【モバマス】バイト先にアイドルが来た話 (18)

【前書き】
モブ男視点
一人称地の文アリ
総選挙ボイス組(特に関ちゃん)SSです

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今日は客が多い。

日本の中心から外れた地方の、ちょっと田舎の街。

そんな田舎にありがちな大きなショッピングモールのフードコートに立ち並ぶ飲食店の一つで、俺は休日アルバイトとして立っていた。

普段は大学に通いながら、こうして暇な日はバイトで趣味に(といってもそこまで熱中している物もないが)使う金を稼いでいる。

重ねて言うが、この街は田舎だ。

休日に遊ぶ施設も少なく、暇を持て余した人々は自動的にここに集まる。
だから、休日が忙しいのはいつものことだった。

しかし、しかしだ。


「…いくら何でも多過ぎません?」


客対応をしながら、小声で愚痴を漏らす。
そう、この日は明らかに客が多すぎた。

「今日はイベント事やってるんだってよ」

客対応をしていた俺の後ろで作業する手を止めないまま、バイト先の先輩はそう答えた。

注文を捌きながら、隙を見て客に気付かれないように先輩との会話を続ける。

「イベントって?」

「アイドルだよ、アイドル。今日これからステージがあるらしい」

「あー…なるほど…」

合点が行った。なるほど確かに、このモールは、特にこのフードコートは広い。真ん中でミニステージを開くことも容易だろう。

「それで今日は中高生が多かったんですね…それで、何てアイドルなんです?」

「そこまでは知らないな、店長から一応聞いたけど聞き覚えない名前だった」

アイドル最隆盛時代と言われるこのご時世、毎日のように新しいアイドルが生まれて、そして消えていく。

「まぁわざわざこんな田舎まで来るってことは、またぽっと出のアイドルなんですかねぇ」

「それがちょっとは面白そうな話でな、何でもあの346プロのアイドルらしい」

「…へぇ…」

俺は別にアイドルに大した興味を持ったことはないが、346プロの名前を知らない若者は本当に少ないと思う。

346プロダクション。
このアイドルが飽和している時代の中で最大手と言っていい芸能プロダクション。

このプロダクションからデビュー出来たアイドルは早々消えることはない、というか消えたという話を聞いたことがない。

つまるところ、虎の子という訳だ。

「すみません、注文いいですか?」

「…っあ、入っ!失礼しましたっ!」

しかしアイドルより、まずは目の前の客だ。
一瞬緩みそうになった気を再び引き締め、客対応を続けた。

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「………急に暇になりましたね」

「そろそろ始まるからな」

息も絶え絶えに対応に追われ、いつまでこの地獄は続くのかと忙殺されていたはずが、気付けば一瞬で客は捌けていた。

どうやらいつの間にか、開演間近のアナウンスが鳴り響いていたらしい。

「まぁ、ラッキーなことにミニステージはこの店舗の真正面だ。…横からの視点になるが、近さで言えば中々の席だな」

確かに、設置されているミニステージはこの店舗に垂直に横を向いている形になるが、距離自体はかなり近い。

角度的にもギリギリステージの上も見えそうだった。

ステージ上では司会らしき蛍光緑のスーツを着た女性が前座らしきトークを繰り広げていた。
それを尻目に先輩と会話を続ける。

「しかし、アイドル…ふーむ…」

「アイドルは嫌いか?」

「嫌いじゃないですけど、特に好きなアイドルがいるわけでもないですね」

「ほーん、じゃあラッキーだな」

「はい?」

「ファンになれるかもしれないだろ?」

それは、今日これから見るであろうアイドルの、という意味だろうか。

なれるかも、という言い方は含みがあって、しかしよく意味は分からなかった。

「それってどういう…



『それでは今日のメインイベントを始めさせて頂きます!アイドルの皆さん、入場~!』

一際大きな声でステージ上の女性はそう声を上げ、裾に退場していった。(店舗のこちら側だったため、退場した女性が一息つく様子も見えた。)

