【ミリマス】P「ああ、お仕事するって楽しいなぁ」 (65)


P「仕事仕事仕事~、仕事~が~増えーると~」

P「笑顔笑顔笑顔~、笑顔~も~増えーるよ~」

P「――ああ、お仕事するって楽しいなぁ」

P「俺が仕事を頑張れば頑張る程、みんなの笑顔が見れるところが最高さ!」

P「それに、徹夜明けに飲む栄養ドリンクの一杯」

P「これがまた、濁った意識にキューっと染み渡って……たまらないんだ!」


社長「そうかい? だったらそんなキミに新しい仕事を頼もうかな」

P「これは社長! ……新しい仕事? 任せてください!」

P「俺、なんだってやっちゃいますからね! どんなことだってしますとも!」

P「さあハリー、ハリー、ハリー!」

――こうして俺は、高木社長から新たな仕事を任された。

詳しい内容は現地に行けば分かると言われ、
その日のうちに教えられた住所まで足を運んでみたならば。

P「……? これって、一体どういうことだ?」

そこにあったのはだだっ広い土地。
それから、見せ物小屋でも開けそうな古いテントがたった一張り。

……俺をここまで案内してくれた律子が胸を張って言う。

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律子「どうです? これが新たな私たちのドリーム」

律子「資金繰りに苦労はしましたけれど、こうやって何とか形にできました」

律子「それもこれも、順調にアイドル活動をこなしてくれてる春香たちと」

律子「連日連勤、みんなを支えるプロデューサー殿の頑張りのお陰です」


律子「ある意味、私たちのこれまでの活動の集大成。……正直、見てくれは良くは無いですけど」

律子「それでも感慨深い、グッと来るものがありません?」

P「……まぁ、確かに。この土地もテントもウチの所有だと言われると」

P「事業も成功してるんだな。なんて、他人事みたいな感想を抱いたり」


P「……だけど律子」

律子「はい」

P「これを見る限り765プロの次の夢は、社長が俺にやらせたいのは――」


P「まさか、サーカス団を率いるのか?」

律子「……はぁ?」

P「全国各地津々浦々、行脚の旅に出されるのか!? ……なるほどなるほど、さもありなん」

P「だいたい社長は、そういった子供受けする企画を立てるのが得意だもんな」

P「とうとう芸能事務所765プロも、アイドル分野以外に手を広げる決意を固めたか……!」


律子「いやいや、別にそんなワケじゃ」

P「実はな律子、俺、サーカス団には憧れがあって!」

律子「ないんですけど――って、あ、憧れですか?」

P「そうさ! ピエロに曲芸、猛獣つかい。特に空中ブランコは華だよ、華っ!」


P「当然、団長は俺だろう? だったら律子にも美人助手として、
一緒に舞台進行を手伝ってもらいたいなんて言っちゃったりなんかしたりして!」

律子「えぇっ!? わ、私が美人助手ですか?」

P「……あれ、助手じゃ不満かい?」

律子「こ、こういうのは不満だとかなんとかって話じゃなくてですね」

律子「そりゃ、もしも本当にサーカスを経営するってなった時、
プロデューサーにお願いされれば嫌だなんて言ったりしませんけど……」

律子「だけど急に、面と向かって美人助手だなんて。そんな、美人だなんて……あっははは♪」


律子「――って、違います! ちーがーいーまーすっ!!」

律子「危うく流されかけるトコでしたけど。プロデューサーのお仕事は、サーカス団を率いることなんかじゃありません!」


P「えっ、違うの?」

律子「当然です!」

律子「だいたい、ウチの事務所にそんな人材なんかいないでしょ」

P「……ピエロの春香、曲芸の亜美真美、猛獣つかいの響に空中ブランコスター真」

律子「……コホン! まぁ確かに、ビックリ人間候補がいなくは無い事務所ですけども」

律子「ここは一旦、気を取り直して――何を隠そうあのテントは、サーカス小屋じゃなくてシアター」

律子「その名も、我らが765プロダクション劇場(シアター)ですよ!」

P「シ、シアター……。俺たち、765プロダクションの」

律子「そうですとも!」

P「つまり、サーカスじゃなく映画館経営?」

律子「じゃないっ! 新しい私たちのホームです」

P「ホーム……。ああ分かった! ごめんごめん、難しく考え過ぎてたよ」

P「社長の考えた計画ってのは、ここをキャンプ場にしようって言うんだな!」


律子「……プロデューサー。ワザとボケてるんですかね?」

P「い、いや。そんなつもりは無いんだけど……。大真面目さ」

律子「じーっ……怪しい」

P「こんなことで嘘をついても得しないよ!」


P「で、話を戻すけども律子。シアターってのは文字通り、劇場と捉えていいのかな?」

律子「ん、まぁ……。そうですね」

律子「今までは社長や私、プロデューサー殿が他所から仕事を引っ張って来てたワケですけど」

P「それか、こっちから企画を売り込むか」

律子「ですね。だけどこれからは、お客さんを自ら呼び込む場所を作ろうと!」

律子「自分たちの需要を自分たちで生み出し、安定した供給を実現するためのとっかかり」

律子「それが、あそこに見えるテント――ではなく劇場だって言うワケです、プロデューサー♪」


P「……で、俺にその劇場とやらで何をしろって話なのかな?」

P「まずは早速、辺りの草むしりかい? 見れば、まだまだ手入れが行き届いてないように見えるもんな」

律子「あはははは……。確かに、それもお願いするお仕事の中に入ってはいると思いますけど」

律子「プロデューサーにはズバリ、劇場の経営全般を任そうかなって話になってるんです!」


P「んなっ!? げ、劇場の経営業務を俺一人に!!?」

律子「あっ、でもでも慌てなくても大丈夫。もちろん全部を丸投げするってワケじゃないですから」

P「そりゃ、そうしてくれないと俺も困る……」

P「正直、お金の計算なんかは律子の方が頼れるしな」

律子「ふふっ、お褒めに預かり光栄です♪」

律子「私や社長も手伝いますし、小鳥さんだっていますから」

