【咲-saki-】久「いくわよ…咲、憧、穏乃、淡」 (116)

※原作改変有り。久、咲、憧、穏乃、淡は同じ学校にいるという設定です。


‥‥‥‥‥‥


4月。少し肌寒いが、春の匂いを感じる季節。

今、入学式を終えた1人の新入生が人気のない旧校舎へと続く道をもう1人の新入生の手を握り2人で走っていた。

穏乃「憧、はやくはやく!」

憧「ちょ、ちょっとしず! 別にそんな急がないでも麻雀部は逃げないって!」

穏乃「でも、楽しみじゃん! まさか、清澄に麻雀部があったなんて!!」

憧「そうね…でも、あの張り紙、なんか胡散臭かったけど…それに随分古びていた感じだったし…」

穏乃「そうかなぁ…『新入生来たれ! 旧校舎最上階で待つっ!ドンッ』ってカッコいいじゃん!」


憧「いや、まぁ…なんというかあの『ドンッ』ていう効果音を漫画でもないのに書いちゃう所にセンスの悪さを感じるというか…」

穏乃「まぁまぁ、とにかく行こうよ!」

憧(むぅ…しずと2人っきりで1から作れると思ってたんだけど…でも、しょうがないわよね)

憧(それに、しずが楽しそうだし別にいいかな)

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2人は旧校舎につき、全速力で階段を駆け上がる。

憧「この旧校舎、なんだか歴史を感じるわね」

穏乃「そうだね…よっし、最上階! 麻雀部の部室は…あった!」

そこにはやたら立派な扉があり、その横に『麻雀部』という少し寂れたプレートがあった。


穏乃「うぉぉぉぉっ! なんか緊張するーっ!!」ドタバタ

憧「緊張って言ったって…今日は入学式なんだから部活なんてやってないと思うけど…」

穏乃たちが通う高校の入学式は、本当に入学式だけを行い、授業や自己紹介は翌日に持ち越しで、式が終わり次第解散という形をとっている。


穏乃「それでも、やっぱり緊張するだろー!」

憧「そう? 私は別に緊張してないけど」

穏乃「えー、なんだよ、ちょっとくらい合わせてくれてもいいじゃんか」


そんな話をしながら、穏乃が部室の扉に手をかける。

穏乃「よし…開けるよ、憧」

憧「う、うん」

そう言って穏乃が扉を開く。きしきしと、旧校舎らしい扉のきしむ音がした後、眩しい光が差し込んでくる。

憧「うわ、眩しっ」

憧が部室の窓から差し込む日光に思わず目を細める。

穏乃「ここが…麻雀部! って、あれ、誰かいる?」


久「あら、あなたたちは…新入生かしら?」

そこには、ほんの少しウェーブのかかった赤髪の背の高い女性がいた。


穏乃「あ、は、はいっ! えっと、あなたは…」

憧「ちょ、しず! あんた、入学式ちゃんと起きてたの? あの人、この学校の生徒会長よ!」

憧「入学式で私たちの前で話してたじゃない!」

穏乃「え、えーっ!」

久「ふふ、生徒会長じゃなくて学生議会長ね」

そう言いながら久がウインクをする。

久「あなたたち、こんな場所まで来るなんて、まさか麻雀部の入部希望者?」


穏乃「は、はいっ! 私達、麻雀部の入部希望です!」

穏乃の言葉を聞いて、久は自分で言ったにもかかわらずほんの少し驚いた顔をしたが、すぐに不敵な笑みをして2人に話しかけた。

久「わぁ、ようこそ麻雀部へ! あなたたちが初めての部員よ!」

憧「え、初めて?」

久「そうよ、我が清澄高校の麻雀部はこれまで私…って、自己紹介がまだだったわね」

久「私の名前は竹井久。この学校の3年で学生議会長を務めているわ。そして、麻雀部には私1人…まさに一騎当千ね!」

憧「一騎当千は意味が違うと思うけど…」


久「ノリよ、ノリ。それで、あなたたち2人の名前は?」


憧「私は見ての通り新入生で、名前は新子憧」

穏乃「私は、高鴨穏乃です! 目標は、麻雀で全国に出場して友達と遊ぶことです!」

久「!」

久はまたもや驚いた顔をしてその後に嬉しそうな顔をして憧に話しかける。

久「ふーん、あなた…憧も全国出場が目標?」

憧「そうよ」


久「そう…ということは、私の目標とはちょっと違うわね」

憧「ふーん、ま、そりゃそうよね。私としずはまだ1年生で時間もあるから来年もチャンスはあるけど…」

憧「久さんみたいに3年生まで1人で何の下地もなく短期間で全国になんて出場できるわけ」

憧の言葉を遮るように久が話す。

久「何を言ってるのかしら?」

久は憧がため口なことを気に留める様子もなく続ける。

久「私の目標は、全国出場なんかじゃないわ。全国出場はあくまで通過点、私の目標は全国優勝よ!」

憧「へ?」

憧は久の言葉を聞いて思わず間の抜けた言葉を出してしまう。

穏乃「うおおおっ! さすが、学生議会長兼部長!!」

久「ふふ、そうでしょ? それじゃ、もう1度聞くけど…2人の目標は?」

穏乃「もちろん、全国優勝ですっ!!」

憧「ちょ、ちょっとしず!」

穏乃「もちろん憧も全国優勝が目標でっす!!」

憧「あ、もうしずったら…でも、そうよね。私としたことが目標が低かったわ、どうせ全国に出るんだったらトップをとらないとねっ!」

久「ふふ、心強い1年生ね」

出会ってからまだ間もないが、憧と穏乃の2人は、すっかり久のペースに乗せられていた。


‥‥‥‥‥‥


久「それで、2人は個人戦、団体戦どっちで全国を目指すのかしら?」

穏乃「もちろん、団体戦です! 憧と久さんと一緒に全国優勝したいので!」

憧「私もしずと同じで団体で全国に行くことが目標よ」

久「そう、団体戦…。それなら1年生の中から後2人新入部員を捕まえないとね」


憧「1年の中から? 確かに1年生が1番入ってくれる確率は高いと思うけど、別に2、3年生の中からでも入ってくれる人はいるんじゃない?」

久「あー、それ無理。2、3年の子達はもう全員勧誘しているのよ」


穏乃「そ、そうなんですか? それで誰か入ってくれた人は…」

久「いなかったから、この2年間、部員が私1人だったんじゃない。2年間寂しかったわねぇ…」

しみじみとした声色で久が言う。


憧「ぜ、全員勧誘したの?」

久「そうよ…まぁ、1人も入らないのも納得よね。長野で麻雀したいならここに来なくても風越とか他にも、選択肢はあるもの」

穏乃「風越かぁ…確かに有名ですもんね」


久「というか、今更だけど2人はどうして清澄に? 全国に行きたかったなら風越に行けばよかったじゃない」

穏乃「いや、私立だとお金が…」

憧「しずの場合、偏差値もでしょ! まったく、ここに入るのだって私がつきっきりで勉強教えてあげたんだから」

穏乃「あはは、まぁいいじゃん! ほら、どうせ麻雀部は憧と2人で1から作ろうと思ってたし!」

憧「ふ、2人で1から…」

憧はほんの少し、頬を赤らめる。


久「あら、私は邪魔者だったかしら?」

久がにやけながら2人に問いかける。

穏乃「そんなわけありません! 頼りになる3年生がいてくれて心強いですし、久さん、なんだか只者じゃない感漂ってるし!」

憧「そ、そうよ、やっぱり1年だけじゃ心細いし…それに学生議会長が麻雀部部長なんてなんか色々都合よさそうじゃない?」

久「あなた、随分直球な物言いしてくるのね…ま、いいけど。…って、もうこんな時間! 2人とも、もう少し話したかったけど、私、やらないといけないことがあるから今日はもう終わりね」

穏乃「あ、そうですかぁ…せっかくだし打ちたかったなぁ」

久「ふふ、まぁ、本格始動は明日からね。1年生は明日4時間目まであるのよね?」

憧「そうよ、自己紹介、係決め、配布物、身体測定とか色々するらしいわ」

久「そう、それなら4時間目が終わったら部室に来てね。それと! しっかり新入部員を探しておくこと!」

久「私も探したいけど、1年生と関わる機会は同じ1年生であるあなたたちの方が多いと思うしね」

穏乃「はい! 憧、頑張って勧誘しような!」

穏乃がほんの少しハスキーな声で憧に話しかける。

清澄高校麻雀部の本格的な活動が始まろうとしていた。


‥‥‥‥‥‥


久と憧、穏乃が出会った翌日。今は1時間目、クラス全員の自己紹介などをする時間。

先生「よし、それじゃ、自己紹介していくぞ。まず、先生からな」

先生が自己紹介をしている時間に憧はいろいろなことを考える。

憧(はぁ…自己紹介トップバッターは、名字が『あ』から始める人の運命よね)

憧「…」

憧(昨日、麻雀部の部室に行って、竹井久という3年が1人で2年間活動をしていることが分かって…)

憧(そして、久さんとしずと団体戦に出る約束をして…その為には最低でも、後2人部員が必要という事を話し合ったのよね)

憧(部員を集める…その為には、自己紹介はかなり大事! みんなの前で、麻雀部の事を大々的に宣伝できる機会なんて中々ないからね!)

憧(とはいえ、麻雀をしたいという人は風越とかに行っているはずだから、清澄に麻雀目的で入った人はほとんどいないはず…)

憧(だから、麻雀をやったことない人でも麻雀に興味を持ってもらえるようにうまく自己紹介をしないと!)

先生「…という訳で、1年間よろしくな」

先生の自己紹介が終わる。

先生「よし、それじゃ…新子から順に自己紹介していってくれ」

憧(よし、なるべく明るくハキハキといくわよ!)

憧「えー、新子憧です! 中学は○○中学でした」

憧「高校では、麻雀部に入ろうと考えています。それで、麻雀というt」

そう言って、憧が麻雀の楽しさや、麻雀部の現状などを話して、興味を持ってもらえるような話をしようとした瞬間、大きな声が教室全体に広がった。

穏乃「はい! 実は私も麻雀部に入ろうとしています! 麻雀ってすっごく楽しいし、みんなもぜひ来てください!」

穏乃「あ、入部したい人は旧校舎の最上階に部室があるのでそこまでよろしくお願いしまっす!!」

憧(ちょ、し、しずぅっ!!)

くすくす…

教室からはくすくすと失笑が漏れている。

先生「おーい…えーっと…高鴨、まだ新子の自己紹介中なんだから大人しくしてろー」


先生もまだ名前をうろ覚えなのか、穏乃の名前を呼ぶのに、すこし間が空く。

穏乃「あ、すいません。憧、ごめんな!」

そう言って穏乃が座る。

憧(ご、ごめんなって…こ、こんなのもう自己紹介なんて続けられないわよぉっ!)

