【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」 (104) 【現行スレ】

あるいは、トラック泊地再興記

長編予定。独自設定あり。地の文あり。
過去にエタったやつの再挑戦です。

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 喧噪が確かにあった。夏のそれではない、人工的なそれが。

 門の前のシュプレヒコールは止まらない。

 年端もいかない少女を戦地へ連れて行くな。人体実験反対。深海棲艦にも人権を。生物多様性の保護に努めろ。一般市民への安全確保が急務。よくもまぁ次から次へとお題目が出てくるものだと、辟易を通り越して関心すらしてしまう。

 俺は少しだけ開いていた磨りガラスを完全に締め切った。それだけで騒々しさはなりを潜め、ようやく手元の紙切れに視線を向けることができるようになる。

 呉を離れること。
 トラックに向かうこと。

 受け取った辞令には、ただそれだけが書かれていた。それが一般的な書式なのかどうかを俺は知らない。記憶を掘り起こせば所属決定の通達も、このような血の通っていない文章だった気もするので、公的書類とはかくあるものなのだろう。


 俺に辞令を渡したのは事務方の偉いお役人。店先に立っている陶器のたぬきに張り出した腹が似ていたなぁ、とぼんやり思う。

 A4のコピー用紙が狸親父の手から俺の手に渡ったとき、確かにやつはほっとした表情を見せた。弛緩。心がゆるんだが故の、体のゆるみ。

 厄介者をようやく追い出すことができたと、張り詰めていたものが途切れたに違いない。
 色々なものを通り越して腹立たしさすら忘れかけてしまいそうだ。そもそもトラックは、冬の深海棲艦の襲撃で壊滅状態にあるのではなかったのか。

 窓際送りですらない島送り。死刑宣告にも等しい。
 となると俺が一気に士官へ特進したのも、殉職の先取りなのかもしれなかった。

 くそ。

 いっそのこと燃やしてしまおうかとも思うが、今更、だからなんだというのだ。俺に残された道はただ二つ、軍人として海の向こうへ渡るか、市民として遠い地でひっそり暮らすか。


 それ以外の選択をする自由は依然として俺の手元にあるものの、生憎俺はマゾヒストではなかった。自由が必ずしも栄光とイコールではないのは、栄光が即ち自由とセットでないことからも明白だった。

 だから俺はこんなにも不自由を強いられている。 

「やってらんねぇな」

 苛立ち紛れに煙草を取り出すけれど、ライターをなんど擦っても火は起きない。ガスはまだ残っているのに。
 まるで紛れないどころか火に油すら注ぐ結果。自販機に据え付けられていたゴミ箱へと放り込む。

「ち、百円ライターなんて買うんじゃなかった」

「あー、捨てたらいけないんですよ?」

 ぽい捨てを見咎められる。振り返った先には小娘が立っていた。
 大きな瞳と桃色の髪の毛で、何が愉快なのか笑いながら、俺を品定めしている。彼我の身長差は頭一つぶん以上あるので、こちらを見上げる角度は随分ときつい。首を違えてしまわないかと心配になるくらいだ。


 中学生くらいだろうか。妹も姪もいない身では、比較対象の不在により、年齢の同定は難しい。特に女は化粧で変わるから。

 セーラー服を着ていて、腹のあたりに……なんだろう。缶バッヂ? お洒落のつもりかもしれない。

 名も知らぬ少女、こいつがここにいるのが決して偶然ではないことを、俺は殆ど確信していた。海軍の敷地に子供が迷い込むことはない。そして、海防局の艦娘がらみの部署は、全て斜向かいの棟に集中している。

「……俺を逃がすつもりはないってことか」

 ため息すら出てくる。逃げるつもりなんてないが、それほどまでに徹底されていると知れば、悲しくもなろうというものだ。
 桃色の小娘はそんな俺を見て、やはり愉快そうにくつくつ笑った。

「心中お察ししますけれどね」

「そう思うなら見逃してくれないか」

 言ってみる。見逃されたとしてどこにいくのだ俺よ。

 少女は莞爾とした笑みを絶やさない。


「まぁまぁそういわずに。短い間柄でしょうけど、これからよろしくお願いします。ご主人様!」

 桃色の小娘は――特型駆逐艦『漣』の名を持つ少女は、小さな体を目一杯に使ってお辞儀したのだった。

* * *


 グアムはオフシーズンだと言うのに観光客でそれなりの賑わいを見せていた。英語の情報量よりも、中国語、韓国語、そして日本語のほうが多いのではないかと思わせるくらいに、あちらこちら俺でさえ読める文字が掲げられている。
 人の波から離れるかたちで寂れた港へ行くと、そこの看板はついに英語だけとなった。たどたどしい英語でトラック行きの船を尋ねる俺に、受付の職員はにやりと笑って流暢な日本語で応対してくれる。話を聞くに、どうやら日系二世らしかった。

「……船代すらでねぇのか」

 それなりの速度で船は進む。こっちの海は、日本近海とは違う。塩のにおいも粘り気も少ない。

「経費で落ちるとは思いますけどね。あとで申請したらどうですか、ご主人様」

「通るもんかよ」

「ま、お好きにどうぞ」


 漣は潮風で乱れる髪の毛を抑えたり諦めたり忙しそうだった。ボリュームのあるツインテールがたびたび視界を遮っているらしく、ついに両手で握るという実力行使へ出る。
 落ち着きのなさはまさに子供だ。忙しないというより一秒一秒が楽しくて仕方がないと言った感じ。俺がとっくに過去へと置いてきた好奇心と満足感を、きっと漣はまだ心の中心に置けているのだろう。

「朝に港を出て、グアムに寄港、のちトラック諸島。移動時間は概算で15時間……こんなんじゃ体が鈍っちまう。
 なぁ、お前は艦娘なんだろ。もっとこう、ぱぱっといけないのか。俺をおぶって」

「航続距離って言葉、知ってます?」

「知ってるよ。でも、お前はハイテクの塊だ。違うか」

「オカルトの塊ですよ、ご主人様」

 漣は苦笑した。どこに笑う要素があるのかはわからなかった。もしかするとそれが彼女なりの社交なのかもしれない。


「オカルト、ね」

 そんなことを言えば全てがオカルトだった。確かなものなど何一つこの世には存在せず、掬おうとした瞬間に零れていく水面の月と同じである。
 無常を嘆くのは長旅で疲れているからに違いない。幸い俺の独白は漣には届いていなかったようで、俺は何も言っていないふりをする。

 言葉はかき消されるくらいがちょうどいい。まだ俺たちの間柄は、その程度だと思ったから。
 だから、よく笑うこいつの笑みが、「どこ」「なに」由来のものかなんて、ちいともわかりゃあしないのだ。それこそが目下のところ、最大のオカルトですらありえた。

 甲板に出ている俺たちの髪の毛を潮風がかき混ぜていく。漣はまたもツインテールと格闘しだす。

「……」

「……」

 互いに無言。なんとなく、タイミングがずれてしまったような。


「……なぁ」

「なんです? ご主人様」

「そのご主人様ってのはなんなんだ。俺ァ確かにお前の上司ではあるが、召使を雇った覚えはねぇよ」

 それもまた、オカルト。

「男の人はみぃんなこういうのが好きではないので?」

「それは一部のオタクだけだ」

「ご主人様はオタクではないのですか?」

―――このっ、血にまみれた卑しい戦争オタクが!

 駐屯地を取り囲む市民に投げつけられた、言葉と飲みかけのペットボトル。まさか、今更ながらに思い出すなんて。

 俺は戦争オタクではなかった。少女を戦争に連れ出す笛吹き男ではなかったし、奴隷商人のつもりもなかった。おどろおどろしい人体実験の事実はなかったし深海棲艦の人権なんてものも存在するはずがなかった。
 やつらには何が見えていたのだろう。


「……ンなわけ、あるかい」

「……ふぅん」

 と漣はわかっているようなわかっていないような、とても曖昧な返事をして、

「ま、でも、漣は好きですから。アニメとか、ゲームとか、漫画とか。だからこれでいいんです。これがいいんです。
 勿論やめろと仰れば、そりゃ上官命令ですから、呼称を変えるのは吝かではありませんが? シレイカンサマ?」

「あぁあぁもういい。別に大した意味はねぇよ。勝手にしろ」

「ありがとうございます、ご主人様っ!」

 そうして、お辞儀。

 育ちの悪いようには見えない。言葉遣いはともかくとして、変に常識外れのところもない。中流家庭の子女が容易く軍属になる現代は狂っているに違いないが、そもそも深海棲艦というエイリアンが存在する時点で、多少の狂いは誤差だろう。
 いや、それでもやはり、年頃の娘を未知の怪物との最前線に繰り出すことをよしとする風潮、世論、構造がそもそも狂っているのかもしれない。


 ハイテクとオカルトの相の子。到底理解のできない科学技術に、神道古来のまじないをよりどころにした存在。そんなものに頼らなければ、最早この国は国としての体を為し得ないのだ。
 ならばいっそと思えるほど俺は潔いつもりはなかった。そして、それは殆どの国民も同じ。
 誰しもが狂っている。生き延びるために躍起になっている。

