武内P「島村さんとラブホテルに入ることになってしまいました……」 (62)

・武内Pと卯月のお話です。
・時間軸的にはアニメ本編後のお話。
・地の文が多いです。
・R18ではないですけどR18要素はでてきます、ラブホテルだしね!
・それでもよろしければどうぞよろしくお願いします。

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 アスファルトで舗装されていない、ただ砂と砂利だけの道を、スーツを着た大柄な男と少女が走っていた。
 夕方の木陰で覆われている道とはいえ、二人とも全力で走っているのであろう。額には汗が滲み出ていた。

「ぷ、プロデューサーさん……」
「あと少しです、島村さん!」

 息も荒くなってきた少女に対して大柄の男は励ますように答える。
 そう言いつつ、プロデューサーと呼ばれた男は腕時計を確認する。間もなく長針が十二を指そうとしていた。
 男の表情が歪む。時間がないのだろう。自然と足が速くなっていた。

「プロデューサーさん、ま、待ってください!」

 差がついてきたことに対してだろう、少女が叫ぶ。

「もう少しだけ頑張ってください、見えてきました……!」

 二人の視線の向こう、そこにはバス停と、止まっているバスがあった。
 思わず表情が緩む、二人が目指していたものが見えたからだろう。
 しかし、バスからエンジン音がなり出した。まさか、男が時計を確認する。
 長針が十二を過ぎていた。

「待ってください!」

 手を掲げながら男が叫ぶものの、距離がまだあったことと、エンジン音に叫びがかき消されてしまった結果、
無常にもバスはそのまま動き出してしまった。
 間に合わなかったことに気づいたプロデューサーは足を動かすのをやめ、そこに立ちすくむ。
 ようやく追いついてきた少女は息を整えつつ、男に話しかけた。

「最後のバス、行っちゃいましたね……」



 シンデレラの舞踏会の後、島村卯月はまた、精力的に仕事に取り組むようになった。
 それこそ首都圏での仕事だけでなく、地方営業を含めて。
 今回もその地方営業の一貫として、卯月は首都圏から大きく外れた地方へと来ていた。
 シンデレラプロジェクトのプロデューサーは、そんな卯月を補佐するため、プロジェクト解散後も卯月の
プロデューサーを続けていた。そのため、今回も付き添いとしてこの場に一緒にいた。

「すみません、私のせいで……」

 走ってきた道を戻りながら、プロデューサーは卯月に謝る。
 バスに乗り遅れた原因。もちろん、田舎故の最終便の早さもあっただろう。しかし、そのことも含めて
プロデューサーはスケジュールを組んでいた。多少なら遅れても問題ないはずだった。

「私も、もっとちゃんと警察の人に言ったらこんなことにはならなかったはずです。なので、気にしないでください」

 原因は想定外の出来事、プロデューサーが警察に事情聴取を受けてしまったからであった。
 長い時間拘束された二人は、結果的にバスが出発していく後ろ姿を見る羽目になってしまった。
 こうやって事情聴取されるのも何度目だろうか。プロデューサーは自分の顔を呪った。
 
「いえ、私がこんな顔をしているばかりに……」

 自分がもう少し愛想の良い顔をしていればこんなことにならなかったはずだ。そんなことをプロデューサーが
考えていたときだった。

「そんな! プロデューサーさんは、確かに、顔は怖いかもしれないけれど……でも、それ以上に素敵な人です!」

 卯月が叫んだ。その言葉には力強さがこもっていた。

「島村さん……ありがとうございます」

 励ますために言ってくれたのだろう。落ち込んでいた彼にはとてもありがたいことだった。

「その……どう、いたしまして」

 卯月が顔を赤くしているのは、自分が叫んだことに対して恥ずかしくなったからだった。しかし、幸か不幸か、
プロデューサーがそのことに気づくことはなかった。

「今日はとりあえず宿泊できるところを探しましょう。明日、予定が入っていないのは不幸中の幸いでした」

 気を取り直したプロデューサーは、黒いスケジュール帳を取り出し、予定を確認しながら卯月に伝える。

「あ、じゃあ私、ママに伝えておきます。今日はこっちに泊まるって」
「よろしくお願いします」

 二人は携帯を取り出す。

「もしもし、千川さんですか……はい、実は、こちらで少し問題が発生しまして……ええ、それでこちらに
宿泊して明日戻ります。申し訳ありませんが……はい、よろしくお願いします」
「もしもし、あ、ママ。あのね、ちょっとトラブルでこっちに泊まることになっちゃって……うん、
明日帰ってくる……プロデューサーさんも一緒だから大丈夫……うん、それじゃあ」

