カドック君がカルデア爆破から生還しました。【Fate / FGO】 (348)

セイバー「極光は反転する……光を飲め」


聖剣に魔力が収束する。いや、あの禍々しさは魔剣と言った方が近いか。どんな歴史を辿ればかの騎士王があんな姿になるんだか。


カドック「キャスター、やり方も他の被害も問わない。アイツを防げるか?」

キャスター「ハッ。そいつが出来ないからお前さんたちに力を借りたんだろうが。いや、貸したのか? どっちにせよありゃ無理だ」

カドック「令呪でバックアップすればどうだ」

キャスター「さあな。こちとらさっきまではぐれサーヴァントだった身だ」

カドック「できるか、できないのか、どっちだ!」

キャスター「あそびの足りねえボウズだなぁ」

セイバー「"約束された勝利の剣"」

カドック「っ……! 令呪をもって命ずる……」


星の聖剣。その一振りが大空洞をなぎ払う。

ああ……これから世界を救おうというのだ。この程度の危機は何度だって訪れるのだろう。

僕はどこまで行っても凡庸で、平坦で、ただそこにいただけだ。

なあ、ヴォーダイム。

あんたならどうした?





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1523357957



数時間前

オルガマリー「ちょっとあなた、あなたよ! 聞いてる!?」


……疲れてる。

眠気なんてものは忘れたが、それでも不眠不休でいられるほどタフじゃない。

これからレイシフトが行われる。その最終段階としてオルガマリー所長によるミーティングが行われているわけだが、僕は疲れていた。

選抜チーム……Aチームであるこの僕が、だ。

情けない話だが、僕はこのAチームの中では一番の劣等生。凡才だ。突出した天才たちの中でやっていくには努力するしかない。

故に僕は、疲れている。

眠気も疲労もとうに忘れて、この体は無限の努力でできていた。

ただ一人、ひたすら合理的に、効率的に、出来うる最善を持てる力全てで。

凡庸の僕には時間がない。無駄にしていい時間なんて1秒たりとも有りはしない。

あいつら
天才たちは1秒あれば僕を深淵まで置き去りにする。

僕には、時間がない。

オルガマリー「カドック・ゼムルプス! 話を聞く気がないのなら出ていくなさい!」

ベリル「だとよ。カドックくん。所長様がご立腹だ」

ペペロンチーノ「どうせ昨日も最終調整でロクに寝てないんでしょ。医務室にでも行ってなさい。所長には私たちから言っておいてあげる」

カドック「……ああ」


ちくしょう。邪魔になるプライドなんてとっくに捨てたが、全く腹が立つ。こいつらの余裕はなんだ。あのヒステリー女の与太話を聞いてる暇があるのか、この最終局面で。

腹が立つ……自分自身の才能のなさに。

部屋を出るとき、ふと居眠りしてるマスター候補が目に付いた。たしか、レイシフト適正だけで選ばれた素人だ。


カドック「ふん……僕より先に、あいつの居眠りが見つかってりゃ……」


といいかけて、己の凡庸な思考に嫌気がさした。





ロマン「お……? カドック君じゃないか。僕の城に何か用かい」

カドック「ああ。少しベッドをかりる」

ロマン「ははは。これからレイシフトだっていうのにずいぶん余裕だなあ」

カドック「うるさい」


本当にこの顔が余裕あるように見えるのか?


ロマン「たしか今はミーティング中だったはずだろう」

カドック「最終確認ならとっくの昔に終わってる。そのうえで昨日も一昨日もその前も……何度も何度も"最終確認"したさ。今更他人に言われることなんてない。僕は効率的なのが好きなんだ。無駄話をするくらいならギリギリまで体を休める。バイタルチェックを頼む。ドクター」

ロマン「おいおい、僕は今サボり中なんだぞう」

カドック「……ならサボりの片手間でいい。それくらいできるだろう」

ロマン「それサボれてないよね? 僕はこれからマギ・マリが更新されてないかチェックしなくちゃならないんだ」

カドック「この最終局面でそんなものをチェックしてる暇があるなら……いやもういい」


疲れる。


ロマン「よく休んでおくんだ。カドック・ゼムルプス。僕は君のこと、陰ながら応援しているんだよ。なにせ……」


久しぶりの睡魔に意識が持っていかれる最中、あの男が何か言っているようだったが、まあどうでもいい。






黒板を引っ掻くような、耳障りな高音で目を覚ました。


ロマン「まずいぞ、早く起きるんだカドック君、ここも安全じゃないかもだ!」

カドック「な……に……」

ロマン「目を覚ませ! バイタルチェックは済んでる! どういうわけか君は健康そのものだ!」


当然だ。休眠こそ不規則だが、毎日1リットルの牛乳、ボウルいっぱいの野菜に適度なタンパク質に加え小まめなバイタルチェックから足りない品目を割り出しその都度補っている。あとは魔力で誤魔化しているんだ。過労だろうが寝不足だろうが健康を損なうはずがない。


ロマン「ぼーっとしてるな! くそ、カルデアスは無事なのか……!?」


なんだって?

最悪の予想が頭をよぎる。

煙っぽさ、鳴り止まないサイレン。今のセリフ……。

まさか。そんなことは有り得ない。

カルデアスに走る。

ミーティングはどうなった?

あいつらはどうなった?

レイシフトはどうなる?

人類史の観測は……。

僕たちは……。



ロマン「……生存者はいない。カルデアスだけが無事だ」

カドック「…………」

ロマン「Aチームも……」

カドック「ぺぺのやつ……僕をギリギリまで寝かせやがって……」

ロマン「僕は一旦ここを離れる。カルデアスを止めるわけにはいかない。キミもすぐに脱出するんだ。いいね」

カドック「…………」

脱出して、どうする。

これから僕は証明するはずだったんだ。

僕にだって……ということを。

それがどうだ。この場を生き延びて、どうなる。

もうおしまいだ。

ヴォーダイム。オフェリア。ヒナコ。ぺぺ。ベリル。デイビッド。キリエライト。そして僕。

信じられないことに、我々は何も成さないまま終わった。天才も凡才も、等しく。

アナウンス「適正マスター、発見。レイシフトまで3、2、1……」

意識が、分解され、体が解けるような感覚を最後に、僕の未来は潰えた。




カドック「ここは」

オルガマリー「お目覚めね。カドック・ゼムルプス」

フォウ「フォウ」

カドック「所長か……ですか?」

オルガマリー「ここはどこなの? 説明しなさい」

カドック「目覚めたばかりの僕に聞かないでくれ……ください」

オルガマリー「レフは? レフはどこなの。何が何だかサッパリ……キャアア!」


竜牙兵……いや、動く骸骨か? ……が、押し寄せてくるのをみてヒステリー女が喚き散らす。あの程度ならガンドの呪いでも飛ばしておけばどうとでもなるだろう。カルデアのシミュレータのほうがまだ悪どい。……あの数を除いては。


オルガマリー「カドック! なんとかしなさい。選抜チームでしょう」

カドック「……なんとかするだけならなんとかなる。頼むから騒がないでくれ」

オルガマリー「ちょ、なにするのよっ」


所長を抱えて……くそ背を叩くな引っ掻くな髪を引っ張るな。


カドック「離脱する。少しでも魔力は温存したい。無駄撃ちはするな」


脚を強化して飛ぶように走った。この女は所長だったが、カルデアはあの有様だし、敬語は命令系を遅らせるだけだ。もはや必要ないだろう。


オルガマリー「この、この! ガンドガンドガンドガンド……」

カドック「打つなと言ってる……」


つかれる。






ロマン「カドック君、所長!?」


それはカルデアからの通信だった。


オルガマリー「ロマ二! これはどういうことなの」

ロマン「そこは2004年の極東の島国……ニッポンのフユキです」


信じがたいことに、その言葉はレイシフトの成功を意味していた。

あのヴォーダイムたちを差し置いて、レイシフト適正だけが絶望的だったオルガマリーと、レイシフト適正のみで選ばれた僕が、レイシフトに成功したのだ!

湧き上がるこの感情は……歓喜? 使命感? 優越感?

僕はこの絶望の淵で、ついに千載一遇のチャンスを手にしたのだと、あの天才たちを出し抜いて偉業を成し遂げたのだと、確信した。

だが、まだだ。終わったはずだった始まりに過ぎない。

そしてこの状況。当面はこの特異点……なのか……を修復することが目標になるが、本来使役するはずだった英霊もなしにどうしたものか。不確定要素が多すぎる。できる限りローリスクで今できることを判断して実行しなければ。失敗はできない。


ロマン「まずいぞ……サーヴァント反応……いや、似ているが少し違う……なんだこれは!? そちらに高速で接近中! ダメだ避けられない!」

フォウ「フォウ」

僕には冷静さが欠けていた。気づけなかった。そこはもうソイツの領域で……周囲の人型の石像群にさえ気がついていたなら、後手に回らずに済んだかもしれないというのに。


「なぜ人間が?」


背後から。


「まあいいでしょう。あなたたちもすぐに石にして差し上げます」


這いずるような殺気。

その長い得物を振りかぶった一瞬をついて、全身をありったけの魔力で強化し後退。同時に防御壁を展開する……がこれは所長とほぼ同時に二重に展開された。さすがレイシフト以外にかけては一流な アニムスフィア家の魔術師だ。決して侮ってはいなかったが、案外使えるらしい。

オルガマリー「カドック! 退がりなさい!」


と言い終わる前に所長より後方に滑り込む。まずいこの女牽制に全力を出して棒立ちだ。


「ほう……」


鎌を持った長身の女は、防壁を飴細工のように砕くと、こちらを一瞥しクルリと鎌を持ち替えた。

サーヴァントだろう。武器の形状からランサーか。風貌からはアサシンを思わせる。対話はできそうだからバーサーカーではないだろう。

発言から周囲の石像はヤツによるもの。これらはもとは人間だったのか……ギリシャの怪物ゴルゴーンといったところだろう。なんにせよ真っ当な英霊ではなさそうだ。

半英雄なら死因が宝具として昇華していても不思議はない……あの鎌は不死殺しのハルペーか?

なら真名は"メドゥーサ"あたりでどうだ。クラスは……。


カドック「ランサーだな。これはどういうことだ。聖杯戦争の真似事か?」


ハッタリをかましつつ殺気が失せたのを機に情報を引き出してみる。


「ああ、なにも知らないのですね」


……ランサーのようだな。

ランサー「教えることなど何も。ええ。消えてください」


……ダメだ。殺される。

サーヴァント相手じゃ最善手を打ち続けても勝負にならない。もともと持ってる駒が違う。

ならどうする? 諦めるか?

考えろ。自体は理解不能だ。把握するのは無理だ。なら現場だけを見て可能性を見出せ。

敵対するサーヴァントが一騎いる。

聖杯戦争であるなら、あと六騎いるはずだ。脱落があってもコイツが戦っている以上他に一騎は確実に存在するはずだ。

聖杯戦争でないなら……? 確率は低いが、これがどちら側にせよ、イレギュラーに対するカウンターを世界が用意するはずだ。なら明確な反勢力として別の英霊が召喚されているはずだ。

生き延びてさえいれば手はある。……はずだ。

カドック「所長!」

オルガマリー「わかってる! 最後のマスターであるあなたを死なせはしない!」


多重防壁。足止めにもなりはしないだろうが。

この女、棒立ちしてたんじゃない。僕より前線に出るためだったようだ。

確かに僕は最後のマスターなのだろう。

オルガマリー所長を切り捨ててでも生き残らなくてはならない。


カドック「ああ。だが今は二人で生き残るべきだ。僕一人では消耗戦にもならない。あんたが死んでも同じことだ」


あらゆる魔術を駆使してランサーの鎌をいなす……ランサーの鎌ってなんだ。

まあいい。とにかく一瞬一瞬に死力を尽くす。精神をすり減らすが、死ぬよりはマシだ。

ランサーは弱者をいたぶるのを楽しんでいるようだった。本気になればすぐ殺せるだろうに、半英雄には舐めプする小悪党が多いがコイツもそうだ。確定してる勝利をすぐには掴もうとしない。信じがたいことだが。

オルガマリー「カドック! 援護を」

カドック「これ以上は身体強化にまわらなくなる。撤退の目がなくなるぞ」

オルガマリー「……私に死ねというの? あなたという最後の希望のために。冗談じゃない。私は所長よ、カルデアは私のものなんだからっ」


防壁の上から吹っ飛ばされる。大した去勢だが、いよいよ瀬戸際だ。


カドック「ドクター。聞こえるか」

ロマン「……ああ。言われたとおり範囲を広げてサーヴァント反応を探したよ」

カドック「いたんだな?」

ロマン「ああ。ずっとこの戦いを見ている。この局面でも出てこないなら……もう救いはないだろう」

カドック「……そうか。なら最後に特大のを食らわせてやる」

ランサーの鎌が所長に振り下ろされる……これでも一端の魔術師なんだ。せめてその一撃を逸らすくらいはできてくれよ……!

ボウッ。

と、ランサーが炎上する。


ランサー「あああああ!」


まて、この威力はないだろう。


ロマン「すごい! キミがやったのか! こりゃサーヴァント級の威力だぞ!」

「たわけ。サーヴァントの攻撃がサーヴァント級でないはずがないだろうが」


どうやら静観していたのは決め所を見極めていたらしい。


カドック「さて……あんたは僕たちの味方か?」

「少なくとも敵じゃねえな。そらよ」


ランサーがさらに炎上する。不意打ちとはいえここまで圧倒できるものなのか。

「ここいらは既に仕込みがすんでたんでな。面倒が省ける分大盤振る舞いってわけよ」


ルーン魔術か。指を空で切るだけで極大の火柱がピンポイントで上がる。

……ランサーはチリすら残っていなかった。搦め手とはいえ、三騎士を打倒するキャスターだと……?


キャスター「そうこわい顔をしなさんな。彼奴等に比べりゃ俺は真っ当な霊基だからよ。それに魔力供給のあてもできた」

カドック「……僕のことか」

キャスター「おうよ。カルデアのマスターさん」




カドック「するとここはまだ聖杯戦争の真っ只中ってことか」

キャスター「ああ。既に破綻したがな。どいつもこいつも真っ当に聖杯戦争しよって輩はいねえよ。俺はまあ……そいつらを倒して回ってるんだが」

カドック「あと何騎だ」

キャスター「三騎 。セイバー、アーチャー、バーサーカーだ」


あと三騎だと? さっきのランサーを含めて既に三騎をやったっていうのか?

……いや、早計だな。聖杯戦争は乱戦必至だ。この男にそれほどの力があると思い込むのは危険だ。

カドック「あんた本当にキャスターか?」

キャスター「おうよ。クー・フーリン。槍がありゃとっくに全部終わらせてたんだがな!」

カドック「ケルトの大英雄か。会えて光栄だよ」

キャスター「安い礼儀ならやめとけ。食えねえボウズだな」

カドック「……誰にせよ神話の英雄に目見えるのは光栄だと、本心のつもりだったんだが。気に障ったんなら謝るよ」

キャスター「まあいい。ボウズはともかくそっちの嬢ちゃんは世話の焼きがいがある。なあ?」

オルガマリー「私はカルデアの所長です。サーヴァントであるあなたが協力の要請を受けてくれるのはありがたいですけど、だからといって侮らないでちょうだい」

キャスター「ははは。気のつええ娘は嫌いじゃないぜ」

カドック「それはいい。これからどう動くべきだと思う。現状を知り尽くしてるあんたの意見が欲しい」

キャスター「あぁ? 洒落臭え。……しかしそうだな。とりあえずバーサーカーには近づくな。ありゃ本物のバケモノだからよ。こちらから黒い森に近づかなきゃ問題はない。……んで、アーチャーはセイバーの腰巾着だ。セイバーを相手取るには避けられないだろう」

カドック「なんだ、バーサーカーはどういう状態なんだ。詳しく話せ」

キャスター「なに。既に自我を失ったシャドウサーヴァントってところだ。どういうわけか森にある古城から離れようとしない。とうにあそこは無人だってのにだ」

カドック「近づくなとはいうが、ではどうすればいい」

キャスター「おそらくこの聖杯戦争はセイバーを取った時点で終わりだ。修復がはじまる」

カドック「なら放っておこう。って話か……」


それはどうだ? 本当に問題はないのか。


カドック「事前に僕のやり方を教えておいてやる。不確定要素はできる限り潰す。使えるものは何でも使う。以上だ」

キャスター「要するにバーサーカーを捨て置けねえってか。なら後で様子を見に行くといい」

カドック「アーチャーは引き離せないか? セイバーだけでいいなら最悪アーチャーは足止めだけでいい」

キャスター「奴さん大空洞に篭ってやがる。およそ入り口を守護してるだろうよ。アーチャーは」


厳しいな。キャスター一騎でアーチャーとセイバーをやれるのか。

キャスター「アーチャーなら、一対一なら確実に勝ってみせる。問題はセイバーだ」

カドック「何さらっと無茶苦茶いってやがる。キャスターが一騎打ちでアーチャーに勝つだと?」

キャスター「おう! いいねえ。口が回り始めたな。だが心配無用だ。俺はヤツには負けん。戦士の誇りをかけよう」

カドック「誇りなんざ…………っ!」


危ない。「犬も食えない」と言うところだった。


カドック「誇りなんざ言うのは簡単だがそんな根拠のないもので僕は動かない」

キャスター「オレはやつの戦い方を知ってる。だがやつはこのオレのやり方を知らねえ。魔力供給さえあれば宝具も使える。勝てる」

カドック「ではアーチャーを倒したとしてセイバーとの連戦を制することはできるか」

キャスター「無理だな」


こいつは優劣を見極めてなおアーチャーに勝てると言っているらしい。よほど自信があるのだろう。

カドック「アーチャー戦に勝算があるのはわかった。だが肝心のセイバーはどうするつもりだ」

キャスター「一騎打ちじゃ勝ち筋はないが……まあなんとかなるだろう。そこは比較的頭が使えるようになってるんでな」


なにと比較したんだよ……。


カドック「わからねえ。僕には勝ち目の薄い賭けにしか見えない」

キャスター「なら降りるか?」

カドック「いや。賭けどきを誤りはしない。ただ乱数を極力削って確率を正確なものにしたい」

キャスター「要するになんだ」

カドック「お前のステータス、宝具、スキル、全ての詳細を開示しろ。仮のマスターでもマスターはマスターだ」




ここまで。勢いで書いたが序章くらいは書ききりたい。がんばれカドックくん




セイバーがいるという大空洞までの道のりは困難を極めた。

骸骨やシャドウサーヴァントが現れてはキャスターが蹴散らし、現れては蹴散らし。鼻歌交じりに蹴散らし、所長は喚いては取り繕い、キャスターが蹴散らすたびに「なんだ楽勝ね」と賑やかす。そうして僕の魔力はズイズイと吸い取られた。まったく、楽勝だな。くそったれ。

拠点らしき場所を制圧すると、虹色の尖った石が手に入った。貴重なリソースなので保持しておく。

そして大空洞入り口。キャスターの話通りならアーチャーが潜んでいるはずだが。


ロマン「ああ。サーヴァント反応が一つある。アーチャーだろう」

キャスター「ようアーチャー。決着をつけにきたぜ」

アーチャー「決着? 悪いがそんな暇はない」


いつ引き絞ったのか。

気がつくと僕に向かって剣のような矢が向かってきていた。

はやい。これが目的遂行に徹したサーヴァントの力か。キャスターが迎撃していなければ頭が飛んでいただろう。


アーチャー「キミがカルデアのマスターか。ひどい面構えだ」

キャスター「おいおい、挨拶の前に殺すとか、随分じゃねえか。相変わらず誇りのほの字もねえ野郎だ」

アーチャー「問題あるまい。あの程度防げぬようではどの道勝機はないのだから。なあキャスター」

キャスター「ふん。つくづく気に入らねえな」

カドック「勝て。キャスター」

キャスター「おう。先に行け……と言いたいところだがあんたらだけじゃセイバーのもとにたどり着いたとてどうしようねえ。ここは付き合ってもらうぞ」

無数の矢が降り注ぐ。どうやって一度にあれほどの矢を? サーヴァントってのはまったくデタラメだ。

しかしキャスターはその全てを難なく防ぎきった。

"矢除けの加護"。

キャスターの有する高ランクのスキル。飛び道具をことごとく無効化するこのスキルがキャスターの切り札か。確かに対アーチャーにおいて絶対の自信を持つのも頷ける。

だが敵のアーチャーも一筋縄ではない。遠距離が駄目とわかると双剣に持ち替え距離を詰め始めた。

キャスターの炎はほぼノータイムで繰り出されるが、隙がないわけではない。そのわずかな空白をついて確実に接近してくる。

あれはいったいどこの英霊だ。武器もスタイルもデタラメすぎてまったくわからない。


カドック「キャスター! 距離を詰めさせるな!」


ルーン魔術。あるいは原初のルーン。

クー・フーリンは意外にも高レベルでこの魔術を行使する。

かの有名な槍ゲイボルクを持たないキャスタークラスでは戦闘力に不安があったが、やつはルーンによってステータスの底上げができるらしく、対魔力を待つ三騎相手にも十分立ち回れるようだった。

無数の矢が降り注ぐ。どうやって一度にあれほどの矢を? サーヴァントってのはまったくデタラメだ。

しかしキャスターはその全てを難なく防ぎきった。

"矢除けの加護"。

キャスターの有する高ランクのスキル。飛び道具をことごとく無効化するこのスキルがキャスターの切り札か。確かに対アーチャーにおいて絶対の自信を持つのも頷ける。

だが敵のアーチャーも一筋縄ではない。遠距離が駄目とわかると双剣に持ち替え距離を詰め始めた。

キャスターの炎はほぼノータイムで繰り出されるが、隙がないわけではない。そのわずかな空白をついて確実に接近してくる。

あれはいったいどこの英霊だ。武器もスタイルもデタラメすぎてまったくわからない。


カドック「キャスター! 距離を詰めさせるな!」


ルーン魔術。あるいは原初のルーン。

クー・フーリンは意外にも高レベルでこの魔術を行使する。

かの有名な槍ゲイボルクを持たないキャスタークラスでは戦闘力に不安があったが、やつはルーンによってステータスの底上げができるらしく、対魔力を待つ三騎相手にも十分立ち回れるようだった。

間違えた

アーチャー「どうした。接近戦が怖いのか」

キャスター「てめえの土俵でやりあってやってるんだ。その言い草はないだろう」

アーチャー「頼んだ覚えはないがね。てっきり陰湿なキャスターらしく我が身大事さに遠くからチクチク刺してくるしか能がないのかと」

キャスター「ぬかせ。弓兵風情が接近戦でこのオレと渡り合うものか」

カドック「挑発に乗るなキャスター。お前は白兵にかけては弓兵以下の魔術師風情だ」

キャスター「お前の挑発に乗りそうだよ! 黙ってろボウズ。仕込みは上々。こっちも大詰めだ!」


くそ! あいつとうとう杖を槍のように振り回し始めやがった!

