垣根帝督「協力しろ」鹿目まどか「ええ…」 (41) 【現行スレ】


「キュゥべえに騙される前のバカな私を助けて」

それが"この世界"の彼女の遺言だった。

ーーまた失敗した。

もう何度目かも分からない後悔と涙を連れて、少女はまた飛び立とうとしていた。

走馬灯のように駆け巡る思い出を胸の奥にしまって。

瓦礫と硝煙で覆われた目の前の惨劇から目を背けつつも、彼女はまたそれこそ何度目かも分からない決意を燃やすのだった。

(次こそは、必ず……!!)






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10月初旬の心地よい秋風が吹き込んでいた。

看護婦が気を遣ってくれたのだろうか。

1/4ほど開けられた窓を見てそんなことを考えながら、暁美ほむらはゆっくりと起き上がる。

見慣れた病院の個室だった。

(うう……んっ)

長く昼寝しすぎたような倦怠感は毎度の事ながら慣れない。

彼女はベッドの上で軽くストレッチをすると顔を洗い、身の回りの持ち物を一つずつチェックしていく。

まるで納品された商品を検品するスーパーの店員の用な仕草だ。

それが終わると、今度は病室を出てエレベーターホールへと向かい、一階へ降りる。

受け付けロビーの片隅、数台の自動販売機が設置された待合室に一直線に向かうと、彼女はフリースペースに置かれた朝刊を手に取った。

各新聞社のものを一部ずつ。

自動販売機でコーヒーを買っていた中年の男性が、年端に合わないことをするほむらを不思議な目で見つめるが、彼女は気にも留めずいくつもの朝刊をテーブルに広げ読み進めていく。

とはいえほむらは同世代の少女らが好むであろう人気タレントのスキャンダルやテレビ欄、スポーツニュースなどには目もくれず、政治や経済、さらには上場企業一覧など大抵のサラリーマンが読み飛ばすような記事ばかり熱心に眺めている。

と、スラスラと流れていたほむらの目線が急に止まった。

原因不明の集団昏倒事件があったという記事、だが彼女の目に止まったのはその内容ではない。

(……学園都市?)

常識的に考えて、場所を説明するなら○○県○○市といった風に記載されるのが当然だが、そこにはただ"学園都市"とだけ書かれていた。

まるでそれがどこにあるのか皆が知っていて当然というように。

(……、)

「あの、ちょっといいですか?」

「え? あ、何かな?」

突然声をかけられた中年男性は少し驚きながらも飲んでいたコーヒーをテーブルに置き、ほむらに向き直る。

「この学園都市って、どこにあるんでしょうか?」

「え……?」

しまった。とほむらは思った。

質問した途端、男性の目の色が明確に変わったからだ。

彼女は分かる。これは不審と憐れみの視線だ。

ほむらがした質問は、あまりに常識外れだったのだ。

「すいません。何でもありません!」

彼女はそう言うと、怪訝な顔をしている男性から視線を外し、足早に病室へと戻っていく。

どうやらこの学園都市というのがこの世界では当たり前に受け入れられているらしい。

(前の世界では聞いたこともなかった。都道府県と同レベルでメディアに取り扱われる学園都市っていったい……)








