阿良々木「忍野が怪談を解決して行く?」 (117)

※ちょっぴりホラーです

忍野「あぁ、と言うか解決するのは二の次で、本当の所は蒐集がメインなんだけれどね」

阿良々木「うーん、そう言われてもな。知っての通り、僕は交友関係が広い方じゃないから、そういう都市伝説みたいな話を耳にする事自体少ないんだよな」

忍野「まぁまぁ、そう難しく考えなくても、阿良々木君が昔体験した不思議話でも良いんだ。語るのは得意だろう?何か試しに語ってみてくれよ」

阿良々木「……まぁ、そう言うなら。まだ上の妹が小学生の頃の話なんだけれど」

阿良々木「当時はまだ、妹の道場通いに親がついて行ってたんだ。ただ、その日は仕事か何かで行けないから、代わりに僕が送迎係だった____」

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火憐「なぁなぁ、兄ちゃん!多分そろそろ私、兄ちゃんと喧嘩しても勝てると思うんだ!」

阿良々木「そう言うことは身長で勝ってから言え」

火憐「え?何言ってんだ?もう私のが高いだろ?」

阿良々木「そんな訳あるか!僕はもう中学生だぞ!小学生の妹なんかに…」

火憐「ほれ」

阿良々木「目線が…僅かに上にあるッ!?」

火憐「や~い、兄ちゃんのチービ!」

阿良々木「くっ…そんな馬鹿な…!いや、だがまだだ!女子は男子より成長期が早いだけだ!」

火憐「うーん、でも私、将来的には180くらいまで伸びそうな気がするなー」

阿良々木「それは、それだけはないと断言しておこう。両親でさえ180はいっていないんだ」

火憐「いやぁ、でもさ、もうなんてーの?頭の中ではっきりイメージできるんだよねー。20㎝以上低い兄ちゃんを見下ろす将来が」

阿良々木「何故僕の将来が170未満という前提なんだ!」

忍野「ちょっとストップ」

阿良々木「うん?なんだ、まだ不思議な所は出てきてないと思うけれど」

忍野「うん、そうだね。不思議なくらい不思議までが遠いよ。この流れは今回の怪談に繋がるのかな?」

阿良々木「いや、この強さ談義があったせいで、僕たちはこの後、肝試しで肝っ玉の強さを比べようと言う話になるんだ」

忍野「強さ談義と言うか、阿良々木君の身長コンプレックスの発端を垣間見ただけの気がするけど…まぁいいや、続けてよ」

阿良々木「まぁ、当然その後の肝試しで不思議に出会うんだ」

火憐「おぉ!ちょうどいい所に市民の森だぜ!」

阿良々木「ちょうどいいって、何にちょうどいいんだ?」

火憐「黄昏時の、薄暗い森なんて、やる事は一つしかないだろ?」

阿良々木「妙にワクワクしてる所悪いが、僕は嫌な予感しかしないぞ」

火憐「それに、肝試しには持ってこいの噂もあるし!」

阿良々木「…噂?」

火憐「この森に1人で入ると、烏に連れ去られるとか、異世界に飛んで帰って来られないとか…」

阿良々木「ふーん、じゃあ、行ってらしゃい」

火憐「えぇ!?兄ちゃんは行かねーのかよ?」

阿良々木「いや、だってその噂が本当なら、2人で入ったって意味ないじゃん」

火憐「はっ!そ、そうか!解ったぜ兄ちゃん!不肖、この阿良々木火憐がこの森の安全性を確認するまで待っていてくれ!」

阿良々木「…安全確認されちゃったら、僕の肝試しにならないけどな」

阿良々木「結局、その後1人ずつ入って無事に出てきたんだ」

忍野「うん?それはつまり、その森の噂が怪談だったって事で良いのかな?阿良々木君の語りにしちゃあ、随分とオチの弱い話だね」

阿良々木「そもそも僕は漫談家じゃないからな。と言うか、そうじゃなくて。この話には続きがあるんだよ」

忍野「肝試しでは何も起こらなかったのに?」

阿良々木「いや、確かに無事に出て来る事は出来たけど、何も起きなかった訳じゃ無いんだ」

阿良々木「出てきた後、『何だよこの森!本気で怖いじゃん!倒れた地蔵とかあるし!』って火憐ちゃんに文句を言ったんだ」

忍野「火憐ちゃん…あぁ、大きい方の妹さんか」

阿良々木「……そしたらその大きい方の妹が『何言ってるんだ、兄ちゃん?地蔵なんて何処にもなかったぞ』と僕を見下ろしながら、物理的にも精神的にも見下ろしながら言ったんだ」

忍野「倒れた地蔵ねぇ…それは何とも怪談向きの話だね」

阿良々木「あぁ、ただ、決して一本道だった訳じゃないから、途中で違う道を通ったんだろう、と言うことでその時は納得したんだよ」

忍野「それで無くとも、夕暮れ時の薄暗い森の中なんて、見落としや見間違いの可能性はあるしね」

阿良々木「でも、問題はここからなんだ。当時、既にファイヤーシスターズの前身的な活動をしていた妹達が、その地蔵の目撃情報が多数ある事を教えてくれたんだ」

忍野「それは、全員が目撃しているのかい?」

阿良々木「いや、ほとんど半々だって言ってたっけな。兎に角、見た人と見ていない人とが居たんだよ」

忍野「まぁ、半々だと言うなら、阿良々木君がさっき言ったように、ルートの違いなのかもね」

阿良々木「そう思って、僕も後日見に行って見たんだ。色々あったから、数ヶ月経っちゃってたけど。全部のルートを虱潰しに」

忍野「それで、地蔵は見つかったのかい?」

阿良々木「いや、無かったんだ。それ以降、時折妹達の情報網を使って調べてもらっても、目撃情報はなかった」

忍野「はっはー。中々に興味深い話だったけれど、恐らく今回のケースに超常的な事は絡んでいないね。ま、話を聞いただけじゃ断定までは出来ないけど」

阿良々木「超常的な事は絡んでいない?全部物理現象としてあり得るって事か?」

忍野「勿論、全部がそうかは判らない。ただ、神出鬼没の地蔵については、そうだね。ほぼ100%間違いないと思うよ」

阿良々木「?地蔵以外に不思議な話があったか?」

忍野「何だい、阿良々木君。自分が語った内容も忘れてしまったのかな」

阿良々木「おい忍野、勿体ぶらずに教えてくれよ」

忍野「じゃあそうだね、まず地蔵の話をしよう。そこら辺にゴロゴロしているお地蔵様、どうして作られるんだろうね?」

阿良々木「え?そりゃ…それぞれ何かしらの由来なり霊験なりあるんじゃないのか?」

忍野「その通りだ。お地蔵様って一括りに言っても、様々な役割がある。珍しいモノだと、子宝地蔵なんてものもあるらしいよ。幼い頃、何も解らずに拝んでたもんだ」

阿良々木「どうでもいいけど、それが今回の話と関係あるのか?」

忍野「さっきの意趣返しかい?元気が良いねぇ、何か____」

阿良々木「それはもう聞き飽きた」

忍野「君は語るのは好きだけど傾聴するのは好きじゃないみたいだね。そんなんじゃ、大人になったら苦労するよ?」

阿良々木「それはお前の喋り方が回りくどいだけだ!」

忍野「ま、いいや。それで、地蔵の話だけど、古くからあるものは、その場所の伝承を反映していたり、霊的に重要な場所を守ってたり、ってのもある」

忍野「けれど、新しく作られる場合、それは殆どが同じ理由なんだ」

阿良々木「新しく作られる場合…?」

忍野「事故の多発地域に置かれたりする。勿論、人々の恐怖を煽って速度を落とさせるとか、そう言った狙いもあるだろうけど」

忍野「どうなんだろうね、事故で身内を無くしたご遺族なんかは、どんな気持ちでそれを拝むのかな」

阿良々木「…供養の意味もあるのか」

忍野「そして、今回のケース。さして深い森でもないし、聞いている限りでは車が出入りするような場所ではないんだろう?」

阿良々木「あぁ、市民の森って言うくらいだから、公園施設も兼ねてるんだ。だから、バイクでさえ入れないよ」

忍野「となると、事故が多発する場所とは考えにくい。つまり、役所や警察が、防止策として置いた地蔵ではなかった訳だ」

阿良々木「じゃあ、あれは…」

忍野「うん、ここまで言えば大体解るかな。遺族が置いた、供養のための地蔵だったんだろう」

阿良々木「でも待てよ忍野、見えたり見えなかったりするのは、怪異現象じゃないんだろ?」

忍野「それについては、阿良々木君の予想通り、ルートの違いだろう」

阿良々木「じゃあ、唐突に消えた理由は?」

忍野「それは本当にその場からなくなったんだよ。勿論、地蔵が勝手にいなくなった訳じゃない。公的に、排除されたんだ」

阿良々木「…倒れていたから?」

忍野「この場合、それは関係ないだろうね。いや、あるのかな。倒れていたから誰かが役場に連絡したのかも知れない」

忍野「兎に角、阿良々木君が地蔵を目撃した前後で、役場は地蔵の存在を知ったんだろう。公的な場に、私的に作られた地蔵を」

阿良々木「それで…役所が撤去したって事か?」

忍野「勿論、急にでは無かったはずだよ。阿良々木君がもう1ヶ月早く確認に行っていれば、撤去通知が貼られた地蔵に出会ったかもね」

阿良々木「成る程…。ん?ちょっと待てよ?確か最初に、全部が怪異と関係ないかどうか判らないって言ってなかったか?今の話だと、怪異の絡みようがない気がするんだけれど」

