男「だから俺は、彼女の為にギターを始める」 (81)

(春だ。)

(春といえば出会いと別れの季節だ。……と言っても、卒業する人達の中に特別にお世話になった先輩は居ないし、中学生時代の仲の良い後輩が入学してくるわけでもない。)

(そんなに人付き合いが得意でも無いので上下にいる学校の知り合いなんて、多分片手の指で数えられるぐらいだ。ということで、俺には出会いと別れは無い。)

(……自分の境遇に呆れて図書室の窓から外を見てみれば、桜吹雪と言わんばかりに桜の花びらが風に乗って散っている。)

(校庭では運動部が春の日差しを眩しそうにしながら、汗を流している。)

(俺もちょっとばかし運動神経が良ければあの風景に混ざる事ができただろうか。いや、できないか。)

(多分、運動部にいる人達って運動神経があるとかそういう事じゃなくて、そのスポーツが好きだからやっている訳であって。)

(昔、友達に誘われて行ったサッカーのクラブチームの体験会に行った時。あまり上手にできなかった俺はもうそこでそれを諦めた訳であって。)

(きっとそういう事だ。好きだから上手くなれるとかそういう事なんだろう。俺は、好きになれなかっただけ。)

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(周りを見渡してみても、読書に勤しむ人々がほとんどだ。きっと本を読むことが好きだから、ここで本を読んでいる。)

(かくいう俺は一応受験生になったという事もあって、一応勉強しているつもりだ。自習室ってのもあるけど、一応勉強しているという俺のスタンスからしてその一応では無く、ガチの勉強をしている自習室の雰囲気には萎えそうだ。)

(……まあ、勉強に行き詰まってちょっと色々と考え事をしてしまったけども、自分の事を考えていると虚しい気持ちになってくる。)

(特徴が無いんだよなあ。成り行きで入った部活でも目立っている訳でもないので後輩とかにもあまり存在を知られてないだろうし、クラスでも目立つ奴が近くにいるせいで俺の存在は霞んで見えてるだろうし。)

(欲がないわけじゃない。誰かみたいに周りにチヤホヤされたい願望はあるけれど、なんとなくめんどくさくなって色々と諦めてしまう。または、中途半端で終わらせる。)

(何の取り柄もない、普通の男子高校生、宇佐美信吾。3年生。)

(春。)

(大きな変化の無い高校生活も後1年を切った。)

「宇佐美せんぱい……?」

男「……?」

後輩「私の事忘れてますー? 軽音の後輩の三浦ですよー」

男「あー……。あっ、ボーカルとギターやってる?」

後輩「そうですっ……でも、その言い方だとようやく思い出した感じですよね?」

男「俺、自分の練習で精一杯であんまり人の演奏とか聞く余裕ないから」

後輩「あー臣先輩のバンドですもんねー」

男「そうそう……。で、何か用?」

後輩「いや、見知った人を見かけたので話しかけてみただけです」

男「あっそう。……じゃあ、俺は勉強に戻るから」

後輩「はいっ。勉強、がんばってくださいね?」

男(ふぅ……。)

男(さて、ちょうどいい息抜きも出来たことだし勉強に戻るとするか。)

男(……ところでさっき、あまり話した事の無い部活の後輩らしき人物に話しかけられたわけであるが。)

男(それも中々……というか、かなりキラキラしてる奴に。)

男(まーアレだ。きっとまた龍臣に近づこうとしている女子の1人だろう。これまでに何度もそういう似たことがあったし。)


男「……っ」


男(その時、ポケットに入っているスマホが何かを知らせるために震える。変な事に集中していたせいで、ビックリして体を硬直させてしまう。)

男「……龍臣からか」

男(スマホのディスプレイを見てみれば、友人の井上龍臣からのメッセージが表示されている。)

友『練習、来いよ』

男「……はぁ」

男『勉強するから、今日はパス』

男(練習に行かない旨を龍臣に伝えて、スマホにロックをかける。)



男(春一番とはもう呼べない春の強い風が桜の木々に張り付いていた花びら達を散らせていた。)


男「……」


友「信吾!」

男(普通の男子高生とはかけ離れた、特上の容姿を持った友人の井上龍臣が俺の名前を呼びながらこちらへ向かってくる)

