【ミリマス】乙女嵐と初詣 (54)

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予定は遅れに遅れていた。

既に集合時間を一時間もオーバーしているのに、未だ待ち合わせ場所に待ち人たちは現れず、

これが初めてのデートだったなら、そろそろ「約束をすっぽかされたかな?」とか
「俺、もしかしてからかわれた?」なんて不安な気持ちになりだしちゃうような頃合いだ。

電話は不通、既読も無し、なんの為の連絡手段なのかとスマホに当たるも無駄なこと。

「うぅ、寒ぃ……!」

寒風さし込むコートの頼りなさは俺の首を縮こまらせ、
無機質な生き物のような冬の空から目の前の雑踏へと視線を戻して考える。

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(まさかとは思うけど、アイツら事故にでもあったのか?)

とはいえ、それはあたらずといえども遠からず。

ほんの数時間前に年が明けたばかりの早朝の街は人で一杯。

交通量は普段の倍。雑踏の込み具合も倍、倍、倍。

それを見越して混雑するだろう駅から離れた場所で落ち合う約束を立てたのだが……

お生憎さま。新年めでたい元日じゃ、そんな小細工は通用せず。
見える範囲にはどよどよがややと人の群れ。

これを"事故"に例えて誰が怒ると言うものかよ。「どうしたもんかね」と時計を眺めた俺の横に、
後ろのコンビニから出て来た瑞希が「お待たせしました、プロデューサー」と並び立った。

「待っちゃいないさ、早かったな。用事の方ももういいのか?」

「はい、トイレもバッチリ。……あっ、それとですね」

ピースサインを見せた後で、彼女は左手に持っていた袋をガサゴソと鳴らし。

「こちら、温かいコーヒーをどうぞ。寒い駐車場に立ちっぱなしで、年明け早々風邪を引いてもいけませんから」

「サンキュ、瑞希」

「お礼なんて、別に。日頃からお世話になってますし……瑞希はできる女です」


差し出された缶コーヒーを受け取ると、こっちのお礼に「ぶいっ♪」なんて両手を使ったダブルピース。
そのキュートな仕草とはちぐはぐな、彼女の澄まし顔に俺も思わず頬がほころんで。

「そうだな! 瑞希は気も利く実に良い女だ」

「えっ」

正直な想いを伝えると、虚をつかれ、
澄まし顔を赤く崩した瑞希は俺の方から目を逸らした。

……いかん、少々セクハラっぽかったかな?

そんな心の反省文に、開けたボトルコーヒーがカシュっと音を立て同調する。

「集合時間も遅れないし、他の連中も見習ってくれないかなぁ~……ホント」

気まずい空気を誤魔化すよう、泣き言をこぼしながら感じるのは
冷たくなっていた両手に伝わる温もりと口に含んだ豆の苦み。

吐き出す息も白くなって、体が体温を思い出す。

「そもそもだ。遅れそうなら遅れるで、連絡の一つも入れるよう普段から言ってるってのに、
今日に限ってアイツらと来たら電話もメールも寄こさずに――なぁ瑞希。お前だってそうは思うだろう?」

そう言って、今度は無難な話を瑞希に振った。

彼女はちょうど自分の分のポタージュを袋から取り出したところであり、
「そうですね、プロデューサー」と相槌を一つうってから。


「連絡は確かに大切です。ただ、彼女たちの性格を計算に入れてもよいのでは?」

「性格だって?」

「はい、例えばそう――普段インドアな人間が年始で混み合う街に出ると、
人波に翻弄されて連絡どころじゃなくなってしまう――とか」

瑞希はバーテンダーのようにポタージュ缶をシャカシャカと振り、
俺から外した視線をコンビニの駐車場のそのまた先。初詣に向かう群衆の川の方へ向けた。

「あっ」

そうして俺も見てしまった。いや、正確には見つけてしまったと言うべきか。

身に着けたコートや帽子を押さえながら、
人混みの流れに逆らうようにえっちらおっちら歩みを進める見知った顔。

さらには、だ。助けを求めるようなその顔と、
パクパクと開けられる口が聞こえない声でこう言ってる。

「プ、プロデューサーさぁ~ん!」

「た……助け、て……!」

人波の中からこちらに向けて二人が必死に両手を振る。
俺も「百合子、杏奈! こっちだこっち」とそれに応えてやりながら。

「お前ら一時間の遅刻だぞ! 今日は仕事じゃないからいいものの――」

「プロデューサー。ここで手を振るよりも手を差し伸べに行った方が」

「……それもそうだな。待ってろー! 今、迎えに行ってやるー!」


瑞希に促されるままに、俺たちは流れゆく百合子と杏奈を救出するため動き出した。

そも、道行く人の流れに逆らって歩くというのは実に大変なことであり、
増水した濁流もかくやといった激しい人混みに件の二人はてんやわんや。

一つ所に立ち止まっているのは難しく、押し寄せる人々を華麗なステップで避けるだけのスペースなんかももちろん無い。

それでもなんとかかんとかと、杏奈の手を引く百合子が俺へと向けて伸ばした右手を取ってやれば、
まるで釣り人が竿を立てるように二人を人波から引き抜いて――そのまま飛び出した百合子が勢いを殺せず俺の胸へと転がり込む。

「きゃあっ!?」

「いてぇ!」

「ごっ、ごめんなさいプロデューサーさん! 私、すぐ、どきますから!」

ついでに足だって思い切り踏んでくれちゃって。

平謝りする百合子の後ろでは、肩で息をする杏奈が死んだ目をして立っていた。

その表情には見覚えがある。
厳しいダンスレッスンの後でグロッキーになってる時の彼女とおんなじだ。


おまけに二人のよれた晴れ着と崩れた髪が、
ここに来るまでの道のりがどれほど過酷な物であったかを雄弁と俺に語っていた。

「二人とも、だいぶ揉まれたみたいだな……」と同情するように呟くと、
百合子が「も、揉まれた……って、痴漢なんかには遭ってません!」なんて顔を真っ赤に否定してきたものだから。

