ギャルゲーMasque:Rade 李衣菜√ (227)



これはモバマスssです
ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√
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の別√となっております
共通部分(加蓮√81レス目まで)は上記の方で読んで頂ければと思います
また、今回は李衣菜√なので分岐での選択肢には無かった4を選んだという体で投稿させて頂きます

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1522149505



P「……青春があったよ」

加蓮「は?」

なんかもう、色々あった。

鍋やったり、キスされたり。

遊園地行ったり、キスされたり。

一言で言うなら、きっと青春がピタリと当てはまる言葉だろう。

P「なんて言うかまぁ……高校生だな、って」

今まで、そんな経験した事無かったから。

もしかしたら高校生なら当たり前の事なのかもしれないけど。

正直どうすれば良いのか分からない、ってのが本音だったりする。

P「……ん、そうだ。先週の金曜日さ」

放課後、屋上で。

北条にもキスされたんだ。

なんだかこの学園が突然アメリカンハイスクールになってしまったんじゃないかと疑うレベル。

彼女達からしたら、キスは挨拶がわりなのだろうか。

……んな訳無いよな、流石に。

加蓮「……あれ、鷺沢の事だからもっとはぐらかそうとすると思ってたんだけど」

P「はぐらかして良い事だったのか?」

加蓮「まさか、このまま言い出してくれなかったらポイント失効どころか会員永年追放だったよ」

危ないところだった。

そして。

北条はけらけらと笑いながら言ってはいるが。

それは、つまり……



加蓮「……何?もう一回キスして欲しいの?」

P「……いや、やけに明るいなぁって」

加蓮「アンタの性格は分かりやすいからね」

P「自分じゃどうか分からんけど、そうなのか?」

加蓮「どうせ『あいつさては俺に気が……いや待てよ?ドッキリの可能性やその場の雰囲気に流さてた場合も考慮すべきだ……取り敢えず次会った時確認しよ』って考えだったんでしょ?」

お見事過ぎて何も言い返せない。

加蓮「……はぁ。それに……ふーん、へー……」

P「なんだ、日本語で話さないと伝わらないぞ」

加蓮「だよね、言葉にしないと伝わらないよね」

……こいつ、どこまで分かってるんだ?

加蓮「まぁいいけど。放課後は時間ある?」

P「あ、悪い……放課後は予定が入っちゃってるんだ」

加蓮「誰?」

気温が一瞬にして0を下回った気がする。

おかしい、さっきまで楽しく談笑出来ていた筈なのに。

いきなり異世界あたりにワープしたりしてないだろうか。

GPS情報を確認しても、別にここはシベリアになっていたりはしなかった。

加蓮「……ねぇ、誰?」

P「……ヒ・ミ・ツ!」

加蓮「は?」

P「ちえ……緒方さんです」

震えてなんていない。

もし震えていたとしたら、それは寒いせいだ。

加蓮「……ふーん、何?また告白の練習に付き合ってとか言われたの?」

P「いや、単純に来れたら来てって言われただけだけどさ」

加蓮「そ。なら断っても問題ないよね」

……いや、その理論はどうなんだろう。

文的には間違ってないが人間的に色々とアレな気がする。

キーン、コーン、カーン、コーン

加蓮「……続きは教室で話そっか」

P「俺知ってるぞ、俺だけ千川先生に怒られるやつだ」




教室に俺と北条が遅刻して入る。

一斉に向けられる大量の視線が痛い。

特に、まゆと美穂。

なんでお前北条と登校してるの?的なオーラを感じる。

ちひろ「まったく鷺沢君……二年生になって気がたるんでるんじゃないですか?」

P「気は張り詰めてるつもりなんですけどね……」

当然北条はお咎めなし、と。

さっさと窓側の席に座って俺をニヤニヤと眺めてやがる。

俺はと言えばこの後美穂とまゆと智絵里ちゃんに囲まれなきゃいけないっていうのに。

智絵里「……Pくん……その、ライン……見てくれましたか……?」

P「ん、あー……後ででいいか?」

智絵里「……はい…………」

まゆ「智絵里ちゃん、Pさんと仲良しさんですね」

美穂「ふふ、仲が良いのは素敵な事だと思います」

この教室、外より気圧が高過ぎないだろうか。

肩と心にかかる重圧にプレスされそうだ。

ちひろ「特に連絡事項はありません。夕方は雨らしいので、傘を忘れた子は事務室で借りられますから利用して下さいね」

HRが終わり、千川先生が教室を出て行く。

それと同時、北条が俺の席まで来た。

加蓮「さて、鷺沢。私と一緒に一時間目サボってみたりしない?」

P「流石にそれは遠慮させて貰おうかな」

美穂「えっと……貴女は……?」

まゆ「彼女は北条加蓮ちゃんです。先週のPさんの用事の原因ですよぉ」

加蓮「……ん、アンタは確か……」

まゆ「佐久間まゆ、です。まゆは加蓮ちゃんの事をよく知っていますから、自己紹介は結構です」

加蓮「アンタの趣味が覗き見なのは知ってるよ」

まゆ「それはお互い様なんじゃないですか?」

……逃げ出したい。

居心地の悪さが半端無い。

胃が痛くなって来た気がする。

保健室でサボタージュ、悪くないんじゃないだろうか。

美穂「えっと……加蓮ちゃんとまゆちゃんは知り合いだったんですか?」

加蓮「先週の金曜日に偶々会っただけ」

まゆ「偶々、ですか……ふふっ」

加蓮「ところで鷺沢。私が保健室に行きたいのは本当なんだけど、付き添ってくれない?」

P「ん、それなら構わないけど」

この場から離れられるなら、万里の長城だって天竺への旅だって付き合ってやる。

まゆ「でしたらまゆがお付き合いしましょうか?」

加蓮「体調が悪化しそうだから遠慮しとこうかな」



北条と一緒に教室から出て……

P「……ふぅーー……はぁーー……酸素が美味しい」

思いっきり息を吸い込んだ。

加蓮「おすすめの酸素マスク教えよっか?」

P「酸素マスクが必要にならない状況の作り方を教えてほしいよ」

加蓮「簡単じゃん。私と付き合えば良いだけ」

P「わぁすごい、インスタントラーメンよりお手軽!」

……なわけないだろ。

普段滅多にインスタントラーメン作らないけど。

P「……はぁ」

思わず溜息が漏れてしまう。

可愛い女の子に好意を向けられるのは、まぁ嬉しい事だけど。

それが複数人となると、嬉しいなんて言ってられない。

P「そういや、まだ結局体調悪かったのか?」

加蓮「治ってはいるんだけどね。マスク忘れちゃったから、保健室で貰っとこうかなって」

P「大変だよなぁ、身体弱いって」

加蓮「なにそれ他人事みたいに」

P「他人事だからな。俺はバカだから、風邪ひいても気付かないんだよ」

保健室に着き、北条はマスクを持って出て来た。

サボっちゃおっかなーと言っていたが、流石にそれは止める。



加蓮「……アンタはさ、好きな子とかいるの?」

P「ん?んー……んー……」

好きな子か……

好きな子、か……

P「好きな食べ物ならすぐにでてくるんだけどな」

加蓮「聞いてないから。私はポテトだけど」

P「うーん……分からん」

加蓮「何それ」

P「友達として好きってのなら何人かいるし、家族として好きもいるけど……恋愛的な、付き合いたい的な話だろ?」

加蓮「だから私が唐突に家族愛について尋ねると思ってるの?」

P「だよなぁ……」

誰かと付き合いたいだなんて思った事も無かった。

そんな事を想像出来るほど、誰かの恋愛を見てきた訳でも無いし。

今いる友達と、ずっと友達でいられれば満足だったから。

P「……誰かと付き合って誰かと気不味くなるくらいなら、誰とも……なんて考えてる様じゃ、失礼だよなぁ」

加蓮「良いんじゃない?それで」

P「良いのか?」

加蓮「失礼も何も、周りの子が勝手に鷺沢を好きになっただけでしょ?鷺沢も好きにすれば良いんじゃない?」

P「そんなもんなのかなぁ……」

加蓮「告白された子の中から選ばなきゃいけないって訳じゃないんだし、保留なり今は応えられないなりそう言えば良いでしょ」

P「んな曖昧な返事されても困らないか?」

加蓮「消去法で付き合われても困るでしょ?それに他の子もアンタを既に困らせてる訳だし」



うーん、どうなんだろう。

……あれ?なんで知ってるんだ?

P「俺、北条にその話したっけ?」

加蓮「見てれば分かるよ、私だって女の子だもん。あぁ、この子は鷺沢なんかに恋しちゃってるんだなーとか」

P「なんかにって……」

加蓮「まぁ、私もそのうちの一人な訳だけど」

P「……北条、俺は……」

加蓮「返事は……まだ、いいかな。私、ちょっと焦り過ぎちゃってた。よくよく考えれば、出逢って間もない女子から告白されても困るだけだよね」

少し俯いて、それでも微笑む北条。

焦り、か……一体彼女の中でどんな思考が渦巻いていたんだろう。

加蓮「……で、放課後の話。屋上行くの?」

P「ん?その予定だけど……」

加蓮「……行かない方が良いんじゃない?」

P「行かない方が良い……?あ、放課後雨降るからか?」

加蓮「それもあるけど…………うん、あんたの為にね」

俺の為……?

どういう事だ?

P「ってか北条急にどうした?俺の為なんてらしくないぞ」

加蓮「えー?善意の忠告にそんな事言っちゃう?」

P「俺が屋上行くとなんかあるのか?」

加蓮「……良い事は無いと思うよ」

非常にアバウトな表現。

残念ながら俺はバカだから、逆に気になって行きたくなってくる。



加蓮「……あの子もきっと……あ、ねぇ鷺沢。放課後、代わりに私が行っておいてあげよっか?」

P「……え?」

加蓮「鷺沢の代わりに、私がその子の告白の練習に付き合う。何も問題は無いよね?」

何も問題はない……のか?

加蓮「私はほら、こないだあの子のラブレター読んだし、それなりにアドバイスも出来るんじゃない?」

P「本人に言ってやるなよ?……ん?」

確か、あのラブレターって……

加蓮「よし、決まりだね。鷺沢はその間に、断り方でも考えておけば?」

P「……いいのか?」

加蓮「……私と付き合ってるから、って断り方の方が楽?なら私と付き合う?」

P「……確かに、そんな理由で付き合いたくは無いな。北条だって嫌だろ?」

加蓮「…………うん。ま、私は好き勝手に好きにやるし、好き勝手に好きになる。今回は私の弱さからの特別サポートって感じで」

P「……ありがとう、北条」

加蓮「感謝は態度で示したら?呼び方変えるとかさ」

P「……北条氏?」

加蓮「大名じゃん。鎌倉幕府執権職を継承させないで」

P「じゃあ加蓮で」

加蓮「……うん、よろしい」



P「さて、帰るか」

まゆ「あら、Pさん。智絵里ちゃんと何か用事があったんじゃないんですかぁ?」

P「ん?あ、そっちは加蓮が行ってくれるって」

まゆ「……そうですか。良かったですね」

美穂「なら、今日もPくんの家にお邪魔して大丈夫ですか?」

李衣菜「お、今日も集まる感じ?私も行っていい?」

P「あぁ、勿論」

四人で俺の家へと向かう。

途中で雨が降ってきたけど、小雨だし本格的に降る前には家に着くだろう。

P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい。……あら、いらっしゃいませ」

李衣菜「お邪魔しまーす」

美穂「おじゃまします」

P「あ、まゆ。俺の部屋は二階だから」

まゆ「ご存知ですよぉ」

なんで?

まゆ「……さて、ここが現実のPさんの部屋ですね」

美穂「現実の、って……」

李衣菜「何する?言っとくけど本ぐらいしか無いよ?」

P「事実だけど酷くない?」

まゆ「……男の子の部屋に来たら、するべき事なんて決まってるに決まってますよねぇ?」

そう言って、まゆはベッドの下を覗き込んだ。

美穂「何してるんですか?」

まゆ「エッチな本を探してるんです」

P「おいやめろ」

李衣菜「そう言えば確かに、何処にあるんだろうね」

美穂「Pくんの事ですから、無い筈は無いんですけど……」

P「そんな本、俺は一冊も持ってないぞ」

まぁ持ってるけど。

上手く隠してあるし、バレる事は無いだろう。



まゆ「何処ですかねぇ?引き出し一番下段の二重底下の箱に入ってたりしませんかねぇ?」

……なんて具体的な例なんだ。

だが残念だったな。

P「……部屋に引き出しなんて無いぞ」

李衣菜「いやあるじゃん」

美穂「……そこに隠してあるんですね……」

まゆ「エッチな本って言った時、一瞬視線がそちらに移りましたからねぇ」

P「いやマジで無いから!引き出しには何も入ってないから!!」

李衣菜「はーい空気が入ってまーす」

P「小学生かお前は」

李衣菜「で、本当に入ってるの?」

P「……ないぞ?マジでないからな?絶対開けるなよ?俺が見張ってるからな?」

コンコン

部屋の扉がノックされた。

文香「お取り込み中すみません。P君、荷物が送られて来たので運ぶのをお願い出来ますか?」

P「……みんなも手伝ってくれたりしない?」

まゆ「まゆはここで何もせずに待ってますよぉ」

美穂「わたしも、力仕事は……あ、安心して下さい!絶対に何もしませんから!」

李衣菜「しょうがないなぁ……私が手伝ってあげるから」

P「……頼むぞ?絶っ対に引き出し開けるなよ?そこは異世界へと続く扉になってるからな?」

まゆ「ご安心下さい、まゆが信用出来ないんですかぁ?」

にっこにこな笑顔だ。

こんな状況じゃなければ惚れてたかもしれない。

P「……信じるぞ?」

美穂「わ、わたしが見張っててあげますからっ!」

李衣菜「はいはい、行くよP」



バタンッ

俺と李衣菜が部屋から出る。

「さぁ、開けますよぉ!」

「……はいっ!」

P「……遠くに旅に出たい」

李衣菜「あはは……ま、元気出しなよ」

P「二度と女子を部屋に入れないわ」

俺はそう固く誓った。

李衣菜「私もダメ?」

P「李衣菜はいいや」

李衣菜「おっと、それは私を女子だと思ってないって事?」

P「回答は控えさせて頂きます」

信頼してる、って意味なんだけどな。

そんな恥ずかしい事を言いたくも無いし。

文香「……すみません、こちらの段ボールをお願いします」

P「あいよ。李衣菜は悪いけど、中の本を出して机に積んどいてくれるか?」

李衣菜「りょーかい!」

うーん、重い。

若いとはいえ腰やらない様に注意しないと。

……そうだ。

P「……そういえばさ」

李衣菜「ん?どうしたの?」

P「美穂に告白された」

李衣菜に、相談してみる事にした。

李衣菜「えっ、美穂ちゃん勇気出したんだ……!」

P「……知ってたのか?」

李衣菜は美穂と、一年生からずっと仲が良いから。

もしかしたら、前から美穂は李衣菜に想いを打ち明けてたのかもしれない。

李衣菜「まぁうん。前から応援してたんだよね、美穂ちゃんの事」

P「言ってくれれば良かったのに」

李衣菜「言える訳無いでしょ」

P「それもそっか」

李衣菜「で、OKしたの?」

P「……いや、まだ返事をしてない」

李衣菜「……え?なんで?」

突然声のトーンが下がった。

へ、へー……李衣菜ってそんな怖い声も出せたんだな。

P「……えぁ、えっと……それがだな……まゆと加蓮からも……」

李衣菜「……ふーん。モテ期到来じゃん」

声ひっく冷た怖。




李衣菜「で、Pはどうすんの?」

P「……どうすれば良いんだろうな、ってさ」

李衣菜「……そんなの自分で考えなよ。好きな人と付き合えば良いじゃん」

P「それもそうなんだけどな……」

李衣菜「私としては美穂ちゃんと結ばれて欲しいけど、そこまで口出せる様な事でも無いしね」

好きな人と付き合えば良い、か……

みんなすっごく可愛いとは思うけど。

正直、まゆも加蓮もつい先日出会ったばっかりでよく知らないし。

美穂ともずっと友達って距離で接してたから、付き合うと言われてもピンとこない。

李衣菜「ま、のんびり考えれば良いんじゃない?その間に嫌われちゃうかもしれないけど」

P「それは避けたいなぁ。とはいえ、断っても……」

李衣菜「っていうか、なんでそれ私に相談してきたの?」

P「他に相談出来る相手がいないからだけど?」

李衣菜「……寂しいなぁ」

P「うるせぇ」

李衣菜「あ、そうだ。文香さんは?」

P「姉さんって恋だの愛だのに疎そうじゃない?」

李衣菜「すっごく失礼だけど……うん、確かにそんな気がするね」

P「まぁ、後で少し相談してみようかな」

李衣菜「っよし、こっちは終わったよ」

P「俺ももう直ぐ終わるわ。んじゃ、お茶でも持って部屋戻るか」

李衣菜「部屋に戻る覚悟は出来た?」

……まぁ、大丈夫だろうけど。

P「……お茶、茶葉から育てるか!」

李衣菜「部屋に戻るのは四年後以降になっちゃうね!」



まゆ「さて、それでは……」

美穂「ひ、開いちゃうんですね……!」

まゆ「いえ、引き出しは開きませんよぉ」

美穂「……え?あ、あれ?」

まゆ「他の人の引き出しを漁るなんて、そんな非常識極まり無い事をまゆはしませんから」

美穂「……で、ですよね!もし本当にしようとしてたら、わたしが止めてたところだもん!」

まゆ「……じとーっ」

美穂「……な、なにかな?」

まゆ「まぁいいです、本命は別にありますから」

美穂「……え?どういう事?」

まゆ「引き出しの底はフェイクです。いえ、一応数冊は隠してあると思いますが、一番バレたく無い本は別の場所にある筈ですから」

美穂「なんでそんな事が分かるの?」

まゆ「Pさんはあれでいて頭が回りますから。おそらくこちらはバレてもまぁ軽度の致命傷で済む程度の本しか隠されていません」

美穂「軽度の致命傷で済むって、言葉が複雑骨折してない?」

まゆ「おそらく先ほどの会話からしても、引き出しの本を見つけさせてそれ以上探させない為に大げさに焦ったフリをしたんでしょう」

美穂「ねえその心理戦必要?」

まゆ「普通に考えてみれば分かる事です。李衣菜ちゃんや美穂ちゃんや文香さんが当たり前の様に出入りする部屋のあからさまもあからさま過ぎる場所に、バレたら本気で困るものを隠すと思いますか?」

美穂「……確かにそうだね。文香さん、割とナチュラルにタンスとか引き出しとか開ける時あるから……」

まゆ「では、そうですね……見られて特に困るのは文香さんや李衣菜ちゃんだと仮定しましょう」

美穂「なんか探偵みたいだね」

まゆ「さて、ここで問題です。誰かに見られては困る物を隠す時、一番自分が見張りやすい場所はどこだと思いますか?」

美穂「……あっ!……えぇ……」

まゆ「はい、おそらくはそこです。基本誰にも開けられず、常に自分で見張れるのは……」

美穂「……学校の鞄、だよね……?」

まゆ「まぁ憶測に過ぎませんけどねぇ……」

美穂「本当だとしたら、Pくん四六時中エッ……えっと、そういう本を持ち歩いてたんですね」

まゆ「では……開けますよぉ」

美穂「さっきそんな事しないって言ってなかったっけ……」

まゆ「あっ、偶然Pさんの鞄が倒れて偶々チャックが開いてて運悪く中の物が出てきちゃいましたぁ」

美穂「白々しさもここまでくると才能だね……」

まゆ「……見て下さい美穂ちゃん。このブックカバーの本、学校で使用する教科書には無いサイズだと思いませんか?」

美穂「……つ、つまり……この二冊の本は……」

まゆ「……さぁ、開きますよぉ!」




パラッ

まゆ「…………」

美穂「…………」

まゆ「……こちらは義姉モノですねぇ」

美穂「た、確かにこれは文香さんに見られたら冗談じゃ済まされないね……」

まゆ「表紙の女性のイラスト、ついさっき部屋をノックした女性とソックリですねぇ」

美穂「……た、たまたま似てるだけって事にしておこっか」

まゆ「踏み込んだら不味い気がしますねぇ……」

美穂「こっちの本は……うわぁ……」

まゆ「……幼馴染モノですか……なんだか、ついさっき部屋から出て行った女性とソックリですねぇ」

美穂「……これも見なかった事にしようかな」

まゆ「たまたま似ているだけだと信じたいですねぇ」

美穂「……あ、あはは……」

まゆ「……ですねぇ、デスですねぇ」

美穂「……自分と似てる女の子じゃなくて、ちょっと嫉妬してる?」

まゆ「……少し。ですが、実際まゆと似たイラストの本を目にしたらそうも言ってられないかもしれません」



美穂「……引き出しの方、気になる?」

まゆ「美穂ちゃんは気になるんですか?」

美穂「……あっ、偶然引き出しが開いて二重底の下から箱が飛び出て来ました!」

まゆ「……随分と超常的な偶然ですねぇ」

美穂「この地図帳、表紙と本誌がサイズ合って無いね」

まゆ「開きますよぉ……」

ピラッ

まゆ「…………」

美穂「……おめでとう、まゆちゃん」

まゆ「割と本気でどういう顔をすれば良いのか分かりません」

美穂「……まゆちゃんソックリの女の子が……うわぁ」

まゆ「ま、まゆはこんなはしたないポーズなんてしませんよぉ!」

美穂「こっちの本は……」

まゆ「……おめでとうございます、美穂ちゃん」

美穂「……えへへ……」

まゆ「え゛」

美穂「……えっ?あ、ぇっと……!Pくんってば!わたしをそういう目で見てたんですね!幻滅しました!」

まゆ「一瞬安心していた様な」

美穂「してません」

まゆ「……ニヤッって」

美穂「してません!しないもん!」

まゆ「……それも見なかった事にしてあげますよぉ」

美穂「……何も見なかった事にしよっか」

まゆ「それで、皆が幸せになれるなら……!」




部屋に戻ると、まゆと美穂が顔を真っ赤にして会話していた。

……あ、鞄の位置が微妙にズレてる。

そうだ、宇宙に旅行なんてどうだろう。

俗世の事も後の事も忘れて、ただ宇宙空間を無限に漂いたい。

李衣菜「疲れたー……はい、お茶」

美穂「あ……お、お疲れ様です!」

まゆ「言われた通り、何もせずに喋って待ってましたよぉ!」

P「……いや、まぁ、うん……そっか、うん」

見なかった事にしてくれるらしい。

なんて優しい子達なんだろう。

その優しさエネルギーで俺を大気圏外まで飛ばして欲しい。

P「あ、そうだ。夕飯どうする?」

まゆ「今からまゆが作りますよ?」

美穂「あ、でもそれだと寮の門限ギリギリになっちゃわない?」

まゆ「むぐぐ……仕方ありません、もう少しみなさんとお喋りしたら今日はまゆをお引き取り願わせますよぉ」

李衣菜「ねぇ二人とも!どんな本があったの?!」

美穂「見てません」

まゆ「知りません」

李衣菜「えー、教えてくれたって良いじゃん」

P「もう雨は止んでるぞ。よかったな、一時的な雨で」

美穂「はい!」

まゆ「両手を振り回して帰れますよぉ!」

李衣菜「みんなはぐらかすんだ……へー」

P「さ!何して遊ぶ?!ここは童心に帰って鬼ごっこでもやるか?!」

まゆ「まゆが鬼をやりますよぉ!手つなぎ鬼をしますよぉ!!」

李衣菜「まいっか。はいバリアー!ここから先進入禁止ね!」

美穂「わたしもバリアーを張ります!ここから先は車両通行止めです!」

なんてまぁ、アホな会話をして。

あっと言う間に時間は過ぎていった。




美穂「じゃあね、Pくん」

まゆ「また明日、Pさん」

P「……また明日な」

時刻は午後七時半過ぎ。

寮の門限で美穂とまゆが帰って行った。

なかなか目を合わせてくれないのは、まぁ気の所為だと信じたい。

P「で、李衣菜はどうする?」

李衣菜「親に連絡するの忘れてて夕飯用意されてないみたいだし、久し振りに私が夕飯作ってあげよっか?」

文香「是非!」

P「姉さん座って」

さっきまでリビングで本読んでたよな?

P「いやいいよ、俺が作るから」

李衣菜「いつも朝ご飯はたかっちゃってるし、偶には適度にお礼してかないとね」

P「お返しは三倍返しが相場だぞ」

李衣菜「三食全部になっちゃうじゃん」

P「俺割と李衣菜の作る料理好きだし、それでも嬉しいんだけどな」

李衣菜「はいはい、そういうのは誰かと付き合ってから言ってあげてね」

P「鍋とかの場所分かるか?手伝うぞ」

李衣菜「一人で大丈夫だって。何年来てると思ってるの?」

そう言って、李衣菜がキッチンへと向かって行った。

文香姉さんは目をキラキラと輝かせながら微笑んでいる。

文香姉さん……




P「あ、姉さん」

文香「すみません、今李衣菜さんを見守るのに忙しいので」

P「あ、はい」

文香「……あ、失礼しました。今のは、その……先ほど読んでいた本の一文が口から出てしまっただけで……」

そんなピンポイントな本ある?

文香「それで……P君も、料理が楽しみで仕方がないのですか?」

P「姉さんと一緒にしないでくれ」

文香「……P君は、ですね」

P「まぁいいや、それでさ……恋愛って、何なんだろうなってさ」

文香「男女間の、恋いしたう愛情ですね」

P「うわぁすごく抽象的!」

文香「ごほんっ!それで……何故、突然その様な事を……?」

P「えっと……女の子に告白されてさ、今までそういう事って無かったからどうすれば良いんだろ、って」

文香「……告白、されたのですね……それは、美穂さんからですか?」

P「うん。あとまゆと加蓮って子から」

文香「……女の敵ですね、P君は」

P「悪い事はして無いんだけどな……」




文香「それで……どうすれば良いのか分からない、と……」

P「っていうかこう……なんだろ?誰々が好きーとか付き合いたいーとか、そんな風に考えた事も無かったから」

文香「……例えば……そうですね。今はそうで無いにしても、これからそういったお相手が現れる事があるかもしれません。返事は、その時でも良いのではないでしょうか?」

P「待ってて貰うって事?」

文香「今はそういった相手としては見れない、と……そう断るのも、一つの手だと思います。今後その方が好きになった時、P君から告白すれば良いんです」

P「それ都合良過ぎない?」

文香「嫌われてしまえばそれまでですね」

ズバッと言うなぁ。

文香「ですが……告白されたから、という理由で付き合って……勿論、恋人となってから相手を好きになる事もあるかもしれませんが……付き合う理由としては、不純極まり無いと思います」

P「好きになる、なぁ……恋とか好きとかって、どんな感じなんだろ?」

文香「……一緒に過ごしたい、側に居たい、側に居て欲しい、相手に自分の事を見て欲しい、自分の事を考えてして欲しい……そういった感情では無いでしょうか?」

P「一緒に居たい相手なら沢山いるけどな」

文香「たった一人しか選べないなら……P君は、誰と一緒に居たいですか?」

たった一人しか選べないなら、か……

文香「複数の女性と付き合う、そういった恋愛の形もあるのかもしれませんが……少なくとも日本では一般的ではありません。ですから、P君が……この人とずっと一緒に居たい、と。心からそう思う方を選ぶべきだと思います」

P「おぉ……なんか姉さんがすげーそれっぽい事言ってる」

文香「……はぁ。私には、そういった恋愛経験や知識は無いと思っていたのですか……?」

少しムスッとした表情をする文香姉さん。

流石に失礼過ぎたか。



P「だってなんか、そういう相手とかいなさそうだし」

文香「……P君、今晩から冷水シャワーのみを使用してみたら如何ですか?」

P「いやほんとすみません……」

文香「……私にも、以前は……想い慕う男性がいましたから」

え、まじで?!

文香「……張り倒したくなる様な表情ですね」

P「いや、だって……えぇ、まじで?」

文香「……はい、話は此処までです」

P「ごめんごめんごめん!え、どんな感じだった?!」

文香「……そうですね……とても、優しくて……頭の悪い方でした」

文香姉さん、自分より頭の悪い人が好みだったんだな。

でも、なんて言うか。

きっとその相手を思い浮かべているであろう文香姉さんは、なんだか楽しそうだった。

文香「……誰よりも、近しい存在になりたい、と……そう思えるくらい……彼は、私の世界を変えてくれたんです」

自分の世界を変えてくれた人、か……

確かにきっと、そういう相手がいたら好きになるんだろうな。

文香「……彼の作る料理を食べたい。誰よりも彼の近くに居たい。ずっと、彼と過ごしていたい……心から、そう思える人でした」

でも。

それが過去形って事は。



P「……失恋したのか……?」

文香「さぁ、どうでしょう……?もしかしたら、私はまだ諦めてはいないかもしれません……」

P「にしても、姉さんにそんな相手がいたなんてな……一回会ってみたいわ」

文香「……ふふ。残念ながら、P君は一生、逢う事が叶わないでしょう」

今はもうどっか遠くに住んでるんだろうか。

文香「……さて、私のお話はこれで終わりです。今度は……そうですね。P君が誰かと付き合い始めた時に、P君のお話を聞かせて下さい」

P「あいよ。まぁ、いつになるか分かんないけど」

李衣菜「おーいP、運ぶの手伝ってくれない?」

P「あいよ」

文香「急いで下さい……時間は有限ですから」

P「なら姉さんも運ぶの手伝ってよ」




P「ん、もう結構いい時間だな。送ってくよ」

李衣菜「別にいいのに、私が道に迷うと思ってる?」

P「女子一人をこんな時間に放り出す訳にもいかないだろ」

文香「ご馳走様でした。また、いつでも来て下さいね」

李衣菜「もちろんです。それじゃ、おじゃましました」

バタンッ

四月の夜風はまだまだ冷たい。

こんな事ならコートでも羽織ってくれば良かった。

P「寒く無いか?」

李衣菜「夕飯食べたばっかりだから大丈夫」

P「にしても久し振りに李衣菜の料理食べた気がするな。美味しかったぞ」

李衣菜「ほら、今後はもっと振る舞う機会減っちゃうかもしれないじゃん?」

P「そうなのか?」

李衣菜「恋人が出来てからも、別の女子の料理食べるのってどうなの?」

P「……なんか大変だなぁ、そういうのって」

正直、嫌だなぁ。

今まで通りって訳にはいかなくなるの。



P「小学生に戻りたいわ」

李衣菜「私に会う前?後?」

P「後に決まってんだろ。李衣菜と会う前とか本読んでた記憶しかねぇよ」

李衣菜「ま、そういう訳にもいかないでしょ。もう高校生なんだから、高校生らしい青春をしないとね」

P「高校生らしい、ねぇ……いつまでも子供じゃいられないんだな」

李衣菜「高校生だってまだまだ子供だとは思うけどね。Pは特に」

P「精神年齢の話をするんじゃない」

李衣菜「見た目だけはどんどん大っきくなってくからね……後は、うん。人間関係とか」

P「友達を数えるの、もうすぐ片手じゃ足りなくなるんたぜ!」

李衣菜「うん、普通の人は両足の指を使っても足りないと思うよ」

P「……人間関係、か……」

李衣菜「変わらないなんて事は無いんだよ。背も高くなるし、声だって変わるし、恋だってするんだから」

P「恋、ね……俺はどうなんだろうなぁ」

李衣菜「少年少女はあっという間だよ、本当に。三日と経たないうちに勝手に大人になってくんだから」

確かに、そうだとは思う。

金曜日からの三日間で、色々な事がありすぎた。

それで俺が大人になれたのかと聞かれれば、即答は出来ないけど。

以前の俺だったら、そもそもそんな事を自分に問いかける事すらしなかっただろう。

李衣菜「変わらないでいたいって思うのも大事かもしれないけど、変わる事だって大切なんじゃない?」

P「……ずっと友達でいたいってのはワガママなのかな」

李衣菜「……Pはさ、本当に……誰かと恋人になりたいって思った事は無いの?」

P「……今は無いなぁ」

李衣菜「じゃ、これからもずっとみんなと友達でいれば?」



ふふっ、と。

笑いながら、ため息を吐く李衣菜。

李衣菜「でも……ちょっとだけ安心したかも」

P「安心?」

李衣菜「私もまだまだ子供だなーって事」

P「んな事は知ってるよ」

李衣菜「え、ひっどい。こう見えて色々成長はしてるんだけどなぁ」

P「自分で言っといて否定しなかったらひどいってひどくない?」

李衣菜「……Pが友達でいたいって、本気で思ってるなら。その気持ちも、大切にしてね」

P「そりゃ友達は大切だからな」

李衣菜「少ないもんね」

P「少ないさ、だからこそ大切なんだよ」

李衣菜「……P、中身は全然変わらないなー」

P「質保存の法則だよ」

李衣菜「量は何処にいったの?」

P「友達が増えたから量は変わった」

李衣菜「そっちも変わらなければ良かったのにね」

バカにする様に笑って、李衣菜は走って行った。

あ、もう李衣菜の家の近くまで来てたんだな、

李衣菜「じゃ、また明日ね!」

P「おう、またな!」

大きく子供みたいに手を振って別れる。

さて、帰り道は寒いから。

少し小走りして、身体あっためるか。





翌日、起きると部屋にまゆが居た。

……なんで?

