すんどる村ぁ老人ばかりで未来がねぇだ (66)



この村は年寄りばかり。

外を歩けば、腰の曲がった老人が穏やかな顔で散歩している。

言い過ぎかもしれないけど、一度も見かけない日が無いくらいだ。

村ぁどうなるん? と村長に聞いた事もあるが……


「子供が減って過疎化が進んでいるので、いつか消えてしまうかもしれないね」

「でも、それは避けようのない事だ。仕方ない事だよ」


半ば諦めたような表情でそんな言葉を口にしていた。



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そんな村にある日、若い男女と女の子の3人がやって来た。

元々住んでいた場所を捨ててこの村へ移住したいらしい。


「どうしてまたこの村へ? この子もまだ小さいでしょうに……」

「込み入った話になりますが、私達は娘が苦しまないで済む場所を探していました」

「……そうでしたか。さぞかしそれは辛かったでしょうね?」


村長は多くを聞かず、女の子に微笑みかけて彼等を受け入れた。

どうやら村はずれにある物置小屋を住めるように改装したようだ。



村における自分の扱いは変わり者。

成人してもなお村から出て行かずぼーっと過ごしている変人。

そう言った事を臆面もなく口にするから、この村の老人は長生きしているのだろうか。


「シゲッちゃん! きょうばなんしょっとね?」

「そんな大きな声で言わんでも聞こえとるが」

「あらま。すまんのぅ! ……で、なんしょっとね?」

「竹で水筒を作り終った所や」

「おーおーおー! こらよう出来とるわ!」

「1つやる。試しに使ってみぃ」

「えんか? なら貰おかのー!」


作業をしていると、よくこんな風に道端から声をかけられる。

物をいじったり作ってればいつの間にか誰かが近くに居たりするしな。

不思議に思う所もあるけど、この村は何時もこんな感じだ。



新しく来た住人は全く問題を起こさなかった。

場所が変わった事による不安も無く、上手く村と適応している様だ。

最初に見た時よりも随分と顔色が良い。

あの女の子も元気に暮らせているのかもしれないな。



趣味でやってる竹細工で細々と金子を稼ぐ日々。

あまりに売れないと、その辺の雑草を食べなきゃならんのが辛い。


「良かったらどうぞ」

「ん、おぉ? あ、ありがとな」

「ふふ、どういたしまして」

「……煮っ転がしか。こらご馳走や」


縁側で作業していると、村に新しく来た女の方が差し入れを持って来てくれた。

途中だった竹細工をほっぽり出して一つ頬張ってみると程よい甘さが舌に残る。

その日は腹が膨れた事でよく眠れた。



今日は近くの山へ朝から筍を掘りに行った。

ひんやりとした風がそこらに吹いているのが心地良い。


「爺さん。はよう」

「おうおうシゲ坊、おまんもか?」

「せや」

「あんま大きなんはとるなや。ハラぁ下すで」

「何を。爺さんやなし、いらん気遣いや」

「よういうのぉ」


その日の夕方、筍を食べて腹を下した。

爺さんの忠告を素直に聞いておくべきだったかと今は後悔している。



村の川は汚れが無く澄んでいる。

魚の姿形がくっきりと水面に浮かぶ程だ。


「シゲさんですか?」

「え、あ……ども」

「今日は釣りをしにここへ?」

「そですわ」

「足を滑らせないように注意して下さいね」

「……はいな」


ハハッ、こら爺共にゃ刺激が強すぎるな。

若い女が水浴びをしとるところに出くわしたら発作もんや。



遠くを見渡すと山の枝葉が色付き始めていた。

そろそろあの家族が来て半年。ここにも大分慣れた事だろう。

彼等の住処へ目をやると、男が何やら種を地面に蒔いているではないか。

こちらに気付いたので会釈して声をかけた。


「今ぁ種蒔いとるん米か?」

「どうも。これはお米じゃなくて麦です」

「麦? なんでまた」

「はは、ここの食べ物ってあまり甘味が無いじゃないですか。それでちょっと」

「せやな。んでも小豆があるじゃろ?」

「おはぎも悪くは無いと思いますよ」

「滅多に食べへんけどな」

「来年を楽しみにしていて下さい。きっと驚きますよ」


自分とそう年も変わらないのに男は訛りが全然無い。

元居た所はどんな場所だったのかとても気になった。



