鷹富士茄子「神様風邪を引きまして」 (71)

 モバマスより鷹富士茄子さんやたぬき美穂などのSSです。
 一部アイドルの人外設定、ファンタジー要素など独自解釈が多々あります為ご注意ください。
 台本形式、地の文両方で進行します。

 これの奴です。↓
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1516519841


 ―― 2018年 1月某日 事務所


P「では改めて……あけまして」

茄子「おめでとうございますっ♪」

芳乃「でしてー」


P「茄子さん、今年も年末年始のお仕事お疲れ様でした」

茄子「プロデューサーもお疲れ様でした~。ふふっ、今年も楽しかったですね♪」

P「みんなとのカウントダウンLIVE、新春かくし芸大会、アイドル格付けチェック、マッスルキャッスル正月特番にあれやこれやそれやどれや……」

P「……改めて考えたらとんでもない仕事量だな。めちゃくちゃ助かってます」

茄子「うふふ、お役に立てて何よりです。それじゃ、後はみんなにお任せして……ふぁ、ふぁ……」

P「ファ?」

芳乃「ふぁー?」


茄子「ふぁっ…………くちゅんっ」



 ――――その時、奇跡が起こった。


P「…………茄子さん」

茄子「はい?」

P「事務所の表には、桜並木がありますよね? 窓からでも見えるくらいのが」

茄子「ありますねぇ。満開になるととっても綺麗で、今から春が待ち遠しいです♪」

P「俺もそう思います。けど…………」


P「なんか今、満開ですよね、桜」


茄子「あらほんと」

芳乃「枯れ木に花が咲きましてー」


P「いやいやいや。いやいやいやいやいやいや!!」ブンブンブンブンブン

P「え、今のくしゃみで!? そんなことある!?」

芳乃「もしや、お風邪を召されておられるのではー?」

茄子「そうなのかしら? 健康には気を使っているんですけれど――」


茄子「はくちっ」

<ドババー
<ウワー! アナヲホッタラセキユガワイタ!?

茄子「くしゅんっ」

<フンガー!
<アアッ!? オジイチャンノマッキガンガナオッタ!!

茄子「ぱひゅっ」

<テーレレッテッテー
<ウオオー!? 10レンゼンブSSR!?

茄子「へっぷしゅっ」

<ピピーン!?
<ナナチャンノギックリゴシガナオッタ!?
<ワカラナイワ…


茄子「うーん……やっぱり風邪みたいですね~」

P「そっすね(何も見えない何も聞こえない何も感じない)」



芳乃「ふむー……おそらく、気付かぬうちに、連日の疲れが溜まっていたのでしょうー」

茄子「そうなのかしら……あ、なんだか自覚すると急に熱っぽく……」

P「大丈夫ですか!? えーっと確か冷蔵庫に冷えピタが……あったあった」

茄子「ありがとうございます~」ペタシ

P「しかし体調不良はおろか掠り傷ひとつ二日酔いひとつとすら無縁だった茄子さんが、急に風邪とは……」

芳乃「これなるは、神風邪(カミカゼ)と申すものでしてー」

P「響きが一気に勇ましくなった」

芳乃「突如起こりたるものなれば、天地自然の営みにも等しくー、予防できるものではなくー」

芳乃「かの元寇の戦の折にもー、風邪を引きたる神々のくしゃみにて、海に嵐が起こったとかー」

P「マジで? 日本史で勉強した歴史的事実にそんな裏が……?」

芳乃「と、ばばさまが語っておりましてー」

茄子「そんなこともあったかもしれませんねぇ……あ、ふぁ、ふぁ」


茄子「へっくちっ」


   ―― アイドル女子寮


響子「あははっ、それ本当ですか?」

蘭子「ふふ、プロデューサーおかしい……♪」

美穂「それでね、プロデューサーさんったら『おいおい、それじゃ俺の白封筒が青くなっちまうよ』って――」

  ポンッ!!

響子「えっ?」

蘭子「はぇ?」

美穂「ぽこ?」タヌキ


美穂「――ぽっ、ぽんっ、ぽこっ!?(あれ? あれぇっ!?)」

蘭子「な、何故に霊獣への変化を!?」

響子「ひょっとして、また何か体調が悪くなっちゃったんですか!?」

美穂「ぽこーっ!(ちが、違うの! なんか体が勝手に!)」

響子「……ふふっ、でもやっぱり可愛いなぁ」サスサスサス

蘭子「わぁ、もふもふ……!」ワシャワシャワシャ

美穂「ぽこぉん♡」モフモフモフモフモフ

美穂「……ぽこっ!(ってそうじゃなくて! ぬぬーんっ!)」

  ゾワワワワワ…………

  …………シーン

美穂「ぽこぉ~~っ!!(ひ、人になれないよぉ~!!)」


周子「…………」

紗枝「…………」

周子「…………えーっと、お紗枝はん?」

紗枝「こん」キツネ

周子「ちょっとコンビニでも行こか~って話の時に、どうして狐に戻っとるん?」

紗枝「こん、こんこんっ、こんっ(あらぁ? おかしなぁ、変化を解いたつもりはないんやけど……)」

紗枝「こんっ(むんっ)」

  ズオオオオオオ……

  …………シーン

紗枝「…………こゃーん(あかん、戻れへん……)」


  ―― 再び事務所


P「……なんか今、寮の方でえらいことが起こってる気がする」

茄子「うーん、困りましたねぇ……っぷちっ」


   バァンッ!!

   ムキッ! ムキキッ!!


