荒木比奈「昨日今日あした未来」 (25)

本気(Magic)か!?本気で!?本気だ!!!!初投稿です

荒木比奈「なぜ私がプロデューサーを避けるのか」
荒木比奈「なぜ私がプロデューサーを避けるのか」 - SSまとめ速報
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続きですが読まなくても大丈夫です

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ひなすき

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何か予感めいたことが自分の中にあった。きっと今日は、死ぬまで忘れられない日になると言うこと。

空からは、フワフワとした綿雪がひらひらと舞っている。風は冷たく体を撫でる。けれど、寒くなかった。

12月10日、聖夜まで、まだ2週間早い。

【12月7日】

土曜日の夜。私は都内のあるラジオブースにいた。目の前にはマイクと、同じユニットでお世話になり続けている川島瑞樹さん。彼女の生放送のラジオ番組にゲストとして呼ばれたのだった。

私は喋りながら睡魔と格闘していた。原稿を上げたのは今朝のことで、何日も徹夜続きの、寝不足なままの状態でここに来た。正直に言うと、今すぐにでも眠りたい。

でも、私はアイドルで、曲がりなりにもプロなのだから、そういうことは許されない。仕事はやり遂げなければならない。

そういう使命感と、生放送という緊張感から、いつもよりも口はよく動く。リスナーからのメールに、自分があらかじめ用意してきていた話のタネを混ぜて話をする。

『魚言葉?わからないわ…』

『あー…アタシ、ネタ探しとかで結構いろんなサイト回るんス。花言葉とか、石言葉とかそれだけで話が作れまスし』

『花言葉も石言葉も分かるのよ。有名じゃない。でも…ウオコトバ?魚?』

『魚っスね。あるサイトに366日全てに誕生魚とそれにちなんだ魚言葉がのってて…』

生放送だから、うかつなことは言えない。失言をしないように鈍った頭を回し、でもアドリブを混ぜて瑞樹さんとの会話を進めていく。右手のそばに置かれたペットボトルの中身は、もう半分以下に減っている。眠気を少しでも和らげようと飲んだことと、緊張をほぐすために、少し飲み過ぎてしまっているみたいだ。

『…っと、そろそろ時間ね。次回の予告とメールテーマの募集に移りましょうか』

『はいっス。えーっと次回は…高垣楓さん、片桐早苗さんをゲストにお迎えしての【瑞樹・楓・早苗の飲み生第五回目】…』

次回の予告もつつがなく終え、生放送は終了した。

終わった途端に、身体の力が抜けてだらりと脱力してしまう。まぶたが今までに無いほど重い。

「お疲れ様、比奈ちゃん!今日すっごく面白かったわよ!」

「ああ…ありがとうございまス…」

目の前の瑞樹さんは、ご飯でも食べ終えた後のようにいつも通りに席を立って、私にお疲れ様と言ってきた。私は身体から緊張と眠気を吐き出しつつ、それに答えた。


◆◇◆

生放送が終わった、二人のアイドルがいる楽屋に俺は向かう。途中に買った心ばかりの差し入れは、少しぬるくなっていた。

「眠い中お疲れ様!はいこれ…」

扉を開け、楽屋に入る

「あぁあ゛~…ありがとうございまス…」

そこには、楽屋の机に突っ伏した比奈の姿。昨日徹夜で原稿を仕上げたと言うことは聞いていたが、予想以上に限界を迎えているらしい。俺はそんな彼女の頭のそばに、差し入れの缶ジュースを置いた。

比奈はまぶたをほとんど閉じたまま少しだけ顔を上げ、それを手にとってまた机に顔を伏せた。よくこれでさっきのラジオ生放送が出来たな、と一人感心した。

「川島さんも、お疲れ様でした。今回も面白い放送でしたよ」

「あら、ありがと!そう言ってもらえるのが一番嬉しいわ!」

俺はそう言いながら、川島さんには、彼女の担当プロデューサーから事前に教えてもらっていた銘柄の缶コーヒーを渡した。ホットで買ったコーヒーは、やはりぬるくなってしまっている。

「今回は比奈ちゃんもいい話してくれて…魚言葉って知ってる?」

「いや、自分も知らないです…」

自分としては、次回の放送内容の方が気になったけれど。あの企画は4回目で放送大事故起こして以降やらなくなったと聞いていたけど…聞かない方が良いかもしれないのかな。何か怖いし。