「なに? 百合子みたいな美少女を痴漢しないヤツがいるだって!?」

「されなかったからいいんですよ! と、言うか美少女だなんてそんな褒め過ぎな――」

「許せん! 実に許せんなぁ……瑞希!」

「はい」

「とりあえず揉んどけ。遅刻に対する罰としてもな」

「ラジャー、了解。……わきわき」

わざとらしく彼女をからかった後で、
遅刻したことに対する制裁を瑞希に任せて百合子に下す。

次の瞬間、テクニシャン瑞希の指捌きで脇腹を責められた百合子は大笑い。
悲鳴混じりの笑い声に、杏奈の瞳に光が戻る。


「あ……百合子さん初笑い」

「冷静、だね! 杏奈ふひゃん!! あひゃ、あふふ……助けてよぅっ!」

「――しかし七尾さん。果たしてその判断は正しいのか」

助けを求めて叫ぶ百合子。だが、間に瑞希が立ち塞がる。

「今のアナタは望月さんを護る騎士(ナイト)。ここでギブアップしてしまえば、私の魔の手はなんと彼女に」

「な、なんですって!? そんな、卑怯な!」

「ふっふっふ、卑怯で結構。悪役にとっては褒め言葉だぞ」

二人がお馬鹿なやり取りをする横で、我を取り戻した杏奈は俺の傍までやって来ると。

「プロデューサーさん……。明けましておめでとうございます」

「ああ、おめでとう。今年もよろしくな、杏奈」

「はい。……あと、遅れちゃってごめん……です」

年始の挨拶を交わしたあとで、杏奈は遅刻に対する謝罪を述べた。

どうも瑞希が言った通り、二人はここに来るまでの間、
こちらに連絡を寄こす余裕が一切生まれなかったらしい。


「街も、電車も、凄い人で。……一度は、百合子さんとも離れちゃった」

泣きそうな顔をしてそう言うと、杏奈が俺のコートの袖を掴む。

「だから、今日は杏奈……。プロデューサーさんと手を繋ぎたい、です」

「手を? 杏奈と……俺が?」

訊き返せば、彼女はこくりと頷いて。

「迷子になると、怖いから……ダメ?」

うるうる瞳でお願いされちゃ、振りほどくことなんてできやしない。
第一大切なアイドルに頼られて、その思いに応えられないようじゃあ"プロデューサーとして"失格だ!

