【ミリマス】コトハジメ (41)

※独自設定とコミュバレを含みます。

===

765プロ、39プロジェクトオーディション会場。
俺は机に向かって腕を組み、ぐぬぬうむむと悩んでいた。

隣では同僚でもある律子が手元の資料を眺めながら。

「それで、どっちにするんです? その子」

問いかけられてまたもムムムッ。

俺たちは今、事務所に迎える新人アイドルの合否を決めているところだった。

もう少し詳しく言うと有望人材かそうでないかの目星をつけてる真っ最中。
既に応募者たちの歌やダンスの実技テストは終了して、後は面接を残すのみなのだが。

「現段階の実力的には不十分。……でもなー、彼女ったらホント楽しそうに歌うんだよ」

「知ってます。一緒にその場で見てましたから」

「落としたくないなー。泣いてるトコとか見たく無いなぁ~」

あてつけがましい俺の態度に、律子が呆れたように嘆息する。

「プロデューサー?」

「……んっふ、ダメぇ?」

「あのですね。社長にだって言いましたけど、ウチも慈善事業じゃないですから。
そう手当たり次第に受け入れてちゃ、オーディションする意味が無いでしょう」

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そうして彼女は、歌の審査の為に同席していた千早の方に視線をやると。

「千早は? どう思う?」

「えっ!? わ、私にふるの?」

「当然でしょ。歌に関しちゃ、一応ウチで一番の御意見番だから」

突然意見を求められて、千早は心底驚いたようだった。
思わず俺を見るものだから「頼む!」と両手を合わせてみる。

「私は……歌を楽しく歌う人に、悪い人はいないとそう思うわ」

「だ、そうだぞ律子?」

「誰が善悪の話をしてますか。モノになるかどーかの意見が聞きたいのよ!」

バシッと机を軽く叩き、「全く二人ともこれだから!」と言わんばかりに露骨に眉根を寄せる律子。


「この矢吹って子に将来性が有るか無いか。大切なのはソコよ、ソコ」

「だからさ、その辺も含めて次の面接を見ようじゃないか」

すると千早も俺の言葉に頷いて。

「そうですね。技術が拙いということは、その分の伸びしろがあるとも言えるワケだし……」

「おっ、ほれみろ律子。千早先生の太鼓判だぞ」

「……プロデューサー。私はただ、一般論を述べただけです」

千早が茶化さないでくださいと首を振る。

律子はまだ納得できていないようで、件の応募者とは違うもう一人のプロフィール資料を手に取った。


「それでも枠は限られてるんですから。私的には、こういう即戦力になりそうな子をもっとですね」

「そりゃ、優先的に採用するべきってのは俺も分かってるんだけどさ……」

渡された資料を眺めてみる。
それはさっきの矢吹って子とは比べ物にならないほどの好成績。

……と、いうか本日のオーディション組では殆ど一番に近い点数を取っていた子の物だった。

「ゆくゆくは――なんて、悠長には言ってられませんからね。
なるべく早く39プロジェクトのメンバーだけでシアターを黒字にできなくちゃ」

「くっ、なら採用枠を増やしてくれ……!」

「だったら外回りのたびにスカウトして帰るのを止めてください」

俺は律子から見事なカウンターを貰って机の上へと突っ伏した。

と、そのタイミングで部屋の扉がノックされる。


「どうぞー」

呼びかけると、入って来たのはモデルのように目を引く美人な女の子。

噂をすればというヤツで、彼女は律子が言うところの最近スカウトした事務所の新メンバーだった。

……所恵美。まだデビューをしてない彼女には、
今日のオーディションの裏方を手伝ってもらっている。

「あのさ。そろそろ休憩あける時間だけど、面接ってすぐに始めるワケ? ……さっき廊下で訊かれてさ~」

「おっと、もうそんな時間か。……控え室の空気はどんな感じだい?」

「控え室? うーんとね……」

訊くと、彼女は思い出すように腕を組んで。


「やっぱ、それなりにみんな緊張してるって感じだった」

「そうか……。まぁ、そうだろうなぁ」

俺だって進学や就職の面接前はガッチガチに緊張してたもんな。
「分かるなぁ」としみじみ呟く律子に続き、恵美も小さく頷いて。

「うん。あーいうの見てると、アタシもなーんか緊張して来ちゃうんだよね~。
……だからさ、プロデューサー」

「ん?」

「アタシにできることってナンかない?
裏方仕事もいーんだけど、もうちょっと人の役にもたてるような」

そう言った恵美に千早が訊く。

「人の役にもたてること……。所さんは何をしようと?」

「何って言うか単純に、緊張をほぐせるようなコト? ほら、これから面接やるんだし、
あんまり緊張し過ぎててマトモに話せなかったりしたら可哀想じゃん」

けれどもだ。恵美には悪いがその緊張にどう対処するかもアイドルをやっていくには大切で。

案の定、隣の律子が「でも恵美。オーディションにしろ舞台にしろ、
アイドルの仕事はある意味こんな緊張の連続なの」と俺の意見を代弁する。


「……ん、けどさ。そういうのをどうにかしようとする時に、仲間の力って役立つでしょ?」

言って、恵美は俺たちのことを順番に見た。

その顔は少々臆していながらも、伝えたいことはしっかり決めているといった決意も秘めた顔をしていて。

「アタシが765に誘われて、アイドルやってもいっかなって思ったのはさ。地元の友達に後を押されたのもあるんだけど、
765(ココ)がそういう"仲間意識"ってのを大切にしてる事務所だってコト、事前に知ってたからなんだよ」

