Pの姉妹はトレーナー!【アイドルマスターシンデレラガールズ】 (271) 【現行スレ】

両親が事故で亡くなってから僕の人生は変わった。

麗「今日からわたしたちは姉弟だからな」

親戚である青木さんちの長女『麗』がそう言った。

聖「私のこともお姉ちゃんって呼ぶんだぞ!」

次女の『聖』は鋭い目つきで言ったものだから、僕は怖くなって、頷いた。
聖姉ちゃんは満足げだったと思う。

明「あ、わたしも! わたしもお姉ちゃん!」

三女『明』も食いつくように身を乗り出した。
僕が呼ぶのを渋っていると泣き出しそうだったので、慌てて明姉ちゃんと呼んだ。

慶「お兄ちゃん!」

それだけ言って抱き付いてきたのが末っ子の慶ちゃんだ。
僕はよしよしと頭を撫でて、目いっぱい可愛がった。

それから月日が流れて、俺も晴れて社会人二年目を迎えた。
先日、明姉ちゃんの24歳の誕生日を祝い、暑い時期が今年も訪れる。

俺、『青木詠』は姉妹たちと同じ、346プロダクションで働くプロデューサーだ。
アイドル部門の担当で、元気な新人アイドルを任されることになった。

姉たちは346プロの専属トレーナーで、アイドルのレッスンを指導している。つまり嫌でも顔を合わせることになる。さすがにこの歳で姉同伴というのは恥ずかしかったりするのだが、当の姉たちは気にしていない様子。

妹の慶ちゃんも大学で勉学に励むかたわら、アルバイトとして346プロダクションに来ては姉やアイドルのサポートをしている。

会社の先輩からはシスコンとなじられたりする。正直に言うと嫌だ。
まあ、シスコンはあながち間違いではないのだが……。

それは置いといて、明日の朝も早い。
俺はたまたま、姉妹との馴れ初めを思い出して感傷に浸っていたのだが、明日の仕事のことを考えて就寝することにした。

就寝時刻は22:00だった。

夢を見ていたかもしれない。

『……て……きて……お……て……』

聞き覚えのある声が耳元に届いてきたと思ったら突風に襲われた。

詠「うわっ!」

突然のことに驚いて目が覚める。
目の前には掛け布団を高々と掲げる明姉ちゃんの姿。どうやら引っぺがしたらしい。
今は夏だが、これを冬にやられると寒いのだ。

明「起きた!」

布団を持ったまま小声で言うと、にこりと笑う。

詠「起きるよ!」

明姉ちゃんに合わせて小声で返事をする。

今は朝の5時。
彼女の出勤時間はなんと朝の9時。ちなみに俺はもっと遅い。

この時間に起こされる理由は明姉ちゃんの趣味と関係がある。
いや、今となっては趣味というか日課に近い。

明「30分で用意してね」

詠「りょーかい」

俺はこれから彼女と出かけるのだ。
もちろんショッピングなんかではない。店も開いてないので。

俺は言われた通り30分以内で用意を済ませる。
下はランニングタイツにハーフパンツ、上はスポーツウェア。

明姉ちゃんはもう準備バッチリだった。
ランニングタイツとショートパンツを穿いており、ややぴっちりしたボーダーのウェアとシンプルなデザインのキャップを着用。髪は後ろでまとめている。

2人で玄関へ行き、色違いだが同じランニングシューズを履いて外へ出る。
明姉ちゃんの指導でストレッチを行い、ランニングするのだ。
もうお分かりだろうが、明姉ちゃんの趣味とは早朝ランニングだ。

3年くらい前にこの趣味に誘われてから毎朝一緒に走ってる。
雨の日にはご丁寧に防水グッズ一式を装備させられる。
俺は、明姉ちゃんが独りで走る姿を想像してしまい、同情して一緒に走るうちに毎朝の日課となってしまった。

ところで早朝は車の通りも少なく、なかなか気持ちのいいものである。

明「詠くん」

詠「何?」

明「最近どう?」

詠「普通だよ」

明「担当してる子売れそう?」

詠「さぁ? 彼女たち次第かな」

明「詠くんもしっかり支えてあげなきゃいけないよ」

詠「そりゃあ……もちろん」

そんな仕事の話をしながらランニングをする。

鬱陶しく感じる湿気と気温。まさしく夏を告げている。

明「ただいま」
詠「ただいま」

帰ってきたのは朝の6時を少し過ぎた頃。

明「お帰り」
詠「お帰りなさい」

他の姉妹たちから『ただいま』の返事は無いので、俺と明姉ちゃんはお互いで返す。
ちょっとしたおふざけだ。

明「シャワー浴びてくる」

詠「おう」

明「覗かないでね!」

詠「覗かねぇよ!」

明姉ちゃんはにこにこと満足そうにバスルームに向かって行った。
俺をからかうのが好きらしい。

俺は起きてくる姉妹たちのためにも朝食作りを始める。
それと並行して弁当も作るのだ。

家事全般は青木家に引き取られたときからの、なんというか、恩返しのつもりで始めたことだった。

ちなみにうちは姉妹4人と俺で暮らしてる。
職場が同じなので同じ場所に住んでるのだ。
そこそこ広く、俺も一人部屋を持っている。姉妹たちは二部屋を二人ずつで使ってる。もちろん俺の部屋よりも広い。

両親はというと、栃木に住んでいる。
早く孫の顔が見たいと言っていた気がする。

俺がちょうど料理を作り終えた頃、リビングと廊下を繋ぐ扉が開かれた。

麗「おはよう、詠」

詠「麗姉ちゃん、おはよう」

一番上の姉ちゃんだ。
きちんと身だしなみを整えてからやってきた。
上はスポーツウェア、下はスパッツにショートパンツ、機能性の靴下を着用していてスポーツのインストラクターって感じだ。

麗姉ちゃんは美しい所作で椅子に腰かけると俺の方をチラッと見る。

麗「いただきます」

麗姉ちゃんの真っ直ぐな眼で見られると、いつもドキッとしてしまう。

詠「どうぞ……召し上がれ」

麗姉ちゃんは黙々と食べ始めた。

明「麗ちゃん、おはよう」

しばらくするとシャワーを浴びた明姉ちゃんが戻ってくる。
かかった時間からして、おそらく湯船にも浸かったらしい。明姉ちゃんの身体から湯気のほかほかが見える。
上気した頬や濡れた髪を少し色っぽいと思い、慌てて目を逸らした。

俺と明姉ちゃんも食卓を囲む。

明「いただきます」
詠「召し上がれ」

明姉ちゃんも俺の顔をチラッと見てから食べ始める。

朝食を食べていると廊下の方から扉を開閉する音が聞こえてきた。
この扉の開け方は聖姉ちゃんだろう。

聖「おはよ……」

寝ぼけ眼をこすりながら、麗姉ちゃんとは対照的な格好で入ってくる。

詠「おはよう……聖姉ちゃん、だらしないよ」

聖「詠~、着替えさせてよ」

そう言って後ろから俺に抱き付いてくる。
若干はだけたパジャマが目に毒で、聖姉ちゃんの顔もすぐ横まで近づくので少なからず意識してしまう。

麗「バカ言ってないでさっさと食え」
明「自分でやりなよそのくらい」

聖「冷たくない?」

詠「とりあえず離れてくれ」

聖「しょうがないな」

渋々、といった様子で聖姉ちゃんは俺の隣に座って箸を取った。

聖「いただきます」

詠「どうぞ」

聖「ん、美味しい」

詠「そう、ならよかった。ところで、慶ちゃんは?」

明「いつも通り」

慶ちゃんは大学生になってから生活ペースが変わり、バイトの無い日はどこをほっつき歩いてるのか帰りが遅くなってしまった。
この前はベロベロに酔って帰ってきたりもした。まだ19歳だから心配でしょうがない。

この前なんかは携帯も繋がらなかったので、夜中にあちこち探し回った。
結局見つからず、俺が朝起きてもいなかったので本気で警察に届け出ようかと思ったものだ。
警察署に行こうと家を出たら玄関の前で慶ちゃんが寝ていたという事件は記憶に新しい。

麗「慶のやつ、たるんでるな」

詠「まあまあ、学生なんてそんなものだって」

本当は超心配だけど……。

聖「お前も帰り遅くなったり、生活が乱れたりでお姉ちゃんたちを泣かしてたもんな」

詠「……すみません」

聖姉ちゃんの言う通りなので俺も強く言えないわけである。

聖「別に責めてるわけじゃないんだが? お前が帰って来ないのが心配で全然眠れなかったくらいだから大したことないんだが?」

詠「ごめんって」

ねちねち責めてくる聖姉ちゃんを少し鬱陶しく思いながら、過去の出来事を改めて反省した。

無断で丸一日家に帰らなかったことがあった。
帰った時、四姉妹に泣かれて生活を改めることにしたのだったか……。

麗「もう以前のことはいいだろう」

聖「あの時は心の底から心配したな」

麗「女々しいぞ。当時も家事はある程度やってくれてただろ」

麗姉ちゃんがフォローしてくれる。女神だ。
けど、当時の俺は朝起きれなかったので家事はほとんどやってません。すみません。

明「私は、大学生って暇なんだなーって思った」

詠「おっしゃる通りです」

明姉ちゃんはフォローしてくれない。大学生の俺を見て、だらしないやつだと思ってたに違いない。きっとイライラもしてたはずだ。

麗「まあ反省してるから今の詠があるわけだし、いいじゃないか」

麗姉ちゃんはやっぱり優しい。

こうして雑談を交えつつ食事を終えた俺は食器を台所に持って行ってシンク内で洗う。

詠「じゃあ慶ちゃん起こしてくる。食べ終わったら食器、台所に置いといて」

明「起こすの早くない?」

詠「今日は確か1限って言ってたから」

聖「何で知ってるんだよお兄ちゃん」
明「シスコン」

詠「うるせー。聖姉ちゃんはさっさと準備しろ」

リビングから廊下に出る。
後ろから2人の、クスクスと笑う声が聞こえてきた。
またからかわれた。

俺は慶ちゃんの部屋の前で立ち止まる。
慶ちゃんは明姉ちゃんと同じ部屋だ。
その向かいの部屋が麗姉ちゃんと聖姉ちゃんの部屋。
俺の部屋はリビングに隣接してる。

俺はコンコンと2回ノックをして慶ちゃんの名前を呼ぶ。
当然というべきか、返事は無い。

詠「入るぞ」

控えめに断りを入れてドアを開ける。

中断します。
続きは数日後に投下します。

慶「……」

スースーと寝息を静かにたてている。
昨日も遅く帰ってきて、きっと就寝時間も遅いだろう。
起こすのは正直忍びないが、これも妹のため……。心を鬼にして慶ちゃんの肩を揺すった。

詠「慶ちゃん、起きろ。今日1限だろ?」

慶「ぅん……うぅ……」

慶ちゃんは唸るだけで起きようとしない。

詠「起きろー!」

早朝の明姉ちゃんよろしく布団を引っぺがす。

徐々に慶ちゃんの瞼が開かれる。
完全に開くことはなく、目を細めたまま俺のことを認識したらしい。

慶「おはよ……お兄ちゃん……」

彼女はすっと体を起こして、ベッドの上で座り込む体勢になった。

詠「おは……」

今更ながら慶ちゃんの格好がとんでもないことに気付く。
この妹、下着だけで寝てたらしい。

俺は顔に熱が昇ってくるのを感じた。

詠「ばっ……! 慶ちゃん、ちゃんと服を着なさい!」

慶「ふぇ?」

慶ちゃんから顔を逸らす俺。
自分の姿を確認する慶ちゃん。

慶「きゃっ!」

慶ちゃんは隠すように自分を抱く。
俺は慌てて手に持ってた掛け布団でベッドに座る慶ちゃんを包んだ。

詠「ご、ごめん。次から気を付けるよ」

慶「……べ、別にいいよ。気にしてない」

いや、「きゃっ!」て言って隠したじゃん、と思ったが黙ることにした。

慶「……どうしたの?」

しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは慶ちゃんだ。

詠「いや、慶ちゃん今日1限って言ってたろ? だから起こしに来たんだけど、こんなことなら姉ちゃんに頼めばよかったな」

慶「ううん。お兄ちゃんが来てくれて嬉しいよ」

にこっと笑う慶ちゃんは可愛くて、シスコンが加速してしまいそうだ。

慶「それに私の時間割、憶えててくれたんだ」

詠「ああ、起きれなくて遅刻とか欠席が重なったら困るだろ?」

慶「ありがと、優しいね」

詠「普通だよ普通。早く学校行く準備するんだぞ?」

慶「うん」

詠「あと風邪ひくから、その……し、下着だけで寝るのは……」

慶「はい、気を付けます……」

生活が乱れたのは確かに気になるけど、慶ちゃんは俺の言うこともしっかり聞いてくれるし、良い子であることに変わりはない。

詠「おう、じゃあまた後でな」

そうして部屋を後にしたのだが、動悸が大変なことになってしまった。
妹相手にドキドキしたことが恥ずかしいし、背徳的な気持ちになってしまう。自己嫌悪だ。

リビングに戻ると、聖姉ちゃんと明姉ちゃんが様子の違う俺を見てまたからかい始めたりする。

聖「おや? 詠、まさか妹に手を出したんじゃないだろうな……」
明「えー! さすがに引くよ? シスコンくん」

詠「うるせー。聖姉ちゃんは早く準備してこいって」

俺がそう言うと、やっぱり二人は笑うのだった。

慶ちゃんもばっちり目が覚めて、身支度を終えた姉妹四人は同時に出かけた。

麗姉ちゃん、聖姉ちゃん、明姉ちゃんは自分らの職場へ。
慶ちゃんは通っている大学へ。

出勤時間がみんなよりも遅い俺は、洗濯や掃除など、家事をする。
だいたい九時半くらいにはすべて終わるので、ちょっと身だしなみを整えてから家を出る。

さて、やってきました我が職場346プロ。

一年目はマネージャーの仕事を主にやってきた俺だが、今年からプロデューサーとして新人アイドルを三名預かることになった。
活発な女の子たちで、彼女たちとはすぐに打ち解けられた。

担当の少ない俺にはマネージャーは付かないらしい。

今日の予定はどうだったかと考えながら、アイドル部門の事務所に向かう。

詠「おはようございます!」

蓮「おう」

実に短く返事をくれたのは『渋谷蓮』さん。去年度、俺は彼の部下としてマネージャーをやっていた。思いやりがあってかっこいい人だ。

葉月「おはようございます」

優しい口調の彼女も俺の先輩で、蓮さんの同期である『島村葉月』さん。
黒髪ロングの美人さんで、しっかり者だがちょっと天然という可愛らしい一面もある。

面白いことに二人とも実の妹をプロデュースしてるのだ。
蓮さんの妹さんは半分俺のせいだけど……。
葉月さんは「私以外の人に妹をプロデュースさせません!」なんて言ってたっけ。

ちなみに蓮さんの妹さんは『凛』ちゃんで、葉月さんの妹さんは『卯月』ちゃんという名前だ。

彼女たちは現役高校生なので、会うのはきっと夕方からだ。

俺の担当するアイドル三人も高校生なので、先輩の妹さんたちと仲が良かったりする。

特に大きな報告もなく朝礼は終わり、早速仕事を始める。

詠「蓮さん」

蓮「何だ?」

詠「この企画書見てもらっていいですか?」

蓮「どれ……」

と言って受け取ってもらう。ぺらぺらとレジュメをめくり、一通り目を通し頷いた。

蓮「いいんじゃないか?」

にっと笑って「頑張ったな」なんて言葉をかけてくれる。
俺は嬉しくなってちょっと顔が綻んだ。

葉月「詠くん。私にも見せてもらっていいですか?」

葉月さんの笑顔が眩しい。
俺は断る理由も無いので「どうぞ」と言ってレジュメを渡した。

詠「どうですか?」

葉月「いいと思います! 詠くんの成長は目を見張るものがあります。私もうかうかしてられません!」

詠「そ、そんな……俺はまだまだですよ」

まさかのべた褒めで顔から火が出そうになった。

そんな感じで企画書作ったり、営業に行ったり、電話かけたり、報告書書いたり……。
あっという間に夕方になった。

これからアイドル達とミーティングしたり、ダンスや歌をチェックしてどういう感じで売り出すのか模索していくつもりだ。

「おはようございまーす!!」

元気に挨拶して現れたのは俺が担当するアイドルの『日野茜』ちゃん。

「おっはよープロデューサー!」

親しみを込めた近い距離感で挨拶してくれるのが『本田未央』ちゃん。

「おはようございます」

ゆるふわな雰囲気を纏ったおっとり系の『高森藍子』ちゃん。

この3人でユニット『ポジティブパッション』を組んでおり、俺は彼女たちのために、ひいては自分のために、どう売り込むか日々頭を悩ませるのだ。

詠「おはよう。今日も元気だね」

未央「いやいや、何言ってるのさプロデューサー! 私たちはまだ女子高生だよ!」

茜「そうですよプロデューサー!! 元気が一番です!!」

藍子「ふふっ! 私は2人ほどじゃないですけど、一緒にいるとこっちまで元気になれる気がします」

藍子ちゃんの言ったように3人の雰囲気が他人に伝播していって、俺もすっかり疲れが飛んだ気がする。

詠「それはよかった。その様子じゃあレッスンも難なくこなせそうだ」

未央「うえっ! それとこれとは話が違うっていうか……」

複雑な表情をする未央ちゃん。前回のレッスンでこってり絞られたのは間違いなさそうだ。聖姉ちゃんあたりだろうか?

茜「未央ちゃん! そんなことではいけませんよ!! 気合があれば何でもできます!!」

藍子「それはちょっと無理があると思うけど……」

一瞬で未央ちゃんの元気が砕け散ったんですけど……。
思春期の女の子は難しい。

詠「未央ちゃん。聖姉ちゃんは厳しいけど、レッスン終わったら俺がご飯連れてってあげるから頑張れ!」

未央「ホント!? 約束だよ! よっしゃ、やるぞー!」

茜「おお! 未央ちゃんのやる気がっ!!」

藍子「私たちもいいんですよね?」

詠「もちろん。何食べたいか相談しといて」

こうして3人はにこやかにレッスンへと向かった。
意外と単純なのかなぁと思いつつも、やる気になってくれたので結果オーライとした。
3人の「行ってきます」の言葉に俺は「行ってらっしゃい」と返した。

安請け合いするみたいにご飯奢るって言ったけど、あんまり高いものは嫌だなー。なんてケチなことを考える。

蓮「詠、お前担当の子たちと仲良いよな」

詠「え、そうですかね? 普通ですよ」

蓮「俺と凛を見てそんなことがよく言えるな」

詠「……なんかすみません」

蓮「何でお前がスカウトしてきたのに担当は俺なんだよ……上も融通が利かないな」

詠「おっしゃる通りです」

蓮「島村は妹と仲良いよな」

葉月「まあ渋谷くんよりは良いですよね。青木くんもお姉さんたちと仲良しですし」

なんて兄妹談義をしていると、噂をすればというやつか……。

「おはようございます」

サラサラでロングな黒髪を持つ美少女が挨拶しながら事務所に入ってきた。
どことなく蓮さんの面影を感じるこの子が件の凛ちゃん。最初に会った時、カッコいい雰囲気に目を奪われたものだ。

「おはようございます!」

元気にお辞儀しながら挨拶した少女は葉月さんの妹の卯月ちゃんだ。
ふわっとした黒寄り茶色のロングヘアーの一部をサイドに纏めている。頑張り屋さんだ。

蓮「おう」

葉月「おはよう!」

素っ気なく返事する蓮さんに対し、満面の笑みでお迎えする葉月さん。

詠「おはようございます!」

凛「あ、詠さん……その、おはよ」

ふいっと俺から顔を逸らす凛ちゃんとは何だか壁を感じる。
アイドルに無理に誘ってしまったし、もしかしたら嫌われてるかもしれない。

卯月「詠さん! おはようございます!」

詠「おはようございます!」

卯月ちゃんは誰に対しても人当たりがよくて俺にもよく構ってくれる。

卯月「あのー、詠さん」

顔色を窺うように卯月ちゃんはもじもじとしながら俺に声をかけてくる。

卯月「学校でテストが近くって……よかったら今度勉強見てもらえませんか?」

詠「俺でよければ……葉月さん?」

自分は二つ返事でオーケーしたいが、一応身内の方に許可をもらわなければと、葉月さんの名前を呼んだ。

葉月「卯月ちゃんがいいなら私は構いませんよ」

卯月ちゃんはそれを聞いて「やった!」と小さくガッツポーズした。

詠「卯月ちゃん、分からないことあったら何でも聞いてください」

卯月「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

素直に喜んでくれるのが俺としては嬉しい。
少し雑談してると横から「あの……」と声を掛けられる。凛ちゃんだった。

凛「詠さんって、その、勉強とか得意なの?」

おずおずと聞いてくる凛ちゃんは相変わらず目を合わせてくれない。

詠「得意っていうか……どうでしょう?」

よくわからない。
教えるのが上手なだけかもしれない。

卯月「はい! 詠さんはすっごく頭良いんですよ!」

凛「へぇ、そうなんだ」

驚いた様子で俺のことを見つめる凛ちゃん。やっと目を合わせてくれたな~なんて思ってしまった。

凛「私にも教えてほしい」

詠「えっ!?」

凛「嫌?」

詠「全然! 嫌じゃないですよ」

嫌いな相手に教えを乞うほど切羽詰まってるのか……と失礼なことを考えてしまうが、俺は距離感が縮められればいいなと思ってたので結構嬉しい。

詠「でも意外です。凛ちゃん、そんなに切羽詰まってたんですか」

凛「え? ……ま、まあそんなところ」

卯月「じゃあ三人で勉強会ですね!」

詠「えっと、蓮さん?」

お兄さんにも許可を頂かなくては……。

蓮「おう、凛が世話になる。よろしくな」

詠「はい!」

蓮「凛。詠に迷惑かけないように」

凛「わかってるよ」

傍から見ても鬱陶しそうに返事する凛ちゃん。
確かに兄妹仲はあんまりよくないみたいだ。お互い嫌いじゃないんだろうけど……。

というわけで卯月ちゃんと凛ちゃんの勉強を見る会が新たに俺のスケジュールを埋めた。俺も予習しないとな。

葉月「応接室使っていいですからね」

詠「いつから始めますか?」

卯月「ダメじゃなければ今日からお願いします!」

今夜から早速勉強することになった。
姉ちゃんたちには遅くなる旨を伝えておこう。

中断します。
次回更新未定です。

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オリキャラまとめ

青木詠
・プロデューサー
・トレーナー四姉妹の義理の兄弟

渋谷蓮
・プロデューサー
・渋谷凛の兄

島村葉月
・プロデューサー
・島村卯月の姉

葉月「卯月ちゃん、頑張ってね!」

卯月「はい! 頑張ります!」

蓮「詠のやつけっこうモテるからうかうかすんなよ。おい凛聞いてる?」

凛「聞いてるってば。……ありがとう」

それでも4人とも兄弟姉妹として上手くやってるんだな。

彼女たちもレッスンへと向かい、気が付けば夜になっていた。
蓮さんと葉月さんは先にあがるので妹をよろしくと言って帰っていった。

俺に彼女たちを送れってことなんだろう。
社用の車を使うことにしよう。

現在二十時、高校生だから二十二時までには社を出たい。

俺たちは早速勉強を始めた。

卯月「うう、数学難しいです……私文系なのに」

詠「私立を受験するなら数学は要りませんよ」

卯月「詠さんと同じ国立に行きたいので頑張ります!」

詠「そうですか、じゃあ俺も精一杯教えます」

俺が教えると卯月ちゃんは一生懸命聞いてくれる。
必然的に距離が近づいて少しドキドキしてしまう。

凛「……」

詠「あれ、凛ちゃんは特に問題なさそうですね?」

凛「合ってる?」

詠「よくできてますよ」

俺に教えてもらう必要も無いくらいに、次の試験範囲をしっかり押さえてあった。
どうして教えてなんて言ってきたんだろう?