筋肉P「うおおおおおおいッ!?」ムキムキィィッ

芳乃「ほぁー。そなたがー、北〇神拳伝承者のごとく屈強にー」

筋肉P「いや誰が得するんだよこんなの!?」ムキキッ ムチィ~ン

茄子「まぁ……! プロデューサーが、とっても私好みな感じに仕上がって……///」

筋肉P「あんたの趣味かよ!!」ムチムチッビキキッ


芳乃「そなたー。これは、只事ではありませぬー」

筋肉P「うん身をもって知ってる」タッポイタッポイ

芳乃「かようなことは、これまでになくー。茄子さんも健康には気を付けておられたのですがー」

芳乃「風邪を引きたることで、体内の『氣』の巡りが狂いー、くしゃみとなって表に出てしまいー……」

芳乃「予期せぬ通力の発露として、現世(うつしよ)に奇跡の御業を顕してしまうのでしょうー」

筋肉P「なるほど大体わかった。とりあえずヤバいらしいってことは……」


筋肉P「…………あのさ。この際確認しときたいんだけど、茄子さんってマジモンなの? 本当に神様?」

芳乃「それにしてもご立派な筋肉なのでしてー」ペタペタ

筋肉P「話を逸らすんじゃない! あっちょっダメそこは、あふん乳首っ」ムキッビクビクンッ


周子「大変大変、プロデューサーさん! 紗枝ちゃんが…………って誰やねん!?」

紗枝「こーん(妖怪まで湧いて出よるとは、ここは平安の洛中やろか……)」

筋肉P「何を言っているんだい。俺だよ、みんなのプロデューサーだよ(ヤケクソ)」ムキキンッ ピクピクゥ~ン


美穂「ぽんっ! ぽこぽこ、ぽこーっ!(プロデューサーさん~! た、助けてぇ!)」テチテチテチ

美穂「…………ぽこーーーんっ!?(って誰ーーーーーーっ!?)」

蘭子「お、おのれ悪鬼! 我が友を何処へ隠したというのかっ!?」ガタガタガタ

筋肉P「美穂、蘭子!? さあまずは落ち着くんだ、この筋肉で暖を取るがいい……」ムッキィ ホカァァ…

美穂「くぅ~ん(あっ優しい……やっぱりプロデューサーさんだぁ……)」

蘭子「ひ、火属性……!(体温すっごく高い……!)」


筋肉P「――とまあ、ざっくりそういう事情なんだが」

芳乃「なのでしてー」

紗枝「こんこん(なんや面妖なことになってまいましたなぁ)」

美穂「ぽこ~(ど、どうやって戻ればいいんだろう……)」

茄子「あら~……なんだか私、やっちゃいました?」

筋肉P「茄子さんはなんも悪くありませんよ。しかし、困ったな、となるとどうしたもんやら」

蘭子「神々の黄昏を回避すべく、女神に束の間の休息を……!」

筋肉P「それが一番かな。医者にも診てもらおう」

茄子「すみません、ご迷惑を……ふぁ、ふぁ、ふぁ」

一同「!!!」

茄子「っぷしっ」

  シーン…………

周子「……あーびっくりした。今度は何も起こんなかった感じ?」

筋肉「そのようだな……」


  ティロリロリン


筋肉P「ん? メッセージが……何だ?」



楓『本日をもって禁酒致します。どうぞよろしくお願いしまんと川』



筋肉P「………………ヤバいヤバいヤバいこれは絶対ヤバい!! 一刻も早くどうにかせんとこの世の終わりだ!!!」

周子「おぉ!? プロデューサーさんが必死になった!?」


 その後すぐ茄子さんを病院に連れて行った。

 診察結果は、ストレートに風邪。知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたのだろうと言われた。
 表面上は普通の風邪と説明できることに安堵するやら釈然としないやらだが、どのみち熱が8度5分もあっては放っておけない。
 風邪薬を処方してもらい、とにかく温かくして休んでくださいと言われた。

 仕事は全て済んでいたのが不幸中の幸いというべきだろう。
 世紀末救世主めいたマッチョボディを丁寧に折り畳み、狭すぎる運転席に喘ぎながら事務所に帰る。
 彼女を家に送ることも考えたが、事務所の方がすぐ近くなのでまずそこで少し休んだ方がいい。

 そもそも俺は茄子さんの家がどこか知らない。

 一人暮らしだと聞いたのだが……そういえば、どこのマンションだっただろうか?


 途中、助手席で茄子さんがまた二度三度かわいらしいくしゃみをした。

 横断歩道を横切るツチノコの群れや天から降り注ぐパンの雨が街を騒がせている。
 ……見なかったことにしよう。


茄子「ごめんなさい、ちょっと仮眠室をお借りしますね~……」

筋肉P「ちょっとと言わず、ゆっくり休んでください。本当にお疲れ様でした」

周子「お大事に~」

芳乃「お早い快復を祈っているのでしてー」

蘭子「今暫しその翼を休め、ヒュプノスの抱擁に身を任せるがよいわ……!(ゆっくり眠ってください!)」

美穂「ぽこー」

紗枝「こーん」

茄子「ふふ、ありがとうございます♪ それではちょっとだけ――」


茄子「おやすみなさい」


 茄子さんはほんの少し困ったように、けれど気丈に微笑み返して手を振った。
 扉が閉じる。
 ややあって静かな眠りの気配が染み出してきて、俺達はひとまず胸を撫で下ろした。