「おし、これもまぁ仕事のうち。……でも杏奈、俺の手はちょっと冷たいぞ」

「ん、平気。……だったら杏奈が温めるね」

左手をそっと差し出せば、彼女の右手がきゅっと包む。
杏奈の手は苦難の旅路のせいかほんのりと汗ばんでいた。

そしてまた、そんなお姫様杏奈をここまで連れてきた騎士はと言えば。

「ならば……くっ、殺せ!」

「ほう、敵ながら天晴れな忠義」

「例え笑い死ぬことになろうとも、それで姫が助かるなら……!」

いつの間にやらプチ劇場。ノリノリな百合子の姿に俺はとある話を思い出す。

とりあえずこんな緩い感じでここまで。そんな長い話にもならないです


「そういえばだ。実際、世界には笑い死にした人ってのがいるらしいな」

「ホント? プロデューサーさん」

「ああ、稀によくある感じのアレだ。もしも今日ここで百合子が息絶えたとしたら、珍しさから歴史に名を残すことになるぞ」

すると杏奈は心配そうに眉をひそめ。

「でも、それ、瑞希さんが殺人者に……」

「おお!」

指摘された俺は思わずポンと手を打った。
しかし、人を笑い殺したというのもそれはそれで珍しい。

俺たちの不謹慎なやり取りが聞こえたのか、百合子をこちょばし続ける瑞希が言う。

「プロデューサー。すると、これが本当の愉快犯?」

「おっ、上手いな」

「……くすっ」

「上手くないし、笑える話でもありませーん!」

思わずにやけた俺たちに、百合子が抗議の叫びをあげて即興劇は閉幕した。

瑞希の魔の手から逃れると、彼女は乱れた服装を直しながら、
「はぁ、もう、一生この場所に辿り着けないかと思ってたのに……着いたら着いたでこんな仕打ち」

「見事に流されてたもんな」

「そうなんです! 歩けども歩けども私の前の道は開けず――あっ!」


そこで百合子は思い出したように「しまった!」というような顔になって。

「ごめんなさい。挨拶、まだでしたよね? ……皆さん、明けましておめでとうございます♪」

ペコリとお辞儀をした彼女に、俺と瑞希も挨拶を返す。

頭を上げた百合子が辺りをチラチラ見回して「……プロデューサーさん、未来ちゃんたちは?」

「あの二人ならまだ来てないぞ」

たった今気がついたといった様子の百合子の質問に答えると、今度は杏奈が首を傾げ。

「遅刻……?」

「まぁそうだ。多分、杏奈たちと同じパターンだと思うんだが……」

そう、きっとあの二人も杏奈たち同様新年の人波に流されて……なんてことを想像していたその時だ。

道行く人の流れを分け、一台の車が駐車場へと入って来た。

その車は俺たちのすぐ近くで止まると挨拶代わりのクラクションを一つ。

「皆さんおはようございます。それから、明けましておめでとうございます」

運転席の窓を開けて、顔を出したのはいつもお世話になってる765プロ専属のカメラマン。

「そらさん! あれ? なんでここに――」

「待ち合わせしてるって聞いたもので……。未来ちゃん、翼ちゃん、着きましたよ」

驚く俺に答えると、彼女は後部座席を振り返った。
そこには、今しがた百合子が気にした例の二人……未来と翼が座っていて。

「あはようございます、プロデューサーさんっ!」

「少し遅れちゃいましたけど、明けましておめでとうございま~す!」

「あ、うん。おめでとう! ……しかし未来、翼、お前たちどうしてそらさんと?」


尋ねれば、車のエンジンを切りながらそらさんが。

「二人とも私が拾ったんです。彼女たち、人混みの中で困ってたみたいでしたから」

「通りがかったそらさんが、乗ってかないかって!」

「ホント、スッゴク助かっちゃいました~♪」

そうして車から降りて来た二人の姿に俺たち四人も納得する。

なにせ未来と翼は振袖姿。
百合子たちが「ほぅっ」と溜め息をつき、「未来、綺麗だな~」

「伊吹さんも実に華やかで」

「……お正月、っぽいね。……いいな……♪」

きゃいきゃいと二人を取り囲み、羨望の眼差しを向ける向ける。

五人が挨拶とお喋りに夢中になる中で、
後から降りて来たそらさんがカメラを片手に俺に言う。

「着物で外を歩くのは、普段着以上に大変ですからね」

確かに彼女の言う通りだ。

普通の女の子ファッションで、ボロボロになっていた
百合子たちを目にしたばかりの俺はそらさんの言葉に素直に頷くと。

「ですね。ホントに、二人を拾ってくださってありがとうございました」

「いいんですよ。ちょうど通り道でしたし……私は、写真さえ撮らせて頂ければ」

言って、彼女は愛用のカメラを構えて見せた。


「この後はお仕事で律子さんたちとも会いますけど……。
オフの『乙女ストーム!』全員集合、これを押さえずに要られるかと!」

「あはは、なら、お安いご用ですよ」

これも"流れ"と言うべきか?
俺はようやく揃った五人に「写真を撮るぞ」と声をかけて。

「それじゃ、未来と翼を真ん中に。杏奈と百合子が端に立つか?」

「五人とももう少し寄り添って……はい! 最初の一枚です」

流石は仕事で慣れたもの。

無理なくポーズを決めた五人のことをそらさんがテキパキと写真に収めて行く。
仕事で使う写真じゃない分、普段以上にリラックスした表情を見せる未来たちにそらさんは満足したようで。

「うんうん、ホント、いいですね! 皆さん活き活きしてますよ」

「……あの、なんだかすみませんね。普段もこれぐらいの表情がすぐできれば」

上機嫌な彼女の撮影中に、申し訳なさを感じて口を挟んだ俺に翼が言う。

「むぅ~、プロデューサーさん! それってどういう意味ですか?」

「どうもなにも翼、俺は感じたままを言っただけで」

「……だったらわたし――普段のお仕事でもこうすれば、いつでも最っ高ーの笑顔ができますよ♪」


言うが早いか、翼は悪戯っぽく笑うと撮影の列から一人飛び出し俺の腕をその胸に抱きしめた。

……年明け最初のイベントだ。

念入りに朝風呂の一つでも入ってから来たのか彼女の髪の毛は艶やかで、
いつもより気合の入った大人メイク、押し付けられるその体と、香水の匂いに思わず俺も赤くなる。

おまけに翼が俺を見る目。それは「わかってますよ~」とからかうような小悪魔の目。

瞬間、包み込まれた光の眩しさで俺が「うっ」と顔をしかめれば。

「いいですねー、いただきですっ!」

「ちょっと! そらさん困りますよ~!」

「そらさん、今の写真あとでわたしにもくださーい」

翼が無邪気に手を上げると、彼女に抱き着かれていない反対側の腕を未来が取り。

「じゃあじゃあ、みんなでも一緒に撮ってもらお! プロデューサーさんを真ん中にして――」

「その前で、私たち三人がしゃがみますか」

「ええっ!? しゃがむの? スカートだよ」

「でも、六人じゃ真ん中決められない……」

「なら皆さんはプロデューサーさんを中心に集まって……そう!
後は、私の方が良い感じになるよう位置を調整しますから」

集まった五人に固められて、すっかりおしくらまんじゅう状態だ。

カメラのレンズをこちらに向けたそらさんが、「撮りますよー」と一声。
未来たちが思い思いのポーズをとり(俺は全く身動きがとれなかったが)カシャリ、シャッターの切られた音が響く。

「――うん、バッチリです♪」

OKサインが出たことでホッと息をつく未来たち。
撮れたてほやほやの写真の出来栄えをチェックすると、そらさんが微笑みながら場を締めた。

「はい、お疲れ様でした。写真の方は、今日の分と合わせて後で事務所に送りますね」

===

オフである未来たちと違い、仕事の入っている別の765グループを撮影するために
(そもそも、そらさんの本来の目的はそっちだった)コンビニを後にした彼女の車を見送る俺と『乙女ストーム!』のメンバーたち。

車が道路へ戻って行った後、俺は翼と未来を呼びつけると。

「さてと――お前たち二人は、俺に言わなきゃいけないことがあるよな?」

訊けば、二人は同時にまゆをひそめ。

「わたしたちが……言わなきゃダメなこと?」

「プロデューサーさんに?」

「なんだろ? 年始の挨拶は済ませたし~」

「うぅーん……はっ! 分かったよ翼、"お年玉ください"だ!」

「あっ、ソレだ~♪ 未来ってば、賢いっ!」

「えへへ、やっぱり~?」

見事なボケをかましてくれたんだが、違う!