今日は騒々しい1日だった。

戸を叩く音で目が覚めたと思えば――


「まぁだ寝とったんか? シゲっちゃん」

「ドンドンすな。うるさいっちゅうに……」

「走ろや。村の端から端っこまで」

「絶対イヤや」

「そない言わんで。はよぅいこ」

「あんなぁ……」

「ダメ?」

「しゃあなしやぞ」

「ホント? ならいこいこ!」


とか訳のわからん誘いをしてくるし。

ほんま隣の家やからって乗り込んで来るのは止めて欲しいわ。



老人達が言っているシゲとは自分の仇名の事だ。

茂みに隠れてこそこそやってる姿が多かったから付けたんだとか。


「シゲ坊~陽ぃ当たらんで籠りか~」

「うっさいわ」

「やーいやーいモヤシー、しろのっぽー」

「子供か!」

「悔しかったら出てきぃ~や」

「はぁ……も、ええわ」


戸をぴしゃりと閉めてもまだ外で言っている。

この調子だと1時間位は言ってそうだな。



縁側で涼んでいると足元に何かが飛んできた。

出来の悪い人形みたいなコレは……


「シゲ! そろそろ村の祭りや!」

「暑苦しい。詰め寄らんでくれやトシ」

「なぁに言うとる! お前はそうゆうていつも準備から逃げ出しとるやろうが!」

「んな事あったかいな?」

「11回や!11回! 12回目にはさせへんぞ!」

「へいへい……」


トシは同い年で村長の息子。小さい頃はよく村を一緒に駆けずり回る仲だった。

いつの間にか出て行ったヤツらと違って村を継ぐ為に残っているんだとか。

爺さん共に言わせれば自分とおんなじタイプの人間だろう。

……まぁ、実際の評価は全く逆なんだが。



小屋に所狭しと並べられた人形。

灯りに照らされて浮かぶ表情が不気味極まりない。

”住民が増えますように”と願いの込められたコレは、およそ400近くにも上る。


「村のあちこちに人形置いて、どんちゃん騒げば人が増えるとか迷信やろ?」

「願掛けやっから。昔から伝わっている事やしね」

「せなんか」

「しらんの? ヒトカタさまのお話し」

「人形を人と同じに扱ってたら知らん間に人が増えたっちゅうアレか?」

「そそ」

「怖いしなんか嫌やろ」

「夢があってええと思うけんどなー」

「それ夢は夢でも悪夢やないんか」


村で生活していると変な習慣が根付いているのに気付く事がある。

人が増えた時とか減った時がまさにそうだ。



祭りの前日には作った人形をあちこちに置いて回る。

それは若い人間が率先して行う事になっていた。


「なして俺がやらなあかんの」

「口ぃ開けばすーぐぼやく。しゃんしゃんやり」

「へいへい。解ってら」

「ほんにコイツは……解っとんかいなぁ」


隣で呆れた顔を浮かべているコイツはミシロ。

爺さん共が言う仇名の中で一番変な名前を付けられている。

身代と書いてミシロと呼ぶんだとか。

過去にも同じ仇名の奴が居たらしいけど、ホントかどうか怪しいもんだ。



準備も終り、解放されるって所で面倒事がまた一つ。

村長からの呼び出しを受けてしまった。


「なんやなんや……」

「自分に心当たりないん? 窓ぶち割ったとか」

「お前じゃないけ。そないやるかっつの」

「なぁーにぃーよ! わたしだってやらへんわ!」

「どうだか」

「シゲの癖に生意気や! はよ行って絞られてき!」

「おーこわ」


トシが1言うならミシロは4つも言いよる。

老人達と比べちゃいかんけど、ずいぶん元気なこって。



村長の家は他と比べて立派なもんだ。

他とは違って二階に手すりまで付いとるからな。


「村長ーおるかー」

「いらっしゃい。意外と早かったね」

「面倒なんはすぐ終らせたいしな。せやろ?」

「確かに君は昔からそうだった気がする。さぁ上がりなさい」


「……で、なん? 呼ぶからにはなんかあんねやろ」

「祭りの準備に参加してくれてありがとう」

「礼なんかいらんて。どうせやらな後でトシがうるさいし」

「それでもさ。ありがとう」

「んー、あぁ」

「………」

「村長まさかとは思うけど……そんだけ?」

「うん。それだけ」

「はぁ」

「わざわざすまなかったね」

「ホンマに大した事じゃないやん……」

「感謝の気持ちを伝えるのって大事だと思うんだ」

「立派やなー尊敬すらぁ」

「褒められると照れるよ」

「ほな帰るわ。じゃましましたー」

