エンド・オブ・オオアライのようです (621)




AM 4:20

《第8駐在所より艦橋保安室、応答願う》

《此方艦橋保安室、どうぞ》

《船舶科生徒より通報あり、緊急で設備点検の依頼が入った。整備班から出せる人員はあるか?》

《根賀班が夜勤で詰めてるからすぐにも回せるが………この時間に生徒から通報?》

《“ヨハネスブルク”からな。何でも、金属が擦れるような異音と人の………それも赤ん坊の笑い声のようなものが断続的に聞こえるらしい》

《金属音はともかく赤ん坊?幽霊にしちゃ季節外れだな、いたずらじゃないのか?》

《あくまで此方が聞いた限りだが、通報した生徒の声は真剣に不気味がってはいた。いたずらだとは思えない。

ヨハネスブルクの生徒はそもそも甲板上の人間と交流すること自体嫌がってるだろ》

《………確かにな。

それに、艦底で異音というのが機器の異常からくるものなら一大事だ。根賀班を急行させる》

《了解。通報があったのは第6層W-7区になる》

《確認した。通信を終了する》

AM 4:45

《第10駐在所より艦橋保安室、応答願う》

《此方艦橋保安室、どうぞ》

《当所駐在員の萩本巡査が警邏終了時刻になっても戻らない。其方に何か連絡は着ていないか?どうぞ》

《今交信記録を確認したが、連絡はきていない》

《確認を感謝する。………どこほっつき歩いてんだあの野郎》

《保安室より10駐、もしトラブルに巻き込まれている可能性があるなら応援を出すか?》

《………いや、必要ない。警邏先は第2商業区だ、“ヨハネスブルク”ならいざ知らず夜のあそこで何か起こるとは思えん》

《それもそうか》

《萩本はまだこの学園艦に赴任して間もないからな、大方道に迷ってるんだろう。

地理を覚えて貰うための警邏だったんだが、それで迷われたら世話無いな》

AM 5:18

《16駐の小沼巡査より艦橋保安室、聞こえますか?》

《此方艦橋保安室、どうぞ》

《居住区警邏中に、路上に倒れている女性を保護。身につけているものから水産科の生徒と思われ───きゃっ!?》

《小沼巡査、何かあったのか?》

《す、すみません!垣田さん、この娘抑えておいて下さい………っヶほ、申し訳ありません》

《保安室より小沼巡査、何が起きた?》

《保護した生徒が意識を取り戻したのですが、私の首を突然絞めようとして………今同行している垣田巡査が取り押さえました。

その、酷く身体が冷たかったのでもしかしたら何か病気のせいで倒れて錯乱しているのかも知れません》

《………人一人が錯乱するほどの病状となると危険なウィルスや伝染病の可能性もあり得る。

小沼巡査、垣田巡査と共にその生徒を最寄りの医療院まで移送し二人もそこで検査を受けるように。16駐には此方から連絡しておく》

《了解しました》

AM 6:30

《保安室より8駐、応答せよ》

《此方第8駐在所、どうぞ》

《整備科より、根賀班から点検作業開始の報告後定時連絡が無いと申告があった。其方に何か連絡はきていないか?》

《8駐より保安室、現状連絡はない。作業が難航しているのでは?》

《だとしても定時連絡もないのはおかしい。8駐、場合によっては捜索依頼を出すかも知れない、待機しておいてくれ》

《了解。………そうだ、第5駐在所の方で何かあったのか?》

《そのような報告は受けていない。何故だ?》

《あぁいや、すこし用事があって無線で呼びかけたんだが応答がなくてな。急ぎの用事じゃないし、後で改めて声をかけてみるよ》

《了解した。通信を終了する》

AM 8:00

《【Good Morning Japan】の時間がやって参りました、皆さんおはようございます!

まずは、今日のお天気ですが───》

《保安室より第19駐在所、第19駐在所、すまないが無線の調子が悪いようだ、もう少し大きな声で頼む》

「それじゃ、行ってきまーす!!」

「ちょっと優花里!お弁当忘れてるわよ!!」

《第2駐在所より医療院、居住区で急病人を1名保護したので其方に移送する。年齢は60代前半の男性、病状は体温の低下───》

「今日、仲子来てないの?」

「なんか具合悪そうでさぁ、朝から水産科寮の医務室で寝てるよ」

《為替と株の値動きです。ヨーロッパの危機的な状況にユーロの暴落が止まらない中、ドル・円はそれぞれ安定した値動きを見せ────》

《東欧連合軍司令部は、昨夜行われた深海棲艦への奇襲攻撃は成功したと発表。この戦闘の結果凡そ20kmに渡って戦線を押し上げた模様です》

「ええ、申し訳ありません。本日は体調が悪いため欠勤とさせていただければ………あれ?もしもし?部長、聞こえますか?」

《【艦娘自己自衛権】法案の設立に対する一部市民団体の抗議行動は激しさを増しており、国会だけでなく警察署前や鎮守府前でデモを行う人々も増えている現状が───》

AM 9:23
「んじゃ、次のページを………磯部さん、読んでくれおー」

「んえっ!?ね、寝てないです!!?」

「ぉK、寝てたんだな」

《此方第3駐在所、第1商業区で観光客同士の諍いが発生したと通報あり。これより確保に向かう》

《根賀班からの連絡はまだないのか?作業開始からもう四時間は経ってるんだぞ?》

《プロリーグ発足に伴う戦車道チームの選考は最終段階に入り、東京ウォーリアズ、茨城ボコクマーズなど候補30チームから12チームに絞られる見込みで───》

「ア゛ー……マジ社会人辛い。アンコウチーム見られると思ったのに………」

「美瀬君、口を動かす前に手を動かすべきだと思うがね私は」

《続いては北朝鮮の核実験問題に関するニュースです。先日核開発再開宣言とも取れる発表をした北朝鮮に対して日本政府とアメリカ合衆国政府、そしてロシア政府は圧力を強めていく方向性で意見を一致させています。しかしながらこれについて北朝鮮側の反発は極めて強いものになると予想され────》

AM 10:28
「第1商業区より通報あり。飲食店の従業員が酔った客に“噛まれた”らしい。取り押さえたので連行して欲しいとのことだ」

「か、噛まれた……ですか?」

「飲んだくれは何をしでかすか解らんな全く。二田巡査、すまんが学区警備の方には一人で向かってくれ。私は商業区の騒ぎを収めて後から行く」

「了解ですニダ!」

《此方は茨城県警察署前の様子です!えー、先日鎮守府への抗議行動中に逮捕されたデモメンバーの解放を求めているようで、数百人がシュプレヒコールを上げています!》

「………何よこの白い納豆って。安いし美味しいじゃない。司令官へのお土産はこれ一袋で十分ね」

《水産科寮医務室より医療院、生徒複数人の容態が悪化していて此方では対処しきれません!収容をお願いします!》

「No, No, No………Help, Help!!」

「あの外人さんどうしたんだろう、もの凄い形相で駆けていったけど……」

「えぇ、まるで出満部長が腹痛を我慢しているときのような酷い顔つきでした」

「失礼だな君……」

AM 11:48
《ムルマンスク襲撃事件から二週間が経ち、クレムリンはヨーロッパ戦線への本格的な介入を示唆する声明を発表。この件についてロシア連邦国内では賛否がくっきりと分かれている状況で───》

「アレ?ボンドと両面テープが切れてるだーよ。予備もない、困ったねー」

「あっ、じゃあ僕がお昼休みに買ってきますお白根先生」

「本当かい?助かるんだーよ」

《見てくださいこの新鮮なサンマ!実はこれ、艦娘の皆さんとヴァイキング水産高校が共同で漁を───》

《───wWwが──■■をけて──死──ww──》

《保安室より8駐、電波状況が悪すぎるぞ。聞こえない、繰り返せ》

「今日、普通科の子たちもお休み多いですね……」

「風邪でも流行ってるのかな?華も気をつけなよ、生徒会長ってなんだかんだ忙しいんだしさ」

《此方第17駐在所、駐在員が一人急病。医療院に向かわせるため1名欠員となる》

《保安室より17駐、確認した。待機人員から代替を1名送る》

PM 12:17
「ねぇ、そこの貴方?」

「おっおー、僕ですか─────お?」

「そうよ。他に、誰かいるかしら?」

《だから何度も言ってるだろう、突然女に噛みつかれたんだよ!しかも他にも何人も俺に飛びかかってきたんだ!警察は何をやってるんだよ!》

「ぶーんせ・ん・せぇ♪」

「これは拡散ですねぇ~~~♪」

「」

《保安室より各駐在所に通達。どうも今日は観光客や住人同士のトラブルが頻発している。警邏を強化、諍いを発見したら治安維持の観点から積極的に介入するよう心がけてくれ》

PM 12:31
《電撃的に東欧連合軍への支援を表明したイギリスのショボン=ウィリアムズ首相は、本日レイクンヒース空軍基地を視察しました。

リスボン沖事変以来独自路線を歩んできたイギリスの孤立主義的な姿勢を覆す動きに、専門家の間では様々な意見が出ており───》

「諜報活動ご苦労様ですお、アリサさん」

「………ゲ」

《全国戦車道大会での優勝効果から、大洗町や大洗女子学園商業区への観光客は例年の2倍を超え───》

「いってぇ、いってぇ!?」

「このアマんなもん振り回すんじゃねーよ!」

《第4商業区にて新たに4件通報あり。付近駐在員は至急現場にむかえ》

《此方第2商業区、10人以上の集団が騒いでいる!第22駐在所で対応しているが人数が足りない、付近で手伝える奴はいるか?!》

《居住区の方でも幾つか通報がありました。第一、第二、第六で───》












《8駐より保安室、8駐より保安室!……何で繋がらないんだ畜生!》

《発砲を許可、全責任は俺が取る!!“彼女”らを甲板上に出すな、ここで食い止めろ!!》











PM 12:43
「…………ねぇ、なんか向こうで煙上がってない?」

「えー?梓の見間違いじゃない?学園艦内で火事とか起きたら放送出るでしょ」

「そう、だね……見間違いだよね、うん」






PM 1:31

《駐在所の半分以上から応答がない、何が起きている!》   《学園校舎とも連絡が付きません!携帯も無線も有線電話もダメです!》
「今なんか揺れなかった?」
「怖い怖い怖い」    「えっ、何?地震?海の上で?」
《保安室、保安室、応答を願う!第2商業区にて暴動が発生、被害拡大中!》 「逃げろ、殺される殺される!!」

「やだぁ、噛まないで、噛まないでぇ………」「来た来た来た逃げろ逃げろ!」
  《発砲許可も増援も無いのにどうやって食い止めればいいんだ!?》
  「なんだよあいつらヤバいって!!」
《未確認ですが、大洗女子学園甲板上で火災を確認したとの通報が複数警察に届いている模様です》
   「おい、なんかあいつらの頭から飛び出してきたぞ!」
「化け物いる化け物いる!向こうダメだ、逃げろ!」
《商業区の封鎖が困難!暴徒の人数が増える一方です!》

















『─────ァアアアア……………』






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     PM 1:51





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「……ああ、そっちには今叢雲が……警備府があったろ。そこの戦力だけじゃ対処できねえのか?

いや、動ける。大丈夫だ。直ぐに急行する。わかった、じゃあな」

「叢雲さんがどうかしたんですか?」

「……」

「司令官……司令官!!」

「青葉、今から言う連中に緊急招集をかけろ」

「先に事情を説明してよ。何を焦っているのさ?」

「学園艦だ……」

「え、待ってよ、まさか……」


「連中に目を付けられた。


大洗が……戦場になるぞ」





~エンド・オブ・オオアライのようです~



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本日分投下完了です。明日の同じくらいの時間帯で続き投下します。

マッ鎮コラボ第三段、ご静聴いただき、またお楽しみいただけるなら望外の喜びです

超待ってました!
てかバイオハザードヤバすぎる…

仕事納め終わってるのに風邪っぴきワロス

申し訳ありません、大晦日より更新再開します

あららドンマイです…体調には気をつけて







ふと、幼馴染みとの思い出が脳裏を過ぎる。

女の子でありながら大の怪獣好きというシュールな趣味を持っていたその幼馴染みに、視聴を半ば強要された某怪獣王映画のビデオシリーズ。ジャンプ漫画よりも司馬遼太郎作の【坂の上の雲】が好きといういけ好かないガキだった僕でも、日本映画界が世界に誇る特撮シリーズの出来の良さには目を奪われたのをよく覚えている。




『─────アァアアアアアアアアアアッ!!!!』


そして“それ”は、まさに映画の怪獣のように僕たちの前に現れた。

厚さ数メートルにも及ぶ、鋼鉄の甲板と、その上に敷かれたコンクリートの道路が捲れ上がる。居住区に立ち並ぶ家々が、土煙と轟音を伴って崩れ落ちていく。錆びた鉄の板を満身の力を込めて摺り合わせているような、おぞましい叫び声が防音ガラスを突き抜けて耳朶を震わす。

ヌラヌラとした光沢を放っていることが遠目にも解る青白い胴は、まるで樹齢数百年の大木のように太くたくましい。頭部は対比するかの如く深い黒色をきていて、位置的に眼と思われる亀裂の奥からは金色の光が覗く。

全長は大凡20Mといったところだろうか。怪獣王には初代にさえ遠く及ばないが、あまり高い建造物が多くない大洗女子学園の甲板上にあってそれは十分に異質な存在感を放っていた。

そして────何より異質なのは、左目に当たる箇所から生えた“砲門”と、頭頂に備わる4門の“魚雷発射管”だ。

(;゚ω゚)「……………」

「あれが、深海棲艦………なのか?」

『───キィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

冷泉さんのか細い呟きに応えるように、“それ”はもう一度あの鳴き声を上げる。先程よりも僅かに音程が高く長い咆哮は、まるで歓喜の雄叫びのようにも感じられた。

《たった今入ったニュースです。大洗女子学園の甲板上に、深海棲艦と思われる全長20M程の巨大な生命体g─────》

「きゃあっ!?」

テレビから流れていたアナウンサーの声が不自然に途切れ、画面がブラックアウトする。直後、商業区と思われる方角で灰色の煙が爆発音とオレンジ色の炎を伴って吹き出す。

ここでようやく、指一本すら動かすことが出来なかった僕は恐怖による金縛りから解放された。

(;゚ω゚)「外に出るんだ!早く!!」

「玄関、玄関に向かって!!すぐに河嶋達が放送を流すから外での避難先はソレに従うよ!」

「一つの出口に集まらないで!後ろ半分の席の人達は後ろから、前半分の席の人達は前から出て下さい!!」

僕の叫び声に、角谷さんと西住さんが的確な指示で続く。他の面々も弾かれたように動き出し、西住さんの指示通りに混乱を避けながら教室の外へと走り出て行く。

(;^ω^)「そうだ、アリサさん───」

簀巻きにされている彼女の拘束を解こうと振り向いた瞬間、斬鉄剣が抜き打たれた時のような金属音が鳴る。そこに居たのは生け花剪定用のハサミを振りきった体勢の五十鈴さんと、両断されたロープを見て呆然とした表情のアリサさん。

「こ、これがジャパニーズ・イアイ………」

(;^ω^)「多分違うかな!」

「先生、アリサさんの拘束は解きました!行きましょう!」

(;^ω^)「何で生け花用のハサミ持ち歩いて……ええいツッコミは後だ!!」

五十鈴さんを先に行かせ、アリサさんを助け起こして駆け出す。入り口で待っていた角谷さんが教室内を一瞥し、残っている者がいないことを確認して僕等のしんがりを勤める形で続く。

(;^ω^)「っおお!?」

「っととと!?」

「きゃああ?!」

ぐらり。

直後に足下を襲う、大きな揺れ。まるで大波を打ち付けられた船のようだが、僕等が乗っているのは全長7.6kmの【学園艦】だ。神話に出てくるクラスの大波でもなければここまで揺れるはずがないし、実際この艦内ではこれほどの揺れは経験したことがない。

………いや、これは正確な言い方じゃない。

“ついさっき”までは、一度も経験したことがなかったといった方が正しいか。

『『ギィアアアアアアアアアアアアッ!!!!』』

「ひぁっ!?」

二つに増えた咆哮。耳にした澤さんの肩がびくりと大きく震える。

は?つまんねーな

間髪を入れず、再び響く爆発音。廊下から窓の外を見れば、商業区の方でもう一つ大きな火柱が上がっていた。

西住さんたちが操る戦車のものに酷似した───だけど、より大きく重い「砲声」を直前に挟んだ上で。

「………何今の。ひ、火ィ噴いたよアイツ!!」

「向こうの方燃えてない?」

「じゃああれ……本当に深海棲艦なの……?」

「ねぇ、こっち見たよ!」

「逃げて、早く逃げてぇ!!!」

他の教室からぽつりぽつりと廊下に漏れる、授業中だった他の生徒達のざわめき。それらは瞬く間に校舎全体に波及し、やがて爆発的な悲鳴へと変わっていった。

「おわっ!?」

「Shit!!」

「っ、皆さん落ち着いて下さい!すぐに広報から指示があるので一度それを聞いてから避難を!」

(;^ω^)「闇雲に逃げるなお!かえって避難が遅くなる!」

この4階にも、他の教室から生徒達が溢れ出す。僕や生徒会長である五十鈴さんが呼びかけても、狂乱状態の生徒達は聞く耳を持たず僕たち戦車道履修者一行を飲み込みながら我先にと階段や非常口へ殺到する。

《放送室、生徒会広報より全生徒へ!さっきのJ-ALERTは訓練ではありません、速やかに指定避難場所まで移動して下さい!

避難経路は風紀委員や先生方の誘導に従って!冷静に対応するようにして!》

「早く行って早く!」

「ちょっ、押さないでよ!」

「落ち着いて!まずは外に、今の生徒会からの放送に従って避難を!」

「校舎の中に止まるな!正面玄関からの避難者と非常口からの避難者に別れろ、一つの入り口から出ようとすると混雑するぞ!!」

疾うの昔に止まっていたJ-ALERTに変わって武部さんの声が聞こえても、納まる気配は無い。他の教員や風紀委員も懸命に誘導しようとしているが、狂乱する群衆の濁流に組織的な活動を殆ど出来ないまま僕等同様押し流されていく。

「痛っ、痛い!?やだ、押さないでよぉ!!」

「……“人海”とはよく言ったものだ、溺れそうになる……!」

「麻子さん、優花里さん、大丈夫ですか!?」

「ご心配なく、私達はなんとか!」

「こ、コミケ並みの人込みは筋力つけてもつらい……」

「バレー部、アリクイさんチームとウサギさんチームを守れ!!根性だ!!」

「「「了解!!」」」

西住さんたち戦車道履修組は、やはりこの中では一番組織的に「避難」ができている。だが、いかんせん校舎内が丸ごと狂乱状態という現状に翻弄されていて、ともすればバラバラになりかねない隊列をかろうじて維持している。

(;^ω^)「指定避難場所は第2グラウンドだお!皆、そっちに向かえお!!」

「……ダメだねブーン先生、これ、私ら意外で話聞ける余裕持ってる生徒いないや」

「桃ちゃん、放送はいいから早く武部さん連れて下に───もう、なんで通じてくれないの………!」

いつもの飄々とした様子は吹き飛び、険しい声色で呟く角谷さん。その横では、スマートフォンを操作していた小山さんが真っ青な表情で肩を落とす。

二度目の廃校宣告が突きつけられた時ですら、二人がこんな表情を見せたことはなかった。そしてそれは、きっと今の僕にも共通する表情の筈だ。

(;^ω^)(………学園艦に深海棲艦が現れたってのもマズいけど、それ以上に不安なのが「J-ALERT」は“別の個体”の出現に対するものだって事だお)

届かないと知りながらそれでも喉をからして叫びつつ、僕の脳裏に過ぎるのはJ-ALERT直後に流れていたニュース速報。

フィリピン海に現れたという新型の深海棲艦。航空戦力を保持するとはいえ、日本本州到達まであとほぼ一日分の猶予があるにも関わらず出された大々的な緊急避難勧告。それは当然、学園艦に対して極めて深刻な脅威になる。

混乱の渦中にある大洗女子学園は、尚更に。

(;^ω^)(蝶野教官が、それが無理でもせめて交代人員が居てくれれば……っ!)

無い物ねだりが無駄と解っていても、そう思わずにはいられない。

粗野な言動ながら自衛官として確かな規律と腕を持っていた蝶野一等陸尉は、インド派兵こそ部隊再編の流れで先送りとなったが原隊復帰に伴って退艦済。代わりの教官となる二等陸尉は、明後日の赴任予定はずだった。

現役の自衛官による避難誘導があれば、どれほど混乱を避けることが出来ただろうか。

教師として生徒を守らなければいけない立場にありながら、混乱を一向に収拾できず他人に頼るしかない自分の無力さがひどくもどかしい。

ローカルバスほどもある大きな車体に赤い回転灯を光らせた装甲車が、合計6台正門をくぐって停車する。

学園の外に側面を向けてさながらバリケードのような陣形を組んだそれらから降りてきたのは、紺色の制服に身を包んだ70人前後の集団。全員が防弾仕様のヘルメットを被り、サブマシンガン───H&K MP5を構えている。

「………マジかよ」

彼らが展開を完了すると、様子を見ていた同僚の教員の一人が目を丸くした。

「艦橋保安室の直属部隊動かすって、相当ヤバいじゃねーか……」

各学園艦で編成されている保安隊は、大まかに2種類の保安官で構成されている。

一つは、陸でいうところの交番に相当する“駐在所”に赴任した保安官。これは働き場が学園艦の上というだけで内容も交番勤務とほぼ変わらず、装備もニューナンブM60と警棒という一般的なものだ。

もう一つが、司令部に当たる“艦橋保安室”直下の保安官部隊。此方は主に学園艦上でテロや重大犯罪が発生した場合の備えという立ち位置のため、国際条約で許されるギリギリのラインで────具体的にいえば、銃器対策部隊とほぼ同様の装備が支給される。

無論、このため直属部隊の運用には非常に多くの制限があるのだが、これほどの緊急事態となれば動くのは当然といえば当然だ。寧ろ、指揮系統も混乱しているであろうこの状況下でこれだけ素早く展開に踏み切れた艦橋保安室の判断はかなり迅速な方だと思う。

『ォオオアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

………ただし、今回の場合あまりにも相手が悪い。

『キィアアアアアアアアアアッ!!!!』

声高に吠える2体の“生ける軍艦”の20m近い巨体に、たかが70挺のH&K MP5の火線が通用するとはとても思えない。

生徒達の多くも、やはり保安隊と深海棲艦の間に横たわる力の差は解っているのだろう。幾らか恐慌は治まったように見えるが、それでも一刻も早くこの場から離れようと大半の生徒は第2グラウンドの方へ駆けていく。

だが、その行動を“全員”が取ったわけではなかった。

「………!お父さん、お母さんが!!」

「優花里さんダメ!!」

「こっちは通れない、戻りなさい!死にたいのか!」

「だって、だって妹が居住区に!」

「お願いです、おばあちゃんの無事を確認させて下さい!」

「通して、通してよぉ!ママ、ママぁ!!」

真っ青になって学園の外に向かって走り出した秋山さんを、背後から西住さんが抱き留める。他のあちこちでも、警官や教員に制止されながらも正門から出ようとする生徒が何人も居た。

深海棲艦の内1体が現れたのは“居住区のど真ん中”───相当数の生徒の家族が住まい、生活を送っている場所だ。秋山さんの両親が経営している理髪店もここにある。

街の惨状を、更にいえば深海棲艦の背後で燃え盛る商業区の有様を目にし、自分たちだけではなく“自分たちの家族”が置かれた危機に気づき、彼女達の理性は跡形も無く吹き飛ばされていた。

「西住殿、離して下さい!家に、私の家族のところに行かせて下さい!!!」

「お願い………落ち着いて優花里さん!」

(;^ω^)「秋山さん、気を確かに持てお!」

「グデーリアン、冷静になれ!頼むから行くな!!」

装填手としての怪力を遺憾なく発揮して今まさに西住さんの手を振り切ろうとしていた秋山さんを、僕と松本さんも加わって何とか押さえる。

「離して、離して……お父さん……お母さん………っ!やだっ、やだぁ!!」

3vs1、しかも内1名成人男性という状況でも、秋山さんは抜け出そうと更に激しくもがき続ける。

『オァアアアアアアアアアッ!!!!!』

潤む彼女の視線の先で、深海棲艦はみたび咆哮し────そして、家々を突き崩しつつゆっくりと此方へ進撃を開始した。

短いのですが仕事の兼ね合いのため復活更新ここまでで一度切ります。明日(今日)から投稿ペース上げたいと思います、お待たせして申し訳ありませんでした。

「対象A、移動開始!接近してきます!!」

「前衛各班に通達!射撃開始、繰り返す、射撃開始!

住民の避難誘導と平行して対象Aを牽制しろ!!」

指揮官と思わしき保安官が手元の無線機に向かって叫び、居住区の方から響くは連続した銃声。躙り寄ってくる深海棲艦めがけて周囲から幾十本の火線が延び、銃弾が胴や頭部で次々と炸裂した。

『ォオオオォオオ………』

「………クソッ!!」

だが、その火花は相対する敵の巨躯に比してあまりにも小さく儚い。素人目に見ても、毛ほどのダメージにもなっていないのがよく解る。

「対象A、依然進行中!移動速度に変化無し!」

「前衛班より通達、付近市民の避難は区画の混乱と人員の不足により遅延!“暴徒”の鎮圧も難航中とのこと!」

「艦橋保安室に部隊の増強を要請!それと商業区との連絡回復も────うおっ!?」

『ギィアアアアアアアアアアッ!!!!』

深海棲艦が、その図太い胴で周囲を薙ぎ払った。

家屋や、電柱や───遠目故断定はできないが、“人の形”をした小さな点が勢いよく宙に舞う。

「おい、アレ……」

「退避、退避ィ!!」

(;゚ω゚)「伏せろ!!」

「きゃああっ!?」

長方形の巨大な何かが激しく回転しながら飛来し、突風を残して僕等の頭上を飛び過ぎた。

振り向けば、後方50M程の位置に酷く拉げた装甲車が転がっている。

数秒の間を経て、爆発的な悲鳴が辺りを包み込んだ。

保安隊の到着によって一時沈静化していたパニックが、改めて目の前に突きつけられた“脅威”によって再び激しく燃え上がる。居住区に向かおうとまでは行かずとも、半ば興味本位、半ば楽観的に玄関や校門付近にたむろしていた多くの生徒達が再び津波のような勢いをもって第2グラウンドの方へ逃げ散っていく。

「あぁ……ああぁっ……!!」

ただし、これも“全員”に共通した動きではない。秋山さんを筆頭に、元々居住区の方面に行こうとしていた生徒達は寧ろますます激しく抑え付けようとする人間に対して抵抗を始める。

「行かせて、行かせて……行かせてよぉ!!私が行かなきゃ………お父さん、お母さぁん!!」

「優花里さんっ……!」

(# ω )「────秋山ァ!!!」

こめかみの辺りでプツリと音が鳴り、気がついたら僕は勢いよく平手を振りかぶっていた。

「ひぐっ………」

人を殴った感触がビニール袋を破裂させたような音と共に僕の掌に伝わり、秋山さんが後ろに蹈鞴を踏む。倒れかけたその身体を、両肩口を掴んで引き起こす。

PTAに見付かれば懲戒免職待ったなしだろうが、構うものか。今更自分の職歴に頓着していられるような状況じゃないのだから。

(# ω )「いい加減にしろよお前!!てめえは何だ!?ウルトラマンか?魔法少女か?それとも艦娘か!?

陸なら10式戦車数台束にして迎撃しなきゃいけない化け物に、素手で立ち向かえるようなスーパーパワーをいつの間に身につけたんだ!?」

「……内藤教諭、行かせてください、お願いです、教諭………

お父さんも、お母さんも、あそこに……あそこに……っ」

「っ、先生!」

「落ち着けブーン先生!」

もう一度、秋山さんの頬を打つ。先程まで彼女を押さえていた西住さんと松本さんの手が、今度は僕の腕や肩に添えられていた。

(#^ω^)「家族が心配なのはよく解る!特に君は人一倍両親想いなのを教師として知ってるからな!行かせられるならそうしてる!

でもお前さっきの保安隊の会話聞こえていたよな!?学園艦上の最重武装部隊が避難誘導に尽力してて、それでもなお進捗は芳しくないって!

ただでさえ混乱状態のところに、戦車から降りたら何の技能も持たない───せいぜいクラブ活動で使えるサバイバル技術程度しかない一般人が飛び込むことが………どれだけその避難誘導に対して“妨げ”になるかって考えてるか!?」

「────えっ」

a暴れなくなったものの虚ろな表情で解放を懇願していた秋山さんの目が、はっと見開かれた。

(#^ω^)「しっかりと思い出させてやるけどな、お前はなんら怪物を倒せる力を持ってないただの2年C組の秋山優花里なんだよ!僕がただの無力で無能な現国教師であることと同じで!!

その無力なお前があそこに飛び込んで、負担が増えた保安隊はどうなるだろうな!?それこそ、巡り巡ってお前の両親さえ危険に晒しかねないって事を理解しろよ!!!」

学園艦保安隊の人数は、決して潤沢とは言い難い。この未曾有の大混乱の中にあっては、例え一人分であっても守らなければいけない対象が増えることは大きな負担だ。

ましてや居住区は、今まさに混乱の“元凶”が暴れくるっている場所なのだ。たった一人分でも負担が増せば、防衛線全体に影響する綻びになり得る。

そもそも本来なら、今この瞬間彼女の説得に割いている時間さえ生死を分けかねない程の異常事態なのだから。

(#^ω^)「………本気で両親の事が心配なら、それこそ学園艦の外に一刻も早く避難してやれお。せっかく保安隊に救助された君の両親が、避難生徒名簿の中に“秋山優花里”の名前がなかったらどれほど悲しむか解るかお?

両親だけじゃない。この状況でも先に逃げず、君が落ち着くのを待ってくれてる西住さんたちだって悲しむお」

「……アリサさんはどうか知らないが」

「強制徴用され巻き込まれた挙げ句この仕打ち、実にFuckね」

「………」

麻子さんが低い声で茶々を入れ、アリサさんがわざとらしく眉を顰めて肩を竦める。少しだけ周りの空気が弛緩したが、秋山さんは僕が手を離した後も俯いたままだ。

とはいえ、先程の狂気じみた雰囲気は消えたし居住区に向かおうとするような素振りも見せてはいない。ひとまずはこれでよしとする。

(#^ω^)「他の奴等、聞こえたか!?お前らがやろうとしてる事も同じだ!!

自分が死にたいだけじゃなくて、実は積極的に家族を殺したい生徒だけ居住区に行け!!それが嫌なら、速やかに第2グラウンドまで走れ!!」

暴れくるう深海棲艦の騒音に負けぬよう、精一杯声を張り上げる。秋山さん同様居住区を目指そうとしていた生徒達も、徐々に抵抗をやめて同級生や風紀委員、教員達に連れられて正門から離れていく。

( ^ω^)「小山さん、河嶋さんと武部さんは?!」

「それが、まだ連絡が……あっ、今二人とも玄関から出てきました!」

( ^ω^)「二人をこっちに誘導してくれお!西住さんと松本さん、秋山さんに肩を貸して!」

「じゃあ皆、駆け足で行くよーー!!戦車道でしっかり鍛えたんだ、たかが第2グラウンドまで走るのにばてちゃダメだからね!!」

『ギィアアアアアアアアアアッ!!!!』

角谷さんの号令に従って、僕等も校内生徒のしんがりを担う形で避難を再開した。背後からは相変わらず深海棲艦による暴虐の音が聞こえてくるが、幸いまた此方にモノがとんできたり進撃する速度が速まったりといった事態は起きていない。

「………ダメだ、ボクのスマホ、うんともすんとも言わない」

「猫田にゃーさんもか~、実は私も、なんだよね。麻子は?」

「……お婆から着信が入っていたから折り返そうとしたが、繋がらない。何も起きずに切れる」

(;^ω^)「……避難中に私語はやめなさいお私語は」

怯えるときは怯えるが、彼女達は修羅場慣れしているせいかイヤに立ち直りが早い。まだ深海棲艦の鳴き声やら何やらが余裕で聞こえてきているというのに、小走りで避難場所へ向かいつつ早くも情報交換が始まっている。

「みぽりんのスマホはどう?」

「ごめん、私のも無理みたい。……あれ、でもメールは送れる」

「あ、本当だ。今隊長のメールが私の所に来ました」

「えっ!それ本当梓ちゃん!じゃあ私も家族に───送れなーーーい!!やだもーーーーー!!!!」

武部さんが、走りながら肩を落として落胆するというなかなか器用なアクションを見せた。ややオーバーな動きながら家族に連絡が出来なかったというのはわりかし本当にダメージを受ける内容だったらしく、眼にはうっすらと涙が浮かぶ。

「………余所者な上についさっきレイゼンにノって巫山戯たばっかりの私がいうのも何だけど、まだあの化け物からろくに距離を取ってすらいないのに大したリラックスぶりね」

( ^ω^)「HAHAHA」

漫画学科で使う教科書に載せてもいいレベルの典型的な「ジト眼」を見せるアリサさん。僕としても些か反論に困るため、乾いた笑いで誤魔化しておく。

( ^ω^)「ま、足でも止めるならともかく避難とに支障が出ないなら多少はね。

……それに、これは多分彼女達なりの思いやりでもあるんだお」

「………あぁ」

アリサさんはちらりと秋山さんの方に視線を向け、合点がいったとでも言いたげに頷く。

秋山さんの表情は相変わらず暗く、5歩10歩という短いスパンで頻繁に後ろを振り向いている。西住さんと松本さんが横で併走しつつ様子を窺っているが、仲のいいこの二人に対してもろくに反応を返していない。

秋山さんは本来、角谷さんから直々に副会長への立候補を依頼される程度には聡い生徒だ。自分が居住区に無理やり行くことの“愚”は、十分に理解していると思う。

ただし、それでも“家族があの災禍の只中にいる”という事実は変わらない。不安に思うな、心配するなと言う方が無理な話だろう。

「他にも居住区に家族がいる奴等もいるでしょうに、それでもオッドボールの事心配してやれるのね」

( ^ω^)「大洗女子学園の戦車道チームは、そういう子たちの集まりだお」

有事の中にあっても、他人を思いやる気持ちを忘れない────口で言うのは感嘆でも、それを自然に出来る人間は極稀だ。そして彼女達は、西住さんを筆頭に全員がそれを出来てしまう。

戦車道は座学部分にしか携わっていないただの現国教師が言うのも烏滸がましいが……本当に、彼女達は素晴らしい「チーム」だ。

(;^ω^)「しかし、真面目な話こんなことに巻き込んでしまって申し訳ないお。アリサさんはここの生徒じゃないわけだし」

「ええ全くね───と言いたいところだけど、私は私でオッドボールの真似事してなきゃ今更こんなことにはなってないしね。学区から追い出されたとしても幾らかは遊んでから退艦する予定でもあったし、どのみち巻き込まれてたわ」

そう言ってやれやれと肩を竦めるアリサさんのアクションは、非常に様になっていた。流石はサンダース大附属の生徒と言ったところか。

「で、そこの一年生がなんでこっちを睨んでるのかって貴方心当たりは?」

(;^ω^)「えーと、宇津木さん?何かあったかお?」

「…………いーえー?特には?」

意味ありげな視線に気づき問いかけるが、宇津木さんはぷいとそっぽを向く。

「ただ、生徒に私語を注意しておいて自分はアリサさんと喋りすぎなんじゃないかなーって、思っただけよ~?」

(ⅲ´ω`)「…………言われてみればその通りだおね。気をつけるお」

おさない、かけない、しゃべらない。小学校の避難訓練でさえやるような初歩の初歩を教師が自ら破っていては世話がないし、ましてや秋山さんを怒る資格などない。自分の愚かさに、自己嫌悪が胸の内を満たし顔に縦線が降りる。

「ヘイ一年?boonの奴割と本気でヘコんでるわよ」

「えっ、へっ!?せ、先生~?軽い冗談だからそこまで気にしなくてもいいんじゃない~?」

「………あー、ブーン先生?第2グラウンドってそこまで遠くないし着くまでに気を確かに持って貰った方がいいんだけど」

「内藤教諭、私は気にしてませんし寧ろ感謝しておりますので元気をお出しください!!」

(ⅲ ω )「おぉーん………」

「ダメだこりゃ。皆ー、ブーン先生一時的に沈んじゃったけど第2グラウンドまであと少しだから頑張って────」

更新ペース上げる(+1P)
明日というか今日というかもまた同じ時間帯で投稿します。ご静聴ありがとうございました。

三度目の揺れ。角谷さんの言葉が、途切れる。

三度目の轟音。僕の意識が、現実に引き戻される。

僕も、角谷さんたちも、周りの生徒や教員も、誰もが足を止めて後ろを振り返る。それが“避難”として正しい行動ではないと知りつつも、足を止めずには居られない。

正門に展開する保安隊の眼前で道路が隆起する。砕けたコンクリートの下から、二本の腕を使って“それ”はゆっくりと這い出てきた。

『─────』

二本の腕に二本の足、股と腰、胸部の三つのパーツで構成された胴。オタマジャクシの出来損ないのような形状をした先の2体に比べると、それは───15m近い巨体と蝋のように白く血の気のない体色を除けば、幾らか僕たち「人間」に近い形をしているように見える。

故に、肩から上の異様さが尚のこと際立った。

「ひっ……………」

先の2体とはまた別種の“異形”を目の当たりにして、大野さんが微かに悲鳴を上げる。

胴に対して明らかに大きすぎる、楕円球形の頭部。「それ」の艤装と思われる砲塔や銃座が、実用的とは到底言えない無秩序さでそこかしこから伸びる。左目に当たる位置は無造作に刃物を入れられたような歪な“切れ目”となっているのに対し、右眼に当たる位置からは単装砲が生えている。

人を2、3人纏めて飲み込めそうな顎には唇がついておらず、剥き出しにされた白い歯が無機質な輝きを放っていた。

“人間を作ってごらん”と言われた年端もいかぬ子供が、無造作に粘土を捏ねくり回した挙げ句に出来たようなおぞましい姿。

パブロ=ピカソが描いた【ゲルニカ】の中にコイツの模写が混じっていたってきっと気づけやしない────そんな化け物が今、学園艦の甲板上に佇んでいる。


「…………何なの、あれ」

「……………決まっているだろ沙織、アレも深海棲艦だ」

「言われなくても解って───ぴぃっ!?」

『──────ゲア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…………』

武部さんのヒステリックな叫びを遮る形で、“3体目”が唸る。

『グガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』

先の2体が上げる咆哮よりも遙かに低い響きの、例えるなら蒸気船の汽笛を幾つも重ねたような鳴き声。それを耳にして、全身の肌がブワリと泡立つ。

2匹のバカでかく不細工なオタマジャクシに関しては、僕は“深海棲艦”であることしか解らない。後は、見た限りの形状から駆逐艦種と推測できる程度だ。

だが3体目の個体については、僕は“別の呼び名”を知っている。

( ゚ω゚)「…………いしろ」

「……内藤教諭?今何と────」

(;゚ω゚)「皆、散開しろ!教員も生徒もとにかくばらけて、できることなら木の下や建物の影に逃げ込め!!」

2011年10月27日。同月に重巡リ級との交戦で確認された“ヒト型種出現”の衝撃から2週間と経たぬ内に発生した、タイ海軍と深海棲艦の海戦。

タイ王国が保有する唯一の空母【チャクリ・ナルエベト】が海の藻屑と化すことになるこの戦いで、人類は初めて“艦載機を運用”する個体と─────








「“空襲”が始まるお!!!」

─────“軽空母ヌ級”と、遭遇した。

唸り声はいつの間にか止まっている。にもかかわらず、ヌ級の顎は閉じられない。身体を折り曲げ、四つん這いになりながら奴は寧ろ口をますます大きく、普通の人間なら間違いなく顎関節が外れるほど目一杯に開けた。

「一体、」

何をするつもりなのか。言葉を発した女生徒の一人がその台詞を最期まで言い切る前に、その答えを示す形でヌ級の口から黒く小さな点が群れを成して飛び出した。

(;゚ω゚)「っ、もう一度言うけど皆急いでここから離れろ!とにかく頭上を遮れる場所に移動を急げ!!」

「皆さん、内藤教諭の指示に従って下さい!!お友達同士で固まってる方達はばらけて、開けた場所を避けるように!」

「幸い300M先に自然観察用の樹木園がある、そこまで遮蔽物になるべく身を隠しながら走れ!!」

「こっちの屋根の下に行こう!高さも広さもある!」

「ゴミ箱の影………き、汚いけど我慢!」

僕の剣幕に何かを感じ取ってくれたのか、秋山さんが続けて指示を飛ばしたのを皮切りに一斉に周囲の皆が動き出す。同僚達も避難誘導に加わってくれ、西住さんたち以外の生徒も多少の「慣れ」が出てきたのか素早く行動に移し始める。

だが、如何せんあまりにも時間が足りなさすぎた。

「────っ、───!!」

「────!!?」

「───っ、…………」

風に乗って聞こえてきた、入り乱れる銃声と叫び声。保安隊の人達が上げているものと思われるそれらは、十秒と経たぬ内により別の騒音に掻き消され、徐々に小さくなっていきやがて完全に聞こえなくなった。

そして、その代わりに僕等を背後から追いかけてくる「音」がある。

飛び回るハチドリの羽音のような、或いは獰猛な肉食獣の威嚇音のような、連続的な音色。風切り音を伴ったそれは、僕たちに近づくにつれて高く大きくなっていく。

「何、何?何この音ぉ!?」

「う、上から、何か近づいて来て………」

降ってくる音────最早現代の空からは駆逐されたはずの、レシプロエンジンの駆動音。何十機分もが重なって上空で鳴り響く中、突出してきたらしき一際大きな音の主が僕の頭上に差し掛かった。

(;^ω^)「────やっべぇっ!!!」

「きゃんっ!?」

「Ou!?」

背筋に走った、氷柱を直接突っ込まれたかのような強い悪寒。咄嗟の判断で、僕のすぐ前を走っていた宇津木さんの腕を掴み横に居たアリサさんを肩で突き飛ばす。

二人ごと宙を浮いた身体は、通路を飛び越えて道脇の自転車置き場の中に転がり込む。直後、僕等が居た位置をアスファルトを削り取り機銃掃射が駆け抜けた。

悲鳴があちらこちらで上がるけれど、他の誰かが犠牲になった様子もない。樹木園への避難を開始する前に予め全員を散開させたのは幸い功を奏してくれたようだ。

「いたたたた………や、やだもぅ~、先生ったらだいたーん」

「Damn………Hey boon!!タカシに振り向いて貰う前に傷物になったらどうしてくれるのよ!!」

(;^ω^)「まだいつものノリを出せるのは賞賛に値するけど自重してくんねえかな!?」

まぁ元気そうなのは何よりと言えば何よりだが、この状況下で脱力させにかかるのはやめてほしい。

「っ、ブーン先生!宇津木さん、アリサさん、怪我は!?」

(;゚ω゚)「園さん、戻っちゃダメだお!!」

「そど子、上だ!!!」

「────へ?」

僕たちの安否を気遣い、逃避行を中断して踵を返す園さん。そこに、直上から急降下する“機影”が一つ。

「園さん、危ない!!」

「ひゃっ!?」

火線が放たれるのと園さんに西住さんが飛びついたのはほぼ同時だった。間一髪、弾丸は西住さんの靴底を掠めて地面に突き刺さり、敵機はそのままボールが跳ね返るような軌道を描いて空へと戻っていく。

「「きゃああああああっ!!!?」」

何十メートルか向こうでは、更に別の機影が生徒二人を追い回す。彼女達が鉄製ゴミ箱の影に飛び込むと、そのまま放たれた掃射が表面で火花を散らし無数の穴を開けた。

その様子に、ぞわりと全身の毛が逆立つ。あんなもの、一発食らっただけでも手足の一本や二本は確実に引き千切られる。

(;^ω^)「西住さん、園さん、怪我は無いかお!?」

「こっちは大丈夫です!」

「私も!西住さんのお陰で傷一つ無いわ!」

(;^ω^)「ゴミ箱の所の二人は!?」

「こっちも大丈夫です!」

「すぐに動けます!」

(;^ω^)「あいつらがまた来る前に避難再開!

とにかくエンジン音の接近に注意するお!!」

加速どころか寧ろ更新ページ数が減ってしまった……申し訳ございません。

明日は18:00以降フリーなので大盛り更新頑張らせていただきます

単純に書きためが間に合わなかったので更新明日お昼にずらさせていただきます。申し訳ございません。

新年の忙しさ嘗めてた……お昼どころか今日の更新自体が難しいです、お待たせしてすみません。

三人同時に路上に飛び出し、走る。視界の端に、他の四人も駆け出す様子がちらりと映った。

たちまち、十数機が奏でる独特の風切り音が頭上から僕等に迫る。

「やっ……」

(;^ω^)「止まるな!」

何条かの火線が上から降り注ぎ、僕等の周りで機銃弾がコンクリートを砕き白い煙を上げる。身を竦めかけた宇津木さんの腕を取って強引に併走させていると、すぐさま新手の編隊が追ってきた。

「Fuck、速いわね!」

(;^ω^)「そりゃ二次大戦時のとはいえ戦闘機の性能持ってるからな!!」

樹木園まではあと250m程だろうか。軽いランニングでも一分かからないような距離だが、何せ追いかけっこ相手の最高時速が600km/hだ。

今の僕たちにとって、この逃走距離は42.195kmのフルマラソンより険しく長い。

「敵機来ます、皆伏せて!!」

(;^ω^)「おぉおっ!?」

西住さんの叫び声に、全員が身体を投げ出すようにして地面に突っ伏す。

銃火が頭上を過ぎ去り、ほんの数メートル先のアスファルトが無数の弾痕に覆われた。

「内藤教諭、西住殿、皆さん此方へ!!」

「他の子たちはもうだいたい指定避難場所に向かってるよ、安心して!」

「後は西住隊長と先生達だけです、早く!!」

僕達七人が意図せずして囮のような役割を果たし深海棲艦機の攻撃が集中したことによって、他の生徒・教員の大半は既に空襲から退避した。樹木園の入り口には秋山さんと角谷さん、澤さんが待機しこっちに向かって必死に呼びかけている。

「其方の二人はまだ走れますか!?」

「は、はい!大丈夫です!」

「私も佳奈も走れる!西住さん、心配しないで!」

(;^ω^)「あと少しだお、次の空襲が来る前に辿り着ける!!」

「は、はぃ……」

「おぇっ……」

少々息が荒いアリサさんと宇津木さんを引き起こしながら励ましの言葉を掛けるが、あと150m程の距離を奴らが来るまでに0に出来るだろうかと僅かに不安が過ぎる。現に、もう次の“波”が突っ込んでくる音が────

( ^ω^)(…………あれ?)

ふと、違和感。奴等が奏でるエンジン音は確かに相変わらず頭上で鳴り響いていたが、それが徐々に遠ざかっているように感じられた。

だが、それが何故なのかを考察する必要性はすぐになくなる。








(;゚ω゚)「おっ─────」

オレンジ色の炎を吹き出し、此方へ向かって猛烈な速度で落下してくる“何か”を目にした瞬間に。

「─────西住ちゃん、先生、早く逃げて!!!」

「What, what, what!!!?」

「な、な、何よアレぇ!!?」

「とにかく今は前だけ見て!!走れ、走れェ!!」

「────痛っ!?」

未だかつて聞いたことがないほどの焦りを含んだ角谷さんの叫び声と、西住さんの鬼気迫る檄。全員が弾かれたようにその場から走り出すが………一秒と経たぬ内に、一人が小さく悲鳴を上げる。

「うっ……」

「優季ちゃん!!?」

(;^ω^)「っええい!!」

深海棲艦機の空襲によってひび割れたアスファルトに足を取られ、宇津木さんが転倒する。痛めたのか膝のあたりを押さえ蹲る彼女のもとへとって返すが、“落下物”はもう既にあと数秒と経たずに地面に到達するだろう。……しかもよりによって、落下地点は宇津木さんの直上ときている。

(;^ω^)「────宇津木さん、痛くなるけどすまんお!!!」

「えっ………ひゃああっ!!?」

考考えるより前に、身体が自然に動いた。宇津木さんを抱え上げると、反動をつけて後ろへと放り投げる。同時に、僕自身はその勢いを駆って物体の落下地点の向こう側へと身を躍らせる。

「…………ッ!!」

「きゃっ!?」

投擲先には、僕と同時に踵を返していた西住さんが居る。彼女は持ち前の身体能力で宇津木さんをお姫様抱っこの要領でキャッチしつつ、後ろに自分から倒れ込むことで衝撃を逃がしていた。

(;゚ω゚)「うぉうっ!?」

流石西住さんと感心する間もなく、目の前に火達磨になって拉げた“落下物”が眼前に突き刺さる。腹を下から突き上げるような、“ズンッ”という震動が視界を揺らす。

────落下物の側面、拉げ穴だらけになった扉に【日ノ出テレビ】の文字を見つけ、それが深海棲艦機に撃墜された報道ヘリだと気づいたときには、僕にはもう時間は残されていなかった。

(; ω )「うあっ………」

バチバチととんでいた火花が燃料にでも引火したのか、機体が一際大きなオレンジ色の炎を吹き出した後に爆散する。幸い3m程の距離があったため巻き込まれて木っ端微塵になることは避けられたが、爆風に吹き飛ばされた僕の身体は5メートルほど後ろで花壇に叩きつけられた。

(メ; ω )「ゲホッ………」

肺から酸素が逃げていき、体中を苛む激痛と併せて意識を朦朧とさせる。著しく機能低下した耳が、何かがひび割れていくような音が近づいてくるのを捉える。

「ブーン先生!!!」

音の正体が、ヘリが爆発炎上した場所から伸びるひび割れが僕のもとまで到達したのと、宇津木さんの叫び声が響いたのはほぼ同時。

アスファルトが砕け、甲板が崩落し、身体の下から地面が消失する。ぽっかりと口を開けた暗い裂け目に、為す術無く落ちていく。








(メメ ω )(………シュー)

死の間際の走馬燈の代わりに、脳裏に浮かんだのはシュールな幼馴染みと最後に飲んだときの光景。

それを噛みしめる間すらなく、僕は意識を手放した。




《ご覧いただけますでしょうか!?これは【テレビ日ノ出】の独占スクープ映像です!大洗女子学園の至る所が炎上し、甲板上に………おい、なんか上がってくるぞ!回避しろ、回h》

《…………………え、えー、ただ今、映像に乱れがありましたことをお詫び申し上げます。テレビ日ノ出では、引き続き番組の予定を変更して深海棲艦関連ニュースを放送致します》

《現在大洗港近辺には陸上自衛隊が展開、交通を制限。また百里基地にも自衛隊車両が複数入ったとの情報が───》

《大洗女子学園上空を飛んでいたテレビ局の報道ヘリが、何らかの攻撃を受けて墜落し甲板上で爆発が起きたとのことです。繰り返します、現在真偽は確認中ですが、大洗女子学園上空で───》

《フィリピン沖から日本本州へ向けて北上中の“新型”に関する情報はまだ公開されていませんが、既に関東・中部・近畿沿岸部には緊急避難警報・空襲警報が発令され、付近警察・消防による避難誘導が───》

《大洗港に停泊中だった船舶はプラウダ学園を初め民間・公共問わず全隻が緊急出港。また、海上自衛隊の防空指揮艦【かが】並びに艦載機部隊も一時洋上退避し───》

《茂名官房長官は先程緊急記者会見を開き、大洗女子学園の混乱の収拾と新型深海棲艦の撃滅を両方約束すると宣言。国民に落ち着いた行動を取るよう呼びかけ───》

《たった今入ったニュースです。政府は先程、太平洋海上において新たに極めて大規模な深海棲艦艦隊の浮上を確認したと発表。この艦隊は戦力を二手に分け、ハワイ方面と………南鳥島方面へ向かっているとのことです》

《政府は自衛隊・艦娘による領海の死守を約束する一方、東北沿岸の一部にも空襲注意報を発令しました。

該当区域の皆様はテレビ・ラジオを注視し、避難指示があった場合すぐに動けるようにして下さい。

また、今後鳴らされるJ-ALERTは全て訓練ではありません。J-ALERTが鳴った場合、必ず内容を確認し、適切で冷静な行動を心がけて下さい》

ここまで二日ぐらいで来たかったのに2週間って………明日から改めて加速できるようガンバリマス。
本日はひとまずここまでです








【学園艦棲姫】の出現と、フィリピン海防衛線における交戦開始───この報告が入った時点で、南は既に横須賀司令府の地下総司令室に近習数人と一部閣僚を伴って移動を完了していた。

別にこれは、自ら艦娘の主力や海上自衛隊を指揮しようという勇ましい意図の表れではない。【学園艦棲姫】が強力かつ膨大な航空戦力を持っている可能性が指摘された段階で、空襲のターゲットとなり得る永田町から退避し現状最も強固な防御力を持ち避難手段も豊富な横須賀司令府が移動先に相応しいという判断からのものだ。

見ようによっては“臆病風に吹かれた”と取れなくもないし、実際南自身自分を勇敢な人間だと思ったことは一度も無い。何より、この事が外に知れれば「国民が危機に晒されているときに安全圏に一人で逃げた首相」と見る人間は少なからず居るだろう。

そして、南は「そうなるならそれでしょうがない」と割り切っている。

彡(゚)(゚)(ワイが空襲やら何やらで死んで、有事のど真ん中でクソ無能が指揮取るハメになるより億倍マシや)

南は自身の能力を過不足無くある程度正確に推し量った上で、今の情勢で日本をとりまとめられる人間は自分しかないと結論づける。

彡(゚)(゚)(強いて言うなら茂名の爺さんやが、あの人は貫禄が不足しとるから野党がうざったくなる。他の有象無象は概ね空中分解待ったなし)

南が深海棲艦の出現前より自衛隊関連法案の整備に取りかかっていたとき、彼の改革に反対する(自称)平和主義者からよくぶつけられた質問がある。

曰く、戦争になったとき、首相は前線に立って戦うのか。

彡(゚)(゚)(これ言い出したの、どこのバカやろなぁ)

どうも彼らは南に効果的な文句だと勘違いしている節があり、遊説中やら講演時やら記者会見やら、あらゆる場所でこの失笑モノの質問をぶつけてきた。政治討論系のテレビ番組で知識派で売っているはずのコメンテーターが口に出してきたときには、堪えきれず腹を抱えてたっぷり一分間は爆笑してしまったのを覚えている。

彼らの脳内では、何故か常に戦争は日本が起こす側であり外国から宣戦布告を受ける事は絶対に有り得ないと決め付けている節がある。すぐ近くにある半島の北側に、核ミサイルを研究し常に「日本列島を破壊し尽くしてやる」と脅しをかけてくる軍事独裁国家が現存するにもかかわらず、だ。

彡(゚)(゚)(戦国時代とか中世ヨーロッパから脳の進化が止まったのかな?)

或いは映画【インディペンデンス・デイ】のトーマス=J=ホイットモア大統領でも意識したか。いずれにせよ、“日本側が宣戦布告する”と決め付け、“日本への宣戦布告は有り得ない”と思い込んでいる人間の的外れな指摘であることは変わらない。

日本が“有事”をふっかけられた際の備えには手を抜かない、一方で“有事”を着地させられる力がある人間は、出しゃばらずに安全な場所で自分の義務を着実に果たす────それが日本と、その国に住まう人々の生活を護るために最も適した形として現状南が辿り着いた考え方だ。

まぁ、打算が皆無かといえばそうではない。横須賀は避難警報が出されている区画の一つであり、これを母港とする学園艦【聖グロリアーナ】の乗員・居住者・生徒も保安隊の誘導で退艦を開始した。

仮に横須賀司令府に行ったことがリークされても、本州での陸戦が始まった場合の最前線となる場所に首相が自ら赴いているとなればマスコミや反政権側としては叩きにくい………そんな算盤も、胸の内では弾かれた。また実務的な面でも、本来秘匿されている“海軍”の投入や他国との連携、迎撃作戦が領海外に拡大した場合など政治的な判断を現場に即座に下ろすことが出来るという大きなメリットが存在する。

メリットとデメリット、理想と現実を正確に推し量り、有事でも果断に行動できる───南が“異生物による世界規模での侵略”という前代未聞の“有事”にあって日本をこれまで守り抜いてこられたのも、飄々とした言動の裏に隠されたこの柔軟な対応力があればこそだろう。

………だが今起きている事態は、南の、否、日本全体の対処能力をさえ既に超えつつある。

「大洗女子学園、甲板上に報道局の回転翼機が墜落!火災も発生!」

「何故飛行制限がかかって……っ!過ぎたことは仕方ない、報道各局に大洗港付近全域での飛行禁止令を通達しろ!許されるギリギリのラインまで締め上げて構わない!」

「ヌ級flagshipの動向には特に注意しろ、空母艦娘並びに各鎮守府・警備府の基地航空隊は厳戒態勢を維持!」

「ミャンマー、マレーシア、タイなどASEAN各国の空軍は学園艦棲姫への攻撃準備を完了、しかしながら自衛隊と艦娘の支援がなければ攻撃を掛けることは不可能と通知あり!」

「中部や沖縄から一部でいいから機体は上げられないのか、もたもたしていると棲姫の航空戦力の発艦を許すぞ!」

「各学園艦の状況確認が済まないと無理です、戦力を動かしてから大洗と同じことが起きれば被害は際限なく拡大します!」

「各警備府から艦娘を動員、それと陸自と警視庁にも要請を入れろ!最長一時間、できるならその半分で全艦の安全確認を終わらせるよう伝えるのも忘れずにな!」

「アメリカ国防省より情報共有あり、南鳥島に向かう深海棲艦は凡そ300隻超。艦種詳細不明も、少なくとも装甲空母姫4、戦艦棲姫2は確認されているとのことです」

「南鳥島鎮守府提督より迎撃部隊抜錨の報あり。時刻ヒトヨンニーイチ、全八個艦隊48隻による迎撃です」

「第5防空機動艦隊に艦載機全機発艦を指示。南鳥島の艦娘部隊を支援させろ」

彡;(-)(-)「………」

照明やディスプレイが放つ、人工の光のみに照らされた司令室の中。最上段の席に腰掛けながら、南は周囲の喧噪を耳にしつつ瞑目する。

即断即決を信条とし、国内外問わずその果敢迅速な行動力によって国内外問わず多くの政治屋を翻弄してきた男が、眉間に皺を寄せ心底から苦悶していた。

「首相……」

呼びかけらた声に反応し、眼を開き顔を上げる。すぐ横に、いつの間にか一人の男が直立不動で佇んでいた。

彡(゚)(゚)「………お前さんの接近に気づけんとはボケすぎやな、ワイも」

(☆...●)「…………どういう意味ですか、それは」

男はそう言って不満げな様子を見せるが、正直なところ南の指摘は的を射ている。

身長209cm、体重135kg。180cmで十分高身長と言われる日本の成人男性において、この体躯は時代が時代なら人外扱いの一つも受けていたであろう。体格は“あの提督”程ではないにしろ筋骨隆々と言って差し支えなく、身長に至っては向こうよりも10センチ以上高い。顔は右眼がざっくりと縦横に走る大きな傷で潰れ、左眼のギョロリと剥かれた眼孔の迫力を助長している。引き結ばれた口元にも無数の傷が走り、顔だけ切り取ってホーン●ッドマンション辺りで飾っておけばいい案配に迫力を増してくれることだろう。

そんな、巨漢の────海上自衛隊三将にして艦娘部隊【元帥】、王嶋清人(おうじま・きよひと)の接近に気づかない鈍感な人間が、この世にどれだけいるかは疑問符が付く。

彡(゚)(゚)「そのまんまの意味や。ジェイソンが白昼堂々街中練り歩いてて気にならん人間なんて滅多におらんやろ」

(;☆...●)「………少しは気を遣っていただいてもバチは当たらないと思いますが」

思ったままの事を言ってやると、王嶋は今度は酷く傷ついた表情で頭を掻く。

全くこの男は、図体はデカいくせに昔から繊細だ。

彡(゚)(゚)「ほんま、ナリはデカいのに神経ほっそいよなぁ」

(☆...●)「首相、貴方の言葉はとりわけ強烈な武器になることをもう少し自覚すべきです」

いよいよ声を荒げる王嶋だったが、南の顔つきを見て諦めたように一度ため息をついた。

(☆...●)「………まぁ、首相も連日連夜の外交や党内調整、【艦娘自己自衛権】関連の詰めで出突っ張りだったところにこの事態です。気を抜きたいのは解りますが、せめて“いじり”はもう少しマイルドにしていただけるとありがたい」

彡(゚)(゚)「善処するわ」

口ではそう軽く返しながら、南は視線で自身の意図を汲んでくれた王嶋に感謝の意を示す。

気心の知れた人間との口さがないやりとりは、疲弊した脳を休ませてくれる貴重な存在だ。思考の柔軟性を維持するにあたって、今のような会話も南にとっては仕事の一環に他ならない。

彡(゚)(゚)「さて、聞かせて貰おか。大洗女子学園艦内の状況はどうなっとる?」

(☆...●)「はっ。先ず商業区ですが────」

彡(゚)(゚)「待った。時間も短縮できるし、どうせここは勝手知ったる横鎮や。

“いつも通り”にいこうや、キヨやん」

(☆...●)「………OKだ、ヨシ」

南の提案に頷くと同時に、王嶋の口調と態度から堅さが消える。彼は横の椅子を引いて腰掛けると、手元の紙束をバサリと此方の前に放り出した。

(☆...●)「単刀直入に結論を言うが、状況は40分前と同じ。新しいことは何一つ解っていない。

真新しい報せと言えばお前も今聞いてただろうが、せいぜいスクープを焦ったテレビ局のバカがヘリで学園艦上空に差し掛かった瞬間【Helm】に撃墜されたってことだけだ」

彡(゚)(゚)「……因みに、その馬鹿テレビ局はどこや」

(☆...●)「各局報道番組の内容を見るに日ノ出テレビで間違いない」

彡(゚)(゚)「ほーん」

近々国会に提出する予定の新放送法案で真っ先に潰すべきテレビ局が決まったな………南は胸中で決意を固める。

王嶋は長い付き合いの中で南が何を考えているか察したが、特に何も言わず話を続ける。

話の脱線は望ましくなかったし、正直王嶋自身南の考えには諸手を挙げて賛成だったため口を挟む必要が無い。

(☆...●)「学園艦内は艦橋保安室から各駐在所まで悉く沈黙、あらゆる方面から様々な手段で通信を試みたがきこえてくるのは波の音だけ………ロマンチックだね、貝殻を耳に当てていた無邪気な子供時代を思い出すよ」

彡(゚)(゚)「お前に子供時代なんかあったんか………無論、“暴徒”に関する続報も無しって事やな?」

(☆...●)「あったに決まってるだろ俺はいったい何なんだよ……無しだ。学園艦後部の商業区4箇所で大火災が発生している点、最初の【駆逐ナ級】が出現する前から火災に関して陸の住民より通報が入っている点から考えてここら辺が中心地だとは思うが推測の域を出んな。

なお、商業区の火災は現在も延焼中………俺たちの方で確認できたのは以上だ」

王嶋の言葉を受け、南の眉間に再び皺が刻まれる。なるほど、“進捗無し”は比喩皆無の正直な報告か。

彡;(-)(-)「で、ナ級が出たということはかなり高い確率で【寄生体】が暴動に関わっている、と……頭痛いわ」

(☆...●)「………あのビデオ映像の光景が日本で、しかも学園艦の上で起きることになるとはね。夢のようだよ全く。勿論悪夢という意味でな」

元帥の王嶋を初め横須賀鎮守府の首脳部には“海軍”に関する情報は相当深いところまで共有されており、勿論【ムルマンスクの戦い】に関する真相も彼は知っている。

戦闘の記録映像を見せられた時のことを思い出し、王嶋の表情が露骨に歪んだ。

(☆...●)「クソッ、アレのせいで俺はしばらく肉も魚もダメになったんだ……。

とにかく情報が足りないが、それでも学園艦奪還作戦を強行するなら突入箇所はほぼ確実に艦橋になる。装備や部隊練度を鑑みて直属保安隊なら艦橋の陥落を防げている可能性が高い」

彡(゚)(゚)「艦橋保安室がぱっと見は“ただの生徒や住人”である存在に発砲を許可する勇気があれば、やがな」

(☆...●)「ああ、最大の問題はまさしくそこになる」

南の指摘に、王嶋が頷く。その口調の平坦さから、彼も自身の“希望的観測”が通るとは微塵も思っていないようだ。

(☆...●)「俺もこの鎮守府の全員も、市ヶ谷だってはっきり言って期待していない。“陥落を免れた可能性”についても、他の駐在所や区画が0%なのに対して艦橋なら5%ぐらいはありそうってだけの話だ。それでも“皆無”じゃないだけマシだし、奪還の優先度としても設備や貯蓄武装、指揮系統回復などの観点から艦橋が最も高くなる……そもそも、“突入できるなら”というのが前提条件だが」

彡(゚)(゚)「やっぱ、アカンか」

(☆...●)「どうやって沸いたのかはともかく、軽空母ヌ級flagshipの出現が痛すぎる。ただでさえナ級の対空火力が未知数の中で、艦載機っつー解りやすい脅威が加わったらおいそれとヘリ単体での空挺には踏み切れねえ。まずは制空権の確保、だがその制空権を確保できる戦闘機すら出せない有様だ」

彡(゚)(゚)「………確か、軽空母とはいえヌ級flagshipの艦載機数は90近くやっけ」

(☆...●)「あぁ、flagshipの名を冠するだけあって機動力も高い。数で圧せばそれでも十二分に航空優勢は取れるだろうが…………学園艦は大洗だけじゃない。

残り197隻で“同じことが起こる”可能性がある限り、どこの航空戦力も動かせんし消耗も許可できない」

彡(-)(-)「………」

王嶋の重苦しい宣告に、南は再び瞑目する。彼の右手は、懐から煙草を取り出そうとする衝動と激しく戦い痙攣していた。

世界屈指の艦娘先進国であると同時に、世界有数の学園艦大国でもある日本。深海棲艦が大洗女子学園に侵入した経路が掴めない以上、原因究明までは日本の学園艦は全て潜在的な深海棲艦の拠点として見なければならない。

ここまででも十二分に厄介だが、フィリピン海に浮上した【学園艦棲姫】の存在それ自体が自衛隊の軍事行動に決定的な楔を打ち込んだ。

即ち、大洗女子学園を初めとする学園艦に“深海棲艦化”の心配は無いのかという懸念。

(☆...●)「下半身がバイクになった雷巡が時速百キロで欧州を駆け回り、生身の人間が深海棲艦に変態し、今また学園艦の中から駆逐艦と軽空母が生えて来やがった。そして極めつけが、“学園艦型の棲姫”だ。

最早何が起きてもおかしくない………まぁこの件について取れる効果的な対策なんざ、はっきり言って存在するなら俺が教えて欲しいぐらいだがな」

学園艦としては小さい方とされる大洗女子学園で7.6km、生徒3000人と最小クラスに位置するベルウォール学園でも4.8km。そんなものが200近くも一気に深海棲艦化した場合、王嶋の言うとおり例え自衛隊と艦娘部隊が文字通りの総力を注ぎ込んだとしても勝ち目はないだろう。

現にたった1隻を相手に、アメリカも含めて3カ国分の空海軍部隊と“海軍”所属の精鋭艦娘を20隻以上ぶつけてあの様だ。

それでも………自衛隊も艦娘も、日本に住まう国民を護るためにある。軽んずることも、特定の場所を取捨選択することも究極的な状況になるまでは許されない。

逆に言うとそれは、大洗女子学園に取り残されているであろう人々にも言える。彼女達の安全を優先するあまり、他の地域での“危機”に目をつむり戦力を摩耗することはできない。

(☆...●)「………横須賀司令府元帥として、提言できる策は二つだ。

先ず一つは、乗員の」

彡(゚)(゚)「却下や」

(;☆...●)「早いな」

彡(゚)(゚)「………無論ワイかて、“それ”を最終的には選択せなアカン可能性もあることは理解しとる。

せやけど、それは“まだ”や。手が残っている限り、ワイらはその選択だけはしたらアカン」

(;☆...●)「……まぁ、お前ならそう言うと思った。口に出しておいてなんだが、俺自身お前が犠牲ありきの“第一案”にあっさり乗ってきたらぶん殴っていたかも知れん。

しかし、だ」

王嶋は腕を組み、低く唸る。

(;☆...●)「第二案もまた、別ベクトルでリスキーだぞ。日本の国際的な信用、お前自身が積み上げてきた実績、そして何より、せっかく流れが変わり始めた艦娘の在り方。その全てを賭けのテーブルに乗せる事になる」

彡(゚)(゚)「まだ助けられるかも知れん国民吹っ飛ばすより万倍マシやボケ。

………それに、ワイも何の準備も無しに賭けのテーブルに着くわけやない」

南はそう言って、胸ポケットから取り出した自身のスマートフォンを掲げてみせる。

その口元には、不適な笑みが浮かんでいた。

彡(^)(^)「特に最後の奴はワイ自身も苦労したし何よりそこないがしろにしたらせっかく出来た筋肉モリモリマッチョマンのライン友がブチ切れてまうんでな。

ノーリスクハイリターンでギャンブルを………それが、南慈英のモットーや」






(☆...●)「笑顔キモッ」

彡(゚)(゚)「死ね」

(☆...●)「てめえが死ね」

本日の更新ここまで。書きためてまた明日投稿します。






私が小学生の頃、「戦争」が始まった。深海棲艦と名付けられた世にもおぞましい怪物達によって世界中の国々が侵略され、多くの犠牲者が出た………らしい。

何故不確定的な語尾になるのかと言えば、私は実際にその光景を眼にしたわけではないからだ。テレビでは連日深刻な表情をしたアナウンサーが苦境に立たされる人類の有様を報じていたけれど、6年目も後半に差し掛かったとはいえまだ小学生だった私から見れば「テレビ画面の向こう側」は全く関係の無い隔絶された世界。幾ら数字や現状を並べ立てられたところで、実感も興味も持てやしなかった。

ゴジラやガメラ、或いは貞子やペニーワイズと同列の“テレビの中の出来事”───当時の私にとって、【深海棲艦】とはせいぜいその程度の認識。

他に覚えている印象を無理やり付け加えるなら、“お小遣い減額の元凶”だろうか。

深海棲艦の襲撃によりシーレーンが壊滅し、輸入大国である日本の物価は当時軒並み跳ね上がった。多くの一般家庭同様貧しくもないが決して裕福でもなかった私の両親は節制に迫られ、真っ先に削減対象となったのが私の小遣いというわけだ。

毎月の第一日曜日に手渡される一枚の1000円札が一枚の五百円硬貨に変わったときの絶望と悲哀は、今でも夢に見るほど克明に覚えている。

ともあれ、あれから六年が経ち高校の卒業を間近に控えた今まで、幸運なことにその認識を変える必要はないまま過ごせた。

勿論深海棲艦がどれほど恐ろしい犠牲を出したのかはニュースや資料で知っているし、【学園艦】という洋上の教育施設で過ごす以上不安が皆無だったと言えば嘘になる。ニュースで度々流れる犠牲者数や深刻な影響の意味を読み取れるようになってからは、深海棲艦の恐ろしさというものも十分に理解できる。

だが一方で、日本は出現当初の攻勢を凌ぎきり【艦娘】の実装によってその脅威を近海からは完全に駆逐した。自衛隊は戦訓を積み、太平洋側の離島には強力な防護施設が幾つも建設され、何より二万人を越える艦娘が居る───そうした実情から、深海棲艦の恐ろしさ自体は理解しても私は相変わらずそれをどこか他人事のように捉えていた。

勿論、原隊復帰になった蝶野教官やヨーロッパで義勇軍に参加していた西住ちゃんの友達、或いは陸の大洗町の方で時折見かけるようになった反戦・反艦娘デモなど全く影響が皆無というわけではない。それでも、他の国のように街に爆弾が降ってくるわけでも海岸に駆逐艦の群れが上陸してくるわけでもない。

自分から海外に、それも艦娘の守りが手薄な場所にでも行かない限り、戦争も深海棲艦の侵略も相変わらずテレビの中の出来事。私がよく知るこの学校での日々は、この先もずっと続いていく。

そう、思っていた。









ずっとそうなるように、願っていた。



だと言うのに、だ。

私がよく知る街並みが、燃えている。

私がよく知る青空を、爆弾を抱えた戦闘機が飛び回っている。

そして私がよく知る人は、たった今目の前で居なくなった。

嗚呼畜生、神様ってのが居たらきっと性根の腐りきったクソ野郎に違いない。いたいけな少女があれだけ必死に祈ったってのに、全く真逆の結果を鼻先に突きつけやがって。

「西住ちゃん!宇津木ちゃん!!」

いつか地獄に落ちた暁には、必ず神様のケツを渾身の力で蹴り飛ばしてやる───そう決意しつつ、私は樹木園から飛び出して我らが隊長の元へと駆け寄る。

秋山ちゃんも澤ちゃんも、樹に縋り付くようにして立つのがやっと。足が生まれたての子鹿のようにがくがく震えて動ける有様じゃない以上、私が行くしかない。

「二人とも大丈夫!?怪我は無い!?」

「私は大丈夫です、宇津木さんも見た限りでは……っ、宇津木さん、ダメッ!!」

「だって……せんせ、今落ちて……私のこと庇って……やだ、やだ……」

抱き留める西住ちゃんの腕の中で、宇津木ちゃんの視線はぽっかりと口を開け黒煙を吹き出す穴に固定されている。直下に浄水パイプでもあったのか、流れる水の音が轟々と聞こえてくる。

身を捩って西住ちゃんの拘束から逃れようとしつつ、宇津木ちゃんの両手は何かを掴もうとするように難度も空を掻いていた。

「っ、宇津木ちゃん落ち着いて!大丈夫、大丈夫だから!」

私自身眼にしているのが辛く、半ば私情混じりで強引にその動きを手首を掴んで終わらせる。何が大丈夫なのかなんて、言っている私にも解りゃしない。

ただ、今が大きなチャンスであることだけは間違いなかった。

吹き出す黒煙が煙幕の役割でもしてくれているのか、深海棲艦機は上空を飛び回りながらもまだ次の攻撃に移る様子は無い。今のうちに樹木園まで辿り着けば、後は指定避難場所まで突っ走るだけだ。

脳裏を過ぎる「肝心の救助はくるのか」と言う疑問に背筋が冷えるが、頭を振って追い出す。

実際来なかったとしても、自分達だけでこの状況を打破できる代案を出せる程私は英知に優れちゃいない。出来るのは、ただ助けが来ることを祈るだけ。

……尤も、祈る先は神なんかじゃない。私が神に祈ることは金輪際ないだろう。

「宇津木ちゃん、いこっか!」

「でも……せんせ……ブーン先生が……」

「だから大丈夫だよ!!!