 ……益体もないことだ。それはつまり、意味がない。意味がないことをする必要は、ない。

 死と隣り合わせのやくざな仕事。いつ死ぬかわからないのなら、どう生きたってかまいやしないだろう。故人の人生を規定するのは、今を生きている人間だ。そしてその規定は故人には届かない。
 海の底へと沈んでしまって、死体すら残らないのなら、猶更。

 煙草を吸おうとして胸ポケットを漁ったが、そこには普段あるはずのふくらみがなかった。と、そこでようやく、船内が禁煙であることを思い出す。搭乗時に漣に没収されてしまったのだ。

「だめですよ」

 かわいらしい笑顔でとんでもない残酷なことを言い放つ、俺の秘書艦。


「暇なら暇で、やれることは沢山あります。やるべきことも、まぁ、ないわけじゃあないです」

 そう言って取り出したのは分厚いリングファイル。表紙、背表紙ともにでっかく赤いインクでマル秘と打たれているのは、見なかったことにしておこう。

「トラック泊地の現状です。さすがに手探りで一から、だなんて眩暈がしますしね。拝借してきました」

「物は言いようだな」

「あれ。ご主人様、いらなかったです?」

「何言ってんだ、よくやった」

「えへへー」

 漣はまた笑った。屈託なく笑う娘だ、と思った。

「こほん。では、ご説明します。漣たちがこれから着任します泊地は、深海棲艦による冬の襲撃を受け、大量の犠牲者、及び建造物の破壊に見舞われました。在任していた提督はその際に致命傷を受け、亡くなっています。
 その後も何度か深海棲艦は襲来し、そのたびに艦娘は自ら指揮をとり、これを邀撃。成功と失敗を繰り返し、現在散発的な戦闘は展開されていますが、大規模なものは起こっていません」


「代わりの提督なりはこなかったのか。半年も無人なんておかしな話だぞ」

「えぇ、それなんですが……どうやら参謀本部はトラック諸島を見捨てる、もしくは既に壊滅状態にあり、深海棲艦の手の内にあると思っていたようなのです。しかしてその実態は、いまだ機能している前哨地。このちぐはぐが、今回の大本ですね」

 なるほど、俺もトラック諸島が壊滅状態にあると聞いていた人間の一人だ。
 となると、つまり。

「尻拭いか」

「えぇ尻拭いです」

 わかっていたことじゃあないですか、と漣が目で問うてくる。俺もいやいやながら頷いた。
 島流しという表現はまったく間違いではなかったのだ。

「……待てよ、漣」

「なんですか、ご主人様」

「提督は死んだ。本営は見捨てた。それでも泊地が機能している。艦娘の手で」

 戦いのにおいがした。


 一瞬のうちに湧きあがってくる高翌揚を抑えたのは理性ではなく、俺の言葉に対する漣の返答だった。

「いいえ、違います」

「どういうことだ?」

「泊地は既に壊滅、機能していません」

「だが、さっき――」

「ご主人様、違います。違うんですよ。いいですか、心して聞いてくださいね。
 トラック諸島では、艦娘たちが、やりたい放題やっています」

 やりたい放題。
 やっている。

 その言葉の意味を理解するのはとても難しくて、俺は無意識のうちに、似合わないと自覚のある薄ら笑いを浮かべてしまっていた。

「大本営から外れて生きている、と言ったのですよ、ご主人様。
 艦娘としてではなく、一人の個人として、彼女らは今、トラックで生きています」

 日常と戦いが交じり合っていく中、指示を下すべき提督が死に、本営からも見捨てられ、本土と連絡はつかず……そんな状況の彼女たちは察するに余りある。
 死にたくないなら生きねばならない。もとよりそのために俺たちは戦っている。彼女たちも戦っている。そこにはなんの違いもありゃしない。
 そうなるのは、必然といえば必然だろう。


 そして、そこを深海棲艦が襲う。

 定期的に発生する、深海棲艦の組織的な侵攻――イベント。東南アジア諸国に敵が狙いを定めているのは、最近の発生傾向から歴然としていた。
 トラック空襲で一度壊滅した泊地が、二度目を耐えられるとは到底思えない。恐らく、全員死ぬだろう。

 死ぬに違いない。

「……ふん」

「ご主人様、楽しそうな顔をしていますね」

「悪そうな顔の間違いじゃあなくてか」

「おんなじですよ?」

「うるせぇ、生まれつきだ」

 漣一人、いればいい。勿論そんなことを思ったことは一度もない。とはいえ、トラックにつけばついたでなんとかなるだろうと高をくくっていた部分も確かにあって。
 だが、果たしてどうだ。そもそも組織がないんじゃ話にもならない。


「……まずは戦力集め、か」

「そうですね。生き残った艦娘たちを探して、コミュニケーションしましょう。そして、漣たちのお手伝いをしてもらうのです。
 ……はっ、これはもしや、ギャルゲー的展開かも!? キタコレ!」

「うるせぇ。とりあえず、トラックに連絡をとる手段を教えろ。窓口がなけりゃ話にならん」

「イエッサー、ですよご主人様!」

――――――――――――――――――
ここまで

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また次回


「……」

「ご主人様の目つきが悪いからですかね」

 冗談を言っている場合じゃない。いや、漣だってそれはわかっているだろうが。
 でなければ、互いに並んで大人しくホールドアップなどされていない。

 銛と猟銃を持った大人たち――殆ど全員が浅黒い肌をした中年男性。生命力に溢れるたくましさを見れば、第一次産業従事者なのはあきらか。
 手荒なお出迎えだ。殺意の有無くらいは俺にだってわかる。彼らが追剥でないのは確実で、ならばどうしてこんな目にあっているのかと考えれば、まず怪しまれているからに違いない。
 それとも、それ以上のことがあるか。


「――」
「――」
「――」

 男たちが何事かを喋っている。俺はチューク語など当然理解しない。

「……漣、わかるか?」

「えぇ。このまま漣たちを引っ張っていくかどうか話してます」

「本当か?」

 適当を喋っただけなのだが。

「艦娘をハイテクの塊と称したのはご主人様でしょう? 自動翻訳くらい艤装についてますよ」

「すげぇな」

「どうやら頼まれたらしいですね」

「頼まれたって、誰に」

 大方見当はついているけれど。

「そりゃまぁ……」

 漣は言葉を濁した。

 トラック泊地に残された艦娘たち。彼女らをおいて他にはおるまい。


 心のうちを推し量ることも、慮ることもできるとはいえ、自己満足も甚だしい。本土の人間が今更のこのことなにしにきたのだ。この手荒な歓迎はそういうこと。回れ右して本土へ逃げ帰れという意志表示。

 だからすごすごと引き下がっては仕事にならないのが難しいところだ。いや、俺自身は今すぐ小躍りして回れ右をしてもいいのだが、待ち受けているのは除隊だけだろう。それに漣にも悪い。
 俺とともに辺鄙なところへ飛ばされるくらいなのだから、漣、彼女もまた何かしでかしているに違いない。名誉回復のチャンスを俺の一存でふいにはできなかった。

「あー、あー、もうええよ、下がって。みんなありがとなー」

 拡声器で声を飛ばしながら、少し離れた地点より、ぽっくりをかぽんかぽん鳴らしながら近づいてくる人影があった。その人物の声に従って、俺たちを取り囲んでいた男衆はすんなりと引き下がる。

「んで、本土の人ら。手荒なまねして済まんかったね。ま、こっちにも色々理由があるからさ」

 朱色がまず目立った。そして茶色のツインテールも。
 背は割と高い。しかし、それはあくまでぽっくり――に似た艤装なのであるが――を穿いているからであって、その体躯は華奢。声だってかなり黄色い。




「軽空母、龍驤や。よろしゅうな」

 少女はそう言って笑った。




「……俺たちをどうするつもりだ」

「どうするって、なんや、とって喰われるとでも思ってるんか? そりゃちょっち、や、だいぶ誤解がひどいなぁ」

「いまさら何しにきたと聞かないのか。半年放置して、と怒らないのか」

「ん? きみらはサンドバッグになりにきたんか?」

 飄々と龍驤。その瞳は笑っているようで、笑っていない。
 暗い感情の炎が燻っている。

「……ご主人様」

 わかってる。いたずらに煽るようなことを言うつもりはない。

「いや、違う。俺たちは共闘しにきたんだ」

「共闘!」

 龍驤はさもおかしそうに――その実心底俺たちをばかにしたような口ぶりで、

「ほーう、共闘、共闘、共闘か。共闘ねぇ。共闘。くくっ」

 笑いをかみ殺したのは、言外に滲んでいる俺の言葉の意味を理解したからに違いない。


「なるほど、なるほどな。きみはあれや、うちらの境遇を慮ってくれるわけやな。ゴマすりに見える可能性をとっても、下手に出てきたわけか、ほほう」

 もし俺たちが、たとえばどっぷり大本営に与する人間だとして、そして完全に自らの目的のためにトラックへ来たならば、今のような単語の選び方はすまい。
 共闘。俺たちは目的こそ同じだけれど、全く別の存在であると、立ち位置であると、組織であると、そう表現している。彼女らを従わせにきたわけではないのだと。使い捨てにきてはいないのだと。

