右京「異世界召喚?」 (51)

相棒ssです。
ちなみにこのssを読む際は出来れば相棒シーズン16の最終話を見た後に読んでくれたら幸いです。
それではどうぞ。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1523530047



ある日、警視庁特命係の部署で杉下右京は新聞を購読していた。

その一面にはこのような記事が掲載されていた。


[20~30代の男性が相次ぐ謎の失踪?真相は未だ不明!?]


それは一ヶ月前頻繁に多発する

20~30代の一般男性が行方不明になるという不可思議な事件。

日本全国至る場所で男性たちが相次いで行方不明になっており

警察も捜査を行っているがどういうわけか手掛かりは一切なし。

ある日突然、何の前触れもなく消える。それはまるで神隠しの如き犯行。

そのため捜査に乗り出した警察も

行方不明になった彼らの痕跡を一切掴めずお手上げの状況が続いていた。




「右京さん。その記事ですけど…」


「ええ、巷で騒がれている行方不明事件です。」


「報道だと30人程度だという話ですけど
行方不明になった人間はほとんどが独身男性でしたよね。
ひょっとしたらその事件、発覚してない案件を含めたら
被害者は100人を超えるんじゃないかって捜査一課の伊丹さんたちが言ってましたよ。」


この事件に興味を寄せる相棒の冠城亘。

まあ彼にしてもこの事件は決して他人事ではない。冠城も独身男性。

だからこそ行方不明になった彼らに対してどうしても他人事のようには思えなかった。


「それにしてもどうにも奇妙ですねぇ。何故男性ばかりが行方不明になるのでしょうか?」


「確かにそうですね。
これが営利目的の誘拐なら成人男性ではなく裕福な家庭の子供を狙うはずです。
それに猥褻目的なら男ではなく女性を狙う。
それなのにこの事件は男性ばかりが行方不明になる。
犯人の意図が理解できませんね。」


冠城の言うように右京も犯人が男ばかり狙う理由というのがどうしても理解出来なかった。

仮に営利目的だとしても行方不明になった男性は特に所得があるような人間はいない。

下手をすれば無職の引きこもりまで混じっている始末だ。

またもしもこれが殺人だとするのならこれは快楽殺人の一種という可能性もある。

だがその可能性を示唆するにしてもやはり男を狙うのはリスクが高い。

下手をすれば反撃に合う場合だってある。

営利目的、それに快楽殺人、可能性を探ってはいるがどれも決め手に欠けている。

まだ何か手掛かりを見落としているような気がしてならなかった。



「よ、暇か。」


するとそこへコーヒーを飲みにMyカップを片手に持った組対5課の角田課長が現れた。

どうやら昨夜も徹夜だったらしくお疲れの様子だ。

そんな角田だが右京が読んでいる新聞に注目した。


「ああ、この事件か。酷いよなぁ。」


「酷いとはどういう意味ですか?」


「そりゃ酷いだろ。だって最初の被害者は一年も前から行方不明なんだぞ。」


一年も前から行方不明?

普通なら三日も姿を見せなければ周りの人間が心配して警察に捜索願を出すはずだ。

それにこの事件が発覚したのは一ヶ月前。何故一年も捜索願が出されなかったのか?


