提督「艦これ落語」 (23)

・明石の場合

明石「えー、艦娘のみなさんにはつらい季節がやってまいりましたね。なにせ冬の海は寒いもの。火花飛び散り、波をかき。おまけに敵との会敵です」

明石「それに比べて私ら工作艦は気楽なもの。何せ工場は暖かい。火花飛び散り、汗をかき。おまけに暖房で快適です」

明石「しかしそんな私ら工作艦にもたった一つだけ欠点が。そう。皆さんご存知、提督と過ごす時間が長いこと!」

明石「たびたび工廠へやってきては、やれあれをしろ。これを作れと。まったく参ってしまいます。しかし上の命令には絶対服従。軍事社会のつらいとこ」

明石「その日も、提督のご要望を伺いに司令室入ろうとしたところ、なにやら中から提督と秋雲の話し声」

明石「私、盗み聞きの趣味はありません。でもつい耳に入ってしまうのは致し方がありません。ん? ん~?」

明石「『……スリット』『二重……』『明石』? はて? なんのことを言っているのか? 普通はさっぱりわかりません」

明石「でもでも私工作艦。理系の知識をフル動因。したらば私の脳細胞はたった一つの答えを導きました」

明石「なるほどそうか、この人たちは二重スリット実験のことを言っているのだ、と」


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明石「ご聡明な、みな皆様におかれては、もちろんご存知だと思われますが、量子力学には二重スリット実験というものがありまして、何のことはない。それと間違えてしまいまして」

明石「周りにそんな話をする相手はいない、私は大いに喜んで、小躍りしながらドアを開けて言い放つ」

明石「『提督! 私もその話、混ぜてください!』と」

明石「提督と秋雲はポカンとしてた。そりゃそうさ。自分たちは助平な話をしていたところ、そこに張本人がやってきて、挙句の果てには混ぜてくれだ」

明石「今思い出してみると恥ずかしい。穴があったら入りたい。スリットがあったら通り抜けたいというものでありまして」

明石「『まあ、でも気分というか波があるよな』『なるほど。パイロット波ですね』『名前あんのかこれ』」

明石「『意識した後は同じものでも少し違って見えるよね。ほら水着とパンツだって要は同じものじゃん』『コペンハーゲン解釈ですか。渋いところをつきますね』『そんなかっこいい名前ついてるんだこれ」