一騎打ち大好きなキャスターとか、どう御せばいいんだ。

アーチャー戦終えたかったけどつかれた。
ランサーはキャスターでもかっこいいよね。がんばれカドック君。

オルガマリー「カドック。前に出るわ。サポートお願い」

カドック「なにをする気だ、あの戦いに生身の僕たちが入ってどうする、死ぬぞ」

オルガマリー「確かに体は弱いわ。でも人間には知恵がある。魔術師には魔術がある。歴史ある我がアニムスフィア家の魔術は、たとえサーヴァント相手でも必ず何かできるわ」


……大した自信だ。確かな血筋と、才能という裏付けが妬ましい。


カドック「勝手にしろ。魔術防壁くらいは張ってやる」

キャスター「そらそらどうしたどうした!」

アーチャー「"鶴翼三連"……叩き斬る」


白と黒の双剣が二対、宙を舞う。

そうか……あれは姉妹剣か。互いに引き合う性質を利用して全方位からの斬撃を浴びせようとしている。あの技術に加え無限かのように湧き出る同じ武器……ますます正体不明だが、なんにせよアレはまずい。不可避の攻撃だ。回復の魔術の準備を……。

キャスター「ちっ……」

オルガマリー「はっ!」


偶然か、計算か。とどめとばかりにキャスターに詰め寄るアーチャーの眼前に投げ込まれた石が、光を放ちながら破裂する。

それがほんのわずか、髪の毛一本ほどの隙を生んだ。


キャスター「よっと!」


後方から迫る短剣を弾き飛ばし、キャスターは地面に手をついた。……全身の魔力が奪われる。宝具だな。許可しよう。

キャスター「灼き尽くせ……"ウィッカーマン"」

巨大な炎の巨人がアーチャーを握りつぶす。


アーチャー「ぐ、ああ!」

キャスター「悪いな。こっちばかり新ネタでよ」


そのまま地面に叩きつけられたアーチャーは何も言わずに足元から消滅していった。


オルガマリー「消滅確認……勝った、わよね?」

キャスター「水を差されたのは……まあ今回はよしとしてやる。やるじゃねえか
『所長』」

オルガマリー「当然です」

キャスター「無いよりはマシだった!」

オルガマリー「…………ええ。けなされても仕方ないわ」

キャスター「褒めたつもりだったが。なあ、見習えよ? 何もできなかった無かったマスターくん」

カドック「うるさい……」


何もしなかった。僕なんかがサーヴァント同士の戦闘でできることなんてあるもんか。僕にできるのはそれまでの準備段階だけだ……。

だというのに、あの女は無謀にもそれに介入した。あの程度の魔術で。

たまたまうまくいっただけだ。







最深部には、黒いセイバーがいた。


セイバー「ここまできたか」

キャスター「アレがセイバーだ。アーサー王その人……らしいぜ」


アーサー王。ならあれは聖剣エクスカリバーか。しかしどう見ても女性だな。


カドック「さて、どうするキャスター。僕の所感だが、勝てる気はしないな」

キャスター「同感だ。ともあれ宝具は使わせるなよ。外の街を見たろう。ここら一帯ああなる」

セイバー「カルデアのマスターよ。悪いが力を見せてみろ、などと構ってやる気はない。失せるがいい。さもなくば……一切の慈悲はない」

キャスター「おいおい! いきなり宝具かよ! 黒くなってから一層情け容赦ねえな! マズイぞ」

セイバー「極光は反転する……光を飲め」


聖剣に魔力が収束する。いや、あの禍々しさは魔剣と言った方が近いか。どんな歴史を辿ればかの騎士王があんな姿になるんだか。


カドック「キャスター、やり方も他の被害も問わない。アイツを防げるか?」

キャスター「ハッ。そいつが出来ないからお前さんたちに力を借りたんだろうが。いや、貸したのか? どっちにせよありゃ無理だ」

カドック「令呪でバックアップすればどうだ」

キャスター「さあな。こちとらさっきまではぐれサーヴァントだった身だ」

カドック「できるか、できないのか、どっちだ!」

キャスター「あそびの足りねえボウズだなぁ」

セイバー「"約束された勝利の剣"」

キャスター「そらよ。防げ。"ウィッカーマン"」


先ほどの巨人が盾になる。急に気が抜けたように無機質になったコイツにはなにか考えがあるのか……?


キャスター「長くは持たない。さあて、どうするマスター」

カドック「なんの策もないのか!」

キャスター「ないね。せめてもう一騎……できれば守護に特化した英霊がいれば攻撃に専念できたんだが。今ウィッカーマンは聖剣をせき止めるので手一杯だ」

カドック「なら守備は"ウィッカーマン"にまかせてあんたが攻めたらどうだ」

キャスター「オレは"ウィッカーマン"の制御で手一杯だ。お前さんが攻めてみたらどうだ?」

カドック「バカいえ。僕もあんたの制御で手一杯だ」

キャスター「さては性格悪いなてめえ。薄々感じてはいたが」

みるみる崩れていく巨人。所長の防壁も意味をなさない。


カドック「っ……!」

星の聖剣。その一振りが大空洞をなぎ払う。

ああ……これから世界を救おうというのだ。この程度の危機は何度だって訪れるのだろう。

僕はどこまで行っても凡庸で、平坦で、ただそこにいただけだ。

なあ、ヴォーダイム。

あんたならどうした?



僕には、これしか思いつかない。



「令呪をもって命ずる。『森に飛べ! キャスター!』」



キャスター「なんだと!?」






聖剣の光によって繋がれていたセイバーごと、僕たちは燃え盛る森に移動した。

極光の余波が周囲の木々をなぎ倒し、そして古城の城壁を破壊する。


バーサーカー「■■■■■!!!」

キャスター「おいおいおいおいおい!」

セイバー「やってくれたな……カルデアの……!」

カドック「バーサーカーとセイバーをぶつける!」

また後で。がんばれカドックくん

extraの凛ラニ戦でザビが使った使い方のようなものだと思ってくれ

キャスター「ちっ、このための視察だったかよ……いけ好かねえ手だが令呪を使われちゃ仕方ねえ……おいボウズあとで覚えとけよ!」

カドック「ああ! 後があったらな!」

キャスター「けっ」


キャスターの炎がバーサーカーの顔面に直撃する。無傷なのはシャクだが、注意を引きつけ、ギリギリで避ける。そして後方のセイバーに迎撃させ…………。


セイバー「"約束された勝利の剣"!」

キャスター「なにいいいぃぃい!?」


前方のバーサーカー。後方のエクスカリバー。つまり挟み撃ちの形になる。

セイバー「丁度いい。まとめて消し飛ぶがいい」

キャスター「おいマスター!」

カドック「正直すまない」


正面から見たときは思いもしなかったが、側から見たらまるっきりビームなそれは、キャスターとバーサーカーを飲み込んで爆音をあげた。

セイバー「卑王鉄槌」


おわり……か?

唯一のサーヴァントを失えば勝敗は決したも同然だ。


バーサーカー「■■■■■■!!!」

カドック「バーサーカー!? 無傷だと!?」

セイバー「ほう。もう再生したか。あといくつだ?」

カドック「想像以上のバケモノか! だがもうやつに賭けるしかない。やれバーサーカー、願わくば同士討ちだ!」

オルガマリー「さもなくばセイバーの次は私たちの番でしょうね」

カドック「言うな」

暴風雨そのものといってもいい。自然災害を形にしたようなそれは小さな人型のロケットエンジンを滅多打ちにする。しかし小さくともロケットエンジンはロケットエンジン。両者引けを取らず嵐のような攻防が続く。

バーサーカーは強かった。もはや視覚も聴覚も潰れているであろう黒塗りの霊基でも、凡百のサーヴァントなら圧倒できるパワー、スピードでもって暴れ狂う。

しかしあの技の精巧さはなんだ。本当に狂化されているのか。

加えてどういうわけか聖剣を受けても無傷で立ち上がるらしい。チートにもほどがある。

勝てない。あれには何人も勝てない。あいつがセイバーを打倒したところで僕らに未来はない。あれならまだセイバーが残った方がマシだとすら思う。


セイバー「くっ……」


セイバーは確実に消耗している。あと一手だ……! 何かないのか、もう切れるカードは何もないのか!

セイバー「くどい。崩れた体はさぞ痛むだろう。眠れ」

バーサーカー「■■■■……!」


聖剣が巨体を両断する。流石に勝負ありか。これからセイバーに殺されるというのに、バーサーカーの脅威が去って安心している自分があった。


セイバー「もはや乗り越えるべき試練はない。さらばだヘラクレス。貴様が万全であったならあるいは……」



「"マトリクスオーダイン"」



セイバー「なに……?」

キャスター「"灼き尽くす"……"炎の檻"!」

セイバー「キャスター!」

バーサーカーとセイバーを巻き込み、炎の巨人は地面に倒れこんだ。

火柱があがる。

……が、爆風が炎をかき消し、中からセイバーが現れる。

決め手にはならなかった。”ウィッカーマン”。本来そいつは体内に人柱をそえることで完成する。

キャスターの宝具にはそれがなく、よって”ウィッカーマン”は人柱を求めて敵を襲う……という仕掛けだ。

要するに、敵を体内に閉じ込め、炎上させるのが”灼きつくす炎の檻”の真髄だ。その形までもっていけなければクリーンヒットとは呼べないか。


キャスター「ぜえ……仕切り直しだ……セイバー……!」

セイバー「なるほど槍がなくともしぶとさは健在か」

キャスター「ちょうどいい肉壁が転がってたもんでな……」

キャスターは強がるが……アレはもう駄目だ。既に崩壊が始まっている。

口の減らない使い魔だったが、それなりに頼もしいやつだった。せめてセイバーに致命打でも与えてから消えて欲しいものだが。


セイバー「バーカーカーは完全に命を使い切ったか……とはいえ無駄なあがき……"約束された"……」

キャスター「くそ、てめえの魔力は底なしか」

セイバー「"勝利の剣"!」

キャスター「わりぃ……今ので力使い切った……あと頼むわ」


こちらを向き、最期に力なく笑ったキャスターは光の中に消えていった。

カドック「矢避けの加護はビームには適応されなかったか」

セイバー「はあ……予想より消耗した……が貴様らを踏み潰すのには余力すら必要あるまい」

オルガマリー「ロマ二! 魂がどうなろうと構わない! 強制レイシフトよ! マスターが死んでさえいなければなんでも……」

ロマン「無理だ間に合わないクソっ! カドック君!」

カドック「ふ……はは、は」


頭上で剣が振り上げられる。

ダメなのか……。

もてる力は全て使った。自身のカードは全てきった。それでも足りなかった。拾い集めたカードも使った。使えるものはなんでも使った。それでも届かなかった。

やっと、だったのに。

この手には令呪があるのに、サーヴァントのひとつも呼ばないまま、正式なマスターにすらなれないまま、僕は死ぬのか。

僕は証明しなくちゃならないのに、ここで死んでしまっては証明が果たせない。

それは駄目だ。

僕はまだなにもしちゃいないのに。

まだ誰にも褒めてもらってないのに。


"憎い"

"憎い"

"憎い"

"僕はお前を見ているぞ"

"目を逸らしてなんかやらない"

"これから僕を殺すお前を"

"僕はずっと見ているぞ"


"憎い / 誰も僕を見ない"

"憎い / 誰か僕を見ろ"

"憎い / 誰か僕を見てくれ"



――私が、見てる。



ごう……と凍えるほど冷たい風がふいた。

セイバー「8人目のサーヴァントだと!?」


気がつくと眼前にいたセイバーは遥か遠くまで後退していて、代わりに誰かを見上げていた。

「キャスター。召喚の求めに応じここに参上したわ。……応えましょう。私があなたのサーヴァントよ」


凍てついた地面の上で、気品ある少女が、僕に手を差し伸ばした。


ここまで。きのこっぽく書いてみたい。がんばれカドックくん序章くらい修復できるってとこをみせてやれ。




ロマン「なんだ!? いったいなにがあった巨大な魔力反応が突然現れたぞ! サーヴァント……なのか? カドック君応答してくれ、キミに異常はないか!?」


やかましい通信が意識の遠くで聞こえる。

異常……異常といえばさっきから何もかもが異常だが。そうだな……道中集めた虹色の石が四つほど消えたな。


キャスター「やかましい通信。さあ立ち上がって。カドック・ゼムルプス。世界を救いましょう。きっとそのほうがあなたらしいわ」

カドック「なんだ……お前は」

キャスター「あら、難聴? 若いのに自分を酷使し過ぎよ。私はキャスター。あなたのサーヴァントです。気軽に……いいえ……そうね。親しみをこめてキャスターと呼んで」

カドック「……不測の事態だが、僕のサーヴァントなんだな!? もうこれ以上の機はない。なんでもいい。セイバーを倒す手を貸せキャスター」

キャスター「そう。大切なのはここぞというときの決断が速さ。さあ私をエスコートしてみて? かわいいマスターさん」

カドック「無駄口をたたくな、お前はなにができる」

キャスター「……。ええ、もちろん冗談よ。わかっています。私にできることと言われれば……」


キャスターが魔力をこめると、彼女を中心に燃え盛る森は一瞬で樹氷と凍土と化した。


キャスター「こんなことができるけど?」

カドック「なんだこれは……こんなサーヴァント……」

セイバー「森を雪原に変えるだけか。曲芸にしては三流だな。キャスター」

キャスター「あらごめんなさい。道化は見るばかりで、演じるのは不慣れなの。いたずらにしては遠慮が過ぎたかしら。これ以上はあなたたちには寒すぎるかと思って」

セイバー「ほう……王に向かってその口ぶり……さぞ気位の高いサーヴァントなのだろうな」

キャスター「王? あなたが? 生前はさぞ嫌われていたのでしょうね。かわいそうに」

セイバー「そこまでだ。今その首を断ってやる」

キャスター「ふふっ。あちらはやる気よ。マスター。作戦は?」

カドック「お前がやる気にさせたんだろう……作戦ならある」

キャスター「従います」

カドック「前任のキャスターの忠言だ。『宝具を使わせるな』以上」

キャスター「シンプルね。よかった。どうせ戦いなんて、難しいことはできないもの。私」

セイバーはすでに宝具を三度も放っている。これは嬉しい誤算だ。三度も打たせたこと、撃たれてなお生き残っていることは奇跡に等しいが、二人目のキャスターの出現はセイバーにとっても不測の事態なのだろう。クー・フーリンさえ消せば非力な人間だけが残ると踏んで温存せずに挑んでくれた……もうヤツの魔力も底が見えているはず。

戦闘に不向きなキャスターでも、勝機はある!


セイバー「踏みつぶす」

キャスター「助けてカドック! 私ころされる」


勝機はある……はずだ。おそらく。


カドック「さっきの威勢はどうした……くそっ」

カドック「さっきの威勢はどうした……くそっ」

キャスター「だってあなたがなんとかしてくれるのでしょう?」


つかれる……とぼやいてるヒマもない。とんだわがままサーヴァントを引いちまった。危機感がないのかこいつは。どうする……僕にできることなんてなにも……。

――。


カドック「ちっ!」


地表の雪を氷柱に変えてセイバーを包囲し、一気に突きたてる。

当然すべて砕かれる。それもたったひと振りでだ。まったく心が折れそうだ。

だがその間にキャスターはセイバーのレンジから脱出できたようだ。

キャスター「ころされる……なんて、冗談。お返しよ」


それも特大の氷柱による攻撃つきだ。今しがた僕が作ったものの十倍はある。まったく心が折れそうだ。

だがそれすらセイバーには届かない。上体をひねらせ、剣で先端を突き上げると、氷柱は砕けてしまった。……まったく、心が折れそうだ。


カドック「おい、今のはお前だけで脱出できたんじゃないのか」

キャスター「いいえ。あなたに手伝ってほしかったの」

カドック「なぜ会話が成立しないんだ」

キャスター「あなたにもできることはあるのよ。マスター」

カドック「……世話の焼けるサーヴァントに、動くしかなかっただけだ」

キャスター「そう。でも嬉しかったわ。ありがとう」

カドック「僕を試したのか……」

キャスター「ええ。あの程度の窮地で見捨てられるようじゃ、付き合っていられないもの。私たちいい関係が築けそうだと思わない?」

カドック「知るか……」

キャスター「さっきみたいに、これからも私を守ってね? マスター」

カドック「馬鹿いえ。マスターに守護されるサーヴァントがどこにいる」

キャスター「ここにいるわ。さあ約束して」

カドック「どうやら僕は戦士じゃなくただのおてんば娘を引き当てたらしいな」

キャスター「よかったじゃない」

カドック「あぁ自分の幸運に腹が立つよ」

キャスター「あら! ……ふふっ。上出来よ。褒めてあげる。カドック・ゼムルプス」

いったんここまで。キャスターはいたずら好き。がんばれカドックくん

セイバー「ここは戦場だぞ……下郎」


キャスター「もう……話はあとよ。さて、『宝具を使わせない』だったわね」


頬を膨らませながらキャスターは無数……なんて数だ……の氷のつぶてを生成すると、全方位からインターバルなしでセイバーに打ち込み続ける。


キャスター「避けるのも撃ち落とすのも自由だけれど、宝具だけは使わせないわ。だって、きっと、私には防ぐ手段がないのですもの」

セイバー「……っ!」


雪煙があがる。すでにセイバーの姿は見えないが、それでも攻撃は止まない。いや、やめるわけにはいかない。

僕も残りの魔力すべてをキャスターに注ぎ込む。……これがとぎれれば聖剣がくると考えるべきだ。ヤツの残り魔力では打てるか打てないかはわからないが、撃たれたら僕たちの負けは明らかだ。

この攻撃でかたがつくとは思わない。今のうちに打開策を見つけるんだ。

落ち着け。まだ全てを出し切ってはいない。まだだ、まだ打てる手はあるはずなんだ……知恵を回せ。

魂を奮い立たせる。僕は……なぜ諦めないんだ……なぜ戦える……?


カドック「止めるなキャスター! ヤツも連戦で満身創痍のはず! ここで決める!」

キャスター「ええ……そのつもり」

セイバー「こざかしい」


セイバーの周囲の氷が蒸発する。ちくしょう。まだこれだけの魔力を放出できるのか。

とてつもない気迫。対峙しているだけで息苦しい……いますぐ逃げ出せ、と足が掛けだしそうなのを皮肉でなんとか抑える。


カドック「勝負を急いでいるな。よほどあの大空洞に引きこもっていないのが不安らしい」

キャスター「大した気迫ね。でもごめんなさい。私、あなたより強くて恐ろしい王を知っているの。私を恐怖させたければ、その三倍はもってきなさい」

セイバー「よく言った。その遺言は気に入ったぞ。……”約束された”」


…………!

来る! やはりまだ発動できたか。

もはや防ぎきる術はない。今度こそ、正真正銘僕らは壊滅的なダメージを負う。やつの勝利は約束された。

カドック「そういえば……キミの真名を、まだ聞いていなかったな」

キャスター「ごめんあそばせ。忘れちゃったわ。あなたのせいよ。こんな呼び方するんだもの」

カドック「そりゃ悪かった」

セイバー「”勝利の剣”!」


膝をつき、髪を右手で鷲塚む。

真名を忘れただと。嘘か真か、どこまで僕の頭を悩ませるんだこの女は。

――はて。

僕はいつ彼女に名乗ったっけ…………。

……もういい。疲れた。ようやく休める……。



キャスター「”真名封鎖”」



???
”宝具・疑似展開”




そびえたつ壁……これは、城塞の再現か?