なぜか、穏乃に名前を呼ばれ、自己紹介の為、起立している憧の方が穏乃よりもクラスのみんなから好奇の目で見られている。そんな視線に耐え切れず、憧は麻雀部の紹介を満足にできないままいそいそと席に座った。

憧(はぁ…失敗した…。麻雀部どころか、私の高校生活まで失敗しちゃったかも…)

どよーんと落ち込む憧を置いて、どんどん自己紹介は続いていき、憧から数えて六番目、憧の隣の生徒の自己紹介。


淡「大星淡でーす、みんなよろしくねー!」

憧(大星淡…? どこかで聞いたことある名前ね)

そう思い、ちらりと隣を見てみると、やたら鮮やかな金髪の女の子が立ち上がって話していた。

先生「ん、それだけか? どこの部活に入るかとかは考えてないのか?」

名前だけを言って座ろうとしていた淡に先生が質問する。

淡「はい、私、帰宅部の予定なんで!」

先生「そ、そうか」

穏乃「あああああああああっ!!」

先生の複雑な言葉をかき消すようにまたもや、穏乃の大声が教室に響く。

穏乃「お、大星淡!!!」

憧(ちょ、ま、またしずったら…!)

穏乃「大星淡って、あの、麻雀の雑誌に載ってた大星淡だよね!?」


先生「おーい、よく分からんが、まだ自己紹介の時間だからな」

穏乃「あ、す、すみません」


そう言って、穏乃はいそいそと席につくが、それからは淡の事をずっとちらちらと見続けていた。

憧(そっか、大星淡…どこかで聞いたことある名前だと思ったら確か、中学時代公式戦にほとんど出場しなかったにも関わらず、その強烈な打ち筋とキャラクター、容姿で有名になった人だ)


その後は、また穏乃が少し暴走するも、滞りなく自己紹介が終わり、あっという間に1時間目終わりの10分休憩の時間になった。


穏乃「大星さんっ!」

授業終わりのチャイムが鳴った瞬間、穏乃が淡に向かって走り出す。

淡「えっと…シズノだよね?」

穏乃「うん、高鴨穏乃! 大星さん、一緒に麻雀やろう!」

淡「えー、麻雀?」

穏乃「うん、大星さん麻雀で有名な人だよね! 麻雀やろうよ!」

淡「うーん、でも麻雀部に入ってもいいことないだろうしやめとくよ!」ニパッ

にぱっと小悪魔的な笑顔で淡が穏乃に言い放つ。

穏乃「え、いい事ないって…きっと楽しいよ!」


憧「えっと…大星さん。私からもお願い、入部してくれないかな?」

淡「えー、でもなぁ…」

穏乃「大星さん、一緒にやろうよ!」

穏乃はぐいぐいと淡に迫る。そんな中、憧はちょっとした考えが浮かんでそれについての考察を行っていた。

憧(ちょっと待って…よくよく考えるとおかしくない? 大星淡と言えば中学時代の公式戦の記録こそ少ないものの、雑誌に取り上げられるような人)

憧(そんな人がどうしてこの清澄に?)

そんな疑問を持った憧は同い年だからか淡のキャラがそうさせるのか、出会って間もないというのに遠慮のない口調で率直に質問をしていた。


憧「ねぇ、どうして清澄にいるの? 大星さんほどの実力と知名度があれば、風越にでも行けたはずだけど…」

淡「あー、風越ね。最初は風越に行こうと思ってさ、中学の時、風越の麻雀部見学したんだけどねぇ…」

淡「弱すぎてつまんなかったからやめちゃった」

穏乃「か、風越が…よ、弱い?」

淡「うん、まぁ2年生…今は3年生かな? 1人だけかなり強い人はいたけどそれだけだよ。他の人は全然ダメ」

淡「長野一麻雀が強いって聞いたから行ってみたら拍子抜けしちゃってね。あそこの部活に入っても私は強くなれないし楽しくないなって思ったから風越にはいかなかったの!」

憧「強くなれないし楽しくない…それで清澄に?」


淡「そうだよ! 私、風越を見て、団体戦は出る必要ないかなって思ったからあえて麻雀部がない高校に来たんだ」

淡「麻雀は雀荘で打てばいいしね」

憧「うーん、風越に行かなかった理由は分かったけど…。それでも、別にわざわざ麻雀部がない高校に来る必要なくない?」

淡「あー、それは今みたいなことにならないようね!」

穏乃「今みたいなこと?」

淡「そうそう、私は個人戦だけ出られればいいって思ってたからね。もし、麻雀部がある高校に行ったら絶対に鬱陶しく勧誘されるでしょ?」


憧「そ、それって…私たちの事も鬱陶しいって思ってるわけ?」

憧が少し棘のある言い方をする。

淡「うーん、まだ鬱陶しくはないけどね。これ以上されるとちょっと鬱陶しいかもね」

淡「というか、清澄に麻雀部あったことが驚きだよっ!」


淡は憧と穏乃の事などまるで意に介さないようにして、1人ほっぺたを膨らませてぷんぷんと怒ったそぶりを見せている。

穏乃「…大星さんは、麻雀部が楽しくて、それで強くなれるんなら部活に入ってくれるの?」

淡「え?」


穏乃「だって、大星さんは風越の麻雀部に入っても強くなれないし楽しくないと思ったから麻雀部に入らないんでしょ?」

穏乃「だったら、私たちが大星さんを楽しませる事ができるくらい強い相手なら部活に入ってくれるんでしょ?」


淡「……あはっ!」

淡はにかっと笑って、穏乃と目を合わせる。


淡「シズノって面白いんだねっ! いいよ、もし私を楽しませてくれるくらい強かったら入ってあげる!」

淡「ちなみにだけど、私の麻雀の実力は中学300ね…おっと間違えた! 高校100年レベルだからね!」ドヤッ

穏乃「そ、そっか」

憧「…」

そうして、淡と穏乃が盛り上がっているのを憧は少し不満げに眺めていた。

その後、穏乃が見境なくクラスの人、他クラスの人を勧誘したが、成果は上がらないまま放課後になった。


‥‥‥‥‥‥

放課後。

放課後とはいっても4時間授業なので、真っ昼間。眠くなるような日和の中、憧と穏乃、淡は旧校舎の麻雀部部室に来ていた。

淡「へぇ、ここが麻雀部部室…ってなんかすごいね、この部室」

淡が素直な感想を述べる。ステンドグラスがある部室なんてなかなかないであろうから当たり前だろう。

淡「わっ! ベッドもあるじゃん!」ボフッ

お約束のように淡はベッドにダイブする。


淡「うーん…ちょっと寒いかなぁ…シズノ、一緒に寝よっ!」

布団にくるまりながら淡が穏乃を誘う。

憧「ちょ、ちょっと! 麻雀をうつって約束でしょ!」

淡「でも、3年のヒサって人が来るんでしょ? だったら、来るまで寝ててもいいじゃん!」

憧「そ、それはそうだけど…」

穏乃「まぁ、久さんが来るまでならちょっと休憩しててもいいんじゃない?」

淡「ほら~、シズノだって言ってるじゃん! シズノ、こっち来て、一緒に寝よっ!」

憧「ちょ、ど、どうしてしずがあんたと一緒に寝なきゃいけないのよ!」


淡「だって、シズノなんだかあったかそうだし」

穏乃「あったかそうって…」

憧「だ、ダメよ! 私だって最近しずと一緒に寝てないんだから!」

淡のすっぱりとさばさばとした性格からか、3人はいつの間にか打ち解けていて、お互いの呼び名もいつの間にか名字から名前に変わっていた。そんな他愛無いやりとりをしながら久の到着を待った。


‥‥‥‥‥‥


久「ごめーん、ちょっと遅くなっちゃった!」

そう言いながら久が部室に入ってくる。遅くなったとはいっても憧達が来てから15分ほどしか経っていない。


穏乃「いや、そんな待ってないですよ!」

久「そう? それなら良かった…って、あら、早速勧誘に成功したの?」


久は淡を見てゆったりとした笑みをこぼす。

淡「どうもー、高校100年生の大星淡でーす! ヒサだよね、よろしく!」

淡は久の事を年上だと分かっているにもかかわらずまるで、同じ年の友達かのように接する。

久(どうしてこうもため口の子が多いのかしら? まぁ、別に気にしないけど)

久は穏乃が1番礼儀正しいなと思いながら淡に挨拶を返す。


久「竹井久よ、大星淡さんは高校100年生…ってことは今115歳?」

淡「違う違う! 高校100年生なのは麻雀の実力だけ! 実際は15歳だよっ!」

久「あら、そうなのね。ま、よろしく」

淡があわあわする様子を見て、やっぱり高1だなと久は思う。

淡「それじゃ、早速打とうよ! なんだかんだ雀卓があると疼いちゃうよ!」

淡がワクワクを隠せない様子で3人に話す。

久「そうね、せっかく4人いるんだし、打ちましょうか…って、憧、どうしたの?」

久は憧に肩をたたかれ振り返る。


憧「久さん、実は今回の麻雀…淡が麻雀部に入るかどうか決める勝負なの」

久「どういう事?」


憧は偏差値70の頭で超簡潔に今朝の経緯を久に話す。

久「なるほど…彼女を楽しませるねぇ…」

久は少し考え込むようなそぶりを見せるが、すぐに明るい表情を浮かべる。

久「ふふっ、すっごい面白そうじゃない!」パァァ

久「さ、早速やりましょ!」

久は、とても楽しそうに言って、4人は麻雀を始めた。


‥‥‥‥‥‥


穏乃「くっそー! 負けちゃったかー!!」

悔しそうに穏乃が呻く。

久「ふぅ、穏乃と憧とも初めて打ったけど3人ともかなり強いわね…危なかったわ」

憧(大星淡…やっぱり、雑誌に載るだけの実力はあるのね…)


結局、順位としては久→淡→憧→穏乃という結果になった。

淡「そんな…私が負けるなんて…というかそれよりも…」

淡の身体はぷるぷると震え、髪はゆらゆらとうごめいていた。


淡「…あはっ! 3人とも面白すぎだよっ!」

淡「3人とも、風越の片目の人と同じくらい面白いよ!!」

淡「アコは、なんというか頭のいい人が打つ無駄のない麻雀ていう感じ! なんていうんだろ…とにかくとっても麻雀がうまいってことは分かったよ!」


淡「そして、ヒサは…意味が分からないくらい面白かった! 意味は分からなかったけど!」

久「意味が分からなかったって…それ褒めてる?」

淡「褒めてるよ! どうしてあんな待ちをしてたの! 本当に意味が分からなかったよ!」


淡「そして、シズノ! シズノは…なんていうんだろ、底が見えなかった!」

穏乃「底が…?」

淡「なんていうのかな…私の能力が封じられるような、そんなぞくっとするような感じ」

穏乃「能力…?」

淡「うん…ぞくっとするけど…シズノは仲間だし、私、シズノともっと打ちたい! そしたら、私もっと強くなれると思うんだ!」


穏乃「もっと強くなれる…そ、それってつまり!」

淡「うん、私、ここの麻雀部入るよっ! とっても楽しいし!」ニパッ

淡が屈託のない笑顔で穏乃に微笑む。

穏乃「やったー! 淡、ありがとうっ!」ダキッ

穏乃が淡に勢いよく抱き着く。

淡「わわっ、って、シズノ軽っ!」ダキッ

淡が穏乃を抱き返す。

憧「ちょ、ちょっとなに抱き合ってるのよ!」

そう言って憧が2人を引き離そうとする。


久「ふふ、まだ入学して間もないのに随分仲良くなったのね」

久「よーし、3人とも、じゃれあってないでどんどん打つわよっ!!」

3人「「「はーい」」」

3人そろって返事をする。その後、4人は昼間の1時頃から5時ごろまで無我夢中で打っていた。


‥‥‥‥‥‥


淡「あー、楽しかったー!」

淡が腕を組み身体をぐーっといったようにして伸ばす。

穏乃「ホント、すごい集中して打ってたね!」

憧「そうね、外も明るかったのに、大分暗くなってきているし…」

久「3人ともお疲れ、今日は特別授業の日なのに、こんな遅くなっちゃって親御さんは大丈夫?」

穏乃「はい、私は大丈夫です!」

それに続き、憧と淡も大丈夫という旨を久に伝える。

久「そう、良かったわ。それなら、3人とも気を付けて帰ってね、私はちょっと用事を済ませてから帰らないといけないから」

3人は、はーいと声を合わせて返事をする。

久「それと、4人になったけど、あと1人部員が足りないのは忘れちゃダメよ?」

同校設定久しぶり
恐らく憧穏と咲淡になる予感
たまには逆でもええんやで?