西住ちゃん、悪いけど宇津木ちゃん背負って!私が乗せるの手伝う!」

「はい!

そう言えば、他の人達は───」

「生徒会長の五十鈴ちゃんが先導して避難場所に向かった!私達も急ごう!!」

宇津木ちゃんの視線は相変わらず穴の方を見てはいたけれど、幸いもう暴れる気力すら無いのか大人しい。だらりと弛緩した彼女の身体を、西住ちゃんがしっかりと背負えるよう押し上げる。

本当なら上級生の私が背負う役をやるのが様になるのだろうけど、生憎映画館で中学生料金を取られそうになるこのちんちくりんな体格では荷が重い。ここはかっこつけるよりも効率重視、餅は餅屋だ。

「っし、固定も完了!西住ちゃん、走って!」

「了解です────あれ?」

「ん?」

駆け出しながら、西住ちゃんは正面の樹木園ではなく横を見ていた。

つられて、私も其方に視線を向ける。


<ヽ;`∀´>

「………二田巡査?」

先ず、見覚えのある顔が此方に向かって駆けてくるのが見えた。野球のホームベースを思わせる角張った顔と、ピンセットでつり上げたみたいな両眉が特徴の大洗女子学園に在籍する保安官の一人………二田瓜生(にった・うりゅう)巡査だ。

彼に先導される形で、その直ぐ後ろにも同じく保安官の制服を着た幾つかの人影。そして更にその後ろからは何十………何百人という人の波が続く。多くが船舶科や水産科の制服を着ていたけれど、コック服や白衣、清掃業者の制服に身を包んだ人もおり統一感はあまりない。

普通に考えれば、二田さんたち保安隊が避難民を保護して引き連れてきたと考えるのが自然だ。学園内に続く正門こそ新手の───ブーン先生が【ヌ級】と呼んだ空母型深海棲艦に塞がれているけれど、大洗女子学園の全幅は1.1kmにも及ぶ。他にも学区や学園内に入れる入り口はあるので、其方から逃げてきたと思えばおかしな事ではない。服装・年齢層の多様さについても、居住区の人達も一緒に逃げてきたのだと考えれば辻褄が合う。

だけど私は、何故かその集団に奇妙な違和感を覚えた。

「前会長、西住殿、ご無事で!」

「お陰様で!」

樹木園に飛び込むと、秋山ちゃんが出迎えてくれた。まだ顔面蒼白ながら、何とか最低限立ち直ってはくれたらしい(澤ちゃんの方は子鹿状態を継続していたけれど)。

「……前会長、二田巡査達は一体どうしたのですか?」

「私達と同じ方角に向かってますよね。深海棲艦から逃げるのなら当然なんだけど……」

流石と言うべきか、西住ちゃんと秋山ちゃんも二田さんたちの様子がおかしいことに気づいたようだ。本来なら私達も一目散に指定避難場所まで走るべきだけど、集団の異様さが一択である筈の選択肢を素直に選べなくしていた。

(………あれ?)

ふと、違和感の正体を理解する。

避難民と思われる集団が、二つの層に分かれていた。二田さんや他の保安官の人達に背中を押され、手を引かれ、転びそうになるところを支えられながら逃げてくる4、50人前後の集団と、その後ろを追う形で走る何百という群衆。前者の層が例えばお年寄りや子供の集団なのかとも思ったけれど、ざっと顔ぶれを見る限りそんな様子はない。

なにより────後方の“群衆”を構成する人々は、何故か手にバットや鉄の棒等を持っている比率が高いような気がした。

「………角谷さん?」

「なんか」

ヤバい気がする。そう口にする直前、保安官の一人が反転する。





「────え?」

乾いた銃声が、私達のところまで届いた。

眼前で起きた信じがたい光景を脳が受け止める前に、その保安官は更に二度引き金を引いた。ニューナンブM60が弾丸を吐き出し、群衆の先頭を駆けていた中年の女の人の割烹着が真っ赤に染まる。

だけど、目の前で一人射殺されたというのに“群衆”は止まらない。前のめりに倒れ込んだ女の人の身体を踏み越えて、船舶科中等部のセーラー服に身を包んだ人影がその前に躍り出る。

「──────っ!!!』

彼女は、何事かを叫びながら思い切り振りかぶった鉄パイプを何の躊躇もなく保安官めがけて振り下ろした。

グシャリ。

反応が遅れた保安官の頭が、真っ赤な液を撒き散らしながら潰れた。膝から力が抜けて倒れ込んだ彼の周囲に、後続してきた人々が群れ集う。

グシャリ、グシャリ、グシャリ。

鉄パイプが、ゴルフクラブが、トンカチが、シャベルが、ポリバケツが。形も種類も雑多な獲物が、だけど同じ“殺意”を込めて振り下ろされていく。

何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

「ひぁっ………あぁ………」

遠目でもはっきりと解るほど大量の血が、人々の足の隙間から流れ出てアスファルトに赤い放射状の模様を描く。

間の抜けた悲鳴を上げて、澤ちゃんが今度こそ膝から崩れ落ちる。

時間的に寝ないとなので一旦切ります。明日も同時間帯に更新予定です

本日更新厳しいので明日の昼と夜で2更新とします

まんま、ゾンビ映画の一場面を切り取ったかのような光景だった。

燃え盛る街、逃げ惑う民間人、それを守る警官隊、おまけにここは【学園艦】という隔絶された空間。立ち向かおうとした警官の一人が数の暴力に呑み込まれるところまで、誰かが脚本でも書いたみたいにお誂え向きだ。二田さんたちを追う“暴徒”は走ってきてきているけど、【ワールドウォーZ】や【新感染】で走るゾンビもわりかし知名度を得つつある昨今ならそんなに大きな問題じゃない。

……ただ、映画のゾンビが多くの場合疫病やらウィルスやら呪いやらで理性を失った死者であるのに対し、

「待てオラァ!!』

『殺せ、殺セ!!」

「逃げないでよ、痛くしないカラさぁあああ!!』

保安官を一人殺し、なおも二田さんたちを追って樹木園に向かってくる“暴徒”は……言葉を発し、武器を構え、明確な意志を持っている。

抱く感情が一様に“殺意”であるという点を除けば、私には彼らが普通の人間にしか見えなかった。

いつの間にか、叫び声が意味を持つ「言葉」として耳に届くような近さまで距離が詰まっている。逃げなければいけないのに、私の足は地面に根でも生えたみたい動かせない。

「会ち、角谷先輩、逃げましょう!ここに居ると危険です!!」

「あっ………」

西住ちゃんが私の腕を引くが、まるで筋肉が全部綿になっちゃったみたいに下半身に力が入らない。引かれるままに私の身体は腰から崩れ落ち、お尻が冷たい地面を踏みしめる。

「逃がすかクソがぁっ!!』

「早く回りこめ!!あいつら女子供も連れてるから逃げ足遅いぞ!!』

「このままだと追いつかれます!!」

「クソッ、機動保安隊は総員反転しろ!!」

互いに指示を出し合いながら、二田さんたちを囲い込もうと広がっていく“暴徒”たち。それに対して、今度は五、六人の保安官がいっせいに振り向いてその進路に立ち塞がる。

他の区画の担当だったのか正門での空襲から生き延びた部隊がいたのか、全員がH&K MP5を構えていた。

「撃ち方ぁ、始め!!」

放たれた弾雨が“暴徒”に殺到する。頭を、胸を、腹を鉄の弾丸が撃ち抜く湿った音が私達の下まで届く。

噎せ返るような血の臭いが、辺りに充満した。

「イギッ……』

『あぁあああああっ!!!?いでぇっ、いでぇええええっ!!!?」

「ぎぃっ、がっ………』

サブマシンガンが奏でる、リズミカルで軽快な音。そしてそれを塗りつぶすようにして、銃弾を受けた“暴徒”達が上げる断末魔の大合唱。

トラウマものの協奏曲に彩りを添えるのは、飛び散った臓物や脳漿、そして全身に鉄の弾丸を埋め込まれて転がる何十という屍体の山。

「ウブッ、おぼっ、うぉええええええええ………」

秋山ちゃんが近くの木に腕をつき、身体を折り曲げて吐瀉物を撒き散らす。私も、生まれて初めて嗅いだ“屍臭”という奴に喉元まで強い酸味を伴った何かがこみ上げてくる。

宇津木ちゃんと澤ちゃんが既に意識を手放していたのは、不幸中の幸いだった。

「先輩、優花里さん、大丈夫ですか!?二人とも気をしっかり持って、今のうちに避難場所まで向かわないと!」

西住ちゃんも顔面蒼白だったけれど、彼女はそれでも気丈に私と秋山ちゃんの安否を気遣ってくれた。私も何とか立ち上がろうとしてみるが、力が全く入らない。

「ごめん、西住ちゃん……私も、腰が……抜けて……」

「っ、優花里さん!澤さんをお願い!会……角谷先輩と宇津木さんはこのまま私が!」

「うえぇ……ふぐっ……り、了解です!」

「先輩、失礼します!!」

制服の肩口を掴み、西住ちゃんは私の身体を樹木園の奥へと運んでいく。

「────っ!───っ!!」

「────、────!!!」

<ヽ;`∀´>「……っ!」

引き摺られながら再び後方を見やれば、しんがりの機動保安隊は牽制射撃によって完全に暴徒の突出を抑え込んでいた。指揮官に何事か言われて頷いた二田さんが歩を早め、“暴徒”との距離を引き離し始める。

(………逃げられそう、かな)

私と宇津木ちゃん、小柄とはいえ女子校生二人を運んでいるため西住ちゃんと言えど歩みは遅い。けれど、しんがりの保安隊が“暴徒”を完全に足止めしてくれているお陰で、距離は開く一方だ。

ただでさえ銃の所持が厳しく規制される日本、そこに学園艦という条件も重なれば手に入る武器はたかが知れている。サブマシンガンとはいえ弾幕展開が可能な銃火器を装備した人員がある程度集えば、バールやらバット如きでは数を頼みにしても容易には突破できない。

『う……ぁ………」

「ひぃいいいいっ!?』

それに、“暴徒”の勢いそれ自体も明らかに鈍っている。仲間が目の前でバタバタ薙ぎ倒されりゃ当然の反応だし、武装の使用にかなりの制約が掛けられている日本の警察組織がシカゴ警察も真っ青な弾丸の大盤振る舞いで反撃してきたのは向こうとしてもアテが外れたに違いない。実際、私も保安隊の積極果敢な反撃には少し驚いている。

(……………)

そう、“少し”驚いただけだ。

挨拶すら交わしたこともない顔触れが殆どとはいえ、それでもこの学園艦に───西住ちゃん達と一緒に必死に守った大洗女子学園に住んでいた人達が、目の前でドンドン死んでいる。その異様な光景に相対しているのに、恐怖を多少抱いただけで悲しみも怒りも沸きやしない。

相変わらず腰が抜けた状態でトロイア戦争のヘクトールみたいに地面を引き摺られていきながら、頭の中の妙に冷めた部分が現状を呆れ返るほど冷静に受け止め、分析していた。

(こんな冷たい性根だったんだねぇ、角谷杏って人間は)

自嘲の笑みが、無意識に口元を歪ませる。山ほど人が死んでいく様子を目の前にして笑うとは、他人から見たらきっとサイコパスにしか見えないに違いない。

(別に、自分が立派な人間だと思ったこともないけどね)

西住ちゃんを無理やり戦車道に引きずり込んだり、彼女を強引な勧誘から救うため生徒会室まで一緒に乗り込んできた武部ちゃんと五十鈴ちゃんを脅したり、どんな批難をされてもおかしくないことには何度も手を染めてきた。二度目の廃校の危機に際しては、正直法的にグレーゾーンで止まっているのかすら怪しい搦め手も幾つか使った。

どれも褒められた行為じゃないけれど、この学園艦を、そしてその上の人達を守るために必要なことだと信じてやったことだ。その想いは今でも変わってないし、後悔もしていない。

だというのに、そうまでして守ろうとしたものがこれだけ無惨に蹂躙されても、そうまでして守ろうとした人達が目の前で殺し合いをやっていても、私の眼からは涙一滴零れやしない。怒りのあまり歯が砕けるぐらい食いしばられてもいい口は、締まりのない苦笑いを浮かべたままだ。

(…………私自身だって助かったとまだ決まったわけでもないのに、暢気なもんだ)

だいたい私達や先に避難した学園内の人間が全員助かったとしても、それは艦内に居た人間の1/3にもなりはしない。残りの二万を越える人達は取り残されることになる。そしてその人達を見捨てて、私はこの艦から逃げようとしている。

「角谷先輩?」

「ははっ、うん、なんでもないよ西住ちゃん」

それこそ“今やるべき事ではない”と頭では解っていても、一度ハマった「ドツボ」からはなかなか抜け出せない。

気遣ってくれる西住ちゃんに生返事しながら、私は底なし沼に足を踏み入れたかのように物思いに沈んでいく。













─────そして。

<ヽ;`∀´>「ニダ!?」

「ヒッ………」

樹木園の向こう側で……指定避難場所がある方向で沸き上がった爆発的な悲鳴によって、私は思考の坩堝から強制的に現実へと引き戻された。

何百という人間が全力で走る、地鳴りのような足音。統一感が皆無に等しいそれは、足音の主達が酷く錯乱している様子を私達に伝えながら猛烈な勢いで近づいてくる。

それに伴って叫び声の内容も当然聞き取れるようになっていくんだけど────その内容は、到底私には理解しかねるものだった。

「いや、いやぁあああああ!!!やだ、噛まないで、噛まないでよぉおお!!」

「いだぃ、いだぃいいいいいいっ!!?」

「足が、俺の足が食われ………いぎいっ!!?」

「逃げて逃げて逃げて!!無理、あんなの無理!!」

「食べないで、食べないで下さい!!助けて、誰か助けてぇ!!!」

耳を覆いたくなるような、甲高い悲鳴の数々。それこそ、まるでゾンビ映画やゾンビアニメ──昨今流行の萌え路線じゃなくて正統派の方──から切り取って大音声で流しているような有様に、じわりと全身から汗が噴き出す。

確かに樹木園の入り口の方でも現代日本とは到底思えない殺し合いの真っ最中だが、機動保安隊と交戦している“暴徒”の群れにカニバリズムのケがあったようには見えない。とはいえ、既に深海棲艦が学園艦で暴れ回っているという“現実”の前では人食い部族の襲撃やゾンビの出現は十分あり得てもおかしくない出来事の範疇だ。

生い茂る木々の向こう側でどんな惨状が起きているのか、ぞっとしない想像に背筋が震える。

そして、それに追い打ちを掛けるようにして。

『─────キャハハハハハハハハハハハハ!!!!!』

今度は、“笑い声”が辺りに響き渡る。

数百人が上げる悲鳴や断末魔の中にあって、それはまるで直接頭の中で響かせたみたいにはっきりとここまで届いた。

生後数カ月の赤ん坊が上げたような………それでいて、酷く嗄れて耳障りな笑い。声自体のおぞましさとそれがこの場で響くという不自然さが、私の身体を芯から冷やす。

「に、西住殿……今のは……」

「……五十鈴さんたちが心配だけど、今は一旦様子を見ます。秋山さんも動かないように。角谷先輩、動けますか?」

「あ、はは………少し力は入るようになったかな」

すっかり怯えきって縮こまった秋山ちゃんに的確な指示を出しながら、西住ちゃんが腰を屈めて私の顔色を覗き込んでくる。

……心底から私や秋山ちゃん、それに宇津木ちゃんや澤ちゃんを心配してくれている表情だ。この期に及んで自然とそういう態度が取れるこの子は天使か何かだろうか。

「とはいえ、まだ立てそうもないけど。西住ちゃん、最悪私は置いて逃げていいからね?」

「そんなことは絶対にしません。力がある程度入るなら、移動速度を上げるため私が肩を貸すので」

「────後ろです西住殿ォ!!!」

「西住ちゃん、危ない!!」

「──────!!!』

彼女の後ろで鉄パイプを振りかぶる人影。

私と秋山ちゃんが、同時に悲鳴に似た叫び声を上げる。




鈍い打撃音が、私の耳朶を打った。

人体は、案外脆い。脳という極めて重要な器官を守るためにとりわけ丈夫に発達したのが頭蓋骨だが、それだってやろうと思えば人間の力でも簡単に破壊できる。ついさっき、保安官の頭が潰されたように。

男が西住ちゃんに向かって鉄パイプを振り下ろしたとき、同じ光景が繰り広げられると思った。だから、私は咄嗟に眼を瞑ってしまった。

(────あれ?)

でも、すぐに違和感に気づく。

打撃音は確かに響いたけれど、それは保安官が殺されたときとは似ても似つかない随分と乾いたもの。それに、西住ちゃんが倒れる音もしなければ私に対する追撃も一向にない。

「に、西住ちゃん……?」

震えそうになった声を辛うじて抑え、恐る恐る眼を開ける。

真っ先に眼に入ったのは、眼前で木の幹にめり込んだ鉄パイプ。相当な力で振りかぶられていたらしく、幹の陥没は軽く1cmに達するだろうか。

「…………Shit!!』

そして、そのパイプを必死に窪みから引き抜こうとする大男。おそらく、学園外どころか国外からの観光客なのだろう。顔つきも身長も横幅も何もかもが日本人離れしている。

「Damn……!』

───最後に、その外国人が巨体を揺すり、金髪を振り乱し、口髭を震わせて引き抜こうとしている鉄パイプは。

「……………」

“大洗の軍神”なんて大層な渾名で呼ばれる細身の高校二年生が、困ったような表情を浮かべながら右足一本で完全に抑え込んでいた。

「あの、ごめんなさい!!」

「わわっ!?」

「きゅうっ!?」

西住ちゃんが発した謝罪は、彼女が手を離したことで仰向けに倒れた私に対するものだろうか。地面に投げ出された宇津木ちゃんに対するものだろうか。

「────What!?』

或いは、眼前の外人に対するものだったのだろうか。

とにかく、彼女はその言葉と同時に、木の幹に置いた片足を起点に跳躍した。

「ガッ………!?』

空中で身を捩り、足を振り上げ、全体重を乗せて叩き込まれる踵落とし。幾ら華の女子校生の体重とはいえ、跳躍による勢いもある。

当たり所次第では簡単に人を殺せただろう威力だけど、それを肩口に落としたのは西住ちゃんの優しさだろう。

「Fuck!! Kill you!!』

だけど、その好意を目の前の外人は──“暴徒”の一人は理解しなかった。鉄パイプは手放してしまったけれど、今度は巨大な拳を西住ちゃんめがけて突き出す。

「っ」

「ゴァッ………!?』

早業。彼女のソレはまさに、この言葉がぴったりと当てはまる動きだった。

肘打ちで拳の軌道を反らし、ボディに掌底を打ち込んで身体を折らせ、返しの裏拳で顎を打ち脳を揺らす。私は別に格闘技に詳しくないし実技の喧嘩はからっきしだけど、それでも西住ちゃんの動きが格段に洗練されているものであることは解る。

「グゥッ………』

外人は最後の顎打ちで一瞬動きを止めた後、ぐるんと眼球を回転させて動きを止め前のめりに倒れ込んだ。死んでいる感じはしないけど起き上がる様子もない。

西住ちゃんの最後の一撃から予測するに、軽い脳しんとうによって意識を失ったのだろう。

ただ、襲来した新手の“暴徒”は外人だけではなかった。

『ひぃああっ!!!」

「おらぁっ!』

更に二人が、武器を構え向かってくる。ガリッガリの………肉体改造する前の猫田ちゃんみたいな体格の男がプラスチックのバットを、そしてランニングウエアを身につけた筋肉質な女の人が鉄製のスコップをそれぞれ西住ちゃんめがけて振りかぶった。

「ふっ!」

「イッテぇ……!?』

『ギュッフ」

西住ちゃんも、動く。鋭い呼気と共に上段蹴りを繰り出してスコップの方の軌道を反らすと、そのまま男の方に踏み込んで肘打ちを腹に。男は、まるで潰れた蛙のような声を上げて沈黙する。

「てめぇ……わぶっ!?』

「やっ!」

体勢を立て直したところに蹴り上げられる土。視界を奪われたスコップ女の懐に跳び込み、西住ちゃんが可愛らしいかけ声とは裏腹にエッグい勢いで膝を入れる。

「ゴボォエエエエエ……』

スコップ女はビシャビシャと吐瀉物を撒き散らしなが地面に横たわり、しばらく痙攣した後動かなくなる。

………あれ死んでないよね?大丈夫だよね?

「角谷先輩、宇津木さん、どちらか動けますか!?」

「ええと、ちょっと動けるようになってきた、かな?!」

「………あれ?私、なにがどうなってるの……?」

「でもまだ宇津木ちゃんはダメっぽいや!」

「では、申し訳ないですけど宇津木さんを連れてもう少し下がってくださ……いっ!」

「ぶぉっ……』

回し蹴りを顔面に浴びて、カッターナイフを振りかざして突進してきた男が薙ぎ倒される。

「優花里さんも先輩と一緒に退いて私の後ろに!向こうからも暴徒がドンドン来てる!」

「で、でも……」

「早く!!」

「ぎぁっ!?』

「ひぇっ!?わ、解りましたぁ!!」

西住ちゃんを置いて下がることを躊躇した秋山ちゃんも、直ぐ近くまで迫っていた暴徒が西住ちゃんの投げた鉄パイプで気絶する様を見て慌てて私と宇津木ちゃんの方へ駆けてくる。その間にも、まだ疎らながらそれでも着実に数を増やす“暴徒”を西住ちゃんは次々と地に沈めていった。

魔女っ子アニメのヒロインがプリントされたシャツを着た、でっぷりした体躯の男の人を掌底で顎に一撃加え眠らせる。

口元を×印が書かれたマスクで覆い竹刀を構えた、一昔前の不良みたいなファッションの船舶科生徒にボディーブローを打ち込む。

最初の外人より更にガタイがいいタンクトップを着た黒人の意識を、跳び蹴りで刈り取る。

明らかに、高校生の動きじゃない。さっきまでの光景がゾンビ映画なら、今度のこれはさながらジャッキー=チェンのカンフー映画だ。

ふと、ブーン先生の授業を思い出した。“戦車道史”の一回目で習った、日本戦車道の礎となった人物の逸話が脳裏に蘇る。

「……女性の身たりと雖も、百発百中の芸殆ど父兄に越ゆるなり。人挙て奇特を謂う。この合戦の日殊に兵略を施す」

口を突いて自然に出てくる、『吾妻鏡』の一節。目の前には、懸命に、鮮やかに、そして雄々しく、私達を守るために技を振るう西住ちゃんの後ろ姿。

実物なんて知りもしないが、そこに思わず800年前の女傑の姿を幻視する。

「童形の如く上髪せしめ腹巻を着し矢倉の上に居て、襲い到るの輩を射る。 中たるの者死なずと云うこと莫し」

撃てば必中守りは固く、進む姿は乱れ無し。

鉄の掟、鋼の心。

「……これが、西住流」

彼女に面と向かってそれを言えば、きっと複雑な気持ちにさせてしまうだろう。困ったような笑みを浮かべるその裏で、彼女がとても傷つくことになってしまうかも知れない。

それでも、私には。

例え戦車に乗っていなくても、例え「勝利」のために振るわれるものでなくても。

今の西住ちゃんの姿はまさしく────“西住流”の体現であるような気がした。

既に、西住ちゃんの周囲では優に10を越える“暴徒”が気を失った状態で転がっている。彼女の動きは洗練されていて、更に“暴徒”の殆どは武装しているにも関わらず踏み込みに微塵の躊躇も見せない。

結果、間合いを詰められて得物を思うように使えなくなった“暴徒”達は的確に急所を突く西住ちゃんの打撃であっという間に沈んでいく。

「はぁっ……はぁっ……!」

だからといって、西住ちゃんに消耗がないわけではない。攻撃を受けなければ体力を失わないのは一昔前の格闘ゲームでの話だ。

急所を狙ってくるのは向こうも同じ、それに次の暴徒が此方に辿り着く間隔がドンドン短くなっている。私達の方に一人たりともそいつらを向かわせないために、危険を顧みず懐に“跳び込みざるを得ない”面が西住ちゃんにはある。

「はぁっ、はぁっ……コホッ、コホッ……」

「に、西住殿……」

「隊長……」

14人目の暴徒を倒して素早く次に備えて構えを取ったけど、肩で息をしていて足下も少し揺らいでいる。一人から二人に増えるだけでも彼女の負担を大きく減らせるだろうけれど、気絶している澤ちゃんを含めて私達の中に格闘技経験者はいない。加勢したところで、逆に西住ちゃんの足手まといになっておしまい。

「…………ッ!」

噛みしめた歯からミシリと音が鳴る。太腿に右手の指が食い込み、皮膚を裂いて血を滲ませる。

この学園艦も、私達の“英雄”も、危機に陥っているのに何も出来ることがない。

私は、無力だ。

15人目、チェーンバーガーショップの制服に身を包んだ男の人がフライパンを振りかざして突っ込んでくる。足払いを掛け、喉に肘打ちを入れて黙らせる。

16人目、灰色のスーツを着たサラリーマンが大きなコウモリ傘を顔に向かって突き出す。西住ちゃんは手刀で軌道を変えて、みぞおちと首に連続で拳を打ち込み眠らせた。

17人目、工業科のツナギを着た女生徒がスパナを投げつける。さっき倒したサラリーマンのコウモリ傘で西住ちゃんが打ち返すと、「カインッ」と音が鳴って額を抑えた彼女がそのままもんどり打って倒れる。

そして───18人目と19人目が同時に襲いかかってきたところで西住ちゃんに限界が訪れた。

「ヴぁああああああっ!!!!』

「っく……!」

暴徒達が口にする聞くに堪えない雄叫びや罵詈雑言とは一線を画した、正真正銘“咆哮”とでも言うべき大音声を上げながら現れた国技館に居ても違和感がない体格の大男。確実に体重0.1t越えのそいつの全力体当たりを受けて西住ちゃんの足が地面から浮き上がるけれど、それでも彼女はすぐに拘束を振り払って軌道上から飛び退いた。

「どらぁあっ!!』

「うぁっ……!?」

そこに態勢を立て直す間もなく伸びる追撃。建設現場の親方さんか何かだったのだろうか、頭にタオルを鉢巻きのように巻いて作業服を着込んだ男の振るった角材が西住ちゃんの胴を打ち据える。

「うっ………あうっ!?」

「逃げんなクソガキがぁっ!!』

そのまま地面を転がって逃れようとした西住ちゃんのお腹を踏みしめる足。土方風の“暴徒”は、雑巾でも扱うように彼女の身体を引き寄せ角材を振り上げる。

「西住どn「ウボォオオオオオオオオオッ!!!!』

最早耐えられず、澤ちゃんを地面に置いて──というより投げ捨てて──走り出そうとした秋山ちゃん。だけど、待ったを掛ける声を押し潰す咆哮と共に、さっきのデカ物が今度は私達めがけて突進してくる。

「…………グァ?』

だけどその足は、銃声と共に肩口に開いた風穴によって止まった。

<ヽ;`∀´>「────三人とも、伏せるニダ!!」

「秋山ちゃん!宇津木ちゃん!!」

「わわっ!?」

「ひゃっ」

二田さんの叫び声に従い、三人揃って地面に伏せる。彼が構えたニューナンブM60が二度火を噴き、私達の上を弾丸が駆け抜ける。

「ヴォッ』

一発目を眉間に食らい、デカ物が膝から崩れ落ちる。

『カッ」 

「きゃっ!?」

土方風暴徒は側頭部を二発目に貫かれ、殴り飛ばされたような勢いで地面に倒れる。

傷口から吹き出した脳漿と血液が、紅い放物線を空中に描いた。

「まだ“暴徒”が来るぞ!正面から三名、左手から二名!」

<ヽ;`∀´>「本官が正面をやるニダ、本多先輩は左手の奴等を!宮野巡査は本官の掩護と西住さんの救出、北方巡査はこの四人を保護するニダ!」

「「了解!」」

(*‘ω‘ *;)「任せるっぽ!!」

私達が足止めを受けている間に、後続集団が追いついたらしい。私達の周りに展開した保安官達が各々拳銃を構えて事態の対処に動き出し、10Mばかり後ろでは残りの保安隊に守られた何十人かの人々が疲れと不安をない交ぜにした表情で辺りを見回している。

(;*‘ω‘ *)「それにしても角谷ちゃん、よー生き残っとったっぽ」

その人達の顔ぶれをよく見ようと目を懲らしていると、近くに立つ知り合いの保安官───北方蜜柑(きたかた・みかん)巡査が私に声を掛けてきた。

彼女もまた後ろの避難民達に負けず劣らず疲れ切った顔色だけれど、口元には嬉しそうな笑みがこぼれている。

(*‘ω‘ *;)「正直、あの【空母型】が学園本校舎の方角に現れたとき申し訳ないけど半ば諦めてたっぽ」

「いやいや気にしないでよ。ここだけの話、私だってこの学園艦で生きてるの私達だけかも知れないなんて思ってたし」

それに、西住ちゃんやブーン先生が居なかったらどのみち私だって死んでいた。私と北方さんが生きて再会できたことが奇跡に等しいのは間違いないだろう。

「……あのさ、北方さん達はこの騒動について何か詳しい事知ってる?」

ちょっと中途半端ですが仕事の関係で寝ます。明日(本日)か明後日迄には学園艦棲姫の本格的な出現まで書ければと

(*‘ω‘ *)「何一つ知らんっぽ」

即答。

少しだけ和らいでいた北方さんの表情が、再び固くなる。

(*‘ω‘ *)「情報を得ようにも艦外への通信が全く繋がらねえ。防衛省、警視庁、茨城県警、大洗鎮守府、どこに連絡飛ばしても砂嵐。艦内ですら艦橋保安室からの連絡が途絶えて久しいっぽ」

二田さんたちが正面から迫り来る“暴徒”達に対して発砲を開始する。其方に視線を向けながら、北方さんの眼はどこも見ていない。

(* ω  *)「駐在所も半分以上は無反応、辛うじて繋がったところも助けを叫ぶばかりで話が通じない、商業区は至る所で大火災が起きてオマケに学園艦の底からは深海棲艦。生存者を保護したくても、暴動の拡大が治まらずその生存者同士で殺し合いを始めてる………っ!」

語尾が震え、口調が捲し立てるような勢いに変わっていく。満身の力で握りしめられたニューナンブM60の銃床が、微かに軋む。

(#* ω *)「畜生が!!」

やり場のない怒りを、北方さんは近くの木にぶつける。蹴り飛ばされた衝撃でばさばさと枝が揺れ、宇津木ちゃんが怯えて首を竦める。

(#*゚ω゚ *)「何が起きてるかなんて私が知りてえっぽ!!つい2時間前までいつも通り平和だった学園艦が、何が何だか解らねえ間にこの有様だ!!

あの深海棲艦はどっから出てきたんだよ!なんで本土は誰も助けに来ねえんだよ!なんであちこちでこんな暴動が起きてんだよ!!」

「北方さん!やめて下さい!保安官としての矜持を……きゃっ!?」

(#*゚ω゚*)「うるせぇ!!」

西住ちゃんを抱えて連れてきてくれた、宮野巡査と呼ばれた女性の保安官が制止する。だけど、北方さんはそれを乱暴に撥ねのける。

(#*゚ω゚ *)「そうだっぽ、保安官だっぽ私は!ここの生徒や居住者を守るためにここに来てんだっぽ!!

なのになんで、なんでその居住者や生徒を撃ち殺すハメになってるのか教えろよ!!誰か教えろぉ!!」

それは、私がよく知る北方蜜柑巡査の姿とはかけ離れたものだった。

少しぽっちゃりした体躯を揺すって学園艦内を一所懸命走り回り、生徒や居住者がトラブルに巻き込まれればどれだけ忙しくてもすぐに飛んでいく優しく頼もしい保安官。

まだ未婚で、歳も若いに「肝っ玉かーちゃん」なんて渾名を着けられて、それでもその名を呼ばれると楽しそうに笑う────そんな人が今眼を血走らせて、喚き、錯乱している。

彼女の姿こそが、大洗女子学園の“現状”の表れだ。

誰もが憔悴し、誰もが状況を理解できず、何をすればいいのか、どうすればいいのか解らずに惑い悶えている。

この学園艦に居る誰も彼もが、平凡な日常が突然粉々に砕け散ってしまったという現実を受け入れられずにいる。










そして、そんな私達の憔悴など知ったこっちゃないとせせら笑うようにして。

「前方、人影アリ!」

状況は、なおも刻々と悪い方へ変わり続ける。

「指定避難区域の方角から此方に向けて民間人多数が接近!後方に“暴徒”と思われる集団も確認!

避難民の大半は大洗女子学園の生徒・教員と思われます!」

それ自体は、容易く予想できた「展開」だった。

指定避難場所の方角で悲鳴が上がり、指定避難場所の方角から新手の“暴徒”は押し寄せてくる……そんな状況で“避難場所が襲撃を受けている”という事象が思い浮かばないほど、私の想像力は貧困では無い。

だから、その方向から必死の形相で逃げてくる人の群れを目にした時も、私はまだ動揺していない。寧ろ先生達や風紀委員メンバーと共に懸命に避難誘導に励む桃や柚子、五十鈴ちゃん達の姿を見つけて、他の戦車道履修者の皆もまだ無事だったことに一瞬安堵の息を漏らしたほどだ。

「────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!』

『ヴォオオオッ、グァアアアアアッ!!!」

<ヽ;`∀゚>「………なん、だ、アレ」

…問題は、その後ろから追ってくるもう一つの集団。“それら”を目にした二田さんが振り絞るような声で呻くけれど、その反応は無理もない。

さっき別の保安官の人は、アレを“暴徒”と表現した。だけどあんなものが“暴徒”なんていう生易しいものであるはずがない。

“人間”の枠組みに、入れていい存在であるはずがない。

「「ァアアアアアアッ!!』』

五十鈴ちゃん達を追い立てる【群れ】を構成する“それら”は、確かに一見すると人の形をしていた。四肢があるし、声を発しているし、二本足で立っているし。

だけど“それら”の、

ある個体は顎の下半分がなく、
ある個体はあらぬ方向に曲がった左足を引き摺りながら前進を続け、
ある個体は右腕が神経一本で繋がりぶら下がった状態で、
ある個体は頭の右半分が潰れて、
ある個体は腹のど真ん中に鉄骨のようなものが突き刺さり、
ある個体は頭の鼻から上がなくなっている。

“それら”がどうしてそんな有様になったのか、どうして殆どが致命的に損壊しているのにまだ動けるのか、何故“暴徒”たち同様五十鈴ちゃん達を追ってきたのか、幾つもの疑問に答える術を私は持たない。

『『オ゛オ゛、ウ゛ア゛ア゛!!」」

ただ、“それら”が既に人間ではないことだけは確実だ。

【群れ】の速度は、“暴徒”と比較すると明らかに劣る。とはいえこれは、【群れ】の中に身体のパーツが欠損している個体が多い事が原因であり奴等が愚鈍というわけじゃない。

“劣る”というだけで、決して遅くない。五十鈴ちゃん達が少しでも気を抜けば瞬く間にその背を奴等の手が掴むことになる。

「やだ、来ないで!来ないでぇえええ!!」

「誰か助けて………きゃあっ!!」

「っ、大丈夫?!」

追い立てられ、互いに押し合い、恐慌状態になっている大人数が逃げ惑うには木々が生い茂る樹木園の足下はあまりにも悪い。生徒の一人が根にでも躓いたかすっ転び、それを見た磯部ちゃんが急停止から反転して彼女の下へ向かおうとした。

『『『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」」」

「やっ────」

だけど伸ばされた手を磯部ちゃんが掴む前に、追いついた何体もの“それら”が転んだ女生徒に覆い被さる。

「助け、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!?」

「いっ……!? や、やめろぉ!!」

「キャプテンダメ!!」

生の肉が食いちぎられ、血が飛び散る湿った音がここまで届く。食われている生徒の助けを呼ぶ声は一瞬で断末魔に代わり、それもすぐに聞こえなった。

磯部ちゃんはそんな状況になってもなおその子に手を差し伸べようとしたけど、河西ちゃんが肩を掴んで無理やり押しとどめる。

「もうあの子は手遅れです!早く逃げないとキャプテンまで追いつかれます!」

「………っ、ごめん!」

「磯部さん、早く下がるモモぉーーー!!」

ももがーちゃんが、足下に落ちていた大きめの木片を………というよりは、朽ちて倒れたらしき細木の幹を持ち上げ放り投げる。

「ヴアッ!?』

磯部ちゃん達の直ぐ後ろまで迫っていた“奴等”の内の一体が、直撃を受けて後ろに吹っ飛んでいく。

普通の人間なら、例え細いとはいえ木を丸まる一本あの勢いで投げつけられたら受けるダメージは尋常じゃない。死んだっておかしくないし、少なくともしばらくは動けなくて当然だ。

「………ヴォオオオオオッ!!!』

「……うっそー」

だけど、ももがーちゃんに吹っ飛ばされた個体はすぐに起き上がりこっちに向かってくる。

(;*‘ω‘ *)「瓜生、あたしらであの化け物共に射撃するっぽ!!」

<ヽ;`∀´>「バカな、生徒に当たるニダ!!」

(;*‘ω‘ *)「当てねえように撃つんだっぽ!このままだとあの子ら後ろの方はどんどん追いつかれて片っ端から餌にされるぞ!!」

<ヽ;`∀´>「……畜生!

各位撃ち方始め!!避難民を巻き添えにしないよう射撃は正確性を重視しろ!」

「んな無茶な……!」

(;*‘ω‘ *)「無茶でもやるんだよ!撃て、撃てェ!!」

「皆さん、保安官の方達から支援射撃が来ます!身を低くして、射線に入らないように!!」

北方さんたちがニューナンブを構えた瞬間、五十鈴ちゃんが日頃のお淑やかな言動からは考えられないような大音声で叫ぶ。全員ではないけれど、それでもその声に相当数の生徒が反応して腰を折り身を屈める。

「グァアッ!?』

『ギッ、ガッ……」

開いた射線を的確に縫って、二田さんたちの放った弾丸が飛ぶ。“暴徒”と違ってはっきり化け物と確定しているためか照準に容赦はなく、狙われた個体は悉く頭を弾丸で射抜かれた。

────だけど。

「ア゛ア゛ア゛……』

『オ゛オ゛ッ、オ゛オ゛オ゛!!!」

(;*‘ω‘ *)「マジかっぽ」

それでも、“奴等”は倒れない。

「た、た、対象の動きに変化ありません!なおも向かってきます!」

(;*‘ω‘ *)「んなもん目の前で同じ光景見てんだから言われねえでも解るっぽ!!」

「ガッ───グゥアアアッ!!』

「うわぁっ!!?」

宮野巡査が震える声で報告し、北方さんが彼女を怒鳴りつけながら更に一発別の個体の心臓付近に撃ち込む。食らった個体はもんどり打って倒れたが、すぐに起き上がって逃げようとしていた教師の一人に飛びかかる。

「やめろ離せ……いぎぃいいいいいいっ!!?」

腹に齧りつき、まるでスペアリブでも食べるみたいに柔らかい肉を歯で裂く。激痛のあまり海老反りになったところに更に何体かが押し寄せ、彼の身体はすぐにバラバラにされた。

『ヴァアアアッ!!!」

「ひっ……」

「……Shit!!」

見知った人が“食われる”という異様な光景を見てしまったことで、中等部の制服を着た子が悲鳴を上げて固まる。突進してきた何体かの“奴等”がその身体を掴む前に、アリサちゃんが横っ飛びで彼女のことをかっさらう。

「腹空かせた化け物にその身を捧げる博愛精神は評価するけどね!それアタシの前でやらないで頂戴!」

「す、すみません……」

「謝罪はノーサンキュー、後でバーベキュー奢りなさい!!」

『ヴァッ……」

別の方向から走ってきた個体は足払いを食らって転倒する。その間にアリサちゃんは、中等部の子をお姫様抱っこの要領で抱えて距離を取る。







『────オギィアアアアアアアアッ!!!!』

その後ろで、転倒した個体の頭部が唐突に“破裂”した。

そろそろ話進んだかなと思ったら全然状況動いてないのね
160レス使ってこれだと終わるまでスレ跨ぎそう

二田さんや、北方さんの射撃によって破壊されたわけではない。元々上半分が空気が抜けたボールのようにヘコんでいたその個体の頭は、ぐしゃりと鈍く湿った音を立てて内側から砕け散る。

そして、“それ”は姿を現した。

『オギァアアアアアアアアッ!!!』

金切り声を上げるソレを“化け物”以外の何と呼べばいいのか、私の知識と語彙では解らない。ただ、ウミヘビとミミズを掛け合わせたような形状の、白くぶよぶよとした細長い胴に黒く固い光沢を放つ頭部を持ったそいつの姿は、一目見ただけで私達人間を害する存在だと本能的に理解できた。

『『『ギィアアアアアアアアッ!!!!』』』

その出現が皮切りとなったかのように、【群れ】が一斉に動きを止めて咆哮する。生々しい破裂音が幾つも幾つも重なり、胴から、頭部から、様々な箇所を食い破って同じ様な形状をした“化け物”達が這い出てくる。

(;*‘ω‘ *)「ほんっっとに冗談じゃねえっぽ…!」

群れを成し、胴をくねらせ、鎌首をもたげる怪物達の姿を前に、レボルバーに新たな弾薬を装填しながら北方さんが呻いた。

(;*‘ω‘ *)「ゾンビに怪獣、今度はエイリアン!大盤振る舞いにも程があるっぽ!」

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!』

「来るぞ!撃t」

怪物の内一体が、予備動作も無しに首を伸ばしてくる。バグンッと音が鳴り、拳銃を構えようとした保安官の首が掻き消える。

この瞬間、狩りは機械的な殺戮に変わった。

「うわっ、うわっ、うぉあああああっ!!!?」

「ひっ……!?」

まるで、鳥が足下の虫を啄むみたいに。

化け物達は首を伸ばし、獲物を───つまり樹木園の中を逃げ惑う私達を、追い立て、絡め取り、食らって行く。二田さんたちが必死に射撃を加えようとするけど、凄まじい速度で自由自在に動き回る怪物に翻弄されて照準をろくに合わせることすらできない。

「く、くそ、当たらない────ぁあああああああっ!!!?」

化け物を捕捉しようとしていた保安官が、後ろから噛みつかれて高々と持ち上げられる。咀嚼音が頭上で聞こえると同時に断末魔はなくなり、ぼとりと彼の下半身が地面に落下してきた。

“暴徒”を殲滅したか撃退したらしい機動保安隊も追いついてきたけど、彼らも二田さんたち同様まともな迎撃はできていない。早々に一人が、牽制射撃を加えようとして襲撃してきた化け物に攫われた。

「正門だ、正門の方に向かえ!樹木園の中だとまともに逃げられない!」

「自殺行為です!正門にも深海棲艦がいるんですよ!」

「逃げ道がない……救助は……」

「どうしたらいいのよ……どうしたら……」

悲鳴と怒号が飛び交い、誰も彼もが逃げることも戦うことも許されずに理不尽に殺されていく。

私自身も、最早どうすればいいか解らない。目の前の惨状を、ただ呆然と眺めている。

(ああ、そっか)

ぐるぐると纏まらない思考の中で、混乱する脳の奥で、妙に冷静な部分がぽつりと呟く。

皆、ここで死ぬんだ。






「アリサさん!発煙筒を使って!!」

「Roger!!」

その声にすぐ反応できたのは、或いはアリサちゃんも生きることをまだ諦めていなかったのかも知れない。引き続き中等部の子を抱えながら“化け物”と追いかけっこをしていた彼女は、腰元から指示されたそれを───恐らくスパイ活動用の道具として用意していた発煙筒を抜き放ち点火する。

「私の方にも何本か寄越して下さい!とにかくありったけの本数に火をつけて!」

「OK!! ニシズミ、そっちに投げるわよ!!」

まるで手品のように、そこかしこから次々と取り出される発煙筒。どこにどうやってそれだけしまっていたのやら、西住ちゃんに投げ渡された分も含めて優に30本を越えるそれらが、点火されて色取り取りの煙を吐き出し樹木園をたちまち覆い尽くす。

『……ギ?』

『ア゛ア゛……』

そして………視界を奪われ獲物を見失った化け物達の動きが、止まった。

「はっ、諜報活動用に煙幕としても使える特注品よ!!ざまぁないわねファッキンモンスター!」

「煙幕は長く持ちません!保安官の人達も含めて、皆全速力で東へ向かってください!煙を吸い込まないよう姿勢は低くすることを忘れずに!」

煙る樹木園で、中指を突きたてた姿勢を取っていることが目に浮かぶようなアリサちゃんの台詞が響き渡る。そして、その後すぐに西住ちゃんの─────常に私達を導いてきた、“軍神”の声が続く。



「【真・モクモク作戦】を開始します!

目標は────戦車格納庫です!!」

.





秋山好子は、その光景を未だに現実のものとして受け入れることが出来ずにいた。

突如としてテレビで流れた、深海棲艦の襲来を報ずる緊急ニュースと街中に響き渡ったJ-ALERT。そして居住区の“下”から、甲板を突き破って現れた巨大な怪物───本物の深海棲艦。

既に、“信じがたい光景”については夫共々一生涯分見尽くした。ついさっきだって、“これ以上信じられないことは起きないだろう”と思った矢先にゾンビとエイリアンを掛け合わせたような怪物の群れに襲われたのだ。

今度こそもうこの先、何が起きても驚かない───そもそも“この先”とやらが存在しない可能性も大いにあったことはさておき、好子が抱いた確信は、たった五分でひっくり返された。







「………これが例の“寄生体”かしら。

確かに、司令官の言うとおりこいつらだけならものすごく弱いわね」

100体は優に超える化け物の群れをただ一人で殲滅した、目の前に立つ銀髪の美少女によって。

「とりあえず、このエリアは概ね殲滅した……とはいえ、問題はヌ級をどうするかよね。流石に艤装無しで軽空母と正面切って戦うのはキツいし……あ、ねぇちょっと」

「ふぁいっ!?」

「ひゃいっ!?」

大洗女子学園の方を睨みブツブツと一人呟いていた少女が、突然好子達の方を向き声を掛ける。夫婦揃ってびくりと身体を震わせ全く同時に奇声を発してしまったが、向こうはまるで気に掛ける素振りを見せない。

「貴方たち、さっきも言ったけどとっとと避難所に戻りなさい。第5指定避難所ならたまたま“寄り道”したからしばらくは安全よ。

子供が心配なら尚更、ね」

「はい……」

「本当にすみません……」

少しきつめの語尾で釘を刺され、今度は二人揃って悄気返る。

一人娘が危ない───その事を理解した瞬間、淳五郎も好子も他の事柄について冷静に考えることが出来なくなっていた。着の身着のまま店を飛び出し、避難民の流れに逆流して学園に向かい、そしてその途上さっきの化け物の群れに襲われた。

目の前の少女に諭されるまで、二人の頭からは様々なことが抜け落ちていた。自分たちだけで学園に向かったところで、それで何が出来るのか。自分たちが死んだら、それこそ娘はどうなるのか。どころか、自分たちのような素人が保安隊の避難誘導や遅滞戦を邪魔したせいで、娘の避難に影響が出たらどうするのか………

顔から火が出るどころではない。その指摘を化け物の殲滅を終えた直後の少女から受けたとき、二人の背筋は氷を直接突っ込まれたかのように冷たくなっていた。

「じゃあ私はこのまま学園に向かうから、ここでお別れね。

念を入れてもう一回言うけど、ちゃんと避難場所に向かうのよ」

「はい。このたびは本当にご迷惑を────」

「あの!」

「………なぁに?正直、ちょっと急いでるんだけど?」

深々と頭を下げる淳五郎の横で、好子は踵を返した少女の背に声を掛ける。冷たい眼で睨まれて少し怯んだが、それでも好子の矜持としてこれだけは聞かずにはいられない。

「貴女の名前を、教えてくれませんか?

言葉だけじゃなくて、いつかしっかりとした形のお礼をしたいんです」

「………お気持ちは嬉しいけれど、ごめんなさい。私、名乗れるような大層な者じゃないのよ」

少女は束の間眼を丸くした後、手元に拳を当ててクスクスと笑みを漏らした。






「ただの“追っかけ”だもの、大洗女子学園戦車道チームの、ね」

今更新ここまで。大変だ2時間しか寝られない。
>>160の点は私としても課題・反省点だと思っておりました。ご指摘いただきありがとうございます。

また23:00頃に再更新できればと思います。

返信先修正
>>160×→>>161
失礼致しました。

お疲れ様です



《番組の予定を変更して、引き続きニュースをお送りします。大洗女子学園甲板上に深海棲艦が出現してから1時間が経過しましたが事態収拾の目処は未だに立っておらず、生徒・教員・居住者の安否が気遣われます》

《大洗町は引き続き県警、自衛隊、艦娘による全住民の避難誘導が行われています!沖合いには激しく炎を噴き上げる大洗女子学園の艦影があり、町の人達が避難しながら心配そうに振り返る様子が見られます!》

《警視庁、並びに各県警はパニックの拡大を防ぐため主要地域に機動隊を配備。また、各学園艦における生徒・居住者の退艦誘導と学園艦保安隊による艦内の安全確認も急ピッチで進められていますが、進捗は芳しくありません》

《政府は先程、南鳥島方面から本土に接近する敵艦隊と自衛隊・艦娘部隊が 交戦状態に入ったと正式に発表しました。詳細な戦闘経過は開示されませんでしたが、戦況は優勢であるとのことです》

《在日米軍のポージー=ハメルス司令官は、全戦力を上げて自衛隊・艦娘部隊に協力する用意があると表明。既に三沢基地からは、南鳥島方面の深海棲艦攻撃に向けて第35航空団全機が離陸した事を明らかにしています》

《中華人民共和国の外交部は、“友好な隣国である日本の危機は、我々の危機も同然である”と声明を発表。

また、“軍事的な支援は惜しまない”と迎撃作戦への参加の意思があることを示唆しました》

《専門家、並びに各人権団体からは、深海棲艦に“意志”がある以上対話による解決を試みるべきではないのかという声が上がっています》

《マレーシア、インドネシア、タイ、台湾など東南アジア各国は既に日本・アメリカと全面的に連携する旨を発表》

《“新型”深海棲艦攻撃作戦に投入される戦力は、【第二次マレー沖海戦】に匹敵する史上最大規模のものになると予想されます》





《24x7より、衝撃のニュースをインド国民の皆様にお伝え致します。

政府は先程、アラビア海において深海棲艦の大規模な浮上を確認したという情報を開示。欧州派遣のため近隣海域に停泊していたインド・アメリカ・日本3ヵ国連合艦隊が襲撃を受け、現在交戦状態にある模様です》






「────で、結局あれから状況はどうなってんだよクソ眼鏡」

「誰がクソ眼鏡だ。

……何一つとして変わっておらん。状況は常に、“最悪”を更新し続けているのである」

「大洗女子学園は全域で完全に通信が途絶、他の学園艦や沿岸部の避難は人員の不足から遅々として進まず混乱に対する備えから戦力抽出も滞っている。

防空機動艦隊も再編や洋上退避、“支援の用意”と表して領海沿いに武装漁船を並べ始めた中国に対する備えなどで対応に回せるのは【いせ】と【もがみ】だけだ。

第2防空機動艦隊の【かが】じゃあパイロットの一人が暴力沙汰を起こして営倉行きになった」

「第2っていったら、空自の最精鋭集めた花形ではありませんでしたか?」

「流石の取材力であるなパパラッチ重巡。何でも、大洗女子学園に深海棲艦が現れたと聞いた途端半狂乱で無断出撃しようとして取り押さえられたらしい」

「最精鋭がそれとは大分末期だな、名は変われど日本の軍人だというのに肝が据わっていないのはいただけん」

「ええ、【かが】の乗組員はダメダメね、【 か が 】の乗組員は……いだだだだだだっ!!?」

「頭にきました」

「いやマジで頭にキテるから!ちょっ、ツインテールの片方に全体重かけるのやめろ!!」

「たまご」

「いやどっから出したその卵焼き」

「如何なる時でも貴様ら変わらんな本当に」

「まぁまぁイボ痔マン、いい加減慣れなよ。そして禿げろ」

「我が輩の遺伝子に賭けてぜってえ禿げねえ。あと後ろ手に隠し持ってる練り辛子しまえクソガキ。

……深海棲艦側の攻勢は、恐らく開戦最初期のものすら凌ぐ過去最大規模のものだ。今確認されているのは南鳥島、フィリピン海、そして今さっき情報が入ってきたアラビア海の3ヶ所だが、今後攻勢地点は加速度的に増えていくことになる」

「間違いなく、此方は手数が足りませんね」

「察しがいいな。他国や他地域の“海軍”からの増援は期待できん。否、来ないことが確定しているといって差し支えはないのである。

……特に、オーストラリアとニュージーランドは致命的な損害を受けておりそもそも増援を出せるような余力がない」

「……天下のアメリカ軍に“海軍”の艦娘部隊まで参加して、しかも指揮はてめえが取ったのに足止めすら出来なかった相手、か」

「いやぁ楽しみですね!!今からわくわくが止まりませんよ!!!」

「えっ、なんで満面の笑みなの怖い」

「………頼もしい反応であるが、今回は少し本気で忠告させて欲しい。

奴は────【学園艦棲姫】は、今までの深海棲艦とは比べものにならん重大な脅威だ。“格”や“ケタ”ではなく、“次元”が違う。

それに大洗女子学園の件も、未だかつて前例がない事象だ。どのような事態が発生するのか、我が輩にも全く予想が付かない」

「……ロマさんでも、ですか」

「正直、貴様らを投入するかどうかも最後まで迷った。だが、3ヶ国分の戦力を叩き潰した化け物を倒せる可能性がある艦隊も、これほどの災禍を乗り切れる猛者も、我が輩には貴様らしか知らん」

「“最も強い駒を、最も厄介な場所に”ってか」

「下策中の下策だ。そして………我が輩には、その“下策”以上の策がどうしても思いつかなかった」

「あぁ確かにな。脳筋の俺でも解るクソ策だ」

「っ、すまn」

「───だが、俺は乗る」

「………」

「てめえはクソ眼鏡だし、ロリコンだし、キングダムの49巻俺より先に読んだ挙げ句その事をわざわざ電話で自慢してきたし、冷血非道のロマさんだが」

「お前それホントやめろ」

「テメェは少なくとも、思考停止して無謀な策に飛びつくようなオツムの人間じゃない。

杉浦六真がそれしかないと踏んだなら、策は本当に“それしかない”んだろうよ」

「……………」

「さぁ、准将殿。いつも通り、俺たちに命じろ。

とっとと俺たちを、解き放て」

「……………………全く、貴様と話していると頭痛が治まらんな」






( ФωФ)「“海軍”准将杉浦六真より、【地獄の血みどろマッスル鎮守府】全艦に命ずる。

いつもの如く、敵を殺し尽くせ」

( T)「承った、『准将』殿」

盛大な修正入れざるを得ずKONOZAMA.
明日(今日)からようやく学園艦棲姫と殴り合います

>>182
手法というべきなんだろうけど、「化け物の暴走を凌げずに全滅しました、バッドエンド」じゃ文字通りお話にならないし。
諸々あるけどそこをどう描くかが腕な訳で。

大幅な書きためタイムに入るためしばらく更新止まります。
ご了承下さい。
1/26からの更新再開を予定しております

28日のミスですorz










日米と東南アジア諸国連合────所謂【ASEAN】が、深海棲艦との戦争が始まる以前より中華人民共和国という仮想敵国を共有していたことはある種の幸運といえるかも知れない。

対中協調外交の下で行われた日本とアメリカによる大規模な“投資”を受け、ASEAN加盟各国は空軍・海軍を中心に戦力の増強と最新鋭兵器の導入を促進した。タイ王国の航空母艦【チャクリ・ナルエベト】の竣工──空母ヌ級に早々に沈められたが──や、マレーシア空軍のF/A-18D保有数増大などがその成果の表れだ。

もしもこの時の急速な軍備増強がなければ、開戦当初行われた深海棲艦による苛烈極まる攻勢をこれらの国々が耐え抜くのは不可能だったに違いない。また【艦娘】の実装に伴い行われた大規模反攻作戦において、ASEAN各国と日本が見せた強固かつ迅速な連携も「対中協調外交」が下地にあったからという面は確かに存在する。

ただ背景はどうあれ、東南アジアは日米の、特に日本の経済支援によって陥落を免れた。そして、艦娘実装後は日本の軍事支援によって制海権の奪回に成功した。

大打撃を受けた深海棲艦がアジア方面での活動を沈静化させて以降も、両者は相互防共協定を正式に締結するなど関係を強めていった。今やASEANは、アメリカやドイツ、ロシアと並ぶ日本の重要な同盟勢力の一つとなっている。

尤も、両者の歩み寄りはあくまでも外交的な判断の結果に過ぎない。

ASEAN加盟国にとって、日本は艦娘という強力な【兵器】を多数保有する「アジアの盾」である。同時に未だに同じ人類への牙も隠そうとしない中華人民共和国への抑えにもなり、自国の安全保障の観点から見てその存在は何者にも替えがたい。

日本にとって、ASEANほど都合のよい“友好的な周辺国”は存在しない。ドイツほど遠くなく、韓国と違って価値観の共有ができ、アメリカのように艦娘の利権を水面下で激しく奪い合う必要もない。素直に此方の庇護を受けてくれる一方で共闘に値するそれなりの軍事力も有し、しかも潤沢な市場を提供してくれる存在は、日本からすればこの上なく都合がよかった。

そこに、世間が夢見る「国家間の有情」や「人類の共和」といった美しい思想は介在しない。あるのはただ、「互いの国益に見合うかどうか」、ギブとテイクは見合っているのかという政治的判断の世界のみ。

だが、友情だの理念だのの不確定な要素がないからこそ、両者が結んだ“防共協定”の効力は絶大だった。互いが互いにとって“有益な存在”である以上、失わえば著しく“国益”が損なわれる。故に日本と東南アジア諸国連合は、互いの危機を看過することができない。

実際【第二次マレー沖海戦】では、日本は東南アジアの防衛に文字通り死力を尽くした。極秘裏に“海軍”を動かしてまで守りざるを得ないほど、【絶対優位が確立された市場】が失われることは日本としては避けねばならなかった為だ。

フィリピン海防衛線を突破し日本領海へと北上を続ける“新型”深海棲艦の存在は、ASEANにとって日本の【マレー沖】と同等………否、“それ以上”に重大な事象だった。

日本の失陥とは即ち、アジアにおける艦娘戦力の完全喪失とほぼ同義だ。もしもこれが現実になれば、いかに戦力増強を進めてきたとはいえ独自に保有している艦娘が皆無で深海棲艦への有用な迎撃手段を持たない東南アジアは──のみならず、本来なら中国や韓国、北朝鮮も──誇張抜きに国家存亡の危機に直面する。

フィリピン海防衛線崩壊と、“新型”の日本本土への北上は、詰まるところASEANにとっても全く他人事ではない。

そのため、彼らは日本の要請に──────






─────【学園艦棲姫】攻撃作戦に、文字通り総力を挙げての参加を余儀なくされた。

復帰更新体調の関係もありましてたった3Pですが一旦終了です、明日から本格復帰させていただきます

第一次更新は昼頃を予定しております

軍事学者のフレデリック=フラーが提唱した【戦いの原則】の1つに、“物量の原則”がある。軍事行動の際には戦闘力を決定的な地点と時点に集中させるべきとする、所謂【戦力の集中運用】の重要性を説いたものだ。

太平洋上に集結した連合空軍の規模は、この原則を十二分に満たしたといえる。

9カ国、764機。在日・在韓米軍のF/A-18Fスーパーホーネットを主力として、これに航空自衛隊のF-15J並びにF-2支援戦闘機、更に本来退役間近のF-4EJ改と防空指揮艦【いせ】より飛び立ったF-14J 16機が加わる。日本政府の要請に応え、中華民国空軍────台湾空軍からもF-KC-1、F-16が合流している。

そしてASEANは、マレーシア、フィリピン、カンボジア、インドネシア、タイ、ベトナムがそれぞれ保有する戦闘機の7割を出撃させた。特にマレーシア空軍は、虎の子のF/A-18D全機を投入という大盤振る舞いだ。

この時点で、数的な面だけでいっても一年前に行われた【第二次マレー沖海戦】の実に1.5倍に相当する。これにグアム島から離陸したB-2爆撃機と護衛のF-22及びF-35を加えれば、最終的な機体数は900に迫る。

最早現実味に欠けるほどのこの大編隊が、1隻の深海棲艦を迎撃するために差し向けられた。全く事情を知らない人間が見れば、例え相手が【棲姫】だとしても首を傾げるに違いない。

深海棲艦はあくまで近代兵器が相手取るには“相性が悪い”というだけであり、よくあるファンタジーもののようにダメージを与えられないというわけではない。仮に深海棲艦が連合艦隊規模だったとしても、これほどの航空兵力からの攻撃となれば最初の一撃で塵芥すら残らず全滅する。

ましてや相手は、【棲姫】とはいえたった1隻。常識的に考えれば、連合空軍に負ける要素はない。

だが、参加したパイロット達の中には、勝利を確信している者も、状況を楽観視している者も、一人としていなかった。

たった、1隻。

その1隻に、フィリピン海の防衛線は崩壊した。オーストラリア空軍、ニュージーランド海軍、そしてアメリカ海軍の原子力潜水艦に、数十名の艦娘までが迎撃したにもかかわらず、その悉くを退けて“棲姫”は………【学園艦棲姫】は日本への進撃を続けている。しかも交戦した部隊から入ってくる断片的な情報によれば、敵に損害らしい損害は全く見られないという。

歴戦のパイロット達は、誰もが険しい表情で自分たちが進む方向を見つめる。

今から自分たちが立ち向かう敵は、今までの深海棲艦と“何か”が決定的に違う────そんな漠然とした“予感”が、彼らの胸の内には渦巻いていた。

尤も、彼らが自分たちにとって都合が良い事態が起きることを全く想定………というよりは、“期待”していなかったわけではない。

オーストラリア、ニュージーランド、そしてアメリカ。3ヶ国の海軍・空軍に艦娘まで加わっての攻撃を受けて、本当に「損傷無し」という状況はあり得るのか。

或いは防衛線の部隊がうまく確認できなかっただけで、本当は敵に大きな損害が発生しているのではないか。

可能性が低いことは解っている。それでも、もしかしたらが起きているのではないか───願望だけなら、恐らく航空隊のほぼ全員が微かながら抱いていただろう。


そして。








《─────Engage》

そのささやかな希望的観測は、“それ”を目にした瞬間に掻き消える。

(;●゚ ゚●)《………》

日本航空自衛隊の築辺三等空佐の脳内では、世界的な怪獣王のテーマソングが流れ出していた。

£;°ゞ°)《…………Oh my god》

在日米空軍のロミス=J=ノートン中佐は、【インディペンデンス・デイ】でシティ・デストロイヤーと遭遇したときにスティーブン=ヒラー大尉がどのような心境だったかを正確に理解した。

(,,;゚ ゚) 《…………》

マレーシア空軍のギャシャー=アブー=バクル中尉は、故郷のラヤンラヤン島の海でダイビングの最中にサメに遭遇したときの事を思い出していた。

彼ら三人を含め、連合空軍のパイロット達が思い浮かべた情景や事柄は様々だ。クトゥルフ神話の生物を真っ先に連想した者もいれば、子供の頃に読んだセイレーン伝説が脳裏を過ぎった者もいる。築辺のように昔見た怪獣映画の記憶が蘇った者、自分が猛獣に襲われる様を想起した者、溺れて深い海の底に沈んでいくような気分に陥った者………本当に多種多様だが、ただ一つ、“恐怖”の感情が併せてわき上がるという点だけは共通している。

そう、恐怖。

【学園艦棲姫】のその姿を目にした瞬間から、幾度となく深海棲艦と戦ってきた歴戦のパイロット達が恐怖していた。

アマニェセル号。かつてブラジル共和国連邦が保有していた学園艦だ。ポルトガル語で“夜明け”を意味する艦名を授かり、世界で唯一の“帆船型”として知られていた。

六年前、深海棲艦の空襲によって3700人の生徒・乗員と共に海の底に沈むまでは。

£;°ゞ°)《……間違いない、確かに沈んだはずの【アマニェセル号】だ。クソッ、事前情報通りか》

(;●゚ ゚●)《確かに、形状はそうだが……しかし、あれじゃまるで》

まるで、幽霊船じゃないか。そう続けそうになった言葉を、築辺は無理やり呑み込む。

全長3200m、全幅870mなんて大きさの“帆船”など、過去の歴史を紐解いても他に存在しないのは確かだ。ジェイムズ=クックの乗船として名高い【エンデバー号】に意図的に似せてある少しずんぐりとした船体の輪郭や、船尾に翻る水平線から顔を出す太陽を模した学園旗も併せて、目の前のコレが学園艦アマニェセル号であることは疑いようがない。

だが、“世界で最も美しい学園艦”と謳われた面影は微塵も残っていない。

太陽の光をイメージしてオレンジ色に塗装されていた船体は、中ほどから上が漆黒の装甲に覆われ鈍い光沢を放っている。喫水線付近の塗装と木板は剥がれ落ち、その下からは錆び付いた鉄の船体が剥き出しになっていた。舳先の下部に備え付けられた人魚の像は腕と頭がもげ、緑色のこけと海藻に纏わり付かれた上此方も赤黒い錆に浸食されている。

そして何よりも異様なのは、甲板上に鎮座する巨大な影だ。

(,,;゚ ゚)《アレは、一体何なんですかね……》

£;°ゞ°)《わからないが碌なものじゃないのは確かだ》

本来メインマストがそびえているはずの位置────丁度船体の中央部に当たる場所で“それ”は頭を垂れている。

全長200mはあるだろうか。背面は甲板同様漆黒の甲殻に覆われる一方で、胴体の前面部分はぬらぬらと湿った青白い身体が剥き出しになっている。腰から下には足のような部位が見られないどころか、完全に船体部分と融合しているようだ。

顔と思われる部位には眼がなく、代わりに左眼にあたる位置からは船の錨を連想させる形の物体が垂れ下がり、右眼からは中世に使われていた大砲のようなものが突き出す。樹齢うん百年の大樹のように太い腕は、両方とも手首の部分に腕時計のように2連装砲が括り付けられていた。

『─────』

連合空軍は更に接近するが、“それ”は相変わらず甲板の真ん中で両手を着き、頭を下に向け続けている。攻撃をしてくる様子も、艦載機などを繰り出す素振りも見られない。

ただ喫水線の辺りで泡立つ波が、“それ”が尚も前進していることを示していた。

(,,;゚ ゚)《これが“棲姫”なら、あの真ん中の奴は特殊随伴個体って事ですかね。動かないけど、眠ってる、のかな……》

£;°ゞ°)《だとしたら大層ありがたいが、ミーが記憶する限り深海棲艦が戦闘の真っ最中に寝るなんて聞いたことないね。

それに、コイツの姿はどっちかというと────》

(;●゚ ゚●)《────まるで、騎士が主からの命令を待って膝を突いてるように見えるな》

ロミスの台詞の後半を受けて築辺が答えた、その時。

『───────ゴォアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

おもむろに顔を上げた怪物が、咆哮した。

(;●> <●)《………ッ!!!》

700機分の戦闘機が奏でるジェットエンジンの音を容易く掻き消し、そもそも防音性能が極めて高い風防ガラスを突き抜けて、帆船のような形のくせに蒸気船の汽笛を思わせる怪物の吠え声が築辺の鼓膜を揺らす。機体全体がびりびりと震動しているような錯覚を受け、思わず操縦桿を握る手に力がこもる。

一瞬朦朧とした視界の端に、何機かの友軍機が揺らぐ様が映る。

(;●゚ ゚●)《っ、とんでもねえバカ声出しやがって!!》

じわりと、掌に汗が噴き出る。

深海棲艦の鳴き声は基本的に聞くに堪えない騒音である上音量も尋常じゃないため、しばしばあれもまた立派な攻撃の一つだと揶揄されることがある。築辺も知識として元々その事は知っていたが、今の咆哮は比喩表現ではなく明らかに物理的な衝撃が襲ってきた。

仮に今の声のせいで墜落機が出たと言われても、築辺は───のみならず、航空隊のパイロット達は納得するだろう。

『ボォオオオオアアアアアッ!!』

もう一度、怪物は咆哮する。今度のものも十分に大音声ではあるが、それでも最初のものに比べれば声量は落ちている。

………ただそれは、“口内から単装砲が突き出たため”という物理的な要因も影響している筈だ。更に両腕も甲板から離れ、手首の連装砲が鈍い駆動音と共にゆっくりと仰角を調整し始めた。

《空中管制機【Sky-Eye】より航空隊各機、敵が“お目覚め”だ。攻撃を開始しろ!》

£;°ゞ°)《言われるまでもないさ、あぁ!!》

管制機からの指示が飛ぶと同時に、ロミスが先陣を切る形で航空隊から一部の機体が突出する。

一部、と言っても規模が規模だ。実に200に迫る戦闘機が、第1波攻撃をかけるべく一斉に眼前の巨大船を照準に収めた。

£#°ゞ°)《Weapon Free!!

USFJ-AF-Knight-01, FOX-3!!》

(●゚ ゚●)《JASDF-Swallow-01, FOX-3 FOX-3》

(,,#゚ ゚)《RMAF-Wyvern-01, FOX-3!!》

凄まじい数の対地・対艦ミサイルが、無線で飛び交う発射符号と共に船体或いはその上の怪物めがけて殺到する。

鳴り響く轟音。オレンジ色の炎が海面を照らす。

だが、それらは怪物にも船体にも届いていない。

200発近いミサイルは、悉くが【学園艦棲姫】の手前や上空で炸裂してしまっていた。まるで、“見えない壁”にでもぶち当たったかのように。

《Negative, Enemy have no damage》

£;°ゞ°)《Jesus!!》

管制機からの無情な報告を無線越しに耳にしながら、ロミスが機首を反転させつつコックピット内で毒づく。

£;°ゞ°)《これまた事前情報通りだ!