男「龍臣……。どうした?」

友「どうしたじゃねえよ! お前春休みから全然練習来ないじゃねえか!」

男「……それはもう言ったじゃん。もう受験生だし、勉強しなきゃいけないって」

友「でもお前がやめたら俺達のバンドは……」

男「俺の下手くそなギターよりも数倍上手い奴入れただろ。俺のいる時に」

友「あ、あれは……」

男「あの娘がいれば龍臣の目指すところまでいけるんじゃないんか。俺は元々ギターが居ないからって強制的に初めさせられたクチだし」

友「そうだけどよお……。楽しくなかったのかよ、俺とのバンドは!」


男「楽しかったよ。一生懸命練習してステージで演奏するの、すごい興奮したし、今まで出来ない経験が出来た事には感謝してる」

男「けど、俺はもういいよ。実力もそんなに無いし、これからは龍臣の要求についていけないと思う」

友「そんな事無いって! 今までだって信吾は乗り越えてきただろ!」

男「だから、受験に向けて勉強しなきゃいけないから、練習する時間も取れなくなる」

男「……もう周りのみんなに追いつくなんてもう無理だ」

友「なんだよっ……! 何だよソレ!!」

友「小学生の頃から部活とか、今まで一緒に何かをしたことなんて無くて、初めて……一緒に一つのことをできたと思ったのに……!」

男「……ごめん」

友「……帰る」

男「…………ごめん」


男「……」


男(……スマホでも見るか)