城塞宝具。キャスターの呼び出した城壁が黒い極光を迎え撃つ。


カドック「キャスター……」

キャスター「驚いた? きっと、防ぎきれないとは言ったけれど、防ぐ手段がないとは言ってなくてよ。でもこの宝具、名前はなんだったかしら。……そうだ。あなたが名前をつけてみて」

カドック「なんだそのわざとらしいニヤケ顔は……」

キャスター「いいからはやく、はやく。じゃないと今にも消し飛んでしまいます」

カドック「……”ロード・カルデアス”」

キャスター「もっとエレガントなのがよかったけど。まあいいでしょう……70点!」

カドック「ふっ……平凡な数字だな」

キャスター「あ、笑った」


ロード・カルデアス
”残光、忌まわしき血の城塞”


僕たちは聖剣の光のなかに消えた。……まったく、心が折れる。


――――

――――


セイバー「……さて。はやく大聖杯のもとに帰らねば。……しかし魔力もない。ここから移動するのは少々手間だな」


”心が折れそうだ”


何度も、何度も、何度も何度も何度も。

ここにきて何度も”心が折れそうだ”。そう思った。


カドック「心なら、とうに……」

セイバー「きさま……なぜ生きてる」

カドック「生きてるだけだ……もう立てないし……魔力も、ない。お前の勝利だ」

思えば凡才の僕の心なんてとっくに折れていた。

だったら、折れた心で死体のように無様に立ち向かえばいい。

宝具は防ぎ”きれない”。――なら首の皮一枚繋がればそれでいい。

壊滅的なダメージをうける。――だがそれで終わりとは言っていない。

そして、勝利を確信したヤツの喉元に食らいつく。

セイバー「ハ、あ……」


セイバーが白い息を吐きながら凍り付いていく。


キャスター「勝負はあなたの勝ちよ。でも、魔力を使い切ったあなたはこの気温に耐えられるかしら。お望み通り、もっと寒くしてあげる」

セイバー「ふっ……そうか。力を使いすぎたな。動けん」

キャスター「そのまま凍りなさい。いつか溶ける日も来るでしょう」

セイバー「――だが、まだ足りん」


ぎこ……

セイバーの四肢が震えながら、剣を構える。

まだ動くのか……瞼が重い。もう指一本動かない。魔術回路が焼ききれそうだ。

キャスターももう限界が近いはず。

キャスター「嘘……でしょう……?」

セイバー「とうとう万策尽きたようだな。よくぞここまですがりついた。……ここまでだ。今そちらに行って手ずから引導を渡してや……」


バシャッ


ザバァ


セイバー「…………!?」

オルガマリー「チェックよ。キング」


水をかぶったセイバーの身体は急速に冷え固まっていく。


カドック「所長……!?」

オルガマリー「この寒さなら、水をかければ動きを鈍らせられるんじゃないかと思って……」

そうか……いつからか姿を見なかったが水を精製していたのか……。


カドック「全力で凍らせろぉおおお! キャスターぁあああああ!」

キャスター「はあああああ!」
 
セイバー「くっ、まさ、か、このような形で…………人類め……さすがに……よくあがく……」


セイバーは立ったまま硬直し、もはや倒れることもも叶わない。


セイバー「お前たちは知ることになる……聖杯探索……”グランドオーダー”はまだ始まったばかりだということをな……」

カドック「”グランドオーダー”だと、おい待て」

セイバー「はぐれた狼のような目をする男だ。カドック・ゼムルプス」


氷結したセイバーは、静かに崩れていった。

キャスター「今の遺言、気に入ったわ」

ロマン「セイバー、霊基消滅確認。やったぞ! すごいぞカドック君! これでその時代は修正されるはずだ……いや、大空洞にあった聖杯を回収しよう。それでひとまず解決だ。お疲れ様……カドック君!?」

カドック「ぐ、ああ、あ……」

キャスター「カドック! ごめんなさい、魔力を吸い過ぎて……っ」

カドック「構うなキャスター……キミも、僕も、最善を尽くした結果……ぐっ、ぅ」

キャスター「カドック! ああ、どうか死なないで! 私何でもするから、なにをすればいい?」


それはいい……。ならとりあえず……。


カドック「気温を上げてくれ……寒くて死にそうだ」



「ロマニ・アーキマン……カドック・ゼムルプス……なぜ管制室にいなかったのだ。この無能どもめが」

このあと大聖杯の元に出現したレフ・ライノールは徒歩で森に向かい、オルガマリー・アニムスフィアをカルデアスに落とす。

カドックはキャスターをつれ、無事カルデアに帰還した。


【炎上汚染都市冬木 人理修復】

人理修復はまだ始まったばかりだ。がんばれカドック君。負けるなカドック君。

1章はアイデアが固まったら書くかもしれない。書かないかもしれない。
ちなみにもし仮に運よくカドック君が人理修復を成した場合、マシュがクリプターになる。

6章7章ならそもそもあんな大惨事になる前になんとかする筋なら可能性あるんじゃないたぶん
人理修復って最終目標だけで見ればグダ含め誰でも等しく不可能だったんじゃないかな。不可能を可能にしたのはグダじゃなくてマシュとロマンと少しのレフライノールだと思う

>>97
fateのネロってそんなに沸点が低いキャラだっけ?
忠実の逸話を聞いてるとそんな印象あるけど
extraシリーズやその他の派生作品とか見てるとある程度の事には寛容な感じだけど

>>107
それなりの期間一緒にいるから

( ^ω^)「余は寛大だからな」

(#^ω^)「余は寛大だからな」

( ?ω?)「余の寛容にも限度があるぞ」

(▼皿▼)「処刑せよ!」

ってなる気がする

場つなぎ。ssでわかるfate / grand order


幕間の物語 

カドック「最初の特異点はフランスか。しかし依然として戦力は厳しいな。サーヴァントはたったの一騎だ」

キャスター「フユキでは、私の前に力を貸してくれたサーヴァントがいたのではなくて? きっとフランスでもそんな英雄がいるはずよ」

カドック「そうだクー・フーリン。気を利かせて、帰還したらプレゼントボックスに入っていたっていいじゃないか。なぜか理不尽を感じる 」

キャスター「仲良くなれなかったのね。よくある話よ」

カドック「うるさい」

キャスター「ずいぶんご執心なのね。きっと私なんかよりよっぽど頼もしい英霊だったのでしょうね」

カドック「ああ。実力は確かにあった」

キャスター「ふぅん。……ふぅん」

カドック「でも、相性は悪かった。えり好みしている場合じゃないが……カルデアまでついてきたのがキミでよかった」

キャスター「――――。」

カドック「キミも口うるさいほうだが、アイツに比べればまだ……キャスター?」

キャスター「なんでもないけど。口には気を付けなさいカドック・ゼムルプス。私はサーヴァントである以前に一人の女なのですから」

カドック「怒らせたか、くそ、まずったな」

キャスター「ええ――不敬です。罰として私のドレスを繕うのを手伝ってくれる?」

カドック「そんな素材はない。そもそもその霊基じゃ無理だ」

キャスター「じゃあ霊基を上げましょう」

カドック「そんな種火はない」

キャスター「じゃあ、絆をあげましょう」

カドック「そんなAPはない」

キャスター「なにかプレゼントをちょうだい。身につけられるものがいいわ。わたくしに貢物の一つもないなんてマスター失格よ」

カドック「余計なものを持つな。邪魔になる」

キャスター「じゃあ何か礼装をくださらない? 戦闘にも役だつし、効率的でしょう」

カドック「黒鍵でいいか」

キャスター「もう黒鍵でいいわ」

カドック「君はアーツが多いし青の黒鍵でいいか」

キャスター「もう青の黒鍵でいいわ」

カドック「まだ限界突破してないけどいいか」

キャスター「もうなんでもいいわ」

カドック「怒ってるのか」

キャスター「怒ってない」

カドック「龍脈のほうがよかったのか……?」

がんばれカドック君。

次のアップデートで実装予定です。

【邪竜百年戦争 オルレアン 人理定礎値 C+】


キャスター「ここがフランス。何もないのね」

カドック「1431年のフランスの郊外だ。僕たちの目的は二つ。『特異点の調査』と『聖杯の調査』だ」

キャスター「違うの?」

カドック「ほぼ同義だろうな。どちらを辿っても行きつく先は同じだろう……が手がかりは多い方がいい」

キャスター「――こんなに綺麗な青空は初めて見た」

カドック「そうか。よほど暗い地域か時代の英霊なんだろうな。あんたは。はやく真名を思い出してくれよ」


もの憂げに青空を見上げるキャスターにつられて、首を傾ける。たしかに綺麗な青空だ。とても世界が終わるだなんて信じられないような……。

まて。


カドック「おい、ドクター! 通信は! ドクター」

ロマン「よかった。まだ安定しないけどどうにか通信成功だ。カドック君。キャスター。そちらの様子はどうだい」

キャスター「ええ。とてもいい天気よ。ドクター・ロマン。あなたも外に出てきたらどう。部屋にこもってばかりだと健康に悪いわ」

ロマン「好きで引きこもってるわけじゃないぞ! しかしいい天気かよかった。特異点という現実離れした空間では想像できない異常気象も予測されたが……とりあえずその心配はないようだね。カドック君のバイタルも安定……あれ、どうしたカドック君、心拍数が激しいぞ」

キャスター「それは言わない約束よ。ドクター。私の隣にいるのだから、少しくらい胸躍ってくれないと」

ロマン「ははは。カドック君も隅に置けないなぁ! なんだかんだ男の子か」

カドック「…………! 黙って空を観測しろ、頭が痛くなる……」

ロマン「え、空はいい天気なんだろう? ……なんだこれは!」


空に走る光帯。円状のそれは目算で……いや、規模が大きすぎて読み取れない。


ロマン「大陸ほどはあるぞ……! 察するにアレが……」

カドック「見るからにアレが特異点ないし人理償却の原因だろうな」

あれも宝具なのだろうか。円形の宝具……それもとびきりの規格外か……人理焼却……円……例えばあの円を”指輪”と解釈して……いや仮説はいくらでもたてられるが、まだ判断材料が少なすぎるな。

あの光帯がなんにせよ、いますぐどうにかするのは無理だ。とりあえず方針としては放っておくしかないだろう。

この特異点の調査、聖杯の探索が急務。他の一切は余計だ。効率的に行こう。いつも通りだ。


カドック「行こうキャスター。まずは情報収集だ。人のいる場所を探す。それから龍脈の確保だ」


カルデアと物理的な通信を可能にするためにはその土地の龍脈を起点とした陣を形成する必要がある。ダ・ヴィンチから預かったこれを設置することで陣は形成されるらしい。

重く大きいので今は概念化しているが、持っていても特になんの副次効果もないようだ。礼装というにはガラクタだし、ガラクタというには用途がある曖昧な代物。事情があるのだろうが、一職員の僕の知るところではないし、実際興味もない。……たしかに魔術的には興味がないこともないが、今は必要のない情報だ。


カドック「人の痕跡を探そう」

キャスター「人探しなら、必要なさそうよ」


遠くを見据えながらキャスターがつぶやく。どうやら人を発見したらしい。視力を強化してみる。

カドック「そのようだな。あれは、兵士か?」

キャスター「声をかけてみましょう!」

カドック「おい軽率に動くな」


まるで外の世界を知らないお姫様だな。箱入りってほどには見えないが。

あの兵士たちの得体が知れない以上は接触は慎重に行きたかったが、彼女を制止するほうが面倒だ。

魔力は感じないし、交戦になったとしても問題ないだろう。どの道情報が欲しい。


兵士「なんだ怪しい奴ら!」

キャスター「ボンジュール、発音はあってるかしら」

兵士「不審だ」

キャスター「ウィ」

兵士「敵か」

キャスター「ウィ」

兵士「とらえろ!」

キャスター「ヴィイ」


……なんと言った?

兵士たちの腰から下が氷漬けになる。さて、ずいぶん大胆な初手だな。凡庸な僕の対応力が試されているわけか。冗談じゃない。


キャスター「……質問に答えなさい。凍らせたのは表面だけ。素直にしていれば五体満足で家に帰してあげる」

カドック「案外容赦ないんだな……お前……」


情報を引き出すのは簡単だった。ジャンヌ・ダルクがフランスを滅ぼそうとしているらしい。

救国の聖処女がクーデターとはなるほど特異点ってのはこういうことか。

洗いざらい話させた後の兵士はもちろん解放した。

どうせサーヴァントを連れているんだ。敵勢力があるのであれば、存在がバレるのは時間の問題……いや、特異点に潜入した時点で見つかっているかもしれない。よって口封じの意味はないだろう。

それより「竜の魔女を倒す」とふれ回る勢力があることを広めるメリットの方が大きい。

協力的なサーヴァントの耳に入れば向こうから合流してくれる確率があがる。

キャスター「弱いのね。兵士があの程度ならこの国は恐れるに足りないわ」

カドック「ああ。王を殺した『ジャンヌ・ダルク』は間違いなくサーヴァントだ。国取りは容易だろうさ」

キャスター「それで、とった国をジャンヌ・ダルクはどうすると思う?」

カドック「……さあな」


国取りを為したその先の目標を読み越せれば確かに先手が打てる。

聖女ジャンヌの死後の願い……フランスに革命を起こして、どうする。

最悪なのは、これこそが目的だった場合だ。

王を殺すこと、国を殺すことそのものが目的だとしたら……。


ロマン「会議中申し訳ない。エネミー反応だ。強力だぞ。落ち着いて対処してくれ」


エネミー反応……人間ではないらしい。だか所詮は15世紀のフランス。大それた魔獣クラスの敵性生体ではないだろう。


ロマン「目視できたぞ、これは……竜種!? そんなバカな、なぜこの時代にワイバーンが」

カドック「ワイバーンだと……」

ここは特異点だ。既存の常識は通用しないか。

冷静に対処すれば問題ないはず。こちらにはキャスターがいる。


キャスター「カドック、数が多すぎます。撤退するべきよ」

カドック「ああ。体力を浪費するつもりはない。8時の方向、群れが薄い。突破できるか?」

キャスター「数に加えてこの機動力ではあなたを守りきれない」

カドック「そうかマズイな。……よし、耐寒魔術防護完了。マイナス100度までは保つ」

キャスター「作戦変更。掃討するわ」


キャスターに魔力が集中する。


キャスター「この世界の竜種よ。耐えてみなさい。……もっとも、耐えられたら後がないのは私たちなのだけど?」

魔力が放出され……

「あぶない!」

ワイバーンの包囲網に穴があく。殴り飛ばされたワイバーンが地面に叩きつけられ、泡を吹く。


「私が引き付けます。さあ、ここから早く離れて!」

カドック「囮になるつもりか? 見ず知らずの僕たちを助けるために」

「いいえそうではありません。私なら心配ありません。おはやく」

キャスター「まあ。なんてお優しい。でもお気遣いなく。七割だけ、請け負いましょう」

「なにを言っているのです! これらは竜種。この時代を生きる獣とは訳が違うのです。私が八割を!」

カドック「はあ……。キャスター、前方半分を頼む。おいアンタ、腕に自信はあるんだな。後方半分を任せていいか」

「……わかりました。1分持ちこたえてくださいすぐに援護します」

キャスター「マスター指示を! 30秒で片付けるわ」

カドック「なぜ張り合うんだ……」






「お強いのですね。名も知らぬ人。私が出る幕ではなかったのかもしれません」


18匹のワイバーンを駆除し終えたところで、乱入してきた女がこめかみの辺りを拭いながら歩み寄ってきた。

仕草とは裏腹に、汗一つかいている様子はない。


カドック「サーヴァントだな?」

「はい。もしやとは思いましたが、そちらの貴女も」

キャスター「礼儀を知らない者に名乗る気はありません」


キャスターが妙に刺々しいな。このサーヴァントとは相性が悪いのだろうか。

なにか因縁があるのかも知れない。真名の手がかりになるだろうか。


「失礼しました。我が名はジャンヌ・ダルク。クラスはルーラーですが、訳あって本来のステータスを発揮できていません」

カドック「……なんだと?」

ここまで。キャスターはルーラーが気に入らないご様子。がんばれカドック君

ジャンヌ・ダルクといえば、王を殺しフランスを焼き尽くしている……話を聞く限り今回の特異点の元凶。

今しがた僕たちに力を貸したこのサーヴァントがその名を名乗るとはな。どうやら事態は複雑なようだ。


キャスター「えっ、じゃあこれ倒せばいいの? 凍らせる? やってしまう?」

カドック「そうじゃないだろう」

キャスター「そうね、冷静に、話を聞くべきね。仕方ないわね。拷問しましょう。凍らせる? やってしまう?」

カドック「どうしたキャスター、なぜそこまで突っかかる」

キャスター「ええよくぞ気が付いてくれましたありがとう。私、この方が苦手よ。一目会った時からビヴィイっときたの」

カドック「なぜだ。かの聖処女と生前因縁でもあったか」

キャスター「いいえ。ただ……彼女と私は決定的な何かが……」

カドック「わかったよ……苦手でもなんでもいい。つっかかるのはよせ。せめて黙っていろ」

キャスター「…………。わかりました」

カドック「助力感謝する。ルーラー。僕はカドック・ゼムルプス。彼女は僕のサーヴァントのキャスターだ。我々は人理継続保障機関カルデアその唯一のマスターとサーヴァント。率直に言う。世界を救いに来た」

ジャンヌ「世界……どういうことですか? 詳しくお話しを聞かせてください」







ジャンヌ「人理焼却。まさかそのようなことが……どうやら私個人の事情など些末なことのようですね」

カドック「で、だ。我々としてはこの時代を修復するためにあなたの協力を要請したい」

ジャンヌ「ええ。もちろん。それはつまりこのフランスを救うことにもなるのでしょう。私としてもあなた方が力を貸してくれるのならありがたい」

カドック「その前に一つ問わせてくれ。王を打ち倒したというジャンヌ・ダルクはあなたなのか」

ジャンヌ「知っていたのですね。断じて違います。先程も言った通り私の願いはフランスの救済です」

カドック「このフランスは既にあなたの生きたフランスとは違う。それでも救うというのか」

ジャンヌ「ええ……実のところ、このフランスはまだ私が死んで間もない頃なのです。実感として、救いたいと心から感じます」


ここはジャンヌ・ダルク処刑後のフランスか。生前のジャンヌとサーヴァントのジャンヌがいるのかとも考えたがどうやらそうではないらしい。

そうなると「ジャンヌ・ダルク」というサーヴァントが同時に二体召喚されたか、あるいは目の前のコイツが嘘をついていることになるな。

コイツが”竜の魔女”である確率……コイツが「ジャンヌ・ダルクではない」確率……これらを念頭においておく必要がある。

キャスター「処刑後間もない時代だというのなら、尚更納得いきませんね」

ジャンヌ「なにが、でしょうか」

キャスター「ここはあなたを殺したフランスそのものということでしょう。それを救いたい? 冗談にしては悪趣味よ。ジャンヌ・ダルク」

ジャンヌ「……そう思われても仕方がないのでしょうね。しかし、私はこの国を救います。確かに私は処刑されました。でもそれは私に罪があったからです。彼らに罪はない。それをすり替えてしまっては、ならない」

キャスター「世迷い言よ。あなたは死の寸前、恨んだはずだわ。自分を殺す者を、民衆を。それを仕方がないことなどと善良ぶって、目を逸らしているだけだわ」

ジャンヌ「いいえ……いいえ! 違うのです。私は本当に恨みも憎しみも抱くことはありませんでした。この身は既に主に捧げたもの。それを裁くものがあるのであれば、それはやはり主の意思によるものなのです」

キャスター「なんて気味の悪い。今ハッキリとわかりました。……失せなさい。わたくしこそは、あなたが嫌悪するべきものなのだから」

カドック「おい話を勝手に進めるな、失せるなルーラー。僕たちの目的は同じだ。手を貸してやる」

キャスター「マスター! 私は…………」

カドック「わがままを言わないでくれキャスター、僕たちには人類史が掛かっているんだ。個人の矜持なんていってる場合じゃない」

キャスター「わかってるわでも……」

ジャンヌ「随分と嫌われてしまいましたね……私はあなたを嫌悪すべきものだとは到底思えないのですが、仲良くすることはできないのでしょうか」

キャスター「無理よ。ワイバーンの方がまだ可愛げがある」

ロマン「そうかいそれはよかった! 話の途中だがワイバーンだ! 先程より多いが是非仲良くしてくれ」

キャスター「黙りなさいロマ二・アーキマン……今の私に冗談は通じなくてよ……!」

ロマン「うわっこわっ! いつもの可愛らしい彼女はどこに……? やっぱり現実の女の子なんて存在しないんだ」

カドック「訳のわからないことを言ってるな! キャスター、全てキミが片付けろ、途中邪魔が入るかもしれないが気にするな」

キャスター「了解よ。邪魔者は全て氷像にするけど構わないのね? 邪魔者は全てよ」

カドック「ああ好きにしろ! おいルーラー、暴れて構わないが僕の指示する範囲には死んでも入るな! 死にたくなかったらな!」

ジャンヌ「わ、わかりました……!」

ワイバーンの群れとの戦闘が始まる。先ほどより多く、また赤色の反応の強い種も見受けられる。

僕には防寒魔術、ルーラーには対魔力がある。キャスターが全力を出しても問題はない。

一匹一匹を相手にするのではなく広範囲の寒波で迎撃するが、さすがに竜種。多少は耐えてくる。

対称なのはルーラーだ。一匹一匹を確実に撲殺していく。あの旗はそういう……いや考えないでおこう。

しかし多勢に無勢。ルーラーは強力だが、頭数で押され始める。

キャスターのほうも決め手に欠ける。多数を足止め出来てはいるが、ルーラーと連携できない以上いずれ限界がくる。どうにも戦いにくそうだ。キャスターはワイバーンに不利なのかもしれない。