「そうじゃない。連絡、れーんーらーくーだ! 二人とも携帯は持ってるハズだろう?」

すると二人は、振袖に合わせた柄のバッグを開け。

「スマホ、充電切れちゃって……酷いと思いません?」と翼。

「スマホ、家に忘れちゃって~」と、新年初のでへへ笑いを披露する未来。

そうして二人は「ごめんなさい」と、声を揃えて頭を下げた。

「はぁ、だったら仕方ない……とは言わないぞ? 全くお前たちはいつもいつも」

去年から引き続き繰り返されている、お馴染みの言い訳に頭を抱えてしまう俺。

……とはいえグチグチ言ってもしょうがない。
むしろ静香が居ない時の二人に、そこまで期待を寄せるのが酷か。

気分を変えるためにパンと手をひと鳴らし、俺は引率する五人の顔を見回しこう続けた。

「それじゃあ予定してた通り、これから初詣に向かう」

「よっ!」

「待ってましたー!」

「未来、翼、静かに静かに。……それから杏奈」

「……ん?」

「俺の隣に。瑞希と百合子は俺たちと一緒に未来たちを挟んで、人の壁を作ってくれ」


そうして駐車場に出来上がる、振袖組を間に挟んだフォーメーション。
前後に立った俺たちを見て、未来が「なんですか? これ」と不思議そうな顔をする。

「なんですかって……お前たち二人、振袖だろ?」

「はい」

「可愛いですよね~?」

「……これから人の流れに乗る。当然ぎゅうぎゅうになるだろうし、高そうな服を汚したくはない」

それにもう一つ。万が一着崩れちゃった時に、直せる人間がこの場には居ない。

案の定、確認を取ってみれば着ている本人は勿論のこと、俺を含めた残りの四人も首を振って。

「だから、未来たちは真ん中だ」

けれどもだ。説明を終えた途端に異を唱えた人物が一人いた……瑞希だ。

彼女は自分の着ているコートを指差すと。

「待って下さいプロデューサー。私のコートは一見地味に見えますが、これで中々のお値段の一品で」

「えっ、そうなのか?」

「はい。今日、この日の為に奮発した」


言って、くるりとその場で回って見せ、
「それに、あの――似合っていますか?」と尋ねる瑞希の表情は年相応の少女の顔。

実際、彼女が羽織っているコートは細身な体型とマッチして、
この場にいる誰よりシャープな雰囲気を作っており、首に巻いてるマフラーもいいアクセントになっている。

似合っているかと言われれば、物凄く似合ってもいるしカッコも良い。

そのことを率直に伝えると、瑞希はふわっと口元を緩ませて。

「良かった……。とても嬉しいです」

今ココにそらさんが残っていたならば、確実にシャッターを切っていたな。うん。

……なんてことを俺が思ってると、隣に立っていた百合子も急に前に出て。

「それなら私も、今日のファッションには自信があって!」

次いで、俺の袖を引っ張りながら杏奈が言う。

「杏奈も……おしゃれして来た……よ?」

そんな二人の服装は、百合子の方が髪には赤いリボンをつけ、色を揃えた厚手のコートと白い手袋を。
杏奈はカラフルな柄のコートにスカート、温かそうなニット帽子という恰好。


百合子は少し背伸びしたレディっぽさが素敵だし、
杏奈は柔らかな感じが女の子らしくてキュートだなと感想を返したら。

「背伸びって部分は気になりますけど……。それでも、大人っぽくは見えるワケですよね?」

「このコートね、柔らかいしもふもふ……触って、確かめてみる?」

迫る二人をあしらう俺に、未来も駆け寄り訊いて来る。

「プロデューサーさん! 私の振袖もどうですか?」

「勿論、未来も似合ってるし――」

「もう、みんなズルいズルい! わたしだって似合ってますよね? ねっ?」

「翼だって可愛らしいともさ! ……あー、服に関してはもういいかな? いい加減、神社の方に行きたいんだけど……」

女の子っていうのはホント、こういう時に謎の連帯感を見せるもんだ。
これが普段の劇場なら、相手の気が済むまで褒めちぎったりもするけどさ。

今日は幸運なことに……いや、残念なことに時間が無い。

「ほら、みんな戻った戻った。神社に行くって言ってるだろ」

集まった未来たちを散らすように両手をひらひら指示を出せば、
百合子が冴えない顔をして、「でも、やっぱり先頭はなぁ」乗り気でないその発言に、翼が「だったら」と声をかけた。

とりあえずここまで。


「百合子ちゃんが真ん中に来て、わたしが前に行ってもいいよ。
その代わり、隣はプロデューサーさんがいいな」

そうして、翼は俺にウィンク。
だけどそれじゃ、『着物組を守る』って目的が難しくなる。

第一、俺の隣にいる杏奈が。

「ん……ダメ」

首を縦に振らないのだ。

「悪いな、翼。今日はもう先に杏奈と約束しちゃったから」

「えぇ~!? そんなぁ……」

「埋め合わせはまた今度。……でも、俺が前に行くってのはアリだよな。いいアイディアだ」

ぶーたれる翼をなだめながら、俺は杏奈の方を見る。
そもそも後ろに居ようと言ったのは、杏奈の体力を心配してのことだったけど。

「……プロデューサーさん。杏奈と前、行きたいの?」

「行けるか杏奈? 考えてみれば、この中で一番体力無いのは百合子だもんな」

杏奈の質問に答えると、「あぅっ!? プ、プロデューサーさん、今そのことは……!」なんて、
百合子は多少のショックを受けたようだったが。

「未来と翼は真ん中のまま、百合子と瑞希を後ろにして――」

「あ、ちょっとだけ、待って……」


杏奈が胸に手を当てて、すぅはぁと小さく深呼吸。
閉じた瞼を開いたら、彼女は俺の腕を強く引き。

「うん、オッケー! それじゃあ杏奈、プロデューサーさんと一緒に前に行くねっ!」

スイッチの入った杏奈はビビッと元気よくVサイン。

「百合子さんにここまで連れて来てもらった時みたいに、
今度は杏奈が、みんなを神社まで引っ張って行くよー!!」

笑顔で宣言するON杏奈に向けて、言われた百合子がしょんぼりと

「杏奈ちゃん……! ごめんね、私、頼りないお姉さんで」

「そんなことないよ! 杏奈、百合子さんには助けられてばかりだし」

「う、ん。でも……」

なおもクヨクヨとした態度を取り続ける百合子の空気が伝染ったのか、
未来が自分の服装を見下ろしてすまなさそうに口を開けた。

「お正月だもん、特別にって思ったけど……。私たち、振袖じゃない方が良かったかな?」

「うー……わたしも、百合子ちゃんを困らせたいワケじゃなかったのに」

叱られた子供のようにしゅんとしてしまった未来と翼に、
「あっ……二人とも、私、別にそんなつもりじゃ」と百合子の方も気まずそうだ。

……困ったな。ここで迂闊なフォローを入れたりすれば、ますます雰囲気が盛り下がるぞ。


「……おっほん!」

その時だ。瑞希が大きな咳払いを一つ、
みんなの注目を自分自身に向けさせたのは。

「皆さんそう暗くならないでください。確かに、百合子さんはこの場にいる誰より体力がありませんが――」

「はぅ!? ほ、本当にごめんなさい……!」

「だからと言ってそのことで謝る必要は。まして負い目を感じる必要だってありません。
……思い出してください。私たちは普段の練習を通して、彼女がソレを克服しようと頑張っていることを知っています」

