僧侶「勇者様は勇者様です」 (812)

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の続きとなっています。
全て書き終わってから立てるつもりでしたが、モチベーション維持のために始めることとしました。
そのため例によって不定期にゆっくりと更新されていきます。
前回は一年間かかってしまいましたが、今回はなるべく早く終われるようにはしたいです。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1523190998

《はじまり》


──遥か昔、まだ世界が混沌としていた頃の話……

──死を振りまく厄災、魔王の恐怖に怯える日々が続いていた……

──しかしその暗黒の日々に終止符を打つ者たちが現れた……

──絶対神様のご加護によって聖なる力を手にした一行……

──勇者とその仲間達、彼ら八人によって邪悪は打倒され、永劫の平和が訪れたのであった……






勇者「……だそうだけど」

僧侶「初代勇者の英雄譚の一節ですよね。それがどうかしましたか?」

勇者「永劫に平和なら、何でこんな事をしているんだろうなって」

僧侶「仕方がないですよ。勇者一族の大事な勤めの一つなんですから」

僧侶「根も葉もない噂だったとしても、魔王の名がそこにあるなならば貴方が行かなくてはならないのです」

僧侶「そうすることで人々は安心することが出来ますから」

勇者「それにしたって最近多くないかな。“魔王軍の残党が現れた”って噂」

僧侶「確かに頻繁に有りすぎる気がしますね……」

勇者「騒ぎになるのを見て面白がっている愉快犯がいるかもしれないね」

僧侶「そうだとしたら許せませんね」

勇者「僕も面倒だしね」

勇者「さて、ここが目的地か」

僧侶「私は教会に挨拶に行って来ますね」

勇者「僕はその辺うろついているかな」

僧侶「あまりに遠くには行かないでくださいよ」

勇者「もう僕が教会に行かないことに対しては怒らないんだね」

僧侶「その事は半ば諦めています……ですが、貴方にもいずれ正しい信仰の心が芽生えると信じています」

僧侶「何故ならば貴方は絶対神様に選ばれし勇者の血統なのですから」

勇者「はいはい」

僧侶「はあ……貴方はもう少し大人になるべきですね」

勇者「善処はしているよ」

僧侶「……まあいいです。さっきも言いましたが遠くには行かないでくださいね」

勇者「そこまで子供扱いしなくても良いじゃん……」

勇者「じゃあ後でね」

僧侶「はい、それでは」

勇者「…………」

勇者(特に理由はないのだけれども、昔から教会で祈る気分にはなれない)

勇者(得体の知れない胡散臭さを感じてしまうのだ)

勇者(こんな気持ちで形式だけの祈りをしても逆に失礼な気がして最近は教会に入ることも少なくなった)

王都郊外の町の子供「あ、勇者様だ!」

勇者「こんにちは」

王都郊外の町の子供「こんにちは!」

王都郊外の町の子供「ねえ、腰にあるのがあの勇者の剣?」

勇者「そうだよ。お仕事で来ているから一応持ってきたんだ」

王都郊外の町の子供「えっ、悪い怪物がこの辺にいるってこと!?」

勇者「うーん、どうだろう。いないと思うんだけど、本当に現れたとしても僕達がいるから大丈夫だよ」

王都郊外の町の子供「だよね! 勇者様がいれば安心だもんね!」

勇者「うん、そうだね」

勇者(実際は父さん達抜きでの実戦経験はあまり無いから、僕らだけで対処できるかわからないけど……)

勇者(まあ今回もただの噂だと思うけどね)


その時、何かが崩れる音とと悲鳴が勇者の耳に届いた。


王都郊外の町の子供「な、何の音……!?」

勇者(……噂だと良かったんだけど……)

勇者「君は直ぐにお家へ帰りなさい。危ないから今の音がした方に行ったら駄目だよ」

王都郊外の町の子供「う、うん……!」

勇者(音がした方角はあっちだ)

勇者(急がないと……!)






勇者は町外れの墓地に着いた。


勇者(これは……ゾンビ……!?)

勇者(墓地の遺体がゾンビになっている……!)

ゾンビA「ウウウ……」

勇者(どうしよう……ゾンビとは言ってもついさっきまで安らかに眠る遺体だったんだよね……)

勇者(剣で斬ってしまっても良いんだろうか……)

ゾンビB「グウウウウ……」

ゾンビC「ガアアアッ!」

勇者「うわっ!」

勇者(そんな事言ってられないか……!)

勇者「後でちゃんと埋葬し直しますので!」


勇者が剣を一閃するだけでゾンビ達はまとめて真っ二つになった。


勇者(相変わらず、流石は伝説の剣って感じだな……)

勇者(持っているだけで安心できる)

ゾンビD「オオオッ!」

ゾンビE「ガウッ!」

勇者(って、キリがないな! 結構広い墓地だからどんどんゾンビが湧いて出てきちゃうのか!)

僧侶「勇者様、退いてください!」

勇者「僧侶!」



僧侶が呪文を唱えると、たちまちゾンビたちが動きを止めて倒れ出した。


勇者「僧侶って回復以外も出来たんだね」

僧侶「こういう相手の場合限定ですけれどもね」

ゾンビF「ウウウウ……」

僧侶「……!」

僧侶(大丈夫……平気よ……平気……)

僧侶(落ち着いて私……)

僧侶「……ふう……」

勇者「それよりも僧侶、どんどんゾンビが湧いて出てきちゃうんだけど……」

僧侶「……これはどこかにゾンビを生成する魔法陣がありますね。それを探し出して破壊しないと駄目です」

勇者「魔法陣か……」

勇者「あの下が怪しいかもしれない」

僧侶「墓地のシンボルの石像が崩されていますね……。酷いことを……」

勇者「瓦礫を退かさないと……」

僧侶「勇者様!? 勇者の剣で瓦礫を叩かないで下さい!」

勇者「いやでも、この剣を持っていないとただの非力な人になっちゃうから……」

僧侶「身に着けるだけで効力があるのをお忘れになったのですか!? 手で瓦礫を退かせるとか、他にもやりようがあるでしょう!」

勇者「そ、そうだね……」

僧侶「ゾンビの方は私が引き受けますので、なるべく早くお願いします……! その、あまり対峙していたくないので……」

勇者「わかった、任せて……!」

勇者「よっと……!」

勇者(やっぱりこの剣は凄いなあ……僕でもこんな大きな瓦礫を持ち上げられるなんて)

勇者(でもこの剣無しでは僕は本当に無能だから、絶対に失くさないようにしないと……)

勇者(さて、これが魔法陣か……)


勇者は魔法陣の描かれた石畳を踏みつけて壊した。


勇者「魔法陣は壊したよ!」

僧侶「まだ他にもあるはずです! 探し出して同じように破壊してください!」

勇者「わかった!」


それから勇者は六つの魔法陣を発見し、その都度破壊した。

勇者「ゾンビの数が増えなくなった……今ので最後だったみたいだ!」

僧侶「わかりました。残りを一掃します……!」


僧侶の術で残ったゾンビが全て動かなくなった。


僧侶「……この後埋葬し直さなくてはなりませんね」

勇者「そうだね」

勇者「うーん……」

僧侶「どうかしましたか?」

勇者「いや、少し変だなあって」

僧侶「変、とは」

勇者「いや、この魔方陣なんだけどね。見つけられたくなかったもっと上手く隠す方法がなかったのかな」

僧侶「確かにそれはそうですね」

勇者「まるでここは本命じゃないみたいな、そんな感じがする」

僧侶「本命とは?」

勇者「わからないよ。そんな気がするってだけ」

勇者「さて、教会に報告しに行こうよ」

僧侶「そうですね」

王都郊外の町の神官「ゆ、勇者様! ここにおられましたか!」

勇者「どうしたんですか、そんなに慌てて……」

王都郊外の町の神官「一大事です……! 早く王都へお戻りになってください……!」

勇者「……王都で何が……?」






──王都中心部


勇者「こ、これは……」

僧侶「私達の街が……!」

王都の聖騎士A「きょ、強力な人外が突然大量に現れて……我々では手も足も出ず……」

王都の聖騎士A「あの方々も応戦されていましたが……」

勇者「……! 家を見てくる……!」

僧侶「私も……!」

勇者「…………」

勇者(一体何が……)

勇者(父さん……! 母さん……!)


勇者は両親が住む実家へと駆け出した。


勇者「はあ……はあ……家はもうすぐだ……」

勇者(……着いた……!)

勇者「二人共無事!?」

勇者「…………母さん…………?」

勇者「そんな……母さん……」

勇者「返事をして、母さん……!」

勇者の父「……お、お前か……」

勇者「父さん!!」

勇者「すぐに術師を呼んで来る!」

勇者の父「いや……無駄だ……」

勇者(……! 内臓が……!)

勇者の父「よく……聞け息子よ……」

勇者「…………」

勇者の父「敵を……見誤るな……」

勇者の父「自分で考えて……信じた道を……」

勇者の父「…………」

勇者「父さん……!」

勇者「くっ……」

勇者「…………」

勇者「僕の……せいだ……」

勇者「さっきの町での事は囮だったんだ……」

勇者「僕が勇者の剣を持って行ってしまっていたから父さんは……」

勇者「うううっ……」






白髪の国王「……そなたらの家族の事は、誠に残念であった」

勇者「…………」

僧侶「…………」

白髪の国王「勇者の血筋がいる区画であるからと安心していたが、それは大きな間違いであった」

白髪の国王「そなたらがいるからこそ、厳重な警戒態勢をしくべきであったのだ……」

勇者「……いえ、国王様がお気に病むことではございません」

白髪の国王「……そなたの父、そして僧侶の父は共に稀代の強力な力の持ち主であった」

白髪の国王「“奴ら”はそなたらの父の事を恐れて、今回の様な強襲に出たのであろう」

勇者「奴ら……ですか?」

白髪の国王「うむ……信じたくはないが、信憑性の高い情報が入った」

白髪の国王「そなたらの家族を殺めた者達は魔王軍の残党……新生魔王軍を名乗る集団であるということがわかった」

勇者「魔王……軍……」

白髪の国王「うむ……」

白髪の国王「もしかすると、これは大いなる厄災の始まりなのかもしれない……」

勇者「…………」

白髪の国王「……今のそなたにこのような事を言うのは心苦しいのだが、聞いてくれ」

勇者「……はい」

白髪の国王「そなたには勇者一族の当主として、共に戦う仲間を探す旅に出て欲しいのだ」

勇者「仲間……」

白髪の国王「そうだ。初代勇者が七人の仲間と共に千年前の大戦を戦ったという話は知っているな」

勇者「はい。魔法使い、剣士、僧侶、弓使い、格闘家、戦士、アサシンの七人と様々な困難に立ち向かったと聞いています」

白髪の国王「その通りだ」

白髪の国王「勇者の剣を持つことが可能な直系の者の元には、七人の選ばれし仲間が集うという……」

白髪の国王「そしてその仲間達には、伝承の通り強力な力が宿るとされている」

勇者「初めて耳にしました」

白髪の国王「次期当主が二十の歳を迎える時に口伝される事になっている……」

白髪の国王「本来ならばもう直ぐそなたの父から語られるはずの事だった」

勇者「そうでしたか……」

白髪の国王「僧侶の父は、勇者の父の“仲間”として選ばれていた」

白髪の国王「仲間として選ばれた者の身体にはその証が刻まれる……」

白髪の国王「そなたにはその証が現れる者を大陸中を旅して探し出して欲しいのだ」

白髪の国王「そなたの父が倒れた事によって国民は不安にかられている……」

白髪の国王「そなたには現当主として彼らを照らす次の灯火になって欲しい」

勇者「……しかし、仲間を探すとは言ってもこの広い大陸でどうやって……」

白髪の国王「初代勇者の仲間達の子孫に証が刻まれることが多いらしいのだが、例外もあるようでな……」

白髪の国王「しかし安心せよ。どういう理屈かは私にはわからないが、必ず彼らとは出会うようになっているらしい」

白髪の国王「何万里離れていようとも、勇者が仲間を求め続ければ必ずその者と出会うと私は聞いた」

勇者「なるほど……」

勇者「この話、承りました」

勇者「勇者一族の当主として、必ず仲間を引き連れて戻って参ります」

白髪の国王「おお勇者よ。頼もしい言葉だ」

白髪の国王「万全の準備で旅に出られるように計らおう」

勇者「ありがとうございます」

僧侶「……一つ、よろしいでしょうか」

勇者「僧侶……?」

僧侶「その旅、私も同行させて頂きたいのです」

勇者「なっ……」

白髪の国王「……僧侶よ。この旅は勇者の仲間を探すための旅なのだ」

白髪の国王「残念ながら関係のない者があまり多く同行すると、その道を困難にすると伝えられている」

僧侶「国王様、私の手の甲をご覧下さい」

白髪の国王「む……その紋章は……!」

僧侶「はい。昨晩、突然現れました」

勇者「まさか……つまり……」

白髪の国王「そなたが勇者の一人目の仲間であるという事か……」

僧侶「はい」

白髪の国王「ならば同行を断る理由はない。そなたの分も準備を進めよう」

僧侶「ありがとうございます」

勇者「…………」






勇者「まさか僧侶が仲間として選ばれるなんてね」

勇者「でもお互い初代勇者パーティーの末裔なわけだし、不思議な事でも無いのかな」

僧侶「…………」

僧侶「勇者様は、普段と変わりないんですね」

勇者「……別にそういう訳じゃないよ……」

勇者「まだロクに親孝行出来ていないのになって、後悔と悲しさで一杯だけど……」

勇者「もう起きてしまったって事は事実なんだ。起きてしまったことは何をしたって変わらない」

勇者「今から変えられるのは未来だけだと思うんだ」

僧侶「こんなに取り乱している私が異常なんでしょうか」

勇者「……いや、きっと変なのは僕の方だと思う」

勇者「昔から良くあるんだ……心が煮えたぎるはずの場面で妙に落ち着いてしまう事が」

勇者「まるで同じような場面に幾千と立ち会って来たみたいな、そんな気分になることがね」

僧侶「…………」

僧侶「……ちなみに勇者様が今回の旅に出ようと決意したのは何故ですか?」

僧侶「王の御前だったからですか? 勇者の末裔であるという事から湧く義務感からでしょうか?」

勇者「その二つは当然あるとして……」

勇者「その理由もよくわからないんだよね」

勇者「ただ、僕の中の何かがそう促したんだ」

僧侶「……自分の事なのに何もわからないんですね」

勇者「まだまだ子供だからね」

僧侶「……私は勇者様よりもずっと子供かもしれません」

僧侶「今の私の原動力はただ一つ、復讐心だけです」

僧侶「お父さんとお母さんを殺した奴を探し出して殺してやりたい。それだけなんです」

勇者「それは当然の感情だと思うけどな」

勇者「僧侶が言うには少し物騒な台詞だけど」

勇者「復讐が良いことなのか悪いことなのかは語れないけど、そう思う事自体は咎められる事では無いと思うよ」

勇者「ただし、ちょっと気になることがあるから、僧侶もこの言葉を覚えておいて欲しい」

僧侶「気になること……?」

勇者「うん。父さんが息絶える間際に僕に言った言葉なんだけど、きっと僕だけに向けられた言葉ではないと思うんだ」

勇者「『敵を見誤るな』って」

勇者「この言葉の意味は今はわからないけれど、最期に力を振り絞って言う程のことだから……」

僧侶「……わかりました、覚えておきます」

僧侶「でも、今の私にとっての敵は明確です」

僧侶「憎き人外達……奴らが私達の家族を殺めたという事実は変わらないです」

勇者「…………」

勇者「まだ少し早いけど今日はもう休もう」

僧侶「そうですね……まだ色々と疲れているみたいですし」

僧侶「それではまた明日」

勇者「うん……」





???「こんばんは」

勇者「こんばんは。貴方は?」

???「僕かい? 僕は■■だよ」

勇者「■■……? 一体誰だろう……」

???「今は分からないかもね。でもいずれ分かってくるかもしれない」

勇者「いずれ?」

???「うん。これは僕の失敗のせいでね。ごめんね」

勇者「失敗? 何が何やら……」

???「それもいずれ分かるようになると思う」

勇者「そっか。それじゃあその時まで待つかな」

???「本当はそうならない方が良いんだけど」

???「こんなつもりだったんだ……慣れないことをしたばっかりに……」

勇者「うーん、やっぱりよく分からないな」

???「ごめんね。まだ君が理解するには早すぎるみたいだ」

勇者「という事は、いずれは何か分かるってこと?」

???「うん。その時は遠くない未来にきっと」

???「……そろそろ時間だね」

???「またね……という言葉が適切かは分からないけれども、とりあえず言っておくね」

勇者「うん、それじゃあまた」





勇者「……変な夢……」

勇者「そうだ、僧侶の所に行かないと」

僧侶「──勇者様、入っても良いですか」

勇者「あ、ちょうどいい所に。大丈夫だよ」

僧侶「失礼します」

勇者「うん。何か用事かな」

僧侶「はい。これから始まる旅について少し見通しを持ったほうが良いと思いまして」

勇者「僕も丁度そう思っていた所」

僧侶「その……国王様が仰っていた話では紋様が現れる素質のある者とは自然に出会えるという事でしたが……」

僧侶「闇雲に探すよりはある程度当たりをつけた方が良いと思うのですが」

勇者「そうだね」

勇者「そうなると、まずは自分達みたいな初代の勇者パーティーの末裔を尋ねるのが得策かもしれない」

僧侶「王国内ですと初代魔法使い様の末裔が居ますが……」

僧侶「現当主及び次期当主が不在だと聞いています」

勇者「ええ、そうなの?」

僧侶「詳しいことは不明らしいのですが皇国の方に赴いているとの事です」

勇者「皇国に……」

僧侶「ですので皇国には行く必要があるでしょうね」

僧侶「勿論少し後回しにはなりますが」

勇者「うーん、それじゃあ仕方がないから北側から行くかな」

僧侶「北側……北方連邦国と自治区ですか……!?」

勇者「だ、駄目かな?」

僧侶「……いずれは行かねばならない事は分かっていますが……しかしよりによってその二国からとは」

勇者「反教会勢力が幅を利かせている国だもんね」

僧侶「はい……」

勇者「でもそれなら尚更早く行ったほうが良いんじゃないかな」

勇者「もし仮に僕達のパーティーが聖職者でいっぱいになったとしたら、それこそ行きにくいよ」

僧侶「た、確かにそうですが……」

勇者「それに北側は寒さが厳しくなるからね。冬になる前には周っておきたいかな」

僧侶「……その通りですね。勇者様の案でいきましょう」

勇者「よし、そうと決まれば早速出発しよう」

僧侶「も、もうですか?」

勇者「装備も用意していただいたし、留まっている理由もないしね」

僧侶「……わかりました。国王様にご挨拶をしてから出発しましょう」

勇者「そうだね」

勇者「不謹慎かもしれないけれど、少し楽しみだな。色々な国を巡る旅っていうのは」

僧侶「不謹慎と言うよりも呑気過ぎるのでは……」

僧侶「これも天からの試練だと考え、真剣に取り組むべきだと思います」

勇者「勿論、ふざけている訳じゃないよ」

僧侶「それなら良いのですが……お互い気をつけていきましょうね」

勇者「うん、改めてよろしくね」


《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師

B1 狼男 赤鬼青鬼 
B2 お祓い師 勇者
B3 フードの侍 小柄な祓師

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵
C2 トロール
C3 河童 商人風の盗賊 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶
D2 狐神 青女房
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
※前作からランクの細かい修正があります。特に赤鬼青鬼などは“ダンジョンの力をプラスしてAランクだった”ので、素の力のBランクに落としました。

以上が序章です。
前回は地の文なしに挑戦しましたが状況が伝わりにくい気がしたので今回は簡単に挟んでいきます。
週イチでは更新したいです。前回もそう言っていた気がします。

おお!
ずっと待ってた
毎週楽しみにしとく


これは過去作とつながってるの?

>>40
繋がっています。
開始時は《青女房》編と大体同じ頃です。

《極寒の地》


──王国と北方連邦国の国境付近


僧侶「そろそろ国境の関所のようですよ」

勇者「案外早かったね。勇者の冒険譚ではこの辺まで来るのにも一苦労二苦労した描写があったけど」

僧侶「今はこのように鉄道が大陸中に張り巡らされていますからね」

僧侶「よほどの辺境に行かないのであれば数日、長くても数週間で大抵の場所へ行けるのでは無いのでしょうか」

勇者「転移魔法でも使えればもっと早いんだろうけど」

僧侶「そんな超上級魔法がポンポンと使われるような世の中は、それはそれで困りますよ」

勇者「さて、ちゃんと入国できるかな」

僧侶「大丈夫……なはずです」

僧侶「別に敵対国だというわけでは無いので……」

勇者「良好な関係でもないけどね」

僧侶「そうですけれども……」


北方連邦国は大陸北西に位置する連邦国家で教会を持たない国の一つ。

寒さが厳しく土地も肥沃とは言え無いが、そこに住む人々は屈強な肉体と精神を持っていることで知られている。

実際、長い歴史の中で北の大地の民が他国の侵略を許したという記録は殆ど存在しない。

そのお国柄のせいもあってか、彼らは教会権力からの干渉を一切受け付けていない。


勇者「そういえば修道服じゃない僧侶は久々に見たかも」

僧侶「北方連邦国に修道服で行くわけにはいきませんからね。しばらくは仕方がないです」

僧侶「さて、駅についたら荷物をまとめて関所に向かいましょう」

勇者「入国審査が終わったら食事にしようよ。少しお腹が空いちゃったから」

僧侶「そうですね。私も何か食べておきたいです」

勇者「よーし何にするかなあ」

僧侶「あまり贅沢はいけませんよ。これも修行の一環なのですから」

勇者「はいはい分かっているってば」

僧侶「はあ、まったく……」






連邦国関所の衛兵A「身分証を提示しろ」

勇者「はい、これです」

連邦国関所の衛兵A「……王国騎士団からの使者か」

勇者(本来は騎士団には属していないんだけど、北方連邦国には教会がないからそういう事にしてあるんだよね……)

勇者(しかし流石は北方の民……筋骨隆々、腕が丸太のようだ……)

連邦国関所の衛兵A「となると、貴様らが初代勇者と僧侶の末裔か」

連邦国関所の衛兵A「話は聞いている」

勇者「そうでしたか……!」

連邦国関所の衛兵A「残念だがここを通すわけにはいかない」

勇者「って、え……!?」

僧侶「……どういうことですか」

連邦国関所の衛兵A「王国から勇者の末裔らが来た場合、現在は国内に入れてはならないという命令が下ってる」

僧侶「何故ですか!? 私達が貴方がたの国に不利益になる事をするとでも思っているのですか?」

連邦国関所の衛兵A「理由は私が知るはずなど無いだろう。ただ命令に従っているに過ぎない」

僧侶「今がどういう状況なのかわかっているのですか!」

連邦国関所の衛兵A「私の知った話では無いと言っているだろう」

連邦国関所の衛兵A「これ以上ここで騒ぐのならば、正当な理由を以て貴様らを処罰する」

僧侶「な……!」

勇者「僧侶、やめよう」

僧侶「ですが……!」

勇者「もしここが駄目だったら別の場所を巡ってからでも良いんだから」

僧侶「それは……」

勇者「お騒がせしました。失礼します」

僧侶「…………」

連邦国関所の衛兵A「…………」

連邦国関所の衛兵A「貴様ら、宿は取っているのか」

勇者「関所の向こうで取るつもりだったのですが」

連邦国関所の衛兵A「そうか……」

連邦国関所の衛兵A「この地は王都住まいのエリートには少し寒いだろう」

連邦国関所の衛兵A「ここを通す事は出来ないが、関所の外の宿ぐらいは紹介してやろう」

僧侶「え……」

勇者「そうですか! ありがとうございます」

勇者「ちょうど宿をどうするか思案していた所だから助かったね、僧侶」

僧侶「そ、そうですね……」

僧侶「ありがとうございます」

連邦国関所の衛兵A「……仕事の一環だ」

連邦国関所の衛兵A「変に目をつけられる前に立ち去ったほうが良いだろう」

勇者「うん、そうさせてもらうね」

連邦国関所の衛兵A「フン……」






──関所近くの宿屋


勇者「さて、初手から結構な難易度になりそうだね」

僧侶「先ほど勇者様が仰っていた通り、ここは一旦諦めて帝国などから探し始めるのも有りだとは思いますが」

勇者「最悪はそうするつもりだけど……」

僧侶「どうかしたのですか?」

勇者「うん。結局あの関所は越えなくちゃならないかもしれない」

勇者「連邦国に居るような気がするんだ、僕達の仲間が」

僧侶「なんとなく、ですか?」

勇者「なんとなくだね。国王陛下は自然に出会えると仰っていたけど、こういう事なのかもしれない」

勇者「距離とか場所とかは分からないけど、その仲間に出会うには先へ進まなくちゃいけないって気がするんだ」

僧侶「しかしそうは言いましても……」

勇者「まあ正攻法では行け無さそうだよね」

僧侶「北方連邦国はなぜ私達を国へ招き入れたく無いのでしょうか」

勇者「さっきこの宿の主人と話していた時に小耳に挟んだんだけど……」

勇者「どうやら最近の魔王軍出没騒動は王国の自作自演なんじゃないか、という噂が流れているみたいなんだ」

僧侶「なっ、そんなことは……!」

勇者「勿論僕だってありえないと思うよ」

勇者「しかし魔王は千年前に打倒され、ここ百年は彼らの目立った動きも見られない」

勇者「そんな状態だから、最悪の可能性の方を考える方が難しいと思うんだ」

僧侶「……と言うよりはむしろ、その可能性を考えたくないんじゃないかと思います」

勇者「そうかもしれないね」

勇者「しばらくはずっと人間同士の小競り合いばかりだったんだから、今回のも何らかの策略だと疑ってしまうよね」

勇者「実際に最近共和国が皇国にちょっかいを掛けていて、周辺では緊張状態が続いているみたいだし」

僧侶「我々はただ絶対神様の名の元に集っているだけだと言うのに……」

勇者「その代表者が王国民である時点で、彼らにとっては王国の兵力としてカウントされるんじゃないかな」

勇者「国と国の垣根を越えて協力し合うには、もっと危機的状況になってからじゃないと無理かもしれないね」

僧侶「そうなる前に解決しなければならないというのに……」

勇者「真偽が定かでは無いとしても各国は対策を始めているはず」

勇者「千年前と違って人間も扱える力や技術が大きく進歩したから、僕達が必ずしも必要な存在であるというわけでは無いんだ」

勇者「だから今後の事も視野に入れてあまり波風は立てないほうがいいかもね」

僧侶「そう……ですね……」

勇者「さっき言った予感のこともあるし、せっかく来たのだからしばらくは粘ってみるけど」

勇者「どちらにしても今日はもうどうしようも無いし、食事を取って寝ようか」

僧侶「あ、私が下から貰ってきますよ」

勇者「いや僕も手伝うよ」

僧侶「いえ大丈夫です。勇者様はここで待っていてください」

勇者「そう? じゃあお願いするかな」

僧侶「はい。それでは行って来ますね」






勇者「……結局三日粘ってみたけど」

僧侶「入国できませんね」

勇者「仮に何か起こっても自分達だけで解決する自信があるのかもしれない」

勇者「明日も行って駄目だったら別の場所に行くことも検討しようかな」

勇者「自治区の方とか」

僧侶「あちらの方が更に入国しにくそうですけれどもね……」

勇者「まあ、確かに」

僧侶「それでも私達は行かないとならないのですけれどもね」

僧侶「さて、そろそろ食事を頂いて来ますね」

勇者「うん、お願い。一応僕は自治区に行くことになった時用のルートを考えておくよ」

僧侶「お願いします」

勇者(……密入国という手もあるけれども、やっぱり今は王国が不利になるような行動は控えるべきかな……)

勇者(さて、ここから自治区の方に向かうとすると少し戻ってから乗り継いで……)

勇者(自治区までは鉄道は伸びていないから途中で馬を買う必要があるかも……)

勇者(お金は十分に持っているから問題ないけど、僧侶は乗馬出来たっけな)

勇者(出来ないなら僕の馬に乗せる事にになるかな)

勇者「あとそれと……」

僧侶「勇者様、お待たせしました」

僧侶「はい、こちらが勇者様の分です」

勇者「ありがとう」

勇者「ちょっと聞いておきたいんだけど、僧侶は馬に乗れる?」

僧侶「馬ですか? 得意とは言えませんね……」

勇者「自治区に行くとなるとそれなりの距離を馬で移動することになると思うから、厳しそうなら言ってね」

僧侶「なるほど、わかりました」

僧侶「折角のスープが冷めてしまっては勿体無いのでひとまず食べましょうか」

勇者「そうだね、それじゃあ……」

僧侶「……神よ、今日も無事過ごせた事に感謝いたします」

勇者「ん」

僧侶「ちゃんとお祈りしましょう」

勇者「……ほら冷めると勿体無いでしょう」

僧侶「はあ……勇者様は相変わらず……」

勇者(ん……? このスープ……)

僧侶「美味しそうな香り……」

勇者(まさか……!)

勇者「僧侶! 飲んじゃ駄目だ!」

僧侶「えっ……?」

勇者「中に何か薬が混ぜられている!」

僧侶「それって……!?」

勇者「うん、僕も少し飲んでしまった……」

勇者「症状が出る前にここを離れたほうが良さそうだ」

僧侶「は、はい……!」

勇者「食事に薬が混ぜられていたということは宿の主人は信用できない……」

勇者「窓から飛び降りるしか無いか……」

勇者(しかし僧侶にはこの高さは厳しいかもしれない……)

勇者(勇者の剣の力を使って僧侶を抱えて降りるのが一番良い方法かな)

勇者「よし、僧侶……」


覆面の男「動くな」


勇者「なっ……!?」


覆面の男が今にも意識を失いそうな僧侶を抱えて、その首筋に刃物を押し付けている。


僧侶「うう……」

勇者「僧侶に何をした!!」

覆面の男「安心しろ。さっきのスープに入っていたのは睡眠薬だ」

覆面の男「命に関わるような事はない」

勇者「僧侶を離せ……!」

覆面の男「言う通りにすれば危害は加えない」

勇者(少しだけだけどスープを飲んでしまったせいか、体がだるい……)

勇者(このままだと……)

覆面の男「大人しくしていろ。その剣に手をかけた瞬間、このナイフが女の首を貫くぞ」

勇者「くっ……!」

覆面の男「よし、素直なのは良いことだ」

勇者「…………!?」

勇者(消え……!?)

勇者「ぐえっ…………!?」


覆面の男の拳が勇者の鳩尾にめり込んだ。


勇者「ごはっ……!」

覆面の男「安心しろ、殺しはしないと言っただろう」

覆面の男「……場合によっては、だがな……」


覆面の男に薬を飲まされた勇者の意識は徐々に遠のいていった。






???「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」

勇者「あれ、君はこの間の夢の■■……」

勇者「……って、僕死んじゃったんですか!?」

???「いや冗談だよ。死んじゃったら僕とは会えないからね」

勇者「なんだ驚かせないでよ」

勇者「そういえば僧侶は……!?」

???「命は取らないって言っていたから大丈夫だとは思うよ」

勇者「それはそうだけど……」

???「さっき僧侶を助けたいって思ったよね」

勇者「当たり前じゃないか。僧侶は大切な仲間だ」

???「そして君はその剣の力を使おうとした」

???「そうすると、こうやって僕と会える事も増えてくるだろうね」

勇者「剣を使うと君と……?」

???「うん。それは君にとってはあまり良い事では無いかもしれない……」

???「今の君にとってはね……」

勇者「それって一体……」

また来週。

新しいのが始まってたのか、乙ー






勇者「…………」

勇者(またこの夢か……)

勇者(ここは……狭いけど寝室かな……)

勇者「あっ……! 僧侶は……!?」

勇者(僧侶はこの部屋には居ない……)

勇者(手には枷がされている……扉には外から鍵がかかっているな……)

勇者(独房と言うには随分綺麗だけど、似たようなものか)

勇者(この感じは一応配慮したって事なのかな。命は取らないっていうのも案外本当かもしれない)

勇者(剣は流石に取り上げられているよね……こうなったら僕はもうお手上げだ)

勇者(剣術は勿論修めているけれど、基本的には非力だからなあ)

覆面の男「……起きたか」


ドアに取り付けられた鉄格子の窓から、勇者たちを襲撃した覆面の男が顔を覗かせた。


勇者「僧侶は……一緒に居た女の子はどうした」

覆面の男「心配せずとも無事だ。貴様より早く目覚めている」

勇者「僕達を攫って何が目的なんだ」

覆面の男「……果たして惚けているのか、どうか……」

勇者「…………」

覆面の男「まあ良い。今から貴様らは査問会で取り調べを受けてもらう」

覆面の男「嘘は付かず、正直に全てを話す事だな」

覆面の男「出ろ」

勇者「…………」

勇者(査問会……僕達に何らかの疑いがかけられているという事か……)

勇者(一体何が……)

勇者(もしくは僕達を陥れるための言い掛かりという可能性もあるけれども)

勇者(そんな事をすれば王国との戦争は免れなれない)

勇者(侵略をせず、させず……護りに徹してきたこの国に限ってそんな挑発的な事をするだろうか……)

覆面の男「ここだ」

覆面の男「もう一度忠告するが、変な気は起こさず正直に聞かれたことに答えろ」



覆面の男が扉を開けるとそこは大きな円形のホールになっており、周りには国の重鎮と思われる人達が座っている。

その中央には同じように手枷をはめられた僧侶が立っていた。


勇者「僧侶……!」

僧侶「勇者様、ご無事でしたか……」

勇者「うん。怪我も大した事は無いよ」

大柄な熊髭の老人「私語は慎み給え」

大柄な熊髭の老人「君達二人には北方連邦国領内で人外を扇動し、政界の重鎮を暗殺させた首謀者の嫌疑がかけられている」

勇者「あ、暗殺……!?」

大柄な熊髭の老人「実行犯は既に捕らえられり、その口から王国軍の名前が出ているのだ」

大柄な熊髭の老人「その事件が起きる二日前から国境付近に滞在する、勇者を名乗る王国軍人がいる……」

大柄な熊髭の老人「それを疑わずに誰を疑うというのか」

僧侶「勇者を名乗るって……この人は本物の勇者の末裔です……!」

大柄な熊髭の老人「君達が本物かどうかはここでは重要ではない」

大柄な熊髭の老人「君達がこのタイミングで王国軍の差し金でここへやって来たという事実が問題なのだ」

大柄な熊髭の老人「君達はどのような命令を受けてここに来たのだね?」

勇者「……命令ではありません」

勇者「命令ではなく自分たちの意志でこの場所を選んでやって来ました」

大柄な熊髭の老人「何が目的で?」

僧侶「仲間を探すためです」

大柄な熊髭の老人「仲間とは?」

僧侶「近年行動が活発になってきた魔王軍の残党を打ち倒すための仲間です」

覆面の男「…………」

大柄な熊髭の老人「……魔王軍、か」

大柄な熊髭の老人「それは真面目に言っているのかね? 我が国の重鎮を暗殺したのもその魔王軍の残党とやらだとでも言うのかね?」

僧侶「それは私達には分かりませんが、その可能性もあるとは思います」

大柄な熊髭の老人「……話にならないな」

大柄な熊髭の老人「今回の件、知っている情報を洗いざらい吐けばお前達だけは不問にしてやっても良い」

大柄な熊髭の老人「勿論、事が全て片付くまではこちらで拘束させてもらうが……」

大柄な熊髭の老人「どうかね? 何か話す気になったかね?」

勇者「…………」

勇者「話すも何も、今僧侶が言った事が事実です」

大柄な熊髭の老人「……そうか」

大柄な熊髭の老人「ここで話さないというのであれば、別室で少々手荒な方法で聞くという事も考えているが……」

僧侶「……!」

勇者「待ってください」

勇者「我々の言うことが信用出来ないというのであれば仕方がありません。しかし手荒な手段に出るというのであれば……」

勇者「僧侶には手を出さないで下さい。僕が一人で引き受けます」

僧侶「ゆ、勇者様……!?」

大柄な熊髭の老人「…………」

勇者「僧侶の強みは強力な回復の術が扱える事だけど、当然向こうはこっちに術を使わせない対策を取っているはず」

勇者「体力は僕の方があるから……耐え忍んだりするのは得意な方だし」

僧侶「しかし……!」

大柄な熊髭の老人「私語はやめよ!」

大柄な熊髭の老人「……どうしても話さないというのか」

勇者「これ以上お話しする事が無いだけです」

大柄な熊髭の老人「…………」

大柄な熊髭の老人「お前はどう思う?」


会を取り仕切っていた老人が後ろに控えていた男に声をかけた。

その男は連邦国人らしく屈強な体つきをしており、その右目には大きな傷跡が刻まれている。


隻眼の斧使い「……この者らの言っている事に嘘は無いだろう」



隻眼の斧使い「あの男の息子だ。信用できる」

勇者「ち、父をご存知なのですか……!?」

隻眼の斧使い「ああ」

隻眼の斧使い「このまま話すのもなんだ、手枷を外してやってくれないか」


大男がそう言うと勇者達の手枷が外された。


隻眼の斧使い「では改めて挨拶しよう」

隻眼の斧使い「俺は隻眼の斧使いと言う。お前の父とは仲間だった」

勇者「仲間……つまり……」

隻眼の斧使い「ああ。俺はお前の父のパーティーメンバーとして選ばれた戦士の紋章持ちだ」

隻眼の斧使い「いや、正確には“だった”か……」

隻眼の斧使い「報せは聞いている。残念だ」

勇者「…………」

僧侶「…………」

隻眼の斧使い「二人の父は強く、優しい男だった」

隻眼の斧使い「あの二人がやられたとなると、魔王軍の残党の件も信憑性が増す」

大柄な熊髭の老人「ふむ……」

勇者「あの……」

隻眼の斧使い「何だ」

勇者「訃報も聞いており、状況の予想も立っている中でこのような手段に出た理由は何なのでしょうか」

隻眼の斧使い「手荒な真似をしたことは詫びよう。望むのであればこの後具体的な何かで償わせてもらう」

隻眼の斧使い「望むなら命で……」

勇者「い、いや、そこまでは……」

隻眼の斧使い「本当に済まなかった」

隻眼の斧使い「しかし、そうせざるを得なかった状況であったのだ」

僧侶「一体何が……」

隻眼の斧使い「一連の事は貴族院の厳重な命令に従ったものだったのだ」

勇者「貴族院……」

隻眼の斧使い「ここも議会だが、軍事や外交についての発言権は低い」

隻眼の斧使い「この国は外観は共和制を取っているように見えるが、実際には貴族階級だった連中が未だに中枢に居座っている」

隻眼の斧使い「封建制度が時代遅れとは言うまい。昔から変わらず上手く機能している王国や帝国はそれでいいだろう……」

隻眼の斧使い「だが我々は捨てたはずだ。捨てたはずの体制が私利私欲のために居座り蝕んでいるのだ」

勇者「そんな事情が……」

勇者「しかし貴族院は一体何故今回の様な事を……」

隻眼の斧使い「……今の貴族院は何者かの傀儡となっている」

隻眼の斧使い「先日仲間が暗殺されたのも貴族院の手引だと考えられる。奴らは君達に罪をなすりつけるつもりで我々に命を下したようだが」

隻眼の斧使い「目的は恐らく、北方連邦国と王国との対立を煽るためだろう」

僧侶「連邦国と王国を戦わせて一体何を……」

僧侶「……まさか……」

隻眼の斧使い「ああ。我々が潰し合って疲弊することで得をする者が今の話の中に登場している」

隻眼の斧使い「新生魔王軍とやらは、小さな小競り合いをするつもりなんかじゃない」

隻眼の斧使い「国家単位で潰していく準備をしているんだろう」

隻眼の斧使い「貴族院を操っている誰かとはまさに……」


その時ホールに爆発音が響いた。


大柄な熊髭の老人「な、何だ……!?」

隻眼の斧使い「思い通りに事が運びそうに無いから、ここに居る奴をまとめて処分するつもりか……!」

隻眼の斧使い「気をつけろ! 崩れてくるぞ!」

僧侶「きゃっ……!」

勇者「僧侶! こっちだ!」

勇者(外に逃げた所で敵が待ち構えている可能性もある)

勇者(まずは勇者の剣を取り戻さないと……!)

覆面の男「探しものはこれか?」


覆面の男は鞘に収まった剣を勇者に手渡した。


勇者「あ、ありがとう……!」

覆面の男「別に礼を言われる立場ではない」

覆面の男「それよりもここの爺さん達を避難させるのを手伝ってくれ」

勇者「うん、わかった」

勇者「僧侶は先にここを出て、怪我人の手当にをしてくれるかな」

僧侶「わかりました」

覆面の男→暗器使い「俺は暗器使いだ。あの時は殴って悪かったな」

勇者「よろしく暗器使い。お互い仕事だし気にしなくていいよ。死んだわけじゃないしね」

暗器使い「死んだわけじゃないし……って、変わっているなお前」

勇者「よく言われる。さてと、避難の手助けに行かなくちゃ」


勇者と暗器使いは隻眼の斧使いと協力してホールの中の人達を安全な場所へ避難させた。

勇者達が建物の外を確認すると、蝙蝠のような羽が生えた小さな悪魔が大量に飛んで周りを囲んでいた。


隻眼の斧使い「インプか……一体一体は雑魚だがこれだけ数がいると厄介だ」

隻眼の斧使い「こっちには非戦闘員も多い。今建物から出るのは得策ではないな」

暗器使い「如何致しましょうか」

隻眼の斧使い「そうだな……」

隻眼の斧使い「ここの護りは俺や他の奴らに任せろ」

隻眼の斧使い「お前は貴族院に忍び込め。あそこに黒幕が居るかもしれない」

暗器使い「分かりました」

勇者「あの……」

隻眼の斧使い「どうかしたのか?」

勇者「僕達も付いて行って良いでしょうか」

隻眼の斧使い「ふむ……」

隻眼の斧使い「そうだな。付いて行ってやってくれ」

暗器使い「しかし……」

勇者「向こうには強力な力の持ち主が居るかもしれない」

勇者「もしもの時の保険程度に考えてもらって構わないですよ」

勇者「死なない限り僧侶が治してくれるし」

僧侶「そこまで過信されても困ります」

暗器使い「……分かった」

暗器使い「だが目的地までは敵の目を忍んで行動するから、進行ルートはかなり厳しいぞ」

暗器使い「勇者はともかく僧侶は大丈夫なのか?」

勇者「厳しそうな所は僕が背負って行くよ」

僧侶「申し訳ないです……」

勇者「謝らなくていいよ。僧侶は仲間なんだから、お互いに助け合うのが当然でしょ」

僧侶「は、はい……!」

暗器使い「よし、それじゃあ行くぞ」

勇者「うん……!」



勇者達は抜け道から建物を脱出して貴族院を目指した。


隻眼の斧使い「さて……」

隻眼の斧使い「インプのような雑魚を相手に出来る者はそっちを頼む」

隻眼の斧使い「何体か紛れ込んでいる面倒そうな奴らは俺が相手する」

隻眼の斧使い(当然向こうにもかなりの敵が居るはずだ)

隻眼の斧使い(若者三人……油断をすれば死ぬぞ)

隻眼の斧使い(果たしてどうなるかな)

また来週。

乙ー

>>39 >>64 >>84-85
ありがとうございます。相変わらずの遅筆ですがお付き合いください。






暗器使い「次は向こうだ。この水路を飛び越えるぞ」

勇者「分かった。僧侶はしっかり捕まって」

僧侶「はい……!」


勇者は僧侶を抱えたまま三メートル程幅がある水路を飛び越えた。


勇者「よくこんな複雑な道を覚えているね」

暗器使い「覚えないとやっていけない仕事に就いているからな」

暗器使い「さて、貴族院はすぐそこだが……」

暗器使い「地下から侵入するという方法もあるが、ちょうど日が落ちてきたから外壁を登って行くほうが良さそうだ」

勇者「よし。僧侶は僕が背負って行くね」

僧侶「今日はまさにおんぶ抱っこで何も役立てていないです……」

勇者「まあ僧侶に関しては“役に立たない方が良い”んだけどね」

僧侶「まあ、そうですけれども……」

暗器使い「よし、ここを登るぞ」

勇者「うわあ、高いなあ」

勇者「よし、行くよ僧侶」

僧侶「た、高い所は苦手ですので慎重にお願いします……」

勇者「大丈夫。落ちても僧侶に治してもらえば良いから」

僧侶「私が落ちたら元も子もないでしょう……!」


勇者達は外壁を登り、建物上部のテラスに辿り着いた。


暗器使いが周囲の安全を確かめ、いよいよ貴族院の建物内部へ侵入した。


暗器使い「(侵入には成功したが、敵の親玉が何処に居るのか……)」

暗器使い「(貴族院のメンバーが居る最深部の会議室ならば向こうだが)」

僧侶「(随分と薄暗いですね……)」

勇者「(おそらくあっちで合っていると思うよ)」

勇者「(何となく分かるんだ)」

暗器使い「(勇者の末裔が言うならば信憑性は高いな。会議室へ行くとしよう)」


三人は物陰に隠れながら廊下を進んで行く。


暗器使い「(……! 隠れろ……!)」

勇者「(どうしたの?)」

暗器使い「(見張りがいる)」

僧侶「(あれはコボルトですね……やはり新生魔王軍の手のものでしょうか)」

勇者「(連邦国では公職についている人外も多いって聞くけど)」

暗器使い「(それはそうだが、奴らは初めて見る……)」

暗器使い「(貴族院が新生魔王軍の影響下にあるというのは真実のようだな)」

僧侶「(どうします?)」

暗器使い「(二人はここで待っていろ)」


暗器使いはそう言うとコボルトの死角から近づいていき、ナイフで二体の見張りを仕留めた。


勇者「(流石、鮮やかなお手並みだね)」

勇者「(剣を振り回すことしか出来ない僕とは違うや)」

暗器使い「(適材適所と言う奴だ。得意とする事でお互いに補い合えば良い)」

勇者「(それもそうだね)」


勇者と暗器使いの二人でコボルトの死体を物陰に隠した。


勇者「(この扉の向こうに貴族院の長達が居るんだね)」

暗器使い「(なるべく生かして捕らえろと命令されている)」

暗器使い「(一応はそのつもりでいろ)」

勇者「(うん、分かっているよ)」

暗器使い「(……よし……)」


暗器使いが扉を開けて会議室へ飛び込んだ。


暗器使い「全員動くな!」

連邦国の貴族院議員A「な、何だ……!?」

連邦国の貴族院議員B「貴様は民選議会お抱えの暗器使い……! 何のつもりだ……!」

暗器使い「あんたらには新生魔王軍と結託して国家転覆を目論んだ疑いが掛けられている」

暗器使い「ここから先は大人しく俺の言うことに従った方が怪我をせずに済むぞ」

連邦国の貴族院議員B「フン……貧民街出自の卑しい身でよくもそんな偉そうな口がきけるな小僧……」

連邦国の貴族院議員B「国家転覆を目論んで居るのは貴様らの方だろう……!」

暗器使い「……あんたらに主導権が無いっていうのが分からないのか?」

連邦国の貴族院議員A「くっ……!」

暗器使い「抵抗する素振りを見せてみろ、首を飛ばすぞ」

連邦国の貴族院議員A「ひぃっ……!」

勇者「……何だか僕達はいらなかったみたいだね」

僧侶「油断してはいけませんよ勇者様。あまりにも簡単に事が運びすぎている気がします」

勇者「うーん、確かに僕もそう思うけど……さ……」


そう言いかけた勇者の胸を黒い刃物のようなものが貫いていた。

その黒い刃物は勇者の影から一直線に伸びていた。


勇者「うっ……ぷ……確かに……」

僧侶「ゆ、勇者様!?」

暗器使い「何だ……!?」

連邦国の貴族院議員B「く、くくく……! まだ我々は手詰まりではない……!」

連邦国の貴族院議員B「貴様ら邪魔な連中を葬り、共和制など捨てて、再び貴族が堂々と表舞台で活躍する時代を取り戻すのだ……!」

暗器使い「新生魔王軍の奴らにはそんな言葉でそそのかされたのか……!」


暗器使いが議員体に詰め寄ろうとするが、影の中から勇者を貫いたものと同じ刃物が飛び出して来たために阻害さてしまった。


暗器使い「影の中から攻撃してくる敵だと……!? 厄介な……!」


暗器使いは自分の影が見やすい位置に移動し、影の中からの攻撃に対処した。


暗器使い(影があるところならどこからでも攻撃できるのか? 影に攻撃すれば本体にダメージが行くのか?)

暗器使い(本体は何処なのか? 影が本体ではないのか?)

暗器使い(クソッ……! 何もわからない……!)

暗器使い(僧侶はどうなった……? おそらくあの子は攻撃手段はほとんど持っていないと思われるが……)


勇者「僧侶! 閃光だ!」

勇者「閃光の術を暗器使いの周りの至る所で発動させるんだ!」


僧侶「は、はい……!」

暗器使い「ゆ、勇者……!?」

暗器使い(馬鹿な……! 確かにさっき心臓を貫かれて……!)

勇者「今だ暗器使い! 目を閉じて!」

暗器使い「くっ……!」


次の瞬間、暗器使いの周りをまばゆい光が包み込んだ。


勇者「……よし、成功だね」

暗器使い「勇者……これは一体……」


暗器使いが目を開けると、閃光を直視してしまったためのたうち回っている議員達と、胸の傷がすっかり塞がった勇者と僧侶がそこにいた。


勇者「影の中に居た敵は、影のある所なら何処からでも攻撃出来るわけでは無いみたいなんだ」

勇者「あの敵はおそらく影の中を移動していた……いや、影の中でしか移動ができないんだ」

勇者「つまり違う影に移るには影同士が接していないといけないんだ」

勇者「僕の影に移ってきたのは、この建物に入った時のいずれかのタイミングだと思うんだけど……」

勇者「君の影に移ったのは僕を刺した後に、僕と君の影が交わった時だと思うんだ」

勇者「何処の影からでも攻撃ができるなら無防備な僧侶を狙うタイミングはいつでもあったはず」

勇者「そうしなかったのは議員を捕縛しようとしていた君を優先的に倒すために、僕の次に君の影に乗り移っていたからだと思うんだ」

勇者「影の中にしか居られないなら、その影を一時的にでも無くしてしまえば敵も消滅するんじゃないかと思ったけど、どうやら成功したみたいだね」

勇者「厳密には完全に影を無くせるわけではないんだけど、一定以上濃い影にしかいられないみたいだね」

暗器使い「なるほど……」

暗器使い「……じゃない! 一体どうなっている!」

勇者「ど、どうなっているって?」

暗器使い「胸の怪我の事だ! すぐに立ち上がれるようなものでは無かったし、なんなら既に死んでいるはずだ……!」

勇者「ああ、さっきの怪我の事」

勇者「あれは僧侶にすぐに治してもらったよ」

暗器使い「あれ程の怪我を一瞬で……!?」

勇者「ね、言ったでしょ。死なない限り治してくれるって」

僧侶「驚きすぎて私の心臓が止まるかと思いましたけど……」

僧侶「以前はここまでの治癒力はありませんでした。おそらく僧侶の紋章持ちになった影響だと思います」

勇者「そういえば紋章によって力が強化されるんだっけ」

僧侶「そのようですね、完治出来て良かったです」

勇者「ほんとに助かったよ」

勇者「……そうして僧侶が治してくれたのに僕には攻撃が来なかったから、敵が影の中を移動している事ついて確信したんだ」

暗器使い「なるほど……」

暗器使い(それにしても凄まじ良い治癒力だ……流石は勇者の仲間か……)

僧侶「ど、どうかいたしましたか……?」

暗器使い「……いや、何でもない」

暗器使い「それよりも早く影使いもどうにかしないといけないな」

僧侶「ですが、何処の影に敵が潜んでいるのか分からない中を進むのは危険すぎます」

勇者「ああ、その事なら大丈夫」

僧侶「大丈夫とは……何故ですか?」

勇者「ええっとね、さっきの考察の続きなんだけど」

勇者「敵が影へ移動できるとして、何で僕達がこの部屋にたどり着くまで攻撃して来なかったか疑問に思わない?」

僧侶「確かに外は夜で真っ暗だし、廊下もあんなに薄暗かったのだから全員を仕留めるタイミングは幾らでもあったはず……」

暗器使い「……まさか、人の影か……!」

勇者「うん、僕もそう思う」

勇者「影から影に移れるとは言ったけど、更に正確に言うなら人の影から人の影へっていう制約付きなんだと思うんだ」

勇者「人の影をそれと認識できない暗闇では効果がないってことだね」

暗器使い「だがそうだとすると……」

勇者「うん、分かってる」


そう言って勇者は扉の方に駆け出し、鞘から抜いた勇者の剣で扉を貫いた。

すると扉の向こうから男のうめき声と、何かが床に倒れる音が聞こえた。


勇者「僕に影の術を移した術者本人も近くにいるはず、って事だよね」

勇者「術を移したタイミングはおそらく、僕達がこの部屋に入った後に後ろからこっそりとって感じだろうね」

暗器使い「あ、ああ……」

暗器使い(一々腰が低くて弱々しい奴だと思っていたが、躊躇なく殺しに行ったな……)

僧侶「…………」

勇者「これで当初の目的は果たせそうだけど……どうしようかな」

勇者「この建物には他にも敵が残っていそう」

暗器使い「議員達を抱えてもう一度あの外壁を降りるのは……無理か」

勇者「ちょっと厳しいかな……腕がもう一本あれば出来そうだけど」

暗器使い「そうなると階段で下まで降りるしか無いな」

勇者「僕がこの人達を運ぶから暗器使いには敵の対処をお願いしても良いかな」

暗器使い「ああ、任せろ」

板の表示が変なのですが何か不具合でしょうか。
GW中にもうひと更新したいです。

乙ー

>>103-104
ありがとうございます。表示が変なのはChromeを使用しているからのようです。
再開します。



暗器使いが先導し、勇者が議員らを抱え、僧侶が後方警戒をしながら建物を進んで行った。

階段を下り、一階の大ホールに辿り着いた時、待ち構えていた数十の敵達に囲まれた。


コボルトの兵A「そいつらを連れて行かれちゃ困るんでな。置いて行ってもらおうか」

暗器使い「それは無理だ」

コボルトの兵B「状況分かってんのか? 影使いを殺ったみたいだが、お互いに奇襲無しのこの状況で人数差をひっくり返せるとでも?」

暗器使い「……勇者、やれるか?」

勇者「うん。僧侶はこの人達が余計なことをしないように見張っていてね」

僧侶「分かりました」

コボルトの兵A「コソコソと話してんじゃねえ!」

勇者「……!」



飛び掛かってきたコボルトに勇者は剣を突き立てた。


コボルトの兵A「ごばっ……!」

コボルトの兵B「やりやがったな……!」

コボルトの兵B「まずは丸腰のお前を片付ける!」


次に前に飛び出したコボルトも、いつの間にか暗器使いが握っていたナイフによって喉を切り裂かれてしまった。


コボルトの兵B「がふっ……」

コボルトの兵C「こ、こいつら……」

コボルトの兵D「油断してんじゃねえよ……! 人数差を活かせ馬鹿が……!」


一斉に飛び掛かってきたコボルト達を、勇者は剣で薙ぎ払って倒した。

そして暗器使いは、これもまたいつの間にか取り出した擲弾を投げつけて目の前を一掃した。

勇者は縦に横に敵を両断していき、暗器使いは様々な武器で敵を翻弄していった。

僧侶は無理な体勢で敵に突っ込んでいく勇者を後方からフォローした。。


コボルトの兵E「つ、強い……」

コボルトの兵F「このままじゃ全員やられるぞ……」

勇者「これだけ騒いでも人間の衛兵が一人も出てこない」

僧侶「完全に新生魔王軍の手中だったということですね」

暗器使い「……奥からまだ来るぞ……!」

オーガA「何苦戦してんだお前ら」

オーガB「たかが人間三人だろう」

コボルトの兵E「オ、オーガの兄貴達……」

コボルトの兵F「気を付けてください! こいつら無茶苦茶だ……!」

オーガA「こいつらが……?」


身の丈が三メートル程のオーガが一体ずつ、勇者と暗器使いの前に立ちはだかった。


オーガB「こんなチビに一方的にやられて恥ずかしくないのかよ」

勇者「チ、チビ……? 確かに君達オーガに比べたら小さいかもしれないけど人間としては普通だからね……!」

僧侶(私と大して身長変わらないんですよね、勇者様……)

勇者「別に僕はチビではないけど……ちょっと気に障ったから倒す……!」

暗器使い(滅茶苦茶気にしているな……)

僧侶「って、勇者様! そんな闇雲に突っ込んでは……!」

オーガB「ははっ! 隙だらけだぞチビ!」

勇者「あっ……!」


オーガの強靭な拳が勇者に襲いかかる。

ギリギリの所で勇者は避けようとするが、右肩とオーガの拳が接触した。

勇者の剣の加護を受けているが、肉体が無敵という訳ではない。

骨が折れ、肉が裂ける嫌な音がホールに響いた。

勇者の右肩から先は滅茶苦茶になっており、皮一枚でかろうじて繋がっているようにも見える。



勇者「ぐっ……うううううっ!」


勇者は大きく後ろに跳んで距離をとった。


オーガB「その腕では剣は握れまい。女共々死ね……!」


オーガはもう一度その拳を振りかざして勇者にと止めを刺そうと踏み込んだ。

拳の先にいる勇者は次は全身をミンチにされ、ひしゃげた肉塊が出来上がるはずだ。


オーガB「……な、何だ……?」


しかしその拳には剣が突き立てられていた。

“しっかりと両腕で握られた”勇者の剣が、オーガの拳から腕にかけて突き刺さっている。


オーガB「な、何故だあああああああああああっ!」


勇者は絶叫するオーガから剣を引き抜き、腰の位置にしっかりと構えた。


暗器使い(死なない限り……か……)

暗器使い(僧侶の回復の術の威力もそうだが、あの勇者の精神も大分イカレているな……)

暗器使い(汚い仕事ばかりしてきた自分が言える台詞でもないが……)


勇者が振り切った剣は、オーガの体すらも容易く両断した。

それを見たもう一体のオーガは瞬時に「ヤバイ」と判断し、腰の二メートルはある大剣に手をかけた。

しかしその時には既に喉に槍が突き立てられていた。

槍を握っているのは暗器使いだ。


オーガA「ごぽ………や、槍など一体どこに……………」

暗器使い「……それが武器であるならばどんな武器でも隠し、持ち運ぶことが出来る」

暗器使い「それが俺の力だ」

オーガA「馬鹿……な……」

コボルトの兵E「オーガの兄貴達が……」

コボルトの兵F「やられちまった……!」

勇者「さて、そろそろ投降してください」

勇者「これ以上は無駄な血が流れますよ」

コボルトの兵E「ぐ……」

コボルトの兵F「わ、分かった……だから殺さないでくれ……」


残ったコボルト達は次々に獲物を捨てて投降の姿勢を取った。


勇者「こっちはこれで終わりかな。あとは民選議会の方がどうなっているかだけど……」

僧侶「……まだです……」

僧侶「まだ終わっていません……」

勇者「ど、どうしたの僧侶?」

僧侶「まだ何も終わっていませんよ勇者様!」

僧侶「この人外達を全て殺さないと終わりません!」

勇者「でももうみんな降参しているよ。無抵抗の敵は殺しちゃ駄目だと思う」

勇者「それは虐殺って呼ばれるものだ」

僧侶「意味のある殺しというのを考えた事は無いのですか?」

僧侶「家畜を殺すのは衣食のため、戦争で敵を殺すのは自国のため……」

僧侶「人外を殺すのは世界の平和のためです」

勇者「僧侶……」

暗器使い「…………」

僧侶「お父さん達が死んだのは人外がいたからです。千年前の厄災の時点で全ての人外を根絶させれば、きっとお父さんもお母さんも死ななかった」

僧侶「悪いのは人外なんです」

僧侶「ましてや、お父さん達を殺した奴らと同じ新生魔王軍の人外など絶対に生かしておけません……!」

僧侶「殺しましょう……! 勇者様、こいつらを殺しましょう!」

コボルトの兵E「ヒイイッ……!」

勇者「…………」

勇者「駄目だよ僧侶」

勇者「敵の捕虜は重要な情報源とかになったりもするんだから、ちゃんと連れて帰らないと」

僧侶「…………」

僧侶「ああ、そういう事でしたら従います」

僧侶「人外撲滅の礎になるって事ですよね……!」

勇者「……うん、そうかもしれないね」

勇者「それよりもちょっと確認しておきたい事があるんだけど」

暗器使い「民選議会に戻ってからでは駄目か? 大丈夫だとは思うがまだ向こうの安否は不明だ」

勇者「こっちで話しておきたい事なんだ」

暗器使い「……何だ」


勇者「今回の件って恐らく、僕達は上手く利用されたって事で良いんだよね」


暗器使い「…………」

僧侶「ゆ、勇者様……?」

勇者「あの大斧を持ったおじさん……僕のお父さんのパーティーの戦士職だったって言っていたけれど」

勇者「そんな人が政治機関にいるのに、国の中枢に新生魔王軍の工作員が入り込んでくるなんてそんなに簡単に出来る事なのかな」

勇者「勿論、その工作員が相当のやり手だって可能性もあるけど、今のところそんな気配はないし」

勇者「何より、仮に議会が乗っ取られたとしても気が付くのは時間の問題でしょ。ずっと前から民選議会でもこの事は認知されていたはずなんだ」

勇者「それなのに今まで放置されてきた……これはちょっと変だよね」

僧侶「それは……」

暗器使い「…………」

勇者「おそらく民選議会は新生魔王軍の工作員を上手く誘導し、見逃して貴族院に送り込んだ張本人」

勇者「そしていずれ訪れるであろう僕達にクーデターの代行をさせたんだ」

勇者「民選議会が貴族院を崩壊させるのと、勇者一行が新生魔王軍の工作員を倒すのとでは意味合いが異なってくる」

勇者「民選議会は一切社会的に汚れずにクーデターを完了させたって事なんじゃないかな」

勇者「貴族院の言いなりになった振りをして僕達を強引な手段で連れてきたのは、貴族院がまともな状況ではないという印象を植え付けるため……」

勇者「これが僕の予想なんだけどどうかな」

暗器使い「…………」

僧侶「勇者様、何も今ここで言う事では……」

僧侶(民選議会お抱えの暗器使いだってさっき貴族院の人達が言っていたじゃないですか……)

僧侶(雇い主を悪者に仕立て上げられたら怒っちゃうとか思わないんですか……!)