 二人が通話を終えるのはほぼ同時だった。

「あ、プロデューサーさん。ママがプロデューサーさんと一緒なら安心だって!」
「こちらも、今のところ問題はないようです」

 お互いの朗報にひとまず安堵する。不幸中の幸いとはこのことだろう。

「それじゃあ、後は泊まる場所を探すだけですね!」
「はい、ちょっと距離がありますがこの先に泊まれる旅館があるようです。そちらの方に行ってみましょう」

 携帯の地図で確認しながら、目的地に向かって歩きだす。
 距離はあるものの、夜になる前には十分たどり着けるだろう。
 しかし、プロデューサーはそのとき失念していた。自分たちが山の方にいることを。
 ――歩いていると、次第に辺りが暗くなっていった。空が、雲に覆われている。

「一雨、きそうですね……」
「ええっ! あんなに晴れていたのに……」

 実際、ぽつぽつとだが雨粒が落ち始めてきていた。

「島村さん、傘は持ってきていますか?」
「晴れるって天気予報では言っていたから、家に置いてきちゃいました……」
「では……」

 そういって彼はバッグから折り畳み傘を取り出して開く。突然の雨にも対応できるように忍ばせておいたのが役に立った。
 卯月が濡れないよう、傘の中に入れる。

「あ、ありがとうございます……」

 間もなく、雨が本格的に降り始めた。
 折り畳み傘はそれほど大きくはないものの、卯月にそこまで雨粒はやってこない。
 ふと、卯月はプロデューサーを見た。自分より体格が大きいのに、この傘では二人は入りきるわけがない。
それなのに自分があまり濡れないのは何故だろう。
 答えは一つしか無い。案の定、傘を持った大男の肩は濡れ始めていた。

「プロデューサーさん、あの、肩が……」
「ああ、大丈夫です。このくらい……」
「でも……」

 そこまで言って卯月は口をつぐんだ。
 おそらく何を言ったところでプロデューサーは卯月のことを優先してくるだろう。
 そういう人なのだ。不器用だけれど、いつもアイドルたちのことを真剣に考えてくれる人。
 次第に雨が強くなってきた。
 どうやら通り雨ではないらしい。卯月も少しずつ濡れ始めてきた。

「まずいですね……」

 旅館まではまだ距離があった。たどり着くころには傘があってもずぶ濡れになってしまうだろう。
 卯月も不安そうにしているプロデューサーに気づいた。
 自分に何かできることはないか、せめて他に避難するところでもあれば。卯月は辺りを見回す。

「……あ、プロデューサーさん! あれ!」

 卯月が何かに気づいたようで、指で方角を指す。
 そこには確かにHOTELと書かれていた。

「あそこに避難しましょう!」
「あ、いえ、あそこは……」

 プロデューサーが言いよどむ。何かをためらっているようだった。
 何故ためらっているのか卯月にはわからなかったものの、ホテルなら避難するだけでなく一日泊まることだって
できるはずだ。
 雨も強くなってきている今、それが最良の案に思えた。

「どうしたんです? プロデューサーさん」
「いえ……」

 プロデューサーは卯月の顔を見る。
 きっと彼女は気づいていないのだろう。すごくうれしそうにしている表情に、全く裏は感じられなかった。
 しかし、あのホテルはまずい。何かうまく断る手段はないだろうか。
 プロデューサーの考えを遮るかのようにまばゆい光が走り、その後、大きな音が鳴り響いた。
 雷だ。

