相良宗介「HCLI?」 (106)

以前エタらせたフルメタヨルムン二次創作。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1511261806

◇◇◇

 メリダ島、ミスリル西太平洋戦隊のブリーフィングルーム。

 そこに列したSRTメンバーのひとり、相良宗介の呟きに応えたのは、同じSRTの――そもそもこの部屋には特別対応班の人員しかいないが――メリッサ・マオ少尉だった。

「名前くらいは聞いたことあるでしょ?」

「……確か、アメリカの海運会社だったな。かなり手広くやっている」

「そ。今回のターゲットはそこの武器運搬業担当、まあ武器商人ね。そいつってわけ。いつもの"火消し"よ。そいつがテロリスト共に武器を流すのを阻止する」

 ミスリルの理念は平和維持――武力によってテロや内戦を防ぐことである。この手の"煙が上がる前に火種を踏みにじっておく"というような任務は珍しくとも何ともない。

 だがこの場には、任務の内容を言い渡されてなお訝しげな顔をした人間がいた。というより、疑問符を浮かべているのが大多数だった。
 例外はメリッサと、その隣で腕組みをしているベルファンガン・クルーゾーくらいのものだ。

 だからこんな質問が出ても、おかしくはない。

「それって俺らが出張る必要あるのかい、姐さん?」

 掲げた片手をぷらぷらと振りながら、クルツ・ウェーバーが呟いた。

「テロリストに武器を流すような奴ってことなら、まあ堅気じゃねーのかもしれねーけど。相手するのは武器商人なんだろ? テロリストの方じゃなくて」

 要は"武器商人相手に、最精鋭であるSRTを動員させる必要があるのか?"ということだ。

 これは怠慢や侮りから来るものではなく、純然な疑問だった。
 兵士は"何故"を考えてはいけない――これはこの業界の不文律だが、しかし疑問の残る作戦では士気も上がらない。これもまた事実だった。

 武器商人相手ならばPRT(初期対応班)で充分に対応できる。あるいは単に、ミサイルで商品を吹っ飛ばしてしまえばいい。

 この金髪の優男はそう言いたいのだろう。そして、口にこそ出さないが他のメンバーもそう思っている。

 メリッサは鷹揚に頷いて見せた。彼らの疑問はもっともだ。データを精査する前の自分も同じことを思っていたのだから。

「普通の武器商人なら、ね。でも今回は違うの」

 手元のリモコンで、プロジェクターを操作する。壁に掛けられた大型のスクリーンに投影されたのは、10代後半から20代前半と思しき白人の女性だった。

「ココ・ヘクマティアル。HCLIの社員で、ヨーロッパ・アフリカを担当区域に持つ敏腕ウェポンディーラー。各国の軍にも兵器を卸してて、そっち方面にもかなり顔が利くみたい」

「こんなカワイコちゃんが? マジかよ、俺のライフルも査定して貰いたいね」

「お前の22口径なんて鼻で笑われるのがオチさ」

 途端にブリーフィングルームが騒がしくなる。クルツやスペックを初めとする数人のメンバーが口笛を吹いたりして囃し立て始めたのだ。

 確かに騒ぎ立てたくなるのも分かる。豊かなプラチナブロンドを肩口まで伸ばしたココ・ヘクマティアルは端正な顔立ちをしていたし、そして何より、

「……若いな」

「あんたに言われたくはないでしょうけどね」

 喧騒の中でぽつりと呟かれた宗介の一言に、メリッサは気が抜けたように肩を落とした。だがすぐに気を取り直し、注目を集める様に手を打ち鳴らす。

「はいはい、お猿さん達、静かにしなさい。でないとアンタたちご自慢のライフルとやらを潰して屑鉄にするわよ」

「おっかねえ……で、この子のどこが脅威だって?」

「正確には、ココ・ヘクマティアルの私兵が問題なのよね……」

 クルツの問いにメリッサが再びリモコンを操作し、スクリーンの画面が切り替わる。
 新たに映ったのは8人の人相と、簡略なプロフィールだった。それがどうやらココ・ヘクマティアルを護衛しているメンバーらしい。

 それを一目見て各々が抱いた印象は、"ごちゃ混ぜ"といったところだろう。


「……元マフィアに警察官に日本の自衛官。おまけに少年兵……個性豊かな面子だなぁ、おい」

「この砲兵上がり、姐さんと名前似てますね」

「FBIのブラックリスト入り? こいつは一体何をしでかしたんだ?」 

 一通りの感想が尽きるのを待って、メリッサは手の中のレーザーポインターをスクリーンに照射した。
 赤い光点が二つの人相を示す。白人の壮年男性と、眼帯をした黒髪の女性。

「こいつら全員、実戦経験豊富で優れた兵士だけど、その中でも特に注意すべきなのはこの二人ね。
 ひとりは見ても分かる通り、デルタ出身よ。レームブリック元少佐。数々の困難な作戦を成功させた実力者で、
 過去にうちの人事もSRTにスカウトしようとしてたみたい。フラれちゃったけどね。
 女の方の名前はソフィア・ヴェルマー。こっちも元少佐。正直、私的にはこっちのが化け物ね」

「デルタよりもか? 確かにこの年齢で少佐というのは凄まじいが……」

「大星海公司。覚えてるでしょう? 少し前から情報部がマークしてた、きな臭い貿易会社」

「ああ……北中国の息が掛かってたっていう。確か専務が暗殺されて、勢力が弱まったんだよな?」

「あとで判明したんだけど、その暗殺をほぼ単独で成し遂げたのがこの女よ。
 火器を使わず、武器はナイフ一本。おまけに標的のいた軍事拠点に真正面から突っ込んで20人は殺してる」

 メリッサの一言に、今度はざわめきではなく沈黙が落ちた。

 それがあまりにも現実味のない戦果だったからだ。世界中の特殊部隊から、さらに篩にかけて精鋭を集めたSRTの中でさえ、同じことを出来る人間がいるかどうか……というところだろう。

「詳しい情報は資料を配るわ。まあとにかく、この二人には要注意ってことで――」

「いいや、もうひとり注意すべき人物がいる」

 口を挟んだのは宗介だった。SRTの中でも決して冗談の類を口にしない堅物に、全員の注目が集まる。物怖じもせずに、宗介は続けた。

「ジョナサン・マル。この少年兵も手ごわい相手になるだろう」

 宗介が指さしたのは、褐色の肌に白い髪を持つ少年の写真だ。年のころは宗介と同じか、ひとつふたつ下というところか。

 メリッサは首をかしげた。この無愛想な、だがSRTの中でも屈指の実戦経験を誇るこの男が言うほどの相手であるのか?

「その子は少年兵上がりだったから正規の雇用形態じゃないみたいで、情報はほとんどなかったんだけど……なに、知ってるの?」

「肯定だ。数年前、俺がミスリルに入隊する前に一度、奴の所属する部隊と交戦したことがある。敵の得意とする山岳部での夜間戦闘だったとはいえ、こちらは大打撃を蒙った」

「ふーん、この業界も広いようで狭いわよねー……ん? でもなんでそれで相手の名前が分かるのよ?」

 宗介の目線がやや下に落ちる。過去を回想するように、結ばれた焦点は遠い。

「直接聞いたからだ。敵部隊の中でも一際手練れだった奴を食い止める為に、俺は無理やり肉薄して白兵戦を仕掛けた。
 体格は俺の方が良かったからな。何とか組み付いたところまでは良かったのだが、運悪く俺たちはほとんど崖のような急勾配を転げ落ちた。
 俺は接近するまでに二の腕に一発貰い大量出血し、ジョナサンは転げ落ちた時、下半身に酷い打撲を負った。
 装備を破損・紛失し、部隊とは連絡が取れない状況で、おまけにその地域は野犬が出てな。
 あのままでは二人とも死ぬということで、俺達は一時的に協力し、どうにか麓の村まで落ち延びた」

「そりゃまた壮絶な……で、それから?」

「いや、そこで別れたからな。ジョナサンは基地に戻り、俺も雇われていた部隊に復帰した。
 ほどなくして奴は別の基地に移ったらしく、それを機に俺達は再攻撃して陣地を奪えたが……当時から既に、奴は一流の兵士だった。
 あれは生まれ持ったセンスだろうな。俺が山岳戦で相手をしたくないと思ったのは、俺を拾ったあるアフガンゲリラの戦士を除けば、あいつくらいのものだ」

「なら、気を付けた方がいいでしょうね。今回、仕事場が仕事場だし」

 メリッサの声と共に、再びスクリーンの映像が切り替わる。

 映し出されたのは、ソ連西部にある山脈の地図だった。

◇◇◇

「はい! という訳で今回のお客さんはテロリスト"意識の高い秘密結社"さんです!」

 洋上に浮かぶ巨大なコンテナ船の一室で、ココ・ヘクマティアルはいつもの様に薄い笑みを浮かべながらそう宣言した。

 部屋の中には彼女の頼もしい私兵たちが――表向きは彼女がオーナーを務めるPMC社員ということになっているが――詰めている。6人ほど。

 改めて面子を見渡して、ココはあれれ、と首をひねって見せた。

「そういえば、ヨナとウゴは?」

「ヨナ少年は多分、またAS登りをやってるんじゃないかね? で、ウゴはそれを呼びに行った」

 火のついていない煙草を手の中でくるくると弄びながら、レームが返す。
 火をつけていないのは嫌煙家のバルメに怒られるからで、それでもタバコを手にしているのはささやかな抗議のつもりだった。

