【艦これ】叢雲「甘えたな提督」 (37)

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過去作→提督「霞にケッコンを申し込んだら意外にもOKを貰ってしまった」
提督「霞にケッコンを申し込んだら意外にもOKを貰ってしまった」 - SSまとめ速報
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 カリカリとペンを走らせる音だけが司令室に響く。時刻は正午を少し回った位で、まだ昼の休憩までは時間があった。
 秘書艦は吹雪型五番艦である駆逐艦叢雲。提督にとって最も古い付き合いである艦娘であり、最も信頼のおける艦娘の一人である。

提督「……叢雲」

叢雲「遠征の報告書ね。今確認しているところだから少し待ってて」

提督「……それと」

叢雲「重巡と軽巡の練度向上の計画書はもう提出してあるわ」

提督「……助かる」

叢雲「どういたしまして」

 以心伝心、阿吽の呼吸、ツーカーの関係と言えば分りやすい。自分が考えていることを叢雲は察してくれて、自分も叢雲の考えていることはある程度分かる。
 最初期からこの鎮守府を支えてきた二人だからこそできる芸当であった。

叢雲から渡された書類を次々に片づけていく。できれば昼休憩までには終わらせたいものだ、と考えながら提督はペンを走らせる。
 どうやら叢雲は自分の分を片付けてしまったようで、ぐーっと上に伸びをして首を左右に振っていた。

提督「……すまないな、叢雲。休憩なら先にとっていい」

叢雲「何言ってんのよ。秘書艦として当然の仕事をしたまでだわ。……お茶を淹れてくるから少し待っていなさい」

提督「……助かる」

 自分は口下手な方だ。昔からそれが災いし面倒に巻き込まれることも多かった。しかし叢雲は最初のころはともかく時が経つにつれて自分のことをよく理解してくれるようになった。
 お茶を淹れている叢雲の背中を一瞥してから再び書類に目を移す。
 そしてカリカリとペンを走らせる……走らせようとした。

提督「……」

 ペンが、動かない。
 それに気付くと同時に一気に体の力が抜けて行った。ピンと伸ばされた背筋はだらしなく猫背になり、厳格で提督然とした顔つきはのぼっとだらしない表情になって上を向く。
 鎮守府にいる全ての艦娘にこの姿を見せたらほとんどの者は唖然とするだろう。それはまさしく醜態だった。

叢雲は提督に背を向けてお茶の準備をしているためまだ今の提督の状態に気付いていない。

提督「……叢雲」

叢雲「何よ? 羊羹ならまだあるけどお昼前だから我慢しなさい」

提督「……切れた」

 その一言を聞いた叢雲の動きがピタッと止まる。そしてふぅと一つ息を吐いてこちらを向いた。

叢雲「もう、仕方がないわねえ」

 やれやれ、と言った感じで叢雲は言う。しかしどことなく嬉しそうな気がするのは自分の気のせいだろうか。
 淹れたばかりのお茶を机の上に置き、叢雲は自分の膝の上に乗る。
 叢雲が心臓の音を聴くように、自分の胸にしなだれかかる。……ふんわりと、椿のいいにおいがした。

提督「椿か」

叢雲「あら、よくわかったわね。白椿のいいのを熊野に教えてもらったのよ」

提督「お前によく合っている」

叢雲「ふふっ、ありがとう」

 そう言って叢雲は顔を上げる。

叢雲「……ほら、こっち向きなさい。誰かが来たら困るのは一緒なんだから……さっさと始めるわよ」

提督「……ああ、そうしよう」

 自分の手が叢雲の頬に触れる。それを合図として叢雲はゆっくりと目を瞑った。

叢雲「……んっ」

 提督の唇と叢雲の唇が触れる。
 最初は短く、次は長く。提督が舌を入れると叢雲はそれに答えるように自分のを絡める。舐るように、溶け合うように、蛇のように互いの咥内で蠢きだす。
 事務仕事などで集中が完全に切れたり、ストレスがたまった時などに出る提督の癖。
 たっぷり三十秒。司令室には水音だけが響いた。
 