「きゃっ!」

 卯月が可愛らしい叫び声を上げる。
 このままではかえって危ない。そう考えたプロデューサーは仕方なく卯月の意見を飲むことにした。

「わかりました、島村さん。あちらのホテルに避難しましょう」

 進路を変え、ホテルに向かって歩き始める。

「でも、あのホテルって面白い形してますよね。まるで、お城みたい」
「……ええ、そうですね」

 二人が目指す先、それはラブホテルだった。


 お城の中はピンクの明かりに包まれていた。

「なんか、普通のホテルとちょっと違いますね」

 どうやら卯月はラブホテルというものを知らないらしい。卯月が裕福な家庭の子であることをプロデューサーは
知っていたものの、どうやらかなりのお嬢様でもあったようだ。
 それにちょっとした安堵を覚えると共に、危うさも感じた。
 この子を一人にしてはいけない。そんな意識すら芽生えた。

 ひとまずプロデューサーは周囲を見回す。
 どうやら人の気配はないようだ。田舎町の、それも人里離れたところであることに少し感謝した。
 何せプロデューサーとアイドルがラブホテルに二人で入ってるのだ。しかも最近売れ出している子である。
 例え、この世界に、紆余曲折の末プロデューサーと結婚したアイドルがいようと、交際を堂々と宣言するような
アイドルがいようと、ラブホテルは、まずい。
 緊急の避難だったとはいえ、誤解されても仕方のない状況である。人気を気にするのも仕方のないことであった。

 しかし、プロデューサーはあることに気づいた。フロントにすら人がいないのだ。普通のホテルだったら
一人くらい受付の人がいるはずなのに。
 実はプロデューサー自身、ラブホテルに泊まるという経験が初めてだったので、このことに軽く困惑した。
 幸い、受付に呼び鈴があったので鳴らす。

「いらっしゃいませ、どうなさいましたか」

 少しして、年老いた女性の従業員が一人出てくる。

「あの、受付を……」
「ああ! それでしたら、あちらのパネルからお部屋をお選びください」

 従業員の差し出した手の向こう、確かにそこには部屋の景色が映されたパネルがたくさんあった。
 その上には『お好みのお部屋のボタンを押してご入室ください』とあり、確かにパネルごとにボタンが存在していた。

「パネルが消えている部屋は現在使用中ですので、点灯しているものの中からお選びください。
その後改めてご案内致します」

 こちらが初めてなのに気づいたのだろう。
 丁寧な説明をし、従業員は再び従業員室へと戻っていった。

「どうしたんです? プロデューサーさん」
「いえ、どうやら、こちらのパネルの中から部屋を選ぶようです」
「わあ、色んなお部屋があるんですね!」

 卯月が興味津々と部屋のパネルを眺めていく。
 パネル自体にそこまで変なものが映ってないのは幸いだった。だいぶ古いようで、ほとんどのパネルは
点灯しながらもくすんでいた。
 ふと、プロデューサーは考え込む。
 ここが普通のホテルなら二部屋取るつもりだったものの、果たしてラブホテルを知らなかった
この少女を部屋に一人で泊めても良いのか。

 結論は否、ラブホテルということはおそらくそういったグッズもあるのだろう。もしかしたら
もっとまずいものもあるかもしれない。
 いくら泊まるのは初体験とはいえ、その程度の感覚はしっかりと持っていた。
 親御さんに娘を任された身でもあるため、そういった性的なものは事前に排除しておきたい。

「あ、プロデューサーさん。私、この部屋がいいです」

 卯月が選んだ部屋、それは大きな円形のベッドが置いてある部屋だった。

「こういうベッド、ちょっといいなって思ってたんです」

 一応他の部屋とも見比べるボタンの横に料金が書いてあるが、ほかと比べてもそこまで高いというわけではなさそうだ。

「それじゃあ、こちらにしましょう。ただ、すみません、どうやらここは一人では泊まれないようでして……」

 それが本当かどうかはプロデューサーにはわからないが、おそらく間違いではないだろう。
 何せここはラブホテルなのだから。恐らく従業員側もこちらが『そういうもの』と思っているはずだ。

