OL「キミ、傘ないの?」 (114)

【駅前】

僕「え? あ、…はい」

OL「よかったらこれ使って」

僕「や、でも…っ」

OL「私なら平気だから。カレシが迎えに来てくれるって言ってるし」

僕「そうじゃな――」

OL「あ、きたきた。風邪引かないようにね、バイバイ」ヒラヒラ

僕「……」

母「遅くなってごめんなさいね。出がけにお父さんが眼鏡はどこだーって言い出して」

僕「ううん」

母「テストどうだった?」

僕「悪くないと思うよ」

母「フフッ、まあ、あなたなら大丈夫よね。なんならもう一つ上の高校でも、って担任の先生に薦められたくらいだもの」

僕「……」

母「あら、その傘どうしたの?」

僕「…ちょっと」

~ 15分前 ~

OL「うわあ、雨だわー、傘ねぇわー」チラ

OL「…この傘借りパクしたろ。ビニール傘やし」スタスタスタ

ピロリロリン

OL「たかしからだ。なになに『傘ある?迎えに行こうか?』」

OL「使える男やなぁたかしは。この傘どないしよ?」キョロキョロ

そして>>1

【次の日/通学路】

友人「お、は、よっ♪」ドンッ

僕「おはよ」

友人「朝からテンション低いなー」

僕「一般的に朝は低いものでしょ。友人が異常なんだよ」

友人「数少ない友達を異常者扱いするんじゃねーよ」

友人「まあ、たしかに俺は『一般的』なんてつまんない枠には、おさまりきれない男だけどな」

僕「そうして今はヤンチャで通るけど、社会に出たとき抗う術なく淘汰されていくんですね、わかります」

友人「……。つか、なんで傘なんか持ってきてんだよ。今日は1日中晴れの予報出てたぞ情弱!」

僕「僕のじゃないから」

友人「は? 盗んだの? お前……らしくないことすんじゃねーよ!」

僕「じゃなくて、押し付けられたんだよ、昨日。駅で」

友人「誰に?」

僕「知らない女の人」

友人「…ほーん。女の人ねえ」

僕「……」

友人「で?」

僕「?」

友人「だからどうだった?」

僕「どう、って。なにが?」

友人「美人だったかって訊いてんの!」

僕「…さあ、普通じゃないかな」

友人「それじゃわかんねーよ! たとえば、ガッキーに似てた~、とか、あるだろ!」

僕「…わかんないよ。テレビとかほとんど観ないし、…一瞬だったし」

友人「んだよ、それ。おもしろくねー」

僕「…ただ」

友人「? なんだよ」

僕「いい匂いがした」

友人「フ○アフレグランス!」

僕「知らないけど」

友人「これは春の予感だわ!」

僕「まだだいぶ先でしょ」

友人「いいや、春だね! なんにせよ、千賀屋が聞いたら泣くな」

僕「? どうしてそこで千賀屋さんが――」

【放課後】

僕「……」

友人「なあ、俺もついてっていい?」

僕「なんで?」

友人「だって気になるじゃん」

僕「ならなくていいよ。普通に傘返すだけだし」

友人「けーどーさー」

女友「部活はどーした」

友人「げ、千賀屋…」

僕「千賀屋さんは今から帰り?」

女友「う、ううん。あたしは委員会の資料作りがあるから」

僕「そっか、参考になるかわからないけど僕の机の中に去年のやつがあるから、よかったら使ってよ。それじゃあ、また明日。友人も」

女友「うん…」

友人「俺はついでかよ」

僕「……」ヒラヒラ

女友「――あ、あの!」

僕「?」

女友「ありがと…」

僕「がんばって」ヒラヒラ

【駅前】

僕(…1本電車遅れちゃったけど、会えるかな)

?「いい加減にしてよ!」

僕(? なんだろ。時計灯のほうからだ)ヒョコ

男「駄目じゃないか、そんな大きな声出して」

OL「……」

僕(昨日の人だ! いっしょにいるのは……迎えに来てた男の人?)