忍野「おいおい、君はちゃんと話を聴いていたのかい?聞くだけじゃ聴いた事にはならないんだぜ」

阿良々木「でも全部人為的な事で説明がついたような…」

忍野「最初の噂と、そこにあった地蔵。これらから考えられる事はなんだと思う?」

阿良々木「最初の噂?」

忍野「全く、君は解説者泣かせだねぇ。勿論いい意味でだけど。これだけ鈍いと解説のし甲斐があって嬉し泣きしそうだよ」

忍野「そもそも阿良々木君が、その場所で肝試しをしようとしたのは何故だい」

阿良々木「あっ…」

忍野「『1人で入ると二度と出られない』と言う曰く付きの森だったんだろう?」

阿良々木「つまり、現実に行方不明者が出ているって事か?」

忍野「どうだろうね。地蔵を建てられている所を見ると、亡くなっていたのかもしれない」

阿良々木「…怪異じゃないと良いな。人を死に追いやる様なレベルの怪異が、まだ居るなんて考えたくもない」

忍野「本当にそう思うかい?僕としては、まだ怪談であった方が救いがあると思うけどね」

阿良々木「人が死んでるかもしれないって言うのに?」

忍野「人が死んでいるかもしれないから、さ。考えても見なよ。怪異が絡まず、事故の起きない森で、人が死んでいた理由ってやつをさ」

阿良々木「自殺…か。確かにそれは、浮かばれないな」

忍野「はっはー!本当に君ってやつはお人好しだね。もう一つ、可能性があるだろう?」

阿良々木「それは____本当に考えたくないな」

おしまい
題材と時間を頂ければ、も少し忍野くんに解決してもらいたいなぁと思っておりますが

忍野「さて、どうかな。一つ語った事で何か別の話を思い出したりとかはないかい」

阿良々木「うーん。無くはないんだけれど、これはさっきの話と比べると随分おとなしいと言うか、インパクトに欠ける話なんだが…」

忍野「何でも聴かせてくれよ。僕と阿良々木君の仲だ、話が詰まらなかったくらいで文句は言わないさ」

阿良々木「随分始めの方に文句言ってた気がするけどな…」

忍野「あれ?そうだったかな」

阿良々木「まぁいいや。これも、火憐ちゃんの道場に着いて行った時の事なんだけど」

忍野「同じ日に二回も不思議体験をしたのかい?何だか、ここ数年の君の不思議体験を彷彿とさせるね」

阿良々木「いや、同じ日に、って訳じゃないんだ。僕の両親も職業柄多忙でさ、僕が送迎係を引き受ける事は少なくなかったんだよ」

忍野「成る程。まぁそれにしたっておかしな話だけどね。普通の人間は、一生に一度怪異に行き遭えば多い方なんだから」

阿良々木「それはまぁ、反省しているよ。手当たり次第って感じだったから。ただまぁ、今回の場合は、怪異とは違う気もするんだ」

忍野「怪しくない怪談、と言うのも変な話だね」

阿良々木「いや、怪しくはあるんだよ。普通に怪しい怪談だ。火憐ちゃんの所の道場ではないんだけど、近くに武道館があるんだ。三階建くらいの、結構デカイのが」

忍野「寧ろ武道館があるのに別個に道場を持ってるという、妹さんの通う所の方が凄い気がするけどね」

阿良々木「その武道館の周囲と言うのが、また肝試しスポットになっていて」

忍野「この街の人達はよっぽど肝試しが好きなんだね。普通、一つの街に一つもあれば充分だろうに」

阿良々木「その内容と言うのが、武道館の外周を夜中に一周するとお化けに会う、なんてありふれたものだったんだ」

忍野「確かに、小学生でも思いつきそうなありふれた話だ」

阿良々木「それまでにも、何度も妹たちにせがまれて行ったことはあったんだ。ただ、その日はいつも右回りで行くところを、左回りで行ってみようと言う事になったんだ」

忍野「なんでいつもは右回りだったんだい?」

阿良々木「何で…?あぁ、確か左回りの方は柵があったんだよ。別段高いものじゃないから、乗り越えられなくはなかったけど」

忍野「本当にそれだけかな。例えば、噂の中で右回りじゃないといけない、みたいな事は言及されてなかった?」

阿良々木「どうだろうな…。何分昔の事だから、正確には覚えていない」

阿良々木「兎に角、柵を越えて左回りルートで進んで行ったんだ。すると、半分くらい行った頃かな、誰かが座り込んで居たんだ」

忍野「それは女性かな、それとも男性?」

阿良々木「多分女性だったと思う。髪が長かったし」

忍野「おいおい、今の君がそれを言うかい」

阿良々木「体調を崩しているのかと思って、近寄ったんだ。そして『大丈夫ですか』と肩を揺すってみた」

忍野「君はそう言う所、昔からそのままだったんだね」

阿良々木「その人は何も答えず、ゆっくりと立ち上がったんだ。思わず後ずさった僕を目で捉えると、走って追いかけてきた」

忍野「はっはー!何ともB級のスプラッター映画にありそうな展開だね」

阿良々木「笑っているけどな、忍野。当時は本気で怖かったんだからな」

阿良々木「それで、そのまま全速力で武道館の正面まで戻ると、その人は着いてこなかった。引き返してみても、居なかったんだ」

忍野「待ってくれ阿良々木君。引き返した?そんな怖い思いをしたのに君は引き返したのかい?」

阿良々木「…実は肝試しに参加したのは、僕達兄妹だけじゃなかったんだ。その武道館で武道を習っていた子達も何人か一緒だった」

阿良々木「でも正面に戻ってきた時、その内の1人が居なかったんだ」

忍野「…神隠しにでもあった、と?」

阿良々木「いや、幸いにもその子は途中で転んだだけだったよ。地面に顔から突っ伏してたから、追跡者のその後も解らないってさ」

忍野「阿良々木君、君は先程から意識的にか無意識にか、その追跡者の正体が幽霊でないと断定しているね」

忍野「何か知っているのかな」

阿良々木「…見たことのある顔だった、気がしたんだ」

忍野「ま、男か女かも断定できない状態で、知り合いの顔を被せてしまうと言うのはない話でもない。ましてや、怪異なんてものは、どう観測されるか、によって変質したりもする」

阿良々木「つまり、アレは本当に幽霊だったって言うのか?」

忍野「そうだね、少なくとも今の話からすると、人間ではないと思うよ」

阿良々木「確かに急に消えたのは不思議だったけど、何も周りに隠れる場所がなかった訳でもないし、そもそもそんな驚かすだけの怪異なんて…」

忍野「驚かすだけの怪異なんて、それこそ腐る程居るさ。寧ろそっちの方が多いくらいだ。君が今まで出会ってきた、人に害をなす怪異の方が希少なんだよ」

忍野「順番に考えていこうか。まず、何故その肝試しコースが右回りだったのか」

阿良々木「それはさっきも言っただろ。柵があったから…」

忍野「それは順序が逆なのさ。柵があったから右回りコースしかないんじゃなくて、左回りコースを封じるための柵なんだ」

阿良々木「それは同じ事じゃないのか?」

忍野「全然違うね。かつては左回りもあったんだよ、恐らくは。と言うか、元々左回りが肝試しには使われていたんじゃないかと思うよ」

忍野「こんな話を知っているかな。背後に何かの気配を感じた時、左から振り向いてはいけない」

阿良々木「あぁ、聞いたことがある。確か左から振り返ると見えるんだっけか、幽霊が」

忍野「そう、その通りだ。そして、左に振り向く時と言うのは、人間は左右どちらに回るかな」

阿良々木「左に振り返るんだから、そりゃ左回りに…」

忍野「そう、左回り。お化けがでると噂のスポットで、見えやすい向きに回ったんだ。そりゃ出るよ」

忍野「ただ、今回のケースは、そこまで深刻なものじゃないよ。阿良々木君が知り合いの顔を見てしまったように、恐らく全員が違うものを見ているはずだ」

忍野「それは即ち、そこで亡くなった人の霊とかではないと言う事だ。自身の無念を伝えたいなら、自分の見た目を変えちゃあ意味がないからね」

阿良々木「じゃあ、あの柵は…」

忍野「あぁ、あれは別に専門家の仕事とかそう言うことではないと思うよ。余りにも左回りでの目撃翌例が、目撃翌霊が多いから封鎖したってだけだろうね」

阿良々木「じゃあなんで右はそのままだったんだ?」

忍野「塞ぐ必要がないからさ。右回りじゃ見えないから。それと、両方塞いじゃったら、肝試しに来た人達はどちらかの柵を越えて行くだろうからね。敢えて空けていたと言うのもあるんだろう」

