提督「鎮守府の悪夢」 (37)

※はじめての投稿
※地の文あり

あまり褒められた文じゃないけど、お目汚しご容赦ください

てーとくさん!」

煩雑に机に積み上げられた書類に目を通していると、部屋の外から元気の良い声が聞こえてきた。
この声は...。

「どうした、なにか用事か夕立。」

白露型駆逐艦の4番艦、夕立。
彼女の第三次ソロモン海における活躍は凄まじく、まさに鬼神のような戦いぶりだった...らしい。
眼の前に居る彼女は、白色にほんのりと淡い朱色が混じった髪をした可憐な少女だ。
ただ、その赤い色の瞳は獰猛的な何かを彷彿とさせる。

「夕立ね、とっても暇っぽい!」
「暇と言われてもな。見ての通り俺にはまだ仕事があるんだ」
「むー。提督さんはいつもそればーっかり。そんなにお仕事が大事っぽい!?」

そう言われてしまうと、中々に困るものがある。

「参ったな...。」

右手で無意識に顎を撫でると、ジョリジョリ、と朝に剃りのこした髭の不快な感触が指に伝わる。

「ちょっと待ってくれ」
「?」

執務机の引き出しを上から順に開けると、三段目の引き出しに間宮で使える食券を二枚見つけた。
最近は駆逐艦と話す機会がなくてずいぶんご無沙汰だったが、こういう時はとっておきのこれを使わせてもらおう。

「ほら。ここに間宮の食券がある。丁度2枚あるから。」
「ほんと!?それじゃ提督さんと一緒に...」

「時雨でも誘って甘いものを食べに行くといい」

天使の様な笑顔を見せた夕立は、ものの数秒で仏頂面へと変化してしまった。

「夕立は甘い物、好きじゃなかったか?」
「好きだけど...違うの!夕立、提督さんにかまってほしいっぽいー!」

これでは堂々巡りである。
手が離せないから間宮の食券で手を打ってもらおうと思ったのだが、どうやら彼女はお気に召さないらしい。
「頼むよ夕立。今は忙しいんだ」
「やだ!提督さんと遊びたいの!それも今!」
彼女は普段からも余り物の聞き分けが良い方ではなかったが、ここまでするのは珍しい。

無言で席を立つと、彼女は何を思ったのか大の字で執務室のカーペットの上に寝転がってしまった。

そばに寄って頬を突くと、時折、んふっ、と間抜けな声を出す。

「なぁ夕立。忙しい時期を抜けたら遊んでやるから。」
「それ前の作戦の時も聞いたっぽい。」
「...。」
「もういいっぽい。夕立、すとらいき?を起こして遊んでくれるまで提督さんに抗議するっぽい」

それはたまったものじゃない。
唯でさえ溜まりに溜まった業務があるのに、体を放り出した夕立がいたら集中できなくて支障が出る。

「いい加減にしないと俺だって怒るぞ。」

少々強引だが、夕立の腰を抱えて抱っこの要領で外に連れ出す事にする。

「それはお見通しっぽい!」
「あっ」

腰に手を回した所で、夕立はくるりと回転して見事な五体投地を創り上げた。
更に厄介なことに、両手で全力でカーペットを掴んでいる。

「はぁー」
「んふふふ、ソロモンの悪夢、見せてあげるっぽい」

いや、こんな所で発揮しなくていいから。

てこでも動かなくなった彼女を見て、思わず顔を挙げる。
柱にかけられた時計を見ると、ちょうど午後1時を回る頃合いだった。

人というのは不思議なもので、視覚で情報を得ると体の方もその情報に釣られてしまう。
風邪気味の時に体温計を見て、急に体が怠く感じるように。
昼を回った時計を見れば、腹が空いているように感じるのだ。