照れ臭そうに話す恵美。……まぁ確かに、彼女が言う通り765プロって事務所は
業界じゃ異端と言えるほどアットホームな事務所ではある。

決して慣れ合ってるってワケじゃないが、入社して間もない恵美がこんな風に、
上司や先輩である俺たちに忌憚なく意見が言えるのは分かりやすい証拠の一つだろうな。

「だからさ、これに受かったら晴れて仲間になるワケだし。今から応援エールの一つ二つ」

すると千早もしばし考えるような素振りを見せ。

「あの、プロデューサー」

「なんだ?」

「確かに所さんが言う通り、仲間の力は大きい物。
……事務所に入ったばかりの頃ならいざ知らず、今の私には理解できます」

そうして彼女は強い決意を表すように拳を握ってこう続けた。


「ですから私に、これから歌を歌いに行く許可を。
確か、機材はココにありましたよね? 音楽の力で緊張をほぐしてみせますから」

「それって千早とアタシが協力して、全員参加の即興カラオケ大会開くってこと? ……いいじゃんっ♪」

「待て待て待て。確かにカラオケセットもあるにはあるが、千早は面接官の一人だろ?」

「っていうか三人とも、どうしてカラオケをすることが決定のように振る舞って――じゃっなーいっ!!
その面接を始めなきゃって話が先! 予定時間に開始できなきゃできないほど、待ってる方は辛いんだから」