「簡単だよ。いなくなった連中は学校や会社で爪弾きにされていたヤツらだったんだよ。」


どうやら行方不明になった男性は

普段から学校や職場で浮いていた人間ばかりで

行方不明になっても周囲は気にも止めずにいたせいで事態の発覚が遅れたということだ。

どうやら行方不明者に共通点を見出すことができたが…

それでも世間から爪弾き者だった男性が行方を晦ますのはやはり不可解だった。




「………ところであいつは一体何してんだ?」


そんな疑問に頭を悩ます右京たちを余所に角田はあることを指摘した。

特命係の部屋の隅っこでPCのモニターをニタニタと気味悪く眺めているこの男。

それは先日の転落事故でサイバー犯罪対策本部からこの特命係へ左遷された青木年男だ。

右京たちの話し合いに参加せずPCのモニターを眺めているだけの青木。

実は右京たちも気づいてはいたがどうにも気味が悪いので無視していた。

見かねた角田は青木が何を見ているのか覗いてみると…


「なんだこりゃ?異世界転生?」


PCのモニターにはそんなタイトル文が表記されていた。

なにやら小説の文章らしきものが記述されており

その文章を読んでみると

それは平凡な青年が異世界に召喚されて悪の魔王軍と戦うといった内容だった。



「ちょっと…何勝手に読んでるんですか!?」


「いや、なんかニタニタしてたから何が面白いのか気になってさ…
それにしてもこの小説もどきは何なんだ?」


「これは…その…ss…です…」


気になる角田に詰め寄られて青木は渋々ながら自分が見ているこのサイトを説明した。

青木が覗いていたサイトは素人が掲載することができる小説の投稿サイト。

サイトに掲載されている小説だがその殆どが先ほど角田がチラ見したような

平凡な主人公がある日突然異世界に召喚されて

そこで魔王を倒すといった同じような作品ばかりが掲載されていた。


「なるほど、素人が書いている小説ですか。
ですがおかしいですねぇ。何故同じ内容の作品ばかりが掲載されているのでしょうか?」


気になった右京もそのサイトを覗いてみたが

掲載されている作品はシチュエーションが若干異なるが大筋の内容は同じものばかりだ。

読書家でもある右京としてはこれでは作品に個性を感じられないと辛辣な低評価を下した。



「フン、杉下さんには異世界モノの良さがわからないんですよ。
現実というクソみたいな世界で誰も才能ある自分を理解してくれない。
けど一度異世界に転生なり召喚されたらそこでは誰もが理想の自分になれる。
まさに選ばれた勇者!それがこのサイトの人気ですよ。」


珍しく興奮しながら語る青木を見て右京たちはこのサイトが人気の理由を察した。

つまりこの投稿サイトを閲覧している読者とやらは

小説に出てくる主人公と同じく現実ではパッとしない人間なのだろう。

だから読者たちは主人公を自分と重ねた。

平凡で何の才能もない自分が異世界に行き

ろくな努力もせず大活躍をするとなれば日常で感じているストレスの発散に繋がる。

そんな理由からこのサイトが人気だということが理解できた。


「まったく俺には理解できんな。妄想の世界に浸って何が面白んだか…」


コーヒーを飲み終えた角田は呆れるようにして部屋を出ていった。

それと同時に冠城はこのサイトを一通り閲覧するとある大胆な仮説を打ち立てた。




「ひょっとして行方不明者たちは異世界に召喚されたんじゃありませんか?」


「はぃぃ?キミはたまに突拍子もないことをいいますね。」


「いや、これはかなりイイ線を行っていると思いますよ。
被害者たちが異世界に召喚されたのであれば証拠が残ることはない。
さらに言えば本人たちも異世界で活躍できるという自己満足を満たすことが叶う。
それに異世界の人たちにしても召喚者が世界を救ってくれるんですよ。
まさに両者の願いが一致した行いだと思いませんか?」


右京は冠城の推理を聞いて呆れるように溜息をついた。

確かに異世界からの召喚であれば証拠が一切残らないのも納得はできる。

だからといってそれを信じることなど出来るはずもない。

もしも信じることができるとするなら

それ目の前で異世界からの召喚でも行われることくらいだろうが…




「ところでお前いつまでサイト覗いてんだ?
朝からずっとだろ。いい加減にしないと職務怠慢で監察室にチクっちゃうぞ。」


「どうぞご自由に。どうせ僕は左遷された身ですから。
もう将来における出世の見込みもないからssくらい読んでも罰は当たらないでしょ。」


冠城からの注意を受けても青木はまるで子供のように不貞腐れた態度でいた。

まあ無理もない。特命係は元々左遷部署に当たる。

こんな窓際部署に送られたら出世の見込みなどあるはずもない。

過去に特命係へと送られた人間はその殆どが短期間のうちに退職していった。

それを思えば青木がこうして不貞腐れるのも無理もないことだ。


「あ~あ…僕もこんなクソなリアルで生きるよりも異世界に行って冒険したいなぁ…」


さらには職場でこんなバカなことを呟く始末。

まあ暫くは放っておくしかないとこんな不貞腐れた青木の態度に目を瞑ろうとした時だ。



「右京さん!これは…何ですか!?」


最初にこの異変に気づいたのは冠城だ。

彼の声に気づいたがなんとこの特命係の部屋に奇妙な穴が開いた。

部屋の中央にポッカリと空いた穴に驚く右京たち三人。

だが驚くのはそれだけではなかった。


「……うわ……あぁぁあぁ……冠城さん…杉下さん…助けてください…!?」


なんと青木がその穴の中へと引き寄せられていく。

急いで冠城と右京が青木の手を掴んだが二人の力でも押し戻すことは困難だった。

そして最後には…



「 「 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!??」 」 」



三人揃ってその穴へと吸いこまれた。

こうして特命係の三人は警視庁の建物から忽然と姿を消した。

一体彼らはどうなってしまったのか…?