叢雲「……っぷは。今日はいつもよりねちっこいわね。……なにかあったの?」

提督「……今日は一段と書類が多かった。疲れているからだろう」

叢雲「ふぅん……。ま、いいわ。ほら、んぁ……」

 叢雲がべーっと舌を出すと、それを提督は唇で食む。強く、しかし優しく、その感触を楽しむように。
 ゆっくりと叢雲の舌を根本まで食んだ後は再び提督の舌が動き出す。
 咥内で伸ばされた舌は叢雲の上あごの奥歯を触り、そのまま滑らせる。

叢雲(……なにか、嫌な命令があったのね。ほんっと不器用ねコイツは)
 
 いつもならもうこの提督の癖も終わっているころだが、まだその気配はない。歯まで行くのはそれこそ久しぶりのことだった。

叢雲(以前は……大規模作戦で激戦区への艦隊出撃を大本営から命令された時だったかしらね)

 その時の旗艦は自分だったからよく覚えている。出撃の前夜にも求められたのはその時が初めてだったのもあるが。
 しかし、その時以来ということはまた大本営からの指令が届いたのだろう。
 ならば自分ができることは他の娘に示しがつくようにコイツを元気づけることだ。精一杯、提督として、皆が帰ってこられる居場所として立たせる勇気を与えることが今の自分の仕事なのだ。

提督「……、ふぅ。……ありがとう、叢雲。もう大丈んむっ」

 提督の言葉を遮って叢雲は唇を重ねる。舌で提督の口をこじ開けて提督の舌をお返しだと言わんばかりに吸う。
 
叢雲「なに遠慮してんのよ。……ほら、まだ足りないって顔してるわよ。あたしに隠し事はできないこと、知ってるでしょ?」

果たしてどれほどの間二人は繋がっていたのだろうか。とうに湯呑の中のお茶は冷めきってしまっていたが、双方喉は潤っているからさして問題はない。
 ちゅるっ、と音がして提督の口から叢雲の舌が抜かれる。この時間は今までの中でもおそらく最長記録だろうと蕩けてぼんやりとした頭で叢雲は考えていた。

叢雲「はぁ……はぁ……。……どう? 満足した?」

提督「ああ、充分だ。当分は切れないだろう。……お疲れ様、叢雲」

 胸元でくったりとしている叢雲の頭を提督は愛おしそうに撫でる。長時間の行為で溢れた涎が両方の胸元にべっとりとついてしまっていて、身を預けている叢雲の頬は濡れてしまっているのだが当人は全く気にしている様子はない。
 気にする余裕もないのか、あえてなのかは定かではないが。

叢雲「……ふう。それじゃあ私は顔洗ってくるから。それ、さっさと片付けてお昼に行くわよ」

提督「了解した」

 見違えるほどに生気を取り戻した提督は一心不乱にペンを書類に走らせ始める。
 もう彼は大丈夫だろう。きっとどんな過酷な指令が来てもいつもの通り厳格で優しい提督でいられる。

叢雲(また、作戦が終わったら求められるんだろうけど。その時は優しく舌でも噛んであげようかしら)

 くくっ、と笑って叢雲は司令室を出る。
 ……その甘い刺激に提督がハマるのはまだあとの話であった。

昔から海が好きだった。大きく青い海が大好きだった。
 そんな大好きな海が今未知なる敵によって危険に晒されている。海軍の家柄であったことを差し引いても、自分が海軍を志望したことは彼からすれば至って当然のことであった。

提督「…………」

 提督は今全裸で海に浮かんでいた。
 



 場所は鎮守府すぐ近くの海。司令室からいつも見えている母なる海だ。
 仕事はまだある。端的に言えば逃げ出してきたのだ。おそらく今日の秘書艦は今頃自分を探しているだろう。

提督「…………」

 ぷかぷかと浮いているのが気持ちがいい。まるで無重力の中に漂っているみたいで、子供のころから疲れたときはこうしていた。
 そろそろ仕事に戻ろうと思っていたとき遠くから声が聞こえてきた。

