渋谷凛「今年最後のメリークリスマス」 (13)


背後に気配を感じて、イヤホンを耳から外した。

ソファに体を預け、反り返るようにして後ろを見やる。

そこには、私の座るソファに肘をかけて身を乗り出しているプロデューサーがいて、期せずして私たちは至近距離で見つめ合う形となった。

「気、抜き過ぎじゃないの」

彼は呆れたように笑って、そう言う。

返事の代わりにソファの右側に詰めて座り直して、空いた場所を視線で示すと、彼はそこに腰掛けた。


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「疲れてる」

私を見て、彼は言う。

「そうでもないよ」

私が返す。

「次の現場までちょっとあるから事務所帰ってきたんでしょ?」

「うん」

「ちょっと寝るだけでも、結構違うもんだよ」

「って言っても、あと二十分もしたら出ないとだし」

「二十分を一時間に伸ばす裏ワザ、聞く?」

「なんとなく察しはつくけどね」

彼は片手をポケットに突っ込んで何かを取り出す。

それを手のひらで一跳ねさせてから、器用に人差し指にかけてくるくると回した。

車のキーだった。

「寝台特急プロデューサー号、なんてどう?」

得意顔でにやにやしているのが癪だけど、私はその提案に乗ることにした。




事務所を出て、駐車場まで並んで歩く。

びゅうっと風が吹くたびに、彼が首を亀みたいに引っ込めるので、それをからかってやる。

すると彼は怒ったふりをして、私の肩を軽く小突いて「はい。凛、鬼ね」と言って駆け出した。

ちょっとの後で思考が追い付いて、彼の言ったことの意味を理解する。

そういうことなら、受けて立とう。

数メートル先でぴょこぴょこと跳ねながら挑発している彼へ目掛けて一直線に走った。




全力で駆けて、少しずつ距離が縮んでいく。

あと少し、あと少し。

ぎりぎりまで迫って、手を伸ばす。

走る勢いに任せて、彼の背中をばしんと叩いて、速度を緩めず追い越して、駐車場へと向かった。




少し遅れて、彼も駐車場にやってくる。

寒い中待たされた、と私が文句を言うと「一分も待ってないだろ!」と食い気味に返された。




車に乗って、エンジンをかけるとカーナビが今日の日付と、今日がクリスマスであることを告げる。

「あー、そういえば」

「そういえば、って……」

「いや、忘れてたわけじゃないんだ」

「何その必死の弁解」

「演技派だからな」

「はいはい。それはそうと、さっき事務所でちょっと考えてたんだよね」

「何を?」

「今月入ってから何回メリークリスマスって言ったかな、って」

「あー」

「ラジオとかテレビ番組とか、そういうのの収録だったりさ、いろいろ言う機会が多いなぁ、と思ってさ」

「確かに、俺の十倍くらい言ってそうだなぁ」

「十で足りる?」

「百くらいにしとくか」

「そうしといたら?」

ばかばかしいやりとりだ。




「凛の家はまだサンタさん来る?」

「サンタさん……っていうとどうなんだろう。プレゼントはもらったし、私も渡したけど」

「親孝行だ」

「いい娘でしょ?」

「自分で言わなければもっとな。……っていうか、俺と話してたら意味ないだろ。寝なよ」

「ん。……シート倒していい?」

「後ろの席にクッションもあるよ」

「準備いいね」

「できる男だろ?」

「自分で言わなきゃ、もっとね」




気が付いたら私は眠りに落ちていて、プロデューサーの声で目を覚ましたときには次の現場に到着していた。

「ギリギリまで起こさない方がよかったかな」

申し訳なさそうにしながら、彼は水を手渡してくれた。

「ううん。大丈夫、かなりスッキリした」

「そりゃ良かった」

サイドミラーを使って、再チェック。

鞄の化粧ポーチからコンパクトを取り出して軽く身だしなみを整え「よし」と呟いた。

「戦闘準備完了?」

「ふふっ、そうだね。戦闘準備完了」

もらった水を一口含んで、シートを元の位置に戻す。

「今更だけど、プロデューサーは自分の仕事よかったの?」

「ああ、うん。大丈夫」

「……もう。感謝はしてるけどさ、プロデューサーも無茶しないでよ?」

「お見通し?」

「お見通し」




車から降りて、こんこんと助手席の窓ガラスをノックする。

窓が半分くらい下がったところで「行って来るね」と声を投げる。

「ああ、頑張って」

「それと、クリスマスの話に戻るんだけど」

「ん? ああ、何?」

「今年もプレゼント、ささやかだけど用意してあるから。私が事務所に戻るまでに仕事終わらせといてよ」

「気合入った」

「ふふっ、単純だなぁ」

「じゃあ、またあとで」

「うん。あとでね。ほら、寒そうだし、もう窓閉めていいよ」

私がそう言うと、ゆっくりゆっくり窓が上がっていく。

その窓に、はーっと息を吹きかけて曇らせる。

そこへ指先で、さかさまの桃の絵を描いて、手を振った。




もう何時間か後に、今年最後に言うだろう「メリークリスマス」を想像すると、少し頬が緩む。



おわり

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