阿良々木「じゃあこの怪異については…」

忍野「うん、特に何もしないよ。何度でも言うけれど、怪異だからって何でもかんでも退治すればいいってものじゃないんだ」

忍野「その理論で行くと、僕は君や忍ちゃんでさえ退治しなければいけなくなるからね」

おしまい
ありふれた怪談でもいいので
何か思いついたらネタをください
それまでは、思いつく限り書いていきます

阿良々木「あ、こんなのもあったな」

忍野「お、どんなのかな?」

阿良々木「ちょっと時間は進むんだけれど、大学で一人暮らしをしているやつの話なんだが…」

忍野「阿良々木君大学生編か」

阿良々木「僕の話じゃない。そいつが住んでいるアパートは、どうも壁が薄いらしく夜中に歌っているとよく壁ドンや天ドンをされていたらしい」

忍野「一人暮らしで夜中に歌っているって…隣人からしたらそっちのがよっぽどホラーな気はするけどね」

阿良々木「あぁ、まぁ本人も気を付けてはいたらしいけれど、どうも気付くと歌っちゃう癖があったんだと」

忍野「なんだい、歌姫の幽霊にでも取り憑かれたって話かな」

阿良々木「それは単にそいつの性質であって、不思議でもなんでもない!」

忍野「いやいや、歌が苦手な僕にとっちゃ充分不思議だけれどね。それで?」

阿良々木「まぁここまでならよくありがちな話なんだが、ある日、ふと友人に言われたらしい」

阿良々木「『この部屋、夏は涼しくて良いけれど、冬は外よりも寒いよな』って」

忍野「それはどちらも、『外気温より室温の方が低い』と取れるね」

阿良々木「そうなんだ。それで、ちょっと気になっちゃったらしく、あるお呪いを試みたんだ」

忍野「僕からすれば、安易にそう言うことをしない方が良いと思うけれど。それで、どんなお呪いだったのかな」

阿良々木「玄関を想像して、イメージの中で入口から順番に見て回る、というものだったらしいんだけど」

忍野「あぁ、途中で何か見えた場合、そこには実際に何かが居る、ってヤツだね。ただこのお呪い自体は、成功率はそこまで高くない筈だ。それに、殆どの場合何もいないから、成功したのかどうかも判別できない」

阿良々木「あぁ、そいつも、何かが見えた訳じゃないらしい」

忍野「奇妙な言い方をするね、何も見えなかった、じゃなく何かが見えたわけじゃない、なんて」

阿良々木「そこなんだ。見えたわけじゃない。寧ろ見えなきゃいけないものが見えなかった。浴室だけは、どれだけ想像力を働かせても、真っ黒に塗りつぶされていたんだ」

忍野「浴室…そりゃまた怪談には持ってこいだね」

阿良々木「まぁ、それでも何かの間違いだと思って忘れようとしたらしいけれど。家賃も安くてそこそこ広かったから」

忍野「因みに、どれくらいの部屋だったのかな」

阿良々木「八畳一間、キッチンありでセパレートタイプ。これで家賃は3万を切っていたらしい」

忍野「ははーん、成る程ね。いくら地方都市とは言え、いやど田舎だったとしても、その安さは中々無いだろうね」

阿良々木「ホームレスに家賃相場を説かれても釈然としないな…」

忍野「失礼だね、君も。僕だって中退したとは言え、大学生だった頃があるんだよ」

阿良々木「想像できないなぁ」

忍野「ま、今と余り変わらない生活だったけれどね」

阿良々木「やっぱホームレスかよ!」

忍野「いやいや、住所不定じゃ色々面倒な所もあったからね。書類上の家はあったよ。ただ帰っていなかっただけで」

阿良々木「…話を戻すけど、そんな物件だったから手放すのは惜しいと考えたんだ」

阿良々木「何事もなく、時折叩かれる壁や天井に耐えながら一年が過ぎた。珍しく大家さんが管理人室に居たので、挨拶をしに行ったんだ」

忍野「何だか段々他人の話をしてる風じゃなくなってきたね」

阿良々木「いちいちらしいとか付けるのが鬱陶しくなっただけだ。僕の場合、怪異絡みだったらすぐに忍が気付くさ」

阿良々木「それで、大家さんは何故か上機嫌だったらしい」

忍野「さっそくらしいって付いてるけどね」

阿良々木「…」

忍野「ごめんごめん、悪かったよ。続けてくれ」

阿良々木「『どうかしたんですか』と訊ねると、『いやぁ、入居者が増えてね。ずっと空き部屋だったんだけど、君の隣。もう挨拶はした?』とにこやかに笑っていたんだと」

忍野「うん、別に今の所不思議はないね」

阿良々木「更に二階についても言及したらしい。二階はまだリフォームしてないからここ10年くらい誰も住んでいない、と言うことらしい」

忍野「因みに、その子の部屋は何処だったんだい?」

阿良々木「一階の角部屋だよ」

忍野「いやぁ、これはこれは。マジモンの怪談話だね」

阿良々木「一応、その後気になって事故物件じゃないかとか調べたらしいんだけれど、何も出てこなかったらしい」

忍野「阿良々木君、その子はまだその部屋に住んでいるのかな。だとしたら早々に出て行く事をおススメするよ」

忍野「事故物件って言うのはね、確かに次の入居者に伝える義務があるけれど、あくまでも次の入居者に、なんだ。だから、一度誰かが入居した後は、事故物件として表示はされない」

阿良々木「でも、逆に言えば誰かが住んで問題なかったという証明にもなるんじゃないのか」

忍野「どうだろうね。例えば、転勤や卒業などで引っ越した場合は、確かに何事もなかったと言えるだろうけど、何かが起きたから引っ越した、と言うケースもあるんじゃないかな」

阿良々木「でも、そんな部屋なら誰も住みたがらないんじゃ…」

忍野「その通りだ。誰だって、この僕だって進んで住みたいとは思わない。けれど、持ち主はそれでは困るんだよ。空き部屋にも維持費はかかるからね」

忍野「だから、事故物件として掲示する義務がなくなっても、家賃は事故物件の時のまま、なんてのは良くあるんだ」

忍野「空き部屋にしておくよりは、最低限維持費だけでも払ってもらった方が損は少ないから」

阿良々木「それじゃあ、あの部屋は元事故物件だったという事になるのか?」

忍野「まぁ、そうだね。お呪いで風呂場が塗り潰されていたなら、そこで手首を切ったか、首を吊りでもしたのかもね。兎に角、理由もなく安い物件には気を付けないと」

忍野「いやでも、阿良々木君の場合なら、忍ちゃんの食事になっちゃうのかな。羨ましいとは思わないけれど。霊障を除いたって、人の亡くなった場所で生活なんて真っ平だしね」

阿良々木「もし、それでももし、安いからってだけで住み続けたら、アイツはどうなるんだ?」

忍野「うん?簡単な事さ。同じ末路を辿るだけだよ」

おしまい

阿良々木「今度は僕の体験談を思い出したよ」

忍野「へぇ、それは興味深いですね。是非聞かせてくださいよ」

阿良々木「まぁ、そうは言っても物心つく前の話だから、正確には両親から聞いた話を思い出した、と言うことになるんだけれど」

忍野「勿体ぶりますねぇ。いつから貴方は読者を意識して語る程、語り部に慣れてしまったんですか」

阿良々木「いつからかと言えば最初からだよ!って言うか、扇ちゃんこそいつからここに…」

忍野「嫌だなぁ、阿良々木先輩。最初からですよ。ここには初めから『忍野』と『阿良々木』の2人しか登場してないじゃないですか」

阿良々木「あれ、そうだっけ…?忍野は忍野でも中年のおっさんと話していた様な…」

忍野「誰ですかそれ、そんな人心当たりがありませんねぇ」

阿良々木「曲がりなりにも君の叔父さんだろ……」

忍野「良いから早く聞かせてくださいよ、その怪談」

阿良々木「……まぁ良いか。それで、僕がまだ物心つく前、まだ一人っ子だった頃の話なんだけれど、当時から僕は友達が居なかったらしい」

忍野「それはそれは。2歳児の分際で『友達は要らない。友達を作ると、人間強度が下がるから』とか仰ってたんですか?」

阿良々木「流石にそんなことは言っていない!…あれ?正確な年齢まで言ったっけ?」

忍野「どうしたんですか、阿良々木先輩?今日は何時になく記憶が曖昧なんですね。先程仰ってましたよ?」

阿良々木「そうか…いや、まぁ続けよう」

阿良々木「でもまぁ、2歳児の交友関係なんて、保育園にでも行っていない限り、殆ど親の交友関係に影響されるもんだから、その時の僕の交友関係の狭さで僕を責められても困る」