まゆ「おはようございます、Pさん」

P「おはよう、まゆ……」

まずい、会話の繋げ方が分からない。

俺は今までどんな風に会話していただろう。

まゆ「朝ごはん出来てますよ。美穂ちゃんと李衣菜ちゃんも来てますから」

P「あー……えっとだな、まゆ。その……」

言わなければ。

出来れば今は、恋人とかそういうの抜きにして。

友達としてこれからも過ごして欲しい、と。

とはいえ寝起きでまだ頭も回らないし、髪もボサボサだし後でにしようか……

まゆ「……ねぇ、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「まゆに、突然好意を向けられるのは迷惑でしたか?」

P「……えっ?」

まゆ「まゆは、Pさんの迷惑になる様な事はしたくないんです。きっと、こうして真正面から尋ねられる事すら迷惑かもしれませんが……よければ、教えて下さい」

P「それは……」

……言える訳が無い。

好きって言われても困るしやめて欲しい、だなんて。

それが、こんなにも優しい子なのだとしたら尚更。



P「迷惑って言うか……まだ俺達って会って間もないし、まゆの事を良く知らないから直ぐには返事出来ない、ってのが正直なところで……」

まゆ「……そうですよね。まゆ達はまだ、出会って……一週間程しか経っていないんですから」

……なんで、そんな悲しそうな表情をしながらも。

そうやって、笑顔でいようとしてくれているんだ。

P「……まゆは、優しいな。だからこそ……今は、友達でいて欲しい」

こんなにも優しい子を、良く知らないまま振りたく無い。

出来れば関係が変わらないまま、気不味くならないままでいたい。

もっとお互いを知って、その時俺がまゆと付き合いたいと思ったら返事を返す。

……なんて、ワガママで子供過ぎる。

まゆ「……任せて下さい。まゆはそう簡単には諦めませんから。お返事は、Pさんがまゆを好きになってからで結構です」

P「……俺、都合良過ぎるよな」

まゆ「まゆじゃ無ければ、ポイされちゃってるかもしれませんねぇ」

P「……ありがとう、まゆ」

まゆ「それだけPさんにとって、お友達は大切な存在って事ですよね?」

まぁまゆは、振られたところで諦めたり距離を離したりなんてしませんが、と笑う。

……嫌だなぁ。

優しさに甘えるのも、その優しさを痛いと感じるのも。

やっぱり俺は、まだまだ子供だ。

まゆ「さ、早く着替えて降りて来て下さい」

P「あぁ、ありがとう」




まゆが下に降りていった後、パパッと着替えて支度を済ます。

リビングに着けば、既に皆食べ始めていた。

李衣菜「遅いよP。待ってたら遅刻しちゃうところだったじゃん」

ならなんでうちに来るんだろうか。

美穂「おはようございます、Pくん」

P「おはよう美穂」

文香「……んぐっ……おはようございます、P君」

P「姉さん……おはよう」

まゆ「Pさんの分も準備してありますから」

李衣菜「まゆちゃん、ほんと料理上手いよね。手早くこんなに美味しいの作れるなんて」

美穂「わ、わたしも女子力を鍛えないと……」

まゆ「ふふ、ありがとうございます」

P「うん、美味しい」

李衣菜「Pももっと料理頑張って!」

P「まゆと競うのは無理があるだろ……」

美穂「が、頑張って下さい!」

P「よしやったるぞ!一人暮らしの男の料理ってやつを見せてやる!」

文香「……あの……」

まゆ「まゆは負けませんよぉ。ところで申し訳ないですけど、先生にHR前に用事を頼まれてるんです。李衣菜ちゃん、付き合って貰えませんか?」

李衣菜「ん、おっけー。なら私達は先に行こっか」

まゆ「はい、お願いします。Pさん……後、お願いしますね?」

……本当に感謝しかないな、まゆには。

美穂「でしたら、後片付けはわたしも手伝います!」

P「ん、いやいいよ。玄関で待っててくれるか?」

美穂「は、はいっ」




片付けを終えて家を出る。

四月の朝はまだ寒い。

女子はスカートだからもっと寒いんだろうな。

P「お待たせ、それじゃ行こうか」

美穂「はい。えっと……Pくん」

P「ん、なんだ?」

美穂「わたし、Pくんとこうして歩くのが大好きでした。こうやって、ありふれた毎日を過ごすのが幸せでした」

P「あぁ、俺も美穂と一緒に過ごす時間は好きだよ。なんだか心地良いし」

美穂「そう言ってくれると、とっても嬉しいです」

並んで歩く美穂の声は、どことなく暗い。

美穂「もしかしたら……でも、そうじゃなければ良いな、って。そう願ってて……だから、これからわたしが話すのは、独り言だと思って下さい」

冷たい風が街を吹き抜ける。

美穂の声は、ギリギリ聞き取れるくらいだった。

美穂「もっとPくんの側に、もっと近くにいられたら。それは、とっても幸せな事です。でも……もし、Pくんの側にいられなくなったら……それは、わたしにとって凄く辛い事なんです」

消え入りそうな、泣き出しそうな声。

美穂にそんな思いをさせてしまった事が、本当に辛くて。



P「俺も、そうだな……美穂と一緒に遊んだり、こうして楽しく過ごせなくなるのは……いやだな」

美穂「……誰と、付き合うんですか……?良ければ……それだけでも、教えて下さい」

P「……えっ?」

美穂「……えっ?」

P「いや、俺誰とも付き合って無いけど……」

美穂「……あ、あれ?まゆちゃんがわたしとPくんを二人きりにしてくれたから、てっきり振られちゃうのかなって……」

P「……俺さ、まだちゃんとした返事は出来なくて……出来れば、これからもみんなと友達でいたいって思いが強いから……」

美穂「……お友達、ですか……」

P「……あぁ。いきなり過ぎて、色々ピンと来てないんだ。出来れば……もう少し待って欲しい」

美穂「…………うぅぅ……良かった……」

一気に、緊張の糸が溶けた様に大きなため息を吐く美穂。

美穂「不安だったよぉ……うぅぅうぅぅっ……」

P「……すまん、でも……美穂と友達でいたいって思いは本当だから」

美穂「グスッ……はい。わたしも、Pくんにそう言って貰えて良かったです」

それに、と。

言葉を続ける美穂。

美穂「だったら!恋人になりたいって思って貰える様に、わたしも頑張っちゃいますからっ!」

P「……ありがとう、美穂」



加蓮「おはよー鷺沢」

P「よっ、加蓮」

加蓮「加蓮ちゃんって呼んでもいいよ?」

P「加蓮ちゃん」

加蓮「きもっ、やっぱやめて」

なかなか酷いムーブだと思う。

美穂「仲良いんですね、二人は」

加蓮「それはそうだよ。だって私達は……なんて言うんだろ?」

まゆ「赤の他人ですかねぇ」

加蓮「赤いのは黙って」

まゆ「赤要素はリボンだけですよぉ」

加蓮「ってかソレ校則で禁止されてるでしょ」

まゆ「……うふっ?」

誤魔化した。可愛い。

まぁ先生相手に上手くやったんだろう。

美穂「あ、わたしは小日向美穂です。よろしくね?加蓮ちゃん」

加蓮「加蓮ちゃん……良い響きだね。鷺沢も加蓮ちゃんって呼んでいいよ?」

P「オチが見えてるからやめとくよ」

加蓮「……呼んでくれないの?」

演技だって事くらい分かってる。

残念だったな、その程度の捨てられた猫力じゃ俺の心は変わらないんだよ。

P「……加蓮ちゃん」

加蓮「うへっ」

P「……トイレ行ってくる」

泣いても許されると思う。

人を信じる事が出来なくなった今の俺には、一人になれる場所が必要だ。



智絵里「……Pくん。えっと……」

P「……ん、智絵里ちゃん」

教室に戻ろうとすると、扉の前に智絵里ちゃんが立っていた。

P「あ、ごめんな?昨日は加蓮に行って貰っちゃって」

智絵里「……いえ、その……改めて、頑張ろうって決意する良い機会になりましたから……」

P「告白か?」

智絵里「はい。次は、練習じゃなくって……ホントの気持ちを、きちんと伝えます」

P「そっか……頑張れよ、智絵里ちゃん」

智絵里「だから……Pくん」

P「ん?どうした?」

智絵里「……今日の放課後。もう一度、屋上に来て貰えませんか……?」

P「……それは……」

今、このタイミングで俺にそれを言うという事は。

智絵里ちゃんが好意を向ける相手は……

智絵里「……待ってますから」

そう言って、智絵里ちゃんは教室へ戻って行った。

俺は一人、誰も居ない廊下に溜息を吐く。




まゆ「……行くんですか?」

P「うぉっ?!」

一人じゃなかった、背後にまゆが立っていた。

まゆもお手洗い帰りだろうか。

P「……聞いてたのか?」

まゆ「はい、聞こえちゃいました。それで……Pさんは、智絵里ちゃんの告白を受けるんですか?」

P「……だよなぁ……俺の自意識過剰ってオチだったら良いんだけど」

まゆ「……首を縦には振りませんよね?」

P「……その時にならないと分からないけど……」

多分まゆの言う通りの結末になると思う。

正直、智絵里ちゃんの事をまだよく知らないし。

だから、尚更……

まゆ「……申し訳ない、なんてPさんが思う必要はありません。告白するだなんてワガママに付き合わせようとしているのは智絵里ちゃんなんですから」

P「なぁ、まゆ」

まゆ「はい、なんですか?」

P「……ごめんな、色々と」

告白するだなんてワガママ、と。

まゆの口から言わせてしまった事が、本当に申し訳なかった。

それもこれも、全部俺が子供だから。

P「よし!俺屋上行くわ」

まゆ「……やっぱりやめておきませんか?」

P「いいや、行くよ」

まゆ「……うふふ、頑張って下さい!」



李衣菜「ふー、今日も終わったー!ねぇP、この後遊びに行かない?」

P「あー……悪い、俺この後少し用事あるからさ」

李衣菜「そっか、おっけー」

加蓮「……」

まゆ「……」

美穂「……二人はなんでそんなコソコソと後ろの扉から出て行こうとしてるの?」

加蓮「えっ、あっほんとだ!こっち後ろの扉じゃん!前と後ろ間違えてた!ありがと美穂!」

まゆ「……虫ケラの様な演技力ですねぇ」

加蓮「虫の擬態力をバカにしてるの?」

まゆ「加蓮ちゃんをバカにしてるんですよぉ」

美穂「……?」

仲良いなあいつら。

帰りのHRが終わった後、さっさと荷物を持って屋上へ上がった。

屋上へ続く扉を開ければ、こないだと同じく智絵里ちゃんが一人で待っていて。

智絵里「あ……Pくん。来てくれて、ありがとうございます」

咲くような笑顔で駆け寄ってくる智絵里ちゃん。

相変わらず儚くも可憐なその姿に、俺はまた目を奪われた。

智絵里「……わたし、えっと……き、来てくれるって信じてました」

……あぁ、やっぱり俺やまゆの思い違いって事にはなってくれなさそうだ。

こんなにも真剣な表情で見つめられて、気付けない訳がない。

P「昨日はごめんな、加蓮に代わって貰っちゃって」

智絵里「……いえ……その、Pくんの気持ちも分かるから……」

俺の気持ち……?

智絵里「加蓮ちゃんに言われたんです……『鷺沢は誰かと付き合いたいなんて思ってないし、迷惑になるからやめたら?』って……」

加蓮……こう、なんていうか……

もっとこう、あるだろう色々……

いや実際のところそれで間違ってはいないけど、言い方が……

智絵里「……それなのに、来てくれたから……わたし、嬉しかった……かな」



P「……なぁ、智絵里ちゃん」

智絵里「……はい。分かってるけど……きっと、想いに応えては貰えない、って……」

それなのに、どうして……

言葉にしようとするんだろう。

智絵里「……それでも、伝えたかったから……」

そう言って、智絵里ちゃんは俺の目を見つめてきた。

きっと、そういうものなのかもしれない。

智絵里「Pくん……!わたし、貴方の事が好きです……っ!!」

屋上に智絵里ちゃんの言葉が響く。

彼女は精一杯の声で、想いを打ち明ける。

智絵里「練習なんかじゃないです……ずっと……入学式のあの日からずっと……!Pくんの事が好きでした!」

智絵里「授業中に先生の話を聞かずに本を読んでる、そんな横顔も。体育の時に女の子にカッコ良い所を見せようとして転んじゃう、そんな姿も……」

智絵里「……わたしは、大好きなんです……!」

その言葉は、あの時の同じ。

けれど今は練習なんかじゃなくて、智絵里ちゃんにとっての本心で。

智絵里「貴方は、相手が誰でも優しく分け隔てなく仲良くしてくれる人で、大きな優しさで包み込んでくれる様な人で……!」

智絵里「こんなわたしにも、声を掛けてくれて!とっても、嬉しかったです……!」

智絵里「一緒にご飯食べて……一緒に遊園地で遊んで……名前で呼んでくれて……一緒に、二人で学校から帰って……」

智絵里「わたし、とっても幸せでした……っ!これからも、ずっと。一緒に……わたしと一緒にいて欲しくって!だからっ!!」

彼女の顔は涙に濡れていた。

なのに、こんなに頑張って。

想いを、言葉を届けてくれている。

智絵里「……Pくん!わたしと……わたしと!付き合って下さい……っ!」

智絵里ちゃんの言葉が、全てを伝え切った。

きっと、凄く勇気が必要だっただろう。

自分の想いを伝えるのは、とんでもなく難しいから。

それでも、俺は。

俺の気持ちは……




P「……なぁ、智絵里ちゃん」

智絵里「……はい……」

P「……俺は……」

智絵里「……ねえ、Pくん……ワガママかもだけど……今、答えて欲しい……です……」

P「……あぁ」

なら。

真正面から想いをぶつけてくれた智絵里ちゃんが、それを望むなら。

俺も、きちんと……

P「……ごめん、智絵里ちゃん」

俺は、首を横に振った。

好意を向けられてると知って、嬉しくないと言えば嘘になる。

けれど正直なところ、俺は智絵里ちゃんに対してそういった気持ちで接してこなかったから。

それに今、自分が置かれた状況で。

ただ告白されたから、と言う理由で付き合う訳にもいかないから。

P「俺は、智絵里ちゃんの気持ちに応えることが出来ない」

智絵里「……うぅ……っ!わ、わたしは……!」

彼女の頬を大きな雫が伝う。

そんな顔なんて見たくなかったけど。

今すぐにでも撤回して、答えを先延ばしにして貰いたくなるけど。

それでもこれ以上、俺は誰かをワガママで振り回したく無かったから。

P「……本当に、ごめん」

もう一度、きっぱりと言葉にする。

それからしばらくの沈黙。

その空気の重さが耐えられなくて、俺は口を開いた。

P「……それでも、これからも……」

智絵里「……あの、Pくん」

その言葉を、智絵里ちゃんに遮られる。

P「……どうした?」

智絵里「……Pくんは今……好きな人は、いるんですか……?」

P「…………いないよ……」

智絵里「……そう、ですか……ありがとうございます」

涙を流しながらも、微笑んで。

智絵里ちゃんは、校舎内へと戻って行った。




李衣菜「お、やっほーP」

重たい心で足を引き摺って教室に戻ると、李衣菜が一人で立っていた。

P「ん……あぁ、李衣菜か……」

李衣菜「李衣菜かって酷くない?折角待っててあげたのにー」

P「頼んでないぞ、さっさと帰れば良かったのに」

つい、毒づいてしまう。

虫の居所が悪いと言うか、虫けらの様なメンタルと言うか。

李衣菜にそんな八つ当たりをしたって、誰も幸せになれないって事くらい分かってるのに。

それでも……

李衣菜「うん、私が待ちたかったから待ってただけ。さ、帰ろうよ」

笑って、そう言ってくれた。

なんだかその笑顔が眩しくて。

なんの含みも無い、子供みたいに無邪気な微笑みが綺麗過ぎて。

きっとそれは窓から射し込む夕陽のせいだと自分に言い聞かせ、俺は目を逸らした。

李衣菜「おっ?私に惚れちゃった?」

P「いや、なんていうか……変わんないなーって」

李衣菜「うん、私は変わらないよ」

なんだろう。

李衣菜と喋っていると、悩みなんてどっかに飛んでってくれる様な感覚は。

ずっと昔からの付き合いだから、居心地が良いんだろうな。

P「……よしっ!なんか食って帰るか!」

李衣菜「奢ってくれる?」

P「三百円までな」

李衣菜「小学生の遠足じゃん」

P「バナナだったら何本でも買ってやるよ」

李衣菜「それじゃ、早くインドのバナナ農園行こう!」

P「遠足にしては遠過ぎるだろ」




並んで歩いて、校門を抜ける。

振り返って屋上を見ると、また心が重くなった。

李衣菜「元気無いね。何かあった?」

P「色々あったよ、ここ数日で」

李衣菜「……そっか」

それから、しばらく無言で。

特に会話も無しに、俺たちは道を歩く。

すれ違うカップルは、手を繋いで笑い合っていた。

もしさっきオーケーしていたなら、俺もあんな風に楽しそうに笑っていたんだろうか。

李衣菜「よし着いた」

P「ん……?」

いつの間にか、結構歩いていた様だ。

目の前には大きな川が広がっていて。

そこは、昔たまに李衣菜と遊びに来ていた河川敷だった。

李衣菜「よしP、肉まん買って来て」

P「飲み物は何がいい?」

李衣菜「お茶かポカリ」

P「あいよっ」

少し走って、近くのコンビニで肉まんとポカリを買う。

またすぐに戻ると、木製のボロボロなベンチに李衣菜が腰掛けていた。

P「ほいよ」

李衣菜「ありがと」

隣に腰掛け、肉まんに齧り付く。

うん、肉まんだ。



P「にしても、ここ来るの久しぶりだな」

李衣菜「春休みに一回来たよ」

P「そうだったわ」

確か桜が咲いてるか見に来たんだった。

わざわざ小雨の日に傘差して見に来て、結局枝の写真だけ撮ったのを覚えてる。

李衣菜「もう葉桜になっちゃってるね」

桜の旬は大体一週間くらい。

既に葉桜に変わった桜の樹木は、翌年の春へ向けて再び養分を蓄え始める。

P「ま、俺は葉桜も好きだけどな」

李衣菜「Pは花より団子でしょ?」

P「今は団子じゃなくて肉まんだけどな」

李衣菜「ロマンのカケラも無いなぁ」

笑いながら、李衣菜も肉まんを齧る。

李衣菜と並んで座って。

なんの変哲も無いいつも通りの会話をしていると。

なんだか、子供の頃に戻った様な気がしてくる。

李衣菜「……今日、放課後何かあった?」

P「屋上に行ったんだ」

李衣菜「一人で屋上なんて危ないよ、きちんと保護者さんと一緒に行かないと」

P「俺は幼児か」

李衣菜「で、屋上で?」

P「……智絵里ちゃんに告白された」

李衣菜「Pは?」

P「……断ったよ」

李衣菜「へー」

P「いやおい、聞いたんならもうちょっと興味持てよ」

李衣菜「掘り返して欲しい?」

P「桜の木の下に埋めといて欲しい」

李衣菜「将来の夢は桜の養分なんだ」

P「いずれ春を運んでやるよ」



李衣菜「……ちゃんと、断ったんだ」

P「……あぁ」

李衣菜「……どうだった?」

P「どうだったも何も……しんどかったな」

真正面から向けられた好意を真正面から断るのは、とてもしんどかった。

断った時の智絵里ちゃんの表情が、見ていて耐えられなくなった。

そしてこれからも。

こういった事があるんだとしたら……

P「……やっぱり俺は、子供でいたかったよ」

世界中みんなが子供だったなら良かったのに。

そんなバカな事を考えてしまう。

智絵里ちゃんだって、まゆだって。

みんなあんなに、強くて、優しくて。

俺だけ幼稚なままで、それを実感するのも嫌で。

李衣菜「……でも、ちゃんと断ったんだね」

P「それだって、智絵里ちゃんに返事を求められたからだし……」

李衣菜「理由も大事だけど、結果も大事だよ。どっちかじゃなくて、どっちもじゃない?」

P「理由がダメな俺は半人前じゃん」

李衣菜「もう半分は何にする?魚?馬?」

P「桜が良いな」

李衣菜「また来年お越し下さーい」

P「また来年も来るか。今度は満開の時に見に来たいな」



そう言えば、李衣菜はどうなんだろう?

ふと、気になった。

P「なぁ李衣菜。李衣菜って好きな奴いるのか?」

李衣菜「福沢諭吉とか?」

P「それは俺も大好きだ。財布にあの人が映った日本銀行券ブロマイドを沢山挟んどきたいくらい」

李衣菜「あとは樋口一葉」

P「なんて現金な奴だ」

李衣菜「あっはは。にしても、ねぇ。Pはそんな人の好きな人を知ってどうするの?」

P「いや、単純に李衣菜は恋をするのかって気になっただけだよ」

李衣菜「え何、私雌雄同体だと思われてるの?」

P「カタツム李衣菜って語呂よくないか?」

李衣菜「……悪くないと思っちゃった自分がいた。あ、早く食べないともう肉まん冷めちゃってるんじゃない?」

P「肉まんって雌雄同体なのかな」

李衣菜「マンだし男なんじゃない?」

P「肉まんは恋をするのかな」

李衣菜「難しいなぁ……」

なんか話が逸れた気がする。



P「ってそうじゃなくてさ」

李衣菜「うーん、内緒でーす!」

P「おいおい、減るもんじゃ無いだろ」

李衣菜「じゃあP、持ってる『本』のタイトル私に言える?」

P「すまん、俺が悪かった……ん?」

……いやでもそれは信頼とかが減る気がする。

つまり釣り合って無いのでは?

P「俺たちの間に隠し事は無しだぞ。あの日そう誓ったじゃないか」

李衣菜「え、ごめんそんな覚え無いんだけど」

P「奇遇だな、俺も無いわ」

李衣菜「それに私がPに隠し事をしてた事って無いでしょ?」

P「美穂の事」

李衣菜「恋愛に関してはその限りでは無いんだけどね」

P「……まぁ確かに、それ以外で李衣菜が何か隠してた事って無いな」

李衣菜「その通り、分かってるじゃん」

P「逆に言えば恋愛に関しては話してくれないって事か」

李衣菜「それもその通り。ま、私も好きな人いるんだけどね」

P「はっ?!!?!?!」

李衣菜「……嘘だよ?まぁ嘘だけど、その反応的に私は一回殴っても許される気がするんだけど」

P「……嘘か」

一瞬天地がひっくり返ったかと思った。

聞いといてあれだけど、李衣菜が恋愛って、こう……イメージが湧かなかったから。

李衣菜「イメージ映像が出ない?」

P「頭ん中砂嵐だったわ」




李衣菜「そういうのに憧れない訳じゃないけどね。恋人と並んで歩くーとか、二人で遊びに行くーとか」

そう言って笑いながら、李衣菜は此方を向いた。

李衣菜「でもま、私は今のままで充分かな……なんて、ちょっとクサかった?」

沈みかけた夕陽に照らされ、春の風に髪をなびかせて。

そんな李衣菜の笑顔が、堪らなく眩しくて。

なんだか恥ずかしくて、それでももっと見ていたくて。

P「…………あ……」

成る程、と。

色々と渦巻く思考の中で。

それでも冷静に納得している自分がいた。

そうか、こんな風に……

李衣菜「ん?何?どうしたの突然」

P「……いや、えっっと……何でもない」

李衣菜「さ、そろそろ帰ろ?文香さん待ってるんじゃない?」

P「ん、やべ。買い物してかないと」

李衣菜「それじゃ、私はあっちだから」

P「おう、じゃあな」

李衣菜と手を振って別れる。

風に乗って流れて来た桜の花びらが、その後ろ姿をより鮮やかにして。

P「……李衣菜ー!」

李衣菜「なーにー!」

もう一度、手を振る。

それに応え、李衣菜も振り向いて大きく手を振った。

P「また明日なー!!」

李衣菜「はーい!またねーっ!!」

俺はそこに、少し遅れてきた春を見つけられた気がした。






文香「……随分と、機嫌が良い様ですね」

P「あ、見て分かる?」

家に帰って夕飯を作っていると、文香姉さんからそんな事を言われた。

どうやら俺は気分が表に出るタイプらしい。

文香「ふふ……なるほど」

P「そうそう!バレた?!」

文香「そうですね……」

P「うん!それだよ!」

文香「本日は、お気に入りの『本』の発売日でしたね……」

P「ちげぇよ!!」

文香「……違ったのですか……?」

P「違うそうじゃない姉さん。っていうかなんで把握してんの?」

いやまぁ買い損ねたけど確かに今日だったけど。

もっとこう……あるだろう。

文香「私が書籍類の発売日を把握していないとでも……?」

P「把握されてるのか……これから毎月この日はどんな顔して帰って来ればいいんだよ……」

文香「……堂々としていれば良いと思いますが……」

P「その話聞かされた後でとか無理だろ」

文香「ご安心下さい……その日のみ、きちんとノックする様にしていますから……」

P「心遣いが痛いし、それ以前に普段もちゃんとしようよ」

文香「……それで……P君」

P「何?ノックは二回だとお手洗いになっちゃうから三回だぞ」

文香「お手洗いでの時も」

P「やめて姉さん。いやほんとやめて下さい」

文香「……ふふ。少し、意地悪でしたか……」



珍しく悪戯っ子の様に笑う文香姉さん。

なんだかいつも以上に口では勝てそうにないなぁ。

文香「……P君が、とても楽しそうだったので」

P「従兄弟が楽しそうだから意地悪するってなかなか捻くれてない?」

文香「私にだって、そんな時もあります…………さて」

ニコリと笑って。

文香「……見つかりましたか?P君」

P「うん、案外近くにあるもんだったよ」

文香「ふふ……そうですか」

P「自分の事みたいに嬉しそうだな」

文香「当然です。私は、P君の……姉なのですから」

P「ありがと、姉さん」

文香「成就すると良いですね」

P「すると良いなぁ」

文香「お相手は……李衣菜さんですか?多田さんですか?多田李衣菜さんですか……?」

P「わぁすげぇ!実質一択じゃん!」

文香「……違ったのですか?」

P「いやまぁ、違わないけど……」

文香「……改めて、頑張って下さい」

P「もちろん」

文香「彼女の作る料理が……私は、大好物ですから」

P「うわそっち目当てか!」

文香「ふふふ……P君のお話を聞ける日を、楽しみにしていますから」

P「おう、あと食器くらいは運ぶの手伝って欲しいかな」




ガラガラ

P「おはよーございまーす」

李衣菜「おはよーP」

美穂「おはようございます、Pくんっ!」

智絵里「あ……えっと、おはようございます……っ!」

P「……おう、おはよう」

智絵里「……えへへ。おはようございます、Pくん」

P「……あぁ。おはよう、智絵里ちゃん」

智絵里「はい……おはようございますっ!」

あぁ、本当に良かった。

智絵里ちゃんが、前までと同じ様に接してくれて。

美穂「なんで挨拶してるだけなのに、あんなに嬉しそうなんだろ……?」

李衣菜「挨拶愛好家なんじゃない?」

加蓮「……おはよー鷺沢」

まゆ「……おはようございます、Pさぁん……」

P「えっと……おはよう」

美穂「……なんで挨拶してるだけなのに、あんなに死にそうなんだろ……?」

李衣菜「嫌挨拶家なんじゃない?」

智絵里「おはようございます、加蓮ちゃん、まゆちゃん」

加蓮「……お、おはようございます緒方様」

まゆ「昨日は、その……大変申し訳ございませんでした……」

いやマジで何があったんだ。

美穂「何かあったんですか?」

李衣菜「あそこ聞いちゃうんだ」

加蓮「……チョップが……ちえりんチョップが……っ!」

まゆ「やめて下さい……チョップだけは……っ!」

智絵里「……わ、わたし、そんな事してないけど……」

P「何をしたらこうなるんだ?」

智絵里「……ちょ、チョップです……!」

チョップが飛んで来た。

これ以上深追いはするなという意味なんだろうか。



李衣菜「む、じゃあ私バリアー張る!」

なんで張り合った。

智絵里「チョップです……!」

李衣菜「はいここらへんバリアー!バリアー張ったからチョップは効かないよ!」

加蓮「何この小学生みたいな会話」

まゆ「高校生とは思えませんねぇ……」

智絵里「えいっ!ち、ちえりんチョップ、です……っ!」

加蓮「さっきのチョップと何が違うんだろ?」

まゆ「高校生とは思えませんねぇ……」

美穂「な、ならっ!ちえりんチョップ無効バリアーですっ!」

加蓮「くらえっ!ちえりんチョップ無効バリアー無効ちえりんチョップ!」

智絵里「加蓮ちゃんのちえりんチョップじゃ、虚偽表示及び産地偽装です……」

李衣菜「犯罪じゃん、加蓮ちゃん犯罪者じゃん」

まゆ「っていうか加蓮ちゃんこのゴミ箱みたいな会話についてってたんですかぁ?!」

加蓮「じゃあ産地偽装ちえりんチョップ無効バリアー無効産地偽装ちえりんチョップ!」

智絵里「堂々と虚偽表示を申請しないで下さい……!」

まゆ「もういいです!まゆは自分の耳にバリアーします!!」

なんなんだこの会話は。

でもまぁ、楽しそうだしいいか。



美穂「あ、Pくん。もし良かったら、明日の放課後カラオケに行きませんか?」

P「ん、いいぞー」

明日は午前中で授業終わりだからな。

フリータイムで沢山歌えそうだ。

李衣菜「お、二人きりでカラオケ?」

加蓮「デートじゃんひゅーひゅー!」

美穂「で、デートだなんて……」

智絵里「ひゅ、ひゅーひゅー……っ!」

李衣菜「可愛い」

美穂「同意します」

まゆ「ひゅーひゅー!」

美穂「過呼吸ですか?」

まゆ「酷くありませんか?」

加蓮「ようこそ、まゆ」

まゆ「あと加蓮ちゃん、仲間見つけたみたいな表情やめて下さい笑い辛いので」

美穂「あ、折角だからみんなで行きませんか?」

李衣菜「おっけー」

加蓮「今日授業サボって今から行かない?」

李衣菜「加蓮ちゃん」

加蓮「うわーん鷺沢ー!李衣菜が怖い!」

P「……なんっていうか……」

加蓮、なんか最初の頃とキャラ違わない?