「あ、じ、じゃあ、プロデューサーさんと一緒に泊まるんですね……」

 少し顔を赤くする卯月。そこは恥ずかしいらしい。

「大丈夫です、私は床で寝ますので」
「あ、いえ、大丈夫です。頑張ります!」

 何を頑張るのだろう。おそらく、卯月本人もよくわかっていないに違いない。
 ともあれ、卯月希望の部屋のボタンを押す。休憩と宿泊の二種類あったが、宿泊のボタンを選んだ。
 すると再び従業員が部屋から出てくる。今度は手に鍵を持っていた。

「ご案内致します。どうぞこちらへ」

 従業員に案内され、ホテルの中を歩いていく。
 歩いていく途中、他の部屋から音が漏れている様子はなかったため、防音はしっかりしているのだろう。
 そして、部屋の前に到着した。

「こちらになります」

 鍵を開け、ルームキーをソケット口に差し込む。すると、部屋の中が明るくなった。
 室内を見て、プロデューサーは驚愕した。
 普通だったからだ。
 自分が普段泊まるようなホテルとほとんど変わらなかった。
 明かりも普通の蛍光灯だったし、一見した限りでは変なものも見当たらない。
 違いがあるとすれば、トイレとバスルームが別々になっていることと、ベッドが先ほど卯月が選んだ通り、
円形になっていることくらいだろう。

「お帰りの際はフロントにご連絡ください。それでは、失礼します」

 最低限の連絡だけ済ませると、従業員はすぐその場を後にした。
 これまでの行動から推測すると、極力客と顔を合わせないようにするための配慮なのだろう。確かに、
プロデューサーもこんな店であまり他人に会いたくないという気持ちはある。

「プロデューサーさん、はい」
「あ、ど、どうも……」

 卯月がハンガーを渡してくれたので、脱いだスーツをそれにかける。
 すると横から伸びてきた手が、自然な流れでさっとハンガーを取り、ラックに引っかけた。
 こういう細かい気配りができる子なのか、と少し感心した。

「島村さん、大分濡れていますので、その、お先にお風呂を」
「あ、そうですね。でも、プロデューサーさんだってだいぶ……」
「いえ、私のことは気にしないでください。島村さんのお身体の方が大事です」
「……はい、じゃあ先に使わせてもらいますね」

 何か言い含むところがあったのか、少しの間黙っていたものの、プロデューサーの言葉に甘えることに決めたようだ。
 卯月がバスルームのドアを開ける。ちょっと広めの風呂場が見えた。そのまま中へと入っていく。

 ドアが閉まったのを確認してから、プロデューサーは動き始めた。
 部屋の調査をするためだ。先に卯月に風呂を勧めたのはもちろん口にしたことも事実ではあるが、卯月の目に
できる限り変なものは晒さないようにしたかった。
 いくら普通さにあっけに取られたとはいえ、ここはラブホテルなのだ。きっと、何かあるに違いない。

 まず、彼が最初に確認したのはテレビだった。
 テレビをつけた瞬間、それこそ男女のあられもない姿が映るのではないか。そんな不安があった。
 恐る恐る電源を入れる。
 そこに映ったのはなんてことはない、ただの音楽番組だった。念のためリモコンも確認するが、
有料チャンネルと無料チャンネルが分かれていた。どうやら、こういう場所でもああいった番組は有料らしい。
 これなら卯月が見ることはないだろう。

 テレビをつけっぱなしにしたまま捜索の続ける。シャワー音が鳴り始めたからだ。二人しかいない部屋の中で
シャワー音だけが響き渡るのは精神衛生上よろしくない。それはプロデューサーとて例外ではなかった。
 次に見たのは本棚だった。ホテルに関しての簡単なマニュアルなどが置かれており、十分危険なものがありそうな場所だ。

 まずはマニュアルを読む。使用の際の注意、簡単な内線番号や避難経路等が書かれていたが、特に問題はないようだ。
 一緒に置かれていた番組表は何かからコピーされたものだったが、有料チャンネルと無料チャンネルが別々に
分かれていたので、有料の方はくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てた。