「じゃあ、俺は車の準備をしておくんで。比奈が寝る前にお願いします」

そう言って俺が楽屋を後にし、駐車場へと向かっていった。うつ伏せになりながら比奈は俺に手を振っていた。

「おぅ…寒っ…!」

一歩外へ出ると、冷たい空気が体を覆う。昼間は晴れていて気温もほどほどだったけど、夜になると流石に厳しい寒さになる。むしろ、放射冷却やらで昼間晴れている方が夜中は寒くなるんだっけ?詳しくは知らないけれど。

いつもよりも歩幅を広げ、足早に駐車場へと向かった。

車に乗り、エンジンをかける。カーラジオはさっきの生番組のつなぎのCMを流していた。それに耳を傾けながらエアコンの温度を上げていると、懐の携帯に着信が入った。

「はい、もしもし…ああ、いつもお世話になっています!」

それは、今度比奈が収録に参加する、とあるバラエティ番組のディレクターからのものだった。収録は三日後の予定だが、何か変更でもあったのだろうか。

挨拶もほどほどに、相手方はとても申し訳なさそうな口調で俺に事情を説明し始めた。

「え、収録が…ですか?」

『うん、後日ということにできないかな?色々と都合が悪くなって…年明け以降に延びそうなんだ』

「かなり急な……それに、結構先の話になってしまいますね」

『いや、本っっ当に申し訳ない!こちらの不手際に付き合わせるような形になってしまって…また詳細が決まったら電話するよ。今回の企画に荒木さんは欠かせないからね!』

「ありがとうございます。これからもウチの荒木をよろしくお願いします」

『ああ、是非とも!』

そうして通話は終了した。件の番組の、比奈が出演するときに予定されていた企画は、絵が上手な芸能人達を集めるもののようで、前々から比奈は楽しみにしていた。

「どうしようか…」

出演そのものが無くなる訳では無いが、それでもお預けを食らうようで良い気分では無いだろう。運が悪いと納得してもらうしか無いのだけど…。

とりあえず、予定の修正をする所からだ。三日後、つまり12月10日の収録が無くなって、比奈はその日オフ…あれ?
「この日…俺もオフになるな…」

その日、俺は比奈の送迎や収録の付き添いぐらいしかすることが無かった。しかし、番組が無くなった事でそれも消え、俺も一日オフになった。

これは珍しいな。比奈が休みでも俺は仕事、と言う日が多いし、よしんば両方オフでもそのときは比奈の原稿を手伝ったりしてるし。原稿も上がったばかりできっともう無いだろうし、二人とも完全オフって…もしかして初めてかもしれない。

「……」

もし本当に二人とも完全にオフなら、もしかするともしかするかもしれない。ずっと望んでいたことを、ようやく達成できるかもしれない。

俺は、そんなあることを思いついた。

◆◇◆

「もう、待たせるわけにも行かないでしょ?」

睡眠一歩手前。まどろみと現実とがごちゃ混ぜになった中で、瑞樹さんに声をかけられて何とか目を覚ます。

「ほら比奈ちゃん、早く行かないと彼に迷惑かけちゃうわよ」

「はい……ありがとうございまス」

背中を反らして伸びをする。まぶたはまだ重くて薄くしか開かない。でもPさんを待たす訳にはいけないと、両手で頬を挟んで揉んで刺激を与えた。

「あ゛~~…もう大丈夫っス、はい、行きます」

「…」

「…何スか?」

瑞樹さんは、私の方を向いてニマニマとしている。どうかしたのだろうか、まさかヨダレが、と思って口元を確認するけれど、何もなかった。だとしたら一体何がどうしたのだろう。