忍野「珍しいですね、阿良々木先輩が責任転嫁なんて。いつもなら背負う必要のないものまで背負おうとして、潰れちゃうのが貴方らしいのに」

阿良々木「そこまでのお人好しでは、断じてない」

忍野「本当にそうですかね?貴方はかつて、裸を見た女性を片っ端から娶って行かねば!という闘志に燃えていたではありませんか。具体的には高校3年の夏くらいに」

阿良々木「昔の僕ってそんなにとんでもないキャラだったか!?」

忍野「覚えてないと仰るんですか?私のあられもない姿まで見ておきながら。耳元であんなに甘い言葉を囁いてくれたのに?」

阿良々木「いや、それはない。そもそも夏にはまだ君は居なかったし、僕は扇ちゃんの素肌なんて顔面以外見たことがない」

忍野「いやぁ、残念。ここで言いくるめられてくれたら、晴れて私も阿良々木ハーレムの仲間入りだったのになぁ」

阿良々木「そもそもそんなものを結成した覚えはない」

阿良々木「んで、続きだけど、そんな友達の居ない僕は、大抵庭で遊ぶか、居間で読書して居たらしい」

忍野「おぉ、庭と居間をかけてきましたか」

阿良々木「韻は踏んでるかも知れないが何もかかってないからな?」

忍野「DJ阿良々木ですか、成る程成る程、DJ撫子に対抗したわけですね」

阿良々木「……」

忍野「おっとすみません、これはデリケートな問題でしたね。気を付けます」

阿良々木「なぁ、本当に怪談聴く気あるのか?」

忍野「勿論ですとも!ただ、阿良々木先輩の軽妙な語口を聞いていると、どうしても饒舌になってしまうのですよ」

阿良々木「はぁ、じゃあ続けるよ。そんな1人遊びばかりだった僕が、ある日急に自室で遊ぶようになったらしい。夕飯時には降りてくるから、引きこもりとかではなさそう、と余り心配はされていなかった」

忍野「まぁ、ご家族からしたら、今でも時折妹のヌイグルミ持ち出してセクハラしたり、自室で1人、影に向かって喋ってる痛い長男でしょうけど」

阿良々木「しかし、しばらくそんな日が続くと、放任主義の両親も、流石に気になったのか、何をしているのかと尋ねたんだ」

忍野「余り一人遊びが得意になられても将来が不安ですしね」

阿良々木「僕は満面の笑みでこう答えたそうだ。『友達と遊んでいるの』」

忍野「いやぁ……そっちの意味で怖い話ですかー。私としては怪異絡みの話が聞けると思っていたんですけど」

忍野「怪しい奴の話、と言う意味での怪談だったんですねぇ。まんまと騙されました」

阿良々木「どういう意味だ」

忍野「だってあれでしょ、今の話って要するに、友達の居ない阿良々木少年が、寂しさを埋めるためにイマジナリーフレンドを作り出した、というお話でしょう?」

阿良々木「違う。扇ちゃん、君は一体僕を何だと思っているんだ」

忍野「愚か者ですよ」

阿良々木「……」

忍野「と言うのは冗談です」

阿良々木「…………」

忍野「冗談ですってばー。あー素敵だなー、こんな素晴らしい先輩と出会えるなんて私は何て幸せなんだろうなー」

阿良々木「全てに心が篭っていないぞ!」

忍野「ま、それはそれとして。阿良々木先輩の妄想でない根拠はあるんですか?その時の事を、ご自身では覚えていらっしゃらないんでしょう?」

阿良々木「うん、確かに明確に否定できるかと言われれば難しいよ。そもそも『友達』が存在しなかった事を証明するなんて、悪魔の証明だ」

忍野「本当に友達が居なかった人が言うと皮肉みたいですね」

阿良々木「皮肉を言っているのは君だけどな!兎に角、提示できる根拠と言えば、現時点ではその『友達』が見えて居ないと言う事くらいだ」

忍野「本当にそうですかね?もしかしたら、阿良々木先輩が今友人だと思われている方々は軒並み貴方の妄想かも知れませんよ?」

阿良々木「そんな悲しい結末があってたまるか!」

忍野「まぁ、ご友人方は存在したとしても、私と言う存在を生み出してしまった貴方に、イマジナリーフレンド説を完全に否定する事は出来ませんよ」

阿良々木「それは……」

忍野「それでももし、ポジティブな考え方をしたいのであれば、座敷童だったと言うことにでもしておきましょう」

阿良々木「おいおい、そんな適当な事で良いのかよ。仮にも暗闇の代役をやろうとしていた君が」

忍野「あれについては黒歴史ならぬ闇歴史なんで忘れてください。今はもうあそこまでの事はしていませんよ」

阿良々木「あそこまでじゃない事はしているんだな……」

忍野「あははははー」

阿良々木「笑って誤魔化すな!」

忍野「座敷童にせよ、イマジナリーフレンドにせよ、昔から幼女と遊んでばかり居たんですね、阿良々木先輩は」

阿良々木「イマジナリーフレンドは男児かも知れないだろ」

忍野「嫌だなぁ、阿良々木先輩に同性の友達が出来るわけないじゃないですか」

阿良々木「……そう言えば居ないなぁ、同性の友達」

忍野「まぁ何にせよ、曖昧にしておく方が良いこともありますし」

阿良々木「うん?その口振りだと、君は正体を知っているのか?」

忍野「私は何も知りませんよ、貴方が知って……と、これはもう辞めたんでしたね。えぇ、ご推察の通り、私は貴方の初めての友達を知っています」

阿良々木「なら勿体ぶらずに教えてくれよ」

忍野「言っちゃって良いんですかね、本当に。まぁ、他ならぬ阿良々木先輩が知りたいと仰るのであれば、お教えする事もやぶさかではありませんが」

阿良々木「何だよ、ここまで来て、やっぱ良いやと引きさがれるほど物分りのいい僕じゃないぞ」

忍野「その物分かりの悪さが今まで悲劇を引き起こして来たと、学んだのではなかったのですか?」

忍野「まぁ良いでしょう。今回の件で何か問題が起こるわけでもありませんし。結論から述べさせてもらいますと、二つの説は両立します」

阿良々木「えーっと……座敷童説と妄想説が?」

忍野「えぇ、正確には座敷童ではありませんが。怪異であると言う事でまぁ殆ど合致していると判断しましょう」

阿良々木「つまり、僕の妄想が怪異化したと言うのか?」

忍野「その通りです。あれれー、こんな話を前にもどこかで聞きましたねー?」

阿良々木「名探偵ばりの態とらしい気付きをするな。……そこまで言われれば大体解ったよ」

忍野「そうでしょうとも。愚かな阿良々木先輩にも解るように解説してあげたんですから」

阿良々木「それにしても、僕の初めての友達は、こんなに性格の捻じ曲がった奴だったんだな」

忍野「お褒めに授かり光栄です。アレですね、人は自分にない物を求めるって言いますから、純真無垢だった頃の阿良々木少年は無意識に自分と真逆の存在を望んだのでしょう」

阿良々木「でもそうなると、十数年も一体何をしていたんだ?」

忍野「一度は消滅したんですよ、妹さんが生まれて、その世話を焼くうちに寂しさは忘れられていき、私もまた忘れられました」

忍野「だから、私が貴方にした一連の出来事は復讐の意味もあったのかも知れませんね」

阿良々木「それは悪かった」

忍野「良いですよ、もう全然気にしてません。『僕の初めては扇ちゃんだ』と周囲の人に言ってくれるなら、全部丸っと許して差し上げましょう」

阿良々木「滅茶苦茶気にしているじゃないか……」

おしまい
引き続きネタの募集は続けています
本音を言えば、色んな怪談を聞きたいが為にスレを立てましたので
ご助力頂ければと思います

呪怨を見たのが随分と昔でしたので
ちょっと曖昧だったり矛盾だったり
設定変わっちゃってたりとかあるかもしれませんが
そんな駄文で宜しければお付き合いください

親の心子知らず、なんて言葉があるけれど、子供の立場から言わせてもらえれば、子の心親知らず、というのも成り立つのだと主張したい。
幸いにも僕の家庭では家族間の問題なんて、僕が落ちぶれた故の気まずさくらいのものだったけれど、両親にその心情が100パーセント理解出来ていたか、と言うと恐らくそんな事はないのだろう。
所謂「一般的な家庭」でこうなのだから、羽川や戦場ヶ原、老倉、神原、八九寺等、それぞれ家庭に問題を抱えていた彼女達は、果たして親にどの程度理解されていたのか、なんてお節介な事を考えてしまう。
親は子供を持つ時点で多くが大人だ。だから、子供を守る事ができる。子供を想っての行動が許させる。だが子供は、非力故に親を想っていても何も出来ない事もあるのだ。

