妹「ヤバい」 (9)

皆さん、ちょっと聞いてください!
私の家で今朝、ヤバいことが起こったんです。
本当です、ガチでヤバい。
どう切り出せばいいのか分からない……
でも本当にヤバくて、どうしようもなくて、本当にガチでヤバいんです。
まさか姉があんなことするなんて自分でも混乱してます。
ああもうホントにヤバい。どうしようマジでガッチガチのガチでヤバい。
ガッチガチなんて言葉が飛び出すくらいヤバい。


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今、リビングでこれを打ち込んでます。
右隣に33型の薄型テレビが置いてあって、インディ・ジョーンズ魔球の伝説が流しっぱになってます。
テーブルはオーク材で……いや、そんなことはどうでもいいんです! 違うんですよヤバいのは!
姉が、目の前のソファに姉が座ってんスけど、その姉が……。書いていいのかな……。
その、姉が……
殺し屋を雇っておりまして……

多分、みなさん『はぁ?』と眉をひそめたと思います。
見るのをやめた、という人もいるでしょう。
でも、ガチです。姉は殺し屋を雇っている。友人はおろか私や母さんにも打ち明けてない。
本人だけが知ってるヤバい事実。ガッチガチのガチでヤバすぎる事実。
どうして私が知ったのかと言いますと、実は打ち明けられたんです。
姉本人から。

ー今朝ー

姉「楓、新聞取ってきて」

私「うん」

いつものように私が新聞を取りにポストへ行くと……

私「ひゃっ! なによ、この液体……!」

なんか赤黒い液体がポタリ、ポタリとポストから滴っていました。
最初は郵便物のインクが漏れたのかなと思ってたんですけど、妙に粘り気があるし、何しろ臭いんです!
なんつーか、鼻につくっつーか……錆びた鉄みたいな匂いがしましとぇ。
それで、私はその液体が血かもしれないって。で、ポストの扉を開けてみたら……

私「ひいいッ! 生首!」

新聞の代わりに、人の生首が圧縮されて押し込められてました……
もう、生きた心地がしませんでした。その場で吐いて、泣き叫んで、頭がぐらぐらして。
思い出すだけで吐きそうです……。

私「ね、姉ちゃん! ポストに人の生首が!」

姉「ああ、それアタシね」

私「え!?」

姉「もっと詳しく言えば『私が雇った殺し屋の仕業』といったところかしら?」

私「意味が分からない。まったく」

姉「あんたには理解できないでしょうね。とにかく、生首を持って来なさいよ」

私「いやだよ、あんな気持ち悪いもの……」

姉「持って来なさい。そしたら説明してあげる」

私はトングで生首を挟み、姉の元へ持っていきました。
なりふりなんてかまっていられなかった。夢だよね、これ。
そんな風に言い聞かせながらも、パジャマに染みた汗はじっとりと冷たく濡れていました。

姉「イアー、良いツラ構えじゃないの」

食卓の上に置かれた首を見て、姉は飛び跳ねていました。私には理解できなかった。この状況が理解できなかった。
朝の食卓、中央に潰れた人の首、それを眺める女子学生。異様としか思えませんよ! なんなんですか! 本当に! ガチで!

私「事情を説明してもらいます」

姉「事情? そうね、気に入らない奴を間接的に殺した。くらい?」

私「意味が不明だ!!!!!」

姉「不明じゃないわ、明瞭ね。あんたにだって一人はいるでしょ? 殺したくなるほど憎いヤツ」

私「私は、あなたを殺したい気分でいます」

姉「そうそう、それよそれ。四組の奏って知ってる? ほら、下級生の間でも美人っつーことで有名じゃない」

私「確かに、ミスコンで優勝した先輩ですよね」

姉「アタシより可愛かったから殺した。それが理由」

姉はイカれています。頭がおかしい。
自分よりかわいいだけで、殺し屋に標的として依頼してしまうなんて。
これはガチでヤバいこと。本当にヤバい。しかも夢ではない。
こうやって打ち込んでいるわけですけど、語彙力がチンパン並みと思われたかもしれない。
ですが仕方ないんです。衝撃的な出来事は人をチンパンジーにさせる。
今朝の私も、チンパンジーでした。

私「すぐに警察は動きます。あなたはただでは済まない。裁きを受けるべきだ」

姉「あらそう、果たして警察にアタシを捕まえることはできるのかしら?」

私「どういう意味ですか」ギリッ

姉「文字通りの意味よ。奏を殺したのはアタシじゃない。そして、この事実を知るのはあんただけ」

私「つまり……」

姉「あんたにも死んでもらうわ」

私「ば、馬鹿なッ!!!」

や、やられる! ……けど、私は死ななかった。死んでないからこうやって書いてるんですけどね。
殺し屋に依頼するのを忘れていたそうです。あくまで彼らは金のために行動する。
契約が成立しない以上、姉は客でなく『ただの人』らしい。
ホッとしました。ガチでホッとしました。その後普通に登校したんですけど、手の震えが止まらなかった。
いつどこで襲われるんだろう。そればっかり考えてた。今も震えてます。

というわけで、私も殺し屋を雇うことになりました。
何もせずに殺されるものですか。殺される前にこっちが叩ッ潰してやる。
私は闇サイトを経由して殺し屋ネットに辿り着きました。
真っ暗な画面の中央に、赤い英文字がズラズラ書いてあります。
私は目の前でガリガリ君コーンポタージュ味を舐めている姉をチラッと一瞥しました。

私(標的にされてることも知らずに呑気ね。まぁいい、その呑気さが命となるのよ)

姉「ねぇ、楓」

私「どうしたの? 姉ちゃん」

姉「あんたの依頼、出したから」

私「依頼?」

姉「一週間後、ボリビアから手練れの暗殺者が来るわ。安心して、一瞬で終わる」

私「一週間? その間に通報するけど」

姉「あんたは絶対にそんなことはしない。これはあんたとアタシ、姉妹の問題。第三者の介入など許さないでしょう。それに、見えてるわよ」

振り向いた私は愕然としました。
背後のガラスに、パソコンの画面がはっきりと映っていたのです!

姉「へェー、あんたも依頼出したんだ。こいつァ、ちぃと面白くなってきたんじゃあねーの」






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