分かった事がある。

"この時代"の日本には国家とは別に独立した行政権を持つ自治体がある。

そこは東京都西部を中心に埼玉県、山梨県、神奈川県を跨ぐように、外周を高さ5メートルの壁で覆われた円形の都市である。

内部は全23学区に分けられ、人口230万人中8割が学生である。

そこは最先端の科学に基づき、超能力開発なんてものを学校のカリキュラムに組み込んでいる。

そこは12人の理事と1人の理事長によって運営され日本国内でありながら独自の条例が優先される治外法権の都市である。

「……なにこれ」

スマホの大手検索アプリが表示したページを見つめながら、ほむらは絞り出すように呟いた。

看護師が仕組んだ盛大なドッキリとかじゃないだろうかと一瞬頭に浮かんだが、すぐに我に帰る。

世界的大企業が、何をとち狂ったら個人の悪戯に加担してくれるのか。

実際にテレビを付けてみればニュースキャスターが神妙な面持ちで、9月30日に起こった謎の集団昏倒事件について報じている。

思わず食い入って見ていると、突如部屋のドアがノックされた。

「暁美さーん、入りますよー」

軽い口振りで入ってきたのは30歳前後の女性看護師だった。

「血圧計りますねー」

彼女はガチャガチャとカートに乗った器具をいじりながらテレビに目を向け、

「あ、暁美さんもそのニュース見てる。最近みんなこの話題ばっかり」

「そんなに、大きな事件だったんですか?」

「そりゃあそうですよ! あの学園都市が原因究明に苦労するなんて、普通ならあり得ないことです。なんたって壁の外と内で科学技術に2、30年の開きがあるって言われてるくらいですし」

「(そんなに……一体どうなってるの)」

ほむらの囁きは看護師に聞こえなかったようで、彼女は自分も学園都市に行ってかっこよく超能力を使いたかったと喋り続けている。

(確かに学園都市の事は気になる。でも……)

実は、彼女には為し遂げなければならない明確な目標があった。

確かにイレギュラーな事態だが、あまりそちらに傾倒して"本業"が疎かになっては元も子もない。

注目はしつつ、使える物があれば拝借して己の武器の足しにするくらいの心持ちでちょうどいいかもしれない。

「でも、所詮は学生の授業だし、超能力って言っても手品くらいのものなのでは?」

「うーん……。いくつかレベル分けがされてるとは聞いたことあるけど詳しい事は分からないや。ごめんなさいね」

(まあそんなところよね。"アイツ"を倒すための戦力には間違いなくならないでしょうね)

そんな風に考えて、ひとまず超能力という単語からは思考を離すことにした。

(自分の足しになるかどうか、それだけを考えて行動しないと。余計な寄り道は良くないわ。自分の興味に振り回されないように)

血圧を計られながら、ほむらは今一度決意を固めた。






鹿目まどかは特にこれと言った取り柄のない普通の中学生である、と自分で思っている。

「おっきろーーーー!!!」

まだ幼稚園にも通えない幼い弟タツヤのモーニングコールなどではビクともしない母親に止めの一撃(布団剥がし)を見舞い、少女はいつも通り朝の支度をする。

1階に降りると、父知久が庭に出て家庭菜園の世話をしているようだった。

「おはようパパ」

「おはようまどか。今日はよく晴れたね」

「プチトマト摘んでるの?」

「うん、朝食のサラダに入れようと思ってね」

慣れた手つきでトマトを千切っていく知久。

父が作る朝食は、まどかにとって毎朝の楽しみの一つだった。

ほどなくして、重い足取りで母、詢子が瞼をこすりながら降りてきた。

「おはよう、コーヒーでいいかい?」

「うん、頼むわ」

テキパキと朝食の準備をする知久をよそに、詢子は置いてあった朝刊に手を伸ばした。

まどかは横目でそれを見ると、

「またこの前の昏倒事件のこと? 最近本当にそればっかりだね」

少しうんざりした様な感じでまどかは話しかける。

彼女が言っているのは9月30日に学園都市で起きた事件のことだ。

「まあ被害者の数が半端じゃないようだしなあ。特定の場所にいた人達が集中的にって訳じゃなくて、ほとんどの学区に跨がって一定の割合で被害が出てるってのも気味が悪いよな」

「うーん……、確かに屋内にいた人も被害に遭ってるのも変な話だよね」

まどかにとって、集団昏倒の原因で思い浮かぶものといえば神経性のガスや食中毒などだが、今回の場合そのどちらにしても説明がつかない。

この不思議な事件は学園都市外でも噂になり、様々な憶測が好き勝手に語られていた。

SNS上でも『特殊な電波に寄るもの』『学園都市を疎ましく思う秘密結社の大規模クーデター』『宇宙人の襲撃』など都市伝説のような話まで飛び交っているのをまどかは知っている。

