荒木比奈「笑う雪」 (13)


大空に青、大地に命、君に無限の初投稿です。

作中の二人はそういう関係なのだと思って読んでください。



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冬なんて、今まで何度も経験してきた。

でも、今年の冬は、今までで一番暖かい。


あの人はいつも話が長いんだよな、と歩幅を広くしながら思う。予定よりも、20分は遅れてしまったような。

でも、自分の担当アイドルが褒めちぎられているんだ。おかげでいい収録になったと、また機会があればよろしく頼むと言われているのを、聞かないわけにはいかないだろう。

でも、流石に待たせてしまっている。こんな寒空の下だ、風邪でも引かせてしまったら大事だ。急いで正面玄関まで降りよう。

駆け足になって廊下を渡る。エレベーターを待つのももどかしくて、直ぐ横の階段を駆け下りる。左ポケットの中でカイロが跳ねる。マフラーをした首下が熱い。

二段飛ばしで駆け下りて、一階に辿り着いた。速度を落とさないようにしたまま、外に出ようとしたところで、

「…あれ?なんでそんなに息切れしているんスか?」

俺の足音と、息の音に気がついて顔の向きを動かしたアイドルが一人。自動ドアの前、テレビが見えるように設置されたソファーに、荒木比奈は座っていた。

…そうだよな、こんな寒空なら、普通は屋外で待つよりも屋内で待っているよな。

心の中で自虐しながら、とりあえず比奈の質問の答えるべく口を動かした。

「待たせてると思って」

比奈は驚いたような顔をすると、「全然待ってないっスよ」と微笑みながら言った。

嘘をつけと言う代わりに、手を引いて「帰ろうか」と言い返した。


道には雪が、うっすらと積もっていた。日中に降っていた雪は止んでいる。明日は晴れらしい。

夜の空は乾いていて、雲は一つもなく、けれど街の明かりが強くて星が見えない。その代わりに極彩色のイルミネーションが道を彩っている。寒いときに見るイルミネーションは、どうしてか普通よりも綺麗に見える気がする。空気が澄んでいるからだろうか。

「それにしても…寒いな…」

「いやー着込んできてよかったっス」

俺はスーツの上にコート、マフラーと簡単な防寒しかしておらず、風が吹く度に体を縮めたくなる。一方で比奈は、ふくら雀のように着込んでいて、モコモコとしている。この姿を見る度に、「もっと着込めばよかった」と後悔してしまう。

でも、俺と比奈には、服装に共通点があった。それは、二人とも手袋をしていないと言うこと。

その理由は単純で。

「冷たくないか?」

「…少しだけ♪」

こうやって、二人で手を繋ぐために。


どちらから言い出したかはもう覚えていないけれど、いつからか示し合わせたように、二人とも手袋だけはしないでいる。カイロが手放せないけれど、そのもどかしさや、面倒くささも、自分は好きだった。

でも、今日はいつもよりも寒くて、手を繋いでいるだけじゃまだらしい。

「比奈」

体を比奈の方に寄せる。そうしてから、比奈の右手を、カイロの入った自分の保多李ポケットに、自分の手ごと突っ込んでやった。

「ちょ…Pさん…」

「まだ冷たい?」

「いえ…十分暖かいっス…」

帽子のマフラーの隙間から見える顔は、赤くなっている。うつむきがちになってしまった比奈に体をよせ、手を一緒に入れたまま、雪をしゃくりしゃくりと踏み進んでいく。

さっきまで感じていた寒さは、もうどこにもなかった。顔面なんて、雪を溶かしてしまわないか心配になるくらい熱い。きっと俺も、比奈と同じ顔色をしているのだろう。

本日はここまでです、続きはまた
http://twpf.jp/vol__vol
ここに前作までをまとめているので時間とお暇があれば

再開します、これで終わりだ


二人で歩くには少しコツがいる。比奈の歩幅に合わせて、自分の足跡が、比奈のちょうど隣に来るように歩いて行く。普段よりもゆっくりとした歩みがもたらしてくれる時間が心地いい。

ポケットの中で、比奈と指を絡ませた。カイロがあるせいか狭くて、握り合わないと派言い切らない。

比奈の柔らかな手に一つだけ、違和感のように硬くなって存在するペンだこが愛おしく感じる。

「……」

比奈はずっと喋らずに、ただ顔を伏せて、俺の隣を歩く。会話がないのも嫌なので、言葉をかけた。

「比奈、改めてだけれど、冬コミお疲れ様」

「あ…はい、そのときはどうも…」

漫画の原稿を手伝ったのは初めてだったけど、中々に貴重な経験だったと思う。とても興味深く感じると共に、あの作業をずっとやり続けてきた比奈のことを尊敬する。話に聞いていたよりもずっと重労働で、それを一人で成し遂げていた比奈は、きっとすごい人間なのだろう。

