サーバル「こわい夢」 (131)

「博士、少し聞きたいことが」


「なんですか、助手」


「実は昨日、かばんの作ったカレーを食べたのです」


「か、かばんのカレーを食べたのですか!? 一人だけずるいですよ、助手!!」がたっ


「最後まで聞いてください、博士。確かに私はカレーを食べていました。ですが、気づいた時には、普段寝ているベッドの上にいたのです」


「…………?? 助手が何を言っているのか、全然分からないのです……」


「夢ですよ」


「夢?」


「後で調べてみたら、図書館の本に書いてあったのです。ヒトは寝ている間に、脳が頭の中を整理します。その時に見る映像を『夢』と呼ぶのだそうです」


「そ、それなら知っているのです! まったく、分かりにくく言わないでほしいのですよ!」ぷんすこ


(かわいい……)


「なんなのですか、その目は!」


「いえ……すみません、博士。今まで見た覚えがほとんどなかったので、つい珍しくて話したのです」


「それは仕方がないのです。夢は見ても忘れることが多いのですよ」


「……ですから、次からはカレーの夢を見た時は教えるのですよ! 博士にも食べさせろです!」


「ど、どうやって食べるつもりですか………………それより、私がその夢を覚えていたのはなぜでしょうか?」


「それはきっと、かばんのカレーのおかげなのです」


「カレー?」


「おそらく、自分の好きなものが出てきたから、強く記憶に残ったのです」


「なるほど…………ということは、逆の場合もあるのですか?」


「ありますよ。嫌いなものの出る夢も、記憶に残りやすいのです。例えば……」






「過去の思い出したくない出来事が夢に出てくることもあるそうですよ」

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大切なもの。


離したくないもの。


かけがえのないもの。


失いたくないもの。


いつも近くにいるのが当たり前で、気がつくと忘れている時がある。




「かばんちゃん!」




サーバルの隣にいるのは、さばんなちほーで出会ったヒトのフレンズ、かばん。




「なあに、サーバルちゃん」


「手、繋ご!」


「うん、いいよ」




二人は片方の手をぎゅっと握り合って歩く。手から感じるのは、じんわりとした温もり。ぐっと握れば、相手からぐっと握り返される、小さな幸せ。


その温もりは、セルリアンによって、一度失いかけたもの。


そして、みんなで救い出したもの。




「こうしているとね、かばんちゃんがちゃんとここにいるんだな、って思えて嬉しくなるの」


「ぼくも、こうしているのは好きかな」


「えへへっ……かばんちゃん、これからも一緒だよ」


「……うん、もちろんだよ、サーバルちゃん」




あれから二人は、一緒にいる時間が増えた。大切なものをまた失ってしまうのが怖くて、何となく気がかりだったから。


二人は時々、あの時のことを思い出してしまう。そんな時――心臓がどくどくと波打つ時は、いつも互いの手を握る。


お互いの存在を確かめるように、お互いの鼓動を合わせるように、二人は横に並んで歩く。


誰にも負けないと自信を持って言える、強い絆と、何にも変えがたい、たくさんの思い出を胸にしまって。


もう大丈夫だよ。もう離さないよ。


二人は相手に、自分自身に、そう言い聞かせる。





そんな二人のもとに、それは突然やって来た。

地響きのような音。辺り一面の真っ暗闇。


何も見えないのに、「何かがいる」と野生の本能が感じ取る。


その「何か」は巨体の向きをぐるりと変えて、一つ目が、ギョロリと私を見つめている。


大きな、大きなセルリアン。


そのあまりの巨体に、思わず頭が真っ白になる。


逃げなきゃ――!


そう思った私は、すぐさま体を動かそうとする。




……あれ?


動かない?


いくら動こうとしても、体が言うことを聞こうとしない。逃げられない。


このままじゃ、私――――




どすん


「うみゃあっ!」




ぐらりと体の中心が傾き、その場で尻もちをついてしまう。




「いっ…………たた…………」


痛い。


ずきずきと痛みを感じて、体に力が入らない。


手でなんとか後ろに後ずさるが、それだけで逃げられるはずもなかった。それを見下ろすセルリアンは、大きな目を下に向けて、私をじっと凝視する。


あまりの大きさに圧倒されて、体から力が抜けてしまう。




ぐらっ




セルリアンは大きく傾いた。




ああ。


私、死ぬんだ。


セルリアンの体に飲み込まれる直前、私の頭に浮かんだのは、その言葉だけだった。

「!!」がばっ




現実に引き戻され、飛び起きた私は、すぐさま辺りをきょろきょろと見回す。




今の、何?




木。野草。風の音。青い空。


セルリアンの姿は、どこにも見当たらない。




「すー…………すー…………」




隣で眠るかばんちゃんの寝息を聞いて、私はやっと我に帰る。私とかばんちゃんは木陰でお昼寝をしている真っ最中。夜行性の私が昼間に起きているのを心配したかばんちゃんが、私のために作ってくれた時間だった。


私が見ていたのはただの夢。




ただの、夢?


それにしては、あまりにもリアルだった。


本当に、あれは夢なの?




「ち……違う」




違う、違う、あんなの違う。あんなの現実じゃない。


あんなの、ただのまやかし…………嘘に決まってる。


私もかばんちゃんも無事に生き延びて、今こうして生きている。それは揺るがない事実のはずだ。




でも…………


それなら、どうしてあんなにリアルだったんだろう……?




どくん、どくん、どくん


「っ…………」




おいしい空気で満たされているはずなのに、呼吸はやけに苦しい。




心臓の鼓動はまだ収まらなかった。

「ここは……?」






場所はおそらく、真っ暗な森の中。




目の前に立っているのは、また、巨大なセルリアン。




ただ、前の夢と違い、こちらの様子に気づいていない上、足が問題なく動く。




それなら早く逃げた方がいいと、私はセルリアンに気づかれないよう、ゆっくりと後退していく。






けど……何だろう? 何か違和感を感じる。






セルリアンの様子が以前とは違うような――






どさっ






「えっ……」






その時、セルリアンの体から何かが落ちてくるのが見えた。




見覚えのあるシルエットに、思わず背筋が凍りつく。




かばんちゃんの、かばんだ。




「かばん…………ちゃん…………?」




見たくもない、目を背けたくなる光景があると分かっていても、私はゆっくり、ゆっくりと視線を上へ動かしていく。






セルリアンの真っ黒い体の中に、かばんちゃんは一人、ぷかぷかと浮かんでいた。

その瞬間、恐怖の感情は消え失せ、逆に怒りが沸騰するように湧き出した。




「…………みゃ」




「うみゃあああああぁぁぁっ!!!」




さっきまで凍りついていた私の体は、反射的にセルリアンの体へと飛びついていた。
ぎらりと先を尖らせた爪で、がりがり、がりがりと、セルリアンを引き裂いて、


引き裂いて、引き裂いて、引き裂いて、




がりっ、がりっがりっ、がりりっ


「みゃあっ!! うみゃああぁっ!! 返して、返してよっ!! かばんちゃんを返して!!!」


がり、がりがりがり、がりっ


「みゃっ!! うみゃっ!! うみゃーーーっ!!!」


「はあっ、はあっ………………」




「かばんちゃんは…………怖がりだけど優しくて、困ってる子のためにいろんなことを考えて、とっても頑張り屋さんで…………」


「まだお話したいことも、一緒に行きたいところも、たっくさんあって…………」


「だから、だから返して……………っ」




「かばんちゃんを、返してよーーーーーっっ!!!」




世界に自分一人しかいないとさえ思えてしまうくらい、静かな夜の森を突き抜けるように、私の大きな声は辺りに響き渡った。




ぐらっ


「え…………きゃあっ!」




精いっぱいの思いもむなしく、私の体はやすやすと、セルリアンの黒い足に吹き飛ばされた。

「いたい…………っ…………」




私の攻撃に怖気づいたのか、それともただの気まぐれか、セルリアンはぐるんと向きを変え、どすどすと地面を鳴らしながら走り始めた。




「ま、待って、かばんちゃ……っ!」


ずきっ


「いたっ……!」




慌てて追いかけようとすると、ずきん、と足にひびが入ったかのような痛みに体が固まる。
吹き飛ばされ、勢いよく地面にたたきつけられた私の足は、思うように動かなくなっていた。




「そんな……いやっ、だめ…………だめ…………!」




私は両手で地面をひっつかみ、這いつくばって前に進もうとする。


だが、そんな悪あがきをしたところで、セルリアンとの距離が縮むはずもない。


セルリアンの足音は遠ざかり、小さくなっていく。




「…………やだ…………っ………………かばんちゃん………………行かないで…………」


「いや…………いやっ………………いやだぁ………………」




やがて、音の一切が聞こえなくなり、私の体力が尽きて動けなくなった頃、




世界は真っ暗な闇に包まれた。

「…………ちゃん…………かばん……ちゃん……」






「かばんちゃん!!」


「えっ?」


「うみゃっ…………あれ………………?」


「サーバルちゃん、どうかしたの?」


「あ…………かばんちゃん、生きてる……生きてるの?」


「え……何言ってるの?」


「かばん……ちゃん………………かばんちゃんっ!!」だきっ


「わっ、サーバルちゃん!?」どさっ


「よかった…………よかったぁ…………っ」




私は一目散にかばんちゃんに飛びつく。二人でごろごろとバスの中を転がって、バスの車体がぐらっと揺れた。


目の前のきょとんとしたかばんちゃんの姿を見ただけで、嬉しさと、安堵と、喜びでいっぱいになる。


ぎゅっと抱きついた場所から、かばんちゃんの体温がじんわりと伝わって、体と心を温めてくれる。




「本当にどうしたの? さっきまで苦しそうに唸ってたのに、起きたら急に飛びついて……」


「……あ、ごっ、ごめんね! 迷惑だったかな?」


「平気だよ。少しびっくりしたけど……それよりサーバルちゃんは……」


「え、えーっと、ほんとに何でもないから! 心配しないで!」


「そう? それならいいけど……」




かばんちゃんに嘘をついている背徳感からか、私はまっすぐに目を合わせることもできず、何も無い場所を見ながら言ってしまう。


ごめんね、かばんちゃん。でも、こんなこと言えないよ。


かばんちゃんが私の前からいなくなるなんて、そんなの私……




ずきっ


(いやっ!)




心臓に針がささったような痛みを感じて、私はすぐに考えるのをやめた。

「カバン、今日ハジャパリカフェニ行クンジャナカッタノ?」




かばんちゃんの手元でちっちゃくなったボスが、ツッコミを入れるように言う。




「あ、そうでしたね、ラッキーさん。すぐ行きましょう」




かばんちゃんはボスにそう伝えると、いそいそとバスの運転席へと向かった。




巨大セルリアンを倒した後、私とかばんちゃんは「無事セルリアンを倒せた&かばん何の動物か分かっておめでとうの会」をゆうえんちで開催するために、各地のちほーを飛び回っている。


単にお誘いするだけの時もあるし、ちょっとしたお仕事を担当してほしいと頼んだりもする。みんなかばんちゃんのことが大好きだから、誰もが喜んで引き受けてくれた。


今日はこうざんのジャパリカフェに向かう日。


あそこにはカフェを営むアルパカ、紅茶を飲みに来るトキに加えて、最近新しく増えたお客さんも何人かいるらしい。


なるべくたくさんのフレンズに来てほしいなら、カフェでアルパカさんに宣伝してもらうといいと思う、と提案したのはかばんちゃんだった。かばんちゃんは本当に頭がいい。


「どんなフレンズが遊びに来るのか、今から楽しみだね」とかばんちゃんに後ろから話しかける。かばんちゃんは「そうだね」と楽しそうに返してくれた。




どく、どく、どく、どく…………




血液が波打つ心臓。鼓動はまだ速いまま。


…………大丈夫。かばんちゃんはすぐ目の前にいる。


大丈夫……大丈夫……




私は自分に言い聞かせ続ける。

「ふわああぁ! いらっしゃあい! ようこそぉ、ジャパリカフェへ~」


「お久しぶりです、アルパカさん」




カフェの経営主であるアルパカは、以前バスの電池を充電しに来た時と何ら変わらない笑顔で、私たちを迎え入れてくれた。




「あんれぇ、二人とも久しぶりだねぇ! どうぞどうぞお、ゆっくりしてってぇ! これねぇ、新しい種類の紅茶なんだゆぉ〜。飲んで感想を聞かせてほしいなぁ~」


「ぜひ、飲ませてください!」


「あら、久しぶりじゃない。といっても、セルリアンの時以来かしら」


「トキさんもいたんですね」


「もしかして、また私の歌を聴きに来たの? ふふ、歌ならいつでも歓迎よ。ここに来るようになってから喉の調子がずっといいの」


「そのことなんですが……トキさん、その歌を、もっとたくさんのフレンズに聞かせたいと思いませんか?」


「……? それって、どういうこと?」きょとん




「へえ……なるほどね」


「PPPのみなさんも呼ぶ予定なので、コラボしてみるとかどうでしょう?」


「むふふ、いいじゃない。あのPPPと歌えるなんて光栄だわ。私の歌をフレンズに知ってもらうきっかけにもなるわね。お友達のショウジョウトキも呼ぼうかしら」


「ぜひそうしてください!」


「新しい紅茶持って来たよぉ~!」




トキとかばんちゃんが楽しそうに話していると、アルパカが新しく仕入れたという紅茶を持ってきた。




「いただきまーす!」


「あ、これおいしいです!」


「ほんとぉ? よかったぁ」




かばんちゃんの言葉はお世辞でもなんでもなく、本当においしい紅茶だった。何の植物を使っているのかは相変わらずさっぱり分からないけど、ちょっと嗅ぐだけで鼻の中にふわっと広がって、頭が痺れるようないい香り。


さっきまで冷えていた心も、紅茶が体の中からじんわりと温めてくれる。

「本当だ。すごくおいしい!」


「えへへぇ、褒めてくれてうれしいなぁ」


「ではここで一曲。すぅーー…………みんなで飲む紅茶はあぁ~~とってもぉ~~~最高なの〜〜よぉ~~~~」






「ふう……どうだった?」


「とっても素敵な歌でした! 前に歌ってた時よりもさらに良くなっていると思います!」


「むっふっふ……こう見えてちゃんと毎日練習してるのよ。PPPとコラボするなら、この歌声もさらに磨きをかけなきゃいけないわね」


「すごーい! PPPとのコラボ、楽しみだね!」


「そうだね、サーバルちゃん」


「あははっ……」




紅茶だけじゃない。お店の雰囲気も、アルパカの嬉しそうな笑顔も、トキの歌声も。


今は何もかもが温かい。




(ずっとこうしていられたらいいのにな……)








「……それにしても、あなたも大変だったわね」


「えっ?」


「飲み込まれたんでしょ、セルリアンに」




どきっ




「怖くなかった? 仲間を守るために飛び込むなんて、あなたは勇敢なのね」


「そんなことないですよ。あの時は必死で……」






だめ。




やめて、それ以上は。

「追い詰められた時に、獣の本性は現れるものよ」


「逃げずに立ち向かうなんて、かばんさんはすごいにぇ」




逃げずに立ち向かって、かばんちゃんはセルリアンに、




セルリアンに、




セルリアンに、




どく、どく、どく、どく、どく……


「……サーバル?」


「……ぁ、え、何……?」


「あなた、顔が真っ青よ。具合でも悪いの?」


「ちが……何にもないよ……」


かたかたかたかた……


「手が震えてるじゃない」


「違うの、これは……」




セルリアンの中に、




真っ黒い体に、




体に、




かばんちゃんが、




かばんちゃんが、




かばんちゃんが、




「気をつけてねぇ。セルリアンがいなくなったわけじゃないから、油断してるとまた食べ…………」




「いやあっ!!!!」

がちゃん!




