メイドカフェへようこそ! (18)

失恋をした。

同じサークルの同級生で、彼女はよくモテた。そりゃーもう、高嶺の花ってやつだったさ。

彼女いない歴、イコール年齢の俺にとっては高い目標だったのかもしれない。

なぜ彼女を好きになったのか?

そこに彼女がいたからさ!

好みの子がいたら、好みじゃない子よりそちらを選ぶのが道理ってもんでしょうが!

二人で遊びに行きもしたし、一人で俺の家に遊びに来たりもしたさ。

『たっちゃんだと、気を遣わずに済むから一緒にいて楽だなー』

『私たち、ペース合うよね』

なんて言われたら、こちらは脈ありって思うでしょうが!

それで、意を決して告白してみたらよ。

『ごめん、友達としか思ってなくて……』

よくある話ってやーつ! なんて思えるかよ! 失恋したこっちの身にもなってくれっつーの! 思わせぶりなこと言ってんじゃねーよ! 何、そんなの童貞の勘違いだぁ? 童貞の何が悪いっていうんだよこの野郎!

……なんて、心の中で逆切れしても何の意味もないんだけど。

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一気に、何だか疲れてしまったよ。

もう恋なんてしないなんて……言っちゃうよね! こちとら安直に傷心しちゃったもんでして!

俺に救いをくれるのは二次元しかないっ! ってことで、電気街のオタクストリートを歩きながら今日の目当てを考える。

ギャルゲと少女漫画でも買って、二次元にキュンキュンして心を清めよう。

俺には二次元しかない。俺には二次元がある。

我ながら、三次元の女に失恋したにしては悲しすぎる思考回路である。こういうの、防衛機制で言えば置き換えっていうのかな。おお、何か知的っぽいぞ俺。

道を行く女たちも、だんだんジャガイモみたいに思えてきた。そうだ、三次元とか知ったこっちゃない。ほらほら、俺には遠く離れた彼女たちがいて、俺の帰りを待ってるんだ!

オタクショップに入店すると、そこはハーレム。

おお、こんなゲーム出てたんだ! ギャルゲって最高だな。

いくつか物色して、メイドのエロゲのコンシューマ版を手にした。やっぱり、裏切ったりしない従順な女の子が一番だよ。……なんて思うあたり、やっぱり引きずっているよなぁ。

自分の思考で気落ちしながらも、続いて漫画コーナーに向かう。姉ちゃんの影響で、子供の頃から少女漫画を読んでキュンキュンする癖ができてしまっているから、こういう時はピュアな漫画でも読んで現実を叩いてやろう。

平積みになっている新刊はどれも「ドSな俺様」「意地悪な○○くん」みたいなタイトルで、どうにも俺の好みではない。どうして女ってやつは、そういう強気で失礼な男を好きになるってんだ。いや、そんなこと考える俺も失礼なのかもしれないけどさ!

そのまま出版社ごとに陳列されている棚に移ると、高校生の頃によく読んでいたレーベルが目に入った。

うわー、懐かしい。この人の漫画、好きだったなぁ。

聞き覚えのある作者の単行本に、手を伸ばした。

その時。

「あっ、すみません」

同じ作品に手を伸ばす、彼女と手が触れた。

「あっ、いえ、こちらこそ、す、すみません」

若干どもりながらも返事をする。

視線をその手から腕、腕から顔に移していくと、そりゃもう、可愛い女の子がそこにいた。

女の子の服とかよく知らんけど何かおしゃれ。黒髪のセミロングくらいで、髪の隙間から見えるちっちゃいピアスが清楚な顔立ちと髪型とのギャップを主張していて、それもまた良し。