そうして瑞希は百合子の肩に手を置くと、みんなを見回して言ったのだ。

「仲間としても、友人としても、私たちはそれぞれを支え合うことができる。
……こんな私の考えは、七尾さんにはご迷惑でしょうか?」

「瑞希さん……ううん、そんなことありません!」

百合子がプルプルと首を横に振って否定すると、瑞希はホッとその胸を撫でおろし。

「でしたら、ここは私と一緒に望月さんの意向に甘えさせてもらいましょう。……それになによりプロデューサーが」

今度はこっちへ、何やら企んでいるような顔を向ける……なんだ?

「ふふっ。最悪の場合、おんぶしてでも連れて行ってくれる……ですよね?」なんて、
信頼に満ちた眼差しでニコリと微笑まれたならば、俺も頷き返すしかなかったのだ。

===2.

さて――それから俺たちは、人の流れに乗りつ乗られつ参拝予定だった神社の近くまでやって来た。

「まるでRPGのパーティーみたい」と例えた杏奈が言う通り、
六人のメンバーは道中欠けることも無く、心配していたアクシデントも数度のナンパにとどまった。

……そう、我々はナンパされたのだ。

説明するまでもないことだが、ナンパとは街中で見つけた好みの相手に
「お友達になりませんか?」と声をかけていくアレだ。

とはいえ、話しかけて来た彼らの気持ちも分からんではない。

先輩である春香たちよりは知名度で劣る『乙女ストーム!』の面々だが、
彼女たちはひよっこでもアイドルを仕事にしている女の子。

容姿は平均以上だし、人の目を惹く"華"もある。

なにより瑞希を除いた四人はまだまだ幼い中学生。

女の子の扱いに慣れた人間からしてみれば、
多少強引に押してそのまま"上手くいけるぜ"と思わせるだけの危うさがあった。

……まぁ、だからこそ仕事の一環として俺が引率をしているワケなんだが。


「あー、悪いんだけどねぇ君たち」と、新年の浮かれ気分も合わさって
声をかけてきた野郎どもに説明、説得、お帰りはあちら。

日頃のファン対応や営業で鍛えた話術の冴えること!
……中には食い下がる根性のある奴もいたりしたが。

「でも、こういうことは兄の意見も訊かないと」

「しつこいようでしたら警察にも」

「タイプじゃないから……ゴメンね!」

「お兄ちゃん、叔父さん……どっちでしたっけ? まぁ、とにかくプロデューサーさんがダメだって」

「ごめんなさーい。わたし、もうこの人とお付き合いしてるんでーす♪」

なんて感じに、それぞれがそれぞれの言い訳で男をあしらう乙女たち。

しっかりしてきたと褒めたい半面、

「翼! いくら俺を言い訳に使っていいって言ったってな、付き合ってますはやりすぎだろ!」

「えぇ~? お兄ちゃんですって言うよりは、効果抜群って感じがしましたよ~?」

「それは、まぁ、そうだろうが……」


やっぱり、やり過ぎには注意しなくちゃならないよな。
全く、さっきの奴には「犯罪だろ」って見事な捨て台詞まで言われたぞ!

