通い妻袋晶葉 (27)



それは遠い昔の記憶を呼び覚ます行為だった。

ゆさゆさと心地よい揺さぶりをかけられながら「起きて、起きてください」と繰り返される。

小学校のころ、母親に起こしてもらったことを思い出した。

一人暮らしの社会人の俺は懐かしい気持ちになりながら清々しい朝を迎えた。

ああ、こんな風に優しく起こされるのはいつぶりだろうか。……ロボにだが。


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トントントントン、顔を洗いリビングに行くと台所から一人暮らしにはなじみのない音が聞こえてくる。

それに伴っていい匂いも漂ってくる。一人暮らしをしていると凝った朝食なんて無縁だ。

それどころか朝食もとらないこともしばしば、ダメだとはわかっているんだけどな。

朝食を作ってくれる人がいるって幸せなんだな。……これはロボだけど。


ロボ、ロボ、ロボロボロボロボ。俺のそんなに広くない部屋の随所にロボが配置されている。

おまけで狭いったらありゃしない。最低限の動線は確保できているし家事はほとんどしなくていいから問題ないけど。

しかし、だな。今日こそガツンと言ってやる。俺の部屋はガラクタ置き場じゃないんだぞっと。

台所からロボが二人分の朝食を運んできた。もちろん何回も言ったように俺は一人暮らしだ。二人分食べるほど大食漢でもない。

いつもの時間ぴったしに朝食が完成した。それと同時に玄関のドアが開く音が聞こえた。

合鍵渡した覚えは残念ながらないはずなんだけどな。会社の寮だから誰かしら辺りが手配したのだろう。

まぶたの裏に黄緑色を思い浮かべながら俺はため息をついた。



「やあ、おはよう」

「おはよう」


特徴的なツインテール。見慣れた赤いアンダーリムの眼鏡。これから学校があるのだろう、制服を着て上に白衣を羽織っている。

俺の担当アイドルである池袋晶葉だ。元気いっぱいなのはいいことだ。


「一つ聞いていいかな?」

「どうしたんだ、かしこまって。私とPの仲じゃないか」

「その手にもっているものはなんだい?」


ふふん、そんな音が聞こえたような気がした。晶葉は見事なまでのドヤ顔を浮かべて俺の問いに答えた。

生意気かわいいなこいつめ。お前もスカイダイビングの企画組んでやろうか。

もはや伝説になっているライブ演出を思い出す。担当Pの話を聞く機会があったけど徹夜のテンションで作った企画書が通って焦ったと言っていた。

幸子ちゃんなら平気だろうとすぐに切り替えたらしいけど。担当アイドルへの謎の信頼がすごい。



「新しいロボだ!」

「おう、すごいな」

「そうだろ、そうだろう!」

「ちゃんと持って帰れよ」

「なにを言う、Pのために作ったんだぞ」

「俺の部屋はガラクタ置き場じゃない」

「ガラクタとは失礼な。せめて物置といってくれ」

「自覚あったのかよ」

「まあ、それはあとにして朝食を食べよう。冷めてしまうぞ」

「ああもう、ちゃんと手を洗えよ」


ここまでがいつものやりとりだ。俺の部屋がまた狭くなってしまう。

勝手知ったる様子で晶葉は準備をしてくる。

しっかりと二人向かい合って座ったことを確認する。


「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」



「それで今回はなにを作ったんだ」

「自動でミカンの皮をむいてくれるロボ」

「……微妙に遅くないか」

「構想が浮かんでから完成までにラグがあったな」


第一に俺の部屋にこたつは存在せず、みかんも常備しているわけではない。

つまりやはりこいつはガラクタなのだろう。


「そっか、じゃあ持って帰れよ」

「嫌だ!」

「もう置く場所が無いだろ」

「そこに大人一人寝転べるスペースがあるだろ」

「布団敷いて俺が寝るスペースだ」

「今回だけ、今回だけだから」

「それはもう10回は聞いた」

「失礼な、まだ8回しか使っていない」

「いいから持って帰れよ」

「Pの鬼、悪魔、ちひろさん」

「あとでチクるからな」

「ああ、それはダメだ」


俺も晶葉も基本怒られているためちひろさんを大変恐れているのだ。

俺が怒られる内容のうち大体が晶葉が関わってくる。俺が原因で怒られるのなんて2割あるかないかだ。ベツニオオクナイヨ。


「大体、俺は晶葉の作るロボは信用してないからな」

「なんと、Pは私の理解者じゃなかったのか?」

「お前の作るロボは7割暴走するじゃないか」

「3割は成功しているだろ」

「いいや、違うね。2割は爆発する。1割しか成功しないじゃないか」

「発明家に失敗はつきものだ」

「それのせいで俺がどれだけちっひに怒られたか」

「アイドルとプロデューサーは一心同体だろ」

「都合のいいように解釈するな」


そんなこんな、愉快な会話をしていたらいつの間にか二人とも食べ終わっていた。

皿をまとめ机の横に待機しているロボに載せるとそのまま流し台に向かった。

配膳と片付けも行える優れものだ。流し台では皿洗いロボが待機している。

たまにすごい使えるものを持ってくるのだがなにぶん触れ幅が大きすぎる。

苺のへたをとる専用のロボを持ってこられたときには理解に苦しんだ。使いどころが限定的過ぎないか?