どうしたものか。二騎のサーヴァントがいながら独立しているせいでうまく機能していない。

カドック「どうしたキャスター,竜種に不利な逸話でもあるのか 」

キャスター「ごめんなさいどうしてかしら。やりづらくって……」

カドック「くそ、じり貧だな……」

「ふむ。決め手に欠けると見える。要りようなのは殺傷力かな?」


刹那、目の前のワイバーンの首が飛ぶ。

な……に……? 視覚情報の解析が遅れていやがる。理解不能だが、どうやらワイバーンが一匹死んだ。


「秘剣……”ワイバーン返し”。……といったところか」

カドック「お前はいったい……」

「なに。いかに優秀な魔術師といえど、懐刀の一本もなければおちおち鳥も愛でられまい。この佐々木某を携えてみては如何かな」

カドック「鳥じゃない竜種だ」

「翼があって空を飛ぶのであれば鳥だろうよ。何の因果か、この身はその類を斬ることに執着していてな。頼まれずとも斬り落としてくれよう」

カドック「真名は?」

「サーヴァント。アサシン。逸話も宝具も持たぬゆえ、真名など不要だろうさ」



ここまで。ワイバーン地獄に救世主登場。がんばれカドック君。




ワイバーンの群れを片付けた後、ジャンヌ・ダルクの案内で村を目指す。

数少ない、まだ被害のない地域で、人は多いらしい。僕たちとしては情報集め、それからこれは個人的な話だが、屋根のある寝床の確保が目的だ。

ルーラーとしては村の護衛をしたいらしい。確かに『現状』無事であるなら、次に狙われるリスクがある。寝床は惜しいが長居は無用かもしれない。

すでに襲われたあとの廃墟のほうが、敵襲を避けられるからだ。

そのあたりはついてから考えてもいいが、今気になるのは……。


カドック「おいアサシン。お前本当に何なんだ。さっきのあれは何だ。次々とワイバーンの首を跳ね飛ばしたそれは、話に聞くサムライソードか? 思ってたより長いんだな」

アサシン「この地には縁もゆかりもない身だが……どうやら「フランスのワイバーンを斬るもの」として召喚されたらしい」

カドック「そんな概念があってたまるか」

こいつだ。先ほどから何度か遭遇しているワイバーンをそのたびに斬り落とす、こいつだ。

護衛をかってでるからには人類史(こちら)側のサーヴァントなのだろうが、頼もしすぎて少々不気味だ。

素人目でみても気持ちの悪い太刀筋で飛竜をまな板の上の鯉のようにおろしやがる。

しかしアサシンの言っていることが事実なら、アサシンはワイバーンのカウンターとして呼ばれた……逆に考えてワイバーンも呼ばれた存在で間違いない。

つまり、聖杯。


キャスター「マスター、わたくしはルーラーが好ましくありません。言っておくけど私、決して慈悲深くはないわよ」

カドック「心配するな。人のいる村まで案内してもらうという約束だ。手を組むのは諦めたよ。利用しているだけだ」

キャスター「そう……ならいいわ。あなたの方針に従います」

ジャンヌ「すみません。これくらいのことしかできなくて。せめてサーヴァント感知の能力がいきていればよかったのですけれど」

カドック「……まて、ルーラーにはそんな能力があるのか」

ジャンヌ「はい。他にも本来なら真名看破、真名裁決……令呪ですね。といった権限があるのですが」

カドック「反則だな……」

ジャンヌ「反則ではありません! 裁定者なのですから。ルールそのものなのですから」

ルールそのもの、ときたか。さて。根っからの善属性だろうが、少々頭が固そうだな。


カドック「通常の聖杯戦争じゃ呼べないんだったな」

ジャンヌ「はい。ですがルーラーの私ですら、権限を剥奪され現状を把握できていません。もはやこのフランスはルール無用の無法試合と化しています……早急に対処せねば」

カドック「さてな。噂じゃあ審判がオーナーを殺したらしいが」

ジャンヌ「あ、そろそろ村が見えてきますが、私は中に入ることができません」

カドック「なぜだ」

ジャンヌ「……私が、王を殺し、村を焼き払って回っているからです。民に恐怖と混乱を与えてしまう」

カドック「そうなのか。そうは見えないが」

ジャンヌ「そういうことになっています。カドック君は私を信頼してくださりますか?」

カドック「いや、信頼はできない。怪しいと思ったらすぐ切り捨てるつもりだ。あとカドック君はやめろ」

ジャンヌ「あ、すみません。つい弟のように」

キャスター「弟……ですって……? どこまでも愚かなのね。怪電波を受信して民を扇動するだけならまだしも、人類最後のマスター、私のマスターを弟扱いですか」

ジャンヌ「マスターを軽んじたわけではないのです。どうかお気を悪くなさらないでください」

キャスター「あなたのマスターではないわ!」

カドック「頭が痛いのはいつもだが、胃痛には慣れてないんだ……頼むから大人しくしててくれ」

ジャンヌ「具合がよろしくないのですか、カドックさん。そういえば顔色も優れないご様子……」

カドック「放っておいてくれ」

キャスター「離れなさいルーラー……」

ジャンヌ「冷たっ……!? 信用されていないのですね……私」

アサシン「安心なされよルーラー殿。得体の知れなさではこのフランスで拙者に勝るものはござらん」

ジャンヌ「あなたそんな話し方でしたか……?」

カドック「おい、ルーラー。村、いやアレは町じゃないか? どっちでもいいな。町が見えてきたのはいいが様子がおかしいぞ」

ジャンヌ「門番がいない……この焼け焦げた臭い……まさか!」


敵襲か。

ほとぼりが冷めるまで身を隠すか。それとも戦火につっこむか……さて。


ジャンヌ「先に向かいます! まだ救える命があるはずです」

カドック「おい、僕は人のいるところまでの案内を頼んだんだ、勝手に去られては困る!」


くそ、どうにもこの状況下では選択肢がないな、振り回されてばかりだ。


カドック「行くぞキャスター。ここを逃せば遭難に等しい。ルーラーはひとまず放っておく。死にはしないだろう」

キャスター「困ったわ。町についたらすぐにお風呂に入って、服を新調したかったのに」

カドック「ハア……そんな場合じゃない……だろ? よな? くそ、お前といるとこっちまで緊張感を失いそうだ」






惨状だった。強力な反応こそないが、動く死体に襲われたり、親しかったものに襲われる生者の叫びを聞くのは少々堪える。


キャスター「ひどい有様ね。死体が使われている……」

カドック「それはもう人じゃない。構うな。仕留めろ」

キャスター「もう凍らせたわ」

カドック「生存者はそれなりにいるな。逃げる人々に流れがある。この先に誘導者がいるようだ」


市民「うわあああ! ジャンヌ・ダルク! 『竜の魔女』だああああ」

ジャンヌ「はやく逃げなさい! 私はあなたたちに危害は加えません! どうか逃げて!」

カドック「助けにきてるのに散々な言われようだな。ルーラー」

ジャンヌ「カドックさん……私は……それでもかまいません」

カドック「途中、避難誘導はしてきた。助かるやつもいるはずだ。無駄にならなきゃいいが」

ジャンヌ「感謝します……」

カドック「面倒をかけたな。確かに案内はしてもらった。ここで別れよう」

ジャンヌ「…………」

カドック「事実はどうであれ、あんたがいたんじゃ町に入るたび大ごとになる、それじゃ調査にならない。わかるよな」

ジャンヌ「ええ。それがいいでしょう。どうかご無事で。私はここに残ります。『ジャンヌ・ダルク』がくるかもしれません。守らねば」

カドック「そうか。できれば死なないでくれ。貴重な戦力なんだ」


残って得られる情報は大きい。ここで決着ということもあり得る。

だが敵戦力も分からない以上それは危険すぎる。ここはルーラーをぶつけて敵戦力を測りつつ離脱しよう。

どうせこの頑固な聖女は言うことを聞かないんだからな。

敵の戦力を削ってくれれば御の字だ。

キャスター「ナビゲーターはもう不要なの?」

カドック「お前からそう言ってくるとはな。ルーラーが嫌いなんだろう?」

キャスター「まあ、デリカシーがないのね。今のは失点1。それに、私情より優先するべきことくらいわきまえているつもりです。侮らないで。失点2」

カドック「そうか。悪かった。さっき地図を拾った。これで生体反応に頼らず探索できる」

キャスター「”Edmond”って書いてあるけど」

カドック「もらったんだ。エドモンドはもう必要ないそうだ」

キャスター「……失点3」

ロマン「カドック君! 今すぐここを離れるんだ!」

カドック「そのつもりだ」

ロマン「まずい、まずいまずいぞ! 速すぎる! 超高速でサーヴァント反応接近中! 嘘だろ……合わせて『五騎』だ! 危険すぎる逃げろ!」

カドック「チィ…………目視できた。残念だが…………逃げられない」

どうなってやがる、カルデアの探知とサーヴァントの探知、その範囲外から一気に離脱不可能な距離まで詰めてくるスピードがあるだと。

それだけの移動手段を持ってる……強力なライダーがいると推測できるな。

だとしたらまず潰すべきはソイツだ。毎度こんな奇襲をかけられてちゃ命が足りない。初回ですら逃げ切れる保証はないってのに!


ロマン「くそ! いいかキャスター! 撤退だけを考えてくれ!」


キャスターは応えない。予断を許さない状況だ。通信に耳を貸している場合ではない。

最悪だ。こちらの戦力が整わないまま、正体不明の敵に出くわした……結果五体のサーヴァントと対峙することになる。

すでに聖杯戦争のルールは崩壊しているとみていい。通常、七騎のうち五騎が徒党を組むなどありえない。

異なるシステムが基盤にあるか、あるいはそのありえないことが起こったことでシステムが瓦解したか。

カドック「キャスター、隙をみて撤退だ。ないならつくる。つくれなかったら強行する、絶対に撤退だ。わかったな」

キャスター「ええ」


全身から汗が噴き出る。

キャスターからもこれまでにない緊張を感じる。

令呪に目をやる。……フユキから帰還後補填してもらった三画の令呪……強大な魔力リソース。

カルデアに戻ればまだ予備はあるとはいえ、無駄づかいは避けたい。……が、ここで一画ないし二画を消費する決断も必要か……。


ジャンヌ「カドックさん! この反応は!」

カドック「ルーラーか。状況が変わった。撤退戦になる。戦線を離脱するまで行動を共にしよう」

ジャンヌ「巻き込んでしまう形になってしまい申し訳ありません。ですが、命に代えてもあなたたちを避難させます」

ズン……と重い地鳴りが建物の裏から聞こえ、土煙と共に五つの影が姿を現す。

実際目の当たりにするとくじけそうだ。あれがすべてサーヴァントで、すべてこちらに敵対しているなんて。

もしかして協力してくれる人理側のサーヴァントが集ってくれたのではないか、という希望的妄想が頭をよぎってしまうほどには、絶望的だ。


「我が名はジャンヌ・ダルク。憎悪に身を焼かれ、この国に復讐を誓った魔女」


黒いサーヴァントが名乗りを挙げる。はためく旗には醜悪な紋章。目からも肌からも生気をまるで感じない女は、自身を”ジャンヌ・ダルク”であるという。

実際先に出会った彼女……”ジャンヌ・ダルク”と瓜二つだ。

追従するサーヴァントは四騎。

身の丈ほどある杖を携えた長髪の女。

同じく長髪だが、他方からは感じられる清廉さはかけらもなく、代わりに血生臭さと趣味の悪さがにじみ出ている仮面の女。

騎士を思わせる風貌に、華やかな装いとレイピアを構える金髪の女……男……? 中性的なやつだ。セイバーだろうか。

そして退廃的でいて、なぜが高貴さを漂わせてもいる槍を持った男……ランサーか。こいつはやばい。

そしてそのどれもが只ならぬ狂気をまとっている。……通常のクラスに狂化でも付与したか。

ジャンヌオルタ「漸く現れたわね。偽物の私」

ジャンヌ「私はジャンヌ・ダルクです。あなたは一体……」

ジャンヌオルタ「ハッ、バッカじゃないの、その耳、うじ虫でもつまっているの? いるのよね。腐った脳みそに虫がわいているのでしょう。でなきゃおかしいわ。私つい今しがた名乗りましたよね。ジャンヌ・ダルクと」

ジャンヌ「なぜこんなことをするのです!」

ジャンヌオルタ「なぜですって? そんなの決まっているでしょう! あなたにはわからないの。この憎悪が。憤怒が。……ああ、おかしい。おかしくて笑い転げてしまいそう。その呆けたツラをみていると憎くて憎くて笑いがとまらないわ!」


熱く、熱く、凍えるほど醜い黒炎がルーラーを覆う。

――発射地点が見えなかった。それほどはやいということか、それともそこが発火地点なのか。


ジャンヌ「――――っ!」

かき消える炎。あれほどの魔力がこめられていてもものともしないのか。規格外の対魔力だ。

大したダメージは負っていない。



ジャンヌ「あ、つっ……!」

カドック「なに!?」

ジャンヌオルタ「炎が消えてもこの怒りが消えることはない。私の憤怒ですべて焼き尽くしてやるわ」

ジャンヌ「なぜ……なぜ……」

ジャンヌオルタ「バーサク・ランサー、バーサク・アサシン! そいつらの相手をしてやりなさい」


仮面の女と槍の男がこちらに向かってくる。それぞれアサシン、ランサーか。『バーサク』ってのは、そういうことだろうな。

バーサク・アサシン「あの小娘につかわれるのはシャクだけれど……今はそんなことどうでもいいくらいこの身がもだえているの。『血をよこせ』ってね」

バーサク・ランサー「道理だな。我らは血をすする者。そうあるべきものとしてゆがめられた『吸血鬼』だ。ならば、衝動のままに屠ろうではないか。血の伯爵夫人”カーミラ”よ」

カーミラ「だまりなさいドラキュラ! あなたと一緒にしないで。血をすするなんて野蛮よ。私はただ私の美しさのために血を欲するだけ。より若くて美しい血をね!」

バーサク・ランサー「我をその名で呼ぶが……よかろう。よかろう! 我こそは悪魔(ドラクル)! 絶叫せよ、人間。血の晩餐は恐怖によってのみ彩られるのだ!」


理性を奪ったのは浅はかだったな。

ドラキュラ……ルーマニアの英雄”ヴラド・ツェペシュ”に吸血鬼”カーミラ”か。

奴らが本当に”吸血種”なら戦っている場合じゃない。まず何があっても血を吸われるわけにはいかない。


キャスター「くるわよマスター……どうか私にありったけの力を」

カドック「ああ……活路を開く! 持ちこたえてくれキャスター!」

ここまで。大ピンチだがんばれカドック君。

基本はその章に出てきた鯖でやっていくよ。無辜のドラゴンスレイヤー級の知名度があれば特別出演もありえるけど奴は例外。

キャスター「くるわよマスター……どうか私にありったけの力を」

カドック「ああ……活路を開く! 持ちこたえてくれキャスター!」


最大出力で氷壁を展開するキャスター。周囲の建物を巻き込みながら三階ほどの高さで相手を押しのける。


キャスター「指示を!」

カドック「とにかく距離をとれ。接近戦は論外だ。特にランサーに注意しろ。あれは純粋に強い。アサシンの搦め手は僕が対処する。全力で感知しろ! できるなドクター!」

ロマン「あぁ周囲の警戒はまかせろ! けどあまり信用しないでくれ!」

カドック「できるのかできないのか!」

ロマン「限界がある! 最後は自分のかんを信じてくれ」

カドック「キャスター! 下だ」

キャスターの足元が盛り上がったのを確認してすぐ叫ぶ。地面から鋭利なものが飛び出てくる、その寸でのところでキャスターはこれを回避した。


ヴラド三世「甘いな」

キャスター「はうっ!」

カドック「キャスターっ!」


不規則に突き出る鋭利な先端が数本、キャスターに届く。ドレスの右肩が破れ、血がにじむ。

そのまま後退し、反対の手で抑える傷口に遠隔で治癒を施す。


カドック「無事かキャスター!」

キャスター「痛いわ……マスター」

カドック「耐えろ、時期血は止まる」

ヴラド三世「ここは戦場であるぞ。そのような装いで、女が、これは冒とくか? でなければ余の供物か」

カドック「そうか。杭、か」

ヴラド三世「さよう。我が城塞の礎となれ」

キャスターの氷壁が砕かれる。なんて数の杭だ。おそらく”ヴラド三世”の血の城塞を体現した宝具だろう。

だが幸い、この能力ならランサーも距離をとってくるはず。遠距離戦なら離脱するチャンスがくるかもしれない。


アサシン「死になさい!」


隙をついて”僕”の背後に忍び寄っていたアサシンが悪趣味な形状の金具を振り回す。


カドック「お前がアサシンと呼ばれたのは聞こえたよ……そして臆病者(アサシン)はマスター狙いと相場は決まっている」


背後に仕掛けておいた術式が起動する。拘束魔術だ。全力で縛れば間合いをつくる時間稼ぎにはなる。

……が、こんな大仕掛け張り巡らせている余裕はない。

カーミラ「ぐ、こんなもの」

カドック「僕の周りにはいたるところにこの術式が仕掛けてある。ここまでこれるか?」


嘘だ。


カーミラ「その必要がないわ」


思惑通り、こんどは遠距離型の器具で攻撃を仕掛けてくる。


カドック「有刺鉄線の鞭か。どこまでも趣味が悪いな、お前」

カーミラ「避けた……? ただの人間の分際で!」

カドック「いいことを教えてやる。僕の得意魔術の一つは五感の強化だ。血の匂いを嗅ぎ取る嗅覚と、ことさら聴覚は敏感でな。ギコギコうるさいんだよ。その拷問器具」

カーミラ「音で……!?」

カドック「趣味が高じてな。ロックは好きか?」

カーミラ「ロックですって……音楽は嫌いよ! ああ許せない! 消えなさい!」

狂化した暗殺者なんて怖くはない。僕には必殺の一撃はないが、さび付いた技能でとれるほどこの命は安くない。

気を抜けば即死だが、全神経を集中させれば問題ない。

カーミラ「っ……!」


再びカーミラの動きが止まる。運よく罠にかかった。


カドック「ああ、そこにも拘束魔術が張ってあったか……。キャスター!」

キャスター「素晴らしい位置取りね。あなたさてはポジショニングの魔術師なの」


キャスターの物量攻撃がランサーの杭とアサシンをまとめて押しつぶす。

その隙をついてランサーがキャスターに迫るが、そこに白と黒のジャンヌが割って入る。


ヴラド三世「ぬっ」

ジャンヌ「この!」

ジャンヌオルタ「あっはっはっはっは! 死になさい芋娘ぇ!」

バーサク・ライダー「はあ……手を貸しましょうか聖女さま?」

ジャンヌ「黙ってなさいライダー! セイバーも手出したら殺すわよ!」

バーサク・セイバー「無論、手は出さないさ」


突然乱入したジャンヌたちの戦いに各サーヴァントが気を取られる。ここが機だ!