それに……声かけの対象にされたのは何も彼女たちだけじゃ無かったんだ。

「あの~、ちょっといいでしょうか?」

「はい?」っと後ろを振り向けば、そこには青い制服のオニーサン。

「さっきから見てたんですけどねぇ。……皆さんはどういったご関係で?」

「ア、アイドルとそのプロデューサーですっ!」

はぁ~……本当に、本当にだ。

ここまで人混みを進んで来たことよりも、この対応が一番くたびれたよ。

とりあえずここまで。ようやっと神社


だから今日の目的地でもある神社――萬南(ばんなむ)神社についた時、
俺は早くも一つ、肩の荷をおろした気分になってたんだ。

……鳥居に向かって伸びる道、その両脇に並ぶ屋台の群れを見るまでは。

「景品、クリスマスに出たばっかりのゲームだって!
……プロデューサーさん、杏奈、くじ引いていい?」

「私も私も! そこの綿あめを買って来て良いですか?」

そうして早速と言ったところかな。

俺はいそいそと財布を取り出した杏奈と未来の首根っこをそれぞれ掴まえて。

「未来、杏奈。小さな子供じゃないんだから、お参りを済ませた後にしろ後に」

「でも、今買わないと売り切れるかも……」

「くじ引きも景品当たっちゃうかも」

「売り切れないし、当たらない! 特に屋台のくじ引きなんてもんは――」

当たりが無いのが常だろうが! ……と、
喉から出掛かった続きはくじ引き屋のおいちゃんに睨まれたことで引っ込んだ。

でもまあ思い返してみれば、俺もガキの頃は親の忠告なんて聞かなかったし。

カモにされてると分かった後も、ああいったギャンブル事に
"運試し"以上の抗いがたい魅力があるのは確かなこと。

……だけど、まぁ、それでもだ。


「とにかく、それだと目的が変わっちゃうだろ。初詣ってのは屋台を楽しむお祭りじゃない。
神様に『去年はありがとうございました』って、お礼を言いに行く行事なんだぞ」

ところが、この説明に首を傾げる者多数。

翼が「はい、はい!」とぴょこぴょこ手を上げて

「お礼を言いに行くんですか? お願いしに行くんじゃなくて?」

「うん? まぁ、どっちもどっちさ。去年一年を無事に過ごせた感謝をしてから、
もう一度今年を無事に過ごせるようお願いする――」

「……プロデューサーさぁん」

俺からの話を聞いたうえで、
なお納得がいかないといったように難しい顔をする翼。

「それだと神さまにお願いしてもいいのは、一年の健康祈願だけ?」

「だけって……翼は他になにをお願いするつもりなんだ?」

すると彼女は――いや、翼だけじゃないな。
未来も、杏奈も、瑞希も「信じられない」といったように目を丸くすると。

「恋愛とか、人気運とか、色々あるに決まってるじゃないですか!」

「そうですよプロデューサーさん! テストの成績を良くしてくださいとか」

「バビッとお小遣いアップのお願いとか!」

「友人との親交をより一層、深めたいなと祈願するのが初詣です!」

色々と捲し立て始めた四人とは違い、ただ百合子一人だけが
「ま、まぁまぁみんな落ち着こうよ」とこの場を収めるための声を上げた。


自分たちとは唯一異なる反応に、未来たちの視線が彼女に集まる。

百合子は小さな咳払いをすると、何もない空間に
ひしゃげた五角形を描くよう両手の人差し指を動かしてこう続けた。

「初詣で神様に感謝を捧げるのは本当。
だから、神社にはお願いをするための絵馬もあるんじゃない」

絵馬。説明するまでもないだろうが、
それは願い事を書いて寺社に奉納する馬の絵が入った木の板のこと。

だけど、どうして人がそんな物に願いをしたためるようになったのかについての詳しい経緯を――。

「そもそも昔から神様と乗り物はセットだったの。みんながすぐに思いつける物にはお神輿があると思うけど、基本的には動物と船。
とりわけ馬を使う神様は世界中に居て、それはこの日本だって例外じゃない。ところで神様にお願いをする時には――杏奈ちゃん!」

「ひゃっ!? ……ゆ、百合子さん、なに?」

「ちょっと考えて欲しいんだけど、神様にただ『アレしてください、コレしてください』って祈るだけでお願い事って叶うのかな?」

「え? えと……ダメ、だと思う……」

「うんうん、どうしてそう思った?」

「……んと、ゲームのクエストと一緒で、報酬がないと動かない……?」

語り出した百合子は止まらない。

驚きでスイッチが切れた杏奈の答えに「大正解!」と指を鳴らしたら。

「昔の人も、ううん! 昔の人だからこそ神様へのお供え物は大事だった。
実際、歴史ある『常陸国風土記』や『続日本紀』っていう本には神様へ馬を献上したって記述もあるぐらいで」

「お馬さんを?」

「そうなの! ……だけど馬が用意できない時は、代わりに木や紙に土で作った馬の形の像を使ったって。
今ならお盆で飾るキュウリの馬や、古くは馬形埴輪と同じように。……ちなみにこの馬形埴輪なんだけど、形がとっても可愛くってね!」

百合子が自らのスマホを取り出して、検索した埴輪の画像を見せて回る。
すると話を聞いていた瑞希が「なるほど」と、何やら納得した様子で頷いて。

「つまり七尾さんが私たちに説明したいのは、この神事とお供え物の馬が、時代の流れで変化した末の絵馬であると」

「はい! その通りです瑞希さん!」

「あ……。本物の代わりに、絵の馬が描いてあるから……絵馬」

「そうそう、そう言うことだよ杏奈ちゃん♪」

瑞希と百合子のやり取りに、杏奈も理解できたと微笑んだ。

まぁ、そんな物分かりの良い三人のすぐ傍には「未来、分かった?」
「うー……神サマは馬が好き?」なんて会話を交わす頼りないペアもいたりしたが。


「とにかく百合子が言った通り、神様へのお願い方法は一つだけじゃないってことさ。
拝殿で願い、絵馬でも願う。二重の祈願をしておけば、今年もきっと平穏無事に――」

「ま、待って下さいプロデューサーさん!」

「過ごせるだろうって……なんだ百合子?」

「別に私は、お願い事を一つしかしちゃいけないなんて言ってませんよ。
プロデューサーさんの言い方じゃ、まるで拝殿と絵馬でするお願いは一緒にしないとダメみたいで」

俺が喋っているまだ途中で、焦る百合子が口を挟む。

次いで、「翼、ハイデンって?」「お祈りの仕方じゃない? ほら、ハイハイ拍手のなんとかって」と語る二人に

「未来、拝殿は賽銭箱が置かれている参拝のための建物のこと。
それから翼も、お祈りの仕方は二拝二拍手一拝だよ」なんて用語解説。

へぇ……さっきの絵馬の説明といい、百合子は意外とこういう事に詳しいんだな。

「あはは、ほとんどは本の受け売りです。寺社仏閣を舞台にした、『それは私のお稲荷さん』って知りません?」

「うーん、悪いが知らない本だ」

「そうなんですか? 面白いのに。……なら、今度劇場に持って来ますね!」

言って、期待してください! と意気込みを見せる百合子。

……とはいえ、複数のお願い事ってのはどうなんだろう。
そういうのはあまり良くないって話も聞くんだけど。百合子、少し欲張りじゃないか?

「欲張りだなんてそんな! ……確かに健康祈願は大切です。
でも、だからこそそれ以外の細かいお願いは絵馬に書いて――」

ぷんすかと反論する百合子には、どうも他の四人以上に沢山のお願いがありそうだ。
まっ、これに関しては言い争うだけ野暮なんだろうと自分一人で納得する。

……大体、女の子ってのは欲張りの代名詞みたいなものだもんな。

とりあえず…ここまで。

この話には直接関係しませんが、バンダイの社名は萬代不易(ばんだいふえき)。
ナムコの方は中村製作所の頭文字を取ってナムコなんですって。
南無高ってのもあったので、萬南(ばんなむ)神社はそのもじりです。