「どうだった?」

「すごい楽しかったっスよ!アイドル以前の知り合いさんもいっぱい来てくれて…誰一人、『荒木比奈』って事には気づいてなかったんスけどね」

「それは…喜んでいいのかどうか…」


比奈の楽しげな話に相づちを打ち、耳を傾ける。最高な経験をしたであろう比奈の話を聞くと、仕事で行けなかったことが本当に悔やまれた。

「マンガ描くのは大変っスけど、やっぱりああやって、いろんな人に知ってもらえるのが嬉しいっスよ」

「そうだね…改めてだけれど、お疲れ様」

「そう何度も言わなくっても大丈夫っスよ」

「いやいや、だって、近くで見てたから、頑張っていたのは分かってるつもりだし」

「…ありがとうございまス」

ペンだこが出来るくらいに頑張っていたんだ。お疲れ様、と何度も心の中で労りながら、話を聞いていく。遠足後の子供みたいに話す比奈と、次は同じ経験がしたいと、また心の中で独り言を吐いた。


話をしていると、駅まであと少しというところまで来た。道の雪は様々な足跡が付いていて、もう白いところの方が少ない。

一通り冬コミについて語り終えた比奈は、また右手のことを意識してしまったらしく、言葉数は少なくなっている。

けれど、顔は少し満足したような物に変わっていた。その顔を見られただけで、とても嬉しい気持ちになった。

雪に二人で足跡をつけるのはもう終わり。人が他所よりも幾分か多い駅で、比奈と今日はさよならを。

「お疲れ様、それじゃあまた明日」

「お疲れ様っス」

ポケットに入れていた手を出して、指を離す。ぬくもりと、ペンだこの感触は残ったままだった。今度は一つだけになった手をポケットに入れながら、ホームに消えゆく比奈の後ろ姿を一瞥して、事務所へと向かっていく。

「…はぁ~~~~~」

と、同時に息を大きく吐いた。ああ、我ながら大胆なことをしたな、緊張したなと様々な感情を一気に吐き出す。

駅前で、人が他にもいるというのに、激しいキスをしているカップルがいた。よくあそこまで出来るな、と妙に感心した。

自分は、なけなしの勇気をかなぐり捨ててやっと、手をポケットに入れさせたというのに。…未来の自分は、あんな大胆なことをするのだろうか。

左ポケットのカイロを握りながら、比奈のしていた話を思い出し、雪に足跡を一つずつ着けていく。

隣の比奈がいなくなっただけで、急に寒気が体を襲った。さっきまでは、暖かかったのに。


◆◇◆

右手を見つめる。何度か開いて閉じる。また見つめる。電車に揺られている間は、そんなことを繰り返していた。

私の右手には、まだ彼のぬくもりが残っている感覚があって、カイロよりも、ストーブよりも暖かくて、優しい温度だった。

…彼ってときどき、結構大胆だなぁ。

今日のポケットに手を入れられたときもそう。私は動揺しまくっていたのに、彼は全くいつも通りで。私一人が、熱くなるだけで。

他人のポケットに手を入れながら歩いたのなんて初めての経験だった。ラブコメマンガでも今日日見ない展開だ。

「……」

ペンだこで少し形が変わった手を見つめながら、帰り道のことを思い起こす。そうすると、心の内側が、ポカポカと暖かくなってきた。厚着をしてきたのが間違いだったかもと思うくらいに、体が火照る。

冬にここまで暖かくなったのは、初めてかもしれない。

「冬が寒くてよかったっスねぇ…」

周りの乗客に聞こえないように、ポツリと零す。寒い冬が、彼といる内に少し好きになった。だって、彼の暖かさがよく分かるから。

冬なんて、今まで何度も経験してきた。

でも、今年の冬は、一番暖かい。

彼と過ごしている、今のこの冬が、一番好きだ。

ここまでです、ありがとうございました。

まあプロデュースしてりゃさ、何度も爆死してそのたんびに傷を作ったりあざを作ったりすると思うんだよね。でもそのとき、心だけは強く鍛えておかないとちひろに負けちゃうじゃないか。自分がお迎えすることを信じて、課金していってほしいなぁと、思うんだ。

前作→
【モバマス】バッドエンカウント
【モバマス】バッドエンカウント - SSまとめ速報
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時間とお暇があれば

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