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「それお前が言うのか?」

「私が作ったロボが作った朝食だ。実質私が作った」


俺は朝の準備を、晶葉はロボのメンテナンスをする。

ただただ朝食を俺の部屋に食いにきたのではないらしい。そんなに毎日メンテナンスって必要なものなのか。



俺の準備が出来次第二人で一緒に家を出る。

ちなみに晶葉の白衣は俺の鞄の中に入っている。前までは学校に着ていったけどアイドルになって常識を学んだみたいだ。俺は嬉しいぞ。

先に事務所に行って後で晶葉が事務所に来たときに回収する。そんなルーチンが俺らの間には出来ていた。


「また後でな、学校頑張れよ」

「Pも仕事をサボるなよ」

「当たり前だい」


そう言って別れる。あ、ロボ置いていかれた……。


____________

「プロデューサーさん、通い妻ですよ。通い妻」


事務所では見慣れた黄緑……じゃなかった、ちひろさんがくねくねしながらはしゃいでいる。歳を考えてほしいものだ。

しかし、間違えて口に出したら最後、俺の命は無いだろう。


「通い妻って……ただ、飯を食いに来てるだけですよ」

「毎日ですか?」

「ちょうど学校への通り道ですし」

「ちぇっ、つまんないですね」


子どものように唇を尖らせて拗ねている。晶葉がやればまだ可愛げのあるものの、ねえ。

俺の中でのちひろさんの扱いは某自称ウサギみたいな宇宙人と同じレベルだ。


「でもいいですよね、ロボが家事を全部やってくれるなんて。夢みたいですよ」

「いいことだけじゃないんですよ」

「なにか問題でも?」

「まず定期的なメンテと言って晶葉が頻繁に家に来ます」

「それはメリットじゃないですか」

「それに加えてガラクタを家に置いていきます」

「少し問題ですね」

「そしてこれが最大の問題。晶葉のロボって妙にファンシーというか、顔がついているじゃないですか」

「かわいいですよね」

「それがですね、真夜中にぱっと目が覚めたんです。そうしたら真っ暗な部屋、そこらじゅうから視線を感じるんです」

「……怖いですね」

「晶葉に直すように言っているのですがそこは譲れない一線みたいで」

「うーん、でもでも。便利じゃないですか」

「それじゃあ自動でミカンの皮をむいてくれる君あげますよ」

「それはいらないです」


きっぱりと、はっきりと拒絶された。取り付く島も無かった。

あれでも晶葉の自信作なんだぞ、見た目もかわいいし。俺は要らないけど。



「あ、そういえば」


なにかを思いついたようにちひろさんが話しかけてくる。会話ばかりしているがこれでも俺ら二人仕事中である。

大丈夫、ちゃんと終わらせれば誰にも文句言われない、多分。


「晶葉ちゃんの手作りの料理とか作ってもらわないんですか?」

「あー、ロボで事足りてるので基本ないですね」


瞬間、ちひろさんの顔がこわばった。


「通い妻してるのに一度も?」

「だから……ええ、一度も無いですよ」

「そんな、馬鹿な……」


「ちひろさんが期待しているようなことは一切無いですから。おっと……こんな時間か」

「どうしたんですか?」

「そろそろ晶葉が来る時間だなと」

「そんなのも把握しているんですか」


担当プロデューサーだし当然のことだろう。朝に大体の時間を聞いているし、真っ直ぐ学校から事務所に来るし。

そういえば晶葉は学校での交友関係とか大丈夫なのだろうか。面倒見は良さそうだから多少入るだろうけど変な虫がついても困る。

そんなことを思案しているとドアの開く音が聞こえた。