一週間前のお前はもっと尖った鋭利な刃物のような物みたいな奴だったぞ。

加蓮「む、なんか失礼な事考えてるでしょ」

まゆ「そうですよぉPさん、加蓮ちゃんの事を考えるなんて人間として最も愚かな行為ですよぉ」

加蓮「まゆ愚かって漢字書けるの?」

まゆ「え逆に加蓮ちゃん書けないんですか?」

加蓮「……読む事くらい余裕だし」

まゆ「暗に書けないって言ってる様なものじゃないですか……」

李衣菜「はいはい、そろそろ先生来るから席戻るよ」

李衣菜が手を叩いて撤収させる。

そんな呆れながらも楽しそうな李衣菜の横顔を、気付けば目で追っていて。

更に気が付けば、六時間目が終わっていた。





金曜日の四時間目が終わって、靴を履き替え六人で駅前のカラオケに向かう。

こう大人数でワイワイしてると、なんだか高校生だなーって感じがするなぁ。

まゆ「お昼ご飯はどうしますかぁ?」

李衣菜「カラオケで適当に注文すればいいんじゃない?」

加蓮「ポテトあるかな」

美穂「隣とハンバーガーショップにならあるんじゃないですか?」

智絵里「……えへへ……」

P「どうしたんだ?智絵里ちゃん」

智絵里「えっと……み、みんなで遊びに行くの……あんまり無かったから……」

P「なんかテンション上がるよな」

智絵里「……あ、その……Pくん」

P「ん?」

智絵里「みんな呼び捨てなのに……わたしだけ、ちゃん付けだから……」

P「……じゃ、智絵里で」

智絵里「……えへへ……はい……!」





李衣菜「へいへーい、何良い雰囲気醸し出してるの?」

加蓮「李衣菜はそれ何してるの?」

李衣菜「白線しか歩いちゃいけないやつ」

小学生かお前は。

俺も時々やるけど。

加蓮「私もやる!」

まゆ「小学生ですねぇ……」

李衣菜「……まずいよ、加蓮ちゃん」

加蓮「っ!この十字路、横断歩道が無い……!」

李衣菜「ジャンプじゃ届かなそうだね」

加蓮「あ、ねぇ鷺沢おんぶしてよ」

まゆ「張っ倒しますよぉ?」

加蓮「じゃあまゆでいいや、肩車して」

まゆ「加蓮ちゃん体重は?」

加蓮「軽いよ」

李衣菜「すごくアバウト」

まゆ「バストサイズは?」

加蓮「まゆよりは大きいよ」

まゆ「じゃあ肩車してあげません」

なんだかとても哀しい会話を聞いてしまった気がする。

加蓮「その理論じゃ誰も肩車出来ないんじゃない?」

まゆ「……智絵里ちゃん?」

智絵里「……えっ?わ、わたしは……多分、まゆちゃんよりは……」

まゆ「……Pざぁ゛ん……」

P「反応に困るからその会話やめない?」




まゆ「とろけさせてあげるっ!溢れるほどの愛で!」

智絵里「ここに来て Be my Darling」

まゆ・智絵里「抱きしめて心まるごと LOVE YOU」

まゆ「……ご清聴、ありがとうございました」

智絵里「ふぅ……」

まゆと智絵里がマイクを置く。

開幕はこの二人のデュエットだった。

めっちゃ可愛い、耳が溶ける。

まゆ「どうでしたかぁPさん?」

画面『フフーン、ボクみたいに上手です!上手だから大丈夫だよ!』

李衣菜「だってさ」

まゆ「この採点機なんでこんな上から目線なんですかねぇ。あとPさんに聞いてるんですよぉ」

P「良かった、可愛かった、女の子だなーって歌だった」

李衣菜「脳みそパステルピンクだね」

加蓮「やるじゃんまゆ、緒方様。これは私と美穂の二人で挑むしかないね」

まゆ「まゆと緒方様の絆パワーですよぉ」

智絵里「その……そろそろ恥ずかしいから……」

まゆ「らしいですよ、加蓮ちゃん。身の程を弁えて下さい」

加蓮「まゆは身の丈を弁えたら?」

李衣菜「身長トークやめない?多分私が一番刺さるから」



美穂「あ、加蓮ちゃんも一緒に歌いますか?」

加蓮「歌うよ、美穂。それで何入れたの?」

まゆ「……あー、成る程。美穂ちゃんらしいですねぇ」

美穂「えへへ……わたしの、とっても大好きな曲なんです」

可愛らしいイントロが流れ出す。

加蓮「げっ……私がこれ歌うの?」

まゆ「……んふっ……とっても可愛らしい加蓮ちゃん、期待してますよぉ……ふふっ……」

美穂「はいっ!加蓮ちゃん、前説入れて下さいっ!」

加蓮「え、無茶振り酷くない?えっと……ラブレター、蛙飛び込む、井戸の中」

まゆ「可燃ゴミみたいな前説ですねぇ」

加蓮「待ってごめんもう一回リベンジさせて!」

美穂「大好きな君に贈りますっ!小日向美穂と、北条加蓮で、ラブレター!」

加蓮「えぇ……」

二人が歌っているのは、恋する女の子の曲。

美穂の可愛らしいとヤケクソな加蓮の歌声がとても聴いていて楽しい。

美穂「Sunshine day 今すぐ、伝えたいから」

加蓮「Dreaming Dreaming Darling あなたのことを」

美穂・加蓮「大好きだから。ラブレター受け取ってくださいっ!」

まゆ「ひゅーひゅー」

加蓮「うるさい過呼吸!」

智絵里「とっても……上手ですね……」

李衣菜「これは惚れるしかないね」

美穂「どうでしたか?Pくんっ!」

画面『可愛かったです』

美穂「そ、そんな……可愛いだなんて、えへへ……」

P「俺まだなんも言ってないんだけど」

いや実際めちゃくちゃ可愛かったけど。




加蓮「ねぇ鷺沢、私は私は?!」

P「……んふっ」

まゆ「んふっ」

加蓮「は?」

P「加蓮、歌うの上手いな。上手かったし上手だなーって思ったよ」

加蓮「小学生の感想文以下だね。あー恥ずかしかった」

P「ヤケクソながらも熱唱してたもんな」

智絵里「次の曲は……」

李衣菜「あ、私だ。マイク取ってー」

美穂「はい、どうぞ!加蓮ちゃんはそのまま前説を入れて下さいねっ!」

加蓮「よし、リベンジするよ!」

李衣菜「あ、この曲前奏無いよ」

加蓮「なんでそんな曲入れたの?!」

李衣菜「前説を入れなければいいんじゃない?!」

智絵里「李衣菜ちゃん……その……もう、曲始まってる……」

李衣菜「あーもうっ!間奏入ってるじゃん!」

美穂「加蓮ちゃん!チャンスですっ!」

加蓮「よし!えっと……うーん……あ!オータムウィンド!」

李衣菜「秋風に手を振って!!」

李衣菜がようやく歌い出した。

……前から思ってたけど、李衣菜も歌うの上手いな。

まゆ「……上手いですねぇ」

加蓮「え、普通に上手い」

智絵里「……驚きです……」

美穂「三人は李衣菜ちゃんを何だと思ってたのかな……」

少し大人びた曲を歌う李衣菜。

その横顔は、普段と少し違う感じがした。

李衣菜「My dear ごめんね 素直になれなくて 誰より好きだった さよならを言っても……みんなは私を何だと思ってたの?!」

加蓮「李衣菜」

李衣菜「合ってるけど絶対バカにしてるでしょその言い方!」




智絵里「あの……マイク取ってもらってもいいですか?」

李衣菜「あ、ごめんごめん。はい」

智絵里「それと……出来れば、誰か一緒に歌ってくれると嬉しいです……」

まゆ「あ、これならまゆも歌えますよぉ」

美穂「わたしもです!」

李衣菜「私も歌えるよ」

加蓮「誰とデュエットする?」

智絵里「なら……せっかくだから、みんなで歌いませんか……?」

オシャレなイントロが流れ出す。

なんだか火サスとか昼ドラで流れて来そうな曲調だ。

美穂「加蓮ちゃん!前説リベンジですっ!」

加蓮「……また?……えっと、お料理さしすせその味噌だけなんかズルいと思うんだよね」

まゆ「アドリブ下手ですねぇ……『恋』、それは儚くも美しい永遠の」

美穂「小日向美穂とっ!」

李衣菜「多田李衣菜と!」

まゆ「えぇ……佐久間まゆで!」

加蓮「ちょっと!北条加蓮も!」

智絵里「お、緒方智絵里で……!」

「「「「「Love∞Destiny」」」」」





加蓮「ふー……かなり歌ったね」

P「もう十九時だし、そろそろ帰るか」

まゆ「楽しい時間はあっという間ですねぇ」

李衣菜「みんなは夕飯どうするの?」

美穂「わたしは門限があるので……」

加蓮「なら私も帰ろっかなー」

まゆ「まゆは今日は申請してあるので大丈夫です」

智絵里「わ、わたしもまだ時間はあるけど……」

李衣菜「なら、何処かで食べてかない?」

智絵里「え、李衣菜ちゃんが払ってくれるんですか……?!」

李衣菜「おっ、今日一のいい笑顔」

加蓮「え?李衣菜の奢り?ならまだ帰らなくていいかな」

まゆ「ご一緒していいですかぁ?」

李衣菜「ちょっとちょっと、私そんな手持ちないんだけど!ねぇP、どう?助けてくれたりしない?」

P「悪いな、俺は帰って夕飯作んないと」

美穂「じゃあね、李衣菜ちゃん」

李衣菜「薄情者ー!」

P「んじゃ、また適当に集まって遊ぼうな」

加蓮「じゃあねー」

まゆ「ふふっ、お疲れ様でした」

李衣菜達と別れて、帰路に着く。

四月中旬の夜風は、流石にまだそこそこ冷たい。

こんな事ならマフラーか手袋でも持って来れば良かったな。

美穂「うぅ……寒いですね」

P「だなー、結構冷えるわ」



美穂「あ、なら……」

美穂は片手を、俺の方へと伸ばしてきた。

その頬は、少し赤い。

美穂「手、繋ぎませんか?」

……仕方のない事だ。

だって、二人とも手が悴むなんて嫌じゃないか。

そう自分に言い訳して、俺は美穂の手を握った。

美穂「えへへ、ありがとうございます」

P「……あったかいな」

美穂「……はい、温かいです」

P「今日は楽しかったな」

美穂「ですね!また、みんなで遊びに行きたいですっ!」

気分が良さそうに手を振りまわす美穂。

美穂「で、でも今度は……Pくんと二人きりで行きたいなーなんて……えへへ……」

P「ん、騒がし過ぎるのは嫌だったか?」

美穂「そ、そうじゃないですっ!もちろん、今日みたいにみんなで遊ぶのもとっても楽しいですけど……」

P「みんな面白いしな」

美穂「はい。でも、その……恋人と二人きりで、みたいな……そんな事にも憧れちゃうなーって……」




……あぁ、言わないと。

このままでいようと思ってたのは、俺の気持ちが決まってなかったからで。

それを頼んでおいて、本当に都合がいい事だとは思うけど。

P「……なぁ、美穂」

美穂「はっ、はいっ!」

やっぱり、言葉にしようと思うと辛い。

こんなに可愛くて優しい子の、辛そうな顔なんて見たくない。

それでもこの気持ちを、勘違いにしたくないから。

P「俺、さ……」

大きく息を吸って。

俺は、言葉にした。

P「……好きな人が出来たんだ」

美穂「…………え……」



美穂の表情は、固まったままで。

お互い、口を開けずに。

会話もなく、重い空気の夜道を並んで歩いていた。

美穂「え、えっと……それは、わたしだったりして……えへへ……」

精一杯の笑顔を振り絞って、美穂はそう言って。

俺がここで頷けば、きっとお互い笑顔になれて。

ありふれたカップルの様な学校生活をおくれるんだろう。

それも悪くない。

この居心地の悪さから抜け出せるのなら、それで良いじゃないか。

……それでも、やっぱり。

心に浮かぶのは、夕焼けに照らされた李衣菜の笑顔で。

P「……ごめん」

絞り出した声は、それだけだったけど。

もう、それで全部が伝わっているだろう。



美穂「……そっか……振られちゃったんだ、わたし……」

P「……ほんとにごめん、美穂」

泣きそうになりながら、苦しそうな表情で。

美穂「……が、頑張って下さい!わたし、Pくんの事応援しちゃいますからっ!」

それでも、美穂はそう言ってくれた。

美穂「そ、それにっ!Pくんが誰かと付き合っても、わたし達は友達だもんっ!」

P「……ありがとう、美穂」

優しいな、美穂は。

本当に、美穂と友達で良かった。

美穂「それで、えっと……誰の事が好きなんですか?まゆちゃんですか?」

これも、口にしようとすると恥ずかしさがあるけど。

いずれは、本人にも伝えなきゃいけないから。

俺の、好きな人は。

P「…………李衣菜だ」

美穂「…………え、ぁ……」

P「……俺は、李衣菜の事が好きなんだ」

美穂「…………」

P「……美穂?」

美穂の表情は、再び固まっていた。

聞き取れなかった、って事は無いよな……?

美穂「…………李衣菜ちゃん、なんだ……」




ポツリと、呟いて。

美穂「……わたし、寮の門限があるからっ!!」

そう言って、美穂は走って行ってしまった。

P「美穂っ!」

追い掛けようと走り出すが、狙った様なタイミングで信号が赤になった。

横切る車の切れ間から見える美穂の背中が、どんどん遠くなってゆく。

そして大きなトラックが視界を遮り、通り過ぎた時にはもう美穂は居なくて。

P「……」

もう今から追い掛けても、追い付く前に美穂は寮に着いてしまうだろう。

ラインを飛ばせば連絡は出来る。なんなら通話だっていい。

ポケットからスマホを取り出して、ほんの数回タップするだけで。

それなのに、たったそれだけでいいのに。

P「……はぁ……」

今美穂と話して、より傷付けてしまうのが怖くて。

今美穂と話して、拒絶されるんじゃないかと思うと怖くて。

俺の手は動かず、ただトボトボと家に向かって歩くだけだった。



翌日土曜の朝、起きてすぐスマホを確認する。

誰からも連絡は来ていなかった。

P「……はぁ」

昨晩のあの件から、美穂と連絡を取っていない。

いや、取る勇気がない。

部屋に野郎の溜息がこだまする。

李衣菜「溜息吐くと幸せが逃げてくよ」

P「まじかー……はぁ」

李衣菜「……重症だね。何かあったの?」

P「幸せが逃げたんだよ」

李衣菜「溜息吐いてるからじゃない?」

P「だよなー……はぁ」

李衣菜「一緒に居るこっちまで気が滅入るからやめて」

P「うっす」

当たり前の様に俺の部屋に居る李衣菜が、窓を開けて換気をする。

取り込まれた新鮮な空気と眩しい陽の光のコンボに、流石に眠気は消し飛んだ。

李衣菜「文香さんが待ってるよ、早く下来てね」

P「姉さんが待ってるのは俺じゃなくて朝食だろ?」

李衣菜が出て行った後、パパッと着替えて気分も変える。

グダグダ考えてたって仕方がない。

謝るなら直接会ってするべきだし、月曜会った時に……

……気が重いな。

でも、美穂なら大丈夫だろう。





文香「P君」

P「はいはい、今すぐ作るから待っててくれって」

文香「いえ……いただきますを待っているのですが……」

P「え?」

李衣菜「私が作ってあげたんだよ。感謝してね」

P「……なんか変なもん食った?」

李衣菜「あ、こっちがPの分ね。酸素と窒素の二酸化炭素添え」

P「空気じゃん」

李衣菜「何か言う事は?」

P「すまん。あと、ありがと」

文香「……土下座では無いのですか?」

李衣菜「切腹でも良いよ」

P「妥協点が妥協を許してくれてないぞ」

まぁそんな感じで朝食を食べる。

うん、美味しい。

いつもだったら、きっとこの場に美穂も居ただろうに……




李衣菜「……どうしたの?」

文香「まるで、悩んだ様な顔をして……悩めるんですか?」

P「悩んでるんですか?じゃなくて悩めるんですか?って酷くない?」

李衣菜「あ、文香さんおかわり要ります?」

文香「……お願いします」

P「尋ねたなら聞こうよ」

李衣菜「楽しそうな話じゃなさそうだし」

文香「食事を満喫したいので……」

P「へーへー」

まぁ美味しい朝食を食べながらする様な話でもないか。

李衣菜「あ、P。この後暇なら一緒にCD買いに行かない?」

P「ん、構わないぞ」

文香「……ひゅーひゅー……?」

文香姉さんがやると割とマジで過呼吸っぽいな。

言ったら殴られそうだから言わないけど。

文香「……殴りませんよ……?」

P「言ってないよ……」

文香「目は口ほどに、という言葉がありまして」

李衣菜「あ、片付けは私がやっとくから食べ終えたらPは出掛ける準備してきてね」

P「サンキュ、ご馳走様でした」

食器を流しに置いて、一旦部屋へと戻る。

まぁ男子の準備なんて鞄に財布突っ込むくらいだけど。

後まあ一応、雨降ってきた時用に折り畳みも持ってくか。

李衣菜「お、準備出来た?」

P「おう、行くか!」






李衣菜「……ふんふん、ふむふむ……ほー……」

P「何聴いてるんだ?」

李衣菜「えっと、ロックだけど?」

P「何系?」

李衣菜「……えっ?ろ、ロックはロックだよ?」

P「……ほーん」

駅前のビル五階、CDショップにて。

李衣菜がロックを試聴している間、俺はヘッドホンを眺めていた。

うわ耳に当てる部分柔らかっ、マシュマロかよ。

李衣菜「Pも聴いてみる?」

P「聴いてみるかー。ヘッドホンパス」

李衣菜「はいよっ」

李衣菜からヘッドホンを受け取り、装着する。

……ん?音結構小さいな。

李衣菜「あーごめん、もっとボリューム上げないと聴き辛いよね」

手元のタッチパネルで李衣菜が操作すると、少しずつ音量が上がってきた。

っへー、李衣菜ってこういうの聴くんだな。

時たまロック好きだって言ってるのは聞いたけど、俺自身がロックに疎くてイメージが付かなかった。

李衣菜「どう?」

P「ロックだな」

李衣菜「へへーん、分かってるじゃん」

いや今の俺の発言は分かってる奴の言葉だったか?

まぁロックが好きな李衣菜が言うんだからきっとそうなんだろうけど。



P「で、このCDは買うのか?」

李衣菜「買ってくれても良いんだよ?」

P「よかろう」

李衣菜「えっ、ほんと?!」

目をキラッキラさせて……

なんだろう、うん。

……李衣菜が、可愛い。

店員「あっしたー」

CDを購入して、李衣菜に渡す。

なんかまるでデートみたいだな、と内心一人で喜んでみたり。

李衣菜「サンキュー、P!」

P「いいって、朝食のお礼だよ」

李衣菜「だとしたら私の方がお返ししなきゃいけない回数多くない?」

P「ならその分李衣菜が作ってくれてもいいんだぞ」

李衣菜「……うん、考えとくよ」

ビルから出て、並んで歩く。

もうお昼時だし、そろそろお腹が空いてくるな。

P「……んっ、なんか良い匂い」

李衣菜「あ、あっちにケバブの屋台があるみたい」

P「食ってくか?」

李衣菜「……カロリーと相談中」

P「審議結果は」

李衣菜「GOサイン出た!行くよ!おおおおおおおっ!」

李衣菜が走って屋台へと向かって行った。

なんか、テンション高いな。

李衣菜「すいませーん、ケバブ二つで」

P「二個も食べるのか」

李衣菜「自分の分って可能性は考えないの?」

P「やば、本気で思い付かなかった」

李衣菜「はいはい、こっちPの分ね」

P「幾らだった?」

李衣菜「いいって、さっきCD買って貰っちゃったし」




李衣菜からケバブを受け取り、近くの公園まで歩く。

ベンチに腰掛けて、並んでケバブ齧って。

……めっちゃデートみたい!

前までだったらいつも通りな事なのに、意識し始めてからは全てがデートに思えてきた。

全ての道はデートに繋がっているらしい。

李衣菜「うん、美味しい」

P「もっと食レポっぽく」

李衣菜「このジューシーなお肉とジューシーな野菜がすっごくジューシーですよ!」

P「ジューシー以外のバリエーションもうちょい増やそうぜ」

李衣菜「Pならなんて言うの?」

P「……めっちゃ美味い、すっごくケバブ」

李衣菜「Pの方が下手じゃん」

P「どんぐりの背比べだろ」

目の前を、小学生達が走って通り過ぎて行く。

鬼ごっこでもしてるんだろうか。

何にも考えずただ遊んで楽しんでるだけの小学生達に、かつての俺たちが重なって見えた。

昔はあんな風に、終わりなんて決めずに遊び回ってたなぁ……



李衣菜「……ねえ、P」

P「ん?どうした?」

ケバブを食べ終えた李衣菜が、此方へと向き直った。

口調からして、あまり楽しそうな話題とは思え無い。

李衣菜「……今朝の話していい?」

P「良いけど……どうした?」

李衣菜「美穂ちゃん、何で来なかったの?」

P「……朝起きられなかったんじゃないか?」

李衣菜「巫山戯るのは無しで。美穂ちゃんは、Pの事が好きだから毎朝起きてPの家来てたんだよ?寝坊すると思う?」

P「……なんか用事があったとか」

李衣菜「美穂ちゃんがPの家に行く以外の予定を午前中に入れる訳無いって。朝弱いんだから」

P「……」

李衣菜「はぐらかすのはやめて。隠し事は無しって、Pが言ったんだよ?」

P「恋愛に関してはその限りでは無い、って李衣菜が言ったんだろ」

まぁ、これでもう殆ど答えみたいなところはあるが。



李衣菜「……なんで?」

P「なんで、って何だよ」

李衣菜「なんで振ったの?振ったんでしょ?」

P「……それは……」

そんなの、決まってる。

李衣菜「保留にしたんでしょ?なんで振っちゃったの?!」

他に、好きな人が出来たからで。

李衣菜「……なーんて、Pの事責めても仕方ないか」

P「……なぁ、李衣菜」

李衣菜「ん?何々?恋愛相談なら高く付くよ?」

P「美穂を振ったのってさ……俺、好きな人が出来たんだ」

李衣菜「っ……へー、エッチな本かビデオの女優とか?」

P「俺を何だと思ってるんだ」

それに、もし本当にそうだったなら。

サクッと諦められたのに。

伝えたくなるに決まってるじゃないか。

こんなに近くに、いつも一緒に、本人が居るんだから。

李衣菜「で、誰なの?まゆちゃん?加蓮ちゃん?」

P「……自分って可能性は考え無いのか?」

李衣菜「やば、本気で思い付かなかった」

P「なんかさっきこんなやりとりした気がするな」

李衣菜「恋はケバブじゃないけどねー。で、ほんとは誰なの?」




P「……ふぅー……」

大きく息を吸い込んで。

俺は、想いを言葉にした。

P「……俺は、李衣菜の事が好きだ」

……言ってしまった。

もう今更、無かった事には出来ない。

李衣菜「……今日はエイプリルフールじゃないよ?」

P「エイプリルフールでもこんな事言わないよ」

李衣菜「…………冗談でしょ?言って良い冗談と悪い冗談があるってば」

いつもの調子で笑う李衣菜。

P「んな事くらい分かってるって。だからこれは、冗談なんかじゃない」

李衣菜「……そっか」

P「なぁ李衣菜……俺と付き合ってくれないか?」

李衣菜「……えっごめん、正直着いていけないんだけど。本気で言ってるの?」

P「本気も本気、大マジだよ」

李衣菜「そっかー……そっかそっかー……」

P「……返事、聞かせて貰えるか?」

李衣菜「自分がされた時は保留にして貰ったのに?」

P「だから、ちゃんと振ったんだよ……俺は、自分勝手だった」

本当に、申し訳無い事をしたと思ってる。

こうやって、想いを伝えた今だから分かる。

答えはいずれだなんて、なんてふざけた事をしてたんだろう。

李衣菜「……成る程ね、Pは本気で私の事が好きなんだ」

P「伝えるには語彙力不足だったか?」

李衣菜「いえいえ、ちゃんと伝わってますって。だからちゃんと、私もこの場でお返事を返すよ」

ニコッと笑って、李衣菜は言った。



李衣菜「えー……残念だけど、私の返事はノーとさせて頂きます」

それは俺にとって、初めての失恋だった。

思った以上に、なんかこう、アッサリと俺の初恋は終わった。

P「……マジか」

李衣菜「いや、だってさ。Pに好意を向けられてるなんて、思った事も考えた事も無かったし」

P「……つい先日からだからな」

李衣菜「じゃ、もう数日掛けて諦めたら?」

P「アッサリ言ってくれるなぁ」

それに、好きだと理解したのがつい先日なだけで。

李衣菜に対する想いは、何年も前から積み重なっていた訳で。

李衣菜「私はPとずっと友達として付き合ってきたし、これからもずっとそのつもりだったからさ」

P「……そっか、悪かったな」

李衣菜「気にしないでって言い方は酷かもしれないけど、明日からも普通に接してくれると嬉しいかな」

P「……あぁ、そうさせて貰うよ」

出来るかどうかは兎も角として。

俺も智絵里や美穂にそう頼んできたんだから、自分だけ断る訳にはいかない。




ポツリ

まるで俺の心を読み取ったかの様に、空から雨粒が落ちて来た。

李衣菜「……ん、雨降ってきたね。そろそろ帰ろ?」

P「あー、俺はちょっと買い物してから帰るわ。折り畳み使うか?」

李衣菜「一本しか無いでしょ?」

P「出来る男は二本持ち歩くんだよ。はい、そのうち返せよ」

李衣菜「出来る男は相手と相合傘するんじゃない?」

P「してくれるのか?」

李衣菜「へへ、やだね」

P「じゃ、また明日か月曜に」

李衣菜「うん、じゃあねー」

雨の中、李衣菜は手を振って帰って行った。

それからしばらく、俺は立つ気にも傘を差す気にもなれなくて。

当然、買い物なんてその場の嘘に決まってて。

なんかもう、色々と怠くて。



そんな時、急に。

身体に当たる雨粒の感覚が消えた。

まゆ「……風邪、ひきますよ」

P「……ん、まゆか」

まゆ「はい、貴方のまゆです」

ベンチの後ろから、まゆが傘を差してくれていた。

P「……聞いてたのか?」

まゆ「……何の事ですか?」

……まゆは、本当に優しいな。

待たされるのも、振られるのもしんどい筈なのに。

こうやって、俺に優しくしてくれて。

まゆ「……今は、雨が降っていますねぇ」

P「だな」

まゆ「まゆの傘、少し小さめなんです。もしかしたらPさんの背中くらいまでしか、雨を防いであげられないかもしれません」

P「……」

違う、分かってる。

少し上を見上げれば、傘の中心が頭上に来ていて。

俺の身体は殆ど覆われているし、つまりそれは背後に立つまゆを覆えていないって事で。

まゆ「……ですから、もしPさんの顔が濡れていたとしても……それはきっと、雨のせいです」

P「……ほんと、ありがとな……まゆ……」

……あぁ。

自分で思っていた以上に、李衣菜への想いは大きかったみたいだ。





ピピピピッ、ピピピピッ

朝だ、朝が来た。

何が素晴らしい朝だ、何が希望の朝だ。

喜びに胸を開ける程俺の心に余裕は無い。

ただの朝なら良かった。

問題は、色々あった週末が明け最初の月曜日の朝という事だ。

パンッ!

自分の頬を両手で叩いて気合を入れる。

いつも通り、普段と同じ様に。

それに、沈みまくってた昨日よりは幾分かマシな気分だ。

コンコン

P「はーい、姉さん?」

ガチャ

李衣菜「はろーP、もう起きてるみたいだね」

P「……よっ、李衣菜」

大丈夫、いつも通りだ。

凹んだ感じで気不味くなりたくは無い。

李衣菜「もう美穂ちゃんも来てるよ。早く着替えて朝食の準備ヨロシク!」

P「任せろ、夜には食べられない様な朝食を準備してやる」

李衣菜が下へ降りて行った。

P「……はぁ……」

いつも通りに振舞えていただろうか。

正直自身は無い。

もう一度頬を叩いて気分を入れ替える。

前までと同じ通り、大丈夫、きっと美穂も李衣菜もいつも通りだから。

制服に着替え、歯と顔を洗ってリビングへ向かう。




文香「おはようございます、P君」

美穂「あっ。おはようございます、Pくん!」

P「おはよ、美穂、姉さん」

……良かった。

美穂とも、特に気不味くなったりしていない。

李衣菜「昨日、前から好きだったロックバンドのライブに行って来たんだけどさ」

美穂「ライブかぁ……わたしも一回は行ってみたいな」

P「李衣菜ー、野菜切っといてくれないかー?」

李衣菜「お、任せて!」

美穂「わ、わたしも手伝いますっ!」

P「いいって、美穂はお客さんだから」

李衣菜「私は?!」

P「李衣菜だろ?」

李衣菜「合ってるけども!」

やってみればなんて事は無い。

いつも通りの朝の風景がそこにはあった。

もしかしたら、美穂も李衣菜も俺が思った以上に気にしていないのかもしれない。

憂鬱にため息で部屋を埋めた時間が馬鹿だったみたいだ。

李衣菜「帰りに持ってなかったCD買っちゃったりしてさ、もうお財布空っぽだよ……」

美穂「李衣菜ちゃんの空っぽはわたし達にとっての満腹なんじゃないかな……」

李衣菜「そこまでお金持ちじゃないよ?!」



P「っし、運んでくれー」

文香「……ふむ……」

朝食を運んで、食卓を囲む。

李衣菜がライブの話をして、もうすぐゴールデンウィークだななんて話もして。

食べ終えたら片付け、洗い物を済ませて家を出る。

P「今日って小テストとかあったっけか?」

李衣菜「二時間目に英単語の小テストがあるよ」

P「げ、マジか。範囲すら覚えてねぇや」

美穂「えっと、前回が三十ページまでだったから……」

なんて事ない会話をしながら、学校へ向かう。

いつも通り、週末の話さえ触れなければ……




加蓮「おはよー鷺沢」

まゆ「おはようございます、Pさん」

P「おはよー」

教室に入ると、まゆと加蓮が声を掛けてきた。

どうやら智絵里はまだ来ていないらしい。

まゆ「……ふふ、元気そうですね」

P「おう、それだけが取り柄だからな」

加蓮「バカも立派な取り柄なんじゃない?」

P「長所の説明でバカですって言う奴いると思ってるのか?」

李衣菜「Pは英単語覚えなくていいの?」

P「あ、そうだったそうだった」

加蓮「え、何今日小テストとかあったっけ?」

李衣菜「加蓮ちゃんも……」

まゆ「加蓮ちゃんは一人で単語帳と睨めっこしてて下さい」

加蓮「どうやったら勝てるの?!」

まゆ「……全部覚えれば勝ちだと思いますよぉ」

そうだそうだ、英単語覚えないと。

一時間目の授業も使えば多分覚え切れるだろう。




ガラガラ

智絵里「おはようございます……」

美穂「おはよう、智絵里ちゃん」

李衣菜「おはよー」

智絵里「……あ、美穂ちゃん……その……誘ってくれて、ありがとございました」

美穂「え、何に?」

智絵里「えっと、金曜日のカラオケに……」

美穂「……あ…………うん!また一緒に行こうね!」

智絵里「……?」

美穂が一瞬戸惑った様な反応をしていたのが、耳に入ってきた。

俺もまた、心臓が跳ね上がる。

そちらに向けられた意識を英単語帳に無理やり戻す。

出来ればその辺の話題は出さないで欲しい。

うん、聞かなかった事にしよう、多分その方がお互いに……

加蓮「あー覚えらんない!」

まゆ「土日があったんですからその間に覚えれば良かったんですよぉ」

加蓮「覚えてなかったんだからしょうがないじゃん!」

まゆ「英単語よりもスケジュールをきちんと覚えましょうね」

加蓮「どの道出掛けてたから覚えててもやってなかったと思うけどね」

李衣菜「ちゃんとやろうよ……」



美穂「加蓮ちゃんは何処に出掛けてたんですか?」

加蓮「病院とハンバーガーショップ食べ歩き」

李衣菜「健康と不健康の両立っぷりが凄いね」

加蓮「李衣菜は土日何してたの?」

李衣菜「えっ……?昨日はライブに行ってきたんだ」

加蓮「へー、李衣菜ってそういうの興味あったんだ」

李衣菜「私の人生はロックに形作られてるからね」

加蓮「今度CDとか貸してくれない?」

李衣菜「いいよ、明日持ってくるね」

加蓮「で、土曜は?真面目ちゃんな李衣菜は家でお勉強?」

李衣菜「んー…………まぁ、CD買いに行ったり色々してたかな」

まゆ「……」

言葉を濁す李衣菜。

再び、俺の心臓が跳ねた。

思い出したく無いし、出来れば忘れたい。

気にせず振る舞うにも、思い返す度にしんどくなるから。

居心地が悪くなって、俺は教室を出た。




美穂「あっ……」

P「……あ」

反対側の扉から、美穂も廊下へ出て来た。

美穂も居心地が悪くなったのだろうか。

美穂「……えっと、英単語覚えられそうですか?」

P「……ん、まぁまぁかな。多分二時間目までには」

美穂「……頑張って下さいね」

P「おう」

美穂「…………」

P「…………」

会話が続かない。

前まではどんな会話をしていただろう。

よそよそしいにも程がある。

気不味い空気に耐えられなくて、俺はトイレへと向かった。

P「……はぁ…………」

誰も居ない空間で、大きく溜息を吐く。

思った以上に難しいいつも通りが、想像以上に心を締め付ける。

こんなにも会話は難しいものだっただろうか。

こんなにも会話は気を使ってするものだっただろうか。

あんなに楽しかった筈の美穂と李衣菜との会話が、今では苦しいだけだ。

教室に戻るのが嫌で、気不味い雰囲気になるのが嫌で。

HR開始ギリギリまで、俺は廊下を歩きまわり続けた。




李衣菜「ふー、終わり!帰ろ!」

六時間目が終わって、ようやく学校から解放された。

加蓮「ねえ李衣菜、ゲームセンター行かない?」

李衣菜「ん、おっけー!」

加蓮「鷺沢と美穂もどう?」

まゆ「まゆと智絵里ちゃんを忘れてますよぉ!」

加蓮「しょうがないなぁ、まゆも来る?」

まゆ「ついで扱いする様な人と遊びに行きたくなんてありませんよぉ!」

美穂「えっと……わたしは、お買い物しないといけないから……」

P「あー……俺は帰って姉さんの手伝いしないといけないんだ」

もちろんそんな予定なんて無い。

でも、今は李衣菜と一緒に居るのは避けたかった。

まゆ「智絵里ちゃん、二人で何かスイーツでも食べに行きませんか?」

智絵里「……ごめんね、まゆちゃん。わたし、今日は早く帰って来てって言われてるから……」

まゆ「……加蓮ちゃん、どうしてもと言うならまゆも一緒に遊びに行ってあげますよぉ?」

加蓮「んふっ」

まゆ「加蓮ちゃんがそこまで言うなら仕方ありませんねぇ!」

李衣菜「認識のすり替え凄いね」

鞄を持って、さっさと教室を出る。

楽しそうにしてる李衣菜の邪魔しちゃ悪いし。

そう誰にでもなく言い訳して、俺は下駄箱へと向かった。

美穂「……あ……」

P「……あ、美穂」

美穂「……また明日ね、Pくん」

P「……おう、また明日な」

前までだったら、一緒に帰ろうなんて声を掛けてた筈なのに。

楽しく会話しながら、名残惜しくもまた明日と笑って手を振ってたのに。

そそくさと靴を履き替えて校舎から出て行く美穂の背中を、俺はただ眺めているだけだった。




P「ただいまー姉さん」

文香「あら……お帰りなさい、P君。お早い帰宅ですね」

家に着いて、部屋の扉を閉め床に寝っ転がる。

なんもしたく無い。

自分で思っているよりも、精神が磨り減っていたらしい。

面白いくらい何もする気力が湧かず、床に敷かれたカーペットの一部になろうとしていた。

P「はぁ……」

今日一日で、果たしてどれだけ溜息を吐いただろう。

溜息コンテストがあれば優勝出来そうな回数だと思う。

記録は現在も更新中で、部屋はどんどん溜息で満ちてゆく。

コンコン

P「……はーい」

扉が開かれた。

文香「……荷物が届いたので、運ぶのを手伝って頂けますか……?」

P「ん、あいよ」

むしろ丁度良い。

今は何も考えず、身体を動かしていた方が楽だろう。

うちの店は良い、静かで基本誰も来ない。

ただ黙々と本を運んで、ついでに棚の掃除とかしてみる。

普段だったら絶対進んでやろうとは思わない作業が、今は心地良いくらいだ。




文香「……重症ですね……」

P「ギリギリ致命傷だよ」

文香「一昨日帰って来た時よりは幾分か明るくなっていますが……それにしても……」

P「……大丈夫だよ、姉さん」

大丈夫な訳が無い。

振られた時もだが、それ以降の居心地の悪さが堪らなく嫌だ。

無理しているのが見て取れるのに、それでもよそよそしくも明るく振る舞う美穂も。

あんなに何も考えずに会話していた李衣菜と、話題を探り探り話すのも。

距離の開いてしまった日々が、多分これからもこのまま狭まらずに続くであろう事が。

何から何まで、全部憂鬱だ。

文香「……P君。辛くなったら、吐き出しても良いんですよ……?」

P「まぁなんとかなるよ」

ならないだろう、そんな事なんてとっくに理解してるさ。

少なくとも、俺たちはきっとこのままでいようとする。

明日の朝もまた李衣菜と美穂は家に来て。

一緒に朝ご飯を食べて、当たり障りの無い会話をしながら登校して。

二人きりになる事を避けながら六時間目まで乗り越え。

遊びに行く事無く一人で帰る。

そんな、なって欲しくなかった日々がこれからも続く。

それでも俺が何も出来ないのは、本格的に壊れて離れるのが怖いから。

今よりもっと関係が悪くなるのが嫌だから。

だからきっと、李衣菜も美穂もこのまま何も無かった事にしようとするだろうし。




P「……後悔塗れだよ、ほんと」

あの時、浮かれた気分で李衣菜に告白しなければ。

いや、それより前に美穂の告白を断らなければ。

こんな風にはなって無かったんだと思うと、後悔で胸が押し潰されそうになる。

文香「……ふふ、P君」

P「ん、何?姉さん」

文香「…………はぁ」

P「えなんで溜息吐かれたの?」

文香「いえ……自分の幼さが嫌になってしまって……」

P「大学生が何言ってるのさ」

文香「精神的な話です……それはさておき」

なんだか、嬉しそうな、寂しそうな文香姉さんは。

俺に次の段ボールを渡しながら、笑って言った。

文香「……私は、いつでも家に居ますから……」

P「ん、それは知ってるけど……」

文香「何があっても、変わらず……ですから、安心して下さいね?」

……どうやら、文香姉さんには大体全部お見通しみたいだ。

だからこそ、変わらずなんてあやふやな言葉を言ってくれたんだろう。

P「……ありがと、姉さん」

文香「ところで夕飯なのですが、気になる料理を知ったので……」

P「あ、作れと」

こんな、当たり前のやり取りが出来る事が嬉しくて。

遠慮も無しにそんな風に言ってくれるのが心地良くて。

少しだけ、気が楽になった。



P「あー……はぁ……」

土曜日、午前中。

俺は部屋をため息で埋め尽くしていた。

正直、めちゃくちゃ疲れていた。

俺はこの一週間、前までと同じ様に美穂と李衣菜と会話出来ていただろうか。

出来てないだろうな、そんな事分かってるさ。

にしても一週間のうちで一日しかない土曜日を朝からため息で潰すなんてなんたる贅沢だろう。

時間と酸素が無駄な事この上ないが、困った事に何かをする気力が湧かないのだから仕方無い。

湧き上がるのは疲れとかしんどさとかマイナス方面のその辺だ。

コンコン

P「……はーい……」

文香「……お腹、空きませんか?」

P「別に……」

文香「そうですか……ですが、私は空腹です」

P「……え作れと?なんかこう沈んでる感じの従兄弟に飯を作れと?」

文香「……私が作っても構わないのですが……きっと、後悔しますよ?」

P「はいはい、作るから待っててって」

項垂れてたって仕方がない。

……なんて考えでやりくり出来る程俺のメンタルは強くないが、まぁ文香姉さんに迷惑掛ける訳にもいかないし。

文香姉さんもきっと気晴らしになると思って言ってくれてるんだろう……と信じたい。

心はそのまま足だけ立たせてなんとか着替えて下へと降りる。



加蓮「はろー鷺沢」

加蓮が居た。

P「おっけー加蓮、出口は入口と同じ場所だぞ」

加蓮「折角来てあげたのに酷くない?うわ髪ボサボサじゃん」

P「ナチュラルな感じに仕上げてるんだよ。どうせ客じゃないんだろ?」

加蓮「お客様だよ?モーニング定食一つで」

P「注文と支払いは駅前のファミレスでお願いします」

加蓮「で、勝手に食パン焼いちゃったけどそれでいいよね?」

P「まぁセルフでやってくれるなら……」

というか文香姉さん、初めて家を訪ねて来た弟の友達に朝ご飯作らせるなよ。

文香「P君の友達に悪い方はいないかと……」

加蓮「そもそも鷺沢は友達少ないしね」

P「加蓮よりは多いぞ……多分」

加蓮「鷺沢増えてよ」

P「ワカメでよければ」

加蓮が食パンを焼いてる隣でワカメと卵のスープを作る。

うん、いい香り。

加蓮「折角私が来てあげたんだからもう少し喜んだら?」

P「残念な事に今心の余裕が無いんだよ」

加蓮「ねぇ、この後遊園地行かない?」

P「ねぇ今の俺の言葉聞いてた?」

加蓮「聞いてた上で言ってるんだけど?!このワカメ男!」

P「なんで俺キレられてんの?」

加蓮「どうせ私みたいな女には新鮮なワカメじゃなくて乾燥ワカメで十分だって思ってるんでしょ!」

P「そんな事考えた事すらねぇよ!」

加蓮「もっと私の事考えてよ!」

P「考える内容ワカメで良いのか?!」

加蓮「あんたの脳にはワカメでも詰まってんの?!」

P「脳に決まってんだろ!」

文香「神聖なるキッチンでは、お静かに……」

なんで俺怒られてんの?