結局、律子が締めて話が終わる。

「全く途中まではまともな話だったのに……」とぼやく彼女に頼まれて、
最初の面接者を呼びに行く恵美を俺は「あ、待った」と呼び止めた。


「恵美、さっきの提案なんだけど」

「提案?」

「緊張をほぐしたいってアレさ。嫌じゃなけりゃ、しばらく控え室で雑談しててくれないかな」

すると振り返った彼女は怪訝そうに首を傾げ。

「別に雑談するのはいいけどさ。何の話するの? 今日の天気なんて言わないでね」

「それこそ765プロの話でいいよ。質問なんかに答えたり……現時点での恵美の持ってる印象とか」

「……そんなんでいいの?」

「そんなんだからいいのさ。日は浅くたって恵美は立派な先輩だろ?
それに恵美の気さくな人柄は、いるだけで緊張をほぐす優れものだ」

少し大げさ過ぎるかもしれないが、言った言葉に嘘は無い。
彼女の方もこちらの言いたいことをなんとなく察してくれたようで。


「……ん、分かった! 任せといて」

にゃははっ、と明るい笑顔を残して去っていく。
しばらくすると、再び部屋の扉はノックされた。

「どうぞー」

面接の開始。呼びかけて入って来た少女の顔は心なしかリラックスしてるように見えた。

……一人目の面接を終えて律子が言う。

「あの子、いい感じに緊張が抜けてたみたいですね。……これも恵美のお陰かしら」

「フフン、俺が見つけて来たんだぞ。人を見る目は確かなのさ」

そうして得意になった俺の前で、二番目にやって来た面接者が自己紹介。

「や、やぶきっ……か、かにゃっ! 矢吹かにゃです! じぅ……よっ、4歳です!」

……4歳? カミカミな少女の言葉で疑問符が頭の中に浮かぶ。隣で律子がフッと笑う。

「でもまぁ、過信するにはまだ早いようですけど」

「そ、そこがまたカワイイじゃないか」

「二人とも私語は謹んで。それじゃあ矢吹さん、私から質問なのだけれどさっき口ずさんでいた歌は――」

===2

「だから私は、ココでアイドルになりたいんです」と締めくくった少女の瞳は燃えていた。

それも轟々と赤く音を立てるような炎ではなく、静かに青く燃え続ける確かな強さを持った火だ。

……面接はあれから驚くほど順調に進んでいた。

今で全体の三分の二が終わったところだが、二番手だった緊張しいの矢吹さんを始め、
やはりこうして面と向かって話をすることで分かる魅力というものが確かにある。

だからと言い訳するつもりはないのだけど……。

「もう一度改めて言いますけど、ちょっと人数が多すぎます」

「うっ」

「あの矢吹可奈って子を始めにここまで採用候補が十人以上。
39プロジェクト全体の採用枠は一体何人でしたっけ?」

「……それは、39人です」

「で? さっきの北沢って子も採用するつもりなんですよね」

片手に持ったプロフィールの紙をパシッと叩き、律子が俺のことを睨む。


「いや、でも、あの子はだいぶ逸材だよ? 声に強い力もあるし、ルックスだって申し分ない」

「それでもダンスの成績がすこぶる悪い。これなら、同じ条件でももう少し踊れる別の子の方が――」

「うぅ、だけど律子ぉ……」

「情けない声上げたってダメなものはダメですってば。大体プロデューサーがこの子を推す理由も、
彼女が言ってた母子家庭だっていうのが引っかかった部分が大きいでしょ」

図星だ。それが全てというワケじゃないが、14歳で家庭を助けるために仕事をしたいと言った
彼女の動機が俺の心を強く揺さぶったのは事実だった。

思わず視線を逸らせると、今度は千早と目と目があう。

「……なにか?」

「違う、違うんだ! 俺は決して哀れむだとかそんなつもりは――」

言い訳する俺に千早がやれやれといったため息をつく。

「分かってます。それだけの理由でアナタが簡単に合格を出したりしないことは」

すると、律子が問いかけた。

「でも千早。プロデューサーの採用基準は甘々よ」

「だったら、私が少し付け加えるわ。彼女――北沢志保には強いハングリー精神があると思うの」

「まぁそれは……。目力は半端じゃなかったし、やる気も人一倍感じられたわね」

「そうだろうそうだろう? 千早、もっと言ってやってくれ!」

「律子を説得したいのなら、プロデューサーは黙っててください」

ピシャリと千早に言い切られ、俺はお喋りなお口のチャックをしめた。

……と、同時に部屋の扉がノックされる。


そうだ。まだ面接する必要のある子は残ってる。

「千早、この話は一先ずお預けね。……どうぞ!」

律子が扉に声をかけ、現れた面接者は実に平凡な少女だった。
いや、平凡と言うのは少し違うか。彼女の場合はもっとこう――標準?

「改めまして、田中琴葉と言います」

聞き取りやすい通る声に、多少の緊張はあるものの随分しっかりとした受け応え。

このオーディションを受けることになった経緯から、
これまでの生活を通しての自己PRまでそつなくこなす彼女はまるで……。

まるでそう、『絶対受かる面接術!』なんて教習ビデオに登場して、
"良い例"を披露する役者のような優秀さだ。


実際、演劇部に所属しているという彼女は人前で発言すること自体慣れていたんだろう。

その堂々とした立ち振る舞いに隣の律子はご満悦。
千早も特に悪くは思って無いようで。

「安定感がありますよね。彼女の歌もそうでしたけど」

……その一言で思い出した。俺が矢吹さんを推した時、
律子から渡された成績優秀者のプロフィールは他ならぬ彼女の物だったじゃないか!

「これは自慢じゃないですけど。私も人を見る目にはすこーし自信がありますから」

ぬぐぐ、おまけに律子には小声で自慢される。

だが目の前の田中って子が逸材なのは間違いない。
初めに彼女が地味というか、一見平凡に見えたワケも今は分かる。

なんてことはない、彼女は高水準だっただけなのだ。
全体が高いレベルでまとまってるせいで突出した部分が見えにくいというアレだ。


「特長がないのが特徴」だと、誰かの言葉を思いだす。ああ、全くその通り。

「小さな頃から演劇や舞台は好きだった。芝居やミュージカルに惹かれ、
自分でも感動を生み出す側になりたかった……ですか」

「でもそれなら、どうしてアナタは劇団じゃなく765プロに?」

俺と律子の質問に、田中さんはステージ上で輝くアイドルへの憧れを語ってくれた。
……確かに彼女が言う通り、今のご時勢アイドルが役者として舞台に立つことは珍しくない。

今日だって、彼女と同じような理由で面接を受けた子は沢山いる。

「それで、オーディションは友達と?」

「はい。街で39プロジェクトのポスターを見て盛り上がって」

「応募してみれば――って流れね」

「そうなんです。『琴葉なら絶対大丈夫だから』って……」

これもよくある「友達と一緒に」とか「友達が勝手に」ってパターンだ。

まぁ、彼女の場合は一人になって改めて考えなおした後、
自分の意志でオーディションに応募したそうだけれど。


「それから演劇部の先生や両親にも話をして……。みんな、頑張れと送り出してくれました」

友人たちには応援され、大人の理解も得られている。

正直な話、芸能界なんて博打みたいなものだから。

実力はあっても基本は伸るか反るかの運任せ、
合格を伝えた後で親から「やっぱダメ」なんて言われることも無くはなく。

「最上さんトコもなぁ……これぐらい頭が柔らかけりゃ」

思わず呟き、遠い目。

まあそういう場合は大抵子供が内緒で応募してるパターンなんだけどね。……いかん、話が逸れた。

「だから……みんなががっかりしないように、絶対、合格しなくちゃ……」

ついでに田中さんの小さな呟きも聞き逃してしまうところだった。

その時僅かにそっと伏せられた視線、一瞬浮かんだ影はすぐに
「それでは面接は以上になります。ありがとうございました」と、上機嫌な律子の言葉で掻き消された。

取り急ぎここまで。今日中には終わります

>>12訂正

○正直な話、芸能界なんて入る前から博打みたいなものだから。
×正直な話、芸能界なんて博打みたいなものだから。

===3

オーディションが終われば、次にしなくちゃいけないのが誰を合格にするか決めることだ。

基本はプロデューサーである俺と律子に決定権があるワケだが、今回は特別に、千早にも一人分の選択権があった。

「それで千早は矢吹さんか」

「はい。……確かに、彼女の歌はお世辞にも上手いとは言えませんが――」

「いやいやいや、上手いとか下手とか以前の問題よ。アレは。壊れたマイクじゃないんだから……」

「でも律子。今日オーディションを受けた人の中では彼女が一番歌を理解していたわ」

律子の言う壊れたマイクのように音程も音量も滅茶苦茶な、要するに"音痴"な矢吹さんだったが、
彼女は自分の歌が下手なことに対するある種の開き直りを感じさせるほどの"楽しさ"を表現して見せた。