 それはさておき、"AS登り"とはヨナことジョナサン・マルがよく行っているレクリエーションのことだ。
 文字通り、まるでアスレチック代わりにでもするように、商品であるアーム・スレイブをよじ登っていくのである。

 船の格納庫に置いてあったASをヨナが見た時から始まった奇行であり、最近では目を見張るほど自在にASの表面を動き回っていた。

「はっはっは、ヨナ君も男の子、というわけですかね? ロボットはいくつになっても男心をくすぐりますから」

「あー、ちょっと分かるわ。俺も前の職場じゃ見る機会なかったし、ヨナ坊のいたとこにも配備されてなかったのかね?」

 ワイリの意見にルツがうんうんと頷く。

 ASは高価な兵器だ。それ自体の値段もそうだが、運用にもかなりコストがかかる。現代戦においてどこにでも潜める兵器ではあるが、どこにでもある兵器という訳ではないのだ。

「……さて、それはどうかな」

「ん? お嬢、なんか言ったか?」

「別に、何も。それよりヨナだよ! ヨーナー!」

「叫ばなくても……来たよ、ココ」

 頭を抱えて絶叫したココに応じたのは、ドアを開けて入ってきたヨナだった。正確には、ウゴに襟首を掴まれて宙づりにされているヨナだ。

「遅いぞヨナ隊員! ブリーフィングがあるって言ったでしょ!」

「ごめん。でも、あの黒いASは初めて見たから……イタッ」

 どすん、と、ぞんざいに椅子の上に放り出されて小さく悲鳴を上げるヨナに、ここまで運搬してきたウゴが肩をすくめて見せた。

「遅れてすみませんでしたお嬢……話の方を」

「ご苦労だった、ウゴ。さてさて、話は戻るけど、今回のお客はテロ屋さん。運ぶ先はソビエトの山奥になる」

「雪山ってこと? わざわざそんな場所に武器を売りに行くの?」

「というより、テロリスト相手の仕事、ですか? 前例がなかった訳じゃありませんけど……ココ、そういうの嫌いじゃありませんでしたっけ?」

 ヨナとバルメが疑問符を浮かべる。およそ、ココが引き受けそうな仕事ではない。

「まあ、色々と事情があってねー。急な話だし、慣れない環境で大変だろうから、その分、みんなには特別ボーナスを出そう!」

 おおー、と声が上がる。ただし、ひとり分だけ。

 そのひとりであるところのヨナは、不思議そうな表情でぐるりと周囲の面々を見回した。全員が全員、嫌な予感を抱いているかのように冷や汗をかいている。

 視線に気づいたのだろう。レームがいつものように軽薄な笑みを浮かべながら、煙草のフィルターを噛みつぶした。

「そうか、ヨナ君はこれが最初か。なら覚えとけ。相手がテロ屋でボーナス宣言。そんな仕事の時は、大抵"奴ら"が出てくるのさ」

「奴ら?」

「"正義の傭兵部隊"。我々は連中をそう呼んでいる」

 胸を張って言い切るココをよそに、訝しげなヨナの耳元へマオがこそこそと小声でささやく。

「……そう呼んでるのは、ココさんくらいのものなんだけどね。私達は単に"連中"とか"奴ら"って呼んでるよ」

「というか、お嬢がそう言うってことはやっぱり連中が出張って来るのか……」

「こら、ルツ! その不満そうな顔は何です! ココのやることに何か不満でもあるんですか!?」

「そういうアネゴだって"うわっ"って顔してたくせに」

「なっ、ぐ。それは……」

 喧騒をよそに、ココはヨナに連中の説明を続行した。 

「こほん! 正義の傭兵部隊。連中は、武器を卸す相手がゲリラやテロリスト、それも結構な勢力を持つ相手の場合にのみ出張ってくる謎の武装集団だ。
 調べた限りでは、どこの国に所属しているわけでもないらしく、全世界規模で活動をしているらしい。私の同業者にとっては頭痛の種さ」

「……武器商人を襲ってる?」

「というより、紛争の火種を摘み取っている。テロ屋に武器を流す武器商人たちや、凶悪なゲリラや海賊を壊滅させたりしてね」

「……本当にそんなのいるの?」

 呟かれるヨナの疑問はもっともだ。要はココの言う通り【正義の味方】が現実世界に存在していることになる。
 しかも国などによる合議制で運用されるものではなく、聞く限りでは私兵である。妄想、都市伝説。そう一蹴されるべき類の話だ。

「いるから困ってるんだよー。奴らのせいでどれだけ損をしたか……」

 がっくりとオーバーアクションに肩を落としながらココ。フォローするようにレームが苦笑を浮かべて見せる。

「お嬢がヨナ君を担ごうとしてるわけじゃねえさ。実際、ここにいる面子は全員が一度以上、連中と相対してるわけだしな」

 そして、その全員が戦うことを避けたがっているということは――

「……強い?」

『物凄く』

 ヨナ以外の全員の声が唱和した。口々に敵の強さを保証する。

「レバノンの時は背筋が凍ったぜ……なんでM6相手にあんな接近されるまで気づかなかったんだか……」

「機甲部隊だけじゃありませんよ。その後に展開してきた歩兵部隊もよく鍛えこんでありました」

「お前らはまだいいだろ。ソッコー降伏してドンパチにはならなかったんだし……俺の時は警告なしにミサイルでコンテナをドーンだぞ?」

「トージョはあれよく生きてたよなー。連絡きた時には絶対死んだと思った」

 しばらく彼らの苦労話を聞いて、ヨナはふと首をかしげた。皆は敵の強さ、恐ろしさを語っているが、そこに恨みが感じられない。つまり、

「強いって言う割には……誰も死んでないね?」

「そこが彼らが"正義の"傭兵集団である所以だ。必要以上に死人を出さない。降伏も受け入れて貰えたしね……
 まあミサイルを撃ちこんできたのも事実だから、あくまで"出来る限り"だろうけど」

「次も死なないで済む保証はないってことだろ? 大丈夫かよお嬢」

 ルツの疑問に、ココは胸を張ってこう答えた。

「負けた後のことを心配するより、勝つことを考えよう! あとこれ業務命令だから!」

 ココが一度決めたことを撤回するなど、誰も本気で期待はしていなかったのだろう。うぇーい、と了解とうめき声の中間の様なものが各自から漏れる。

 その緩い声の隙間から、ヨナは手を上げて質問の許可を求めた。

「何回負けたの?」

「何回かち合ったか、でなくて何回負けたか、ね――なんだい、ヨナ。私達がずっと負けっぱなしだと思ってるのかい?」

「……違うの?」

 話を聞く限り、勝ったことがあるとは思えないのだが。

「フフーフ。では聞くがいい。我々と正義の傭兵部隊。都合3回ほど我々は標的にされ、そしてその戦績は――」

 指を三本立ててから、その内の二本を逆側の手で包み隠すジェスチャー。悪戯っぽい顔で、ココは自分たちの戦果をヨナに伝えた。

「――2敗、1分けってところかな」

◇◇◇

「――概要は以上よ。今回は積雪地での作戦になるから、各自、モーション・マネージャの確認をしておくように……ってあたりで、どんなもんでござんしょ?」

「上出来だ、少尉。この調子で頼む」

 作戦概要を説明し終えたマオが、監督役であるクルーゾーに向き直る。

 SRTの指揮官であるクルーゾーではなくマオがブリーフィングの進行を行っていたのは、昇進したばかりのマオに士官としての経験を積ませる為だった。

 控えていたクルーゾーが前に出る。彼女は十分に役目を果たした。もう自分がやるべきことはあまりないが、それでも自分だけにしかできないことがある。

「先ほどの説明にもあったが、連中は過去に3度、"火消し"の標的になっている。
 任務にあたったのは標的の行動範囲の都合から、インド洋戦隊が2回、地中海戦隊が1回だ」

 そして、とクルーゾーは自分の胸を指さした。 

「察しの良い者は気づいたかもしれんが、ここにいるひとりの元地中海戦隊員は、連中と直接対面したことがある」

「クルーゾー中尉が?」

「ああ。二年ほど前のレバノンになるか。連中がイスラム系のテロリストと取引をしている現場にM6で乗り込み、これを制圧。作戦は何事もなくスムーズに完了した」

「楽勝ってことですか?」

「いや、むしろ脅威を感じたな。取引相手のテロリスト共は応戦してきたが、ヘクマティアル側は即座に各自の安全を確保し、制圧が終わった後に降伏を申し込んできた。
 連中の誰一人、一発たりとも撃たず、負ったのも精々がかすり傷程度。指揮系統が徹底していて、練度も高いという訳だ」

 だが、最も印象に残っているのは私兵たちの動きではない。

 クルーゾーは当時の状況を思い出す。テロリスト達はRPGや通用する筈もない軽機関銃でM6を攻撃し、こちらも内臓のテイザーとチェーンガンで応戦した。
 ASの振るう最大火力には程遠いが、それでも歩兵にとってそこは地獄の鉄火場であったはずだ。