「わかりやすいわね」

「何がっスか?」

「まあまあいいじゃない。さあ、早く待ってる彼の所に行きましょ!」

「?」

瑞樹さんが何を言いたいのか、私には良く分からなかった。少しそれについて考えながら、手の温度でぬるくなってしまった缶ジュースを持って楽屋を後にした。

冷たくないメロンジュースは、いつもより甘くに感じた。

私は助手席に乗ってすぐに寝てしまった。後ろ座席に乗っている瑞樹さんとプロデューサーさんは何か話しているようだったけど、私の耳には入らなかった。

「じゃあここで。川島さんお疲れ様でした」

「お疲れ様!じゃあまたよろしくね」

車が止まり、瑞樹さんがドアを開ける音に気がついた。私はそれに合わせて目を覚ます。眠っていた体の上には、Pさんのコートが掛けられていた。

それがずり落ちないように持ってから体を上げ、窓の外を見る。

「あれ…駅じゃないんスか?」

「ああ、川島さんが事務所で下ろして欲しいって」

外の景色は、予想外にも見慣れた景色だった。瑞樹さんは後ろ姿だけを私に見せながら、事務所に向かっている。「用事があるらしい」とPさんは付け加えた。

「じゃあせっかくだし、このまま家まで送るよ」

「あ、ありがとうございまス」

もう一度だけ事務所の方を観ると、瑞樹さんが振り向いて手を振っていた。私も小さく手を振った。瑞樹さんの顔は、さっきみたいにまたニマニマとしていた。

瑞樹さんに疑問を抱いていたけれども、そんなことより明日も早い。少しでも睡眠をとろうと、運転を隣の彼に任せて、もう一眠りをしようとまぶたを閉じる。しかし、一度目を覚ましてしまったせいか、寝ようと思っても中々寝付けなかった。

眠れなくても良いからと、せめて目だけでもと閉じると、カーラジオとエンジンの音、すれ違う対向車の音がはっきりと耳に入った。

「比奈、起きてる?」

「ああ、ハイ、一応…」

「…うん、ちょっと話があって…」

彼の口調は、少しだけ重かった。

「…三日後の、バラエティ番組の収録が延期になった」

「…」

三日後。ええと、頭の中の予定表を確認する。三日後、三日後…。

「あの…イラストのっスか…?」

「うん…向こう側で色々あったらしくて、延期って形に」

「延期…じゃ、いつに…」

「年が明けてから、らしい。だから10日は完全オフになっちゃって」

彼は重い口調のまま話を続ける。私はその話を、今朝原稿と一緒に仕上げた、番組用描いたイラストのことを思い浮かべながら聞いていた。

結構自信のあるイラストだったから、早く人に見てもらいたかったけれど…こういうことなら、致し方ないと納得するしか無い。

そう自分に言い聞かせて、何とか納得させた。いつの間にか胸にたまっていた空気を、ゆっくりと吐き出しながら、何とか彼に言葉をかけようとする。

「それで」

しかしそれよりも先に、彼にまた会話の先手をとられた。その声は先ほどよりも重く、横から見える彼の顔は強ばっている。

「…こんなこと言うのアレだけど…その日…俺もオフで…」

じっと彼の横顔をみつづけていると、頬がどうしてか赤くなっていることに気がつく。時たま車内に入るライトの光が、赤い頬を数瞬だけはっきりと見せた。

「比奈が良かったら…二人でどこか行かない?」

「……え?」

赤い頬の彼から放たれた言葉は、すぐに私の耳に入る。その言葉の意味を理解してすぐ、私の心臓は早鐘を打ち始めた。そしてきっと、彼の顔の様に真っ赤になっているだろう。

「えっとPさん、それってつまり…」

「…うん、デートのお誘いです…」

何故か敬語になった彼と、何も言えなくなった私。何も言えないと言うよりは、何を言ったら良いのか分からないというか何というか。

「…あぁ、その、嫌だったら勿論」

「いい嫌なんかじゃ無いっス!むしろアタシは嬉しいっス!」

嫌なわけあるもんか。これまで二人同時のオフでも私の原稿とかに(ユリユリも奈緒ちゃんも巻き込んで)付き合わせて、二人きりでどこかに行くなんてことなんか、本当に、世のカップル達がする様なデートなんかしてないし。

だから、嫌なわけが無い。嬉しい。

「うれ…しいっス…よ…?」

「…うん」

嬉しい、けれど、それを言葉にすると、顔は炎が出るほど熱くなって、胸の奥は締め付けられて、心臓がうるさくなる。

車は、いつの間にか私のマンションの駐車場に辿り着いていた。でも、車が止まっても二人とも動かないままで。彼はハンドルを握りしめたまま、私は体の上にあるコートを強く握りしめたまま、時間だけが流れる。そんな中、やっぱり彼の方が先に口を開いた。