律子「プロデューサーにはさしあたり、新人の発掘と育成を担当してもらおうかと」

律子「その間、春香たちの面倒は私が代わりに引き受けます」

P「プロデューサー、秋月律子の出番再び……だな!」

律子「たはは……それ、私的にはアイドルの方がサブのつもりなんですけどね」


P「とはいえ、俺がやるのはスカウトとプロデュース活動か」

P「なんだ、仕事内容は今までとそれほど変わらないな」

P「むしろ少なくなってないか? ははっ」

律子「…………ええ、まぁ、そうですね」

律子「確かに、業務の種類は少なくなります。……一応」

P(……? なんだか歯切れが悪いな)

律子「それでですね、これも社長から預かって来た仮の企画書なんですけど――」


そうして律子から渡されたファイルの表紙に書かれていたのは『39プロジェクト』という文字。

肝心の企画の詳細も……まぁ、地域密着型の次世代娯楽施設として、
歌あり劇あり冒険ありのアイドル活動を目指しましょうといった内容だったけれど。


P「765が関わる全ての人に、日頃の"ありがとう"を伝える企画」

P「Thank youと39の駄洒落ってところが社長らしいや」


P「……でも律子。ちょっとだけ確認したいんだけど」

律子「はい」

P「ここの一文、『採用人数39人(予定)の劇場組をデビューさせる』ってのは?」

律子「それは、読んで字のごとくの」

P「39人……?」

律子「ええ、そうです」

P「今の担当人数の三倍だよ?」

律子「あっ、と、それもまぁ……ソウデスネー」

P「どうしてソコで目を逸らすの」


律子「で、でもっ! 今より三倍の笑顔が見れますよ。ほら、プロデューサーはいつも言ってるじゃないですか」

律子「『笑顔の為にお仕事するのは楽しいな』って!」

P「律子ぉ! ありゃ、単なるちゃちな自己暗示だっ!!」

P「そうしないと修羅場で体が動かないから! 眠気で書類もできないから!」

律子「ああっ!? ご、ごめんなさい! 触れちゃいけないところに触れちゃって――」

P「全くだ! 危うく暗示が解けそうに……」


P「だけど『笑顔の為なら頑張れる』ってトコは本当だ」

P「その為にプロデューサーになったのだし、それを糧に今も頑張って仕事をしてるんだし」

律子「えっ、それじゃあプロデューサー……!」

P「ああ、安心して俺に任せてくれ。与えられた仕事はしっかりこなしてみせるとも」

P「ドコに出しても恥ずかしくない、新しい765プロのアイドル達をキッチリ劇場に揃えてな!」

律子「……私も、出来るだけフォローしますからね♪」


P「うん、頼むよ。こんな時、律子みたいに頼れる同僚がいて良かった」

律子「た、頼れる同僚ですか……!」

律子(ホント、こういう事を臆面もなく言う人よね)

律子(思わずこっちが照れちゃうわよ……)



P「よぉーし、やるぞーっ! 俺は今、猛烈にやる気になっているっ!!」

>>8 訂正
○P「律子ぉ~、あれは単なるちゃちな自己暗示だよっ!!」
×P「律子ぉ! ありゃ、単なるちゃちな自己暗示だっ!!」


小鳥「――そうして数日の時が過ぎた」

小鳥「ここはご存知765プロダクション。私は事務員音無小鳥……あ、ぶつぶつ」

P「……音無さん。独り言がこっちまで聞こえてます」

小鳥「ピヨっ!?」

P「それと、また仕事の手を止めたりしてたら、律子の奴に叱られますよ」


小鳥「あは、あははっ。これまたお恥ずかしところをお見せして――っと」

小鳥「そういえば、プロデューサーさんに渡さなくちゃいけない書類があるんだったわ」

P「俺に渡さなくちゃいけない書類?」


小鳥「はい。社長が言うには今手掛けている例の企画」

小鳥「『39プロジェクト』の今後を左右するかもしれない、重大な書類なんだとか……!」

P「そ、そんなにたいそうな書類なんですか……!」

小鳥「ええ……。それがこちらです!」


小鳥「ばばーんっ!」バッ

P「こ、これが!? 事務所の未来を左右する超・重要書類……!?」


P「――って、音無さん。これ、俺にはただの履歴書にしか見えないんですけど」

小鳥「……ふふっ♪ その通り、実は何の変哲も無い履歴書で合ってます」


小鳥「けど、超・重要書類ではありますよ?」

小鳥「ほら、プロデューサーさんがこの前の会議で提案した」

P「もしかして、スタッフ増員のアレですか?」

小鳥「もしかしなくてもそのアレです」

小鳥「募集をかけてから、応募の連絡が来るわ来るわ。もう、チェックするだけでも一苦労!」

P「ははっ、お手数かけてすみません。……でも、話の様子だと反響はあったみたいですね」


P「正直、今回はかなりの不安があったんです」

P「急に今より多くの人数を、俺一人で抱えなくちゃいけなくなるのかって……」

P「だけど常識的に考えれば、そんなの非現実的だってすぐ分かります」

小鳥「ええ、ええ、プロデューサーさんのその不安は、私にだって分かりますとも」

小鳥「だからこそこういった雑務を処理する時は、遠慮することなく事務の私を頼って下さい」

小鳥「……一人でなんでも、頑張り過ぎちゃダメですよ?」


そう言って、音無さんはニコリと優しく微笑んで見せた。
相手の気持ちを思いやる笑顔。ある種、慈愛の微笑みと言っていい。

こうして苦労や不安を共感してくれる人が職場に存在するってことが、
精神的に疲れた時、どれほどの救いになることか。

……それにしても、こんなに相手を気遣えて、
優しい人がどうしていまだに独り身なんだろう? 不思議だ。


P「そんな、音無さん! 俺は今でも、十分過ぎるほどに助けてもらってますってば」

小鳥「そうですか? ……でも本当に、無理は禁物ですからね」


小鳥(……だって、私が業界内で知る限りでは)

小鳥(プロデューサーさんって、既に十分に非現実的な仕事量をこなしているのよね)

小鳥(本人は平気そうな顔で毎日仕事してるけども)

小鳥(いつか過労で倒れちゃったりしないのかしら? ……お姉さん、少し心配よ!)