「そもそも学園都市が発表してる情報が全て正しいとは限らないしな。恩恵を受けてるうちらが言うのも何だが、あそこは他より進んだ科学技術で他国と対等に渡り合えるまで成長した都市だ。ある程度情報規制はされてると考えるのが自然だろう」

まどかが住む見滝原市は、近年学園都市からの援助を受け急速に発展した街だった。

そのため、彼女の通う中学校をはじめ、公共施設の外観や設備も他の都市と比べて洗練され、どこか未来的なイメージを受ける。

地元の政治家の一部は最初「これは学園都市の実験だ」と反対していたが、いつの間にかそう言った意見も聞かなくなった。

住民にしてみれば、より快適に暮らせるようになるのだ。反対する理由はない。

きっとその政治家も、科学の恩恵による誘惑に負けたのだろう。

まどかがそんな事を思っていると、丁度知久がプレートを両手に持って運んできた。






「お待たせ。今日はさっき採れたトマトをサラダに、ホウレン草をオムレツに入れてみたんだ」

真っ白なプレートには、半切りにされたプチトマトとレタス、キュウリのサラダ。さっと湯通ししたホウレン草を混ぜ込んだフワフワのオムレツが綺麗に盛り付けられていた。

「うわぁ、おいしそう、いただきまーす!」

「トーストも焼けたよ」

「コーヒーのおかわりお願い」

「うん、了解」

オムレツをナイフで切り分け幸せそうに頬張るまどか。

知久はそんな娘の表情に柔和な笑みを浮かべながら詢子のカップにコーヒーを注ぐ。

「今日も遅くなるのかい?」

「うん。ちょっと最近立て込んでてな。気張り時なんだ」

「あんまり無理はしないようにね」

「うん、サンキュー」

鹿目家は妻詢子が働きに出て、夫知久は専業主夫として家族を支えている。

結婚当初は逆だったらしいが、効率重視の詢子の意見で今の形になったと、まどかは聞いている。






朝食を食べ終えると、洗面台の前で歯を磨きながら詢子と他愛もない母娘の会話をする。これもいつもの日課だった。

「でね、和子先生なんだけど今度は上手くいきそうなんだって」

「アイツいつもそう言って上手くいった試しがないからなぁ。もういい歳だし、そろそろ身を固めて欲しいんだけど」

彼女たちが話しているのはまどかのクラスの担任教師である早乙女和子のことだ。

彼女は詢子の旧友でもある。

「和子もそうだけどまどかはどうなんだ? 中学入って告白の1つはされたのか?」

「ええっ!? そんなことある訳ないよ! む、無理だよ私なんて……」

「そうか? もしかしたら隠れまどかファンがいるかも知れないぞ」

「そんなぁ、ないって……」

謙遜するまどかだが、周りのクラスメイトや友達がラブレターを貰っただの告白しただのされただの、そういった類の恋愛話を耳にすることはよくあった。

その度に、少し羨ましいと思ってしまうのも事実だ。

自分に自信がある訳ではないが、もしこれから色恋沙汰に全く無縁で学生生活を終えるというのもいくら何でも寂しすぎる。

詢子はまどかの横顔をチラリと見ると、何本か置かれたリボンの中から一番派手な赤いものを手に取った。

「よし、今日はこれにしな!」

「えー? 派手すぎない?」

「派手なくらいが丁度いいんだよ。アンタは自分からグイグイ行くタイプじゃないんだから、せめて見た目だけでも気を遣って周りに印象付けなきゃ」

「うーん……、そうなの、かなぁ?」

「そうなんだよ」

何の根拠があるのか知らないが、詢子は断言する。

「いいかまどか、恋愛はサッカーと同じだ。自分で立ち位置を考えて動かないといつまでたってもパスは回ってこない。じっとしてても打球が飛んでくる野球とは違う」