 そして。
 空は、闇に包まれた。




筋肉P「………………周子、今何時?」

周子「そうね大体ね、えっと一時ちょっと過ぎ」

筋肉P「午前じゃなくて?」

周子「なっはは、午後に決まっとるやーん」

筋肉P「だよな。昼なんだよな。……その筈だよな」

周子「うん……」



筋肉P・周子「――――真夜中になってる!!」



 ひょっとしなくてもこれって世界の危機なんじゃないでしょうか。

 まっくらで星一つ見えない空を、ニンジン型の宇宙船がぼへぼへ飛んでいます。
 見間違いでしょうか。だったらいいなぁ。

「こんこん」
「ぽこー……」

 狸の私と狐の紗枝ちゃんではみんなと会話ができないので、外の様子を伺うだけで精一杯なのです。
 ……あ、また流れ星。これで十四回目です。
 茄子さんの快復と、ここにいないみんなの無事を祈りました。これも十四回目。


「あのさ、これってヤバい? 地球ヤバい系の奴?」
「バカ言え、こんなカジュアルに地球がどうにかなってたまるか」
「し、し、審判の時か? 世界閉ざす暗闇が……ぷ、プロデューサー、手握っててくださぃ……」
「おそらくー、茄子さんが目覚めぬ限り、夜は明けぬことでしょうー」
「いやでも、茄子さんだって毎日寝てるわけだろう。それが今回に限ってこんな……」
「風邪を引いておりますゆえー、普段より深き眠りに入り、目覚めも遠くなりてー」

 テレビを点ければ緊急速報、SNSは大混乱。

 日食やそんなレベルですらない突然の暗闇は、どうやら全国に広がっているようでした……。


 心細くなって、議論するプロデューサーさんの膝にのそっと前脚を乗せます。
 頭を撫でてくれました。手はいつもの五倍くらいごつごつしてるけど、優しさは据え置きです。うれしい。


「――みんなっ大丈夫!? プロデューサーは!?」

 と、事務所にダルマみたいな女の子が飛び込んできました。
 というのも上から下までもこもこに着膨れして、顔はおろか体のラインまで隠しきってるくらいなのです。
 でも、声と匂いですぐわかりました。

「ぽこ!(美嘉ちゃん!)」
「美穂! と、プロデューサー!? どうしちゃったのその体!?」

 あ、すごい、一目でわかった。

「ちょっと茄子さん好みに肉体改造されてな。美嘉こそ何だその格好? 外そんなに寒いのか?」
「あ、これは……その」

 なぜか身じろぎする美嘉ちゃん。帽子も目深に被ったままで、私達みんな頭に「?」を浮かべます。
 いち早く察したプロデューサーさんの質問の意味を、私は最初、よくわかりませんでした。

「……ひょっとして出ちゃったか、色々」

 体のラインが隠れるくらい着込むのは、そうすること自体が目的だからで。
 俯きがちなまま美嘉ちゃんは頷きます。

「うん」


 ばさっ、と広がる「それ」に、私は度肝を抜かれました。

 黒くて、おっきくて、コウモリみたいな――

「つ、つ、つ、つば、つば、」

 口をぱくぱくさせる蘭子ちゃん。
 私も似たようなものでした。
 上着を脱いで帽子も取って、美嘉ちゃんはその姿を曝け出します。

 一対の翼と、細長い尻尾、ヤギみたいな角。
 これって、つまり……。


「美嘉は悪魔と人間のハーフなんだと。だから、髪も目の色も天然ものなわけだ」


「そのー……隠すつもりはなかったんだけどさ」

 美嘉ちゃんは少しばつが悪そうに頬を掻きました。

「悪魔ってちょっとイメージ悪いじゃん? 怖がらせちゃわないかな~って、なかなか言い出せないでさ」
「ぽ、ぽ、ぽ……」
「か、か、か……」
「……美穂? 蘭子ちゃん?」

「かぁっこいい~~~~~……!!」
「ぽこぉぉ~~~~~……!!(※上に同じ)」

「え? ちょっ――」
「さ、触ってもいいですかっ!? わぁ本物! 動いてる! ぴこぴこしてるっ!」
「ぽんぽこぽーん!(ああっ蘭子ちゃんずるい! 私もっ!)」
「わ!? ふ、二人とも待っ、ひゃ!? く、くすぐったいってば!?」

 すごいすごい、本物の悪魔初めて見た!
 私も蘭子ちゃんも大興奮です。手とか前脚で翼を触ってみたり尻尾を握ってみたり。


「おおー……多分人間じゃないなと思ってたけど、そう来たかぁ」
「こんこん(ぐろぉばる化いうんやろかねぇ)」
「日ノ本は、八百万の神のおわす国なればー。数多ある魔道の者もまた然りとー」


 こほん。
 えっと、気を取り直しまして。

 美嘉ちゃんも加わって、私達は状況の確認と今後について議論を交わしました。

「ここに来るまでに女子寮の様子も見てきたけど、ひとまずみんな無事みたい」

 尻尾があるせいか、美嘉ちゃんは座り心地が悪そうにお尻をもぞもぞさせています。

「何よりだ。しかし美嘉まで隠してた翼とかが出ちゃうとはな」
「変化が解けちゃってるってこと?」
「人の姿を保ちたる人外の者は、ほとんど元の姿に戻ってしまっているかとー」
「元の姿に――――」

 はっ、とプロデューサーさんが何かに気付いて、

「そ、そうだ、こずえは!? 美嘉、こずえを見たか!? 大丈夫だったか!?」
「こずえちゃん? こずえちゃんなら、いつも通り寮で普通にお昼寝してたよ」
「ほっ……そうか、それならいいんだ」
「ねぇ、こずえちゃんって何かあるの? アタシよくわからないんだけど……」
「いやまあ、俺も本当のところはよくわからないんだが、とにかく無事なら何よりだ」


「でさ、やっぱり茄子さん一回起こしてみた方がええんとちゃう?」
「う~~~~ん……正直気の毒な感じはするんだが……」
「そうも言ってらんないでしょ。せめて目を覚ましてもらうくらいのことはしなきゃ」