「どこ行ったぁぁぁぁーーーーっ!!! このクソ提督ぅぅぅぅーーーーーっ!!」 

提督「……まずいな」

 自分がここでサボることは誰にも言っていない秘密の場所だ。まさに灯台下暗し。誰もこんなところでサボるなんて思いもしない。
 そんなところで見つかってしまえば次からアイツはすぐにここに来るだろう。それだけは回避しなければならない。

提督「やむを得ん。こそこそと逃げ隠れするのは性に合わんというのに」

 すぅっ、と息を吸い込んで潜水。静かに、しかし深く。
 そのまま平泳ぎの姿勢で先ほど声のした方角へ向かう。こうすれば丁度すれ違うことができるだろう。

提督(潜水中は外の声が聞こえないのがネックだが……。問題ないだろう)

 提督の読みは半分当たっていた。確かに声の主は読み通り先ほどまで提督が浮かんでいた場所、つまり今提督が目指している場所と真逆の方に進んでいたのだ。
 しかし提督は完全に忘れていた。逃げることに夢中で、お気に入りの場所を守るのに必死で、あることを忘れていたのだ。

提督(このまま行った後に着替えて司令室に戻れば問題ない……ん?)

 もう一度言う。
 提督は先ほどまで全裸で海に浮いていたのだ。
 そのままに、着の身着のまま逃げ出したのだ。何も着ていないのに。

提督(……服、置きっぱなしだったな……)

 思い出して振り返ると丁度水中に一つの物体が投げ込まれていた。

 まぎれもなく、提督の服であった。

曙「ばっかじゃないの!? ばっっっっっかじゃないの!?」

提督「……返す言葉もない」

 秘書艦、綾波型八番艦 駆逐艦である曙の怒号が司令室を震わせた。
 理由は言わずもがな。先ほどの提督の行動についてである。

曙「もうっっ……バカじゃないの!? いろいろ言いたいことはあるけどまず! なんで、その、ぜ……全裸で、いたのよ!」

提督「服を着たまま海に入る奴は本物のバカか入水自殺をする奴だけだ。……もっともその服は誰かの手によって海に叩き込まれたがな」

曙「アンタが逃げるからいけないんでしょうが! それに仕事もまだ終わってないし!!」

 それを言われると弱い。まあサボっていたのは事実なのでそこは素直に謝罪する。

提督「すまなかったな、曙。わざわざ探しに来てくれてお前の仕事の邪魔もしてしまった。申し訳ない」

曙「ぅぐっ……そ、そんなしおらしく頭なんか下げても許さないんだから! だ、大体仕事がきつかったのならなんであたしを呼ばなかったのよ!!」

提督「……なんだ、よかったのか? 以前頼んだら顔真っ赤にして手をつなぐだけだったから嫌がるだろうと……」

 だから自分は今となっては応急処置程度にしかならない発散方法をしていたのだ。
 しかし曙は顔を真っ赤にしながら俯き、ぼそぼそ何かを呟く。
 そして曙は意を決したように顔を上げて手を広げた。

曙「ほ、ほら……。き、キスは、まだ早いけど……。ぎゅって、抱きしめるくらいなら、あたしも嫌じゃ、ないから……」
 
 いいのか、と聞くと曙は「ん!」と手を大きく広げる。
 それを見て全てを了解した提督はこっちにこい、と手で示した。

今、曙は提督と向かい合うように膝に座っている。
 心臓は今にも破裂しそうにばくばくと脈打っており、こんなに緊張したのは生まれて初めてだった。
 たぶん初めて戦場にに立った時よりも、初めて敵を轟沈させた時よりも緊張している。

提督「……曙は小さいな」

曙「……そっちがデカすぎるのよ、クソ提督」

提督「……そうかもな」

 そう言ってぎゅうっ、と提督は曙を一層強く、しかし優しく抱きしめた。
 思わず声が出そうになるのを必死にこらえる。
 自分の手は提督の背に回しているけれど手が届かない。それだけ提督は大きいのだ。

 それだけ提督は自分たちを背負ってくれているのだ。
 
曙(……叢雲には悪いけど、私にだってこうやって提督を癒せるんだから……)