カドック「キャスター! 離脱する!」


氷で道を作り滑るように撤退する。よし、完全に不意をついてやった! 逃げきれ……


キャスター「えっ……?」

カーミラ「全ては幻想のうち……けれど少女はこの箱に」


ファントム・メイデン
”幻想の鉄処女”


ビシャッ


血しぶきを上げて、箱状の拷問器具は閉じた。

https://ux.getuploader.com/sssokuhouvip/download/154

https://ux.getuploader.com/sssokuhouvip/download/155

頑張って漫画化したから参考にしてもいいよ。
え、余計わからない?そんなー

カーミラ「あはははは! 血よ、血よ! たまらないわ……」

カドック「お、おい……アサシン……!」


アサシン「ぐ、ぶっ……」


サムライソードのアサシンが血まみれになって転がる。


キャスター「あ、ああ……あなた」

アサシン「ふ、む。麗しいおなごの危機だったので、な。つい気取ってしまった」

カドック「お前、急に出てきたと思ったら何やってるんだ」

アサシン「いやはや……すまぬ、マスター。懐刀になるとはいったものの、この身、とんだなまくらであったよう、だ」

カーミラ「ああああああ! いやあああああ! 美しい少女の血でなければ! なんなのその優男は! この浴びている血はその……!? いやあああああ!」

カーミラが発狂する。逃げおおすには格好の時だ。


カドック「畜生、捨ていくぞ、侍」

アサシン「結構。いささか判断が速すぎるが……いいだろう。ゆけ。すまなかったな。大した役にも立てなんだ」

カドック「いや……助かった。ワイバーンを斬るアンタは鬼神のようだった。生前はさぞ名のある剣豪だったんだろう」

アサシン「ふっ…………旅というのも、悪くはなかった……かな」


剣豪は、力なく横たわった。

「ごめんなさいな。”ギロチン・ブレイカー”」


突如、ガラスの馬がカーミラを跳ね飛ばす。


アサシン「むぅ、感動の別離で、この仕打ちはなんだ……」

「さあ、乗って!」

ジャンヌ「乗ってくださいカドックさん、キャスター!」

カドック「ルーラーか!?」

「そこの血まみれのあなたも、はやく!」

「おいマリア、彼は決死の大往生を果たすところだったんだ。男の覚悟ってやつを台無しにしてしまうつもりかい。え、僕? 男の覚悟とかクソくらえだ」

正体不明の二人と共にルーラーが現れる。

どうやらこのガラスの馬に乗って脱出する算段らしい。

ルーラーの手につかまりなんとか騎乗する。キャスターはアサシンと共に騎手の女と非力そうな男にすくい上げられたようだ。


カーミラ「このブタどもがああああああ!」


跳ね飛ばされたカーミラが起き上がり、血を流しながら咆哮する。


「おっと、キミはまだしばらく追ってこないでくれ。”レクイエム・フォー・デス”」

カーミラ「く、体が、重い……おのれええええええ」

「よし、いいぞ。このまま離脱してしまおう。飛ばせ、マリア」

「ごめんなさいアマデウス。この宝具、重量オーバーなの。これ以上の速度は出せないわ」

ジャンヌ「私が降りて走りましょう。大丈夫。もうずいぶん離れました」

カドック「ぐっ……」

キャスター「カドック、アサシン戦で傷が!?」

カドック「いや、大きな傷はない……少し体に負担をかけ過ぎただけだ。この程度の苦痛で済んだなら安い。気にするな」

どんどん距離が開いて、町も敵影も見えなくなり、なんとか撤退を果たした。


……ように思われた。


ロマン「後方! サーヴァント反応だ、追ってくるぞ!」

キャスター「あれは……かめ……」


か……なにやら巨大な生物に乗ったライダーが高速で接近してくる。


カドック「当然だ。現れたときの速度を考えれば相応の移動手段があるのは予測できた。追い付かれるぞ」

キャスター「迎えうつ?」

カドック「一騎が相手なら恐れることはない。が、ここはまだ戦場だ。他のサーヴァントに追い付かれたら形成は逆転する」

キャスター「そうね。ここは逃げの一手、かしら」

カドック「おいお前、この馬はあとどれくらいの速さが出せる」

「最高速度でもあの亀さんに追い付かれないかどうかは……それにジャンヌ・ダルクさんが降りたところで重量オーバーは変わりません」

カドック「全員できるだけ荷物を捨てろ」

「荷物……」

「おい、僕を見たのか。降りないぞ。こんなところに置き去りなんて御免だ」

「誰もそんなことは言っていません!」

カドック「荷物があるのは僕だけか! くそ、今のはナシだ。重要度に比べて重量がなさすぎる」

ジャンヌ「私が……足止めします」

走っていたルーラーが方向転換しようと足を止める……のを、長い刀が静止した。


アサシン「…………」

ジャンヌ「あなた……なにを……」

アサシン「荷物ならここにあろう」


次の瞬間、血まみれの剣士は自ら高速走行中の馬から転げ落ちた。


アサシン「ゆけ」


……手負いのアサシンを一人残し、僕たちは走った。


ここまで。画像は期間限定ですぐ消す。がんばれカドック君

「ゆけ」

剣士は穴だらけの体を起こし、静かに立ち上がる。今にも砕けそうな体を魂で持ち上げる。

「ふうん。かっこいいじゃない。でも」

巨大生物にのり、追跡していた女は、それの歩みを止めさせることなく、満身創痍の男を踏み越えようとする。事実、そうすることができたはずだ。

「――――」

迫りくる巨大な影。男は無言で、納刀したまま立ち尽くす。

しかし、その生物の足は、男の頭上で制止した。

「――なんて気迫。気が変わりました。相手をしてあげましょう」

女は生物から降り、地面にたつ。

「全く困ったものです。狂化のせいで意識にモヤがかかっているよう。任されたのは追跡だったけど、この機に私を片付けてもらう予定だったってのに。邪魔だよ、アンタ」

「そちらも訳ありであったか。しかしあまり買いかぶるな。『重量オーバーだ』と蹴り落とされてしまったのでな。慰めに可憐な乙女でも口説き落としてみようかと思っただけのこと。――無論、この刀でな」

「そう。それはかわいそうに」

つまらない冗談。と、女は鼻で笑う。

しかし気を抜いたわけではない。刀に手をかけたあの男はすでにその首を狙っているのだから。

「今にも消えそうなその体で……やってみせなさい」

杖を構える女に、男の刀はぴくりとも動かない。

「大した気概だが、果し合いの前に名乗りもなしとは無礼であったな。……あえて名乗ろう。我が名は”佐々木小次郎”」

「ふぅん。田舎モンだね。アンタ。嫌いじゃないよ。……コホン。我が名は”マルタ”です」

「ほう。臆さず名乗るとは、なかなか骨があるではないか。マルタ殿」

「ノってきたわ……じゃなくて。――ええ、ええ。いいでしょう。私も応えます。海辺の聖女マルタとして、全力で応えます。来なさい。コジロウ」

「では存分に果たし合おう。……参る」

「”愛知らぬ悲しき竜よ”」

「……翼があり空を飛ぶのなら鳥だろうが、これはさて、我が刃どこまで通じるかな。……”秘剣”」


パキン、と鈍い金属音が辺りに響いた。





「追ってこないな。やるじゃないか。今頃は生きていないだろうけど、うん。仕方ないな」

「まあ! なんて言い方なのアマデウス。私知っているわよ。こういうときなんていうか。……あなたがおりればよかったのに、この音楽以外能のないクズ! これでよかったかしら!」

「ああ100点だ。君が罵倒してくれるなら僕は気兼ねなくクズれるよ」

キャスター「……どう見る? マスター」

カドック「現に僕たちは逃げ延びている。信じがたいが、あの傷で足止めに成功したと考えるべきだ」

キャスター「本当に強かったのね。アサシン」

カドック「ああ戦力を失った。これならそこの弱そうなのが残った方がよかったな。本当に」

「失礼だな。確かに僕は弱いけど、だからって死ぬのは嫌だ。人間、生きててこそだろう? それに弱すぎて足止めにもならなかったと思うな!」

ジャンヌ「森が見えてきました。身を隠せそうです。日も沈んできました。いったんあそこで休憩しましょう」

キャスター「言うまでもないわ。そもそもあの森を目指して走っていたのだから」





龍脈に陣を形成する。これでカルデアと物質的に通信が可能となったはずだ。


ダ・ヴィンチ「やっほー。みんなの天才、ダ・ヴィンチちゃんだよ」

カドック「これでサークルは構築されたんだな?」

ダ・ヴィンチ「ああ。ご苦労だった。見ていたとも。大変だったね。今夜はゆっくり休むといい」

カドック「こちらからは食料を送ろう。手っ取り早くつくった干し肉なんかがある」

ダ・ヴィンチ「ああ助かるよ。職員たちも毎日缶詰やレトルトじゃ仕事に支障をきたすからね。精神的に。希望があればこちらからも食べ物を送るよ? 食べたいものはないかい」

カドック「食糧なんざ栄養が摂れればなんでもいい。すこし鉄分が不足している。サプリメントを送ってくれ」

ダ・ヴィンチ「わかった。だがサプリメントはノーだ。食うことは生きることっていうだろ? カルデア室内菜園ほうれん草を送ろう。それから真水だね。精製するのは手間だろう。浄水設備の整っているこちらから送るほうが合理的だ。好きだろう、そういうの」

カドック「ああ。お前とちがって凡人だからな、僕は」

ダ・ヴィンチ「おやおや嫉妬かいー? 他に必要なものはあるかな」

カドック「ベッドは送れないか。野宿は勘弁だ。無理ならシュラフでもいい」

ダ・ヴィンチ「ベッドって君の部屋のベッド!? 森で!? わかった試してみよう。天才として睡眠の質の重要性には理解を示そう」

カドック「それから、一つ問題がある……キャスターが霊体化できない」

ダ・ヴィンチ「ほうそれは妙だな。カドック君とキャスターのパスはしっかり通っているはずだけど」

カドック「どうにもキャスターが本調子じゃないのもそのせいかもしれない。僕からの魔力の変換効率が格段に悪い。どうやら自分の魔力で補っているようだ」

ダ・ヴィンチ「キャスターとは話したのかい」

カドック「あちらも気づいているが、言ってこない以上その必要はないだろう」

ダ・ヴィンチ「レイシフトという不安定な環境が原因かもだ。調べてみるよ」

カドック「頼む」

ダ・ヴィンチ「ああ、それから職員一同から『ヒャッホー、肉だ、魚だ、果物だ! カドック最高!』だそうだ」

カドック「どうでもいい。……切るぞ」

通信終了。龍脈は確保したし、寝具が整うなら当面がここが拠点になるだろうか。


キャスター「おかえりなさいカドック! さあマリー! 紹介がまだでしたわね。彼はカドック・ゼムルプス。人類最後のマスターにして人類最後の希望」

マリー「まあ! 人類最後の希望! なんて宿命的なのかしら」

キャスター「彼女はマリー・アントワネットです。ご存知でしょう? 私は知っています」

カドック「マリー・アントワネット王妃か。会えて幸栄だ。クラスは、ライダーか?」

マリー「ええ! 無事でよかった。でも疲れているかしら。疲れているわよね。あなたはきっと背負いすぎているのだわ」

キャスター「そうなの! マスターはいつも悲壮感というか、そう。背負いすぎているの。わかるのねマリー」

マリー「もちろんよ。意地っ張りな殿方の顔なんて飽きるほど見てきたんですもの」


……ずいぶん打ち解けたな。

なんか、眩しいな。あまり近寄りたくない。

「こっちにきたまえ。そこは輝きに満ちていて目がつぶれてしまいそうだろう。なんなら心もやられるぞ」

マリー「彼は”ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト”。私の友人です」

アマデウス「クラスはキャスターだが、戦力には数えないでくれ」

キャスター「アマデウス……私、あなたのピアノは好きよ」

アマデウス「さすがに教養があるとみえる。モーツァルト好きに悪い奴はいても馬鹿はいない!」

カドック「クラシックに興味はない、退屈だ」

アマデウス「はい馬鹿。馬鹿発見。僕と、僕の音楽を聴く者以外は馬鹿だ」

カドック「言っておくが別に音楽そのものを見下してやいないからな。まるでこの世の音楽は全部自分が生み出したかのような言い分だな」

アマデウス「え。そうだけど? だって僕以降の音楽家は全部僕のパクリだろう? アレ」

カドック「ちっ……嫌いなタイプの天才だ」

アマデウス「あはは。そもそも天才が嫌いってクチだろう。君。嫉妬が顔ににじみ出てるぞ」

キャスター「そこまでよ。アマデウス。私のマスターを愚弄するなら、その指、壊死させる」

アマデウス「はは、嫌だなあ、僕のピアノのファンなんだろう。そんなことするわけない。え、しないだろ?」

キャスター「まずは小指でいいかしら」

アマデウス「おいおい、冗談。だいたい僕は馬鹿とか嫉妬とか大好きだ。君のマスターもこき下ろしているわけじゃない」

マリー「キャスター。残念だけど本当なの。彼、クズなの。人間の汚い部分が大好きな汚物フェチなの」

アマデウス「うん……フォローになってないな!」

キャスター「マリーがいうのなら……」


英霊ってのはどいつもこいつも……これだけ集まるとコントロールができない。何かを尊重すれば何かをないがしろにすることになる。

常に誰かしらの琴線に触れている気分だ。僕自身も気が立ってしまう。ダメだ。冷静にならなければ。

キャスターがマリー・アントワネットを気にいったのはよかった。アマデウスは嫌な奴だが協調性がないわけではない。これからは戦闘での連携も望めるだろう。

つかの間の休息だ。今のうちに新たに加わったサーヴァントのステータスを確認して、作戦を練っておこう。

ここまで。がんばれカドック君

ジャンヌ「みなさん!」


見張りをさせていたルーラーが慌てて戻ってきた。敵襲だな。


ジャンヌ「ワイバーンに嗅ぎつけられました! 何匹か引き返していったので場所を知らせにいったのかもしれません!」

カドック「予想よりずっとはやいな。移動する。せっかく僕のベッドの間取りを考えてたんだ。荒らされたら台無しになる」


キャスター。”真名不明”

ルーラー、”ジャンヌ・ダルク”。

ライダー、”マリー・アントワネット”。

キャスター、”ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト”。

四騎のサーヴァントを連れて森をかける。

夕食を摂る前で助かった。満腹だったらこの距離を走るのは苦しい。

マリー「やああ!」

ルーラー「はあっ!」

アマデウス「そら」

キャスター「死んで」


森の中でワイバーンに出くわすが、四騎のサーヴァントがこれを蹴散らす。

純粋に数が多いとさすがに圧倒的だ。難なく撃退していく。

だが、この感じ……僕でも感じ取れるようになった。近くにサーヴァントがいる。


ジャンヌ「出てきなさい!」

マルタ「さすがにワイバーンじゃ歯が立たないわね。私は”マルタ”。あなたたちには恨みもなければ邪魔もしたくない。だから、私を倒しなさい」

――マルタといえば、新約聖書に出てくる悪竜タラスクを鎮めた、一世紀の聖女じゃないか。


カドック「倒せってのはどういうことだ」

マルタ「あなたたちの力にはなれない。だからせめて、ここで……く、理性があるうちにはやくしろっての!」

キャスター「マスター、彼女は無理やり使役されているみたい」

カドック「そのようだな。おい、マルタ。話合えないか」

マルタ「無理。いつあなたたちを殺す衝動に駆られるかわかったもんじゃない。問答無用!」

カドック「くっ!」


魔力の砲弾が杖先から飛んでくるのを、ルーラーが弾く。

ジャンヌ「応戦します! カドックさん、指示を」

カドック「マルタ……海辺の聖女マルタか……」

ジャンヌ「カドックさん!」

カドック「わかった。マリー、アマデウス。お前たちは何ができる」

アマデウス「奏でる」

マリー「歌う」

カドック「よし。僕とアマデウスが最後尾。キャスターとマリーで攻める。ルーラーは前衛でこれを守れ。いいか重ねて言う。守るためだ。ミドルレンジより近づくな。こちらにはインファイターがいない」

アマデウス「キミさてはこのカオスにツッコミを諦め始めたな?」

カドック「そして……最前線がマリー・アントワネットだ」

マリー「私が!? できるかしら」

カドック「ほかにできるやつがいない。頼む。宝具の常時解放を許可する。死なない程度に駆け回ってくれ」

ジャンヌ「近距離なら私が対応できますが」

カドック「マルタは魔力を込めた弾を撃ってきた。アンタの対魔力が頼りだ。それに伝承通りなら”祈り”による何かがあるかもしれない」

ジャンヌ「なるほど。しかし彼女一人に前線で戦わせるのは……」

マリー「ありがとう。ジャンヌ・ダルクさん。でも大丈夫よ。任せて……”百合の王冠に栄光あれ”!」

アマデウス「デカブツがくるぞ!」

カドック「キャスター、弾幕を張れ。向こうも遠距離タイプだ。マリー、走れ。魔力は気にするな」

キャスター「いつでもいけるわ」

カドック「キャスターの君に言うのは酷だが、攻撃に専念してくれ」

キャスター「今まで全部ひとりでこなしてきたんですもの。むしろそれだけでいいの? と言ってさしあげます」

氷の刃が複数精製され、射出される。

マルタは後退し、これを巨大生物に薙ぎ払わせる。

マリーが馬で突進をかけるが、これも固い皮膚に阻まれる。


カドック「ダメか……ルーラー、好機と見たら前に出ろ。タイミングは任せる。ただし、そのときは確実に仕留めろ。しくじれば僕が死ぬ。最悪アマデウスがいるが、きっと一緒に死ぬ」

アマデウス「そのとおりだから何も言い返せないな」

カドック「マルタと言ったな。ならそのカメは”タラスク”か」

マルタ「ええ。私の祈りを聞き入れ舎弟……ではなく。協力を誓ってくれた頼もしい舎弟……仲間です。あなたたちに敗れるかしら」

カドック「狂化が色濃く出ているな。何を言っているのかいまいちわからない」


今はタラスクを守備に回し、自身の光弾で攻めてくるが、タラスクを攻撃に回されたら厄介だな。

あれでも竜だ。それも上位と推測される。そしてなにより警戒すべきなのがそれを屈服させたという”祈り”だ。おそらく精神干渉系の魔術か何かだろう。

この巨竜を黙らせるほどだ。僕程度のレジストでは心もとない。ルーラーと一応アマデウスにかけるしかないな。

アマデウス「あれでもマリアの歌は僕の支援で強化してある。ちょっとした魔術防壁なら突破できるはずだ」

カドック「そうか。マリー! キャスターと連携して攻撃を途絶えさせるな」

マリー「ええ、まっかせて!」


カドック「アマデウス、さっきのカーミラをとめた宝具はつかえないのか」

アマデウス「位置が悪いな。これではみんなを巻き込んでしまう。音楽家としては聴衆が多いにこしたことはないんだろうけど、誰もお代をくれなさそうだ」

カドック「わかった。そろそろ向こうもしびれを切らす頃合いだ。気を引き締めろ」


マリーとキャスターの連撃を受けるのでタラスクはかかりっきり。自分の攻撃はルーラーに弾かれる。

いつまでも守りに徹してはいられないだろう? 聖女マルタ。


マルタ「――っ! ああうっとおしい! 私が出ようかしら! ダメね! タラスゥゥゥゥク! 跳びなさい!」

なんだって、あの形状で飛ぶのか!? しまった空襲は想定していなかった。


マルタ「”愛知らぬ悲しき竜よ”」


ドッ!


アマデウス「け……」

マリー「け……」

キャスター「け……」


蹴り飛ばしてきた――――っ!?


キャスター「宝具疑似展開……ダメ間に合わなっ……」

ジャンヌ「”我が神は――”」


ルーラーが飛び出し、旗を構える。あれは宝具か……?


ジャンヌ「”ここにありて”!」


マルタ「そう……それがあなたの本来の力なのね」

ジャンヌ「はああ!」


タラスクの突進がとまる。どうやらルーラーが受け切ったようだ。大した隠し玉で助かった。

キャスター「そこっ!」


キャスターが躊躇なく隙をつく。無防備なマルタの額に氷柱が飛ぶ。

それをマルタは、叩き砕いた。


マルタ「私の対魔力はAよ」

アマデウス「いや今のは筋力に依存した防ぎ方じゃなかったか」

カドック「キャスター、まずはタラスクを狙え。これだけのものを使役し続けるには膨大な魔力が必要なはずだ」

キャスター「魔力切れ……そういうことね」

アマデウス「マリーの前衛は速度によるかく乱。タラスクの消費が目的ってところか」

カドック「ああ。それと左の前足を狙え。どうやらヤツは右足をかばっている。それで動きを封じられるはずだ」


タラスクの右前脚には深い刀傷があり、それをかばうように動いている。両前足を奪えば四足歩行はできない。


アマデウス「なるほどあれか。よし、あの東洋の剣士の弔い合戦といこう」

マリー「口だけいいこと言って、何もしないじゃないあなた」

アマデウス「少々辛辣が過ぎないかマリア! 僕だってやることにはやるぞ。後方支援がいいところだけど。実際、君を前線に出すのはつらいと思ってはいる。適材適所ってやつだ」

ここまで。タラスクがんばれ。カドック君がんばれ。

アマデウスとマリーの攻撃がタラスクの左足に集中する。これを避けるためタラスクは左足を持ち上げるが、傷の深い右足では体重を支え切れずバランスを崩す。


ルーラー「崩れた……カドックさん! 出ます」

カドック「仕留めろよ」


ルーラーがタラスクに向かって走り出す。 せっかちかコイツ。自分のタイミングでいかせたほうが成功率が高いとふんだが、少々詰めにははやい気もする。

後ろ足だけになったタラスクは前のめりに倒れ……倒れ……倒れない……?


マルタ「タラスクあなた……立てたの!?」


二足で直立するペットに飼い主も驚いている。こんなところで新しい芸を覚えやがって。

アマデウス「とまれルーラー!」

ルーラー「しかし今止まってはマスターががら空きに……攻め切るしかありません! はあ!」

アマデウス「脳筋! 僕はどうなる!」


ルーラーが旗で左後ろ足の脛を殴りつける。左後ろ足が浮き、ついに支えの足は一本となった。

倒れる。ルーラーはタラスクの上体が落ちてくる力を利用してとどめを刺すつもりのようだ。

――だが、倒れない。


キャスター「とうとう一本足でバランスをとっているわ。なんて見世物! サーカスの像も真っ青ね」

カドック「感心してる場合か! 敵が……」

マルタ「タラスク、すごいわ、いつの間にそんな曲芸を」

カドック「感心してる場合か……そうか」

ここで決めきれないと僕の守りがアマデウスだけになってしまう。ルーラーの対魔力がないとマルタの攻撃は防げない。

僕が死ねばすべて終わりだ……さがるか? いや。最も安全なのは……。


カドック「アマデウス! 背水の陣だ前に出ろ! 投石でも目つぶしでもなんでもいい。ここで仕留める」

アマデウス「賛成だ。こうなれば最前線だろうがジャンヌ・ダルクの近くが一番安全だし」

マリー「最後の足を崩すのね!」


マリーの騎乗からの声撃が最後の一足を崩しにかかる。確かにあれは速いが……軽すぎる。

もっと、もっと重い一撃が必要だ……! 何かないか、重量を……。

カドック「重量……」


――――!