凛「そっか。ここは?」

凛ちゃんは尋ねてくるたびにずいっと距離が縮まる。
端正な顔立ちが目の前にあって、俺は緊張をなんとか隠す。さっきの疑問は露と消えた。

慶「高校の問題ってこんなに難しかったっけ?」

詠「……何で慶ちゃんがここにいるんだ?」

慶「お兄ちゃんがいたいけな美少女に手を出さないか、監視するためだよ」

詠「出さないっての」

慶「わからないじゃん。ね、卯月ちゃん、凛ちゃん?」

卯月「あはは……」

凛「はぁ……」

二人とも困ったように返事をする。

詠「こら、慶ちゃん。あんま二人の勉強の邪魔しちゃダメだよ」

慶「はーい」

凛「手出されても別にいいけど……」

卯月「詠さんならいいですけど……」

二人とも何かぼそっと呟いたけど聞こえなかったので「何か言いました?」と聞いてみた。
しかし、二人とも「何も言ってません」と否定するだけだった。

詠「そろそろ帰ろうか」

時間も遅くなってきたので社用の車を使って二人を送る。慶ちゃんも、一人で返すのは危ないので一緒に乗せる。
助手席に慶ちゃん、後部座席に凛ちゃんと卯月ちゃんが乗る。

幸いというべきか二人の家は会社からあまり離れていない。

詠「凛ちゃんのお家は花屋さんでしたよね?」

凛「そうだよ。その通りをずっと真っ直ぐ」

五分ほど走ると花屋の前に着いた。まあ何回も通っているので分かるのだが。
凛ちゃんのお母さんが家の前で待機している。
おそらく凛ちゃんが連絡しておいたのだろう。

凛「ありがとう、詠さん」

詠「いえいえ、私にできることなら何でも言ってください」

俺は先に車を降りて後部座席を開ける。
凛ちゃんと一緒に凛ちゃんのお母さんの元まで歩き、俺は挨拶する。

詠「こんばんは。346プロダクションの青木詠と申します。遅い時間まで娘さんを拘束してしまって申し訳ありません」

深々とお辞儀した。

凛ちゃんはその様子を見てポカンとしていたと思う。

凛母「いえ、こちらこそ凛がいつもお世話になってます」

凛ちゃんの面倒を見てるのは主にお兄さんなのだけど。
凛ちゃんは家では俺の話ばかりしてくれるらしいので、凛ちゃんのお母さんも俺のことを知っていたようだ。

凛「ちょっとお母さん、余計なこと言わなくていいから」

凛ちゃんはそう言いながら顔を赤くする。

凛「詠さん」

いったん落ち着いてから俺の名前を呼び、こちらを向く。

詠「何でしょう?」

凛「ちょっとしゃがんで」

詠「? こうですか?」

よくわからないけど、言われたままに俺は凛ちゃんの前にしゃがみ込んだ。
凛ちゃんはきょとんとしてすぐ吹き出した。
……かと思えば俺と同じようにしゃがみ込む。

凛「詠さん、しゃがみすぎ」

次の瞬間、彼女の唇が俺の頬に触れる。

凛「今日はありがとう。そのお礼だよ」

俺はきょとんとしてたと思う。
しばらくしゃがんだまま動くことができなかった。何というか……意外だった。

凛ちゃんのお母さんは「大胆ねぇ」とか言ってた。

慶「お兄ちゃん」

慶ちゃんに声を掛けられてハッとした。

詠「お、おう! 次行くか! それじゃあ……」

凛ちゃんはさっきより顔を赤くして手を振ってくれた。
隣のお母さんはニヤニヤしていた。

凛「詠さん、そういうことだから!」

詠「わかりました。ありがとうございます。少し時間をください」

これで気づかないほど俺も馬鹿ではない。
告白されたんだ。どうしたものか……。

恋愛感情は抱いてない。でも今彼女を女性として意識し始めてしまったのも事実だ。
何より可愛いし美人だし魅力的な少女だ。
そんな子が俺を好きって言って……ないけど、行動で示してくれた。
確かに大胆だったけど。

悶々としながら運転席に戻る。
何だか空気が重い。

詠「どうしたの?」

慶「べっつにー!」

卯月「……」

車を出してからは質問攻めだった。

慶「どうするの? 付き合うの? アイドルだよ? 恋愛禁止じゃないの?」

詠「そんないっぺんに聞くなよ。付き合うことは……今はできないけど、彼女とはちゃんと向き合って考えるよ。正直、さっきの出来事で女性として意識してる」

慶「本当に手出したら犯罪だからね?」

どことなく慶ちゃんの口調が強い。責められてる気分だ。
どうせすぐ職場に広まるんだろうなと関係無いことも考えたりした。

詠「わかってる。だからちゃんと向き合うってば」

そういえば俺は誰かを好きになった事なんて一度も無いような気がする。

詠「好きって、どういうことなんだろうな……」

慶「そう言えばお兄ちゃんの恋愛話聞いたことなかったかも」

詠「人を好きになったことない……のかな?」

慶「でも私のこと好きでしょ?」

詠「それは……好きだけど」

卯月「私はどうですか?」

不意に卯月ちゃんも後ろから話しかけてくる。

詠「卯月ちゃんのことも好きだと思います」

慶「誰でもいいのか!」

なんて冗談っぽく言って笑う慶ちゃん。

詠「いや、でもみんなそういう好きじゃない」

なんというか……好きだけど好きじゃない。

詠「恋愛的な意味で好きってことじゃないと思う」

正直に答える。

詠「でも恋愛的な意味での好きってのもよく分からないんだけどな」

明るく返したつもりだったが、卯月ちゃんは少し真面目なトーンで言葉を紡ぐ。

卯月「恋って、いつもその人のことが頭から離れなくて、触れたいと思ったり、求められたいと思ったり、その人のこともっと知りたいと思ったり、その人と子供を……」

そこで不自然に途切れたのでバックミラーを見てみると、卯月ちゃんはうつむきがちになり、顔をほのかに赤らめている様子だった。

詠「そうなんですか。僕にはまだよくわからないですね」

慶「お兄ちゃんの年齢だったらそろそろ焦った方がいいよー。相手がいないって問題でしょ」

詠「結婚とか恋愛とか考えたこと無かったな」

多分両親が死んだときから全く考えてなかっただろう。
青木家に引き取られてそれなりに幸せな生活を送って、どうやって恩返ししていこうかとか考えて、そしたら自分の幸せはすっぽり抜けて……。
そうじゃなくて、今の両親と姉妹の幸せが俺の幸せなんだろう。

だから自分のことは二の次だった。

詠「ま、向き合ってみようかな?」

慶「凛ちゃんと付き合うの?」

詠「それは……どうしよう」

好きか嫌いかで言えば好きだ。
勇気を出して告白してくれたことも無下にはできない。
けれども、俺の言う『好き』は『愛してる』とは違う感情だと思う。
それで付き合うのは凛ちゃんに対して失礼ではないか?

悶々と考え事をしていると卯月ちゃんの家の前に着いた。
葉月さんがお出迎えのため家の前に立っていた。

先ほどと同様に俺も卯月ちゃんと車を降りて挨拶する。

詠「葉月さん、妹さんを遅い時間まで拘束してすみません」

葉月「ううん、気にしないでください。卯月ちゃんから連絡きてたので」

続けて「卯月がお世話になりました」とお辞儀までしてきて何だか恐縮した。

卯月「詠さん、今日はありがとうございました!」

葉月「明日もお願いしますね」

詠「あ、はい」

明日も勉強会をすることが決まった瞬間だった。

詠「じゃあ私はこれで……」

と踵を返そうとすると、袖をきゅっとつかまれる。
卯月ちゃんがうつむいたまま俺の袖を握っている。

卯月「詠さん!」

俺の名前を呼びながら、ぱっと顔を上げる。

卯月「私も好きですっ!!」

さっきの会話のやり取りから勘違いを避けるためか「……れ、恋愛的な意味で」と付け足した。

詠「え……」

俺は意外なことが続けて起こったことに対して、完全に固まってしまった。

卯月「す、すみません……詠さんが困っちゃうって思ったんですけど……」

少し涙ぐむ卯月ちゃん。
彼女も困惑してるように見えて、俺の戸惑いが薄れていく。

卯月「凛ちゃんの告白見たら私も勇気出さなきゃって思って……。それに、詠さんが誰かと付き合うのを黙って見ていられませんでした」

きっと彼女も悩んで選択した答えなんだろう。
凛ちゃんに対する罪悪感や、先を越されたという焦りが感じ取れる。
例え早まったとしても、それでも卯月ちゃんの想いに嘘偽りが無いことは伝わった。

卯月「だから、わがままですけど、自分勝手で最低な話ですけど! 詠さん、私と付き合ってほしいです! ……って言ってはダメですか?」

卯月ちゃんは泣いていた。
俺も感情が昂って、思わず泣きそうになってしまった。

言うだけならいいじゃないか。
よくよく考えたらそれこそ酷い話だと思う。
後で分かった事なのだが、恋愛ごとで相手に希望を残しておくのはとても残酷なことなのだ。

けれども俺は「考えさせて」なんて命乞いをするみたいに醜い延命行為のようなことを言ってしまった。
決断できない。優柔不断。傍から見れば二人の女性をキープしてるようなクズ野郎にも見えるかもしれない。

嬉しいはずが苦しくなってきた。今すぐこの世から逃げ出したいとさえ思った。

詠「必ず、答え出しますから」

俺にはそう言うのが精一杯だった。

卯月ちゃんは自身をわがままだとか最低だとか言っていたけど、俺は本当に良い子だと思う。

卯月「私、詠さんがどんな答えを出しても大丈夫ですから」

でなきゃ、そんな言葉と笑顔は出てこない。

卯月ちゃんの隣で葉月さんは彼女の頭を撫でながら、俺にも優しい笑顔を向けていた。
どんな答えでも大丈夫だから気にしないでと言ってるようだ。
俺にはその優しさが辛かった。

挨拶をしてすごすごと車に戻る。

慶「お兄ちゃん……」

か細い声を出す慶ちゃんを横目で見る。
心配そうに、あるいは呆れたようにこちらを見つめていた。

詠「なあ、俺ってモテるの?」

慶「妹にそれ聞く?」

詠「いや冗談だよ。ごめん」

慶「謝ることないけど……」

数秒の沈黙。
卯月ちゃんたちは自宅へ戻ったけど、俺は車を発進できないでいた。

慶「とりあえず帰ろうよ」

詠「ああ……」

慶ちゃんに促されてようやく帰路に着く。
車のキーを会社に返して、徒歩で家に向かう。

中断します。
R要素はそのうち出ます。

慶「お兄ちゃんさ」

不意に口を開く慶ちゃんに相槌を打つ。

慶「自分で気づいてなかったと思うけどモテるよ? 紹介してって言われたこと何回かあるし、麗ちゃんたちも言われてたんじゃないかな?」

詠「まじか……いや、一回くらい告白されたことはあるけどさ……」

慶「振ったんだよね、その時」

詠「そうだったな。付き合うってことがよくわかんなくて結局無かったことにした気がする」

慶「あはは、最低だ!」

けらけら笑いながら「女の子が可哀想だー」と続けた。

慶「ま、お兄ちゃんがどんな答えを出しても私はいいんだけど……」

そこでいったん言葉を区切っているように思えた俺は、歩きながら横にいる慶ちゃんの顔を見た。
うつむきがちで表情は読み取れないが、少しもの悲しそうな雰囲気が伝わってくる。

慶「……実は私も好きなんだよ」

意を決したようにつぶやいた。声は震えていた。
俺は黙っていた。なんとなく、そう言われるかもしれないと察していたのだと思う。

慶「恋愛的な意味で、だよ?」

こちらに顔を向ける。身長差は大きく、慶ちゃんは俺を見上げる。
無理に笑顔をつくっているようだ。

詠「でも俺たち……」

兄妹だからと言いそうになったが、やめた。
そういうことを言い訳にしたくない。彼女は本気なのだから。
そうやって逃げるなんてずるい。ださい。かっこ悪い。

慶「義理じゃん」

何を言おうとしたのか分かったようで、慶ちゃんはそう言った。

慶「小さい頃から優しくしてくれるお兄ちゃんが好き」

慶ちゃんの話が続く。
小学生の頃、慶ちゃんの手を引いて遊びに連れて行ったこと。
俺が中学に上がって勉強を見てくれたこと。
高校の制服を可愛いって言ってくれたこと。
大学に進学するのを勧めてくれたこと。

慶「いつも私たちのために頑張ってくれてたこと、知ってるよ」

詠「俺はそんなつもりじゃ……」

慶「好きなの。愛してるの」

俺はどうしてこうも優柔不断なのだろうか。
諦めさせるには振ればいいだけの話だ。それができない。
傷付けるのが嫌なんだ。

けれども引き延ばせば引き延ばすほど、彼女を傷付けてしまうだろう。
分かっていても言葉にならない。

詠「……今は……付き合えない」

慶「今は? いつならいいの?」

詠「ちょっと待って、急な話で頭が追い付かない」

本日で三人目。
慶ちゃんは本気だ。からかいではない。

慶「そうだよね、ごめん。ゆっくり決めて。返事待ってるからね」

詠「ああ……」

それからは無言。気まずくて息が詰まりそうだった。

詠「ただいま」

慶「ただいまー」

リビングに行くと、三人の姉ちゃんが「おかえり」と言ってくれた。

麗「……どうした?」

いち早く様子がおかしいのを察知した麗姉ちゃん。鋭い。

詠「や、それが……」

ちらっと慶ちゃんの方を見る。
慶ちゃんもこちらを見ていて、緊張したような面持ちだ。
一つ頷いて慶ちゃんは姉ちゃんたちの方に向き直る。

慶「私、今日お兄ちゃんが好きって言った」

空気が固まったみたいだ。
けれども全員ポカンとはしていない。黙って聞く姿勢だ。

慶「男の人として見てるって言ったの……それだけ」

麗「そうか……。それで詠は?」

詠「考えさせてくれって……」

麗「慶はそれでいいのか?」

慶「うん! お兄ちゃんがちゃんと返事くれるならいいよって」

そう言って慶ちゃんは俺に抱き付いてくる。

詠「わっ! こ、こら!」

慶「本当にどんな答えでもいいからね?」

ぎゅっと抱き付いたまま、こちらを見上げる慶ちゃんはとても愛らしく、さらにあんなことがあった後だと、意識しすぎて心臓がちぎれそうになった。

慶「お兄ちゃん、すっごい心臓ドキドキ鳴ってるね」

詠「やめろって……。慶ちゃんも真っ赤じゃん」

慶「えへへ……」

照れくさそうに笑うのが可愛い。
頭に血が流れ込んでくるような感覚がした。

聖「ちょっと待った!」

俺が慶ちゃんの様変わりした対応に焦っていると、聖姉ちゃんがずかずかとやってきた。

聖「それは許さない」

まあ普通に考えて義理と言えど兄妹が恋愛関係になるのは嫌だろう。まだ恋人となったわけではないが。
それに凛ちゃんや卯月ちゃんの件も無視できるはずがない。

詠「そりゃそうだよな」

けれどもこれで慶ちゃんは諦めてくれるのではないか。

聖「お前は私と結婚してもらう!」

詠「はぁ!? 何言ってんの!?」

聖「昔約束しただろ? 大きくなったら結婚する! って」

慶「聖ちゃん、小さい頃の約束は時効だよ。それに私もそういう約束したことあるし」

明「待って! それなら私も詠と結婚!」

次から次へと何が何やら……。

明「私も詠のこと大好きだし!」

聖「いや、詠は私のものだ!」

詠「ちょちょちょ、ちょっと待って! 落ち着いて!」

麗「……ならば間を取って私が」

あれ、麗姉ちゃんってそんなこと言うキャラだっけ?

わちゃわちゃしたけど何とか落ち着いて……少しだけ話し合いをした。

麗「つまり実は全員、詠に想いを寄せていたということだな」

聖「いつもアプローチしてただろ!」

明「聖ちゃん、詠がにぶちんなの知ってるでしょ?」

慶「そんなんじゃ動じないよね」

詠「いや近付かれるとドキドキするんだけど……」

聖姉ちゃん、誰に対してもそんな感じだと思ってた。

……要するにみんな俺が好きってことだな。なんだよそれ。
俺はもうどうやってリアクションすればいいのか分からず、ぼけっとしていた。

麗「詠、聞いてるか?」

詠「ああ、なんとか……」

麗「ならいいんだが」

詠「俺、どうすりゃいいの?」

麗「好きにすればいい」

そうは言っても、その選択を取ることは俺にはできない。
白黒決着つけたいのだ。一つだってうやむやにしたくない。

詠「今、答えを出すなんて無理だ。卯月ちゃんや凛ちゃんのこともあるし」

聖「それもそうか、この変態」

明「女ったらし」

慶「最低」

詠「麗姉ちゃん、結婚しよう」

「「「わー! ウソウソ!」」」と麗姉ちゃん以外の三姉妹が必死になる。

麗「あのな、そんな決め方されたら私も困るだろ」

ごもっともです。
呆れる麗姉ちゃんは真剣な顔つきで俺を再び見る。

麗「時間をかけてもいいからじっくり決めるんだぞ? ましてや渋谷と島村は現役女子高生アイドルなんだからな?」

詠「わかってる。彼女たちのどちらかに気が向いても引退まで待つよ」

麗「お前が好んで距離を縮めるのはいいんだが、問題は起こさないように頼む」

詠「うん……」

聖「詠、私なら問題にならないぞ」

明「私もならないよ」

慶「お兄ちゃん! 私もだよ!」

詠「そうか。なら卯月ちゃんや凛ちゃんは先に婚約しないといけないな……」

婚約をあらかじめ済ませてしまえば電撃結婚にならずに済むという戦略。
世間的には電撃婚と変わらないが。

聖「無視するな!」

ギャーギャーわめく三人を放っておいていると麗姉ちゃんは遠い目をしていることに気が付いた。

麗「もう結婚のこと考えてるのか……」

これは婚期を逃しそうで焦っている女の目だ。
自分も早く結婚するべきだったと、後悔してもしきれないような念を感じる。

詠「そうだよ。選んだ人と結婚しないとみんなに失礼な気がして……」

聖「当たり前だ。私は許さないからな」

慶「私はお兄ちゃんが中古でもいいよ?」

明「私も別にそうやって経験を積むのは悪くないと思うけど……」

聖「ならお前らが経験値稼ぎの相手になってやれ」

慶「じゃあ始めは私ね!」

聖「それはダメだ」

明「聖ちゃん、わがまますぎない?」

詠「くだらねー」

麗「くだらん」

よく麗姉ちゃんとは意見が合う。
一つ溜め息をついて、首を横にふるふると振るう。

というか中古とか経験値稼ぎってなんかムカつくなぁ。
まあ確かにそういう経験はあるんだけど。

詠「ごめん、すぐに答えだせない。今日は寝るね。おやすみ」

わいわいしていた姉妹たちも「おやすみ」と返事した。

どうせ翌日も同じようなルーティーンに違いない。
だから深くは考えずに……と思ってもそういうわけにいかない。
結局1時間は布団の中で悶々と考えこんでいた。

詠「選り取り見取りか……」

そんなこと口にする俺は最低だな。心底嫌いだ。自分のことが。

詠「そんなやつが好きな人と付き合う資格なんてあるのか?」

好きな相手が嫌いな相手と付き合うって考えたら吐き気がする。
もういっそ全員振ってしまおうか。

それは失礼なのか?

待たせて期待させ続けるのも失礼に違いない。
でも咄嗟に選べと言われたら……選べない。

詠「やばいな」

自分のクズっぷりに呆れながらも瞼は重くなり、ようやく睡眠に就けるという感覚を得た。

次に目を覚ましたのはやはり明姉ちゃんに起こされた時だ。
もはや日課の早朝ランニング。

詠「……おはよう」

普段より寝れなかったので少し眠たい。
布団を引っぺがされて落ち着かない。

明「……」

明姉ちゃんからの返事は無い。そのことを不思議に思ったが、彼女の顔は明らかに戸惑いを呈している。

詠「どうしたの?」

起き上がろうとしても身体が動かないことに気付いた。
動かないというよりは身体が重くて動かしづらいといったところだ。

明「何してたの?」

冷たい声で言われて俺もすぐに気付いた。

慶「……」

慶ちゃんが俺の布団の中に潜り込んでいた。しかも下着姿で。

詠「は?」

俺の胸に頭を乗せ、脇腹あたりに手を回している。片足を俺の股下に突っ込み、お互いの足を絡ませている。
慶ちゃんが俺の上に乗っていたのだ。

中断します。ハーレム展開になっちゃいました。
ここからコメディを展開できれば最高なんですけど、ギャグセンス皆無な自分には難しいですね。

明「詠……」

詠「違う。誤解だ」

明姉ちゃんの視線が俺の下腹部へ……。

明「何興奮してるのよ?」

詠「これは違うって」

俺は慌てて否定した。ただの朝立ちだ。
とりあえず慶ちゃんを起こす。

慶「んぅ~……お兄ちゃん、朝早い……」

めっちゃ眠そう。
こいつ昨日何時に寝たんだよ……。

詠「とにかく明姉ちゃん、これは違う。知らない。慶が知らないうちに入ってきてただけだって」

明「……」

じとーという効果で表現できそうな視線が俺を襲う。
かと思いきや、嘘のようにケロッといつもの態度に戻った。

明「あはは! 冗談! 慶が悪いの知ってるから安心してよ」

詠「はぁ!?」

明「ほら慶! あんたは自分の部屋に帰れ!」

明姉ちゃんは再び俺の上で寝始めた慶ちゃんの後ろ襟をつかむ。

慶「にゃ~、お兄ちゃん……たしゅけて……」

明「この!」

ぐいぐい。寝ぼけ眼の慶ちゃんは俺の服を掴んで必死の抵抗。呆れたを通り越してちょっと微笑ましい。

詠「姉ちゃんいいよ。俺が連れてく」

充分に覚醒したので俺は慶ちゃんを抱っこして持ち上げ、彼女の部屋に移動した。

慶「お兄ちゃん……しゅき……」

ベッドに寝かせるときに慶ちゃんはそんなことを言った。

詠「もう潜り込むなよ」

簡単に注意して部屋を後にしようとしたが、慶ちゃんに両手で頭を抱きかかえられた。
俺は体勢を起こそうとしてたので、急に加わる力に対処できず慶ちゃんの胸に飛び込むように倒れてしまった。

慶「お兄ちゃん♪」

詠「ちょっと……」

困った。
そもそも慶ちゃんってこんなに好き好きしてくる子だったか?
と疑問に思ってしまうほどだ。

彼女の中で何かが吹っ切れたのだろうか。
だとすれば間違いなく原因は昨日の件だろう。

しばらくその体勢のままだったが、すぐに慶ちゃんは静かに寝息を立てた。
俺は緩んだ拘束からするりと抜けると自室へ戻りランニングの準備をする。

明「遅いよー」

詠「ごめん」

ちょっとだけ不機嫌な明姉ちゃんに詫びを入れる。

明「うん、じゃあ行こっか」

およそ30分のルーティーン。
だが、いつもと違う感じがした。
違和感の正体にはすぐに気付いた。いつもより距離が近い。

普段なら人一人分の間があるのに、今日は腕と腕が触れそうな距離で走ってる。
こつこつと腕が当たるたびにお互い謝って、走るのを続ける。

明「あのさ」

詠「何?」

明「私ももうあまり我慢しないよ?」

詠「……ああ、うん」

家の前に着く手前で明姉ちゃんが俺にそう話した。
その後特に何事も無いまま玄関に着いた。

詠「ふぅ……今日も疲れたな」

今日は少しハイペースだったかもしれない。

気を紛らわすため俺は独り言を言ってしゃがみ、靴紐をほどく。
すると背中にぴとっとした感触を覚えた。

詠「……我慢しないってそういう?」

明「ま、まあ……」

少し上擦った声で答える明姉ちゃん。

詠「汗かいてるから離れてくれ」

明「私、別に嫌いじゃないよ」

それは湿ったウェアが? それとも汗の匂いが?
どう質問しても困惑する答えしか返って来なさそうだったので、聞かないことにした。

詠「とりあえずシャワー浴びてきたら?」

明「……もうちょっとこのまま」

詠「……」

いつもならすぐ風呂場へ行くのに、初めてそんなこと言われたので軽く戸惑った。

明「せっかくだし……一緒に入ろ?」

耳元でささやかれてドキッとする。
酷く暑い。きっとランニングで体温が上がったからだ。
こめかみまで動悸が響いてくるなんて疲れすぎだろう。

詠「はは……姉ちゃん疲れすぎ。確かに今日はペース上げ過ぎたよな」

俺は靴紐をほどき終わり、立ち上がる。
明姉ちゃんの方に振り返る。このとき俺は彼女のことを見なければよかったと後悔する。

懇願するような上目遣い。赤く染まった頬。
お互いの顔は息がかかるくらい近くにあって、艶のある唇が半分ほど開いていたのがいやに官能的だった。

数秒の間、俺はその光景に目を奪われ、自分の心臓の鼓動が大きく脈打ってくるのをしっかりと感じ取った。

明姉ちゃんの顔が自分に近づいてくるのを認めて、初めて俺は彼女から顔をそむけることができた。

詠「は、は、は、早く行って来いって!」

明「……いくじなし」

そう言いながら彼女はすっと俺の横を通り抜けていった。

詠「ごめん。でも軽々しくできないから」

明姉ちゃんに限らず、最初の人と付き合わなきゃいけない気がした。
だから勢いに任せて決めたくなかった。

明姉ちゃんは何も言わずに風呂場へ向かった。

詠「やば……」

俺は心臓の鼓動が止まらず、先ほどの艶っぽい彼女が頭から離れず、しばらく悶々とする羽目になるのだった。

詠「トイレで……いやいや、相手は姉ちゃんだぞ! 我慢だ我慢! すぐ治まる!」

麗「何がだ?」

詠「おわぁっ!!」

キッチンで朝食を作っていると麗姉ちゃんが後ろから声をかけてきた。
どうやら独り言を聞かれたらしい。

詠「お、おはよう」

麗「ああ、おはよう。どうした? そんなに驚いて」

詠「や、何でもないよ」

麗「ふむ。それならいいんだが……」

少し怪しまれたようだが、麗姉ちゃんは詮索してくる人ではない。

麗「ところで、焦げ臭くないか?」

詠「へ? ……ああっ!!」

言われて気付いて、慌てて火を止める。

玉子焼きは焦げてしまった。

時間が経ち、聖姉ちゃんも起きてくる。

聖「おはよう」
詠「おはよう」

聖「焦げたか?」

詠「うん、ごめん」

聖「いや、いいんだが。珍しいんじゃないか?」

不思議そうに俺を見たが、聖姉ちゃんはつかつかと俺の後ろにやって来ると、ガバッと背中から抱き付いた。

詠「うおっ! や、やめろって!!」

聖「んー? どうした? 今日はやけに焦ってないか?」

詠「や、風呂まだだし、汗臭いだろ? 恥ずかしいんだよ」

聖「はぁ? 詠、いつもそんなこと言わないだろ」

麗「確かに珍しい気もするが、聖にきっぱり拒絶したということでいいんじゃないか?」

聖「恥ずかしがるなよー」

「こいつめ!」とか言って俺の耳にふっと息を吹きかけてくる。
ビクッとして声も出てしまった。恥ずかしい。

詠「まじでやめろ!」

聖「はっはっはー。可愛いやつだなぁ」

明「聖ちゃん、相変わらずだなぁ」

お風呂上がりの明姉ちゃん登場。
お風呂上がりだと女性はなぜこうも色っぽく見えるのか……。

俺は今すぐ逃げて落ち着かせるべきだと思った。

詠「じゃあ俺入ってくるわ」

すぐに椅子から立って、風呂場へ直行。

聖「……ちょっと待て」

その場を離れようとする俺の腕を聖姉ちゃんが引っ張る。

詠「な……」

「何?」って言おうと思ったが聖姉ちゃんの目を見ると、彼女の視線が俺の下腹部あたりに注がれている。

詠「行くからっ!!」

俺は無理矢理腕を振りほどき、小走りで風呂場へ向かう。
見られた……。寝起きだからと言い訳できない。

聖「詠~」

呼ばれたのでリビングと廊下を繋ぐドアから顔だけ出して応える。
にんまりと素敵な笑顔の聖姉ちゃんがこちらを見ている。

聖「手伝うぞ?」

軽く握った拳を上下に振るジェスチャーで問いかけてくる。心底楽しそうなのがムカつく。

詠「いらねーよ! バーカ!」

ちらりと見えたが麗姉ちゃんはいつもと変わらず平常だ。
明姉ちゃんは逆に顔を真っ赤にさせて居心地悪そうにしてた。

麗「聖、あんまからかってやるな」

明「聖ちゃんってバカよね」

聖「明はそういうの苦手だよな」

明「……私だって勇気出したんだから」

聖「ほう、抜け駆けか?」

麗「別にいいだろう。詠へのアピールは自由だという話を昨日つけたじゃないか」

聖「じゃあ私のもありだろう?」

麗「別に誰も聖を責めてないだろ」

俺は風呂場でガシガシと頭を洗ったり、ゴシゴシと強く身体を洗う。そうすることで自然と治まってきた。
しかし少し思い出すと反応してしまう。

詠「仕事から帰ったらさっさと寝よ」

一日跨げば記憶も薄れる。
考え込まずに今日も変わらず仕事をしよう。

コンコン! 風呂場を叩くノックの音だ。
思わず身体が跳ねそうになる。
聖姉ちゃんのやつ、マジで来たんじゃないだろうな……。

麗「詠」

違った。聖姉ちゃんではないことに安堵し、俺は「何?」と用件を尋ねた。

麗「長いが大丈夫か? のぼせてないか?」

詠「うん、大丈夫」

麗「そうか。私たちはもう行くぞ?」

詠「え、もうそんな時間?」

麗「ああ、慶のことよろしくな」

詠「お、おう。行ってらっしゃい」

どうやら仕事に向かったらしい。

身体を拭いて風呂場から出る。

慶「ふぁぁ……」

詠「……」

欠伸しながら入ってきた慶ちゃんとご対面した。

慶「……」

ぽけっとした表情ながらもじっくりと俺の身体を目に焼きつけているようだ。
俺の自意識過剰かもしれないが、慶ちゃんは目に焼きつけているのだ。
特に陰部を。恥ずかしげもなくじっくり見てる。