 前だって別に提督から無理に迫られたわけじゃない。でも初めてで、流石に恥ずかしすぎたから手を握るしかできなかったのだ。
 ……曙がこの提督の癖を知ったのは全くの偶然だった。
 大規模作戦の前夜、緊張で眠れず、無性に提督の顔を見たくなって司令室に行って……叢雲が提督を癒している最中を目撃してしまって、自分が勘違いしてその場に乱入して、意味を知った。
 
叢雲『別に私は嫌じゃないわ。提督が提督でいられるなら私はなんだってするわよ。そりゃ少しは恥ずかしいけど……外野からとやかく言われる筋合いはないわね』

叢雲『そんなに言うんだったら曙、あなたも提督を癒す? 別に強要しているわけじゃないわ。他にも二人いるわけだし別にしたくないならしないでいいのよ。ただ、このことは他言無用よ。言った場合は、私が全力であなたを潰すわ』

 その時は断った。だが自分の部屋に帰って布団にくるまって寝ようとすると、その瞬間がまぶたの裏に映って脳裏から離れないのだ。
 だから今、私はこうしている。他でもない自分の意志で。
 あの映像を自分の姿に重ねるようになれるまではまだ時間がかかりそうだけれど。

曙「……もっと」

提督「ん?」

曙「……もっと、強くしてもいいわよ。疲れてるんでしょ? 精一杯抱きしめて疲れをとりなさいよ、この……クソ提督」

 いつかはあたしだって叢雲よりも提督を癒させられるように、私は精一杯腕に力を込めた。

「……帰投したわ。あら、大分すっきりした顔しているじゃない。……へえ? 曙が? ふぅーん」

「いいえ、私は別に何も言ってないわよ。今日の事はあの子が自分の意志でやったこと。え? 驚かないのか、ですって?」

「ぜーんぜん。そりゃあ見られた時は流石に驚いたけれど、私がむりやりアンタを襲っているように見える時点であの子も遅かれ早かれこうなってたわよ」

「で? 私がいない間も十分堪能していたみたいだけど、もう私はお払い箱かしら? ……ふふっ、そんなに焦って言わなくても分かってるわよ。冗談よ、冗談」

「あら、私が意地悪なのは昔からでしょう? ま、ちょっと長めの遠征でしばらくアンタに会えなかったからね。これくらいの八つ当たりは許してくれるかしら? ……ふふっ。照れると頬をかく癖いつまでも直らないわねぇ」

「まあほかにもあるんだけど……それを女の口から言わせるのは野暮よ、野暮。ほら舌を出しなさいな。そしたら教えてあげるわ、鈍感提督」

「ふふっ、今日はやけに積極的だって? ええ、今の私はちょーっと燃えちゃってるのよ。ほら、自分から言ったことだけど留守中にされるとやっぱり、ねえ?」






「妬けちゃうのよ、このウワキモノ……ふふっ。んっ……」





提督は優秀な男だった。
 長男坊であったし、父も祖父も軍人であったため教育はしっかりしたものであった。
 学校は首席で卒業し、空手や柔道、剣道などをはじめとした武道の成績も決して勉学に劣るものではなかった。

提督「…………」

満潮「……なによ、こっちを見て。手が止まってるわよ仕事をしなさい」

 それでもわからないことは、ある。
 例えば、女性との適切な接し方。今なお大多数の艦娘への対応が上手く掴めず生来の口数の少なさに拍車がかかっている。
 例えば、適切な肩の力の抜き方。軍人とはかくあるべきというイメージが先行しどこでどう手を抜くのかがわからない。
 そのため息抜きをするときは反動が来てしまう。
 そして……