明石「とまあこんな頭がいいのか悪いのかよくわからない会話を続けること四半刻。ようやく誤解は解けました。私は顔を真っ赤にして俯いて、提督と秋雲は平謝り」

明石「そんなとある鎮守府の昼でしたが、解釈の違いでもめるというのは、ある意味量子力学らしいのかなと」

明石「……」

明石「しかしながら、ただひとつだけいえることは」

明石「どのような解釈をしたとしても、スリットは『抜ける』ということには違いありません」

明石「お後がよろしいようで」

・ポーラの場合

ポーラ「お酒は百薬の長などというものですが、薬も過ぎたれば毒に転じるもの」

ポーラ「お酒であれなんであれ、ほどほどがよいという意味なのですけれど」

ポーラ「それができれば苦労はしねえ。私の一番嫌いな言葉は節制と禁酒ってなもんで」

ポーラ「その日もいつものようにワイン、ビールと日本酒と。飲みに飲みに飲みながら、提督に借りた本をご拝読」

ポーラ「そこでふと、ある言葉が目に止まる。毒の手と書きまして、『毒手』と呼ばれる技巧があると」

ポーラ「なになに、『拳を毒と薬と交互に突き入れて、一週間のた打ち回り、地獄の責め苦に耐え得れば、見事毒手のご完成』と」

ポーラ「ほー、こりゃあ面白いものをみた。さすがは中国四千年。おかしなものもあるものだ。などと頷いたのもつかの間に、いやいや、ちょっとまってくれ」

ポーラ「毒と薬に、交互に突き入れ。見事毒手の完成だ?」

ポーラ「そりゃあ、今まさに、薬と毒を飲んでいる。私のことじゃあるめえか!」

ポーラ「私の体が毒を持ったらどうしよう。その毒で仲間を危険にさらしたらどうしよう」

ポーラ「あれこれ考えているうちに、急に怖くなってきちまった」

ポーラ「こうなっちゃいてもたってもいられねえ。私は提督の元にまっしぐら。足元はおぼつかないが、それでも走った懸命に」

ポーラ「『提督~! ポーラの体が毒まみれになっちゃいました~! どうしましょ~?』『なんだなんだ? いったいどうしたってんだ?』」

ポーラ「『何でもいいから見てください~』とたまらず私は服を脱ぐ」

ポーラ「そしたらそれを見ていた提督は顔を真っ青にしていったんだ」

ポーラ「『お、おい! こんなところで脱ぐな。目に毒だ』」

ポーラ「これはまいった。どうやらもう完成しちまってたみたいだ」

ポーラ「おあとがよろしいようで」

今日はこんなとこで
たぶん十個くらい書いたら終わります

・金剛の場合

金剛「『この世にものは数あれど、艦娘の怖いものは二つだけ。デイリー任務と間宮の羊羹』」

金剛「これは有名な艦娘のジョークの一種、それほど艦娘は恐れ知らずということでありますが」

金剛「私が本当に怖いものは慢心というやつでありまして、こればっかりは気をつけてるのですが、どうも長いこと戦線に立っていると、どうしようもないミスをすることも時にはあるもので」

金剛「弾薬の補充を忘れて出撃したり、電探を四つもつんで出撃したり」

金剛「いくら百戦錬磨でケッコン済みのあたしでも、たまが空じゃあ撃てねえし。ほうがなけりゃあ守れねえって話です」

金剛「まあそんなときでも、軍人たるものやることはやるというものでございまして、電探で敵の位置を探ったり、味方をかばって囮になったり」

金剛「その時は奇跡的にそれが功を奏したようで、見事敵艦隊を打ち破り」

金剛「あたしはもう鼻高々で、急いで鎮守府に舞い戻り、いの一番に提督に報告に行きやした」

金剛「『提督ー! 私の活躍見てくれたー!?』と勢いつけて、提督の部屋の扉を開けますと」

金剛「提督はベッドの上で知らない女と二人きり。なんとまあこの男、私がいないことをいいことに、同衾していやがったってことでさあ」

金剛「提督がまさかと慢心していたあたしも悪いが、さすがにこれには怒ったね」

金剛「『へーい提督! あたしがやることやってる最中に、ヤることヤってるとはどういうことネー!』ってなもんでして」

金剛「こちとら浮気をするなっていってんじゃねえ。英雄色を好むってなもんで、ある程度は仕方ねえさ」

金剛「でも、この日この時この場所で! するこたねえだろおまえさん。時間と場所をわきまえろってんだべらんめえ!」

金剛「すると提督はあわてておっしゃる」

金剛「『いやはや誤解だ。わが妻よ。俺は浮気などしていない』」

金剛「この期に及んで何を抜かしやがるこの男。犯行現場を見られた上でまだ言い訳とはふてえやつ!」

金剛「『冷静になってよく考えろ。俺にそれが無理なのはお前が一番知っているだろう。昨夜ベッドの上で散々証明したではないか』」

金剛「なにい? なにをわけのわからんことを、などと思っていると、提督は自分のナニを指差してこう言ったんだ」

金剛「『見ろ。不能犯だ』」

金剛「お後がよろしいようで」

・アイオワの場合

アイオワ「……なんてこった。私は最悪の鎮守府にきちまった」

アイオワ「今日みんなを見て確信したよ。この鎮守府のアドミラルは出世は無理だ」

アイオワ「いやいやなんで無理かって? 出世するかどうかは妻を見ればすぐわかるってもんでして」

アイオワ「昔から出世をする男の嫁は、悪妻と相場が決まっている」

アイオワ「だれでも悪魔のいる家には帰りたくないもの。ずっと職場に居残って、いやがおうにも仕事がはかどるってもんでございます」

アイオワ「しかしながら、この鎮守府を見るところ、右も左も大和撫子。結婚すれば良妻に、子供を産めば賢母になること間違いなし」

アイオワ「こんな妻が待っている家には仕事を放ってでもさっさと帰りたいもの。つまりアドミラルは万年大佐間違いなしってわけでさあ」

アイオワ「とまあ、リップサービスはおいといて。悪妻を持てば出世する話はしましたが、では悪い夫、すなわち悪夫を持てばどうなるのか?」

アイオワ「次はそんな話を一ついたしましょう。これは私が知ってるとある人物のお話ですが、その女、同じ職場のある男に惚れまして」

アイオワ「よせばいいのに彼女はその男にアプローチを続け、ようやくその男とゴールイン。ここまではまあいい話。これでオチてくれればいいものの。これで終わらないのが落語ってものでして」