詠「出てって」

慶「早くしてね」

詠「わかってる」

この間で優に10秒は経っていただろう。

慶ちゃんは「別に気にしないのになー」なんてのんきに言いながら脱衣所もとい洗面所を出た。

詠「悪い。もういいよ」

慶「本当に早いね」

と言いながら慶ちゃん再び入室。
パンツはいただけだから。

慶「お兄ちゃんって結構いい身体してるね」

下を隠してもまじまじ見てくる。デリカシーの無い妹だ。
おまけにペタペタと触ってくる。

詠「そんな触るなよ」

慶「照れてる~。私も結構鍛えてるんだ」

ほらほら、と自分の腕を見せつけてくる。
引き締まった程よい肉付きで、生活が乱れてる割には健康的に映える。

詠「綺麗だな。夜も早めに寝ればもっと綺麗になれるのに、もったいない」

慶「お兄ちゃんは、もっと綺麗な方がいいの?」

詠「お兄ちゃんじゃなくても、もっと綺麗な方がいいと思うけど」

慶「ふーん」

詠「慶ちゃんも学校、遅れないように行きなよ」

慶「うん、今日三限からだから大丈夫だよ」

詠「そっか」

朝食を食べ終える。
洗濯が終わるまで時間があるし、歯を磨いたり、髪整えたりしておこう。
一通り自分の洗面が済む。

慶「お兄ちゃん、まだ出ない?」

ちらっとこちらの様子を見て慶ちゃんが尋ねてきた。

詠「ああ、洗濯物干したら出る」

慶「じゃあ髪梳いて?」

自分でやれ、と思ったが時間もあったので引き受ける。
妹のお願いはあまり無下にできない。頼られるのは好きでもある。

櫛が引っ掛かるところは手で梳いてやる。
時折、頭をポンポンなでなでしてやると、慶ちゃんは小動物がうっとりしたように気持ちよさそうな顔をする。

慶「これ好きぃ」

兄に甘える妹の無邪気な笑顔。
俺もそれが大好きなのだ。

詠「はいはい、おしまい」

離れようとすると、正面から腰に手を回してぎゅっと抱き付いてきた。

詠「どうした?」

慶「私、お兄ちゃんのこと好きなの本気だから!」

詠「わかってるって」

抱きしめ返して頭を撫でる。
これは妹に対する愛情表現……ということにしておきたい。

ピピッ! という洗濯終了の合図が俺たちの間に割って入った。

詠「お、終わったか。じゃあ干したら行くから」

俺はテキパキと洗濯物を干して会社に向かう。

慶「行ってらっしゃい」

わざわざ玄関まで見送りに来てくれた。

詠「行ってきます」

慶ちゃんは扉を閉めるまでひらひらと手を振ってくれた。

中断します。

出勤中、会社の前で肩を叩かれる。

蓮「よう」

詠「蓮さん! おはようございます」

蓮さんは少しニヤついた表情で俺の隣を歩く。

蓮「凛に告られたんだってな?」

ドキッとした。

詠「え、ええ……すみません」

蓮「何を謝ってんだよ。お前だったら任せられる。凛のことよろしくな」

爽やかに笑って言われた。
まだ返事してないんですけど……。

なんだかんだ妹想いな蓮さんのことだ。
「付き合ってません」とか言ったら殺されるのでは?

詠「はは……」

なので俺は愛想笑い。

その後、蓮さんの妹さんの話を聞かされつつ、事務所に入る。

葉月「おはようございます」

蓮「おう、おはよう」

詠「おはようございます!」

葉月さんはすでに出社。朝から働く頑張り屋さんだ。
そんな彼女は俺に気付くと、トテトテとやってきて眩しい笑顔を見せてくる。

蓮さんと二人で眩しさに目を逸らす。

葉月「詠くん! 卯月ちゃんのことよろしくお願いします!」

蓮「ん?」

詠「はは……」

乾いた笑いしか出てこない。
俺はその場で土下座した。

蓮「ちょ……」
葉月「ええっ!?」

詠「申し訳ございません」

この二人なら話してもいいだろうと思い、昨日あった出来事を説明する。

2人ともそれぞれの妹が俺に告ったことは把握済みだったらしいが、何を勘違いしたのか付き合うことになると思ったらしい。

蓮「あー、そうだったのか」

葉月「ご、ごめんなさい。私ったら勘違いしてしまって」

詠「いえ、僕の方こそごめんなさい。いろいろありすぎて頭こんがらがってます」

蓮「だよなぁ……まさか義理といえど姉妹からも交際を申し込まれるなんてな……」

葉月「詠くんはいい子ですからね」

詠「それで、誰が好きとか、まだそういうのわかんないので保留にしてる状態です」

うーん、と二人は考え込む。

蓮「恋愛感情が曖昧に感じる原因は間違いなくお前の姉妹たちだろうな」

葉月「そうですね。お姉さんたちから向けられる好意が当たり前すぎて、他の女の子のアピールに気付かないって感じで育ってますよね」

蓮「鈍感は作られるものなのか……」

葉月「もともと詠くんの持つ恋愛感情が乏しいっていうこともあると思いますけど」

蓮「とにかく、誰かが傷つくのは避けられないからな。ウジウジ悩むよりきっぱり決断しないとダメだ」

詠「それは分かってるんですけど……」

葉月「そうですよ渋谷くん。青木くんは今誰が好きかわからないっていう状態ですから、好きかどうかわからないのに一人を選ぶなんて全員に失礼ではないですか?」

蓮「一理あるが……」

うむぅ……とまたみんなで考え込む。
俺は一緒に悩んでくれる先輩に申し訳ない気持ちになった。

蓮「ならいっそ全員振れば?」

葉月さんは「え?」という感じで、一瞬ゴミを見るような眼で蓮さんを見た気がするが、気のせいだろう。
あの聖人みたいな葉月さんが、天使のような笑顔の葉月さんがそんな顔するわけない。気のせいに違いない。

葉月「うーん、確かに詠くんの気持ちを尊重すべきですよね」

蓮「要するにそういうことだよな」

詠「自分で決める……」

蓮「そういうこと。ま、相談には乗るからよ」
葉月「私たちを頼ってくださいね!」

詠「はい、ありがとうございます」

しかしあれこれ悩んでも時間は待ってくれず、気が付けば夕方。

未央「おっはよーございまーすっ!」
茜「おはようございますっ!!!!」
藍子「おはようございます」

三者三様、元気な挨拶をいただいた。

詠「おはよう」

未央「今日はどんな仕事が待ってるのかなー?」

ルンルンと俺に聞いてくる未央ちゃん。

詠「ごめんね。今日もレッスン」

茜「レッスンですか!! わかりました!!!!」

やる気十分の茜ちゃん。両の拳をぐっと握る。
未央ちゃんはというと眉間を抑えながら変わらぬテンションで

未央「知ってました。ええ、知ってましたとも!」

とか言って笑ってる。

詠「でも急にどうしたの?」

未央「まあ、レッスンも結構やったしそろそろお客さんの前でライブもいいかなーなんて」

どうやらモチベーションは高いらしい。

藍子「未央ちゃんってばずっと『武道館まだかなー?』って言ってるんです」

楽し気な様子で藍子ちゃんが教えてくれた。

詠「ははは、武道館とは目標高いなぁ」

茜「目標は高ければ高いほどいいものですよ!!」

詠「そうだけどさ……」

自信無いなぁ……。

未央「プロデューサーがそんなんでどうすんのさ! 見てよ! 私たちはこんなにやる気だよ!?」

藍子ちゃんをチラッと見ると、彼女も胸の前で小さくガッツポーズを作った。

詠「善処するよ」

何だか元気をもらえる。

詠「三週間後にミニライブあるから、まずはそこからだな」

茜「何ですとぉっ!!?」
未央「聞いてないよ!」
藍子「ええっ!?」

詠「ごめん。言ってなかった」

まあ三週間後だしなぁ……。

未央「やるじゃん、プロデューサー! こうしちゃいられないね!」

藍子「そうだね。もっとたくさん練習しないと」

茜「では、今から走ってレッスンルームに行きましょう!!」

未央「走らないよ!」
藍子「走らないよ!」

詠「気を付けて行ってらっしゃい」

俺は3人を見送ろうと立ち上がった。

未央「せっかくだし、あれやっとこうよ!」

詠「あれって何だ?」

未央「これこれ!」

と言って未央ちゃんは藍子ちゃん、茜ちゃんと円になってお互いの右手を重ね合わせた。
ちょうど一人分入るスペースを開けているので、俺が入るのだろうと察しは付く。

詠「はは……」

ちょっと照れくさいながらもフレッシュな雰囲気にあてられたのか俺もその輪に加わって三人の手の上に自分の手を重ねた。

詠「……」

未央「プロデューサー」

詠「何?」

未央「気の利いたこと言ってよ」

昨今のJKは唐突にこんなことを振ってくるのか。
茜ちゃんも目を輝かせてこちらを見ている。
藍子ちゃんは苦笑い。俺を気の毒そうに見ていた。

詠「てか考えとけよな……」

少しだけ考えて一つ咳払いした。

詠「三週間後のミニライブ絶対成功させるぞー!」

「おー!!」と三人が合わせる。

俺は満足げに笑う三人の頭を、頑張って来いという思いを込めて撫でる。

未央「わ、何をするぅ!?」
茜「プロデューサーさんなりの気合注入ですね!」
藍子「わぁっ! えへへ……」

彼女たちはもう一度気合を入れ直して部屋から出て行く。
俺も一緒に廊下に出て、事務所のドアの前で見送った。

詠「うーん、我ながらちょっと過保護かな?」

凛「本当だよね」

突然後ろから声を掛けられて情けなくも飛び上がりそうなほど驚いた。

凛「ふふっ! 詠さん驚き過ぎ」

口元を片手で押さえて笑っている。

詠「な、あ……」

一方で俺はというと、昨日あった出来事を思い返してしまいばつが悪いと感じるばかりだ。
ていうか気まずい。

しかし凛ちゃんはさも気にしてない様子で俺に話しかけてくる。

凛「おはよう、詠さん」

詠「あ、うん、その、おはようございます」

凛「どうしたの? そんなに慌てて」

詠「いや、そんなことないです」

凛「嘘、昨日のこと気にしてるんでしょ?」

図星を付かれて狼狽えたけれど、何とか頷くことができた。

凛「あーあ!」

そう言って急に大きくため息をつく凛ちゃんにまたしても身体がビクつく。

凛「さっき兄貴から聞いたよ。卯月にもお姉さんたちにも告られたって」

詠「あー、その、はい……まあ……」

俺は渋りつつも肯定する。というか蓮さん口軽いな……。

凛「別に責めてないからね。なんとなく、お姉さんたちが詠さんのこと好きなのわかってたから」

凛ちゃんは笑顔で言ってくれる。また「兄貴はデリカシーが無い」と付け加えた。
しばらく沈黙したが、意を決して自分の想いを相手に伝える。

詠「あの、正直好きって気持ちよくわからなくて……昨日ずっと考えたんですけど……」

凛「ごめん。私が負担になるようなこと言ったよね」

詠「いえ、そんなことないです」

凛「でも……」

詠「凛ちゃん、聞いてください」

そう言うと凛ちゃんは口を噤んだ。

詠「告白されたの、嬉しかったです。凛ちゃんの想いに誠実に応えたいです。だから、もうしばらく待ってもらっていいですか?」

凛「……うん」

俺は言い切れたこと、返事をもらえたことに対して安堵した。

凛「詠さんのそういうとこも、好き」

顔を赤くした凛ちゃんが俺とは目を合わせずに呟く。

詠「ありがとうございます。でも、社内ではあんまりそういうこと言わない方がいいですよ」

この歳のアイドルにスキャンダルは御法度なのです。

凛「あはは……それもそうかも」

詠「……ちゃんと答え出します」

俺はもう一度凛ちゃんに目を向けた。
答えを出すこと。それは断るかもしれないという意志を突きつけることでもある。

凛ちゃんは真っ直ぐ俺の目を見ていた。
透き通るような瞳から視線を外す。
彼女が着慣れてるであろうカーディガンは少しよれているように見えた。

詠「仕事に戻ります」

凛「うん、私も事務所に入るから」

二人で事務所に戻る。
あまり注目を受けるということは無いのだが、この時は他の二人からの視線が気になった。
蓮さんと葉月さんではない。

凛ちゃんの友人であり、ユニットを組んでる『北条加蓮』さんと『神谷奈緒』さんだ。
ユニット名は『トライアドプリムス』。

北条さんは少し病弱な体質らしいが、それを感じさせないほど明るい子だ。
神谷さんは普段鋭い目つきをしているがアニメが好きらしく、可愛い一面もあると聞く。

加蓮「おはようございます」
奈緒「おはようございます」

二人とも同じ挨拶で俺に軽く会釈したので、同じように返す。

俺は自分の座席に着いてキーボードに手を置いた。
トライアドの三人は事務所にあるソファに座って談笑していた。

加蓮「なんか距離縮まったんじゃない?」

奈緒「だよなぁ。ちょっと前までどうやって話しかけようか悩んでたくらいなのに」

凛「二人とも声でかいよ」

ああ、なんとなく俺の話をしてるのだと察する。
仕事が思うように進まない。

卯月「おはようございます!」

急にかけられた挨拶に対し、変な声で返事してしまった。

卯月「あ、驚かせちゃいましたか? ご、ごめんなさい」

詠「あ、いや、謝ることじゃないですよ。こっちこそ驚いてしまってすみません」

卯月ちゃんに気を使わせてしまった。

響子「おはようございます!」
美穂「お、おはようございます!」

卯月ちゃんの後に続いて入ってきた子たちは『五十嵐響子』ちゃんと『小日向美穂』ちゃんだ。

五十嵐さんは五人兄弟の長女で一番お姉さんらしい。面倒見が良いとよく耳にする。
小日向さんは人見知りなのだろうか、あまり目を合わせてもらえたことが無いが可愛らしい女の子だ。

詠「おはようございます」

卯月ちゃんを含めた三人でユニットを組んでおり、『ピンクチェックスクール』と言う名前で活動している。

デビューシングルのラブレターは俺もたまに口ずさむくらいに好きな曲だ。

詠「みなさん早いんですね」

卯月「えへへっ……今日は三人でお喋りしようって」

響子「そうなんです。お菓子も作ってきたんですよ」

美穂「わ、私はかな子ちゃんに手伝ってもらって……」

卯月ちゃんはクッキー、五十嵐さんがパウンドケーキ、小日向さんはブラウニーをそれぞれ作ってきたようだ。

「詠さんもどうぞ!」と紙皿を渡され、タッパーやバスケットに入っているお菓子をその皿に置いてもらった。

詠「ありがとうございます」

響子「あとで感想聞かせてくださいね!」

彼女たちは蓮さんと葉月さんにも同じようにお菓子を配ると、事務所にあるソファに向かう。

卯月「あ、凛ちゃん! おはようございます」

凛「おはよう、卯月」

二組のユニットは仲が良いみたいで、全員にお菓子を分けながら賑やかに談笑をしていた。

俺はクッキーを口に運ぶ。サクサクほろほろで美味しい。
紅茶が欲しくなる。
そういえば給湯室にあったかな、などと考えながら俺は席を立った。

給湯室にはいろいろ揃っていた。ティーパックも当然のようにあったので一リットル程度のポットに入れて紅茶を作る。

トレイに、今いる人数分のカップを乗せて紅茶を注いで持って行く。

詠「蓮さん、葉月さん、紅茶淹れましたのでよかったらどうぞ」

蓮「お、気ぃ利くな。サンキュ」

葉月「ありがとうございます」

二人は微笑みを浮かべ紅茶を啜った。

談笑しているアイドルの子たちにも「どうぞ」とカップを渡す。

加蓮「ごめんね、私たち何にもやってなくて」

詠「お気になさらず」

凛「ありがとう、詠さん」

他の子たちも、ありがとうございますとお礼を言ってくれた。

俺もデスクに戻り、紅茶とお菓子を楽しみながら仕事を続ける。
彼女たちに貰ったお菓子を全部平らげてから数分して事務所のドアが勢いよく開け放たれる。
俺を含め、事務所にいた数人がビクッとした。

現れたのは聖姉ちゃんだった。
ドアは独りでにゆっくりと閉まった。

詠「ちょ、聖姉ちゃん。びっくりするからさ……」

俺の言葉に意を介することなく、無言でスタスタと俺の元まで歩み寄ってくる。
後ろに立たれて落ち着かない。

詠「何?」

椅子を回転させ聖姉ちゃんに向き直り、腰かけたまま問うと、聖姉ちゃんは俺の椅子を正面、つまりデスク側に戻した。

次の瞬間、彼女は腕を俺の背後から、前に回して抱きしめてきたのだった。
突然の出来事に一瞬理解が追い付かなくなるが、すぐに顔が赤くなっていったのは自分でも分かった。

詠「なななな何してんだよ?」

動揺でどもりまくるがお構いなし。
聖姉ちゃんの顔は俺の顔のすぐ左隣にある。

聖「我慢できなくってな……」

耳元でそう呟かれた。
それだけでもピクリと身体が震えたのに、聖姉ちゃんは耳をハムッと軽く咥えた後、ふぅーっと息を吹きかけてきた。

俺は左肩と左側の首筋を中心にゾワゾワとした感覚に襲われ、思わず椅子から転げ落ちた。

聖「おっと、大丈夫か?」

詠「ばっ、ばばば……バカなんじゃないか!?」

聖「あははは! いや、なんだか急に恋しくなってしまってな。仕事終わりに顔を見たくなった」

詠「俺はまだ仕事中だっての!」

過去最高に取り乱す俺とのんきに笑う聖姉ちゃん。
そんなことはどうでもいいとばかりに、尻餅をついた体勢の俺にさらに迫ってくる。

今度は正面から抱き付かれる。

聖「詠……好き……」

警鐘を鳴らすかのように、心臓とこめかみがバックンバックンと振動し始めた。
無理にでも引き離そうと思ったが、好きと言われると何だか無下に扱いづらくて、俺は硬直せざるを得なかった。

詠「こっこ、ここ! ここ、職場だから!!」

鶏の鳴き声みたいに声を発しながらも、言葉で必死に説得を試みる。

しかしながら一向に聞く耳持たない聖姉ちゃん。
俺はついに諦めようとしたが、聖姉ちゃんの身体が離れていく。

聖「わっ」

凛ちゃんと卯月ちゃんの二人が両脇から聖姉ちゃんを抱えて引っ張ったみたいだ。

凛「詠さんが困ってます」
卯月「お、お仕事の邪魔しちゃダメですよ!」

冷たい声で言う凛ちゃん。
顔を赤くして注意する卯月ちゃん。

俺の目の前には二人の天使がいるように見えた。

中断します。

聖「むぅ……」

顔をしかめて両脇のアイドルをちらりと見る聖姉ちゃん。
渋々といった様子で彼女たちに従った。

俺もようやくパニック状態から我に返る。

詠「そうだぞ姉ちゃん。俺まだ仕事中だから邪魔するな」

立ち上がってそう言った。

聖「詠のくせに生意気だぞ」

詠「何だよそのジャイアニズムは……」

聖「家に帰ったら覚えとくんだな」

詠「はいはい、おつかれさまでした」

聖姉ちゃんはまだ何か言いたげだったが、恨めしそうな顔で俺を見てから帰っていった。

それにしても複雑だ。
凛ちゃんと卯月ちゃんからすれば聖姉ちゃんは恋敵なわけなのだから。

それはそうと一連の事件とも呼ぶべき流れを始終見ていた先輩とアイドル達は様々な反応を見せていた。

蓮「おいおい、あんな聖さん初めて見たぞ?」
葉月「本当ですね~……意外というか……でも可愛かったですよ」

奈緒「な、な、な、な……」
加蓮「うっわ。大胆」
美穂「はわわわわ……」
響子「あははは……」

アイドルたちは全員が顔を真っ赤にさせていた。

詠「帰りたくねぇ……」

さっきの聖姉ちゃんのセリフを思い出して、俺はがっくりと肩を落とした。

蓮「そんで、あんなに取り乱す詠も初めて見た」

詠「すみません、お恥ずかしいところを……」

凛「いつもあんな感じなの?」

詠「いえ、あの姉は積極的ではありますけど、普段はからかってくるような感じで……きっと今のもからかい半分ではあると思いますけど、彼女の本気を多少感じました」

卯月「詠さん、いつもと口調違うんですか?」

詠「はは……猫かぶってるので……」

葉月「帰ったらいやらしいことされるんですか?」

詠「私が拒めば無いと思いますけど、聖は下ネタには寛容なタイプです」

凛「絶対受け入れちゃダメだよ?」

詠「流されるつもりはありませんので」

などと怒涛の質問攻めを食らい、それに答えるのであった。

加蓮「はっ! 実は他のトレーナーさんもあんな感じなの?」

気が付いたように尋ねてくる北条さん。
ソファに座っていた組も当然気になるご様子らしい。

詠「どうでしょう? 妹の慶はそれなりに積極的ですね」

慶ちゃんの話をしたのはいいが、今朝のことを思い出して顔が暑くなってきた。

美穂「ええっ!? そ、その様子だと何かあったんでしょうか?」

詠「も、黙秘で……」

響子「じゃあ明さんはどうですか!?」

これ楽しくなってきてるな。
女の子は恋愛話が好きと聞いたけど、間違いではないのかも。

詠「えーと、明は普段は大人しいんですけど、ちょっと変わったかもしれません」

明姉ちゃんとの今朝の出来事も思い出して、引いてきた熱がまた上がる。

奈緒「詠さん、赤くなったり戻ったり大変だな」

苦笑いする神谷さんだが他の子たちと同じく俺の様子を楽しそうに見ている。

詠「一番上の姉だけが普段通りですね」

もうここまで言ったらしかたないので、麗姉ちゃんのことも先に話した。

蓮「へぇ……やっぱ動じねぇんだなぁ」

葉月「麗さんの指導はみんな受けたことないですね」

詠「そうですね。麗は高垣さん、安部さん、十時さん辺りの指導を主にしてますね」

美穂「す、すごい! みなさん売れっ子じゃないですか!」

蓮「流石だよな。彼女が指導したら確実に売れるって話らしいじゃん?」

詠「たまたまじゃないですか?」

葉月「そんなことないですよ。それに麗さんの指導を受けるには妹さんたちの推薦が必要だとか……」

詠「そんな話聞いたこと無いです」

俺は笑って流した。
姉妹たちがそんな重要なポジションにいるわけないし。

そんなこんなで雑談していると、ポジティブパッションの三人が帰ってきた。
明姉ちゃんを引き連れて。

明「失礼します」

蓮「噂をすればか?」

明「? それよりも蓮さん! トライアドプリムスのレッスン時間ですよ!」

蓮「うぉ! もうそんな時間か!? 凛、奈緒、加蓮!」

「やば、忘れてた」とばかりに四人揃って慌て始める。

未央「たっだいま、プロデューサー!」
茜「まだまだトレーニング足りないです!!」
藍子「おつかれさまです」

詠「はい、お帰りなさい。おつかれさま。帰るなら送ろうか?」

三人とも、うーんと唸り考え込む。

未央「プロデューサー、勉強教えてよ!」

テスト近いんだよねー、と付け加える未央ちゃん。

藍子「私もお願いします」
茜「お願いします!!」

詠「まあ仕事の合間に見てあげる程度ならいいけど……」

未央「やったー!」

詠「てか俺でいいのか?」

藍子「慶さんが、プロデューサーさん頭良いって言ってました」

詠「あ、そうなんだ。じゃあ応接室空けとくから、分からなくなったら俺に聞くこと」

茜「はい、わかりました!!」

応接室を開放すると三人は入って勉強の準備をする。
俺も早めに仕事を終わらそう。

俺は一時間ほどで本日の業務を終了させ、蓮さんと葉月さんに挨拶してから応接室に向かった。

尖らせた口にペンを乗せる未央ちゃん。
分からないのか、うんうんと頭を抱える茜ちゃん。
黙々と勉強してると思いきや、こくこくと眠そうな藍子ちゃん。

おそらく勉強の仕方がイマイチなのだろう。集中力が欠落していた。

詠「勉強捗って……ないみたいだね」

未央「あ、プロデューサー。いやー、全然進まなくってさ」

詠「俺に聞きに来ればいいって言ったのに」

茜「プロデューサー忙しそうだったので!!」

詠「ほら、藍子ちゃんも起きて」

藍子「ふわぁ……」

未央「難しいよプロデューサー!」

詠「今から教えてあげるから……」

アイドルでありながら女子高生でもある彼女たち。
もちろん将来、アイドルだけで生計を立てるわけにはいくまい。
なので学業との両立はしっかりとやってもらいたいところだ。