―――

――





……


………


「うぅ…ここは…」


青木が目を覚ますとそこはまるで中世ヨーロッパのお城のような建物の中だった。

そんな馬鹿な、自分は先程まで警視庁内にいたはずだ。

これは夢ではないのかと自分の頬を抓ったがすぐに痛みを感じてこれが現実だと悟った。


「よう、目が覚めたな。」


「どうやら全員無事のようですね。」


それに右京と冠城の二人も居た。同じ部屋に居た三人が突然見知らぬ場所に運ばれた。

この原因は恐らく特命係の部屋に突如として発生したあの穴にあるのだろう。

だが原因が判明してもここはどこで何故自分たちが連れてこられたのか理解不能だ。

そう悩んでいると正面にある扉が開かれた。

扉からは中世の騎士を思わせる鎧姿の兵士たちが右京たちを取り囲み

彼らの後から身なりの派手な一人の男が現れた。



「よくぞ参られた。勇者青木年男よ。」


勇者…青木年男…?

そんな言葉を聞いて思わず青木は首を傾げた。

いきなりこの男は何を言っているのか…?思わず正気を疑ってしまった。


「ワシはこの国の王。以前は民の笑顔に溢れた平和な国だった。」


「だが一年前より侵略者どもが現れおった。」


「そのせいでこの国に混乱が生じてしまい人々は争いの絶えぬ日が続いた。」


目の前にいるこの国の王と名乗る男は現状を説明してみせた。

以前は平和だった国が他国との争いにより被害をもたらしたこと。

さらにそのせいでこの国の人々が苦しんでいる現状。

この事態を解決すべく王はある決断を下した。それが異世界からの召喚。

他の世界より頼りになる冒険者を集い彼らにこの世界を救ってほしいと願った。


「勇者青木よ。そなたはこの世界を救うべく現れた救世主。」


「さあ、剣を取れ。」


「いざ冒険の旅へ出発するのだ!」


王はまだ困惑している青木に大層立派な剣を差し出した。

剣を握った瞬間、青木はこの状況を理解した。自分はこの世界を救うべく選ばれた勇者だ。

これは運命だ。やはり自分は選ばれし勇者だった。

警視庁の職員という平凡な人生で終わることなどない壮大な物語がこれから始まる。

さあ、剣を抜け!いざ冒険の始まりだ!


End








「ひとつ、よろしいでしょうか。」








そんな冒険の旅へ向かおうとした青木の決意は右京のたった一言で挫かれた。

せっかく盛り上がっていたのに

この空気をどうしてくれるんだと詰め寄る青木を無視して右京は王にある質問を行った。


「つまり王さま、あなたは青木くんにこの世界を救ってもらうために召喚したのですね。」


「その通りだ。まさかそなたらまで付いてくるとは予想外だったがな。」


「やはり召喚されたのは青木だけで俺たちが付いてくるのは想定外だったわけですか。」


なにやら王の召喚に対して疑惑を抱く右京たち。

だが青木はそんな右京たちに不満を抱いていた。それも当然だ。

これから冒険の旅に出なければならないのに出鼻を挫かれるなど冗談じゃない。

青木はすぐに右京たちに詰め寄りそんな疑問など後回しにしろと文句をぶちまけた。



「いい加減にしてください!
これから冒険に出る僕の応援をするならともかく何で邪魔をするんですか!?」


「わかっていると思いますがキミは警察官ですよ。
まさかその立場を捨てて冒険の旅に出るつもりですか?
それなら然るべき手続きに則り退職届を提出してください。」


当然のことだが青木は警察官という重要な職務に就いている。

民間企業ならともかく青木は公僕。

それも警察官となれば自身の都合だけで退職出来るものではない。

青木の場合は直属の上司に当たる右京を通して人事課への申請手続きを踏む必要がある。


「わかりましたよ!退職届をこの場で書けばいいんですね!それで満足しますか!?」


既に冒険に出る決意が固い青木にしてみれば警察官の職に固執する理由がなかった。

このままなら青木は本気で警察官を辞めるつもりだろう。だがその判断は些か早計だ。

ひとまず興奮する青木を冠城に宥めてもらいながら再度右京は王にあることを尋ねた。



「ところで王さま。何故青木くんを冒険者として選んだのですか?」


「それは彼こそが冒険者に相応しいからだ。」


「それはおかしいですねぇ。
僕たち三人は巻き込まれた形ですが同時に召喚されました。
まあ僕は年齢もあるので除外はされて当然ですが…
たとえばここには冠城くんがいます。
彼は身長180cmを超えているこの中では一番の大柄です。
それに対して青木くんはこの通り小柄な体格。
もしも僕が人選を行うのなら小柄な青木くんではなく冠城くんを選びますよ。」


確かに右京の指摘するように冒険となれば体力が必須だ。

見るからに体格に差がある冠城と青木。

どちらを選ぶかといえばまず体力のありそうな大柄な冠城だという右京の見解は正しい。

さらに右京はもうひとつ青木の身体能力に関して指摘してみせた。


「ちなみに警察官は警察学校で柔剣道の実技が義務付けられています。
それでは警察学校で青木くんと同期である冠城くん、彼の実技の成績はどうでしたか?」


「それは下から数えて…いや…むしろドベでしたね。」


青木は警視庁サイバーセキュリティ対策本部特別捜査官として警視庁に採用されたが

それでも警察学校では警察官としての柔剣道の実技を習わされた。

だがシステムエンジニアとして能力は長けているが

やはり体格差によるものなのか見た目通りからっきしの模様。

そんな青木が冒険の旅に出れば一日ももたないというのが冠城の見解だ。

それでは何故青木が選ばれたのか?