「な、何で球技で例えたの……?」

「分かりやすいだろ?」

正直微妙な例えだと思ったが、そんなことを口にするほど彼女は愚かではない。

本人が傑作だと思ったものに対しては、明確な反論がない限り取り敢えず同意しとくのが円滑な人間関係を築く秘訣なのだ。

詢子に言われた通り赤いリボンを身につけ、まどかは支度を終える。

時計を見れば、そろそろ家を出なければ友達と待ち合わせした時間に間に合わない。

「じゃあママ、私先に行くね」

「おう、行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃいまどか」

知久もキッチン朝食の片付けをしながら背中越しに声をかけた。

「行ってきまーす!」

ドアを開けて家を飛び出すと、スッキリとした秋晴れの空が一陣の風と共に出迎えてくれた。

まどかはスカートを押さえつつ、いつもの登校ルートをいつもと同じように足早に駆けていく。

これが、鹿目まどかにとって朝の日常だった。






美樹さやかと志筑仁美は姫名川沿いのランニングコースで鹿目まどかを待っていた。

別にまどかが遅刻している訳ではないが、生活習慣の違いか、自然と2人がまどかを待つ構図になっていることが多い。

「……ふぁ~あ。あら、失礼」

さやかがボーっと川の流れを眺めていると隣にいた仁美が口元を押さえて涙目になっている。

あくびを噛み殺そうとしたが、声が出てしまったようだ。

「眠そうだね。昨日は日本舞踊だっけ」

「ええ。思いの外稽古が押してしまって、今日の授業の予習をしていたら深夜までかかってしまいましたわ」

仁美は裕福な家庭の箱入り娘であり、日本舞踊の他にもピアノや茶の湯など様々な習い事をしている。

もっとも、その大半は本人の希望ではなく、半ば両親からの強制らしいが。

「そんな状況でもちゃんと予習してくるあたりさすがは仁美だなあ。あたしなら誰かに聞けばいいやって思っちゃう」

私も本当はそうしたいのですけれど、と仁美は本音を漏らし、

「そうやって他の人に頼ってばかりいると、結局受験の時自分がしっぺ返しを食らうことになりますから」

「うへぇ……」

"受験"という単語が出た途端、さやかは露骨に嫌そうな顔をする。

「朝からテンション下がるようなこと言わないでよー。あー……、考えてみれば来年の今頃は受験に向けて皆ピリピリしてんだろうなあ」

彼女たちは現在中学2年生。あと半年も経たない内に3年生になる。

計画的な生徒ならもうそろそろ準備を始めているかもしれない。

「そうですわねぇ。そうなると、今みたいに登校前ゆっくりする時間も無くなるかも……」

「えー! あたしこうやって仁美と駄弁ってるの結構好きなんだけど。やだよ仁美ー、寂しいよー」

さやかはわざとらしく仁美に抱きつき、ゆらゆらと左右揺さぶる。

だが仁美にとっての受験が自分のそれとは意味が異なることは分かっている。

仁美とは小学校時代からの付き合いだが、彼女はその時から様々な習い事で忙しそうにしていた。

そういった事情や彼女の家柄を考えても、その辺の中途半端な高校への進学など許してくれないだろう。

有名なお嬢様学校か、難関大学への進学者を毎年多数輩出している進学校か。

お世辞にも勉強ができるとは言えないさやかには候補にすら挙げようと思わない学校に違いない。

別に学校が別になったからといって友達じゃなくなる訳ではないが、それでも今と同じようにとはいかない。

一緒にいる時間は、確実に激減する。

当然そういったことは口にも顔にも出さず、さやかはいつも通り明るく努める。

どうしようもないことは考えない。今を楽しく生きるのが彼女のスタンスだ。