俺は教科を絞って、一時間ほど講義を行った。当時、得意だった数学。

茜ちゃんは二年生だが、一年生の内容もあまり理解していない様子だった。
未央ちゃんと藍子ちゃんが一年生だったので、まずはそちらの内容を勉強していく。

茜ちゃんは別で数学Ⅱ・Bの補修が必要そうだ。

さて、それぞれ自習に取り掛かろうかというところで応接間の扉が開かれる。

凛「詠さん、勉強を……」

凛ちゃんが入ってきて、言葉を詰まらせた。
卯月ちゃんも不安そうな顔で、凛ちゃんの後ろから様子を見ている。

未央「しぶりん! しまむー! 二人も勉強?」

卯月「は、はい。そうです」

詠「あ、おつかれさまです」

たった今部屋に入ってきた二人も、おつかれさまですと軽く会釈してくれた。

藍子「そういえばプロデューサーさんって凛ちゃんや卯月ちゃんには敬語なんですね」

詠「え? 確かに、そうだね」

未央「お姉さんたちにはめっちゃラフなのにね~」

私たちにもね~と付け加えて笑う未央ちゃんに少し恨めしそうな視線が二つそそがれる。

詠「や、従姉妹というか姉妹だしな」

明「義理のね」

詠「いたのか」

明姉ちゃんは、まあねと言うと、部屋の外側のドアノブに手をかけたまま俺に視線を向ける。

明「一緒に帰ろうと思ったけど……」

アイドル達をちらっと一瞥する。

明「まだ授業中みたいね。頑張ってね先生! 皆さんもうちの弟をよろしくお願いします」

にひひと笑う。明姉ちゃんはあっさり帰ったみたいだ。

六人で行う勉強会。
トラプリとPCSの他のメンバーは先に帰ったらしい。

俺は茜ちゃんと卯月ちゃん二学年の子たちを中心に勉強を見る。

さらに時間は過ぎ、九時頃。
元気よく応接間の扉は開かれた。

慶「お兄ちゃん、帰ろー!」

入ってきた人物に全員が注視する。

詠「びっくりするなぁ……」

慶「あー、お勉強中だったか」

無遠慮に入ってきた慶ちゃんはアイドル達に挨拶をする。
彼女たちも笑顔で返す。
慶ちゃんの性格も関係あるが、歳が近いこともあり、仲が良いらしい。

慶「まだ終わらない?」

詠「うーん……みんなはどうする?」

卯月「もうちょっと頑張ります!」
凛「私は続ける」

二人ともほとんど同時に答えた。

対するポジパはぐぐっと伸びをすると、帰宅する旨を伝えた。

未央「慶ちゃん、一緒に帰ろうよ!」
茜「いいですね!」
藍子「迷惑にならなければ……」

未央ちゃんの提案に少したじろぐも、慶ちゃんは愛想の良い笑顔で了承した。

詠「気を付けて帰るんだぞ」

はーい、と上機嫌な返事が三つ。
四人は、お疲れさまでした、と言って応接間から出ていった。

詠「それじゃあ、後一時間ですけど頑張りましょう」

凛「うん」
卯月「はい!」

相変わらず凛ちゃんはあまり止まることなく解き続けていく。
少しヒントを出せば、答えまでたどり着けるようだ。

ということで俺は大体卯月ちゃんに付きっきりだった。

そろそろ十時になるということでお開きになった。

凛「あーあ、私も詠さんにいっぱい構って欲しかったな」

なんて、深読みすれば失礼に聞こえなくもないことを凛ちゃんが言うのだが、これが全く嫌味ったらしくないのだった。

卯月「えへへ、ごめんなさい」

舌をちろっと見せて、困ったように笑う卯月ちゃん。
凛ちゃんもその様子を見てフッと破顔する。

十時を回ったあたり、さあ帰ろうと立ち上がったのと同時に、またしてもドアが開かれた。

麗「詠……と渋谷と島村の、妹か」

麗姉ちゃんが、予想通りだなといった風に表情を緩める。

詠「あれ、どうしたの?」

麗「いや、さっきレッスンが終わったのだが、詠がまだ残ってると聞いてな。一緒に帰ろうと思ったのだ」

詠「そっか。ちょうどこれから二人を車で送るところなんだ」

麗「そうか、なら私も同行しよう」

詠「了解」

麗「二人もよろしく頼む」

凛「は、はい……」
卯月「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

麗姉ちゃんは妙に威圧感あるからなぁ。二人とも緊張しちゃってるみたいだ。

そうして昨日と同じく車に三人を乗せて送っていく。

凛ちゃんの家の前では、やっぱり彼女の母がお出迎えしていた。
挨拶をすると、にこにこと返してくれる。

凛ちゃんと俺を交互に見て、うふふっ、と嬉しそうに笑っていた。

凛「な、何?」

凛母「何でも~?」

凛ちゃんは、面倒くさいな……と言わんばかりに表情を歪める。
こちらを窺うように、ちらりと視線を彷徨わせて俺と目が合う。
俺は相好を崩して見せるが、それも歪だったと思う。

かっ、と凛ちゃんの耳から頬まで赤く染まり、恥ずかしそうに俯いた。

凛「ば、バイバイ……」

彼女は控えめにちょこっと手を振ると、慌てたのか、もつれた足取りで花屋の奥に引っ込んでしまう。

凛ちゃんのお母さんは、ごめんなさいね、と言ってにこやかに笑った。

俺がもう一度花屋の奥に目を向けると、凛ちゃんが顔を出してこちらを見ている。
自分の母親と俺が話すのが気になるのだろうか。

俺は覗いてる凛ちゃんに小さく手を振って応えると、彼女もまた小さく振り返した。

そして再び凛ちゃんのお母さんに頭を下げ、車へと戻る。

次は卯月ちゃんの家。
こちらも昨日と同様、葉月さんが玄関から出て待っていた。

葉月「詠くん、今日もお疲れさまでした。卯月ちゃんのことありがとうございます」

葉月さんのお礼に倣って、卯月ちゃんも頭を下げる。

詠「いえ、大したことはしてないですよ」

二人の笑顔を見ると、俺も自然に笑みがこぼれる。

葉月「卯月ちゃんのこと気に入ったら、ぜひお嫁さんにどうぞ!」

卯月「お、お姉ちゃん!?」

やめてよー! と両手を振って葉月さんを止める卯月ちゃん。

頭のてっぺんから鎖骨あたりまで真っ赤にさせた卯月ちゃんは、ぐるぐると混乱したような瞳と不安げな表情を俺に向けた。

詠「あはは……私にはもったいない気もしますけど……」

葉月「そんなこと無いですよ。ね、卯月ちゃん?」

卯月ちゃんはカクカクとしたロボットみたいな動きで何回も頷いた。

卯月「逆に、無個性の私にはもったいないくらいです……」

詠「無個性なんてことありませんよ。美味しいお菓子も作れますし、私にも気遣ってくれて優しいですし、それに笑顔も素敵ですし……」

卯月「あ、あ、あ、ありがとうございますっ!」

すごい勢いで彼女は頭を下げる。
俺が彼女の良いところを挙げると、とても驚いていたように口をパクパクさせていた。

卯月ちゃんは顔を上げると、おやすみなさい! と言って足早に家に入ってしまった。

扉を閉められる前に俺もなんとか、おやすみなさいと声を掛けることができた。

葉月さんとも挨拶をして、車に戻る。

麗「本当にみんな詠のことが好きなんだな」

運転席に戻ったら麗姉ちゃんにそんなことを言われた。

詠「え、そ、そう?」

麗「お前は鈍いよな」

詠「そんなこと無いから」

麗「いや、あるだろう……」

社用車を返した帰り道、麗姉ちゃんと並んで歩く。

街灯にぼんやりと照らされる麗姉ちゃんを盗み見る。

正面をキリっと見据え、凛々しく美しい瞳。
ほのかに朱に染めた頬と、柔らかい笑み。
下ろした髪は女性らしく、だが、正しい姿勢は男らしい。

しかし麗姉ちゃん。前は見上げてたように思うけど、今は見下ろすほどに身長差が開いているのか。

麗「どうした? さっきからこっちを見て」

詠「あ、気付いてたの?」

麗「まあな」

詠「そう。別に理由は無いけど……」

俺は顔を逸らした。

麗「そうか」

麗姉ちゃんはただ一言、そう言った。
彼女は今喜色だろうと思わせるような声色だった。

俺は気が付けば彼女の手を取っていた。

麗「……おい」

訝し気に俺を見つめるが、振り解こうとはしなかった。

詠「……手、繋いでもいい?」

そう言うと、麗姉ちゃんはきょとんとした後、空いてる手で口を押さえて控えめに笑い出した。

麗「ふふっ……繋いでから言うのか?」

詠「そういうこともある」

麗「でも急にどうした? お姉ちゃんに甘えたくなっちゃったか?」

詠「……そうかも」

麗「可愛いやつだな! だったら存分に甘やかしてやる!」

うりゃー!! と言わんばかりに俺は抱き寄せられ、がしがしと頭を撫でられる。
ヘッドロックされてるみたいになっているが、気にならない。

むしろ心地よく、懐かしい気分なのだ。

ほどなくして麗姉ちゃんから解放された俺。
そこから家までは手を繋いで帰ったのだった。

「「ただいまー」」

玄関のドアを開けて、そう声をかけると、居間の方からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

慶「お帰りお兄ちゃん!」

抱きつかんばかりの勢いで俺の前までやってきた。

詠「お、おう……ただいま」

慶「麗ちゃんもお帰りなさい」

麗「ああ、私はついでか?」

麗姉ちゃんが呆れたような視線を慶ちゃんに向けると、そんなことないよぉ、と言ってヘラヘラ笑って誤魔化していた。

詠「あれ、他の二人は?」

慶「明ちゃんはリビングにいるよ。聖ちゃんは寝ちゃった」

詠「そうか」

聖姉ちゃんがまだ早い時間に寝てしまうのは珍しいと思った。

慶「ていうか、いつまで手繋いでるの?」

詠「あ」

俺は慌てて力を抜いたが、麗姉ちゃんはがっちりと握ったままだった。

麗「別にいいだろう? それとも慶、嫉妬してるのか?」

そう言われた慶ちゃんは顔を赤らめて、むすっとした表情で麗姉ちゃんを見た。

慶「嫉妬ってほどじゃないけど……何か妬ける」

ふいっと麗姉ちゃんから顔を逸らして、俺の方をちらちらと見ている。

詠「どうした?」

彼女の答えは聞けなかったが、空いてる右手をとられる。
そこに俺の意思なんか無く、ぐいぐいと引っ張られた。
靴を放るように脱ぎ捨て、ずかずかと居間まで連れていかれた。

詠「ちょっと慶ちゃん」

玄関ではやれやれと、いつの間に手を離した麗姉ちゃんが、俺の靴を整理していた。

明「お帰り~」

のんびりとした調子で、ソファにてくつろぐ明姉ちゃん。

ただいま、なんて言う暇も無くソファ――明姉ちゃんの隣――に座らせられる。

明「どうしたのよ?」

訝し気な様子で俺と慶ちゃんに問う明姉ちゃん。こっちが聞きたい。

詠「いや、わからん……」

かろうじて、何が起こってるか分からないことを伝えられた。

そんなことはお構いなしに、慶ちゃんは俺に跨ると、俺の顔を押さえて向かい合うように固定される。

詠「だから――」

――どうしたんだ? と問う直前に、俺の口は慶ちゃんの口に塞がれた。

詠「!?」

合わせるような軽い接吻から、何度も求めるようなものへとその質は変わり、果てには舌を入れて快楽に身を任せるような激しいキス。

突然のことであったのと、激しさを増すごとに力が抜けていく感覚に、俺は抵抗することができなかった。次第に官能的になっていく感情。

明「こ、こら!!」

まずは驚き、呆然としていた明姉ちゃんが我に返って止めに入る。

麗「慶っ!」

次にリビングに入って現状を把握した麗姉ちゃんが駆け寄ってくる。

二人は慌てて俺から慶ちゃんを引き離した。

明「あんたってば、油断も隙も無いわね、本当に!」

慶「てへ、ちょっと気持ちよくなっちゃって……」

麗「まったく……」

てへ、じゃないよ。
俺だって下が大変なことになっちゃったんですけど……。

明「詠もなんで抵抗しないのさ!」

詠「や、急に襲われたら無理だぞ、多分」

麗姉ちゃんは呆れたのだろう、溜め息を吐く。

麗「アプローチは自由とは言ったが、そういうことはお互いの合意の上でやるべきではないのか?」

慶「お兄ちゃん……イヤだった?」

うわ、こっすい。上目遣いで甘えるような視線を向けられ、耳に優しい猫撫で声を聞かされれば嫌とは言えない。

詠「嫌じゃないけどさ……」

ついつい妹に対して甘くしてしまう。

慶「これで合意の上だね!」

明「ずるい!」

麗「詠も慶に甘いんじゃないか?」

詠「そうかも」

少しだけ怒られる。

明「なら私もしていいよね!?」

明姉ちゃんが突然そんなこと言いだした。

詠「ちょっと落ち着いて」

明「そうじゃなきゃ不公平よね?」

詠「本当に待って、今されたら我慢できるか分からん」

明「しなくていいわ! 最後までしよう!」

この子目が血走っていらっしゃる。
暴走している明姉ちゃんを何とかしてなだめる。

麗「こら、明も何言ってるんだ。落ち着け」

最後の良心である麗姉ちゃん。

麗「姉の私が先だろ」

そんなことはありませんでした。

結局、俺は姉二人にキスすることでようやく解放されるのだった。

詠「やばい」

部屋に戻った俺は沈んだ気持ちでそう呟いた。

何がやばいのか、それはもう明白で、ここ二日で姉妹――というか我が家――の貞操観念みたいなものが著しく変化してしまったらしい。

とにかくやばい。

義理とはいえ、何年も同じ家屋で過ごしてきた姉妹に発情するのもやばいのだが、そんな彼女たちが特に気にすることもなく俺を襲ってくるということがやばい。
それを嫌だと思ってない俺もやばい。

つまりは常識的な思考が麻痺しつつあるということが、俺に危機感を抱かせていた。

自分で言うのもなんだが、俺は硬派な男である……はずだ。
しかし信じられないことに、たった二日で軟派な人間へと早変わりしてしまったではないか。

そんな急激な変化に困惑している。
当然、卯月ちゃんや凛ちゃんに後ろめたいという気持ちが拭い切れずにいるのだった。

詠「とりあえず風呂」

気分転換という意味も込め、次に何をするかをわざわざ口に出す。

廊下に出て数歩離れたところにある洗面所。風呂場には誰も入ってないらしい。
というのも暗闇が如実に示してくれていた。

上を脱いで下を脱ぐ。
下着を脱ぐ際、陰部に若干の引っ掛かりを与えて俺は少し顔を顰めた。
ぺちりと下腹をたたくモノ。

詠「変態だな」

戒めるように、あるいは忌々しく独り言を呟いた。

入浴中、俺は先の出来事を反芻していた。仕事のことを考えようと目を閉じるが、どうにも姉妹たちの積極的な姿がその思考を妨げる。
結果、俺は勃起したり萎縮したりを繰り返して悶々と苦悩した。
何度か自分の陰茎を握ってはみたものの、なかなか扱くことができない。
やはり姉妹をネタにして……というのは罪悪感が凄まじい。
結局一発も射精せずに風呂から上がる。

普段なら俺は風呂を上がって裸のまますぐに歯を磨くのだが、今日は、いや、おそらく今後もそんなことはしないだろう。
姉妹に性的な目で見られることを怖いと思ってしまった。
もちろん自分も彼女たちで興奮するし、性的な目で見ることもある。
だが襲ったことはない。

今日、無理やり接吻されたとき、ちょっと怖かった。それは襲われた人間にしか分からないものなんだろうと思った。

なので自室で俺は服を着てからまた洗面所に戻ることにした。

寝る準備はつつがなく整い、俺は二十三時を回ったあたりで就寝する。

次に目を覚ますのは五時半くらいだろうか……。
と思っていたのだが、人為的に起こされるような感覚で飛び起きた。
明らかに不十分だという睡眠の感覚であったが、もう一度眠りにつくには状態が異常であることに気が付いた。

中断します。
次回がっつりR要素入るのでお気を付け下さい。

詠「な、何やってんの?」

聖「夜這い」

一点の曇りもなく、迷いなく、淀みなく、清々しく、聖姉ちゃんは言い切った。
彼女が早く寝た理由だが、聞かずともわかったような気がする。

詠「ちょっと、服は?」

聖「もう脱いだが?」

何を今更……とでも言いたげに小首を可愛らしく傾げて見せている。

詠「何やってんだ!」

聖「だから夜這いだ!」

小声で怒る俺に、何故かキレる聖姉ちゃん。

聖「ちょっと黙ってろ」

詠「何を……うわっ……」

驚いて声が出たのも束の間、呼気が荒く漏れ出る俺の口は聖姉ちゃんの口で塞がれたのだから。

彼女の口は俺の唇を覆うように、あるいは食らうように包み込んで離さない。
目が慣れてきた頃にようやく聖姉ちゃんの顔が遠ざかる。

外から入り込むわずかな光が、唾液で濡れた姉ちゃんの唇を、艶めかしく照らし出す。

ありったけの火薬を詰め込んだかのような心臓は、俺の全身に隈なく血を巡らせる。

どっくん、どっくん、と文字通り頭に血が昇り何かを言おうと口を開けるが、言葉が紡がれることはない。
それを発するための口ごと聖姉ちゃんが食べてしまった。

姉ちゃんの舌が俺の舌に絡み付き、入念に唾液を交換させている。
貪るように求めるため、時折、歯がカチカチと音を立てて騒ぎ出す。
歯に響く不快感は絶妙な快感の香辛料へと変わる。

お互いにどんどん息が荒くなり、ついに抱きしめ合う。強く、強く。
決して華奢なわけではなく、健康的で引き締まった細身と、女性特有の柔らかさ、出るところは出ている肉付きの良さなど、それらは俺の理性を失わせるには十分すぎる要素だった。

詠「聖姉ちゃんっ!」

聖「詠、来て」

俺は上体を起こすと、聖姉ちゃんを自分の腿に乗せて、抱きしめ合ったまま接吻を続ける。
それから押し倒し、聖姉ちゃんに愛撫する。
俺の舌は聖姉ちゃんの口を離れて、首筋をなぞるように幾度も往復し、次に耳を犯す。

聖姉ちゃんの左耳を甘噛みしたり、舌を入れたりする度に、彼女の口から甘い吐息と淫らな喘ぎ声が漏れる。さらに身体を、ぴくっ、ぴくっ、と小さく震わせ始める。

聖「うぁっ……あっあっ……詠っ……詠ぃ!」

声が一層大きくなる。
耳元で発せられるそれが、俺にさらなる嗜虐心を与えた。

俺の右手は彼女の左手と指を絡めて繋ぎ合わせているので、空いた左手で彼女の身体に触れる。
右耳を優しく触り、時に強く握り、柔らかな頬をなぞり、唇を触わる。

姉ちゃんは俺の指を赤子のように舐めて、吸う。指先からぞわぞわとした感触を受ける。
口内の天井を指で優しく撫でてやると、言葉にならない喘ぎ声と、びく、びく、と震える身体で応えてくれる。

俺は姉ちゃんの口に突っ込んでた指を引き抜くと、自分の口に入れる。
その様子をまざまざと見せつけた。

聖姉ちゃんの紅潮しきった顔、汗でしっとりと張り付いた髪、目じりに浮かべた涙。
彼女は自分の口に入ってたものが義弟の口に入るのを認めると、羞恥と驚きで複雑に歪んだ表情を見せた後、潤んだ瞳を逸らした

俺はいつもとは違う見慣れぬ聖姉ちゃんに、大いに興奮していた。
普段の大きな態度や、下ネタを恥ずかしげもなく口にする下品な姉はどこにもなく、しおらしさや羞恥心があるばかりだ。

聖「ふぅっ……ふあぁぁっ……!!」

愛撫を続けると、先ほどよりも大きく痙攣する聖姉ちゃん。

詠「ダメだよ、聖姉ちゃん……声、我慢しなきゃ、止めちゃうよ」

聖「嫌だっ! 止めないで……続けて……最後まで……」

詠「じゃあ、ちゃんと我慢して?」

聖「うん……」

俺はこの時、嗜虐心に満ち満ちていたに違いなかった。というのも後から冷静になって考えればという話なのだが……。

こくりと頷く聖姉ちゃん。素直な返事は珍しい。それだけで可愛らしく、愛おしい。

俺は愛撫を再開した。
またキスをして、今度は下へ。
鎖骨を左の人差し指で撫で、舌を胸に這わせる。
脇を厭らしく触った後、双丘の突起に触れぬように、指と舌で何度も円を描いた。

必死に漏れ出る声を押さえようとしている聖姉ちゃんが可愛くてついつい虐めたくなってしまう。

ぴくぴくと腰が浮き沈みを繰り返してるのに気づき、俺は一度間を置いて彼女の乳首をきゅっと摘まんだ。

聖「ああああっ! ……っ!!」

慌てて、両手で自分の口を押さえる聖姉ちゃん。
懇願するような涙目になっていて、俺の腹辺りにびりびりと電撃が走っていくような、奇妙な快感に襲われる。
思わず口端が吊り上がってしまいそうだ。

詠「聖姉ちゃん……」

聖「違う、違うんだ……止めないで……」

俺の服を無造作に鷲掴みにしている。

詠「しょうがないな。じゃあ声出ないようにしてあげる」

相変わらず胸を掌で撫で、先を指で転がす。
彼女の声は、俺が口を塞ぐことで、漏れ出るのを防いだ。
代わりに、ぴちゃぴちゃと淫靡な音を立てる。

俺は息を荒げて、彼女の腹を撫でてさらに下に手を這わせる。
陰部に触れないままさらに下、太腿に手を這わせ、臀部を弄る。
指を割れ目の中心まで近づけるが決して触れない。

俺は聖姉ちゃんの唇や舌の動き、微妙に変化する表情で彼女の反応を窺いながら、それに興奮しているのを自覚していた。

聖「はぁっ……はぁっ……! もう、我慢できないぃ……詠ぃ……」

聖姉ちゃんは目の端からは涙を、口の端からは涎を、それぞれ流して、くしゃっとさせた顔で縋ってくる。

詠「聖姉ちゃんっ!!」

もう一度、抱きしめる。今度は優しく。

聖「詠っ!!」

彼女も俺の首に手を回したまま、さらに身を寄せる。

一旦、聖姉ちゃん距離を離し、俺は下の寝間着と下着を順に脱いだ。
暗がりの中で、血液を集中させて激しく勃起した陰茎を剝き出しにした。

聖姉ちゃんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに恍惚とした瞳を向けて俺の陰部に手を伸ばす。

ぴとりと、鈴口に触れる指先。それだけで絶頂してしまいそうな快感に襲われる。
続いて、恐る恐る指先で、つつ、と裏筋を経て陰嚢までなぞった。

聖「き、気持ちいいのか?」

詠「ま、まあ……」

無邪気に聞いてくる聖姉ちゃんに、恥ずかしがりながら俺はそう返事した。
聖姉ちゃんはさっきとはうって変わって、にま~っとした笑みを浮かべる。

聖「そうか、そうか」

喜色満面。それからも――これは? これは? と触っては気持ちいいかどうかを尋ねてくる。正直に言うと、恥ずかしい。

聖「なあ、舐めたら気持ちいいのだろう?」

普段の調子を取り戻したように挑発的な微笑み。
しかし顔は真っ赤で、舐めることに対して若干の躊躇いと期待感が見え隠れしている。

詠「そ、それは……上手な人は、まあそうだけど……」

俺も童貞ではない。経験人数は少ないが、愛撫の技術に個人差があるのは確かだ。

てか、聖姉ちゃん処女っぽいな。
初めてにこだわってたのが何となくわかった気がした。
というか初めてのくせにキスは上手いな。

俺があれこれ考えていると聖姉ちゃんは意を決したようで、舌先でちろちろとソフトクリームみたいに舐め始めた。
どこで知識を得たのか、亀頭にキスするわ、睾丸を吸うわ、舌の先と腹をうまく使い分けるわ、挙句には亀頭を頬張って厭らしい音を立てながら顔を動かし始めるわ……。
どうやら天性のエロ女らしい。
歯を立てられると思ったが別にそんなこともなく、今までで一番気持ちいいほどだった。

聖「ほお? ひおひぃ?」

竿を口に入れたまま喋るものだから、ちゃんと言えてない。
――どう? 気持ちい? と聞いているのだと思う。

詠「うん、やばい……」

刻々と慣れてきたのだろう。
どんどん早くリズミカルになる聖姉ちゃんの前戯。

詠「姉ちゃん、もう、入れたい」

我慢できなくなって俺は覚悟も適当に、ただ自分の性欲に従ってそう言った。

聖「ああ、私も……してほしい」

俺は聖姉ちゃんの陰部に手を触れ、陰唇を広げて指を挿入する。
くちゃ、くちゃ、と姦濫な音を立てると同時に、姉ちゃんが声を押し殺せず、時折、大きく声を上げる。

姉ちゃんの快感が強い部分がどこか反応を窺いながら、膣の中に指を這わせる。
人差し指で狭いそれを押し広げ、逆の指で陰核を刺激する。
そのたびに彼女の身体に力が入り、一定の間隔で絶叫と共に大きく身体が跳ねる。

聖「もう……止めっ……あ、ああああああっ!!」

初めてにもかかわらず、もう何度目かの絶頂。これは才能があるなぁ、と我ながら阿保らしい感想を抱いた。

詠「ほら、もう、びっちょびちょだ」

聖「言うなぁ……」

またしても泣きべそをかいて聖姉ちゃんがしおらしくなった。可愛い。

詠「入れるね」

聖姉ちゃんはこくりと頷く。

俺は聖姉ちゃんを自分の方に引き寄せて……。

――部屋のドアが勢いよく開いた。
俺と聖姉ちゃんはびくっと震えて固まった。

ぱちんと小気味よい音と同時にLEDに光が灯った。
眩しくて、ちょっと目が痛くなる。

明姉ちゃんと慶ちゃんがずかずかと足音を立てて近づいてくるのを半目で捉えた。
そして俺と聖姉ちゃんを引き離す。

聖「な、何をする!」

明「バカじゃないの!? 変態!!」

聖姉ちゃんは絶句。――へ、変態? と目を白黒させている。

慶「お兄ちゃん、早く服着て」

悪寒がするほど酷く冷たい声だった。

詠「はい」

食い気味に俺は返事をして、脱ぎ散らかしてあったパンツと寝間着を素早く着た。
俺と、おそらく、聖姉ちゃんは大興奮し、裸で一線越えようとしてた姿を見られ、死ぬほど恥ずかしい思いをしたのだが、他の姉妹にそんなことはまるで関係無い。

麗「説明してもらおうか?」

基本的に温厚な麗姉ちゃんが憤慨してるとわかる状況。これはまずい。
俺はすっかり冷めてしまったようで、自分の息子も萎縮しきってしまっている。

聖姉ちゃんもさぞ居心地悪いだろうと一瞥すると、未だに興奮冷めやらぬといった面持ちで恍惚とした眼差しを俺に送ってきた。
この姉、本当に才能有り余ってるらしい。
毎日、レッスンやらトレーニングやらで発散してるのではないのですか? と呆れてしまうものだった。

聖「せめて、最後までやらせてくれ!」

往生際が悪いとはこのことか。
若干息も荒いまま、後生だ! と頼み込んでいる姿は我が姉ながら滑稽であった。
先ほどまで、自分も欲望に飲まれてあのような姿をしていたと思うと胸が痛い。

