【モバマス】乃々「透明デスク」 (18)

見えるのは私の足だけです。

目は開いているのに。

視界は狭いです。

目を開けているのに。

閉じてなんかいません。

生きていますから。起きていますから。

ーーーーーーー。

私は生まれています。

母のお腹の中から。

私は生きています。

今もなお、虫の息ですが生きています。

この世に、この地球という惑星に、

このアイドル事務所に、生きています。

この事務所のデスクの下に、ですが。

存在しています。生息してます。

もりくぼです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1521992551

生まれたての動物さんではありませんので…目は開いています。

(以前、美玲ちゃんに「ノノは生まれたての子鹿みたいだな」と言われましたけど。そのくらい私は震えていたそうです)

目は、開いています。ぱっちりと。

でも。でも見えるのはもりくぼの足だけです。もっというと、スカートで隠れた太ももと膝だけです。

なんででしょうか。

体育座りしているからででしょうか。

踞って、下を向いているからでしょうか。

あっ…それが理由でした。

そうでした。

顔をあげれば、また違う景色が見えます。

でも私は顔をあげません。

あげられません。

逃げに逃げて、大舞台からも逃げ出して。

今さら顔をあげられますか。

いぢめですか。

顔をあげないといけない、というか、今からでもライブ会場に行かないといけないんですけど…。

もりくぼにはむりです。

むーりぃー。

出来るわけがないんです。

もりくぼにファン(いるかどうかも怪しいですが)を楽しませるなんて、出来るわけがないんです。

きっと失敗してしまう。

失望させてしまう。

ファンを、プロデューサーさんを。

…輝子ちゃんを、美玲ちゃんを。

それだけは嫌です。

それだけは…、、、、、、。

ーーーー。こうして逃げて、デスクの下で1人うずくまっていることで、失望させてしまっているんじゃーーーー。

瞬間。

汗が背中をつたる感覚を覚えました。

子どものころ、大型ショッピングモールで親とはぐれたことを思い出しました。

みな出払っているのか、静かな事務所に
もりくぼの心臓の音だけが響いています。

どくん、どくん。どくどくどくどく…。

誰かの呼吸音が聞こえます。

もりくぼの呼吸音でした。

焦燥感、と言うものでしょうか。

おかしな感覚です。

焦がっているもりくぼを、
どこか遠くから見ているような、そんな気持ちです。

デスクの下にいるもりくぼは、透けて見えました。

透明なデスクです。

もりくぼは隠れもできないんですか…。

恥ずかしい。どこか遠くの森へ逃げてしまいたいんですけど…。

い、行かないと。でも、でも行ったって…。

チラと目をやれば、もりくぼの腕時計は
開演30分前を指していました。

メイクも終わって、本番直前の最終確認も終わっている時間です。

あうぅ…。そんな情けない声が出ました。

もう、無理です。

初めから、わかっていました。

プロデューサーさんにも言ってました。

「もりくぼなんかに、アイドルは出来っこない」

むしろ、ここまでよく続けてこれました。

何度も逃げてしまったけれど、もりくぼにしては頑張りました。

もう辞めましょう。アイドルなんて。

失望させてしまったのなら、逃げます。

会いたくありません。怖いです。

置き手紙をして、森に逃げましょう。

そう思って、肌身離さず持っているポエム帳の空きページをちぎりました。

ちぎり…。

上手くちぎれません。

手が震えています。

やっとの思いでちぎったときには、紙はぐしゃぐしゃの状態でした。

しかも手汗でべたべたでした。

すごい手汗です。ポエム帳がぐちょぐちょです。

いや、手汗だけじゃこうなりません。

ぽたぽた、ぽたぽた。

デスクの下に小さな雨雲があるみたいです。

雨が頬を伝っていきます。

暖かい雨です。

ぽたぽた、ぽたぽた。

雨が邪魔で、上手く手紙をかけません。

視界が狭いです。目は閉じていないのに。

視界がボヤけます。目は開けているのに。

書きにくい。置き手紙なんて書こうとするんじゃありませんでした。

思考がまわりません。どうしてもりくぼはどこにいたんですか。

書きなぐった形になった置き手紙。

読むに耐えません。

書いた手紙はポケットにいれました。

書いたことは後悔の念でした。

なんでもりくぼは逃げたのでしょう。

どうしてもりくぼはこんなにだめだめなんでしょう。

アイドルの仕事は、みんなとするきついレッスンは、嫌いじゃなかったのに。

斜面を転がりだした岩はとまりません。

重い岩は転がり続けます。

雨は止みません。

後悔の念は出続けます。

どうして、どうして、どうして…。

ーーーーーー。

少し、寝てしまっていました。

いつの間にか、雨は止んでいました。

ーーーーーー。

私はどうしてもりくぼなんでしょう。

もりくぼってなんでしょう。

デスクの下に隠れているもりくぼは、なんなのでしょう。

どうしてもりくぼはデスクの下にいるのでしょう。

時計の針は、公演時間を指していました。

死んでしまいたい。

そう思いました。

でも死ぬ勇気すら、もりくぼにはありません。

このまま。せめてこのまま、誰にも見つからずにデスクの下にいたい。

そんなことをかんがえていたら、誰かが私を呼ぶ声が聞こえました。

この部屋にいるのは私1人のはずですが。

ノノッ!!