「さ、さやかさん! どさくさに紛れて脇腹をつつくのはやめて下さい。ーーひうっ!」

「おやおや、今の声はなんですかな?」

しまった、という顔をする仁美。

こういう反応はさやかが一番喜ぶ類のものだ。

現に彼女の顔を見ると、ニヤニヤとガキ大将のような凶悪な笑みを浮かべている。

仁美は両脇を締めると、加虐心に目覚めた親友から逃げるべく、反対側から駆け足でこちらに向かってくるもう1人の親友に助けを求めることを決めたのだった。


        ☆



「0930事件、ねぇ……」

SNSのタイムラインに流れてくるワードを拾いながら、誉望万化はポツリと呟いた。

ここは学園都市にある高層ビルの中。

2つの部屋をぶち抜いたような広大な空間には不自然なほど物が少ない。

殺風景な部屋に無造作に置かれたソファに背をもたれながら、彼はタブレットを操作している。

「はぁ……、もう10月だってのに何なのかしらこの暑さは」

すると、その台詞に反して非常に涼しそうな格好をした少女が入ってきた。

ハイヒールに真っ赤なドレスを着た彼女は、街頭で貰ったのだろうか、その格好に似合わず居酒屋のロゴが入ったうちわで顔を扇いでいる。

「……誉望さん、誉望さん。私、友達とショッピングする夢が叶いましたぁ!」

続いてニヘラァ……、だらしない笑顔を浮かべて入ってきたのは髪をツーサイドアップにまとめた少女だ。

肩にかけられたスクールバックには『弓箭猟虎』と書かれたネームシールがある。

これで『ゆみやらっこ』と読む。

「いやショッピングって……、ただコンビニ行ってただけだろ」

「しかも友達じゃないしね」

ドレスの少女がうちわの柄を向けながらツッコミを入れる。

ひ、酷い! と喚く少女を無視して誉望はビニール袋からペットボトルの炭酸飲料を取り出す。

対してドレスの少女はカップのアイスコーヒーをストローで啜りながら、

「何見てたの」

「ん? いつも通りリアルタイムの情報を漁ってただけだよ」

「はぁ、今なんてどこ見たって0930事件の話題で持ちきりでしょうに」

「ご名答」

誉望は強めの炭酸で喉と胃を潤しながら、

「物的被害は少なかったから実感が湧きにくい部分はあるんだろうけど、それを抜きにしても学園都市に衝撃を与えるには十分だ」

「むしろ目に見える被害が少ないからこそ、分からない部分を憶測で埋めようとして、確証の無い噂が飛び交う原因になっているんでしょうね」

「だろうな」

誉望はドレスの少女の言葉に頷く。

学園都市は9月の終わりに外部からの大規模攻撃を受け、パニックに陥った。

しかし、攻撃といっても街がめちゃくちゃに破壊された訳ではなく、大量の死体がそこら中に転がったという訳でもない。

ただ音もなく、学園都市内のあちこちで謎の集団昏倒事件が起きただけだ。

そして彼らは、全員もう回復している。

起こった日付から『0930事件』と呼ばれるこの出来事は、学園都市ならず、今や日本中でトップニュースになっていた。

「でも不思議ですよね。原理も何も分からないのに何で外部の攻撃だって決めつけるのか」

そう言って、パックのオレンジジュースを飲みながら弓箭猟虎はソファの背もたれに座った。

「統括理事会がそう発表してるからな」

「でもそうなると、学園都市の科学技術を持ってしても解明できない技術を持った集団がいるという事になるわね」

ドレスの少女の言葉に3人は一斉に黙る。

結局今世間を騒がせている理由はそれだった。

なぜ科学の最先端を行く学園都市が原因を把握できていないのか。

学園都市を襲った未知の科学技術とはーー?