アイオワ「さてさて、結婚した後に気づいたが、この男、まあとんでもない盆暗で、その上女癖もわるいときたもんだ」

アイオワ「いい女を見れば思わず手を出さずにはいられない。節操なきことこの上ない。当然そうなりゃいざこざも増える」

アイオワ「毎夜毎晩喧嘩は絶えず、お互い顔を見るのもいやになっちまった」

アイオワ「しかし不幸なことに彼女とそいつは部下と上司の関係でして、仕事に行けばいやでも顔を合わせる羽目になる」

アイオワ「職場にいっては悪魔に会い、家に帰っては鬼に会う。おおジーザス! なんてこったい! この世には神も仏もいねえのか!」

アイオワ「おまえさんの顔を見るのはもううんざりだ! なんて言い合う日々が続いたもんで職場の雰囲気も悪くなり、一人、また一人と異動していったのさ」

アイオワ「とうとう最後の一人に異動願を出されたとき、思ったんだ。ここで私が折れないとこの男のもとにはもう誰もいなくなってしまう、と」

アイオワ「仮にも惚れた男だ。情もある。仕方がねえ。こうなったらあたしも女だ。泪を呑んで、歩み寄ろう」

アイオワ「そうと決まれば職場に向かい、あの男に向かってこういった」

アイオワ「『ごめんなさい。私も悪かった。あなたがもう浮気をしないと誓うなら、これまでのことは全て水に流すから。二人で一緒にこの鎮守府を立て直そう』、と」

アイオワ「……」

アイオワ「……と、まあ」

アイオワ「以上が、私がここにきた経緯の話でございます」

アイオワ「悪妻を持つと出世をしますが、悪夫を持つと出征するというお話でした」

アイオワ「お後がよろしいようで」

・提督の場合

提督「あー、『天網恢恢疎にして漏らさず』」

提督「悪事を働けば必ず自分に帰ってくるのが世の常でして」

提督「暴飲をすると毒が回り、浮気をすると制裁が待っている」

提督「エロイ話をしていたら本人が来るし、多穴主義を貫いたら愛想をつかされる」

提督「……。もちろん俺はやってない。いやこれがほんとの話」

提督「いやあそれにしてもみんなの落語は割とよくできていた。海外艦なんて母国語でもないのにたいしたもんだ」

提督「しかし少しばかり話がひでえや。テーマが『酒か泪か男か女』なのも悪かったが淑女がこれだけ集まっているのだから、もうちょっとましな話があるだろう」

提督「なので俺は少しばかり、ロマンティックな魂の話をしようじゃねえか」

提督「21グラム」

提督「これは俗に魂の重さということであります」

提督「なんでも人が亡くなった瞬間に21グラム体重が軽くなるという話」

提督「なんともロマンがある話ではございますが、なかなかに眉唾物。しかしこれを聞いたのは少年時代。すっかり信じ込んじまったはいいが、すぐにある疑問が浮かんできた」

提督「魂に重さがあるのはいいが、そうだとしたら浮き上がれねえ。なにせ天国は空の上。報われねえってことにならないかい? いやいや、そうなりゃまだましか。下手すりゃ誰もが地の下の。地獄に落ちちまうことにならねえか?」

提督「こいつは困ったどうしよう。幼心に戸惑って、考え抜いてはみたものの、結局答えは出ずじまい。怖くなってわんわん泣いたものでございます」

提督「あれから十数年たちまして、遠き昔の軍艦の魂持ってる艦娘に出会いましては、ようやっと答えを見つけ出しやした」

提督「きっとその魂の重さこそ、そのものの業の重さなのではないのかと」

提督「で、あるならば、海底に沈んだ艦の魂がいまこうしてここに在る。それはきっと浮かばれたということでありましょう」

提督「……」

提督「とまあ最後はきれいな話で締めまして」

提督「それでは、おあとがよろしいようで」

終わり

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