詠「聖姉ちゃん、もう無理だよ。俺もう勃起してないし」

明「何言ってるのよ!?」

明姉ちゃんがいきり立つ。

慶「二人とも、咎められてるんだから自重しようよ」

呆れたように末妹に注意される兄と姉。

聖「詠、思い出せさっきのことを……私が口でしてあげただろ? 気持ちよかっただろ?」

舌をちろっと出して俺に伝えんとする聖姉ちゃんは懲りないやつなのだ。
その爆弾発言に絶叫で応じる明姉ちゃんと慶ちゃん。麗姉ちゃんだけ、額に手を当てて、やれやれと呆れている。
かくいう俺はそのことを思い出して沸々と性的欲求がぶり返してきたのだった。

慶「あ! お兄ちゃん何……ぉち……勃ててんの!?」

途中のセリフはもごもごとしてて聞き取りづらかったが慶ちゃんはそう言って俺を責める。

詠「あ、いや、これは……」

聖姉ちゃんと最後までヤリたいなんて言えないんだけど……。

麗「というか避妊もせずにヤル気だったのか?」

詠「あ、そういえば……」

聖「気持ち良すぎて忘れてた……」

聖姉ちゃんのその言葉で、明姉ちゃんと慶ちゃんが顔を真っ赤に爆発させる。

明「どんだけ夢中だったのよ……」

慶「聖ちゃんずるいっ!」

夢中だったのは認めるが、ずるいってなんだ。

聖「しかし、何故バレたんだ?」

麗「お前たちがうるさいからだ」

明「本当に最低!」

その後もぎゃーぎゃーと言い合いが続いたが、すでに早朝と言えるほど、陽が部屋に差し込んでいた。

あんま寝てねぇ……。

それぞれが落ち着きを取り戻し、居間に移ると、家族会議が始まったのだった。

麗「まず、どうして聖は夜中に起きて詠の部屋に?」

聖「夜中なら誰にも邪魔されずに詠と既成事実作れると思ったからだが……」

麗「だが? だが、なんだ?」

逆接で文末を締めた聖姉ちゃんだったが、それが麗姉ちゃんの気に障ったようだ。
再度問い返す麗姉ちゃんの威圧感は半端じゃない。
これには、さしもの聖姉ちゃんも萎縮してしまう。

聖「……いいえ、既成事実を作ろうと思いました」

ふぅっ、と馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに一息吐くと、麗姉ちゃんは次に俺を見る。

麗「詠も何で誘いに乗ったんだ?」

詠「キスされたら我慢できなくなりました」

俺は俺で自分に正直に答えてみる。

麗「私たちとしたときは大丈夫だったように見えたが?」

詠「いや、大丈夫じゃないって言ったよ」

それが聖姉ちゃんの時にタガが外れたってだけなのだ。

詠「それにけっこう、うん……」

麗「何だ?」

俺は言うのを少し躊躇ったが、姉ちゃんに促されて口を開く。

詠「……溜まってました、はい」

何週間か自慰行為してないので性欲に流されてしまったというのが特に要因としては大きい気がする。

しかし家で自慰行為できるのは皆がいない時、と限られるので、なかなかタイミングが合わないというものだ。

部屋でできればいいのだが、結構な頻度で姉妹の誰かが入ってくるので、落ち着いて自慰行為できない。

聖「私に言えばいつでも抜いてやるって言ってるだろう」

麗「聖、ちょっと黙れ」

明「勝手に発言しないで」

慶「変態レイプ魔」

姉妹三人により聖姉ちゃん一蹴。
慶ちゃんのそれは単なる悪口だね。なかなか酷い言い草である。否定はしないが……。
聖姉ちゃんは俯いて口を噤んだ。

麗「それで詠はどうしたいんだ?」

詠「どうしたいって、どういうこと?」

麗「誰かを選んでもないのに、そういう関係になるのは嫌だと、否定してたはずだったが……」

そうでした。
ごめんね。性欲には勝てなかったよ。

詠「すみません。みんな魅力的過ぎて、我慢が難しかったみたいです」

聖「つまり私に一番魅力を感じたということだな」

笑顔でうんうんと頷く聖姉ちゃん。
ヘイトを溜めるのが随分とお上手になった模様。

詠「いや、ムラムラした状態であんな迫り方されたら聖姉ちゃんじゃなくても多分、ヤッてた」

慶「だってさー」

からからと笑う慶ちゃんは、心底愉快そうだった。

それを聞いて、うっ、と怯む聖姉ちゃんは俺と慶ちゃんを、じとっ、と睨む。

明「ていうか、それって、誰でもよかったってことよね?」

少しキレ気味に俺に聞いてきたのは明姉ちゃん。

詠「いや、誰でもってわけじゃないけど……」

そこでぱっと浮かんだ顔が数名。

詠「姉ちゃんたちと慶ちゃんなら間違いなく……あと凛ちゃんと卯月ちゃんでもヤバかったかも」

聖「好意を寄せられてるからって調子に乗りすぎじゃないか?」

明「あんたが言うな」

俺は姉妹の会話を聞きながら、先ほど浮かんだ数人の恍惚とした表情を思い浮かべていた。
やはり聖姉ちゃんとの行為が尾を引いているのか、他の子ならどういう表情をするのかと考えてしまった。

勃った。もう限界。

詠「ちょっとトイレ行っていい?」

恥を忍んでトイレで抜こう。
行ってらっしゃいと麗姉ちゃんに許可をもらい席を立つ。

四姉妹の視線が俺の股間に集中してた気がするが、それは思い過ごしというやつだろう。

トイレに入り、鍵をすぐに閉めてズボンとパンツを一緒に下ろした。

詠「……」

その頃には聖姉ちゃんとの行為を思い出していて、過去最高レベルでギンギンになっていた。

俺は立ったまま自分の陰茎を握り、上下にしこしこ動かす。
不完全燃焼ということもあって、すぐに射精しそうな感覚が襲ってくる。

カラカラと、左手でトイレットペーパーを大量に手に取り、無造作に引きちぎる。
全身が震えてきて、自分の息が荒くなっていくのがわかる。

詠「うっ……はぁ……はぁ……」

大きく息を吐きながら、初めての性行為で射精した時と同じような快感を味わい、余韻に浸った。

詠「今までで一番凄いかも」

息を荒げたままそう呟くと、扉越しに、がたっ、と不自然な音が聞こえた。

詠「……」

これは聞き耳を立ててる。
その現場を押さえるために俺はあえて演技をすることにした。

詠「やば、全然治まんない」

独り言を外に聞こえるように言いながら、トイレットペーパーで白濁色の粘液体を拭き取って水に沈める。

詠「もう一回、出すか」

俺はそう言いながらパンツとズボンを履き直す。
扉越しに生唾を飲み込む音が確かに聞こえた。むっつり性欲魔人共め。

詠「よし……」

俺は一つ気合を入れて鍵を解錠してすぐにドアを開けた。
ごつっ、と鈍い音。続いて、いったー! と姉妹の悲鳴が聞こえて扉の脇から廊下を確認すると、バタバタと倒れた四姉妹が引き攣った笑みでこちらを見ていた。

詠「おい、こういうのが嫌だから、俺の性欲が溜まるんだよ」

俺がトイレから出て見下ろしながら言うと、彼女たちも立ち上がり、汗を流しながらも不敵に笑ってみせていた。

明「へ、へー。みんなが使うトイレでオナニーするんだ?」

慶「パブリックスペースで、す、するんだー」

動揺しているが、こいつらまるで反省してない。それどころか、俺のせいにしやがる。

麗「す、すまない」

素直に謝った麗姉ちゃんは許す。

詠「聖姉ちゃんも何か言えよ」

聖「これが詠の精子の匂い」

いつの間にか入れ替わりでトイレに入っていた聖姉ちゃんは、恍惚の表情を浮かべながらそんなことを呟いていた。

便器の前で深呼吸する姉の姿は、変態以外の何者でも無かった。

詠「聖姉ちゃん、いや変態、出ろ」

聖「出る!? 詠のどこから何が出るって!?」

何をどう聞き間違えたのか、変態という言葉はスルーで食い気味に俺に迫ってきた。

聖「手伝うぞ!」

詠「いいから!」

力づくで姉を追い出して、流していなかったトイレの水を流す。

聖姉ちゃんは残念そうな顔で流れていくトイレットペーパーを……うん、見てなかった。見てなかったってことにしよう。

詠「俺もう寝る。次は邪魔しないで」

賢者になって落ち着いたら、疲れてしまった。
自分の部屋に戻って布団を被り、すぐに眠気に従った。

次に起きたのは七時を回ったあたりだった。

詠「あ、ランニング」

ウェアに着替えて居間に行くと、麗姉ちゃんがすでに朝食を作っていた。

中断します。
今さらですが、コレジャナイ……という感想は一切受け付けておりません。

それとまずいことに書き溜めが半分を切りました。

大丈夫、コレです

聖姉ちゃんはどうしてこうなっちゃったの...?

食卓を囲んでいるのは彼女の他に聖姉ちゃんと明姉ちゃん。
慶ちゃんは相変わらず朝に弱いみたいだ。

詠「おはよう」

「「「おはよう」」」

三人の声が重なる。

詠「早いね」

麗「お前がいつもより遅いんだ」

明「まあ昨日、誰かさんのせいで全然眠れなかったみたいだし?」

聖「まったく、そいつはけしからんやつだな」

明「聖ちゃんのことでしょ!?」

憤慨する明姉ちゃんを、まあまあ、と笑っていなす聖姉ちゃん。
明姉ちゃんは呆れ半分、半眼で聖姉ちゃんを睨んでから、俺にその顔を向けた。

明「詠、今日はランニングお休み」

詠「ん、わかった」

俺は適当に返事をして食卓の席に着いた。

詠「いただきます」

玉子焼き、焼き鮭、味噌汁、白米、おひたし、などと少し凝った和風の朝食。
俺は箸を玉子焼きに伸ばす。

詠「美味しい。麗姉ちゃんが?」

麗「ああ、それだけでよく分かったな」

そう言いつつも麗姉ちゃんは、特に驚いたり、嬉しそうにするということもなく、味噌汁を啜っていた。

詠「まあね」

俺も彼女に倣って味噌汁を啜る。

詠「それより、ごめん」

麗「何がだ?」

詠「起きるの遅くなって……朝食も任せちゃって……」

麗姉ちゃんは急に立ち上がって俺の目の前まで来ると、コツン、と俺の頭に拳を落とした。

麗「気にしすぎだ。姉ちゃんはそんなに頼りないか?」

目を白黒させる俺に麗姉ちゃんがそう言い放った。

詠「そんなこと……すっげー頼りになる」

麗「いつからか、詠は人に甘えることを忘れてしまったようだな」

麗姉ちゃんに、ぎゅうっ、と抱きしめられる。

麗「昨日みたいに、いっぱい甘えてごらん。私は精一杯応えてやるからな」

詠「ん、ありがと」

聖「私は……?」

明「ダメに決まってるじゃない」

両手の指をうずうずとさせて聖姉ちゃんが俺に詰め寄るが、明姉ちゃんがそれをブロック。

慶「おはよー」

慶ちゃんも、なぜか早めに起きて、俺が起こす手間は省けた。

詠「今日は早いね」

慶「一限あるし、まあ、たまにはね」

と、頬をかいて視線を逸らす。

姉妹たちはそれぞれ出勤、登校の準備を終えて玄関は混雑し始める。
俺は彼女たちの見送り。
自分もあと一時間程度で家を出るが、何となくそうすることにした。

詠「行ってらっしゃい」

麗「ああ、行ってくる」

麗姉ちゃんは俺に近づいて、その柔らかな手で優しく頬に触れると、彼女の唇を俺の唇に重ねた。
ふわっとした柔らかな感触と、ふわっと漂う色香のような――何とも表現しづらい――ものが、俺の脳内に鋭敏に伝わってくる。

麗姉ちゃんはすぐに唇を離すと、何も言わずに微笑んで外へ出た。

聖姉ちゃんや明姉ちゃんも同じように俺に口付けしてから出ていく。

慶「お兄ちゃーん、行ってきます!」

ぴょん、と勢いよく抱き付いてくる慶ちゃんは、唇を食べるように接吻をして離れると、にぱ~、と快活に笑った。

詠「お、おう。行ってらっしゃい」

勃起するので本当にやめてほしい。
本格的に、姉妹たちのことを女性として意識するようになってしまったらしい。

詠「すっげぇ、抜きたい」

家事は珍しく彼女たちがやってくれたみたいなので俺はやることが無かったが、この時間に自慰でも……。

ほとんど開き直った自分の心は少しばかりの罪悪感をリードで引っ張ってはいたが、結局自室で性欲をぶちまけた。

さっきの唇の感触を、あるいは昨日の聖姉ちゃんとの行為を思い出しながら扱いたアレからは、昨日と同じくらいの量の白濁液が飛び出した。

俺が会社に着いたのは十時を少し回った頃。
社内は特に変わりなく、蓮さん、葉月さんと挨拶を交わして書類の整理に移る。

蓮「詠、今日も来るのか?」

蓮さんは昨日の、(普段は)クールなベテランのトレーナーである青木聖がデレデレで義理の弟に襲いかかるという、事件が起こってからその後の様子が気になるらしい。

詠「さあ、どうでしょう?」

あまり知られたくない俺は言葉を濁す。

葉月「あれから何もなかったんですか?」

聞き耳を立てていた葉月さん。彼女も気になっていたようだ。

詠「……えっと、少しばかり生活の乱れを感じます」

正直に意見を述べると、どういう意味だ!? と二人から突っ込みが飛んでくる。

蓮「ということは一線越えたのか?」

詠「いえ、ギリギリセーフです」

葉月「ギリギリ!? それはもうアウトだと思うんですけど……」

そうです。多分アウトですね。

そんな感じで仕事をしながら、あれこれ問答を繰り返していた。

蓮さんや葉月さんにはある程度喋ってしまっても構わないと俺も思っている。

蓮「あー、こりゃ凛が聞いたら悲しむぞ」

葉月「卯月ちゃんもですね」

詠「すみません」

蓮「や、まあ、いいんだけどよ。ただ、身内だし、俺は凛を贔屓することにはなるからな?」

葉月「蓮くんと同じく、私も卯月ちゃんの応援しますよ!」

二人とも自分の妹の話になると少し誇らし気である。

葉月「ただ、詠くんが選んだことには文句を言うつもりはありませんよ」

蓮「そういうこと。自分でしっかり決めるべきだろ、こういうことはさ」

詠「そう……ですね」

自分が流されやすいのは黙ってた方がいいのだろうか……。

仕事を続けて、気が付けば十四時。
我が姉は唐突にやってくる。

聖「詠いるか?」

蓮さんと葉月さんの注目を浴びながら聖姉ちゃん登場。

ちょっと二人とも、玩具が来た! みたいな顔しないでください。
そんなワクワクしたような二人に軽く会釈して聖姉ちゃんは綺麗な足取りで俺のデスクにやってきた。

詠「どうしたの?」

聖「休憩中だ」

詠「俺に用?」

聖「冷たいな。会いに来ただけだぞ」

詠「や、昨日俺にあんなことしといてさ」

聖「あ、ああ……夜のことはすまん」

違くって! 昨日の夜じゃなくて、昨日の昼!

ちらっと先輩二人を窺うと……ほら! すっごいにやにやしてる!
これは、また弄られるんだろうな。

詠「外であんまベタベタするのは無しだよ?」

聖「家ではいいのか!?」

詠「常識の範囲内でなら」

聖「私の常識でいいか?」

これは嫌な予感しかしない。

詠「ダメ。家でもキス無し、ハグ無し」

聖「キスは今朝したし、ハグもいいだろ!」

今朝のは不意打ちだからノーカンだよノーカン。
内心でそう思っておく。

詠「キスはあれでおしまい。手なら繋ぐよ」

聖「ケチ!」

詠「うん?」

昨日襲ってきたのは貴女だよね? という気持ちを込めて視線を送る。
聖姉ちゃんは、うっ、と怯むと納得いってないような表情で俺を睨む。

聖「お前はそうやって弄ぶんだな?」

詠「人聞きの悪いことを! もし弄んでたら姉妹全員と退廃的な生活を過ごしてるよ」

うんうんと頷く蓮さん。最低だ、と訴えるような眼で見てくる葉月さん。
というか、会話を聞かれていることが、今更ながら恥ずかしい。

そしてドン引きの姉。

聖「お前、何というか、そんなやつだったのか……」

詠「いや、弄んでないんだからいいでしょ別に。それとも弟離れする気になった?」

聖「それとこれとは話は別だろう!」

彼女自身、下ネタは好きで自分はヤリたいのに性にだらしないやつは嫌い、というよく分からない女性である。
これが俗に言う処女ビッチというやつか。
そう思ったけど、俺に対しては性に関してオープンすぎるというか……。
つまり、限定ビッチ? ……まあ何でもいいや。

あれこれやり取りをして聖姉ちゃんは戻っていった。

詠「すみません、お見苦しいところを……」

蓮「愛されてるのな」

蓮さんが唖然としながら言う。義理とはいえ、姉弟で先ほどの話をしていたのが驚きのようだ。

葉月「というか、キスとかハグって何ですか?」

葉月さんは別に知りたくないけど、と聞こえそうな様子で尋ねてきた。

詠「そのまんまの意味です」

葉月「はあ……」

曖昧な返事でげんなりと返すのが彼女の精一杯のようだ。

葉月「蓮くんは凛ちゃんとそういうことできますか?」

蓮「いや、考えたこともないし、想像もできない。てかキモイだろ」

葉月「ですよね」

葉月さんは男の兄弟いないじゃないですかー。なんて言えるはずもなく。

蓮「でも詠の場合、義理だからなぁ」

蓮さんはフォローをしてくれる。

葉月「何年来の姉弟なんでしょうか?」

詠「彼女たちとは十年くらいですかね」

葉月「そんなに長いのに恋愛感情に発展したんですか?」

蓮「まあ、今まで何もなかったのが不思議だと思おうぜ」

詠「いえ、恋愛感情はだいぶ前からあったと言ってましたよ」

蓮「お前が鈍感なだけか」

葉月「好きな子とかいなかったんですか?」

詠「学生時代に他の女性とお付き合いしたんですけど、何というか、なぜか上手くいきませんでしたね」

蓮「あー、多分お姉さんたちのせいだろうな」

葉月「詠くんシスコンですからねー」

そんな感じの話、昨日も聞いたんですけど。
というか付き合ってすぐにエッチだけはしたなんて言えない。

詠「シスコンは認めますけど、姉ちゃんは関係ないですよ」

蓮「お前、自分から告ったことないだろ」

詠「何で分かったんですか?」

この人エスパーだ、なんて思ったりした。

葉月「それは詠くん、流されやすそうだし、告白されて付き合って結局普段と変わらずに家族優先にして振られちゃうって感じですかね?」

俺の質問に答えたのは、なぜか葉月さんで、彼女の言ってることも大方合っていた。
あれ? エスパーが二人。

蓮「想像できるなぁ……なるほど、それで恋愛に臆病って感じか」

葉月「だから答えを引き延ばしにしてるんですね」

詠「ええ、まあ、そういうことです。『好き』なんて言われて、適当に流されて付き合ったものの、結局、一月で別れてしまいましたからね。もうそういうのはウンザリなんですよ」

童貞は捨てましたけど。
にしても、思い出したくないなぁ……。

『私とはセックスできれば、それでいいんでしょ? 性欲の捌け口だけにされるのは嫌』

とは唯一の元カノの言だ。
確かにデートらしいものはしてなかった気がする。姉ちゃんと予定が……とか言って彼女に対して真摯な態度ではなかったんだ。
今となっては遅いが、今となって分かったことでもある。

彼女とは特別な存在。
その認識が弱かった。姉妹と同列に考えていたわけだから。

このまま結婚するんだろうなー、とか適当に考えてた当時の自分が恥ずかしい。
できるわけがないし、できても続くわけがないのだった。

ちなみにセックスと言えば、彼女と別れた後にサークルの行事とかで一夜限りのお付き合いということも何度かあったな……。ちょっとした黒歴史になりそうな気がする。

詠「さっさと付き合った方がいいのかな……?」

デスクを見ながらぼそりと呟く。
アイドルのスケジュールをチェックしようとホワイトボードを見ると、ぎょっとした顔の先輩二人と目が合った。

詠「な、何ですか?」

蓮「何ですか……じゃねえよ!」

葉月「誰と付き合うおつもりで!?」

詠「えぇ……」

食いつき良すぎるでしょこの人たち……。
というか二人も結婚について考えた方がいいと思いますけどね。

二人に攻められたじたじしていると、ようやく事務所に数名のアイドルが入ってくる。

未央「おーっすプロデューサー!」

茜「プロデューサー元気ですかーーーー!! 私は、元気っですっ!!」

藍子「こんにちは、詠さん」

我がポジパの面々だ。
これにて質問攻めの流れはぶった切られた。

詠「や、こんちはー。助かったよ。やっぱ俺の愛しのアイドルちゃんたちだー」

未央「へへっ、プロデューサーの愛しの未央ちゃんだよー」

茜「愛と気合と元気があれば何でもできますからね!!」

藍子「詠さん……」

ノリノリでリアクションを取ってくれるのは未央ちゃんと茜ちゃん。
藍子ちゃんは何故か物悲しげな表情で首を横に振った。本当に何故だ。

藍子「そんなことばっかり言ってると、また誰か勘違いさせちゃいますよ?」

詠「え、勘違いって何?」

呆れたような眼差しで俺を見て溜息を吐く藍子ちゃん。
そのまま俺の横まで来ると、フッと軽く笑って柔和かつ優し気な雰囲気で俺の横を通り過ぎていった。

ちょっと今の何!? 藍子ちゃーん!?

葉月「詠くん、聞いてます?」

蓮「というか付き合うとしたら誰なんだ?」

く、しつこい。
解放されたと思ったらされてなかった。

詠「うーん、誰か一人にしろって言われてもすぐには……」

蓮「じゃあ、お前が一番タイプなやつで選べばいいんじゃないか?」

詠「うーん、タイプですか……」

一番俺の好みの顔は……卯月ちゃんなんだけど……笑顔がたまらないし、可愛い。
でも姉ちゃんたちや凛ちゃんを傷付けたくない。
っていうのはきっと俺のエゴなだけ……。
誰かを選ばなきゃみんな辛いだろうし……。

ああ、ハーレム系の主人公って凄いんだなぁ……。あんなにいろんな人から好意を向けられて、悪気なんて微塵も無くのらりくらりと躱すんだからさ。

あれ? それって最低じゃない? 好きって言ってんのに伝わってないってことでしょ?
そのうえ自分は罪悪感も無いと……。悪意すら感じる。

という人間に俺は片足を突っ込んでいるというのか……。悲しい。

まずはこの状況を認めて受け入れないとダメってことだ。
そして他の女の子との接触もなるべく避ける。

さて、ハーレムを早々にぶち壊そう。

そんな決意をした日の夜。

蓮「お疲れさん。そんじゃ詠、凛のことよろしく」

葉月「お疲れ様でした。卯月ちゃんのこともよろしくお願いしますね」

詠「はい、お疲れ様です。テストは明日からですので、これでおしまいですよ」

蓮「あ、そう。残念だったな凛。最終日だからって迷惑かけんなよ?」

凛「う、うるさいな。早く帰ったら?」

蓮「愛しの詠の前なのにそんなこと言うなよ」

頬を赤く染め、苛立った様子で蓮さんを睨む凛ちゃんだったけど、俺のことを指摘されるとさらに顔を真っ赤にさせてうぐっと、言葉を詰まらせる。

葉月「卯月ちゃんもお勉強しっかりね。点数伸びなかったら詠くんに申し訳ないし……でも最後の日だし、しっかりと彼のハートを射止めなさい!」

ビシッと人差し指を卯月ちゃんに向けてご指導ご鞭撻を怠らない葉月さん。
俺はもうこの人のキャラがどうなってるのか全く分からない。

卯月「お、お姉ちゃん! 恥ずかしいからやめて! 詠さん、こんな姉でごめんなさい!」

対して卯月ちゃんはお姉さんに、わっと文句を言うと、俺に振り返ってぺこぺこと頭を下げていた。

詠「はは……」

もう笑えばいいと思いました。

けれどもやるべきことは全力でとりかかる。

俺達は応接室に移動して勉強を始める。

詠「そうそう。卯月ちゃん、数学かなりできるようになりましたね! ちゃんと復習してるんですね、偉いです! 教えた甲斐があります」

卯月「えへへ……詠さんのおかげです!」

今日は何だかいつもより距離が近い卯月ちゃん。
ふわっとした癖っ気の長髪から、これまたふわっとしたいい匂いが俺の鼻腔をくすぐった。

卯月「あれ、詠さんどうしたんですか?」

多分、顔が赤くなったのだろう。
自分でも分かるほどに顔が熱くなっている。

詠「いえ、何でもないです」

ふいっと顔を背けた先には、じぃっと見つめてくる凛ちゃん。
ムスッとした表情に吸い込まれそうな瞳、何だか責められている気がしてしかたがない。

詠「凛ちゃん……?」

凛「別に?」

まだ何も言ってないよ!
好意を持たれてる相手二人から板挟みにされてるのって息苦しい。

詠「あ、あの、凛ちゃん……わからない所ありませんか?」

凛「別に」

いやぁ、きついっす。
突き放すのも突き放されるのもきつい小心者の俺はいったいどうすればいいんでしょうか。

がっくりと項垂れるが卯月ちゃんも勉強に集中し始めてこちらを見ていない。

しかたないのでしばらく二人の様子を見ているが、特に勉強に躓くこともなく手持無沙汰になってきてしまう。

どうしようかなんて思っていたら、応接室の扉が開いて慶ちゃんが顔を覗かせる。

慶「やっほ、卯月ちゃん、凛ちゃん、お兄ちゃん」

卯月「あ、こんばんは!」

凛「こんばんは」

詠「よ、てかまた来たの?」

慶「あ、酷いんだ! せっかくこんなに可愛い妹が来たって言うのにさ! それはそれとして、お兄ちゃんがいたいけな華のJKにいかがわしいことをしてないかチェックしに来たんだよ?」

詠「しないってば」

俺への信頼薄すぎるだろ。

慶「ちなみにお姉ちゃんたちはJKの若さという武器に為すすべもなく勝手にダメージを受けてお帰りになられましたー」

詠「あ、そう」

本当どうでもいいけど、姉さんたちの悔しがってる様子が目に浮かぶな。特に麗姉さんはアラサーだし、もしかしたら婚期に余裕無いかもしれない。

慶「ま、実を言うといかがわしい云々は建前で、この子たちがお兄ちゃんにアプローチしてないか心配だというのが我が家の総意なのです」

卯月「ええっ!?」

凛「は、はぁ!?」

詠「ははは、慶ちゃんや聖姉さんじゃあるまいし」

慶「何だとおぅ!」

そう言って卯月ちゃんと凛ちゃんがいるのも気にせず、ソファに座る俺にダイブしてくる慶ちゃん。
そのままの勢いでちゅっちゅしてくるのはやめてほしい。
JKが見てるのでさらに恥ずかしい。

詠「こら、やめ……んむっ!」

慶ちゃんが音を立てながら俺の唇にキスをする。
ついばんだり、舐めたり、吸ったりしてまるで音を鳴らして遊んでるかのように俺の唇を弄ぶ。

慶「えー? 兄妹なんだからいいじゃーん。あ、もしかして汗臭い? さっきまでレッスンしてて汗かいちゃったし……」

俺の太腿に跨って向かい合う姿勢で急に何乙女な反応してんだと思う。
近い。さっきまで汗かいてたとは思えないほどいい匂いするんですけど……。
いつものお風呂上がりのフローラルな感じじゃないけど、女の子の汗ってこんないい匂いなの? なんかえっちだ。

詠「や、べつ、べべ、別に臭くないですけど、ですけど?」

慶「あはは、動揺しすぎー」

凛「慶さん!」

卯月「ダメ~!」

卯月ちゃんと凛ちゃんは二人がかりで慶ちゃんを俺から引き剥がそうとするが、慶ちゃんも負けじと俺にしがみついて抵抗している。

慶「やだぁっ!」

にこにこ笑ってるのは彼女たちに対する余裕の笑みか……。
とにかく楽しそうだ。

慶「んぉっ!?」

いきなり、素っ頓狂な声を上げる慶ちゃんだったが、みるみるうちに顔が赤くなって俺の太腿をズボンの上から触る。

慶ちゃんが声を上げた拍子に卯月ちゃんも凛ちゃんも何事かと手を止めてしまった。

慶ちゃんの手が腿から股間へと徐々に移動していき、突起にちょこっと触れると、むふっとゲスっぽい笑いを浮かべて見せた。

詠「慶ちゃん! ここ事務所だからっ!」

俺の慌てっぷりにびくりと驚くアイドル二人。
彼女たちの純情を汚したくはない……。

慶「お兄ちゃんさぁ……」

詠「待てって!」

慶「勃起してるね?」

詠「わあああああ! してないしてないしてないしてにゃぁぁああ!!」

慶「ほら、卯月ちゃん、凛ちゃん見て?」

詠「いい加減にしろって!」

卯月ちゃんも凛ちゃんも完全に動きを止めて、慶ちゃんを取り押さえるのを止めてしまったようだ。

俺はすぐさま慶ちゃんを引き離そうとするが、ぎゅっとしがみついたまま俺の後部へと器用に移動すると、ぐいっと両手を後ろで捕まえられ、上半身の動きが取れなくなる。

慶「ほら、卯月ちゃん、凛ちゃん、触ってみていいよ? 妹の私が特別に許可しちゃう!」

詠「許可するなっ! 二人とも駄目だから!」

おろおろとする二人、欲求と俺の言葉の板挟みに葛藤しているようだ。

慶「本当はお兄ちゃん溜まってて、触ってほしいんだよ。ほら、あんまり抵抗しないでしょ?実は昨夜も聖ちゃんに迫られてセッ〇スしそうになったんだから!」

こいつぅ……べらべらと本当のことを話しやがって!
あら、アイドル二人は頭の上から首まで真っ赤にさせちゃって、初心な反応をしていらっしゃって、可愛らしいこと。
ごめんね! 俺のせいで汚れちゃうね!