そこに天使だの変な格好の女だの黒い翼だのといった関連性があるかどうかも分からない都市伝説の用な噂話が絡んで、各々が勝手なストーリーを作り出していた。

「何だか、SF小説のあらすじ読んでるみたい」

誉望のタブレットを勝手にスライドしながらドレスの少女は溜め息をつく。

「まぁ、確かにこの中のほとんどは読む価値もない書き込みなんだろうな」

でも、と誉望は続けて、

「こういったある種の話題で持ちきりの時こそ、本当の情報をカモフラージュしやすかったりするんだよ」

傍らの少女2人が、ん? という表情をする。

補足を求められていると思った誉望はタブレットの画面を2人に見えるようにして、

「例えば、こんな書き込みとかな」

「『見滝原市を中心に、最近謎の失踪事件多発……?』」



        ☆




「何それ?」

タブレットの書き込みを訝しげに見つめながら、ドレスの少女は半ば呆れたように呟いた。

「今回の依頼」

「は?」

「見滝原やその周囲で怪死や行方不明になる人が多発してるのは事実なんスよ。それを調査しろってさ」

「はあ……。何で私たちが……?」

「確か、見滝原って学園都市と提携して急発展してるとこですよね」

口元に指を当てて考えるようにしながら弓箭猟虎が言う。

「でもそんなのどこででもあり得る話ですし、そもそも県警の管轄なのでは? 私たちの出る幕ではないと思うんですけど……」

彼女が言ってる事はもっともだった。

いくら繋がりがあろうと、街中で起きる出来事全てに干渉していてはきりがない。

学園都市は(体面上は)あくまで一自治体という扱いであり、他の自治体を調査する権限などない。

だが、

「そりゃあ地方の一般市民が多少どうなろうが学園都市は歯牙にもかけないだろうさ」

誉望は何かを確信しているように言う。

「でも忘れてないスか? 見滝原は事実上学園都市の庇護の下成長を遂げた街だ。当然あの統括理事会が博愛精神に満ちた慈善事業としてそんなことする訳ない。見返りはきっちり貰ってる」