阿良々木「月火ちゃんが倒れた?」

火憐「そうなんだよ、兄ちゃん。どうにも、ムーンファイヤーの活動中に何かあったらしいんだけど…」

ある日、いつもの様に大学生の特権である惰眠を貪っていると、珍しく火憐から電話が入った。

阿良々木「何かあったって?ただ風邪を引いたとかじゃないのか?」

そう口にしてから、ふと不思議に思った。
月火が風邪?果たしてそんな事があるのだろうか。

吸血鬼の後遺症として、僕は傷の治癒速度と免疫力の上昇を実感してはいるが、同じ不死の怪異と言えども、彼女の場合と僕の場合ではその治癒スキルに若干の違いがある。
月火の治癒は、命に別状がある程早く治るのだ。逆に言えば、死ぬ危険がなければ、普通の人間と変わらない程度の治癒力しか見せない。
だから、風邪くらい引いてもおかしくはないと考えられなくも無いが。

火憐「いや、それはないだろ。十数年間一緒に過ごして来て、月火ちゃんが病床に臥す所なんて見た事がないぜ」

阿良々木「そうだよなぁ。僕も言いながら『それはねぇな』と思ったもん」

ならば。
ならば何故月火は寝込んでいるのか。

ふっと、高校3年の夏休みが思い出される。あの時は月火ではなく、火憐だったが、似たような事があった。

火憐「なぁ、こんな事言いたく無いんだけどさ。またあの詐欺師がやってきたって可能性は……」

阿良々木「ないよ。それは、ない」

あの詐欺師は、もう僕たちの街には出入りしていないはずだ。

忍野「かかっ。しかしお前様よ、詐欺師との約束が守られているなんて保証はあるまい」

こちらも珍しく、昼間から起きていたのか、影の中から語りかけてくる。

阿良々木「ちょ忍、お前声聞かれたらどうするんだよ!」

携帯のマイクを抑えながら小声で話しかける。

忍野「なんじゃ、別に良かろう。ちょっと友達が来てる、と言えば頭の悪い方の妹御なら納得するじゃろうて」

頭の悪い方の妹御って。
まぁ確かにそれで納得してしまいそうな、残念な一面はあるけれど、基本的には頭は良いはずだ。

火憐「おーい、兄ちゃん?聴いてんのかー?」

阿良々木「あぁ、悪い。それで、具体的には月火ちゃんの容体はどうなんだ?」

火憐「うーん、別に私は医者じゃねーから詳しくは解んないけど。多分、病院に行って何とかなる類のモノとは思えねぇな」

火憐は怪異の存在は知らない。けれどそんな言い方をすると言うのは、それは恐らく、自身の経験と重ね合わせているのだろう。
貝木泥舟によって、蜂の毒を移された時の経験と。

阿良々木「解った、取り敢えず何とか時間作って帰ってみるよ」

と言って電話を切った。
恩着せがましい言い方をしたが、正直大学生が時間を作るなんて然程難しい事でも無い。
そもそも余りまくっている時間をどう消費しようか悩む日があるくらいだ。

忍野「いや、お前様、そこは将来の為に勉強せぇよ」

阿良々木「母親みたいな事を言わないでくれよ」

阿良々木「で、忍。さっきの話、どう思う?」

忍野「まぁ、実際に見てみん事には解らんが、お前様の小さい方の妹御が寝込むほどの病魔となると、普通ではなかろうな」

阿良々木「やっぱりそうだよな…。でも、取り敢えず全快したりしていないから、死ぬ危険はないんだよな?」

そもそも全快したらそこで問題は消滅するのだから、この問いかけに特に意味は無いのかもしれないが、どうにも安心しておきたいという思いから口を突いて出た。

忍野「そもそも不死の怪異が死ぬなんて、ましてや吸血鬼の様な怪異と違って特に弱点のないしでの鳥が死ぬ事なんて、普通はあり得ん。出来るとしたらあの暴力陰陽師くらいじゃ」

阿良々木「なら一先ず安心だな…。大事をとって明日朝くらいに出るか」

忍野「じゃがそう安心し切られても困る。もし仮に何らかの怪異じゃったとして、しでの鳥の回復力を上回る何かを仕掛けていた場合、回復しては削られの生き地獄を繰り返しておる事になるぞ」

阿良々木「そんな事があるのか…?」

忍野「不死性にも抜け道が存在しておらねば、不死身退治なんぞ出来る人間はこの世に存在しておらんよ」

忍の忠告もあって、僕はすぐに家を出る事にした。
彼女が僕以外の人間を、例え僕の家族だったとしても、心配するのは珍しい。
いや、心配はしていないのかも知れないが、それでも忠告をしてくれる事自体異例なのだ。
それ故に、嫌な予感がしてしまう。
急いで実家に駆けつけると、僕は家の中に入れなかった。
こんな言い方をすると、何らかの怪異現象が家を覆っているのかと思われてしまうかも知れないが、単に物理的な要因だった。

阿良々木「こんな事ってあるかよ……」

玄関の扉に鍵がかかっていた。
その事自体は、妹達の防犯意識の高さを褒めるべき、良い事だ。

問題は、鍵が変えられており、その事を長男である僕は今初めて知ったという事だ。

忍野「かかっ。お前様、もう家族として数えられておらんのではないか?」

阿良々木「いや、いや!冗談なのは解るけど!このタイミングでそんな事を言われると泣きそうだからやめて!」

火憐「何だよ兄ちゃん、何玄関前で騒いでんだ。帰って来たなら早く入れよ」

阿良々木「なぁ、ここの鍵っていつ変わったんだ?」

火憐「あ?あぁ、そっか兄ちゃんは知らないか。兄ちゃんが出てってすぐくらいの頃、月火ちゃんが彫刻刀で鍵ぶっ壊したんだよ」

何やってんだアイツ。

火憐「あと兄ちゃんの部屋ら辺で床に彫刻刀ぶっ刺したり、下駄履いて大暴れしたらしい」

阿良々木「本当に何やってんだアイツ!」

火憐「その上千石ちゃんに罪をなすりつけようと嘘まで吐くから、取り敢えず殴っといた」

阿良々木「お前も何してんだ!」

火憐「お姉ちゃんパンチ!」

そう言って拳の素振りを披露してくれたが、それを見る限り月火に殴られた記憶は残っていないのではないかと思った。
これひょっとして、月火が頭のネジ飛んじゃってるのって、火憐に殴られすぎたからなんじゃねぇの。

火憐「それで、月火ちゃんの事なんだけどさ……」

阿良々木「いや、待って待って。今の流れでシリアスに行かれても頭が追いつかないぞ!」

火憐「は?いいから聞けよ。頭に彫刻刀ぶっ刺すぞ」

怖いよ。そんな事、全盛期の戦場ヶ原でもしねぇよ。

火憐「まぁ、見てもらった方が早いか」

珍しくシリアスモードな火憐に圧されて、雑談もそこそこに月火の寝室へと向かう。
そこで寝かされていた彼女は、身動き一つせず眠っていた。

阿良々木「うん?なんか思ってたのと違うんだけど」

火憐「触ってみれば解るよ」

阿良々木「いやいや、いくら妹のおっぱいとは言え昏睡している時に触るほど僕も無粋じゃない。意識がなければ反応が楽しめないじゃないか」

火憐「誰がおっぱいを触れなんて言ったんだよ…。普通におデコで熱を測るみたいにしてみろって意味だっつーの」

妹に下ネタを振った挙句冷静に突っ込まれてしまった。
何これ死にたい。

阿良々木「…ん?特に熱もないんじゃないか」

何なら、ひんやりとしているくらいだ。

火憐「熱が無さすぎるんだよ。体温計で測ったら、20度だった」

でも心臓は動いてるし呼吸もしているんだよ、と困った様な表情で言う。

阿良々木「何があったか、知ってる事を教えてくれないか」

火憐「あぁ、兄ちゃんに電話した後、私の方でも色々調べて見たんだけど。どうやら、呪いの家の調査に出向いた直後、こうなったらしい」

火憐「何とか敷地の外まで這って出てきた所を通行人に保護された、って聞いてる」

呪いの家の住所を聞き出してから、火憐を一旦部屋の外に出した。

阿良々木「忍、これはお前なら何とか出来そうか?」

忍は、にゅっ、と影から姿を現わすと、月火の様子を細かに見ていく。

忍野「これは不味いぞ、お前様よ。いや、状況の悪さと味をかけた訳では無いのだが、皮肉にもどちらも当てはまろう」

阿良々木「何だ?つまり、どう言う事なんだ?」

忍野「こやつは増殖していくタイプの呪いじゃ。呪い殺した相手を呪いの一部として吸収していく」

忍野「これを儂が食おうとすれば、この娘ごと食わねばならんし、仮に食べ切ったとしても、この呪いに儂が飲み込まれん保証はないの」

阿良々木「そんなレベルの怪異が、まだこの街に居たのか!?」

忍野「個人の呪いがここまで厄災クラスのものになろうとは、専門家どもも思わんじゃろうて。この件でか奴らを責めるのは酷というもの」

阿良々木「…どうすれば、月火ちゃんは助かるんだ?前みたいに、僕に移したりとかは…」

忍野「オススメはせんの。今回はしでの鳥じゃからこそ、なんとか吸収されておらんだけで、この状態も長くは続かんし、生半可な吸血鬼であるお前様が引き受けたりすれば、即座に呪いをばら撒く側に堕ちてしまうわい」