憧「そうね…うーん、あと1人が大変そう…どうやって見つけるか…」

淡「大丈夫! 高校100年生の私がいれば新入部員くらいすぐ見つかるからっ!」

憧「あんたの根拠のない自信はどこから出てくるのよ…」

穏乃「憧…」

穏乃が憧の名前を心配そうにつぶやく。

憧「ほら、しずからもなんとか言ってよ!」

穏乃「憧…大丈夫、淡の言う通りだよ! 大丈夫、きっとすぐ見つかるから元気出して!」


憧「し、しずまで…私は、どうやって新入部員を勧誘するかどうか具体的な作戦を!」

淡「大丈夫、大丈夫!」

穏乃「そうだよ、それに、まだ入学して2日目だよ? きっと誰か来てくれるって!」

穏乃は、憧が、部員が足りないのを不安に思っていると思い憧を元気づける。

しかし、そう言って元気づける穏乃の『きっとすぐ見つかる』という言葉にも根拠がなく憧は少し頭を抱えるが、能天気な2人に囲まれて、「自分がしっかりしないと…!」という気持ちはより強くなった。

憧「もうっ、そうやって油断してるとすぐに仮入部の期間終わっちゃうんだからね!」

自分に言い聞かせるように憧は呟く。


久「3人ともー、じゃれ合うのもいいけど、早く帰りなさいよー」

そう言って、久が3人の帰宅を促す。春とはいえ、まだまだ暗くなるのは早いので久としては少し心配なのだろう。

淡「はーい! それじゃ、ヒサ、また明日ね!」

穏乃「久さん、お疲れさまでした!」

憧「久さん、また明日ね」


久「えぇ、またね。気を付けて帰るのよ」

そう言って、3人が麻雀部の扉から外に出て、麻雀部の部室には久だけが残る。


久は、3人が出ていった後の麻雀部の扉を優しい瞳で数秒間見つめていたが、ふと、誰に話しかけるわけでもなく言葉を紡ぐ。

久「本当は…少し諦めかけてたんだけどね」

久「やっぱり私って悪運が強いのかしら? 3年になって、まさか本当に全国を目指せるかもしれないなんて」

久「…諦めないで、良かった」

久は、いろいろな感情が織り交ざった、なんとも言えない表情で一人、呟く。


久「…最初で最後の団体戦、か」

雀卓を撫でながら遠い目をする。


久「…よし、今日打った感じを考察して、3人に合う練習メニューと…あと、部誌も書いておきましょうかね!」

久は気分を入れ替えるようにしてぱんっと手を叩き、ノートに文字を書いていく。

その顔は、楽しいものを見つけた悪戯好きの子供のように純粋できらきらと輝いていた。



‥‥‥‥‥‥


淡が加入してからあっという間に1週間が経ち、4人は部室に集まっていた。

穏乃「うぅ~…部員が全然見つからないよ」

穏乃が苦悩の声を出す。

憧「はぁ、だからちゃんと作戦を立てて勧誘しようって言ったのに!」

淡「あー、もう! どうしてみんな来てくれないの!? この高校100年生が誘ってるのに!」

淡はぷんぷんと頬を膨らませる。

久「うーん…まぁ、そうよねぇ。私がいた2年間、1人も勧誘できなくて…」

久「今年、3人も入ってくれただけで奇跡なのに、4人目がそんな簡単に見つかるわけないわよねぇ…」


4人は麻雀ではなく勧誘活動に疲れ切っていた。

久はもう1度、2,3年生を当たっているが、やはりいい答えは返ってこなかった。

1年生もまた同様だ。穏乃と淡が無差別にとにかく勧誘しまくったが、だれからもいい返事は帰ってこなかった。

憧は学校の掲示板などに、部員募集の張り紙を張ったりして連絡が来るのを待った。
他に、部活に入ってる人にも兼部をお願いできないかと誘おうとしたが、全国優勝を目指しているのに兼部では間違いなく限界が来ると考えた憧は誘うのをやめた。

憧「はぁ…」

溜め息をついて憧は立ち上がる。

穏乃「憧、どこか行くの?」

憧「うん、ちょっとお手洗い」

淡「いってらっしゃーい」


憧「えぇ、ちょっと行ってくるわね」


そう言って、憧は気分転換がてらにトイレに向かった。


‥‥‥‥‥‥


憧(ちょっと、あの子大丈夫かしら)

トイレに向かう途中、大量の本を持ちふらふらと歩く後ろ姿の女生徒と憧は出会った。

憧(上履きの色からして私と同じ学年よね)

よろよろと危なっかしく歩く女生徒に痺れを切らし憧はその女生徒に話しかける。

憧「ちょっと、大丈夫? 手伝うわよ」

そう言って、憧は女生徒が持っていた本を半分ほど持つ。

咲「わわっ、あ、ありがとうございます」


急に声をかけられたことと、腕にかかる負荷が減った事に咲は少し驚く。

憧「って、あれ? 確か、同じクラスの宮永さんよね?」

咲「あ、はい…えっと、新子さんですよね?」

憧「えぇ、そうよ。宮永さん、こんなにたくさんの本どうしたの?」

咲「私、図書委員なので、そのお仕事です」

憧「へぇ、そういえば、宮永さんって教室でも結構本読んでいるわよね」

咲「はい。私、本読むの好きなので」

2人は本を持って歩きながら話す。


憧「そうなのね。私も、結構本読むの好きなのよ。宮永さん、本たくさん読んでそうだしお勧めの本とか教えてくれたりする?」

咲「お勧めの本ですか?」

憧「うん、なんか現実逃避できるような楽しい本がいいな」(少しくらい本の世界に逃げてもいいわよね?)

咲「お勧めの楽しい本ですか…それならいいのがありますよ! 図書室に行ったら紹介しますね」

憧「ありがと!」(そういえば…宮永さんって部活とか入ってるのかな?)


憧「あのさ、宮永さんって部活とか入ってる?」

咲「部活ですか? 入ってないですけど…」

憧「あっ、それならさ! 麻雀とか興味ない?」

咲「麻雀…ですか」

咲は、少し怪訝な顔をする。

憧「あれ、もしかして麻雀やったことある?」

咲「あ、えっと…はい。昔、少しだけですけど」

憧「ホント!? それならさ、一緒に麻雀やりましょうよ!」

咲「あの…すいません。誘ってくれるのは嬉しいんですが…私、麻雀あんまり好きじゃないんです」

憧「そうなの?」

咲「はい…この前も高鴨さんに誘われたんですが、その時も断ったので…ごめんなさい」

憧「そっか、それじゃしょうがないわね」


咲「あ、あれ」

咲は少し困惑したような声を出す。


憧「ん、どうしたの?」

咲「あ、い、いえ…高鴨さんの時はすごいぐいぐいと来たので随分あっさりなんだなぁって思って」

憧「あー、しずったらあんまりしつこくしちゃダメって言ったのに…ごめんね」

憧「それに、麻雀好きじゃないんでしょ? それなら無理強いできないわよ。私だって嫌いなこと無理にやりたくないしね」


そんなやりとりをしながら、二人は図書室へ向かう。



‥‥‥‥‥‥


咲と憧が図書室に到着した後、憧は咲の委員の仕事を手伝った。

その後、咲が憧にお勧めの本を紹介して、咲と憧は図書室の前で話していた。

咲「あの、委員のお仕事手伝ってくれてありがとうございました」ペッコリン

憧「いやいや、あのくらいお礼なんていらないわよ。それに、面白そうな本を紹介してくれたし、むしろ感謝するのはこっちの方よ」ニコッ


咲は、憧の柔らかい笑顔についつい気が抜けて、思っていたことを吐露してしまう。

咲「新子さん、気が強そうって思ってたけど、物腰が柔らかくてすっごく優しいんでs…」ハッ

咲「あ、え、えっと気が強そうって言うのは違くてですね、えっと…」

咲は涙目になってあたふたと必死に否定する。

憧「ちょ、そんなに慌てなくていいから! 私、よく気が強そうって言われるし気にしないから!」


咲「あぅぅ…ごめんなさい…」ペッコリン

咲は、そういうのを気にしてしまうタイプなのか、下を向いてうじうじと謝っている。


憧(こんな風に謝られると、なんだかこっちが悪い気になっちゃうじゃない!)