提督「……満潮。前々から思っていたのだがな……」

満潮「なによ? 何かあるならはっきり言いなさいよ!」

提督「いや、なんというか、その髪型なんだがな。一体どうなっているんだ? ……あと、切れたから、すまんが、その……頼む。」

 そう提督がすまなそうに言うと満潮ははぁーっ、とため息を吐いた。

満潮「色々言いたいことは有るけど、まあいいわ……。言ってもどうせあまり意味がないでしょうし。ただ一つだけ言わせて頂戴」

提督「む……なんだ」

 満潮は提督の膝にぽすっと座り、背中を預けてこう言った。

満潮「司令官を癒すのは私が好きでしていることなの。だからすまないとか言わなくていいわ……わかった?」

提督「……ああ、承知した。ありがとうな、満潮」

満潮「はいはい……それで私の髪型だったわね、ほんと司令官は私の髪が好きねえ」

提督「ほぉ……、一度三つ編みにしてそれを巻くのか……」

満潮「慣れると結構簡単よ。見た目よりも手順は少ないしね」

 提督はまたほぉーと感心したように声を出す。その手には髪型を説明してくれるためにほどいてくれた満潮の髪がある。
 しっかり手入れをしているのだろう。枝毛もなくさらさらとした手触り。手を傾けるとまるで水のように流れていく。

提督「髪は女の命と言うが……やはり昔の人はいいことを言う」

満潮「特に潮風で痛みやすいからね。お手入れをサボったらすぐにごわごわになっちゃうわ」

提督「なるほどな……」

 満潮の頭をなでながらふと叢雲の髪のことを思い出す。
 そういえばアイツも自分の髪のことには真剣だった。まだ距離感が掴めなかった頃何とか話題を作ろうと髪のことを褒めたことがあった。
 見る目があるわね、とあの頃には珍しく俺を褒めてくれたのだ。そのあと触ろうとしたら烈火のごとく怒られたが。

提督(『まだ女の命に触らせるほどアンタを認めていないし、私はそんなに安い女でもない』だったな……)「っっ!」
 
 思い出に浸っているとギュっと太ももをつねられる。

提督「な、何をする満潮……」

満潮「……今自分で女の命だなんだと言っておきながら、よくもまあ他の女のことを考えられるわね……この節操なし」

提督「……なぜわかった。女の勘か?」

 つねられた太ももをさすり、空いた手で満潮の髪を梳きながら聞くと満潮はふん! とそっぽを向く。

満潮「そんなところよ! ほら、もっと真心を込めて撫でなさい、真心を!」

別に頭をなでられることが好きなわけじゃない。
 司令官以外の男に髪を触られると想像しただけで怖気がするし、最初のころは司令官にだって触られたくはなかった。
 いつからだろうか。司令官を他の奴とは違うと感じ出したのは。
 いつからだろうか。司令官が他の娘と話しているとイラっとするようになったのは。
 でも、これだけは覚えている。これだけは忘れられない。
 
満潮(……司令官って、あんな顔も、するのね)

 ある日司令官がとある艦娘と食堂で食事をしていた時だった。
 躓いてデザートのプリンを落としてしまった子にその艦娘が自分のプリンを差し出した。
 最初その娘は断っていたが、その艦娘が半ば押し付けるようにプリンを渡して、座っていた席、司令官の横に座って食事を再開した。
 すると司令官はその艦娘の頭を撫でて自分のプリンをあげていた。
 子ども扱いしないでよ、と怒るその艦娘に司令官は微笑んでいた。

 そう、微笑んでいたのだ。
 あの仏頂面で、何事にも厳格で凛々しくある提督が。

満潮(……べ、別に司令官が笑ったっていいじゃない。それに腹を立てるなんてお門違いだわ)
 
 でも、司令官は私に微笑んでくれたことはない。
 私の頭を撫でてくれたことはない。
 そのことが無性に、無性に、無性に無性に無性に無性に無性に無性に無性に無性に無性に……!