『新着のメッセージはありません』


男「……」

「せんぱーい」

男「……お前は」

後輩「三浦です。軽音部の三浦」

後輩「……今日も勉強ですか?」

男「……そう」


後輩「その割には全然ノートとか開いてませんけど」

男「……今から始めようとしてた所だから」

後輩「……そろそろ下校の時間ですけど?」

男「……今から新しい教科を始めようとしてた所なんだ。もうそんな時間だったのか」

後輩「……へ、へえ……」

男「……ところで、君みたいな子が俺なんかに何の用? それとも龍臣ついて何か聞きたいの?」

後輩「んー、先輩にこれといった用は無いですし、臣先輩に聞きたいこともないですよ」

男「……嘘はよせ。龍臣が好きな子でしょ。別にそういうのあまり気にしないからいいよ。慣れてるし」

後輩「あははーそんなわけないじゃないですか―」

男「だったらお前が俺に声をかける理由が無い。何が目的? 残念だけど金は全然持ってないよ」

後輩「それも違いますってー!」


男「じゃあ何だ? 罰ゲームか何か? じゃないと君みたいな可愛い子が俺に話しかける理由が無いって……」

後輩「えっ、今私のこと可愛いって言いました?」

男「っ……言ったけど……」

後輩「どこらへんが!? 具体的には!?」 

男「は、はぁ……? え、いや……全体的に?」

後輩「やっぱり先輩も私の魅力に染まってしまいましたか……」ポッ

男「いや、染まってねーし……」

後輩「またまた~」


男「……それで、本当に何なの」

後輩「それは……」

男「それは?」

後輩「……」ニコ


後輩「……帰りながら話しませんか?」

男「……は?」


後輩「へー先輩の家もこっちの方だったんですかー」

男「龍臣の家も近くだけど」

後輩「だから……臣先輩は関係ないですって」

男「臣先輩なんて変わった呼び方してるのも、俺の知ってる中じゃ君だけだと思うけど」

後輩「それはなんというか……気分で?」

男「はぁ……。よく分からないな、お前の言ってることは」

後輩「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないですかぁ」

男「……そろそろ聞かせてもらおうか。お前の用事について」


後輩「……ギターやめちゃったんですか?」

男「……別に」

後輩「バンドも、やめたんですか」

男「……お前には関係ないだろ」

後輩「答えて」

男「っ……!」

後輩「答えて、ください」

男「……」


男「……やめた、けど」

後輩「……どうしてですか」 

男「受験勉強で忙しくなるから」

後輩「そう、ですか」

男「……わざわざ、そんなくだらない事聞きに来たの?」

後輩「……くだらない事なんかじゃ……」ボソッ

男「……ん? 今なにか――」

後輩「私、家こっちなんで」

男「え、あ、ああ……」

後輩「じゃあ先輩、また明日!」

男「またあした……」



男「……また明日?」





後輩「へー今日は日本史ですかー私結構苦手なんですよねー」

男「……勉強してるから、帰れ」

後輩「まーまーいいじゃないですかー」

男「よくねーよ……」

後輩「……」ニコニコ

男「……はぁー……お前、練習は」

後輩「最近は活動も落ち着いてきたんで今日はおやすみですっ」

男「そう言って余裕こいてると、すぐに他の人に追い越されるぞ」

後輩「大丈夫です。うちのバンドは2年で一番上手いんで」


男「そんなのお前らが決めることじゃ……」

後輩「臣先輩も、卒業していった先輩も、全員そう言ってますもん」

男「だからって、上手いとは……」

後輩「自信、ありますから」

男「……」

男「……あんまりはしゃぐな。ここ図書室だぞ」

後輩「えへへ……すみません」

男「……それで今日は何しに来たの。そっちの要件は昨日で終わったと思うけど」


後輩「……まだ、終わってないです」

男「いや、聞きたいことは聞いたんじゃないの」

後輩「まだ、終わってないです」

男「……俺が答えれる事はもうないけど? それともやっぱり龍臣絡みの」

後輩「先輩」

男「話……って何」

後輩「もう下校時刻だし、帰りながらそれも含めて話しませんか?」



後輩「先輩は私のバンドの演奏聞いたこと無いんですか?」

男「前にも言っただろ。自分の事で精一杯で他の人の演奏を聞いてる余裕ないって」

後輩「一年の時の文化祭でも凄い話題になったのにー?」

男「知らない」

後輩「巷のライブハウスでも噂になってるのにー?」

男「そもそも周りにそんな興味がない」

後輩「むー……。なら……」

後輩「すぅー……」

男「……?」

後輩「はぁー……すぅー………っ」


男(立ち止まって大きく息を吸った三浦は次の瞬間、歌を歌い始めた)


後輩「――――」


男(後輩の声は耳にすっと入ってくるような濁り味の一切ない澄んだ声で)

男「…………」


男(なのに、体の芯から興奮してくるような情熱さを持っていて……)


後輩「――――」

男「…………っ」


男(三浦は、本物の上手さを持っていた。)