凛「ご、ごめん詠さん……」

最初に動いたのは凛ちゃんだった。
恐る恐るかと思いきや、結構思い切ってぎゅむっとズボンの上から俺の陰部を触りましたとさ。やっばい、背徳感とか罪悪感とかいろいろあるけど、それらがいい感じでミックスされてて、気持ちいい。

いやいや、とにかく言い訳無しに気持ちいいかも。
昨日抜いたのにすぐに復活するからダメだこりゃ……。

じゃなくて! 流されちゃダメだろ! 何とか止めさせないと……。

凛「硬い。骨……みたいかな?」

卯月「り、凛ちゃん……」

凛「卯月も触って、みる?」

相変わらず真っ赤っかな卯月ちゃんはこくこくと頷いて、恐る恐る手を伸ばす。

詠「待ってください卯月ちゃん。流されちゃダメです。学校のテストで良い成績だったら私にできることなら何でもしますから、今は我慢してください」

卯月「な、何でも……」

ゴクリと生唾を飲む卯月ちゃん。意外とむっつりなのか?

卯月「で、でででで、デートでもいいんですかっ!?」

と思いきや華も恥じらうJKらしく、要求してくることが俺的に何段階かランクダウンしたので助かった。

凛「詠さん、私は?」

詠「凛ちゃん、触りましたよね?」

凛「ノーカンってことで……」

詠「でも触り……」

凛「すみません、無かったことにしてください」

ソファに座る俺の横で頭を下げる凛ちゃん。そこまでするのか……と俺は困惑してしまったが、土下座しそうな勢いすら見せていたので、俺はしかたないなーと言って凛ちゃんに顔を上げるように促す。

詠「じゃあ凛ちゃんは学年で30番以内を取ってください。そしたら何でも言うこと聞きますよ?」

凛「言ったからね。約束だからね」

これでもかというほど念を押すように問い詰めてくる凛ちゃん。
そんなに必死にならなくても……と思わなくも無いが、それよりもなんて効果覿面なのだろうか。
俺が条件出して何でも言うこと聞くよと言っただけでこんなにあっさり引き下がるなんて……。

慶「あれ? 何さ、つまんないなぁ……」

詠「おい慶ちゃん、そろそろ離せ。もう一生口聞いてやらんぞ? あと、俺の部屋に入るの禁止にするし、起こすのもやめるし、ていうかもう接触するの禁止」

慶「わー、ごめんなさい! 調子に乗りすぎました! もうしません! 許してください!」

詠「うん。ていうか、女子高生とこんなことしてるのばれたら俺即行クビで刑務所行きになるし、慶ちゃんたちとも事務所でいかがわしいことしたら俺すっごい処分くらうから止めてね?」

慶「むぅ……」

膨れてないでマジでお願いします。
俺もそうだけど、姉ちゃんたちは後先考えない所あるから怖いんだよな……。まだ常識があるのは麗姉ちゃんくらいだよ。

詠「本当みんなも勘弁してよ? 俺この仕事まだ辞めたくないよ」

ちょっと汚いけど、みんなも辞めてほしくないでしょ? というニュアンスを含めているつもりだ。相手の好意を利用しているようで罪悪感に襲われる。

卯月ちゃんも凛ちゃんも俺に謝ると、本当に申し訳なさそうにしょぼんとしていた。

詠「慶ちゃんも……ね?」

慶「うん、わかった」

聞き訳が良くてお兄ちゃん嬉しい。でもトラブルを作らないのがお兄ちゃん一番嬉しいから、今度からは大人しくしてほしい。

俺のすごい釣り竿も、ナニも釣れないものだから次第に張りが収まっていった。

慶「じゃあ続きは帰ってからでいいよ……」

詠「ぶふっ……!!」

噴き出して思い切り咳き込んじゃったじゃないか。
何言ってんだこの義妹は……。

詠「しない! この子たちの前で変なこと言うな! 本当にごめんねバカな妹で!」

慶「私は本気だよぉ。お兄ちゃんの性処理するよ?」

夜のテンションだからなのか分からないが、下ネタ全開の慶ちゃんのせいで卯月ちゃんと凛ちゃんは耳を真っ赤にして俯いてしまってる。

詠「いらない。一人でできるし……じゃなくて、変なこと言うなって!」

慶「聖ちゃんとは……」

詠「いや、いいからもう帰れって。卯月ちゃんと凛ちゃん、勉強するから。それに女子高生に聞かせる話じゃないだろ」

俺は慶ちゃんの言葉を遮った。
何のつもりか分からないが、俺から慶ちゃんに対する好感度はすこぶる低下してるんですけど。

慶「そうかな私は興味あったけど」

詠「あっそ、俺は興味無い」

卯月「勉強、続けましょう?」

凛「詠さん、ここ分からないから教えて」

二人はすでに勉強する気満々で凛ちゃんも珍しく分からないところを教えてほしいと言ってくれた。

詠「あ、もちろんいいよ。ちょっと見せて……あー、じゃヒントあげる。この場合分けまではいい感じ。後はこの式とこの式を比較してみて? 同じグラフに書いてみて視覚化するといいよ」

凛「ん……あ、そっか。この二式は接点無いんだね」

詠「そうそう。もう答え出たね、流石凛ちゃん」

凛「ん、ご褒美は?」

詠「へ? ご褒美?」

ずいっと頭を向けてくる凛ちゃん。
な、なんかたまーに大胆だよなこの子と思いながら、彼女の頭に触れる。
サラサラの長髪を梳くように指先で撫でてやると、目を細めて俺の方に身を寄せる。
続いて髪の流れる方向に沿って手全体で撫でる。
凛ちゃんは甘えるように俺の胸に頭を、ぽす、と乗せて上目を使って微笑んだ。

何だこの子。ちょー可愛いんですけど……。
いつものクールっぽい感じとのギャップが堪らないんですけど……。

中断します。メリクリですね。
なぜ私は聖なる夜にこんな駄文を投稿しているのか……。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

ポジパは残念ながらこの作品ではPにこれ以上接近することはありません。
実はこれとは別にエロ展開を無しにしたCEROA版を執筆しております。
そちらは姉妹が登場しつつも、ポジパメインでアイドルとプロデューサーの恋愛青春群像活劇的な感じで話を展開しています。
まだまだ書き溜めも無く、投稿予定も全くありませんが、今書いてるお話が終わってまた何かssを書きたくなったら、
そちらを完結及び投稿しようかなぁと思っております。

>>163
エロコメ的な展開に向いてる性格の方が扱いやすかったってところですね。
それと四姉妹の中で『実は下ネタを一番言いそう』なイメージだったので。
完全に偏見ですね。ベテラントレーナーファンの皆さん、すみません。
でもちょっぴり変態でエッチな聖姉ちゃんを好きになってくれたら幸いです。

中書きが長くなりました。
完結までまだ時間がかかると思いますが、今後ともよろしくお願いします。

詠「って、こらこら、テストで30番以内だったらご褒美でしょう?」

あっぶねー。甘やかすところだったわ。

凛「そうだった。詠さん、急にタメ口になったから距離近くなったなって思ってつい……」

あ、そういえばすっかり敬語が抜けちゃって……まあ物理的に距離が近くなれば抜けもするか。
抜けるってそういう意味じゃありませんからね! って誰に言い訳してるのか俺は……。

というか、つい……、じゃないよ。

凛ちゃんは少し名残惜しそうに俺から離れる。
勉強に戻る前に、俺のズボンに視線を移したのはきっと気のせいだ。
その時の舌打ちしたのはどういうこと? 俺の聞き間違い? きっと俺の聞き間違いに違いない。

華も恥じらうJKが股間の膨らみ具合を見て、不満そうに舌打ちするわけないもんね!

俺が戦慄していると、凛ちゃんの逆側から顔を覗かせる卯月ちゃん。

卯月「詠さん! 私もこれ分かりました! はい!」

問題を解いた答えが書いてるノートじゃなくて、先に頭を出してくるのはどうなのでしょうか。

詠「あ、うん、まずノート見せてね?」

ぽん、と出された頭に手を置いて彼女のノートを受け取るためにもう片方の手を差し出した。
卯月ちゃんは恥ずかしそうに身をよじらせて、おずおずとノートを差し出す。

詠「はい……あれ、答えが違う……」

卯月「え、そんな……」

や、そんな落ち込まなくても……。

詠「うん、うん……でも大丈夫だよ、解き方は合ってるからね。多分途中で計算ミスしてるだけだし、落ち込まないで」

よしよしと頭を撫でる。
卯月ちゃんは、ほんわかとした表情になった。
目を蕩けさせたような表情にも見えたけれど、きっと見間違いに違いない。

慶「ちょっとー、お兄ちゃん?」

何、その責めるような目は……。
やめてくれよ。

もともとはお前のせいだぞ?
変な風に手を出してくるから……。
彼女たちのタガを緩くしたのは慶ちゃんだからね?

詠「慶ちゃん、帰らないの?」

慶「もう遅い時間なのに、一人で帰らせる気? それにお兄ちゃんが何か変なことしないか、その逆の監視も兼ねて残ることにしたよ」

詠「はあ……わかった。けど……」

慶「わかってるよー。もう大人しくしてるから!」

慶ちゃんはそう言うと向かいのソファに座ってスマホをタスタスサッサッと動かし始めた。

俺のスマホからテロリロリン♪と鳴るところから、どうやら俺にメッセージを送っているのだろうか。

詠「あ、ごめんね」

自分のせいで勉強中の二人の集中力を欠かせてしまったことを謝って、サイレントマナーにするためスマホを鞄から取り出す。

機器をパッパッと操作して、サイレントマナーにする。
その間にもどんどんメッセが更新されていく。
何だ何だ……と10秒に1メッセ程の勢いで来る通知に困惑しながらアプリをチェックすると、『青木姉妹(兄弟)』と記されたグループの未読メッセージを表す数字が増えていく。

『青木姉妹(兄弟)』

慶『お兄ちゃん、卯月ちゃん、凛ちゃんで勉強会なう』
慶『お兄ちゃんデレデレしてる』

聖『けしからん』

麗『そのくらいいいだろう別に』

聖『ダメ』
聖『島村妹も渋谷妹も詠のことが好きなのを姉さんは知らないのか?』

麗『知ってるが、私たちは家で会えるからな』

明『まあ問題無いってことじゃない?』

聖『甘い』
聖『甘すぎる』
聖『そんなんだから未だに結婚できないんじゃないか?』

麗『家に帰ったら憶えておけよ?』

慶『聖ちゃん煽り方上手すぎて引く』

聖『引くって何だ』
聖『?』

明『デリカシーゼロ女ってことじゃない?』

聖『私は帰ったら姉さんの餌食になるが、明は帰ったら私のストレス解消に付き合ってもらおう』

明『やだよ』
明『じゃあ帰ってこないで』

聖『もう家に向かってる』

麗『歩きスマホはやめろ』

聖『早速突っかかってくる』

慶『笑』
慶『それは被害妄想じゃない?』
慶『歩きスマホは本当に危ないから気を付けてね』

明『ていうか、これ詠も見てない?』
明『既読4になってる』

慶『またお兄ちゃん卯月ちゃんの頭撫でてる』

明『は?』
明『何それ』

聖『ロリコンしね』

麗『犯罪はやめてくれよ。頼むから』

詠『誤解です』

慶『何か、問題に正解するたびに撫でてる』
慶『ご褒美だって』
慶『お兄ちゃんマジキモイ』

明『きも』

聖『しね』

麗『気持ち悪い』

詠『二人がやってって言うから』

明『凛ちゃんにも同じことやってるって自白したよ』

聖(蔑んだ目のスタンプ)

麗『言葉も出ない』

詠『勉強に戻ります』
詠『慶ちゃん、実況するのやめて』

慶(難聴系猫のスタンプ)

麗『慶、続けて』

聖(睨みを利かせてるスタンプ)

明『やめたら私のストレスは慶ちゃんに向かうわね』

慶(OKとジェスチャーしている猫のスタンプ)

俺はそこでスマホを置き、二人の勉強に集中した。
正解したら頭よしよしのご褒美は無しにしてもらい、そういったことが姉たちに筒抜けになってることを伝えた。

勉強が終わり、二人を家まで送ったのだが、慶ちゃんは帰路に着くとずっとグチグチと文句を言い、帰ってからも姉妹たちに素っ気なくされたり、愚痴を言われたり、居心地が悪かった。

一体、俺の今後の生活はどうなっていくのだろうか……。

時は流れてテスト明け。

茜「いや~! 全然ダメでした!!」

未央「私も!」

藍子「すみません、プロデューサー……」

詠「あはは……ま、次回頑張ろうね。進学するつもりならなおさら頑張ろうね」

藍子ちゃんは各教科平均以上という普段のゆるふわからは想像できない成績の良さだったのだが、残った二人はそれは酷かったらしい。
未央ちゃんは一年だし、まだ挽回の余地はあるのだが、茜ちゃんは目も当てられないだとか……。
直前に勉強してもあまり効果は無いよなぁ……。
藍子ちゃんは何故か自責の念に駆られてる。貴女のせいじゃないよ。

卯月ちゃんと凛ちゃんはまだ来ていないが、テスト期間中も勉強のために応接室に残り俺と勉強をしていた。
初日の科目が難しかったらしく、それはもう残りの日数は死に物狂いで頑張っていたのだが、結果はどうだったのだろうか。

詠「さ、切り替えて明日のライブに向けて準備しよう。みんなは本番大丈夫?」

ポジパの三人に尋ねると、こちらも元気よく返してくれた。

未央「バッチリだよ! みんなを笑顔にしちゃうからねっ!」

茜「本番って言う響きがもう熱いですよねっ!!」

藍子「はい、任せてください」

詠「頼もしいなぁ。勉強もしっかりやろうね」

未央「うっ、プロデューサー、今日は説教キツイね~」

詠「何言ってんのさ。何事にも全力に取り組む! それこそがポジティブ、そしてパッションだよ」

茜「確かに! プロデューサーいいこと言いました!」

詠「でしょう?」

藍子「私たちもライブだけじゃなく、いろんな仕事にもっと積極的にアプローチしないといけないんですね」

詠「そだよー。そんじゃ最後のレッスン行っておいで」

そうして俺は彼女たちを送り出す。

今日のレッスン担当は聖姉ちゃんだったはず。
俺の担当アイドルユニットってこともあって、歌とダンスを合わせた総合レッスンは厳しく指導していたようだが、彼女たちは筋が良いと言ってたっけ。特に茜ちゃん。
藍子ちゃんはもっと頑張らないとダメって言われてたけど、最近はそういうこと聞かないな。

俺も明日の段取りをチェックしたり、各方面にも確認のやり取りをしたり大変だ。
CDを現地販売して、その場で彼女たちから受け渡し、お客さんと握手してちょこっと会話したりするだろう。
トラブルが無いように気を付けないと……。

あれこれ考えていると卯月ちゃん所属のユニット、ピンクチェックスクールと凛ちゃん所属のユニット、トライアドプリムスの面々が事務所に姿を見せる。

加蓮「やっほープロデューサー」

蓮「おう」

奈緒「よっす、プロデューサー」

蓮「よっすー」

凛「詠さん、こんにちは」

詠「こんにちはー」

蓮「おい、担当プロデューサーである俺への挨拶は?」

凛「は? 兄貴なんだし、別にいらないでしょ?」

蓮「親しい仲にも礼儀ありっつってな……」

凛「はいはい、こんにちは」

蓮「何だ、急に素直だと気持ち悪いな」

凛「うざ……ていうか別にそんな親しくないし」

蓮「まあ、そうかもな。でも家族だろ」

凛「知ってる? 兄妹って一番近い他人って言われることもあるんだよ?」

加蓮「うわ、いつになくキツイね凛」

蓮「もう詠にしか眼中に無いって感じだしな」

奈緒「そんなに好きなんだな……何か羨ましいかも」

加蓮「あれ、奈緒ってば意外と乙女チックだよね」

奈緒「いいだろ別にっ! アニメも好きだけど少女漫画も結構好きなんだからな」

加蓮「あはは、乙女チックなのと少女漫画好きなのは関係無いと思う」

蓮「そうだな。少女漫画好きが乙女チックって完全に俺と一緒の発想だぞ」

奈緒「え、プロデューサーも同じなんだ……」

蓮「ああ、まあな」

奈緒「ふーん、一緒ねぇ……」

加蓮「やっぱ奈緒って乙女チックだよねー」

そんなやり取りを聞きながら俺は明日の計画に再び目を通していたのだが、いつの間にか凛ちゃんが俺の隣に立っている。
逆の横には卯月ちゃん。

卯月「詠さん、こんにちは!」

詠「あ、こんにちはー。二人ともどうしたの?」

凛「詠さん、見て」
卯月「私もどうですか?」

二人が取り出したのは一枚の紙切れだった。
その細長い紙には数字がいくつも並べられており、数字の上部には科目名が書かれていた。
一番端には順位が書いてあり、凛ちゃんはその欄に『27/355』、卯月ちゃんは『89/468』。
なかなか上位に位置しているようだった。
さらに前回との比較もあり、順位はそれぞれ『40↑』、『144↑』と書かれている。

詠「おー、中間からどのくらい上がったかも書いてあるんだ。二人とも大幅アップかな?」

卯月「じゃあ……」
凛「約束」

にこにこ笑顔の卯月ちゃんとギラギラした瞳の凛ちゃん。
そうでした。何でも言うこと聞くってやつ忘れてた。

詠「俺の出来る範囲でお願いします」

卯月「じゃあ、今度一緒にお出かけしましょう! 遊園地行きたいです!」

えー、何この子。ちょー可愛い。
そんなのいくらでも付き合っちゃうんですけど!

詠「うん、いいよ。じゃあいつ行くか後で決めよう」

卯月「はい!」

詠「凛ちゃんは?」

凛「私と結婚」

詠「は?」

えー、何この子。ちょー怖い。
いやマジでちょっと待て。

詠「ごめん、それは無理!」

凛「何でも言うこと聞くって」

詠「言ったけど! 言ったけど! そんなお願いされるとは思ってなかったというか……もっと卯月ちゃんみたいなデートかと思ったんだけど……違うの?」

凛「結婚して」

いやいや、ていうかまだ年齢的にも結婚できないよね?
それに結婚決めるの早いよ。大学出てからでもよくない?
それにアイドルとしてまだ咲き誇ってないよ?

詠「やっぱダメ! ダメ! 結婚は無し! 婚約もダメ! もうちょっと現実的にお願いします」

凛「結婚は現実的じゃないの?」

小首を可愛らしく傾げてもダメ!
上目づかいで尋ねてもダメ!

詠「全然現実的じゃないよ! 俺の気持ちも考えて」

凛「しょうがないなぁ……」

えー、そんなに大仰に溜息吐かれても……なんか俺が悪いみたいだし。

凛「じゃあ考えとくから後で言うね」

詠「うん、わかった。でも既成事実を作るようなことは無しね。そういうのは応じないからね」

凛「……チッ」

今舌打ちした! あっぶねー、良かった釘差しといて。
最近になって大胆過ぎるよ凛ちゃん……。
デートコースにしれっとラブホテルとか入れかねないよな。
しかもそれで捕まるの俺なんだよな。

蓮「詠よ、お前そんな約束したのか……」

詠「すみません……」

葉月「だから卯月ちゃん、いつもより頑張ってたんですね」

俺はゆっくりと床に膝を付けた。

蓮「いや、土下座はしようとしなくていいんだが、何と言うかご愁傷様……。俺も凛がそこまでお前にベタ惚れとは思わなんだ。もはや病的だな」

だったら何とかまともな子に戻してくださいお義兄さん。

葉月「詠くん大変かもしれないですけど、卯月ちゃんのことよろしくお願いしますね」

こっちは安心だなぁ……。

恐らく、姉たちに強引に行けば意外と行けるとか聞かされてしまったのだろうか。
確かに俺は流されやすいし、相手のことを考えるとあんまりノーとは言えないイエスマンだけど、さすがに断ることも覚えていかないと、まずそうだぞ。

中断します。

そんなこんなで翌日。

詠「おはようみんな、今日は頑張ろう」

茜「頑張りましょーーーーっ!!!!」

未央「お、おー……」
藍子「は、はいっ……」

やっぱり小さい会場といえど初ライブだし緊張するよね。
茜ちゃんの心臓だけでなく、毛細血管にも毛が生えたような人は珍しいはずだよね。

詠「二人とも茜ちゃんを……全部とは言わないからちょっとは見習おう?」

未央「って言われても……」

藍子「無理ですよ~……」

詠「うん、知ってる」

茜「何やってるんですか皆さん!! 未央ちゃん、藍子ちゃん! 張り切っていきましょう!!」

ところで今日の茜ちゃんは何か一段と気合が入っているな。
良いムードメーカーになってくれてるんだろう。

詠「茜ちゃん、今日はさらに元気が良くて安心したよ。歌もダンスも二人を引っ張って行ってあげて!」

茜「……」

ん? 何で何も言わないの? 聞こえなかったのか?