暗器使い「そうだとしたどうする……」

勇者「…………」

勇者「……別に、どうもしないよ」

暗器使い「何……?」

勇者「僕も薄々気が付きながら利用されていたからね」

勇者「今回は双方に利があるから特に言う事はないかな」

勇者「そっちはクーデターが成功したし、僕達は旅の目的に即した行動が取れた」

勇者「僕達の旅の具体的な目標はパーティーメンバーを探し出す事だけど……」

勇者「その目的は最近不穏な空気が漂う王国……広く言うなら大陸全体を安心させる事なんだ」

勇者「“国の中枢で悪事を働いていた新生魔王軍の工作員を勇者一行が捕縛”なんて見出しは、その目的を果たすための良い材料になる」

勇者「……かなあ、なんて」

暗器使い「…………」

暗器使い「……ふん、顔の割には中々鋭いな」

勇者「顔の割にはって失礼じゃない……!?」

僧侶(あれ……? 怒ってない……?)

暗器使い「俺はそういう事は詳しく聞かされないが、おそらくお前の想像通りなんだろう」

暗器使い「しかし予想外の反応だったな。ここでもう一戦あるかと思ったんだがな」

僧侶「勇者様は少し変わり者ですので……」

勇者「何でもかんでも事を大きくしていたら身がもたないよ」

勇者「さて、話も済んだし戻らないとね」

暗器使い「ああ、そうしよう」


勇者達は議員らを抱え直すと民選議会へ向けて戻って行った。


勇者「暗器使いは何で今の仕事をやっているの?」

僧侶「貴族院での会話からすると貧民街にいらっしゃったそうですが……」

暗器使い「……どこの国もそうだとは思うが、貧民街なんていうのは子供だけで暮らすには厳しすぎる場所だ」

暗器使い「連邦国は他の国に比べて一段と冷えるらしいが……冬の寒さにやられて大人だって次々と命を落としていくような場所だ」

暗器使い「そんな場所だから生き残るために手段を選ばない奴も多い」

暗器使い「ガキだった俺は腕力では大人には敵わないから、仕込んだ武器を使って相手の不意を突くようなことをよくしていた」

暗器使い「今のこの力は生まれ持ったものなのか、それともスラムの生活の中で手に入れたものなのかは分からない……」

暗器使い「そんなある日、スラムの問題を解決しようって計画の視察に来ていた熊髭の議員と出会った」

暗器使い「俺の能力を見て雇おうって話になったらしい」

勇者「なるほど……」

暗器使い「ちゃんとした職とは言い難いかもしれないが、俺に自分の衣食住を確保できる手段をくれた人達だ……」

暗器使い「少なくとも俺にとっては恩人だ」

勇者「……そっか。何か悪い言い方しちゃってごめんね」

暗器使い「いや、民選議会が勇者達を利用したのは事実だ」

暗器使い「ただしこれだけは知っておいて欲しい」

暗器使い「近年の貴族院は汚職が絶えなかった。国内での貧富の差が広がってしまったのも奴らのせいだ」

暗器使い「民選議会は様々な政策を打ち出して事態の解決を図ったが、失業者は増え続けるばかりだった」

暗器使い「もう国として限界だった。根本の仕組みから作り直すしか俺達に残された道は無かったんだ」

僧侶「……先程勇者様が仰った通り、今回の件は私達にとっても得るものが有りました」

僧侶「この後議会に戻ったらお互いの落とし所を話し合って、それ以上は不問とするのが良いでしょうね」

勇者「えっ、何か要求するつもりなの!?」

僧侶「当然です。私は薬を盛られて、勇者様は殴られているんですよ」

僧侶「これを不問にして良いものではありません」

暗器使い「その件は本当に済まなかった……」

僧侶「怒っているという訳では無いのですが、落とし前というものはやはり必要です」

勇者「僧侶っていうより裏路地の怖いおじさんみたいだね……」

僧侶「なっ……!」

勇者「まあでも、僧侶の言う事も一理あるかな……」

勇者「……そういえば、さっきの話の感じだとさ……」

暗器使い「ん、なんだ?」






大柄な熊髭の老人「おお、三人とも無事であったか」

勇者「はい。議員達も拘束してきました」

大柄な熊髭の老人「ご苦労であった。おい、議員達を連れて行け」


熊髭の議員が指示を出すと、部下と思われる数人の男たちが貴族院の議員達を何処かへと連れて行った。

この後彼らがどうなるのかは勇者達には分からない。


隻眼の斧使い「無事に達成するとは、流石は現役の勇者だ」

勇者「いえいえ。斧使いさんもあの数を相手にして皆さんを守りきるなんて流石ですね」

隻眼の斧使い「こっちには戦える奴が他にも沢山いたのでな」

隻眼の斧使い「多少面倒な相手もいたが……」

勇者「それでもほとんど怪我をしていないなんて……」

勇者「僕なんて心臓に穴を開けられましたから……」

隻眼の斧使い「し、心臓に……?」

僧侶(あれは怪我とは言いませんよ……)

暗器使い(あれは怪我とは言わないな……)

勇者「僧侶がいなかったら今頃何回死んでいることか……」

隻眼の斧使い「た、頼れる仲間が居るようで何よりだ」

勇者「僕も本当にそう思います」

勇者「……ところで、少し話があるのですが良いでしょうか?」

隻眼の斧使い「聞こう」

勇者「僕達は“そちらの思惑通りにきちんと働きました”。ですので先程仰っていた通り、僕達のお願いを一つ聞いてもらってもいいですか?」

隻眼の斧使い「……ふ、良いだろう。言ってみろ」

勇者「暗器使いを僕の旅の仲間に加えたいのですが、許可をもらえますか?」

暗器使い「な……!?」

隻眼の斧使い「ほう……?」

僧侶「ゆ、勇者様……!? 一体何を……!?」

勇者「いやあ、さっきの戦いを通じて思ったんだけど……今の僕達には冷静に状況を見極められるような仲間が必要だと思うんだ」

僧侶「しかし暗器使いさんには紋章は出ていません。紋章持ちではない人があまり沢山仲間に加わるのは良くない、というお話をお忘れですか?」

勇者「あまり沢山が駄目って事は、多少なら良いってことだよね」

僧侶「そ、それは……」

暗器使い「……一つ良いか?」

暗器使い「何故俺なんだ? 頼れる大人なら他にも沢山いるだろう」

勇者「その事については、ちょっと余計なお世話かもしれないんだけど……」

勇者「さっき暗器使いは、この国から出たことが無いって言っていたよね」

勇者「仕事柄、仕方が無いんだろうけど……」

勇者「勿体無いって思っちゃったんだ。こんなに凄い人が一つの国に篭りっきりなんて」

暗器使い「凄い……? 俺がか……?」

勇者「そうだよ、暗器使いは凄いよ! あんな力今まで見たことも聞いたことも無い!」

僧侶「たしかに私も初めて耳にする力でした。どんな武器でも隠し持てる……とはどこまで可能なのかも気になりますね」

勇者「それは僕も気になるな……! 大きな斧とかも隠し持ってるの?」

暗器使い「仮にも暗器使いが手の内を全て明かす訳がないだろう……!」

勇者「ええ、ケチだなあ……」

勇者「でもその口ぶり、鉄砲ぐらいは持っていそうだね」

暗器使い「どうだろうな」

勇者「うーん、教えて欲しいなあ」

暗器使い「俺に本気で襲い掛かってくれば、もしかしたら使うかもしれんな」

勇者「それは僕が殺されるやつ」

暗器使い「せめて相打ちする自信はないのか……」

大柄な熊髭の老人「……ふ……」

暗器使い「……! 失礼しました、騒ぎ過ぎました……」

大柄な熊髭の老人「いや、構わない」

大柄な熊髭の老人「お前が友人……と言うには少し歳が離れているが、そのように人と楽しそうに話しているのは初めて見る」

暗器使い「……そうでしょうか」

大柄な熊髭の老人「お前は良くも悪くも真面目な男に育った。ここら辺で外の世界を見に行くのも悪くないだろう」

大柄な熊髭の老人「こういう話はもっと早いほうが良かったかもしれないが……」

大柄な熊髭の老人「少々お前の事をここに縛り付けすぎたかもしれん」

暗器使い「いえ、そんな事は……」

隻眼の斧使い「折角の機会だ、この子らと一緒に旅に出てみたらどうだ?」

暗器使い「し、しかし……」

勇者「無理にとは言わないけど、僕としては一緒に旅に行けると嬉しいかな」

勇者「さっきの戦いでの相性は悪くなかったし……」

勇者「それに二人より三人のほうがきっと楽しいだろうしね」

僧侶「何度も言いますがこの旅は娯楽では無いということはお忘れなく……」

僧侶「ですが、私も暗器使いさんのような方が一緒だと心強いです」

暗器使い「…………」

暗器使い(出会ったばかりの俺の事をこんなに必要としてくれる……)

暗器使い(こんなにありがたい事があるだろうか)

暗器使い(それに、外の世界か……)

暗器使い「……悪くない話かもしれない」

勇者「だよね!? 一緒に行こうよ!」

暗器使い「ああ、許可がもらえるならば是非一緒に行きたい」

勇者「やった!」

勇者「良い……ですよね?」

大柄な熊髭の老人「もう大人に管理される歳でもあるまい」

大柄な熊髭の老人「今までの仕事のことなどについて少し手続きを踏まないといけないが、一週間以内には出立の許可を出そう」

暗器使い「……ありがとうございます」


暗器使いが深くお辞儀をしてから顔を上げた時、その肩が突然熱くなり始めた。


暗器使い「肩が……何だ……?」

勇者「これは……」

隻眼の斧使い「アサシンの紋章……」

隻眼の斧使い「そうか、お前が選ばれたか……」

勇者「初代の格闘家が北方連邦国の出身だから、格闘家の紋章持ちと出会うかと思っていたんだけど……」

僧侶「目の前の先代様が戦士の紋章持ちですし、血統や土地柄に縛られないケースも多いようですね」

僧侶「しかしこのタイミングで紋章が出るとは……」

僧侶「勇者様が仲間と認めることで現れるのでしょうか?」

勇者「うーん、過去には出会う前から既に紋章が出ている人もいるみたいだから一概には言えないんじゃないかな」

勇者「何にしても、暗器使いは僕達の仲間って事だね。これからよろしくね」

僧侶「そうですね。よろしくお願い致します」


勇者が差し出したてを暗器使いは握り返した。


暗器使い「……ああ、よろしく頼む」


こうして勇者は新たに暗器使いを仲間として迎え入れ、三人での旅をスタートした。

次に目指す場所は自治区としている。

自治区は森の民エルフが治める土地なのだが……。

《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ 
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い


B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者
B3 フードの侍 小柄な祓師

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ
C2 トロール
C3 河童 商人風の盗賊 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。

みるみる内にストックが尽きていきます。
それでは。

《森の民》


──北方連邦国領内から自治区方面行きの蒸気機関車


勇者「想像以上に時間がかかっているね」


勇者は硬いライ麦パンを一口かじって、窓の外の代わり映えしない景色を見た。

勇者達の乗車した機関車は、途中での荷物車の切り離しや連結が多く、何度も途中の駅で長い時間足止めをくらっていた。

王国との国境付近から“いつの間にか”連邦国首都まで移動していた勇者達は、首都発の機関車にかれこれ二日間は乗車している。

これまた“何故か”連邦国議会からの計らいがあり、一等寝台車両を充てがわれているため特に不便などは無いのだが。


暗器使い「丁度、帝国方面への大掛かりな出荷と被ってしまったようだ」

暗器使い「下調べが足りなくて済まないな」

勇者「まあ、たまにはゆっくりなのも良いんじゃない」

勇者「帝国への荷は石炭とかかな? 北方連邦国は鉱山が有名だから」

暗器使い「おそらくそうだろう。この国は土地が痩せていて農業には向かない」

暗器使い「漁業はそれなりに盛んだが、地下資源に恵まれていなければこの時代ではやっていけなかっただろう」

暗器使い「今は工業がこの国を支えている」

僧侶「石炭と言えば、最近皇国でも大きな炭鉱が見つかったらしいですよ」

僧侶「そのせいか、近隣国との情勢が不安定になっているらしいです」

勇者「共和国なんかは地下資源は輸入に頼り切りって話だからね」

僧侶「人間同士で争っている場合ではないというのに……」

勇者「国同士の衝突が始まってしまったら、僕達の旅も難航するだろうね」

暗器使い「現在進行系の衝突という訳ではないが、次に向かう自治区も中々入国しづらいのではないか?」

暗器使い「勇者達の入国を足止めした我々が言うのも何だが」

僧侶「そうですね。よりにもよって入国しにくい二国を最初に巡るとは」

僧侶「私も納得しての出発ではありましたが……」

勇者「あはは……自治区の方も入国が難しそうだったら後回しにするよ」

勇者「また拉致されたら困るしね」

暗器使い「ふっ……タダで首都まで運んでもらえるかもしれんぞ」

勇者「あはは! それも良さそう!」

僧侶「当事者同士でよく笑えますね……」

勇者「過ぎ去った事は大抵笑い話にできるよ」

僧侶「……でも、笑えない事もあります」

僧侶「自治区、ですか。亜人……いえ、人外が治める土地……」

僧侶「人外が……」

僧侶「…………」

勇者「僧侶……」

僧侶「大丈夫です、ただ……」

僧侶「……すいません、少しだけ風にあたって来ます」

勇者「うん。目的地はまだまだだしゆっくりして来なよ」

僧侶「はい……」


僧侶は寝台車両を出て食堂車の方へと移って行った。


暗器使い「僧侶は人外に対してかなりの憎しみを抱いているようだが、一体何があったんだ?」

勇者「うーん……」

勇者「絶対神の啓蒙な信者だから……というのは建前のようなものだろうね」

勇者「勿論理由の一つではあるんだろうけど、それ以上に人外を憎むようになったきっかけがあるんだ」

勇者「一つは昔……四年前だったかな」

勇者「僧侶が人外の集団に乱暴されちゃった事があってね」

暗器使い「乱暴、か……」

勇者「うん。大きな怪我とかは無かったけど、精神的には深い傷を負ってしまったみたいなんだ」

勇者「他に仕事があったとは言え、僧侶から目を離してしまった僕や父さんにも問題があった」

勇者「それからしばらく塞ぎ込んでしまった時期があってね」

勇者「ようやく体調も良くなってきて、僧侶としての仕事に復帰し始めた矢先にこの間の事件……」

暗器使い「新生魔王軍による先代勇者と先代僧侶の襲撃事件か」

勇者「うん……」

勇者「特に母親の遺体の状態は酷かったみたいで、四年前のトラウマが掘り返されたのかもしれない」

勇者「あの日の僧侶の目には怒りと同じぐらい恐怖が見えた」

暗器使い「そうか……」

暗器使い「しかしお前は僧侶と似たような境遇に居るはずなのに、あの子とは何か違うな」

暗器使い「憎くないのか?」

勇者「勿論、僕や僧侶の両親を殺めた奴は許さない。憎んでいるよ」

勇者「でもそれは人外全体を憎む理由にはならないと思うんだ」

勇者「少しずつでいいから僧侶にも理解してもらいたいと思っている」

勇者「考え方を押し付けるつもりはないけど……憎むだけなんて悲しい事だと思うんだ」

暗器使い「……そうだな」

暗器使い「俺も人外全てが悪いとは思わん」

勇者「北方連邦国では人外とはどういう向き合い方をしているの?」

暗器使い「北方連邦国は元々小国同士がぶつかり、侵略や和解を繰り返して出来た国だ」

暗器使い「その小さな国の中には人外の部族が治める国もあった」

暗器使い「国の一員になった者達もいれば、どこかへ亡命していった者達もいる」

暗器使い「後者の多くは千年前の魔王軍に合流していったと言われているが」

暗器使い「そういう成り立ちの国だから、人外であっても国の一員であれば区別はしない」

暗器使い「ただし、エルフ程ではないが外の者を嫌う国柄なのでな。外から受け入れるような事はあまり無いだろう」

暗器使い「人外だと元からいた者とそれ以外の者の区別がつきやすいから、彼らは尚更この国には入りにくいな」

暗器使い「何もかも構わず受け入れるという皇国とうちの国とはまた別だ」

勇者「元からいた部族の人外であれば、公職に就くこともあるって事?」

暗器使い「そうだな。議会にも人外の議員はいる」

勇者「あのコボルト達が正規の職員だった可能性は……」

暗器使い「職員の顔ぐらい全て覚えているからそれは無いだろう」

暗器使い「仮にうちの国民だとしても、あの時は関係なかっただろうがな」

勇者「うーん、そうかもね」


それからしばらくして、僧侶が客室の扉を開けて戻ってきた。


勇者「おかえり僧侶。その手に持っている紙袋は?」

僧侶「向こうの車両で知り合った老夫婦に頂いたんです。見てください、真っ赤な林檎ですよ」

勇者「この時期には珍しいね」

僧侶「この辺りでは丁度この時期が旬らしいですよ」

僧侶「折角なので頂きましょう。私は一個は食べ切れないと思うのですが……」

勇者「僕は一個貰うよ」

暗器使い「じゃあ僧侶は俺と分けるか。切るから貸してくれ」


暗器使いは僧侶から林檎を一つ受け取ると、ナイフを取り出して半分に切り分けた。


勇者「蜜がたっぷりで美味しいね」

暗器使い「連邦国首都ぐらい北に行くと新鮮な果物は高級品でな。久々に食べたが良いものだな」

僧侶「後でもう一度あの老夫婦にお礼をして来ないと駄目ですね」

勇者「そうだね。僕達も直接お礼を言いたいな」

暗器使い「ああ、そうだな」





──翌日、終着駅


勇者「さて、ここから先は馬に乗り換えないとね」

暗器使い「馬の手配のために紹介状を書いてもらってきている」

勇者「それは助かるね。馬車の有無と頭数はどうしようかな」

暗器使い「馬車は使わないほうが良いだろう」

暗器使い「荷のない馬車はエルフ狩りと疑われてもおかしくない」

暗器使い「馬車を使えばチェックが厳しくなり、関所を越えるのに時間が掛かる可能性がある」

勇者「荷があったらあったで密輸とかを警戒されちゃうしね」

暗器使い「ああ、あそこは閉鎖的な土地だから尚更な」

暗器使い「正規の商人も契約した一部の者しか行き来が許されていないらしい」

僧侶「何度も思うのですが、関所を通れるのか不安が募るばかりですね……」

勇者「うーん、自信なくなってきたかも」

暗器使い「初代のパーティーメンバーにはエルフの弓使いがいたんだろう? 今回も仲間を探しに来たって言えば何とか……」

暗器使い「ならないか……」

勇者「当時は人間とエルフとの仲がここまで険悪では無かったって聞くからね」

暗器使い「しかし不思議だな。教会によれば、勇者一行は絶対神に選ばれて加護を受けた者達らしいが」

暗器使い「初代のパーティーメンバーにはエルフやドワーフがいる。教会の人外嫌いと矛盾しているようだが……?」


暗器使いが僧侶の方を見ると、彼女は気まずそうに目をそらした。


僧侶「さ……最近は教会もその点について見直しています……」

暗器使い「つまり、僧侶の人外嫌いは教義に則ったものではなく、個人的な感情に寄るものだという訳だな」

僧侶「そ、それは……」

暗器使い「……色々とあったようだが、そのままという訳にもいかないだろう。これから増える仲間に人外がいないとは限らない」

僧侶「それは、わかっているんです……」

僧侶(でも……)

勇者「ま、まあまあ。その時はその時で……」

勇者「あ、ここで馬を借りるんじゃないのかな。声をかけてみるね」

勇者「あのー、すいません」

ドワーフの馬貸し「おう、お客さんかい」

僧侶「ひっ……!?」


店内から出てきたドワーフを見て僧侶はとっさに暗器使いの後ろに隠れてしまった。


僧侶(無理なんです……どうしても心の底から……)

暗器使い「…………」

暗器使い(思ったより重症か……。しかしこんな調子で自治区に行けるのか……?)

暗器使い(あそこにはほとんどエルフしかいないのだが……)

勇者「ねえ暗器使い、さっきのお願いしていい?」

暗器使い「ん? ああ……」

暗器使い「自分達はこういう紹介で来たのだが」

ドワーフの馬貸し「……おお、これはこれは首都からわざわざご苦労様です」

ドワーフの馬貸し「我々が保有する中でも上等な馬をお貸し致しましょう」

ドワーフの馬貸し「頭数の方はどうなさいますか?」

勇者「えっと、ここから自治区の関所まではどれ位かかりますか?」

ドワーフの馬貸し「東の関所ですか……。そうですね、馬を歩かせて五日程でしょうか」

勇者(四日か……。僧侶は一応馬には乗れるみたいだけど、長時間は不安かも……)

勇者「二頭借りて、一頭に僕と僧侶で乗ろうかな」

勇者「一部の荷物を暗器使いの方の馬に持ってもらう様にしよう」

暗器使い「それが良さそうだな」

暗器使い「そういう訳で二頭で頼む」

ドワーフの馬貸し「かしこまりました。折り返しのために一人同行させますのでそちらにも荷物を分けると良いでしょう」

ドワーフの馬貸し「今ご用意いたしますので裏の馬屋の方へどうぞ」


馬貸しに連れられて馬屋へ行くと凛々しい馬たちが干し草を食んでいた。


勇者「これは……大事に育てられているんですね」

ドワーフの馬貸し「ええ。もちろん商売ですから」

ドワーフの馬貸し「しかしそれ以上に、馬は我々亜人種や人間と切っても切り離せないパートナー……いわば家族と同然の存在です」

ドワーフの馬貸し「工業化が進んだ近年でもまだまだ活躍の場はありますから、これからもこの子達と共に歩んで行くつもりですよ」

暗器使い「なるほど……我々も道中では大事に乗らせて頂きます」

ドワーフの馬貸し「そうして頂けると」

勇者「よし、それじゃあ僕はこの馬にするかな」

暗器使い「それでは自分はこちらで」

ドワーフの馬貸し「さすが、お二人ともお目が高い。馬具一式を持って参りますので少々お待ちを」


その後馬貸しが持ってきた馬具を馬に着せ、暗器使いの乗る馬に荷物などを乗せると、早速三人は関所を目指し始めた。

そして途中の集落で宿を借りたり野営をしたりと六日程道を進んでいると、遠方に鬱蒼と茂る木々たちが見えてきた。





僧侶「あれが……」

ドワーフの従者「ええ。あれが自治区……森の民エルフ達が暮らす場所です」

勇者「連邦国と隣接しているのに急に自然が豊かになるんだね」

暗器使い「彼らは自然との調和を大事にする種族だと聞いている。その方面の術に強い者も多いらしいから、その辺りが関係しているんだろう」

勇者「はるか昔は大陸中にエルフの森があったみたいだけれども、今はあそこ以外はほとんど残っていないんだよね」

僧侶「千年前の大戦後、中立の立場であったにも関わらず各国で迫害を受けたエルフが集結し王国の辺境地を占拠したのが七百年ほど前だとか」

僧侶「実際には王国が率先してエルフの逃亡先として土地を提供したとも聞きますがね」

勇者「僧侶がそんな俗説についても調べているなんて意外だな」

僧侶「べ、別に知識は得られるだけ得たほうが良いと言うだけです」

僧侶「それから事の真偽を自分で判断すれば良いのです」

勇者「確かに、その通りかもね」

ドワーフの従者「そろそろ関所が目の前ですよ。準備をなさった方が良いかと」

勇者「そうだね。無事通れると良いんだけど……」

というわけで自治区が舞台の《森の民》編です。
よろしくお願いします。


荷物車→貨物車
啓蒙な→敬虔な
かな?

>>156
おっしゃる通りです
敬虔に関しては全くの勘違いでした

乙ー

関所までドワーフ5日→勇者4日→結果6日
勇者の予想ガバカバやんけ

>>156 >>158 ありがとうございます。
>>159 勇者の台詞が5日の間違いです。すいません……。






エルフの衛兵A「……よし、通っていいぞ」

勇者「えっ」

エルフの衛兵A「何を驚いている」

勇者「いや、こんな簡単に通れるとは思っていなかったので」

暗器使い「門前払い覚悟で来ていたのですがね」

エルフの衛兵A「さる方から連絡が来ていてな。勇者とその一行が来た場合通すにように言われている」

エルフの衛兵A「さっき術師に貴様らの紋章が本物かどうかも確かめさせたから問題はないだろう」

勇者「連邦国の時とは対応がえらく違うね」

暗器使い「……あの時数日時間がかかったのは貴族院の方でも対応に関して協議がなされていたためだろう」

暗器使い「その結果があれとは浅はかな連中だとは今更ながら思うがな」

エルフの衛兵A「関所を通ることは許可するが行動範囲は制限させてもらう」

エルフの衛兵A「第一に謁見してもらわねばならない方がいる。そこまでは他の衛兵を案内に付けるから従ってもらう」

勇者「わかりました。ありがとうございます」

エルフの衛兵A「……くれぐれも問題は起こしてくれるなよ。分かっていると思うが我々と貴様ら人間の関係は良好なものではない」

エルフの衛兵A「如何に勇者の末裔とて、事の次第によっては許されない場合もあるということを肝に銘じておけ」

勇者「ご忠告ありがとうございます」

エルフの衛兵A「フン……それではこの先は任せるぞ」

エルフの衛兵B「は、はい……! 了解いたしました!」


いかにも新人らしい青年のエルフがその先を案内することになった。

この見た目でも勇者達よりも遥かに歳上である可能性もあるのだが、どうしてもそのようには見えない。


エルフの衛兵B「み、皆さんこちらです。着いて来てください……!」





関所を越えた先では再び馬での移動となり、珍しい光景に目を奪われては衛兵に物を尋ねるなどしながら目的地を目指した。

そうして慣れない複雑な地形を数日進み続け、少し体に疲れが見え始めた頃。


エルフの衛兵B「皆さんは自治区は初めてですか?」

勇者「商人や一部の特殊な人達以外は殆どの人が来たことがないんじゃ無いかな」

エルフの衛兵B「そ、それもそうですね」

勇者「それにしても意外だったのが……」

勇者「思った程エルフの皆からの視線が悪いものでは無いんだね」

エルフの衛兵B「……勇者様達ならご存知だとは思いますが、今のこの土地を僕達エルフに与えて下さったのは隣の大国です」

エルフの衛兵B「エルフを辺境に追いやったのは人間ですが、また助けてくれたのも人間なんです」

エルフの衛兵B「恨みや傷は消えませんが、また誇りにかけて恩を忘れる事もありません」

僧侶「…………」

勇者「隣の大国……当時の国王様はどういう思いで行動に移ったんだろうね」

エルフの衛兵B「あまり大きな声では言えない事ですが、千年経った今も友好にしていただいていると聞いています」

エルフの衛兵B「で、出過ぎた言い方にはなりますが何らかの意思は感じます……」

エルフの衛兵B「しかしやはり僕達が救われている事には変わりありません」

エルフの衛兵B「恨みに関してももう千年も前……祖父母よりも上の代の話ですから、僕らが感情的になるのは難しいです」

暗器使い「そうか、亜人の寿命は数百年程度……我々人間よりは遥かに長いとは言え、当事者が生き残っているような事は無いのか」

エルフの衛兵B「そうですね」

エルフの衛兵B「信仰の長く続いた土着神の類や、より概念に近づいた存在……強力な力の持ち主なら千年単位でも生きるらしいですけれども」

勇者「それこそ当時の魔王軍幹部が生き残っていたとしたら、今でも存命している可能性は十分あるって事だよね」

エルフの衛兵B「ええっ……!? い、一応記録では魔王軍幹部は魔王自身を含めた全員が初代勇者一行に滅ぼされたと有りましたけれども……」

勇者「流石に僕もありえないと思うけどね。もしもの話ってだけ」

エルフの衛兵B「で、ですよね……」

勇者(しかし国王様は“魔王軍の残党”という言い方をされていた……)

勇者(その可能性も捨てきれないってことかな……)


勇者が考え事を始めてすぐ、前方から子供達が飛び出してきた。


エルフの子供A「あっ、お兄ちゃんだ!」

エルフの子供B「お仕事なの?」

エルフの子供C「後ろの人達ってもしかして人間!?」


衛兵と顔見知りらしい子供達は四人を取り囲んでワイワイと騒ぎ始めた。

特に子供達は人間を見る機会があまり無いのか、勇者達三人を物珍しそうな目で見ている。


エルフの衛兵B「こらこら! この方々は大切なお客様なんだから粗相のないように!」

エルフの衛兵B「仕事が終わったら遊んであげるから少し待っていて」

エルフの子供A「えーでも僕達も人間のお兄ちゃんたちとも遊びたいよ」

エルフの子供B「そうだよずるいよ!」

エルフの子供C「ずるいぞ!」

エルフの衛兵B「あのねえ、僕は遊びに行くわけじゃないの! あんまり聞き分けがないとおばさま達に言いつけるよ」

エルフの子供A「それは駄目!」

エルフの子供B「ひきょう者!」

エルフの子供C「あはは! 逃げるぞー!」


子供達が走り去っていくのを確認すると、衛兵はどっと疲れたようにため息をついた。


エルフの衛兵B「……お恥ずかしいところをお見せしていしまいました」

勇者「仲が良いんですね」

エルフの衛兵B「両親の知り合いの子供なんです。この仕事に就く前はよく面倒を見ていましたから」

暗器使い「ここはもう中心部……首都に近いようだが、随分と子供の姿を見るようになったのはその為か?」

エルフの衛兵B「ええ。僕達亜人種は人間に比べて寿命が長い代わりに子を成しにくいみたいで、小さな子供がいる事自体が珍しいんです」

エルフの衛兵B「彼らの成長への影響も考えて、子供が生まれるとこうして首都へ引っ越して子供達同士で触れ合う機会を設けられるようにしているんですよ」

エルフの衛兵B「大きな教育機関もこの辺りに集中していますし」

勇者「なるほど……」

勇者「子供達の相手なら僧侶も得意だよね」

僧侶「……えっ、私ですか!?」

勇者「僧侶は教会の孤児院で子供達に人気なんだ」

エルフの衛兵B「ああ教会の……」

エルフの衛兵B「確かに子供達には人気がありそうですね」

僧侶「べっ……別に私は……」

暗器使い「……やれやれ、恐らくはそろそろ高貴な方との謁見になるんだから気を落ち着かせておけ」

僧侶「わ、分かっています……!」

勇者「それで、これから自分達が謁見する相手というのは?」

エルフの衛兵B「えっと、この先の館にいらっしゃるのですが」

エルフの衛兵B「初代勇者の仲間のお一人の、初代弓使い様の直系の子孫に当たる方です」





勇者達が案内された館の応接間には小柄なエルフの老婆が待っていた。


自治区五代目区長「お待ちしておりました現勇者様とそのお仲間のお二方……」

自治区五代目区長「私はこの自治区の区長を五代目に務めさせていただいているものです」

自治区五代目区長「もう説明は受けているかもしれませんが、初代弓使い様の直系家系の生まれです。どうぞおかけになってください」

勇者「失礼します」

勇者「……お初お目にかかります。先月から正式に勇者を襲名させて頂いた者です」

僧侶「お、同じく現僧侶の紋章持ちで初代僧侶様の直系家系の者です」

暗器使い「北方連邦国出身の暗器使いです。先日暗殺者の紋章が現れたばかりです」

自治区五代目区長「なるほど今回の暗殺者の紋章持ちは北方連邦国からですか……」

自治区五代目区長「北方連邦国には先代の戦士の紋章持ちがいたはずですが彼は健在でしょうか?」

暗器使い「ええ、こちらへ伺う前までお世話になっていました。あの方とお知り合いで?」

自治区五代目区長「いえ、直接お会いしたことは有りませんが人づてで話は聞いていました」

自治区五代目区長「それから貴方がたのお父上……先代勇者様と僧侶様の事は残念です」

自治区五代目区長「彼らはこの自治区を訪れた事が有りましてね」

勇者「そうでしたか……それは自分達と同じ目的でなのでしょうか」

自治区五代目区長「ええ、しかし先代は自治区から紋章持ちは現れ無かったのですけれどもね」

自治区五代目区長「弓使いの紋章は帝国の方に現れたと聞いています」

勇者「しかし今回は関所から今に至るまで我々が来ることを分かっていらっしゃったような対応でした」

勇者「やはり紋章持ちが自治区から出たのでしょうか?」

自治区五代目区長「良い推測です。ええ、その通りです」

自治区五代目区長「私の家系の者では有りませんが、選ばれて納得の実力を持った子です」

自治区五代目区長「ほら、入ってきなさい」


区長に促されて応接間に入って来たのは、長い小麦色の髪と紅色の瞳が美しいエルフの女性だった。


紅眼のエルフ「初めましてになるわね、勇者。今回の弓使いの紋章持ちとして選ばれた者よ」

勇者「よろしく。エルフで紅い瞳なのは珍しいね」

紅眼のエルフ「遠い先祖でダークエルフの血が混じっているらしく、その名残りみたいで」

紅眼のエルフ「私の一家はほとんどが紅い瞳を持っているわ」

僧侶「ダークエルフ……砂漠の民ですか」

僧侶「森の民とはあまり交流がなかったと聞いていますが貴女のような存在は珍しいのでは」

紅眼のエルフ「その通りであまり一般的なケースでは無いとは思うわ」

紅眼のエルフ「ダークエルフのほとんどは魔王軍の軍門に下ったという話だから、貴女がそういう顔をしたくなるもの分かるわ」

僧侶「……!」

紅眼のエルフ「でも随分と遠い先祖の話だもの。詳しくは知らないし私には関係がない話だから」

勇者「僧侶、これから一緒に旅に出る仲間なんだから仲良くしてね」

僧侶「別に私は……」

紅眼のエルフ「あら、私は仲間になるとは一言とも言っていないけれども」

勇者「えっ」

僧侶「なっ」

暗器使い「…………」

自治区五代目区長「こら、あまり困らせるような言い方をするんじゃありません」

紅眼のエルフ「……はあい婆様」

自治区五代目区長「この子が誤解させるようような事を言ってしまってごめんなさいね」

自治区五代目区長「勇者の仲間として旅に出ることに関してはこの子自身も既に了承しています」

自治区五代目区長「しかしその前に片付けて置かなければならない問題があるのです」

自治区五代目区長「解決前に彼女程の使い手にここを発たれてしまうのは困りますので……」

紅眼のエルフ「事が片付くまで待ってもらいたい。もしくは……」

勇者「僕達がその問題解決のための手助けをすれば良いって事だね」

紅眼のエルフ「ええ、話が早くて助かるわ」

暗器使い「その問題というのは……」

紅眼のエルフ「婆様……」

自治区五代目区長「ええ、話して差し上げなさい」

紅眼のエルフ「分かりました」

紅眼のエルフ「……最近多発しているのよ。人攫いが」

勇者「な……!」

僧侶「それは……」

暗器使い「エルフは人間から見ても見目麗しい者が多い。裏の市場では違法で人身売買がなされていると聞くが……」

紅眼のエルフ「昔からエルフはそういった連中の標的にされやすかったわ」

紅眼のエルフ「でもここ一年間は比較にならないほど多発しているの」

紅眼のエルフ「かなりの手練が集中的に自治区で活動していると見て間違いないわ」

勇者「その人攫い達を捕まえて、攫われてしまった子達の保護をこれからやる必要があるって事だね」

紅眼のエルフ「外国まで売り飛ばされてしまった者の奪還はそう簡単なことではないでしょうね」

紅眼のエルフ「でも犯人達を捕まえて売買ルートを聞き出せれば、いずれ買い戻しをする事も出来るかもしれないわ」

紅眼のエルフ「私がいま率先してやるべきなのは実行犯の確保。その後の事は他の人に任せるつもりよ」

紅眼のエルフ「実行犯さえ確保できれば直ぐに貴方達の旅に同行するから安心してちょうだい」

暗器使い「そういう事ならば……いやそうで無くとも早く解決するに越したことは無い。詳しく話を聞かせてもらおうか」


その後、区長と紅眼のエルフから現場の状況や実行犯の目撃情報などについて詳しい話を聞く事になった。

現場は東側の国境付近であるため明日また改めて出発する事となった。

今晩は区長の館の部屋を使わせてもらう事になったが、まだ寝るには早い時間であるため勇者と僧侶は館の外へ散歩に出かけることにした。


僧侶「ふう……」

勇者「東の国境までは二日は掛からないみたいだね」

僧侶「ええ、ですが国境とは言ってもその範囲は広いです」

僧侶「この森を知り尽くしているであろうエルフを相手にしながら一年間も行動するような手練が相手ですから、そう簡単にはいきそうにありませんね」

勇者「そうだね。こっちも頭を使う必要がありそうだ」

僧侶「…………」

勇者「僧侶?」

僧侶「……いえ、なんでもありません」

エルフの子供A「あー! 昼間の人間のお兄ちゃんとお姉ちゃんだ!」

エルフの子供B「本当だ!」

エルフの子供A「ねーねー! これから遊ぶ約束をしていたえーへーのお兄ちゃんが仕事でいそがしいって言うから、代わりに僕達と遊んでよ!」

僧侶「えっ……!? いや私は……」

勇者「いいじゃん遊んであげなよ」

僧侶「勇者様……しかし……」

勇者「えー、子供の相手も出来ないの?」

僧侶「そういう事ではなく……!」

エルフの子供A「それじゃあかくれんぼね! お姉ちゃんが鬼で!」

エルフの子供B「きゃはは! 隠れぞるぞー!」

エルフの子供C「ちゃんと三十数えてよな!」

僧侶「えっ、いや待ってくださ……」

勇者「これはやるしか無いんじゃない?」

僧侶「……そうみたいですね……」





僧侶「……はい捕まえました!」

エルフの子供A「うわー、お姉ちゃん足速いよー」

エルフの子供B「かくれんぼも鬼ごっこもお姉ちゃん勝ちだね!」

僧侶「毎日のように孤児院の子達の相手をしていましたからね。この程度では負けませんよ」

エルフの子供C「こういうのは大人げないっていうんだぞ」

僧侶「男の子なのに女の人に負けて言い訳なんてかっこ悪いですよ」

エルフの子供C「ぐっ……!」

エルフの子供C「つ、次は負けないんだからな!」

僧侶「ふふ、その意気でかかってきなさい」

僧侶「……って、もうだいぶ暗いですね」

僧侶「そろそろお家に帰る時間ですよね」

エルフの子供A「あっ、もうこんな時間」

エルフの子供B「うふふ、勝負はおあずけだね」

エルフの子供C「くっそー!」

エルフの子供A「またお姉ちゃんと遊べる?」

僧侶「そうですねえ……明日からしばらくはお仕事でいないのですけれども、それが終わってこちらに帰ってきた時にまた遊べるかもしれません」

エルフの子供B「本当!? まってるね!」

僧侶「まだ確定ではないのであまり期待はしないでくださいね」

エルフの子供A「待ってるからぜったい来てね!」

僧侶「そうですね、なるべくここに戻ってくるように頑張りますね」

エルフの子供A「やったあ!」

エルフの子供C「またな人間の姉ちゃん!」

僧侶「はーい、気を付けてくださいね」

エルフの子供B「ばいばーい!」


エルフの子供達は大きく手を振って各々の家へと帰っていった。

残された僧侶は子供達の相手のためか少し疲れた顔をしていた。


勇者「お疲れ様」

僧侶「……勇者様、途中からサボっていましたよね?」

勇者「どうやら僕よりも僧侶の方が人気があるみたいだからね」

勇者「それで、どうだった?」

僧侶「どうだったって……」

僧侶「……子供は無垢です。人間も動物も、人外だって変わらないとは思います」

勇者「そうだね」

勇者「でも子供だけじゃなくて大人だって同じだと思うよ」

勇者「あの子たちを育てているのは、他でもないエルフの大人たちなんだから」

僧侶「それは……」

僧侶「……勇者様のおっしゃる通りかもしれません」

僧侶「今日は少々疲れました。早めに寝るとしましょう」

勇者「そうだね。その前に歓迎の席を用意してくれているって話だったから行かなくちゃ」

僧侶「そういえばそうでしたね。そろそろ時間ですし行くとしましょう」

最近暑いですね。
また来週か再来週。






勇者一行を歓迎する宴が終わった後、勇者達は各々に与えられた客室へと戻って就寝した。

しかし……。


僧侶「…………」

僧侶(眠れない……)

僧侶(……何だか頭も痛いしちょっと風に当たってきましょう)

僧侶「…………」

僧侶(綺麗な町並み……)

僧侶(これがエルフの人達の文化……)

僧侶(自然と調和していて、優しくてあたたかい……)

僧侶(人外だからって差別的に嫌ってきた私は一体……)

僧侶(そもそも何で私はこれ程に人外を……?)

僧侶(もちろん許せない出来事は何度もあったけれど)

僧侶(何かおかしいような……)


???「────憎め……」


僧侶「なっ……!?」

僧侶「だ、誰……!?」

???「──憎め……」

???「──もっと憎め……!」

僧侶「何者ですか……! 出てきなさい……!」

僧侶(……っ! 頭が……痛い……!)

???「──貴様の純血を奪った人外を……」

???「──両親の敵である人外を憎め……」

僧侶「ぐ……頭が……」

???「──奴らの芽を……」

僧侶「ぐう……芽を……!」

???「──そうだ……」

僧侶「芽を……摘まないと……!」






エルフの子供C「へへっ、かーさんにばれずに脱出成功……!」

エルフの子供C「今日こそ伝説の光る獣をこの目で見てやるんだ……!」

エルフの子供C「あしたあいつらに自慢してやるぞ」

僧侶「あら……?」

エルフの子供C「ギクッ……!」

僧侶「こんな時間に何をしているんですか?」

エルフの子供C「こ、これはその……」

エルフの子供C「実は……」


…………

僧侶「なるほど、夜にしか現れないというその伝説の獣を見つけて皆に自慢したかったと……」

エルフの子供C「お願い、母さんには言わないで……!」

僧侶「……こんな時間に子供一人で出歩いたら危険だって事は分かりますよね?」

エルフの子供C「……うん……」

僧侶「その獣が凶暴だったらどうするつもりなんですか」

僧侶「何よりも最近は人攫いが出ていると聞いています」

僧侶「残念ですが君一人を森に行かせるわけにいきません」

エルフの子供C「そ、そんなあ……」

僧侶「当然の事です」

エルフの子供C「けちー」

僧侶「ケチじゃありません」

僧侶「……その代わり、特別に私がついて行ってあげます」

エルフの子供C「えっ、本当!?」

僧侶「ええ。ですから今後は一人で無茶なことはしないように」

エルフの子供C「うんわかった! 早速行こう!」

僧侶「ほらほら走らないの」

エルフの子供C「へへっ、こっちの方だよ」

僧侶「はーい、今行きますよ」

僧侶「…………」






僧侶「随分と森の深い所まで来てしまいましたね」

エルフの子供C「そりゃあ伝説の獣なんだから、街の近くにいるわけないじゃん」

僧侶「それもそうですね」

エルフの子供C「この辺は大人が狩りをする時でも中々来ない場所なんだ」

エルフの子供C「きっとこの辺なら出ると思うんだよなー」

僧侶「大人でも中々来ない、ですか……」

僧侶「……それは助かりますね」

エルフの子供C「人間の姉ちゃん……どうかしたのか? 何だか目が……」

僧侶「大丈夫です……怖がらないで……」

エルフの子供C「え…………」


僧侶の手がエルフの子供の額に触れようとしたその時だった。


勇者「──僧侶、そこまでだよ」

僧侶「なっ……!? 勇者様!?」

僧侶「何でこんな所に……!?」

勇者「僧侶が部屋を出て行く気配がしたからね。後をつけさせてもらったよ」

勇者「同じ質問を返すけど僧侶は何でこんな所に? しかもエルフの子供まで連れて」

僧侶「そ、それは……」

僧侶「そういえば何で私はこんな事を……? 一体……」

勇者「僧侶……?」

僧侶「…………っ! 私はっ……“今何をしようとしていた”……!?」

僧侶「何をっ……!」

僧侶「うっあああああああああっ!!」

勇者「僧侶!?」

勇者(明らかに僧侶の様子がおかしい……! これは一体……!?)

暗器使い「……あれは何らかの術的攻撃を受けている可能性もあるな」

勇者「あ、暗器使いも来ていたのんだ……! とにかく僧侶を……!」

暗器使い「ああ、区長の所に連れて行くぞ。子供の方は俺に任せろ」

勇者「了解……!」

暗器使い「よし、お前も行くぞ」

エルフの子供C「う、うん……」

エルフの子供C「姉ちゃん、大丈夫なのか……?」

暗器使い「……ああ、今から区長様に診てもらうからな」

エルフの子供C「そ、それなら……区長さまならきっと……」

暗器使い「…………」

暗器使い(過去のことがあるとはいえ少し過敏すぎると思っていたが、やはりあれは……)






僧侶「すう……すう……」

自治区五代目区長「……取り敢えず今は睡眠の香で眠っているだけです」

自治区五代目区長「それで僧侶様が突然信じられない行動に出た原因ですが」

自治区五代目区長「これは呪術によるものです。しかも極めて高度な……」

勇者「呪術、ですか……」

暗器使い「やはりか……」

自治区五代目区長「非常に高度であるが故、その効果を正しく解析することは叶いませんでした」

自治区五代目区長「聞くところによると僧侶様は時折人外に対して並々ならぬ憎悪や嫌悪を示すようですね」

勇者「ええ、その通りです」

勇者「しかしこの街の子供達と触れ合っている時はそのような事はなかったのですが……」

自治区五代目区長「これは解析結果と私の想像を合わせての事ですので参考にとどめて頂きたいのですが」

自治区五代目区長「僧侶様に掛けられた呪いは“人外を激しく憎むように働きかけるもの”ではないでしょうか」

自治区五代目区長「最終的には先程のように本人の意志を越えた行動に出てしまうような、そんな類のものだと私は思うのです」

暗器使い「なるほど……」

自治区五代目区長「……呪術の影響下とはいえ、僧侶様は我が区の子供を傷つけようとしました」

自治区五代目区長「この事は事実ですね」

勇者「そ、それは……」

勇者(その通りだ……呪術のせいだとしても一歩間違えれば子供が犠牲になっていたんだ……)

勇者(それをお咎め無しで済ますなんてことは……)

自治区五代目区長「……よく聞いてください、勇者様」

勇者「はい……」


区長は眠っている僧侶の頭を軽く撫で、それから勇者達の目を見てこう告げた。


自治区五代目区長「お二人はこの後、きちんと僧侶様を労るのですよ」

勇者「え……」

自治区五代目区長「僧侶様の心は大変優しく慈愛に満ちています」

自治区五代目区長「そんな彼女が目を覚まして、自分がなそうとしてしまったことを思い出したらどれ程傷つくか」

勇者「…………」

暗器使い「区長様は僧侶をお咎めにならないと仰るのですか?」

自治区五代目区長「もし事が起こっていたのであれば、私も区の長として心を鬼にしたでしょう」

自治区五代目区長「しかしそれはお二人によって防がれました」

自治区五代目区長「先程も言ったように僧侶様に掛けられている呪いは非常に高度なものです」

自治区五代目区長「殆どの人間はそれに抗うことは出来ないでしょう。そんな彼女をどうして責めましょうか」

勇者「区長様……」

自治区五代目区長「……私の力では呪術そのものを解除することは出来ません」

自治区五代目区長「しかしこのような事が再び起こらないように多少の対策はさせていただきました」

勇者「対策、ですか?」

自治区五代目区長「呪術の発動を抑えるペンダントを僧侶様に着けておきました」

自治区五代目区長「これで並のことでは僧侶様が人外に対して殺意などを爆発させることは無いでしょう」

暗器使い「そんなわざわざ……本当に感謝いたします」

自治区五代目区長「いえ、私にできることをしたまでです」

自治区五代目区長「しかしこのペンダントも完璧なものではありません。くれぐれも気を付けてくださいね」

勇者「ええ、本当にありがとうございました」

自治区五代目区長「いえいえ。僧侶様の体調次第だとは思いますが、明日には出発をするはずですので早めにお休みになってくださいね」






奴隷商A「ここ数ヶ月商品の入りが悪いせいで少し厳しい状況になって来たぞ」

奴隷商B「耳長どももかなり警戒を強めているみたいだからな……」

奴隷商B「だが焦りは禁物だ。ルートがバレたら俺達はお終いだ」

奴隷商A「それはそうだけどよ……」

奴隷商B「大丈夫だ。耳長に手を出す命知らずなんてもう最近ではあまりいない」

奴隷商B「供給が減っていけばゆるりと値段も上がっていくはずだ」

奴隷商A「そういうもんかね」

奴隷商B「そういうもんだっての」

奴隷商A「よくわかんねえけど、お前が大丈夫だっていうなら大丈夫か」

奴隷商A「まあ俺達には絶対失敗なんて無いからな」

奴隷商B「ああ、このローブ……人や動物から気配を隠してくれるだけではなく、森の精霊とやらの探知も掻い潜れるとはな」

奴隷商B「耳長お得意の森との対話ってやつも恐れることはねえ」

奴隷商A「……! おい二時の方向を見ろ……!」

奴隷商B「ほう……」

奴隷商B「周囲を警戒しろ」

奴隷商A「大丈夫だ……探知針の反応はないぜ」

奴隷商B「よし、行くぞ……」

奴隷商A「くくっ、任せろ」

奴隷商A「やあお嬢さん、こんな所を一人で出歩いたら危ないぞ」

エルフの女性「…………!」

奴隷商B「馬鹿、早く捕まえろ!」

奴隷商A「ちょっと遊んだって平気だっての。こいつビビって声も出ていな……」


奴隷商Aがへらへらと笑っている隙にエルフの女性は森の深い方へと駆け出した。


奴隷商A「って、速っ!?」

奴隷商B「当たり前だ馬鹿! 耳長どもの森の中での身体能力をなめるな!」

奴隷商B「いい加減学習しろ!」

奴隷商A「わ、悪い……」

奴隷商B「いいから追うぞ!」

奴隷商A「おう……!」

奴隷商B「まあ所詮女だ。追いつけないことはない」

奴隷商A「足撃って止めちまってもいいかな……」

奴隷商B「商品価値が下がる。却下だ」

奴隷商A「ちぇっ」

奴隷商B「まあそんな事をしなくても、ほらよ」

奴隷商A「女の走る速度が落ちてきたな。このまま追い詰めるか」

奴隷商B「ああ、それに……」

エルフの女性「…………!」

奴隷商B「どうやら行き止まりのようだな。観念しな」

奴隷商B「俺が手に持っているもの、見えるか? これは最近出始めた小型の銃なんだ」

奴隷商B「お前が大人しくしてくれればこれは撃たない。言いたいことは分かるな?」

奴隷商A「へへっ……中々の上玉じゃねえか。これは高く売れるぜ」

奴隷商A「何なら少々味見でも……って……」

奴隷商B「……どうした?」

奴隷商A「いや……こいつの瞳の色が珍しいなって……」

奴隷商A「紅い…………ごぱっ……!?」


突然地面から生え出た太いツタが奴隷商Aの腹を貫いた。


奴隷商B「て、てめえ……何者だ……!」

エルフの女性「…………」

次回で《森の民》編は終わりです。






──二日前

──自治区と王国の東の国境付近


紅眼のエルフ「この間は随分と大変だったようね」

僧侶「……申し訳ございません……私の精神が弱いばかりにあのような……」

勇者「エルフさん……」

紅眼のエルフ「分かっているわ、責めているわけじゃないの。事情は婆様から聞いている」

紅眼のエルフ「婆様が術を施してくれたならそれほど心配をする必要もないでしょう」

紅眼のエルフ「当事者としてはまあ不安は残っているでしょうけれども、今はやるべきことに集中しましょう」

僧侶「はい……」

暗器使い「それでは本題に移るとするか」

暗器使い「聞く話によると人攫いの一団は随分と手練のようだな。奴らを補足する手立てはあるのか?」

勇者「エルフの一族は森の動植物と会話を出来ると聞いているけれど、その力を使って探し出すことは出来ないの?」

紅眼のエルフ「当然それは何度も試しているけれども、向こうはそれに対して何らかの対策をしているらしいわ」

紅眼のエルフ「おおよその場所なら分かるのだけれども、詳しく捉えるのは難しいのが現状ね」

僧侶「そのおおよその場所というのがこの付近というわけなんですね」

紅眼のエルフ「そうね。奴らは東の国境を越えたり北東の海岸からの出入りをしたりしているみたいね」

紅眼のエルフ「敵は狡猾で用心深いわ」

紅眼のエルフ「行動に出る時は絶対に攫う対象が一人の時だけ。それがどんなにか弱い子供であってもね」

紅眼のエルフ「だから最近は特に女子供は一人では出歩かないようにしてはいるいるのだけれど……」

紅眼のエルフ「どうしても一人になってしまう瞬間というのはあるわ」

紅眼のエルフ「その瞬間を奴らは決して見逃さない。気がついた時には攫われてしまっているらしいわ」

勇者「聞いてはいたけれど本当にやり手みたいだね」

僧侶「そんな相手をどうやって……」

紅眼のエルフ「策はあるのだけどリスクが高いから里の皆にはやらせたくなかったの」

暗器使い「そこに都合よく外国から人間がやって来たと」

紅眼のエルフ「勿論貴方たちの実力を買ってのことよ」

紅眼のエルフ「それに直接危険な目にあうのは私だけだから安心して」

暗器使い「それはどういう……」

紅眼のエルフ「簡単なことよ。私が囮になるわ」

紅眼のエルフ「囮を使う場合は囮自身は勿論、周りの人間の能力が重要になるわ」

紅眼のエルフ「だからこそ貴方たちなの」

勇者「なるほど……」

紅眼のエルフ「以前別の子が敵を追い詰めたのにも関わらず上手く逃げられてしまったことがあったらしくね」

紅眼のエルフ「今回は確実に逃げられないようにしたいわ」

紅眼のエルフ「そこで鍵になるのが……貴女よ」

勇者「え……」

暗器使い「ふむ……」

僧侶「わ……私ですか……?」






エルフの女性→紅眼のエルフ「ようやく会えたわねクズども……」

奴隷商B「その瞳知ってるぜ……当代の守護憲兵で一番の実力の持ち主だ……」

紅眼のエルフ「私を知っているなら話は早いわ。大人しく投降してくれないかしら」

紅眼のエルフ「さもなくば、この人間のようになるわよ」

奴隷商A「ご……ごぼぼ……たす……けて……」

奴隷商B「そんな奴はいくらでも替えが効く」

奴隷商B「それよりも俺をすぐに殺せない理由はこうだろう……? 俺たちの売買ルートを聞き出せなくなるから、な?」

奴隷商B「長い時間かけてようやく捕らえられたんだ。そう簡単に殺せるはずが無いよなあ……」

紅眼のエルフ「…………」

奴隷商B「まあでもその心配はいらないぜ」

紅眼のエルフ「……どういうことかしら?」

奴隷商B「──俺たちが二人組だなんていつ言った?」

紅眼のエルフ「…………!」

奴隷商B「野郎ども出てきな!」

紅眼のエルフ「…………」

奴隷商B「…………あ?」

紅眼のエルフ「出てこないわね」

奴隷商B「なっ……どうなってやがる……!?」

勇者「ふう……」

暗器使い「周りの連中は全て片付けたぞ」

紅眼のエルフ「はーい、ご苦労様」

奴隷商B「まさかお前は逃げていたんじゃなくて俺たちを誘い込んでいた……!?」

紅眼のエルフ「そういうことよ。ご愁傷様」

奴隷商B「クソッ……!」

奴隷商B「……ま、まあいい……」

奴隷商B「さっき言った通りお前達は俺を殺せはしない……正真正銘最後の一人だからな」

奴隷商B「さあどこへでも連れていくが良いさ。ああ待遇は良くしてくれよ。話す気が失せちまうかもしれないからな……ガフッ……!?」

奴隷商B「な……何をしている……!?」

暗器使い「見てわからんのか。首筋を斬った」

奴隷商B「こ……こんな事をしたら……俺が死んだら売買ルートは永遠にわからなくなるぞ……!」

紅眼のエルフ「貴方が売買ルートの事を話してくれればその傷を治してあげるわ」

奴隷商B「へっ……治す気もないくせによくもそんなことを言えるな……」

奴隷商B「だいたいこの傷を治せそうな奴なんて……」

勇者「僧侶、治してあげて」

僧侶「は、はい……!」


僧侶は奴隷商Aに回復の術を使った。


奴隷商A「えっ、俺は……?」

奴隷商B「なっ……馬鹿な……!」

紅眼のエルフ「この子は強力な回復呪文の使い手みたいだから、その程度の傷ならすぐに治してくれるわよ」

紅眼のエルフ「早く全てを私たちに話すことね」

紅眼のエルフ「私には嘘偽りは通じないわ……一言でも虚偽があれば貴方の傷は塞がらないと思いなさい」

紅眼のエルフ「さあこのままだと血を流しすぎて貴方は死ぬわよ……」

奴隷商B「ぐっ…………!」

奴隷商B 「なっ……」

紅目のエルフ「ん……?」

奴隷商B「なめんじゃねえぞ耳長のメス風情が!!」


奴隷商Bが隠し持っていた短刀が紅目のエルフの頬をかすめた。


紅目のエルフ「悪あがきを…………って!? 」

紅目のエルフ(足が動かない…………!?)