それは審査する俺たちに、心の中で思わず「頑張れ」と応援させてしまうほどの強い魅力を放っていて。

「まあ彼女が歌ってる姿はのびのびと……随分楽しそうだったな」

「プロデューサーまでそうやって千早の肩を持つ。……ふん! どうせ私はいつでも少数派、悪者ですよー」

「律子、こんなことぐらいで拗ねるなよ……。だけど楽しそうに歌うって言うなら、ほら、千早、あの人だっていたじゃないか」


「もしかして、プロデューサーが言うのは北上さんのことでしょうか? ……和三盆の」

「そうその人だ、和三盆の!」

「ちょおっと待ったプロデューサー殿。彼女なら私がまず推薦します。
……ちょっと変わってる人だけど、歌もダンスも今日見た中じゃ一番の出来栄えでしたから」

言って、律子は本日最も高い成績を出した女性のプロフィールを手に取った。

「それに見た目も美人だし」

「子供っぽい愛嬌のある美人か……確かに、これは売れる匂いがする!」

ちなみにこれは経験論。我がプロダクションにはちょっとお茶目な大人の女性、
ドラマにグラビアに大活躍の三浦あずささんというお方がおりましてねっ!


「プロデューサー。また鼻の下が伸びてますよ」

「あっ、そーだったそーだった忘れてたわ。この人ってば大人の女性が好みだっけ?」

「違う! 大人でありなおかつ包容力もある女性だ。
……くっ! ウチの事務所はいつの間にかおこちゃまのたまり場になってるから……!」

刹那、律子のチョップが俺を襲う。千早が俺を見る冷ややかな目にも
「誰がお子様なんですか?」という深い抗議の色が見える。

「それじゃあ年増殺しのプロデューサー殿は一体どなたをご推薦で?」

「嫌味だなぁ。……けどほら、俺が選んだのは彼女だよ」

そうして俺は例の頑張る14歳、北沢志保のプロフィール資料を選び取った。


途端、千早と律子は顔を見合わせ「ねえ律子。以前から思っていたのだけれど、
プロデューサーの言動はもしかしてただのファッションなんじゃ」

「……ありうるわね。口では迷惑がってても、亜美や真美たちの悪戯に毎度付き合ってあげてるし」

「でしょう? そこに来てまたこんな子を――」

「ロリコンだって公に言って回らなくても、こんな風に行動の端々から滲み出ちゃってる物なのかしら……」

――なにを言ってるんだこの娘(こ)たちはっ!?

「あっはっはっは、待ちたまえよ? 俺は断じて決してロリコンだけでは無いからな」

「え゛っ……じゃ、じゃあもしかしてプロデューサーはマザコン?」

「ショタコン?」

「もしかしたら全部のミックスかも」

「まっ、待て待てやめろ! 俺はシスコンでもブラコンでも
ファザコンでも何でもない、ただ純粋に彼女の魅力に惹かれたんだっ!」

すると千早たち二人は声を合わせ。

「ほら、ロリコン」

「ちっがーうっ!!」


……なんて調子で俺たちは採用する子を選んで行く。

やり取りこそ軽口の応酬みたいだが選考基準は実に厳しい。
実際、二十数人にまで膨れ上がっていた採用候補も最終的にはたったの七、八人にまで絞り込んだ。

「……で、この子をどうするかなんだよなぁ」

机の上のプロフィールを見つめる俺たちの表情は真剣だった。
現段階で既にもう、予定していた合格人数を三人ほどオーバーしている状態で。

「悩む必要があるんですか?」

その膠着を破ったのは千早。
彼女はプロフィールに書き込まれた実技テストの評価を指し。

「成績は北上さんに次いで二位。面接もそつなくこなしていて、初対面の人前に立つ度胸だってある」

「そうね。千早が言う通り即戦力なのは間違いないわ」

「だったら――」

「だからこそ決めかねてるんだ。……千早、彼女の印象どう思った?」

自分の言葉を遮った俺に、千早がその訝し気な視線を向ける。

「どうって……。殆ど素人の人にしては随分安定しているな、と」

「律子は?」

「真面目、秀才、優等生。おまけに凄く礼儀正しい。
……今振り返って考えれば、これ以上ないほどの面接のお手本ってトコですかね」

「……二人とも、それの何がいけないって言うの?」

千早はともかく、どうやら律子は俺と同じ意見のようだった。
なんて説明したものかと思いつつ俺は静かに口を開く。


「いけないことは無いんだけど、余りにソツが無さ過ぎる。
アイドルってのは、もっと何かしら強いフックを持ってなくちゃ」

すると俺の意見を引き継ぐように律子が千早にこう言った。

「例えばほら、千早は矢吹可奈ちゃんに惹かれたじゃない」

「ええ」

「アレ、千早は彼女のドコに惹かれたワケ?」

「それは……、もちろん歌よ。今はまだ未熟な彼女がキチンとした物になった時に、
あの弾けるような歌声がどんな風になるかが知りたくて」

「でしょ? ちなみに、私が北上さんを推した最大の理由は彼女の予測不可能さなの。
次に何をしでかすか分からない、ビックリ箱みたいな性格は見ている人を飽きさせない」

「……なら、プロデューサーも?」

「俺が北沢さんを選んだのはプロの匂いがしたからだよ。あの年でもう、
彼女は責任と責任感の違いを分かってるように見えたからね。
……おまけにおっかないほどの貪欲さは、どこの世界でも武器になる」