『この【アイドル痴方営業~私、貴方の枕になります~】ってなんでしょう? 普通大地の地、ですよね?』

 なんて卯月が言ったら、どんな顔をすればいいのかわからない。笑顔ではないだろう。
 流石にそれは自分の中の卯月像がアレな気もしたが、少しでも可能性があるならば排除しておきたい。
 いつも以上に過保護なプロデューサーだった。

 もう一つ、薄いアルバムのようなものがあった。表紙にはレンタル衣装とある。
 中身が気になったプロデューサーはそれを手に取り、中身を見る。
 直接的に裸体を見せるような衣装は含まれていなかったものの、ナース、学生服、チアガール衣装、
アイドル衣装……そこには男の浪漫たちがたくさん詰め込まれていた。

 学生服一つ取っても割と充実しており、果てには大人用園児服まで入っていた。
 ふと、プロデューサーの脳裏にとときら学園のことが浮かぶ。
 とときら学園に以前大人組が出たことがあったが、あの回も何故か大好評だった。もしかしたら卯月たちのような
学生たちが着て登場してもいけるのではないだろうか。

「……いけますね」

 しばらく思案した後、そう結論づけた。
 戻ったら番組スタッフと打ち合わせをしていこう、そう決めてアルバムを本棚に戻す。彼は、こんなときでも
仕事のことを忘れないタイプの人間だった。

 だが、今回はそれが不幸を招いた。

 風呂場の扉が開く音がした。気づけばシャワー音も既に止まっている。
 馬鹿な、早すぎる。
 時計を見ると確かに予想していたよりは時間が経っていた。きっと仕事のことを考えていたためだろう。
それでも、風呂あがりには早いほうだとプロデューサーは感じた。
 女性のお風呂は長い、彼はそう認識していた。例えそれがシャワーであったとしても、だ。
 驚きのあまり思わず直立不動の姿勢をとってしまう。

「ふう、さっぱりしました! あれ? どうしたんですかプロデューサーさん」
「いえ、その……」

 なんて説明したらよいのだろうか。プロデューサーは言葉に詰まってしまう。
 卯月はバスローブに身を包んでいた。服が濡れていたためだから着替えているのは仕方のないことなのだが、
バスローブの隙間から見える肌色が色気を出しており、目のやり場に困ってしまう。とはいえ、今はそんなことを
気にしている場合ではなかった。

「実は……」

 何かしら言い訳を口にしようと言葉を発したと同時に、卯月が何かに気づく。

「あー! 凛ちゃんたちがテレビに出てる! プロデューサーさん、テレビ見てたんですね」

 卯月に言われて初めてプロデューサーは気づいた。
 つけっぱなしにしていたテレビに丁度渋谷凛が映っていたのだ。
 どうやらトライアドプリムスとして出演しているらしく、新曲を披露していた。

「はい、担当していたアイドルが頑張っている姿というのは、すごく、嬉しいことですので」

 実際、この言葉自体は本当のことだった。
 シンデレラプロジェクトは解散したとはいえ、皆が新たな道を歩み始めている。

「凛ちゃんたち、頑張ってるなあ……」

 テレビを見る卯月の顔。そこにはかつて見たような焦りや悲しみといったネガティブな感情はなく、友達として、
仲間として、共に成長していくような逞しさがあった。

「こうやって歌っている姿を見ていると元気づけられますね」
「……そうですよね! 私も頑張って歌っていきます!」

 少し何かを考えていたが、やがてプロデューサーの言葉に同意する。
 その卯月の姿が、とても頼もしく見えた。

「あ、プロデューサーさん。お風呂空いたのでどうぞ!」

 そんな彼女の成長の余韻に浸る間もなく、プロデューサーは現実へと引き戻される。

「そのことですが、その、随分と早く上がられましたね」
「プロデューサーさんに風邪を引いてほしくなくて、いつもより早く上がっちゃいました」

 卯月の笑顔と善意が辛かった。

「……わかりました。それでは行ってまいります」

 風呂場へと向かうプロデューサー。
 後はもう、自分が調べてなかった部分を卯月が見ないのと、仮に見たとしても変なものが入っていないことを祈るしかなかった。

「あ、プロデューサーさん」
「なんでしょう」
「お風呂、凄かったです! 明かりの色がピンク色だし、お風呂には変な装置ついてたりして! 
 あ、ただ椅子とか二つずつ置いてあったんですけど、家族用なんでしょうか?」
「……ええ、その通りです」

