【モバマスSS・喜多見柚】《エンジョイ!》 (32)

3本目!!!

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1 
 
学校帰り。喜多見柚は駅前の雑貨屋にいた。 
 
ピンバッジを物色し、ぬいぐるみを漁り、「ふむ」とうなって店を出た。目ぼしいものはあったが手持無沙汰で諦めた。来週のお小遣い日を待たなければいけない。 
 
外に出ると店先に人混みが出来ていた。 
 
人混みの中心部には広く空いたスペースがあり、そこには大掛かりな機材が設置してある。そしてカメラマン、整った容姿の人が立っていた。 
 
何かを撮影しているんだな。 
 
柚はすぐに察した。 
 
面白そうだと興味を持って近づいた。 
 
人混みの裏でひょこひょこ跳ね、場所を変え、なんとかいいポジションで見られないかと努力した。 

せっかく面白そうなことやってるのに。 
 
撮影現場がよく見えないことが柚は不満だった。 
 
絶対に見てやると意気込んだ。 
 
トラブルがあったのか撮影自体はまだ始まってない。 
 
スタッフらしき人たちが話し合っている。 
 
柚はちょろちょろと周りの様子をうかがった。 
 
そこで声をかけられた。 
 
「初めまして。キミ、ちょっといいかな?」 

声をかけてきたのはスーツの男だった。 
 
柚は一瞬怯んだ。 
 
アヤシそうな人だと訝った。 
 
「な、何か用でしょーか?」 
 
眉をひそめて柚は聞いた。 
 
男はそういった反応を気にも留めなかった。男は警戒されることに慣れていた。 
 
「俺。いまそこやってるドラマの撮影の関係者なんだけどね。エキストラの役で出演してみない?  人手が足りないんだ」 
 
「通行人の役ってこと?」 
 
「うん」

柚の表情がパッと明るくなった。 
 
近くで観れる。 
 
楽しそうだ。 
 
「やるっ」 
 
誘いに乗った理由はシンプルだった。 
 
「ありがとう。じゃあ、すぐに来てくれないかな」 
 
「え、アタシ。このままの格好でいいの?  制服だけど」 
 
「そっか。制服はちょっとまずいな…少しだけど衣装がいくつかあるから着てもらおうか」 
 
「うん」

柚はパーカーを選んで着た。 
 
撮影はすぐに始まった。 
 
数人の俳優が街中で喧嘩をする場面で、柚はそれを驚いた表情で眺めるだけの役だった。 
 
すぐに撮影は終わった。 
 
柚はパーカーを脱ぎ、先ほどの男に返した。 
 
「ありがとう。近くで見れたし結構楽しかったよ」 
 
「楽しかったんだ?」 
 
「うん」

柚は満足していた。 
 
通行人A役になったことは友達に自慢できると思った。 
 
映画が公開したらバドミントン部のみんなと行き、柚の姿を見てもらおう。 
 
その日までは黙っていよう。 
 
柚は悪戯っぽく微笑んだ。 
 
そんなことを考えていたから、男が続けた言葉に不意を突かれた。

「キミさ。アイドルは興味ある?」 
 
「何の話?」 
 
「俺。346プロダクションって事務所でプロデューサーやってるんだ」 
 
男は名刺を差し出してきた。 
 
346プロダクション 
アイドル部門 
プロデューサー 
 
柚は名刺をマジマジと見つめた。顔を上げて男を見た。 
 
「映画関係の人って言ってたよね?」 
 
「映画関係者といえば映画関係者だよ。映画に出演するアイドルを貸し出してるからね」 
 
「…アイドル?」 
 
「アイドル」

2 
 
1週間後、柚は契約書にサインをした。男は柚の担当になった。 
 
「プロデューサーサン。改めてよろしくね」 
 
「こちらこそよろしく」 
 
2人は握手をした。しばらく話をした。 
 
「デビューするまでの間、しばらくはレッスン漬けの日々を過ごしてもらうよ。やることは結構あるからな」 
 
「うん」 
 
「うちのトレーナーさんたちはかなり厳しいぞ」 
 
プロデューサーはニヤリと笑った。

「厳しいのはともかく、辛いのは好きじゃないんだけどナー」 
 
「その2つって同じじゃないの?」 
 
「全然違うよ」 
 
プロデューサーは首をひねった。 
 
「ま、辛くても頑張れよ」 
 
「ううん。それはやらないよ」 
 
「ん?」

「柚は辛いことを我慢し続けることが苦手だからね。辛い時に頑張っても続かないもん」 
 
「…」 
 
「あ、勘違いしないで。すぐにレッスンを投げ出したりするって意味じゃないよ」 
 
「どういうこと?」 
 
「あのね。柚は辛かったら頑張れないってわかってるんだ」 
 
「さっきも言ってたな」 
 
「うん。だから厳しいレッスンだとしても、ひとつでも楽しいと思えることを見つけるんだよ。 そうすれば『厳しいから辛い』じゃなくて『厳しいけど楽しい』になるからねー」 
 