満潮「……ねえ、司令官。嫉妬深い女は嫌いかしら?」

提督「ん? ……いや、別に嫌じゃないぞ。それほど思ってくれるというのは男冥利に尽きるというものだ」

 そう言うと司令官はああ、と何か察したように呟いて私に笑いかける。

提督「なんだ、別に満潮は嫉妬深くなんかないぞ? こうやって私を気にかけてくれるいい娘だ」

満潮「……ふふっ。そう、それならいいわ。じゃあほら、もっと私の頭を撫でなさい」

提督「ああ、そのつもりだよ」
 
 だから私は提督を癒す。提督が私に微笑んでくれるように。

 





満潮「ねえ、司令官。最近よく笑うようになってきたんじゃない?」







今日の司令室はいつもより騒がしかった。
 響くのは怒声。
 提督が怒っているのではない。提督が怒られているのだ。

霞「だからここはこの編成で行く方がいいって言っているでしょうが!」

提督「いやしかしまだこの子は練度が低い。しっかり練度の高い子たちで固めて――」

霞「そんなこと言っていたら誰も育たなくなるわよ! 百の演習より一の実践!」

提督「ぬう」
 
 怒声の主は朝潮型駆逐艦十番艦である霞。叢雲に次ぐこの鎮守府の古参メンバーであり、作戦立案補佐の地位を持つ艦娘である。
 今回の作戦は次第に迫ってきた大規模作戦に向けた艦娘の練度向上の為のものだった。
 誰を育成するのか、どの艦種の層が薄いのか、まではスムーズに話し合いが進んだが、ここにきて二人の価値観が対立してしまったのだ。

提督「他の練度の高い子らと行くことによって学ぶことも多いだろう」

霞「練度の高い子が活躍しているのを後ろでぼけっとみてろって? そんな暇があるのなら複数の子を同時に育成した方が効率的よ!」

 安全に練度を上げていきたい慎重派の提督と、効率的に練度を上げていきたい効率派の霞。
 二人の言い分はどちらも正しく、故に話し合いは拮抗する。
 だがその拮抗こそがより良い作戦の立案につながると二人は知っていた。

霞「……ふぅ。じゃあこの育成計画書の通りに進めるわね」

提督「ああ、ありがとう霞。お疲れ様」

霞「はいはい」

 二人は尻を深くソファーに沈ませて大きく息を吐いた。
 時計を見れば既に零時を回っている。提督はぎゅーっと目頭を押さえ、甘い痺れに酔う。
 再び目を開けると、正面には同じくやや疲れた顔をした霞が手を後ろに伸ばし肩甲骨のコリをほぐしていた。

提督「……いつもいつもありがとうな、霞」

霞「これが仕事なの。感謝されるほどのことでもないわ。それに私たちがちゃんとしないと他の子にも迷惑がかかるもの」

 こともなげにいう霞に提督は心の中で舌を巻く。この小さい体で、彼女は確かにこの鎮守府を支えているのだ。
 感心している提督をよそに、霞はてきぱきと出していた道具を片付け……ぽす、と提督の横に座った。

霞「司令官」

提督「ん? なんだ霞」

 霞の方を見るとポンポンと太ももを叩いている。
 ああ、と提督は得心してからごろんと頭を乗せて横になった。

 霞の小さい手が髪を撫でる。目の前にあるのは白。霞の制服の生地の色で、部位はお腹。
 すーっと息を吸えば鼻から霞の香りが鼻腔を満たし、その先の脳髄をくすぐる。

霞「まったく……図体はデカい癖に甘えたなんだから……」
 
 そういう霞、だが呆れているような口ぶりでも声色は嬉しそうだ。
 こんな姿、他の子たちが見たら卒倒するかしらね、と思うとなんとなく優越感がある。
 ……自分のほかにもこの姿を知っているのが三人いるのが引っかかるが。

提督「…………今日も疲れたな」

霞「ええ、遅くまでご苦労様。言っとくけど寝ないでよ? 以前足がしびれて動けなくなったんだから」

提督「…………善処は……する……」

 くぐもった声は既に胡乱だ。しかたないわねぇ、と霞は呆れながら小さくおやすみ、と声をかける。
 その声が届いたかは定かでないが、数分後には提督は規則正しい呼吸をするだけになってしまった。

霞「……司令官? 寝たかしら……?」

 再度囁くような声。返事はない。
 すると霞は柔らかく微笑んで、こっそりとその頬へキスをした。

霞「今日もお疲れさま。ゆっくり休んで、明日に備えなさい」

 優しく、慈しむように囁き、薄く歌う鼻歌はシューベルト。
 霞は誰にも見せたことのない優しい表情で、提督の頭を撫で続けていた。

 その日、全ての艦娘が講堂へ集まっていた。
 いずれの艦娘の眼には轟々と燃え盛る闘志があり、今にも海へ駆け出しそうな勢いだ。
 その張りつめた空気の中、一人の大男が壇上へ上った。