「夕立、飯、食べに行こうか」
「...ぽい?」

「とってもおいしかったぽい!」
「そうだな。久しぶりに食堂で食べたが、悪くない」

さて。

腹も満たされたことだし、仕事に戻るとしよう。

「それじゃ俺は執務に戻「提督!夕立と遊ぶっぽい!」」

残念ながら彼女は先程の事を忘れていなかった。

ここまで来たら提督が折れるしか無いだろう。
秘書艦の扶桑に、仕事を放置して夕立と遊んでいたなどバレたら、何を言われるか分かったものではないが。

いや扶桑なら許してくれるか。


「わかった。夕立は何がしたいんだ?」
「提督さん遊んでくれるの!?えーっと、えーっとね」

遊んでくれるとわかった途端、必死に何をしようか考える夕立を見て微笑ましくなる。

「焦らなくてもいいぞ。何でもしてやるから」
「なんでも?」
「俺が出来ることならな」
「本当!じゃあね、夕立...」

この後、提督は己の無責任な発言を悔いることになる。
この発言から悪夢のような一日が始まるなど、思いもよらなかったのだ。

「じゃあ夕立、バッファローゲームしたいっぽい!」

バッファローゲーム。

もしかしたらこのゲームを知らない諸兄がいるかもしれないのでここに記しておくとしよう。
男性側が頭に指で牛の角を作り、闘牛のように女性の胸めがけて突進するのだ。

そして突進された女性側は角が乳首にあたった場合には「バッファロー!」、惜しい時は「ニア・バッファロー!」と
申告する。

所謂お酒が入った時にやるお巫山戯だ。

「ばっ、え?バッファローゲーム?」

それを聞いた提督は思わず吃ってしまった。
よもや夕立からこのような遊び(意味深)が提案されるとは思っていなかった。

「そう、バッファローゲームっぽい!」
「マジか...。」

僅かに聞き間違えである可能性を願ったが、どうやら本当にバッファローゲームをご所望らしい。

「漣が教えてくれたっぽい!これで遊ぶと提督さんと仲良くなれるって」

なるほどこの入れ知恵は漣か。
いかにもあいつがやりそうな冗談ではあるが、これは洒落にならない。

もし憲兵に見つかったら、俺は明日からブタ箱で臭い飯を食う事請け合いだ。

「夕立、別の遊びじゃ駄目か?」
「バッファローゲームが良いっぽい!」
「いやその、...その遊びはなんというか」

恐らくこの様子だと夕立はバッファローゲームのルールすら知らない。
そんな純粋な彼女にこんな悪ふざけをするのは提督の良心が許さないだろう。
勿論、提督の両親だって許さないと思う。

「提督さんは、あたしのこと、きらいなの?」
「そんなことはないぞ!絶対に!」

震えた声に思わず視線を向けると、夕立が目尻に大粒の涙を溜めていた。
今にも頬に涙が伝ってきてしまいそうだ。

何を迷うことがあったのだろうか。

いつも死と隣合わせの艦娘に、つかの間の平和な時間に泣かせて何が提督か。

「わかった。夕立、俺とやろうか」
「ぽい...」

「バッファローゲーム」

簡単にこのゲームのルールを伝えると、彼女は一瞬戸惑ったが、提督さんと仲良く慣れるなら、と笑ってくれた。
何故だろう、彼女の望みを叶えようと奔走しているのにとても悪いことをしている気がする...。

「じゃあ、くるっぽい!」
「ああ...!」

夕立はギュッと目を閉じながらも両手を大きく平げ、提督が飛び込んでくるのを今かとばかりに待ち受けている。

(ええい、後は野となれ山となれよ!)

勢いに気をつけながらも、彼女に角を立てて突進する。
直後、なんとも形容しがたい柔らかさが提督の両指を包んだ。

「ンっ」

(qあwせdrftgyふじこlp)