「いや、勇者は心が清き者でなければならぬ。彼は優しさを兼ね備えて…」


「いいえ、それもありえません。そうですよね冠城くん。」


「ええ、青木は先日とある事件でやらかしていますからね…」


青木が特命係に左遷されるきっかけとなった事件。

それは週刊フォトスの女性記者・風間楓子がエスカレーターから転落した事故。

彼は風間楓子をうしろから突き落とした犯人だった。

女性をうしろから突き落とした男が心清き勇者など

この事件の捜査を担当していた右京と冠城にしてみれば何の冗談かと疑うのも当然だ。

その事実を知らされて王はさすがに気まずくもなり

また先程まで有頂天でいた青木も

自身の立場を自覚したのか冷静さを取り戻して王に疑惑の目を向けた。

それでは王は一体どんな意図で青木を勇者として召喚したのか?




「まず状況を正確に把握しましょう。
王さま、あなたは青木くんの他にも僕たちの世界から冒険者を召喚しましたね。」
こちらの世界では一年前から行方不明者が多発していた。
それと同時期にこちらの世界でも一年前から敵国が進軍を開始している。
彼らはそのために召喚された。そうですね?」


「うむ…そうだ…だがそれは本人たちも承諾してのことだ…」


「けど何で次から次へと異世界から冒険者を集める必要があるんですか?
そんな行いを続ける理由があるとすればそれは唯一つだ。
その冒険とやらがうまくいってないからですね。」


冠城からの指摘に王は思わず目を背けた。だがこれで右京たちの疑問も解けた。

青木よりも以前に召喚された者たちがいるのに彼らの冒険がうまくいっていない。

そのために新たな冒険者を集る。まさに自転車操業みたいなやり方だ。


「それで彼らはどうなりましたか?
冒険がうまくいっていない理由から察するに彼らは…」


そこで右京はこの城の隅っこにあるモノに注目した。

それは右京たちの居た現実世界にある品々がゴミのように散乱していた。

察するにこれらは

自分たちと同じくこの異世界に召喚された者たちが身につけていた所持品。

それがどうしてあんな風に置かれているのか?その理由はひとつしかない。



「つまり彼らはその冒険とやらで命を落としたということですね。」


右京からの問い掛けに王は頷きもせず険しい顔をしたままだ。

まるでその沈黙こそが肯定だとでもいうかのような解答だ。

だが何故彼らは命を落としたのだろうか…?


「そんな…だって…異世界に行けばみんな思いのまま活躍出来るはずじゃ…」


他の冒険者たちが死んだことで青木は動揺を顕にしていた。

青木が閲覧している投稿サイトでは異世界に召喚された冒険者は

境遇は異なるが必ずやその世界で活躍されるという描写がなされていた。

それなのにどうして志半ばで命を落とさなければならないのかという疑問が過ぎった。


「当然ですよ。彼らは何の訓練も積んでいない一般人。
ここは僕たちのいる現実世界とは大きく異なる異世界。
そんな危険に満ちた場所へと冒険に出れば最悪の場合は死に至る。
可哀想ですが彼らの死は当然といったところでしょうか。」


右京の推理に青木もようやく納得した。

思えば現実世界で行方不明になっているのは何の変哲もない一般人ばかり。

そんな彼らが異世界に召喚されて何ができる…?

さらにいえば行方不明者はほとんどが交友関係の少ない人間ばかりだと聞く。

たとえばだがそんな孤立した人間が

ゲームみたくこの世界の人間たちと共にパーティーを組んでくれるだろうか?

まともに考えれば無理だ。だから彼らは単独で冒険に挑み…全滅した。



「何の訓練も受けていない人間に剣を持たせて冒険に行かせる。
その結果がどうなるのか?普通に考えればわかることですよ。
冠城くん、かつて法務省に勤めていたキミとしてはこの事態をどうみますか?」


「そうですね。
召喚された行方不明者ですが彼らは勇者だとか冒険者と呼ばれて絆されていますが、
実際はいきなり呼び出されてろくな説明も準備もないまま戦わされる。
これって完全に拉致被害者をテロのメンバーとして戦わせる某国と
何の変わりもありませんよ。」


冠城は法務省時代の見解で王の行いを辛辣に告げた。

召喚された行方不明者は冒険者でも勇者でもなく単なる拉致被害者でしかない。

それは彼らの境遇がまさにそれに該当するからだ。

だがこうなるとひとつだけ疑問が生じる。

某国のように人質にするわけでもないのなら何故平凡な人間ばかりを召喚するのか。

戦わせるのなら屈強な人間を召喚すればいい。それを行わない理由は何か?