P「だからこそ、今回は万全の布陣で挑みますよ」

P「これから所属するアイドルが増えるってことは、その分スタッフの仕事も増えるんです」

P「最低でも彼女たちの面倒を見るプロデューサー……もしくはマネージャーを三、四人」

P「劇場専属の事務員だって、一人二人は欲しいトコです!」


小鳥「ふふっ。なんと言うか、"ようやく"、ですね」

P「えっ?」

小鳥「その、実は最近、事務所の事で私としても思うところがありまして」

小鳥「今じゃ春香ちゃんたちも売れっ子だし。ココだけの話、一人でお留守番をしてるとふいに考えちゃうことがあったんです」


小鳥「これがほんの一年ぐらい前だったら、私以外にも誰かしら一緒に残ってたのにな……なんて」


小鳥「私、彼女たちがお仕事で忙しくしている姿を見れるのが嬉しいなって思う反面」

小鳥「前みたいに、みんなが集まって事務所で過ごす時間は少なく……。寂しいって言うか」

小鳥「今の楽しくて、幸せそうな春香ちゃんたちの輝きを間近で見てれば見てるほど」

小鳥「事務所を開いたばかりの頃が懐かしくなって。時間の流れを感じちゃって」


P「音無さん……」

小鳥「ああ、でも、そんなに不安そうな顔をしないでください!」

小鳥「企業が成長するっていうのが、こういうことなんだって理解はしてるつもりですし」

小鳥「そういう距離を感じちゃうのも、会社の大きさに比べて人が少ないせいなんだなって」

小鳥「むしろ増やすのが遅すぎたくらいです。……本当はもっと前から、新しい人を迎えててもおかしくなかったのに」


P「でも俺は……そういう寂しさが分かるっていうのも、大切なことだって思いますよ」

P「会社は、言ってみれば生きた人間が住む家です」

P「家族が団欒を忘れちゃうと、リビングはすぐに埃まみれ」

P「会話もしない関係は……。例え血の繋がりがあったって、寒くて寂しいものですから」


P「……話してくれてありがとうございます」

P「もしかすると春香たちも、音無さんと同じ寂しさを感じてるかもしれません」

P「目の前の仕事に一生懸命になるのはいいですけど、
それでみんなの気持ちがバラバラになるようじゃ本末転倒ですからね」

P「特に、他人を元気づけるアイドルって仕事をしている場合には」


小鳥「……もう、そんなに真面目に返されると、なんだか恥ずかしくなっちゃいます」

P「そうですか? ……困ったなぁ」

小鳥「ふふっ。でも、そんな繋がりを大事にしてる765プロで働きたいって言う人が」

小鳥「こうして履歴書だって送ってくれて」

P「――おっと! そう言えばそうでしたね。俺も一通り目を通さなくっちゃ」

P「そろそろ俺も、仕事を分けれる後輩が欲しかったトコですし……って、ん?」


P「あれ? でも、この履歴書たち……。応募してるのが、ん? えっ? あれぇ?」

小鳥「……プロデューサーさん、どうかしましたか?」

P「いや、どうかしましたかって音無さん……。この渡された履歴書の束ですけど」

P「事務員希望が一割ほどで、残りの九割はみんなアイドル希望じゃないですか!」

P「俺、スタッフを増やしたいとは言いましたけど、今すぐオーディションを開こうなんて言ってません!!」


P「……というか、プロデューサー希望がゼロっていうのは?」

小鳥「ああそれは……。一応応募があるにはあったんですけども」

小鳥「先に面接を行った社長曰く、『みんな揃って辞退した』って」

P「へっ?」


小鳥「どうも社長ったら、プロデューサーさんの負担を減らしてあげようと」

小鳥「一人頭、十三人ずつ担当させるつもりだったみたいなんです」

小鳥「でもその条件を出した途端、みんな首を横に振ったって……」

P「そりゃ、そんな話を出されたら誰だって二の足を踏みますよっ!」

小鳥「だけどその予定を隠したまま採用すれば、後で『話が違う!』ってなるじゃないですか」

小鳥「ウチはブラック企業じゃないですから。詐欺みたいな取り方は致しません!」

P(そ、その心根は真っ当だろうけど……根本的に、何かが間違っとりゃあしやせんか?)