まぁ理不尽なんていつも通りか、世界は理不尽に満ちてるし。




トーストとスープとソーセージを運んで、食べる。

美味しい、思ってたよりお腹が空いてたようだ。

加蓮「で、鷺沢はこの後暇なんでしょ?」

P「今日は家で寝てたい気分なんだよ、そのうちな」

加蓮「そのうちっていつ?今日ダメなら数学的帰納法を用いるといつでもダメになるんだけど?」

P「そのうちはそのうちだよ」

加蓮「知ってるよ、そう言って先延ばし先延ばしにするつもりでしょ?」

P「じゃあ二百年後な」

加蓮「遊園地がまだやってるか分かんないでしょ?!」

P「まず俺たち多分生きてねぇよ」

加蓮「知らないの?ワカメって健康に良いんだよ?」

P「うん、限度がある」

加蓮「こないだ鷺沢の代わりに屋上行ってあげたじゃん」

P「……あー、忘れてた」

加蓮「という訳で、今日は私とデートね。いい?いいよね?」

押しが強いな。あと多少メンドくさい。

まぁ、暇っちゃ暇だったし良いか。

加蓮「さ、そうと決まったら早く食べて出掛けるよ」

P「はいはい、後片付けするから待ってろ」

文香「……ふふ」

P「どうしたの、姉さん」

文香「加蓮さん、でよろしかったですよね?」

加蓮「はい、よろしいですけど?」

文香「……P君の付き添い、よろしくお願いします」

加蓮「泥舟に乗った気でいて下さい!」

P「それ沈むじゃん。大船じゃないのか」

加蓮「タイタニックの方がいい?」

P「どの道沈むのか……」



加蓮「遊園地!ジェットコースター!ポテト!メリーゴーランド!!」

P「……テンション高いな」

遊園地のチケットを買って地図と一緒に渡すと、加蓮のテンションが凄い事になっていた。

一つ完全にアトラクションじゃ無いものが混ざっていた気もするが。

加蓮「あ、遊園地の地図?ジェットコースターの後はこれも乗ろっか」

P「なんだお前、ジェットコースター好きなのか?」

加蓮「ううん。乗った事無い。昔はこういう所に来る許可、出してくれなくてさ」

P「……今日はその分、沢山楽しもうな」

気乗りはしなかったが、来たからには楽しもう。

気分転換は大事だし、というかテンション上げとかないと明後日からもいつも通りに振る舞える気がしないし。

それに加蓮がこんなに楽しそうなのに、水を差すのも悪いよな。

……いや悪くないけど、強引に連れて来られたのはこっちだけど。

さて、そんな感じで柄にも無く考え事をしていたせいで。

ここのジェットコースターがどれほどエグいものか、完全に失念していた。

P「……な、なぁ加蓮!やっぱジェットコースターはやめとかないか?」

加蓮「え、何々?ビビってるの?」

P「えぁ……そうじゃなくてさほら、行列長いし後ででも良いんじゃないかなって」

加蓮「うわダサっ、言い訳とか女の子にモテないよ?」

P「はっちげーし、言い訳なんかじゃねぇし」

加蓮「じゃあ乗れるよね?」

P「当たり前だ、ジェットコースターなんざ二百年に比べれば一瞬だからな」

仕方がない、覚悟を決めろ俺。

朝ワカメ食べたし、多分きっと身も心も成長してる筈だ。

P「……んじゃ、並ぶか」

久しぶり、サイクロンツイスタータイフーンハリケーン。

裁判所の被告人席に赴く様な足取りで、俺は行列の最後尾に立つ。

加蓮「ところで、ここのジェットコースターってどんな感じなの?」

P「一言で言うと……走馬灯だな」

加蓮「ごめん、ちょっとよく分かんない」




加蓮「……楽しかったね……二度と乗らない」

P「あぁ……楽しかった」

二人並んで、ベンチに沈み込む。

やっぱりあのコースターは人類には早過ぎるって。

P「ギネスだもんな……速さも高さも……」

加蓮「世界って、広いね……」

P「次……何乗る……?」

加蓮「ちょっとだけ待って……今動くと二度と動けなくなりそう」

ようやく二人の息が落ち着いてきた。

加蓮「……ふぅ、どうしよっかなー。何かオススメとかある?」

P「前来た時平和だったのは……まぁメリーゴーランドとか観覧車かかな」

アトラクションのオススメの枕言葉に平和だったのはってどうなんだろう。

加蓮「前は誰と来たの?」

P「前来たのは二年に上がりたてで……確か美穂と李衣菜と智絵里だ」

そうだ、あの日に俺はここの観覧車で美穂に……

加蓮「……今、誰の事考えてる?」

P「ワカメ漁師」

加蓮「きっと健康な人生を過ごしてるんだろうね」

P「老後も髪の毛ふさふさなんだろうな」

加蓮「……さ、次のアトラクションに行こっか。ジェットコースター以外に名物ってあるの?」

P「この遊園地は名物じゃないやつ探す方が難しいけど……そうだな、お化け屋敷とか」

加蓮「じゃ、それ行くよ」

正直めちゃくちゃ入りたくないけど。

まぁ二回目だし大丈夫だろ。

戦慄ラビリンスの行列も、相変わらず長かった。

加蓮「へー、かなり怖そうだね」

P「しかも同時入場二人までだからな。数で押す戦法が使えないんだよ」

加蓮「で、ここのお化け屋敷って廃病院モデルなんだっけ」

廃病院モデルって何だよ。

いや多分そうだとは思うけど。

加蓮「私が見定めてあげないとね。この病院マイスターの北条加蓮が」

P「お前が入院してたの廃病院だったのか?」




P「ほい加蓮、ポテト買って来たぞ」

加蓮「ありがと鷺沢」

お化け屋敷、メリーゴーランド、コーヒーカーップ、フリーフォール、迷路とひたすら遊び倒して。

そろそろ一旦休憩という事で、屋台でトルネードポテトを買って食べる午後三時。

良い感じに、お互い疲れが溜まり始めていた。

加蓮「凄いね、ここの遊園地だけで何個ギネス取ってるんだろ」

P「独占禁止法守るべきだよな」

加蓮「違法じゃん、違法遊園地じゃん」

なんかアブナイ響きだな。

P「俺もう結構疲れてきたわ」

加蓮「まだ乗ってないのは……観覧車だね」

P「日が沈み切る前に乗るか」

加蓮「何周する?」

P「そんな周回が必要なアトラクションだっけ」

加蓮「あと全部もう一回ずつ乗りたいな」

P「元気有り余ってるなぁ……倒れるぞ?」

加蓮「だいじょぶだいじょぶ、朝ワカメ食べたから」

俺たちのワカメに対する絶対的な信頼はなんなんだろう。

心の支えにしては些か柔らか過ぎる気もする。

加蓮「さてと、次のアトラクション乗ろっか。ほら鷺沢、早くエスコートしてよ」

P「何に乗りたいんだ?」

加蓮「えっとね、これとこれとこれとーー」




P「帰る時間もあるし、これが最後かなぁ」

加蓮「おっけー。さ、乗ろ?」

二人で観覧車に乗り込む。

少しずつ登るゴンドラと反対に、太陽は少しずつ沈み始めていた。

P「確か一周三十分弱だった筈だぞ」

加蓮「で、前回は誰と二人で乗ったの?美穂?」

P「……お前すごいな」

加蓮「でしょー。褒めて褒めて」

いやほんと、何で分かるんだ。

……キスされた事は黙っておこう。

加蓮「……はいはい、こういう時は他の女の子の事考えない。顔に出てるよ」

P「そんな分かりやすい男だったかなぁ俺って」

加蓮「さぁ、私は鷺沢以外に男友達いないから分かんないけど」

観覧車の高さが半分ほどを超える。

地上にいる人達は、もう点にしか見えない。




加蓮「……あの、さ。今日はごめんね?」

なんだ、突然真面目な顔して謝るなんて。

この後俺は処刑されるんだろうか。

まぁ死にはしないか、朝ワカメ食べたし。

加蓮「この一週間鷺沢がなんか悩んでたみたいだからさ。気晴らしにでもなればって無理やり誘っちゃって」

P「……あぁ、良いよ別に。楽しかったし」

寧ろ感謝してるくらいだ。

多分あのまま家で寝ていたら、翌日も同じテンションだっただろうし。

加蓮「で、何があったの?失恋?あとその後の気不味さとか?」

P「……お前凄いな」

加蓮「……えっ?ほんとに?」

P「おう、嘘だったら良かったんだけどな」

加蓮「……めんご?」

P「謝罪する気ねぇだろ」

加蓮「まぁだって最初から分かってたし、色々と」

P「それも顔に出てたか?」

加蓮「月曜日の鷺沢見てればね。鷺沢みたいなのがあんなに凹んでるなんて、それくらいしか無いでしょ」

P「無くしたと思って再発行したコンビニのポイントカードが直後に見つかった時も凹むぞ」

というか、凹んでる様に見えてたか……

上手く取り繕えてると思っていたが、はたから見たら分かり易かったのかもしれない。

加蓮「はいはい。で、誰に振られたの?まぁ一人しかいないけど」

P「この地上には数十億の女性が居るんだぞ?一人をドンピシャで当てるなんて」

加蓮「李衣菜でしょ?」

P「……宝くじの一等以上を狙える確率だぞ」

加蓮「ちゃんと告白したんだ」

P「まぁな」

加蓮「私への返事を保留にしておきながら、鷺沢は他の女の子に告白したんだ?」

P「……ごめん」

そうだ。

俺は、本当に自分勝手で……




加蓮「で、それだけじゃ無いでしょ?」

P「……美穂に、返事をしたんだ」

加蓮「なんって?」

P「他に好きな人がいるって」

加蓮「で更にその好きな人に振られちゃった訳だ。気不味いやつじゃん」

P「…………」

加蓮「なんて、ちょっと意地悪だったよね。今のはちょっとした仕返しだと思って流してくれると嬉しいかな」

P「……それでさ、まぁ今まで通りに振る舞おうと思ってたんだけど……こう、疲れちゃってさ」

加蓮「見てて思ったよ。なんだか三人がよそよそしいなーって」

P「振られるのも、返事を貰えないのも、今まで通り振る舞うってのも……しんどいよな」

加蓮「ま、私は自分からいずれで良いって言った訳だし」

P「言わせちゃってたんだろ、俺の態度が」

加蓮「……その場で返事が欲しいって言えなかった私も…………過ぎた事はしょうがないよ、もう」

P「……ごめん」

加蓮「謝らなくて良いって」

P「あと今日はありがとな、楽しかったよ。明後日からはまたテンション上げて生きていけそうだ」

加蓮「なら良かった。私も楽しかったよ」




そろそろ観覧車が頂上に着きそうな時。

また、加蓮の表情は少し翳った。

加蓮「……で、さ。鷺沢はもう諦めちゃうの?」

P「……まぁ、これからも前までと同じ通りにって言われちゃったしな」

加蓮「……ふふっ。それで良い、って本気で思ってるなら普通そんなに悩まないのにね」

見透かした様に笑う加蓮。

加蓮「それに、私は李衣菜が言った言葉じゃなくて鷺沢の気持ちを聞いてるんだけど」

俺の気持ち、か。

俺の気持ちは……

P「これで諦めないとか見苦しくない?」

加蓮「……ねぇ、鷺沢には今の私は見苦しく見えてる?」

P「いや、そういうつもりで言った訳じゃ……」

加蓮「……必死で良いじゃん、好きなら。好きなものを手に入れようと必死になるって見苦しい事なの?」

加蓮「一度振られたぐらいで諦めちゃうの?鷺沢は、それで諦められちゃうの?」

加蓮「好きなんじゃないの?他の子の想いを断ってでも、李衣菜と付き合いたかったんでしょ……?」

加蓮「……本当に、これからも友達でいたい、って……友達で良いって思ってるの……?」

俯く加蓮の表情は見えないけれど。

声も、肩も震えていて。

P「それは……」




加蓮「だったら、さ……ねぇ、鷺沢」

目に涙を浮かべて。

加蓮「……私と、付き合ってよ」

それでも加蓮は、笑って言ってくれた。

加蓮「今日誘ったのってさ、もちろん疲れてる鷺沢が見てられなかったからっていうのもあるけど……今ならいけるかな、って思っちゃったからなんだ」

加蓮「……卑怯だよね。鷺沢が辛い思いをしてるは分かってたのに、そこにつけ込むみたいな真似してさ」

加蓮「見苦しくても、必死になっても……それでも私は、鷺沢の事が諦められなかったから」

加蓮「……さっき言ったのも、全部自分に向けての言葉。諦めようって思って、一回は諦めて。それでもやっぱり諦められなくて……」

加蓮「……うん、よし。ねえ鷺沢。私、今日すっごく楽しかった。一緒に朝ご飯食べて、一緒に遊園地に来て、一緒に遊び回って」

加蓮「私だけかもしれないけど、デートみたいって心の中で舞い上がってた。こういう事を一緒にしてくれる人が……私にとって、鷺沢が初めてだったから」

加蓮「鷺沢もそう思ってくれてたら良いな。隣に私が居て欲しいって、そう思ってくれたら嬉しいな……なんて、ずっと思ってた」

加蓮「だから……P」

言葉の続きは分かっている。

きっと加蓮も、俺の返事を分かっている。

それなのに、泣きそうな程辛そうなのに。





加蓮「……好きだよ。私と付き合って」

最後まで、想いを言葉にしてくれた。

こんなに可愛くて、強くて、優しい女の子に。

観覧車の頂上なんていうロマンチックな場所で告白をされて。

手を伸ばせば、直ぐにでも抱き締められる距離にいるのに。

……李衣菜の声が、言葉が、笑顔が。

心から離れてくれなくて。

P「……ごめんな、加蓮。俺、やっぱりまだ諦められてないみたいだ」

加蓮「……ふふっ、知ってた」

P「バレてたか」

加蓮「うん、バレバレ。また、みんなで遊びに行こうね」

P「行きたいな、また」

加蓮「気不味いのは嫌だよ?みんな、私にとって大切な友達なんだから」

はぁ、と。

大きく溜息を吐いて。





加蓮「あ、そう言えば今日全然写真撮ってなかった」

P「撮ってやろうか?」

加蓮「何でそこでツーショットって選択肢を思い浮かべられないの?」

P「いやほら、夜景をバックに的なあれかなーと」

加蓮「はいはい、撮るから隣空けて」

言うが早いか、加蓮がこっち側の席に移動してくる。

隣に座った加蓮が、インカメにしてカメラを此方に向ける。

加蓮「はい、チーズ」

加蓮が撮影ボタンを押すタイミングに合わせて、俺は瞬きを止める。

けれど、加蓮は撮影ボタンを押さず。

P「……加蓮?」

撮らないのか?と尋ねようとした時。

俺の頬に柔らかいものが触れた。

加蓮「……ふふっ、隙だらけ。私がその気なら……簡単に唇奪えちゃったんだよ?」

P「……気を付けるよ。とはいえ……」

咎めようとしたが。

俺の腕を握る加蓮の身体が震えている事に気付いて、俺は言葉を飲み込んだ。

加蓮「……怒っていいんだよ……?」

P「……ごめん」

加蓮「……怒ってよ」

P「……ありがとう、加蓮」

加蓮「……っ!うぁぁ……もう……っ!鷺沢がそんなんだから……私は……!」

P「……なぁ、加蓮」

加蓮「……うぅっ……何……?」

P「……ほんとに、ありがとな」

加蓮「……うん……感謝してね」

それから、観覧車が地上に戻るまで。

加蓮の泣き声だけが、狭い空間に響き続けた。




ピピピピッ、ピピピピッ

P「……っし!」

月曜日の朝が来た。

起きた。

珍しく憂鬱にならずシャキッと起床する。

窓を開けて深呼吸とかしてみる。

朝の空気が美味しい気がしないでもない。

花粉症じゃなくて良かった。

コンコン

P「起きてるぞー」

文香「……おはようございます、P君」

P「おはよ、姉さん」

文香「……ふふ。先週より、明るい朝ですね」

P「夏が近づいて来てるからかな」

文香「まだ四月で……そもそも、そういう意味ではありませんが……」

P「あ、姉さんも空気吸ってみたら?割と美味しいぞ。五大元素の味がする」

文香「私はまだ仙人や賢者では無いので……」

P「マジか。もしかして俺、土曜に悟り開いたのか」

ん、そう言えば。

P「今って李衣菜も美穂も来てない感じ?」

文香「……そうですね。まだどなたも来ておりませんが……」

いきなり出端を挫かれた気分だ。

意気込み新たにリニューアルした俺の振る舞いを振る舞うチャンスだったのに。

……いや、そうでもないな。

来てないって事は、多分あいつらも気不味さを感じていたって事だろう。

だとすれば、現状を変えたいって思いもある筈だ。



P「希望が見えてきたぞ」

文香「……いよいよ宗教染みてきましたね……」

P「よーし、折角だし姉さんにも何か授けてしんぜよう!」

グルグル腕を回す。

ガンッ

鞄に当たった、痛い。

P「やべっ」

文香「……まったく……調子に乗り過ぎです……」

倒れた鞄は運悪く開いていた様で、中身が飛び出てくる。

P「あ!姉さん!触ると危険だから退がってて!」

文香「何を慌てて…………」

文香姉さんが拾ってくれようと、足元の本に手を伸ばして……

文香「……………………」

ブックカバーの外れたそれは、禁断の書だった。

従来の本と違い、表紙は肌色の面積が非常に広く。

ある一定の基準を満たしていないと、手にする事は許されないもの。

まぁ……うん、有り体に言えばエロ本なんだけど。

ついでに俺はその基準をまだ満たしてないけど。

文香「……………………」

P「……言い訳をさせて下さい」

ただのエロ本なら良かった。

いや良くないけど。

けれどその本の表紙に写ったイラストは、今それを手にしている女性と非常によく似ていて。

文香「……この禁断の書で、P君は賢者になったのですね」

P「なってないです」

文香「なった事は……?」

P「……黙秘権で」

文香「ですが、煩悩が残っている様では……悟りを開くまではまだ遠そうですね……」

P「待ってくれ姉さん。違うんだ、たまたまお気に入りなやつの表紙が」

文香「P君……」

P「……はい」

文香「辛くなったら、吐き出しても良い……とは、言いましたが…………」

P「……いや、あの……」

文香「……っ!授ける、とは……まさか……」

P「違うから!」

文香「……私は……約束してしまいましたから……何があっても変わらない、と……っ!」

P「ごめんほんと哀しそうな顔やめて!まじで!ほんとごめんなさい!」





P「はぁ……」

おかしい。

気不味い雰囲気を打破しようと意気込んだその朝に、家に帰るのが気不味くなってしまった。

いや多分文香姉さんはそこまで気にしてないだろうけど、俺が気にする。

通学路ってこんなに重力が強かっただろうか?

夏が近づいてるからかな、うん。

智絵里「あ……おはようございます、Pくん」

P「おう、おはよう智絵里」

下駄箱で上履きに履き替えていると、智絵里が駆け寄って来た。

俺に比べてなんて軽やかな足取りだ。

きっと彼女の付近は重力が従来の強さなんだろう。

智絵里「……えへへ……いつもより少しだけ早起きして良かったな……」

P「早起きは三文の得って言うしな」

智絵里「……下駄箱でPくんに会えたの、初めてだったから……」

そう言えば確かに、智絵里はいつも時間ギリギリに来てた気がする。

とはいえ、下駄箱で会うと何かあるのだろうか。

智絵里「……Pくんは、えっと……いつも結構早くに来てますよね」

P「早目に学校来て誰かと喋るのも楽しみの一つだからな。それでもまゆよりは遅いけど」

智絵里「……あれ?その……今日は、美穂ちゃんと李衣菜ちゃんは一緒じゃ……」

P「今日は一緒じゃないんだよ。珍しいだろ」

智絵里「……ですね」

P「ま、そんな時もあるさ」

智絵里「……そうですか」

教室に入る。

やっぱりまゆが居た、早い。

まゆ「おはようございます、Pさん、智絵里ちゃん」

P「おはよ、まゆ」

智絵里「おはようございます」

まゆ「先週とは見違える程明るくなりましたねぇ」

P「あー……やっぱり?」

智絵里「……教室の蛍光灯ですか……?」

まゆ「まゆがPさんと会ったのに開口一番蛍光灯の話をすると思ってるんですかぁ……?」

智絵里「で、でも……っ!蛍光灯さんだって精一杯輝いてるから……!」

まゆ「え、そこ食いつくんですか?」




ガラガラ

加蓮が入って来た。

加蓮「おはよー。あ、蛍光灯変わった?」

まゆ「うわ居ましたよ開口一番蛍光灯の話するJK」

智絵里「……ほんとに居るなんて……」

加蓮「鷺沢だって気付いたでしょ?」

P「いや別に……」

加蓮「違いの分からない男はモテないよ」

P「って言うか多分蛍光灯変わってないぞ」

窓側の一本切れてる蛍光灯がそのままだし。

加蓮「……知らないの?人間は新陳代謝してるから変化しないなんて事は無いんだよ?」

智絵里「……蛍光灯は新陳代謝しないと思うけど……」

加蓮「…………」

まゆ「あらあらあらあら?アッラー?大丈夫ですかぁ?もしかして加蓮ちゃんにとっては蛍光灯がお友達なんですかぁ?」

加蓮「うるさいヤハウェ!この唯一神!」

まゆ「随分と崇高なアダ名を頂いちゃいましたねぇ……」

智絵里「……仲、良いなぁ……」

P「宗教開くか。俺仙人か賢者やるわ」

まゆ「……モードですか?」

P「やめて、マジで」

ガラガラ

美穂「……おはようございます……」

美穂が来た。

蛍光灯とは打って変わってやっぱり暗い。

……よし。

P「なぁ美穂、今から……なんか開くけど何が良い?」

美穂「……えっ?」

智絵里「……質問がアバウト過ぎるんじゃないかな……」

加蓮「何開く話してたっけ?」

まゆ「加蓮ちゃんは勉強会を開くべきだと思いますよぉ」

美穂「えっと、効率の良い睡眠の取り方なら教えられると思うけど……」

P「なんたって美穂は授業六時間まるまる使って睡眠時間を確保するもんな」

美穂「お、起きてる時もあるもん!」

加蓮「それ効率悪いからそうなってるんじゃない?」

美穂「違うもん!ちょっと睡眠燃費が悪いだけだもん!」

P「目指せ低燃費、一時間寝れば二十三時間働ける様になるのが目標だな」

美穂「そんな真っ黒な企業には就職したく無いです!」




……うん、この感じ。

久し振りに美穂とアホな会話を出来た気がする。

P「なあ、美穂。今日って放課後空いてるか?」

美穂「……えっ?も、もちろんですっ!」

P「んじゃ、久し振りにゲーセンでも行くか!」

美穂「はいっ!」

智絵里「えへへ……」

……良かったー、断られなくて。

これで嫌ですとか言われたら心が折れてたと思う。

あとは李衣菜が来たらあいつも誘おう。

どうすれば良いかなんて分からないけど、分からないままじゃ絶対にいけないから。

きちんと、話をするべきだと思っていた。

ガラガラ

李衣菜「おはよー」

P「よっ李衣菜。お前が最後だぞ」

李衣菜「え?私が地球最後の人類?」

加蓮「勝手に私達を亡き者にしないでよ」

智絵里「本格的に何か開けそうですね……」

美穂「あ、一回帰って私服に着替えてからで大丈夫ですか?」

P「おう、もちろんもちろん。んじゃ一回帰って駅前で」

李衣菜「お、二人でデート?」

美穂「デートだなんて……えへへ……」

P「ん、そうだ」

智絵里「……あ、李衣菜ちゃん」

李衣菜「え?何?」

智絵里「えっと……良かったら、放課後二人で遊びに行きませんか……?」

李衣菜「ん、おっけー!」

……先約が出来てしまった様だ。

三人で遊びに行きたかったんだけどな。

加蓮「……まゆ」

まゆ「……ですねぇ、私達も遊びにいきましょうか」

加蓮「いや別に遊びに誘った訳じゃ無かったんだけど」

まゆ「うぅぅぅぅ……」

加蓮「……ゾンビの真似?」

まゆ「加蓮ちゃんよりは健康的だと自負していますよぉ」

李衣菜「って言うか普通に四人で遊びに行こうよ」

加蓮「許す」

李衣菜「許された」

智絵里「……許さない」

まゆ「なんですかこの会話……」




六時間目が終わって、鞄に荷物を突っ込む。

うん、今日はなんだか楽しく過ごせた気がする。

P「んじゃ、また後でな美穂」

加蓮「また後でねー李衣菜、智絵里」

まゆ「まゆ!まゆ!まゆ!!」

加蓮「……何それ、引っ掛けのあれ?」

まゆ「まゆって十回言って下さい」

加蓮「まつげ」

まゆ「まゆですよぉ……」

みんなと分かれ、楽しかったテンションをそのままに俺は通学路を走った。

美穂も、このままでいたくないって思っていてくれたんだろう。

気不味い感じは美穂も嫌だっただろうし。

変わらないでいたいって言ってたからな。

P「……あ」

勢いで走って校舎を出たせいで、上履きを履いたまま帰って来てしまった。

もんの凄い時間のロスだけど、一回学校に戻るか……

一気にテンションが下がる。

下駄箱もこっちに向かって歩いて来てくれないかな。

あれだけ靴を収納してるんだから、一足くらい下駄箱に合うサイズの靴もあるだろうに。

ある訳ねぇだろ。

「ーーで、本当に良かったです」

「ーーっか、うんーーだね」

ん?下駄箱から誰かが会話してる声が聞こえてきた。

だんだんハッキリと聞こえてくる声は、美穂と李衣菜のものだった。

上履きのまま帰ろうとしてたなんてバレたくなくて、姿を隠して二人が帰るのを待つ。

美穂「……わたし、このままバラバラになっちゃうんじゃないかなって……ずっと不安だったんです」

良かった、と安堵の溜息を吐く。

やっぱり美穂も、そう思ってくれてたんだな。



李衣菜「……ね、なんだか最近Pがよそよそしかったし。何かあったの?」

美穂「……えっと……実はわたし、一回振られちゃったんです」

李衣菜「え、美穂ちゃんが?!なんで?!」

……は?おい、李衣菜……

美穂「Pくん、その時は…………他に好きな人がいたんだって」

李衣菜「その時はって事は、今は違うって事?」

美穂「きっと、そうだと思います……だって、今日はPくんの方からデートに誘ってくれたんですっ!」

李衣菜「良かったじゃん!頑張ってね、美穂ちゃん!」

美穂「はいっ!」

美穂は楽しそうに返事をして、走って学校を後にした。

ははっ、なんて楽しそうなんだ。

それに対して、俺は。

下駄箱を挟んで反対側で、背中を凭れさせ息苦しさを感じていた。

俺はこの後、どんな気持ちで美穂と遊びに行けば良いんだ。

それに、李衣菜……

いや、李衣菜は李衣菜なりに美穂に気を使って、何も知らないかの様な反応をしたんだろう。

分かってる、そのくらい。

それでも……



李衣菜「……はぁ…………」

まゆ「お元気そうですねぇ、李衣菜ちゃん」

李衣菜「……げ、まゆちゃんじゃん。まだ帰って無かったんだ」

まゆと李衣菜が会話する声が聞こえてきた。

正直もう帰りたかったが、今帰ろうとすれば間違いなくバレる。

さっきの会話を聞かれてしまったと分かったら、今まで以上に李衣菜と気不味くなってしまう。

上履き一つでこんなしんどくなる日が来るとは思わなかった。

まゆ「げ、とはまた素敵なご挨拶ですねぇ」

李衣菜「どっかの国では御機嫌ようみたいな挨拶だったりしないかな?」

まゆ「ご存知ありませんねぇ」

李衣菜「まぁいいや、帰ろ?」

まゆ「……ところで李衣菜ちゃん」

李衣菜「ん?何?私教室に何か忘れ物してた?」

まゆ「……はぁ……まゆとしてはあまり望んでいた展開では無いんですが……と言うよりも、最悪の展開なんですがねぇ……」

李衣菜「なにが?」

まゆ「李衣菜ちゃんがライバルになる事が、です」

李衣菜「……ライバル?テストの成績とか?」

まゆ「李衣菜ちゃんは……このままで良いと思ってるんですか?」

李衣菜「思ってないよ」

まゆ「だったら」

李衣菜「だから、ね?私は美穂ちゃんを応援する。それで良いじゃん」

まゆ「良いんですか?もしかしたらこの後、本当にPさんが美穂ちゃんと付き合ってしまうかもしれないんですよ?」

李衣菜「もちろん。私としても、それがベストだからね」




ベスト、か……

美穂はどうやら、俺が李衣菜に振られた事を知らないみたいだし。

美穂と俺が付き合えば、今の気不味さも消える、と。

……仕方がないのかもしれない。

俺が、恋を知るのが遅過ぎたのかもしれない。

俺にとって、李衣菜は俺を変えてくれた大切な人だけど。

李衣菜にとって俺は、ただ単に友達のうちの一人なんだろう。

応援していた友達の恋愛が成就する。

振った相手の好意が別の人に向く。

確かに李衣菜からしたら、それが一番なんだろう。

まゆ「……まぁ、そうでしょうねぇ」

李衣菜「でしょ?」

まゆ「ただし当人の気持ちは考えないものとする、ですか」

李衣菜「美穂ちゃんと付き合えばすぐに消えるでしょ、私の事が好きだったなんて想いは」

まゆ「言ってて苦しくなりませんか?」

李衣菜「今更だよ」

まゆ「誤魔化しますねぇ」

李衣菜「会話の流れ的に、なんかもう誤魔化しても仕方がない気もするけど」

まゆ「ふふ、そうやって自分の気持ちも誤魔化していくつもりですか?」

李衣菜「さっすがまゆちゃん、踏み込むね」




……ん?

まゆ「李衣菜ちゃんが美穂ちゃんを応援している様に、まゆはPさんの気持ちを応援しているんです」

李衣菜「美穂ちゃんとPが付き合える様に応援してあげない?」

まゆ「聞こえませんでしたか?まゆは、Pさんの気持ちを応援しているんです」

李衣菜「健気だね、まゆちゃん」

まゆ「李衣菜ちゃん程ではありませんよぉ」

李衣菜「なんでそこまでPに味方しようとするの?知り合ったのつい先日でしょ?」

まゆ「まゆにとってPさんは、Pさんにとっての李衣菜ちゃんの様な存在……と言えば、伝わりますか?」

李衣菜「……うっわ……ハズレくじ引いたね、まゆちゃん」

まゆ「うふふ。はい、とんだ貧乏クジだとは思っています」

なんとも酷い扱いだ。

まゆ「……ずっとこのままだなんて戯言を、本気で願ってるんですか?」

李衣菜「まゆちゃん、ストップ。それ以上はもうやめて?」

まゆ「……もし美穂ちゃんとPさんがお付き合いを始めてからも、同じ事を本気で願えるんですか?きっと二人の事を、誰よりも近くでずっと見続ける事になりますけど……それで、良いんですか……?」

李衣菜「……美穂ちゃんの想いを知った日から、私の心は決まってるんだよ……ま、今日のところは帰ろ?」

まゆ「いえ、今話すべきだと思います。ね?」

……どうやら、まゆは俺の存在に気付いている様だ。

にしても、俺にとっての李衣菜の様な存在……?

始業式の日に出会ってから、何かしらそういう風に思われる様な事を俺はしただろうか?



まゆ「さっきまゆの言葉にストップを掛けたって事は……後悔してるんじゃないですか?」

李衣菜「良いんだよ、これで」

まゆ「まぁ兎も角、まゆはPさんに迷惑を掛けたく無いですし、Pさんに迷惑を掛けようとする人が大嫌いです」

李衣菜「ズバッと言ってくれるね」

まゆ「あら?心当たりがあるんですか?」

李衣菜「っ!だったら何?!」

李衣菜の声が、他に誰も残っていない昇降口に響いた。

李衣菜「しょうがないでしょ!美穂ちゃんにそんな事言える訳無いじゃん!!」

そんな事……?

まゆ「そんな事って何ですか?残念ながらまゆは心を読めないので、きちんと言葉にして頂かないと分からないんです」

李衣菜「分かってるから話しかけたんでしょ?!」

まゆ「ケンカ腰にならないで下さいよぉ、まゆ達まで気不味くなるなんて嫌ですから」

李衣菜「……うん、ごめん。私もそういう感じは、嫌だな」

まゆ「ですよねぇ。美穂ちゃんと気不味くなるのが嫌で想い人を振った人が言うと説得力が違いますねぇ」

李衣菜「っ!!」

パンッ!

乾いた音が響く。

まゆ「……え?李衣菜ちゃん……?」

李衣菜「……よしっ!うん、気分転換に自分を叩いてみただけ。さ、早く遊びに行こ?」

まゆ「……」

李衣菜「ほら、早く行かないと加蓮ちゃん達待たせちゃうよ」

まゆ「……ごめんなさい。まゆ、凄く酷い事を言っちゃって……」

李衣菜「良いって良いって。また後でね」

走って、李衣菜が校舎を後にした。

俺はその間、全く動けずにいて……



P「……はぁ……」

大きな溜息を漏らす。

……なんだよ、李衣菜……

まゆ「……ごめんなさい、Pさん」

ひょっこりとこっち側の下駄箱に顔を伸ばしたまゆが、申し訳無さそうに笑っていた。

まゆ「李衣菜ちゃんの気持ち、まゆが思っていたよりずっと堅かったみたいです」

P「……いや、ありがとうまゆ」

おかげで、色々と知れた。

……いや、知ってしまった。

まゆ「……李衣菜ちゃんには、後でもう一度謝ります」

P「良い子だなぁまゆは」

まゆ「うふふっ……はぁ…………今回ばかりはまゆも本気の溜息です」

P「あと……なぁ、まゆ」

まゆ「はい、その続きはまた次回です」

さっきまゆが言っていた事について尋ねようと思ったが、ストップを掛けられてしまった。

まゆ「それよりもPさんは、この後美穂ちゃんとデートですよね?」

P「……だな」

まゆ「何をするべきか、決まりましたか?」

P「おう、もちろんだ」

まゆ「……はいダッシュダッシュ!女の子を待たせちゃいけませんよぉ!」

P「うぉぉぉぉぉっ!」

まゆに感謝しながら、俺は道を走る。

この後美穂に伝える言葉は、もう決まっていた。





P「ふー……ふー……セーフ……」

美穂「アウトですっ!」

息を切らして駅前の時計下に到着した時には、既に美穂はご機嫌ナナメだった。

……まぁ、結構待たせちゃったからなぁ。

P「すまん……ふー……今来たとこ」

美穂「知ってます、だってわたしは待たされていたんですから」

P「いやほんとごめんて」

美穂「……遅刻の理由は?」

P「道に迷ってる人を見つけたので……」

美穂「自分の事ですよね?それ」

うわぁ手厳しい。

美穂もにっこにこの笑顔でえぐい事言ってくれるなぁ。

美穂「一人で待ってるの、寂しいんですよ?」

P「ごめん、ちょっと人と話しててさ」

美穂「まぁ、ついさっきまで加蓮ちゃん達とお話ししてたから暇はしませんでしたけど」

P「おい……で、加蓮と智絵里はもうどっか行ったのか?」

美穂「……智絵里ちゃんが気を利かせてくれたんですっ!デートの邪魔をしちゃ悪いから、って」

一瞬、美穂の表情が翳った。

美穂「……さて、Pくん。他に何か言う事があると思いませんか?」

P「…………遺言でしょうか……?」

美穂「わたしについてです!!」

P「……可愛い」

美穂「んんー……セーフ!嬉しいからセーフとしますっ!」

……まぁ、アウトじゃないみたいだし喜んでくれてるなら良いか。

本来は何が正解だったんだろう。



美穂「こういう時は服を褒めて貰いたいものなんですっ!」

P「薄着で寒くないの?」

美穂「はぁ……はぁぁぁぁ…………」

めっちゃ大きな溜息を吐かれた。

美穂「オシャレは我慢です。好きな人の前では精一杯可愛い自分で居たいですから」

成る程、だから可愛いはセーフだったのか。

美穂「さ、Pくんっ!エスコートして下さいっ!」

P「ゲーセンで良いよな?エスコートも何も、別にプラン建ててた訳じゃないんだけどさ」

美穂「もうっ!女の子とデートする時は、男の子がきちんとエスコートしないとダメだよ?」

……デート、か。

美穂は、デートだと思ってくれていて。

でも、俺はまずその誤解を解かなきゃいけないんだ。

P「……なぁ、美穂」

美穂「Pくんっ!」

言おうとした言葉は呑み込んだ。

けれどそれは、決して美穂の言葉に遮られたからじゃなくて……

美穂「……お願いだから……ね?今だけは…………勘違いさせて……?」

美穂は笑顔で、涙を堪えていた。

……きっと、美穂は。

全部、分かってたんだ。

それでも待っていてくれて……

P「……さ、美穂!遊び倒すぞ!」

美穂「……うんっ!」

カンッ!カンッ!カコーンッ!