「その理由は恐らくこの無傷な城が答えですよ。
見たところ敵からの攻撃はまったく受けていないようですね。」


「当然だ。我が城に刃など向けるなど言語道断だ。」


「なるほど、本来この城に向けられる刃は召喚された彼らに向けられたわけですか。」


ここで青木はようやく自分が異世界から召喚された理由を察することができた。

つまり異世界から召喚された者たちは囮に使われた。


「王さま、あなたはこの国を敵からの攻撃から守りたかった。
ですが敵が強力なのかそれともこの国の軍が練度不足なのか知りませんが
まともに太刀打ちするのは不可能だった。
そこで考えたのは異世界からの冒険者たちを召喚する事だった。」


「異世界から冒険者を召喚。
そんな大層な真似をすれば敵側に否応なく注意が向けられる。
敵側は冒険者を相手に挙って攻撃を差し向ける。
これが異世界から冒険者を集める理由ですね。」


すべては敵側の注意をこの国から逸らすためだった。

そのことを告げられて青木は呆然とした。

まさか自分がそんな理由で呼び出されるなんて…

だがそうなると最後の疑問が残る。それは人選についてだ。

お世辞でも行方不明になった人間は青木を含めて勇者に相応しい器ではない。

彼らは至って平凡な人間だった。

そんな平凡な人間を集める意味は何だったのか…?




「ひょっとして王さまは
この行いが俺たちの世界にバレた時のことを考えていたからじゃありませんか。
アンタたちは既に100人近くの人間をこの世界に召喚している。
いつかバレると予想していた。だから…」


「なるほど、つまり両世界のために犠牲を最小限に抑えたかった。
つまり王さまがこの異世界を救うために選んだ被害者たちが
平凡な人間ばかりだったのは敢えてそうしたからですね。
そうすれば僕たちの現実世界における被害が最小限に済まされるからということですか。」


冠城とそれに右京からの推理を聞かされて青木はすべて理解した。

この異世界に召喚された人間とは元の現実世界では凡人でしかない。

いや、悪く言えば要らない人間…

そんな人間など囮に使えれば十分。だから被害者たちを冒険者として煽てた。

本来ならこんな事実など認めたくない。

だが無理だ。何故なら青木自身の境遇がそれを物語っているからだ。

元々青木は人間関係において交友が乏しかった。

特命係に異動することになっても

元の部署の人間は誰一人として別れの挨拶すらせずにさよならだ。

さらにいうなら先日の事件…

風間楓子の転落事故。あの犯行が明らかとなり自身の警察キャリアは完全に閉ざされた。

懇意の上役である衣笠副総監は

ほとぼりが覚めるまでの間は特命係で大人しくしろと言ってくれたが

それだっていつまでなのかわかったものじゃない。

結局のところ、失態をやらかした青木など居ようが居まいが何の問題もなかった。


「それで王さま、真実が明らかになったのですから何か申し開きすることはありますか。」


ここまで真実を明らかにされたからにはさすがに王も黙ってもいられないはずだ。

そんな王だが観念したのか右京たちの前であることを呟きだした。



「………そうだ。お前たちの言う通りだ。すべてはこの国を守るため。だが何が悪い?」


「それはどういう意味でしょうか。」


「余はそちらの世界で疎まれている者たちに役目を与えてやった。
勇者として冒険の旅に出られると聞いた者たちは誰もが目を輝かせていたぞ。
元の世界にいればどうせ待っているのは怠惰の日常。
誰からも必要とされぬのなら
その過程で命を落とすことになろうとも役割を与えるのがせめてもの救いであろう。」


それが王の言い分だった。

召喚された被害者たちは確かに現実世界に満足もせず孤立した人間たちでしかない。

そんな彼らに活躍の場を与えてやった。

恐らく被害者たちは誰もが憧れの異世界での冒険に夢を見たのかもしれない。

だがそれも死んでしまえば何も残らない。この異世界で誰が被害者たちの死を悲しむ?