「わああっ!! た、食べ…………!?」びくっ


「はあっ……はあっ……はあっ……」


「サ、サーバルちゃん、大丈夫!?」


「はあ………………はあ…………」




私、今、何して……?


ゆっくりと顔を上げると、さっきまで飲んでいた紅茶が床に飛び散り、ティーカップは破片となって辺りに散乱していた。




「あれまぁ、どうしたのぉ?」


「ご、ごめんなさい! カップを割っちゃった……」


「カップなんて他にもあるからいいんだよぉ。それより大丈夫? けがはない?」


「……はい…………」


「よかったぁ。ちょっと待っててねぇ、箒とちりとり持ってくるからぁ」




アルカパは席を立ち、奥の部屋に掃除道具を取りに行ってしまった。
取り残された三人の間に、ずっしりと重たくなった空気が立ちこめる。




「…………」


「…………」


「…………」




「さ……サーバルちゃん」


「……何?」


「その……あんまり気を落とすことないよ。誰にでも、こういう失敗はあるから……」


「うん…………そう、だね…………」




ぐっ、と毛皮を掴む手の力が強くなる。


きゅっ、と唇を噛む力が強くなる。


目を合わせるのも躊躇ってしまう。


視界の端でかばんちゃんが、なんて声をかけたらいいのか、迷っている顔を見せていた。

そんなかばんちゃんを他所に、トキはぽつりと口を開く。




「……サーバル。あなたは何を見ているの?」


「……え」


「今のあなた、まるで別人よ。原因は分からないけど、ずっと何かに怯えた顔をしてる」


「あなたが恐れているのは、一体何なの?」


「っ…………!」




トキは鋭い。私が怯えていることに、もうとっくに気がついていた。




言うべき、なのかな。


確かに、今ここで全部吐き出してしまった方が、気分は楽になるかもしれない。


けど、ここで言ってしまったら、かばんちゃんは――




「おまたせぇ! 箒とちりとり持ってきたよぉ~」」




私が口を開こうとするのと、アルパカが戻ってくるのはほぼ同時で、私たちの会話はそれきり打ち切られた。

夢は、終わることを知らない。






正しく表すなら、夢は「中断」と「再開」を繰り返す存在。






現実を蝕み、食い尽くし、あたかもこちらが現実だ、さっさと認めろと言わんばかりに主張する。






一度目を開けて現実に戻っても、次に目を閉じれば、また夢はやってくる。






夢の中では絶望に叩きのめされ、夢の外ではまた見る夢への恐怖に怯える。






夢に支配され、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱されている気分だった。






夢を見るようになってから、私はかばんちゃんの側を離れられなくなった。






セルリアンがいないかどうか不安で、常に周囲を警戒しなければいけなくなった。






精神は日に日に擦り切れ、まともに眠れなくなったことで体力も次第に衰えていく。






私は次第に追い詰められていった。

「あ、あれ……ここは……?」




ここはどこ?


どうしてこんなに真っ暗なの?


セルリアンの中?


真っ暗な森の中?


かばんちゃんはどこにいるの?


誰もいない。


何も聞こえない。


あるのはただ、一面に広がる黒一色。


真っ暗闇よりさらに黒い、真の暗黒。




「かばんちゃん、どこにいるの?」




私は問いかける。


かばんちゃんの声どころか、返ってくる音一つ無い。


嫌な予感がした。




「かばんちゃんっ!」




私は走った。


かばんちゃんの名前を叫びながら、どこまでも、どこまでも。




「かばんちゃん、どこにいるの!? 返事してーー!!」




「かばんちゃーーん!! 私だよーーー!!」




「かばんちゃーーん!!!」




けど、いくら走っても、ここは一面に暗黒が広がる世界。


私が発する音以外に、聞こえる音は何も無い。

いつの間にか、私は涙を流して走っていた。




「かばん……ちゃん……っ…………どこにいるの……っ」


「かばんちゃんっ…………はあっ……はあっ……」




見た目はヒトの姿とはいえ、特徴はサーバルキャットの頃と変わらない。


長時間走るのは得意ではなかった。




「っ…………かばん……ちゃんっ……!」


「はあっ…………」




やがて体力は底をつき、私はその場でうずくまった。




「かばんちゃ……げほっ……げほっ……!」


「げほっ、げふっ、げっ…………かば、んちゃ、げほっ……!」




持ち前の大きな声さえ枯れ果てて、もう上手く出せなくなっていた。




「う、ううっ、ううぅ……」




八方塞がりになった私の目から、涙がぼろぼろと溢れ出る。


私は、かばんちゃんを守れない。


……いや、私には到底無理なことだったのかもしれない。


「さばんながいど」なんて言って、ジャパリパークについて教えて、何も知らないかばんちゃんを助けてあげようと思っていたのに。




何も知らないのは私の方だ。


かばんちゃんを救う方法も。かばんちゃんがどこにいるのかも。私は何も知らない。何もできない。




悔しい。悔しいよ。




「かばんちゃん…………」




鎖が心に巻きついて、ぎゅうぎゅうと私の心臓を締めつけるようで、涙と嗚咽に濡れた私は、ただ泣くことしかできなかった。

「…………サー…………ちゃん……」




「サーバルちゃん!」


「みゃっ…………!!」ばっ




飛び起きた私の目に映ったのは、ジャパリバス、かばんちゃん、そしてちっちゃくなったボス。


いつもの光景。




「おはよう、サーバルちゃん」


「あ、えっと……おはよう、かばんちゃん」


(また、夢……)




「サーバルちゃん、泣いてるの?」


「え?」


「だって、涙が……」




かばんちゃんに言われるまで気がつかなかったけど、私の頬には確かに幾筋かの涙が流れていた。




「な……泣いてないよ。これはその……あくびで出ただけだから」


「……そう」




もう何回目かも分からない嘘をつく。




「それじゃ、ここから早く出発したいから、バスに乗ろうか」




夢から目覚めた私はまだ夢うつつの状態で、言われるがままにジャパリバスに乗った。


昨日は確か、さばくちほーのフレンズに会いに行ったから……次に目指すのはこはんのはずだ。

前の座席に座ったかばんちゃんは、静かにバスを運転し始めた。




「無理やり起こしちゃったけど、もっと寝ていたかった? 着くまでまだ時間がかかるから、バスの中で寝てていいよ」


「ううん、私は大丈夫だよ。むしろ――――」




起こしてくれて、ありがとう。


そう言いたかったけれど、直前になって口を閉じた。かばんちゃんに不思議に思われたくなかったからだ。


ジャパリバスの車内は、無人のように静かだった。私が何一つ話さなくなったから、かばんちゃんも声をかけづらいのだ。


かばんちゃんはボスの代わりにハンドルを握っているから、前より自由におしゃべりできないけれど、それでも私たちは、バスの中でいつもたくさんの話をしていた。


出会ったフレンズの話。


周りの景色の話。


ジャパリまんの話。


私が動物だった時の話は、かばんちゃんにしかしていない。


今は何も話す気が起きず、ただただ気怠い。


それに加えて、頭にずきずきと痛みを感じる。


バスの中で横になろうにも、頭の痛みは治まらず、余計に意識がそこに集中される。


それでも、寝たらまたあの夢を見ることになるので、そうなるよりはよっぽどいいのも確かだった。




「っ………………ううっ……!」




バスの中で横になってからしばらく経っても、痛みは一向に治まる気配はない。


……それどころか、痛みが少しずつ増していっている。


頭を刃物で突かれるような痛みが、奥深くまで突き刺すような痛みに変わっていた。




「ぃ…………っ!」




言うつもりは無くても、痛みが走ると条件反射のように苦痛の声をあげてしまう。


両側から挟み込むように手を置いて、少しでも痛みから気を逸らそうと、私は必死になっていた。

「――――サーバルちゃん」




かばんちゃんの声が聞こえて、私ははっと我に帰る。


こちらを向いてこそいなかったが、声色からは様々な感情が滲み出ていて、バスのハンドルを握る手に、僅かに力が入っているのが分かった。




「頭、痛いの?」




その問いが何を意味しているのか、この時の私には分からなかった。おそらく、かばんちゃんは私のことを試していたのだと思う。私が嘘をついているのか、ついていないのかを知るために。




「わ、私はへーきだよ。気にしないで……」


「っ…………!」




その時、私は確かに、かばんちゃんの息が詰まり、微妙に空気が揺れ動いたのを感じ取った。


やりきれない感情が鼻先まで詰まって、息をしようにも上手くできなくなる、そんな動き。




「……あのね、サーバルちゃん。今から言うことに、正直に答えてほしいんだけど」


「何?」




「サーバルちゃんは、どうして――――」




がたっ!




「うわっ!?」


「うみゃあっ!?」




突然、バスが大きく車体を揺らした後、やがて死んだように動かなくなってしまった。




「どうしよう、動かない……」


「何かあったの? バス死んじゃったの?」


「ドウヤラ、タイヤガ挟マッタミタイダネ」




外へ出て確認してみると、ボスの言った通り、バスの後輪が地面の溝にはまり、動けなくなっていた。

「どうすればいいの、ボス?」


「バスヲ押シテ、溝カラ出スシカナイネ」


「ええ、できるかなあ……」


「二人でやればきっとできるよ、やってみよ!」


「え、でも」




かばんちゃんは心配そうな顔をしていた。




「サーバルちゃん、体調は……」 


「私は全然平気だよ! だから早くやろうよ、ね?」


「う……うん」




かばんちゃんはまだ疑っているように見えたけど、私が無理やり押し通して、最終的に渋々承諾した。




「じゃあ、いくよ……せーのっ」


「「えいっ……!」」




難なくバスを押し出してかばんちゃんを安心させようと、私は持っている力を全部出すくらいの意気込みでバスの背中を押した。が、二人の努力も空しく、どんなに押してもバスは微動だにしない。結局、力を入れて始めてからほんの数十秒で、私たちはその場にどさっと座り込んでしまった。




「はああ……やっぱり、重たいね…………」


「み…………みんみぃ…………」




この調子じゃ、到底動かせそうにない……とため息をついていた、




その時。




ガサッ


「!」ぴくっ


「かばんちゃん、今何か音がしなかった?」


「え、そう? ぼくは何も聞こえなかったけど」


ガサッ ガサッ


「ほら、やっぱりするよ。ガサガサって……」

「あ」


「サーバルちゃん……?」


「う……し……ろ……」


「……!!」




私もかばんちゃんも(そしてボスも)、お互いバスに夢中で全く気がついていなかった。かばんちゃんの背後から、セルリアンがわらわらと出てきていたのだ。




「セルリアン!……とりあえず、今はここから逃げよう!」


ガサッ


「!!」




逃げようとするかばんちゃんを遮ったのは、さらに別のセルリアン。背後だけじゃない。四方八方が埋め尽くされ、私たちは完全にセルリアンに取り囲まれていた。
数は少なくとも十体以上。さらに部の悪いことに、さばんなちほーでかばんちゃんが初めて出会ったのより少し大きいサイズの個体だらけだった。




「…………サーバルちゃん、悪いけど協力してくれるかな? ぼくが松明に火をつけてセルリアンを引きつけるから、そのうちに――――」


「――サーバルちゃん?」


「あ、あ、あぁ…………」




喉の奥に何かが詰まったように、私は上手く呼吸ができなくなった。バスの側面に背中がついて、これ以上動けなくなる。
じりじりと、少しずつ、確実に近づいてくる恐怖。無機質無感情な一つ目が、こちらを覗き込むように目を向ける。




怖い




怖い




怖い




怖い……!




「いや……いや、いや、いや、いや」


「サーバルちゃん、聞こえ――――」




「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「サーバルちゃん!?」

パニック状態に陥った私は、頭を抱え込んで、狂ったように叫び出す。




「いやっ!! いやああっ!! やだあああああぁぁぁっ!!!」


「サーバルちゃん、どうしたの!? 落ち着いて!」


「やだっ、やめてよっ!! かばんちゃんを奪わないでえぇっっ!!!」


「サーバルちゃん!!」




また、失う。


奪われる。


殺される。


目の前にかばんちゃんとセルリアンが並ぶだけで、あの映像が、あの巨体が、あの黒い黒い漆黒の闇が蘇ってしまう。


頭の中心はぐらぐらして、目は涙で濡れて、手足はがくがく震えて、恐怖に全身が包まれて。


頭がどうにかなってしまいそうだった。


かばんちゃんが私のもとへ駆け寄り、何か声をかけているらしいが、当の私はパニックになっていて何も聞こえない。


そうこうしているうちに、セルリアンは既にかなり距離を狭めていた。


かばんちゃんにも武器のたいまつはあったが、今から取り出しても間に合わない。




襲われるのを覚悟し、かばんちゃんが目を瞑ったその瞬間――




三つの影が、私たちの上空を駆け抜けた。

ずばっ、ざしゅっと石が砕ける音がしたと思うと、一気に三体のセルリアンが倒れた。




「二人とも大丈夫ですか?」


「その声は……キンシコウさん! ヒグマさんとリカオンさんまで!」


「我々セルリアンハンターが来たからにはもう大丈夫ですよ! 今助けますから!」




ヒグマ、キンシコウ、それにリカオンの三人は、それぞれセルリアンの間を縦横無尽に駆け回り始めた。
そして、目にも止まらぬ速さで、次々とセルリアンに斬りかかった。


片方が注意を引き、その隙に片方が石を割るというように、見事な連携でどんどんセルリアンを倒していく。


あっという間に殲滅し、かろうじて生き残った数体は恐れをなして逃げ、セルリアンの影は辺りに一つも見当たらなくなった。






「ったく、世話かけさせやがって。私たちが通りがかってなかったら死んでたぞ」


「あらあら、二人の声を聞きつけて真っ先に助けに行ったのは誰だったかしらー?」にこにこ


「キンシコウ!!///」


「本当にありがとうございます。おかげで助かりました」


「お役に立てて良かったです。最近この辺でセルリアンが大量発生しているとの情報があったので、重点的にパトロールしてたんですよ」




ああ、よかった……


リカオンと話すかばんちゃんの余裕のある表情を見て、私は安堵の表情を浮かばせた。




でも、結局、私は何も出来なかった。


役立たずだ……

「おい」


「…………」


「おい、サーバル!」


「えっ!?」


「おまえは大丈夫なのか?」


「あ、えっと…………私も大丈夫だよ。助けてくれてありがとう、キンシコウ、ヒグマ、リ――」




ずきっ


「!?」


「……サーバルちゃん?」


「いっ…………あぁっ…………!」




突然、激しい頭痛を感じた私は、あまりの痛さにその場から動けなくなった。




「うぅっ……」


どさっ




ぐらりと足から崩れて、私の体はかばんちゃんにもたれかかる。




「さ……サーバルちゃん! サーバルちゃん!」




疲労、恐怖、焦燥感……さまざまなストレスが積もり積もった体は、もうとっくに許容量をオーバーしていたのかもしれない。


かばんちゃんの必死に叫ぶ声さえも、どこか遠い世界の出来事のようで。


私は再び目を閉じた。












夢は、いつまでも終わらない。

サーバルちゃんがおかしい。


それが可能性から確信に変わるまで、そう時間はかからなかった。




「ね、かばんちゃん。また手を繋いでいい?」


「うん、いいよ」


ぎゅっ




「…………?」


「っ……」




最初に違和感を感じたのは、手を握った時。


いつもより強く、僅かながら震えていたその手は、


まるで、ぼくが離れるのをひどく恐れているようだった。




「サーバルちゃん」


「…………」


「サーバルちゃん!」


「えっ…………どうかしたの、かばんちゃん?」




しばらく経つと、今度は意識を朦朧とさせるようになった。


目はうっすら半目で、考え事をしているのか、それとも何も考えていないのか分からない顔で、ただ何もない空虚を見つめていた。


話す時も、はきはきした声ではなく「へえ……」とか「そう、なんだ」と素っ気なく、やんわりした返答が返るだけ。


サーバルちゃんがサーバルちゃんじゃなくなったみたいで――――まるで何かに取り憑かれてしまったように見えて、ぼくは怖かった。

「…………かばん…………ちゃん……」


「ん……?」


「いや……っ…………行か……ないで…………」




そして、寝ている時。


サーバルちゃんは何かにうなされていた。


体をがたがたと震わせて、何度もぼくの名前を呼び、目もとには涙をためていた。


左右の手は地面に向かって爪を立て、何かよりすがれるものを探しているように見えた。


うなされているサーバルちゃんに気づく度に、ぼくはサーバルちゃんの頭を優しく撫でる。そうすると、次第に彼女の呼吸も落ち着いてきて、普段通り眠れるようになる。


ぼくにできることはこれくらいしか無かった。サーバルちゃんのように夜行性じゃないから、知らない間にサーバルちゃんが苦しんでいることも、きっと何度もあるだろう。そう思うと胸が苦しくなった。


そういった日々が何日も続いて、ぼくは眠っているサーバルちゃんの顔を見ながら、密かに確信するようになった。




サーバルちゃんは怯えている。




それも、とてつもなく大きな何かに。

「サーバルちゃん、しっかりして! サーバルちゃん!!」




ぼくにもたれかかったサーバルちゃんは、いくら声をかけても、一向に目覚める気配がなかった。


どうすればいい?どうしたらいい?