Knight-01より各機、学園艦棲姫には“船体殻”がある!注意しろ!》

船体殻。主に艦娘と、ヒト型の深海棲艦が身体の周囲に展開する不可視の防壁の総称だ。

非ヒト型種の甲殻や艦娘の艤装装甲をそのままバリア化したようなものと言えなくもないのだが、此方は全身を完全に覆い尽くす上に出力が落ちるまでは攻撃を“絶対に”通さないという特性がある。

特筆すべきはその高い耐久力で、既存の陸上兵器の場合相当な集中運用が為されない限り短時間で破ることは難しい。例えば第4世代戦車一両で破ろうとするなら、睦月型駆逐艦の船体殻さえ六時間ほど砲撃を続けてようやく中破に持ち込めるかどうか。

この尋常ならざ高耐久について研究者の一人がある仮説を提唱し、現在ではそれが主流となっている。

即ち、艦娘やヒト型深海棲艦の船体殻とは、“軍艦そのもの”が人間大の防壁として圧縮された存在ではないかというもの。

もしもこの論に基づき、かつ学園艦棲姫が展開しているものも同じであると仮定するなら………それは、棲姫の周囲にもう一隻分“不可視の学園艦”が防壁として展開しているのと同義となる。

(;●゚ ゚●)《実質的には学園艦を2隻沈めにゃならんのかよ、後続部隊含めてもミサイルが足りるかどうか解らんぞ!》

(,,#゚ ゚)《それでもやるきかありません!Wyvern、反転し再度攻撃に移ります!》

《Tiger、Wyvernの突入を支援する!》

ギャシャーが率いるF/A-18Dの編隊が翼を翻してもう一度棲姫に機種を向け、これに台湾空軍のF-CK-1が続く。より低空域から突入し、更に至近距離からミサイルを撃ち込もうと32機の戦闘機が肉薄する。

(,,#゚ ゚)《Wyvern-01, FOX-3!!》

《Wyvern-04, Fox-3》

《Tiger-01, FOX-3 FOX-3》

《Tiger-15, FOX-3!!》

《Bingo, Bingo》

32発のミサイルが空を駆け、舳先で障壁に衝突し爆炎を撒き散らす。

無論、近距離から撃ち込んだとはいえ200発近いミサイルで効果がなかった障壁がたかが30発で揺らぐはずもない。管制機からは弾着が報告されるが、現段階ではあくまで“正常に起爆した”程度の意味合いだ。

(,,;゚ ゚)《っ、これも効果無し……》

£;°ゞ°)《当たり前だ、先走るな!全機一度隊列を再編、文字通りの一斉射撃で────Wyvern、避けろ!!!》

(,,;゚ ゚)《えっ………うわぁああっ!!!?》

『ボアアッ!!』

右舷側の船体殻に沿う形で飛行していたギャシャーのコックピットに、黒い影が降りる。慌てて操縦桿を左に倒した動きは、怪物の右腕が振り下ろされるよりもコンマ一秒だけ早かった。

凄まじい炸裂音と共に舞い上がる水飛沫。その中を切り裂いて、ギャシャー達Wyvern編隊が這々の体でロミス達の元へ退却してくる。

(,,;゚ ゚)《死ぬかと思った!死ぬかと思った!!》

£;°ゞ°)《フィリピン海防衛線を一方的に粉砕した個体だぞ、不用意が過ぎる!航空隊全機、全火力を一斉に投射し………》

怪物の背中に、いつの間にか瘤のような黒い塊が幾つも隆起している。

その正体が連装式の機銃でしかも自分たちに銃口を向けていると気づいたとき、ロミスの口から自然と舌打ちが漏れた。

£;°ゞ°)《Break Break Break!!!!》

(;●゚ ゚●)《クソッタレ!!》

『ゴォアアアアッ!!!!』

怪物が前傾姿勢を取り、ロミスの絶叫が響く。散開運動に移った連合空軍を、“弾幕”と呼ぶに相応しい膨大な量の銃火が襲う。

《I'm hit!!》

《Oh my god……I'm going down》

《Shit, Hornet-02 Lost!!》

ロミスの判断と指示が功を奏し、航空隊の散開は迅速に行われた。だがそれでも、怪物の放つ凄まじい対空射撃の前に幾つもの機体が黒煙を噴き上げながら眼下の海へと落ちていく。

£;°ゞ°)《Sky-Eye、無事か!?》

《Sky-EyeよりKnight-01、我々は無事だ。しかし10機近い味方が撃墜された、敵は尚も攻撃を続けている!》

£;°ゞ°)《見れば解る状況を丁寧にご説明いただき感謝するよ!!》

怪物の背に現れた機銃群は、弾丸を吐き出しながら射線を扇のように両側に広げつつある。まさに薙ぎ払われる形で追い立てられる連合空軍の中から、更に数機が機銃掃射の火線に追いつかれて火達磨と化した。

£;°ゞ°)《半端に纏まるな!一度陣形を完全に崩して火線の軌道上から確実に逃れろ!》

《我々が奴の気を引く、その間に主力部隊は戦力の損耗を抑え態を立て直せ!》

連合空軍の後方に位置していたため射線からいち早く離脱できていたベトナム人民空軍のMig-21が、棲姫の右舷側から大きく回りこむようにして突撃する。

《Griffin-01, FO》

(,,;゚ ゚)《なっ……》

船体の右側面で光が瞬いた。

先頭を切っていたMig-21が、火の玉と化して海面に叩きつけられる。

Griffin-01を撃墜した攻撃は、船体右舷側面に開いた5m四方の“砲門”から飛来したものだ。

さながら19世紀頃の戦列艦を思わせるそれが、一つ二つどころではなく何百、何千。それこそ全長3200mの船体の側面全域に満遍なく口を開けている。

突き出している兵器が時代遅れのカノン砲辺りなら、或いはまだ希望があったかも知れない。だが実際に砲門から顔を覗かせるのは、六連装式のガトリングガンや高角砲、単装砲、連装対空機銃など。

早々に指揮官機が消失して束の間呆気にとられていたGriffinチームに向かって、無数の兵器群が無慈悲に砲火を浴びせかける。

《どっから射撃を────ぐぁっ!?》

《Griffin-05もやられた!!》

《此方Griffin-02、隊長機ロストに伴い指揮を引き継ぐ!Griffin全機に通達、攻撃を中断して上方に離脱せよ!》

《Griffin-11、右翼に被弾!高度を保てなi》

《ダメだ、落ちます!》

一方的な虐殺に等しかった。

無線機越しに聞こえてくる阿鼻叫喚。通信が次々と砂嵐に変わった後途切れていき、火線に貫かれた機体が彼方此方で錐揉みしながら墜落する。

ようやくGriffinが重厚な弾幕を切り抜けたとき、機体は突貫時の半分以下まで減っていた。

《当編隊損害大!再編のため一時後退する!》

《管制機より航空隊全機、隊列再編が完了次第各自反撃に移れ!攻撃の手を緩めるな、とにかく奴の進軍を止めろ!》

£;°ゞ°)(簡単に言ってくれるネ!!)

ロミスはコックピットの中で再び舌打ちした。手を緩めるななどと言われても、既に200発を越えるミサイルを撃ち込んでけろりとしている相手にどんな工夫をしようというのか。

そもそも向こうにとって本当に“攻撃”になっているのかさえ怪しいところだ。

だが、他の選択肢が用意されていないのも事実だ。【学園艦棲姫】の戦闘能力が未だ健在である以上、奴が日本本土に近づくほど住まう国民が危険に晒される。

確かに自分はアメリカ人だが、所属は“在日”米軍だ。第二の故郷に、あのクソッタレた化け物の毒牙を届かせるわけにはいかない。

£;°ゞ°)《Knight-01よりGriffin-02、棲姫の側面武装はどの辺りまであった?!》

《舳先からケツまでびっしりだ!弾幕は突破不可能、おそらくミサイルも途中で撃墜される!》

£;°ゞ°)《ならば喫水線付近への攻撃は無理だネ!

Knight-01より全機に伝達、攻撃は船体の上部に集中!》

怪物がなおも放ち続ける弾幕から逃れるべく一度距離を大きく取りつつも、ロミスの乗るF/A-18Fは旋回してもう一度機首を学園艦棲姫に向ける。彼の部下と、連合空軍の他の機体も次々とその動きに習った。

£#°ゞ°)《一斉に突入すればかえって弾幕による迎撃を容易にする、全方位からの波状攻撃で迎撃を飽和させるヨ!

All unit, Follow me!!》

(●゚ ゚●)《Swallow-01, Roger》

(,,#゚ ゚)《Wyvern-01, Roger!!》

各編隊隊長からの──それぞれ訛りたっぷりのやや聞き取りづらい──英語での返答を耳にしつつ、“波状攻撃”の先陣を切るべくロミスと在日米空軍機が【学園艦棲姫】へ再び突撃。また、ロミス達を支援するためインドネシア空軍のSu-30 8機が後続する。

£#°ゞ°)《Knight-01, FOX-3!!》

《Knight-02, FOX-3》

《Pegasus-01, FOX-3》

『オォオオオオッ!!!』

放たれたミサイルはたったの24発。当然船体殻を破れる火力ではない。それでも挑発としては十分なようで、怪物は咆哮をあげてロミス達に火線を集中させてくる。

《Arrow-01, FOX-3》

《Arrow-04, FOX-3》

そこへ、すかさず別方向から【いせ】のF-14Jによる射撃が着弾。コールサインに準えて放たれた音速の「矢」が12発、左舷側から殺到した。

《Bingo!! Bingo!!》

『ゴァアッ!?』

効いたというよりは面食らった様子で、怪物が攻撃を受けた方向に顔を向ける。だが、この時点で既に更なる追撃が迫っていた。

(,,#゚ ゚)《Wyvern-01, FOX-3!!》

(●゚ ゚●)《Swallow-01, FOX-3》

『グォオオオオッ!!?』

今度は右舷側。空自とマレーシア空軍による連携射撃が炸裂する。

F-2戦闘機が腹に抱えているのはXASM-3。自衛隊が開発した最新鋭の空対艦ミサイルで、弾頭重量だけで900kgを越える大物だ。F/A-18Dが抱えているような、本来空対空として使われるミサイルとはワケが違う。

着弾点を中心に広がる、巨大な火の玉。

『ボゥアアアアッ!!!』

甲板上の怪物は呻き声のようなものをあげ、船体殻に阻まれてその表面を焦がす炎から逃れようとするかのように身を捩る。

まだ大ダメージには程遠いだろうが、やはり最初の攻撃も含めて“全く効いていない”というわけではなさそうだ。

【学園艦棲姫】は、明らかに攻撃を受けることを嫌がっている。

連合空軍による波状攻撃は止まらない。五波、六波、七波と入れ替わり立ち替わり戦闘機が肉薄し、ミサイルを船体殻に叩き込んでいく。

多少の撃墜が出たとはいえ、残存機数は優に700を超える。攻撃の手数には困らない。

《Red-01, FOX-3!!》

《Lightning-09, FOX-3 FOX-3》

《War Dog-11 FOX……No!?》

無論、攻撃手段と攻撃ポイントを切り替えたからといってロミス達の側に損害が出ていないわけではない。最大仰角で放たれる船体側面の対空砲群と怪物の背中から生える多数の機銃座による弾幕に捉えられた機体が、火を噴きながら落ちていく様子も時折見られる。

しかしながら、船体からの砲火は濃密でこそあれ構造上の問題で取れる仰角が浅い。そのため、7割近い弾幕が現在の連合空軍の高度には届かず結果としてロミス達の攻撃を許す大きな隙を生んでいた。

『ウォオオオオオッ!!!』

《Tiger-01より各機、目標は現在海上で完全に停止した。奴さんどうやら俺たちを本格的に迎え撃つ腹づもりらしい》

£#°ゞ°)《臨むところだヨ!全機怯むな!攻撃を続行せよ!!》

それに、ロミス達の練度の高さは尋常ではない。深海棲艦と長らく───それこそ艦娘実装前から戦い抜いてきた精鋭揃いである彼らは、700機での連携戦闘という途方もない行為をスムーズにこなしながら巧みに弾幕を擦り抜け攻撃を当てていく。

最初に【学園艦棲姫】を目にしたときに航空隊を押し潰しかけていた恐怖や威圧感は、いつの間にか消え去っている。

損害は出てこそいるが極めて軽微に抑え、目標の第一段階である敵の“停止”も果たした。加えて、本当に少しずつではあるが敵はダメージを受けている───これらの事実が、ロミス達に自信を与えた。

だがその一方で、誰も油断や慢心はしていない。翻弄できているとはいえ敵の攻撃の威力は此方を一撃で粉砕し得るものだし、正直ここにある700機分のミサイルを全て撃ち尽くしても船体殻すら破れないかも知れない。

恐怖や緊張はないが、さりとて油断も慢心もない。自然体でありながら、集中力は途切れていない。ほぼ全員が、現状パイロットとしては理想的な状態になったといえる。

《Hammer-01, 位置に着いた》

《Hammer-06, ターゲットを捕捉》

《Viper Team、Hammerに後続。これを掩護する》

延べにして何十度目かの航空攻撃。ロミスとは別のF/A-18Fの編隊に護衛されて棲姫に接近するのは、Mig-21と共にベトナム空軍が投入したSu-30の4機編隊三つ。

彼らが腹に抱えるのは、旧ソ連が開発した空対艦ミサイルKH-35だ。海自のXASM-3には性能も威力もやや劣るが、それでもやはり空対空ミサイルの何倍も破壊力は大きい。命中すれば相応のダメージにはなる。

そして、目標は何せ3200mだ。電子妨害や対空砲による撃墜を避けるため肉薄する関係もあって、外しようはない。

『ヴォオオオオオオッ!!!!』

怪物が接近してくるSu-30に気づき、背中の機銃群の弾幕を其方に向ける。が、射線の隙間を巧みに擦り抜けて、航空隊はミサイルが確実に当たる距離まで更に近づいていく。

《Hammer-12, FOX-3────ウアッ!?》

そしてミサイルが放たれる直前、編隊の内1機が突然下から伸びてきた“何か”に貫かれて砕け散った。

音速に近い速度で飛行していた機体が、突然の衝撃によってバラバラになる。当然破片は、物理法則に従って凄まじい速度と勢いで周囲に飛び散った。

《………What??No───》

《Damn………I'm?hit!!》

粉砕されたHammer-12の尾翼が、後方を飛んでいた機体のコックピットに突き刺さる。隣の機体は千切れたエンジンが右翼に直撃し、バランスを崩すとそのまま海面に叩きつけられる。

《攻撃中断、離脱しろ!Griffinの二の舞になるぞ!》

《クソッ、何が────うわっ!?》

隊長機の判断は早く、HammerもViperも攻撃経路から外れて離脱を謀る。だがその後ろから追いすがってきた“何か”が、最後尾のF/A-18Fを捕らえ、巻き取った。

《Ahhhhhhh!!!?》

《Fuck───》

《No no no……uh》

真っ二つにへし折られたF/A-18Fの残骸を投げつけられ、回避しきれなかったSu-30が巻き込まれて1機爆散する。これを逃れようとした別のスホーイは、急な旋回軌道をとった結果棲姫の船体殻に激突して爆炎の花を空に咲かせる。

分散して各方面に脱出を計った残りの機もまた、学園艦棲姫の対空砲火に捕まって次々と撃墜されていく。

ただそれは、甲板上の怪物が背中から放った機銃掃射ではない。船体側面から“伸びた”それらに、彼らは為す術が無かった。

《…………Viper and Hammer, All Lost. I repeat─────》

やがてロミス達の耳に届く、空中管制機からの冷酷な報告。

そんな彼らの心情を嘲笑うかのように。










『─────キァアアアアアアアッ!!!』

船体側面から伸びた────白い胴を伸ばし鎌首をもたげた“連装高角砲”が、ガラスを引っ掻いたような甲高い鳴き声を上げた。

一度切ります
明日(2/3)にマッ鎮登場予定

波状攻撃という戦術の特性上、“棲姫”にある程度接近していたのは殲滅された2チームだけではない。連装高角砲がそのおぞましい姿を露わにした時点で、既に80機を越える機影が次の攻撃に繋げるため突貫を開始してしまっている。

(,,;゚ ゚)《嘘でしょ………!?》

その中には、ギャシャーが率いるWyvern編隊も含まれる。

《敵艦、“艤装”を周囲に展開!!》

(,,;゚ ゚)《急旋回、退避しろ!Break, Break!!》

車は急に止まれないというが、マッハで飛び回る戦闘機はなおのこと。凄まじいGに身体を押し潰されそうになりながら、攻撃軌道から離脱しようと必死に操縦桿を左に倒す。

結果論でいってしまうなら、ギャシャーのこの動きは最悪に近い。旋回運動のため減速しつつ無防備な横腹を見せる彼女の編隊を、“それら”は────次々と砲門から這い出してくる、無数の対空兵装群は見逃してくれなかった。

『『『キィアアアアアアアアアアッ!!!!』』』

癇癪を起こした赤ん坊の金切り声を思い起こさせる鳴き声を合唱させながら、単装砲が、機関砲が、高射砲が、三連装砲が、蛇の如く身体をうねらせて迫ってきた。速度それ自体は戦闘機に遠く及ばないが、向こうには何せ全長3700mの船体を隙間無く埋め尽くすほどの“数”がある。

《た、隊長……!》

(,,;゚ ゚)《畜生!!》

四方八方から迫り来るそれらの射線から逃れようと、更に無茶な旋回運動を強いられるWyvern編隊。堪えきれず失速した1機が隊伍から脱落し、たちまち真上から単装砲が吐き出した砲弾を受けて爆散する。

《Wyvern-10 Lost!!》

《敵艤装群、一斉に起動!クソッタレ、撃ってくるぞ!》

(,,;゚ ゚)《回避に全神経を集中しろ、反撃しても意味は無い!なんとかしてコイツから離れるんだ!!》

《ダメだ、弾幕に退避軌道が塞がれている!!》

ギャシャーも、マレーシア空軍への志願入隊以来5年に渡って深海棲艦と戦ってきた人間だ。まだ年若い身ながら歴戦のパイロットと言って差し支えなく、数多くの修羅場をくぐってきた。当然深海棲艦が物量に飽かせて展開してくる圧倒的な弾幕に相対したことも一度や二度ではないし、或いは火線それ自体の量という面では18隻もの姫級が集った【第二次マレー沖海戦】の方が強烈だったかも知れない。

《右翼に被弾、失速する……ダメd》

《Wyvern-05がやられました!!》

(,,;゚ ゚)《……っ!!》

しかしそんな彼女でも、“三次元的に展開された対空砲火”の直中を飛行したことは一度も無い。

(,,;゚ ゚)(そこら中から攻撃が飛んでくる、目の前が火線で真っ赤になって退避経路もまともに探せない……!)

200m程度には達そうかという長い胴を巧みに伸ばし、ギャシャーらを周囲から包み込むようにして銃口を向けてくる“艤装”の群れ。右から、左から、前から、後ろから、そして上からも下からも。本来“対空砲火”としては有り得ない角度からでも容赦なく飛来する攻撃は、歴戦のパイロット達と言えど完全に躱しきることは不可能だ。

猛烈な十字砲火の中で、ギャシャー達は必死に棲姫から距離を取る。だが、蠢く“艤装”とそれらが放つ弾幕の前に編隊飛行の維持すら困難になり、1機また1機と部下が脱落していく。

《Wyvern-07、高角砲に後ろに着かれた!振り切れな────》

《Wyvern-06、被弾!エンジンがやられた!》

《Wyvern-15、墜落する!》

(,,;゚ ゚)《クソッ……!》

彼女達が艤装群の火線から逃れた時点で、開戦時16機あった編隊はたったの7気に減っていた。寧ろ最初に対空砲火を受けたGriffinチームよりも厳しい攻撃に対して損害を同程度に留められたのは、彼女たちの腕前の表れと言っていい。

(,,;゚ ゚)《Wyvern-01より航空隊各位、敵艤装の動きはかなり柔軟だ!下手に突入すると容易く包囲されるぞ!》

《管制機よりKnight-01、艤装群と交戦した部隊がたった1分間で70%ロストした。

敵の対空火力は我々の予想を大きく上回る、気をつけろ》

£;°ゞ°)《あぁ、見てたから知ってるヨ!》

昼に食べたサンドウィッチが酸素マスクの中にペースト状でぶちまけられるのを必死に堪えつつ、ロミスは無線機に向かって怒鳴る。

そういう役割だから仕方ない面もあるのだろうが、たった今自身が目にしていた絶望的な光景をわざわざ言葉にされると苛立ちが無駄に募る。奴等はパイロット達が眼球の代わりにガラス玉を顔にくっつけているとでも思っているのだろうか。

£#°ゞ°)《まずは敵の対空火力を奪うヨ!

Unit, Follow me!!》

《Arrow Team、Knightを掩護する!》

《Red Team, Attack!!》

《Gamma Team、後続する》

ロミス達のF/A-18Fが先陣を切り、鏃のような隊形を取って“棲姫”めがけて突撃。これに、在韓米軍の航空隊と【いせ】のF-14J 12機、更に航空自衛隊のF-4EJ改も呼応する。

『ボォオオオッ!!!』

『『『キィアアアアアアアアアアッ!!!!』』』

【学園艦棲姫】の対応も、早い。右舷側で動きを見せたロミス達の方に“怪物”が身体を捩りながら吠えると、それがまるで何らかの命令だったかのように組織だった動きで艤装群が一斉に頭部を持ち上げ航空隊の方をにらみ据える。

《Enemy shoot in───ぐぁっ!?》

針山の如くあらゆる方向へ伸びる火線。機銃掃射に撃ち抜かれ、F-4が1機錐揉み状態となり海面に叩きつけられる。

《なんて弾幕だ……!》

£;°ゞ°)《怯むな!とにかく突っ込むヨ!》

眼が眩むような弾幕だが、とりあえず「正面」という常識的な方角から飛来してくれる分マシだ。少なくとも先程Wyvernらが受けた全方位射撃に比べれば、遙かに対処しやすい。

£#°ゞ°)《Knight-01, Target insight!! Fire, Fire!!》

《Knight-02, Fire》

《Knight-04, Gun gun gun》

砲火を擦り抜けながらギリギリまで肉薄し、蠢く艤装群を照準に収めて操縦桿のボタンを押す。M61バルカンが唸りを上げ、吐き出された弾丸が腐乱した水死体を思わせる青白くぶよぶよとした胴体に突き刺さる。

『『ギィイイイイイッ!!!?』』

掃射を受けた幾つかの“艤装”が、耳障りな悲鳴と共に砲火を中断して仰け反った。


《Arrow-01 Shoot!!》

《Red-06, Gun Gun Gun》

《Gamma-02, Enemy lock. Fire!!》

『ギアアッ!!!?』

『ゴァッ!?』

間髪を入れず、他の編隊も機銃掃射を艤装群に向かって放つ。弾丸を受けた個体は次々と苦悶の声を上げ、深海棲艦特有の青い体液を傷口から吹き出して火線を途切れさせた。

『グァッ……アァ……』

《Enemy down》

F-14Jの内一機は、直接艤装部分を狙って射撃を加える。12.7mm単装機銃と思わしき漆黒の艤装が砕け散り、胴からぐたりと力が抜ける。

海面に水飛沫を上げて倒れ込んだ後、その個体が再び動き出す様子は無い。

£#°ゞ°)《Yes!!》

その様子を風防ガラス越しに目にして、ロミスはコックピット内で拳を握る。殲滅されたViperの内一機が艤装に“捕まれて”撃墜された光景から思いついた“博打”だったが、結果は見事なジャックポットだ。

£#°ゞ°)《思った通りだヨ!Knight-01より航空隊各位、敵の船体殻は艤装一つ一つには及んでいない!範囲外に出ている対空艤装を個別に狙え、敵の火力を減らす!》

《Arrow-09より付け足しだが、頭部の艤装部分は急所だ、狙えば恐らく即死も期待できる。また、一般的な深海棲艦の装甲や艦娘の艤装と比べて脆い。

胴であれ頭であれ機銃掃射で十分だ》

《Sky-Eyeより全航空隊、損耗が激しい部隊や残弾・残燃料が怪しい機体以外は艤装に攻撃を集中。Knight並びにArrowの報告にしたがってミサイルは温存しろ》

《Shark-01, Roger》

(●゚ ゚●)《Swallow-01, Roger》

《Tiger-01, Roger!! Attack, Attack!!》

『『『キィアアアアアアアアアアッ!!!!』』』

目まぐるしく入れ替わる攻守。ロミス達の報告と管制機の指示を受け、航空隊がまたも波状攻撃に転じる。迎え撃つ艤装群の火線を巧みに擦り抜けながら放たれる機銃掃射に、両弦のあちこちで青い血が空中に迸る。

尤も、突破口を見出したとはいえ棲姫が展開した対空艤装の数は膨大だ。左右両弦併せて、少なくとも数千門。それが、胴が伸ばせる範囲内ではあるものの自在に蠢き、弾幕を放ってくる。

加えて、ミサイルによる攻撃は弾数が圧倒的に不足する上効率も悪い。自然、航空隊はバルカン射撃のため前にも増して肉薄しなければならない。

『『『キィイイアアアアアッ!!!』』』

《Shit, I'm hit!!》

《Purple-07 Lost!!》

《Going down, Going down───》

次々と敵の“艤装群”が動きを止めていく一方で、友軍機の被弾・撃墜報告が入る頻度も決して少なくない。また燃料や機銃弾を使い切り、補給を受けるために一時離脱せざるを得なくなる編隊もそろそろ増え始めている。

連合空軍は攻勢に出ているものの、それが“優勢”であるとは到底言い難かった。

(;●゚ ゚●)《クソッ、八岐大蛇と戦ってる気分だ!!》

£;°ゞ°)《お言葉だけど三等空佐、ミーとしてはオロチよりメドゥーサの方が適切な比喩だと思うヨ!》

高角砲の連続砲撃に追い回されながら毒づく築辺に、15.5cm砲を模したと思わしき形状の艤装を照準に収めながらロミスが軽口を叩く。

『ギュオアッ!!?』

撃ち抜かれた際に散った火花が内蔵弾薬にでも誘爆したか、その個体は派手な爆発音と共に木っ端微塵になった。

£;°ゞ°)《メドゥーサの頭髪は一本一本が毒蛇、おまけに海神ポセイドンの愛人ときた!“深海”棲艦のボスを表すにゃうってつけだヨ!!》

(#●゚ ゚●)《なら今すぐ誰かペルセウスを連れてこい!!どのみち人間が戦っていい相手じゃねえぞこいつぁ!!》

いよいよ持って怒りに満ちた叫び声と裏腹に、築辺は果敢に学園艦棲姫を攻め続ける。彼の率いる【Swallow】編隊は、ロミスの【Knight】共々連合空軍の中でも飛び抜けて多くの攻撃運動をこなしていた。

『ギィッ、アアアッ………!!?』

(#●゚ ゚●)《Enemy down!!》

散々自分をつつき回した高角砲に向かって一瞬の隙をついて切り返し、銃火を首元にぶち込む。20×102mm弾が胴体の肉を裂き、引き千切られた艤装部分が驚いたような鳴き声を上げて海中に落下する。

(#●゚ ゚●)《全機一度距離を取った後反転、今度は船尾側から行くぞ!!》

《《《了解!!》》》

平成の零戦とも呼ばれる、F-2支援戦闘機。その軽やかな攻撃機動は、鍛え抜かれた空自パイロット達の腕前も相まって二つ名に恥じぬ機体性能を見せつける。






『ボォオオオオ………』

そんな築辺達に眼のない顔を向けながら、甲板上の“怪物”は低く忌々しげな唸り声を上げた。

昨日はバッチリ寝落ちしました、申し訳ありません。
取り急ぎ一次更新、第二次投下は23:00から改めてです

胃腸が大変なことになってるので朝更新に延期しますorz

漆黒の装甲に包まれた甲板が数カ所、側面から“艤装”が展開された時同様にスライドする。口を開けた正方形の穴から丸っこい“影”が数個、凄まじい速度で飛び出す。

《“棲姫”が何かを発射しました!》

《……何だありゃ。砲弾か?》

直径5m前後の、黒く塗り固められた球体。ライフリング技術が発達する以前の、大航海時代辺りに使われていた砲弾を思わせる形状のそれらは、爆発することも減速することもなく航空隊と同高度まで舞い上がる。

『『『────……』』』

£;°ゞ°)《─────ヤバいヨ》

一瞬空中で制止した“それら”から、黒い翼と猛禽類の足を思わせる突起物が生える。

瞬間、ロミスの全身から音を立てて血の気が引いていった。

£;°ゞ°)《【Black Bird】 in the air!!!》

『『『──────!!!』』』

無線への叫びは、一歩遅い。漆黒の敵機は速やかに編隊を組み終えると、風を巻いて戦闘空域へと飛び込んできた。

《Fuck……!》

黒鳥達の獲物は決まっているらしく、付近にいたロミス達には眼もくれない。不幸にも軌道を遮ってしまったF/A-18F一機を撃墜した以外は、一切の迷いを見せず一つの編隊へと突進していく。

£;°ゞ°)《Knight-01よりSwallow、敵機が其方に向かっている!注意しろ!》

(;●゚ ゚●)《マジかクソッタレ……!》

自分たちの方に突っ込んできた、“球形”という常識では有り得ない機影に思わず眼を剥く。折しも反復攻撃に移っていた築辺の編隊は、恐らくは最高速で肉薄する【Black?Bird】4機を正面から迎え撃つ形となった。

(;●゚ ゚●)《Swallow-01,?Fire!!》

《Gun,?gun!!》

《Engage,?Fire!!》

16機のF-2の機首から、一斉に銃火が迸る。横一列に広がった射線、目標は直線軌道上に位置し、しかも互いに高速で接近しながらの先制射撃。常識的に考えれば、回避は非常に困難だ。

あくまで、“人間の常識”に当てはめた場合だが。

『『『──────』』』

《Miss,?Miss!!》

(;●゚ ゚●)《野郎っ……!!》

弾丸に貫かれる寸前、4羽の黒鳥が旋回する。減速を全くしない、殆ど直角に近い高速旋回の前に弾幕は虚しく空を切る。

その航空力学を無視した回避軌道は、築辺達から見れば機影が突然消失したも同然だ。

《敵機、編隊後方から来ます!》

《速すぎるだろ……!!》

(;●゚ ゚●)《散開して奴等の射線から外れろ!Break,?Break!!!》

そしてその消えたはずの敵機が、一秒と経たずに今度は自分たちの背後から風切り音と共に迫ってきている。

悪い夢なら醒めてくれ───そんな、似つかわしくない願望が築辺の胸の内を満たす。

明日に午前のみの休日出勤ぶっ込まれてる状態なので更新明日の昼に遅らせて下さい。度々申し訳ありません

だが、“悪夢”は終わらない。4機の【Black Bird】は射線から外れようと旋回する築辺達の後ろにピタリと着き、瞬く間に距離を詰める。

『────』

先陣を切った一機が機関砲を放つ。燃料タンクにでも直撃したのか、火線を食らった最後尾のF-2が爆散した。

『────!!!』

《ぐぁっ!?》

そのまま、氷の上を横に滑っているかのように滑らかな動きで真横へスライド。パイロットが反応する間もなく火線が空を走り、更に一機が翼をもがれ黒煙を噴く。

《Mayday Mayday Mayday, I've been hit!! Eje─……》

《Swallow-14、被弾墜落!私も後ろに着かr》

《Swallow-12もやられました!》

(;●゚ ゚●)《こちらSwallow-01、一方的に撃たれている!全滅も時間の問題だ、掩護を求む!!》

£;°ゞ°)《Knight-01よりSwallow、掩護に───》

《敵機、多数発艦!!!!》

棲姫への攻撃を中断して反転したところで、管制機から飛び込んできたのは悲鳴にも等しいトーンの通信。

コックピットの中で反射的に振り返れば、新たに空に撃ち上げられた黒い球体が視界に映る。

『『『───────』』』

£°ゞ°)《Damn it》

優に数十を越える球体が一斉に翼を生やした瞬間、ロミスの胸の内は絶望で真っ黒に塗りつぶされた。

一方的な蹂躙と言う他ない。

物理法則をせせら笑うような軌道で飛び回る【Black Bird】の前に、連合空軍は為す術がなかった。後方に占位しても全く減速せぬままの急旋回で視界から消え、逆に後ろを取られれば逃れようがなく一瞬で射程圏に捕捉され撃ち落とされる。数の差で連携して迎撃しようにも、【学園艦棲姫】からの分厚い対空弾幕に寸断されまともな編隊飛行すらままならない。

《Enemy coming!! Break!!》

《Mayday, Mayday───》

《Tiger-01 down!!》

《Shit……Ahaaaaa!!!?》

《Yellow Team, all down!! I repeat, Yellow Team all down!!》

悲鳴、絶叫、悪態、断末魔、そして寮機或いは自機の被弾・撃墜報告………無線で飛び交う内容はそんなものばかりで、【Black Bird】に関しては撃墜どころか攻撃命中の報すら皆無。

F/A-18Fが、F-15Jが、F-2が、F-KC-1が、歴戦のパイロット達共々次々と火を噴き、墜ち、砕け散る。

(,,;゚ ゚)《Wyvern-01よりSky-Eye、指示を、指示を早く…………っ!》

必死に無線に向かって叫んでいたギャシャーの目の前で、早期警戒機E-3が機首部分を火炎に包まれながら落下していく。

広域警戒レーダーからのリンクが切れる。これによって連合空軍は、圧倒的な機動力を持ち対空砲火の援護射撃がある敵機を相手に有視界戦を強いられることとなった。

戦闘開始から1時間と経たずに、既に200近い機体とパイロットを失った。残っている各機体の燃料や残弾も乏しく、ただでさえ難敵の【Black?Bird】との空戦は管制機のロストによっていよいよ覆しがたい状況になっている。そしてこれほどの犠牲を払ってなお、【学園艦棲姫】は未だ本体に傷一つ着けられていない。

だが、パイロット達はそんな状況に絶望し、恐怖し、それでも懸命に戦いながら────微かな希望も見出していた。

最初から解っていたことだ。急造とはいえ米軍の原潜まで投入された防衛ラインを無傷で突破した化け物に、どれほど通常兵器が束になったところで適うものではないと。

出撃の時から知っていたことだ。自分たちは将棋で言えば“たたきの歩”みたいなもので、相手の足を止めることは期待されていてもヒーローになることは期待されていないと。

光の巨人が出てくるまで大怪獣に立ち向かい、足を遅らせつついいように撃墜されてその恐ろしさを見せつける────自分たちの役回りなんてそんなもの。

無論、下馬評を覆して自分たちが英雄になってやろうと思っていなかったわけじゃない。だが、其方が仮に叶わなかったとしても、本来の仕事としては申し分がない。

『ゴァアアアアアアッ!!!』

学園艦棲姫の足は、止まっている。防衛線では見せなかった形態変化を見せ、第4世代戦闘機と真っ向勝負をした上で蹂躙できる貴重な航空戦力をもう一度引きずり出した上で、この途方もない化け物の足を日本から遙か遠く離れた海原で止めてやった。

自分たちの“役割”は、十分に果たした。ならば、後は────









《【青ヶ島鎮守府】第一・第二連合艦隊、旗艦龍驤!間もなく戦闘海域に到達するで!》

《【横須賀総司令府】所属、第零艦隊旗艦日向より連合空軍各位に伝達。到着まであと60秒、持ち堪えろ》

《此方は【地獄の血みどろマッスル鎮守府】所属、第一艦隊旗艦青葉です!

────大物狩りも、青葉にお任せッ!》

後は、海の上を行く我らが【英雄】達に、全てを託す。

23:00から第二波

《“新型”に関する続報です。

茂名官房長官は先程記者会見で、航空自衛隊・在日米軍・中華民国空軍を主力とした連合空軍が“新型”深海棲艦に対して攻撃を開始したと発表。太平洋上において“新型”の足止めに成功している模様です》

《アメリカ国防省はCNNの取材に対し、国連の常任理事国と艦娘保有国が密かに結成した“国連特殊海軍”の投入を決定したとコメント。フォックス=カーペンター国防長官は、既に“新型”に対し一部戦力が急行中であるとインタビューに回答しました》

《中華人民共和国はそんな話は聞いていないと反発、外交部を通じて強い抗議をしていく方針を示しています》

《ロシア連邦政府はアメリカと日本の迅速な決定を高く評価、ニュック=バリシニコフ大統領は日本のミナミ首相に全面協力の用意があると伝えました》

《アラビア海での戦況についてインド政府は詳細の言及を避けましたが、自衛隊の保有する赤城・加賀両空母艦娘の奮戦もあり敵に大打撃を与えているとの発表がありました》

《アラビア海防衛線の戦況推移にはアナトリア半島、アフリカ大陸東海岸の諸国も強い関心を示しています。既にサウジアラビアとエジプトは連合艦隊から支援要請があった場合速やかに増援を出す用意があると………えー、少々お待ち下さい。ただ今、新しい情報が─────》





《…………………。アルジャジーラより緊急ニュースをお伝え致します。

深海棲艦の大規模艦隊が、南アフリカ共和国のケープタウンに上陸を開始。現在国防軍が迎撃作戦を行っていますが、戦況は絶望的とのことです》

《SBSからの緊急放送です。オーストラリア国民の皆様、良く聞いて下さい。

タスマン海に新たな深海棲艦の大艦隊が浮上、グレート・オーストラリア湾に向かっている模様です。政府は上陸予想地点近隣の全国民に避難を命じています、軍と警察の誘導に従って落ち着いて避難を開始して下さい》

《ベーリング海に浮上した新たな艦隊の規模についてロシア政府から言及はありませんでしたが、既にカムチャッカ半島各都市には戒厳令が発令されています》

《チュクチ海にも同時に艦隊が出現、哨戒中だったロシア海軍部隊が遅滞戦闘に入った模様です》

《この二海域の艦隊は千島列島・北方四島・北海道方面にも進撃する可能性があり、日本政府も米露と連携して対処すると見られます》

《国営放送北海道支局から道民の皆様にお知らせします。今後お住まいの地域でJ-ALERTが鳴った場合、それは避難訓練ではありません。J-ALERTが鳴ったときに備えて、指定避難場所の確認や避難時の荷物整理をよろしくお願い致します》

《青瓦台はマスコミ各社に対して韓国国内の全軍に臨戦態勢を取るよう通達した旨を公表しましたが、一方でアメリカや日本との具体的な連携策については全く触れられないまま会見は終了しました》

《日本の迅速な対応について、一部専門家は南内閣が深海棲艦の大規模攻勢を事前に把握しながらそれを国民に隠していた可能性を指摘。日ノ出テレビでは引き続き大洗女子学園についてのニュースをお伝えする一方で、南内閣による情報の隠蔽・言論統制を厳しく追及していく方針です》

《ブラジル共和国連邦政府は南大西洋方面では未だ深海棲艦の出現は確認されていないとし、国民に冷静な対応を求めました》

《東欧連合軍総司令部は、各戦線で深海棲艦の動きが活発化しつつある事実を認めました。また、未確認ながらフランス西部、北欧でも深海棲艦の大規模な陸路攻勢の兆候が見られるとの情報も併せて開示しています》

《深海棲艦の進路上にある地域ではパニックが拡大し多くの人々が避難先を求めていますが、現在世界中の全ての地域が危険区域と言っても過言ではありません》

《全世界が戦時下にある………ベルリン陥落の折にトソン=カーヴィル大統領が口にした言葉が、今、現実のものとなりつつあります》








横須賀市。

古くから海運の要衝として知られるこの地は、1853年のマシュー=ペリー来日以来本格的に“日本の玄関口”として発展していった。日本では初となる学園艦【咸臨丸】の進水、横須賀造船所の設立、洋式灯台の点灯、そして───横須賀鎮守府の設立。

19世紀以降の日本が急速な“近代化”に邁進していく過程で、玄関口である横須賀は大きな役割を担い続けてきた。

その重要度は、150年以上経った今でも変わらない。在日米軍と海上自衛隊の本拠地として、また【世界最大の鎮守府】横須賀総司令府が置かれる場所として、日本の国防と海運業の隆盛を担う“第二の首都”だ。

「…………」

ことに、横須賀総司令府は878隻という途方もなく膨大な艦娘戦力を保有する。呉、佐世保、舞鶴など司令府規模は同種の艦娘が複数艦所属など日常茶飯事だが、大和、武蔵、長門を各6隻ずつ駐屯させる鎮守府など世界中を探してもこの鎮守府ぐらいしかない。そしてここに、海上自衛隊と在日米軍の戦力が加わる。

通常戦力だけで、横須賀を陥落させる存在は恐らく無い───在日米軍総司令官の言葉は、決して誇張ではない。

深海棲艦の脅威に世界中が怯える中、その心配が殆ど無い“安全な国”。その玄関口として最も強固な守りを誇る横須賀が発展するのは、当然といえた。

(……それでも、やっぱり今日は静かなものだ)

閑散とした商店街を歩きながら、その少女は胸の内で呟いた。

イロイロと理由があって彼女個人としてはあまり寄りつきたくない街なので、それほどじっくり市内を練り歩いたことはない。しかしながらニュースなどで取り上げられる市の光景を想起する限り、そろそろ夕方に差し掛かるか否かというこの時間帯はまだまだ人が道に溢れている頃の筈だ。

あらゆる意味で“世界一安全な旅行”を堪能するために、或いは艦娘の存在を一目見るために、国内外の旅行者がこの街でとぎれることはない。彼らの存在は間違いなく、横須賀市の人口密度が戦前の三倍強に脹れあがった最大の原因だろう。

だが、今商店街を歩いている人影はせいぜい10人いるかどうか。しかもその内半分は、制服姿で見回りをする警官ときた。

店自体も、殆どが下ろしたシャッターに“臨時休業”の貼り紙をひっつけた状態で開いている店は一握り。そしてその一握りも、店の中を覗けば店主や店員は備え付けのテレビや引っぱり出したラジオに釘付けで此方に気づきもしない。

(まだ逃げるほどじゃないけど、ニュースが気になって商売が手に着かない、そんな感じザマスね)

いかに盤石な防衛拠点とはいえ、この市はあくまで“海沿い”だ。それに最大戦力を保有するということは、それだけ敵にとっては優先して潰したい場所にもなる。

自衛隊や艦娘が守ってくれると思いつつも、一抹の不安が拭いきれない───そんなところだろうか。

いやまぁしかし、それが自然な反応だろう。少女は歩きながら、改めて思う。

目と鼻の先の茨城県沖じゃ学園艦の上に深海棲艦が現れ、さらに全方位から人類の皆殺しを狙う化け物の群れが押し寄せてきている現状。おまけに南から来る奴は、今までに確認された事がない新型と来た。

これで一般市民に“怯えるな”という方が無理難題だ。商売だって手に着くまい。寧ろ、他の海沿いの街のようにパニックに陥って我先にと逃げ出さない事を賞賛してもいいぐらいだ。

(明らかに、アイツが、オカシイ、だけザマス!!)

次第に胸の内にこみ上げてくる怒りを抑えるため、意図して足を力強く踏み鳴らしながら歩く。周りから幾らか滑稽に見えるだろうけど構うものか。

「────こんな言葉をご存じかしら?

ひとつの幸せのドアが閉じる時、もうひとつのドアが開く。しかし、よく私たちは閉じたドアばかりに目を奪われ、開いたドアに気付かない」

「………ヘレン=ケラーザマスね、知っているとも。今使われる言葉として正しいかどうかは別として」

指定の喫茶店に辿り着き、粗い動きでドアを開ける。ほぼ同時にカウンター席から投げかけられた“格言”に、少女の────元BC自由学園戦車隊長の顔が盛大に歪む。





「……で、こんなときに何の用ザマスかダージリン」

「落ち着きなさい、アスパラガス。駆けつけ一杯の紅茶は如何?このお店のオススよ?」

視線の先では、「横須賀に来たくない最大の原因」が笑顔でダージリンティーが入ったカップを掲げていた。

本日分ここまで。明日はまた同じぐらいの時間帯に



>>1はリトルアーミーだけじゃなくてリボンも詳しいのね
政治的においしい役目だといいな

これまで見てきた商店街の様子からある程度察していたことだが、店内もまたがらんどうだった。

客は今し方入ってきたアスパラガス自身とカウンター席の中程に座るダージリンの二人だけ。後は店員と思わしき初老の女性が厨房にいて、フライパンを揺すって何かを焼いている。

「そんな入り口に立っていないで座りなさいな。安心して頂戴、店内にはジェームズ=ボンドもゲイリー=アンウィンも潜んでないわ」

「私としてはそこにトーマス=E=ロレンスも付け加えて欲しいザマスね」

「あら、“アラビアのロレンス”をご存じだなんて通なのね」

クスクスと笑うダージリンを無視して、アスパラガスは胡乱げな目付きで店内を改めて眺める。スパイ云々も聖グロリアーナならやりかねないため幾らか警戒はしているが、それ以上に店の内装が彼女の眉を顰めさせていた。

「……………ここ、本当に私達が使っていても平気ザマスか?」

「いやぁねぇ、ランチタイムは普通のレストランを営んでる酒場なんて国内外問わず腐るほどあるでしょうに」

カウンターの上や壁際の棚は勿論のこと、窓際や天井の収納スペース、挙げ句の果てには本来客が座るためのスペースと思われるテーブルの上にまで所狭しと並べられた………というよりは店そのものを入れ物として乱雑に詰め込まれたかのような、凄まじい数の酒瓶。微かに漂うアルコール臭も相まって不安の色を浮かべるアスパラガスの様子を見て、再びダージリンは笑みを漏らす。

「この店も同じよ。これらのお酒は未成年には振る舞われないわ。

────それと、私が耳に挟んだ話では貴女たちタンカスロンの試合中にアンツィオの“大人のブドウジュース”を」

「あれはボルドー達ザマス!!私は飲んでない!!」

ドンッとカウンターに拳を叩きつけつつ、早速アスパラガスは来たことを後悔していた。

大英帝国をそのまま擬人化したような言動と性格のこの女を相手にすると、いつも戦車道試合の20倍ほど体力を使うハメになる。

江戸時代末期からの近代化に伴い国が西洋の事物・文化・技術を取り入れていく過程で、その媒体となった数多の【学園艦】もまた強い影響を受けていった。カナダとの交流を盛んに行っている苫小牧メイプル学園、トルコとの親交が深いケバブハイスクール、ソヴィエト・ロシアの国風をそのまま校風に反映させたプラウダ高校、不要なところまでフランスに似てしまったマジノ女学院にBC自由学園───確かにそれぞれの学園艦が、繋がりが強い国家の“縮図”やステレオタイプ・サンプルのようになっている節はある。

(だからといってこうも本家英国に似なくてもよかろうに………っ!)

やたらと勿体ぶった言い回しを好む風潮に、所構わず開かれるお茶会、タンカスロン関連では“本家”の悪名高い三枚舌外交を彷彿とさせる謀略の数々も幾度か目の当たりにした。

アスパラガスが知る限り、これほど「聖グロリアーナの戦車隊長」として相応しい存在は見たことが無い(無論褒めていない)。序でにいえば徹頭徹尾、彼女が苦手なタイプの人間でもある。

「顔色が悪いわよ、最近眠れているかしら?

今の貴女にぴったりな格言はこれね、『休息とは回復であり、何もしないことではない』」

「ダニエル=W=ジョセリンザマスね。とりあえず私が言いたいのは“お前が言うな”の一言ザマス…………ハァ」

盛大にため息を吐いて、火照った脳を落ち着ける。

ダージリンとの会話は主導権が全くといっていいほど握れないので激しく疲労するが、少なくとも継続高校の戦車隊長よりは幾らか会話になっている分マシだ。それに此方もいい加減慣れてきた面はある。

何より、これほどの事態の中でただ雑談のために他人を呼び出すほどこの女は脳天気でも愚かでもないはずだ。

「いい加減用件に入るザマスダージリン。この無駄な問答が続くようなら私は帰る」

「あら、お口と頭の運動は大事だと思わない?」

「貴女にとっては準備運動でも着いていく私からすれば42.195kmのフルマラソンと同じザマス」

「仕方ないわね。でも、最後にお茶のおかわりだけいただくわ」

アスパラガスがカウンター席に座ると、ダージリンがぱちりと指を鳴らす。よく磨かれたテーブルの上を、ティーカップが二つ滑ってきて、二人の手元でピタリと停止した。

「むっ」

更にアスパラガスの目の前には、もう一つ料理が乗った皿も流れてくる。焼けたソーセージがジューシーな光沢を放ち、上にかかるグレービィソースの濃厚な香りと下に引かれたマッシュポテトのふんわりとした見た目も併せて激しく食欲が刺激される。

「……バンガーズ&マッシュはそれこそティータイムよりビールジョッキの隣にある方が似合うと思うザマスが」

「空腹であろう貴女への店主の心遣いね」

「空腹なのは貴女の急な呼び出しが最大の原因ザマスがね」

諸々の作業を終えてようやく遅い昼飯にありつけると思った矢先に、突然の“お誘い”でそれをほっぽり出して急行電車に飛び乗る羽目になった側としては釈然としない。とはいえ胃が空っぽに近い状態なのは事実だし、店の好意も十分にありがたい。

「………………いただくザマス」

更に喉の奥から飛び出しかけた文句をひとまず飲み込み、フォークで突き刺しソーセージにかぶりつく。

「んん……」

悔しいが、空腹という調味料を差し引いても最高に美味しい。後は歯止めが利かず、熱々のソーセージがみるみるうちに消えていく。

「それで本題だけれど、大洗で新しい動きがあるみたいなの」

「ふごっふふふ!?」

最後の一口を思い切り頬張ったところで“本題”を突然切り出され、喉を塞いだマッシュポテトを流し込むため慌ててティーカップに手を伸ばす。

「っ……」

ジャガイモで窒息死という不名誉極まりない最期を回避し、アスパラガスは横目でダージリンの澄まし顔を睨み付ける。

コイツ、今間違いなくわざとやりやがった。

「大洗町に展開している自衛隊が戦力の増強を始めたわ」

「…………」

こっちの視線に気づいているだろうに、隣の紅茶女は手元のティーカップを一度傾けた後淡々と話を続ける。鼻っ柱に一発お見舞いしてやりたくなるが、ぐっと堪えて無言で続きを促す。

また本題からズレた話に戻っても仕方ないし、アスパラガス自身も大洗の現状については少しでも多く情報が欲しかった。

「10式戦車を主力とする機甲部隊が新たに市街地に展開して避難が完了した区域から順次封鎖、迫撃砲やバリケードの設置も各所で進行中みたいね」

「艦娘戦力は?」

「県外からは首都圏の内陸警備府で選抜された部隊が水戸市とひたちなか市に予備防衛線を構築。大洗、相馬、浦安各鎮守府並びに沿岸の警備府は全て厳戒態勢に移行済。

日本海側でも戦力抽出が可能とみられた区域からは続々と自衛隊や艦娘の移動が始まっているわ」

「動きが早いザマスね」

大洗女子学園の一件で日本中の200隻近い学園艦が警戒対象となり、おまけに全世界で深海棲艦の同時大規模侵攻が始まる中でこの迅速な対応。一昔前の日本なら考えられない姿だ。

「さるアメリカ大統領は、こんな言葉を残したわ。

『大抵の人は災難は乗り越えられる。

本当に人を試したかったら、権力を与えてみることだ』とね」

「エイブラハム=リンカーンザマスね」

「あと、『40歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たなくてはならない』とも」

「やめて差し上げるザマス」

まぁ顔はともかくとして、“あの”首相の行政・外交手腕が大方の国民の予想を大きく上回るものだったことは間違いない。実際に戦力を動かしているのが横須賀や市ヶ谷だとしても、その身軽な挙動を可能としているのは南内閣の法整備によるところが大きい。

「それと、宇都宮駐屯地にも動きがあったようよ」

「宇都宮………CRRザマスか?!」

ダージリンの言葉に、アスパラガスの眼が驚きで大きく見開かれる。

クスクスクス。アスパラガスの刺すような視線を受けて、ダージリンは心底おかしそうに肩を震わせる。

「“やらかす”って………それじゃあまるで私が何か悪巧みをしているような言い草ね」

「日頃の行いの報いザマス。オオカミ少年が何故全ての羊を食われる羽目になったかよく考えた方がいい」

「あら、それじゃあ私は最期に怒り狂った村人たちに打ち殺されてしまうのかしら?」

そういってまた笑いながらも、ダージリンの眼の奥に宿る光は真剣そのものだ。

この店にアスパラガスが入ったときから、そこだけはずっと変わらない。

「別に、悪巧みなんてしちゃいないわ。私はただ、一人の友人として、戦車乗りとして、大洗のあの子たちを助けたいだけなの。

あぁ、勿論ハリウッド大作の真似事をしようってワケじゃないわ。“これは映画ではない”のだから」

映画【キングスマン】の台詞と共に片手で制され、アスパラガスは一瞬上げかけた腰を椅子に戻す。

権謀術数に長け常日頃から掴み所のない言動を繰り返す一方で、ダージリンが根っこの部分では非常に熱くなりやすい人間であることもアスパラガスは付き合いの中で知っている。大洗女子学園の廃校の危機の際には各学園の連合を率先して主導したし、例のサムライガールの熱に当てられてタンカスロンにも介入している。

彼女が仮に“義勇軍を編成して自衛隊より先に大洗女子学園を救いに行く”等と言い出してもアスパラガスは驚かなかっただろうし、寧ろ初めからそう言い出すことを前提にどう止めるべきかを考えていた。

「そこまで血迷ってなくて何よりザマス」

「もしも私にそれだけの力があったなら、迷わずそうしていたのは事実だけれどね。

でも、流石に身の程は弁えているわ。情報を集めていたのは、あくまでもみほさんたちの為に“私が力になれること”を少しでも見いだせないかと思ったから」

「本当に、凄い入れ込みようザマスね」

尤も、気持ち自体はアスパラガスも理解する。

黒森峰という絶対強者の存在や硬直化した競技形式によって緩やかな死を迎えつつあった戦車道に、突然新風を吹き込んで数々の奇跡を巻き起こした“軍神”西住みほ。直接砲を交えることができなかったアスパラガスでも強く感化された程だ、実際に彼女の“奇跡”を目の当たりにした者達がどれほどの衝撃は想像に難くない。

かなり楽しみにしてる。頑張って

ただ、それにしてもダージリンと聖グロリアーナの大洗女子学園に対する肩入れ具合には少々面食らうものがある。

(事態発生から2時間と経っていないのに、よくもまぁあれだけの内容を集められたザマス)

内地の艦娘動員やその戦力編成、自衛隊による市街地封鎖の詳細な状況、そして【C.R.R】の投入………何れも、本来なら一介の女子学生が政府の公式発表を待たず事前に知り得るような情報ではない。特にC.R.Rの件は、特定秘密保護法に余裕で引っかかる“軍事機密”だ。

聖グロリアーナの諜報部は確かに高校生離れした優秀さだが、これほどの情報を手に入れるとなれば払うリスクと労力は並大抵ではあるまい。大学選抜戦の時など比較にならないその無理筋を、聖グロリアーナが“他人”の為に押し通すとは。

(しかも聖グロリアーナも当然強制一時避難の対象だったザマスから、なおのこと情報は─────ん?)

そこまで考えて、ふとアスパラガスは違和感に首を傾げる。

確かに、2時間足らずで集められた情報としては量も質も上々だろう。ダージリンたちでなければ、この1/10も調べられないに違いない。

だが故に、“最も肝心な情報”がないことに気づいてしまう。ダージリンが、聖グロリアーナの他の戦車道選手達が、そして“彼女”を知る人々が最も知りたいもの。

そして聖グロリアーナが、その優先順位を間違えるはずがない。

「…………“大洗女子学園”の現状は、貴女たちでも調べられなかったザマスか」

「ええ」

シンプルな、短い返事。

彼女にしては珍しく、声に焦燥と苛立ちが滲み出ている。

深海棲艦が甲板上に、それも複数体出現するという前代未聞の異常事態。更に外洋から“新型”や別艦隊が接近している点も併せて考えれば、政府や自衛隊が此方の情報も隠すことは自然ではある。

問題は、それがC.R.Rの投入や艦娘の動員状況以上に重要視されているという点だ。

「まだ、情報収集の開始からたったの2時間しか経っていないという面は確かにあるわ。でも、逆に言うとこの2時間大洗女子学園艦内に関する情報にはアッサム達がノンストップでアプローチを続けている。

それなのに、テレビ局が報道している以上の内容が全く手に入らない」

語尾に近づくに従って、感情の昂ぶりを抑えきれずダージリンの声が震える。無理やりそれを押さえようとしてか、彼女は残りの紅茶を一息で飲み干す。

聖グロ生がカップ鷲掴みで紅茶をがぶ飲みする姿など、OG会の人間が見ればおそらく卒倒ものだろう。

「情報秘匿の度合いで言えば、フィリピン海方面から迫る“新型”の関連情報と同程度よ。

自衛隊に勤めているOGを筆頭に、外務省、警視庁、公安、さらには近隣の鎮守府、あらゆる伝手を辿っているけれど一向に学園艦内の現状が判明しない。辛うじて、“暴徒が発生している”とか“通信が全く繋がらない”とか、そういった断片的な情報を拾えただけ」

「………西住さんの安否は?」

「それも、解らない。

………いえ、きっと、無事でいる筈よ。彼女は、西住みほは簡単に死ぬような人間じゃない。生きているに決まっているわ」

自分に言い聞かせるように繰り返される、「生きている」という言葉。だが、やはり回を重ねるごとにそれはか細くなっていき、やがて弱々しい嗚咽と共にそれは途切れた。

「うぇっ………ひぅっ………」

「………今までの軽口は空元気ザマスか」

どんなに言葉で否定しても脳裏から追い払えない“最悪の想像”に、とうとう机に突っ伏し泣きじゃくり始めたダージリンから努めて視線を外しつつため息をつく。

全く、戦車道乙女というのはどいつもこいつもプライドの塊みたいな奴ばかりでいけない。

……自分自身も含めて。

「ダージリン……貴女の、貴女たちの努力は認める。それにもしこの呼び出しの目的が協力要請なら、BC自由学園としても応えることは吝かじゃない。

でも、私の見立てでは報われる可能性は極めて低いザマス」

万年弱小とはいえ、1学園艦の戦車道チーム隊長を務めていた身。アスパラガスも状況判断能力や分析能力は人並み以上に備わっている。

そして彼女が見る限りでは、現在の状況は疾うの昔に自分たちが対応し得るものではなくなった。

「私達は所詮、一介の学生。戦車道を通じて多少戦略や戦術、謀略を囓っているとしても、そんなものは本物の“戦争”からすれば子供のお飯事に過ぎない。

私達が踏み入っても、力になれないどころか足手まといになる可能性の方が遙かに高いザマス」

「解っているわ、そんなことは!!!」

カウンターテーブルに、勢いよく叩きつけられる拳。よほど力を込めているのかワナワナと震え、関節が白く浮き出ている。

これほど取り乱したダージリンを見るのはきっと私が日本初だろうな……そんな、場違いな感想がアスパラガスの脳裏に浮かんだ。

「特殊カーボンで守られた安全な玩具の中で戦争ごっこをしているだけの女が、本物の“有事”でできることなんてたかが知れている!本当は自衛隊や艦娘や政府に全てを託して、彼らが任務をこなし西住さんたちを無事助け出してくれるの願って安全な地域で待つのが分相応だって解っているのよ!!

それでも、私たちはただ“待つ”ことに耐えられない!………っ」

再び微かに震える語尾。漏れかけた嗚咽を無理やり呑み込んで、ダージリンは潤んだ───だけど、奥に強い決意の光を讃えた瞳でアスパラガスを正面から見つめ返す。

「私達だけで助けようなんて烏滸がましいことは考えないわ。でも、例え少しでも大洗救援の助けになる“何か”があるなら………私は、諦めずにそれを探したいの………!」

英国人は、恋愛と戦争には手段を選ばない───元より格言好きなダージリンが、特に気に入って繰り返し口にしてきた言葉。

アスパラガスも彼女との交流の中で何度も(内心うんざりしながら)聞かされたが、今のダージリンはまさに、全てを擲って思い人を助けようとしている恋する乙女の姿そのままだ。

(…………やれやれ、ザマス)

正直、“政治的”に考えればアスパラガス達にとってこの案件に首を突っ込むことはあまり得策とは言い難い。西住みほを助けたいという思いはダージリン達ほど切実ではないにしろあるものの、既に一度統合を経験している学校としてはあまり“国”に睨まれるような動きは避けたいという思いもある。

況してや戦車道でも毎回のように一回戦敗退し学園艦としての取り組みもマジノ女学院の二番煎じに過ぎないBC自由学園は、聖グロリアーナと違って実績にも乏しい。仮に廃艦論などが出れば抗うのは当時の大洗女子学園並みに難しいだろう。

(………まっ、とはいえ既に“協力は吝かではない”って明言してしまったザマスしね。

それに、ここで協力を蹴ったらボルドー達に何言われるかも解ったもんじゃないザマス)

本当に、つくづく、自分も含めて、戦車道乙女というのはどいつもこいつもプライドの塊みたいな奴ばかりでいけない。

目の前で、プライドも保身も捨てて他人を助けようとしている同い年の少女がいる。だというのに自分がそれらに縛られて動けないなど────それこそ、私たちのプライドが許すものか。

「『簡単ではないかもしれない。

でもそれは”できない”
という理由にはならないんだ』」

「…………え?」

「おや、ベーブ=ルースをご存じないザマスか?」

「………っ、しっ、知っているわ。ただ、何故ここで使ったのかって思っただけで」

格言で後れを取ったことが悔しかったのか、少し頬を染めながらごにょごにょと弁明するダージリン。それをしてやったりの笑顔で眺めながら、アスパラガスは懐からスマートフォンを取り出す。

電話帳を開いてある番号の欄を押す時、脳裏には“野球の神様”が残したもう一つの言葉が浮かんでいた。

「あぁ、ボルドーザマスか?忙しいところすまないザマス」

───あきらめない奴には、誰も勝てない。








「“BC学園譲渡”のカードを使うときが来た。

力を、貸して欲しいザマス」







「出撃命令、ですか」

ミ ゚Д゚彡「……あぁ。ただし大洗じゃない。太平洋上の“新型”を俺たちで攻撃する」

「……そう、ですか」

ミ ゚Д゚彡「かつてない、手強い相手になる。お前ほどのパイロットを営倉にぶち込んでいる余裕は俺たちにはない、CDCは拘束の解除とお前さんの抗命行為を不問にする旨を決定した」

「…………」

ミ -Д-彡「だが、逆に言うと錯乱したパイロットを無理やり乗せたところで勝てる相手じゃない。どころか編隊自体がそのせいで危うくなる恐れすらある。

もしもお前がまだ腑抜けているようなら、俺はお前を出撃させるわけには───」

「大丈夫です」

ミ ゚Д゚彡「………食い気味に即答しやがったな。本当に大丈夫なのか?」

「曲がりなりにも、航空自衛隊の最精鋭部隊に身を置いてますから。そう長く私情に揺れるほど、弱い女じゃありません。

……それに要は、その学園ハンサムを」

ミ;゚Д゚彡「やめろ一気に弱そうに思えるだろうが。なんか顎尖ってそうだろうが」

「失敬。学園艦棲姫を、とっととぶっ倒してとって返せばいい。そして、今度は大洗にのさばってる化け物を叩き潰してあいつに会えばいい。

それだけの、話です」

ミ ゚Д゚彡「………ブーン、だっけか?無神経な言い方になるが、そいつはまだ生きてるのか?」

「生きてますよ。生きているに決まってる」





|w´‐ _‐ノv「……根拠も証拠もないけれど、あいつは私が信じているのに死ぬような勝手な奴じゃないです。だから私が信じる限り、ブーンは死なない。

そして私も、あいつが生きている限り絶対に死にません」

《防空指揮艦【かが】CDCより全乗組員に伝達。

我々はこれより、横須賀総司令府からの指示に従い全ての艦載機を【学園艦棲姫】攻撃作戦に投入する》

《かつてない強敵だ。先んじて攻撃を開始した連合空軍は既に甚大な損害を受けており、足止めが精一杯となっている。青ヶ島鎮守府の艦隊に加えて国連が組織した対深海棲艦特殊部隊も投入されるが、それでもなお予断は許されない》

《だが、我々に怯え、竦み、逃げることは許されない。

何故なら我々は自衛隊であり、本土に住まう一億の国民の盾であるからだ》

《我々の肩には、国民の生命がかかっている。その事を決して忘れるな。

────各員の奮闘に期待する!!》

《CDCよりカタパルト、状態良好!全機、アガレ!アガレ!アガレ!!》

ミ?゚ ゚彡《了解。

Spear-01,?Take-Off!!》

《Spear-02,?Take-Off!!》




|w´‐? ‐ノv《────Spear-03, Take-Off》?

最近ノロッノロで申し訳ありませぬ、本日分終了です。
明日からは安定して更新できると思われます(3日ぶり34度目の宣言)

おつおつ、シュール頑張れw









目を覚ますと同時に、近くでその音は鳴った。

或いは、僕が目を覚ました理由こそ“その音”だったのかも知れない。何せ並々と水が注がれた巨大な風船を勢いよく叩きつけて破裂させたかのような“その音”は、魔女に囚われたオーロラ姫だって王子様のキスを待たず目を覚ましてしまうのではないかと心配になるほど大きなものだったから。

(メメ; ω )「………~~~~~ッ!!!?」

意識が光と五感を取り戻すや否や、とてつもない激痛を知覚して視界に星が飛ぶ。血液を通して痛みが直接全身を駆け巡っているとでも表現すれば良いだろうか。悲鳴や苦悶の声を上げる余裕すらなく、ただ浅い呼吸だけが口から漏れる。

(メメ;^ω )「………お?」

身体を苛む苦痛を少しでも緩和できないかと身動ぎしたところで、ようやく僕は自分が誰かに負ぶさっている状態であることに気づいた。

(メメ;゚ω゚)「……おおおっ!?」

「わっ、暴れんじゃねえ馬鹿野郎!」

状況が飲み込めず、動揺し、更に大きく身動ぎ。途端、僕を背負う人物がバランスを崩しかけて叱責の声を上げる。

女性の声。頭の上に乗る船舶科の帽子から察するに、恐らく学園の生徒なのだろう。西住さんや角谷さんと同世代と考えるとやや低い印象の────所謂、“ハスキーボイス”に該当する声質だ。背もそれなりに高いようで、目線から逆算する限りは170に届くかどうか。

(メメ;゚ω゚)(………そうだ、僕は爆発に巻き込まれて)

停滞していた脳の回転が戻るに従って、記憶も徐々に再生される。学園艦の中を暴れまわる怪物、逃げ惑う生徒達、取り乱す秋山さん、宇津木さんの上に落下してくる報道ヘリ…………脳裏に、次々と僕の意識がブラックアウトする前に見ていた光景が蘇ってくる。

(メメ;゚ω゚)(角谷さん達は無事に逃げ切れたのか?自衛隊の救助はいつ?それにここは一体どこだお?)

同時に、動揺と混乱も加速していく。

記憶が幾らあろうが、気を失っている間我が身に起きた出来事は当然ながら感知していない。視界がブラックアウトする直前に甲板の裂け目に転落したことは覚えているので大洗女子学園の“下層”であることは大方予想が付くが、そこからどうなれば見ず知らずの船舶科女生徒に担がれた状態に辿り着くのか想像できない。

(メメ;^ω^)(……そもそも、良く生きてるおね僕は)

「根賀さん!後ろからまだ奴等は追ってきてるのか!?」

(;●▲●)「あぁ、まだバッチリ来てる!!」

迷走する思考の果てにそんな身も蓋もない感想を浮かべた僕を尻目に、女生徒は直ぐ隣を走っていた別の人影に問いかける。根賀、と呼ばれたその人物は、一瞬だけ視線を後方にやると大きな眼を僅かに眇めいかにもうんざりした風で舌を出してみせる。

熊手のように大きな右手に握られているのは、拳銃───SIG SAUER P226。

(;●▲●)「数は20~30ってところか、息切れ一つしてる様子がねえぞ……クソが!」

野暮ったい作業服にややデップリした体格からは想像も付かない機敏さで、その男性はくるりと反転。背後の薄暗がり………何十もの足音が重なって聞こえる方向に向き直りながら、膝を床に着けてSIGを両手で構える。

(メメ;゚ω゚)そ「ぉおっ!?」

立て続けに三度、9mm口径から吹き出した銃火が微かに辺りを照らす。僕の上げた素っ頓狂な声と共に銃声が通路を反響し、間髪を入れず“何か”が倒れる音がそこに重なった。

此方に向かってくる“何か”の集団は、その内の一体が転倒したことによって多少鈍ったようで足音が微かに乱れた。だが、その混乱は長くは続かずすぐに僕らの追走を再開する。

(#●▲●)「リロードする!日屋根、援護を!!」

( ・∀・)「はいはいさー」

すかさず、もう一つ女生徒の隣を走る人影が踵を返す。取られるのは、根賀さんと呼ばれる男性と同じ膝射姿勢。

ただし、構えられた銃のシルエットは、SIGに比べて明らかに大きく、長い。

( ・∀・)「全く、とんだ出張もあったもんだねぇ」

僕の記憶が正しければ、アレは海上保安庁でも正式採用されているショットガン────モスバーグM500だ。

( ・∀・)「フゥウウウオオオオオオオオオオオウッ!!!!」

奇声と共に、もう一人の男性が引き金を引く。

僕を叩き起こしたあの音が、暗い廊下に木霊した。

散弾銃という日本式の名称が示すとおり、ショットガンの弾丸は前方の空間へ拡散発射される。射程距離が概ね50m前後と極端に短い代わりに、近接戦闘での殺傷能力と空間制圧能力はとても高い。故にその性能は、市街地や閉所での接近戦で特に遺憾なく発揮される。

そう、例えば今僕らがいる、人が四、五人も横に並ぶと隙間がなくなるような狭い廊下とか。

『キィイイアアアアアアアアアッ!!!?』

(メメ;゚ω゚)「ヒッ……!?」

僕らを追ってくる“何か”からすれば、弾幕なんて生易しい存在じゃない。突如出現した「銃弾の壁」にまっ正面から突っ込む形となった“何か”の肉が裂ける湿った音と、それを掻き消すおぞましい断末魔が冷え切った廊下の空気を震わせる。

(●▲●)「おうムラカミさん、そのあんちゃん眼ェ覚ましたんか!」

「あぁ、たった今な!」

此方に駆け戻ってきた小太りの男性……根賀さんが、“何か”の声に身体を強張らせる僕を見て微かに眉根を上げた。どうやら、僕を背負う女生徒の名はムラカミというらしい。

「さっきから他人様の背中でうるっさくて仕方ない!怪我人じゃなかったら床に放り出してるっつの!」

「ま~ま~、そーいーなさんなってムラカミや。こんだけ苦労して連れてきた挙げ句“屍体でした”ってんじゃ、それこそ骨折り損のくたびれもうけだしねぇ~」

前方から聞こえてくる、この修羅場に似つかわしいとは言い難い間延びした女の子の声。

ここで初めて、僕はこの一行を先導する四人目の存在に気づいた。

ムラカミさんの走りを邪魔しないよう、僅かに首だけ動かして前を覗き込む。

眼に映るのは、3メートルから4メートル先でぴょこぴょこと上下に揺れる赤い毛玉。一瞬面食らったが、よく眼を懲らせばそれはパーマをかけられた頭髪だ。

やはり船舶科の服を身につけていて、邪魔だったのか帽子は右手に握られている。背は160cm前後、此方もこの年代の女性として低いわけではないのだが、僕が“ムラカミさん”の上から見ているせいもあってかどうしても小柄に感じてしまう。

「根賀のおっさんと日屋根の兄貴は武器持ってるしさぁ、あたしじゃ体格的に役者不足だからムラカミぐらいしか運べるのがいないんだってぇ。我慢してよね~」

「言われなくてもわあってるっつの!!それよりラム、後どれぐらいで着くんだ!?」

「後6ブロックってところだねぇ、ファイトファイト~」

ラム、とは恐らく先導する生徒の呼び名か。日本人としては聞き慣れない名前なので、或いは鈴木さんたちや某紅茶学園のようなソウルネームなのかも知れない。

そして、その“ラム”さんと荒い呼吸の中から慣れた様子でやりとりするムラカミさん。

(メメ;^ω^)(能島村上家、厳島の戦い、毛利元就………もしかして“ムラカミ”もソウルネームかお?)

村上水軍。公式記録では南北朝時代にその名が登場する瀬戸内海の勢力で、水軍と名が付いているがその実態は今で言うところの“海賊”だ。来島、因幡、能島の三家が存在し、特に能島村上家は毛利元就が陶晴賢を撃ち破った【厳島の戦い】で重要な役割を担ったことも手伝って一般でもそれなりの知名度がある。

そしてラム酒と言えば、“海賊のお酒”の代名詞。

(メメ;^ω^)(この子たちがどういう集団に属してるのかちょっと見えてきたお)

まぁ、自分が何故この子達に運ばれているのか、“根賀さん”や“日屋根さん”は何故この子達と行動を共にしているのか、この二人はどこから武器を調達したのか等まだまだ疑問も多数残りはするが。

今僕たちが何に追われているのか、という点も含めて。

無論、深海棲艦がらみだというのは僕でもある程度予想は着く。学園艦の現状を考えれば、人間を好き好んで追い回す存在なんて奴等関連ぐらいしかいない……と思いたい。

問題は、この地形。こんな狭い廊下の中を甲板上にいるあのデカ物が動こうとすれば、それこそ艦を内部から破壊しつつ進むことになる。だが背後から迫る気配は、足音から察するに明らかに人間サイズだ。

(メメ;^ω^)(まさか“ヒト型”種……いや、だとしたらショットガンや拳銃如きで食い止められる相手じゃないお)

ル級やリ級といったヒト型種は大きさこそ僕ら人間と変わらないが、通常兵器は殆ど効果が無く艦娘でなければ有効な対応ができないというのは僕でも知っている。実際携行銃火器で迎撃できるような相手なら、幾ら奇襲を受けたとはいえ出現当初あれだけ甚大な被害が出るはずがない。

( ・∀・)「フィイイイイッ!!!!」

( ・∀・)「ヒッヒィイイイイイ!!!!」

( ・∀・)「イーディーエェエエエエフ!!!!」

(メメ;^ω^)(……あいつうるせえな!?)