何か悩ましい声が聞こえた気がするが、気にしたら負けである。

「夕立...?」

「んふふ、なんか、とってもくすぐったいっぽい」

恐る恐る顔をあげると、夕立は恥ずかしながらもはにかんでいた。
よかった、俺の選択は間違っていなかったのだ、と提督は安堵した。

「提督さん、どんどん来るっぽい!」
「おう!」

ところがゲームを初めて5回目ぐらいからだろうか、事の雲行きが怪しくなってきた。

「はっ、はっ、はぁっ」
「ゆ、夕立?大丈夫か?」
「も、もうちょっと上。上っぽい...。」

うわ言のようにつぶやくと彼女は提督の手を握り、自分の胸に押し当て始めた。

「提督さん、夕立、おかしくなっちゃったのかな?ここの奥がとっても熱いの...」
「夕立...」
「もっと、もっと夕立に頂戴?」

夕立の熱に浮かされた瞳を見ると、何処かの歯車が狂わされたかのように思考が乱れ始める。

気づくと提督は夕立の手を握り返し、顔を近づけて唇に------


「提督?何してるの?」

「!?」
執務室の扉の外からの声に驚くと、そこには時雨が立っていた。

「時雨」
「...夕立を探しに来たんだけど、もしかしてお邪魔だったかい?」

提督は時雨の声で我に返ると、紅潮した顔の夕立の手を握りしめる自分に気づく。
コレは非常にまずい絵面である。

「夕立、明石が工廠で君のことを探していたよ」
「えっ、そ、そうなの。夕立行かなきゃ...。」

名残惜しそうに提督の手を放すと、夕立は執務室を後にした。

「...ふぅ」

もう少しで危うく一線を踏み外しそうになったが、時雨のおかげでどうにか留まれた様だ。


「何一件落着みたいなため息をしているんだい?提督。」
「えっ」
「夕立にあんなことをするなんて...意外とスケベなんだね」
「」

どうやら一部始終を時雨に見られていたらしい。
冷静に考えたら、夕立にキスをしようとしていた所を見られた時点でアウトである。

「一応聞いておくが...何処から見ていた?」
「俺が出来ることなら...かな」
「大分前じゃないか!むしろそこから今まで観戦を決め込むなんて、俺よりスケベじゃないか!」
「いいのかい、提督。事の一部始終を見た僕にそんな口を聞いて」
「くっ」

気づけば時雨は胸元のカメラを指で弄っている。
そのカメラで何を撮ったのか、提督は恐ろしくて聞くことが出来ない。

「何が望みだ」
「そうだね。じゃあ僕ともゲームをしてもらおうか」
「ゲームだと?」


「そう。バッファローゲームをね」

まさか一日に二人もバッファローゲームを行うとは、思っても見なかった。
ただ、今回時雨と行うバッファローゲームは先程とは違い、牛役をジャンケンで決めるというものであった。

「じゃんけんで勝ったほうが牛役をする、相手にバッファローと言わせたら勝ち、でいいんだな?」
「そうだよ。もし提督が勝ったら一連の事は無かった事にしてあげるよ。でも、もし僕が勝ったら...」
「勝ったら...?」
「この事をどっかの誰かさんに言っちゃうかも...ね?」

十中八九、出歯亀好きな青葉のことだろう。
彼女にこの事が知れ渡ったら、鎮守府中の艦娘達から避難を浴びるハメになる。

額にひんやりとした感触を感じる。
作戦を指揮するときとはまた違う、嫌な汗のかき方である。

「じゃあ始めようか。せーの、最初はグー」
「ジャンケン」

「「ポン!」」

「...くっ」
「ふふっ、僕の勝ちだね。」

先手は時雨に決まった。
不敵な笑みを浮かべた時雨は両手を頭にくっつけ、突撃体制に入る。

ただ、このゲーム、時雨は大きなミスを犯している。
勝利条件は相手にバッファローと言わせる、とある。
つまり裏を返してしまえば、例え乳首にあたったとしてもバッファローと言わなければよいだけの話なのだ。
時雨には悪いが、この勝負、負けることはない。


「それじゃあ、えいっ」
「おふっ」
「あれ、おかしいな...。確かココらへんに第3と第4の乳首があるはず」
「第3と第4の乳首ってなんだよ。俺は牛か何かか」
「違うのかい?さっきの夕立との闘牛ぶりを見たら、提督にもあるんじゃないかと思えてね」
「...性格悪いぞ、時雨」
「ごめんよ、それじゃあ次、行こうか」

気を取り直して、次の戦へ向かう。

まだまだ勝負は始まったばかりなのだから。

「そーれっ」
「ッふ」
「また外しちゃったみたいだね。中々当たらないものだね、提督?」
「...」
「どうしたの?余裕、ないみたいだけど」

どうやら俺はとんでもない勘違いをしていたらしい。
今思えば、このゲームが提案された時点で勝負の雌雄は決していたのだ。

もうこのゲームを初めて数十分は経っただろうか、幾度となくジャンケンをし、提督は時雨の突進を受け止めていた。
もう一つ付け加えるとすれば、提督は一度も牛役に回った事がなかった。
牛役を決めるためのジャンケンに、一度も勝つことが出来なかったからだ。
なにかイカサマをしているのではないかと疑っても可笑しくないほど、時雨は提督にジャンケンで勝ち続けていた。