突然の事態に頭が混乱する。




「とりあえず、どこか安全な場所で休ませた方が良さそうですね……」


「……そういえば、この森を抜けた場所に『こはん』がありませんでしたっけ?」


「はい、ビーバーさんとプレーリードックさんが住んでいる……」


「そうそう、そこです。あそこならサーバルもゆっくり休めると思いますよ」




キンシコウはぼくに言った。こんな時でも、彼女は相変わらず冷静だ。ぼくにはその姿がとてもたのもしく感じられた。




「ただ、ここからだと少し距離がある場所ですけど……」


「それなら大丈夫です、ジャパリバスが……」


「…………そうだ、動けなくなってるんだった……」




セルリアンやサーバルに気を取られてすっかり忘れていたが、ジャパリバスはタイヤが挟まり、いまだに動けないままだった。このままだとどうすることもできない。


普段なら何かいい方法が思いつくのに、肝心な時に限って、何も良いアイデアが浮かんでこない。




「うう……どうすれば……」




「…………おい、リカオン。ちょっとこれ持っててくれ」ぱしっ


「えっ、別にいいですけど、何かするんですか?」


「……バスを押し出せばいいんだな?」


「えっ、ヒグマさん、やるんですか!?」


「あ、あまり無理しない方が……」


「つべこべ言うな。黙って見てろ」




ヒグマはバスの後部に手をかけると、両手に思いきり力を加え始める。


その途端、ずずず……と動きだし、バスはものの十秒ほどであっという間に押し出された。目の前の出来事に、キンシコウとリカオンまで驚いている。

「す……すごい」


「本当に一人で持ち上げるなんて……」


「こ、これくらい余裕だ。ほら、せっかく動けるようにしたんだ。さっさと行きな」




ぼくたちの反応に満更でもない顔を一瞬浮かべ、すぐさま慌てて目を背けたヒグマは、ぼくに声をかけて促した。


素直じゃないけれど、ぼくのことを思って言ってくれているのが伝わってきた。




「キンシコウさん、リカオンさん、ヒグマさん。本当にありがとうございました!」


「……じゃあな」


「またね、かばんさん。サーバルを助けてあげてね」


「気をつけてくださいねー!」


「はい!」




三人の優しいフレンズに見送られながら、ぼくはバスを走らせる。




目指す「こはん」まで一直線だ。

「……行っちゃいましたね」


「大丈夫ですかね、かばんさん」


「あの子は強いから、きっと大丈夫ですよ」


「一人であのでかいセルリアンに立ち向かったくらいですから、芯の強さは並大抵じゃ無いですよね。まあ、いくらなんでも無茶だとは思いますけど……」


「いいじゃない。大切な人を守ろうと全力で戦うなんて……」


「…………」


「……ヒグマ? どうかしたんですか?」




「…………うっ」くらっ


「ちょっ、ヒグマ!」


「はぁー……やっぱだめだ。キンシコウ、すまないが運んでくれないか」


「……やっぱり無理してたんですね」


「何も一人で持ち上げなくても……ぼくたちも手伝ったのに」


「……なんとなくな」


「え?」


「要は、かばんさんに少しでも良いところを見せたかったってことですね」


「そんなこと言ってないだろ!!」


「ふふ、冗談ですよ、冗談。担ぎますから、しっかり掴まっていてくださいね」

「…………あいつがあんなに落ち込んでるの、初めて見たな」


「かばんさんが、ですか?」


「ああ。出会ってから日が浅いってのもあるだろうが……それだけ大切な仲間が苦しんでいるのを見るのは辛かったんだろう」


「あいつは確かに強い。けどそれは、守りたいと思うフレンズ――サーバルがいたからなのかもな」


「……ふふ」


「……何がおかしいんだよ?」


「まさかヒグマが他人にそこまで同情するなんてね」


「なっ…………別にいいだろ。我ながら変だとは思うけど」


「それはおそらく、ヒグマにも守りたいと思うフレンズがいるんじゃないですか?」


「そりゃ、まあ……」ちらっ


「それって、もしかしてぼくたち……?」


「いっ、言わねーからな!!///」


「もう、素直じゃないなあ……」

再びバスに乗ったぼくは、ひたすら道を走り続ける。




ビーバー達の住む「こはん」はなかなか見えず、その焦れったさにぼくは苦しめられた。




時折、後ろで横になっているサーバルちゃんの声が聞こえてくる。
恐怖に怯え、苦しみを滲ませ、か弱く震えたその声が。






「サーバルちゃん……」




「アワワワワワ……」




「ラッキーさん、サーバルちゃんの苦しみを和らげられる方法はないんですか?」




「検索中……検索中……」






藁にもすがる気持ちでラッキーさんに聞いても、検索中という言葉を何度も繰り返すのみで、一向に回答は得られない。
残念だけど、こういう時に限って役に立てないのはラッキーさんも同じらしい。




一刻も早く、助けないと。




でも、もし、助けられなかったら?




答えのない問い、考えたくもない最悪の事態が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。ハンドルを持つ手も自然と震えていた。






そうこうしているうちに、バスは森を抜けた。

ばっと太陽の光が差し込み、それに伴って視界が開け、バスはなだらかな丘に差し掛かった。あちこちに咲いた草花と、遠くにそびえ立つ雄大な雪山の景色は、何の煩いも無い人間が見たとしら、息を飲んで見とれるに違いない。
……もっとも、今のぼくはその例外に当てはまるのだが。




バスを道沿いに走らせながら、ぼくは事故を起こさないよう注意しながら辺りを見回して、ビーバーさんたちが建てた、小さな木造の家が見当たらないか探した。




「……あっ、あれだ!」




森を抜けてからそう時間はかからず、ちょうど土地が低くなっている場所に、それなりに広い湖と、そのほとりに建つ家を発見した。




「あっ、かばんさんじゃないスか! お久しぶりっス!」


「ビーバーさん、助けてください! サーバルちゃんが……!」


「うええっ!? ど、どうしたっスか?」




事情をかいつまんで説明すると、ビーバーさんはぼくにサーバルちゃんが休めそうな木陰のある場所まで案内してくれた。ぼくはサーバルちゃんをバスからゆっくりと降ろし、落とさないよう慎重に運ぶ。




「サーバルちゃん大丈夫? ぼくの声、聞こえるかな?」




木の根元にそっと寝かせたサーバルちゃんに、ぼくは恐る恐る話しかけた。




「…………んん………………っ」


「……!」


「ぁ……かばん……ちゃん……?」


「サーバルちゃん……!」


「私………………あれ、ここは……?」


「サーバルちゃんはそこで休んでて。ぼくが水を持ってくるから」




ぼくはサーバルちゃんに代わって水辺へ向かい、両手になるべく多くの水を掬う。
それを彼女の口元まで持っていくと、少しずつ、ちろちろと舌を使って飲み始めた。




「ん……」


「そうそう、ゆっくりでいいからね……」




両手で作った器から水が無くなるまで与えたら、またぼくは水を掬いサーバルちゃんの目の前に持ってくる。
そんな行為を何回も、何回も繰り返した。実際は数回しかしてないはずなのに、ぼくにはそれが、とてつもなく長い時間に感じられた。

「……ありがとう」






しばらくして、サーバルちゃんはぼくの方に目を向けて言い――またすぐに逸らす。
まだ本調子に戻ったとは言い難いが、顔つきはさっきと比べるとだいぶ良くなっていた。
ただ、その顔に浮かべる表情は……笑顔で取り繕うことすらも諦めた、衰弱しきった顔色だった。




「いいんだよ。ぼくはサーバルちゃんが良くなってくれれば、それで…………」


「うん…………」


「…………」




話すことが無くなると、またぼくたちは黙ってしまう。サーバルちゃんはあまり目を合わせようとしないし、ぼくは何も言い出せない。静寂を埋めるかのように、二人の間に風と水のせせらぎが通り抜ける。


ぼくはサーバルちゃんの横にぺたんと座って、彼女の髪をすっと撫でた。ぼくは苦しかった。サーバルちゃんが薄目になって気持ちよさそうな表情をするのが、唯一の救いだった。




こんなこと、今まで無かったのに。サーバルちゃんはいつも元気で、いつも笑顔で、いつもぼくを楽しませようとしてくれた。ぼくはそれにずっと支えられていたから、どんなに困難があっても乗り越えることができたのに。


今のサーバルちゃんは、まるで別人だ。
こんなに元気がなくて、疲れ果てて、弱った姿なんて、見たことがない。


ぼくは一体、どうすれば……




「カバン、チョットイイカナ」




しばらくして、腕に巻かれたラッキーさんが、ぼくに向かって話しかけてきた。二人きりで話したいと言われたので、ぼくはサーバルちゃんから少し離れた場所に移動した。




「今日ハココデ一泊シヨウカ」


「えっ…………」




口を開けるやいなやの提案に、ぼくは驚いた。
もともとラッキーさんには、いままでに出会ったフレンズさんと再び会うために、これまで旅をしたルートをもう一度回ると予め伝えていたし、今日だってその予定のスケジュール通りに動いていた。
こんな状況とはいえ、ラッキーさんの方から予定の変更を提案するなんて、ぼくは思ってもみなかったのだ。




「サーバルノ苦シミヲ和ラゲルタメダヨ。カバント二人キリデユックリ過ゴスノガ、今ノサーバル二トッテ、一番気持チガ落チ着クダロウカラネ」


「ラッキーさん……!」




どうやら、さっきぼくがバスの中で見つけて欲しいと言った「サーバルちゃんの苦しみを和らげる方法」を、ラッキーさんはずっと探し、自分なりの答えを見つけてくれたみたいだ。

「……確かに、ラッキーさんの言う通りです。分かりました。ぼくがなんとかしてサーバルちゃんを元気にしてみせます」


「ヨロシクネ。ソレカラ」




ラッキーさんは一旦間を置いた。




「サーバルガ何ニ苦シンデイルノカ、チャント聞カナキャダメダヨ」


「……はい」




ぼくが返事をすると、二人の会話は終わり、辺りは再び静かになった。




そう、分かっていた。
サーバルちゃんが何かに怯えているということに。
それなのに、何度聞いても、サーバルちゃんは平気なふりをして答えようとしない。




『サーバルちゃんは、どうして――――』




バスの中で言おうと思って、途中で中断されたあの言葉。




『どうして、教えてくれないの?』




今思えば、とても残酷な言葉だ。
サーバルちゃんの言葉を信じていないということになるのだから。
それでも、サーバルちゃんが何かを隠しているのは、もはや否定する方が難しかった。
ぼくだって怖い。
サーバルちゃんでさえ怯えてしまうような何かに、果たしてぼくは立ち向かうことができるのか。
再び彼女の笑顔を取り戻すことができるのか。
それを考えると、ぼくはとても臆病な気持ちになってしまう。


けど、今はそんなことを考えてなんかいられない。
あんなにサーバルちゃんが苦しんでいるのに、何もしないなんてできるはずがない。




「かばん殿ー!」


「あ……プレーリーさん!」


「お久しぶりであります! 元気でありましたか?」


「ぼくは元気…………んむっ!?」


「ん……ぷはっ。プレーリー式の挨拶であります!」


「あ、ああ……そんなのありましたね……(いまだに慣れない……)」


「かばんさん! サーバルの様子はどうっスか?」


「ひとまずは落ち着いたと思います。まだ元気は無いですけど……」

「かばん殿、事情はビーバー殿から聞いているであります。私たちにも協力させてほしいのであります!」


「協力?」


「はい! 一緒にサーバル殿を助けるであります!」


「意気込むのはいいっスけど、おれっちたちにできることって限られてないっスか? できるとしても元気付けるぐらいしか……」


「元気付ける………………!」


「かばん殿、何か思いついたでありますか?」


「はい。ちょっと、お二人に頼みたいことがあるんですけど……」


「まかせるっス!」


「お安い御用であります!」




ぼくはかばんの中から一冊の本を取り出した。

(ここからサーバルちゃん視点)




静かな木陰の下。


私は肌を撫でる風と、木の葉の隙間で揺れ動く光を感じて、うとうととまどろんでいた。
そんな私の頭に、こつんと何かがぶつかって落ちる。




「…………んみ?」




声に誘われるように目を開けると、かばんちゃんがにこやかな顔をして座っていた。手を後ろに回して、何かを隠しているように見える。




「サーバルちゃん。これ、なーんだ?」




私が起きたのに気づくと、かばんちゃんは隠していた手を私に見せた。
かばんちゃんの手元にあったのは……




「かみひこーき?」




私の目に微細な輝きが戻ったのを見て、かばんちゃんは楽しそうに言った。




「これで一緒に遊ばない?」






「かばん殿ー!」




「たくさん作ってきたっスー!」






聞き覚えのある声にはっとして見ると、湖の奥からビーバーとプレーリードッグがたくさんのかみひこーきを抱えてこっちに向かって来ていた。

「いくよ!」




かばんちゃんが勢いよく放ったかみひこーきは、タイミング良く吹いた風に乗って、どんどん加速しながら飛んでいく。




「サーバルちゃんもやってみて」




かばんちゃんに続いて、私もかみひこーきを空へ飛ばした。
私のは上を向きすぎてかばんちゃんのように長く飛ばず、しかも左にぐらっと傾いてすぐに湖のほとりに落ちてしまった。
一方で、かばんちゃんのかみひこーきはぐんぐん進み、少しずつ高度を下げながら、やがて湖の真ん中で着地した。