 その中で、ココ・ヘクマティアルは笑っていたのだ。

 20そこそこの娘が。怯えることもなく部下に指示を出し、竦むこともなく戦場を歩いていた。いま思い出しても、どこかうすら寒いものを覚える。

「繰り返すが。これまでに連中は三度火消の対象になっている」

 クルーゾーが指を三本たて、その内の一本だけを折り曲げて見せる。

「戦績は二勝一敗。最初は連中の商品をミサイルで吹っ飛ばすだけで済んだ。二度目は人里が近かったためにASによる強襲を行う必要があった。
 そして三度目に至って、連中は東側の大国が軍事演習をやっている傍で取引を行い、それを成功させている」

 ミスリルの作戦部は主に西側の兵器を使用している。
 これはそもそも組織を立ち上げた人物がイギリス人であることなどが原因だが、それ故に連中が三度目に取った手法は有効極まりなかった。

 何しろ、下手に襲撃を行えばこの長く続く冷戦状態を過熱させかねなかった。第三次世界大戦を防ぐことを是としているミスリルが、その引き金を引いてしまうなど笑い話にもならない。

 これまでにミスリルの標的となった武器商人は何人かいたが、彼らは一度商売をおじゃんにされればもうテロリスト相手の商売はしなくなるか、もしくは商売そのものができなくなった。
 ヘクマティアルはほぼ唯一と言っていい例外だ。

「敵はタフで、頭も切れる。3度目の手段も言うだけなら簡単だが、実行に移すのが難しい手段であることは言うまでもない」

 テロリストというのは、つまりその国の現体制に不満があるからこそテロリストなのだ。
 その彼らと軍事演習の傍で取引を成立させたという事実が、ココ・ヘクマティアルのディーラーとしての腕前を証明している。

「既に我々の行動理念や装備などは見抜かれているようだ。戦績を2勝2敗(タイ)にすることがあってはならない。各員、最大の奮起を期待する。さて、最後に質問は?」

 スペック伍長が手を挙げた。わざとらしい恭しさを滲ませた口調で訊ねてくる。

「中尉殿。自分はHCLIの株をもっているのでありますが、この一件で株価が暴落したら本部は保証してくれるのでしょうか?」

「来週までに全部売っておけ――他にはあるか?」

◇◇◇

 ソビエトの軍港で、ルツとトージョは自分たちがここまで乗ってきた船をぼんやりと眺めていた。

 いつものタンカー船――ではなく、ソ連軍の輸送艦である。どういうコネを使ったのか、ここまで運んでもらったのだ。

 荷の積み下ろしを終えて、いまは出発前の休憩をとっているところである。ここからしばらくはトレーラーで、物資を運ぶ軍の尻を追っかけることになる。

 冷たい潮風が吹きつける中、防寒着を着込んだルツが暖かい缶コーヒーを口にしながらぼやいた。

「しっかし寒いな。武器を売るにしても、なんでこんな担当区域外を選んだんだか」

「本部からの仕事でもないみたいだしな」

 同じく缶入りのココアを一口分胃に落として、トージョが応えた。

 メンバーの中でも、ルツとトージョはよくつるむことが多い。歳も近く、ノリが合うのだ。以前はここに、もうひとり加わることも多かったが。

「お、お嬢だ。ヨナ坊も一緒か」

 ルツが目ざとく二人の姿を見つけた。何やら二人で一冊の本を一緒に眺めているようだ。

「微笑ましいな」

 トージョが微笑を浮かべる。そのとなりで、ルツは意地の悪い笑いを浮かべた。

「眺めてるのがASのカタログでもかぁ?」

「……マジか。そういや、ヨナの方、ちょっと嫌そうな顔してるわ。しかし、この距離からよく分かったな?」

「そりゃー狙撃が専門ですから」

 冗談めかして肩をすくめるルツをよそに、トージョはAS、ASか……と何度か確認するように呟いた。

「なあ、ルツ。ココさんってASが嫌いに見えるんだが、お前はどう思う?」

「はぁ?」

 訳が分からない、というようにルツが片眉を跳ね上げた。

「じゃあ俺らの船に積んであったあれはでっけぇプラモデルか何かか?」

「商売に私情は挟まないだろうよ。ココさん個人の問題として、って話さ」

「さー、考えたこともねえけど……なんか根拠でもあんの?」

「特に何かあるわけでもないんだが……うちの部隊にASが配備されないからさ。この前提案してみたんだが、素っ気ない感じで」

「いや、さすがに必要ねえだろ。金食い虫だし」

「そうか? ASが一機あれば、荷の積み下ろしも楽になるし……値段にしても、最近物凄い価格競争が起きてるからな。
 ココさんくらいの金持ちならM6一機くらい余裕で運用できると思う。テロリストや海賊が装備してるってニュースもよく見るだろ?」

「いまのままでも対応は出来てるだろ?」

「そりゃそうなんだが……なあルツ、ココさんがなにかデカいことやろうとしてるってのは、お前も気づいてるだろ?

「……まあ」

「具体的に何をするか、なんてのは俺にも分からんが、必ず邪魔は入る筈なんだ。
 なら、その時にASは邪魔にならないと思うんだよ。なんせ今やあのSFチックな兵器が陸戦の王者だ」

「っても、誰が操縦するんだよ? レームのおっさんだって、最新のASを乗り回したことはねえだろうし」

 ASは新しい――もっと言ってしまえば歴史の浅い兵器だ。ここ十数年でその概念が確立、急激に発達した。

 いまでこそデルタ・フォースもAS操縦技能の取得が必須になっているが、
 レームがデルタに所属していた頃はようやく手探りで運用が始まった頃だろう。

 当時はトラップや不意打ちで行動不能に陥り、ゲリラ側に鹵獲されるASも多かったという話だ。

「まあ、レームさんならちょっと訓練すりゃすぐに対応できる気もするが……なんだったら、俺とかでも」

「……トージョ、もしかしてお前が乗りたいだけなんじゃねえのか?」

「だははは! バレたか!」

「おーい、そこの二人。休憩は終わりだよ! ほら、準備準備!」

 大声で笑うトージョに気づいたのか、あるいはヨナとの読書タイムが終了したのか。
 ココが走るジェスチャーを繰り返しながら二人に向かって手を振っている。

 いつの間にか彼女の周りには、二人以外の私兵が集合していた。

「おっと――やべえ。ほら、馬鹿笑いしてねえで行こうぜトージョ」

「馬鹿笑いとはなんだよ」

 慌てて駆けだすルツの後を追いながら、しかしトージョの目の奥にある疑問の根は払拭されていなかった。

◇◇◇

 バリッ――と、カロリーメイトの箱を破る音が響く。

 強襲揚陸潜水艦<トゥアハー・デ・ダナン>の操縦士控室。そこには今回の作戦に参加するSRTメンバーが集い、最後の休息を取っているところだった。

「って、おいソースケ……下手したら一週間は雪山に缶詰なんだぞ? もっといいもん食っとけよ」

 もそもそと黄色いブロック栄養食品を口にするソースケに、クルツが呆れた様な声を出す。

 そう言う彼は鮭の入ったおにぎりをもぐもぐと幸せそうに頬張っていた。日本びいきのクルツが、食堂のカスヤ上等兵に無理を言って作らせたものだ。

 食うか? と差し出された食べかけのおにぎりを前に、宗介はきょとん、と首を傾げ、

「? いや、フルーツ味は美味いぞ?」

「これだもんなぁ……カナメにいーもん食わしてもらってるんじゃねぇの?」

「ああ、チドリの料理も美味いな」

「じゃあ、その黄色い固形食糧と愛しのカナメちゃんの手料理。これから片方しか食えなくなるとしたらどっちを選ぶ?」

「………………チドリの手料理だな」

「お前今、物凄く悩まなかったか……?」

「問題ない。カロリーメイトはプレーンで妥協する」

 信じられないものを見るような目つきで同僚を凝視するクルツに、傍から様子を見ていたメリッサは苦笑を浮かべた。

「まあ、答えを出しただけ進歩してるんじゃないの? 以前のコイツだったらそもそも答えなかったでしょ」

「そうかねぇ……?」

 その時、首を捻るクルツの背後で通路に通じる扉が開いた。

 現れたのは整備中隊長のエドワード・"ブルーザー"・サックス中尉である。
 巨体に怒りを充満させたそのプロレスラーのようなガタイの中年男性は、誰かが何かを言うよりも早く、目の前にあったクルツの首根っこを雑草を引き抜く様に掴んだ。
 実際、頭を引っこ抜こうとしたのかもしれない。クルツが悲鳴を上げた。

「イダダダダダ!? ブルーザー!? いきなりなんだってんだよ畜生!」

「クルツ! 貴様、機体のAIに碌でもない台詞を仕込んでやがっただろう!
 最終チェックしてたサイモンがぶったまげて、危うく4メートルの高さから落ちるところだったぞ!?」

「えー! あれ開けちまったのかよ! 俺のやる気を引き出す為のスペシャルメッセージだったのに!
 自然に聞こえるようピッチの高さ調節するのに30分もぁぁぁぁぁあああ!?」

