男「僕と女さんの、なにも起きない春夏秋冬」 (22)

――

男「あの、女さん」

女「なんでしょう」

男「ぼ、僕と付き合ってください!」

女「なるほど」

男「なるほど?」

女「良いよ、ぜひ付き合ってください」

男「なんだったの、今の『なるほど』って」

女「いや、男くんのここ最近の言動について振り返って納得していただけ。例えば突然豪華な食事に誘ってくれたこととか、私と話す時に不自然にどもったりとか、それから」

男「勘弁してください」

――ともあれ、この日から女さんが隣にいることが日常になった。

女「私はずっと前から男くんのそばにいたけどね」

男「女さん心の中まで読むのやめて」


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――


男「寒いね」

女「冬真っただ中だからね」

男「下旬になると初詣の人も少ないから、余計に寒く感じるよ」

女「ごめんね、実家暮らしだとお正月はなかなか空けられなくて」

男「気にしないでよ。そういえば最近サークルの人たちと会ってる?引退してしばらく経ったけど、僕はあんまり会ってないんだよね」

女「この前女友と飲みに行ったよ。『男ごときが女の純潔を汚しやがった』って荒れてた」

男「……」

女「嘘だよ、みんなにはまだ言ってない」

男「相変わらず表情を変えないで嘘つくね」

女「ごめんね、嫌いになった?」

男「いや、昔からそういうところが好き」

女「それなら何より。あ、空いたよ」

ガラガラガラーン
チャリチャリーン
パンパン

男(今年も女さんと仲良く過ごせますように、と……)

男「女さんは何をお願いしたの」

女「世界平和」

男「規模が大きいね」

女「男さんは何をお願いしたの?」

男「えっと……」

女「『今年も私と仲良くいられるように』とか?」

男「なんで相変わらず心を読めるの」

女「ただの勘だよ」

男「そんなに顔に出てるかな」

女「それにしても、お願いの機会を無駄にしたね。それならわざわざお願いしなくても叶うっていうのにさ」

男「それはなにより」

――
女「アイスを中に入れたドーム型のチョコに、温めたチョコレートをかけて溶かすスイーツだよ」

男「さっき店員さんが教えてくれたよ」

女「読者への配慮だよ」

男「ついにメタ発言までし始めたね。ダメだよ」

女「いただきます」

男「いただきます」

トロォー

男「んんん、おいしい!」

女「とろっとろだね、アイスとチョコが溶け合って濃厚な甘さ、けれどしつこくなくて喉越しもすばらしい」

男「食レポが丁寧だね」

女「読者への配慮だよ」

男「だからメタ発言は――まぁいいか。あれ?その指の絆創膏どうしたの?」

女「ああ、これはチョコ溶かすときに火傷して……」ハッ

女「いや、なんでもないよ大したケガじゃないから」

男(『チョコレートは私には作れなかった』って……作ろうとはしてくれたんだな……)