 家族(が作られる可能性がある)用だと考えれば嘘はついてない。

「わあ、やっぱり。面白いですね、このホテル」
「そう、ですね」

 できるだけ早くシャワーを浴びよう。プロデューサーがそう決心した。
 先ほどの卯月のキラキラとした目は、部屋の探索を始めかねない目だった。
 変なものが見つかりませんように。そう祈りながらプロデューサーは風呂場に入った。



 卯月の言っていた通り、確かにお風呂場はピンクだった。
 マットがあったり、ローションが置いてあったりと明らかにナニかをするためのものだ。
 プロデューサーはそれらを無視してシャワーだけを浴びる。
 烏の行水レベルでいい。とはいえ変に早すぎるのも怪しまれかねないので、しっかりと身体は洗うことに決めた。
 身体を洗い終え、タオルで身体をしっかりと拭き、バスローブに着替え、風呂場から出る。

「あ、プロデューサーさん。早かったですね」

 そんなことを言う彼女の手に握られたもの。
 ピンク色の、立派な形をした、男のとあるものを模したようなもの。
 バイブだった。
 アイドルの島村卯月が、バイブを手に持っていた。

「島村……さん?」

 最悪の事態だった。
 一番隠すべきだったであろう男の象徴とそっくりなものを卯月は持っているのだ。

「あ、これですか? 引き出しを開けたら入ってたんです」

 もっと引き出しをしっかり調べるべきだった。
 後悔の念がプロデューサーを襲う。たとえ時間があまりなかったとはいえ、真っ先に調べるべきだった。
仕事のことを考えて時間を無駄にしたことを後悔した。

「なんだと思います、これ? 変な形してるんですけど……」
「島村さん、それは……」

 なんて言えばよいのだろうか。
 少なくとも正しい答えを教えるわけにはいかない。

「しかもこれスイッチ入れれば振動するんですよ。ほら、ヴィーンって」

 ブルブルと震えるバイブ。
 アイドルの島村卯月が、ブルブルと震えるバイブを手にもって疑問に思っている。

「あ、わかりました!」

 どうやら卯月は閃いたらしい。

「これ、マッサージ器ですよ。ほら、こんな風に肩に置いたりして」

 ツッコみたい。漫才的な意味でだ。決していかがわしい意味ではない。

「よく……わかりましたね」

 冷や汗をかきながらプロデューサーは頷いた。
 本人がそれで納得しているようならそれでいいのだ。正しい答えを言えない以上、そう思わせておくのが一番いい。

「えへへ」

 正解したと思い込んでる卯月が嬉しそうに笑う。物凄い罪悪感があった。

「ところで、どうしてそのようなものを……」
「あ、これはですね――」

 そのとき、ドアをノックする音がした。プロデューサーは思わず警戒心を高める。

 誰かが部屋を間違えたのだろうか、それとも――。
 プロデューサーは恐る恐るドアの前まで来て、ほんの少し扉を開けた。
 そこにいたのは先ほど部屋を案内してもらった従業員だった。
 手には折りたたんだコスプレ衣装を持っている。

「衣装をお持ちいたしました」

 店員はそういって衣装を渡そうとするものの、プロデューサーには全く心当たりがない。
 恐らくこの従業員が部屋を間違えたのだろう。

「いえ、申し訳ないのですが――」
「あ、もしかして衣装届いたんですか?」

 断りの言葉を入れようとしたところ、卯月がそう言ってドアの方まで近づいてくる。

「あの、島村さん」
「わあ! これです、ありがとうございます!」

 嬉しそうに従業員から衣装を受け取る。衣装は卯月が頼んだものだったらしい。

「あ、これですか。さっき読んだアルバムの中に電話一本で借りれるって書いてあったんで借りたんです。しかも無料ですよ!」

 プロデューサーが衣装を見て唖然としていることに気づいたのか、卯月が説明する。

「そう、ですか……」

 確かにコスプレレンタルが書かれたアルバムは、特別酷いものが見当たらなかったからそのまま本棚に戻したのではあったが、
まさか使われるとは思ってもいなかった。
 従業員は軽く礼をするとそのまま立ち去っていった。配慮のため、極力客と関わらないようにしているように感じられた。