そうして俺は机の上の資料へと視線を落とし。

「だけど彼女――田中琴葉にはソレが見えない。いわゆる人に抱かせる"期待"がさ」

「人に抱かせる、期待……」

「そうよ、プロデューサー殿の言う通り。……おっちょこちょいなあの春香を間近で見て来た千早だったら理解できない?
アイドルっていうのはファンにとっての神様じゃない。自分自身を重ねながら、一緒に成長できる対象なの」

律子の言葉に頷くと、俺は残念な気持ちでこう続けた。


「田中さんは確かに優秀だよ。でも初めから完成されてる"優等生"じゃ
将来性にも期待できないしファンも自分を重ねられない。応援の幅も狭いからね。

……即戦力は惜しいけれど、後々の伸びしろを考えればこれは彼女の為でもある」

千早が怪訝そうにその眉をひそめ、「どういうことです?」と訊き返してくる。

俺は田中さんの資料を眺めながら。

「……これは、俺の勘だけどね。彼女は今日のオーディションに落ちたって、
その優等生っぷりから『しょうがないな』と諦めきれちゃう良い子なんだよ。

もう一度挑戦しようと思う前に、ああ、自分には無理だったって」

答えた後で、それでも俺は考えていた。キッチリとした丁寧な筆跡で書かれた無色に見えるプロフィールは、
確かに面接で披露された理路整然とした彼女自身を表しているように思えるけど……。


実を言うとアイドルになるのは簡単なのだ。

オーディションの中で上手く踊り、上手く歌い、上手い具合に夢を語り、
そこそこのルックスさえあればそれなりの確率でどこかの事務所には潜り込める。

つまり今回、件の田中琴葉はその潜り込むためのハードルを易々と超えた位置にいた。

けれども、そうして始めたアイドル活動にも当然のようにリスクはある。

それはスキャンダルだったりタブーだったり様々な形をしているが、
最も身近に存在し、なおかつ最大の脅威となるのは自分自身の夢を『諦めること』だ。

「努力をしたのに報われない」
そう言って業界を去っていくアイドルたちをごまんと見た。

「才能が無かった」と夢を捨てた人間も多く知っている。
中には周囲で支えるスタッフに「お前らのせいだ」と捨て台詞を吐いて消えた者も。

……今となっては昔だが、そうした流れはかつての765プロだって例外じゃない。

ただ勘違いしちゃいけないのは、彼または彼女たちも人並みの努力はしてた事実。
中には人一倍頑張っても目が出なかった人だっていた。

そういう子たちは長い長い下積みの間でついには心が擦り切れて、いつしか"夢を見る"そのものを諦めてしまう。

大切な時間を無駄にしたと、憎しみの心を持つ子だっている。


そう、本当に難しいのはアイドルになることじゃなくて、アイドルで居続ける方なのだから。

「取り返しがつかない心の傷を作る前に、諦めさせるのも優しさだよ」

まだ俺が765の新人だった頃に、現会長から言われたこの言葉の通りに今回も動くべきか否か……。

田中さん、彼女がただの"優等生"だった場合。
例えこのまま合格させたとして、その先に待っているのはまず間違いなく地獄へと向かう道だろう。

スタート時にこそリードがあれ、強みの無い彼女はそのうち同期に置いて行かれ、
先輩たちとの差も縮まず、最後は後輩にすら追い抜かれる。

……そんな状況になってもまだ、彼女は優等生らしく周りを憎むこともせずに、
大丈夫だと夢を見続けられるものなんだろうか?