「すごい、あんなに遠くまで……」


「サーバルちゃんも、もっと綺麗に投げたら遠くに飛ばせるはずだよ」


「ほんと?」


「うん。投げる時はこうやって……」




こうして、私たちはお互いに、かみひこーきを湖の向こうを目指して飛ばしあった。


ビーバーとプレーリードッグも私たちに付き添ってくれた。




「うーん……この向きからこうやって投げれば上手く飛ぶっスかねえ……」


「とにかく投げるであります! 数撃ちゃ当たるってやつであります!」




どんなに投げても、一番長く飛ぶのは、やっぱりかばんちゃんのかみひこーきだった。一度かばんちゃんの手もとから解き放たれば、綺麗な放物線を描きながらどこまでも進んでいく。
まっすぐ進むその姿が見えなくなるまで、私はずっと見つめていた。

やがて、持っている紙は全て飛んでいき、手もとに残る紙は一枚もなくなった。




「なくなっちゃった」


「なくなっちゃったね」


「楽しかったであります!」


「こんな遊びがあるなんて知らなかったっス! やっぱかばんさんはすごいっスね!」


「それはどうも……みなさんが楽しんでくれたみたいでよかったです」




こんなに心を落ち着かせることができたのは久しぶりだった。やっぱりかばんちゃんはすごいな、と思う。


でも、どんなに楽しい時間でも、いつか終わりは来てしまう。
こうなると分かっていても、寂しいものはやっぱり寂しい。
できることなら、この楽しい瞬間が永遠であってほしかった。


それが叶うことはない。
紙はやがて底をつく。かみひこーきもいつかは地面に着地する。昼はやがて夜になる。




私は、あの夢を何度も繰り返す――




「サーバルちゃん」


「なっ……何、かばんちゃん?」


「少しは、元気になった?」


「え」


「サーバルちゃん、ずっと元気がなかったみたいだからさ……」


「そ……それは、その……」




私は咄嗟に否定しようとしたが、上手い言い訳をすぐに考えつくほど頭がいいわけでもなく、というかもはや弁明するのも難しく、すぐに言葉を詰まらせてしまう。




「……そうだ、今日はここに泊まろうと思うんだけど、いいよね?」




私が返答に迷っていると、かばんちゃんは先に口を開いた。
かばんちゃんがビーバーたちに目配せすると、二人は何かを察したように頷いた。

夕食のジャパリまんを食べ終わった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。かばんちゃんがマッチで点けたランタンの光だけが、今の私たちを照らす光になっていた。
かばんちゃんはふああと大きなあくびとして、それからぐっと手を上に伸ばす。




「かばんちゃん、もう寝るの?」


「うん。そうしようかな……」


「じゃあ私も寝るよ!」


「サーバルちゃんは夜行性でしょ」


「大丈夫! 私も眠いから!」




咄嗟に出る言葉。もちろん嘘。
私がさっき寝ていたのをかばんちゃんも知っているから、騙せたかどうかも怪しい。
けど、かばんちゃんは「そっか」と言うだけで、特に私を疑ったりはしなかった。




「あれ? かばんちゃん、ボスは……?」


よく見ると、かばんちゃんの手首から、ボスがいつの間にかいなくなっていた。


「ラッキーさんなら、バスの中に置いてきたよ」


「えっ、どうして……」


「サーバルちゃん。ちょっといいかな」




私が言いきる前に、それを遮るようにかばんちゃんは口を開いた。
ランタンに照らされたかばんちゃんの顔は、普段と変わらない穏やかな表情のはずなのに、その視線は私の体を固まらせる。




「今日は外で寝ようか」


「外って……ビーバーたちと寝ないの?」


「いつもバスの中だし、たまには外で寝るのもいいでしょ?」


「で、でもっ……」


「心配しなくていいよ。この辺りにセルリアンはいないから」


「!!」どきっ




心臓が跳ね上がるような感覚だった。
かばんちゃんの言葉はまるで、私の心、考えていることさえも完全に見透かしているようで、少し怖い。不意打ちをくらった私は、何も言うことができなかった。




「ついて来て」




かばんちゃんは私を気にせずに歩きだす。少しして我に帰った私は、すぐさまかばんちゃんの後を追いかけた。

かばんちゃんが向かった先には――暗くてよく見えないけれど――大きな木が一本、真っ直ぐそびえ立っていた。バスからだいぶ離れた位置にあるこの木は、さばんなちほーに生えているものと同じか、あるいはそれ以上の大きさだ。




「ここは…………」


「さっき見つけた場所なんだ。今日はここら辺で寝ようか」




何を言い出すんだろう、とずっとどきどきしていたのに、かばんちゃんはランタンの明かりを消し、自分のかばんを枕にしてさっさと寝そべってしまった。
私もすぐさま横たわる。




「見て、サーバルちゃん。空がすごく綺麗だよ」




かばんちゃんに促されて上空を見ると、呼吸も忘れてしまうくらい綺麗な星空が目に飛び込んできた。


その美しさに私は息を呑む。




「ほんとだ……すごい」


「これをサーバルちゃんに見せたかったんだ」


「私に? もしかして私のために連れてきたの?」


「うん。かみひこーきだってそう。サーバルちゃんと遊びたかったから、図書館で貰った本から紙をビーバーさんたちに切り取ってもらって……」


「えっ、あれって本だったの!? だめだよ! 博士たちに怒られるちゃうよ!」


「博士さんは『われわれからのお礼なのです。かばんの好きに使うですよ』って言ってたし……ぼくはサーバルちゃんを元気にしたくて、自分で決めて使ったから、怒らないと思うよ」


「そうかなあ……」


「大丈夫だよ。博士さんも助手さんも優しいフレンズだから」


「…………」




「……じゃあ、そろそろ寝るね。おやすみなさい」


「お……おやすみー」




かばんちゃんが横を向いたのを見て、私もゆっくりと目を閉じた。

「…………」






どく






「…………」






どく、どく、どく






(……夢…………)






『かばんちゃんを、返してよーーーーーっっ!!!』






ずきっ






「っ…………!」






眠れない。




心臓のやかましい音から耳を塞いで、身体を小さくし、目をかたく閉じたとしても、どくんどくんという波の音は消えるはずもなく。


かばんちゃんはすぐ後ろにいるはずなのに、私はとてつもない孤独を感じていた。


また、あの夢を見てしまう。
見たくないものを見てしまう。一番恐れていたことを肌身で感じてしまう。
頭の中から、何か恐ろしいものが坂道をかけ上がるようにこみ上げてくる。






「い……や…………いやだ…………っ」






震える声と共に、私の目から一粒の涙が顔をつたった。

「サーバルちゃん」






声が響く。




息が止まる。




心臓の音は聞こえなくなった。






「起きてるんでしょ」






私はそっと目を開ける。




目の前のかばんちゃんは、さっきまで後ろを向いて寝ていたはずなのに、気づけば私の方に向き直して、二つの目がじっとこちらを見つめられていた。






「かばん……ちゃん……」




「…………サーバルちゃん、ずっと苦しそうにしてたよね? ぼくに何か隠してるってことは、あまり信じたくないけど…………きっとそうなんだと思う」




「言いたくないのかもしれないし、ぼくに心配をかけたくないのかもしれない。けど、ぼくは知りたい。サーバルちゃんの力になりたい。何もできなくても、話を聞くくらいならできるよ」






「だから………………サーバルちゃんの悩みを、教えてほしい」






かばんちゃんは、普段と同じ、落ち着いた口調で話していた。
……でも、一つ一つ言葉を選びながら話すかばんちゃんの顔が、とても悲しそうにしているのが、私には分かってしまった。




つらいんだ。かばんちゃんも。


隠されるのがつらくて、苦しいんだ。


何かしてあげたいのに、何も分からなくて、胸が張り裂けそうなくらい苦しんでるんだ。




かけがえのない、フレンズだから。

「…………」




「…………」








「ごめんね」






「…………どうして、サーバルちゃんが謝るの?」






「だって……私、かばんちゃんが苦しんでるのも知らずに……必死に隠そうとしてた」






「本当に……ごめんなさい」






「全部、話すね」






風の音も、木の葉の揺れる音も消え、辺りはしんと静まり返る。
私は大きく息を吸って、言った。






「夢を見たの」












「こわい夢」

夢の中にね、この前かばんちゃんが食べられた、黒くておっきなセルリアンが出てくるの




セルリアンは私を見て、少しずつ、少しずつ近づいてきて




私は逃げようとするんだけど、体が思うように動かなくなってて、それで




セルリアンに食べられたの




食べられたと同時に目が覚めて




その時は、走ってないのに心臓がばくばくして




息がすごく乱れてた




別の日に、今度は違う夢を見て




かばんちゃんがセルリアンの中に閉じ込められていて




私は必死に助けようとするんだけど




一人の力じゃどうすることもできなくって




私を吹き飛ばして、セルリアンは逃げちゃうの




……あとね、誰もいない世界で、ひたすらかばんちゃんを探したりもした




どこまで行っても真っ暗闇で、草木の音も、風の音も聞こえないような場所で




大声でかばんちゃんを探すんだけど、どこにも見つからなくて




頭がおかしくなりそうだった

もう声も出なくなるくらい叫んで




息も上手にできなくなるくらい走ったのに




かばんちゃんはどこにもいなくて




一人ぼっちで……




途中からずっと泣き崩れてた




怖くて




つらくて




苦しくて




……ずっと、そんな夢を見てきたの




どんなにがんばっても、どんなにセルリアンと戦っても、私はやられて、かばんちゃんは消えちゃうの










ねえ、かばんちゃん






私、どうしたらいいんだろう

(ここからかばんちゃん視点)



「…………」




サーバルちゃんの口から一つ一つゆっくり出てくる言葉を、ぼくは一言たりとも逃さないように黙って耳を傾けた。


全て聞き終えた時、ぼくは始めになんて声をかけるべきか迷った。
サーバルちゃんを苦しめている正体……それはぼくでもなく、病気でもなく、フレンズでもなく、セルリアンでもなかった。


現実味を帯び、身の毛のよだつような「こわい夢」に、彼女は怯えていた。


彼女が吐き出した予想外の本音に、ぼくをしばしの間困惑してしまったのだ。


……けど、その理屈なら、これまでの出来事を上手く説明することができる。


寝ている時に苦しんでいたのにも合点がいく。彼女は寝る度に、その恐ろしい夢を見て苦しんでいたのだろう。




「……そうだったんだ」


「ずっと、サーバルちゃんはその夢に苦しんでたんだね……」




ぼくは、サーバルちゃんのもとまでそっと体を寄せていく。


距離を狭めると、ぼくは背中に手を回し、サーバルちゃんを力いっぱい抱きしめた。




「みゃ……っ!///」




サーバルちゃんの苦しみは、想像を絶するほどつらいものに違いない。これがもし逆の立場だったら…………ぼくはとても耐えられないと思う。


サーバルちゃんに対して、ぼくができることは確かに少ない。
けど、それでも何かしたい。サーバルちゃんを安心させたい。救い出したい。

「こうすれば伝わるよね? ぼくがちゃんとここにいるってこと」


「うん…………分かるよ…………」


「辛かったよね……サーバルちゃん。ずっと一人で苦しんで……きっとぼくだったら耐えられないと思う」


「どうすればその夢を見なくなるのか、ぼくにはまだ分からないけど……」


「……けど、忘れないで! 夢の中で何があったとしても、ぼくはサーバルちゃんの側からいなくなったりしないよ。約束する」




ぼくの言葉が終わると、サーバルちゃんはゆっくりと目を動かし、やがてぼくの視線とぶつかった。




そして、ダムが小さな割れ目から大きく決壊していくように、サーバルちゃんの目から涙がとめどなく溢れだした。




「っ…………ひっ、うっ……ううぅっ…………かばん、ちゃん……かばんちゃん、かばんちゃんっ……!」


「サーバルちゃん…………」


「怖かったの……かばんちゃんがいなくなっちゃうのが怖くて、私……っ……」


「大丈夫…………もう、大丈夫だよ…………」


「あ……うああぁ…ああああああぁぁ…………」




心臓と心臓がくっついてしまいそうなくらい、ぼくはサーバルちゃんを引き寄せた。ぼくの温もりで、サーバルちゃんの冷えた心が温まるよう願いながら。

長い長い時間が過ぎて、ようやくサーバルちゃんはおとなしくなった。
さっきまで大泣きしていたのが嘘のように、今はすうすうと眠っている。


泣き疲れてしまったのだろう。普段めったに泣かないサーバルちゃんが、今日は二回も泣いたのだから。




「んぅ…………」




サーバルちゃんはごろんと寝返りを打ち、密着していたぼくの体から離れた。
おそらく、長時間ずっとくっついていたために熱くなってしまい、体が本能的に離してしまったのだろうけど、ぼくはそれを見て少し安心した。


サーバルちゃんはとても落ち着いた表情を浮かべている。ここ最近、ずっと苦しそうな寝顔しか見ていなかったぼくにとって、それは素直に嬉しかった。


そして同時に、ぼくは誇らしくも感じていた。この時、安らかに眠るサーバルちゃんを見て、ぼくは一種の余裕――ぼくが支えていれば、そのうちサーバルちゃんも元気になるはずだ――に近いものを感じていた。


言うなれば、ぼくは後のことを楽観視していたのだ。




「大丈夫……じきによくなるよ。それまでずっと支えるからね」




サーバルちゃんに対して、そして自分に対しての言葉を発したぼくは、サーバルちゃんの頭を撫でながら、次第に意識をまどろみの中へ消していった。




この時のぼくは、夢を甘く見ていた。




夢は、そう簡単に終わらない。

「…………ひっ………う……っ!」


「……ん…………?」




眠ってからおよそ数時間、不規則な息遣いを耳が察知して、ぼくはぼんやりとした意識のまま目を覚ました。


息遣いの正体はサーバルちゃんだった。ぼくは飛び起きて、すぐにサーバルちゃんのもとへ駆け寄る。


彼女の体は硬直して小刻みに震えている。まるで高熱にかかった時のような苦しい表情を顔に浮かべ、うなされている。


ただ、今までと違うと気づいたのは、サーバルちゃんに触れた時だった。


服がびっしょりと濡れている。それはつまり、汗をあまり出さないはずのサーバルちゃんが、全身から汗を吹き出していることを意味していた。


もともとサーバルキャットは人間ほど体温調節が得意ではない。


体が高温になると、それは命に関わる。




「サーバルちゃん!!」




ぼくはサーバルちゃんに必死で呼びかけた。もし近くにセルリアンがいたらとか、夜中に大声を出すのは周りのフレンズに迷惑とか、そんな理知的に物事を考えている暇なんてなかった。ぼくはただ、彼女の安否にしか興味がなかった。




