最後のセックス (2)

京急線の通る横浜の外れの駅から徒歩二分の安アパートで健二と夕子は二人の関係を終わらせようとしていた。

健二と夕子は境遇が似ていた。
幼い頃に両親は離婚し経済的に恵まれない中で出会ってから必然的に身を寄せ合って暮らしていた。

境遇が似ていたからか、二人の理想はとても近いものだった。いつまでも恋人同士でいたいという二人の理想は近づき過ぎたが故に打ち砕かれた。

家賃三万円のワンルームの中で二人の生活に殆ど秘密はない。その上三年も一緒に暮らしていたら会話を交わさずとも相手のことは大体わかってしまう。

まるでハリネズミのジレンマのように親密になればなるほど理想からは遠くなってしまうのだった。

もう成人した二人の大人なのにその少年少女が夢見るような関係を望むのはやはり境遇のせいだろうか。

健二は壁を背に、夕子はベランダの前で共に座り込んで相手を伺っている。
時刻は午後三時を回り、冬のこの季節じゃ二時を回ったら部屋の室温は急激に下がる。

二人とももう自分たちが望んだ関係が続かないのはとうに理解っているが関係を終わらすその一言が切り出せない。

きっかけが欲しいと夕子は思った。

「…セックスしよっか。…最後に」

最後にの部分は健二には聞こえないほど小さかった。

「…ああ、いいよ」

返事をした健二にだって応じたらこれで最後になることはわかっていた。
けれどもこの沈黙を解いてくれた彼女の想いを無下にできるほど健二は狡い男ではなかった。

座ったまま夕子はカーテンを閉める。
外の薄い青の空から漏れた光がカーテンを通して15㎡の部屋を黄色く暗くする。

健二は腰を上げずに夕子のそばにより唇を重ねる。口紅をしない夕子の素朴な唇は薄い色だ。こんなに近くで顔を見るのも最後になるのかと健二は切なくなった。

やがて舌が触れ合う。
今まで数え切れないほど二人でしたこの行為も今日は特別で重い意味を持つ。
余計なことを考えずに本能に忠実に、サガに従えば従うほど離れたくない衝動が二人の行為を加速させる。

別れることを意識したくないが故にはじめたこの行為なのに二人の体温はやはり温かくて離れる結果を想起させてしまう。

健二にもたれかかるようにして夕子の秘部を抱きながら人差し指と中指で掻く。
彼らの思考とは反対にやはり抱く力は強い。

夕子が雫を落とした。
フローリングの溝を眺めていたら彼女の泣きぼくろが濡れた。健二がそれに気づき、秘部に当てた左腕と交差する形で右手の親指で涙を拭うと彼もまた視界が透明に濁った。

刹那的な感情ではない、お互いを強くわかり合った行為だから二人の感情は共有する。

健二と向き合うようにして夕子が彼に跨る。
二人は一つになり、お互いの顔を見ないようにお互いの肩を強く抱く。

((初めてしたときはこんな溢れかえる感情はなかった。一つになれたことに戸惑いはなく相手のことが理解できた気がした))

冬の日は短い。
カーテンの黄色い暗さは力を失ってただ暗くなっていく。フローリングの上に落ちた汗と愛液と涙は冷たく熱を失う。

二人はスキンをつけなかった。
それは最後にお互いの熱を完璧に感じたかったというのもあるし、もしかしたらという淡い願いが健二にも夕子にもあったからだ。

期待されることに慣れていない二人は互いに期待した。

行為が終わった後、夕子は名残惜しそうな表情も仕草も浮かべることなくわずかな荷物をまとめた。健二は彼女に背を向けたまま消えかかった雫たちを触る。

もうすぐ日が落ちる。
夕子は玄関口で口を開いた。

「…じゃあね」

姿、仕草は名残惜しそうでも声に力はない。

「…ああ、じゃあな」

健二には期待に応えるほど期待されたことがない。またね、は言えなかった。

夕子も言えなかった。またね、は彼にも自分にも今は不都合な気がしたから。

夕子は表札から自分の名前を抜く。
彼女は表札に反射した自分の顔に嘘をついていたことを実感する。健二は壁に向かって自分の不器用さと向き合った。

彼らの冬は長い。
一縷の望みを二人は春まで待つ。

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