「まあ確かにあの街には学園都市の出先機関がたくさんありますしーー」

と、そこまで言ったところで猟虎がハッ、と何かに気づいたような表情をする。





一瞬の沈黙の後、ドレスの少女がなるほどね、と静かに呟いた。

「研究員がやられたのね」

「それも1人や2人じゃない。不思議っスよね? いくら外部とはいえ、一応学園都市の研究機関だ。セキュリティに抜かりはなかったはずなのに」

学園都市が派遣した研究員。

それはもちろん大学を出たばかりの若手研修生などではない。

情報漏洩を防ぐため、選ばれた精鋭にそれをさらに監視する何重ものシステム。

世間一般には発表されていないが、当然最新鋭の技術を盗もうとするよからぬ輩の襲撃も想定に入れて、それなりの武装も常備されているはずだった。

その中で起こった、集団失踪事件。

施設が荒らされた形跡もなく、見事に人影だけが切り取られたように消えていたという。

「何人かが結託して逃げ出したとかは……、科学技術を外部に売るために」

「学園都市から外部に出る時は、ミジンコサイズのナノデバイスを血管に注入されるわ。どこへ逃げたってGPSで丸わかりよ」

「じゃあ」

「ま、そういうことだよ」

タブレットをカバンにしまい、誉望は手をヒラヒラと振りながら言う。

「半端な部隊を送り込んでも返り討ちにされると踏んだんだろう。それで俺たちに白羽の矢が立ったってこと」

「0930事件に続いてのこれ。統括理事会はある程度目星を付けてるのかしら」

「うーん……。でもそうなるとかなり危なくないですか? 相手は短時間で都市機能を麻痺させて研究員を痕跡すら残さず暗[ピーーー]るほどの手練れなんですよね」

「この2つの犯人が同じかは分からないけど、まあ危険なのは事実だな」

そこまで言って、誉望はハアと溜め息をついた。

他の2人もそうだが、話の内容の割にはどこか口調が軽い。

まるで、強力な後ろ楯により自分たちが犠牲になることは絶対にないとでも言うかのように。

「ま、ただ俺たちがここであーだこーだ言ってもしょうがないスよ。決めるのはあの人だし」

「そうね。彼も色々と"準備"をしてるみたいだから、恐らく断るんじゃない?」

誉望も同意見だった。

0930事件以来、学園都市の防衛網は弱点が露呈した形になってしまっている。

その隙をついて、いくつかの暗部組織が人目につかないところで様々な企てをしていた。

そして彼らもその中の一つであり、とある目的の為に着々と準備を進めている。

だからこんな依頼受けられるはずがない。

そう思っていたからこそ、誉望は楽観的に考えていたのだがーー。

        ☆



「おう、いいんじゃねえの?」

「はぇ?」

予想外の好反応に、誉望万化はキョトンとした顔をする。

そこにいたのは背の高いガラの悪そうな少年だった。

少年の名は『垣根帝督』。

彼ら『スクール』をまとめるリーダーである。

驚いたような表情の誉望に彼は言う。

「何か問題でもあるのか? 統括理事会経由で回ってきた正式な"仕事"なんだろ? 直轄の組織である俺たちがそれを受けるのがそんなに不思議か?」

垣根の言葉に、誉望はやや困惑しながらも首を横に振る。

「にしても前の騒動に続き今度は"外"ときたか。アレイスターのクソ野郎はどこまで把握してんのか。案外、ビルの中では顔面蒼白にして焦りまくってたりな」

詳細が記された電子メールを眺めながら、彼は気軽な調子で言う。

ビルというのは学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーが鎮座する漆黒のビルの事だ。

入り口どころか窓すらなく、外から中の様子を伺い知ることはできない。

「本気?」

頬杖をつきながらドレスの少女は訝しげに目を細める。

「『ピンセット』の方は諦めるの? その為に色々準備してきたんでしょ?」

「別に諦めた訳じゃないさ。ただこっちの依頼に底知れぬ可能性を感じただけだ」

「?」

何を言いたいのか分からないといった様子の少女。

彼女は『心理定規(メジャーハート)』という精神干渉系の能力者だが、あくまで他者と自分との"心の距離"を操作するものなので、相手の心の内は読めない。

他の2人も同様の反応で、それを見た垣根は面倒臭そうに溜め息をついた。

「察しが悪いなオマエら。いいかよく考えろ。俺たちは今まで何に向けて準備してきたんだ? 一体誰を相手にしようとしてる?」

「何って、そりゃあ……」

3人は顔を見合わせる。

だが誰も答えを言おうとはしない。

いまいち垣根の意図が掴めていないようだ。

「まだ分かんねえのかよ……」

彼は半ばあきれたように、

「俺たちはアレイスターを出し抜こうとしてんだぞ。『ピンセット』云々もあくまでその為の手段だ。それ自体が目的じゃねえ。履き違えんなよ」

学園都市に対するクーデター。

そんな大層な計画を彼は本気で実行しようとしていた。




「何もわざわざ相手の得意分野で勝負してやる必要はねえ。『土俵外』に引きずり降ろせるならそれに越したことはないと思わないか?」

得意分野。

学園都市の統括理事長であるアレイスターにとってのそれは、まさしく科学や超能力そのものだろう。

ならその範囲外とは、

「……垣根さん。それってもしかして今ネット上で話題になってる『超能力以外の異能』って奴っスか?」

それは半ば都市伝説のような噂だった。

9月30日に学園都市の襲った謎の現象。

学園都市の科学力を持ってしても解明できないのならもうそれは科学ではない何か別の未知の力なのではないのかという。

「別におかしな事はねえだろ」

しかし、垣根は至極真っ当な顔で言う。

「この街で実用化されてるのが量子論に基づいた能力ってだけで"その他"がないとは限らねえ。まだこの世界には俺たちの知らねえ法則が眠ってるかもしれねえぞ?」

「な、何だか変に夢のある話ですね」

おずおずと弓箭猟虎が発言する。

「『超能力者(Level5)』のあなたが言うと何だか凄く違和感があるけどね」

「じゃあ垣根さんはそれを見つけて自分の糧にしようと?」

「対価としては悪くねえ」

あくまで可能性の話だが。と垣根は前置きした上で、

「もしこの一連の事件が本当に学園都市外の能力に依るものだとしたら、ソイツをモノに出来ればアレイスターに対する有効打になり得る。正直、まだまだ手札は足りねえ。かき集められるだけ集めといた方がいい」