P「とはいえ社長。相変わらずなにをやってるんだあの人は……」

小鳥「そうですよねぇ。プロデューサーさんを同席させずに勝手に面接もしちゃいますし」

P「あっ、いえ、音無さん? 俺が言ってるのはそこじゃなくて」

小鳥「でも見損なっちゃあダメですよ! 社長は社長で、手助けしようと必死なんです」

小鳥「今日だって、忙しいプロデューサーさんの代わりに」

小鳥「アイドルをスカウトしてくると、張り切って街へ出かけて行きましたから♪」


その時、事務所の電話が高らかに鳴った。
応対する音無さんの反応を見るに、相手は件の高木社長。

初めは驚いていたものの、次第に彼女は苦笑いをその顔に浮かべると。


小鳥「……あのぉ、プロデューサーさん」

P「はい。どうやらトラブル発生ですね」


小鳥「ふぅ~、実はそうなんです……」

小鳥「社長ったら、スカウト中に警察から注意を受けたみたいで」

P「まぁ、そりゃ、そうなりますよ。中年でスーツの男性が、若い女の子に声をかける」

P「事情を知らない人が傍から見れば、犯罪の匂いがしますもんね」


小鳥「と、言うワケでして。私、これから社長を迎えに行ってきます」

小鳥「その間、悪いんですけどプロデューサーさんには留守番を……」

P「いいですよ。任せてください」

P「……後輩候補はいませんが、履歴書チェックもありますから」

小鳥「助かります! じゃ、なるべく早く戻りますから」

P「はい! 気をつけて行ってきてください」


手早く荷物を準備すると、音無さんは慌てた様子で事務所を出る。
ぽつねんと一人残された俺は、途端にシンと静かになった部屋の中で誰ともなしに呟いた。


P「……なるほど。確かにこれは、凄く寂しい」

【#01】

――ふるさとを遠く離れて就職する。そこに寂しさが無いといったら嘘になる。

青羽美咲が都会の街を歩くとき、彼女の胸には誤魔化しようのない緊張と高揚、そして未来への期待と不安があった。


美咲「うん、電車もちゃんと乗れたから。迷子にだってなってないよ」


携帯電話は便利なモノだ。例え何百キロと離れていても、
手のひらサイズの機械のお陰で人は誰かと繋がれる。

今だって美咲は、実家の姉に「心配なんていらないよ」と連絡を入れたところだった。

服飾系の短大に学び、二十歳、単身、乗り込む先は畑違いともいえる芸能事務所。

自身にとっての新天地となるかもしれない建物を見上げ、彼女は思わず嘆息する。


美咲「ふぁ~……。ここに765プロダクションがあるんだよね?」

美咲「窓におっきく、"765"ってテープが貼ってあるし。間違いないよね?」

美咲「でも……テープかぁ」

美咲「こっちじゃそういう物なのかな。ハイカラっていうか、ハイセンスっていうか」

美咲「それにこの会社……。想像してたより、なんていうか、その」

美咲「……小さい?」


だが、ここで間違いないのである。ここが、噂に聞いている765プロ。

美咲は心の不安を取り払い、同時に気合を入れるために自分で自分の頬を叩くと。


美咲「よぉしっ!」


ズンズンズン。階段を上る彼女の足取りは割に軽い。

その、ともすれば中学生と見間違われる童顔である美咲だが、
幼い顔に似合わず意外と肝は座っているのだ。

目的の階まで到着すると、彼女は時計を確認し、
早くもなく、遅くもなく、丁度よい時間通りだと事務所の扉をノックした。

……さて、これよりは物語の視点をプロデューサーのもとに戻そう。


P「――お客さんかな?」

音無さんが社長を迎えに出てしまい、一人、留守番をしていた俺。
事務所に誰かが訪ねて来たのは、履歴書の束を半分ほどやっつけた頃だ。

ノックの音で席を立つ。

服装を正し、髪を直し、眠そうな顔になってないかと自分で自分の頬を叩き。


P「はい」


扉を開ければ、立っていたのはいやに若く見える女の人だった。

もしも服装がスーツでなく、もっとカジュアルな感じの私服なら、
俺は彼女を中学生くらいの学生と見間違えていたかもしれない。


P「あー……っと、ウチに何か用ですかね?」

美咲「はっ、はい! 私、青羽――青羽美咲と申します」

美咲「……あの、こちらは765プロダクション?」

P「ええ」

美咲「私、この時間に高木社長と会う約束をしている者なのですが」

美咲「おられますでしょうか? 社長さん……」


こっちを見上げる不安げな瞳――俺は弱ったなと頭を掻いた。

社長が誰かと会うなんて、そんは話は聞いてないし、
こんな時に限って予定を管理している音無さんがいないのも困る。

大体、どうして彼女がいないかっていうと、その社長が約束を放り出して街へ出てるのが原因で。

つまるところ、俺が弱らされているのは全部社長に振り回された結果と言える。

全く、どうにもホントに困った人だ。


P「……すみません。実は今、社長はちょっと出ておりまして」

P「もうすぐ戻ると思いますが。……とりあえずは、どうぞ中へ」


仕方がないので、いつもしているように社長のお客を招き入れた。

これが顔見知りの雑誌記者さんだとか、
カメラマンさんだとかいうならこのまま世間話でもして一緒に待ってるところだけど。


P「お茶とコーヒーならどちらがいいです? 一応、紅茶もありはしますけど」

美咲「えっ!? い、いえ、そんな、お構いなく」

P「遠慮しなくてもいいですって。まだまだ外も暑いですし」

P「喉、渇いてるんじゃありません?」


訊けば、応接スペースに座ってもらった青羽さんは少しの間考えて。


美咲「なら、お茶でお願いします」

P「はい。氷は少ない方がいいですかね?」


折角だから、お茶請けのお菓子も合わせて出しておいた。

もう少しだけ待ってて欲しいと彼女に伝え、
俺は自分のデスクに戻ると履歴書の確認作業を再開する。


――そうして、それから十五分と経たないうちに社長は事務所に戻って来た。