===4

「まあ十中八九の確率で、私は無理だと思いますよ」

律子が同意し、俺もその言葉に頷いた。千早だってそうだ。
だから今回、彼女は落とす方向で合否の話はまとまった。

……それと同時に、今回採用する者も。

これが金のある大手事務所なら、
この後で盛大な合格発表会の一つ開いたりするものなんだろうけど。

貧乏な我が765プロじゃあそれは無い。

今日いた応募者の殆どだってもうとっくに会場から帰してるし、

この時の俺はこの場に残っているのも後片付けのスタッフと
自分たちぐらいのものだと思ってた。そう、思ってたんだ。


だから三人で廊下に出た時に、自販機の近くで談笑する彼女たちの姿を見つけて驚いた。

「プロデューサー、あの子たちは……!」

それは千早も同じだったらしい。

会場管理者との話がある律子は早々にこの場を後にしたが、

後は事務所に戻るだけだった俺と千早はどうしても
彼女たちの前を通らないと出口にも行けない状態で。

「おっ、プロデューサー!」

こちらに気づいて手を振る恵美。

その傍に置かれた休憩用のイスには彼女の他にまだ二人
……いや、三人の少女が座っていた。

「この子たちがさ、プロデューサーに用があるって。
折角仲良くなったから、アタシお喋りしながら待ってたんだ~」

一人は今回、俺たちの話題に散々出て来た矢吹可奈だった。
もう一人も……そう、こっちも話題の中心だった田中琴葉が座っている。

そして、最後の一人は今日のオーディションじゃ見てない顔。


「君、どうしてこっちの会場に?」

「……事務所に行って尋ねたら、アナタはこちらにいると言われたので」

「音無さんじゃダメだったかい」

「ダメです。直接アナタに渡さないと……私の夢がかかってるコトですから」

強い意志と決意を秘めて俺に向けられる切れ長の目は、まるでかつての千早を見るようで。

……最上静香。鋭い刃物のような少女は今、馴れ合いなど御免だと
言わんばかりのヒリヒリとした雰囲気を学生服の上から纏って座っていた。

とはいえ、そんな少女の発する空気も恵美には関係ないらしい。
彼女はにゃははと柔らかい笑いを浮かべると。

「可奈は千早に用があって、静香はプロデューサーに用事だって」

「矢吹さんは私に?」

説明された千早が小さくその首を傾げて俺を見る。
こっちの用事は見当がつくが、矢吹さんが千早に? なんだろうな。

「あっ、あの! 如月千早ちゃ……さん!」

なんてことを思ってる間に、矢吹さんはイスから立ち上がるとおずおずと千早の前へと移動した。

その顔はのぼせたように赤く染まり、緊張の度合いも面接時と同じかそれ以上。

「わ、わわわ私! 矢吹可奈、ですっ!」

「え、ええ。知ってるわ……。今日のオーディションでも会ったわよね」

「はひ! そ、そうです、そうです、そうなんです。……それで、その、私、実はぁ……」

「……もしかして、私のファン……だったり?」

千早に優しく尋ねられた矢吹さんは次の瞬間、建物を震わせるほどの大きな声で
「そうです! ファンです!! 凄くファンですっ!!!」と興奮しながら返事をした。

あまりに大きなその声に、俺たちは呆気に取られてしまったほど。
……声量だけならトップレベルのアーティストとだって勝負ができそうな勢いだ。


「私、765プロの皆さんが大好きで! 今回のオーディションもソレで応募して!
中でも千早さんと春香ちゃ……さんが好きだってことを恵美さんに話したら――」

「アタシがね、ちょびっと待つことになるけどさ、
千早ならサインぐらいオッケーしてくれるよって言ったの。可奈にっ♪」

「ああそれで。……もちろんいいわよ」

「ホントですかっ!!?」

「ええ、ファンは大事にしないと」

可奈と恵美から経緯を聞いた千早はすぐに快く微笑むと、俺に向かって
「ですよね、プロデューサー?」とからかうように訊いて来た。

一昔前の尖っていた千早からは想像もできない姿だが、
彼女の成長を感じられるのはプロデューサーとしても感慨深いものがある。

「え、えへへ。色紙が無いから、キーホルダーになっちゃうんですけど」

「ならマジックも借りて来なくちゃ。……プロデューサー。私、矢吹さんを連れて――」

「ああ、行って来たらいいさ」

許可を出すと、大喜びする矢吹さんに恵美と田中さんが
「やったね可奈!」「良かったね、可奈ちゃん」とそれぞれ笑顔で声をかけた。

どちらも素敵なスマイルだ。これをステージの上で見せられて、
魅了されない人間が果たしてこの世にいるだろうか?

……なんてことをついつい考えてしまうほどの。

「あの……サインの話が終わったなら――」

「あっ、悪いけど最上さんは少し待っててね。ちょっと恵美に訊きたいことがあるんだ」

「へっ? アタシにって……なに?」

自分の用事を切り出そうとした最上静香を遮って、俺は恵美を傍へと呼びつけた。

理由はもちろん、ここに例の田中琴葉がいるワケを知りたかったからだ。


「あの子、恵美の知り合いだったのか?」

「ううん。今日初めて会ったトモダチだよ? 控え室の雑談で知り合ってさ~。
アタシがプロデューサーたちを待ってたから、この後初遊びってことで一緒にファミレス行く予定なワケ」

「じゃあまったくの初対面じゃないか! ……それにしちゃ、なんだか随分馴染んでるな」

そう、実はそうなのだ。千早が矢吹さんの相手をしていたその影で、
恵美たち二人も仲良くなにかを話しているのは見えていた。

俺は彼女たちの距離感の近いやり取りに、二人はもともと
知り合いだったんじゃないかと考えたってワケなんだが……。

「すみません。あの、私がいるとお邪魔でしたか?」

訊いて来る田中さんの表情は、面接の時とそれほど変わらない。

「いや、そういうワケじゃないんだよ。二人とも随分仲良しに見えたから、
俺はてっきり知り合い同士だったのかと……」

すると田中さんは恥ずかしそうに顔を伏せて。

「あっ……じ、実は、恵……彼女には、控え室で待ってる間に色々と質問させてもらってたんです」

「質問を?」

ああ……そういえば恵美には、そんなことにも答えてあげてくれと頼んで行かせた覚えがある。

「はい。765プロの雰囲気だとか、実際に入るとどんなお仕事から始めるのか……なんてことを」

「そうそう聞いてよプロデューサー。琴葉ってね、スッゴク勉強熱心なの。
何でもアタシに聞いて来て、おまけにアタシの話もなんでも真剣に聞いてくれて――」

「だ、だって、本番にはなるべく準備を完璧にしてから挑みたいから。でないと……不安にならない?」


そう言って、自信なさげな表情で恵美を見つめる田中さん。

それは彼女の面接時、俺が一瞬だけ見ることのできた不安げな表情とピッタリ一致して――
この瞬間、俺はうっかり見過ごしていた大きな違和感を思い出したんだ。律子の言ってた言葉が蘇る。