後輩「……ふぅ。どうでしたか?」

男「……すごく、上手いな」

後輩「えへへ……ありがとうございます」

男「……」

後輩「今の歌、私が歌詞作ったんです」

男「……そうなんだ」

後輩「まだ曲は作ってないんですけどね……。初めてですよ、人前で歌ったの」

男「……そう、なんだ」

後輩「……もうちょっと反応してくれてもいいじゃないですかー。私の初めて、ですよ?」

男「……その言い方は語弊を産むからやめろ」


後輩「だったら、もうちょっと喜ぶとかしたら……」

男「……上手いな」

後輩「……え?」

男「三浦ってマジで上手いよ……だから、羨ましい」

男「本当に、羨ましい」

後輩「……」

男「……龍臣もすげー歌上手いし、ほんと羨ましいよ」

後輩「……先輩」


男「……歌聞かせてもらった礼とは言わないけど、龍臣の連絡先ぐらいなら俺が言っておくから今あげても――」


後輩「ギターやめないでください」

男「だから勉強が……」

後輩「バンド、続けてください」

男「~~~~っ!」

男「……俺が抜けてバンドの雰囲気でも悪くなってるのか? それは心配しなくていいぞ、龍臣はそういうの昔から全部1人で――


後輩「先輩のギターが好きだから」


男「……は」

後輩「先輩が、臣先輩と一緒に演奏してる姿が好きなんです」

男「……ちょっ、お前今何を……」

後輩「……って、私今変な事言っちゃいましたね……。昔から歌うと少し感情的になっちゃって……MCとかもたまに変なこと言っちゃったり……」

男「……」

後輩「……先輩?」

男「……冗談はやめてくれよ」

男「俺のヘタクソなギターが好きな人、いるわけないじゃん」

男「からかうのは、やめてくれ」


後輩「ち、違――」

男「そういうので付き纏うなら、迷惑だからもうしないでくれ」

後輩「ち、違う……本当に……」

男「……俺の家こっちの道の方が近いし、それじゃあ」




後輩「……本当に好きなのに」 


友「……」

男「……」

友「……っ!」

友「久しぶりにメッセージ来たと思ったら……」

男「……」

友「なんだよ……! これ……!」


『漫画の続き、貸して』


友「お前勉強してんじゃねえのかよ! あとこれの次に来たヤツも……!」


『あとついでに、三浦って2年の軽音の後輩について教えて』


男「……っ」

友「てっきり、バンドに戻ってきてくれるってメッセージだと思ってたのに!」

友「それに、なんだよ三浦って……! 今頃になって女子に興味出てきたのか!? 勉強するからバンド抜けた癖に女はいいってか!」

男「……ちげえよ」

友「じゃあなんでこんなメッセージ寄越した!」

男「……好きだって言われたんだよ」

友「……は?」

男「俺のギター、好きだって言われた」

友「はああああ!!??」


友「あの天才が信吾のギターを……?」

男「天才って……あいつ、そんなに凄いやつなのか」

友「お前……知らないのか?」

男「……俺、自分の練習で精一杯だったし」

友「他のバンドの曲ぐらい聞いたことあるだろう?」

男「別に……他のバンドとか興味なかったし……」

友「……ったく、お前は」


友「間違いなく部の中でダントツに上手いよ……俺と同じぐらい」

友「それに、親が有名なギタリストで小さい頃から英才教育受けてたとかで歌もギターも抜群に上手いんだよ」

友「でもってあのルックスだろ? ほんっと完璧だぜアイツ……」

男「……そんな奴が、俺のギターをね」

友「ほんっと、不思議だよなあ……。でも、三浦がお前のギターを好きだって言うんだったら……」

友「お前のギターは下手くそなんかじゃないって。だから、バンドに戻ってこいよ」

男「……ごめん、それは――」


「――井上先輩?」


友「あ、島崎……」

女「こんな所でサボってないで練習に……って」

男「……」

女「……宇佐美先輩」

男「ほら、練習いけよ龍臣」

友「いや、待てよ信吾。まだ話は終わって――」

男「終わったよ。俺はもうバンドには戻らない」

女「……っ」

友「……信吾、お前っ」

男「……」

友「クソっ……!」タッタッタッ


女「ちょっと、井上先輩っ……!」

男「早く追いかけた方がいいよ。龍臣、あの調子だとまた練習しないでどっか行くぞ」

女「……ごめんなさい」

男「早く、行きなよ」

女「……私のせいでっ」

男「行ってくれ、頼むから」

女「……っ」タッタッタッ



男「……嫌なやつだなあ、俺」


後輩「なんで昨日は勉強してなかったんですか!」

男「……」

後輩「練習終わってからずっと図書室で待ってたのに~!」

男「……お前、ここ図書室」

後輩「そういうの関係無い!」

男「……見られてる」

後輩「……え」

「……」「……」「……」

後輩「あ」


後輩「なーんで昨日は図書室居なかったんですか」

男「……用事あったんだよ」

後輩「なら言うなり書き置きしておくなり、なんとかしといてくださいよぉ」