「あら、晶葉ちゃん。こんにちは……」

「こんにちは。どうした、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

「あまりにも正確だったもので……」

「ふむ、よくわからないが正確なのはいいことだ。ロボ作りにも通ずることだ」



やばい、ちひろさんの顔面白い。ジロジロ見ているとキッとこちらを睨んできた。

不味い流れなので話題を逸らすようにしよう。


「学校お疲れ様」

「ああ、疲れたよ。アレはどこにあるか」

「いつものところだよ」


そう言って晶葉は白衣を持ってくる。朝に預かったものだ。


「ありがとう。これが無いと落ち着かなくてね」

「ちょっとよくわかんないですね」

「Pだっていつも家に帰るとジャージに着替えるじゃないか」

「動きやすく暖かい。ちょっとの出る用事ならそのまま外にいける最高の室内着じゃないか」

「だったら白衣だっていいじゃないか」

「利便性のかけらも感じない」

「ポケットとか便利だろ」

「アピールポイントそこだけかよ」

「ぶっちゃけ見た目重視だ」

「だろうな」



ちひろさんが難しそうな顔をしてこちらをみている。

そんな顔しているとしわになっちゃいますよ。


「二人ってなんだか熟年夫婦みたいですねえ」

「何言っているんだこの人は」

「そうだぞ。私達は助手と博士の関係だ」

「アイドルとプロデューサーだ」

「だって息ぴったしですし」

「それが仕事ですし」

「Pとは所詮仕事だけの、うわべだけの関係だったのか……」

「それだけだったら毎日一緒に朝飯食ってねえよ」

「「へへへ」」



「それー!!!」

「なんですか急に叫ばないでください」

「どうしたんだ今日のちひろさんは」

「多分カルシウムでも足りてないんだろ」

「ちゃんとバランスよく食事とらないとだめだぞ。なんならちひろさんにもお料理ロボを作ろうか?」

「ぜひおねがいします。ってそうじゃなくて二人が仲がよすぎるのが問題なんです」


ちひろさんの顔がそろそろ限界を迎えてきている。血管がぴくぴくしているのはじめて見た。

まずいまずい、どうにか話を変えなければ。


「そ、そういえばそろそろレッスンじゃないか?」

「そ、そうだな」


晶葉も違和感を感じたらしくこちらの話にすぐさまあわせてくれる。流石相棒だ。

二人揃って怒られなれているものでちひろさんの顔から情報を読み取るなんておちゃのこさいさいだ。



「あれ?レッスンにはまだ時間ありませんか」

「「いってきます」」


俺達は逃げ出した。特に回り込まれはしなかった。


「それにしても、手作り料理か」

「どうした急に」


勢いよく飛び出した手前、今さら事務所に戻ることも出来ず晶葉とレッスンスタジオに向かう。

道は少し混んでいて、早めに出て正解だったのかもしれない。


「いやな、ちひろさんに言われてさ。そういえば晶葉の手作りの料理って食べたこと無かったなって」

「そんなことか、なら作ってやろう」

「え、まじで」

「そんなに驚くことでもなかろう」


こんなに快諾されるとは思っていなかった。

訝しげに見る俺に、晶葉は不機嫌そうに言ってきた。



「なんだ、嬉しくないのか」

「いや、嬉しい、です」

「そうかそうか、じゃあ今日にでも作ろうか」

「今日?!」


あまりに急な出来事に俺の頭がついていけない。

確かに俺は晶葉の手料理を食べたいと言ったし、晶葉はよく夕飯を食べにうちにくる。


「お料理ロボの設定は私のスマホから遠隔操作できることはPも知っているだろう。素晴らしい発明だろう」