そう思い、憧は咲に向かって言い放つ。

憧「あーもう! それじゃ、宮永さ…咲には、今の失言のお詫びとして私と友達になってもらいます!」

憧「って、お詫びって言うと、なんだか私と罰ゲームで友達になるみたいになっちゃうわね…」

憧は自分の発言に違和感を持つ。しかし、ここで止まってしまっては、元の木阿弥だと自己解決して、すぐに声を張る。

憧「と、とにかく、友達になりましょ!」


咲「ふぇ…?」

突拍子の無い提案と憧の百面相のようにころころ変わる表情に、咲は思わず間の抜けた声を出してしまう。

憧「ほら、友達なんだから連絡先交換するわよ!」

咲「え、は、はい!」

憧の勢いに咲は思わず携帯を取り出す。

憧「あ、友達なんだから敬語禁止!」

咲「は、はい…い、いや、うん、分かったよ、新子さん」

憧「憧っ!」

憧の鋭い声に、咲は照れながらも憧の名前を呼ぶ。

咲「う、うん…あ、憧ちゃん」

憧「よろしい! えっと…よし、これで連絡先もオッケーね!」

携帯の操作に手間取っている咲の携帯を憧が操作して、連絡先を交換する。

憧「これからよろしくね、咲!」

咲「う、うん、よろしくね憧ちゃん」

憧「って、そういえば私、部活中だった! それじゃ、また明日ね、咲! 本読み終わったら感想言いあいっこしましょうね!」

憧「それじゃねっ!」


咲「う、うん。また明日、憧ちゃん」

そう言って、憧は慌ただしく部室に向かって走り去っていった。


咲(な、なんだかすごかったな、あた…憧ちゃん)

咲(憧ちゃん…私の仕事手伝ってくれたり、最後は私がうじうじしてたのを気遣って強引にまとめてくれたし…すごく優しかったな)

咲(友達…嬉しいな)ニヘラ


咲は、さっきまでの憧とのやりとりを思い出して顔を少しにやけさせた。

咲「でも…麻雀部、か……」

そう呟くと、咲のにやけ顔は途端に陰を落とし、暗い顔をして図書室の前から歩き去っていった。



‥‥‥‥‥‥


あれから1週間。新入生も学校に大分慣れ、教室は賑やかで楽しげな雰囲気に包まれている。

しかし、教室のある一帯だけ、暗い雰囲気に包まれていた。

穏乃「あぁ…もう仮入部期間終わっちゃうのに、あと1人が見つからないよ…」

淡「あぁ~シズノー」

淡は最近、穏乃にべったりとくっついている。穏乃も最初は少し抵抗していたが、今ではもうべたべたとしてくる淡にも慣れたようで、特に抵抗もせず受け入れている。


憧「むぅ…」

憧はその様子を見て、少し不満げな顔をしているが、穏乃が受け入れている以上何も言えないでいる。

穏乃「でも、本当にどうしよう…多分、もう勧誘していない人いないよ?」

淡「んー、もう、名前だけ貸してくれる人でも探して、その子を大将にして副将までに相手を飛ばせば大丈夫なんじゃない?」

憧「仮にも全国を目指しているんだから、そんな甘い考えは捨てた方がいいと思うわよ」

淡「むぅ~、アコは厳しい!」

憧「現実を見ろって言ってるの!」

そんな先が見えない争いを休み時間のたびに3人は繰り返していた。

普段通りなら、この不毛な争いは休み時間が終わるまで続くのだが今日は少し違った。

咲「あ、あの…」

穏乃「ん、あれ、宮永さん?」

憧「あれ、咲? どうしたの?」

咲「あ、あの…憧ちゃん、高鴨さん、大星さん。私…麻雀部入ろうか?」

淡「えっ、ホント!?」

憧「ちょ、咲、どうしたの急に? 別に無理しないでもいいのよ?」

穏乃「ちょっと憧! せっかく入るって言ってくれてるのに!」

咲「うん、大丈夫だよ、憧ちゃん。私、無理してないから。私ね、休み時間の度に3人が集まって話してるのを見て、3人とも本気なんだなぁ、って思ったから協力したくなったんだ」ニコッ


憧「そ、そうなの? それなら…咲、本当にありがと! これからよろしくねっ!」

穏乃「よーし、宮永さんが入ってくれたから、やっと5人そろったよ! 清澄高校麻雀部本格始動だー!」

淡「おー!」

そう言って、淡と穏乃は咲にまとわりついている。

穏乃「よーし、早速久さんに報告しに行こう!」

憧「ちょっと、もう休み時間終わるからダメよ!」

咲「ふふっ」

こうして、5人そろった清澄高校麻雀部は本格的な活動を始めることになる。

シエンヌ



‥‥‥‥‥‥


咲が入部すると言った日の放課後。
初めての5人での練習、1年生4人が卓を囲み、久がそれを見ていた。

本来なら、念願の5人目が加入して和気あいあいとした練習風景になるはずだった。
しかし、淡が何度も何度も咲に文句をつけるので部室の雰囲気はぴりぴりと重苦しかった。

咲は、そんな淡の態度に委縮してか、自分を殺した麻雀をするが、それさえも淡に見抜かれ指摘され、咲は素人目に見ても、明らかにおかしい麻雀の打ち方をしていた。

そして、ついに我慢の限界が来たのか、淡が咲を睨みつけ、言い放つ。

淡「私、サキの打ち方嫌い」

咲「…っ」ビクッ

憧「ちょっと、淡!」


淡「だって、私分かるもん。サキが手を抜いてるの。多分…いや、絶対にすごく強い…なのにサキは手を抜いてる」

淡「サキと打ってても全然楽しくない」


憧「ちょっと淡! あんた、言い過ぎよ! 咲は、麻雀が…」

憧が言いかけた言葉を遮るようにして咲が口を開く。

咲「いいの、憧ちゃん。私が悪いんだから…みんな本気でやってるのに、私はいつまでも臆病なまま…。頑張りたいのに、どうしても、あと一歩の勇気が出ないの」

咲「みなさん、部活に入るとか期待させちゃったのにすみません…。ただ、もう1回考え直させてください…」

今にも泣きだしそうな声で、なんとか言葉を絞り出し、咲は俯いたまま部室を後にする。

憧「ちょっと咲!」


そう言って、憧が咲の後を追う。

扉が閉まるバタン! という音が響いた後、麻雀部は静寂に包まれる。どのくらい気まずい空気が流れただろうか。

静寂を切り裂いたのは、久だった。

久「淡、あなたの気持ちよく分かるわ」

淡「…」

淡はぶすっとした態度を崩さない。

久「淡、穏乃も、これを見てみて」

そう言って、久は4人が打った牌譜を淡と穏乃に見せる。

穏乃「これは…宮永さんのスコアが全部プラマイゼロ…?」


久「そうよ…そして、私が見た感じ、宮永さんはわざとプラマイゼロになるように調整して打っていたわ」(自然すぎて最初は気付かなかったけど、淡に指摘されているうちにどんどん様子がおかしくなっていったのよね)


淡「なっ…私たちをなめているにも程があるよ! 私も、シズノも、アコも、ヒサも本気でやってるのにっ!」

穏乃「淡…」

久「…確かに、淡の言う通りよ」

久「でもね…私、宮永さんの打ち姿をみてもう一つ思ったことがあるの。それはね…すっごく苦しそうに打っているなって…そう思ったの」

淡「苦しそうに…?」

穏乃「それって、どういうことですか?」


久「全部、私の憶測だけどね…意識してプラマイゼロにするなんてよっぽど…いや、とてつもなく、それこそ神か悪魔、それとも魔王? とにかく、私たちとは次元が違うくらいうまくないとできない話だわ」

淡「…」ギリッ

淡が悔しそうに歯をすり合わせる。

久「でもね…そこまで上手いのに、宮永さんはどうして麻雀を苦しそうに打っていたと思う?」

淡「そんなの、私が知るわけないよ」


久「そうね、私も分からないわ。そう、私たちは宮永さんの事を全然知らないのよ」

久は2人を諭すように優しい口調で語りかける。


穏乃「確かに、私、宮永さんとは勧誘の時少し話しはしたけど、まともに話したのは今日が初めてだし…宮永さんがどんな人か全然知らない…」

久「淡もそうでしょ?」

久は淡に問いかけ、その問いかけに淡はこくん、と小さくうなずいた。


久「きっと…宮永さんには何か事情があるのよ。確かに、その事情を隠していた宮永さんも悪いわ。けど、頭ごなしに否定するのもよくないと思うの」

淡「でも…」

淡が何かを言いかけるが、穏乃がそれを遮るようにして淡に話しかける。

穏乃「淡、私…宮永さんを信じたい。だって、宮永さんは麻雀を苦しそうに打ってたんだよ? もし、悪い人なら私達の為に苦しいはずの麻雀を打つ麻雀部に入るなんてこと言わないはずだよ」

淡「…」

淡はどこか納得いかない様子だ。

久「はぁ…とりあえず、宮永さんの話を聞いてみましょ? きっと憧が連れ戻してくれると思うから」

穏乃「そうですね! 憧ならきっと宮永さんをまた連れてきてくれると思います!」

穏乃「淡も、それでいいだろ?」

淡「…うん。確かに、頭ごなしに言い過ぎたかも」


それでも、なんとか淡は咲に事情を聞く気になってくれたようで、久は安堵する。

久(ふぅ…なんとかなりそうね…)

久(淡も、自分の意見をすぱっという所は変わらないけど、その後、穏乃が、淡が冷静になれるようにうまくフォローしてくれるから、なんとかバランスが取れてるわね)



‥‥‥‥‥‥


憧「咲っ、待って!」

咲が麻雀部を去った後、憧は咲を追いかけていた。旧校舎に人影はない。

憧「咲っ!」

憧が咲の服を掴み、顔を自分の方に向かせ、瞳を見つめる。

咲「うぐっ…」

憧「ちょ、ど、どうしたのよ!」

咲は、潤みきって、今すぐにでも泣きそうな瞳で憧の目を見つめ返した。

咲「ご、ごめんね…私、よく考えもせずに麻雀部に入るなんて言って、部活の雰囲気壊しちゃった…」

憧「咲…」

そんな咲の必死な顔を見て、憧は咲に尋ねる。


憧「咲、この前、麻雀の事好きじゃないって言ってたわよね?」

憧「もしよければ…どうして麻雀の事嫌いになったか、私に教えてくれない…?」

憧「せっかく咲と仲良くなれて、麻雀も一緒に出来たのに…これで終わりになっちゃうのは寂しいよ」

憧が真剣なまなざしで咲を見つめる。そんな誠実な瞳に見つめられた咲はいつの間にか口を開いていた。

咲「あのね……」


咲は、そう言って自分の過去…家族で打った麻雀の事、プラスマイナスゼロにする麻雀を続けていて、そのせいで麻雀自体を嫌いになってしまったことについて話した。


憧「そんなことが…」

咲「だから…私が勝っちゃうとみんなが楽しんで麻雀出来ないと思っちゃって…でも、あからさまに負けるのも…」


そう言った咲の声は、今にも泣きだしそうで弱弱しい声だった。

しかし、そんな事はまるで意に介さないようにして憧は軽い声色で、しかし咲を包み込むような優しい気持ちで咲に言葉を返した。


憧「はぁ…咲、それって麻雀自体が嫌いなんじゃなくて、咲が打っていた家族での抑圧された麻雀が嫌いなんでしょ?」

咲「え…?」

憧「だって、そうでしょ? 咲は麻雀が嫌いなんて思ってないじゃない。みんなが楽しめないから、みんなが楽しめるようにって自分自身を抑えつけて…それじゃ、咲が楽しめるわけないでしょ?」

咲「でも…」


憧「大体、私たちは麻雀をお年玉の為にやってるわけじゃないのよ? 単純に強くなりたい、全国で優勝したいっていう思いで麻雀をやってるの」

憧「咲にぼろ負けしたからって誰も文句なんて言わないわよ。あっ、私はそんな簡単に咲に負けたりしないと思うけどね」

そう言って憧は不敵に微笑んだ。

咲「憧ちゃん…」

咲は憧の名前を呼んだ後、何か決心したようにして言葉を紡ぐ。


咲「そう、だよね。私、淡ちゃん達に謝るよ。それでちゃんと事情を説明してもう一回頑張ってみたい」

咲「憧ちゃん…本当に、本当にありがとね」

咲は、目から零れ落ちそうな涙を擦って、少しだけ微笑み、憧に言った。


憧「ふふっ…良かった、また咲と麻雀が打てそうで」

そう言って憧は嬉しそうに微笑んだ後、言葉を繋げる。

憧「それじゃ部室に戻りましょ?」ニコッ


そう言って、憧は咲に小悪魔のようなウインクをした後、咲の手を自分の手でつつみ込み、部室へと向かう。

咲「う、うん」


そのウインクに咲の胸がざわつく。憧の手の感触に頬が熱くなる。

咲(あ、あれ…あれ? ど、どうしよ…あ、憧ちゃん……わ、私…ま、まさかっ…憧ちゃんの事……!)


