ユミル「実はベルトルトなんだ」 (211)


進撃の巨人、原作10巻まで読んで無い人はネタバレ注意。

しかし原作の世界とは絶対に違うであろう世界のお話です。

アニメ版のユミルが可愛すぎてやった。後悔はしていない。

完結させているのでサクサク貼っていきます。

地の文もかなり多めになっています。

よろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1371787969

自らの決定の主体であることを放棄し委譲する事。

自分の人生を他の何かに委ねようとしたことがあるだろうか。

多分無いと貴方は言うだろう。

一蹴しないでよく考えてみて欲しい。

言い方を変えよう。

どんな人間でも絶望のどん底へ突き落されれば、もう生きていたくないとか誰かに助けて欲しいと願うのではないか。

私たちにはそんなどん底を経験した時に自分で無いものに縋る道を選んでしまったのだ。

人間は自分の理解を超える物に対して拒絶反応を見せる

異物を嫌う

同化を求める

頭が生えていて手と足が二本ずつ。その先に指が五本生えている事を求める


理解出来ないものが怖い

俺には他人が理解出来ない

だから他人が怖い

面白くも無いものにニタニタと笑う彼らが気持ち悪い

悲しくないものを見て無く彼らが気持ち悪い


俺は世界で唯一正しい感情を持った人間だ

その正しさが証明出来ないものだとしても

朝 食堂

サシャ「今日も朝からパンが美味しいです!」

クリスタ「ふふっ、サシャ可愛い」

ユミル(今日もめんどくせー訓練か)

ユミル(サシャは相変わらず馬鹿でクリスタは天使で)

ユミル(嫌いじゃねぇさ勿論。嫌いじゃない。けど)

ユミル(刺激が足りねぇ)

クリスタ「ユミルどうしたの? 最近ボーっとしてること多くない?」

ユミル「んん? ああ、そう見えてるのか?」

クリスタ「うん。なにか悩みでもあるの? 相談乗るよ?」

ユミル「いや、大したことじゃない。クリスタは何も心配しなくて
クリスタ「もしかして誰か好きな人でも出来たの!?」

ユミル「……はぁ?」

サシャ「ふごっ! ユミル好きな人いるんですか!?」

ユミル「お前も調子に乗るな」

クリスタ「ね、ね! 誰なのユミル!」

ユミル(こいつ目を輝かせ過ぎだろ……可愛いけど……)

ユミル(ああ、ここんとこ何も無かったから二人とも退屈してたのか)

ユミル(私らにも感情があるんだから毎日同じ生活ってのは虚しいさな)

ユミル(兵士ってのは禁欲的すぎていけねぇ。訓練自体はそこまで苦痛じゃ無いが)

ユミル(年頃の男女が一つ屋根の下暮らしてるんだ。惚れた腫れたはあって当然ってもんなんだろうな。まぁ私にはよく理解できねーが)

ユミル「バレちまったら仕方ねぇ……そうなんだ。最近気になる人がいてさ」

ユミル(たまにはこいつらの玩具になってやるか)

クリスタ「ユミル。その話、詳しく聞かせてくれる?」

ユミル「いいぜいいぜ、私の天使様」

ユミル(しかし、どいつにしたもんか)

サシャ「これは朝食より気になりますね。誰なんですかユミル」

ユミル「てめぇは黙って飯食ってりゃいいんだよ」

自分のパンをサシャの口の中へ突っ込む。

サシャ「モゴモゴ」

ユミル(本当に参ったな。気になる男子なんて)

ライナー「立体機動の時は小さいほうが有利だと思わないか」

エレン「そうなのか?」

アルミン「確かに男子、特に体重の重い兵士の装置は壊れやすいと聞いたことがあるよ」

ジャン「ハッ、チビがうらやましいぜ」

エレン「ジャン、お前アルミンの事馬鹿にしてんのならぶっ殺すぞ」

ミカサ「……」

ジャン「どう考えてもてめぇに決まってるだろうがこのドサンピンが!!!!!」

アルミン「やめなよ二人とも……」

ユミル(駄目だ。嘘すらつきたくない。あんなガキども無理だ)

クリスタ「ねぇユミル、聞こえてる?」

ユミル(これ以上はクリスタに怪しまれるっ)

マルコ「それならベルトルトも立体機動の時に大変なんじゃない?」

ベルトルト「……人と比べたことがないからよく分からないな。でも確かに、切り返しの時にみんなが僕よりスムーズに方向転換出来ている気はするよ」

マルコ「体が大きくて不便なこともあるんだね」

ベルトルト「しょっちゅうさ。天井に頭をぶつけたり、いいことはあんまり無いよ」

マルコ「その発言は贅沢って奴だよ」

ベルトルト「ははは。そうだね。気をつけるよ」

ユミル(あっちは落ち着いた連中か)

ユミル(マルコの教育的な雰囲気、どうも私は苦手なんだよな)

ユミル(とするとベルトルト……ふむ。とりあえず文句はない。ただ単に私があいつのことを知らないだけだが)



ユミル(しかし前から引っかかってはいた。あの男、目立ってはいないが確実に訓練兵で上位十人に入る実力者だ)

ユミル(座学ではアルミンが、馬術ではクリスタが、格闘術ではミカサ……まぁあいつは論外だからエレンか。立体機動ではジャン)

ユミル(ライナーは馬鹿みたいな体力。マルコは観察眼、サシャは直感力、コニーはサシャには劣るが直感力もあるし立体機動では意味不明なくらい機敏だ。ミカサはほとんどの教練において二位の位置にいる。それもエレンのお守りをしながらなんだから末恐ろしい。とにかく上位のメンバーは何かしらの優れた点がある)

ユミル(だからこそ目立つし、訓練団の他の奴らにも広く認知されてる)

ユミル(だがベルトルト、お前は何だ)

ユミル(区分するなら、お前もミカサに似ている。バランスタイプだ。全てにおいて四位くらい)

ユミル(なのにその影の薄さは何だ? あんなバカでかい奴が目立たないわけないだろう)

ユミル(一部にゃ隠れた女子ファンも居るって話だが)

ユミル(……)

ユミル(少し興味がある)

ユミル(悪いなベルトルト。私の茶番に付き合ってもらうぞ)

ユミル「実はベルトルトなんだ」

クリスタ「へぇーーーーー!!!!」

サシャ「これは意外……いや面白い組み合わせですね」

クリスタ「ユミルはベルトルトのどこに恋しちゃったの??」

ユミル「おいクリスタ、声が大きい」

クリスタ「んっ! ごめんなさい!」

ユミル(可愛い)

ユミル「そうだなぁ、影のある感じにかな」

サシャ「確かに底知れないところはありますよね。訓練の時も全力出していませんし」

クリスタ「えぇー、そうかなぁ? いつもライナーの後ろに居るからあんまり喋ったことないし、イメージで悪いんだけど私なんか苦手なんだよね。あっでも顔は普通だと思うし〜〜〜〜〜」

ユミル(こいつ相当溜まってんな。適当に聞き流しとこ)

ユミル「サシャ、ベルトルトが全力出していないってどういう意味だ?」

サシャ「? 皆さん気づいてなかったんですか? ベルトルトはいつも余裕そうですよ」

ユミル「そりゃ本人と話して聞いたのか?」

サシャ「他の人が本気かどうかくらいは区別できますよ。雰囲気だけで」

ユミル「例の見れば分かる、って奴か」

クリスタ「うーんでもやっぱり身長が高いのはいいかなぁって……あっユミルとサシャ聞いてくれてないし!」

サシャ「えぇークリスタの愚痴は長いんですよ……」

クリスタ「もぅ! 愚痴じゃないよ! 批評だよ!」

ユミル(ますます興味湧いてきたよベルトルト)

ユミル「サシャ、これからもベルトルトの様子を観察しといてくれ」

クリスタ「おっ! やる気だねユミル。それでも私はいつでもユミルの味方だよ!」

サシャ「えぇー。これでも私、忙しいんですよ」

ユミル「面白い情報くれたらしばらくパンはお前にくれてやる」

サシャ「任しといてください!」

格闘術の訓練

ユミル「よう」

ライナー「ああ、ユミルか。クリスタはどうした」

ユミル「随分な御挨拶だな。サシャと訓練してるよ」

ベルトルト「……」

ユミル「そっちのデカいの借りてもいいか?」

ライナー「どう見ても俺と訓練中だろう」

ユミル「ふむ。こういう質問をライナーにするのは的外れだな。ベルトルト、私の訓練に付き合ってくれないか?」

ベルトルト「……ライナーと訓練中だから」

ライナー「というわけだ。お引き取り願おう」

ユミル(しょうがない。ジョーカーを切るか)

ユミル「ライナー。馬術の時間、場合によっては私の位置を譲ってやってもいい」

ライナー「なっ」

ライナー(私の位置……つまりはクリスタの隣!!!!!!)

ライナー「少し肘を痛めた。医務室へ行ってくる」

ユミル「ありがとさん。ごゆっくり」

ベルトルト「……」

ユミル「さぁやろうか。じゃあならず者は私でいいか? 無性に人を襲いたい気分なんだ」

ベルトルト「ああ」

ユミル「物わかりが良くて助かる。……そらぁ!」

驚かす予定で大きく踏み出し突いたナイフは空を切る。ベルトルトはその体躯に似合わず意外と俊敏なようだ。二発目、三発目と繰り出すがまるで当たらない。

ユミル(流石は訓練兵団上位様、ってか)

ベルトルト「……」

ユミル(だがな)

ユミル(私だって本気出しちゃいないんだよ)

ユミル「そこっ!」ヒュン

ベルトルト「!」

本気を出したのは何か月ぶりだろう。四発目は仮に真剣であれば彼の心臓に突き立てられていた。流石の彼も少し驚いたようだ。

ユミル「ならずものの勝ち、っと。で、ご褒美にいい加減なんか喋ってくれないか?」

ベルトルト「……ユミルは強いんだね」

ユミル「あんたの本気程じゃないさ」

ベルトルト「……」

立体機動の訓練 装置の組み立て

ユミル「畜生あの野郎。後は何にもしゃべりやがらねぇ」カチャカチャ

クリスタ「どうだったユミル?」カチャカチャ

ユミル「ああ、ぼちぼちだよ。相変わらず向こうはだんまりさ」カチャカチャ

サシャ「お腹すきました」

ユミル(ベルトルトをサシャみたいな立場に出来れば面白いな)

ユミル(大体あの年頃の男子ってのは苦手なんだよな)

ユミル(基本的に馬鹿だし、なんか同じ空気を吸ってるだけで妊娠しそうというか)

クリスタ「やっぱりベルトルトって主体性無いんだねー」カチャカチャ

ユミル(その点クリスタはいい)

ユミル(可愛いし、可愛い)

サシャ「主体性が無い事は悪い事なんでしょうか?」

ユミル「珍しく噛みつくじゃねぇか」

クリスタ「サシャはそう思う? 私はやっぱり男の人にはリードして欲しいかな」

サシャ「クリスタの言いたいことも分かりますよ。まぁ与太話くらいに聞いてください」

サシャ「私たちって兵士じゃないですか。理想の兵士というのは王に、人類に対して滅私奉公の精神をもって挑む人です。確かに個性というのは個人の自由という視点からだと必要な物ですが、職業としての兵士に、究極的に突き詰めてしまえば主体性は必要ないのではないかなぁと。ある意味ベルトルトは理想の兵隊ではないですか?」

クリスタ「で、でも咄嗟の判断の時主体性が無ければ対処できないよ?」

サシャ「そうですね。主体性が無い人は指揮官には向いていないかもしれませんね。でも一兵卒に上等な判断なんて必要ないですよ」

ユミル(兵士、か)

サシャ「私が村に居た頃は純粋に『生きる』事しか考えていなくて。実は今も集団で生きるための協調性だったり、人間としての尊厳だったり、個性だったり、正直なところよく分からないのです」

ユミル(ライナーが指揮官で、ベルトルトが一兵卒)

クリスタ「そんなこと無いよ。サシャは優しいし可愛いよ! 個性もある!」

サシャ「でへへ。ありがとうございますクリスタ。まぁ私は、だからこそベルトルトの主体性の無さっていうのは兵隊としての能力の一つなんじゃないかなぁと」

ユミル(どういう生活すればこの歳でそんな能力身に着けられんだよ)

ユミル「飯の事以外を語るサシャとは珍しい」

クリスタ「こらユミル。言い過ぎだよ」

ユミル「そうかぁ? 事実だと思うが」

サシャ「ところでクリスタ、私の個性って何なのでしょう??」

クリスタ「それは勿論…………食べる事?」

座学の時間

アルミン「アルミン・アルレルトです!」

教官「うむ。さすがはアルレルト君。適切な考察だ」

コニー「すげぇぜアルミン。座学一位は伊達じゃねぇ」

教官「では次はこの状況はどうする。ベルトルト君」

ベルトルト「……その二体の巨人が通常種であり、僕が小隊長であるのなら早い段階で片方の巨人に対処し、四対一の状況に持っていきます」

教官「ふむ、正解だ。巨人には奴らより多くの頭数をもって当たる事が必定とされている。仮に班を分け一体の巨人に二人という状況は好ましくない。他に注意しなければならないことは?」

ベルトルト「ガスの残量と刃の数です」

教官「よろしい。これは基礎の基礎だが実戦で混乱していれば見過ごしやすいところだ」

ユミル(アルミンのせいで目立たねーが座学もそこそこのはずなんだよなー)

クリスタ(ユミルはまたベルトルト見てる……)

サシャ(本当に好きだったんですね。疑ってごめんなさいユミル)

夜 自由時間

ユミル(ちょっくら散歩でもするか)

ユミル(おっベルトルトだ。あいつも一人なのか)

ユミル「おいベルト……」

見慣れない女訓練兵「私、前からフーバーさんの事気になってて!」

ベルトルト「……」

女訓練兵「好きです! 付き合ってください!!」

ユミル(うわー。告白ですか告白ですよーーーー)

ユミル(マジでやってるやつ居るんだこんなこと)

ベルトルト「……ごめん。今はそういう事考えてる余裕無いんだ」

女訓練兵「うぅっ……ごめんなさい……」タタタッ

ユミル(おーおー、走って逃げちまった)

ユミル(だからライナーは居なかったのか)

ベルトルト「ユミル、そこ居るんだろ。出てきなよ」

ユミル「なんだバレてたか。モテるんだなお前」

ベルトルト「嬉しいんだけどね。今は余裕が無いから」

ユミル「その割には嬉しそうじゃないけどな」

ベルトルト「……」

ベルトルト「君は最近よく僕の方見てるけど何か用なのかい?」

ユミル「! ……まあちょっと気になる事があってな」

ベルトルト「それは本人には言えない事?」

ユミル(思いっきり疑われてるな)

ユミル「はぁ、私も回りくどい事は好きじゃないから短刀直入に聞こう」

ユミル「お前、何か隠してるだろ」

ベルトルト「……」

ユミル「お前何かおかしいんだよな。成績も悪くない、身長も高い、顔もそこそこだ。そんな奴が目立たないって常識的に考えておかしいんだよ」

ベルトルト「……僕には主体性が無いから」

ユミル「その台詞他の誰かさんも言ってたな。私の見解は違う。お前は意識的に影に徹しようとしている」

ベルトルト「それは気のせいだよ」

ユミル「そうか。そういう事にしたいんだな」

ベルトルト「何故決めつける」

ユミル「滲み出るもんなんだよ。本性ってのはさ」

ベルトルト「……」

ユミル「私は見たいんだよ。本当のお前がどんな人間なのか」

ベルトルト「これからは用も無いのに話しかけるのはやめにしないか。お互いの為に」

ユミル(当たった)

ユミル「ま、そう言うなよ」

ユミル「明日の朝飯一緒に食わねぇか?」

ベルトルト「……」

ユミル「……」

夜 女子寮

ユミル「たっだいまークリスター」

クリスタ「どうしたのユミルご機嫌で」

ユミル「実はさっきベルトルトに会って、明日の朝食一緒に食わないかって誘ったんだ」

クリスタ「おおっ! ベルトルトと会ったんだ!」

ユミル「そしたら野郎」

ユミル「私の誘いを無視しやがった!!!!」

サシャ「ブッーーー!」

クリスタ「えーと。ごめん。最近訓練で疲れてるみたいで」

ユミル「ん? だから無視だよ無視。全く眼中にないって感じで」

クリスタ(ユミル……訓練でおかしくなっちゃったんだ)

サシャ(なるほどそういうことですか)

ユミル「何かこう、逆に燃えてきちまってな」

サシャ「分かりますよユミル。狩人は獲物が大きい程、難しければ難しい程その喜びを大きくするのですから」

ユミル「成程、これが狩人の血が騒ぐってやつか」

クリスタ(それって恋じゃないような……)

クリスタ「きょ今日は早く寝て明日また話そう! ね?」

ユミル「ん、ああいいけどよ」

クリスタ「おやすみなさい」

ユミル「おやすみクリスタ」

サシャ「おやすみなさいです」

ユミル「おう奴隷一号、また明日だ」

夢を見た

曖昧な意識

視界は歪み声だけが聞こえる

愛している

好きだよ

君を愛しているんだ

あなたが好きなの!

愛してる

好き

愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

朝 食堂

ユミル「久し振りに快眠出来た気がするな」

クリスタ「そ、そうなんだ」

クリスタ(どうユミルに切り出すべきだろうか)

サシャ「おや、あれはベルトルトじゃないですか?」

クリスタ(ブッーーーー)

ユミル「ほんとだ。おーいベルトルト」

ベルトルト「……えっ?」

ライナー「ユミルの奴何を叫んでるんだ?」

マルコ「えーと、多分ベルトルトを呼んでるんじゃないかな?」

ライナー「そうなのか?」

ベルトルト「い、いや人違いじゃないかな」

ユミル「ベルトルト。私が呼んでるのに反応しないなんて酷いぜ?」

ライナー「おいベルトルト。これは一体どういうことだ」

ベルトルト「……僕にも少し何が何だか」

クリスタ「き、昨日の夜ユミルがベルトルトと約束したって言ってたよ?」

サシャ「そうです! 今日からベルトルトは私たちの席でご飯を食べるのです!」

サシャ(そしてパンを私に献上するのです!)

ユミル「って事だからライナー、マルコ。ベルトルト借りてくぜ」

クリスタ「そういう事なのー」

クリスタ(多少歪んではいてもユミルが幸せになれるのなら……!)

ライナー「……まぁクリスタがそう言うなら」

マルコ「!?」

ベルトルト「えっ!?」

ユミル「ありがとさんー」

サシャ「さぁベルトルさん。貴方の席はそちらですよ」

クリスタ「よろしくねベルトルト……」

ベルトルト「う、うん……?」

ユミル「さぁ飯だ飯だ!」

クリスタ「ねぇベルトルト、普段男子って集まって何話してるの?」

ベルトルト(主には君の事だよクリスタ)

ベルトルト「そうだね、教練の話とか……女の子の話とか」

サシャ「あ、こんなところにパンが!」パッモグモグ

ベルトルト(それは僕の……食べられた)

クリスタ「え、じゃあ遠慮なく! ベルトルトは誰が好きなの? やっぱり」
ユミル「あー喉が渇いたなー」

ベルトルト「?」

ユミル「私は喉が渇いたなーーーーー」

ベルトルト「????」

サシャ「ベルトルト君! これはユミル様が水を持って来いと言っているんだよ!」スッ

ベルトルト(だからそれ僕のスープ……)

ベルトルト「じゃあ貰ってくるね」

ユミル「……クリスタ、あまりそういう話はするな」

クリスタ「え? 何で?」

ユミル「……あいつは極度の恥ずかしがり屋だからだ」

クリスタ「あっ、なるほど!」

サシャ(何がなるほどなんだろう)

ユミル(天使が天使で本当に良かった)

サシャ「はぐっはぐっほぐっ」

ユミル「サシャ、ベルトルトとお前は同格の奴隷だ。仲間に色々教えてやってくれ」

サシャ(チッ、格下じゃないのか)

サシャ「はっ! 心臓に誓って!」

ベルトルト「ただいま。……サシャは何故敬礼をしているのかな?」

サシャ「ベルトルトにもその内教えますよ。右胸にある心臓の捧げ方ってやつを」

昼 格闘術の訓練

クリスタ「ベルトルトが入ってくれたら格闘術もバリエーションが増えるね!」

ユミル「ああ、お手柄だぞベルトルト。ご褒美にこの私が稽古をつけてやる」

ベルトルト「あ、ありがとうございます?」

ベルトルト(今日は朝から調子が狂いっぱなしだ)

サシャ「じゃあ私はコニーと遊んできます」

クリスタ「じゃあ私はアルミンのとこ行ってくる」

ユミル「……まぁアルミンならいいか。よしベルトルト。暴漢役頼む。得意だろ?」

ベルトルト(意味が分からないよ)

ユミル「ぶはは! あんたナイフ似合わないな! ナイフがすげー小さいぜ」

ベルトルト「……朝食だけ一緒じゃないのか?」

ユミル「おっ、私だけになった瞬間その口調かよ」

ベルトルト「どう考えても君が仕組んでるじゃないか」

ユミル「まぁそう言うな。普段と違って面白いだろ」

ベルトルト「……」ダッ

ユミル「!? 何も言わずに始めるとか卑怯うわっ」ガシッ

ベルトルト「何で僕まで掴っうおっ!!!」

ユミル「掴んだのにお前まで倒れたら意味ねーだろうが!」

ベルトルト「いや掴まないでくれよ……」

ユミル「とっとと私の上から降りろ!」

ユミル「馬鹿なイチャラブコメみたいなハプニングなんざこっちから願い下げだ」

ベルトルト「初めて気が合ったね。僕も同じ気持ちだよ」

エレン「ベルトルトとユミルか。あいつら仲良かったんだな」

アニ「よそ見」

エレン「悪い」

アニ(ベルトルト、意外と積極的)

ニーナ(ベルトルト君はホモだと思ってたんだけどなぁ)

女訓練兵(……)

アルミン(ユミル、ベルトルト、分っているのか……自分達が何をしたかを)

アルミン(単純に捉えれば格闘術の訓練中に訓練兵が運悪くスッ転んだだけだ)

アルミン(でも違うんだ! 上手く言えないけど君達の行為は事実以上の何かに大きな影響を与えているんだ!!!!)

アルミン(みんなユミルとベルトルトを見ている)

ライナー(何だ、ベルトルトもまんざらでも無さそうだな)

アルミン(彼らはただコケた。そこに余計な物、恋愛感情や意味なんて無い筈なのに!)

サシャ(ユミル上手くやってるようですね)

アルミン(何故みんなユミルとベルトルトが良い仲なんて思ってしまうんだ!!!!!)

コニー「アチョーーー!!!」

アルミン(絶対におかしい!! 何かがおかしい!!!!)

ジャン「けっ、バカップルが」

アルミン(まさか、まさかあれが前に本で読んだ世界の分岐点だというのか!?)

アルミン(だとしたら不味い!!!!)

アルミン(決まってしまう……運命が……変わってしまう……僕らの未来が!!!!!!)

アルミン(ミカサに相談しないと。何としても止めなければ!!!!!!!)

クリスタ「ていっ!」ガッ

アルミン「う、うあぁぁ!」グリン

クリスタ「ごめんっ! アルミン! まさか本当に技が決まるなんて思わなかった」

アルミン「あ、ああ。僕こそごめんよクリスタ。ちょっと考え事をしてた」

クリスタ「やっぱり上の空だったんだ。何考えてたの? もしかして恋愛関係!?」

アルミン「ははは。違うよ。ほらさっき……あれ?」

アルミン(僕は何を考えていたんだっけ?)

座学の時間

教官「ではユミル君。ガスの残量を求める計算式だが体重185cm95kgから170cm65kgの者に変えた場合ならどうなる」

ユミル「げっ。分らねぇ。クリスタ! 助けてくれ!」コソコソ

クリスタ「ご、ごめんユミル。わかんない……」コソコソ

サシャ(お昼ご飯食べたいなぁ)

ベルトルト「10分程伸びる」ボソッ

ユミル「単純計算では先程より10分伸びます!」

夜 食堂

ユミル「いやーグループに一人増えるだけでこんなに楽になるんだな」

ベルトルト「……僕は少し疲れたよ」

クリスタ(ごめんねベルトルト)

クリスタ「私もベルトルトが居てくれて楽しかったよ」

サシャ「あ、パンが落ちてる!」ガッ

ベルトルト(それは僕の……零れ落ちてるのは君の大事な何かじゃないのか……)

ユミル「おいサシャ。お前友達の飯を勝手に食うのか?」

サシャ「……」

ユミル「ベルトルトに返せ」

サシャ「……すいませんでしたベルトルト」

ユミル「……私のちょっとあげるからそれで我慢しろ」

クリスタ「私もちょっとあげる」

ベルトルト「……じゃあ僕も少し」

サシャ「三人とも……! 例え巨人に食われても貴方たちへの恩は忘れません!!」

クリスタ「食べられちゃだめだよ……」

ベルトルト(……)

ベルトルト(友達、か)

夜 食堂から男子寮への帰路

ベルトルト(今日はいつもの五倍くらい疲れた気がする)

ベルトルト(結局夕飯はほとんどサシャに食べられるし)

ベルトルト(明日からもこんな……)

ベルトルト(……)

ベルトルト(楽しい日が)

ベルトルト(……)

ベルトルト(地面に倒れた時あの女)

ベルトルト(……柔らかかったな)

ベルトルト(良い匂いだった)

ベルトルト(同じ女でも違いがあるんだな)

ベルトルト(でも以前どこかで……)

ライナー「ベルトルト」

ベルトルト「……ライナー」

アニ「よっ」

ベルトルト「!」

ライナー「ちょっと一緒に来い」

ライナー「本当はこうやって集まるのも危険だが」

ライナー「今日は確認の為に集まった」

ベルトルト「……」

アニ「……」

ライナー「俺達には使命がある。最後の最後には人類を裏切らなければならない」

ライナー「出来るよな? ベルトルト」

ベルトルト「……その質問をするのは僕だと思っていた、いや思っているよ」

ベルトルト「勿論、今この瞬間もだ」

ライナー「……肯定とみなす。後はお前の好きにしろ」

アニ「だから言ったろライナー。心配するなって」

アニ「ベルトルトは戦士なんだから」

ベルトルト「……」

ライナー「ただ」

ライナー「その時が来たら、躊躇うな」

夢を見た

随分と昔の夢

過去から現在へと遡っていく夢

???「俺は『???』よろしく!」

ベルトルト「僕はベルトルトっていうんだ。よろしく!」

???「このぼーる使って遊ぼうぜ」

ベルトルト「うん!」


???「ベルトルト凄いな。何でお前この問題わかるんだ?」

ベルトルト「へへっまぁ俺は天才だからねー」

???「あはは。すげーなーあはは」

???「ちぇっ、とけねー」

ベルトルト「ここの式は俺の写していいよ」

???「お前本当に頭いいな。運動もできるし。何で俺なんかに構ってくれるんだ?」

ベルトルト「馬鹿言うなよ。俺らは友達じゃん」

???「……ありがとうな」

〜〜〜〜


???「はぁ、はぁ」

????「こんな訓練もこなせないのか! ベルトルトを見ろ! 難なくこなしてるぞ!」


ベルトルト「……」

ベルトルト(キツイけど、俺が早くマスターしてコツを『???』に教える!)


????「罰として訓練後も走ってろ!」

〜〜〜〜

????「クスクスクス」

????「クスクスクス」

ベルトルト(みんなが僕を見て笑ってる?)

????「よう。お前みんなの秘密を上官にチクって自分だけ楽してるらしいな」

ベルトルト(こいつ俺と同期の……)

ベルトルト「俺はそんな事しない!」

????「お前と幼馴染の『???』が教えてくれたんだ! 嘘ついてんじゃねぇ!」

ベルトルト「なっ!?」

????「裏切り者!」

??????「一人だけ楽しやがって! おかしいと思ってたんだ!」

???????「死ねよ!」

?????「お前は村の恥さらしだ!」

ベルトルト(夢だろこれ。悪い夢だよな)

ベルトルト「何でだよ!? 何でこんな嘘つくんだ『???』!!!!」

???「言ってもわからないよ」

???「だってお前は何でもできるから」

???「俺の気持ちなんて、出来損ないの気持ちなんて一生分かる訳ないんだ!!!!!!」

〜〜〜〜

??「聞いたよ。随分と周りの子供たちに酷い目に合されているようだね」

ベルトルト「……お姉さん確か研究所の人だよね」

??「私は『??』」

ベルトルト「何か俺に用ですか?」

??「君は才能がある。今よりもっと強くなりたくはないか?」

ベルトルト「別にいいです」

??「……強くなれば他人の気持ちだって分かるようになるよ」

ベルトルト「……」

??「これは才能を開花させる薬だ」

??「今からこれを君の腕に注射するけど、いいかい?」

??「副作用としては軽い記憶障害が起きる程度だ」

??「何も心配しなくていい」

ベルトルト「……」

??「じゃあ行くよ」

ベルトルト「……っ」

〜〜〜〜


??「あの木の上にある風船を掴んでほしい」

ベルトルト「何言ってるんだよ母さん。この木は三十メートルはあるよ」

??「掴みたい、そう意識しながら左手の親指の付け根を噛むんだ」

??「なに、痛くないさ。掴むことを意識しながら噛めばいいんだよ」

ベルトルト「……。……!? なっ、うああああああああああああああああ」

??(成功だな)

??「ほーらこれで強くなれる」

??「強くなってみんなを守れるようになれば、みんなの気持ちが分かるんだよ」

ベルトルト「だってこれは巨人の手じゃないか!! 俺から巨人の手が……」

??「そうだよベルトルト。今日から君は巨人になったんだ。ああ可哀想なベルトルト。これで君は」

??「君はもう化け物になってしまったね」

ベルトルト「騙したな母さん!!!!!!!」

??「全部本当さ。君が本当にすればいいのさ。おい、手足に傷をつけられないよう拘束して地下牢に放り込め」

ベルトルト「くそっ!! 放せよ畜生!!!」

??「でも心配しなくていいよ。力の使い方は全て私が教える。仮に断ったり私を殺したりすれば……君の大切な人達が酷い事になるよ?」

??「一人でゆっくり考えてね。気が変わったらいつでも言ってくれ」

ベルトルト「……」

??「手足を拘束して椅子に縛り付けられ一週間。そろそろ気が変わってくる頃だろう。返事を聞かせてくれないかな?」

ベルトルト「……」

??「すまない聞こえなかった」

ベルトルト「力の使い方を……教えてください……」

??「素晴らしいよベルトルト。君は自ら道を選び取った。もう何も考えなくていい。ただ私を信じてくれればいい」

ベルトルト「……」

??「君を愛してるからなんだベルトルト」

しみついた汚物の匂いなど意に介さずに俺を抱きしめた女性の身体は骨ばっていて硬く、薬品の匂いが鼻腔を突いた。
刺激の信号は頭の中に入り込むと脳の中をめちゃくちゃに掻き回す。
もうどうでもいい。
どうにでもなってしまえ。
彼女の匂いを受け入れた日から俺は考える事を止めた。

母さんとの訓練の日々が始まった。

母さん「こっちはライナー、こっちは『?????』。今日から一緒に暮らす」

そのうちに仲間も増えた。
二人とも多分良い奴だった。
少しは楽しくなるかなと思って楽しいふりをしてみた。
何も変わらなかった。
俺はこの時期沢山笑ったけれど少しも楽しくは無かった。

一年ほどで訓練は終わったと告げられた。

〜〜〜〜

??????「思わぬ事態で一体失ってしまいましたね」

????「しかし残りは完璧だ」

母さん「ありがとうございます」

????「他の班も順調のようだ。これで目的を果たせる」


ある日、家にやって来た大人たちとの会話が聞こえた。
みんな酔っていて、大声で話していたので盗み聞きは容易かった。

?????「『??』。あの超大型巨人は役目を終えたらどうするのかね」

???「責任者なのだから当然責任を持って飼うのだろう?」

ベルトルト「……」

母さん「御冗談を。私は化け物を愛すほどの甲斐性など持っておりません」

????「相変わらず酷い女だ。ふぐぁはっはっはっは!!!!」

〜〜〜〜

ベルトルト「母さん。壁を壊すことは良い事なんだよね?」

母さん「ああ、良い事なんだ。これでみんな助かるんだ」

母さん「愛してるよベルトルト」

ベルトルト「僕も愛してるよ。母さん」

精一杯の笑顔を作る。いつも通り笑う。あの話を聞いていないように振る舞う。

二回目は虚しいだけだった。
少しだけ胸が疼いたが辛かったり寂しかったりはしなかった。
というよりもどの感情が『辛い』に該当するのかよく分からなくなっていた。

ベルトルト「ねぇライナー」

ライナー「ん? 何だ」

ベルトルト「何で僕らは人を殺しに行くの?」

ライナー「そりゃあ俺達が戦士だからだよ」

ベルトルト「……」


ベルトルト「壁の中の人類を殺す必要があるのですか?」

????「お前は戦士だろうが」

????「何も考えているんだ」

そうじゃない。何も考えてないんだ。
だから理由が欲しいんだ。

母さん「急にどうしたんだベルトルト。直前になって怖くなったのか?」

ベルトルト「いえ。申し訳ありません」

母さん「他に済ましておきたい事はあるか?」

ベルトルト「抱きしめてください。母さん」

母さん「……可愛い奴だ」

ベルトルト「……ありがとうございます」

母さん「愛しているよベルトルト」

ベルトルト「……はい」

母さん「帰ってきたら君は英雄だ」

ベルトルト「……行ってきます」

ベルトルト(結局強くなったって人の気持ちなんて分らなかった)

ベルトルト(もう一生分らないままな気がする)

ベルトルト(だったらもう、分からなくていいんじゃないかな)

ベルトルト「……」

ベルトルト「俺は戦士だ」

ベルトルト「役目を果たすんだ」

ベルトルト「そして故郷へ帰るんだ!」

ベルトルト「帰ったら!」

ベルトルト「帰って」

ベルトルト「……」

ベルトルト(何をするんだろう)

ベルトルト(でも母さんが帰ってこいって言ってるし)

ベルトルト(あれ)

ベルトルト(あの人って母さんだったっけ?)

ベルトルト(……)

ベルトルト(もういい)

ベルトルト(何も見たくない)

ベルトルト(何も聞きたくない)

ベルトルト(どうせ失うのならもう何も要らない)

ベルトルト(何も考えたくない)

ベルトルト(理解出来ない他人が怖い)

ベルトルト(笑った次の瞬間怒り出すあいつらが怖い)

ベルトルト(感情を剥き出しにするあいつらが怖い)

ベルトルト(俺はあいつらとは違うし、あいつらは俺とは違う)

ベルトルト(俺は戦士だ)

ベルトルト(俺は戦士だ)

ベルトルト(俺は戦士だ)

ベルトルト(俺は戦士だ)

ベルトルト(俺は……)

朝 食堂

ユミル「いやー良く寝た」

クリスタ「今日のご飯は何かなー」

サシャ「楽しみですね! 多分パンとスープですよ!」

ユミル「いや毎日ほぼおなじだろうがよ」

ベルトルト「……」

サシャ「おっベルトルト。おはようございます」

クリスタ「ベルトルトおはよう」

ユミル「おっすベルトルト」

ベルトルト「……おはようみんな」

ユミル「……」

サシャ「……さぁ朝食をいただきましょう」

クリスタ「あれ、サシャ今日はベルトルトからパン取らないんだ」

ベルトルト「いやだなぁ、今日も取るつもりだったのかい」

サシャ「い、言っていいんですかね?」

サシャ「何だかベルトルトが凄く怖いので言い出せませんでした」

ベルトルト「……」

クリスタ「えっ? そうかなぁ。普通じゃない? ねっベルトルト!」

ベルトルト「そうだよ。僕は別に何ともないよ」

サシャ「いや、雰囲気が怖いんですよ」

クリスタ「私には分らないけど……そうなの?? どこか辛いのベルトルト?」

ベルトルト「何にも無いって」

サシャ「嘘ですね」

クリスタ「サシャの観察眼は割と信用できるんだよ!」

ベルトルト「いやぁ本当だよ」

クリスタ「自分では気付けない傷だってあるんだよ! 昨日何かあったの?」

心配そうな言葉に苛立つ。気持ちが悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。俺の事なんて一つも理解出来ないくせに。理解しようとしないくせに。こいつを殺してしまいたい。いや、今すぐ食堂に居る奴らをみんな踏み潰してしまいたい。
今ここで巨人化すれば確実に全員殺せる。ミカサですら訳もわからず俺に踏みつぶされるのだろう。
気付けば目の前に左手があった。俺の口はその手を迎えるようにゆっくりと開いていく。
ライナーとアニはこちらに気付いてすらいな

ユミル「顔と本音が一致してねぇんだよタコ」

頭の上に何か重さを感じた。重りはぎこちなく動く。次に匂いがした。つい最近知ったばかりの、ユミルの匂い。

ユミル「ったく。十歳の泣きそうなガキみたいに辛そうな顔しやがって」

ユミル「ほっとけねーだろうが! ふざけんな!!!」

意識を左手に集中しすぎて気づいていなかった。ユミルが俺の隣に立っていた。

ベルトルト(頭の上にあるのは……ユミルの手?)

ユミル「あー……がっかりだよ!!!! 私が期待してたお前の本当の中身が」

ユミル「よりにもよってどの男子よりも幼稚なガキだったなんてよ!!!!!!」

そうは言いながらもユミルの手は動き続ける。もう髪がぐしゃぐしゃだ。
ユミルの目から涙が溢れる。


鬱陶しい。お前に俺の何が分かる。殺してしまいたい。

ユミル「てめーは……てめーは……」

サシャ「あれ」

クリスタ「わっ」

ベルトルト「……」

ユミル「男の癖に泣いてんじゃねぇよ!!!!」

ベルトルト「……泣いているのは君じゃないか」

サシャ「いえベルトルト。目からぼろぼろ何かが零れていますよ」

ベルトルト「えっ?」

ベルトルト(あれ、これ涙か?)

ベルトルト(俺も泣いてるのか?)

コニー「おいどうしたんだよ」

ライナー「何か問題があったのか?」

その日の訓練に参加することが出来なかった。

涙は一向に止まる気配が無く、朝から食堂は騒然となった。騒ぎを聞きつけたキース教官には大した叱咤を受けなかった。ただ「自分の精神状態の管理も貴様らの仕事の内なのだぞ」とだけ言われ自室での休養を申し付けられた。

ベルトルト「……」

人のいない男子寮は静かだった。
鳥のさえずりと訓練生の声が遠鳴りに聞こえる。

一人で居るのは嫌いではない。
特に今は落ち着きたかった。

ベルトルト(何で僕は泣いたんだ)

僕の身体は一体何が悲しかったのだろう。
ユミルの台詞にだろうか、彼女の行動にだろうか。

ベルトルト(いや、もしかして)

ベルトルト「僕は嬉しかったのか?」

ユミル「多分そんなとこだ」

ベルトルト「……色々聞きたいことがある」

ユミル「ちゃんと教官の許可は貰ってるよ。当事者同士で解決して来いってさ。意外と話の分かる奴なのかもしれないなアイツ」

動じる様子も無くライナーの布団の上へ胡坐をかいて座る。

ベルトルト「僕の事を十歳のガキって言ったけどあれってどういう意味なのかな?」

ユミル「……なにってそのままだよ。私が感じたそのままだ」

ベルトルト「僕はそんなに子供じゃない」

ユミル「元々私がお前に近づいたのはお前の中身に興味があったんだ」

ユミル「訓練兵団の第四位様はどんな本性を隠しているのかが知りたかった」

ユミル「その目的も達成されたわけだし、もうお前に用は無い」

ベルトルト「君は酷い奴だな。勝手に興味を持って飽きたらポイか」

ユミル「何だ? もっと構ってほしいのか?」

ベルトルト「……」

ユミル「それに私はガキが嫌いだ」

ベルトルト「……僕はガキじゃない」

ユミル「あーもういいよ。そういう無意味な問答も私は嫌いだ」

ベルトルト「ちょっと待ってくれよ! 勝手に会話を終わらさないでくれ!」

ユミル「まぁゆっくり寝て明日の訓練に備えろよ」

ベルトルト「待てって言ってるだろうこの馬鹿女!」

ユミル「……お前今なんつった?」

ベルトルト「……馬鹿女」

ユミル「そういえばまだ言ってなかったな。私は馬鹿と言われるのが一番嫌いだ」

ベルトルト「そうなんだね」

ユミル「そうだ。だから今すぐ私に謝れ」

ベルトルト「嫌だね」

ユミル「何意地張ってんだテメェ」

ベルトルト「根性ねじ曲がった馬鹿女に本当の事を言っているだけだよ」

ユミル「また言いやがった!!!! もう謝ってもゆるさねぇぞ!」

ベルトルト「そんなこと俺が知るかよ」

ユミル「こんの馬鹿野郎!」

ベルトルト「うるさいなぁ。馬鹿は君の方だよ」

ユミル「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ!」

ベルトルト「あーもうめんどくさいなぁ」

ユミル「うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ!」

ベルトルト「うるさいのもお前の方だよ」

ユミル「大体お前はむっつりスケベな雰囲気プンプンしてんだよ!」

ベルトルト「今それは全く関係ないだろう」

ユミル「うっさい馬鹿が」

ベルトルト「またそれか。というかお前がクリスタクリスタ言ってるのは男に話しかけるのが恥ずかしいだけなの知ってんだぞ」

ユミル「開き直ってんじゃねぇてめー!」

ベルトルト「お前からふっかけてきたんだろうが」

キース「おい」

ユミル「あー今取り込み中だから黙ってろ」

ベルトルト「お、おいユミル」

ユミル「ん?」

キース「重症だと見て様子を見に来たが」

ユミル「……」

ベルトルト「……」

キース「死ぬまで走ってこいこの馬鹿者ども!!!!!!」

サシャ「ベルトルトの頭を撫でてたユミル可愛かったですね」

クリスタ「私もそう思う」

サシャ「結局私がユミルを好きな理由はそこなんですよ」

サシャ「自由とか規律とか私はよく分かりませんけど」

サシャ「優しさくらいは知ってます」

夕方 広場

ユミル「あぁーづかれだーーーー」

ベルトルト「はぁ……はぁ……」

ユミル「おい隣の木偶の坊、聞こえるか」

ベルトルト「……何だ」

ユミル「ざまぁ見ろ」

ベルトルト「! 誰のせいでこんな! ……今更だな」

ユミル「そういうこった」

ベルトルト「……」

ユミル「……あの時のキースの顔」

ベルトルト「ぷっ」

ユミル「傑作だったよなぁあぁぁぁっはっは!!」

ベルトルト「あっはっははあひひひっはっははは!」

ユミル「いやー久しぶりに爽快だったぜ」

ベルトルト「ゲホッゲホッオエッ」

ユミル「笑いすぎてえづいてんじゃねーよ」

ベルトルト「ユミル」

ユミル「何だよ」

ベルトルト「色々ありがとう」

ユミル「……すまん、もう一回言ってくれ」

ベルトルト「もう言わない」

ユミル「何だか初めてお前の言葉を聞いた気がするよ」

ベルトルト「ユミル様はおセンチなんですね」

ユミル「……こっちが下手に出てればいい気になりやがって」

ベルトルト「頼んでない」

ユミル「かかってこいベルトルト! 決闘だ! 誇りをかけて勝負だ!」

キース「……反省の色は見られん様だな」

ユミル「……」

ベルトルト「……」

キース「だが貴様らは初犯だ。今回は特別に見逃そう」

キース「明日からまた励め。ベルトルト訓練兵、ユミル訓練兵」

夜 食堂

クリスタ「お勤めご苦労様です」

サシャ「さまです!」

ユミル「うむ。出迎えご苦労さん」

ベルトルト「二人とも訓練お疲れ様」

サシャ「おっ、何だかベルトルトが良い表情してますね」

ベルトルト「そうかな?」

クリスタ「私も今度は分かるよ! ユミル、ベルトルトと何かあったの?」

ユミル「べっ……別に何にもねぇよ」

クリスタ(これは)

サシャ(嘘をついている時のユミルですね)

ベルトルト「……今日も一緒に夕飯食べていいかな?」

クリスタ「! 勿論だよベルトルト!」

サシャ「ええ! 是非是非!」

ユミル「はぁ!? 今日もかぁ!?」

ベルトルト「駄目かな?」

ユミル「そりゃあお前……あれだ、嫌というわけじゃあないが」

ベルトルト「じゃあ構わないね」

ユミル「っ……勝手にしろ!!!! 私は知らん!」

クリスタ(ユミルが押されてる!!!!! いいじゃないベルトルト!!!!!)

サシャ(ベルトルトと一緒に居るともっと面白ものが見られそうです!!!)

ベルトルト「今日の訓練で何か新しい事はあったかい?」

クリスタ「別にいつも通りだよ!」

サシャ「立体機動の訓練はみんな大変そうにしてました」

ベルトルト「人間は元々三次元の機動には適応してないのに」

ベルトルト「それに無理やり適応させようと言うのだから無茶だよね」

サシャ「あ、それこの前の講義で言ってましたね!」

ベルトルト「良く覚えてるじゃないかサシャ。ご褒美にパンを少しあげるよ」

サシャ「やった! パンだ! って何か馬鹿にされている気が」

ベルトルト「パンが欲しくないの?」

サシャ「ありがたくいただきます!」

クリスタ「そういう事はしちゃ駄目だよベルトルト」

ベルトルト「ははは。冗談だよ。勿論クリスタにもちょっとあげるから」

クリスタ「もう! そういうことじゃないの!!」

ベルトルト「あははは」

ユミル「……」

アルミン「向こうのテーブルは随分と楽しそうだね」

ライナー「糞っ! ベルトルトの奴なんて羨ましい」

アニ「でもユミルだけは別みたいだね」

アルミン「さっきからずっとスプーンでスープをかき混ぜているね」

ユミル(ベルトルトの野郎楽しそうにしやがって)

ユミル(これじゃあ私が馬鹿みたいじゃないか)

ベルトルト「なぁユミルはどう思う?」

ユミル「んっ!? あっ、はい!??」

サシャ「ブフォッ!!!」

クリスタ(いいぞベルトルト!)

ベルトルト「……キース教官は意外と優しいんじゃないかって質問なんだけど」

ユミル「ああ、ああそういう質問ね。聞いてたよ勿論。急に振られたから驚いたんだ」

サシャ「私は厳しくて冷たいと思いますけどね」

ユミル(それはお前が肉を盗むからだろう)

ユミル「まぁ私らが喋るのを邪魔されたのは正直腹が立った」

ユミル「けど最後は見逃してくれたし、基本的に良い奴なんじゃないかな」

クリスタ「喋るの邪魔されたことなんてあったっけ?」

サシャ「私も記憶にないです」

ユミル「あーお前らは居なかったか……あっ」

ベルトルト「……」

サシャ「……」

ユミル「……」

クリスタ「ユミルそ
ユミル「サシャ、お前にパンやるよ」

サシャ「パン!!!!!!!!!!」

クリスタ(チッ)

ユミル「さぁ今日は疲れたからもう寝るわ!」

ベルトルト「そっか。おやすみユミル」

ユミル「……おう。じゃあな」

夢を見た

明るくて穏やかな風景の中に俺は居た

それは忘れてしまった原風景

仲の良い友達に囲まれて遊ぶ自分

快活に笑う自分を見ているのは不思議な気分だった

そういえば俺は昔はよく笑ったり怒ったり、悲しんで泣いたりもしていた事を思い出した

感情を剥き出しにする自分とその周りの人間

俺は彼らを気持ち悪いと思わなかった

ただ懐かしかった

朝 食堂

ベルトルト「おはようみんな」

クリスタ「おはようベルトルト」

サシャ「おはようございますベルトルト」

ユミル「……」

ベルトルト「……おはようユミル」

ユミル「……おはよう」

ベルトルト「それは僕に向けての挨拶だよね?」

ユミル「うるさい! お前だよお前! うっせぇな!」

サシャ(もう見てて哀れですね。可愛いのですが)

クリスタ(これだから男と女は止められない)

昼 座学

教官「であるからして、我らは王族は導きのもとこの壁の中へやってきたのだ」

ユミル(歴史なんてもんは幾らでも作れるからなー。聞いてるのがアホらしい)

ユミル(それより)

サシャ「すいませんベルトルト。ここがちょっと分からないです」

ベルトルト「ああ、それは〜〜〜〜」

ユミル「……」イライラ

ユミル(あいつら何やってんだよ)

ユミル(くそっ。なんで私がイライラしなきゃならないんだ)

昼 馬術

ベルトルト「どうどう」

クリスタ「ベルトルトが乗ると馬が小さく見えるね」

ベルトルト「馬術はどうも苦手だよ」

クリスタ「もっと大きな馬に変えてもらったら?」

ベルトルト「ずっとこいつと一緒だったし、今更変えられないよ」

クリスタ「……へぇ、ベルトルトもそういうこと考えるんだ」

ベルトルト「他の馬が怖いっていうのも理由なんだけどね」

クリスタ「あーでもちょっと分かるよそれ!」

ユミル「……」イライライライラ

夜 夕飯

サシャ「ベルトルトのお蔭で今日は先生の言う事についていけました!」

クリスタ「ベルトルトって座学も出来るんだ」

ベルトルト「うーん。まぁアルミン程じゃ無いけどね」

サシャ「いや私にパンをくれますからアルミンより偉いですよ」

ベルトルト「しょうがないなぁ。パンを半分あげるよ」

サシャ「ありがとうございます……って全体の六分の一くらいじゃないですか!」

クリスタ「あはははは!!! だ、駄目だよベルトルト……きゃははは!!!!」

ベルトルト「……自分でやったことは覚えてないものなんだね」

ユミル「……」イライライライライライラ

夢を見た

俺を裏切った男と一緒に遊んでいる夢

夢の中の俺はその後騙されるとも知らずにとても楽しそうだった

第三者目線で自分を見るのは不思議な感覚だ

見たくも無い楽しい夢は悪夢と何が違うのだ

それはきっと悪夢そのものだ

朝 食堂

ベルトルト「おはようみんな」

サシャ「おはようございますベルトルト」

クリスタ「おはようベルトルト」

ユミル「……」

サシャ「この組み合わせも随分慣れてきましたね」

クリスタ「ほんとにね。むしろ何で今までベルトルトと話してなかったか不思議だよ」

ユミル「……」

サシャ「しかし最近何だか気持ちがとても楽なんですよね」

ベルトルト「楽?」

サシャ「はい。何だか仕事が一気に減ったというか、ご飯が増えたというか、馬鹿にされることは少なくなったような……」

ベルトルト「……」

クリスタ「うーん? 私はベルトルトと喋る事が増えて楽しいけど。確かに何か大事な事を忘れているような……」

ユミル「……」

サシャ「まぁその内気付けますよね」

クリスタ「そうだよね」

ベルトルト「うん。じゃあ今日も頑張ろう」

ユミル「……」

朝 立体機動訓練

キース「目的地により早く辿りつけた者が高得点を得られる! 励め!」

訓練兵団「「はっ!」」

クリスタ「うー。緊張してきた」

サシャ「大丈夫ですよクリスタ。気楽に素早く終わらせましょう」

ベルトルト「森だから枝に視界を遮られるね。注意しよう」

ユミル「……」

クリスタ「……ユミル、大丈夫?」

ユミル「……大丈夫だ」

クリスタ「な、ならいいんだけど」

クリスタ(ちょっとベルトルトと喋りすぎちゃったかな)

クリスタ(後でサシャにも注意しとかないと)

キース「では始め!!」

立体機動装置の動作音が森の中のいたるところで響く。
だがそれに耳を傾ける余裕はない。
少し筋肉の力を抜けば全身の骨が砕けてしまいそうな圧力を受けながら私達は宙を舞う。
もしこの枝の葉陰の先に大きな幹があれば私は死ぬんだろうな。
そんなことを考えながら葉の中へ突っ込む。

コニー(おい、クソ女の奴早くないか!?)ジャー

エレン(なんて速度だ)ガシュ

ミカサ(あの速度で安全確認が出来ているわけがない)ジャー

ミカサ(ユミル、死ぬ気?)ガシュ


クリスタ(よ、よし!私も!)バシュ

サシャ「ちょ、クリスタ! 無茶です!」

ベルトルト(チッ)バシュッ

ユミル「……」ジャー

クリスタ「ユミル!」ヒュッ

ユミル「なっ!! お前どうしてここに」ジャー

クリスタ「私だって! 負けないんだから!」ガシュッ

ユミル「馬鹿っ! こんな速度出したら危ないだろうが!!」ガシュッガシュッ

クリスタ「でもユミルだって」ジャー

クリスタの進行方向に太い木の枝が現れた。クリスタはその枝を避けるように下に回避する。

ユミル「駄目だ!! 下に行くな!」ガシュッ

以前事故をした者が居たから覚えていた。
あの枝の死角にもう一本枝がある事を。

クリスタ「えっ」

振り子運動の先には、枝があった。
クリスタは加速しすぎて回避することは到底不可能だった。

ユミル「クリスタァ!!!」

私は何をやっているんだ。
何故自暴自棄になってクリスタまで巻き込んでしまっているのだ。
彼女の役に立とうとしていたのに、結局役に立つどころか彼女を傷つけてしまうのか。

だがクリスタの横合いから一つの影が飛び出して彼女の軌道を無理やり変えた。

クリスタ「きゃっ」

クリスタを助けたのは、

ベルトルト「大丈夫かいクリスタ」

彼だった。クリスタを抱きかかえるとそのまま地面に降り立つ。

クリスタ「ありがとうベルトルト……私危うく死ぬところだった」

サシャ「クリスタ! 無茶しすぎです!」カチャカチャ

遠目から見てもクリスタは歯をガチガチ鳴らしながら震えている。
何を言っているかは分らないが大体予想はつく。

ユミル「あっ」

今度は私が不注意で目の前の枝にぶつかってしまった。
かなり減速していたので衝撃はそれほどでもなかったが、バランスを崩し地表に落下する。

ユミル「くっ!」ガシュガシュ

さすがにこの高さから落ちたら私も死んでしまう。
木の幹にアンカーを打ち付け、体勢を立て直そうとするが

だが角度が悪く、木の幹にアンカーは一つしか刺さらなかった。
全体重がバランスの悪いまま一つのアンカーに掛かったことによって、その刺さり方が甘かったのも影響し、唯一刺さったアンカーも木から抜け落ちる。

幸い地面からの高さはあまりなく、被害は背中から落ちて一瞬呼吸が出来なくなる程度だった。

地面に寝ころび、上を見上げ大きく息を吸う。
体の隅々に酸素と共に意識が行き渡る。
それでも視界は滲んでいた。

鬱蒼とした緑の下を訓練兵が次々と駆け抜けてゆく。
皆少しでも良い順位になろうと必死の形相だ。

ユミル「……何やってんだろうな私」

こんな時なのにベルトルトの事ばかり考えてしまう。
クリスタを助けるベルトルト。
サシャと楽しげに会話するベルトルト。
何で私じゃなくて……。

ユミル「本当に糞みたいな感情だよ」

悔しいのと悲しいので涙が止まらない。

どうやら私も年頃の流行り病に感染してしまったらしいのだ。

夜 食堂

ベルトルト「クリスタ、あまり気にしない方が良いよ」

クリスタ「うん……。ありがとねベルトルト」

ベルトルト(死を間近に体験してしまうと恐怖で動けなくなる)

ベルトルト(クリスタはこれから先、大丈夫だろうか)

ベルトルト(……こいつらの事なんて俺と関係の無い筈なのにな)

ベルトルト(いや)

ベルトルト(もう関係無いなんて言えるわけないか)

サシャ「もう無茶なスピードで立体機動を使っちゃ駄目ですよ」

クリスタ「分かった」

サシャ「ユミルもです! 何で今日はあんな無茶な動きしたんですか!」

ユミル「……そういう気分だったんだよ」

サシャ「次からは絶対にやめてください」

ユミル「……大体何でテメーまで熱くなってんだよ。死にかけたのはクリスタだろうが」

サシャ「なっ……。ユミル、あなた自分が言ってること分ってるんですか!?」

ユミル「分ってるよ。私が飛ばして、クリスタが能力も無いのに私について来ようとした。それで死にかけた。それだけだ」

サシャ「もう無茶なスピードで立体機動を使っちゃ駄目ですよ」

クリスタ「分かった」

サシャ「ユミルもです! 何で今日はあんな無茶な動きしたんですか!」

ユミル「……そういう気分だったんだよ」

サシャ「次からは絶対にやめてください」

ユミル「……大体何でテメーまで熱くなってんだよ。死にかけたのはクリスタだろうが」

サシャ「なっ……。ユミル、あなた自分が言ってること分ってるんですか!?」

ユミル「分ってるよ。私が飛ばして、クリスタが能力も無いのに私について来ようとした。それで死にかけた。それだけだ」

むしゃくしゃしている時、思ってもない事が口を突く。
私の場合、運の悪い事に無用に人を傷つけるものである場合が多い。
視界の端でクリスタが申し訳なさそうに下を向くのが見えた後、視界が乱れる。
自責の念からワンテンポ遅れて左ほほに痛みが走った。

ユミル「女子をグーで殴るとは嫌な奴だなお前」

サシャ「クリスタを守るのはユミルの役割じゃないですか! 冗談でもそんなこと言わないでください!」

ユミル「……お前らが勝手に思い込んでるだけじゃねぇか」

私はサシャの胸倉に掴みかかった。

ユミル「私がどうあるべきかは私自身が決める! テメーらが勝手に決めてんじゃねぇ!」

ユミル「大体サシャ、テメーに前から言いたかったんだけどよ……雰囲気とかで人の気持ち、勝手に決めつけて思い込んで喋ってんじゃねーぞコラ!?」

サシャ「ユミル! お前!!! ほんま見損なったで!」

ユミル「うるせぇ! ほんとにぶっ飛ばすぞ!」

クリスタ「やめてよ二人とも」

ベルトルト「……」

クリスタに本当に申し訳ないと思っている。ごめんと言いたい。
困らせてしまった事を謝りたい。でも言えない自分に腹が立つ。どこまで我儘なんだ私は。

ライナー「おい。何でクリスタが困ってるんだ」

ミーナ「どうしたのよ二人とも!」

外野も集まり始めてきた。余計に腹が立つ。
興味ばかり持って責任は取らない奴ら。他人の事に関しては無責任極まりない奴ら。

笑うな。

私の事を笑うな。

ユミル「お前らなんて……」

口を衝くのは誰でもなくて誰にでも向けた無責任な批難の言葉。

面倒な物を全部棚上げして放り投げて、自分は小さく丸まって全部終わりにしてしまう言葉。

ユミル「お前らなんて!!!!!!」

お前らなんて大嫌いだ。

そう言うつもりだった。
察しの良い方はもう落ちまで読めてしまうような陳腐な事だ。

でも私はベルトルトに平手打ちされたお陰で最後まで言えなかった。

ベルトルト「謝れ」

再び右ほほに痛みが走る。
サシャの時のような鈍い痛みでは無く鋭く尖った痛み。

ベルトルトは表情こそ変えないものの真っ直ぐと私を見てそう言った。

ユミル「ッ! てめぇ!」

反抗的な態度を見せると再び右ほほに痛みを感じる。
どうやらもう一度ぶたれたらしい。

ベルトルト「サシャとクリスタに謝れ」

ユミル「何でわ」

何だか感覚が鈍くなってきたがどうやらもう一発食らったらしい。

ベルトルト「謝れ」

サシャ「ちょ、ベルトルト、やりすぎです!」

クリスタ「そうだよ! ユミルが可哀想だよ!」

ミーナ「ちょっとベルトルト! 女子の顔にビンタしすぎじゃない!!」

男訓練兵「おいおい、ベルトルトって乱暴な奴だったんだな」

場の雰囲気は乱した張本人である私に同情的になり始めていた。
彼は周りを意にも介さず私の目を見据えている。

ベルトルト「お前は今謝らなかったら、多分ずっと後悔する」

ベルトルト「だから謝っておけ。ユミル」

ようやく彼の行動の意味が分かる。
人の気遣いに気付けない自分の不明に腹が立つ。
だが今はそれどころではない。
まずは彼の厚意に甘えようと判断した。

ユミル「ごめんな……クリスタ、サシャ」

緊張のせいか思いのほか低い声が出た。
周囲の者には私が深く反省している様に見えたのではないか、などと馬鹿らしいことを考えていたが、心は先程とは比べ物にならない程軽やかに動作していた。
言いたいことを言うだけでこんなにも違うものなのかと感心さえした。

クリスタ「何言ってるのユミル! 私の事なんてもういいよ! 顔痛くない??」

サシャ「もういいですよユミル。 ところでベルトルト! 何考えてるんですか三発も殴るなんて! やりすぎですよ!」

いや、ベルトルトの三発よりサシャの一発の方が遥かに重いのだが……。
そんな事考えている場合ではないか。

ユミル「いや、ベルトルトは」
ミーナ「そうだよベルトルト! やりすぎだよ!」

ベルトルト「……」

キース「騒がしいぞ貴様ら!!!!!」

間も悪くようやく教官のお出ましだ。

キース「この騒ぎは一体なんだ!!!」

男訓練兵「フーバー訓練兵が……あそこの女訓練兵の頬を叩きました」

お前は余計な事言ってるんじゃねぇ。ていうか誰だよ。

キース「そこの女とは……ユミル訓練兵のことか。本当なのか家畜以下」

ミーナ「はい! 私はこの目で確かに見ました!」

キース「ベルトルト、何か言いたいことは?」

ベルトルト「自分の行動に後悔はありません!」

キース「そうか! よく言った! 私は女を殴る奴が大嫌いだ! ましてや仲間である女を緊急時でもないのに殴る奴は大嫌いだ!」

ベルトルト「はっ! 申し訳ありません!」

キース「私でなくユミル訓練兵に謝ったらどうだ!?」

ベルトルト「それは嫌です!」

キース「何故だ!」

ベルトルト「自分は彼女に対して謝る必要がある行為を行ってはいないからです!」

キース「そうか! 俺はお前の事をライナーの糞だと思ってたがどうやら間違いだったようだ! お前は分別のある空飛ぶ糞だ!」

ベルトルト「はっ! ありがとうございます!」

キース「どういたしまして! 営倉にぶち込んでやるぞ! この惨めな糞が!」

ベルトルト「重ねてありがとうございます!」

キース「重ねてどういたしまして! もう糞の分際で私に口をきくんじゃあない!」

ユミル「い、いや教官! 違うんです! 自分が悪いのです!」

キース「ユミル訓練兵! もはや責任の所在の有無は関係無いのだ! 私はこの糞を営倉にぶち込みたくてたまらないのだ!」

ベルトルト「はっ! 自分は豚小屋出身! ふかした糞です!」

キース「……」

彼は髪を教官に掴まれ引きずられるように食堂を後にした。

ジャン「ベルトルトの奴おかしくなったのか?」

マルコ「何かあったのかな?」

ライナー「おいクリスタ。ベルトルトの奴どうかしたのか?」

クリスタ「私にも分からないの」

サシャ「意地悪な感じはしませんでしたけど。あ、ユミル顔大丈夫ですか?」

ユミル「……ああ、問題ねぇよ」

意味がよく分かってない周囲の連中の反応は冷ややかだった。
何で謝らないんだよ馬鹿。

夢を見た

母さんの夢

薬の匂いのする母さんの夢

俺が大好きで俺を大好きな母さん

愛していると言ってくれる母さん

昔は嬉しい思い出だったのに、今はとても気持ち悪く感じた

朝 食堂

ベルトルト「……」

彼は昨日の夜から着替えていないようで、遠目から見ても少し汚れていた。

ユミル「……こっちで飯食えよ」

ベルトルト「……ああ」

話を聞くと昨日は一晩中走っていたらしい。
今日は立体機動の訓練は無いが、倒れでもしたら教官はどう責任を取るつもりなのか。
少し腹が立った。

サシャ「それよりもベルトルト。何か言う事があるんじゃないですか?」

ベルトルト「サシャ、パンはいるかい?」

サシャ「パァン! ……ではなくユミルにですよ!」

ベルトルト「……おはようユミル」

ユミル「……おう。おはよう」

サシャ「ムッキィィィィ!!!! 違いますよ!」

ベルトルト「僕は謝らないよ」

クリスタ「昨日からベルトルトはちょっとおかしいよ?」

サシャ「そうですよ!」

ユミル「……おいベルトルト。いつまで続けるつもりだ?」

クリスタ「え?」

ベルトルト「……」

ユミル「私がお前の右ほほにビンタ決めるまでか?」

ベルトルト「……あっはははっは!!」

彼は軽快に笑い飛ばした。
クリスタとサシャはよく分からないといった顔だ。

ユミル「はぁ……こいつは昨日からずっとふざけてんだよ」

サシャ「……なるほど」

ベルトルト「本当なら教官に叱られてるところでビンタして欲しかったんだけどね」

クリスタ「何でこんなことを?」

ベルトルト「だって楽しいじゃないか」

クリスタ「……なにそれ」

サシャ「クリスタ、怒っちゃ駄目です」

ユミル「そうそう。こいつは私の為にやってくれたんだよ」

クリスタ「……??」

ベルトルト「誰だって言いたくも無い言葉が口から出る時はあるさ」

ユミル「私が売り言葉に買い言葉で熱くなってたのを止めてくれたのさ」

ベルトルト「まぁそういう事だね。その上で更にふざけたんだけど」

クリスタ「……私ベルトルト嫌い」プイッ

ユミル(可愛い)

サシャ(可愛い)

ベルトルト(……ライナー、君の気持ちが少しわかった気がするよ)

ベルトルト「あはは! まぁそう言わないでよ。僕はクリスタの事好きだからさ」

クリスタ「えっ!? いや、それはその……」

ベルトルト「まぁ半分冗談なんだけどね」

クリスタ「もうっ!」

クリスタ(半分?)

サシャ(半分?)

ユミル(半分?)

ベルトルト「……それも冗談だよ?」

サシャ「ベルトルト。ちなみに私の事は好きですか?」

ベルトルト「ああ。勿論」

サシャ「んふっ! 嘘と分っていても好きと言われるのは悪い気分じゃないですね」

ユミル(よし私も!!!)

ユミル「も、勿論私の事も好きだよな?」

サシャ「ブッー!!!」

クリスタ「きゃっ」

サシャ(ユミル……ごめんなさいキモいです)

クリスタ(ユミル! ナイスファイト! でもその言い方は引くわぁ)

ベルトルト「ユミルは……」

ユミル「ゆ、ユミルは……?」

ベルトルト「……あれ?」

ユミル「……アレって何だよコラァ!」バコッ

ベルトルト「あいたっ!」

朝 座学

教官「であるからして巨人の発生源は謎に包まれており〜〜〜〜」

ユミル(結局私の時だけ適当にはぐらかしやがって!)

サシャ「ベルトルト、この文字何て読むんですか?」

ベルトルト「それは『おみなえし』と読むんだ」

サシャ「おお! 読めるんですね!」

ベルトルト「割と常識だよ」

サシャ「これ食べれるんですかね?」

ベルトルト「僕は無理だけど、きっとサシャなら大丈夫だよ」

サシャ「えへへへ。ありがとうございます」

ベルトルト「……うん」

ユミル(くそっ! 授業中は静かに先生の話を聞けってんだ!)

ユミル(昨日は庇ってくれたからもしかしたらって思ったけど)

ユミル(もしかしてサシャが面倒に巻き込まれるのが嫌だっただけなのか?)

ユミル「……というか、もしかしたらって何だよ」

教官「……すまないユミル訓練兵。私は君の学説とは違う事を言っていたかね?」

ユミル「……申し訳ありません」

教官「では罰として次のページを呼んでくれ」

ユミル「はい」

ユミル(何やってんだ私は)

昼 馬術の訓練

クリスタ「違う! もっと馬の気持ちになって!」パカッパカツ

ベルトルト「う、馬の気持ちかい?」パカッパカツ

クリスタ「そう! 馬が調子よく走ってる時は貴方も気持ちよくなって!」パカッパカッ

クリスタ「そして調子が悪い時は察して元気づけてあげて!」パカラッパカラッ

クリスタ「馬は女の子と同じなの! 分かった!? ベルトルト!?」パカラッパカラッ

ベルトルト「あ、ああ……」パカラッパカラッ

クリスタ「ああ! 走ってると風になる感じがする! 超気持ちいいねベルトルト!」パカラッパカラッ

ベルトルト「う、うん……」パカラッパカラッ

ユミル(馬鹿みてーだがアレがクリスタの素だ)

ユミル(あいつが男に素を晒すなんてな意外だ)

ユミル(クリスタとベルトルトか)

ユミル(正直お似合いというか身長差萌えと言うか……)

ユミル(いかんいかん! 何を考えているんだ私は!)

ユミル(でも私なんかよりクリスタとかサシャの方がよっぽどお似合いだよな)

ユミル(……)

昼 対人格闘戦

サシャ「今日は立体機動の訓練が無いので大変ですね」

クリスタ「サシャは立体機動の訓練が好きなの?」

サシャ「だってクリスタ。立体機動はワイヤーで飛べばいいだけじゃないですか」

ベルトルト「あはは。サシャらしいな」

クリスタ「私はまだちょっと怖いかも」

サシャ「あ゛! そうでした! すいませんクリスタ!」

クリスタ「そこまでされると逆に傷つくっていうか……」

サシャ「え゛!?」

ベルトルト「あははは」

ユミル「……」

ユミル「おいベルトルト。訓練やるぞ」

ベルトルト「ん? ああ、やろうか」

クリスタ「じ、じゃあ私たちは別のところで」

サシャ「そ、そうですね」

ユミル「……」

ベルトルト「……ユミルは何で怒ってるんだ?」

ユミル「怒ってねぇ」

ベルトルト「……じゃあそれでいいけどさ」

ユミル「私がならずものだ。おらっ!」

ベルトルト「おい急にうぉおっ」

ユミル「うわっ」

エレン「あいつらまたやってるぞ」

アニ「よそ見」

エレン「わり」

アニ(今度はユミルから?)

ライナー「なんだベルトルトはユミル狙いだったのか」

ジャン「けっ馬鹿どもが」

アルミン「いやただ訓練中にすっこけてほつれ合っただけ(ry

クリスタ「アルミン! 一緒に訓練しよ!」

アルミン「も、勿論だよクリスタ!」

ミカサ「……さっきアルミンが大事な事を言っていたような?」

ユミル「馬鹿野郎! 何ですっこけてんだよ!」

ベルトルト「お前が倒れ掛かって来たからだろうが!!」

ユミル「受け止めるのが男の役目だろうが!」

ベルトルト「いいから早くどいてくれないか?」

ユミル「……」

ベルトルト「おい、どうしたんだよユミル」

ユミル「私が乗ったら……駄目なのか?」

ベルトルト「おい……」

ユミル「クリスタとかサシャならいいのか?」

ベルトルト「はぁ?」

ユミル「あの二人なら乗っててもいいのかって聞いてんだよ!」

ベルトルト「……そんなことは無いよ」

ユミル「……でもお前二人と居る時は楽しそう」

ベルトルト「実際に楽しいしね」

ユミル「……」

ベルトルト「……言い訳になるかもしれないけど、そのまま俺の上に座って聞いてくれ」

ユミル「……」

ベルトルト「……ユミルと一緒に居ると不思議な気持ちになるんだ」

ユミル「え?」

ベルトルト「他の奴らとは違うって言うか」

ベルトルト「今までに無い感じだから、上手く言えないんだ」

ベルトルト「決して嫌いなわけじゃないよ。……図々しいけどそこは安心して欲しい」

ユミル「……そうかよ」

ベルトルト「ユミルは今凄く嬉しそうな顔をしてるね」

ユミル「はぁ!? そんな顔してないし!」

ベルトルト「俺もこんな分かりやすい表情してたのか……何か恥ずかしいな」

ユミル「勝手に話を進めるなこのっ!」バシッ

ベルトルト「痛っ……でも少しだけ大人になれた気がするよ。ありがとうユミル」

そう言うと彼は自分の手を私の頭の上に置きわしわしと動かした。
見た目以上に大きな手だなと思った。
嫌いな年頃の男を心の中で受け入れている自分に嫌気が差したが、それ以上に彼の行動を喜んでいる自分が居た。

ユミル「何で撫でるんだよ!?」

ベルトルト「あっ、ごめんつい。嫌だった?」

ユミル「……知るか!」

ベルトルト「嫌そうな顔してないな」

ユミル「……」

ベルトルト「これで貸し借り無しだな」

彼は屈託の無い笑みを見せた。本当に子供のように。

ユミル「……そういう事にしといてやるよ」

夜 食堂

ユミル「……」

ベルトルト「……」

クリスタ「明日は久しぶりの休養日だね!」

サシャ「やれやれ、休みが少ないのはサラリーマンの辛いとこです」

クリスタ「サシャ、それおじさんみたいで面白い」

サシャ「いやー賃金労働者の真似ができるなんて私も文明社会に適応して来たなと思いますねー」

クリスタ「ユミル、明日は何するの?」

ユミル「……ん? ああ、明日は何にも入れてないから適当に過ごすかな」

クリスタ「ベルトルトは?」

ベルトルト「まだ何も予定はないね。多分暇を持て余してるよ」

サシャ「男子で何かしないのですか?」

ベルトルト「たまには一人でゆっくり過ごすのも良いものだよ」

サシャ「むっ、なに大人ぶってるんですかベルトルト」

ベルトルト「そうかな?」

クリスタ(ふーん……ベルトルトもユミルも……暇なんだ)

クリスタ(ここは二人の為にひと肌脱がないとね)

夜 女子寮

クリスタ「明日どこか行かない?」

ユミル「まぁどうせ暇だしな。いいぜ」

サシャ「じゃあ男子も誘ってどこかへ行きましょう!」

クリスタ「サシャ!! それいい!!」

ユミル「……男子も呼ぶのか?」

クリスタ「嫌なの?」

サシャ「ベルトルトも呼びますよ」

ユミル「ベ、ベルトルトは関係ないだろ!」

クリスタ「んふふ。ユミルちゃんは可愛いね」

ユミル「うるせぇぞクリスタ! 私はもう寝る!」

クリスタ「はいはい。じゃあ私たちはちょっと男子の所まで」

サシャ「行ってきますので先に寝ててください」

ユミル「……おやすみ」

クリスタ「おやすみ」

サシャ「おやすみなさいユミル」

夢を見た

安定した世界

壁が無い世界

皆が幸せに暮らしている世界

その中に俺の姿は無い

朝 訓練所出口

ユミル「女の私服見たんだ。何か言えよ」

ベルトルト「か、かわいいよユミル」

ユミル「うるせぇ!!!!!! お前に言われると歯が浮くわ!!!!」

ユミル(クリスタの奴……! 結局私とベルトルトの二人っきりじゃねーか!)

ベルトルト「それは酷いぞ」

ユミル「うるせぇ行くぞ!」

ベルトルト「あ、ああ」

朝 街への道

ベルトルト「今日はどこに行くんだ」

ユミル「そ、そんなもん私が知るかよ! お前が決めろよ!」

ベルトルト「じゃあ適当に町をぶらつこう」

ユミル「無計画だなおい」

ベルトルト「お前に言われたくないよ」

ユミル「お前って私に対して粗暴だよな」

ベルトルト「そうか?」

ユミル「クリスタとかサシャが居る時はもう少し言葉も丁寧だろう」

ベルトルト「……意識してなかったな」

ユミル「けっ」

クリスタ「ふむ。順調みたいね」コソコソ

ライナー「ベルトルトの反応も面白いな」コソコソ

ライナー(俺と一緒の時とは全くの別人みたいだ)

ライナー(それよりも)

クリスタ「いつもユミルにいじられるけどこれを機に弱点を」コソコソ

ライナー(天使と一緒に居られるんだ。ありがとうベルトルト)

ベルトルト「なぁ」

ユミル「何だよ」

ベルトルト「お前は何で訓練中本気出さないんだ?」

ユミル「めんどくせぇから」

ベルトルト「そっか」

ユミル「お前こそ何でだよ」

ベルトルト「僕は本気だよ。顔に出ないだけさ」

ユミル「サシャがお前は訓練中本気出してない、って」

ベルトルト「サシャの勘も万全じゃないって事さ」

ベルトルト「……僕の母さんが厳しい人でね。苦しそうな表情をすると怒られたんだ」

ユミル「お前も狩人か何かだったのか?」

ベルトルト「ははっ……まぁ似たようなものかな。生きるために必要なスキルだったんだ」

ユミル「……何か嫌な事聞いちまったか?」

ベルトルト「そういう気遣いは無用だよ」

ユミル「そっか」

ベルトルト「ユミルって俺と二人きりの時は態度変わるよな」

ユミル「うるせぇ!!」

ユミル「ところで……その一人称はわざと使い分けてるのか?」

ベルトルト「? 何が?」

ユミル「いやだから『俺』ってのと『僕』っての」

ベルトルト「僕はいつも僕って言ってるだろ」

ユミル「お前……病気なんじゃないか?」

ベルトルト「何だよ藪から棒に」

ユミル(いや藪どころか正面から向き合って棒を差し出すレベルだろ……)

ユミル(待てよ。もしかして一人称が変わるのは私と居る時だけ)

ユミル(……)

ベルトルト「ユミル? 大丈夫か?」

ユミル「ああ! 何も問題は無かったみたいだ! 私も! お前も!」

ベルトルト「どうしたんだよ急にハイテンションになって」

ユミル「あーもういいよ! ほら! 早く街へ行くぞ!」

ベルトルト「はいはい。分かりましたよユミル様」

朝 街の大通り

ユミル「そうか。今日は市場の日か」

ベルトルト「通りが人で一杯だな」

ユミル「適当にぶらつくか」

ベルトルト「そうだね」

ベルトルト「へぇ馬まで売ってるのか」

ユミル「おい見ろよベルトルト。こいつなんて面長でお前そっくりだぞ」

ベルトルト「いやいや」

ユミル「あっ、こら顔を舐めるな! よし! お前は今日からベルトルト・フーバーだ!」

ベルトルト「いや、切実にやめてくれ」

店の人「お客さん、買わないなら売り物に触らないでくれるか?」

ベルトルト「すいません! ほら、行くよユミル」

ユミル「ああ、私のベルトルト・フーバーが!」

ベルトルト「恥ずかしいからほんと止めろよお前!」

ユミル「か……かわいい……」

ベルトルト「犬か。こんなものまで売ってるんだ」

ユミル「知ってるのかベルトルト!?」

ベルトルト「うちの村も狩猟をするからね。……犬種は違うようだけど」

店の人「この犬は食用だよ」

ユミル「!? 食用!?」

ベルトルト「……犬も食べるのか」

店の人「丁度今焼いたのがあるから食べるか? コリコリして美味しいぞ!」

ユミル「……この人でなしがぁああああああ」ガッ

店の人「いってぇ!」ボコッ

ベルトルト「やば、逃げるぞユミル!」

ユミル「どうしてお前はこんな可愛い生き物を殺せるんだ!? 言ってみろ!」

店の人「誰か憲兵団を呼んできてくれ! この女が俺に暴力を!」

ベルトルト「本当にすいません! ほら行くよ!」

ユミル「ちくしょう! ちくしょぉぉおお!!!」

ベルトルト「はぁ、はぁ……市の終わりまで来ちゃったね。さすがにもう追ってはこないだろうと思うけど」

ユミル「……」

ベルトルト(まだ落ち込んでる)

ベルトルト「……もしかしてユミルの前世は犬なのかもね」

ベルトルト「犬が好きだし、顔が犬っぽいし……」

ユミル「……」

ベルトルト「……」

ユミル「ベルトルト、これ見て」

ベルトルト(落ち込んでるんじゃなくて商品に夢中だったんだ)

ベルトルト「銀の指輪か」

ベルトルト「何も装飾が無いのが良いね。全体のデザインがおしゃれだ」

ユミル「お前……意外と見る目あるな」

ベルトルト「余計な御世話だよ」

ユミル「……」

ベルトルト「欲しいのか?」

ユミル「……まぁそんなところ」

ベルトルト「買ってやろうか?」

ユミル「っ! 何でテメェに買ってもらわなくちゃなんないんだ!」

ベルトルト「サシャ風に言うなら買って欲しそうな顔してたから」

ユミル「……お前、良い根性してるよ」

露天商「いいよ。銅貨十枚だ」

ユミル「おいおっさん。ぼったくりすぎだろう。値札に一つ銅貨八枚って書いてるぞ」

露天商「ふむ。銅貨三枚ほど割引したんだけどね」

ベルトルト「あはは。なるほど。そういう事か」

ユミル「ってどういうことだよおい!」

ベルトルト「じゃあ下さい」

露天商「はいよ。確かに十枚頂いた。指にはまるやつを選んでくれよ」

ユミル「おいベルトルト! 一体どういう……って何で指輪二個貰ってるんだ?」

ベルトルト「見た通りだよ」

ユミル「あっ……」

露天商「君らは見たところ訓練兵団の人間だね?」

ベルトルト「ええ」



露天商「そこの裏路地の通りに金属加工の達人が居る。シーナから引っ越してきた男でな。

露天商「超硬質スチールの金属比率は俺が考えたって豪語してるんだが実際に腕も良いから仕事を任せたりもしてるんだ」

露天商「ちょっとこの食い物と仕事の材料を届けるついでに指輪に名前彫って貰ったらどうだ?」

ベルトルト「確かに話は有り難いのですが……」

ユミル「おいおっさん。……私たちを信用していいのか」

露天商「その言葉だけで十分信用に足るよ。それにこれでも見る目はあるほうなんだ」

ベルトルト「何故僕たちにそこまで?」

露天商「そうだね。おっさんの気まぐれさ! 久しぶりに見る目のある客が来てくれて嬉しいんだよ」

ユミル「けっ」

ベルトルト「ありがとうございます」

露天商「じゃあこれだから。よろしく頼むよ。そこの路地の突き当りだから」

ユミル「はいはい。分かった分かった。行きゃいいんだろ」

ベルトルト「色々ありがとうございます」

露天商「あ、そうそう。彼氏君」

ベルトルト「俺の事ですか?」

露天商「君はもっと彼女さんに甘えても良いと思うけどね」

ユミル「おーいベルトルト。早く来いよ」

ベルトルト「……善処します」

露天商「ま、縁があったらまた会おう。訓練頑張ってね」

鍛冶屋「あぁ!? 露天商の使いだぁ?」

ベルトルト「は、はい」

鍛冶屋「よく来てくれたな!!!!! まぁ茶でも飲んで行けや!!!!!」

ベルトルト「い、いえ」

ユミル「結構です」

鍛冶屋「そうか! じゃあ俺に出来る範囲でお前らの役に立ちたいんだが何かあるか?」

ベルトルト「いえ。大丈夫ですよ。荷物を持ってきただけですから」

鍛冶屋「謙遜するな! 何かあるだろう!」

ベルトルト「……どうしてそんなに良くしてくれるのですか?」

鍛冶屋「ああ!? そりゃあ俺が人の役に立つためだよ」

鍛冶屋「ウォールマリアが落とされたと聞いていてもたってもいられなくなっちまって」

鍛冶屋「頼まれた超硬質ブレードの作成はもう終わったから別の形で人類に貢献したかったんだ」

ベルトルト「……」

ユミル「……」

鍛冶屋「湿っぽくなっちまったな!! まぁそんな仰々しい物じゃなくてもいいんだ!」

鍛冶屋「若い男女の役に立てれば十分幸せだ!」

ユミル「……おっさん。指輪の裏に文字を彫って欲しい」

ベルトルト「……!」

ユミル「私のにベルトルト」

ユミル「こいつのにユミル……ってさ」

鍛冶屋「そうか! そっちのデカいのがユミルでお前がベルトルトか! お前男みたいな名前だな!」

ベルトルト「ブフッ」

ユミル「ちげぇよ馬鹿親父!!! 私がユミルだ!」

鍛冶屋「ああ! そういう事か! 待ってろ! すぐ彫る!」

ユミル「……頼んだ」

ユミル「すげぇ」

ベルトルト「こんなに小さく文字を刻めるなんて……」

鍛冶屋「ああ! 俺は落ちてきた鉄塊のせいで脳みそパーだからな! これが売りだ!」

ユミル「……さっきは馬鹿なんて言って……その、すまん」

鍛冶屋「まぁ鉄塊のくだりは嘘なんだけどな!」

ユミル「やっぱ死ねよ馬鹿親父!!」

鍛冶屋「まぁ縁があったらまた会おうや!」

ベルトルト「はい」

ユミル「また会うまで巨人に食われるんじゃねーぞ」

鍛冶屋「そん時はそん時だ! ガハハ!」

ベルトルト「気のいいおじさんだったね」

ユミル「気持ちのいいくらい豪快なおっさんだったな」

ベルトルト「指輪もぴったり……」

ユミル「……」

ユミル(何だか今更恥ずかしくなってきたな)

ベルトルト「なぁユミル。何で指輪に俺の名前彫ったんだ?」

ユミル「何で、って何だよ」

ベルトルト「いや、俺でいいのかな……って思った」

ユミル「……良く無かったら彫らねーっつーの」

ベルトルト「……へぇ」

ユミル「もうこの話題は終わりだ! 次行くぞ次!」

クリスタ「指輪……」コソコソ

ライナー「あいつら……」コソコソ

クリスタ(私は夢を見ているのだろうか)

クリスタ(見てるこっちが恥ずかしくなってくるよ)

サシャ「何だか違和感がありますね」コソコソ

アニ「……うん」コソコソ

エレン「お前ら何やってるんだよ」

ミカサ「非常に興味深い」コソコソ

アルミン「人の恋路を邪魔しちゃだめだよ」コソコソ

ベルトルト「この味付けおいしいな」

ユミル「ちょっと高いけど行けるな」

ベルトルト「サシャに買ったら喜びそうだね」

ユミル「ああ、買っとくか」


サシャ「二人ともなんて慈悲深い!」

クリスタ「サシャ声が大きい!」コソコソ

ミカサ「……不思議、ユミルは違う女の話をされても動揺してない」コソコソ

アルミン「恐らく指輪の効果だろうね。ユミルはもう十分な安心感を得ているんだ」コソコソ

アルミン「だから他の女の子に対しても余裕が生まれているんだよ」コソコソ

アニ「なるほど」コソコソ

ミカサ「人の心は形に出来ないけれど、想いは形にして見える。興味深い」コソコソ

ユミル「少し食べ過ぎたな」

ベルトルト「じゃあ広場でちょっと休憩しようか」

ユミル「そうだな」

クリスタ「おっ広場に行ったよ」コソコソ

ジャン「あの野郎、衆目を気にせずイチャイチャしやがって」コソコソ

サシャ「ユミルの追跡に訓練兵のみんなが集まってる気がしてきました」コソコソ

ベルトルト「結構食べちゃったね」

ユミル「普段はサシャに食われっぱなしだしな」

ベルトルト「あはは」

ユミル「ふふっ」

ベルトルト「結構食べちゃったね」

ユミル「普段はサシャに食われっぱなしだしな」

ベルトルト「あはは」

ユミル「ふふっ」

クリスタ「おおっ!」コソコソ

サシャ「ユミルが笑いましたよ!」コソコソ

ライナー「笑顔に少しだけ、少しだけきゅんと来てしまったのはナイショだ!」コソコソ

ジャン「ユミルって何気に良い声してるよな」コソコソ

ベルトルト「それは何故人は芋を食べるのかという質問でしょうか」

ユミル「あはははは!! ひーっ、ひーっ! 思い出しただけで腹がっ!」

ベルトルト「はん……ぶん……?」

ユミル「サシャ、それ全然半分じゃない! 半分じゃない! ひっひっひっひ」

サシャ「……」

クリスタ「……」

ライナー「……」

ベルトルト「あれ、結構喋っちゃったね」

ユミル「もう日暮れか。門限は本当に面倒だな」

ベルトルト「じゃあ帰ろうか」

ユミル「そうだね」

ベルトルト「ほら」スッ

ユミル「……その手は何?」

ベルトルト「いやユミルの手を握りたいなと思って」

ユミル「……馬鹿な奴」スッ

ベルトルト「ありがとう」ニギッ

クリスタ「……」

サシャ「……」

ライナー「……」

ユミル「ベルトルトの手が何だか汗っぽい」

ベルトルト「ユミルの手を握れて緊張してるんだ」

ユミル「っ……」

ジャン「……」

アルミン「……」

アニ「……」

夜 訓練所出口

ベルトルト「着いた」

ユミル「……いつまで手握ってるつもりだ」

ベルトルト「俺が飽きるまで」

ユミル「っ!!!!!……好きにしろっ!」

ベルトルト「今日はどうだった?」

ユミル「……楽しかった」

ベルトルト「俺もだ」

ユミル「……」

コニー「ベルトルトってあんな性格だったっけ?」

クリスタ「コニー黙ってて今大事なとこだから!」コソコソ

サシャ「何故か私までドキドキしてしまいます」コソコソ

ベルトルト「楽しい今日の最後に特別な思い出が欲しいんだ」

ユミル「思い出?」

ベルトルト「キスがしたい」

アニ「ちょっ!?」

ライナー「おい……嘘だろベルトルト」コソコソ

コニー「なぁ、ベルトルトの言ってることが分んねえのは俺が馬鹿だからじゃないよな!?」

アルミン「分かったから黙ってろ馬鹿!!!!!!!!」コソコソ

ユミル「……」

ベルトルト「駄目か?」

ジャン「ここで強制しないだと!?」コソコソ

サシャ「ひ、卑怯ですよベルトルトそれは!!!」コソコソ

ミカサ「あれが、本当に、ベルトルト?」コソコソ

ユミル「……駄目じゃない」

ベルトルト「ありがとう」

ユミル「感謝するくらいなら、んっ」

サシャ(おお……ベルトルトから有無を言わさず……)

クリスタ(接吻してる)

クリスタ(女子の男子にしてほしいキスの仕方調べ850年バージョンで女子の圧倒的な支持を受けてランキング一位に輝いた身長差を生かした上からのキスダァァァァアァァァ)

クリスタ(……)

クリスタ(二人とも身長高いから絵になるなぁ)

クリスタ(……)

クリスタ(色恋沙汰は食べてみると意外と重いんだね)

クリスタ「……解散しよっか」コソコソ

サシャ「……はい」コソコソ

ミカサ「……良いものが見れた」コソコソ

ライナー「これ以上は野暮ってもんだな」コソコソ

コニー「お、おいキスしてるぞあいつら!? おーいベルトルトぉ!!!!!!!!!!!」

皆「!!??」

コニー「おい無視すんなよ! 何でお前ユミルとキスして……」

ミカサ「コニー、あなたは、生きていてはいけない」

アニ「削ぐ」

アルミン「君は死ぬべきだよコニー」

サシャ「当分貴方のご飯は私がもらいます」

ライナー「俺がコニーを抑えるからお前らはその間に削げ」

ジャン(言えない……コニーの気持ちが分かるだなんて言えない……)

ユミル「お、お前らいつから居たんだ?」

クリスタ「えっとその、ごめんなさい!!!!!」

ユミル「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」

ベルトルト「……」

サシャ「ベルトルト……ごめんなさい」

ユミル「うあああああああもうやだあああああああああああ」

ベルトルト「今日のセッティングをしてくれたのは君達だしね。寧ろ感謝してるよ」

ユミル「予想すべきだった! 当然予想すべきだったんだ!!!!!」

ベルトルト「だから気にしないでいいよ」

ユミル「うおおおおおおおおおおお」

夢を見た

俺の隣でユミルが優しげに笑っている夢

俺も心の底から笑っていた

指には銀の指輪が見える

俺達は手を繋ぐ

彼女は帰ろうと言う

何処に帰るのかと俺が聞くと

俺達の家だと言う

温かな我が家

俺は彼女となら幸せになれる

そんな気がする

俺達は家に着いた

今日は俺が好きな肉じゃがらしい

席に着く

彼女が料理を運んできてくれる

それを二人で食べる

美味しいと告げると彼女は照れ隠しで俺を馬鹿にする

心地が良い


「本当に君が幸せになれると思っているのかい?」

誰だ

「君には使命があるんだよ」

うるさい

「君は戦士だ」

うるさい

「大体、巨人である君を彼女が好きになる訳ないじゃないか」

視界が光と共に一気に広がる

「巨人と人間は一緒には居られないんだよ」

この感覚は

「ほらもう殺しちゃったじゃないか」

俺は完全に巨人化しきっていた

足元にさっきまで彼女と居たはずの、潰れた家が見えた

大きすぎて動きがもたつきながらも足を上げるとぶちぶちに潰されて脳漿と内臓をまき散らした彼女の平べったくなった体が見えた

完全に死んでいる筈なのに生きているわけがないのに口元が動く

どうして、ベルトルト

違うんだ

俺だって本当はこんなことしたくないんだ

助けてくれ

助けてくれユミル

俺を助けてくれ

次の日は朝から雨だった。
立体機動装置を使った山岳踏破訓練は予定通り決行された。

朝 山への登山口

ユミル「よぉベルトルさん! 同じ班か。頑張ろうぜ!」

ベルトルト「ユミルか。頑張ろう」

クリスタ(昨晩もだえ苦しんだ結果、ユミルは開き直りました)

ライナー「よろしくなみんな」

ダズ「な、何か俺場違いな気が……」

私とダズ、クリスタ、ライナー、ベルトルトが同じ班になった。
だが班と言っても今回は個人競技の意味合いが強い為、表だって堂々と他人の支援は出来ない。
立体機動の成績が近い者同士が互いを監視し合う為の班分けだと思う。

ベルトルト「そうだね。頑張ろう。クリスタ、ユミル、ダズ」

ライナー「じゃあ行くか。まずはあの山の麓まで飛ばすぞ」

ユミル「おう。行くぞクリスタ」

クリスタ「うん!」

私は昨日の出来事をあまり考えないようにしていた。
それでも指に光る銀の指輪を見ると少しだけ口角が上がってしまう。

一行は順調に進み、ほぼ予定通りに山登りを始める。
今回の行軍の最大の難関、三百メーター以上の高さを持つ反り立つ岩壁だ。
臆病風に吹かれ壁に対して十分な射角が取れなければ登る事が出来ず、途中でガスが切れてしまいリタイアとなる。
より遠くにアンカーを飛ばすためには壁面にほぼ垂直になる事が要求される。

ウォールを上る事を想定した訓練なのだろうが、何もこれ程高い山で行う必要は無い気がする。

我々は既に二百メートル地点へと辿り着いていた。


ライナー「くっそ。何回やっても慣れんなこれは。みんな! ガスは大丈夫か!」

クリスタ「大丈夫! でもさすがにこの高さは……」

ユミル「おいクリスタ! 下見んな!」

ベルトルト「……」

ダズ「ひ、ひぃぃぃぃ」

ライナー「! おいベルトルト! 射角開きすぎだ! その角度じゃ壁面に」

刺さらないぞ、ライナーはきっとそう続けようとしたのだろう。ベルトルトの放ったアンカーは二つとも壁に弾かれ、彼の身体はゆっくりと下へ傾いていった。

ダズ「へ? へぇぇぇえっぇえええええ!?」

ベルトルトは真っ逆さまに落ちてゆく。
勿論立体機動装置があればある程度の高さでも対処することが出来る。
しかし彼は何ら微動だもせずただ落ちてゆく。

ダズ「ひぃぃいい」

クリスタ「ベルトルト!」

ライナー「ベルトルトおぉぉぉ!」

皆の悲痛な叫びもむなしく響くだけだった。
落ちてゆく彼が私の横を取りすぎる時、横顔が少しだけ見えた気がした。
私はその表情に激しい感情を覚えた。

ユミル(なぁおい……)

ユミル(なんでお前は笑いながら落ちていくんだよっっっ!!!!!!)