「……人形は大事に扱うんだよ」

「急になん? 粗末に扱う訳ないやろ」

「それなら良いんだ。それなら」


去り際に村長は気になる事を言っていた。

人形を大切に扱えだとかなんだとか。



次の日、村は朝から賑やかだった。

芋を煮炊きしている婆さんや、踊りを見たり参加している爺さん。

その光景にさも当然のように紛れ込んでいる人形達。


「シゲ坊! おまんもこっちで飲めや!」

「酒盛りするんはちっと早過ぎへんか?」

「飲まな損やぞ! 蔵ぁ開くんもそうないんやけ!」

「後で混ぜて貰うわ」

「残っとらんかもなぁ!」

「肝臓悪ぅならんよう、ほどほどにしとけよー」

「なーに心配せんでええが! 迎えはまーだ来やへん!」


自分の良く知る爺さんはそう言って酒の入った盃を大きく呷った。

あんな調子で飲み続けて身体が悪くならないのが不思議だ。



陽が傾いた事で辺りも大分暗い。

老人達は焚火の灯りに集まってまだまだ騒いでいる。

静かな場所を求めて自分はその場をそっと離れた。


「シゲ。ここでなんしょっと」

「月や」

「つき?」

「ああ。ここなら月がよう見えるやろ」

「ほんまや。お月さん真ん丸でえらい綺麗やなぁ」


そうしてミシロと一緒に月を眺めていると――


「「「………」」」

「気にすんなってのが無理やわ……」

「なんか言った?」

「や、なんでもあらへん」

「ほう? ならええけんど 」


視界の隅に映る人形達がこちらを見ているような気がした。

右も左も。全部が全部。



老人達は仰向けに寝転がって空を見つめていた。

自然に身を委ねて自分という存在を再確認しているのだとか。

意味がよく解らないけど、本人達は真面目な顔でそう言っていた。


「子供がおりゃあ村も活気付くんやがなぁ」

「ミシロちゃんには頑張ってもらわなあかん」

「なんぼ出来るかね」

「四十まで順調にやりゃ、六人はこさえれるやろ」

「誰が相手ぞ」

「シゲかトシかのぉ」

「儂じゃ駄目か?」

「おんしはすっこんどれ」

「あぁんじゃと~?」


爺さん達は本人が居る横でそんな話をしていた。

ミシロがちらちらとこちらを見ていたが気のせいだろう。



祭りで見かけなかった人間がいる。若い男女と女の子だ。

爺共に交じっていれば、どうあがいても目立つというのに。

彼等はいったいどこに消えたのだろうか。


「なぁなぁトシ。あの人らぁどこ行ったん」

「さあ? 案外その辺におるんちゃう?」

「その辺て……地面に目ぇ向けても人形しかないやん」

「そらそうやろ」

「とぼけとんのかいな」

「自分で考えてみぃ」

「なんやあいつ……」


深く息を吸って、遣る瀬無い気持ちのまま息を吐く。

視線を下げた先に居た人形がこちらをじっと見ている。

その人形はどことなく女の子の顔を彷彿させるものだった。



祭りの片付けは面倒の一言に尽きる。

村のあちこちに置いた人形を拾い集める作業があるからだ。


「なんでぇ……お前らでやっといてくれや」

「ねぇトシ。コイツぐーで殴ってええかな」

「おうええぞ」

「ちょっ」

「逃げ出すのは許さんからな。シゲ」

「じょ、冗談や。そう睨まんでくれ」

「ほんならええが」

「しゃんしゃんやってさ、はよぅ終らそ?」

「あーい」


草に隠れていた人形を拾い上げる。

何気なく全体を見回すとやけに綺麗だなと感じた。

野ざらしにしていた筈なのに傷が全く付いてないのはどういう事か。

その後、人形が1つ見つからないまま作業は終了した。



朝から晩まで騒いでも次の日にはみなケロッとしている。

その元気は身体の何処から来ているのやら。


「だいじょぅか? シゲっちゃん」

「二日酔いや……あんま大きな声出さへんでくれ」

「儂の半分も飲んどらんやろうが。だぁらしねぇ」

「なんぼでも言え。おかしいのはそっちじゃけ」

「言ったる言ったる。潰れたしろかわず~」

「仰向けでゲコゲコ鳴いとうな? カッハッハ!」

「こんくそ、覚えとれよ爺共」


わざわざ顔を見に来て言うのだから性質が悪い。

なにかあればすぐ寄って来るのは止めてくれんもんか。



祭りから数日後、ひょっこり人形が見つかった。

村外れにある銀杏の木の下にあったらしい。


「なしてそんなトコに」