被害者たちは元々現実世界で孤立していた。それはこの異世界でも同じことだ。

だから誰も墓を建てても貰えない。所持品もこうしてゴミのように乱雑しているだけ。

それを思えばこの王さまの行いは許されるべきものではなかった。



「申し上げます!敵が我が領地へ進軍してきました!」


するとそこへ兵士が伝令を報告してきた。敵軍がこの城まで進軍してくるようだ。

その報せを受けて城内にいる兵士たちに動揺が走った。

これまで冒険者たちに注意を向けていたのに彼らは全滅してしまった。

もう敵軍の注意を引く存在はいない。

いや、居るとすればそれは先ほど召喚された青木だ。

彼を冒険に駆り出せば敵の注意を引くことくらいはできるはずだ。

そう思った王は青木に再度冒険に出向くように進言した。


「勇者青木よ、今すぐ冒険に出られよ。」


「そんな…けど…僕は…」


「何度も言うがお主は選ばれたのだ。元の世界では報われなかったのではないか。
だがこの世界では活躍できるのだぞ。
剣を振るい立ち向かえ。そうすれば誰もがお主を認めてくれる。
偉大なる勇者、それがこの世界でのお主の役目ではないか。」


王の言葉は今の青木には実に魅力的だった。

異世界での活躍。それをどれほど待ち望んでいただろうか。

そう聞いているうちに青木はポジティブに物事を捉えた。

先ほどの右京たちの推理は正しいのだろう。

だがそれは以前の冒険者たちがヘボだっただけに過ぎない。

自分はちがう。能力溢れる自分なら犠牲になった連中みたいな同じ轍など踏むものか。

王の言うように剣を取ろう。さあ、今こそ冒険の旅へ出発だ。



「………待て。お前いい加減に懲りたらどうだ。」


そんな青木に対して冠城が待ったを掛けた。

どうして邪魔をする?今度は何だ?もう疎ましいとしか思えなかった。


「懲りるってどういう意味ですか!僕は今度こそ活躍できるんですよ!?」


「そうやって偉い人に煽てられて左遷されたんだろ。
この前の転落事故をよく思い出してみろ。お前は衣笠副総監に見捨てられたじゃないか。」


冠城から指摘に青木は図星を突かれたかのように青ざめた。

そして先日の転落事故で真相が暴かれた際のことを思い出した。

ここにいる右京と冠城に自分が真犯人だと告げられた時、

これまで懇意にしていた衣笠副総監が真っ先に自分を切り捨てた。

その様子を見ていた冠城にしてみればあれはまさに蜥蜴の尻尾切りも同然だ。


「そうやって目上の人間にちょっと煽てられていい気分になる。
だがその王さまもそれに衣笠副総監もお前を利用していざとなれば切り捨てるだけだ。
これからもそうやって上の人間の便利な駒のように生きていくつもりか?
しっかりと現実を見据えろ。そうでないとまた利用されるだけで終わるぞ。」


その忠告を受けて青木は思い出した。

週刊誌を嫌う衣笠副総監のために敢えて泥を被るよう犯行に及んだ。

だが旗色が悪くなると彼は自分を切り捨て、さらに特命係へと左遷。

これまで彼のために尽くしてみせたがその結果がこれだ。

警察官のキャリアを失いヤクザだった風間の母親からは制裁を受けた。

もう散々な目に合わされた。そして今もまた…

今度は怪我だけでは済まされない。命を落とす危険すらある。

だがそれでも必要とされているという言葉は今の青木にしてみれば魅力的だ。

これまでろくな交友関係も築けず孤立していた自分をこの世界は必要としてくれている。

だから決心がつかずにいた。



「そういえばキミは何故警察官になったのですか。」


そんな青木に右京はある質問をした。

何故警察官になったのか…?

既に警察官となって二年が過ぎた。その理由をこんな状況で尋ねられるとは思わなかった。


「キミの性格からして
単純に人を守りたいという意志を持って警察官になったとは思えません。
恐らく何か目的があって警察官になったのでしょう。
その目的とやらが僕にはわかりませんがそれは果たされましたか?」