「けどあかんな」

 ずい、と龍驤は俺のそばまでやってきて、見上げるように睨み付けてくる。

「うちらはあんたらと共闘なんてせぇへん。
 あんたらがうちらの腰ぎんちゃくになる。それだけや。こっちが譲歩するようなことは一切あらへん」


「……龍驤さんたちは、やっぱり今も深海棲艦と戦い続けているのですか?」

 問うたのは漣だ。受けた龍驤は吐き捨てるように息を出す。嘲ったのはこちらか、自らか。

「大好きだった上司殺されて、仲間殺されて、そうしない理由があるか? ん?
 それとも誤解してるんか。最早ウチらはただの私怨で動いとるっちゅうことが理解できんのか?」

 漣は船の上で言った。トラック泊地の艦娘たちは、やりたい放題やっていると。
 生きたいように生きていると。

 感情と行動原理が直結していると。

 だから、

「実際のとこ、あんたらも敵やで」

 そう。俺たちも怨敵。


 見捨てられなければ助かった命もあっただろう。苦しまずに済んだことも多かったろう。国のために命を懸けて戦い続け、その挙句の仕打ちがこれでは、骨の髄まで恨みに漬かっても不思議ではない。

 そして、「ウチら」。想定の範囲内ではあるが、やはり、トラックの艦娘はばらばらではない。
 やりたいようにやってはいるが、決して独りで生きているわけではない。

「それでもあんたらは殺さん。殺すわけにはいかん。ウチらは国を信じんよ。ただ、あんたらが利用できるうちは利用することに決めたんや。
 でなきゃ、みぃんな死んでまう。ウチも生き伸びれるかどうかわからん。トラック空襲。そうやろ。だからあんたらがやって来た。違うか?」

 違わない。龍驤の推察は的中していて、けれど、当然そんなことを彼女が知るはずはないのだ。 
 海軍の中では上層部しか知ることのない「イベント」という概念。嘗ての大戦と酷似した軍勢、作戦海域。それらをさして、深海棲艦は化け物ではなく幽霊なのだと嘯くやからだって少なからずいる。
 情報が漏れている? だとすればどこからだ?



「……」

「そんな険しい顔せんでもええよ。おぉ怖ァ、まるで獣やね」

「……」

「別にスパイがおるわけやない。大したことじゃないよ。ただ、ちょっち史実に詳しいやつがおってな。経験と理論構築、からの予測ってやつやね」

「……」

「ついでに言ってやろうか。大本営は恐れとるんとちゃうか。夏で辛勝、秋で快勝……それからの敗北。本来負けていたはずの歴史を、ひっくり返しつつあったのに。それなのに」

 龍驤の身振り手振りは大袈裟で、本心は見えない。

「だからこそ。だからこそ、や。それをおじゃんにするわけにはいかんってな。
 折角史実を翻し続けて、やっとこ歴史のレールから逸れてきたのに、ここでまたもとのレールに乗っかるわけにはいかん。そうなったらおしまいや。待っているのは敗北だけ……昔のように」

「ど」

 れだけ知っている、とは聞けなかった。
 たとえ龍驤の言葉が正しかろうとも、俺がそれを認めてしまうわけにはいかないのだから。


 漣を見た。信じられないといった顔をしていたが、俺の無言はどうやら決定的だったようだ。
 遅かれ早かれ機密は知る身。とはいえ、覚悟もなしには少しばかり堪えただろうか……そう思っていると、俯いた漣から「くふ」と声が漏れてくる。

「なぁるほど」

 喜色満面。俺はそれが信じられない。

「なら、行きましょう。やりましょう。やれ急げさぁ急げ、って具合ですよ、ご主人様。なにぼーっとしちゃっているんですか。そんな顔は似合いませんったら」

 これには龍驤もあっけにとられ、先ほどまでの剣幕はどこへやら、ぽかんと口を半開きにしている。

「……おい、お嬢ちゃん、ウチの話聞いてた? 本土強襲は記憶に新しいはずや。秋口はパラオも襲われたのは知っとるやろ。トラックはこの有様や。その再来やで」

「秋から冬は漣、神祇省で適合資格検査中でしたけど、へぇ、本土強襲……なら、なおさらですね。やらないわけにはいきませんよ」

「はっ。愛国心に篤いこって」

「そんなんじゃありませんけど」


「ま、ええわ。殺すつもりはない。が、勝手に動き回られても困る。身柄はこっち預かりや。三食喰わせたるし寝床も確保したるけど、ウチらの言いつけ、ちゃあんと守ってくれんと厄介になるのはそっちやで」

 脅しのようだが脅しではない。言葉の重みが違った。
 それがお互いのためだ、と龍驤は言外に語っている。

「……どういうことだ」

「それを知る必要はない。教えるつもりも、ない」

 まぁだろうな、というところだった。だが、龍驤が無駄なことを言うとも思えない。である以上は従っておくべきだろう。
 そう、こんな龍驤ですらハト派の可能性だってあるのだから、俺たちが本土から来た海軍将校であることは、なるべく秘匿するに越したことはない。

「戦力もか。人員配置、資源の量、その他邀撃に必要な情報は山ほどある。それを把握せずに備えろと?」

「……ま、そうやね。人員配置については鳳翔さんに聞きぃや。資源、装備に関しては夕張が管理しとる」


「泊地にはその二人もいるのか?」

「その二人『が』おる、っちゅーたほうが正しいかもしれんね。生き残りは少ない。泊地に寄り付かんのもおる。形式的にでもあいつがいたころの形を維持しようとしとるのは、正味、うちを含めて三人だけや」

「あいつ、ですか」

 漣が呟いた。あいつ。先の話にでてきた、戦死した提督だろうか。
 事前資料を見る限りでは、トラック泊地ができた当初から在任している提督らしい。明朗闊達、質実剛健、文武両道を地で行く益荒男だったと記載されていた。
 当然信頼も厚かっただろう。彼の存在が自らのうちに根を下ろしすぎていて、引っこ抜かれた際にきっとどこかが壊れてしまった艦娘も、少なからずいるに違いない。

 龍驤がそうではないとは思えなかったけれど、だからこそ強く振る舞い、だからこそ提督がいたころの鎮守府を維持しようというのは理解できる。

 顎で示して龍驤は振り返った。ついてこい、というのだろう。

 彼女の左手薬指に指輪が嵌っているのが見えた。

―――――――――――――――――――――
ここまで

エタったやつも似たようなタイトルだったとは思いますが、もう覚えていませんねぇ。
地の文が長ったらしいのは相変わらず

待て、次回


「ふぅ、つっかれましたねー!」

 使い古された感のあるシングルベッドへ漣は飛び込んだ。スカートがめくれていちご柄の下着が丸見えになる。

「見えてるぞ」

「え、あっ!? ばか!」

「安心しろ、ガキのパンツにゃ興味はない」

「ガキじゃないですー! こう見えても14ですー!」

 ガキじゃねぇか。俺と一回り以上もはなれている。
 にしても、14。中学二年……適性検査を経て合格したのだから、それなりに有能なのはわかるけれど、それでも本土が恋しくはならないものだろうか。
 まるで小旅行のようなふるまいを見せる漣だが、二度と故郷の土を踏めない可能性があるとは、露とも思っていないのかもしれなかった。


 いや、少女とも言えど艦娘で、つまり軍人だ。訳ありなど山ほど見てきた。最初の赴任地がトラックなんて埒外なのだから、漣には漣なりの何かがあって、トラックへ来たと考えるのが妥当だろう。
 少しでも遠くへ行きたかった? なぜ? それとも飛ばされてきたのか? 俺のように?

 かぶりを振った。変な勘繰りがよろしくないのはわかっていたからだ。
 他人の隠し事を暴露しようとするのはまるでよくない趣味だったし、関係の悪化は任務達成において致命的に過ぎる。

「学校に友達とかはいなかったのか?」

「へ? 急になんですか。話をそらそうとしたって騙されませんよ」

「違ェよ。本人の意思を尊重すると謳ってはいるが、曲がりなりにも徴兵だからな。反対は結構いろんなところで起きてるんだぞ」

「ウチの周りには防衛省関係の施設も、ましてや神祇省関係の施設もありませんでしたからねぇ。ご主人様の周辺は知りませんけど、だいぶ静かなもんでしたよ」


「まぁ、今更ホームシックになられても困るんだが」

「なりませんてば」

 心外だ、というふうに口を尖らせる漣だった。

 現在俺たちがいるのは平屋の一室である。至って普通の1DK。龍驤たちにあてがわれた部屋は、日本の作りとさして変わりないように見えた。違いと言えば漆喰がむき出しのところくらいか。
 ここは俺の部屋だ。漣の部屋は隣にある。プライベートを気遣う余裕が龍驤にあったとは驚きだったが、その余裕はありがたかった。さすがに女子中学生といきなり同棲など気が気でなくなる。

 本来ならば泊地の司令室に陣取るのが通例なのだろう。俺は鎮首府も泊地も知らないので、あくまで想像だ。とりあえずこんな平屋に座しているはずはないのは明白だが。
 とはいえいきなり敵意の視線のど真ん中へと飛び込んでいく度胸もない。別に俺たちは喧嘩を売りに来たわけではないのだから。


 資源と人物管理担当の二人、夕張と鳳翔は追ってやってくると龍驤は言っていたが、具体的な時間はついぞ教えてくれなかった。俺たちの処遇について、今後どうするのかを決めあぐねている可能性は十分にある。
 ならばこちらも対応策を練るべきなのだろうが、難しい。なにせこちらは向こうの情報を全くもって知らないのだ。