憧「ん、どうしたの?」

咲「い、いや、何でもないよっ」

憧「?」

制御できない気持ちが咲の胸に押し寄せてくる。少し肌寒い、春の夕陽が差し込む廊下で、一人の少女が一人の少女に恋をした。

今日はここまで。

ある程度書き溜めているので、また時間があるときに投下していきます。


面白いから期待です

すばら乙
アコチャーみたいにグイグイくる子がいたら原作の咲さんも思いつめてなかったろうに…

乙です
ちっちゃいアコチャーにぐいぐい来られてドキドキの咲さん可愛い

穏淡憧咲いいね
原作だと中堅×2大将×3だけど
誰が先鋒次鋒副将するのかな

先鋒はエースポジだからって淡がやりたがりそう
大将は最終的に何とかしてくれそうな穏乃が良さそうだが、大将から咲を外すのはどうかとも思ってしまう
咲を先鋒にして照と直接対決(とエース潰し?)させて、淡を他で暴れさせるのも良さそう

何となくアコチャーがキンクリ被害に遭いそうな…

原作じゃないし穏乃や淡もいるんだから大将である必要はない、そもそもプラマイゼロも使える咲が大将って向いてないよ
ここでも家族確執はあるっぽいから先鋒だろうし、問題は次鋒副将だ

そう言えば清澄から外れたのどっちさんや優希ちゃんや染谷先輩は何処所属でしょうか?
面白そうなのは染谷先輩が虎姫として宇野沢先輩から照姉さんのパンケーキ担当を引き継いで居るって言う状況でしょうが

このメンバーでSS書きたかったんだろうから元清澄まで気を使わなくていいよ
このままガンガン書いてくれい



‥‥‥‥‥‥


淡「そっか…そんな事があったんだね」

咲「うん…事情も話さずに、自分勝手に麻雀を打ってごめんなさい」ペコリ

咲「でも…皆さんがすごい本気で麻雀をしてるって事、私が昔していた麻雀と麻雀部の活動としての麻雀は別物ってこと憧ちゃんに教えてもらったから…」

咲「だから…やっぱり私、麻雀部に入りたいです」


咲が、憧以外の3人に向かってぺこりと頭を下げる。ほんの少しの沈黙の後、穏乃が咲に話しかける。

穏乃「もちろんだよ、宮永さん! これから、一緒に頑張ろうねっ!」

咲「高鴨さん…ありがとう…」

久「ふふ…宮永さん、これからよろしくね。全国…一緒に行きましょうね」

咲「部長…」



淡「…言っておくけど、サキが本気を出したからって高校100年生の私には敵わないんだからね!」

淡「だから、ちゃんとこれからは本気で麻雀してよねっ!」


咲「うん、大星さん…ごめんね、ありがとう」

憧「良かったわね、咲!」

咲「うん、憧ちゃんのおかげだよ、ありがとう!」


穏乃「ちょっと、憧ばっかりみや…いや、咲と仲良くってずるいぞ! 咲、これからは私の事も名前で呼んで!」

咲「うん、よろしくね、穏乃ちゃん」

淡「わ、私もっ!」

咲「うん、よろしく、淡ちゃん!」


久「咲、私は?」

咲「え!? ぶ、部長ですか?」


久「あはは、冗談よ、冗談」

そんななんでもないような、だけどとても穏やかな雰囲気が今の部室には流れている。

憧「とにかく、これで5人揃ったわね」


久に向かって憧が言う。その言葉に久は一息ついて、感慨深そうに遠くを見た後に一言だけぽつりと呟く。

久「やっと…始められるのね」

その声には強い力が籠っていた。



‥‥‥‥‥‥‥


正式に咲が麻雀部に入ってから少し経って、五月の二週目。

麻雀部に集まった一年生四人は久の話を聞いていた。

久「ここ数週間…みんなと麻雀を打ちまくって、私なりにみんなに合った練習方法を考えてきたわ」

淡「おぉー!」


久「正直言うと、四人とも高校一年生とは思えないような実力を持っているわ。特に、淡と憧」

久「これは、私の憶測でしかないけど二人は、今のままでも十分に全国で通用するレベルだと思うわ」

憧「そ、そう? そこまではっきり言われると少し照れるかも…」

淡「ピース!」

憧は照れているが、まんざらでもないといった様子で、淡はそんなのは当たり前だ、といった様子で、髪の毛をゆらゆらと揺らしている。

久「そして…咲と穏乃。咲も穏乃も十分に強いとは思う…けど、正直言うと今のままじゃ、全国には通用しないと思うわ」

穏乃「うぅぅ…確かに負け続きですからね…くっそー! これは、山籠もりして力を蓄えるしかないかー!」

咲「穏乃ちゃん、お、落ち着いて? まずは部長の話を聞こう?」

穏乃が今にも飛び出しそうな勢いだったため、咲がなだめる。


久「ありがとね、咲。そして、咲の言った通り、本題の練習方法についての説明はここから!」

久「今日から一週間はこの練習メニューをしてもらうわよ!」

久「まず、咲!」

咲「は、はい!」

久「咲…あなたは、憧と一緒にネット麻雀を打ちまくりなさい!」

咲「ね、ネット麻雀ですか…?」


久「そうよ。まず、あなたは幼いころに麻雀から離れているからかなりのブランクがある」

久「それと…私にはよく分からないけど、あなたや淡のいう所の能力に頼って麻雀を打っている所があるでしょう?」

咲「うっ…は、はい…」

久「もちろん、勝つために自分の力を最大限に発揮するのは大切な事よ」

久「でもね…もしも相手に咲のその能力を封じてしまうような人が居たら、咲は手も足も出せなくなってしまうわ」

咲「はい…」


久(…ま、その能力を封じてしまうような人が、私たちのチームにいるんだけどね。まだ、本人はうまく活用しきれてないようだけど…)


淡「ふふん、サキ! 能力だけに頼ってちゃダメだよ!」

咲「あ、淡ちゃんだって、いっつも髪の毛ゆらゆらさせてるじゃん!」

淡「私は、ちゃんとデジタルとオカルトを使い分けられるもーん」

咲「うっ…」

返す言葉もなく、咲は顔をしかめる。


久「まぁ、とにかく、咲にはネト麻でオカルト(?)なしの純粋な麻雀の実力をつけてもらうわ」

咲「うぅ、はい、頑張ってみます」

久「ふふっ、期待しているわ」

久「それで、憧は咲のアドバイスをしてあげなさい。一人で闇雲に打つよりも、憧のアドバイスを聞きながら打った方が上達は早いはずよ」

久「憧、頼める?」

憧「もちろんよ。たまには、私も打っていいんでしょ?」

久「もちろん、そこは憧に任せるわ」


憧「咲、よろしくね。びしばし行くから覚悟してよね!」

咲「う、うんっ!」

久「よし、咲は憧に任せるとして…。淡、穏乃! 私たちは雀荘に行くわよ!」

淡「え、雀荘!? わーい!」

淡は髪をゆらゆらと揺らして嬉しさを表す。


久「そこで待ち合わせしてる人がいるから…って、待ち合わせ時間に遅れそうだし、穏乃の練習方法については、雀荘で話すことにしましょう」

咲「え、部長たち行っちゃうんですか?」


久「えぇ、この一週間、私と穏乃と淡は雀荘での練習がメインになるから、憧と咲とは別行動ね」

咲「そ、そうなんですか」(と、という事は…一週間、私は憧ちゃんと二人っきり…って事、だよね?)

咲は、少し俯いて、赤みがかった頬をみんなに見られないようにする。

久「ふふ、咲、一週間後楽しみにしているからね」

穏乃「うぉぉー、なんだか武者修行みたいな感じで燃える!!」


そう言って、穏乃はぐっと手に力を入れている。

淡「早く行こ、ヒサ、シズノ!」

淡が久と穏乃をはやくはやくと催促する。


久「それじゃ、咲、憧、行ってくるわね。それと、あんまり集中しすぎて下校時間過ぎないように!」

咲「はい」

憧「大丈夫よ、気をつけるから」

久「うん、それじゃ、任せるわね」

そう言って、久は待ちきれなかったのか先に部室から出ていた淡と穏乃を追いかける。


憧「行っちゃったわねぇ…それじゃ、早速やりましょうか」

咲「う、うんっ!」(ほ、本当に二人っきり…)


その後、咲と憧はネト麻を始める、が…


憧「ちょ、咲! ちゃんと集中してる!?」

咲「う、うん…でも、やっぱり、実際の牌を触らないっていうのに何だか慣れなくて…」

咲(熱心に教えてくれるのはいいんだけど、そのせいか憧ちゃんすごい近くて…もう、心臓が破裂しそうだよ…)


咲は、隣に憧がいるので、顔を真っ赤にしている。

咲(それに、なんだかいい匂いするし…もう、頭くらくらしておかしくなっちゃいそうだよ…)

憧「はぁ、まさかここまでダメだとは…」

咲「うぅ…ごめんなさい。でも、なんだかいつものように牌が上手く見えなくて…」


憧「いや、普通、牌は見えないんだけどね…」

憧が至極当然の事を咲に言う。

憧「まぁ、練習あるのみね」

咲にとって、いろいろな意味での長い一週間が始まる。



‥‥‥‥‥‥


憧と咲を部室に残して、淡、穏乃、久の3人はとある雀荘に来ていた。

久「あ、靖子、ごめんなさい。遅れてしまったわ」

靖子「あぁ、私も今来たところだ。気にするな」

久「そう、それなら気にしないことにするわね」


久とパンクな恰好をした靖子が親しげに話している。

靖子が、久に近づいて、耳打ちする。


靖子「おい、私は一応プロなんだから、敬語で…」

久「あら、ここにいる二人は威厳とかそんなの気にしないから大丈夫よ」

靖子「そうか、まぁ…それならいいんだが」

久と靖子が親しげに話しているので、取り残される淡と穏乃。その状況にしびれを切らして穏乃が口を開く。


穏乃「あ、あの~、久さん。その人は一体…」

久「あぁ、ごめんなさい。この人は藤田靖子、プロの雀士よ」

穏乃「プ、プロっ!?」

穏乃は、プロと聞いて、驚きを隠せないでいる。

淡「プ、プロッ!!」

逆に、淡はプロと聞いて、目がキラキラと輝きだす。

久「ニ人も靖子に自己紹介してあげて」

穏乃「あ、は、はいっ! 私は、高鴨穏乃、高校一年生です!」

淡「私は、大星淡でーす!」


二人は高校一年生らしくフレッシュに挨拶をする。

久「それじゃ、せっかく靖子に来てもらった事だし、早速打ってみましょ」

穏乃「プ、プロと打てるんですか?」

久「そうよ、とりあえず打ってもらうわ」

淡「やったー! プロプロプロプロ~」

淡はぴょんぴょん跳ねまわっている。淡と穏乃はどうして久がプロと知り合いなのか、なぜ、そこまで親しげなのかは全く気にせずに、プロと打てるという事に興奮しているようだった。