カドック「マリー! その馬に僕を乗せろ!」

マリー「ごめんなさい。私、華奢に見えるかもしれないけれど、サーヴァントだから耐えられているの。足元は危険よ、人間が踏まれたらぺしゃんこに……」

カドック「なりふり構うな。アマデウスお前もこい」

アマデウス「どうする気だい。あれに乗っていたほうが的にはなりにくいけど、僕はあの聖女の真後ろをオススメする」


口の減らない音楽家を引っ張り、マリーの馬の元にたどり着く。


マリー「強引に乗ってくるなんて。乱暴なのね。嫌いではないけど……重量オーバーでしてよ?」

カドック「それでいい……とまるなよ!」

アマデウス「おいおいおいまさか……」

カドック「タラスクの足めがけて突進する!」

宝具による攻撃だ。神秘は十分…… ウェイトはプラス100キログラムってところか。しかしあの大木のような足を倒すには、まだ足りない。

――ひとつ、関係ない話をしよう。僕は寝具にはこだわるほうだ。

先ほどダ・ヴィンチに転送してもらった、僕のベッド。それはダブルベッドで、寝返りできしまないよう強度も抜群。マットも分厚い高級品。

つまり、めちゃくちゃ重い。

――魔術で収納していたベッドを取り出す。


アマデウス「なにぃ!? ここで寝るのかキミ! まさかな! え、意味が分からない」

マリー「重量オーバーって言ってるのに!」


人間三人、ベッド一つ。加えてこの速度だ。崩れろ!

景色が揺れる。目を開けているのに何を見ているのかわからない。すごい衝撃だ。

そのまま落馬し、地面に転げ落ちる。頭を打ったか、温かい。意識がもうろうとする。

マデウス「ここで永眠するって高度なギャグか! 命を張ってまでとる笑いにしては三流だぞマスター!」

マリー「マスター避けてっ!」

アマデウス「あぶないマリア!」

ジャンヌ「カドックさん! 竜が、倒れる!」


暗い……どうやら僕はこのまま竜の下敷きになるようだ。さすがに死ぬか……無茶したな。






キャスター「カドック!」

キャスターの声が聞こえた。ずいぶん近くから聞こえた。

そうか、君もそこにいるのか。どうしてわざわざ自分から潰されにくるのか……。

そういえば、ピンチのとき、いつも君は遠くにいたな。

僕がマスターで、君がサーヴァントだから、こういう局面ですぐ側にキャスターがいるのは、新鮮だ。


キャスター「”■■・■■■■”」


――それはまるで、小さな氷山のようで。

――大きなダイヤモンドのようで。


いままでの比じゃない魔力の密度で編まれた巨大な、美しい氷柱が、竜を串刺しにする。

四足歩行と固い甲羅で隠されていた、柔らかい腹が裂けていく。


マルタ「タラスクっ!」


竜は慈愛に満ちた目で聖女を一瞥すると、静かに光になって消えた。

マルタ「――――タラスク」


キャスター「マスター、頭から血が……」

カドック「アア……打った」

キャスター「意識もある……ろれつも回る……大丈夫そうね」

カドック「そうか、安心した」

キャスター「あんな無茶苦茶するなんて、マスターらしくないわ」

カドック「全くだ。もう二度とゴメンだ……と言いたいところだが、これくらいしなきゃ、僕では駄目みたいだ」

キャスター「ごめんなさい……私の力不足でマスターに危険な選択をさせてしまった」

カドック「違うな。君の力を考慮した作戦だった。本当に死ぬ気なんてなかったよ」

キャスター「――。すべては私に膝枕されるための作戦だったってわけ?」

カドック「笑わせるな。頭に響く」

キャスター「あら。面白かった? あなたのツボってわからないわ。あ、ここ、コブになっている」

カドック「いっ……!」


笑うキャスターの冷たい手が、痛む患部を冷やす。

ここまで。タラスク、散る。がんばれカドックくん

あ、ゴメン。気になる人は気になるか。気をつける

ジャンヌ「カドックさん、無事ですか!」

アマデウス「生身で竜に特攻とか、正気か君は。狂想曲(カプリチオ)は演じるのは易いが魅せるのは難儀だぞ」

カドック「ああ……われながらイカれてる」

マリー「ごめんなさい。あなたのベッド、壊してしまって」

カドック「ああ言うなクソ。帰ったらどこで寝るんだ僕は」


治癒も効いてきた。まだ体を動かすのも苦痛だが……なんとか立ち上がる。


カドック「まだ終わってない。僕のことはあとだ」

マルタ「魔力ももうない。どうやら、私の負けのようです。――――と、言いたいところだけど」

マルタが杖を構える。タラスクを失ってもやる気のようだ。


マルタ「タラスクは最後まで戦って逝った。なら私が途中でやめるわけにはいかない」

カドック「そうか、協力的なあんたならおとなしく負けを認めてくれるかとも思ったが」

マルタ「覚悟は決めた。どのみち私程度乗り越えられないようじゃ、人理修復なんてムリだっての!」

カドック「――っ!?」


はやい!

五感を強化しているのに最初の踏み込みがギリギリ見えた以外何もわからなかった!

まばたきを一回する間に範囲外だったマルタの杖は僕の直前でルーラー旗とつばぜり合いをしている。

……ルーラーの力強い後姿もさることながら、マルタの鬼のような形相は先ほどとは比べ物にならない殺気を放っている。

マルタ「チンチンクリンが、見直したよ。あんがい根性あるじゃない。私が正気だったら仮契約くらいしてあげてもよかったかもね!」


そう言ってマルタは旗の上からルーラーを押し返す。

圧で森全体が揺れる。……これが宝具を失い魔力も尽きたライダーの力か!?


だが、それこそ最期の特攻だった。

こちらは四騎。ルーラーと競り合っている時点で、背後には三騎が控えていた。

キャスター、マリー、アマデウスの攻撃を背中で受けたマルタは、杖を落とし、両肩から力なく腕をぶら下げる。

それでも、口から流れる血を拭うこともなく、まっすぐこちらを見据えて、膝をつかない。

この聖女に僕たちは勝ったというのに、そんな気はまるでしない。


マルタ「――――」

ジャンヌ「マルタ様……これ以上あなた様を苦しめるわけにはいきません。どうかご容赦を」

カドック「待ってくれ……ルーラー」


旗を振り上げるルーラーを制止する。


マルタ「これはケジメよ。坊主は黙ってな」

カドック「考えがある。……マルタの狂化を解く」

ジャンヌ「狂化を……!? そんなことが可能なのですか」

カドック「契約に割り込み、僕と再契約させる。……僕だけでは難しいが、できるはずだ。力を貸してくれキャスター」

ジャンヌ「……どうかお願いします」

キャスター「え、無理よ、私、魔術師じゃないもの」

カドック「えっ」


――初耳だ。

カドック「キャスターのくせに、魔術師じゃ、ないのか……」

キャスター「ごめんなさい」

カドック「たしかに、音楽家(キャスター)もいたな……くそ」

アマデウス「僕にできることがあるなら手を貸そう。魔術ならすこし。かじった程度だけど」

カドック「えっ」

ダ・ヴィンチ「再契約か。おもしろそうだ。通信越しだが私も手伝おう」






マルタ「……はああっ! スッキリした! あの黒女……次会ったら鉄拳制裁してやるんだから」

カドック「うまくいった。狂化は外せなかったようだが:

マルタ「ううん? しっかり解けてるわよ。ヒョロガキのくせに、やるじゃない」


海辺の聖女は頭上で手を組んで背伸びをしながら関節をパキパキと鳴らす。

言動から見て狂化は残っているが、どうやら本人に自覚はないようだ。協力的なようだから問題はないだろう。


ジャンヌ「よかった……! 本当によかった。マルタ様。改めまして、我が名はジャンヌ。ダルクです。どうかこのフランスを救うためお力添えください」

マルタ「こほん……あまりかしこまらないでください。それは私も望むところです。救国の聖女よ、同じ聖女でありながら敵の手に落ちた私に慈悲をくれた聖女よ。へりくだるべきは、私なのです」

ジャンヌ「そういうわけには参りません。せめて、そう。同士として」

マルタ「ありがとうございます……私は海辺の聖女マルタ。既知のとおり、タラスクはもうおりませんが、この身には奇跡の力があります。どうかお役立てください」

マリー「マリー・アントワネットよ。気軽にマリーって呼んで。よろしくね、えっと」

マルタ「よろしくマリー。マルタで構いません」

マリー「ええ! よろしくマルタ」

アマデウス「アマデウスだ。強い仲間ができて大変喜ばしい」

マルタ「いえ、宝具を失ったライダーなど、とても戦力としては……」

アマデウス「はは。さすが聖女様だ、謙遜しちゃって。怒る竜を沈めた祈りってアレだろ、拳で語り合う的な」

マルタ「――失礼。なんですか?」

アマデウス「なんでもないさ。さあ行こうか」

キャスター「そうはいっても、行く当てがないわ。ねえマスター」

カドック「…………」

キャスター「マスター?」

カドック「ん、ああ」


さっきのタラスクにとどめを刺したキャスターの一撃……いままでとは明らかに質も威力もケタ違いだった。あれがキャスターの本来の力なのだろうか。

あのときは僕とキャスターの魔力変換が円滑だった。何が違ったんだ……?

カドック「当面の目標は戦力の補強だ。各地を巡り味方してくれるサーヴァントを探す。マルタ、敵戦力を教えろ」

マルタ「私が知っているサーヴァントは私を抜いて六騎。あなたたちも先刻みた四騎に加えて、アーチャーとアサシンです。別命を受けているようでした」

カドック「アーチャーにアサシンか……まて、アサシンはすでにカーミラがいたはず」

マルタ「ええ。どうやらすでに基本クラス七騎のルールは崩壊しているようです。更なる召喚も考えられます」

カドック「敵もまだ増えるってことか……」

マルタ「それから、邪竜”ファブニール”。敵戦力としてはこれが最大のはずよ」

カドック「ファブニール……北欧神話のファブニールか」

マルタ「あれはサーヴァント以上よ。対策なしでは絶対に勝てない」

キャスター「サーヴァント以上……あのタラスクよりも?」

マルタ「ええ。はるかに凶悪よ」

カドック「となると、やはり三騎士が欲しいな。大英雄級の英霊が必要だ」

マルタ「一人、邪竜を打倒しうるサーヴァントに心当たりがあります」

カドック「まさかシグルドか?」

マルタ「行く当てがないのなら、案内します」

カドック「わかった。なんであれ今必要なのは戦力だ。行こう」

ジャンヌ「私は別働でも構いませんが」

カドック「いや。お前と竜の魔女が別人であることは証明されたし、信用しよう。ただし人のいる場所に行くときは待機させる」

ジャンヌ「わかりました。改めてよろしくおねがいします」

キャスター「ジャンヌ・ダルク……」

カドック「キャスター、マリーと仲良くしてやってくれ。王室育ちだ。旅を不満がられると面倒になる」

キャスター「え、うん! わかった。仲良くする」


嬉しそうにしやがって。これで当面はジャンヌ・ダルクとのギクシャクも解消できるだろう。


ここまで。ここからが邪竜百年戦争だ。がんばれカドックくん




マルタ「途中の街はまだ竜の魔女の手には落ちていません。目的地まではまだかかります。装備を整えるために立ち寄ってはいかがでしょう」

カドック「そうか襲った場所とまだの場所を把握してるのか。便利だな」

マルタ「私も神に仕える者の端くれ。いかに狂気に飲まれ無数のがれきを築こうとも、救える命を数えることはやめるわけには参りません」

カドック「そうか立派だな。次の街には寄ることする」

マルタ「……キャスター」

キャスター「なんでしょうか。聖女マルタ」

マルタ「彼は本当に人類史を救うべく戦っているマスターなのですか」

キャスター「そうは見えないかもね。事実、私も彼が何のために戦っているのかは……」

マルタ「コイツで大丈夫かしら……」

キャスター「でも、私は信じています。私のマスターは必ず人理修復を成し遂げます。どうか力を貸してください。慈悲深いマルタ様。彼はまだ、道半ばなのです」

マルタ「いいでしょう。あのお方の導きがあれば、私はそれを示しましょう。それがこの世界のためになるのなら」

キャスター「ありがとう」

アマデウス「おっ街の気配が聞こえてきたぞ。しかし、秩序のある足音に規則的な金属音……これは、兵団か」

キャスター「ずいぶん大所内な兵が駐屯しているわね」

アマデウス「目がいいな。僕の耳並みだ。千里眼でも持ってるのか?」

マルタ「兵……なら私とジャンヌはこれ以上は進まず待機しています」

マリー「そうね。さみしいけどそれがいいわ。あなたたちを見たら民がきっと混乱してしまう」

カドック「行ってくる。ドクター、遠隔通信の準備をしてくれ。二人とも敵襲や異常があったらこれで連絡しろ」

ジャンヌ「わかりました。私の代わりに街の様子を見て来てください。それから兵の方々に伝えてください。街の守護を、どうか頼みます。と」





街はまだ機能を失っておらず、平然と店が開いていた。

兵が駐屯しているようだが、その程度で守れるような秩序なら特異点になんかならない。

あえて残していると考えられるが、敵の力を考慮するに、そんなものは真っ先に潰して不安因子の切除と相手への精神的敗北感……絶望を植え付けるのが有効な手ではないのか。

最後の希望を摘み取るという楽しみをとっておいている……のだとしたら足元をすくってやるチャンスはありそうだ。徹底されない戦略なら付け入る隙はいくらでもある。


キャスター「ようやく服を着替えることができた。選んでくれてありがとう。マリー」

マリー「よろしくてよ。あなたのような美しい人のドレスを見繕えて私、とっても楽しかったわ。ああ、どうしましょう。私も新しいドレスを用意するんだった!」

キャスター「でしたら今度は私がマリーのドレスを選んでもいいかしら!」

マリー「もちろん! それってとっても素敵だわ! どのお店にしようかしら!」

キャスター「ついでに茶葉と、ティーセット、ジャムも用意させましょう」

カドック「どうしてそうなる」

キャスター「マリーはどんなカップがお好き? 白? 飲み口は薄い方がいい? やはり装飾は剣蘭なほうが?」

マリー「そうだわ、フランスを救ったらみんなでお茶会をしましょう。ああ。国も時代も異なる方々と出会えるなんて、英霊になってよかった!」

キャスター「楽しみね。せっかくの衣裳ですもの。しかるべき場を設けるべきだわ。マスター、マスター。ほらご覧になって。前の衣裳とあまり変わらないけれど、マリーが生地を見立ててすぐに仕立てさせたの! きっとマリーのロイヤルな雰囲気が効いたんだわ」

カドック「あまりわがままに付き合わせるな」

キャスター「開口一番なんて言いぐさ! 他にいうことがあるんじゃないの」

マリー「そう。女性が衣裳替えしたら男性は褒めなきゃ。あなた、生まれはどちら?」

カドック「そちらの流儀など知らない。用が済んだなら街を出るぞ」

マリー「そうだわ。ジャンヌとマルタがかわいそう。戻りましょう。アマデウスはどこかしら」

カドック「耳がいいみたいなんで情報集めに行かせた」

マリー「一人で行かせたの? きっと遊び回っているわよ。それでいてちゃっかり最低限の仕事はこなしてくるのよ。頭にくるでしょう」

カドック「言われたことができるなら使い魔としては上出来だ」

キャスター「ねえマスター! 私の服は?」

カドック「ああ似合ってるよ。素材がいいから何着たって同じだろ、お前」

キャスター「一緒じゃないのよ。一緒じゃないけどもういいわ」

街を出てジャンヌ、マルタと合流する。アマデウスもすでに戻っているようだ。


アマデウス「やあ。キャスター。マリア。素敵なドレスだね。前のボロ切れよりかはいいじゃないか。品がある」

ジャンヌ「お戻りですかマスター。中の様子はいかがでしたか」

カドック「問題ない。治安もいいようだった。まだこれだけの街が残っているなら、この国も少しはもつだろう」

ジャンヌ「よかった。兵の方々は?」

カドック「襲撃に備えろ、とは伝えた。一応な。怪しまれないよう魔術は使ったが」

ジャンヌ「ありがとうございます。一刻も早く敵を滅ぼさなくてはなりませんね。身一つで守るには、この国は広すぎる」

マリー「わかるわジャンヌ。この街に残りたいのでしょう。でもそうすれば代わりに他の街を守れなくなる。辛いけれど、戦わなくちゃ」

ジャンヌ「ありがとうマリー。わかっています。さあ、前に進みましょう」





ロマン「ワイバーンだ。数は少ないが気を付けてくれ」


作業感ましましのドクターの報告。無理もない。何度目だワイバーン。


キャスター「マリー、後ろ」


マリーの背後で牙をむくワイバーンの羽をキャスターの氷柱が撃ち抜く。

それをマリーが追撃することでワイバーンは停止した。


マリー「助かったわ。ありがとうキャスター」

キャスター「服を選んでくれたお礼」

マリー「服を選んでなかったら見捨てられていたのかしら!」

キャスター「まさか、そのときは貸し一つにしていました」

マリー「いつかきっと返せないほど貸しだらけになってしまうわ!」

キャスター「気にしないで。そのときはアマデウスに返してもらうから」

アマデウス「ひどい流れ弾だ! 僕はマリーの保証人じゃないぞ。女に貸しをつくると一生たかられるから始末が悪い」

ワイバーン狩りにもずいぶん慣れてきた。正直サーヴァントの真剣みが欠ける。

これだけの力があれば当然だが、油断に繋がらないように僕がコントロールする必要がある。

キャスターとマリーの関係は相変わらず良好で、連携にもいい効果をもたらしている。

しかしこれで何度目だ。遭遇する頻度が増しているな。大所帯になってきたせいで発見されやすくなったか。


マルタ「既に敵に発見された……と考えていいでしょう。急ぎましょうカルデアのマスター」

カドック「こうもひっきりなしに襲撃されてりゃ日も暮れる……街を離れてしばらくだが、あとどのくらいで着く?」

マルタ「想定よりだいぶ遅れています……が、見えてきました」

ロマン「遠方より巨大な反応だ……! なんて巨大な魔力だ、そちらに向かっているぞ! 急いでくれ」

カドック「やっぱり見つかってたか。急ぐぞ」





かつて街だった残骸。”竜の魔女”による破壊のあとだろう。

いったいどれほどの憎しみがあれば、ここまで執拗に破壊行為を繰り返すことができるんだ。

何の生産性もない不条理の極み。吐き気を催す悪だ。


ジャンヌ「なんて……身の毛のよだつほどの呪いに満ちている……誰か、生存者はいませんか!」

アマデウス「ここには死体しかいないだろう。それも動くタイプだ。相当寝つきが悪いと見える。……聞くがいい」


アマデウスが音楽を奏でると、途端周囲の動く死体どもは動きを止める。鎮魂歌か、あるいは子守歌か。

確かにこれだけの才能と力があれば英霊となるのもうなずける。基本無能だが。

カドック「手間が省けた。助かる。その調子で続けてくれ。さて、サーヴァントを探そう」

アマデウス「何。人間の醜さは大好物だが、この手の趣向はジャンル違い。今回はただ働きしてやろう」

キャスター「本当に、いい音。ねえアマデウスさん? この特異点を修復できたら、最後に私のために一曲演じてくださらない? みんなでお茶会をしたいの」

アマデウス「お茶会のほうには誘ってくれないのか。んー考えておこう。リクエストはあるかい?」

キャスター「じゃあ、き――」


「ああ、聞こえる……聞こえる……生者の声(うた)が……この地獄においても君の悲鳴(うた)は」


ロマン「微弱なサーヴァント反応……の前にもう一つサーヴァント反応! 状況から考えて敵だ!」

カドック「顔を半分覆ったサーヴァント……何者だ」

ここまで。謎のサーヴァントあらわる。頑張れカドック君

魔術礼装はまだ未実装なんだ

マルタ「アサシン……”ファントム・ジ・オペラ”です。黒いジャンヌ・ダルクによって召喚された英霊」

アマデウス「街で噂されていた背格好と一致するな……殺人鬼だ」

ファントム「私も歌おう。それだけが私の務め。私の嘆き。私の恨み。私の喜び。殺そう。求めよう。私は、私は……」

カドック「アレもバーサクか、何をいっているのかわからない」

アマデウス「歌劇(オペラ)ときたか。確かにいい声してるじゃないか。この天才が賛美してやろう。だが、精神汚染だな? 君の心はチグハグすぎる。妄言なら流せるが、それを歌というのは聞き苦しいな。死の芸術――己の性癖を芸術と信じて疑わない迷惑な変態め」

マリー「気が合いそうね?」

アマデウス「合うもんか。答えが自身の中にあることに死に際まで気づかないタイプだろ、アレ」

ファントム「さあ聞かせておくれ。地獄にこそ響け……”クリスティーヌ・クリスティーヌ”」

あれは骨……? 悪辣で醜いオルガンが現れ、魔力ののった音波を発生させる。

――精神攻撃か!?