「…比奈」

「…ハイ」

「三日後…俺とデートしてください」

「…こちらこそ、よろしくお願いしまス」

また敬語になっているPさんと、そんな彼の方を一切向けない私。車のエンジンの音、カーラジオの音なんてもう耳に入らなかった。

「…それじゃあ、また、明日…おやすみなさい」

「…っス、おやすみなさい…」

彼のコートを体の上からのけて、シートベルトを外して、私はマンションに飛び込む。

お腹は減っているけれど、何かを食べる気にはなれなかった。真っ直ぐにベッドに直進して飛び込んで、荒くなった呼吸を鎮めようとする。

「デート…デート…」

私と彼と、二人ともオフの日。これまでもあったけど、きっとこれまでとは違う、二人だけの日。

「…初めての、デート…」

かつて、遠い世界の物事だと思っていたそれが、私にも…。

枕を抱いて仰向けになって、天井を見上げた。

あの仕事が延期になって、残念だったはずだ。徹夜を続けて原稿を終わらせたばかりで、とても眠いはずだ。

でも、それ以上に「デート」という響きが嬉しくて、眠ることも、残念がる暇も無かった。

「ふへへ」と、何度か気持ちの悪い笑い声が出てしまった。


◆◇◆

【12月10日】

午前8時30分。気候は晴れて暖かめ。だが夜には雪が降るらしいので防寒対策を怠らないこと。

そんなことを思いながら、マンションの駐車場に車を停める。後部座席にちゃんとレイのものがあることを確認してから鍵を閉め、比奈がいる302号室を目指す。

部屋の前に立つ。誘うときも緊張したが、迎えるときも緊張するものだな、と言うことに気がついた。女性経験が豊富には無い自分が、少し情けなくなった。

一度小さく深呼吸をして、インターホンのチャイムを押す。するとパタパタとした足音、とんとんを靴を履く音、ドアの向こうから鍵がガチャリと開く音が順番に聞こえて、それから扉が開く。

「おはよう比奈」

「おはようございまス、Pさん」

扉の向こうから現れたのは、ダッフルコートを着込んで、帽子を被った比奈。

「…あ~、やっぱり何かアタシの格好変っすかね…これでもしゃれっ気ついたほうなんスけど…」

「いや、似合ってるよ。可愛いと、思う」

「…そっスか、えへへ…」

比奈は帽子をつばを掴んで少し照れたように、嬉しそうにほほえむ。俺は、嬉しそうに笑ったその顔に、いつもの比奈の笑顔が覗き出ているのが見えた気がした。

「…じゃあ、行こうか」

「…はいっス」

そうして一緒に、階段を下りていった。駅までは歩くことにした。

比奈の隣で歩みを進める。比奈に歩幅を合わせると、いつもよりも行く利と歩みを進めないといけなくなる。その、普段よりもゆったりとした歩みは、時間がゆったりと流れるようで好きだった。道に立っている木には、まだ輝いていないイルミネーションが、黒い縄のように巻き付いている。

どこへ行くかは、昨日までにあらかじめ比奈と決めておいた。人が紛れ込める程度に多い場所が良いかと思い、俺は「遊園地」を提案した。比奈も乗り気で喜んでいて、すぐに行き先は決まった。

「遊園地デートなんて、リア充みたいな事をアタシがする日が来ようとは…」

「遊園地ってリア充っぽいの…?」

そして今はその道の途中。二人で踵をならしながら歩いて行く。すると、一組の男女とすれ違った。学生なのだろうか、すきま風が拭けないくらいに二人で密着して、腕を組んで歩いている。人目も気にせずくっつき合っていた。