テレビで見るようなドームとは比べ物にならない程度にそこそこ広いこのモールの一角に、それなりの歓声を受けながらその5人は入場して来た。

ゆるくパーマのかかった茶色の髪を無造作風にセットしたダウナーな雰囲気の女性。

肩より少し長い程度の黒髪の女子高生程度の女子。

一転、一際明るい笑顔で手を振りながら出てきたパッツンのスポーティな女の子。

その後ろに慎重に見合わない威圧感を放ちながら威風堂々と現れた小さな女の子。

そして最後に。
栗色の癖っ毛を一部編み込んだ、おでこを大きく出した中学生くらいの子。


最初の感想は一言ずつ。

「なんか…バランス凄いですね」

「あの赤い子可愛くない?」

先輩は、カウンターに頬杖なんか付いて早速鑑賞モードだった。

「赤い子って…あの赤髪の一番小さい子ですか」

「そうそう、何か貫禄あって演歌歌手みたい」

それは褒めてるのか、とは思うが、同時に少しだけなるほど、と得心した。

(しかしあのウェーブの子…)

5人を改めて見てみると、やはりそれぞれキャラは強そうだったがその中でも編み込みのウェーブの女の子に目を奪われた。

とはいえ、この段階で魅了されていたとかそういうわけでもなく。

(なんか…怒ってる?すっごい客席睨んでない?大丈夫?)

(…いや、多分緊張してる…んだよな?)

壇上ではそれぞれの自己紹介が先ほどの緑の女性のアナウンスで軽く行われており、ウェーブの子は関裕美というらしかった。

(いや、そりゃ顔は整ってるけど…なんか怖いなぁ)

そんな印象を受けながら見ているうちに、その関裕美にマイクが渡った。

「ぇっと…こんにちは、関裕美、です」

特別どんなもの、と想像していたわけでもないが、予想外に可愛らしい声がフードコートに響いた。

「今日は来てくれて…。たまたま立ち寄っただけかもしれないけど…ありがとう。きっと、皆に見たことを後悔させないようなステージにするから…だから、聞いてください、私たちの曲」

アイドルを軽く見るわけでも、ましてや馬鹿にしているわけでもないが、この時点で、俺はアイドルを侮っていたのかもしれない。


アイドルの歌を。
アイドルの、ステージを。



「……『恋が咲く季節』!」

短いので明日には終わります

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「………凄かった、ですね」

「お前途中から完全に夢中だったな」

「いや、なんて言うか、その…凄かったです」

「もうちょっと言葉を絞れよ…。いやまぁ、気持ちは分かるけどな」

ステージは無事成功を収め、アイドル達は舞台裏に消えて、フードコートはいつものにわかにいつもの煩雑さを取り戻しつつあった。

アイドルのに特別興味があったわけじゃない、それなのにこの胸はこんなにも高鳴っていた。

「こう、なんて言うか…曲、もそうなんですけど一人一人の歌声が…っていうか」

「具体的には?」

先輩は何だか微笑ましいものを見るように生易しくこちらを見ていたが、今の俺はそんなことは全く気にならなかった。

「あの気だるそうな人は歌う時は凄い何か急に『あぁ、やっぱりこの人もアイドルなんだな』って思わされる感じがしたりとか…」

「うんうん」

「黒髪の落ち着いた人は全体のペースを乱さずにあの場に一番馴染んでたっていうか…何か『自然』って感じで…」

「あー分かる」

「そしてパッツンの子はなんかもうそのまま『アイドル』って感じでしたよね…こう…すごく元気になれる…バイトがんばろ…って…」

「ノッてきたな、いいぞ」

「赤髪の子は歌声がもう半端なくて…あの伸びやかな声聴きました?何か一瞬ブワッと鳥肌立ったっていうか…」

「分かるー!あの子いいよなぁ!」

「…先輩はあの子が一番気に入ったんですね」

ステージが終わったことで客も散り、食事時から外れていることもあって先程までとは打って変わってガラガラになったフードコートを背に、この感情を上手く言葉に出来ないながらに吐き出していく。