「知らんよ。わたしだって偶々見つけたんやし」

「風で吹き飛ばされとったんちゃう?」

「つってもなぁ……」

「シゲ。あんま気にしよったらハゲるで」

「そうなったらシゲがハゲーってみんなから呼ばれんね?」

「やめーや」


冗談だとしても自分には洒落に聞こえない。

ただでさえ髪がよく抜けてるってぇのに。



辺りの山が白く塗り替わっている。

まだまだ……いや、もう少しで大寒か。


「鍋たぁええのぉ! どれ一つ」

「こら! まだ煮えとらんけ、触んな!」

「おーいおいおい。慰めとくれミシロっちゃん」

「じっちゃんが悪いとおもーよ……」

「んじゃシゲでええわ」

「何様やじじい!」


猪を獲って来た爺さんの家に集まってみんなで鍋を囲んだ。

壁の後ろで存在を主張していた猪の頭が、どうも気になって仕方が無かった。

肉自体は確かに美味かったけど、見られてるようで落ち着かんというか……。



寒い日が続くと身体が冷えて仕方がない。

冬だろうとなぜかいつも温かい村長の家に向かった。


「トーシぃー! おるかー!」

「トシ? トシなら裏で薪を割ってるよ」

「薄着やのにえらい温そうやなぁ。村長」

「カイロを使ってるんだ」

「かいろぉ? ……ああ、温石(おんじゃく)の事か」

「うん。シゲも使うかい?」

「ええわ。なんか火傷しそうやし」

「便利なんだけどなぁ……」



「トシ! 邪魔しに来たでぇ」

「邪魔するんなら返れや」

「おうおう帰るわ……って、そんな返しがあるか!」

「はぁ、見ての通り俺は忙しいんや。構うに構えへんぞ」

「んなら手伝ったろ。ほら、寄越せ寄越せ」

「……悪いもんでも食うたか?」

「酷ぇな!」


薪を割り終った後、トシと一緒に晩飯を食べる事にした。

風の入らん温い家で馳走になった雑炊は旨味のある肉入り雑炊やった。

なんつーかやっぱり村長はええもん食うとるなぁ。



村の中心にある小屋には人形が集められている。

埃を被らないように村の人間が交代で清掃をする決まりがあった。


「まだ終わらんのかいな……」

「シゲはいっつもぼやきよるなぁ」

「トシやお前とちごて、こっちは忙しいんやぞ」

「よう言うわ。縁側で茶ぁばっか啜りよんのに」

「偶にじゃろうが」

「どうだか」

「口ぃ動かさんと手を動かせ。二人とも」

「「は(へ)ーい」」


とはいってもこの作業は爺さん達に殆ど回らない。

若いモン同士で仲良ぅやりだとさ。不公平じゃろ。



竹細工は売り物と普段使いでかける手間が違う。

売り渡す品物が粗悪品だと次から買って貰えない可能性があるからだ。

自分で使う分は多少雑に作っても良い。自分で使う分は。


「シゲっちゃーん! 前に貰った水筒壊れたが!」

「またかいな。これで何度目や」

「ちゃんと作らなあかんで?」

「作っとるわ!」

「これ見て? ばかになっとぅやろ」

「タダでやっとるゆうに……」


こうやって村の人間に直してくれとせがまれたりする。

自分で使う分も丁寧に作るべきか。



村長に頼みごとをされた。

外から来た荷物を若い女に届けてほしいそうだ。


「なんが入っとるんかの」

「気になるかい?」

「んや、あんまし」

「そう? なら頼んだよ」

「おうおう。任せんかい」


元は物置小屋だった場所も随分と変わったもんだ。

畑は丁寧に耕され、見慣れない作物が数多く実っている。


「シゲさんこんにちは。抱えているそれは?」

「そちらさん宛てにお届け物ですわ」

「どうもありがとうございます」

「そんじゃこれで」

「あの……」

「ぉん?」

「気にならないんですか? 何が入ってるのか」

「ぜーんぜん」

「えっ」

「帰ってええですか?」

「あっ、はい……引き留めてすみませんでした」


村に来た経緯も詳しく言わなかった相手だ。

詮索しない方がお互いの為だろう。



また村長に頼みごとをされた。

今度は小さい小包を若い男へ持って行って欲しいそうだ。

村長は自分の事を便利屋か何かと勘違いしてはいないだろうか。


「へいへい。やりゃええんやろ」

「よろしく頼むね」

「駄賃は?」

「これをあげよう」

「なんこれ」

「外のお菓子さ。おはぎみたいな甘い菓子だよ」

「丸っこくてなんかエエ匂いやな」

「パンって言うらしいね」

「ほーん?」