カドック「まずい! 耳を塞げ!」


――遅かった! そもそもこの距離で音を聴くなという方が無理な話か。

魂を直接針で縫い留められるような不快感。鈍重で下劣な魔力が精神を壊していく……。

サーヴァントたちも膝をつく。肉体をもたないサーヴァントには余計に効くかもしれない。


アマデウス「く、そ……耳が良すぎるってのも考えものか……」

マリー「アマデウス……どうして私の前に……私をかばっているの……?」

カドック「”麗しの姫君”……お前のスキルだ」

マルタ「しゃんとしなさいっ!」

カドック「お前動けるのか」

マルタ「私には”信仰の加護”があります。”奇蹟”によって僅かですがあなたたちにも緩和を!」

カドック「マリー・アントワネットを動けるようにしてくれ!」

マルタ「わかりました。『願い……想い……そして……』」

マリー「あれ……? 動けるわ、私!」

カドック「マリー! 歌え、その声であの呪いをかき消せ!」


マリー「まかせて!」

ファントム「私を、クリスティーヌを、聞かぬのか……では殺そう。嫉妬こそ我が正義」


怪人の爪がマリーを襲う!


アマデウス「ぐわー」

マリー「アマデウス私をかばって……どうして!?」

カドック「お前のスキルだ」

ファントム「クリスティーヌ、ああクリスティーヌ」

マリー「アマデウスのカタキっ! 宝具解放”愛すべき輝きは永遠に”!」

アマデウス「死んでないぞ」


マリーの霊基が……変化した……?

豪華絢爛に自己顕示欲を足して謙虚を引いたような装いに変化したマリー・アントワネットはその美声でもってありったけの魔力と煌きを放つ。

ライダークラスは多彩な宝具を所有することもあると聞くが、これが彼女の第二宝具ということか。

オルガンの放つ呪いの音を見事に打ち消し、代わりに光と輝きときらきらをまき散らす。マリー・アントワネットが示す王権の力……なのか?


ファントム「聞こえぬ……聞こえぬ……クリスティーヌ! 嗚呼愛しき君よ何処に……」

常に錯乱状態にあるファントムが重ねて錯乱し、マリーに襲い掛かる。――マリーは今歌に夢中で無防備だ!


アマデウス「ぐわー」

マリー「アマデウスーっ! 誰がこんなことを!」

カドック「お前のスキルだ」

ファントム「おお、なんと美しい……クリスティーヌ……そこにいるのか……」

マリー「ごめんなさい。人違いよ。クリスティーヌさんはここにはいらっしゃいません」

ファントム「そうか……ああ、私はいったい今まで何を……ありがとう麗しい君。どうやら私は……」

マルタ「――――とった」


隙をついて背後に回ったマルタの祈りがファントムの仮面を砕く。

ものすごい速度で地面に打ち付けられたファントムは土煙の中に消えた。


カドック「やったか!?」

マルタ「ええ。やったわ」


土煙が張れると、小クレーター群の中に海辺の聖女だけが佇んでいた。


マルタ「ハレルヤ」

キャスター「クレーターの聖女……」

マルタ「私の祈りが届いたのでしょう……彼は最期、狂気から解き放たれ去っていきました。せめてもの救いになればいいのですが」

アマデウス「君の祈りが届く前にもう正気に戻ってたような気もするけど怖いから黙っておくとしよう」

マルタ「黙っておくならしっかり黙りなさい。……さて。確かコッチの方角だったはず。ついてきて」


「誰だ」


マルタ「私の名はマルタ。覚えておいでかしら。竜殺し様」

「マルタ……? そうか。俺を匿っておいて、今更殺しに来たわけでもあるまい」

マルタ「ええ。こちらに竜とサーヴァントが数騎、向かってきています。どうかご助力を」

「そういうことか。いいだろう。そちらがマスターか……? 我が名は”ジークフリート”。クラスはセイバー。竜を殺すしか能のないサーヴァントだが、使ってくれ」

カドック「カドック・ゼムルプスだ。ジークフリートか。竜を殺してくれるならなんでもいい。力を借りるぞ」

ジークフリート「しかしこの身は強い呪いを受けていてな。全力を発揮することはできない。すま」

キャスター「ひどい呪い! こんな状態でなぜ動けるのかしら!」

ジークフリート「人々を守るため抵抗したが、力及ばず……不甲斐ないサーヴァントですまな」

マルタ「うじうじ言わない! さあここを出るわよ!」

ジークフリート「あ、ああ……手を貸してくれ。すま」

カドック「呪いならもしかして洗礼で解除できるんじゃないか? ルーラー」

ジャンヌ「とても強力な呪いです。私ひとりでは……せめて、二人の聖人がいればこの呪いは解けるはずです」

カドック「聖人が二人……」

アマデウス「あと一人必要か……」

マルタ「こほん」

マリー「そんな都合良く……」

キャスター「いないわよねぇ……」


マルタ「 い る で し ょ ! 」


ここまで。どんまいゲオルギウス先生

【メンテナンス実施のお知らせ】

4月30日~5月6日までメンテナンスを実施します。

侘び石は自分で買ってくれ。すまんな




ジャンヌオルタ「何をしているのかと思えば。瀕死のサーヴァントを一人見つけたところでどうなるというのです」


とてつもなく巨大な魔力……あれがファブニールか。


マルタ「――っ!」


マルタが飛び出す。制止する暇もない。やっぱりバーサーカーかこいつ。

杖を握りしめることで力をこめた祈りが、黒いジャンヌの顔面をぶん殴る。……その前に巨竜の翼がマルタを叩き落とす。


マルタ「がはっ」

ジャンヌオルタ「裏切ったのですね。もともと期待もしていませんでしたし、構いませんけど」

マルタ「――――はあ?」

ジャンヌオルタ「……慈悲です。神に祈る時間はカットしてあげましょう。さあファブニール。殺しなさい!」

黒いジャンヌの命令でファブニールは咆哮し、口元に魔力が集中する。

――ドラゴンブレス。

これだけの巨体で、強大な魔力が放出されれば対軍……いや対城級の威力と規模になるかもしれない。

ファブニールはそれをたったの一呼吸で繰り出す。……風圧。ひたすら暴力的な風がぶつかってくる。まるでサイクロンに身を投じたようだ。

しかしそれはまだ余波でしかない。強大な魔力が空を切り、地面を削りながら接近してくる。

目が乾く。耳が痛い。息ができない。体が吹き飛ぶ。


ロード・カルデアス
”残光、忌まわしき血の城塞”


キャスターが盾となるが、数秒も持たないのは明白だ。このままでは全員まとめて焼き尽くされる……。


ジークフリート「行くぞ――”幻想大剣・天魔失墜”!」


剣からほとばしる衝撃がファブニールの息を上書きする。


ジャンヌオルタ「ちょっ……ええっ!?」


黒いジャンヌを乗せたファブニールはそのまま上空へ逃れた。

マリー「す、すごい」

ジークフリート「退けただけだ。打ち倒せてはいない」


ここで追撃するべきか、離脱するべきか、考えろ。

こちらの戦力もそろってきたとはいえ、もう一声欲しいというのが本音だ。

だが今敵は戦力を割いている……加えて時間の経過とともに敵サーヴァントが増えるリスクも上がる。最大戦力が集まる前にファブニールだけでも撃つか……。

しかしジークフリートは解呪できたとはいえまだ魔力供給が十分ではないし、ワイバーンやアサシンとの連戦で他も疲労している。

幸いファブニールと黒いジャンヌは上空から降りてくる様子はない。ここはジークフリートを得ただけでもよしとするか。


カドック「今のうちに離脱する!」

ジークフリート「了解した。攻め切るに足る根拠をつくれなくてすまな」

マルタ「状況を見誤らない! もう一度よく考えなさいマスター! こちらは六騎、対する相手は黒いジャンヌ・ダルクと邪竜ファブニールのみ。勝負所で逃げるな!」

ジャンヌ「私も戦闘を続行すべきだと思います。数に置いて有利に立ち回れる機会は二度とはないでしょう」

キャスター「マスター。確かに勝利とは小さなアドバンテージを積み重ねることで得られるものよ。でも、勝つためには勝たなきゃいけない。どのみちこの局面で押し切れないような私たちでは、人理修復なんて夢物語よ」

カドック「しかし……」

黒いジャンヌの攻撃方法は火炎。遠距離攻撃も可能だが、それより接近戦を好む。好戦的ゆえに乗せると恐ろしいが守りが脆弱。分析は先の戦闘でできてる。

問題はファブニール。情報がない。戦いながらセイバーやマルタの話を聞いている暇があるとも思えない。サーヴァント六騎でも及ばない可能性すらある。

――だが、キャスターの言う通りだ。これは、確定した敗北をひっくり返す戦いだ。自分の有利を捨てて敗走するような奴に人理修復なんてできるものか。


カドック「黒いジャンヌとファブニールをここで倒す……! 力を貸せ」

ジークフリート「こちらからもお願いする。アレを俺一人で撃ち滅ぼすのは難しい。力を貸してくれ」

カドック「ああ……! カルデアからの魔力補助を全てお前に回す。邪竜を滅ぼせ! セイバー!」


バルムンクが淡く輝き出す。

――改めて、己の無力さを思い知る。僕はもう任せることしかできない。


ジャンヌオルタ「この魔力の高まり……! またあの宝具か! させるなファブニール!」

上空の敵も動き出す。先ほどの「ただの息」とは違う。正真正銘の竜の一撃が装填される。

あれはダメだ。人智を超えている。計り知れない。

セイバーの一撃が、最大の一撃であるならば、ヤツの一撃は無限の一撃。計測の域を脱している。

あれは、無理だ。


ジークフリート「くっ……まだ溜める……無理を承知で頼む! 時間を稼いでくれ!」

ジャンヌ「我が神はここにありて”」

キャスター「”残光、忌まわしき血の城塞”」


天から突きたてられた神の槍を彷彿とさせる。隕石か、雷か。世界を滅ぼす鉄槌が下る。

その結末を、ルーラーとキャスターがほんのわずか遅らせるために、身を粉にして立ち向かう。

キャスター「マスター……いまにも体が焼ききれそうなの。両の手が引き裂かれそうなの。骨が、肉が、魂が蒸発しそうなの……」

カドック「キャスター……すまない……耐えてくれ……すまない……僕は……何もできない」

キャスター「もう辛くて、苦しくて、涙がとまら、ない、の……だから、そんな悲しいことを、い、わないで」


力を籠めすぎて、つい声が漏れる。歯ぎしりで顎が砕けそうだ。己の無力に、震えが止まらない。

僕は――――僕は、僕は、僕は――――弱い。


キャスター「任せるなんて、寂しいわ。マスター。信じて。私を、私たち、を……」


計算の域を出た、僕の想像を超えた次元での戦い。

それでもなお、勝利を信じることができるやつがいるとすれば、ド素人か、よほどの馬鹿か、あるいはその両方だ……。

すまない。僕はなにより、僕を信じることができない……。

巨大な光がキャスターを飲み、次いでルーラーも飲み込まれていく。


ルーラー「っあ、ああ……! ま、すた……令呪、をっ……」


――ああ。こんなときに、呆然とへたれこむ人間なんかに、人類最後のマスターが務まるはずもない……。


ジークフリート「”バル”……”ムンク”ゥァァァァァァアアア!」


魔力が溜まりきる前に解放された幻想大剣は、押し返すどころか、拮抗すらしない。確実に侵食されていく。


ジークフリート「うぅおおおおおおおおお!」


――なぜ諦めない。


ジークフリート「俺が、英雄だからだ…………っ!」


ずり下がる足裏を全身で踏み留め、なお後退する。バランスを崩しのけぞった身体を命を燃やして前のめる。

英雄は、僕の疑問に答える。

その姿が、答えだ。

その背中が、英雄を語る。

その言葉が、決定的な差だ。

僕だって、お前のような強さがあったなら……。


ははっ。僕は結局最期まで、嫉妬と自己否定か。

くそったれな弱者に相応しい結末だ……。

だから、もうやめてくれ。頼むから、やめてくれ。


マリー「”クリスタル・パレス”」


大英雄でもないお前が聖女でもないお前が竜殺しでもないお前が臆せず立ち向かってしまったら、とうとう僕はみじめじゃないか。


マリー「守る! 守るわ! 我が名は”マリー・アントワネット”! フランスを愛する無知で愚かな王妃よ! 笑われ、蔑まれ、憎まれ、そして奪われた負の象徴! だからこそ、黒いジャンヌ・ダルク! 私はあなたには負けない……!」


竜の息吹に体を焼かれながら、王妃は叫ぶ。戦士ではなく、王妃が立ちはだかる。

ルーラーとキャスターのいた、さらにその前。宝具と自身の霊基でもって、ほんのわずかな綻びを生み出す。

光に消えたはずのルーラーとキャスターが、地に這いつくばりながら、宝具を展開し続けているのが見えた。

まるで万力にはさまれたクルミのように、砕ける一歩手前で。ついに全身全霊をかけた三つのクルミが、一瞬、万力を止めた。


ジークフリート「でゃああああああああっは!」


破壊の光がセイバーを起点に屈折する。

僅かに着弾のずれた爆発が、辺り一帯を吹き飛ばし、爆は意識を失った。


――――。


――。

光に消えたはずのルーラーとキャスターが、地に這いつくばりながら、宝具を展開し続けているのが見えた。

まるで万力にはさまれたクルミのように、砕ける一歩手前で。ついに全身全霊をかけた三つのクルミが、一瞬、万力を止めた。


ジークフリート「でゃああああああああっは!」


破壊の光がセイバーを起点に屈折する。

僅かに着弾のずれた爆発が、辺り一帯を吹き飛ばし、爆は意識を失った。


――――。


――。


「マスターー、よかった、意識が戻ったわ」


キャスターの声で覚醒する。どういうわけか、生きているようだ。


キャスター「全員無事よ。壊滅的ではありますけど。ファブニールは大技を放って消耗したのか、上空から仕掛けてくる様子はありません。黒いジャンヌ・ダルクも沈黙しています」

カドック「そうか……なぜ、助かった……」

キャスター「…………マリー、が……」


キャスターの目線の先には、変わり果てたマリー・アントワネットが横たわっていた。

気品も王権も匂わせない、ただの枯れ果てた少女が、マルタに介抱されている。


キャスター「マリーがつくった隙間を使って、ジークフリートが僅かに軌道をずらしたの」

ジークフリート「酷なことを言うが、立ってくれ。マスター。これを凌いだのは好機だ」

キャスター「マリーがつくってくれた好機よ。撤退は許さない」

カドック「だが……どうする。正直僕にはもう打つ手が浮かばない」

ジークフリート「俺に考えがある。狡猾な手だが」

ここまで。がんばれカドックくん

ジークフリート「俺に考えがある。狡猾な手だが」

カドック「言ってみろ。狡猾だった英雄などいくらでもいる」

ジークフリート「まず、この中で邪竜を屠る威力をもつ者は俺だけのようだ。だが、それだけの一撃を用意するのに魔力を溜めていては感知され迎撃される。そこで、ノーモーションで宝具を解放する。幸い俺のバルムンクは出がはやい」

カドック「しかしそれでは威力が足りないんだろう」

ジークフリート「そうだ。そこで、剣から放たれる余波ではなく、刀身を直接叩き込む。特攻になるが、やるのは俺だ。問題ない」

カドック「残りで、そのための隙をつくる……そういう作戦だな。で、飛行するヤツの元までお前はどうやっていく」

ジークフリート「俺には飛行能力はない。俺がヤツに接近する方法だが……そちらでなんとかしてくれ」

カドック「お前の立ち回りしか決まってないじゃないか、この作戦」

ジークフリート「これだけの豪傑ぞろいに、有能な指揮官がいるんだ。信頼している」

カドック「こちらは信頼できないな。仮にお前をファブニールまで到達させたとして、確実に仕留められるのか」

ジークフリート「全力を出す。必ず我が最強の一撃を叩き込んでみせよう。英雄の誇りにかけて誓う……と、言いたいところだが、それはわからない。それでもなお、ファブニールは滅ぼせないかもしれない」

カドック「……いや、逆に大した自信だ。必ず仕留めると言い切られるよりよほど賭けてみたくなる」

マルタ「どのみちバルムンクを当てる以外の倒し方なんてないわ。……まだ隠し玉もある。作戦自体には賛成よ」

ジャンヌ「接近するなら、ファブニールを落ち落とすのはどうでしょう。キャスターの魔術で翼を凍らせるとか」

キャスター「無理よ。あんな遠くの大きいものを瞬時に止めるなんて。だいたい接近方法がなぜ撃ち落とすという発想になるの。脳みそがゴリラなのかしら」

カドック「上空まで氷山を形成するのはどうだ」

キャスター「可能よ。でも派手すぎて気づかれてしまうわ。時間もかかる……マルタはどう?」

マルタ「申訳ありません……私にはそのような能力は……」

キャスター「能力ではなく、筋力を聞いているの」

マルタ「……はい? 失礼。聞き間違えたかもしれないからもう一度お願いします」

キャスター「タラスクのように、ジークフリートを投げ飛ばせない?」

ジャンヌ・ジークフリート・カドック「それだ」

マルタ「それだ。じゃない!」

カドック「要素は揃ってる。なら作戦を構築してやる。英雄ってのがどれほどのものか……あとは成し遂げて見せろ」

キャスター「ええそうね。結果を示して、認めさせてあげる」

ジャンヌ「では参りましょう!」

マルタ「それだ。じゃなーーーい!」





ジャンヌオルタ「――来るか」


キャスターに氷山を作成させ、斜面をルーラーに登らせる。


ジャンヌオルタ「懲りずに仕掛けてきたわね。ファブニールも力が戻りつつある。愚かで低能な虫けら! 今灰にして差し上げましょう!」


単純だな。派手な陽動に食いついた黒いジャンヌは黒炎をルーラーに放つ。

それをキャスターの氷塊が相殺。続けて氷山を形成。サーヴァントの急激な魔力消費に鼻血が垂れてくる。


カドック「……っ」

キャスター「マスター!?」

カドック「続けろ。カルデアの予備電力もある。問題ない」

接近を嫌う黒いジャンヌは邪竜に攻撃を命じる。

竜の息吹が氷山を溶かし、さらにルーラーを襲う。たまらずルーラーは跳躍する。


ジャンヌオルタ「熱に耐えきれず飛び込んできたか! 砂抜きするアサリのように砕いてあげま……? え?」


ルーラーが自身を狙ってくると踏んで身構える黒いジャンヌだったが、ルーラーは敵も足場もない空に飛び出す。


ジャンヌオルタ「……? 馬鹿な娘。そのまま落ちなさい!」


黒炎の追い打ち。対魔力を貫く憎悪がルーラーを焼く。


ジャンヌ「っ……」

ジャンヌオルタ「あっははは! 今度こそまとめて消し炭にしてやる! やれファブニール!」


ファブニールの口に魔力が集中する。また大規模な殲滅攻撃が来る……!

カドック「ここだ!」

マルタ「”愛知らぬ悲しき竜殺しよ”……星のように」


ジークフリート
”聖女式投擲法”


高速で上昇するセイバー。この速度なら間違いなく不意をつける! 届け!


ジークフリート「邪悪なる竜は失墜し――」

ジャンヌ「私の旗を足場に跳んでください!」

ジークフリート「世界は今洛陽に至る――」

ジャンヌオルタ「そんな! まずい、ファブニールっ!」


計算違いだ。まさかあいつがファブニールの前に飛び出してくるとは。愛着ではなく、単純に戦力の保持が優先されたか。

届くか……!?


ジークフリート「撃ち落とす――!」


バルムンク
”幻想大剣・天魔失墜”

割り込んできた黒いジャンヌ・ダルクの旗とセイバーの大剣がぶつかり合い、閃光を放つ。


ジャンヌオルタ「”ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン”!」


セイバーが一手速かった。黒いジャンヌの宝具だったのだろうか。呪いに満ちた槍の数々は、勢いを帯びる前にバルムンクに打ち払われた。

大きな爆発が見えて、一瞬遅れて地上に轟音が響く。


――ファブニールは健在だった。


余波は受けたようだが。本命は黒いジャンヌが受け切ったようだ……失敗だ。


ジークフリート「くっ……無念だ……あまりに無念だ……!」


ルーラーとセイバーが落下してくる。奇襲攻撃に二度目はない。バルムンクはもう届かない。


カドック「畜生が……やはりダメか……」

もはや、ファブニールが自分から落下してくることに期待するほかない。


キャスター「この戦いでマリーが倒れている……! 諦めることは許さないわマスター! 魔力を回しなさい。翼を凍らせる!」


キャスターの冷気が上空に飛ぶ。しかしそれも無駄だ。届くはずがない。

令呪を切るしかない。

――第一特異点半ばで既に二画。カルデアの予備令呪を考えてもこのペースは絶望的だ。

その場しのぎのために、無駄に終わるかもしれない命令に令呪を使う……嫌だ、こんな無能なマスターであることが。

何を命じればいい……ジークフリートをファブニールのもとまで? それでしくじったらどうする。

キャスターに翼の凍結を……いや、バルムンクの最大開放……はこの距離で決定打になるのか……?


