【モバマス】臆病、不器用、マイペース (23)

・地の文
・設定改変、独自解釈を含む
・そんなに長くはない

よろしければお付き合いください

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私、池袋晶葉は天才だ。

……ふむ。
小娘が大言壮語を、とでも言いたげだな。
まあその気持ちも分からないではない。
いや、むしろそれが普通の反応というものか。

だがしかし、事実なのだからしょうがない。
そうだな……百聞は一見に如かず、だ。
とりあえずこれを見てくれ。

そう、ロボットだ。
ふふ、察してくれたようで助かるよ。
何を隠そう、これは私の作品の一つなのだ。
目の前の小娘が、一人で造り上げたものなのだよ。

ふふん、だから言ったろう?
私は天才なのだよ。


しかし誤解しないで欲しい。
天才というのは、決して万能ではない。
いや、中にはそういう化け物じみた天才もいないわけではないが。
そんなものは例外中の例外だ。

何とかと天才は紙一重と言うだろう。
大抵はそんなものだ。

何を急に言い出すのか、だと?
ああ、すまない。
最近は少々身に沁みることが多くてな。

実は私は、アイドルをしているんだ。
売れっ子と言うにはまだまだだが、それでも仕事は増えてきていてな。
こんな私を応援してくれるファンもいるんだぞ?

応援というものが、こんなにも力をくれるとは思っていなかったよ。
自分でも知らなかった力が湧き上がってくるんだ。
その声に応える為ならば何でもできると、そう思えるほどにな。


ん?
なんでロボット製作者がアイドルを、だと?

正直な所、私にもわからん。
……そんな顔をするな、事実なのだから仕方がないだろう。

実際、声をかけられた時もアイドルになるなんて思っていなかったからな。
私のロボットを舞台演出に使うのだろう、くらいに考えていたんだ。

元々、機械いじりばかりしていたからな。
手先の器用さには自信があるが、運動はからっきし。
コミュニケーション能力だって褒められたものじゃない。
アイドル云々以前に、人前に立つような人間じゃなかったのさ。

それがどうだ。
曲がりなりにもアイドルをやれているわけだから、分からないものだ。


才能?
まあ、何かしらの素養はあったのだろう。
だが、天に愛された人間というのをこの目で見てしまっているからな。
彼女たちに比べれば、私は凡人だよ。

ああ、勘違いしないで欲しい。
別に白旗を上げているわけじゃない。
凡人は天才に勝てない、なんて道理はないからな。
やりようは幾らでもあるというものだ。

その自信はどこから来るのかって?
ふふふ、何度も言わせるんじゃない。

私は天才なのだよ。


***************************


重い体を引き摺って、目的の扉を開く。
こういう時、建物の広さが恨めしくなってしまう。
施設が充実していることに文句を言うのは筋違いだと、分かってはいるのだが。

「ふむ、誰もいないのか……」

普段なら雑談の声でそれなりに騒がしい休憩室は、無人だった。
余裕をもって配置されているソファ類が、少しばかり寒々しく見える。

そんな考えも、手近なソファに身を沈める頃には霧散してしまった。
如何せん疲れている。

アイドルを始めて、日常的に運動するようにはなった。
だからと言って、運動を忌避してきた十数年が無くなるわけではないからな。
日々のレッスンはやはり大変だ。

だが、目の前のハードルを放置するわけにはいかない。
少々厳しかろうが、乗り越えてみせねば。
それが私の、天才としてのプライドだからな。


「おはようございます!」

「……ああ、おはよう」

元気よく響く挨拶に応じる声は、どうにも弱々しい。
強がってみても身体は正直、という奴だろうか。
……む、なぜかいかがわしい匂いがするな。

「……お疲れみたいですね」

休憩室に入ってきたのは大原みちる。
同じ事務所に所属するアイドルだ。

今まで、それほど交流があったわけではないのだが。
そんな彼女に一目で見抜かれ、あまつさえ心配されてしまうとは。
私もまだまだだな。

「今しがたレッスンを終えたばかりなのでな」

説明とも言い訳ともつかない返事になってしまった。
心配してもらっているというのに、これではあまりにも無愛想ではないか?
それもこれも、機械いじりばかりしてきたツケなのかもしれない。
……などと考えていたのだが。

「なるほど。なら、パン食べますか?」

「……ん?」

その一言に思考がフリーズした。


……パン?
こういう時は、スポーツドリンクなどが適切だと思うのだが。

いや、そういう問題ではない。
それももちろんあるのだが、そういうことではない。

私とみちるは、それほど親しいというわけではない。
そんな間柄だが、彼女が無類のパン好きだということは知っている。
だからこれは、まぎれもなく彼女の好意なのだろう。