男「なんでお前にそんな事言わなきゃいけないんだよ……。 つーか!」

男「二度と来るなって言っただろ」

後輩「……?」

男「おい、まるで理解してないような顔してるけどはっきり言ったよな、一昨日」


後輩「あはは……そんなこともあったりしたっけ?」

男「お前っ……! はぁ……」

後輩「図書室に来ない時は教えて下さいよ。できれば直接言ってくれたらいいなー」

男「あのなあ……お前は何様だよ」

後輩「えへへ……命令にはちゃんと従ってくださいよー?」

男「……なんで、俺なんかに構うの」

後輩「前に言った通りです」

男「前に?」

後輩「……だって」ボソッ

男「? 今なんて……」


後輩「……先輩のギターが、好きだから」


後輩「……って、何度も言わせないでくださいよ、恥ずかしいんですから」

男「……アレのどこがいいんだよ」

男「よく音外すし、リズムずれるし……ヘタクソじゃん」

男「親がギタリストなんだろ。ならよく分かるだろ」

男「それにギターなら、2年の島崎さんの方が断然良いと思うけど」

後輩「……」ニコニコ

男「な、なんだよ……」


後輩「先輩、私の事知ってくれてたんですね―」

男「いや、それは……龍臣に昨日聞いたんだよ」

後輩「用事って……。そういうことですか」

男「……ああ」

後輩「……確かに、ヘタクソですよ」

男「……だろ。なら――」

後輩「一生懸命練習してる姿見てたんです」


男「……えっ」

後輩「最初に新歓ライブで演奏聞いた時はホントにヘタクソで、臣先輩の歌を汚してて……正直、すごく腹が立ちました」

男「……っ」

後輩「だから文句言おうと思って、練習してる先輩の所行ったんですよ。……そしたら」




後輩『まったく! あのヘタクソギターはどこに……!』

後輩『……いた! あいつぅ……』


ジャーン……


男『……っ! また間違えた』

男『痛って……皮剥けてるじゃん』

男『……でもこんなんで練習やめてたら、いつまで経っても龍臣達に追い付かないしな』

男『っし! ……もう一回っ!』


後輩『……』


後輩「先輩が周りの人達が練習終わった後も、ずっと1人で練習してて」

後輩「そんな姿見てたら、文句言うのはまた今度でいいやって、なって……」

後輩「文句を言おうと思って何度も何度も先輩の所行って……その度に文句言う気が失せて」

後輩「その内、文句言う気無くなっちゃって……気づいたら、先輩の練習ずっと見てました」

後輩「どんなに間違えても練習して……指の皮が剥けても関係なしに練習やめないで」

後輩「でも、いつまでたっても上手くなんないんですよ。でも……」


男『……よっし!』ニコッ

後輩『――』


後輩「……たまたまミス無しで弾き終わった癖に、すっごい嬉しそうな笑顔で笑うんですよ、先輩」
    
後輩「そんな姿見てたら、先輩の弾くギター好きになるに決まってるじゃないですか」ニコ


男「……なんで、今頃そういう事言うんだ」

後輩「……本気で、そう思ってるってこと伝えたかった」

男「……!」

後輩「先輩に、私の気持ちが本気だって事を伝える為には、言わなきゃ駄目だと思いましたから」

後輩「だから、本気で考えてください。ギターをやめるかどうか」

後輩「先輩のギターを待ってる人がいることを考えた上で」

男「……」


後輩「あっ、そうだ。先輩ID教えて下さいよ」

男「……メッセージの?」

後輩「メッセージだったら居場所教えるの、楽じゃないですか」

男「まあ、たしかに。……ほらっ」

後輩「わっ……携帯丸投げっていいんですか?」

男「見られても困るものないし」

後輩「へえ……? はいっ、先輩」

『Eri Miura』

男「……」

後輩「わーっ、先輩のアイコン地味ー!」

男「うっせ……下の名前、えりって言うのか」


後輩「え……」

男「……? どうかしたか?」

後輩「先輩、もう一回言ってください」

男「はあ……?」

後輩「名前、もう一回言って!」                                 

男「……えり」

後輩「~~! もう一回!」

男「……もう言わねーよっ」

後輩「えーそんなこと言わずにー!」

男「言わないったら言わない! ったく……」

後輩「むー……。まあ、今日はこれぐらいでいいです」


後輩「……じゃあ、先輩しっかりと考えて答えてくださいね?」

後輩「できれば、続けるって方面での答え欲しいですけど」

男「……わかった」

後輩「あと居場所もメッセージで送ってくださいよ!」

男「……それはどうだろう」

後輩「もー先輩のイジワル! 絶対に送ってくださいよっ! じゃあ、また明日っ!」

男「あ、ああ……」


男「また明日、か……」

男「……」

『Eri Miura』


男「……変なヤツ」ニコ


男「はぁ……」

男(今日は色々と疲れた。三浦に、あんな事を……)

男(ふと、部屋の片隅に立てかけてあるギターの入ったケースを見つめる。)