青木が警察官になった事情。

それは本人たちの前では決して言えないが杉下右京と冠城亘に復讐すること。

かつて青木はある殺人事件の目撃者だった。だが彼は根っからの警察嫌い。

その理由から目撃証言を拒否、それにより捜査は行き詰まりお手上げ状態。

本来ならこれで青木の目的は果たせるはず…だった…

だが特命係の介入により青木はある意味騙される形で捜査協力を行わされた。

こうして犯人は逮捕されたが

それ以来青木は特命係を目の敵とするようになり度々嫌がらせ行為に及んだ。


「青木くん、キミがどんな選択を取るのかはまかせます。
ですが目的を果たしたいというのならキミの死に場所はこの世界ではありませんよ。」


右京の挑発じみた言葉が青木の心に突き刺さった。

まさか復讐の対象者からこんな説得をされるとは不愉快だ。

だが右京の言うようにまだ目的は果たせていない。

だからこそ青木は誰に絆されることもなく自身の意思で決断を下した。



「悪いけど…僕は元の世界に戻ります…」


先ほど王から託された剣を放り捨てると脇目も暮れず通ってきた穴の中へと入って行った。

どうやら右京の挑発は成功のようだ。

青木のようなひねくれ者に正論を吐いて説得するのは時間がかかる。

それならば思い切って必要以上に詰り挑発させる。

これでまた青木との関係が拗れるかもしれないが状況を思えばそれも致し方のないことだ。

だが青木が穴の中へと入ったと同時に城内に轟音が響き渡った。


「伝令!敵がこちらへ攻め込んできました!?」


なんと敵軍の動きは予想以上に素早く既に城を取り囲んでいた。

こうなればもう逃げ場などない。それに既に囮になる人間もいない。

まさに孤立無援なこの状況で王は思わず動揺していた。


「あぁ…どうしたらいいのだ…これでは国が…我が城が…」


敵の砲撃を受けて城内は損害を受けた。

このままではどうにもならない。どうしたらいいのか…?

そんな時、王は閃いた。青木のおまけでくっついて来た右京と冠城の二人。

彼らを勇者として城外に解き放ち注意を引きつけようと企んだ。



「勇者たちよ。どうかこの世界を救って……お前たち…何をしている…?」


「見てわかりませんか?被害者たちの所持品を回収しているんですよ。」


右京と冠城はこの場に放置されていた被害者たちの所持品をすべて回収していた。

その様子を見て王は呆れていた。

何故こんな危機的状況でそんなことをしているのだと…


「何をしておる!?剣を取れ!すぐに戦いに行かぬか!」


「申し訳ありませんが僕たちは警察官です。争いに介入することはできませんよ。」


「そう、俺たちは単なる警察官です。それも窓際部署で何の権限も持ってませんから。」


敵軍が城を攻撃する中、王は痺れを切らしていた。

もう頼れるのはここにいる特命係の二人しかいない。

この二人とて召喚された者たちだ。戦ってもらうしかない。

だが二人はその使命を放棄して以前の冒険者たちが残した所持品を黙々と集めている。

こうなれば形振り構っている場合ではない。

二人が欲するものならなんでも与えるつもりだ。金でも権力でも女でもいい。

王はどんな要求でも飲むとそう告げた。だが…




「あなたは他の被害者たちにもそれを餌に煽てたのですね。
彼らの欲するもの、それに異世界での活躍を餌に冒険に出させた。
その結果がどうなるのかわかっていたはずですよ。」


「それの何が悪い!余は彼奴らの望みを叶えた!」


「確かに望みを叶えたかもしれない。
ですが言い換えればあなたは被害者たちを騙した詐欺師とも言えます。
ろくな準備もさせず剣を一本託して敵地に送り出す。まともなやり方ではありませんよ。」


「つまり王さま。
アンタは被害者たちに面倒な役目を押し付けただけでしかないってことですよ。」


二人からそんな指摘を受けて王は狼狽えた。

いくら被害者たちが異世界での冒険を臨もうと

彼らにその冒険を果たせる能力などないことは召喚した王が一番理解していた。

元々彼らの役割は囮で十分だった。

長く保てばよくやった方であり短くてもまた現実世界から召喚すればいい。

その程度にしか考えていなかった。


「王さまは被害者たちに冒険者という役目を与えた。
ですがあなた自身はどうですか?
本来なら敵軍を対処するのはこの国の王であるあなたの役目だった。
それをあなたは被害者たちに押し付けた。」


「仕方なかろう…我が国は戦力が乏しい…だから…」


「それでもあなたは自らの役割を放棄すべきではなかった。それだけの話ですよ。」


確かに右京の指摘するように王は自身の役割を放棄していたのかもしれない。

だがこの指摘に対して王は異論を唱えた。



「それなら…お前たちはどうだ…」


「はぃぃ?それはどういう意味ですか。」


「恍けるな!お前たちは向こうの世界では警察官だろう!
目の前で争い事が起きているのにそこから目を背けて下らぬゴミを集めておる!
そのような者たちが余に意見する気か!?」


警察官なら人々を守るのが役目。それを右京たちも放棄していると王はそう罵った。

王からしてみれば確かに単なるゴミを拾い集めているだけかもしれない。

だが右京たちの行いにも意味があった。


「王さま、今のあなたから見れば我々の行いは確かに呆れるものかもしれません。
ですがこれが僕たちの役目です。
突然この世界に召喚され、ろくな準備もないままむざむざと死ぬことになった被害者たち。
僕たちは彼らの死を証明しなければならない。
だからこれらの遺留品を元の世界に持ち帰らなければなりません。」