『今振り返って考えれば、これ以上ないほどの面接のお手本ってトコですかね』

……なんてこった。俺は馬鹿だ。よくよく考えてみるまでも無く、
もっと早い段階で彼女の不自然なまでの優等生っぷりに疑問を持つべきだったんだ。

と、同時に「アンタ、今さら気づいたワケ? そんなこと最初から分かりきってるじゃない」と
聞き慣れた小憎たらしい甘い声が脳裏に響いた気もするが。

だとすれば、ここで確かめなきゃマズい――面接で見た彼女の姿は
"面接者役"になり切った彼女だったんじゃ?――という疑問の真実をだ。

「……なら田中さんは、いわゆる完璧主義者ってやつなのかな?」

「えっ? ち、違います! 私、そんなに出来た人間じゃ……」

「んん? なら、君は結構だらしないの?」

「だ、だらしないかと言われれば……そう、なのかも。夜中にどうしても我慢が出来なくなって、
ベッドに寝ころんだままアイスを食べたりする夜が、たまに、あったりなかったり……うぅ」

そこまで答えて、恥ずかしいのか耳まで赤くなった田中さんを
恵美が自分の影へと移動させた。ちょうど俺から彼女を庇う形だ。

だけどこの反応が全てを裏付けた。

田中琴葉と言う少女は決してただの"優等生"では無かったと、それに――。

「はいはいストッププロデューサー。琴葉スッゴク困ってるじゃん!」

「わ、悪い。困らせるつもりは無かったんだが……」

「い、いいの恵美。アドリブに弱い私がいけないだけなんだし……」


だがこの時、今までジッと黙っていた最上静香が立ち上がった。

「あの、お喋りするだけなら先に私の用事を済ませてもらってもいいですか? 私には時間がないんです」

その声と表情には少しの苛立ちが見て取れた。
彼女はチラリと田中さんを見ると、そのまま視線を俺の方へと移動させ。

「書類、揃えてきましたから。今度はキチンと父も説得して――中学を卒業するまでなら、と」

学生鞄から書類の入ったファイルを取り出し俺に向かって差し出してくる。

「これ、正真正銘父の文字です。いつかの偽物じゃないですから、
今ココで家に電話するなりなんなりして確認してもらったってかまいません」

途端、俺は彼女の言う"いつか"の光景を思い出した。

呼び出されて向かった重苦しい最上家の食卓。
迂闊に口を挟んだせいで壮絶な親子喧嘩が勃発してしまったあの日のこと……。

「いや、うん。だけど、それには及ばないかな……。君のお父さんから書類のことは聞いてるから」

「……はぁ?」

しまった、これが迂闊な一言だ。……少女の眼光がみるみるその鋭さを増し、
俺はまるで針のむしろに座らされてるかのような居心地の悪さに包まれる。


「うん、だから、さ。期限付きでのアイドル活動を提案したのが俺なんだよ。……ほら、この前は君に酷い迷惑をかけたから」

「なっ、なにを勝手なことをしてるんです!? それじゃあ、父が私の説得を素直に受け入れたのは――!!」

だが、この弁明は少女の怒りをさらに激しくさせただけだった。

裏で大人たちが密約を交わしていたことを知った少女は声も上げられぬほどに激高し、
鞄を抱きかかえたまま乱暴にイスへ腰を下ろすと。

「こんな風に合格を許されても……最低……!!」

それは喜びを吐き捨てるように。

「うえぇーっ!!? わっ、私、今日のオーディション受かってるんですかぁっ!!?」

そして、同時に遠くから聞こえて来た大きな叫びも喜びの声。
……千早め、口を滑らせたな。おまけになんてタイミングで重ねるんだ!