……で、それとはまるで関係ないのだが、しんがりでショットガンを撃ち続けている男の声がべらぼうに五月蠅い。モスバーグM500の銃声もそれを食らう“何か”の苦悶の声も、彼が上げる甲高い雄叫びにあっさりと掻き消されてしまう。しかも定期的に振り向いて発砲する度にその声を発するので、なんか……その奇声が脳に刷り込まれていくような感覚に陥って倍付けで不快だ。

( ・∀・)「チョギップルィイイイイイイイッ!!!!!」

いや本当にうるせぇ。あいつ肺活量どうなってんの?

(メメ^ω^)「………え?」

約1名が織りなす背後の喧噪に生暖かい視線を送っていた眼を、思わず微かに見開く。

火を噴くモスバーグ。銃口から弾丸が吐き出される刹那、マズルフラッシュによって照らし出された廊下。そこに見えたモノが俄に信じられず、僕は後方に眼を凝らし続けた。

そんな事、あり得るはずがない。後ろから追いかけてくる“何か”が、船舶科の制服を着た人影だなんて。

そしてその人影めがけて、しんがりの男が平然とショットガンをぶっ放していたなんてこと、あり得てなるものか。

(メメ;^ω^)(きっと、見間違i)

『ア゛ア゛ァ゛ッ!!!」

必死に縋ろうとした希望的観測は、脳裏に浮かべた傍から目の前で繰り広げられる“現実”によって容赦なく否定された。

「ウ゛ァアアアアっ!!!』

( ・∀・)「*おおっと*」

男性が弾薬の装填動作を取った一瞬の隙を突き、彼に飛びかかった人影。手負いの肉食獣のような、声量も響きもとても人間のものとは思えない唸り声を発しながら組み付いたそれは、ムラカミさんやラムさんと同じ白を基調としたセーラー服を身につけている。

「ガァアアッ、アアアッ────ガッ!?』

( ・∀・)「男女平等キーーーック!!」

動きに、躊躇も遠慮もありはしなかった。男は組み付いてきた女生徒の顎を銃床で殴りつけ、腹を蹴って強引に距離を空ける。

その手に構えられるのは、蹌踉めき離れたその子の頭部にしっかりと照準を据えるモスバーグM500。

(メメ;゚ω゚)「───待っ」

(#・∀・)「Wassoy!!」

止める間もなく響く、銃声。

「アギッ』

その子の頭が、針で風船を突いた時みたいに乾いた音を立てて破裂した。

あまりの出来事に、悲鳴も怒声も上げられない。脳の機能は覚醒直後からすればかなり回復しているはずなのに、背後の光景を現実として受け入れてくれない。

そして、状況の変化は受け入れるだけの時間も与えてくれなかった。

「「ウ゛ァアアアアッ!!!』』

『『ガァッ!!」」

( ・∀・)「やだ……幼稚園以来のモテ期……」

銃火が途切れるや否や、暗がりからドッと此方に向かって押し寄せてくる人の群れ。大半は船舶科中等部や高等部の制服を着た女生徒達だが、中には整備士の作業着に身を包んだ男性や船舶科の教員と思わしきスーツ姿の人影も混じっている。

「『「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!』」』

( ・∀・)「Show timeだ………」

ネジが外れた玩具の人形のようなどこかぎこちない動きで───しかしながら凄まじい速度で周囲に群がろうとする彼女達に対し、日屋根………さんは満面の笑みを浮かべてモスバーグM500を構え直してみせた。

( ・∀・)「WRYYYYYYYYYYY!!!!!」

『ギィイッ!?」

「アカ゛ァ……』

後退りながらも、容赦なく引かれる引き金。散弾が銃口から吐き出され、射線上の人影を次々と薙ぎ倒していく。

頭をトマトのように潰された作業着の男が、肩口から腹の辺りにかけてまでを抉られた小柄な女の子が、上半身をぐちゃぐちゃの肉塊にされて性別すら解らなくなった保安官服の誰かが、床に転がって血溜まりと屍体の山を形成する。

そして、背後の惨状に誰も………根賀さんはともかく、ムラカミさんとラムさんも視線すら向けず走り続ける。

(メメ;゚ω゚)「なっ……なっ……」

(;●▲●)「面食らうのも無理はねえが説明は後回しにさせてくれやあんちゃん!!」

あまりにも異様な状況に言葉が出ず、僕は酸欠の金魚よろしく口をぱくぱくと開閉させる。根賀さんは有無を言わせぬ口調で僕に向かって釘を刺しながら、再びSIGを抜き放つ。

『ウ゛ア゛ッ……」

反転し、2連射。日屋根さんの横を抜けてこようとしたスーツ姿の男が一人、胸と頭を撃ち抜かれて衝撃で転倒した。

(●▲●;)「俺たち自身もそんな余裕はないし、何よりあんちゃんの安全のためでもあるんだ!今は逃げることに専念を────」

ガシャン。頭上で、そんな金属音が鳴る。

『ギィイイイッ!!!」

(;◎▲◎)そ「ぅおおおおおぁああああっ!!?」

(メメ;゚ω゚)「っ!!!?」

ダクトにはめ込まれていた金網が外れ、中から降ってきたのは新たな“人影”。船舶科中等部の制服を着た、一人の小柄な少女だった。

身長は角谷さんと同じぐらいかそれ以下で、或いは今年入学したばかりの一年生だったのかも知れない。少し下がり気味の眉尻とおっとりした印象を与える顔だちが、その女生徒が本来優しい性格の持ち主だったことを窺わせる。

「アアァッ、アアアアアッ!!!!』

(●▲●;)「このっ……!」

そんな彼女が、今は唾を撒き散らし、獰猛に唸り、自分の倍は体重があるであろう成人男性を組み伏せて、その首元に向かって顔を突き出しながら歯をカチカチと鳴らしている。

まるで、映画に出てくる“ゾンビ”のように。

「この……っ、野郎!!」

「ギギッ!?』

根賀さんにのしかかり彼ともみ合う少女(の形をした何か)に向かって、踵を返したムラカミさんがそのまま足を突き出す。刹那の戸惑いこそあったものの、それでも放たれた蹴りは140cm程度の小さな身体を吹っ飛ばすには十分な威力を持っていた。

「シィイイイイッ!!!』

( ・∀・)「BAN!!」

「ア゛ア゛ッ!?』

数メートル後方へ吹き飛ばされて床に四つ足で着地した“少女”に、横合いからモスバーグM500の12ゲージ弾が叩き込まれる。砕けた頭部が壁に叩きつけられ、ズルズルと血の跡を残しながら倒れ込む。

「根賀さん、怪我は!?」

(●▲●;)「お陰様で五体満足だ……日屋根さんもすまん、助かったよ」

( ・∀・)「礼は後ほど受け取るとして、早いとこ立った方がいいですよ」

足下に転がった空薬莢を蹴って退かしながら、日屋根さんは再び背後に向き直る。

お面を被っているみたいな無機質な笑みはそのままだけど、目元からさっきまでの(明らかに場違いだった)おちゃらけた雰囲気が消えていた。

さながら自分を狙う天敵に気づいた草食動物のように全身を緊張させて、彼は背後を───屍の山の向こう側に横たわる闇をにらみ据える。

( ・∀・)「そろそろ、来ますよ」






『『『キャハハ、キャハハ、キャハハハハハハハハ!!!!』』』

笑い声。そう、これは笑い声だ。それも生後数カ月の赤ん坊が上げるような無邪気で明るいやつが何十と重なり、足音と共に僕たちの方へ凄まじい速度で近づいてくる。

学園艦下層で、しかもこんな状況下では聞こえることが絶対に有り得ない“それ”を耳にして、全身の肌が粟立つのを感じた。

(#・∀・)「Go!!!」

(●▲●;)「っ!」

「ああクソッ!」

「やっばいねぇ……っ!」

腰だめでの射撃姿勢とった日屋根さんの叫び声に圧され、3人は弾かれたように走り出す。数秒と経たず、後ろから聞こえてくる断続的な銃声。

『『『キヒヒヒヒッ、キハハッ、キャハハハハハッ!!!』』』

だけど、今度は止まらない。幾ら12ゲージ弾がばらまかれようとも、笑い声は減らないし足音も多少鈍ってはいるものの止まる気配がない。

『───イヒヒヒヒヒッ!!!』

(メメ;゚ω゚)「おおっ!?」

突然、追跡者達が上げる笑い声の内の一つが一気に近づいてくる“気配”がした。何故かは知らないけれどそうした方がいいような気がして、頭を僅かに低くする。

ガチン。そんな、錆び付いたハサミを力一杯占めたような音が頭上数センチで鳴った。

(#●▲●)「化けものめ!!」

『キィッ、キィッ、キハハハハッ!!!』

根賀さんの怒声と共に、SIGの弾丸が放たれる音が隣から聞こえてくる。束の間僕の頭上に止まっていた“何か”が上げる、からかうようなはしゃぐような声が瞬く間に遠ざかっていく。

(●▲●;)「あんちゃん、無事か!?」

(メメ;^ω^)「な、なんとか……あの、今のは」

「やべー奴だよやべー奴!」

疑問の声はムラカミさんの怒声に遮られる。息が荒くなっているが、それは疲労というよりは恐怖から来る乱れのように思えた。

「とりあえず、今後ろを振り返るのはオススメできねえぞ!振り向くのは勝手だけどどんだけトラウマになろうがアタシの知ったこっちゃないからな!!」

「────ムラカミさん、ラムさん、こっちですこっち!!奴等直ぐ後ろまできてますよ!!」

「根賀のおっさんも早く!!おい、ムラカミさんたち回収したらすぐ閉められるようにしろよ!入られたらこの区画は丸ごと終わりだ!」

銃声とおぞましい笑い声の下で続く、命懸けの鬼ごっこ。それに終止符を打ったのは、前方に姿を現した巨大な隔壁だった。

「クソッ、あいつら思った以上に速ええし多いな!?」

「最悪しんがりの変態野郎は見捨てるぞ!閉鎖速度上げろ!」

「よいっ、ととと!」

「────っぶぁはっ!!」

少しずつ下がってくる、特殊カーボン製の強固で分厚い壁。手前に立つ生徒二人の間を駆け抜けて、ラムさんとムラカミさんがその向こう側へと文字通りの意味で転がり込む。

(メメ; ω )「おおおおおぉ……」

「……っつ、大の男がその程度でピーピー喚くんじゃないっての……!」

当然の帰結としてその身は空中に投げ出され、固く冷たいコンクリート製の床に激突した。悶絶する僕はワイシャツの襟首を子猫のようにふん捕まえられて、腰の辺りをさすり苦悶の表情を浮かべるムラカミさんに引き摺られていく。

(;●▲●)「日屋根、足止めはもう十分だ!隔壁が下がりきる前にこっちに来い!」

( ・∀・)「いえっさー!!」

隔壁の手前では根賀さんが停止してシグの引き金を引き、援護射撃を受けながら日屋根さんはこちらへ駆けてくる。

そして、二人を追う“それら”の姿を僕は見た。

日屋根さんが最後っ屁の12ゲージ弾を放って内側に転がり込んだ直後、隔壁の降下が一気に速まる。そこから通路が遮断されるまでにほんの数秒とかからなかったため、「見た」とは言っても僕が“それ”を視界に収められたのはほんの一瞬のことでしかない。

だけど、その一瞬で十分だ。あんなものを長々と見せられていたら、僕のSAN値はきっと1d100のロールを免れなかったに違いない。

あんな、おぞましいモノ。

『『『アアアアアアアアアアッ!!!!!』』』

傷口に湧いた蛆の如く、寄り合い絡み合いながら迫ってくる白く長いナニカ。錆び付いた扉の蝶番が軋む音を何百倍にも増幅させたような叫び声を口々に上げて、それらの群れが眼前で閉じた隔壁に殺到する。

『『アァアアアアアッ!!!』』

『『ギィッ、ギィッ!!!!!』』

「総員構え!億が一破られたらとにかく撃ちまくって食い止めろ!!」

壁を破ろうとしているのだろうか。硬い打撃音が、隔壁の向こう側からそれらの鳴き声と共に聞こえてくる。指揮官と思われる保安官の号令に従い、隔壁の内側に待機していた人員が一斉に武器を構えた。

40人ほどが集まっているようだが、保安官の制服を着ている人間は全体の半分程度。他の服装は様々で、ムラカミさんたちを先程迎え入れた二人も含めて船舶科生徒の姿もちらほら見える。

装備も日屋根さんのモスバーグM500と一部の機動保安隊員が構えているM&K MP5数挺が目立つ程度で、あとは全て小口径の拳銃。それとて所持しているのは全体の1/4に過ぎず、残りの人員が構えているのは────警棒やバット、上等なものでせいぜい不審者取り押さえ用のさすまた。

あの化け物の大群を抑えるには、役者不足どころの話じゃない。かといって、僕の方で力になれることがあるかと言えばそれもNOだ。

ただ、隔壁の強度が奴等の力を上回っていることを全力で祈る他なかった。

時間が、まるで溶かした鉛のように重くゆっくりと流れる。その場にいる誰もが、隔壁を見つめたまま微動だにしない。

時間にして、恐らく数秒。だがその数秒が、僕には何百倍も長く感じられた。

『ギィッ……キィイィッ……』

『アァアアアア………』

隔壁を殴打する音が時が経つにつれて少しずつ弱まり、それに伴い奴等の鳴き声も勢いを失っていく。変わって壁の向こうで響き始めた足音は、明らかにこの場から、隔壁から遠ざかるものだった。

更に十秒ほど息詰まる時間が続いた後、場には耳が痛くなるような静寂が降りた。

「────敵群体の後退を確認!!」

(;●▲●)「ブハッ!!」

( ・∀・)「………フゥ」

隔壁のすぐ傍に据えられた端末機を睨んでいた保安官が叫び、その言葉にようやく空気が弛緩する。根賀さんは激しく息を吐いて座り込み、日屋根さんは肩の力を抜いて額の汗を拭き、他の人々も思い思いの方法で安堵の感情を露わにしている。

「………っはぁ~」

「ぶへぇ………」

ムラカミさんとラムさんも、盛大に空気を吐き出しながら脱力して同時に尻餅をついた。………再び投げ出された僕は今度は後頭部をしたたか打ち付ける羽目になったけれど。

「ムラカミ、ムラカミ、おにーさんがメッチャ唸ってるよ」

「………あ、スマン」

(メメ; ω )「おおおおお………い、いや、おかまいなくだお………」

新たな痛みで悶絶しながらも、何とか言葉を絞り出す。

実際、多少体格がいいとはいえ一介の女子高生が成人男性を負ぶって走るのは相当な体力を消費するはずだ。疲労困憊は当然のことで、気絶した状態で運んできて貰った僕がこの程度で文句を言う権利はない。寧ろ、心底からの感謝を伝えなければ僕の気が済まない。

まぁ今言うと、間違いなく要らない誤解を招くことになるけれど。

「お構いなくってそういうわけにもいかないだろうよ……ここで死なれたら何のために苦労して助けたのかわかんねーし」

「けっこー強めにぶつけたもんねぇ~。衛生兵でも呼ぶかい?」

「いないだろんなもん」

(メメ;^ω^)「いやいや、本当に気にしなくて大丈夫ですお。……っと」

壁に縋り付きながら、少しずつ立ち上がる。身体の節々に未だ痛みが走るものの、幸い少なくとも骨折などで完全に動かないパーツはなさそうだ。

(メメ^ω^)「こう見えて僕も戦車道講師の一人ですお。特殊カーボンほどじゃないけど、それなりに頑丈なので」

まぁ、あくまでも座学の講師だけど……と、胸の内で付け足す。別に日頃から身体を鍛えていたわけでもないので、やっぱりヘリの爆発に巻き込まれながらこの程度の怪我で済んだのは運が良かったという他ない。

「戦車………道?」

「………なんだっけそれ」

(メメ;^ω^)「……………えーと」

ムラカミさんとラムさんは、揃って怪訝な顔つきで首を傾げる。最初はやはり男の戦車道関係者は驚かれるよなと思ったが、表情を窺うに疑問ポイントはそこではない。

どうもこの二人、戦車道そのものを本当に知らないらしい。

(メメ;^ω^)(………いやいやいやいやいや)

冗談がキツい。戦車道という競技が近年比較的マイナーな立ち位置だったのは事実だが、それを一躍人気スポーツの地位に押し上げたのが他ならぬ西住さんたち大洗戦車道チームなのである。戦車道連盟の広報部による映画化の影響もあって、大洗町どころか茨城県内でも大洗戦車道チームの存在や西住さんの顔を知らない人間は相当なレアケースに属する筈だ。

況してや、学園艦内の人間が戦車道を知らないなど世事に疎いではすまない。本格的に記憶喪失を疑う案件になってくる。


困惑する僕の前で、ムラカミさんとラムさんは首を傾げたままだ。悩ましげに眉を顰めてブツブツと何事か呟いていたラムさんが、突然「あぁ~~」と間延びした声と共に顔を上げた。

「戦車ってアレじゃん。ほら、陸の鈍間な鉄の亀」

「………あったなそんなもん。

なんだい、アレの関係者なのかい?」

(メメ;^ω^)「……まぁ関係者と言えばそうですおね、直接動かしたりってワケじゃないけど」

にしても鉄の亀って。戦国自衛隊辺りで戦車を初めて見た足軽が使いそうな表現をアンタ。

「そういや夏休みの終わり頃に学園艦から退去するようにとか寝言ほざきながら変な奴等が何人か乗り込んできてたな。なんか、もんかしょーのうんたらかんたらとか名乗ってたけど」

「あぁ~、ぶん殴って追っ払ったアレね。また乗り込んできたら全力でボコボコにする予定だったけど結局もう来なかったねぇ~」

(メメ;^ω^)「ぶん殴ったの!?一応国の正式な役人を!?」

いやまぁあの横暴さは僕も腹立たしかったけど!ざまぁとかグッジョブとかメッチャ思うけど!!………ただ、冷静な第三者目線で見ればやはり大問題行動だと言わざるを得ない。

あのクソ役人がカール持ち出してまで全力で潰しに来たのってそれも原因だったのかね。今となってはどうでもいい事だが。

「んで、その陸の鈍亀がアンタと何の関係があるんだい?」

(メメ;^ω^)「あー……まぁ、それを……戦車を用いた選択授業があって、その講師を僕はやっているんですお。本職は普通科の現国だけど」

「ってことぁ、“上”の先生ってわけだぁ」

ラムさんが親指で天井を指さし、視線を頭上に向ける。まるで計ったようなタイミングで、ズンッと小さな揺れが走りぱらぱらと埃が墜ちてきた。

「………なぁ、上は今どんな状態なんだ?あたしらは朝から下に閉じ込められててね、全く今の状況が解らなくて困ってんだよ」

(メメ^ω^)「………僕も、全容が把握できてるわけではないけど」

険しい顔つきになったムラカミさんの問いにそう前置きして、僕は見てきた光景を───気を失う直前までの記憶を辿りながら語っていく。

幾ら逞しく見えても一介の生徒、頭上の絶望的な状況を伝えるのは多少の抵抗があった。だが、どうやら彼女達に対してその憂慮は不要だったらしい。

ラムさんもムラカミさんも、益々苦い表情になりながらも表立って動揺する素振りは見せない。僕の説明を冷静に、取り乱さず聞いている。

「そんな…………」

「学園が…………畜生!!」

「何やってんだよ日ノ出テレビ………」

寧ろ、僕らの周囲で話に聞き耳を立てていた保安官達の方が意外なことに反応は顕著だ。毒づく人、項垂れる人、顔を覆って座り込んでしまう人、八つ当たり気味に壁を殴りつける人……誰もが思い思いの方法や言葉で絶望に打ちひしがれる様を、僕は意外の感を持って眺めた。

(メメ^ω^)(正直、僕以上に甲板上の現状を把握している人の方が多いと思うけど……)

まぁ、学区内には駐在所が配置されていないため常駐している保安官がいない。そのため、学園の敷地内にも軽空母ヌ級が現れて空襲が行われたという事実まではまだ広まっていなかった可能性はある。

商業区と居住区は言わずもがな、下層もあんな化け物が彷徨く有様。無事なところ、安全なところが学園艦内には全くないと知れば、保安官達の落胆も頷ける話だ。

まぁそうなると今度は、尚のことムラカミさんとラムさんの冷静さに舌を巻きざるを得ないわけだが。

更に言えば二人以外のこの場にいる船舶科生徒達も動揺や恐慌を殆ど露わにしていない。僕の話に多少の緊張は見せつつも、冷静にそれらを受け止めて互いに意見を交換し合っている。

(メメ;^ω^)「………」

感心を通り越して、少し不気味ですらある。

別段冷静なことは悪いことではない。このような閉所でパニックが起これば収拾が付かなくなるため、今の全員が落ち着いている状況は有事下にあって理想的と言っても過言じゃないだろう。

ただ、そんな状況をまだ年若い女子高生の集団が───それも、無礼を承知で言えば見るからにアウトロー寄りの、規律とは無縁そうな集団が保てているというのが異様なのだ。

(メメ;^ω^)(状況が異常かつ絶望的すぎて受け入れられていないのかお?いや、生徒たちの様子を見る限りそんな感じじゃない)

「学区って事はまさしくあたしらの真上だよねぇ~……そういやでっかく揺れたよね、ついさっき」

「第三層に繋がる階段とかが崩れたアレな。しっかしヒコーキ飛ばせる奴が陣取ったってなると益々助けが遅れそうだな」

「食料とか飲み水ってどうだったっけ」

「さっきカトラスに確認したら相応の備蓄はあるらしい。幸いこの区画の非常食料庫や貯水タンクは破損を免れてたからな。電池とラジオ、懐中電灯も1、2週間なら余裕で保つ。……さっき試したとおりラジオは使い物にならねえけど」

「それに、籠もれるからってのんびり救助を待てる状態でも無いしねぇ~。映画とかじゃ、こういう時船ごとミサイルとか爆弾で沈めちまうって相場が決まってるわけで」

「銃器の類いは流石にあたしらも貯めてないから保安官の人等の持ってた分しかないしな、あとで三月さんにどれぐらい弾薬があるか聞いとかねえと……」

僕があれこれと考察を重ねる間にも、ラムさんとムラカミさんは話し合いを続ける。しばらくウンウンと額を付き合わせて唸っていた二人だが、やがてラムさんが顔を上げ僕の方に────正確には、僕の背後に視線を向けた。

「親分、どうしますか~?」

「今はまだ、場の流れに身を任せるしかない。嵐の中で波に逆らっても、船は沈んでしまうから。

………嵐の中を航海した経験なんかないけどね」

(メメ;゚ω゚)そ「どわぁっ!!?」

その人影がいつ頃から背後に立っていたのか定かではない。とにかく急に耳元で聞こえた声に、僕は仰天の叫びと共に跳び上がった。

「アンタ、ちょっと驚きすぎじゃないか?“上”の先生ってのは、随分と肝っ玉が小さいんだね」

僕の醜態に、背後の人物はクスクスと控えめに笑い声を上げる。着地の衝撃で痛む足を押さえながらえっちらおっちら振り向くと、そこに立つのは一人の少女。

「どうしたんだい?悪魔でも見たような顔をして。まっ、悪魔を見たときに人がどんな顔をするのか知らないんだけどさ」

(メメ;^ω^)「…………おっ」

悪魔を見たような、かどうかは知らないが、まぁ、異様な物を見たときの表情になっていたことは否定しない。何せ、実際その女の子の立ち姿は“異様”極まりなかったのだから。

身長の頃はムラカミさんより僅かに低く、170cmにやや届かない程度といったところだろうか。あえてワンサイズ小さいものでも着ているのかセーラー服の裾からは顔や足同様健康的な小麦色に焼き上がった腹部が顔を出し、やはり同年代の女子に比べて高い背も相まって大人びた雰囲気を醸し出す。背後でくくられた黒い髪はやや癖毛のようで波打っており、伸ばされた前髪は右眼の前に垂れ下がってそれを隠している。

何と言っても目を引くのは、羽織った黒のロングコートと阿弥陀被りの帽子に結わえ付けられた赤い羽根。

もしも右手に持たれた警棒がサーベルだったなら………彼女のその姿は、まんまお伽話に出てくるような“女海賊”のそれだ。

ふと、周囲から刺さる視線に気づく。主に船舶科生徒から送られてくるそれは、目の前の少女と僕に集中した。

ほぼ全員が、少女に対しては尊敬と畏怖の念を────序でにそのすぐ近くにいる僕に対しては、あからさまな敵意を込めている。保安官達も、どこかこの海賊少女に対して遠慮というか気を遣っているような様子が感じられる。

僕はそれらを以て明確に理解した。この少女こそ、ムラカミさんたちの精神的支柱なのだと。

「“上”の情報、感謝するよ先生。

それにしても、いよいよこの学園艦は地獄のようになってきたね。まっ、本物の地獄なんて見たこと無いけれどさ」

(メメ;^ω^)「………」

それともう一つ、この短い会話の中で彼女の言動から解ったことがある。

この子、歴女チームやダージリンさんと同じ人種だ。

「より詳しい話は奥でするよ、もう少し掘り下げたい情報もあるしね。それに、ここで共に過ごすからにはアンタにも根賀さんや日屋根さんみたく色々働いて貰わなきゃならない。

あぁ、アンタ、名前はなんだい?」

(メメ^ω^)「……内藤。内藤芳頼、普通科の国語担当教師ですお」

「そう、じゃあ、ブーン先生」

(メメ^ω^)「いやそのりくつはおかしい」

僕の抗議に耳を貸すこと無く、彼女はポケットからパイプを取り出して口に咥えて右手を差し出す。

パイプからは、妙に甘い匂いが漂っていた。








「アタシは【竜巻のお銀】。よろしく、先生。

大洗のヨハネスブルグへ─────そのまた“どん底”へようこそ」










古来より、私利私欲に駆られた佞臣・奸臣が国家の衰退や滅亡に関与した事例は数多く存在する。ローマのセイヤヌス、趙の郭開、秦の趙高、蜀漢の黄皓、ロシアのラスプーチン、フィンランドのヴィドクン=クヴィスリング………歴史上、“売国奴”と呼ばれ蔑まれる人物は枚挙に暇がない。

宝木蕗也は、間違いなくこれらと同じ類いの人間だ。大義も愛国心もなく、私益のためなら利敵行為も平然とやってのける正真正銘の売国奴。政治家としては、おおよそ最底辺に分類されるだろう。

(;^Д^)「…………そ、それは…………できかね、ます」

故にその否定の言葉についても、別に彼は良心や義憤から口に出したわけでは無い。あるのは一にも二にも自己保身のために過ぎず、利よりも安全の方に天秤が傾いたというだけの話だ。

そして、逆説的に言えば、

《何故そんな冷たい事を言う、同志。私は君の友情を見込んで頼んでいるというのに》

(;^Д^)「お気持ちは、お気持ちは解ります、信頼はありがたいです!しかし、しかしこればかりはどうか!!」

宝木が私益を捨てて保身に走りざるを得ないほど、その“申し出”は常軌を逸していた。

(;^Д^)「わ、私にも立場というものがございます!その依頼は受け入れかねます同志!」

《同志タカラギ、貴方はどウも勘違いヲしているようだ》

受話器の向こうから聞こえてくる、猫なで声という形容詞がぴったり当てはまる優しい口調。だが、声質の低さや不慣れな日本語故の独特のイントネーションも手伝い、そのゆったりとした物言いはかえって息苦しくなるような圧迫感を宝木に感じさせた。

《貴方は、どウも我々が貴方ヲ捨て駒にするつもりだと思っておられる節がアル。非常に心外なことダよ、我々は志ヲ同じくする者ヲ見捨てルヨうな真似はシナい。

日本の軍国化ヲ進める奸賊・ミナミと“これから”戦おうという貴方ノ義挙ヲ、我々は全力デ支援する用意がアル》

宝木の顔から、音を立てて血の気が引いていく。電話の相手の中では、既に彼が“義挙”に立ち上がることが決定事項となりつつあるようだ。

(;^Д^)「ど、同志!私も軍国主義者の南慈英と戦う気構えはあります!しかしながら今はまだその機では無いかとおm」

《………ソレとモう一つ、正さなければイケナい点ガアルな、同志》

一転して、有無を言わせぬ迫力に満ちた声が弁明を遮る。ぱくぱくと口を空回りさせる宝木の耳に、まるで一言一言ねじ込まれるようにして、相手の台詞が入り込んでくる。









( `ハ´)《我々は君にミナミを倒して下さいと“依頼している”のではない。同志タカラギ、ミナミを倒せと貴様に“命じている”のだよ、私は》

必死に、脳をフル回転させて宝木は反論の言葉を探す。このままでは、どう転ぼうとも破滅する道を歩かされると直感で理解していた。

(;^Д^)「……し、しかし……しかし同志劉志那………」

( `ハ´)《我知道了。貴様に許されている返事はこれだけアル、同志タカラギ》

相手は怒鳴り声を上げたわけではない。特別強烈な脅し文句を盛り込んだわけでもない。

だが、その平坦で事務的な口調が、かえって宝木に逃げ道が用意されていないことを実感させる。

( `ハ´)《既に同志金と我が国が潜ませた義士達は貴様の“義挙”に応じるべく準備を終えているアル。貴様はただ、流れに身を任せるだけでいい。

せいぜい我々を失望させてくれるなよ、同志タカラギ。【艦娘自己自衛権】の時のようにな》

(  Д )「…………解り、まし………た」

( `ハ´)《良い返事を聞けて安心したアル。

あぁそうだ………貴殿の武運長久を祈る》

(  Д )「…………」

取って付けたような労いの言葉を最後に、単調な電子音だけを吐き出すようになった受話器を元の位置に戻す。虚ろな眼はどこも見てはおらず、血の気が失せて真っ白な両手はアルコール中毒者のようにブルブルと震えている。

(; Д )「……どうして、俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ………っ!!」

高価な調度品が並んだ自室に響く、絞り出すような呟き。

その問いに答えてくれる者は、誰もいなかった。


【悲報】大洗女子学園、ガチのマジで終わる

1: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:21:16.05 ID:MvHOb0Gf5
もう(救助は)間に合わん模様

2: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:21:28.11 ID:MvHOb0Gf5
ttps://i.imgur.com/xxxxx.jpg

3: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:22:02.14 ID:CfDogg505
>>2
ヒェッ…

4: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:22:16.81 ID:NiCNi5fgc
>>2
なんやこれ……

5: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:22:32.47 ID:MvHOb0Gf5
>>3,>>4
大洗女子学園の現在の外観。ツイで大洗町の避難中の奴が上げた模様

6: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:22:59.81 ID:Bay6Str12
燃えすぎィ!!

7: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:08.80 ID:56marmvps
>>2
この黒い影なんやねん……

8: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:19.14 ID:MvHOb0Gf5
>>7
深海棲艦やて。ミリ板と鎮守府板覗いてきたけど新型っぽい

9: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:41.03 ID:25caRpakHr
>>2
西武の中継ぎやんけ!

10: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:30.40 ID:56marmvps
>>8ほげっ……

11: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:32.66 ID:syUhy03th
>>9

12: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:33.12 ID:deNapog1i
>>9不謹慎すぎるけど草

13: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:33.16 ID:kyzi25kdb
>>9
不謹慎すぎるわ死ね

14: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:34.91 ID:55mtigozi
>>2なんでこんな燃えてんねん……

15: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:36.25 ID:ichhom52
>>9申し訳ないがあからさまな絶許はNG,

16: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:41.18 ID:ksuchi22
>>14
そら(学園艦の上に深海棲艦なんて現れたら)そう(大火災なんて起きる)よ

17: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:42.01 ID:hosyntuy49
戦車道板エラい騒ぎになってて草。
「一刻も早く大洗を救援しろ」派と「国民の安全のために大洗を核で吹き飛ばせ」派が壮絶なレズバトルを繰り広げてる模様

18: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:42.26 ID:nanj51stg
写真なんて撮ってないではよ逃げろや

19: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:42.90 ID:fait1hom1
そもそももう2時間近く経ってんのに何でまだ鎮圧できてへんねん

20: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:44.18 ID:orx3i3res
>>17
あら^~

21: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:50.12 ID:MvHOb0Gf5
>>17
戦車道は乙女のスポーツやししゃーない(すっとぼけ)

22: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:52.16 ID:dDkK64Dkg
>>1
大洗どころか日本が終わるかも知れないんだよなぁ……

23: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:59.22 ID:ksuchi22
>>17
レズはホモ

24: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:23:59.23 ID:thycupA72
>>17
レズはホモ(錯乱)

25: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:24:02.39 ID:NiCNi5fgc
>>22
それどころか世界が終わりかねない模様

26: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:24:06.33 ID:MvHOb0Gf5
>>23>>24
二人はどういう関係なんだっけ?

27: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:24:10.30 ID:wabcc53Df
>>19
深海棲艦の侵攻がガチのマジで世界規模やからしゃーない。あのクソ国連が動くぐらいや

28: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:24:14.00 ID:itsm2wani
自衛隊と艦娘は早く大洗を助けなさい。手が足りないならわt西住流家元も参戦する用意があるわ

29: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:24:26.13 ID:dk0utd44
>>25
やったぜ
ちな陰キャ

>>28
突然しぽりん湧いてて草

30: 雨降れば名無し 2017/11/17(金) 15:24:30.25 ID:MvHOb0Gf5
>>28
しぽりん実は軍神溺愛説はいろVでも適用されるのか(困惑)









大洗港に身を横たえる、全長7600mの艦影。改めてその全容を目の当たりにすると、あまりの大きさにため息が漏れそうになる。

ほんの一キロ程しか離れていない距離に空爆や艦砲射撃を受ける危険を冒して停泊するのは、海上保安庁の巡視艇【あきつしま】。哨戒ヘリ二機を搭載できる此方の艦も決して小さくは無いけれど、【大洗女子学園】と比べればまるで箸の横に並べた米粒だ。

軍艦だった頃の“私”が30隻並んでも届かない規格外の巨船。二万人に迫る学生達が過ごす広大な学び舎の艦。

それが今、私の────正確には私に視界を共有してくれている【彩雲】の妖精さんの眼下で黒い煙を幾筋も立ち上らせている。

あの中で、日ノ本の明日を担う若人が何人命を散らしたのか。その事に思いを巡らせると、胸の奥から自然と怒りや悔しさが滲み出てくる。

「…………頭にきました」

思わず漏れた呟き。気づくと、私の手は無意識の内に矢筒に伸びて99式艦爆の矢を取り出そうとしていた。

いけない。

上昇した体温を下げるため、一度大きく息をつく。

私の悪い癖。いつも提督や鈴谷達を窘めているくせに、誰よりも自分が激情に駆られやすい性質をしている。少しでも気を抜けばすぐ頭に血が上って周りが見えなくなってしまう。

私は、誇り高き大日本帝国の一航戦。私情と任務を切り離せ。

あの船には今なお、多くの民間人・生徒が取り残されている可能性が高い。今そこへ爆弾を落とすという行為は、深海棲艦の撃沈に人々も巻き込む危険性と隣り合わせだ。

……尤も、眼下で学園艦が蹂躙されているという事実は変わらない。理性ではそうだと解っていても、黒煙の隙間から垣間見える火柱や甲板上を我が物顔で闊歩する新型───市ヶ谷によって【ナ級】と名付けられた敵駆逐艦の姿を見ている内に、せっかく下がった血が再び頭部に集まり始めた。

「落ち着きなさい、私。任務は偵察、攻撃ではない。任務は偵察、攻撃ではない」

《………加賀、大丈夫か?》

冷静さを保とうと小声で何度か自分に言い聞かせていると、耳元のインカムで心配そうな声が上がった。途端、怒りに寄るものとは別種の血の気が頬に差し込む。

「………聞こえていたかしら、提督」

《そりゃお前自衛隊の通信機器だぞ、感度抜群に決まってる。どんなに小声でもこのマイクなら拾えるさ》

「……………それは何よりね」

嗚呼、何という不覚。よりによって提督に聞かれるなんて。穴があったら入りたいとはまさにこんな気持ちに違いない。

《気にするなよ、誰だって緊張もするしこの現状には怒りを覚えている。加賀の反応は自然なことで、俺も全く同じ気持ちだ》

「そう言って貰えて救われるわ。……心の底から」

最後に付け加えた言葉は、半分嘘。気持ちを汲んで貰えたことは嬉しい反面、他人に気を遣われてしまった事への気恥ずかしさも増す。

相手が提督なら、尚更。

「でも、できれば今の私の言動は速やかに忘れて頂戴。やはり、一航戦としてあまりに恥ずべき内容だから」

《あー………いや、俺は構わないんだが………》

どうにも歯切れの悪い返事を訝しく思い眉を顰める。………だが、その理由はすぐに判明した。

《ぉK、安心しろ加賀さん。提督の直ぐ後ろにいた俺たちは何も聞いていないし、七警最強の一航戦殿が珍しく照れている様なんかこれっぽっちも知りはしない》

《この口の堅さ、流石だよな俺ら》

もう一つ……否、もう二つ、聞き慣れた声が私の耳朶を打つ。途端、私は自分の迂闊さに痛む眉間を押さえて瞑目した。

「いたのね……流石両一曹」

( ´_ゝ`)《そいつぁご挨拶と言うものだな加賀さん。提督がこの場にいるのにその護衛である俺たちがいないわけがなかろう》

(´<_` )《全くだ。何せ俺たちは職務に忠実なことこの上ない自衛官の鑑だからな》

全面的に否定するつもりはない。実際二人ともふざけた言動が多い一方で、守衛としても自衛官としても優秀だ。

ただ、それを自分で言うか。

「はぁ…………」

深い深いため息が口から漏れる。

本当に不覚。この双子にわざわざ向こう三年は使えそうなからかいのネタを提供するなんて。

「提督、一連の事態が終息したらお二人との模擬戦闘訓練の許可をお願いします」

《解った、殺すなよ》

(´<_`;)《ぉk、時に落ち着け加賀さん》

(;´_ゝ`)《生身の人間が艦娘に勝てるわけないだろいい加減にしろ!提督もあっさり許可を出すんじゃない!!》

《いやいや、お前らなら行けるだろ。なんか爆撃とか食らってもアフロヘアになるだけで助かりそうだし》

(;´_ゝ`)《ギャグ補正が働くのは漫画やアニメの世界だけだぞ》

(´<_`;)《とにかくまず平和的な話し合いをしようじゃないか、俺たちは加賀さんの気持ちを解そうとしただけで悪気は無くてだな………》

「ふふっ」

珍しく取り乱した双子が必死に言い訳を募らせる様子に、今度は口元が緩む。必死に堪えようとした笑い声も、抵抗虚しくあっさりと最終防衛線の唇を突破した。

明らかに詭弁でしか無いはずの「気持ちを解すため」という二人の言葉だが、大変遺憾ながら効果については認めざるを得ない。

( ´_ゝ`)《うむ、狙い通りだな》

(´<_` )《流石だよな俺ら》

………で、彼らはといえば私が含み笑いを零した途端この勝ち誇りよう。先程の狼狽はどこにいったのだろう。

(或いは、本当にあの二人の掌で踊らされたのかしら)

だとしたら、この上なく悔しい。やはり一発模擬戦闘訓練をぶち込んでやろうか。

────いや、その事については後で考えよう。

《……加賀》

「ええ、そうね」

そろそろ、時間だ。

提督の呼びかけに頷きながら、ちらりと軍用の腕時計を見やる。

指し示されている時刻は、現在15:29:55。

あと5秒………3、2、1─────0。

長針が、ピタリと「6」の真上に重なる。同時に、提督とは別の、より低い男性の声が私の耳元で響く。

《時刻ヒトゴーマルマルを確認。

CPより各艦に通達。突入開始、繰り返す、突入開始、オクレ》

《大洗第四警備府・翔鶴、了解しました!》

《同警備府那珂ちゃん、水偵さんいっきまーす!!》

《第11警備府、千代田了解!》

《第二警備府羽黒、り、了解です!!》

《大洗鎮守府第3艦隊・“航空母艦”葛城、準備は万全よ!!》

《同第2艦隊由良、水偵に降下指示出します!》

《U.S.?Japan?Force?Navy,?Saratoga-25.?Joint?operation!!》

「大洗第七警備府、空母加賀。これより大洗女子学園への威力偵察を開始します。

────ここは、譲れません」

号令一過。

CP───前線指揮所からの指示が届くと同時に、学園艦の上空で旋回を繰り返していた麾下の【彩雲】達に降下突入の指示を出す。六機分の【誉】が唸りを上げ、共有する視界の中で風景が流れていく速度が跳ね上がる。

私の【彩雲】達だけではない。周りでは、60を越える機影が身を翻し、雲を切り裂き、エンジンの回転を最大にして眼下の巨艦めがけて駆けていく。

翔鶴の零戦、千代田の96式、葛城の烈風、そして在日米軍から派遣されたサラトガが指揮するF6F【ヘルキャット】。雷撃機も爆装機も姿は無く、機種も機数もバラバラで一部に至っては国籍すら一致しない。更には、本来こういった編隊行動での作戦には参加しない由良や羽黒、那珂ちゃんの“下駄履き”まで投入しての作戦発動。

いかにも急場凌ぎでかき集めた事が解る、歪な戦力編成。それは、今私達が置かれている苦境を何よりも雄弁に物語る。

まぁ、その事が作戦失敗の言い訳はならない。そもそも、失敗させる気も毛頭無いけれど。

《目標まで距離3800───っ、甲板上より敵の応射!砲火多数を視認!!》

千代田の叫び声。先頭を飛んでいた彼女麾下の96式が何機か立て続けに火を噴き、くるくると回転しながら墜落していく。息継ぐ間もなく今度は私の(正確には妖精さんの)眼前で爆炎が弾け、右翼をもぎ取られた烈風が隊列から外れて錐揉み状態に陥った。

《此方葛城、二番機が高角砲弾の直撃を受けた!》

《千代田隊は六番機、七番機を損失!九番機も舵が利かないみたい!》

《All unit, Break!! Break!!》

《サラちゃん英語で話すのやめてーー!!那珂ちゃん達日本語しか喋れないよー!!》

「これぐらいは仮に解らなくても雰囲気で察しなさいな」

人一倍騒ぎ立てる那珂ちゃんを窘めつつ、その焦りが仕方の無いことだとも思う。

反撃を予想していなかったわけじゃない。軽空母ヌ級が展開しているという情報から、寧ろかなり激しい抵抗になるとは全員が覚悟していた。

ただ、それはあくまでも艦載機によるもの。私達の中でこれほど濃密な対空砲火が来ることを事前に予測できていた者は、サラトガも含めて一人も居なかったに違いない。

《各母艦、サラトガの言うとおり散開運動指示を指揮下艦載機に!》

《あ、あの……散開予定高度よりまだ遙かに手前ですけど………》

《敵の砲火量が予想を遙かに超えてる、このまま密集突入すれば接敵前に全滅しちゃうよ!

任務遂行のために散開を繰り上げる、指示の変更は無し!》

《那珂ちゃん、りょうかーい!!》

「七警加賀、了解しました」

この作戦で事実上の旗艦である葛城からの指示に従って、妖精さんたちに思念を通じて散開運動を命じる。

機体性能の高さに加えて、この娘達は皆優秀な戦闘機乗りだ。六機の彩雲は地上から殺到する何百条という火線の合間を巧みに擦り抜け、速度を殆ど落とすこと無く降下していく。

《加賀さん、ご一緒させていただきます!》

「ええ、どうぞ」

彩雲隊の直ぐ後ろには、由良の艦載機である零式水偵11乙型が続いた。

数合わせの緊急動員とはいえ、流石にフロート付きながら偵察部隊に選抜されるだけのことはある。此方も巧みな操縦で弾雨をくぐり抜け、私の編隊にやや遅れながらもしっかりとついてきている。

《CPより旗艦葛城、被害状況を報告せよ》

《葛城よりCP、敵対空砲火により投入63機中6機を喪失!なお、敵火力は予想より遙かに強大!》

《CPより葛城、損失6なら作戦続行に支障無しと認む。威力偵察を続行せよ、オーバー》

《葛城よりCP、了解!ま、防空砲台やらされるよりはマシってね!!》

「……使命感に燃えているところに水を差すようで悪いけど、指揮に集中した方が良いわよ」

事務的な自衛官の指示にも、どこか華やいだ声で返答する葛城を窘める。彼女の“生前”を考えれば正規空母としての役割を果たせることがいかに嬉しいかは想像に難くないが、敵はそんな事情に忖度してくれるほど甘くない。

「下方より今度は敵機、数は15~20。各母艦、警戒を厳とせよ」

満天の星空の如く眼下で煌めく無数の砲火。次々と伸びてくるオレンジ色の火線に混じって現れた、黒く小さな点。

妖精さんの並外れた視力が無ければ気づくことさえ不可能なそれらは、見る間に私達の艦載機に肉薄し、すれ違う形で後方へと飛び過ぎていく。

《由良より各艦、敵機種を確認!全て【カブトガニ】!》

由良からの報告に、私は思わず表情を曇らせた。

カブトガニ………欧州や米国では“Helm”と呼ばれる、深海棲艦側の汎用戦闘機。性能は零戦21型に極めて近く、旋回能力が高い反面防弾と急降下時の運動能力に弱点を持つという特徴も共通している。

そう、向こうも急降下運動は決して得意じゃない。そして学園艦上の敵艦が(確認されている限りは)軽空母ヌ級のみという点から、編成が【カブトガニ】に偏っていることもある程度読めていた。

だからこそ私達は、此方も編成に零戦を擁しながらも上空からの突入という戦術を採ったのだ。

(敵に先手で上方を取られないよう私達の方から降下攻撃を仕掛け、【カブトガニ】の迎撃を正面からに限定する………それが前線指揮所と私達の狙い目でしたが)

もしも正面からの格闘戦になれば、実戦経験が豊富で防弾性能と火力に優れるサラトガのグラマン部隊が迎撃・足止め。その間に小回りの利く零戦、烈風を護衛として私達偵察部隊が学園艦直上まで降下する……指揮所の海上自衛隊佐官が立案した一連の作戦は、敵機の性能も鑑みられており十分理に適っていたように思う。

『『『────』』』

《カブトガニ……【Helm】、全機当編隊後方にて反転!

敵編隊、後方に占位!向かってきます!!》

だけど、その思惑はたった今外れた。

ヘルム、カブトガニと一口に言っても、零戦が21型だけではないのと同じで派生型が存在する。99式やドイツの“スツーカ”のように急降下運動を寧ろ得意とする型、防盾性能が高い型、火力や旋回性能に強化が加えられている型など種類は多く、極めて広い用途で使われているのは確かだが全てが全くの同一機種というわけではない。

そして、それらは一見同じ形状に見えてその実エンジン音や挙動、機体の細かい構造などに微かにではあるものの差異が見られる。私達艦娘は、その差異を一目で見分けられるよう幾度となく訓練を重ね各型の特徴も徹底的に頭に叩き込んできた。

視認できたのは一瞬だが間違いない、あれは絶対に“零戦系”だ。

(そう……解っていたからこそ、私達は奴等が上方を取りに行くとは思わず反応が遅れた)

敵の動きに躊躇は全くなかった。減速も射撃の予備動作もなく、私達に一瞥すらくれずにその横を駆け抜けていった。つまり敵は、恐らく私達が零戦系の迎撃を予測していたこともその対処法も計算尽くであの編成の部隊を投入してきた可能性が高い。

《……敵の動き、頭が良すぎますね》

由良の呟きに、私も胸の内で同意を示す。

軽空母ヌ級と軽巡ナ級、どちらもelite或いはflagshipであるとは聞いたが所詮は“非ヒト型”の筈だ。奴等だけで、こんなに戦略的な動きが取れるとは思えない。

私達の後方に占位した敵機は、動きが戦略的なだけではなく高い練度を誇っていた。迫る飛翔音は規則正しく、本来不向きな急降下運動であるにも関わらず遅れる機体が現れる様子は見られない。

思わぬ動きに私達の編隊が混乱していたこともあり、距離を見る間に詰められる。

『『『──────!!!』』』

《きゃあっ!?》

背後から伸びてくる機銃掃射の火線。ニ警の羽黒が悲鳴を上げ、水偵が下部のフロートと右翼を引き千切られ黒い煙を噴き出しながら落下していく。

《ご、ごめんなさい!やられました!》

《っ!此方千代田、所属の96式が更に一機被弾!損傷大、離脱させます!》

《予定変更!旗艦葛城より翔鶴さん、零戦部隊を全機反転させて敵航空隊の迎撃戦闘に移って!サラトガさん、F6F全機を加速、編隊に先行させて!》

《了解しました!》

《Roger!!》

無論、此方も無抵抗でやられるわけにはいかない。翔鶴が零戦部隊一斉に反転させ、背後の敵編隊を迎え撃つ。

急降下能力に優れるヘルキャットを当初の予定とは逆に更に先行させ、低速域での旋回格闘能力に優れる零戦で足止めを計る───咄嗟の判断としては、きっと最上の部類。

《加賀さん、彩雲隊を加速させてサラトガ隊と離れないように!由良さん、那珂ちゃんも大変かも知れないけど妖精さんに頑張って貰って!》

《了解しました!》

《りょっうかーい!》

「承ったわ」

《此方翔鶴、迎撃戦闘を開始────っ!!》

だが、なにぶん予想外の形で上方を取られた私達の態勢が悪すぎる。翔鶴隊はその悪条件の中でも十二分に機敏な動きは見せたけれど、急造にも程がある防衛線で全機をくい止めろなど無理難題だ。

気配でわかる。数機が此方に抜けてきた。

《翔鶴より先行部隊、四機が突破!!》

『─────!!』

〈ウオッ?!〉

翔鶴からの報告が届くのと、私が意識共有をしている妖精さんが操縦桿を右に倒したのは、ほぼ同時。視界がぐるりと一回転して、僅か1㎝横を弾丸が風切り音を残して駆け抜ける。

僅か四機。幾らかの撃墜機を出しているとはいえ、私達は編隊規模において敵を圧倒的に上回る。積極的な撃墜はとある事情からできないが、正面切っての戦闘なら容易に振り払えるだろう。

『『────!!』』

《敵影、尚も追撃》

《やっぱ簡単には振り切れないか……!》

だが、私達の任務はあくまでも偵察である以上、あまり本格的に乱戦となって燃料や弾薬を使い切るわけにも行かない。加えて、ヌ級がelite以上の個体である以上艦載機がたかが20機前後で撃ち止めである可能性も皆無。さりとてこの僅かな時間で垣間見える敵機の練度から考えて、中途半端に少数部隊を割いての迎撃など愚の骨頂だ。

結論、この最悪に不利な状況を耐え抜いて任務を果たした後逃げきるしかない。

それも、幾らか収まったとはいえなお十分な密度を誇る対空砲火を躱しながら。

《目標高度まで後2500!!》

《まだそんな位置……加賀さん、彩雲で牽制射撃を!当てる必要はありません、敵機の足並みだけでも乱して!》

「了解」

『『────!!』』

3番機、4番機の速度をあえてやや落とさせ、同時に4番機後部座席の妖精さんに視界を移す。刹那の暗転を挟み、次の瞬間私の眼は妖精さんを通して背後から迫り来る四機のカブトガニをまっ正面から見据えていた。

〈キョリ、400!!〉

「射撃開始。撃墜してはダメよ」

〈オマカセダゼィ!!ダンヤクソウテン、カンリョウ!!〉

よく勘違いされがちなことだけど、彩雲は全くの非武装機というわけではない。敵機に捕捉された際の自衛用として胴や後部座席に機銃を備えた物もあるし、大東亜戦争の末期には夜間戦闘用に斜銃を装備した物や大口径機銃を備えた物、爆装を試みられた機体も存在する。……私はそもそも彩雲実装前に沈んだ為それを直接見たわけでは無いけれど。

ともあれ、今私が指揮する彩雲隊の機体もそうした“量産型”の内の一つだ。

〈ウチカタ、ハジメ!!〉

『────ッ!!』

後部座席に備え付けられた一式旋回機銃が震動と共に火を噴く。殺到してきた7.92mm弾(を模した超小型の機銃弾)に行く手を遮られ、敵影の内一つが忌々しげに回避軌道を取った。

「撃墜の必要はない……というよりは、してはダメ。狙う場所に気をつけて」

〈リョーカイ!!〉

〈ワカッテイルデアリマス!!〉

学園艦の中には、今なお生徒や民間人が数多く取り残されている。その真上に弾薬を満載した敵機を落とすようなことがあれば、いかに小型とはいえ誘爆によって更に被害を広げる可能性が出てきてしまう。

私達が空に上げた機体も、墜落による被害を最小限に抑えるため燃料と弾薬の積載量はかなり抑えられている。そもそもこの威力偵察自体、上層部からすれば相当な苦渋の決断だ。

故に、“事前準備”を仕込める機会はそう何度もない。………多分、この一度きり。

この後の“本攻め”に繋げるためにも、少しでも多くの「敵情」を持ち帰らなければならない。

「……3番機、4番機、敵機体下部の機銃に照準。破壊して戦闘力を奪って。貴女たちならできるわ」

〈カシコマリィ!!〉

〈リョウカイシマシタ!!〉

『─────!』

功を焦ったかやや突出した1機に狙いを定め、4番機が弾丸を放つ。咄嗟に宙返りで火線を避けた瞬間、機体の腹に備わる機銃が剥き出しになった。

〈イタダキィ!!〉

『────!!?』

一航戦は隙を逃さない。横合いから飛来した3番機の弾丸がその根本を撃ち抜き、機銃を吹き飛ばされた敵機は一瞬失速して20mほど墜落した後何とか態勢を立て直し離脱していく。

〈テッキ、リダツ!!〉

〈マダマダ、モウイッチョウ!!〉

『ッ!!?!?』

息継ぐ間もなく、3番機が更にもう一連射。右後方から突入を図った別の個体が、自ら射線に突っ込む形で直撃を受ける。

『……ッッッ!!』

此方は機銃の脱落こそ避けたようだけど、遠目にも解るほどはっきりとあらぬ方向に曲がってしまった銃身はどう見ても使い物にならない。飛行速度もみるみる低下していったその機体は、やがてゆっくりと追撃戦から外れていった。

「よし………っ!?」

〈グァッ!?〉

立て続けに2機の敵を黙らせることに成功し、“慢心”が或いはあったのかも知れない。左側から大きく回りこむ形で襲いかかってきた三機目の【カブトガニ】の機銃掃射が、4番機を貫いた。

鉛弾に撃ち抜かれ、右尾翼が千切れて後方へと吹き飛んでいく。穴だらけになった左翼も、機内に鈍い音を残してへし折れる。

〈クソッ、シセイセイギョフノウ!!〉

〈ダメダ、オチル!!〉

グルングルングルン。妖精さんの眼を通して、私の世界が文字通り激しく回転する。乗組員である三人の妖精さんたちは必死に機体の状況を改善しようとしていたが、それが物にならない努力であることは明白だった。

………墜落地点を学園艦上から反らせる事が出来る程度にはまだ舵が効きそうなことだけは、不幸中の幸いね。

「……ごめんなさい、お願い」

〈〈〈リョーカイ!!〉〉〉

少ない言葉の中から、優秀なこの子達はその意味を汲み取る。機銃手の妖精さんが、私が見えるようにあえて目の前で親指を立ててみせる。きっとこの子の背後では、他の二人も同じ姿勢を取っているのだろう。

〈ボカンドノ、ゴブウンヲ!!〉

「ええ」

操縦手妖精のその言葉を最後に、私の意識は3番機機銃手へと飛んだ。直後に、視界の端を4番機が煤けた飛行機雲を残して通り過ぎていく。

尋常ならざる速度で回転する彩雲を、妖精さんたちが懸命に制御しているのだろう。バラバラと空中に部品を撒き散らしながら墜落していく機体は、それでも確実に学園艦の上から逸れている。あの軌道ならほぼ確実に海に墜ちてくれるはずだ。

……私が艦娘として再び生をこの世に受けてから、二年と少しが経つ。だが、未だに意識を共有している機体が撃墜されるときの感覚になれることはできずにいる。

尤も、今はその気持ちを引き摺るわけにはいかない。残余2機も4番機撃墜後は動きが鈍っている今が好機だ。

「加賀より各機、彩雲4番機喪失も追跡中のカブトガニ2機を武装破壊によって撃退」

《加賀ちゃん、ナーイス!!》

《これだけ乱してくれれば十分!加賀さん、殿機体を隊列に戻して!

目標高度まであと1800!!全編隊、広域索敵陣形展開用意───》

《Saratoga-25ヨリ各位、新手ノ敵航空隊!!総数、目算不能!!》

《あぁ、もう!!》

葛城の悪態が無線越しに響く。それに続いた打撃音と破砕音から察するに、彼女のそばにある何らかの備品が悲惨な最期を迎えたらしい。

《葛城ちゃん、どーすんの!?》

《ここまで来たら突っ込むのみ!全機、陣形展開継続!》

「敵編隊の迎撃は?」

《私がやるよ!こちら千代田、残余の96式全機行かせます!》

《由良より各編隊、船尾商業区方面に事前報告にない“艦影”を視認!恐らくヌ級、eliteです!!》

《Saratoga for All Squad, Enemy Aircraft-Carrier One more!!

N-Class【elite】, 11 o'clock!!》

《だから英語だと解んないって!!》

凄まじい勢いで飛び交う無線を耳にしながら、私は更に意識共有先を一番機の観測手に移す。ちょうど千代田指揮下の96式が、編隊を離れ蚊柱のごとく甲板から湧き出したカブトガニの大群体へと突っ込んでいく姿が目に入った。

それにしても、合計三隻のヌ級とは。どうやってこれほどの戦力を気づかれることなく学園艦の上に……否、考察は上層部に任せよう。

今の私たちは、甲板上の情報を出来うる限り前線指揮所に届けることだけを考えるべきだ。

《目標高度に到達、全機機首上げろ!》

《こちら那珂ちゃん、ごめん!当たっちゃった!!制御困難、離脱させまーす!!》

「……っ、こちら加賀、彩雲二番機がやられたわ。五番機も機関部に被弾、退避させます」

《This is Saratoga、Ribbon-03、Ribbon-14ガDownしマしタ!Ribbon-15も被弾!!》

《千代田より旗艦葛城、何機か其方に抜けたから気をつけて!》

次々と水平飛行に移る艦載機に、敵の対空弾幕が密度を増して殺到する。機体の腹を見せると言うことは被弾面積の拡大に他ならず、加えて急激な制御運動は最も無防備な隙が発生する瞬間。私の彩雲隊も含め、損害が瞬く間に拡大していく。

『『『─────!!!』』』

乱れた陣形を整える間もなく、その横腹に黒い矢が深々と突き刺さる。

生存者の安全性という観点から反撃の手が大きく限られる私達に対し、敵には殆ど“枷”が存在しない。そして深海棲艦共は彼我の物量差に圧倒的な自信があるようで、自軍の損害に関してもまるで頓着しなかった。

《うわぁっ!?》

《Shit!!》

千代田の編隊を突破してきた敵機群は、文字通りの意味で私達に“直撃”する。機銃を高らかに撃ち鳴らしながら微塵も減速することなく隊列に斬り込んできた敵機と衝突した友軍機が、空で次々と爆炎の華を咲かせた。

《由良より旗艦葛城、当方の損耗率3割を突破!》

《作戦は続行、目標地点まで最大戦速で突っ切って!》

《千代田よりSaratoga、彩雲隊と由良っちの水偵護衛をお願い!》

《Roger that!!》

「加賀よりサラトガ、護衛を感謝するわ。空母加賀、対地広域索敵開始」

《軽巡由良、索敵開始します!》

周囲をグラマンの編隊に固められながら、全神経を集中し妖精さんを通して四方八方に視線を巡らせる 。由良も同じような動きを見せているのか、無線越しに微かな吐息が漏れ聴こえてくる。

艦上機妖精さん……分けても、偵察機に乗る子たちの“眼”は、単に遠くの物が見えるだけではなく動体視力も飛び抜けていて、普通の人間は愚か私たち艦娘すら凌駕する。高速で飛翔する戦闘機の機内からでも、観測手の眼ははっきりと、甲板上に広がる惨状を捉える事が出来た。

「………っ」

思わず、言葉を失う。

崩れ落ちた家屋、燃え盛る町並み、横倒しになった警察車両、ひび割れた道路。何より、濛々と吹き出す煙の中に垣間見える、折り重なった屍の山。

“地獄のような”という表現が、これほど当てはまる光景もなかなかないだろう。しかも、この光景が日本の……世界随一の対深海棲艦戦力を誇る国の学園艦で起きているという事実は未だに心の何処かで信じられずにいる。

けれど、私が………私と由良が絶句した理由は、別にあった。

まるでそうあることが当たり前のように、甲板上の至る所で“彼女”達は佇んでいた。

崩落し、瓦礫の山と化した家屋の上に。

原形を留めぬほどに激しく損壊した屍が無数に転がる十字路の真ん中に。

地面から吹き出す火炎の向こう側に。

暴れくるい、此方に向かって弾幕を放つ駆逐ナ級のすぐ傍に。

それらの姿を目に出来たのは一瞬だ。だが見間違い等ではない。見間違えるわけがない。

“奴等”の艦載機である【カブトガニ】に酷似した、深く日の射さない海の底から切り出して形作ったかのような服や艤装。

共通する特徴である、陶磁器のように無機質で蝋のように白い肌。

そして、私達艦娘や人間に対する、隠しようもないほど激しく膨大な憎悪と殺意。

あぁ、それにしても何故。

それこそ何故、貴女たちはそこにいるのか。

どうやって、貴女たちはこの場に来たのか。

「………空母加賀より艦載機隊各位並びに前線指揮所、大洗女子学園甲板上各所にて、新たに敵艦影を多数視認」










「ヒト型の深海棲艦、多数が大洗女子学園に展開を完了している模様。

現時点で把握できた艦種としては、左舷側に戦艦ル級2、タ級1、空母ヲ級1………そして、艦橋施設付近に重巡棲姫と思われる個体も視認しました」

《軽巡由良より旗艦、右舷側にも“ヒト型”を多数確認!リ級、ル級各2隻、軽巡ツ級3隻、空母ヲ級2隻!この内、ル級は片方がflagshipと思われます!》

《うっそでしょ……》

私のすぐ後に続いた、由良の殆ど絶叫に近い報告の声。それを聞いた葛城が小さく呻き、私も全身から血の気が引いていくのを感じた。

左舷側5隻、右舷側9隻、棲姫を含んだ計14隻のヒト型が甲板上にいるという事実。しかもこれはあくまで“視認できた限り”の戦力であり、より多くのヒト型が大洗女子学園に展開している可能性は十分にあり得る。

敵戦力の最終的な総規模次第では、大洗女子学園の奪還と居住者・生徒の救出どころじゃない。それこそ、学園を起点とした“内陸浸透”の危険性が現実味を帯びる。

「なんてこと……」

確かに、何となくイヤな雰囲気を感じていたこと自体は否定しない。だが、こうも寸分違わずあの男の……国連から派遣されてきたとかいう、“あの提督”の言ったとおりになるなんて。

《千代田より旗艦葛城、96式は半数を損失!もう支えきれないよ!》

《此方翔鶴、甲板各所から更なる編隊戦力の増強を確認!》

《SaratogaヨリFlagship-KATHURAGI!! どうシマスか!?Orderヲ!!》

《全編隊、三時方向に旋回!翔鶴隊、千代田隊も敵機を牽制しつつ離脱を!