ごめん、二次元。この店は三次元と二次元の天使たちを繋いでくれる天国だと思ってたけど、やっぱバリバリ三次元だわ。だって三次元の天使がここにいるんだもの。

お互いその一冊しか並んでない漫画に再び手を伸ばすのをためらっていて、どうしようどうしよう何か言わなきゃと思っていると、彼女が口を開いた。

「すみません、どうぞ。私、他にも読みたいのあるから、そっちにします」

「あ、あぁ、はい。すみません、ありがとうございます」

会釈をして、天使はそこを去っていった。

ありがとう失恋。ありがとう少女漫画。

正直買うかどうかなんて決めていなかったけど、君のおかげで天使ちゃん(仮)と会話ができたよ。お礼に君を買うことにしよう。

ギャルゲを持っていたことは忘れよう。どうせあの子と会うことも、これが最初で最後だろうし。俺が何を持っていても、きっと彼女は気にしていない。

そんじゃ、コーヒーでも飲みながら漫画読もうかな。

日本ひきこもり協会感

すぐ近くにある有名コーヒーチェーンに入って、アイスコーヒーをすすりながら漫画を開いた。

うわー、懐かしい。この絵柄好きだったなぁ。

学生同士の恋愛を中心にした短編集で、『ああ、こんな頃が俺にもあったなぁ』って、共感できるのは片思いシーンだけなんだけど。

あっという間に読み終わったから、スマホでその作者についていくつか調べてみた。

へぇ、俺が読んだことがない作品も結構書いてる。もういくつか、買ってみようかな。ううん、レンタルで良いか。古本立ち読みしたら結局買っちゃいそうだし……。

ネット辞典でリンクを飛んで他の作者のページも見てみると、あれも読みやいこれも読みたいとなってしまった。面白そうな漫画が多すぎるんだよ!

とりあえず、何冊か読んでみよう。レンタルするにしても多すぎるし、古本屋で一旦探してみるか……。

コーヒーショップを出て、古本屋に向かおうとした、その時。

「あれ、さっきのお兄さんじゃないですか」

天使ちゃん(仮)がそこにいた。

黒のワンピースに、白のフリル付のエプロン。頭にはカチューシャ。まるでそれは……まさか。

「メイド……さん?」

「えへへ、そうなんです」

うへぇ、可愛すぎる。死んだかもしれない。死んだらこの子の背後霊になってやろう。失恋した子を呪ってやるって思考は秒もかからずに切り捨てた。

「良かったら、うちに寄っていきません? あの漫画読む男の人ってあんまりいないと思うし、お話してみたいな」

「本当ですか? それじゃ、お邪魔し……」

いや待て、これは罠。罠だろ。罠でしかい。俺はwanna hold youだけど、彼女は罠、トラップ。

だって手にメイドのギャルゲ持ってたんだぜ? 何なら今もリュックの中に入ってるぜ? そんな奴と話してみたいって思うか?

どう考えても金づる。客。お話してみたいって言っとけば、こんな女慣れしてない奴ならホイホイ釣れるぜって思ってんだろ? な?

「本当はさっきもちょっと話したかったんですけど、人見知りしちゃって……」

「それじゃ、ちょっとだけお邪魔しようかな……」

さっきコーヒー飲んだばっかりだけど! まったく喉も乾いてなければ腹も減ってないけど! そんなの関係ねぇ!

罠上等。上目遣いでそんなことをこの子に言われて断るやつがどこにいるのか教えてほしいね。いたら口を開く前にビンタしてやるよ。

あの場で人見知りしてここで声をかけれるのは何でだとか気にしたら負けだから。そういうこと気にする細かい男はモテないって、姉ちゃんが買ってた少女漫画にもあったから。

「ありがとうございます! うちって言って、すぐそこなんですけど……どうぞ」

そのまま案内されたのは本当にすぐそこ、彼女が立っている真後ろの扉がお店への入り口。

扉を女の子に開けてもらうのもなんだか恥ずかしいけど、中に入るとメイドさんがそろって声をあげた。

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

何だか圧倒されてしまう。漫画で見たことあるぞ、このシチュエーション。

店内はカウンターとテーブル席がいくつかに分かれていて、お客さんはチラホラいるくらい。ま、平日の昼過ぎだしね。俺みたいにお気楽な学生か、平日休みの人くらいしかいない時間帯だよね。

「おタバコ吸われますか?」

「あ、いえ。吸いません」

「でしたら、今はテーブルが空いてるのでテーブルにご案内しますね!」

天使ちゃん(仮)からメイドさん(仮)にレベルアップ? レベルダウン? した彼女に案内されるがままに、着席した。

コートを預けて、メニューを受け取る。

「それでは改めまして、お帰りありがとうございます。ごゆっくりおくつろぎくださいませ。申し遅れましたが、私はユイです。よろしくお願いします」

にこって笑った。いや本当に、擬音が聞こえるような笑顔。可愛すぎるんだけど。何、俺はその笑顔にいくら払えばいいの?