それは分かる。
分かるのだが、いくらなんでも唐突過ぎやしないだろうか。
こういう時はもっとこう……何かあるべきなんじゃないかと思うのだ。
私が言えたことではないのだが、不器用にもほどがあるだろう。


「心遣いはありがたいのだが……」

ともかく、せっかくの好意だ。
ありがたく頂くべきだろう。

そうは思うのだが、如何せん疲労が抜けきっていない。
正直な所、固形物を摂取する余力がなかった。

「すまない。今はちょっと食欲がなくてな」

せめてもの誠意にと、しっかりと彼女の目を見て断りを入れる。
その返答が、予想だにしない反応をもたらした。

大きな目をさらに見開いて、みちるは固まってしまっている。
そこに浮かぶ表情は、私がよく知っているものだった。

私が得意になって自慢のロボットの話をしている時によくあるのだ。
実は相手は私の話には興味がなく、むしろ私の勢いに引き気味になってしまうことが。

私の観察が見当違いでなければ、だが。
みちるは今、あの時の私と同種の感情に襲われていることになる。
身勝手な親近感を抱いたのも束の間、そうさせてしまった嫌悪に駆られる。

「……ぁ」

ではしかし、私はどうすればいいのだ。


ありがたく頂くべきだったのか?
もらったものを結局食べられないのは、失礼じゃないのか?
違う、そうじゃない。
断るにしても、もっと言い方というものがあるだろう?
今更こんなことを考えて、どうなるというのだ。
時間が戻せない以上、この後どうするかが重要なはずだ。
この後、だと?
それが分かっているなら、そもそもこんな事態は招かずに済むだろうに。
いや待て、今は自分を責めている場合ではない。
何か言え。
何か……何かってなんだ?
迂闊なことを言って、更に傷つけたらどうなると思っているんだ。
そうだ、ここは慎重にだな。
そうやって保身に走って、目の前のみちるを放置するのか?
違う、そうじゃないんだ。


高速で空回りを続ける頭脳は、何一つ解答を導き出さない。
結局私は、何一つアクションを起こすことが出来なかった。

「お疲れ様でございますねー」

身動きの取れない緊迫した空気を、のんびりとした挨拶が揺らす。
声の主は、ユニットの相方であり助手でもある、ライラだった。

「おー、晶葉さんにみちるさん。おはようございますですよー」

私とみちるの間にある微妙な空気に、気付いているのかいないのか。
ライラはいつも通りにのほほんとしている。

いや、気付いていないわけはない。
ライラはそんなに鈍い奴ではないから。
では何故、ライラはこんな風にしていられるのだろうか。


「……おはよう、ございます」

「あ、あぁ、おはよう」

二人揃って、返す言葉の歯切れが悪い。
まあ、他人に見られて楽しい雰囲気ではなかったからな。

だが、当のライラは気にした風もない。
普段と同じようにニコニコフワフワしている。

 ぐうぅぅ

さて、どう説明したものか。
そう考えを巡らせようとした矢先に、控えめな音が聞こえてきた。

「おー……」


音の主はライラらしい。
その頬がわずかに赤く染まっている。

「……ぷっ」

「はははっ」

一気に空気が和んだ。
まさか、狙ってやっている……訳ではないか。
照れ笑いを浮かべるライラは、それ以上に恥ずかしがっているように見えた。

「パン、食べますか?」

「おー、よろしいのでございますか?」

「もちろんですっ!」

快活な声でみちるが答える。
きっとこれが、彼女本来の姿なのだろう。


しかし今のやり取り。
ひょっとしてみちるは、私にしたのと同じように、ライラにもぶつかっていったのだろうか。
もしそうなのだとしたら、なんと不器用なのだろう。
けれど、そんなみちるがたまらなく眩しかった。

私だって、ロボット製作の試行錯誤ならどうということはない。
けれど、人間を相手にして同じことが出来るかというと……
先ほどの体たらくが、それを如実に物語っている。

内心という、推測できないものが相手だから。
その反応に、明確なロジックが見つけられないから。
私は、二の足を踏んでしまうのだ。

どうも私は、人間関係には臆病らしい。
これでも改善はしているのだが、まだまだのようだな。


「はい、どうぞでございます」

我に返ると、テーブルに三つのお茶が置かれていた。
休憩室のドリンクサーバーから、ライラが用意してくれたらしい。

「……私の分もあるのか?」

パンを貰ったお返しにと、淹れてきたのだろう。
ライラには、そういう律儀なところがある。

しかしそれなら、なぜコップが三つなのか。
答えは簡単に返ってきた。

「お疲れの時は、あたたかいものが落ち着くのですよ」

「ふむ……ありがとう」

こういうことを当たり前に出来てしまうのが、ライラだった。
自信がされて嬉しかったことは、他の誰かにもしてあげたいのだと。
彼女の言葉を借りるなら、幸せのお裾分け、らしい。