葛城よりCP、作戦を中断し学園艦上空から艦載機を離脱させます!》

《CPより旗艦葛城、許可する!速やかに撤退させろ!》

学園艦上空を縦断し、特に被害が大きい商業区の敵艦に機銃掃射を敢行して迎撃能力を測る───最早、当初の計画をその通りに実行することは不可能に近い。寧ろ、敵艦隊のより詳細な情報を味方と共有するためには彩雲隊と由良の水偵妖精を生還させることが先決。葛城の判断は、間違いなく正しい。

《────敵機、直上!!》

ただ、それが遅きに失したというだけの話で。

操縦席の中を、戦闘機としては異質な丸い影が一瞬通過する。直後、彩雲隊の左手を飛んでいたグラマンが両翼から炎を吹き出した。

《Oh?my?god!!?Ribbon-06?down!!》

《由良より旗艦、敵機種は全て【オニビ】!数は20弱、なおも追撃してきます!!》

『『『────……』』』

オニビ。世界的には“Ball”と呼称される、深海棲艦の艦載機。その名が示すとおり白色の球形というカブトガニ以上に独特の形状で、主にヲ級や空母棲姫、或いはヌ級のflagshipといった旗艦級の艦隊の直掩に着いている姿が多く見られ。

速力と防弾能力において非常に高い水準にある反面、【カブトガニ】に比べて性能が空対空格闘に特化していて汎用性は非常に低い。だが、逆説的には“本来の用途”における戦闘能力は極めて高い、と言い換えることもできる。

急造部隊である上に既に大きな損害を被っている私達がまともに戦っていい相手ではないし、容易く振り切れるような甘い相手でもない。

「彩雲三番機、被弾……!」

《Ribbon-10, Ribbon-20, Ribbon-07 Lost!!》

《此方由良、水偵が被弾!飛行態勢維持していますが燃料漏れを確認!!》

《頑張って!あと少し───っ、旗艦葛城よりCP、烈風隊投入16機の内10機を損失!損害甚大!!》

端から見れば、その光景はきっと肉食の猛禽に小鳥の群れが嬲られているかの如く映るだろう。【オニビ】達による執拗な反復攻撃で此方の航空隊はいいように撃ち抜かれ、次々と赤い炎と黒い煙を吐き出しながら学園艦の上に叩きつけられていく。

不幸中の幸いは、私達の離脱運動が学園艦に対して“横断”の動きであることだ。

当たり前の話だが、船は“全長”に対して“全幅”は圧倒的に短い。大洗女子学園の全幅なら、対空砲火を回避しながらの飛行であることを踏まえても10秒に満たない時間で横断しきれる。

《5時方向から更に【オニビ】の編隊!此方も数は20前後!》

《対応の必要無し!このまま振り切る!》

無論その間、私達の編隊は殆ど回避運動もままならない。一方的に撃たれ続けた結果、学園艦の端に到達したときには編隊の残余機数は10を切っていた。

だけど、喩え僅かでも“生き残り”がいる時点で私達の任は十分に果たせる。

《葛城より千代田隊並びに翔鶴隊、偵察航空隊は離脱に成功!足留めは十分、残余戦力を速やかに後退させられたし!!》

「加賀より【あきつしま】、当編隊大洗女子学園上空より離脱もなお敵編隊の追撃を受けている。援護を求む」

《【あきつしま】より空母加賀、要請を受諾。これより対空砲火を開始する》

『『────!!!?』』

次の瞬間、編隊とすれ違うようにして弾丸が空を駆ける。【あきつしま】の艦首に備え付けられていた機関砲が火を噴き、私達をしつこく付け狙っていた【オニビ】の先鋒数機が直撃を食らって爆散した。

《敵編隊への着弾を確認、撃墜数機。効果を認む》

《由良より【あきつしま】、貴艦の支援射撃により敵航空隊の鈍化を確認!》

《【あきつしま】より各艦、続けて航空隊による迎撃を開始する。貴隊の護衛にも一個編隊を割くので合流されたし》

その通信が終わるか終わらないかといったところで、彩雲の妖精さんの眼は【あきつしま】の艦尾から飛び立つ“機影”を捉えていた。

《【あきつしま】よりCP、強行偵察隊の支援を開始した。三式戦“飛燕”を全機投入する、オクレ》

私達艦娘が使う艦載機は、深海棲艦のものと同程度───基本は80cm未満、大型機でも1m20cm程度と非常に小さい。

日本はこの“小型”という利点に着目し、特に陸軍機を集めて本来なら艦載機の搭載が不可能な通常兵器の水上艦にそれらが整備できる簡易施設を備え付けた。要は、海上移動を可能とする小規模な基地航空隊を設立したようなもの。

たった今【あきつしま】から発艦した、三式戦の編隊もそれにあたる。

《【あきつしま】よりCP、当艦艦載機隊は敵航空隊と交戦開始。戦況は互角も敵に後続戦力の気配アリ》

《CPより【あきつしま】、大洗鎮守府と第9警備府の基地航空隊が出撃準備を終えている。一五四一に現着予定》

《【あきつしま】よりCP、了解した。引き続き迎撃する》

無論、運用できる絶対数は決して多くはない。ただしその分、この【移動航空基地】部隊は基本的に鍛え抜かれた精鋭妖精達を優先的に配備させる事が多い。特に海上保安庁巡視船は、元の装備が貧弱故に自衛隊側の配慮によってかなり強力な部隊を配備する傾向がある。

そして、【あきつしま】に搭載されている部隊もその例に漏れることはなかった。

『『────!?!?!?』』

白を基調とし、翼の付け根部分に黄色いラインを入れた単発機が【オニビ】の編隊を正面から迎え撃つ。ハ40エンジンを唸らせ敵機の背後を次々と取り、銃火を容赦なく浴びせ叩き落としていく。

“飛燕”の名に恥じぬ、美しさすら感じさせる軌道に、今度は【オニビ】達が狩られる側に追いやられる。ツバメの如く空を舞うその姿を捕捉できず、交戦開始から僅か十秒足らずで多数の損失を出した敵編隊は陣形を保てず、総崩れ状態に陥った。

(敵機は60機近くいるはずだけど……それを、不意打ちに近い部分があったとはいえたった20機強でこうまで圧倒するなんてね)

大東亜戦争の折には私や赤城さんや2航戦の子たちが沈んだ後に採用されたというこの陸軍機が、整備性の悪さから南方戦線で散々悪名を轟かせ米軍からは“鈍重な鴨”扱いされていたとは俄に信じがたい。

本来の実力が当時の皇国の物資不足故発揮できていなかったのか、はたまた【あきつしま】の妖精さんたちの腕前が機体の悪条件を克服しているのか。いずれにせよ、当時を知る日米両国の人間がこの光景を見たらどんな感想を抱くかは少し興味がある。

《【あきつしま】よりCP、護衛部隊が葛城指揮下の偵察隊と合流した》

惚れ惚れするほど圧倒的な制空戦闘を眺めていると、私達の前後を挟み込む形で更に機影が現れた。前後衛に各8機ずつ、新たな“飛燕”の編隊が一糸乱れぬ飛行で偵察部隊の周りを固める。

《なお、当方航空隊は敵追撃部隊と交戦中。既に多数を撃墜し戦況は優勢に推移》

《CPより【あきつしま】、確認した。そのまま各母艦の元へ送り届けさせてくれ》

《【あきつしま】艦橋よりCP、了解》

《葛城より【あきつしま】、護衛を感謝します!》

《此方千代田、96式の残余部隊は大洗鎮守府基地航空隊と合流。これより帰還させます》

《翔鶴よりCP並びに旗艦葛城、零戦部隊は半数を損失しましたが退却に成功。収容致します》

無線から聞こえてくる状況報告の声は、修羅場を越えてようやく落ち着いたものに変わっていた。とはいえ、安堵をしている者は私を含めて誰一人としてこの場にはいない。

寧ろ全員が、声色にどこか暗鬱な感情を込めて言葉を交わしている。

無理もない。少なくとも威力偵察に参加した艦娘達は、大洗女子学園の甲板上で今現在引き起こされている惨状を実際に目にした。そしてその原因たる深海棲艦は、何をどうやったのか私達の予想を遙かに上回る巨大な戦力の展開を終えている。

しかも、敵が迫っているのはここだけではない。太平洋側のあらゆる方角で、次々と新手の艦隊が現れて日本領海に向かってきている。フィリピンの方から接近する敵艦に至っては、ベルリンを含めて過去に一度も確認されていない“新型”個体だという。

今のところどの戦線も持ち堪えてはいるようだが、いつまで持つかという保証や目処は一切ない。何せ敵の物量は桁外れ、青ヶ島や南鳥島、八丈島の精鋭達でも数的劣勢下での波状攻撃を受け続ければいつかは突破される。喉元にあれほど凶悪な刃が突きつけられている現状では、国内から出せる増援戦力も大幅に制限せざるを得ない。

それに、よしんば日本が何とか全ての攻勢を押し返せたとして………日本“だけ”が耐え抜くのでは意味がない。この世界規模の大攻勢によって制空権・制海権を失陥して海上輸送路が封鎖されれば、兵力に劣る私達は相互の連携も補給も技術提供もままならず各個にすり潰されて終わりだ。

「………」

勝てるのだろうか、私達は。

また負けるのだろうか、私達は。

〈ボカンドノ?〉

「……ええ、大丈夫。少し考え事をしていたの」

視界を同期していた妖精さんが、小さく首を傾げ脳内で問いかけてくる。どうやら、全く指示を出さなくなってしまった私を心配して声をかけたらしい。

(いけないわ。一航戦ともあろうものが、こんな情けない思考をするなんて)

「勝てるのだろうか」ではない。「勝つ」のだから。

「負けるのだろうか」ではない。「負けるわけにはいかない」のだから。

私は、大日本帝国海軍の誇り高き第一航空戦隊、空母加賀だ。

国の名は変われど、住まう人は変われど、ここが私が守るべき祖国。

ならば、今度こそ全てを賭してでも守り抜かなければならない。

「心配をかけてごめんなさい。【あきつしま】の艦載機隊と離れないようにして巡航速度で帰還を────」

─────爆発音が空気を震わせ、海面が隆起し、水柱が天に向かって伸びる。恐らく数百トンはあろうかという膨大な量の海水が辺りに撒き散らされ、傾きつつある太陽の橙色の光を反射して輝きを放つ。

その幻想的な光景のすぐ下で、1隻の船が────海上保安庁巡視船、【あきつしま】が炎に包まれていた。

《CPより【あきつしま】、今の音は何だ!?状況を報告しろ、おい!!》

《千代田よりCP、【あきつしま】の船体が激しく傾斜!右舷側で大規模な火災発生………か、艦橋にも延焼している模様!》

《軽巡由良よりCP、甲板上に生存者数名を確認!当方に救援を要請しています!》

《CPより各警備府並びに沿岸防衛線各所に通達!救護ヘリか艦娘を港湾に回せるところはあるか!?【あきつしま】被弾、繰り返す、【あきつしま】被弾!!》

「【あきつしま】右舷より、雷跡が接近!!!」

無線通信で飛び交う声が恐慌と混乱に塗り潰される中、その一際大きな叫び声は私の口から飛び出したもの。

波を蹴立てて突き進む、白い軌跡。数は二本。寸分違わぬ狙いで、今なお炎を吹き出している被弾箇所へ向かっている。

《ふざけないでよ……!!》

「くっ……!!」

葛城の烈風と、私の彩雲、そして“飛燕”の内何機かが機首を翻し急降下する。

幾ら戦闘機が速いとはいっても、この高度から突っ込んだとて体当たりも機銃掃射も間に合わない。それでも、眼下で助けを求める海保の隊員達の姿を見て、何もしないという選択肢は選べない。

……だけど現実には、時を止める魔法が使える美少女も、時を止める時計を持ってる機械仕掛けの青猫も存在しない。

必死に後を追う私達の目の前で、2発の魚雷は吸い込まれるようにして被弾箇所に突き刺さる。

「うぁっ……」

〈ウォオオッ!?〉

凄まじい閃光で視界を覆われ、思わず眼をつぶる。爆風に煽られた機体を、妖精さんが辛うじて建て直す。

中央から完全に船体をへし折られた【あきつしま】の艦首が持ち上がり、甲板上にいた人影をぱらぱらと海に放り出す。そしてそれらも、三度目の大爆発と船体が横倒しになった影響で逆巻く海に一瞬で呑み込まれる。

後に残ったのは、一握りの残骸と黒い油……そして、その油から激しく立ち上る火柱だけ。

《じ、巡視艇【あきつしま】、敵の雷撃により轟沈しました……生存者、確認できません……》

誰もが言葉を失い沈黙する中、由良の絞り出すような報告の声が無線機越しに耳朶を打つ。……まるで初陣したばかりの駆逐艦のように語尾が震えていたけれど、現状を受け止め声を発せられただけでも彼女は十分賞賛に値する。

少なくとも、眼下の光景を受け入れられずにただ立ち尽くすことしか出来なかった私とは比べるべくもない。

《魚雷だなんて……雷撃機の機影は近くになかったのに………一体、どこから……》

か細く虚ろな葛城の問いかけは、誰かに答えを求めていない。乱れる自身の精神を何とか落ち着けようという、独り言にちかいもの。

だけど、それに対する“回答”は、思いの外あっさりとそこに姿を現した。

『────……』

「…………そんな」

喉奥から、呻き声が漏れる。

マッコウクジラに駆逐イ級を掛け合わせたような、黒く角張った形状の随伴個体。青白い眼から冷たい光を放ち、大顎に生える獰猛な犬歯を剥き出しにして、獲物を待ち望んでいるかのようにガチガチと撃ち鳴らしているその化け物の背に、“彼女”は悠然と腰掛けていた。

膝下まで届くほど長く、太陽に当て続ければ溶け出してしまいそうな白い髪。更に輪をかけて白く、“奴等”の大半と同様に水死体のように生気が感じられず蝋のように滑らかな肌。

そして、“彼女”を一際特徴付ける、フリルスカートを思わせる端がひらひらとした艤装服。

《空母葛城よりCP、大洗港にて【潜水棲姫】の浮上を視認!!繰り返す、大洗港に【潜水棲姫】浮上!!》

《【あきつしま】撃沈は潜水棲姫の攻撃によるものと思われます!千代田よりCP、対潜装備機で速やかに総攻撃を!》

《駆逐艦、軽巡で出せる子はいないのか!?放置すれば港湾が封鎖されかねんぞ!!》

『─────……』

狼狽する私達を嘲笑うが如く、棲姫の口元が微かに歪む。その細い右手の指先が、すうっと伸びて陸を指し示す。

その瞬間─────まるで耳元で囁かれたかのように、私には“彼女”の声がはっきりと聞こえたような気がした。









『沈メテ、アゲル………』

次の瞬間、学園艦の甲板上から、先程までとは比べものにならない量の【カブトガニ】と【オニビ】が空に舞い上がった。

今から80年ほど前、第二次世界大戦の折の話。ソヴィエト赤軍の戦車乗り達に深刻なトラウマを刻みつけ、世界の戦車道史にもその名を残した“音”がある。

Su-87【スツーカ】。ナチス・ドイツが開発したこの傑作爆撃機は、極端かつ特徴的な逆ガル翼構造によって急降下時にサイレンのような独特の高音を出す。ドイツ軍の精鋭パイロット達が───特に、不屈の闘志で世界一多くの戦車をスクラップに変えた空の魔王が奏でるサイレンは、ソヴィエト赤軍の陸軍兵士達にとって死刑宣告に等しいものだったという。

この風切り音───俗に言う“ジェリコのラッパ”が欧州の大地で再び鳴り響くようになったのは、つい6年前の事だ。

ハワイ諸島でのアメリカ合衆国に対する攻撃から僅か一週間後、東南アジア海域とほぼ同時に始まった大西洋方面における深海棲艦の大規模浮上。圧倒的な物量差と相性の問題からEU連合艦隊は徐々に防衛線を押し込まれていき、ポルトガルやフランス、オランダ、ドイツなど主要国への小規模な上陸・空襲が繰り返されるようになる。

そんな中、水際に防衛線を展開し必死に深海棲艦の浸透を防ぐEU各国陸軍に襲いかかったのが、急降下爆撃に特化した性能を持つ型のHelm……日本で言うところの【カブトガニ】だった。

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今から80年ほど前、第二次世界大戦の折の話。ソヴィエト赤軍の戦車乗り達に深刻なトラウマを刻みつけ、世界の戦車道史にもその名を残した“音”がある。

Su-87【スツーカ】。ナチス・ドイツが開発したこの傑作爆撃機は、極端かつ特徴的な逆ガル翼構造によって急降下時にサイレンのような独特の高音を出す。ドイツ軍の精鋭パイロット達が───特に、不屈の闘志で世界一多くの戦車をスクラップに変えた空の魔王が奏でるサイレンは、ソヴィエト赤軍の陸軍兵士達にとって死刑宣告に等しいものだったという。

この風切り音───俗に言う“ジェリコのラッパ”が欧州の大地で再び鳴り響くようになったのは、つい6年前の事だ。

ハワイ諸島でのアメリカ合衆国に対する攻撃から僅か一週間後、東南アジア海域とほぼ同時に始まった大西洋方面における深海棲艦の大規模浮上。圧倒的な物量差と相性の問題からEU連合艦隊は徐々に防衛線を押し込まれていき、ポルトガルやフランス、オランダ、ドイツなど主要国への小規模な上陸・空襲が繰り返されるようになる。

そんな中、水際に防衛線を展開し必死に深海棲艦の浸透を防ぐEU各国陸軍に襲いかかったのが、急降下爆撃に特化した性能を持つ型のHelm……日本で言うところの【カブトガニ】だった。

奴等の爆弾は小さく軽いけれど、威力は250kg爆弾とほぼ同等。当然直撃を受ければ第四世代戦車の強力な装甲でも耐えられない。

フランスのルクレール、イギリスのチャレンジャー2、ドイツやポルトガルのレオパルド2、ポーランドのPT-91【トファルディ】………艦娘が欧州方面でも配備され対空迎撃網が確立するまでの半年ほどの間に、各国の戦車は次々と破壊されていった。伝わってくる話によるとEU連合陸軍はその半年間で欧州全土に配備されていた内の1/3にあたる戦車を損失し、生き残った戦車乗り達もその2割近い人数が度重なる爆撃とそのたびに鳴り響く“ジェリコのラッパ”によって精神に失調を来して退役したという。

PTSDによる退役云々の話については正直半信半疑な面がある。あの時は世界中が──今現在と同じぐらい──大混乱に陥っていたので、信憑性の高いものからお笑いぐさなものまで様々な種類の噂話が流れていたから。

……ただ、ドイツを筆頭にEU諸国が“制空権の失陥による空路・海路の安全性の喪失”を理由に国内の外国人達の出国を妨げ、分けても戦車道の関係者・経験者は騒動が沈静化してからしばらくも半ば拉致監禁に近い形で国内に留めさせていたことは事実だが。もしもあの噂が本当で、EUで戦車に乗れる人材が枯渇していたとすれば、アレほど強引で国際的な非難を免れない手に各国が打って出た理由も頷ける。

まぁどのみち、今の欧州───特に多大な犠牲を出して国土を大幅に失陥したフランスとドイツは、外国人どころか“義勇兵”の名目で学徒動員に手を染めなきゃ戦線が維持できないほどの窮状だけど。

この間のテレビで画面に映った、赤毛の日系人と思わしき女の子の姿を思い出す。彼女のような、西住さんたちと同じぐらいの年代の子供もまた“ジェリコのラッパ”が鳴り響く欧州の戦場で戦っているのだと思うと胸が痛む。

尤も、私はその音をあくまでも“知識として”しか知らない。

急降下爆撃型のカブトガニがどのような特徴を持つのかは自衛隊のミーティングで散々に叩き込まれてきたし、実際に欧州戦線で録音された風切り音も繰り返し聞かされた。確かにこんな音を戦車という閉所の中で、しかも爆弾を抱えて自分たちにそれをぶつけに来ている敵機が奏でていると知った上で聞けばかなりの恐怖だろうなとは、同じ戦車乗りとして朧気ながらイメージできる。

だが、あくまでもそれは想像だ。実際に戦場で聞かない限り、その恐怖を真に理解することはできない。

そして私は、戦争が始まった当初はまだある戦車道流派の門下生で、自衛隊に入隊したときには艦娘の量産方法によって近隣の制海権・制空権は掌握されていた。東南アジアでの反攻作戦に伴う海外派兵はあったけれど、それだって入隊直後の未熟な小娘が選ばれるほど日本の戦力は逼迫していない。

幸か不幸か、私が最前線というものを知る前に対深海棲艦戦争は安定期に入った。今後私が“ジェリコのラッパ”を聞く機会はないんだなと、ホッとしたような気持ちと(誠に不謹慎ながら)少し残念な気持ちとがない交ぜになった複雑な心境を抱きつつ、私は今まで自衛官としての日々を過ごしてきた。




《四警那珂よりCP、当警備府に激しい空爆!同警備府由良が敵投弾により中破、護衛部隊にも損害大!》

《11警千代田応答せよ!CPより11警千代田、応答しろ、おい!!》

《敵航空隊の一部は那珂川河川敷を突破、春日香取神社の防御陣地が爆撃を受けた!》

《学園艦甲板より深海棲艦による艦砲射撃を確認!大洗マリンタワーが直撃を受け倒壊した!》

《東光台の防御陣地複数からの通信が途絶!敵の空襲範囲、尚も拡大!》

《大洗駅にも敵の艦砲射撃着弾!待機中だった小隊と艦娘【初霜】からの通信が途絶えました!》

今後もずっと、そうで有り続けると思っていた。

《敵機の数は一体どれだけなんだ!?空が真っ黒だ!!》

《此方磯道防衛線、負傷者多数!キューマルも爆撃により破壊された!畜生、畜生!!》

《CPより大洗鎮守府、其方の空母艦載機か基地航空隊を出せないのか!?》

《無理だ、当鎮守府上空にも敵機多数飛来!戦力を割くと我々も一方的な爆撃に晒される!》

《此方七警加賀、数的不利により迎撃困難!沿岸部より後退します!》

百聞は一見にしかずとは、よく言ったものだ。電子の不健康な光だけが照らす仄暗いヒトマルの車内で、私はつくづく先人の残した言葉に感心した。




《────蝶野一尉、来ます!》

制空権を失陥した前線において、まともな対空兵装がない戦車に乗りながら耳にする“ラッパ”の音は……この世に類がないほど、恐ろしい。

《敵機直上、急降下!!!!》

「各車全速後退!!」

……正直一生しなくてもよかった、ベリーバッドな体験ではあるけれど。

カツン、カツン。【カブトガニ】が投擲した爆弾が2発、アスファルトの上で弾み炸裂する。轟音を伴って押し寄せてきた爆発の衝撃に、ヒトマルの車体がビリビリと震えた。

「車体の損傷を確認!」

「履帯、左右とも異常なし!火器管制システム、オールグリーン!駆動系統、機器動作問題なし!」

「O.K、ならまだやれるわね!

1号車蝶野よりヒトマル各車、無事!?」

《此方2号車、オールグリーン!》

《3号車より1号車、幸いな事に生きてます────ヒッ!?》

操縦士の子が上げた報告の声、そして寮車からの無線越しの返答にホッと胸を撫で下ろす間すらない。上空で高らかに吹き鳴らされる新たな“ラッパ”の音に、3号車の車長が小さく悲鳴を上げた。

《観測班が敵機第二波の接近・急降下を確認!!町内各所の防衛拠点、指揮系統の混乱により対空砲火網が機能せず次々と突破されています!!》

《回避運動今からでは間に合いません!!》

「機銃、最大仰角にて掃射!!弾幕で敵機を振り払って!!」

言うが早いか、私自身もキューポラから身を乗り出して12.7m重機関銃に取り付く。度重なる爆撃で舞い上がった砂埃に軽く咳き込みつつ、銃口をギリギリまで上に────あの耳障りな風切り音が聞こえてくる方向に向ける。

時刻は三時半を過ぎ、少しずつ夕闇が迫りつつある大洗。爆弾や砲弾に焼かれた家々から、オレンジ色の夕陽を遮る用にして濛々と黒煙が立ち上っている。

『『『────……』』』

そして、その中に紛れるようにして迫る幾つもの小さな影があった。

「敵影視認!」

まだ遙か上空なので、形は朧気にしか解らない。それでも、黒い煙の中を飛んでいてなお解る程色濃く無機質な光沢を放つ漆黒の塊の存在はしっかりと認識できた。

『『『───────!!!!』』』

近づいてくる。あの甲高い飛翔音が、私達を死路へと誘うラッパの音色が、ぐんぐんと空から地上へと迫ってくる。

「ヒトマル1号車、対空射撃を開始する!」

《2号車、撃ち方始め!!》

《3号車、仰角調整ヨシ!射撃開始、射撃開始!!》

カブトガニ共を迎え撃つべく、空へと駆け上がる火線。三挺の重機関銃が唸りを上げ、12.7×99mm NATO弾が黒煙を切り裂いて敵機の降下進路上にばらまかれる。

『『『─────』』』

《敵機、散開回避!》

《撃墜機無し、なおも降下中!!》

「くっ……!」

………だけど、当たらない。

迎撃の火線を放っているのは、私達だけではない。

対空改装が施された96式やLAVの車載機関銃、随伴歩兵部隊の89式小銃にMINIMI、M240……ありとあらゆる銃火器が唸りを上げ、百を遙かに超える火線を空に張り巡らす。

そして何より───“本職”であるM42ダスター自走高射砲2両による猛烈な対空射撃。深海棲艦との戦争開始に伴って陸自の戦力不足を補うために35mm2連装高射機関砲【L-90】と共に現役復帰した“骨董品”は、そのブランクを感じさせぬ勢いで弾丸を上空で炸裂させる。

港湾部の目と鼻の先に据え置かれながら、編成の遅れからこの拠点にはまだ艦娘が到着していない。それでも、私達の弾幕の密度は、敵編隊の迎撃に十分な密度を保っていると断言しよう。

《【カブトガニ】、高度2000ラインを突破!撃墜未だ無し!!》

《高層観測班より各位、先鋒数機が投弾態勢に入ったぞ!!》

《畜生!撃て、撃て、撃て!!もっと撃ち続けろ、ばらまけるものは全てばらまけ!!》

なのに、高らかに吹き鳴らされる“ラッパ”の音色は止まらない。黒煙に紛れ、爆炎を突っ切り、弾雨の合間を縫い、砲撃を躱し、漆黒の群れは速度を緩めることなく殆ど垂直に近い角度で地上に……私達の真上に迫る。

つい十数秒前までは、形状の判別どころかただの黒点に過ぎなかった機影。それが今や、某SF大作映画の宇宙戦闘機として出てきても違和感がない先鋭的な機体のフォルムが微かながら判別できるほどの距離まで踏み込まれている。

それも、ほぼ…というより、全くの無傷で。

『『『────……』』』

周囲を満たす銃声と──強ち比喩表現ではなく──空を覆い尽くす【カブトガニ】の飛翔音に紛れ、小さく、だが間違いなく聞こえてきた何かが外れるような金属音。私は、全身の血が大波が来る直前の潮の如く引いていくのを感じた。

「敵機投弾!!」

ほんの数百メートルまで肉薄していた敵の先鋒部隊が、次々と空に向かって機首を返す。同時に、響くのは“ジェリコのラッパ”とはまた質が異なる甲高い風切り音。

「衝撃に備えて!!」

咄嗟に叫ぶが、意味のない注意喚起であることは私自身がよく知っている。直撃弾を受ければどうしようが木っ端微塵になるしかないのに、何に備えろというのか。

カツンッ。さっきと同様に乾いた音を残して、落下してきた何十発もの小さな爆弾が路上に跳ねる。次の瞬間そこかしこで光が脹れあがり、轟音と共に炸裂した。

乗っていたヒトマルの車体が一瞬宙に浮き、頭上からぱらぱらとコンクリートの破片が降り注ぐ。吹き付けてきた爆風の熱が、ちりちりと顔や手の甲の皮膚を炙る。

「……っ、損害を────」

爆光が収まり、ようやく顔を上げる。無線への叫びは、左手に視界が移ったところで途切れる。

そこには、業火に焼かれ酷く拉げたヒトマルの3号車が横倒しになっていた。

《ヒトマル三号車、乗組員からの応答なし!完全に沈黙!》

応答の有無なんて確認するまでもない。ゴジラに踏みつぶされたと言われても信じられるぐらい完全に破壊されたあの有様で、乗組員が生存できるはずないのだから。

だけど、その解りきった事実が言葉として耳に入ることで、目の前で自衛隊の仲間が死んだ───“戦死”したという事実を、否応なしに突きつけられる。

《敵編隊、第二波来ます!》

私達の今いる場所が戦場だと、改めて認識させられる。

《直上より急降下、機影は30程です!》

《射撃の手を止めるな!》

やられたのは、三号車だけじゃない。さっきの爆撃でLAVが二両火達磨になり、96式も足回りをやられて動きが大きく制限され、随伴歩兵の損害も甚大だ。

何より、虎の子の対空火器であるM42の内片方が直撃弾を受けて完全に破壊された。

敵はさっきと同程度の戦力で押し寄せてくるのに対し、私達の火力は半減に近い打撃を受けた状態。こんなもの、止められるはずがない。

《敵機投弾!!》

「全車両全速後退!歩兵部隊も散開急げ!!」

キャタピラーが軋み、周囲の光景が前へと流れていく。程なくして、またあの甲高い落下音が周囲から聞こえてきた。

《きゃあああっ!!?》

ラムネ瓶と同程度の大きさの物体が放っているとは俄に信じられないような熱エネルギーを伴った轟音と衝撃の嵐に、私の車の操縦士が悲鳴を上げる。地を跳ねた爆弾に真下に潜り込まれた不幸なLAVが、爆風に撃ち上げられ一流ゴルファーのショットのような勢いでバラバラに砕け散りながら私の頭上を飛びすぎていく。

「うぁ────」

必死に爆心地からの離脱を計った若い陸士のほんの一メートル後方で、また一つ巨大な火柱が吹き上がる。彼と彼の周囲にいた同僚十数人が業火に呑み込まれて人間松明と化し、走り出した姿勢そのままに数歩進んだ後地面に倒れ込んだ。

「……んぶっ」

鼻孔を擽る、形容しがたい悪臭に胸の奥から酸っぱい何かがこみ上げる。嘔吐の隙はそのまま死に直結しかねないため飲み下して無理やり押し返すが、指揮官という立場がなければ間違いなく醜態をさらしていたに違いない。

何事も体験だと人は言う。だが、世の中にはそもそも体験する必要自体ない事象も少なからず存在する。

“焼ける人体の臭いを嗅ぐ”という行為も、間違いなくそれに分類されるだろう。

少なくとも私は、一生体験したくなかった。

【カブトガニ】や【オニビ】の爆弾搭載量は、大抵は一発から多くても二発程度。特に急降下型はその攻撃手段の特性上弾数の搭載制限が厳しいようで、基本的には一度の爆撃で直ぐに離脱する傾向が強い………というのが、奴等に対する私の“知識”。そして実際、波状攻撃によって間断なく爆撃を受けているもののさっきまで敵編隊の動きはその事前知識通りのものだった。

『『『─────!!!』』』

《敵編隊、反転!再度急降下!!》

だが、今度の奴等はさっきまでのニ波と比較して大分仕事熱心な部隊らしい。

《編隊は三時方向と四時方向に分散、同時に来ます!》

「【ダスター】は三時方向の編隊に全火力集中!随伴歩兵隊、速やかに戦車の影か屋内に退避!

LAV並びにヒトマル、対空射撃開始!てぇっ!!」

『『────!!?』』

『『『!!?!?!?』』』

《Bingo! Bingo!!》

【カブトガニ】共は爆弾を捨てて身軽になったが、数度の交戦でこっちもいい加減奴等の軌道に目が慣れてくる。

私の放った火線が立て続けに3機を刺し貫き、2号車の射線にも1機が動きを捉えられて黒煙を噴く。M42【ダスター】が放った40x311mmR弾に至っては、編隊のど真ん中で炸裂し7、8機ほどを一撃で粉砕した。

それでも、20機近い機影が火線を縫って肉薄し、怒れるスズメバチの大群の如く羽音を響かせて私達に襲いかかる。

「車内退避!!」

2号車車長に向かって叫びながら、私自身も機銃から手を離し上部ハッチを勢いよく閉める。……強かに指を挟んで涙目になったけれど、幸い操縦士の子も砲手の子も外の気配に全神経を集中して気づかれなかったのは幸いね。

「ぴぃっ!?」

間を置かず外で鳴り響く、機銃の射撃音。現代戦闘機のそれに比べて音量が大きく発射スパンが間延びした、第二次大戦期のメイン兵装である20mm機銃にとてもよく似た銃声に操縦士の子が生まれたての雛鳥のような悲鳴を上げて首を竦める。降り注いだ無数の弾丸が、ヒトマルの装甲で弾けて車体を震わせる。

でも、それだけだ。

「落ち着きなさい、爆弾じゃなきゃ大丈夫よ!」

ヒトマルに限らず、最新鋭戦車は複合装甲が主流。想定される攻撃はAPFSDS弾やHEAT弾といった戦車砲或いはそれに準ずる威力を持つ攻撃であり、それらに耐えて搭乗員が生存できるように設計されている。

幾ら旧式とはいえ対艦戦闘にも用いられた爆弾の直撃ならいざ知らず、たかが機銃に貫かれるような柔な代物ではない。

《敵編隊、上空を通過!》

《追撃しろ!対空射用意!》

無線の報告を耳にして私がキューポラから顔を出したのと、物影やヒトマルの後ろに隠れていた随伴歩兵が一斉に立ち上がったのはほぼ同時。

何十という銃口で光が瞬き、弾丸が空へと駆け上がる。

当たらなければどうということはないという名(迷)言があるけれど、それは裏返せば「当たってしまえばどうしようもない」と言い換えられる。

ヨーロッパやアメリカで一式陸攻と同じ(不名誉極まりない)渾名をつけられた、深海棲艦の主力戦闘機もその点は同じだった。

『『『!!??!?』』』

《弾着、弾着!》

《よし、当たったぞ!》

《1機でも多く削れ、仲間の仇を取れ!!》

7.62x51mm NATO弾を諸に浴びて、【カブトガニ】達は編隊最後尾の機体から順に次々と火を噴き墜ちていく。奴等が完全に射程圏外へ退避したときには、更にもう10機ほどその数は減っていた。流石に2/3の機体を失ったとあっては労働意欲も大いに減退したようで、第三次攻撃は行われずそのまま敵編隊は海の方へと戻っていく。

元々脆い脆いと聞いてはいたが、実際に目の当たりにするとやはり驚かずにはいられない。ベルリンの戦闘ではドイツ連邦陸軍が歩兵の携行火器のみで500を越える敵機を撃墜したなんて眉唾物の記録も残っていたけれど、あの光景を見る限り強ち全てが嘘ではないようね。

《敵第四波、突入の気配は今のところありません!》

「とはいえ上空の敵航空戦力は未だ膨大よ!対空警戒は絶対に怠らないで!

ヒトマル1号車より各位、被害状況を改めて報告して頂戴!」

……それでも、相当な“尾鰭”が着いていることは間違いないだろう。

何せ実際には、たった20機ほどを撃墜したのとひき替えに、この損害なのだから。

《96式、走行不能!砲塔と機銃は動きますが機動戦は不可能です!》

《LAV、最終的に六両が破壊されました!残余四両も半数が損傷有り!》

《此方高層観測班、機銃掃射により4名が死亡!2名が重篤です!》

《負傷者の後送を急げ!救援なんか待つな、この状態で助けなんか来るものか!》

《此方M42 2号車、先程の機銃掃射で集中砲火を受け副兵装のM1919に異常有り。また、右履帯も“利き”が鈍い》

《蝶野一尉、大洗海浜公園の防護拠点と通信が途絶しました!恐らく、空襲で壊滅したと思われます!》

「………ホント、ベリーバッドにも程があるわね」

失われた戦力は、どれほど少なく見積もっても4割は下らない。しかもそれは私達の拠点に限った話ではなく、大洗町の防衛ライン全体が同様の状態───どころか、無線で飛び交う様々な情報から推察するに、私達の被害状況は“まだマシ”ですらあるかも知れない。

奴等の本格的な攻勢が始まってから、ほんの10分と経っていないにもかかわらず、だ。

《各拠点に通達、戦線の維持を────》

CPからの指示の声は、高らかに響き渡った“砲声”によって掻き消される。

キューマルやヒトマルが奏でるそれよりも遙かに重く、巨大なそれ。だけど私には、聞き覚えがあった。

海自並びに横須賀鎮守府第一艦隊との合同沿岸防衛訓練で艦娘・榛名が使用した、35.6cm連装砲のものに響きがよく似ている。

《大洗女子学園甲板上で発砲煙を複数確認!!》

《衝撃に備えろ!!》

────ただしあの時の彼女のそれは、あくまでも空砲だったけれど。

《来るz》

頭上で、大気が粉砕される。巨大な運動エネルギーを伴った鉄の塊が幾つか、凄まじい速度で空を通過する。

瞬き一つ分の間を置いて、後方で次々とわき起こる轟音。着弾地点は何キロも後方の筈なのに、ヒトマル戦車を介して地面の揺れが私の足下にまで伝わってくる。

或いは、私が恐怖に身を震わせているだけなのだろうか。

《此方軽巡洋艦・神通!敵艦砲射撃、島田町北交差点に着弾!同地対空陣地との通信が途絶!》

《涸沼橋、砲撃により崩落しました!》

《平戸町方面への砲撃が激化!同区域展開部隊に損害発生!》

《大洗鎮守府、敷地内に砲弾複数飛来!負傷者多数の他重巡洋艦・加古が小破!》

《CP、此方那珂川河川敷【ダスター】第2中隊!先程の艦砲射撃により損害甚大!状況としては撃破4、大破・中破各2、オクレ!》

《此方涸沼駅、艦砲射撃は我々の元まで届いた!反撃に移らないとじり貧になるぞ!》

反撃────口で言う分には簡単だし、実際大洗鎮守府辺りの残余艦娘戦力を総動員すれば互角の砲撃戦に持ち込むことも十分できるだろう。

だけど、私達にはできない。できるはずがない。

《CPより各位、大洗女子学園には今なお多数の民間人が取り残されていると思われる。学園艦への直接的な攻撃・反撃は許可できない、オクレ》

CPが言うとおり、大洗女子学園への反撃は未だ取り残されているであろう多数の人々を巻き添えにしてしまう。況してや甲板上の敵主力は、威力偵察部隊の報告から高い火力と装甲を有する“ヒト型”だ。

対抗できる艦娘戦力を運用しての砲撃戦となれば、学園艦自体を沈めかねないほどの激しい戦闘になる。某怪獣映画の総理大臣じゃないけれど、私達の銃口を国民に向けるわけにはいかない。

最も卑劣で最も強力な【盾】の存在によって、大洗女子学園は今や戦艦十数隻分の火力を有する無敵の固定砲台と化していた。

《大洗マリンタワー、艦砲射撃により崩落!》

《平戸町、島田町方面への空襲も本格化!戦力増強の要あり!》

《敵航空隊の一部は涸沼を突破し茨城町上空に侵入、爆撃により市街地複数箇所で火災発生!》

《国道50号線以西への侵入は何としても許すな!それと百里基地方面への敵の動向にも注意しろ!》

《県警と消防に避難勧告区域の拡大を伝えるんだ!急げ!》

艦砲射撃は時を追うごとに激しさを増し、空襲の勢いも止まるところを知らない。海空緊密な相互連携の下で行われる攻勢の前に、絶望的な報告だけが増えていく。

序盤の奇襲で主導権を握り、戦力の集中運用で優勢を確固たるものにし、地の利を生かして一方的に敵戦力を打撃する───見事な戦略の組み立てに、怒りと屈辱を通り越していっそ感心してしまいそうだ。

《【カブトガニ】、新手が来ます!!機影多数、直上より急降下開始!!》

「対空射撃用意!!」

そうこうする内に、私達の頭上でも再び響く“ラッパ”の音色。先の“波”からどう少なく見積もっても五倍程度には数を増した漆黒の機影が、群れを成し私達に向かって押し寄せる。

「敵を近づけるな、何としてもこの拠点は固守するわよ!!」

無線に向かって叫びつつ、引き金を押し込む。重厚な弾幕を吐き出しながら激しく震動するM2重機関銃を、渾身の力で抑え付け射線を安定させる。
1機1機に狙いをつけるのではなく、敵群体自体を大きな塊として捉えるような感覚で。何度かの襲撃で眼に焼き付けた奴等の軌道を思い描き、そのイメージに合わせて照準を動かす。

『『『!?!?!?』』』

刃物で切れ込みを入れるようにして、M2の火線が群体を薙いだ。10を越える機影が、弾丸に貫かれ火や黒煙を噴きながら墜落した。

攻撃隊の機体数が増えたとは言っても、私達を含め大洗町や近隣市街に展開する自衛隊・艦娘部隊は何も町を埋め尽くすようにして布陣しているわけではない。各所に構築された防護拠点への攻撃となれば、どうしても編隊の突入軌道は集約してしまう。

加えて、幾度かの襲撃を経て私達も奴等の速度や軌道を身体で覚えた。特に戦果に欲を出した第三波へ痛撃を与えることに成功し、少なくとも私達の拠点はある程度の落ち着きを取り戻しつつある。

結果、この第四波で私達はようやく奴等をまともに迎撃できるようになっていた。

《此方2号車、敵編隊新手を9時方向に視認!火線其方に向けます!》

《第4班、2号車の後方をカバーしろ!引きつけて撃てよ、89式でも十分落とせる!》

《狙撃班とLAVはとにかく【ダスター】に突っ込んでくる敵を狙え!対空砲を失ったら今度こそ物量に押し潰されるぞ!!》

私や2号車の操るM2機関銃だけではない。M42の40x311mmR弾を中心に大小様々な火線が空に撃ち上がり、被弾した機体は殺虫剤の煙に巻かれた羽虫のようにボトボトと力のない軌道で墜落する。

《敵機複数が投弾、爆撃来ます!!》

《非爆装機、一個編隊が低空飛行で突っ込んでくる!機銃掃射だ!!》

「歩兵は再度退避!総員、衝撃に備えて!!」

尤も、“まともな迎撃”ってのは別段私達の戦況の好転を表す言葉ではない。あくまで敵航空隊にもそれなりの出血を強いれるようになったというだけの話で、依然置かれた状況は厳しい。

「くぅっ……!」

何発かの爆弾が、拠点の近くに落下して炸裂する。逆巻く爆炎を切り裂いて機銃の火線が数条地面を撫で、アスファルトを弾丸が削り土煙を上げる。

「ぐぁっ……!?」

機銃掃射から逃れようとした歩兵の一人が撃たれる。背中から袈裟懸けに弾丸を受けたその陸士は勢いよく地面に転がり、2、3度痙攣した後血溜まりの中で動かなくなった。

「……野郎!!」

『!!?』

顔見知りだったのだろうか、その光景を見た別の陸士が彼を射殺した【カブトガニ】に向かって89式小銃を放つ。3点バーストの弾丸を全て食らった機体はど真ん中に風穴が空き、一瞬錐揉み状態になった後空中で火を噴きながらバラバラに砕け散った。

やり返せてはいる。だけど、撃ちつ撃たれつの消耗戦で不利なのは戦力に限りがある私達だ。一刻も早く状況を打破する必要がある。

(防衛線全体の混乱も少しずつ収束しつつある。けれど、通信が途絶した部隊や拠点もこの短時間でかなりの数に昇るわ)

艦娘戦力も中大破が報告された艦が相当数に昇り、状況的に後衛の戦力を前に繰り出す余裕も今はないだろう。

さりとて、増援が送れるだけの態勢をCPや大洗鎮守府が整えるまで待っている暇もない。深海棲艦が“次の手”に出る前に、こちらから動く必要がある。

深海棲艦側が打とうとしている“次の手”。その内容自体は、正直大洗女子学園に奴らが現れた時点で大体察しがついていた。私だけではなく、防衛に参加する大体の自衛官・艦娘がそれが起きることをを予想できていたと思う。

ハワイ・オアフ島、リスボン、アムステルダム、ベルゲン、海南島、ムルマンスク────そして、ベルリン。記録される対深海棲艦戦闘において人類側が特に甚大な被害を被った戦いと、今の状況はあまりにも類似点が多すぎるから。

《CPより大洗鎮守府、【潜水艦棲姫】の状況を報告されたし!》

《鎮守府司令室よりCP、棲姫は再度潜行も電探が艦影をとらえた。湾内に未だ留まっている、かなり浅い位置に───クソッ!!》

海上防衛網の内側に強力な艦隊を出現させ、艦砲射撃によって沿岸迎撃戦力を打撃し、膨大な艦載機によって空路を遮断して航空優勢の確保……奴らのやっかいな武器の一つである“隠密性”を最大限に生かした一連の奇襲攻勢。その、仕上げにあたる一手。

《棲姫周辺、湾内広域にさらに反応多数出現!
  、、、、、、、
……増え続けている、既に五個艦隊相当の“艦影”を電探にて確認!》

即ち、大規模な強襲上陸と───内陸への浸透攻勢だ。

《CPより町内各隊に伝たt》














『『『ァアアアアアアァアアッ!!!!』』』

CPの無線通信を遮る形で、潮風に乗ってそれらの“音”は聞こえた。

錆び付いた金属の板に爪を立てて渾身の力で引っ掻いているような、耳障りでおぞましい“咆哮”。全身の肌が思わず粟立ってしまう響きのそれが、何十も重なって業火で熱された大洗町の空気を揺るがす。

間髪を入れず、砲声。大洗女子学園の甲板上から響いているものよりやや軽い………だけど、遥かに近くで立て続けに響いたそれらの後に、何十発もの砲弾が私たちの頭上を駆け抜けていく。

《クソッ……!》

“次の手”が読めていたとしても、対処が間に合わなければ意味がない。防げなかった最悪の事態に、大洗鎮守府のオペレーターが低く呻いた。

《大洗鎮守府司令室よりCP並びに各隊に通達、港湾部十数箇所にて深海棲艦の上陸を確認!戦力規模は現在確認中、なお現時点で駆逐イ級、ハ級のフラグシップ種を各4隻確認!》

《軽巡神通、水偵より敵艦隊を視認!鎮守府情報に補足、大洗サンビーチ方面に上陸した敵艦隊に重巡リ級と思われる艦影アリ!》

《こちら涸沼川防衛線、敵艦砲射撃がここまで届いた!損害発生、状況としてはLAV大破1、中破3、喪失2、迫撃砲喪失4!!》

《敵艦隊の一部戦力は湾内よりひたちなか市沖方面へ北上を開始、至急迎撃の要ありと認む!》

《CPより大洗鎮守府、海上迎撃は可能か!?》

《こちら司令室、当鎮守府には現在敵航空隊・艦隊共に多数が殺到している!迎撃戦力は抽出できない、オクレ!》

《大洗町公園方面にも敵艦隊上陸!尚、当該方面の警備府は既に沈黙、艦娘並びに随伴部隊も離脱済み也!》

「そんな……なんで……」

深海棲艦の動向に関する情報が飛び交う中、私の足下でも絶望に濡れた声が上がる。
ちらりと車内を覗き見れば、操縦士の子が頭を抱えて縮こまり、小刻みに震えていた。

「学園艦だけじゃないなんて……どうやって湾内にこんな数……私達だけじゃ対処できるわけ───痛っ!?」

「中内二曹、今は余計なことに思考を割かずに作戦行動に集中!」

「はっ、はぃいい!」

操縦士……中内二曹の背中を蹴っ飛ばして我に返らせる。少々手荒だが、戦車の“足”を担う人間が恐慌で行動不能になれば最新鋭戦車もただの棺桶になり下がる以上手心を加えるわけにもいかない。

「ダスターは引き続き対空射撃を継続!撃墜ではなく空襲の妨害に重きを置いてちょうだい!

2号車、“対艦”戦闘用意!水平射撃態勢、弾薬は撤甲!敵は手強いわ、気合いを入れなさい!」

《ダスター、了解。とはいえ弾薬はあまり保たないぞ!》

《2号車了解!》

M42とヒトマルに無線で指示を飛ばしつつ、随伴歩兵隊にもハンドサインで同時に合図を送る。私の意図をくみ取った周囲の陸士が残存戦力で陣形を組み直していき、また屋内からも新たな部隊が走り出る。

89式小銃、84mm無反動砲、110mm個人携帯対戦車弾、M240B機関銃、60mm迫撃砲………この拠点に現時点で集まっていた、ほぼ全ての火砲・銃火器がそれを操作する人員と共に路上に展開されていく。

それら無数の火線がにらみ据える先は、ほんの数百メートル先でゆらゆらと漁船が……厳密に言うと漁船“だったもの”が多数浮かぶ大洗湾の海面だ。

実際中内二曹の動揺と恐慌は、無理もないことではある。特に奴らの強襲上陸艦隊は、規模もさることながら出現の仕方が“降って湧いた”としか言い様がない唐突なものだった。何もなかった場所、それもしっかりとレーダー・電探が警戒していた場所に突然艦隊が湧いて出るなど、常識的に考えてあり得ない。

だが、どれほどそれが“あり得ない”ことであっても、起きてしまった以上はそれが現実だ。ならばそれを受け入れ、対処するより他はない。

ましてや今私達がいる場所は、最前線のそのまた前面なのだから。

《大洗鎮守府よりシーサイドステーション、電探に新たな感あり!敵艦影、貴隊正面に多数出現!》

「シーサイドステーションより鎮守府、もう間もなく接敵するわ!」

度重なる空爆によって施設が焼き払われ更地同然となり、しかし故に開けた視界。前方に広がる湾の水面が、沸騰する熱湯のようにぐらぐらと激しく盛り上がる。

「退避、退避!!」

「うわぁっ!?」

水中から“何か”に突き上げられ、黒焦げでぷかぷかと浮かんでいた漁船の残骸が空に舞う。数十メートルも跳ね上げられたそれは私達の方に飛翔し、間一髪で散開した歩兵小隊の待機地点に轟音と土煙を伴って突き刺さる。

「死傷者報告!」

「欠員なしもM240Bを一挺喪失!」

「人員に損害なしなら戦闘継続!隊形速やかに組め!………来るわよ!!」

『『『────ウォオオオオオオオッ!!!!』』』

《敵艦影、視認!!》

《弾薬装填、ヨシ!!》

「距離300、撃て!!」

あの耳障りな咆哮を響かせて、巨大な水柱と共に海中から現れたいくつもの影。同時に、私は声高に号令する。

『ゴォアアアアアッ!!?』

二門のヒトマル主砲が火を噴く。APFSDSが敵艦隊の先頭に屹立した“艦影”に直撃し、砲火を食らった個体が苦しげに呻いた。二発は何れも肩口に当たったようで、千切れ飛んだ右腕が丸ごと一本10メートルほど向こう側の海面に落下した。

《命中、効果あり!!》

「第二射、撃て!!」

『ガアッ…………』

息継ぐ間もなく、二度目の砲声。最大1000mmのRHA(均質圧延鋼装甲)をぶち抜ける貫通力を誇る砲弾が、今度は頭部と胸部右側に命中しブヨブヨと弛緩した青白い皮膚をぐちゃぐちゃに引き裂く。

頭部に風穴を開け、上半身の右半分を抉り取られた5m強の化け物は、小さく呻き声を上げてそのまま仰向けに倒れた。

《敵艦撃破を確認!なお艦種は確認できず!》

「確認の要なし!目標変更、第三射!」

「照準よし、Fire!!」

『グァガッ!!?』

ヒトマルの砲塔がぐるりと回転し、44口径120mm滑空砲が三度吠える。埠頭に乗り上がろうとしていた敵艦──形状から大雑把に推測する限り駆逐種の何れか──があごのあたりに直撃弾を食らい、衝撃で亀のようにひっくり返って海に転落した。

『ォオオォ……グァアッ!?』

「弾着、弾着!」

「とにかく火線を途切れさせるな!迫撃砲と無反動砲はなるべく一個体に攻撃を集中しろ!」

別の角度から私達に狙いをつけようとした艦影には、軽機関銃や84mm無反動砲、60mm迫撃砲の弾丸が押し寄せる。流石に威力・貫通力に大きく劣る分大破轟沈とはいかないが、集中攻撃に怯んでその動きは完全に縫い止められる。

「2号車、併せて!!」

《了解!Fire!!》

『ギィッ………』

すかさず、たたき込まれるとどめの徹甲弾。三つ首のそいつは立て続けに五発の連射を浴び、右側と中央の首を穴だらけにされて前のめりに崩れ落ちる。

「グッジョブベリーナイスよ!!」

会敵から数分と経たず二隻の轟沈、しかも反撃は皆無。滑り出しとしては上々だ。なおも敵艦隊の動向に神経を向けながら、私は2号車と足下の砲手に賞賛の声を送る。

油断はできない。だが、間違いなく深海棲艦の出鼻を挫くことには成功した。

「怪獣映画ならブーイングの嵐ですね、敵のお目見えと同時にろくな顔出しもさせず最大火力で迎撃とは」

「本物の戦場でお約束なんかクソ食らえよ!」

砲手の大隈二曹の言葉に、私は彼女には見えないと知りつつ肩をすくめた。

ファーストルック、ファーストショット、ファーストキル。【GODZILLA -怪獣黙示録-】での怪獣対処法じゃないが、深海棲艦との戦闘も概ね一番意識しなければならない点は一致している。

先に見つけ、先に撃ち、先に殺す。それこそモンスターパニック映画のように、わざわざ奴らが全身を露わにして戦闘態勢を整えきるまで待ってやる必要性はない。

馬鹿正直に正面から上陸してくるなら、その水際で徹底的に叩くのが最も理にかなったやり方だ。

《正面敵艦隊、後続上陸の気配なし!一時後退した模様!》

「戦闘態勢は維持、警戒は厳としいかなる動きにも対処できるよう最大限の用意を!また、空襲並びに学園艦からの艦砲射撃にも注意して!」

いきなり二隻もの損害を出したことで流石に深海棲艦側も面食らったらしい。奴らの物量からすれば大した損害ではないはずだけど、残りの敵艦はそれ以上上陸を試みることなく再び海中に姿を消した。

とはいえ、あくまで一度態勢を整えるため下がった程度で攻勢自体が止んだとは到底思えない。私達も空襲や主力艦隊の砲撃によってかなりの消耗を強いられている以上、そう何度も攻勢を跳ね返せるほどの余力はない。

《CPより各隊に通達、神山町方面防衛線は海岸線を深海棲艦が突破、内陸に浸透しつつあり》

《此方成田町防衛線、ホ級flagshipを旗艦とする敵艦隊の攻勢を受けている!艦娘部隊の増援を求む!》

《大洗海岸通り防衛線、駆逐艦【菊月】より前線指揮所……学園艦からの艦砲射撃により被害甚大、僚艦の神風、潮も大破した……!これ以上の継戦は困難だ、後退の許可を!》

………そして大洗町全体の戦況は、さらに輪を掛けて絶望的なものへ推移しつつある。仮に私達がなんとかこのまま持ち堪えたとしても、他の拠点が押し込まれ続ければ意味は殆どない。

特に厳しいのは大洗海岸通りの苦境だ。

この方面で深海棲艦による橋頭堡の確保を許せば、港湾部に展開する自衛隊の主戦力と大洗鎮守府が分断される形になってしまう。既に海上からの猛攻によって青息吐息の状況下、陸路からの攻め手が加わればおそらく鎮守府の失陥は免れない。

那珂川以北───ひたちなか市方面からの援護を期待しようにも、向こうは私達以上に防衛戦力配備が遅れている上避難未完両区域も多い。おそらく、先ほど湾内を北上していった敵海上艦隊を艦娘部隊で食い止めるのが精一杯の筈だ。

「ったく、どうしたもんかしらね……っ!」

「正面、敵艦隊再浮上を確認!!」

打開の手を探すべく思考を巡らそうとすれば、再び盛り上がる海面とその下から現れた異形の軍艦に強制的に中断される。

『『ォオオオオォオッ!!!』』

「全速後退!!」

「散開………ぐぁあっ!!?」

ファーストルック、ファーストショット、ファーストキル。今度は向こうが、戦闘の“原則”を忠実に実行した。

浮上と同時に先鋒二隻がはき出した砲弾は、全速力で後退した私達の目の前で地面にめり込み炸裂する。逃げ遅れた陸士が一人、爆風に吹き飛ばされ私達の真上をすさまじい速度で通過する。

グシャリという、人体が衝撃で潰れる生々しく湿った音が背後で響く。……その光景を目にせずすんだのは、悪いけど不幸中の幸いだ。眼前で“それ”が起きていたら、今度こそ私は嘔吐を免れなかっただろう。

『ォアアッ!!』

『ボォオッ!!』

「うわわわわわわっ!!?」

当然、攻撃は一発では終わらない。先陣の二隻────巨大な顎と青色に輝く単眼が特徴的な、【駆逐ハ級】たちが口内の単装砲を私達に向ける。放たれた砲弾を、中内二曹が悲鳴を上げながらもその声の情けなさとは裏腹に見事な操縦で立て続けに躱していく。

「行け行け行け!!」

「視界を奪え!眼にありったけの弾丸をぶち込んでやれ!!」

すかさず、随伴歩兵隊が私達とハ級の間に飛び出す。10挺を越える89式小銃の銃口が一斉にマズルフラッシュを瞬かせ、5.56mm NATO弾をはき出す。

『ギィイイッ!!』

『ゴァアッ!!』

多くの面でリ級やル級といった主力艦に能力が劣る非ヒト型とはいえ、相手の皮膚の硬度は“軍艦並み”だ。10挺どころか千挺集めたってたかが自動小銃では貫けない。

だが弾丸が炸裂し飛び散る火花は、奴らの視界を奪うには十分なようだった。二隻のハ級は威嚇するように歯をカチカチと鳴らしながら、明らかに不快げに咆哮する。

「後方の安全確認………発射!!」

『ギァアアアッ!!?』

その鼻っ柱に叩き込まれるのは、84mm無反動砲のロケット弾。直撃を受けた左手のハ級が、今度は明確に苦悶の声を上げた後激しくのけぞり蹈鞴を踏む。

「今よ、撃て!!」

「照準よし、発射ぁ!!」

『ゥオオオオオッ!!!』

むき出しになった腹部に狙いを定め、1号車と2号車による同時砲撃。だけどその射線を、もう一体のハ級がまるでハンマーのように自らの頭部を地面に打ち付けて遮る。

『ガァアッ……!?』

「畜生……!」

寸分違わぬ照準で放たれたAPFSDSは、本来の標的ではなくハ級の横っ面に直撃した。装甲が砕け青く生臭い体液が飛び散るが、ハ級の様子を見る限り致命傷にはほど遠い。少なくとも、もう一体の腹をぶち抜くよりはよほど小さな損害に抑えられてしまった。狙い通りの結果を得られず、砲手の大隈二曹が低い声で毒づく。

「野郎、友軍艦を庇いやがった……!」

非ヒト型の深海棲艦、分けても駆逐級の通常種は基本的にヒト型種と比べて遙かに与し易い。……まぁ私は交戦の実体験が皆無なのでなんとも言えないけれど、少なくとも世界中の軍事関係者が口を揃えて断言し、実際に過去の交戦結果にもそれはとして顕著に表れている。

見たところ、私達の前方に上陸を開始している深海棲艦の強襲部隊にリ級やル級の姿は確認できない。最初の襲撃と同じで、先鋒のハ級を含めて全て駆逐か軽巡で構成されている可能性が高い。

そしてシーサイドステーションは甚大な損害を受けたとはいえ、未だ迫撃砲や84mm無反動砲を10門以上保有している。何より、厚さ1メートルの近代特殊装甲をぶち抜けるAPFSDSを30発強も抱えた10式戦車が二台ある。

戦力的な面から見れば、大洗女子学園からの砲撃や空襲を考慮に入れても私達には粘る余地が十二分にあるはずだ。実際、さっきは二隻の敵を早々に沈めて一度跳ね返しているのだから。

────あくまでも、理論上では。

『ォオ、ギィイイイ……』

125mm弾二発の直撃を食らったもう一体のハ級が、唸りながらゆっくりと此方に向き直る。着弾点には直径20cmはあろうかという穴が穿たれ、表皮装甲は捲れ上がり、黒煙を吹く傷口からは青い体液がボタボタと垂れ流され地面に染みを作っている。一瞬5メートル強の巨軀が揺らいだように見えたのは、受けたダメージが大きくてバランスを取れなくなっているのかも知れない。

歯の隙間から漏れてくる咆哮もまた、出現直後のものに比べて遙かに弱々しい。私達への威嚇だと思っていたが、あの様子を見る限りあるいは単なる苦悶の声だとしてもおかしくはない。それほどか細く、くぐもった声だった。

『ガァ……アァアア……ッ!!』

「────……」

なのに、奴の眼に宿る光の強さは────私達人間に対する、強烈な殺意が込められた眼光は、これっぽっちも弱まらない。

『ギガァアアアアッ……』

無機質で、体温が感じられない、ガラス玉のように人工的な光沢を放つ青い単眼。何を考えているのか、そもそも考えるという行為自体しているのかさえ疑わしい目付き。

だけどその奥に揺らぐ意思だけは、明確に読み取れる。ハ級が───深海棲艦が私達に向ける殺意、害意、悪意……様々な負の感情を、まるで直接脳裏に刻み込まれているような感覚と共に私は理解してしまう。

その強烈な負の感情を込めた眼光に……否、“負の感情そのもの”に射貫かれて、私は打ちのめされる。心臓を冷たい掌で包まれたような感覚が走り、機銃を握る手は強張り、身体は震えて動かない。

それはまるで、腹を空かした獅子に睨まれる野兎のような有様だった。

私にとって不幸中の幸いは、自分が戦車の車長で、かつ一人ではないことだった。もしも孤立した上でこの状態に陥っていたなら、きっと順当に二階級特進となっていたに違いない。

「────尉、蝶野一尉!眼ぇさませ、しっかりしろ!!!」

「っ!?」

叫び声と共にガツンと音がして、膝のあたりに鈍い痛みが走る。同時に、時間にして数秒の(しかし生死の境を分けかねなかった)硬直が解け、私の耳と脳と身体は急速に機能を回復した。

「中内のことしかり飛ばす権利ねえッスよそれじゃあ!!あたしゃまだ母校が優勝旗勝ち取るまでは死なねえって決めてんだ、しゃんとしてくれ!!」

『ギィアアッ!!?』

足下から上がる叱咤激励の声に続いて、今度は乗っているヒトマルの主砲が吠える。砲弾が獰猛な風切り音を伴ってハ級の下顎部分に直撃し、強大な運動エネルギーを持ってその皮膚を粉砕する。甲殻の残骸が地面で跳ね、カラカラと乾いた音を立てる。

「ハ級二番の損害を確認も、敵の後続艦隊は尚も上陸中!

一尉、このままじゃヤバいっす!指示をください!!」

「……まずは確実に敵を一隻減らすべきよ、ハ級二番への攻撃を続行!」

「Si, Signore!!」

『ァアアァアアアッ!!?』

あえてイタリア語で返された返事と共に放たれた今度の砲撃は、ハ級の眼球のど真ん中を撃ち抜いた。甲高い破砕音を残して表皮と眼球の残骸と思われる透明感のある破片が飛び散り、傷口から青い体液を迸らせながらハ級が凄まじい音量の悲鳴と共に悶絶する。

大隈瞳(おおくま・ひとみ)二等陸曹。アンツィオの卒業生である彼女は、かの学園艦のノリと勢いを重視した底抜けに明るい校風を色濃く受け継いでいる。砲手としての腕前は見ての通り確かだけど、今回はそれ以上に彼女の明るさに救われた。

「2号車、続けてハ級二番に照準合わせ!随伴歩兵隊、後続の敵艦隊に火力を均等展開、撃破ではなく足止め・上陸妨害に重きを置いて!」

《り、了解!………撃て!!》

『ア゛ッ………』

2号車の125mm弾が飛翔、未だ黒煙を吹き青色の血を流し続ける傷口に突き刺さり、肉をえぐり、体内奥深くで炸裂する。

小さな呻き声を一つ残して、ハ級の体躯が横倒しになった。

そのまま数秒に渡ってハ級は痙攣を繰り返した後、穴だらけの身体からぐたりと力が抜け永久に活動を停止する。

交戦早々に反撃の間を与えない猛攻を展開しての、一方的なハ級撃破。流れとしては一度目の交戦と遜色ない、理想的な滑り出し。

ただし今回の場合、敵艦隊の数が最初と比べて大幅に増えているという難点が存在した。

『『『ァアアアアアアァッ!!!!』』』

《イ級三体、左翼に新たに上陸!迫撃砲、もっとペースを上げろ!》

《もう限界まで上げてる!これ以上は砲身が破損しかねん!……畜生、やっぱり60mmじゃいくらなんでも役者不足だ!》

《84mm、軽巡ホ級に着弾も効果稀薄!敵艦隊上陸速度、ある程度遅滞も止まりません!》

《屋上狙撃班より前衛部隊、新たな後続艦隊の浮上を確認した!編成にヒト型や上級種は確認できずも数は現在確認できた時点で二個艦隊12隻!》

広く扇のような陣形を組んで、私達の拠点を半包囲するようににじり寄ってくる深海棲艦たち。此方も保持する全ての火力を注ぎ込んで反撃するが、ある程度の打撃は与えられても流石に歩兵の携行火器のみで短時間に轟沈させることは難しい。撃沈には至らず、敵陣の厚みが徐々に増していくことを止められずにいる。

『ガァアアアアアアッ!!!!』

《ホ級砲撃───ぐぁあっ!!?》

「くぅっ……!?」

敵陣の右翼側に現れたホ級が、上部の連装砲を起動させる。砲火が煌めき、飛来した弾丸は私達の右前20mほどの位置で炸裂する。

積み上げた土嚢の上に機関銃を据えていた歩兵の一団が視界から消え、彼らが居た位置ではひらひらとピンク色の“何か”が桜吹雪のように舞っていた。

《第二軽機関銃班通信途絶!》

「1号車より各位、展開地点への砲弾直撃を視認!生存者は確認できず!

怯むな、攻撃の手を止めず撃ちまくれ!!」

《《《了解!!》》》

「弾薬装填完了!発射ァ!!」

『オゴォッ!!?』

私が無線機に向かって叫ぶ下で、大隈二曹が主砲の引き金を引く。2号車も同時に轟音を奏で、二発の砲弾が立て続けに最初のハ級に吸い込まれる。

《2号車より1号車、ハ級一番は損害大も敵艦隊の上陸規模は拡大の一途!攻撃の分散をした方がいいのでは!?》

「1号車より2号車、意見具申を棄却!敵艦隊の進軍遅滞は随伴歩兵隊並びに狙撃班に一任、我々は各個撃破に集中する!!」

《……了解!!》

2号車車長の懸念にも、実際一理ある。60mm迫撃砲は口径が小さすぎて深海棲艦に対して力不足に過ぎ、84mm砲も相手が一体、二体ならともかく優に30を越える物量の前には数があまりにも足りていない。単体で敵の火力に対抗し得る──それも到底“互角”とは言いがたい──のは、この拠点においては10式戦車だけだ。

ただ、それすら今は数が不足している。

「一尉、ヒトマルも二両しかないんだし私らは包囲されつつあります!随伴歩兵の援護に回して目標を分けた方がいいと思うっスけど!」

「逆よ、数が少ないからこそ攻撃目標を集中して!私達は敵が態勢を整えきる前に少しでも打撃を与え続ける!」

「了解ッス!」

弾種が貫通力を重視したAPFSDSという点も相まって、今のヒトマルに多数の敵を相手取り制圧できるだけの火力はない。ましてや相手は、図体が大きく戦車の何倍も耐久力と攻撃力がある深海棲艦だ。

たった二両が目標を分散させて敵に攻撃を仕掛けたところで、足止め効果の上昇は微かなもの。寧ろ、敵艦に対する決定力が減退し戦力を削ることができなくなる可能性が高い。

尤も、今の戦法を維持してもどのみち状況は好転のさせようがない。敵の数は30を越え、深海棲艦一隻の沈黙に此方の砲弾は急所への集中攻撃でも10発前後を要する。それに対して戦車はたったの二両、残弾も各20発強しかない。

『ァアアア……グァ………』

《ハ級一番、沈もk発砲炎を視認!!》

「全速回避!!」

「ひぇえええ!?」

私の叫び声と同時に、或いはコンマ数秒早く中内二曹がヒトマルを操作する。三つ首の深海棲艦……軽巡ト級が放った弾丸が左旋回した車両を掠めて数メートル後ろの地面に突き刺さり、爆発。車体後部が微かに浮き、着地時にズンッという身体の芯を突くような震動が襲ってきた。

《こなくそっ!!》

『ゴガッ!?………ガァッ!!!』

此方の陣地の一角で、84mm無反動砲が火を噴く。対戦車弾頭がト級の左側の首に着弾し火花を散らすが、ト級は被弾箇所から僅かに煙を上げつつも態勢すら崩さず反撃に移る。

《反撃来るぞ!》

《退h》

中央首の口から突き出した単装砲、その先端に走る閃光。炸裂した砲弾の火が弾薬にでも誘爆したか、その小隊が陣地としていた砲撃痕から巨大な火柱が立ち上る。

《此方屋上狙撃班、敵艦隊への妨害射撃は効果がきわめて稀薄、敵の展開規b》

『ォアアアアアッ!!!』

イ級が一隻声高に吠えながら顔を上げ、砲弾をはき出す。5inch単装砲の弾丸がシーサイドステーションの二階部分に直撃、爆発と共に着弾点は崩落し、狙撃班からの通信も砂嵐を残して途絶える。

《………【ダスター】よりヒトマル1号車、既に我が方の損害甚大にして敵との物量差は圧倒的、かつ大洗町全体の戦線も瓦解携行にあり!

速やかな後退、並びに友軍部隊との合流を具申する!!》

「1号車よりダスター、後退は許可できない!当拠点が崩壊すれば敵主力部隊の大規模な進軍路が確保され、大洗町の失陥はおろか避難未完両区域への深海棲艦による大規模浸透の危険が高まる!

なんとしても現拠点を死守せよ!!」

《……くそったれ、了解だ!

とはいえ最早残弾僅か、もう間もなく敵の航空戦力を抑えきれなくなるぞ!》

M42からの通信は、ヤケクソ気味の悪態で締めくくられる。

一応は納得してくれた彼には申し訳ない話だけど、私が口にした内容は全てが真実ではない。

勿論大洗町、というよりは茨城県沿岸の完全失陥や民間人への被害発生を回避するために、私達が踏み止まらなければならないというのは事実だ。【ダスター】の進言を受けてCPに退却許可を打診したとしても、これが理由で棄却される確率は非常に高い。だけど、そういう状況であることを利用して、私が本当にここに踏み止まりたい理由には触れずにいた。

私は日本陸上自衛隊一等陸尉であり、戦車道連盟に所属する審判員の一人であり……
…大洗女子学園の、戦車道実技担当講師でもある。

部下に叱咤されなければ深海棲艦と相対した恐怖から抜け出せなかった臆病な人間が、今この瞬間深海棲艦の蹂躙を許している無力な人間が、こんなことを言うのは烏滸がましいかも知れない。

ただ私は、今なお学園艦の上で奴らの脅威に晒されているあの子たちを見捨てるような真似はしたくなかった。西住さんたちが助かる目を失わせるような、大洗女子学園奪還の可能性を更に下げるような状態にしたくなかった。

認めよう。経戦指示を出した最も大きな理由は、紛れもなく私自身のエゴ、自衛官にあるまじき個人的な感情だ。また、“明確な大義名分がある”のをいいことにそのエゴを隠す卑怯者でもある。

(………そうは、言ってもね……!)

どちらの理由で踏み止まるにしろ、現在の戦況は最悪に近い。部隊の損害はダスターが言うとおり拡大し続け留まるところを知らず、今や彼我の物量差・火力差は覆しようがない。充満しすぎてかえって感じることができなくなるほど、あたりは死臭と血の臭いにあふれかえっている。

加えてダスターの弾薬が切れれば、私達は敵航空戦力に対する対抗力を失う。質と量を兼ね揃えた陸海空の緊密なる共同攻撃だなんて、笑えないにもほどがある。

機銃掃射を正面に鎮座するホ級の頭部に浴びせつつ、私は無線機に向かって呼びかける。

「……此方大洗シーサイドスクエア。ヒトマル1号車車長・蝶野より近隣各拠点に伝達、稼働可能な装甲戦力を報告せよ。それから艦娘部隊の中で損傷軽微・戦闘可能な艦が居ればそれも共有されたし!」

《重巡洋艦羽黒、沿岸部から離脱後若宮交差点へ転進、自衛隊の皆さんと合流しました。敵砲火を受け続けていますが損傷軽微、戦えます!》

《西福寺前、駆逐艦・陽炎健在!合流は可能よ!》

《此方大洗駅前、爆撃並びに艦砲射撃により損害大なるもキューマル一両、ダスター一両を其方に回せる、オクレ!》

《磯浜さくら坂通り第八隊、ヒトマル一両、キューマル一両、LAV四両を派遣可能!また合流艦娘三名は最上、五月雨、神威何れも損傷軽微!交戦可能!》

重機関銃を操っている真っ最中の私に、メモを取るような余裕は当然ない。必死に耳を澄まして一言一句を聞き取り、脳内で慎重かつ速やかに統合していく。

(機甲戦力37、艦娘戦力9……ね)

単純な数の少なさもそうだが、詳細はより厳しい。重巡洋艦2隻に駆逐艦ながら高い性能を持つ陽炎がいる艦娘部隊はともかく、抽出できた機甲戦力は最終的に2/3以上がLAV。対空火力であるM42に至っては大洗駅の一両だけ。残弾の消耗もかなりしているとみるべきだろう。

無論、まだ音沙汰がない拠点も多数ある。とはいえ、この時点で応答がないということは壊滅したか、壊滅していなくとも此方の問いかけに即座に答えられる余裕すらないかのどちらかだ。或いは無線が故障・破壊された等でたまたま戦力を保有しながら答えられない可能性も一応あるけれど、ひたちなか市方面への進出すら深海棲艦が試みている状況下でそれは楽観視が過ぎる。

だいたい、それらの拠点の安否を確かめるだけのリソースを割く余裕は私達の方にもない。

それでも、“何もしない”という選択肢は無しだ。砕ける未来が同じなら、向こうに拳を振り下ろされるより此方からぶち当たってやる方がよほど生き残る確率が上がる。

それに────“西住流に後退の文字はない”のよ。

「シーサイドステーションよりCP、通信が取れた拠点から残余艦娘戦力並びに機甲戦力の抽出・再編許可を願う!

現在市街地に展開する最大火力の集中運用にて正面敵艦隊の上陸を阻止した後、大洗海岸通り方面に突貫し敵浸透部隊を撃滅する!」

《CPよりシーサイドステーション、許可する。近隣拠点にて機甲部隊・艦娘が健在かつ派遣可能な箇所は速やかに大洗シーサイドステーションまで急行させろ!!》

コマンドポストは意外にも、こちらの要請を二つ返事で承諾してくれた。本来喜ばしいことなのだけど、その事実は私の眉間に却って深いシワを作らせる。

前線指揮の中枢が一尉官の申し出に飛びつかなければならないほど、戦況は逼迫しているらしい。それも戦略の詳細も、「敵艦隊の撃滅」に対する根拠も聞かずに、だ。

《大洗駅よりCP、指示を受諾。これより機甲戦力を前進させる!》

《こちら若見屋交差点防護陣地、敵空襲の激化により現時点では戦力抽出不可!敵艦載機部隊の撃滅を完了次第羽黒を派遣する!》

《西福寺、M42を1両と陽炎、他対戦車火器装備の人員を一部そちらに向かわせる!陽炎、行けるか!?》

《任せて!!駆逐艦【陽炎】、指定区域に移動する!到着までに全滅したりしないでよ!!》

《大洗中央排水所前、七警・軽巡洋艦【長良】!これより護衛部隊並びに軽装甲偵察車3両と共に指定区域に前進、友軍と合流後蝶野亜美一等陸尉の指揮下に入ります!》

《中央排水所前よりシーサイドステーション、聞き及んだ通りだ!この町の守りは貴官に託すぞ!》

《此方成田町、国道51号線沿いにて深海棲艦10隻強の上陸を確認!増援派兵は困難、すまない!》

CPからの指示に応じて、次々と各拠点から要請受諾や現状報告の声が上がる。先の呼びかけからさしたる時間が経っていないにも関わらず、既に幾つかの部隊は早くも戦力の派遣が困難になっていた。

全く、かのモントゴメリーでさえ、きっとこの状況に関しては「最悪だ」ってしかめっ面で呟きそうね。しかもその「最悪」は、現在も絶賛更新中ときたわ。

それでも、光明もある。駆逐艦ながら高い性能を誇る陽炎が貴重な対空火力であるM42も伴っての派遣される点はプラスの意味での計算外だ。逆に主戦力と見込んでいた重巡羽黒はまだ動けないらしいけれど、そもそも彼女がいる若見屋交差点はここから1キロと離れていない。

敵航空隊の排除さえなれば、徒歩でも10分とかからず合流が見込める。苦戦するようなら、先に陽炎たちを若見屋交差点の援護に向かわせて敵航空隊を跳ね返すという手もある。

例え極楽の菩薩が気まぐれで垂らした蜘蛛の糸よりか細いものであったとしても、反撃への道筋が残っている限り私達に“諦める”という選択肢は無しだ。

「一号車より各位、CPは要請を受諾し現在増援戦力を編成中!尚、友軍戦力には西福寺の【陽炎】と若見屋交差点の【羽黒】が健在とのこと!!

踏ん張るわよ、最大火力にて敵艦隊迎撃を継続して!!」

飛ばした激励に対する返答は、殆どない。
通信を境に明らかに勢いを取り戻した火線が、その代わりとなる。

『『オ゛ォ゛ッ!?』』

『『グォオオオオ……!!』』

無論、ヒトマル2両と、他にはせいぜい110mm個人携帯戦車弾───所謂【パンツァーファウスト3】ぐらいしか一撃で相応のダメージを与えられる火力が存在しないという現状は変わらない。それでも、怯ませることができれば後続部隊の到着までこの拠点が持ち堪えるだけの時間は捻出できる………と、信じたいところね。

「しかし、“浸透艦隊の撃滅”とは大きく出たっすね!」

呆れたような、それでいてどこか小気味よさげな声色は足元から。雑談に興じながらも、大隈二曹の狙いは些かも鈍りはしない。

『ギァアアッ!!?』

砲声が鳴り、機銃射撃とは別種の震動に視界が揺れた。新たに上陸してこようとした軽巡ホ級が、首の辺りから間欠泉のように吹き出す青い血を止めようと藻掻きながら仰向けで再度海に転落する。

「CPは二つ返事でOK出しましたけど、勝算はあるんスか一尉!?通信聞く限りだと、上陸した敵戦力規模はもう100隻は確実に越えたッスよ!?」

「100どころか多分200越えてたわね、ひたちなか市の方に向かった奴らも含めるならもっとじゃないかしら」

既に物量の面では、とっくの昔に私たちの対応可能な許容範囲を越えている。しかも大洗鎮守府の動きは封じられており、敵には航空支援と主力艦隊による艦砲射撃の加護つきだ。浸透部隊がほぼ非ヒト型で構成されている点を差し引いたとしても、正面からの激突で私達に勝ち目はないだろう。

ただし、そもそも私達は馬鹿正直に“敵の全戦力を粉砕する”必要自体がない。

「限りなく薄いのは認める、でも0じゃない。悪いけど付き合って貰うわよ、“分の悪い賭け”にね」

「ったく、ハルウララに十万賭けろって言われた方がまだマシな気分ッスよ!」

「ひどい言いぐさ……ねっ!!」

『!!?』

気配を感じて、引き金を押し込み続けながら機関銃の照準を上空に向ける。ちょうど突入してきた【カブトガニ】が、真っ正面から弾丸に貫かれて黒煙と火炎を噴き出した。

『─────………』

『ア゛ア゛ァ゛ッ!!?』

きりもみ状態に陥った敵機はみるみるうちに私達から軌道が逸れていき、空に煤けた弧が一筋描かれる。正面艦隊のまっただ中に墜落したその機体はそのまま隊列の中程にいる軽巡ト級に直撃し、爆散。

『ギギッ…………!』

折しも此方に砲撃を加えるため中央の頭部が大きく口を開けていた矢先の一撃に、ト級が蹈鞴を踏みながら低く呻く。誘爆による一発轟沈……とまではいかなかったが、【カブトガニ】が激突した右側頭部から炎を伴った煙が激しく吹き出している辺りダメージは小さくないらしい。

「パンツァーファウスト!!」

「了解!!」

『ゴガッ……ギィゥ!!?』

即席陣地の一角で、110mm無反動砲数門が一斉に砲弾を放つ。先鋒として殺到したDM32【バンカーファウスト】弾が傷口付近に次々と着弾して装甲を粉砕し、広がった傷口に後続のタンデムHEAT弾が飛び込んだ。

『ガッ……────』

低く大きな音が鳴り響く。港湾部全域がまるで大地震のように鳴動し、一際巨大な火柱が目の前で上がる。今度こそ内蔵弾薬に誘爆したト級が大爆発を起こし、砕け散った奴の残骸がそこら中に飛び散る。

『『『ギァアアアアアアッ!!!?』』』

吹き出した轟炎に巻き込まれ周囲数体の駆逐艦や軽巡が暴れ狂いながら苦悶の声を上げる有様は、さながら絵巻や絵画で描かれた“地獄”をそのまま現実化したかのようだ。おぞましさ、気色悪さも感じるが、それ以上にやはり、胸の内からじわりと滲み出るような恐怖を感じずにいられない。

《敵航空隊、更に一部が対空砲火を抜ける!直上より急降下!!》

M42からの警告の叫び声。比喩表現ではない、本物の地獄へ誘おうとラッパの音が空から迫る。

腹の底で尚も渦巻く恐怖を飲み下し、機銃の火線をラッパの音が聞こえてくる方に向ける。火線を突き入れられて編隊飛行を乱した10機ほどの黒い機影が、忌々しげに踵を返す様子が視界に映った。

『イギアッ!!?』

「て、敵艦に打撃を確認!」

鈍く掠れた悲鳴と中内二曹の報告の声に視線を戻せば、新たに隊列に加わっていた個体──姿形から推測するに恐らく軽巡へ級──がヒトマルの砲口が睨み据える先で仰け反っていた。私達を標的にしたところで大隈二曹に撃ち抜かれたのか、艤装と一体化している奴の右手が拉げてあらぬ方向に折れ曲がり、バチバチと火花を散らす。

「オッケー、グッジョブベリーナイスよ!」

「お褒めの言葉より給与に特別ボーナスでもつく方がよっぽど嬉しいっスね!一尉、上に掛け合ってくださいよ!」

「善処はしてあげるわ、約束はできないけどね!」

善処どころか、来年度の予算が0になったっておかしくない。………いや、そもそも“来年度があるかどうか”が問題なのだけれどね。

「1号車より【ダスター】、弾薬残量は!?」

《随伴歩兵部隊や周辺拠点からの支援でなんとか節約できている、それに破壊された車両から無理矢理幾らかの弾薬も引っ張り出せた!