P「しゃあっ!どうだっ!」

美穂「甘いです……よっ!」

P「やべっ!」

ビーッ!

美穂「えへへっ、わたしの勝利です!」

ゲーセンのエアホッケー勝負で、俺は負けてしまった。最後の最後で油断さえしなければ……

美穂「さてPくん、覚えてますよね?」

P「おう、クレープだよな」

負けた方が勝った方にクレープを奢る。それが俺たちに課された誓約だった。

P「……まぁクレープは良い。許そう」

美穂「敗者が何をそんな上から目線で……」

P「……美穂様」

美穂「発言を許可します」

P「わたくしめにリベンジの機会を設けては頂けないでしょうか……」

美穂「そちらの態度次第では検討の余地があります」

P「……もっかいやらない?」

美穂「口調、砕けておるぞ」

美穂お前もなんか口調変だぞ。

美穂「まあ良いでしょう。高貴な者には義務がありますからね」

P「負けねぇぞ?」

美穂「Pくん、負けず嫌いだよね……」

リベンジマッチが始まった。

P「あ!UFO!」

美穂「えっ?どこですかっ?!」

カコーンッ!

美穂「……騙しましたねっ?!」

P「いや今のは騙される方が悪いだろ……」

美穂「あ!文香さんです!」

P「え、マジ?どこ?!」

カコーンッ!

P「……騙したな?」

美穂「勝負に卑怯なんてありません……よっ!」

P「あっ!テロリスト!」

美穂「と……トランペット!」

なんかしりとりも始まった。しかもとで始まってとで終わる単語だ。

P「と……トマト!」

美穂「えっと……えっと……っ!」

カコーンッ!ビーッ

P「っしゃあ!」

美穂「もう!もう一戦ですっ!」

店員「すみませんお客様……他の方の迷惑になりますので……」

美穂・P「「すみません……」」



ゲーセンでしばらく遊んだ後、俺達はクレープの屋台を目指して歩いた。

いつもだったら、ゲーセンから歩いて数分のとこに出てた筈……

ひゅう、と冷たい風が通り抜けた。

美穂「うぅ……寒いです」

P「最近暖かかったけどまだ四月だもんなぁ……マフラーとか持って来れば良かったわ」

美穂「あ、Pくんっ!手、繋ぎませんかっ?」

P「……そうだな」

美穂の手を取ると、指を絡めてきた。

俗に言う恋人繋ぎだ。

美穂「緊張してますか?」

P「そこそこ」

美穂「周りからは、カップルって思われてるかもしれませんねっ!」

P「釣り合って無いとか思われてそうだなぁ」

美穂「バカにしてる?」

P「自虐してるんだよ」

めちゃくちゃ可愛い美穂に対して、ふっつーの服を着た冴えない男子。

そのうちちゃんとした服も買うべきなのだろうか。

P「お、あったあった」

クレープの屋台が視界に入ってきた。

そのまま列に並び、味を選ぶ。

P「どうすっかなぁ……美穂はどれにする?」

美穂「うぅ……迷っちゃうなー……」

P「お、辛子明太子なんてのもあるぞ」

割としょっぱい系の味も充実している。

これは……悩むな。

美穂「あ、Pくん。よければ交換こしたりしませんか?」

P「お、良いぞ。んじゃ俺は甘い系にしとくか」

美穂「わたしは辛子レンコンにしますっ!」



行列が進み、俺達の番が回ってきた。

辛子レンコンとチョコクリームを注文し、二つ受け取る。

P「ほいよ、美穂の分」

美穂「ご馳走さまです、Pくんっ」

P「……席埋まっちゃってるな」

屋台前のテーブルは全て埋まってしまっていた。

仕方ないのでのんびり歩きながら座れる場所を探す。

美穂「あ、確かあっちに公園あった気が……」

P「……あったな、そこにするか」

道を曲がると、人の少ない公園が現れた。

……まぁ、こないだ俺が振られた公園なんだけど。

ベンチに腰掛けて、並んでクレープを齧る。

美穂「えへへっ、デートみたいですねっ!」

P「…………あぁ、デートみたいだ」

美穂「Pくん、そっちのクレープも一口貰って良いですか?」

P「おっけー、ほいよ」

クレープを手渡す。

……美穂がなかなか受け取ってくれない。

P「食べないの?」

美穂「食べさせてくれないんですか?」

P「……あー……ほうほう」

アレか、カップルがよくやってるアレか。

P「……はい、どうぞ」

美穂「あーんでお願いします」

P「……あーん」

くっそ恥ずかしい。

おいガキども、こっち見てんじゃねぇよ。

美穂が髪を手で耳に掛け、俺のクレープを齧る。

美穂「あーんっ!……んー……」

P「……どうだ?」

美穂「美味しいけど、うーん……美味しいです」

P「なんで一瞬否定したんだ?」

美穂「Pくんに何かケチつけたいなーって思ったんです」

P「ひっでぇ!」

美穂「あ、Pくんも一口いかがですか?」

P「んー、俺はいいや」

美穂「一口いかがですか?」

P「……いや、いいってば」

美穂「一口食べて下さい」

命令形になった。

怖い、逆らわないでおこう。



P「へいパス!」

美穂「はい、あーんっ」

P「……自分で食べ」

美穂「はい!あーんっ!」

俺の声は果たして美穂に届いているんだろうか。

問答無用が可愛い服を着て目の前に居る。

P「……頂きます」

美穂「あーん、で」

P「……あーん」

齧る。

美味しい、けど、恥ずかしいし。

何よりちょっと怖かった。

だって声が平坦なんだもん。

P「……うん、美味い」

美穂「えへへっ、楽しいですねっ!」

P「……あぁ!」

確かにスリルはあるな。

そのまま二人してのんびりクレープを食べ。

気が付けば陽は落ち、空は赤から黒へと色を変えていた。

既に公園には、殆ど人が残っていない。

P「……やっぱ夜は結構寒いな」

美穂「……ですね」

P「……そろそろ帰らないとな」

時間を確認すると、現在十九時手前。

寮の門限まで約一時間だから、まだ美穂の時間はあるっちゃあるが。

美穂「……ねぇ、Pくん」

P「……ん?なんだ?」

美穂「今日は、とっても楽しかったです」

P「……あぁ、俺もだ」

美穂「一緒に遊んで、クレープ食べさせてあって……ホントに、デートみたいで……」

……そうだな。

そろそろお別れの時間だから。

もう、勘違いさせるのも終わりにしないと。




美穂「……こんな時間が、これからもずっと続いてくれたら良かったのに……」

P「……また、遊びに行こうな」

美穂「李衣菜ちゃんと三人で、ですよね」

P「美穂が望むなら、二人でだっていいさ」

美穂「……わたしは、三人一緒が良いな」

P「……そっか、ありがとう」

美穂「あ、Pくんっ!」

美穂が、スマホを取り出した。

美穂「最後に、一緒に写真を撮らせてくれませんか?」

P「……」

一瞬だけ、俺は迷った。

先日、加蓮から言われた言葉を思い返して……

P「……あぁ、もちろん」

美穂「ありがとうございますっ!」

それでも、美穂の提案を断る気にはなれなかった。

美穂が肩を寄せてくる。

美穂「Pくんも、もう少し寄って貰っていいですか?」

P「あいよ」

インカメに収まる様に、割と密着して画面を確認する。

美穂「腕、組みませんか?」

P「……おうさ」

腕も組む。

美穂「……あ、Pくん。口元に辛子が着いちゃってますよ」

P「え、マジで?」

美穂「……拭いてあげますから、こっち向いて下さい」

言われた通り、美穂の方へと顔を向けて。



美穂「……ごめんね」

目の前には、美穂の顔が近付いていて。

ちゅっ、っと。

唇に、柔らかいものが触れ。

それと同時、パシャりとシャッターが切れる音が響いた。

美穂「……えへへっ、上手く撮れましたっ!」

満面の笑みで写真を確認する美穂。

その後此方に向けられた画面には、俺と美穂のキスシーンが写っていた。

美穂「どうですか?Pくん。しっかり写ってますよ」

P「……写ってるな」

美穂「あ、この写真李衣菜ちゃんに送っちゃっても良いですか?」

P「……なぁ、美穂」

美穂「李衣菜ちゃん、勘違いしちゃうかもしれませんねっ!」

P「……美穂」

美穂「せっかくですから、勘違いじゃなくて現実にしちゃいませんか?」

P「……もう、いいよ」

美穂「……え?」

P「どうせ……送る気は無いんだろ?」

美穂「冗談なんかじゃありませんっ!わたしは本気で……」

美穂がラインを開き、李衣菜とのトークに画像を貼る用意をして……



P「指、震えてるぞ」

美穂「……そんな、事ありません……」

P「……声、震えてるぞ」

美穂「……そんな事ないもん……」

P「……俺は、嫌だな。美穂の事、嫌いになりたくない」

美穂「……もちろん、わたしもPくんの事が大好きですよ?だから今、こうやって」

P「……嫌われようとしてるんだろ?」

美穂「っ!」

……なんでかなぁ。

なんでこう、上手くいかないんだろうなぁ。

もっと早くに、きちんと話し合っておけば。

美穂はここまで、思い詰めずに済んだかもしれないのに。

P「……なぁ、美穂。俺はさ……美穂と李衣菜と三人で過ごす時間が大好きだった」

美穂「……それは……わたしもです」

P「一緒に居られなくなっちゃうのが嫌で、最近みたいに気不味いのだって嫌で……」

美穂「……わたしもです……」

P「……ごめんな、美穂。俺は美穂の想いを受け入れる事が出来ない。恋人になる事は……叶わないんだ」

残酷な事を言ってるのは分かってる。

美穂の表情がくしゃりと歪むが、それでも。

美穂「……送信しちゃいますよ……?」

P「……しないよ、美穂は」

美穂「…………考え直して……くれませんか?」

P「考えたさ、ずっと」

考えまくった。悩みまくった。

思い付いた、気付いた事は。

間違いなく、最善とは言えない酷いものだけど。

それでも、美穂ならきっと。

俺のワガママに付き合ってくれる、と。

そう、信じて。




P「美穂!これからもずっと!俺と友達でいて欲しいんだ……!」

美穂「……何ですか、それ……」

P「俺はこれからも、美穂とずっと友達でいたいんだよ!!」

美穂「……ふざけないで下さい……っ!」

P「ふざけてなんかない!大真面目だ!」

美穂「なんで?どうしてそんな酷い事が言えるの?!わたしは……わたしは!!」

大きな声が公園に響いた。

美穂「Pくんの事が……大好きなんだよ?!」

美穂の目から、大粒の涙が零れ落ちた。

美穂「一年生の頃から好きだったの!出会った時からずっと、Pくんの事を見つめる度にドキドキして!目が合う度に運命なんじゃないかな?って思っちゃって……っ!!」

美穂「李衣菜ちゃんが、応援するよって言ってくれて……いつかの日か君と結ばれる事を、ずっと夢見てたの!」

美穂「気付いて欲しくて……でも、気付かれたくなくって……っ!今の関係が壊れちゃったらどうしよう、友達でいられなくなっちゃったらどうしようって……不安で、言いたくて、言えなくて……!!」

美穂「Pくんが笑顔を向けるのが、わたしだけじゃなくても良いんです……怖いのは、わたしに笑顔を向けてくれなくなっちゃう事で……側に居られなくなっちゃう事で……っ!」

美穂「……ううんっ!わたしに!わたしだけに向けて欲しいのっ!誰よりも側で!わたしはっ、君の笑顔を一番近くで見ていたいから……っ!」

美穂「……なのに……どうして……?」

美穂「……どうして…………李衣菜ちゃんなの?」




一番言いたくなかった言葉なのだろう。

涙が止めどなく溢れ、雨のように地面に跡を残す。

美穂「嫌だよ……大好きなんだよ?大切なんだよ?!Pくんの事も……李衣菜ちゃんの事も……!」

美穂「三人で過ごす時間が、わたしにとって宝物だったのに……!二人が付き合っちゃったら……わたしの居場所なんて失くなっちゃうもん!」

P「そんな訳ないだろ!」

美穂「大好きだった人が……大切なお友達と付き合って、幸せに過ごすのを……一番近くで見続けなきゃいけないんだよ?苦しいんだよ?Pくんに分かるの?!」

美穂「だったら、もう……一緒にいない方が……」

だから美穂は、俺に嫌われようとしたんだろう。

美穂「……もっと怒ってくれれば……わたしは、君の事が嫌いになれるんじゃないかなって……そう思ってました」

美穂「一緒に写真を撮るのを、拒否されるだけでも良かったんです。小さな不満を積み重ねて、嫌いになる理由を作りたかったのに……」

美穂「わたしの事なんて嫌いだ、とか……邪魔だ、って。そう言ってくれれば良かったのに……!」

美穂「わたしと友達でなんていたくないって!そう言ってくれれば!」

P「美穂」

美穂の言葉を、俺は遮った。

美穂「……なんですか?」

P「…………もう、さ……やめてくれ……」

限界だった。

耐えられなかった。

美穂が、自分の心を擦り潰そうとする言葉を。

それ以上、聞きたくなかった。



美穂「……都合が良過ぎると思いませんか……?」

P「思うよ。だから俺の事は、もうどう思ってくれてもいいから……自分を苦しめる様な事は……言わないでくれ」

美穂「……Pくんなんて、嫌いです」

……あぁ、しんどいな。

美穂に、嫌いだと言われるのは。

想像以上に辛いんだろうなとは思っていたが、それ以上だった。

P「……嫌われても仕方ないよな。でも、また……仲良くなれる様に頑張るから」

美穂「……Pくんなんて……大っ嫌いです……!」

P「……ごめんな、美穂。色々と遅くなって」

美穂「……何か、言い返して下さい」

P「またいつか、遊びに行こうな」

美穂「……言い返してよ」

P「言い返さないよ」

美穂「……ズルいよ……」

P「……あぁ、そうかもしれない」

美穂「……わたし、このままじゃ……」

嫌いになんてなれないよ……

そう呟いて、美穂は俯いた。

P「……ありがとう、美穂」

美穂「……ごめんなさい……」

肩と声を震わせて。

地面に、沢山の雨の跡を作った。



美穂「ごめんなさい……ごめんなさい……!嫌いだなんて酷い事言っちゃってっ!本当にごめんね……っ!」

P「……ごめんな、美穂……そんな事言わせちゃって」

美穂「嫌いなわけ無いもん……!ずっと大好きだったんだもん!言いたくなかったもん!でも……言えば諦められるんじゃないかなって思ったの……!」

美穂「でも諦められなくって……!Pくんに辛い思いさせちゃっただけで!わたし、なんでそんな事言っちゃったのか分かんなくなっちゃって!!」

美穂「……うぁぁぁっ……っ!あぁぁぁぁぁぁっっ!!」

ポロポロと大粒の涙を頬に零して。

大きな声で、そう叫ぶ。

……あぁ、美穂は。

本当に、優しいんだな。

P「……ありがとう、美穂」

今、美穂に触れる事は出来ないけれど。

それでも、きちんと。

お礼だけは、言葉にしたかった。



美穂「っ……P、くん……っ!わたしと……これからも……!わたしとっ!」

苦しそうに、辛そうに。

言いたくない言葉だらけの会話で。

それでも最後まで、美穂は言葉にしてくれた。

美穂「……わたしと……!友達でいて下さい!!」

P「……こちらこそ、頼む」

美穂「……これからもずっと……変わらないでいてくれる……?」

もし俺が、誰かと付き合う事があったとしても。

もし俺が……李衣菜と、付き合ったとしても。

P「……あぁ、約束する」

これからも、美穂との関係は変わらない。

俺たちの関係は変わらない、変わって欲しくない。

P「俺だって、みんなと仲良く過ごしたいから」

美穂「……なら……安心です」

大きく、息を吸って。

美穂「……Pくん!今日はありがとうございましたっ!とっても楽しくて……幸せでした!」

P「……こっちこそありがとう!」

美穂「……っ!はい……っ!」

きっと俺はこれ以上居ない方が良いだろう。

P「また明日な、美穂!」

美穂「またね、Pくん!」

最後は、笑顔で。

ベンチを立って、先に公園を後にする。

背後から聞こえてくる泣き声は、俺の足を止めようとして。

それでも俺は、歩き続けた。




美穂「……あーあ」

なかなか涙は止まってくれません。

泣いてればPくんが戻って来てくれるんじゃないかな、なんて心のどこかで思ってるのかもしれません。

美穂「……結局、言えなかったな……」

わたしは最後まで、付き合って下さいとは言えませんでした。

単純に言う機会がなかったっていうのもありますけど……

やっぱり、真正面から拒否されるのが怖かったからかな。

それでも、もう大丈夫です。

Pくんは、約束してくれたから。

Pくんとの約束は、わたしだけの宝物だから。

美穂「……えへへ」

スマホを開けば、Pくんとのツーショット。

あぁもう……わたし、バカな事しちゃったな……

最後にもう一度だけ目に残して、その画像は消す事にします。

美穂「……あっ」

よくよく見れば、右上に送信ボタンがありました。

……そうだ、李衣菜ちゃんとのトークに貼ろうとしてたんでした。

送ってたら……本当に、取り返しがつかない事になっちゃってたよね。

写真の選択を解除しようとして……




智絵里「……送らないんですか……?」

美穂「えっ?」

気付けば、隣に智絵里ちゃんが立ってました。

写真、見られちゃった……

美穂「あ、あはは……これは……もう、消すんだ」

智絵里「…………そう、ですか……」

美穂「……うん」

智絵里「…………だったら……」

どうしたの?って。

わたしが聞くよりも早く、スマホに手が伸ばされて。

智絵里「……えへへ。わたしが送ってあげます」

すっ、っと。

智絵里ちゃんが、送信ボタンに触れました。



美穂「…………智絵里ちゃん……?」

智絵里「え……?えっと、どうしたの……?」

美穂「……っ!な、何して……っ!」

ようやく頭が回り始めました。

今はそれどころじゃなくて、早く送信取り消ししなきゃ……!

美穂「…………あ……」

智絵里「えへへ、見てもらえたみたいですね」

既に、画像の隣には既読の文字。

送られてきたのは『おめでとう』で。

……どうしよう……どうしよう……!

そんなつもり無かったのに……!

今更消しても手遅れだよね……早く誤解を解かなきゃ……!

……あ……違う、って伝えて……どうなるの……?

李衣菜ちゃん、余計にわたしに気を使っちゃう……

でも、ちゃんと言わないと……!もう戻りたくないから……

美穂「ねぇ……どうして……?どうして送っちゃったの?!」

智絵里「美穂ちゃんが、送るのやめるって言うから……」

美穂「…………え?」

どういう事……?

智絵里「えっと……美穂ちゃんは、もう諦めたんだよね……?」

美穂「それは……そうだけど……」

智絵里「でも……李衣菜ちゃんは、きっとこれでまだ美穂ちゃんに未練があるって思ってくれるかな、って」

美穂「なんで……?なんでそんな事……」

智絵里「……え……?えっと、わたし……Pくんの事が好きなんです……」

美穂「あ…………Pくん、だったんだ……」

智絵里ちゃんの好きな人って。

でも、だったらなんで……

智絵里「Pくんに、早く李衣菜ちゃんの事を諦めて欲しかったから……」

美穂「だからって!こんな風にしなくても!」

智絵里「……応援してくれるんじゃ無かったの……?」

美穂「……っ!で、でも!これでわたし達がまた……!」

あんな風に、全然楽しくない時間になんて戻りたくないよ……!

やっと、少しかもだけど変われる筈だったのに!



智絵里「大丈夫だと、思います……だって、Pくんは……優しいから……」

美穂「……何言ってるの……智絵里ちゃん……」

智絵里「きっとPくんなら、また三人で仲良く遊べるように頑張ってくれるから……美穂ちゃんは、安心して大丈夫じゃないかな……」

美穂「……おかしいよ、智絵里ちゃん」

智絵里「……諦め無かったのは……美穂ちゃんも同じだよね……?」

美穂「……それはっ……そう、だけど……」

智絵里「……実はわたし……その……Pくんに一回断られちゃったんです……」

えへへ、と。

はにかみながら、智絵里ちゃんは言葉を続けました。

智絵里「……誰かと付き合いたいって思いがまだ分からなくて……その為に他の誰かの想いを断るのも嫌だ、って……そう言われちゃって……」

智絵里「今までわたしの事をそういう風に見てこなかったって言われちゃったから……」

智絵里「……だから、わたしは……」

智絵里「……待つ事にしたんです」

美穂「……待つ?Pくんが、智絵里ちゃんの事を好きになってくれるのを……?」

智絵里「ううん……?えっと、Pくんが……誰かと付き合いたい、って思える様になる日を……です」

智絵里「……別に、わたしじゃ無くても……誰かを好きになる気持ちが、分かってくれれば良かったんです」

智絵里「そしたら……また告白しよう、って。そう決めたんです」

美穂「……意味が分からないよ……」

智絵里「え……だ、だって……好きって気持ちが分からないから振られちゃったなら……分かって貰えば、いつかきっと……わたしの想いを受け入れてくれる日が来るよね……?」

美穂「他に好きな人がいるのに?!そんな訳……っ!」

あ…………だから、智絵里ちゃんは……

李衣菜ちゃんがPくんに想いを向けられない様にして。




智絵里「もし、Pくんが誰かと付き合っちゃっても……Pくんには、キチンと振る勇気があるから……」

智絵里「……確かめる為に、その場でお返事を貰って……とっても辛かったけど……」

智絵里「……今なら、きっと……」

美穂「……Pくんはそんな酷い子を好きになんてならないよ」

智絵里「……でも、嫌いにもなれないよね……?さっき、美穂ちゃんと約束してたから……」

美穂「……智絵里ちゃん、ほんとにPくんの事が好きなの?!」

智絵里「えっと……ほんとは、最近のPくんはちょっと嫌でした……気不味い空気なのに、そのままでいようとして……」

智絵里「美穂ちゃんも、李衣菜ちゃんも……辛い思いをしてた筈なのに……」

智絵里「……そんなPくんは……ぜんぜん、優しくないから……」

智絵里「でも、今日会ったら……少し変わった感じがしたんです」

智絵里「そしたらやっぱり、今の状況を……変えようとしてて……」

智絵里「……頑張ってるPくんが、やっぱりわたしは好きなんだって……そう気付いたんです……」

美穂「……そっか……」

智絵里「……はい」

美穂「……頑張ってね、智絵里ちゃん」

智絵里「……はい……!頑張って……Pくんに、好きになって貰うから……」

美穂「うん、応援してる。でもね……?」

きっと、智絵里ちゃんは……知らないんじゃないかな。

自分が、みんなから……大切だって思われてる事。

もし、それを知った上で、それでもみんなの気持ちを蔑ろにしようとしてるなら。

ちゃんと謝ってくれる様に、酷い事をしてるって思ってくれる様に。

……わたしみたいに、ならない様に。

もっと、わたしが頑張らないと。

美穂「……ごめんね、智絵里ちゃん。わたし門限あるから」

智絵里「はい……また明日ね、美穂ちゃん」

美穂「うん、また明日」

智絵里ちゃんと、お別れして。

わたしは歩きながら、通話をかけました。

智絵里ちゃんは……ちょっとだけ、遅かったと思います。

……うん、だってもう。

わたしは、Pくんへの想いに。

李衣菜ちゃんと、Pくんと、わたしと。

三人の関係に。

きちんと、答えを見つけちゃったから。

きっとまた泣いちゃうかもだけど……それでも……

わたし達は、これからも一緒にいたいから。

美穂「もしもし……?えっと、ね……?さっき、送っちゃった画像で……お話があるんです」




火曜日の朝が来た。

火という漢字が付いてるだけあって、今日の朝は一段と明るい気がした。

気のせいだと思う。

コンコン

P「ほーい、起きてるぞ」

ガチャ

美穂「おはようございます、Pくん」

P「……よっ、美穂」

……良かった。

美穂が、来てくれて。

美穂「……来ないと思ってましたか?」

P「来てくれると信じてたよ」

美穂「間違えて目覚ましをセットしちゃって、暇な時間が出来ちゃったので……」

P「暇潰しで朝食をたかりにくるなよ」

美穂「もー、本当は嬉しいんですよね?」

P「……まぁ、うん」

美穂「こんな美少女に貢げるなんて」

P「いやそんなつもりは一切無いけど」

美穂「……わたし、可愛くないですか……?」

P「……いや、可愛いけど……」

美穂「具体的に言って下さい」

P「スカート」

美穂「制服なので……」

P「そういや李衣菜は来てるか?」

美穂「まだ来てないみたいです」

P「……寝坊か?」

美穂「寂しいんですか?」

P「そりゃ、前までいつもたかりに来てたからな」

美穂「本音は?」

P「愛想尽かされたんじゃないかとか不安になったりしてます」

美穂「素直で大変よろしいと思います」

にこにこしながら、美穂が部屋を出て行った。

まぁ、大丈夫だろ……大丈夫だよな?

これで本当に李衣菜に嫌われたとかだったら本格的にしんどみがしんどいぞ。

ぱっぱと着替えて諸々済ませ、朝食を作りながら家の外の気配を探る。

そんな事出来ないけど。




文香「……李衣菜さん、来ませんね……」

P「ドストレートに今一番不安なとこを打ち抜くね姉さん」

文香「……ふふ……Pくんの事なんて、全てお見通しですから」

P「悪意があったんだとしたらなかなか悪質じゃない?」

焼けたパンを運んで、ジャムを塗って齧る。

美味しい。

美穂「ところでPくん」

P「ん?なんだ?」

美穂「昨日の放課後、まゆちゃんと何を話してたんですか?」

……なんで知ってる?

美穂「わたしが待たされてた時、加蓮ちゃんと智絵里ちゃんにしか会って無かった事……どうして知ってたんですか?」

P「……勘?」

美穂「Pくんの勘が当たる訳無いじゃないですか」

ひっでぇ言われようだ。

P「……世間話だよ」

美穂「わたしと李衣菜ちゃんの会話を盗み聞きした後に、ですか?」

……もう、色々と気付いてたんだな。

P「……いや、あれはたまたま上履きのまま帰っちゃって……」

美穂「そんなふざけた理由を信じられる訳……うーん、Pくんだもんなー……」

謎の信頼のされ方をされてしまってる。

P「……色々と応援されたよ」

美穂「あ、ジャム取ってもらっていいですか?」

P「尋ねたんなら聞こうぜ?」

美穂「詳しく話してくれるんですか?」

P「黙秘権だけどさ」

美穂「なら有罪です」

P「じゃあ自白する」

美穂「なら有罪です」

P「中世のヨーロッパかよ」




智絵里「あ……おはようございます、Pくん」

P「ん、おはよう智絵里」

美穂「おはよっ、智絵里ちゃん」

下駄箱で智絵里と会った。

昨日もだったし、最近早起きしてるのかな。

智絵里「えへへ……いつもよりちょっとだけ早く家を出るだけで、こうしてPくんと会えるから……」

美穂「わたしの存在が……」

智絵里「あ……おはようございます、小日向ちゃん」

美穂「美穂って呼びたまえー」

智絵里「たまえちゃん」

美穂「そっちじゃない!」

仲良いな、二人とも。

教室に入ると、やっぱり既にまゆが居た。

まゆ「……おはようございます、Pさん。門限という制度に疑問を覚える佐久間まゆですよぉ」

P「おはよう、まゆ。今日も元気だな」

朝からよくわかんない自己紹介をされたけど、きっと元気だからだろう。

まゆ「……おはようございます美穂ちゃん、智絵里ちゃん、智絵里ちゃん、智絵里ちゃん」

智絵里「わ、わたしは一人だけど……」

まゆ「複数人もいられたら堪ったもんじゃありませんよぉ」

美穂「ところで、李衣菜ちゃんってもう来てる?」

まゆ「まだ見てませんねぇ」

ガラガラ

美穂「あっ、おはよう李衣菜ちゃん!」

加蓮「いや加蓮だけど」

美穂「……李衣菜ちゃん!」

加蓮「加蓮だってば!……私、加蓮だよね……?自信無くなってきた」

まゆ「おはやうございます李衣菜ちゃん」

加蓮「やっほーまゆちゃん、今日もロックだねってなるかぁ!!」

まゆ「まゆはロックじゃありませんよぉ」

加蓮「そっちじゃ無いって、ロクでもない女だね」

まゆ「おぉ?」

加蓮「は?」

智絵里「……仲が良いですね」

P「だなぁ」

結局、李衣菜はなかなか来なくて。

来た時には朝のHRが始まってて、話をする時間は全く無かった。

P「おーい、李衣菜ー」

李衣菜「……ん、何?」

P「今日放課後暇だったりしない?」

李衣菜「あーごめん、私ちょっと用事があるんだ」

P「うっす」

お昼休み。

ようやくまともに話をする機会があったから遊びに誘ってみたが、素っ気なく断られてしまった。

いやまぁ、用事があるんなら仕方ないけど。

智絵里「あ、Pくん」

P「ん?なんだー?」

智絵里「よければ……えっと……放課後、一緒に遊びに行きませんか?」

P「おう、構わないぞ」

まゆ「構います!構いますよぉ!!」

突然まゆが会話に参入してきた。

まゆ「Pさん!まゆとの!昨日のお話を忘れた訳ではないですよねぇ?!」

P「……宗教開くやつ?」

まゆ「いえそうではなくですねぇ……兎も角、今日Pさんはまゆに付き合って貰います」

智絵里「……まゆちゃん」

まゆ「智絵里ちゃんは加蓮ちゃんとでも遊んでて下さい」

加蓮「なんかすっごく雑に扱われた気配がしたんだけど!」

美穂「加蓮ちゃん加蓮ちゃん、早く古典単語覚えないと!」

加蓮「給へ!給へ!給へ!」

美穂「もっと心を込めて下さいっ!」

加蓮「おー!神よー!私にポテトの割引クーポンを授け給へー!!」

美穂「なんで微妙に謙虚なんですか!」

加蓮「あ、鞄の中から本当に出てきた」

美穂「なんのクーポンですかっ?」

加蓮「コンタクト」

美穂「絶対使わないやつですねっ!」

……うるさい。

まぁ、前より教室が明るく感じられるし悪くは……いやうるさいわ。

まゆ「仕方ありませんねぇ……ドリンクバーのクーポンをあげるので静かにしてて下さい」

加蓮「ありがとまゆ、この恩は明日まで忘れないから」

まゆ「へぇ、加蓮ちゃん記憶力良くなったんですねぇ」

加蓮「はぁ?!」

まゆ「何か?」

智絵里「……良いなぁ」

加蓮「あ、智絵里もドリンクバー食べる?一緒に行こ?」

美穂「はい!決定です!放課後はドリンクバーです!」

智絵里「も、もうちょっと食べ物頼もうよ……」

まゆ「という訳でPさん。放課後、空けておいて下さい」

P「お、おう……」

全てが勢いと流れで決まってゆく。まぁ、楽しいから良いか。

まゆ「さぁPさん、デートのお時間です」

帰りのHRが終わるなり、まゆが詰め寄って来た。

P「……誰と?」

まゆ「ぽむんっ!」

胸元に頭突きされた。

まゆ「……うぅぅ……Pさぁ゛ん……ボタンが痛かったです……」

アホだ。

おい加蓮達、可哀想なモノを見る様な目で見てないで助けてくれよ……あ、遊びに行きやがった。

まゆ「Pさんとまゆのデートにぃ……決まってるじゃないですかぁ゛……」

P「……ごめんごめん、ボタン付けてる俺が悪かったよ」

まゆ「撫でてくれたら許してあげますよぉ」

P「……何処を?」

まゆ「……何処を見て言いました?ねぇ、今何処を撫でようとしたんですか?場所によっては両目にチョキですよぉ」

P「首だけど?」

まゆ「さぁPさん張り切ってどうぞ!はりーあっぷ!」

P「お、おう」

自分の首に手を当てた。

まゆ「やれやれ系!やれやれ系ですか!まゆの話し相手はそんなに面倒ですかぁ?!」

……うん。いや、普段はすっごく優しいし助かってるんだけどな?