俺と比奈はちょっと立ち止まって、それを目で追って、

「リア充っぽい…」

「リア充っぽいっスね…」

と口をそろえる。

「……真似してみる?」

「い、いやぁ、流石にあのレベルはまだ恥ずかしいっスよ…」

断られてしまった。まあ、俺も公衆の面前であの態度を取れるほど肝は据わっていないし、調子に乗って舞い上がって言ってしまっただけで、断られて良かったかもしれない。

「その」

「ん?」

「あの…あれ位は無理っスけど…」

比奈は言葉をつっかえながら、うつむいて右手を差し出してきた。少しだけ震えているように見えるその手へ、自分の左手を持って行って、

「わかった」

そう言って、手を繋いだ。比奈の手は、冷たくて暖かかくて、安心出来た。

「…えへへ」

比奈は、嬉しそうに声を漏らした。

「…いまだに、手を繋ぐのも恥ずかしがるのって、やっぱりアタシ恋愛に向いてないんスかねぇ」

で、落ち込んだ。

「いいんじゃない?比奈のペースで進んでいけば」

「…そうっスね」

手に込められた力が、少しだけ強くなる。それに気がついて握り返すと、比奈の、俺よりもゆっくりとした歩みが早くなった。

並んで踵をそろえて、手を握り合って、話をしながら、いつの間にか駅へ。

そして予定通りの電車に乗って、目的地である遊園地近くの駅を目指す。

電車に揺られている間、二人で景色を眺めって、まったりとし続けた。時たま見える変な光景を笑いあったりもした。

電車に乗った時間は、長かったはずだけれど、一瞬のように過ぎていった。

電車を降りて、ホームに下りて、改札を通り抜けてまた歩く。遊園地に近づくにつれて、人が増えて行く。自分は比奈のことが他の人にバレないか不安になったが、

「帽子を取ってもアイドルってバレないっスよ。わりと自信あるっス」

という比奈の言葉を信用することにした。

「自信あったらダメじゃ無い?」と一応突っ込んではおいた。

楽しげな雰囲気のBGMを聴きながらゲートをくぐって、別世界に足を踏み入れる。ゲート近くにあった場内マップを広げて、比奈と見合った。

「まずどれに乗る?」

「あーじゃあ…この、一番人気ってヤツに乗りたいっス」

マップの上、フリーフォールの場所を指さす比奈。事前に調べているからどんなものかは知っているけど、これ結構キツそうだったような…

「絶叫系とか平気なの?」

「まあ人並みには…」

少し心配だけど、比奈が大丈夫と言っているのなら、大丈夫と思うようにしよう。でも、最初に乗るアトラクションがフリーフォールでいいのだろうか。

開園直後とあって、一番人気のフリーフォールでも行列は長くなかった。いや、実際は長かったのかもしれないけれど、比奈と話しながらだと、一瞬のように思えた。

自分たちの番が回ってきた。座席に座って、安全バーを上から下ろして固定する。ガコン、と一度衝撃があってから、どんどん上昇していく。下がって行く景色は遠くまで見渡せて綺麗だった。

頂上で、座席の動きが止まる。

「心臓バクバクしてきた…」

「思ったよりも高いっスね…」

ガシャンと音がした。それに気がついた頃には、もう落ち始めていた。景色が上から下へ、見る間も無く移り変わり、体へ重力が必要以上にかかる。

上へ行くまでの時間の、何分の一かは分からない程の一瞬で、座席は落ちきった。安全レバーを外して、歩き出すと、少しよろけた。たった数分間、乗り物に乗っただけで、感覚がずれたような気がする。

隣の比奈も同じようで、足取りが重いように見える。

「…初めに乗るもんじゃ無いねぇ、フリーフォール…」

「…そうっスねぇ」

初めのアトラクションから、必要以上に体力を使ってしまった気がする。でも、スリルがあって楽しかったことは確かで。ふらふらになったお互いをみて、軽く笑いあった。

それから、二人で計画性もなしに、目に付いたいろんなアトラクションを体験していった。

例えば、メリーゴーランド。

俺が馬に、比奈がその後ろの馬車に乗って、先ほどとは打って変わって、のんびりと移動していくそれらに身を委ねる。上下に跳ねる馬は、ゆっくりと馬車を引いていく。

馬車に乗った比奈に、「まるでシンデレラみたいだ」と、馬に乗りながら声をかけた。比奈は照れて笑って、指先で頬を掻いた。

例えば、ジェットコースター。

比奈は並んでいる間に帽子をバッグに入れた。きっと、乗っている間に落とさないためだろう。と、ここで疑問が一つ。それをすぐに問いかける。

「メガネ落ちないの?大丈夫?」

「ああ、春菜ちゃんに教えてもらった方法があるんで大丈夫っスよ」

「すごいな上条さん…」

方法はよく知らないが、それの提案者が提案者だっただけに、疑問も心配も無くなった。

だから、気兼ねなく楽しんだ。ジェットコースターは、どんどんと速度を上げ、回転をし続ける。俺はそれらにわざとらしく声を上げて、スリルを楽しむ。

降りたとき、俺の声は少し枯れていた。比奈は乱れた髪を帽子で隠しながら、か張り果てた俺の声に驚いていた。

例えば、コーヒーカップ。

ジェットコースターの後で、俺も比奈も少し舞い上がっていた。だから、必要以上にカップを回して、必要以上に回転速度を上げて、必要以上に目を回した。正直、フリーフォールよりも疲れた。

ベンチに座って休憩しながら、調子に乗ってしまったことを後悔した。

休憩している間に、売店でソフトクリームを買って食べた。冬場に食べるソフトクリームは、夏とは違ったおいしさがあると思う。溶けないようにと頬張って食べると、頭が痛くなった。それを比奈に乗り物酔いと勘違いされて心配された。笑って誤魔化した。