一緒にいる音無さんにも「お帰りなさい」と声をかけ、俺は来客があることを二人に話す。


社長「ああ、そうだったそうだった! 確かに今日、彼女が来るという話を受けていたんだよ」

社長「いやぁ、それなのに私としたことがスッカリと予定を忘れて……。キミ、すまなかったねぇ」


うーむ、こうした悪びれない態度は社長の魅力の一つだろう。

偉い人からこうまであっさり謝られると、下にいる者としてはそれ以上何も言えなくなる。

とはいえ、こういうワザを成すには何より人柄が大切なんだよな。

俺も一度、アイドルたちに真似してやってみたことがあるけども……。
ううむ、結局は火に油を注ぐだけだったなぁ。


P「いえ、このぐらいのことなら何も何も……。それじゃ、俺は仕事に戻りますから」

社長「うむ! ……例の、事務所に送られて来た履歴書だね?」

P「ええ、そうですけど」


社長「ふふん、音無君から聞いているよ。随分と応募もあったそうじゃないか」

社長「そういった反響の大きさは、イコール、我が765プロの知名度の大きさでもある」

社長「当然、そこには世間からの期待だけではなく」

社長「未来のトップアイドル候補たちから向けられている関心だってあるハズだ!」


P「はい! 重々承知しています」

社長「うんうん、実にいい返事だ。……だからこそ、キミの判断には期待しているよ?」

社長「是非ともその素晴らしい慧眼をもってして、磨けば輝く原石を――」


だけどこの時、朗々と話し続ける社長の言葉を音無さんが遮った。
見れば、彼女は「じとーっ」としか表現できないような視線を俺たち二人に向けていて。


小鳥「あの~、社長? それにプロデューサーさんも」

社長「ん? どうしたんだい音無君?」

P「そうですよ。そんな怖い顔しちゃって」

小鳥「もう! お二人とも夢中になると周りが見えなくなるんですから」

小鳥「用事があるって来た彼女、さっきからずっと待ってますよ?」


そう音無さんが言った通り、姿勢も正しくソファで待っている青羽さんは、
耳だけをこちらに傾けて様子を窺っているようでもあった。

社長が再び、「そうだったそうだった」と繰り返しながら彼女の前に腰を下ろす。

……さてさて、俺も自分の仕事に戻らなくちゃ。

>>17 訂正

P「最低でも彼女たちの面倒を見るプロデューサー、もしくはマネージャーが必要になるでしょうし」
P「事務員だって、劇場専属の人が欲しいところです!」

×
P「最低でも彼女たちの面倒を見るプロデューサー……もしくはマネージャーを三、四人」
P「劇場専属の事務員だって、一人二人は欲しいトコです!」

【#01-2】

律子「――なるほど。今の説明で大体の流れは分かりましたけど」

律子「それで結局、彼女はどんな用事があってウチまで来たんです?」


言って、俺は律子から続きを話すよう促された。今の時刻は終業間近。
本日の業務もつつがなく終わり、しばし生まれた隙間時間。

……例の突然やって来たお客さんは既に事務所を後にしている。

そうして、仕事終わりのアイドルを引き連れて事務所に戻って来た律子は、
俺から「こんなことがあったんだよ」と聞かされた話に人並みの興味を持ったようだった。


P「それがね、どうも就職絡みの話みたい」

P「なんでも彼女の知り合いが、社長の古いお友達だそうで」

律子「あ~……やっぱりそのパターン」

P「今までだってなくはなかった話だけど、今回はいやに乗り気でさ」

P「『キミ! 私は直々に、彼女を劇場スタッフに推薦するよ!』……なーんて」

律子「……はぁ~。社長ったら何を言ってるんだか」

律子「一々こっちに断らなくても、人事に関する決定権なら自分が一番強いじゃないの」


律子が呆れたように肩をすくめる。
すると、彼女と一緒に話を聞いていた伊織も同意するように頷いて。


伊織「そうね。その場のノリで生きてる社長のいい加減さにも呆れるけど」

伊織「その青羽ってのも、自分の実力じゃなくてコネで765に入社しようだなんて」

伊織「私なら一個人として、絶対にプライドが許さない方法だわ!」


度し難いわねと言わんばかりに憤慨するが――そんな伊織も自分の実家、
天下の水瀬グループを有する水瀬家からの繋がりでウチに入ったクチじゃないか。


P「……おいおい、そういう事をよく言えるなぁ」

伊織「あら、私の場合は社長に誘われての入社なんだもの」

伊織「世界の至宝ともいえる存在の伊織ちゃんはね、いくら目立たないように生きていても、
こんな風にその時が来れば必ず世間に見出されちゃうんだから。にひひっ♪」


P「ほーお? 伊織が世界の至宝とは」

律子「また大きく出たわね」

P「全くだ。そうやって自慢気に言ってるけど、
ウチで最後までブレイクするのに手間取ったのは一体ドコの誰だったか。……なぁ律子?」

律子「そうそう、あの頃はオーディションに落ちる度に事務所の備品に当たり散らして」

伊織「だ、だから『時が来れば』って言ってるじゃない。いいのよ! 細かいことや過ぎた話は……」


伊織「大体ね、そんなこと言ったら私の活躍が遅くなったのも、アンタのやりようが悪かったからじゃないの」

P「んまっ! 今の聞きました秋月さん? この子ったら人のせいにしましたよ」

律子「でも実際、プロデューサーも結構ポカしてましたから」

律子「その件に関しましては、私は中立の立場ということで」

P「裏切り者!」

律子「元々肩を持った覚えもありませんって。……ところでプロデューサー」

P「ん?」

律子「劇場の方、準備は順調なんですか?
わざわざ聞いたりしませんけど、みんなそれとなく気にはなってるんです」

P「えっ? そうなのか?」

伊織「……そこでどうして私を見るかは知らないけど」

伊織「だって、アンタ頼りないじゃない」

伊織「全く社長もお気楽よね。こんな奴に社運を賭けたプロジェクトを任せちゃうんだから」


とはいえ、そういう伊織の顔は俺をからかうように笑っている。