そんな彼女だから、なのだろう。
私やみちるのような、癖の強い人間も無理をせずに自然体で居られるのだ。


「さて、それでは!」

みちるの目が輝いている。
手を合わせる音が小気味よく響いた。

「いただきますっ!」

「いただきますですよ」

対照的な声を聞きながら、まだ十分に温かいコップに口をつける。
何の変哲もないお茶は、驚くほど美味しかった。

「フゴッ! フゴフゴッ!!」

「おー、とても美味しいでございますねー」

一心不乱という言葉そのままに、パンに噛り付くみちる。
少しずつ噛みしめながら、のんびり味わうライラ。

その食べ方までもが対照的だった。


「……ふむ」

それにしても、二人とも実に美味しそうに食べる。

その光景にあてられたのか。
あるいは、お茶のお陰で人心地ついたからなのか。

まあ、その両方だろう。
少しずつ、だが確実に。
私は、空腹を感じていた。

「晶葉さん……?」

わずかに漏れた溜め息を、ライラは聞き逃さなかったらしい。
首を傾げてこちらを覗き込んできた。

ボンヤリしているようで、こういう所はやはり鋭いな。

「晶葉さんも食べますですか?」

私は、そんなに物欲しげな顔をしていたのだろうか。
考えていたことを的確に見抜かれてしまった。


「いやそれは……」

確かに、ライラの提案は魅力的だ。
けれど私は、みちるの好意を一度無下にしてしまっている。
そんな私が、今更首を縦に振るわけにもいくまい。

「はい、どうぞ!」

間髪を入れず、と言えばいいのだろうか。

目の前にパンが差し出されている。
早くも一つ目のパンを平らげたのか、みちるの両手がパンで塞がっていた。

「……いいのか?」

「もちろんです!!」

くだらない逡巡を吹き飛ばす、気持ちのいい笑顔だった。
ならば、素直に受け取るべきだな。

「ありがとう」

「ふふー、フゴフゴさんのパンは美味しいですからねー」

そんな二人のやり取りを、ライラがニコニコと見守っている。

碌な説明をしていなくとも、ライラはお見通しなのかもしれない。
そんな予感が頭をよぎった。


「あははー。みんなで食べれば、もっと美味しくなりますから!」

もし、アイドルになる前の自分だったら。
今のみちるの言葉など、歯牙にもかけなかっただろう。
いつ、どこで、誰と食べようが、味が変わることなどありえない、と。

だが、今の私は、それが少し分かるようになっていた。
誰かと分かち合う時間は、様々なものを与えてくれるのだ。

「うん、美味いな」

事実、そのパンは今まで食べた中で一番美味しかった。
パンの味のことだけではない。
みちるとライラの気持ちが、私の心を満たしてくれるから。

「よかったです、あははー!」

「えへへー」

……私も随分変わったものだな。
だが、それも悪くない。
二人につられて笑う自分を感じて、そう思えた。


だが。

「なあ、みちるよ」

「はい?」

貰ってばかりでは私の沽券に関わるからな。

「今度、パン作りを教えてはくれないか?」

「晶葉さんに……ですか?」

どうやら私の言葉は意外だったらしい。
瞬きの回数が、明らかに増えている。

「ああ、そうだ」

ライラではないが、お返しはちゃんとしないとな。
もちろん、私なりのやり方で。

「はい、分かりました!」

「ライラさんもー」


どうやら二人とも、私の真意は掴めていないらしい。
まあ、それも仕方ないだろう。
みちるの技術を盗み、それを超えるものを見せつけてやるのだ。
無論、私のロボがな。

完成した暁には、今日の返礼も兼ねて振舞ってやるとしよう。
ふふふ。
二人はいったいどんな顔をするんだろうな?

「わはは、楽しみになってきたぞ」

簡単なことではないだろうが、そんなことは問題ではない。
なにしろ、私は天才だからな!


<了>

最初のコミュニケーションで

距離感が分からなくて踏み込めないのが晶葉
距離を無視して突っ込んで失敗するのがみちる
距離関係なく気付いたら隣に座ってるのがライラさん

という妄想のお話でした
お楽しみいただけましたなら、幸いです

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