグリーフシードが手に入らないと魔法少女にとっては死活問題になるわ。だから、無茶して魔女を深追いしたり、場合によっては他の魔法少女と争いになったりして、命を落とす子もいるわ」

「……マミさんは、その……、怖くないんですか? いつもあんなのと戦ってるんですよね」

まどかが心配そうな顔をする。

そんな危険に常日頃から隣り合わせだなんて、彼女には考えられないのだろう。


「もちろん怖いわ」

マミは隠さずに言った。

「だから、あなたたちには真剣に考えて欲しいの。本当に命をかけてまで叶えたい願いがあるのかどうか。キュゥべえに選ばれた以上、他人事ではいられないから」

そう言って、マミは目線を下に移す。

そこには白い猫のような小動物、自称『キュゥべえ』がいる。

彼は真っ赤な目を2人に向けると抑揚のない声で言う。

「ボクはいつでも歓迎するよ。君たちには魔法少女としての才能がある。ボクの力が必要になったらいつでも言って欲しい」

「そう急かさないのキュゥべえ。この子たちも突然言われてまだ困惑してるだろうしね。大事なことなんだから、じっくり考えるべきよ」

「うん、あたしも、まだちょっと実感が湧かないかな」

さやかがどこか困ったように目を反らす。

マミもそれに対して特に責めたりしなかった。

「まあそれが普通よ。いきなり人生賭けてって言われても困っちゃうわよね。そうね……、具体的にどんな感じなのか知っていた方がいいと思うから……」

マミは少しの間う~んと考え、

「あなたたちがよければ明日の放課後、私に付いて来ない? 魔法少女がどういったものか、体験して欲しいの」

「え? いいんですか?」

突然の申し出に、まどかが目を丸くする。

「ただでさえ危険なのに、足手まといになるんじゃ……」

「そんなに強力な敵とかち合うつもりはないから安心して。それに、これでも私結構強いのよ」

パチっとウィンクして、少しおどけたようにポーズを決めるマミ。

「……、」

さやかとまどかはしばし無言だったが、顔を見合わせると同時に言った。

「じゃあ、よろしくお願いします!」

「はい喜んで」

笑顔で返事をするマミ。

集合時間を決めると、2人は頭を下げて帰っていった。


        ☆



翌日の昼休み。

さやかとまどかは学校の屋上にいた。

その近くではキュゥべえが気持ち良さそうに日向ぼっこしている。

「ああ言われてもさあ、特にないんだよねえ願い事って」

転落防止用柵に背中を預け、ダラリと座ったままさやかが呟く。

「そりゃあ世俗的な願望ならいくらでもあるよ? 億万長者とか、有名人気タレントとか、満漢全席とか?」

「さやかちゃん。最後のはちょっと……、違うと思うけど」

アハハとまどかは小さく笑って言う。

ちなみに彼女たちはキュゥべえを介することで、言葉を発さずとも会話ができる。

ただそれをすると魔法少女である巴マミにも聞こえてしまうので、よほどの事がない限りは使わないようにしようと決めていた。

下手に失言すれば信用に関わる。

「でもそんなの命賭けてまで叶える事じゃないし、本当に自分がやりたいことって言われると、何にも思いつかないなあって」

「うん。私も、そうかな」

食べ終えたランチボックスを丁寧に包みながら、まどかは言う。

「今まであんまり、将来自分が何になりたいとか、何をしたいとか考えたことなかったし。自分の人生についてすぐ結論を出すのは、ちょっと難しい気がする」

だよねぇ、とさやかも同意する。

でもさ、と彼女は続けて、

「そう思えることって、きっと幸せなんだろうね。だってこの世界にはさ、今本当に困ってて、それこそどんな事をしてでも叶えたい願いがある人だってきっといるはずだし」

その通りだと、まどかも思う。

叶えたい願いが思いつかないというのは、特に今の生活に不自由していないということだ。

もし日々食うや食わずの貧困状態だったら。

もし今日生き延びられるかどうかも分からないような紛争地帯で暮らしていたら。

きっと今のような感想ではなかったはずだ。

と、そんな時だった。

「そう思うなら、無闇に首を突っ込まないことね。後になって悔やんでもどうしようもないわよ」

突然の声の方向に2人は顔を向ける。

そこにいたのは、話題の転校生暁美ほむらだった。

「あ、暁美さん!?」

「転校生……! あんた何しに来たのよ!」

つい今までダラダラしていたさやかの目線が急に鋭くなる。

彼女たちと巴マミは先日、ショッピングモールでキュゥべえを巡って一悶着あった仲だ。

「またキュゥべえを狙いに来たの? 懲りないわね、アンタ」

「別に。できればソイツが鹿目まどかに接触する前に手を打ちたかったけれど、もう手遅れのようだしね」

キュゥべえを守るように脇に抱え、今にも飛びかかろうかというさやかに対し、ほむらは顔色一つ変えず、冷静に話す。

「ただ忠告しに来ただけよ。恐らくその様子だと、巴マミからあらかたの事情は聞いたんでしょ? ソイツの口車に乗ればあなたたちが不幸になるだけよ。悪いことは言わないわ。手を引きなさい」

「そんなの、あたしらの勝手だろ!」

「ええ……。確かにそうね」

ほむらは喧嘩腰のさやかと張り合うつもりはないらしい。

彼女はでも、と前置きして言った。

「それでもソイツと契約すると言うなら肝に命じることね。魔女と戦う運命を背負って、不幸になるのは自分だけとは限らないわよ」

「は? な、何言ってんのよアンタ」

さやかが面食らったような顔になるが、ほむらに説明する気はさらさらないらしい。

「確かに伝えたわよ。それじゃ」

そう言うと、彼女は踵を返して立ち去ろうとする。

そんな背中に、まどかは思わず声をかける。

「ま、待って暁美さん! 暁美さんは、一体どんな願いで魔法少女になったの?」

「……。貴方には関係ないことよ」

「ちょ、そんな言い方ーー!」

と、さやかは食ってかかろうとしたが、その先の台詞は言えなかった。

ほむらが、今まで見たことないような厳しい目つきでこちらを睨んでいたからだ。

「あ、暁美、さんーー?」

「……鹿目まどか。前にも言ったけど、くらぐれも今と違う自分になろうとしないで。今自分が大切に思っている物を失いたくないのなら、尚更よ」

「え? う、うん……」

「分かったならいいわ」

言って、彼女は再び校舎に向かって歩き出した。

「あとそれと」

「……え?」

「暁美さん、じゃなくて『ほむら』でいいわ」

そう言うと、今度こそ彼女は本当に立ち去ってしまった。

まどかとさやかは、しばしの間大掛かりな手品を見たように呆然としていた。

「な、何アイツ? 名前で呼べって、あたしたちと仲良くしたいのか、対立したいのかどっちなのよ」

「さ、さあ?」

「あー! もうほんと訳わかんないなあ! 結局あの転校生に付き合わされて昼休み終わっちゃいそうだし。つーか同じクラスなんですけど!? あんな話した後、顔合わせるの気まずくない訳!?」

がー、と憤って頭を掻き毟るさやか。

その後できるだけほむらと目線を合わせないようにしたさやかだったが、結局それ以降ほむらが話しかけてくることはなかった。





        ☆



徳川幕府時代の江戸には"入り鉄砲に出女"という言葉があったそうだが、学園都市を出入りする人や物資も、最新のセキュリティによって厳重に管理されていた。

ただし、そこは科学の最先端学園都市。

外壁に面し、陸路最大の物資の運搬ルートである11学区でさえ、荷物の受け渡しは完全に自動化されており、目に見える人の影はまばらだった。

当然ゲートのセキュリティも機械化されており、空港の手荷物検査場のように職員が何人も突っ立っていたりはしない。

体内にナノデバイスを注射された垣根帝督と誉望万化は、その横の従業員用通用門から外に出た。

「それにしても凄い荷物の量っスね。まるで貨物列車みたいに途切れることなく入ってきますよ」

「そりゃ学園都市230万人に届ける訳だしな。トラックで積み降ろししてたんじゃ時間がかかりすぎて餓死者がそこら中に転がる羽目になるだろうよ」

そんな会話をしながら彼らは、門のすぐ前で待ち構えていたワンボックスカーに乗り込む。

窓には黒いスモークが施されている。

「そういえば、垣根さん。見滝原についてから一体どうやって調査する気っスか?」

「それについては考えてる。……それよかオマエ、ちゃんと"作業道具"は持って来てんだろうな?」

「ええ、そりゃもちろん」

誉望はスーツケースの中を開けて、垣根に見せる。

みたいだな、と垣根は呟き、

「頼んでたレポートは?」

「見滝原で起きた殺人事件、自殺、失踪事件なんかの情報っスよね。過去1年間のデータをここにまとめてあります」

誉望はタブレットのアプリを開いて垣根に手渡す。

彼はひとしきり眺めた後、なるほどな、と言って誉望に投げ返した。

ひとまず垣根の機嫌を損ねるような仕事ぶりでは無かったようで、誉望はホッと安心する。

それなりに長い付き合いだが、この超能力者の考えてる事はよく分からないと彼は思う。

何気ない会話の中で琴線に触れるのは人間関係ではよくある事だが、垣根の用な人物に対してそれは場合によっては死に直結する。

だから、世間話を振るにしても話題は慎重に選ばねばならないのだ。

彼にしてみればただ神経を磨り減らすだけだが、あからさまにずっと黙りこんでいるのも気を遣っているのがバレバレで印象が悪い。

幸い誉望が横目をやると、垣根はアイマスクをつけて昼寝をしていた。

見滝原がどうなろうが知ったことではないが、自分に火の粉が降りかかるのだけは勘弁して欲しい。

彼は切実にそう思った。

原作の台詞をそのまま書くのはもう少し控えた方がいい。
SSを読む人は把握してるだろうから、ここぞという時こそ効果がある。

好きに書けばいいよ
まどかパート見てないし

割と面白いんだけど物足りない感も否めん
ちょっと駆け足気味なのが気になる

アニメから文字おこしをしてる様に書いてるのは、伏線の為なんだろうけど
ちょっとくどい。

        ☆



放課後、さやかとまどかは巴マミと待ち合わせるため、学校近くのカフェにいた。

魔法少女がどのようなものなのか具体的に体験するため、彼女に同行してみるという約束だった。

まどかはチラリとテーブル脚に立て掛けられたさやかの鞄ーー正確にはその横に置かれている金属バットに目をやる。

当然さやかは野球部などではないし、今から気に食わない相手をこれで襲撃する訳でもない。

まどかの視線に気づくと、さやかはアハハと小さく笑って言った。

「いやあ、さすがにマミさんにおんぶに抱っこになるの前提で何の準備もしないのは失礼かなあって思ってさ」

「ええ……、どうしよう。私何も用意してきてないよさやかちゃん!?」

正直こんなもので前に遭遇したような化け物と戦えるとは到底思えないのだが、それでも何の準備もしていない自分に比べると意気込みが違うと判断されてしまいかねない。

何か適当な武器になりそうなものはないだろうか? まどかは辺りを見渡すも、当然普通のカフェにそんなものがあるはずはない。

不安そうなまどかを見て、さやかは笑いながらバンバンと肩を叩く。

「大丈夫だってー! マミさんはそんなの気にしないよ! 多分……」

「何で濁すの!? そこは言い切ってよ! もう、こうなったらさやかちゃんのバット借りるから!」

まどかは金属バットを持ち上げようとするが、恐らくバットを握ったことが無かったのだろう。想像以上の重量感に若干バランスを崩しそうになる。

「ちょ、何やってんのさ。慣れてないなら無理するなっての」

「だいたい何で準備してくるならそう言ってくれなかったの!? このままだと私だけやる気ないみたいに思われちゃうよ!」

「いや、それだとアンタがバット持ってたら逆にあたしがそう思われちゃうじゃん!? というかマミさんだって別に丸腰で来いとは言ってないし」

さやかは金属バットを取り返そうとするが、まどかも中々手を放さない。

女子中学生2人がバットを奪い合う奇妙な光景に、店内の何人かが注目する。

そして、その中には今到着した巴マミの姿もあった。

遅れてごめんなさい、と声をかけようとした彼女は途中で足を止めると、しばらくその光景を見た後、少し考えてカウンターへ飲み物の注文をしに並ぶ。

ひょっこりと肩の上に乗っかったキュゥべえが言う。

「止めなくていいのかい? マミ」

「いいキュゥべえ? この国では不毛な争いには介入せずに他人のフリをするのが礼儀なのよ」

「なるほど、店内の客に君も同類だと思われたくないんだね」

「……、」

マミは無言でキュゥべえを掴むとスクールバッグの中に押し込んだ。

この国では、あえて見え見えの図星を突かないというのが礼儀なのだ。



        ☆



夕暮れの街並みを巴マミを先頭に、少女たちは歩いていく。

マミは言う。

「魔女を見つけるには自分の足で歩き回るしかないわ。こうやって、ソウルジェムに反応する魔女が残した痕跡を辿っていくの」

彼女の手にあるソウルジェムは移動する方向によって、その輝きを明るくしたり、暗くしたりしていた。

まるで宝探しの金属探知機のようにソウルジェムを使いながら、彼女たちは少しずつ
核心の場所に近づいていく。

とはいえ、街を全て捜索するとなるといくら何でも心が折れそうだ。

さやかはマミに駆け寄ると、疑問に思ったことを尋ねてみる。

「毎回こうやって手探り状態で見つけるんですか? 少しは範囲を絞らないと、さすがに身体が持たないと思うんですけど……」

「ある程度目星は付けるわ。魔女は人の感情に付け込んでエネルギーを吸いとってしまうの。だから、人通りの多い場所とか繁華街を中心に探すことが多いわね」

巴マミはそう言ったが、ソウルジェムに従って辿り着いたのは人の気配すらほとんどない寂れた裏路地だった。

道路脇には腐食し読めなくなったスナックの看板や、チェーンが錆びついた自転車などが乱雑に置かれている。

辺りの建物も土台はしっかりしていて、割と高さもあるが、エントランスはチェーンで封鎖されていて割れたガラスの中には資材が散らばっているのが見える。

コンクリートはひび割れて剥がれ、中の鉄骨が剥き出しになっているビルもある。

いずれにせよ、現役で使われている様子はない。

まるで異世界に迷い混んだような光景に、まどかはとある事を思い出した。

「ここって、旧オフィス街?」

最近ニュースで見た内容に、この区画一帯を更地にして大規模なレジャー施設を建設しようとする計画があった。

何でも学園都市13学区にあるテーマパークを運営している企業が関わっているとか。

「そう。ここは元々金融関係の企業ビルが建ち並んでいたんだけど、学園都市の再開発によってビジネス街そのものが移ったことで破棄された地区よ」

明滅するソウルジェムを確認しながら、マミは廃墟の奥へと進んでいく。

その背中にさやかが声をかける。

「あれ? でもさっきマミさん、人通りの多い場所で起きることが多いって言ってませんでしだっけ? こんな所に用がある人なんていないと思いますけど」

さやかはうーんと唸る。

こんな廃墟に来る人なんて、それこそ工事の作業員か溜まり場にしてる不良くらいだと思う。

いずれも、魔女の標的になるような様子はない。

「まあ普通に生活してて立ち寄るような場所ではないわね」

でも、とマミは続けて、

「さっきも言ったけど、魔女は人の感情をエネルギーにしているの。繁華街なんかで回収できるのは主に"怒り"とか"興奮"といった他人に向けられる正の感情ね。でもその逆もあるのよ」

「逆……と言うと、"悲しみ"や"苦しみ"みたいなネガティブな感情ですか?」

「その通りよ」

マミは肯定し、続ける。

「そういった負の感情は主に自分自身に向けられるもの。だからそこを魔女に付け入れられてそのエネルギーを操作されるとーー」

と、そこまで言ったところで彼女たちは何かに気づいた。

正面の廃墟ビル。

その屋上に夕陽に照らされた影が一つ。

不思議な事に、その人影は転落防止用の柵の外側にいる。

さやかがポカンとしていると、まるで石につまづいて倒れるようにその上半身が空中へと躍り出た。

「ーーーッッ!!」

何が起きたのか、その事態をさやかが正しく認識した時にはもう巴マミは走り出していた。

落下する人影に、黄色い糸のような物がまとわりつく。

いや、違う。

黄金色に輝くその細い紐は、リボンだ。

無数のリボンが蜘蛛の巣のように何層にも張り巡らされ、落下の勢いを殺していく。

「……ふんっ!」

巴マミは大きく手を広げた。

それに呼応するようにリボンがビルとビルを繋ぎ、巨大なトランポリンを作り出した。

ポンっと、一度大きく跳ねた女性の身体を彼女はリボンを足場にして受け止める。

「マミさんっ!」

「大丈夫ですか!?」

ようやく事態を飲み込めた2人が、慌ててマミの下へ駆け寄る。

「大丈夫よ。この人にも怪我はないわ」

抱えた女性をゆっくりと下ろし、マミは冷静に答えた。

「これって、魔女の?」

「そう。負の感情を操られたのね。こういった自殺や原因不明の失踪事件も、魔女が絡んでいる事が多いわ」

そう言って、マミはソウルジェムを見せた。

今までにないほど鮮やかに光るそれに、マミは険しい表情になる。

魔女の関与は明らかだった。

「これを見て」

マミは2人に気絶した女性の首筋を見せるように身体をずらした。

「なにこれ……?」

まどかが怪訝な顔をする。

女性の首筋に、直接掘ったようなペイントがあった。

「これってーー」

その模様には見覚えがある。

「グリーフシード?」

さやかは確かめるように呟いた。

その模様は、先日巴マミがソウルジェムの穢れを除去するために使った道具にそっくりだった。

確か、彼女はそれが魔女が残していった物だと言っていたはずだ。

つまり……、

「これが魔女に操られている証なんですか?」

まどかが不安そうに言う。

気絶している女性の事が心配なのだろう。

そうよ、とマミは頷いて2人に向き直る。

「この人を救う為には、魔女を倒すしかない。ここから戦いになるけど、心の準備はいい?」

「も、もちろんオッケーですよ!」

力強くバットを構えながらさやかは言った。

多少足が震えているが、言葉には出さない。

「うう……」

一方のまどかは、身体中に恐怖心が巡っていくのを感じていた。

遊びではないと初めから分かっていたつもりだが、いざこうして実際の被害者を見てしまうと足がすくみそうになる。

一歩間違えれば、自分がこうなるかもしれないのだ。

「大丈夫だよ!」

そんな彼女にさやかが後ろから背中を叩く。

「何かあったらあたしが守ってあげるから。まどかに近づく不届き者には、さやかちゃんのフルスイングをお見舞いしちゃうよ!」

ブンブンと勢いよくバットを振り回すさやか。

不安な親友を安心させる為か、自分自身の恐怖心を紛らわせる為かはわからない。

だが。

「……、そうだね」

そんな彼女を見て、まどかも決意を固める。

足の震えは止まった。

「うん! 私も大丈夫です! 行きましょう、マミさん!」

頬をパチンと叩いて気合いを入れると、彼女たちは廃墟ビルの中へと入っていく。

       ☆



見滝原に着いた時には既に陽は沈んでいた。

研究施設の前に到着したワゴン車から、垣根帝督と誉望万化が降りてくる。

「お待ちしておりました」

出迎えたのは白衣を着た初老の男だった。

深々と頭を下げる彼に、垣根は苦い顔をする。

「結局"外"に出てから監視の目が付きっぱなしか。俺たちは進んでこの依頼を受けてんだ。目を離したって逃げたりしねえよ」

「いえいえ、そのような意図はございません。ただここは重要な施設でして。職員用のセキュリティチップが無ければ中には入れませんので、私がお迎えに上がったのです」

研究員に案内されて垣根と誉望は中へ入る。

研究施設は比較的中心街からは離れた山手に位置していた。

敷地内には電波塔のようなものも建っていて、外からは発電所のように見える。

「カモフラージュっスか? 学園都市の研究施設だと分かれば面白半分に侵入しようとする奴もいるでしょうし」

「実際に電気の供給もしているのですよ。まああの電波塔は飾りで、発電自体は換気口から出る風を使った風力発電ですが」

「まどろっこしいことしてやがんな。学園都市と提携した段階で何の見返りもなく金と技術だけ得られるとは思ってねえだろうに」

「互いの上層部はそうだとしても、一般市民の支持を得られるかは別です。表向きは"衰退する地方都市を見かねた学園都市が援助してくれた"というふうにしといた方が都合が良いのですよ」

「ハッ、お涙頂戴なストーリーだな。やってる事は大航海時代のヨーロッパと変わらねえのにな」

彼らは研究施設の奥へと進み、やがて半円系の広い部屋に出た。

壁一面には無数のモニタ画面が映し出されている。

そのモニタの中の映像は定期的に切り替わっており、それぞれの画面が全て違う映像を流していた。

「監視カメラの映像はこれで全部か?」

「はい。全部で4500台ほどございます」

「過去のものは?」

「直近3年間の物はここで保管してあります。それ以前のものは学園都市に送付済みです」

「十分だ」

垣根は短く言うと、オイ、と誉望へ声をかける。

垣根の合図を聞き、誉望は傍らのスーツケースから金属製のシャンプーハットのような物を取り出して頭に被った。

周りからはいくつものケーブルが延びており、彼はそのケーブルをモニタの管理端末へと繋いでいく。

「? 何をしているのですか彼は」

「現場を洗い出すんだ」

垣根はニヤリと笑って答えた。

「この機材には最近見滝原周辺で起きた事件、事故、自殺なんかの情報を入れてある。そいつとこの監視カメラの情報をリンクさせて、現場近くのカメラに映っている物をリスト化して共通点を浮き彫りにする」

研究員が誉望を見ると、彼は座り込んだまま目を閉じて何かブツブツと呟いている。

「……映像を照合……。該当127件。……半径200メートル以内で検索……複数該当……、人物、6名……。心理学に基づき反応適正を診査。異常反応あり、1名」

作業はほんの数十秒で終わった。

誉望はケーブルを抜き取るとタブレットに結果を入力し、垣根に報告する。

「ホシは見つかったか?」

「ええ。絶対とは言い切れませんが可能性は非常に高いと思うっス」

「ふぅん」

垣根はタブレットのページを眺め、気軽に呟いた。

「何から当たりますか」

「決まってんだろ」

彼は照合したデータから"人物"のカテゴリに入れられたスクリーンショットを開く。

そこには、とある少女が映し出されていた。

「黒幕捕まえて吐かせるのが一番手っ取り早い。のんびりしてる暇はねえしな。こいつを調べろ」

垣根はそう言うと、画像を開いたままのタブレットを研究員に押し付ける。

個人情報うんぬんなどと言えるような雰囲気では無い。

あっという間に少女の素性は割れた。

「『巴マミ』。見滝原中学校の3年生っスね。両親は他界してて、市内のマンションで一人暮らしだそうっス。情報を見る限り、特におかしな点は無いっスけど」

「とりあえずコイツの事はカメラで随時追っておけ。周りの人間関係も含めてだ。実際の現場を押さえて吐かせる。言い逃れできねえようにな」

「……了解っス」

「分かりました。くれぐれも殺さないようにお願いします」

研究員の言葉に、相手の出方次第だな、と答えて垣根は部屋を出ていってしまう。

「ハァ……」

相変わらずの垣根の傍若無人な振る舞いに、誉望は思わず溜め息をつく。

「あれが第2位垣根帝督ですか……。噂には聞いていましたが、中々個性的な方のようで」

「ああ、別に気を遣わなくてもいいっスよ。別に俺はあの人の友達じゃないんで。悪口言われてようが全く気にならないっス」

そうですか、と研究員は短く答えた。

にしても、と誉望は言って、

「仲間が何人もいなくなってるのにえらく冷静っスね。もうちょっと悲惨な雰囲気になってるかと思ってたんスけど」

「ああ、それに関してはあなたと垣根さんとの関係と一緒ですよ、とでも答えておきましょう」

「……、なるほどっスね」

そう答えて誉望は会話を打ち切った。

同じ学園都市に所属していると言っても所詮は雇われとクライアントだ。

必要以上にコミュニケーションを取る気もない。

「垣根さんはさっさと終わらせて帰るつもりらしいっスけど、そう上手くいくか」

「万全の注意を払って下さい。これだけ多くの犠牲が出ている事を考えると、相手は相当の手練れでしょうから」

「ご忠告どうもっス」

適当に言って、誉望も部屋を出ていった。


【悲報】グンマー帝国、学園都市の植民地になる

マミさんは情を捨てればかなりの強者だから、ていとくんも足元掬われかねん

        ☆



ほどなくして誉望はホテルの部屋に着いた。

中では、垣根帝督がタブレットの画面を覗きこんでいる。

彼は誉望が入ってきたのを確認すると、顔さえ向けずに、おう、と適当に言葉をかける。

「遅かったな。研究所に興味を惹かれるもんでもあったか?」

「コンビニ寄ってたんスよ。こんな遅い時間じゃホテルのルームサービスも終わってるでしょうし」

誉望は手持ちのビニール袋をテーブルに広げる。

中からは弁当やパン、サラダ、サンドイッチ等の軽食と、飲料のペットボトルが数本出てきた。

垣根はテーブルの上を一瞥して惣菜パンの袋を手に取ると、改めて部屋の中をぐるり、と見渡した。

「しょぼいホテルだよなあ。俺に仕事押し付けといてこの待遇とかナメてんのか?」

「一応街で一番いいホテルのスイートなんスけど。まあ観光都市ではないのである程度は仕方ないっスね」

チッ、と舌打ちして嫌々パンを口に運ぶ垣根。

誉望はカップのサラダにドレッシングをかけながら垣根の手元にあるタブレットに目をやり、

「さっきから何を見てるんスかそれ?」

「ああこれか?」

垣根は誉望が見やすいようにタブレットの向きを変える。

映っていたのはどこかの防犯カメラの映像だった。

リアルタイムではなく、少し前に録画されたものを流しているようだ。

「さっき研究施設で特定したガキいただろ。ええと……、名前なんつったっけな」

「『巴マミ』っスね。ターゲットの名前と顔くらいは覚えておいた方が……」

「ただの"餌"にそんな配慮いらねえよ。と、そうそうソイツについてだ。一応監視の為にある程度行動パターンを絞っていこうと思ってな」

ペットボトルのアイスティーをゴクゴクと飲みながら、垣根は画面の中の少女を指差す。

ここ最近の動きを順に追っていたのだろうか。

しかし、この端末に街中の監視カメラとリンクさせるような機能は無かったはずだ。

誉望がそんな事を考えていると、垣根の方からネタバラシがあった。

「さっきの研究所でカメラを総括するホストコンピューターを裏側から操作して特殊な無線で繋いである。この端末をデバイスの一つだと認識させた訳だ」

「……ガチ犯罪じゃないっスか。しかもそれ逆探知される危険性があるし」

「回線は俺の能力を使って暗号化してるから心配ねえよ。見つかったとしても解析しようとすると、あやとりみたいにほどけて元の形が分からないようになる仕組みだ」

仮にもクライアントに対してなんてことしてるんだ。

誉望は呆れそうになるが、当の本人はあっけらかんとした表情で気にも留めない。

何罪悪感に苛まれてんだオマエは、と面倒臭そうに言って垣根はタブレットの側面から数センチ程度の小さなチップを取り出した。

恐らくこれが研究所のコンピューターとタブレットを繋ぐツールなのだろう。

これなら何か不都合が起きてもすぐにチップを処分すれば誤魔化せる。

彼の用意周到さに驚く事はないが、本当に私利私欲の為だけに動いてる事を改めて確認させられる誉望。

「俺たちが責められる言われはねえよ。そもそも、あの研究施設自体が街中の監視カメラをハッキングしたり、勝手に住民の個人情報を管理したりと違法行為のオンパレードじゃねえか。なら自分がやられるのも覚悟しねえとな」

当然といった様子で垣根は言う。

極めて独善的だとは思うが、そんなのは今に始まったことではない。

もはや反論する気にもならない誉望は、サラダをプラスチックのフォークでつつきながら質問する。

「それで、何か収穫はあったんスか?」

「ああ」

垣根はニヤリと口角を上げ、タブレットに保存されたムービーを表示する。

全部で10個以上ある。

どうやら監視カメラの映像から一部分を切り取っているようだ。

映像には巴マミと、同じ制服の少女2人が街中を歩く姿が収められていた。

内1人は手に金属バットを持っている。

「学校の友達ですかね?」

「どうやら後輩みたいだな」

はあ、そうっスか。と気の抜けた声を出す誉望。

いまいち意図が掴めない。

映っているのは、3人の少女が放課後仲睦まじく駄弁りながら歩いている姿で、そこに特に不自然な点はない。

何でわざわざこんなシーンを切り取って保存したんだろう?

不思議に思いながら見ていると、数十秒のムービーは何も起こらないまま終了した。

「……ええと垣根さん。特にコメントのしようがないんスけど、何か変な仕草とかありました?」

「いや、別におかしな"行動"はしてねえよ」

垣根はきっぱりと言い切った。

じゃあ何で保存したんスか、と聞く前に彼は続けて言う。

「問題は会話の内容だ」

「会話?」

怪訝な表情で誉望は聞き返した。

が、垣根の答えは変わらない。

「……、」

とりあえずもう一度ムービーを再生してみる。

確かにずっと何かを喋っているが、当然監視カメラに音声機能はない。

「……、すいません垣根さん。分かんないっス」

「まあそりゃそうだろ」

「……、」

もしかしてからかわれているのだろうか。

誉望の中で微かな不信感が芽生え始めるが、当然口には出せない。

逆らったところで、結末は見えているのだ。

誉望が黙っていると、痺れを切らしたように垣根がタブレットを操作し始めた。

「読唇術だよ」

ボソッ、と彼は呟いて、

「コイツらが会話してる場面だけ抜き出した。口の動きから何喋ってるか推測するんだ」

「垣根さんってそんなスキルあったんですか?」

「バーカ、んな訳ねえだろ。アプリだよ」

垣根はうっとおしそうに答える。

「元々は探偵とかが浮気調査なんかに使う為の物らしいがな。まあ物は使いようだな」

「えぇ!? そんな物あるんスねえ」

誉望にとっては初耳だった。

コンプライアンス的にどうかとは思うが、確かにこの場面においては有効かもしれない。

彼女が本当に今回の事件に関わっているなら、会話の中に何かしらのヒントがあるかも。

もっとも後輩2人の前でそんな事を明かすかは分からないが。

「で、結果はどうだったんですか?」

少しはやる気持ちで誉望は尋ねる。

「やや黒に近いグレーってところ」

「と、言うと?」

「まず思ったのが、会話内容の意味が分からん」

「?」

どういう事だろう、と誉望は思う。

この中学生たちは聡明な超能力者(Level5)でも分からないほど高度な会話をしていると言うのだろうか。

垣根はハァ、と息を吐いて言った。

「まずこの解析アプリはあくまで"推測"するだけだ。完璧じゃねえ」

「まぁそりゃそうでしょうね。口の動きから分かるのは母音だけですし。それを一定の法則に当てはめて最も自然だと思われる文章を作るのが読唇術っスから」  

「そうだ。その点を踏まえてだ。何言ってるかさっぱり分からん」

半ば投げ出すように言って、テーブルの上のタブレットを誉望の方へ滑らせる。

タブレットには推測された会話内容が羅列されていた。

それらを読み進めていく内に、彼は自分の表情が険しくなるのを感じる。

「……何スかこれ? 魔法少女? ブリーフシード? ホールジェム? 何言ってんスかこの子たち」

「な? 訳分かんねえだろ?」

両手を広げ肩をすくめながら垣根は呆れるように言った。

あくまで推測の為、本当にこの言葉で合っているのかは分からない。

だがそれを抜きにしても、内容がとても現実的ではない。

何かファンタジー小説の話でもしてるのかと思った。

「アニメオタクか重度の中二病ってやつっスかねえ……。とてもそんな風には見えないっスけど」

「俺もそう思ってさっきまで調べてたんだがそんな作品は無かった。つかそんな雰囲気じゃねえしな」

誉望もそれには同意だ。

彼女たちの表情を見る限り、楽しそうな様子は微塵もない。

まるで戦場へ向かう武士のように強張っているように見える。

「……てことはマジなんスか。この魔法少女とか魔女とか」

「分からん。だからグレーだ」

「でも、本当だとしたら巴マミ1人だけじゃなくてこの2人も共犯って事ですよね? もしかしたらもっといる可能性もーー」

「だから確かめる必要があるんだよ」

誉望の声を遮って垣根はきっぱりと言い放つ。

「何にしろ相手の全容が分からない内は迂闊に行動できねえからな。学園都市製じゃないなら尚更だ」

先日学園都市を襲った謎の攻撃。

その脅威は今でもネット上を染め上げているほどだった。

もしそれと同一犯なら、たとえ7人しかいない超能力者でも油断はできない。

彼は続ける。

「もし勘違いならそれでオーケー。黒なら黒で、接触する前に向こうの陣容を把握しときたい。巴マミっつったか? この2人も含めてコイツの周り、くまなく洗え」

「了解っス」

短く答える誉望。

垣根は改めてタブレットに向き直ると、防犯カメラのログから彼女たちの動きを追う作業を再開した。

「にしても魔法少女に魔女と来たか。何が来ても驚くつもりは無かったが、中々にぶっ飛んでやがるな」


蘭子「混沌電波第172幕!(ちゃおラジ第172回)」
蘭子「混沌電波第172幕!(ちゃおラジ第172回)」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1528712430/)

        ☆



魔女退治は何事もなくあっさり終わった。

鹿目まどかは巴マミ、美樹さやかと別れ、繁華街のネオンライトを横目に帰路に着いていた。

「……、」

よく考えるように、とマミが言った言葉を思い出す。

当然の事だろう。

何せ死の危険がつきまとうのだ。

それが強い警告であることは、放課後にカフェを出てからついさっき別れるまで彼女が度々魔法少女として活動することの厳しさ、不便さ、煩わしさを語っていたことからも分かる。

それを分かった上で、マミは彼女たち自身に選択権を委ねている。

魔法少女になるな、とは結局一度も言わなかった。

その意味も、まどかはちゃんと分かっているつもりだ。

「……ねえキュゥべえ。これは誰かがやらなきゃいけない事なんだよね? 魔法少女がいないと、何の罪もない人たちが魔女の餌食になっちゃうんだよね?」

言いながら彼女は目線を左下ーー自分の肩に向けた。

そこには白い小さな獣、通称キュゥべえがちょこんと座っている。

彼は感情の読み取れない表情で、首だけを少し動かして頷いた。

「魔女は使い魔を産み出し、使い魔は人間の感情の起伏を養分として魔女へと成長し、その結果様々な悲劇を引き起こす。もし君が魔法少女になれば、起こるはずだったいくつもの悲劇を未然に防ぐことができるだろうね。君にはその素質がある」

キュゥべえは淡々と答える。

魔法少女としての素質がある。

その言葉は昨日から何度も聞いた。

何を基準に判断しているのかは分からないが、とりあえず魔法少女に適合するには様々な条件が必要で、それが当てはまるのはごく一部の少女だけらしい。

その中に自分も含まれている。

巴マミが言った「あなたたちはキュゥべえに選ばれた人間なのよ」という台詞が頭の中で反芻する。

たくさんの人の中からあなたが選ばれました、と言われて嫌な気分になる人は少ないだろう。

しかも自分の素質を見込んでというなら尚更だ。

実際、まどかも同じ気持ちだった。

当然、魔女と戦う事に対しての恐怖心はある。

願い事も特に決めてない。

だが、それらを抜きにしても誰かが自分に期待をしてくれている。自分が誰かの役に立てるという事に喜びを感じる。

「……マミさんって、いつもあんな風に戦っているの? 怖くないのかな?」

「恐怖心が無いと言えば嘘になるだろうね。実際、魔法少女になりたての頃はしょっちゅう泣き言を言っていたよ。さすがにもうベテランだから、ある程度感情をコントロールしてるようだけどね」

「たった1人で? 何でそんなに頑張れるんだろう」

「マミは正義感が強い子だからね。魔法少女の中には自分の利益だけを追求してグリーフシードの横取りを狙ってばかりの子もいるけど、彼女についてはそんな素振りは全くない。単純に、この街を守りたいんじゃないかな」

「……、」

まどかは改めて巴マミの事を思い出す。

彼女は見滝原でただ1人の魔法少女という事だ。

たった1人で、彼女はこの街を守り抜いてきた。

誰にも知られることもなく。

誰にも褒められることもなく。

その中で出会った魔法少女候補生。

当然彼女たちが魔法少女になれば、その分マミの負担は減る。

キュゥべえと一緒に、セールスマンのように全力で魔法少女の魅力を語って引き入れようとしてもおかしくないはずだ。

だが、彼女は決して2人に魔法少女になることを勧めたりしなかった。

その実情と弊害を事細かに語り、本当にその覚悟があるのか問いただしている。

普段は柔和な表情のマミだが、その話をする時は真剣な目つきをしていた。

どんな気持ちだったのだろう?

彼女たちが魔法少女にならなければ、またマミは1人ぼっちになる。

それを承知の上で、全部背負ってやると言外に語っているのだろうか。

「……、すごいなマミさんは」

思わず声が漏れた。

自分が同じ立場だったとして、同じ選択ができるとは口が裂けても言えない。

そこまで強くない。

だが、そういう風にありたいと思う気持ちはある。

何の取り柄もない自分に、そうなれるチャンスがあるのなら、チャレンジする価値はあるのかもしれない。

「君ならマミを超える魔法少女になれるよ。その素質は間違いなくある」

「……本当に?」

まどかは目を丸くして聞き返す。

「ああ、本当さ」

キュゥべえは間髪入れずに答えた。

その真っ赤な瞳は、相変わらず何を考えているのか読めない。

気づけば、まどかは自宅のすぐ近くまで来ていた。

考え事をしながら歩いていたからか、意外な程時間が経つのが速く感じる。

両親にただいまと言って、彼女は自室のベッドの上に仰向けで寝転ぶ。

低反発なクッション材は、身体を包み込むように受け止めてくれた。

「魔法、少女……」

何気なくポツリと呟く。

使い慣れたベッドの上で、身体はリラックスしているはずなのに、何か胸の奥にチリチリとした熱さを感じる。

思考を止めるな、と身体が脳に命令しているかのように。

「……なれるのかな?」

思い返せば、これまでまどかには理想の人物像というのは無かったように思う。

自分に自信のない彼女にとって、両親や親友のさやか、仁美などの事はそれぞれ凄いと思うし自慢でもあるが、自分がそうなりたいかと言われると少し違う気がするのだ。

それは恐らく、自分にはなれないと分かっているからなのだろう。

背の低い少年が、バスケットのスター選手に憧れても本気で目指そうとはしないように。

だが、今回巴マミという少女と出会えた事で、空白だった未来図に輪郭ができようとしていた。

そうなれる可能性がある。

その言葉は埋もれていたとある感情を刺激する。

憧れという気持ちを。

そして、その気持ちに従いたいとまどかは思った。

例えそれがどんな結末であろうと。

「私も、なれるかな」

彼女はスマートフォンを操作し、電話帳の中から1つの連絡先を表示する。

そこには、昨日交換したばかりの目新しいアドレスがあった。

        ☆



翌日。

朝からどこかへ出掛けていた垣根帝督は、昼下がりになってようやくホテルに戻ってきた。

「おかえりなさいっス」

「どうだ、何か分かったか?」

「……残念ながら有力な情報はないっスね」

誉望は作業に使っていたタブレットからいくつかのファイルを素早く開き、垣根に差し出す。

「あの後輩についてですけど、小さい方が『鹿目まどか』。ショートヘアが『美樹さやか』。二人とも特筆することもない普通の中学生です。調べましたが特に怪しいところは見つかりませんでした」

「んだよ使えねーな」

「すんません。その周りの交遊関係とかもあたったんスけど、本当に何の変哲もない一般人としか……」

はあぁ、とわざとらしい溜め息をついて垣根はドカッとソファーに座る。

ビクッと誉望が肩を震わせるが、彼は気にする素振りもなくソファーの背もたれに腕を乗せふんぞり返ってタブレットの画面を見つめる。

「え、ええとそういや垣根さんはどこに行ってたんスか? この街に観光するような所はないと思うんスけど」

「ああ、最近事件が起きた場所を回ってたんだよ。何か痕跡が残されていないかと思ってな」

垣根はタブレットで地図のアプリを開くと何ヵ所か印をつけて誉望へ突き返す。

印は繁華街や大型レジャー施設の周りなど、概ね人が多く集まる場所に付けられている。

「本当に魔法少女なんてもんが存在するならその『魔法』を使った形跡を未元物質でなぞって情報を読み取れるかと思ったんだが」

言うなれば、刑事が現場に残された血痕や遺留品などから容疑者の動きを推測するようなもの。

垣根曰く、レコードやCDを再生するように『魔法』を使用した際に付けられた細かい傷などを未元物質で読み取って情報を取得する事で、その場で何が起きたのか把握できるらしい。


「それで、結果は……?」

「何らかの能力同士が衝突した事はほぼ間違いない」

おお! と誉望が嬉しそうな声を出す。

一瞬遠のきかけた手がかりがまた一気に近づいた気がする。

やはりこの件に巴マミが関わっていることは間違いなさそうだ。

しかし対する垣根の表情は明るくない。

だが、と彼は前置きして、

「『魔法』とやらの詳細についてはよく分からん。俺たちの能力とは基礎となる理論やベクトルが違いすぎてその法則まで読み取ることは出来なかった。人間に紫外線や赤外線の色が識別できねえようにな」

そこに『何か』があることは分かってもそれが何なのかまでは分からない。それが今の彼らの状態。

しかし得体の知れない謎の能力が学園都市外にあるという事が分かっただけでも大きな収穫だと誉望は思う。

存在するかどうかも分からないものを追いかけるのとではモチベーションも変わってくる。

「いやいや十分っスよ。さすがは垣根さんです。昨日の今日でもうホシを特定するなんて」

「だが『痕跡』からじゃこれ以上の情報は得られそうもない。そうなると、やっぱり直接能力に見て触れて解析するしか手はねえようだな」

「と、いうことは……」

「……ああ、巴マミとコンタクトを取る」

少し考えて垣根は言った。

「全てが奴の仕業とは言い切れねえが。絶対何かしらの情報は握ってる。探偵ごっこしてる暇はねえし、直接会って話をつける」

「え、いいんスか? 相手が友好的とも限りませんし、万が一口封じにってことも……」

「最悪それならそれで構わねえよ。向こうが『魔法』を使ってくれりゃあ、そこから逆算する方法もあるしな」

まあそうならないのがベストだが、と垣根は付け加える。

何せ相手の能力は未知数。しかも学園都市製ではないときた。

第二位の超能力者(LEVEL-5)と言う肩書きは何の役にも立たない。

現に、最新鋭の防犯設備を持っているはずの研究所はあのザマだ。

不安を募らせる誉望に、垣根は巴マミの現在地を調べるよう命令する。

彼女の居場所はすぐに分かった。

「……にしても魔法少女、か」

ボソリと垣根は呟く。

「なあ、本当にそんなのが実在するとして、そいつは一体何の為にいるんだろうな?」

「え? そ、それは……、街を守るため、とか?」

「何から?」

「え、ええ!? そりゃあ魔法少女の敵だから、例えば『魔物』とかっスかねえ?」

答えを聞いて、ハッ、と垣根は小さく笑った。

よく分からないが、的外れな解答で気分を害した訳ではないようだ。

困惑する誉望に、さっさと準備しろと急かして彼は部屋を出ていってしまった。


「ハァ、大丈夫なのかよ、本当に……」

呟きながら誉望は機材がぎっしり詰まったアタッシュケースを持ち上げる。

機材といっても色々だが、今回の場合中に入っているのは主に彼の能力のサポートをする為の物だ。

別に無くとも能力は使えるが、そのままだと能力自体の汎用性が高すぎて起こす事象のイメージがボヤけてしまう事がある為、機材と自分の意識をリンクさせて主に思考を切り替える際のスイッチとして使うことが多い。

その他いくつかの使い慣れた『仕事道具』と共に、彼はキャリーバックの中から黒光りする拳銃を取り出した。

冷たい感触と重量感が生々しく手に伝わってくる。

「……まあ気休めだけど。無いよりはましか」

普段からあまり使わないせいか、マガジンに弾をこめる動作もどこかたどたどしくなってしまった。

学園都市は超能力の街。何かトラブルがあれば基本的に能力で対処する。

別に信条がある訳ではないが、すぐに武器を持ち出すのは武装無能力集団(スキルアウト)共を連想してしまって、どうにも誉望は好きになれなかった。

そもそも高位の能力者ならば、民間企業が作った携帯武器なんかより自分の能力を使った方が遥かに強いというのもある。

現に第二位垣根帝督は仕事の際もいつも手ぶらだ。

誉望はその事を少し考えたが、まああくまで予備の予備だから、と自分に言い聞かせ拳銃をジャケットの裏に隠す。

そもそも彼らが派遣された目的は調査と原因究明であり、街の制圧などではない。

学園都市としても見滝原との関係が悪化するのは防ぎたいだろうし、恐らく技術の漏洩阻止の意味もあるだろうが、指令書には極力武力行使は控えるようにと書かれてあった。

垣根個人の目論見にしたって、これを使うようなシチュエーションになればその時点でほぼほぼ失敗と言っていい。

「頼むからトラブルが起きませんように。こんなところで死ぬなんて真っ平ごめんだぞ」

街の外に出た以上、学園都市の後ろ楯にはあまり期待していない。

使わないに越したことはない物騒な機器類を身に纏い、最新科学に囲まれて育った誉望万化は胸の前で十字を切った。


期待してるで

        ☆


上条恭介にはヴァイオリニストになるという夢があった。

いつからそう思うようになったのかはよく覚えていない。

気付いた時には、生活の中心にヴァイオリンが据えられていたのだから。

だが、彼はそんな生活を嫌だと思った事は一度もない。

理由は色々だが、やはり周りの人を喜ばせたいというのが大きいだろう。

自分の演奏を聞いてくれた人たちが、良かったと言って拍手を送ってくれる。

そうすると、もっと上手くなってより多くの人を感動させたいと思って努力する。

彼の部屋にはその結晶と言うべきトロフィーや賞状が整然と並べられていた。

そして、そんな上条は今、真っ白なベッドの上で仰向けになっている。

と言っても、自室のではない。

彼は見滝原市内にある総合病院の個室にいた。

「……、」

よく晴れた昼下がりの午後。

窓の外からは部活でランニングをしている学生たちの元気な掛け声が響いているが、上条は意識すら向けない。

彼は自分の顔の前に出した左手を見つめている。

実は握り拳をつくろうとしているのだが、その五指はコードが切れた扇風機のように何の反応もしてくれない。

というより肘から先は自分の身体の一部であるという感覚がない。

まるでグローブでもぶら下げているような違和感。

彼はしばらく動かない左手を見つめていたが、フッ、と自嘲するように息を吐いて力を抜いた。

ボスンという音と共に腕がベッドに沈み、クッションの弾力が手首から上だけに伝わる。

「……っ」

つぅ……と目尻から透明な液体が漏れだすのを感じるが、それを手で拭おうとすら思えなかった。

滴が耳の横を掠めて頬を伝っていく気持ち悪い感覚が、これは現実なんだと却って思い知らせてくれる。

もう左手は動かないという、紛れもない真実を。

もう何度目だよ、と上条は誰にでもなく呟いた。


原因は単純な接触事故だ。自転車と自動車の。

事故直後は大した怪我は無いように見えたし、本当に打ち所が悪かったとしか言いようがない。

相手の運転手は誠心誠意対応し、治療費、慰謝料も支払われたが、彼にとってはそんなことはどうでもいい。

今まで歩いてきた道、そしてこれから先も見据えていた夢が突然目の前で途切れたのたという喪失感、それは本人以外には理解できないもので、他の何かで埋め合わせる事なんてできない。

今まで費やしてきた長い時間が一瞬にして単なる思い出に変わった。

自宅のトロフィーや賞状もこうなったら過去の栄光でしかない。

絶望。

それは次第に怒りへと変わるが、それをぶつける対象がいないのもまた問題だった。

加害者は事故直後すぐに上条に駆け寄って救急車を手配し、彼が入院してからも何度も何度も謝罪に訪れた。

まるで自動車学校の教材ビデオのような見本的対応で、そこに落ち度はない。

そもそも今回の事故は信号もない裏通りで起こった、いわば双方の過失によるもので、それについて幾度となく一方的に頭を下げられ続けると、まるで自分が悪人のように感じてしまう。

彼の性格的にもそんな相手をさらに追撃し、糾弾することなんて到底できなかった。

(むしろ相手が擁護しようもないクズだったら良かったのに。それなら、こっちも何のためらいもなくーー)

と、そこまで考えて上条は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちした。

そんな事を考えてしまう自分の性格に虫酸が走る。

別に自分を高尚な人間だとは思っていないが、己の内面に自分自身の薄汚い感情を呼び起こされる事に彼は嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