紅目のエルフ(刃に毒でも仕込んであったのかしら………!? いや、この感じは術仕込みの短刀…………!)

奴隷商B「ひひっ…………お前は道連れだ…………!」


奴隷商Bが紅目のエルフにナイフを突き立てようとした。

しかしそれは間に割って入った勇者に阻まれた!


奴隷商B「なっ…………!」

勇者「大丈夫!?」

紅目のエルフ「えっ……? え、ええ……大したことは……」

暗記使い「大人しくしろ」

奴隷商B「ぐえっ……!」

暗記使い「僧侶、彼女の傷を治しておいてやれ」

僧侶「はい、動かないでくださいね」


僧侶は紅目のエルフの頬の傷を癒やした。


紅目のエルフ「えっ、いや、別に大した傷じゃないわ……」

僧侶「駄目ですよ。綺麗なお顔なんですから」

紅目のエルフ「いや、でも…………」

僧侶「どうかしたのですか……?」

紅目のエルフ「いや……人間に庇われたり、癒やしてもらうなんて初めての経験で……」

勇者「人間もエルフも関係ないよ。僕たちは仲間なんだから」

紅目のエルフ「へ…………」

紅目のエルフ「私が、仲間……ね……」

暗記使い「…………」

暗記使い「──さて、」

暗記使い「僧侶はここから先こっちを見ず、耳も塞いでいろ」

暗記使い「指示した時に治癒の力を使ってくれれば良い」

僧侶「えっ……は、はい……」

勇者「はい目隠し用の布」

僧侶「あ、ありがとうございます」

暗記使い「……よし、よく聞けよ?」

奴隷商B「ひいっ……!」

暗記使い「十秒黙るごとに指一本だ」

暗記使い「喋れば傷は塞いでやるし、その後も命の保証はしてやろう」

暗記使い「黙っていても傷は塞いでやるが…………全てを話さない限り何度もやり直しだ。意味は分かるな?」

奴隷商B「や……やめ……!」

暗記使い「さあ開始だ」






奴隷商が吐いた情報によってここ数年で攫われたエルフの民が多く自治区へと戻ってくることが出来た。

しかし一部の奴隷市場などは既に何者によって襲撃されており、エルフの奴隷の姿はそこには無かった。


勇者「うーん、何かスッキリしないね」

暗器使い「何者が奴隷市場を襲撃したのか。消えた奴隷はどこへ行ったのか……不明瞭なことが多いな」

僧侶「もうその辺りはエルフの皆さんに任せるしかありませんが……」

勇者「まあスッキリはしないけど、得るものは多かったね」

勇者「僧侶に掛けられた呪いを抑制するペンダントもそうだし……」

紅眼のエルフ「よし、もうすぐ王国領ね」

勇者「新しい仲間も加わったしね」

紅眼のエルフ「まあそれは約束だったもの」

紅眼のエルフ「王国領に入ったらすぐ北の港町に行ってそこから法国に向かうってことで良いのかしら」

勇者「そうだね。自治区からは直接船で行けないのからねえ」

暗器使い「それは仕方が無いだろう。うちの国からも法国には決められた商船以外行けない事になっている」

紅眼のエルフ「王国の領土が北の海岸に不自然に伸びているのは、その昔法国への玄関口欲しさに自治区から奪った土地のお陰であると聞いているわね」

勇者「あはは……らしいね……」

僧侶「信仰のためとはいえ間違った歴史であるとは私も思います……」

紅眼のエルフ「ま、私が生まれるよりもずっと前の話だし、実際にどういう事情があったかなんて分からないものだけれど」

紅目のエルフ「そもそも元を辿れば自治区は王国領だったわけだしね」

勇者「そういえばエルフさんって歳はいくつ……」

僧侶「ゆ、う、しゃ、さ、ま?」

暗器使い「女性に歳を聞くとはこれは如何に」

勇者「あっ、いや、そういうつもりでは……あはは……」

紅眼のエルフ「ふふっ……まあ一応答えてあげるわ」

紅眼のエルフ「そうねえ……貴方の十倍近くは生きているんじゃないかしらね」

勇者「じゅっ……十倍……!?」

紅眼のエルフ「あら、そんなに驚かれるなんて傷つくわね」

僧侶「もう勇者様!」

勇者「あっ、だからそういうつもりでは……!」

暗器使い「天然失礼とは……一番最悪なのでは?」

紅眼のエルフ「くくっ……あははっ……! 気にしなくていいわよ本当に……笑わせてもらったから……ふふっ」

紅目のエルフ「最初は人間と行動を共にするなんてどうかと思っていたけれど」

紅眼のエルフ「ふふっ……これは退屈し無さそうね」


四人目の仲間、弓使いの紋章持ちの紅眼のエルフを仲間に加えた勇者一行。

次に目指すのは勇者の直感によって、教会総本山のある法国となったのだが……。



《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長  
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者
B3 フードの侍 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ

C2 トロール 
C3 河童 商人風の盗賊 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。

次回は法国が舞台の《始動》編です。



《始動》


──王国の領北端の港町から洋上へ遥かに進んだ地点


勇者「うっぷ……」

僧侶「勇者様大丈夫ですか?」

紅眼のエルフ「まさか勇者が船酔いに弱いとはね」

暗器使い「何度も言っているが具合が悪いからと下を見ては更に悪化するだけだぞ。デッキに出てなるべく外を見ろ」

勇者「りょ、了解……うっぷ……」

僧侶「ゆ、勇者様……」

僧侶「私は勇者様をデッキに連れていきますね」

紅眼のエルフ「お任せするわね」

紅眼のエルフ「当代の勇者様とはどんな屈強な男かと思っていたのだけれど……想像とは大分違っていたわね」

暗器使い「あんなのでも戦闘の時は凄いんだがな」

暗器使い「それよりも本当に良かったのか? 故郷の方は今が一番忙しくなっているんだろう?」

紅眼のエルフ「約束は約束だしね」

紅眼のエルフ「それに私の故郷の皆は私一人が居なくなっただけで駄目になるようなヤワな連中じゃないわ」

紅目のエルフ「次期区長……婆様の娘さんもいるしね」

暗器使い「そうか、要らないことを聞いたな」

紅眼のエルフ「いいのよ」

紅眼のエルフ「しかし法国……教会の総本山ね……」

紅眼のエルフ「貴方はともかく私なんかは門前払いを受けないかしら」

暗器使い「最近は教会でも色々動きがあるらしい。その点は心配はいらないだろう」

暗器使い「魔王軍の者でもなければ立ち入れないという事は無さそうだ。もちろん関所での検査は厳しいものだと思うが」

紅眼のエルフ「武器とか取り上げられちゃうのかしら」

暗器使い「それはあり得るな」

紅眼のエルフ「まあ私は植物が育つ環境であればいくらでも供給できるんだけどね」

暗器使い「俺もまあ……武器は持っていて、それでいて持っていないようなものだからな……」

紅眼のエルフ「ふうん、どういう事なのかしら」

暗器使い「……まあ、今度見せる機会があったら説明する」

紅眼のエルフ「楽しみにしておくわね」

紅眼のエルフ「あら……あれは……」

暗器使い「……どうやら今日か明日中には到着しそうだな」






勇者「や、やっと着いた……」

紅眼のエルフ「へえ、綺麗なところじゃない」

暗器使い「俺も初めて訪れるが……なるほど……」


勇者達が船を降りた先に待っていたのは白を基調とした建物が多く立ち並ぶ港湾都市だった。


僧侶「玄関口でもこの美しさですからね。法都に着いたらもっと驚くと思いますよ」

勇者「そっか、僧侶は法国に来たことがあるんだったね」

僧侶「ええ。聖職者として訪れないわけにはいかないと思いまして」

僧侶「あの時は恐れ多くも法王猊下と謁見する機会も設けていただいて……」

勇者「へえ、法王様と……」



船から荷を下ろし終わった勇者達の前に一人の青年が現れた。


本教会の案内人「勇者様とそのお仲間の皆さんですね」

本教会の案内人「わたくしは法都の本教会から案内役として遣わされた者です」

紅眼のエルフ「あら、随分と用意が良いのね。私達の時みたいに国の中で何らかの兆候があったのかしら」

本教会の案内人「わたくしは末端の人間ですから知る限りですが、貴方がたのような“選ばれし者”が法国に現れたという話は聞いておりません」

本教会の案内人「歓迎の準備は勇者様から書簡が到着してから始めさせて頂きました」

暗器使い「手紙? いつの間に出していたんだ?」

勇者「いやあ、自治区での一件が済んだ後すぐにね……僧侶に言われて」

僧侶「今まで行き当たりばったり事前連絡無しに他国に向かっていたのがおかしいのです」

僧侶「ただの旅人とは訳が違うんですからね」

暗器使い「そりゃそうだ」

勇者「あはは……申し訳ない」

本教会の案内人「さて、本来なら法都へ向けて早速出発としたいところですが」

本教会の案内人「皆さん長い船旅でお疲れのはずです。今日はこちらで用意いたしました宿場でゆっくりと身を休めてください」

勇者「た、助かった……」

紅眼のエルフ「ふう、本当に我らが勇者様は……」

暗器使い「まあ言ってやるな」

僧侶「今回ばかりはフォローできませんね……」

勇者「みんな酷いなあ」

本教会の案内人「ふふっ、それでこちらです」






勇者「あー美味しかった!」

僧侶「もう大分体調は良いみたいですね」

勇者「そうだね。地面って素晴らしい……!」

暗器使い「まあ帰りはもう一度船に乗ることになるんだがなな」

勇者「…………転移魔法陣とか使わせてもらえないかな…………」

僧侶「いくら勇者様でも無理です」

紅眼のエルフ「次は酔い止めの薬草をあらかじめ渡しておくわね」

紅眼のエルフ「ああいうのは酔ってから使っても効果は薄いから」

勇者「お願いします……」

紅眼のエルフ「さてそろそろ夜も更けてきたしこれを頂こうかしらね。さっき露天で買ってきたのよ」

暗器使い「おお、上等な葡萄酒のようだな」

勇者「あ、僕も欲しい」

僧侶「勇者様は駄目ですよ」

勇者「何で!? 先月でもう二十歳だよ!? とうの昔に飲んでいい年齢を超えているんだけど!」

勇者「僧侶がたまに僕に隠れて飲んでいるのは知っているよ!」

僧侶「そ、それは人付き合い上仕方がなく……」

紅眼のエルフ「まあ良いじゃないの。勇者もこれからその人付き合いってものが増えてくるんでしょうから」

僧侶「ぐ……それは、そうですが……」

暗器使い「流石に酒場で持ち込みの酒は開けにくい。部屋に戻って二次会といこうか」

紅眼のエルフ「男性陣の部屋でいいかしら」

勇者「どうぞどうぞ」

暗器使い「つまみに干し肉と豆でも買ってくる」

紅眼のエルフ「良いわね、お願いするわ」

僧侶「あーもう! 明日から法都へ向かうんですよ!」

紅眼のエルフ「だからこそじゃない」

紅眼のエルフ「貴女もさっき酒瓶を見た時に喉を鳴らしていたじゃない」

僧侶「えっ、見られて……!?」

紅眼のエルフ「あら、嘘だったのだけれど……」

僧侶「なっ……!」

勇者「僧侶、諦めよう」

僧侶「うるさいです!」






僧侶「ふう~……美味しい~……」

僧侶「おかわり~」

勇者「そろそろ止めにしたら?」

僧侶「えーまだ飲みますう」

勇者「はいはいまずは水飲んで」

僧侶「えー」

暗器使い「真っ先に駄目になったな」

紅眼のエルフ「可愛らしくていいじゃない」

勇者「ほら風邪ひくからこれ羽織って」

僧侶「ありがとー」

紅眼のエルフ「本当に仲がいいのね」

勇者「小さい頃からの付き合いだからね」

勇者「それぞれの修行のために離れていた時期もあったけれど、基本的にはずっと一緒だったかな」

紅眼のエルフ「なるほど……」

紅眼のエルフ「ちなみに僧侶と勇者はお互いのことをどう思っているのかしら?」

暗器使い(グイグイと突っ込むなこの女……)


僧侶「生意気な弟です」

勇者「手のかかる妹、かな」


僧侶「ん?」

勇者「えっ?」

僧侶「いやいや、勇者様より私のほうが歳上ですよね!?」

勇者「歳は関係ないよ。実際こうやって介抱されているのは僧侶でしょ?」

僧侶「ふ、普段どれだけ私が勇者様の尻ぬぐいをしているか分かっているんですか……!?」

僧侶「書類まとめや報告に関することは最たるものです……! 最近では書簡のこともそうですよね!?」

勇者「そ、それは確かにそうだけど……僧侶は仕事以外ではだらだらしちゃって家事なんかも疎かだから、僕が何度家政夫をしに行ったか……!」

僧侶「そんな昔のことを……!」

勇者「いやいや、勝手に昔話にしないでよ!」


勇者と僧侶の実のない話は結局僧侶が眠りに落ちるまで続いた。

勇者は僧侶を寝かしつけにもう一室へと彼女を担いで行った。



暗器使い「何と言うか……」

紅眼のエルフ「ふふっ、どちらも子供ね」

紅眼のエルフ「期待していたような間柄では無いようだけど」

暗器使い「おいおい楽しむなよ」

紅眼のエルフ「そんなつもりではないわ」

暗器使い「思いっきり『期待していた』って言っただろう……」

暗器使い(こいつも中々の奴だなまったく……)

紅眼のエルフ「本当に姉弟……家族のようなものなんでしょうね、あの二人は」

暗器使い「家族か……まあそうなんだろうな」

紅眼のエルフ「…………?」

暗器使い「俺たちもそろそろ寝よう。明日は早いらしいからな」

紅眼のエルフ「一緒に寝る?」

暗器使い「……馬鹿を言うな。向こうに帰れ」

紅眼のエルフ「あらら、連れないわね」

紅眼のエルフ「それじゃまた明日」

暗器使い「ああ」

暗器使い(はあ……本当に苦手なタイプだ……)






僧侶「……おはようございます……」

紅眼のエルフ「おはよう。よく寝られたかしら?」

僧侶「お陰様で……」

僧侶「あの、時間は今どれ位でしょうか?」

紅眼のエルフ「まだ八時にはなっていないぐらいだったわ。丁度良い時間に起きたわね」

僧侶「寝坊しなくて良かったです。朝食の前に荷物を纏めておきましょうか」

紅眼のエルフ「うん、そうしましょうか」


二人が自分の荷に手を掛けた所でドアを勢い良く叩く音がした。


勇者「二人共起きてる!?」

僧侶「勇者様? どうかしたのですか?」

勇者「いま教会からの使者を通じて緊急の連絡が!」

紅眼のエルフ「……一体何が?」

勇者「魔王軍だ……!」

僧侶「えっ……」

勇者「昨晩魔王軍が各地で一斉に蜂起したって……!」






暗器使い「……つまり新生魔王軍が大陸各地でダンジョンを出現させ、宣戦布告をしたと」

勇者「うん、ただ変だなって思うことがあって」

勇者「ダンジョンってのは自然発生と人口生成のどちらでも関係なく、非常に長い時間を要するもののはずなんだ」

勇者「それなのに今回は大都市の中央に発生したダンジョンもあるみたいなんだ」

僧侶「何十年も誰にも気が付かれずにそんな準備が出来るなんてちょっと信じられませんね」

紅眼のエルフ「存外に彼らへの協力者が多くいるって事じゃ無いかしらね」

僧侶「考えたくはありませんが……そうなのかもしれません……」

暗器使い「一つ一つの種族で見れば人間が一番多いが、人外全体を一つと見ればその数は人間の人口に匹敵するとも言われているからな」

紅眼のエルフ「それで、私たちはどう動けば良いのかしら」

暗器使い「法国でも数カ所の離島にダンジョンが出現したらしいが、そこに向かえば良いんじゃないか?」


本教会の案内人「いえ、その事なのですが……」


勇者「何か問題が?」

本教会の案内人「本教会からの指示で皆さんには予定通り法都に向かって頂くことになりました」

僧侶「なっ……」

本教会の案内人「皆さんは今の不安定な世のための光なんです」

本教会の案内人「まだ詳細の分かっていない敵陣へと赴いて万が一の事があっては困る……というのが本教会の意向だと思われます」

勇者「脅威に立ち向かう事が勇者の義務だと僕は思う」

勇者「それじゃあ僕達はただのハリボテじゃないか……」

本教会の案内人「……申し訳ございません。法国では本教会の指示に従って頂けると」

本教会の案内人「本教会は各国教会の総本山であり、聖騎士団の本拠地でもあります」

本教会の案内人「法国は軍隊を持たない代わりにそれに劣らない聖騎士団が駐留しています」

本教会の案内人「早速その一隊がダンジョンへと出発したとの報告が有りました。今はそちらに任せて頂けると」

暗器使い「それで大方制圧が終わったら俺達が敵の大将首を持ち帰って晒してやればいいと」

暗器使い「ハリボテとはよく言ったものだな」

本教会の案内人「…………」

紅眼のエルフ「まあここで何を言っても変わらないわ」

紅眼のエルフ「大人しく法都へと向かうとしましょう」

勇者「……うーん、なんかなあ……」

僧侶「勇者様……」

本教会の案内人「……こんな状況ですから当然普通の船は海へは出られません」

勇者「へ?」

本教会の案内人「私の知り合いの船も港に留まっているようです」

本教会の案内人「しかし彼も熱い男ですからね……“私がふと目を話した隙に港へ向かった勇者様一行の事情を知れば”帆を張って海へと繰り出すでしょうね」

僧侶「それって……」

本教会の案内人「行くなら急いで下さい。直に他の者も来てしまいます」

勇者「ありがとう……!」

本教会の案内人「ふう……始末書で済めば良いのですが」

暗器使い「済まない。戻ってきたら勇者に全力で口添えさせる」

本教会の案内人「そうして頂けると……」

本教会の案内人「さあ行くならば今の内です」

予定通り法国編です。
更新間隔が空いてきましたが、前の通り絶対に投げ出しはしないのでどうかお待ち下さい。






法国の熱い船乗り「ああ? お前らあのヤローの知り合いか?」

勇者「そうなんだ、実はこういった事情で……」


勇者は事情を説明した。


法国の熱い船乗り「……なるほど分かった」

法国の熱い船乗り「こんな状況で海に出るなんざ正気じゃねえが、そういう事なら地獄の果まで付き合ってやるぜ!」

僧侶「ほ、本当ですか……!?」

法国の熱い船乗り「おうよ! 今から準備を始めるからちょっと待ってな」

法国の熱い船乗り「誰かに姿を見られたくないってんなら先に船の中で待っていて構わねえぜ」

紅眼のエルフ「結局普通にはいかないのがこの子達なのね」

暗器使い「普通ではないが、上手く行かない訳では無いのがこいつらの面白い所だ」

紅眼のエルフ「なるほどねえ……」





──法国本島から東の洋上


勇者「…………」

僧侶「……大丈夫ですか?」

勇者「今回はあらかじめ酔い止めを飲んだから多少は……」

法国の熱い船乗り「何だボウズ、酔いやすいのか?」

勇者「恥ずかしながら……」

法国の熱い船乗り「ったく根性がねえな。そんなんじゃ一人前の船乗りにはなれねえぞ」

勇者「ええ……僕っていつの間に船乗り志望になったの……?」

法国の熱い船乗り「しっかし先発のヤローどもに見つからないようにコソコソと進んでいたら思ったより日数がかかっちまったな」

法国の熱い船乗り「前が詰まってちゃ小型船ならではの機動性が活かせねえや」

紅眼のエルフ「上陸地点もずらした方が良いでしょうしね」

暗器使い「まあ俺達が向かうべき状況なのかも分かっていないんだ。今は焦る必要も無いだろう」

暗器使い「それにしてもダンジョンか……久しいな」

勇者「暗器使いもダンジョンに行った事が?」

暗器使い「その言い方だと勇者もあるみたいだな」

勇者「僕は修行の一環で父さん達と昔ね」

暗器使い「なるほどな……俺は領内のダンジョンの調査に携わったことあってな」

勇者「暗器使いの本職とはかけ離れた仕事みたいだけど?」

暗器使い「それは今もそうだろう」

勇者「まあね」

僧侶「恥ずかしながら私は一度も……」

紅眼のエルフ「それこそ本職とはかけ離れているじゃない。気にしなくていいのよ」

僧侶「そう言って頂けると……」

僧侶「ですが今からダンジョンへ向かうわけですからある程度の知識は備えておきたくて……何か注意するべきことなどは有りますか?」

勇者「じゃあダンジョンに関しての簡単な説明をするね」

勇者「ダンジョンまたは迷宮っていうのは強力な力の持ち主や自然的な力の吹き溜まりによって生成される結界の一種なんだ」

勇者「ダンジョンが生成されるとその内部では生成者……つまりダンジョンの主とその配下の力が底上げされるんだ」

勇者「内部に居ても主の配下ではない者……つまり僕達攻略者はその恩恵を受けられないから非常に不利なんだよね」

勇者「ダンジョンを消滅させるには主が術を解除するか、主が死ぬしかない」

僧侶「つまり今回のような状況では恐らく……」

暗器使い「向こうが術を解いてくれるなんてことは無いだろうから、主を倒すしか方法はないだろうな」

紅眼のエルフ「それは随分と骨が折れそうね」

紅眼のエルフ「ダンジョンを出現させるだけの力の持ち主の中でも、彼らにとっての敵の本陣目の前を任された奴が主ってことでしょう?」

暗器使い「ああ、並大抵の相手ではないはずだ」

勇者「聖騎士団も当然その事は分かっての人選のはずだから大丈夫だとは思うけど……」

勇者「それでもかなりの激戦になるだろうね」

僧侶「そんな中で私達は一体何をすれば……」

勇者「少人数の機動性を活かして索敵や情報収集をしようと思うんだ」

僧侶「しかし情報を集めた所でそれをどうやって騎士団に伝えれば? 私達は法国本島に居ることになっているんですよ?」

勇者「いやあ、それはもう普通に伝えに行けば良いんじゃないかな」

僧侶「えっ」

勇者「着いちゃったものは仕方が無いという事で」

僧侶「はあ……要するに無策という事ですね……」

紅眼のエルフ「まあ勇者の言う通り来てしまったものは仕方が無いでしょう」

紅眼のエルフ「割り切ってもらうとしましょう」

暗器使い「僧侶、諦めろ。俺よりも付き合いの長いお前なら勇者の事もよく分かっているだろう?」

僧侶「ええそれは勿論……」



その時、船乗りが遠方を睨んで銛を構えた。


法国の熱い船乗り「おう! 話している所悪いんだが揺れに備えてくれ!」

勇者「どうしたの?」

法国の熱い船乗り「ダンジョンとやらに行く前にウォーミングアップができそうだぞ」

法国の熱い船乗り「あの魚影は恐らく……ウロコザメだ!」


船乗りの目線の先に鮫というにはあまりに大きな魚影が近づいて来るのが見えた。


暗器使い「俺に任せろ」


暗器使いはそう言うとどこからともなくライフル銃を取り出した。


法国の熱い船乗り「お前一体どこからそれを……?」

紅眼のエルフ「ふうん……そういう力なのね」

法国の熱い船乗り「力……? そうやってどこからか武器を取り出すのが兄ちゃんの能力だっていうのか?」

法国の熱い船乗り「そいつはすげえがしかし……」

暗器使い(この距離なら当たる……)


暗器使いが引き金を引き、弾がウロコザメに向けて撃ち出された。

しかし銃弾はウロコザメの体を貫くことはなく甲高い金属音とともに弾かれてしまった。


暗器使い「硬い……!」

法国の熱い船乗り「ウロコザメは全身が金属みたいな鱗で覆われている」

法国の熱い船乗り「少なくとも頭側から攻撃しても弾かれるだけだぜ」

勇者「で、でも鮫はこっちに向かってくるわけだから……」

法国の熱い船乗り「おうよ。だからこうするんだ」

法国の熱い船乗り「まず一発目を避けるぞ!どこでもいいから捕まっておけ!」


船乗りはそう叫ぶと向かってくるウロコザメを避けるように思い切り舵を切った。


僧侶「きゃっ!」

勇者「うわわっ!」

法国の熱い船乗り「へっ! 落ちんなよ!」

法国の熱い船乗り「そんで……こうすんだよ!」


船乗りの手にしていいた銛が突如青白い稲妻を纏い出し、それが船を飛び越えて着水したウロコザメへ向かって投擲された。


勇者「す、凄い……!」

法国の熱い船乗り「護衛もなしにこの辺りで船乗りやるにはこれぐらい出来なくちゃなあ!」

法国の熱い船乗り「だが……ちっ、浅かったな……!」

暗器使い「もう一度来るぞ……!」

法国の熱い船乗り「しょうがねえ、もう一回やるか……」

紅眼のエルフ「いえ、その必要はないわ」

紅眼のエルフ「念の為と思ってこれを持ち込んでおいて良かったわ」

法国の熱い船乗り「それは船に積み込んだ苗木の枝で作った矢か……?」

法国の熱い船乗り「そんなもんで何をしようって……」

紅眼のエルフ「まあ見ていてちょうだい」

法国の熱い船乗り「何をするつもりかしらねえが任せていいんだな? 来るぞ……!」

紅眼のエルフ「……!」


紅眼のエルフが放った矢は生木特有のしなりのせいか、安定感のない軌道で飛んでいった。

しかし彼女が二、三言何かを唱えるとウロコザメの目の方向へと鏃が行き先を変えた。


勇者「あ、当たった……!」

法国の熱い船乗り「な、なんちゅう矢の軌道だ……!」

暗器使い「これが噂に聞く森の民の風を操る力か……」

僧侶「で、でも片目を潰されてもまだ鮫は怯んでいませんよ……! こちらへ向かってきます!」

紅眼のエルフ「大丈夫よ。私達が使役しているのは風だけじゃないわ」


再び彼女が何かを唱えると、ウロコザメの頭部から無数の枝が飛び出し爆ぜた。


紅眼のエルフ「生木の矢を使えばこんな芸当も出来るのよ」

暗記使い「ほう……」

勇者「え、えげつない……」

法国の熱い船乗り「ほーう、この状況下であの島に向かうって言うだけはあるな」

僧侶「元から戦闘要員ではない私は勿論ですが、こういう場所だと勇者様も見ているだけしか出来ませんね……」

勇者「そうだね……エルフさんが仲間になっていてよかった」

法国の熱い船乗り「さあて気を取り直して再出発としようか」






法国の熱い船乗り「よし、この辺なら騎士団の船にも見つからないだろう」

法国の熱い船乗り「しかし本当にいいんだな……?」

勇者「うん。どうせダンジョンの中では会わなくちゃいけないんだから、帰りは騎士団のお世話になるよ」

法国の熱い船乗り「お前さんがそう言うなら良いんだろうけどな……」

法国の熱い船乗り「まあ頑張れや。俺はこの辺で退散させてもらうぜ」

僧侶「本当にお世話になりました」

暗器使い「帰りも気をつけてくれ」

法国の熱い船乗り「おうよ。じゃあな」


船が無事に沖へ進んでいくのを見送った一行は、装備を再確認して島の奥地へと探索を開始した。

勇者「そういえばこの島には元々何かあるのかな?」

僧侶「伝統のある寺院があると聞いています。かつては神官らの修業の場としても使われていたとか」

僧侶「近年は老朽化かが進んでいるので保護のために実用は控えられていたようですが」

勇者「じゃあダンジョンの中心はその寺院の可能性が高いね」

暗器使い「教会の伝統的な施設にダンジョンが現れた、か……」

勇者「どうしたの?」

暗器使い「いや、先日の報告を詳しく聞いた所だと、他国では大きな教会自体がダンジョン化に巻き込まれた所もあるらしいな?」

紅眼のエルフ「ええ、そうみたいね」

暗器使い「これは力の誇示……教会勢力への強い敵対意思を示すためのものであることは間違いないだろう」

暗器使い「だがそれだけではない筈だ」

暗器使い「アピールにしたって目立ちすぎだ。何も各地でこれ程大規模にやる必要があるだろうか」

僧侶「何か別の狙いがあると?」

暗器使い「ああ、これはもしかすると陽動なのかもしれない」

暗器使い「新生魔王軍はこの後に別の……つまりは本命を成すつもりなのではと俺は思っている」

暗器使い「あくまで推測だがな……」

紅眼のエルフ「…………」

僧侶「で、でしたら……」

暗器使い「だが俺たちのやることは変わらない」

暗器使い「これ程の規模の事を陽動に使えるような敵だとすれば、俺たち四人にできることなんざ知れている」

勇者「確かに……」

暗器使い「教会も馬鹿ではない。気付いてはいるはずだ……」

紅眼のエルフ「そういう事なら早速奥へと行きましょうか」

紅眼のエルフ「身軽なのが今の私達の取り柄なんでしょう?」

勇者「そうだね、行こうか」

お気づきだとは思いますが、ちょうど前作の《ダンジョン》編と同じ時間の話となっています。






僧侶「だいぶ奥地まで来ましたが……もしかしてあれが」

勇者「うん、ダンジョンの始まりだね。あそこを通過したら制圧するまで戻ってこれないよ」

暗器使い「最低限のものは持ってきているが、長期化しそうならば先発の騎士団の世話になることも視野に入れておいたほうが良いだろう」

勇者「よーし、気をつけて進もうね」


一行は周囲に警戒しながらダンジョンへ踏み込んだ。


僧侶「あ、あれ……? さっきまでこんなに建物や洞窟が有りましったけ?」

紅眼のエルフ「ダンジョン結界内は地形や構造物すらも複雑に変化して文字通り迷宮と化すのよね」

暗器使い「ああ、元の地理の知識は何の役にも立たない。精々中心部がどの方角かが分かる程度だ」

暗器使い「先頭は俺に任せろ。エルフは後方の警戒、勇者は僧侶の護衛を頼む」

紅眼のエルフ「わかったわ」

勇者「了解」


暗器使いを先頭にしばらく進んでいくと前方から飛び出してくる影あった。


暗器使い「早速お出ましか……」

勇者「デカい方は任せて! 暗器使いはゴブリンの群れをお願い!」

暗器使い「ああ」

サイクロプスA「オオオオオオッ……!」

勇者(要領はオーガを相手にした時と同じでいいはず……!)


勇者は振り下ろされた棍棒を身を翻して避けると、サイクロプスの懐に飛び込んで剣を突き立てた。


勇者「次っ……!」

暗器使い(相変わらず危うい闘い方だ……だが……)

暗器使い(まあいい。俺は俺の相手に集中をせねば)

暗器使い(武装したゴブリンが六体……取るに足らない相手ではあるが手は抜かない)

暗器使い(失敗とはすなわち死だと教えられて来たからな)

暗器使い(銃……は流れ弾が勇者に当たる可能性がある)

暗器使い(ならば……)

ゴブリンA「キキッ、突っ立ってんじゃねえぞ人間! ……あばっ!?」

ゴブリンB「な……んだ……これは」

暗器使い「鋼の糸だ。連邦国の技術力を以ってすればこれ程の強度の物も作れる」

ゴブリンC「や……め……」

暗器使い「…………」


暗器使いが手を引くとゴブリン達は賽の目状に崩れ落ちた。

ふと勇者の方に目をやると彼はサイクロプスらに囲まれていた。


暗器使い(あの馬鹿……突っ込み過ぎだと何度言えば……!)

暗器使い「この一体は俺に任せろ! お前は自分の前の二体をどうにかしろ!」

勇者「う、うん……!」

サイクロプスB「ゲヘヘ……その細腕で俺を相手しようってか?」

暗器使い「……こうすれば筋肉は関係ない」


そう言った暗器使いの手の中にどこからか巨大なハルバードが現れた。


サイクロプスB「なっ……! 一体どこから……!?」

暗器使い「さあな。とにかく俺は重力に従って振り下ろすだけだ」

サイクロプスB「がっ……!?」


サイクロプスはハルバードで頭から両断されてしまった。

その光景に怯んだ隙に勇者も他の二体を斬り伏せた。


紅眼のエルフ「……ふうん……」

僧侶「軽いけがのようですが直ぐに治しますね」

勇者「うんお願い」

勇者「いやあ助太刀ありがとう」

暗器使い「お前はいい加減その後先を考えない闘い方を止めろ」

暗器使い「少しは恐怖心というものがないのか」

勇者「恐怖心かあ……うーん、どうだろう」

勇者「そういえば最近特に感じなくなってきたような……」

暗器使い「戦いに慣れてきたということか? いずれにしても良いことではない」

勇者「わかった気をつけるよ」

暗器使い(もしくはあの剣の作用なのか……? いや、あまり憶測で物を言うのは良くないか……)

暗器使い「まあ良い……この先も多くの戦いが予想されるから体力の配分は気をつけていくぞ」

勇者「……待って、これは……」

暗記使い「何だ……? 封印か何かか……?」

僧侶「専門ではないので確実なことは言えませんが、おそらくこれだけでは完全なものではないです」

僧侶「このダンジョンの各地に外の封印の陣があるかもしれません」

勇者「その全部を何とかすれば良いってことか」

僧侶「そうですね。それらの位置を把握して騎士団に伝えるのが良いと思います」




それからしばらく、勇者達が二つ目の封印の陣を発見し、その後現れたゴブリンらを制圧した時だった。


勇者「……! まだ何か来るよ……!」

暗器使い「何……?」


勇者達の目の前には先程と同じようにゴブリンなどの群れが姿を表した訳ではなかった。

そこには異様な気配を放つ謎の黒い甲冑の騎士が立っていた。


僧侶「黒い……騎士……?」

紅眼のエルフ「…………」

暗器使い「勇者……」

勇者「うん、わかってる」

勇者「“あいつはヤバすぎる”……!」

暗器使い「ああ……素での実力は分からないがこのダンジョンにおいては恐らく……」

勇者「間違いなくSランクだね……」

僧侶「そんなっ……!」

勇者(恐らくこの騎士がこのダンジョンの主だ……こんな所に出てくるなんて想定外すぎるよ……!)

勇者(もう少し僕たちだけで偵察する予定だったけど、これじゃそうも行かないね……)

黒い騎士「……勇者とその仲間だな?」


騎士は甲冑のせいか若干くぐもった声でそう問いかけてきた。


勇者「……そうだよ。僕が勇者だ」

黒い騎士「自分は新生魔王軍の四天王が一人である」

暗器使い「四天王……!」

黒い騎士「我らが覇道の妨げとなる貴様らにはここで消えてもらう」

黒い騎士「いざ参る……!」

勇者「来るっ……!」

暗器使い「馬鹿野郎! 正面からやり合おうとするな!!」

勇者「ぐっ…………あっ…………!?」


黒い騎士の剣を自身の剣で受けた勇者はそのまま後ろへと吹き飛ばされてしまった。


勇者「がはっ……!」

僧侶「なっ……!」

勇者(なんて……力だ……)

黒い騎士「こんなものか、勇者よ……」

勇者「ま、まだだ……!」

黒い騎士「甘い……!」


勇者の刺突を躱した騎士はその突き出された腕に剣を突き立てた。


勇者「っ……! ぐああああああああっ!!」

暗器使い「ちっ……! 俺が時間を稼ぐ!」

黒い騎士「貴様もつまらないな。正当な剣の道を修めていないのが分かる」

暗器使い「正面からの立ち合いでは大した事がないのは自覚している……!」

黒い騎士(逆手にナイフ……いつの間に……)

黒い騎士「ほう……だがそれも通用はしない」

暗器使いの投げたナイフは全て叩き落されてしまった。


黒い騎士「なるほど邪道の武というのも中々面白いが、まだまだ未熟なようだな」

暗器使い(まずいな……俺では相手になっていない)

勇者「一人一人じゃ駄目だ。連携していこう……」

黒い騎士「何……? 貴様もう傷が……」

黒い騎士「……なるほど、後ろの女の術か。貴様がかの僧侶の末裔だな」

僧侶「私が居る限り誰一人死なせはしません……!」

黒い騎士「……ふん……」

黒い騎士「如何に優れた白魔法使いでも死者を蘇らせることは出来ない。それは貴様らの領域では無い」

黒い騎士「ならば治す前にその生命を奪えば良い」

勇者「……!」

暗器使い(ヤバイな……どうにか逃げる手立てを考えなければ……)

暗器使い(自分一人で逃げるならば容易いだろう。以前ならばそれでも良かった。だが……)


勇者『──勿体無いって思っちゃったんだ。こんなに凄い人が一つの国に篭りっきりなんて』


暗器使い(こいつらを見捨てて逃げることは、出来ない……!)

紅眼のエルフ「……ふう、仕方がないわね」


紅眼のエルフが少し面倒くさそうに呪文を唱えると、勇者、僧侶、暗器使いの三人との間に太いツタが絡み合った巨大な壁が現れた。


黒い騎士「ほう、これが森の民の力か……」

紅眼のエルフ「ま、勇者のパーティーに選ばれるんだからこれぐらいは出来るわ」

勇者「エルフさん!? これは一体……!」

紅眼のエルフ「こういう鬱蒼とした場所を逃げ回るのは得意なのよ」

暗器使い「駄目だ危険すぎる」

紅眼のエルフ「あら心配してくれるの? ちょっと意外ね」

紅眼のエルフ「でも今は他に方法がないわ。精々私のために騎士団の本隊でも探して来てちょうだい」

僧侶「で、でも……!」

暗器使い「……分かった。すぐ戻る」

僧侶「暗器使いさん!?」

暗器使い「他に手立ては無い。今は彼女を信じよう」

勇者「……エルフさん! 絶対無理だけはしないでね!」

紅眼のエルフ「分かったから早く行きなさい」

黒い騎士「みすみす見逃すとでも?」

紅眼のエルフ「あら。これは正面からの闘いとは違うのよ」

紅眼のエルフ「そういうの、貴方は得意なのかしら?」

黒い騎士「…………」






勇者「ふう……ふう……」

勇者「何とか……逃げ切れたかな……」

僧侶「でも……エルフさんが……」

勇者「わかってる……だから早く聖騎士団の本隊を探さなくちゃ」

暗器使い「……案外それは早く見つかるかもしれないな」

僧侶「え?」

暗器使い「見ろ、靴の跡だ。大きさや歩幅も人間のものと見て間違いないだろう」

暗器使い「比較的新しい物だから今さっき近くを通過したのかもしれない」

僧侶「本当ですか……!」

暗器使い「ああ、急ぐとしよう」

勇者「…………」

暗器使い「どうした?」

勇者「いや、やっぱり良くなかったかなって」

暗器使い「独断でこの島に来たことか?」

勇者「うん……」

暗器使い「最終的に全員自分の意志でここに来ている。良いか悪いかは別として、お前一人の責任というわけではないだろう」

僧侶「暗器使いさん……」

勇者「……ありがとう」


それからしばらく探索を続けている内に勇者達は聖騎士団の野営地にたどり着いた。



第五団聖騎士A「止まれ! 何者だ!」

勇者「僕は勇者。後ろの二人は紋章に選ばれた僕の仲間達だ!」

第五団聖騎士A「勇者だと? 勇者は法都の法王猊下に謁見をしているはずだ」

暗器使い「この島のダンジョンのことを聞きつけて居ても立ってもいられ無くなったみたいでな」

暗器使い「まあ勇者の性というものだろう」

第五団聖騎士A「貴様らが本物の勇者一行であるという証拠はない。ここを通すわけにはいかない」

暗器使い(まあ当然の反応か)

僧侶(ど、どうしたら信じて貰えるんでしょうか……)

???「大丈夫だ。彼らを通したまえ」


勇者達の行く手を塞いでいた聖騎士達の後ろから大柄な中年の男が現れた。



第五団聖騎士A「し、しかし団長……」

???→第五聖騎士団長「大丈夫だと言っている。彼らは本物だ」

第五団聖騎士A「は、はっ……!」

第五聖騎士団長「失礼。お初お目にかかるな勇者殿」

第五聖騎士団長「私は第五聖騎士団の団長を務めさせてもらっている者だ」

勇者「初めまして。勇者一族の当代当主を務めさせて頂いています」

暗器使い「北方連邦国の民選議会から来ました。当パーティーのアサシンの紋章持ちとして選ばれました」

僧侶「お、お久しぶりです叔父様……」

勇者「えっ」

勇者(僧侶の叔父さん……!?)

第五聖騎士団長「ああ。大きくなったな」

第五聖騎士団長「実の弟の葬儀にも顔を出せない不甲斐ない男ですまない……」

僧侶「そんな事は……! この情勢では多忙を極めておられる筈です……わざわざ王国まで出向いて頂くわけにはいきませんでした」

第五聖騎士団長「あいつに家のことを任せて数十年……ついに兄らしいことは一度もしてやれなかった」

僧侶「……そのように深く想っていただくだけでも天の父上は喜んでいると思います」

第五聖騎士団長「……そうか」

勇者「僧侶のお父さんにご兄弟がいらしたなんて話、初めて聞いた……」

僧侶「叔父様は若い頃に出家をなさっていたので、私も修行の一環で法国に訪れた際に初めてお会いしましたから」

第五聖騎士団長「家を継ぐには私の癒やしの力はあまりに微弱であったのでな。才に恵まれた弟に家督は譲ったのだ」

勇者「そうだったのですか……お会いしたことが無いはずです」

暗器使い「第五聖騎士団長……噂に聞く剣豪か」

暗器使い「純粋な剣の腕のみを頼りにたゆまぬ努力で団長の座まで上り詰めたという」

第五聖騎士団長「弟に比べて体だけは丈夫だったからな」

第五聖騎士団長「自分にはこれ以外無いという心構えで研鑽してきた」

勇者(剣の腕……僕もこの剣を受け継ぐ前から鍛錬はしてきたけど、それでもまだまだ足りていない事は分かっているんだ)

勇者(僕は恵まれた体格じゃない。より一層の努力をしないと強大な敵には歯が立たなくなってしまう……)

第五聖騎士団長「…………」

第五聖騎士団長「焦りは禁物。着実に丁寧に進んでいくことが大切だ」

勇者「えっ……は、はいっ……!」

第五聖騎士団長「さて、弓使いの紋章持ちが新たに仲間に加わったと聞いていたが……」

勇者「はい、その件でこの野営地に来ました」


勇者は先ほどの出来事を説明した。


第五聖騎士団長「謎の黒い騎士か……」

第五聖騎士団長「それがこのダンジョンの主である可能性が高いと」

暗器使い「感じる力は凄まじいものでした。自分はそうだと見ています」

第五聖騎士団長「なるほど……黒い騎士の件は了解した」

第五聖騎士団長「だがエルフの弓使い事は我々は関与しない。それはお前達の独断が招いた結果だ」

僧侶「そ、それは……」

勇者「たしかに命令に従わずにここへ来た僕達の落ち度です」

勇者「でもエルフさんは僕達の大切な仲間なんです。捜索のための人員を割いてくれとはいいません」

勇者「でも何か痕跡が見つかったりした場合は僕達に報告をしてはいただけないでしょうか」

第五聖騎士団長「厳しい言い方をさせてもらうが、お前達は一体この島に何をしに来たのか」

第五聖騎士団長「大切な仲間が一人行方不明になっただけでそれ以外は何もしていない。遊び半分で来ているならば解決までこの野営地にいてもらおうか」

僧侶「叔父様……」

第五聖騎士団長「大切な姪だとは言えここは譲れない。我々の歩む道には沢山の命がかかっているのだから」

勇者「……遊び半分ではありません」

勇者「確かにろくな計画もなしに来て、結果はこの様ですが……」

勇者「僕達も見据えている方向は同じなんです。役に立ちたいんです」

第五聖騎士団長「……その言葉は嘘ではないのだろう」

第五聖騎士団長「だが、結果が伴わなければそれは口先だけのものと変わらない。そうは思わないか」


勇者「しかし……」

第五聖騎士団長「エルフの娘の捜索よりも今我々が優先してしべきことがあるのだ」

僧侶「それは一体……」

第五聖騎士団長「ダンジョンの最深への道を発見することだ」

第五聖騎士団長「どうやらこのダンジョンは見かけ以上に複雑な作りをしているらしい」

第五聖騎士団長「進めども同じ場所へ戻されることも多い」

暗器使い「……先程から口を挟むような間を逃しておりましたのですが、ここで良いでしょうか」

第五聖騎士団長「何かあるのか」

暗器使い「我々はこの島に来て何もしていなかったわけではありません」

暗記使い「まずは先へ進む道を封じているであろう魔法陣を二つほど発見いたしました」

暗記使い「他のものと合わせて解除すれば更に奥へと進めるはずです」

第五聖騎士団長「ほう……」

暗記使い「それと、こちらを御覧ください」

第五聖騎士団長「これは……方位磁針か?」

暗器使い「形は方位磁針ですがれっきとした魔法道具です」

暗器使い「この道具は一度接触した対象の方向を指し示すことが出来るものです」

暗器使い「先程の黒い騎士との戦闘で細工をしておきました。奴がダンジョンの主だとすればその行き先を把握できるということは非常に大きな成果では」

第五聖騎士団長「…………ふむ」

第五聖騎士団長「ならば良い!」

第五聖騎士団長「成果があるならば宜しい! 征くぞ、全隊準備に取り掛かれ!!」

第五団聖騎士A「はっ……!!」

勇者「いつの間に……」

暗器使い「何の考えもなしに着いてきたわけじゃない」

勇者「暗に僕が考えなしって言ってるよね」

暗器使い「事実だろう」

勇者「事実です……」

暗器使い「しかし俺達がついて行って何か役に立つのか」

暗器使い「正面切っての立ち合いはお前の方が俺よりも上手のはずだが……手も足も出ていなかったしな」

勇者「うん……この状態の僕ではとても敵わない相手だった」

暗器使い「お前も何か隠しダネがあるのか?」

勇者「確証はないけどね」

勇者「ただ少し怖いんだ」

暗器使い「……?」

勇者「これ以上進んだらもう戻れないような、そんな気がするんだ」

次で《始動》編は終わると思います。

復旧していたんですね……!
週末辺りからぼちぼち再開します。






勇者「日数はかかっているけど道中何の問題もなく進んでこられたね」

暗器使い「統率の取れた軍隊というのはそれだけ強力だ」

僧侶「一応聖騎士団は軍隊では無いのですけれどね」

暗器使い「やっていることは同じだろう。他国への不可侵を謳ってはいるが、各国の教会には駐留しているしな」

暗器使い「共和国の教会のようにほとんど独立してしまった所も有るようだが」

勇者「あはは……言いたいことは分かるけど騎士団のど真ん中でする話では無いかも……」

暗器使い「それもそうか」

僧侶「ふう……」

第五聖騎士団長「距離はあとどの程度だと思うか」

暗器使い「これ自身に距離を測る機能などはありませんが、迂回時の針のブレの大きさからみてもあと少しでしょう」

暗器使い「目標自体が大きく動いている様子は無いのでこちらを待ち構えているのかもしれません」

第五聖騎士団長「そうか……ならばあの中か」


聖騎士団長が指差した先には古びた石造りの建物が見えた。


僧侶「修行用の寺院の跡地……」

第五聖騎士団長「それを利用した迷宮の最深部だろう」

暗器使い「誘い込まれている。まあ恐らくは罠だろうな」

勇者「うん……でもエルフさんも見つからなかったし進むしか無いと思うんだ」

勇者「罠があったとしてもあの黒い騎士がこの中に居るのは確かなんだから」

第五聖騎士団長「そうだな……中に突入する隊と外で待機する隊に分けるとしよう」

第五聖騎士団長「突入隊は人数を絞る。待機側はお前に一任しよう」

第五聖騎士副団長「はっ!」

第五聖騎士団長「僧侶、お前もここで待機だ」

僧侶「ですが叔父様……」

第五聖騎士団長「気が付かないか? 我々は今敵に囲まれている」

僧侶「えっ」

勇者「うん、かなりの数……しかも強い」

第五聖騎士団長「待機組には奴らを相手にここで耐えてもらうことになる」

第五聖騎士団長「私の配下は精鋭だ。しかしそれでも負傷は避けられないだろう」

第五聖騎士団長「一族に伝わるその力……それを正当に継いだお前がここで皆を助けてやって欲しい」

僧侶「……はい、わかりました叔父様……!」

第五聖騎士団長「そして勇者は……」

勇者「僕も奥まで同行させてください。貴方から学びたいことがあるんです」

第五聖騎士団長「……よし、良いだろう」

暗器使い「俺は外に残る。エルフの奴のことは任せろ」

僧侶「勇者様、私の回復は無いのですからくれぐれもお気をつけて」

勇者「うん、わかってる」

第五聖騎士団長「それでは行くとしよう」






竜人A「──ぐわああああっ!!」

第五聖騎士団長「よし、次だ」

勇者(つ、強い……)

勇者(剣術も筋力も僕とは比較にならない……日々の鍛錬から生み出される理想の剣捌きだ……!)

竜人B「クソがっ!」

勇者「くっ……!」

第五聖騎士団長「焦りも油断も禁物だ! 常に冷静に剣を振るえ!」

勇者「おおおっ……!」

竜人B「ぎゃあっ!!」

勇者「……ふう……」

第五聖騎士団長「剣筋は悪くない。お父上の教育の賜物か」

勇者「ありがとうございます。幼い頃から剣を握らされてきましたから」

勇者「しかし……」

第五聖騎士団長「どうした?」

勇者「この体躯だけはどうにもなりませんね……」

勇者「父や団長さんのように豪快な剣を振るうことは出来ません。この剣に限れば力の補助でどうにかなりますが……」

第五聖騎士団長「身の丈などは生まれ持ったものだから仕方が無いだろう」

第五聖騎士団長「しかし筋力などは別だ。今の年の頃が一番成長できる」

第五聖騎士団長「基礎に則った剣術そしてそれを十分に発揮できる肉体の鍛錬ををこれから弛まず続けていくのみだ」

勇者「……わかりました……」

第五団聖騎士B「団長、先へ続く道を発見しました」

第五聖騎士団長「よし、進むぞ」


聖騎士団長に続いて進んだ先には大きな空間が広がっていた。


第五聖騎士団長「これは……」

勇者「地下の……墓地……?」

第五聖騎士団長「修行者の中では一生をこの島で過ごすものも居たという」

第五聖騎士団長「ここは彼らが眠る場所なのかもしれない」


黒い騎士「安らかに……という訳では無さそうだがな」


勇者「黒い騎士……!」

第五聖騎士団長「奴が……」

第五聖騎士団長(なるほど……凄まじい力を感じる)

黒い騎士「この寺院にどんな歴史があったのかは我は知らぬ」

黒い騎士「しかしこの空間に幾つもの霊魂が彷徨っていることは確かだ。黒い黒い魂だ……」


ぞわり、と黒い騎士の放つ気配が変化した。


勇者「これは……さっきまでとは比べ物にならない……!」

第五聖騎士団長「……参る……!」

黒い騎士「……!」


聖騎士団長の一撃を黒い騎士が剣で受け止め、金属と金属のぶつかりあう音が墓地に響き渡った。

黒い騎士の体がガクリと沈み、力では聖騎士団長が勝っている──かのように見えたのだが……。

第五聖騎士団長「むっ……!?」


聖騎士団長の剣は力ずくで弾き返され、その巨躯が宙へと放り出された。


第五団聖騎士B「馬鹿な……! 団長が力負けしただと……!」

勇者「いや、敵は力だけじゃない!」

第五聖騎士団長(……速いな……)


聖騎士団長は黒い騎士の猛攻を凌いで一旦距離を取った。


黒い騎士「なるほど、噂に違わぬ腕の持ち主のようだ」

第五聖騎士団長「貴様も四天王というのは伊達ではないようだな」

第五聖騎士団長「まだ力も出し切っていないと見える」

勇者「えっ……!?」

勇者(今のが全力じゃないのだとしたら、本気になったら一体どんな事になってしまうんだ……!)


その後も聖騎士団長と黒い騎士の闘いは続いたが、徐々に聖騎士団長が押され始めていた。

勇者は高度な闘いを前に、上手く加勢することが出来ずにいた。


第五聖騎士団長(素の力ならばまだ分からないが、ここでは少し分が悪いか)

第五聖騎士団長(今の奴のランクは恐らくは……)

黒い騎士「この場所は自分にとって“二重に”味方をしてくれている」

黒い騎士「負けても恥じることではない」

勇者(二重に……? 一つはダンジョンだとして、後もう一つは一体……)

第五聖騎士団長「フン……」


第五団聖騎士C「ほ、報告です……!」

第五聖騎士団長「どうした」

第五団聖騎士C「外で我々が応戦していた敵の軍勢が突如撤退……! 完全に姿を消してしまいました……!」

第五聖騎士団長「何……?」


黒い騎士「……“時間”か……」

勇者「じ、時間……?」

黒い騎士「そうだ、ようやく準備ができたようだ」


そう言うと黒い騎士は地下の墓場のある空間から飛び退いた。


第五団聖騎士B「逃げるか貴様……!」

黒い騎士「ああ、初めからそのつもりだ」

第五聖騎士団長「何…………!?」

第五聖騎士団長「……まずい、我々もここから早く……!」


聖騎士団長が気が付いた頃には既に遅く、地下墓地は結界に覆われてしまった。


黒い騎士「運が良ければまた会うこともあるだろう。それまでこの勝負は預けておくとする」

黒い騎士「それが何年後になるかは貴様ら次第だろう」


黒い騎士はそう言い残して奥の暗闇へと消えて行った。


勇者「逃げられてしまった……」

勇者(この結界は一体……)

第五聖騎士団長「下がっていろ」


聖騎士団長は剣を上に構え、その先へと力を集中させた。


第五聖騎士団長「オオオオオオッ……!」

第五聖騎士団長「はあっ!!!!」


聖騎士団長が振るった剣は結界の壁にぶつかり、火花弾かせ爆音を轟かせた。

しかし結界にダメージを与えられた様子は無く、依然としてその壁は勇者達を取り囲んでいた。


第五聖騎士団長「今の感触……なるほどそういうものか」

第五聖騎士団長「この結界、決して破れるものでは無いかもしれない」

勇者「それは一体どういう……」

第五聖騎士団長「お前も剣を振るえばわかる」

勇者「は、はい……」


勇者は促されるままに剣を抜き、結界の壁にそれを全力で突き立てた。


勇者「こ、これは……」

第五聖騎士団長「この壁はまるで自分自身。写し鏡のようなものだ」

第五聖騎士団長「自分の力では自分を超えることは出来ない、故に破ることが出来ない……そういった類のものだろう」

第五聖騎士団長「こちらを殺しに来るようなそんな罠ならば対処する自信はあったのだが、まさかこういうものだとは……」

勇者「このダンジョンは陽動……本命は別にあるということでしょうか」

第五聖騎士団長「ああ。他のダンジョンも恐らくは同じ様な役目なのだろう」

第五聖騎士団長「主力をダンジョンに閉じ込めてしまうが奴らの目的だったのだ」

第五聖騎士団長「このダンジョンが陽動である可能性は勿論考えられていた。本島には他の団が残っているから法国での事には対処できるだろう」

第五聖騎士団長(だが敵は本格的に動き出した……我々も早くここから脱出して成すべきことを為さなければ……)


消して壊れない結界をどのように突破するか思案し始めたその時、団員の一人があることに気がついた。


第五団聖騎士B「これは……結界にヒビが……?」

第五聖騎士団長「何……!?」


聖騎士が指差した場所には非常に小さいが確かに亀裂のようなものがあった。


第五聖騎士団長「ここは勇者が剣を突き立てた箇所だ……」

勇者「えっ、僕の……?」

勇者「団長さんの一撃よりも確実に弱かったはずなのに一体どうして……」

第五聖騎士団長「何か特殊なことは?」

勇者「いえ、普通に剣で突いただけです」

勇者「強いて言えば特殊なのはこの剣自体……」


言いかけて勇者はハッとした。


勇者(まさか……そういう事なのか……?)