「宜しくお願い致します……」

よろしくではなく宜しく。しますじゃなくて致します。

「ご注文が決まりましたら、お声かけください」

「あ、は、はい」

ユイちゃん(仮)……もう仮名じゃなくていいか、は、俺のコートをハンガーにかけに一度離れて行った。

うーん、勢いでここまで来てしまったけどどうしよう。とりあえず、何か頼むか。

メニューを開くと、意外にもリーズナブルに色んなメニューがあった。定食系っぽいがっつりした食事から、イメージ通りのスイーツやらドリンクやら。

メイドカフェってぼったくられるような価格帯のイメージだったんだけど、そんなことないんだね。萌え萌えキュン、とかさせられたら恥ずか死ぬと思ってたけどそれは回避できそうだ。でもユイちゃんがするところは見てみたいな。

「ご注文はお決まりですか?」

戻って来たユイちゃんに尋ねられて、ホットコーヒーを注文した。

「今ならケーキセットもご用意できますけど……」

「お勧めなんですか?」

「はいっ! ケーキは全てこだわりの逸品になっております!」

ちくしょうめ! 君に勧められて断れると思ってんのかい!

「じゃ、お、お姉さんのお勧めのケーキをください」

>>4
NHKへようこそは面白いですよね。
文庫を借りパクされて無くしちゃいました。


ぼちぼち更新していくので、お付き合いをお願いします。

「かしこまりました! 少々お待ちくださいませ」

ぺこり。またもや擬音が聞こえそうな仕草で頭を下げて、彼女はキッチンに向かっていった。

ほぇぇ、何か落ち着かないな。ついきょろきょろ店内を見まわしてしまう。

客もまばらな店内は、同世代の大学生風と、年齢高めのおじさん層で構成されていた。同世代は俺と同じオタク感満載のやつで、おじさんは女の子にデレデレしてる。

そう言う意味でいえば、俺は両方の要素を兼ね備えたハイブリッドなのでは?!

「はーい、ご主人様。お帰りなさいませ。初めてのお帰りですか?」

ユイちゃんとは違う声が聞こえてそちらを向けば、スラっと伸びた足にグラマラスな体系の茶髪のお姉さんが立っていた。

子供のころ、こういう「大人のお姉さん」に憧れてたなぁ。

「おーい、こんにちは。聞こえてます?」

ついついその体……いや美貌に目を奪われてしまっていた。危ない危ない。

「ああ、はい、もちろんですとも。こんにちは」

「本当に~? 初めまして、ですよね?」

「二回も聞かれなくても初めましてですよ」

苦笑いしながらちゃんと聞いてたアピールをしてみる。

「あ、本当に聞いてた。ではでは改めまして、ミヤビと申します。お帰りありがとうございます」

「どもども初めまして。えーと……」

こういう時、何て名乗ればいいんだろうね。本名名乗るのって何か恥ずかしくない?

「偽名で構いませんよ」

「おっと、ナイスフォロー。さすがですね」

おちゃらけながら、何て名前にしようかと思案する。そういえば、さっきの漫画の主人公の名前って何だっけ。

「それじゃ、リョウってことにしときます」

「はい、ナイス偽名ありがとうございます。リョウ様ですね」

フランクな丁寧語を使うメイドさんって、何か良いな。こういう子もいるんだ。

ギャルゲではよくいるサブヒロインって感じだけど、実際にお姉さんにこうやって絡まれるのは結構……良いもんだな。

鼻の下を伸ばしてミヤビさんを見ていると、ユイちゃんがいそいそとトレーの上にコーヒーとケーキを載せて戻って来た。

「お待たせい致しました。ホットコーヒーとブラウニーです」

丁寧にテーブルの上に置いてから、一礼。

「うわ、ちゃんとしてる……って失礼ですよね。すみません」

メイドカフェって、もっと簡単なもので出てくると思ってたから。

コーヒーはインスタント臭のするものではないし、ブラウニーもしっとりした生地にクリームとフルーツが少し添えられている。レストランの簡単なデザートプレートと言われても違和感がない。