P「……どうもご心配痛み入ります。その優しさに涙が出そうだよ」

伊織「ふん、だったらホントに泣いて見なさいっての」

P「はははっ、伊織がトップアイドルになった時にはな」


P「――だけど、準備の方は進めてるよ。近いうちに事務所ももっと賑やかになる」

律子「そうですよね。全部で39人も増えるんだし」

伊織「はぁっ!? ちょっと待って、そんなに沢山増えるワケ?」

P「うん、まぁ、予定だとね。……本当は時間をかけてスカウトもしたかったんだけど」

P「ご覧の通り、気の早い社長が一回目の募集をかけちゃったんだ」


伊織「……うげっ。その書類の束が全部そう?」

律子「ちょっとした参考書並みの厚さですね」

P「しかも明らかな冷やかし目的や、不備のある分を外した後でまだこんなに」

P「音無さんが愚痴ってたよ。初め、これの倍の倍はあったって」


俺はやれやれという風に首を振ると、予め分けておいた別の履歴書の束を手に取った。
すると早速「で、そっちは何よ?」と興味を示した伊織、そして律子にも見えるよう二人の前に書類を掲げる。


P「これかい? こっちの薄いのは事務員候補の履歴書たち」

P「それでも二桁の応募があってね……。これみんな、面接しなきゃいけないんだ」

伊織「面接って、事務員の分までアンタが? わざわざ?」

P「ああ」

伊織「ふーん……そっ。でもお仕事なんでしょ? 頑張んなさい」

伊織「アンタの裁量次第では、トンデモない無能がウチに来るようになっちゃうかもしれないんだから」

伊織「責任重大、分かってんの?」

律子「もう伊織ったら。プロデューサーだってそのぐらい、当然のように理解して――あれ?」

律子「でもプロデューサー。確か、さっきの話では青羽さんが……」


そこまで言って、律子は訝しむように首を傾げた。

早々に興味を失くした伊織とは違い、流石に彼女の方は俺の言いたいコトに気づいたようだ。


P「ふふふふっ、そうさぁ。こういう時のツケを払うのはいつも俺さぁ……!」

伊織「ツケを払う? ――ちょっと、馬鹿プロデューサー」

伊織「アンタって説明下手なんだから、もう少し人が理解できるように話しなさいよ!」

P「ああ、分かった分かった怒るなよ。キチンと説明はするから」

P「――だけどホント、これが今からでも随分と気が重くなるような話なんだ」


……そう、面接というヤツは受ける方も大変だろうけど、
面接を開く方だって事情が事情じゃ気が重くなって仕方がない。

そもそもの話、企業が求人をかけるということは、要するに人手が欲しいワケであり、
そこには採用人数という名の無慈悲なふるいが存在する。

……決して多くは無い枠だ。

しかもそのうちの一つがほぼほぼ内定済みとくれば、門はなおさら狭くなる。


P「えぇっ! あの青羽って人は一から衣装が作れるんですか!?」

社長「はっはっは、予想通り驚いてくれたようだねぇ」


……と、言った具合に社長から詳しい話を聞かされた時は、
つい人目も気にせず頭を抱えたくなったもんだ。

けれど、憂鬱な俺の気持ちになんてお構いなく、社長は意気揚々と話し続ける。


社長「彼女は現在、服飾系の学校で学んでいるそうなのだが」

社長「卒業後の進路として、ウチを熱烈に希望してくれていてね!」

P「でも社長。それだったらデザイナーだとかなんだとか、専門の職場を目指すものじゃ……」

社長「うむ。……しかし、彼女は大のアイドル好きでもあるらしく」

社長「特にステージでみなが身につける衣装。アレを手掛けることが夢なんだとか」

社長「そこで、彼女から相談を受けた私の古い友人が」

社長「我が765プロダクションについて教えてあげたと言うワケなのだよ」


P「はぁ……。それだけを聞くと社長も随分人が良いというかなんというか」

P「だから彼女を、劇場付きの事務員に?」

社長「まぁ、確かに安直な考えと言われても仕方がない部分は大いにあるがね」

社長「キミだって、我が社に採用された時は――」

P「……分かってますよ。『ピーンと来た!』なんて漠然とした理由」

P「俺も、人のことをとやかく言えません。……伊織には聞かせられないな」

社長「ん? 水瀬君がどうかしたのかね?」

P「あ、いいえ! こっちの話で」


社長「ふむ。――とにかくだ。彼女の持っているスキルは、いずれと言わず劇場の役に立つことだろう」

社長「それに、急な衣装トラブルにも対応できる専属事務員が居た方が、
キミもなにかと安心できるんじゃないかと私は思っているのだが……」

P「……確かに。舞台上ではいつ、何が起きるか誰にも分かりませんものね」

P「トラブルに対する解決策も、多ければ多いほどいいと思いますし」

社長「フフフ、そうだろうそうだろう? 私はね、キミなら彼女の重要性を理解してくれると思っていたよ!」

社長「そうだ! 彼女が入社したら、キミもスーツの一着仕立てて貰ってみればどうだね?」


P「それはどうにも夢のある話で。……ただ社長、非常に言いにくいことがあるんですが」

社長「……うん?」

P「彼女を採用する話。進めるなら、予定していた事務員の枠を埋めちゃうことになるんです」

P「それでですね。既にこれだけの応募と面接の予定があるんですけど」

社長「う、む」



P「当然、この方たちを面接する時には、社長もご一緒してくれますよね?」

P「ざっと履歴書を見た限りじゃ、恐らく、いいえ、きっと殆どの人をお断りすることなってしまうとは思いますけども」

P「だって、それもしょうがないですよね? 社長の一存で決定した、青羽さんが今回の基準になっちゃいましたから」


P「いませんよぉ? 彼女ほど即戦力的な強みを持ってる逸材は」

社長「う、ううむ。……しかしね、人を育てるのはキミの仕事でもあるだろう?」

P「社長っ! またそんなこと言われますけどね……」


でもそれは、アイドルに限定しての話じゃないか!