 漣が持ち出したマル秘資料は結局襲撃を受ける前のものにすぎない。提督が死に、泊地が壊滅して以後のことは、どうやっても彼女たちの口から聞くしかないのである。
 そしてそのハードルが何よりも高い。

「……どうなると思う?」

 備え付けの椅子は足の立てつけが悪いのか、体勢を変えるごとにぐらぐらと揺れる。

「まず漣たちの目的をはっきりさせることからですね」

 漠然とした質問にも漣はきちんと答えてくれた。


「そもそもご主人様がここでどうしたいのかを漣は知りません。辞令は予想されている『イベント』の対応、及び常態的な深海棲艦の邀撃でしょうけど、丸呑みして言うこと聞くんですか?」

 まさか聞かないでしょう、と言葉の裏で漣は笑っている。

 なるほど、その予測は論理的だ。上層部からの言うことにほいほい従うイエスマンが、果たしてこんな僻地に飛ばされるだろうか。
 だがしかし、論理的過ぎるのも時には困りものであるようだ。

「言われたことはやるさ」

「やるんですか?」

「まぁ、一応な。自分の命を守るためってのもあるし、なにより、知り合ってしまったんだ。見殺しにするのも悪い」

 どうやら漣は俺をあまりにも冷血漢だとみなしすぎているきらいがあるのではなかろうか。

 人は死なないに越したことはない。誰だってそうだろう。たとえ自分とはまるで無関係な人間であったとしても、誰かの死は気分を暗くする。
 仮に死の淵に立つことがあったとしても、その時は納得ずくで、笑顔で死ねる様にありたいと思う。

 果たして彼女もそうだったのだろうか?
 俺は彼女に対して――


「――へっ」

 やめだやめだ、ばかばかしい。
 自ら頸木に頭を突っ込んでどうするというのだ。

「っつーわけで、最終目標は泊地の再興だ。信頼を勝ち取り、艦娘を指揮下に置き、来るべき敵の襲来に備える。そうすりゃ自然と本土に対しての発言権も生まれるだろう。飼い殺しになってやるつもりはねぇ」

「ふむ。ということは、ご主人様。やっぱりギャルゲー的展開にならざるをえませんよ?
 人材を見なければなんともいえませんが、例えばイベント。過去を踏襲するならば聯合艦隊での出撃が望ましいでしょう。つまり、艦娘は12名必要です。漣と、龍驤さんと、夕張さんに鳳翔さん。これでやっと四人。後三倍必要になります。
 最低でも八人、口八丁手八丁で篭絡しなきゃ、です」

 篭絡とは随分と下卑た言い方をするじゃあないか。ギャルゲー的展開はともかくとして、確かに、俺たちを手伝ってくれる程度には信頼関係を築く必要がある。それを篭絡といってしまえば確かにそうなのかもしれないが。


「ふーん。ギャルゲー、ねぇ」

 背後から声がした。

 振り向いた俺の目の前で、目を真ん丸くしていたのは灰色の髪の少女。緑色のリボンで髪を結わえ、漣のものとはまた違ったセーラー服を身に着けている。ごちゃごちゃとした艤装もまた。
 そして、そんな彼女の背後に、もう一人。着物姿の女性。南国に似合わない、見るからに暑そうな格好だった。

「龍驤さんから話は聞いているでしょ。夕張よ」

 セーラー服の少女が名乗る。ということは、消去法的に着物の女性が鳳翔か。

「あの、夕張さん? ぎゃるげぇ、とは、一体……?」

「あぁ、鳳翔さんは大丈夫です、そういうのはいいんです」

「え、え?」


「ちらっと聞いてただけだけど、けっこうな言い草じゃない。ギャルゲーとか、篭絡とか。本土の人間はやっぱりどいつもこいつもこういうやつばっかりなのかしら」

「……あー、誤解しているようなら、悪かった。そういうつもりで言ったんじゃない」

「そ、そうです! 全部わたしが悪いんです!」

「あぁもうわかってるけどさ! でも、言葉には注意してよね。いきなり後ろから撃ってくるやつだっているんだから」

「冗談だろ?」

 艦娘の艤装は深海棲艦特攻性能を持つが、純粋に人間に当たっても大怪我は免れない代物である。現代科学の粋を集めて作られているのだ。

「だったらどんなにいいか」

 夕張のその口調は、それが単なる冗談ではないことを如実に現していた。
 無能な上官の死因のうち、数パーセントが味方の誤射によるものだという統計を思い出した。あんなものはブラックジョークの類にすぎないと笑い飛ばせるだけの余裕と、何より説得力が、今の俺の周囲にはない。


「……気をつけておくよ」

「ん。そうね、それに越したことはないから」

「お二人は、その、龍驤さんから言われて?」

「はい、そうですね。とりあえず、私たちが持っています資料や体験を伝えるように、と言われています」

 俺たちに対する二人の口調は、やはりどうしても硬さはあるものの、決して敵対的ではない。龍驤も含めて、彼女たちはみな、自分たちの力だけでは今後の脅威に対処できないと感じているのだろう。
 本土から増援や助力を期待する打算と、はらわたの煮えくり返る思いの板挟み。

 そして夕張の先ほどの言葉。「後ろから撃ってくるやつもいる」。
 漣が船上で言っていたことからうっすらと想定していたことだけれど、やりたい放題やっている、自由に生きている――トラック泊地の艦娘は決して一枚岩ではない。


「すいません、お二人とも、早速ですが資料とデータを見せていただけませんか? 行動は早いほうがいいですし」

「わたしが資材管理で、鳳翔さんが人材管理。どっちから先に聞きたい?」

「……」

 俺は逡巡して、「人材」と言った。
 資材は所詮資材だ。それを活かせる人材がいなければ話にならない。畢竟、資材が十万二十万あったとて、艦娘が駆逐艦ばかりでは大した意味もないのだから。

「わかりました。では、私、鳳翔が」

 鳳翔――鳳翔、さん、だろうか。俺と同い年くらいにも見えるが、声は若い。

「まず、手早くトラック泊地の現状を説明したいと思います。

 既にお聞きになっているとは思いますが、冬のイベント、トラック襲撃により、我が泊地は壊滅しました。提督は死亡、仲間たちもその大半が死亡しています。現在、泊地に常駐している艦娘は私と龍驤さん、夕張さんの三名のみです。

 ですが、これは生存者が三名である、ということを意味しません」


「『後ろから撃ってくるやつもいる』」

「……えぇ」

 意図的ではないだろうが、鳳翔さんは視線を逸らす。

「提督は死に、仲間も死んで、もう泊地は機能しておらず……ならば、何をしたって構いやしない。そう思った方々がいたのは本当です。御国のために挺身したことが仇となって返ってきたのなら、ですが、それは致し方ないことと思います。
 勿論、全員がやけを起こしたわけではありません。のんびりと余生を決め込んでいる方もおりますし、一人で海に出ている方もおります。最早泊地とは縁の切れた身。そして嘗て共に戦った身。傷口に触れる必要もないと、こちらから干渉はしていません」

「そいつらは全部で何人だ」

「九名です。亡くなっていなければ」

 九人……泊地の三人と漣を加えて総勢十三人。何とか頭数は揃う、か?


「名前と、どこにいるかを教えてもらえるか?」

「それはできません」

「なんでですか?」

 俺よりも先に漣が反応する。存外に冷静だが、その瞳は鋭かった。尋ねているのではない。詰問だ。

「漣たちの利害は一致しているはずです。トラック泊地の再興。これ以上人死にを出さないようにする。途絶した本土との連絡を回復し、正当な権利を得る……。
 主義主張、理念、思想、そんなものは全部、そのためにうっちゃえるはずです。それでも教えられない何かがあるというんですか?」

「あります」

 応える鳳翔さんもまたきっぱりと。

「恐らく、あなたたちは勘違いしているのでしょう。私たちは、正直なところを申し上げますと、『泊地の再興などどうでもいい』のです」

「そっ」

「それは話が違います!」

 またも漣が俺を制した。


「いいえ、違いません。私たちは皆さんの幸せを願っているのです。再興は次善――身も心も傷つき、疲れ果てた仲間たちを、もう一度戦場へ引っ張っていくことを望んでいませんから。
 彼女たちは『やりたいようにやって』います。その邪魔をするつもりは毛頭ありません。勿論、あなたたちが説得をするのは自由ですし、説得に彼女たちが応じるのならそれはそれ、こちらが口出しすることではないですが」

「……幸せの中で死ぬならそれでもいいと?」

「えぇ。苦しさを我慢して生きるよりは、そちらのほうが。私たちはそう思うのです」

 俺は真っ直ぐに鳳翔さんの瞳を見た。彼女も真っ直ぐにこちらを見返してくる。
 きれいな瞳だった。強い瞳だった。疾しいことなど微塵もない、そう自分自身を信じている瞳だ。
 ならば、俺たちに説得できる隙はない。