男「とにかく、今は話合おう。さあ、車に乗って」ガシッ

OL「…っ、痛」

僕(…どうしよう。嫌がってるみたいだけど、ただの痴話喧嘩だったら――)

男「大人しくしなさい!」バッ

OL「――っ」ビクッ

僕「!!」



僕「あの、すみません」

男「?」

OL「…キミ、昨日の」

僕「彼女嫌がってますし、これ以上騒ぎを大きくしないほうがいいじゃないですか?」

男「なんだね、君は。これは僕達二人の問題なんだ、部外者は黙って――」

僕「ご尤もなんですけど、さっきのお姉さんの声でみんなの注目集めちゃってますし、そんな中、手を上げたりしたら不味くないですか? このままだと、ほら――どこかの気の利いた部外者が警察に通報、なんて事になりかねませんし」スマホ チラッ

男「…っ」


……
………

OL「はい、どうぞ。なにがいいかわからなかったから、とりあえず微糖にしたけど、よかったかな?」スッ

僕「はい、ありがとうございます」

OL「どういたしまして」クスッ

僕「……」

OL「…昔話にさ」

僕「?」

OL「あるじゃない。鶴の恩返しって――それを思い出したよ。キミが来たとき」

僕「はあ……鶴ですか」

OL「なに? 不服?」

僕「いえ、べつに…そういうわけじゃ」

OL「う・そ。カッコよかったよ。王子様が来てくれたのかと思うくらい」

OL「思いのほかかわいい王子様だったけどね」クスッ

僕「……」

OL「さっきはありがと。助けてくれて」

僕「…お姉さんには借りがあったので」

OL「それって傘のことだよね? 傘1本で、普通あそこまでできないよ」

僕「…そうですか?」

OL「うん。誰だって面倒事には巻き込まれたくないでしょ」

僕「それは嫌ですね」

OL「ほんと、ありがとね。缶コーヒーいっぱい感謝してるよ」ニコッ

僕「巻き込んでしまった負い目とかもさほど無さそうで何よりです」

OL「私が助けを求めたならさて置き、首を突っ込んできたのはキミでしょー。私は悪くないもーん」


僕「……あの人、お姉さんの付き合ってる人なんですよね」

OL「そうだよ。イケメンでびっくりした?」

僕「どんな理由であれ女の人に暴力をふるうのは――」

OL「うん、そうだよね。最低だと思う」苦笑

僕「……」

OL「冷え込んできたし、帰りましょ。送ってくよ、タクシーだけど」

僕「…大丈夫です」

OL「えー、お礼としてそのくらいはさせてよ~」

僕「お礼ならコレ1本でお腹いっぱいですよ」

OL「そう? なら、ここで」

僕「はい。あと、これ……ありがとうございました」傘スッ

OL「いいえ。それじゃ――」

僕「……」

僕「あの人とは…!」

OL「……」

僕「あの人とは……もう」ウツムキ

僕(…会わないで)

僕「……」

OL「もう…そんな顔しないの」ギュッ

僕「……」

OL「大丈夫だから――」ナデナデ

僕(ああ、やっぱり……)