『信吾っ! バンドやろうぜ!』

『信吾ヘタクソだなー! でも俺達みんなで練習してうまくなってこうぜ!』

『すっげえ楽しかった! 信吾もそうだよな!』

『俺、夢出来た……。このバンドで、デビューしたい』

『1年の島崎透華です。前の学校では、ギターやってました』

『島崎さん、めっちゃ上手いな! それもプロ級に……!』

『よろしくおねがいします、宇佐美先輩。……お互いギターということで頑張りましょう』

『おい、なんでだよ信吾! 何でバンドやめるんだよ!!』


『そんな姿見てたら、先輩の弾くギター好きになるに決まってるじゃないですか』

















男「……」


男「卑怯だろ、今頃そういうの」

男「せっかく決めたのに、迷うじゃねえか」


男「……」カリカリ

~~~!

男「……!」

男(メッセージ? ……まさか、あいつ?)

後輩『せんぱーい! 今日は図書室いますかー!?』

男「……フッ」

男『勉強してる。だから来るな』

後輩『えーひどいー! じゃあ、7時に校門で!』

男「……」



男『勝手にしろ』



後輩「……先輩?」

男「……」

後輩「もしかして……待っててくれたんですか?」

男「……お前ボーカルだろ」

男「いくら春だからって夜になったら冷えるだろ……こんな事が原因で風邪ひいて喉痛めたら、何だか悪いし」

男「だから、そのせめて待つ時間だけは減らそうって……」


後輩「~~~~っ!!」

男「……三浦?」

後輩「せんぱーい!!」

男「ちょっ、お前抱きつくなって……! ここ校門っ……!」

後輩「先輩のそういう優しさってあざといですよぉ~!」

男「お前がそれを言うか……!」



後輩「えへへ……」

男「……いつまで笑ってるんだ」

後輩「先輩って優しいなあって」

男「……たまたまだし」

後輩「それでもです~!」

男「……変なヤツだなお前」

後輩「それでも、ですよー!」


男「……なあ」

後輩「……はい」

男「聞いてほしい事がある」

後輩「……はい、わかりました」

男「……」

男「俺、昔から何やってもパッとしなくて。龍臣にサッカーとか誘われた事もあったけど、それもなんかしっくりこなかった」


男「でも、ギターはなんとなく良いなって思ったんだ」

男「好きだったんだ。龍臣とか、他のメンバー達と演奏するの」

男「無理やり入れられたバンドだけど、やってる内に段々楽しくなってって」

男「気づいたら、ハマってたギターに」

後輩「……」

男「ヘタクソだったけど、練習していく内にやれる曲も増えていって、その度に龍臣が喜んでくれて」

男「でも、ある日言ったんだ龍臣が……」


友『俺、夢出来た……。このバンドで、デビューしたい』

友『このメンバーで、もっと上目指したい』


男「正直、言われた時は嬉しかった」

男「ヘタクソで不安だったけど龍臣とか他のメンバー達が励ましてくれて、そうしたら俺でも目指せるかもって思えた」

男「今まで、1つの事で努力して最後まで成し遂げた事が無くて……でも、これならできるって」

男「練習すれば、いつか夢の様な景色を見られると思ってたんだ」

男「……あいつが来るまでは、な」

友「……トーカちゃん?」

男「そう、島崎透華。あいつが転校してきて、現実を知った」


女『1年の島崎透華です。前の学校では、ギターやってました』

友『おーいいねー! それで軽音入るって事はバンド、やるんだろ?』

女『は、はい……』

友『なら、なんか一曲弾いてもらおうぜ。な、信吾?」

男『え。まあ……いいけど』

女『なんですか藪から棒に……』

友『いいじゃん、聞かせてよ』

女『……』

女『分かりました』

>>51

友「……トーカちゃん?」→後輩 「……トーカちゃん?」


男「その時、思い知ったよ。本物の上手さってやつを」

男「俺、ギターはヘタクソだったけど、それなりに曲は聞いてたから分かるんだ」

男「ミスなんて当然しない正確な演奏で、なのにたまに音をわざと外してさ」

男「曲を自分なりにアレンジしてるんだ。……聞いてるこっちが鳥肌立つぐらいにすごい演奏で」

男「そんなの聞かされたらさ、もう諦めるしか無いだろ」

後輩「……」


友『……』

男『……』

女『……ど、どうでしたか? 自分なりにアレンジしてみたんですけど……』

友『島崎、めっちゃ上手いな! それもプロ級に……!』

男『……』

友『……信吾? どうしたんだよ……。あまりに上手くて感動したのか?』

男『……入れようよ』


友『……は?』

女『……え?』

男『彼女、バンドに入れようよ』

友『信吾、なんで……』

男『島崎さんみたいに、上手い人が龍臣のバンドに必要だ』