勇者(この剣を握ってた時、僕は僕じゃない誰かになる。本来の僕よりも強力な力の持ち主に……)

勇者(僕が僕のものではないこの力を振るえばこの結界を破壊できるのでは……)

勇者(でも今まで通りじゃ駄目だ。こんな小さな亀裂ではこの結界は壊れないはずだ)

勇者(それなら……)

第五聖騎士団長「どうかしたのか?」

勇者「……もしかしたら、僕ならこの結界を壊せるかもしれません」

第五聖騎士団長「何だと……?」






???「やあ」

勇者「……あれ?」

???「どうかしたのかい?」

勇者「いや、いつの間に寝たんだろうって」

???「今は寝ているというより一時的に意識がこちら側に来ていると言う方が正しいかな」

???「君が急に力を引き出そうとしてしまうから」

勇者「力……」

???「うん。君はあの結界を破壊するためにこの力を求めたんだ」

勇者「そうか、僕は剣の力を……」

勇者「いや、“貴方の力”を使ったんだ」

???「そうだね。今まで以上に強く、ね」

???「こうなってしまたらもう止まらない」

???「俺にも止められることは出来ない」

勇者「それは一体……」

???「…………」

勇者「また大事なことは言ってくれないんですね」

???「うん……ごめんね」

???「これあ俺の意思であって、俺の意思ではないんだ」






勇者「…………」

僧侶「ゆ、勇者様?」

勇者「ん、え……?」

僧侶「一体どうしたんですか。寺院から出てきてずっと心ここにあらずといった感じでしたよ」

勇者「い、いや何でもないんだ」

勇者「ダンジョンの主である黒い騎士はここから立ち去った。直にこのダンジョンは崩壊して元通りになるはず」

僧侶「叔父様から報告は受けました。お疲れ様です勇者様」

勇者「うん。それよりもエルフさんは見つかったの?」

僧侶「ああ、エルフさんでしたら」

紅眼のエルフ「私なら平気よ。暗器使いが迎えに来てくれたわ」

暗器使い「俺が行かなくても自力で合流している最中だったみたいだがな」

勇者「ふう……無事でよかった」

紅眼のエルフ「私の心配はいらないって言ったでしょう。あんな甲冑野郎に追いつかれたりはしないわ」

勇者「それでも心配するよ……仲間なんだから」

紅眼のエルフ「……そう、ありがとね」

勇者「一応怪我とか見てもらって。僧侶、お願いしていい?」

僧侶「はい」

紅眼のエルフ「ちょっと、平気よ」

僧侶「駄目です来てください」

紅眼のエルフ「あなたたち心配性ね……」

暗器使い「仲間に恵まれてるな、本当に」

紅眼のエルフ「それは貴方も含めて?」

暗器使い「……どうだろうな」

第五聖騎士団長「さて、勇者殿達は私と一緒に真っ先に本島へ戻ってもらう」

第五聖騎士団長「既に各地の教会で緊急招集が掛けられている。我々にも成すべきことが山程ある」

勇者「その口ぶりですとまた何か……?」

第五聖騎士団長「うむ……」


第五聖騎士団長「──王国、帝国、共和国にまたがる広大な土地と南部諸島連合国の一部の島々が新生魔王軍の手に落ちた」


勇者「なっ……!」

僧侶「それは……!」

暗器使い「やはりダンジョンの出現は陽動だったか……」

紅眼のエルフ「…………」

第五聖騎士団長「奴らは占領した土地を魔国と名付け、人間に対して正式に宣戦布告をしたようだ」

第五聖騎士団長「いよいよ戦争が始まる……我々も備えなければならない」

勇者「…………」



《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 黒い騎士 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い 

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長
B3 フードの侍 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス


お久しぶりです。
次回は《大陸会議》編です。

《大陸会議》


第五聖騎士団長「甘いっ!」

勇者「くっ……!」


尻餅をついた勇者の喉元に模造剣の先が突きつけられた。


勇者「ま、参りました……」

第五聖騎士団長「……ふう、今日はこの辺りにしておくか」

勇者「今日も一本も取れなかった……」

第五聖騎士団長「闘いの最中に色々と考えすぎるのも良くないが、勇者殿に関しては考えが無さすぎる」

第五聖騎士団長「姪がついていなければ今生きているのかも怪しいのではないだろうか」

勇者「お、仰る通りです……」

第五聖騎士団長「まあしかし、この間よりは幾分かマシにはなったがな……」

勇者「僕みたいな未熟者の稽古にわざわざ毎日付き合って頂いて……本当に申し訳ないです」

第五聖騎士団長「なに、いずれは大陸を背負っていく希望の光の手助けが出来るのは光栄なことだ」

第五聖騎士団長「それに久々に勇者と剣を交えられて私もまだ学ぶべきことがあると実感している」

勇者「久々、ですか? もしかして父上と……?」

第五聖騎士団長「ああ、だいぶ昔のことだが何度かな」

第五聖騎士団長「勇者殿の剣筋はやはりお父上とよく似ている」

勇者「幼い頃からずっと稽古をつけられていましたからね」

勇者「やはり特殊な型なんでしょうか?」

第五聖騎士団長「初代勇者が各国を旅しながらその土地での剣術を吸収しつつ練り上げた物が源流で、その後も代々の勇者が改善を加えていったと言われている」

第五聖騎士団長「私のような古来から伝わる化石のような剣術使いが相手では良い指導は出来ないかもしれないな」

勇者「そ、そんな事は……」

第五聖騎士団長「……初代勇者が大きく影響を受け、その根幹となったとされている剣術の流派が帝国に存在する」

第五聖騎士団長「今の勇者殿に必要なのはそこでの修練なのかもしれない」

第五聖騎士団長「今の状況でなければ直ぐにでも送り出してやりたいのだがな」

勇者「まあそれは難しいでしょうね……」


二週間前、法国の離島に出現したダンジョンの一つを制圧した勇者らは第五聖騎士団長とともに一番の船で本島に帰還した。

命令違反へのお叱りを十分に受けた後、法王猊下への謁見を済ませてからすぐに状況の整理のための会議へと参加した。


──王国、帝国、共和国にまたがる広大な土地と南部諸島連合国の一部の島々が新生魔王軍の手に落ちた。


第五聖騎士団長の口からそう伝えられた通り、大陸では新生魔王軍がそれらの国々の土地を占領し魔国の建国を宣言した。

既に各国の国境では激しい戦闘が繰り広げられているが、どこも魔国が優勢となっていた。

百年単位で準備された計画であるからというのはもちろんのこと、

各地で同時に出現したダンジョン対応に軍隊や聖騎士団の主力が対応し、その中の実力者の多くがダンジョン内の結界に封じられてしまっている事も大きな原因だ。

結界に封じ込められるだけではなく、更に準備されていた罠によって多くの者が命を落とした。

法国でも第一聖騎士団長が最深の罠によって重症の怪我を負って倒れてしまった。

敵の陽動に見事にしてやられた各国は魔国の建国を安々と許してしまったのだった。

大陸本土はこのように混沌としているため勇者一行の帰還は許可されず、先のことがあるため今回は勇者も従わざるを得ない状況となっている。


第五聖騎士団長「さて、この後は招集がかかっているだろう。水を浴びて汗を流しておいたほうが良い」

勇者「はい、各国の代表の方々お見えになると聞いています」

第五聖騎士団長「私は騎士として立つからこれで良いが、勇者殿達は少し身なりを整えて臨んだほうが良いかもしれんな」

勇者「三人にもそう伝えておきます」

第五聖騎士団長「また後ほど会おう」


勇者は教会に提供されていいる上等な部屋で休憩していた仲間三人に声をかけ、身支度をしてから会議が行われる部屋へと向かった。

席は埋まり始めており、勇者達も指定の場所に急いで着席した。


第三聖騎士団長「例の報告書のことですが、この後よろしいでしょうか?」

第五聖騎士団長「そちらのダンジョンでも同様のものが見られと聞いていたが……分かった、終了後ここに残ってくれ」

第三聖騎士団長「ええ。術的に気になる点もありましたので導師も交えて話しましょう」


──第三聖騎士団長

 全団長の中で唯一の女性で、また最年少でもある。

 法国内に出現した他のダンジョンの調査に当たり、最深での結界の罠は紙一重で回避して帰還した。

王国軍総軍師「久しぶりですな勇者殿。出立の日に顔を出せず申し訳なかった」

勇者「いえいえ、お忙しい身でしょうからお気になさらず」

王国軍総軍師「この期間の間だけで随分とご成長なさった様子……天のお父上もお喜びのことだろう」

勇者「……ありがとうございます」


──王国軍総軍師

 彼の作戦の下で進軍すれば百戦百勝と言われており、大陸中でも名高い軍師。

 接しやすい人柄からか、人脈も広く信頼が厚い。


大柄な熊髭の老人「ふうむ……教会とは無縁の我々まで呼び出されるとは改めてことの大きさを考えさせられる」

自治区五代目区長「千年前と同じく大陸全体を揺るがす事態です……これは教会だけの問題だとすることは出来ないでしょう」

逞しい祈祷師「実際に我々の国土は侵されている。奴らの敵は教会に限られないという事だ」

自治区五代目区長「私達は現在土地を奪われたわけでは有りませんが、先日の同時ダンジョン出現の際はその標的の一つとなっていました」

大柄な熊髭の老人「我々も同じだ。これは現存国家に対しての無差別な宣戦布告であると捉えて間違いないだろう」


──逞しい祈祷師

 南部諸島連合国における祭事で神々と人々を繋ぐ重要な役割を果たす祈祷師(シャーマン)の一人。

 彼はその中でも戦や闘いの神々への祈りを専門としており、南部諸島連合国における軍事においても大役を務めている。


眼鏡の共和国外交官「神聖な教会に異教徒や、ましてや不浄な人外が入り込んでいるとは世も末だな」

自治区五代目区長「…………」

第五聖騎士団長「外交官殿、そのような言い方は」

眼鏡の共和国外交官「本当にこのような異教の者共を信用して良いのでしょうかねえ。腹の中はわからないものですよ」


──眼鏡の共和国外交官

 長身で細身の男で攻撃的な発言が目立つ外交官。

 つい先日までは“とある事件の後始末”のために皇国に出向いていた。


第三聖騎士団長「外交官殿いい加減に……」

氷の退魔師「──腹の中が黒々しい奴らは、俺は他にも知っているけどな」

眼鏡の共和国外交官「……ふん……」

第五聖騎士団長「おお、氷の退魔師殿も来られましたか」

氷の退魔師「皇国での一件もどうにかカタがついたのでね……ある方の護衛を兼ねてついでに来たわけだ」


──氷の退魔師

 王国を代表する退魔師。

 ランクSまで到達した数少ない退魔師の一人であり、大陸中を駆け回って特務に当たる依頼をこなしている。


氷の退魔師「よお勇者くん、久しぶりだな」

勇者「は、はい……! お久しぶりです……!」

氷の退魔師「無事ダンジョンを攻略したらしいな。成長したものだ」

勇者「いえ、まだまだ皆さんには及びません……皇国でのダンジョンの件も聞いていますが、流石ですね」

氷の退魔師「なに、こっちも仲間に恵まれたに過ぎないさ」

切れ長の目の女皇帝「あら、そちらが例の……?」

氷の退魔師「そう、次期……いや当代の勇者だ」

切れ長の目の女皇帝「まあ随分と可愛らしいこと……しかしその実力は確かなものと聞いている」

氷の退魔師「ああ、そこは俺が保証するぜ」

切れ長の目の女皇帝「はじめまして勇者殿。私は皇国の現皇帝を名乗らさせて頂いている者だ」

切れ長の目の女皇帝「よろしく」

僧侶「こ、皇帝陛下……!?」

勇者「えっ……!? あっ……勿体無いお言葉です……!」

切れ長の目の女皇帝「そんなに畏まらなくていい。氷の退魔師殿みたいにもっと自然にしてくれて構わない」

暗器使い(いやこの男……氷の退魔師は流石に馴れ馴れしすぎるだろう……)

紅眼のエルフ(昔からの仲と言う感じだけれど、どうなんでしょうね……)


──切れ長の目の女皇帝

 皇国の現皇帝で先代の一人娘。

 皇国始まって以来初めての女帝だがその手腕は稀代のものと言われている。


帝国軍将軍「これはこれは、女皇帝陛下自らの出席とは驚きましたな」

切れ長の目の女皇帝「それはこちらの台詞ですわ将軍閣下」

切れ長の目の女皇帝「今はそちらの国は大変でしょうに大丈夫なのですか?」

帝国軍将軍「私のような老いぼれが一人抜けた程度で我が軍はどうにかなったりはしませんよ」

帝国軍将軍「今後のためにもこの会に参加することには大きな意義があると考えての結果です」

切れ長の目の女皇帝「あら、老いぼれと言うにはまだまだ若いように見えますが」


──帝国軍将軍

 帝国の盾と隣国から恐れられる名将。

 彼の即座の対応がなければ魔国領は今の範囲に留まらなかったと言われている。


帝国軍将軍「ダンジョンの同時大量発生……魔国の建国……新生魔王軍の宣戦布告……これらに関して各国の知りうる情報をここで交換する」

帝国軍将軍「それぞれの国の上層部しか知りえない極秘情報も含めて包み隠さず……これが今回の会の趣旨で良いですね?」

色白の法王「ええそうです。皆さん、この緊急時にわざわざここまでご足労頂き感謝しています」

眼鏡の共和国外交官「猊下……!」

第三聖騎士団長「お席へどうぞ、猊下」

色白の法王「うん、ありがとう」


──色白の法王

 各地の大神官が同時に彼を夢に見たという奇蹟から、長らく空席だった法王に異例の若さで選ばれた青年。

 大陸の混乱をおさめるべく、今回の会を自ら招集した。


色白の法王「神の子としてここへ集ってくださった皆さんはもちろんのこと、文化を違いながらも私の招集へ応じてくださったみなさん、感謝いたします」

眼鏡の共和国外交官「お、お顔をお上げになってください……!」

大柄な熊髭の老人「これは大陸に住まう者全ての問題です。そこに文化の垣根はないと考えています」

自治区五代目区長「我々は千年前と同じく巨悪と対峙する同士なのです。どうかお顔をお上げになってください……」

色白の法王「みなさん……本当に感謝いたします」

色白の法王「聖騎士総長を含む数名が事情で欠席しております事を先にお詫びしておきます」

色白の法王「一刻が惜しい事態でしょうから早速本題へと移りましょう」






帝国軍将軍「……つまりあの結界は己の潜在能力を上回る力を以ってすれば破壊することが出来るという事か」

第三聖騎士団長「ええ、第五聖騎士団と氷の退魔師殿との報告で一致していますね」

自治区五代目区長「うちでも同じように結界を破壊できたようです。こちらの場合は森の力を借りてですが……」

第五聖騎士団長「こちらでは勇者の剣の力が発動したようでしたが、皇国のダンジョンではどのように?」

氷の退魔師「俺が式神の力を借りてちょっとね」

逞しい祈祷師「式神、とは確か……」

氷の退魔師「俺達術者に人外の力を貸してもらう術だ。皇国特有の術だが研究する機会があってな」

逞しい祈祷師「ふむ……我々の“贄”とも退魔師が一般に扱う使い魔ともまた違ったもののようだな」

逞しい祈祷師「興味深い話だが詳しくは別の機会としよう」

大柄な熊髭の老人「あの厄介な結界の破壊方法が分かった事は大きいですな。各国とも多くの実力者があれに足止めされていると聞いていますからね」

王国軍総軍師「これでだいぶ立て直しが出来るでしょうな」

眼鏡の共和国外交官「しかし勇者殿のような特殊なケースを除くと、人外共の手を借りざるを得ないということですか……何とも忌々しい」

王国軍総軍師「今の時代人外とも手を取り合わねばならないと、教会の方針でもそうなっていることをお忘れですかな?」

眼鏡の共和国外交官「そうは言いますがこれも忘れてはならない。今回も我々の敵は人外であるということを」

切れ長の目の女皇帝「ふん……彼ら全てを敵と見ると本当にそうなってしまうかもしれぬぞ?」

切れ長の目の女皇帝「現に各国の人外が次々に新生魔王軍の軍門へと下っているという情報が入っているのよね?」

帝国軍将軍「ええ。我が国でも非合法の人身売買組織の拠点制圧をした際に人外の牢だけがもぬけの殻となっていたとの報告が入っている」

帝国軍将軍「目撃者曰く彼らは新生魔王軍の者によって連れて行かれたと……」

帝国軍将軍「如何に優れた軍も圧倒的な数の前には蹂躙されることが多くある」

帝国軍将軍「新生魔王軍の規模はいまや各国それぞれの軍を上回ると考えられる。これ以上敵を増やさないようにすることが大事なのでは?」

眼鏡の共和国外交官「まあ、後ろから刺されたければ勝手にすればよいでしょう」

眼鏡の共和国「さて次の報告へと移っても?」

色白の法王「ええ、お願いいたいします」






その後も各々が持ちうる情報を交換しあい、それに対する議論が幾度となく行われた。

日が昇った頃に会合は始まっていたが気がつけば既に月が空に浮かんでいた。

そして一度休憩を兼ねた夕食へ移ろうとしていたその時、氷の退魔師がある提案をした。


氷の退魔師「──という事を俺は提案したいんだが、どうかな」

第五聖騎士団長「ふむ……」

大柄な熊髭の老人「ほう……面白い」

眼鏡の共和国外交官「……何を馬鹿なことを。認められるわけがないでしょう」

眼鏡の共和国外交官「退魔師協会を教会の庇護から独立させる? それがどういう事なのか分かって言っているのですか、氷の退魔師殿?」

氷の退魔師「もちろん」

眼鏡の共和国外交官「退魔師協会とは大陸中に支部を持つ組織……総力となれば各国の軍隊にも引けを取らないでしょう」

眼鏡の共和国外交官「そんな組織を独立させるなど出来るものか」

第二聖騎士団長「──私も外交官殿と同意見だ。退魔師協会の構成員は教会の信者とは限らない」

第二聖騎士団長「そんな彼らを野放しにするわけにはいかないでしょう」


──第二聖騎士団長


 僧から騎士へと転向したという点では第五聖騎士団長と似ている。

 病弱だった幼少期に死の淵にありながら毎朝の祈りを欠かさなかったと言われるほどの熱心な信者。


氷の退魔師「そんな俺たちを犯罪者集団みたいに言わんでもよお」

第二聖騎士団長「実際に似たような者たちが在籍している事は認知しています」

第二聖騎士団長「我々が統率しているからこそ成り立っているという事が分からないのですか?」

氷の退魔師「大した言い分だ」

氷の退魔師「……が、本音はこうなんだろ? 教会のシノギが減ると困る、そう言えよ」

第二聖騎士団長「なんだと……?」

第三聖騎士団長「お二人とも、法王猊下の御前です」

氷の退魔師「だとよ」

第二聖騎士団長「…………」

色白の法王「……今の話、もう少し詳しくお聞かせ頂けますか?」

眼鏡の共和国外交官「猊下……?」

氷の退魔師「それでは僭越ながら……」

氷の退魔師「先のダンジョン騒動で早急に攻略されたダンジョンは二箇所あります」

氷の退魔師「一つ目は勇者殿と第五聖騎士団が赴かれたという法国の離島のもの……」

氷の退魔師「もう一つは“たまたま”私が訪れていた皇国の西人街という場所のダンジョンです」

氷の退魔師「これら二つのダンジョンを数日で攻略することが出来たのは何故でしょうか?」

氷の退魔師「強大な戦力? 相手の意表を突く奥の手? 勿論それもそうでしょうが、それよりも鍵となったものがあります」

王国軍総軍師「ふむ、それは……?」

氷の退魔師「身軽な戦力です」

氷の退魔師「目の前で起こった事に即座に対応できる……ある程度は自分たちの意思で行動できる戦力がいたからこその早期攻略だったのです」

氷の退魔師「西人街では退魔師協会の者やその他の小さな組織……法国の離島では勇者殿の一行がそれに当たります」

氷の退魔師「西人街では本教会の指示を待っていたては被害者の数は大きく増えていた事でしょう」

眼鏡の共和国外交官「だから命令に違反してダンジョンに入ったと?」

氷の退魔師「結果は出た。謹慎も受けた。何か問題が?」

第二聖騎士団長「身軽な戦力……そのために退魔師協会を本教会から独立させたほうが有用であると?」

氷の退魔師「俺はそう考えている」

第二聖騎士団長「浅はかな……新生魔王軍以外の野放しの猛獣が増えるに過ぎない」

切れ長の目の女皇帝「そう考えるのは勝手だがお前の一存では決められないであろう? 勿論私の一存でもな」

眼鏡の共和国外交官「この件は教会の問題だ。異教の国の長に発言権はない」

切れ長の目の女皇帝「異教の国? 我々は正式に教会を迎え入れたはずだが?」

切れ長の目の女皇帝「そう、貴方がたの国の大使館を兼ねていた教会の代わりにね。お忘れで?」

切れ長の目の女皇帝「“何やら不遜な事を我が領土でやらかそうとしていた事を咎めぬ代わりに譲り受けたと記憶しているが、これ以上何かぬかすのであれば口が滑ってしまうかもしれん”」

眼鏡の共和国外交官「…………フン…………」

切れ長の目の女皇帝「……さて、今の氷の退魔師殿の案についてはこれ以上何かありませんか?」

切れ長の目の女皇帝「無いのであれば……」

色白の法王「……ええ、採決といたしましょう」

遅れましたが《大陸会議》編です。
前作登場人物の氷の退魔師が出てきました。いずれ他にも出てくるかもしれません。
では。






大柄な熊髭の老人「さて、そろそろ今日の本題といきましょうか」

眼鏡の共和国外交官「…………」

大柄な熊髭の老人「……先の報告にもありましたが、先日の新生魔王軍の決起以来多くの人外が彼らに合流いています」

大柄な熊髭の老人「それが手伝ってか、新生魔王軍の勢いは全く衰えることはなく、むしろ増大していっていると言っても過言ではない……」

大柄な熊髭の老人「これは、食い止めなければならない」

帝国軍将軍「……彼らにとっては幾百年と溜まった恨みつらみが晴らせるいい機会だ」

第二聖騎士団長「それで各国での人外に対する法の制定の促進……」

第二聖騎士団長「彼らに市民権を与える、という話になるのですね」

眼鏡の共和国外交官「言いたいことはわかりますがねえ……しかしあまりにも急すぎる」

眼鏡の共和国外交官「術者にはわからないでしょうが、根底まで根付いた法を改めていくというのは簡単な話ではない」

切れ長の目の女皇帝「ではこのまま新生魔王軍とやらがぶくぶくと膨れ上がっていくのを黙ってみていると言うか?」

王国軍総軍師「共和国外交官殿……この事は近年でも問題となりつつあった」

王国軍総軍師「我が国でも徐々に彼らのための法が敷かれつつある」

王国軍総軍師「帰国も何もせず来たというわけでは無いはずだ。その歩みを少しばかり早めねばならない段階に来たということなのだ」

眼鏡の共和国外交官「…………」

逞しい祈祷師「我が国でも当然、様々な法整備が始まっている……しかし法だけでは守れない者達についてはどうすれば良いと考えられているのか」

逞しい祈祷師「具体的言うならば、人や、自然から得られる力そのものによって生きているような者のことだ」

逞しい祈祷師「我が国ではこの教会で言うものとは別の……自然界に偏在する神々を信仰している」

逞しい祈祷師「我々は神々の恵みを受けて豊かな生活を営み、神々は我々の信仰によって永年に存在し続ける……」

逞しい祈祷師「そのような文化があれば話は別だが、他の地で彼らは果たして人の世に溶けこむことは出来るのか?」

氷の退魔師「その事だが……どこから説明しようか……」

氷の退魔師「ううむ、まず、そうだな…………」


氷の退魔師「俺の目指す先は“人外をこの大陸から消し去ること”だ」


勇者「えっ!?」

眼鏡の共和国外交官「何だと……?」

自治区五代目区長「ふむ…………」

色白の法王「それは、一体……?」

切れ長の目の女皇帝「言葉足らずだ馬鹿者め……」

氷の退魔師「まあまず聞いてほしい。俺の半生で研究した成果と考えについてだ」

氷の退魔師「みな一口に人間と人外と呼んでいるが、そう単純な話でもない」

氷の退魔師「まず人間の中には我々術者のような特殊な力を扱える者がいるが、これは人外と何が違うのだろうか」

氷の退魔師「これは力を自ら習得するか、外力によって与えられた力かの違いだ。この外力をこれからは巨大意思と呼ぶことにする」

第三聖騎士団長「しかし例えば、氷の退魔師殿の力も僧侶殿の力も先祖から受け継がれてきたものなのではありませんか?」

氷の退魔師「この力は家系的な適性があって得られたものであって、生まれてそのまま術を使える訳ではない」

氷の退魔師「そこには選択の余地すらもある。実際うちの馬鹿息子は一族の血に逆らったようだしな……」

第五聖騎士団長「それでは人外は巨大意思なるものに力を強制的に与えられた者たちを指すと?」

氷の退魔師「正確には一般的に人外と呼ばれている者たちの多くはそうではない」

氷の退魔師「そもそも人外という括りは大きすぎるし、好きじゃない」

氷の退魔師「エルフやらドワーフやらコボルトやら……そういった奴らは人間と同じように代々血が続いてきた種族だ」

氷の退魔師「俺が形式上人外と呼んでいる奴らは、種族じゃない」

氷の退魔師「どこからともなく生まれてきた個人のことを指している」

第五聖騎士団長「確かに、人間や犬猫が突然人外になったという報告も珍しくない。彼らを種として分類するのは難しい」

自治区五代目区長「その通りです。我々エルフが何らかの原因でエルフ以外の血から生まれるという事はあり得ません」

眼鏡の共和国外交官「……なるほど……」

眼鏡の共和国外交官「その原因が巨大意思、というものであると……?」

第三聖騎士団長「その巨大意思とは一体……」

切れ長の目の女皇帝「人々が抱く畏れや信仰のことだ」

切れ長の目の女皇帝「多くの者が恐れるものはいずれ真となり、具象化する」

切れ長の目の女皇帝「奴らの多くはその巨大意思によって生まれた代償に、その畏れを糧にせねば消えてしまう」

切れ長の目の女皇帝「特に近年、奴らの誕生自体が大きく減ってきている」

切れ長の目の女皇帝「これは人々が世の真を知り始めたから……」

切れ長の目の女皇帝「風は風神が、雷は雷神が起こしているわけではない……科学技術の発展が奴らの存在に取って代わった……」

切れ長の目の女皇帝「いや、元に戻ったと言う方が適切か」

第三聖騎士団長「それでは氷の退魔師殿が仰っていた“人外をこの大陸から消し去ること”とは、その者たちの衰退を促すということのですか?」

切れ長の目の女皇帝「ふう……そら見たことか、誤解を生んでいるぞ」

氷の退魔師「おお、これは失礼」

切れ長の目の女皇帝「衰退は促さなくとも起こっている。先程言ったように時代が人外を生み出さなくなっているからだ」

切れ長の目の女皇帝「此奴のが言いたいのは巨大意思に頼らないと存在できない人外を消す……つまりは巨大意思に頼らなくても生きていけるようにするということだ」

第三聖騎士団長「そんな事が可能なのですか?」

氷の退魔師「可能だ。それが俺の半生の研究成果の一つだ」

切れ長の目の女皇帝「我が国も協力して効果は実証済みだ。今後の改良の余地はまだまだあるが……」

王国軍総軍師「それは興味深い。更に詳しくお聞きしたいものだ」

大柄な熊髭の老人「ですねえ」

氷の退魔師「是非この後にでも…………」

紅目のエルフ「……一つ、いいでしょうか?」

色白の法王「貴女がたも会議の参加者です。どうぞ発言なさってください」

紅目のエルフ「ありがとうございます。それでは…………」


紅目のエルフ「人間と人外の共生を目指すのならば、魔国を国として認めるのも一つの手なのではないのでしょうか?」


勇者「…………!」

僧侶「エ、エルフ様……」

暗記使い「…………」

切れ長の目の女皇帝「ふふふ、確かに」

眼鏡の共和国外交官「笑い事ではないぞ女帝殿! 奴らは不当に我が国や王国、帝国の領土を蹂躙しているのだ!」

眼鏡の共和国外交官「それを許せるとでも?」

紅目のエルフ「失礼を承知で申し上げますが…………」

紅目のエルフ「今皆さんが国土と主張する土地は、一体誰の土地を蹂躙して手に入れたものなのでしょうね」

第二聖騎士団長「侵略を正当化するつもりですか?」

紅目のエルフ「正当化しないとこの大陸に正義など無いのでは? 何百と繰り返されてきたことでしょう?」

紅目のエルフ「ならば最も簡単な解決策に思える、魔国の建国を阻害する理由としては十分では無いと思えるのですが」

紅目のエルフ「それに彼らの中には巨大意思無しには生きていけない者がいるのでしょう?」

紅目のエルフ「それならば人間を滅ぼすような事は絶対に無いでしょうし……」

氷の退魔師「奴らが国を建ててお終い…………ってなるならそれで良いんだが」

氷の退魔師「どうやらそうじゃ無いみたいでな」

紅目のエルフ「……一体何が……?」

帝国軍将軍「私が話しましょう」

帝国軍将軍「新生魔王軍の占領下から救出された国民の中に様子のおかしい者たちがいます」

帝国軍将軍「わかりやすく言うならば……感情の暴走、でしょうか」

帝国軍将軍「各々がある感情を常に懐き続けているように見える…………」

勇者「まさか…………」

帝国軍将軍「ええ……彼らはもしかしたら“巨大意思を生み出すだけの家畜のようなもの”を創り出そうとしているのかもしれません…………」

第五聖騎士団長「ふむ…………」

第二聖騎士団長「野蛮な……!」

氷の退魔師「ああ、その可能性は十分にある」

氷の退魔師「俺にも色々とツテがあってね。俺のやろうとしていることは奴らの耳にも入っているはずだ」

氷の退魔師「だがどうやら、歩み寄るつもりは無いらしい」

氷の退魔師「新生魔王軍の目的はおそらく、必要な分の人間を“管理”できる世界にすることなんだろう」

氷の退魔師「流石にそうさせるわけにはいかないだろう?」

紅目のエルフ「……それはその通りですね……過ぎた発言をお許しください」

氷の退魔師「なに、君の言ったことは当然の疑問のはずだ」

色白の法王「それでは氷の退魔師殿の詳しい説明はこの後していただくとして、一つ私の口から伝えたいことが有るのですが……よろしいでしょうか」

氷の退魔師「ええ勿論」

色白の法王「……現勇者およびその仲間の皆さん」

勇者「は、はい……!」

色白の法王「私がお伝えしたいのはあなた方の今後の活動についてです」

勇者「それは……」

勇者(まさか情勢が不安定な今は旅を自粛しろって話では……)

色白の法王「結論から申し上げます。思うように、好きになさってください」

勇者「え……」

色白の法王「千年前の戦いから代々現れたという勇者の仲間たち……彼らは一体どのようにして選ばれているのか聞いたことはありますか?」

僧侶「いえ、推測ばかりで正しいことは……」

色白の法王「ええ、私がこれから話すことも推測の域を出ません」

色白の法王「しかし、私が聞いた中では最も興味深い説でした」

色白の法王「あなた方、勇者の仲間たちには、一人ひとりに役割があるのだというのです」

色白の法王「その役割というのは、人によって、そして時代によって様々でした」

色白の法王「しかし過去に数度、同じ様に魔王軍の残党を名乗る者たちが現れた時は、彼らの役割はそれを止めるために与えられたと言います」

色白の法王「例えば、弓は趣味程度という吟遊詩人が弓使いの紋章持ちとして選ばれた時のことです」

色白の法王「彼が詩に良く用いる星座の知識を以って、星を使った大規模魔法陣の発動を阻止したと聞いています」

色白の法王「私はあなた方にもそのような役割があるのだろうと考えています」

色白の法王「そしてそれは、そのリーダーである勇者様、貴方も同様です」

色白の法王「その役割とはあなた方があなた方自身であるからこそ、与えられたもの」

色白の法王「だから自分らしく、思ったように行動していってもらいたいのです」

色白の法王「その先に危険が有るとしても、それが信じる道ならば進むことも必要となるでしょう……」

色白の法王「全ては、あなた方自身の判断にお任せいたします」

色白の法王「ですが我々があなた方の助力を必要としている時、可能であればお手を借して頂けると助かります」

勇者「はいっ……!」

暗記使い「お任せ下さい」

僧侶「有事の際は必ず駆けつけます……!」

紅目のエルフ「……ふうん、役割ねえ……」






──晩餐会場外のバルコニー


氷の退魔師「よう、お疲れさん。こんな所で何してんだ?」

勇者「お疲れ様です。いやあ、ちょっと酔いを覚まそうと……」

氷の退魔師「そうか、お前ももうそんな歳か」

勇者「あはは、まだ慣れないですね」

勇者「しかし凄いことになりましたね。これは前々から計画されていたことなんですか?」

氷の退魔師「ああ。退魔師協会を独立させて退魔師ギルドとする……皇国の皇帝サマの他にもうちの国王サマも協力してもらっている」

勇者「国王様も……!?」

氷の退魔師「ああそうだ。退魔師ギルドとして教会から独立したメリットは大きいぞ」

氷の退魔師「今まで以上に幅広い活動が出来ることは勿論だが……」

勇者「今までは退魔師の拠点がなかった北方連邦国、南部諸島連合国、自治区にもギルドを設立することが出来るんですよね」

氷の退魔師「人外への法整備の件も含めて本国に帰ってそれぞれ協議はするらしい。まあ恐らくは可能であろうという事だ」

氷の退魔師「それに伴って君達勇者一行も退魔師ギルドに加入してもらう。その方が今後の活動もしやすいはずだ」

氷の退魔師「この件も国王サマから承諾済みだ」

勇者「なるほど……」

氷の退魔師「今は色々と慌ただしいから時間がかかりそうだが、お前達の組合証の発行はなるべく急がせる」

氷の退魔師「発行でき次第帝国の使節と一緒に大陸に戻ると良いだろう」

勇者「色々とありがとうございます」

氷の退魔師「なあに、これぐらいさせろっての」

氷の退魔師「……あいつの忘れ形見なんだからな」

勇者「あいつとは……父のことでしょうか」

氷の退魔師「ああ……」

氷の退魔師「薄々勘付いていると思うが、俺があいつのパーティーの魔法使いの紋章持ちだった」

勇者「やっぱりそうでしたか……」

勇者「初代魔法使い様の御子孫ですものね」

氷の退魔師「こうなる恐れはあったんだ……もっと強く忠告しておくべきだっただろうか」

勇者「何か知っていたのですか?」

氷の退魔師「まあ独自のルートでな。皇国に出向いていたのは半分はそのためだ」

勇者「半分は……?」

氷の退魔師「まあ色々あんだよ」

氷の退魔師「……今はな、色んな事が複雑に絡み合っていっている最中だ。常に自分を見失わないようにしておけよ」

勇者「…………」

氷の退魔師「さて、あんまり席を外しすぎていると失礼だろう。そろそろ戻るとしようか」

勇者「そうですね」

勇者(氷の退魔師さんが魔法使いの紋章持ちだったということはもしかしたら息子の彼も……)

勇者(確かまだ皇国に滞在しているっていう話だったけれど)

勇者(まあまた後で聞いてみよう)






それから各国の代表に限って安全のために転移魔法で帰還をしていった。

転移魔法は消費する魔力も莫大であるためそう多くは使えない。

そのため付き人など他の者達は船に乗っての帰国になる。勿論勇者達もそれに従うことになっている。

新生魔王軍は各ダンジョンからの脱出のために転移魔法を多用していたようだが、そこからも彼らが準備に如何に年月をかけていたのかが窺える。

氷の退魔師が出立する直前に尋ねたところ、彼の息子は今は皇国にいるがこの後自分を含めてとある式を挙げた後にはどこへ行くかは分からないと言った。

氷の退魔師に着いていくことも考えたが、またもや勇者の“直感”が帝国へ向かうべきだと言っているために断念した。

結局諸々の手続きや準備が終わったのは会が終わってから一月も経った頃だった。


帝国使節団員「いやあまさか我々の船の準備が整った矢先に海が大荒れして出るに出られなくなってしまうとは……」

勇者「ようやく晴れて出発となりそうですね」

帝国使節団員「いやはや、本当にお手数をおかけいたしました」

僧侶「いえいえ、私達はお世話になる側ですので……」

帝国使節団員「道中はよろしくおねがい致しますね。それでは確認が取れ次第出発と……って、法王猊下!?」

勇者「えっ!?」

色白の法王「ふふ、見送りに来ました」

僧侶「そんなわざわざこんな所まで……!」

色白の法王「君達にはもう一度会っておきたくね」

色白の法王「僕とそう歳が違わないのに大陸中を駆け回っているなんて……本当に尊敬しているよ」

勇者「そんな……猊下の責務の重さと比べましたら……」

色白の法王「僕なんて大した事はないよ。法王とは名ばかりのお飾り……」

色白の法王「何で僕が選ばれたのかも未だに分からないんだ」

僧侶「そんなお飾りなどと……」

勇者「……仮に猊下がご自身をそう思われているとしましょう。しかしお飾りなのは僕たちも同じなのです」

勇者「ですがお飾りだからといってただ黙って座しているわけではありません」

勇者「飾り物は飾り物なりに出来ることをやっていきましょう」

僧侶「ゆ、勇者様……! 流石に出過ぎた言葉かと……!」

色白の法王「……飾り物なりに、か……」

色白の法王「ふふ、そうかもしれないね」

色白の法王「ありがとう、少し迷いが取れたよ」

色白の法王「この先きっとお互いに厳しい日々が待ち受けているとは思うけれども、頑張っていこうね」

勇者「はい……!」

色白の法王「勇者一行の行く先に天の導きがあらんことを!」

僧侶「それでは行ってまいります……!」


法王に見送られながら二人は乗船した。

船には既に他の使節団員や暗器使いらが乗り込んでおり、出向に向けて慌ただしく走り回っていた様子も落ち着いていた。


紅眼のエルフ「はい、酔い止めの薬。婆様に調合してもらったから効き目も抜群のはずよ」

勇者「ありがとうございます!!」

暗器使い「なるべく甲板で遠くを見ておけよ。食事中も手元を見すぎないようにな」

勇者「うん、気をつけるよ……」

帝国使節団員「それでは皆さん、出港しますよ!」



いかりを巻き上げる音が止むと次はごうと煙が吹き上がる音が響いた。

最新式の蒸気汽船は嵐の後の静かなら海原を悠々と進み始めた。

《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 黒い騎士 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い 

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長
B3 フードの侍 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス

登場人物が一気に増えました。
希望があればいずれ人物紹介をまとめたいです。
次回は《歓楽街》編です。

《歓楽街》


法国本島から南下し、帝国と王国の国境にある深い湾へと蒸気船は進んでいった。

湾の最深、帝国と王国の国境が交わる巨大な港町にたどり着いた頃には報告に滞在していたのも遥か昔に感じられるような気がした。


┌──────────────────────────────────

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|    /       V               /    /\                               
|    >                     <      > ∨\                  __ ◇   
|    \                __/      |法国Σ 。    ◇       /    /      
|     _/  北方連邦国  /   <        \___/        __  /     \     
|    /                |     \__                  /    W        /     
|   「                /\自治区 V\_  __      /     /        \   
|   >___n__ _/  \__/   | |   \   |      \        |   
|   /       _ /   V                / /      |  /        |        \ 
|  / 亡国 //        /\___ ____V         \|         /  皇国   < 
|  [_   /  \       |      ∨                          |_        / 
|     \/     |    _/                                  /        \_
|            /    \                                  |          _/
|            |       /                  帝国             \_       /。 
|            L  王国 |                                     /      \
|            /       \_                                 \_  _/
|            |            \___     ____              /   V  |
|            |           _ _く  \_/        \_/\___     |       /     
|            \M       |  V  \          共和国      \_/       |     
|                \    Σ 。  _ \         /\/\_ _        _/     
|                  |_ /   /  \|/\__N      。 V  |      /       
|                    ∨     \_/ V     _◇        /    「             
|                      ◇       _    /  V  \_/\  \  n/           
|                          。   /  \ /              <  /__/               
|───────────────\__南部諸島連合国 __/ ────────

|    。                               。   \_/ \/                       
|                              


勇者「り、陸地だ……! 景色が揺れない……!」

帝国使節団員「はは……長い間お疲れ様です」

帝国使節団員「さて、入国手続きを済ませた後は我々と宿舎へ向かうということでよろしいですね」

勇者「はい、よろしくお願いします」

暗器使い「それにしても大きな街だな……」

僧侶「二大国家の国境にある港町で、更には法国への玄関口とも言われていますからね」

僧侶「主に交易などで栄えた巨大商業都市です」

勇者「この街は特殊で、二国の国境を跨いでいるのにも関わらず、街の中には関所がないんだよね」

僧侶「両国の軍隊も中には入れません。その代りに両国の民間出身の自警団がいて、街の出入りには厳重な検査があります」

暗器使い「なるほど……」

紅眼のエルフ「商業の街とは即ち歓楽の街……! 世界各国のお酒が手に入ると見たわ……!」

紅眼のエルフ「早く手続きを済ませたいわね」

僧侶「エルフ様……遊びに来たわけではないと……」

紅眼のエルフ「いつまでも気を張ってたらいざという時力が出ないわよ?」

暗器使い「まあ適度の息抜きは必要だろう……適度ならばな」

帝国使節団員「それではこちらへどうぞ」


使節団員に案内された勇者達は厳重な入国検査を済ませてから門を潜った。

その先には見渡す限りの綺羅びやかな街並みが広がっていた。


勇者「うおお……!」

僧侶「大きい……ですね」

暗器使い「法国の港町が気品のある美しさならば、こちらは情熱的な美しさと言えるだろう」

紅眼のエルフ「これは本当に楽しめそうね」

僧侶「まずは用意していただいた宿舎へ向かいますよ」

僧侶「よろしくお願いします」

帝国使節団員「はい、お任せください」


繁華街を抜けた先で四人は客人用の宿舎へと通された。


勇者「フカフカのベッドだ! 今日はぐっすり眠れそうだ」

紅眼のエルフ「あら、今晩寝るつもりなの? 私はてっきり朝まで遊ぶものだと」

勇者「それも魅力的だけど……」

僧侶「ほどほどにお願いしますね」

紅眼のエルフ「強くは止めないのね」

僧侶「エルフ様はその……止めても無駄な気がしてきまして」

暗器使い「ふっ、見限られているぞ」

紅眼のエルフ「いいもん、自由にやるわ」


紅眼のエルフは硬貨を入れた財布代わりの布袋を懐にしまって外套を羽織った。


紅眼のエルフ「それで、男衆はどうするの?」

勇者「僕は船の疲れがまだ大分あるから今日は遠慮しておくかな」

紅眼のエルフ「ま、それが懸命かもね」

暗器使い「……誰も行かないのであれば付き合おう」

紅眼のエルフ「あら、無理にとは言わないわよ」

暗器使い「俺も酒を入れたかったところだ」

暗器使い「法国でも上等なものは提供されていたが、宴席での酒は堅苦しくて好きではない」

紅眼のエルフ「それは同感。じゃあ行くとしましょうか」

僧侶「あまり遅くならないようにしてくださいね」

暗器使い「ああ」

紅眼のエルフ「大丈夫よ。私もこの男も飲まれるようなタイプじゃないから」






紅眼のエルフ「それで、何の用かしら?」


繁華街の外れで紅眼のエルフはふと足を止めて振り返った。

暗器使いは特に表情を変えることもなく彼女を追い越した。


暗器使い「お前が用がある所に俺も少しな」

紅眼のエルフ「私が用があるところなんて酒場だけだけど?」

暗器使い「宿舎に向かう途中表情を変えた場所……件の人身売買組織の拠点の一つか何かだろう」

紅眼のエルフ「……鋭い男ねまったく」

暗器使い「あの空気感は、どうにも馴染みがあってな」

暗記使い「あの件はうちの国の売人も一枚噛んでいたらしい。背景を探るように俺も指示を受けた」

紅目のエルフ「ああ、この間法国で議員さんと何か話していたものね」

暗記使い「見ていたのか」

紅目のエルフ「コソコソとなにか企んでいそうだったから、つい」

暗記使い「ふん、どうだろうな」

紅目のエルフ「ま、深くは追求しなわ」

暗記使い「そうしてくれ……」

暗記使い「さて、と……」

紅目のエルフ「着いたわね」



二人が見上げた先には、半壊した大きな建物がある。

一見すると普通の酒場のようだが、奥へと進むと異様な空間があった。


紅目のエルフ「これは……」

暗記使い「地下への入り口だな。おそらくこの先が……」

紅目のエルフ「……行きましょう」

暗記使い「ああ」


元は隠し扉のようになっていたと考えられるが、勇者らが自治区で入手した情報が発端の強制立ち入りの際に破壊されたようだ。

抵抗もあったようであちこちに戦いの跡が残っている。

石造りの螺旋階段を降りた先には見世物小屋のような広間があった。


暗記使い「……連れ去られた者たちはここで競りにかけられていたのだろうか」

紅目のエルフ「……そうでしょうね。許せないわ……」

暗記使い「ここにもエルフは囚われていたのか?」

紅目のエルフ「ええ、一人いたみたいね。もう自治区の方で保護されているはずだわ」

暗記使い「そうか……」

暗記使い「しかし妙だな」

紅目のエルフ「どうかしたの?」

暗記使い「おかしいと思わないのか? どうしてこの街にこんな所がある」

暗記使い「確かにこの街では手に入らないものは無いと言われている。だが人身売買だけは例外的に禁止されていると聞いている」

暗記使い「しかしあれほど厳重な検問があるのに、ここではそれなりの規模の売買が行われていたようだ」

紅目のエルフ「それは……確かに変ね」

暗記使い「可能性があるとすれば……」

紅目のエルフ「この街に、グルのやつがいるってことね」

紅目のエルフ「それもお偉いさんか、検問関係の人間に」

暗記使い「そういうことだな」

暗記使い「ま、解決した今となってはどうでもいいか」

暗記使い「……と、言いたいところだが」

紅目のエルフ「少し探ってみるのも面白そうね」

暗記使い「ああ。誰かの影響を受けているみたいだな」

紅目のエルフ「本当よね。あの子、視界に写ったことは解決しないと気がすまないのよね」

紅目のエルフ「自治区から法国への間でも人助けやらで何回脇道に逸れたことか」

暗記使い「おかげで旅程は滅茶苦茶だったな」

紅目のエルフ「ここに長く滞在はしないみたいだけど、出来る範囲で調べてみますか」

暗記使い「ああ、そうしよう」

紅目のエルフ「……早速面白いものを発見したわ」

暗記使い「どうした?」

紅目のエルフ「この壁の向こうから空気の流れを感じるわ」

暗記使い「隠し通路か……!」

暗記使い「国境を越えた大商業都市の地下に密輸用の地下通路があるとはな……」

紅目のエルフ「おそらく街の外へとつながっている通路もあるのでしょうね」

紅目のエルフ「ただしこれがそうとは限らない」

暗記使い「ああ。進んでみないとこの先は分からないな」

暗記使い「おそらくここを作動させれば……」


暗記使いが石壁の近くに隠されていた魔法陣を起動させると、壁が左右に割れて通路が現れた。

その通路を進むことしばらく、ふと暗記使いが足を止めた。


暗記使い「……気がついているな?」

紅目のエルフ「ええ、巡回の見張りかしらね」

暗記使い「あの地下室に繋がる隠し通路に見張りがいる……しかも自警団の制服ではないから、誰かが雇ったゴロツキだろう」

紅目のエルフ「……ま、殺さないようにね。面倒事になるかもしれないし」

暗記使い「わかっている」


暗記使いは音もなくゴロツキに忍び寄り、背後から口をふさいで首に針を突き刺した。

しばらく抵抗しようともがいたゴロツキは、徐々にその動きが鈍り、ついには床に崩れ落ちた。


紅目のエルフ「睡眠薬でも塗ってあるのかしら?」

暗記使い「ああ」

暗記使い「こいつは縛り上げてどこかに隠しておこう」

紅目のエルフ「……待って、まずいわ」

紅目のエルフ「複数の足音……近づいてくるわ……!」

暗記使い「何……!? まさか……」


暗記使いが眠らせたゴロツキの手のひらにはいつの間にか小型の魔道具が握られていた。

おそらくは仲間のもとに緊急の信号を送るためのものだと考えられる。


暗記使い「やられた……ゴロツキにしては良いもの持ってるじゃねえか……!」

紅目のエルフ「貴方やあの奴隷商も色々と持っていたけれど、最近は便利な物が多いのね」

暗記使い「この手の道具を開発している優秀な南部諸島連合出身の男がいるらしい」

暗記使い「とにかく引き返すぞ」

紅目のエルフ「いえ、進みましょう」

暗記使い「何? 全員倒すつもりか?」

紅目のエルフ「それでも何とかなるでしょうけれど、もっと楽な方法があるわ」

紅目のエルフ「何より今は時間をかけたくないわ」


雇われゴロツキA「いたぞ!」

雇われゴロツキB「男は殺せ! 女は生け捕りにすれば上乗せの報酬が貰えるはずだ!」

雇われゴロツキC「へへっ、耳長じゃねえかちょうどいい。もう一匹と一緒に運び出しちまおう」



紅目のエルフ「あんたらに構ってる時間はないの!」


紅目のエルフが右手を振り上げると同時に、ゴロツキたちの足元から木の根のようなものが飛び出してきた。

それらが絡まり合い檻のようになり、ゴロツキたちを中に閉じ込めてしまった。


雇われゴロツキA「なっ!?」

雇われゴロツキB「くっ、出られねえ!」

紅目のエルフ「先に行かせてもらうわね」

暗記使い「何をそんなに急いでいる?」

紅目のエルフ「わざわざこの通路にこんなに見張りを付けている意味は何だと思う?」

紅目のエルフ「既に街の外に奴隷を運び出していたならこんな事はしないわ」

紅目のエルフ「それにゴロツキが言っていたでしょう、エルフもまだどこかにいるわ」

暗記使い「なるほど……自警団が救い出した奴ら以外の奴隷がまだこの街に隠されているのか」

紅目のエルフ「ただし私達が侵入したことがばれてしまったから、このままじゃその子達は街の外に連れ出されてしまうかもしれない」

紅目のエルフ「そうなったら足取りを掴むのは難しくなってしまうわ」

暗記使い「それは急がないとまずいな……」

暗記使い「奴らが走ってきた方面からしてこっちの道のはずだ。行くぞ……って」

暗記使い「おい……どこに行った?」


暗記使いが辺りを見回すが紅目のエルフの姿は無い。


暗記使い「ちっ、敵の罠か……!? いや、まさか……」

ゴロツキ首領「待てよ侵入者」

暗記使い「…………!」

ゴロツキ首領「部下を向かわせたはずだが……あの馬鹿共。使えねえな、まったく」

ゴロツキ首領「ま、感謝するぜ。こう一つぐらいアクシデントが無いと報酬も上がらねえからな」

暗記使い「……残りの奴隷は無事なのか?」

ゴロツキ首領「ん? 俺は雇われだから詳しくは知らねえが、無事だろう」

ゴロツキ首領「商品を自ら傷付けるとは思えないね」

暗記使い「そうか」

ゴロツキ首領「聞きたいことはそれだけか? それじゃあお喋りはここまでだ」

ゴロツキ首領「行く……ぜっ!」

暗記使い「っ!!」

暗記使い(速いっ……!)



ゴロツキ首領が繰り出した短剣を暗記使いは間一髪で躱した。


ゴロツキ首領「ひゅー、やるねえ!」

暗記使い(こいつ自信の実力は並以上だが俺なら捌けないほどでは無い……)

暗記使い(だが、あのガントレット……)

ゴロツキ首領「もう気がついたか、流石だねえ」

ゴロツキ首領「こいつは良いぜ。俺でもBランク賞金首を殺っちまう事ができた」

暗記使い「便利な物が出回りすぎるのも考えものだな……」

ゴロツキ首領「さあさあ、次行くぜっ!」

暗記使い「ちっ……!」

暗記使い(それにしてもあの女はなぜこうすぐ居なくなるんだ……!)

今日はここまでです。


誤変換を指摘する様な野暮はしたくないんだけどさすがに暗“記”使いは次から直した方が宜しいかと

>>398
ご指摘ありがとうございます。
上げる前に一回は見直すんですけれど相変わらず減りません……。






勇者「うーん、暇だ!」

僧侶「疲れているから休みたいと言ったのは勇者様でしょう」

勇者「うーん、もうだいぶ元気なんだよね」

僧侶「はあ……ずいぶんと勝手ですね」

勇者「僕たちもちょっと街に出てみようよ」

僧侶「体調の回復が最優先なんですから、お酒は駄目ですよ」

勇者「わかっているよ。通りに大きな書店があってから行ってみたいんだ」

僧侶「書店……? 勇者様が本とは珍しいですね」

勇者「悪かったね活字が苦手で」

勇者「いや、ちょっと自分自身……いや勇者一族についてもっと詳しく知りたくなったんだ」

勇者「あの規模の書店なら、勇者一族についての本も沢山あるはずだと思うんだ」

僧侶「なるほど……しかしなんでまた突然?」

勇者「何となく、もっと色々と知っておかなければならないって思ったんだ」

僧侶「……? まあ、もう当主になったのですから当然ではありますけれど」

僧侶「早速向かいますか? そのまま夜は残りのお二方と合流するのも良いかもしれません」

僧侶「ここへ向かう途中で何やら数件の酒場が気になっていたようですので、その内のどれかにいることでしょう」

勇者「うん、そうしようか」


勇者は軽く身支度を整えると、僧侶とともに街で一番の書店へと繰り出した。


書店の坊主店主「やあいらっしゃい。何かお探しで?」

勇者「ええ、ちょっと勇者一族についての本を」

書店の坊主店主「勇者一族について、か」

書店の坊主店主「それならこっちの棚にいくつかあるが……もしかするとあんたは勇者様本人かい?」

勇者「そ、そうですがよく分かりましたね」

書店の坊主店主「なに、商人の耳はどんな奴らより研ぎ澄まされているからな」

書店の坊主店主「一行がこの街に入ったことは既に知れ渡っているさ」

勇者「そうでしたか……一応ですが身分証です」

書店の坊主店主「ふむ、これが新しく発足されたっていう退魔師協会のものかい」

書店の坊主店主「あんたらみたいに自由に動ける奴らの存在は大事だって、兄貴も言っていたしな」

僧侶「お兄様が?」

書店の坊主店主「おう。うちの兄貴は皇国で書店をやっているんだが、例の迷宮騒ぎにみごとに巻き込まれたらしくてな」

書店の坊主店主「その時にあの氷の退魔師様たちに助けられたんだと。教会の指示を待っていたら間に合ったかどうか……」

僧侶「なるほど、そんなことが……」

書店の坊主店主「本物の勇者様だっていうなら、あっちに通しても良いな」

僧侶「そちらは?」

書店の坊主店主「希少価値が高くて普通の客には売れないような書物を保管しているのさ」

書店の坊主店主「うちは歴史ある司書の一族でね。国から書物の保管を任されたりもしているのさ」

勇者「通りでただの書店にしては封印が強力なわけだ……」

書店の坊主店主「そういうことだ。さ、開けるから退いてな」


店主が懐に大事そうにしまっていた鍵を使って封印された書庫への扉を開いた。

僧侶「貴重な書物がこれだけの量……」

書店の坊主店主「持ち出し厳禁、取扱い注意、鍵付きの本棚は触れるの厳禁。これだけ守ってくれればどれを閲覧しても構わないぜ」

勇者「ありがとうございます」

書店の坊主店主「良いってことよ。いつの時代だって勇者一行は俺たち民衆の希望の光だ」

書店の坊主店主「その役に立てるって言うなら出来る限りのことはするさ」

勇者「……本当にありがとうございます」


それから勇者は、自分の祖先に関する記述のある書物を幾つか手に取り読み漁った。

店主曰く“原書に近い”らしく、今まで聞かされていた事とはずいぶんと異なる記述も多くあった。

書庫に窓は無いが蝋燭の減り方からおそらくは数時間が経過し、外もすっかり暗くなったと思われる頃合いになった。


僧侶「勇者様、そろそろ時間も遅いです」

僧侶「なにか気になることがあるのでしたら、出発日をずらしてまた明日来てもよいのでは無いでしょうか」

勇者「……いや、大丈夫だよ。読みたいものは大方読み切ったから」

僧侶「確かにすごい速度で読んでいましたが……ちゃんと内容が頭に入っているんですか? 飛ばし読みのように見えましたよ?」

勇者「それが不思議と、ちゃんと読めているんだ」

勇者「まるで書いてある内容を前々から知っていたような……」

僧侶「それはどういう……」

勇者「まあとにかく、出発日は変更しなくて大丈夫」

勇者「そろそろ暗器使い達と合流しよう」

僧侶(勇者様……?)






僧侶「ええと、確か酒場はこちらの方で……」


書店を出た二人が細道を抜けてメインストリートに差し掛かったその時、全速力で馬車が目の前を駆けて行った。

間一髪轢かれそうになった僧侶はその場に尻もちをついてしまった。


僧侶「きゃっ!?」

粗暴な御者「危ねえぞ馬鹿野郎!」


御者は転んだ僧侶に謝ることも無く、そのままの速度で通りの奥へと走っていった。。


勇者「僧侶大丈夫!?」

僧侶「え、ええ。怪我はありません」

僧侶「あんなに急いでどうしたのでしょうか……」

勇者「分からない……ただ、今の馬車はかなり怪しいよ」

僧侶「怪しい、ですか?」

勇者「うん、よほど焦っていたんだろうね。後ろの扉が片側開いていたんだけれど……」

勇者「馬車の外装に対して中が少し狭い気がしたんだ」

僧侶「それって……」

勇者「密輸用馬車の可能性があるね。例の人身売買組織との関係もあるかもしれない」

僧侶「……! 急いで自警団に通報しないと!」

勇者「僧侶は通報をお願い。僕はあの馬車を追うよ。丁度雨上がりだから轍を探すのは困難では無いと思う」

僧侶「単独行動は危険です……!」

勇者「それはわかっているけれど、あの急ぎ様はもしかしたらこの街を出る準備をしているのかもしれない」

勇者「大丈夫、逃げられないように上手くやるだけだから」

僧侶「……分かりました。無理だけはしないで下さい」

勇者「そっちも任せたよ!」

僧侶「ええ、なるべく急ぎます!」






──とある商会の館


粗暴な御者「状況は!?」

成金趣味の商会長「地下に侵入者のようだ……! どうやら“あの場所”から入ったらしい」

粗暴な御者「となると人身売買の件との関わりはバレてしまったと見ていいか……」

成金趣味の商会長「だが地下には彼らを向かわせた。既に侵入者は始末されているのでは?」

粗暴な御者「敵が一人は限らない。逃げ延びた連中が自警団に通報していたとしたらここにいるのは得策ではない」

粗暴な御者「馬車を用意した。早く金と商品を積んでずらかるぞ」

成金趣味の商会長「し、しかし……」

粗暴な御者「俺とお前がいればまた別の地でもやり直せる。いいから行くぞ」

成金趣味の商会長「ちっ……仕方がない」

成金趣味の商会長「ほら、さっさと歩かないか!」

少女エルフの奴隷「痛っ……!」

成金趣味の商会長「他の奴隷も続け。逃げ出そうと思うなよ……勿体無いが撃ち殺してやる」

粗暴な御者「急げ! 自警団が直に来るかもしれん!」


御者が玄関の扉に手をかけた瞬間、逆側から蹴破られ、後ろへと吹き飛ばされてしまった。


粗暴な御者「ぐぎゃっ!?」

勇者「これはこれは、大当たりかな」

成金趣味の商会長「何者だ貴様!」

勇者「通りすがりの勇者だ!」

粗暴な御者「ゆ、勇者だと……!?」

勇者「すでに自警団には通報済みだ! 大人しくその子達を解放しろ!」

成金趣味の商会長「くそっ……!」

粗暴な御者「(おい聞け! お前は奴隷を人質に取りながら地下でゴロツキどもと合流して逃げろ)」

粗暴な御者「(俺は“もう一つの地下通路”から逃げる。落ち合う場所は例の所だ、いいな?)」

成金趣味の商会長「(わ、わかった……!)」

成金趣味の商会長「く、来るんじゃねえ! こいつらの頭をふっとばすぞ!」

少女エルフの奴隷「きゃあああっ!」

勇者「その子を離せ!」

成金趣味の商会長「お前が下手なことをしなければ離してやるさ」

成金趣味の商会長「だが逃げ切りが確定するまでは一緒だ。さあ来い!」

少女エルフの奴隷「いやっ! 離して!」

勇者「くっ……!」

成金趣味の商会長(地下でゴロツキと合流したら、惜しいがこいつは処分だ)

成金趣味の商会長(正義の勇者サマは傷ついた奴隷を放っては置けないだろうからな……!)