例えば、お化け屋敷。

「…は、すいません。アタシ無理っス…」

「ホラー系ダメだったっけ?」

「いやその、アタシ、びっくり系というか驚かせてくるのがダメで…」

「…あー、だったね。ごめん。忘れてて…」

そこで、比奈が驚かされたときに、自分に抱きついてきたこと思い出した。ホラー漫画でも、ページをめくったときに驚かせてくるのがダメらしい。

「じゃ、隣にある迷路に行ってみる?」

「その方がいいっス…」

と言うことで迷路に入った。

迷路は子供向けなのだろうか、案外簡単で、順序よく出口に向かって進んでいく。

途中、迷子になっていた先客が、息を荒げて曲がり角から急に飛び出して来た。その男に、お化け屋敷に入っていないのに比奈は驚かされて、俺に抱きついてきた。

一瞬固まった後、抱きついてしまったことを理解した比奈は、顔を赤くして体を離した。俺も急なことに少し照れてよそを向いてしまった。すると、迷子の男に泣きそうな顔でにらまれた。

一緒に歩いて、一緒に乗って、一緒にご飯を食べて、また一緒に楽しんで…。時間はあっという間に過ぎて行く。日は沈みかけて、肌寒くなる。今日は休みだけど、俺も比奈も明日は仕事の日。もうそろそろ、帰らなければいけない時間が近づいていた。

ベンチに座って、今度は自販機で買った暖かいドリンクを味わう。俺はコーヒー、比奈はココア。口の中を火傷しないように注意しながら飲んでいった。

比奈と、遊園地のマップを見る。大体のアトラクションには乗ったけど、まだ少しばかり乗っていないものが残っていた。

「全アトラクション制覇は無理だったか」

「狙ってたんスか?」

「うん、まあ一応軽い目標程度に」

あってないような目標だったし、達成できていないからと言って残念に思うようなことでも無い。そもそも途中から目標を忘れて、計画性なんて度外視してメリーゴーランドに二回も乗ったりしたし。