当初の見込みよりは幾らか引き延ばせそうだがそもそも敵航空隊の数が増える一方だ、どのみち長く保つわけじゃない!なるべく早くに状況を打破してくれ!》

「1号車よりダスター、了解!

2号車、機銃掃射を対空専任に!また展開部隊の内対戦車兵器を持たない班は1班だけダスターの支援に回って!」

《2号車、了解!対空戦闘に移行します!》

《こちら富永班、指示を受諾!M42護衛部隊に合流する!》

『オ゛ア゛ア゛ッ!?』

味方への指示を出す私の頭上を、砲弾が弧を描いて飛び越していく。背中で立て続けに三つの爆炎が弾け、駆逐イ級がくぐもった悲鳴と共に微かに身体を跳ねさせる。

《大洗町駅よりシーサイドステーション、これより平行して迫撃砲による火力支援を行う!弾着は確認した、効果のほどを報告されたし!》

「此方シーサイドステーション、支援砲撃を感謝するわ!効果としては着弾した駆逐イ級に損害を確認、引き続き支援を求む!オクレ!」

《大洗駅よりシーサイドステーション、了解!砲撃を継続する!》

善戦は、している。

ただでさえ雀の涙な艦娘戦力が十全に機能せず、物量差は広がる一方。制空権は掌握され、学園艦は攻撃不可能の砲台と化し、砲弾と爆弾が豪雨の如く降り注ぎ続けているそんな状況下で、抵抗するどころか幾多の敵艦を沈め、あまつさえ反攻の態勢を整えようとすらしている。

予想通りの、いや、私の予想以上の“善戦”と呼んでいい。そりゃあ軽巡棲姫を陸戦で撃沈したドイツ軍には遠く及ばないけれど、大隈二曹共々私達全員が特別ボーナスを貰うに値する程度の働きはできていると思う。

だけど、それだけだ。

《此方2号車、主砲弾残余八発!機銃も流石に残弾が心許なくなってきたわ!!》

「一尉、1号車も125mmの残りはきっかり10発っス!このままだとどう考えても足りねえッスよ!」

《狙撃班より1号車、埠頭方面で新たに一個艦隊の上陸を視認!戦力はヘ級2、ホ級1、イ級2、ハ級1!なお、ヘ級の内1隻はeliteと思われる!》

《此方大洗駅、学園艦艦上より新手の航空隊発艦を確認した!市街各部隊は警戒せよ!!》

「シーサイドステーションより陽炎並びに羽黒、合流はまだできそうにない!?」

《こ、此方羽黒!ごめんなさい、空襲が激しくて無理です!》

《陽炎より蝶野一等陸尉、急行中も敵艦載機隊に補足され続けていて交戦しながらの進軍となっている!行軍は大きく遅滞、もう少しだけ待って!》

反撃の糸口は、未だ繋がっている。

尤も、私達が手にしているそれは、相変わらずか細く脆いままだけど。

「シーサイドステーションよりCP、現有戦力の集結がやや遅れている!後方待機中の艦娘、或いはC.R.Rの派遣は可能か!?」

《CPよりシーサイドステーション、不可能だ!後方戦力はまだ割くことはできない!》

「ま、そうでしょうね………!」

要請の棄却は若干喰い気味ですらあったけれど、予想通りだったため落胆はない。

深海棲艦の艦載機は、既に相当数が涸沼や那珂川を越えて避難未完了区域の上空を脅かしつつある。下手に艦娘戦力や機甲部隊を割けば、押し寄せる航空隊の物量に対処しきれず民間人に大きな被害を出す恐れがある。

同様の理由から武器弾薬の補充も通らないだろう。今頃トラックもヘリも、詰めるだけの住民を詰めてのピストン輸送にかり出されている真っ最中の筈だ。

「一尉、CPの返答は!?」

「ベリーバッドね、却下されたわ!」

「そりゃそっスよね!!」

『ゴァッ────!?』

通信が終わるやいなや声をかけてきた大隈二曹も、結果は覚悟していたのかその返事は軽い。八つ当たりとばかりに放たれた砲撃は、ちょうど連装砲を起動しようと開かれたハ級の口の中に飛び込んだ。

『ガッ………』

一瞬の制止の後、グワラと巨大な音がしてハ級の胴体が七割ほど消し飛ぶ。成長途上のオタマジャクシを思わせる、巨体に対してあまりにも貧相な足がぱたりと力なく両脇に倒れる。

また1隻、敵艦が沈んだ。だけど、これで1号車の主砲残弾も9。眼前にひしめく───そして、一向に増強をやめない敵戦力と比較して、この9という数は0と大して意味合いが変わらない。

『ゴォアッ!!!』

「い、一尉!もう無理です、後退しましょう!!」

別方面から、お返しとばかりに深海棲艦の砲弾が飛来する。回避したヒトマルの10mばかり横でそれが炸裂すると同時に、ついに決壊した中内二曹が悲鳴に近い声で車内から私に向かって叫んだ。

「敵の物量は圧倒的、砲弾も人員も足りてません!このままだと被害は増える一方です!!

艦娘戦力が、大洗鎮守府が健在なうちに撤退しましょう!!反攻作戦なんて、この町の死守なんて最初から無理だったんですよ、被害を抑えて態勢を立て直した方が絶対にいいです!!」

「何言ってんだ!!大洗女子学園はどうなるんだよ!!」

「どうせみんな死んでるに決まってる!生きてるわけないじゃない!!それに私は死にたくないもん!こんなところで死にたくないもん!!」

「中内てめぇ!!」

再び恐慌状態に陥った挙げ句破れかぶれで喚きだした中内二曹に、大隈二曹がつかみかかる。砲手と操縦士が同時に職務放棄という事態に、全身から音を立てて血の気が引く。

「落ち着きなさい二人とも!!今は戦闘中────」

《────敵機、直上!》

2号車車長の叫び声に被さるように、空から聞こえてきた“ラッパ”の音。

「ぅあっ───!?」

押し寄せる轟音に、鼓膜がつかの間機能を失う。

吹き付ける爆風に、呼吸を奪われる。


次の瞬間、私の世界はヒトマル諸共逆さまにひっくり返った。


……たまたまそのタイミングで強風でも吹いていたのか、対空砲火の回避のため敵機の軌道の方が逸れていたのか、原因については解らない。ともかく絶好の的であった筈の私達に、敵機の投下した爆弾は奇跡的に直撃しなかった。

「~~~~~~~っ!!?」

それでも、当たり所がよければイージス艦でも一発轟沈せしめる爆弾が超至近距離で起爆したのだからただ無事で済むわけもない。火柱に煽られたヒトマルは乗っていた私ごと亀のようにひっくり返り、衝撃でぐしゃりと音を立てて砲塔が折れ曲がる。

「……………っつ」

完全にひっくり返る直前に車内に飛び込んだため頭を潰されることは避けたが、それでも車内をまるでピンボールのように跳ね回った身体は至る所が痛む。特に左足は、打ち所が悪かったのか微かに動かすだけでも軋むような鈍痛が走った。

とはいえ、致命的な怪我が見当たらないのは不幸中の幸いだ。

「………大隈二曹、中内二曹、生きてる!?生きてるなら返事をしなさい!」

ノハ;メ゚⊿゚)「大隈瞳二等陸曹、健在です!」

滅茶苦茶になって赤ランプが点滅する車内に声をかければ、足下で大隈二曹が手を上げる。額の傷から血が滲んでいるが、彼女も大きな怪我はなさそうね。

ハソメ - リ「うぅ……」

序でに、彼女の腕の中には羽交い締めにされるような形で中内二曹が抱かれている。彼女も気を失ってはいるが、見た限り十分に無事と言える範疇だ。

車内の惨状を考えれば奇跡と言って差し支えないレベルだけれど、喜びを分かち合っている暇はない。

「中内二曹はどこかに挟まったりしてない!?」

ノハメ゚⊿゚)「今まさに運転席の中に挟まってたのを引っ張り出したところっス!あっ、一尉これを!」

「ありがとう!急いで脱出するわよ!」

大隈二曹から89式小銃を受け取り、腹ばいに。焦る気持ちを抑え、横転や倒壊による下敷きを避けるため努めてゆっくりと外に這い出る。

「一尉!」

「蝶野一尉、他の二人も無事で!」

全身を引っ張り出すと同時に小銃を構えて周囲の状況を確認すれば、ちょうど私達の方に駆け寄ってくる一団があった。私と、私に続いて車外に這い出てくる両二曹を見て全員が安堵の表情を浮かべていた。

「蝶野一尉、お怪我は!?一応担架も用意しましたが……」

「足が少し痛むだけで大きな問題はない、それより中内二曹を──っ!」

頭上10mほどをライナー性の軌道で砲弾が駆け抜けていき、一瞬首を竦める。大洗駅の方面で轟音が鳴り響き、規則正しく飛来していた迫撃砲の支援砲火が束の間途切れた。

「シーサイドステーションより大洗駅、無事!?」

《120mm迫撃砲一門喪失、他に死傷者若干名も継戦は可能だ!そっちこそさっきの爆撃は大丈夫だったのか!?》

「私達自身は無事だけどヒトマル1号車を喪失、拠点火力が大幅に減退した!なお2号車も残弾は極小!!」

無線でやりとりを続けながらも、動きを止めている暇はない。中内さんのことは担架を運んできた二人に託し、私自身は大隈二曹らと共に上空に小銃を向ける。

「図図しい注文で申し訳ないけど、派遣した増援部隊にクロムウェル巡航戦車並みの超特急で来るよう伝えて!

総員陣形再編急げ!対空戦闘、よぉーーい!!」

当然の帰結だ。

ただでさえ、M42の残弾の減少やLAV、96式の損失、随伴歩兵各班の損耗などで薄くなり敵航空隊の突破を許しつつあった現状がある。その中で私達は更に装甲車両を……対空弾幕の一角も担っていた指揮車両を失った。

火力が減退し、指揮系統に束の間混乱を来した最前線の防護拠点。しかもその拠点に周囲から戦力が集まりつつある動きも、空からなら手に取るように解ることだろう。

故に、敵の“指揮艦”が大洗シーサイドステーションを完全に叩き潰そうとするのは当然の帰結だった。

《空が三分に敵機が七分!繰り返す、空が三分に敵が七分!!》

ノハ;メ゚⊿゚)「総員気張れ、とんでもねえのが来るっスよ!!!」

腹を空かせた猛獣が、低く唸っているようなエンジン音。それらはすぐにあの耳障りな甲高い風切り音に代わり、空から迫る。

今日一日で散々聞き飽きた、“ジェリコのラッパ”の大合唱。………ただしその数は、今までの比じゃない。何十、何百、千に届くと言われても信じられる。

『『『『………─────────!!!』』』』

狙撃班のヒステリックな無線通信さえ、私達の頭上に限定すれば強ち誇張表現ではない。

それら膨大な物量の敵機が、一斉に私達に向かって押し寄せる。

雨のようになんて表現では到底追いつかない。

その空襲をあえて比喩的に表現するなら……空そのものが降り注いでくるような、とでも言おうか。

「撃て、撃て、撃て!!」

《最早残弾を気にする段階じゃない!とにかく全弾ぶっ放せ!!》

迫る真っ黒な空に、次々と私達の火線が突き刺さる。密集しているため面白いように命中し、オレンジ色の火の玉がそこかしこで淡い光を発する。

だけど、規格外の物量の前でそれらの閃光はあまりに微かで、儚い。

『『『────………』』』

《敵機投だn───》

「退避、退避、退避ーーー!!」

《機銃掃射来るぞ、散開しろ馬鹿野郎!!》

「三浦、こっちだ!走れ、走れぇ!!」

《シーサイドステーション、区画の一部に直撃弾!徳居班が崩落に巻き込まれた!》

「いでぇ……いでぇよぉお………」

急降下爆撃が命中したLAVが吹き飛ぶ。機銃掃射を四方八方から受けた堡塁が血煙に包まれる。コンクリートが爆弾で捲れ上がり、とんだ破片が隊員の眼球をえぐる。弾薬への誘爆で火柱が上がり、炎に飲まれた機銃手が地面で藻掻きのたうち回る。崩れ落ちるシーサイドステーションの瓦礫が、尚も転がっていた96式の残骸をそれを盾にしていた一個小隊ごと押し潰す。

ノハメ;゚⊿゚)「被害報告!」

《シーサイドステーション内部、崩落箇所は20を越え岡本班、徳居班、長田班と通信が途絶した!木田班も2名が巻き込まれ重篤、1名が死亡!医療員にも死傷者が出た!》

「即席堡塁・バリケードは約半数が沈黙!60m迫撃砲、110mm無反動砲他多数の重火器も失逸!」

《此方ヒトマル2号車、履帯を損傷し行動不能!主砲残弾も2、機銃も後10秒ほどで打ち止め!》

《こちらダスター2、我々も履帯をやられ移動不能!随伴歩兵隊も機銃掃射により半数が死傷!》

「一尉、磯浜さくら坂通りからの増援部隊が敵主力艦隊の艦砲射撃により進軍困難に陥っているとのこと!現在複数拠点が陽動を行っていますが効果は見られz」

「っ」

報告をしてくれていた通信士の頭が、機銃掃射の火線に射貫かれる。風船を針で突いたみたいな存外乾いた音を残して頭蓋骨と脳細胞とその他諸々がはじけ飛び、赤い肉片が私の頬や口元に付着した。

……人間の適応力は素晴らしくもあり、おぞましくもある。最早そんな光景を目にしても、私が抱いたのは多少の不快さと“また戦力が減ってしまった”ことに対する焦燥だけだった。

20秒に満たない交戦の中で、優に100を越える敵機を撃墜した。だがその戦果は敵の全体物量からすればごく微量であり、引き替えに私達が被った損害は甚大だ。

《敵航空隊、上空で隊列を再編!また急降下来ます!!》

「総員対空戦闘を継続して!総力を挙げて迎撃せよ!!」

89式を構え直しながら無線で檄を飛ばすけれど、殆ど意味がないことは誰よりも私自身がよく知っている。

急造ながら組まれていた対空迎撃用の隊形は膨大な欠員によって崩壊し、LAVはとうとう全滅、ヒトマルとM42も事実上無力化された。数挺の軽機関銃と一握りの歩兵自動小銃で迎撃できる物量ではない。

《これ以上、やらせません!!》

『『……───!!?』』

そのままなら全滅を待つしかなかった私達を救ったのは、2発の砲弾だった。一体の巨大な黒い獣と化したかのように寄り固まって押し寄せてきた【カブトガニ】の大群体は、立て続けに飛来したそれらを食らって一瞬陣形を乱し動きを止める。

『『『『!!!!!?!?!!?』』』』

ノハメ;゚⊿゚)そ「のわっ!?」

次の瞬間、“獣”の体内で炎がはじけた。炸裂した2発の中からは更に無数の小型弾が周囲にまき散らされ、次々と敵機に突き刺さり発火する。火だるまと化した敵機は更に別の機体にぶつかり、その機体は更に別の機体へ……物量に任せての密集突撃に移ってしまっていたことが大いに災いし、群体は中心部から巨大な火柱へと姿を変えていく。

『『『………────』』』

目算で大凡3割程度の機体が焼き尽くされたところで、ようやく残余の編隊が陣形を崩して火炎の渦から逃れ出る。流石に向こうとしても看過できる損害ではなかったようで、まだ爆弾を抱えているらしき機体もあったがほぼ全機が機首を返し学園艦の方に戻っていった。

《こ、こちら重巡【羽黒】!支援砲撃が遅れてごめんなさい!【三式弾】の効果を報告してください!》

「シーサイドステーションより羽黒、効果絶大!当方直上における敵編隊の一時後退を確認!

助かったわ、支援を感謝する!!」

三式弾。あまり艦娘の艤装事情に詳しくない私でも、その名は覚えている。

敵艦載機の圧倒的な物量を逆手にとり、深海棲艦が大量の航空戦力を一度に運用すればするほど効果が大きくなるという画期的な対空弾頭。第二次マレー沖やキュラソー沖海戦、ア号作戦・改、【イツクシマ作戦】等多くの戦場で戦果を上げたとは聞いていた。

正直半信半疑だったけれど……なるほど、今回がかなり出来過ぎたケースであろうことを差し引いても、聞きしに勝る威力ね。

「シーサイドステーションより羽黒、三式弾の残弾数を報告されたし!」

《羽黒よりシーサイドステーション、残弾8発!なお、現在再編集結中の戦力で運用可能なのは私と最上さんだけです!また、最上さんは所持数2発と確認済み!》

此方の聞いたこと以上の答えが、そしてその上で求めていた答えがさらりと返ってくる。先ほどの大戦果といい、垣間見える彼女の優秀さに舌を巻く。

合計10発。今のようにここぞの場面以外でおいそれと使えるほど潤沢とはお世辞にも言えないけれど、少なくとも要所要所で敵航空隊に対する戦果拡大と抑止力として使うには十分な量でもある。

現に、三式弾への警戒からか私達の上空からは敵航空隊の姿がほぼ完全に消え去り、大洗町全体でも爆撃が明らかに鈍化した。一先ず、空の脅威はしばらく払拭されたと見ていいだろう。

《大洗鎮守府より各隊に通達!!》

────まぁ、払拭された脅威はあくまで“片方”だけなわけだけど。

《大洗めんたいパーク方面に新たな敵艦隊戦力の上陸を確認!電探反応のため艦種は不明、数は二個艦隊十二隻前後と推察される!

反応は磯浜町方面へ進軍中、付近部隊は警戒されたし!》

《此方大洗文化センター前、既に今報告に上がったと思わしき敵から艦砲射撃を受けている!

当方に装甲戦力なく、迎撃が困難!増援を送ってくれ!》

「………シーサイドステーションより若見羽黒、陽炎、および随伴部隊各位に伝達。作戦を一部変更。速やかにめんたいパークからの敵艦隊迎撃に向かって」

《陽炎よりシーサイドステーション、正気!?敵航空隊は下がったとはいえそっちは装甲戦力も対空火力も損失したんでしょ!?仮に軽巡・駆逐主力だとしても五個艦隊超の深海棲艦相手に持ち堪えられる戦力じゃないわよ!》

「持ち堪えてみせるわ!心配してくれるなら速やかに敵艦隊を撃滅して!サンビーチ通りを寸断されればどのみち鎮守府や大洗海岸通りが保たなくなるわ!」

私達の正面の敵艦隊撃退、そしてシーサイドステーションや大洗港湾部の安全確保は作戦の第一段階に過ぎない。大目的はあくまでも、戦力の集中運用による海岸通り及び大洗鎮守府の奪還だ。

めんたいパーク方面で敵艦隊が橋頭堡を築けば、この“大目的”を果たすに当たって沿岸部の戦線が南北に分断されることになり作戦が根本から瓦解する。私達の方面を疎かにしていいわけではないが、現段階での優先順位は明らかに“新手”への対応の方が高い。

それに、各増援部隊の進軍速度的に十分な戦力が集結しきるまでには尚もかなりの時間がかかるだろう。羽黒と陽炎が到着したところで短時間での殲滅は不可能に近く、その間に南下してきた敵艦隊に側面攻撃を受ければどのみち壊滅は免れなくなる。

《………羽黒、了解!陽炎ちゃん、行きましょう!!》

《っ、陽炎了解!!蝶野一尉、絶対持ち堪えてよね!!》

無論この事情を口に出して事細かに説明するような時間はないが、幸いにして羽黒と陽炎は此方の意図を汲んでくれたらしい。

叫び声に近い無線の直後、左手で砲声が上がる。恐らく羽黒が進軍してくる新手の敵艦隊に向かって牽制射撃を行ったようね。








『『『『──────ォオオオォオオオオオオオアアアアアアアアアアアッ!!!!!』』』』

そして………さながらその砲声が合図であったかのように、私達の正面で奴らが一斉に咆哮した。

排水量数千トンの軍艦と同等のスペックを持つ化け物30体超の、肺活量を最大限に用いた大音声による大合唱。正面で響き渡るそれの凄まじさたるや、“音で殴りつけられたかのような”とでも表現すればいいだろうか。

『『『『『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!』』』』』

「つぅっ……!」

ノハ;メ ⊿ )「が、ぁ、ぎっ」

いや、私達の正面だけじゃない。大洗町の至る所で、さながら梅雨時の蛙や真夏の蝉が鳴き出した時のように、戦場が奴らの声で満ちている。まさに津波の如く“音波”が押し寄せて、衝撃に視界が霞み脳幹を直接掴んで揺さぶられたみたいに身体がぐわんぐわんと揺れた。

「……何が、そんなに、嬉しいのよ……アンタらは……!」

咆哮の音量、奴らとの距離、私自身の声のか細さ、そもそもの言語の壁……どれをとっても、私の問いかけが届く要素はない。それでも、ヒトマルの残骸の縁を掴み、89式を杖代わりにし、意地でも卒倒するのを耐えて正面にひしめく敵艦隊を睨み付けながら、私はその問いを口にせずにはいられない。

「そんなに、私らを殺せるのが……嬉しいってのかしら…!?」

私は別に生物学の権威でもなければ、深海棲艦研究の第一人者でもない。モンスターパニックに有りがちな、怪物と心を通わせる少女的な能力も開花していない。……認めたくないけれど、そもそも“少女”と呼んでもらえる年齢でもない。

けれどそれらの声を聞いたとき、私は直感的に理解した。

奴らは、喜んでいる。

自分たちが抱く憎悪の対象を、殺意の矛先にある存在を。

『『『『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!』』』』

《敵艦隊、一斉に艤装を再起動!!》

いよいよ私達人類を本格的に殺せることを、歓喜している。

《艦砲一斉射、来まs》

無線からの報告は、最後まで言い切られることなく途切れる。単に奴らの砲声にかき消されたのか、或いは砲撃によって通信元自体が吹き飛ばされたのか、今となっては解らない。

沖合、港湾部、沿岸、そして学園艦の甲板上。奴らが蠢いている場所で次々と光が瞬き、艤装から放たれた鉄と火薬と殺意の塊が空を切り裂いてこの町に降り注ぐ。地に突き刺さった砲弾が至るところで炸裂し、巨大な火柱が轟音と共に立ち上り天を焦がす。

《────見屋交wW-w──敵弾多s──~ww……ヒトm───》

《此方名t×××wWww………は困難、至急──w──》

《──WwwWw───は応答を願───》

今までの奴らの攻撃がもしただの準備運動に過ぎなかったのだと言われれば、私はきっとそれを信じるだろう。

既に半壊状態にある大洗の町を完全に地図から消そうとしているかのように凄まじいペースで砲撃が飛来し、逆巻く炎に熱風が吹き荒ぶ。着弾点から吹き出した幾百筋の黒煙が、さながら地面から雲が湧いているかのように空を暗く覆っていく。恐らく拠点・部隊ごとの窮状を伝えているであろう無線は、間断なく──比喩表現ではなく文字通りの意味で──響き続ける爆発音と奴らの咆哮に飲み込まれ、殆どまともに聞こえるものはない。

「シーサイドステーション、崩落箇所更に拡大!屋内の狙撃班並びに医療班との通信が途絶えました!大洗駅他複数箇所からの支援砲火も沈黙!!」

「敵艦砲射撃苛烈!堡塁・陣地の完全沈黙が半数を突破!最早我々の残存火力では太刀打ちできません!」

「若見屋交差点に伝令を飛ばして!羽黒と陽炎はまだ生きてるはずよ、途中で他の隊に合うようならそいつらにもとにかくシーサイドステーションに直行するよう伝えて!

それと残存火砲並びに残存弾薬をここに全て集めなさい!集中運用でなんとしても奴らの動きを遅滞させて───」

ノハ;メ゚⊿゚)「一尉、北を……北を!!」

深海棲艦の咆哮や砲声に負けまいと声を枯らして周囲への指示を出す中、大隈二曹の絶望に濡れた叫びが耳に届く。

チラと彼女が指さす方角に視線をやる。

「………」

そこに、“火の海”が広がっていた。

「……確か大貫郵便局前に110mmを所持した部隊が居るはずよ。そっちにも伝令を派遣してもしまだ動けるようなら連れてきて、最悪装備だけでも確保を!

歩兵隊各班は私と共に敵への牽制・妨害射撃を行う人員と防火、負傷者救助に向かう人員に分かれて!特にシーサイドステーションは屋内部隊が全滅したとは考えがたいわ、一人でも多く救出しなさい!」

「「「了解!!」」」

東南アジアのスコールにも負けないような勢いで砲弾が飛んできている中で其方ばかり見ているわけにもいかず、視線を剥がして指示に戻る。周囲の隊員達も返答しつつすぐに散っていくが、空元気で無理矢理絞り出されたその声には明らかな焦燥と恐怖が滲み出ていた。

かくいう私も、脳裏には今し方目にした光景がしっかりと焼き付いている。

火の海。

我ながら、陳腐で使い古された表現だと思う。でも、アレを他にどう呼ぶべきか、私の語彙力では適切な表現を探すことは難しい。

大洗海岸通り、そして何より大洗鎮守府。この防衛線の命運を握る二つの重要拠点に、奴らの攻撃がとりわけ集中するのは考えてみれば自然なことだ。だけど、町そのものを完全に焼き払いかねない攻撃の中で更に念入りにリソースが割かれたその一帯は、見渡す限りの範囲が紅蓮の炎に飲み込まれまるでそこだけ昼間であるかのように照らし出されている。

無数の砲声に混じり、風に乗ってその方面からは奴らの悲鳴や呻き声も聞こえてきているため、両方かどちらか片方かは解らないがこの方面が完全に陥落したわけではないのだろう。
だけど、あの光景を見る限りそれは明らかに時間の問題だ。

そして私達にも、最早其方に気をかけられるほどの余裕は残されていない。

《こんのっ………照準ヨシ!撃て!!》

『グァッ……!? ォオオオオォオッ!!!』

まだ生き残っていたヒトマル2号車が、最後の一発となった主砲弾を放つ。軽巡ホ級の内一体が側面部分に直撃を受けて一瞬呻くが、急所を外したため効果は薄い。すぐに態勢を立て直したホ級は、背中の多段連装砲を2号車に向けながら今度は怒りの叫び声を上げた。

《退避急げぇ!!》

『ゴォアッ!!』

車内から転がり出た2号車の三人が殆ど飛び跳ねるようにして散開し終えたのは、ホ級の主砲が火を噴くコンマ一秒前。旧式とはいえ軽巡洋艦の艦砲射撃数発が一斉に直撃して無事で済むほど、ヒトマルの装甲は分厚くない。轟音と共に車体が爆発し、砕け散った残骸がアスファルトの上でカラカラと乾いた音を立てる。

『『『ォオオオオォオアアアアアッ!!!』』』

最後の装甲戦力の沈黙によって、完全に私達の側の脅威は排除されたと判断したのだろうか。再度雄叫びを上げた正面艦隊が、一斉に前進を開始した。

巨人が全体重をかけて地面を踏みしめるズンッ、ズンッという音が、ゆっくりと此方に近づいてくる。総重量数トンの化け物が足並みを揃えて歩を進めるせいで、視界が小刻みに揺れ89式小銃の照準がぶれ、弾丸が狙っているハ級の身体のあちこちで火花を散らす。

全く、人生とは解らないものね。軍靴の足音どころか、“軍艦の足音”なるワケの解らないものを体験することになるなんて、自衛隊に入って間もない頃思っても見なかったわ。

「一等陸尉、敵艦隊が前進を開始!恐らく我々の方面でも本格的な内陸浸透に移るつもりと思われます!!」

ノハメ;゚⊿゚)「LAVもヒトマルも96式もダスターも全部やられた!迫撃砲や無反動砲も六割方を喪失、残った仲間も現在進行形でどんどん砲撃に吹き飛ばされていってる!

一尉、もう無理っスよ!!」

「増援に向かってきているはずの友軍部隊との通信もまともに繋がりません!これ以上ここでの継戦は不可能ですし、意味もありません!」

周囲の士官が、必死の形相で口々に撤退を具申してくる。さっきまでは寧ろ深海棲艦の攻勢に怯む私達を叱咤する側だった大隈二曹さえ、小銃を撃つ手を止めないながら疲労と諦観を宿した目でこちらを顧みる。

実際、この現状を鑑みればその具申は無理からぬことだ。元々限界ギリギリの中で消耗戦を強いられていた各拠点は、頼みの綱だった相互の連携を敵の戦場全域に対する圧倒的な火力投射で寸断され孤立し、敵の物量浸透にまともに抵抗する術を失った。この拠点単体で見ても、戦力の摩耗具合は疾うの昔に戦線維持の臨界点を超えている。

優れた指揮官ならば、きっと大隈二曹達の進言に従うべきなのだろう。少なくとも、この有様で尚“戦力の集結と敵艦隊の撃滅”という目的に固執し更に損害を重ねるようなら、それは典型的な“愚かな指揮官”であるに違いない。








「………撤退は許可できないわ」

そして私は────“愚かな指揮官”で有り続けることを選択した。

「なっ……」

ノハメ;゚⊿゚)「一尉、正気ッスか!?」

戦闘の真っ最中───それも、全滅間際の悪あがきに近い悪戦苦闘の中で、銃撃の手を止めるような愚は流石に誰も犯さない。それでも、私の言葉を聞いた隊員達は口々に驚愕と怒りが入り交じった声を上げる。

「蝶野一尉、状況を解っておられますか!?このシーサイドステーションどころか、既に町全体でどれほど甚大な損害が……」

「私達がこの防衛線を放棄すれば、犠牲になる人命はこんなものの比ではなくなるわ!!!」

一人が更に反駁の言葉を重ねようとしたのを遮り、砲声に負けぬよう、一人でも多くの隊員に伝わるよう、腹の底から叫ぶ。脱出後此方に合流しにきた2号車クルーの三人を始め、戦闘中の何人かの隊員の肩がぴくりと揺れたのを私は確かに見た。

「私達の背後には、ほんの十数キロ先には、市街地の住人が今なお避難中なのよ!?この町が落ちれば、その人達が空襲だけじゃなくて本格的な艦砲射撃の危機にさらされることになる!どころか、その更に先の町や市にだって空襲が行われるかも知れない!私達自衛隊は国民の盾よ、その役目を捨てる行為だけは絶対に許可できない!」

「し、しかし……現にこの戦況の打開は……!」

「まだ作戦は潰えていないわ、逆転への目は残されている」

決して、口から出任せの完全な嘘ではない。

実際北でも南でも、時折、深海棲艦側に向かって放たれる反撃の砲火が見ることができた。陸地に殺到する何百、何千という火線とは比べるべくもない量であることは違いないけれど、それは少なくとも未だ幾らかの友軍部隊・拠点が戦闘を継続しているという証拠でもある。

それらの戦力を糾合し、陸では鈍重な深海棲艦を逆に各個撃破する───即ち、当初私が描いた作戦は、まだ実行に移せるだけの余地を残している。

………だから、“完全な”嘘ではない。単に、そのような状況をここから私達で作り出すことが、砂漠で一発のBB弾を探し当てるのと同じぐらい困難になっているというだけの話で。

それでも、私達は……私達自衛隊は、その奇跡のような可能性に賭けなければいけないのだ。

銃後の国民を、守るために。

「各員に伝達。現状、確かに苦境ではあるけれどまだ勝算はあるわ。それに、私達が自衛隊である限り、例え勝算がなかろうとも最後の一兵までこの拠点を死守する以外の選択肢は、もとより残されていない!!

“増援部隊”の到着後、反攻に打って出る。それまでなんとしても耐えきりなさい!」
  _,
ノハメ;゚-゚)「……無茶をおっしゃる上官だ!!」

大隈二曹が、眉間にしわを寄せ悪態をつく。……だけどその一方で、彼女の口元にはどこか小気味よさげな微笑みも浮かんでいた。

ノハメ#゚⊿゚)「日本陸上自衛隊・大隈瞳二等陸曹、蝶野亜美一等陸尉の命令を受諾!戦闘を継続する!!」

「……同、田島浩三二等陸尉、命令を受諾!職業選択を間違えたな畜生!」

「赤座智宏一等陸曹、指示に従います!各拠点への呼びかけを継続、なんとか戦力を集めてみます!」

「我妻美紀三等陸尉、了解!

ぶっ壊された私の愛しいヒトマルの敵よ、1隻でも多く吹っ飛ばしてやるわ!!」

「………」

大隈二曹を皮切りに、その場にいた全員が力強く吠え、拳や武器を突き上げ、そして戦闘に戻っていく。その光景を見て不覚にも胸の奥から何かがこみ上げてきて、滲む視界を迷彩服の袖で慌てて拭う。

「────ありがとう」

万感の意を込めたその一言は、すぐに私自身の構える89式小銃の銃声に掻き消された。





一つ、“正直な話”をしなければならない。

実のところ、この作戦────即ち、大洗町に上陸した深海棲艦部隊の各個撃破という私の立案した作戦について、実行したとして“こうなる”ことは半ば私には予想がついていた。

「軽巡ホ級、ヘ級、駆逐イ級、相次いで発砲!軽機関銃堡塁、また一つやられました!!」

「シーサイドステーション崩落箇所より救護班並びに中内二曹ら負傷者複数名の救出を完了したとのこと!全員まだ息がある模様です!」

「急いで少しでも後方に下がらせろ!路上放置車両でも何でも使え!!」

無論、死ぬと決まっていながら作戦を強要したわけではない。実際あの時点では他に有効な策が思いつかなかったし、この町が陥落すれば例え一時であっても関東地方の広い範囲が奴らの攻撃範囲に含まれていたであろうことも紛れもない事実。大洗女子学園を見捨てたくないという私情を差し引いても、この戦線は日本にとって死守しなければならない場所だった。

だからあの時点で私達には、どれほどか細くとも目の前に垂れている“反撃の糸口”に縋り付く以外の選択肢自体が残っていなかったと言える。

「大貫郵便局前より残存部隊が合流しました!パンツァーファウスト3は六門が残存!」

「速やかに射撃を開始!奴らは密集しているわ、撃てば当たる!!」

「蝶野一尉、加波山神社方面で陸地側からの砲煙を複数確認!恐らくキューマル数両のものと思われます!」

「伝令を走らせて至急こっちにこさせて!!」

だが、私も西住流に学び、あくまで“戦車道”の上でとはいえあの西住しほから戦術の手ほどきを受けた人間だ。例え“それしかなかった”にしろ、無謀な作戦であるという自覚は十二分に持っていた。

ただでさえ、人類の兵器と深海棲艦の間には陸戦において圧倒的な火力差が横たわる。加えて私達は対応が後手に回り数的にも劣勢で、対抗し得る火力を持つ艦娘部隊の主力たる大洗鎮守府とも分断されている状況下。おまけに制空権を握られ、私達の動きは筒抜けだった。

敵の指揮艦がよほどの間抜けでない限り、此方が何らかの動きを見せればその目的を類推し、対策を立ててくるのは必然的な動きだ。そして大洗女子学園に出現した“無敵砲台”の火力を活かせば、戦力集結の動きを寸断し逆に自衛隊側の防衛線を各個撃破の状況に持ち込むなど容易い。私の作戦をもし本気で成功させるなら、敵がよほど私達の動きを深読みするか或いは目を開けたまま寝てくれていることがその前提条件だったと言っても正直過言ではない。

「迫撃砲、60mmがまた一門やられました!!」

「敵艦隊、進軍速度遅滞も止まりません!なおも接近中!!」

「距離200を切りました……増援は、増援はまだか!!」

ノハメ;゚⊿゚)「クソッ…………!」








────現有戦力“のみ”でこの作戦を遂行しようとすれば、の話だが。

ブチュリ。その音をもし擬音で表現するなら、きっとこんな文字列になるんじゃないかしら。

砲声とも、爆発音とも質感の異なる、この場においてはあまりにも浮いた響き。無線すらまともに通らないほどの轟音が飛び交う中にあっても、それははっきりと私たちの耳に届いた。

「………何が」

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!?!』

士官の一人が口にしようとした疑問への答えは、すぐに甲高い絶叫によって示される。

『ア゛ア゛ア゛、イ゛ア゛、グァアアアアッ!!!!?』

軽巡ホ級の内一隻が、周囲の味方艦に身体をぶつけて暴れ始める。そのホ級は右手の肘から先が吹き飛ばされ、辺りに奴ら特有の青く生臭い体液をまき散らしながら激しく悶え苦しんでいた。

普段人間に対する殺意と憎悪で突き動かされている深海棲艦も、痛覚はあり苦痛も感じる。人間に置き換えれば、自分の四肢の一つが引きちぎられたと考えればどれほどの激痛かは想像に難くない。

『アアア…ギィッ!?』

『ア゛ア゛ッ!?』

『グゴァッ!?』

眼前の友軍艦を突然襲った異常事態に動きを止めたイ級の横っ面で、炎がはじけ装甲の一部が砕け散る。間髪を入れず、今度は最前列にいたト級の右頭側頭部で爆発が起きる。爆風に煽られて横倒しになったト級に押し潰され、ハ級が一声苦しげな鳴き声を上げた。

「一体何事ですか!?どこからこれほどの威力の攻撃が……」

「敵艦隊、損傷艦多数発生し進軍停止!友軍による支援攻撃と思われます!」

ノハメ;゚⊿゚)「んなもんは解るッスよ!問題はそれがどっからって話で……うぉっ!?」

『『『ギィイイイイイイイイイッ!!!?』』』

今度は、敵艦隊の中程で立て続けに爆炎が起きる。十隻を優に超える個体が身体に何らかの損傷を受けて苦痛にのたうつ中、“何か”の影が凄まじい速度で私たちの真上を通過していく。

深海棲艦が奏でる“ジェリコのラッパ”とも、空母艦娘の子達が操る零戦や烈風の物とも質を異にする、私たちが聞き慣れた音────ジェットエンジンの駆動音を伴って。

「こ、航空支援!近接航空支援です!」

「他の戦闘地域でも同様の爆発を多数視認!深海棲艦の上陸艦隊に対してかなりの規模での空襲が行われている模様!」

「何だと!?い、いや待て!主力部隊が下がったとはいえまだ町全体で見れば敵の航空戦力がかなり居たはずだ!そんなところに低空飛行で通常の戦闘機が突入など自殺行為だぞ!」

「しかし現に……い゛っ!?」

拠点内が混乱の極みに達する中、上空から落下してきた火の玉がその会話を寸断する。地上にたたきつけられたそれは乾いた音を立てて破裂するように砕け散り、黒色の破片をそこら中に飛び散らせた。

『『『『─────!?!?』』』』

〈〈〈〈─────!!!!〉〉〉〉

頭上から、今度は猛獣のうなり声を思わせるレシプロエンジンの回転音が幾つも重なって降ってくる。空に視線を向ければ目に入るのは、今まで我が物顔で飛び回っていた【カブトガニ】や【オニビ】を、次々と銃火で撃ち抜きながら追い散らしていく獰猛な地獄の番犬ならぬ“地獄の番猫”の姿。

ノハメ;゚⊿゚)「………へ、【ヘルキャット】?」

「サラトガから再度発艦したのか…?いや、しかし威力偵察に投入されたF6Fは確か壊滅したはずじゃあ」

「…………まったく」

次々と起きる予期せぬ事態に、周囲の誰もが困惑した表情を──それでも深海棲艦への射撃の手を止めないのは流石だが──隠そうともしない。恐らく、町に展開するほぼ全ての隊員が同じような心境を抱いていることだろう。

かく言う、私はといえば、

「やっと、動いてくれたのね」

ようやく訪れた“待ち望んでいた展開”に、口元が綻ぶのを止められずにいた。

西住流を学んだ者の端くれとして、十中八九こうなることは予想がついていた。故に私は、ああ言いながらそもそも“現有戦力だけ”でこの策を成功に導こうとは最初から殆ど思っていない。“この増援”が来ることを、最初から勘定に入れた上での迎撃だ。

尤も、それは私の直感に基づく予想であり、理論的な動機を説明することはできない。だから私は、友軍に指示を出すに当たっては努めて“増援”の存在には触れず、また万一私の直感が外れたときに備えてあくまで現有戦力のみでの戦闘を前提においた指揮を続けてきた。

そして、その心配はたった今杞憂に終わってくれた。

ええ、そうよ。貴方たちの増援が、たかが空母艦娘一人だけで終わるはずがない。この地の苦境が極まれば、絶対に何らかの動きがある、そう信じていたわ。

「本当に貴方たちは、野蛮で、傲慢で、粗雑だけど────頼りになる“トモダチ”よ」

一人呟く私の視線の先で、先ほど飛び去ったジェット音の主が────対地攻撃機A-10【サンダーボルト】の編隊が、白い機体を翻し再び深海棲艦に突撃していく。

『『『『グガァアアアアアアッ!!!?』』』』

《────りwW~地各■■に通×、CPより市街地各拠点に通達!!》

投下された十数発のJDAMが正面艦隊のど真ん中で炸裂し、爆炎に焼かれた何体かが断末魔と共になぎ倒される。そんな中、機能を回復した無線機からは、それらの轟音にも負けない前線指揮所のオペレーターの叫び声が吐き出される。

まだ年若いと思われるその女性士官の声は、さながらクリスマスに思い人から好意を告げられたかのように歓喜と興奮に打ち震えていた。






《横須賀司令府より入電!現戦況の打破を目的とし、在日米空軍並びにアメリカ海兵隊、横須賀司令府直属艦隊、並びに国連“海軍”特殊部隊が当戦線に投入されたとのこと!!

我々大洗町防衛線はこれより残存兵力を全て投入、増援部隊と連携し攻勢に移ります!

各拠点は速やかに戦力を再編、反攻を開始してください!!》




.







攻勢、反攻、総攻撃。軍人という職に就く人間の中で、これらの単語を耳にして高揚を覚えない存在というのはなかなか希少な側であるに違いない。

単純に自分たちが主導権を握った状態での戦闘を指すという点でもそうだし、端的に言葉の響きや文字列自体の勇ましさもそこに拍車をかけている節がある。そして、それらを実行できる状態になるまでの経緯が苦境であればあるほど、生じるカタルシスはなおさら大きくなる。

今横須賀司令府の地下司令室で発生している現象は、その尤もたるものといえるだろう。

「A-10【サンダーボルト】編隊第一波による対地爆撃、効果絶大!各地点における深海棲艦多数の撃沈、並びに進行の遅滞を確認!!

また、横田飛行場より出撃した“海軍”基地飛行隊も深海棲艦の制空部隊と交戦を開始しました!」

「第二波攻撃隊、大洗町上空に後10秒で突入!!また、“海軍”部隊並びに護衛航空隊も後続突入の用意を完了したとのこと!」

「空母【ロナルド・レーガン】より入電、予備戦力であるF-18二個編隊の整備が終了!此方の要請に従いあらゆる方面へ出撃させる用意がある、と!」

(☆...●)「ハメルス司令に謝意と現状は待機させるよう伝えろ、各方面の戦況に応じて臨機応変に投入する。

それとマスコミ対応の用意も急げ、良かれ悪しかれ在日米軍が動いたとなればネットで様々に憶測をばらまく筈だ。特に日の出新聞とNBS、合同通信のウェブサイトは徹底的に動向を監視しろ」

「「「了解!!」」」

所狭しと並べられた電子機器の間で立ち働く人員は、王嶋の指示に対し部屋の空気が震えるほどの声で返答する。彼らの表情は、弛緩とまでは言わないものの一様に明るい。先ほどまで全員恋人の葬式にでも参列しているかのような陰鬱とした有様だったのに、今はワールドカップ時にサッカーの生中継サービスをやっているスポーツバーの如き空気が室内に充満している。

(☆...●)(………まぁ、気持ちは解るがな)

少々の呆れを覚えつつ、少なくとも仕事に支障を来すような状態の人間は見受けられないので喝を飛ばそうとした口は閉じておく。

実際、一方的に蹂躙されるだけの大洗町の状況を指をくわえて見ているしかできないことに対する歯がゆさは王嶋も強く感じていた。例え自身が直接寄与できなくとも、百キロ離れた地で戦い続ける友軍の苦境が幾らか打開されたことを喜ぶのは人として自然な感情だ。

よほど羽目を外すようなことがない限り、水を差すのも野暮というものだろう。

(☆...●)「………」

彡(゚)(゚)「………」

だが、王嶋自身が───そして、その傍らで椅子に深く腰掛ける南が相好を崩すことはない。

艦娘部隊最高指揮官並びに日本国首相としての威厳を保つ必要性がある、という理由もある。だがそれ以上に、そもそも現状は彼らの立場から見るとまだ笑えるような段階からはほど遠い。

彡(゚)(゚)「キヨ、“日本海側”の動きはどうや」

(☆...●)「相変わらず不穏だよ。アメリカから衛星情報の共有があったが、対馬、尖閣、竹島、どの方面でも“不審な動き”のオンパレードだ」

ともすれば飛び交う電子音の中に?まれてしまいそうな、互いにしか聞こえない小声でのやりとり。その声色は、どちらも暗く重い。

(☆...●)「流石に“南側”は在韓米軍の手前もあってまだおとなしいが……万一の有事に対する備えと称して【文武大王】が臨戦態勢に入ったらしい」

彡(゚)(゚)「………ある意味あそこの国が一番読めんから厄介やな。元々対中、対北連携でもどっちつかずやし」

(☆...●)「米軍経由でフィリピン海方面への増援派遣を打診しているが、そっちも色よい返事は今のところ帰ってきてない。監視は続ける。

とはいえ、韓国は現状“危急の対処”が必要な存在ではない。注視すべきなのはやはり────」

彡(゚)(゚)「“太っちょのお隣さん”やな」

南の口から、深いため息が漏れる。今日一日でどれぐらい幸せが逃げただろうかと、顔に似合わぬメルヘンチックな考えが一瞬脳裏をよぎった。

彡(゚)(゚)「何でこの期に及んで同じ人間の国家への対応考えなあかんねん……ハリウッド映画みたいに演説一発で団結できたら楽やのに……」

(☆...●)「これが“現実”だよ、ヨシ。この世界にゃ残念ながらホイットモア大統領はいねえんだ」

宇宙船地球号なんて思想が一時話題になったが、その“地球号”には最低でも200に迫る自己主張の激しい船長が居る。船頭多くして船、山に上るの諺は、この地球号にこそ最もよく当てはまる。

彡(゚)(゚)「とりあえず、外務省に話通して近隣諸国への根回しは更に念入りにやっとくで。特にモンゴル、インド、ロシアとの連携は強化しとかな」

(☆...●)「中国政府自体への牽制もしっかりやっとけよ。劉志那の野郎は前任とは比べものにならない妖怪ってツラだぜありゃ。不細工って意味でも切れ者って意味でもな」

彡(゚)(゚)「言われんでも解っとるわ……ところでお前なんで不細工のところでワイの顔チラ見しやがったか説明せーや」

(☆...●)「黙秘権を行使します」

彡(゚)(゚)「死ね」

(☆...●)「お前が死ね」

軽口の応酬の後、南はぶつくさ言いながらもスマートフォンを取り出しどこかへ電話を始める。……軽く聞き流している限り、外務大臣経由ではなく直接外務省の職員に電話で指示を出しているらしい。

ともすれば越権行為として大スキャンダルになりかねない手段を必要とあれば臆することなく取れる身軽さは、南慈英という政治家の最大の武器だ。だが同時に、そうした破天荒な行為をされても「南なら仕方ない」と閣僚達に納得させてしまう人徳・カリスマもまたそうした彼の行動力を支える隠れた才であると王嶋は踏んでいる。

(☆...●)(……大方、在日米軍の大規模増援も杉浦辺り使ってこいつが“わたり”をつけたんだろうな)

これについてもやはり、横須賀司令府の元帥である王嶋や外務省、或いは防衛省を通じて段階的な手続きを本来は必要とするもののはずだ。だがそれを南は一足飛びに自分の“仕込み刀”で片付けてしまい、昔なじみという点を差し引いても頭ごなしの仕事をされたにも関わらず王嶋には不思議と不快の念がない。

つくづく、“政治家”としてのあらゆる能力が化け物じみている。……顔も別の意味で化け物だが。

(☆...●)(………化け物といえば、大洗町防衛線の崩壊を防いだのは何者なんだ?)

はっきりと言ってしまえば、威力偵察の失敗と【あきつしま】の轟沈、そして直後に行われた大規模空襲という深海棲艦の一連の攻勢を受けて、横須賀司令府では疾うの昔に大洗町並びに大洗女子学園、さらにはひたちなか市を始めとするその周辺地域の失陥まで視野に入れた防衛線の再設定を開始していた。無論完全に状況の打開を諦めたワケではなかったが、少なくとも今から“最悪”を想定しなければ間に合わないと思わせる程度にはあのとき大洗町の戦況は最悪だった。

ところが現状はどうだ。大洗町は確かに壊滅的損害を受けながら見事に増援派遣まで命脈を繋ぎ、今まさに反転攻勢に移ろうとしている。

通信が一時的な途絶状態に陥る直前、防衛線のコマンド・ポストは何でも拠点指揮官の一人である一等陸尉に一部の艦娘部隊を含む戦線の指揮権を委任していたと聞く。そしてそこから、分断されていた各部隊は深海棲艦の攻勢に対し組織的な反撃を再開した。

(☆...●)(まるで、“ベルリンの奇跡”みてぇだな)

今や世界中の軍事関係者が伝説として語り継ぐ、ドイツ陸軍による“軽巡棲姫の陸戦における撃沈”。あれは実のところ、ドイツ軍の少尉───自衛隊における三尉相当の階級の人間が、その巧みな采配と自らの突撃をもって殆ど一人で成し遂げたのだという。

無論、膨大な尾鰭やかなりの誇張表現はあるだろう。だが、その後もドイツ軍がドレスデン以南への深海棲艦の侵攻を防ぎあまつさえ一部の地域で都市や地区の奪還に成功している点から見て、相当優秀な指揮官が何人か居るのは間違いない。

そして、もしも大洗町の絶望的な戦況を耐え抜けるだけの指揮を執れる人間がいるとすれば、その人物は件のドイツ軍人や青ヶ島を守る八頭進に匹敵する人材である可能性が高い。

(☆...●)「………後で、杉浦に伝えておくか」

「は?」

(☆...●)「いや、こっちの話だ」

近くを通り過ぎようとした職員の一人が怪訝な顔で足を止めたので、王嶋はすまなさそうに眉をひそめて肩を竦める。

(☆...●)(この話は一旦後に回すか)

在日米軍ヘの交渉・指示をしていたとすればまだ杉浦の司令府到着には時間がかかるだろうし、そもそもあの強面のいけ好かない一等海尉は様々な面で自分より遙かに有能でめざとい。下手をすれば、現時点ではその陸尉の名すら知らない自分よりその人物について詳しい可能性すらある。

それよりも、今は自分も“元帥”としての仕事に徹すべきだ。

(☆...●)「誰か、通信を呉司令府に至急繋いでくれ。今のうちに指示を出しておきたい」

「了解しました。して、指示の内容は?」












(☆...●)「【大和】の警備を最大限強化するように手配を。学園艦すら深海棲艦化している中で、もう動かんとはいえ戦艦を放置しておいていいはずがないからな」

【黙示録】大洗実況スレ part6【人類終了】

273: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:32.23 ID:dk0utd44?
【悲報】てれ東、ゆーがたでいず!の放送を中止し深海棲艦に関する緊急特番を開始

274: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:32.29 ID:bonsky01
スレの流れはやすぎぃ!!

275: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:33.48 ID:pp5astsw
>>173
こマ?

276: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:33.50 ID:cdd582in
>>173
ヒェッ

277: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:34.58 ID:hi06ngbs
>>173
非常事態対策の一環として、
ご家庭内の目につく場所に貼ってご活用ください。
*レベル6が、最高ランクです。

レベル1:NHCが特番を開始。(注意報発令)
レベル2:日チャン、NBS、富士、テレひのが特番を開始。(警報発令)
レベル3:てれ東がテロップを入れる(避難勧告発令)
レベル4:てれ東が通常放送を打ち切る (避難命令発令)
レベル5:総理大臣、国民に向けて会見(非常事態宣言)
レベル6:てれ東、アニメを放送途中に打ち切り緊急特番を開始する(地球滅亡。少なくとも日本の終わり)

278: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:35.66 ID:tnk6kd29
>>173マジやん

279: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:36.00 ID:mnayemna
>>177これを見に来た

280: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:36.16 ID:yakoni89
>>177
仕事早すぎて草

281: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:36.59 ID:pplm82t
>>173
マシソンじゃねえかwwwww

282: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:38.60 ID:f0m0cb24
お前ら落ち着け、減速しろ。

283: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:39.01 ID:jminnanj
>>177
これとウニのコピペほんすこ

284: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:39.27 ID:jamwikip
>>177
まだアニメじゃなくて通常番組だから(震え声)

285: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:39.40 ID:nt94knkk
16時15分からまた茂名官房長官の記者会見来るってよ

286: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:40.03 ID:bam0tki3
>>177
レベル4やんけ!まだいけるやん!!

287: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:41.92 ID:mti55hdk
>>177
絶対投下する瞬間待ち構えてたわこいつ

288: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:43.08 ID:ynks1ma8
>>184
今更何を話すねん

【黙示録】大洗実況スレ part6【人類終了】?

273: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:32.23 ID:dk0utd44??
【悲報】てれ東、ゆーがたでいず!の放送を中止し深海棲艦に関する緊急特番を開始?

274: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:32.29 ID:bonsky01?
スレの流れはやすぎぃ!!?

275: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:33.48 ID:pp5astsw?
>>273?
こマ??

276: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:33.50 ID:cdd582in?
>>273?
ヒェッ?

277: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:34.58 ID:hi06ngbs?
>>273?
非常事態対策の一環として、?
ご家庭内の目につく場所に貼ってご活用ください。?
*レベル6が、最高ランクです。?

レベル1:NHCが特番を開始。(注意報発令)?
レベル2:日チャン、NBS、富士、テレひのが特番を開始。(警報発令)?
レベル3:てれ東がテロップを入れる(避難勧告発令)?
レベル4:てれ東が通常放送を打ち切る (避難命令発令)?
レベル5:総理大臣、国民に向けて会見(非常事態宣言)?
レベル6:てれ東、アニメを放送途中に打ち切り緊急特番を開始する(地球滅亡。少なくとも日本の終わり)?

278: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:35.66 ID:tnk6kd29?
>>273マジやん?

279: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:36.00 ID:mnayemna?
>>277これを見に来た?

280: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:36.16 ID:yakoni89?
>>277?
仕事早すぎて草?

281: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:36.59 ID:pplm82t?
>>273?
マシソンじゃねえかwwwww?

282: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:38.60 ID:f0m0cb24?
お前ら落ち着け、減速しろ。?

283: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:39.01 ID:jminnanj?
>>277?
これとウニのコピペほんすこ?

284: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:39.27 ID:jamwikip?
>>277?
まだアニメじゃなくて通常番組だから(震え声)?

285: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:39.40 ID:nt94knkk?
16時15分からまた茂名官房長官の記者会見来るってよ?

286: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:40.03 ID:bam0tki3?
>>277?
レベル4やんけ!まだいけるやん!!?

287: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:41.92 ID:mti55hdk?
>>277?
絶対投下する瞬間待ち構えてたわこいつ?

288: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)?
16:24:43.08 ID:ynks1ma8?
>>285
今更何を話すねん

289: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:45.61 ID:pp5astsw
>>287
>>273の書き込みから2秒強で>>277が貼られてて草生える

290: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:46.17 ID:sk1to1sm
どこの報道も似たり寄ったりで全然最新情報入らへんな

291: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:46.20 ID:kyztih00
>>285
どーせ殆ど真新しい情報出ないやろ、パニック起こすなーって定型文しゃべって終わりや

292: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:46.93 ID:9ks31y
避難勧告対象地域この短時間で拡大しまくってて草

293: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:04:47.25 ID:anotssg1
ワイ末っ子、酸で教師勤務のアッニと保安官勤務のアッネが心配で震える

294: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:51.22 ID:bkrm83sl
>>293
酸になんかあったら在日米軍黙ってないやろ。それよりまだ茨城県沖から逃げてる最中のプラ学がヤバい
つながり深い露は四方から深海棲艦迫ってるから独自に救援なんて回せる余裕ないだろうし

295: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:51.30 ID:0i4mfseik
>>292
太平洋側だけじゃなくてオホーツク方面から来てる深海棲艦おるからな。国後に住んでる従兄弟からさっき鎮守府からの避難勧告きたってLINE入ったわ

296: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:51.63 ID:k1nk2njc
亜細亜板覗いたらお祭り騒ぎの韓国のニュースコメントのレスわざわざ翻訳貼りして発狂しまくってて草

297: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:57.09 ID:tnk6kd29
>>294
一番ヤバいのは日本海側定期。ビゲン、ポンプルとかなんかあったらどうすんやろ

298: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:24:58.98 ID:mik1istl
>>296
や亜糞
まぁお祭り騒ぎしてる側にも流石に問題あるとは思うが

299: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:25:01.85 ID:emd00rai
>>297
さては竹島、尖閣、佐渡、対馬の4鎮守府の戦力知らんな?チビるで?

300: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:25:04.19 ID:iyki4810
>>293
サンダースは長崎やろ?第七艦隊は横須賀の方に出払ってる分差し引いても佐世保の司令府とかあるしなんか起きてもなんとかなるやろ

301: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:25:07.37 ID:1bsy5kri
>>297
「万一に備えて」の名目で対馬、尖閣、竹島、佐渡に実質対中・韓・北として配備された艦娘と海自の部隊いるで。呉も日本海側やしなんなら在韓米軍もおる。

302: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:25:08.19 ID:stgrw9i0
>>297 スナフキンのところ忘れるとか頭宝木かよ

303: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:25:10.10 ID:jb54zy91
群馬県民を海岸線に並べときゃ深海棲艦なんか余裕よ(鼻ホジー

304: 雨降れば名無し 2017/11/17(金)
16:25:14.63 ID:dDkK64Dkg

マジレスすると、大正義戦力で防衛されてるとはいえ人口密集地の東京やバリバリ沿岸都市の横須賀に動きがない限りはまだ慌てる時間じゃない。あんなおざなりの避難勧告が出ただけで自主避難任せにして放置されてるのはなんだかんだ言ってまだ政府とか自衛隊上層部は状況を打開できると踏んでるからやろ。あの辺り完全に止めたら日本経済死ぬし。

逆に、横須賀とか東京でそういった部分度外視した住民の強制ガチ避難が始まったらいよいよヤバい

今回分更新完了。ようやくまともなページ数更新できた…のに>>491の安価番号ミス誠に申し訳ない限りです

日本代表グループリーグ突破おめでとうございます。寝ます







僕が小学生の頃は、ちょうど例の光の巨人が怪獣達と戦うヒーローシリーズが平成の世になってから復活した時期でね。特撮オタクだった父親の影響を色濃く受けていた僕は、シリーズが放映される毎週末の夕方を心の底から楽しみにしていたよ。

特に、最終回が秀逸でね。超古代の眠りから蘇った闇の大怪獣に、一時光の巨人は倒されて石像化してしまう。だけど、希望を信じる世界中の人々の善なる心に反応し、その巨人は最強の姿にパワーアップしてついに闇の大怪獣を討ち果たすんだ。

僕は心の底から感動した。人間はなんて素晴らしいんだろうって。その頃にはもう世界中で大小様々な紛争が転がっていたけれど、いざ“本当の危機”が訪れたときは、きっと人類は手を取り合うことができるんだって思ったよ。

……そして僕は愚かにも、この若気の至りに等しい思想をつい最近まで捨てることができぬまま過ごしてきた。

提督に志願したのだって、最初は艦娘の皆と共に世界中の人々が融和の手を取り合う架け橋になれればと思ってのことだ。深海棲艦という共通の脅威に苦しむ人々が、自ら垣根を捨てて本質の“光”に気づき、大いなる“闇”を打ち払うきっかけになりたかった……我ながら、赤面するほど甘い考えだと今では思うよ。

現実はどうだ。滅亡寸前になった今も尚、人間は足の引っ張り合いを続けている。艦娘という、全てを人類の守護に捧げてくれる存在がありながら、彼らはその“献身”をさえ、意地汚く奪い合う。

人類は、生まれたての“雛”のような存在だ。隔てているのは壁ではなく“卵の殻”で、自らその殻を破る力もなくただ本能が赴くままに動くことしかできない幼稚で醜悪な“雛鳥”なんだ。そんな奴らに、この子のような艦娘やそれを率いる僕ら提督がどれほど献身したところで成長なんかするわけがない。自ら殻を破り手を取り合うなんて夢のまた夢だ。

だから我々は、彼女に“親鳥”になって貰うべきなんだ。彼女の献身に感謝し、その身を委ね、彼女の導きに従って殻を破り、真の融和を果たす。彼女の食べr

「ダメだ気色悪すぎて最後まで聞けねーわ。

とりあえず長ーよ死ね」

「いやほんっっっっっと長ーよ。お前絶対通信簿とかで先生になんかいろいろ書かれてたタイプだろ。もうなんつーか死ね。直球で死ね。

李牧に理不尽ワープ奇襲食らった麻鉱将軍みたいに死ね」

「要はアレだろ?てめえが勝手に中二病全開で地球人類を勝手に過大評価して勝手に失望しましたって言いたいんだろ?

お前漫画とか読んだことある?ジャンプどころかコロコロコミックで出てくるわその手の三下臭が凄い敵キャラ」

「しかも他人のエゴを散々批判しておきながら、一番エゴの塊なのもテメェ自身だしな。

いい年した大人が、自分たちでいろいろ解決すんの面倒だから艦娘たちを祭り上げて全部そいつらに任せて、自分たちは楽しますってニート宣言してるだけじゃねえか。

要はあの長ったらしいご高説は全部、“自分は艦娘のことを都合のいいお人形としか考えてません”って内容のクソみたいな自己紹介だ」

「………艦娘は、【艦娘】なんだよ。それ以上だのそれ以下だのはない。

こいつらにはこいつらそれぞれの感情があり、表情があり、思いがある。俺たち人間と何一つ変わらない。

ただ敵を殺すだけの兵器でもなければ、てめえの言う“献身”しかできないロボットでもない。ましてや、てめえの宗教ごっこに使われても何も感じないお人形じゃない。てめえが思うところの“人間の愚かさ”とやらを散々詰っておきながら、こいつらの……こいつのことを自分のエゴを実現する存在としか見られてねえてめえが一番醜悪だ」










( T)「お前に、こいつの提督である資格はない。

お精子からやり直せクソガキ」









随分と、古い夢。

起き抜けで中途半端にかき混ぜた溶き卵のようにはっきりしない状態の脳裏に、最初にぽつりと浮かんだのはそんな身も蓋もない感想だった。

この艦隊に加わる前、私が所属していた鎮守府の夢。そこで“あの人”に、今の私の提督に初めて会ったときの夢。これらがもう三年以上も前のことだと気づいて、一人密かに驚愕した。

それにしても、夢を見ること自体下手したら年単位で、本当に久しぶり。その久しぶりの夢の内容が、何故“アレ”だったのだろうか。

(正直、寝覚めはあんまりよくないなぁ……)

目玉焼きを作るためフライパンの上に割った卵の黄身が、着地と同時に崩れてしまったのを見たときのような、とでも言えばいいのかな。怒りと言うほどのもではないけれど、胸の内がもやもやしてすっきしない感じ。

心理学なんかでよく言われる、“現状の不満と過去への回帰願望”みたいな線は絶対にないと断言できる。今の提督との出会い自体は好ましいものではあるけど、その好ましい記憶は前の鎮守府での“忌まわしい記憶”とセットだ。ケーキを作る場に必ず用意される生卵と同じぐらい、切っても切れない関係。例えあの鎮守府にそのまま所属していれば「火の鳥の卵を料理する機会に恵まれる」と言われても、戻りたいとは思わない。

となると、他にあの頃を夢に見た理由はなんだろう。

私自身は乗り越えたつもりだけど、実は自分もあずかり知らぬ深層心理に未だ眠るトラウマの表出か。

予知夢の代わりに特に不快な内容の夢を見せることで、この後に起きるであろう深刻な不幸に対する警告か。

ただの悪夢の類いで、特に理由はないのか。

或いは────




《War-Hog-01より統合管制機【Hedwig】、指定ポイントへの空襲の効果は絶大。多数の轟沈艦・損傷艦を確認した》

《Gladiator-01より【Hedwig】、当編隊は反転攻撃に移る。01より編隊各機、一機でも多く沈めつつなるべく敵の火線を引きつけろ、Over》

《Bison-01, Engage. 01より全機、対地爆撃を開始》

《輸送部隊各位、戦闘空域到達まで30秒。突入フォーメーションを取れ》

或いはアレが走馬燈の一種だと言われたら、私は其方の方が信じられる。

何せ私たちは、「何時ものように」死地へと踏み込んでいる真っ最中なのだから。

ここは、“海軍”兵士のみんなが「オスプレイ」或いはV-22と呼んでいる兵員輸送用の回転翼機の中。私たちを含め30人ちょっとが詰め込まれて、お世辞にも空間に余裕があるとは言いがたい。

《統合管制機【Hedwig】より全輸送機へ。兵員の一部を自衛隊のF.O.Bへ合流させろ。展開地点はHyakuri-Airportだ、敵の空襲襲来に備え相応の対空火力もあることが望ましい》

《Cargo-02に利根改二が搭乗している、適任だ。Cargo-01よりCargo-10、F.O.Bへ向かえ》

《此方Cargo-10、命令を受諾した。指定地点に急行する》

《此方Gallop-01、当編隊は弾薬を使い果たした。補給のため一時戦域を離脱する、Over》

手狭な機内を、英語音声の無線通信がひっきりなしに飛び交っている。かなりの早口に加えて籠もっていたりぶつ切りだったりであまり聞き心地は良くないけれど、意味は難なく理解できた。

………提督から“マッスル英会話”とかいうバカげた英語学習を押しつけられたときは99式艦爆でぶっ飛ばしてやろうかと思ったのに、現実としてこのように結果はばっちり出てしまっている。正直、ありがたみよりも悔しさというか腹立たしい気持ちが先行する。買い置きしていた卵のパックの内一つをうっかり放置して、一個も使わずに賞味期限が切れてしまったときよりも悔しい。

《目標地点に到達》

《【Hedwig】より全部隊に通達、突入開始。

Good luck》

《Roger. Cargo-01 for All unit, follow me!!》

《Stork Team, Roger. Go go go!!》

《Taxi-01 for All team, Enemy Anti-Aircraft-Fire in coming!! Break, Break!!》

《Keep formation!!》

そんなことを暢気に考えていると、どうやら目的地である大洗町の上空に辿り着いたらしく無線でのやりとりが更に慌ただしいものに変わる。ドンッ、ドンッ、と大きな太鼓を渾身の力で叩いているみたいな低い音が機外で立て続けに響いて、床から身体に這い上るようにして震動が伝わってくる。

「……」

無言で傍らの丸窓から外を見る。ちょうど夕焼け空にあでやかな炎の花が咲き、直撃弾を受けた輸送機が電子レンジで温めた卵よろしく爆散した。

《Stork-11 lost!!》

《Mules-09 One hit!! Mayday, Mayday!!》

《【Hedwig】より各位、学園艦上から新たな艦載機の発艦を確認した》

《護衛航空隊が迎撃開始!抜けてくる敵機に注意しろ!》

《Stork-01、回避運動に移る!》

(,,#゚Д゚)「揺れるぞ!掴まれ!」

「うわっとっと!!」

「ぽいぃっ!?」

外から聞こえてくる対空砲火の炸裂音の間隔が短く、より連続的なものに変わる。操縦士からの報告直後に斜め前の席に座っていたギコさんが叫び、次の瞬間機内がぐらりと大きく傾ぐ。集中砲火を受けているらしい私たちの機体の回避運動に、右隣で驚いたような声が二つ同時に上がった。

「全く、いい加減“海軍”司令部は僕の扱いを考え直した方がいいと思うね!僕ほどの美少女なら空調の効いたリムジンにテレビとフルコース料理付きで送迎すべきさ!」

(,,゚Д゚)「なるほど貴重な意見だ!」

声の主の内の片方───時雨が、なおもぐらぐらと不規則な軌道を取り続ける中で不愉快そうに悪態をつく。それに応じるギコさんの声も、負けず劣らず不機嫌そうだ。

(,,#゚Д゚)「俺からも上層部に掛け合ってやるよ!そしたら邪神も真っ青の性格してるクソガキのお守りなんて二度と任されなくて済むからな!