 こうなってしまっては仕方がありません。
 私達は心の中で茄子さんに謝りつつ、また仮眠室の前に取って返しました。
 ですが……。

「開かない……!?」
「鍵かけてるのか?」
「いやそんな感じはしないんだけど、なんかドアが吸い付いて、う、動かない……っ!」
「よし……わかった、どいてろ周子。あとは俺が……」

 言って、プロデューサーさんはキレッキレの全身にパワーを漲らせました。

「このッ」キリリッ
「キレてましてー」
「筋肉でッッ」ムキキィッ
「ナイスバルクでしてー」
「強引に開けるまでッッッ」メロォ~ン
「まるで冷蔵庫のようでしてー」

「……プロデューサー、実は結構楽しんでない?」

「ハハハこやつめ。よしいくぞ、覇ァッッッ!!!」


「勢ッッ!!」

「闘ッッ!!!」

「奮覇ッッッ!!!」

「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄ッッッ!!!!」



「…………すいません無理っぽいっす」
「なんやねんそれ! その筋肉は飾りかーい!!」
「う、うるさい! 俺だって好きでこんな体になったんじゃないわい!!」


 なんと、鍵をかけてるわけでもないのにドアがびくともしません。
 プロデューサーさんで無理なら、きっと誰がやっても無理です。

「アタシ聞いたことある。踊ればいいんじゃない?」
「踊る? なんでだ?」
「いやほら、外でお祭り騒ぎを起こして、中の茄子さんが気になってチラ見してきたとこを一気にーみたいな」
「太古の神話が語る来光の儀!」
「でも、茄子さん寝とるやん?」
「……あ、そっか」
「そなたー」
「こーん」
「ぽこー」

「う~む……まさか事務所でこんな古事記めいた体験をすることになるとは」
「そなたー」
「うおっ鳴き声かと思った。芳乃、何だ?」

「来客がありましてー」

 一旦切ります。
 あと半分ほどで終わると思います。


 言って、芳乃ちゃんは廊下の向こうを指差しました。
 電気は生きているけど、それでもどことなく仄暗い薄闇の向こうに、光のような点がぽつんとありました。

 動いていました。
 こっちに向かってきています。
 思いのほか小さくて、私はそれをタンポポの綿毛のようだと思いました。

「……って、あれ……」

 美嘉ちゃんが戸惑うようにつぶやきます。私達も、たぶん同じ気持ちです。


 やって来たのは、一匹の真っ白な兎さんでした。


兎(フンフンフンフンフン)

筋肉P「…………」

美嘉「…………」

周子「…………」

蘭子「…………」

筋肉P「知り合い?」

周子「なわけあるかい」

兎(ピスピスピスピス)

芳乃「ほほー……」

芳乃「それはそれはー。遠方より、よくおいでくださいましてー」

美嘉「芳乃ちゃん!? わかるの!?」

芳乃「なんとはなしに、ですがー」


芳乃「かの者は神使。茄子さんの危機に、神宮より馳せ参じたる白兎でしてー」


筋肉P「……やっぱ神様じゃ」

芳乃「よい筋肉でしてー」ペシペシ

筋肉P「だから誤魔化っ、やだそこはらめっ、ぬふぅ」ビクンビクン


周子「ってことは、解決法を知ってるとか?」

芳乃「そうなのでしてー?」

兎(フンフンフンフン)

兎(シュバッ シュババッ ササササッ)

芳乃「ほうほうー……ふむむー」

蘭子「啓示の意味するところとは……!?」

芳乃「御神酒を用い、聖なる玉子酒を作るべし、とのことでしてー」

筋肉P「お神酒……清酒ってことでいいのか?」

芳乃「よろしきかとー」


?「話は聞かせてもらいました」


筋肉P「はっ! この今にも演歌が始まりそうに襖が開く演出は……!?」

楓「暗いのでもう晩酌時かと思いました、高垣です」

筋肉P「楓さん! 禁酒した筈では!?」

美嘉「『死んだ筈では!?』みたいなテンションで言うのやめたげなよ」

楓「あれはジョークですよ。そう、ほんの軽口。私は辛口の飲み味が好みです」

筋肉P「こんなに頼もしさとどうしようもなさを同時に感じたことはありませんよ」

楓「まあ、褒められてしまいました♪」

楓「それにしてもプロデューサー、ずいぶん鍛え直しましたねぇ。茄子ちゃんですか?」

筋肉P「理解が早くて助かります。なら楓さん、その買い物袋は……?」

楓「ええ。とりあえずは――」ガサガサ

楓「そこのスーパーで、一通りの材料を買ってきました」


「えーっと卵一つにお砂糖少々、ハチミツ大さじ一杯に牛乳もちょっと足して……」

 給湯室には美嘉ちゃんが立ちました。
 具体的な玉子酒の作り方を知っているのは一人だけだったのです。

「うちの妹が風邪引いちゃった時に作るの。いつもは子供用だからお湯も足して、ちゃんとアルコール飛ばしてるけど」
「ぽこっ」

 私は美嘉ちゃんにおんぶしてもらいながら、玉子酒がてきぱきできていく様子を見守っていました。
 せめて人間の姿になれたらお手伝いもできたんだけど……。

 美嘉ちゃん実はお料理も得意で、元日には響子ちゃんと共作の手作りおせちをみんなに振る舞ってくれたことが記憶に新しいです。
 やっぱり凄いなぁ。
 男の人って、こういう家庭的な子の方が良かったりするのかな……。