それに、全てのアトラクションに乗らなくても、比奈と一緒にいくつか体験できただけで、十二分に楽しかった。

「制覇は、次また来たときにって事で」

「…そうっスね、次……」

「時間的にあの1、2個が最後になりそうだね。次どこ行く?いっそのこともう一回最後にフリーフォー…」

と言いかけた所で隣の比奈の異変に気がついた。

メガネの下に手を入れて、目元を拭っている。鼻を啜りながら手と顔の間で、目元の水を顔に広げていく。

「え、な、なぁ、えぇ、ちょ比奈、だいじょ、大丈夫!?比奈!どうしたの!?」

比奈が、泣き出している。声も上げずに瞳からこぼれ落ちる涙を懸命に拭う。

「だいじょうぶっス…大丈夫っスから…」

「じゃ、じゃあ、何で…何かあったんじゃ…」

「いや、もう、ほんと、大丈夫っスから、嬉しくて…」

「…?」

急なことに動揺している俺とは対照的に、比奈は涙を流しているけれど、落ち着いて、恥ずかしそうにしながら頬をほころばせている。

「あはは…………すいません、ちょっと、いいっスか?」

そう言ってから、比奈はぽつぽつと語り出した。



◆◇◆

アタシ、今日はすごい楽しくて…何か、夢のようにも思ってしまったんス。

「自分がこんなことできるなんて」…って、思っちゃったり。

…アタシ、今までこういうことなんてなかったんスよ。

好きな人と一緒に、こうやって楽しむなんて。

今日はほんと、全てが嬉しい事だらけだったっス。

ちょっと背伸びしたこのダッフルコートを、「似合ってる」って褒めてもらえたこと。

普段あんまりつなげない手を、握ってくれたこと。

一緒に遊園地に来て、笑って、遊んで、楽しんだこと。

どれも…どれもが、私にとって、最高のことで…。

で、何か感極まって泣いちゃったんス。だから、心配はしないで欲しいっスよ。

………。

…プロデューサーさん。

今日は、本当にありがとうございました。


◆◇◆

急に泣いて、笑って、お礼を言う。情緒不安定みたいになってしまった私の言葉を、隣の彼はじっと黙って、聴いてくれた。

「すいません、アタシ急に変なこと言っちゃって…」

乾ききってない涙に風が当たる。火照った顔がそれで少し冷やされた。ふと、手の甲に目をやると、涙はもう流れていないはずなのに、水滴が付いていた。

「…雪だね」

彼にそう言われて、顔を上げる。ちらちらと、フワフワと、雪が空から降ってきていた。それらは綿雪で、何かに当たるとすぐに溶けてしまっている。

「比奈」

今度は、彼の方を向く。彼も私の方を見ていて、そして指をどこかに指している。それを見て、彼が指を向けている方向へ頭の向きを変えた。

「最後、アレに乗って終わりにしない?」

指さした先。そこには、キラキラ光って回る観覧車があった。

「…はいっス」

手の中にある、すっかり冷めてしまったココアを飲み干して、私達は最後のアトラクションを目指して歩く。


◆◇◆

急に泣いて、笑って、お礼を言う。情緒不安定みたいになってしまった私の言葉を、隣の彼はじっと黙って、聴いてくれた。

「すいません、アタシ急に変なこと言っちゃって…」

乾ききってない涙に風が当たる。火照った顔がそれで少し冷やされた。ふと、手の甲に目をやると、涙はもう流れていないはずなのに、水滴が付いていた。

「…雪だね」

彼にそう言われて、顔を上げる。ちらちらと、フワフワと、雪が空から降ってきていた。それらは綿雪で、何かに当たるとすぐに溶けてしまっている。

「比奈」

今度は、彼の方を向く。彼も私の方を見ていて、そして指をどこかに指している。それを見て、彼が指を向けている方向へ頭の向きを変えた。

「最後、アレに乗って終わりにしない?」

指さした先。そこには、キラキラ光って回る観覧車があった。

「…はいっス」

手の中にある、すっかり冷めてしまったココアを飲み干して、私達は最後のアトラクションを目指して歩く。

「はーい気をつけて下さいねぇ~」

係のお兄さんに明けてもらった扉に、急ぎ足で乗り込む。私達は、向き合って座らずに、隣同士に並んで座った。この方が、安心出来るから。

ゴウンゴウンと音を立てて、観覧車は私たちを上に運んでいく。さっきまで、大はしゃぎで乗っていたフリーフォールも超して、どんどん、どんどん上へ行く。

目下に広がる、星空のように輝く夜景と、一つ一つ、ふわふわと落ちていく綿雪。Gンそう的だとも思える光景に、目を奪われた。

「…比奈」

でも、隣の彼はそうじゃないみたいで。この光景を見ずに、私なんかの方を向いている。

いつの間にか彼に握られていた左手に、力が込められていくのが分かる。

「少しだけ…目を閉じてもらっても良いかな」

ここで、彼がどうして景色を見ていないのか、何で私にこんなお願いをしたのか、それが分かって、返事の代わりに目を閉じた。

心臓がバクバクとうるさい。隣の彼に聞こえていないか心配だ。

私の左手から、彼の手が離れる。その手ともう片方の手で、頬をなでられる様に挟まれた。

そうして。


一瞬。

世界中の時間が止まってしまったような、永遠にも似た一瞬。

彼の唇から伝わる熱は、私の頬を火照らせ、血流を早くさせた。

彼が私から離れて、目を開ける。

目の前の彼の顔は真っ赤だった。そして、彼の背後にあるガラスに映った私の顔も真っ赤だった。

観覧車は頂上を過ぎて、もうそろそろ終わろうとしている。私達の間に、会話は無かった。けれど、ぎこちないことも、気まずいなんて事も無くて。少なくとも、私は嬉しかった。

ゲートをくぐって、遊園地から出る。一瞥して、彼の「次また来たときに」という言葉を思い出した。

電車に乗って、揺られて、降りて、段々と私の家に近づいて行く。積もりかけの雪に、私と彼の足跡の平行線を付けていく。

「…クリスマスだね」

イルミネーションをみて、彼が口を開いた。街路樹には2週間ほど早いクリスマスを祝う電飾が施されている。

「…綺麗っスよね」

「…うん」

クリスマス。今年のクリスマスには、私も彼も仕事で、きっと一緒にいられる時間は短いだろう。まだ来ない聖夜を少し残念がって、彼との距離を少しだけ詰めて近寄った。腕を組むのは、まだ私には早いようだけれど。でも、近づくくらいなら何とか出来るみたいだった。

私のマンションに辿り着く。今日はもう終わり。この彼との楽しい、夢のような時間はもう終わり。名残惜しいけど、しょうが無いことだ。

「比奈、ちょっとここで待ってくれないかな?」

駐車場の前を通りがかったとき、彼にお願いされた。

「?、はい…」

お願いしてきた意図が分からなかったので少し疑問があったけれど、彼の言うとおりに待つことにした。彼が自分の車に向かって走って行くのを、見ながら、手の上に落ちた雪を溶かしていく。