【次の日/通学路】

友人「ふあ~、ねみー」

僕「また徹夜でゲーム?」

友人「おう! モ○ハンまでの繋ぎのつもりで買ったやつが意外と面白くてさー、今夜も徹夜だぜっ」

僕「ほどほどにしときなよ? 期末近いんだし」

友人「へいへい。で、昨日はどうだったよ。ちゃんと返せたんか?」

僕「…うん、返したよ」

友人「へえ、やったじゃん」

僕「……」

友人「それでそのあとは?」

僕「そのあと?」

友人「名前は? 歳は? 住んでる場所は? LINEのIDは?」

僕「訊いてないけど…」

友人「はあ~? なんもなかったのかよっ」

僕「なにも、って――そんな」



OL『もう…そんな顔しないの』ギュッ

OL『大丈夫だから――』ナデナデ



僕「な、なかったよ…!」カァァッ

友人「?」

女友「おはよう」

友人「うおっ」

僕「おはよう、千賀屋さん」

友人「どしたん!? 今日は随分と社長出勤じゃん!」

女友「起きたら寝癖が酷くて直すのに手間どったのよ。それもこれもお姉ちゃんがドライヤー壊すから――」

友人「おーおー、女子様は毎日髪の毛一つとっても大変ですねー」

女友「は?」ドスッ

友人「いってぇえええ!! なにすんだよ!? 日々の労を労ってやったんじゃねーか!」

女友「ごめん、ウザすぎて体が勝手に動いたみたい。無意識って怖いわね」

友人「怖いのはその一言で片付けようとしてるお前の性格の方だよ!」

僕「プッ、フフッ…」

女友「ちょ、ちょっと! あんたのせいで音瀬くんに笑われちゃったじゃない!」

友人「理不尽っっ」

僕「でも、うん…、やっぱり大変だよね、女の子って。髪の手入れもそうだけど、ほかにも色々と気を回さないといけないことが多そうで」

僕「勉強に部活、委員会の仕事――学校だけでも大変なのに、千賀屋さんはすごいよ」

女友「あ、あたしがすごいって言うか……女子はみんなやってるし、それが当たり前って言うか…」カァァッ

僕「だって、千賀屋さんの髪いつも綺麗だから」

これおーえるルートだよな?
千賀屋ちゃんルート書いてよい?

>>28
まだ決めてません
でも、終わってからなら是非!

♯ Chigaya


あたしが彼を知ったのは中学1年の頃、最初の期末テストの結果が張り出された時だった。

ナリセ シヅル
音瀬志鶴。


それが、これまでの人生において順位と呼ばれるもので、はじめてあたしより上に位置付けられた人の――今では片時も忘れることすら叶わない、彼の名前だ。

とはいえ、なにも最初からこうだったわけじゃない。

それこそ学年トップの座を奪われたばかりの頃は一方的に敵視していた。小賢しいあたしは、それを表に出すことはなかったのだけれど、今になって思えば、取り繕いきれていなかったのだろう。

滲み出ていたその敵意を感じとったのか、1年最後の期末テストを来週に控えた金曜の帰りにこんな事があった。


【1年前】


女子「加賀屋さん、私達これから駅前に新しくできたパンケーキのお店に行くんだけど、一緒にどう?」

あたし「ごめんなさい、せっかくだけど遠慮しておくわ。今ダイエット中なの」

女子「そっかあ、ざんねーん。じゃあ、またねー」

あたし「ええ、また」ヒラヒラ

あたし「……」

男子「音瀬ー、帰りゲーセン寄ってこうぜー」

あたし「…!」

彼「いいけど、もう少し待ってて。日誌書いてるから」

男子「はあ? んなもん日直にやらせとけよ」

彼「だから、その日直が僕なんだってば」

あたし(…休み明けにはテストだってのに、あいつ)

あたし(せいぜい気を抜いてればいいわ。今度こそトップの座から引摺り降ろしてやる)

加賀屋×
千賀屋○


【昇降口】


あたし(それにしても、あの余裕…ほんと頭にくる! なに? あたしなんか眼中にないってこと!? 体なんかひょひょろでモヤシみたいなくせに、ちょっと勉強ができるからって生意気なのよ!)ズカズカ

あたし(あんたは得意な勉強で1番になれればそれで満足なんでしょうけど、あたしは違う)

あたし(これまで何をやっても1番であり続けた――親に言われて嫌々はじめたピアノも、バレエも、絵画も、すべて)

あたし(そうじゃなきゃ――)


父『なんだ、これは。目障りだ、こんなくだらんものを私に見せるな』


あたし(意味がなかったから…)



あたし(こんなところで躓いてたまるもんですか。次の期末であいつよりいい成績を残して、今度こそ――)ズカズカ

?「千賀屋のやつ、せっかくウチらが誘ってやってんのに、あいつ、最近付き合い悪くなーい?」

あたし「…っ」ビクッ

女子A「それなー。『ダイエット中だから』とか、嫌味かっつーの」

女子B「どうせ試験近いから勉強する気なんだろうけどさ、それならそれで素直にそう言えばいいのに」

女子C「あいつのそういう、なにもしなくてもデキる女アピール、クソウザいんだけど」

女子D「基本的にウチらのこと――ってか、クラス全員下に見てるからね、あいつ」

女子C「わかる。だから、よっぽど悔しかったんじゃん? 音瀬に拔かれて。マジでざまぁ」

女子A「男子ウケいいからお情けでウチらのグループに入れてやってんのに、なんか勘違いしてるよね、あの性格ブス」

女子D「もうめんどくせーし、休み明けからハブってよくね?」

女子C「なにそれ突然の掌返しでガン無視? くっそウケんだけど!」

ゲラゲラ

あたし「……」ギュッ

音瀬でナリセ読みは正しいんか?