 言葉の後半は悲鳴によって掻き消えたが。

 どうやらクルツがM9の戦術支援AIで遊んでいたらしい。それをブルーザーが見咎めたということなのだろう。


「ったく……遊ぶなとは言わんが、程度をわきまえろ、程度を」

「イエス・サー……」

 ささやかな反撃のつもりか、クルツがブルーザーの嫌がるサー呼びで応える。即座に尻を蹴り飛ばされていたが。

 その様子を見て苦笑を浮かべながら、メリッサが助け舟を出した。

「まあまあ、ブルーザー。作戦前だし、その位にしておいてあげてよ」

「マオか。しかしなあ……」

「AI相手のお遊びくらい、可愛いもんじゃない。ちなみになんてメッセージ出るようにしてたのよ?」

 尋ねるメリッサに、僅かに逡巡してからブルーザーが何事か囁く。

 次の瞬間、彼女の視線に宿る温度が氷点下にまで下がり、クルツを射竦めた。

「……サイッテーねこの変態は。ブルーザー、千切っていいわよ」

「そりゃねーだろ姐さん!?」

「いったい何をやったんだクルツの奴は……?」

 他のSRTメンバーが疑惑の目でクルツを見つめる中、ブルーザーはキャップのつばに手を当てながらやおらため息をついた。

「俺も堅苦しいことは言いたくないんだがな。どんな形であれ、機体に愛着を持ってくれるのは良いことだ。
 お前やクルーゾーくらいのお遊びなら、まだ可愛げもあるしな」

「んあ? あたしはともかく、ベン?」

「サックス中尉」

 割り込むようにして、いつもの鉄面皮でクルーゾーが声を掛ける。

 いや――もしも彼の表情を観察することが趣味だという奇特な人間がその場にいれば、僅かに焦りの様なものがあることに気づいたかもしれないが。

「ウェーバーの不作法に関しては、上官である私が責任を以て諌めておく。それより、時間は大丈夫か? 作戦開始まであまりないが」

「おっと……そうだな。分かった、あんたに一任するよ――例のメッセージは消去しておくがな」

「はいはい、大人しくお叱りを受けときますよー」

 去りゆくブルーザーの背中に、クルツがひらひらと手を振る。

 意外だな、と一連のやり取りを見ていた宗介はクルーゾーの方へちらりと視線を向けた。

 クルツとクルーゾー。二人の出会いの場には自分も居合わせたが、およそ最悪の邂逅の仕方だったと言っていいだろう。

 それ以来、二人の関係は御世辞にも良好とはいえない。クルツがクルーゾーに対し、何か下劣な報復を行ったという噂も聞く。

 だというのに、クルーゾーがクルツを庇うような言動を見せるとは。

(うむ。やはりクルーゾー中尉は、上官としては適切な人材だということなのだろう)

 舌戦を始めた彼らをよそに、宗介はひとり、納得したように深く頷いて見せるのだった。

◇◇◇

 一週間後、ココとその私兵たちはソ連の山中にある寒村に滞在していた。

 天候のいい時期などにはスキー客や登山客も訪れるらしいが、生憎といまは吹雪が続き、陸の孤島と化している。
 だからこそ、がら空きだったホテルをひとつ借り切り、この時期には貴重な現金収入と、トレーラーに積んできた多少の嗜好品をもたらした彼らは村人に歓迎されていた。

 その"歓迎"の様子を見て、ココが指を差しながら大笑いしている。

「あははは! ヨナが! ヨナが子供にたかられてる!」

「……笑い事じゃないけどねっ。ほら、チョコバーはもうこれで最後だから、皆で分けるんだよ」

 わー、とチョコ菓子を受け取った子供たちがヨナから離れ、ざくざくと雪を蹴散らしながら四方八方に散っていく。

 小柄なヨナに、さらに小さな子供たちが何人もまとわりつき、菓子をねだる。ここ数日ですっかり馴染みになった光景だった。

 ヨナも慣れているかのように彼らに応対している。言葉が通じなくとも、あのくらいの年ごろの子供たちと交流するのは息抜きになるのだろう。

「ココ、僕たちはいつからお菓子屋さんになったんだ?」

 まとわりつかれて乱れたマフラーの位置を直しながら、ヨナがふてくされたように呟く。

 周囲は一面の銀世界。降雪こそ小康状態で視界がふさがるということはないが、気温は零下を大きく下回り、僅かに漏れる吐息が白く漂う。

 ざくざくと雪を踏みしめる様に歩きながら、ココは笑って首を振った。

「お菓子だけじゃないぞ。むしろ大人たちにはウォッカの方が喜ばれていた」

「なんでもいいけど、どうして武器以外を運んできたのさ」

「まあ、色々と迷惑をかけることになると思うからね。ご機嫌取りだよ」

「じゃあ、いま村長の家に行ってきたのも?」

 村長、という役職が明確にあるわけではないだろうが、ココとヨナが足を運んだのはこの村の取りまとめをしている男の家だった。

 ロシア語だったのでヨナには会話の内容は分からなかったが、話し合いは穏便に終わったらしく、いまはその帰り道というわけだ。

「いや、あれは商談。本業とは別口の、ね。ヨナがいて助かった。ここまで受け入れてもらえるとはね」

「商談、か」

 ヨナはココから視線を外し、間近に聳え立つ雪山に向けた。

 昼下がりとはいえ、雲に隠された太陽の光は弱々しく、遠くの景色は不鮮明だ。元山岳兵としての経験が、すぐに大雪が降るであろうことを告げていた。

 取引相手のテロリストが根城にしているのは、山頂にある廃棄された基地ということだが、肉眼で山の様子をうかがうことは難しい。

「今回は何を売るの? 大砲?」

「いいや。アーム・スレイブの部品だよ。正確に言えば、<サベージ>用モーションマネージャの最新データだ」

「……?」

 ヨナの表情から、彼が理解していないことを察したココが説明を続けた。


「映画なんかだと、ASはパイロットの四肢の動きだけで動かしているように見えるけど、実際はそうじゃない。
 セミ・マスタースレイブ方式が採用されているのは確かだけどね。それだけじゃあまともに動けないのさ。
 実際のところは、いくつものパターン化されたデータを連動させて、初めてまともに稼働できるってくらいでね」

「……フムン?」

「フフフ、全く理解していないって顔をしているねヨナ……首なんか傾げちゃって! ま、とどのつまりはただの部品さ」

「……それって例の傭兵部隊が襲ってくるほどのものなの? 爆弾とかなら分かるけど」

「ほぼ、間違いなくね。今回は取引相手の規模が大きいし、それにたかがデータと侮っちゃいけない。
 要は照準や回避行動のレベルが全体的に上がるということだ。上手くいけば、新兵が熟練した兵を倒すようになる。
 かさばらないから、弾薬を運ぶよりはましだしね。さすがにこの雪山はトレーラーじゃ登れない」

 ちらりとヨナから外れたココの視線の先には、村はずれの空き地に停車している雪の積もったトレーラーがあった。

 寒冷地用にチューンされている型だが、それでもテロリスト達の根城に赴くには不足なのだという。

「……そういえば、テロリストなのによくASなんて運用できるね?
 僕のいた基地でも、ボロボロの奴が二体あっただけだったけど」

「ヨナ隊員に大人の汚い事情を教えてあげよう。
 彼らが所持しているRk-92はソ連が開発した東を代表する機体で、ここはソ連と隣国の境。そして隣国は消極的にだが西側に組している。
 ちなみにここのテロリストがソ連側に実害を与えたことは一度もないんだ。不思議なことにね」

「……ああ、そういうことか」

「そういうことだ。ま、世は冷戦の真っただ中。このくらいの嫌がらせはそこら中で頻発しているわけだが――」

 そこまで言って、ココが僅かに表情をゆがめるのをヨナは見逃さなかった

(……東西が睨み合ってる現状が、不愉快? でも、こうして"商売"の機会は増えてるのに)