成金趣味の商会長「さあこっちだ……げほっ!?」


商会長からエルフの少女を引き剥がすように拳をお見舞いしたのは、地下室への隠し階段から現れた男だった。


勇者「あ、暗器使い!?」

暗器使い「よう」

成金趣味の商会長「ば、馬鹿な……あのゴロツキどもはどうしたのだ……!」

暗器使い「……あいつら確かにいい道具を持っていた。商会の力で手に入れた物なんだろうな」

暗器使い「だが」


暗器使いの足元に使い終わった無数の武器がガラガラと転がった。


暗器使い「あんなもの俺は色々と持っていてな。まあコレクションがまた増えて良かったぜ」

成金趣味の商会長「ひ、ひいいいっ!」


暗器使いは商会長を拘束し、奴隷たちの手枷を外した。


少女エルフの奴隷「あ、ありがとうございます……」

暗器使い「いや、勇者一行としては当然のことだ。それより……」

暗器使い「勇者、何を探している」

勇者「いや、もう一人仲間が居たんだけれどね。もうどこかに逃げてしまったみたいなんだ」

暗器使い「他にも隠し通路があったか……」

勇者「そうみたいだね……」

勇者「そういえばエルフさんは?」

暗器使い「ああ、また途中で消えやがった」

暗器使い「おそらく大丈夫だと思うが……」

暗器使い「そういうお前は僧侶と一緒じゃなかったのか?」

勇者「僧侶には自警団への通報を任せたんだ」

勇者「ほら、来たみたいだよ」

暗器使い「よし、あとの処理は任せるとするか」






粗暴な御者「ふっ……ふっ……!」

粗暴な御者(追手は……無さそうだな)

粗暴な御者(馬鹿なやつだ……ゴロツキどもが戻って来ていないということは考えられる事は一つ)

粗暴な御者(悪いがトカゲの尻尾切りに利用させてもらうぜ……)

粗暴な御者(よし出口だ……! 十分な金は金庫から持ち出してある)

粗暴な御者(取りあえずは遠くの街へ逃げて、そこで再出発だ……)

粗暴な御者「くくっ……こんな金になることやめられるかよ……!」

紅目のエルフ「あら、呆れるほどのクズ野郎で助かったわ」

粗暴な御者「何者だ!」

紅目のエルフ「少なくとも貴方の味方ではないわ」

粗暴な御者「耳長の雌か……」

粗暴な御者「商品として持って行きたいところだが、今は逃げるのが先決」

粗暴な御者「見られたからには処分しなくてはな。死ね」


御者が懐から拳銃を取り出して引き金を引いた。

しかしその弾丸はあらぬ方向へと飛んでいってしまった。

それもそのはず。御者の手があらぬ方向へと曲がってしまっているからだ。


粗暴な御者「な、なんだああああああっ!? 痛てええええええええっ!!」

粗暴な御者(ツタだと!? 一体どこから……!?)

紅目のエルフ「貴方を自警団に渡すわけにはいかないわ。だからわざとここまで逃したの」

紅目のエルフ「この間捕まえた人攫いの吐いた情報だけでは不十分だったの」

紅目のエルフ「貴方は別の所へ引き渡すわ。死にたくなければ早めに全てを吐くことね」

紅目のエルフ「……全て吐いても生き残れるかは知らないけれど」






紅目のエルフ「た・だ・い・ま」

暗器使い「……どこに行っていた」

紅目のエルフ「途中で風の流れから別の場所への抜け道を発見してね」

紅目のエルフ「そこを進んでいたら何やら逃げている男を発見したんだけれども……通路の出口が断崖絶壁の場所でね」

紅目のエルフ「足を滑らせて落ちていってしまったわ。あの高さなら多分……」

暗器使い「……そうか。まあ首謀者の一人はこちらで捕らえることが出来たから問題は無いだろう」

自警団員「ご協力有難うございました、勇者一行の皆さん!」

勇者「いえ、お力になれたようで何よりです」

勇者「ささ、後は自警団の皆さんにお任せして僕たちは退散しよう」

僧侶「早く夜の歓楽街に行きたいだけですよね?」

勇者「さ、さて? なんのことやら」

紅目のエルフ「ふふふ、私も待ちきれないのよね。経由地点とはいえ、せっかく来たのだから楽しまないと」

僧侶「……分かっていると思いますが、明日出発ですからね」

暗器使い「まあ息抜きも大切だろう」

僧侶「特に二人は常に息を抜いているように見えるのですが……」

暗器使い「お前も少しは気を休めろということだ」

暗器使い「どうやら五十年に一度の仕上がりの酒が入荷したらしい。今回の報奨金で入手してみたくはないか?」

僧侶「ご、五十年に一度の……!」

勇者「僧侶、よだれ」

僧侶「えっ、嘘っ!?」

勇者「嘘」

僧侶「勇者様!!」

勇者「あはは、ごめんってば」


その後あまりの酒の美味さに宴は長引き、翌朝青ざめた僧侶を気遣って出発が遅れたのだった。



《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 黒い騎士 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い 

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長
B3 フードの侍 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス

《歓楽街》編はここまでです。
暗器使いの誤字は直したつもりですが修正漏れがあったら教えてください。
次回は《過去の英雄》編です。


いや、そんなに気にしなくても…なんかスマン

>>423
いえいえ、少しでもクオリティ向上に努めたいと思っていますのでありがたいです。

《過去の英雄》


──はるか昔のお話……


少年が目を覚ますと見慣れた景色は無く、崩れた家屋からは黒い煙が立ち上っていた。

その焦げ臭さと、血生臭さと、そして全身に走る痛みに、少年は指の一本も動かせずにいた。

死体の山の上で。


ふと、優しい声がした。

母を思い出させる声だった。

声の主は少年を抱きかかえ、そっとその場を離れていった。

少年の意識は再び途絶えた。



少年が引き取れた先は、町の小さな孤児院だった。

少年を助けた女性が院長として営んでおり、院長の他に“せんせい”が一緒になって身寄りのない子供たちが自立できるまで世話をしていた。

その美しい院長は街の人々からも慕われていた。


少年に親友ができた。

同じ孤児院の男の子だが、院長にとって彼は他の子供達とは少し違う存在のようだった。


少年と男の子は逞しく成長し、やがて彼らは青年になった。

まだ大陸には無数の部族と小国がひしめいており、争いの絶えない時代だった。

その中でも彼らのいる町は大国に囲まれた不安定な地にあった。

青年たちは自分の身を、そして何より大切な孤児院と院長を守るために、剣と魔導書を手に取った。

後に彼らは初代勇者と初代僧侶と呼ばれる。



二人は町の自警団の中心となり、その規模を大きくした。

それと同時に町は大きくなり、小さな国のような様相にありつつあった。


自警団もさらに活動の規模を広げ、まるで軍隊のようになった頃。

初代勇者はふと考えた。

なぜこんなにも争いが耐えないのだろうか。

僧侶は言った。

それはきっと自分とは違う他人が怖いのだろうと。


勇者と僧侶は旅に出た。

自分とは違う者たちを理解していく中に、平和への鍵があるのでは無いかと思ったのだ。

旅の中で、彼らは新しい仲間たちと出会った。


世界を知る、という話に興味を示した、魔道士の国出身の細身の男。後の初代魔法使い。

大切な人を守るために力を付けたい。その思いに共感した大陸中央の小国出身の剣士の男。後の初代剣士。

外の世界に憧れて森を飛び出して来たエルフの少女。後の初代弓使い。

人間嫌いのエルフが人間と行動していることを不思議に思ったドワーフの鍛冶師。後の初代戦士。

紛争に巻き込まれた所を勇者に助けられた武術家の娘。後の初代格闘家。

被差別民として極東の国に逃げ延びた人外らに育てられた暗殺家の男。後の初代アサシン。


彼らは共に世界を旅する中で、力なき弱者たちを救った。

時には小国同士の紛争に巻き込まれることもあった。

そして彼らが、無差別に命を食い荒らす厄災“黒竜”を打ち倒した頃から、勇気ある者として勇者と呼ばれるようになった。



彼らがそう呼ばれるようになってしばらく、それは起こった。

人外が組織する巨大な盗賊団が立て続けに人間の村や町を蹂躙したのだ。

彼らが去った後には草木すら残らないと言われ、人々は恐れ、そして怒った。

我々は力無き人間だが、邪悪な人外を勇気を以って排さねばならないと。

人々は剣を手に取り、戦い始めた。

人外であれば何も構わず命を奪うような者も多かった。

亀裂が亀裂を生み、人間と人外の間に大きな溝が出来た。

勿論その型にはまらんとする者たちもいたが、大きな時代の流れはそれを許さなかった。

それは勇者たちも同じで、人間として、人間のために剣を取らねばならなくなった。



そしてついに、勇者が恐れていた事が起こってしまった。

彼らの第二の故郷でもある、孤児院のある街が人外らに襲撃されてしまったのだ。

院長は無事だったが、子供が一人犠牲になってしまい、孤児院はその後閉鎖されることになってしまった。


しかし同時にその街で、奇跡が起こった。

まさに犠牲になった子供が息を吹き返したのだ。

僧侶ですら手の施しようが無かった子供が亡くなった次の晩に、ふと。

修道院の“せんせい”の身に、絶対神が降臨し、子供を蘇生させたのだという。

その子供は「光を見た」と言った。

修道院の子供らからは聖書の元となった“神のお言葉”が多く聞き伝えられたという。



しかし、絶対神様は凶刃に倒れることになる。

絶対神様に教えを請いていた者たちに、最後の言葉を残して天に帰ったという。

凶刃の主こそ魔王であり、その者は魔王軍を結成して人間へと牙を剥いた。

最後の言葉を聞いた男らは絶対神様の教えを広めるため、そして魔王軍を討ち滅ぼすために教会を設立した。


勇者らも魔王軍を討ち滅ぼすため立ち上がった。

魔王軍四天王や魔王本人との激しい戦いによって、僧侶は命を落とした。

また、剣士・格闘家・アサシンも最後の戦いで行方不明になっており、恐らくは激戦の最中で死亡したのであろうと言われている。


最後の戦いの地は国ごと消滅し、そこは現在では亡国と呼ばれている。


彼らの偉大な犠牲を越えて、大陸に平和が訪れたのだった。

しかし、勇者と僧侶の目指した平和の形では無かった。



弓使いは故郷の森へと帰ったが、その後エルフの独立紛争などに巻き込まれていった。

戦士はしばらく勇者や魔法使いと交流があった後、故郷へ帰る船の上で急死した。原因は不明とされている。

魔法使いは妻子を持っても変わらず魔法の研究に身を粉にして生涯を過ごしたという。

亡くなった僧侶には旅の中で恋に落ちた女性との間に子供が産まれており、彼女らは勇者の助けの元で王都で暮らす事となった。

勇者は孤児院の頃の幼馴染と結婚するが、晩年、行方不明となる。

勇者一家と僧侶一家はその後千年の付き合いとなる。






ここで書かれていることは、現在に伝わる冒険譚の内容とは異なる部分がある。






僧侶「……どうかしましたか勇者様? 随分とぼーっとしていますが」

勇者「……え、いや……何でも無いよ?」

僧侶「しっかりしてくださいよ、まったく……」

僧侶「本来ならあのまま使節団の皆さんと帝都まで向かう予定だったところを、突然東に向かいたいと仰ったのは勇者様なんですからね」

勇者「う、うん……そうだったね。ごめんごめん」

僧侶「本当にどうしたんですか? もしかしてかなりお疲れですか?」

勇者「いや、大丈夫。本当にちょっと考え事していただけなんだ」

僧侶「それなら良いのですが……」

暗器使い「ま、勇者の直感を信じた方が良いってのは、この数ヶ月で良く分かった」

暗器使い(しかしあれ程戦線に行きたがっていた勇者がこの変わり様……)

暗器使い(法王の話を聞いたから……という訳では無さそうだ)

暗器使い(様子がおかしかったのはあの島のダンジョンを攻略した辺りから)

暗器使い(ダンジョンの最深で一体何が……?)

僧侶「暗器使い様? どうかされましたか?」

暗器使い「……いや、何でも無い」

紅目のエルフ「しかしいかに勇者の直感を信じるとは言っても……」

紅目のエルフ「行き先を地図で見ると、ただの険しい山岳地帯よ? 麓に小さな集落が有る以外の情報が無いわ」

勇者「うーん、なんかその集落には何もないような気がするんだよね」

勇者「もっと奥の、山の中に……大事な人がいる気がするんだ」

僧侶「大事な人……紋章持ちの仲間ということでしょうか」

勇者「そうかもしれないし、違うかもしれない。そこは行ってみないとわからないかも」

紅目のエルフ「ふうん、結構漠然としたことしかわからないのね」

勇者「これでも以前よりは大分感じ取りやすくなった方なんだよ」

勇者「最初の頃はそうだな……右か左かでいえば右、っていうのが分かる程度だったんだから」

勇者「北方連邦国に向かったのもその程度の理由から」

紅目のエルフ「へえ。じゃあ徐々に勇者の力を使いこなせるようになっているってわけ?」

勇者「……そうだね。そういうことだと思う」

紅目のエルフ「ふうん……」

紅目のエルフ「それで、その麓の集落まではどれ位で着くのかしら?」

暗器使い「明日に着く駅から馬で一週間程だそうだ」

僧侶「また馬を借りることになりますね」

勇者「大陸中を機関車が走っているとはいえ、最後は結局馬に乗らないと行けない所は多いからね」

勇者「線路の要らない機関車が登場すれば、もっと便利になるんだろうけど」

暗器使い「線路の要らない機関車か……どんなものか思いつきもしないな」

僧侶「私達が生きている間に発明されると良いですね」

紅目のエルフ「私なんかは立ち会えそうだけどね……老い先短い人間ではどうでしょうね」

勇者「こういう時は亜人が羨ましくなるよ」

紅目のエルフ「長く生きることって、良いことばかりではないけどね」

暗器使い「ま、そうだろうな」

暗器使い「俺なんかは仕事柄恨みを買いやすいから、長く生きてちゃ抱えきれないほどの恨みを抱えちまう」

暗器使い「ある程度でさっさと死んでしまうほうが良いと思っているぐらいさ」

僧侶「そんな……」

暗器使い「心配するな、ただの気分の話だ。実際に死んでやろうってわけじゃない」

僧侶「そうですよね、死んじゃったりしないですよね……?」

僧侶「もう親しい人が亡くなるのは沢山です……」

暗器使い「……悪かった、話題として適切じゃなかったな」

紅目のエルフ「まったくよ。私の僧侶ちゃんを泣かさないでくれる?」

僧侶「エ、エルフさん……苦しいです……」

暗器使い「悪かったって。ほら、話題変えようぜ」

暗器使い「ほら……勇者、何かないか?」

勇者「えっ、そんな無茶ぶり……」

勇者「それよりせっかく買ったんだからトランプやろうよ」

紅目のエルフ「トランプー? 今そんな気分じゃないのだけれど……」

勇者「こういうのはどう? 一番の人は最下位の人になんでも一つ、命令出来るっていうのは」

紅目のエルフ「……ほー、いいわね……」

僧侶「何故かは分かりませんが、エルフさんを勝たせてはいけない気がします……」

僧侶(自分がトップを目指すのではなく、エルフさんが勝たないように上手く試合を運ばなければ……!)

暗器使い「……トランプか……」

紅目のエルフ「どうしたの? まさかやったことが無いなんて言わないわよね」

暗器使い「……悪いがそのまさかだ。娯楽の類は酒以外関わらずに育ったものでな」






勇者「さて、ようやく集落に着いたね」

僧侶「かなり山奥まで来ましたね……」

勇者「うん、このまま更に奥に進むのは危険だから、寝床が借りられないか聞いてみよう」

暗器使い「……頼む、今晩もう一戦だけ……」

紅目のエルフ「駄目よ。もう私が一位で貴方が最下位なのは覆らないわ」

僧侶「経験の有無が関係ないババ抜きを選んだはずなのに、見事に暗器使いさんがボロ負けですものね」

僧侶「ここに来るまでの一週間での暗器使いさんの勝率、一割を切っているような気が……」

暗器使い「絶対におかしい……なにか仕組まれているはずだ……」

紅目のエルフ「暗器使い相手にイカサマやれるほど器用じゃないわよ私達は」

僧侶「それにしても暗器使いさん、変わりましたよね」


暗器使い「俺がか……?」

僧侶「ええ、最初に出会った頃よりもずっと、感情を表に出してくれるようになった気がします」

暗器使い「……そうだろうか」

紅目のエルフ「ま、勇者の影響でしょうね」

勇者「え、僕の?」

紅目のエルフ「自覚は無いかもしれないけれど、貴方にはそういうところがあるのよ」

紅目のエルフ「罰ゲームは好きなタイミングで使わせて貰うわね。楽しみにしていて」

暗器使い「はあ、お手柔らかに頼む」

紅目のエルフ「さあて、それはどうしましょうかね」



楽しそうに鼻歌をしながら歩く紅目のエルフを先頭に、勇者たちは集落の中で部屋を貸してくれるという酒場を目指した。

その酒場の主人曰く、ここより先に何かがあるとすれば山の仙人の住処だという。

仙人とはこの集落で古くから伝わっている山の主で、数百年も前から度々その姿が目撃されているという。

その仙人が勇者の探している者かは分からないが、一行は一晩を集落で過ごすと、伝承にあるという一際険しい山道を進んだ。

《過去の英雄》編です。
あんまり長くはないです。

乙乙
待ってた


書き込みしてないけど見てる

>>444 >>445
いつもありがとうございます。






そして、その住処らしき場所は呆気なく見つかった。

呆気なく、とは言うが険しい山道であったことは確かだ。

しかしその途中で何者かの妨害があったり、罠が張り巡らされていたりという事は無かった。

山頂付近の台地にあるその建物は、かなり古いがきちんと手入れされている様子で、ここに何者かがいることは確定だった。

勇者は警戒しつつ、その扉を叩いた。


勇者「すいません、どなたかいらっしゃいますか」


勇者の声に帰ってきたのは沈黙で、間をおいてから再び扉を叩こうとしたとき、向こう側で鍵を開ける音が聞こえた。

中から顔を覗かせたのは、勇者よりも幾つか下に見える短髪の少女だった。

あまり大柄では無いが、その引き締まった筋肉と身なりから何らかの武術家ではないかと予想された。



勇者(お、女の子……!? この娘が仙人ってこと……?)

褐色肌の武闘家「……どうぞ、お師匠様が中で待ってるよ」

僧侶「(……彼女の師が仙人と呼ばれている方なのでしょうか)」

勇者「(うん、流石にこの娘が仙人っていうことは無さそうだね……)」


四人は案内されるがままに奥の間へと進むと、そこは甘ったるい白煙が立ち込める異様な空間だった。


暗器使い(この煙は……まさか……)

暗器使い「お前たち下がれ。この煙を吸うな」

僧侶「なっ、まさか毒……!?」

暗器使い「毒ではないが……似たようなものだ」

紅目のエルフ「これは……麻薬よ。かなり流行りのものね」

僧侶「ま、麻薬……!?」

勇者「一体なんでこんな所に……」

褐色肌の武闘家「……お師匠様! それは控えてって何度も言っているじゃないか!」


短髪の少女がそう怒鳴ると、部屋の奥で横たわっていた人物は面倒臭そうに白煙を吐き出した。

少女は喫煙具を取り上げてから、窓を全て開けて部屋の換気を行った。

それから十分に換気ができた頃に、もう一度勇者たちを招き入れた。


褐色肌の武闘家「先程は師が失礼を……ほら、しゃんとして!」


師と呼ばれた人物は少女に叩き起こされて、ようやく勇者たちと顔を合わせた。

その虚ろな目をした人物は女性だった。

武闘家の少女ほど幼くは無いが、やはり仙人と呼ぶには若いように見えた。



武闘家の師「……やあ、来たね」


女性は仕方がなく普通の煙草を咥えて、しかしやはりひどい隈の虚ろな目で勇者たちを見て言った。


武闘家の師「君たちは当代の勇者一行だろう?」

勇者「……何故それを?」

武闘家の師「そりゃ分かるさ。全員紋章を宿しているじゃないか」

武闘家の師「それが分からなくなるほど頭はやられちゃいないよ」

武闘家の師「しかし君が当代の勇者か……ふむ、なるほど」


武闘家の師は勇者の顔を覗き込むように身を乗り出した。

露出の多い服の間からは彼女の入れ墨まみれの肢体が覗いていた。


勇者「あ、あの……?」

武闘家の師「……他は何も似ていないが、瞳だけはそっくりだ……」

勇者「え……?」

武闘家の師「……いや、なんでもない……」

勇者「…………」

勇者「……あの、貴女は……」

武闘家の師「ん? なんだ?」


勇者「……貴女は、初代格闘家様ではありませんか?」


紅目のエルフ「なっ……」

暗器使い「何だと……?」

僧侶「何を言っているんですか勇者様!? 初代格闘家様は千年も前の人物なんですよ!?」

武闘家の師「……何故そう思う?」

勇者「……夢に出てくる姿にそっくりなので」

武闘家の師「夢?」

勇者「ええ。この剣の影響だと思うのですが、最近良く夢の中で見るんです」

勇者「初代……いえ、歴代の勇者の断片的な記憶を」

武闘家の師「この剣が……?」

勇者「貴女はこの剣について何かご存知ではありませんか?」

武闘家の師「いや、残念ながら私は何も知らない……だが」

武闘家の師「その剣が見せたという夢の信憑性については保証しよう」

僧侶「え……それではまさか本当に……」



武闘家の師→初代格闘家「そういうことだな。私が初代勇者一行の格闘家だ。よろしくな」


暗器使い「馬鹿な……千年前の話だぞ! 人間はおろか、亜人でさえ生きるのは難しい年月だ」

紅目のエルフ「そうね。強力な力を持った人外以外は千を超える歳を生きる事は不可能だわ」

初代格闘家「勿論私自身の力じゃない。一種の呪いみたいなもの」

初代格闘家「千年前のあの日以来、ずっと死ねない身体で彷徨って来た」

初代格闘家「この辺りに腰を据えたのは五百ぐらい前のことだったかな」

初代格闘家「この辺は、ほら……薬が手に入りやすいから」

褐色肌の武闘家「お師匠様……」

僧侶「かつては世界を救った英雄が、何故そんな薬に手を出して堕落しきっているのですか……?」

初代格闘家「疲れたのさ」

初代格闘家「目的も目標もない。愛する家族もいない」

初代格闘家「そんな中で死ねないまま永遠に生きるなんて気が狂う」

初代格闘家「何度も死のうと試したけど、“あいつ”の力はそんな全てを無視して私を生かした」

初代格闘家「毒を飲もうが、火に炙られようが、身体を真っ二つにしようが、数千の高さから身を投げ出そうが……私だった肉の塊は必ず私に戻る」

初代格闘家「薬だって駄目さ。すぐに脳みそは正常に戻ってしまう」

初代格闘家「だけど逆に言えば、いつまでたってもこいつが効きにくくなるって事はない。何時だって少量でも飛べる」

初代格闘家「こいつを吸っている間だけはどこまでも沈んでいける」

僧侶「そんな……」

初代格闘家「後ろのお二人はこいつを知っていたようだけど……ふふっ、やったことあるのかい?」

暗器暗器使い「俺は仕事柄、あんたみたいな連中を相手にすることもあったってだけだ」

紅目のエルフ「私も似たようなものね」

初代格闘家「なーんだ、仲間が増えるかと思ったのに」

初代格闘家「それで、こんな薬漬けの女に何のようだい? この山奥に偶然来たってことは無いだろう?」

勇者「それも、おそらくはこの剣の力で……」

勇者「僕たちが行くべき場所が、何となく分かるんです」

初代格闘家「それがここだと」

勇者「はい」

初代格闘家「しかしここには何もないよ?」

初代格闘家「今起こっていることも大体は知っているが、私は関わるつもりはないし」

暗器使い「関わるつもりがない、とは……」

初代格闘家「そのままの意味だよ。私はその新生魔王軍とやらが何をしようと、興味は無いから」

僧侶「そんな……! 大陸を揺るがす大事態なのですよ!? かつて世界を救った貴女が一体何故……!」

初代格闘家「世界を救った……ね。別に私はそんなつもりじゃ無かったんだけどね」

初代格闘家「結局は自分の周りの小さな世界を守るのに精一杯だったのさ」

初代格闘家「そして私は、それすらも手に入らなかった……」

初代格闘家「もうどうだって良いのさ。勝手にやっていてくれ」

僧侶「しかし……!」

勇者「初代勇者……僕のご先祖様が残してくれたこの世界を、一緒に守ってくれはしませんか……」

初代格闘家「……あいつはこんな世界は望んでは居なかったさ」

初代格闘家「結局昔と変わらない……いや昔よりも酷い種族間の差別が大陸中に蔓延している」

初代格闘家「その極めつけが今回の件なんじゃないのかね」

初代格闘家「本当に救うに値するのかい、この世界は」

褐色肌の武闘家「…………」

暗器使い「……時間の無駄だ、さっさと下山するぞ」

勇者「暗器使い……」

暗器使い「あれは死人の目だ。肉体は生きているが、精神は死んでいる」

暗器使い「死人に生者の声は届かない」

初代格闘家「彼の言う通りだ。もし君たちがこの世界を救いたいと言うのなら、ここで油を売っている暇なんて無いんじゃないかね?」

勇者「……最後に一つ良いですか?」

初代格闘家「何だい?」



勇者「後の二人は、どこへ?」


初代格闘家「…………」

勇者「最後の戦いで行方不明になったのは貴女と、初代剣士様と、初代アサシン様だ」

勇者「彼らがもし、貴女と同様に何らかの手段で生き永らえているとしたら……その行方をご存知なのではないですか?」

初代格闘家「……それは……」


初代格闘家「ん……?」

褐色肌の武闘家「お師匠様……!」

勇者「これは……!」

僧侶「何か、来る……!」

暗器使い「やばいな、かなりの力を感じる……」

紅目のエルフ「……ふん」


勇者たちが外へ飛び出すと、そこには赤色と銀色の甲冑に身を包んだ二体の人外が待ち構えていた。

彼らか感じる力はやはり、勇者ら誰よりも強大なものであった。


ゼパール「彼奴が当代の勇者であるか」

サロス「なるほど最初の報告のように、貧弱そうな男よ」

サロス「それが今や驚異となりつつあるとは本当か。にわかには信じられん」

暗器使い「ちっ、この間の騎士と言いデタラメな力を持ったな奴らが出てきたな……」

勇者「ゼパールとサロスだ……皇国に出たっていうレライエと同じレベルの人外だと思っておいていいよ」

サロス「ほう、我らを知るか。やはり勇者の系譜であることは確かなようだ」

ゼパール「レライエか……あの女は魔王軍幹部の面汚しである。あんな辺境の教会一つ落とせぬとは、我より序列が上であったことに疑問が残る」

サロス「さあ勇者よ、長旅ご苦労であった。ここでその命、散らして貰おうか」

ゼパール「まあまてサロスよ。この程度の者ら、我一人で十分だ」

サロス「……そう言うのであれば譲ろう」

ゼパール「ふふ……そちらは一人と言わず、全員でかかってくると良い」

ゼパール「参るッ!!」

勇者「来るっ……!!」


赤い甲冑のゼパールが勇者の方へ一直線に迫った。

彼の剣による刺突を弾いた勇者は身をかがめてゼパールの足を薙ぎ払おうとする。

しかしそれは跳躍によって避けられ、ゼパールの剣は勇者へ向けて振り下ろされた。


暗器使い「させるか……!」

その一撃は暗器使いの投擲した鎖に絡め取られて阻害された。

得物の動きを封じられたゼパールの顔面に対して勇者が刺突を繰り出す。

しかし、剣が鎖で絡め取られているにも関わらずゼパールはそれを構え、振り抜いた。

鎖を握っていた暗器使いは地面に叩きつけられ、勇者は剣を弾かれてしまい肩に一撃をもらってしまう。

傷は浅いとはいえ不利な状況であるため、一旦後ろへ跳んで距離を取らざるを得なかった。


暗器使い「くっ……!」

勇者「やはり、強い……!」

ゼパール「良い……良いぞ貴様ら。報告よりも遥かに強くなっている」

ゼパール「特に勇者。剣術が様になってきたようだな」

ゼパール「これは潰し甲斐がある……」

勇者「相手さんは余裕って感じだ……」

僧侶「勇者様、傷を……」


僧侶が手をかざすと勇者の傷はみるみる内に塞がった。

ゼパール「ふむ……それが噂に聞く僧侶の力か……」

ゼパール「徐々に削っていたぶってやるのが楽しみだったのだが、その女は少々邪魔である」

ゼパール「サロス、その女は譲ろう」

サロス「……勝手なことを。だが、承知した」

勇者「……! 僧侶! 下がって!」

サロス「遅い……!」


勇者が叫んだ時には既にサロスは背後に回り込んでおり、彼の剣が僧侶の首筋を捉えていた。

僧侶「やっ……!」

紅目のエルフ「させない……!」


間一髪の所で、その剣は紅目のエルフが生み出した太いツタによって阻まれた。


ゼパール「……ふむ」

ゼパール「耳長よ、なぜ貴様は戦闘に参加しない」

紅目のエルフ「……私にも色々事情があるの……!」


紅目のエルフは僧侶を抱きかかえて大きく後ろに距離を取った。


紅目のエルフ「この娘は私に任せて。二人はゼパールに集中しなさい」

勇者「わかった……!」

暗器使い「ああ……!」

ゼパール「くくく……気合を入れいるのは良いが、我に一撃でも入れてからにするのだな……がっ!?」


ニヤリと笑っていたゼパールの横顔に、強烈なストレートが叩き込まれた。


褐色肌の武闘家「はい一発目」

ゼパール「……この小娘があ……!」


ゼパールが薙ぎ払った剣を跳躍して避けた彼女は、更に膝を顔面にお見舞いした。


褐色肌の武闘家「勇者さん、今だよ!」

勇者「う、うん!」


呆気にとられていた勇者だったが武闘家の声でハッとし、ゼパールの元へ跳躍して縦に一閃、剣を振るった。


暗器使い「おまけだ!!」


どこからか取り出した槍を構えた暗器使いが、それをゼパールの胴体めがけて投擲した。

それは先が少し刺さった所で、ゼパールの手によって止められてしまった。

しかしその隙きにもう一撃、勇者の剣がゼパールの首筋を斬りつけた。

だがゼパールはそれすらも浅く喰らうだけで回避してしまった。


ゼパール「ぬううううっ小癪な……!」


致命傷は与えていないが、しかし確実に勇者たちのペースだった。

素早く、小回りの効く武闘家の立ち回りのおかげで少しずつゼパールは押されていった。


サロス「ゼパール殿。これは全力を出したほうが良いのでは?」

ゼパール「分かっておる……! やるぞ……!」

サロス「仕方があるまい、手伝おう」

暗器使い「何かは分からんが術を発動する気だ! 止めるぞ!」

サロス「遅い!」


暗器使いが叫んだ頃には既に遅く、ゼパールとサロスによって何らかの術は発動されてしまった。


暗器使い「……何も、起きない……?」

僧侶「ゼパールやサロスの持つ特別な力……それは確か……愛……?」


ゼパール「参る……!」

サロス「覚悟……!」


ゼパールと先程までエルフと僧侶を牽制するだけだったサロスが同時に攻撃を仕掛けて来た。

ゼパールの重い剣撃を、勇者は受け止めるので精一杯だった。

その背後からサロスの剣が迫る。


僧侶「勇者様!」

勇者「くっ……!」

勇者(ギリギリ……躱せる……!)


勇者がそう思った、その時であった。


褐色肌の武闘家「……ごっ……ふ……!」


勇者とサロスの間に割り込んだ武闘家の腹部に、剣が深々と突き刺さっていたのだ。


勇者「なっ……!?」

暗器使い「そいつを抱えてこっちに引けっ……!」

紅目のエルフ「援護するわ……!」


暗器使いの援護を受けながら勇者は武闘家を抱えてゼパールらの挟撃からどうにか逃げる事ができた。

腕の中の武闘家は衰弱しており、息も絶え絶えであった。



僧侶「治癒します……!」

勇者「何で僕を庇ったんだ……! まだあって間もない相手をどうして……!」

褐色肌の武闘家「ゆ、勇者……様……」

ゼパール「不思議か、勇者よ」

勇者「ゼパール! 一体何をした!」

ゼパール「これこそが我らの力……愛情を操る力である」

ゼパール「その小娘の愛情の矛先が、全て貴様に向けられるようにした」

サロス「我々二人での重ねがけだ。その愛情は深く深く、燃え上がったのだ」

サロス「命を投げ出してでも助けたいと思えるほどにな……」

サロス「非常に……美しく燃え上がり、散った。甘美なものだ」

勇者「お前達……!」


勇者の眉間に皺が寄り、剣を握る力が増した。

何かが内側から溢れ出すような感覚がした。


初代格闘家「人の家の前でうるさいんだよお前たち」


勇者が立ち上がろうとしたその時、初代格闘家が屋敷の中から姿を表した。

口には煙草、手には酒壺と相変わらずの格好ではあったが、その瞳は先程までとは少し違っていた。


サロス「女、何者だ。邪魔立てをするのであれば貴様も……」

ゼパール「……待て、まさか……その顔は……!」

ゼパール「初代格闘家……であるか……!? しかし、馬鹿な……!」

サロス「何……!?」

初代格闘家「やあやあ久しぶりだねえ。最近はずいぶんと馬鹿なことをやっているみたいだけど……」

ゼパール「ふん、我々を止めるか……」

初代格闘家「いやあ興味が無いと言った手前、手を出さないでおいたんだけどね」

初代格闘家「でも弟子に手を出されたんじゃ、今回限りはこちらも黙ってはいられない」

初代格闘家「馬鹿な子だよ。放っておけと言ったのに」

サロス「ゼパール殿、此奴は危険だ。いま消さねばならない」

ゼパール「待て、此奴は……!」


ゼパールが静止した次の瞬間、サロスの上半身が消滅していた。

初代格闘家の拳によって。


初代格闘家「身内に関わんなきゃ、私も何もするつもりは無いさ。後は好きにやりな」

勇者の腕の中で傷を完全に治癒された武闘家を抱えて初代格闘家は後ろへと引いた。

武闘家を自分の膝で寝かせて、彼女自身は胡座をかいて酒を煽り始めた。

手を出すつもりは本当に無いらしい。


紅目のエルフ(これが初代勇者パーティーの一員の力……)

ゼパール(ぬううう、まさかこんなイレギュラーが存在するとは……! 失態だ。せめて勇者の命を取らねば引くことは出来ん……!)

勇者「ねえゼパール、聞かせてよ」

ゼパール「……何だ……」

勇者「どうして急に“僕を殺すことにしたの”?」

暗器使い「…………」

僧侶「それって、どういう……?」

ゼパール「気が付いていたか、勇者よ」

勇者「そりゃね。僕を殺すタイミングなんていくらでもあったはずだ」

勇者「まずは僕と僧侶の両親が殺されたあの日。父さんを殺すついでに僕も殺すことが出来たはずだ」

勇者「そして何より法国でのダンジョン攻略の時……」

勇者「他のダンジョンでは最深に辿り着いた攻略者を結界で閉じ込めて、その後に結界内の自爆の魔法陣でそれらを全滅させる仕組みになっていた」

勇者「実際、結界やその自爆の魔法陣を解除できなかった攻略者らは死亡、良くても重症の者がほとんどで、実力者を失った各地は大打撃を受けた……」

勇者「それなのに僕たちの攻略したダンジョンには、その自爆の魔法陣が無かった」

勇者「僕を殺すつもりなんて初めから無かったんだ」

僧侶「で、でも北方連邦国では影使いに殺されかけたじゃないですか……!」

暗器使い「後で遺体を確認したが、あれは人間だった」

暗器使い「恐らくは貴族院が別に雇った者だったんだろう」

紅目のエルフ「で、何で新生魔王軍の皆さんは勇者を殺さずに見逃し続けたのかしら?」

勇者「それは……」

勇者「それは僕が稀に見る弱い勇者だからさ」

僧侶「え……」

勇者「勇者の力の継承システムはこうだ」

勇者「基本的には男女を問わず、勇者の子が勇者の力を受け継ぐ」

勇者「その引き継ぎのタイミングは先代が亡くなった瞬間、あるいはその子供の齢が二十に到達した時」

勇者「しかし勇者が子を授からずしてなくなった場合、最も近縁の者に継承権が移る」

勇者「例えば兄弟や、従兄弟など」

勇者「つまり勇者を殺しても次の勇者がすぐに誕生する」

勇者「勇者の候補を全て見つけ出して殺すというのは現実的ではない」

勇者「だから奴らは方針を変えたんだ。最も弱い勇者に、長くその力を所持して居てもらおうって」

ゼパール「その通りである……しかしやはり初代勇者の呪いは恐ろしいものだ」

ゼパール「貴様のような小僧を、みるみる内に強き者へと成長させていった」

ゼパール「その芽を、刈り取らざるを得なくなったのだ」

勇者「……じゃあもう、怯えている暇なんて無いんだね」

ゼパール「安心しろ。その暇もなく殺してくれる!」


ゼパールの目にも留まらぬ素早い攻撃が、勇者の首を切り落とした。

ように見えた。



ゼパール「がっ……! 馬鹿なっ……!!」


実際には勇者の剣がゼパールの片腕を切り落としていたのだ。


勇者「──“俺”も、もう前に進まなくてはいけない時が来た」


僧侶「勇者……様……?」

紅目のエルフ(いや……“誰だ”……?)

暗器使い「…………」

ゼパール「何だ……この力は……まさか……!」

ゼパール「くっ……!」


ゼパールは身を翻してこの場からの撤退を試みた。

しかし、突如目の前に現れた植物の壁にそれを阻まれる。

紅目のエルフ「貴方に逃げられるの困るのよねえ」

ゼパール「耳長っ……! 貴様ァ……!!」

勇者「トドメだ……!」

ゼパール「ぐ……あああああああああっ!!」


勇者の剣が、ゼパールの身体を縦に両断した。


初代格闘家(今一瞬……)

初代格闘家「……いや、まさかね」






僧侶の早急な治療の甲斐もあって、武闘家は一命をとりとめたどころかすぐに元気になった。

だが初代格闘家が無理にでも休めと命令をしたため、今は奥の寝室で寝息を立てている。


初代格闘家「……あの子は孤児でね。私が気まぐれで里に降りた時にたまたま出会ったんだ」

初代格闘家「ただの気まぐれだったんだけどね……もしかしたら意識はしていたのかもしれない」

初代格闘家「勇者も孤児で、拾われた身だった。そしてその勇者がまた私を拾ってくれた。そういう繋がりをね」

初代格闘家「随分と自分らしくないことをしたという自覚はあるよ」

僧侶「そんなことは……」

初代格闘家「そんな事より、だ。さっきの件で向こうさんも本腰を入れてきたって事が分かったんじゃないか?」

初代格闘家「ここで道草を食っている時間はあまりなさそうだね?」

勇者「……そうですね」

初代格闘家「……とにかく紋章持ちを全員探し出すことを優先したほうが良い」

初代格闘家「それが次に繋がる鍵になるから」

勇者「……! 分かりました……!」

初代格闘家「まあ今日はもう遅い。ゆっくり休んで明日発つと良いよ」

紅目のエルフ「そうね、お言葉に甘えさせてもらおうかしらね」

初代格闘家「人数分は無いけど奥の寝室を適当に使っていいから」

初代格闘家「勇者君、私の可愛い武闘家ちゃんを襲ったら駄目だからね」

勇者「襲いませんよ!!」






???「やあ、寝たばっかりなのに悪いね」

勇者「いえ……大丈夫です」

勇者「……やはり今日のは……」

???「うん。かなり“進行”したね」

???「君が俺の力を使えば使うほど進んでいって、更に力が発現しやすくなる」

???「負の連鎖さ」

勇者「そんな風には思っていませんよ」

勇者「僕自身の力だけでは、救えるものも救えない」

勇者「貴方の力があってこそだ」

???「そう言ってもらえると、俺も少しは気が楽になるよ」

勇者「そんな顔しないでください。これは代々受け継がれてきた使命なんでしょう?」

勇者「なら僕も、目一杯利用させて貰いますよ」

勇者「“初代勇者様”……貴方の力を」

???→初代勇者「……ああ……そうしてくれ」






翌日、勇者らは初代格闘家の家を出発し、次の目的地へと向かった。

同時期に、大陸会議で取りまとめられた帝国、王国、共和国による共同攻撃が魔国に向けて行われたが、それは完全に失敗に終わってしまった。

まるで、作戦の全てが筒抜けであったように。

現在各国は内通者の存在を疑っている。

特に、あの会議の場に居た者が疑わしいとされている。



《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 黒い騎士 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 フードの侍 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス

《過去の英雄》編はここまでです。
次回は《出会いと》編です。

《出会いと》


初代格闘家の隠れ家で新生魔王軍の幹部を打ち破ってから二ヶ月が経過した。

道中で新生魔王軍に感化された人外らとの小競り合いなどには何度か巻き込まれたが、魔王軍そのものの幹部級の襲撃は一度しか無かった。

おそらくは戦線の激化に伴って遠方に割ける戦力も多くは無くなってしまったのだろう。


暗器使い「こっちには第五聖騎士団長が言っていたっていう、初代勇者の剣術に大きく影響を与えた流派の里が有るんだってな?」

勇者「うん、今はそこを目指そうと思って」

紅目のエルフ「そこで勇者が修行を始めるなんて言い出したら、私達は何をしていれば良いのかしら」

僧侶「仮にそうなったとしたら、退魔師ギルド員としての仕事をしましょう」

僧侶「実力者が多く戦線に招集されている今、今までのような安全確保がままならない地域も有ると聞いてます」

僧侶「それならば自由に動ける我々は出来る限りのことをするべきでしょう」

紅目のエルフ「真面目ねえ……」

紅目のエルフ「はあ、それにしても……」

暗器使い「言いたいことは分かるが、改めて実感するな」

紅目のエルフ「広すぎるのよ帝国は……! 汽車であと一体何日移動すれば着くのかしら……!?」

僧侶「途中で車両のトラブルも有りましたからね……まだしばらくはかかるでしょうね」

紅目のエルフ「あーもう。次に停泊する街では酒をたらふく飲んでやるわ」

僧侶「それはいつも通りでは……」

紅目のエルフ「暗器使い、付き合ってよね」

暗器使い「仕方があるまい」

勇者「暗器使いもしょうがなくじゃなくて、行きたくて行ってるでしょ」

暗器使い「どうだろうな」

勇者「まあ二人がお酒で問題を起こしたことは無いし良いんだけどさ」

勇者「とにかく今は僕の感じるままに大陸を旅することしか出来ない」

勇者「法王様の仰っていた通りなら、紋章持ちの仲間を探すっていう当初の目的通りになるし」

勇者「それに初代格闘家様も紋章持ちを全員探すことを優先しろって言っていたし」

僧侶「紋章持ち……勇者の仲間には一人一人に役割がある、という事でしたね」

勇者「もしそれが本当なのだとすれば、この大陸を取り巻く状況を良い方向に持っていくきっかけになれるかもしれない」

暗器使い「こうして大陸の端から端まで周っている内に事は解決していそうな気もするがな」

勇者「と、とにかく急げる様に頑張ろう」

暗器使い「ま、徒歩と馬だけの時代よりはよっぽど早いはずだ」



暗器使いはパンをひとかじりして新聞を広げた。


暗器使い「戦線は完全に停滞、か……」

暗器使い「戦線に面していない国……北方連邦国や、皇国などの力も必要になるはずだ」

暗器使い「この間の会議を経て、各国の連携が上手くいくようになれば少しは状況打開への道が見えるのかもな」

紅目のエルフ「いがみ合っていた者同士に共通の敵が出来たから一致団結……なあんて単純にはいかないとは思うけどね」

僧侶「ですが会議において各国の法が一斉に変わることになりました」

僧侶「真の信頼とか、そんな子どもじみたことを言うつもりはありませんが、確かに大陸は一つの方向を向こうとしています」

紅目のエルフ「……まるで新生魔王軍は大陸の平和への礎みたいね」


それから数日、蒸気機関車は目的の駅に到着した。






蒸気機関車の駅から定期便だという馬車に二日揺られた頃、勇者たちは目的の集落にたどり着いた。

昔は隠れ里のようなものだったと聞いているが、今では山中の重要な中継地点として多くの人が行き交っていた。

その集落の大通りに、建物は少し古ぼけているが、それとは対照的に新しい看板が掲げられた施設があった。


勇者「失礼します」

山中集落支部の受付係「ようこそ退魔師ギルドの支部へ! ご依頼ですか?」

勇者「いえ自分たちは……」


勇者がギルドの会員証を見せると、受付係の男はかけている眼鏡のように目を丸くして驚いた。


山中集落支部の受付係「あ、あなた方が当代の……!」

勇者「ええ、旅の途中ですがしばらく滞在することになりそうでして」

勇者「何かお手伝いできることがあればと、一応登録と挨拶に」

山中集落支部の受付係「そ、そんな、勇者様御一行のお手を煩わせるなんて……」

僧侶「いえいえ、ぜひ手伝わせて下さい。勇者様が用事が済むまでは我々三人は時間が余っていますので……」

紅目のエルフ「私はお酒を飲むのに忙しいのだけれど……」

僧侶「三人共暇ですので……! ぜひ!」

山中集落支部の受付係「そ、そうおっしゃって頂けると……ありがたいお申し出です」

山中集落支部の受付係「それでは早速簡単なお手続きの方を……いえ、署名を頂くだけで結構ですので」


勇者を含めた四人は支部への登録を済ませると、掲示板に貼り付けられた現在引き受けられる仕事の依頼書に目を通した。


紅目のエルフ「危険魔獣の駆除から幽霊騒ぎまで様々ね」

僧侶「あれ……これは物盗りの捕獲依頼ですか? こんなのも依頼として舞い込んでくるんですね」

山中集落支部の受付係「ああそれは、犯人が人為らざるものだって噂で……」

僧侶「ああ、なるほど……えっと、依頼主は……剣術道場……?」

僧侶「これって……」

山中集落支部の受付係「ああそれは……」

山中集落支部の受付係「どうにも物盗りっていうのが、力の宿った特殊な剣や、曰く付きの得物ばかりの狙っているらしいんですけれど……」

山中集落支部の受付係「最近近くの街の富豪の蔵からも盗まれたとかで、あの道場も警戒しているんじゃないでしょうか」

山中集落支部の受付係「“あの”道場に限って、剣が盗られるなんて無いとは思いますが」

勇者「……その道場の場所、教えて頂いても良いですか?」

山中集落支部の受付係「ええ、今地図を書きますね」






勇者「やっぱりこの二ヶ月大きく変わったよね」

僧侶「ええ。亜人や他の人外の皆さんもこうして街角で多く見かけるようになりました」

暗器使い「もう平気なのか?」

僧侶「はい。エルフの里で頂いたこのペンダントが効いているみたいです」

紅目のエルフ「婆様曰く、効果は完全ではないらしいから気をつけなさいよ」

僧侶「はい、分かっています」


それからしばらく歩くと、ギルドで教えてもらった場所に到着した。


勇者「さて、ここがその道場か……」

僧侶「大きな門ですね。まるでお城みたいです」

勇者「すいませーん! 誰かいらっしゃいませんか!」


勇者が戸を叩いてからしばらくして長く白い髭の老人が姿を表した。


白髭の老人「ここに何か用かね?」

僧侶「退魔師ギルドの依頼で来たのですが」

白髭の老人「ギルドの依頼……? 全く馬鹿共が、平気だと言っておろうに……」

白髭の老人「悪いがお前さん達、盗人ごときにどうにかされるような場所では無いのでね」

白髭の老人「後で依頼の取り消しをしておくから、帰ってもらって構わんよ」

僧侶「えっ、あの……」

勇者「……申し遅れました、僕は当代の勇者です。依頼の事を抜きにしても、ぜひ貴方とお話をしたくてここに来ました」

白髭の老人「……私と話を、か」

白髭の老人「よく私がここの師範だと分かったな」

勇者「あはは、流石に分かりますよ」

紅目のエルフ(……ただの掃除の爺さんだと思っていた)

僧侶(……同じくです)

白髭の老人→古流剣術師範「よし、付いて来なさい」

暗器使い「……随分と大きな道場だ」

古流剣術師範「初代剣士様が修めたという剣術で、初代勇者様にも大きく影響を与えた……と聞けば自然と人も集まるものだ」

古流剣術師範「その名にばかり惹かれてきた者など、すぐに厳しさに耐えかねて辞めていくがね」

古流剣術師範「さ、立ち話も何だ。お前さん達も座ると良い」

僧侶「失礼します」

古流剣術師範「それで、話とは何だね」

勇者「率直に言いますと、僕の剣を見てほしいんです」

古流剣術師範「……確かに勇者一族の振るう剣術に、我々の流派は大きな影響を与えた」

古流剣術師範「しかし、やはり同じ物ではない。大きく得られるものが有るとは限らないが良いのかね?」

勇者「僕は一族に伝わってきた剣術を習うだけで、十を学べるほどの才能はない」

勇者「だからその成り立ちについて、初代勇者様と同じように辿って行く必要があると思うんです」

勇者「急ごしらえではあるけれども、昔ながらの剣術の基礎は第五世騎士団長さんに叩き込んで貰いました」

勇者「だから次はここに来たんです」

古流剣術師範「……なるほど、それなら丁度いい」

古流剣術師範「ここに訪れてまだ日が浅い奴が居るのだが、中々に筋がいい」

古流剣術師範「師の元で指導を受けるような段階では無いはずなのだが……奴も剣術そのものを習いに来ている訳ではないからな」

勇者「……その方と、一試合するという事ですか?」

古流剣術師範「察しが良いな。その通りだ」

古流剣術師範「おい、少し時間をもらえるか」

疲れた様子の黒髪の男「……何でしょうか」

古流剣術師範「此奴は当代の勇者でな、一戦だけ交えてやって欲しいのだが」

疲れた様子の黒髪の男「……分かりました」


黒髪の男は少し気怠げに腰を上げて勇者の方を見た。


勇者「お疲れの所すいません」

疲れた様子の黒髪の男「俺なら大丈夫だよ」

古流剣術師範「勇者よ、お前さんの得物はこれだ」


古流剣術師範は勇者に一振りの刀を手渡した。


勇者「これは……刀?」

古流剣術師範「うちの流派ははるか昔、皇国より伝わった剣術を取り入れたものだ」

古流剣術師範「流派そのものでは両刃剣を使うが、その芯を理解するにはそいつを使うのが手っ取り早い」

勇者「で、でも刀なんて使ったことが……」

古流剣術師範「ならば尚更頑張るのだな。両者構えい」


黒髪の男が腰に下げていた刀を抜いたため、勇者も慌てて構えた。


古流剣術師範「始めっ!」


開始の合図と共に黒髪の男が踏み込んできた──かのようの見えたが、それは気迫の見せた幻影で、実際には男は一歩一歩すり足で近づいて来ているに過ぎなかった。

しかしにじり寄ってくる彼の構えに、勇者は隙きを見出すことが出来なかった。


勇者(何だこの威圧感は……!?)

疲れた様子の黒髪の男「……なあ」

勇者「えっ……」

疲れた様子の黒髪の男「やる気、有るの?」


勇者が気づいた時には、その手から剣が叩き落とされていた。


疲れた様子の黒髪の男「戦う気の無い奴に割く時間は無いよ」

勇者「いや、これは……その……」

紅目のエルフ「あらあら、飲まれちゃってるわね」

僧侶「勇者様……」

暗器使い「……ったく……おい勇者」

暗器使い「せっかく時間を取ってもらっているんだ。中途半端は失礼だろ」

暗器使い「殺す気でいけ」

勇者「……わ、わかっている……!」

勇者「もう一回お願いします」

疲れた様子の黒髪の男「よし、来い……!」


それから数十分、二人は何度も剣を交えた。

しかしその内で一度でも勇者の剣が黒髪の男に届くことは無かった。


疲れた様子の黒髪の男(まだまだ荒削りで俺には遠く及ばない……)

疲れた様子の黒髪の男(だが、何故だ……この短時間で着実に上達している……)

疲れた様子の黒髪の男(そういう事か……師範の狙いはこれだったのか)

疲れた様子の黒髪の男(勇者の末裔と言うからには幼い頃から剣術には打ち込んでいたはずだ)

疲れた様子の黒髪の男(この男には剣術の才能はない……勇者の子孫と言えど凡人のそれだ)

疲れた様子の黒髪の男(だけれど、二十年の人生で積み上げてきた努力は本物だ)

疲れた様子の黒髪の男(才能が無いから、勇者一族の剣術に眠る基礎に自分で到達が出来ていなかった)

疲れた様子の黒髪の男(だからあえて、その根幹にあたる片刃の実戦を行うことで、身体に気が付かせるってことか……!)


勇者の刺突を、黒髪の男が弾く。


勇者(せめて一本は……!)

勇者(全力で……! 倒す気でいかなくちゃ駄目なんだ……!!)

疲れた様子の黒髪の男「……!?」

疲れた様子の黒髪の男(何だ!? 急に雰囲気が……!)

疲れた様子の黒髪の男(この感覚……後ろの剣か……!?)

疲れた様子の黒髪の男(覚えがあるぞ……これは“アレ”と同じような……!!)

勇者「っ!!」

疲れた様子の黒髪の男「チィッ!!」


砂埃が舞ったその先で、勇者の刀が黒髪の男の喉元を捉えていた。


僧侶「やったぁ!」

暗器使い「ふう……惜しいな」

僧侶「えっ……?」

古流剣術師範「実戦ならば、その刀が喉を貫くよりも先に、お前さんの胴が真っ二つだったな」

紅目のエルフ「黒髪の彼……本当に強いわね」


よく見ると黒髪の男の刀は、ピッタリと勇者の胴に当てられていた。


勇者「……はあ、参りました……」

疲れた様子の黒髪の男「いや、最後のは惜しかった。この短時間でよくここまで出来たものだね」

疲れた様子の黒髪の男「しかし……一つ良いかい」

勇者「……?」

疲れた様子の黒髪の男「後ろに置いてある剣……普通のものではないと見た。例えばそうだな……“中に何かいるのかい”?」

勇者「…………さ、さあ、何の事やら」

勇者「我が家に代々伝わるという点では普通では無いのかもしれませんが……」

疲れた様子の黒髪の男「……そうか。いや、少し気になっただけなんだ」

古流剣術師範「よし、二人共お疲れだったな。時間もそろそろ遅い。皆さんもこちらで夕食に参加してはどうかな?」

暗器使い「し、しかし……」

古流剣術師範「なに遠慮することはない。もともと大所帯だ。数人増えた所で変わりはしない」

僧侶「そういうことでしたら是非……」

紅目のエルフ「おじさま、美味しいお酒はあるかしら?」

古流剣術師範「せっかくの歓迎の席だ。とっておきのを持ってこよう」

紅目のエルフ「やったぁ!」

僧侶「まったく貴女は……」

古流剣術師範「お前は修練場の連中に声を掛けてくると良い」

疲れた様子の黒髪の男「……分かりました」

GW中にもう一度更新予定です。では。






紅目のエルフ「美味しい! 何これ!? 何のお酒!?」

古流剣術師範「米から作られたもので、これも皇国から伝わったものだな」

紅目のエルフ「これは一度皇国にも行かないと駄目ね」

勇者「僕にはまだ少し香りがキツイかも……」

紅目のエルフ「お子ちゃまねえ」

僧侶「そうですよお、こんなに美味しいのに」

勇者「今日は飲みすぎないようにね……」

僧侶「言われなくても分かっていますう」

暗器使い「勇者がしばらくお世話になる事になったようで……急なことですみません……」

古流剣術師範「なあに、こちらとて勇者に剣の指南をするとは光栄なことだ」

古流剣術師範「お前は飲まないのか?」

疲れた様子の黒髪の男「……いえ、自分は」

古流剣術師範「欲を切り離すことが精神の成長に繋がるとは限らないぞ。ほれ」

疲れた様子の黒髪の男「しかし……」

柄の悪い門下生「師範が飲めって言ってるんだから飲めよ」

柄の悪い門下生「正確には門下生ですら無いくせにでかい面しやがって……」

疲れた様子の黒髪の男「……そういうつもりは無いんだけど、不快にさせてしまったのであれば謝るよ」

古流剣術師範「折角の歓迎の席だ、止めないか」

柄の悪い門下生「……師範も師範ですよ」

古流剣術師範「お前さんたちの稽古の時間を削ったり、手を抜いたりはしていないだろう」

古流剣術師範「こいつには少し、特別な事情があるだけだ」

柄の悪い門下生「へっ、結局は特別扱いじゃねえか」

柄の悪い門下生「邪魔したな客人ども」


柄の悪い門下生は酒瓶を一つ奪って自分の席へと戻っていった。


紅目のエルフ「なあにあれ、感じ悪いわね」

疲れた様子の黒髪の男「師範に特別な稽古をつけてもらっている自分が気に食わないらしい」

疲れた様子の黒髪の男「こちらは諍いを起こすつもりなど無いんだけどね……」

暗器使い「ああいう手合は無視するに限ると思うが」

古流剣術師範「腕は確かなのだが、精神面ではまだまだ未熟だ」

古流剣術師範「そういう意味では奴もお前さんと同じような修行が必要かもしれないな」

疲れた様子の黒髪の男「……」

勇者(うーん、ちょっと人間関係が難しいのかな……)

勇者「あの、貴方は皇国出身なんですか?」

疲れた様子の黒髪の男「うん、そうだよ。皇国の奥の、何もない田舎で生まれた」

疲れた様子の黒髪の男「何もないけれど、良いところだった」

疲れた様子の黒髪の男「平凡な農家の息子だったあの頃の俺は、こうやって刀を握ることになるなんて思いもしなかった」

疲れた様子の黒髪の男「……勇者は何故剣を取った?」

勇者「何故と言われると、それが一族の使命だったから、としか言えないです」

勇者「初代勇者様のように、素晴らしい理由はないです」

疲れた様子の黒髪の男「確かに前向きな理由では無いが、後ろめたい理由でもない」

疲れた様子の黒髪の男「それに比べて俺は……本当にどうしようもない理由さ」

疲れた様子の黒髪の男「取り返しのつかないことをしてしまった」

勇者「……僕は、剣をはじめた理由はその程度だったけど」

勇者「今も握っている理由は、別にあります」

疲れた様子の黒髪の男「今の……理由……」

勇者「僕は、僕の守りたいものを守る。そのために剣を握っています」

勇者「エゴに満ちた理由だけど、それでも僕はやるって決めたんです」

勇者「またこんな事が繰り返されないようにするために。僕たちの代で終わらせるために」

僧侶「勇者様……」

勇者「……偉そうに言いましたが、そんなふうに考え出したのはつい最近のなんですけれどね」

疲れた様子の黒髪の男「……そうか」

疲れた様子の黒髪の男「ああ、そうだ。もっと普通に話してもらって構わないよ。俺は敬われる立場ではないからさ」

勇者「分かった。そうするね」

疲れた様子の黒髪の男「……勇者が良ければ、明日も一本、稽古に付き合って貰えないかな」

勇者「勿論いいよ、任せて。むしろよろしくおねがいしますって感じ」

暗器使い「ふう。やはりしばらくは俺たちだけで依頼をこなすことになりそうだな」

紅目のエルフ「みたいねえ」

僧侶「眠いです……」

紅目のエルフ「はいはい、貴女はもう寝ましょうね~」

僧侶「はあい」

紅目のエルフ「んじゃ、この娘寝かせてくるわね」

暗器使い「ああ。済んだら戻ってこい。この酒瓶は空けてしまって良いらしいのでな」

紅目のエルフ「そうするわね」

紅目のエルフ「今晩は勇者にも付き合ってもらうわよ」

勇者「えっ」

暗器使い「諦めろ。あいつが寝るまでは終わらないからな」

勇者「暗器使いって、毎回相手してあげてるよね」

暗器使い「誰かが相手をしてやらんと不機嫌になるだろう」

暗器使い「まあ、あいつの飲み方に付き合える人間は多くは無いだろうからな」

勇者「そりゃそうだよ……」

暗器使い「今のうちに水を飲んでおけ」

勇者「うん、そうするよ……」






それからしばらく、勇者は師範の元で剣術修行に励み、他の三人は退魔師ギルドにある依頼をこなしながら過ごした。

そしてある日、ギルドに気になる依頼が舞い込んだ。


僧侶「またこの依頼……盗人から刀を守ってほしい、ですか」

紅目のエルフ「今回の依頼人はこの道場ではないみたいだけれどね」

古流剣術師範「この依頼人は……ふむ」

僧侶「ご存知なんですか?」

古流剣術師範「まあ、な。趣味の悪い金持ち、とだけ言っておこうか」

古流剣術師範「おそらくはコレクションの一つが例の盗人に狙われているとか、そういう話なんだろう」

古流剣術師範「しかし、刀ばかり狙う人外の盗人か……修行の一環として相手してみるのも面白いかもしれんぞ?」

勇者「えっ、それって」

古流剣術師範「もちろん勇者と……お前も行ってくると良い」

疲れた様子の黒髪の男「自分も……ですか?」

古流剣術師範「誰かと共に闘う。これが今のお前にとって良い刺激になるかもしれん」

疲れた様子の黒髪の男「……そういうことであれば……」

勇者「それじゃあ早速依頼人のところに行ってみようか」

僧侶「あれ、暗器使いさんは?」

勇者「少し用事があるって言っていたけれど」

紅目のエルフ「ふうん?」

門下生A 「こちらに暗器使い様がいらっしゃいましたら、行き先をお伝えしておきますよ」

僧侶「ありがとうございます」

勇者「ええっと、場所は町外れの豪邸だったかな」

柄の悪い門下生「──ちょっと待てよ」

柄の悪い門下生「その依頼、俺も参加させろよ。俺のほうがそいつよりも使えるってことを教えてやるぜ」

古流剣術師範「参加させろと言われても、自分の一存ではなんとも言えないぞ」

勇者「僕は別に構わないよ。人手は大いに越したことは無いしね」

柄の悪い門下生「へっ、勇者様は話が分かるじゃねえか」

勇者「とにかく直接話を聞いてみないと何もわからないから、行くとしようか」






集落の成金男「おお勇者殿、よく来てくださいましたな。貴方が居てくだされば百人……いえ、千人力ですな」

勇者「早速ですが見せてもらってもいいですか?」

集落の成金男「ええ勿論ですとも。ささ、こちらです」


成金男の先導に付いていくと、大きな倉庫のようなところにたどり着いた。

そこには様々な国から取り寄せたと思われる品が溢れかえっていた。

その奥の方に、目的のものは飾られていた。


集落の成金男「皇国のとある有名な鍛冶師が打ったと言われる妖刀でございます」

疲れた様子の黒髪の男「…………」

紅目のエルフ「ふうん? これが……」

勇者「……」

勇者(何だこの刀……異様だ……)

勇者「……どこか少し、似ている……?」

僧侶「勇者様?」

勇者「……ん、いや。何でも無いよ」

勇者「それで、何故この刀が賊に狙われていると気がついたんですか?」

集落の成金男「最近この辺りの地域で刀剣を狙った賊が出ているのは知っているでしょう」

集落の成金男「そしてつい先日、見張りの者が見つけてしまったのです。屋敷の外を何度も調査しに来たであろう足跡を」

集落の成金男「足跡は北の丘側と、南の大森林側に見られました。そのどちらかから賊が来るものだと私は踏んでいます」

勇者「なるほど……じゃあ三手に別れよう」

疲れた様子の黒髪の男「いや、四手だ。個人的に気になることがあるから単身行動をさせてもらうよ」

柄の悪い門下生「ちっ、勝手なこと言いやがって」

勇者「わかった。じゃあ北側には僕が、南の森側はエルフさんが担当しよう」

紅目のエルフ「ま、適任ね」

勇者「現地は僧侶と門下生さんでお願いします」

僧侶「お、お願いします」

柄の悪い門下生「へいへい」

勇者「ほぼ全員が個人行動になるから、もし相手が単身じゃないとわかったら無理をせずに撤退をして」

勇者「これだけは約束してほしい」

疲れた様子の黒髪の男「……分かった」

紅目のエルフ「知ってるでしょ? 逃げるのは得意なんだから」

勇者「それじゃあ各々情報を集めに行こう」

もう一回GW中に上げたいですね……
どうなるかは分からないですが






──集落北側の丘


勇者(これが見回りで見つけたっていう足跡かな)

勇者(あそこの木の枝、よく見ると切り取られている……偵察の邪魔になるから、かな)

勇者(……ん、この足跡……まだ新しいぞ)

勇者(そしてこの木の周りだけ不自然に葉が落ちている……という事は……!)