序でにそのリムジンがル級の砲撃で吹っ飛ばされることも真剣に祈ってやるよ!」

「艦隊一の美少女を捕まえて邪神とはずいぶんな言いぐさじゃないか、お守りされる側のくせに!」

(,,#゚Д゚)「俺が知る限り人様のドタマくないでぶち抜きそうになることをお守りとは言わねえな!艦隊一の美少女名乗る前に艦隊一容量が少ないその頭をなんとかしやがれ!」

「僕が知る限り“ちょっとした運動”でくたくたになっちゃうようなクソ雑魚ナメクジ人間を助けてあげることは十分にお守りに分類されるはずだけどね!死ね!」

(,,#゚Д゚)「てめえが死ね!」

二人とも、機内外双方での騒音に負けぬよう全力で声を張り上げながら罵り合いを続けている。今にも生卵の投げつけ合いを始めそうな声の調子を聞く限り、割と本気で互いに嫌っていそうだ。

戦場を目前にしてそんなことに労力を使う二人はきっと、卵を入れろとレシピに書かれてたら割らずにぶち込むタイプなんだろうなと思う。

「というか、とうとう僕を金剛以下扱いしやがったな!絶対今度こそ臑蹴り割るからね!」

(,,#゚Д゚)「なんでてめえはそんなに俺の臑に対して頑ななんだ!それこそ金剛の一つ覚えじゃねえか!」

多分この二人は金剛から訴えられたら勝ち目がないと思う。

「………っぷい」

「………大丈夫ですか?」

(*;゚ー゚)「確かエチケット袋がその辺りに……」

見かねた江風が反対側の席から少し身を乗り出し、事態の収拾を図る。因みに右側のもう一人……夕立は、某魔法少女詐欺師のエイリアンみたいな声を上げて縮こまっている。

……顔色が青く頬の辺りがリスのように膨らんでいることから、どうも三半規管が深刻なダメージを負っているようだ。このまま行けば、彼女が朝に食べていた炒り卵が機内の床にぶちまけられる時もそう遠くはないだろう。幸い彼女の真向かいにいる不知火としぃさんが異変に気づいていろいろと対処しているようなので、それでなんとかなるよう祈るほかない。

────そして。

( T)「…………」

機内の最奥では、私たちの提督が座っている。

二人とも、機内外双方での騒音に負けぬよう全力で声を張り上げながら罵り合いを続けている。今にも生卵の投げつけ合いを始めそうな声の調子を聞く限り、割と本気で互いに嫌っていそうだ。

戦場を目前にしてそんなことに労力を使う二人はきっと、卵を入れろとレシピに書かれてたら割らずにぶち込むタイプなんだろうなと思う。

「というか、とうとう僕を金剛以下扱いしやがったな!絶対今度こそ臑蹴り割るからね!」

(,,#゚Д゚)「なんでてめえはそんなに俺の臑に対して頑ななんだ!それこそ金剛の一つ覚えじゃねえか!」

多分この二人は金剛から訴えられたら勝ち目がないと思う。

「………っぷい」

「………大丈夫ですか?」

(*;゚ー゚)「確かエチケット袋がその辺りに……」

因みに右側のもう一人……夕立は、某魔法少女詐欺師のエイリアンみたいな声を上げて縮こまっている。

……顔色が青く頬の辺りがリスのように膨らんでいることから、どうも三半規管が深刻なダメージを負っているようだ。このまま行けば、彼女が朝に食べていた炒り卵が機内の床にぶちまけられる時もそう遠くはないだろう。幸い彼女の真向かいにいる不知火としぃさんが異変に気づいていろいろと対処しているようなので、それでなんとかなるよう祈るほかない。

────そして。

( T)「…………」

機内の最奥では、私たちの提督が座っている。

身長、196cm。体重、118kg。彼が敬愛して止まない某ハリウッド俳優と(凄く気持ち悪いことに)ピッタリ一致した、日本人としては規格外の数値。彼はその大きな身体を少し窮屈そうに背もたれに預け、腕と足を組んで椅子に腰掛ける。

ただ大きなだけではなく、彼の身体は徹底的に鍛え抜かれたものだ。0.1tを越える体重の大半は筋肉とそれを維持する骨格で構成されており、数値以上の存在感が彼の巨?に付与された結果“日本人離れ”は“人間離れ”にランクアップした。

ギコさんをはじめ、艦娘が生まれる前から深海棲艦と生身で戦い、そして沈めてきた猛者が集う“海軍”。その世界最強の部隊が20人以上も寄り集まった機内にあっても、彼の巨?は一際異彩を放つ。ましてやそんな人物が無言で俯き座ったままぴくりとも動かないとなれば、彼のことをよく知っている私でも言い知れぬ威圧感を感じてしまう。

( T)「……………」

そう、無言。

提督は、横須賀でこの輸送機に乗り込んでから──正確にはその直前数分頃から──、一言も発していない。

別に彼はトラブルメーカーでもないし、奇っ怪な出来事に事欠かない我が鎮守府においてもなんだかんだ言って彼自身がその「奇っ怪な出来事」を起こしたことは殆どない。とはいえいざ異常事態が起きれば怪異を虐殺しつつ艦娘共々お祭り騒ぎに興ずる程度には、彼もまた喧しい性格をしている。

そんな、私のよく知る提督ならば、少なくとも時雨とギコさんの(醜い)罵り合いに嬉々として参戦するかどちらもプロレス技で沈めるぐらいのことはしているはずだ。また、たかが敵の対空砲火のまっただ中を突っ切る程度で「いつものノリ」を失うような柔な神経でもない。

スーパーで買った12個入りの卵のパックに何故かイースターエッグが一つだけ混じっているのような、得体の知れない違和感。その気持ち悪さに、ワケもなく身じろぎする。

「………」

「………」

いつもと様子の違う彼の姿に、私は斜向かいに座る古鷹に視線を向ける。彼女の方もちらりと提督を見やった後、少し不安そうに小首をかしげた。

この中では一番の新顔であり提督と過ごした時間がまだ鎮守府の中では短い方の私に対し、古鷹は彼の指揮下としては古参の一人だ。その──本来提督の奇行には特に耐性がある方である筈の──彼女が困惑しているという事実が、彼の今の姿の異様さを表している。

「うわっ……本当によく揺れるね。ウチの妹が完全にダウンする前に早いとこ着陸して欲しいな」

(,,゚Д゚)「……空襲での敵艦隊排除が案外難航してるくせぇな、対空砲火がおさまらねぇ。こちとら早いところこのクソガキから離れてえってのに」

「は?」

(,,゚Д゚)「あ?」

……まぁ、“提督”になる前から彼と付き合いがあるギコさんやこと彼のことになるといろいろと敏感な時雨が特に意に介していないため、実際には大したことじゃないと見ることもできそうだけど。古鷹も提督に声をかけたそうな仕草を見せているが、自然体な二人の様子にそれほど心配すべき事なのかイマイチ判断しかねているらしい。

それでも心優しい彼女は、意を決し顔を上げ再び提督の方に視線を向ける。

「………あのっ、t!」

《Stork-01より全搭乗員に通達、後20秒で着陸する!総員戦闘用意!繰り返す、総員戦闘用意!》

「あう………」

──が、直後に操縦士からのアナウンスが機内に響き、かけるべき声を失った彼女はがっくりと頭を垂れる。元々私に“かける言葉”なんてない(ご飯に卵をかけるのは好き)けれど、それにしてもこの計ったような間の悪さは同情を禁じ得ない。

(,,#゚Д゚)「よし、戦闘用意だ!!敵は手強いぞ、心してかかれ!!」

「「「Sir, yes Sir!!」」」

「────んぇ」

因みに、端っこの席ではギコさんの大音声での檄を聞いて雲龍がようやく夢の世界から帰還した。……この騒音の中でというのもそうだし、流石にいつ撃墜されるか解らない状況下で安眠できるほど図太い艦娘は“海軍”全体でも両手の指におさまるぐらいの人数しかいないだろう。個性のサラダボールと化している我が鎮守府においても、彼女のメンタルの強靱さは群を抜いている。

( T)「……」

自分の艤装を装着し異常がないか確認しながらちらりと提督の方を見ると、彼は既に戦闘用意を終えていた。相変わらずらしくない“無言”のままだけど、別に腑抜けた逆に気負っていたり調子が悪かったりという様子もない。少なくとも、見る限りは指揮や作戦行動に支障を来す状態ではなさそうだ。

(なら、今は提督を心配する必要はないかな)

様子がおかしいのは間違いないけど、それを戦場に持ち込むような人ではないことは知っているし、戦場で問題がないのなら私達も今は余計な雑念を持ち込むべきではない。

この任務がすむまでは、疑問は一先ず置いておこう。








「…………っ!?」

────そう決心した矢先に、私達の乗っている輸送機がぐらりと一際大きく揺れた。

私は軽空母であり、本来は戦闘機を飛ばす側であって戦闘機や飛行機に乗る側ではない。加えて任務の巡り合わせから、空輸される経験自体実は指折り数えられるほど少なかったりする。

それでも、直感で解った。今の揺れは“ダメな揺れ方”だと。

《Shit, Stork-01 One hit!! One hit!!》

《Stork-01より管制機、敵高角砲弾頭が至近で起爆!右翼に甚大な損害、ローターが
脱落した!》

《姿勢制御……クソッ》

(,,;゚Д゚)そ「ぬぉっ…!?」

「あぐっ────」

赤いランプがけたたましいサイレンの音と共に明滅し、傾ぐどころか機体が一瞬逆さまになる。明らかに真っ直ぐ飛行できていないと察せる不規則なGが頻繁に方向を変えながら私達の身体を押し潰し、艦娘の艤装込み重量も支えられる特殊ベルトに締め付けられて古鷹が喉の奥からくぐもった悲鳴を上げる。

ふと、風圧で窓に顔を押しつけられた際に外の光景が視界に映る。磯風が、卵焼きを作ろうとしたときに発生するものと酷似した色合いの煙が吹き出していた。

私達が乗る輸送機の、翼から。

《Mayday, Mayday, Mayday!! This is Stork-01!! I'm going down!!》

《立て直せない………市街地に不時着する!!》

(,,;゚Д゚)「衝撃に備えろ!!!」

「もう!」

ギコさんの叫びと時雨の悪態に合わせて、世界がぐるぐると回り続ける中私は周りと同様椅子の上で胎児のように丸くなる。正直他に何のしようもない。艦娘としての耐久力とこの鎮守府での鍛錬の積み重ねが墜落のダメージに耐えうるものであることを祈るだけだ。

映画とかと違って、案外墜落までの時間は長く感じるんだな……そんな、場違いな感想がふと頭を過ぎり、

「っっ……!!」

直後に、今までに感じたことのない衝撃が轟音と共に私を襲う。





怪奇現象に事欠かない私達の鎮守府においても、今のところ所謂“神”ないしそれに準ずる存在との邂逅はない。

一応イフリートは鎮守府の七輪に宿っている。ただ、関西弁である辺りパチモン臭が凄くどちらかというと他のしょーもない妖怪・怪異と同類と思われる。後は提督が“マッスルの神様”なるものに会ったと寝言をほざいt……信じがたいことを言っていたけど、仮に真実だとして剥きたてのゆで卵の如くはげ散らした頭が光っていたらしいので此方も多分妖怪の類いと見て間違いなさそうだ。

とりあえず、これだけ日々怪奇現象に見舞われながら一度も会ったことがないという点と、その他諸般の事情から私は神様の存在には懐疑的な立場をとっている。

「Shit………」

「ぼ、ぼぃいい………」

(*;メ゚ー゚)「いたた……ゆ、夕立ちゃん、大丈夫!?女の子が出しちゃダメな声で女の子がしちゃダメな顔色になってるけど!?」

「椎名少尉こそ大丈夫ですか?お怪我は」

「Jesus……!」

だから私は、あれほどの衝撃の中で私達艦娘のみならずギコさん達“海軍”部隊も殆どが無事であるという事実についても、神の奇跡だ等とは思わない。

唯々、墜落する直前まで職務に忠実であり続け、ほぼ完璧な機体姿勢での不時着を成し遂げた操縦士に敬意と感心を表するだけだ。

(#T)「ギコ、操縦士はどうした!?」

(,,メ;゚Д゚)「今確認して……クソッ、ダメだ!

脈を診るまでもねぇ、頭が潰れてやがる!もう一人も鉄骨にぶち抜かれてる!」

あと、哀悼も忘れずに。

(#T)「椎名、部隊の死傷者は!」

(*;メ゚ー゚)「レリック二曹が上腕を骨折、戦闘行動は困難!それと阿南一曹も足をやられてます!私、猫山少尉、他は軽傷多数も戦闘に支障なし!」

(#T)「その二人は応急処置の後運び出せ!ギコ、救護要請は!?」

(,,#メ゚Д゚)「もう出したがいつ送られるかは解らん!それより俺たちの墜落地点がやばいぞ、内陸浸透中の敵艦隊の進路上だ!」

(#T)「統合管制機に最寄りの艦隊の規模と構成を確認しろ!

“地獄の血みどろマッスル鎮守府”、艦隊各位!点呼、並びに状況報告!!」

さっきまでの沈黙が嘘みたいに、また日頃の不熱心な仕事ぶりが冗談のように、提督は矢継ぎ早に指示を出していく。空を飛び交う弾丸や艦載機の風切り音、そしてそこかしこで炸裂する砲弾の轟音を凌駕する大音声での点呼に、私の背筋も針金を入れたみたいにピンッと伸びる。

「時雨、異状なし。そこのクソ雑魚じゃあるまいしあの程度じゃケガしないよ」

(,,メ゚Д゚)「は?」

「あ?」

「…………夕立、大丈夫っぽい」

いや、相変わらず顔色ピータンみたいな色なんだけど。大丈夫っぽくないんだけど。

「雲龍、無事よ」

「不知火、作戦行動に支障ありません」

「古鷹、艤装・身体共に異常なし!作戦継続可能です!」

次々と応じる時雨達に対し、私は“答える言葉”を持たない。

だから、あの日以来唯一発することが出来るその単語を、返答の代わりにする。












「たまご」

(,,メ゚Д゚)「レリックは一先ずこれで大丈夫だ!しぃ、阿南の方は!?」

(メ*;゚ー゚)「うん、固定したから運ぶだけなら………ひゃあっ!?」

私が返答(?)した直後、すぐ近くで砲弾の炸裂音が立て続けに二つ、三つと鳴り響く。……音の大きさから推察するに、落下した位置は20Mと離れていない。

明らかに私達を標的とした連続的な至近弾に、アスファルトで塗装された道路に半ばめり込んでいる機体がぐらぐらと小刻みに揺れる。手早く手際よく負傷兵を治療していたしぃさんが可愛い悲鳴を漏らし首を竦めた。

「Admiral、進軍中の敵艦隊より我々の墜落地点へ本格的な砲撃が開始されたと管制機から報告あり!」

(#T)「機外に離脱しろ、急げ!誘爆したら流石に看過できねえダメージになるぞ!」

無線機を操作していた“海軍”兵士の一人が叫び、それを受けた提督の指示に全員が拉げて口をだらしなく開けた後部ハッチへと向かう。その間にも砲撃の炸裂音は響き続け、徐々に激しさを増していく。

『『─────!!!!』』

「【Helm】 in coming!! Over 30!!」

(,,#゚Д゚)「夕……時雨!古鷹!!」

「了解です!」

「ったく、面倒くさいったらないね!!」

鶏の総排泄肛からひり出される卵のように機外に転がり出た直後、砲弾に代わって空から降ってきたのはあの耳障りな風切り音。上空500m程の位置から私達めがけて急降下してくる黒い点の群れに、ギコさんから指示を受けた時雨と古鷹が同時に機銃を構える。

因みに最初名前が挙がりかけた夕立は………うん。

彼女も私の大切な友人であり仲間だ。今夕立がどうなっているかについては、かつて【ソロモンの悪夢】と呼ばれた駆逐艦娘の名誉と威厳のために私の胸にしまってアイアンボトム・サウンドまで持って行こう。

「僕が周りをやる!古鷹は中核の航空隊を!」

「解りました!────敵航空隊捕捉!射撃開始、射撃開始!」

空に向けられた二門の機銃が、火を噴く。古鷹の20mm連装機銃から吐き出された太い火線と、それにまとわりつくようにして放たれる時雨の7.7mm機銃の火線が敵航空隊を真っ向から迎え撃つ。

『!?!?』

『『『──────』』』

先鋒を行く一機が、反応が遅れて直撃弾により爆散する。だが、残りの機体は素早く統率の取れた動きで火線から逃れた。

敵ながら惚れ惚れしてしまうような、まるでフライパンの上に広がる目玉焼きのように美しい散開運動。対空砲火で迎撃しようにも的が絞りにくく、それでいて各機の射線はしっかりと開かれていて全方位からの弾幕射撃を問題なく敢行できる。

(,,#メ゚Д゚)「────“Circle”!!」

「「「Yes sir!!」」」

『『『!?!?!!?』』』

だが、その見事な編隊運動も読まれていれば意味を成さない。

「Enemy down!! Enemy down!!」

(*メ゚ー゚)「Keep fire!!」

「Reload, cover me!!」

古鷹たちの周囲で素早く円形に展開したギコさん達が、一斉に自動小銃────アメリカ軍で使われている、【M16カービン】とかいう銃の引き金を引く。四方八方に伸びた火線は、その尽くが正確無比な狙いを持って散開した敵機を貫いていく。

『!!?!?』

『『───……』』

深海棲艦側は、射撃を躱そうにも先ほどの急激な軌道変更が祟ってまだ思うように速度を出せない状態にある。一方的な“七面鳥撃ち”に晒されながらようやく一部が態勢を立て直したときには、無事な機体は1/3以下まで減っていた。

『『───ッ!!』』

「敵機、離脱を開始!」

(,,#メ゚Д゚)「弾薬再装填、陣形は崩すな!AT-4並びに白兵装備、準備急げ!!」

流石に彼我の実力差を理解したか、残りの機体は踵を返し空へと帰って行く。だけどその姿をいちいち見送るようなことはない。

『『『─────ォオオオオオオオオオオッ!!!!!』』』

「Contact!!」

何せ、私達の戦闘はまだ始まったばかりだ。

何百回も、散々、うんざりするほど奴らの声は耳にしてきた。だけど今でも、それを聞く度に私の卵肌は一瞬にして鳥肌に様変わりする。

『『『ォオアアアアアアアアアッ!!!』』』

奴らの、深海棲艦の咆哮を聞き飽きることがあっても、聞き慣れることは少なくとも私には永遠に来ないに違いない。

『『『ガァアアアアアアアアッ!!!』』』

(*メ#゚ー゚)「九時方向、二個艦隊を視認!内軽巡ホ級flagship1隻を認む!」

(,,#メ゚Д゚)「AT-4 Fire!!」

「「Roger!!」」

思ったより至近、右手400mほどの位置で瓦礫の山を蹴散らしながら敵艦隊が姿を現す。即座にギコさんが号令を下し、“海軍”兵士達が構える4門の携行砲がそれに応じて火を噴いた。

『ア゛ァ゛ッ!?』

出会い頭の砲撃に、回避や防御といった対応をする暇はない。4発の砲弾はそのまま、艦隊の中程を進んでいたホ級flagshipに突き刺さる。

火の玉が四つ、20mを誇る巨体の表面で膨らむ。1発はホ級の側頭部に直撃し、爆圧でお鍋を被ってるみたいな形状の奴の頭部が激しく右にぶれた。

『オォ………ガァアアッ!!!』

敵は、非ヒト型とはいえflagship。幾ら“海軍”でも、歩兵の携行火器数門の一斉射では倒せない。

ホ級は一瞬仰け反り蹌踉めいたが、すぐに態勢を立て直すと私達の方を向いて一声吠えた。背中の三段重ねの連装砲が、錆び付いた音を立てて私達の方に向けられる。

「────五月蠅いよ」

『グギェッ……』

『ア゛ア゛ッ!?』

だが、その時には既に、私達の下から放たれていた“五発目の弾丸”が距離を詰めている。

砲が火を噴く直前に鳴り響く、乾いた破砕音。序で上がった呻き声に、ホ級flagshipはびくりと身体を震わせてその声が上がった方に顔を向けた。

恐らく旗艦であるホ級の周囲を固めていた、数隻の駆逐二級後期型。その内一隻の前面装甲に、蜘蛛の巣の如く無数の細かいヒビが入る。エッグスタンドに入ったゆで卵のように縦長のシルエットがグラグラと左右に揺れた後力尽きたように崩れ落ちる。

倒れた個体のヒビの中心に突き刺さるのは、砲弾ではない。奴らの装甲表皮と全く同じ色合いの、一本の“くない”だ。

「っふ!!」

『ゴォアッ………ギィッ!?』

二級の屍を踏み台に、奴らに肉薄した“弾丸”が───時雨が、空中に身を躍らせる。身体をねじって勢いをつけながら新たに投擲された二本の“くない”は頭部を狙って投げ下ろされたが、ホ級はこれを咄嗟に腕で受けた。

『ガッ……グゥッ……!!』

「ちぇっ」

腕の肉を深々とえぐり、骨にまで達したであろう一撃。青い体液が傷口からぼたりぼたりとしたたり落ち、ホ級flagshipは苦痛の呻きを漏らしつつも反撃に転じる。旗艦の轟沈を逃した時雨は、着地点に振り下ろされたホ級の左拳を不愉快そうな舌打ちと共にバックステップで回避する。

『ガァアアッ───ギッ』

「だから五月蠅いって」

すぐに、背後から瓦礫の山を突き破ってイ級が猟犬の如く飛びかかる。が、時雨が振り向きもせずに後ろ蹴りを繰り出すと、まるで厚さ何十メートルもある特殊カーボンの壁に全速力で衝突したみたいにイ級の身体が半ばまで拉げて潰れた。

『『オ───ォオオオオッ!!!』』

「おっと」

別個体のイ級と、軽巡ヘ級が時雨を2方向から同時に砲撃する。だけど砲弾が炸裂したときには、既に彼女の影は駆けだしていてその場にない。

『ガギッ……』

『………ア゛ア゛ア゛ッ!!!!』

「遅いね」

ホ級のすぐ傍で、二級がまた一隻倒れた。水色の眼球をくないに貫かれ、そこを基点に真っ二つにへし折られた友軍艦の姿に激高したホ級が機銃掃射を行うが、時雨はその屍を勢いよく蹴って掃射地点から飛び下がった。

『オアッ!?』

「────覇ッ!」

『ギグッ………』

着地した場所は、さっき時雨を撃とうとしたイ級の頭頂部。すぐさま打ち下ろされた拳が装甲を粉砕し、右腕が肘の辺りまで埋まる。

「うぇっ……気色悪っ」

いかにもイヤそうに舌を出しつつ、時雨がイ級の頭から腕を抜き出す。事切れたイ級の頭部穴からはさながら間歇泉の如く青い体液が噴出し、周囲の瓦礫を染め上げた。

奴らと接敵してからイ級の頭部が瓦割りされるまで、恐らく一分程度しか経っていないだろう。だけどその60秒前後で、敵艦隊は私達マッスル鎮守府の“番犬”の実力を正確に理解したらしい。

『ォオオオ……ギィッ!!』

『アァアアアア……』

「ははっ」

イ級の屍から飛び降りた時雨を半円形の陣を組んで取り巻きつつ、ホ級flagship達は口々に警戒の唸りを漏らして身構える。明らかに気圧されているその動きを見て、時雨は嘲笑と共に敵に向かって中指を突き立てた。

「揃いも揃ってクトゥルフ神話の怪物みたいにおどろおどろしい外見してるくせに、ちょっとやられたぐらいでこんな美少女相手にビビっちゃうんだ。ホントクソ雑魚だよね、やめたら?深海棲艦」

(………うわぁ)

流石は、邪神の申し子(命名:某海軍少尉)。或いは、口先から生まれたケルベロス(命名:Y.N海上自衛隊一等海曹)。深海棲艦相手でも煽りを忘れない絶口調ぶりには感心せざるを得ない。

『『『………ッ!!!』』』

非ヒト型の深海棲艦でも人語を解するかどうかについては、“海軍”所属の研究者達の間でも意見が分かれていると聞く。だがもし時雨の言葉を理解できなかったとしても、表情や動作を見れば自分たちが彼女に侮辱されていることは容易に推察できるだろう。

『『『グガァアアアアアアアッ!!!!』』』

いつも無機質な奴らの鳴き声が、卵焼きを作るために油をひいたフライパンのように熱を帯びた。恐れや怯みが消え、変わって怒り────人類や艦娘全体に対するものではなく、目の前の駆逐艦・時雨という存在それ自体に向けられた怒りが露わになる。

『ア゛ア゛ア゛ッ!!!』

『『『ォアアアアアッ!!!!』』』

ホ級flagshipの咆哮と突貫を合図として、残りの随伴艦達も闘争心に満ちた絶叫と共にたった一隻の駆逐艦に殺到する。元の知能が低い故に、彼我の実力差の事など挑発一つで脳裏から消えてしまったようだ。

『────ギ、ァッ……!?』

「……えっ?」

そして、時雨以外の“敵”がこの場に存在するということも。

20mの巨躯が揺らぎ、後ろ向きに傾ぐ。時雨に振り下ろされているはずだった大きな握り拳から力が抜け、倒れ行く身体を支えようとでもしたか両の手が何度か宙を掴む。

『ゴ………ギッ……』

ズンッ、という低い音と共に地面が微かに揺れ、仰向けで倒れ込んだホ級flagshipの周囲で土煙が舞い上がる。束の間、自分の身に何が起きたのか確かめようとしているかのように眼孔のない頭部が力なく揺れていたが、やがてその動きもすぐに止まった。

『ア、アッ!?』

『オォオオオオッ……!?』

「むぅ……」

随伴艦達は、戸惑ったような鳴き声を上げながらホ級flagshipの屍を顧みる。時雨もまた、一度構えを解いてホ級を────正確には、屍の咽頭に深々と突き刺さった五本の真っ黒な矢を一瞥する。

「……あのさ瑞鳳、よりによって一番上等な獲物を横取りするのは節操がなさ過ぎじゃない?」

「たまご」

剥きたてのゆで卵よろしく頬を膨らませての抗議に、私は肩を竦めてみせる。彼女の抗議も尤もだが、それが“上官命令”だったのだからどうしようもない。

それにしても、いいのだろうか。

(#T)「ギコ、行くぞ!!」

(,,#メ゚Д゚)「了解だ“先輩”!!」

こっちに構ってなんかいると、それこそ“獲物”は全て取られることになるわけだけど。

「…えっ!?あっ、ちょっ、ふざけんな!?」

立ち尽くしていた時雨の両脇を、白兵装備を構えたギコさんと提督が風を巻いて駆け抜ける。慌てて制止する(間抜けな)白露型2番艦には目もくれず、二人は混乱の極致にある敵艦隊の直中に斬り込んだ。

『……アァッ!?』

最初に反応を見せたのは、軽巡へ級。向かってくるギコさんと提督に気づくと、ヘ級は面食らったような声を一つ上げて右手の艤装を二人に向けようとする。

だけどその動きは、肉薄する二人と比較して鈍重にも程があった。

(,,#メ゚Д゚)「ゴッルァアッ!!!」

『ギィッ!!?』

稼働したヘ級の単装砲が砲弾を吐き出す前に、ギコさんがその懐に弾丸のような速度で踏み込む。黒い刃が翻り、キンッという甲高い金属音が響く。ヘ級の陸上活動用多脚ユニットから、切断された脚が一本火花を散らして脱落する。

『オ、ォ、アアアアアアッ!!!』

(,,メ#゚Д゚)「ッらぁっ!!」

苦悶と怒りが入り交じった絶叫と共にヘ級は右腕を振り下ろすが、軌道上からその姿は既に消えている。前転でヘ級の一撃を回避した彼は、起き上がると同時に再度白兵用のブレイドを一閃した。

『~~~~~ッッッッ!!!?』

澄んだ金属音が今度は三つ重なって響き、ヘ級が声にならない悲鳴を上げる。更に三本のユニットを根元から同時に断ち斬られ、脚の半分を失いバランスを失った身体ががくりと前のめりに崩れる。

(,,メ#゚Д゚)「行ったぞ先輩!!」

(#T)「見りゃわかるわバーーーーーーーーーーーーーーーカ!!!!!!!!!」

『……ギッ!?』

ちょうど良い高さまで降りてきたヘ級の頭に提督が彼の得物を───5メートルを越える、巨大な漆黒の“矛”を渾身の力で振り下ろす。

(#T)「Wasshoi!!」

『ガッ』

巨大な破砕音が私達の耳朶を震わす。短い断末魔を残して、ヘ級の上半身がまるでプロレスラーに殴りつけられた生卵の如く惨めにぐしゃりと潰れた。

「Enemy down!!」

(*#メ゚ー゚)「Don't move!! Keep the position!!」

「…………Oh my god」

しぃさんをはじめ、この場にいるだいたいの“海軍”兵にとっては至って普通の光景のため反応は薄い。だが一人だけ、ルーキーなのか提督とギコさんの暴れぶりに呆然となっている隊員がいた。

うん、まぁ“生身の人間(?)が深海棲艦を瞬殺する光景”を初めて見た反応としては寧ろ驚きを抑えられてる方かな。尤も、アレの内面を知る側から言わせて貰えば、同じ神でも絶対に邪神の類いだけど。

身内が言うんだから間違いないよ、うん。

初見という面が大きいにしろ、味方にとってさえ信じがたいものとして映るギコさんと提督による────生身の人間による軽巡ヘ級の“白兵戦での”轟沈。

深海棲艦側から見れば、それこそ青天の霹靂という表現ですら足りないかも知れない。少なくとも、アクアファーム秩父が生み出した絶品卵【輝】で作った卵焼きを初めて口にしたときの私と同程度の驚きにはなったはずだ。

『『ギィ、ギィッ!』』

『『アァアア、ガァッ!!』』

(,,;メ゚Д゚)「うおっ!?」

( T)「ぉおう」

恐怖に駆られた鳴き声を上げて、残余全艦が一斉に艤装を展開。咄嗟にヘ級の屍の影に隠れた提督とギコさんに、幾条もの火線が束になって殺到する。

(,,メ゚Д゚)「……必死だねおい」

( T)「危なかった。流石にアレが全部当たってたら俺でも足首を挫きかねん」

(,,メ;゚Д゚)「いやアンタでも普通に死ぬ……えっ、死ぬよな?」

人間二人を(……少なくともギコさんの方は確実に)殺すには、過剰どころではない量の火力投射。明らかに、奴らは二人を時雨以上の脅威と見なして全力で消しに来ていた。

だが、只でさえ非ヒト型の劣った頭。それが更に恐怖に染まれば、最早まともには働かない。

(,,メ゚Д゚)「にしても、こうもハマってくれるといっそ清々しいな」

( T)「全くだ────瑞鳳!」

「たまご」

既に自分たちが詰んでいることに、気づかない。

或いは、気づいているが故の悪あがきだったのかも知れないけれど。

“海軍”所属の艦娘達の多くが通常の艤装以外に専用の白兵ユニットを配布されているように、私や祥鳳、赤城、加賀といった所謂“弓射展開型”の空母には、艦載機射出用の他に“射撃用”の矢が配布されている。材質はギコさんが愛用するブレイドや提督の巨矛と同様に深海棲艦の装甲殻を特殊加工したもので、貫通力と丈夫さは折り紙付きだ。

無論、私達空母・軽空母の“本業”は艦載機を用いたアウトレンジ攻撃と敵艦載機隊の排除による航空優勢の確保。此方の矢はあくまで護身用のサブウェポンであり、他の艦種の艦娘達や“海軍”歩兵が使う白兵戦闘用装備と違いこれをメインに戦闘を行うことは本来想定されていない。

問題は、ここが“海軍”であるという点だ。強さと引き替えに理性や理屈がすっぽり抜け落ちた連中が集った軍集団である以上、“常識的に考えて”なんて概念は存在しない。丈夫さや取り回しの良さを気に入り、特に練度が高い艦娘の中で此方の“矢”を寧ろ好んで使う者も一定数存在した。

例えば、私とか。

『─────ガッ……?!』

一度に五本の矢を番え、放つ。唸りを上げてほぼ一直線に飛翔した漆黒の五矢が、束のまま駆逐ハ級の眼孔に突き刺さる。眼球が粉砕され、装甲殻を撃ち抜き、一気に矢羽の付け根付近までその身を埋める。

『ゴッ、ガッ、ギッ、ゲッ』

ウズラの卵よりも小さいであろう脳味噌でも、破壊されれば致命傷にはなるらしい。ハ級は不気味な呻き声を上げながらガクガクと痙攣を繰り返した後、やがてバタンと横倒しになり絶命した。 

「たまご!」

はしたないと自覚しつつも、フンスと鼻から吐息が漏れる。

一射、五矢。提督のお気に入り漫画【キングダム】で、異民族“犬戎”と交戦した楊端和指揮下の騎馬隊が見せた弓の射法。

いかに貫通力は十分とはいえ、非ヒト型の大きな図体を一本ずつの射撃で仕留めようとすれば骨が折れる。ならば、数を増やせばいいだけの話だ。

とはいえ、訓練での練習は無し、さっき軽巡ホ級に対して行ったものを含めてこれが二度目。ぶっつけ本番でやってみたが、案外いけるものね。流石私。

因みにヤングジャンプで連載中の大人気バトル漫画【キングダム】の既刊コミックは全国書店で販売中。別に女房を質に入れる必要はないが、普通に面白いので買っておいて損はないと思う。

それよりも私が今欲しいのは、浅田農園が販売している【鳳凰の卵】だ。一個432円と破格の値段だがその絶品ぶりはテレビでも紹介され、一個あたりに通常の卵24個分の栄養が含まれているという点でも話題になっている。

【輝】とどちらが美味しいか比較するためにも、提督のB級映画コレクションを質に入れてでも手に入れる所存だ。

私が“いつかダチョウの卵をまるまる一つ使って目玉焼きを作る”に次ぐ重要度の野望に燃えている間にも、状況は刻々と変化する。

『ゴァアッ!?』

『ギィッ、ギィッ!!』

(,,メ゚Д゚)「しぃ!!」

(*メ#゚ー゚)「了解!

All squad, weapon free!!」

ハ級の轟沈によって、弾幕にぽっかりと空いた穴。慌ててその穴を埋めようとして、敵の火線全体が揺らいで統率を失った。すかさず今度はギコさんが号令を下し、深海棲艦の包囲を終えたしぃさんたち“海軍”歩兵隊が一斉に瓦礫の山の陰から立ち上がる。

(*#メ゚ー゚)「Fire, Fire, Fire!!」

『ギィイッ!ガァッ!』

『キィイイイッ……!』

10を越えるアサルトライフルが同時に火を噴き、深海棲艦達に着弾する……が、幾ら“海軍”所属の兵士といえど何の変哲もない小銃射撃で深海棲艦に打撃を与えられるほど人間を辞めてる人は居ない。駆逐ロ級が一隻、鬱陶しげな鳴き声を上げて口を開き、弾丸が飛来する方向に単装砲を向けた。

「────AT-4, Fire!!」

『ゴァッ!?』

瞬間、別の方向で火を噴く4門の携行砲。寸分違わぬ狙いで放たれた砲弾が、開かれたロ級の口内に吸い込まれるようにして全弾飛び込む。

『カッ』

『ァアアッ!!?』

思わず閉じられた顎の中で立て続けに響く、くぐもった砲弾の炸裂音。直後にそれとは比べものにならない轟音が空気を震わせ、体内から吹き出した炎にロ級の身体が焼き尽くされる。真横にいたもう一隻のロ級が、爆風に煽られて姿勢を崩した。

(*#メ゚ー゚)「One more!!」

「Roger!!

────Fire!!」

機は逃さない。更に三発の砲弾が、蹌踉めいたロ級めがけて放たれる。

『ギッ………ア゛ッ』

あえてタイミングをずらして発射された最初の一発を食らい呻き声を上げた瞬間、残る二発がロ級の中へ。断末魔を上げる間すらなく、二つ目の火柱が天を焦がした。

『『アァ……アァ……!?』』

『『ギィイ……ォアア……』』

連続で発生した軍艦二隻分の爆発に伴って、凄まじい量の砂塵が巻き上がり黒煙が濃く立ちこめる。残余戦力が四隻まで減ってもなお深海棲艦側は戦う姿勢を崩さないが、奪われた視界が反撃を妨げる。

私達が奴らの図体故に煙越しでも容易く動きを把握できるのに対し、深海棲艦側はこの煙と砂塵の量で自分より遙かに小さな物体を視認する必要がある。自然、敵艦隊は警戒から動きがますます鈍重になりざるを得ない。

『────ア゛ア゛ッ!!!』

らちが明かないとみたか、三隻目のロ級が咆哮と共に一歩踏み出す。どうやら此方に益々動きを把握されやすくなるリスクを踏んででも、煙の中から脱出して視界を確保するつもりらしい。

非ヒト型の小さなおつむにしては上出来な──ヒト型個体からの指示である可能性もあるが──、思い切った行動。英断と言って差し支えない大胆な戦術だ。 

だが、遅きに失している。

「たまご」

『ピギッ………ギァアッ、アアアアッ!!?!?』

煙に紛れて肉薄を終えていた私は、真横から至近距離でロ級の目元に矢を撃つ。激痛のあまり仰け反ったイ級の、むき出しになった下腹部に今度は五本の矢をまとめて叩き込む。

『ゲアッ……アァッ……』

五つの鏃が皮膚を突き破り、肉を抉る。ぽっかりと空いた風穴から、まるでふわトロの卵焼きを箸で割った時みたいにロ級の体液が滴り落ちる。ロ級はよたりよたりと二、三歩揺れた後、私が身体の下から転げ出た直後膝から地面に崩れ落ちる。顎がハンマーのように地面にたたきつけられ、ズンッと音を立てて小さな揺れを起こした。

『ウォオオッ───ギッ!?』

「沈めッ…………!!!!」

僚艦の異変に、ロ級と最も近い位置にいた最後のイ級が私の方を振り向く。……が、その側面に不知火が飛びつき、逆手持ちのナイフを勢いよく突き立てる。

人間で言うなら恐らく側頭部に当たるだろう位置に深々と突き刺さった刃。だが不知火が扱うナイフの刃渡りはせいぜい20cm前後で、ギリギリ銃刀法違反に引っかかる程度の長さでしかない。

五メートルを超えるイ級の体躯と比してあまりにも浅く小さいその傷口は、本来なら致命傷となるものではないだろう。

あくまでも、彼女の刺突がその一撃“のみ”だった場合の話だけど。

「………つまらない」

『ィギッ─────』

吐き捨てるような呟きと共に不知火がナイフを抜き取る。同時に、イ級が弱々しい鳴き声を一つあげた後彼女とは反対側へ倒れた。

体表に口を開けるナイフの刺し傷から、青い体液が溢れ出る。……どう少なく見積もっても優に20は越えているだろう傷口からの出血量は尋常ではなく、たちまち不知火の足下には生臭い水たまりができあがる。

(相変わらず、速いなぁ……)

提督の指導の下修練を積んだ不知火のナイフ捌きは、かの青葉をして「目で追うことが難しい」と言わしめる程だ。まさに“神速”と呼ぶに足る手数は、彼女が扱う得物それ自体のリーチの短さと一撃辺りの威力の低さを補って余りある。

「………不知火に何か落ち度でも?」

「たまご……」

畏怖と敬意の念を持って見つめていると、それに気づいた不知火が低い声で訪ねてきた。10秒も浴びれば台湾の珍味【鉄卵】も独りでに割れること請け合いなその鋭い視線に、私もホールドアップを余儀なくされる。

眼だけで人を殺せるタイプだこの子。

「た、たまご」

「…………あの、別に怒っているわけではないのですが」

戦場のど真ん中で戦意喪失アピールを始めてしまった私に、不知火が困惑したような声色(と、益々鋭くなった目付き)で某睦月型のような台詞を口にする。うん、私もよく解ってるんだけどね、これは仕方ない。

例え調教した猛獣使いがすぐ近くに居たとしても、檻がない状態でライオンと至近距離で顔を付き合わせて怯えずにすむ人なんていないでしょ?同じ事よ。

「悪気がないのは解りますが、瑞鳳さんにそのような反応をされると少し傷つきますね……っと」

私と不知火の奇妙な──そして二人の練度を鑑みても流石に無防備な──膠着状態に終わりを告げたのは、少し離れた場所で立て続けに響いた地響き二つ。

直後、在日米軍の飛ばす対地攻撃機の編隊が爆弾を投下しながらすぐ近くの空を駆け抜けていく。

A-10攻撃機の通過に伴い巻き起こった突風で砂塵と黒煙が吹き散らされ、急速にクリアになる周囲の景色。

真っ先に視界に飛び込んできたのは、激しく損壊し物言わぬ骸と成った哀れな2隻の深海棲艦だった。

「ふぅ……準備運動にはちょうど良かったッぽい!」

十時方向には、まるでブツ切りにされた鶏肉のように黒い“何か”の山が堆く積もり、天辺には二本の黒い大振りな山刀が十字架を思わせる形で突き刺さっている。そしてその山の前では、ようやくヒコーキ酔いから蘇生したらしい夕立が満面の笑みを浮かべて額の汗を気持ちよさそうに拭っていた。

山の中に垣間見える装甲殻の破片や図太い腕の残骸、そして特徴的な(ただし、坂道で自転車から落としてしまった卵の如くぐちゃぐちゃに潰れた)三つの首の存在がなければ、私達でも“それ”を軽巡ト級の成れの果てだとは気づけなかったに違いない。

「………提督!」

一方、唐竹割りの要領で真っ二つにされ何かの記念碑の如く瓦礫の中に屹立している駆逐ハ級の前で佇む時雨は、ご機嫌な妹とは対照的にあからさまな膨れっ面で声を荒げる。まぁ、独り占めを目論んでいた獲物の大半を持って行かれた上に旗艦・副艦さえ自分のスコアにならなかったとなれば、人一倍どころか百倍は負けず嫌いな彼女の怒りは予想できたことだけど。

「僕一人でも十分どころか僕一人だったらもっと早く終わってたのに、何でわざわざスコアを減らしにかかるのさ!しかも副艦のヘ級はよりによってそいつと共同で沈めるし………痛っ!?」

(,,#゚Д゚)「作戦中に喧しいんじゃウォーモンガー!少し黙ってろ!」

早々に食ってかかったところに凄い勢いでギコさんのげんこつが落下し、“口先から生まれたケルベロス”も物理攻撃の前にあえなく大破轟沈で地面にしゃがみ込む。しかしロマさんといい提督といいギコさんといい、時雨と会話をすると著しく知能指数が下落するのはなんなのだろう。そういう特殊能力の持ち主なのだろうか彼女は。

「容赦なく艦隊一の美少女の頭ひっぱたくなよ野蛮人!」

(,,#゚Д゚)「美少女自称する前にその“海軍”一最悪なできの脳味噌直してこいやゴルァッ!」

(#T)「しぃ、古鷹、雲龍、総員前進!拠点構築急げ!確実に後続がくるぞ!」

(*;゚ー゚)「了か────11時方向、学園艦甲板上に発砲炎!!」

「うわっ!?」

背後で繰り広げられる低IQな会話には目もくれず、提督が後方で待機していた部隊に前進を合図する。古鷹達が立ち上がって私達の方に向かってこようとした瞬間、砲声が鳴り響き大洗女子学園の上でオレンジ色の光が瞬いた。

まだ駆逐しきっていなかった敵機による弾着観測射撃か、はたまた只の偶然か。風切り音と共に飛翔した二発の砲弾は私達の3メートル前で炸裂し、時雨が最初に仕留めた二級の屍を消し飛ばす。

初撃からの至近弾。弾着観測射撃だったとすれば、次の弾丸はほぼ確実に提督達を捉える筈だ。

( T)「………」

(*;゚ー゚)「同地点で更に発砲炎を視認!総員衝撃に備えて!」

(,,;゚Д゚)「クソッ!先輩、あんたも退避を……おいっ!?」

そしてそれを彼も理解しているはずなのに、この提督ときたら何を考えているのやら砲弾が飛来した方角を見上げたきり微動だにする気配がない。

( T)「ギコ……さっきのは流石に時雨に言いすぎやろ」

(,,;゚Д゚)そ「なんの話だ!?」

いや、ホント何考えてるの?脳味噌の大きさうずらの卵なの?

「提督、前を失礼いたします」

(,,;゚Д゚)「バカ言ってないで逃げろアホ───うおっ!?」

「っ、提督伏せ───っ!?」

回避するそぶりを全く見せない提督に、流石にけんかを中断したギコさんと時雨が焦りの色を浮かべて彼の袖を引こうとした。だがそれよりも先に人影が一つ────古鷹が、高速艦とはいえ陸上でのフル装備とは思えぬ身軽さで砲弾と提督の間にするりと身を滑り込ませる。

「っつ……!」

天に向かって掲げられる、だし巻き卵を20人前は一気に焼けそうな大きな盾。息つく間もなく表面で火花が散り、轟音が地を揺るがし爆炎が辺りを照らし出す。盾越しにかかる爆圧に一瞬古鷹の身体が揺れたけれど、“海軍”式の黒い盾は全ての炎と衝撃を防ぎきった。

『ォオアアアアアアッ!!!!』

「発砲炎、別位置にて確───ops!?」

「あっ、すみません大丈夫ですか!?」

沖合の方からも弾丸が襲来するが、今度のそれは起爆すらせず“盾”によって受け流される。自分の方に飛んできた──といっても20mは頭上だが──砲弾に報告の声を上げた“海軍”兵が尻餅を突き、はじき飛ばした張本人である古鷹はすまなそうにまなじりを下げ謝罪した。

だけど、その少し慌てたような声色とは裏腹に、彼女の身体は既に反撃の動作に移っている。

「左舷砲雷撃戦用意……撃てぇーっ!!」

右手で尚も盾を掲げつつ、左手に装着した主砲をその下から突き出し、構える。二号型20.3cm連装砲が轟と勇ましく唸り、砲弾が煤けた夕暮れの空に弧を描く。

『ゴァ゛ア゛ア゛ア゛ッ!!?』

少し間を挟んで、海の方から一際大きな爆発音が断末魔を伴って聞こえてきた。

《統合管制機【Hedwig】より【Fighter】古鷹、海上航行中の軽巡へ級flagshipに直撃弾。轟沈と随伴艦隊の後退を確認した。

一撃とは流石の腕前だな、Good kill》

「ふふっ、これが、重巡洋艦なんですよ♪」

統合管制機からの手放しの賞賛に、古鷹ははにかんだように笑う。よく磨かれた卵の殻のように白く美しい彼女の歯が、夕日を反射して輝いた。

( T)「統合管制機【Hedwig】、意見具申だ。速やかに当艦隊のコールサインを【Mus」

《【Hedwig】よりコールサイン“フ ァ イ タ ー”、意見具申を棄却する。尚、貴隊のコールサインはリクマ=スギウラ准将以下上層部での決定事項だ》

( T)「死ね」

まだ諦めてなかったのね、提督……。

( T)「はぁ、萎えるわ……もぅマジムリ……ロマ殺そ……」

(*メ;゚ー゚)そ「突然の反乱宣言!?」

( T)「慌てんな落ち着けマッスルジョークだ。……ギコ、ここは大洗町のどの辺りだ!?」

(,,メ゚Д゚)「東光台近郊だ、艦砲射撃で景色が大分変わっちまってるが解る!」

ギコさんとしぃさんは、表向きの顔である警備府付の護衛部隊として四年をこの町で過ごしている。地理は完全に頭に入っているようで、提督の問いにも打てば響くが如く答えが返ってきた。

(,,メ゚Д゚)「前方150mの半壊してるビルが大洗オーシャンビューだ、間違いない!……クソッ、予想以上に滅茶苦茶にされてんなオイ!」

ギコさんの言葉に、私も脳内で町の地図を広げる。

空母艦娘として、戦場となる町の地形は頭に叩き込んでいる。景観が事前情報から様変わりしていても、地名さえ解れば現在地の把握なんて片手で卵を割るより簡単だ。

(東光台というと………ちょうど鎮守府と私達の目的地の中間点ぐらいの位置か)

私達の本来の目的地であった、大洗シーサイドステーションからは北東に約2kmの位置。そして更に北に向かえば、2.5km程で鎮守府がある。

改めてみると、東光台は拠点としてかなり重い価値を持つ。大洗海岸通りとここを立て続けに失えば、鎮守府と港湾施設の連携が寸断されて私達は各個撃破の様相を呈する事になりかねない。そして海岸から6、700m離れているここまで深海棲艦が入り込んでいたことを考慮すると、海岸通りの防衛線は話に聞いていた以上の惨状と考えて良さそうだ。

(あぁ、そっか)

ここでようやく、私は合点がいった。何故彼が、ホ級flagship等を駆逐しきった時点ですぐに動こうとしなかったのかを。

(,,メ゚Д゚)「で、どうするよ提督閣下。かなり離れてるがひとっ走り行ってシーサイドステーションになんとか合流を───」

( T)「────いや」

何故、シーサイドステーションから離れた位置に墜落したと知りながら、提督がしぃさん達に“陣地構築”なんて命じたのかを。





( T)「ここで、“大炎”を起こすぞ」

彼の“本能”が、そうさせたのだ。

提督の呟きにまるで応じるように、戦場の彼方此方で次々と奴らの砲が吠える。海上から、学園艦から、港湾部から、実に10発以上の砲弾が唸りを上げて飛来する。

(;メ*゚ー゚)「敵艦砲撃!!少なくとも10!!」

「たまご」

(,,;メ゚Д゚)「総員衝撃に備えろ!!!!」

「提督……!?くぅっ!!」

彼の言う“大炎”の代わりに、炸裂した砲弾によって周囲で次々と小規模な火災が発生する。内直撃軌道だった一発は、古鷹がかろうじて盾ではじき飛ばした。

( T)「すまん鷹さん、そのまま防御と反撃を頼む!なるべく派手に、奴らの注意をこっちに貼り付けろ!!」

「了解しました!!」

言うが早いか、盾を足下に落として両手の20.3cm砲を同時に放つ。左右別々の方向で海上に炎をまとった水柱が上がり、2匹分の断末魔が重なって町に響き渡る。

「はっ!」

直後、また新たな方角より飛来した弾頭二発。右足で蹴り上げてキャッチした盾を振りかぶり、羽子板の板のように、或いは卵焼きをひっくり返すときのフライパンのように振るう。下方から殴りつけられた砲弾がくるくると回転しながら空に舞い上がり、季節外れの打ち上げ花火よろしく大洗の空に大輪の花を咲かせた。

「たーまやー……って、ね……」

ノリノリで口にした台詞は、半ばで古鷹が我に返ったため最後の方は殆ど聞こえなかった。

顔真っ赤にして照れるなら最初から言わなければいいのに。そもそも“たまご”しかしゃべれない私が言うのも何だけどさ。

( T)「【Muscle】より【Hedwig】、敵艦隊の、特に大洗シーサイドステーションと大洗鎮守府方面に殺到している奴らの動きを教えろ!」

《………。【Hedwig】より【Fighter】、大洗鎮守府方面からイ級2、ハ級1が其方に向かった以外は目立った動きは見られない》

(#T)「Muscleだっつってんだろうがオルァアッ!!!!」

(,,メ#゚Д゚)「言ってる場合かボケェエエエエエッ!!!!」

あと、提督はいい加減諦めなよ。

《【Hedwig】より【Fighter】、再度繰り返すが貴隊のコールサインは上層部による決定だ。各部隊の混乱を避けるためにも変更は認められない》

(#T)「これだから信用できねえんだよなぁ、あの糞眼鏡はよぉ!」

まともな方のコールサインを選択しただけで信用を左右されるロマさんもたまったもんじゃないと思う。

(#T)「わあったよムカつく糞雑魚ナメクジなコールサインについては後回しだ!

お次は航空戦だ!雲龍、派手にぶちかませ!」

「────了解」

それまで周りの騒ぎなどまるで意に介すことなくマイペースにぼんやりと立っていた雲龍の眼に、その命令を聞くや否や産地直送され鮮度抜群な卵の黄身の光沢を思わせる輝きが宿る。

バサリと足下に広がる、マットレスを模した飛行甲板。無数の白い型紙がさながら意思を持っているかのように渦巻く中、その中心に彼女が両足を揃えて立ち尽くす。

「雲龍型航空母艦、雲龍、参ります」

右手に持たれた錯杖が、トンッと甲板の中心を叩く。一際強い風が吹いて、型紙が益々激しく荒れ狂いながら淡い光を放つ。

「第一次攻撃隊、発艦はじめ」

型紙から変化した99式艦爆が、彼女の号令一過一斉に飛び立つ。発動機【金星】を獰猛に唸らせながら、30を越える機影が空へと駆け上がった。

『『『────………!!!?!?』』』

「たまご!!!」

突然現れた新手の航空隊を迎撃すべく、なんとかグラマンの猛攻を生き延びていた【カブトガニ】の残党が最後の力を振り絞って押し寄せた。……だがそれらの機影の背後に撃ち上げた私の矢が、零戦に姿を変えて敵編隊を捉え足止めする。

多少は数で劣ろうが、私の妖精さんは既に疲弊損耗した航空隊に不意まで打って遅れをとるような子達ではない。

軽空母だって、頑張れば活躍できるのよ?

零戦部隊の敵制空隊足止めが功を奏し、損害を出すことなくその防空網を突破した雲龍の艦爆部隊。高度2000程度の位置まで一息に駆け上がった爆撃隊は、そのまま完璧に統率の取られた軌道で一斉に四方へ散開する。

程なくして聞こえてくるのは、急降下爆撃時に99艦爆が奏でる“ジェリコのラッパ”とはまた違った音質の風切り音と爆発音、深海棲艦のくぐもった悲鳴。

《【Hedwig】より各隊、【Fighter】雲龍による空爆の効果は絶大》

そして無線通信を賑わせるのは、統合管制機のオペレーター達が上げる戦果報告の声だ。

《大洗シーサイドステーション正面港湾部、急降下爆撃によりホ級flagship2隻が大破轟沈。また随伴艦多数に損傷、一部艦隊が後退。同拠点に後方より艦娘部隊の合流を確認した》

《大貫町方面に浸透中の敵艦隊、計4隻の轟沈により進軍停止。【Hedwig】より【War-Hog】、追撃し戦果拡大を狙え》

《大洗鎮守府施設に上陸していた二級eliteが沈黙、軽巡ト級も大破撤退。現在同施設にて艦娘部隊が再編・反撃に転じている》

《Taxi-07を鎮守府内に降下させろ!阿賀野、由良を中核火力として上陸済みの敵艦隊を速やかに駆逐しろ!》

《大洗海岸通り方面の敵艦隊も一時後退!Cargo-22、予定を変更し海岸通りに降下!搭乗部隊は展開完了次第敵艦隊に艦砲射撃を!》

《ひたちなか市方面に航行中の敵艦隊、急降下爆撃により旗艦イ級flagshipが轟沈し混乱している模様。Stork-19、正面に回り込んで【Hound-Dog】を海上降下させろ!》

《自衛隊F.O.Bより入電。Cargo-10がHyakuri-Airportに到着、合流を完了》

《他の後方に割り振った増強部隊も順次合流中。また、自衛隊側も在日米軍並びに“海軍”の反攻に合わせて更なる後方戦力の投入を開始する模様!》

普段は卵の白身だけ取り出して作った唐揚げの衣のように淡泊で味気ない声でやり取りする“海軍”のオペレーター達も、声に僅かだが熱を帯びている。30機前後の旧式爆撃機で上げる戦果としてはかなり規格外なものなので、目が肥えている彼らも驚きと興奮を隠しきれないらしい。

無論、“規格外の戦果”とはいっても敵艦隊を壊滅できたわけじゃない。大洗町とその正面海域、並びに大洗女子学園周辺や甲板上には未だ何百という深海棲艦が健在で、撃沈できたのはあくまで一部に過ぎない。

本来急降下爆撃は“点”に対する打撃力と正確性を追求した攻撃法であり、言うなれば空戦における“狙撃手”のような存在。妖精さんの練度によっては必殺に近い威力を発揮する反面対多数の制圧力には欠ける。

幾ら地獄と謳われる鎮守府の艦娘でも、点の攻撃で面を制圧しろというのは不可能に近い。たかだか30機程度の爆撃機でこの物量の敵艦隊をを殲滅しようとするのは、生卵を投げつけて津波を食い止めろと言われているのと同義になる。

尤も、そもそも戦況をひっくり返すに当たって、“殲滅”する必要自体皆無なわけだが。

《Cargo-01 for All unit, One more!!》

《Go go go!!》

《Enemy AAR incoming!!》

《Break!! Break!!》

管制機からの指示を受け、増援部隊を満載した輸送機群が動き出す。当然海上や地上からは凄まじい量の対空砲火が撃ち上げられるが、各機は先ほどまで一方的に追い散らされるだけだったそれらを巧みにすり抜け、躱していく。

雲龍は、爆撃の殆どをflagshipやeliteに集中しその大半を確実に撃沈した。辛うじて生き延びた個体も、恐らくは大破でまともに艤装も動かせない状態であり無力化されている。

単純な戦闘能力も通常種に比べて高い上に、ヒト型や姫級・鬼級からの指示を仲介して下位個体に伝える役割もしていると見られる非ヒト型の上位種。それが展開戦力の内半分以上も失われたとなれば、当然指揮系統は混乱するし単純な艦隊火力の大幅な低下も避け得ない。

勿論敵艦隊の母数が母数なので、“大幅に火力が下がった”としても弾幕量自体は相変わらず膨大だ。それでも、片翼を失って尚、機内に重体者一人すら出さず瓦礫だらけの市街地に軟着陸するような腕前のパイロット達が揃っている部隊にとっては、突破する隙としては十分すぎた。

弾幕を突破した輸送機の編隊が、統率の取れた動きで高度を下げながら大洗町上空全域に散開する。敵の航空戦力は既に“海軍”基地航空隊のグラマンと私の零戦部隊が掃討を完了し、制空権は確保された。

対空砲火さえ切り抜ければ、後は増援部隊を脅かす存在はない。下ろされたロープを伝って、或いは直接着陸した機体のハッチから飛び出して、完全武装の“海軍”兵と艦娘部隊が次々と戦場に展開していく。

《Taxi-07, 大洗鎮守府敷地内に降下完了!【Bravo】、総員展開しろ!Good luck!!》

《Stork-16、大貫町の敵艦隊正面に降下!自衛隊が交戦中、部隊は援護に回れ!》

《此方【Echo】、【Fighter】に代わりシーサイドステーション前に着陸を完了!大淀、砲撃開始だ!目標は正面敵艦隊!》

( T)「だからマッスr」

(,,#メ゚Д゚)「ちょっと黙ってろ脳味噌筋肉!」

無線機に次々と飛び込んでくる、展開を終えた部隊からの通信報告。その内の一つに提督が抗議の声を上げようとしたけど、ギコさんがすかさず一喝して無理矢理終わらせる。

本当に、提督のこの頑固さは一体どこからくるのだろうか。キングダムとムカデ人間と筋肉に関わる事柄では、この人の頭は長時間鍋の底に放置され冷め切った茹で卵の黄身より固くなるのだ。

(,,#メ゚Д゚)「しぃ、友軍部隊の展開状況は?!」

(*メ;゚ー゚)「【Echo】、【Bravo】、【Spencer】、【Lycaon】、【White Socks】、【Diamond】……私達【Fighter】も含めて、艦娘が加わっている部隊でめぼしいところは概ね降下展開を完了しているみたい」

尤も、私達は“降下”というより“墜落”だけど、としぃさんは苦笑いしながら付け足す。

ただし笑っているのは口元だけ。冗談めかした言い方ながら、彼女の目付きは引き続き真剣そのものだ。

(*メ;゚ー゚)「自衛隊並びに鎮守府・警備府艦娘の残存戦力と合流完了した部隊も多数。だけど、深海棲艦の攻勢は未だ止んでない。

寧ろ海上に新手の艦影が更に浮上、一度後退した艦艇も戦列を再編・反転してきたって」

「うぇえ……」

報告を聞いた時雨が、本っっっ当に心の底から嫌気がさした表情になる。

ロマさんの姿を直接眼にしたときより不愉快そうな彼女の表情を見たのは、おそらくこれが初めてだわ。

因みにゴキブリとロマさんだとロマさんに対する視線の方が4割増しぐらいでキツい。

まぁ、表情については多分私も似たり寄ったりだろうからあんまり時雨のことを言えない。私だって、フライパンの底に焦げ付いた卵のような深海棲艦のしつこさには辟易しているのだから。

《【Hedwig】より【Fighter】、先ほど報告したイ級2、ハ級1からなr( T)「古鷹」

「了解です」

提督が無造作に指差した方に、古鷹が20.3cm砲を向けて三回打ち鳴らす。三つの爆発音の後に一キロほど先から断末魔が重なり、統合管制機のオペレーターが呆れたような声色で《All Enemy down》の一言を告げた。

( T)「雲龍、偵察機の準備は?」

「二式艦上偵察機、全六機が既に高高度にて旋回中。弾着観測はいつでも可能」

( T)「上出来だ。

古鷹、時雨、不知火、夕立!“二式”と視界共有、弾着観測射撃!!」

(#T)「存分に、ぶち殺せ!!」

「古鷹、了解しました!指名各艦は個別に照準、自由射撃開始!弾種撤甲、撃ちぃ方ぁ始めぇっ!!」

「はいはい……全く、か弱い美少女が長くいていい場所じゃないねここは!」

「弾種撤甲、了解。駆逐艦不知火、砲撃開始します」

「夕立、撃つっぽい!ぽいぽーいっ!!」

限界ギリギリまで引き絞った矢を解き放つが如き、提督の号令。指名を受けた四人は、全ての艤装を展開し文字通り全方位に最大火力を投射する。

《大洗第五警備府正面、軽巡ト級が【Fighter】古鷹の砲撃により完全に沈黙》

《Hit, Hit!! 浮上した軽巡ヘ級、頭部を失い轟沈!隣にいた駆逐イ級eliteも中破損害!》

《【Fighter】不知火の砲撃、大貫町方面にてト級に弾着。夕立の砲撃、一発はロ級、一発はホ級eliteに弾着。何れも目標の沈黙を確認》

時間の拘束は緩い代わりに提督が直々に矛を振るうこともある濃密な訓練と、日々の合間に各艦娘が行う訓練内容の“個人的な”反復。そしてどこよりも豊富な実戦経験が練り上げた、威力と速度を兼ね揃える艦砲射撃。

そこに偵察機の視界共有による“精度”が加われば、ごらんの通り。

《【Fighter】時雨、イ級flagshipを撃沈。Nice kill, Nice kill》

「時雨より管制機、偵察機から見えてるよ。解りきっていることをいちいち報告するだけを“仕事”と言い張るならいない方がいいんじゃない?」

《褒めがいのない駆逐艦だな………古鷹、撃沈10隻目だ。Good job》

彼女たちの放つ砲弾は今、一発一発が必中必殺の“銀の弾丸”だ。

《【Hedwig】より【Fighter】、既に当方の艦娘戦力も80%が市街地への展開を完了した。彼女らが貴隊偵察機へリンクすることは可能か?》

( T)「m(,,#メ゚Д゚)「此方Wild-Cat、【Fighter】提督は脳味噌の不調につき俺が一時返答を代理する!雲龍、視界共有は未だいけるか!?」

「問題ない、妖精さん達もまだまだ余裕があるし、足りなければもう三機ほど上げることも可能」

(,,メ゚Д゚)「Wild-CatよりHedwig、リンク可能!各艦の視界共有は大丈夫だ!」

《了解。統合管制機より現在展開中の全艦娘に通達、【Fighter】が二式艦偵を発艦させている。各艦は妖精と視界共有、弾着観測射撃にて敵艦隊を撃滅せよ》

一般論として、母艦の艦娘以外との視界共有は映像の質が落ちる上に妖精さん達への負担も激増するため緊急時以外には多用されるべきではないとされる。況してや艦隊外の艦娘と、それも一機辺りが十数人と一度に精神・視界リンクを行うなど普通に考えれば正気の沙汰じゃない。

だが、艦娘のみならず妖精さんも“筋肉印”はひと味違う。私と鳳翔さんが二人がかりで調理した卵焼きのように。

《【Bravo】霧島、視界共有並びにマイクチェック完了!これより湾外より接近する敵艦隊へ艦砲射撃を行う!》

《【Echo】響、鎮守府より距離800の海上に更なる敵艦の浮上を確認したよ。イ級3、ロ級2の艦影あり。これより該当艦隊に砲撃開始するよ》

《This is【Diamond】, Flagship-KONGOU!!

Enemy ship spotted!! Open fire!!》

(*メ゚ー゚)「各艦、弾着観測射撃にて遠距離並びに湾内海上の敵艦隊への攻撃を開始!戦果順調に拡大中!」 

(,,メ゚Д゚)「雲龍、二式艦偵の妖精に異常は!?」

「問題は見られない、何れの妖精さんも健常。二式艦偵の増強の必要なし、各艦引き続き観測射撃を継続されたし」

私も雲龍の偵察機に視界をリンクさせているが、彼女の言うとおり妖精さんは平然としており疲労した様子は微塵も見られない。陸地側から伸びる砲火が深海棲艦を至るところで薙ぎ倒していく様が、最新の4Kテレビのような鮮やかさで私の脳裏に映し出される。

『『アァッ、ア゛ア゛ア゛ッ!?』』

『『ギ、ィ…………』』

ただでさえ、“海軍”には私達以外にもイカれた練度の艦娘・艦隊が揃っている。それらが数十人雁首を揃え、尽く抜群の性能で空から見下ろす“眼”を通して砲撃してくるとなれば、それは最早多少の「数的有利」如きでひっくり返せる差ではない。

防衛線の戦況は完全に逆転した。一方的に、縁日の射的の景品よりも容易く撃ち抜かれ、深海棲艦の屍や残骸が凄まじい勢いで堆く折り重なっていく。

そして───これほどになって尚、戦闘というより只の射撃演習と表現した方が余程近い苦境になって尚、奴らはまだ攻勢の姿勢を崩そうとしない。

『『『ォオオオオオオオアアアアアアッ!!!!!!』』』

《【Hedwig】より【Fighter】、湾内複数地点にて合計20隻程度の敵艦隊の浮上を確認。全て非ヒト型だが内約半数がelite、或いはflagshipクラスだ。

尚、この艦隊は全て進路を大洗海岸通り方面に取っている。恐らく、上陸後は東光台方面に浸透するものと思われる》

《此方大洗鎮守府、【Bravo】霧島より【Fighter】!!当地点正面に展開中だった敵艦隊から10隻を越える艦が離脱、海上を南下中!予想上陸地点は敵艦隊の進路から大洗海岸通り付近と見られます!》

《【Echo】大淀より【Fighter】、海上の敵艦隊からホ級elite2、ハ級flagship3が進路を当地点より変更!貴隊展開方面へ最大速にて進軍中!

また、共闘中の自衛隊より陸路を通じて東光台に進軍する敵艦隊を確認したとの報告も複数あり!注意を!》

敵の旗艦は、分散しての“平押し”では最早戦況を再び打開することは不可能と踏んだらしい。まるで特売用にかき集められて半額シールを貼られて棚に並べられる卵パックのように、あらゆる方角から敵艦隊が私達の方へ集結しようとしている。

考え方としては、決して間違っていないと思う。さっき脳内の地図でも確認したとおり、私達が今いる“東光台”という地は大洗鎮守府と港湾部とを結ぶ中間点の一つ。ここに浸透攻勢をかけて大洗町全体を寸断し南北双方への側面攻撃をかけられれば、学園艦から未だ投射され続けている支援砲撃の火力と併せて再び全方面で押し込むこともできなくはない筈だ。

お誂え向きな事に、その重要拠点に最短距離の上陸地点である大洗海岸通りはがら空きだ。この地点を守っているはずの艦娘と自衛隊は、殲滅されたか退却したか姿がない。flagshipとeliteだけで併せて30に迫る戦力を水際で迎撃されることなく送り込める“隙”を、敵の旗艦が見逃す理由はない。

そして何より、この戦況の逆転は私達の本格的な交戦開始を境に発生した。勿論私達が全てお膳立てしたというほど自惚れはしないけれど、贔屓目抜きにして少なくとも親子丼に入れる溶き卵程度の貢献にはなるだろう。

勝負事の“流れ”という、非科学的で人間くさい存在を奴らが信じているかどうかは解らない。ただ、戦闘の潮目を変えた私達を要衝から駆逐し、再び奴らの“流れ”へ持ち込もうとしているのだとしたら───それも十分な理由として上げられるかもしれない。

そう。戦況を鑑みれば、深海棲艦達が総力を挙げてこの地の奪還を目指すことは至極自然。この町の地理さえ頭にあれば、せいぜい戦略ゲームを多少やったことがある程度の知識量でも奴らが東光台の制圧を狙う理由はいくらでも見つけることが出来る。

『『『ォアアアアアアアッ!!!!』』』

《HedwigよりFighter、敵の別動艦隊は大洗海岸通り正面に上陸中。数は現時点で貴隊艦隊戦力の4倍から5倍、更に後続部隊も接近中》

( T)「マッ……わかったよギコホントに我慢するから睨むな。

俺たちの方でも確認した、クソ雑魚ナメクジが群れなしてやがる」

無論、統合管制機のオペレーター達もその事を知っていた。だからこそ彼らは、あえて私達の下に(単に必要なかったというのもあるけれど)増援を送らなかった。

私達もまた、こうなることを知っていた。だからこそ私達は───私達の提督は。








《HedwigよりFighter、陽動を感謝する》

ここで、“大炎”を起こしたのだ。

《Ticket-01、Ticket-02、海域に突入。【Blizzard】、【Cubs】を敵艦隊後方に投下しろ》

《01, Roger》

《02, Roger》

管制機からの号令直後に、南の方から現れた二つの機影。30Mもないような海面スレスレの高度を、私達が乗ってきたのと同じ種類の機体───V-22B【オスプレイ】が駆け抜けていく。

それまで雲龍や私の航空隊を追い回していた敵の対空砲火が慌てて其方に指向するが、防空網は戦線の再編や発生した損害に伴い増援部隊主力の大挙着陸を許したとき以上に穴だらけだ。加えて急激な対象変更となれば当たるわけもなく、二機のオスプレイは悠々と空域に滑り込む。

《01、ポイントに到着!

All Ladies, Go go go!!》

《02ポイントに到達、ホバリングに移る。

敵砲火は疎らとはいえ長居は出来ない、速やかに降下しろ!敵は手強いぞ、しっかりぶちのめせ!!》

《了解です!》

《Yes sir!!》

鳥が卵を産むように、開かれた後部ハッチから“艦影”が眼下の海へと飛び降りる。限界ギリギリまで高度を下げたとはいえ、完全装備の艦娘を投下となればその重量と落下時の衝撃は凄まじい。彼女たちが着水する度に、砲撃の着弾と見紛うばかりの水しぶきが次々と上がった。

《【Blizzard】、全艦展開を完了しました!これより戦闘を開始します!》

《Fleet-Cubs, Arrival on point!! All unit, Weapon-Free!! Open Fire!!》

『『『ガァアアアアアアアアアッ!!!!????』』』

誘蛾灯に引き寄せられる虫けらの如く、深海棲艦達は提督の起こした“大炎”に眼を奪われ、前のめりに戦力を投入した。結果がら空きになった背後に降下した虎の子の“連合艦隊”からの砲撃が、容赦なく敵艦隊の背から降り注ぎ、撃ち抜き、薙ぎ払う。

《【Cubs】Flagship、Iowaより【Hedwig】!敵艦隊は混乱しているわ、一気に畳掛ける!

ヘイ、ブッキー!ぶちかますわよ!!》

《ブッキーってまさか私のことですか!?っていうかもう突撃開始してる!?