「お待たせ」

彼が走って私の方へ来る。その手には、四角い何かがあった。

「これ、ちょっと気が早いけど…」

彼はそれを私の方へ差し出す。掌大のそれを受け取ると、割と軽いことに気がついた。

「Pさん、これは一体…」

「クリスマスプレゼント。ほら、今年、多分一緒にいる時間短いだろうし、先に渡しておこうと思って」

手の上のそれは、彼からの、2週間早いクリスマスプレゼントらしい。

「…開けて良いっスか?」

「もちろん。気に入ってくれれば良いんだけれど…」

丁寧に、破らないように包装紙とリボンを外していく。そうして箱を開いて、中を見る。街灯に照らされて、暗い中でもよく見えるそれの正体は、彼が教えてくれた。

「エメラルドのネックレス…比奈に、きっと似合うと思って」

彼は、照れくさそうに私に言ってきた。小さなエメラルドは、萌葱色に透き通っていていつまでも眺めていたくなるよう。

「はは…」

嬉しくなって、もう一回泣きそうになってしまう。でも、ぐっとこらえて笑った。嬉しいときにはやっぱり、笑顔の方が良いと思ったから。

「ありがとうございまス、本当に、本当に嬉しいっス…」

そうして、やっぱり、お礼を言わなければならないとも思った。今できるだけの笑顔と、言えるだけの精一杯の言葉で、彼に思いを伝える。

空からは、フワフワとした綿雪がひらひらと舞っている。風は冷たく体を撫でる。けれど、寒くなかった。むしろ、熱いくらい。

12月10日、聖夜まで、まだ2週間早い。

彼との二人きりの、二人だけの、2週間早いホワイトクリスマス。最後まで、涙をこらえることが出来て良かった。


◆◇◆

「今日、俺キザ過ぎたな」そういったことを、車を運転しながら思った。それに、アレは今日渡すはずじゃ無かったのに。…まあ、買ってからずっと渡せなかったものだ。今日渡すことが出来て良かった。

というか、キスまでしちゃったな…。今日は、予定通りに事が運ばないことが多すぎたな。最後はもう一回フリーフォールに乗ろうと思っていたのに、結局は観覧車に乗って終わった。

でも、きっとこれで良かったのだろう。

比奈に楽しくて嬉しいと喜んでもらえた。プレゼントも気に入ってもらえた。それだけで十分だ。それだけでこっちも嬉しいだろう?
指先を、自分の唇に触れさせる。そうして、つまんでぐにぐにと指先でいじった。

あの一瞬。あの一瞬だけは、生涯をかけても忘れられないだろうと思う。

しかし、本当に俺も思いきったことをしたな、と今になって思う。

まあ、後悔はしていない。胸の中にある、確かな充足感を抱えたまま、車を走らせた。雪が積もりかけている道路は、気を抜くとハンドルを取られそうだったので、ゆっくりと。

『アタシも、プレゼント用意するっス!』

道のイルミネーションを横目に見ながら、別れ際に比奈に言われたことを思い出した。どんなものをプレゼントしてくれるのか、今から楽しみに思う。

◆◇◆

私は部屋で一人、箱の中から取り出せないままのネックレスを見つめる。身に着けようと思ったけれど、着けるのがなんだかもったいなくて、まだ箱に入れたままだった。

箱の中心で輝くエメラルドは、私に部屋には不釣り合いなほど輝いていて、美しかった。

石言葉。宝石などに込められた、象徴的な意味のこと。私は、自分の漫画のネタ探しの溜めに、こういうことを調べたりしているので、他人よりは石言葉に詳しいと思う。

彼がくれたこの、エメラルドの石言葉は「愛」。とてもシンプルで、わかりやすくて、私はこの言葉が大好きだ。

彼は、この石言葉を知って贈ってくれたのだろうか。それも聞いておけば良かったな。

箱のフタを閉じて、寝る準備をする。今日はオフだけど、明日からは仕事だ。心を切り替えて、仕事に臨めるようにしよう。

部屋の電気を消して、布団にもぐりこむ。エアコンの音と、外の強くなった風邪と雪の音が耳に入る。

寝る前に、今日以前に、彼とキスしたことを思い出した。といっても、彼が寝ている間に私が勝手にしたことで、今日のようなものでは無かった。

アレは恥ずかしい失敗として忘れることが出来ないけれど、今日のことは思い出として忘れることが出来なさそうだ。

…アレもいつか、彼に言わなければいけないな。そんなことと、彼へクリスマスプレゼントをどうするか楽しく悩みながら、私は眠りに落ちていく。

今日のことは、夢に出てきそうだと思いながら私は眠った。夢の中の私は、手くらい恥ずかしがらずに握れていると良いな。

ここまでです、ありがとうございました

「俺と一緒だ。『必ずお迎えする』。そう答えた。だからガチャを回したんだ。だからお前も……『プロデューサー』だ」

最初に「比奈とPが付き合っている」と明言しておいた方が良かったですね。混乱させてしまった方、申し訳ありません。

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