そんな二人のうち、靖子は穏乃の方をじろじろと見ていた。


そして、穏乃に向かって一言。

靖子「穏乃…だっけか?」

穏乃「え、あ、はいっ!」

急に靖子に呼ばれ、少し身構える穏乃。しかし、靖子の口から出たのは、気を抜けさせるようなものだった。

靖子「よし、これをつけてみてくれ」

そう言って、靖子は鞄の中から、赤いうさ耳のようなヘアバンドを取り出した。

穏乃「え…?」


久「はぁ…全くこのプロは…」

久は、呆れた表情で靖子を見る。


靖子「まぁまぁ、協力するんだから、このくらいはいいじゃないか」

そう言って、穏乃にヘアバンドを渡す。穏乃は困惑した表情でそれを受け取る。

淡「いいじゃんいいじゃん! シズノ、つけてみてよ!」

穏乃「うーん、まぁ、別にいいけどさ」

そう言って、穏乃はヘアバンドを頭につける。


靖子「ほぅ…衣には及ばないがこれもなかなか…」

淡「シズノ、可愛い!」

そう言って、淡が穏乃に抱き着く。

穏乃「ちょ、お、おい、淡!」

さすがに気恥しいのか、穏乃は淡を引き離そうとする。

久「はいはい、時間もあんまりないんだし、遊んでないで麻雀うつわよ」

久がそう言って、淡と穏乃を卓につかせる。

久「それじゃ、早速打ってみましょ」

そう言って、四人は麻雀を始めた。



‥‥‥‥‥‥


穏乃「うぅ…さすが、プロだ…手も足も出なかったよ」

淡「うぅぅっ、悔しいっ!」


打ち終えた後、穏乃は燃え尽き、淡は悔しげな顔で靖子を涙目で睨んでいる。

久「どうだった、靖子?」

靖子「ふむ…正直驚いた。衣に噛みつける奴なんていないと思っていたが…もしかしたら、分からないかもしれないな」

久「ふふっ、さすが私の後輩でしょ?」

靖子「ま、お前が自慢げになることじゃないがな」

久「ちょっとくらい自慢させてよ、二年間待ちわびた可愛い可愛い後輩なんだから」


淡「麻雀の実力、そして可愛さも高校100年生の私が入って良かったね、ヒサ!」

ふふん、といった自慢げな表情で淡が久を見る。

久「はいはい、淡が入ってくれてよかったわ」


そう言って、久が淡の頭を撫でる。淡は猫のように目を細め、気持ちよさそうにしている。

靖子「あー、じゃれついてるところ悪いが、久。この子達に説明しなくてもいいのか?」

久「あぁ、忘れてたわ。そうね、それじゃ、改めて説明しましょうか」

穏乃「説明?」

久「えー、まず、二人に質問だけど、去年、長野から全国に出場した高校がどこか分かる?」

穏乃「風越じゃないんですか?」

久「そう、私もてっきり風越だと思ってたんだけどね?」

靖子「お前ら…本当に全国目指してるのか?」

心底呆れたといった風に、靖子がつぶやく。


久「実は、去年、全国常連の風越を彗星のように現れた『龍門渕高校』という高校があっさりと倒したらしいのよ」

淡「りゅーもんぶち?」

久「そうよ、そして…恐らく、今回の大会で、最も注意すべき相手なのが、龍門渕の天江衣という生徒よ」

淡「あまいこども?」

靖子「あまいこどもではない、天江こどもだ」

久「天江衣ね」

コントのようなやりとりが行われた後、久はすぐに気を切り替えて説明する。

久「私も知らなかったんだけどね、靖子が言うには…もし仮に、どの高校も飛ばずに大将戦までいったら…例え龍門渕が絶望的に負けていても、そこから逆転されてしまうらしいのよ」


穏乃「そ、その天江衣という人はそこまで強いんですか?」

穏乃が真っ赤なうさ耳のようなヘアバンドをふりふりさせながら靖子に尋ねる。

靖子「あぁ、私は、今年も間違いなく長野代表は龍門渕だと思っていたが…高鴨穏乃。もしかしたら、君ならば衣を倒せる…とまではいかずとも、喰らいつくことならできるかもしれない」

穏乃「わ、私が…?」

この悪待ち厄介過ぎるやろ…ww

靖子「あぁ、そうだ。気づいているか、穏乃は、深い山の奥の支配…つまり、そこに関する能力を妨害、無効化できる能力を持っている」

穏乃「能力を無効化?」

淡「能力を無効化…なるほど…」

淡が一人納得している。


靖子「穏乃はまだ、うまく使いこなせていないが、これからの練習次第では十分に使いこなせるようになるだろう」

久(靖子って、なんか小さい子には優しいわよね。まさか…ロリコン?)

久は靖子に疑惑の目を向けるが、靖子はそんなことは意に介さずに、穏乃と話し込んでいる。


靖子「そして、穏乃の能力を開発するためには、淡。お前のオカルトを全開で穏乃にぶつけまくるんだ。そして、穏乃の能力の強度を上げる」

淡「つまり…私がシズノを開発するんだね!」

穏乃「淡、私の開発よろしく!」


靖子「ふっ…」

靖子は満足気な顔をしている。一体何に満足したかは誰にも分からない。

久「はぁ…ダメね、このプロ」


久はあきれ顔をするが、すぐにまた、しゃんとした顔をして、穏乃の方を向いて問いかける。

久「とにかく、私たちが全国に行くためには、穏乃の力がかなり重要になってくるわ」

久「これから一週間、穏乃にとって、かなりきつい練習になると思うけど…頑張れるわね?」


穏乃「はい…私、絶対に天江衣をとめられるように頑張ります!」

そう、強く決意した目で、力強い声で久に応える。


淡「…うん、やっぱりシズノはかっこいい」ボソッ

そんな穏乃を見て、誰にも聞こえないような声で、淡がつぶやいた。

咲、憧に続き、3人にとっても長い一週間が始まる。



‥‥‥‥‥‥


そんな特訓も終わり、今、麻雀部には部員全員が集まり、麻雀を打っていた。

咲「うぅ…穏乃ちゃんいると、打ちにくいなぁ」

淡「サキ、とってもよく分かるよ! なんだか、うまく打てない!」

穏乃「ふふん、これが特訓の成果だよ!」


淡の全力全開の能力に加えて、プロである藤田、それに久と一緒に麻雀を打つことで、穏乃の能力の強度は圧倒的に上がっていた。

さらに、穏乃の能力に対抗するために、淡も自らの能力を高めていた。

久も、そんな能力者やプロにもまれ、確実に強くなっている。

咲「でも、こういう時こそ、憧ちゃんとこの一週間頑張ってきたネト麻の感覚を思い返して…能力や感覚に頼るだけじゃなくて、ちゃんと自分の頭で最善の答えを導き出す…!」

咲や憧も同様に特訓した一週間で確実に力を付けていた。

咲は、憧に確率論やデジタルといったような無駄のない麻雀を叩きこまれ、それを自分の能力と合わせ、この一週間でかなり上達した。


憧も、咲に教えることによって、基礎を見つめなおし、さらに無駄のない麻雀を身につけた。


五人は、長野予選に向け、着々と準備を進めていた。


久「ふむ…これなら、本当に全国を狙えるけど…やっぱり最後にもうちょっと詰めたいわよねぇ…」


そう言って、久がつぶやいたのと同時に、一年生四人の麻雀が終了する。

淡「ふふん!」

穏乃「くっそー!」


四人が、麻雀の結果で一喜一憂している。

久「あら、終わったみたいね。それじゃ、四人ともちょっと話を聞いてくれる?」

ぱんぱん、と、手を叩いて、四人の注意を促す。


久「みんな、長野予選がいつあるかは知っているわね?」

憧「六月の一週目の土日よね?」

久「そう、つまり、長野予選まではもうニ週間とちょっとしかないのよ」

久「それでね…みんな、予選までにもっともっと麻雀打っておきたいでしょ?」

にやり、と久は笑う。

淡「もちろん、ろんろんだよっ!」

淡がちょっとしたリズムに乗せて久に同意する。


憧「もちろん、打てるなら打っておきたいわね」

穏乃「私も、もっともっとみんなと打ちたいですっ!」

咲「わ、私もっ!」

淡以外の3人も口々に言う。

久「ふふ、そうよねそうよね! そこでね………私達、清澄高校麻雀部は合宿をしたいと思います!!」

そう言って、久は普段使いのホワイトボードを裏返しにする。もともと準備してあったのだろうか。ホワイトボードには、『清澄高校麻雀部強化合宿!』と、大きな文字で書かれ、その下に、開催日時、場所、宿の電話番号、などが書かれていた。


咲「が、合宿ですか?」

淡「わーい、合宿だーっ! 合宿合宿♪」

久「ふふ、喜んでくれているみたいで私も嬉しいわ」

久「合宿は5月最後の金曜日の学校終わりから。宿は、ここからそこまで離れていないから、6時間目が終わった後からでも、夜ご飯の時間までには宿に到着するわ」

久「急な連絡になっちゃったんだけど…予定が入っている人とかいるかしら?」

穏乃「5月最後の金土日は、元々麻雀部の練習の予定があったじゃないですか! もちろん、予定なんて何も入れてませんよ!」

穏乃が元気よく久に答え、他の三人も穏乃に同意する。


久「そう、良かったわ…それじゃ、合宿当日の金曜日は…」

その後、久が、合宿について一年生四人に説明していく。


合宿まで、後一週間とちょっとだ。



‥‥‥‥‥‥


久が、合宿について説明してから、一週間とちょっとが経ち、今日は5月最後の金曜日。清澄高校麻雀部員はバスに揺られた後、合宿場に到着していた。

久「うーん、空気が美味しいわねぇ」

久が、身体を伸ばして、気持ちよさそうに言う。

憧「いや、高校からそこまで離れてないし、そんなに変わらないでしょ」

久「もう、気分の問題よ、気分の問題!」


穏乃「わぁ、山だー!」

淡「やっほー!」

山…というよりは、渓谷と言う表現の方が正しいが、穏乃と淡はわいわいとはしゃいでいる。

久「みんなー、早速だけど、部屋に行くわよ。着いてきてねー」

久がみんなに呼びかけ、宿に入り、チェックインの手続きを済ませ、五人は部屋につく。

憧「かなり広いわね…って、雀卓が部屋にっ!?」

久「あぁ、宿の人に無理言って用意してもらったのよ」

憧「そ、そうなの」

憧は、無理を言ったら用意してくれるものなのか、と思ったが、色々面倒そうだったのでやめておいた。


咲「それじゃ、宿にも着いたし…さっそく麻雀を…」


久「ちょっと待ったー!」

久「ふふ、咲は分かってないわね…。宿についたら…まずは温泉でしょっ!」


穏乃「おぉ、温泉!」

淡「わーい、温泉温泉、いい湯だな!」



‥‥‥‥‥‥


咲(わ、わぁ…憧ちゃんって着痩せするのかな? い、意外と胸大きいな)