「ふざけるな!その行いにどんな意味がある!?」


「意味ならありますよ。
アンタが使い捨てにした被害者たちにだって悲しむ遺族がいるはずだ。
今も必死で探しているその人たちのためにも被害者たちの死を証明しなきゃならない。
そうですよね右京さん。」


「ええ、たとえそれが残酷な結果であろうと果たさなければならない僕たちの役目です。」


そう言い切ると先ほどの青木と同じく

右京と冠城もまた最初に召喚された穴の中へと入り元の世界へと帰っていった。

一人その場に残された王は呆然とした。

自らの役目を放棄したばかりにこの事態に陥った。

それがこの有様だ。城は半壊状態に陥り最早どうにもならない状況だ。

まるでこれが王とこの国に課せられた罰であるかのように崩壊の一途をたどった。

その後、一連の行方不明事件は

被害者たちの遺留品が発見されたことにより彼らの死亡が認められた。

大勢の遺族が何故被害者たちは死ななければならなかったのかと警察に激しく詰め寄った。

だがこの事実は世間に明かすには余りにも荒唐無稽過ぎた。

そのため特命係の独断で真実は伏せられたまま彼らの死亡だけが公表された。

被害者の死を告げられて大勢の遺族たちが涙を流した。

こうして事件は大勢の犠牲を出した。

この事件以降、異世界からの召喚が行われることは二度となかった。



後日―――


「右京さん、ちょっと聞きたいことがあります。」


「はぃぃ?なんでしょうか。」


「先日の行方不明事件についてです。実はあれからちょっと調べたんですが…」


冠城は独自に調査した際に被害者の遺品から日記を発見。

先日の異世界へ召喚された事件で被害者は日記を遺していたようで

その日記には気になる記述があった。


「実はあの異世界に召喚された際に被害者たちはスキルを与えられるようなんです。」


「スキルとは…何かの技術を与えられるということですか…?」


「まあ詳しくは青木が覗いていた小説の投稿サイトにも描写されていますが
異世界に召喚された彼らはそこで活躍できるように各々異能の力を授けられたそうです。
まあたとえば剣術だったり魔術だったりと個人によって様々ですが
その世界に合わせた能力を見繕ってもらっていたらしいです。」


気になった右京も投稿サイトを覗くと

確かに異世界へ召喚された主人公たちは各々スキルを与えられていた。

それがどうして気になるのか?



「つまり被害者たちはある程度戦える力を与えられていた。
それなのに全滅する事態に陥った。これってどうしてなんですかね?」


冠城が気になるのはその点だった。

異能のスキルを与えられたのならある程度の活躍は出来た。

それにもしかしたら冒険を達成することだって可能だったかもしれない。

それなのにどうして彼らは全滅に陥ったのか?そこが疑問だった。


「それは恐らく肝心な自分自身が変われなかったからではないでしょうか。」


「自分自身が…どういう意味ですか…?」


「簡単ですよ。被害者たちは元々の環境に不満を抱いていた。
それがある日突然環境が変わり使命を与えられ異能の力をもたらされた。
ですが肝心の被害者たち自身はどうでしたか?
彼らは与えられたモノに満足して自分自身を変えられなかったのではありませんか。」


右京の指摘に思わず冠城は納得した。

結局、どんなに周りが変わろうとも肝心の自分自身が変わらなければ何の意味もない。

だから被害者たちは全滅してしまった。

冷たい言い方かもしれないがそれが答えなのだろう。

何処の世界に行こうとすべては自分次第。これが真実だと…



「それで青木くん。キミは何をしているのですか?」


「見てわかりませんか?小説を書いてるんですよ。」


「小説ってお前…どうしてまた…?」


「あれから少し考え方を変えたんですよ。
他人の物語を読んで悦に浸るんじゃなく自分で物語を創る。
僕にはそっちの方が相応しいと思っただけです。」


読み専から書き手になったことで成長を遂げたと青木は自画自賛した。

ちなみに青木が書いているのは推理モノの小説。

普段は警察の窓際部署に所属する主人公(自分)が

事件が起きた時は颯爽と現場に駆けつけて見事に解決する。

まあそんなどこかで聞いたことあるような内容をサイトに投稿していた。


「右京さん…これって…成長って言えるんですか…?」


「さあ、それは人それぞれですよ。」


そんな喜々として小説を書き続ける青木に呆れながら

それぞれのデスクへ戻り右京は紅茶を、冠城はコーヒーを淹れてそれを飲み込んでいた。

こうして特命係は今日もいつも通り暇を持て余していた。


End

これにておしまいです。
右京さんたちが異世界で剣振り回して活躍するのを期待していたらごめんなさい。
けど特命係が異世界に飛ばされたらこんな感じかなと思って書いてみました。

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