「……わかった。そっちに迷惑をかけない程度に、こっちもやりたいようにやらせてもらうが、いいな?」

「構いませんが、あなたがたが皆さんを悲しませるようならば、それは見捨てておけません。努々お忘れなきよう、ご留意ください」

「わかった。心に刻んでおく」

「ありがとうございます。それでは、私たちはお暇しますが、よろしいですか?」

「あぁ。御足労すまなかった。色々聞けて、参考になったよ」

「夕張さん、行きますよ」

 す、と清楚な身のこなしで鳳翔さんが立ち上がった。
 対する夕張は、ぽかんと口を開けて彼女を見ている。

 ん? なんだ? なにか、違和感が……。

「いや、あたしからの説明、まだなんですけど……」

「あ……」

 一瞬、沈黙。


「あ、その、ごめんなさい? ち、違うんですよ、夕張さん! ちょっと雰囲気に呑まれちゃったと言いますか、なんていうかその!」

「くっ、ふふっ、あははは! や、いいんですよ、鳳翔さん。面白かったですから、いまの。『夕張さん、行きますよ』って。あはははっ!」

「もう、夕張さん! そんなに笑わないでください!」

「ひひっ、あぁもうだめだ、お腹痛いー!」

「……こういう人なのか?」

「そう! こういう人なの!」

 夕張は眼尻に浮かんだ涙を拭いながら、自慢げに言った。

「かわいいでしょ?」

「かわいいな」

 本心だった。
 まぁ、俺も忘れかけていたのだから、人のことをとやかくは言えないのだけれど。


「まぁでも、話を戻すけど、あたしは資材管理担当。ただ泊地が壊滅してから時間は経ってるし、実際に艦娘として動いてるのはあたしたちだけだから、殆どからっけつだよ。駆逐艦がいない以上、遠征にも出られないしね」

「それでも最低限、三人分の蓄えはあるんだろ」

「ないわけではない、くらいに思っといてよ。艦娘はやってるって扱いだけど、実際のところ、艤装をつけて出撃――なんてのは当分やってないからさ」

「近海に深海棲艦は?」

「出るよ。出るけど……」

 言い淀んだ夕張は、助けを求めるように鳳翔さんを見た。視線を受けた彼女は、「なりません」と言う風に首を横に振る。

「……まぁ、そこはおいおいわかると思うよ。あなたが本当になんとかしたいと思っているなら、ね」

 多分に含みがある言葉だった。やはり、彼我の間の見えない壁を、測れない距離を、ひしひしと実感する。
 親切な誰かに全てを手取り足取り教えてもらえるとは微塵も思っていなかった、それは事実。特別な落胆はない。


「で、一応これが資材の管理表。推移も含めて記載してあるけど、ここ数か月は殆ど横ばいだから、あんまり見ても仕方ないかもね」

 薄めのファイル一冊分。現時点での資材数は、油、弾、鋼材、ボーキ、それぞれがおおよそ3万前後と言った様子。十分とは到底言えないが、今すぐの枯渇を心配しなければならないほどではないようだ。

「ん。ありがとう、熟読しておく」

「じゃあ、これであたしたちのお仕事は終わりかな。全面的に協力するわけじゃないけど、まぁ、互恵関係といきましょ。
 ほら、鳳翔さん、行きましょう」

 そう声をかけられて、鳳翔さんは先ほどのやり取りを思い出したのか、赤面して「もう!」と声を大きくする。
 二人は背筋をぴんと伸ばして立ち上がった。扉を開けると、まるで二人に後光が差したようにも見えて。


 ……完全に外様だな、こりゃ。
 覚悟は決めていたことだけれど。

 漣は面白くないような顔をして二人の背中を見送っていた。

「不服か」

「そりゃそうですよ。ちょっと排他主義が強すぎやしませんか? 自分が決めた生き様を貫いた結果なら、深海棲艦に殺されたっていいなんてのは、はっきりいって納得できませんね。
 横っ面をひっぱたいたって、腕を引っ掴んだって、生きてるほうがいいに決まってます」

 漣の言うことは尤もで、俺だってそう思う。
 が、それを俺たちが言う権利なんてのは、どこを見渡してもありゃしないのだ。俺たちは所詮、現実を知らないクソヤロウに過ぎない。聡明な漣自身、それをわかっているからこそ、あえて鳳翔さんには突っ込まなかったに違いない。

「あら、奇遇ですね。私も同じく思います」

 開けっ放しの扉のところに、一人の少女が立っていた。
 パジャマ姿で。

 茶髪をなびかせながら、優雅なしぐさで少女は髪の毛をかきあげる。

「軽巡、大井と申します。少しお時間よろしいですか?」

――――――――――――――――――
ここまで

新しいキャラクターの登場シーンを考えるのが一番楽しい
あと漣かわいい

待て、次回


「……軽巡、大井?」

 鸚鵡返しになったことは承知の上で、俺はそれしか言葉が出なかった。
 茶髪の美少女――自らを「大井」と名乗った少女は、パジャマ姿で麦わら帽子だけを被っている。トラックの強い日差しから身を守るためだろうか。顔色があまりすぐれていないように見えるのは影のせいだけではなく、熱さに弱いのかもしれない。

 美少女。そう、美少女だ。
 肌は透けるように白く、嫋やかな笑みを浮かべていて、髪質は柔らか、そのくせ底冷えする瞳を持っている。

 ……?
 いや、違う、か?

「違うな」

「ご主人様、どうかしましたか」

「『ご主人様』」

 くく、と含み笑いを大井は零した。

「とんだ趣味をお持ちですね、提督。いえ、やっぱり私も『ご主人様』とお呼びしたほうが?」


「好きにしろ。今は俺のことなんてどうだっていい。大井、っつったな」

「えぇ。軽巡、大井。……それとも、本名をご所望で?」

「素体の名前を知ったところでどうしろってんだ。話をはぐらかすのはやめろ」

「あのぅ、ご主人様? 話の流れが、漣、全然つかめていないのですが」

「あぁ、気にすんな。どっか行っててもいいくらいだ」

「なんですかその言い方、ひどー」

「本当、酷いですね」

 と、大井がこちらを見ている。

 悪意をことさらにこめたわけではないのだが、今の俺の言葉の矛先は、漣ではなく大井に向けられていた。彼女はそれをつぶさに感じ取ったに違いない。
 『こいつの影響を受けないように』。
 隠された言葉をはっきりと理解しやがって。

「さくっといこう」

 俺は息を吸い込む。

「病院はどうした」


「抜け出してきたに決まってるでしょ? じゃなきゃ、こんなとこまで来られません」

「病院のパジャマのままで、か。よく見つからなかったな」

「一応これでも軍属ですから。身のこなしは人一倍。たとえ艤装を背負ってなくても」

「人格矯正プログラムを徹底するように進言しとくか」

「あなたが真っ先に放り込まれちゃうんじゃないですか」

 ……?
 なんだ。どういうことだ。この違和感はどうしたことだ。
 大井のこの、何もかもを全て見透かしたような眼が、あまりにも居心地が悪い。

 一度深呼吸。落ち着け、熱くなるな、冷静になれ。そうやって自分で言いきかせないと、この不快感を間違った方法で解消させかねない。

 軽巡、大井。こいつのパジャマは病院の普段着だ。俺は嘗て同じものを、日本の病院で見たことがある。
 なぜトラックの病院で同じものがあるのかはわからない。が、大井が軍属であったことを考えれば、泊地の病院は全て系列のようなものだからなのだろう。
 病院を抜け出してきたことは一目瞭然だった。けれど日に照らされている手足は健在で、いささか白すぎるようには見えるが、問題があるとも見えない。


 戦地で手足を失くす人間は少なくない。特に深海棲艦の登場から、艦娘の正式な運用決定までの過渡期では。弾丸も爆薬も効かない化け物相手、海岸線を必死に守り続けた結果の負傷を、俺は嫌というほど知っていた。
 そして反面、俺は艦娘のことをさして知らない。だから病院着ともなれば、怪我の類だろうと思ったのだが、そういうわけでもないらしかった。

 ならば内臓系か。はたまた精神か。
 PTSDなどよくある話だ。

 ともあれ大井、こいつの一筋縄ではいかないっぷりは、恐らく生来のものだろう。後天的に突如として得た物ではないよう感じる。泊地が壊滅し、前提督が死んで、ということはどうやら関係なさそうだ。
 それは勿論彼女に心の傷がないことを意味はしないけれど、大井のことを慮れるほど、今の俺には余裕がない。

 救いを煙草に求めて、いまだ心の清涼剤は漣が持っていることに気が付いた。くそ。


「何をしに来た? 何が目的だ?」

「あら、それをあなたが尋ねますか? こっちとしては、そっくりそのままお返ししたいんですけど」

 いちいち言葉に棘がある。それは俺もである、という自覚がないわけじゃあないが。

「会話を盗み聞きしていたろう。聞いた通りだ。泊地の建て直し、そのためにやってきた」

「おかしいですね。なら、わかるはずでしょう」

 私が盗み聞きしていたのを知っているのなら。
 大井は不敵な笑みを浮かべて、そう続けた。俺は確かにそのとおりだ、と思う。同時にクソ厄介な女が現れたものだ、とも。

 腹の探り合いは得意だが、得意と好きは一致しない。回りくどいのは面倒で、俺は面倒事が嫌いである。漣に言わせれば、面倒事や厄介ごと、総じてトラブルに好かれそうな顔をしているらしいので、最早諦めるしかないのかもしれない。


「ほう、なら、お前は俺たちを手伝ってくれると、そういうわけか?」

「無論ですとも」

 殊勝な言葉とは裏腹ににんまりと猫のように笑う大井の表情は、まるで信用できない。悪意は感じられない。ただ、真意が別のところにあるのは明らかだった。
 とはいえ今は猫の手も借りたい状況であることもまた確か。いくら真意が別のところにあるとは言っても、まさか寝首はかかれまい。大井、こいつの病状がどれだけ重く、そしてどれだけ致命的かはわからないが、艦娘として最低限の素養はあるはずだ。

「……胡散臭いひとです」

 ぼそりと漣が呟いたのを俺は聞き逃さなかった。当然、大井も。

「あなたの喋り方に比べたらどうだってことないでしょ? メイドさん」

「なら、あなたのそれもキャラ付けだとでも?」

「漣、落ち着け。喧嘩を吹っ掛けるな」

「でも、ご主人様。この人は軽巡大井なんですよ」

「……?」

 漣の言った言葉の意味が理解できず、俺は一瞬ぽかんとしてしまう。


「雷巡じゃないんです。軽巡のまま……練度が足りないから。病気のせいですか?
 ご主人様。漣にはどうしても、この人の、この人が描いてるビジョンが、わからないんです」

 軽巡大井。雷巡ではなく。
 座学で学んだのはかなり昔だから、忘却の彼方に霞んでいる。だけど、確かに、そう言えば、そんな艦種もあったような……?