友『でもギターは信吾が』

男『別にギターが2人いても不思議じゃないよね、島崎さん』

女『は、はい……』


男『じゃあ、いいじゃん。な、龍臣?』

友『……別にいいけど、島崎は?』

女『私は……』

女『……いいですけど』

友『じゃあ、決まりだな』

男『よろしく。俺は宇佐美』

女『……よろしくおねがいします、宇佐美先輩。お互いギターということで頑張りましょう』

男『……ああ』


男「その時にはもう、彼女にギターの席を渡すつもりだった」

男「龍臣のバンドが、上に行くには俺じゃなくて彼女が必要だって思ったから」

後輩「……」

男「龍臣の夢を俺のわがままで邪魔したくないんだ。だから、勉強を言い訳にしてバンドを辞めた」

男「龍臣のバンド辞めたら、ギターやる意味無いしだからギターも辞めた」

男「……つまんない話だったろ。だからやっぱり俺はギターをやるつもりは――」

後輩「……」ウルウル

男「お、おい後輩……」


後輩「……っ」

男「なんで泣いてんだよ、こんなくだらない話で……」

後輩「くだらなくなんかないですよっ……」

男「くだらないよ……。何やっても中途半端で、これならできると思ってたのに……」

後輩「先輩が報われないじゃないですか……! そんなに臣先輩の事を想って、先輩自身の夢を諦めるって……」

後輩「そんなのって、無いですよっ……!」

男「でも、それはお前だって分かるだろ」

男「上の世界目指すなら、ある程度の技術ないとダメだって。努力だけじゃ、どうにもならないって」

後輩「……っ」

男「だから俺は――」


後輩「私が先輩の夢になります」


男「……何を言ってるんだお前は」

後輩「私が、先輩がギターを続ける理由になります」

男「だから意味がわからないって……」

後輩「明日の放課後、第二音楽室で待ってますから、先輩はギター、持ってきてください」

男「は……? だから俺はギターをやめるって……」

後輩「……待ってますから」ニコ


男(懐かしい夢を見た)

男(2年の文化祭の数日後、いつもの様に居残りで練習していた時の事だ)


男『……?』

『……ふふん』

男『……誰?』


男(妙にでかいサングラスにマスク姿。フードを被っているおそらく女子であろう不審者的な存在が俺の目の前にいた)


『私は……ギター仮面だ』

男『……は?』

『君があんまりにもヘタクソだから、私が君に指導してやろうと思ったわけだ』

男『いえ、結構です』

『……まあまあ、そんな事言わずにー。ギター借りるよ』

男『えっ、ちょっ、お前……』


男(俺の手からギターを無理矢理奪い、彼女はある曲を演奏し始めた。)

男(それは俺達のバンドが文化祭で演奏した曲で、何度も何度も練習した曲。)

男(なのに、そいつの演奏は俺のやつより遥かに上手くて、悔しくなった。)

男(でも、それ以上に目の前の彼女の演奏が凄くて、圧倒されてしまった。)

『……どうよ』

男『……すごい』

『……でしょ?』


男(そしたら、自然とそいつからギターを教えて貰うことになって……)

男(気づいたら、警備員が見回りに来るほどの時間まで、練習していた。)


『わわ……もうこんな時間だ』

男『そろそろ帰らなきゃな……。もしかして、先輩とかだったり?』

『そ、それは……秘密』

男『だよなあ。そんなに顔隠すぐらいだから教えてくれないかー』

男『……できれば、また教えてくれ。凄く分かりやすかったし、一緒に演奏してて楽しかった』

『……っ』

『……ではまた会おう、悩める少年!』


男(そいつはその日以降二度と姿を現さなかったけど、その時の経験は俺のその後のギターの演奏において多くの事をもたらしてくれた。)

男(正体を探るのも野暮だと思ったから、探さなかったけど……きっとめちゃくちゃお節介なヤツであることには違いない。)

男(何で今その夢を見たんだろうか……。)


男(……多分、あいつみたいなお節介なやつにまた出会ったから、だろうな。)



男「……」

男「……っ」

ガラ……

後輩「……せんぱい」

男「……よう」

後輩「来てくれたんですね! ……それに」

男「……」


後輩「ギターも、持ってきてくれた」


男「……言われたから、仕方なくな」

後輩「じゃあ、ギター貸してください。私がチューニングするんで」

男「チューニングってなんでそんな事する必要ないだろ」

後輩「ありますよ……だって先輩、1ヶ月以上演奏してないでしょ。感覚とか絶対忘れてるって」

男「そういう事じゃなくて、ギターは辞めたからもう弾かないって……」

後輩「まだ、辞めてないです。……はい、先輩」

男「え……」


後輩「セッションしましょうよ」