「プ、プロデューサー? ねぇちょっとさ……」

少々遠慮がちに呼びかけられ、俺と恵美の視線が合う。

彼女がこの場を包む険悪なムードを塗り変えたいと思っているのは明らかで、
そのために俺が協力できる方法はたった一つしか残されてない。

「や、ヤター! し、静香も可奈も受かったんだね~」

「あ……ああ、まぁ……そうだ! 二人ともオーディション合格だ。二人ともこれから同じ765プロだ!」

「お、おおー、ホントに? 友達が二人も受かったから、あ、アタシもなんだか嬉しいなぁ~……」

だが恵美よ。この方法には逃れきれない欠陥が――。


「……でさ、琴葉は?」

尋ねた恵美の目が言ってる、「この琴葉だもん。当然受かってるよね? ね?」と。

そうして自身の名前が出た途端、恵美の後ろに隠れていた少女は気の毒なほど飛び上がった。

その顔からは既に血の気が引いていて、世界中の悲痛を一身に集めたかのような様に見える。

「た、田中さんは……その」

それでも俺は、彼女の合否に関してどうしても言葉を濁すしかないワケで。

「い、いいんです! ……それ以上は、言わなくったって分かります」

だけどよほど察しの悪い人間でもなければすぐに結果は分かるワケで。

「……だけど、みんなにはちゃんと謝らなくちゃ」

 してまた、彼女が見せた一瞬の違和感。……今度は見過ごしたりしない。
寂しさと、それから責任感に押しつぶされそうになってる弱気な少女の横顔をだ。

「あ……。田中さん、一つ聞いてもいいかい?」

「は、はい?」

「面接の時は聞けなかった。君がオーディションを受けたのは、みんなに応援されたからなのかを」

「……えっ?」

彼女にとって、まるで予期していなかった質問をぶつけられたのだろう。
田中さんは大きくその目を見開くと、すぐに動揺を隠すように顔を伏せて。

「い、いえ。私が今日のオーディションを受けたのは、合格するため……」

言って、彼女は口ごもる。


「だから、面接も練習して。……予習だって、質問されそうなことについての回答だって、用意して……私、私は――」

だが、漏れ聞こえて来る呟きは彼女自身の姿じゃない。
あくまでもそれは"優等生"。面接者の役を被ってる別人で。

「こ、琴葉? 大丈夫?」

そうしてしばらく経った後、恵美が心配そうに見守る中、
田中さんはグッと背筋を伸ばして顔を上げた。

「……あの、訊いてもらえますか?」

――今度は、俺が呆気に取られる番だった。

こちらとしてはもう彼女の言葉を聞く気で待っていたワケだからね。
まさかここで断りごとを言われるとは……。

「ええ、どうぞ」

「……ありがとうございます」

でもそれが、弱気な彼女の"らしさ"なのかもしれない。

たった三人だけの観客を前でお辞儀をして……田中琴葉は喋り出した。

===

私は、小さな頃から劇が好きで、
母に頼んでは色々な劇場に連れて行ってもらいました。

そこで上演されるお芝居やミュージカルは、
家で読む絵本の中の夢物語が現実世界に飛び出して来たような迫力で……!

引き込まれたんです、私。夢中になった……まるで魔法にかけられたみたいに。

そうして、最後にはいつも自然と涙が出るほどの感動を。

そう! 胸の奥底から体の芯まで震わせて、
心を強く揺さぶるような感動を味わう――その虜になってたんだと思います。

快感を、ええ、強く求めることと同じように。

けれど、いつの間にか満足できなくなっていた。
私の心は、気持ちは、いつまでも観客でいることを良しとはしなかった。

……気づけば、私はこう思うようになってたんです。


「自分でも、あんな感動を生み出してみたい」


いつか自分も舞台に立ち、私の演技で、劇団のショーで!
多くの人に私がかつて味わったような感動を与えることができるならば……と。

そんな思いもあって、中学からは演劇部に。
活動には、自分なりに真剣に取り組んで来たつもりです。

……仲間と一緒に、一つの舞台を作り上げていく作業は充実と困難、
それになにより達成感を私に与えてくれました。……そして同時に、新しい欲も……私に。


「それが、アイドル」


ただ舞台に立つ、それだけでも、
人を惹き付けて止まない魅力を持ったアイドルになりたい。

……途方もない、身の程知らずな夢だと笑われてしまうかもしれないけど。

でもそれは、最初の夢とイコールだから。

舞台で輝く役者(アイドル)になる、役者が輝く舞台を作る!

そうして出来上がった最高のショーは、きっと、
沢山の人の心を動かすことができるって信じる舞台を見せたいから!

===

「だから私は、自分の意志でここにいます。私自身が
そんな舞台の上に立ちたいから――アイドルになりたいから、ここにいます!」


――気づけば、彼女はこの場にいる全員の視線を自分自身に引きつけていた。

……なんてことはない、ただの少女の語りなのに……恵美は泣き、俺は高鳴り、最上静香は震えていた。

友人の願いを叶えるためでも、大人の期待に応えるためでもなく、
ただ純粋に自分の夢を叶える為、少女が、紛れも無い、アイドルの原石が俺の目の前に立っている。

そうして、そんな彼女に最も心動かされていたのは他でもない――。

「あ……や、やだ。私、どうしちゃって……す、すみません。なんで? な、涙が……もう……!」

弱さをさらけ出した少女は無垢な可能性の塊で……
その姿は、見る者に多大なる期待を抱かせるには十分すぎるほど美しい。

きっと、彼女はこれからどんどん傷つくことだろう。
だが、それで彼女の輝きが曇ることは無いハズだ。

そう思わせるだけの強さを持つ、真新しくできた傷口は朝焼けにも似た血潮の輝きを強く放ち――。

「プロデューサー」

気づけば、千早がここへ戻っていた。

振り返った俺の顔を見た彼女は始め驚いて……それからやれやれといった様子で肩をすくめると、
大人の癖にみっともなく涙ぐんでいる俺に向かって言ったんだ。

「悩む必要、あるんですか?」

「……律子にはまた怒られちゃうな」

===
以上おしまい。琴葉の困り眉と前髪の動きが超カワイイ。

ミリシタのコミュはこんな感情のまま書きなぐったSSより
よっぽど素晴らしいコミュとなっているのです。

コミュ1の琴葉らしさで笑顔になり、コミュ2のPの台詞に泣かされて
コミュ3は……"田中琴葉"!! さあ、早く親愛度を上げて解放しよう!


では、お読みいただきありがとうございました。

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