「じゃあ私、ちょっと着替えてきますね!」
「あの、一体……」

 そういって風呂場へと入っていく卯月。
 何が起こっているのかプロデューサーには理解不能だった。
 何故借りたのか、そして着替えてくるのか。
 首に手を当ててしばし思案するものの、それらしき解答すら浮かんでこない。
 仕方なく部屋に置いてあった椅子に座り、卯月が風呂場から戻ってくるのを待った。
 やがて、風呂場の扉が開く音がする。

「お待たせしました!」

 風呂場から出てきた卯月の姿。それはアイドル衣装に身を包んだ姿だった。

「島村さん……」
「どうです、これ? 似合ってますか?」

 ピンク色を基調とした上下に、ひらひらのミニスカートをした卯月の姿。どことなく小日向美穂と
共演したときに着ていた衣装と似ていた。
 サイズは少し小さいのか若干窮屈そうだし、布地もこんなところにあるものだからかどこか安っぽく感じられたが、
それでも、今の彼女は間違いなくアイドルだった。
 そう、手にバイブさえ持っていなければ。

「いいと、思います」

 手に持っているバイブが気になって仕方がない。

「えへへ、良かったです」

 嬉しそうに笑う卯月はプロデューサーから見てもとても可愛かった。
 可愛いからこそ、バイブの存在に妙な恐怖を感じた。

「ところで、何故、そのような恰好を」

 島村卯月がどうして着替えたのか、未だ分からなかった。
 もちろん一番わからないのは、何故まだ手にバイブを持っているかだが。

「私、プロデューサーさんにお礼がしたくて!」
「えっ」

 お礼がしたい。
 少しゴールが見えてきた気がしたがバイブが邪魔をする。
 むしろバイブ方面で考えると嫌な予感しかしない。

「お礼、とは」
「それは……プロデューサーさん、目を、つぶっていてもらえますか?」

 嫌な予感を感じる中、目をつぶるという行為に非常に恐怖を感じるプロデューサー。
 しかし、担当しているアイドルがお願いしているのだ。

 プロデューサーは、アイドルを信じるべきだ。

 彼は覚悟を決めて目を閉じた。
 テレビ音が消える。卯月がテレビを消したのだろう。
 無音の空間で卯月の足音だけが小さくだが響き渡る。自分から離れていっているようだ。
 カチッと、何かのスイッチを入れる音がした。
 そして、バサッという、何かを床に置いたような音にギシギシという音。
 一体何をしようとしているのか。

「プロデューサーさん、目を開けていいですよ」

 卯月の言葉を聞き、目を開ける。

 そこにはステージが出来上がっていた。
 丸いベッドにピンク色の照明がかかり、そこに島村卯月が立っていた。
 それだけで、立派なアイドルのステージだった。

「私を支えてくれたプロデューサーさんにお礼がしたくて、だから、島村卯月、歌います!」

 両手にバイブを抱え、想いを伝える卯月。
 この瞬間、バイブはマイクだった。

「憧れてた場所を ただ遠くから見ていた♪」

 歌い始める卯月。『S(mile)ING!』だ。
 ベッドの上なのでダンスはできないし、BGMもない。バイブは音を拾わない。
 それでも笑顔で、精一杯の声で歌う卯月の姿を見て、プロデューサーはこれまでのすべてが報われたように感じていた。
 バイブに口を近づけて歌う姿も、Bye!がバイブに聞こえてしまったことも、全てが些細なことだ。
 プロデューサーは彼女の笑顔にアイドルを見出した。
 そんな彼女が、自分に、自分のためだけにその笑顔を込めた歌を歌ってくれているのだ。