 訝しげに見返してくるヨナの視線に気づいたのだろう。女武器商人は直ぐにいつもの薄い笑みに切り替えると、ばふっ、と少年兵の肩ごしに抱き着いてきた。

「気にするな気にするな。そのうち君にも分かる時が来るよ、ヨナ」

「……重いよ、ココ。ほら、もう宿に着いたんだから、離れて。ドアが開けられない」

「なんだい、開けてくれるのかい? ここのホテルはサービスがいい。こんな可愛いドアマンを雇っているなんて!」

 抱き着くのをやめないばかりか能天気にふんふんと鼻歌を歌いだすココに辟易しながら、ヨナはホテルのドアを押し開けた。

 木と石で出来た建物の中は、暖炉の中で燃え盛る薪のお陰で十分に暖かい。

 マフラーを外しながら、ココとヨナは仲間が集まっている筈の大広間に足を向けた。

「さあ、気合を入れろよ、ヨナ隊員。まずは連中から1勝をもぎ取る。3敗目は何としても阻止しよう」

「……気になってたんだけど、どうして1分けなの? 取引が成功したんなら、こっちの勝ちでいいんじゃない?」

「ああ……あれか。あれは結局、演習を総括してる人に払った賄賂で、儲けとトントンだったんだよね……」

「……なんでそんな意味がないことをしたんだ?」

 唸るようなヨナの台詞を余所に、ココは大広間へと足を踏み入れた。

 白テープを巻いた銃器に、雪上迷彩の耐寒コート。完全武装した私兵達の視線が集中し、ココがゾッとするほど冷たい、武器商人の声を出す。

「天候よし。雪の状態もよし――さあ、諸君。状況開始だ」

◇◇◇

 北極海。ソ連北西部沿岸。凍てつく海の底に、作戦行動中の<トゥアハー・デ・ダナン>は待機していた。

「情報部より入電。標的が動き出したとのことです」

 通信管制官からの報告。それを受けた<デ・ダナン>艦長、テレサ・テスタロッサは手元の資料をクリップ付きのバインダーに戻した。

 事前に情報部から送られてきた標的の情報がまとめられたものだ。村へ持ち込んだ装備や、標的の村での行動が細やかに綴られている。

「艦長の読みが当たりましたな。敵は雪が降るのを待って、二手に分かれるようです」

 マデューカス中佐が、モニターをみつめながら呟く。

 彼の言う通り、彼らは取引相手のテロリストが根城にしている山頂まで、2班に分けて進むことにしたらしい。

「ええ。雪上車両を2台用意してたのは、やっぱりその為だったんですね。こちらの動きを警戒しているんだと思います」

「では取引場所がソ連、というのも?」

「可能性は高いでしょう。村までのルート選択も慎重を期していましたし、こちらが襲撃できるタイミングを極力減らそうとしている感があります。
 通常の部隊なら、このタイミングでの襲撃は見送るのでしょうけど……わたし達はそうもいきません。その為の予算と装備ですから」

「情報部も、今回は仕事をしておるようですな」

 世界中の情報を収集し、狙うべき標的を選定、作戦部に通達するのがミスリル情報部の大きな仕事だ。

 今回の様に、わざわざ現場に張り付いて逐次情報を送ってくるというのはあまり例がない。

 感謝すべきか? ――否。テッサは首を振り、マデューカスに呟き返した。

「彼らはヘクマティアルの"封じ込め"に2度、失敗していますから。作戦部(こちら)に借りを作りたくないんでしょう」

 無論のこと、ココ・ヘクマティアルをミスリルが放置していた訳ではない。

 だが作戦部が動くと多額の金と時間を、ひいては組織としての体力を使うことになる。対応すべき案件もヘクマティアルだけではない。

 それ故に2度目の火消以降は、情報部の対外工作班による多くの攻撃が行われていた。

 だが販路の差し押さえやコネクションの破壊を試みても、あの女武器商人はその全てに対応し、回避して見せたのだ。

 ミスリル情報部が無能ということではない――彼女の武器商人としての才覚は異常だった。

 個人資産もかなりのものになっている。かなり複雑な方法で分散させ、多種多様な形にしてあるので総資産は分かりにくいが、小国の国家予算くらいはあるかもしれない。

 そうした資料に載っていた情報を反芻して、少女は僅かに小首をかしげた。

「……ヘクマティアルは何故、テロリストに武器を売るのでしょうか」

「は……?」


 テッサの呟きに、意味を図りかねたマデューカスが疑問符を浮かべる。

 まさかこの少女が『なんでこんな悪いことするんでしょう。わたし悲しいです。くすん』などというセンチメンタルな台詞を口にするわけもない。

「それは……金儲けのためではないので?」

「彼女の主な顧客は各国の軍部です。
 それに比べれば、テロリストとの取引額はお小遣い程度。だからこそ、"商品"を押収されても損失を補填し、即座に再起できた。
 純粋にお金を稼ぎたいだけなら、軍との取引だけを続ければいい。支払いも確実ですし」

 手元の資料に目を落とす。そこにはヘクマティアルと取引をしたマフィアが支払いを渋り、彼女の私兵に処理された一件も記載されていた。

「彼女は明らかに我々を意識した動きをしています。対応も、一武器商人としては目を見張るものです。
 だからこそ、わたし達を相手にしてまでテロリストと取引を行う旨味は全くない。そんなことは彼女が一番理解している筈だわ」

「確かに、不可解ではありますな……HCLIが予定している、例のHek.GGの影響を見越しての布石ということは?」

 Hek.GG――ヘクマティアル・グローバル・グリッドは、ダーナによるハッキングによって明らかになった、HCLIが近々発表するパッケージの名称だ。

 民間会社による超効率的な兵站線・指揮通信システムの構築、維持。現代における軍の力を大きく変えかねない一手ではあるが、しかし、

「それを利用できない裏社会とのコネクションを築こうとしている、と? 確かにシステムが確立されれば、個人の武器商人はお払い箱でしょうけど……」

「HCLIの中心人物であるフロイド・ヘクマティアルとココ・ヘクマティアルの不仲は有名です。実父への反抗心、というのも考えられるのでは?」

「……確かに彼女の非合理的な行動は、感情面の問題だとしか思えません。でも……」

 言葉に出来ないもやもやが、胸の内にわだかまる。

 言い淀んで、テッサは自分の髪に手を伸ばした。三つ編みにしたアッシュ・ブロンドの毛先を、自分の口元に押し付ける。

 彼女が迷った時などによくやる手慰みだったが、あまり良い癖ではない。

「艦長」

 僅かにマデューカスの目が鋭くなるのを察して、テッサはぱっと手を放した。授業中、教師に内職が見つかりそうになった生徒のように。

「そうですね。確かに、考えても答えのでない問題です……いまは作戦に集中しましょう。カリーニンさん、SRTの状況は?」

 マデューカスから目線を外し、テッサは陸戦ユニットの司令官であるカリーニンの方を見やった。

「すでに所定の位置で待機を。あの環境下ですが、機体及び操縦者にトラブルは見られません」

「サックス中尉には感謝しないといけませんね。M9の雪上での稼働データは、まだまだ少ないですから……」

「伝えておきましょう。標的とは15分後に接触の予定です」

「分かりました。全員に、機体状況の再チェックを済ませる様に伝えてください。特にマッスル・パッケージは、極低温下では収縮に遅延がみられることがあります」

「了解。パース1より全ユニットへ――」

◇◇◇

 雪山の道なき道を、雪上車が走っていく。

 時刻は昼と夕刻の合間というところだったが、空には厚い雲がかかり、もはや見慣れ過ぎた降雪が始まっていた。
 その下で、銀世界は輝きもせずにくすんだ白さを示している。

 積雪は数メートル、酷いところでは5メートル以上もの厚みを誇っていた。

 それでも車両が雪の"上"を進めるのは、無限軌道に加えて補助用のソリを車両の両脇に備え付け、接地圧を散らしているおかげである。

「……トージョさん、こういうの運転できるんすね」

 助手席に座ったウゴがぽつりとつぶやく。

 ウゴはメンバーの中では主にココの運転手を務めることが多い。
 雪上車の運転経験もあったが、頂上までは長いので運転は交代で行うことにしたのだ。

 現在、ハンドルを握っているのは自衛隊出身のトージョである。車内には二人だけ。他のメンバーは別ルートで頂上を目指している。

「日本ってのは、世界的に見ても結構な豪雪地帯でな。実は積雪の世界記録を持ってるのも日本なんだぜ」

 慣れた手つきでギアを切り替えながら、トージョがへへんと胸を張る。

「俺も自衛隊に入ったばかりの頃はいろいろ回らされて、免許も結構取らされたしな。システム管理の仕事についてからは、割と落ち着いてたが……」

「お嬢のところに来てからは、毎日が退屈しませんから」

 そこで、会話が途切れた。

 あまり質の良い沈黙ではない。あー、と誤魔化すようにうめき声をトージョが上げ――すぐに観念したかのように、胸の内にあった疑念を口にした。

「"ラビットフット"の時のルツじゃないが……最近のココさん、変だと思わないか?」

「……この仕事のことですか?」

 薄々同じことは考えていたようで、ウゴはすぐに話題を合わせてくる。

「ああ。連中を回避するために、すげえコストがかかってるだろ?」

 こいつだって高かったろうしな、と、ハンドルを軽く叩く。改造を施された雪上車は、今回の仕事の為に調達されたものだった。


「勝算はあるのかもしれないけどよ、そこまですることかね……?
 ココさんのことは信頼してるが、どうしてこんなに拘るのかが分からんのよ」

「俺だって分かりませんよ。お嬢がなに考えてるかなんて……」

「ま、そりゃ俺達全員に言えることだけどな。
 ココさんの頭の中を理解しているかどうかってことに関しちゃ、アネゴだって全部は理解してないだろ」

 肩をすくめて、トージョはフロントガラスの向こう側を見やった。右前方に小高い丘が見える。

「この仕事が終わったら、またルツが何か言うかもな」

「無事に終わればいいですね……」

「まー、そこは大丈夫だろ。さっきも言ったが、その点ではココさんを信頼してるよ。
 それに、ここまで来たら連中も出張ってこないかもしれないぜ?」

「雪山で待ち伏せしてるんじゃ? そりゃ、戦車なんかは入れられませんし、この天候じゃヘリだって飛べないでしょうけど。
 レバノンの時みたいに、ASを使えば……」

 ASという兵器の特性に、潜在的な脅威性というものがある。要は、ASはあらゆる地形に潜むことができる、というものだ。

 走破性の高い二足歩行に、咄嗟に"掴む"という有用な動作ができるマニピュレータ。それがASを"どこにでもいる兵器"に昇華させた。

 だがウゴの問いに、トージョは首を振って見せる。

「どうかな。確かにこの環境でまともに動けるのはASくらいのもんだが……ASだって、雪山が超得意ってわけじゃないんだぜ?
 天敵がいないってだけで、むしろもっとも苦手な環境のひとつだ」