「サーバルちゃん! 起きて! サーバルちゃん!!」

「…………ぁ……」


「サーバルちゃん! ぼくだよ、分かる?」




何度も何度も声をかけると、サーバルちゃんは虚ろに目を開けた。瞼の隙間から見える瞳孔は、明らかに不自然な方向を向いている。




「あれ…………かばんちゃん…………なんで…………」


「えっ……?」


「だって…………だって…………かばんちゃん、さっき……私の前で…………」




サーバルちゃんは青ざめていた。
声もたどたどしく、崖から崩れ落ちるかのように、一つ一つの言語が体裁を崩していく。




「セルリアンに…………セルリアンに…………」がたがた


「サーバルちゃん、落ち着いて!」


「いや…………いや
…………いや、いや、いや…………」




「いやっ………………!」




ぐらっ




「……………………」


「……サー……バル…………ちゃん?」




言葉が途切れ、目の焦点が定まりそうになったその時、サーバルちゃんの目は、再び硬く閉じられ――――意識を失った。




「そんな……………」




ほんの、ちょっとの間の出来事なのに。


それだけで、全てが伝わった。




サーバルちゃんの夢は、どんどん悪化している。

「さっ…………サーバルちゃん、起きて、ねえ起きてよ…………サーバルちゃん!!」




ぼくは叫びながらサーバルちゃんを揺さぶった。


サーバルちゃんはびくとも動かず、むしろさっきよりずっと静かだった。


それがぼくにとって、逆に怖かった。




「サーバルちゃん! サーバルちゃん!!」




体を揺さぶる。大声で呼びかける。


彼女が起きる気配はない。




「サーバルちゃん!……………………お願い…………お願いだから……起きてよ…………!」


「うっ…………ぐすっ…………うぅ……っ…………」




ぼくは泣いていた。サーバルちゃんを抱きしめながら、地面に涙をぼろぼろと落としていた。


さっきまで安易に考えていた愚かな自分が――――何もできない自分が、恥ずかしくて、憎くて、しょうがなかった。




このままだと、




ぼくも、




サーバルちゃんも、




壊れてしまう。

目覚めは最悪と言っていい。







サーバルちゃんより先に起きたぼくは、顔を洗うために湖のほとりに向かっていた。




昨日は一晩中サーバルちゃんの体にしがみついて涙を流していた。つらいのはサーバルちゃんのはずなのに、ぼくの方がたくさん泣いている。




いつの間にか眠っていたらしいが、頭はずっしりと重く、本当に寝ていたのか疑わしくなる。




湖の水面に浮かぶぼくはひどい顔をしていた。散々泣き腫らしたあとで、目の辺りは赤く腫れ上がってしまっている。




こんな顔、サーバルちゃんには見せられない。




少しでも元に戻そうと、ぼくは湖の冷たい水で何度も顔を洗った。






ぼくが起きてからしばらくして、サーバルちゃんも目を覚ました。






「おはよう、サーバルちゃん」




「かばん……ちゃん…………おはよう」






魂が抜けてしまったかのような弱々しい声は、話しかけることさえ躊躇わせてしまう。

「サーバルちゃん、昨日も寝てる間うなってたみたいだけど……どんな夢を見ていたの?」




「夢…………」






「っ…………!」がたがたがた






聞いてすぐに、ぼくは「しまった」と後悔したが、もう遅い。




言葉を聞くやいなや、サーバルちゃんは体をがたがたと震わせ、涙が次々と目から落ち始めた。




「ぁ……あ……いやっ…………」がたがた




「ご、ごめんサーバルちゃん! 無理して言わなくていいから!」




「っ、ひぐっ、うぅっ……ううぅぅぅっ…………」






震えるサーバルちゃんを、ぼくは慌てて抱きしめる。




サーバルちゃんはぼくの左肩に顔を埋め、静かにすすり泣いた。






「かばんさんおはようっス…………」




「かばん殿、おはようございまー…………す………………?」




「うっ、んぐっ、えぐっ…………かばんちゃん………………怖いよぉ……」




「大丈夫……ぼくはここに……ここにいるから……」





「……今は、そっとしておいた方がいいと思うっス」




「……そうでありますね」

ぼくはバスに置いたままのラッキーさんを取りに行くことにした。
もちろんサーバルちゃんも一緒だ。






「っ……」ぎゅっ




(サーバルちゃん……)






サーバルちゃんはぼくの左腕を両腕でがっちりと掴んで歩いていた。のりでくっつけたかのように密着していて歩きづらいけれど、今はぼくもこうしている方が安心する。腕から加えられる強い力が、彼女のぼくを失うことに対する恐怖を暗示しているように感じた。






「昨日ハドウダッタ?」






出会ってすぐの開口一番、さっそく耳の痛い質問をぶつけられる。






「サーバルちゃんが苦しんでいる原因は分かりました。ただ……」ちらっ




「…………」




「どうすればいいのか分からないんです」




「……詳シク聞カセテクレルカナ」






ぼくはサーバルちゃんが見る「こわい夢」についてラッキーさんに説明した。




以前にも似たような症状を患ったフレンズがいないか聞いたところ、フレンズの生態について熟知しているラッキーさんでも、そのような事例は聞いたことがないと返ってきた。

「フレンズガ人ト同ジヨウニ夢ヲ見ルノハ不思議ジャナイケド、ソウイウ話ハ初メテダネ」




「そうですか……じゃあ対処法とかも……?」




「データベースノ中ニハ存在シテナイネ」






頼みの綱のラッキーさんでもどうしようもないとなると、いよいよぼくたちは行き詰ってしまう。






「カバン、コレカラドウスルツモリ?」




「これから…………」






ぼくは迷って、サーバルちゃんと目を合わせる。このままぐずぐずしていると、サーバルちゃんの容態はさらに悪化してしまう。だからといって、闇雲に行動したところで、何の解決にも繋がらない。




こういう時、どう行動すればいいんだろう……






「あのー……」




「あっ、おはようございます、ビーバーさん」




「おはよう……と言いたいところなんスけど、かばんさん本当に寝たっスか? すごく疲れてるように見えるっス」




「そ、そんなこと……っ」くらっ




「かばんちゃん!」




「あ……」

「やっぱり疲れてるっス。もう少し休んだ方がいいっスよ」




「だめだよ……サーバルちゃんをなんとかしなきゃ……」




「かばんさんまで倒れたら元も子もないっスよ! 難しいことは置いといて、今は一旦落ち着くべきっス!」






ビーバーさんの放った正論に、ぼくの反論する余地は残されていなかった。
この時、ぼくは自分がサーバルちゃんに突き動かされ、感情的に動いていたことに初めて気づかされた。




今のぼくは、じっくり考えて動くことができなくなっている。
ビーバーさんの言う通り、こういう時こそ落ち着いて対処するべきなのに。






「……そうですよね。ごめんなさい」




「謝らなくていいんスよ。さ、早く家に戻るっス! プレーリーさんがみんなの分のジャパリまんを用意してくれてるっスよ!」




プレーリーさんについて行く形で、ぼくたちは再び歩き出した。




「……行こうか」




「うん」








「…………」






この時、ぼくはまだサーバルちゃんがある感情を持ってぼくを見つめていたことに気づいていない。

「これでみんな揃ったでありますか? では!」




「いただきます!」






ぼくたちはプレーリーさんと再会して、木の家で朝食をとることになった。
ビーバーさんたちがおいしそうにがつがつ食べる中、サーバルちゃんはジャパリまんをじっと見つめ、なかなか口を開けようとしなかった。






「サーバルちゃん、食欲が無いの?」




「うん……」




「無理して食べなくていいんだよ」




「で、でも、食べないと……」




「一気に食べたら気持ち悪くなるかもしれないよ。食べるとしても少しずつね」






「……そういえば、二人はこれからどうするんスか?」






ちょうどぼくがジャパリまんをちぎってサーバルちゃんに食べさせていた時に、ビーバーさんがぼくに向かって聞いてきた。






「迷ってます……ラッキーさんはサーバルを気にかけてほしいと言ってて、ぼくもできればそうしたいんですけど、この先どうすればいいか分からなくて。ゆうえんちのこともありますし……」




「ゆうえんちのことって何でありますか?」




「あ、そういえばまだ二人には伝えてませんでしたね。実は……」

ぼくはビーバーさんとプレーリーさんにゆうえんちの催しについて説明した。二人とも目を輝かせ、会場の設備の建築に協力してほしいと言ったらすぐに快諾してくれた。






「まかせてほしいのであります! ビーバーさんと一緒なら、ちゃちゃっと終わらせられるであります!」




「PPPも来るんスか? それってかなり大規模っスよね?」




「そう言ってくれると頼もしいです。ビーバーさんの言う通り、パーク中のフレンズさんが集まるので、かなり大きな催しになると思いますよ」




ぼとっ




「パーク中……!?」






ビーバーさんはジャパリまんを落とし、青ざめた表情を浮かべた。






「まずいっス……ジャパリまん三ヶ月分、まだ返しきれてない…………これ以上待たせたら…………」わなわな




「どうかしたんですか?」ひそひそ




「実はビーバー殿、以前大量の木材と引き換えに渡すと約束した三ヶ月分のジャパリまんを、まだ返しきれてないらしいのであります……」ひそひそ




「でも、ちょっと遅れるくらいなら……」




「タイミングが悪いんス……二人はこの前『今あるジャパリまんを研究して、新種のジャパリまんを作りたい』って言ってたっス……何でだろうと思ってたっスけど、このパーティーのために違いないっス……」

「今頃カンカンに怒ってるっスよ……会いたくないっス……」




「かばん殿、ビーバー殿に力を貸してあげられないでしょうか……」




「……かばん殿?」






博士、助手…………としょかん!




なんで忘れていたんだろう。「分からないことがあったら、としょかんに行くんだ!」って、出会ったばかりのサーバルちゃんにも言われていたのに。




あの二人なら、何か知っているかもしれない。






「そうか、としょかん! サーバルちゃん、としょかんに行こう!」




「としょかん……?」




「えっ、一体どういうことっスか?」




「あそこに行けば、サーバルちゃんの見る夢について分かるかもしれない!」




「ぼくが何の動物なのかもとしょかんで教えてもらったし、あの二人ならきっと何か知ってるよ!」






こうして、ぼくたちの次の行き先が決まった。

「ラッキーさん、としょかんまで一直線で行きたいんですけど、燃料は足りますか?」




「大丈夫、問題ナイヨ」






ラッキーさんに確認も取った。予定はかなり変更しなきゃいけないけど、そんなもの後からいくらでもどうにかなる。
それに、パーク内の施設やフレンズを管理しているラッキーさんにとっても、イベントよりサーバルちゃんを助けることを優先してほしいはずだ。
それなら迷うことはない。






「かばんさん、もう行くんスか?」




「はい。少しでも早くサーバルちゃんを助ける方法を見つけたいんです」




「そっか……それもそうっスよね」




「……あ、その……としょかんに行くのなら頼みたいことが……」




「ジャパリまんのことなら、博士に許してあげるよう伝えておきますよ」




「かっ、かばんさんありがとうっス! 恩に着るっス!」






二人との挨拶も済み、いよいよ出発する時が来た。
バスのドアを開け、運転席に乗ろうとすると、サーバルちゃんが腕を引っ張る。






「……?」




「…………」ふるふる






サーバルちゃんは一時も腕を離したくないらしかった。
どうしたものかと思ったけど、ぼくはすぐにいいアイデアを思いついた。

「ラッキーさん、ハンドルに巻き付けておくので、としょかんまで運転してもらえますか?」




「マカセテ」






ラッキーさんもぼくの意図を察したらしく、あっさりと了承してくれた。






「ジャア、最後ニ確認スルヨ。目的地はジャパリ図書館ダネ?」




「……はい。なるべく早くお願いします」




「分カッタ。最短ルートデ行クヨ」






ぼくの言葉を聞くやいなや、ジャパリバスは急発進して動き始めた。

「さよーならー!」




「また遊びに来て欲しいっスー!」






「ふう。行ってしまったでありますね」




「もう少しお話したかったっスね……」




「それは仕方ないのであります。かばん殿はサーバル殿を助ける使命があるのですから」




「そうっスよね……」




「……もしかしてビーバー殿、寂しいのでありますか?」




「えっ」




「ビーバー殿にはこの私がいるというのに不服であります!! 私だと不満でありますか!?」




「うええっ!? ま、まさか……」




「サーバル殿に嫉妬しているのと違いますか? まさか……ビーバー殿は、かばん殿が好きなのでありますか!?」




「ち、違うっス! おれっちにとっての一番はプレーリーさんっスよ!!」




「……!」






「あ……///」

「……ビーバー殿。今の言葉は本当でありますか?」




「えっ……と、その……///」




どさっ




「プ、プレーリーさん!?」




「かばん殿から来てから、ずーっと我慢してたでありますよ……? 二人がいなくなった今なら、存分にプレーリー式のアイサツ(隠語)ができるでありますね」にやり




「っ……///」




「ビーバー殿、抵抗しないのでありますね。もしかして、ずっと期待してたでありますか?」




「言わせないで……ほしいっス……」




「素直じゃないのであります。ま、そういうとこも好きでありますけどね……ん」




「んっ……」

草原を抜け、森を抜け、山を抜け、また森を抜ける。




ラッキーさんの運転するジャパリバスは、道かどうかもよく分からない場所を突っ走っていた。
さすがのぼくも不安になってきたけど、何せパーク中の全地形を把握しているラッキーさんのことだ。ちゃんととしょかんに着くだろう……たぶん。




それよりも、ぼくが心配しなくちゃいけないのはサーバルちゃんの方だ。
夢から救い出さない限り、サーバルちゃんの苦しみ……そしてぼくの苦しみも、消え失せることはないだろう。




ぼくがサーバルちゃんと絡めている方の腕にぐっと力を入れると、サーバルちゃんもまた力を込めた。






「サーバルちゃん、気分はどう?」




「…………足りない……」




「え……」




どさっ




「さっ……!?///」




なんだろうと思ったのも束の間、サーバルちゃんはぼくを痛くない程度に押し倒し、そのままゆっくりと体を重ねた。




「お願い……しばらくこうさせて……」




「べ、別にいいけど……」




(恥ずかしい……///)




サーバルちゃんがぼくにわがままを言うのも珍しいが、服に肌を擦りつけて、すんすんと息を荒らげる様子は、それまでのじゃれあいとはまた違って、自然と顔が赤くなってしまう。




そして、健気にぼくの存在を確かめようとするサーバルちゃんを見ているぼくの中に、ぞわぞわと不思議な感情が溢れ始めていた。




その感情の名前を、ぼくはまだ知らなかった。

「…………助手〜」




「なんですか、博士」




「かばんはいつになったら来るのですか〜……?」




「分かりません」




「ぐぬぬ。もうそろそろ限界が近いのです。これ以上カレーを食べないと、禁断症状が……」




「大げさです。それに、そのうちかばんは外の世界に旅立つことくらい、博士も知っているでしょう?」




「ぐ……それは言わないでほしいのです。そのことを思うと、今から気が重いのです……」




「気を落とさないでください、博士。ジャパリまんの品種改良ももうすぐ成功します。今はこの島の長として、やれることをやりましょう」




「……そうですね。島の長としての自覚が足りない発言だったのです。今後も島のフレンズの鑑となれるよう振る舞いを……」

「……ん?」




「博士、どうかしましたか?」




「何か聞こえてきませんか、助手?」




「……何かが近づいてくる音がしますね」




「博士には分かるのです……以前にも同じ音を聞いた覚えが……」




ブロロロロ……




「これは……!!」




ばっ!




