モバP「愛海の乳首が取れた」 (25)


 ある日のことでした。

 モバPが事務所に入ると、一人のアイドルがソファに浅く腰掛けていました。
 そのアイドルは、テーブルの上に置かれた何か小さなモノを一心不乱に見つめています。

「……愛海?」

 それは、棟方愛海でした。

「……」

 愛海は何も反応せず、テーブルの上をじっと見つめています。


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「どうしたんだ、一体」

 心配になったモバPは、愛海の後ろに回ると、愛海の眺めているモノを観察します。

 小さな、丸いモノ。
 可愛いピンク色です。

「……プロデューサー」

 ようやく、愛海が口を開きました。

「おう、どうした、愛海。悩み事か?」


「乳首、取れちゃった」

「そうか、そりゃ……ちょっと待て」

 モバPは、首をぐるりと回して天井を見上げます。
 そしてゆっくりと十秒数えると、再び愛海を見ました。

「もう一度聞くぞ」

「うん」

「何があったんだ、愛海」

「乳首、取れた」


「取れたのか」

「うん」

「取れちゃったのか」

「取れちゃったんだよ」

「どっちだ」

「左」

「左の乳首か」


「うん」

「なんでだよ」

「お山をね、最近誰も登らせてくれないの」

「登らせてくれないのか」

「仕方ないから、最近自分のを登っているんだよ」

「自分のを」

「うん」


「それで?」

「毎日登っていたらね」

「おう」

「取れた」

「なんでだよ」

「プロデューサー」

「おう」

「乳首って取り外しできたのかな」


「取り外しできる乳首は聞いたことないなぁ」

「あたし、もしかしたら地球人じゃないのかな」

「可能性はあるかも知れないな」

「ウサミン星人は取れるのかな?」

「それは菜々に聞かないとわからないなぁ」

「聞いてきてよ」

「ちょっと待ってろ」

 モバPはレッスン場へ向かいました。


 そして、10分後。

「おかえり、プロデューサー」

「おう」

「どうだった?」

「取れないって、菜々さん言ってた」

「菜々さんなら間違いないね」

「おう」

「プロデューサー、ほっぺた赤いよ」


「殴られた」

「菜々さんに?」

「おう」

「ごめんね」

「いや、それは別にいいよ」

「ありがとう」

「地球人もウサミン星人も乳首は取れないとわかったが、どういうことなんだ」

「あたしにもわからない」


「よし、もう一度整理してみよう」

「うん」

「状況を説明してくれ」

「誰もお山に登らせてくれないから、自分のお山を登っていたんだよ、毎日」

「ふむ、そこまではさっきも聞いた」

「それで、今日もいつものように登ろうとしたらね」

「うん」

「乳首が取れた」


「よし、わからん」

「地球人もウサミン星人も乳首は取れないんだよね」

「そうだな」

「ウサミン星人には聞いたんだよね」

「おう。菜々にな」

「地球人には?」

「……それは盲点だったな」

「聞いてくる?」


「ああ、ちょっと待ってろ」

「どこ行くの?」

「この時間なら……美波がボイストレーニング中かな」

「いってらっしゃい」

「おう、行ってくる」

 モバPはトレーニングルームへ向かいました。

 そして、10分後。

「愛海、絆創膏持ってないか」

「あるよ、ほら」

「ありがとう」

「どうしたの?」

「ものすごいジャンプからきれいな弧を描いて蹴られた」

「美波さんに?」

「アーニャに」


「ああ」

「うん、仕方ないな」

「蹴られただけで済んだならね」

「そうだな、その通りだ」

「きれいだったの?」

「きれいだった。通りすがりの南条が見とれてたよ」

「ジャンプキックを見慣れている光ちゃんが見とれるなんて、本物だね」

「おう、アクションにも挑戦させたいな」


「乳首の謎は残ったね」

「そうだな、謎は未解明だな」

「ねえ、プロデューサー」

「うん」

「乳首のないあたしでも、アイドル続けられるのかな」

「……何言いだすんだ、お前」

「だって、あたしの乳首、取れちゃったんだよ? 乳首のとれるアイドルなんて聞いたことないよ」

「いないってのは、やっちゃいけないって意味じゃない」


「だって、だって」

「なあ、愛海。俺には、乳首がとれるお前の気持ちはわからないかもしれない。しかしなあ、アイドルを頑張っているお前は本物だ」

「プロデューサー……」

「なあ、愛海」

「うん。なんだか吹っ切れたような気がする。プロデューサー、あたし、頑張るよ」

「そうだ、その意気だ。乳首なんてアイドルに関係ないことを証明してやれ」

「うん!」

「おっと、だけど、一つ約束してくれ」


「なに?」

「もうセルフ登山は止めるんだ」

「え」

「右の乳首まで無くしてしまうわけには行かないだろう」

「そっか……でも、寂しいな」

「寂しいか」

「他の人のお山はやっぱりダメなんでしょう?」

「そうだな、アイドルのお山はな」


「アイドルで、無ければ?」

「なに?」

「たとえば……」

「いや、皆まで言うな。たしか、ちひろさんが受付にいたな……ちょっと待ってろ」

 モバPは受付へ向かいました。

 そして、10分後。

「すまん、やっぱダメだって」

「そっか。ところで、救急車呼ぶ?」

「あ、いや、このくらいの怪我なら大丈夫だ」

「すごいね」

「ありがとう。……まあ、というわけで、セルフ登山は禁止、替わりのお山も無しだ」

「……うー」

「だがな、愛海。お前が何か大きな仕事を成功させると、登山を考えてもいいってちひろさんが」


「え、本当!?」

「ただし、本当に大きな仕事だし、そんなにたくさんは困ると」

「うん、わかった。それは我慢するよ、多分」

「そうか、わかってくれたか」

「うん、セルフ登山は我慢我慢」

「おう、頑張ろうな」

「我慢我慢」

 二人は一緒に頑張ろうと、改めて誓ったのでした。


 その数日後。

 モバPが事務所に入ると、愛海がソファに浅く腰掛けていました。
 愛海は、テーブルの上に置かれた何かの塊を一心不乱に見つめています。

「……愛海?」

「登山はね、我慢してたんだよ?」

「おう」

「……」

「愛海?」

「陰毛、全部抜けちゃった」

「そっち方面に行ったかぁ」





 終われ

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