「ASにも詳しいんで?」

「そこそこな。色々免許取らされたって言ったろ? まあ、第一線で戦えるほどじゃないさ。
 ともかくASは接地圧の関係で、ここまで深い積雪地帯じゃ本来の機動性の半分も発揮できない」

 トージョは窓から見える雪原を指し示した。この雪の厚みだと、ASの下半身はほぼすっぽり雪に埋まってしまうだろう。

 積雪地用のチューンナップを施しても、さほど意味がない深さだ。

「操縦兵の腕次第じゃ、落伍してお終いだ。対戦車装備があれば歩兵に撃破される可能性すら出てくる。定石なら、こんな深い雪山にASなんて……」

『よし、そこで止まれ。無駄な抵抗はするなよ』

「……あれ?」

「……AS、詳しいんじゃなかったんですか?」

「だから、そこそこだって。そこそこ」

 かつてのレバノンの焼き直しの様に、4機の白いASに囲まれて。

 トージョとウゴはすぐさま両手を上げることで、降伏の意を表明した。

ファック。職場から呼び出された

◇◇◇

『こちらチームβ、ウルズ8。目標B確保。抵抗無し。損害も無し。すぐに降伏してきたぜ。いま、武装解除状態で車外にでた。
 そちらの状況はどうだ?』

「ウルズ2よりウルズ8。こっちも同じ状況よ。標的を確保したわ」

 口頭での報告と共に、戦術データリンクが更新された。脅威目標である私兵8人とココ・ヘクマティアルの無力化が表示される。

 M9の操縦席の中で、ウルズ2――メリッサはひとつ、大きく息を吐いた。

 モニターには、両手を上げたまま雪上車から降りてきたココ・ヘクマティアルと、その私兵たちが映し出されている。

 武装は車内においてきたらしく、完全に丸腰だ。
 もっとも、情報部からおりてきた事前情報で、彼らが小銃程度の火器しか持ち込んでいないのは分かっていた。

 つまり、もとから彼らはASを傷つけられるような手段を持っていないということ。
 ミサイルランチャーまで積んでいるマオの機体と比べれば、まさしく蟻と象の関係だ。

(大規模の部隊を展開できないこの環境下。
 歩兵同士の戦いじゃ、こちらにも犠牲が出たでしょうしね……多少を無茶をしてでも、ASを使うのは正解よ)

 今回の作戦は単純なものだった。8機のM9を2班に分け、目標を捕える。

 4機のASによる突貫の雪掻き作業によって、最低限の機動性を発揮できるようにした陣地での待ち伏せだ。

 こちらの班は自分と、いつものメンバーである宗介とクルツの二人。さらにそこへクルーゾーがつく形になっていた。

『ウルズ1より各位へ。確保したからといって、油断はするなよ。
 この数のM9を用意したのは、厳しい環境下、不測の事態が起こることを考慮してのことだ』

『ウルズ7、了解。周囲の警戒にあたる』

 いつもと僅かにパターンの違う塗装を施された<アーバレスト>が、メリッサの視界の端で身じろぎする。

 ECSの不可視モードを備えるM9に本来なら迷彩パターンの更新は必要ないのだが、
 降雪の中での不可視モード使用はスパークが生じてしまう為、急遽、全機に白い塗装が施されたのだ。

 白を基調としていた<アーバレスト>にも改めて塗布が行われたが、
 これに搭載されていたAIである<アル>が不平の声を上げたらしく、出撃前に宗介が愚痴っていた。

『毎回、こんな楽な仕事だとありがたいねぇ……さて、さっさと済ませようぜ。回収するのは武器商人だけだったよな?』

 57ミリ滑空砲を揺らしながらクルツが声を上げる。彼のM9が示す先には、こちらからの指示を待っている6人の姿があった。 

『ああ、私兵の方は捨て置け。だが、さすがに4度目だ。商品を処分した後、ココ・ヘクマティアルの身柄は確保し、本部へ移送する』

『ウルズ6、了解。っつーわけで、そちらの御嬢さんは俺達とデートだ。野郎どもはそこで待ってな』

 後半を外部スピーカーから流すと、ココ・ヘクマティアルは存外素直な対応を見せた。

 私兵たちに手で制するジェスチャーを送り、こちらに向かって歩み出てくる。

 白いコートに身を包み、毛糸の帽子を被っているその姿は、ともすれば大学生にすら見えた。

 もっとも、装備している軍用のインカムを見ないことにすれば、だが。

「M9<ガーンズバック>か! アメリカの特殊部隊でも試験運用が始ったばっかりだっていうのに、実働させてるなんてね」

 物珍しげな視線をそれぞれの機体に向けながら、ヘクマティアルはざふざふと雪を踏み鳴らして怯えることなく近づいてくる。

 なるほど、とメリッサは頷いた。ベンの言った通り、ただの女武器商人というわけではないらしい。

 4機のASに囲まれて、これから身柄を確保されようとしているというのに、顔には相変わらずの酷薄な笑みが張り付いたままだ。

(というより――こんなにあっさり捕まるもんかしら?)

 ここまでの武器商人の動きは見事だった。

 事実、自分たちが襲撃をかけることのできるタイミングは非常に限定されており、今この場所以外には存在しなかったのだから。

 このタイミングでの襲撃というのも、M9という鬼札があるからこそ成立したものだ。

 それをヘクマティアルが予想できなかったからこその結果、と考えることもできるが――

「ところで、デートと言ったか」

 ヘクマティアルが足を止めた。乗ってきた雪上車から数メートル。その気になれば、すぐさま引き返せる距離だ。

 だが―― 一体、彼女に何ができる?

 私兵は全員が拘束され、武装は精々が自動小銃程度。
 事前に報告してきた情報部の目を誤魔化せたとしても、少量の爆薬を隠し持つのが精々だろう。

 手榴弾程度の威力では、装甲を僅かにへこませるのが精々だ。

『ああ、快適な旅行を約束するぜ』

「それはありがたい。だが生憎、帰りの船のチケットは取ってあってね」

『おいおい、ここまで来てそりゃねえだろ』

『状況が分かっていないようだな』

 クルツの軽口か、ヘクマティアルの態度を訝しんだのか、宗介の乗る<アーバレスト>の右腕がヘクマティアルに改めて指向した。

 M9、そしてそれを基礎に設計された<アーバレスト>の掌部には対人用の電気銃が装備されている。

 大雪が降っている現状、有効射程距離は短くなっているかもしれないが、それでも使えないことはない。

「分かっているさ――少数のASを出してくる可能性が一番高かった。"何度も使いたくないから"、賭けの部分もあったけど」

 ヘクマティアルが首をかしげる。

 それは両手を上げた状態で、装備したインカムのマイクを口元に近づける為の動作だった。

「状況は、整った――撃て、マオ」

◇◇◇

 大型トレーラーの天井が開いていく。積載されていた兵器の威容が外界に晒されていく。

 姿を顕にした122mm榴弾砲に、マオが微細な調整を施していく。

 事前に読み込んでいた地図。雇い主であるココから送られてきた位置情報。そして訓練された兵士としてのスキルが、それを成立させた。

「……これ、失敗したら責任重大だなぁ」

 ここまで来ても、この作戦内容が正気だとは思えない。

 だが、ここまで来てやらないという選択肢もない。

 表情を人のよさそうないつもの笑顔から、兵士のそれに切り替えて。

 ココ・ヘクマティアルの擁する砲兵は、撃発装置を力いっぱい引き倒した。

◇◇◇

『砲声を感知。データ照合。ソ連製122mm榴弾砲と合致――』

 メリッサの機体に搭載された戦術支援AI"フライデー"がそう警告しきるよりも早く、発射された榴弾は狙い違わず目標に着弾していた。

「なん――っ?」

 雪のせいでイライラするほどのろまな回避行動を取りながら、メリッサはM9の光学カメラの倍率を引き上げた。着弾したポイントを観測する。

 自分達のいる場所から、数十メートルも離れた山肌に榴弾は撃ちこまれたようだ。当然ながら、こちらに損害はない。

 だがそんなことはどうでもよかった。問題は、

『今の砲声は何だ? ウルズ6のライフルにしては音が大きかったが』

「砲撃を受けたのよ! 敵が――野戦砲を持ちこんでる!」

『なんだと!? 情報部の奴ら、また適当な情報を送ってきやがったってのか!?』

 無線の向こうでスペックが喚き散らす。

 無理もない。情報部の集めた情報を元に作戦は立案されている。この作戦とて、敵側にASを破壊できる性能の装備がないことを前提にしたものだ。

「それだけじゃないわ。問題は誰が撃ったかってことよ」

 両チームで共有された情報をモニターに表示させる。確かに、脅威目標――ヘクマティアルの私兵は、8人全員が拘束されたことになっている。

「確認するけど、チームβ。そっちで3人、確保しているのよね?」

『いいや、こっちは2人だ。α(そっち)で6人だろ?』

 やはりそうだ。情報が食い違っている。

(データリンクに介入された? 有り得ない。ミスリルのセキュリティを外部から破るなんて、アマルガムにだって不可能よ
 ……それに、情報部からの報告が間違っているのもおかしい。さすがに野戦砲なんて運んでたら、いくらなんでも見落とすわけがない)

 情報が何者かに改竄されている。それが意味することは、

(内通者がいる? ブルーノみたいな?)