「ついにかばんが来たのです!! さっさとカレーを作ってもらうのですよ!!」だっ




「ま、待ってください、博士!」

がちゃ




バスのドアを開けると、眼前に開放的な空間が広がる。
以前来てからまだそんなに時間は経っていないはずなのに、ここ最近の出来事が多すぎて、妙に懐かしく感じられる。






「久しぶりだなあ……」




「あれ? そんなに来てなかったっけ……?」






思ったことをぽつりと口走ってしまい、サーバルちゃんは不思議そうな顔をした。






「待ちくたびれたのですよ、かばん!」




「待ちくたびれたのです」






頭上から大きな声が聞こえる。見上げてみると、としょかんの屋根の上から、博士と助手がこちらを見下ろして立っていた。二人は翼を広げて飛び立ち、大きく旋回して見事ぼくたちの前に着地した。






「われわれはずっとおまえを待っていたのですよ」




「こんにちは、博士さん、助手さん。えっと……」




「言わなくても分かるのです。われわれへの感謝から、またカレーを作りに来たのですね?」




「えっ」




「安心するのです。こんなこともあろうかと、博士のお腹はぺこぺこなのです」




「博士、それはたまたまでは……」




「あの……」

「……とっ、とにかくっ! われわれはずっとかばんを心待ちにしていたのであります! 作るならさっさと作るのであります!」ぐいぐい




「ま、待ってください! ぼくは別の用事で……!」






「……サーバル?」




「…うぅ…………っはぁ…………あぁ……!」






サーバルの異変に真っ先に気づいたのは助手さんだった。
片腕を掴んでいた強い力はいつの間にか消えていて、息を震わせながらその場にひざをつかせていたのに、ぼくはそれに気づくのを遅れてしまう。




「博士さん! 図書館に寝かせられる場所はありませんか!?」

「…………」






としょかんの階段を上っていくと、建物周辺を見渡せる場所に加え、博士さんと助手さんの生活スペースが存在した。ぼくは博士さんのベッドを貸してもらい、そこにサーバルを降ろした。






「……静かですね」




「まっ、まさか死……!?」




「縁起でもないです、博士」




「大丈夫です、息はしてます。ただ、昨日もよく眠れなかったのか、とても疲れてるみたいで……」






傍らで眠るサーバルちゃんの顔は、落ち着いてはいるものの、極度に疲弊を溜め込んだ顔つきになっている。容態が悪化している証拠だ。






「……なるほど。かばんがここにやって来たのは、これが理由ですね?」




「えっ?」きょとん




「はい……このとしょかんに来れば、サーバルちゃんが苦しんでるこわい夢について、何かわかるんじゃないかと思って……」




「そ、そうだったのですか!?」




「気づくの遅すぎです、博士」

「うぅ……かばんのカレー……」しょんぼり




「そんな風にいじけていては島の長が務まらないのです」




「だって……」




「お願いします、博士さん、助手さん! お二人に協力してほしいんです! お礼なら後でいくらでもしますから!」




「……!」ぴこーん




「ほう……今の言葉は本当なのですね?」




「本当です。サーバルちゃんを助けるためなら、どんな苦労だって惜しまないつもりです」




「……やれやれ、仕方ないですね。島の長は多忙ですが、今回は特別に協力してやるのです」




「……! ありがとうございます!」




「ただし、後でわれわれにご褒美としてカレーを振る舞うこと! いいですね?」




「は、はあ。それは構いませんけど」






「……気にすることないのですよ。博士はカレーに目がないのです。ジャパリまんのカレー味を作るためだけにフレンズからジャパリまんを徴収してるくらいですから……」ひそひそ




「助手! 余計なことを言うなです!!///」

サーバルちゃんを休ませ、ぼくたちはとしょかんの一階に戻った。
四方八方に色とりどりの本が並び、高くそびえ立ち、威圧するかのようにぼくを見下ろしている。
一つ一つの本の中に世界があって、知識があって、それを書いた人がいる。それは例えるなら、別世界への扉がたくさん置かれているようなものだ。






「博士さん達はここにある本を全部把握してるんですか?」




「まさか。博士といえども無理があるのです」




「ただ、どの位置にどんな本があるかなら分かるのです。ヒトは本を種類別に分けて配置していたみたいなのです」




「最初、それに気づかなくて適当に戻してましたよね、博士」




「余計なことは言うなとさっき言ったはずです」






博士さんは頭の翼を羽ばたかせ、ゆっくりとぼくの体を持ち上げる。






「さて、おまえはサーバルの夢について調べたいと言っていましたね? フレンズの生態を知るなら、元の動物を知るのが一番なのです」






博士はぼくをフレンズに関する本が置かれている場所まで連れて行った。博士さんいわく、ジャパリパーク内のとしょかんということもあってか、もともとフレンズの生態をまとめた本が多めなのだそうだ。






「お…………重い……のです……!」






ぼくが気になった本を何冊か手に持つと、博士は急にバランスを崩して不安定になった。一見強気に見えて、実際は重いものは大して持ち上げられないらしい。






「うわっ、博士さん! 落ちたらケガしちゃいます!」




「分かってるのです! ただ、サンドスターの供給が追いついてないのです……!」




「うわああっ!」

がしっ




「まったく。博士は無理しすぎです」




「助手さん……!」




「あ……ありがとうなのです、助手」






なんとか大怪我をせずに済んだぼくは、さっそく持ってきた本の内容を確認し始めた。
最初に手に取った図鑑は、フレンズになる前と後で動物がどんな姿なのか詳しく図解されていて、字が読めなくても楽しめる内容になっている。






「……あった! サーバルちゃんだ!」






さばんなちほーに住むフレンズの一覧に、サーバルちゃんの名前はしっかり載っていた。
……だが、書いてあるのは基本的な生態と見た目だけで、「夢」に関する記述は一切書かれていなかった。




その次に確認した本も、フレンズ達の生活の様子は描かれているものの、やはり肝心の寝ている間の話は一切言及がない。




さらにその次の本は、フレンズに関する記述がかなり限定的で、内容のほとんどがフレンズと関係無い。




(これは骨が折れそう……)




薄々分かっていたとはいえ、それなりの時間と苦労を要すると察した時は、落胆の表情を隠さずにはいられなかった。
けど、サーバルちゃんを救う道が他にあるだろうか? これだけたくさんの本があれば、ぼくが求めている情報も必ずどこかに載っているはずだと、今は信じるしかない。
ぼくは本のページをめくり続けた。

どさっ




「とりあえず、かばんの役に立ちそうな本をあらかた集めておいたのです」




「助手さん、ありがとうございます! そういえば、博士さんは……?」




「博士もかばんのために本を集めていたはずなのですが……どうやらサボってますね」




「あはは……そうですか」




「それにしてもかばん、ここに来てからもうだいぶ経つのです。少しは休憩したらどうですか?」




「えっ、そんなに読んでました?」




「かばんがここへ来たのは太陽がてっぺんの時ですが、今はもう沈みかけているのです」






助手さんに言われるまで気がつかなかったが、既に日は傾き、地平線の内側へ隠れようとしていて、外はうっすらと暗くなり始めていた。
ぼくの周りには読み終わった本が山となって積み重なり、辺りはかなり散らかっていた。
ぼくが本を一旦ぱたりと閉じると、助手さんはちょうど紅茶とジャパリまんを持ってくるところだった。






「食事にしましょう。腹が減っては戦はできぬと、ヒトの言葉にもあるのです」




「戦ってなんですか?」




「よくライオンやヘラジカがやってるのです」






散らばった本をどかしてなんとかテーブルに食事を置き、助手さんが淹れてくれた紅茶とジャパリまんのおかげで、ぼくはようやく一息つけた。

「ふう……」




「かばん。熱心なのはいいですが、体を壊したら元も子もないのです。無理は禁物ですよ」




「すみません。ビーバーさんにも同じことを言われてたのに……」




「おまえにとって、サーバルはそこまでする程大切な存在なのですか?」




「……はい。かけがえのない、大切なフレンズです」




「それはなぜ?」






助手の目がじっとこちらを見据えた。本人にその気はないはずなのに、辺りの空気が張り詰める。ぼくは緊張から体を硬くしてしまった。






「…………ぼくは、動物だった頃の記憶もないまま、ヒトのフレンズとしてさばんなちほーで生まれました。ここはどこで、自分は何者なのか……何も分からないし、どうすればいいかなんて、誰も教えてくれません」




「そんな時に、出会ったんです。サーバルちゃんに」




「…………」

「サーバルちゃんは、初対面のぼくにも優しくしてくれました。分からないことを教えてくれたり、励ましてくれたり……ずっと、支えられてきたんです。もし、サーバルちゃんがあの時ぼくに気づかなかったら、ぼくはとっくにセルリアンの餌食になっていたかもしれません」




「サーバルちゃんのいない世界なんて、ぼくには想像できないんです」






ぼくは思ったことを率直に、丁寧に助手さんに話した。息を整え、考えながら話すことで、だんだんと頭の中が整理され、気分も少しずつ落ち着いていった。






「…………」




「……あっ、すみません。長々と話しちゃって……」




「いえ……」







「……似てますね、私と」




「えっ……」






「かばん! これを見るのです!!」






ぼくが聞き返そうとしたその時、博士さんが興奮気味にぼく達の前に降りてきた。






「どこでサボってたんですか、博士」




「失礼な! ちゃんと調べていたのです!」




「それはともかく、どうかしたんですか?」

「ふっふっふ……このとしょかんの中央に大きな木が生えているのはご存知ですね?」




「この建物の屋根の上には、巨木の中に小さな部屋があるのです。われわれはそこに、パーク内のあちこちで発見された本を保管していたのです」




「そして今しがた、その中の書物を調べていたら……」




「ついに見つけたのですよ、かばん。これでサーバルを救えるかもしれないのです」




「ほ、ほんとですか!?」




「…………」






助手は「あやしい」と言わんばかりの視線で見つめているが、ぼくは博士への期待で目をキラキラと輝かせていた。






「それは……これなのです!!」ばーん




「……絵本、ですか?」




「詳しくは自分で読んでみるのです」






博士に促されて、ぼくはその絵本を受け取った。
タイトルは「白雪姫」。世界一美しいと言われる白雪姫を、王妃が殺そうとする物語らしいが、これのどこに夢と関連があるのか分からない。






「あの、これのどこに夢が……?」




「いいからおしまいまで読むのです」

物語の終盤、白雪姫は王妃の策略にまんまとはまり、毒リンゴを食べさせられて永遠の眠りについてしまう。そこへ王子が現れ、白雪姫は王子のキスによって目を覚まし、めでたく結婚する……と、ここで話は終わっていた。






「ええと、読みましたけど……つまり?」




「つまりです……王子が白雪姫にしたように、かばんがサーバルにこれをすれば!」




「あの、それはないと思います」




「!?」がーん






さすがに冗談で言っていると思っていたが、反応を見る限り、どうやら本気で言っていたらしい。






「や、やってみないと分からないじゃないですか!」




「いや、無理ですよ。だってこれおとぎ話ですし。そもそもこんなこと、できないですよ……」




「え……かばんはサーバルとしたことがないのですか?」

「何を?」




「いや、ですから、これを……」




「なっ…………ないに決まってるじゃないですか、そんなの!」






変な誤解が広まっても困るので、ぼくは慌てて否定する。
なんで博士さんは、ぼく達が普段そういうことをしているかのように見ているのだろうか。サーバルちゃんに対して、そんなやましい考えを持つわけ————






持つわけ……






「……?」




(なんだろう、この感情……)






「……あれ? 助手はどこに行ったのですか?」






博士さんの言う通り、さっきまで向かいにいた助手さんが、いつの間にかいなくなっていた。
立ち上がって周囲を見回した瞬間、助手さんは息を切らして階段から駆け下りてきた。






「かばん、来るのです! サーバルが……!!」

がちゃん!




「セルリアンめ! このっ、このっ、このーーーー!!!!」




物を投げ、花瓶を割り、喚き、叫び、枕をずたずたに引っかき回す。
サーバルちゃんはセルリアンに必死に抵抗していた。




見えないセルリアンに。






「サーバルちゃん! セルリアンなんてどこにもいないよ!」




「みゃあああぁぁぁーーーーーーーー!!!!!」






サーバルちゃんは耳を貸そうともしない。
ただ何かに取り憑かれたように、狂ったように暴れるだけだった。




傷だらけになったクッションが飛んできて、博士さんの頭にクリーンヒットする。助手さんもぼくの後ろで小さくなって怯えている。




止められるのはぼくしかいない。覚悟を決めたぼくは、一歩一歩、歩みを進めていく。






「サーバルちゃん……」




「フーッ……フーッ……!」






ぼくの存在に気づいたサーバルちゃんは、息を荒くさせながらこちらを向く。
毛は逆立ち、目の生気が完全に消えている。その姿は、本来の獣の姿に戻ったようにも思えた。

怖い。
サーバルちゃんを怖いと思うのは初めてだった。
姿勢を低くして唸り声をあげる彼女は、今すぐにでも飛びかかってきそうな迫力を持ち備えていた。






「大丈夫、セルリアンはもういないよ。思い出して、ぼくはかばん、サーバルちゃんが探してたかばんだよ」




「だから落ち着いて……」




「…………!!」




ばっ!




「わっ!」




どさっ!




「かばん!」




「いっ……ぁ……!」






刹那、サーバルちゃんはぼくへ襲いかかり、身体を床へ押し倒した。
体を強く打ちつけたぼくは、朦朧とする意識と、肩に食い込む硬い爪の痛みとの間で苦しみ悶えていた。






「今助けるのです、かばん!」




「だめです、助手! 今サーバルに刺激を与えたら、何をされるか分からないのです!」




「でも、このままではかばんが……!」




「がるるるる……!」




「さー……ばる……ちゃ……」

真上から突き刺さる視線に、ぼくはただ耐えることしかできなかった。もうぼくの知っているサーバルちゃんじゃなくなったとさえ思った。




サーバルちゃんの爪は硬くて、鋭い。
ぐぐ……と手に込められる力がさらに強まって、痛みも苦しみもじわじわと増していく。
顔を涙が伝う。悲しかった。一度ストッパーが外れてしまうと、次から次へと止まらない。自分の視界が霞んで、ぼんやりとしたシルエットを残していく。






「やめて……痛いよ……」




「目を覚まして……ぼくだよ、サーバルちゃん……」






「思い出して…………」






掠れた声で、ぼくは言った。








「――――――?」






「かばん…………ちゃん?」




ゆっくりと目を開けると、サーバルちゃんの目に、いつもの生気が戻ろうとしていた。
両肩の食い込むような痛みも、少しずつ和らいでいく。




「あれ……私、ここで寝てたよね……? なんでこんなに散らかってるの……?」






「何があったの……?」

疲れたサーバルちゃんを、ぼくは再びベッドに寝かせた。もはや何が何なのか、理解の追いついていないサーバルちゃんの顔は、この数日間で数年が経ったかのようにやつれて、見るに堪えない表情を顔に写していた。
博士さんと助手さんは気を利かせて部屋から出て行き、物が散乱した部屋に二人だけが残された。






「…………」




「……あのさ」




「ひっ……!」






サーバルちゃんは怯える。ぼくを見て、ぼくに声をかけられるだけで。






「どうして、そんな顔してこっちを見るの……?」




「だって……またかばんちゃんに襲いかかったら……」






サーバルちゃんが怯えているのはぼくじゃなかった。それは自身で制御することすらできなくなった、自分に対してのものだった。
ぼくの顔を見て、また襲いかかったら、傷つけてしまったら――――
そう考えるだけで、絶望にも近い感情が自身を襲っているのだ。