忍野「やはりこの場合、根元を叩くしかなかろうよ」

事も無げに言ってはいるが、それが難しい事だと言うのは僕でも解る。
忍を飲み込みかねない程の呪いをばら撒いている本体ともなれば、最早怪異なんて生易しいものではなく、ただの化け物だろう。

忍野「言っておくがお前様よ、儂はお前様の為になら如何なる力も貸すつおりではおるが、妹御の為に死のうなどと考えておる様なら、儂は全力で邪魔翌立てをするぞ」

阿良々木「可愛い妹のためだ、命くらい投げ出したって惜しくはないさ」

けれど。

阿良々木「僕は戦場ヶ原と生きたいし、死ぬなら羽川の為に死にたいと思っている。もっと言えば、忍が生きている限り僕は[ピーーー]ない」

忍野「かかっ。命が幾つもある吸血鬼ならではの約束の仕方じゃの」

阿良々木「しまったな、格好つけるのが早すぎた」

忍野「…おい、儂の感動を返せ。なんじゃその膝は…。カタカタ言っとるではないか」

阿良々木「仕方がないだろ!怖いもんは怖いんだ!」

結局余り締まらないまま、僕は阿良々木家を後にした。
扉の外で待機していた火憐にだけは「後は兄ちゃんに任せろ、前もそうだっただろ?」とちょっとだけ格好つけて出てきたが。

阿良々木「ここが、その呪いの家…?見た所普通だけどな」

忍野「何処に目をつけておるのだ我が主様よ。普通の家はこんな夜更けに入り口という入り口を全開にしたりはせんじゃろう」

阿良々木「うん、でもそれにしたって幽霊が出そうな感じには…っ!」

よく見ると、開け放たれた玄関先に1人の少年が倒れ込んでいた。

阿良々木「大丈夫か!」

返事はしない、が意識はあるようで、ぼんやりとした視線で僕を見ていた。
よく見ると、全身痣だらけだ。明らかに転んでできる様なモノじゃない。
彼は虚ろな視線で僕を捉えたまま、何か口にしようと藻搔いていたが、パクパクと口が動くだけで一向に声にならない。

阿良々木「えぇと、こう言う場合、どうしたらいいんだ!?警察?先に救急車か!?」

忍野「落ち着け、お前様よ。厳しいことを言う様じゃが、全てを救える等と驕るなよ?今お前様が最優先すべきは妹御よりもそこの少年なのか?」

阿良々木「だけど!このままこんな所にいたらいつ呪いに襲われるかっ!」

忍野「じゃから落ち着けと言うておるじゃろ。今通報した所で、駆け付けた人間もこの敷地に入らざるを得んのじゃぞ?そうなれば其奴らも呪いに襲われる羽目になるぞ」

阿良々木「……だからって見殺しには____」

忍野「被害を最小にするなら、ここは賭けに出るしかあるまいよ」

阿良々木「大元を叩いて、呪いを消す……?」

忍野「あぁ、そうじゃ。幸いにも、今はこの家、空き家のようじゃ。この敷地内に今現在、人間は1人も居らん。肝試しに来るような連中も含めての」

忍野「やるなら今が絶好の機会じゃな。最悪妖怪大戦争になっても巻き込まれるのは儂らだけじゃ」

阿良々木「精々そうならないように頑張るよ、まだ死にたくはないし、お前を死なせたくもない」

忍野「かかっ。嬉しい事を言ってくれるわい。心配せんでも、お前様がやられたなら儂が仇を取ってやる。流石に全盛期の儂なら負けることは無かろうて」

忍とお互いに鼓舞しあっている間に、気付けば少年の姿が消えていた。頭のおかしい大人と金髪幼女が現れて変な話をし出したので、恐ろしくなって逃げたのだろうか。
だとすれば、恐ろしく真っ当な判断だ。逆の立場なら即110番している。

阿良々木「あれ?何だこれ」

先程まで少年が倒れていた辺りに、焦げた紙切れの様なものが落ちていた。
燃えかすにしては量があるので、ひょっとすると燃やす前はノート1冊分くらいはあったのではと思われる。

忍野「それより、気付いておるか、お前様」

阿良々木「え?」

忍野「二階の窓の奥、暗闇の中から誰かが見ておる」

誰かって。
さっき自分で「人間の気配はない」って仰ってましたよね?
それはつまり、その視線の主も人間じゃないという事?

忍野「取り敢えず、入るしかあるまい。これだけフルオープンにして歓迎モードなのじゃからな」

かかっ。と楽しそうに高笑いして見せるが、彼女の両手にはしっかりと妖刀心渡が握られていた。
いや、僕の分も出せよ。

阿良々木「忍ちゃん、何で刀を持つ手が震えているのかな?」

忍野「……儂だって怖いもんは怖いんじゃー!」

そう言って泣きながら僕に飛びつこうとしてくる。

阿良々木「わっ、忍!刀装備で抱き着いてくるな!僕を[ピーーー]気か!?」

忍野「…むぅ。刀を握ったままではお前様を抱き締められない、刀を握らなければ儂を守れない」

阿良々木「何処までも自分本位なポエムになってる!?久保先生に謝れ!」

阿良々木「大体、怪異の王がお化けにビビるってどうなんだ?」

忍野「それについては全面的にお前様が悪い。今の儂は『お前様のせいで』力を失って幼女化しておるし、『お前様のせいで』精神まで幼くなってきておるし、『お前様のせいで』…」

阿良々木「もういい、解った。僕が悪かった。帰ったらドーナツを買いに行こうか」

忍野「わーい!……ってお前様がそう言うことをするから余計に儂の精神年齢まで退行を始めておるんじゃろうが」

阿良々木「……さて、そろそろ気を引き締めて行くか」

忍野「確かに正論じゃが、このタイミングでは話を逸らした様にしか思えんぞ」

阿良々木「誤解を招く発言があったことは陳謝致します…が、発言内容については撤回すべき点は無いと存じております」

忍野「何処ぞの政治屋が口にしそうなセリフじゃの。なんじゃ、将来は議員にでもなって不倫報道されて破滅するのが夢か?」

阿良々木「確かに僕が議員になったりしたら週刊誌にでっち上げられそうだけれど!そんな嫌な未来設計図まで夢に組み込むか!」

忍野「…さて、お互い怖いのは解るが、いい加減踏み出さんとの。お前様の極小の妹御も夜明けまで持つか解らんのだぞ」

阿良々木「……あぁ、解ってる。行こう」

そう言って、開け放たれた玄関から一歩、中へ踏み入れた。

膝だけでなく、腰の辺りまでガクガク言わせながら入った割には、肩透かしを食った気分だった。
入っても物音一つせず、シンと静まり返っている。

僕としては、入った瞬間に髪の毛に巻き付かれたりだとか、真っ白なモノが目の前を横切ったりだとか、そう言ったある種の出落ちみたいなものを覚悟していたのだが。
出落ちどころか出ないし落ちない。

このまま玄関で「出て来いや!」と叫び続けるのも埒が空かないので、仕方なく部屋を順番に見て回ることにした。
違和感があったのは、ある和室を開けた時だった。
和室自体には特に変わった所がある様には見えなかったが。

忍野「気付いておるかの?」

忍はちらり、と視線を動かしながら問いかけてくる。
静かに首を振った。確かに違和感はあるが、それが何かまでは判らなかった。

忍野「背後に意識を集中してみぃ。おっと、間違っても振り向くで無いぞ。相手の正体が解らぬ以上、不用意に視線を合わせたりせんほうが良いじゃろ」

言われた通り、部屋の中を見回すフリをして、背後の気配を探ってみる。
判らない、が、見られている様な気はする。

阿良々木「どうだろう。視線を感じる様な気もするけれど…。階段の上か?」

忍野「そうじゃな。恐らくお前様の感じたものと、儂の感じたものは同じじゃ」

忍に言われたから、そう感じるだけの気もするけれど。
しかしこれは、考えようによっては運が良いのかもしれない。
僕には集中しないと感じられない程度の存在という訳でもあるのだ。