詠「茜ちゃん」

ぽん、と肩を叩くとビックゥ! と上下に大きく身体を震わせてこちらを向く。
そんな彼女の額からはあ汗が滝のごとく流れ、瞳は右と左を行ったり来たりしている。

詠「おーい、一段と声がでかかったのって、実は緊張から?」

茜「じ、じじじ、実はそうなんですっ!!!!」

そうなんですかっ!!
これは参ったな、よく見たら茜ちゃんもガッチガチに身体固まっちゃって歩くのもぎこちない。

詠「困ったな。まあ大丈夫、大丈夫。最初のステージなんだから別に失敗してもいいし、あれだよ。別に今日のお客さん、お金払ってる人いないからさ。ただの売り込み。宣伝だよ」

というわけなのでわまり深く考えずに楽しんでもらおうと思ったのだが、どうも緊張感が高まってしまって、それどころでは無さそうだ。

詠「うーん、しかたない」

本番まであんまり時間が無いのだがちょっと電話でもかけてみよう。

俺が繋いだ先は明姉ちゃん。

明『どうしたの詠? 担当アイドルの初ライブで緊張しちゃった?』

詠「あー、まあね。というわけで彼女たちに助言お願いします」

明『はい? 詠じゃないの!?』

詠「どうして俺が緊張するって思ったんだ……」

明『た、確かにそうね……。だけどそう言われてもなぁ』

詠「見事緊張が解けたら、ケーキでも買ってくよ」

明『ケーキは要らないわ。その代わり私とお出かけね?』

詠「お出かけ……?」

明『そう。このライブ終わったらちょっとお休み貰えるんでしょ?』

何で知ってんだよ。

明『はい、じゃあ電話替わって』

詠「あ、うん。でも変な所に連れ回すのはやめてよ」

明『わかってるわよ』

本当かよ? とは思いながらもとりあえずは彼女を信じるしかないか。

詠「未央ちゃん、電話だよ」

未央「え、え、こんな時にいったい誰なのさ~」

困惑し、緊張の面持ちで電話を受け取る未央ちゃん。

明『未央ちゃん?』

未央「え、トレーナーさん?」

明『はい、三女の明です。あなたたちのプロデューサーの義姉です』

未央ちゃんが俺を見る。
ああ、そういえばこいつの姉妹ってトレーナーさんだった、と言わんばかりの意外そうな眼差しが突き刺さる。

明『未央ちゃん、今までやって来たことを思い出してください。貴方達ならできます。ほら昨日の厳しそうなトレーナーも言ってませんでしたか?』

未央「え、何て……?」

明『「バッチリだ」って』

未央「あ」

明『自慢じゃないんですけど、うちの姉、長女と次女なんですけどね? 二人がバッチリっていう評価をすることは珍しいんです。だから自信持っていいですよ。というか自信持ってください。じゃないと姉に本番に弱いやつだって思われますから』

未央「は、はい! 頑張ります!」

明『後、ライブ成功したらプロデューサーもご褒美を用意してくれてるみたいですから楽しみにしてください』

未央ちゃんは緊張の面持ちが解けて少し笑みを浮かべた表情だ。
どうやら効果があったらしい。

その後、茜ちゃん、藍子ちゃんも同じように電話をして、自分の調子を取り戻す。

詠「おー、何か明姉ちゃんのおかげでみんなの顔も良くなった。ありがとう」

明『そうでしょう? 約束通り今度私に付き合ってね。あと、終わったら美味しいもの食べさせてあげなさいよ』

詠「わかったわかった。本当ありがとうね」

明『ん、じゃあね』

詠「うん」

通話を切って彼女たちに向き直る。

詠「どうだ。師匠からのお言葉は」

未央「ははぁ……ありがたき幸せ」

詠「それはちょっと違うと思う」

藍子「でも元気出ました! 緊張も和らぎましたし」

茜「私も私らしく張り切っていきます!!」

よかった、よかった。
これもみんな明姉ちゃんのおかげだな。
ていうか俺しっかりしなきゃだめだ。姉ちゃんに頼ってばっか。

ということもあり、ライブは無事に成功した。

「ありがとうございました! ポジティブパッションでした!」

拍手がぱちぱちと鳴りやまぬ中、散っていくお客さんたちであったが、歌を聞いていた人の中にはCDを買ってくれる人もいらっしゃったようだ。

「歌良かったよ」

未央「あ、ありがとうございます!」

「ありがとう。元気もらっちゃった」

茜「こちらこそありがとうございますっ!!」

「応援するからねー」

藍子「ありがとうございます」

オレンジ色の衣装に身を包んで客に応じるポジパの三人。
小規模の中にしてはよくやった方だろう。

詠「お疲れさまー」

お疲れさまです! と三者三様の挨拶を頂いて、各関係者にも挨拶回りをした。

全てが終わって、時間は八時を回る。
着替えを済まして、いったん事務所に戻る。
俺は書類を整理し終え、ぐぐいっと伸びをする。

彼女たちは待ってくれたみたいで、未央ちゃんが「遅いよー」と言いながら俺の腕を引っ張る。

未央「今日は成功だったよね!」

藍子「頑張った自分たちにご褒美が欲しいです」

茜「美味しいもの食べに連れてってくれるんですよね!!」

明姉ちゃんが余計なことを言ったようだ。
と多少思いつつも、俺は快く彼女たちを連れ出すのだった。

まだ彼女たちとのスタートを切ったばかり、これからもよろしく、と握手を交わすのだった。

中断します。
お話の本筋はここでいったんお終いです。
これから個別ルートに入るのでしばしの間お付き合いの程よろしくお願いします。

すぐに再開して、少しだけ投稿します。

『島村卯月』

しばらく経過し、俺は卯月ちゃんとの約束の日を迎えた。

遊園地に連れて行ってください!
という彼女のお願いを叶えることにしていたのだった。
今回、学校のテストで平均点から脱した彼女は大幅に成績を上げて、俺との遊園地デートを所望したのである。

詠「って早く来すぎたかな……」

デートの待ち合わせ時間は朝の九時に駅前ということだったのだが、今は八時だ。
男なら早く行くべきだとの麗姉ちゃんからのお達しで俺は早めに行くことにしたのだった。

卯月「うぅ……早く来すぎちゃったかも……」

そんな小さな声に振り返ってみれば、数メートルくらい離れた場所に見覚えのある女の子が普段よりも一層おめかしをしていてそわそわと落ち着きなく突っ立っていた。

こちらには気が付いてないようで、しばらく様子を見ているとスマホを片手に何か悩んでいる様子だ。
これはあれだな。
早く着いたことを俺に連絡するか迷ってるとか……?
いや、そんな急かすような子じゃない。
ただ俺と連絡取ろうとしてるってところか?

もしかしたら葉月さんにデート時の振舞い方を聞いているかもしれない。

葉月『今日は卯月ちゃんのことよろしくお願いします』

俺のスマホに着信が来たと思いきや、葉月さんからのメッセージだ。

詠『はい、卯月ちゃんと楽しい思い出作ります』

と返信。
しばらくして、ハートたっぷりのスタンプが葉月さんから送信された。
楽しんで、ということなんだろうか。

しばらくして卯月ちゃんが頭を抱え始めてしまったので、俺は彼女の横にさりげなく移動する。

詠「おはよ」

卯月「ひゃああっ!?」

詠「うおっ!」

卯月「え、えええ、詠さん!? び、びっくりしましたぁ……」

詠「ごめん、驚かすつもりはなかったんだ」

卯月「い、いえ、私も驚いちゃって、すみません」

詠「や、いいってば。それより卯月ちゃんも早く来てたんだ。奇遇だね」

卯月「あ、はい。詠さん、早く来そうだなって思って」

詠「そう? 俺、そんなしっかりしてないよ」

卯月「そんなことないですよ!」

詠「そっかな……?」

卯月「そうですよ」

詠「……」

卯月「……」

間が持たない。
ここは早いところ移動しちゃって遊園地に行こう。
けっこうアトラクションも充実してるし朝から行っても回り切れるか怪しいくらいなので、早く来たのは正解だったかもしれない。
それに今日は休日ということもあって混雑予想なのだ。

詠「じゃあ行く?」

卯月「はい」

こくん、と控えめに頷く卯月ちゃん。
事務所で見るときは基本すっぴんの彼女であるが、今日はナチュラルメイクで女性らしさをより強く感じる。
すっぴんでも可愛いのに、これは…………破壊力があるなぁ。

詠「……きょ、今日さ!」

卯月「は、はいっ!」

詠「卯月ちゃん、その、可愛いね。……や、いつも可愛いんだけど、何て言うか普段よりもたくさん可愛い……」

何恥ずかしいこと言ってるんだ俺は……。
ていうかたくさん可愛いって何だよ。日本語変だろ。
つい口にしてしまったけど気持ち悪いって思われないだろうか。

卯月「え? あ、う、えっと、ありがとうございます……えへへっ」

照れたように笑って顔を赤らめる。
その後も口をもにょらせて、にへらっと無防備な笑顔を見せ続けている卯月ちゃん。

卯月「詠さんも、その、私服似合ってます……」

詠「あはは、ありがと。じゃあ行こうか」

俺は乾いた笑いで誤魔化して、片手を差し出す。

詠「手、繋ごう。デートなんだし」

卯月「あ、は、はい……」

おずおずと握る手は柔らかく、俺の手汗と彼女のわずかな手汗がしっとりと絡み合って、彼女が不快にならないかちょっと気になりながらも、それでもしっかりと握ってくれた彼女に応えるように俺もぎゅっと握り返した。

卯月「指……」

彼女が小さく吐息を漏らすような声量で言った。
聞き取るのがやっとだったが俺は続く言葉を待つ

彼女はふっと息を吐いて一呼吸置くと、若干前を歩く俺を見上げる。
瞳は妖しく濡れていて、化粧のせいで普段とは違う輝きを放つ柔肌に魅せられる。
吸い込まれそうだと思った。彼女の瞳にだけでなく、その全身に自分の身を持っていかれそうに感じた。

卯月「絡めてもいいですか」

一瞬ではなく、数舜の間、俺は息をすることすら忘れそうになる程思考が停止しそうになった。
俺をそこから回復させたのもまた彼女の言葉であった。

卯月「だ、だめですか?」

懇願するような、悲壮すら漂わせた声音に俺は何も言えずに、ただ彼女の望むままに応えてあげた。

卯月「わっ……ありがとうございます」

優しい笑顔。自身の喜びであるはずなのに、慈愛に溢れたような眼差しで、むしろ俺が彼女とこうして手を繋ぎたかったのではないかと思わされる。

俺はすっかり喋り方を忘れたように、首を縦か横に振ることしかできなかった。

中断します。導入こんな感じです。
あと5人分のシチュエーションを考えるのが地味に難しいですね。

めっちゃいいです…
これってオムニバス形式にするの?
それとも全部話が繋がっている感じ?

電車で移動するのだが、全部俺持ち。
卯月ちゃんはお小遣いを葉月さんや、お母さんから貰っていたらしいのだが、俺が全部出すと言って譲らず、結局卯月ちゃんが折れた。

詠「デートなら、俺に全部払わせて」

そう言ったのが決め手だったろうか。
というか高校生に払わせたくない。

あと俺が卯月ちゃんに尽くしたい。
彼女は遠慮がちな所があるから、こういう時くらいは甘やかしたい。
そう思うと、彼女が俺に告白したり時に大胆に迫ってくるのはとても珍しいことなのではないかと思ってしまう。

普段、大人しい子には何と言うか父性がくすぐられるのだろうか?
子供いないから分からんけど……。

電車の中でも手を繋いだまま、席に座って目的地まで向かう。

詠「それにしても遊園地なんて久しぶりに行くなぁ」

卯月「そうなんですか?」

詠「まあね、実家が栃木だったし、家族も多いし、あんまり連れてってもらえなかったんだよね」

卯月「じゃあ今日はいっぱい思い出作れるといいですね!」

卯月「じゃあ明日もまた会えますか?」

詠「うん、明日また会えるよね」

とか言って二人でくすくす笑い合う。

次の停車駅で、ちらと車内のテレビに目を向けると目的の駅までまだ7駅ある。
出ていく客と、乗り込む客が綺麗な流れで入れ替わると、車内に点々とした。
その中に老齢と見えるご婦人がいらっしゃったので俺はパッと席を立つ。
隣の卯月ちゃんも席を立ち、俺と目を合わせた。

困ったように破顔する卯月ちゃん。
俺もきっと同じような顔をしていたのだろう。

詠「代わろうと思って」

と言うと卯月ちゃんも頷いて「私もです」とはにかんだ。

なぜか二人でおばあちゃんに席を譲って目的地まで立ったまま過ごすのだった。

詠「卯月ちゃん、優しいんだね」

卯月「私はそんな……詠さんこそ優しいです」

そうやってバカップルみたいにお互いを褒め合うが、このやり取りをすること自体何だか恥ずかしくなり、卯月ちゃんは顔を赤らめそっぽを向いてしまう。

俺も彼女とは反対の方に視線を逸らし、頬を掻く。
何だか急に彼女を愛おしく感じた。

遊ばせていた手が不意に彼女の手に触れる。
びっくりしてすぐに離れて、手探るようにまた触れる。
触れたり離れたりを数回繰り返してどちらともなく手を繋いだ。

チラチラと視線を合わせたかと思うと、ぱっと逸らす。
それも何回か繰り返して、ようやく見つめ合うのに抵抗が無くなった。
話も振れば返してくれるので、俺は年甲斐も無くドキドキしながら会話を楽しんだ。

車内で十数分くらいして目的地へ。
受付で入場券を買い、遊園地の入り口をくぐって様々なアトラクション、ショップ、マスコットキャラクターを目にしつつ、片手にパンフ、もう片手で彼女の手を引いた。

詠「いろいろあるねー。どれ乗る?」

卯月「詠さんはどれがいいですか?」

詠「俺はいいって、卯月ちゃんに合わせるよ」

卯月「そ、そんな……私も詠さんに合わせますよ」

あー、そういえば卯月ちゃんって遠慮がちな子だった。
ここは俺がリードしつつも彼女の気持ちを汲んでどういう行動をすべきか考えないと……とは言ってもきっと卯月ちゃんのことだから、このままでも楽しいですなんて言うんだろうな。
彼女は自分優先というよりは他人優先だから。

そういや、俺は姉ちゃんたち優先だったし、麗姉ちゃん以外は自分優先だったから卯月ちゃんみたいな子とお出かけって新鮮だ。
俺の理想の彼女像に近いから逆にどうすりゃいいのか分からん。

詠「うーん、じゃあまずあれに乗ろう。ジェットコースター」

卯月「はい!」

詠「絶叫系苦手?」

卯月「大好きですっ!」

うん、満面の笑み。
まあ苦手だったら遊園地行こうなんて言わないよな、多分。

並ぶこと30分。
ようやく俺たちの順番まで回ってきた。
それにしても待ち時間がそこそこ長いということもあって、並んでる間も楽しませるための工夫がアナウンスや装飾、壁や天井にまで施されていて、会話のネタも尽きない。

卯月ちゃんは今緊張の面持ちだ。

詠「だ、大丈夫?」

卯月「はい。でも自分の番が来るって思うと緊張しちゃって……楽しみなのと半分半分っていう感じです」

詠「あー、それ何かわかるかも。乗る前の緊張感ってあるよね」

卯月「そうなんですよ! 前の人の悲鳴が聞こえてくると私も何だか怖くなってきちゃって……」

詠「やっぱ苦手なんじゃない?」

卯月「そ、そんなことありません。乗った後は楽しかったーってなるんです」

詠「そっか」

「何名様ですか?」

キャストに案内されて人数を聞かれる。

詠「二人です」

「ではこちらにどうぞ!」

卯月「一番前ですね!」

詠「ラッキー、なのかな? 前と後ろどっちが良いんだろう?」

卯月「私、前の方がお得な感じします!」

そんなことを言いながら俺たちはアトラクションに乗り込む。
着席後、バーを下ろして、キャストさんが安全確認を行う。

それが終わるとキャストさんの前口上が始まる。

「それでは、行ってらっしゃーい!」

という挨拶と共に手を振って見送るキャストさん。
卯月ちゃんも笑顔で手を振り返している姿が可愛かった。

カタカタ、とレールの上を登っていく無機質な音が俺の耳から入り、緊張感を与えてくる。
隣の卯月ちゃんを見てみると、それはもう青褪めた表情で本当は苦手なんじゃなかろうかとまた思ってしまうのと同時に、そんな彼女の姿が可笑しくってつい笑ってしまう。

卯月「ど、どうしたんですか?」

詠「いや、卯月ちゃんが今まで見たことない顔してて……」

卯月「……本当は怖いんです~」

今更、泣き言を漏らす卯月ちゃん。

詠「あはは、もう落ちちゃうよ……」

すでに乗り物はレールの頂点に達しており、俺はもうどうすることもできなかった。

卯月「きゃあああぁぁぁぁ!!」

落ちていく。
そこそこの高度で上から下まで二秒間。
ぎゅうっと俺の手を握る卯月ちゃんのせいで、落ちていくドキドキを倍で感じる。
目を開けられない落下中の出来事。
彼女の行動は故意なのか判断できないが、俺は彼女の行動があざとさ溢れる故意による行動でもいいと思った。
そのとても長く感じる二秒間、確かに俺は落ちていった。いや、俺たちは落ちていた。

最初の大きな下りを抜けた後も俺たちはコースターの速さに振り回されて、強く手を握り合っていた。

「おかえりなさーい!」

キャストのお出迎えでアトラクションは終了を告げる。
俺は乗り物から降り、卯月ちゃんもよろよろと立ち上がる。

安定とはいえない乗り物から降りるとき、俺は彼女に手を差し伸べ、彼女もその手を取ってくれる。

目尻に涙を浮かべながらも楽しそうに笑顔を浮かべる卯月ちゃん。

詠「大丈夫?」

卯月「はい、楽しかったです!」

詠「俺も楽しかった! 次はどこ行こう?」

この時すでに手を握っていることに何の抵抗はもちろん、違和感も恥ずかしさも無く、初めからこうすべきだったんだとさえ思った。

卯月「あ、詠さん、写真撮られてますよ!」

詠「未来のトップアイドルの写真なんかレアだなよぁ。買ってこう」

よく見もせずに即買い。
この卯月ちゃんも見たことない表情をしていて、新たな一面を垣間見た嬉しさと彼女の可愛らしさを認識できた喜びで満ちる。

卯月「わ、私、変な顔してます……」

詠「そう? とっても可愛いと思うよ」

卯月「え~? 詠さん、お世辞はいいですよぉ」

とは言いつつも嬉しそうに身をよじる卯月ちゃん。
お世辞ではないんだけどなぁ、と俺も少し身をよじりたくなるようなもどかしい気持ちになった。

卯月「詠さんは落ち着いてますよね。というより、いつも……落ち着いてはないですね。いつもではなかったです」

恐らく義姉との絡みを思い出して言い直したのだろう。
そういうことはもう忘れてしまってもいいのですが……。

大事そうに記念写真を抱えて次に向かったのはお化け屋敷。

卯月「わ、私、怖いの苦手です~……」

詠「そう、じゃあ別の所行く?」

卯月「並びます」

何でやねん! ってツッコみたくなったが、ここは口を噤む。
さっきもそうだったが、怖いけど楽しいみたいな。

要はスリルを楽しんでいるのだろう。俺もそういうことあります。
大して得意でもないホラーゲームやったり、姉ちゃんも怖いのにホラー映画見て夜中に泣きついてきたり。

卯月「怖いけど、楽しいんですよね。出た後、結局、楽しかったーってなるんです!」

やっぱりそうみたい。

詠「あと怖いもの見たさとかね」

激辛頼むときの心理みたいな……。
『激辛!』って書いてあると試したくなるあれ。
今回は『激辛!』じゃなくて『最恐!』って書いてあったからどのくらい怖いのか試したくなるよね。

卯月「わかります!」

そんで入ってみたはいいものの、結構長くて、スムーズに行っても15分はかかるらしく、卯月ちゃんは度々悲鳴を上げて終始俺の腕にピッタリ付いていた。
驚くポイントがあるたびにぎゅうっと強く腕にしがみついたり、俺の身体に顔を埋めたりしてきて、俺の心臓も酷く暴れていた。

卯月「こ、怖かったです~」

出てきてからの一言目。
言いつつもしがみついてるものだから、いろんな人に恐らく負の感情を宿したであろう眼差しで睨まれた。

やっぱ卯月ちゃん可愛いから、俺じゃ釣り合わんのかも。
なんて劣等感を覚えてしまうけど、それは彼女に失礼だろうなと思い直す。
こんな自分でも彼女は選んでくれたのだ。
今さら自分の否定をすることは行為を抱いてくれた卯月ちゃんたちの否定と同義なのだろう。

…………。
やっぱ、ちょっと自惚れてるかも。

詠「俺も怖かった~。でも卯月ちゃんがもっと怖がるから途中から守んなきゃって思っちゃったよ」

そぅ言うと卯月ちゃんはキョトンと呆けたが、それは一瞬で、すぐに破顔した。

卯月「これからも守ってほしいです……」

詠「めっちゃ守る!」

やばい、そんなこと言われたら即答しちゃうよ、俺。
だってお兄さんだもん。

卯月「やった!」

可愛くガッツポーズするの禁止。
ってすごく言いたい。何それ、何なの? 

もはや俺誰状態で、こんなにテンション上がったというか、感情値高まってるのは我ながら珍しい。

それからも今までに無いくらいの感情の揺さぶりを多く経験するような時間を過ごした。

昼食を取り、他のアトラクションにも乗り、パレードを見て、あっという間に夜。

観覧車に乗ったのはいつ以来だったか。

もう終わりだな、という感覚が俺を支配する。

詠「……」

卯月「……」

お互いに無言の時間が続く。
チラチラと卯月ちゃんを窺ったり、卯月ちゃんが俺のことをチラチラ見たりするが、目が合うとパッと視線を逸らしてしまう。
お互いがお互いを意識する気まずい雰囲気がゴンドラの中に漂い始めた。

何か言わないと……とも思ったが、別に必要ないとも感じていた。

俺は結局何も言わずにいたが、彼女がすっと俺の隣に移動する。
俺が置いていた手に彼女は手を重ね、きゅっと弱く握った。

詠「夜景、綺麗だね」

卯月「はい」

詠「今日楽しかったよ」

卯月「私もです」

詠「……」

卯月「……」

再び訪れる沈黙。
俺は今日だけで卯月ちゃんの色んな表情を見て、彼女に強く惹かれた。

何も言わずに頂点を通過しようとするゴンドラ。

卯月「詠さん」

卯月ちゃんが不意に俺の名前を呼んだ。
振り向く俺、卯月ちゃんの顔がすぐ近くにあり、俺の唇が彼女の唇に触れた。

音も無く口付けし、音も無く離れる。
ただ彼女の唇の柔らかい感触と、鼻腔を刺激する甘い香りだけが残った。

いじらしく微笑む彼女を前にして俺は何も言わなかった。いや、言えなかった。

彼女もすっかり黙りこくってしまい、ただ俺の肩に寄りかかるだけだった。

ゴンドラはそのまま一周して、キャストのお姉さんにお帰りなさいと言われるまでそのままだった。

降りてからも卯月ちゃんはぎゅうっと手を握り、身体を寄せてくる。
俺は彼女を引き寄せることも突き放すこともせずに、その辺のベンチに座ろうと提案した。

黙ってうなずいた彼女を見て、腰かける。
彼女はまだ話さない。

俺も何も話さない。

返事を急かしてはいけないという想い。
返事を早まってはいけないという想い。

それらが俺たちを臆病にさせていたのだと思う。

パーク上空に花火がいくつも上がっていた。



そんなデートから数週間が経過し、俺は確実に変わっていた。
卯月ちゃんを目で追うことが自覚するほどに多くなった。

その様子を見たからだと思う。
姉ちゃんたちや凛ちゃんは徐々に俺との距離を適切な感覚で保つようになった。

つまりはあまり積極的に迫ってこなくなったのだ。

卯月「おはようございます!」

彼女自身も俺との距離を開けたのだと思う。
あのデートの日が過ぎてからそう感じる。

詠「おはよう」

表面上は至って冷静に挨拶をするが、目を合わせられなくなっていた。

卯月ちゃんはユニットのメンバーと事務所のソファで談笑しているのだが、俺は彼女の方につい視線を移してしまっているということが増えていた。

そして彼女と目が合うと、視線を逸らす。
やはり目を合わせられない。

詠「……」

やっぱそうなんだ。
いつもいつも、卯月ちゃんのことが頭から離れない。
彼女との思い出がぐるぐると視界の端で見えているみたいに忘れられない。
仕事だって手に付かない。

蓮「どしたー?」

葉月「最近、ぼーっとしてること多いですよね?」

詠「あ、はい……いえ、大丈夫です」

葉月さんと蓮さんが顔を見合わせて肩を竦める。

そうしてさらに数日が過ぎた頃。

俺は卯月ちゃんを呼び出していた。
レッスンが終わった後、事務所の応接室に彼女はやって来た。

応接室は今勉強で使う事もないし、先輩たちはすでにお帰りのご様子。

卯月「えっと、お話って何ですか?」

詠「だいぶ前に受けた告白について」

そう切り出すと卯月ちゃんは泣きそうな顔をした。
そんな顔してほしくない俺は心底慌てたが、言葉が出なかった。

卯月「そ、それって最近、凛ちゃんやお姉さんたちを呼び出してたことと関係ありますよね?」

詠「うん、ま、まあ、あるっちゃあるかな?」

卯月「やっぱ私じゃダメだったんですね……」

ん? ちょっと待て、何でそうなる!