久の提案で五人は宿について、すぐに温泉に来ていた。今は脱衣所で、服を脱いでいる。


咲は、さっきから憧の方をちらちらと見ては、顔を真っ赤にしている。

淡「ぷぷっ、シズノまったいらー!」

穏乃「な、なにをー! 淡だって自慢できるほど大きくないじゃんか!」

淡「ふふん、私は最近、徐々に大きくなってきているからね!」


咲(…胸の話になってる。話を振られないようにしないと)

そう思い、咲はそそくさと温泉に入る。

憧(はぁ…しずったら最近本当に淡とばっか…私も、もっとしずと話したいのに…)

憧は、最近穏乃と話せていないことに不満を抱いていたが、それでも、常に穏乃にべったりの淡とそれを受け入れている穏乃の間に割って入るという事は出来ないでいた。

久「あら、憧ー、脱いだままぼーっとしてると風邪ひくわよ。早く温泉に入りましょ」

憧「あっ、う、うんっ!」

憧は、久に促され、急いで温泉に向かう。その間も、穏乃と淡は楽しげだった。


温泉は室内にある温泉と、露天、それにサウナも併設されていた。

温泉には、誰もおらず、5人の貸し切り状態であった。


淡「シズノー、髪の毛洗いっこしよー!」

穏乃「髪の毛? いいよ」

淡「わーい! それじゃ、シズノから洗ったげる!」

穏乃「うん、よろしく頼むよ」


淡「それじゃ、髪の毛濡らしまーす」

淡は、ばしゃばしゃと穏乃の髪をシャワーで濡らしていく。一通り濡らした後、淡はシャンプーを手に取って穏乃の髪をわしゃわしゃと洗う。


淡「痒いところありませんかー」

穏乃「うん、淡上手いねー」

穏乃は、淡に洗髪され気持ちよさそうに目を細めている。

淡「わしゃわしゃわしゃ~♪ シズノの頭、小っちゃくて可愛い…それに、身体もすっごく小っちゃい!」

淡はそう言って、穏乃の裸のままぴったりとくっついて、穏乃がシャンプーをされていて目を瞑っているのをいいことに、穏乃の脇腹をこちょこちょとくすぐった。

穏乃「ちょ、ちょっと淡! くすぐったいじゃんか! あ、あははっ」

穏乃は、あはははっといった笑い声をあげ、淡のくすぐり攻撃から逃げようとする。


淡「シズノってくすぐり弱いんだね」

穏乃が本当に苦しそうだったので、淡はくすぐりをやめる。


穏乃「はぁ…酷い目に合った。大体、小っちゃくて可愛いって何だよ!」

淡「えー、本当の事だよー」


そう言って、淡は穏乃の髪についているシャンプーの泡を流していく。

穏乃「わぷっ、い、いきなり流すなよ!」

穏乃が淡に文句を言うが、淡は全く気に留める様子もなく、穏乃の髪の泡を落としていく。


淡「シズノは本当に可愛いよ、それにカッコいい」

淡がぼそっと呟く。しかし、その声は穏乃に届くことなく、シャワーの音にかき消された。


淡と穏乃が、そうやってじゃれ合いながら髪や体を洗っているとき、そんな二人を見ていたくなかったのか、憧は咲に『洗ってあげる!』と言って、憧と咲もお互いを洗いっこしていた。


咲(憧ちゃんの背中綺麗だな…も、もし、私と憧ちゃんが恋人になれたら、憧ちゃんと、わ、私…///)

咲は、憧の裸を見て、顔が真っ赤になる。


咲(はぁ、私にもうちょっと胸があれば、憧ちゃんの背中に胸を押し付けて誘惑、とかできたのかな?)

そう思って、咲は自分の胸をちらりと見て、ため息をつく。


咲(…温泉から出たら、牛乳飲もうっと)

咲は、そう決意した。


そんな四人の様子を、いち早く身体を洗い湯船につかっていた久は、微笑みながら見ていた。



‥‥‥‥‥‥


温泉に入った後、食事をして、その後、麻雀を打ち、現在時刻は23:00。


バスでの移動などもあって疲れていたのだろうか、咲はうつらうつらと舟をこいでいる。憧も同様に、少し疲れ気味のようだ。

それとは、反対に穏乃と淡はまだまだ元気そうだ。

しかし、明日の事もあるから、という事で、今日はもう休もうと久が提案して、各々、布団に入り眠りについた。


そして数分後、いくつかの寝息が聞こえてきたころに、布団の一つがもぞもぞと動き出す。

淡「シズノ、シズノ…起きてる?」

もぞもぞと動いた布団の中にいた淡は、穏乃の布団の中に潜り込み、ひそひそと穏乃に話しかけた。


穏乃「淡? うん、なんだか寝付けなくって」

穏乃は、淡に答える。

淡「それならさ! ちょっとお外に散歩しに行かない? ほら、今日は星が綺麗だしさっ」


穏乃「うん、いいね…憧達は寝てるようだし、静かに外に出よ」

淡「うん!」


そう言って、淡と穏乃は布団から出て、防寒をして外に抜け出す。

淡と穏乃が外に出た後、部屋には咲と憧の二つの寝息が聞こえる。


久「…青春ね」

久は起きていたようで、布団の中で小さくそう呟いた。



‥‥‥‥‥‥


穏乃「おー、すっごい星空!」

穏乃が上を向いて、星空を見ている。二人は、木が生い茂る道を抜け、少し開けた場所のベンチに腰かけていた。


水の流れる音に加え、ほんの少し虫の鳴き声も聞こえる。

淡「ホント! あ、おっきな星見つけたよ! 大星だけに!」

穏乃「あははっ、何だよ、それ」

そう言って、二人は笑いあう。


淡「おぉ、見てみてシズノ! おっきな星三つが三角形に見えるよ!」

淡が、その方向を指さす。

穏乃「ホントだ…綺麗だなぁ」

二人は、しばらくの間、星を眺める。

春と夏の間。ほんのちょっと湿りっ気のある、少し冷たい風が二人の間を吹き抜ける。

穏乃(5月の終わり…初夏とはいえ、まだまだ寒いなぁ)

そんな事を穏乃が考えた時、淡が穏乃に話しかける。


淡「ねぇ、シズノ」

穏乃「ん、どうしたの?」

淡「シズノ…私、清澄に来て良かったよ」

穏乃「急にどうしたのさ」

淡が続ける。


淡「実は私ね、サキほどじゃないと思うけど…中学の時、麻雀があんまり楽しくなかったんだ」

穏乃「そうなの?」

淡「うん、何というか…麻雀をしてても、全然燃えてこないんだ。私の周りの子は、全然面白くなかった」

穏乃「だから、中学の時、公式戦にあまり姿を見せなかったのか?」

淡「うん、なんだか面倒になっちゃってね。それは、高校でも変わらないと思ってた」


淡「けどね…」

淡「そんなことなかった。高校には、サキが、アコが、ヒサが…そして、シズノがいた」

淡「入学式の次の日、シズノが私を楽しい場所…麻雀部に私を連れて行ってくれたんだ」

淡「麻雀部に入ってから、ヒサや、サキ、アコと一緒に居られて、とっても楽しかった」

いつの間にか、辺りから虫の鳴き声は消えており、水の流れる音だけが響いている。


淡「でもね、私が一番楽しい時はシズノと一緒にいる時だったんだ。たった2か月くらいだけど…シズノのカッコいいところ、可愛いところ、優しいところ、たくさん見てきた」

星空を見上げていた淡は、そう呟いた後、穏乃の方を向く。

それにつられるようにして、穏乃も淡を見つめ返す。

ほんの少しの、沈黙の後。


淡「そして、そんなシズノを……私は好きになりました」

普段の淡からは想像もできないような、緊張した声で、似つかわしくない敬語で、自分の気持ちをまっすぐ穏乃にぶつける。

淡「私と、コイビトになってください」

穏乃は、星空よりも純粋な淡の瞳に吸い込まれそうになる。

そして、ゆっくりと口を開く。


穏乃「私は…いや、私も、淡の事…好き」

穏乃「でも…私は、淡みたいに垢ぬけてないし…恋人がどういう関係なのか、何をすればいいのか分からない」

穏乃「それでも、淡と…特別な関係になりたい」

穏乃「淡と、恋人になりたい」


星空が二人を照らす。

淡「穏乃、嬉しいっ」

二人は、手を繋ぐ。


淡「ね、シズノ。私、コイビトが何をすればいいか知ってるよ」

淡「シズノ、目を閉じてみて」

星空に照らされる淡の鮮やかな金髪が揺れる。

穏乃「うん」

それだけ言って、穏乃は目を閉じる。

二人の顔が近づく。お互いの息遣いが分かる。

そして、二人は、ほんの一瞬だけ、唇を合わせる。

穏乃「あっ…」

その柔らかい感触に穏乃は目を開ける。目の前には、淡の宇宙のような広がりを持った瞳が穏乃を見つめている。

淡「シズノ…」

穏乃「淡…」


そして、二人はもう一度唇を重ねる。唇を通して、気持ちを重ねる。

二人の気持ちが通じ合い、離れないのと同じように、唇も離れない。

春と夏の間。星空が照らす木々の中で、二人の少女は、特別な関係になった。



‥‥‥‥‥‥


合宿2日目。今日は、朝から晩まで麻雀漬けだ。


淡「ふっふーん! 淡ちゃん、絶好調っ!」

久「本当、今日は絶好調ね」

淡「そうでしょ、そうでしょ! 淡ちゃん、どんどこずんどこぽんぽこ和了っちゃうよっ!」

淡「シズノ、褒めて褒めてっ!」

そう言って、淡は穏乃に抱き着く。

穏乃「お、おい、淡っ!」

穏乃は、昨日までとは違い、淡の過度なスキンシップに顔を赤らめている。


憧「…」

そんな二人を見て、賢い憧は気付いてしまう。穏乃の反応を見て、二人の関係に、簡単に気付いてしまう。

咲(憧ちゃん…?)