忍野「ここに怪異が一匹だけならの。寧ろこの場合、下級の怪異を使役していると考える方が妥当じゃろうて」

さながら斥候か。

阿良々木「そんなに頭を使ったプレイイングをしてくるとなると、厄介だな…」

忍野「それはどうかの。確かに儂らの戦力を計っているとも捉えられんこともないが」

忍野「儂らがここの扉を潜ってから、すぐに現れた所を見るに、この部屋に何かあるだけかも知れんぞ」

阿良々木「じゃあこれ以上ここを捜索するのは……」

止めよう、と言おうとしたら膝を蹴られた。
何故仲間同士で攻撃するんだ。ツッコミならもっと優しくでも出来るだろうに。

忍野「たわけた事を言うでない、我が主様よ。無事の帰りたいだけならそれでも良いかもしれぬが、今回の目的は妹御の解呪じゃろ」

そうだった。
ならば、彼らが嫌がる所こそ調べて行く方が良いのか。

忍野「ま、余り逆鱗に触れてお前様が呪われては元も子もないがの」

がさごそと、前住人が残して言ったであろう荷物の中から、何かないかと探して行く。
忍も妖刀を畳に突き立て、辺りを探っている。

阿良々木「そん時は仕方ない。流石に緊急事態だ、久し振りに血を吸ってくれ」

忍野「……良いのか?もうその手は使わぬと誓ったではなかったかの」

僕の言葉を聞いて、一瞬彼女の手が止まった。
阿良々木「まぁ、臥煙さんにはあぁ言ったけれど、内心では『多分ピンチになったらやっちゃうだろうなぁ』と思ってたし」

忍野「寧ろあの専門家との約束を破る事の方がお前様にとってピンチになりそうじゃが……」

阿良々木「違うよ、忍。僕のピンチはどうだって良いんだ。ここで僕がやられれば、月火ちゃんを助けられない」

それだけだ、と本日何度目かの格好つけをして見せたが、「かかっ」と凄惨な笑顔を見せる彼女の方が数段格好良かった。

忍野「どちらにせよ、そんな状況に追い込まれた時点で、お前様に危機が及んでおるではないか」

忍野「儂は、お前様を守る為ならどんな手も貸す覚悟じゃ。故に、そんな事にはさせぬよ」

阿良々木「ったく、主人より格好良くなるなよな」

忍野「ふん、それはうぬが格好悪すぎるのが悪いじゃろ」

阿良々木「あのなぁ!シリアス時だからって僕が何言われても流すと____」

思うなよ!と続けようとした言葉は飲み込まれた。

忍の方を振り返った時、キラリと妖刀が光を反射した。
切れ味の良いその刀は、磨きに磨かれ、まるで表面が鏡の様に光沢を帯びて居たのだ。
そこに、映っていた。
僕がではない。僕の背後にある階段が。より正確には、その手すりの間からこちらを覗く真っ白な少年の姿が。
忍野「何じゃお前様、どうかしたのか?」
言葉が出なかった。
今まで散々、正真正銘の化物と渡り合ってきた。
だから、どこかで「今更幽霊なんて」と言う思いが無かったとは言えない。
それが打ち砕かれた。
今まで相手にしてきた怪異とは、恐怖の種類が違った。

背筋を、スゥーっと汗が流れて行く。
下着のゴムに行き着いて、ジワリと左右に広がる感じが、どうにも気色悪かった。
それでも何とか絞り出して、忍にこの事を伝えようと彼女の目を見る。
そして口を開きかけた途端、何処からともなく『ミャー』と猫の鳴き声が聞こえた。

忍野「……儂は余り猫に良い思い出が無いんじゃがの」

その、緊迫感の中に流れた鳴き声が、僕に言葉を取り戻させた。

阿良々木「残念な事に、僕も散々痛い目に遭わされてる」

黒い白猫に、嫌という程痛めつけられている。
とある世界では僕が殺されたこともあったらしいし。

忍野「当然じゃが、周囲に動物の気配なんぞ感じられんかった」

阿良々木「そもそも、動物は本能ってヤツでこんなとこには入ってこないんじゃないか?」

ならば、今の鳴き声は。
悪寒が加速する。
思わず、さっと周りを見渡す。
何も感じない。
背後の気配以外は。

忍野「この部屋であと見ていないのは、あの中だけじゃ」

彼女が指差したのは、襖だった。
幽霊屋敷の襖なんて、それこそ絶対開けたくないものだけれど。

ゆっくりと開けられる程、僕のハートは強くなかった。
取手に手を添えると、半ば焼け糞気味に思い切り開け放つ。
その隣で、忍は畳から抜いた刀を構え、臨戦態勢をとっていた。
しかし、すぐに腕を下ろした。

忍野「ぱっと見、何も無いの」

阿良々木「やっぱりこの部屋に何かあるって言うのは思い過ごしだったのかな?」

一応、中を確認して見る。
覗き込んで、反対側の奥まで見てみるが、何もなかった。

忍野「いや、そうでもない」

足元から聴こえてきた声に、下を見ると、忍は屈んで下段の天井板を見ている様だった。
スカートの中が見えそうで見えないのは流石だと思いました。

忍野「下らん事考えておるんじゃ無かろうな。良いから見てみぃ」

阿良々木「スカートの中をか!?」

忍野「叩っ斬るぞ」

どうやら悪い知らせの様だ。
忍が冗談に対して本気で返してくるのは珍しい。
逆なら良くあるのだけど。

忍野「面倒臭いバロメーターチェックも今は控えよ。ここから先、そんな事ではやられるかも知れんぞ」

一体、何がこんなに忍を焦らせているのか、戦々恐々しながら、下を覗き込んだ。
そこには、何かが滲んでいた。
血液、だろうか。

既に黒いシミとなっているので、他の何かかも知れないけれど、黒々としつつも何処か赤みを感じるそれは、恐らく血液なのだろう。
ただ血の痕があるのではない。
おびただしい量の血痕だ。

そして、それらは複雑な、どうしたらこんな跡になるのか分からない程複雑に、痕跡を残していた。

忍野「『ママ 助けて』と読めん事も無いの」

阿良々木「さっき見た子供か…?」

だとしたら、ここの怨霊は、母に助けてもらえなかった子の無念からなるのだろうか。
どう言った事情があったのかは解らないけれど、母への想いを残して幽霊になってしまうというのは、些かならず、僕の心に訴えるものがあった。

忍野「迷子娘と同一視してやるなよ?あの娘の場合はここまで悲惨ではなかったし、既にお前様によって救われておるのじゃからな」

阿良々木「僕は…この子の事も救える…のかな?」

忍野「最初に言ったじゃろ。そんな傲慢な考えは捨てろ、と」

厳しい言葉だったが、彼女は努めて優しく言っていた。
忍も、見捨てて当然、とは思っていないはずだ。
全盛期の頃ならいざ知らず、今の彼女は存在自体が人間に近いから。

阿良々木「……ごめん」

いつかの、北白蛇神社を思い出した。
今回は、色んなことを思い出してばかりだ。

忍野「良い、特別にマフィン3つで許してやろう」

忍野「……そうこうしている内に、階段の気配が消えた様じゃぞ」

阿良々木「今度は、二階に行くか」

そう言って廊下に出、階段を見上げる。
吸血鬼の視力をもってしても、薄暗く感じられた。

忍野「どうやら歓迎ムードは絶頂の様じゃ。先程までどうやって隠しておったのか、不思議な位に、霊気と言うのかの、良くないモノが充満しておるわ」

阿良々木「あぁ、僕達を殺そうという意思はヒシヒシと伝わってくるよ」

グッと、足を踏み出す。
とっくに、覚悟は決まっていた。
ギシギシと音を立てる階段を、一段一段踏みしめて登って行く。
少し造りが古いのか、一段の幅は狭く、角度も急だ。
無意識に、息も潜めてしまう。
幽霊相手では、そんな姑息な手に意味は無いのだろうけれど。

僕の覚悟とは裏腹に、階段は何事もなく登り切れた。
階段の途中ならば、高低差が相手に有利してしまうので、警戒が必要だと思っていたのだが、杞憂だったらしい。

忍野「あの部屋じゃの、外から見た時に視線を感じたのは」

階段を登りきった反対側、外向きの窓が付いている部屋は二つあった。
その左側の部屋、そこを忍は指差す。
どういう訳か、その部屋だけは扉が閉まっていた。

阿良々木「解った」

それだけ言うと、ズンズンと周囲を気にすることなく、真っ直ぐとその部屋の前まで行く。

忍野「開けたら何が起こるか解らんぞ」

阿良々木「あぁ、あの子の為にも、早く終わらせよう」

ガチャリ、とノブを回す。
一瞬で何も見えなくなった。
目の前が真っ白になったのだ。
しばらくして、目が慣れるまで、それが光に依るものだとは解らなかった。

阿良々木「…これは、どう言うことだ!?」

光の正体は、窓から差し込む陽の光だった。

僕は直前まで、真夜中の廃屋に居たはずだ。
それが何故、こんなにも明るくなっている?