>>42
実在しているものの姓としての正しい読みは「おとせ」だそうです。
最初「なるせ」にしようと思っていたのですが、入力ミスで「なりせ」と打ってしまったところ「音瀬」と予測に出てきたので、耳慣れないながらも響きも字面も気に入ったのでこちらにしました。
実在する音瀬さんの世帯数は全国で220程度しかなく、大変珍しい名字らしいです。

>>43
成程、宛て字読みなんか独自読みなんか間違いかと気になっただけやから
あんま気にせんでな。解答有難う。

イッチ遅くても良いから最後まで頼むで

>>44
こちらこそ判りづらくて申し訳ありませんでした。
ご指摘ありがとうございました。
>>45
お気遣いありがとうございます。
きちんと書き上げられるように自分のペースで無理なく
投下していくつもりです。


あたし(ばかみたい…なに落ち込んでるんだか)

 図星だった。
 実際、同世代の子達のことは見下していたし、そもそも、音瀬の件があるまで競う相手とすら認識していなかったのだ。

 これまで培い、積重ねてきたものが根本的に違う。

 時間も。
 質も。

 だから、あたしがトップに立ち続けるのは当然のことで、そこには何の喜びも達成感もなかった。
 宿命づけられた頂点。
 それはどこか呪いじみていた。

あたし「あーあ…」

 自分では結構うまく立ち回れてるつもりだったのにな。
 大きな溜息を1つ零して、下駄箱に足を向ける。

?「千賀屋さん…?」

 突然、後ろから声をかけられて体が瞬時に固まった。
 いきなりのことで驚いたからではない。
 振り返らずとも声の主が誰なのか、わかってしまったからだ。

 できれば今1番会いたくない人間に、不運にもあたしは呼び止められてしまった。


彼「日誌を提出しにいったら引き止められて大変だったよ」

あたし「そ、そう…。今宮くんは…?」

彼「友人なら待ってらんないから先行ってるって――会わなかった?」

あたし「ええ…」

あたし(どうしよう……さっきのあの子達の会話聞かれてたら)

彼「千賀屋さんは? 今から帰り?」

あたし「……」

彼「?」

彼「千賀屋さん? どっか具合でも悪いんじゃ……さっきから上の空だし、全然こっち見て――」

あたし「そんなこと…っ」フリムキ

彼「え…?」



あたし「…あれ?」ポロポロ


あたし「なんで……あたし、泣いて……」ポロポロ

 ふいに、流れ出した涙は何度拭っても次から次へと溢れ、それに続くように自然と嗚咽も漏れはじめる。

あたし「ごめんなさい……っ、ほんと、…どうしてこんな……すぐ、止める…から」

彼「千賀屋さん…」

あたし「あ、あれ…? っ、おかしい…な――」

 込み上げてくる情けなさと恥ずかしさに、本気でこの場から逃げてしまおうか、なんて考えがよぎったとき。涙を拭っていた片方の手が自由を奪われ、それが、彼に掴まれたせいだと、しばらくして気が付いた。

 そして、彼の両手があたしの手をそっと包み込むと、じんわりとした心地好い温もりのあとに掌にはハンカチが握らされていた。

 彼「止めなくていいから」

 その一言は信じられないくらい優しくて、本当にあたしを想っての言葉だというのがわかって――だから、もう泣き止もうとするのはやめた。
 
あたし「…ごめん、今だけでいいから……肩、かして?」

 顔は見れなかったけれど、少しの間のあと彼が頷いたのがわかり、控え目に頭を預ける。
 生まれてはじめて自分以外の鼓動を近くに感じながら、素直に声を出して泣いてみて、ようやく、この涙の理由を知った。

あたし(ああ……そうか)




 あたし、安心したんだ――。

 

ハンカチ使わないんかーい。



と、ツッコまれそうだったので先手をうたせてもらいます。


……
………


彼「落ち着いた…?」

 ずびっ、と。鼻をすするあたしに、彼は申し訳なさそうな声で訊ねてきた。涙腺が壊れたのではないかと疑うほど、とどまることを知らなかった涙も、それにともなって洩れていた嗚咽も、落ち着いてしばらく経つ。彼としては早くこの状況から解放されたいのだろう。
 