 手にバイブ(マイク)を持って歌っていた卯月が、最後、右手をプロデューサーに向けて大きく伸ばし、手を広げた。
 それは卯月からプロデューサーに向けてのメッセージ。
 プロデューサーに対しての感情が信頼や尊敬だけではない、おそらく別の感情であろうことは卯月にもわかっていた。
 考えることによって起きる熱を込めるにはここしかないと思っていた。

 だから伝わってほしい、私の想い。卯月は歌詞に、気持ちを込めた。



 愛を込めて、ずっと、歌うよ。



 歌い終えたあと、拍手が鳴り渡る。
 たった一人だけの、プロデューサーの拍手。
 それでも歌い終えた卯月にとっては、何よりの報酬だった。

「島村さん、良い、ステージでした。これからも、よろしくお願いします」

 本当に想いが伝わったのか、それは卯月にはわからない。
 それでも、求めていた言葉が聞けた。
 これからも。
 これからも、プロデューサーと二人三脚で頑張っていく。
 だから卯月は叫んだ。

「島村卯月、これからも、頑張ります!!」




 その後、二人は一線を越え……ることはなかった。
 卯月の近況をプロデューサーが相槌を打ちながら聞いたり、プライベートについて尋ねられたらそのことに
ついて答えたり――。就寝するまでおしゃべりをしていた。
 寝るときになってプロデューサーが床で寝るか一緒にベッドで寝るかで少し言い争いが起きてしまい、結局、
プロデューサーが折れてしまったものの、何事もなく朝を迎えることができた。
 もっとも、プロデューサーの目には隈ができてしまったが。
 プロデューサーと卯月は一旦プロダクションへと戻っていた。

「プロデューサーさん、昨日は楽しかったですね!」
「ええ、そうですね……」

 卯月のやけに高いテンションを流しつつ、プロデューサーは戻ったときのことについて考えていた。
 領収書は受け取った、値段的にもおそらく問題はないだろう。領収書にもラブホテルに泊まったなんてことは書かれていない。
 どこに泊まったかを聞かれるのは少し怖いものの、きっと大丈夫なはずだ。最悪、田舎のネットでは
わからないようなところに泊まったと答えればいい。

 しかしそうすると今度はどうしてそんなところに泊まったのかという問題が出てくるので、下手に追及されるくらいなら
近くの民家に泊めてもらったということにする方が良いのでは。
 眠気と戦いながら、そんなことを考える。

「あれ、プロデューサーに卯月」

 その道の途中、プロデューサーと卯月はよく見知った顔と出会う。

「あ、凛ちゃん! おはよう」
「おはよう。どうしたの? プロデューサー、いつもより顔付きが怖いけど……」

 目に隈ができた状態で考え込んでいたため、いつもより表情が強張っていたらしい。

「すみません、少し、寝不足でして……」
「あ。そういえば昨日、家帰ってないんだっけ。ちひろさんから聞いたよ」

 どうやら凛にも話は伝わっていたらしい。

「プロデューサー、もしかして枕が変わると眠れないタイプ? ふふっ」
「ええ、まあ……」

 少し意外だと思ったのか、凛が笑う。
 本当はそんなことないのだが、下手に否定して本当の理由を言うこともできないのでそういうことにしておく。

「ねえねえ凛ちゃん聞いて聞いて!」
「どうしたの卯月、なんかいつもより興奮してるみたいだけど」

 卯月がやけに嬉しそうに凛に話しかける。
 そのテンションの高さには凛も不思議に思ったようだ。

「あのね凛ちゃん! 昨日ね、プロデューサーさんとお城のようなホテルに泊まったんだよ!」

 途端、周囲が冷えた気がした。
 しっかりと卯月の口止めをしておくべきだったとプロデューサーは後悔した。寝不足だったのもあってそこまで頭が回らなかったのだ。

「し、島村さん。それは……」
「? どうしたの、凛ちゃん」
「……プロデューサー。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」

 凛の冷たい視線を一身に浴びる。
 とにかく、この修羅場をなんとか切り抜けなくてはならない。プロデューサーは首に手を置いた。
 どうやら、落ち着くにはまだ時間がかかるようだった。



おわり

以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました!
それと島村さん、お誕生日おめでとう!

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