ただでさえ希望を潰されて鬱屈しているのに、加えて自分の人格まで否定されているような気がして一層気が滅入りそうになる。

それを避ける為に無理やり自分を肯定しようとするが、少し前に読んだ本に書かれていた『人はピンチの時ほど本性が現れる』という一文を思い出して彼は頭を抱える。

(違う。僕はそんな奴じゃない。これは一時の気の迷いだ。本心なんかじゃない)

だが、そう否定しようとすればするほど、染み出る暗い感情と、それが上条の本性だと証明する為の理屈が頭の中に浮かんできてしまう。

実際はネガティブな心理状態を怒りに変えて何かにぶつけて発散させようとするのは一種の防御本能なのだが、そんな事を知らない上条はひたすら己を蝕む黒い感情と戦い続ける。

入院中、上条はこんな一人問答を何度も繰り返していた。

事故は彼の身体だけでなく、精神にまで傷を付けてしまっていたのだ。

否定したいけど否定できない。でも肯定すれば自分自身を否定することになる。

逃げ場のない思考のデフレーション。それを遮断したのは唐突に聞こえた扉のノック音だった。


「……開いてるよ」

呻くように答えながら、上条は顔を上げて壁にかけられた時計を見る。

時刻は午後四時過ぎ、定期検診や夕食の時間ではないが、大体見当がつく。

ガララと引き戸を開けて入ってきたのは、地元の中学校の制服を着た少女だった。

彼女は美樹さやか。

彼のクラスメイトであり、幼なじみでもある。

時折、放課後にこうやってお見舞いに来てくれる。

彼女は少しだけこちらの様子を伺うように立ち止まると、心配そうに声をかけた。

「大丈夫恭介? 何か、顔色悪いみたいだけど」

「ああ……何でもないよ。ちょっと考え事をしててね」

そうなんだ、と歯切れの悪い返事をしながらさやかは丸椅子をベッドの側に寄せて来る。

彼女は上条の左手が動かない事を知っている。

最古の『聴衆』と言ってもいい彼女にとってそれがどういう意味を持つのかはよく分かっているのだろう。

最近の上条に対する態度も、どこかよそよそしいものがあった。

「ご飯、ちゃんと食べてる?」

「うん……まあ何とかね。それで? 今日はどうしたの?」

「な、何だか棘があるね今日の恭介」

言ってさやかはあははと小さく笑った。

そうしながら、彼女はスクールバッグの中から袋を取り出した。

中に入っていたのはCDケース。

チラリと見えたパッケージに、上条は少し顔を強張らせる。

「それは?」

「クラシックのCD! 恭介が好きそうなの選んできたよ」

「……、ありがとう。でも今はそんな気分じゃないんだ。後から聞かせてもらうよ」

「えー!? 何でそんな事言うのさ。せっかく買ってきたんだから一緒に聞こうよ!」

ベッド側の物入れからCDプレイヤーを取り出しイヤホンを付けてケースの外装フィルムを剥がしていくさやか。

CDをセットすると、はいっ! という元気な掛け声と共にイヤホンの片側を上条に差し出した。

「……、」

上条は訝しげな表情でイヤホンを耳に当てる。

もう片方はさやかが着けている。

一つのイヤホンを分け合うので、当然両者の顔が近くに寄ることになる。

幼なじみ同士なのでそこはお互いあまり気にしていないのだろうが、それでも顔を見つめ合わせ続けるのはさすがに恥ずかしいので、自然と上条の肩にさやかの頭がもたれかかるような体勢になる。

前を向いているので互いの顔は見えない。

だからこそ気付けなかったのかもしれない。

上条の表情の変化に。


       ☆



美樹さやかは目を瞑って左耳から聞こえてくる心地よい音に身を任せていた。

幼い頃から上条の演奏を側で聞いてきた事もあって、クラシック音楽に関してさやかはズブの素人ではない。

有名ヴァイオリニストのコンサートにも行ったし、専門書を買ってきて勉強もした。

彼女自身が音楽をしている訳ではないが、全ては上条と話を合わせる為、上条の事を理解する為、彼女はそれを苦に感じた事はなかった。

上条がヴァイオリンにどれだけ人生を捧げてきたか、近くで見てきたさやかはよく知っている。

さやかは彼の奏でる音が大好きだったし、それを心地よいと感じる事自体がある意味で彼と意識を共有している事になると思っていた。

彼女にとって音楽とはただの娯楽ではなく、二人を繋ぎ止める為のツールだったのだ。

だから自信があった。

今回のCDはさやかが試曲を重ねて吟味した物だ。

上条の好みに合わせた渾身の一枚。

きっとイヤホンコードの先では同じような表情で同じように音楽に聞き入っている幼なじみがいるはずだ。

浮かない顔の上条も、これを聞いて元気を取り戻して欲しいという純粋な願い。

「……もういい」

だが、人の気持ちというのはそう単純ではない。

「……え?」

横から聞こえた声にさやかは目線を移す。

上条は既にイヤホンを外していた。

その顔は俯いていて、さやかが想像していた上条の反応とはかけ離れている。

彼が大好きな音楽を聞いて今までこんな表情をした事があっただろうか。


「さやかはさ、人の気持ちが分からないの? それともあえて僕の事をいじめているのかい?」

「き、恭介? 何? どういう意味?」

きょとんとした表情でさやかは上擦った声を出す。

だが上条は目を合わせさえしない。

「えーと……、もしかしてあんまり好きじゃなかった? この曲」

「いや、曲自体は凄くいいよ。ちょっと前までなら喜んで何度もリピートしてただろうね」

そう返されてさやかはますます訳が分からないと言った顔になった。

左耳から聞こえてくるクラシック音楽が酷く無機質に感じる。

まだ分からない? と上条は言った。

彼はさやかの顔を一瞥するとその表情を見て小さく息を吐く。

そうする事で、溢れ出しそうな感情を抑えているようにも見えた。

「例えば怪我で引退を余儀なくされたアスリートに、リハビリ中試合の中継を見せようと思うかい? まだまだプレーしたかったのに、泣く泣く身を引かざるを得なかった選手にさ」

「そ、そんな! あたしはただ恭介が少しでも元気になってくれればいいなってーー」

「だったらそっとしといてくれよッッッ!!!」

個室に響きわたった大声に、さやかの体がビクッと震えた。

その拍子にさやかの手にあったCDプレイヤーがガシャン! と冷たい床に落ち、開いたフタから飛び出したディスクが無機質な音を残して滑っていく。

「僕は演奏を聞くのが好きだったんじゃない。『プレイヤー側』だったんだよ! 確かにさやかとは色んなコンサートを見に行ったりしたけど、あれだってただ頭を空っぽにして聞いていた訳じゃない! その手先の動きを見て、流れてくる音を聞いて、何か自分の糧に出来ないかといつも『研究』していたんだ!」

絞り出すように上条は言う。

溜め込んでいた何かが決壊したのだろう。

こうなってしまっては、もはやただの独り言に近い。

さやかの言葉など待たずに、彼は続ける。

「僕の音楽鑑賞は娯楽じゃないんだよ! 料理人の味見と同じで、大事な自己研鑽なんだ!『ただ演奏を聞いて感想を言うだけしかできない聴衆の一人』が僕と同じ目線で語ろうとするなよッッ!!」

ハアハアと息を吐きながら、上条は言い切った。

返事はない。

殺風景な部屋の中、上条の息をする音だけがしばらく続いた。


美樹さやかはかなり活発な性格で、クラスメイトの男子生徒に対しても引くことなく向かっていくような人物だ。

故に、昔からそういったトラブルも多い。

こんな風に一方的に意見を言われれば、売り言葉に買い言葉であっという間に喧嘩が始まるのが当たり前だった。

それがない事に上条は不思議に思ったのか、さやかの方を振り向くと、彼女は驚いたような表情で、同時に目に涙を浮かべていた。

ごめん、と彼女は静かに言った。

ただ一言だけ。

「……、」

さやかは袖で目を拭うと、散らばった音楽プレイヤーとディスクを拾い集める。

イヤホン丁寧に束ねて音楽プレイヤーとCDケースと一緒に袋に入れると、彼女はテープで封をし、まるでしばらく使うことがないであろう家電を押し入れの奥にしまうように引き出しに入れる。

「今日はこれで帰るね」

固まっている上条の方を振り向くとさやかはいつもの笑顔でそう言った。

それがスイッチになったのか、上条の表情がハッと何かに気が付いたように変わる。

「ま、待ってさやか! 僕はーー」

「いいから」

彼女は前に出した片手を広げ、上条の言葉を封じる。

「あたし、恭介の事何にも分かってなかった。恭介の為に自分に何ができるかって考えて……。でもそれって結局自分本位なんだよね。相手にとってどうするのが一番いいのかじゃなくて、自分が何かしたいっていう考えが先に来ちゃってるんだからさ」

あははと無理を押して笑いながら彼女は言った。

でも、と続けて急に真剣な表情になり、

「たとえ周りに何を言われても、希望だけは捨てないで。どんなに辛い状況でも、希望を持ち続ければ、奇跡は起きるから」

「奇跡……?」

うん、と表情は崩さずさやかは力強く頷いた。

その妙な圧力に、上条は思わず目を逸らす。

「奇跡って……。何人もの医者がもう治らないって言ってるのに、何がどう起こるって言うんだよ。学園都市の技術を結集したって治るかどうか。ただ願い続けるだけで叶うなら、それこそ魔法だよ」

「その魔法があるとしたら?」

「え……?」

あるよ、と彼女は確信があるかのように言う。

「奇跡も、魔法も、あるんだよ」



一方通行「垣根帝督は~一方通行のサンドバッグ~垣根バッグ~」

        ☆


美樹さやかはエレベーターで一階の待合室まで降りてきた。

そこには親友の鹿目まどかが雑誌を読みながら待っている。

彼女はさやかの姿を見つけると、軽い調子で呟く。

「あれ? 結構早かったんだね。もしかして上条君と会えなかった?」

「いや、病室にはいたんだけどちょっと体調が良くないみたいでさ……。お土産だけ渡して、帰って来ちゃった」

「そう、なんだ。それは心配だよね」

不安そうな表情をするまどか。

さやかと小学校時代からの親友であるまどかにとって、その幼なじみである上条は知らない仲ではない。

そしてさやかが彼の様子に対してどんな思いでいるかも分かっているつもりだ。

「でもCDは渡せたんだよね? それならきっと大丈夫だよ。だってさやかちゃんが一生懸命選んだんだから。それを聞けば、きっと上条君も元気だしてくれるよね」

「そうだと、いいんだけれど……」

「……?」

何だか歯切れの悪い反応に、まどかは不思議な顔をする。

そんな様子に気づいたのか、さやかは何でもないよと笑って言う。

「いやいやその通りだよね! むしろそうでなきゃ一緒に選んでくれたまどかにも失礼だよ!」

「え!? いや、別にわたしは何も……! あれはさやかちゃんが上条君の為を思って選んだものなんだから。今は気分が乗らないかもしれないけど、絶対気持ちは伝わってるはずだよ」

「そうそう。大体2700円もしたんだから、ちょっとは喜んでくれないと散っていったあたしの数少ないお小遣いたちが浮かばれないっつーの!」

金額の問題じゃないと思うけどなあ、とまどかは呟き、二人は病院を後にする。

病院の駐輪スペースはエントランスの裏手にある。

さやかの自転車を取りに行く道中、彼女たちが人通りの少ない、側面のガーデニングスペースへ通りかかった時だった。

「ん?」

と、さやかが急に立ち止まった。

彼女の視線の先……、コンクリートの壁に何か小さなものが突き刺さっている。

「これって……」

まどかも続いて視線を向け、ぼそりと呟いた。

イヤリング程の大きさに、球状になった中央部は禍々しくも感じる怪しい光を放っている。


その独創的なフォルムに二人は見覚えがあった。

「グリーフシード……? 何でこんなところに?」

「確か、マミさんがソウルジェムを浄化するのに使ってた物だよね。退治した魔女の残骸みたいなもので、魔法少女にとってはかかせないものだって話だったけど」

まどかはキョロキョロと辺りを見回す。

近くに魔法少女がいて置きっぱなしにしているのかと思ったが、魔法少女どころか人影すら見当たらない。

「使い終わって捨てていった。て感じでもないよね。めっちゃ輝いてるし。そもそも何で壁に突き刺さってんの?」

「うーん……それは分からないけど。でも使い終わったグリーフシードって確かキュゥべえが処分してたよね? それに……うまくは言えないんだけど、前に見たグリーフシードと様子が違う気がする」

「んー? どの辺りが?」

「輝き方? が前と違って強弱があって、何か『脈を打ってる』ようにも見えるような……」

そうかなあ? とさやかを首をかしげる。

魔法少女だったり願いを叶えてくれる動物だったりここ最近で起きた事のインパクトが強すぎて、そんな細かい所まで覚えていないのか。

「まあよく分かんないけど、これを目当てに争いが起こるほど魔法少女にとっては必要不可欠なものなんでしょ? なら持って帰ってマミさんにでも渡そうかな」

と、さやかは深く考えずグリーフシードを引っこ抜こうと手を伸ばす。

だがその手にグリーフシードが収まる事はなかった。

彼女の指先が触れた途端その輝きが一層増し、同時に発生した衝撃波の様なものがさやかの身体を数メートルも弾き飛ばす。

「ーー!? きゃあああああああッッッ!!?」

「さ、さやかちゃんーーッ!?」

驚いたのはまどかの方だ。

隅にある小さな菜園にお尻から突っ込んだ親友に慌てて駆け寄ろうとしたまどかは、そこで視界の端に小さな白い影を見つけた。

「キュゥべえ! どうしてここに!?」

思わず立ち止まったまどかの前に割り込むように、キュゥべえと呼ばれる生き物はさやかの下へ走っていく。

「さやか! 大丈夫かい?」

その声を聞いて、さやかはよろよろと起き上がる。

柔らかい土壌がクッションになったのか、大した怪我はなさそうだ。


さやかはまどかとキュゥべえを交互に見ると、パンパンとスカートについた土を払い、

「一体何が起こったの……? グリーフシードじゃないのこれ?」

「グリーフシードだよ」

キュゥべえは被せるように言った。

ただし、と彼は続け、

「これはもう『孵化』寸前だ。このままだと魔女が生まれ、直に結界ができてしまう」

「ふ、『孵化』ぁ!?」

「『孵化』ってどういう事キュゥべえ!? グリーフシードはソウルジェムの穢れを取る為の道具なんじゃないの?」

不安と焦燥の混じった声でまどかは尋ねる。

もしかして、とその横で呟いたのはさやかだ。

「グリーフシードって魔女の卵なの……? そういや、マミさんが使い終わったグリーフシードはアンタが処分してたよね? それって新たな魔女が生まれないようにする為……?」