詠「ち、違う違う! 俺、卯月ちゃんのことが好きだから付き合ってほしいっていう話……」

どんどん尻すぼみになっていく俺の声。
驚いた表情の卯月ちゃんも次第に目に涙を浮かべていく。

詠「まだ卯月ちゃんの気持ちが変わってないなら、返事は遅くなっちゃったけど俺と結婚を前提に付き合ってほしい」

卯月ちゃんはダムが決壊したようにわんわん泣いてしまう。

詠「え、ごめんね! 泣かないで! ごめんね!」

アタフタと完全にパニックになってしまう俺は慌てて彼女の隣に座って肩に腕を回してさすった。

卯月「わ、私こそ、ごめんなさいぃ~!」

急に謝られて俺も訳が分からなくなってきた。
しばらく隣同士で支え合うと、卯月ちゃんは落ち着いてきたようでぽつぽつと話してくれた。

卯月「私、詠さんに呼び出された時、断られるんじゃないかって思って……」

詠「いやいや、そんなわけないよ。他のみんなに悪いとは思ったけど、俺は卯月ちゃんと付き合うからって言って、断ったんだ」

そう言うと卯月ちゃんは余計にぐすぐす泣いてしまって、俺はあたふたとする他ない。

卯月「私、嫌な人だぁ……他の人が不幸なのに、それでも私、今すごく嬉しいんです」

泣き笑う。
彼女が負い目を感じることはない。
原因は俺にあって、壊したのも紛うことなく俺なのだ。

他の女性との関係はもう進展しないが、俺は卯月ちゃんに決めたから、それを曲げる気なんて毛頭無い。

詠「ごめんね。俺が自己嫌悪させるようなこと聞かせちゃったから……」

引き寄せて抱きしめる。
華奢な身体は見た目に違わず軽く、崩れてしまいそうなほどに柔らかい。

彼女もまた抱きしめ返してくれた。
こんなにドキドキして、幸せになれるものなのかと俺は改めて感じる。
久しくまともな恋愛なんてしていなかった。
このままこの時が永遠になればいいとさえ思ったのだが、そうは問屋が卸さないと応接室の扉が勢い良く開いた。

聖「いつまで抱きしめ合ってんるんだ! こ、ここ、このロリコン!!」

俺と卯月ちゃんの間に割って入って無理矢理引き離した聖姉ちゃん。
邪魔すんな! って言いたい。

詠「邪魔すんな!」

まあ、言うんですけどね。

明「卯月ちゃんと付き合うことになっても、私たち姉弟なのよねー」

明姉ちゃんも入って来たかと思えば、麗姉ちゃん、慶ちゃんも後ろから続いてきた。

慶「お兄ちゃんが卯月ちゃんと結婚したら、卯月ちゃんは私のお姉ちゃんかぁ……年下の義姉……うん悪くない! というかむしろ私に妹ができると言っても過言ではない!?」

麗「島村妹よ。お前面倒な男を捕まえたぞ」

そんな中、卯月ちゃんに絡む我が家の長女。

麗「あいつの目が移らんようにしっかり手綱を引かなければな」

卯月ちゃんは麗姉ちゃんの話を聞くと、血相を変えながら、俺を心配そうな眼で見る。

聖「ほら、私とももっとイチャイチャしたいだろ? 高校生はやめておけ、性に開放的な私にすべきだ。考え直すんだ、詠」

ベタベタベタベタ、と引っ付いてきてはキスを迫ろうとする聖姉ちゃんを何とか引き離そうと奮闘する。
この処女、諦めが悪い!
そして男の欲望に訴えかけてくるようなやり口は、さすがに姑息だ。

詠「やめろ、聖姉ちゃん!」

聖「いいだろ減るもんじゃないし!」

詠「俺はもう卯月ちゃん一筋って決めたんだよ!」

聖「それとこれとは話が別だろう! やりたい時は私を使えって話だ!」

詠「別じゃない! こいつ頭おかしい! 姉ちゃん、見てないで何とかしてくれ!」

麗「いや、残念ながら我々も聖と同じ意見だ」

明「そういうことよ」

慶「やりたくなったら何時でも言ってね?」

いいから新しい恋を見つけてくれよ……。
我が姉妹ながら今後が心配である。

卯月「お義姉さん! やめてください!」

卯月ちゃんが突然そう叫ぶと、姉たちを押しのけて俺に飛び込むように抱き付いた。
一瞬見つめ合う。

いつもの一歩引いたような彼女はどこにもおらず、凛々しい眼差しで俺を見ていたのは印象に深く、この光景を一生忘れないだろうと思った。

次の瞬間彼女からの熱いキス。
姉たちが見ている前で積極的に舌を絡めて、周囲に見せつけるように……いや、彼女に限って見せつけようとは思っていないだろう。

俺の顔のすぐそばで、目を閉じて、音を立てながらキスをする卯月ちゃん。
ちゅ、ちゅぱ、れろ、ちぅ、ちゅ、ちゅる……。
俺にとって永遠のように感じられた濃厚なキスは、やはり気付かぬうちに終わっていた。

口を離して至近距離で見つめ合う。
卯月ちゃんは口回りを濡らして、頬を上気させ、潤んだ瞳を携えており、恍惚とした表情をしていた。
俺が理性を失うには十分であったが、彼女を押し倒そうとしたところで周りの状況も視界に入ってきた。

顔を赤くさせて興味津々、まじまじと俺たちの様子を息を飲んで見ていた姉妹たちだ。

すぐさま我に返ると卯月ちゃんに軽くキスして、頭を撫でる。

卯月「詠さん、私、いつでもいいですよ……」

相変わらず恍惚とした表情で周囲が見えていない様子の卯月ちゃんだったが、俺は彼女の肩を掴んで制す。

詠「ま、待って卯月ちゃん。俺、キミとは清いお付き合いをしたいって思ってるから……これから先はアイドル活動が上手く行ったら……ね?」

麗「きき、清いって、今の濃厚な、キキキ、キスを清いと言うのか!?」

詠「…………キスはセーフ!」

聖「何だそれは!?」
明「男らしくないわよっ!」
慶「卯月ちゃん、えっちぃ……」

おい最後ぼそっと言ったのが聞こえたぞ……。

卯月「じゃあ……」

そんなことはどうでもいいとばかりに俺だけを見つめて口を開く卯月ちゃん。
対面で俺の首に再び手を回し、座り直してそのまま密着する。
一回軽くキスをしてから俺の肩に頬を置くようにしてさらに強く抱きしめてくるのがわかった。

卯月「……もっとキスしたいです」

耳元で囁くように言う卯月ちゃん。
首の辺りから胸のあたりまで一気にぞわわっとした震えが駆け巡り俺もつい強く抱きしめてしまった。

しかし、俺はありったけの理性で踏み止まる。

詠「ごめん、これ以上やったら最後までやっちゃうから、ダメだ……」

彼女の目を見てそう言った。
卯月ちゃんは残念そうにも、安堵にも似た顔を見せて、はにかんだように微笑んだ。

卯月「……私、詠さんを好きになって良かったです」

少しだけ間を置いてそう言った彼女はとびきりの笑顔を見せてくれた。

『島村卯月』終わり

中断します。以下中書き。

卯月編終了ですが、
がっつりR-18のアフターエピソードも用意してるのでもうちょっと続きます。

>>222
オムニバスです。
時系列は繋がっていますが、それ以降はそれぞれのIFルートとしてお読みください。

それではお疲れ様でした。
今後も気になった書き込みは拾っていくかもしれません。

>>244の補足
>>時系列は繋がっていますが、それ以降はそれぞれのIFルートとしてお読みください。

この文章の『それ』以降とは>>214までの『お話の本筋』以降ということを指しています。失礼しました。

『卯月アフター』

卯月「私、誕生日のお祝いは詠さんとの初夜が良いなぁ」

付き合って三年。
アイドルは引退したがタレントとしてまだ活躍する大学生の卯月ちゃんはそう言った。

俺は飲んでいた珈琲を噴き出して、心配されたが、彼女からそういう話題を振ってくるとは思ってなかったのだ。

卯月「大丈夫ですか?」

詠「うん、大丈夫。それより、初夜って……エッチするってことでいいの?」

卯月「そ、そうですよ? キスだけでも全然いいんですけど……詠さんが一人で、その、やってるのが申し訳なくて……」

詠「いやいや、それは俺が決めたことだから気にしないでよ。ていうか成人したら俺も手出すつもりだったし……」

卯月「え、そうだったんですか?」

詠「いや、そりゃあね? 俺だって卯月ちゃんとエッチしたいもんなぁ」

卯月「あ、あはは……そ、そんなエッチエッチって言わないでくださいよぉ」

詠「でも卯月ちゃんからそんなこと言ってくれるなんて嬉しいなぁ」

卯月「本当は私がどれだけアピールしてもなかなか手出してくれないから不安だったりして……」

詠「え?」

卯月「な、何でもないですよ!」

詠「ごめん、バッチリ聞こえちゃったから」

卯月ちゃんはみるみるうちに顔を真っ赤にさせていく。
その様子が可愛くて、彼女を抱き寄せると有無を言わさずキスをする。

卯月「ちゅっ……んっ……」

軽いキスから始めて、徐々に深く熱いキスへ。
とろんと蕩けた表情になる卯月ちゃん。

俺もギンギンになった息子を鎮めるために、この後一人で抜くのだが、卯月ちゃんも隠れてオナニーしてるのを俺は知っている。

しかし今日は彼女の二十歳の誕生日。
彼女を抱えてベッドへ向かった。

卯月「ま、まだお昼ですよ?」

詠「今日まで我慢してたんだよ? もう我慢できない」

卯月「この後お出かけしますし……」

詠「まだ時間あるから大丈夫」

卯月「でも……」

詠「怖い?」

卯月「……ちょっと」

詠「キスしよ」

そう言うと黙って目を閉じる卯月ちゃん。
ベッドに寝かせた彼女の顔に自分の顔を近づけて唇を重ねる。

卯月「んっ……ちゅ……」

彼女の身体を部屋着の上から弄る。
彼女の身体を撫でると時折、ぴく、ぴく、と可愛らしい反応が窺える。

詠「起きて」

そう言うと、彼女は頬を紅潮させたまま、上体を起こす。

俺は彼女の服に手を掛けて、脱がせた。
可愛らしい清楚な下着と、きめ細やかで透き通るような肌を露にさせる。

腰に触れると、あっ、と小さく喘ぐ。
かと思えば、ふふっ、と笑顔を見せる。ちょっとくすぐったいのかもしれない。

耳や首、鎖骨あたりにキスしたり、舐めたりしながら腰やお腹回りを擦る。
徐々に息も荒くなっていき、卯月ちゃんは激しくキスを求める。

卯月「詠さん! もっとぉ……もっとぉ、キスして!」

唾液と唾液が厭らしく混ざり合い、官能的に音を立てる。
それが卯月ちゃんの口の端を濡らし、それを舌で舐めとる彼女はとても妖艶に映る。

俺の手は彼女の下着の下に入り込み、柔らかい胸に触れる。
手の平全体で包み込んで、優しく、時に強く揉んだ。

卯月「はっ……ふっ……ふあぁっ!」

乳首を弾いたり、摘まんだりすると、声を我慢した吐息が漏れるが、我慢できない時にちゃんと声を上げてくれるのが愛おしい。

俺は彼女の下の服と下着も脱がすと、全身を曝け出した彼女の股に手を掛けた。

卯月「あうぅ……くすぐったいです……」

詠「そ、そう?」

彼女の中は、音を立てられるくらいに濡れていて、俺の指をすんなりと受け入れた。

卯月「あっ……!」

小さな喘ぎ声と共に、ぴくんと跳ねる彼女の身体。

卯月「ふあぁっ! ……ダメっ! 詠さんっ!」

俺は興奮冷め止まないまま、卯月ちゃんの制止の言葉を聞かずになおも彼女の中で指を掻きまわし続けた。

卯月「ああぅ……! あっ! あっ! きゃああぁぁ!!」

詠「はぁ……はぁ……イッた?」

卯月ちゃんは甲高い声を上げると、腰を小刻みにかくかくと震わせて荒く息を切らしていた。

詠「どうだった?」

卯月「き、聞かないでください……」

顔は真っ赤に茹で上がり、じんわりと滲む汗が彼女の肢体や髪を艶めかしく照らし出す。

すぐ後に「すごく気持ちかったです」と聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで声に出す。
きっと本人は聞こえてないと思ってるのであろうが、俺にはバッチリ聞こえてます。

詠「自分でするより良かったんだ」

そう耳元で囁くと、また一度跳ねた卯月ちゃんの身体。

卯月「意地悪言わないでください」

優しい声音と視線に、咎めるような意味合いはもちろん含まれない。
むしろ、いじらしく言う彼女に愛おしさと興奮を覚えてしまうほどであった。

横になったまま卯月ちゃんは俺に抱き付き、自分から何度もキスをしてきた。

長いキスと短いキスを何度も繰り返して、ようやくお互いの顔を離す。

詠「卯月ちゃんとセックスしたい」

卯月「私も……その、したいです」

自分のズボンに手を掛けて、下着も脱ぐ。
卯月ちゃんがじっと見てる中で自分の勃起した陰茎を見せるのは何となく恥ずかしかった。

ゴムを付けて、卯月ちゃんを押し倒す。
彼女は抵抗なくベッドに仰向けになりもじもじと恥ずかしそうにしている。

卯月「あの、私、初めてで……」

気にしていたのはそんなことだ。
俺は別に初めてでも初めてじゃなくても構わない。

詠「大丈夫、任せて……目を閉じて、力を抜いて」

俺がそう言うと、卯月ちゃんはすぅっと目を閉じて、少しリラックスした。
閉じていた股をゆっくり開かせそこにペニスをあてがう。

彼女の身体に再び力が入る。

俺はキスしたり、胸を触ったり、なるべく痛みが和らぐようにと考えながら、いよいよ彼女の膣に自分のを挿入した。

膜を突き破る感覚。
ぎゅっと抱き付くそれに合わせて目を強く閉じて、ぎゅっと抱きしめてくる。

卯月「んぅ……ううぅ……」

少し苦しそうに呻く卯月ちゃんは、その気を紛らわそうと積極的にキスをせがむ。
ぴちゃぴちゃとやらしく音を立てるそのキスは、いつもの卯月ちゃんからはあまり想像できないくらいに積極的だった。

詠「動くよ?」

卯月「は、はい……」

俺はゆっくりと腰を動かす。
ゆっくりと抜く時に、きゅうぅと締め付ける感触が俺の陰茎を刺激する。

徐々に早くすると、最初こそ苦しそうだった呻き声は、次第に甘美な嬌声に変わってきた。

卯月「あっ、あっ、何これ……気持ちいっ! あっ! ふあぁっ!!」

詠「卯月ちゃん、俺も気持ちいよ」

卯月「詠さんの、気持ちいっ!」

詠「はぁ……卯月ちゃんの中、はぁ……すっごい締まる」

卯月「あぁっ! あっ……あっ……だめっ! やっ! 気持ちい! 詠さんっ!」

詠「俺もだめかも、もう出そう……」

卯月「あ、あぅ、んっ……~~~~~~っ!!」

卯月ちゃんは声にならない声を発しながら、ビクビクと痙攣をする。
彼女の脚がぎゅぅっと俺の腰を挟み、腕も俺の首に回してぐっと強く抱き付いている。

詠「うっ……」

彼女の痙攣と同時に俺も射精する。
包み込まれてるような安心感と同時に絶頂する幸福感で、快楽も凄まじかった。

二人してしばらく息を切らしながら抱き合った。

…………。

ようやく落ち着いてシャワーを浴びる。
二人でシャワーも実は付き合ってから初めてのことである。

彼女のシャワー姿を生で見て息子が大きくなってしまうのはしかたないと思います。
チラチラと気にして、ちょっと恥ずかしそうにする卯月ちゃんも可愛い。

卯月「詠さん」

詠「うん?」

卯月「……また、します?」

俺のペニスを優しく触って、見上げてくる。
自分の心臓が大きく跳ねて心停止するかと思うくらいに驚いたし、興奮した。
今すぐにでも襲いかかって、めちゃくちゃに犯してやりたい。

しかし、さっきしたばかりというのもあって、やりたがりな俺の身体とは裏腹に、理性の糸はプッツンしなかった。

詠「これから誕生日お祝いしなきゃだから、今はちょっと……」

卯月「あ、そ、そうですよね!」

詠「ん? もしかして、卯月ちゃんがしたかった?」

卯月「ふぇっ!? ……い、いえいえ、全然そんなことなくて、詠さんのがそのアレだったので……」

詠「そうなの? 俺とはもうしたくなくなった?」

卯月「その聞き方はずるいですよ。いじわるです!」

ぷくっと膨れる卯月ちゃんも、あまり見ない表情だ。可愛い。

卯月「実は、私がしたかったりして……」

詠「そうなんだ?」

卯月「き、聞こえてました?」

詠「うん」

かぁ、と赤くなる卯月ちゃん。
毎回、独り言が聞こえないと思ってるみたいだ。
俺の近くで言ってるやつは全部聞こえてるんだけど。

詠「俺は卯月ちゃんの誕生日もちゃんとお祝いしたいから、セックスは今夜しようね」

卯月「は、はい……」

もじもじと可愛らしい反応をする卯月ちゃんだったが、この日の夜は人が変わったくらいに情熱的だった。
それはまた別のお話。

『卯月アフター』 終わり

『渋谷凛』

ポジパのミニライブから数週間が経過し、本日、凛ちゃんからの指令メールが届いた。

指令メールというのはいわゆる皮肉で、実際は先日に行われたらしい学校の定期テストで学年三十位以内に入れたら俺が何でも言うことを聞くという権利を彼女に与え、彼女はそれを行使しただけだ。

メールの内容は『明日の朝十時、私の家に集合。花屋さんだよ』

詠「おい、これはいきなりお家デートってことか?」

ちょっと凛ちゃん、脇甘すぎない?
お兄さん心配しちゃうんだけど……。

しかも花屋って、彼女の実家では?
まあ何回も通ってるからお母さまと顔見知りではあるけどさ。

うーん、今回は前回まで気軽に訪問してた時と訳が違うぞ。

俺はとりあえず『自宅デート? それはハードル高くないかな? 俺、彼氏じゃないしさ』って送っておいた。

ぶーっぶーっ……! 返信早いな。まだ一分経ったかどうかだけど。

『詠さん、何でも言うこと聞くって言ったよね。これで二回はぐらかされた。嘘つきだね。いいから私の家に来てね。』

『嘘つきだね』の一文がすごい心に刺さるのです。
俺はがっくりと頭を垂れながら『はい。すみませんでした。行かせていただきます。』とお返事させていただくのであった。

その後、凛ちゃんが送ってきたメールにはにっこり笑った絵文字がただ一つ。
俺はちょっと笑ってしまった。

結局翌日の朝、いつもと変わらぬルーティンを終えた後、私服で凛ちゃんの実家である花屋の前に来ている。

凛「あ、詠さん、おはよう。早いね、5分前行動?」

詠「おはよう。できるだけ時間通りに行こうと思ったら5分前になったよ」

凛「さすがだね。じゃあ早速上がってよ」

詠「ちょっと待って」

凛「何?」

詠「本当に凛ちゃんの部屋に上がっていいの?」

凛「え、今更何言ってんの?」

キョトンとした顔で凛ちゃんが言う。
いやいや、ちょっと待ってほしい。
女子高生の部屋に社会人の男が招かれる。

いやいや、それはおかしいでしょうよ。
一体、何をするというわけ?

というかその……怪しくありませんか?
そんなのがバレたら、俺が世間様から向けられる視線って、犯罪者に向けられるそれと同じになるよね?

詠「あのさ、やっぱまずいと思うんだけど……」

凛「私、詠さんのこと大好きだから問題無いよ。問題があるとしたら詠さんが私のこと愛してないからじゃない? 愛してくれたら問題無いよ」

一理ある……のか?
俺は確かに体裁ばっか気にしているが、彼女を心の底から好きになれば色んな壁を突き破れるのだろうか。

それにしても凛ちゃんは本当に吹っ切れたというか……。
以前は睨んでくるばかりで嫌われてるかと思った。

でもよくよく考えれば、俺にスカウトされたのに、実の兄にプロデュースされ始めたら話が違うもんだと言って俺のこと嫌うよな。
自分で言って納得して、悲しくなってしまった。

詠「まあ、たまにはいいか……」

凛ちゃんにあてられて俺も少し吹っ切れたかもしれない。

お店の奥へ入り、階段を上って二階へ。

とある部屋の扉には、花のあしらわれた掛札が掛けられており、その札にローマ字で『Rin』と書かれている。どうやら凛ちゃんの部屋らしい。

凛「ん、どうぞ」

詠「お邪魔します」

一人部屋にしてはやや広め、片付けも十分にされており、快適に過ごせそうな空間だ。
お花の良い香りも漂ってくる。何ていう花か知らないけど。

凛「好きなとこに座って」

詠「あ、うん、じゃあ、ベッドに座っていい?」

凛「いいよ」

ぽふっと、ふんわりしたベッドで、これもいい香りを漂わせている。
凛ちゃんと目が合う。
緊張して背筋がピッと伸びてしまう。凛ちゃんはそんな俺の様子を微笑ましく見つめていた。

凛「ちょっと待ってて」

そして、そう言うと凛ちゃんは部屋を出て行ってしまう。

俺一人が女子高生の部屋に取り残されて、どうしたもんか。
何だか最近はいろいろあって疲れた、なんて考える。こんな状況にも若干戸惑っているし。

俺は今一人ということもあって、ベッドに倒れこんだ。
壁際に設置されてるベッドに倒れこみ、壁と自分の頭がスレスレの位置だ。

トントンと控えめな足音が聞こえてきて、俺は慌てて姿勢を正す。
凛ちゃんは部屋の前で立ち止まったようだ。

凛「詠さん、悪いけど開けてもらえないかな」

詠「あ、はい」

そう言われて俺は素直に扉を開けた。

凛ちゃんはお菓子の並んだお皿と飲み物の入ったコップが二つ乗った、お盆を両手で持っており、確かにこれでは扉を開けられない。

凛「ありがと」

詠「いえ、こちらこそお気遣いなく……」

凛「ふふっ、社交辞令?」

詠「いや、上がっておいておもてなしされるのが少し申し訳なく……」

凛「私が呼んだんだし、気にしないでよ」

詠「あー、うん。ありがとう」

凛「ん、そういう言葉の方が嬉しいかな」

微笑んだ凛ちゃんが部屋に入り、小さなテーブルにお盆を置いた。

俺は扉を閉めて、再びベッドに座る。

凛「はい、どうぞ、詠さん」

言われて差し出された珈琲の入ったカップを受け取る。

詠「ありがとう」

凛「珈琲でよかったかな?」

詠「うん、珈琲好き」

凛「私は?」

詠「凛ちゃんも好きだよ」

流れで聞いてきたのだろう。
俺は特に疑問に思う事も無くそう返すと、彼女は大きく溜息を吐いた。

凛「詠さん、そういうの色んな女の子に言ってるんでしょ? 一体何人の女の子を勘違いさせたの?」

詠「え……」

いきなりお説教されて、面食らってしまった。

凛「多分、私じゃなくてお姉さんたちや卯月に言われても同じこと言うんだろうね」

詠「……ごめん」

図星過ぎて参ってしまった。
多分、姉ちゃんたちや卯月ちゃんに言われても同じように返すだろう。
それに担当アイドルに同じように言われても、同じように返してしまうはずだ。

凛「だから今は私だけを特別に見て」

彼女の柔らかな両手で顔を押さえられて、目と目を合わせられる。
俺が数回首を縦に振ると、彼女は優しい笑顔を見せて俺に寄りかかるような形で隣に座った。

詠「凛ちゃん……」

俺の左肩に寄りかかる凛ちゃん。
そして俺の左手は彼女の肩に手を掛けようかというところで宙を彷徨っていた。

凛「抱いてもいいよ。左手、余ってるんじゃない?」

彼女は男の理性を崩すのが上手い。
今すぐに押し倒したい衝動を抑えて、彼女の肩を抱き寄せる。
少し強く引き寄せてしまったかもしれない。

俺の心臓がうるさくて、こめかみの近くもガンガン響いてくる。

凛「……詠さんはさ」

詠「うん?」

凛「どうして私をスカウトしたの?」

詠「……何となく、かな? 直感だったけど、そん時は『原石見つけた』って思ったよ」

凛「ふーん」

詠「まさか蓮さんの妹とは思わなかったし、俺がプロデュース出来ないのも残念だったけどさ……」

凛「だよね。兄妹の方がプロデュースするのに向いてるって訳分かんないし……」

詠「凛ちゃんもさ、何でスカウトを引き受けてくれる気になったの? 最初は嫌がってたじゃないか」

凛「何でだろうね。最初は本当に嫌だったけど、どこかの誰かがしつこく誘ってくるからかな? そんな人の熱意に色々心を打たれちゃったみたい」

詠「あはは……」

凛「まあやりたいことも別に無かったし、お母さんも勧めてくれたし、兄貴もそういうところで働いてるって知ってたから多少興味もあったのかも」

詠「そっか」

凛「でも一番の理由は……」

凛ちゃんは顔を上げて俺を見る。
名前の通り凛とした瞳に吸い込まれそうだ。

凛「詠さんの近くにいられるから」

気が付いたら俺は彼女を抱きしめていた。

凛「あっ」

漏れる吐息を肌で感じて、我に返り慌てて距離を取る。

詠「ご、ごめん! いや、今のはそう邪な意味じゃなくて……」

必死で言い訳する自分がぎこちなくて、恥ずかしくてどうしようもない。

凛「ふふっ! あはははは……!」

急に笑い出す凛ちゃんは本当に可笑しいそうで、俺は呆然として何も言えなくなった。

凛「ううん、詠さんでもそういう気持ちになるんだなぁって」

詠「ま、まあ男だし……これでも結構お誘いはお断りできないタイプなんだよ」

凛「それって邪な意味じゃない?」

詠「……そういうのもあるかも」

凛「かも? 私が隣に座ってから胸がすっごい音してたけど」

詠「き、聞こえてたんだ」

凛「まあね……おかげでこっちも恥ずかしかったよ」

詠「ははは……」

力なく笑うけど、それでもまた心臓の鼓動は速くなっていく。

凛「また聞こえる」

詠「ちょ、聞くの禁止で」

凛「無理」

近付いて来る凛ちゃん。
彼女は俺の横まで移動すると、ベッドの上にぺたりと座ってから俺の胸に頭を預けてきた。

緊張と、あとよく分からない感情で心臓が元気になるのに身体は言うことを聞いてくれなくなる。

不意に凛ちゃんは俺の両腕を引っ張って、背中からベッドに倒れこむ。
俺はつられて、彼女に覆いかぶさるような格好になってしまい動けない。

退こうと思ったが、それよりも早く凛ちゃんの両手が俺の後頭部に回って引き寄せられる。

俺もきっとそれを望んでいて、すぐに退かなかったのだと思う。
唇が重なり合って、俺の後頭部に置かれた彼女の両手はさらに深く俺を抱く。

十秒以上のキスはとても長い。
脳味噌が蕩けそうな感覚は、きっと理性が融けていくのと同じだ。

俺は彼女の胸に手を掛け……ようとして止めた。

口を離して、覆いかぶさっていた体勢を元に戻す。

凛「詠さん?」

詠「ごめん、凛ちゃん」

凛「……やっぱり、私じゃ、だめ?」

彼女の声は震えていた。
ぎゅうっと歯を食いしばって、への字に曲がりそうになる口元を見せまいと強がっている様子が窺える。

詠「ダメ、じゃないんだ。むしろダメじゃないからこそ、なし崩しは止めたい」

凛「私、勇気出して! 詠さんに告白して! こんなにアピールして! いつでも私のこと好きにできるのに!」

ぽろぽろと涙を流す凛ちゃんの口を今度は俺から塞いだ。

詠「泣かしてごめん。あと、好きでいてくれてありがとう。こんな俺でも、君のことを好きになっていいかな?」

そう言うと、凛ちゃんは俺の胸に飛び込んで顔を見せないように埋めていた。

凛「当然じゃん……」

擦れた声の彼女の頭を黙って撫でる。

彼女が泣き止むと、俺は自分の膝の上に彼女を対面で座らせた。

詠「凛ちゃんが好きだ。もう凛ちゃん以外誰も映らない」

凛「私も詠さんが好き」

そう言い合って、何度も何度もキスをする。

自分でも信じられないと思ったが、こんなに一瞬で誰かに心を奪われるってことがあるのだと自覚するのだ。

凛「詠さん……」

紅潮しきった凛ちゃんの顔。
彼女の視線は下に向けられ、俺の股間を見つめていた。

凛「今日、うちの親居ないんだけど……」

詠「女の子にそんなこと言わせてこう言うのは申し訳ないんだけど……」

凛「うん、分かった。そういうところも好き」

蕩けた表情は微睡んでるようにも見えて、魅力も増して可愛い。

凛「うん、今はゆっくりでいいかな。最近、ちょっと早足だったから」

詠「そうだね。凛ちゃんが大学出たら結婚しよう」

凛「将来のこと考えすぎ、あと何年かかるの?」

詠「ストレートで行ったら七年かな?」

七年か……。
この関係が続くかどうかも分からないのに無責任なこと言ってるかも。

凛「心配しすぎ、私は詠さん以外眼中に無いから安心してよ」

詠「いや、確かにそっちの心配もあるけど……」

凛「他の人の方に振り向いたりなんかさせてあげないから、安心して」

彼女はとても察しが良い。
俺は一言、よろしくお願いします、と言って彼女の頬に触れたのだった。

『渋谷凛』 終わり

中断します。

そしてお待たせしました。
……いや別に期間もそんなに空いてないし待ってた人もいないのでやっぱり撤回します。

こんな感じでR要素もあーるよ。なんてね。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年12月12日 (火) 08:34:49   ID: 6WkM6oTt

なんでモバPに名前つけようとすんだろうな
Pでいいじゃん

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