勇者「上か!!」

フードの侍『チィッ!!』


上からの襲撃者の刀と、勇者の剣がぶつかった甲高い男が辺りに響き渡った。


フードの侍『今ので倒れてくれれば良いものを……』

その声は小柄な体躯には似合わず、低く淀んでいた。


勇者「……人では無いね」

フードの侍『分かるか』

勇者「まあね」

フードの侍『お前はあの屋敷の主に雇われたのか?』

勇者「うん、退魔師協会に依頼が出ていたから」

フードの侍『となると、お前は退魔師か』

勇者「そう言うことも出来るね。専門ではないんだけど」

フードの侍『なるほど、面白い……』

フードの侍『同業者とやり合えるとはな……!』

勇者「なっ……! それは協会の会員証……!!」

フードの侍『隙きありだ……!!』

勇者「しまっ……!?」


以前の勇者ならば、その一撃で斬り伏せられていただろう。

しかし、その刀は勇者に届くことはなく、ギリギリの所で受け流されてた。


フードの侍『……今のに反応するか……』

勇者「あ……危なあ……」

フードの侍『並の腕ではないな。何者だ?』

勇者「い、いや僕自身は大した者じゃないんだけどね? 一応当代の勇者って事になっているよ」

フードの侍『勇者……! お前がか……!』

フードの侍『……お前が勇者であるとして、それならば何故、あんな屋敷の主に雇われているのか』

勇者「どういうこと……?」

フードの侍『ふん、知らないのか。あそこの屋敷にある物は多くが盗品だ』

フードの侍『あの成金と部下共は、盗賊団上がりの犯罪者共なんだよ』

勇者「なっ……!」

フードの侍『勇者サマが犯罪者の手助けをするのか?』

勇者「……か、仮にその話が本当だとしても、犯罪者相手だから盗み返しても良いって理屈にはならないよ」

勇者「きちんとした手続きを踏むべきだ」

フードの侍『……これが人外相手だったら、そんな面倒なことをしないで殺したって罪には問われないのにな』

勇者「えっ……」

フードの侍『……とにかく、あそこに恩人の大切な形見があるんだ。退かないと言うのであれば、斬ってでも進む』

勇者「……君の話を信用するには、まだ証拠がない……」

フードの侍『……そうか、では……』

勇者「……だから、証拠を見せてよ。もし君が言うことが本当なら、僕も手伝うよ」

フードの侍『参る……って、ええ?』

勇者「だって君の言うことが本当なら、野放しには出来ないよね」

フードの侍『し、しかし……良いのか?』

勇者「僕は自分が正しいって思うことをしたい」

フードの侍『…………』

フードの侍(似ている……彼に……)

フードの侍『しかし証拠か……。持っているのは鍛冶師の売却証書だけだ。これは自分にとっての目安にはなるが、第三者にとっての証拠とはなり得ない……』


疲れた様子の黒髪の男「……証拠は無いけれど、証人ならいるよ」


フードの侍『っ……!』

勇者「あれ、何でここに?」

疲れた様子の黒髪の男「誰よりも早くそいつを見つけ出すつもりだったんだけどね……先を越されたか」

フードの侍『な、何故……何故お前がここにいる!!』


フードの侍は何か恐ろしいものを見るような目で、刀を構えて黒髪の男と向き合った。


勇者「知り合いなの?」

フードの侍『勇者よ……お前は何故こんな男と一緒にいる……!』

勇者「何故って、お世話になっている道場での稽古の相手で……今回は一緒に依頼を受けてくれることになって……」

フードの侍『こいつは……妖刀に取り憑かれて罪なのない人外を斬って回っていた、辻斬りという男だ……!!』

勇者「え……」

疲れた様子の黒髪の男→辻斬り「……久しぶり」

辻斬り「お前は相変わらず自分を隠しているんだな」


フードの侍「……勇者を騙して“善い人”を演じていたあなたには言われたくないかな」

勇者「えっ……その声、女の子!?」

勇者(猫の耳が生えてる……化け猫か何かなのかな……?)

辻斬り「隠していたわけではないよ」

辻斬り「……俺はあの男に敗れ、お前に刀を折られてから、逃げるように皇国を去った」

辻斬り「自分を支配していた妖刀が消えてしまって、自分自身を見失ってしまったから」

辻斬り「だけれど結局この手には刀が握られていた。生きていく術を、他に知らないんだ。だからせめてこれ以上見失わないように、俺は道場の門を叩いた」

辻斬り「結局未だに、自分のことを理解する事は出来ていないけれどね……」

フードの侍→猫又「……じゃあ何? 今はもう悪いことはしていなくて、更生目指して頑張っています、とでも言いたいの?」

猫又「信じられるわけないじゃない!」

猫又「あなたは、私を、彼を、あの神サマを……殺そうとしたんだから……!」

辻斬り「……許してもらえるとは思っていない。だけれど、今は信じてほしい」

辻斬り「俺は、お前の言っていることが正しいと勇者に証明しに来たんだ」

猫又「なっ……」

勇者「じゃあ証人っていうのは……」

辻斬り「ああ、俺だ」

辻斬り「あの刀を打ったのはその猫女の……家族だ」

辻斬り「詳しい事情は知らないけれど、その猫女は大陸中に散らばった盗品を回収してまわっているらしい」

辻斬り「盗品でなくとも、危険な刀は大金を積んで買い取っているとも聞いている」

辻斬り「それなのにわざわざ今回は盗み出すという手段を取っている。これはつまり、あれが盗品であるということなんだろう」

勇者「そんな事情が……」

猫又「なんであなたがそこまで知っているの」

辻斬り「……自分も関わったことだから。多少は情報を仕入れるさ」

猫又「…………」

辻斬り「それよりも早く戻ろう。アレは俺もよく知る種類のやつだ……早めに回収して処分してしまったほうが良い」

猫又「……うん、そうだね。あなたのことを信用した訳ではないけど、あれは長いこと放置しておきたくない」

勇者「あの刀はそんなヤバイものなの?」

辻斬り「……ああ。あれは……」

辻斬り「持った者の殺戮衝動を増長させる、そんな効果がある」

辻斬り「……そう。俺を人外殺しに変えた刀と、同じ気配がするんだ」

GW中に三回更新すると言って出来なかった分です。
辻斬りや猫又(フードの侍)を思い出せない方は >>1 から過去スレを読み直して頂けると幸いです。

>>533
正直忘れてたけどすぐに思い出した…けどまた読み直して来た

…のにまだ更新されて無いのは一体どういう訳じゃ?

>>534 書き直し部分ができてしまったため遅れてしまいました。申し訳ございません。
現状書き直せたところまで今晩投下します。






暗器使い「遅れて来てみれば……何だこの状況は」

僧侶「あ、暗器使いさん……! 実は彼があの刀に触れた瞬間、急に暴れだして……!」

柄の悪い門下生「ウ……ウオオオオオオオオオッ!!」

暗器使い「妖刀は聞いていたが、本物だったのか……」

柄の悪い門下生「コロス…………!!」

暗器使い「ちっ……! 僧侶は下がってろ」

柄の悪い門下生「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

暗器使い(速いな……!)


門下生が刀を振り下ろすと、石畳が大きく抉れた。

暗器使い「お前みたいなパワー馬鹿とは正面でからやり合いたく無いな……!」


暗器使いはどこからともなく鎖を取り出してそれを門下生の持つ刀に巻き付けた。


暗器使い「そいつを奪えば勝ちなんだろ! 楽勝だ……!」

柄の悪い門下生「グギギギ……」

暗器使い「って、この馬鹿力……!」

僧侶「暗器使いさんっ……!」


暗器使いは鎖で刀を奪うどころか、逆に鎖で手繰り寄せられそうになってしまった。

しかし暗器使いは更に鎖を取り出し、門下生の体中に巻きつけて動きを完全に封じた。


暗器使い「流石にこれなら動けないだろう。刀を奪うことも出来なくなったがな……」


そこに勇者たちが遅れて駆けつけた。

勇者「この状況は……!? 僧侶は平気?」

僧侶「ええ、暗器使いさんが来てくれたので……」

僧侶「それよりもそちらの方は……」

猫又「その刀に縁がある者とだけ。しかし、予想通り刀の力に飲み込まれてしまっているね」

辻斬り「…………」

猫又「昔の自分に重ねるのは勝手だけど、今はあの刀を奪い取ることに集中して」

勇者「刀を奪うって言っても、一旦暗器使いの鎖を解かないと……」

柄の悪い門下生「……新参者ノクセニ、生意気ナ……」

暗器使い「その必要は無さそうだ……構えろ!」


門下生は鎖を引き千切り、辻斬りに向かって飛びかかった。

柄の悪い門下生「オ前ヲ殺シテ、俺ノ方ガ優レテイルト証明シテヤル!!」

辻斬り「チッ……!」


門下生と辻斬りの刀がぶつかり合って火花を散らした。

二人の戦いはほぼ互角のように見えて、徐々に辻斬り側が押され始めていた。


勇者「僕たちも加勢しよう……!」

古流剣術師範「それは駄目だ」

勇者「師範さん……いつの間に?」

古流剣術師範「野暮用でついさっきな。しかし予感は的中か」

古流剣術師範「この方は以前目にしたことがあってな。その時から嫌な雰囲気は感じ取っていた」

古流剣術師範「様子を見るに、おそらくあの刀はあいつの過去に大きく関係したものだ」

古流剣術師範「ここで立ち向かうことが今のあいつには必要だ」

勇者「でも……」


辻斬りは明らかに劣勢に転じていた。

このままでは勝敗は明確だ。


古流剣術師範「あいつは過去の自分に負い目がある。それでもなお刀を握ったならば、何をするべきなのかを理解する必要がある」

古流剣術師範「ところでお前さん」

暗器使い「自分ですか」

古流剣術師範「少し頼みがある」

暗器使い「……?」


師範が暗器使いに何やら耳打ちをしている間、勇者は辻斬りらの戦いから目を離せないでいた。

明らかに辻斬りの方が実力は上なのだが、その体はすでに限界を迎えようとしていた。

それはおそらく、その過去の自分への負い目のせいなのだろう。


辻斬り「ハァ……ハァ……」

勇者「……僕も、後悔はいっぱいある」

勇者「今も矛盾を抱えながら生きている。沢山の犠牲の先に僕たちは立っている」

辻斬り「…………」

勇者「でも、この剣を握っている限りは止まれないんだ。一度踏み込んでしまった僕や君には、やり遂げることに責任があるんだ……!」

辻斬り「やり遂げる……責任……?」

勇者「だからそんな所で立ち止まってないで、自分自身の責任を果たしに行こう」

辻斬り「…………」

柄の悪い門下生「ヨソ見ヲスルナァァァァァッ!」

辻斬り「……ああ、そうかもしれない……」


辻斬りの刀から迷いが消えた。


柄の悪い門下生「グアッ!?」


辻斬りは門下生の刀を弾き飛ばした。

すかさずその刀を猫又が『妖刀折りの妖刀』で破壊すると、門下生は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。


猫又「……これで、最後の一本だ」


猫又は刀のリストを小さく畳んでポケットへとしまった。

ちょうどそこに、成金男が駆け込んできた。


集落の成金男「こ、この状況は何ですかね!?」

古流剣術師範「ああ、これはこれは丁度いいところに」

集落の成金男「……?」






成金男の資産の多くが盗品によるものだった。

暗器使いが途中で師範から指示を受けていたのは、その証拠となる書類の回収だった。

帝国軍と昔から縁の深い道場の主として、前々から大盗賊団の頭領の疑いがあった成金男の調査が指示されていたのだという。

多少の抵抗はあったが、屋敷の外で控えていた帝国軍兵と門下生らの協力もあって全員がお縄についたのであった。


猫又「……過去の罪は、いずれ消えると思っているの?」

勇者「いや、僕はそうは思わないよ」

勇者「罪を一度背負ったら……それが相手に許されないのだとすれば、背負ったまま歩き続けなきゃいけないって思うんだ」

暗器使い「…………」

辻斬り「……俺はかつて、本当に取り返しの付かないことをしてしまった」

辻斬り「妖刀の力によるものとは言え、この手で多くの人外を殺してしまった」

僧侶「……でもそれって、妖刀のせいであって、辻斬りさんが全て悪いというわけでは無いんじゃ……」

辻斬り「罪というのは、望まなくても背負ってしまうことがある。そういうことなんだろうな」

猫又「……望まなくても背負う、か……」

猫又「それを言うなら、私もこんな刀を生み出したご主人様を止められなかった」

猫又「あの時はただの猫だったから、どうしようもないと言えばそれまでだけど」

猫又「私はご主人様の罪を代わりに背負って、今ここに立っているってことなんだね」

猫又「……君を、君の故郷を巻き込んでしまって、ごめんね」

辻斬り「……そんな、俺は……!」

猫又「私は君に斬りかかられた事は許すよ。他のことに比べたら些末な事かもしれないけど、少しでもその方の重荷を下ろしてあげたいんだ」

辻斬り「……俺も」

辻斬り「俺もこの運命が、お前やお前のご主人のせいであるとは思わない。これは俺の心の弱さが生んだ結果なんだ」

辻斬り「だから、お前もその肩の上の物を少しは下ろしてくれよ」

猫又「……うん。さっきは丘で散々な言い方をしちゃって、ごめんね」

辻斬り「あれは事実だ」

辻斬り「……何の因果か、俺はここまで生き延びてきた」

辻斬り「出来ることと言えば、刀を握って戦うぐらいだ。ならばせめて、この腕を誰かのために役立てたい」

辻斬り「勇者。俺もお前たちの旅に同行させてくれないか」


そう言って差し出された辻斬りの腕に、淡い光とともに紋章が現れた。


僧侶「こ、これは……!」

勇者「剣士の紋章……!」

暗器使い「お前が次の仲間という訳だな」

辻斬り「……の、ようだね。勇者さえ良ければ、助力させてくれないかな」

勇者「勿論、歓迎するよ」

勇者「早くエルフさんにも教えてあげないとね」

僧侶「まだ南の森から帰ってきていないんですね」

暗器使い「ああ、こちらが片付いたのがまだ伝わっていないようだな。呼びに行くとしよう」

猫又「……待って」

勇者「どうしたの?」

猫又「南の森側……何か変だよ……」

暗器使い「変だと?」

猫又「私は猫又だから、霊とか、そういう死に纏わる気配に敏感なんだけど」

猫又「南側に沢山の“死”を感じる……」

僧侶「言われてみれば、確かに感じます……!」

勇者「……! 急ごう……!!」

投稿予告しても有言不実行になりそうなので、今まで通りにやっていきます。
半年後ぐらいに思い出してください。申し訳ございませんでした。

>>548

狐神読み直してそのノリで突っ込んだだけだから気に病む事はあらぬのじゃ!

>>549
乙ありがとうございます。更新頑張ります。

今の辻斬りのランクはどれくらいなんだろ

>>551
この話の終わりにランク表を出しますが、変化がないとだけお伝えしておきます。
妖刀の狂気に飲まれた強さは無いですが、修行で剣士としてステップアップしたのでプラスマイナスそのままという事です。






勇者達が南の森に駆けつけると、そこには異様な空気をまとった甲冑の軍団が待ち構えていた。

その先頭に立っているのは、法国のダンジョンで遭遇した新生魔王軍の四天王の騎士だった。


黒い騎士「久しいな、勇者よ」

勇者「エルフさんをどこにやった……!」

黒い騎士「……あの森の民か……」

黒い騎士「知らんな」

勇者「……! 居場所を言えっ!」

僧侶「ゆ、勇者様……」

黒い騎士「今はあの女の心配よりも、自分たちの事を気にしたほうが良い」



黒い騎士の後ろに控えている甲冑の騎士たちが動き出した。

その数は二十ほどだ。


僧侶「あの全てが死霊です……! ですが、何かがおかしいです……」

僧侶「あそこにいる以上の数の気配を感じるんです……」

暗器使い「伏兵か……!?」

猫又「……違うよ……」


猫又は、その猫の耳を丸めて怯えていた。


猫又「あの先頭のヤツ……アイツに“沢山いる”……!」

辻斬り「あの騎士そのものが、死霊の集合体なのか……!」

黒い騎士「今はあの時と状況が違う」

黒い騎士「手は抜かないと思え。行くぞ」

死霊騎士「オオオオオオッ!」


黒い騎士が剣を抜くと同時に、死霊の騎士たちが一斉に勇者たちに襲いかかってきた。

勇者、暗器使い、辻斬りはそれぞれ得物を抜き、遅れて猫又も怯えながらも刀を抜いた。

聖なる加護のない普通の武器では霊体を斬ることは出来ないため、暗器使いと辻斬りは敵の動きを封じる事に集中した。

そしてそれらを、勇者の剣と、猫又の持つ『霊体斬りの刀』が一体ずつ葬っていった。

しかし一体一体が驚くほど強いというわけでは無いが、数の差のは覆せなかった。

それに加えて黒い騎士の存在が勇者たちを追い込んだ。


黒い騎士「驚いたな。この数ヶ月で見違えるほど強くなった。」

勇者(ぐっ……! こんなじゃ駄目だ……! もっと“受け入れないと”……!)

勇者をまとう雰囲気が、格闘家の隠れ家での一戦のときのように一変した。


黒い騎士「ほう、まだ強くなれというのか……!」

黒い騎士「だが、足りないな!」


黒い騎士の剣が、勇者の首筋を切り裂いた。


勇者「が、がああああああああああああっ!!」

僧侶「勇者様!!」


直ちに僧侶が勇者の傷を治療した。


勇者(おかしい……! ダンジョンの力の恩恵を受けていたはずのあの時と、今の黒い騎士が同じぐらい強い……!)

黒い騎士「不思議か、勇者よ」

黒い騎士「まあ知らずとも良い。貴様はここで死ぬのだからな」

黒い騎士「厄介な能力を持つ僧侶とともに葬ってやろう」


黒い騎士が剣を振り上げた。


暗器使い「チッ! 間に合わねえ……!!」

黒い騎士「さらばだ」

僧侶「あ……」


僧侶は、死んだ、と目を伏せたが、その剣が僧侶を切り裂くことは無かった。

ギリギリで飛び込んだ辻斬りの刀がそれを受け止めたのだ。


辻斬り「ぐ……おお……!」

辻斬り(何て重い……!)

黒い騎士「剣士の紋章持ちか……」

黒い騎士「やはり勇者は早めに葬るべきであったか」

黒い騎士「来い……! その剣技を俺に見せてみよ!」

辻斬り「……!!」


辻斬りは黒い騎士と善戦はするが、やはり少しずつ押されていった。


黒い騎士「どうした! そんなものか!」

黒い騎士「あの島で戦った正騎士団長や、先の戦場で葬った将の方が強かったぞ!」

辻斬り(猫又の話ではこいつは霊体の集合体らしいが……ちゃんと肉体は持っている)

辻斬り(ならば俺の刀でも倒せるはずなのだが……それが届かない)

辻斬り(最近は精神修行に専念しすぎていた……勇者との稽古があったとは言え、やはり体が出来上がっていないか……)

辻斬り(流石に今の実力差では……)

黒い騎士「もう終わりか? ならば望み通り……」

猫又「ちょっと君! 何諦めてんの!」

猫又「休んでいる暇があったらこれを使いなさいよ!」


猫又が投げたものを受け取ってみると、それは鞘に収まった一本の刀だった。

その雰囲気に、辻斬りは覚えがあった。


辻斬り「馬鹿な……これはさっきお前が折ったはずでは!?」

猫又「君が昔持ってたのとも、さっきのとも別。帝国に来る途中に盗賊から取り戻したの」

猫又「それを使えばまだ太刀打ちできるんじゃないの?」

辻斬り「だがこれは……!」

猫又「ああもう! 言ってる場合じゃないでしょ!」

猫又「今の君なら大丈夫だから! さっき自分で誓ったことをもう忘れたって言うの!?」

辻斬り「それは……」

黒い騎士「……参る!」

辻斬り「……!」

辻斬り(俺は……せめて死ぬまでは誰かのために刀を振るうと決めた)

辻斬り(だが死ぬのは、今じゃない……!!)


辻斬りが妖刀を抜くと同時に、その身に嫌な感覚が走った。

よく覚えている、懐かしい感覚だった。


辻斬り(俺はもう、あの時とは違う……! 憎しみや、怒りに飲まれない……!)

辻斬り「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

黒い騎士「何っ…………!?」


辻斬りの一太刀が、黒い騎士を袈裟斬りにした。


黒い騎士「ぐうううううううっ!?」

辻斬り「ハァ……ハァ……」

辻斬り「もう俺の信念は、曲げさせはしない……」

猫又「ふう……やれば出来るじゃん」

猫又「仮に暴走しちゃったら、また私が止めるから安心しなよ」

辻斬り「いや……もうあんな事は、させない」

猫又「……そ。なら良いんだけど」

辻斬り「トドメだ」

黒い騎士「……! 来い! 死霊騎士達よ!!」


黒い騎士の呼び声に応じて甲冑の中から霊体が飛び出し、彼の身体へと吸い込まれていった。

すると辻斬りから受けたはずの深い傷は塞がり、何事も無かったかのように立ち上がった。


黒い騎士「……仕切り直しと、いこうか」

勇者「そうか……アイツは『霊体を吸収して強くなる力』を持っているんだ……!」

勇者「だから法国の地下墓地でもあれほどの強力な力を有していたんだ!」

暗器使い(冗談じゃねえ……俺も勇者も体力の限界だ。辻斬りだってもう一回剣を交える余裕は無いはずだ)


勇者達が満身創痍で得物を構え直したその時、僧侶がその後ろですっと立ち上がった。


僧侶「……今の様子からすると、やはり肉体はあってもその本質は生霊で構成されているようですね」

勇者「僧侶……?」

僧侶「貴方が以前よりも力が増しているというのも、二ヶ月前に三国との大戦で沢山の生霊を吸収できたからではありませんか?」

僧侶「ならば、これが効くはずです……!」

僧侶「戦闘が始まってからずっと溜めさせて貰いました! 聖なる光をくらいなさい!!」


僧侶がそう叫ぶと、その両手からまばゆい光が放たれた。

しかしそれは目くらましのためのものではなく、霊体に絶大な威力を発揮する聖属性の術だ。

かつて旅立ちの前に、王都の郊外でゾンビ相手に放った一撃よりも更に強力なものが、黒い騎士の体を直撃した。


黒い騎士「があああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


光と砂埃でその姿は見えないが、苦しむ騎士の声が辺りに響いた。

次こそ終わりだと、辻斬りが踏み込んで刀を振り下ろした。


しかし、その刀は宙を斬った。

黒い騎士「やはりその力は厄介だ。ここで斬り捨てなければいずれ我軍の損失に繋がるだろう……!!」


辻斬りも勇者も無視をして、黒い騎士が狙ったのは僧侶だった。


僧侶「やっ…………!」

暗器使い「僧侶っ!!」


先ほどと違い、誰もが間に合わない場所に立っていた。

次の瞬間には、ごろんと僧侶の首が地面に転がっていた。






──はずだった。

僧侶の首の代わりに地面に落ちていたのは、黒い騎士の腕と剣だった。


黒い騎士「……馬鹿な……! 間に合う距離では無かったはずだ……」


それを斬り落としたのは、勇者だった。


勇者「僧侶を……殺させはしない……!」

勇者「“俺”は……!!」


黒い騎士は瞬時に判断した。

消耗した今では確実に“これ”には勝てないと。

眼の前に立っている男は、自分の知る勇者では無いと。



僧侶「きゃっ!?」


黒い騎士は僧侶と自分の腕を抱えてその場を離脱することにした。

作戦による撤退以外で、敵に背を向けたのは初めてだった。

それほど圧倒的な何かを、勇者から感じたのだ。


勇者「僧侶を離せええええええええっ!!!!」


その背後から勇者が迫った。

背中の傷で死ぬとは、何とも不名誉なことだ、と騎士は思った。


迫る勇者の肩に、矢が突き刺さった。

勇者も良く知る、生木から削り出された特殊な矢だ。


勇者「な、んで……!」

射手は、木の上からその紅い瞳で勇者たちを見下ろしていた。


僧侶「エ、エルフさん……! 一体何で!!」

紅目のエルフ「…………」


勇者達が初代格闘家の隠れ家を出た直後に入ってきた情報を思い出した。


>大陸会議で取りまとめられた帝国、王国、共和国による共同攻撃が魔国に向けて行われたが、それは完全に失敗に終わってしまった。

>まるで、作戦の全てが筒抜けであったように。

>現在各国は内通者の存在を疑っている。

>特に、あの会議の場に居た者が疑わしいとされている。


勇者「内通者って……エルフさん、だったの……?」

紅目のエルフ「……そうよ」

勇者「いつから……!」

紅目のエルフ「最初からよ。私は新生魔王軍の弓兵なの」

僧侶「そんな……」

紅目のエルフ「私ね、人間なんて大嫌い」

紅目のエルフ「私が何であそこまで奴隷商人達を追っていたか教えてあげるわ」

紅目のエルフ「昔、私も奴隷だったのよ」

紅目のエルフ「ハイエルフの白い肌に、ダークのエルフの紅い瞳が珍しいって、随分な高値で取引されたのを覚えているわ」

紅目のエルフ「一緒に妹も奴隷として市場に並んでいた」

紅目のエルフ「でも妹は身体が弱くて、粗悪な環境に耐えられなかった」

紅目のエルフ「安値で叩き売りされて……それで買った奴は妹を連れて行く際に何ていったと思う?」

紅目のエルフ「『壊れる前に沢山使ってやる』ってね」

僧侶「ひ、酷い……」

紅目のエルフ「私や妹みたいな目にあった亜人は、大陸中に幾らでもいるはずよ」

紅目のエルフ「そして皆、人間を恨んでいる」

紅目のエルフ「現に、奴隷商から救い出された人外奴隷達の多くがこちらの軍門へ下ったわ」

暗器使い「エルフの森で奴隷商から情報を聞き出した途端に、各地で奴隷市場が襲撃されたのはそういう事か」

紅目のエルフ「そうよ」

僧侶「法国での検問を突破できたのはどういう事なんですか……!?」

紅目のエルフ「それは簡単なことよ。まだ魔王軍での契の儀式をしていないから、術の検知に引っかからなかったの」

紅目のエルフ「何でかは知らないけれど、勇者一行の紋章まで出ちゃうもんだから、内通者にピッタリでしょう?」

紅目のエルフ「法王サマは、紋章持ちにはそれぞれ役割があるなんて言っていたけれど、私の役割って何だったのかしらね」

紅目のエルフ「勇者一行を騙して出し抜いてやるってのが役目だったのかもね、あははっ」

僧侶「エルフ、さん……」

紅目のエルフ「皆上手いこと騙されてくれて良かったわ」

暗器使い「……薄々は、気がついていた」

紅目のエルフ「あら、そうなの?」

暗器使い「まず内通者の存在を疑ったのは、あまりに都合よく敵が現れる事からだ」

暗器使い「始めのうちは勇者の行く先を阻むように何度も……今思えばこれは紋章持ち探しを妨害するためだったんだろう」

暗器使い「そして法国での一件を皮切りに、勇者を排除する方針に変わった訳だが……」

暗器使い「あんな山奥に幹部級が二体も現れたのはおかしかった。確実に行き先を流している奴が身近にいなければな」

紅目のエルフ「ま、私達の中に内通者がいるとすれば消去法で私よね」

暗器使い「……いや、それでも仲間であるお前を疑いたくは無かった」

紅目のエルフ「……あっそ」

暗器使い「だが確信に変わったのは、ある事に気がついたからだ」

勇者「ある事……?」

暗器使い「法国でその騎士に出会ったときからそうだ」

暗器使い「お前、一度だって新生魔王軍の配下相手には直接攻撃をしていないだろう」

勇者「……確かに……」

僧侶(言われれば……)

暗器使い「法国のダンジョンでは違和感なく戦闘から離脱できるように、あんな芝居を打って俺達と離れたんだろう?」

紅目のエルフ「芝居を打ったなんて酷いわ。あの時はこの騎士サマが本気で勇者を殺しに行くから」

黒い騎士「……俺はあの時点で、勇者が危険な力を秘めていると感じ取っていた……」

暗器使い「……そう、“そこに俺は違和感を感じていた”」

紅目のエルフ「違和感……?」

暗器使い「その時もそうだしが、何より……」

暗器使い「何故格闘家の隠れ家での一戦で、サロスから僧侶を庇った! 最後にゼパールの逃亡を妨害した!!」

紅目のエルフ「……!」

暗器使い「お前の行動にはゼパールも解せない表情をしていた」

暗器使い「お前は恐らく……」

紅目のエルフ「……違うわ」

暗器使い「お前は勇者達が、仲間が大切に感じられるようになっていたんじゃ無いのか!!」

紅目のエルフ「違うわよ!!!!」

紅目のエルフ「勝手なこと、言わないで……」

紅目のエルフ「少しあなた達のおままごとに付き合ってあげただけよ」

紅目のエルフ「早く撤退しましょう。これ以上は時間の無駄だわ」

黒い騎士「……ああ……」

僧侶「は、離して……!」


黒い騎士が僧侶を抱えて踵を返した。


僧侶(駄目……もう一度術を打つ力の余裕がない……)

勇者「待て……!!」

暗器使い「追うな勇者!!」

勇者「だけれど!!」

暗器使い「こっちはもう全員が満身創痍だ。下手に深追いして敵の罠があったらどうするつもりだ……!」

辻斬り「……俺も同意見だよ。これ以上は危険だ」

勇者「このままじゃ僧侶が殺されてしまうんだよ!?」

暗器使い「いいか。今追えば敵の思う壺かもしれない」

暗器使い「僧侶が攫われたのは、俺達の力が足りなかったからだ。この足りない力では、世界どころか僧侶だって救えない。そうだろ?」

勇者「くっ……!」

暗器使い「それに……気休めかもしれんが聞いてくれ」

暗器使い「僧侶は恐らく殺されない」

辻斬り「……なんでだい?」

暗器使い「初めの頃、勇者が殺されずに見逃されていた理由と同じだ」

暗器使い「僧侶を殺せば次の僧侶の紋章持ちが現れるだけだ」

辻斬り「なら、殺さずに捕らえておいた方が良い、か」

暗器使い「ああ。奴らはあの能力がこちらの陣営にいることを厄介に思っていたようだからな」

暗器使い「それに、殺すならこの場でも出来たことだ」

暗器使い「黒い騎士はそうしようとしていたが……アイツはそうはしなかった」

勇者「……エルフさん……」

暗器使い「……良いか勇者」

暗器使い「今の俺達に出来ることは二つだ」

暗器使い「一つは今まで通り、残りの紋章持ちを探すという事」

勇者「……残りは魔法使いと格闘家の紋章持ちだね」

猫又「へえ、紋章持ちっていうのは全部で七人なんだ」

暗器使い「……そして二つ目は、俺達自身がもっと強くなることだ。もう二度と負けないためにもな」

勇者「うん……そうだね」

暗器使い「それから勇者。お前に一つ聞いておきたい」

暗器使い「その剣と、お前自身についてだ」

勇者「…………」

暗器使い「そろそろ俺達も、知っておいて良いんじゃないのか?」

勇者「……分かった。話すよ」



勇者は街まで戻り安全が確保できた所で、暗器使い達に剣の秘密を語った。


暗器使い「……驚いたな。その剣の中に“初代勇者様がいる”って言うことになるのか?」

勇者「そうだと思う」

勇者「初めの内は夢にぼんやりと出てくる程度だったんだけど、最近ははっきりと認識できるようになったんだ」

勇者「剣のおかげで僕は初代勇者様の力を借りることが出来る」

勇者「それこそ最近は……かなり力が馴染んできた感覚があるよ」

暗器使い(時折別人のように強くなるのはそのせいか……)

暗器使い「しかし何で今日までその事を黙っていた? 何か問題でもあるのか?」

勇者「それは……その……ほら、確証が持てなかったって言うか」

勇者「この剣に宿っているのが誰かをきちんと認識できるようになったのは最近だから、言い出すタイミングがなくて」

暗器使い「……そうか。そういう事にしておこう」

勇者「うん……」

猫又「あのさ、初代勇者の魂と一体化したような状態になったおかげで記憶の共有も出来たのなら、あの騎士のことも何か分からないの?」

勇者「ええっと、まだ完全に記憶が共有できている訳じゃ無いんだ」

勇者「現に魔王の事ですら何にも頭に浮かんでこないんだ」

勇者「ただそれにしても恐らくは……あの騎士は千年前の大戦の時にはいなかったはずだよ」

辻斬り「新しく加入した幹部って事か」

辻斬り「ま、新生なんて名乗るぐらいだし中身は結構別物って可能性は高いね」

辻斬り「初代勇者の記憶……場合によっては俺達にとってかなり有益な情報をもたらしてくれるかもしれないね」

暗器使い「かもな……」

暗器使い「そんで、これからそうするんだ? いつもの直感で行きたい場所は無いのかよ」

勇者「それがね……中々ピンと来なくて」

勇者「もしかしたら、ここで少し腕を磨いていけって事なのかもしれない」

辻斬り「そういう事なら付き合うよ」

辻斬り「俺もかなり、剣筋に鈍りがあるみたいだからねえ」

暗器使い「お前はどうするんだ?」

猫又「私? ……うーん……」

猫又「君たちが良ければだけど、しばらくは一緒に行動してみようかな」

猫又「妖刀の監視もしなきゃ、だし」

辻斬り「それは心強いけど……何でまた?」

猫又「盗品の刀は今回で全部回収できたから、私の生きている目的っていうのは果たされてしまったわけ」

猫又「前はね、その目的が無くなったあとどうしたら良いんだろうって不安だったの」

猫又「でもね、皇国で知り合ったある二人組のおかげでその不安も消えた」

猫又「どんな些細な、どんな下らない事でもまた次を見つければ良い。簡単なようで難しいことだけど、そう思うようにしてるの」

猫又「しばらくは君たちが歴史をどう動かしていくのか眺めているのも面白いかなあって」

暗器使い「同行者が増えるのは心強いが、大丈夫なのか?」

勇者「あんまり紋章持ち以外が仲間になると良くないとは聞いているけど、一人や二人なら何の問題も無いはずだよ」

勇者「実際初代勇者様だって色々な人と冒険していたからね」

勇者「猫又さんが良いなら是非」

猫又「それならしばらく厄介になるね」

辻斬り「あんたと一緒に行動する日が来るとはね……」

猫又「それはこっちのセリフ。あのときの傷跡残っているんだから」

辻斬り「それは……悪かったよ」

猫又「ま、いずれ何かの形で返してもらうわ」

辻斬り「ああ、そうする」

辻斬り「さて、取り敢えずは道場に戻るって事で良いんだよね」

勇者「うん、そうしようかな」

辻斬り「それじゃあ行こうか」

辻斬り(初代勇者が宿った剣か……恐らくはこの刀も……)

辻斬り(いろいろと調べてみる必要が有りそうだな)






──数日後、魔国にて


百目の異形「では無事に僧侶の紋章持ちを捕獲できた、と」

黒い騎士「ああ……だが肝心の勇者を仕留めきれなかった」

隻腕の忍「あっちには剣士の紋章持ちも加わっていたんだろ? それは予定外だったから仕方が無い」

隻腕の忍「あの紋章持ちは毎度毎度、単純戦闘力が飛び抜けているからな」

妖艶な術師「だからこそ、発展途上の今に叩いてしまえれば良かったのだけれど」

黒い騎士「済まない……」

妖艶な術師「まあ、僧侶の力と貴方の魂の相性は最悪だからね……不意打ちを食らったのであれば仕方が無いけれど」

百目の異形「もう少しそちらに兵力を回せれば良かったのだが、敵の目を掻い潜るためにはあまり大所帯では困るのでな……」

隻腕の忍「何より人間の連合国側の攻撃が苛烈になってきているからなあ。主力はやはり前線に置きたい」

隻腕の忍「向こうも先の作戦の失敗分を取り戻そうと必死なんだろう」

百目の異形「うむ。その件については見事な働きだったぞ、エルフよ」

百目の異形「まさか勇者パーティー内に間者がいるとは思いもしなかっただろう」

紅目のエルフ「……それはどうも」

妖艶な術師「それにしても、僧侶は殺さなかったのね」

妖艶な術師「当代はかなり強い力を持っているみたいだから殺して次に移しても良かった気がするけれど」

妖艶な術師「長いこと一緒に居て情でも移っちゃった? エルフちゃん?」

紅目のエルフ「……まさか」

新生魔王軍の長「そこまでにしておけ」

新生魔王軍の長「黒い騎士が殺さずに捕獲をしたのであれば、あれは騎士の物だ」

新生魔王軍の長「四天王は互いに過干渉をしてはならない……そう決めたはずだ」

妖艶な術師「分かっているわ。ちょっと疑問に思っただけよ」

新生魔王軍の長「今回は先の戦の穴を突いて黒い騎士らを送り込めたが、この先は警戒も強まってそう簡単には行かないだろう」

新生魔王軍の長「残りの転移魔法陣も多用はでき無いのでな」

新生魔王軍の長「勇者本人を叩けなかったのは痛かったが、回復役を削げたのは大きい」

新生魔王軍の長「次の機を見て当代勇者は消す」

新生魔王軍の長「四天王はこの先も自身の役割を果たせ。良いな?」

百目の異形「うむ」

妖艶な術師「はあい」

黒い騎士「承知した」

隻腕の忍「へいへい」

新生魔王軍の長「紅目のエルフも今後は別の役割を与えることになる。頼んだぞ」

紅目のエルフ「分かりました……」

新生魔王軍の長「傲慢な人間共からこの大陸を奪い取る。その日まで我々は止まれん」

新生魔王軍の長「さあ奴らにもう一泡吹かせてやろうか……!!」



《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A~ 黒い騎士

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 勇者(初代の力)
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 猫又 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領 柄の悪い門下生
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り 死霊騎士
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
 ※黒い騎士は特に条件変動が激しいためA~とします。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス
※前作「フードの侍」を「猫又」に変更。
※勇者(初代の力)は名前の通り、剣の力に頼った状態でのランクです。
※お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。

《出会いと》編でした。
次回は《不毛の大地》編です。

《不毛の大地》


──紅目のエルフが裏切り者だと判明し、僧侶が新生魔王軍に攫われてから二ヶ月が経過しようとしていた。


連合国と魔国の戦いは一進一退で終りが見えず、日に日にお互いが疲弊していくのが感じられた。

紅目のエルフの裏切りが露見した事もあり、過激派がより一層人外を糾弾するようになった。

彼らと人外擁護派の衝突によって戦線から遠い街の治安も悪化の一途を辿っていた。

勇者達はそんな各地を回って暴動や事件を治めながら、他の紋章持ちを探して帝国から共和国へと拠点を移すことになっていた。


勇者「あ、暑い……」

暗器使い「これはキツイな……」


帝国と共和国の国境を越えてしばらく、勇者達は巨大な砂漠の真ん中を進んでいた。


辻斬り「地域的に暑いのは当然なんだけど、こうも植物がないと肌を刺すような暑さになってしまうんだねえ……」

猫又「水ちょうだい……」

辻斬り「はいはい」

勇者「次の集落まではどれ位かな」

暗器使い「日が沈むまでには着けそうだな」

猫又「良かった。夜は日中と打って変わって冷え込むから」

辻斬り「その距離なら水も十分持ちますね」

暗器使い「ああ、あと少しだ。頑張って行こう」

勇者「……そうだね」


休憩を終え、砂漠でのメジャーな移動手段となる砂漠アシダカドリに各々騎乗した。

最後に腰を上げた勇者は身長こそ変わらないものの、少し逞しい背中に成長していた。






目的の集落が近付いて来た時、勇者達はある異変に気がついた。


猫又「何か騒がしいね」

勇者「うん、行ってみよう……!」


勇者達が騒ぎの起こっている方へと駆け付けると、集落で逃げ惑う人々の姿があった。


砂漠の村人A「に、逃げろおおおお!!」

砂漠の村人B「ヒイイイイイッ!!」

勇者「一体何があったんですか!?」

砂漠の村長「た、旅の人かね……! ここは危ないから逃げなさい!」

砂漠の村長「“ヤツ”らが現れたのだよ……!!」

暗器使い「ヤツら……?」


その時、勇者達の背後の砂の中から巨大な影が姿を現した。


砂漠の村長「あ、危ないっ……!!」

暗器使い「何だ!? ジャイアントワームか!?」


巨大なミミズのような怪物が、勇者達を飲み込もうとその口を開けて迫ってきた。


勇者「っ!!!!」


しかし、次の瞬間には勇者の抜いた剣によって真っ二つに切り裂かれてしまった。


辻斬り「うん、だいぶ様になってきたな」

勇者「……まだまだ、辻斬りさんには敵わないよ」

砂漠の村長「あ、貴方がたは一体……」

勇者「僕は勇者です。ここは僕たちにお任せを」





しばらくして、集落に大量発生していた怪物たちは一掃された。

お礼に、と勇者達は快く集落に招き入れられたのだった。


砂漠の村長「勇者様方にはなんとお礼を言えば良いのか……」

勇者「そんな、当然のことをしたまでですよ」

辻斬り「それにしても、さっきの怪物たちは一体……」

砂漠の村長「あれはジャイアントワームの砂漠固有種、サンドワームです」

砂漠の村長「砂の中から馬や牛ですら一飲みにしてしまう恐ろしい怪物ですが、ある特定の音を嫌がるという性質が有りましてな」

砂漠の村長「その音を砂中に流し続ける特殊な魔法の鐘で集落を守るのがこの辺りでは普通の事なんですよ」

猫又「そんな事を知らずに砂漠越えをしていたね」

辻斬り「最悪睡眠中に食われていたかもねえ」

暗器使い「まったく運が良いんだか、なんだかなあ……」

暗器使い「それで、今回はその鐘が有りながらなんであれ程のサンドワームが集落に?」

砂漠の村長「最初は鐘の故障を疑ったのですが、どうやらそうでは無いらしく……」

砂漠の村長「サンドワームの生態に詳しい者によると、何やら奴らは怯えた様子だったと言っていましてね」

猫又「普通なら嫌がる鐘の音を無視できる程の何かから逃げてきた、と」

砂漠の村長「うむ……」

砂漠の村長「先程他の集落からも同様の報告が来ましてね。この砂漠で何かが起こっている可能性は高いでしょうな」

勇者「サンドワームが怯える程の何か……」

勇者「…………」

砂漠の村長「…………」

砂漠の村長「勇者様のお考えになっていることは分かります。ですがご自身の目的のためにここは早く出られたほうが良いでしょう」

勇者「で、ですが……」

砂漠の村長「今回は急にヤツらが現れたものだから対応に遅れましたが、警戒をすれば何てことは有りませんな」

砂漠の村長「既に周辺集落との連携も始めていましてね」

暗器使い「勇者、村長のおっしゃる通りだろう」

暗器使い「実際さっきの戦い、彼らの活躍が大きかっただろう?」

村守護のダークエルフ「町へ食糧の買い出しに行っている間にこんな事に……申し訳ない」

砂漠の村長「何、自分の人員配分ミスだ」

砂漠の村長「我々はこの砂漠で代々ずっと暮らしてきた民族でしてね」

砂漠の村長「この程度の困難、乗り越えてみせましょう」

勇者「……分かりました」

砂漠の村長「しかしやはり砂漠に現れた何かについて、勇者として気になる点は有るのでしょうな」

砂漠の村長「他の集落からの情報をまとめると、方角は恐らく南東側……」

砂漠の村長「この共和国の首都の方角とおおよそ一致しますな」

砂漠の村長「あちらの方がより情報が手に入るでしょう。元々の目的地のようですからな、丁度良いのでは?」

猫又「そういう事なら明日の朝にはまた出発した方が良さそうだね」

辻斬り「うん。今晩はお言葉に甘えてここで休ませて貰おうか」

砂漠の村長「ええ、しっかりと疲れを取って下され」






翌朝、村長の厚意で携帯用のワーム避けの鈴を貰い、勇者達は共和国首都を目指して出発した。

更に砂漠の案内人としてダークエルフが同行してくれる事になった。


勇者「すいません、わざわざ僕たちのために……」

村守護のダークエルフ「旅人を送り届けるのも我々の仕事だ」

勇者(確かにそれなりのお金も取られたけど……この地で暮らすために必要な仕事なんだろうな)

村守護のダークエルフ「村のことは大丈夫だ」

村守護のダークエルフ「……この砂漠は広いが、生き物が暮らせる場所は限られている」

村守護のダークエルフ「水が湧き、わずかに緑が茂る場所に少数が寄り添う……そんな村々が点在している」

村守護のダークエルフ「一つ一つの規模が小さいからこそ、昔から有事の際は皆で結託をして乗り越えてきた」

村守護のダークエルフ「今回も“何か”が起こっていると思われる場所の周囲の者は、比較的広い集落へと避難させ、我々ダークエルフが重点的に守護にあたっている」

暗器使い「ダークエルフは古来よりこの砂漠に住まう亜人種なんだな?」

村守護のダークエルフ「……古来言うほど長い歴史は無い。せいぜい八百年ほどだろう」

猫又「八百年でも十分長いけれど……」

辻斬り「俺達と亜人とでは時間の尺度が違うのさ」

勇者「失礼な質問になってしまうんですが、良いですか」

村守護のダークエルフ「気にするな。だいたい聞きたいことは分かる」

村守護のダークエルフ「何故こんな不便な場所に住んでいるのか、だろう?」

村守護のダークエルフ「理由は森の民と大体同じだ。過去の大戦で人間と人外が対立した後、教会勢力がいる国々では俺達亜人も迫害の対象になった」

辻斬り「森の民……エルフか」

村守護のダークエルフ「ああ。だが俺達と奴らとでは境遇が違った」

村守護のダークエルフ「千年前の当時、俺達の祖先の多くは魔王軍側に加わっていた」

村守護のダークエルフ「エルフに領土を分け与えた王国も、流石にダークエルフに干渉することは出来なかったみたいだ。そのときには既に、教会の力は絶対的なものになっていたからな」

暗器使い「初代勇者パーティの弓使いもエルフだったと聞くからな。そういう点も、当時の国王の行動が見逃された理由の一つだったんだろう」

村守護のダークエルフ「その口ぶりでは今回もエルフなのか?」

勇者「うん……今は訳あって居ないけれど」

村守護のダークエルフ「……詳しくは聞かないでおこう」

暗器使い「やつの瞳はお前たちのように燃えるような紅色だった」

暗器使い「本人曰く、どこかにダークエルフの血が混ざっているらしいが」

村守護のダークエルフ「エルフのとダークエルフの混血か……珍しいな」

村守護のダークエルフ「かの大戦後は我々は砂漠に、奴らは森に籠もっているからな。交流は無いに等しい」

村守護のダークエルフ「大戦以前も良い間柄では無かったようだしな」

村守護のダークエルフ「さて話を戻すか」

村守護のダークエルフ「この砂漠に留まる理由……それは俺達ダークエルフも、あの集落の人々も同じだろう」

村守護のダークエルフ「ここが故郷だからだ」

村守護のダークエルフ「先祖がここに住み着いた理由は関係ない。それは彼らも同じだろう」

村守護のダークエルフ「生まれ育った場所を簡単に捨てることは出来ないものさ」

辻斬り「故郷、か……確かに大事なものだね」

猫又「…………」

辻斬り「しかし大丈夫なのかい? ここの国のお偉いさんには人外亜人嫌いが多いと聞くけれど」

村守護のダークエルフ「その心配はない……まあ街に着けば理由も分かってくるだろう」

辻斬り「…………?」






集落を発って一月近く、ようやく一面砂の景色から変わって人々が多く行き交う場所に到達していた。

しかし彼らの顔はどこか暗く、活気が感じられなかった。

その空気は首都に到着しても同じで、少しメインストリートから外れればならず者がたむろする怪しい地域に迷い込んでしまうようになっていた。


村守護のダークエルフ「流石にこの先はついて行けない。この先の酒場で仕事を探しているから、また用があれば来てくれ」

村守護のダークエルフ「次は大値引きするさ」

勇者「はは、分かりました。ありがとうございます」


ダークエルフに別れを告げると、予め退魔師ギルド経由で連絡を取っていたとある人物に謁見するために中心部に向けて歩き出した。

足を進めると少し賑やかさが出てきたようで、出し物などをしている姿も散見された。


観光客らしき男「食いもんはここまでだ。夜に食べられなくなっても知らねえぞ」

観光客らしき女「ふん、わしの胃が底なしであるという事を忘れたのかのう?」

観光客らしき男「俺の財布が底ありなんだよ!!」


観光客のような人々の姿も増えていき、ようやく中心部らしい雰囲気になってきた。

しかしそれでもどこか影があるのは、今が戦争中だからなのだろうか。






それからしばらくして、勇者らは目的の人物と卓を囲んでいた。


眼鏡の共和国外交官「久しぶりですね勇者殿。会議以来なので半年以上ですか」

勇者「お久しぶりです……」

眼鏡の共和国外交官「そちらが剣士の紋章持ちの方と……また新しいのが“一匹”紛れ込んでいますね」

勇者「そんな言い方は……!」

猫又「気にしないよ。私猫だし」

眼鏡の共和国外交官「また同じ轍を踏むのですか、勇者殿」

眼鏡の共和国外交官「例の内通者のことはとっくに耳に届いています」

勇者「…………」

眼鏡の共和国外交官「人外共は我々を同じ知的生命だとは思っていない。家畜と同じです」

眼鏡の共和国外交官「分かり合うことなど出来ないのですよ」

勇者「それは、貴方も同じなのでは無いですか……?」

眼鏡の共和国外交官「そうです。だから争うしか無いのです」

勇者「でも少なくとも僕は……僕たちは違います」

勇者「全員が納得の行く方法なんて無い……だから僕は僕の信じたようにやるんです。それは貴方と同じことのはずです」

眼鏡の共和国外交官「……後悔してからでは遅いのですよ?」

勇者「後悔はもう十分してきました。これからも沢山するでしょう」

勇者「でも僕はやります」

暗器使い「勇者……」

眼鏡の共和国外交官「……そうですか。ならば好きにすると良いでしょう」

眼鏡の共和国外交官「ただしここは我々の国です。ルールには従っていただきます」

勇者「勿論です」

眼鏡の共和国外交官「さて本題ですが……ここ最近共和国で入手できた情報について教えて欲しい、でしたか」

勇者「はい」






暗器使い「やはり戦線は厳しい状態か……」

眼鏡の共和国外交官「例のダンジョンの罠で各国とも主力を多くを失いましたからね」

眼鏡の共和国外交官「最深部に誘い込みダンジョンごと爆破するとは卑劣な手段を……」

眼鏡の共和国外交官「勇者殿はよく生還できたものだ」

勇者「僕に関しては恐らく、あの時点では向こうが殺すつもりが無かったんだと思います」

眼鏡の共和国外交官「ふむ……?」

勇者「実は……」


勇者は眼鏡の共和国外交官に事情を説明した。


眼鏡の共和国外交官「勇者の力のシステムを逆手に取るために、勇者の力を見極めていたという事ですか……」

暗器使い「予想に反して勇者が成長し始めたから、始末するって方針に変わったようだがな」

辻斬り「相手は勇者の力を厄介におもっているようだからねえ。紋章持ちが全員揃うのも快く思わないんじゃないかな」

眼鏡の共和国外交官「そうですか……しかし残念ながら我が国で紋章持ちが覚醒したという話は聞いていない」

勇者「そうですか……」

眼鏡の共和国外交官「力になれず申し訳ない」

眼鏡の共和国外交官「その件に関しての情報はありませんが、少し気になる話が有りましてね」

暗器使い「気になる話?」

眼鏡の共和国外交官「ここから南西に向かった砂漠の中にダンジョンらしき建造物が現れ、そして消えたという噂です」

勇者「ダンジョンらしき建造物……!」

辻斬り「へえ……?」

眼鏡の共和国外交官「元々は古代の遺跡があった場所なのですが、それとは似て非なるものが一晩だけ観測されたのことで、今聖騎士達が調査の準備をしているところでしてね」

眼鏡の共和国外交官「勇者殿は戦線ではない地域で活躍することに注力している様子なので、良ければ聖騎士らに話を通しましょうか?」

勇者「……よろしくお願いします……!」






勇者達は案内されるがままに、大聖堂横の聖騎士の兵舎へとやって来た。

そこに現れたのは修道女にしては顔の険しい、騎士にしてはあまりに身軽な女性だった。

その姿を一目見て、勇者は気がついた。


勇者(人間じゃ、無い……? 教会に何故……)

目付きの悪い細身の女性「貴様が勇者か」

勇者「う、うん……」

目付きの悪い細身の女性「付いて来るが良い」

勇者「は、はい……」

暗器使い(怖い姉ちゃんだな……)

辻斬り(しかもかなり強そうだ)

猫又(お腹空いたなあ)

目付きの悪い細身の女性「何故我がこのような小間使いのような……」


終始機嫌の悪そうな女性に付いていった先は小さな応接間のような場所で、既に何人かの人物が待機していた。

その多くがフードを深く被っており、異様な雰囲気に包まれていた。

その中心にいる騎士らしき男だけが柔和な笑みで勇者達を招き入れた。


共和国首都の聖騎士長「私はこの首都教会の聖騎士長を任されている者です。よろしくお願いします、勇者御一行様」

勇者「よろしくお願いします」

共和国首都の聖騎士長「案内を任せてしまって済まなかったね。こちらも慌ただしくて」

目付きの悪い細身の女性「二度とやらんぞ」



ぶっきらぼうな女性の物言いに、控えていたうちの一人が立ち上がって不機嫌そうな顔を見せた。


赤毛の術師「貴女、誰の温情で今存在できているのかまだ理解できないみたいね」

目付きの悪い細身の女性「……それは貴様が言うことではなかろうが、雌餓鬼が」

赤毛の術師「は?」

目付きの悪い細身の女性「あ?」

共和国首都の聖騎士長「こらこら二人共、お客様の前だ」

赤毛の術師「しかし……!」

共和国首都の聖騎士長「落ち着いて、な?」

赤毛の術師「…………はい」


火花を散らす女性二人を、聖騎士長が困った顔をしながらその場を収めた。

暗器使い「(うちの子はこうじゃなくて良かったな……)」

辻斬り「(いやいや、この子も意外と凶暴だよ?)」

猫又「(……あ?)」

勇者「(ま、まあまあ……)」

辻斬り「(それにしても案内してくれた子も、赤毛の子も並の実力じゃない……)」

暗器使い「(何よりあの優男……法国の正騎士団長に劣らない力を感じる)」

猫又「(首都を任されるにはそれだけの力が必要って事なんじゃないの?)」

猫又「(これだけの実力者が集まる必要があるものなの? ダンジョンってやつは)」

勇者「(うん。決して油断できない場所なんだ)」

共和国首都の聖騎士長「さて少し狭いけれど席に着いてもらえますか」

共和国首都の聖騎士長「まさかこのタイミングで勇者殿らが訪れてくださるとは、これも導きなのでしょうか」

暗器使い「砂漠にダンジョンらしきものが出現したとの事だが……」

共和国首都の聖騎士長「恐らくはダンジョンで間違いないみたいですね。本来あの位置にあるはずのダンジョンが宣戦布告時に現れなかったそうなので」

辻斬り「本来あるはず……? 何故そんな事を知っているんだい?」

共和国首都の聖騎士長「敵の情報を握っている者はこっち陣営にもいるってことですよ」

目付きの悪い細身の女性「…………」

共和国首都の聖騎士長「ダンジョンを出現させた者の検討もついています」

共和国首都の聖騎士長「非常に強力な敵です。ここの戦力だけで勝てるかどうか……」

暗器使い「それほどの……!?」

共和国首都の聖騎士長「ええ。“理”側の存在と考えていいでしょう」

勇者「つ、つまり……素の状態でもランクSなのは確定だと……」

目付きの悪い細身の女性「しかも生半可な者ではではない」

目付きの悪い細身の女性「死ぬ気がないのであれば残って寝ているが良い」

勇者「…………!」

共和国首都の聖騎士長「本来ならば“あの方”の協力を得たかったのですが」

赤毛の術師「『この街からは出ない』との事で……」

共和国首都の聖騎士長「やれやれ、いつも通りですか……」

勇者(ランクSの凄さは目の当たりにしてきた……)

勇者(初代格闘家様やダンジョンでの黒い騎士……皆自分一人では及ばない強さだ……)

勇者(でも……!)