今はとっても良い感じにまゆ。

P「で、何処行くんだ?」

まゆ「おうちです」

P「おっけー」

まゆ「……もっと、こう……ときめいたりしないんですか?」

P「いやだっていつもそうだし」

まゆ「いつも!いつもときましたか……Pさんはお呼ばれすれば誰の家にでもお邪魔しちゃうんですねぇ……」

P「えっ?」

まゆ「えっ?」

P「……俺んちだろ?」

まゆ「まゆの家ですよぉ?」

P「……待って流石にちょっと緊張してきた」

まゆ「ちょっと、ですかぁ……?」

P「めっちゃ緊張してきた」

まゆ「どのくらいですかぁ?」

P「英単語のテスト前くらい」

まゆ「ぜんっぜん緊張してないじゃないですかぁ!まゆの心臓は今バックンバックンなんですよぉ?!」

P「なら誘わなきゃ良いのに……」

まゆ「Pさんはぁ!まゆの家に来たく無いんですねぇぇぇぇっ!!」

P「行きたい!めっちゃ行きたい!なんなら毎日通いたいくらい!」

まゆ「うふっ、うっふふふっ……同棲しちゃいますかっ?きゃーっ!」

P「しないけど」

まゆ「ビエェェェェェッ!」

あ、教室を部活で使う感じですか。すみませんすぐ居なくなるんで、あぁいえ、別にイジメとかじゃないんで……



まゆと楽しく楽しいお喋りを楽しみながら、俺たちは寮へと向かった。

まゆ「ねぇ、Pさん」

P「なんだー?」

まゆ「昨日は……頑張ったんですね」

P「勇気を出したのは美穂の方だよ。俺はただワガママを言ってただけで」

まゆ「ただ、夜に女の子を一人で残したのはいけませんねぇ」

P「……なんで知ってんの?」

まゆ「今朝、美穂ちゃんの方から話してきたんです」

P「……強いな、美穂」

まゆ「それで……Pさん」

神妙な顔つきで、目を見てくるまゆ

まゆ「……食べさせあいっこしたらしいですねぇ。まゆともしてくれませんかぁ?」

P「……うん、まぁそのくらいなら……」

ちょっとびびって損した。

まゆ「あと、手も繋いだらしいですねぇ」

P「それは前まゆともしただろ」

まゆ「今は繋いでくれないんですかぁ?」

P「だって今結構暑いし」

まゆ「キスもしたらしいですねぇ」

P「それも前まゆにされたから」

まゆ「今はキスしてくれないんですかぁ?」

P「する訳ないだろ……」

っていうか美穂。

お前そこまで話したのかよ。

なんて会話をしていたら、既に寮の目の前まで来ていた。

まゆ「ではPさん、少々ここでお待ち下さい」

P「え、なんで?」

まゆ「……はぁぁぁぁ……お部屋のお片付け等々があるからに決まってるじゃないですかぁ……」

P「あ、成る程な。エロ本とか隠すのか」

まゆ「ばっっかじゃないですかぁ?!まゆがエッチな本を読んでいるとでも?!」

違ったらしい。

まゆ「着替えますから、まゆが良いと言うまで決して開けないで下さいね?」

P「あいよー」



バタンッ

まゆが部屋へと消えて行った。

待ってる間暇だな……インターフォン連打してようか。

まゆ「……着替えますから……まゆが良いと言うまで……開けないで下さいねぇ?」

扉の向こうからまゆの声が聞こえてきた。

P「……お、おう」

まゆ「着替えてるんですよぉ……?まゆが、着替えてるんですよぉ?」

……だからなんなんだ。

まゆ「うぅぅぅぅ……っ!Pざんはぁ……っ!まゆの着替えになんて興味無いんでずねぇ゛っっ!!」

P「……あるけどさ」

まゆ「だっだらぁ゛……開けて下さいよぉ……」

P「…………」

まゆ「うぅぅぅぅぅぅっっ!やっぱりPざんはぁ!まゆの着替えなんて興味無いんだぁぁぁぁっ!!」

P「……あるよ……開けるよ……」

まゆ「うふふっ、開けないで下さいね?」

……ちょっとだけ。

ほんとにちょーっとだけ。

めんどくせぇなこいつなんて思ってしまった俺を許して欲しい。

まゆ「お待たせしました。開けて良いですよぉ」

P「帰って良い?」

まゆ「やーだーっ!帰らないで下さいよぉ!まゆを捨てないでぇぇぇぇっ!!」

P「……ごめんて……俺が悪かったよ……」

まゆ「自分のどこが悪かったのか、ちゃんと分かってますかぁ?」

P「……」

まゆ「はいでましたねぇ、『自分は悪い事したと思ってないけど相手が謝罪を求めてそうだし取り敢えず謝っておこう』思考。男ってみんなそうなんですねぇ」

P「…………」

まゆ「やれやれ……まったく、まゆが寛容な心を持っていて良かったですねぇ」

おほざきになられる……

まゆ「あ、キスしてくれたら許しちゃいますよぉ?」

P「マジで帰っていい?」

まゆ「びぇぇぇぇぇぇぇっ!!」




P「……此処が……まゆの部屋……」

まゆ「あの……あまりジロジロは見ないで頂けると……」

部屋に入ると、まゆの部屋だった。

女子の部屋に訪れるなんてほっとんど無かったからなぁ。

なんだかザ・女の子の部屋って感じだ。

まゆ「あ、しくじりましたよぉ……」

P「……何を?」

まゆ「Pさん、もう一回入って来て下さい」

P「あ、はい」

言われた通り一旦部屋から出る。

ガチャ

扉が開いた。

まゆ「おかえりなさいPさぁん!お食事にしますか?」

P「食事で」

バタンッ

目の前で扉が閉められた。

ガチャ

扉が開いた。

まゆ「……おかえりなさい、Pさん。お食事にしますか?お風呂にしますか?それとも」

P「食」

バタンッ

…………

ガチャ

まゆ「おかえりなさい、Pさん。まゆをお食事しますか?まゆとお風呂にしますか?それとも……ま・ゆ?」

P「……お邪魔しまーす」

まゆを無視してカーペットに座る。

まゆ「フルコースですねぇ!かしこまりましたよぉ!!」

P「今手持ち少ないんで……」

まゆ「でしたら、身体で払って頂きます」

P「すみませーんお冷下さい」

まゆ「あ、失礼しました。直ぐお持ちしますよぉ」

まゆがお茶を持ってきてくれた。

まゆ「あ、変なモノは入ってませんよぉ?」

P「なんで今言ったの?」

飲んだ。

お茶だった、美味しい。



まゆ「ふっふっふ……飲んでしまいましたねぇ?」

P「え、マジで何か入ってたの?」

まゆ「そ、れ、は…………まゆの愛ですっ!きゃーっ!」

可愛い。

多少めんどくさくても許せてしまう。

P「……で、なんでまゆの家にご招待されたんだ?」

まゆ「お家デートって憧れませんかぁ?」

P「分からんでも無いけど……あのなぁまゆ」

まゆ「あ、そこから先はストップです」

口元に指を当てられ、黙らされた。

……まゆも、分かっているんだろう。

それでも笑顔なのは、今を楽しむ為か、それとも……

まゆ「ねぇ、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「まゆと、本当に付き合ってくれませんか?」

P「えー……」

まゆ「心底嫌そうな顔ですねぇ……」

P「めんどくさそう」

まゆ「失礼極まりないですねぇ」

P「冗談だって、うん」

まゆ「目を逸らさないで頂けると助かるんですが」

……はぁ。

溜息が一つ、宙に零れる。

まゆ「とまぁ冗談はおいといて……いえ、冗談でもなんでも無いんですが」

どうやら、そろそろ真面目な話をしなければならないらしい。

これ以上ふざけちゃいられない事くらい、俺だって分かる。

まゆ「……Pさんは本当に、李衣菜ちゃんの事が好きなんですか?」

P「もちろん」

まゆ「振られたのに?」

P「思ってた以上に、俺は諦めが悪かったよ」

好きな人への想いが変わらなくて、まぁしんどい思いもしたけど。

自分が諦めの悪いガキで良かったとも、心から思っている。




まゆ「……美穂ちゃんや、加蓮ちゃんや……まゆを振ってもですか?」

P「あぁ」

まゆ「即答してくれやがりますねぇ」

P「ここで即答出来ない様な奴の方が嫌だろ?」

まゆ「……うふふ。バレちゃってますねぇ」

悲しそうに、それでも微笑むまゆ。

P「……まゆは、強いな。俺の前では、いつも笑ってる」

酷い事をしてしまっていたのに。

酷い事を言っているのに。

まゆ「……その方が可愛い、って。昔、誰かさんが言ってくれましたから」

P「……随分と気障な事を言う奴もいたもんだな」

まゆ「……っ……ですねぇ。愚かな人だと思っています」

P「俺、そこまでは言ってないけどな?」

まゆ「いえ、本当に愚かで……バカで…………ステキな人です」

目に涙を浮かべながらも、それでも。

絶対に譲れないと言うかの様に、笑顔でい続けるまゆ。

まゆが言う『誰かさん』は……

P「……なぁ、ま……ゆ…………ん……?」

突然、物凄い眠気に襲われた。

波の様に訪れる眠気が、段々と増幅されてゆく。

まゆ「あら、どうかしましたか?」

P「ごめん……今ちょっとすっごい眠気が……」

まゆ「最近、お疲れみたいでしたからねぇ」

……そう、なんだろう。

まゆが言うのだから、きっとこの睡魔は疲れのせいだ。

まゆと話している間も、更に睡魔は強くなり。

どんどん瞼を開き続けるのが難しくなってくる。

うわ、まゆが二人いる……

P「……やっば…………ねむ……悪いけど、俺帰るわ……」

まゆ「そんな状態で送り出すなんて事は出来ません。よければ、少し眠ってから帰ったらどうですか?」

P「……ごめん、そうさせて貰っていいか……?」

まゆ「……うふふ。もちろんです」

まゆが枕を持って来てくれた。

身体を倒すと、耐えられない程の眠気が津波の様に襲い掛かってきて。

一気に俺の意識を奪い去っていった。




まゆ「ふぅ…………」

部屋に、まゆの溜息が響きました。

他に聞こえるのは、時計の針の音とPさんの寝息だけです。

カーテンの間から射し込む夕陽に、部屋の一部が赤く染まって。

明るく照らされたPさんの顔は、それでもまだ眠ったままです。

まゆ「……ごめんなさい、Pさん」

でも、Pさんも悪いんですよぉ?

幾ら何でも、不用心過ぎます。

……とは言え、市販の睡眠剤だからそこまで強力では無いんですが。

Pさん自身、とっても疲れてたんでしょう。

まゆ「……さて……」

早速、料金を身体で支払って頂きましょう。

まゆ「うっふふふふっ……」

Pさんの手に、自分の指を絡めます。

俗に言う恋人繋ぎです。

美穂ちゃんともしたんですから、まゆがしちゃっても良いですよね?

まゆ「……まゆは……何をしてるんでしょうねぇ……」

思わず、また溜息を零してしまいました。

こんな事をして、一体何になるんでしょう。

より一層、未練が積もってしまうだけなのに。

まゆ「……ねぇ、Pさん……まゆは……まゆはね?本当に……Pさんの事が大好きだったんですよ?」

なのに、まゆは。

ここまでして、出来る事は手を繋ぐだけで。

それ以上したら、きっと。

これからも笑顔で振る舞い続ける事が出来なくなっちゃうから。

……分かっているんです。

もう、Pさんの心には李衣菜ちゃんしか居ないって事を。

もっと早くに話していれば、もしかしたら……

はぁ、加蓮ちゃんへの恨みが募りますねぇ。

……それも全部自分で決めた事なので、文句は言えませんが。



まゆ「……Pさんに、読み聞かせをしてあげます。子供の頃、寝る前に読んで貰ったおとぎ話みたいな……恋が実らなかった女の子のお話です」

ページを捲る必要はありません。

全て、一文も忘れる事なく暗記していますから。

目覚めて欲しくて、眠ったままでいて欲しい。

そんな、わがままなまゆから。

眠っているPさんへ。

まるで恋愛小説の様な運命的な出会いをして。

けれど実る事の無かった、祝福される事の無かったお話を。

まゆ「……まゆは、Pさんから色々な物を貰い過ぎました。ねぇ、Pさん……始業式の日、ぶつかった事……覚えてますか?」

まゆ「Pさんは偶然だと思っているみたいですが……実は、偶然じゃないんです。意図して、まゆが自分からワザとぶつかったんです」

懐かしいですねぇ。

ほんの数週間前なのに、遠い昔の事の様に感じられます。

Pさんとお話する様になってから、日々がとても濃く感じる様になったからかもしれません。

まゆ「……思い出して欲しかったんです。まゆとPさんがぶつかったの……あの日が初めてじゃ無いって事を」

まゆ「……もっともっと前に、一度だけ。まゆが、Pさんに出会った日に……まゆとPさんは、同じ事をしているって事を」

どうやら、Pさんは覚えてなかったみたいですが。

それもきっと、仕方の無い事だと思います。

それは本当に、とっても昔の出来事ですから。

まゆ「……少し、昔話をします。まゆがまだ小学生で、暗くて、鈍臭くて、友達がいなくて、一人ぼっちの日々を送っていた頃のお話です」

まゆ「まゆはあまり、明るく自分から誰かに話しかける様な子ではありませんでした。小学生ですから、暗いというだけでイジメられる事もありました」

まゆ「そんな事を両親に言ったら心配掛けちゃうから、って……気付かれてたかもしれませんけど、自分から言えなくて。先生に言っても、きっと良い結果になる事は無いって思ってて……」

まゆ「自分の事が大嫌いで、それでも変わる勇気も切っ掛けも無い……そんなある日の、通学中の時の事です」

まゆ「俯いて歩いていたら、前から来た自転車にぶつかりそうになってしまったんです」

まゆ「なんとかぶつからずには済みましたけど、その時驚いて転んじゃって……手首を、少し怪我してしまったんです」

まゆ「まゆは凄く焦りました。手首の傷なんて……誰にも見られる訳にはいきませんから」

まゆ「今思えば、明らかに違うと分かりますけど……誰かに見られて、リストカットの痕だと思われるのが……怖かったんです」

まゆ「クラスの誰かに見られて、よりイジメられるのも……両親に見られて、イジメられて耐えられなくなったと思われるのも……」

まゆ「まゆは焦りました。これから学校に行かなきゃいけないのに、早く傷を隠さないといけなくて……でも、絆創膏なんて貼ったら余計に怪しいですから」

まゆ「焦って、どうすれば良いのか分からなくなって……がむしゃらに走って、曲がり角を飛び出した時に」

まゆ「……運命の人に、出逢ったんです」




まゆ「運命の出会いなんて、信じて無かったんですけどね……神様に謝らないといけません」

まゆ「自分のせいで怪我をさせたと勘違いした誰かさんは、手持ちの何かでそれを覆おうとして……」

まゆ「偶々図工か家庭科の授業で使う予定だったんでしょう。ランドセルから赤いリボンを取り出して、まゆの手首に巻きました」

まゆ「大して血は出ていませんでしたが、止血にしてもお粗末ですね。殺菌もしていないリボンを傷口に当てるなんて、逆に危険です」

まゆ「ですが、小学生にそんな事なんて分かりませんから。まゆは、ホッとしたんです。これで上手く隠せる、って」

その時、まゆは安心して笑ってたんだと思います。

だから、まゆは……

言って貰えたんです。

まゆ「笑ってる方が可愛いよ、って……そう、言ってくれたんです。気障な小学生ですねぇ」

まゆ「それはさておき……人に可愛いって言われたの、まゆ、初めてだったんです。それまでは、無愛想だの暗いだの言われていましたから」

まゆ「……すっごく、嬉しかったの……まゆにとって、記念すべき日です。こんなまゆでも、誰かに可愛いって言って貰えるんだ、って。変われるんだ、って。そう、気付いたから」

まゆ「それからまゆは、出来るだけ明るく振舞いました。よく笑う様になりました。たったそれだけで、友達が出来る様になりました」

まゆ「リボンなんて着けてたら目立ちますから、逆に突っかかってくる子もいましたけど……まゆの色々な想いの詰まった思い出のものですから、何を言われても気にせず外さずにいました」

まゆ「そして、思ったんです。もう一度彼に会って、きちんとお礼を言いたい、って。おそらく学校は違いますけど、名前だけは知る事が出来たので」

まゆは引き出しから赤いリボンを取り出しました。

その端には、度重なる洗濯に薄れて消え掛けていますが。

貴方のフルネームが書いてあったんですよ?

まゆ「……ずっと、大切にしてきました。あれから一度も、あの日を忘れた事はありません」

まゆ「同じ街に住んでいれば、いずれ出会えると……そう信じていました」

まゆ「ですがまぁ、そう上手く出会える訳もなく……だからまゆは中学生になってから、読モを始めたんです」

まゆ「少しでも、あの人がまゆを見つけてくれる様に……そしてあの時リボンを巻いてあげた子だと気付いてくれる様に、いつでも赤いリボンを着けて」

まゆ「……まぁその誰かさんは、そういった雑誌は読まなかった様ですが……恩返しでもありました。誰かさんが可愛いと言ってくれた子は、今はこんな風に読モをやるくらい可愛く振舞っているんです、と」

まゆ「そして高校生に上がるとき、仙台に引っ越す事になりました。ですがまゆは……この街を離れたくなかったから。誰かさんの事を、諦めたく無かったから……一人、この街に残る事にしたんです」

まゆ「……それでも……やっぱりまゆは、乱暴な男子が苦手で……元女子校で、その年から共学になる高校を選んだのですが……」

まゆ「高校に入って……本当に、泣きそうになりました。クラスは違えど、同じ学年にその誰かさんの名前があったんですから」

まゆ「……ですが、会いに行った時……誰かさんは、可愛い女の子とお喋りしていて……あぁ、きっとあの二人は付き合ってるんでしょうね、って……」

まゆ「どちらも明るくて元気な、お似合いなカップルに見えて……まゆは、声を掛けられ無かったんです」

まゆ「……悔しい、って……そう感じた時、まゆは誰かさんに恋をしていたんだと気付きました。あの日は一晩中枕を濡らしましたねぇ」

まゆ「それでも、誰かさんが幸せな日常を送っているなら、と。そう自分を納得させて、ただ眺める日々を送っていたんですが……」





まゆ「……ですがしばらく観察しているうちに、その二人は付き合ってる訳では無いと気付きました。チャンス到来です。まゆに希望が舞い降りました」

まゆ「……まぁ今度はまた別の女の子と仲良くしてるのを眺めて、ハンカチを噛む事になりましたが。それでも楽しそうな日常を邪魔したくなくて、まゆは待つ事にしたんです」

まゆ「二年生になっても、まだ彼が誰かと付き合っていなければ……まゆが、彼と付き合おう、って。一年経って誰かと結ばれていなければ、きっと彼は周りの女子に対して恋愛感情なんて覚えていないんだろう、って」

まゆ「まゆなら、きっと彼を幸せにする事が出来る。迷惑を掛けずに、楽しい日々をお届け出来る……そう思っていました」

まゆ「始業式の日に、わざとぶつかって……まぁ思い出しては貰えませんでしたが、同じクラスになれましたし、そのままゆっくりと距離を詰めていけば……」

まゆ「……ほんと、甘かったですねぇ。二年生になって、あんなイレギュラーが現れるとは思いませんでした」

まゆ「……加蓮ちゃんは、本当に電光石火の勢いで彼と距離を詰めて……あまつさえまゆより先に唇を奪うなんて……!今思い出しても怒りで噴火しそうです」

まゆ「焦って、まゆもキスをして……それを美穂ちゃんに見られてしまい、後はPさんのご存知の通りです」

まゆ「……貴方はまゆの、運命の人なんです。運命の出会いに、運命の再会。感謝してもし足りない、まゆの人生を変えてくれた人」

まゆ「……ですから……それだけじゃ、足りないんです。まゆが貴方に貰った幸せは、一生を掛けても返し切れないものだから……」

まゆ「……まゆが……まゆが……っ!あなたを……幸せにしてあげたかったのに……っ!」

残念な事に、あなたの心がまゆに向く事はありませんでした。

あぁ、いけませんねぇ。

ストーリーテラーが泣いてしまっては、誰が物語を先へと進めるんでしょう。

まゆ「……もっと早くに、好きって言えてれば良かったのかもしれません……返事はいずれだなんて、迷惑を掛けたく無いだなんて思わなければ……もしかしたら……!」

意味も無い後悔が胸に渦巻きます。

そんな事が出来なかったから、今こうして後悔しているのに。

まゆ「ねぇ……Pさん……まゆ、キスしちゃいますよ……?起きてくれないと……止めてくれないと……」

今なら、既成事実だって作れるんです。

写真だって撮れちゃうんです。

加蓮ちゃんとも、美穂ちゃんとも……

そんな隙だらけなPさんには……

心の何処かで分かっていても、それでもまゆを信じてくれたPさんには……

まゆに想いを向けてくれないPさんには……っ!

まゆ「うっ……ううぅっ……っ……こんなに……近くに居るのに……っ!」

まゆは、何も出来ませんでした。

手を握るだけで、精一杯。

それもそうかもしれません。

本当の想いを、きちんとぶつける事が出来なかったんですから。

昔話を直接する勇気も無いくせに、未来のお話を出来る訳が無いんです。

部屋に自分の泣き声が響きました。

これで、Pさんが起きて慰めてくれたら。

そんな淡い、成り損ねた夢の様な戯言が。

まゆを、夢の世界へと引き摺り込みました……




誰かが泣く声が聞こえた。

誰かが紡ぐ言葉が聞こえてきた。

けれどそれは雲の様に、掴んで確かめようとすればするほど薄れてゆき。

思い返そうとすればするほど、風に吹かれた砂山の様に消えてゆく。

……結局、俺はどんな夢を見ていたんだろう。

P「……ふぁぁ……」

目を開ければ見慣れない天井。

大きな欠伸を飛ばしながら、状況確認をすべく身体を起こそうとしたところで。

P「……ん……」

俺の手が、誰かに握られている事に気付いた。

俺の身体に、横から誰かが覆い被さる様に寝ている事に気付いた。

P「……あ、そうだ……」

思い出した。

俺は確か、まゆの部屋で眠ってしまったんだ。

どう考えても不自然な睡魔だったから、多分飲み物に睡眠剤でも入ってたんだろう。

まったく……これ普通に犯罪なんじゃないのか……?

怒る気は無いが、今後は出来れば控えて欲しいものだ。

……怒る気は無い、か。

違うな、俺は怒れないの間違いだ。

まゆに対する罪悪感が無い訳が無い。

だからせめてもの償いとして、俺は全面的にまゆを信頼する。

何をされようがそれが俺のみに対するものだったら、まぁ文句は言えど受け入れよう、と。

そんな事に何の意味があるんだと問われれば、せいぜい自分の心が軽くなる程度のものだけど。

……相変わらず都合が良いなぁ、俺は。

まぁ現に、おそらくだけど俺は何もされていない様だし。

きっとまゆは、俺を眠らせる事自体が目的だったんだろう。

P「……まゆ」

起こそうとして、その頬に涙の跡を見てしまった。

……きっとそれは、気付かなかった事にしてあげた方が良いのだろう。

もちろん、それを俺が忘れる訳にはいかないけれど。

そしてきっと、俺はまゆが起きる前にさっさと帰った方が良いのだろう。

結ばれた指を優しく解き、起こさない様にゆっくりと身体をズラす。

P「……ありがとう、まゆ」

机に乗っていた鍵を取り、部屋から出て鍵を閉めポストに返す。

後はラインでその旨を伝えておけば良いだろう。

P「さて、と……はぁ……」

俺は大きな溜息を漏らした。

今の時刻は二十時少し手前。

連絡してないし……うん。

文香姉さん、怒るだろうな……




まゆ「……はぁ……」

まゆは大きな溜息を漏らしました。

まぁ当然、起きてるんですけどねぇ。

……実を言うとPさんが起き上がるまでは寝てしまってたんですが。

まゆ「……行っちゃった……」

目の前で女の子が無防備に眠ってたんですから、手を出してくれても良かったんですけどねぇ。

それに、目覚めのキスなんてロマンチックな事をするチャンスでもあったんですが。

別れのキスでも可、ですかねぇ。

……そんな事、本当は望んで無いクセに。

Pさんにそんな事をされたら、本当に諦められなくなっちゃうクセに。

まゆ「……見られちゃいましたよねぇ……」

Pさんに涙の跡を見られるなんて、そんなの責任を取って結婚して頂かないと困ります。

なぁんて、それだって本気じゃ無いクセに。

そんな事を言ったら、Pさんは困っちゃいますから。

それにPさんは、きっと気付かなかったフリをするでしょうし。

……だとしたら、おまじないは成功かもしれません。

まゆ「……うふふっ」

……最後に一度だけ。

まゆが意識を手放す前に。

諦める前に、自分の気持ちを自分一人だけの物にしちゃう前に。

Pさんに掛けた迷惑は、瞼に仕掛けた恋の魔法は。

まゆ一人だけの、忘れる事のないステキな想い出です。


P「ただいまー姉さん」

智絵里「あっ……おかえりなさい、Pくん」

P「ただいま姉さん。なんか声と見た目変わった?」

智絵里「えっ?……も、もうっ、Pくん……遅くなる時は連絡くれなきゃダメですよ……?」

智絵里が姉さんか……悪くないんじゃないだろうか?

P「で、なんで智絵里が……?」

智絵里「Pくん?えっと……夜の挨拶はこんばんはですよ?」

文香「……私のあいでんてぃてぃーが……」

P「あ、ただいま姉さん」

智絵里「おかえりなさい、Pくん」

P「いや文香姉さんの方ね?」

文香「……おかえりなさい、P君。連絡も無しにほっつき歩いて、私に心配と迷惑ばかり掛けて……今日はどんな武勇伝を聞かせて下さるんですか……?」

P「大変申し訳ございません……」

わぁ、怒ってる。

怖い。

怒ると美人が台無しだぞ、なんて言ったらブン殴られそうだ。

P「……で、智絵里は何か用事?」

智絵里「その……すー……ふぅー……」

そのまま大きく深呼吸。

なんだろう、智絵里に対してまで怒らせるような事をしてしまっていただろうか。

だとしたら、きちんと謝らないと。

智絵里「……こ、今週の金曜日……!六時間目が終わったら、屋上に来て貰えませんか……っ!」

P「ごめんなさい!」

智絵里「え……ぁ……」

P「あ、えぇっとごめん!なんか悪い事しちゃってたのかなって!えっと、今週の金曜日……?」

智絵里「……えへへっ」

P「……前にも、こんなやり取りした気がするな」

って事は、俺は全くもって成長していないな?

智絵里「あ……Pくんも、覚えてくれてるんですね」

P「記憶力は悪い方じゃない……と信じたい」

智絵里「だったら……えっと……きっと、バレちゃってるかもだけど……」

……あぁ、そうだ。

あの時のやり取りと一緒だと、智絵里が言うって事は。

その先の言葉は……

智絵里「……もう一度、Pくんにちゃんと伝えたくって……言わなきゃだめな事があって……」

P「まぁ今週の金曜って創立記念日で休みなんだけどな」

智絵里「……木曜日でお願いします……」

文香「あら……天気予報によると、木曜日は雨みたいですが……」

智絵里「……明日で……」

P「……うん」

なんかこう、グダグダだけど。

智絵里が困った様に、それでも笑ってるし。

まぁ、いいか。




まゆ「おはようございます、Pさぁん」

P「……おはようまゆ、なんで居んの?」

起きたら、まゆが居た。

随分失礼な挨拶になってしまったが、驚いたんだから仕方ない。

まゆ「……うぅぅぅぅぅぅぅっ!Pざんはぁ゛ぁっ!まゆになんて会いたく無かったんでずねぇ゛ぇぇぇっ!!」

P「……」

まゆ「まゆの顔なんて見たく無かったんですねぇぇぇぇっっ!!」

P「…………」

まゆ「ゔぁぁぁぁぁんっ!何か言って下さいよぉぉぉぉっ!!」

P「……会いたかったよ……」

これは、本音。

まゆならきっと……と、分かってはいても。

それでもやっぱり、不安にならない訳じゃない。

まゆ「Pさんわんもあー!録音しますので!いいえっ!わんと言わずあんりみてっどもあー!」

P「…………」

でもまぁ、朝からこのカロリーは中々キツいものがある。

まゆ「あらあらあらあら?聞こえませんねぇ?声が小さいんですかねぇ?!」

P「まゆ」

まゆ「はぁい、まゆですよぉ」

P「……ちょっとうるさい……」

まゆ「びぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

バンッ!

加蓮「うっるさいっ!下まで響いてる!!」

勢いよくドアが開いて加蓮が入って来た。

……お前も……なんで居んの……?

加蓮「あ、おはよー鷺沢。起きたての顔、想像以上にマヌケだね」

P「いやだって……朝からこれだし……」

加蓮「……うん」

まゆ「これって言われたぁぁぁぁぁっ!Pさんにこれ扱いされましたよぉぉぉぉっ!!」

P「……ごめんて……」

加蓮「鷺沢が謝る必要は無いでしょ」

P「ってかさ、なんで加蓮も居んの?」

加蓮「はぁぁぁぁっ?!私が居ちゃいけない?そんなに私の存在が嫌?!」

あぁ、カロリーが二倍に増えた。

そこまでは言ってないだろ……




加蓮「私はほら、朝ご飯たかりに来ただけ」

P「うん、既に言ってる事おかしいって気付こうぜ?」

加蓮「だって美穂に誘われたし」

P「……美穂……」

加蓮「で、わざわざ来てあげたらこれに出迎えられたって訳」

まゆ「心の底からドアを開けたく無かったんですけどねぇ」

加蓮「一生心の扉を閉じてれば?」

まゆ「自己紹介ですかぁ?」

加蓮「……しかももう既に朝ご飯殆ど完成してたし」

え、マジで?

文香姉さん待たせるとマズイしさっさと降りないと。

P「あ、作ってくれてありがとな。まゆ」

加蓮「ご馳走になりまーす」

まゆ「加蓮ちゃんの分はありませんよぉ?」

加蓮「じゃあ私だけ鷺沢に作って貰う」

まゆ「ざぁんねぇん、丁度食材が綺麗になくなったところですよぉ!」

P「……うるさい……」

加蓮「ほらまゆあんたのせいで鷺沢が迷惑がってんじゃん!!」

まゆ「あっあっあっあっ……腹を切って詫びますよぉ……」

加蓮「良かったじゃん鷺沢、朝ご飯の食材が手に入るよ」

まゆ「Pさんに食べて貰えるなら……あ、でも流石に物理的には……」

P「着替えるから一回出てってくれない?」

加蓮とまゆが楽しそうに会話しながら部屋から出て行った。

仲良いな、混ざりたくは無いけど。

ぱっぱと着替えて支度を済ませリビングへ向かう。

美穂「おはようございます、Pくんっ!」

P「おはよう美穂」

文香「……遅いです……P君が起きてくるまでに、私は自らの心を抑えつける為に般若心経フルコーラスを三周しました」

よく分からないけど、多分それそんな風にリピートするものじゃ無いと思う。

P「にしても……騒がしいな」

文香「……ふふ……久し振りですね」

最近は色々あったから。

こんな風に卓上に皿が敷き詰められるのは久し振りだ。

……そう言えば、またみんなで食事したいってアレ。

まだ実現出来てないなぁ……

今日は李衣菜が居ないけど、次は李衣菜も智絵里も一緒に。

あと、ちゃんとまゆに俺の方から声掛けて。

……うん、色々頑張らないと。

文香「……それでは」

みんな「頂きます」




智絵里「おはようございます…………大所帯ですね」

わいわいがやがや駄弁りながら登校して。

下駄箱に着くと、今日もまた智絵里と会った。

P「おはよう智絵里。今日も早起きだな」

智絵里「……みんなで、朝ご飯一緒に食べたんですか……?」

P「あぁ、まゆが作ってくれてさ」

智絵里「いいなぁ……」

まゆ「羨ましいですかぁ?羨ましいですよねぇ?!」

智絵里「……うるさい」

まゆ「びぇぇぇぇぇっ!Pさぁんっっっ!!」

加蓮「やれやれ、まゆはメンタルあれだね、あれ。えっと……あれ?」

美穂「思い付いてから喋りませんか……?」

智絵里「……よし。ねぇ、Pくん……放課後、待ってますから」

そんな喧しい光景を眺めて笑いながら、智絵里は囁いてきた。

P「あぁ、もちろん」

加蓮「行かない方が良いんじゃない?」

智絵里「……加蓮ちゃん……もう……」

加蓮「ふふ。ごめんごめん、冗談だって。それに私が言ったところで、鷺沢は行くでしょ」

P「まぁな」

加蓮「あ、代わりに私が行ってあげよっか?」

智絵里「ごめんね?加蓮ちゃん……えっと、役不足だから……」

加蓮「はぁ?!キレ!キレだし!おでんの大根みたいにスッパリ切れたし!!」

まゆ「大根役者じゃないですかぁ」

お願いだから教室入る時にはもう少しボリュームを落として欲しい。

李衣菜は……まだ来てないか。

最近ロクに話せて無いなぁ……

P「なぁ、美穂」

美穂「Zzz……」

P「……寝るの早くない?」

結局李衣菜が来たのは朝のHRギリギリで。

また時間が噛み合わず、話す機会は全く訪れなかった。




美穂「はっ!お腹すいた気配っ?!」

まゆ「あ、おはようございます、美穂ちゃん」

P「おはよう美穂。もう帰りのHRも終わったぞ」

美穂「うぅ……お腹空いた……」

そこなのか。

ショックを受けるべき場所が他にあるような気がするんだけど。

美穂「あ、李衣菜ちゃん。良ければこの後一緒に遊びに行きませんかっ?」

李衣菜「えっ?あ、私は……ごめんね、用事あるから」

美穂「そっか……分かりました」

智絵里「Pくん……待ってますから」

智絵里が教室から出て行った。

加蓮「じゃあ私も帰ろっと」

まゆ「まゆも帰りますよぉ」

美穂「……盗み聞きするつもりじゃないよね?」

加蓮「……も?!もももっ?もちろん!」

まゆ「……はぁ。加蓮ちゃんはまゆと付き合って下さい」

加蓮「え?私そっちの気は無いんだけど」

まゆ「張っ倒しますよぉ?」

さて、俺も行くか。

そういや屋上に行くのも久し振りだなぁ。

どうせなら昼食は屋上で食べれば良かった。

教室を出て、一人で屋上へ向かう。

一応背後を見回したが、誰かが付いて来てる気配も無い。



ガラガラガラ

屋上の扉を開ける。

その先には智絵里が一人で立っていた。

相変わらず、その姿は可憐で。

それでも最初にこうして屋上で待ち合わせをした時よりも。

とても、強くて明るい笑顔だった。

P「待たせてごめん。寒くは無かったか?」

智絵里「はい……最近は、どんどんあったかくなってきましたから」

P「なら良かった」

智絵里「あ、でも……待たされた分のお礼は期待しちゃう、かな……?」

P「明日の朝食にご招待するよ」

智絵里「えへへっ……お、お招きいただき、ありがとうございます……!」

でも、と。

一旦区切って、こちらへと向き直る智絵里。

智絵里「その前に……きちんと、伝えないといけないから……」

P「……あぁ」

智絵里「それと……美穂ちゃんにも、李衣菜ちゃんにも……またきちんと、謝らないと……」

P「ん?何かあったのか?」

智絵里「……とっても、酷い事をしちゃいました……わたし、色々空回りしちゃって……」

P「……まぁ、李衣菜と美穂なら大丈夫だろ。謝って許してくれないような奴らじゃ無いし」





智絵里「Pくんと美穂ちゃんとのキスの写真……わたし、李衣菜ちゃんに送っちゃったんです……」

P「おいおいおいおい、待て待て待て待て」

流石にそこまでとは聞いてないぞ。

そしてそれは……うーん……

智絵里「……ごめんなさい……」

P「……いや……まぁ、あれは俺も不用心だったってのもあるけど……」

それで最近、李衣菜が全く話してくれなくなったんだとしたら。

ちょっと以上に怒っても良い気もする。

八つ当たりだろうか?どうなんだろう?