「……悪魔がエプロン付けて玉子酒作ってる」
「なんだかシュールですねぇ。給湯室にいるのが悪魔でビビる……うふ」

「――って、楓さん! 清酒ちょっと減ってない!? 飲んできたでしょ!?」

「それは天使の分け前と言いまして、自然と無くなってしまう分なのですよー」
「日本酒じゃなくてワインの話でしょうがそりゃ。志乃さんの入れ知恵だな?」


「茄子さんにはさ。事務所入ったばっかの頃、色々お世話になったの」

 出来上がった玉子酒を断熱タンブラーに詰めながら、美嘉ちゃんは呟くように言います。

「ぽこ?」
「アタシについては……ちゃんと話すと長いから、今度にさせてね。
 とにかくアタシが入った頃はこの部署も小さくて、茄子さんが直接の先輩だったんだ」

 そうなのでした。
 美嘉ちゃんはうちでもだいぶ先輩にあたるポジションの子です。
 本人が先輩風を吹かすようなことを嫌うから、私達は上下の関係なく友達ですけど。

 今となっては結構な大所帯になって、私や蘭子ちゃんはその中期加入組。
 周子ちゃんや紗枝ちゃんはちょっと後、比較的新しい方に入ります。

 中でも美嘉ちゃんは最初期に入った組。
 順番に、楓さん、芳乃ちゃん、茄子さん、美嘉ちゃん――というのが事務所発足から間もなくのメンバーだったそうです。

「あのひと凄く優しいから、アタシも結構甘えちゃったりしてさ。
 こっちが立派になったら改めて恩返ししようと思ってるんだけど……っと、これでよしっ」

 しっかり封をした断熱タンブラーを専用のポーチに入れて、美嘉ちゃんは頷きます。

「これがちょっとでもお返しになるなら、しっかりやんなきゃね★」


美嘉「――お待たせ! そっちはどう?」

周子「うん、兎さんと芳乃ちゃんが頑張ってるとこ」

芳乃「かしこみーかしこみもうすー、ひとえに願いたてまつるー」

兎(シュバッシュバババッ ササササッ スタタタタンタタンッ)

筋肉P「……これ何の儀式?」

周子「ドアを開く為なんだってさ。兎さんもう長いことノンストップだよ」

紗枝「こんこん」


   ――キィ……

美穂「ぽこ……っ!」

兎(クワッ)

蘭子「閉ざされし封印が……!?」

美嘉「プロデューサー、今!」

筋肉P「よしきた!」ガシッ


   バンッ!



 扉の向こうにあるのは、仮眠室ではありませんでした。

 ほんの六畳ほどのスペースにベッドがあるだけの部屋は、どこにもなくて。


 私達の目の前には、闇に包まれた深い森がどこまでも広がっていたのです。


 ふと森で風が吹きました。
 その風は穏やかに草木を揺らし、自然の夜気をたっぷり含んで会社の廊下に流れ込んできます。

 なんだか何かの花のような、とても安心する匂いがしました。


「あ、あれ? なんだ、急に…………」

「ふわぁぁ……ごめん、あたしなんか超眠い……」

「おやふみなしゃい……」

 えっ!?

「ちょ、ちょっとプロデューサー! 周子!? 蘭子ちゃん!? どうしちゃったのいきなり!?」
「ぽこ、ぽこーっ!(そんなとこで寝たら風邪引いちゃいますよぉ!)」
「こんっこんっ(寝不足いうんやなさそうやなぁ、これは……)」

 風に頬を撫でられるが早いか、三人ともその場に崩れるように倒れ込んで、そうかと思ったらすぅすぅ寝息を立て始めたのです。
 呼びかけてもダメ、揺さぶってもダメ、ぺしぺしやってもダメ。起きる気配ゼロです。

「えへへぇ、わたしも漆黒の翼~……」
「あぁん、そないに食べられへんってぇ~……」
「ううっ……に、人形が……人形が楓さんみたいな声で喋ってる……」

 しかも夢まで見てるようでした。


「芳乃ちゃん、楓さん! 何が起こったかわかる!?」

 二人と兎さんは比較的落ち着いていました。

「これは茄子ちゃん、よっぽど深く寝入ってしまっているみたいね。困ったわ」
「ふむー。三人が眠ってしまったのはー、森より吹く風を浴びたからでしょうー」
「風? でもアタシ達は別になんとも……」

 私と紗枝ちゃんも、それにそもそも芳乃ちゃんと楓さんと兎さんも。
 何か条件があるんでしょうか?

「何かしら妖術の心得がありー、あるいは通力、仙道の類に多少なりと通ずる者なればー、これしきはー」
「そ、そうなの? ていうかこの風ってなんなの? ひょっとして茄子さんが……!?」
「多分、そうなのだと思いますけど。茄子ちゃんは自分がそうしている自覚も無いんじゃないかしら」

 言いつつ楓さんは愁いを帯びた表情で、懐からマジックペンを取り出します。
 キャップをきゅぽんっと外します。

「茄子ちゃんは今、夜の中にいるの。夜はみんな眠るものでしょう?」

 プロデューサーさんのお顔にマジックを近付けます。

「彼女がぐっすり眠れば、それはもう夜なんです。そうした眠りの気が染み出て、みんなを誘っているんじゃないかしら」
「よ、よくわかんないけど……って何しようとしてんの楓さん!? ストップストップ!!」
「あら、お約束だと思って……」