「……そう、分かったわ」

垣根の言葉に、あっさりと心理定規は同意した。

と言っても『スクール』では彼がリーダーであり、彼の意思がグループ全体の意思である。

垣根が一度言い出した事を引っ込めるような性格でないのを彼女も知っているからなのだろう。





「もし見当違いだったらどうするの?」

「そん時は適当な理由でっち上げて引き上げるさ。ボランティアに付き合ってる暇はねえしな」

「はあ……、初めから仕事をこなす気はないのね」

気だるそうに息を吐く心理定規。

その横で弓箭猟虎は何故かソワソワしていた。

「あの……、あの……!」

「ん? どうした弓箭?」

不思議な顔で誉望が声をかける。

当の本人は、まるで新作のゲームを待ちわびる子供のような表情で、

「これって……、初の"外"での任務。当然泊まり掛けになるんですよね?」

「んー、そりゃそうだろ。さすがに見滝原まで日帰りはキツいと思うぞ」

いつ終わるかも未定だしな、と誉望は言う。

「てことはてことは……! これって……! 皆で……! お泊まりって事ですよね!? わ、私今まで友達と泊まり旅行とかしたことないんです……! わー、色々準備しないと! ト、トランプとか持って行っていいですか!?」

「いや、旅行じゃないし。てか泊まり初めてって? 修学旅行とか無かったのか?」

「休みました。ボッチが行っても楽しくないので」

「何て悲しい理由……」

しみじみとツッコミを入れる誉望。

そんな2人のやり取りを見ていた垣根は面倒臭そうな顔をしていた。

彼は言う。

「盛り上がってるところ悪いが行くのは俺と誉望だけだぞ」

「へ!?」

誉望と猟虎、2人から間抜けな声が出た。

心理定規は、特に反応もなくじっと垣根の方を見ている。

「オマエらよく考えろ。全員で"外"に出て、もし仕事が長引いたら誰が『ピンセット』回収するんだ?」

「あら、それはもう諦めたんじゃなかったの?」

「諦めてはいないさ。ただ魅力的な仕事が同時に舞い込んだからそっちにも戦力割くってだけだ」

ええー! と弓箭猟虎が悲痛な声を出す。

「せっかく……! せっかく夢が叶ったと思ったのに」

ううぅ、と露骨にテンションを下げる猟虎。





そんな彼女を気にも留めず、垣根は淡々と役割分担を言い渡す。

「俺と誉望は見滝原で研究施設中心に調査をする。その間、オマエら2人はトラブルが起きた時に対処できるよう学園都市で待機しとけ」

彼は続けて、

「もし実験予定日までに俺たちが戻れそうも無い時は下部組織の連中と協力して『ピンセット』を奪え。いいか?」

ふぁい……、と猟虎から気の抜けた返事が聞こえた。

他の2人も異存はないようなので、決まりだな。と彼は言って電子メールを返送する。

そうしながら垣根は薄く笑みを浮かべていた。

彼はこれからの予定に希望を馳せる。

学園都市製ではない未知の能力。

ネット上では都市伝説と同列に扱われるようなこの話題も、彼はそれなりに信用を寄せていた。

彼らは学園都市のカリキュラムを受けて発現した能力を扱うが、その中にもあるのだ。

どれだけ能力を解析しても、説明のつかない空白の部分が。

そのわずかな不明点をノイズとして切り捨ててしまう学者もいるが、垣根はそこにこそ能力運用の真髄があるのではないかと考えている。

彼の扱う超能力『未元物質(ダークマター)』。

垣根自身、この能力を隅から隅まで把握しているとは言い難かった。

能力の運用方法は分かるが、それを構成している理論の輪は完全に閉じておらず、一部異物のようなものが混じっている。

それを解き明かした時こそ、新たな制御領域の拡大(クリアランス)を取得し、完全に能力を支配下に置けると彼は信じていた。

「しっかし今回は、本当に棚からぼた餅になるかもなあ」

「……?」

何でもねえよ、と垣根はぶっきらぼうに言う。

あくまで可能性。

だが、もし今回の見滝原の遠征で未知の法則を発見できれば。

それを、上手く取り入れられれば。

"外"から能力を見直す事で、『未元物質』に新しいインスピレーションを付加する事ができれば。

彼はポツリと呟いた。

「……正直まだ中盤戦くらいだと思ってたが、ひょっとしたら一気に詰みまで行くかもなあ。アレイスター?」


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