……全く、だからオーディションだって面接だって、俺はいつでも"こういう事"は気が進まないんだ。

【#01-3】

そうして、そんな話を社長としてから一週間が早くも過ぎ。

今の俺は劇場と名のつく例のテントの中にいて、なにをしているのかと言えば、
それこそ件の事務員面接に向けた下準備の作業に追われていた。

とはいえ、今は俺の他にももう一人、用意を手伝ってくれてる人がいる。

その人の名前は三浦あずさ。彼女は事務所のアイドルの中じゃ一番の古株で、
同時に最年長の女性でもあった。……それでも歳は21。まだまだ若い盛りの人だ。


あずさ「では今日も、面接にいらした方を私が受付すればいいんですか?」

P「ええ、いつもの手筈でお願いします。予定だと今日が最後の組ですから」

あずさ「了解しました、プロデューサーさん。
……ふふふっ、でもこうして準備をしていると、なんだかお祭りみたいでいいですね~」


言って、あずささんは本当に楽しそうに笑う。

話しているだけで相手を安心させるその口調。

のんびりほわほわ、どんな一大事でも「あらあらあら~」と笑って受け止めてしまいそうな彼女の人柄は、
時にあずささんを落ち着きのある堂々とした大人物に見せ、実年齢よりも随分大人っぽく感じさせたりする。


P(そんなあずささんだからこそ、こういった準備を面倒な作業とは思わないんだろうな)

あずさ「さて、次は――プロデューサーさん、出来上がった看板はどこに置きましょう」

P(……でも流石に、面接と祭りじゃ全然別物な気がするけど)

あずさ「……プロデューサーさん? 私の声、聞こえてますか~?」

P「えっ? あっ! そ、それなら外の目立つトコに――入り口の横にでも出しときましょう」

あずさ「はい、分かりました。……えぇっと、外に外に……あら?」


そう言ってあずささんは、テントの中に作られた急ごしらえの面接会場を見回した。

広さで言えば、学校の教室を丸々一つ放り込んだような屋内は天井までの高さもそれなり。

ココを会場として使う時には、要所に幕を垂らしてステージと控え室を作れるようにもなっている。


今は大量の整理されていないガラクタでスペースの殆どは埋まってるが、
一応音響・照明・客席とイベントを開くための最低限の設備はあり……。

まあ、だからといって充実しているとは言えないし、
実際に人が入れば窮屈感も否めない手狭な場所なのも誤魔化せない。


ただそれでも、明かりがあってなお薄暗いテント内に漂うアングラな雰囲気が、
「ここじゃ、何かが起こりそうだ」と予感させるだけの力と空気を持っていた。

……それは良い意味でも、悪い意味でも。

そして今回の場合はその力が、悪い方向へと作用してくれることを期待している俺がいる。


あずさ「プロデューサーさん」


だが、これ以上考え事をするのは後だ。……名前を呼ばれ、顔を上げる。
見ればテントの出入り口から外を覗いたあずささんが、丁度こちらに振り返ったところだった。


あずさ「たった今、本日の"お客様"が来られました」

P「よし……! それじゃああずささん、打ち合わせ通りに始めましょう」

P「――とはいえ、連日のようにすみませんね。
社長の代わりにこんな悪事の片棒を担がせるようなことをさせて」


あずさ「……ふふっ。大丈夫ですよプロデューサーさん」

あずさ「私だって大人なんです。……世の中には時々、
どうしても割り切らなくちゃいけないことがあるぐらい、分かってるつもりでいますから」

===

さて――これより一旦、物語の視点をプロデューサーから預かろう。
だが舞台は例のテントのままなので、その点は安心してもらって構わない。

「――本当に?」

ええ、もちろん。

「本当にこの場所で合ってるワケ?」

そうですとも――なによりの証拠はアナタが持っているそのメモに、
この場所の住所がしっかりと書かれているじゃあありませんか。

「もしそうなら、私が面接を受ける765プロって――」

そうして随分と年季の入ったテントを前にした女性――
馬場このみは受け入れがたい現実を直視したことによるショックで口をあんぐりと開けたのだ。


このみ(ちょっと冗談っ! ビルはどこ? 建物はどこよ!)

このみ(765って言えば最近流行りの会社でしょ?
……それがどうしてこんな広っぱの、怪しいテントしかない場所で面接なんてしたりするの)

このみ(百歩譲って、この胡散臭さ全開のテントが社屋だったと仮定しても)

このみ(私、採用されたらココに来るの? ……一夜明けたら
幻みたいに消え失せちゃったりしてそうな、住所不定職業不明みたいな会社の一員になっちゃうワケ?)


このみ(……求人の条件も良かったからすぐに飛びついちゃったけど)

このみ(もしかして、悪質な詐欺に引っかかりかけてるんじゃないかしら。
それとも単なる勘違いで、756を765と読み間違えてたとかなんだとか――)


などと、このみがつい訝しんだのも無理はない。

おまけに彼女がテントの傍までやって来ると、まるで計ったかのようなタイミングで中から一人の人間が現れた。


このみ(……むむっ、このいかにもな雰囲気を持った人!)


すれ違いざまにピーンと互いを意識する。

たった今テントから出て来たこの女性は、十中八九自分と同じ就職希望の面接者……。

だが、相手がこのみを見下ろす視線は「この人もこの会社を受けるのね」ではなく
「こんなところに来ちゃダメよ」と退散を促す視線である。


このみ(間違いない、あの人は伝えようとしていた。……例え採用しますと言われても、この会社は止めておくべきよと)

このみ(そりゃ、私だって見るからにヤバそうな会社はお断りしたいところだけど)

このみ(ここまで来ちゃったからには今さら後にも退けないし、自分の生活だってあるんだし)

このみ(そうよ! 会社の見てくれは最悪でも、案外と中身は至極まとも……ってことはままあるじゃない?)