 ぎりぎりでプロデューサーさんのお顔への狼藉は阻止されました。


「しかしながらー、少々困ったことになってしまっておりますー」

「扉は放たれ、眠りの夜気は外界へと解き放たれてしまいましてー」

「効かぬ者もおりましょうがー、多くの者達はー、なすすべもなく眠るばかりなりてー」


 淡々と語る芳乃ちゃんの言わんとするところを、私達はすぐに察しました。
 夜になってみんな大慌てで、それでもそれぞれの生活があって……。

 仮にこの風が街中に広がって、色んな人達が眠ってしまったとしたら……。

「と、とんでもないことになっちゃうじゃん……!」
「さようー。一刻も早くあの中に入り、茄子さんの風邪を治さねばなりませぬー」

 言って、芳乃ちゃんはすっくと立ち上がりました。
 いつの間にやらその手には、手折られてなお瑞々しい榊の枝が握られています。


「夜気はわたくしが留めまするゆえー、そなたらは、お早く玉子酒をお届けくださいませー」
「芳乃ちゃん……。わかった、急ぐね!」
「ぽこっ!」
「こんこん」

 芳乃ちゃんは鷹揚に微笑んで、一言、

「お頼み申しまする」

 不思議なことにその時だけ、語尾が伸びていませんでした。


 入るのは私と紗枝ちゃん、そして美嘉ちゃん。
 兎さんが先に立って道案内をしてくれます。


「中の森には月が出ていますから」

 眠ってしまった三人には、楓さんがついていてくれます。
 事務所から持ってきた毛布をかけながら、彼女はアドバイスをくれました。

「先に進むと、長い長い石階段があります。それを見つけたら、あとは最後まで登るときっと着くと思うわ」
「わかった、ありがと!」
「三人とも気を付けて。兎さんについていけば、間違いない筈ですから」

 ひらひら手を振って見送ってくれる楓さん。そういえば、どうして中のことを知ってるんだろう……?

 私達は覚悟を決めて、扉の向こうに踏み出しました。


 一歩出たその瞬間、そこはプロダクションの社屋じゃなくて、自然そのままの広大な森でした。


 空を見上げれば、確かに月。

 蒼く照らされた梢が揺れて、さわさわと音を立てています。

 故郷の山と似ているようで、少し違うような。

 すぐそこにある山の中のようで、ずっとずっと遠い異国の地のような。今のような、昔のような――


「こん(美穂はん)」
「ぽんっ(え、あっ)」
「行こ。早くしないと大変なことになっちゃう」

 兎さんが何メートルか向こうにいて、こっちを振り返りながら先へ進みます。
 私達は慌てて、白く浮き上がるようなその姿を追いました。


『――――こほっ……』


 静かな夜空に、鈴を鳴らすような声が響き渡ります。
 すぐに茄子さんだとわかりました。
 茄子さんがこの森のどこかで、眠りながら咳を繰り返しているのです。


『こほ、こほっ……けほっ……』


 不意に、巨大な何かが空の彼方でとぐろを巻き、それが唐突に地上に襲い掛かってきました。
 風です。
 龍のような太く強い風が地をさらい、木の葉を吹き飛ばして私達に吹き付けました。

「ぽーんっ!?」
「こんこんっ」


『けほっ、けほけほっ』


 竜巻が生まれ、木々が風の軌道にねじ曲がります。


『こほっ……えほっ、えほっ』


 月の光はますます冴えて、豪風が吸い込まれるように遥か後ろに流れ去ります。
 その先は、扉の外。表の世界です。

 天地をひっくり返すような風の渦。私達は耐えるだけで精一杯で、兎さんの姿がもう見えません。

「美穂、紗枝ちゃん! 離れないでね!」

 と、美嘉ちゃんがぐぐっと全身に力を込めました。

「あんまり得意じゃないんだけど……っ!」


 次の瞬間、
 視界が一気に上昇しました。

 ――と、飛んでる!?

「ぽこーっ!」
「ちゃんと掴まってて!」

 右腕に私、左腕に紗枝ちゃん。
 どっちもそんなに重くはないけど、女の子の片腕にはきついかもしれません。
 美嘉ちゃんは自分の翼をいっぱいに広げて上昇し、風に精一杯抵抗しながら高度を稼ぎます。


 世界には、果てが見えませんでした。
 地平線っていうんでしょうか。そういうのすら判然としません。
 暗いせいか、それとも最初からそんなもの無いのかな?

 真上には月、眼下には深海のように蒼く浮き上がる森。

 そんな中でただ一点、白く光るような小さなものが――


「ぽこっ!(美嘉ちゃん、あそこ!)」
「うん、行くよ!」

 急降下姿勢。だ、大丈夫なんでしょうかこれ!?
 左右から殴りつけるような風に晒されながら、私達は兎さん目がけて地上を目指します。

 ……なんとか着地!
 ずさーーーっと滑り込んだ先で、兎さんが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねています。

 彼(彼女?)が指し示す先に、楓さんの言っていた、長い長い石階段がありました。


 あちこちで強くなった竜巻はもはや森すら破壊して、枝と言わず葉と言わず空にぶちまけています。

 ひらひら舞う木々の残骸が宙で月を受けて、それらはまるで夜光虫のような光の靄を闇に投じていました。
 

『こほっ、こほっ』


 咳を一つするごとにまた風が生まれて、眠りの気配と共に外へと流れ出ていきます。
 きっと苦しいでしょう。
 本当はもっと安らかな眠りがあるはずなのに。

 三匹と一人、てちてち石階段を登っていく途中、上の方に眼も醒めるような赤色がありました。

 大きな大きな、鳥居でした。


 鳥居をくぐった先には、意外なほど普通な家が一軒。
 年季の入った立派な木造平屋と、門前に『鷹富士』の表札。
 一目でわかりました。
 ここが、茄子さんのおうちなんだ。

「茄子さん!」

 鍵がかかっていなかったので、もうそのまま入っちゃいました。
 美嘉ちゃんが呼びかけながら襖を一枚一枚開けていきます。
 幾つもの座敷と長い廊下を過ぎ去って、突き当たりの襖から光が漏れていました。