 後ろにつくのは秘書艦、叢雲。
 白銀の髪をなびかせて、得意気にしているがその眼には戦艦にも負けないほどの炎が宿っている。

 提督はその大きな体に相応しい大声で、一言告げた。

 
 
 征け、何も恐れるな。




 作戦は一人残らず頭の中に叩き込まれている。我先にと、しかし統率のとれた動きで彼女たちは海へと駆け出して行った。
 目指すは勝利。
 あの暁の水平線に未来永劫残り続ける勝利を刻み付けるために。






「叢雲」

「ええ、よくやったわ。あなたは誇り高い司令官。何も恐れることは無いの」

「ああ、そうだな」

「ええ、そうよ」

「叢雲」

「なぁに?」

「手の震えが止まらんのだ」

「だったら私が止めてあげるわ。……手を出しなさい、司令官」

             



【  】



提督「艦娘……?」

 自らをそう名乗る少女に、提督は目を白黒させていた。
 曰く、公にはされていないれっきとした海軍の兵器。曰く、かつての軍艦の生き写し。

叢雲「そして私は吹雪型五番艦の叢雲様よ!」

提督「…………」

 とても信じられるものではなかった。
 自分は海軍の軍人としてこの地に赴いたのではないのか。
 私は軍から使えない物だとしてこのような目に合っているのではないのか。

叢雲「信じてないわね。……まあいいわ、丁度いいし叢雲様の華麗な戦いをその眼に刻みなさい!」

 その日の光景を私は一生忘れることは無いだろう。

 ――その日、初めて人が海の上を歩くのを見た。
 ――その日、初めてこの娘が海を守る最後の砦なのだと理解した。

叢雲「どう? この叢雲様の性能は!」

提督「……驚愕の一言だ。……先ほどの無礼な態度を許してくれ」

 ――その日、その白銀の髪の靡きに心を奪われ――
 その日、初めて恋をした。

艦娘を指揮して初めての大規模作戦。
 その日、提督は眠れなかった。
 体が震える。
 その大きな体を縮こまらせて、震えている。

叢雲「……司令官? まだ起きているの?」

 その声に提督は天敵に見つかった小動物のように体を跳ねさせた。
 迂闊だった。鍵を閉めていなかった。まさか日本男児がこのような姿を見られるとは。

提督「む、叢雲……」

 泣きそうだった。あまりにもみじめで、あまりにも怖くて。

叢雲「……何て顔してんのよ」

提督「……怖いんだ……」

叢雲「怖い? 司令官はそこにいるだけでしょう?」

提督「それが怖いんだ!!」

 感情が爆発した。

提督「今まで俺は自分が命を掛ければいいと思っていた! それなのに、俺はこんな安全な場所にいるだけで……戦うのは年端もいかないような女の子で!!」

提督「俺が命令を出せばみんな笑顔で出撃していく! 沈むのは海の向こう、俺の知らないところで戦い、傷つき、その間俺はこの部屋でただ祈ることしかできない!!」

 泣きながら、提督は叫んだ。
 今までは自分で戦うことを学んできた。
 自分が他の人を守るのだと思っていた。
 それなのに、いきなり自分は自分を慕う女の子たちを命を落とす危険な場所に向かわせなければならない。