 あの武器商に、そこまでの影響力が――ミスリル内部にまで及ぶ力があるとは思えないが。

 だが事実として、自分たちはペテンに掛けられた。

「どうする? 予定とは大幅に食い違ってるみたいだけど」

『弾着修正して次を撃つまでは時間がかかるだろうし、作戦続行でいいんじゃねーの? 少し荒っぽくなるだろうけど』

 クルツが滑空砲をヘクマティアル一行に向ける。彼らは大慌てで雪上車に乗り込もうとしているところだった。

 流石に持ち込んだ野戦砲はひとつきりだろう。

 砲声と弾着までの差異から、砲撃地点の距離と方向を算出すると、どうやら10キロ近く離れた麓の村から攻撃されたものらしいと分かる。

 最大で時速200km以上を出せるASの機動力を考えれば、通常なら目と鼻の先といっていい距離だ。
 だがこの状況では違う。突貫で積雪の少ない陣地を作り出したこの場所でさえ十全の機動性は発揮できない。

 雪が更に数メートルも積もっているということになれば、ASは農業トラクターと大差ないようなただの鈍亀だ。間違いなく被害が出る。

 現状、こちらから野戦砲を制圧しにいくのは現実的ではない。

 ならばクルツのいう通り、目標を確保、あるいは『処理』し、速やかに撤退するというのが――

◇◇◇

 メリッサやクルツの通信をよそに、SRTの中でもっとも早く動いていたのは相良宗介だった。

 それは彼の直感に過ぎない。論理的な思考の下に導き出されたものではない。
 だがそれはアフガンゲリラ出の傭兵という経歴を持つ彼を、今日に至るまで生き残らせてきた能力。

 ――自分達は、罠に掛けられた。そんな不利な戦況の匂いを嗅ぎ取る力だった。

「ウルズ7よりウルズ1へ。敵はこちらの想定を超えた。何をしてきてもおかしくない。即時の攻撃を提言する」

 獲物の前で舌なめずりをするのは三流のやることだ。対象は無傷で捉えるべきだったが、もはや宗介の中でその域はとうに越えていた。

 照準は既に済ませてある。敵の乗り込んだ改造雪上車は、装甲も武装も施されていない、この場で唯一の脅威目標。

 M9系列の頭部に搭載された12.7mmチェーンガンは、ASとの戦闘では豆鉄砲だ。だが、雪上車相手なら軟な外装を撃ち抜いて搭乗員を十分に殺傷できる。

 目の前のモニタ一杯に、雪上車がズームして映し出される。車両横の窓ガラス越しに、例の笑みを浮かべるヘクマティアルの姿を捉えた。
 彼女は指をこちらに向けていた。人差し指と親指をピンと伸ばした形。どことなく<ヴェノム>がよくやって見せる"指鉄砲"のような不吉さを覚える。

 ウルズ1からの返答を待つ暇はない。躊躇いもせず、宗介は握り込んだ操縦桿に埋め込まれているトリガーを引いた。
 コンマの差もなく、液体炸薬が破裂して劣化ウラン弾が飛び出し――

 ――不発。システムが応答しない。

「どうした、アル。給弾装置の不具合か!?」

≪否定(ネガティブ)。火器管制システムに致命的なエラーを検出。再起動まであと5秒かかります。
 散弾砲の強制撃発装置にもロックが。全武装オフライン≫

「なんだと?」

 ポンコツめ、と呟こうとして、宗介は口を噤んだ。

 極限環境によるハード側の不具合ならまだ納得できる。だがこの状況、このタイミングで火器管制全系統にシステムエラー?

 有り得ない。その程度には、宗介は整備員やこの機体を信頼していた。

 ならばこの状況は、敵の用意した罠の一環で――

 思考の海に埋没しかけた宗介を引き戻したのは、通信越しに聞こえたクルーゾーの舌打ちだった。

『……いや、その時間は無いようだ。クソッ、まさか連中、これが狙いか?』

 その意味を問いただそうとする、よりも早く。

 音が聞こえた。

 それは布がごつごつとした岩肌を擦過する音に似ており、地響きを連れ、そして白い瀑布を伴っていた。

 撃ちこまれた榴弾を起点とした雪崩が、雪上のASには回避を許さない速度で迫り――

◇◇◇

 アーム・スレイブという兵器に関して、一番の弱点となるのは装甲の薄さである。

 これは人型という制約がある以上、宿命的に付き纏う欠点だ。
 関節部は脆くならざるを得ないし、無理に装甲を積んでも他の兵器に対して優位を取れる機動力の低下を招いてしまう。

 特にM9は欠点を克服するよりも、長所である機動性を限界まで延ばし"敵からの攻撃を回避すること"を前提にしたスペシャリスト用の機体だ。
 マッスル・パッケージ自体に防弾性能を持たせたことにより、防御力を落とさずに軽量化させることに成功したが、
 逆に言えばこと装甲だけに限るなら、第2世代のASと同程度しかないともいえる。

 瞬間的な荷重ストレスへの耐性だけなら、M9を上回るような第2世代型さえも珍しくない。

 その結果がこれだ。マスタースーツにしこたま打ち付けた身体の痛みを頭から締め出しながら、クルーゾーは迅速に状況へ対応する。それが彼の兵士としての資質だった。

 光学カメラからの映像は真っ黒だ。壊れたのか、単に雪に埋もれているだけか。それは分からなかったが。

 クルーゾーはヘッドギアの口元に仕込まれているインカムを意識して声を飛ばした。

「<ドラゴンフライ>、各機の損害をチェック」

 音声認識により、彼の『ファルケ』に搭載された支援AIが起動。命令通りに、データリンクした他のM9と自身の損害状況を報告する。

 モニターを確認して、クルーゾーは小さく歯噛みした。状況は最悪に近い。

 カナディアンSAS出身のクルーゾーは雪崩の怖さを知っている。
 雪崩に呑まれ、そして掘り出された死体の多くが"四肢を切り飛ばされている"という事実を。

 雪崩れによる死因は窒息だけではない。岩や朽木といった混合物によって発生する剪断力は人の手足など軽く千切ってしまう。

 またその衝撃力は積雪の状態によっては数トンから十数トンにまで及ぶこともあり、そもそも雪崩に飲まれた時点で内臓や脊髄が潰れて死ぬことも珍しくない。

 無論、ASは人体ほどやわではなかった。だからこうして自分たちは死なずに済んでいる――機体の損傷と引き換えに。

(装甲に歪み、関節部の破損、マッスルパッケージに亀裂……機体は固まった雪に埋もれている。
 ウェーバーの機体に関しては左腕部が完全にイカれているな。奴め、あれほどブリーフィングで雪崩への対処を仕込んでやったというのに……!)

 歯噛みするクルーゾーの機体でさえ無傷ではない。ASが雪崩れに巻き込まれた時点で、それは望むべくもないことだ。

 だからこそクルーゾーは常に雪の状態をセンサーで密に計っていたし、雪崩の兆候があれば部隊を撤退させるつもりだった。

 結果はご覧の有様だ。データリンクへの介入もそうだが、まさか敵が榴弾砲を使って人工的に雪崩を引き起こすなど考えてもみなかった。

 それは想像力の欠如などではない。当たり前だ。ここにはココ・ヘクマティアルがいる。

 いま起きた雪崩に、彼女達も巻き込まれたはずだ。この規模では万に一つも助かる見込みはない。雪上車ごとペチャンコになってお終いだ。

 だが――この言い知れぬ不安は何だ?