「ご主人様、メイドカフェは初めてですか?」

「『リョウ様』らしいわよ、ユイちゃん」

そういえば、ユイちゃんにはまだ名乗ってなかったな。横でミヤビさんがさっきの作ったばかりの偽名で呼んだ。ユイちゃんは口元を抑えて、言いなおす。

「失礼いたしました、リョウ様。えっと、当店は割と色々とこだわって調理してまして……」

「お姉さん、見た目に寄らずおおざっぱですね」

ついツッコんじゃったよ。

「すみません、あんまり言えないところもあるので……。でも、コーヒーはインスタントじゃないですし、ケーキも……」

「そこまで、ね」

ミヤビさんに止められてしまった。うーん、さすが、お姉さん。

「あはは、よくわかりました。ありがとうございます」

そのままコーヒーを一口飲んでみると、確かに今淹れましたって感じの風味が広がった。

詳しいことは分からないけど、さっきのコーヒーチェーンで淹れっぱなしのものを飲んだのよりは美味しい気がする。

「美味しいです」

「「ありがとうございます」」

二人揃えて口を開く姿は、名前の通り雅のようだ。苦しゅうない。

「リョウ様は、何で今日こちらに?」

ミヤビさんに問われて、返す。

「えっと、こっちのお姉さんに声をかけてもらって」

手をユイちゃんの方に向けると、今度はミヤビさんにツッコまれた。

「お姉さんって、ちゃんと名前で呼んであげてくださいよ」

「いや、人見知りなもんでして。つい」

「私だって、人見知りだけどリョウ様って呼んでるじゃないですか!」

今度はユイちゃんに言われてしまった。

「いや、人見知りの人が外で客引きなんて……」

「もう! そんなこと言うなら知らないですよ!」

ぷんっ、とわざとらしくそっぽを向いた。うへぇぇぇ可愛すぎ。何だこれ、最高か。

「あーあ、リョウ様のせいですよ。ほら、名前呼んであげて」

横で楽しそうに煽ってくるこの人、絶対ゲームのキャラにいるだろ。

そっぽを向いたまま、瞳だけでこちらをチラチラ見てくる彼女。

本当にユイちゃんと呼ぶべきなのか。

呼んだが最後「え~キモイ~」なんて言われたら、女性恐怖症待ったなし。いざ行かん、まだ見ぬ世界へってことになっちゃいますが。

いやしかし、ここで呼ばぬは武士の恥!

「……ユイちゃん? ご、ごめんなさい……」

くそぉぉぉ恥ずかしい! 名前呼ぶだけでこんなに緊張するとか無いから! 大学にいるジャガイモ女共は名前で呼ぶのも余裕なのに!

そっぽを向いてた首をこちらに向けると、少し恥ずかしそうに頬を染めながら、彼女は口を開いた。

「し、仕方ないですね。これからは名前で呼んでくださいよ?」

「はいっ」

ユイちゃんユイちゃんユイちゃんユイたんユイにゃんユイたそぺろぺろ……ユイ……。

「おーい、私のことも、名前で呼んでくださいねー?」

「了解ですミヤビさん!」

「私にも少しくらい恥ずかしがって呼んでよ!」

はっ、妄想から戻った勢いでつい素で言ってしまった。

「もう、まったく。それじゃ、可愛い可愛いユイちゃんに声かけられて、ホイホイついてきたってわけなんですか?」

「ああ、そうですね」

「そうやって煽るのはやめてくださいよ!」

本当のことなのに、ユイちゃんはそれを非難してきた。何て自己評価の低い子なんだ。

「それで、本当のところは? そもそも、メイドカフェ自体が初めてですか?」

「うーん、失恋したショックで遊び呆けてやるって思ってたら、声かけられたからっていうのが本当ですね。興味ないわけじゃなかったし」

うん、これくらいに要約して話すのが適切だろう。少なくとも、二次元に逃げようとした話は隠しても問題ないはずだ。

「あ、だからさっきメイドのギャルゲ買おうとしてたんですね」

ああもうしっかり見てらっしゃることで!

「さっきって?」

事情を知らないミヤビさんに尋ねられて、ユイちゃんは一連の流れをかいつまんで説明した。

「へぇ。メイドのギャルゲをねぇ。へぇぇぇぇ」

「お姉さん、意地悪じゃないですか?」

「お姉さん? 誰ですかー? 私はお姉さんじゃありません~」

「煽りがお上手なことでして」

「煽られたくなかったらちゃんと名前で呼んでください。ほらほら、覚えてまちゅか~?」

くそぉ、なんたる恥辱。しかして楽しいぞメイドカフェ!