珍しいと感じている自分とは違ってなんの感慨も無さそうだった。

案外こういう物を食べる機会が多いのかもしれない。



その辺をぶらぶら歩いていると女の子が道端に居た。

しゃがみ込んで何かを探しているように見える。


「おーい。どした?」

「……」

「そんな睨まんでええやろ」

「あ」

「あ?」

「編み紐……おとした」

「大事なモンか?」

「すごく大事」


落とし物探しに付き合って数十分。

ようやく見つけた編み紐に俺は違和感を覚えた。

何処かで見た事のあるような、そうでないような……。



あの家族が来てもう一年経った。

今は桜の木から花弁が舞い散る季節だ。


「出てこーいシゲ! 花見じゃぞー!」

「おーおー。えらいはしゃぎよんなぁ、爺さん」

「酒が飲めるゆうに、はしゃがん訳がねやろ!」

「あいかわらずやな……」


後ろに居たトシとミシロが手を振っている。

しょうがない。行くとするか。



今年は去年より暑い。

石畳に裸足を乗っければ、こんがりと両面焼ける事だろう。


「あづいー」

「騒ぐな。余計暑なる」

「どうにかしてぇやシゲー」

「トシんとこなら涼しかろ。むこう行け」

「べっつに用も無いし行かんよー」

「用が無くても俺んとこはええんか……」


毎日毎日ミシロが纏わりついてきて鬱陶しい。

これじゃおちおち竹細工を作る事も出来やせんが。



人手が足りないからと畑に呼ばれた。

この暑い中で何を収穫するのやら。


「うっわぁ凄い眺めやな……」

「すみません。わざわざ来て頂いて」

「や、かまへん。俺はなんすればええと?」

「小麦を刈り取ってくれますか?」

「これ全部?」

「はい」

「……マジか」


収穫にたっぷり六時間もかかった。

いずれ身体のあちこちが筋肉痛に見舞われるに違いない。



収穫のお礼にと小麦を貰ったが、どうやって食べればいいか解らない。

俺は物知りな婆さんの元へと向かった。


「あんれま。シゲかいな」

「よぅばっちゃん」

「なした」

「これさ。どう食えばええん」

「おぉ!」

「珍しいんか?」

「そりゃぁもう。ずっとずぅっと前に食べたっきりや」

「へぇ」

「粉にして焼くか、そのまま水で煮ればええ」

「そいなんで美味い?」

「大体混ぜて食べるん」

「せなんか……」

「貧乏のシゲにゃ堪えるかの?」

「ちっとはあらぁ」

「頭ぁ下げるんなら、分けたるぞ?」

「いらんいらん!」


初めて食べた麦粥の味は水っぽかった。

少量の麦と水で作ったのだからそれも当然か。



戸の隙間から差し込む日差しが眩しい。

疲労が溜まっていた所為か今日は昼まで寝ていたようだ。


「あれだけ動きゃなぁ……飯でも食うか」

「………」

「もぐ……んっ。おそよう?」

「なしてお前は俺の家で飯食うとるんじゃ!」

「やん。じっちゃんに頼み事されたけんそのついでー」

「しかもそれ大事にとっといた干物やないか! 返せ!」

「んむっ!?」

「おぉ……半分も食われてしもた」

「ねぇシゲっちゃん」

「なんや!」

「間接キス」

「嬉しくも無いわ!」

「ひっどー」

「……んで。なんや爺さんの頼み事っちゅうんは」

「知り合いが来るから見かけたら案内してやってくれってさ」

「わかったわかった。とっとと帰れ」

「言われんでも帰りますよーだ」


大事な大事な食料をこの鼠女に奪われたのが痛過ぎる。

次からは高い所にでも吊るしておくべきやな。



いつもの散歩道に見慣れない女が居る。

顔立ちは中性的で美しい。しかし古めかしさを感じる服を着ていた。


「あんたぁどっから来たんで?」

「!」

「俺ぁここの人間やけ。そない身構えんでも」

「……本当ですか?」

「お天道さんにちこうてもええ!」

「ふふっ、面白い方ですね」

「ここでなんしよっと?」

「古い知り合いを探しているんです。お酒が大好きな人なんですけど……」

「酒が好き……?」

「心当たりは無いでしょうか」

「無くはないが、この村にゃジジババしかおらへんぞ?」

「はい。今年で七十になると聞いています」


爺さんがどうやってこんな美人と知り合ったのか気にはなった。

だが余計な詮索はしない。ホイホイ突っ込んで良いものでは無いだろう。

俺は爺さんの家を教えていつもの散歩道へと戻った。