ついでに、紗代子がおみくじを引きまくった神社は伏宮(フセミヤ)神社。
検索かけると京都、伏見にある御香宮神社が出て来るので、モデルなのかもしれませんね。


それから百合子は俺たちに鳥居のくぐり方についても一講釈。

ここは神様の家の玄関先になるのだから、
入る前には客人として、身だしなみを整え一礼するのが礼儀だと。

「ああ、それは聞いたことがある。他にも参道は神様の通り道だから、
参拝客は真ん中じゃなくて端を歩きなさいってのも」

すると未来が思い出したように手を上げて。

「それなら私も知ってますよ! 真ん中じゃなくて端を渡る……確か、一休さんが広めたって」

自信満々に言い放つと、彼女はしたり顔のままこう続けた。

「でも、そうして会いに行ったお殿様から全身にお経を書いてもらったのに、
最後はお化けに連れてかれて、耳だけになっちゃったんですよね~」

「え……なにそれ、怖い……」

「ぞわわ……ぶるぶる」

未来の話の恐ろしいオチに杏奈と瑞希が真っ青になる。でも待った。それは色々な話が混ざってる……
と、言うより神社は関係無いじゃないか。どっちかと言うば寺だ、寺。


けれども、未来の話を聞いた百合子は急に難しい顔になると。

「鳥居とホラー。お祭りに、異界に繋がる門と言えば……」

なにやらブツブツと呟いた後、ハッとした様子で俺を見た。

「そう言えば、プロデューサーさんってよく見ると髪の短い稗田れ――」

「悪いが与太話に付き合う暇はないぞ。参拝だってまだだからな」


未来たちを引き連れて歩く境内は人で一杯だ。
俺たちは参拝客でごった返す参道の隅っこを一列になって進んでいく。

……これじゃ、さっき聞いた礼儀も作法もあったもんじゃない。

「もう、真ん中は危ないのに」

俺の背後で未来が呟く。「そうだな」と心の中で同意する。
人だかりのできた手水舎で、それぞれが刺すように冷たい冬場の冷水で手を清める。

勿論、ここでも百合子が作法のうんちくを披露したが、
「百合子ちゃん。そこの看板見ながら言ってるよね?」と翼にカンペがあることを暴露された。


それから俺たちは拝殿へ行き、鈴を鳴らし、賽銭を入れ、神様に祈願を届けたら、
拝殿がある広場の隅に集まって真昼の冬空を見上げていた。

雲の輪郭さえシャープに感じられる澄んだ空を数羽の鳥が渡っていく。
白い吐息を吐き出して、誰とも言わずに呟いた。

「なんだかあっという間だったね」

恐らくこの場にいた全員が同じ気持ちだった。

神様にお祈りをした時間はここまで歩いて来た時間よりも遥かに短く慌ただしく。

行列に押される形で済ませてしまった初詣は、
ありがたみも実感も俺たちにもたらしちゃあくれない。


それでも集まった少女たちは、心に感じるあっけなさの誤魔化し方を知っていた。

まだお守りも絵馬も買って無いし、おみくじだって引いちゃいない。
それと、忘れちゃいけない屋台巡り。

百合子が杏奈を引き連れて無料のおしるこを貰いに行く。
俺の隣には振る舞い酒として配られていた甘酒を持った翼がいる。

少し離れた授与所で絵馬にお願いを書いている未来と瑞希を眺めながら、彼女がさりげなく俺と腕を組んだ。

「ねぇプロデューサーさん。わたし、お酒に酔っちゃったかも」

一体ドコで覚えるんだか。

翼を腕から引き剥がすと、俺は演技が達者な彼女に
「甘酒で酔ったりなんかしない」とこの世の真理を教えてやる。

途端、翼は唇を尖らせて「えー? お酒ですよ、お酒」でも、それが違うんだな。

「翼。甘酒は"酒"っていうけどお酒じゃないんだぞ」

「そーなんですか? ホントに?」

「基本的にアルコールの量が少ないから、
世間じゃソフトドリンクと同じ扱いで……。要はジュースの仲間なんだ」

「へぇー」

翼は感心したように頷くと、手にした甘酒のコップに口をつけた。

遠くでは百合子たちがおしるこを受け取っている。未来たちはおみくじを引いている。
翼が三度甘酒をあおり、ほぅっと気だるげに息を吐いた。

それからさっきよりも熱っぽい視線を俺に向け
「プロデューサーさん、物知りですね」と体ごとこちらに寄りかかって来る。


まるで飼い猫が主人に甘えるようにコートへと押し付けられる彼女の頭。
その妙にほわほわとした動きと口ぶりに、「大丈夫か?」と声をかけてみると。

「えへへ、なんともないですよー」

答えた彼女の声は甘く、瞼は心なしかとろんと緩んでいる。
さらに翼が甘酒を口に含むたびに、ソレは自動で降りるシャッターのように順調に下へとさがって行き。

「それよりプロデューサーさんも、甘酒一口飲みませんか?」

差し出された紙コップのフチはグロスで薄く光っていた。
考えるまでもないことだが、翼が唇をつけていた部分だ。

「もう少し頭、下げてください。直接飲ませてあげますよー」

「いや、いい、大丈夫だ。自分の分は貰ってくるし――」

「……わたしの飲みかけじゃ嫌ですか?」

悲し気に呟く少女の頬は寒さ以外で染まっていた。

まさか、そんな、冗談だろう? と思わず声に出そうだったが、
今の演技には見えない受け応えと、潤んだ瞳が彼女の状態を物語る。

その上、ダメ押しとばかりに翼の口から飛び出たのは。

「プロデューサーさん。わたし、間接キスしたい」

耳を疑う発言に、正気じゃないぞと理性が叫ぶ。

だが翼が持っている甘酒で――そうさ、ただの甘酒なのに――
酔っ払ってしまっているのは疑いようもなく明らかだ。

着ている振袖を見下ろして、翼はしおらしくこう続けた。


「今日は気合を入れて来たんですよ。普段はしないカッコもして、思い出に残る日にしようって。

……なのにコンビニからココに来るまで隣はずっと杏奈だし、
酔っ払った振りでアタックしたのに『甘酒じゃ酔わない』とか言われてすぐバレちゃうし」

思い出。そう口にする翼の表情(かお)は子供らしからぬ皮肉さで。

「……イジワル。今だってまたこうやって、わたしがしたいようにさせてくれないもん」

思わずそんなことは無いと声をかけたくなるけども、
それこそ彼女の思惑通りであることはいくら俺でも理解できた。

だからこそ、なおさら目の前に立つ少女の寂し気な視線は俺の言葉を詰まらせる。