「ミヤビさん、失礼ですよ……初めてのご主人様なのに」

「使用人の名前を覚える気のないご主人様はご主人様ではないっ!」

なだめるユイちゃんを一喝した。すげぇなこの人。

「ミヤビさん……勘弁してください……」

「もう、仕方ないですね。ギャルゲの話は聞かなかったことにしてあげます」

くそぉ、いつか絶対仕返ししてやる。

邪魔者は失礼します~と言い残して、ミヤビさんは他の席に向かっていった。

「すみません、失礼しました」

ユイちゃんが謝ることじゃないよ、と言いたかった。

けど! 改めて二人で会話する時に! 名前で呼ぶのって! 恥ずかしくない?!

ってことで、首を横に振って意思を示してみた。それを指摘するミヤビさんがいなくて助かったぜ、マジで。

「でも、珍しいんですよ。ミヤビさんがあんなに初めての方に絡むのって」

「そうなんですか?」

「はい。普段は自己紹介だけして、『ごゆっくりどうぞ』が多いんですけど」

へぇ。苛めがいがあるやつって思われたのかな。

「すみません、冷める前に召し上がってくださいね。失礼します」

会話のうちに、少し熱かったコーヒーは飲むのに適した温度くらいになっていた。

ありがとうと礼を告げると、ユイちゃんもそのまま違うお客さんのところに向かっていった。世話しないなぁ。

フォークで切って口に入れたブラウニーは、ほんのり甘くて幸せな味がした。

結局、お腹は空いてないと思っていたのにケーキもコーヒーもぺろっと胃袋に収まってしまった。

やばいな、今日は帰ったら走ろう。

タイミングを見て、ユイちゃんが再び席に近づいてきた。

「お皿とカップ、お下げしてもよろしいですか?」

「あ、お願いします」

「この後、何かされるんですか? ご予定は?」

「うーん、古本屋に行って漫画漁ろうかなって。さっきの漫画読んでたら、他も読みたくなっちゃって」

そう言うと、「もう読んだんですか?」って驚かれちゃった。

本読むの、早いんだよね、俺。速読が得意って言ったら聞こえはいいけど、要は流し読みってことなんだけど。

おかげで受験の国語と英語は時間に困ることはなかったね。

「ああ、うん。読んじゃったから……あ、そうだ」

向かいの椅子に置いてたリュックに手を伸ばし、漫画を取り出す。

「良かったら、あげるよ」

「えっ、本当ですか? でも、頂くなんてそんな、悪いです」

何ていい子なんだ。やっぱり天使、ユイちゃん、俺が死んだらお迎えに来るのは君であってほしい。

「それじゃ、貸すことにするから。次に会うときに返してくれたらいいから」

要するに、また来るねってことなんだけど。こうやって沼にハマっていくんだろうな。カモが一匹。

「はい! ありがとうございます! その時は、私のお勧めもおお貸ししますね」

「良いの? ありがとう!」

そこから彼女は、俺がどんな漫画を好きなのか、何で少女漫画を読むのかなどを一通り聞いてから、いくつか候補をあげてくれた。

「あ、それは読んだことない」

「めっちゃ面白いんですよ! じゃあ、ロッカーに置いときますね! いつお帰りになってもお渡しできるように!」

興奮気味に、少し言葉も砕けてそう言ってくれた。いやもう、気持ちだけで嬉しいよ、ぼかぁね。

「それじゃ、お会計お願いしても良いですか?」

話が尽きなくなりそうだから、楽しいけどそろそろ帰ることにしようと思う。お客さんも増えてきたっぽいしね。

料金も……普通にカフェでお茶したくらいの金額だった。たぶん、女子大生の大半が好きなおしゃれコーヒーチェーンでケーキとコーヒー飲むのと一緒くらい。

良心的な価格設定とコスパに驚きながら、それでこんなに可愛い子たちが接客してくれるんなら繁盛するよなぁなんて。

コートに袖を通し、入口に向かうとミヤビさんも近づいてきた。

「またのお帰り、お待ちしております」

さっきも浮かべてた、少し意地悪そうな笑顔だ。この人、そういう表情が本当によく似合う。

それとは対照的に、ユイちゃんはというと。天使のような笑顔「また絶対来てくださいね! 漫画楽しみです!」って言ってくれるもんだから、もう絶対くるしかないなこれ。

ぺこって頭を下げながら背中を向けると、二次元でしか聞いたことのない言葉が聞こえてきた。

「「いってらっしゃいませ、ご主人様」」

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