 漣の言わんとしていることの全貌はわからない。以心伝心には程遠い。だが、それでも不安は伝わった。
 そしてそれを見捨てておけるほど、俺は冷たい男ではない。つもりだ。

「あー、大井? 何か申し開きはあるか?」

「ないと言ったらどうなります? 今この場で撃ち殺されるというのなら、そりゃあ身の振り方も考えますが」

「とりあえず情報の相互提供といこうや。互いの立場、目的、知っていること、全て並べて初めて同じ土俵だ」

「まぁ、私は構いませんけどね。一応最古参の一人に数えられますし、あなたたちの望む情報は、恐らく提供できると思いますよ。
 あぁでも、覚悟はしておいてくださいね」


「覚悟?」

「私のことを使うからには、私に使われることも辞さない覚悟を持っているのか、と尋ねています。役に立たないような相手に与したところで、ねぇ?」

 流し目で大井はこちらを見てきた。蔑んでいるわけではない。ないにせよ、こちらを値踏みしているのは明らかだ。
 大井の目的が一体なんであれ、俺たちは俺たちの目的を完遂しなければならない。トラックなどと言う辺境の地で一生を終えるつもりはなかったし、それはきっと漣だって一緒だろう。
 本土に戻るためには任務の遂行は絶対条件で、そもそも任務が果たせなければ、自らの命だって危うい。

「俺たちにできる範囲であれば、手伝うことは吝かじゃあないが」

「吝かじゃあない。ふふ」

 何が面白いのか、大井は口元を押さえた。


「まぁいいでしょう。素体の名前に興味はない? でしたら私は『大井』――球磨型軽巡洋艦四番艦。その御霊を背負った者です。繰り返しの紹介になりますが、そこは許してくださいね。大事な伏線ですので。
 そちらは? 艤装の感じから察するに、特Ⅱ、綾波型?」

「……漣です」

 驚いているのか、あるいは若干引いているのか、漣の言葉は重たい。
 俺もあわせて名前、階級を告げると、大井は満足そうに頷いた。

「なぁるほど」

 意地の悪い笑みが大井の顔面に張り付く。

「お噂はかねがね――『鬼殺し』殿」

「提督ッ!?」

 漣が叫んだのを聞いて、初めて俺は、自らの右手に鉄塊が握られていることを知った。
 腰のホルスターに差しこまれていたリボルバー式の拳銃だった。

 その銃口は真っ直ぐに大井へと向いている。

「撃ちますか? 私を殺しますか?」

「それ以上いらんことを喋るな。指が動いちまいそうだ……!」

「なるほど、聞いた通りです」

 ひとり、正鵠を得たりと頷く大井。

「あなた、戦いに勝って勝負に負けましたね?」

「沈黙は金だぞ、大井ッ!」


 知られて困るという次元ではないのだ。心を鋭く切り裂いてくる悪漢相手に、果たして防衛以外のなにができようか。
 たとえ彼女が有能で有力な協力者足りえたとしても、駄目だ、わかっているのに、体はどうしても反応してしまう。ここで我慢しなければ、俺は金輪際勝負に勝てやしないというところまで来ていると、自覚はあったとしても!

「あ、あの、そのっ、やめてください! なにがどうなってるってんですか!」

 射線上に漣が割り込んでくる。引き金にかかる指はいまだに硬直していたが、頬を伝う汗を感じ取れるくらいには、感覚にも余裕が出てきていた。
 そして大井はようやく意地の悪そうな相貌を崩す。

「わかりました、わかりましたよ。拳銃を収めてください。事情はわかりました。となれば、私も事情を詳らかにできるということです。何も悪いことばかりじゃあありません。違いますか、『ご主人様』」

「……話を続けろ。与太話に付き合う暇はねぇ。余裕もねぇ」

 ようやく拳銃をしまう。それだけのことに随分と体が重い。


「私の目的はただ一つ。行方不明になった姉妹を探してほしいんです」

 あっさりと大井はそう告げた。あまりにもあっさりで、俺も漣も次のやつの言葉を待っていたのだが、どうやら本当にそれだけらしい。
 姉妹を探す。行方不明。わかりやすい話ではあった。ただ、艦娘という特性上、探す範囲を考えれば……。

「それは、球磨型軽巡残りの四人を、ということですか?」

 問うたのは漣。球磨型と言われても、座学で学んだのは遥か昔。忘却の彼方に消え去っている。ここはこいつに話を進めさせるのが得策だろう。
 大井と不穏な雰囲気であるのが心配だが、拳銃を突きつけたばかりの俺が言えた義理はない。そういった意味でも、俺に頭を冷やす時間は必要かもしれない。

「いいえ、違うわ。もともとここに球磨型は二人しかいなかったもの。
 探してほしいのは、妹――いえ、姉、かしら?」

「? どういう意味ですか」

「あぁ、ごめんなさい。はぐらかすつもりはないの。
 探してほしいのは、球磨型の三番艦、北上。ナンバリングでは姉なんだけど、彼女、私の妹なのよ」


「『軽巡大井』ではなく、『あなた』の?」

「そう。深海棲艦の大攻勢を受け、必死に戦っていたわ。彼女は私と違って雷巡になっていたから、激戦地帯で来る日も来る日も雷撃雷撃……そうして、敗北とともにいなくなってしまった。
 沈んだのか、それとも生きてどこかを漂っているのか、はたまたいまだに深海棲艦と戦い続けているのか、それはわからない。探しに行きたいのだけれど、生憎私は体が悪くて、うまくはいかないの」

「体が悪いってのは、そりゃ、なんだ。病院着ってこたぁ入院中の患者だろう。それが軍属で艦娘やってるってのは、不思議な話だが」

 俺はここでようやく口を出せた。
 軍属の間で大病を患ったのなら、こんなところではなく日本に戻ればいい。生まれつきの大病ならそもそも軍属になれないはず。除隊もされずに大井がトラックで艦娘をやれている理由がわからない。


 大井は俺の言葉を受けて大きく頷く。まるでそこに話の焦点があるかのように。

「私は最古参の一人だと言ったでしょう?」

 それが説明だと言わんばかりの大井であったが、果たしてその説明は俺にも、漣にも通じない。言葉は虚しく滑っていくのみ。
 沈黙が数秒流れ、ようやく彼女も事態を察したらしい。えっ、うそ、知らない? と驚いている。

「適合する女子に艤装を模した装備をさせた上で、嘗て存在した軍艦の付喪神を降ろす、そんな技術が一朝一夕で確立するわけないじゃない。当然何百と言った『失敗作』と、最初期の『成功作』が生まれてくる。
 そのうちの一人がこの私。艦娘の最古参、軽巡大井なの」

「最古参っつーのは、そっちの意味でか」

 トラック泊地の最古参と言うことではなく。

「えぇ、そう。で、ここで話は戻るのだけれど、私の体の話。
 なぜ私が最古参なのか。最初の成功例なのか――ふふっ、皮肉なものよね。神様が瑕疵を好むだなんてのは」

 大井は自らの胸へと手をやった。


「私は生まれつき心臓に欠陥を抱えているわ。だからこそ私は『軽巡大井』足りえた。何故なら史実の彼女には、生まれつき機関の不調があったから」

 あぁ、そういうことか。漣が俺の隣で呟いた。俺も合わせて理屈を理解する。
 史実の、日本海軍所有であった軽巡大井について、俺は寡聞にも詳しい情報を知らない。しかし目の前の艦娘大井は言う。軽巡大井には機関部に欠陥があったのだと。
 そして彼女にもまた、機関部である心臓に欠陥があるという。そして先ほどの言葉。「神様が瑕疵を好む」。

 考えてみれば当然の話かもしれない。軍艦を模した艤装を装備してまで、魂を降ろす準備をしているのだから、より嘗ての条件に類似した憑代を神様だって選ぶだろう。

「……随分と史実に詳しいようなのは、だからか?」

「そうね。そうかもしれない。それとも順番が逆なのかも?」

 それは最初からミリオタだったということか?
 ならばもう一つの予想も納得がいく。


「イベントの予測をしたのも、お前だな?」

「その通り。龍驤たちの指針になればと思ってね」

 そう語る大井の表情は誇らしげだった。
 決して善人ではないだろう彼女の、真っ直ぐな笑顔を見て、俺は思わず頬が緩む。

「力を貸してくれないか?」

「力は貸せない」

 即座に。

「こんな細腕借りたって、発砲スチロールも持ち上げられないわよ」

 いたずらめいた言葉だった。

「――けど、この頭脳は貸してあげる。
 私たちは味方ではないわ。代わりに、北上さんを探してもらいます。それで文句はないでしょう?」

「あぁ、これからよろしく頼む」

 俺が手を差し出すと、大井も手を握り返してくる。握力が弱弱しいのは、やはり闘病生活のためだろうか。

「漣も、よろしくお願いしますっ!」

 爛漫な挨拶とともに漣が手を差し出す。


「嫌よ」

 そうして、その手は払われた。

「あなたの口からは腐った嘘の匂いがするわ」

――――――――――――――――――
ここまで

大井さんはヒール
癒し系ってことだね(?)