勇者「この剣が、行かねばならないと言っているんです……!!」

暗器使い「勇者、それは……」

勇者「うん、そらくは」

目付きの悪い細身の女性「……好きにしろ……」

共和国首都の聖騎士長「よし。それならこの先の話に進めましょうか」

共和国首都の聖騎士長「やはりダンジョンの主は、“アレ”で間違いないのですね?」

目付きの悪い細身の女性「うむ、確実だ」

目付きの悪い細身の女性「彼処に眠っていたのは海の王レヴィアタンと対を成す、ベヒモスと呼ばれる獣だ」

赤毛の術師「……ベヒモス……!」

猫又「私でも知ってるぐらい有名な怪物だね」

猫又「でも確かレヴィアタンと同士討ちで死んでしまったんじゃなかったっけ?」

目付きの悪い細身の女性「ふん、それは違うな」

目付きの悪い細身の女性「かの大戦が終結した後も、ベヒモスとレヴィアタンは戦い続けていた」

目付きの悪い細身の女性「奴曰く……真の死を求めてとの事だが、我にはあの考え方は理解できん」

目付きの悪い細身の女性「そしてその戦いに巻き込まれた男がいた…………初代戦士だ」

勇者「もしかして初代戦士様が海上で亡くなった原因って……」

目付きの悪い細身の女性「その時の消耗によるものだろうな」

目付きの悪い細身の女性「結果として初代戦士は死に、ベヒモスは瀕死に……レヴィアタンは生死が不明だそうだが恐らく死んだだろう」

目付きの悪い細身の女性「ベヒモスはそのまま数十年眠り続け……そして目覚めると辺り一面が不毛の大地と化していたという」

辻斬り「その言い方だと、あの砂漠が出来たのは大戦の後だったのかい?」

目付きの悪い細身の女性「何だ、何も知らんのか」

目付きの悪い細身の女性「いかに初代戦士と言えど、あの怪物二体を同時に相手して致命傷を与えるなど無理な話だ」

勇者(その通りだ……剣の記憶をたどってみても、あの方一人だけではそんな芸当が出来るとは思えない……)

勇者(駄目だ……! 何か引っかかる……記憶が……)

目付きの悪い細身の女性「やはり“正しい歴史”は伝えられていないのか」

目付きの悪い細身の女性「……やれやれ」

目付きの悪い細身の女性「あの砂漠と同じような地域がこの大陸にあるだろう。そこについて調べてみることだな」

猫又「随分と詳しいんだねえ。それにさっきの口ぶりからすると……」

目付きの悪い細身の女性「……その通りだ。我は元々魔王軍下にあった」

暗器使い「やはりか……しかし何故」

目付きの悪い細身の女性「経緯は省く」

目付きの悪い細身の女性「ただ単に、自分の愚かさに気がついただけだ」

赤毛の術師「…………」

目付きの悪い細身の女性「奴らの近くにいた立場からの言葉としてもう一度聞くが良い」

目付きの悪い細身の女性「勝てると思うなよ」

今日はここまでです。続き頑張ります。

乙乙
続き待ってるよ!

>>621 頑張ります






──ダンジョン目撃場所への道中


辻斬り「なあなあ、おねーさん」

目付きの悪い細身の女性「……気安く話しかけるな」

辻斬り「ヒュウ怖い」

辻斬り「元魔王軍にいたってことで、内通者騒ぎの時に疑われなかったの?」

目付きの悪い細身の女性「ふん、当然疑われた。今も監視がついている」

目付きの悪い細身の女性「裏切ろうにも“枷”のある今は不可能だと言うのにな」

共和国首都の聖騎士長「枷なんて言い方しなくても……」

目付きの悪い細身の女性「貴様もああいった自体を想定して施したのだろう? 用意だけは周到な男だからな」

目付きの悪い細身の女性「お陰で必要以上の取り調べは無かった。そこは感謝しよう」

赤毛の術師「もう少し感謝が伝わるような言い方が出来ないの?」

目付きの悪い細身の女性「言い方一つで価値が変わるならば、それは真の気持ちと言えるのか?」

赤毛の術師「流石に屁理屈過ぎる……!!」

目付きの悪い細身の女性「何とでも言え」

目付きの悪い細身の女性「……しかし、裏切り者か」

目付きの悪い細身の女性「紅目のあいつも、そんな役をやる羽目になったな」

勇者「エルフさんのことを知って……って当然か」

目付きの悪い細身の女性「新生魔王軍としていまの軍勢が立ち上がった後、奴とは共に行動することが多かったのでな」

目付きの悪い細身の女性「……昔、弓も少々指南してやったな」

目付きの悪い細身の女性「奴とは主に、仲間を増やすために各地を巡って回っていた」

目付きの悪い細身の女性「特に大戦後に多く捕らえられた亜人……エルフなどを探し回った」

目付きの悪い細身の女性「多くの者は故郷へと戻ったが、中には我の配下として下る物好き共も居てな……」

共和国首都の聖騎士長「西人街で戦った彼らですか……」

目付きの悪い細身の女性「そうだ」

目付きの悪い細身の女性「命も奪わず無力化し、人目につく前に故郷へ送り返すとは器用な真似をしてくれたものだ」

目付きの悪い細身の女性「……その件も、感謝している」

共和国首都の聖騎士長「どういたしまして」

赤毛の術師「…………」

暗器使い「しかし紅目のエルフのことを知っていたのに内通者であると密告しなかったのは何故だ?」

暗器使い「昔の部下への温情か?」

目付きの悪い細身の女性「どうであろうな……温情、というのは違うだろう」

目付きの悪い細身の女性「やはり奴が紋章持ちとして選ばれたその意味を、見届けてやろうと思ったからかもしれんな」

辻斬り「紋章持ちとして選ばれた意味、か……」

暗器使い「…………」


それからしばらく続いた沈黙を破ったのは勇者だった。


勇者「聖騎士長さん。どうして外交官さんがあそこまで人外を毛嫌いするのか、その理由をご存知ですか?」

勇者「もちろん話せない内容でしたらこれ以上は聞きません」

共和国首都の聖騎士長「……いや、話しましょう」

共和国首都の聖騎士長「嬉々として言いふらすような事では決してありませんが、親しいものなら皆知っていることですので」

共和国首都の聖騎士長「よくある話といえば、よくある話です」

共和国首都の聖騎士長「あの方が兵士として活躍されていた頃に、大規模な暴動事件が有りましてね」

共和国首都の聖騎士長「その際に奥様とお子さんを亡くしているんです」

共和国首都の聖騎士長「その暴動の中心にいたのが人外だった……という事です」

共和国首都の聖騎士長「国を、街を守るために戦ったが、家族を守ることは出来なかった……その事実があの方を縛り続けているんでしょうね」

共和国首都の聖騎士長「せめてこの国、この街だけは守らなければ、と」

共和国首都の聖騎士長「しかしこの国はご覧の有様です。広大な不毛の大地に加えて生き物の住まわない死の海域……おまけに地下資源にも乏しく多くは輸入に頼り切り」

共和国首都の聖騎士長「そんな最中に隣国の皇国で巨大な炭鉱が発見された」

共和国首都の聖騎士長「だからこの国はあんな馬鹿な真似をしてしまったのでしょうね」

勇者「皇国にある教会を利用した例の工作の事ですか」

共和国首都の聖騎士長「命令とはいえ、関わった私にものを言える筋合いは無いのですがね」

暗器使い「工作活動の失敗による賠償に加えて魔国との戦争による更なる疲弊……」

暗器使い「首都があんな空気になっているはずだ」

辻斬り「ダークエルフの彼が言っていた、砂漠にいる彼らが放置されている理由……」

辻斬り「放置されていると言うより、そっちに手を回す余裕が無いって事なんだろうね」

猫又「みたいだね」

目付きの悪い細身の女性「不毛の大地と死の海域か……」

目付きの悪い細身の女性「あれらをどうにかする方法は無くはない……」

共和国首都の聖騎士長「何か知っているんですか?」

目付きの悪い細身の女性「……まあ、現実的な話ではない。忘れろ」

目付きの悪い細身の女性「さて、そろそろ目的の場所が近いのでは無いのか?」

共和国首都の聖騎士長「ええ、例の遺跡が見えてきました」


聖騎士長の視線の先には砂風によって朽ち果てた太古の遺跡が見えた。

しかしそれは昔ながらの姿であり、ダンジョンのような異形の姿と化してはいなかった。


共和国首都の聖騎士長「これは報告通りですね……しかし……」

辻斬り「うん、確実に“何かいる”ね」

目付きの悪い細身の女性「……確実に奴の気配だ。精々気をつけるが良い」


事前の打ち合わせ通りに散開し、前衛と後衛がうまく連携できるように準備を進めた。

そしていよいよ、聖騎士長らが率いる前衛が遺跡へと進行を始めた。

そこで待ち受けていたのは遺跡の眼の前でじっと動かない、様々は獣が溶け合ったような異形の巨大な姿だった。

共和国首都の聖騎士長「西人街での“偽物”とは大きさも力も比べ物にならないですね」

レライエ「当たり前だ。こんな怪物を完全に再現できるわけがなかろう」

レライエ「……まあ、まずは我に任せろ」

ベヒモス「……何者だ?」

目付きの悪い細身の女性「我だ」

ベヒモス「その声は…………レライエか? グハハハハ、久しいな」

勇者(このお姉さんの正体はレライエ……! やはり幹部級だったのか……!)

ベヒモス「今はいつだ? どれほどの時が経った?」

目付きの悪い細身の女性→レライエ「眠りについてから二百年少々だ」

レライエ「他の者は全て目覚めている。貴公は少々寝過ぎだ」

ベヒモス「の、ようだな。遥か遠くから大きな戦の気配がする」

レライエ「目覚めが遅れたのは術の不具合か何かだとは思うが……」

レライエ「何故折角のダンジョンを崩壊させた? 我々後発組とは発生までにかけた年月が違う」

レライエ「完成したダンジョンの力も更に強大なものとなっていただろう」

ベヒモス「フン……あんな小細工がなくとも我は全てを屠れる」

ベヒモス「しばらくは我の望む戦いが無いと判断し、眠りにつくのも悪くはないと思ったから従ったまでの事……」

レライエ「ふう……貴公はそういう者だったな……」

レライエ「しかしそうだとしても、何故転移陣を使わずここで油を売っている」

ベヒモス「戦局の見極めだ。どう立ち回るのが一番面白いのか、それを知りたい」

ベヒモス「貴様がここに来てくれたことでだいぶ手間が省けたぞ」

ベヒモス「…………貴様、人間に敗れたな?」

レライエ「…………」

ベヒモス「グハハハハッ、人間と共に行動する貴様を見ることが出来るとはな!」

ベヒモス「勝利は成長を促すが本質を変えることは無い。敗北は時に両方をその者に与える……」

ベヒモス「そういう事だろう」

レライエ「だとすれば、何だ?」

ベヒモス「グハハハハッ、決めたぞ! やはり我はこちらの陣営に残る! 人間とはいつの時代でも予想外の手を打ち、我らを楽しませくれるからな!!」

レライエ「そうか……残念だ」

レライエ「──今だ」

共和国首都の聖騎士長「魔導隊! 放て!!」



聖騎士長の掛け声と共に、後方に控えていた魔導隊が練り上げていた術を一斉に解き放った。


赤毛の術師(西人街のダンジョンの件で貴様に術の類が有効であることは分かっている! 最大出力の雷槌に焼かれて死ねっ!!)


赤毛の術師や、他の術使いが放った雷が、炎が、氷がベヒモスに向かって一直線に降り注がれた。

ベヒモスが避ける間もなくそれらは全て直撃し、爆音とともに大量の砂が舞い上がった。


赤毛の術師「よし当たった……」

辻斬り(あのフードの集団、やはり一人一人が強い……だが)

赤毛の術師「まあ、この程度で終わるならこんなに入念な準備はいらない」


砂煙が晴れた先では、表情一つ変えずに同じ場所にベヒモスが鎮座していた。


赤毛の術師「それならもう一発……!」


赤毛の術師が手をかけたのは地面に突き立てられた巨大なランス。

その表面にずらっと紋様が現れたその時、共和国首都の聖騎士長がそれを手に取りおおきく振りかぶってから投擲した。

ベヒモスに向かって一直線に飛んでくランスは、バチリと大きな音を立てて輝き出した。


ベヒモス「雷の槍か……面白い! 来い!!」


やはりベヒモスはそれを避けることはなく、体で受け止めた。

しかし聖騎士長の力で投擲された槍を無傷で受けきることなど無理な話で、腹部に深く突き刺さり、次の瞬間には体中を電撃が走り回った。


ベヒモス「ぬうううううううううううううううううううっ!!!!」


ランスの刺さった場所は勿論、最初の一斉攻撃による傷口からも血が滲み出ては焼け焦げた。

普通の相手ならばとっくに絶命しているであろう。

しかしそれでもベヒモスは一歩も動かず、そしてその瞳は勇者達を捉え続けていた。


ベヒモス「面白い。この時代にも優秀な術者共がこれ程に存在しているとは」

ベヒモス「やはりまずはこちらの陣営で暴れた方が楽しめそうだ」

共和国首都の聖騎士長「ふう、そこまで平気そうな顔をされると困ってしまいますね」

ベヒモス「否。人間だけでよくもここまで出来るものだ」

ベヒモス「千年前と同様に驚かされる」

ベヒモス「しかし人間の主力の術者共はかの大戦終結の際にあの国ごと滅んだのでは無かったか?」

共和国首都の聖騎士長「……今は亡国と呼ばれる連邦国に接した魔導の国の事ですか」

暗器使い(亡国……あの半島にかつて存在していた国で大戦は終結したと言われているが、あそこが魔導師の国だったとはな)

共和国首都の聖騎士長「確かに国は滅び、民の殆どは死に絶えたと聞いています」

共和国首都の聖騎士長「ですが初代魔法使い様によって多くの術が体系化され、世に広められました」

共和国首都の聖騎士長「貴方がたの敵となりうる者が、千年前と同じ程度しか存在しないと思わない方が良いですよ」

共和国首都の聖騎士長「彼女のように、亡国の民の生き残りの子孫も各地にいますしね」

赤毛の術師「…………」

ベヒモス「グハハハハッ、ますます楽しめそうで涎が滴る」

ベヒモス「まずは貴様らを屠ることで目覚めの一食目とさせてもらおうか」


痛みを感じていないのだろうか、腹に深く刺さったランスをずるりと抜き、その大きな口を歪めてニタリと嗤った。

その肩の傷口に、矢が刺さった。


ベヒモス「む…………?」


その矢は何の変哲も無い普通の矢で、鏃に猛毒などが仕込まれている訳でもない。

しかし、その矢を放った者が問題だ。


レライエ「そこまで深く抉られていれば、この細い矢も芯へと突き立てられる」

ベヒモス「レライエ……貴様ごときの力では我を殺せぬという事を忘れたのか?」

レライエ「その油断を待っていたのだ」


その鏃に毒はない。

しかし、レライエが放った矢はその標的の体を侵食し、腐り落とす。そういう事になっているのだ。

次の瞬間にはベヒモスの臓物に到達した矢の周りが、ドロリと腐り始めた。


ベヒモス「何っ!?」

レライエ「今の我は……不本意ながら聖騎士長の使い魔という事になっている」

レライエ「術者の絶対的な支配下に置かれる代わりに、我の力は底上げされている」

レライエ「この力ならば貴様に届く」

ベヒモス「貴様……!」



ベヒモスがこのまま腐った肉塊へと変わり果てる。そう思ったのもつかの間だった。


ベヒモス「グオオオオオオオッ!!」


ベヒモスは自らの腹の中に爪を立てた手をねじ込み、腐り始めたモツを引きずり出してしまった。


猫又「なっ!」

辻斬り「……! 避けろっ!!」


猫又は辻斬りに襟首を掴まれて投げ飛ばされた。


猫又「げほっ!」


先程まで猫又がいたところにはベヒモスの姿と、逃げ切れなかった前衛の兵士達……だった物がバラバラに転がっていた。

ベヒモスが口に含んだものぐちゃぐちゃと咀嚼すると、みるみる内に腹部を含めた全身の傷が回復し始めた。


ベヒモス「レライエェ……我を殺したくば心の臓を狙うのだったな」

ベヒモス「しかしその機会ももう巡って来るとは思わぬことだ」

レライエ「チッ……!」

共和国首都の聖騎士長「やはり倒すことは出来ませんか……ならば」

ベヒモス「ダンジョンからの脱出用に用意されている転移魔法陣で我を突き返すか?」

ベヒモス「楽しくなってきた所だ、その手には乗らんぞ」

共和国首都の聖騎士長「……!!」

ベヒモス「聖騎士長と言ったか……貴様も楽しめそうだが、向こうには更に楽しめそうな気配を感じる」

共和国首都の聖騎士長(首都の方角……! この怪物をあそこに向かわせるわけにはいきませんね……!)

ベヒモス「レライエを使い魔として使役するとは、貴様の力はまだまだ底が見えるものでは無さそうだな」

共和国首都の聖騎士長「いえいえ、買いかぶり過ぎも困りますね……」

ベヒモス「無理矢理にでもそのヤワな面の下を拝ませて貰おう」

ベヒモス「さあ、始めようではないか……!!」






──一方、共和国首都にて


共和国外交官の護衛「失礼します」

眼鏡の共和国外交官「……入ってください」

共和国外交官の護衛「報告です」

共和国外交官の護衛「勇者および聖騎士長らが目標との戦闘に入りました」

眼鏡の共和国外交官「それで、戦況は」

共和国外交官の護衛「劣勢、と言っていいでしょう」

眼鏡の共和国外交官「詳しく」

共和国外交官の護衛「通信術式の様子から推測しますと正騎士団長様は勿論、勇者殿一行の猛攻で何とか耐えているようですが」

共和国外交官の護衛「ベヒモスはどれだけ傷つけられても立ち上がってくるそうです」

眼鏡の共和国外交官「やはり伝説の怪物はそう簡単には倒せませんか……」

共和国外交官の護衛「やはり“あの方”に出て頂く他ないのでは」

眼鏡の共和国外交官「それが出来れば早いのですが、やはりこの街を出るつもりは無いらしくてね」

共和国外交官の護衛「そうですか……」

眼鏡の共和国外交官(私が政治で国全体を、彼がその力で都市を護ると確かにあの日そう決めた……)

眼鏡の共和国外交官(だが……)


???「この街にも危害が加えられる可能性がある、か」


共和国外交官の護衛「い、いつの間にいらっしゃたのですか!?」

眼鏡の共和国外交官「お前……! 出てきていたのか」



いつの間にか部屋に姿を現していたその男は、そのやつれた顔と、肌という肌に掘られた入れ墨のせいか異様な雰囲気を放っていた。

彼は三白眼の呪術師と呼ばれ、共和国最強の術者として長い間この首都を守り続けてきた男だった。


???→三白眼の呪術師「転移魔法陣で送り返すという算段は勘付かれたようだな」

眼鏡の共和国外交官「ああ……」

三白眼の呪術師「当然だ。向こうはあの伝説の怪物だ」

眼鏡の共和国外交官「だが、お前ならば戦えるはずだ」

三白眼の呪術師「この街を出ないという誓いを破るつもりはない。もし奴がここへと来るのであれば迎え撃つことは約束する」

共和国外交官の護衛「……た、たった今、追加の報告です!」

共和国外交官の護衛「ベヒモスがこの首都に向けて進行を開始したとの事です……!!」

眼鏡の共和国外交官「何っ……!?」

三白眼の呪術師「……なるほど、準備はしておこう」

三白眼の呪術師「お前も軍の方と連絡を取って準備を進めておくといい」

三白眼の呪術師「周辺諸国との連携も考えた方が良いかもしれないな」

眼鏡の共和国外交官「た、帝国や皇国の力など……!」

三白眼の呪術師「……私情に流されて、“また”失っても俺は知らんぞ」

眼鏡の共和国外交官「ぐっ……」

眼鏡の共和国外交官「各位に通達の準備を……!」

共和国外交官の護衛「はっ!」

眼鏡の共和国外交官「……お前はどうする」

三白眼の呪術師「当然奴がここに現れた際の対策は進める……」

三白眼の呪術師「だが、もう一つやる事があってな」

眼鏡の共和国外交官「この緊急時に一体何を……」

三白眼の呪術師「数日前に自分の元にとある若者が訪ねてきていてな」

三白眼の呪術師「彼らにとあるものを託しておいた」

三白眼の呪術師「知っての通り俺の力は、そう使い勝手の良いものではない」

三白眼の呪術師「だからこそここで迎え撃つ必要がある」

三白眼の呪術師「だが彼らの力にちょっとした手助けをすることは出来る」

三白眼の呪術師「同じ……運命を司る者としてな」

眼鏡の共和国外交官「まさか、お前と同じような術者が……!?」

三白眼の呪術師「モノは違うがその本質は同じ、とだけ言っておこうか」

三白眼の呪術師「俺達みたいな老人はそろそろ引退して、ああいう若者に任せていこうじゃないか」

あと二回ほどで「不毛の大地」編は片が付きます

乙乙

何気に前回の話にお祓い師達らしき人達が出てる件

>>646 ありがとうございます
>>647






ベヒモスは何も、砂漠を駆け出した訳ではない。

しかしその大きな一歩ゆえに、全速力のアシダカドリに劣らぬ速度で共和国首都へと歩き始めていた。

その進行を止めようと聖騎士らが斬りかかるが、薙ぎ払われ、潰され、胃の中へと放り込まれてしまった。


ベヒモス「まだ足りぬ。大きな街に行けば腹も満たされるだろうか」

共和国首都の聖騎士長「あちらに行かせる訳にはいきません」

ベヒモス「手を抜いたままでは我を止めることは出来ぬぞ」

共和国首都の聖騎士長「……そうですね」

共和国首都の聖騎士長「あまりやりたくは無いのですが……」


剣を構えた聖騎士長の纏う雰囲気が先程とは変わった。

勇者(何だ……!? 別人みたいに……)

辻斬り(あれが真の力、って事なのか?)

レライエ「…………大丈夫なのか?」

共和国首都の聖騎士長「あまり時間はかけたく無いですね」

共和国首都の聖騎士長「行きますよ!!」


ダッ、と踏み出した先を周りの騎士たちは目で追うことが出来なかった。

辛うじてその姿を捉えていたのは、ベヒモスやレライエ、そして勇者と辻斬り、暗器使いらだけだった。

それほどに聖騎士長の動きは素早かった。

ずぷっ、という音がしたかと思うと、ベヒモスの右の手足が砂上に転がった。


ベヒモス「ぐっ!?」

勇者(何だ……!? 別人みたいに……)

辻斬り(あれが真の力、って事なのか?)

レライエ「…………大丈夫なのか?」

共和国首都の聖騎士長「あまり時間はかけたく無いですね」

共和国首都の聖騎士長「行きますよ!!」


ダッ、と踏み出した先を周りの騎士たちは目で追うことが出来なかった。

辛うじてその姿を捉えていたのは、ベヒモスやレライエ、そして勇者と辻斬り、暗器使いらだけだった。

それほどに聖騎士長の動きは素早かった。

ずぷっ、という音がしたかと思うと、ベヒモスの右の手足が砂上に転がった。


ベヒモス「ぐっ!?」

共和国首都の聖騎士長「まだです!!」


聖騎士長の猛攻がベヒモスを襲う。

その姿は果たしてAランクに収まる者の動きなのだろうかと、その場の誰もが思った。

そしてついにベヒモスは大きな音を立てて地面に伏した。

しかし。


暗器使い「……バケモノめ……」


その巨体は再びゆらりと立ち上がった。


ベヒモス「グ……グフ……グフフフフフフフ……」

ベヒモス「面白いぞ人間……! やはり、戦いはこうでなくてはな!!」

共和国首都の聖騎士長「いい加減倒れてくれませんかね……!」



聖騎士長が剣を構え直した時、その手に血がポタリと落ちた。

血は聖騎士長の口から流れていた。


共和国首都の聖騎士長「ごほっ……」

赤毛の術師「聖騎士長様っ……! 無理をしすぎです……」

共和国首都の聖騎士長「ごほごほっ……いやあ、そうみたいですね」

ベヒモス「……病持ちか」

共和国首都の聖騎士長「色々とありましてね」

ベヒモス「病人を嬲る趣味はない。しかし逃すには惜しい相手だ」

ベヒモス「その魂燃え尽きるまで戦え。さもなくば周りから屠るまでだ」

共和国首都の聖騎士長「そうは、させませんよ……」

赤毛の術師「駄目です……! 一旦引いてください!」

共和国首都の聖騎士長「私が引いては貴女達が、街の皆が危険にさらされる……」

共和国首都の聖騎士長「私は護るために騎士になったのです……」

赤毛の術師「ですが……!」

ベヒモス「魔導の国の生き残りよ。邪魔をするのであれば貴様から殺してやろう」

赤毛の術師「……来なよバケモノ……!」

共和国首都の聖騎士長「……! 駄目です!」

赤毛の術師「この紫電で骨の髄まで焼き尽くす……!」


ベヒモスが赤毛の術師に向かって飛びかかる。

彼女の手に纏わりついたイカヅチと、ベヒモスの獣の身体がぶつかりあう音が……。

聞こえることはなかった。


ベヒモス「ごっ……!?」

赤毛の術師「……ふう。正面しか見えていないの?」


ベヒモスを横に吹き飛ばしたのは、その小柄な体から打ち出されたとは思えないほど重い重い、勇者の剣の一撃だった。


勇者「僕は……“俺”は歴代でも出来損ないの勇者だが」

勇者「それでも勇者一族の末裔なんだ……!」

ベヒモス「面白い……! 受けて立つぞ末裔よ!!」


掠りでもすれば死にも繋がる攻撃を掻い潜り、勇者は剣を繰り出す。

僧侶が居ない今、重症を負えばそれで全てが終わってしまう。

それでも勇者はその手を、脚を止めなかった。

眼の前の敵は乗り越えなくてはならない壁だと感じていたからだ。

大きく空振ったベヒモスの腕を駆け上がり、その顔面に飛びかかった。

勇者の剣はベヒモスの瞳に深く突き立てられた。


ベヒモス「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?」

暗器使い(あいつ、また別人みたいな……!)

猫又「凄い……」

共和国首都の聖騎士長「やりますね……」


勇者の猛攻に怯んだベヒモスを見て、全員が「いける」と思ってしまった。

戦いに油断は禁物である。


勇者「……!? まずっ……!」

ベヒモス「逃さんぞォォォォ小僧ォ!!」


そう、ベヒモスは勇者の剣を抜かせんと瞼を強く閉じて固定してしまったのだ。

剣を握る勇者に、ベヒモスの腕が襲いかかる。


猫又「ぼさっとしてないで!!」


あと一瞬遅れたらミンチになっていたであろうという所で、猫又が勇者を抱えて救出した。

猫又に抱えられた勇者の瞳にはその光景が映っていた。


──勇者の剣が、バキリと二つに折られたのだった。


忌々しそうに剣を抜き取り勇者を睨むベヒモスの足元でキラリと何かが光った。

それは美しい靭やかさで繰り出される剣撃だった。

聖騎士長が切り落としたものとは別の手足がボロボロと身体から離れていく。

辻斬りはベヒモスの足元から離れて刃についた血を拭った。


辻斬り「どういうわけか俺は、あの伝説の剣士の紋章を任されているらしいんだよ」

辻斬り「この刃、かつての英雄達のようにあんたらに届かさせてもらう」


猫又「あいつ無茶を……!」

猫又「ああもう! これを使って!」


猫又が投げたものを受け取ると、それは一本の刀だった。

しかし何か違和感がある。


猫又「それは普通の刀から太刀程の長さまで変幻自在に化ける妖刀……」

猫又「並の剣士じゃ扱いきれないんでしょうけれども、あなたなら出来るでしょ」

辻斬り「なるほど……これならデカイの相手に丁度いいね」

辻斬り「それじゃあ行くよ!!」

ベヒモス「ぬうううっ!」


辻斬りの猛攻によって、わずかにでは有るが確実にベヒモスの動きは鈍り始めていた。

──そしてついにベヒモスが攻撃を避けた。

地面には一本の矢が刺さっている。


レライエ「フン……我の矢など効かぬのでは無かったのか?」

ベヒモス「レライエェ……!」

レライエ「流石にこの人数差ではやせ我慢も続かんか」

ベヒモス「レライエェェェェッ!!」


ベヒモスが飛びかかったその先にいたのはレライエと…………どこから持ってきたのか巨大な大砲の砲撃準備をしている暗器使いだった。

暗器使い「俺はな、武器なら何でも隠し持てるんだ。猪突猛進過ぎるぞデカブツ」

ベヒモス「ぬおおおおおおおおおっ!!」


ベヒモスは止まれない。その顔面にめがけて大砲が放たれた。

頭は血飛沫とともに弾け飛び、巨体が宙を舞った。

ぐしゃりと地面に落ちたそれは、それでも。


暗器使い「……いい加減死ねよ……」


それでもまだ動き出した。


ベヒモス「……終わりか?」

勇者「なんて底なしの生命力……」

共和国首都の聖騎士長「ふう……一体どうすれば殺しきれるんでしょうね……」

猫又「こんなの……勝てっこないじゃない……」

赤毛の術師「くっ……」


満ちる絶望の空気。

しかしその場に居た全員が気がついていないことがあった。

少し遅れてようやく、ベヒモス本人が気がついた。


ベヒモス「…………!!」

ベヒモス(ここは……馬鹿な! 偶然か!? いやそんなはずが……!!)


ベヒモスは今、転移魔法陣の真上にいる。

ダンジョン跡を離れ街に向かっていたはずが、いつの間にかスタート地点へと戻っていたのだった。

そこに、勇者達一行にはいなかった二つの影が姿を現した。



観光客らしき女「おぬしよ、今じゃ!!」

観光客らしき男「分かっている!! 転移魔法陣発動!!」


男の方が叫ぶと、ベヒモスの足元の魔法陣が輝き出した。


ベヒモス「ぐっ! しまっ……!!」

観光客らしき男「ここは取り敢えず退場してもらうぜ。もう二度と会わないことを願っておくぜ」

観光客らしき女「まったくじゃな。こんなのを相手にしては命がいくつあっても足りんわい」

ベヒモス「貴様らァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」


ベヒモスは雄叫びとともに虚空に消え、砂漠に一瞬の静寂が訪れた。

撃退に成功はした。しかしそれは多大な犠牲に見合う結果だったのかは定かで無い。


勇者「撃退できた……! あの伝説の魔獣を……」

勇者(でも……)

勇者(これだけの戦力で……これだけの犠牲を払って、撃退しか出来ない……)

共和国首都の聖騎士長「……」

暗器使い「チッ……」


今回の戦いで一同は、今起こっている戦争の厳しさを改めて思い知らされた。

そんな暗い雰囲気の中、転移魔法陣を発動したと思われる謎の男女は、衣服についた砂を払うと勇者達の方に歩いて寄って来た。


観光客らしき男「おー、何とも見覚えのある顔ぶれだな」


どこか氷の退魔師と雰囲気の似たその男は、勇者達を見渡してそう言った。






観光客らしき男「特に……お前が何でこんなところにいる?」


観光客らしき男は辻斬りをギロリと睨んだ。


辻斬り「これはこれは、お祓い師と狐神……だったかな」


辻斬りのおどけた態度に対して、お祓い師と呼ばれた男は一切表情を崩さなかった。


観光客らしき女→狐神「……おぬしよ」

観光客らしき男→お祓い師「分かっている。今のこいつが敵だって言うなら、事情を知っているはずの“アイツ”が同行しているはずがない」


お祓い師の言葉を肯定するように、猫又はため息をついた。


お祓い師「俺はただ本人の口から聞きたいだけだ。何でここにいるのかって事をな」

辻斬り「分かっている。ちゃんと説明するさ」



辻斬りはお祓い師破れた後帝国に逃げ延び、己を見つめ直すために剣術道場の門下生になった事。

そこで勇者や猫又に出会い、自分が剣を握りる理由のために彼らに同行することに決めたことなどを簡単に説明した。


お祓い師「……お前が剣士の紋章持ちに選ばれるとはな」

辻斬り「俺にもなぜかは分からない」

辻斬り「でも、選ばれたからにはこの役目を全うするつもりさ」

お祓い師「……そうか」


お祓い師と辻斬りの間のピリッとした空気に、入り込むタイミングを見計らっていた勇者がようやく口を開いた。


勇者「……お祓い師さん、お久しぶりです」

お祓い師「おう、大きくなったな」

勇者「お祓い師さんもなんだか変わったね」

お祓い師「そうか?」

お祓い師「それよりもお前……その剣……」


お祓い師は勇者が抱えている二つに折れた剣に目線を移した。


勇者「あはは……どうしよう、これ」

お祓い師「……俺も初代の勇者パーティーについては色々調べていてな。剣についての話も多少かじった」

お祓い師「俺の力では治せ無いが、破片は一つとして逃さず持って帰るようにしようか」

勇者「……うん、わかった」

暗器使い「知り合いなのか?」

勇者「うん。初代魔法使い様の末裔なんだ」

勇者「僕と僧侶とお祓い師さんの一家は昔から付き合いがあるんだ」

暗器使い「なるほどな」

暗器使い(つまりあの氷の退魔師の息子か……言われてみれば面影が有る)


暗器使いは大陸会議でその手腕を存分に発揮していたSランク退魔師の姿を思い出した。


お祓い師「あんたらも久しぶりだな」

共和国首都の聖騎士長「お久しぶりです。お元気そうで何よりですね」

赤毛の術師「あの狼男達も元気にやっているの?」

お祓い師「ああ。皆それぞれ為すべき事のために頑張っている」

赤毛の術師「そう……なら良い」

お祓い師「……そしてまさか、あんたまでいるとはな」

レライエ「……ふん」

お祓い師「ダンジョン攻略後、処分は親父に一任されていたと聞いていたが……」

共和国首都の聖騎士長「後処理はほとんど自分が任されてしまいましてね」

共和国首都の聖騎士長「お互いの利害が一致したので今はこうして使い魔契約の間になっています」

お祓い師「任されたって、あのクソ親父……」

共和国首都の聖騎士長「忙しい方ですから、まあ……」

お祓い師「仮にもあの時の共和国は“やらかした側”なんだから、もう少し考えられなかったのかよ……」

共和国首都の聖騎士長「私が言うのも何ですが、同意します」

暗器使い「(やっぱりあの氷の退魔師って男は無茶苦茶やっているみたいだな)」

勇者「(だ、だね……)」

辻斬り「(一度お会いしてみたいものだ)」

猫又「(この界隈は濃い人が多すぎる……)」

お祓い師「どうかしたのか?」

勇者「い、いや何でもないよ」

勇者「それよりそちらの方は?」

狐神「む、わしか?」

暗器使い「見たところ人間では無いようだが……」

狐神「ふむ、よくぞ聞いてくれた」

狐神「わしは皇国の峰々を守護しておった元神にして……」

お祓い師「なあーにが峰々だ。話を盛りやがって」

狐神「うるさいのう。初対面相手に見栄を張る事の何が悪いんじゃ」

お祓い師「そういう姿勢は後々後悔するぞ」

狐神「ごほん。とにかくわしは元山神であり、今は此奴の式神をしておる」

お祓い師「そして、俺の妻でもある」

勇者「え……ええっ!? そうだったんですか!? ご、ご結婚おめでとうございます!」

猫又「……人間と人外の番、か」

お祓い師「そう珍しい話でも無いみたいだぞ。現に“思ったよりも身近”に居たしな」

猫又「ん……?」

狐神「そういう訳で残念じゃったな泥棒猫よ。此奴はわしのものじゃ」

勇者「ど、泥棒猫……?」

猫又「まだ“あのこと”根に持っていたの? ちょっとした戯れじゃない」

狐神「うるさいわい! この尻軽猫!」

猫又「あ、その言い方は傷付く!」


さっきまでの死闘が嘘のようにギャーギャーと騒がしくなった一行は、疲労した体を休ませてから首都を目指して出発したのだった。

次回で《不毛の大地》編は終わります。
前作の同窓会みたいになりましたね。


待った甲斐があった次も頼むで!

>>673 毎度お待たせして申し訳ないです






辻斬り「しかし……なるほど、ああいう場面ではあんたらの力は役に立つね」

暗器使い「その口ぶり……やはりベヒモスが偶然あの陣の上に移動したわけでは無かったんだな?」

お祓い師「ああ、そうだ。あれはコイツの力があってこその必然だったんだ」

暗器使い「ほお、一体どんな能力なんだ?」

狐神「簡単に説明すると……そうじゃな。目的地への道筋が頭に浮かんでくる能力、となるのかの」

狐神「じゃが使い方によってはこの道筋を辿ることを強制させることも出来るのじゃ」

お祓い師「俺はこの力は自分や他人の思考に介入するタイプのものだと思っていた」

お祓い師「だが共和国でとあるお方に出会って、それが間違っているという事が分かった」

共和国首都の聖騎士長「ふむ……もしや」

お祓い師「ああ。共和国最強の退魔師にして、退魔師ギルドを取りまとめている重鎮の一人、三白眼の呪術師様だ」

お祓い師「どうやら狐神の能力はあの方の術と近い仕組みになっているみたいでな」

共和国首都の聖騎士長「呪術師様と同系統の……?」

お祓い師「ああ。狐神の能力は“運命を司る力”の一種らしい」

暗器使い「運命を……」

お祓い師「術をかけた相手がどんな運命を辿るのか……それを場所に限定した力がこいつのものってことだ」

暗器使い「なるほどな」

共和国首都の聖騎士長「呪術師様後からは“術の対象の命を奪う”という力のはず……これも運命に関係しているのですか?」

お祓い師「“相手の命を奪う力なんて、この世には存在していない”」

お祓い師「いや、かつては一つだけ存在していたらしいが……」

共和国首都の聖騎士長「と、言いますと……?」

お祓い師「呪術師様の力は、“対象が死に至る運命に限りなく近づけていく力”なんだ」

お祓い師「つまり力が直接相手を殺すのではなく、対象が死ぬような運命を辿らせる能力ってことだ」

赤毛の術師「でもそれって、結局相手を確実に殺せる能力だよね」

赤毛の術師「なんで命を奪う能力ではないって言い方をしたの?」

お祓い師「運命なんて言い方をしているが、そこに確実なものはない」

お祓い師「精一杯抗えば運命なんていくらでも覆る」

お祓い師「そういう意味では、あの方の術は確実に相手を死に至らしめるものでは無いってことだ」

お祓い師「ただし」

お祓い師「術が解かれない限り、次々とその運命が襲いかかってくる」

お祓い師「それこそ死ぬまでずっとな」

勇者「心が折れて抗えなくなったら、そこまでってことか……」

お祓い師「ああ。俺の親父が大陸最強の術師だって言うのも頷けるぜ」

勇者「お祓い師さん達は呪術師様のところに居たんですね? 入れ違いだったのかなあ……」

お祓い師「俺達は恐らくお前たちよりも早く首都入りをしていたんだろう」

お祓い師「それからしばらくは呪術師様に力の使い方の講義を受けていた」

共和国首都の聖騎士長「ええ、お祓い師様方の方が大分早く来ていたみたいですよ」

共和国首都の聖騎士長「耳には入っていたのですが時間を空けられず、これが久方の再開だったというわけです」

勇者「なるほど……」

勇者「それにしても狐神さんの能力は凄まじいですね」

猫又「確かに。使い方によってはどんな格上でも渡り合えそうな気がする」

狐神「うむ、そうじゃろう!」

狐神「……と言いたいところじゃが、そう万能なものでもない」

狐神「此奴の先程の説明の通り、運命にはいくらでも抗うことが出来る」

狐神「格上の相手となると、やはりわし程度の運命操作力では強制することが難しいことあるのじゃ」

狐神「ベヒモスとやらを転移魔法陣まで導くことが出来たのは、おぬしらの猛攻であやつが疲弊していた事……」

お祓い師「そして呪術師様の力添えのおかげってわけだ」

勇者「力添え……?」

お祓い師「簡単に言えば遠隔から俺達の術のサポートをしてくれたんだ」

お祓い師「同じ系統の術だからこそ出来ることなんだが……」

共和国首都の聖騎士長「呪術師様が……珍しいこともあるものですね」

共和国首都の聖騎士長「あの方は持つ力は強大ですが、その活動域を共和国首都に限定しています」

共和国首都の聖騎士長「何やら色々と制約があるようでしてね」

共和国首都の聖騎士長「しかしなるほど……同系統の力を持つあなた達がいるからこそ、今回のような形での手助けが実現した訳ですか」

勇者「もし仮に呪術師様がベヒモスと対峙していたらどうなっていたんだろう……」

共和国首都の聖騎士長「あまり憶測でものを言うべきでは有りませんが……恐らくお一人で勝てたのではないでしょうか」

共和国首都の聖騎士長「ああいった単純に力を振るう相手には負けることは無いと思いますよ」

勇者「そ、そんなにお強いんですね……」


眼鏡の共和国外交官「奴がいるが故に、共和国首都は大陸で一番安全な都市と言えましょう」


勇者「えっ!?」

共和国首都の聖騎士長「外交官殿……なぜこのような場所に?」


首都に到着するまでにはまだ少し距離があり、見渡す限りの砂漠の真ん中を進んでいる最中であった。

それにも関わらず眼鏡の外交官は軍の兵士らをお供に連れて、眼の前に現れたのだった。


眼鏡の共和国外交官「主力の多くは戦線へと送り込まれていますからね。色々と人手不足なのですよ」

眼鏡の共和国外交官「なにやら首都近辺の砂漠で巨大な影が発見されたとの報告が相次いでいましてね」

眼鏡の共和国外交官「従軍経験のある私も臨時に指揮に加わったというわけです」

暗器使い「しかし巨大な影か……目的のベヒモスは転移魔法陣で追い返しちまったからな」

暗器使い「別の何かがいるってことか」

狐神「うむ……確かに何かいる気配が……」

狐神「近いのう……いや、近付いて来ておる!? 皆の者気をつけよ!」

お祓い師「何……!?」


大きな地鳴りと共に砂中から姿を現したそれは、その巨体をうねらせて一向に突進をしかけてきた。


勇者「サンドワーム!? いや、もっと大きい……!」

眼鏡の共和国外交官「キングサンドワーム……!! 全員回避してください!!」


通常のサンドワームとは比較にならないほど大きな体での体当たりを喰らえば無事では済まない。

更にはその口は全員を飲みん混んでしまえるほど巨大だった。


勇者(皆が消耗しているこんな時に……!)

勇者(それに僕は剣が……)


初撃何とか回避するが、その方向が間違いであったということに全員が気がついた。

キングサンドワームの巨体が描いたとぐろの中に追い込まれてしまっていたのだ。

猫又「逃げ場……なし。戦うしか無いね」

レライエ「やれやれ面倒な……」


レライエが弓を引くが、その指からは血が滴っっていた。

ベヒモスを確実に仕留めようと先の戦いで持てる力を出し切っていたのだ。


共和国首都の聖騎士長「あまり無理をしないでください」

レライエ「貴様ほどには消耗しておらん。立っているのが精一杯の癖に出しゃばるなよ」

暗器使い(チッ、このメンバーが万全ならこの程度は余裕のはずなんだがな……)

お祓い師「狐神……!」

狐神「ぐぬぬ……この状況を覆すには……」

狐神「……む!?」



狐神が何かに気がついたと同時に、キングサンドワームに対して複数の影が飛びかかった。

彼らの攻撃を受けて怯んだそれを、トゲの付いたツタが縛り上げてしまった。


勇者「ダークエルフの皆!?」

眼鏡の共和国外交官「何……!?」

村守護のダークエルフ「数日ぶりだな、勇者」

眼鏡の共和国外交官「何故ダークエルフがここにいるのですか……」

村守護のダークエルフ「何故ってそれは……」

共和国軍兵士A「外交官殿! 無事でありますか!」


ダークエルフらの背後から共和国軍の兵士らが駆け寄ってきた。


眼鏡の共和国外交官「何故我が軍がダークエルフと……これは一体どういうことですか?」

共和国軍兵士A「はっ! それが実は、首都防衛門の付近でこのキングサンドワームが出没いたしまして」

共和国軍兵士A「我々が苦戦していたところに彼らが駆けつけてくれまして……門前からは撃退に成功して、ここに至るという訳であります」

眼鏡の共和国外交官「馬鹿な……貴様らが我が軍を助けるメリットなど無いはずだ」

眼鏡の共和国外交官「長年一族を砂漠に追いやっていた国を突き崩すチャンスであったのでは無いのですか?」


心底不思議そうな眼鏡の外交官の顔を見て、思わずといった様子で村守護のダークエルフが笑った。


村守護のダークエルフ「はははは! 何を馬鹿なことを」

村守護のダークエルフ「そちらにその気がなくとも、我々は確かにこの国に守られていた」

村守護のダークエルフ「かの大戦から人外にとって生きにくい世の中が続いた」

村守護のダークエルフ「そんな中で見て見ぬふりとはいえ、きちんと一族で暮らす場が与えられた。感謝などはしないが、恨むこともあるまい」

村守護のダークエルフ「我々にとっての安寧の場となっているこの国が危機に瀕しているというのならば、手を貸さない理由はない」

眼鏡の共和国外交官「貴様らの祖先の多くは魔王の軍門に下ったのですよ?」

眼鏡の共和国外交官「再び我々人類に反旗を翻すという選択にはならなかったのですか?」

村守護のダークエルフ「奴ら……新生魔王軍はかつての魔王軍と違う」

村守護のダークエルフ「我々の祖先が共に剣を握ったかつての魔王軍とは、世代を重ねて聞き伝えられてきた軍勢とは目指している方向がまったく違う」

村守護のダークエルフ「あんなのに従うのは御免だ」

眼鏡の共和国外交官「…………」

眼鏡の共和国外交官「共に戦うというですか……我々と」

村守護のダークエルフ「勘違いしないでくれ。別に我々は新生魔王軍を打倒したいわけじゃない」

村守護のダークエルフ「人間とそれ以外とが、手を取り合って生きているこの土地を守りたいだけだ」

眼鏡の共和国外交官「……奴といい、揃いも揃って馬鹿馬鹿しいですね」

眼鏡の共和国外交官「人間と人外とが……? 馬鹿な、そんな事が出来るはずが……」

村守護のダークエルフ「後ろの連中を見てみろよ。皆第一歩を踏み出しているんだ」


眼鏡の外交官が振り返った先には、人間も人外も関係なく、大切なものを護るために立ち上がった者たちがいた。


眼鏡の共和国外交官「…………!」

眼鏡の共和国外交官(そんな子供の理想のような話を信じていては、現実を護ることは……)

眼鏡の共和国外交官(だが……)

眼鏡の共和国外交官「その向かう先に、この国平和があると思いますか?」

村守護のダークエルフ「そうするのが、お前らみたいな人間の仕事なんだろ?」

眼鏡の共和国外交官「……言いますね」

勇者(外交官さんが……!)

赤毛の術師(笑った……!?)


その背後で、もぞりと巨体が動いた。


村守護のダークエルフ「……! まだ息絶えていなかったか!!」


それに気が付くのに遅れたダークエルフらが慌てて武器を構えようとしたその時、キングサンドワームの頭部が綺麗に両断された。

剣を握っていたのは、眼鏡の外交官だった。


眼鏡の共和国外交官「これから忙しくなります。急いで首都に戻って準備に取り掛かりましょう」

共和国外交官の護衛「は、はっ!」

眼鏡の共和国外交官「まずは砂漠の民の戸籍を迅速に取るのです。内のことも把握せずに外とやり合うなどおかしな話だったのですよ」


眼鏡の外交官は護衛の兵士らを連れて踵を返して歩き出した。

残された者たちは暫し呆然として、後ろ姿を眺めていた。



暗器使い「あのオッサン、並み以上に強いんじゃねえか……!」

共和国首都の聖騎士長「従軍経験者とは聞いていましたが……まさかあれ程とは」

勇者「ま、まだまだ現役で行けそうだったね」

猫又「能ある鷹は、ってこと? なーんかヤラシイなあ」

レライエ「ふん。我らもさっさと帰るとしよう。また何かに襲われては面倒で敵わん」


そうして一行も眼鏡の外交官の後を追うようにして首都を目指して進み始めた。

勇者の抱える重大な問題と共に。






そして事件は起きた。




暗器使い「な……馬鹿な……」

共和国外交官の護衛「……残念ですが、たったま北方連邦国から直接入った確かな情報です」

勇者「そ、そんな……」

暗器使い「議長が……殺されただと……!?」


勇者らが連邦国に捕らえられた時に議会で顔を合わせた、大柄な熊髭の老人の姿を思い出した。

大陸会議にも出席をしており、短い時間では合ったが言葉も交わした。

勇者にとってはその程度の関わりではあるが、暗記使いにとっては違う。

彼の育ての親とも言える老人が、暗殺をされたというのだ。


勇者「それに隻眼の斧使いさんも重症だなんて……」

前勇者、つまり勇者の父親のパーティに属していた元戦士の紋章持ちの彼が重症を追ったという事実は、報告を聞いた全員を動揺させた。


暗器使い「エルフの馬鹿の裏切りが判明した後は、国境の警戒も厳重になっていたはずだ」

暗器使い「その網を潜り抜け、議長の暗殺に成功した上に斧使いのおっさんに重症を負わせただと……?」

暗器使い「そんな事を簡単にやってのける奴が居るっていうのか……?」

勇者「……ねえ暗器使い」

暗器使い「……どうした」

勇者「一旦国に帰りなよ。きっと君の力が必要になっているはずでしょ」

暗器使い「だが今の俺は勇者のパーティメンバーだ」

暗器使い「第一、剣が折れたお前の元を離れる訳にはいかないだろうが」

勇者「でも……!」

お祓い師「その点に関しては俺に任せてくれないか」

お祓い師「暗器使いが抜けた穴は、俺と狐神でカバーする」

お祓い師「剣の修復についても情報集めを手伝おう」

お祓い師「それに“これ”が、このパーティに加わる何よりの理由になる」


お祓い師の両腕には既にびっしりと何らかの印が刻まれていた。

それを避けてか、その首筋にくっきりと魔法使いの紋章が浮かび上がっていた。


勇者「魔法使いの紋章……! いつの間に……!」

狐神「例の呪術師に教えを受けていた頃じゃったかの」

お祓い師「俺達の力が、この大陸のために役立つって認められたんだろう」

お祓い師「だからここは一旦俺に任せて、あんたは国に戻れよ」

お祓い師「国が崩れちまったら、新生魔王軍には勝てない」

暗器使い「……すまねえ……しばらく暇をもらう……」

勇者「うん。気をつけてね」

暗器使い「……剣が治るまでは、代わりにこれを使っておけ」


暗器使いは能力によってどこからか取り出した一振りの剣を勇者に投げ渡した。


暗器使い「ナントカっていう有名な鍛冶師の打った剣だ。大きさも丁度良いぐらいだろう」

勇者「……ありがとう」

暗器使い「それじゃあ俺は行くぜ」

眼鏡の共和国外交官「北方連邦国に最速で向かえるルートと路銀になります」

暗器使い「何から何まで悪いな」

眼鏡の共和国外交官「国の危機を救った者をタダで返すわけにはいきませんから。ご武運を」


眼鏡の外交官からメモと金類を受け取り、お祓い師にパーティーについて色々と伝えると、暗器使いは首都を飛び出して行った。


勇者「暗器使い……」

お祓い師「心配なのは分かるが、今は自分のことだ」

お祓い師「その剣、治す手立てがあるとすれば……」

眼鏡の共和国外交官「南部諸島連合国、ですか」

お祓い師「ああ。その剣を打ったと言われている初代戦士の生まれ故郷だ」


それから数日後。

勇者は初めの頃とはまったく違う仲間──辻斬り、お祓い師、猫又、狐神らと共に、船に乗って南部諸島連合国を目指していた。

いつもの夢は、ついに見ることはなかった。



《ランク》


S2 九尾 ベヒモス
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A~ 黒い騎士

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 勇者(初代の力)
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い 眼鏡の共和国外交官
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 猫又 小柄な祓師 紅眼のエルフ 村守護のダークエルフ キングサンドワーム

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領 柄の悪い門下生
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り 死霊騎士
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ サンドワーム

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ

不明 三白眼の呪術師


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
 ※黒い騎士は特に条件変動が激しいためA~とします。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス
※前作「フードの侍」を「猫又」に変更。
※勇者(初代の力)は名前の通り、剣の力に頼った状態でのランクです。
※お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。

《不毛の大地》編はここまでです。
Sランクのキャラも増えてきました。
次回は《心》編です。
時間が少し遡ります。あと短めです。

キテター!!!!111乙乙乙!