そして、咲も変化に気づく。しかし、その変化は穏乃と淡の変化ではなく、普段から見ていなければ気付かないような、憧のちょっとした変化だった。



‥‥‥‥‥‥


穏乃「あー、つっかれたー!」

淡「つっかれたー!」


穏乃がぐいーと身体を縦に伸ばす、淡もそれを真似るように身体を縦に伸ばしている。

合宿2日目、特打ちを終えたところだ。

久「ホント、打ちまくったわね。それじゃ、疲れを取るためにも、温泉に行くわよー!」

淡「おー!」


そう言って、憧以外の4人が部屋を後にしようとする。

咲「あれ、憧ちゃん、温泉いかないの?」

憧「うん。私、ちょっとここに残って、今日打った感じを復習したいから。先にいってていいよ」

咲「あ、それなら、私も一緒に復習していいかな?」


憧「…ごめん、ちょっと一人で集中したいの」

咲「そ、そっか! それなら、いいんだ。頑張ってね、憧ちゃん!」

憧(ごめんね、咲…。ただ、一人になれるのは今しかないし…外じゃ、思いっきり泣けないから…)


淡「サキー、アコー、どうしたのー」

既に、部屋から出てる淡が咲と憧を呼ぶ。

咲「あ、今行くよ!」

そう言って、咲だけが扉の方に向かう。

穏乃「あれ、憧は?」

咲「憧ちゃん、一人で今日の復習がしたいんだって」

淡「そっかー」


そんなやり取りをして、4人が部屋を出ていき、扉を閉める。部屋には憧だけが残る。

憧「私って、わがままだなぁ…」

憧は一人でぽつりと呟く。

憧「でも、もう胸が苦しいの…」

そう呟いた憧の声はぶるぶると震えていて、目には涙がたまっていた。


憧「うぐっ…ひぐっ、しず、しず…」

憧は、泣く。


憧「当たり前だよ、淡は、ぐいぐいとしずにアプローチしていたのに、私はそれを見てるだけ、何もできなかったんだから…」

憧「うぅっ…」

ぽろぽろと涙が流れる。


その時、部屋の扉が開いた。

憧「っ!」

憧はびくっと震え、泣いている姿を見られないようにするが、間に合わない。

咲「ごめん、忘れ物…」

そう言って、部屋に入ってきた咲は、その場で固まる。自分の好きな人が、ぼろぼろと泣いている姿を見て、固まる。


咲「憧、ちゃん?」

辛うじて、憧の名前を呼ぶ。

憧「ごめっ、で、出ていって…」


憧は、かすれた声で咲に言う。


咲「出て、行かないよ」

憧「え…」

咲「憧ちゃんが、何で泣いているか、理由は分からないけど…私、憧ちゃんの力になりたい」

咲「泣いている時は、一人でいるよりも、二人でいた方が辛くないから…」


咲は、ゆっくりと憧に近づく。

今にも、壊れそうな憧の心は、咲の優しさ声に、優しい言葉に耐えられない。

憧は、全ての感情を、咲にぶつけた。


憧「うぅっ、咲、咲…しずが、しずが淡に取られちゃったよ…」

憧が咲にすがるように抱き着き、涙を流す。

憧「わ、私っ…しず、しずが大好きなの、に…しずが、淡に取られちゃったよっ」

咲「…」


自分の好きな人が、自分以外の人を好きだと告白してきた。

咲は、抱き着いてくる憧を無言で抱き返す。咲は、必死で涙をこらえ、憧を力強く抱き返す。涙を流す憧を不安にさせないように、自分が泣いてはならないと唇をかみしめて、涙をこらえる。

憧は、泣き続けた。そして、咲は、憧を抱きしめ続けた。

今日はここまでにします

乙乙

咲を勇気づけた憧を慰める咲…
こういう鉄板の流れすこ


穏淡おめでとう!咲憧がんばれ!全国大会表彰式とW結婚式には呼べよな!

????「STAP細胞というものがあれば、女の子同士でも子供を産めるそうですよ」

あ、iPSから進化しとる!

この流れなら麻雀部内でカップル二組出来る中ヒッサが独り身に…。
きゃっぷとくっつけばいいか(適当)

ヒッサはたらしで校外各校に一人ずつ女抱えてるからね

原作設定持ち出すなや
たまにはお母さん的に見守る先輩らしい部長も良いだろうが

続きまだですかねえ…?

エタったな

咲憧はまだですか?



‥‥‥‥‥‥


憧「…ごめんね、咲。私、急に泣き出したりなんかして迷惑だったよね」

二人は隣同士、肩を寄り添わせて露天風呂に入っている。

憧は泣き腫らした目で、咲を見て謝罪する。

あの後、淡達が温泉から出て部屋に戻ってくる頃には憧は泣き止んでおり、淡達と入れ替わるようにして咲と憧は二人で温泉に来ていた。

温泉には咲と憧以外誰もいない。


咲「ううん、いいの。それに、これでおあいこだよ」

憧「おあいこ…?」

咲「うん。私が一番最初、麻雀部に入った時淡ちゃん達を怒らせちゃって…」


咲「その時憧ちゃん、私を励ましてくれたよね」

憧「そんな、あれは…」

咲「ううん。私ね、とっても嬉しかったんだよ」

憧「そう……」


咲「本当に…嬉しかったんだよ」

今すぐにでも自分の気持ちを伝えて憧に自分を見てほしい。そんな気持ちを咲は必死に抑えつける。今、そんな事を言うのはエゴだ。


咲と憧の間に会話がなくなり、温泉の水音だけが響く。


そんな静寂が少し流れた後に、憧が口を開く。

憧「…ありがとね、咲。咲が居てくれたおかげで少し気持ちに整理がつきそう」

咲「そっか、憧ちゃんのためになれたなら私も嬉しいよ」

憧「……」


咲も憧も虚空を見つめ、再び沈黙が流れる。そんな沈黙を咲は気まずく思う。

咲(どうしよう、また無言になっちゃったけど…憧ちゃんになんて声をかければいいか全然わかんないよ)

咲(私、ダメダメだなぁ…。憧ちゃんは居てくれてありがとうって言ってくれたけど…私、本当に憧ちゃんの傍に居ることしかできない)

咲(憧ちゃんは私が困っていた時、泣きそうになった時…優しくて、その時の私に必要な言葉をくれた)

咲(だから私も憧ちゃんのために何か…何か憧ちゃんに…)


咲がそんな考えを巡らせている時、唐突に憧が咲に話しかけてきた。

憧「ど、どうしよう、咲……」

憧の声は震えていた。温泉に来て少し落ち着いていたはずの声は、部屋で泣いていた時のようにぶるぶると震えていた。


咲「どうしたの、憧ちゃん…?」

そう言って咲は、虚空を見つめていた瞳を憧の方へ向ける。その瞳の先には泣き腫らして赤くなっている目に再び涙を溜めた憧がいた。


憧「どうしよう、咲…。私、嫌な子だ。部屋に居て麻雀してる時とか、泣いていた時は淡としずの事を深く考えないで済んでた」

憧「でも今、咲のおかげで少し落ち着いて考える余裕が出てきたら……嫌な考えがどんどん浮かんでくるの」

そう言って憧はうるんだ瞳で、すがりつくように、悲痛な声で咲に訴える。


憧「淡なんてしずに嫌われちゃえばいいのにとか、私の方が絶対にしずの事が好きなのにとか…。淡は何にも悪くないのに、大切な仲間なのに……」

憧「それなのに、嫌な考えがどんどん浮かんできて…どうしよ、どうしよう咲…」

憧「わ、私……ひぐっ、ぐすっ…ど、どうしよう…」

憧は大粒の涙を流し、あまりの心の痛みに身体に力を入れることすらできないのか咲に正面から抱き着くようにして身体を預ける。


咲「あ、憧ちゃん…」

一糸まとわぬ姿で二人は抱き合う。


咲(あぁ…どうしよう…)

咲(私…私、最低だ。憧ちゃんの肌を感じて…息遣いを感じて…髪の匂いを感じて……興奮してる)

咲(憧ちゃんのために何かしてあげないといけないのに、憧ちゃんを元気づけてあげないといけないのに…。私、憧ちゃんを慰み者にしようとしている)

咲(もっと、もっと深く繋がりたい…憧ちゃんに私を刻みたい…)


憧「咲…私、どうすればいいの…」

そう言って憧は、少し咲から身体を離してうるんだ瞳で咲を見つめる。


咲(あぁ、憧ちゃん……)


吸い込まれる。憧の瞳に、肌に、唇に、咲は無意識に吸い寄せられていく。

憧「さ、き……?」

咲「憧ちゃん……」

憧は目を見開いたまま、咲は目を閉じて…そして、ゆっくりと二人の唇が重なる。

温泉の水音も、肌に触れる温泉の暖かみも感じない。感じるのはお互いの肌の感触と息遣い、世界から二人だけが隔絶されたような感覚に陥る。

数秒か、それとも数分か、時間感覚のなくなっていた咲はゆっくりと唇を離す。


咲「……ごめん。私、最低だ」

それだけ独り言のように呟いて、咲は憧を温泉に一人残して逃げるように立ち去る。

温泉に一人残された憧は事態をのみ込めないのか、目を見開いたまま固まっていた。

はえ~


この調子で少しずつでも良いから更新シクヨロ

いいところで止めやがる
なんという焦らしプレイだ…

たまらんな

衝動的に行動して後悔する咲らしさ恋愛ですら生真面目な憧らしさ、原作と違うカプなのにキャラクター性は崩壊してないから上手いね

部長ぼっち

>>92
これね
常に誰かと絡ませてないとぼっちとかいう貧困な発想は残念の極み

はよ

次ちょうだい!

憧咲、淡穏ってだけでもレアなのに
こんだけ良いの書けるんだからエタるのだけは止めてくれよ…

こんなところで止めるなんてひどい…

ss内にないカプを持ち出したり特定のキャラを要求するような輩が湧くとエタる法則
そんなに部長と誰かの組み合わせが見たいなら部長メインss読めば良いものを余計なレスつけやがって

咲が和や照以外と絡む話は全部荒らされるのは昔から変わらんからな
渋やハーメルンも同様だし諦めろよ

いやそもそも作者自体が咲照咲和咲淡しか書かないやん?ここや渋で咲すこ書いてる人は咲オリ咲和詐欺してるしハメで咲怜全国旅書いてる人は照咲淡にしてるし。なら最初からそう書けば良いのに他咲ちらつかせて読者誘うとかクズすぎるでしょ

ハーメルンでも咲が他校行くssに清澄の大将は?ヒッサ部員足りなくてかわいそう…こんなコメを見かけるが咲は部長全国行くためだけの要員なんですかね?いや原作でも咲が鬱ってるのに部員としてフォローもしないくせに人気だけは一丁前にあって羨ましい限りですわ

ひどい

しえん

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年12月02日 (日) 15:26:52   ID: dpyHcKes

京豚が主人公じゃなけりゃ何でも低評価、可哀想に
そりゃ咲ssは衰退するわな

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