待て、次回


漣も大井さんも特に好きだから仲が悪いと辛い…

>>79
俺も辛い

蛇足的な説明になりますが、本作の艦娘は全員生身の人間です。徴兵によって適性ある人間が集められ、以前の記憶はきちんとあります。当然本名もまた別にあります。
艤装は現代科学の粋を集めて作られていますが、艦艇の御霊を降ろすことによって深海棲艦への特攻を得ています。
そのため、海辺で生活し、伊勢や住吉への参拝を定期的に行わなければ、同期がうまくいかなくなるという設定。
本名ではなく艦の名前で呼ぶことも、憑依を維持するために規則で定められています。


 それから三日間、特に何事もなく過ぎた。

 それは決して、俺たちが何もしていないこととは異なっている。だがしかし、俺は寧ろ、何事もないことこそが恐ろしくもあった。
 波風がなければ舟は動かない。無論、頼みの綱は船であって舟ではない。言葉遊びで不安になるなんて愚かしい……わかってはいるのだけれど。

 あれから大井と顔を合わせたわけではないものの、漣は至って普通で、余計にあいつのあのセリフがなんだったのかわからないでいる。
 『腐った嘘』。わざわざ挑発的な言葉を選んだに違いない。そしてまるで意味のないことをするようなやつでは、話した数分の感覚を頼りにするならば、無いような気がした。

「ご主人様ァ? どーしましたー?」

「……いや、なんでもねぇよ。色々な、考え事を」

「まぁた似合わないことしてんですね、乙カレー様です」

 と、少し不思議な発音で喋って、漣は俺の持っていた紙切れを取り上げる。
 龍驤からもらった、周辺の地図だった。


 海岸線、及び港までは徒歩で十五分と少し。軍港は復興の兆しもなく打ち捨てられ、代わりに地元漁師たちの漁港として使われている。まぁ、もともと艦娘には港らしい港も必要ないので、そんなものなのかもしれない。

 整備と修理を行うドックは夕張が管轄しているらしいが、どれほど稼働しているのか、まるでわからない。深海棲艦も近海にはいるだろうに、龍驤一人でそれに対処しているのだろうか。
 夕張は大体ここに詰めているらしい。だからといって用もないのに会いに行っても警戒は解けないだろう。

 ギャルゲーと漣は今の状況をそう評した。言い得て妙だとも思う。俺は別段そちらの知識に明るいわけではないが、今求められていることは、確かに類似している。
 邂逅。コミュニケーション。信頼関係。つまりはそういうことだ。


 協力してくれる艦娘を探さないことには何も始まらないのだが、誰がいるのか、どんな容姿なのか、なにもわからないままでは最初の一歩を踏み出すことすら難しかった。
 それとも鳳翔さんの方針なのだろうか。こちらからではなく、あくまであちらから――艦娘たちからの歩み寄りがあって初めて関係が成立するのだと。

 そんなに余裕があるものか、と楽観的姿勢を切って捨てるのは容易かった。だが、俺たちは既にあちらの姿勢を知ってしまっている。知ってしまった以上、唾棄することなどできやしない。
 辛さを我慢して生きるよりも、幸せの中で死ぬ方がいい。

「……」

「地図とにらめっこしてたって、何かが出てくるわけでもなし。これからの行動指針も考えないとですね」

 いつの間にか漣が俺のそばへと寄ってきていた。桃色の髪の毛から、女子特有の微かに甘いにおいが香ってくる。それは本土においても縁遠いものだったが、まさかこんな遠く離れた地で、中学生と一緒に任務に就くなどとは。


 いやいやと俺は頭を振る。常識だとか、良識だとか、そんなまともに生きるための概念は、全て意味を失くしたのだ。海から異形の怪物が姿を現した時に。

「そうだな」

 と俺は随分動きのなかった腰を上げた。

「お。ついに、ですか。どこ行きます?」

「さぁな。あてどなくぷらぷら散歩だ。こんな土壁の中にずっといちゃあ黴も生える」

「確かに」

 漣は俺の無精髭を見ながら頷いた。うるせぇ。

「準備ぱぱっとしちゃいますね」

 よいしょ。そう掛け声をかけて漣は艤装を背負った。随分と重そうに見えるが、細腕でも簡単に背負えるあたり、案外そうでもないのかもしれない。
 俺がじっと見ていると、漣は少し顔を赤らめて背中を向けてくる。


「炎天下だとめちゃくちゃ熱くなりそうなもんだけどな、艤装の、なんていうんだ? 鉄の部分とか」

「いや、温度変化に強い金属をなるべく使ってて、あとは神様の力も多分にあるっぽいですよ。よくわかんないですけど」

「よくわかんない、ねぇ」

 俺は甚だ疑問に思う。自らの命を預けるのは、やはり長きを共にした信頼できる何かにであって、決して正体不明の「科学とオカルトの相の子」ではない。
 悲しいことに、それはまるで旧時代的な考え方だった。艦娘が俺たちから船を奪ったのだ――そう皮肉交じりに吐き捨てるやつもいる。気持ちはわかる。だが、その思考は年寄りのそれに過ぎない。もっと言ってしまえば老害の。

 艦娘が俺たちから船を奪った。なるほど、確かにそうだとして、しかしそれよりもまず、俺たちから海を奪った存在を忘れてやしないだろうか。

 深海棲艦。

 よくわからないものに、よくわからないものを以てして立ち向かう。

 奇妙な相対性。対称性。世界とは案外そう言うふうにできているのかもしれない。


 漣は小さな手提げかばんへ私物を詰めていく。大した量が入るようにも見えないのに、漣は時折手を止め、悩み、笑みをこぼす。俺の視線など気にもしていない。

「ふんふんふーん」

 ついに鼻歌まで聞こえだして、

「元気だなぁ」

 呟いた――というよりは、零れた、漏れた、に近い。
 最近の女子中学生というのはこんなものなんだろうか。それとも、こんなメンタリティの持ち主を選りすぐって艦娘に仕立て上げているのだろうか。

「ふふんふーん」

 鼻歌は、随分と前に流行っていたという歌謡曲だった。俺が生まれたころ、だったと思う。こいつなどまだ精子にも卵子にもなっているまいに。

「随分とまぁ古い歌を」

「いいじゃないですか。いいんですから」

「いいんじゃねぇの。いいなら」

 日本語とは難しいな、と思えるやり取りだった。


「当て所なくって言ったって、落ち合う場所くらいは決めときましょうよ」

「落ち合う?」

「え? だってそっちのが早いじゃないですか」

 二人いるんだから手分けしたら効率は倍。子供にだってわかる理屈。
 いや、そりゃまぁ確かにそうなんだが。

「お前、上陸して早々武器突きつけられたの覚えてねぇのかよ。身の安全はなにものにも代えがたい。効率主義も時と場合だ」

「へぇ、ご主人様が守ってくださるんで?」

 うふふ、と漣は実に嬉しそうに笑った。あまりの不意打ちに面喰ってしまうが、一度意識して顔を顰めてみる。

「海で戦うのがお前の仕事なら、俺は少なくとも陸では、お前を守らにゃならんだろう」

 格闘技もさわり程度なら習っている。運動神経は悪くないほうだし、そもそも女子中学生と比べるべくもないが。
 漣はこの島において俺の唯一の味方なのだ。仲間と言い換えてもいい。万が一の不慮を考えるに越したことはない。


「ご主人様ではなく、ナイト様と呼んだ方がいいですかね?」

「馬鹿言ってろ」

「もう、冗談ですよ、冗談。つーまんないなー」

「島の海岸線をぐるりと回るぞ。流石に一日では回りきれないだろうから、数日かけて、うまくやろう」

「そうですね。それがいいと、漣も思います」

 探す相手が艦娘ならば、陸よりも海が妥当だろう。海を嫌って陸に揚がったやつらがいないとも限らないが、どのみち今後この島周辺を防衛するのにおいて、海岸線あたりの詳細な地形や状態を確認する必要はあった。
 近海周辺がそもそも安全かどうかを俺は知らない。漁師たちが存在し、まともに生計を立てている以上、漁をできるくらいには平穏なのだろうが……。