男「女さん、不器y女「不器用って言ったら傷つくよ?」

男「……素敵なお店に連れてきてくれてありがとう」

女「うむ」

――


男「桜はまだ七分咲きくらいかな。お花見には少し早かったかも」

女「満開の時期はかなり混むし、ちょうど良いよ。それにしてもやっぱりこの公園は広いね」

男「東京ドーム40個分くらいあるらしいからね」

女「『東京ドーム〇個分』って単位、わかりにくくてなんか嫌だよね。私行ったことないし」

男「180haって言われるよりはわかりやすいよ」

女「どっちにしろ全部は歩いて回れないからあまり変わらないよ」

男「じゃあ、あそこにあるレンタサイクル借りていく?」

女「うーん、それはいいや」

男「なんで?」

女「だって、手、繋げなくなっちゃうし」ギュッ

男「いきなり握られると嬉しいのと同じくらいびっくりするね。繋いだの、初めてだし」

女「私もドキドキしながら思い切ったんだから文句言わないで」

男「ごめんなさい、思い切っていただいて光栄です」

女「ならばよろしい。あの辺りで座ろうか」

男「いいね。じゃあ、飲み物買ってくるからシート広げておいてよ」

女「……私もいっしょに飲み物買いに行く」

男「いや、良いって飲み物くらい」

女「放したら次に繋ぐ勇気がないんだよ、言わせないで」

男「……じゃあ、買ってきたら僕が勇気出すからさ」

女「ならばよろしい」

――

男「あぁー……」

女「わかりやすいね。就活順調じゃないんだ」

男「うん、第一志望の選考、落ちちゃって……まだ一応チャンスはあるんだけど」

女「出版系は文系にとっても狭い門だからね」

男「女さんは順調?」

女「うん、それなりには」

男「いいなぁ。就浪しちゃったらどうしよう」

女「男くんなら大丈夫だと思うよ。頼りなさそうだけど誠実だし。頼りなさそうだけど」

男「マイナスの言葉でサンドされると褒められた部分まで貶されたように聞こえるね」

女「しっかりしてよ。そうだ、就職できたらどこかにパーッと遊びに行こうよ」

男「ありがとう、頑張るよ」

女「……やっぱり、男くんなら大丈夫だと思うよ」

女(『頼りなさそう』だけど『頼りない』わけじゃないんだからさ)