「泉ちゃんにほとんどやってもらったやつだろ」

「うっ……」


この子はなんでドヤ顔をしていたのだろうか。




「ま、まあ、とにかくだ。今日だ。楽しみにしておくように」


一抹の不安を残したままレッスンスタジオについてしまった。

見事に時間通りの到着であった。



「なあ、本当に大丈夫なのか?」

「ええい、うるさい。黙ってテレビでも見ててくれ」


その夜、本当に晶葉は台所に立っていた。俺は邪魔者扱いされたのでおとなしく座って待っている。

ああ、大丈夫なのか。今更になって不安がどんどん大きくなってきた。

テレビをつけると知っているアイドル達が画面の中で笑っていた。

昔はテレビなんて遠く離れた出来事で知り合いが出るだけで一大事だったのにな。まさかこんなに近く感じられる日が来るなんてな。

今台所にいる晶葉も立派なアイドルで、俺にとってはこんなに身近なのに他の人には遠い存在なのだろうか。

そんなことを考えているといい匂いがしてきた。空腹の俺にはこたえる。



「おおい、晶葉さんや。そろそろかい」

「もう少しだ。待っててくれ」

「はやくしてくれ。お腹と背中がくっついちゃいそうだ」

「はいはい、そのときは私が改造手術ではがしてやるから安心してくれ」

「明らかに変な機能をつけられそうだから遠慮しとくよ」


そんな馬鹿な話をしているうちに料理が完成したみたいだ。

晶葉自ら配膳してくれたそれは見事な肉じゃがだった。


「おいしそうだな。いただきます」

「はい、召し上がれ」


さて、味のほうはどうだろうか。大丈夫、どんなものでも褒めてあげるつもりだ。


「……うまい」

「そうだろう。そうだろう」

「ごめん、正直侮ってた。実は料理できないんだトホホみたいな展開になると思ってた」

「失礼な。料理なんて科学の実験と大差ない。決められた手順で決められたものを決められたとおりにすればいいだけだ」


そういえばバレンタインのときとかも妙に凝ったものプレゼントしてくれたよな。

今日すぐ作ると言ったのも自信の表れだったか。


「それにしてもおいしいな。なんだろう、この懐かしくなる味は」

「ウサミンからレシピを教えてもらった」

「あっ……」


目の前にあった肉じゃがはいつのまにか俺の腹の中に消えていた。



「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「おいしかったよ、最高だった。ありがとう」

「そう言われると作り甲斐があるな」

「これからも食べたいぐらいだ」

「じゃあそうするか」

「え、まじで!いいの」

「ああ、レパートリーも増やしておくよ」


それは遠い昔の記憶を呼び覚ます行為だった。

ゆさゆさと心地よい揺さぶりをかけられながら「起きろ、朝だぞ。起きろ」と繰り返される。

小学校のころ、母親に起こしてもらったことを思い出した。

一人暮らしの社会人の俺は懐かしい気持ちになりながら清々しい朝を迎えた。

ああ、こんな風に人に優しく起こされるのはいつぶりだろうか。

トントントントン、顔を洗いリビングに行くと台所から一人暮らしにはなじみのない音が聞こえてくる。

それに伴っていい匂いも漂ってくる。一人暮らしをしていると凝った朝食なんて無縁だ。

それどころか朝食もとらないこともしばしば、ダメだとはわかっているんだけどな。

朝食を作ってくれる人がいるって幸せなんだな。なあ、晶葉、俺は幸せものだ。

以上で終わりです。

晶葉に毎日起こしてもらいたいです。

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