もりくぼは置物です。

だから呼びかけにも応えません。

ぼ、ボノノちゃん…。

もりくぼは1人、いや1つです。

デスクの下の、おきものーーーーー

「ノノッ!!」

「ヒィッ!?」

「ウオッ」

突然の美玲ちゃんの呼びかけに心臓が跳ねました。つい声が出ます 。その声に輝子ちゃんが隣で肩を震わせていました。

え、あ、と、となり?

「あっ、ショーコ!? ショーコまで机の下に行ってどうするんだッ!」

いつの間にかデスクの下にきた輝子ちゃんを見て、美玲ちゃんは声を荒らげていました。

でも当の輝子ちゃんは何処吹く風で

「フヒ。ここはマイフェーバリットプレイスだからな…。いつもと位置は違うが。自然と体が…」

と言ってキノコを触っています。

どこからキノコを持ってきたのでしょう。

え、というかお二人ともライブは…。

なんでここが。

「な、なんでここがわかったんですか…?
それに、2人ともライブは…」

聞かざるを得ません。気になって仕方ありません。

てっきり、2人でライブをしてるのかと…。

美玲ちゃんが、輝子ちゃんを引きずり出しながら答えました。

「2人ともライブは?じゃない!
3人のライブなのに、ノノがいなくてどうするんだッ!」

「さ、探しに来たに、決まってる…」

輝子ちゃんが引きずられながら続けました。

「きっとデスクの下に居るって、目星がついてたさ…。まさか、ちひろさんのデスクの方にいるとは、思わなかったが…。この部屋に入って、なんとなく、ちひろさんのほうだなって…わかった」

なんとなく、ですか。

なんとなく。

その言葉を咀嚼していると、

輝子ちゃんを引きずり終わった美玲ちゃんが、もりくぼを見ているのに気づきました。

申し訳なさから、思わず目を逸らします。

「ノノ、行こう。
ウチだけじゃ、ショーコだけじゃ、ノノだけじゃ作れないものを、作ろう。
この3人でしか作れないライブがあるんだ」

美玲ちゃんは、手をもりくぼの前に出しました。

いつの間にか、輝子ちゃんも心配そうにこっちを見ていました。

これも、申し訳なさから思わず目を逸らします。

「乃々は…アイドルがい、嫌なのか?
確かに辛いことも多いけど…。
私は、この3人でやるレッスン、楽しかった。乃々は、どうなんだ?」

そういう風に思わせてしまっていたことに、今更ながら私は気づきました。

そんなことはありません。

「い、嫌じゃ、ありませんけど…」

嫌じゃない。失望されるのが怖かっただけ。

それだけでこんなに迷惑をかけてしまいました。

そんな迷惑をかけたもりくぼに、2人は嬉しそうな顔を見せてくれます。

「そっか。なら安心だ…。頼りないかもしれないけど、私も、美玲ちゃんもいる。…だから、行こう」

輝子ちゃんも、手を伸ばしてきました。

また雨が降りそうです。

でも我慢です。

自分勝手なもりくぼに、ここまでしてくれて逃げるわけにはいきません。

ライブはやっぱりキツいですけど。

この3人なら、頑張れる。

2人の手を掴みました。

とても暖かいです。

引っ張り挙げられると同時に、無意識に口が開きました。

「ご、ごめんなさい…。本当にごめんなさい」

「謝るなノノ。最高のライブをするだけだッ!」

「そうそう…。この3人で、な」

左手の美玲ちゃん。右手の輝子ちゃん。

2人にずっと謝りながら事務所を出ました。

ただ、その前に。

事務所を出る前に、振り返ってデスクの下を見ました。

もちろん、誰もいません。

でもなんとなく。

なんとなく、誰かが恥ずかしそうに手を振っているように見えました。

今日は晴れ。

透き通った青い空が、私たちを笑っていました。

終わりです。

あ、見てくれた人がいたかどうかはわかりませんが、最後まで見ていただきありがとうございました。

総選挙はindividualsの3人をどうぞよろしくお願いします

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