そうしてこのみは発見する。テントの出入り口に置かれた看板に、
大きく『765プロダクション劇場』の文字があることを。


このみ(……やっぱり、ここが765プロ)

このみ(だったらこれ以上悩んでも仕方ないわ。えぇ~い、当たって砕けろ馬場このみ!)

このみ(イイ女ってのは度胸勝負。第一、人を見かけで判断するなんて
――まぁ、ここは会社だけど――私自身が一番嫌ってることじゃないの!)


かくしてこのみは深呼吸。

暗く、深く口を開いたテントの中へ、勇気を出して足を踏み入れたのであった。


だがこのテント、入り口をくぐればすぐさまひらけた空間がお出迎え――という風にはどうやらできていないらしい。

このみの前に現れたのは視界を遮る壁であり、
そのさらに手前には小さな受付カウンターのような物が置かれている。

と、いうより受付席である。笑顔の受付嬢もいる。

誰あらん、プロデューサーの手伝いをしている三浦あずさ嬢その人だ。


あずさ「うぇるかむ、とぅ、ざ、765プロシアターへようこそ~!」


美女による気の抜けるお出迎え。このみの理性がすかさず囁く。

このみ(あっ、ここはヤバいかも)

けれどもだ。ある意味では一つの疑念が取り除かれたと言ってもいい。


このみ(でもこの人知ってる! ドラマでよく見る三浦あずさ……本物だわ!)

このみ(じゃあやっぱり、表の看板に書かれてたとおりここはホントに765なのね)

あずさ「本日は面接を受けに御足労を――あら?」

あずさ「……あ、あらあらどうしましょう。困ったわ~」

このみ「えっ?」

あずさ「あのね、ここは大事なお仕事をする場所で。アナタみたいな女の子は――」


ところがである。今度はあずさが戸惑う番だった。

彼女は突如としてテントを訪れたこのみの傍まで近づくと"視線を合わせるために屈みこみ"。


あずさ「もしかして迷子なのかしら~? お母さんかお父さんも一緒?」

このみ「んなっ!?」


これに憤慨するのはこのみである。

彼女はたちどころに顔を真っ赤にし、たったの140センチ弱しかない
自分の背丈をピンと伸ばしてこう返した。「私は子供じゃありません!」――と。

ご指摘は本当に有難いです

>>53訂正

○たったの140センチ強しかない
×たったの140センチ弱しかない

【#01-4】

P「――あの~、失礼だとは思いますが」

P「履歴書の他に年齢の確認ができるような物は」

このみ「……免許証で構いませんか?」

P「えっ!?」

このみ「車の。持ち歩いてるんです」


そりゃあ車の免許を取っておきながら持ち歩かない人なんていないだろう。
あずさによって連れて来られた、どうみても小学生にしか見えない少女の言葉にプロデューサーはただ頷いた。

彼はこのみが免許証を取り出すと。


P「なるほど。確かに馬場このみさん24歳」

P「ウチの事務を志望ですね」


このみ「え゛?」

P「ん?」

このみ「ま、まぁ、はい。そうです」

このみ「事務志望。……というか、事務志望だったと言うべきか」ゴニョゴニョ

P「……どうかしましたか?」

このみ「いいえなにもっ!」

P「……ふむ、ふむ。なるほど」

このみ「あ、あはははは……」


P「あの、馬場さん」

このみ「はい」

P「いくつか質問させてください。今回の求人は事務員を探してる物だったワケですけど」

P「どうでしょう、場合によっては事務以外の仕事もできますかね?」

P「例えばそう……。小さな子供の相手とか」

このみ「……はぁ?」

P「子供の遊び相手です。保育園や幼稚園、場合によっては小学生低学年ぐらいまでの」


このみ「遊び相手……」

このみ(それのなにが事務と関係あるワケよ?)

このみ「勿論、仕事であるならこなします。こう見えて子供の世話は慣れてますから!」

このみ(でも訊かれると反射的に答えちゃう。ああ、私ったらすっかり心まで就活姿勢に染まっちゃって)


P「世話に慣れてる? まさかお子さんがいらっしゃるだとか――」

このみ「いませんっ! そ、そうじゃなくて……」

このみ「普段デパートなんかで買い物をしてると、迷子の子供に声をかけられることがよくあるんです」

このみ「それでそのまま一緒に親を探したり、迷子センターに連れて行ったり」

P「ははぁ、なるほど。……分かります、声をかけやすそうな気がしますもの」

このみ「っ!! 分かりますか!?」

P「へっ?」


このみ「そうなんです! きっと子供から見る私の姿は、頼れる大人に見えているんだと」

P(てっきり同じ年頃に見えるからだと思ったが……。言わぬが仏ってやつだろうな)


P「他には……そうですね」

P「ドラマや映画にご興味は?」

このみ(興味? 一応海外ドラマはよく見るけど)

このみ「あります」

P「運動なんかもなされますか?」

このみ「ジョギングなら少々……」

P「そんな時に音楽なんてよく聞きます?」

このみ「聞きます」

P「じゃあカラオケなんかも?」

このみ「好きです」

P「そんな時、周りから褒められたりもするんですかね?」

このみ「あります。ええ、割と上手だって言われますね」

P「ふむふむ……。あっ、そうだ! 乗り物に弱いなんてことは?」

このみ「無いです」

P「旅行なんかにもよく行かれる?」

このみ「ま、まぁ、はい。人並みには」


P「ふむふむふむ。なるほどなるほど……」

このみ(な、なんなのよ一体。さっきからヘンな質問ばっかりされるわね)

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