――


男「やっと就活が終わったのに」

女「え、まだ2行しか経ってないよ」

男「だからメタ発言は止めましょう。2、3か月経ってるからね」

女「ごめんなさい」

男「では気を取り直して、やっと就活が終わったのに」

女「うん」

男「なんで日付が変わるまで机に向かわなければならないのでしょう」

女「それは男くんが去年必修の単位を落としたからだよ」

男「その通りです、自業自得ですね」

――

男「約束通り海に来たのはいいんだけど」

女「オロロロロロロロ」

男「どうしてこうなった」セナカサスリサスリ

女「オロロロロロロロ」

女友「それはね、あんたらが付き合ってるのをサークル同期の私らにも隠してたからよ」

男「だからって、みんなで海にまでついてきてお酒飲ませまくるのはひどいよ」

女友「まったく、日本酒四合くらいで情けない」

男「日本酒一瓶あけてケロッとしてる女友さんがおかしいんだって」

女友「飲み比べの煽りに乗ってきたこの子も悪いのよ。それにバーベキューは楽しかったでしょ?はい、お水」

男「まぁね。お水ありがと、女さん飲める?」

女「うん……」ゴクゴク

男「普段だったらそんなことしないのに」

女友「彼氏の前でいいとこ見せたかったんでしょ、きっと」

男「そんな一昔前のおっさんみたいな価値観」

女友「あら、この子意外としたたかよ」

男「……たしかに」

女「うぇっ……おとこくぅ~ん……みすてないで……」ヒック

男「はいはい、大丈夫だよ」

女「うそだ……こんながさつなおんな……うえぇ~ん」グスグス

男「大丈夫だって、うわ水着で抱きつかないでよ、よしよし……ひょっとして女友さん、女さんが酔うとこんな感じになるの知ってて飲ませた?」

女友「さぁねー?でもかわいいでしょ?いいもの見れたって思ってるでしょ?」

男「……ちょっとだけ」

女友「ふふ。でも気を付けてね、さっきも言ったけどこの子意外としたたかよ」

女「」ギクッ

男「え?」

女「うえぇっぷ……またきもちわるくなってきた……」

男「ああ、はいはいよしよし」セナカサスリサスリ

女友「……もうずっとそのままいちゃついてなさい」

――


男「」モグモグ

女「」モグモグ

男「」モグモグ

女「」モグモグ

男「カニを食べてるときって無言になるって言うけどさ」モグモグ

女「うん」モグモグ

男「カニに限らず美味しいものを食べる時は無言になっちゃうんだね」モグモグ

女「うん」モグモグ

男「豚肉のしゃぶしゃぶも美味しいものだね」モグモグ

女「うん」モグモグ

男「これ、うちの実家から送ってきたって言ったよね。ブランド銘柄の豚肉らしいよ」モグモグ

女「うん」モグモグ

男「きのこもいい味出してるね。春菊も香りが良い」モグモグ

女「うん」モグモグ

男「そういえば春菊って旬は今ごろらしいよ。春に咲くから春菊って言うんだって。女さん知ってた?」モグモグ

女「うん」モグモグ

男「ねぇ女さん」モグモグ

女「うん?」モグモグ

男「さっきから発言を最小限にしてお肉をたくさん食べるの止めてよ」モグモグ

女「食欲の秋だから仕方ないよ」モグモグ

男「読者への配慮が足りないんじゃない?」モグモグ

女「ついに男くんもメタ発言ができるようになったんだね」モグモグ

男「まぁ、あれだけ言われれば慣れるよ」モグモグジーッ

女「どうしたの?いきなり顔見つめて」モグモグ

男「……そういえば女さん、少し太ったんじゃない?」モグモグニヤニヤ

女「」ゴクン

女「げほっげほっ」ムセタ

男「ほら、慌てて食べるからだよ。大丈夫?」モグモグゴクン

女「いや、今のは絶対に男くんのせいだからね!太ってないし!」

男「ほんとに?」

女「太ってない……と、思う……たぶん……」オナカモミモミ

女「うっ……」

男「最後に体重計に乗ったのは?」

女「……2か月前」ボソッ

男「やっぱり。スポーツの秋でもあるんだしさ、いっしょに運動しようよ。どうせ授業もほとんどなくて暇なんだし」

女「うん……ありがとう。まずは少しご飯を減らすよ」

男「無理しない範囲でがんばって。……まぁ、僕は今くらいの体型も好きだけどね」モグモグ

女「」ピタッ

女「」モグモグゴクンモグモクゴクン゙

女「……ごはんおかわり」

男「ダイエットはどうしたの?」モグモグニヤニヤ

女「あひたふぁら!!」モグモグモグモグ

――


男「またこの公園だね、お花見したとき以来かな」

女「そうだねー夜になるとさすがにさむいなー」ギュッ

男「あはは、手はもう繋ぎ慣れたね」

女「寒いから手袋つけてポケットに突っ込みたい」スッ

男「慣れすぎるのも寂しいね」

女「あ、見えてきたよ。シャンパングラスタワー」

男「おおー、水にもイルミネーションが反射しててきれいだね」

女「あっちの丘の方はもっとすごいね」

男「一面にイルミネーションが敷きつめてられててきれいだね。インスタ映えの権化って感じ」

女「桜並木も前とは全然違うね」

男「一本一本に電飾が巻きついてる、きれいだね」

女「男くん」

男「なんでしょう」

女「さっきから『きれいだね』ばっかりだね」

男「うん、実際きれいだし」

女「こういう時は『イルミネーションなんかより君の方がきれいだよ』とか歯の浮くようなセリフを言っても罰は当たらないよ」

男「うーん、イルミネーションより女さんの方がきれいなのは当たり前だからなぁ」

女「」カァッ

男「あれ、女さん顔赤いよ?座ってコーヒーでも飲もうか」

女「あ、うん……」

男「じゃあ、ちょっと座って待ってて」

女「あ、うん……」

女(手、寒いな……それにしても男くんは天然なのか、わざとなのか……)

男「はい、買ってきたよ」

女「あ、ありがと」

男「ふう、あったかいなぁ」

女「そうだね……」

男「ねぇ、女さん」

女「うん?」

男「今日が何の日か覚えてる?」

女「……うん」

女(――男くんが、私に告白してくれた日)

男「あれから、いろんなことがあって」

女「うん」

男「でも、だんだんそれが何でもない日常みたいになっていった」

女「うん」

男「いろいろなことがあって、でもなにも起きなかったように自然に感じられたこの一年が、僕は本当に幸せだった」

女「うん」

男「だから、これからも僕と一緒にいてください」

女「……」

男「……」

女「……コーヒーのおかげで、手、あたたまったよ」

男「うん?」

女「こちらこそ、よろしくお願いします」ギュッ

おしまい

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