後輩「私が歌いながら弾くんで、先輩もそれに合わせて」

男「だからもう弾けないって……」

後輩「2年の文化祭で弾いてた曲」

男「……っ!」

後輩「あれだけ練習してたんですから、体が覚えてますよ」


男「……でもそれ、お前が知らないだろ」

後輩「大丈夫です。練習する機会がありましたから」

男「……お前」


後輩「やりましょう、先輩」

後輩「私と一緒に演奏した上で、決めてください。ギター続けるかどうか」

男「……」

後輩「……絶対に、またギター弾きたくなるようにしてやるんだからっ」ニコッ

男「――」






























男(その時、三浦の笑顔を見た時に俺の心は決まった)


後輩「すぅー……はぁー……。すぅー……っ」


男(だって、卑怯だろ)


後輩「ワン、ツー、スリー、フォー」






























































男(俺の為に、こんなに一生懸命頑張ってくれる彼女を)


後輩「――――」

男「……っ」


男(一生懸命、俺の事を見ていてくれた彼女を)


後輩「――――」


男(手放したと思っていたモノ、全部取り戻してくれた彼女の願いを、破ることなんてできやしない)





























































後輩「……」

男「……」

後輩「……ニッ」ニコ


男(……ほんっとに卑怯だよ、お前は)































男「――だから、ごめん!」

友「……信吾」

女「宇佐美先輩……」

友「そりゃあ、その気持ちは嬉しいけどさ……! でも、やっぱり俺は信吾とやりてえよ……!」

女「……井上先輩。宇佐美先輩がせっかく話してくれたんですから」

友「でもぉ……!」


男「こんな事で泣くなよ龍臣……。島崎さん」

女「……?」

男「龍臣の事、よろしく」

女「――」

女「……はいっ!」

男「それと、龍臣……」

友「……なんだよぉ」


男「俺、新しい夢が出来た」


男(……春だ。)

男(春といえば出会いと別れの季節だ。)


後輩「……先輩っ」

男「……三浦」

男「お前、今日練習は?」

後輩「部長……臣先輩がすごく落ち込んでて急に部活休みだって……先輩こそ勉強は?」


男「……先にやることできてな」

男「……ギター教えてくれよ、三浦」

後輩「――――」

後輩「せんぱいーっ!!」

男「ちょっ、お前、だから抱きつくなって……!」

後輩「嬉しいんですよっ! 先輩がギターを……それも私に……!」

男「ちょっ、暑苦しい……!」


男(……と言っても今年は例外で。)


後輩「あー! あと、下の名前で読んでくださいよ、信吾先輩っ!」

男「何でだよ、別に関係無い……」

後輩「むー……。じゃあ、ギター教えてあげませんよー?」

男「うぐっ……。んんっ……」

後輩「……ゴクリ」

男「……え、えり」

後輩「……信吾せんぱいっ」

男「……えり?」

後輩「信吾先輩っ!」


男(新たな出会いと……そして別れがあった。)


男「……そういえば”えり”ってどういう漢字使うんだ?」

後輩「英語の”英”に、梨の”梨”って書いて、英梨ですっ」

男「……なんか、お前にしては普通だな」

後輩「ですよねー? もうちょっと捻りがほしかったですよねー」

男「……かもな」フフフ

後輩「んー? 何笑ってるんですか信吾先輩」

男「……なんでもない」

後輩「あっ、信吾先輩照れてるー」

男「て、照れてねーし!」


男(春。)


男「……」

男「……俺、お前の事好きだ」


男(今まで大きな変化が無かった高校生活だけど……今年は、今までに無かったような大きな変化がありそうだ)


後輩「……私も好きです」ニコッ



男(俺の為に一生懸命頑張ってくれる人がいるから、俺のヘタクソなギターを好きでいてくれる人がいるから――)
































後輩「一生懸命頑張る先輩の事が、大好きですっ!」



男(――だから俺は、彼女の為にギターを始める)































健気な後輩系ヒロインが報われないことが多いのでむしゃくしゃして書いた、後悔は今、時間を見てしてる。

殴り書きなんで間違えてる所多いし、軽音楽やった事無いから間違った知識あるかもしれないけど愛嬌でゆるして

それじゃあ、おやすみなさい

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