提督「それは……本当は、俺が行くべき場所なのに……」

 ひざから崩れ、泣き崩れる。
 それは己のふがいなさ。その背にかかる責任の重さに耐えきれないというように。

 明日からの戦いはきっと激しいものになるだろう。
 もしかしたら昨日自分に笑ってくれた子が沈むのかもしれない。
 そう考えるだけで恐ろしい。

叢雲「……司令官、顔を上げなさい」

提督「…………叢雲…………」

  叢雲は、微笑んでいた。

叢雲「司令官って、意外と泣き虫なのね」

 初めて言われた。

叢雲「そして結構考えが甘っちょろくて、意外と小心者で」

 初めて言われることだらけの言葉に面食らってしまう。
 そして叢雲はゆっくりと提督の下へ近づき、そっと自らの胸へ抱き寄せた。

叢雲「そして、とても優しい人」

 初めて――言われた。

叢雲「私たちが出撃できるのは、あなたという大きな人がこの場所で待ってくれているから」

叢雲「あなたが待ってくれているから、私たちはどんな状況でも生きる希望を失わずに戦える」

 その言葉は驚くほど素直に、身体の底へと落ちていく。

叢雲「司令官はいつも私たちの帰りを港で待ってくれているわね」

提督「……ああ」

叢雲「あれ、みんな嬉しがっていたわ。口には出さないけど、あなたの顔を見れるとみんな安心するの」

叢雲「司令官はそこにいるだけで、私たちの心に寄り添ってくれているだけでいいの」

提督「し、しかし!」

叢雲「私たちは一人でなんて戦っていないわ。仲間と、そして心にいる司令官とも一緒に戦っているんだもの」

提督「……!」

 ――あぁ……そうか。
 私はずっと一人で頑張らなければならないと思っていた。
 自分一人で何とかしなければならないものだと思っていたのだ。
 それこそが、日本男児としての在り方だと思っていたのだ――。
 
提督「……私は、ここにいていいのだろうか」

叢雲「むしろいてくれなきゃ困るわ。……甘えん坊のくせに甘え方を知らないのね。生きづらくて大変じゃない?」

 そう叢雲は笑って、あ、となにかを閃いたようだった。

叢雲「ねえ司令官。これから毎日一回は私に甘えなさい」

提督「なに……?」

 叢雲はにんまりと笑う。

叢雲「司令官がそんな調子じゃ艦隊の士気に関わるわ。だから、こっそり私に甘えて、バランスを取るの」

提督「バランス……」

叢雲「そ。そのかわり、皆の前ではみんなを支える絶対に倒れない居場所になってもらうわ。それが、司令官の戦いよ」

提督「みんなの、居場所か……」

それが自分の戦いだと言うのなら、見守ることこそがもっとも大切なのだと言うのなら。

提督「わかった。私は必ずお前たちが帰ってくるのを待っている。例え日本全土が焦土と化そうとも、私はお前たちを信じて待ち続けよう」

叢雲「ええ、了解したわ」

 そう言って、どちらかともなく二人はその唇を寄せ合った。

霞「……あら」

満潮「……霞?」

霞「珍しいわね、満潮姉さんがこんな時間まで起きてるなんて」

満潮「まあ、なんとなく寝れなくて……霞も?」

霞「だいたいそんな感じ。ちょっと夜風に当たろうかなって……あら?」

満潮「どうしたの? ……あ、司令室、まだ明かりがついてる」

霞「ったくあのグズ、明日……というか今日は大事な作戦だってのに! 満潮姉さん、ちょっと一発言ってくるわ」

満潮「はいはい、夜遅いんだからあんまり大声出さないようにね。さっきも何か聞こえたし」

霞「わかってるわ。おやすみなさい満潮姉さん」

満潮「おやすみなさい、霞」







霞「ちょっとグズ! こんな時間までなに、やっ……て……」

提督「あ」

叢雲「……あら」

霞「あ、あああ、あああああアンタたち!? な、ななななにこんな時間に抱き合ってなんかいるのよ!?」


 その日、提督は同じ日に二度醜態を晒したのだった。

短いですが、これにて完結です。
感想などありましたら絶頂して喜びますのでどうかよろしくお願いいたします。


また前回の作品が自分でも想像していた以上の高評価でめちゃくちゃうれしかったです。本当にありがとうございました。
調子にのって完結報告ツイッターアカウント(@SSbonjin)とかも作っちゃったので、よければこちらもお願いします(欲張り)



叢雲は正義。霞も正義だし満潮と曙も正義。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年04月06日 (金) 11:16:23   ID: ufKl8WXG

すばらしい。

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