 月ではない橙色の、心が暖かくなるような灯。

 家の灯り、とでも言うべきものでした。


「茄子さん、茄子さん。大丈夫?」

「けほっ、こほっ……。え……?」

 お布団に横たわっていた茄子さんが、綺麗な金色の目をぼんやり開きます。

「美嘉ちゃん……? それに美穂ちゃんに、紗枝ちゃんに……」
「もう、心配したんだよ?」
「ああ――」

 と、茄子さんは口元を押さえて、

「だめです、美嘉ちゃん。私まだ風邪が治ってませんから。きっと迷惑を……」
「うん。だからね、兎さんにアドバイスされて、玉子酒作ってきたの」


 断熱タッパーを開くと、あまぁい香りがふわっと座敷に満ちていくようでした。
 茄子さんはむっくり体を起こし、両手で大事そうに抱えたそれを、ゆっくり口元に近付けて――


 形のいい口元に、綻ぶような笑みが浮かんで。
 ほんのり頬に朱を差して、茄子さんはしみじみと呟きます。


「美味しい……♪」


 その時、空がぐるりと回りました。
 夜は竜巻ごと西の彼方へ、月はその残照ごと夢の間に消えて。

 風はにわかに暖かさを孕んで――東の果てから、お日様が蘇ってきました。


 ありがとう、という言葉が聞こえた気がしました。


 ゆったりとした風と柔らかな光に包まれて、私達の意識は遠くなっていきます。


 頭を撫でてくれる、優しい手の感触。


 ―― 2018年 1月某日 事務所


P「では改めて……あけまして」

茄子「おめでとうございますっ♪」

芳乃「でしてー」


P「茄子さん、今年も年末年始のお仕事お疲れ様でした」

茄子「プロデューサーもお疲れ様でした~。ふふっ、今年も楽しかったですね♪」

P「みんなとのカウントダウンLIVE、新春かくし芸大会、アイドル格付けチェック、マッスルキャッスル正月特番にあれやこれやそれやどれや……」

P「……改めて考えたらとんでもない仕事量だな。めちゃくちゃ助かってます」

茄子「うふふ、お役に立てて何よりです。それじゃ、後はみんなにお任せして、ちょっとだけお休みさせて頂きますね♪」

P「ええ、そうして下さい」



P「………………ん?」


茄子「どうかなさいましたか?」

P「あれ? いや……なんかこういうこと、前にもあったような?」

茄子「あ、既視感っていうんですよね、そういうの。よくあるみたいなんですよ~」

茄子「――色んな方にたくさんご迷惑をおかけしちゃいましたから。これくらいはさせて下さいね?」

P「何がですか?」

茄子「いえいえー。あ、これ島根のおろち饅頭です。よろしければどうぞ~♪」

P「おっマジすか、よくわかんないけど頂いときますね。ありがとうございます」

芳乃「茄子さんー茄子さんー。わたくしにもーわたくしにもー」

茄子「芳乃ちゃんには俵せんべいをご用意していますよっ。たくさん頑張って貰っちゃいましたからね~」

芳乃「まことにもってー」ポリポリ

P「うーーーむ……?」

P「ま、いいか」


 その後の茄子さんは、しばしの休暇を思いっきり楽しんだ。
 楓さんと飲みに行ったり。
 美嘉や美穂、周子や紗枝、蘭子を連れて初詣に行ったり。

 本人曰く「迷惑をかけてしまった」という色々な人に声をかけて、相手も自分も存分に楽しい休日を過ごしたそうだ。

 ……俺からすればその「迷惑をかけた」ってこと自体にピンと来ない。
 茄子さんが誰かに何かやらかしたなんて話は聞かないのだが。

 と呟くと、そういうものですよ、と楓さんは言う。
 そういうものでして、と芳乃も言う。

 しかし例の既視感はやっぱりまだあって、俺の微妙な気分を察してか、茄子さんはこんなことを言った。


「――大切なことは、ちゃんと前に進んでいますよ。だからご心配なさらないで下さい」


 とにかく年が明けて、日常は平和そのものだった。
 年末年始の多忙を極めるスケジュールが一段落し、俺の気もちょっと休まる。
 事務所でうつらうつらしているとこずえがやってきたので、ソファで一緒に昼寝をしたりもした。