 ここは一度壊滅しているのではなかったか。

 復興がなされた。誰によって?
 ――龍驤。夕張。鳳翔さん。ならば島民が三人に好意的である理由もわかる。あるいはそれ以前から、泊地が健在だったころからよい関係を築けていたということなのだろう。


「ん……」

「どうしました?」

「いや、なんでもない」

 わけではないが。
 結論を出すにはまだ早い。島を一回り、でなくとも半周、してからでいい。

「『なんでもない』って言う人は大抵なんでもなくないんですよねー」

 さもありなん。

 漣は少し口を尖らせたが、尖らせた程度に抑えてくれた。
 俺の手が掴まれる。片手を包むには漣の両手が必要だ。ぎゅっと力を籠められ、踵を支点にてこの原理、こっちを思い切り引っ張ってくる。
 一気に立ち上がりながら全身に感じるのは地球の重力。トラック諸島は日本より赤道に近いが、だからといって重力の弱まりを感じるわけでもない。まぁ当たり前である。馬鹿なことを言っている自覚はあった。

 扉を開くときつい直射日光。アスファルトからの輻射熱がないだけまだましなのだろう。木の葉のざわつきが気持ちよさそうだ。

 俺は扉の所にかかっていた麦わら帽子をとって、漣にかぶせてやる。

「んっ」

 こちらを少し窺ったあと、満足そうににんまり笑う漣であった。


 日差しの中に身を躍らせる。ワイシャツが白でよかったと心から思う瞬間。漣がなぜだかやたらに手を繋ごうとしてくるのを、俺は軽くあしらって、大通り沿いに海岸まで行く。

 泊地「跡」まで徒歩二十分。海岸までも同じくらい。メイン・ストリートは露店や出店もあって、それなりに賑わっていた。

「……」
「……」
「……」

 しかし、どうにもこの視線には慣れない。
 外様だから、というだけが理由でもないように思う。聞き及びこそしないまでも、誰もがみな、島の英雄である龍驤たちと俺たちの関係性を認識しているのだろう。
 どんな尾ひれがついているのかまではわからないが……。

「さしずめ、龍驤さんたちを見捨ててた人でなし、そう思われてるんですかね」

「まぁ事実だけどな」

「でも、それは本部の判断であって、漣たちの判断じゃなくないですか」

「一般人には知ったこっちゃねぇよ、そんなこたぁ」

 誰の指示でやったかだなんて、関係がないのだ。もっと言ってしまえば興味すら。

 誰がやったか。何をやったか。
 結局、大事なのはそれだけだ。

 それだけだった。


「……あぢぃ」

 意識して口に出すことによって、何かが、いくらかは、紛れた。気休め程度でも。

「おんぶしましょうか?」

「お前が? 俺を?」

「あ、陸じゃだめですけどね。海なら」

「海に出れば風ももっと涼しい、か? 日差しを遮るものは、ないにしても」

「ですね。じゃ、ちゃっちゃと歩きましょう! ご主人様ッ!」

 漣は俺のケツを叩いてくるが、いや、ちんたら歩いて見えるのは、お前の歩幅に合わせているせいでもあるんだが。
 勿論そんなことを口にだしたりはしない。女が苦手とは言わないまでも、艦娘が実戦投入し始めてからこの方、俺はより一層女との付き合い方がわからなくなった気がした。本当に不可思議な生き物だと思う。


 結果的に、確かに海岸は涼しかった。白い砂浜には人はまばらだ。深海棲艦の現れる以前は、確かダイビングをメインとした観光で、多少なりとも潤っていたという話。それが今や見る影もない。
 砂は粒子が細かいのかよく鳴いた。そしてサンダルと足の隙間にも入り込んでくる。

「この辺は砂浜ですけど、もうちょっと行ったら岩礁があって、その先が港ですね。港って言うか、船の発着場、ってくらいのサイズの」

 地図を広げながら漣が方向を指さす。俺も地図は頭に叩き込んでいたが、ナビをしてくれるならそれに越したことはない。艤装にはGPSもついていて、位置情報の解析は容易という話だから。

「そういえばお前、装備はどうなってるんだ?」

「フリースロットの話ですか?」

「って言うのか? わかんねぇけど」

「もう、ご主人様は不勉強なんですから」


 漣は一度脚を止め、俺の手を取った。そして五本の指の先、それぞれがきちんとくっつく形で、一本ずつ丁寧に合わせていく。
 そういえばID認証もしていなかったのか。本土ではこんなことにも大した手間がかかったもんだが、今はまぁ、どうせ誰も見ちゃいない。漣の行為に及ぶ姿にも一瞬の躊躇も感じ取れなかった。

 中空に指で四角を描くと、その形に極めて二次元的なステイタス画像が現れる。バーチャルタッチパネル。こんな技術にも最早慣れっこになってしまった。
 さらに追加で四角を描き、窓を追加。多重でいくつかの階層を持ったそれらの画面は、互いにリアルタイムで連動しあい、漣の心拍数や体温といった生体情報から、周囲足元への敵影探知まで行ってくれる。
 俺はその中から必要な情報だけを残し、窓を閉じる。そうして残った窓をピンチアウト。見やすく拡大した。

 練度は15。装備は連装砲と4連装魚雷。


「まぁ、普通だな」

「普通じゃないですー」

 あからさまに嫌そうな顔で、漣は舌まで出してみせた。

「や、でも普通だろ。駆逐艦ならしゃーない」

「そういうんじゃないですっ!」

 風船が割れるような叫び声に俺は思わず体を震わせるが、それ以上に漣本人が驚いているようだった。一瞬視線が下、右、左に揺れ、そしてまた右に戻り、俺を見た。

「あはは……」

 困ったような、それでいて媚びたような、不思議な笑いだった。

 俺と漣の付き合いは当然長くない。それでも、たった数日という期間であっても、印象というものは抱く。
 こいつに対して抱いていた印象は「よく笑う」というものだった。よく。頻度として「よく」、好感として「良く」。快活に、溌剌に、トラックまで放逐されても決してくさることなく。


 しかし、今の笑顔はまるで俺が知っている漣ではなかった。そしてその事実を、俺はどう捉えればいいのかわからないでいる。
 新しい一面を知ることができた、と前向きに思うか。
 隠していた一面を知ってしまった、と後ろ向きに思うか。

「駆逐艦に甘んじてたら進歩はないですよ?」

「……ま、そうだな」

 俺は甘んじて漣のはぐらかしに乗っかることにした。

「あ、ご主人様。漣はお腹が空きました」

「中途半端な時間だしなぁ」

「なんですかね、あれっ」

 自分の腹に手を当ててみる。朝食には遅いが、昼食には早い。そんな時間帯。
 漣は離れたところに見える屋台を指さして、俺の返事も待たずに走り出す。だから単独行動は危ないと言うのに……。


 目につく範囲なら問題も起きないだろうと高を括って、俺は滲んだ汗を拭う。人の気配のない海は閑散としている。感傷に浸る余裕はないが、出自のわからない寂しさが胸中を過った。

 波間でばしゃりと何かが跳ねた。魚にしてはあまりにも巨大。それとも誰かが泳いでいるのだろうか。

「ご主人様ッ」

 お待たせしました、と漣が手にしているのは何かのフライ。黒っぽいソースがかかっていて、どうやらフィッシュアンドチップスの紛いもののようだった。
 この暑いさなかに熱いものを食べさせるとは、中々根性の据わったやつである。俺はじっと漣に視線をやっていたが、指についたソースをなめとるのに夢中で、どうやら気づいていないらしい。

「メシウマー!」

「誤用じゃないのか?」

「ご飯がおいしいからメシウマなんですよ。どこに間違いがあるってんですか」

 なるほど。
 素直な解釈だと思った。


 ふと海に視線をやってみれば、もうあの波紋は打ち寄せる波に呑まれて見えなくなっている。
 気のせいだったのだろうか。それとも、深海棲艦の恐怖が色濃く残るこの海で、誰かが楽しく泳いでいたとでも?

「美人でもいましたか」

「は?」

 何言ってんだ、こいつ。

「あの人に見惚れてたのかと思って」

 漣が指し示した先には、確かに人影のようなものが、岩先に座っているように見える。ちょうど岩礁のあたり。
 それにしたって遠すぎた。うすぼんやりとした姿にしか捉えられないが、漣にとってはどうやらそうでもないらしい。艤装の望遠機能のせいか。

 何か細長い、棒よりもすらりとした何かを持っているようだった。釣竿だろう。この日和だ、のんびり棹差すには絶好かもしれない。


「朝まずめには遅すぎて、夕まずめまではまだだいぶ。釣れるんでしょうか」

 漣はぼんやりと呟く。手で目庇しを作り、目を細めて狙いを定めている。

 一家言あるようにも見えなかった。多分、単なる薀蓄だろう。
 ああいう手合いは魚を釣るのが目的なのではなく、単に手持無沙汰を拗らせて、ぼんやりと時の流れに身を委ねるのが楽しいのだ。やりたいことが溢れている女子中学生には、決してわかるまい。
 俺がそう言うと漣は頬を膨らませて、

「ぶっ飛ばしますよ、ご主人様」

 おお怖い怖い。

――――――――――――――――
ここまで

科学技術は艦娘がらみに全振り
漣のネットスラングも、いまや2周くらい周回遅れになっている気がする

待て、次回

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