「大丈夫だよ、サーバルちゃ……」




「来ないでっ!!」




「!」






本人の口から降りかかる、拒絶の言葉。ショックのあまり、ぼくはその場から後ずさった。






「…………逃げて」




「え……」




「私を置いて。私から逃げて」




「何言ってるの……?」




「かばんちゃんは、ヒトを探しに行きたいんでしょ? 私のことは放っておいて。かばんちゃんは自分のために行動して……」




「そんな……サーバルちゃんを見捨てるなんてできないよ!」




「かばんちゃんは私といちゃだめなの!!」




「っ……!」






必死に説得するぼくの言葉も、サーバルちゃんの切羽詰まった声の前では無に等しかった。






「…………」




「私……これ以上かばんちゃんに迷惑かけたくないの……」

「迷惑だなんて……」




「迷惑だよ。パーティーの準備で忙しいのに、かばんちゃんを毎日苦しませて……」




「それは……!」




「セルリアンに囲まれた時だって、私は何もできなかった。パニックになって、かばんちゃんの言ってることを聞いてすらいなかったんだよ」




「ビーバーさんと話してた時も、かばんちゃんふらふらだったよね? 私のために、今も無理してるんでしょ?」




「そんなこと…………っ!」






反論しようとした瞬間、ぐらっと視界が歪んで、ぼくはその場で足をついた。




頭がぐらぐらする。さっきまで大量の本を頭に詰め込んでいたからか、いつの間にか脳が疲弊していたのだ。






「ぼくは…………平気…………っ」




「もうやめて!! 私はどうなっても構わないけど、かばんちゃんに何かあったら耐えられない!!」






ぼくは何も言えなくなった。






「本当は、夢のことだって言わないつもりだったの……」




「言ったら、かばんちゃんは心配するから。かばんちゃんは優しいって知ってたから。ヒトを探しに、他の島へ行く時に、余計な心配を残してほしくなかった……」

「……けものはね、いつか必ず死ぬんだって。私はたまたま、それが早かったんだよ。もっとも、私は頭がおかしくなるだけかもしれないけど、それも死ぬのと同じようなものだよね」




「そんな……!」






「でも、私は平気だよ」




「……私ね、かばんちゃんと出会えて嬉しかった」




「さばんなちほーを飛び出して、一緒にいろんなちほーを冒険するの、とっても楽しかったよ」




「私がどうなっても、かばんちゃんとの大切な思い出は変わらないから」




「だから、大丈夫……」






嘘だ。




嘘だ、嘘だ。




平気なはずがない。




後悔してないはずがない。




だって、本当に平気なら、






どうしてそんなに悲しい顔をしているの?






「やだ……いやだよ、そんなの……」




「泣かないで……」




不安に駆られるぼくは、すがるようにサーバルちゃんの手を握る。
あんなに温かかったはずの右腕は、まるで屍のように冷たかった。

「…………」そわそわ




とことこ




「…………」そわそわ




がちゃ




「!」




「かばん、どうでしたか、サーバルは……」




どさっ




「か、かばん!」






部屋から出た途端、これまでずっと見せないよう蓋をしてきた感情が溢れ出して……ぼくはその場で膝から崩れた。






「大丈夫ですか?」




「すみません……体に力が入らなくて……」




「……ひどい顔なのです」






博士さんはぼくの顔を見てぎょっとした表情を浮かべた。
無理もない。今のぼくがひどい顔なのは想像に難くなかった。

「…………何をしているのですか?」




「助手。ちょうどかばんが出てきたところなのです」




「立てますか、かばん。手を貸すのです」




「……ありがとう……ございます」






博士さんと助手さんに支えられて、ぼくはようやく立つことができた。






「それで、サーバルはどうだったのですか?」




「サーバルちゃんは…………」




「……私のことは置いていって欲しいと言われました」




「は……つまり見殺しにするのですか!?」




「もちろんぼくは嫌だって言いました。けど、サーバルちゃんはぼくを傷つけたくないって言ってて……」




「でも、でも…………! もっと本を調べれば、対処法もきっと見つかるはずなのです……!」




「…………本当に、そうでしょうか」




「何を弱気になっているのですか、かばん!」




「だって……」






「……助手?」

今まで二人の会話を黙って聞いていた助手さんは、突然ぼくの前へ歩み寄った。






「なんですか……?」




「…………」




ぱんっ




「いっ……!」




「助手!?」




「この…………ばか!!」






何を思ったのか、助手さんは急にぼくの顔に平手打ちをし、体をぽかぽかと殴り始めた。
助手さんがこんなにも感情的になっているのは、ぼくが知る限りだと初めてだった。






「このばかっ! ばかかばん! ばかばんなのです!!」ぽかぽか




「うわわっ! どうしたんですか助手さん!?」




「サーバルが…………あのサーバルが本気でそう考えていると思うのですか!? かばんがいなくなっても悲しくならないなんて思うのですか!?」




「思ってませんよ! けど……!」




「だったら!! それが分かっているのならなぜ諦めるのです!? おまえが助けなかったら、誰がサーバルを助けるのですか!!」




「……!!」

「やめなさい!!」






島の長としての貫禄が効いた大声に、ぼくも助手さんもぴたりと動きを止めた。






「あ…………」




「…………助手。私が何に対して怒っているか、分かりますね?」




「っ…………」






「…………頭を、冷やしてくるのです」






助手はしょんぼりと落ち込み、もの悲しげに飛び立ってとしょかんの屋根の上へと消えていった。






「大丈夫ですか、かばん」




「は、はい……」

「まったく、助手も何をやっているんだか……」




「……驚きました。助手さんがあんなに大声を出すところは初めて見ました」




「私もですよ。普段からおとなしくて、感情を表に出さないタイプですからね」






博士さんはとしょかんの壁に開いた穴を見ながら言う。外はとっくに夜になっていて、丸い月が空に昇り始めていた。






「…………助手を悪く思わないでやってください。あいつにもいろいろ思うところがあるのです」




「悪く思ってなんかいませんよ。助手さんがぼくたちのことを真剣に考えてくれているのが伝わってきましたし」




「……かばんは優しいのですね」




「え、いや、そんなことは……」






珍しく博士に素直に褒められて、ぼくがたじたじになっていると、博士はふふっと笑った。






「あのはしごを登れば、屋根の上に行けるのです。おそらく助手はそこにいるはずです」




「私よりおまえの方が、話しやすいこともあるでしょう」






博士はぼくの方を向いて言った。

「助手さん!」






助手さんは博士の言った通り、としょかんの丸みを帯びた屋根の上で腰掛け、夜の冷たい風に吹かれていた。
ぼくが来たことに気づいても、後ろを振り返ろうとはしない。






「……私のことが嫌いになりましたか?」






助手さんはぽつりと、独り言を放つように言った。






「なるわけないじゃないですか」




「博士さんも助手さんも、ぼくにとって大切なフレンズですから」




「…………」






助手さんはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと立ち、ぼくへ向かってぺこりと頭を下げた。






「ごめんなさい」




「いいんです……助手さんの気持ちは伝わってきましたから。驚きましたけど……」




「…………私自身も驚いたのです。なぜかばんの態度を見て、怒りがふつふつと込み上がってきたのか……」




「でも、今ならその理由が分かる気がするのです」






助手さんは月を見る。その顔は、博士さんの時と同じ表情をしていた。

「私はきっと、おまえたちを自分と博士にあてはめていたのです」




「ぼくとサーバルちゃんを……ですか?」




「ええ。もしも博士がサーバルで、私がかばんの立場だったら…………そう考えたのです」






ひゅうと音が鳴り、強い風がぼくたちの横を通り過ぎていく。






「おそらく私だったら、とても耐えられないでしょうね。日に日に弱って、皮肉すら言えなくなる博士を見るくらいなら、毒をあおって死んだ方がマシだと思うはずです。私はフレンズの間だと堅物でクールだとか言われているらしいですが、実際はそんな鋼の心など持ち合わせていないのです」




「でも、おまえは違った。何が何でもサーバルを救おうと、パーク中を駆け巡り、そしてここまでやってきた」




「そんなおまえが、弱音を吐いて投げ出そうとするものですから……ついカッとなったのです」




「……そういうことだったんですね」






助手さんは、座っていた場所から、さらにぼくの方へと近づいていく。






「かばん、おまえはサーバルをどう思っているのですか?」

サーバルちゃんがさっき触れた右手を、助手さんが優しく包む。






「どうって……?」




ぎゅっ




「こんな風に、サーバルに手を握られたいですか?」




「もちろん、握られたら嬉しいですけど……」




「では、その先も? 博士はキスがどうこうだとか喋っていたみたいですが」




「だ、だからそれは……!」




「したいのですか? したくないのですか?」




「うっ……///」




「それ以上――――キスより先のことも?」




「…………キスの先なんて、知らないです……」




「仮にあったとしたら、ですよ」




「………………」








「…………したい、です」




「……やっと正直になれたのです」






助手さんはぼくの手をぱっと離した。

「早く行くのです」




「え……」




「初めから答えは決まっていたじゃないですか。なら、もう迷う必要はないのです」






助手さんは肩をぽんと押す。






「伝えてくるのですよ、かばん。おまえの正直な気持ちを、サーバルに」

がちゃ




ドアを開け、真っ暗な部屋の中を進んでいく。床に散乱するものを避けながら、ゆっくりと。




彼女は青白い月明かりに照らされ、その美しさに思わず息を飲む。




彼女は寝言の一つも言わず、静かに寝息をたてている。




おとぎ話で見る、眠りながら王子を待つお姫さまみたいだ。






「…………」






サーバルちゃんがぼくにとって特別な理由。それはいくらでもある。




支えてくれたから、一緒にこのちほーを冒険したから……もちろんそれもそうだけど。






「サーバルちゃん。ぼくの声が聞こえる?」






ぼくに「かばんちゃん」という名前を与えてくれた。




生まれた原因はサンドスターでも、ぼくに命を与えてくれたのは、サーバルちゃんだ。






サーバルちゃんの右手を両手で包む。




肌に感じる温度は冷たい。温めてあげたい。






「ぼくはここにいるよ」






彼女の耳元で、ぼくは小さく囁いた。

――――




――――




――――




――――





「ほら、キタキツネ! げぇむで遊んでないの! さっさと寝るわよ!」




「やーーーだーーー! もっと遊ぶーーーー!」




「そんなこと言ってるとまた夜更かしして……」






ピピピピ……ピピピピ……






「あれ? ボスが何か言ってるよ」




「え、何かしら……?」

――――




「二人とも起きてください!」




「なんだよ……この辺のセルリアンならさっき駆除しただろ……」




「違います、ボスから全ちほーへの通信です!」




「通信? 一体誰が?」




「かばんさんですよ! 今はとしょかんにいるみたいです!」




「なんだって!?」

――――




「ほらほら見てジャガー! ボスが目を赤くしてぴぴぴぴーってなってるよ!」




「それは見れば分かるが……それ以上のことは全然分からん……」




「あっ、なんか出てきたよ!」




――――




「眠いでござる……」




「こんな夜遅くに集会だなんて、どうしたんですの?」




「まあ聞け。たった今ボスから通信が入った。どうやらあのかばんかららしい」




「かばんって……確か、ヒトのフレンズの?」




「ああ。どうやらメッセージがあるみたいなんだ。以前新しい遊びを教えてくれた恩もある。聞いてやろうじゃないか」

――――




「なんなのだ……? こんな時間にうるさいのだ……」




「どうやらボスから通信が来たみたいだねー」




「……あっ、かばんさんなのだ! お久しぶりなのだー!」




「アライさーん、たぶん前もって録ってあるやつだから、かばんさんには届いてないよー」




――――




「ボスから通信が来たみたいっス! 送り主はかばんさんらしいっスよ」




「むむっ、タイミングが悪いのであります……これから私とビーバー殿のアイサツ(意味深)が始まろうという時なのに……」




「まあまあ落ち着くっス。何か大切なことがあるんだと思うっス」

――――




「ん〜…………この音は……ボス?」




「もうカフェは閉店だよぉ……と」




ピピピピ……ピピピピ……




「……どうやら何かあったみたいだにぇ」




――――




ピピピピ……ピピピピ……




ざばーっ




「寝ようと思ってましたけど……この音、もしかしてボスですの?」

『夜遅くにすみません。かばんです』




『ぼくから、フレンズのみなさんにメッセージがあります』




『夜行性のフレンズさんも、昼行性のフレンズさんも、どうか聞いてください』






『今、ぼくのフレンズのサーバルちゃんが苦しんでいます』




『サーバルちゃんはこわい夢を見ているんです』




『夢の中では、この前倒したはずの巨大セルリアンが出てきて、サーバルちゃんを苦しめています』




『みなさんに、お願いがあります』






『もう一度、セルリアンを倒すのに協力してください!』

――――




――――




――――




――――






地響きのような音。






辺り一面の真っ暗闇。






何も見えないのに、「何かがいる」と野生の本能が感じ取る。






その「何か」は巨体の向きをぐるりと変えて、






一つ目が、ギョロリと私を見つめている。








大きな、大きなセルリアン。






そのあまりの巨体に、思わず頭が真っ白になる。






逃げなきゃ――!






そう思った私は、すぐさま体を動かそうとする。

……あれ?







動かない?






いくら動こうとしても、体が言うことを聞こうとしない。






逃げられない。






このままじゃ、私――――






どすん






「うみゃあっ!」






ぐらりと体の中心が傾き、その場で尻もちをついてしまう






「いっ…………たた…………」






痛い。






ずきずきと痛みを感じて、体に力が入らない。






手でなんとか後ろに後ずさるが、それだけで逃げられるはずもなかった。

それを見下ろすセルリアンは、大きな目を下に向けて、私をじっと凝視する。






あまりの大きさに圧倒されて、体から力が抜けてしまう。






ぐらっ






セルリアンは大きく傾いた。








ああ。






私、死ぬんだ。




これまでも、そしてこれからも。




私はこの夢を繰り返す。




終わることのない奈落を落ち続ける。




セルリアンの体に飲み込まれる直前、私の頭に浮かんだのは――――






空気を裂くような、滑空音?

ずばっ!




「……え」




「ふう……危なかったわね」






ふわりと宙に浮き、体が何かに引っ張られ、セルリアンの攻撃をギリギリで回避した。




その正体――――私を救ったフレンズは、なんとトキだったのだ。






「トキ!? どうしてここに……!?」




「さあ、なぜかしら。それよりも、早く移動した方がいいわ。またすぐに攻撃してくるわよ」






トキはそう言うと、近くの地面に向かってゆっくりと降下し、私を降ろした。
何が起きているのか分からず、混乱したままだったが、トキに「あっちに行きなさい」と告げられ、言われるがままに進んでいく。






まっすぐ向かうと、平原から森に入る辺りで、ビーバーとプレーリーが私を待っていた。






「ビーバー! それにプレーリー! ど、どうして……?」




「それを説明するのは後っス! 今はとにかく、セルリアンを倒すことに集中するっス!」




「そのためにも……これを使うのであります!」

「かみ……ひこーき?」






プレーリーが取り出したのは他でもない、かばんちゃんが作ったかみひこーきだった。プレーリーはそれを「えいっ!」と、セルリアンとは反対の方向へ飛ばした。






「あれを追いかけるのであります! きっとサーバル殿を導いてくれるのであります!」




「わ……分かった! 追いかけてみる!」






一か八か、私は二人の言うことを信じて追いかけることにした。
何度も何度も繰り返したこの夢に、確かな変化が生まれ始めている。この変化を利用すれば、もしかすれば……今までになかった、新しい何かにたどり着くかもしれない。
不安と希望が入り混じった状況の中、私はとにかく、木々の間を不規則に飛ぶかみひこーきを追いかけ続けた。






ぐらっ




どすん!