「じゃあ早く処分してよキュゥべえ! こんな所で魔女が生まれたら、大変な事になっちゃうーー!」

魔女は人間の感情を吸い取ってエネルギーにすると巴マミは言っていた。

ここは病院だ。

ただでさえ悩みを抱えていたり、苦しんでいたりする人が多く集まる場所でそういった『負の感情』を糧にする魔女が活動を始めたら一体どれだけの人が犠牲になるのか。

まどかの脳裏に旧繁華街の廃ビルで見た光景が思い浮かぶ。

あの時、魔女に操られた若い女性はビルの屋上から飛び下り自殺を計ったのだ。

これが魔女の卵だと言うのなら、さっさと処理しなければ同じ事が起きてしまう。

が、キュゥべえは静かに首を横に振った。

「悪いけど、それはできないよ」


「はあ!? な、何でさ!」

予想外の返事に勢いよく食って掛かったのはさやかの方だ。

そんな彼女を赤い目で見つめながら、キュゥべえは極めて冷静に言う。

「このグリーフシードは魔力で溢れている。こうなったらもう魔法少女じゃないと対処できない。実際、君はグリーフシードに触れる事すら出来なかったじゃないか」

「……ッ!」

さやかはギリリと歯噛みをする。

キュゥべえが手出しできない以上、残された選択肢は二つ。

知り合いの魔法少女ーーつまりは巴マミを呼んでくるか。

彼女たちのどちらかがこの場で魔法少女になるか。

「まどか! マミさんの携帯の番号知ってる?」

「えぇ!? あー、分かんない……」

クソッ、とさやかは心の中で毒づいた。

そんな彼女たちに向けて、キュゥべえが急かすように言う。

「早くしないと! 魔女が孵化して結界ができたら、場所が分からなくなってしまう!」

魔法少女が魔女の結界を探す時は、ソウルジェムに反応する魔力を足掛かりにして少しずつ場所を絞っていくしかない。

当然、そんな事をしている間に魔女は何人もの患者を食い物にするだろう。

時間がない。


「ど、どうしようさやかちゃんーーッ!」

さやかの額に汗が流れる。

自分が切れるカードと、そのリスクを天秤にかけて状況を整理する。

限られた短い時間の中、いくつもの思いが交錯した。

そして決断する。

「……まどか。マミさんを呼びに行って」

静かに、けれど力を込めた声でさやかは言った。

「あたしはここに残る」

「そんな!? 危ないよさやかちゃんッ!」

「分かってる! けど、そうしなきゃ何かあった時に誰も対処できないじゃん! もしもの時の『保険』が無いと、ここにいる人たちが犠牲になるのを防げない」

「さやか、ちゃん……」

「ここには恭介だっている。見捨てる事なんて出来ないよ!」

さやかの言っている意味とその決意は、当然まどかにも理解できている。

それでも逡巡する彼女にさやかはもう一度、行って、と小さく告げた。

「急ぐんだ、まどか」

それを後押しするように、キュゥべえが言う。

「大丈夫。さやかには僕がついている。どのみち、僕がいないとマミが結界を見つける事もできないし。さやかの言う『保険』も使えないしね」

「……、分かった」

まどかは少しの間キュゥべえとさやかの方を見て戸惑っていたが、意を決したように踵を返すと一目散に駆けて行く。

「すぐにマミさんを連れて戻ってくるから! 絶対無茶はしないでね!!」

小さくなっていく親友の背中を見送り、さやかは少しだけ表情を緩ませた。

「良かったのかい?」

傍らのキュゥべえが囁く。


「これで、もしマミが戻って来なかった場合君が魔法少女になるしか方法がなくなった訳だけど」

「分かってるわよ」

気だるそうに、しかしはっきりとした意思でさやかは答える。

「これはあたしの事情。だからあの娘を巻き込む訳にはいかないよ。……まどかは優しいから、もしあたしや恭介に危険が迫れば咄嗟に魔法少女になってでも助けようとするだろうからさ」

「だから彼女を遠ざけたのかい? でもそれで君が犠牲になれば結局まどかが悲しむ事になるんじゃないかな?」

「犠牲なんかじゃない」

明確な声でさやかは否定した。

「これはあたしの意思。もし何かの拍子でアンタと契約する事になったとしても、今のあたしにはそれに値するだけの願いがあるから」

忌々しく輝くグリーフシードを睨み付けながらさやかは言った。

キュゥべえからの返答はない。

その直後、グリーフシードの光が爆発的に増し彼女たちを飲み込んだ。

        ☆


鹿目まどかと巴マミは、急いで病院へと向かっていた。

マミが自宅にいてくれたのはラッキーだった。

もし放課後、友達とどこかへ遊びにでも行っていたらまどかは見つける事などできなかっただろう。

「早くしないと、さやかちゃんがーー!」

「落ち着いて鹿目さん」

半ばマミの手を引っ張るような体勢になっているまどかに、彼女は足を動かしつつも余裕のある声で諭す。

「グリーフシードが孵化してもすぐに魔女が活動を始める訳じゃないわ。そういった焦る気持ちさえ魔女は養分にする。むしろ今危ないのはあなたの方よ」

「そ、そうは言ってもさやかちゃんがーー」

「あの娘にはキュゥべえが付いているんでしょ? ならきっと上手く時間を稼いでくれているはず。不安になるのは分かるけど、そういう時こそ落ち着いてよく周りを見ないと、余計な犠牲が増えるばかりか救えるものも救えなくなるわ」

走りながらもマミはソウルジェムに反応するキュゥべえの位置を拾っていく。

まもなく病院の全景が見えてくる頃だが、結界の場所はほとんど把握できている。

住宅街を走り抜ける制服姿の少女二人に周りの人が奇妙な目線を向けるが、彼女たちは気にせず一目散に魔女の結界を目指す。

「ここね」

まるで見えない紐に引っ張られるように、結界の前まではすぐに辿り着いた。

「分かってると思うけど、ここから先は慎重に進むわよ。どこで使い魔の奇襲を受けるか分からないからね。鹿目さんも最大限警戒して」

「……分かりました」

短く答えて、二人は結界に飛び込んで行く。

そして、そんな彼女たちの姿を街中の監視カメラを通じて追う影があった。

「おーおーおーおー、よく分かんねえけど始まったみてえだな。自力で調べるしかねえと思ってたが、向こうから首差し出してくれんなら大助かりだ」

手元のタブレット端末を見つめながら芝居がかったように呟いたのは『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督だ。

口の動きから発言を解析するアプリと、ハッキングされたカメラ映像を駆使する第二位はニヤニヤと不適な笑みを浮かべる。

学園都市の協力機関や出張研究所を狙った謎の襲撃者。

その重要関係者として巴マミに目星を付けていた垣根(と誉望)だったが、いくつかの手がかりからその疑惑はほとんど確信に変わりつつあった。

「垣根さん準備できました」

おう、と気軽な調子で彼は返す。

彼らは学園都市の裏で活動するいわゆる『暗部組織』の所属で、事件を解決する為の調査員として派遣されている訳だが、それとは別に彼ら自身の目的がある。

その為に準備してきた垣根は、目の前に降って湧いたチャンスを見逃すような人物ではない。

「せっかく舞台を整えてくれた訳だしそろそろ俺も行くとするかね。さて、鬼が出るか蛇が出るか。いずれにしろ、その薄皮一枚でも剥いで持ち帰りゃ俺たちの勝ちだ。学園都市の思惑なんてどうなろうが知ったこっちゃねえ」

そう言う垣根の表情に、不安や躊躇といった感情は見えない。

壮大な野望の為、彼らは行動を開始する。


というかまともな自治体ならあんな研究ヤクザの支配受け入れるくらいなら衰退の方選ぶだろ
トップからしていかれてるのに

        ☆


そして、

それとは別の目的を掲げる魔法少女、暁美ほむらも感知した魔力を頼りに総合病院の結界へと向かっていた。

度重なるループで得た記憶をもとに、このまま放っておいて迎えるであろう未来を彼女は良しとしない。

(学園都市の事とか、0930事件だとか色々と気になる事はあるけれど、いずれにしてもここで巴マミを失うのは戦力的にもまどかの精神的にも良くないわ)



        ☆



異彩に満ちた結界の中を、巴マミと鹿目まどかは進んでいた。

マミの姿は先ほどの制服とは一変し、今は白のブラウス、イエローのスカートにコルセットやブーツ、ベレー帽を組み合わせたどこか西洋人形を思わせる衣装に包まれている。

恐らく経験から来るものなのだろうが、辺りを警戒しつつもどこか余裕を感じさせるマミとは対照的に、半歩後ろを付いていくまどかは早く親友の下に駆けつけたいという気持ちとは裏腹に、その身体は緊張で震えているように見える。

「そんなに怖がらないで」

そんな彼女を見て、マミは手を優しく握るとゆっくりと言った。

「警戒してとは言ったけど、何かあったら絶対に私が守るから。大丈夫よ」

「は、はは。すいませんマミさん」

どこか気まずそうに、照れ笑いしながらまどかは目を逸らした。

「散々マミさんを急かしておいてわたしがこんな弱虫で……、情けないですよね」

「そんな事ないわ。結界が閉じる前に間に合ったのは鹿目さんが早く駆け付けてくれたおかげだし。それに私だって魔法少女になりたての頃は恐怖で足がすくんで……、いつもキュゥべえに励ましてもらってたのよ」

「へー……。マミさんでもそんな頃があったんですね」

今の彼女からは想像できないという純粋な疑問を口にするまどかに、マミはハア……と小さく息を吐いて、


「買いかぶり過ぎよ鹿目さん。私だってあなたや美樹さんと変わらない普通の中学生よ。ただ無理して強がって見せているだけ。全然大した事なんてないの」

「そんな……。で、でもわたしにとってはマミさんはカッコいい先輩ですよ! 使い魔に襲われた時も助けてくれたし。魔女退治に連れていってくれた時も鮮やかに魔女を倒してたし」

まどかが言うと、マミはニッコリと微笑んでありがとうと返した。

でも、と彼女は続ける。

「本当に私は強い人間なんかじゃないのよ。正直な事を言うと、今でも恐くてどうしようもない時もあれば思わず逃げ出したくなる時もある。……誰かに頼る事もできないし、辛い事ばかりよ」

でもね、とマミは言う。

「誰かがやらなくちゃ、犠牲になるのは何の罪もない人たち。だから私がやるしかないの。前に廃墟で見たでしょ? 魔女を放置してると、ああいう風に被害がどんどん広がっていっちゃう。私、魔女と戦うのは怖いけど、この街の人がそのせいで酷い目に遭うのはもっと嫌だから」

だから無理やり奮い立たせるしかないのよ、と彼女は言った。

何だか弱音の吐き合いみたいになっているが、彼女の口調に違和感はない。間違いなく本音なのだろう。

あくまで自主的にではなく、仕方なく。

好きでやっている訳じゃない。

だが、それを聞いたところでまどかは巴マミを軽蔑したりしない。

恐怖を恐怖と感じるのは人間として当たり前の機能だ。


「そうやって誰かの為に頑張れるマミさんは、やっぱり凄いですよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、魔法少女は魔女を倒さないとグリーフシードを得られないからね。どれだけ綺麗事並べたって結局は自分の為よ。だからーー」

「あんまり私を持ち上げないで。ですか?」

「……もう、意地が悪いわよ鹿目さん」

頬をプクッと膨らませてマミは拗ねたように言った。

それを見て、まどかは顔を逸らしてクスクスと笑った。

「すいませんマミさん。でも、マミさんがそうやって街の平和を守ってるの、本当に素敵だなって思います。誰にも感謝されずに、それでも頑張り続けるのってそんな簡単な事じゃないと思うから」

「……そう。一人でもそんな風に考えてくれているだけでも嬉しいわ。ならせめてあなたの前じゃ、カッコいい先輩でいなくちゃね」

少し照れながら言って、マミは再び周りを警戒しながら進む。

結界の中は、相変わらず例えようもない異様な空気に満ちている。

いつ使い魔が襲ってきてもおかしくない雰囲気だが、まだ結界ができたばかりで魔女が完全に『孵化』していないのか、彼女たちを妨害するようなものはない。

この調子なら特段被害もなく終わらせられるかもしれない、と少し楽観し始めた時。

再び真後ろの後輩から声をかけられた。


「マミさんは、やっぱり私の憧れです」

「まだその話するの? もう、そんなに褒めても何も出ないわよ」

半ば呆れて苦笑いするマミだが、まどかはただマミのご機嫌取りをしたい訳ではないらしい。

振り返ると、その童顔に似合わない真剣な表情で何かを訴えようとしていた。

意味が分からず困惑するマミに彼女は、願い事のことです。と短く告げた。

願い事。

彼女たちの間においてその言葉は、初詣でお賽銭と共に捧げるようなものを指すのではない。

キュゥべえと契約した者が魔法少女になる事を条件に得られる対価。

確約された未来。

それについての話となると、つまりはーー、

「魔法少女になる覚悟を決めたって事?」

「はい」

簡単な答え合わせだとばかりに、まどかは即答した。

「……それで、どんな願いにしたの?」

「……こんな事言うと、マミさんには甘いって怒られるかもしれないんですけど」

言いながら、彼女は少し目を伏せて、

「わたしの願いは、魔法少女になる事です」


「……、え?」

巴マミの脳内に疑問符が三つくらい浮かぶ。

魔法少女になる代償に叶えてもらう願いが魔法少女になる事とはどういう意味だ。

「……、魔法少女そのものに憧れているの?」

「『魔法少女に』憧れた訳じゃありませんよ」

「……なら、どうして?」

本当に意図が掴めなかった。

眉を細めるマミに、まどかは今度こそはっきりと言った。



「わたしは、マミさんのような魔法少女になりたいんです。マミさんと一緒に、皆を守っていきたいっていうのがわたしの願いです」



それは、本当に単純な答えだった。

あまりに突然な結論に、マミの思考がレールから外れる。


「魔女退治に同行させてもらった時から、ずっと考えていたんです。何でマミさんはあんなに誰かの為に頑張れるんだろうって。キュゥべえから聞いたんですけど、マミさん、グリーフシードを落とさない使い魔とも進んで戦っているんですよね? こうしないと他の誰かが苦しむからって」

小さな子供を説得するように、ゆっくりとまどかは語る。

「わたし、昔から自慢できるような特技とか、得意な科目とかも無くて……きっとこのまま誰の役にも立てずただぼんやりと生きてきていくんだろうなって思ってました」

「……、」

「でもマミさんと出逢って、あんな風に裏側から街の平和を守っている人がいるって知って……、そして自分にもその可能性があるって分かってやっと見つけたって思えたんです。自分のやりたい事」

拙い言葉で、しかしはっきりと彼女は言う。

「わたしはマミさんみたいな立派な魔法少女になりたい。何の取り柄もないわたしだけど、マミさんみたいに誰かを守れる存在になれたら、それでわたしの願いは叶っちゃうんです」

それは甘い誘惑だった。

今まで一人で魔女との戦いに身を投じて来た彼女にとっては、あまりにも優しすぎる言葉。

魔法少女は孤独だ。

どれだけ魔女を倒そうが、どんな窮地を救おうが誰にも感謝されない。

巴マミは別に見返りを求めている訳ではない。

だがそれでも思うところはあった。

命懸けで戦って、魔女に操られていた誰かを救ったとしても当の本人は自分が窮地に陥っていた事すら気づいていない。

ならば、それが自分である必要があったのかと。

いくら魔女の脅威を取り払っても、交通事故や病気で亡くなる人もいれば自[ピーーー]る人もいる。

わざわざリスクを犯してグリーフシードを回収できない使い魔まで倒す事が本当に魔法少女として正しい行動なのかと。

何度も自問自答して、それでも自分が皆の『当たり前』を支えているんだと無理やり言い聞かせて何とかやってきた。

どれだけ体がボロボロになっても、愚痴をこぼす相手さえいなくても。


誰にも認めてもらえなくても、それが課せられた使命だと信じて。

そんな彼女の行いを、鹿目まどかという少女は肯定し、尊敬すると言ってくれた。

誰も知らないが故、誰にも相談できず、判断さえ出来なかった行動原理の正誤。

それを唯一認めてくれた少女が垂らす、一筋の糸。

これは巴マミを引っ張り上げるものではなく、むしろ彼女を同じ境遇に引きずり込む為の糸だ。

堕ちれば、もう二度と這い上がれない暗い底。

永遠に続く恐怖と闘争の人生を、鹿目まどかはどこまで覚悟できているのか彼女は分からない。

冷静に考えれば、掴むべきではないだろう。

魔法少女になるリスクは、自分が一番分かっているのだから。

キュゥべえは魔法少女になる契約を交わすと何でも一つ願い事を叶えてくれる。

それは、逆に言えばそれほど魅力的な提案をしないと釣り合わないほどの責務を負わせるという意味でもある。

ならば、軽々しく決めるべきではない。

本当に人生を懸けてでも叶えたい願いがある人だけが契約するべきだ。そんな事は分かっている。

だが、都合が良すぎた。

鹿目まどかの言葉はまるで昆虫を惹き付ける樹液のように、少女の理性を越えてその手を伸ばさせる。


「……本当に、いいの?」

ほとんど無意識で彼女は呟いていた。

「何にも……できなくなっちゃうよ……? 遊びも、部活も恋も。怪我だってするし、怖い思いだってしょっちゅう……。それでもいいの? 本当に……本当に私と一緒に戦ってくれるの……?」