夕暮れの散歩道。

神社に続く石段の上で酒を飲んでいる爺さんを見かけた。


「爺さん。飲み過ぎて足踏み外すなや」

「おーう! シゲも飲むかぁー?」

「……ちっと貰おか」


前に見た女の事が気になったので一緒に飲む事にした。


「外に知り合いなんかおったんやな」

「そらぁこんだけ生きとったら一人や二人おるわ」

「どんな人?」

「年はそんな離れとらんのに全然老けん」

「えっ。いやどう見てもありゃ三十かそこら……」

「女はそういうモンやぞ。シゲ」

「うせやろ……」

「気になるか?」

「ちっとは」

「あいつ儂の嫁はん」

「はあ!?」

「嫁はん」

「……冗談は大概にせぇよ」

「信じとらんな?」

「ハッ、あたりまえやろ」

「シゲにも解る時がくる。いつか」


爺さんはそう言って俺の肩をポンポンと叩いて行った。

辺りも暗くなってきたしそろそろ俺も帰るか。



戸の隙間から外を見て溜息を一つ。

地面に打ち付けれられた雨粒が勢いよく跳ねている。


「……雨か。憂鬱じゃの」

「たくさん降っとぉね」

「流石に爺さんらもこんな日にゃ来んか……」

「さみしいん?」

「そういう訳じゃあらへん。ただ暇を持て余しとるだけや」

「じゃ、お布団の中にでも包まっとけば?」

「そういう気分やない」

「意外やね。シゲがそういう事言うん」

「眠ぅないのに寝れるとか病気やろ」

「めちゃくちゃ疲れる運動とかあるよ?」

「どんなんや」

「ぷろれす」

「……聞かんかった事にしておくわ」

「あれれー? シゲって運動嫌いやったっけ」

「お前ん中の俺はどうなっとるんや……」


ミシロはにやにやしながらこっちを見ていた。

本気にしたらどうするつもりだったのか。




陽が沈む瞬間はなんとも言えない焦燥感がある。

縁側で夕涼みをしていた村長を見て、俺は柄にも無くそう思った。


「シゲ。君はこの村が好きかい?」

「なんや急に」

「君達以外の若い子は村を出て行ってしまったから、ちょっとね」

「……まぁまぁ」

「好きでもなかったり?」

「嫌な聞き方やな」

「村長だからね。物事はハッキリさせないと」

「嫌いじゃないからここにおる。それでええか?」

「うん。その言葉が聞けて良かった」


村長はよく自分に変な事を聞いたり喋ったりする。

いつかトシもこうなるのだろうか。考えたくも無い。



布団に入って寝ようとしたら、寝床が生暖かかった。

さっきまで誰かが使っていたかのような気持ち悪さがある。


「っつー事があったんや」

「湯たんぽでもつこたんじゃないん?」

「や、冬でもなきゃ俺は使わん」

「まさか連れ込んでたとかそういうオチ……」

「村にゃジジババしかおらんやろうが!」

「あはは……せやったね」


ミシロの目は雨水が溜まった溝のように暗い。

どうしてそんな顔をしているのか、俺は怖くて聞く気になれなかった。



村長から呼び出しを受けた。

大事な用件だから心して来るようにと念押しされて。


「村長、来たで」

「いらっしゃい。奥の部屋で待っていてくれるかな?」

「解った」


いつも通り客間へと足を向ける。

引き戸に手をかけた瞬間、俺は部屋の中から気配を感じた。

爺さんや婆さん達とは違う余所者の気配を。



「初めまして」

「どちらさんですか?」

「貴方の妻となる物です」

「……はぁ?」

「旦那様。どうぞよろしくお願いいたします」


髪を綺麗に結った着物の女が三つ指をついている。

村長は他の客を別の部屋と間違えて案内したのかもしれない。


「あんたぁ」

「はい」

「誰か別の奴と勘違いしとりゃあせんか?」

「え? てっきり説明を受けていると思ったんですけれど……」

「いやなんも聞いとらん」

「独身ですよね?」

「うっ……まぁそうやけど」

「娶って頂けますか?」

「待て待て! なんも知らん相手に言う言葉やあらへんやろ」

「よーく存じておりますよ」


着物の女ははにかんで答えた。

今日会ったばかりなのに知っているとはどういうことだ。



「……ちょっと村長に聞いて来る」

「村長さんは用事があるそうなので、もう半刻は戻られないかと」

「図りやがったな村長!」

「あの。戻ってくる間にお話でもしませんか?」

「えっと」