「…なるほど」 
 
「そして、 楽しめるようになるためにも上達する!  上手になると楽しいもん!」 
 
「例えば、かけっこだってそうでしょ。足が速いと楽しいもんねっ」

プロデューサーは柚の話を聞いて頬を緩めた。可笑しそうに笑った。 
 
「アタシ変なこと言ったカナ?」 
 
「逆、逆。すごい子だなって思わず笑っちゃっただけ」 
 
「柚は自他共に認めるフツーの子だよ」 
 
柚は胸を張った。

3 
 
プロデューサーの言った通り、レッスンは厳しかった。 
 
「喜多見、休むな! 足が動かなくなったところからが粘りどころだ! あと4セット行くぞ!」 
 
「ひぃーん!」 
 
それでも柚は毎日続けた。 
 
前と変わらずバドミントン部の活動にも参加し、帰りには必ずレッスンを受けた。 
 
家に帰ると身体はくたくたで、ご飯を食べるとすぐに眠った。 

「柚ちゃん。最近スカウトされたんでしょ。そっちのレッスンもあるのに、部活に出てていいの?」 
 
「うん。楽しいもん」 
 
柚の答えはいつでもシンプルだった。 
 
辛かったら続けていない。 
 
楽しいからこそ続くのだ。 
 
「喜多見! そこのステップが違う!」 
 
「たまには褒められたい!」

2カ月も経つと柚は新しい生活に慣れてきた。 
 
そして初仕事の話が入ってきた。 
 
「最初の仕事は企業のキャンペーンガールをしてもらうことになったよ。一日限定だけどね」 
 
「柚に目を付けるとはお目が高いね」 
 
「だよなぁ」 
 
「いや、冗談だから。もっと派手で華やかな子もいるのに、どうして柚を選んでくれたんだろうね?」 
 
柚は首を傾げた。 
 
今回、共に仕事をする会社は346プロダクションが昔から懇意にしているところだった。 
 
だから346プロダクションに仕事を任せてくれた。それはわかる。 
 
だが、柚を指名した理由がわからなかった。

事務所には柚以外にもアイドルがたくさん所属している。ぽっと出の新人よりも信頼できそうな子を選ぶほうが無難なはずだ。 
 
「プロデューサーサン。もしかしてアタシのことを推薦とかしてくれたの?」 
 
「してないよ」 
 
「じゃあ、ますます謎だナー」 
 
「この前、向こうの社長がレッスンの見学に来てたのは知ってる?」 
 
「そうなの?」 
 
「うん。そこで柚を見かけたんだってさ。『ダンスは下手くそだけどすごく楽しそうにレッスンを受けてる子がいた。あの子はいいね。今度のイベントで仕事してもらえないかな?』ってさ」 
 