 そんなこんなで、一月は何事もなく過ぎていくのだった。


  ―― アイドル女子寮


美穂「ごめんね美嘉ちゃん。急に呼び出しちゃって……」

美嘉「んーん。それにしても、料理を教えて欲しいだなんて珍しいね?」

美穂「あはは。なんだかなんとなく、私もちゃんと勉強しないとなって……」

響子「任せてくださいっ。私と美嘉ちゃんで、手取り足取り教えてあげますからっ!」フンス

美嘉「うん★ やるからには、ちゃーんと教えなきゃだからね!」

響子「えーっとここはお醤油とみりんで……あっ、みりん切らしてた!」

響子「倉庫に備蓄があったと思うから、取ってきますね!」タタタ

美嘉「はーい、お願い★ それで、ここはお醤油適量で……」

美穂「うん……。…………あのね美嘉ちゃん」

美嘉「んー?」


美穂「美嘉ちゃんって悪魔と人間のハーフなの?」


美嘉「」ダバダバダバダバダバ

美穂「わあ!? み、美嘉ちゃんお醤油! 入れすぎてるよぉ!」


美嘉「し、し、知ってたの? 誰から聞いたの? プロデューサー?」

美穂「え……えっと、誰から聞いたわけじゃなくて……」

美穂「なんとなく、そんな感じがした……のかなぁ?」

美嘉「や、野生の勘……っ!?」

美嘉「……じゃなくて! アタシ、今まで黙っててホンットごめん!」

美嘉「ちゃんと説明しようと思ってたんだけど――」

美穂「大丈夫。怖がったりなんてしないよ」

美嘉「え?」

美穂「悪魔って言っても、美嘉ちゃんが良い子だって知ってるし……」

美穂「もしそれが理由で言えなかったなら、気にしないでいいよ! むしろ、カッコいいと思う!」

美嘉「…………全部お見通しか。敵わないなぁ」


 美嘉ちゃんはぽつぽつと自分の話をしました。
 悪魔と人のハーフとして生まれたこと。
 妹の莉嘉ちゃんもそうだけど、あちらは人の――お父さんの血が濃いこと。
 けど生まれも育ちも埼玉なので、感覚的には人間とほとんど全然変わらないこと。

 ある日を境にプロデューサーさんと出会って、モデル業からアイドルに転身を決意したこと。

 思えば、どうして今まで聞かなかったのか不思議です。
 美嘉ちゃんはいつも最前線を走っていて、頼れる先輩で、そういう意識が心のどこかにあったのかもしれません。

 正体を知った今、私はもうちょっと美嘉ちゃんに踏み込みたいと思っていました。

 ……あれ? でもどうやって知ったんだっけ。
 なんとなく以外に説明できません。


「あのね、美嘉ちゃんさえ良ければ、聞かせて欲しいな」
「ん……何を?」
「美嘉ちゃんがアイドルになった時のこととか、もっと詳しく」

 入れすぎたお醤油のリカバリーに四苦八苦しながら、美嘉ちゃんは苦笑します。

「あんまり大した話じゃないよ?」
「そんなことないよ」

 そう、そんなことない。
 美嘉ちゃんは私が知らない色々なことを知ってる。
 お料理もお洒落もそうだし、アイドルとしての色んな経験とか。
 最初の頃の事務所とか、私が会う前のプロデューサーさんとか。

 美嘉ちゃんは私の顔を改めて見返して、本気らしいことを察してくれました。

「……ん、わかった。じゃあまず、このお料理をモノにしちゃおうか!」
「うん!」

 タイミングよく、みりんを持って響子ちゃんが戻ってきました。
 あ、お醤油のことどう説明しよう。
 場合によってはお料理のプランを変える必要があるかも。そう思い、美嘉ちゃんと目を見合わせて笑いました。


 ~おしまい~

〇オマケ


P「…………」

兎(フンフンフンフンフンフン)

P「………………」

兎(ピスピスピスピスピスピス)

P「ほれほれ」ナデナデ

兎「♡」

芳乃「そなたー、お客様でしてー?」

茄子「あら、来てくれたんですね~」

P「うんお客様っていうか……なんか、どこからともなく兎が来た」

兎(フンフンフン)

芳乃「ほほー。息災であったようで、何よりでしてー」

茄子「その子のこと、いっぱい撫でてあげてくださいね♪」

P「もちろんですとも。っていうか、なんかコイツにはすごく世話になった気がするし」ナデナデモフモフ

兎「♡♡♡」フワフワスリスリ


茄子「あ、そうだ。そろそろ戻っても大丈夫ですよ?」

兎「!」

P「戻っ……?」

   フワァ

   ポンッ!

???「茄子さん、お元気になって良かったですっ」

P「ブーーーーーーーーッ!!!」

???「ひゃあ……っ!? ど、どうしたんですか!?」

P「兎が!! 兎が美少女になった!?」

芳乃「そなたー」フキフキ

茄子「うふふ、プロデューサーったら。それはもう馴れっこなんじゃありませんか?」

P「それはそうだが……! 新鮮な驚きは大事にしたい……!!」

茄子「ところで、どうして懐に手を忍ばせているのでしょう?」

???「え、え……っ」

芳乃「ふむー。そなたもお好きでいなさるー」

P「誤解を招くような言い方するんじゃありません。ともあれ……」


P「君、アイドルやってみませんか?」つ[名刺]


???「あ、え、あの、でもわたし……っ」

茄子「どうでしょう? せっかく来てくれたんだし、やってみては」

茄子「親御さんには私からお話ししておきますから♪」

???「あ……アイドル、ですか……」

???「でもあの、いいんでしょうか、わたしなんか……弱気だし、人前で歌うなんて……」

P「いいかどうかで言えば、最終的に決めるのは自分だ」

P「でも俺はいいと思う。ティンと来た」

P「これも何かの縁だ。ここは一つ、挑戦してみてはどうだろうか?」

???「……。わ、わかりました」

???「ほんとは、自分を変えたいって思ってたのかもしれません。ありがとうございます……わたしを拾ってくれて」

P「よし、決まりだ! それじゃあまず、君の名前を教えてくれるかい」

???「あ……はい」


智絵里「緒方、智絵里といいます。その……よろしくお願いします、プロデューサーさん」


茄子「智絵里ちゃんは三重の子ですから。一緒にお伊勢参りにも行く仲なんですよ~」

P「そうか、三重から……。それじゃ寮ってことになるかな。ともあれ、すぐに必要な書類を渡すよ」

智絵里「寮、って……えと、やっぱりよくないんじゃ……」

智絵里「わたし、その、兎で……人間じゃなくて。そんな子が寮なんかに入ったら、みなさんびっくりしちゃうんじゃ……」

P「ああ……」

芳乃「ほー」

茄子「ふふっ♪」

P「大丈夫だよ。うち、そういう子結構たくさんいるから」


 ~オワリ~

 おしまいです。お付き合いありがとうございました。
 限定茄子さんお美しいですね。
 HTML依頼出しておきます。

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