「駄目……ですか?」

「まぁちょっとぐらいならええか……」


俺の村長に対する評価が若干揺らいでいる。

独身で村に居る気ならさっさと結婚させても構わないと思っていたのだろうか。

確かに村を長く残す為なら良策とも言えるかもしれない。

――しれないが、俺の気持ちはどうなるんだ。



私のお母さんは小さい頃と見た目が全然変わらない。

化粧をしてるからとかじゃなくて、まるで年を取ってないように見える。


「ねぇ、お母さん」

「なぁに?」

「どうしたらそんなに若いままでいられるん?」

「それはね……」

「それは?」

「ひ・み・つ」

「えー」

「貴女も結婚すれば解るようになるわ」

「むぅ……」

「意中の相手が居るなら今の内に伝えておきなさい」

「だ、だだだ誰がそんな! おる訳ないよぉ!」

「貴女って子は……ホント判り易いわね」


からかわれているのだろうか。

お母さんは私の顔を見て微笑を浮かべている。



着物の女と話し始めてみたものの、どうにも話が噛み合わない。

自分と彼女の生活レベルが大きく違い過ぎるからか。


「ご飯を食べる時はどうやって作るんです?」

「どう……そらぁ釜で炊くやろ?」

「そうなんですか。それだと手間がかかって大変そうですね」

「……それ以外に方法があるんか?」


こんな感じで変な事を聞いてくる。

村で生活してると当たり前の事が、彼女には通用していない気がした。



ぼーっとしていると、シゲの顔がいつの間にか頭に浮かんでしまう。

遊びに行く時、お風呂に入ってる時、果ては寝ている時にも。


「なんでトシやなあてシゲなんやろ。いじわるばっか言いよんのに……」

「もしかして私そういう……? 顔、あっついし……」

「あぁ~もう恥ずかし!」

「……そういえばお母さん変な事言うとったなぁ」

「今の内にって……あいつが村から出て行く筈ないのに」


枕に顔を埋めて身悶えした後、すやすやと寝息を立てて眠る。

意識が遠退く間際、部屋の隙間から小さな足音が聞こえた気がした。



緊張の所為か喉が渇いてきた。

相手にもその事が伝わったのか、卓袱台に置いていた急須を手に取り――


「はいどうぞ」

「お、おう」

「気にしないでくださいね」

「ずずず……ん」


これまた綺麗な所作で湯呑に茶を注いでくれた。

相手の行動に直ぐ反応できるのは観察している証拠。

つまり、彼女は俺から目を離していないとも言い換えられる。



地面は泥濘り、一歩進む度に靴が沈む。

一昨日からずっと雨続きだ。


「あーしたてんきになーあれ」

「……今日はちょっと肌寒いかな」

「村から出てったみんなは今頃何してるんやろ……」

「爺ちゃん婆ちゃんばっかで寂しい感じもするなぁ」

「増えへんかなぁ……新しい人」


村は今日も平穏だ。



玄関から物音が聞こえて来た。

恐らく村長が返って来たのだろう。


「……見てきてええか?」

「どうぞ。構いませんよ」

「すまんな」


着物の女に一言告げて部屋から出る。

村長が何処に居るのか探さねば。



村長は八畳間の和室で人形の頭を撫でていた。

俺を見て何か言いたげだったので、そのまま声をかける。


「村長」

「綺麗だったでしょう。気に入ったかい」

「見合いなんか聞いとらん!」

「大事な話とは言ったよね?」

「それでも!」

「すまない。このままだとシゲはずっと独りだと思ったから」

「要らん世話やっちゅうに」

「本当かい?」

「お、おう」

「でもね、村の為だと思って受けてくれないかな?」

「シゲが話を飲んでくれないと村が消えてしまうから……と言ってもしょうがないか」

「……どういう事や」

「ヒトカタサマとの約束なんだ。ずっとずっと昔からの」


村を出た奴等は今思えば、こういった風習が嫌だったから出て行ったのかもしれない。

煩わしくない平穏な場所を求めるのは、生き物として当然だ。



長くなるよと前置きしてから村長は続けた。


「まず最初に聞こうか。シゲは村とヒトカタサマにどんな接点があると思う?」

「別に、そんな大したもんじゃない思うけど」

「そういう認識だから残るという選択をしたのかな……」

「なんか言ったか?」

「何でもないよ」

「……本題に入ろう。ヒトカタサマは村の住民であり、守り神でもあるんだ」