きっと俺は、あのステージに感動したんだろう。


「お前はどの子が一番好き?」

「好き…って感じなんですかね、よく分かんなくて…」

「ライブ直後特有の高まりなー、分かる分かる…」

そう言いながら一人で納得するようにうんうんと頷く先輩、ここまできてようやく、この人について一つ思い出した。

「…そういえば先輩、重度のアイドルオタクでしたね」

「特定の誰かのファン、って訳じゃないけどな、アイドルのライブが好きなんだよ」

「…ライブ…」

自分の掌にじんわりとかいた汗を見て、まだ冷めやらぬ興奮の余韻の中にいると、なるほどハマるのも頷ける。

「…俺は…あのウェーブの子が一番目を奪われました」

「へぇ」

「あっ」

先輩が突然、素っ頓狂な声を上げた。

「…どうかしました?」

「……いや、何でもない。続けて」

何故か含み笑いをしながら、先輩はそう促した。

「……最初は、怒ってるのかな、緊張してるのかな、って思ってたんですよ。随分険しい表情してましたし」

「でも、トーク聞いてたら何だか印象違って、優しくて、ちょっと気弱そうだけど真摯に客に向き合ってましたし」

「それから歌が、飛び抜けてうまかった訳じゃないですけど…凄く語りかけてくるものがあって…」

「特に最初の曲の『どうしてこんなに好きになったの』って1節が物凄く胸にグッときて…アイドルって、すごいんですね」

語り始めると止まらなかった、先輩は笑ってはいたが、こちらの話をしっかりと聞いてくれていた。

「それから…」

「あー、一旦ストップ」

まだ口を開く俺を、先輩は軽く諌めた。

「…どうかしました?」

「いや、言ってなかったけど…さっきからお前の後ろ、客来てる」

先輩に言われ、今の状況を自覚する。

客対応のカウンターに寄りかかり、コート側に背を向けて話を熱中していた俺は、カウンター前に来ていた客に気付けていなかったらしい。

気付いてたならもっと早く教えて下さいよ、と心の中で吐き捨て、慌てて振り返る。

「大変失礼したしました!いらっしゃいま……っ!?」

客に向き直り、接客を始めようとしたが、思わず言葉を詰まらせてしまった。

「…えーっ、と…」

カウンターの向かいには、さっきまでステージの上にいたウェーブの髪を持つ女の子が複雑な表情で立っていた。

「あーっ…その…」

「……………」

今の気持ちの悪い熱弁はきっと聞かれていたんだろう、お互いになんと言えばいいのか分からず、気まずい雰囲気が漂っていた。

「おい、注文」

先輩に小声で諭され、それでまた慌てながらも接客に意識を戻す」

「し、失礼しました。ご注文はお決まりでしょうか?」

「あ、はい、えっと…これ、お願いします」

少女が指差しで示したメニューを見て、マズい、と思った。

「っあー…こちら、揚げ物になりまして…これからご準備しますので少々お時間頂きますがよろしいでしょうか…?」

そう、この店はメニューが多いため、揚げ物は注文をとってから(持ち場的に先輩が)揚げる。

そのため、これで注文を通されると数分間この少女と向き合ってぼったちをキメることになる。

この気まずい空気のまま数分間は流石に辛い、頼むから変えてくれ、と心の中で強く祈った。

「…うん、大丈夫、お願いします」

目の前の少女は、それを良しとした。

気のいい返事を返し、熱した油を弄りだす先輩。

それと対照的に、俺は目の前の少女とばっちり目を合わせたまま動けなくなっていた。

「……………」

「……………」

予想通りの、気まずい沈黙。

「えっ、と…気付けなくてすみませんでした、この時間はお客さんが少ないもんで…」

何とか話題をみつけようとして、取り敢えず言い訳だけしておいた。

「…ううん、大丈夫…確かに、もうお客さん達帰っちゃったみたいだもんね」

「えぇ、ステージが終わったあとくらいからすぐに」

「…そっか…見てくれてたんだ」

少女は独り言のように呟いた。

実際、この言葉を向けられたのは自分じゃなくて、あの場にいた客に対してだから独り言でも間違いではないのだほうけども。

「大丈夫…なんですか?こんなところにいて」

「あ、うん…もう私服に着替えたし、人も少なくなってたから…折角だから、ここでご飯食べていこうってなって…」

「なるほど、お疲れ様です」

「そっちも、あれだけ人が多かったら大変でしょ」

「…まぁ、そうですね」

「じゃあ…そっちもお疲れ様、だね」

「……あはは」

「…ふふ」

さっきまで壇上にいたアイドルと話しているという事実にはやはり違和感はあったが、こうしてお互い労い合うことは自然に出来た。

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