ぶ、【Blizzard】旗艦、吹雪!【Cubs】の援護に回りつつ突撃!!陸地側と敵艦隊を挟撃します!!》

水上打撃艦隊による、主砲一斉射からの肉薄突撃。陸地側から正確無比な砲火が間断なく飛来する中で死角から敢行されたそれに、対処する術を敵艦隊は持ち得ない。また吹雪、Iowaらが着水から瞬く間に完全な乱戦まで持ち込んだことで、学園艦上からの援護射撃も友軍相撃の危険性から目に見えて勢いを失っていた。

一方的な蹂躙が、虐殺が、始まる。

《【Hedwig】より【Blizzard】、戦闘開始直後に自衛隊が湾内で発見した潜水艦棲姫の存在がその後確認できていない、捜索し発見した場合最優先で撃沈しろ。

海上保安庁の巡視船【AKITSUSHIMA】を沈めた奴だ、警戒は怠るな》

《了解!五十鈴さん、対潜警戒を厳に!特に水探の反応に注意を!》

《解ったわ!対潜なら五十鈴にお任せよ!》

《【Cubs】、君たちは対潜能力に劣る、潜水艦棲姫がジャックポット狙いで其方へ奇襲をかける可能性g》

無線通信の音声が、分厚い布を暴風の中ではためかせているような音に遮られる。足下に影が射し、頭上をヘリが数機で編隊を組みながら通過する。

海軍のものでもないし、輸送ヘリでもない。アレは確か、陸軍……じゃなくて陸上自衛隊が使う戦闘用の回転翼機。私の記憶が正しければAH-64D【アパッチ】とかいう名前だったと思う。

戦場に現れた四、五個の【アパッチ】編隊は、一気に沿岸部まで押し出すと水際や湾内の敵艦隊に向かってロケット弾や機銃の雨を降らせる。四分五裂状態でまともな迎撃能力がない状況下での空襲は効果的を通り越して完全なオーバーキルであり、屍が増える速度が更に跳ね上がった。

『ォオオッ、オオオオオッ………』

大きさからflagshipクラスと思われるホ級が一体、大洗海岸通りの辺りに上陸しながら忌々しげに空を見上げる。が、たちまちその周囲にアパッチが群がり、四方からのミサイル掃射で瞬く間に沈黙させた。

《自衛隊F.O.Bより当機に入電。“海軍”並びに在日米軍部隊の合流に併せて、後方部隊が再編の上順次前線へと投入されている。

“海軍”各隊は自衛隊戦力並びに現地艦娘部隊と連携し敵艦隊を引き続き掃討、沿岸部の当面の安全、湾内の海上・航空優勢を確固たるものにせよとのことだ》

「………何さ」

管制機からの通信に対し、時雨が艤装を下ろしながらまた卵の如く頬を膨らませる。さっきのは只の茹で卵だったが、今度は大きさ的にダチョウの卵ぐらいにはなりそうだ。

そしてそれは、そのまま彼女の不満の大きさを表すものでもある。

「ズッタボロにされてたくせに今更しゃしゃり出てきて人の獲物を取るなんて、マナーが為ってないね」

(,,メ゚Д゚)「……」

ギコさんが、自分の前に出されたゲロをスクランブルエッグだと言い張られているかのような目付きで時雨を見た。「お前その口の悪さでよくも他人のマナーが云々言えたな」的な言葉がのど元まで出かかっていたんだろうけど、辛うじて飲み込んだようだ。

賢明な判断ね、もし我慢できず口にしていたら彼の膝小僧には致命的な一撃が叩き込まれていたに違いない。

「だいたい、あいつ等がウチの提督やあのクソ眼鏡の忠告を無視した結果がこの有様だってのにさ!」

声が少し大きくなったのは、単純に苛立ちからか、或いは迫ってくるヘリ部隊第二波のローター音に遮られるのをよしとしなかったからか。一直線に飛んでいったアパッチの群れは、私達の正面から接近しつつあった敵艦隊に雨のようにミサイルを浴びせ始める。

とりあえず、この調子ならあの東光台奪還部隊もすぐスクラップになりそうだ。私も、偵察機との視界共有を切り一応手に持っていた矢も腰元の筒にしまう。

……実際、時雨のこの怒り様は“またもや自分の獲物を横取りされた”事からくるものであり、言ってしまうなら完全な八つ当たりに過ぎない。無論提督の件があるので自衛隊やお上をよく思ってはいないだろう──尤もそれは私達の大半に当てはまる──けど、少なくともこの件については自衛隊や指揮下艦娘に対して本気で言葉通りにキレているわけじゃない……と思う。いや解んないなこの子夕立とは別ベクトルでおバカだし。

だけど、時雨の言葉に正直頷きざるを得ない部分はある。

強固な海上防衛線を擦り抜けるようにして現れた、深海棲艦による要所の強襲・占領。その手法自体は、開戦当初の東南アジア諸国に始まりキュラソー、リスボン、青ヶ島、ベルリン、北欧、そしてムルマンスクと幾度となく実行されてきたものではある。

だけどロマさんと私達の提督は、珍しく意見を一致させていた。

大洗女子学園が通信途絶に至るまでの経緯や敵の展開の仕方から、この件は“ムルマンスク”に近い、と。

ロシア連邦への内陸浸透こそ防いだものの、ロマさん自らが陣頭指揮に立つなど“海軍”が全力で支援して尚勝利には町一つ丸ごとを犠牲にしなければならなかったムルマンスク。

寄生体、幼体から変異した新型の駆逐艦種、鎮守府所属のロシア軍まで巻き込んだ町を挙げてのクーデター、そしてイスラーム勢力の介入………過去には無かった種類の事象が数多く絡んだことや、ある程度経緯を知っていたであろう同鎮守府の提督が戦死していたこともあって、大本営の方でも未だにその解析は進んでいない。

今回この町がもしムルマンスクと同様の事態に陥りつつあるとするなら、“海軍”の経験さえ役に立たない可能性が高くなる。故に二人は、早い段階から様々なルートを通じて自衛隊には「深海棲艦を刺激するべきではない、増援の到着まで動かない方がいい」という“意見具申”を繰り返していた。

恐らく日本艦娘艦隊の“元帥”や、この間鎮守府に来ていたデメキンを生卵でコーティングして光沢をつけたような顔面の総理大臣からも似たようなニュアンスで指示は出ていたと思う。にもかかわらず威力偵察という形で前線部隊は学園艦に接触し、深海棲艦の大規模な攻勢を招いた。

(まぁ、向こうにもいろいろあったとは思うけどね)

世界は、私達の提督のように脊髄と気分で動く単純なものではない。況してや自衛隊は、今や世界屈指の軍事組織である一方そもそも正式には軍隊ですらないという、筋金入りにややこしい存在だ。今回の“威力偵察”についても、向こうにのっぴきならない事情があったことやその内実は概ね予想がつく。

だが内実がどうあれ、その行動の“結果”が重く厳しいものであることには変わりが無い。

威力偵察による敵艦隊挑発の“結果”、その初動で大洗町防衛線は早くも甚大な打撃を受けた。

(どれぐらい、やられちゃったのかな)

町の惨状を、改めて眺める。ここに自衛隊や自衛隊付の艦娘が具体的にどれ程の兵力で展開していたのかは知らないが、広がる光景からどれ程の損害が出たのかについては想像に難くない。

そしてそれは恐らく、世界規模の侵攻によって国内外何れの地域からもこれ以上の増援・戦力補充は今しばらく見込めない現状にあっては、致命的という表現すら過言ではない事態のはずだ。

当然深海棲艦側も無傷じゃない。私達が到着した段階で沿岸部や湾内に展開していた敵艦隊は、そのほぼ全てが今や海の底に沈むか、地上で穴だらけの骸を晒している。戦闘がほぼ終結し暇を持て余した時雨が提督へのカンチョーを企て、無事見つかり頭を鷲掴みにされていた。

「イダダダダダダダダ、美少女にしていい仕打ちじゃないよこれ!」

( T)「カンチョウは美少女に許されるアクションとでも言うつもりかよまた渋谷がパニックになるぞ」

(,,メ;゚Д゚)「あれアンタらが原因だったのかよ……雰囲気ヤバすぎてS.A.Tと陸自の出動が本気で議論されたんだぞ。つーか何がどうしたらあーなるんだ」

白露型駆逐艦の次女が宙づりにされながら卵の殻を破ったばかりの雛のように藻掻く横で、手空きなのを良いことに私もまた思考する。

(百数十隻規模の、それもeliteやflagshipが1/3以上も攻勢に含まれた艦隊の壊滅。リスボン沖で投入された戦力と同規模が全滅したと言い換えれば、普通なら再起不能の大打撃。

だけどその中には、“ヒト型”が1隻も含まれていない)

事前情報では湾内に居るはずの潜水艦棲姫は、【Blizzard】が捜索しているものの現時点で痕跡すら見つかっていない。沖合から盛んに砲弾を飛ばしてきていた大洗女子学園の敵主力艦隊も、重巡リ級の1隻さえついぞ寄越すことは無かった。更にいえば、【Blizzard】と【Cubs】が投入されてからも攻撃を中断して撤退する機会は幾らでもあったにもかかわらず、奴らは最後まで様々に手を変えて攻め寄せてきている。

推測だけど、形勢が定まった段階で敵の旗艦は攻勢艦隊を“威力偵察”として使い捨てることにしたのだと思う。内陸浸透自体は本気で考えているにしろ、少なくともさっきまでの攻勢に“全力”は注ぎ込まれていない……私としては、そういう結論に行き着きざるを得ない。

(逆に言えば、非ヒト型とはいえ20個強の艦隊をただの捨て駒扱いにしても困らない程度には、向こうはまだこの町に投入できる戦力を温存してるって事よね。

………かなり高い確率で、大洗女子学園甲板上の主力艦隊以外の戦力を)

“どうやって”の部分については、考えるだけ無駄なので省く。だが例えば、既に湾外かつ防衛線の内側の海域のどこかで敵の海中拠点のようなものが建設されていたとすれば………その物量差は、私たちが当初想像していたものの何倍にも、何十倍にもなり得る。いかに“海軍”艦隊といえど、練度で跳ね返せる物量差、戦力差は無限じゃない。

保有戦力が未知数で、その主力艦隊は温存され、湾外のどこかに根拠地を持つ可能性があり、しかも外洋からは新型の棲姫と膨大な後続戦力が押し寄せつつある敵艦隊。対する私達はほぼ現有戦力のみに限られ、その“限られた戦力”は初動段階で大損害を受け摩耗した状態だ。

判断材料を並べれば並べるほど、浮き彫りになる私達の不利、覆しようのない戦況。私は、思わず顔を覆ってしまう。

全く、ロマさんは私達になんて戦場を割り振ってしまったのだろう。

「………たまご」

   、、、、、
なんて楽しい場所を、割り振ってくれたのだろう。

口角が、思わず吊り上がる。鳳翔さんの作った絶品卵焼きを初めて食したときと同じ様な、歓喜と至福の笑みを浮かべてしまうのを止められない。

そしてそれは、私だけではなかった。

「………」

国語辞典の「マイペース」の項目に、関連単語としてその名前が載っていてもおかしくない雲龍も。

「まだまだ、新しい“遊び”、できるっぽい?」

「……えぇ、できるわ。まだまだ、沢山」

映画【ミスト】で絶叫し、【エイリアン】で号泣し、【プレデター】で不眠症になり、【キャビン】で卒倒し、【パラノーマルアクティビティ】はパッケージを眼にした瞬間粉砕を試み、【ムカデ人間】で深刻なトラウマを抱えた夕立も。

日頃は、提督からZ級映画講義を受けているときくらいしかまともに表情筋を動かさない──正直本当にあの趣味は理解できない──不知火も。

「っつー……駆逐艦の可愛いおふざけにアイアンクローなんてするかい普通?」

ついさっきまで、提督のお仕置きを受けていた時雨も。

( T)「一般的な“可愛い駆逐艦”とやらがマッチョの締まりのいいキツキツのケツ穴に指突っ込みたがるわけねえだろ」

「言い方!」

そして恐らくは、マスクの下の提督の顔も。

誰もが、私と同質の………或いは、私以上の、殺意と歓喜が浮かぶ笑顔で眼前の海を眺めている。古鷹だけは少し困ったようにまなじりを下げていたが、私達を咎めるようなことはない。

艦娘が正義の味方と信じる人々も、艦娘を前大戦の亡霊だと忌み嫌う奴らも、私達の様子を見ればきっと口を揃えてこう言うだろう。

何故、そんな表情(かお)が出来るの?と。

もしも本当にその質問をされる機会があったなら、私達は迷わずこう答える。

楽しいから、と。

(,,メ゚Д゚)「……こういう時、相変わらずゾッとするような笑み浮かべるなお前等は」

「たまご」

どこか複雑な感情を抱えたギコさんの言葉に、返答代わりに肩を竦めてみせる。

自覚はある。深海棲艦から国を守り、人々を守るために造られた“平和の象徴”たる艦娘が、闘争と流血と硝煙を渇望して笑うのだ。どれ程歪かなんて、人に言われずとも理解している。

だが同時に、こうも思う。丁度良いじゃないかって。

全員ではないが、私達の多くは艦娘として一度死んだ……殺された身だ。裏切られ、陥れられ、利用され、捨てられ──まぁ、ごく一部は自業自得の罪だけど──、存在意義を否定されて、あの廃墟のような鎮守府へと流れ着いた。

ならば、“死人”がいつまでも生者の規則、生者の倫理観に則ってやる義理はない。私達は私達のやりたいようにやらせて貰う。

「……それで?この先のことについて、何か改めていうことはあるかい?提督」

( T)「んなもんはその時になったら言うわ脊髄で指示出してる人間に長期的戦略とか求めんな」

(,,メ゚Д゚)「仮にも佐官級の艦隊提督がお前……」

( T)「ただまぁ、そうだな。一応、今回の大まかな方針については改めて伝えとく。逆に言えば、これと轟沈しないって点さえ守るなら後は指示がない限り好きに暴れろ」

人類の希望だの、海の女神だの、正義の味方だの、平和の使者だの、そんな首筋に生卵でも垂らされたみたいにサブイボが立つ役割は、使命感に燃える普通の艦娘に任せればいい。








( T)「クソ雑魚共を皆殺しにしろ」

「「「「了解(っぽい)!」」」」

「たまご!!」

地獄に落ちた私達には、戦場で血みどろになりながら嗤う悪鬼の役の方が、よっぽどお似合いだ。

………ところで、少し話題を変えようと思う。

実は、【Blizzard】と【Cubs】の投入によって深海棲艦側にに致命的な混乱が生じ、現時点での戦況がほぼ確定した辺りから、私たち全員が意図的に視線を外していた“一角”がある。

「ウフ、ウフ、ウフフフフフフ」

( T)「猫山“海軍”少尉」

(,,゚Д゚)「何ですか提督閣下」

( T)「ウチの艦隊の笑顔がどうのこうの言う前にアレをなんとかしろや」

(,,゚Д゚)「すんません無理っす」

( T)「お前……即答ってお前……」

ギコさんの肩を掴み小声で囁きながら、提督がその“一角”を親指でさす。私もつられて、ちらりと其方を伺う。

::(* ¬ )::「イヒッ、ウフッ、フヒッ、ヒヒヒヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒッ」

「たまご……っ!」

視界の端に“それ”が僅かに映った瞬間、すぐに自らの軽率さと好奇心を呪いつつ再び目をそらした。以前秋雲から都市伝説の“くねくね”について聞いたことがあるけど、実在するならきっとあんな動きなんだと思う。……というか、アレは人間の関節で為せる動きなのだろうか。

椎名美子。

日常においては朗らかで優しいお姉さんである一方、戦場においては聡明かつ勇敢な“海軍”少尉。ロマさんが陣頭指揮に立つときにはだいたい周辺警護を任されるなど、上層部からの信任も厚い。私たちとの共同作戦にも度々参加し、あの時雨でさえ懐く程度にはウチの鎮守府でも一目置かれている存在。
……序でに言うと、ナイスバディには程遠いがスレンダーな体型で背も高く、一般的に見て結構な美人でもある。

そんな彼女……しぃさんの、提督やギコさんから錬金術とまで称された壊滅的な料理の腕前と肩を並べる重大な欠点。それがこの、“逆境フリーク”ぶり。

単にウォーモンガーというだけなら私たちの方が余程重症だけど、しぃさんの場合「自分たちが追い詰められている・苦戦している戦場」という“ツボ”が存在する。
大洗町防衛線が置かれた状況は、言うまでもなく彼女にとってはビールの横に置かれたできたてほやほやの卵焼きに勝るとも劣らないベストマッチ。ど真ん中160kmストレート級のドストライクだろう。

では、その“ドストライク”な戦場に立ち会ったとき、彼女に何が起こるのか。

:::(* ¬ ):::「ウブヘヘヘヘヘヘヘ」

答えはこれ。菜箸でかき混ぜた溶き卵よりも原形を留めないキャラ崩壊だ。

(*゚¬ )「ヒッ、ヒッ……タノシミダナァ……クヒヒ…ッ!」

「うわ……うわっ」

ホラー映画でだって滅多に耳にしないレベルの不気味な笑い声を上げながら、益々激しく身体をくねらせる──気配でわかるって相当だよ──しぃさん。宇宙の彼方からなんかの邪神を召喚するための儀式と間違われそうなその姿に、この状態は初めて見た雲龍が心の底から恐怖した様子で声を漏らしている。

不知火や弥生とはまた異なるベクトルであまり表情筋を動かさない雲龍が今どんな顔つきをしてあの声を出したのかは興味があるが、其方を振り返ると自動的に(元)しぃさんを視界に収めることになってしまうのでぐっと我慢。視界の端を掠めただけであのダメージだ、まともに眼にすれば1d10/1d100のSANチェックは免れないだろう。

雲龍以外の私を含む面々は初見じゃないけど、何度見ても慣れるものじゃないし今回の“崩壊”は何時もの数倍酷い。夕立などは完全に怯えきり、あと一回でも振り向いたら即座に死ぬ病にでも罹っているかの如く全身を強張らせて直立不動を維持し動こうとしない。古鷹の笑みもあからさまに強張り、不知火の顔色は【ソドムの市】とかいう映画の24時間耐久レースをやってたときよりも青ざめている。

唯一時雨はあまり反応していないように見えたが、よく目を懲らすと彼女の指先はまるではぐれまいとする幼子のように提督の服の裾をしっかりと摘まんでいた。……日頃の言動はニャルラトホテプも肩を竦めて宇宙へ帰るレベルのアレがあそこまで怯えるってしぃさん凄いな。

そういえば夕立ほど極端じゃないにしろ時雨もあんまりホラーは得意じゃないって叢雲が言ってたっけ。

( T)「………えっ、なにきっしょ」

「五月蠅いな!ちょっと指が寒いんだよ!」

( T)「ピンポイントに右手の人差し指と中指と親指だけ寒くなるってどんな特殊症例だよ。しぃにビビりまくってるの丸わかrンゴフッ!!!」

時雨が伸ばした左手が提督の右乳房の先端を的確に捉え、思い切り捻り上げる。マスク越しに、くぐもった悲鳴を彼が漏らした。

あっ、また頭鷲掴みにされてる。

「ああああああああギブギブギブ頭割れる頭割れる!!」

( T)「おいギコ、いい加減マジメに止めろ。こいつですらここまでビビるって相当だぞ」

「だからビビってnイダダダダダダッ!!!」

(,,゚Д゚)「了解。……オラしぃ、いい加減戻ってこい」

(*;XーX)「痛っ!」

ギコさんがおもむろに近づくと、平手でしぃさんの頭に一撃。途端、しぃさんのくねくねが停止する。振り向けば、さっきまで半熟目玉焼きの黄身のように崩壊していたであろう顔面もすっかりいつもの優しげな風貌に元通りだ。

壊れたテレビに対する昭和の対処法みたいな治し方だけど、この辺りの機微は流石昔馴染みといったところか。

(*;゚ー゚)「あ、アレ?ギコ君?」

(,,゚Д゚)「いつまでトんでんだアホ。自衛隊の後続部隊が間もなく到着する、“海軍”の恥になる前に早いとこ正気に戻っとけ」

(*;゚ー゚)「あっ、はーい……ごめんなさい……」

( T)「あん?なんで今更自衛隊が来るんだよ」

(,,゚Д゚)「なぁ提督閣下、指揮官たるもの戦況把握のために無線にもう少し気を遣ってもバチは当たらんと思わねえか」

( T)「めんどい」

(,,゚Д゚)「死ね」

( T)「てめえが死ね」

(*;゚ー゚)「あの、二人とも……さっきまで錯乱してた私が言うのも何だけどここほぼ納まってるとはいえまだ戦闘中のエリアだから……」

ギコさんと提督がメンチを斬り合う中、私は無線を心持ち深く指で押し込み音声に耳を懲らす。

なるほど、内容をざっと聞いた限り、少なくとも現時点で湾内に存在した敵艦隊の掃討をほぼ終えたことによって自衛隊による防衛線の再構築が本格的に始まっているらしい。統合管制機に入った百里基地のF.O.Bからの報告によれば、この東光台にも陸自・海自・艦娘の連合部隊が急行中とのことだ。

《……なお、東光台に派遣された第一波はSBUとC.R.Rを主力とし、これに艦娘戦力として航空巡洋艦の鈴谷、駆逐艦の暁、電、それから航空戦艦の日向が加わっているとのことだ。この第一波は後1分ほどで其方に────》

(結構強力な戦力出してくるのねぇ)

【Hedwig】から送られてくる増援部隊の情報に、少しの驚きを覚える。

SBUにC.R.Rといえば、それぞれ海自と陸自の精鋭部隊だ。特に後者は東南アジア解放戦において私たち艦娘とも肩を並べて戦い、豊富な実戦経験を積んでいる。恐らく、国内の“人間”を主力とした部隊では最強の存在に違いない。

そこに更に艦娘が四人、内日向は“航空戦艦”だから改装済み。それもこの内容はあくまで“第一波”であって、今後続々と後続部隊が投入されるという。

まぁ重要拠点なので、戦力を投入して防衛線を補強すること自体は別段不思議ではない。ただ、既に空母を含む一個艦娘艦隊に+αの人員まで揃っている場所に送り込む戦力としては、些か過分と言わざるを得ない。

どうも百里基地F.O.Bからの“海軍”に対する信頼は、錦糸卵に使う卵焼きよりもぺらぺらなようだ。

(まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないか)

ギコさん達の様に“兼任”している隊員を除けば、元帥を始めこの組織の存在を知っている自衛隊の人間は上層部の一握りに過ぎない。アメリカ国防省が多分に歪曲を加えて存在を公表していたが、リアルに「こんなこともあろうかと」をされてもそんな得体の知れない組織を信じろというのはなかなかに無理難題よね。

そんなことをつらつらと考えていると、ふと、背後から聞こえる車のエンジン音に気付いた。コンクリート片をタイヤが踏み砕く「パキパキ」という乾いた音を伴ったそれは、猛烈な勢いで近づいてくる。

再び振り向くと、丁度迷彩柄の大型トラックが四台、瓦礫の山を蹴散らしながら私たちの方に向かってきていた。

「現地到着、現地到着!総員降車、総員降車!」

「車外展開後は陣地構築だ!迅速に行動しろ、1分後には深海棲艦の攻勢が再開されるかも解らん!」

「既に国連“海軍”部隊が展開を完了しているぞ!合流を急げ!」

四台は、乗せられているのが産地から運ばれる卵なら間違いなく全滅していたであろう荒々しい運転の下、雲龍の真後ろの辺りで次々と停車する。

【Hedwig】が言っていた増援の第一波なのだろう。後部の荷台には兵員が満載されているらしく、口々にがなり立てるような声と共に幌が揺れた。

「……ホント、随分な重役出勤じゃないか」

(,,゚Д゚)「現役としては耳が痛いな。

よし、Wild-Cat各位は自衛隊と合流、共同で陣地構築を行う!Fighterはここで待機を─────」












(;´_ゝ`)「クソッ、見事に町中壊滅しちまってるじゃないか!もっと早く俺たちも投入できなかったのか!?」

(´<_` )「上層部にもいろいろ事情があるんだろうさ。ぐちぐち言うな兄者、その姿じゃとても流石とは言えないぞ」

先陣を切って車内から飛び出したのは、どちらかが鏡に映した像なのではないかと疑うほどそっくりな顔をした二人の海自隊員。

(,,゚Д゚)「」

ギコさんの動きが、瞬間冷凍でもされたみたいにピタリと止まる。

本当に、鮮やかな移り変わりようだった。

(,,゚Д゚)(*゚ー゚)

(,,;゚Д゚)(*;゚ー゚)

(,,ⅲ゚Д゚)(*ⅲ゚ー゚)

肌色から、イースターエッグの配色として使われても違和感がないほど真っ青に、ついで剥きたてほやほやの茹で卵の表面の如く真っ白に。さながらアニメイション映画の登場人物のように二人の顔色が変化していく様はどこかコミカルで、二人には大変悪いと思いながら正直笑いをこらえるのに苦労した。

「少尉?えぇと、指示はどのように」

( T)「……おいギコ、どうした?」

(,,;゚Д゚)「いや、その……だな……」

(´<_` )「鈴谷、日向さん起こしてくれ!」

「チィーッス……ってうわっ!想像してた以上に滅茶苦茶じゃん……」

ギコさん達が硬直している間にも、自衛隊の増援は着々と戦力の展開を始める。双子と思われるその兵士達のすぐ後に鈴谷──勿論私たちの鎮守府とは別の子だ──が顔を出し、市街地の光景に眼を見開いた。

「七警があった方も煙上がってる……加賀さん、大丈夫かな……」

(´<_` )「大洗鎮守府からウチの加賀は無事保護されたと報告があった。小破状態であっちの明石から修繕を施されてる最中だそうだ、安心しろ」

( ´_ゝ`)「電ちゃんと暁ちゃんは対空警戒を厳に!敵機来襲時は俺たちや提督の指示を待たず速やかに射撃を開始するように!弟者、あちらさんの指揮官を叔父者のところに案内しといてくれ!」

「なのです!」

「了解……って、れでぃなんだからちゃん付けなんてしないでよ!」

(´<_` )「はいはい、れでぃれでぃ。

で、アレが噂の国連海軍………と……」

(゜<_゜ )

弟者と呼ばれた士官が此方を向き、指揮をしている人物を探そうとしたか私たちの列を見回す。その目線がギコさんとしぃさんのところに達したと同時に、糸のように細かった彼の両目が見開かれる。

手から89式小銃が滑り落ち、足下に落下してガチャンと音を立てた。

( ´_ゝ`)「狙撃班はどこか高さを取れる場所を探せ!それと携行砲の管理はしっかりしろよ、暴発でお釈迦になりましたなんて笑えないぞ!

──おい弟者、指揮官捜しにいつまでかかっ………て………」

「ねぇ、二人とも、司令部から通信入ってるけど。アレ?ギコさんじゃん、チィーッス!……はっ!?えっ!?ギコさん!!?なんでここにいんの!!?」

ついで私たちの方に駆け寄ってきた、“兄者”と呼ばれていた方も“弟者”と全く同じ感じで固まる。その背後からトランシーバーを掲げながらひょっこりと顔を出した鈴谷は、ギコさんの姿を見て一度自然な感じで手を上げかけた後素っ頓狂な叫び声を辺りに響かせた。

そういえば、彼としぃさんが自衛隊の方で活動しているときに、ムルマンスクへ派遣される前はこの町に勤務していたことを思い出す。

なるほど理解した、事情を知らない表の顔に対する「同僚」と鉢合わせをしてしまったというわけか。向こうも完全に予想外の出会いだったようで、立ち尽くしたまま微動だにしない。

「えっ!?えっ!?しぃさんもいるし!?ってか二人のその軍服何!?海自のじゃないよね?!なんで!?なんでそんな服着てんの!?てか、その人達国連の“海軍”だよね!?なんでギコさん達一緒に居るの!?」

逆に此方も顔見知りらしい鈴谷は、二人とは対照的に益々大騒ぎしている。タイムセールの卵のパックを奪い合うスーパーの主婦の群れだってここまで五月蠅くはできない。

まだこの子しか見ていないが、それでも概ね察する。どうやらギコさんとしぃさんの“表向きの職場”は、私たちの鎮守府に負けず劣らず愉快なところだったらしい。

(;´_ゝ`)「猫山に……椎名で、間違いないんだよな?」

(´<_`;)「お前等北方戦線に異動したはずじゃ……百歩譲って戻ってくるだけならともかく、なんで国連軍に……?」

(*;゚ー゚)「えっ、ええっとね……ぎ、ギコ君、どう説明したらいいかな……?」

(,,゚Д゚)「………」

ギコさんの口元が、突然尖る。彼はそのまま手元の白兵用ブレイドをまるで杖のように地面に突き立てると、その大きな眼を限界まで細めて老人のように腰を曲げて見せた。

(,,;=3=)「い、否。ここには猫山義古等という名の人物はおらん!せ、拙者、猫山ではなく、ライスボーラーパン蔵と申す!!」

( ´_ゝ`)「は?」

(´<_` )「えぇ……」

「無い」

(*゚ー゚)「ギコ君……」

( T)・'.。゜「ブブホゥwwwwwwwwwwww」

「グブフフヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒwwwwwwwwww」

どこから出したのかと首を捻りたくなるような高音声で放たれた台詞に、双子と鈴谷としぃさんが一瞬で真顔に戻る。提督がマスクを貫通して大量のつばをまき散らしながら崩れ落ち、時雨も明らかに自称美少女が出すものとしてはふさわしくない笑い声と共に腹を抱えて地面を転げ回る。

「……ッ、……ッッ!!」

「ポ、ポヒッ、ポヒヒッ……」

「ふっ……くっ……ふふっ……」

あと雲龍も無言で顔を押さえて膝をついているし、古鷹と夕立も精一杯の優しさでこらえながらもギコさんの方に視線を向けられていない。“海軍”兵士も大半は決壊寸前だ。

正直私もヤバかった。

(,,ⅲ Д )「…………殺してくれ誰か」

「たまご」

自己嫌悪で地面に崩れ落ちるギコさんの肩に、初めて一単語しか喋れない体質に感謝しながら慰めの意を込めて手をそっと置く。

きっとこれは、彼の人生全体を通して恐らく最大級の失策だったに違いない。

何せ、我が鎮守府が誇る邪神二人に、向こう5年は使える【鳳凰の卵】よりも美味しい極上のからかいネタを与えてしまったのだから。

( ´_ゝ`)「どうした、しっかりしろライスボーラーパン蔵」

(´<_` )「いろいろ説明を頼むライスボーラーパン蔵」

( T)「そう落ち込むなよライスボーラーパン蔵」

「元気出しなよライスボーラーパン蔵wwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

(,,#;Д;)「お前等全員死ねゴルァアアアアアアアア!!!!」

とりあえずギコさんの当鎮守府における認識が、

「男梅に轢かれて気絶した上に公衆の面前で上官に犯されそうになった面白ヤンキー」

から

「“海軍”所属がバレそうになってテンパった挙げ句漫才コンビ流れ星のちゅ○えいに無駄に近いクオリティでライスボーラーパン蔵と名乗った面白ヤンキー」

に更新された瞬間だった。






.







在日米軍が到着した時点では、私は多少の安堵こそすれどまだ状況を楽観してはいない。

いかに世界最強の軍事組織でも、相手は深海棲艦。圧倒的な重武装と物量を誇る、“生きた戦艦”の大軍勢だ。例え米軍でも彼我の火力差は歴然で、真っ向からぶつかって上回ることは難しい。

それらを埋めうる艦娘戦力についても、サラトガとアイオワの2艦種だけでは“同一艦娘の複数編成不可”の原則も手伝って到底間に合わない。
もし米本土で先日新たに実装された3艦種が配備されていれば話も変わっただろうけど、彼女たちは欧州情勢の悪化に伴い西欧戦線への優先配備が決定。日本列島戦線への派遣は先送りにされている。

これらの事情から鑑みて、一気に戦況を覆せるとは端っから考えていない。勝てる可能性が一分にも満たなかったさっきまでの状況からは大いに盛り返しはするだろうが、せいぜい五分五分。敵側からの追加戦力次第では、それでも六分四分で此方が若干不利というのが私の弾いたソロバンだった。

勿論、“国連海軍”という本来嬉しい計算外の存在は認識していた。だけど、賭けてもいいけど私を含め誰一人として、ひょっとしたら行動を共にしていた米軍部隊さえ、そんなものは当てにしていなかったに違いない。

当たり前の話よ。
設立からさしたる時間も経たずに“前身”同様大国・先進国の都合で動く傀儡と成り果て、疾うの昔にその機能も威厳も存在意義さえ失っていた虚構の組織。そこから突然派遣された得体の知れないぽっと出の軍事組織に、一体何を期待しろと言うつもり?

艦娘戦力が含まれるという情報についても、せいぜいお飾りの駆逐艦が2、3隻含まれていればいい方。正直なところ、足手纏いにならなければ御の字────私にとっては、その程度の認識。

その程度の認識………“だった”。

深海棲艦の対空砲火を擦り抜けて私達のすぐ近くに降下した、二機のオスプレイ。そこから見たことの無い軍服を身につけた武装兵と共に現れた、10名ほどの艦娘。

彼女らが戦闘を開始した瞬間、私は思い知らされる。

自らの認識の甘さを。

“よくて五分五分”という懸念が、いかに無駄なものだったかを。

「…………て、敵艦隊、防衛線全域にて一時撤退を確認。な、なお、撃沈艦の数は膨大であり、現在戦果は確認中。

ただ、深海棲艦側の撤退は単なる離脱ではなく、“壊滅的損害”による敗走とみられます」

ノハ;メ゚⊿゚)「すっげ…………」

一瞬、とまでは言わない。だけど、感覚としてはそれに限りなく近いものがある。

あれほど重厚な陣容を以て押し寄せてきていた正面敵艦隊は、今やその大半が穴だらけの身体を陸地に横たわらせ、或いは海面にぷかぷかと浮かべ、無残な屍を晒している。討ち漏らしたほんの一握りも、私が目の届く範囲で見た限り中破以下の損傷で済んでいた艦は1隻として存在しない。

対して自称“国連海軍”側の艦娘達には、そもそも敵の攻撃が一発たりともまともに命中しなかった。

「Clear, Clear!!」

「【Lycaon】並びに【Echo】、戦闘態勢を解除し装備の点検に移れ!海上哨戒と敵艦隊の追跡は【Blizzard】と【Cubs】に任せるぞ!」

ノハ;メ゚⊿゚)「……蝶野一等陸尉、あの艦娘達、一部の奴ら白兵戦で深海棲艦殺してませんでした?」

「……乱戦でよく見えなかったけれど、そんな気はしたわね。正直、ベリーあり得なさすぎるから信じがたいけれど」

ノハメ;゚⊿゚)「いやどんな言葉遣いですかそれ。完全にルー大柴と化してるじゃないですか」

大隈二曹からの問いかけにはふざけて答えたが、実際その光景は私もしっかりと眼にしている。

刀や槍、薙刀やハルバード、諸刃剣、変わり種のところではモーニングスター……時代錯誤も甚だしい形状の漆黒の武器が振るわれる度に、深海棲艦の装甲が砕け、肉が裂け、断末魔の合唱と共に屍体が増えていく様子を。

(………なんていうか、滅茶苦茶な光景だったわね)

白兵装備の存在自体には驚かない。天龍や龍田、改装前の叢雲等デフォルトで近接戦闘用の武器を持っている艦娘がいることは私も知っているし、海自の方でもその点に着目し護身用のナイフ程度は全艦娘に配備するべきではないかという意見が出ていると聞く。
実際に戦場で使用され撃沈に至った事例も、指折り数えられるほど少数かつ不明瞭な内容だが無くはない。材質についても、戦車道の特殊カーボンやAPFSDSに使われる合金など候補は2、3思い浮かぶ。

(そう、存在自体は別に不思議でも何でも無い。

問題は、彼女たちがそれを“主兵装”として扱っていた点)

実戦経験は今日が初めてでも、かつて名門戦車道家元の教えを受け入隊後は軍事組織の一員として何年も訓練を重ねてきた身だ。彼女たちの動きがいかに洗練されているかも理解出来ないなら私は自衛隊から去るべき人間だろう。

太刀筋の力強さ、踏み込みの速度、斬撃や刺突の軌道の正確さ。どれを取っても、一朝一夕では身につかない。何百回も何千回も繰り返し、修練し、身体に染みついた類いのもの。

本来艦娘たちもまた、深海棲艦と対を成す形で“生ける軍艦”としての力を持つ存在。その本分は、艦砲射撃や航空爆撃によるアウトレンジからの遠距離攻撃だ。巡洋艦や駆逐艦による雷撃戦にしても、肉薄する距離などたかが知れている。

だが目の前の彼女たちは、その本分とは逆行する近接戦闘を軽々と熟して見せた。

尤も、流石に全員が白兵戦に興じていたわけではない。
空母艦や戦艦、夕張、大淀といった軽巡でありながら重装備を可能とする艦などは後衛に下がり、若見屋交差点から合流した羽黒等海自の艦娘達と共に“本分”たる遠距離攻撃で此方も十二分な戦果を上げている。攻撃目標も徹底的に海上の敵後続戦力に集中し、前衛の増強を防ぐことで“白兵艦隊”の戦いやすさをより高めるという理想的なものだ。

自然な連携。だが故に、尚更確信せざるを得ない。

彼女達にとって、この戦術は“手慣れたこと”であると。その練度の高さは単に訓練だけではなく、幾十幾百の“実戦経験”に裏打ちされたものであると。

「アメリカと、我らが祖国も一枚噛んでそうね」

ノハメ゚⊿゚)「? 何の話ッスか?」

「……気にしないで、ただの独り言よ」

お飾り?足手纏いじゃなければ御の字?自分の認識の甘さに吐き気がする。国連なんて組織がいかに頼りにならないかは、何よりも日本政府が“艦娘三原則”の一件で散々に思い知っている。

少し考えれば解ることだったのだ。中でも特にその事をイヤというほど味わったあのブサメン首相と自衛隊首脳部が、端っからそんなものを引っ張り出してきて寄越すはずがないと。

この部隊は、正真正銘の“切り札”なのだろう。それも、本来盤に存在してはいけない三枚目のジョーカー。

「………大隈二曹。彼女達にはあまり気を許さないようになさい。手練れ揃いだけど、それだけに寝首を?かれるか解らないわ」

ノハメ;゚⊿゚)「えっ?いや、彼女達味方でしょ?」

「味方だからこそ、よ」

強力な戦力として、戦況打開の切り札として「信用」には値する。

だが、幾ら自分たちを救ってくれたとはいえ手放しで彼女達を「信頼」する気になれるほど、私は純真無垢な小娘ではない。

「────了解。現地部隊と共に戦力の再編、防御拠点の応急修復・強化に入る」

恩知らずとしか言い様がない私の思考など露知らず、一人の女性がどこかとの通信を終えて私達の方を振り向いた。カツン、カツンと、規則正しくアスファルトを踏みしめる靴音が真っ直ぐ此方へ近づいてくる。

ノハメ;゚⊿゚)「おおぅ……」

私たちの目の前で立ち止まった彼女の姿に、大隈二曹が少し気圧された様子で声を漏らした。

まぁ無理もない。170を少し越えているであろう長身に、少し筋肉質で広い肩幅、切れ長でよく研磨された刀の切っ先のように鋭い眼光、そんな女性がピンッと背筋を伸ばして直立不動になれば、威圧感を感じるなという方が難しい。
きっちりとサイドテールに纏められた長く美しい黒髪と、まるでおろし立ての新品のように皺一つ無い紫を基調とした艤装服も尚更その雰囲気を助長する。

私だって、同性からこれ程のプレッシャーを感じたのは10年以上前────初めて、西住しほに相対したとき以来だ。

ただ、彼女が背負う自身の身長ほどもある大太刀と、先ほどまで彼女が立っていた位置に転がる両断されたハ級の残骸が奇妙な違和感を生じさせていたけれど。

「貴官が、ここの拠点の指揮官か?」

「えぇ、現状はそうです」

外観同様の、凜とした響きの声。何の勝負かと問われても困るけど、なんとなく負けたくなくて私も心持ち声を張る。

「陸上自衛隊所属、蝶野亜美一等陸尉。搭乗車両は破壊されましたが、一○式戦車1号車車長。

………また、現在は原隊に復帰しておりますが大洗女子学園戦車道教官でもありました」

ノハメ;゚⊿゚)「あ、自分は陸上自衛隊二等陸曹、大隈瞳です!蝶野一等陸尉の車両にて砲手も担当しました!

………一尉、最後の部分付け加える意味ありました?」

私のすぐ後に自己紹介を続けた大隈二曹がヒソヒソ声で尋ねてきたが、小さく肩だけ竦めて返事に変える。

意味なんて無い。最後の紹介は、単に私の意地というか、拘りみたいなものの現れだ。

「大洗女子学園…………そうか、学園艦の、か」

目の前の女性は、私の言葉に振り返り、沖合で相変わらず黒煙を吹き上げる巨大な艦影を一瞥する。

何故か一瞬彼女が複雑そうな表情を浮かべたように思えたが、それが何故かは解らない。そして再び此方に向き直ったときには、元の凜とした顔つきに戻っていた。

「私たちの提督も間もなく合流する。敵の再侵攻まで恐らく時間も無いだろうし、速やかな戦力編成と作戦の摺り合わせを具申したい」

「えぇ、それは私達としても希望するところです。指揮系統の整理も必要ですし、何より時間が少ないという点は同感ですから」

「話が早くて助かります。我々も、統治の防衛戦力として粉骨砕身させていただく……あぁ、そういえば私自身の紹介が未だでした」

彼女はそう言って、勢いよく両足を揃え敬礼する。

完璧と言っても過言じゃない程美しい、【海軍式】の敬礼だった。













「妙高型重巡洋艦2番艦・那智。国連特別“海軍”所属。

コールサイン【Lycaon】の旗艦です。

よろしくお願いする、蝶野一等陸尉」










194■.4.■■

開戦から■年が経った。我々の海軍は、現在も■■■■■の海上防衛網を突破しきれずにいる。

昨年の■■■■■■■において■■■を取り逃がした事もあり、奴らの精■■空■■は健在である。軍部も■■R■への様々な対策を講じているようだが、圧倒的な練度と性能の差を即座に埋め、戦況を優勢に転じる妙案は生まれていない。
陸戦においても、兵站線の不安も重なり我々は常に苦境と膨大な出血を強いられている。特に■■■■■■島は地獄の有様だ。

認めよう。我々はかの国を甘く見ていた。■■■・■■■のあの悪魔を血祭りに上げるための、生け贄に過ぎないと思っていた。だが現実には、我々は■■■■■戦線に匹敵、否、それ以上の犠牲を払って尚■の一つも取り返せていない。

これ以上、手をこまねいているわけにはいかない。早急に■■■■■■■■計画を進めなければ。

我々が自由を謳歌し、永遠の繁栄を手に入れるためには、悪魔にさえ魂を売り渡す覚悟と決意が必要だ。

私は、神への信仰をも捨てよう。

それが祖国の、■■■■■■■の為になるのなら。

       記・ J.V.N■■■■■■







「─────あぁ、今私も送られてきたURLを見ているざます」

右肩で通話状態のスマートフォンを挟み耳に当てながら、手元のタブレット端末を操作する。11inchの画面に大写しになった一枚の写真は、日本最大級のインターネット掲示板“ちゃんねるツー”にアップロードされたものだ。

撮影者が使っている機種の性能や手ぶれのせいで決して見やすいものとはいえないが、それでも被写体として中央に映された“機影”ははっきりと確認できる。
全長はざっと目算した限り、凡そ50M程だろうか。レンドリースを受けた戦車の整備や例の“大鍋”の調整にあたって何度かサンダース大附属を訪れているアスパラガスは、その無骨な外見に見覚えがあった。

「C-17【Globemaster III】ざますね」

《ご名答です》

電話口の向こうで、相手───元BC自由学園戦車道チーム副隊長・ムールが頷くのを気配で感じた。

《横須賀の在日米軍基地から多数のV-22やCH-47と共に離陸した機影を住民が撮影したものがインターネット上で複数のコミュニティにアップロードされました。投稿主によれば、撮影した時それらの編隊は北へと向かっていたそうです》

「この横須賀から北………ざますか」

一応北海道や北方四島、千島列島、樺太特別自治区等幾つか候補はあるが、現状入ってくる限りの情報でこれらの戦線が危機的だとは思えない。だとすれば、この写真に写された機体群の行き先は自然と絞られる。

「大洗町に在日米軍が本格的に介入を開始した、か」

《ほぼ間違いないかと》

そういえば、幾らか前にジェットエンジンの音やヘリのローター音が大量に市街地の上を通過していった時間帯があったと思い出す。丁度文科省各局の“パイプ”に様々な働きかけを行っていた頃と重なったため、アスパラガスとやはり各方面に電話をかけていたダージリンにとってそれらは迷惑千万な騒音に他ならなかったが。

《因みに“ちゃんツー”軍事板やその他ミリタリー系のネットコミュニティによれば、国内複数の米軍基地からA-10【Thunderbolt II】の離陸が確認されています。

此方は映像が上がっていませんが、目撃情報から察するにやはり大洗町方面へ投入されたものと思われます》

「……空対空戦闘機ではなく、対地攻撃特化のA-10ざますか?」

その情報を聞いてイヤな推測が脳裏を過ぎり、アスパラガスの目付きが険しくなる。

在日米軍の介入自体は不思議ではないし、大規模な戦力投入もアスパラガス達の予想の範囲内だ。最大の艦娘生産・保有国である日本の失陥は米国云々どころかそのまま人類滅亡に直結しかねない以上、どのような状況になろうともかの国が日本を見捨てるという選択肢は“政治的”にあり得ない。

寧ろアスパラガスとダージリンが懸念しているのは、中華人民共和国という仮想敵国の存在を危惧した米国が大洗町戦線の“早期幕引き”を計るかも知れないという点だ。

(アメリカ合衆国が列島失陥の次に恐れている事態……それは恐らく、人民解放軍による“国防上の判断”を理由とした日本国内への武力介入ざます)

自国の防衛を理由に、日本本土へ中国軍が進駐してくることを心配する……一見荒唐無稽な、突拍子もない懸念かも知れない。普通に考えれば、世界中から武力制裁されてもおかしくない大暴挙なのだから。

だが、日米の同盟国にして国連常任理事国たるロシア連邦が既に“ルール地方への一方的な核兵器投射”というより強烈な前例を作ってしまった今、それは決して非現実的な空想ではなくなった。

そして日本の失陥と艦娘戦力の壊滅は、万に一つでも起きてしまえば中国のみならず世界の危機となる。それを防ぐという建前は、日本本土へ“増援”の名目で人民解放軍を送り込むにあたってこれ以上ない大義名分となるだろう。

また世界的な侵攻で各国が自国の防衛に手一杯になっている今、仮に咎めるとしても出せるのはせいぜい何の意味も無い批判声明ぐらいのもの。一度日本進駐さえ成功すれば、後は中国人旅行者の安全確保なり日本の防衛協力なり何かと理由を付けて進駐した地域を拠点化してしまえばいい。

お誂え向きな事に、大洗は正規鎮守府があり多数の艦娘戦力が駐屯する地だ。艦娘利権に長らく絡むことが出来なかった中国にとって、仮に拠点化までは上手くいかなくても艦娘技術の“盗用”の機会を作れるというだけで強引に派兵する理由になり得る。

無論所詮は一介の女子学生の考察であり、全く見当違いの見方になってしまう可能性は否めない。だが一方で、既に中共外交部が「軍事的な支援を惜しまない」という声明を発表した事実がある。

散々外交上で日本との対立を繰り返し先日は【艦娘自己自衛権法案】の件でもあれだけ噛みついた国が、こうまで掌を返してくる。それを何の裏もない善意と受け取れる人間は、余程の脳内花畑か日本の滅亡を願うスパイかの二択だろう。

仮にこの考察が的外れなものではないとすれば、アメリカ政府も中国介入の危険性には当然気づき、策を練っているはずだ。そしていよいよとなればアメリカ側も、人民解放軍の日本侵入を前に事態の“早期解決”────即ち、大洗女子学園そのものの撃沈によって深海棲艦の掃討を計る可能性は大いにある。

(アメリカにとって幸いな、そして私たちと西住みほにとって最悪なことに、日本国内でも既に早期解決を求めて“大洗女子学園の破壊”を叫ぶ声はインターネットを中心に少数ながら出ている。状況の改善が遅れれば、その声が多数派に取って代わる時もそう遠くはないざます)

加えて、アメリカ側にも“フィリピン海から北上する新型深海棲艦”という絶好の建前が存在する。本土への浸透拠点を確保されるのを防ぐためという名目で攻撃が行われれば、日本側としてもあまり強い意見は言えない。生存者がいたのではないかという批判があったとしても、“汚れ役を買ってでも人類の存亡を優先した”と主張されればそれまでだ。

故にアスパラガスは、A-10投入の報告に一瞬あの血気盛んな超大国が早くも“早期解決”に動き出したのかと身構えた。だが、そうなると一つの疑問が沸く。

「………火力が、少なすぎるざます」

《仰るとおりです》

ムールの側も、アスパラガス達と同様の考察に辿り着いていたらしい。ならば当然、その疑問点も共通のものになる。

《学園艦撃沈による“早期解決”を目論むなら、A-10はあまりにも不適格です。仮に輸送機隊に満載されていたのがフル装備の艦娘部隊だったと仮定しても、やはり大洗女子学園を沈める戦力としては少々非効率が過ぎます》

全長7.6km、全幅1.7km。町一つが浮いているも同然の、超巨大船【学園艦】。当然自重を支えたり艦内インフラを保全するために船体装甲は分厚く、かつ丈夫な合金が使用されている。
A-10が搭載できる対地ミサイルなど、数十発束になってもどこか外壁に亀裂が入ってくれれば御の字というレベルで力不足だ。艦娘にしても、流石に学園艦を撃沈するとなると相当な数を集中し膨大な火力を割く必要がある。

日本列島が置かれた状況を考えれば、自衛隊にも在日米軍にも短時間で学園艦を深海棲艦諸共海の藻屑に出来るほどの大艦隊を投入する余裕はない。それに流石にまだ国内外の世論も民間人ごと沈めることを“やむなし”とするほどには至っていないし、何よりそれだけの戦力を揃えるぐらいならグアム島からB-2爆撃機でも飛ばしてバンカーバスターを2、3発叩き込む方が余程理にかなったやり方だ。

では、学園甲板上の敵艦隊を掃射撃沈するための投入か?尚更あり得ない。空母艦娘の艦載機を使えば、A-10なんかより確実かつ正確に、生存者に対する誤射の確率を遙かに低くした上で処理することができるだろう。

目的が学園艦の撃沈でもなければ、甲板上の敵艦隊の処理でもない。にもかかわらず、A-10の投入が必要となるシチュエーション。

少し考えれば、その選択肢は自ずと一つに絞られる。

「単純に大洗町自体の戦況が劣悪。少なくとも、大規模強襲上陸程度は受けていてもおかしくなさそうざますね」

《えぇ。実際に、涸沼以西の避難未完了地域上空に敵の爆撃隊が差し掛かったという情報も一部SNSで流れています。その範囲がかなり広域であることから推測するに、大洗町の防衛線が一時危機的な状況にあったことは間違いないと思われます。

現在我々の方でも防衛省の“パイプ”を通してこれらの情報の真偽を確認していますが、流石に向こうの口が堅く芳しくありません》

そりゃそうだとアスパラガスは内心で呟く。

学園艦が深海棲艦に占拠されているという現状だけでも、“危機慣れ”していない日本国民の動揺は非常に大きい。正式な鎮守府に百里基地の支援まである本土の戦線が苦戦を強いられているなんて話が民間に漏れれば、それこそベルリン陥落時の欧州にも匹敵する大規模な民衆恐慌や暴動に繋がりかねない。

「……ムール、A-10の離陸や深海棲艦機の飛来に対する民間の反応は?」

《前者については、我々ほど穿った見方をしている意見はほぼ見られません。……が、深海棲艦機の飛来に関してはやはり各種SNSで深刻視されています》

そして、“タイムリミット”が訪れるのはそう先の話ではなさそうだ。

「ムール、引き続きネット上での世論の動きを注視。……言動の過激化・先鋭化が進行しきる前に、さっき指示した“工作”を実行できるよう前倒しで準備して欲しいざます」

《畏まりました。他校情報部との連携強化を急がせます》

「また、並行して文科省、防衛省両方からの情報収集と各部署への根回しも怠らないように。其方はボルドーに一任してあるが、必要に応じて人員の増強も惜しむな」

《D'accord》

「…………あぁ、ありがとうございます」

一通りの指示を出し終えたところで、一度通話を切り椅子に深く座り直す。そのタイミングを見計らっていたかのように女店主が無言で差し出した紅茶に、礼を言いつつノータイムで口を付けた。

「────っふぅ」

極上の味と最適な温度を兼ね揃えたアッサムティーが渇いた喉に染み渡り、生き返ったような心地に自然と吐息が漏れる。
同時に、アスパラガスは何故ダージリンがこの店を待ち合わせ場所に選んだかを概ね察した。地理的な問題や目立たずに済む等思い当たる節は幾つかあったが、最大の理由はここの紅茶が絶品だからに違いない。

(大洗関連であれだけ取り乱してた癖に、妙なところはブレないざますね)

そんなことを考えながら、横目で隣に座るダージリンを見やる。丁度彼女も通話を終えたところで、ティーカップに手を伸ばしながら此方の視線に気付いて首を傾げた。

「………私の顔に何かついているかしら?」

「舌が三枚ついているのが見えるざますね」

「まぁ非道い」

此方の飛ばした皮肉に、ダージリンはクスクスと笑う。
何が非道いものか。彼女達が標榜する本家英国など、歴史を紐解けば百枚舌でも足りないというのに。

「それで、貴女の方の首尾はどうかしら?」

「とりあえず、今急ピッチで情報収集体制を構築している真っ最中ざます。防衛省は流石に口が堅いが、文科省経由で学園艦に対する国の大まかな動向や方針が拾える目処は立った。

ボルドーには大洗女子学園関連の情報を最優先で収集し聖グロリアーナ側にも共有するように言ってあるざます。……まぁ、あいつなら確実に仕事をしてくれる筈だ。ムールの補佐もあることざますし」

「随分打ち解けたようねぇ」

ダージリンの目が軽く見開かれる。自由側とBC側に分かれて骨肉の内紛に明け暮れていた時期を知る故に、わりかし本気で驚いているようだ。

「私としてはこう言った方がいいのかしら?“ご結婚おめでとうございます”って」

「……あの小っ恥ずかしい作戦名について掘り返すのはやめるざます」

我ながら、脳が沸いていたとしか思えない。……いや、実際にあの時は例の侍ガールに感化され、敗北を経て我々は真のBC自由学園を作るんだ的なおかしなテンションになっていた面はある。

それにしても、だ。確かにBC自由学園の変革を進めるきっかけとなったのは喜ばしいことだったが、言うに事欠いて“Strategie Mariage”とは!!

「私は素敵な作戦名だったと思うわよ、お世辞抜きにね」

「例え本気でそう思ってくれているにしろ、本当にその件は勘弁して……まさかエクレールにまであれほど笑われるとは思わなかったざます」

しかも訂正しようとしたときには時既に遅く、面白がったボルドーがチーム全体にちゃっかり浸透させていたためその後しばらくアスパラガスは身が焦げるような恥辱を味わうハメになったのだ。

ムールでさえクスクス笑いを堪えていた姿を見た時の孤独感と言ったら、もう。

「ええい私たちの話は今はいいざます!聖グロリアーナ側の進捗はどうなってるざますか!?」

「……現状、連絡がついた学園艦や聖グロリアーナの系列校に片っ端から協力を要請、相互連携を強化中よ。それと併せて、各艦の住民退避進捗や自衛隊による艦内臨検の様子なんかもわかる範囲で調べてもらえるよう要請したわ。

それで、現在進行形で退艦作業中のケバブハイスクールから早速一つ気になる情報が入ったの」

「……ボスボラスからざますか?」

「ええ。何でも、臨検に立ち入っている自衛隊の中に防護服に身を固めた一団が混じっているとか。

あと、艦内住民の一部が退艦時に健康診断のようなものを受けさせられているらしいわ」

「防護服に、健康診断……」

確かに、奇妙。深海棲艦との戦争が始まって以来、奴らに攻撃を受けた地域で疫病が流行ったなんて話は聞いたことがない。また“軍艦”を模した存在であるため、例えば毒ガスのようなものを散布する能力を有しているとも考えづらい。

そもそも、別にケバブハイスクールには──あくまで“現段階では”の話だが──深海棲艦が実際に出現したわけではないのだ。

「……奇妙なのは確かだが、判断材料が少なすぎるざますね。今はなんとも言えない」

「とりあえず、ビゲン高校には“六課”から人員を向かわせた。下手したら現場の自衛官さえ事の真相を知らされていない可能性すらあるけど、動かなければ始まらないもの」

「六課……情報処理学部第六課・G.I.6ざますか」

戦術研究や敵車両の性能分析など、戦車道における“戦前諜報”は非常に重要な意味合いを持つ。故に各学園艦は生徒間で構成した一種のスパイ組織紛いの集団を一つは持っているし、大洗女子学園ですら秋山優香里が自主的にサンダースやアンツィオに諜報活動のため乗り込んでいたと聞く。

それらの中でも、明確に学部として独立しあらゆる情報取得法を体系的に学んでいる聖グロリアーナの情報処理学部は規模・練度共に所謂“超高校級”の存在。分けても第六課は、前身の課を卒業した人物がロシア革命を起こして日露戦争の帰趨を決しただの公安や内閣調査室に多数の人材を輩出しているだのと逸話に事欠かない。

「GI6も早くもフル稼働か。切り札としてもう少し温存しておくと思ったざますが」

「お慕いするみほさんを救うためだもの。出し惜しみはしないわ。寧ろ、本当は私が直接彼女の白馬の王子になりたいぐらいのところを我慢しているぐらいよ。

“イギリス人は戦争と恋愛には手段を選ばない”の」

「耳にたこができるぐらい聞いたざますねその格言」

全く、お慕いするやら白馬の王子やら、聞いているこっちが赤面しそうだ。

【Strategie Mariage】に対する反応も、この様子だと案外素で褒めてくれていたのかも知れない。そうだとしたらセンスが一致してしまっているということなので寧ろ落ち込むが。

「防護服に、健康診断……」

確かに、奇妙。深海棲艦との戦争が始まって以来、奴らに攻撃を受けた地域で疫病が流行ったなんて話は聞いたことがない。また“軍艦”を模した存在であるため、例えば毒ガスのようなものを散布する能力を有しているとも考えづらい。

そもそも、別にケバブハイスクールには──あくまで“現段階では”の話だが──深海棲艦が実際に出現したわけではないのだ。

「……奇妙なのは確かだが、判断材料が少なすぎるざますね。今はなんとも言えない」

「とりあえず、ボスポラスのところには“六課”から人員を向かわせた。下手したら現場の自衛官さえ事の真相を知らされていない可能性すらあるけど、動かなければ始まらないもの」

「六課……情報処理学部第六課・G.I.6ざますか」

戦術研究や敵車両の性能分析など、戦車道における“戦前諜報”は非常に重要な意味合いを持つ。故に各学園艦は生徒間で構成した一種のスパイ組織紛いの集団を一つは持っているし、大洗女子学園ですら秋山優香里が自主的にサンダースやアンツィオに諜報活動のため乗り込んでいたと聞く。

それらの中でも、明確に学部として独立しあらゆる情報取得法を体系的に学んでいる聖グロリアーナの情報処理学部は規模・練度共に所謂“超高校級”の存在。分けても第六課は、前身の課を卒業した人物がロシア革命を起こして日露戦争の帰趨を決しただの公安や内閣調査室に多数の人材を輩出しているだのと逸話に事欠かない。

「GI6も早くもフル稼働か。切り札としてもう少し温存しておくと思ったざますが」

「お慕いするみほさんを救うためだもの。出し惜しみはしないわ。寧ろ、本当は私が直接彼女の白馬の王子になりたいぐらいのところを我慢しているぐらいよ。

“イギリス人は戦争と恋愛には手段を選ばない”の」

「耳にたこができるぐらい聞いたざますねその格言」

全く、お慕いするやら白馬の王子やら、聞いているこっちが赤面しそうだ。

【Strategie Mariage】に対する反応も、この様子だと案外素で褒めてくれていたのかも知れない。そうだとしたらセンスが一致してしまっているということなので寧ろ落ち込むが。

とはいえ、その決意の強さは痛いほどに伝わってくる。それに出し惜しみする気がないのはアスパラガスも同様だ。

「ダージリン、この件は間違いなく長期戦になるざます。ペース配分と人員の休息スケジュールも考えた方がいい」

「同感ね、ローテーションはアッサムに作らせるわ。あの子はデータの管理が上手いもの。

それと、総務省と消防庁の方にも少し探りを入れた方が良さそうね。避難計画や緊急車両の稼働状況から解ることもあるかも知れない」

「総務省については我々の方でもう幾つかBC学園関連の“パイプ”があるざます。データを送っておくからGI6の方で自由に使えるよう手配を」

「ありがとう。礼は必ずするわ」

「その礼は是非我が校の偉大な卒業生達に送ってほしいざますね」

BC学園と自由学園の統合に関連するゴタゴタには、確かに当時アスパラガスも立ち会った。だが自由学園中等部の首席として末端に名前のみ連ねただけであって、実際に政府側との交渉を行ったのは両校の高等部生徒会や戦車道チームの隊長達だ。
防衛省、文科省を中心に各省庁に繋がる数多の“パイプ”も、その時彼女達が残してくれた遺産に過ぎず地力で勝ち取ったものではない。

戦車道チームも学園自体も最後までまとめ上げることが出来ず、ボルドーやムールを筆頭に優秀な人材を腐らせ続けてきた。そんな自分がその貴重な遺産を、しかも他校を助けるために食い潰すことに対する抵抗や自責の念が無いと言えば嘘になる。

「それと、BC学園の“鎮守府化”に伴う国連職員立ち会いの関係で外務省の方にも多少コネがある。まぁ、外務省ならそっちの方が関係は太そうざますが……」

「いや、OG関連のコネクションだとどうしても下ろしてもらえる情報には限界があるわ。内部への直接的な繋がりがあるならそっちの方が間違いなく多角的に集められる」

「なら主要な現役局員の連絡先を送るざます。すぐオレンジペコ達に連絡させるよう手配を」

だがアスパラガスは、そうした自身の感情をかなぐり捨て惜しげも無く極秘コネクションを開放していく。

多少普通よりは特別な力や人脈を持っていたとしても、あくまで自分たちは年端もいかぬ女子学生、政治も戦争もアマチュアに過ぎない。そんな集団が、場合によっては一国に盾突くことすら半ば視野に入れた上で本物の戦争に本気で横入りしようとしているのだ。

当然軽率に動くことは出来ない。そもそも例え小指の先ほどでも介入できるような隙間が残されているのかという部分も含めて、徹底的に、今あるもの以上に、多量の情報を集め精査する必要がある。

ならば、使えるものは全て使う。自分のくだらないプライド、感傷など二の次だ。

「……戦国の名軍師も言っているざますね。“使わぬ金なら瓦や石ころにも劣る”と」

「黒田如水ね。私あの人好きよ、目的のために手段を選ばないところとか」

「あぁ、あの人の晩年の生き様とか英国臭が凄いざますね……」

特に【関ヶ原の戦い】前後の九州における動向のきな臭さは、後世から見ても天下への野心がいっそ清々しいほどにダダ漏れだった。徳川家への申し開きの内容も含めて“リトル英国”といっても過言ではない。

アスパラガス個人の見解としては、偉人として尊敬はするが同時代に生きていたらあまりお近づきになりたくないタイプに分類される。

(………それにしても、これだけパイプを増やし情報の収集範囲を広げているのに、未だに“本命”の……大洗女子学園艦内に関する新情報は皆無ざますか)

手元のタブレット端末に再度視線を落とす。画面上にはムール達が指揮する諜報チームや聖グロリアーナ側から送信されてきた情報が電子の奔流となって溢れかえっているが、アスパラガスとダージリンが最も欲している内容のものはどれだけ眼を懲らしても見つからない。

「民間運営のネット掲示板各所でも目新しい話題はないみたいね。それこそ、“ちゃんツー”の住人なんか真偽そっちのけで色々言い立ててると思ったのに。

まぁ、私はいつも戦車道板と飲み物板ぐらいしか巡らないけど」

「貴女が“ちゃんツー”見てるって意外ざますね……ブッ、ゴホンッ、ゴホンッ」

頭の中に突然ボンッと音を立てて浮かぶ、ジャージにぐるぐる眼鏡の出で立ちで嬉々としてパソコンを起動し戦車道板に格言スレを立てるダージリンの姿。こみ上げてくる笑いをごまかすため、わざとらしく咳払いをして顔を背ける。

「んっ、んん!………ふむ」

なんとか大決壊を堪えたところで、ふとひっきりなしに届くメールの内の一つが目に止まる。ついさっき行われた茂名官房長官の記者会見に関するもので、開くと会見動画と内容を簡潔に書き起こして纏めたPDFファイルが添付されていた。

指先でPDFをタッチし、画面上に現れた文書に目を通す。世界規模で行われている深海棲艦の侵攻に対して各国と連携し迅速に対処していること、大洗町に出現した深海棲艦による内陸浸透目的の攻勢が行われたが現地自衛隊と艦娘が完全に封じ込めていること、避難勧告は今後段階的に拡大される可能性が高いことなどを一通り説明した上で、最後の締めに国民に冷静な対応を求めて終わりという一見毒にも薬にもならない内容が羅列されている。

だがやはり、大洗町女子学園自体の現状に関しては一言も触れられていない。一応記者団から質問はあったようだが、

( ´∀`)《現在鋭意調査中であり、乗船職員、居住者や生徒、在艦旅行者の安全を一刻も早く確保できるよう努める》

の一言が返されたきりだ。

「………幾ら何でも、ここで触れないのはちょっと異常ね」

「そうざますね」

同じ内容のデータを開いたらしいダージリンの呟きに、頷く。

元々、搦め手からのアプローチでも殆どまともな情報が入ってこない超極秘事項だ。表立っての会見で何か有益な事柄が発表されるとは、アスパラガスもダージリンも毛頭考えていない。

だが、例えば同じ大洗でも“大洗町”で行われた戦闘については、それが発生したことを明確に公表した。また真偽の程はどうあれ──少なくとも先ほどムールと共有した情報から察するに“完全な封じ込め”は真っ赤な嘘だろう──、現時点での戦況や国側が考えている対策についても言及があった。
対して大洗女子学園は、会見の中身から推察するにマスコミの質問がなければそういった“形式的なコメント”すら残されずに終わった可能性が極めて高い。

(学園艦も“大洗町の戦況”に内包した扱いのため個別に言及する予定はなかった……いや、あり得ないざますね)

中・高等部の生徒と教員、職員、その家族や関係者含めて定住者のみで3万余名。ここ最近の“軍神効果”で旅行者や商業国展開する企業が爆増していたことを考慮すると、総乗艦者数は少なくともその2倍から3倍に達すると推定される。

あくまでも“目新しい話題・情報が無い”だけで、現に艦内の人々の安否を気遣う声は決して小さくも少なくもない。事態発生から四時間程度が経過し、Twitterなどの各種SNSでは徐々に情報開示を求める不満や抗議の言葉も混じり始めた。

政治的に考えて、放置しておくには危険な状態。そしてアスパラガスとダージリンが知る限り、本来南慈英という(日本の歴史上で見れば殆ど突然変異に近い存在の)政治家はその辺りの見極めを誤るタイプではない。

個別の報告どころか言及それ自体に消極的だった理由は、恐らく他にある。

「当然、大洗女子学園についてあまり詮索を受けたくないからよね。でも、このタイミングで国民の不信感を増大させてまで隠したい事って何かしら?」

中指の先でコツコツと意味も無くタブレットの画面を叩きながら、ダージリンが珍しく不快感をあらわにして疑問点を提示する。どれだけ情報を集めても謎が解明されるどころか寧ろ未解決の問題の方が増えていく現状に、そろそろ本格的な苛立ちを覚え始めているようだ。

「艦の下層から深海棲艦の駆逐艦種が複数生えてくるなんて異常事態が現時点で起きてる真っ最中なのよ?

甲板上でどれだけ悲惨なことが起きてるかなんて民衆も大半は見当がついてる、発表内容に関するハードルはかなり低いわ。それでもあそこまで言及したがらなかったのは何故?」

「ダージリン、少し落ち着くざます」

早口で捲したてるダージリンを右手で制する。大分いつもの調子に戻ってきたとはいえ、やはり西住みほの件になるとダージリンは言動に冷静さを欠く傾向が強い。

「考えられる可能性は三通りざます。

一つ、政府側でも全く現状が掴めておらず、純粋に公開できる情報が無い

二つ、状況は把握している・予想できているが、あまりにも内容が悪すぎて人民解放軍等諸外国の介入の口実になりかねないため秘匿している」

この内前者については、あり得なくはないが“できる限り言及それ自体を避ける”理由・動機としては薄い。可能性2は、大洗町それ自体の戦況が政府によって「封じ込めに成功している」と発表されている以上学園艦の状況をどう発表しようとも大勢に影響はない筈。

ならば、考えられるのは三つ目。

「三つ、状況は把握している・予想できているが、公表すれば即国全体がパニックに陥るほど危険な内容のため“匂わせる”事すら避けるべく徹底的な……隠蔽……」

それを口にしている途中で、ふとアスパラガスの脳裏にボスポラスから届いたケバブハイスクールの現状報告がフラッシュバックする。

防護服、健康診断、漏れれば国民がパニックになるような内容。特にジョージ=A=ロメロ作品をこよなく愛する人種なら、これらを聞けばすかさず目を輝かせて「パンデミック」か「アウトブレイク」という単語を付け加えるに違いない。

「───まさか、バイオハザードざますか?」

「? ごめんなさい、何か言ったかしら?」

「………いや、ただの独り言ざます。何でも無い」

漏れた呟きが小声であったことに感謝しつつ、アスパラガスは頭を軽く横に振り脳内を埋め尽くした【T-ウィルス】や【ZQN】や【Walker】といった単語を追い出しにかかる。

深海から突如として現れた正体不明の化け物によって滅亡の縁に立たされている世界で、今更リアリティもクソもないとは思う。が、かといって「学園艦の中でゾンビパニック映画と同じ状況が発生している」というのは幾ら何でも飛躍が過ぎた。
第一、政府がこの荒唐無稽な“妄想”を公開したとして失笑と怒りを買うだけで、却ってパニックなど起こりようもない。誰も信じやしないだろう。

無論、そんな事が“本当に起きた・起きている”とすれば話は別になるが。

(こんなワケのわからない発想をしてしまうとは、私も焼きが回ったざますね……とりあえずなんとか新しい情報を手に入れないことにh《─────Allons enfants de la Patrie, Le jour de gloire est arrive?!》……っと、着信ざますか」

「きゃっ!?」

前触れ無く店内に響き渡るテノールボイスの【ラ・マルセイエーズ】に思考を中断され、胸ポケットに閉まっていたスマートフォンを取り出す。予期せぬ不意打ちに悲鳴を上げるダージリンの姿を横目で見て、急な呼び出しや度々のからかいに対する溜飲がようやく晴らされ微かに口元が綻んだ。

……が、画面に表示された着信相手の名前を見てたちまちその表情は訝しげなものに変わる。

「────私ざます」

《お忙しいところ申し訳ありません、アスパラガス隊長》

「もう私はBC自由学園戦車道には直接は関わっていない。その敬称は不要ざます、押田」

諜報活動の指揮の一端を担っていたはずの後輩からの入電。それも、上官にあたるムールを介さない直接の架電という事態に自然と眉が真ん中に寄る。
この手の形で来た“緊急の要件”は、創作の世界でも現実においてもたいてい碌な内容ではない。

「それで、要件は?貴女がそこまで慌てているとなると、バッドニュースであることは概ね予想できているざますが」

《……ご名答です》

ただし今回の場合、その中でも特に最悪のケースとして分類されるべきものだった。

《D.A.G.E(対学園外治安総局)に、先ほど他学園艦から───静岡県川奈港に緊急停泊している、楯無高校から情報提供の依頼がありました。なおこの依頼は、現時点で連絡がついている学園艦の情報機関全てに出されている模様です》

その校名を聞いた瞬間、アスパラガスの全身からさざ波のような音を立てて血の気が引いていく。

迂闊。あまりにも、迂闊。自らの間抜けさ加減に最早殺意すら湧いてくる。

そうだ、一度頭に思い浮かべておきながら、その時何故気付かなかったのか。“軍神”に感化され、戦車道に更なる“風”を吹き込むべく現れたあのサムライ・ガールが。“軍神”に憧れ、いつか彼女と戦うことに全てを賭け、ダージリンさえ凌ぎかねないあの西住みほフリークが。

“政治的な判断”に対する理解力も十分に持ち合わせ、正しい判断とは何かを知りながらなお自分の感情に合わせてその反対側へと飛び込むことを厭わない───そんな、最も厄介な人種であるあの女が。

この状況で、“おとなしくしている”等という選択肢を選ぶはずがなかったのだ。












《同校生徒の鶴姫しずか、松風鈴、遠藤はるか、以上三名が“テケ車”を持ち出した上で無断退艦し行方不明となっています。

目撃情報等はありませんが………あのサムライ女の性格から推察するに、大洗町に向かっている可能性が極めて高いかと》







《防空指揮艦【いずも】CDCより赤城、損害状況を報告しろ!中破以上の損傷を受けた艦娘は何人居る!?》

《っ、もう敵の第四波が来るぞ!各艦娘は夜間戦闘態勢急げ!》

《インド海軍の【ラーナ】、【ランジート】は轟沈、【マイソール】も右舷側への雷撃によって激しく傾斜しています!》

《CDCより第四艦隊旗艦利根へ、空母【ヴィラート】の護衛に回れ!第五艦隊、対潜警戒!》

《CDCよりカタパルト、爆装にてLancer-05からLancer-08は発艦!Lancer-01以下第一編隊は第二編隊の離陸完了後着艦し補給を受けろ!》

《【あきかぜ】より旗艦【いずも】、外周警戒中の第九艦隊伊-58より入電!南西280海里地点にて深海棲艦の新たな艦隊を捕捉!

空母ヲ級3、内1がflagship型の機動艦隊と確認、現在艦載機多数が発艦中!》

《夜間航空戦だとクソッタレめ!!【いずも】より【まや】以下全護衛艦に伝達!対空警戒、繰り返す、対空警戒!!》

《此方【きづがわ】、艦載の96式艦戦と飛燕を全機投入し迎撃に移る!【ベンフォールド】にも連携要請出せ、少しでも手前で食い止めろ!!》

《本土に、横須賀と市ヶ谷に連絡。“第1防空機動艦隊、インド洋にて印・米海軍と共に深海棲艦の波状攻撃を受けつつあり。戦力損耗中、至急の支援を求む”と。……出せる余裕があるとは思えんがダメ元だ。

サビ残確定か、公務員のツラいところだな!》

《ベララベラ島鎮守府より“海軍”極東司令部、深海棲艦の侵攻艦隊を海上で迎撃中も物量に圧されている!増援艦隊迄は求めない、せめて航空支援だけでも飛ばせないか!?》

《アッツ島鎮守府より北米司令部、西部海域から侵攻を開始した深海棲艦に対し機動迎撃を敢行し我々は侵攻を遅滞させている。だが長くは保たない、速やかな増援の派遣を。

……我々の存在は公表されたのだろう、日本からの増援は見込めないのか?20000人もの艦娘を保有してるんだろ?一個艦隊でいいんだ、どうしてあの娘達を助けてやることができないんだ!!?》

《南アフリカ派遣艦隊臨時司令部より全艦娘、全ユニットに伝達。ケープタウンは現在通信が完全に途絶した状態だが、状況的に深海棲艦は“泊地”の建設に移りつつある可能性が高いとホワイトハウスは見ている。

なんとしても食い止めるぞ、奴らにこれ以上の跳梁を許すな》

《リーザよりドレスデン、リーザよりドレスデン!深海棲艦による大規模攻勢が再開された、我々は攻撃を受けている!

地平線が真っ黒だ、一体何隻で来やがった!!》

《此方コーヘン、イッシ=ストーシュル。Prinz Eugen-32の水偵がハノーファー方面から南下する敵艦隊を確認した。……少なくとも九個艦隊超の戦力と思われる。

空爆による足止めを具申する、オーバー》

《エタンプ、ドゥルダン、シャルトルで新たに深海棲艦による攻勢を確認、現地軍が迎撃戦を開始しましたが火力面で劣勢です!またリジウーでの戦闘においてCommandant Teste-17が大破した模様!》

《例の国連“海軍”はまだ到着しないのか!?

【Richelieu】はまだ二隻しか配備できていないんだぞ、我々の現有戦力では食い止めきれん!》

《洋上の敵艦隊を視認、凡そ六個艦隊前後!報告通りリスボンに向かってやがる!》

《行かせるな、絶対にここで止めろ!

All unit, Weapon-Free!!》



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《Lancer-07より【いずも】、Lancer-07より【いずも】、南西の方角から高速飛翔体複数が出現、攻撃を受けた!05が、隊長機がロスト!!》

《【いずも】CDCよりLancer-07、落ち着け!此方のレーダーでも新たな機影は確認している、状況を報告せよ!》

《ふざけやがって、捕捉できない、速すぎる畜生!!黒鳥だ、【Bla────》

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このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年01月09日 (火) 20:37:46   ID: U55ZxpPM

元々マッ鎮の読者だったんだが、シェアワールドに伴ってこっちも一気読みしてた
やー面白かった!ただ、毎回毎回更新焦ってる感じするのは気になる これまでも十分良かったと思うけど、時間かけてもしより良くなるならもう少しゆっくりやってもいいんじゃない?(勿論、今のペースが性に合ってるならそれはそれで)
マッ鎮の作者さんともども頑張ってください~

2 :  SS好きの774さん   2018年01月10日 (水) 13:02:58   ID: TPAkGBzz

これ正月休みの間更新止まってただけで続き再開してるで。

3 :  SS好きの774さん   2018年07月08日 (日) 16:19:54   ID: 0JW08bve

「たまご」

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