ジャンケン-

「ぽん」

まただ。
確立では一様なはずのジャンケンで、ありえない確立の負けを積み上げていく。

「ここかな?えい」
「うッ...」

先程からあまりに刺激を与えられたのか、胸の中心にひどく膿んだような痛みを感じる。
まるで自分の体からこの部分だけ乖離しているかのような、今までに味わったことのない感覚だ。
時雨の指が胸から離れると、思わず口から熱のこもった息が漏れる。

「提督の乳首、中々見つからないね?」
「次は当てるよ」

時雨は頭に両指を立てることをやめ、提督の乳首を探り当てるように直接胸にくるくると円を描きはじめた。

「どこかな~?」

時雨の動作が妙に長く感じる。
ふと時雨の顔を見ると、普段の彼女からは想像の出来ない、嗜虐に満ちた笑みに溢れていた。
不意に彼女の指が提督の乳首を掠める。

「わ、悪かった!」

もう限界であった。
これ以上彼女に責め立てられたら、頭がどうにかなってしまいそうだ。

「もう許してくれ、俺の負けだ」
「えー?でも提督、バッファローって言ってないよね?」
「本当は少し前から当たってたんだ。ズルをしてすまない」
「...そうなんだ。提督にはちょっと失望したよ。」

そう言いながら時雨は柱にかけられた時計を見る。

「提督、ヒトサンマルマルまでもう少しだけ時間があるみたいだ」

「...そこで僕からの提案なんだけど」

「次のじゃんけんで勝ったほうが、残りの時間ずっと牛役をやるってのはどうかな?」

「それは...」


それは無茶な話である。牛役になるためのジャンケンに逆立ちをしても勝つことが出来ないのだから。

「なんだか僕、とってもグーが出したい気分なんだ」
「それに提督、負けを認めたら今までのこと、皆にバレちゃうよ?」
「とっても困る、よね?」

「...わかった」

「そう来なくちゃ!じゃあいくよ。最初はグー、じゃーんけん」

ここから先の事は想像に難くないだろう。
うまい話には裏がある、という事は誰でも知っているのだ。

あの後、さんざん時雨に責め立てられ、提督はとても疲弊していた。
一方、一頻り提督を弄び満足した時雨はとてもにこやかな顔をしていた。

「とっても楽しかったから、青葉さんに言うのだけは辞めておいてあげるよ」

ただ、誰か一人にだけ話しちゃうかも、とだけ付け加えて、時雨は執務室を出ていった。
それはそれで恐ろしい事だが、青葉に伝わりズッパ抜かれる最悪のルートだけは防げたので良しとしよう。

遅れに遅れた業務に取り掛かり、少し経つと秘書艦の扶桑が帰ってきた。

「ッ...」
「提督?どうかなさいましたか?」
「いや、大丈夫だ扶桑。何でもないよ」

今でも時雨に触られた所に違和感を感じる。
暫くは細心の注意を払って労らなければ...。

「どうだった、演習の方は」
「ええ、今日の相手の旗艦は雪風ちゃんでした。お互いに意義のある戦闘演習になりましたよ」
「そうか。それは良かった」

「所で提督、さっき風の噂で聞いたんですけど...どうやらバッファローゲーム?というのが流行っているみたいで」
「えっ」
「宜しければ私としてくださらないかしら」

バッファローゲーム、という言葉を聞いただけで胸が物理的に疼く。
扶桑には申し訳ないが、ここはお断りをさせてもらおう。

提督は口を開きかけたが、ある事実に気づいてしまった。

時雨の運のステータスは、とても高い。
うちの時雨はまるゆとの近代化改修もしているので尚更である。
もしやジャンケンの結果も運に左右されているのではないか?
これならば先程のジャンケンの結果にも納得がいく。

一方扶桑の運のステータスは、かなり低い。

時雨にさんざんいじめられた身としては、夕立との甘い時間を差し引いても今日の収支は赤字だろう。
ならばここで少しでも美味しい目を見てもバチは当たらないのではないか。

「わかった。じゃんけんしようか」
「本当ですか!扶桑、嬉しいです。最初はグーで」

「ジャンケン」

「「ぽん!」」


翌日、提督の腹に扶桑の髪飾りで穴が空きかけた事を、青葉が鎮守府通信で伝えるのはまた別のお話である。

終了!
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