>>674
こうして更新してくれてるのに何の不満が有りようか

《心》


──時間は勇者らがベヒモスと相まみえるより一月以上遡る。

──場所は、魔国。


僧侶「…………ここは?」


僧侶が目を覚ますと、見慣れない天井が目に映った。

自分の置かれている状況を即座に理解できないほど間抜けではない彼女は、深くため息をついた。


僧侶(とうとう魔国まで来てしまったってことなんですね)

一ヶ月前、勇者らは帝国領内で黒い騎士と遭遇し、辛い戦いではあったが追い詰めることに成功した。

しかし、紅目のエルフ裏切りによって取り逃がしてしまっただけではなく、僧侶は黒い騎士に連れ攫われてしまったのだ。

そして国境際の激戦区を越えて現在、魔国の中心部に僧侶はいるという経緯だ。



僧侶(皆さんはどうしているのでしょうか……)

僧侶(もし私を救出しようと無理でもしていたら……こんな敵陣の真ん中に来ては確実に殺されてしまう)

僧侶(そんな事態だけは避けなければ……)

僧侶「はあ…………私、足を引っ張ってばかり」

僧侶(いっその事ここで命を絶って、次の僧侶の紋章持ちに役目を引き継いで貰った方が……)

紅目のエルフ「なーーんて考えているんじゃないでしょうね」

僧侶「……エルフ、さん……」


僧侶が寝ていた部屋にはいつの間にか紅目のエルフが入ってきていた。

前はあんなに仲良く笑い合えたはずの相手を、僧侶はただ睨むことしか出来なかった。


紅目のエルフ「せっかく生かして捕らえた苦労が水の泡になっちゃうでしょ」

僧侶「それで貴方がたに嫌がらせが出来あるのであれば、検討に値します」

紅目のエルフ「やめておきなさいって。次の僧侶が現れても結果は同じ」

紅目のエルフ「命を使うほどの価値は無いわよ」

僧侶「……貴女は一体何が目的なんですか? この部屋も、寝具も、とても捕虜に与えるようなものでは無いです」


僧侶のいる部屋は外から鍵かかるという点以外は清潔でそれなりに広く、旅の道中の宿よりもよっぽど豪華に見えた。


紅目のエルフ「“貴女”だなんてよそよそしいじゃない。前と同じ様に読んでくれても良いのよ」

僧侶「ふざけないでください!」

紅目のエルフ「……別に、大した理由じゃないわ」

紅目のエルフ「貴女にはこれから、ここで働いてもらうんだから」

僧侶「働く……? まさか……」

紅目のエルフ「ええ。貴女には重症患者の手当をしてもらうつもり」

紅目のエルフ「特別ゲストにはそれなりの待遇をしないとね」

僧侶「そんな事に協力するわけが無いでしょう!!」

紅目のエルフ「するわ」

僧侶「何でそんな事が言い切れるんですか……!」


紅目のエルフ「──貴女の両親を殺した相手が、この城にいるわ」


僧侶「…………え…………」


その一言に、僧侶は目を見開いて固まった。


紅目のエルフ「治癒師として働く以上は貴女が処分されることは無い……」

紅目のエルフ「そうやって命を繋いで、何をしたいのか良く考えると良いわ」

僧侶「…………」

紅目のエルフ「……ほら、食事を持ってきたの。お腹が空いていたら力も十分に使えないでしょう」

紅目のエルフ「それじゃあ私は行くわね」


ホカホカと湯気が出ている美味しそうな料理は、野営時に紅目のエルフが振る舞ってくれたものと同じに見えた。






それからしばらく捕虜として生活して分かったことが幾つかある。

一つ目──ここは新生魔王軍の本拠点で、魔王城と呼ばれているという事。

二つ目──紅目のエルフが言っていた通り、今の所僧侶に危害を加えようという輩はいない。あくまで今のところは、だが。

三つ目は……。


僧侶「……また来たんですか?」

黒い騎士「仕方があるまい。これが今の俺の役割なのだから」


三つ目は、この黒い騎士が私の管理権限を持っているという事。

基本的に捕虜の扱いは捕らえた本人が幹部級であれば、その裁量に任される事が多いという。


黒い騎士「……今日も残さず食べたか」

僧侶「食べなかったら死んでしまいますもの」

黒い騎士「貴様は我軍にとって非常に有用であると判断されているからな……自決でもされては敵わないと俺がこうして監視を任されている訳だが」

黒い騎士「どうやらその心配はないようだな」

僧侶「……勇者の仲間を自陣の真ん中に置いておくという事の愚かさを、後でたっぷり思い知らせてあげます」

黒い騎士「やはり自由が効かないように、脚を使い物にならないようにしておいた方が良いか……?」


黒い騎士の冷たい視線に僧侶はぞわりと体を震わせた。


黒い騎士「とにかく馬鹿な真似は考えないほうが身のためだ」

僧侶「……わかっています」

黒い騎士「……さて、仕事の時間だ」


黒い騎士は僧侶の手枷に鎖を繋いで、部屋から連れ出した。

彼の手は両方とも健在だ。

勇者によって切り落とされたはずの腕は、その傷口も分からないほど綺麗に治療されていた。

僧侶の力は万能ではない。あくまで治癒を高速で促すだけであり、無くなった四肢を生やすようなことはできない。

しかし黒い騎士の場合は切り落とされた腕をきちんと回収していたために、無事繋げることが出来たのだ。

それが僧侶の初仕事だった。

そして今日も仕事が始まる。

僧侶の手によって怪我が完治した者の中には、心の底から僧侶に感謝をしているような人外も多かった。勿論全員ではないが。

感謝をされるという事には、敵とはいえ不思議と嫌な気持ちは起こらなかった。

しかしこうして元気になった彼らは、人間を殺すために再び戦場に向かっていくのだ。

僧侶は両親の仇を探すために、敵に協力し続けている。


僧侶(例えここを出られたとしても、皆さんに合わせる顔が有りませんね……)


紅目のエルフが言っていた事は嘘の可能性も十分にある。

仇の正体を言わない時点で僧侶をここに繋ぎ止めるための発言であることは明確だ。


僧侶(でも、それでも私は)

僧侶(お父さんとお母さんを殺めたヤツを見つけ出して……)


自治区五代目区長に渡されていた呪術を抑えるペンダント。

それに亀裂が走った事に僧侶は気がついていなかった。





黒い騎士「今日はここまでだ」

僧侶「……そうですか」


怪我人や病人が集められている棟と寝室との往復のみの毎日。

湯浴みの際は女性が見張りとして当てられるが、言葉をかわした事は無かった。

日が過ぎる毎に、忘れていたはずの痛みが体に戻ってくるような気がした。

自分を前線に連れて行けば良いのにと思ったこともあったが、前線で負傷した全員を治療しきれるほど力の容量があるのか、と一蹴された。

怪我を負ったことでここまで送られてくるのは、それなりの地位を持った者たちだ。

そうして患者の数は限られているため普段は城内で片がつくのだが、今日に限っては城の外に足を伸ばしていた。

というのも城に入れない巨大な竜兵が負傷したとのことで、城外に伏せていたそれの治癒に一日を使っていたのだ。

治療が済み、黒い騎士に連れられて寝室に戻ろうという時、雑多に積まれた木箱の影で動く影が視界に映った。


僧侶「……猫?」

黒い騎士「どこからか入り込んでいたのか」

僧侶「あ、後ろに子猫が……親子だったんですね」


よく見ると母猫の方は背中の毛を逆立てて威嚇をしているようだった。

その視線の先には……。


黒い騎士「小型の魔獣か。小型とはいえただの猫では太刀打ちできまい」


普通に考えれば勝負は見えている構図だが、母猫は唸り声と共に魔獣に飛びかかった。


黒い騎士「馬鹿な。獣は己の力量も分からないのか」

僧侶「……そういうことでは無いんですよ」

黒い騎士「何……?」


黒い騎士は僧侶の方に振り返るが、彼女はただじっと猫と魔獣の方を見ていた。

そして母猫の気迫に押されたのか、魔獣はどこかへと姿を消してしまった。

しかし母猫も無傷ではなく、赤く滲んだ毛が痛々しかった。

そこに歩寄る僧侶に母猫は唸り声を上げるが、癒やしの魔法をかけられると敵ではないと判断したのか、子猫を守る体勢は崩さないまま大人しくなった。


黒い騎士「何故そんな傷を追ってまで子を守るのか、俺にはわからない」

黒い騎士「母体が無事であれば子はまた残せる。そうすれば種は存続する」

黒い騎士「違うか?」

僧侶「……貴方は、愛というものをご存知ですか?」

黒い騎士「愛……」

僧侶「母から子への愛は、時に自分の命を投げ出してでも貫こうとするものなんですよ」

黒い騎士「……よく分からんな」

黒い騎士「猫が襲われている姿を傍観していた貴様は、これらへの愛というものが無いということか?」

僧侶「……もし私が猫を助けたら、あの魔獣は食べることに困って餓死してしまうかもしれません」

黒い騎士「結果として奴は食い損ねた。何が違うと言うのだ?」

僧侶「……争いは互いの正義がぶつかり合うものです」

僧侶「信念のない者はそこに参加する権利はないんです」

黒い騎士「信念のない者、か……なるほど」

黒い騎士「……戻るぞ」


それから近くを通る時には猫の親子を見に行くようになった。

僧侶が自分の食事を分けてあげていると、後日からは黒い騎士が自前で餌を持ってくるようになった。

彼曰く「僧侶の食事が減って健康状態に影響が出ると我々にとって不利益になる」という事らしい。






そうして、治癒、食事、湯浴み、睡眠のサイクルの中に、猫との戯れが追加されてしばらくが経った。

人間を憎むが故に僧侶に罵詈雑言を投げつけたりする者もいたが、現四天王の所有物であるため直接手を出されるような事はなかった。

中には僧侶のお蔭で死の淵から生還し、それ以来親しげに声をかけてくれる者もいた。

そんなある日、僧侶は城内の廊下で彼女に出会った。


妖艶な術師「貴女がウワサの僧侶ちゃん?」


すらっとして美しく、同性から見ても惚れ惚れする女性だった。

しかし僧侶はその瞳の奥に何か黒いものを見たような気がした。


僧侶「あの、貴女は……」

黒い騎士「我が軍一の呪術師で四天王の一角を任されている方だ」

僧侶「四天王……貴方と同じ……」

黒い騎士「いや、俺のような仮の四天王とは違う正式な立場だ」

僧侶「え、仮の……?」

妖艶な術師「そんな謙遜しなくても良いじゃない」

妖艶な術師「貴方は十分四天王としての力を有しているわ」

黒い騎士「……自分はまだまだだ」

妖艶な術師「ま、向上心が有るのは悪いことじゃないわ」

妖艶な術師「それにしても貴女……」


術師が僧侶の瞳を覗き込むように乗り出してきた。


僧侶「な、何か……?」

妖艶な術師「おかしいわね……だって貴女……」

妖艶な術師「ま、あとで百目に聞いてみましょ」


そう言って僧侶から離れると、クルッと振り返って歩き出してしまった。


僧侶「な、何だったのでしょうか……」

黒い騎士「彼女は参謀面でも重要な役割を果たしていてな。多忙が故か、今のような短時間の息抜きをしているのを見かける」

僧侶「随分と貴方の肩を持っていたようだけれど」

黒い騎士「そう見えたか?」

僧侶「少なくとも私には」

黒い騎士「……そうだとすれば自分の成果への自信、といった所だろうな」

僧侶「成果?」

黒い騎士「ああ」

黒い騎士「俺は彼女によって創られた存在だからな」

黒い騎士「話はここまでだ、戻るぞ」

僧侶「は、はい……」


部屋に戻ろうとした二人に新たに声を掛ける者達が現れた。


角長の化け猿「よう人間の嬢ちゃん、元気かい」

面長の化け猪「へへっ、騎士様もご一緒でしたか」

丸顔の化け蛙「仕事帰り?」

僧侶「あ、どうも……」


この三人は僧侶に親しくしてくれる人外の中でも特に言葉を交わすことが多い。

見ての通りの軽い性格で、周りからひょうきん三人組と呼ばれているのを聞いたことがある。


角顔の化け猿「大丈夫か? 少し顔が疲れてるな」

丸顔の化け蛙「頑張りすぎんなよ~」

丸顔の化け蛙「頑張りすぎるとコイツみたいな顔になるぜ」

面長の化け猪「あ? 俺の顔が何だって?」

丸顔の化け蛙「のっぺりして溶けそうじゃん? おまけに豚みたいでさ」

面長の化け猪「なんだと!」

角顔の化け猿「豚顔なのは当たり前だろ! なはは!」

丸顔の化け蛙「そりゃそうだ!」

面長の化け猪「そ、そりゃそうか!」

ひょうきん三人組「わははははははっ!」

黒い騎士「……行くぞ」

僧侶「あ、はい」

黒い騎士「あんなのと親しくしているのか」

僧侶「悪い人達じゃないんですよ?」

黒い騎士「……ほどほどにしないと馬鹿が移るぞ」

僧侶「酷いですね。移りませんよ」

黒い騎士「……お前も中々だぞ」

僧侶「え?」

黒い騎士「……いや、何でも無い」

次回は週末か来週に上げます。

>>699
この投稿ペースにお付き合いいただきありがとうございます。

>>720
乙乙
なんのこれしき!舞ってるぜ!






今日も仕事の時間がやってきた。

それもかなりの大仕事となった。

帝国が誇る陸軍主力との全面衝突があったようで、双方に甚大な被害が出たようだ。

辛うじて生き延びた者も酷い有様で、僧侶のおかげで一命はとりとめたものの戦線復帰など到底無理な状態であった。

人間側も先の作戦の失敗分を取り返そうと本腰を入れて来ているのだ。

僧侶に親しくしてくれていた人外らの内の一部が、帰らぬ者となったという報告も耳に入った。

血の臭いが充満する病室で、僧侶は黙々と治療にあたった。


僧侶「ふう……」


僧侶は一息ついて額の汗を拭った。

僧侶の持つ治癒の力は絶大だが、彼女自身の力の容量が人一倍に多いわけではない。

そのためこれ程の数の患者を相手にすると、かなり消耗してしまうのも無理はない。

一通りの処置が終わり、何時も通り部屋へと帰る。

いつもと違うのは隣にいるが黒い騎士ではなく、彼の部下であるという点だろう。

黒い騎士は再び前線に出ており、ここの所しばらくは私の監視役は部下に任されているのだ。


黒い騎士の部下A「お前……」

僧侶「……なんでしょうか」

黒い騎士の部下A「うちの頭が目をかけているからどんな女かと思っていたが……つまらん、普通の女じゃねえか」

僧侶「私が黒い騎士さんに……?」

黒い騎士の部下A「自覚がねえのか……腹立つぜ」

僧侶「えっ……」

黒い騎士の部下A「あの人が創造主である呪術師様の命令以外に時間を割くなんて初めての事だ」

黒い騎士の部下A「……知っているか? あの人は近々四天王の座から降ろされる」

僧侶「えっ……!?」

黒い騎士の部下A「魔王軍が今の体制で動き始めてからの、本来の四天王であったベヒモス様が、遅れて目覚めたという報告が入った」

僧侶(本来の……だからあの時自分のことを仮の四天王って言ったんだ……)

黒い騎士の部下A「だが俺はベヒモス様よりも、うちの頭が四天王の座に相応しいと思っている」

黒い騎士の部下A「ベヒモス様は確かに絶大な力を有している……だがその力は軍のために振るわれているのではない」

黒い騎士の部下A「自分の欲求を満たすためだけに振るわれているんだ」

黒い騎士の部下A「それに対してうちの頭は誠実だ」

黒い騎士の部下A「騎士として、己の職務を全うしてきた」

黒い騎士の部下A「……だが、最近その刃に迷いが見えるようになってきた」

僧侶「…………」

黒い騎士の部下A「元々、頭を四天王として続投しようという声は上がっていた」

黒い騎士の部下A「しかし俺が見抜ける気の迷い、上の方々が見逃すはずがない」

黒い騎士の部下A「やはりベヒモスに任すべきという意見が優勢になってきた……!」

黒い騎士の部下A「騎士として純粋だった頭に混じった不純物は、お前に違いない」

黒い騎士の部下A「何なんだ……何でお前のような小娘に」

僧侶「…………」

黒い騎士の部下A「お前が居なくなれば、頭は元に戻るのか?」

僧侶「えっ……」

黒い騎士の部下B「本当にヤッちまって良いんですかね」

黒い騎士の部下A「……殺してはならないとの命令だ」

黒い騎士の部下A「ならば自ら死にたくなるような目に合わせてやれば良いだけの事」

黒い騎士の部下C「へへっ、屁理屈だな」

黒い騎士の部下C「だが折角の機会だ。美味しく頂くぜ」


にじり寄る男たちに僧侶は後ずさるが、背中が壁にぶつかってしまった。


僧侶「い……嫌……! 来ないで……!」

黒い騎士の部下B「騒ぐなよ。二度と喋られなくしてやろうか」

黒い騎士の部下C「へへっ、必死に抵抗する声がたまんねえんだろうが」

僧侶「離して! 嫌!!」

黒い騎士の部下C「へへへっ、そう言われて離すかよ」


力任せに床に叩きつけられた僧侶が、肺の中の空気を吐き出すように呻き声を上げた。

僧侶が人外を憎むようになったきっかけの、あの忌々しい記憶が蘇ってきた。

抵抗できない自分を嬲り続けたあの人外達と、目の前の騎士達とが重なって見えた。


僧侶「お願い……離してください……許してください……」

黒い騎士の部下B「あーあー泣いちゃった」

黒い騎士の部下C「お嬢ちゃん。良いこと教えてあげようか」

黒い騎士の部下C「逆効果だよ、ははははっ!」

僧侶「嫌ァァァァァァッ!!」



無理矢理に服を脱がされそうになった時、その暴漢の手の僅か上を矢が掠めた。


黒い騎士の部下C「うおっ、危なっ!」

黒い騎士の部下A「…………何の用だ?」

僧侶「……なんで……」


矢を放った主は紅目のエルフだった。


紅目のエルフ「……別に、同じ女性として見逃せなかっただけ」

黒い騎士の部下A「ふん、どうだかな」

黒い騎士の部下A「内通者をやる内に情が移ったのではないのか?」

紅目のエルフ「そうだとすれば攫って来たりなんかしないでしょ」

黒い騎士の部下A「だからこそ、だ」

黒い騎士の部下A「生かして連れて帰ってくる必要があったのか?」

紅目のエルフ「勇者やその仲間達は、死んでも次の代役が現れるって知っているでしょ?」

紅目のエルフ「だから一番厄介な僧侶を生かさず殺さず捕らえてきたんじゃない」

紅目のエルフ「この子が居なければ勇者は十回は死んでいたわ」

黒い騎士の部下C「その生かさず殺さずに反対してんだよ俺達は」

黒い騎士の部下C「勇者やその周りの奴らの成長速度は凄まじいらしいじゃねえか」

黒い騎士の部下C「だから当代勇者にも退場していただくことになったんだろ?」

黒い騎士の部下B「その女も始末してしまえば、敵の計画を大きく遅らせることが出来るはずだ」

紅目のエルフ「始末って……あんたらの所のボスに止められてるんでしょ? 馬鹿なこと考えてないで手を引きなさいよ」

紅目のエルフ「さーもないと……」


黒い騎士の部下A「……お前もいつまでもそうしていられると思うな」

紅目のエルフ「なあに? 脅し?」

黒い騎士の部下A「多くの者がお前のことを信用していない。いつ背中を刺されるか分からない身だと自覚しておくんだな」

黒い騎士の部下A「行くぞ」

黒い騎士の部下B「了解」

黒い騎士の部下C「ちえー、良い所で邪魔しやがって」


三人が去ったのを確認して紅目のエルフは僧侶に手を差し出した。

僧侶は一瞬ためらった後、その手を取って立ち上がった。


僧侶「……何で助けたんですか」

紅目のエルフ「そこは助けて頂いてありがとうございます、でしょう」

僧侶「……私、エルフさんがどうしたいのか分からないです」

紅目のエルフ「……それは同感」

僧侶「え……」

紅目のエルフ「私も自分がどこを向いているのか分からないの」

紅目のエルフ「……さ、部屋まで送るわ」

紅目のエルフ「あの騎士が戻ってくるのはまだ先になりそうだから、しばらくは私が面倒見るわね」

僧侶「…………」

僧侶(この人も同じなのかな……)

僧侶(自分は人外の事を苦手として……いや、憎んでいた)

僧侶(今は区長様のペンダントのおかげで感情が抑えられているけれど、またいつこの“呪い”が現れるか分からない)

僧侶(……ここに連れ去られてきて、勇者様の言っていいることが分かった)

僧侶(人外の中にも善と悪が居て……それは人間も同じで……)

僧侶(種族で区別できるものじゃないんだって……そう分かった)

僧侶(頭では分かっているのに、何で……)

僧侶(何でこんなに憎く思えてしまうの……?)






百目の異形「ふむ……中々面白い事になっているな」

妖艶な術師「なあにが面白いのよ。これだけ人外に囲まれていて、あの娘平気そうじゃない」

妖艶な術師「“あらゆる負の感情が爆発する”ように呪いをかけたのは貴方でしょう? 百目の異形さん?」

百目の異形「いや、呪いは生きているのだが……どうやら特殊なアイテムで効果が抑えられているようだ」

妖艶な術師「アイテム?」

百目の異形「誰の仕業かは知らないが、良い仕事をしてくれたものだ」

妖艶な術師「ならそれを取り上げえしまえば良いんでしょう?」

百目の異形「いや、それには及ばない」

百目の異形「そのアイテムも限界が来ている」

百目の異形「自壊するほどの感情の昂ぶりが起こった時に、あの娘は一体どうなるのか……興味深いと思わないか」

妖艶な術師「……いい趣味しているわね、ほんと」

百目の異形「貴女には及ばない」

妖艶な術師「ふふふ、ありがとう」

妖艶な術師(それは楽しみが増えたわ……)

妖艶な術師(“貴女”にも是非見てもらいたいものね)






それから時は経ち、勇者らがベヒモスと相まみえている頃。

魔国と王国の国境での戦いは冬の訪れと共に沈静化しつつあった。

人間陣営も新生魔王軍陣営も消耗が激しく、雪が多く積もる高山地帯での全面衝突は避けたいという背景がある。

彼らがする事は拠点を強化しつつ、来たる春に向けてじっと耐え抜くことだ。

それに伴って指揮権を部下に移した黒い騎士は、久々に魔王城へと帰還していた。


僧侶「あ、お帰りなさい。随分と長い遠征でしたね」

黒い騎士「…………」

僧侶「ど、どうかしましたか?」

黒い騎士「その“お帰りなさい”とは何だ」

僧侶「えっ……お帰りなさいっていうのは帰ってきた人に対しての挨拶で」

黒い騎士「意味は分かる。何故お前が、俺に対して言っているのかと聞いているのだ」

黒い騎士「その手の挨拶は、親しい者に対して言うものではないのか?」

僧侶「べ……別にそういう意味で言ったんじゃ有りません」

黒い騎士「まあ良い……」

黒い騎士「俺が居ない間に変わった事は無かったか」

僧侶「変わったこと……」


一瞬、黒い騎士の部下達に襲われた事が頭をよぎったが、すぐに引っ込めた。


僧侶(下手に恨み買われても困りますし……)

僧侶「……ああ、そういえばあの子猫だいぶ大きく成長しましたよ」

僧侶「そろそろ三ヶ月……親離れも近いですね」

黒い騎士「なるほど……見に行くか」

僧侶「おや、気になりますか?」

黒い騎士「日々の飯の恩も忘れて勝手に親離れというのが納得出来ないだけだ」

黒い騎士「あの矮小な生き物がどこまで大きくなれたか見てやろうというだけの事」

僧侶「またそんな言い方して……」

僧侶「ささ、気になるなら見に行きましょう」

黒い騎士「貴様何か勘違いしていないか……」

僧侶「さあさあこちらですよ」

黒い騎士(何だ……? ここでの生活に慣れたのか……? それとも腹が括れたのか……)

黒い騎士(何か、無理をしているようにも見えるが)

僧侶(騎士さんは危害を加えてこないって分かっているので少し安心できますね……おかしな話ですけれど)

僧侶(黒い感情も何故か、あまり出てきません)

僧侶「さあ猫ちゃん、今日のごはんですよ~……って、あれ?」

黒い騎士「どうした?」

僧侶「居ない……」


猫の親子がいつも居るはずの木箱の辺りにその姿が見当たらないのだ。


僧侶「親離れの訓練のためにお散歩中でしょうか……」

黒い騎士「……いや、この臭いは……」

黒い騎士(獣の血……)

黒い騎士「……こっちだ」

僧侶「えっ……?」

黒い騎士「やはり、か……」


黒い騎士が見つめる先には赤い小さな血溜まりがあった。


僧侶「…………嘘…………」


そこには猫の死骸が転がっていた。

黒い騎士はしゃがみ込んでその死骸や周りを調べ始めた。


黒い騎士「……魔獣だ。恐らくはこの間取り逃がした奴だろう」

僧侶「そん、な……」

黒い騎士「勝てないと分かっていても立ち向かう……これが愛によるものだというのか?」

黒い騎士「蛮勇を掻き立てる……それが貴様らがやたらと口にする感情の成せることことなのか?」

黒い騎士「実に下らない」

僧侶「…………」

僧侶「……せめて、埋めてあげましょう……」

黒い騎士「ふむ……こんな所に転がっていては邪魔か」


黒い騎士が猫の亡骸を両手で拾い上げた。

ぼたりと血が落ちた。


黒い騎士「こうなると分かっていたはずだ」

黒い騎士「一度撃退された程度では魔獣は標的を諦めたりはしない」

黒い騎士「この結果を望んでいなかったのであれば、貴様が保護するべきだったのではないか?」

僧侶「それは……」

黒い騎士「貴様に信念がないから、か?」

僧侶「……信念というのは、与えられる物ではない」

僧侶「自分で掴む物だ」

黒い騎士「……?」

僧侶「……父の言葉です」

僧侶「でも私には出来ない……」

僧侶「それがどこに在るのか分からないんです」

黒い騎士「……くだらん、行くぞ」


そう言って立ち去ろうとした騎士を見て、僧侶は「え……」と声を漏らした。

僧侶「震えて、いるんですか……?」

黒い騎士「何……?」


猫を抱える自分の腕に目をやると、僧侶の言う通り小刻みに震えている。


黒い騎士「何だ……これは……」

僧侶「……なんで騎士さんは、猫の親子に餌を与え続けたんですか?」

黒い騎士「言っただろう。貴様が食事を分けすぎて体調を崩されると困るからだと……」

僧侶「違います」

黒い騎士「何……?」

僧侶「それなら私の食事量を増やすとか、縛り付けて無理やり食べさせでもすれば良いんです」

僧侶「でも貴方はそうしなかった……」

僧侶「貴方は貴方の意志で、猫に餌を与えたんです」

黒い騎士「……何が言いたい」


僧侶「貴方は……貴方が矮小だと言って捨てたあの小さな生き物達を、愛していたんですよ」


黒い騎士「……何を馬鹿な」

黒い騎士「ではこの震えは、悲しみから来るものだとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい……」

僧侶「いいえ、違います」

黒い騎士「では何だと……」

僧侶「それは“怒り”です」

僧侶「愛しい者を奪われて怒るのは、心がある者ならば当然……」

僧侶「……そう、怒り……」

僧侶「そうか、それが今の私の……」

黒い騎士「……どうした?」

僧侶「いえ、何も」

僧侶「とにかくこれは貴方が否定しようとも覆らない事実です」

僧侶「想いが無ければ、貴方のその手は震えない筈なんですから」

黒い騎士「…………」

僧侶「……あれ、待ってください」

僧侶「この鳴き声は……」


僧侶が鳴き声がする場所の瓦礫を退けると、そこには三ヶ月前から大きく成長したあの子猫の姿があった。


僧侶「命懸けで守ったんですね……あの時と同じ様に」

黒い騎士「……忌々しい」


黒い騎士は親猫の死骸を片手に抱え込み、もう片方の手で子猫を掴み上げた。


僧侶「つ、連れて帰るんですか?」

黒い騎士「この忌々しい感情が貴様の言う通りの物ならば、同じ経験をしないために保護をするまでの事だ」

黒い騎士「何より二度も同じ敵に狙わた挙げ句、自分では何も出来ないとは本当にこの勇敢な猫の子とは思えん」

黒い騎士「俺が直々に鍛えてやる」

僧侶「ほ、程々にしてあげて下さいね」


子猫という同居人が増えたことで僧侶の部屋は少し騒がしくなった。

稽古……と言う名の面倒見のために黒い騎士が訪れる事も多くなった。

そんな生活がしばらく続いた頃、正式な四天王であったベヒモスが転移魔法陣によって帰還したという報告が入った。






そして場所は再び共和国へと戻る。


《ランク》


S2 九尾 ベヒモス
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A~ 黒い騎士

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 勇者(初代の力)
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い 眼鏡の共和国外交官
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 猫又 小柄な祓師 紅眼のエルフ 村守護のダークエルフ キングサンドワーム

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領 柄の悪い門下生
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り 死霊騎士
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ サンドワーム

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ

不明 三白眼の呪術師 百目の異形 妖艶な術師


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
 ※黒い騎士は特に条件変動が激しいためA~とします。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス
※前作「フードの侍」を「猫又」に変更。
※勇者(初代の力)は名前の通り、剣の力に頼った状態でのランクです。
※お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。

《心》編はここまでです。次回は《港湾都市》編です。

>>721 ありがとうございます。

《港湾都市》


ベヒモスを撃退してからしばらく。

共和国首都を出発した勇者一行は南下し、国内最大の港街を目指していた。

勇者一行と言っても、見慣れたメンバーはそこには居なかった。

紅目のエルフは新生魔王軍の内通者だった。

僧侶はその新生魔王軍に捕らえられ安否は不明。

暗器使いは祖国、北方連邦国の議員の暗殺騒ぎのためについ先日パーティーを離脱して帰国の途中だ。

暗器使いは元々その手の仕事に関わっていたため、呼び戻されるのも自然だ。

何より殺されたのは大柄な熊髭の老人で、暗器使いをスラム街から拾い上げた恩人でもある人物だ。

例え呼び戻されなくとも、彼は自分の意志で祖国を目指しただろう。



勇者「砂漠はギラギラとした暑さだったけれど……この辺りはムシムシとしてまた別の辛さだね……」

辻斬り「海を渡って南部諸島連合国に着けばこの比では無いって聞いているよ」

猫又「無理……」


代わって勇者の横にいるのは、かつて皇国で妖刀の魔力によって人外を斬って回っていた辻斬り。

その妖刀の製作者の飼い猫が化けた猫又。

猫又は暑さにやられてすっかりのびてしまっている。


お祓い師「俺達の故郷は冬になろうって言うのにな」

狐神「ふむ、世界とは不思議なものじゃのう」


そして退魔師ギルドの幹部でありSランク術師の氷の退魔師の息子、お祓い師。

お祓い師の式神であり、妻でもある狐神。

この二人を新たに加えて次の旅が始まった。


辻斬り「さあて、南部諸島連合国に目的の人物が居てくれれば良いんだけれどね」

勇者「信じるしか無いよ……今までと違って確証が持てないんだ」


勇者が腰の剣に手をやる。

そこに有るのは一族に伝わる、使い慣れたあの剣では無く、暗器使いに手渡された一振りだった。

愛剣はベヒモスに真っ二つに折られてしまった。

それを元に戻すことが出来るとすれば、南部諸島連合国に居るとある人物以外は考えられないとお祓い師が言ったのだ。


勇者「勇者の剣を打ったと言われている初代戦士様……その末裔……」

勇者「その人に会わないと、駄目なんだ……」

勇者「僕は……剣が無いと……」



アシダカドリの背中でブツブツと独り言を言い始めた勇者を見て、お祓い師は大きく溜息をついた。


お祓い師「やれやれ、重症だな」

辻斬り「あの剣にはどうやら特殊な力があるみたいでね」

辻斬り「あの力無しでは、自分は皆に貢献できないって思っているらしい」

辻斬り「純粋な剣の腕も、そこそこのものになって来ているんだけどなあ」

お祓い師「そこそこ、じゃ駄目なんだ。勇者の末裔っていうのはそういうプレッシャーの中にある」

お祓い師「何より今は、世の中がその力を求めているからな」

辻斬り「プレッシャーか……経験談?」

お祓い師「……うるせえ」

狐神「のう、そろそろ休憩にせんか?」

お祓い師「疲れたか?」

狐神「喉がカラカラなんじゃ。手元の水筒は底を尽きてしまったのでの」

お祓い師「向こうに積んである水袋から継ぎ足さないと、か」

お祓い師「よし、一旦止まろうか」

勇者「う、うん」


砂漠は既に越えており、今は鬱蒼と木々が生い茂る森林地帯を進んでいた。

この人工的に拓かれた道がなければ突破には一苦労では済まないだろう。

一同は木陰に腰を下ろして水や食料を口に運んだ。

どこか遠くを見ているような様子の勇者を見て、猫又はやれやれと首を振った。


猫又「うーん、どうしたもんかね」

辻斬り「剣が折れた事だけが原因ではないんだろうね」

お祓い師「やはり今までの仲間の事か?」

辻斬り「だろうね」

辻斬り「僧侶ちゃんは君も含めて同郷の幼馴染なんだってね」

お祓い師「ああ、そうだ」

辻斬り「そんな双子の姉弟のように過ごしてきた僧侶ちゃん……そしてパーティー全体の姉御的立場だったエルフの裏切り……」

辻斬り「僧侶ちゃんを除けば、彼の旅に最初から同行してた暗器使いの事を実の兄のように慕っていたみたいだ」

辻斬り「彼にとっては家族を同時に失ったようなものなんじゃないかな」

狐神「なるほどのう……」

猫又「そこに私達四人が新しく加わった訳だけど……剣の力無しで引っ張っていく自身が無いって事なのかな」

猫又「まだ深い絆が浅い……そう感じているって事なんだろうね」

狐神「確かに妙に他人行儀な所があるのう」

辻斬り「うーん……」


十分に休憩を取った一行は港街に向けて再び動き始めた。


勇者「そちらの四人は仲が良いんだね」

狐神「ううむ、仲が良いと言えるのかの」

猫又「約一名に他三人は殺されかけてる訳だし……」

辻斬り「その節はどうも……」

お祓い師「しっかし、皇国で知り合った四人がこうやって異郷の地で巡り合うとは、分からないものだな」

猫又「確かに。誰の故郷でもないもんね」

お祓い師「……勇者」

勇者「ん?」

お祓い師「お前は“勇者”として俺達を引っ張っていかないといけないと思っているようだが……それは違うぞ」


お祓い師と狐神がまたがるアシダカドリが勇者の隣に並んだ。


お祓い師「一緒に並んで闘う仲間だ。だろ?」

勇者「お祓い師さん……」

狐神「そういう事じゃ。わしらは部下でも召使いでもない、対等な関係じゃ」

猫又「お互いがお互いを補い合う……それが仲間なんだと思うよ」

辻斬り「生まれも育ちも、種族も性別も、価値観考え方も違う他者を理解し合う……君の行き着く先がそこだとするなら、まずは周りの皆と助け合うところから始めるのが良いじゃないのかい?」

辻斬り「俺は馬鹿だから、その事の大切さに気が付くまで随分とかかってしまった」

猫又「……そうだね」

勇者「……みんな……うん、そうだね」

勇者「不甲斐ない僕だけど、力を貸してもらえるかな」


お祓い師は勇者の肩をバシッと叩いた。


お祓い師「はっ、当たり前だっての」

猫又「男なら胸張って行きなさいっての」

辻斬り「君は張る胸が無いもんね……って痛ぁ!」

猫又「もう一度言ってみて?」

辻斬り「あー……遠慮しておく」

狐神「よさぬか。小振りモンが突っ張ってもみっともないだけじゃ」

猫又「垂れた年増が何かほざいていますね」

狐神「んん~?」

猫又「んんん~?」

お祓い師「止めておけよ、お前ら……」

勇者「ぷ……あははっ!」

勇者「そうだね……確かに悩んでいても仕方がないや」

勇者「僕は僕の出来ることをやる……みんなと一緒に」

勇者「それで良いんだ」

お祓い師「ああ、そうだ」

お祓い師「……教えておくかどうか迷っていたが、今なら大丈夫だろう」

お祓い師「現在、僧侶の奪還作戦が秘密裏に進行中だ」

勇者「えっ!?」

お祓い師「当初は俺と狐神で遂行する予定だったが、知り合いにもっと適任の奴が居たんでな」

お祓い師「大丈夫だ、あいつなら無事に助け出してくれる」

お祓い師「予定では海路経由で南部諸島連合国へと抜けることになっている」

お祓い師「上手く行けば落ち合えるだろう」

お祓い師「だからそれまでに、俺達は俺達のすべきことをしよう」

勇者「……うん! そうだね!」

勇者(王国を出発してからもう一年以上が経過している……急がないと……!)






それから勇者一行は共和国の最南端、水の都とも言われる港街に辿り着いた。

共和国周辺の海……特に砂漠に隣接したエリアは漁業が出来ない死の海と呼ばれるが、この港街の周辺では魚影も濃く、国にとって重要な街となっている。


勇者「帝国と王国の国境にあった歓楽街もそうだけど、港街ってなんでこうやって活気があるんだろう」

お祓い師「あらゆる場所からあらゆる物が出入りするからだろう……当然人間も」

お祓い師「端的に言えば、金が舞い込むのさ」

勇者「なるほどなあ……」


あの歓楽街とは雰囲気は違うが、また別の熱気がある街並みだ。

下手をすれば首都よりも活気があるかもしれない。


勇者「ええと、目的地はというと……」

猫又「あれじゃない?」

勇者「あ、あれだ」


勇者らが探していたのは港を出入りする船を管理する港湾管理施設だ。

ここで南部諸島連合国行きの便の乗船券を入手しようとしているのだが……。


勇者「えっ! 次の便がいつになるのか分からないんですか?」

港湾管理施設の受付嬢「ええ、大変申し訳無いのですが……」

港湾管理施設の受付嬢「沖にかなりの嵐が来ているようでして、安全のため南部諸島連合国との定期便は欠航しているんです」

港湾管理施設の受付嬢「一隻、貨物船が夕刻に無理矢理来るようですが……」

お祓い師「出ないものは仕方がないな」

お祓い師「再開が決定次第伝えてもらうことは出来るか?」

港湾管理施設の受付嬢「ええ、お泊りのお宿を教えて頂ければ」

お祓い師「分かった。宿が取れたらもう一度伺う」

港湾管理施設の受付嬢「ご不便おかけいたします」

お祓い師「いや、そちらも忙しいだろうに。じゃあまた後で」

港湾管理施設の受付嬢「ええ、お気をつけて」

来週更新します

乙乙乙 待ってたぜ






勇者「で、宿を探すもどこも満室と……」

辻斬り「便の再開待ちをしているのは俺達だけじゃないって事だろうね」

辻斬り「まあこれほどの規模の港だ。全面欠航はかなりの影響を出す訳だ」

勇者「ううーん、困ったなあ……」

狐神「宿が満室といえば西人街を思い出すのう」

猫又「西人街で何かあったの?」

お祓い師「ああ……感謝祭か何かと被って宿が取れないってことがあってな……いや待てよ」

お祓い師「そうだ、あの時は確か……」

猫又「どうかしたの?」

お祓い師「いや、あの時はどうにか宿を取ることが出来たんだが……ダメ元でギルド支部に行ってみようか」

勇者「ギルド支部に?」

お祓い師「ああ……運が良ければ恐らくは……」


お祓い師に言われるがまま、一行は退魔師ギルドの支部へとやってきた。

大きな街の支部ということもあり、建物は大きく中には沢山の人々が行き交っていた。


共和国港街のギルド受付嬢「退魔師ギルドの支部へようこそ」

共和国港街のギルド受付嬢「ご用件は……と、これはこれは勇者様でございますね?」


勇者が差し出したギルド会員証を見て受付嬢が眼鏡の位置を直しながら一瞥した。


共和国港街のギルド受付嬢「と、なると南部諸島連合国へ向かう道中といった所でしょうか」

勇者「どうしてそれを?」

共和国港街のギルド受付嬢「ギルド幹部……氷の退魔師様から、最大限のバックアップをするようにと連絡が入ってまして」

お祓い師「あの親父……俺達の動向を把握してるのかよ」

辻斬り「三白眼の呪術師という男経由の情報だろうね。その男もギルドの幹部なんだってね?」

お祓い師「ま、だろうな」

共和国港街のギルド受付嬢「船の再開の目処は立っておらず、それまで夜を明かす宿も取れず……といった所でしょうか」

勇者「お、お見通しなんですね」

共和国港街のギルド受付嬢「当ては……ギルドの所有する宿ですね?」

勇者「えっ、そんな物があるんですか?」

共和国港街のギルド受付嬢「おや、違いましたか」

お祓い師「いや、そうだ」

お祓い師「もし空きがればで良い……泊まらせては貰えないだろうか」

共和国港街のギルド受付嬢「勿論御座いますよ。こちらも氷の退魔師様からの指示でして」

お祓い師「ちっ、相変わらず一歩先にからこっちを見やがって」

狐神「ふふ、まだまだ敵わないのう」

勇者「でもこんな忙しい時に部屋を抑えて頂いたなんて……何かの形でお礼をしたいのですが」

共和国港街のギルド受付嬢「お礼ですか……そうですね」

共和国港街のギルド受付嬢「滞在している間、ギルドの依頼をこなして頂けると助かります」

勇者「そんな事で良いんですか?」

共和国港街のギルド受付嬢「トラブルというのは別のトラブルを誘発するものです」

共和国港街のギルド受付嬢「これだけの人数を抱えていながら手が回りきっていないのが現状でして」

勇者「そういう事なら任せて下さい。困っている人を助けるのが僕たちの仕事ですから」

共和国港街のギルド受付嬢「助かります。まずは係に宿まで案内させますので」


案内された部屋は贅沢にも全部で三室。

部屋割りは、お祓い師夫婦で一室。勇者と辻斬りで一室。猫又が一室となった。

荷物を預けて再びギルドに出向くと、手が回りきっていないという分の依頼書が手渡された。


勇者「また盗人、か」

辻斬り「猫の次はなんだろうね」

猫又「さあて、ね」

お祓い師「何かあったのか?」

辻斬り「なに、再会の時に少しね」

共和国港街のギルド受付嬢「ここ最近、このような目立った犯罪が頻発しています」

共和国港街のギルド受付嬢「原因は共和国政府による、例の決定だと言われていますね」

お祓い師「例の決定……砂漠の民などの人外も含めて、正式に国民として登録するという話か」

お祓い師「ベヒモス件から随分と早かったが……大陸会議以来準備そのものは進めていたんだろうな」

勇者「それが何で犯罪増加に繋がるの?」

辻斬り「世の中には自分は存在しない事になっていた方が都合の良い連中ってのもいるのさ」

辻斬り「今まで自由にやれていた領域が、国民全員の管理によって上手く回らなくなる……」

辻斬り「そういった連中が、次のお仕事を確立するまでの軍資金貯めに躍起になっているんだろうね」

猫又「犯罪が増えたと言うより、見えていなかった連中が表に顔を出したって事だね」

勇者「……皆のための変化なのに」

狐神「変化を望まない者いるというわけじゃ」

勇者「変化を、望まない……」

狐神「大陸中の揉め事もそこでぶつかっておるのじゃろう?」

狐神「禍根を断って仲良しこよしよりも、今まで通り憎しみ合っていたい連中が立ちはだかって居るんじゃないのかの?」

勇者「うん……でも僕は変わる道を進み続けるつもりだ」

狐神「それで良いんじゃないのかの? 所詮正義なんて自分の中にしか無いのじゃから」

勇者「……うん……」

お祓い師「……さ、て」

お祓い師「お仕事内容の詳細だが……」

辻斬り「船の積荷を狙った盗賊団か」

お祓い師「勇者達が以前訪れたっていう歓楽街が北の海の入口なら、ここは南の入口だ」

お祓い師「内陸……特に帝国に運び込めば値段が跳ね上がるような積荷が多くある」

お祓い師「それを掻っ払えるだけ頂いて内陸にトンズラするつもりだろう」

勇者「じゃあゆっくり探している時間は……」

辻斬り「あまり無いだろうねえ」

猫又「そうと決まれば早速向かったほうが良さそだね」

勇者「うん。商船の船着き場に行こう」






──商船船着き場の倉庫


港湾倉庫の管理係「ああ、積荷泥棒には本当に参っているぜ」


大柄の男は忌々しそうに木箱に肘をついた。


港湾倉庫の管理係「被害はうちだけじゃねえ。とにかく気が付けば荷がどこかへと持ち出されているのさ」

港湾倉庫の管理係「奴らは人外の盗賊団だ」

港湾倉庫の管理係「どこから現れ、どこに消えていくのか想像もつかねえ。奇妙な力を使いこなすかなりの手練達だ」

勇者「実際に目撃された方がいるということですか?」

港湾倉庫の管理係「ああ、俺がその一人さ」

港湾倉庫の管理係「奴らは、魚人族さ。この街にも魚人族はいるが……良い奴らだから、別の集団だろう」

勇者「確かに魚人族なら港湾での行動には有利かもしれないけれど……」

港湾倉庫の管理係「とにかく犯人を早く捕まえてくれよ。このままじゃ仕事になりゃしねえ」

勇者「はい、なるべく早く解決したいと思います」

港湾倉庫の管理係「おう、任せたぜ」






勇者らは倉庫を出て繁華街を歩き出した。

行き交うのは人間だけでなく、様々な種族の面々だ。

亜人などの人外らが正式に国民として登録される……この事への準備そのものは大陸会議後から進められていたのだろう。

ベヒモスの一件後、直ぐに共和国内でも新しい法律が定められたのだ。


勇者「折角世の中が変わり始めたのにね……」

お祓い師「急激な変化は歪みを生む……予想はできた事態だ」

勇者「そうだね……」

勇者「さて、早速街の人に聞き込みを開始しようか」

お祓い師「いーや、その必要はないぜ」

お祓い師「人探しや道案内はこいつの十八番だ」

お祓い師「『導く能力』を持っているんだからな」

お祓い師「どうだ? 積荷を盗んだ犯人は見つかったか?」

狐神「むむむ……それがのう……」

お祓い師「どうした?」

狐神「ピクリとも反応しないのじゃ」

お祓い師「何……?」

勇者「どういう事?」

狐神「あの貨物倉庫から積荷を盗み出したという者の居場所が全く見つからないのじゃ」

猫又「能力の調子が悪いとか?」

狐神「それは無いのう」

狐神「現にこの通りで一番美味な食事処の場所ははっきりと分かる」

お祓い師「オイ」

辻斬り「敵がその手の能力を妨害する手段を持っている可能性は?」

お祓い師「そうだとすればお手上げだな。そんな奴を相手にしたことが無い」

勇者「う~ん、困ったね」


どうしたものかと考え込む勇者の背後に人影が飛び出してきた。

全員が身構えるが、勇者が手でそれを制した。


勇者「大丈夫、知り合いだ」

???「……勇者さん……やっと見つけた」

勇者「初代格闘家さんの……」

???→褐色肌の武闘家「はい、お久しぶりです」

勇者「僕の事を探していたみたいだけど」

褐色肌の武闘家「それが、実は……」

お祓い師「何か事情があるみたいだな」

お祓い師「立ち話も何だし、どこかに入らないか」


取り敢えず狐神が指定した食事処の奥の間を借りて話をする事になった。


お祓い師「それで。このお嬢さんは一体どこのどなたなんだ?」

勇者「僕たちのとの出会いについても交えて少し話そうか」

褐色肌の武闘家「う、うん……」



褐色肌の武闘家は自らについて、そして帝国の山中で勇者らと遭遇した時の一連の出来事を説明し始めた。

自分が初代格闘家と暮らしていた事。

そこに勇者らが訪れた時に、サロスとゼパールの襲撃にあった事。

そして彼らの持つ『愛情を操る力』によって、気持ちを暴走させられた武闘家が勇者を庇って重症を負った事。


お祓い師「初代格闘家が生きている……か」

勇者「思ったよりも驚かないんだね」

お祓い師「ああ……俺も千年越しの伝説をこの目で見てきたばかりだからな」

お祓い師「それも、かなりの身近でな」

狐神「ふ……」

勇者「……?」

猫又「それで。なんでわざわざ帝国の山奥からこんな所まで勇者を追いかけて来たの?」

褐色肌の武闘家「それが、勇者様方と出会ってからお師匠様の様子が変で……」

勇者「えっ……?」

褐色肌の武闘家「一日中何か考え事をしているようで……」

褐色肌の武闘家「そしてついにしばらく家を空けるなんて言い出してしまって」

褐色肌の武闘家「あのお師匠様が長期で家を出るなんてただ事じゃない……そう思って居ても立っても居られず」

勇者「まあ確かに……引きこもりお屋敷で一日中ゴロゴロしている人だったもんね」

褐色肌の武闘家「きっかけと言えば恐らくは勇者様か、あの魔王軍の幹部達……」

褐色肌の武闘家「どちらにせよ、勇者様を追いかければどちらにも近付けるだろうと思って、噂やギルドの情報を頼りにここまで来たの」

褐色肌の武闘家「同行させてとまでは言わない」

褐色肌の武闘家「お師匠様について情報が入れば教えて欲しい」

お祓い師「……なるほどな」

お祓い師「どうするんだ、勇者?」

勇者「うん……何か分かるまでは一緒に行こうか」

猫又「私が言うのも何だけど、同行者が増え過ぎたらまずいんじゃ無かったっけ?」

勇者「一時的にだし……そもそも今は勇者の力がうまく使えている実感が無いし……」

お祓い師「…………」

お祓い師「まあ、良いんじゃねえか」

お祓い師「今の依頼も狐神の力でちゃちゃっと解決するつもりだったんだが、こうなってしまっては人手が多いほうが良いだろう」

褐色肌の武闘家「あ、ありがとう……!」

褐色肌の武闘家「そういう事ならもちろん協力させてもらうよ」

勇者「あと、勇者様はやめてよ。歳も大して違わないんだし」

勇者「僧侶はいくら言っても直してくれないんだけどね……」

褐色肌の武闘家「……分かった。よろしくね、勇者」

勇者「こちらこそ!」


店を出た一行は、勇者と武闘家、辻斬りと猫又、お祓い師と狐神のペアで手分けをして情報を集めようということになった。

決して仲が良いという訳ではない辻斬りと猫又のペアを勇者が心配したが、辻斬りが個人的に猫又に用があると言って結局そのままとなった。

>>765 ありがとうございます。

今日はここまでです。
近い内にこのスレ分は一旦走り切りたいと思っています。

乙乙
ゆっくりでも良いんだぜ?






それから日付は変わっていくものの船が再開する様子は無く、勇者達は荷泥棒の捜索を続けていた。

しかし有力な情報は手に入らず、思った以上に難航する羽目になっていた。

勇者が行く先々で人助けをするものだから尚の事だった。

お祓い師が暗記使いから聞いた話曰く、今までの旅の道中でもその調子だったらしい。

本人はその事についてこう言っていたらしい。

──勇者の紋章システムは僕たちに意図的に大陸中を旅させようとしている。

──この一大事の最中、前線ではなくここに僕たちがいる意味は恐らく……。


褐色肌の武闘家「国も種族も越えて、手を差し伸べられるような存在になるため……か」

勇者「ん? 何か言った?」

褐色肌の武闘家「……いや、何も」

褐色肌の武闘家「あのね、志としてはご立派だと思うんだけど」


武闘家は勇者を見て大きくため息をついた。


褐色肌の武闘家「一応契約を交わして仕事をしている最中なんだから、ちゃんと本命に集中したほうが良いと思うよ」


勇者の両手には荷物が抱えられており、その横を歩く老婆と談笑していた。


勇者「わ、分かっているよ?」

褐色肌の武闘家「確かにその荷物はお婆さんが持って帰るには大変そうだけれど……」

褐色肌の武闘家「次は寄り道無しでお願いね」

勇者「ははは……善処するよ」

港湾街暮らしの老婆「すまないねえ忙しい中」

勇者「ううん、良いんです」

勇者「これが僕たちの仕事なので」

褐色肌の武闘家「はあ……本当に程々にね」

勇者「分かっているって」

港湾街暮らしの老婆「家はここだから、もう大丈夫だよ」


老婆の家だという建物は何らかの店をやっているようで、周りと比べると幾分か豪勢な造りだった。


勇者「中まで運びますよ」

港湾街暮らしの老婆「ありがとうねえ」

港湾街暮らしの老婆「そうだ、お世話になったからねえ。冷たいお茶でも飲んで行きなさい」

勇者「あ、ありがとうございます」

褐色肌の武闘家「勇者……はあ。お言葉に甘えさせてもらいますね」


お店の中には煌びやかな宝石が並んでおり、普段光物にあまり興味がない武闘家でさえも目を奪われてしまった。

お茶と一緒に焼き菓子を振る舞ってもらい、十分に休憩ができた二人は情報集めに戻ることにした。


勇者「あ、お婆さん。この辺りで魚人族を見かけませんでしたか?」

港湾街暮らしの老婆「魚人族かい? それならこの家を出てすぐの道をずっと西の方に進むと彼らが集まっている場所があるねえ」

勇者「魚人族の集会所……!」

港湾街暮らしの老婆「彼もボウヤみたいに荷物持ちをしょっちゅう手伝ってくれたりしてね」

港湾街暮らしの老婆「とても良い人達だよ」

勇者「……その魚人族達が盗みを働いているという話を聞いたことは?」

港湾街暮らしの老婆「盗み? そんな馬鹿なことがあるものですか」

港湾街暮らしの老婆「私もだてに長くは生きていない。彼らがそんなことをしないという事ぐらい分かるさ」

港湾街暮らしの老婆「それに私は彼らとたまに仕事をしていてね。そんな事をしなくても儲かっていることぐらい分かるさ」

褐色肌の武闘家「仕事……?」

勇者「……なるほど分かりました。お茶、美味しかったです」

港湾街暮らしの老婆「はいはい。何やら忙しそうだけれでも気をつけて行きなさい」

褐色肌の武闘家「ありがとうね、お婆さん」


老婆の家を出て、教えてもらった道を進んだ。

港湾街の中心部からは少し外れた地区に目的の建物はあった。

魚人族が集いの場としているという酒場で、一見寂れているが看板などはよく掃除されており、ホコリ一つ見当たらない。


勇者「使われている形跡がある……空き家ではないね」

褐色肌の武闘家「どうする? 忍び込む?」

勇者「うーん……まだ黒と決まったわけじゃないしなあ」


入るか入るまいか、悩む二人の背後に迫る影に気が付いたときには遅かった。

二人は十数もの魚人族に囲まれてしまっていた。


魚人グループのリーダー「おう、人間のお二人さん。こんな所に何の用だ?」

褐色肌の武闘家「しまった……!」

褐色肌の武闘家(囲まれるとは不覚を取った……! この人数相手は骨が折れそうだね……)


慌てる武闘家に対して、勇者はいつも通りの冷静さだった。


勇者「この酒場はまだ開店前なの?」

褐色肌の武闘家「ゆ、勇者!? 何を呑気に……!」

太った魚人「これから準備って所だが、席についていてもらっても構わないよ」

勇者「それではそうさせてもらうかな」

褐色肌の武闘家「えっ? えっ!?」


武闘家の心配とは裏腹に二人は快く受け入れられた。


太った魚人「酒にするかい?」

勇者「いや、ちょっと探し物の最中だから遠慮させてもらうよ。酒場に来たのに申し訳ないんだけど……」

太った魚人「それらな最近手に入った珍しいお茶を淹れよう」

勇者「ありがとうございます」

褐色肌の武闘家「待って待って! 待ってってば!!」

魚人グループのリーダー「ん、どうした嬢ちゃん」

褐色肌の武闘家「えっ、いや、その……」

勇者「大丈夫だよ。お婆さんの言う事を全て鵜呑みにするわけじゃないけれど、そこまで警戒しなくても平気」

勇者「このご時世にこんな人が集まる街で問題を起こすのはリスクが高いし」

勇者「この酒場も住宅街の真ん中だけど、周囲の人から避けられている様子もない……」

褐色肌の武闘家「それはそうだけど……」

魚人グループのリーダー「何の話だ?」

勇者「すいません。中で詳しく話します」


そうして二人は席に着くと、魚人らに港湾倉庫で多発している窃盗事件について説明した。


魚人グループのリーダー「なるほど……それで犯人として自分たちが疑われていると」

勇者「まあ確かに、荷を運び出すのは警備が厳重な丘よりも海の方が幾分かは楽そうですけれども……」

魚人グループのリーダー「その容疑者たちの本拠地の真ん中でお茶を飲むとは肝が太いのかそれとも」

褐色肌の武闘家「おそらく後者の方だと思います……」

太った魚人「ほうら砂糖菓子だ。今日のお茶に良く合うはずだ」

褐色肌の武闘家「……もうなるようになれ」


武闘家は菓子を口に放り込んで咀嚼した。

それが想像以上に美味だったためか、次々と口へと運んで行った。

勇者も一つ食べると、魚人らにある書類を見せた。


勇者「今日の晩、貨物船が南部諸島連合国から来るらしいんですけれども、その積み荷は宝石、貴金属、鉱石類のようで」

勇者「盗むにはもってこいの品です」

魚人グループのリーダー「……その窃盗団とやらが来るとすれば今日という事か」

魚人グループのリーダー「その容疑者たちの本拠地の真ん中でお茶を飲むとは肝が太いのかそれとも」

褐色肌の武闘家「おそらく後者の方だと思います……」

太った魚人「ほうら砂糖菓子だ。今日のお茶に良く合うはずだ」

褐色肌の武闘家「……もうなるようになれ」


武闘家は菓子を口に放り込んで咀嚼した。

それが想像以上に美味だったためか、次々と口へと運んで行った。

勇者も一つ食べると、魚人らにある書類を見せた。


勇者「今日の晩、貨物船が南部諸島連合国から来るらしいんですけれども、その積み荷は宝石、貴金属、鉱石類のようで」

勇者「盗むにはもってこいの品です」

魚人グループのリーダー「……その窃盗団とやらが来るとすれば今日という事か」

魚人グループのリーダー「警邏側にも魚人やらがいるらしいからな」

勇者「それは……難しそうですね」

魚人グループのリーダー「とにかく今の港の中で自由に泳ぎ回る事は出来ない」

魚人グループのリーダー「正面から倉庫に忍び込めるような特技を持った奴は俺のグループにはいない」

褐色肌の武闘家「それならどうして荷は消えてしまったと……」

魚人グループのリーダー「さあな、見当もつかない」

太った魚人「俺たちが出来るとすれば港の外での強奪ぐらいか……」

魚人グループのリーダー「そうだな。だが荷は倉庫の中で消えているらしい」

勇者「港の、外か……」

勇者「もし積み荷が港の外で消えていたとしたら」

褐色肌の武闘家「でもそれだと管理係の人の証言と食い違うんじゃ……」

勇者「確かに……ううん、何か引っかかるな……」

勇者「……もし、そうだとすれば」

魚人グループのリーダー「何か気が付いたのか」

勇者「いや、可能性の一つってだけですよ」

勇者「一つお伺いしたいんですけども、良いですか」

魚人グループのリーダー「何だ」

勇者「実は先程、向こうの通りで商いをされているお婆さんと話しまして」

太った魚人「ああ、だからこの場所が分かったのか」

勇者「そうなんです。それで、あのお婆さん曰く、貴方がたとは仕事の付き合いのようですが」

勇者「一体どんなお仕事をされているんですか?」

魚人グループのリーダー「本業はここの経営だったり、運送業だったりとみんな様々だ」

魚人グループのリーダー「ただ、たまに実入りの良い仕事が必要になった時に、あの婆さんにお世話になるのさ」

褐色肌の武闘家「ご、合法な仕事ですよね?」

魚人グループのリーダー「当然だ」

魚人グループのリーダー「この辺りの海底で、とある石が採れるのを知っているか」

勇者「宝石類ですか?」

魚人グループのリーダー「いや、そういった価値はあまり無い」

魚人グループのリーダー「魔石だ。術師がその威力を増強するのによく用いるあれだ」

勇者「魔石が海底で?」

魚人グループのリーダー「ああ。地下資源に乏しい共和国だが、大砂漠や海底では魔石がそれなりに採れる」

魚人グループのリーダー「以前は需要が限られていたから売れたものでは無かったが、近年はその用途が広がったらしくてな」

魚人グループのリーダー「あの婆さんはその販売ルートを持っている。俺たちは手付かずの海底の石を手に入れる」

魚人グループのリーダー「そういう利害関係さ」

勇者「あのお婆さん、宝石商ですもんね」

褐色肌の武闘家「しかしそんなに儲かるならそちらを本業にしないんですか?」

太った魚人「はっはっは、それは流石に精神が持たないぜ」

太った魚人「高値で売れるような質の良い魔石は死の海の際にあるんだ」

勇者「死の海……」


共和国は広い国土に対して資源に乏しい国だ。

国の中央に大きく広がる砂漠は作物を実らせず。

死の海と呼ばれる南洋は魚の影も無い

大砂漠と死の海はとある一点を中心に広がっており、そこに近づく者には死が訪れるという。


太った魚人「文字通り命がけで潜っているからな。滅多なことじゃ行かないさ」

魚人グループのリーダー「まあこの間潜ったばかりだがな」

勇者「そうなんですか?」

太った魚人「酒場の二号店を出そうと思っていてね。その資金調達というわけだ」

太った魚人「その準備でここしばらくはここも閉めていたんだけれど、明日には再開できそうだ」

勇者「では今まさに忙しい盛りでしたか?」

魚人グループのリーダー「気にするな。どうやらそれどころじゃない状況のようだからな」

魚人グループのリーダー「他に聞いておきたい事はあるか? 力になれる事はなろう」

勇者「ううん……そうだなあ……」

勇者「お店で扱う食材や資材はどこから仕入れていますか?」

魚人グループのリーダー「うん? まさに今盗難被害にあっているあの倉庫を持っている商会だが……」

勇者「……前回の仕入れはいつですか?」

太った魚人「まさに今日、仕入れて来るところだけど……」

勇者「…………」

褐色肌の武闘家「勇者?」

勇者「……うん」

勇者「僕たちも今日はあの倉庫に行くので、仕入れの時もご一緒させてもらっていいですか?」

魚人グループのリーダー「それは構わないが、一体……」

勇者「実はですね……」






──一方辻斬りと猫又ら


辻斬り「猫又は今何本の妖刀を持っているんだい?」

猫又「……手の内は明かさない」

辻斬り「別に敵対している訳じゃないんだからさ……」

辻斬り「はい、そろそろこれ返すね」


辻斬りは腰に差していた刀を猫又に手渡した。

猫又が受け取ったそれは、徐々に泡のように消えてなくなってしまった。


辻斬り「ふー、しんどかった」

猫又「いい加減慣れなよね」

辻斬り「そうは言ってもねえ……」


辻斬りは妖刀への耐性を向上させるため、そしてトラウマを払しょくしていくためにも普段から腰に差すようにしている。

そして限界が来たところで猫又に預けて、という事を繰り返している。


辻斬り「しかし相変わらず便利な力だね。持てる数には限界は無いのかい」

猫又「私はこの姿になれるようになってから、ご主人様の妖刀を回収するのに必要な力が色々と備わった訳だから……」

猫又「そもそもご主人様の刀以外は持てないから、実質打たれた本数以上は無理なんじゃない」

猫又「あの暗器使いって人間の完全下位互換の力だね」

辻斬り「でも刀回収のために便利な能力が他にも備わっている訳でしょ? 猫又本来の力も残っているみたいだし」

辻斬り「そこまで複数の力が扱えるのは珍しいね」

猫又「大して役に立つようなものでもないけどね」

辻斬り「……一つ提案があるんだけど、良いかな」

猫又「何?」

辻斬り「お祓い師も交えて話したいから、彼らを探そうか」

猫又「……?」


辻斬りらは二人を探すために露店が密集している繁華街へと足を延ばした。

予想通り食べ歩きに精を出す狐神と、その横で財布の中を見て溜息をつくお祓い師の姿を発見した。

二人を捕まえて茶屋へと入ると、辻斬りはとある提案をした。

一同は驚き、特に猫又は心底嫌そうな顔をしたのだった。


お祓い師「しかし驚いたな。お前からあんな提案をされるとは」

辻斬り「これからは今まで以上の強敵と出会う事も増えるかもしれない。ベヒモスもその予兆だ」

辻斬り「出来る事はやっておきたいじゃないか」

お祓い師「まあ、な」

お祓い師「だが俺は“処置”をしただけだ。“発動”はしていない」

辻斬り「分かっているよ」

狐神「まあこればかりは急いでもどうにかなるものではあるまい」

狐神「気長に頑張るのじゃな」

猫又「ふう……まあ期待はしないで」

お祓い師「……さて、そろそろ行くとするか」

辻斬り「おや? 何か用事が?」

お祓い師「勇者に呼ばれてんだよ。この後全員で来てくれってな」

辻斬り「……と、言うと」

お祓い師「ああ、詳しくは聞いていないがある程度の目星はついたって事だろうな」

本日はここまでです。

>>785
スレが落ちない程度に頑張ります……。

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