カドック「クソ……クソックソックソックソックッソぉおおおおお!」

キャスター「カドック……」

カドック「あと一手だ! あと一手で積みだ! なのに……最善手が見えない……!」





「いや。布石は既に打たれていた。どうやら間に合ったようだな。しかし決め手に欠けると見える。要りようなのは殺傷力かな?」











男の話をしよう。

男は女との死闘の末、その身は霊核を砕かれ、消滅が始まっていた。

「よく戦いました。人類史の英霊」

「ふむぅ……もはや、刀を握る感覚すらない……この手は刀を握れているか……?」

「ええ。しかと」

「なら……よい……はぁ……さて、鞘はどこに、やった、か、な……」

「いいえ。あなたが鞘に収まるのはまだ早い。私の最後の理性……そのわがままを聞いてはくれませんか」


男は深くため息をつくと、静かにうなずいた。勝者はお前なのだ。と。


「とても、勝った気にはならないけどね……どうか、お許しを。敗者に慈悲など、最も屈辱的であることは理解しています。それでも……」

「……?」

消えかけていた体が、冥途の縁でわずかに留まる。依然として痛みも重みも消えないが、崩壊だけは止まった。

「私の”奇蹟”によって、消滅の運命を誤魔化しました。あと一度だけなら、戦闘も可能でしょう。どうかその時が来たら、もう一人の竜殺しと共に力を貸してください」

「匿う……のか」

「わかっています。誇りを汚す行為であると。しかし……」

「いや、相当の訳があるのだろう。何も言うな。ではこの命、いずれ御身のために使い果たすと約束しよう」

「その身、願わくばこの世界の救済のために……」


なるほど。美しいと感じるわけだった。

武士は来るその時のため、つかの間の休息に身を委ねた。









「その時がきたのだろう」


マルタが打ち上げた人影が、邪竜に到達する。


「――――秘剣……”燕返し”」


……信じがたいことだが。

彼の刀はその時確かに、同時に三本存在した。

鋭く、死角も隙もない完ぺきな軌道が、ファブニールの片翼を根元からぶった切る。


カドック「”燕返し”……ヒナコから聞いたことがある。ニホンのササキコジロウと、ミヤモトムサシ。並び称される最強の剣豪だ……」

キャスター「ムサシの……なら、あのイレギュラーにも納得がいく」

小次郎「はっはっは。此度の現界は実によかった! 何より自由であった。竜(つばめ)も斬った。悔いもなし!」

そのまま崩壊していくサムライソードのアサシンはキン……と気持ちのいい音を立て長い刀を鞘にしまうと――


小次郎「ここで一句――――」


完全に消滅した。


カドック「サムライ……いや、”佐々木小次郎”。礼を言う」

キャスター「……! マスター、ファブニールが落ちてくる!」

カドック「決めろセイバー!」

ジークフリート「ううぅおおおおおおお!」


邪悪なる竜は失墜し、世界は今洛陽に至る――――





ロマン「ファブニール、消滅確認……なんてこった……本当にやってくれた……すごいぞ。何度もう駄目だと思ったか。職員一同かたずをのんでみていたよ」

キャスター「マリー! やったわ! わたくしたち、勝ちました。貴女のおかげよ」

マリー「ああ、よかった……すごい。あんな怪物に勝ってしまうなんて」

キャスター「貴女のおかげなのよ。じゃなきゃ今頃、私とそこの聖処女は確実に死んでいた。マスターたちだって危なかった」

マリー「私、役に立てたのね。友達を……守れたのね」

キャスター「ええ。ありがとうマリー。ゆっくり休んで」

マリー「ふふっ。貸し一つ、よ。キャスター」

キャスター「なら、名誉として貴女を『英霊お茶会副会長』に任命するわ!」

マリー「幸栄なことだわ……楽しみね」

キャスター「うん。平和になったフランスで、一緒にお茶会しましょうね」

マリー「私、カップは真っ白がいいわ。無駄な装飾がないのがいい。そんなものは生前で飽き飽き」

キャスター「うん」

アマデウス「おおい! こっちだこっち」

カドック「アマデウス! お前どこに行っていたんだ!」

アマデウス「いやあ。どうせ戦力にならないと思ってね。逃走経路を確保しておいた。まさか倒してくるとは思わなかったな! でも無駄じゃなかったろう。これからリビングデッドの群れを抜けるなんて、考えたくもないはずだ。眠らせておいた」

マリー「まあ……! 今回ばかりは感謝しかないですわね……ありがとうアマデウス」

アマデウス「おい……マリア。君は戦闘向けじゃないんだ。そんなになるまで無茶はしないでくれ」

マリー「ごめんなさい」

アマデウス「うん……。さて、勝利の凱旋と行こうじゃないか」

マルタ「あんたが言うなっての」


廃墟から撤退する。損害は甚大だが、なんとか戦力を減らさずに敵の最大戦力に勝利できた。まさに奇跡だ。

これほどの勇姿を見せつけられて、最高の結果をもぎとってきて……認めざるを得ない。

無力で非力なマスターを、サーヴァントというのは支えてくれるのかもしれない。

勝利までを計算するのではなく、勝利することを計算に組み込むこと――勝利を信じることは、できるのかもしれない。


キャスター。セイバー。ルーラー。マルター。マリー。


ボロボロで、格好のいい五つの背中に、強い憧れと、頼もしさを覚える自分がいた。


ここまで。がんばれカドックくん




ジャンヌオルタ「はぅあ……あ、あ……」


廃墟群から出る途中、仰向けで血を吐いて倒れる黒いジャンヌ・ダルクに出くわした。

そういえばセイバーのバルムンクが直撃してから姿がなかったが、こんなところまで吹き飛んでいたのか。


ジャンヌオルタ「私は、まだ……まだだ……こ、んな」

ジャンヌ「あなたは、一体……」

ジャンヌオルタ「き、貴様、おのれ、ブリキの、聖女、がっ、はっ……」

ジャンヌ「あなたは本当にジャンヌ・ダルクなのですか? どうしてもこの身から、あなたのような感情が生まれるとは思えないのです」

ジャンヌオルタ「それは貴様が偽物だからだ……あ、ああああ! あつぅい……体が……怒りで、憎しみで、焼かれ……ああ熱い熱い熱い!」

ジャンヌ「なぜです……それだけではないはず……私にとってフランスは、穏やかな思い出もある場所のはずでしょう」

ジャンヌオルタ「そんなものはない! 知らない! 殺す! お前を殺す! 死ね! 聖女!」

ジャンヌ「なんて、悲しい……」

ジャンヌオルタ「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮――」


ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン
”吼え立てよ、我が憤怒”


リュミノジテ・エテルネッル
”我が神はここにありて”


ルーラーの旗が、黒いジャンヌ・ダルクの最後の魂の叫びをかき消す。


ジャンヌオルタ「私は決して許さない! 私を殺したフランスを! この世界を呪い続けてやる!」


ジャンヌ「……消滅確認。我々の勝利です。マスター」

キャスター「自分殺しの気分はどう? 聖女様」

ジャンヌ「あれが私であったなら、やはり私が殺すべきだったのでしょう。誰にせよフランスに仇名すもの……人理に仇名すものは打ち倒すのみです」

キャスター「そう……」

カドック「ドクター。元凶と思われるサーヴァントを倒した。なにか変化はないか」

ロマン「それが……何も変わらないんだ」

カドック「なにも、だと」

ロマン「なにも、だ。彼女が聖杯を所有していたなら、それを回収して終わり……かもしれなかったんだが」

カドック「どういうことだ……ヤツは聖杯を持っていなかった……」



「Arrrrrr!」



ジークフリート「上だっ!」


丘の反対斜面から黒いサーヴァントが突如飛び出してくる。ソイツはそのまま引き絞った掌底を繰り出すが、ジークフリートの剣がそれを阻む。

この距離まで誰も気づけなかった……!? 気配遮断……? アサシンか……?


「Arrrrrr!」


ジークフリート「――っ」

黒いサーヴァントがセイバーの剣を握りしめる。セイバーは得物があるぶん素手相手じゃ立ち回りが遅い……いや違う!

なんだあれは……黒いサーヴァントの黒い気配がジークフリートの剣を侵食していく……!


ジークフリート「はああっ!」


中段蹴りを放つセイバー。黒いサーヴァントはたまらず反対の肘でそれを受けるが、セイバーはその反動を利用してヤツの掌中から剣を引き抜いた。


カドック「さがれセイバー! あの黒い奴……ステータスが見えない!」

ジークフリート「スキルか宝具か……ならば卑怯とは言えまい。看破できない俺の未熟だ」


一方、マリー達の前にもサーヴァントが現れる。奇抜な大剣……セイバーか? それにしては戦士の気迫は感じられない。


「どこへ行くんだい? 君の向かうべき場所なんて、ここしかないだろう。そうここだ。この刃先(ギロチン)までおいでマリー」

マリー「”シャルル=アンリ・サンソン”……!」

アマデウス「げえ、サンソン」

サンソン「今度こそ君を処刑するために、そのためだけに僕はここまで来たんだ。そう今確信したよ。これは運命だ。君もそう思うだろう? ああなんて健気なんだマリー」

アマデウス「彼、気持ち悪いな」

マリー「そこを通してちょうだい。サンソン。あなたの処刑場はここではないわ」

サンソン「そうとも。わかってくれるかい。僕の処刑場は場所ではなく君そのものなんだ」

マリー「彼……少し、気持ち悪いわ」

アマデウス「遠慮しないでもっとハッキリ言ってやるといい。君がハッキリしないから化けて出たんだ」

マリー「きっと狂化のせいよ」

アマデウス「狂化にかこつけて自分を解放してるだけだろう。あれもかなりの変態だから」


向こうはまだ戦闘にはなっていないようだが、どうやら旧知の仲のようだ。

カドック「あっちは手負いのマリーとただのアマデウスだ。マルタ、ジャンヌ、援護に行ってくれ、こちらはセイバーとキャスターで対処する」

マルタ「わかりました」

ジャンヌ「そちらもお気をつけて!」

「――――! A! Aaaaaaaaaaa!?」


ジャンヌを視界にとらえた瞬間、黒いサーヴァントの様子が一変する。

対峙していたセイバーを無視して、ルーラーめがけて突っ込んでいく。もう彼女以外何も見えていないようだ。


ジャンヌ「なに!?」

「Arrrrrrserrrrrrrrr!」

カドック「仕方ない作戦変更だ。僕たちでマリーたちの援護に向かう。ルーラー、そいつを抑えてろ。なぜかそいつはお前に首ったけだ」

ジャンヌ「しかし! かなり! 強いのですがっ!」

カドック「逃げ回ってもいい。そいつを釘づけにしててくれ」

ジャンヌ「それすら難しい! 強さ! なのですがっ!」

カドック「セイバー、キャスター、マルタ! 先にあの奇妙な大剣の男を全力で倒す!」


「そうはいかないな」


鋭い矢が飛んでくるが、セイバーが斬りはらう。

セイバー……強い……!

これまでの非戦士サーヴァントの戦いっぷりの数々を思い出して少し涙目になった。

ジークフリート「アーチャーか」

「ああそうだ。汝らを殺さねばならぬことになっている。許せ」


野性を感じる女のアーチャー……心当たりは数名あるが、情報が足りない。こいつ一体どこの英霊だ……? やはりギリシャか……?


キャスター「”アタランテ”……?」

カドック「知っているのかキャスター!」

アタランテ「汝……なにものだ」

キャスター「生前面識はありませんが」

ジークフリート「どうするマスター」

カドック「ちっ……各個撃破は難しいか……」

キャスター「マリーが心配。アーチャーを迎撃しながら合流しましょう」

ここまで。次回、マリー死す。がんばれカドックくん。

ジャンヌ「マスター!」

カドック「どうしたルーラー、悪いが援護は無理だ」

ジャンヌ「しかし、あちら! フランス兵がワイバーンに襲われています! 助けねば!」


黒いサーヴァントと交戦しながら、ジャンヌが指をさす。――攻撃を受けるたびに語尾が強まる。――確かにあれはフランス兵だ。あれは先ほどの街の駐屯兵か?


カドック「自分で何とかしろ!」


あんなのを気にかけている場合ではない。かといってそれを聞くジャンヌ・ダルクではない。

自分で何とかしろとしか言いようがない。たとえそれが無理無謀だったとしてもだ。


ジャンヌ「そんな」

薄情……と言われればその通りだ。

この場において最も合理的なのは敵戦力の分断。いくら数で上回っていても疲弊したこちらが圧倒的に不利だ。

一人一殺とはいかないまでも、一騎で一騎を抑えられるなら迷うべくもない。

……はずだ。いままでそうしてきた。そうするんだ。カドック・ゼムルプス。


カドック「……ルーラー。よく聞け。事態は最悪だ。こちらは全員満身創痍。対するは万全のサーヴァント三騎。望むべくは各個撃破……それが無理なら一騎でも隔離する必要がある。それ以外に勝ちの目はない。……僕の言っていることがわかるか。ルーラー」

ジャンヌ「…………。わかりました」


おそらく死ぬが囮になれ。――救国の聖処女はうなずいた。


カドック「すまない」

ジャンヌ「…………。キャスターさん。最後にお願いがあるのです」

キャスター「なんでしょう」

ジャンヌ「その、もしも私が生きて合流できたならば……私もお茶会に、混ぜてはもらえませんか。身分の低い身ではありますが」

キャスター「……大命を果たしたのであれば、そのときは、あなたに給仕長の座くらいは、用意してもいいわ」

ジャンヌ「ありがとうございます。よくわかりませんがきっと名誉なことなのでしょう。……行ってください。あの黒いサーヴァントは私が請け負いました」

キャスター「ジャンヌ・ダルク……」

ジャンヌ「さあお早く! 行ってください!」


黒いサーヴァントごと、フランス兵の救出に向かうジャンヌ・ダルクに背を向け、僕たちもマリーとアマデウスの援護に向かう。


キャスター「ジャンヌ・ダルク! お茶会の無断欠席はタブーよ! まさかそこまで礼儀知らずじゃないわよね!」

キャスターの氷柱がアタランテを狙う。それを交わし、矢を番え、弓を引く。その一連の動作が滑らかで、目で追うことすらできず、もはや迎撃はセイバー頼みだ。

このだだっ広い平原は、本来なら白兵戦に弱いアーチャーは不利になるはずだが、とにかく速い。移動速度でそのハンデを埋めている。

まずは動きを捉えなければ。


カドック「アマデウス! 宝具を解放しろ! 聞こえるか!」


アマデウス「『聞こえるか』だって。誰に向かって言っているんだ。無論聞こえるとも。さあ、ここら一体巻き込んでしまうけど……命令とあらば開演だ!”レクイエム・フォー・デス”!」

サンソン「くだらないな。音楽で死を慰めようだなんて。さて、そろそろ僕たちも始めよう。二人とも僕がすぐに処刑(なくさ)めてあげよう!」


アタランテ「む……なんだこの音は……体が重い……」

マルタ「私たちも重いわ……この位置じゃ誰もかれも巻き込んじゃうじゃない」

カドック「スキルで弱体を解除してくれ。それくらいできてこその”奇蹟”だろう」

マルタ「祈りで緩和するくらいならできます」

カドック「キャスター、気温を下げまくれ。アタランテの俊足を止める」

キャスター「いいのね? やるわよ。はあ!」

周囲が雪原と化す。まずは寒さと足場の悪さでアタランテの動きを封じる!


カドック「今のうちにもう一騎を頼む! マルタ!」

マルタ「はいよ……こほん。お任せください」

カドック「セイバー、矢の迎撃を頼む。キャスター、打ち合いなら物量でお前が勝る。とにかく打ちまくれ!」



――!? 耳鳴りとめまいがする。魔力が切れる……キャスターを使役しすぎたか。

短期決戦で行くしかない。


カドック「ドクター、予備電力をキャスターに回してくれ……僕は限界のようだ」

ロマン「むしろここまでよくもった。あとはこちらで都合をつける! 戦況の判断に集中してくれ」

キャスター「ごめんなさいカドック……無茶し続けていたのね」

カドック「さっさと仕留めるぞ、もうこちらの体力が尽きる」

ジークフリート「さすがに俺もばててきている。何とかしてみるが大きな成果をあげられるかどうか」

キャスター「……ならば。アタランテ!」

アタランテ「なんだ女。降伏か? 受け入れよう楽にしなせてやる」

キャスター「先のフランス兵の中に、”ジル・ド・レェ”という男がいるのだけれど、ご存知かしら」

アタランテ「なに、ジル・ド・レェだと、馬鹿な、あの男は……」

キャスター「あの男は近い将来、幼い子どもたちを殺して回る殺人鬼になるのよ」

アタランテ「――待て。なんだと。フランス兵など知らないが、”ジル・ド・レェ”が子供を……私はそんな男の元で……」

キャスター「狂化されているんでしょう。でも、あなたがアタランテであるなら、そんな男を放っておけるはずがない」

アタランテ「――待て、待て待て待て。頭が割れそうだ。汝、答えろ、……がはっ!?」


動揺したアタランテの隙をついた見事な一撃だった。

氷柱で胸を貫かれたアタランテは、何が起きたのかわからないといった様子で倒れると、そのまま動かなくなった。

しかしアタランテを看破したり、さっきの問答といい……。


キャスター「急ぎましょう。マリーが危ない」

カドック「おいキャスター。お前一体……」

しかしその疑問は答えを得られず……。


「処刑人だが、クラスはアサシンだ。少々油断が過ぎないか?」


カドック「……っ! 気配遮断……!」


サンソン「その通り」


大剣がキャスターの背部を切り裂く。雪原が赤く染まった。


キャスター「あ…………」

カドック「キャスター!」

サンソン「ダメだな……すまない。狂化を付与されているせいか、処刑がうまくいかないんだ。でも大丈夫。次こそは痛みもなく……気持ちよくいかせてあげるから」

キャスター「ま、マリー、は……?」

サンソン「残念だがまだ生きているよ。バーサーカーはどこかに行ってしまったし、アーチャーも負けてしまったようだから、撤退することにした。はやく傷の手当をしたほうがいい。その隙に僕は逃げるとしよう……キミが生きていたらの話だが」


キャスター「――!?」

キャスターの頭上にギロチンが出現する。

これは運命力に影響される宝具か!? まずい、キャスターにその手の逸話はあるのか? あるとしたら回避は許されない!


サンソン「”ラモール・エスポワール”」


血しぶきが上がり、キャスターを真っ赤に濡らす。綺麗な顔も、肌も、そしてマリーに選んでもらったドレスも、彼女の血に染まる。

断頭台から押し出されて倒れ込むキャスターの代わりに、マリー・アントワネットの首が転がる。


キャスター「え――――?」

サンソン「ああ、嘘だ……こんなはずじゃ……君には最高の処刑を施してあげるはずだったのに、そんな、そんな……」


痙攣するマリーの体は、首から血をまき散らしながら、透明になって消えていく。


キャスター「いやあああああああああ!」


麗しの姫君は、友達の盾となって消えた。












ジャンヌ・ダルクは苦戦していた。

フランス兵を襲うワイバーンは何とか倒したものの、黒い狂戦士の実力はジャンヌ・ダルクをはるかに上回っていた。

加えて非力な兵たちをかばいながらの戦い。もはや敗戦は決定づけられていた。


「力も技量もあちらが上……執念ですら及ばない……もはや……」


私は勝てない。


「ですが、私の背後には、守るべきものがある……」


「あれはやはり……ジャンヌ……?」

「”竜の魔女”補足! 皆武器をとれ! この国すべての悪があの姿だ! 打ち取れえええええ」

「待ちなさい! なぜわからないんだ! 彼女は我々をワイバーンから救い、あの黒兜から守護しているのだぞ!……駄目か、既に指揮がとれない……ジャンヌ! 私です! ジル・ド・レェにございます!」

「ジル……」

「ジャンヌ! あなたは死んだはずだ。死してなおこのフランスのために立ち上がったのか……それとも、本当にこの国を恨む怨霊として……」

「申し訳ありませんジル。今は説明している時間がないのです」


狂戦士が向かってくる。

迷いなど最初からなかった。だってそれしか方法がないのだから。

ジャンヌ・ダルクは腰の剣に手をかける。


「ジル。必ず、私に代わってこのフランスを救うものが現れます。だからどうか、最後まであなたたちを守らせてください。今度は、今度こそは」

「なにをおっしゃる! あなたの存在があるだけで我々の闘志が、精神が、愛が、どれほど守られてきたというのか……」

「今度こそは戦士してあなたたちの盾となり敵を撃ち滅ぼす剣となる……!」


「主よ、この身を捧げます――――」


紅蓮の炎がジャンヌ・ダルクを包み込み、そして爆発的に、反則的に霊基の段階を引き上げる。

狂戦士は技量こそ残っていたが、既に理性などなく、その膨大な力を前にしても闘争本能のみで立ち向かう。

ジャンヌ・ダルクの心は穏やかだった。自分は囮であるとも、死地に追いやられたのでも、見捨てられたのでもないと、真に思っていた。

「これは神によって導かれた我が魂の救済――」


ラ・ピュセル
“紅蓮の聖女”


己が身を薪としてくべた聖なる炎が狂戦士を飲み込む。


「おお、我が王よ……ついに私を、裁くというのか……」


邪竜百年戦争を最後までカルデアのマスターと戦いぬくサーヴァント……だったはずの彼女は、光と消えていく。

さあ、証明してみせなさい。あなたでもできるということを。

私は確信しています。あなたしか辿れない道があると。

――ゆえに、私は、ここまで。


「ジル。彼に会ったら伝えてください。『立ち向かい続けろ』と」


旗手を失った旗だけが残り、温かいフランスの南風になびく。

次第に旗の存在もほつれ、英霊ジャンヌ・ダルクの痕跡の一切が消えていった。




ここまで。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom