【アイマス×モバマス】たくさんの、小さな幸せ (40)

・アイマス×モバマス
・千早とライラさんが一緒に番組をやっている世界線
・基本地の文

予定は未定の外伝的なお話
よろしければお付き合いください

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今、ライラさんはちょっとだけ悩んでいますです。
どうしたいのか、ということははっきり決まっているのでございますが。
どうしたらいいのか、その答えが見つからないのです。


事務所のソファに腰かけて、スケジュール帳を開きます。
ライラさんの手よりも、もっと大きいスケジュール帳でございます。
これがびっしりと予定で埋まるようになるといいのでございますが。
今はまだ、何も書いていない所の方が多いですねー。

この手帳はプロデューサー殿が買ってくださいました。
自分でスケジュール管理が出来るようになる為と、もう一つ。
日本語を書く練習が出来るように、でございます。

ライラさんまだ日本語を書くのは得意ではございませんので。
大きな字になっても大丈夫なこの手帳は、とてもお気に入りでございます。

「うーん」

赤い丸で囲んだ日付とメモ書きを見て、思わずため息が出てしまいました。
どうしたらいいのでございましょうか。

「『さしよやさん』ってなんですか?」

「ほえ?」

ライラさんどうやら周りが見えていなかったようでございます。
気付くと、後ろからフゴフゴさんが覗き込んでおられました。

「さしよやさん……?」

ですが、何をおっしゃっているのかよく分かりません。
振り向いてお訊ねすると、フゴフゴさんはパチパチと瞬きをされています。
くりっとした丸い瞳が、とても素敵ですねー。


――――――
――――
――

「あははー、ごめんなさい」

「いえいえ、間違っていたのはライラさんなのですよー」

しばらく二人ともお互いの目を見たまま固まってしまいました。
ですが、そうなった原因はライラさんが書いた字だったのでございます。
ちゃんと書いたつもりだったのですが、間違っていたみたいですねー。

「日本語、難しいでございますねー」

「上手になってると思いますよ?」

確かに、少しだけなら書けるようになってきましたです。
でも、今のライラさんは日本でアイドルをしているのですから。
貰ったお手紙をちゃんと読めるようになって、お返事書けるようになりたいでございますから。

もっともっと、お勉強頑張らないといけませんですねー。


「はい、どうぞ!」

決意も新たに顔を上げますと、目の前にはパンがありました。
顔を左に向けると、フゴフゴさんのニコニコ顔があります。

フゴフゴさんは何故パンを差し出しているのでしょうか。
よく分からないまま受け取ってしまいましたです。

「フゴフゴさん?」

「はい、なんですか?」

分からないことは聞けばいいのでございますよ。

「何故パンをくださるのですか?」

「お腹が空いているといい考えが浮かびませんからね!」

「おー……」

確かにライラさんは考え事をしていましたです。
でも、そのことをご相談したことはなかったと思いますですが。

「どうしてお分かりになったのでございますか?」

「ライラさん、こーんな顔してましたよ?」

そう言うと、フゴフゴさんは眉の間に人差し指を当てます。
指をグイッと上げると、困ったような八の字が出来上がりました。

「あんな顔のライラさんは珍しいですからね、あははー」

どうやら、知らないうちに顔に出てしまっていたようでございます。
ライラさんは分かりやすいと、よく言われているのを思い出しました。


「よろしいのでございますか?」

受け取ったパンを少しだけ持ち上げて確認をします。
フゴフゴさんにとってのパンは、ライラさんにとってのアイスのようなものなのです。
ですので、ちゃんとお聞きしないといけないと思ったのですよ。

「はいっ、一緒に食べるともっと美味しいですから!」

ご自分のパンを用意しながら、とても素敵な笑顔でおっしゃいました。
きっとそうお答えになると、分かっていたのではございますが。

「えへへー、ありがとございますですよー」

サクサクふわふわのパンを並んでいただきます。
フゴフゴさんのパンは、やっぱりとても美味しいでございます。

実は前にも、同じようなことがあったのでございます。
あの時は事務所ではなくて公園でございましたが。

その時のライラさんはご飯が食べられなくて、少し元気がなかったのです。
そこに通りかかったフゴフゴさんは、鞄から出したパンを分けてくださいました。
ベンチに並んで、一緒にパンを食べて。
素敵な笑顔で、今と同じ言葉をくださったのです。

みちるさんをフゴフゴさんと呼ぶようになったのも、それがきっかけでございました。


「フゴフゴ、フゴゴッ」

隣のフゴフゴさんは、見ていて気持ちがいい食べっぷりでございます。
何だか幸せですねー。

「ところで『ちはやさん』というのは、如月千早さんのことですか?」

いただいたパンを食べ終わると、そう聞かれましたです。
開いたままの手帳は、2月25日に印が付いています。
その日は如月千早さんのお誕生日なのでございます。

「そうなのですよー」

千早さんは同じ事務所の方ではないのですが、一緒に番組をやっているのです。
色んなお話をして、たくさんのことを教えていただきました。

大切なお友だちで、お姉さんのような方で、ライラさんの目標の一人でもあるのですよ。

「いつもありがとうございますという、お礼のプレゼントをしようと思うのです」

「なるほど、それはいいですね!」

「ですが、何を差し上げたらいいのでございましょうか?」

折角ですので、喜んでいただけるものをお贈りしたいのです。
では、何をプレゼントしたら喜んでいただけるのでしょうか?

「貰って嬉しいのは、やっぱり好きなものですよね」

「なるほどー」


千早さんの好きなもの、なんでございましょうか。
そういえば千早さんのプライベートなお話、あまりしたことがございませんでした。
もっといろんなお話、したいですねー。

「では、フゴフゴさんは何を貰ったら嬉しいですか?」

「パンですね!!」

「おー」

思った通りの答えが返ってきました。
フゴフゴさんは、やっぱりフゴフゴさんでございます。

「でも、大切なのは気持ちだと思うんです」

体ごとこっちに向いたフゴフゴさんは、ニコニコ顔でございます。

「パンを作る時も、食べてくれる人が笑顔になって貰えるように心を込めるんです」

なるほどー。
フゴフゴさんのパンから幸せの味がするのは、そういう理由だったのですね。

「だから、ライラさんの喜んでほしいって気持ちがあれば絶対大丈夫ですよ!」


千早さんに喜んでほしいという、ライラさんの気持ち。
その言葉に、一緒に番組を始めたばかりの頃のことを思い出しましたです。

「……歌」

「どうかしましたか?」

「故郷の歌に、ありがとうの気持ちを込めて歌った時のことを思い出したのです」

あの時の千早さんは、とてもキレイに、優しく微笑んでくださいました。
喜んでくれて、褒めてくださいました。

「おお、いいじゃないですか!」

グッと身を乗り出したフゴフゴさんの声は弾んでいました。
目もキラキラしていて、何かいいことを思い付かれたようでございます。

「ほら、パンだって誰かと一緒に食べるともっと美味しくなりますよね?」

「おー……?」

「千早さんも一緒に歌えるように、教えてあげたらいいんですよ!」

ライラさんが千早さんに……?
大好きな故郷の歌を、千早さんと一緒に……?

その光景を想像してみました。
すると、ワクワクするような、ソワソワするような、そんな気持ちでいっぱいになったのです。

「それは……とても素敵でございます!」

「あははー、お役に立てたなら何よりです」

フゴフゴさんは顔いっぱいに笑っています。
それが、ライラさんにはとても嬉しく思えましたです。


この嬉しい気持ち、ちゃんとお返ししたいです。
喜んでくれるものに、気持ちを込めて。

「フゴフゴさん、今度パンの作り方を教えて欲しいのですよ」

「パン……ですか?」

あー、突然すぎたでしょうか。
フゴフゴさんの頭の上に、はてなマークが見えるようでございます。

「ライラさんのありがとうの気持ちを込めたパン、フゴフゴさんに食べて欲しいのですよー」

理由を説明すると、今度は固まってしまいましたです。
ライラさん、変なことを言ってしまったのでしょうか。

「ダメ……でございますか?」

もしダメなら、別の方法でお礼をしないといけません。

「ああいえ、駄目というわけではないんですが……」

おー、それなら一安心でございます。
上手にできるかは分かりませんが、ライラさん頑張りますですよ。

「あ、あははー。なんだか照れますね……」

「ほえ?」

隣に座り直したフゴフゴさんは、耳がちょっと赤くなっていました。


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「よし、今日はここまで!」

レッスンルームにトレーナーさんの凛とした声が響きます。
ピンと張っていた空気がちょっとだけ柔らかくなりました。

「クールダウンはしっかり行うようにな」

はぁい、と答える皆さんの声にはちょっと元気がありません。
……ライラさんもでございます。

なにしろ、聖さんのレッスンは厳しいのでございますよ。
まだお若いのに、ベテランさんだなんて呼ばれるだけのことはあるのです。

でもその分、達成感もあるのですよ。
ストレッチをしながら広がる皆さんの雑談の声にも、それが感じられますです。


「ライラちゃん、背中を押してもらってもいいですかぁ?」

その声に振り返りますと、まゆさんがストレッチをされていました。
ピンク色のレッスンウェアがとてもよくお似合いでございます。

「おー、お任せくださいですよー」

「うふふ、ありがとうございます」

二人でストレッチをしながら、色んなお話をしましたです。
今日のレッスンでどこが難しかったとか。
この前のお仕事ではどんなことがあったとか。
バレンタインのチョコを作った時のお話とか。

今回はライラさんも頑張ったのです。
愛梨さんやかな子さんにお手伝いしてもらって、チョコアイスケーキを作ったのですよ。
プロデューサー殿も喜んでくださいました。
貰ったご恩のお返し、少しは出来ましたでしょうか?


「あー……」

プレゼントで思い出しましたです。
千早さんのお誕生日プレゼント。

故郷の歌をプレゼントする、というのはとても素敵だと思いますです。
千早さんと一緒に歌えたら、それはすごく嬉しいのでございますよ。

ですがそれだけではなくて。
何か形に残るものもお贈りしたいな、と。
そんな風にも思うのです。

「どうかしましたか?」

ライラさんがボーっとしていると、まゆさんがこちらを覗き込んできました。
フワッと包み込むような、優しくてあたたかい声をくださいます。

「まゆさん、このあとお時間ありますですか?」

まゆさんならどうするのでしょうか。
そんなことが気になって、ライラさんは声に出していました。

「お聞きしたい事がございますですよ」


――――――
――――
――

事務所のソファに向かい合って腰かけます。
突然のことでしたのに、まゆさんはニコニコとお付き合いくださいました。
乃々さんや輝子さんがまゆさんをお慕いする気持ち、ちょっとわかりましたです。

「なるほど。大切な人へのプレゼント、ですか……」

温かなココアを飲みながら、ライラさんの考えていることをお話しました。
まゆさんは人差し指をあごに当てて、ちょっと首を傾げています。
すごくお似合いでございますねー。

「そうですねぇ。この時期なら、手編みのマフラーとかもいいんじゃないでしょうか」

「マフラー、でございますか?」

そういえばまだまだ寒い日が続いていますです。
マフラーをお贈りするというのは名案でございますねー。

「はい。編み目の一つひとつに想いを込めて編んでいくんですよ」

頬に手を当てて、うっとりとした表情でございます。
あー、これはまゆさんのプロデューサーさんのことを考えているのですねー。

「その想いは言葉にしなくてもきっと伝わるって、まゆはそう思うんです」

夢を見るような、といえばいいのでございましょうか。
まゆさんは熱っぽい瞳でお話しています。
こういうのを、恋する乙女と言うのだそうですよ。

「おー……」


気持ちを込めた手作りのものをお贈りする。
それはとても素敵なことでございます。
……ですが。

「ライラさんは編み物したことがございませんが、大丈夫なのでしょうか?」

あまり難しいものだと、肝心の千早さんのお誕生日に間に合わないのですよ。
それはちょっと困るのでございます。

「そんなに難しくないですから、大丈夫ですよ」

ニッコリ笑顔のまゆさんが、ポンと胸を叩きます。
とても頼もしいですねー。

「まゆがちゃーんと教えて……」

そこまで言って、まゆさんが固まってしまいました。
何かを思い出したような、そんな顔でございます。

「どうかしましたですか?」

「……まゆ、明日から地方でお仕事なんでした」


帰ってきてからでは、ちょっと間に合いそうにないのだそうです。
でも、お仕事なら仕方ないのでございますよ。

「ごめんなさい、まゆから言い出したことなのに……」

まゆさんはシュンとしてしまっています。
そんな風に曇った顔をする必要はないのに、でございます。
やっぱりまゆさんは優しい方ですねー。

「では、お仕事終わったら編み物教えてくださいです」

「……え? でも、それじゃあ間に合いませんよ?」

「ふふー。今から頑張れば、来年には間に合うのですよー」

いっぱい練習すれば、きっと素敵なものを作れるようになるのです。
それに、ライラさんが自分で使うものも作れるようになるかもしれないのです。
そうすれば節約にもなるのですよ。


「……ぷっ」

ライラさんの計画をお聞かせすると、まゆさんは小さく吹き出してしまいました。
おかしかったでしょうか?

でも、まゆさんが笑顔になりましたので、それでもいいのです。
やっぱりまゆさんは、こっちの方がお似合いなのです。

「わかりました。まゆに任せてください」

ココアのように優しくて温かい笑顔でございます。
つられて、ライラさんも嬉しくなってしまいました。

「えへへー、よろしくお願いしますですよー」

練習して、上達したら。
まゆさんにも何かお贈りしたいですねー。


***************************


最近は寒い日と、とても寒い日が交互にやってきて大変でございます。
ですが、今日はとてもよく晴れています。
お日様のお陰で、あんまり寒くないのです。
お出かけ日和でございますねー。

このまま暖かくなっていけばいいのでございますが。
しばらくすると、また寒い日が戻ってくるという話を聞きました。
ライラさんは寒いのは得意ではないので、ちょっと大変でございます。

でも、こうやって少しずつ春に近づいていく感じはとても好きなのですよ。


「おー、ここでございますか」

地図のお陰で、迷わずに着くことが出来ました。
用意してくださったプロデューサー殿に感謝ですねー。

公園の植え込みや、街路樹や、誰かのおうちの花壇。
周りの景色は、何となく寂しい雰囲気でございます。
だからなのでしょうか。
たくさんの色にあふれたそのお店は、宝石箱のように見えましたです。

「お邪魔しますですよー」

扉を開けて中に入るのは初めてです。
ですが、中にいる方に会うのは初めてではないのですよ。

「いらっしゃいませ…………ライラ?」

「はい、ライラさんでございますです」

アイドルをしているときはクールな凛さんが、ポカンとした表情をしています。
何だかとても新鮮でございますねー。

「エプロン、お似合いでございますねー」

「そう……かな?」

凛さんのおうちはお花屋さんで、今日はそのお手伝いをされているのです。
お花の模様が入ったエプロンが可愛らしいですねー。

「はいですよ」

「そっか……うん、ありがと」


実はライラさん、凛さんが今日ここにいる事を知っていたのです。
プロデューサー殿がこっそり教えてくださいました。

「それで、今日はどうしたの?」

「プレゼントのご相談なのです」

「プレゼント……ああ、お客さんとして来たんだ」

「実はそうなのでございますよー」

ライラさんがいつも節約していることは、皆さんご存知なのです。
ですので、ちょっと意外そうな顔をされましたです。
確かにライラさん、お花を買うのは初めてでございますねー。

「誰に贈るの? プロデューサーとか?」

「ふふー、千早さんへのお誕生日プレゼントなのです」

「千早さんって……あの、如月千早さん?」

「はいです」

お花を贈るアイデアは、お肉屋さんの女将さんからいただきましたです。
女将さん、お誕生日にご主人さんからお花をプレゼントされたのだそうですよ。

ご主人さんは寡黙な方でございます。
女将さんからは、気が利かないとよく言われていますです。
そんなご主人さんからの、お花のプレゼント。

そのお話をする女将さんの幸せそうな顔が、とても印象的だったのです。

「そうなんだ。じゃあ私も気合入れないとね」

ライラさんの説明に、凛さんが頼もしく答えてくださいました。
とても格好いいでございます。


「……どんなお花をプレゼントすればいいのでしょうか?」

なにしろ、お花を贈るのが初めてでございますので。
どういう風にするのがいいのかもよく分かりませんです。

「まあ、一般的には自分や相手が好きな花とか」

「好きなお花、でございますか」

千早さんはどんなお花がお好きなのでしょうか。
こうやって考えてみると、知らないことがたくさんでございますねー。

では、ライラさんが好きなお花をお贈りすることにしましょう。
そう思ってお店の中を見回してみたのですが。
……どれもキレイで、なんだか選べるような気がしませんです。

「ふふっ」

うーんうーんと唸っていると、凛さんの小さな笑い声が聞こえました。
振り返ると、とても楽しそうな凛さんがこちらを見ています。

「決められないなら、誕生花とかどうかな?」

「そんなものがあるのですか」

「うん、ちょっと待っててね」

そう言って、凛さんはお店の奥に行ってしまいました。

千早さんのお誕生日のお花、どんなものなのでしょうか。
なんだかワクワクしてきましたです。


「……お待たせ」

凛さんはいくつかのお花を持ってきました。
誕生花、一つではないのですねー。

「まあ、そんなに厳格に決まっているわけでもないからね」

ライラさんの質問に、凛さんはちょっと苦笑いです。
なにやら大人の事情がありそうな雰囲気でございますねー。

でも、プレゼントする気持ちに嘘はないのです。
だから大丈夫なのですよ。

「で、ウチで扱ってるのがこれ。バラにラナンキュラス、カランコエ」

バラは知っていますが、他のお花は初めて見ますです。

ラナンキュラスは、たくさん重なった鮮やかな色の花びらがとてもキレイで。
カランコエは、小さなお花がたくさんで可愛らしいでございます。

「おー、どれも素敵でございますねー」

どのお花も千早さんにお似合いで。
やっぱり、どれか一つを選べそうにないのですよ。

「じゃあ、参考までに花言葉も教えるね」

そんなライラさんの様子を見て、凛さんがアドバイスをくださいました。
ライラさんの気持ちを花言葉で伝える方法もあるのだそうです。
ロマンチックでございますねー。


「バラの花言葉は『愛』とか『美』……まあ、異性に贈る方が向いてるかも」

なるほどー。
お芝居や物語で恋人にバラを贈るのは、そういう意味だったのですか。
確かに、千早さんへのプレゼントにはちょっと違う気がしますです。

「ラナンキュラスは『とても魅力的』とか『光輝を放つ』っていう花言葉なんだ」

色鮮やかなお花にお似合いの花言葉でございます。
千早さんはライラさんの目標でもありますので、ぴったりかもしれませんねー。

「カランコエは『幸福を告げる』、『たくさんの小さな思い出』とかだね」

「ライラさんカランコエに決めましたです」

その花言葉を聞いて、すぐに心が決まりました。
一緒にお仕事をして、色んなお話をして、たくさんの方に出会いました。
今まで思い出をいっぱい頂きました。

もちろん、楽しかったことだけではございませんです。
それでも、振り返ると幸せな気持ちになれるのです。
その幸せをおすそ分けするために、ライラさんは頑張れるのです。

だからこの花がいいと、そう思ったのでございます。

「ふふ。ライラならそう言うと思ったよ」

そんなライラさんの気持ちは、凛さんにはお見通しだったみたいです。
柔らかい笑顔の凛さんはとても大人びて見えました。


「じゃあはい、これ」

そう言って差し出されたのはメッセージカードでございました。
お花で飾られた、シンプルで可愛らしいカード。

「手書きのメッセージって、やっぱり嬉しいものだから」

「おー、ありがとうございますですよ」

至れり尽くせりというのは、今の凛さんのことを言うのでしょうか。
なにからなにまでお世話になりっぱなしでございます。
このお礼は、どうやってすればよいのでしょうか。

「……少しよろしいでございますか?」

「ん、どうかした?」

「凛さんは、千早さんのお誕生日をご存知だったのですか?」

そういえばライラさん、千早さんのお誕生日が何日かは言っていなかった気がしますです。
それなのに凛さんは、千早さんの誕生花を教えてくださいました。

「あー、えっと……その、ね……?」

目の前の素敵な店員さんは、いつの間にか可愛らしい女の子になっていました。
ポリポリと掻く頬がほんのり赤いです。

「何ていうか……まあ、憧れてたりするところがあったり……ね?」

「おー、そうだったのでございますか」

凛さんは視線を逸らしたままでございます。
ですが、これで凛さんへのお礼は決まったのですよ。


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『どうも、お世話になっています』

『いえいえこちらこそ』

『今日は少しご相談したい事がありましてですね』

『私にできる事であれば』

『実は、ウチのライラがそちらの事務所に伺いたいとのことで』

『ほほう?』

『2月25日なんですが……』

『引き受けました』

『ありがとうございます』

『こちらとしても丁度良かったですよ』

『というと?』

『さすがにこの展開は予想してないでしょうから』

『相変わらず人が悪いですね』

『褒め言葉と受け取っておきましょう』

『……少し同情します』

『ちなみになんですが』

『はい』

『記録に残しても構いませんか?』

『……出来上がったものはチェックさせて頂けるんですよね?』

『勿論です』

『それならば、まあ』

『感謝します』

『それでは、当日はよろしくお願いします』

『ええ、お任せください』


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差出人:プロデューサー
宛先:如月千早
件名:業務連絡

  至急打ち合わせをしておきたいことが出来た
  収録が終わったら事務所に寄ってくれ


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一見して何でもない、どこにでもあるような内容なのだけれど。
わざわざ今日、こんなものを送りつけてくる魂胆が透けて見える気がする。

「ふぅ」

メールを閉じて、視線を画面から空へ。
白い溜め息はあっという間に溶けて消えてしまった。

今日も夜は駆け足でやってきて、澄んだ空気に街灯が彩りを添えている。
思わず口元が緩んでしまうのは、綺麗な星空のせいだけではないわね、きっと。

「……さて、と」

見慣れたビルに辿り着くと、その窓からは煌々と明かりが漏れていた。


ここからは気合を入れないといけない。
何しろ、相手はあのプロデューサーなのだから。
まんまと踊らされるようなことだけは避けたい。

一段一段確かめるように、ゆっくりと階段を上って扉の前へ。

みんなの騒がしい歓迎が待っているのか。
あるいは意表を突いた静寂が待っているのか。

扉の向こうに思いを馳せていると、ふと気づいた。
いつも通りの、昨日と同じ今日の光景があるとは微塵も考えていない。
今日という日をみんなが祝ってくれるのだと、疑いもしていない。

以前の私には考えられなかったことだろう。

ただ前だけを見て真っ直ぐに。
周りの声には耳も貸さず、自分が信じた道を突き進む。
……その道が求める場所に通じているのか、考えもせずに。

そんな私が今は。


「ふふっ」

僅かに苦みを含んだ笑いがこぼれた。
この苦味もまた、大切なものだと知っているから。
その全てを、ありのままに受け入れて。

「ただ今戻り……」

私の声は、次々と鳴るクラッカーにかき消されてしまった。
賑やかな祝福の声と、心の底から温めてくれる笑顔が迎えてくれる。



『ハッピーバースデイ!!』


まったくもう。
みんなだって忙しいのでしょうに。

手前味噌な話だけれど、765プロのみんなはそれなりに売れている。
予定が書かれたホワイトボードに、白いところが見えないくらいには。

それなのに。

わざわざこんな風に集まってくれて。
お祝いの言葉をかけてくれて。

ついさっき、少し昔のことを思い出していたから。
目の前にある、かけがえのないものが愛おしかったから。

不覚にも、視界がぼやけてしまった。

「大丈夫ですか?」

そんな私の変化に、いち早く気付いたのは高槻さんだった。
眉を寄せて、覗き込むようにして声をかけてくれた。

「大丈夫よ。嬉しくて、気持ちがいっぱいになってしまっただけだから」

幸せな涙はそのままに、今のありのままの気持ちを伝える。
返ってきたのは太陽のような笑顔だった。
その後ろでは、あずささんが優しく微笑んでくれていた。


「~~~♪、~~♪」

私が落ち着くのを待っていたかのように。
さっきまで賑やかだった事務所が静寂に包まれて。

歌が、聞こえてきた。

聞いたことがない言葉で。
馴染みのないメロディで。
込められた気持だけはまっすぐに。

それは、よく知っている声だった。
ここで聞こえるはずのない声だった。

私を囲むようにしていたみんながその輪を解く。
その先にいたのは、いるはずのない彼女だった。

やがて歌い終えた彼女は、その青い瞳をこちらに向ける。
いつもと同じように、ふんわりとあたたかい笑顔を浮かべる。
キラキラと輝く髪を、ゆるやかになびかせて。
のんびりと、私の前まで歩いてきた。

「えへへー。千早さん、お誕生日おめでとうございますなのですよー」


***************************


【後日・765プロ】

千早「プロデューサー、お話があります」

P「どうした、怖い顔して」

千早「ご自分の胸に聞いてみるのがいいかと」

P「あー……、どれかな?」

千早「はぁ……。先日のサプライズパーティのことです」

P「俺の自作ケーキがお気に召さなかったか?」

千早「……へ?」

P「まあ確かに、形はあんまりよくなかったしなぁ」

千早「あの……」

P「ん、どうした」

千早「あのケーキを、プロデューサーが……?」

P「おう」

千早「……」

P「いやー、しかし難しいもんだな」

P「もうちょっと何とかなると思ってたんだが」

千早「(そんなに卑下する必要はないと思うのだけれど)」

P「何か言ったか?」

千早「い、いえ、別に」


P「で、あれか。動画の件か」

千早「~~~っ!」

P「どうした。口をパクパクさせて」

千早「そういう所ですっ!」

P「はは、褒めても何も出ないぞ?」

千早「褒めてませんっ!」

P「そうか?」

千早「……はあ、まったく」

P「大丈夫だよ。ちゃんと向こうさんのチェックも入ってるから」

千早「へ?」

P「だってそりゃ、勝手にあんな動画をアップは出来ないだろ」

千早「……肝心の私に無断なのは?」

P「いやー、やっぱり驚かせたいじゃないか」

千早「そういう問題じゃありません!!」


P「でもさ」

千早「はい?」

P「いい映像だったろ?」

P「教えてもらった歌を一緒に歌ってるとこなんか、特にさ」

千早「それは……まあ、はい」

P「あれはもう、番組のHPに上げるべきだと思ったんだよ」

P「この二人をファンに見せないでどうするんだ、ってな」

千早「プロデューサー……」


P「そういえば、千早が貰った鉢植えな」

千早「カランコエ、でしたっけ」

P「千早の誕生花なんだそうだ」

千早「そうだったんですか?」

P「はは、相変わらず千早はそういうのに疎いな」

千早「……自覚はあります」

P「『幸福を告げる』、『たくさんの小さな思い出』、『おおらかな心』」

千早「ひょっとして、花言葉……ですか?」

P「正解」

千早「ふふ、それでライラさんはこの花を……」

P「込められた想いには、ちゃんと答えないとな」

千早「ええ、もちろんです」

P「大丈夫か?」

千早「大丈夫ですよ。みんなが助けてくれますから」


千早「……ところでプロデューサー?」

P「どうした」

千早「いい感じにまとめて誤魔化そうとしてませんよね?」

P「……」

千早「プロデューサー?」

P「……強くなったよな、千早」

千早「誰のお陰だと思ってるんですか」

千早「いいですか? そもそもプロデューサーはですね……」

P「(それに、色んな表情を見せてくれるようにもなった)」

千早「聞いてますか?」

P「ああ、もちろん」

千早「私だって、昔の私じゃないんです」

千早「こういうことはちゃんと相談してください」

P「(昔の私じゃない、か)」


千早「どうかしましたか?」

P「いや、なんでもない」

P「ともかく、千早の言い分はよく分かったよ」

千早「分かった……だけですか?」

P「(ホントにもう、強くなっちゃって)」

P「すまん。もう打ち合わせの時間だから」

千早「プ ロ デ ュ ー サ ー ?」

P「この話はまた今度、な?」

千早「もう、プロデューサーっ!!」


<〆>

というお話でございました

2/25の誕生花を調べてカランコエに行き当たり
その花言葉を知った途端にライラさんの顔が浮かびました
その為にこんな形になっています

本人の出番が少ないとか、肝心の部分が投げっぱなしだとか
色々あるかとは思いますが、優しい目で見ていただけると助かります

お楽しみいただけましたなら、幸いです
千早、誕生日おめでとう

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