アンカーを巻き取ると重力に任せて体を下に向け、思いっきり壁を蹴った。
それでもまだ足りない。彼に届かない。
彼は物凄い速さで下に落ちてゆく。
右のアンカーを下方の壁に向けて放つ。刺さるとすぐにガスの消費も気にせず吹かしてワイヤーを限界まで巻き取り、刺さったアンカーは体を右回転させ無理やりねじり取る。
巻き戻しのアンカーの穂先が頬を掠る。
肉が深く切れる感覚がした。

それでも足りない。
彼には手が届かない。

「とどけぇえええええ!!!」

左のアンカーを彼に向けて発射する。

なるべく手足が良いが我儘は言えない。
このままではどのみち終わりなのだ。

幸い、アンカーは彼の太ももにがっちりと食い込んだ。

「よしっ!」

落下するエネルギーを消失させるために私の身体にはかなりの負荷がかかるだろう。
まず彼に背を向け、右のアンカーを壁面に打ち直す。

「うらああああああ」

重さがかかるのは一瞬。
その一瞬さえ乗り越えてしまえばこちらのものだ。

左のワイヤーを巻き取ると同時に右のワイヤーも巻き取る。
ガスを思いっきり吹かせ落下エネルギーを殺す。

通常の立体機動を行うよりも遥かに強い力が私の身体を砕こうとする。

「負けるかぁああああ!!!!!」

ギュリギュリと重く嫌な音を立てながらも立体機動装置は役目を果たそうとした。

最後の一瞬まで。

金属が裂けた音の後に体は宙を舞った。
どうやら留め具の部分が過負荷でバラバラになってしまったらしい。
どう見ても高さは百メートル以上残っている。

死ぬのはそれほど怖くなかった。彼を助けられない事の方が悔しかった。
何故彼は死のうとしたのかの方が気になった。


破裂音。
大砲を撃った時のような大きな音が下で起こった。

その直後、背中に温かな手が添えられたような気がした。
私の頭を撫でた大きくて優しい手。

私の意識はここまでだった。

ユミル「……あれ? 生きてる」

我ながら間抜けな言葉が出たものだ。

ベルトルト「おはよう。と言っても夜なんだけどね」

すぐ上から声がした。

ユミル「ベルトルト?」

ベルトルト「ああ。そうだよ」

からくりは簡単だ。ベルトルトが腰を下ろした状態で私を抱きかかえていたのだ。
当然身長差で彼の声は上から聞こえる。

ユミル「随分と長い間寝てた気がするな」

頭に血が行ってない感覚がある。体に力も入らない。

ベルトルト「心配しなくていいよ。半日くらいだ」

ユミル「! そうだ。訓練で岩壁登らされて!」

ベルトルト「……」

ユミル「クリスタは!? サシャは!? というか夜中なのにこんな場所に」

ベルトルト「大丈夫。この場所は、もうそういう事を心配しなくてもいい場所だ」

この場所は見たことも無い森の中だった。ベルトルトは大きな木の根元に腰を下ろして、更に私はその彼を大きなベッドに見立てて眠っていた様だ。

ベルトルトの雰囲気はおかしかった。

全身が脱力感に包まれているというか、投げやりになってしまっているというか。

ユミル「……お前何で自殺しようとしたんだ」

ベルトルト「ユミルには譲れないものってあるかい?」

ユミル「……自分の意思かな」

ベルトルト「僕にもあるんだ。自分の意思の更に奥、意思の基盤になっている部分が」

ユミル「……」

ベルトルト「それが戦士としての誇りだ」

ベルトルト「君があの日、僕と格闘術の訓練をするまで、僕は戦士だった」

ベルトルト「何も考えないただの機械だった」

ベルトルト「でも思い出したんだ。君と、クリスタとサシャと触れ合っている内に、戦士で無かったころの自分の記憶を」

ベルトルト「結論だけ言うと俺はある時期から記憶がおかしくなっている」

ベルトルト「今まで僕に教育を施してくれた女性、俺は『母さん』と呼んでいた人なんだけど、彼女は俺の母親じゃなかった

ベルトルト「思い出したんだ。この記憶は間違いだと」

ベルトルト「その事に明確に気付いた時、俺の自我は壊れかけた。今まで信じていたものが急に偽物だと言われて困った」

ベルトルト「それでも、戦士としての誇りはついてまわった。全部忘れて昔の自分に戻りたかったけど、無理だった」

ベルトルト「昔の自分に戻って本当の人生をやり直す事と、村の戦士として僕が仕事を果たす事は両方俺にとって重要な意味を持ってるんだ」

ベルトルト「例えそれが矛盾し合うとしても、だ」

ベルトルト「僕が戦士としての役割を果たせば人類は死滅する」

ベルトルト「でも俺にとっての故郷は偽物だったんだ。今僕が愛着を感じているのはこの壁の中だ」

ベルトルト「戦士としても戦えないし、忘れようとしても戦士である自覚は忘れることが出来ない」

ベルトルト「だから……矛盾なく死ぬ道を選ぼうと思ったんだ」

ユミル「……」

ベルトルト「ごめんな。意味わからないだろ」

ユミル「私にも昔話させろよ」

ベルトルト「……」

ユミル「ある村に一人の女の子が居ました」

ユミル「村の皆は仲よく、みないい人達です」

ユミル「ある日、悪くて強い隣の村の奴らが攻めてきました」

ユミル「敵の代表は言います」

ユミル「『誰か一人生贄を差し出せ。そうすればみんな助けてやる』」

ユミル「敵の代表は仲の良い村人達が互いに争う姿が見たかったのです」

ユミル「敵の代表の思惑通り村人達は口汚く言い争いを始めます」

ユミル「女の子は、大好きな村が壊れてしまうのが死ぬほど嫌でした」

ユミル「だから」

ユミル「生贄になる道を選びました」

ベルトルト「……」

ユミル「女の子は殺されました」

ユミル「その後で天国から自分の村を見ました」

ユミル「村は隣村の悪い村長の思惑通り隣人同士が対立し合う険悪な村になっていました」

ユミル「女の子は考えました」

ユミル「次生まれ変わったら好きなだけ遊んで好きなだけ楽をしてやろう、と」

ユミル「ちゃんちゃん」

ベルトルト「……」

ユミル「私がこの寓話から学んだことは、まず逃げた先には何も無いって事だ」

ユミル「女の子は武器を手に取って立ち向かうべきだったんだ」

ユミル「それが大好きな村を守れる最善の方法だったんだ」

ユミル「一人だけの生贄とか、村の救世主とか、そんな大義に憧れて目がくらんじまって現実が見えてなかったんだ」

ユミル「それに無理して大義なんかにしがみつく必要は無いんじゃないかって今は思うね」

ユミル「大義を守る人生も、守らない人生も、等しく価値が無いんだから」

ユミル「東洋では楽と楽しいの文字が一緒なんだ」

ユミル「つまりラクなのは楽しいんだよ」

ベルトルト「それはちょっとどうかと思うけど……」

ユミル「はっ、確かにな」

ユミル「お前あの手先が器用な鍛冶屋のおっさん覚えてるか?」

ベルトルト「ああ」

ユミル「私はあの人見た時に『ああ、これだ』って思った」

ベルトルト「……」

ユミル「大義や道理なんてものを守るために彼は動いてるわけじゃない」

ユミル「自分がやりたいようにやって、結果として大義が後からついてきてるだけなんだ」

ユミル「勿論、彼なりの哲学とかルールがあるのかもしれないし、その哲学とかルールも外側の奴らに押し付けられたのかもしれない」

ユミル「でもあのおっさんは自分で選んであの形を掴みとったんだ」

ユミル「あー、何が言いたいかというとだな」

ユミル「身の丈に合ってないもの服を着たって、それを着せたい奴しか結果的に得しないって事だ」

ユミル「無理なんてしなくていいんだ。サイズの合わない指輪とか靴とかつけたり履いたりしても似合わないし格好悪いし色々最悪だ」

ユミル「お前にとって戦士の誇りってのは何だ? 着たものか? 着せられたものか? 着てて分かんないならもう一遍脱いで自分と向き合ってみろ」

ユミル「……長くなったが、私が言いたいのはこれだけだ」


ベルトルト「……あの壁の中には人の表情見て中身を判断する人間が多すぎる」

ユミル「嫌いじゃなさそうな口ぶりだけどな」

ベルトルト「お節介でも優しい連中は嫌いになれないんだ」

ユミル「分かるよ。それ」

ユミル「サシャがさ、お前が凄い顔してるって言った日あっただろ?」

ベルトルト「ああ」

ユミル「私は『あ、泣きそうな顔だ』って思ったんだ」

ユミル「昔私も同じ顔してたから」

ユミル「目に見えない大きなものに翻弄されて困ってる人間の顔なんだ。あれ」

ユミル「だから余計ほっとけなくてな」

ベルトルト「……」

ベルトルト「ユミル、君は……」

ユミル「お前に色々聞きたいことはある」

ユミル「まずここは何処なのか、何故私はあの状況から助かったのか、お前は何者なのか」

ユミル「でもこいつらはいい。私が今生きていて私がお前にもたれかかって座ってる」

ユミル「それが全てだ。それでいい」

ユミル「質問は一つだけに絞る」

ユミル「お前は私の事どう思ってるんだ」

ベルトルト「ユミル」

ユミル「……何だよ」

ベルトルト「匂いを嗅がせてくれ」

ユミル「は?」

ベルトルト「俺はユミルの匂いが好きなんだ」

ユミル「へ?」

ベルトルト「いいか?」

ユミル「い、いいかってお前……」

彼は何も言わずに私を後ろから強く抱き締める。力が強くろくに抵抗出来ないまま、なすがままに身を任せる。彼の鼻が首元に押し付けられる。

ユミル「ふぃっ!」

鼻息が首筋に直接当たりくすぐったい。体をくねらせ逃れようとするが、腕の力が強すぎて全く動けない。

ユミル「ちょ、恥ずかしいだろこれ!」

ユミル「どんだけ変態なんだよお前!」

ベルトルト「……」

彼は一心不乱に私の匂いを嗅いでいる。まるで動物のように。どんなシチュエーションなのだこれは。頭が奥の方からクラクラしてきた。

ユミル「おい! 聞いてんのか!」

ベルトルト「……」

ユミル「もう……好きにしやがれ!!」

抵抗するのも面倒だ。そのまま彼に体を預けて休ませてもらう事にした。

行き場の無い視線の置き場を求めて空を見上げると、星がよく見えた。

ユミル「……」

ユミル「みんなただの点だとか、ただ光ってるだけで役にも立たないと言うが私は星が好きだ」

ベルトルト「……」

ユミル「ただ光って何の役にも立たない点が特に好きだ」

ユミル「まるで私達みたいじゃないか」

ユミル「それに、私たちは役に立つことだけやって生きているわけじゃないんだからさ」

空の星はとても綺麗だ。

首筋に何か落ちてくる。

ユミル「……泣いてるのか? ベルトルト」

ベルトルト「……空からの流れ星が当たったんだろ」

ユミル「……そりゃお前にしては夢のある話だ。そういう事にしといてやるよ」

ベルトルト「思い出したんだ」

ユミル「言ってみろ」

ベルトルト「ユミルの匂いは」

ベルトルト「本当の母さんの匂いに似てるんだ」

ユミル「……そうかよ」



ベルトルト「これ以上君の前で泣くつもりは無かったんだけどね」

ユミル「人間はどうせ一人じゃ生きていけないんだ」

ユミル「誰かに甘えてもいいと私は思うがね」

ベルトルト「……」

ユミル「お前は甘え方を忘れてしまった馬鹿だ」

ユミル「私が特別に甘え方を教えてやる」

ユミル「まずはステップ1だ。私を抱きしめて思いっきり、好きなだけ泣きやがれ」

ユミル「飽きるまで付き合ってやるよ」

ベルトルト「……」

ユミル「お前はよく頑張ったよ。ベルトルト」

彼女の言葉に、感情は関を切ったかのように溢れ出す。動きを止めていた心臓が自分の動きを思い出したかのような。
そんな、なんでもない当たり前の動作。

ベルトルト「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」

ユミル「そうそう。泣け泣け。どんなに気持ち悪くても私がお前を肯定してやる」

私の服に滲む涙は、服にしみ、肌を通り、私の心まで直接流れ落ちている気がした。

ベルトルト「ごめんよ母さん……助けられなくてごめんよ……」

ユミル「全く……。ガキは嫌いな筈なのにな畜生」

夜が明けるまで彼は一心不乱に泣き続けた。感情を抑えた。

ユミル(生きるのに資格なんて必要ないけど)

ユミル(誰かに依存されると『この世で生きて良い、お前には価値がある』と言われてるみたいで満足感のある私もどうしようもないな)

ユミル(どうしようもなく生きてんだな私らは)

夜明け頃、彼は糸の切れた人形のように動作を止め眠りについた。

ベルトルト「……ユミル」

ユミル「! 何だお前起きてたのか」

ベルトルト「……ユミ……ル」

ユミル(寝言かよ)

ユミル(……)

ユミル(ちょっと可愛いじゃねぇか畜生)

ユミル(というか質問の答え返してもらってない)

ユミル(……)

ユミル(まぁいいか)

彼の姿を見ながら私も再び眠った。

私が再び目覚めた時、私たちは現実と向き合わなければならない。
逃げられはしない。例えどんなに苦しくとも夜は明け、日は暮れ、世界は動き続ける。

それでも彼と一緒ならどこまでも立ち向かえる気がする。

好きと言ってもらわなくてもいい。
これはきっと確認も見返りも必要の無い感情なのだ。
陳腐にも言葉にしてはいけない気すらしてきた。

さぁ安らかに眠ろう。
夢を見よう。
おやすみなさいベルトルト。
願わくば私の夢と彼の夢が同じものでありますように。

終わり


まずここまで読んでいただきありがとうございます。

途中ご支援してくれた方本当にありがとうございます。
支援レスは本当に本当に本当に嬉しかったです。

思いのほか長くなってしまいました。
多少つじつまがアレでもSSならアレ出来る事をアレです。

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