「はい。わたしでよければ」

言って、まどかはマミの両手を優しく包み込んだ。

両親のいない彼女にとっては、久しぶりの感触だった。

その慈愛に満ちた暖かさに、マミは胸の奥に溜まっていた黒いものが溶けていくように感じた。

それと同時に瞼の裏が潤い、何か熱いものが込み上げる。

「ありがとう……」

シンプルに、一言マミは呟いた。

今、彼女の中では色んな感情がごちゃ混ぜになっていてどう表現すれば分からなかったけれど。

全てを総括した、本心からの言葉。

ただそれだけ。
  
それを聞いた少女が、優しく笑った。

彼女が魔法少女になりたい理由は、誰かの役に立ちたいから。

その始まりに、魔法少女を知るきっかけとなった人を喜ばせる事ができたのだ。

この先どんな過酷な闘いが待ち受けているかは分からないけれど、どれだけの人々を守れるかなんて自信はないけれど。

ひとまずは一人。

これをきっかけにしていこうとまどかは胸の奥で思った。



        ☆



とはいえ、せっかく叶えてくれるというのならそれを無駄にする道理はない。

思い付かないなら一緒に考えようという事で、結界の中を歩きながら案を出しあう二人だったが、

「本当にないの? 何でもいいのよ。億万長者になりたいとか、素敵な彼氏が欲しいとか」

「うーん……。いまいちピンとこない、かなあ?」

欲望の塊のような願いを提案し続けるマミだが、この少女にとってはそれほど魅力的ではないらしく、どうも反応が鈍い。

価値観の違いか、単純に物欲が薄いのか。

いずれにしても、バブル世代を経験したおじさま方が、今の若者は活気がないなどと批判するのはこういうところにあるのかもしれないと巴マミはぼんやり考える。

ただ彼女にしても、後輩の為を思って色々とアドバイスしているのに、いつまでも煮え切らない態度でいられるのは面白くない。

ということで、

少し悪戯心も出てきたマミは、わざとらしくポンと手を叩いてこんな事をいい始めた。

「そうだ、じゃあこうしましょう! この魔女を倒すまでに願いが決まらなかったら、キュゥべえにお願いしてご馳走をいっぱい用意してもらうの! それで皆を呼んでパーティしましょ」

「え、えぇーー!?」

先ほどまでとうってかわってあまりにもスケールの小さい意見に驚きの反応を見せるまどか。


「そ、それはいくら何でも……」

「ならちゃんと自分で考える事。たった一回しかないんだから後悔しないような願いをね」

マミが言うと、少女は口に手をあてて本格的に考え始めた。

適当に考えたとはいえ我ながらそんなに悪い提案とは思っていなかったので、実はこの反応に若干傷ついていたのは内緒だ。

ただ願い事がすぐに思い付かないというのは現状に恵まれているからとも言えるし、それはそれで幸せな事だ。

マミがそんな風に考え、また結界の奥に向けて進もうとした時だった。



「忠告は無視されたようね」



突然背後から声が響いた。

彼女たちが反射的に振り向くと、そこには件の転校生、暁美ほむらが立っていた。

彼女は黒を基調とした魔法少女姿に変身している。

「あなた、あの時のーー!」

先に反応したのは巴マミの方だった。

マミの相棒であるキュゥべえを追い詰め殺そうとした件で彼女とは一触即発状態になっていた。

その時のケリをつけに来たのかと一瞬マミは思った。

だが、彼女は巴マミなど見ていない。

彼女の厳しい視線は、その隣にいる小柄な少女に注がれている。

「鹿目まどか、言ったはずよ」

ドライアイスのような声色で、彼女は告げる。


「今までと違う自分になろうとしてはいけないと。あなたはあなたのままでいればいい。自分を変えようと安易な力に手を出すと、ろくな結末を迎えないという意味だったのだけれど、伝わらなかったかしら?」

今までと違う自分になる。

それがこの場面で何を意味しているのかは明白だ。

「分かって、るよ……。でも、これはわたしが考えて、決めた事だから」

「それが周りの人たちを不幸にするものだとしても?」

「え?」

「あなたがやろうとしてる事は、巡り巡って壊滅的な事態を引き起こすわ。家族も、友人も全てを巻き込んでね」

「何でそんな事言い切れるのかしら?」

口を挟んだのは巴マミだ。

「さっきから好き勝手言ってるけど、どこに根拠があるの? 悪いけど、あなたの話は何一つ信用できないわ」

マミの口調は厳しい。

彼女はまどかを庇うように前に出る。

「大体あなたは何なの!? キュゥべえを追い回したり、鹿目さんに契約するなって迫ったり。一体何が目的? それが分からないのに一方的に要求されてはい分かりましたなんて言える訳ないでしょ」

「目的、ね」

ほむらは確認するように呟いた。

敵意のこもったマミの言葉にも、全く動じる様子はない。

「全てを説明しても分かってもらえるとは思えないけど、今回に至っては単純よ。あなた達、ここから手を引きなさい。この魔女は私がやるわ」

「……グリーフシードを横取りしようって訳」

「どう思うかはあなたの自由よ。ただ、ここの魔女は今までの奴らとは違う。後悔したくなければ、引き返しなさい」

「……ナメられたものね」

低く唸るような声で、マミは呟いた。

それと同時に、ほむらの足元から細長い物が飛び出した。

音も立てずに伸びるそれの正体は……、リボンだ。

黄色いリボンはほむらの手足に絡み付くと、あっという間に彼女を拘束する。

「ちょっーー! こんな事している場合じゃーー」

「悪いけど、その案には乗れないわね」

ほむらは身体を動かして抜け出そうとしているようだが、魔力が込められたリボンは濡れた縄のようにびくともしない。

「この先に後輩が待ってるの。魔女を倒してその子を助けたら、帰り際に解放してあげるからそれまで大人しくしてなさい」

彼女はもはやほむらの方など見ていなかった。

さっさと先へ進んでいくマミに、まどかは少し躊躇ったようだが、それでも後ろ髪を引かれるように付いていってしまった。


(クソっ!)

暁美ほむらは歯噛みする。

巴マミの行動パターンを読み違えていた事に後悔するが、考えられる事態の中でもこれは最悪だ。

このままいけばどんな事態が起こってそれが鹿目まどかや美樹さやかにどういった影響をもたらすのか、彼女はよく知っている。

そしてそれが、今後の彼女たちのどういった行動に繋がっていくのかも。

(このままでは巴マミが……。いや……最悪この場で咄嗟にキュゥべえと契約してしまうなんて事も)

考えれば考えるほど悲観的な未来しか見えなくなる。

身体に食い込むリボンが、思い通りにはさせないとほむらの意思を嘲笑っているようにすら感じた。

ただ、ほむらは一つ大切な事を忘れている。

それは『イレギュラー』の存在。

一見関係ないように思えても、実は意外なところで影響が出たりするものなのだ。

だからこその『イレギュラー』。

彼女にその事を思い出させたのは、背後から聞こえた足音だった。

「………………!?」

「オイオイ何だこりゃあ? 他にもいたなんて聞いてねえぞ」

背後から聞こえた声。

そこにいたのはスラリとした体型の、何だかガラの悪そうな少年だった。


彼は自宅の軒下に蜂の巣でも見つけたような表情でほむらを眺めている。

「テメエが一連の事件の犯人、って訳じゃねえよな。一体どういう状況だこれ? もしかしてそういうプレイなの?」

(一般人ーー!!? 間違って迷いこんだ!?)

「今すぐ引き返しなさい! ここは危険よ!」

ほむらは思わず叫んだ。

体が揺れ、リボンが食い込み締め付けられるが、そんな事はどうでもいい。

結界が完全に閉じれば、本当に出られなくなってしまう。

が、目の前の男は意にも介さず呆れたように肩を竦めただけだった。

「ハア……、そんな格好で言われてもな。ああそうだお前巴マミって奴知らねえ? 確かこの辺りにいるはずなんだが……」

「ーー!? 巴マミと知り合いなの!? 一体何者ーー!?」

「質問してんのはこっちだボケ。何? この先に居るのか? ならテメエに用はねえ。こっちは暇じゃねえんだ」

適当に言葉を吐き捨てて、彼は奥へ向かおうとする。

「待ちなさい!! あなたここがどういう場所か分かっているの!? 調子に乗ってると生きて帰れなくなるわよ!」

「ご忠告どうも。だがテメエこそ俺が誰だか知ってて言ってんのか? どこのどいつかも分からねえ奴にあれこれ言われる筋合いはねえよ」

そう言うと、ヒラヒラと手を振って男は結界の奥へ消えていった。

ほむらは唇を噛み締める。

あんなチンピラみたいなのが生き残れるとは思えない。

お化け屋敷にでも入った感覚なのだろうが、さっさと助けなければ犠牲が増えてしまう。

それに巴マミと知り合いというのも気になる。

彼女の周囲は一通り調べたが、その中にあんな少年はいなかったはずだ。

このまま二人とも死ねば、結局分からず仕舞いになる。

何とかして抜け出さなくては、と考えた時だった。



「うわっ! どうなってんスかこれ。まさか垣根さんの仕業!?」



新たな声が聞こえ、再びほむらの思考が、中断された。

なぎさちゃん逃げて!
そのモグラ冷蔵庫普通じゃない!

なぎさちゃん逃げて!
そのモグラ冷蔵庫普通じゃない!

連投スマソ

        ☆



結界最深部。

さしずめ魔女が君臨する玉座といったところか。

ようやく辿り着いたまどかとマミはそこでさやか、そしてキュゥべえと再開した。

「マミ!」

真っ先に声をかけたのはキュゥべえだった。

「間一髪だったよ。間もなく魔女が産まれるところだ」

「そうみたいね。美樹さんも怪我はない?」

「はい、大丈夫です! よかったあ。マミさん来てくれなかったらどうなっていたか……。本当に助かりましたよ」

直接的な危機から解放されたからなのか、さやかは力が抜けヘナヘナと地面に倒れそうになっている。

「フフッ。お礼から鹿目さんに言う事ね。この子が急いでくれたお陰で間に合ったのよ」

「いえいえ、わたしは何も……。さやかちゃんが残って合図を送り続けてくれたお陰だよ」

「まあ、何はともあれサンキューまどか。やっぱ持つべきものは友達だねえ」

「……そろそろ魔女が産まれるよ。まどか、さやかは隠れた方がいい」

キュゥべえはそう忠告すると、マミの隣に移動した。

言われた通り、丸腰の二人はキュゥべえから離れ瓦礫の影に身を潜める。

「マミ、来るよ。気を付けて」

「分かってるわ。被害が出る前に終わらせてしまわないとね」


直後、グリーフシードが強烈な光を放った。

すなわち魔力の解放。

『器』に収まり切らなくなったエネルギーは、水風船が割れるように一気に周囲へ広がっていく。

その魔力は離れた所にいるまどかとさやかでさえも感じ取れたほど。

ピリピリと痺れるような圧力を頬に受け、二人は表情を強ばらせる。

唯一、直接対峙している巴マミだけが不適な笑みを浮かべていた。

彼女の視線の先に現れたのは、小型犬程度のぬいぐるみのような形をした魔女だった。

傍らのキュゥべえは告げる。

「結界の様子や使い魔の姿から分析するに、さしずめお菓子の魔女ってところかな」

「お菓子は私も好きだけど、入院患者をその材料にするのはいただけないわね。産まれたばっかりで悪いけど、完全に目が覚める前に倒されてもらうわよ!」

先手必勝。

巴マミは周囲にマスケット銃を展開すると、轟音と共に発射した。

弾丸を受けた魔女が勢いよく跳ねたところに、また別の弾丸が命中する。

まるでビリヤードのように小さな魔女の体が四方八方へ飛び跳ねる。

そうしながらマミはチラリと後ろを振り返った。

陰から見ている後輩の少女たちーー正確には、魔法少女になる決意を固めた鹿目まどかに向かってウィンクする為に。

(見ててね鹿目さん。先輩として、魔法少女の戦い方の模範を示してみせるわ)

「そこよ!」

魔女が弾かれてマミに向かって飛んでくる。

彼女は銃身を握ると、ゴルフスイングのようなフォームでそれを打ち返した。

空高く舞い上がった魔女は空中で縫い止められた。

先ほど暁美ほむらに使用したのと同じ、リボンによる拘束。


「おおっ! さっすがマミさん。鮮やかで隙がない!」

ギャラリー美樹さやかが歓声を上げると、マミは少しだけ口元で笑みを作った。

「マミ、安心しないで。まだ終わっていないよ」

「分かってるわよキュゥべえ。今、終わらせてあげるわーーッッ!」

叫びと共に、まるで攻城兵器のような巨大な大砲が現れる。

今まで数え切れない程使ってきたその魔法。

彼女を支える最後の切り札。

その照準が、小さな魔女を正確に狙う。 

「ティロ・フィナーレッッッ!!!」

閃光が瞬いた。

音が飛んだ。

『原子崩し(メルトダウナー)』にも匹敵するほどのエネルギーを持つ弾丸が、恐るべき速度で魔女を狙う。

自ら『究極の一撃』と評す秘技中の秘技。

恐らく小さな魔女の体は欠片も残らないだろう。

白い閃光が通過した後は、ただグリーフシードだけが閑散と転がっているはずだ。

いつものように。

それを回収してソウルジェムの穢れを取ってキュゥべえが使い終わったグリーフシードを処分して、

そんな未来しか考えていなかった。

だからこそなのかもしれない。

予想の範疇を越えた現象が起きた時、人はすぐに動けないものだから。


「………………………………え?」

巴マミは思わず間抜けな声を出す。

彼女の目の前に何か大きな顔があった。

初めて見る光景。

これは一体何だ?

よく見ると顔の奥は細長い身体が続いていて、その先は小さなぬいぐるみのような物に繋がっているようだ。

即ち、彼女が拘束し、殲滅したはずのお菓子の魔女に。

「あーー」

それを見て彼女はようやく理解した。

目の前にある物が何なのか。

そして、大きく口を開けた『それ』が今から何をしようとしているのか。

後ろに待機する少女たちが何かを叫んだようだが、もう彼女の耳には届かない。

もう遅い。

気づいた時には終わっていた。

永遠にも感じる時の中、大きな影が彼女を覆う。

鋭い牙や喉の奥が視界いっぱいに広がる。

巴マミは一連の流れをただ見ているだけしか出来なかった。

これで終わり。

そのはずだった。



突如駆け抜けた烈風が、彼女の身体を吹き飛ばさなければ。



視界が、歪む。

轟‼ という爆音が鳴り響いた。

手を伸ばせば届く位置にあった大きな顔が、高速で視界の端に流れていく。

そこまでして巴マミは初めて自分の身体が宙を飛んだ事に気付いた。

ジェットコースターに乗った時のような気持ち悪い空圧が、腹部を圧迫する。


「ーーき、ゃあああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!?」

(何!? 一体何が起こったのーー!?)

風に飛ばされる空きペットボトルのように何度もバウンドして、最後は地面に叩きつけられるようにして止まった。

その最中で、魔女の細長い身体に何かがめり込んでいるのを見た。

(あれは、使い魔ーー!?)

勿論、魔女の手下がマミを助けるはずがない。

ただ風に煽られて飛んできただけだろう。

ならば、今の烈風を引き起こしたのは誰だ。

真っ先に思い浮かんだのは、先ほど拘束した暁美ほむらという少女。

彼女がどうにかしてリボンから抜け出し、援護してくれたのかと思ったが、

「あーあ、思わずぶっ飛ばしちまった。でもいきなり襲われたら反射的にこうなっちまうのは仕方ねえよな?」

聞こえたのは気だるそうな若い男の声。

コツンコツンとわざとらしく靴音を鳴らしながら声の主はこちらへ向かって来る。

「よお大丈夫かー? 何か巻き込んじまったみたいだが、別にわざとじゃねえんだ。悪かった悪かった。邪魔するつもりはねえから許してくれ」

本当に謝罪する気があるのかどうかも怪しいほどその声色は軽い。

彼は辺りをぐるりと見回すと、ほお……と感心するように息を漏らした。

「おお、スッゲエなこれ。今まで色々見てきたが、そんなの置き去りにするぐらいぶっ飛んじまってる。探せばあるもんだな本当に」

「一体ーー、何……言ってんのよ」

瓦礫の陰からよろよろと起き上がったのは美樹さやかだった。

彼女も風に煽られてどこかを打ったらしく、顔には苦悶の表情を浮かべている。

「ああ何だっけお前? まあ、どうでもいいや。『本命』は向こうだしな」

言って、少年は違う方向を指差した。

地面に尻もちをついている、巴マミの方を。

当のマミは、意味が分からないといった表情で目を丸くしている。

まだ上手く状況を飲み込めていないようだが、とりあえず命の危機を脱したばかりで、完全に腰を抜かしてしまっているようだった。

ただ、その脅威はまだ終わっていない。

彼女がその事を思い出したのは、すぐ横を恐るべきスピードで何かが抜けていったからだ。

つまりはお菓子の魔女。

先ほどまでマミと対峙していたが、もう彼女の事など眼中にないのか、一目散に少年の下へ突撃していく。

「ーーッッッッ!!!?」

彼女の中で止まっていた時間が動き出す。

腰が抜けていたはずなのに、巴マミは背筋にドライアイスでもぶち込まれたように立ち上がった。

悲劇が起こる。

「危ない、逃げてーーーーッッ!!!!」

彼女はありったけの声で叫んだ。

そうしながら、マスケット銃を取り出す。

が、魔女の動きは速い。

(間に合わないーーッ!)