「…」

「結構、周りの人って見てくれてるもんだよな。柚のすごいところを見つけてもらって俺も嬉しいんだ」 
 
「んー」 
 
「なんだよ。何か不満だったか?」 
 
「下手くそって言われたっ」 
 
「え、そこ?」 
 
「これでも毎日ちょっとずつ上達してるんだからねっ!」 
 
プロデューサーは「知ってるよ」と笑った。 
 
「今度は柚の華麗なるパーフェクトダンスを見せつけて驚かせるから」 
 
「その意気だ。ただ、その前に初仕事に集中な」 
 
「うん。楽しんじゃうね」

初仕事は滞りなく終わった。 
 
イベント会場で柚は商品の紹介をしていた。 
 
「どうだった?」 
 
柚はプロデューサーに聞かれた。 
 
答えはいつもと同じだった。 
 
笑顔と共に柚は言った。 
 
「楽しかったよっ」 

4 
 
デビューしてから柚は少しづつ、一歩ずつ、下がることなく、成長していった。 
 
同時に徐々に人気を集めていった。 
 
爆発的にではない。 
 
着実にだ。 
 
「柚はフツーの子だからね。ちょっとずつ伸びていくんだよ」 
 
柚は繰り返すように言った。

人一倍踊れるわけではない。 
 
人一倍歌えるわけではない。 
 
人一倍演技ができるわけではない。 
 
だから柚は自分のことを普通の子だと思っている。 
 
だが、コンプレックスにしているわけではなかった。 
 
「どんなことにでもね、楽しいことっていうのは隠れてるんだよ」 
 
柚は悪戯っぽく笑った。 
 
「だからさ、プロデューサーサン。どんどんお仕事ちょーだい! 探して遊んで楽しむっ! それが柚ウェイだからっ」 

5 
 
12月2日。 
 
柚が事務所に帰ってくるとクラッカーが鳴らされた。 
 
プロデューサーとフリルドスクエアのメンバー。 
 
みんなが柚を待っていた。 
 
「お誕生日おめでとうございます。柚ちゃん」 
 
「おめでとう! サプライズバースデー大作戦成功だね!」 
 
「誕生日おめでとう。柚ちゃん」 
 
「おめでとう。柚」 
 
「えへへ。ありがとっ」

全員の仕事が終わった後、事務所で誕生日パーティーが行われた。 
 
5人だけで集まるささやかなものだったが、柚は満足だった。 
 
「それでは、パーティーを始める前に主役の柚ちゃんからひと言お願いします!」 
 
「はーい!」 
 
柚は「ごほん」とわざとらしい咳をした。 
 
「ゴライヒンの皆さまっ。本日は柚のためにお集まりいただきありがとうございます。いつものみんなとこうして集まれて、お祝いをしてもらえることがすごくうれしいです」 
 
柚が仰々しい話し方をするとあずきがクスクスと笑った。 
 
忍は呆れたような表情を浮かべ、穂乃香は微笑んでいる。 
 
柚はちらりと舌を見せた。

「―――昔から変わらず柚はコンナ子ですが、あずきチャン、忍チャン、穂乃香チャン、それからプロデューサーサン。これからもずっと一緒に遊んでください。よろしくお願いしますっ」 
 
柚が満面の笑みを浮かべると全員から拍手が送られた。

「さ、挨拶も終わったし。ケーキ、ケーキっ」 
 
「こら柚ちゃん。まだ早いよ」 
 
「ちょっとだけだから~」 
 
「あ、ぴにゃこら太の砂糖菓子は私が…」 
 
「大丈夫だよ、穂乃香ちゃん。誰も取らないから」 
 
「プロデューサーサン。取り分けてー」 
 
「はいはい。どうぞ」 
 
「ありがとっ」 
 
「どういたしまして」 
 
「あのさ」。プロデューサーサン」
 
「うん?」 
 
「また来年も一緒に誕生日のお祝いしようねっ」 
 
「もちろん」 
 
「えへへっ」 
 
終わり 

以上です。 
お読みいただきありがとうございました。 
スレ立て代行していただいた方ありがとうございました。
この作品が連続投稿した柚SSの締めです。 
 
この作品だけを読んで「え、これの前の話があったの?」と思った方、ご安心ください。作品はれぞれ独立しているので読んでいても読んでいなくとも全く問題ありません。 
ただ、読んでさらに柚の魅力を知ってもらえたらうれしいです。 
 
「悪戯っ子」のイメージが強い柚ですが、その悪戯をする目的は「相手を巻き込んでみんなで楽しむこと」ではないかと思っています。楽しいこと探しは柚の軸ですね。 
唐突に「酢昆布!」と叫ぶことも、「ぐさぁー!」とぴにゃを刺すことも、あずきの大作戦に悪ノリしちゃうところも、らしさが出ていてとても好きです。 
 
今年9月。待望のボイスが付き、これからイベントなどで推されることも多くなると思います。柚Pでない方も目にする機会が増えるはずなので、ぜひ柚の可愛さを堪能してください。 
 
最後にもう一度。 
誕生日おめでとう!! 柚ぅぅぅぅぅっ!!!

お疲れ様でした!
連続で立てられないので、今度はスマホで試しましょうかと提案する前に立てられてましたね
柚誕生日おめでとう!

>>26
ありがとうございます
SSを一気に書くのはなかなか体力のいるものでしたが、また来年やフリスクのメンバーの誕生日などに連続投稿することを考えていますので、代行はその折にまた…笑

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