「ホントのチューは、いくら頼んでもしてくれないって分かってるから。
……だから今はニセモノでも。他の子よりも一歩先の思い出を作りたかったのに」

そうして翼は、狼狽える俺から伏せ気味に視線を逸らせると。

「どうしても……ダメ?」

その"おねだり"は明らかに普段の物と違っていた。
企みなどはなにもなく、ただ純粋に本心から曝け出されたお願いだ。

ワガママを押し付けるように差し出された甘酒の入った紙コップ。
受け取る瞬間に指先と指先が少し触れると、翼のくせ毛が恥ずかしがるように風に揺れた。


どうにも断りづらい雰囲気がこの場と俺たちを支配する。

「なに、間接キス一つで納得してくれるなら」なんて考えが俺の頭をチラつくが、
もしかするとそれは二人の関係を変えてしまう、底の無い泥沼へと踏み出す一歩なのかもしれないんだ。

「プロデューサーさんっ!」

そんな俺と翼の間に、風を送り込んだのは未来だった。
後ろめたさを感じた俺から翼がさりげなく身を離す。

まるで飼い主を見つけた子犬のようなハツラツさで未来はこちらまでの距離を駆けて来ると。

「これ、これ、見てください! えへへっ、大吉引いちゃいました~♪」

笑顔で報告する彼女に翼が「おめでとう」と声をかける。
その顔はもう、いつも見慣れた翼だった。


手にしたおみくじを俺に見せつつ未来が言う。

「プロデューサーさんもおみくじ引きに行きませんか?
私が引いた後ですから、きっとプロデューサーさんも大吉ですよ!」

……一体どういう理屈なんだろうな、それは。

けれども未来はお構いなしに俺の手をとり引っ張ると、もう片方で翼とも同時に腕を組み。

「それから、翼も一緒に引きに行こう? ほらほら早く! 行こう行こうっ」

ぐいぐいと促す姿が散歩に誘う犬と被る。
不意に「楽しそうだな」なんて言葉がこぼれ落ちた。

すると振り返った未来はキョトンとして、可笑し気に口元をほころばすと。

「楽しそうじゃなくて、楽しいですよ」

言って、こんな風に笑顔を続けたんだ。


「だってみんなと一緒だから。私の初詣に行きたいってお願いをキチンと叶えてくれるなんて……
プロデューサーさんは、私にとっての神さまですねっ!」

そうして未来は両手を合わせると俺のことを拝みだした。
なんとも言えない気恥ずかしさと、大げさに人を拝むんじゃないと注意したい気持ちが入り交ざる。

……はてさてしかし、どうだろうな?

少なくとも、だ。たった今別の少女の願いを叶えそこなった身としては、
未来から注がれる敬愛の眼差しは眩しすぎる。

チラリと横目で伺うと、翼が「いいんじゃないですか」と未来の発言に乗りかかる調子で呟いた。

「プロデューサーさんが神さまなら、わたしもお願いしちゃおっと」

「うんうん、きっと翼のお願いも叶えてくれるよ!」

「お、おい! 勝手にそんな無責任なことは――」

言わないでくれと言いかけた、俺の言葉を遮ったのは瑞希だった。

「プロデューサーが神様ですか。では、お賽銭も奮発しなくてはなりませんね」

未来から遅れてやって来ること少し。
授与所から戻って来た瑞希の後ろにはおしるこを持つ百合子と杏奈の姿もあり、

途中から話を聞いていたらしい百合子が「プロデューサーさんが神?
……もしかして、流行りの転生の話ですか!?」とにわかに瞳を輝かせる。


「……えと、百合子さん? それ……違うと思う」

そうして隣の杏奈から、冷静なツッコミを貰うまでがお約束だ。

賑やかな少女たちが集まると、未来がもうどうにも待ちきれないといった様子で声を上げた。

「それじゃあプロデューサーさん。後はこれからみんなでおみくじして、
屋台で美味しい物も食べて! それからそれから、えぇっとぉ――」

「……まぁ待て、少しでいいから落ち着くんだ未来。おみくじも、屋台だって逃げたりなんてしない」

呆れるように言った俺に、他の四人もうんうんと頷く。

すると彼女は「あっ……でへへ~、それもそうですよね」なんて照れくささを誤魔化すように頭を掻き、
それから腕を空へ向かって突き上げると元気よく「とにかく出発。みんな、レッツゴー!」と言って歩き出した。

その掛け声に促されるように翼たち四人も未来に続く。楽し気に並んだ少女たちの後ろを歩きながら、
俺は彼女たちがこれからも仲良しでいられるよう絵馬に願いをかけるのも悪くないな、なんてことをふと考えてみたりしたのだった。

===
以上おしまい。筆始めは乙女ストームの面子で行こう! と思って書いたお話です。
ついでに隙あれば一人一人とイチャつかせてしまえと書いた話でもあります。

そうして初詣は神社に行って参って帰るだけだから話の広げようがないことには
書いてる途中で気がついた話でもあります。こんなの一行で終わるっての。

結果、ダラダラと字数だけが増えてしまいました。反省します。

とはいえ、最後までお読みいただきありがとうございました。

この子達ほんとかわいいな、連れてきがいがありそうだわ
乙です

>>2
真壁瑞希(17) Da/Fa
http://i.imgur.com/mnzUhl2.jpg
http://i.imgur.com/XN874GB.jpg

>>4
七尾百合子(15) Vi/Pr
http://i.imgur.com/oNaYKxk.jpg
http://i.imgur.com/9xXGiZI.jpg

望月杏奈(14) Vo/An
http://i.imgur.com/bEyC9bz.jpg
http://i.imgur.com/USylYtA.jpg

>>13
春日未来(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/CIw2Owb.jpg
http://i.imgur.com/yiAsprq.jpg

伊吹翼(14) Vi/An
http://i.imgur.com/0Y1g0qH.jpg
http://i.imgur.com/FnsXq88.jpg

早坂そら(?) Ex
http://i.imgur.com/8CYHEIQ.jpg

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