智絵里「……ほんとに……っ、ごめんなさい……!」

P「……なぁ、どうしてだ?」

流石に理由も無しにそんな事はしないだろう。

どうして、そんな事をしたのか。

きちんと聞いておきたかった。

智絵里「……Pくんの事が、諦められなかったから……」

俺と李衣菜の距離が、より開く様にだろうか。

智絵里「だから……付かず離れずの距離な李衣菜ちゃんに……早く諦めるかくっついてほしくて……」

実際それで、李衣菜とは全然話せて無いけど。

P「……だからって、そんな事しても……」

それで、俺が智絵里の事を好きになる訳じゃ無い。

そもそも俺が李衣菜を諦める訳じゃ無い。

智絵里「……はい、分かってます……本当は、分かってたのに……!」

P「じゃあなんで……」



智絵里「…………羨ましかったんです……」

ポツリ、と。

智絵里はそう呟いた。

P「……羨ましい?」

智絵里「えっと……Pくんと李衣菜ちゃんと美穂ちゃんみたいな……まゆちゃんと加蓮ちゃんみたいな……」

智絵里「遠慮の無い会話が……いっつも喧嘩するみたいに色々言い合ってるのに、それでも仲良しなのが……羨ましかったんです」

智絵里「……怒ったり、怒られたり……相手に嫌われちゃうくらいの事を言って、許して……そんな関係に、わたしもなりたくって……」

智絵里「みんなを見てると、不安になっちゃって……わたしだけ、輪の外側に居るみたいだったから……」

智絵里「……わたしの、Pくんの事が好きって気持ちは……わたしだけのものだけど……Pくんは、わたしだけのものじゃないから……」

智絵里「このまま、李衣菜ちゃんとPくんが付き合ったら……もっと、わたしは輪に入れなくなっちゃうんじゃないかなって……」

智絵里「Pくんなら優しいから……きっとわたしを許してくれる、って……そんな風に甘えて……!」

智絵里「……そしたら……踏み越えちゃったんです……」

智絵里「輪に入りたかったのに……っ!みんなの関係を壊しちゃうかもしれない事をしちゃったんです……!」

智絵里「あの時、美穂ちゃんに……すっごく辛い思いをさせちゃって……」

智絵里「李衣菜ちゃんは、美穂ちゃんから色々説明されたらしいけど……きっと、余計に悩んじゃって……」

智絵里「……それを……Pくんには隠して……気付かれないとこで、酷い事をしちゃって……っ!」

智絵里「……ほんとに、ごめんなさい……っ!わたしが……弱かったから……!」

……そんな風に、悩ませちゃってたのか。

色々と言いたい事はあるけど。

P「……なぁ、智絵里」

智絵里「……っ!はい……」

P「……なんで、それを俺に言ったんだ?」

きちんと伝えてくれて良かったけれど。

智絵里の立場からしたら、言わないままの方が楽だったろうに。

言わなければ……いやそれで俺が李衣菜を諦めるかは別問題として。

李衣菜は、俺の想いを受け入れないままでいたと思うけど……



智絵里「……ほんとは、やっぱり逃げたかったけど……それじゃ、ダメだって……教えて貰ったから……」

P「教えて貰った?」

智絵里「はい……昨日、美穂ちゃんと加蓮ちゃんと放課後遊んだ時に……加蓮ちゃんに、すっごく怒られちゃいました」

智絵里「『そんな事する奴となんて一緒に居たくない。真正面からぶつかれないそんな弱い奴となんて会話もしたくない』って……」

智絵里「……前に、Pくんに告白した時……加蓮ちゃんとまゆちゃんに、盗み聞きされちゃってたんですけど……」

智絵里「……『凄いね』って……そう言ってくれたんです……振られるって分かってても、それでもちゃんとお返事を聞こうとするのは……とっても勇気が要る事で……」

智絵里「『私は逃げちゃったけど、智絵里は強いね』って……そう言ってくれたんです」

智絵里「……だから加蓮ちゃんも、ちゃんと告白したそうです……なのに……そんなわたしが、こんな事しちゃったから……!」

智絵里「すっごく、辛そうに……加蓮ちゃんにとって、きっと言いたくなかった筈の事を言ってくれて……!言わせちゃって……!」

智絵里「……気付いたんです……その時、やっと……加蓮ちゃんにとって、わたしは輪の外側じゃ無かったんだって事に……」

加蓮もまた、俺と同じく友達が少なくって。

だからこそ、一人一人を大切にしたいからこそ。

それを智絵里に言うのに、どれだけの勇気が必要だっただろう。

智絵里「美穂ちゃんにも、言われたんです……『それでいいの?』って……」

智絵里「もし、わたしがPくんと付き合えたとしても……それで他の子との距離が縮まる訳じゃないから……」

智絵里「『離れる事は無かったとしても、前には進めないんだよ?本当にそれで良いの?』って……」

智絵里「……酷い事をしちゃったのに……それでもわたしの事を考えてくれて……!そんな優しい美穂ちゃんを……わたしは、裏切る様な事をしちゃったんです……!」

美穂も……本当に優しいな。

きっと、色々な思いがあっただろうに。

それでも、友達の事を考える様な人で……

智絵里「最近は早起きして、下駄箱でPくんと会える様になったけど……もっと、みんなみたいに……一緒に朝ご飯食べて、登校して……そんな風になりたくって……!」

智絵里「だから……また、戻りたくって……都合が良い思うけど……!みんなに……もう一度……!」

智絵里「わたしと……友達でいたい、って……!そう言ってほしくて……!」

……あぁ、良かった。

智絵里の望む事が。

自分がこうしたい、じゃなくて。

自分がこうありたい、こういう風になりたい、で。

そのままでなく、変わる事を望んでくれていて。

美穂がそう言ったのなら、そんな智絵里ともっと仲良くなりたいと思っているのなら。





P「……なぁ、智絵里。俺は……」

……そっか、そうだったな。

あの時俺は、智絵里に伝え損ねていたんだ。

俺はそれ以降、ずっとそのつもりだったけど。

だから、そんな不安を抱かせてしまったんだとしたら。

今ここで、その誤解を解いておかないと。

P「前に、告白した時さ。言い損ねたけど……俺と、ずっと友達でいて欲しかった」

智絵里「そっか……」

もしあの時それをきちんと伝えていれば、或いは……

智絵里「……わたし……やっぱり空回りしちゃってたんだ……」

P「……ごめんな、言うのが遅れて」

智絵里「……大丈夫です……わたしこそ、ほんとにごめんなさい……!」

……これ以上、俺が何か言う必要も無いだろう。

俺だって、智絵里にとやかく言いたい訳じゃ無いし。

校舎内に戻ろうと、踵を返したところで。

智絵里「……えっと、Pくん……」

俺は、智絵里に引き止められた。

P「ん?なんだ?」

智絵里「……今の言葉を……この後に、もう一回言って貰っても良いですか……?」

P「…………あぁ」

そうだったな。

諦められなかったのだとしたら。

もう一度、諦める為の……

智絵里「……ワガママで、ごめんなさい……」

P「……なら、お互い様だ」



智絵里「……ねぇ、Pくん。覚えてますか?入学式の日に、わたしに優しくしてくれた事……」

P「……俺、何か感謝される様な事したっけ?」

入学式の日に、誰かを助ける様な事をした覚えがない。

テロリストが襲って来てそれをカッコよく倒す妄想ならした事はあるが、それが現実になった覚えもないし。

智絵里「……覚えて、無いんですね……」

P「……すまん。正直、めっちゃ女子多いじゃん肩身狭って感じたくらいしか……」

あの時は本当に李衣菜しか友達いなかったしな。

智絵里「……そっか」

P「ごめん……」

智絵里「いえ……それを聞けて、ちょっと嬉しいです……」

なんでだ?

俺、失礼どころか失望されかねない事を言ってる気がするけど。

智絵里「……あの日、わたしもとっても不安で……誰とも仲良くなれなかったらどうしよう、って……」

P「分かる。それは俺もだわ」

智絵里「緊張しちゃって、なかなか学校に行けなくて……そしたら、遅刻しちゃったんです……」

入学式、高校生活初日に遅刻は心が折れるよな……

智絵里「それで……教室が何処か分からなくって、先生を探しても見つからなくて……きっと、見つけても話し掛けられなかったと思うけど……」

P「入学式だからなぁ、先生達ほぼ全員体育館にいたと思う」

智絵里「やっと教室に着いた時には、もう誰も居なくって……」

P「……っあー!!」

智絵里「……はい、その時でした。Pくんが、『どうしたんだ?早く体育館行こうぜ』って……」

そうだ、あの日俺は教室の居心地が悪くてトイレ行ってて。

その間にクラスメイト全員が体育館に移動しちゃってて、教室戻ったら殆どみんな居なくなってたんだ。

そして、教室で一人あたふたしてる女の子を見かけて……

智絵里「Pくんが、案内してくれたんです……遅れて体育館に入った時も、先生に列の場所聞きに行ってくれて……」

一年前の事で、完全に忘れていた。

そうだ、だから智絵里がクラスメイトだったって事だけは覚えてたんだ。

それ以降は殆ど話す機会が無くて、そもそもクラスメイトでも李衣菜と美穂以外と交流する機会がほぼ無かったから忘れてたけど。



智絵里「……あの時は、緊張しちゃって全然お話出来なかったけど……とっても、嬉しかったんです」

P「嬉しかった……?」

智絵里「……最初の日に、優しい人に出会えて……」

P「優しい、か……そう言われると恥ずかしいし、申し訳ないな」

俺自身が覚えてなかった訳だし。

というか、割と当たり前の事をしただけな気もする。

智絵里「いえ……だから、嬉しいです。Pくんにとって……忘れちゃう様な、当たり前の事だとしたら……」

えへへ、と。

はにかみながら、言葉を続ける智絵里。

智絵里「……それは……Pくんが、とっても優しい人だって事ですから」

P「……そうなのかなぁ」

俺が照れているのは、その言葉が擽ったいからか、それとも智絵里の笑顔が眩しいからか。

それに、智絵里がそう思うのは。

やっぱり、智絵里がとても優しい子だからだろう。

智絵里「……Pくんにとっては当たり前の事かもしれないけど……落としちゃったシャーペンを何も言わずに拾ってくれたり、ルーズリーフ分けてくれたり……そんな優しさが積み重なって……わたしは……」

好きに、なっちゃったんです。

そう、頬を赤く染めて呟いた。

智絵里「……そんな優しさを……もっと、わたしに向けてくれたら嬉しいな……わたしに対してだけじゃなくっても、誰かに優しいPくんのことを……ずっと見つめていられたら嬉しいな、って……」

智絵里「……これからも……!わたしは、Pくんと……Pくん達と一緒に居たいから……!」



だから、と。

智絵里は、言葉を続けた。

全部を分かった上で。

変わる為に、もう一度。

本当の気持ちを。

智絵里「……Pくん……っ!わたしは……わたしはっ、貴方のことが……」

智絵里「えっと、その……貴方の……ことが…………わたしは……っ!」

ぎゅっ、っと。

拳を握りしめ、頬に想いを零しながらも。

智絵里「わたしは……!貴方の事が、誰よりも大好きです!だから……っ!」

智絵里「これからも…………!わたしと!お友達でいて下さい……っ!!」

大きな声で、想いを全部伝えてくれた。

そして、俺の返事は。

少しばかり、智絵里に頼まれたものとは違うけど。

P「……あぁ。今までも、これからも……智絵里は俺にとって、大切な友達だ」

智絵里「……うぁぁっ……ありがとう、Pくん……っ!あぁぁぁぁっ!ほんとにっ……ごめんなさい……っ!!」

屋上に響く智絵里の声は、雲に邪魔される事なく空へと届いて。

一番近くで受け取った俺は、雲の代わりに雨を降らせる。

……あぁ、もう。

どうせなら、やっぱり明日にして貰うんだった。



P「……お、やっほー李衣菜」

荷物を取りに教室に戻ると、李衣菜が一人で立っていた。

李衣菜「ん……?あっ、Pか……」

P「Pかって酷くない?ってか用事あったんじゃなかったのかよ」

李衣菜「あるよ、だからもう帰るとこ。じゃ、また明日ね」

どうせ、嘘だろうに。

そう言って教室から出て行こうとする李衣菜。

そんな夕陽に照らされた李衣菜の後ろ姿が、寂しそうで。

悩みに押し潰されそうな、息苦しそうな横顔が哀しくて。

P「……なぁ李衣菜。少し、話す時間無いか?」

李衣菜「無いよ」

P「悩みは?」

李衣菜「それも無いかな」

P「話したい事とかは?」

李衣菜「それも無いって。っていうか、頼んでも無いのに心配されても迷惑なだけなんだけど」

……はぁ。



なんだか、あの時と逆になっちゃったなぁ。

もしかしたら李衣菜も、同じ気持ちだったのかもしれない。

P「……うん、ごめん。ただ単に、俺が李衣菜と話したかっただけだ」

李衣菜「そっか……ありがと、そう言ってくれて。でもごめん、私用事あるからさ」

P「……最近みんなさ、うちに朝メシたかりに来るんだよ」

李衣菜「……へー、楽しそうで何よりだね」

P「でもさ、李衣菜が来ないと……やっぱ、俺としてはなんか寂しいんだよな」

李衣菜「いっつも迷惑がってたクセに」

P「本気で迷惑だなんて思ってないって、李衣菜なら分かってただろ?」

李衣菜「さぁ?私はPの気持ちとか、そんなの全然知らないから」

P「割と口にしてるつもりだけど。自分の気持ちとか色々」

李衣菜「……じゃあ私も言うけど……もうさ、良いじゃん」

良い、だと?

李衣菜「私が混ざらない方が絶対上手くいくって」

P「っ!んな訳無いだろ……!」

李衣菜「あるよ。美穂ちゃんの事」

P「……美穂だって、ちゃんと……」

きちんと諦めてくれた。

友達でいたいって言ってくれた。

李衣菜「分かってるよ、そんな事。でも……そうじゃないから。私がいたせいで……美穂ちゃんを困らせちゃったんだから。また同じ事が起きない様に、ね」

P「……李衣菜がいたせい……?」

李衣菜「……美穂ちゃんから色々聞いたよ。Pとの事とか、写真の事とか」

P「……だったら」

李衣菜「……そんな事を、美穂ちゃんに言わせちゃったんだよ……?私がいなければ、そもそも起こらなかった事なんだから」

P「……何言ってんだお前」

結果論だ。

李衣菜がいなければ、俺が李衣菜の事を好きになる事は無かった。

当たり前だろそりゃ。

でも、だからって。

李衣菜がいなかったからって、俺が美穂を確実に好きになってたかと言われれば。

絶対そうだとは言い切れないし。

そもそも……李衣菜に。

俺にとって一番大切な人に、そんな事を言って欲しく無かった。

李衣菜「……最後くらい楽しく過ごそ?それじゃ、ほんとに用事あるから」

最後くらい……?

そう言って、ドアに手を掛ける李衣菜に。

P「……最近、全然話せてなくて……割と、俺はしんどいな」

俺はポツリと、声を漏らす。

李衣菜「……そ。でも今、私抜きでも楽しんでるでしょ?」

けれど李衣菜は、一瞬止まった足をまた進めて。

振り向く事すらしてくれなくて。

教室から出て行く李衣菜の背中は、すぐ見えなくなった。



P「……あーっ……くっそー……」

思わず口が悪くなる。

下校中の俺は、多分かなりヤバイ人だった。

文香「おかえりなさい、P君……頭どころか口まで悪くなってしまわれたのですね……」

P「……はぁ……」

文香「……何か、飲みますか……?」

P「酒持って来い酒!」

文香「……もう、ありません……」

P「しゃあねぇな、買ってくっから金出せ金!」

文香「……っ!やめて下さい!今月の給食費が……!」

P「知ってんだぜぇ?姉さんがなんかこう、どっかに色々お金隠してんのをよぉ!」

文香「……もう少し考えて話しましょう」

P「……はい」

文香「未成年がお酒を購入出来るとでも……?そもそも、家にお酒があった事がありましたか……?」

P「全くもってその通りです……」

文香「漫才の様な会話、大変結構です……ですが、するのであればプロの漫才師に失礼にならない様きちんとクオリティを上げて下さい」

なんで俺はこんな事で説教されてるんだろう。

文香「それで……少しは落ち着きましたか?」

P「……うん、まぁ」

落ち着け方が中々レアだ。

まぁそれで気分が少し変わる俺も俺だけど。

文香「それで、何があったのかは……聞くまでもありませんね。ありませんので話さないで下さい」

P「えー……相談に乗ってあげたりとかしようよ」

文香「ところで話が変わりますが……李衣菜さんが」

P「話変えてくれるんじゃ無かったの?」

文香「引っ越しするそうです」

P「……へー……は?」

……ん?

今、文香姉さんはなんて言った?

P「ごめん、もう一回言ってもらっていい?」

文香「頭どころか口まで悪くなってしまわれたのですね……」

P「そっちじゃなくてさ!」

文香「……李衣菜さんが引っ越す、という方でしょうか……?」

P「うん、そっちそっち。そうだよそうだよそっちだよ」

李衣菜引っ越すんだ。

へー、知らなかった。




……は?!

P「おいおい姉さん、冗談キツイぞ」

文香「……私が今まで、P君に冗談を言った事が何回ありましたか……?」

P「数え切れないくらいあるな」

文香「それはつまり、0と同義ではないでしょうか……?」

P「いや、そうはならないと思うけど……」

文香「では……私が今まで、P君に嘘を吐いた事がありましたか?」

……無い、な。

文香姉さんがこういう真面目な話で嘘を吐いた事は一度も無かった、筈だ。

だとしたら、だ。

P「…………李衣菜……マジで引っ越すのか……?」

文香「信じられないようであれば、ご本人に……いえ、彼女本人がP君に話して無いのであれば……その意図を汲み取って先生に聞いてみてはいかがでしょう?」

P「姉さんは……知ってたのか?」

文香「つい先程、連絡を頂きました……娘が普段からお世話になっていたから、ご連絡を……と」

P「……いつ引っ越すかは……?」

文香「ゴールデンウィーク中に、だそうです……」

ゴールデンウィーク……明後日からじゃん。

ならば、今日の李衣菜の『最後くらい』という言葉にも納得がいく。

成る程、もう今後会う事も無いし最後くらい気不味くならない様に、か。

今楽しめてるしそれで良いじゃん、か。

実に李衣菜が言いそうな事だ。

……ふざけんなよ。

P「……李衣菜に電話するわ」

文香「……着信拒否されているのでは……?」

P「……」

されてそうだな、と。

そう思ってしまった。

さっきの李衣菜の対応を見るに、本格的に俺達と縁を切ろうとしてたし。

それが李衣菜が本当に望んでいる事なのかどうかは兎も角として。

俺からの連絡を素直に取ってくれるとは思えなかった。



文香「……先程も言いましたが……本人の意図を、もう少し汲んであげては……」

P「……ごめん姉さん、ちょっと頭冷やしてくる」

文香「…………はぁ……」

部屋に入って、床に寝っ転がる。

李衣菜が……引っ越す……

学校から居なくなる。

朝食をたかりに来る事が無くなる。

ずっと昔から一緒に過ごしてきた奴が、遠くに行ってしまう。

好きな相手と、会えなくなってしまう。

前までだったらどんなに遠くても気にせず会いに行っていただろうが。

今の李衣菜じゃ、きっと会いに行っても迷惑がるだろう。

P「……どうしようもねぇじゃん……」

これが李衣菜だけの話であれば、見苦しかろうがどんな手を使っても残って貰おうとしただろうに。

引っ越しだなんて、家族全体の話なんて……

俺には、本当にどうしようもなくて……

プルルルル、プルルルル

耐えられず李衣菜に通話を掛けてみた。

コール音が部屋に虚しく響く。

しばらく待っても、スピーカーから李衣菜の声が聞こえてくる事は無く。

無駄にバッテリーを消費しただけだった。

もしかしたら、明日が最後になってしまうかもしれない。

だったら、話してくれるか分からないけど。

それでも、話したい。

P「……はぁ」

……いや、まだ時間は残ってる。

なら少しでも良い結果に終われる様に。

今のままでお別れなんて。

そんな悲しい終わりを、迎えない為に。

ピピピピッ、ピピピピッ

朝が来た、希望の朝だ。気合を入れて、部屋に朝の新鮮な空気も入れる。

P「……で、うん。まぁ……来るとは思ってたけどさ……」

智絵里「えっ……?あっ、えっと……おはようございます、Pくん……」

まゆ「おはようございます、Pさん」

P「……おはよう」

まゆと智絵里も部屋に入って来た。プライベートってなんだろう。

あと多分、加蓮と美穂も来てるんだろうな。

P「……あ、そういえばまゆ。李衣菜の事なんだけどさ……」

まゆ「……はい。知ってました……黙っててごめんなさい」

まぁ、そうだろうな。

李衣菜から直接聞いたかどうかは置いておくとして、なんかまゆなら知ってそうな気がした。

P「いや、いいって謝らなくて。まゆが悪いわけじゃないし」

そもそも誰が悪いとかの話ではない。

智絵里「……何の話ですか……?」

P「いや、えっと……」

智絵里「……仲間ハズレは……寂しい、です……」

……どうしよう。言っていいのか悪いのか。

でも確かに、そういう内緒話的なのって疎外感覚えるしな……

まゆ「……あとで、まゆがお話ししてあげます」

P「……ん、頼んだ。あとさ、着替えたいから……」

智絵里「……?着替えないんですか……?」

P「部屋から出てってくれると嬉しい」

智絵里「……あっ、お、お気になさらずどうぞ……!」

P「いやだから……」

智絵里「……早く着替えて下さい……」

何言ってんだ智絵里。たまに智絵里お前メンタル大丈夫か?ってなる。

P「まゆー、智絵里を下に連れてってくれ」

まゆ「いえ!Pさんはまゆ達に構わずお着替えをどうぞ!さぁ!はりーあっぷ!」

P「……美穂か加蓮ー!こいつら引き取りに来てくれー!」

加蓮「呼んだー?」

P「着替えたいからさ」

加蓮「着替えたら?」

P「……もうやだ」

諦めてトイレで着替える。

ゴンッ!

ドアを開けると、まゆが顔を痛そうに抑えていて。

……もうやだ。

リビングに向かうと、美穂と文香姉さんが話をしていた。

P「……さて、朝ご飯作るか」

美穂「あ、おはようございます。Pくん」

P「おはよう美穂。今はお前だけが心の支えだ」

文香「あの……」



加蓮「……げ、雨降りそうじゃん」

P「そういや今日は雨らしいな。傘持って来てるか?」

加蓮「無い。鷺沢貸してよ」

P「俺の分……」

そういやあの日李衣菜に傘貸してから返ってきてねぇな。

利子つけて返してもらうとしたら傘のどの部分が増えるんだろ?

そんなこんなで学校に着く。

まゆ「……ふぅ……」

美穂「……よしっ……!」

加蓮「……さーて、やりますか!」

なんだこいつら、楽しそうだな。

雨が降って来た時に『……始まったか』って呟いてそう。

教室に着く。

……ん、李衣菜の鞄が置いてある。

って事は、もう来てるのか?

ガラガラ

李衣菜「……ありがとうございました」

ちひろ「いえ、お役に立てた様であれば何よりです」

李衣菜が、千川先生と一緒に教室に入って来た。

転校に関する話だろうか。

李衣菜が一瞬だけちらりとこっちを見て、けれどそのまま自分の席へと戻って行った。

挨拶も無しとか、俺じゃなかったら心折れてるぞ。

……そうだ、千川先生に話を聞いてみないと。

P「……先生、ちょっとお聞きしたい事があるんですけど……」

ちひろ「それは朝のHRが始まるまでの三分で済みそうですか?」

P「……昼休みでお願いします」



まゆ「Pさぁん、お昼の時間ですよぉ!」

P「あー悪い、ちょっと俺先生と話があるから」

まゆ「……」

加蓮「んふっ、断られてやんの。あ、ねぇ鷺沢。一緒にお昼食べない?」

P「先生と話があるって今言ったよね?」

加蓮「……」

まゆ「……うふふっ」

美穂「もう、ケンカばっかりして……」

智絵里「あ……あの、Pくん。よければ、お昼ご飯一緒に……」

P「……後でな、うん。時間があったらで」

教室を出て職員室に向かった。

別に悪い事してないけど、職員室ってなんか緊張する。

何故だろう、分かんない。

コンコンコン

ガラガラ

P「すっ、すみませーん……千川先生はいらっしゃいますか?」

ちひろ「……はぁ、貴重な休み時間が……はーい、今行きますよ」

なんかすっごく嫌そうな顔をされた。

とても申し訳なくなる。

P「ぇあ、えっと……多田について聞きたい事があって……」

ちひろ「ご本人に確認すれば良いんじゃないですか?」

P「いや、それもそうなんですけど……」

ちひろ「……まぁ、鷺沢君は彼女と付き合いが長いみたいですから……多少でしたら」

P「ありがとうございます……それで、多田が引っ越すって……」

ちひろ「あら、鷺沢君は知ってたんですね。本人はあまり他の人に知られる事を望んで無かったのに」

P「……他の生徒には言わない感じなんですか?」

ちひろ「はい。そう頼まれましたから」

P「いつ引っ越すとかは……」

ちひろ「引っ越し自体の細かい日程は聞いてませんが、この学校に登校するのは今日が最後です」

……マジかよ。

そうだよな……明日は創立記念日で休みだし。

P「……どこに引っ越すとかは……」

ちひろ「聞いていませんし、それは知っていたとしても教えられません。一応私、教師という立場ですから」

P「ですよねー……」

ちひろ「……聞きたいことは以上ですか?」

P「あっはい。すみませんでした、時間とっちゃって」

千川先生が大きな溜息を吐きながら職員室へと戻って行った。

……この長さなら、朝でもワンチャン話せた気がする。




教室に戻ると、やっぱり李衣菜は居なかった。

ここまで本気で避けられると心が折れかける。

今日だけで何本の心がへし折られかけただろう。

P「……いや、なんか用事あるんだろ。避けられてる訳じゃねぇし、全く気にしねぇし」

加蓮「楽しい?その言い訳」

P「辛い」

美穂「智絵里ちゃん、飲み物買って来て」

智絵里「は、はい……!何が良いですか……?」

美穂「わたしが飲み物って言ったら赤霧島持ってくるの!分かる?覚えた?!」

智絵里「で、でも……そしたらわたしがお昼ご飯を買うお金が……!」

美穂「つべこべ言わず買って来て!わたし知ってるんだよ?智絵里ちゃんが、えっと……えーっと……兎に角お金持ってるんでしょ?!」

智絵里「ご、ごめんなさい……!」

……あれ、イジメって言うんじゃないかな。

あと似たような会話を昨日俺と文香姉さんもした気がする。

美穂「あ、Pくん。ご覧の通りわたし達は仲直りしましたからっ!心配しなくて大丈夫ですよっ!」

P「うん、今新たな問題を見ちゃった気がする」

智絵里「だ、大丈夫です……わたし、まだ頑張れるから……」

それ割とダメなやつ。

美穂「えへへ、一回やってみたかったんですっ!焼きそばパンと牛乳買って来い!って」

P「なんか未成年が購入出来ない飲み物注文してなかったか?」

智絵里「……美穂ちゃん、本当は良い子だから……いつか、きっと……また昔みたいに、優しかったあの頃に……」

美穂「……けっ!」

楽しそうだし良いか。

まゆ「先生とのお話は済んだんですか?」

P「あー……うん。まぁ、うん」

良い感じに時間が無い事が分かってしまった。

今すぐにでも李衣菜と話をしたいのに、あいつ居ないし。

マジでどうすんだよ……

しかも五.六時間目俺教室移動だし。

本格的に今日の放課後しか残されていない。

P「……お昼ご飯食べよお、おいしそう、うわーい」

加蓮「あ、心が壊れた」

智絵里「Pくん……それ、爪楊枝です……」

考えるな、考えろ。

放課後、何としてでも。

李衣菜とちゃんと、話さないと……




ちひろ「それでは皆さん。我が学園の生徒としての自覚と誇りを持った行動を心掛けて下さいね」

帰りのHRが終わった。

さぁ、今からゴールデンウィークだ。

周りのクラスメイトが楽しそうに遊びの予定を立てている。

李衣菜が物凄い勢いで教室から出て行った。

……おいおいおいおい!

美穂「李衣菜ちゃん!」

その背中を美穂が恐ろしい勢いで追い掛けて行った。

智絵里「うわぁ……美穂ちゃん足速いなぁ……」

呑気か。

まゆ「うふふっ、ふぁいとですよぉ!」

P「ゴールデンウィーク明けには成長した皆さんとお会いできる事を楽しみにしてるぞじゃあな!」

ちひろ「鷺沢君、校舎内を走っちゃいけませんよ?」

P「それ多田と小日向にも言ってくれると助かったんですけどね!!」

鞄を引っさげて廊下を全力で走るくらいの気持ちで歩く。

李衣菜と美穂の背中はもう見えなくなっていた。

……あ、美穂が先生に謝ってる声が聞こえた。

あ、また走り出す足音が聞こえた。

階段を駆け下りて昇降口を目指す。

少し先から、美穂と李衣菜の声が響いてきた。

美穂「逃げないでよ!!」

李衣菜「……ごめん美穂ちゃん!」

美穂「戻りたく無いの?!」

李衣菜「戻れないよ!もうっ!」

P「李衣菜!待っ」

靴を履き替え終えた李衣菜が、俺の声を無視して出て行った。

……普通に傷付く。

美穂「ごめんね、Pくん……っ!李衣菜ちゃん、足速くって……!」

P「ってかもう雨降ってんじゃん!テンション上がるなぁクソッ!」

靴は……面倒だ、上履きのままで良いだろう。

多分ローファーよりは速く走れるし、濡れてもしばらく休みだし。

多分連絡は全部無視される。

家に到着されたら多分出てくれない。

だから、今。

必ず追い付かないと……っ!





P「おぉぉぉいっ!傘貸すから待ってくれたりしないかなぁっ!!」

全力で走って李衣菜の背中を追い掛ける。

周りの人がこっちを向くが、そんな事気にしてられない。

変な奴だと思いたきゃ思えば良いさ。

雨が降って転びそうになるが、全力で走らないと追い付けないんだから。

……ってか李衣菜、クッソ足速いな……!

そして相変わらず反応してくれなかった。

雨が目に入るが、真っ直ぐ走る分には問題ない。

……あぁ、もう。

こんな状況だってのに、なんだか楽しくなって来た。

雨の中を全力疾走して追い掛けるなんて、いつ以来だろう。

鬼ごっことか、多分小学生振りだ。

少しずつ、李衣菜との距離が近付いてゆく。

いくら李衣菜が速いとは言え、それでも俺の方が速い。

あと向こうローファーだし。

距離にして多分もう十メートルも無いだろう。

あと少し……あと少しで手が届く!

もうちょっとで……っ!

P「っうぉぁっ!」

真正面ばかり見ていたからか。

俺は道路のマンホールに気付かなかった。

雨に濡れたマンホールは滑りやすい、小学生でも知ってる事だ。

バシャッ!

足を滑らせ、俺は物凄い勢いで水溜りに倒れ込んだ。

泣きたくなる程痛いし制服がびちゃびちゃになる。

文香姉さんが激怒するだろうなぁ。

李衣菜が一瞬だけ振り向き……また走り出した。

P「……止まってくれたって良いんじゃないかなぁ!!」

痛みが理不尽な怒りに変わる。

あぁくそ!足と膝めっちゃ痛い!

急いで立ち上がり、また俺も走り出す。

けれどもう、一度開いた距離は縮まら無くて。

バタンッ!

李衣菜が、家へと入ってしまった。

あぁ、もうここまで走って来てたのか。

ピンポーン

インターフォンを押してみる……当然、出てはくれなかった。

あぁ、クソ。連打したら多分余計出てくれなくなるだろう。

P「おーい……!」

家に向かって叫ぶ。

雨降ってるし、多分そこまで近所迷惑にはならない筈だ。

冷静に考えれば、まぁシャワーでも浴びてるんだろう。

李衣菜も傘持たず走ってたせいで濡れまくってるだろうし。

けれどそんな冷静な思考を今出来る程、俺は出来た人間じゃない。

出て来てくれるまで、家の前で待った。

なんてアホな独り相撲だろう。どんどん強くなる雨が身体中を叩く。

さっき転んだせいで身体が痛いし、風が吹いて体温が奪われる。

きっと明日には風邪を引いてるだろうが、今動けるなら問題無い。

濡れた手で通話を掛けようとして、画面が濡れ上手く操作出来ずにイラつき。

もう一度インターフォンを鳴らしてみるが、当然出て来てくれない。

遠くから、五時のチャイムが聞こえて来た。

どうやら俺が待ち続けて三十分以上経過したらしい。

正直寒い、めちゃくちゃ冷える。

P「……李衣菜ー!」

近くを通った人が驚いた表情でこっちを見た。

雨の中傘も差さずに道路で叫んでる奴が居たら、多分俺も同じ反応をすると思う。

……バカだなぁ、俺は。

ここまでして、俺は何を求めてるんだろう。

普通に考えて、こんな濡れ鼠を家に上げたくなんて無いだろうし。

どうなって欲しいのか、自分でも良く分からないけど……

それでも俺は、待ち続けた。




文香「……お帰りなさい、P君。ステキな履き物ですね」

P「……ただいま……悪いけど、夕飯はいいや……」

二十時過ぎ。

俺は諦めて家に帰った。

三時間以上も雨に打たれれば、嫌でも冷静になるさ。

……あぁ、そうだ。俺上履きのまま学校出たんだった。

文香「逆にそこまで時間を掛けないと冷静になれないなんて……シャワー、浴びて来て下さい」

P「うん……そうするわ」

高めの温度に設定してシャワーを浴びた。

ようやく、心も落ち着きを取り戻す。

部屋に戻って、一縷の望みにかけてスマホを開く。

李衣菜からの連絡は……ナシ、と。

P「……はぁ……」

なんだか身体が重い。

あー……制服洗濯しないと……

あと、一応明日会えないか李衣菜にライン送って……

……あぁ、ダメだ。身体が怠過ぎる。

ベッドに寝っ転がって、目を閉じれば。

あっという間に、俺の意識は薄れていった。






P「……んー……」

目を覚ますと、既に窓から射し込む光が強くなっていた。

スマホで時間を確認すると……十時?!

P「うわっ、遅刻じゃん!」

文香「……あ、おはようございます、P君」

P「姉さん……?ん?んん?」

起き上がろうとして、思った以上に重い身体に驚いた。

頭から何かが落ちて来て、それは濡れたタオルで。

咳も出るし、頭も痛い。

文香「今日は、創立記念日でお休みですよね……?」

P「……あー、そっか。そうだったわ……ゴホッ!ゴホッ!」

……風邪、ひいてるよなぁこれ。

とても久し振りにこのエゲツない怠さを味わった気がする。

文香「まったく、無茶をするから……それにしてもP君、風邪をひくんですね」

それは一体どういう意味なんだろう。

いや分かるけど。

風邪ひくバカとかいう悪い部分のハイブリッドだ。

文香「昨晩、非常に体調が悪そうでしたので熱を計らせて頂きましたが……38.1度でした」

P「……まじかー……まじか」

38を越えると本格的にヤバい感じがしてくる。

文香「今朝方計った時は、もう少し低かったですが……今日一日は、家でゆっくりして下さいね……?」

……いや、そういう訳にもいかない。

もしかしたら今日、李衣菜が引っ越してしまうかもしれないんだ。

だったら、会いに行かないと。

頭めっちゃクラクラするけど、まぁ多分立てない程じゃ無い。

気合いでカバー出来るギリギリくらいだし……

P「……なぁ、姉さん」

文香「ダメですよ……?」

P「……ちょっとゼリーでも買いに」

文香「私が買っておきますから。バカげた脱走計画を企てないで下さい」

バレてた。

……とは言え、それで諦める訳にもいかないから。




P「……なぁ、姉さん。見逃してくれたりしない?」

文香「……ダメです」

P「ほら、もう俺多分熱下がってるし」

文香「見て分かるほど、衰弱してるじゃないですか……」

P「いや、まぁ……いつか風邪ひいた時に備えて予行演習してるだけだよ」

文香「……そうですか……」

P「熱だって、多分体温計が調子悪くて二度くらいズレてたんだと思うし」

文香「…………そう、ですか……っ」

P「それにほら、俺は別に体調悪くてもこれから連休あるし……」

文香「P君……」

P「ん?」

文香「……歯……食いしばって下さい……っ」

P「……え?」

パンッ!