一方で、当の少年はそれでも憮然とした態度を崩そうとしない。


かったるそうに彼は言う。

「邪魔するつもりはねえって言ってんのにこっち来るのかよ。まあいいけど」

「ちょ! アンタ!?」

「うるせえ、邪魔だ退いてろ」

さやかが駆け寄ろうとしたが、まるでカラスを追い払うように手を振って拒否する少年。

彼は、薄く薄く笑っていた。

「俺としちゃ目的を果たせれば何でもいいんだ。新たなインスピレーションの会得……。テメエがその礎になってくれるんなら有効活用させてもらうだけだ。それに個人的に試したい事もある」

迫り来る脅威に対して、まるで新品のおもちゃを目の前にした子供のような純粋な目で彼は呟く。

「なあ。ーー俺の『未元物質(ダークマター)』はこの世界でどこまで通用するんだ?」

相変わらずまどマギ単独シーンは、アニメの文字起こしにほんのちょっとの内心描写。
アニメの台詞はここぞと言う場面で使うべきなのに・・・・・・
面白いだけにはがゆい。

        ☆



垣根帝督に遅れる事数分。

ゴロゴロとキャリーケースを引きながら地獄のような色彩で溢れた通路を誉望万化は歩いていた。

辺りからは何か得体の知れない呻き声やガサガサという物音が聞こえていて、いつ何が起こってもおかしくないという警笛を脳が全力で鳴らしている。

殺気と妖気に四方八方を囲まれた状況の中、彼は少しでも安心できる材料を求めるように手元の小さなスクリーンに目をやる。

地図上では、ここは間違いなく病院の敷地内のはずだ。

が、ある意味案の定と言うべきか彼の端末のGPS機能は端的に圏外のメッセージを示している。

「無駄よ」

アイスピックで突き刺すような声が横から飛んできた。

声の主は中学生くらいの少女だった。

腰のあたりまで伸びた黒髪に意思の強そうな目つきも相まってどこか凛とした印象を受ける少女。

誉望がここに来る途中に何故かリボンのような物で宙吊りにされた状態で必死に叫んでいたのでとりあえず助けたのだが、冷や汗を垂らしている誉望とは対照的に、少女はこの薄気味悪い通路をまるで学校に通うかのように慣れた足取りで進んでいく。

怖じ気づく様子は微塵もなく、全身に纏う強者のオーラ。

別に自分が手を出さなくても自力で脱出できたんじゃないだろうかと思い始めた誉望だったが、さすがに自分一人では怖すぎるので、むしろ少女の謎の度胸はありがたかった。


彼女は誉望の持つ端末を一瞥すると突き放すように言う。

「そんなもの役に立たないわ。ここはさっきまであなたがいた場所とは違う。例えるなら見えない地下空間みたいなもので、人工衛星からの信号なんて届かないわよ」

「……まあ薄々そんな気はしてたけどさ」

誉望は小さく息を吐いて、ある意味彼の分身と言っても過言ではない携帯端末をポケットにしまった。

これで垣根や下部組織の連中との通信手段も失われた。

彼とて己の能力に自信がない訳ではないが、この状況でそれがどこまで通用するかは未知数だ。

そうなると不測の事態が起こった時にはこの少女の力に頼るしかない。

(……魔法少女、魔女か)

彼は頭の中で垣根とのやり取りを反芻する。

第二位の超能力者をもってしても理解不能な科学とは畑違いの能力を操る存在。

その鍵を握る巴マミの関連人物として、この少女はピックアップされていなかったはずだ。

だが仲間かどうかはさておいて、状況から見て「同類」である事はほぼ間違いないだろう。

ならば、巴マミと同じレベルの情報を彼女も持っている可能性はある。

「……、」

誉望はふと目線を横に向ける。

相変わらずクールな少女はスタスタと無言で歩いているだけだ。

「……、随分と慣れてるんだな」


「そうね。でもそれはあなたも同じだと思うけど」

「え!? いやいや俺なんかさっきから冷や汗が止まらないんだけど。君が平気そうだからつられてちょっと安心してる部分はあるけどさ」

「……そう。それはよかったわ」

少女は顔を前に向けたまま静かに答えた。

「それで、君はいつもこんな事してるの?」

「こんな事って?」

「いや、いつもこんな危険な目に遭ってるのかなって思ってさ」

彼が言うと、少女は立ち止まり眉をひそめた。

そんな反応をされても誉望の方こそ意味が分からない。

特におかしな事は言っていないはずだ。

「ごめんなさい、ちょっと何を言っているか分からないわ。私がいつ危ない目に遭ったのかしら?」

「? ついさっきまで太いリボンみたいなので縛られてただろ。俺が通らなかったらヤバかったんじゃないの?」

彼がそう言うと、少女はきょとんとした顔になった。

彼女は言う。

「ただ縛られてるだけで危険なんかないでしょ。助けてもらった事は感謝してるけど、敵もいなかったし特に差し迫った状況ではなかったはずよ」

彼女は淡々と話しているが、内容はツッコミ所満載だ。

助けてもらっておいて謎の上から目線とあまりの意志疎通の取れなさに、誉望は少しイライラしてきた。

「だったら何であんな必死に助けを求めてたんだよ? 縛られてるだけって言ったっていつ魔女が襲ってくるか分からないあの状況で危険じゃないはずがない。でも君はそんな窮地に見舞われたのにケロっとしているから普段からこういった事態には慣れてるのかと思ったんだけど」

「別に慣れてなんかいないわ。元々こういう性格なの」

「ああそうなんだ。その年で凄い落ち着きぶりだね」

面倒くさくなってきた誉望は適当に答えた。

そして一気に会話する気が失せた。

どうやらこの少女は誉望とは違う『人種』らしく会話のキャッチボールが成立しそうにない。

入学式など見ず知らずの者同士が多数集まっている状況で、何となく隣前後の人に話しかけたらやたらと無愛想だったり異常に挙動不審だったりして「あ、コイツとは友達になれないな」と一瞬で分かるあの感覚。

今がまさにそうだった。


別に誉望は自分をコミュニケーションの達人だとは思ってはいないが、少なくとも今この場においては不自然な事は言っていないはずだ。

世間話から始めて会話の節々から情報を集めようと思ったのだが、そもそも自然な会話に持っていくのに高いハードルがある。

誉望は直感した。

この少女から情報を引き出すのはとてつもなく苦労しそうだということに。

(もうコイツは諦めて他を当たるか。せっかちな垣根さんの事だから巴マミにも直接会いに行くんだろうし。どうせこんな奴なら大した情報も持ってないだろうし)

「ところで」

誉望がそんな失礼な事を考えていると、今度は少女の方から声をかけてきた。

「ん?」

「『魔女』とは何かしら?」

「…………………………………………、え?」

いきなり斜め上から飛んできた単語に、誉望の脳がフリーズした。

そんな彼を無視して、少女は告げる。

「今あなたが言った事よ。『魔女が襲ってくる』って。魔女って何? どこからそんな言葉出てきたの?」

「いやどこからって、それはさっき君がーー」

「言ってないわ」

誉望の言葉を遮って、少女は短く答えた。

「私は『敵』とは言ったけど『魔女』なんて一言も言ってない。だから不思議なの。普通、敵と聞いて魔女なんて言葉は思い浮かばないはず。なのにあなたはさも当然かのように『魔女に襲われる』と口にした」

「……、」

「教えて欲しいのだけれど。あなたはどこで魔女なんて言葉を聞いたのかしら?」

誉望は冷や汗が五割くらい増したと思った。

少女は先ほどとはうってかわって理路整然とした語り口で詰めてくる。

しくじった。

誰の目にも明らかだった。

さっきまで無関心そうに顔すら向けてくれなかった少女が、今は鋭い目つきで誉望の両目を睨み付けている。

まかり間違っても好奇の目線などではなく、警戒心と猜疑心に満ちた容疑者を取り調べる刑事のような表情だった。


(コイツ、嵌めたのか……!? わざと俺に喋らせて、墓穴を掘らせる為に? でもそうなら最初から怪しまれてた事になる。それはおかしい。俺たちが連中を監視してた事が見滝原に漏れてるはずがない。ただのはったり? そもそも拘束されていたのも演技だったのか? それとも先行した垣根さんが余計な事喋った?)

彼は頭をフル回転させる。

可能性なら色々ありすぎるが、まずそれよりも優先すべき事がある。

「……沈黙は後ろめたい事がありますって言ってるのと同じよ」

「あ、いや何から説明すればいいか頭の中を整理してるだけだよ。ちょっとこっちにも事情があって」

(どうする? ごまかすか白状するか消すか)

ここまで問い詰められている以上一つ目はほぼ不可能で、二つめも組織に属している彼が独断で行うのはまずい。

最悪の場合、学園都市と見滝原の関係に亀裂が生じ、多大な損失が出ることになるだろう。

万が一そんな事になれば、当事者の誉望がどのような処分を受けるかは火を見るより明らかだ。

ならば、残された選択肢はあと一つ。

(……本当にやるしかないのか? どんな能力を持っているかも分からない相手に?)

誉望はごくりと唾を飲み込んだ。

彼は丸腰ではない。

手元のキャリーケースには彼の『仕事道具』が入っているし、ジャケットの裏には予備の拳銃も隠してある。

都合が悪くなれば口封じというのは暗部の常套手段で、実際垣根や誉望もしょっちゅうそうやって乗り切っている。

だがそれはあくまで学園都市内での話であって、下部組織のサポートも満足に受けられない『外』で、正体不明の相手に対して同じ手段を使うのはリスクが大きすぎる。

今の彼らはスパイであり、戦争要員として送り込まれた訳ではない。

無用な武力行使は避けるべきだ。

(陽動の一撃を放って、その隙に逃げるか。垣根さんには怒られるだろうけど、魔女に捕まってたとか適当に言っとけばいに)

「勘違いしないで欲しいけど」

と、誉望のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、少女が一歩後ろに下がりながら言った。

「私は別にあなたたちと敵対するつもりはないわ。先に行った派手な男もそうだけど、あなたたち、巴マミに用があるのでしょう?」

「……!? 何でその事を」

「あなたの仲間がそう言ってたからよ。あなたたちの目的は知らないけどとにかく私は巴マミの仲間じゃないから。私の邪魔さえしなければそれでいいわ」

「……、なら何で誘導尋問みたいな事したんだ? 一触即発の空気作ったのはそっちだろ」

「あなたたちが何者なのか知りたかったのだけど、嫌ならもうこれ以上は詮索しない。そもそも今はここで争ってる場合じゃない。あなたの仲間も危険な目に遭ってる可能性が高いわ。急がないと」

「……いやあの人なら多分……。分かった。君がそう言うならとりあえず急ごう」

そう言われて誉望も警戒を解き、再び早足で通路を進む。

向こうが矛を収めてくれるなら、こちらから仕掛ける理由はない。

だが、彼としては一つどうしても気になる点がある。

誉望は歩きながら、一点だけいいか? と少女に尋ね、

「何で俺たちが普通の一般人じゃないって思ったんだ?」

「私に絡みついたリボンを、あなたはカッターナイフみたいなものでいとも簡単に切ったでしょう?」

「?? それが何か?」

いまいち理解のできない誉望に、少女は彼の手元を見ながら言う。

「あのリボンには『魔翌力』が込められているから、刃物なんかじゃ切れないのよ」




誤「あのリボンには『魔翌翌翌力』が込められているから、刃物なんかじゃ切れないのよ」

正「あのリボンには『魔翌力』が込められているから、刃物なんかじゃ切れないのよ」


? 何かおかしいですがこのまま書きます

        ☆



「おせーよボケ」

紆余曲折あってやっと結界の最深部に到着した誉望万化にいきなり心ない言葉が飛んできた。

しかしこんなの彼らの間では挨拶みたいなものだ。

誉望はいちいち気にしない。

「すいません垣根さん。ちょっと途中で予想外の事が起こってて」

「あ?」

続けて何か文句を言おうとしたらしい垣根帝督は、誉望の後ろから現れた黒髪の少女を見て途端に面倒くさそうな表情になった。

「何お前? いつからボランティア活動に精を出すようになったの? そんなもんに構って遅刻してんじゃねえよ。俺たちの目的もう忘れたのか?」

「……随分な言い様ね」

長い髪をかきあげながら、今度はその少女が呆れたように答えた。

「そして私の忠告は聞いてもらえなかったようね。まあ、現状を見るに最悪の事態にはなっていないようだけど」

少女に言われて誉望は初めて辺り一面を見渡した。

今来たばかりの誉望と少女を除けばあとこの場にいるのは四人。

垣根帝督と、奥の方でボロボロになって驚いたような表情の巴マミと近くの岩に隠れるようにして身を寄せているのは少女二人は美樹さやかと鹿目まどかだったはずだ。


だがそれ以外に、明らかに不自然極まりないものが異様な存在感を放っている。

誉望は恐る恐る尋ねる。

「あのー、垣根さん。それ……何スか……?」

垣根帝督の後ろ。

観光バスほどの大きさのぬいぐるみのような物に未元物質でできた小さな羽が無数に突き刺さっている。

何だか苗木に生えたしいたけみたいだ。

無人攻撃機か何かかと誉望は一瞬思ったが、所々に有機質な生物特有の曲線が見える。

「ーー魔女よ」

答えたのは垣根ではなく、マスケット銃を杖のようにしてよろよろと立ち上がった巴マミだった。

西洋人形のような衣装は紛争にでも巻き込まれたかのようにあちこち破け、至るところが土や煙で汚れている。

「マミさんッ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

堰を切ったように隠れていた少女たちが飛び出して巴マミの下へ駆け寄っていった。

肩を貸してマミを支える二人とは対照的に、同じ制服姿の黒髪少女は冷めたような目線でそちらの方を見つめているだけだ。

仲間じゃないと言ったのは本当なのかもしれない。

だがすぐに彼女は少女たちから気だるそうに立ち尽くす長身の少年へと目線を変えた。


「どういう事? 説明してもらえるかしら?」

「何についてだ。質問内容が曖昧過ぎて分からねえな。つか残念だったな、俺が無事で。だから言ったろ。忠告なんかいらねえってよ」

「そうみたいね」

少女は紛争の爪痕みたいな惨状を眺めて、

「で、こんな事して何が目的なの? 巴マミに用があるって言ってたけど」

と一度そこで言葉を切って、彼女は巴マミの方をチラリと見た。

いきなり名指しされた少女は、何の事か分からないのか驚きと疑問が半分ずつ入り混じったような表情をしている。

少女は改めて垣根の方を向き直ると、

「彼女に心当たりはないようね。何となく見当はつくけど、あなたたちこの街の住人じゃないんでしょ。何が目的?」

「テメエには関係ねえな」

「そうね、関係ないわ。あなたたちが何者だろうと。この先どうなろうと」

彼女の癖なのか、長い髪をかきあげて冷たい声色で返した。

でも、彼女は続け、

「私の邪魔をするのなら話は別よ。故意だろうとそうでなかろうと、私の目的の障害になるのなら悪いけど消えてもらうわ」

「テメエの行動理論なんて知るかよボケ。配慮して欲しいならまずは懇切丁寧に書式にでもまとめてこいよ。まあ仮にそんな事されても他人の都合なんざ俺には知ったこっちゃねえけど」

どこまでもクールに淡々と告げる少女の言葉を垣根が素直に受け入れるはずもなく、彼もとことん挑発的に返す。

この場で二回戦が始まるのではないかと誉望は内心ビクビクしていたのだが、面倒くさそうな垣根の表情を見るにこの少女を本気で相手にするつもりはなさそうだ。

少女もそんな垣根とやり取りするのが馬鹿らしいと思ったらしく呆れ顔で、何を言っても無駄のようね、と独り言のように呟いた。

「……暁美さんの目的って何なの?」

彼らのやり取りを聞いていた巴マミが静かに、ゆっくりと尋ねた。

「キュゥべえを狙ったり。魔女退治に来たのにグリーフシードは要らないって言ったり。かと思ったら今日みたいに獲物を横取りしようとしたり。悪いけど、私あなたの行動の意味が全く分からない」

「……今はまだ言えないわ。でもあなたには関係ないことよ」

「だったら邪魔するなって言うのはおかしいだろ」

今度は誉望が横から口を挟んだ。


「理解できなくてもとにかく自分の行動全てを受け入れろ、否定するなって事だろ。それっていくらなんでも都合が良すぎないか?」

彼がそう言うと少女はバツが悪そうに、

「言って理解してもらえるようなものではないからよ」

「それでもまずは言ってみない事にはーー」

とマミが続けようとしたが、少女は会話を無理やり終わらせるように踵を返す。

「これ以上用はないみたいだし、私は帰るわ。私の言葉をどう受け取るかは自由だけど、長生きしたければ人の忠告は聞くものよ。これはあなたたち五人全員に向けて言ってるから。それじゃ後はご自由に」

吐き捨てるようにそう言うと、少女の姿が一瞬にして誉望の目の前から消えた。

突然の事態に誉望は思わず目を見開く。

(空間移動『テレポート』!? 目標物なしで自分の体を移動させられるならそれだけで大能力者『LEVEL-4』認定されるクラスのはずだが。『外』の人間が能力を?)