「住民? 守り神?」

「人形が沢山あっただろう。あれは全部ヒトカタサマの依り代さ」

「お伽話だったんじゃないんか」

「出てった人も居るけど殆どが知ってる。だからぞんざいに扱わない」

「人形が不気味だと感じる子は霊感が強いんだろうね。落ち着かなかったと思うよ」

「約束っちゅうのは……」

「うん。ヒトカタサマと村の人間を交換する約束なんだ」

「交換?」

「人間をあちら側にヒトカタサマをこちら側に」

「あちらに行った奴って……どうなるんや」

「ヒトカタサマと同じ存在になる」

「……こっちに来たヒトカタサマは?」

「気に入った人間と長い間暮らす事になる」

「どっちかが拒否したら?」

「村全体が神隠しに遭うかもしれない」

「じょ、冗談やろ。さすがにそら――」

「冗談で済んだらいいね」


口元は緩んでいても目は笑っていなかった。

どうしてみんなは村を出て行ったのか。

こんな理由を知れば、確かに出て行ってもおかしくは無い。



嫌な汗が背中を伝う。

俺はそうであってほしくないない事を村長に聞いた。


「ヒトカタサマに気に入られたのは俺でええとして……こっちから出す奴は誰なんや」

「……ミシロだよ」

「な、なんでや! いつからそんな!!」

「かなり前からだね。村に居るヒトカタサマが教えてくれた」

「ははっ……嘘やろ」

「まぁ数も少ないし当然と言えば当然かなぁ」


予感は的中した。

ミシロが向こうに行ったらどうなるのか。

俺はそればかり考えて、村長の言葉を碌に聞いてもいなかった。



辺りはとてもとても暗い。

足元を照らす小さな灯りが私の見える範囲だった。


「……村長、何処まで行くの?」

「あとちょっと。もう少しさ」

「どんな場所?」

「とっても良い所だよ」

「……用が済んだら帰してくれるん?」

「そうだね。そうなってる」


村長は私を小屋に連れて行こうとしている。

あまり事細かに説明しようとしない人ではあったけど、ここまで素っ気なかったかな。



名前を呼ぶ声がする。

はっとして周囲を見渡すと、村長が目を細めてこちらを窺っていた。


「大丈夫かい」

「ああ、問題は……あらへん」

「シゲもそろそろ腹を括った方が良いかもしれないよ」

「どういう意味や」

「ミシロはもう――」


村長はそこで区切って、俺の表情を観察しながら次の言葉を口にした。



「村を出て行ったから」

「!」

「頼むよシゲ、後は君だけなんだ。どうか話を飲んでくれ」

「なんで俺が……」

「綺麗なお嫁さんを迎えることがそんなに嫌かい?」

「ああ、嫌やな」

「どうして?」

「見知った顔じゃない」

「贅沢言わないで欲しいなぁ」

「何が贅沢や。これぐらい言ってもバチは当たらん」

「君にバチが当たらなくとも、村は確り罰を受けるからね」

「……ちっ」

「シゲだって村八分なんてされたくないだろう?」

「誰にも言わんと墓まで持って行けっちゅうんか」

「強制はしないよ。お願いだから」

「…………」


今思えば俺は変わるのが怖かったんだ。

違和感に気付いた他の奴らと一緒に村を出て行くのも。

小さいころから知ってる爺さんや婆さん達を忘れるのも。

ミシロと……深い仲になるのも。



「……解った」

「物分かりが良くて助かるよ」


叶うなら、三人で村を駆けずり回っていた頃に戻りたい。

出来るなら、村を出て外の世界で生きたかった。

こんな事になるなら、ミシロに自分の正直な気持ちを伝えたかった。

……もう何もかもが手遅れだった。



それからの生活はよく覚えていない。

ただ、着物の女と喋っていると何故か意識が遠くなって――


「これでまた長生きが出来ますね」

「ええ。この村は大事に大事にしていかないと」

「お兄……お爺ちゃん達には悪いけどね」

「……親父。次はどうするんか」

「心配は要らないよ。みんなこうなるんだから」

「はて? お前さんらぁ、ぞろぞろ集まってなした?」

「いえ、平和で良いですねと」

「そうじゃなあ、今日は陽がよぉ照っとるわ」


こんなに綺麗な女子が嫁いで来るとは思いもせなんだ。

儂は何処の誰よりも恵まれておるのう。



おしまい

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