「みゃっ!」






突如、どすんと音が鳴り、大きな巨木が道を塞いだ。




得意のサーバルジャンプも、さっきの足の怪我のせいで、思うように飛べそうにない。






「どうしよう、このままじゃ……」

「怪我はないですか? サーバルさん」




「その声は……キンシコウ、リカオン!」




「ほら、何ぼさっとしてんだ。早くそこをどきな」




「ヒグマまで……!」




「下がってろ。今からこれを持ち上げる」






トキ、ビーバー達に引き続き、今度はセルリアンハンターのフレンズがずらりと出てきた。




ヒグマは木の下に手を入れ、ぐぐぐ……と力を入れ始める。






「だ、大丈夫……? バスより重いと思うけど……」




「なあに、今は夢の中なんだろ? その気になれば空だって飛べるんじゃないか?」






そして、ヒグマは本当にやすやすと巨木を持ち上げてみせたのだ。






「す、すごい……」




「ほら、見てないで早く行け! かみひこーきとやらを見失ったらどうする!」




「あっ、そうだった! ありがとう、ヒグマ!」




ヒグマのパワーに見とれるのもつかの間、私は再びかみひこーきを追いかけ走り出した。

かみひこーきはどんどんスピードを上げていく。






「はっ……はっ……」






かばんちゃんが投げたかみひこーきはセルリアンの弱点を、私が投げたかみひこーきは、セルリアンの行く先を示した。それなら今度のかみひこーきは、一体何を私に示すというのか。




足がずきずきと痛んで、狩りごっこの時のように全速力で走れないけれど、ただ、かみひこーきを追いかければ何かが変わるという漠然とした期待から、私は走ることをやめようとはしなかった。






「遅いのです」




「遅いのですよ」




「……!」






長らく飛び続けていたかみひこーきが、ようやく地についた場所、そこに立っていたのはコノハ博士とミミちゃん助手だった。






「さあ、ぐずぐずしてる暇はないのです」




「さっさと始めますよ」




「始めるって……何を?」






博士と助手は答える代わりに、私の後ろに立ち、着ている服を掴んで羽を広げる。

「おとなしくするのです」




「暴れないのですよ」




「え、なになに……?」




ふわっ




「え!?」




ばさっ!




「みゃああああああぁぁぁ!!!」






ふわりふわりと足が地面から離れ、博士たちの目が光ると、数秒後、博士たちは私を掴んだまま一気に飛び上がった。






「だから暴れるなと言ったじゃないですか! おかげでセルリアンに気づかれたのです!」




「博士。お言葉ですが、この計画を立案したのはあなたでしょう? いきなり空を飛んだらサーバルが驚くことぐらい、考慮しておくべきかと」




「ぐっ……」




「……ま、バレてもバレなくても、さほど問題ではないと思いますけどね」






そうこう言っているうちに、博士と助手はさらにスピードを速め、セルリアンのすぐ近くまで飛んでいく。
会話しているはずなのに、息がぴったりな二人に私は驚いていた。

「あいつらは上手くやっているみたいですね」




「ですね」




「あいつら……?」






「たあああああぁっ!!」ぱりーん




「アライグマ!?」




「アライさん、がんばってるねえ……私も負けてられないな」ばっ




「フェネック!」






「待たせたな、セルリアン!」




「かばんを救うためなら、我々はいくらでも戦うぞ!」




「ライオン、ヘラジカ……!」






「サーバル、聞こえてますの? 困っているなら早く言うこと! 一人で抱え込むのはだめですのよ!」




「私たちも助けに来たぞ、サーバル!」




「応援しにきたー」




「ったく、勘違いするなよ! 仕方なくだからな!」




「よし、その調子だ! みんなでサーバルを助けるぞ!!」






それだけじゃない。以前の巨大セルリアンとの戦い……いや、もっとたくさんのフレンズが集まって、セルリアンに一斉に攻撃をしかけていた。
空に浮かぶ私たちを攻撃しようにも、地上のフレンズの攻撃で体は削られ、バランスを維持するのに精一杯のようだった。

「サーバルのために、ちほーに住まうフレンズが集まってきてくれたのです。後で感謝するのですよ」




「攻撃を加え続けたおかげで、石もむき出しになりましたね、博士」




「そうですね。全て計画通りなのです」






セルリアンの様子を確認すると、博士と助手は一気に加速し、セルリアンの真上に到達した。
視界から消えた私たちを、セルリアンは必死に探している。






「あれが見えますか、サーバル」




「セルリアンの中に、かばんが閉じ込められているのが見えるでしょう」




「……!!」






博士たちが目指する方向……巨大セルリアンの石の近くに、かばんちゃんの体がぷかぷかと浮かんでいる。






「どんなに足元を攻撃したところで、セルリアンにとっては焼け石に水。あの石を攻撃しない限り、とどめは刺せないのです」




「行きなさい、サーバル。悪夢の元凶を……そしてこの夢を、自分自身の手で終わらせるのです」

どく、どく、どく




心臓が高鳴る。全身の血が沸騰するような、熱い感情が奥底からこみ上げてきた。




二人の顔を見る。博士も、助手も、優しい顔をしている。
ちょっと不器用だけれど、島のフレンズを大切に思っているって気持ちが、熱となって伝わってくる。




地上では、今もフレンズのみんながセルリアンを取り囲んでいる。私とかばんちゃんを救うために、危険を顧みずに戦っている。




みんな……みんなありがとう。




心の中の感情が燃え上がった。






「……行く。私、かばんちゃんのところに行く!」




「そうと決まれば、さっさとやりますよ! さん、にー、いちで手を離すのです!」




「分かった!」




「いきますよ!」






待ってて、かばんちゃん!




今行くから!!

「さん!」






「にー!」






「いち!」






「「いっっっけーーーーーーー!!」」ばっ






「みゃーーみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ!!!」








「うみゃーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」








ぱっかーーーーーーーーーーん…………

――――




――――




――――




――――




――――




―――




―――



――





























「…………」




「…………ん……ぅ……」もぞもぞ

「…………眩しい」ごしごし




「……朝?」






「すー……すー……」




「か……かばんちゃん!?」






朝。




窓から差し込む太陽の光に目がくらんで、少しずつ慣れてきた時。




真っ先に目に入ったのは、私の右手を包んだまま寝ている、かばんちゃんの姿だった。






「ん…………ぁ、サーバルちゃん、おはよ…………」




「な、なんでかばんちゃんが……」




「ふふ……いい夢見れた?」




「!!」






かばんちゃんは私の手袋を外し、自らの左手と、私の右手を絡めていく。

「どうして……それを……///」




「……よかった。やっと夢から覚めたんだね」




「も、もしかして、かばんちゃんがあの夢を……!?」




「まさか……そんな夢みたいなことがあると思う?」






かばんちゃんはゆっくりとベッドの上に乗ってきて、私の体を覆い、向かい合う。疎い私には、それが何を意味しているのか、まだ分からない。
でも、心臓の鼓動は、確かに速くなっていた。






「顔、赤いよ」




「あ、あれ、おかしいな。早起きしたからかな……?///」




「…………」びとっ




「ひゃっ……」




どく、どく、どく




「サーバルちゃんのここ、すごくどきどきしてる」




「や、聞かないで……」




「どうして?」




「よく分かんないけど…………恥ずかしい…………///」




「恥ずかしくないよ。ぼくも今、すごくどきどきしてる」

「かばんちゃんも……? どうして……?」




「分からない?」






かばんちゃんはふわりとした笑みを浮かべる。
どうしよう。どきどきが止まらない。






「ぼくは、いつ、どんな時でもサーバルちゃんと一緒にといたい。サーバルちゃんを笑顔にしたい。幸せにしたい。もっともっと好きになりたい」




「そう思うだけで、心臓がどきどきするんだ」






かばんちゃんは私の視界を独占して、私はその中に捕えられて。
とろんとして、少し熱っぽいかばんちゃんの目を見ているだけで、切なさや愛しさが溢れてくる。






「サーバルちゃんは、ぼくのことをどう思ってるの?」




「私は…………!」






「大好き」という言葉を期待しているんじゃないと、私には分かった。私がこれまで言ってきた「大好き」と、かばんちゃんの感情は、似ているようで、全く違うから。




それなら、私の答えは。

「私も、かばんちゃんと同じ気持ちだよ……」






名前は知らない。
でも、言葉で表現できなくても伝わる。見つめ合うだけで理解ができる。
悲しくないはずなのに、涙がゆっくりとつたっていく。






「泣かないで」






私の顔を流れる涙を、かばんちゃんは丁寧に拭いとる。






「……えへへ」




「やっぱり、サーバルちゃんは笑顔が似合うね」






ありがとう、かばんちゃん。




私に笑顔を取り戻してくれたのも、夢から覚ましてくれたのも、全部かばんちゃんのおかげなんだね。




ああ、愛しい。かばんちゃんの全てが愛しい。やっぱり、私はかばんちゃんが好き。大好き。




世界で一番、誰よりも。

「サーバルちゃん」








「愛してる」








二人は重なる。






二つの心臓は共鳴した。

というわけで終わりです

以下おまけ

エピローグ






「あれから1ヶ月、無事セルリアンを倒せた&かばん何の動物か分かっておめでとうの会をするわよ!」






計画していたパーティーは無事開催され、島中から大勢のフレンズが集まった。
仕事をしているフレンズも、今日だけはお休み。
みんなで歌って、踊って、遊んで。疲れたら、ぼくがヒグマさんに直伝した特製カレーが待っている。






「それでは、みんなでいただきましょう!」




「「「いただきまーす!」」」






みんなで食べるカレーは、二人で食べるジャパリまんよりずっとおいしい。
「サーバルも治ったのだし、早くカレーを食べさせるのです」とヘソを曲げていた博士さんも、ようやくありつけて満足してくれたみたいだ。






「まったく……ヒトは話が長いのです……もぐもぐ」




「博士、カレーが口についてますよ」ふきふき




「ありがとうなのです、助手」

「ところで、ジャパリまんとりょうりを組み合わせるとさらにおいしくなる、とライオンたちが言ってましたよ、博士」




「そ、それを早く言うのです!! さっそくジャパリまんを取ってくるのです!!」だっ




「あ、博士! まだ口に汚れが……!」




「……まったく、仕方ないのです」






「かばんちゃん、口開けて!」




「あー」




「はいっ」




「んっ」もぐっ




「どう? おいしい?」




「うん……おいひい」もぐもぐ






博士さんたちのやりとりを横目に、ぼくはサーバルちゃんと一緒にカレーを食べる。
あれからサーバルちゃんはすっかり元通りになった。
……それどころか、さらに元気になったような気がする。

「私にも食べさせてー!」




「いいよ」




「みゃーーむっ」ぱくっ




「もぐもぐ…………おいしー!」




「あはは……///」






食べさせあいっこって、されるのは構わないけど、するのは何だか恥ずかしい。
あの出来事があってから、サーバルちゃんとはすっかりラブラブだ。告白したのはぼくの方なのに、今では積極的なサーバルちゃんに翻弄されっぱなしである。






「かばん殿ーー!」






二人で食事していると、ビーバーさんとプレーリーさんがぼくたちのもとへやって来た。






「やっと見つけたのであります!」




「ここはフレンズが多くて探すのも疲れるっスね〜……」




「かばんさんはお元気でありますか?」




「おかげさまで、ぼくは元気だよ」




「よかったっスねえ。サーバルも元通りに戻ったし、これで一件落着……」

「あっ、その声はビーバー!! そんな呑気な顔して、ジャパリまんはどうなったのですか!?」




「うええっ、は、博士!?」




「散々待たされたのです……もちろんそれ相応のジャパリまんを用意してあるのですよね?」




「か、かばんさん、伝えてくれるって言ったはずじゃ……」




「あ…………忘れてた…………」




「お、お先に失礼するっスーーーー!!!」




「こらーーー!! 待つのです!!」






「ビーバーも大変だねー」




「後で謝らないと……」




「…………」




「プレーリーさん、どうかしました?」




「いや、気のせいかもですが……」




「かばん殿とサーバル殿、前より仲良くなったように見えるであります」




「ほんと!?」




「えっ、そう見えますか……?///」

確かに仲は一層深まったけど、目に見えていちゃいちゃしてたと思うと……それはそれで恥ずかしくなる。
ぼくがもじもじしていると、プレーリーさんはくるっとサーバルちゃんの方に目を向けた。






「サーバル殿ー! 突然ですがプレーリー式のあいさつをしようであります!」




「え?」




「えっ!?」






何を言い出すかと思えば、既にプレーリーさんはサーバルの頬に両手を添えている。







「プレーリー式のあいさつってなんだっけ?」




「忘れたのでありますか? ならもう一度教えてあげるのであります!」






「ま、待って!」






考えるより先に言葉が出る。






「ご…………ごめん、ぼくたち用事があるから。サーバルちゃん、行こう!」




「え、かばんちゃん? 用事って何?」






状況を飲み込めていないサーバルちゃんを、ぼくは半ば無理やり連れていった。






「……へえ。やっぱり一歩進んでるのでありますね」




「お幸せに、であります」

サーバルちゃんの腕を掴み、ぼくは人気のない場所までひたすら走り続けた。






「はっ……はっ……」




「ね、ねえ! かばんちゃん! どこ行くの? 用事って何? 私そんなの聞いてないよ?」




「っ…………」






ぐっ




「!」






今度は言葉より行動が先に出る。




サーバルちゃんの目が見開いてから数秒、体を引き寄せる力をゆっくりと抜き、重なっていた唇を離す。






「……こういうこと、他のフレンズとしないで」




「……!」




「っ……///」








「もしかして、プレーリーにキスされるのが嫌だったの?」




「は、はっきり言わないでよぉ……///」

「……くすっ、あははっ」




「え……?」




「かばんちゃん、なんだかかわいいなって」




「か、かわいいだなんて!///」




「かわいいもん。かばんちゃんって、ちょっとしたことでも気になっちゃうんだね」




「うぅ……///」






「…………心配しなくていいんだよ?」ぎゅっ




「!」






サーバルちゃんはそっとぼくの手を取る。






「私、いつもかばんちゃんしか見てないんだよ。それに、もうどこにも行ったりしない。離れたりなんてしないよ」




「だから、安心して…………ね?」






ぼくと向き合って、彼女は少しはにかみながら微笑んだ。




……やっぱり、サーバルちゃんには敵わない。

「……サーバルちゃん」






ぼくは彼女と両手を取り合う。




お互いの存在を確かめるように。




お互いの鼓動を合わせるように。




二人は笑い合う。




誰にも負けないと自信を持って言える、強い絆と、




何にも変えがたい、たくさんの思い出を胸にしまって。




もう大丈夫だよ。もう離さないよ。




二人は相手に、自分自身に、そう伝え合う。






「かばんちゃん」




「サーバルちゃん」








「「これからも、ずっと一緒だよ!」」




〜fin〜

これにて本当に終わりです
もとはpixivに投稿していたSSなので、いろいろ読みづらい部分もあったかと思います。その辺はすみません
ありがとうございました

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