乾いた音が響くと同時、頬に痛みが走った。

それが文香姉さんに叩かれたからだと気付くには、少し時間が掛かって。

ようやく俺が何をされたのか把握し、何を言ってしまったのか気付いた時には。

もう、遅かった。



文香「巫山戯ないで下さい……!貴方は……貴方は!どこまでバカにすれば!バカになれば気が済むんですか……っ?!」

そう叫ぶ文香姉さんの肩は震えていて。

クマの出来た目からは、涙を零していた。

文香「心配しない訳が無いじゃないですか……!貴方が、こんな風に弱って……!私が、どれだけ心配したと思ってるんですか……?!」

もしかしたら、夜通し看病してくれたのかもしれない。

文香姉さんが家に来てから、初めて俺が倒れて。

もし、立場が逆だったら……

文香「私は……確かに、よく出来た従姉妹では無いかもしれません……!貴方に心配なんてしてくれない様な人だと思われていたとしても、仕方ありません……ですが……!」

P「違う!俺は……」

文香「だったら……もう少し、私の気持ちも考えて下さい……!どれだけ不安だった事か……!辛そうな、苦しそうな貴方を見るのが……どれだけ私の心を締め付けた事か……!」

P「……ごめん、姉さん……」

文香「貴方が自分に無頓着な事は知っています……心配を掛けさせまいと、明るく振舞う事も分かっています……ですが……」

貴方の事を大切に思っている人の気持ちも、考えて下さい、と。

そう呟いた姉さんは。

見た事も無いくらい、普段は透き通った瞳を涙に歪ませて。

文香「……少し、頭を冷やしてきます……P君も今は……しっかり、休んで下さい」

バタン。

扉が閉まる音が響いた。

部屋に静寂が訪れる。

それでも脳裏にこだまするのは、文香姉さんの言葉で。

出て行った筈の文香姉さんの涙が、未だに脳に浮かび上がって。

P「……ごめん、姉さん……」

どう考えても、心配してくれていた人に対する言葉では無かった。

幾ら何でも、自分を大切にしてくれている人に向ける言葉では無かった。

P「……はぁ」

今は、休もう。

次起きるまでに、もう少し色々と落ち着けて。

そしたら改めて、謝らないと……




コンコン

ノックの音で目が覚める。

……十六時か。

結構眠ってしまってた様だ。

若干頭が重いが、昨晩や今朝方よりはマシになっている。

P「……はーい」

ガチャ

文香「……失礼します……」

気不味そうに文香姉さんが入って来た。

……うん。

P「ごめん、姉さん。俺、姉さんの気持ちとか全然考えられて無かった」

文香「……でしょうね」

わぁ、辛辣。

文香「ですが……熱のせい、という事にしておいてあげます……私も些か冷静さを欠いてしまっていましたから……」

P「いや、熱のせいにはしないよ」

文香「……ふふ、熱が下がってたアピールですか?」

P「違うけど……なるほど、そういうやり方もあったのか」

……良かった。

文香「……P君……熱、測りますね?」

体温計が脇に挟まれた。

冷たい。

P「……ありがとう、姉さん」

文香「普段から、そのくらい素直だと嬉しいのですが……」

P「割と素直なつもりなんだけどなぁ。姉さんと違って素直が服着て歩いてる様な人間だぞ俺は」

文香「どうやら、まだ熱が下がってない様ですね……」

P「大変申し訳ございません」

文香「はぁ……さて、P君。熱が測り終えるまで……少し、お話を聞かせてあげます」

P「ホラー?夏はまだ遠いぞ」

文香「ゼリーが怖いです」

P「後で買って来るんで……」





文香「……以前、P君に少しだけお話した……私の、想い人のお話です」

あぁ、前に言ってた好き『だった人』の話か。

文香「……約一年前。私はこの店……鷺沢古書店に、下宿先として越して来ました……P君は、覚えていますか……?」

P「懐かしいっちゃ懐かしいなぁ」

今ではもう、家に馴染み過ぎて。

文香姉さんの居ない生活なんて想像出来ないくらいだ。

文香「当時私には、友人と呼べる友人はおらず……歳の近い男性と話す機会なんて尚更無かったのです……」

文香「食事はただ栄養をとれれば良く、本を読んで新しい知識に手を伸ばし、新しい世界に赴ければ……それで、満足な生活を送っていました」

文香「……今思えば、無愛想な従姉妹だったと思います。どう接すれば良いのか分からなかったというのもありますが……自分から積極的には接しようとはしませんでしたから」

文香「けれど、困った事にP君もまた……友達が少なく、家に居る時間も多くて……」

P「そこ言う必要あった?」

でも、なんて言うか。

思い出に浸る文香姉さんの表情は。

やっぱりどこか、幸せそうで。

文香「……ふふっ、そのおかげで……P君と接する機会は嫌でも増え、少しずつ距離も縮まりましたから」

嫌でも、って……

文香「本について時折話し合い、会話は無くとも二人きりで本を読む……そんな空間が、堪らなく心地良かったのです」

文香「……正直、最初の数日は本当にP君には友達がいないものだと思っていました」

文香「……そうであれば、きっと私達は二人きりで……きっと私は、この様な明るさは手に入らなかったと思います」

文香「ある日、P君を訪ねてとある女の子が鷺沢古書店に現れたんです」

P「それは……李衣菜か?」

文香「はい……そして、李衣菜さんと話している時のP君は……本当に、楽しそうで……私の胸に、不思議な気持ちが湧き上がりました。言葉にし辛い、形状し難い思いです」

文香「一番近い感情に当てはめるなら……きっと、嫉妬だと思います。それも……双方に対して」

文香「私と話している時とはまた違った笑顔を向けられた李衣菜さんも、とても明るく優しい友人を持ったP君も……羨ましい、と。そう、思いました」

文香「私と同じだと思っていたP君は……私には無い、素敵なものを持っていたんです。私には、そういった存在はいなくて……それが悔しかった私は……直接尋ねてみました」



……あぁ、覚えてる。

俺からしたら、とても不思議な問い掛けをされたと思っていたが……

文香「そしたら……ふふ。P君は……『俺にとっては李衣菜も姉さんも、どっちも大切な人だぞ?』と……『寧ろ姉さんにとっては俺ってまだ、知ってる親戚以上交友のある親戚未満だった?』なんて言って……」

文香「ワザワザ悩むのが阿呆らしくなったのを覚えています……あの時からです……私の時間が、動き始めたのは」

文香「私も、P君にとっての李衣菜さんの様な友人を望む様になり……また、P君にとってより近しい存在になりたいと思う様になったのです」

文香「……世界が、色付き始めました。ただ変わらず過ごしていただけの毎日が、何が起こるか分からず、求める物の為に変わろうと努力する……そんな、物語の様な日々に変わったんです」

文香「……それから……貴方の作ってくれる料理が、とても美味しく感じる様になりました。私の事を、大切な人だと言ってくれて……そんな私の為に、朝早く起きて作ってくれて……」

文香「……そんな姿を見る為に、私も早起きし始めたのを覚えています。本を読むフリをして、朝食を作る貴方に視線を向けて……きっと傍から見れば……」

恋愛小説の1ページの様だったかもしれません。

そう呟く、文香姉さんは。

とても幸せそうで、嬉しそうで、懐かしそうで。

……もしかしたら。

いや、もしかしなくても。

文香姉さんが、恋い慕っていた相手は……



文香「……ようやく、気付いたのですか……?」

P「……え、あぁ、えっと……」

文香「……貴方の答えは、胸に秘めていて下さい……どう思っているか、どう思ってしまったか……そんな回答は、私には必要ありません」

P「……そっか」

文香「……私は、何かを知る事が好きでした……新しい知識、知恵、物語、法則……私は常にそういった物を求めて、本のページを捲りました」

文香「……ですが、恋愛においては……知ってしまう方が辛い事もあるんです。知りたくない答えが、教えて欲しくない返事があるんです」

文香「そんな事は、書物では学べませんでしたし……きっとこれは、私だけが知っている感情です」

文香「……それにしても、本当に気付かれていなかったのですね」

文香「まったく……やはり貴方は、他人の想いに鈍感です」

P「えーっと……すみません……」

文香「謝らなくて結構です……私も、酷い事を考えてしまっていましたから」

P「酷い事……?」

文香「貴方が困っている時、辛そうにしている時……一番側に居られるのは、私でしたから……これからもそうであれば、貴方はずっと私を求め続けてくれる、と……」

はぁ、と。

文香姉さんは溜息を漏らした。

文香「……なんて幼稚で、愚かな考えでしょう……相手の事を考えていないのは、私も同じでした……」

P「……でも実際、俺は本当に姉さんに支えられてきたと思ってるよ。それは間違い無いし、感謝もしてるから」

文香「……ふふ、それは……良かったです。そんな貴方の優しさが……私は、怖いです」

ふふっと笑って、体温計を抜く文香姉さん。

けれどまぁ、既に結構時間は経過していて。

文香「……エラーが表示されてしまっていますね……これでは、体温が分かりません。であれば、P君を引き止める事が出来なくなってしまいますね……」

……あぁ、もう。

ほんと、そういう所が優し過ぎるんだよ。



文香「……ゼリー、買ってきて頂けますか?」

P「……あぁ。他に怖いものは?」

文香「特には……あぁ、そうでした。P君、キスの位置によって相手が伝えようとしている想いが、含まれた意味が異なる……という話はご存知ですか?」

キスの位置……?

よく映画とかだと手の甲にキスしてるのは見るけど……挨拶とかか?

文香「もちろん、色々な説がありますが……そうですね……では、唇は?」

P「当然、好きって意味だろ?」

文香「その通りです。愛情、恋慕……された事はありますか……?」

P「……ノーコメントで」

文香「頬は……喜びや友情。側に居る事が当たり前になっている、等の思いだそうです」

P「……成る程な」

文香「瞼は……憧れ、情景、敬愛……そしてその副次的な効果でもありますが……見ないで欲しい、目を閉じていて欲しい。そんな意味合いを持つそうです」

P「……そうだったんだな」

文香「そして……」

ちゅっ、っと。

額に、柔らかい感触が一つ。

文香「……額へのキスは……頭が良くなりますように」

台無しだ。

いや、絶対違うだろうけど。

文香「さ、P君。靴は準備しておきましたから……早く、ゼリーを買いに行って下さい」

P「……あぁ、行ってくる」

文香「……ふふっ、健闘を祈っています。最後のキスは…………彼女と、ですよ」

身体はまだ重いが心は軽い。

今ならいくらでも走れそうだ。

玄関には、運動靴が用意されていて。

扉の外には、人影が一つ。

……成る程、姉さんは知ってたんだな。

それじゃ……最後の鬼ごっこだ。




ガチャ

扉を開ける。

その先に立って居たのは、やはり李衣菜だった。

P「よっ、李衣菜」

李衣菜「げっ……こんばんは、P」

P「げっとはなんだげっとは。あとまだこんばんはには早いんじゃないか?」

李衣菜「そうかも、こんにちはかな。じゃ……そういう事でっ」

P「おい待てこら!今日こそ逃さん!!」

李衣菜が走って逃げて行った。

じゃあ何の為に来たんだと言いたくなるが、気持ちは分からんでも無い。

ついでに、李衣菜が走って逃げる事くらい想定内だ。

今こそいつか使うと思って買い、下駄箱の門番を続けてきた運動靴の力を見せる時……!

文香「鍵、きちんと閉めて行って下さいね」

P「……はーい!!」

二階から文香姉さんが声を掛けて来た。

鍵……クソッ、リビングに置いてある!

大幅に時間をロスして、きちんと鍵を閉める。

その後、交差点を曲がろうとしている李衣菜の背中を追いかけて走り出した。

春の風が気持ち良い。

ついでに脳がシェイクされて大変気持ちが悪い。

こういう時くらいは脳が空っぽであって欲しいものだ。

李衣菜が曲がった交差点まで辿り着くと、李衣菜の背中と迷惑そうな顔をする通行人が見えた。

俺も心の中で謝罪を飛ばしながら、その後を全力で走って追いかける。

……あいつ、マジで振り切る気で走ってやがる。

ほんとじゃあなんで来たんだよ。

別れの挨拶にしても随分なご挨拶だぞ。

こっちは病み上がり……ですら無いのに。

朝食も昼食も食べてないからな。

おかげで全力で走ってもなかなか距離が縮まらない。




P「おーい!待てゴラァッ!!」

あ、怪しい人じゃ無いんで通報とかやめて下さい写真撮ろうとしないで。

今SNSで『叫びながら走ってる奴』的なワードで検索すれば俺の画像が出てきそうだ。

けどまぁ、そんなの知ったこっちゃない。

走る、ひたすら走る。

時折声を掛けて無視され心にダメージを負いながらも全力で走る。

涼しい風なんて知らんと言わんばかりの勢いで体温が上がり、汗を流しながら追いかける。

李衣菜「しつこい男は……っ、嫌われるよっ!」

P「っるせぇ!李衣菜に嫌われなきゃそれでいい!!」

スピードを落とす事なく李衣菜が叫んで来た。

こんな時にそんな心配をするくらいなら観念して立ち止まってくれ。

頭痛ぇし腹も痛いしで色々ヤバいんだぞこっちは。

それでも走り続けてる理由くらい、李衣菜なら分かってんだろ。

俺が諦める訳が無い事くらい……李衣菜が一番良く分かってんだろ!

李衣菜「あっ!UFO!」

P「そんなんで騙されるバカが何処に……!」

いたわ、うん、割と身近に。

美穂の事を思い出して口にチャック。

未だに李衣菜の走るペースは落ちない。

思ってた以上に体力あるな……

でも、今こうして距離が縮まらずとも離れずに済んでるなら。

俺が諦めず走り続ければ、いずれ必ず追い付ける筈だ。

P「……そろそろ……っ!止まってくれてもっ、良いんじゃないかなぁ……っ!!」

……なんて事を考えてから多分十分くらい。

未だに距離は縮まらない。

ちょっとマジで息が上がってきた。

いずれ必ず追い付けるとかほざいたバカは誰?!



李衣菜「おっ……?はぁ、はぁ……もう、ギブ……?」

P「っふぅー……っ!まだまだぁ!!」

李衣菜の息も上がってきている。

多分距離が縮まらないのは、お互いに疲れて同じくらいの速さになってるからで。

ならあと三十分も追っかけ回してれば向こうの体力が尽きるだろう。

その時がお前の最期だ。いや別にそんなつもりは無いけど。

P「っふぅーっ!きっっつ……っ!!」

脇腹が非常に痛い。

頭のクラクラがどんどん強くなる。

息を吸い込むのすらしんどくなって。

それでも、ひたすら走るのは……

P「っふ……っあっははははっ……!」

李衣菜「っふふっ……何笑ってるの……っ?」

正直、すっごく楽しかった。

一瞬振り返る李衣菜も、なんだか楽しそうで。

もちろん必死な思いもあるけど。

あともう本っ当に身体やばいけど。

単純にこうして、他の事を考えず李衣菜と二人きりの鬼ごっこを続けるのが。

P「……楽しいなぁ!観念しろごらぁ!!」

李衣菜「楽しいけど……っ!そろそろ諦めよ……っ?!」

家を出た時は青かった空が、だんだんと赤く染まってきた。

どんだけの時間、この鬼ごっこは鬼が交代しないんだろう。

……でも、そろそろだ。

この四週間弱、俺はずっと李衣菜を追いかけ続けて来た。

もしかしたら、出会った日からずっとなのかもしれない。

だったら……今、今回くらいは。

必ず、追い付いてみせる。

いつか来た河川敷の堤防を登ると、綺麗に赤く反射する川が目に入って来た。

そんなキラキラ光る水面をバックに、走り続ける李衣菜の背中が。

なんだかすっごく、綺麗に見えて。

青春だなーって感じがして。

P「あっ……っ!」

過去から学べないバカな俺は、また相変わらず足元がお留守で。

足がもつれて転び、芝生の坂道を転げ落ちた。

ゴロゴロと転がり、一番下まで運ばれる。身体の節々が内側からも外側からも痛む。

……くっそ……あと少しだった筈なんだけどなぁ……

P「……ってぇ……ん?」

李衣菜「……はぁ、ふぅ……大丈夫ー?」

P「ダメっぽい。足動かねぇわ」

俺の数メートル前で、李衣菜が膝に手を当てて崩れ落ち掛けていた。

どうやら向こうも体力が尽きていたらしい。

だとしたら、尚更悔しいなぁ。単純に、追い付けなかった事が。

P「逃げないのかー?」

李衣菜「今逃げても追い掛けてくれないでしょー?」

P「ばっかやろう……はぁーっ、ふぅ……まだまだ余裕だわ」

李衣菜「そっ、でも残念!私も……もー無理、疲れた……」

そう言って、李衣菜が芝生に座り込んだ。

俺も何とか無様な横倒れから身体を起こす。

笑ってる膝を無理やり動かし、李衣菜の隣に座って。

P「……青春だなぁ……」

李衣菜「……ね。青春って感じがする」

P「走ってみた感想は?」

李衣菜「悪く無かったかな……私に追い付けなかった感想は?」

P「……体調悪かったから」

李衣菜「言い訳とかダサ過ぎない?」

P「とことんダサく、夕陽に向かって走ってみるか?」

李衣菜「遠慮しとくよ、もう立ちたく無いですって」

しばらくぼーっと、水面を眺める。

時折カキーンッ!と野球の音が響いてきたり、上に架かった橋を渡る車の音が聴こえてきたり。

カラスの鳴き声が聞こえてきたり、帰路につく子供達の話し声が聞こえてきたり。

こんな居心地の良い時間を李衣菜と久し振りに過ごせて……本当に、嬉しかった。

李衣菜「……風邪ひいたんだって?文香さんから連絡来たんだけどさ」

P「見ての通りだよ」

李衣菜「楽しそうじゃん」

P「その通りだ」

李衣菜「お見舞いと、最後の……ううん、何でもない」

お互い、引っ越しの話には触れない様にする。

今はきっと、それ以上に伝えるべき事があるから。

李衣菜「……私のせいだよね……」

P「傘持ってたのに差さなかった俺が悪い」

李衣菜「それは普通にバカでしょ」

P「むしろ普通じゃないバカってなんだ?」

李衣菜「……P、かな」

P「ひっでぇ」



李衣菜「……うん、普通じゃないよ。だって……」

照れたように、顔を染めて。

それを夕陽のせいにしようともせずに。

李衣菜「私にとって……特別な人だから」

笑って、そう言ってくれた。

P「……やっと、言ってくれたな」

李衣菜「何?知ってて告白したの?だったら本気で失望するけど」

P「な訳ねぇだろ……前、まゆと昇降口で言い合ってた時あったろ?」

李衣菜「……あー……聞かれちゃってたんだ……」

P「その前の美穂との会話もな」

李衣菜「じゃあ……ちゃんと、謝らないとね」

ふーっと大きく息を吸って。

李衣菜「……ごめんね、P。ずっと、迷惑ばっかりかけて」

P「……迷惑だなんて思った事は……無いよ」

李衣菜「一瞬何か言おうとしなかった?」

P「李衣菜はいつも、誰かの為に行動してたから……きっと俺が迷惑だと思った事があったとして、それは絶対誰かの為だった筈だ」

李衣菜「お、良く分かってるじゃん」

P「そこ乗るのか」

李衣菜「まぁ安心と信頼の多田李衣菜ですし?基本は誰かの為に……うん、空回りしちゃう時もあったけど……」

少し、表情が翳る李衣菜。

……どう言えば良いんだろうなぁ。

P「……最近さ、全然喋れなかっただろ?色々理由はあったとは言え……すっごく、しんどかった」

李衣菜と会話するのが、当たり前になっていたから。

李衣菜が側で笑ってくれているのが、当然だったから。

だから絶対失いたく無いと思ってたし。

実際そうなっちゃった時は、想像以上に辛かった。

李衣菜「……最後くらい、私の邪魔無しで……楽しく、って……」

P「……邪魔なんかじゃない」

李衣菜「……うん、Pなら絶対そう言ってくれるって信じてた。正直私も、自分で言ってて辛かったかな」

P「だったら……言うなよ」

李衣菜「でもさ、ほら……恋人になれたとして、もうすぐにお別れじゃん?」



……それでも。

やっぱり俺は……ほんの短い時間でも。

李衣菜「あとやっぱり、美穂ちゃんにも、智絵里ちゃんにも、加蓮ちゃんにも、まゆちゃんにも……負い目を感じる部分があったからさ」

李衣菜「応援するよって言っといて……それは別としても、美穂ちゃんに通話で『わたしはきちんと向き合ったから、李衣菜ちゃんも……ね?これからも三人で、一緒に居たいから』って言わせちゃって……」

李衣菜「智絵里ちゃんだって、私が早くにちゃんと向き合えば……あんなに思い詰めずに済んだかもしれないし」

李衣菜「加蓮ちゃんもさ、本気で私達と過ごす日々が大切だって思っててくれて……私がPに保留でも良いんじゃない?なんて言ったせいで余計に辛い思いさせちゃったりさ」

李衣菜「まゆちゃんは……一番、辛かったと思う。一番辛い役目を引き受けてくれて……それなのに笑って、優しくて……強引にでも、向き合おうとしてくれた」

李衣菜「……私が居なければ、もっと良い関係だったかもしれない、って……そう思っちゃうの、分かるでしょ?」

……やっぱり、色々悩んでたんだ。

一人一人とちゃんと向き合おうとして。

結局、自分が居ないのが一番だなんて結論に至るだなんて……

P「……いや分かんねぇわ」

李衣菜「……物分かりが悪いね」

P「俺の気持ちは?」

李衣菜「対象外です」

P「嘘付け」

そんな訳が無い。

自惚れだって思われても良い。

李衣菜は昔からずっと……俺を支え続けてきてくれたんだから。

P「残念な事に、俺は李衣菜の気持ちを考えてやれるほど大人じゃない。諦めも悪い。物分かりの良くない子供だ」

李衣菜「……ばーか。Pはもう……子供なんかじゃないよ」

笑いながら、寂しそうに。

ぽつりと、李衣菜は言葉を漏らした。




李衣菜「……ねぇ、P。私の気持ちは、ずっと昔から決まってたんだ」

李衣菜「きっとその頃のPにとって、私は腐れ縁みたいな感じだったんでしょ?好意を向けられてるなんて、思った事も考えた事も無かったんじゃない?」

李衣菜「もっと早くに気付いて貰えれば、なんて逆ギレするつもりは無いけど……全くそういう風に見て貰えなかったのは、辛いな……」

李衣菜「……意識し始めたのは、中学入ってすぐくらいだったんだ」

李衣菜「当たり前みたいにずっと一緒に居たから、最初は意識してなかったけど……背が伸びて、私よりおっきくなった頃から」

李衣菜「アホなとことか、会話してて楽しいとことか、多分友達の延長線上みたいな感じだった。最初はね?」

李衣菜「一緒に居る時の居心地の良さとか……他の男子じゃそんな事思わないのに、Pと居る時間が楽しくて」

李衣菜「ずっとこのまま続けばいいなーって思ってたし、ずっとそのまま続くと思ってた」

李衣菜「Pには私しかいなかったから、誰かに取られるなんて思いもしなかったし」

李衣菜「……それが恋だなんて、思いもしなかったな」

李衣菜「高校生になって、美穂ちゃんと出会って……三人で遊ぶようになったじゃない?」

李衣菜「しばらくして、美穂ちゃんからPの事好きって話された時……すっごく、モヤモヤした気持ちになったんだ」

李衣菜「それでも、応援するよって言った時に……なんだか泣きそうになっちゃって。あぁ、きっと私はPの事が好きだったんだな、って」

李衣菜「まぁでも美穂ちゃんを応援するって言っちゃったし、きっとPも美穂ちゃんみたいな可愛い子が好きだろうからって……諦めたんだ」

P「……諦めたんだな」

李衣菜「うん、諦めた。美穂ちゃんとPが付き合っても、二人とも私との距離感が変わる訳じゃ無いだろうし良いかな、ってね」

李衣菜「何回も何回も自分に言い聞かせた。きっと変わらないから大丈夫、って……」

李衣菜「……変わらない訳なんて無いよね……でも私は、Pに変わって欲しくなかった。もちろんそんな事を言える訳も無いし、想いを閉じ込めて黙ってたけど……」

李衣菜「…………うん、諦められなかったんだ……二人きりだった頃に戻りたくなった。Pに私しかいなければなんて、そんな酷い事を考えた時もあったな」

李衣菜「……私も、Pに想って貰いたかった……結ばれたかったよ!誰よりも側で過ごしたかったよ!誰よりも側で、頼って欲しかったよ!!」

目に涙を浮かべて、心を吐き出す李衣菜。

思っていた以上に、李衣菜の想いは大きかった。



李衣菜「結局、Pは私の事を選んでくれたけど……それまでに、Pは色んな思いを抱え過ぎたんだよ」

李衣菜「だから、子供でいたい、変わりたくないって言ってくれた時は嬉しかったけど……変わっちゃったからこそ、そんな事を言ってきた訳だし……」

李衣菜「……Pだけ勝手に大人になって……まるで、私が置いてけぼりにされちゃったみたいだったのが……すっごく不安だった」

李衣菜「もう、私の知ってるPはいないんだろうな、って。そんな訳無いのにね……一人で不安になってさ」

李衣菜「……私は……歳を取ってもまだ心が子供のままなんだよね、きっと。諦められないクセに、後悔だけ積み重ねてる」

李衣菜「……ねぇ、知ってた?Pが告白されたって相談してきた時……私、泣きそうになるくらい辛かったんだよ?」

李衣菜「智絵里ちゃんの想いを断ったって聞いた時、泣きそうになるくらい安心しちゃったんだよ?」

李衣菜「それでも、それを全部隠さなきゃいけないって……何も知らない子供でいるって決めたから……」

李衣菜「変わって欲しく無かったから……せめて私だけでも、って……」

P「……一緒に、変わってみようよ。それで大切な物が……大切だった日々が失くなっちゃう訳じゃないんだし」

李衣菜「……うん。子供でい続けるのも、終わりにしないとね」

俺にとって、李衣菜と出会ってからの日々が大切な宝物である様に。

李衣菜にとっても、俺と出会ってからの日々は大切なものだった。

不安もあっただろう。

言いたい事も沢山あっただろう。

それを、全部抱え込んで。

それでもようやく、吐き出してくれて。

それを全部知れて、俺はとても嬉しかった。

……だから。



李衣菜「……ねぇ、P」

P「……李衣菜」

李衣菜「……私は、あなたの事が……誰よりも大好きでした」

P「……俺も、誰よりも……李衣菜の事が大好きだ」

李衣菜「今からでも、私と……付き合ってくれませんか……?」

P「…………あぁ。俺と……付き合ってくれ」

やっと、言えた。

やっと、言って貰えた。

まるで子供みたいに、言い訳も捻った言い回しも無しに。

ただひたすら真っ直ぐ。

想いを、願いを。

李衣菜「…………遅いよ……バカ……っ!」

涙を流しながらも。

それでも笑顔なのは、本当に色んな気持ちが混ざり合っているんだろう。

……あぁ、やっぱり凄く綺麗だ。

その顔は、子供の頃とは全然違って。

俺は李衣菜に、また何度目かの恋に落ちた。



P「ごめん、色々……でもやっと、追い付けたから」

李衣菜「……鬼ごっこ、続ける?」

P「いや、今日も俺の負けだ。また次も、俺が鬼をやるよ」

さっき俺が転んだ時点で、もう勝負は付いている。

鬼ごっこ自体は俺の負けだ。

でも、李衣菜の気持ちを聞けたから。

全体から見れば、俺の勝ちだろう。

李衣菜「潔い事で」

P「だから……だから!李衣菜が例えどんな遠くに行っても……必ず!追い掛けて……会いに行くから!!」

どんな場所に居たって。

次は必ず、鬼ごっこも俺が勝つ。

勝ってみせる。

李衣菜「……ふふっ……Pが遠くに行くんでしょ?」

P「……えっ?李衣菜が引っ越すんじゃないのか?」

李衣菜「え?」

P「え?」

P・李衣菜「……………………」

沈黙が流れた。

非常に居心地がよろしくない。

えっと、つまり……

P「李衣菜、引っ越すんだろ?」

李衣菜「Pが引っ越すんでしょ?」

P・李衣菜「……………………」

……はぁ?!



加蓮「あっ、気付いたみたい!」

まゆ「ばっっか加蓮ちゃん!バレちゃうバレちゃう、バレちゃいますって!せめてキスまでは静かに見届けようって計画だったじゃないですかぁ!!」

美穂「二人とも!声が大きい!!」

智絵里「み、美穂ちゃんも……」

美穂「わたしに逆らう気?!」

智絵里「く、クーデターの時間です……っ!」

橋の上から、何やら聞き慣れた声が聞こえてきた。

あとついでに、橋の手摺の上に見慣れた顔が四つほど見える。

P「……あー」

李衣菜「……ねぇ、P……これって、まさか……」

……うん、多分。

なんとなーく、理解出来た。

P・李衣菜「……騙されたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

P「くそっ!何でここまで気付けなかったんだよ!!」

李衣菜「もっとPが早くに言ってくれれば良かったじゃん!」

P「お前着信拒否してやがっただろ!」

李衣菜「してたけども!」

P「ってかえ?!千川先生……いやあの人李衣菜が引っ越すとは一切言ってねぇ……」

李衣菜「私文香さんに言われたんだけど……!」

P「……全員グルかよ……おい全員そこに居ろ!逃げんなよ!!」

加蓮「鷺沢はさっさと帰って休んだらー?!」

まゆ「待って下さいよぉみなさぁん!キスまでは見届けたいじゃないですかぁぁぁっ!」

美穂「計画したのがわたしってバレたら一番怒られちゃうもん……っ!」

智絵里「い、言わなきゃバレなかったんじゃないかな……っ?」

まゆ「Pさぁぁぁんっ!さぁ早く誓いのキスを!はりーあーっぷ!!」

加蓮「はいはい邪魔者はさっさと消えるよ!ほら手摺にしがみつかない!!」

美穂「李衣菜ちゃーん!Pくーん!長続きすると良いですねーーっ!!」

なんて奴等だ。

……まぁ、結果オーライだけど。

李衣菜「……はぁー……」

P「……はぁー……」

この空気どうすんだよ。

P「……キスする?」

李衣菜「……あ、P」

P「ん……?」

李衣菜「体調悪いでしょ?風邪うつして欲しくないから今はキスしないよ?」

P「あんまりだこんちくしょう!!」




結局、引っ越しや転校なんて話は元々無かったらしい。

原案、企画、戦犯は小日向美穂。

彼女曰く『さっさとくっついて欲しかったから焦らせた』だそうで。

協力者はその他愉快な仲間達と文香姉さん。

あとは一応千川先生。

まゆが千川先生に『良い感じにはぐらかしてそれっぽく匂わせておいて下さい』と頼んだらしい。

等々、この辺りはラインで聞いた話。

なんで乗ったし。

一体どんな闇の取引があったんだろう。

……深くは聞かないでおこう、怖いし。

あの創立記念日の夕方、色々限界だったのか俺の身体は鉛のように重くなって。

李衣菜に肩を組んで貰いつつ、家に帰って熱を測ればあら不思議。

あっ文香姉さん怒らないでほんとごめんなさい。

おかげでゴールデンウィーク前半の金~月、まるまるベッドと仲良くしていた。

その間誰も見舞いに来やしない。

まぁそうだよな、ただの風邪だし。

って思ってたらみんなで遊園地に行ったりカラオケに行ったりと、連休をエンジョイしてたらしい。

楽しそうに遊ぶ画像が沢山送られてきて、とてもつらかったです。

とはいえ今はもう良い感じに元気だし、明日からは遊びに行ける。

まぁ学校あるんだけど。

そして……




既に五月に入って、最初の登校日、火曜日の朝。

ピピピピッ、ピピピピッ

P「うぅーん……朝か……」

朝が来てしまった。

……何故朝は来るんだろう。

勝手に夜から朝に変わるな、もう少し朝が辛い学生の事も考えて欲しい。

そもそも、朝が来たら起きなきゃいけないと誰が決めたんだろう。

そうだ、別に朝が来たからって起きなきゃいけないわけじゃない。

もう一眠りしよう。

起きるのは、何故朝が来るのか解明され起きなければならない理由が証明されてからでも遅くはない筈だ。

李衣菜「おはよー」

……もう一眠りしよう。

李衣菜「P、寝てるの?」

P「いや、起きてるけど。ちょっと感動で泣きそうになってるから布団に潜ってたいだけ」

……朝、李衣菜が家に来て居る。

当たり前だった、変わらない日常がようやく帰って来て。

けれど、俺達の関係は以前と違って……

P「……李衣菜。そのゼリー俺の」

感動が消し飛んだ。

感動のシーンがゼロカロリーだ。

李衣菜「冷蔵庫にあったから」

P「……これからは、自分のものには名前書いておくか……」

李衣菜「へー……あ、もうみんな来てるからね。あと私朝ご飯要らないよ」

P「……は?」

李衣菜「いやだって私、弱いから朝ご飯食べないんだよね」

P「嘘付けお前いつもたかりに来てただろ」

李衣菜「好きな人に会いに行く為の理由作ってただけだよ」

P「……おっ、おう……すまん……」

李衣菜「……照れてる?」

P「お前も顔割と赤いぞ」

李衣菜「……へへっ……それじゃ、こないだ出来なかった事もしてあげる」

こないだ、出来なかった事?

李衣菜「ねぇ、P……目、瞑って?」

言われた通りに目を瞑る。

心臓がばくばく跳ね上がる。

これは……まさか……!



頬の辺りで何かが動いている感触がする。

……うん、間違い無くキスでは無いな。

P「っておい!」

目を開ければ、目の前にはクレヨン。

わぁ鮮やかなんてパステル。

ってそうじゃない、だからなんでお前はクレヨン持ってるんだ。

P「何落書きしてんだよ……ガキかお前は」

李衣菜「Pが言ってたんだよ?ちゃんと書いておかないと、って」

P「……?」

李衣菜「じゃ、私は下に行ってるから。早く降りて来てねー!」

P「……おう」

李衣菜が部屋から出て行った。

なんだったんだ……

……いや、でもまぁ。

嬉しいし、良いか。

バタンッ!

李衣菜「ごめん、P!忘れ物!」

P「今度はなんだー?」

勢い良く走り込んで来た李衣菜が。

そのまま勢いを落とさず、ベッドに腰掛けてた俺の目の前まで来て。



李衣菜「大好きって気持ち……ちゃんと、届けないとね」

ちゅ、っと。

唇が触れるだけの、軽いキスをされた。

李衣菜「……じゃ、リビングで待ってるから」

……このままリビングに行ける訳ねぇだろ。

絶対人に見せられない顔してると思う。

着替えて、洗面所に行って顔を洗おうとして……

P「……書いといた、って……そういう事かよ……」

俺の頬に、クレヨンで。

俺の彼女の名前が書いてあった。

P「……これ落ちんのか……?」

落としたくないけど、落とさないと色々言われそうだし……

李衣菜「Pー!早くー!」

まゆ「Pさぁん!一緒にお料理のお時間ですよぉ!」

加蓮「塩と砂糖間違えて掛けたバカは誰?!」

美穂「両方掛ければ半分は当たるって言って、自分で掛けてたよね……?」

智絵里「……もう少し、静かな方が良かったかも……」

……もう、何言われても良いか。

今更隠したり取り繕ったりする必要なんて無いんだ。

きっとみんな、笑ってくれるだろう。

遠慮なんて無いし、割と辛辣な言葉も飛び交うけど。

みんなで一緒に、って思いはみんな同じ筈で。




P「……はーい!すぐ行くから待ってろー!」

騒がしいみんなの元へと、俺も向かう。

彼女達と過ごしてきた今迄と、これから過ごす未来は。

一言で言うなら……そうだな。

窓から外を見上げ、大きく息を吸って。

……ぴったりな言葉があるじゃないか。

五月の風は暖かい。

雲一つ無い空はひたすらに青くて。

遅れて来た春は、これからもずっと続く。

あぁ……俺たちの日々は。

きっと、青春だ。





ギャルゲーMasque:Rade ~Fin~


以上です
時間が掛かってしまい申し訳ありません
お付き合い、ありがとうございました

私事(?)ですが、ギャルゲーMasque:Radeのギャルゲーを作る事になりました

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