忍野「解らん。しかし気を付けろよ、お前様。何をされたか解らん時と言うのが1番怖いぞ」

半ばパニックに陥りかけていると、隣の部屋から何か物音が聞こえた。
僕達は咄嗟に扉の陰に隠れる。
暫くガンガンと何かを叩く音と、ガサガサというゴミ袋を触っている様な音がしていた。
数分後、物音が止んだ。
隣の部屋に居た人物は、大きく足音をたてながら階下に降りて行く。

阿良々木「何だったんだろう…?」

小声で忍に問いかけて見るが、返事はない。

もう暫く静かにしていると、誰かが玄関から出て行く音が聞こえた。

忍野「取り敢えず、人間の気配は無くなったぞ。隣からもっとマズイ気配がしておるが」

阿良々木「行ってみよう」

僕達は部屋を出て隣の部屋へ移動した。
一見、特に変わった所は見られない。

忍野「血の匂いがするの」

彼女は敏感に、元食糧の匂いを嗅ぎ分けた。

忍野「天井裏からじゃ」

言われて、見上げてみるも、特に天井裏に続きそうな入り口は見たらない。

阿良々木「あぁ、そっか」

言われてみれば、そうかも知れない。
こう言った襖のある様なタイプの家に住んだことがないので、すぐには思い至らなかったが、祖父母の家はそうだったかも知れない。
襖を開けてみると、真新しい木屑が散らばっていた。

阿良々木「…ビンゴ。みたいだけど」

屋根裏から血の匂いなんて、嫌な予感しかしない。
考えたくもない可能性が、1番現実味がある。
覚悟を決めて、天井を見上げる。

阿良々木「ッ!?」

目が合った。
口を大きく開けてこちらを見ていた。
まだ血が通っていそうに見える肌。
目はそこに眼球が有るのかも解らないくらい虚ろだ。
ボタタッ、と押入れの中床に血液が垂れてきた。

忍野「お前様!退け!」

忍に引っ張られ、背後に倒れこむ。
「それ」は、ドン、と先まで僕の立っていた位置に着地した。

「あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"……」と叫んだ。
素早い動きで這いずりつつ、階段を降りて行った。

忍野「いい加減儂の上から退いてくれんかの」

阿良々木「ごめん、腰が抜けて……」

忍野「嘘を吐け。そんなもん、お前様なら数秒で治るじゃろ」

から笑いをしながら立ち上がる。

忍野「アレが何者かは知らんが、追い掛けるしかないじゃろうな」

阿良々木「あぁ、そうする以外の選択肢があっても、アレを放っておくわけにはいかないし」

後を追うのは楽だった。
階段から眺めるだけで、何処へ行ったかは一目瞭然だった。
多量の血液が、「それ」の動線を表していたのだ。

阿良々木「あの部屋だ」

「それ」が移動した先は、押入れにメッセージが残されていた部屋だった。

忍野「のう、ここらで1つ、儂の推理を聴いて行かんかの」

阿良々木「どうした、そんなに勿体ぶって?と言うか、そんな余裕があるのか?」

忍野「儂の考えとる通りならの」

阿良々木「…解った、聴かせてくれ」

僕が聴く姿勢を示すと、階段の1番上の段に腰掛け、隣をポンポンと叩いた。
座れと言うことか。
それ程長い話になるのだろう。

忍野「まず、今の儂らが置かれとる状況じゃが、これは家そのものの記憶ではないかと思うておる」

阿良々木「家の記憶?」

忍野「まぁ、擬似的な付喪神じゃと考えい」

阿良々木「…いや、そもそもなんでそんな考えに?」

忍野「最初のお前様の叫び声じゃよ。誰も居ないと思っておったから、つい声を上げてしもうた様じゃが、隣の部屋にアレが聴こえんわけなかろう」

阿良々木「たまたま気のせいだと思った可能性は?」

忍野「無くはない。じゃが、根拠はまだある。あの押入れから飛び出してきたナニか。あ奴は何故目の前の儂らを無視して階段を降って行ったのか」

阿良々木「僕が避けたから、とか…?」

忍野「かかっ。あれを避けたとは言わんじゃろ。隙がありすぎて、第2撃を食らわすのも容易だった筈じゃ」

阿良々木「つまり?」

忍野「アレはお前様を狙って飛び降りたのではなく、偶々飛び降りようとした所に直前までお前様が立っておったんじゃよ」

阿良々木「じゃあ、奴に僕達は見えていないって事になるのか?」

忍野「そうじゃな。過去の映像を見ているのと同じで、儂らはこの世界に介入出来んものだと考えておる」

阿良々木「……ちょっと待てよ。過去の世界って事は、これはまさか、呪いが生まれた瞬間を目撃しているって事か?」

忍野「うむ、恐らく、じゃがの。アレは、今日この時、何者かに惨殺されて、この家の屋根裏に隠された挙句、呪いと成り果てた」

忍野「しかし、残念ながらここで介入は出来ぬ。だから、あの部屋へ行く前に話しておきたかったのじゃ」

忍野「恐らく、あの部屋の光景は、お前様には堪えるものになるだろうよ」

阿良々木「そっか……。母親に助けを求めた少年、それが最初の犠牲者なんだな」

忍野「お前様が気に病むことではない。ただ、母子の事を思うなら、戻ってちゃんと供養してやらんとの」

阿良々木「……それで、あの親子は呪いから解放されるのか?」

忍野「それは無理じゃ。特に母親の方は、最早呪いそのものになってしまっておる。退治するしかあるまい」

阿良々木「そんな救われない結末がっ……」

忍野「いや、救いというなら、これ以上呪いをばら撒かずに済む、と言うのは充分に救いじゃと思うぞ」

忍野「それに、これは恐らくあの少年の意思でもある」

阿良々木「……?」

忍野「『ママ 助けて』というメッセージじゃ。儂らはアレを、勝手に母親に助けを求めるもの、と認識したが」

忍野「考えてみれば、あの文字を刻む時、既にそやつは死んでおるのじゃ。あの出血量では即死じゃろう」

忍野「そんな状態で何を求めていたんじゃろうな」

阿良々木「『ママを助けて』…だったのか」

忍の話を聴いたあと、件の和室に入ってみた。
すると、開いた襖から部屋全体に血飛沫が飛んだ痕跡が残っていた。
所が、肝心の親子の姿は見えず、僕達は諦めて部屋を後にした。

阿良々木「っ!」

流石に、2度目だったのでそこまで取り乱したりはしない。
昼間の惨殺現場から、深夜の幽霊屋敷へと戻ってきたのだ。
階段を見上げる。
そこには、無残な姿になってしまった女性がいた。

「あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"……」

もう、恐怖は感じなかった。
申し訳なさみたいなものさえ、感じていた。

阿良々木「ごめんなさい、僕達は…貴女を退治します」

階上から四つん這いで駆け下りてくる。
忍と僕とで一本ずつ持った妖刀心渡を、構える。
振り乱した髪の毛が伸び、僕達を捕らえようとする。
忍がそれらを全て切り落とし、僕に目配せをした。
「決めてこい」と。

階段を駆け上がり、彼女の目の前に立つ。
一息に、その頭目掛けて刀を振り下ろした。
せめて、苦しまぬ様に、一撃でかたをつけたかったのだ。
キラキラと砂粒が散っていく様に、彼女は崩壊して行った。
何処からともなく2人分の「ありがとう」が聴こえた気がした。

忍野「これで、呪いの被害者も回復するじゃろう。尤も、命まで奪われてしまった者はもうどうにもならんじゃろうが」

忍野「それでも、呪いを振りまくよりは幾らか救われた気持ちなのではないかと思うぞ」

阿良々木「……うん」

後日譚と言うか、今回のオチ。
その後、屋根裏を隈なく捜索し、遺体を見つけた。
こんな所で何をしていたのか、ご家族は?などと問い詰められては面倒なので、警察に通報した後、僕達はさっさとトンズラした。
後に聞いた話では、彼女の親類縁者は全員亡くなっており、無縁仏としてお寺で供養されるらしい。
これも呪いの影響なのか、偶然なのか、色々考えてしまう。

月火「お兄ちゃん!何で私の体調が悪い間に帰ってきて、回復したと思ったらもう居ないの!?ウチに帰ってきたら私に挨拶するのが筋でしょ!」

幽霊騒動を片付けた後、一旦帰宅した僕は、火憐に「もう大丈夫だ」という事を伝えて、またすぐにアパートへと戻ったのだったが、翌朝一番に月火からそんなモーニングコールが来た。

阿良々木「うるせぇ!今何時だと思ってんだ!」

お前は極道の幹部かよ、などと下らない突っ込みも思い付いたが、生憎とそんなテンションではなかった。

月火「何よその態度!プラチナムカつく!」

阿良々木「僕はお前のその態度に常にムカついてるよ!」

月火「大学生なんてどうせ暇なんでしょ!?もっと私に顔を見せにかえって来てよ!」

阿良々木「お前、大丈夫か…?まだ体調悪いのか…?」

月火「まぁ、そうだね。昨日の今日だし、病み上がりで絶好調とは言えないかな」

絶好調の月火とは、僕の部屋で下駄と彫刻刀装備で暴れまわる状態を指すのだとしたら、もう暫くはそのままでいて欲しいものだ。

月火「…だから、これは弱った私が間違って漏らしちゃう言葉だからね?」

阿良々木「うん?」

月火「…ありがとう、お兄ちゃん」

阿良々木「良いよ、気にすんな」

月火「大人ぶっちゃって、やっぱりムカつく!」

そう言って一方的に切られた。
一方的にキレられた。

阿良々木「プラチナ、じゃないって事は本気でムカついてたのか…?」

まぁ、いずれにせよ。
別に僕は誰かに感謝されたくてこんな事をした訳ではないのだ。
ならば、今回の報酬としては、3人分の「ありがとう」で充分だろう。

end

本当はまだまだ書きたかったのですが
やはり今回ので自身の未熟さが身に沁みました
出直してきます

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