 けれど、あたしの頭は依然として彼の肩に預けられたままだった。

 べつに彼を困らせようと心密かに画策して、というわけではない。少し前から首が悲鳴をあげているので、現状の打開はあたしとしても急務なのだ。なのだけれど。

あたし(どうしよう…)

 あのときはその場の空気に流され、深く考えずに頼んでしまったものの冷静さを取り戻して気付いた。
 自分がとんでもなく大胆なお願いをしていたことに。
 今のあたし達は誰がどう見ても親密な関係に見えるだろう。

 実際、泣きじゃくるあたしと静かに肩を貸す彼の傍を残って勉強をしていたと思しき生徒らが横切る際、「え? なに?修羅場?」「やばくない?」と囁いていたのを聞いた。

 おそらく遠慮のない好奇の目も向けられたに違いない。
 顔を伏せていたあたしはいい。
 彼はそれらをどんな気持ちで受け止めたのだろう。

 そう考えると、とても申し訳なく思えた。

あたし「…ごめんなさい」

彼「?」

https://i.imgur.com/4rEiYNL.jpg

すみません、ちょっと小粋なジョークです。
今日は投下できそうにないので、その報告に来ました。
あと、ラストにはちょっとしたサプライズも用意していますので
よろしければもう少しだけお付き合い下さい。


 こんなんじゃ駄目だ。きちんと謝ろう。
 意を決し、顔を上げる。

あたし「…っ」

 彼の目がまっすぐにあたしを見ていた。それも、想像以上に近い距離で。
 思わず反射的に顔を背けるも、視線が外されていないのを肌で感じてみるみる頬と耳が熱くなる。

あたし「あ、あたしのせいで音瀬君まで変な目で見られたわよね……だから…、謝らなきゃいけないと思ったの」

 震える声。
 うまく出てこない言葉。
 背けたままの顔は熱を帯びていく一方で、自分の胸の音がやけに近く聞こえた。彼に聞こえてしまうのではないかと不安になるくらいに。

彼「それで千賀屋さんが謝るのはおかしいよ」

あたし「へ…?」

 回らない頭で必死に次の言葉を探していたところ、予想だにしなかった彼の指摘に変な声が出てしまう。

彼「僕は、肩を貸してほしいって頼まれたときに誰かに見られる可能性もちゃんと考えたから」

あたし(あのとき少しの間があったのは、そういう――…じゃなくて!)

あたし「だ、だけど! もし変な噂がたったりしたら、あなたに迷惑が――」

彼「もちろんそれも考えたよ」

 彼はさっきから何を言っているのだろう。
 それじゃ、まるで――

彼「もし、そういう噂がたったとして、目の前で泣いてる千賀屋さんを放っておくくらいならそれでも構わないって思ったから――」

 だから引受けた、と。彼は事も無げに言った。


彼「ほら、千賀屋さんが謝らなきゃいけない理由なんてどこにもないでしょ?」

 彼にそう言われると、なんだか本当にそう思えて、真剣に悩んでた自分がおかしくて自然と笑みが零れた。
 それは、取り繕ってもいなければ、よそいき用でもない、心からの笑顔で、こんなのは本当に久しぶりだった。

あたし「そうね。あたしに落ち度はなかったみたい」



……
………

 
彼「白状すると、けっこう驚いたんだ…僕」

 しばらく無言が続いたあと隣を歩く音瀬が言った。
 あれから2人で学校を出たあたし達は、自宅の方角が同じということも手伝って、なんとなくそのまま一緒に帰ることになったのだ。

あたし「…驚いた?」

 あたしは先を促すように訊ねる。

彼「あんなこと頼まれるとは思ってなかったんだよ。僕、千賀屋さんに嫌われてると思ってたから」

 言って、彼は困ったように笑った。
 なんということでしょう。そんな某リフォーム番組のナレーションが頭のなかで木霊する。
 どうやら、あたしがしっかり蓋をしたつもりでた敵意は、そのじつ穴だらけでだだ漏れだったらしい。