誉望はチラリと垣根に目線を送る。

だが、

「何だあのクソ野郎は。終始上から目線で偉そうにしやがって。それともあれか? あれが噂の中二病とかいうやつか? この街の思春期の女はあんなのばっかりなのか?」

ブツブツと独りで文句を言いながら垣根は不機嫌そうに立っているだけだった。

次あったらーーとかおぞましい単語を並べているので鹿目まどかとかいう小柄な少女は怖がって完全に顔がひきつってしまっている。

(オイオイ、勘弁してくれよ)

それを見て思わず誉望は頭を抱えそうになった。

(初対面でそんな態度取ったら警戒して何も話してくれなくなりますよ。それともフレンドリー路線はやめて締め上げて無理やり吐かせる感じで行くんスか? 都市間の関係があるんだからあんまり手荒なことしたくないんスけど……)

これから先のことを考えると気分が沈みそうになる誉望。

だが垣根がリーダーである以上彼はその決定に従うしかない。

組織というのはそういうものなのだ。

生きとったんかワレ!

おお、一ヶ月以上も気付かなかったというかエタったと思ってた
戦闘シーンカットされたシャルロッテに黙祷……あれでも、体?や結界残ってるってことはまだ死んでないんだろーか

      ☆



まるでジェット機のような速度で駆け抜けた一連の事象に振り回されていた巴マミだったが、一段落ついて冷静になってみるとひとまず自分の命の危機を脱したのは理解できた。

その当事者である垣根と呼ばれた長身の少年は、自身が叩き伏せた魔女や結界の周りを興味深そうに観察している。

(魔法少女……、なはずないわね。なら彼は一体……)

マミの頭にあるのは先ほど魔女を一撃で吹き飛ばした白い翼だ。

冗談ではなく、人間の背中から天使のような翼が生え烈風を巻き起こしたのだ。

(使い魔ならまだしも、魔女本体をあんな一瞬で……。何者なのあの人たちは)

驚きと警戒と恐怖がマミの頭の中で反芻する。

そんな彼女の様子に気づいた垣根が、まるで忘れ物を思い出したような顔で近づいてきた。

「そういや大丈夫だったかオマエ。なんかビニール袋みたいに飛んで行ったけど」

「いや、吹っ飛ばしたのアンタじゃん。そんな他人事みたいに」

辛辣な表情でさやかがツッコミを入れる。

「ああ? じゃあ黙って観戦してるほうがよかったか? その場合コイツの人生はすでにゲームセットだったと思うが?」

そう、確かに彼の言う通り、あの時マミは完全に油断して裏をかかれた。

あの一撃がなければ今頃どうなっていたかは言うまでもない。

「う……、でももう少しマシな方法が」

「大丈夫よ美樹さん。私は平気だから」


マミがそう言うとさやかは言いかけた言葉を飲み込んで、バツが悪そうに一歩下がった。

マミは服やスカートについた土をはらうと改めて後輩二人の方へ向き直った。

予想外の事が多すぎて彼女自身まだ混乱しているが、何はともあれまず真っ先に言うべきことがある。

「鹿目さん、美樹さん。本当にごめんなさい。せっかく付いてきてくれたのに……、絶対に守るって言ったのに危険な目に合わせちゃって」

そう言って彼女は深々と頭を下げた。

あのままマミがやられていれば、次は彼女たちが魔女に狙われていたはずだ。

魔法少女でもない二人が魔女に太刀打ちできるはずもなく、三人まとめて共倒れになっていた可能性は高い。

「安易な判断だったわ。万が一自分に何かあった時のことを考えていなかった。……先輩失格よ、本当にごめんなさい」

「そ、そんなことしないでください!」

更に深く頭を下げようとするマミを、さやかが慌てて止める。

「これは魔法少女がどういうものかってのを体験する為にわざわざマミさんのお荷物になるのを受け入れてもらってるんだから。感謝こそすれ謝られる理由なんてないですよ」

「そうです! 私もさやかちゃんも危ないのは分かってついて来てるんですし。何かあったってマミさんを恨んだりなんかしません」

彼女たちはそう言うが、自身の不注意で危険な目に遭わせたのは事実だ。

ましてやこの魔法少女体験ツアーはマミから言い出したこと。なら彼女たちの安全を守る責任がマミにはある。


「魔法少女体験ねえ。まさか大真面目にそんなファンシーな単語を言われるとはなあ。こりゃマジっぽいな」

と、それまで黙って聞いていた垣根という少年が呆れたように呟いた。

高そうなジャケットを着た整った顔立ちの少年だった。

改めて見てみると、背の高い細身の体格と不遜な態度も合わさってどこか退廃的な雰囲気も感じられる。

マミが今まであまり接したことのないタイプだ。

「――あの、先ほどは命の危機を救っていただきありがとうございました。あなたも怪我……はなさそうですね」

「ハッ。この程度で怪我なんかするかよ馬鹿らしい。雑魚すぎて拍子抜けしちまったよ」

垣根は退屈そうに吐き捨てると、側の岩に腰を下ろして偉そうに足を組む。

何だか分からないが思っていた結果とは違うようだ。

興味が失せたのか、退屈そうに手を伸ばしてストレッチする垣根とは対照的に倒された魔女を物珍しそうに眺める少年がいる。

中肉中背の特にこれといった特徴のない容姿だが、頭に装着されているヘッドギアのようなものが異質を放っている。

ヘッドギアからは多数のケーブルが伸びていて、彼の腰にある機械に接続されている。

「これが魔女っスかあ。何か想像してたのと全然違いますね。魔女って言ったら尖ったハットかぶってホウキに跨ったババアのイメージだったんスけど」

「あくまで便宜上の呼び名で西洋のおとぎ話に登場する魔女とは全くの別物よ」


「ふーん……、まあ呼び名はどうでもいいんだが、これじゃダメだな」

「と、言いますと?」

ヘッドギアの少年が尋ねると、垣根は左右の足を組み替え、

「条件次第じゃそのままぶつけて第一位のクソ野郎をどうにかできるかもと思ったんだが、こんな耐久力じゃ話にならねえ」

「根底にある法則そのものが違うなら一方通行(アクセラレータ)の反射を無効化できる可能性もありますけど……」

「肝心の攻撃が届かなきゃ意味ないがな。まあ所詮はあわよくば程度の考えだし、別に悲観はしてねえよ。そもそもコイツだけじゃサンプルが少なすぎる。さらにいくつかの『現場』を回る必要がある」

「元々の依頼は調査ですしそれはその通りっスね」

「それにな、サンプルは何も魔女だけじゃねえ」

そこで垣根は言葉を切り、座っていた岩から降りた。

視線を少女たちの方へ移す。

「な? そうだろ魔法少女さん方?」

突然問いかけられたまどかとさやかは意味が分からないのかキョトンとしている。

代わりに先輩のマミが横から口を挟んだ。

「あの……彼女たちはまだ魔法少女じゃないんです。私の魔女退治について来てくれた学校の後輩で」

「そうなの? まあいいやオマエでも」


「『でも』って……」

偉そうな態度と失礼な言い方にムッとしたが、助けてもらった身なので文句は喉元で飲み込んだ。

そんなことより聞きたいことがマミにはある。

「それよりあなたたちは一体……? さっき私を助けてくれたあの力はなんですか? 私たち魔法少女とは違うようですが。それに依頼って?」

「一度に何個も質問するんじゃねえよ面倒くせえ。あー、誉望。手短にまとめてくれ」

「え? 俺っスか。……えーと」

誉望と呼ばれたヘッドギアの少年は突然話を振られて少し動揺したようだった。

彼はそのまま少しの間考えて、

「俺たちは仕事で見滝原の調査に来ててさ。その調査内容ってのが最近この街でおきてる不自然な殺人だったり連続行方不明事件で、共通する条件なんかから怪しい場所を追ってたらここに辿り着いたって訳」

「ってことはあなたたちは探偵さん?」

「まあ……そんな感じ」

「へえ、最近の探偵ってこんな危険なことまでするんですね」

「いやいやおかしいでしょ! どこに魔女と生身で戦う探偵がいるのさ!? それで納得しないでくださいよマミさん」

そのまま世間話みたいな感じで終わりそうな雰囲気だったので、思わずさやかがツッコむ。


魔女を倒した白い翼。

その正体は一体何なのか。

「それについては、……ええと最新科学技術を流用させてもらってる。君たちも『この街』の住民なら恩恵は受けてるだろ? 何となく想像はつくんじゃない?」

「……学園、都市」

そこまで聞いて、今までほとんど会話に入っていなかったまどかがボソリと呟いた。

彼女に限らず、科学と言えば真っ先にその名を頭に浮かべるであろう最先端技術の総本山。

誉望は正解とも不正解とも言わず、目線だけかすかに動かして話を続ける。

「あまり詳しいことは明かせないんだ。依頼主の情報をペラペラ喋る奴なんて探偵としちゃ失格だからな。ただ、俺たちの目的はこの街で起きた不可解な事件事故の調査。魔法少女とか魔女ってのがどういうものなのかは分からないけれど、それが一連の出来事に繋がってるならその情報を少しでも多く仕入れたい」

「ま、手っ取り早く言えばオマエたちが知ってること喋ってくれってことだ」

じれったくなったのか、垣根が話を一行にまとめる。

「それでさっき助けてやった恩はチャラにしようぜ。こっちも暇じゃないんでな。足を棒にして街中歩き回るよりかは知ってる奴に聞いたほうが早い」

「……、」

マミが黙っていると、誉望がカバンからタブレット端末を取り出して画面を見せてきた。

地図のアプリのようなものに所々マークがついている。

誉望曰く、最近この街で起きた事件の情報を位置情報と合わせてデータ化しているらしい。


「まさかとは思うけど、キミがその犯人って訳じゃないよね?」

「何言ってんのさ、マミさんがそんなことするはずないじゃん!」

食い気味に答えたのはさやかだった。

彼女は先ほど垣根が倒した魔女を指さしながら、

「それはコイツと同じ魔女の仕業! 魔女は人の心に入り込んで、その人を自殺させたり事件を起こしたりするんだって。だから、マミさんはそういう魔女から街を守るために戦っってんの!」

「人の心に入り込む……?」

「そうよ」

誉望の疑問にマミが静かに頷く。

「魔女は弱った人や落ち込んだ人を狙って、感情を操って養分にしているの。大抵の場合、気づいた時には手遅れね。魔女は結界にいて防犯カメラなんかには映らないから、自殺や謎の変死体として処理されることが多いわ」

「ふうん……、第五位の心理掌握(メンタルアウト)と似たようなもんか」

話を聞いていた垣根が呟いた。

「メン……? 何ですか?」

「何でもないさ。続けてくれ」

「? ええと……、で、そういった被害を防ぐために日夜活動しているのが私たち魔法少女って訳。魔女の痕跡を辿りながら、普段は彼らが餌にするあまり元気がない人が集まりそうな場所を重点的にパトロールしているわ」

「なるほど。だから病院な訳だ」


誉望が感心したように声を上げる。

「病院には心身ともに具合が良くない人が集まりやすい。魔女にとっちゃ格好の漁場ってことか」

そういうこと、とマミは答えた。

続けてマミはまどかとさやかに視線を向けて、

「今回は私じゃなくて彼女たちが結界を見つけてくれたんだけど、寸前で食い止めれて良かったわ」

「いやいや今回はほんとたまたまですよ! 急いでマミさんを呼びに行ってくれたまどかとマミさん、それと、えーと……、」

「垣根帝督だ」

微妙な視線を感じ取った垣根が一言で自己紹介する。

それ以上何か言うつもりはないらしく、そのままさやかに話の続きを促す。

さやかはゴホン、とわざとらしく咳払いをして、

「垣根……さんのおかげですよ! 私はただ待ってただけっスから!」

「そ、そんなことないよさやかちゃん。さやかちゃんが結界に残ってくれたおかげで早く到着することができたんだから……!」

「そうよ美樹さん。もし結界の発見が遅れていたら、鹿目さんが急いで私のもとへ駆けつけてなかったら、そして……、垣根さんたちが間一髪で魔女を吹き飛ばしていなかったら。どれ一つ欠けていても悲惨な結果になっていたはずよ。犠牲を出さずに済んだのは、皆の成果ね」

「誉望は何もしてねえけどな。結局間に合ってすらいねえし」


「この流れで言います? いいじゃないっスか皆のおかげってことで。何かすげえ疎外感」

「でも……! その人だって暁美さんを助けてここまで連れてきてくれたんだし、何もしてないってのはいくらなんでも……」

多少あたふたしながらも、まどかがすかさずフォローしようとする。

が、状況が状況だけに上手く言葉が出てこないようだ。

誉望はそんな彼女の肩を軽く叩いて、首をゆっくりと横に振った。

「……なんか、久しぶりに純粋な優しさに触れた気がするっス」

「情にほだされてんなよ気持ち悪りィ。まあ周りがクソみたいな奴ばっかだと感情とか約束とか馬鹿らしく思えてくるからな」

「普段どれだけ修羅な環境にいたらそんなセリフが出てくるのさ……」

「オマエにゃ想像もできないようなパラダイスだよ短髪。最初はぬるま湯でも徐々に温度を上げていきゃ熱湯になってても気づかないもんさ」

「はあ……、そうっスか。あと短髪じゃなくて美樹さやか」

少し苛立った様子でさやかが名乗ったが、垣根はあー悪りい悪りいと相変わらず軽薄な笑みを浮かべている。

「話が逸れたが、とりあえずこの魔女ってのが一連の騒動の原因ってことでいいんだな?」

その通りですとマミは即答する。

「で、オマエたち魔法少女は街を守るため常日頃から魔女を狩ってると」

「? ……そう、ですけど」


垣根が何を言いたいのか、マミはいまいち要領が掴めない。

一方の垣根は、何かに納得した様子でニヤニヤしながらそうかそうかと呟いている。

「あの……、どうしたんですか? 私の説明、何か変でしたか?」

「ん? いやそうじゃないさ。ただ好都合だと思ってな」

「好、都合……?」

「そうだ、俺たちにとっても、オマエにとってもな」

「??」

マミはますます意味が分からなくなった。

今日出会ったばかりのマミと謎の少年たち。

魔女がお互いにとって都合が良いとは、どういうことだ。

マミが混乱して固まっていると、垣根の方から声をかけてきた。

「なあ、魔女と戦ってりゃ今日みたいな危険な目に遭うこともしょっちゅうなんじゃねえか?」

「え……? それは、たまにはありますけど……」

マミは頭に疑問符を浮かべながら返す。

何を考えているのか全く読めない人と会話するのはなかなかに難しい。

「そうだよな」

垣根は相変わらず不敵な笑みをたたえながら、


「助けを求めたところで、こんな場所じゃ誰も気づきやしない。不測の事態になったら、そこの後輩たちもただじゃ済まねえだろ。もう少し備えがあったほうがいいんじゃねえか?」

「それはそうですけど……。今この街には魔法少女自体が少ないので、自分で何とかするしか」

「だから、俺たちがその代わりをしてやるよ」

「……え?」

突然の申し出にマミの脳内が一瞬固まる。

魔法少女の代わりをする。つまりは――、

「俺たちがオマエのボディーガードをしてやる。だから魔女退治とやらに同行させろ。何、迷惑はかけねえさ」




垣根「娘を返してほしかったら俺達に協力しろ、OK?」
まどか「OK!」ズドン

おお、投下来てる、やったー


まさかの協調路線、と思ったがよく考えたらスレタイからしてそうだった
垣根とさやかちゃんのやり取りが何故か面白く感じるww

おお来てたのか

こういうつなぎ回だと誉望くんとさやかちゃんがすごく便利だな

超支援

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