あたし「…ど、どうしてそう思ったの?」



彼「ときどきすごく恐い顔で睨んでたり……たまに目が合うと微笑んでくれるけど、目がぜんぜん笑ってなかったり、とか」

あたし「…そう。でも、それは気のせいよ。これからはそんな誤解されないように気をつけるわね」

 努めて平静を装う。
 まだ逃げ切れる。いま聞いた箇所をなおせば、まだ――

彼「あと、僕と話すときいつも下まぶたが痙攣してる」

あたし「!? そんなはず…っ」

 慌ててバッグの中から手鏡を取り出し、自分の目許を確認しようとして、そこで「あ…」と固まる。錆び付いた機械のようにゆっくり振り返ると、ジト目であたしを見つめる音瀬がいた。

彼「……」

あたし「……」

彼「嘘なんだけど」

あたし「謀ったわねっ!」


彼「誤魔化そうとするからだよ。『嫌われてると思ってた』なんて、よっぽど確信めいたものがなければ言わないでしょ、千賀屋さんも」

あたし「…そう、だけど」

彼「言いにくい? 気にしなくていいよ。人の悪意とか、敵意みたいなものには慣れてるから」

あたし「……」

彼「……」

あたし「…あなたの言う通りよ。あたしはあなたが嫌い」

彼「うん」

あたし「…どうして、とは訊かないのね」

彼「理由ならなんとなくわかるから」

あたし「え…?」

彼「僕が学年1位の座を奪ったから――じゃないかな」

あたし「…っ」

彼「やっぱり、そうなんだ」

あたし「…そうよ。小さい人間だと思った? でも、あたしにとってはそれがすべてだったのよ。これまでずっと、あたしはトップを走り続けてたんだから。そうじゃなきゃ――」

彼「意味がなかった?」


 その問いに、あたしは項垂れるように力なく頷いた。

彼「本当にそうかな」

 あっけらかんと。独白じみた彼の言葉にカッと頭に血が昇る。

あたし「あなたに何が――っ」

彼「最初の中間試験のあと結果が貼り出されたときに、みんなそんなの初めてだから落ち着かない様子で、だけど、ドキドキしながら見に行ってた」

あたし「…?」

彼「そこには、いろんな表情があって――思ってたより結果がよかったのか嬉しそうに笑ってたり、ほっとしてたり、反対に落ち込んでたり……本当にみんな思い思いの顔をしてたんだ」

あたし「…なにが言いたいの」

 回りくどい話し方に苛立ちを募らせたあたしは、わざと語気を強めた。

彼「そんな中で、千賀屋さん――君を見つけた」

あたし「…?」

 

 
彼「順位を確認した君は、他の誰かみたいに喜んだり、落ち込んだりするでもなく、ただ、本当に確認しただけで席に戻ったんだ。まるで、意味がないみたいに」

彼「君の名前を探したら、1番上にあった」

彼「思ったんだ…ああ、この人は今までずっと1番だったんだなって」

彼「僕達が競争なんてものを意識する前から、その世界に足を踏み入れてて、その中できっと物凄い努力をしてきたんだろうなって」

彼「それってどんなに――」

 孤独だったのだろう、と。まるで痛みに耐えるように、悲し気に彼はそう言った。
 ふいに、ある予感が脳裏をよぎり、あたしは慌てて両手で彼の口を塞ぐ。

あたし「待って……それ以上は言わないで…」

 なにを怖がっているの? と。
 頭のなかの冷静なあたしが嘲笑う。


 彼は口を覆っていたあたしの両手を優しく引き離すと、苦笑しながら。

彼「こんなことしなくても、千賀屋さんが聞きたくないって言うなら言わないよ」

 ちがう。そうじゃない。

あたし「聞きたくないって言うか…」

 言いかけて、口ごもる。
 彼の話を聞くまで、すっかり忘れていたあの頃の虚無感。灰色の世界でたった一人、あたしは何ものにも心を動かされることなく、無感情に日々を過ごしていた。
 それがいつからか――いや、そんなことはわかりきっている。音瀬に追い抜かれたあの瞬間から、あたしの世界は色を取り戻したのだ。
 悔しい、と。そう思えた。
 あの場所に戻りたい、と。
 父のためではなく、この思いを晴らすために。

彼「?」

あたし(今日だけじゃない……とっくに救われてたんだ)
 
 先程よぎった予感は確信に変わりつつあった。

あたし「…聞きたくないって言うか」

あたし「それ以上聞いたら……あたし、たぶん――」

あたし「…好きになっちゃう…から…」

 
 早鐘のように脈打つ心臓が、もう手遅れだと言っていた。

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