 クルーゾーは再びAIに命じ、破損を免れていた偵察用のカメラ・プローブを展開した。
 細いパイプのような見た目の高解像度カメラが蝸牛の目のように機体から延び、雪を押しのけて、地上の光景をモニターに映す――

◇◇◇

「早く早く! 来るよ来るよ!」

 興奮気味に言葉を繰り返しているのは雪上車にまで駆け戻って来たココだった。

 榴弾が着弾した瞬間、他の私兵達も雪上車に飛び乗っている。ただひとり、雪上車の傍でしゃがみこんでいるワイリを除いて。

 ワイリ。かつての異名はワイリー・コヨーテ。FBIから目を付けられている爆弾魔。

 既に雪崩の前兆である振動が人にも感じられるレベルになっているというのに、彼の指先は震えもせずに己の仕事を遂行していた。

「ワイリ、行けるな!? 私は君の技術に全幅の信頼を置いている。命を預けてもいいほどに!」

「いいからココも乗ってください危ないですよ!?」

「オオウ!?」

 車中から伸びてきたバルメの手で引きずり込まれるココを追うようにして、ワイリも立ち上がった。

「準備完了です、ココさん。いつでも行けます」

「なぁ、大丈夫かよワイリ。雪山心中は御免だぜ?」

 助手席に乗り込んだワイリに、ラゲッジスペースで銃を抱えるルツがぼやく。

 ちなみに彼の指定席がそんなところになったのは、出発の際、バルメとココのいる後部座席に意気揚々と乗り込もうとした結果だった。
 ココと自身に対するセクハラに憤慨したバルメの手によって"ポイッ"と投げ込まれたのだ。

 不安そうなルツの表情をバックミラー越しに見ながら、運転席のレームがへっへと笑った。

「そりゃあ心配になるわな。慌てん坊のワイリくん、爆弾の向きは合ってるか?」

「レームさんこそ、タイミングをお間違え無く。下手に動くと全滅です」

「わーってるさ。しっかし、本当に無茶な作戦だよなぁ、ココ」

 雪上車の運転席に後付けされたコンソールを準備しながら、レームが後部座席に乗り込んだ雇い主に顔を向けた。

「最後にもう一回だけ聞かせてくれ。本当に、ここまでする価値があるんだよな?」

「レーム、ココのすることにケチをつける気ですか?」

「いいさ、バルメ。レームの疑問はもっともだ――そして、一片の迷いと動揺なく答えて見せよう」

 車内にいる全員に聞こえるように、胸を張ってココが宣った。

「――価値はある。彼らとの戦いには、大いなる価値が」

「ココ!」

 遮る様にヨナが叫ぶ。演説をぶとうとしていたらしいココが、肩透かしを食らって口を尖らせた。

「もう、なんだいヨナ! いまから超絶格好いい台詞を吐くところだったのに、拍手喝采、感激のチューは後にして……」

「ふざけてる場合じゃない。撃たれる! あの白い奴!」

 ヨナが窓ガラス越しに指さしたのは、4機のM9の中で唯一散弾砲を装備している機体だった。

(いや、よく見ると細部に変更が見られるな。何らかの試験機か……?)

 ココはその機体を睨む。自分の知らない機体だ。およそ正式なものではない。第三世代、M9系列には間違いないだろうが――

「ねえ、ココったら!」

 思考が流れかけたココに、再びヨナが呼びかけた。

 ヨナの勘の鋭さは部隊でもトップクラスだ。彼が撃ってくるというなら、確実に撃たれるだろう。

 だが、ココは口元の笑みを崩さなかった。右手を銃の形にし、その機体へ突き付ける。

「いいや、撃たせない。見ていたまえ、ヨナ。我が世界蛇は、既に世界を巻き取った」

 敵ASの頭部機関砲がこちらを指向する――ヨナが、ココを庇うように車両の床へ引き倒そうとする。

 その動きを抱き留め返して、ココは哄笑を上げた。

「――ヨルムンガンド。正義の傭兵たちよ、怪物の尾を仰ぐがいい!」

 果たして、機関砲は撃たれず。

 そして地響きと共に、白い津波が立ち上がった。雪崩はASを飲み込み、そして平等に被害をもたらさんと雪上車へ迫る。

 迫り来る白壁を見ながら、ヨナは思った。まるで悪魔だ、と。
 身の程知らずにも己を眠りから覚ました愚か者たちを飲み込もうとする伝説の悪魔。それが自分達を狙っている。

 だがその怪物の前に立ちふさがる者がいた。

 無論、実際に雪崩の前に飛び出したのではない。
 助手席に座る眼鏡をかけた黒人男性は、冷静に迫る雪崩を見つめ、手にした起爆スイッチを押し込む。彼がしたのは、ただそれだけ。

 そして"ただそれだけ"の結果として、悪魔は真っ二つになって死んだのだ。

◇◇◇

 ――そこに、ココ・ヘクマティアルとその私兵たちが乗る雪上車は健在していた。

 先ほどまでの地点から大分流されてはいるが、車両に目立った損傷はない。
 雪崩の前と変わったのは、大きなオレンジ色の袋がふたつ、車両の横から飛び出して膨らんでいることだろう。

 おそらく、あれは雪崩用のエアバッグだ。クルーゾーが知っていたのは人間用の装備だったが、車両にも応用できるだろう。
 表面積を増やすことで雪崩れの中で浮く力を増し、飲み込まれる確率を下げることができる。そんな単純な仕組みの道具だ。

 だが、およそあの規模の雪崩で役に立つものではない。あくまで補助用の、気休めの性能しかないものの筈だ。

「馬鹿な……あの雪崩をどうやって生き延びた?」

 モニターを見つめるクルーゾーの疑問に、応える者がいた。

『指向性爆弾の衝撃波による、雪崩の回避……』

 声はスペック伍長のものだ。プローブカメラの映像をデータリンクから共有したのだろう。信じがたいものを見たような声音で呻いている。

「ウルズ8。何かわかったのか?」

『ああ、多分。例の砲声の後に、別の爆発音のようなものが聞こえた。敵には例の爆弾魔がいるんだろ?』

 ワイリ――ウィリアム・ネルソン。ココ・ヘクマティアルの擁する爆破工作のスペシャリスト。
 かつての湾岸戦争において特殊任務に従事し、それを成功に導いた男。

 だが此度の強襲作戦で、その存在はさほど重要視されなかった。こちらが出先で待ち伏せる側なのだ。彼の爆弾が脅威になることはない。

 してやられたぜ、とスペックは毒づいた。彼はSRTの中でも爆発物に詳しい。他のメンバーに爆弾解体のレクチャーをしている姿を、クルーゾーも見かけたことがあった。

『何年か前に、小さい科学雑誌でそんな理論が発表されたんだよ。爆弾で雪崩を"割って"、安全地帯を作り出すっていう』

「待て。そのような大量の爆薬を仕掛けられる時間は無かった筈だが」

『雪崩そのものを吹き飛ばすんじゃないんだ。あくまで雪崩の先頭だけを裂いて、後から続く流れの向きを制御するって考えで。
 つっても雪山登山に爆弾持ってく奴もいないし、そもそもロジック自体が理想論過ぎた。装甲を理論強度そのままで計算する奴いないだろ?
 だから俺も一笑に付したし、いままで思い出しもしなかったんだが……』

「奴らはそれをやった、と?」

『信じられんが、そういうことなんだろう。とても正気とは思えんが。
 雪崩だぞ? どんな"流れ"になるかなんて事前に予想できねえし、発破のタイミングも完璧に図らなきゃ雪の下。クレイジーの一言だぜ』

『手品のタネは分かったけどよ、これからどうするんだよ?』

 割り込んできたのはウルズ6――クルツ・ウェーバーだった。

『このままだと、あいつら逃げちまうんじゃねえの?』

『いいえ、それはないわね』

 クルツの言葉を、メリッサが一蹴した。

『データリンクへの仕込み、野戦砲の持ち込み、雪崩を回避するための準備――ここまで周到に準備しておいて、それが逃げる為だと思う?』

『ウルズ7よりウルズ2へ。こちらも雪崩れの直前にシステムに介入された痕跡がある』

≪正確に言えば"痕跡"はありません。外部からクラックされた感触はなし。どう考えてもシステムエラーとしか判断できませんが――≫

 宗介の後を引き継いだアルの言葉に、メリッサが頷く気配が無線の向こうから漂った。

『状況から考えて、敵の仕掛けたトラップでしょうね。スパイがいるのか、枝を付けられたのか。
 そもそもこっちだって電子攪乱を仕掛けていたのよ? それなのに、相手は砲手に位置情報を送っている。
 具体的な手法の特定はできないけど、現実問題としてあたし達は相手の用意した舞台に上がってる――連中、ここでやるつもりよ』

 プローブからの映像に変化があった。ヘクマティアルの私兵たちが雪上車両から降りて散開し始めている。当然、全員が武装していた。

 このままでは不味い。倒れた状態で接近を許せば、まさしくまな板の上の鯉だ。
 ヘクマティアルの兵器知識と例の爆弾魔の腕があれば、少量の爆薬で装甲を貫き、パラジウム・リアクターを破壊することすら可能かもしれない。

 早急に対応を決めなければならい。クルーゾーはモニターに表示された各種データを手早く確認しつつ、指揮官としての頭脳をフル回転させた。

『ウルズ1、どうする? 損害を受けたとはいえ、M9はまだ動けるけど……』

 メリッサのいう通り、M9の損害は大破というほどではない。戦車やAS相手に十全の戦闘行動は難しいかもしれないが、相手は歩兵だ。
 戦闘力は著しく下がったが、それでも勝てない戦いではない。

 問題は、相手が野戦砲を持ちこんでいるという事実である。

 野戦砲自体が脅威なのではない。事前の情報が全て信用できなくなってしまったというのが厄介なのだ。

 敵の武装は自動小銃が精々という前提が覆されてしまった。
 あの雪上車両に大した余剰スペースはないだろうが、それでも折り畳み式の対戦車ロケットくらいなら積めるだろう。そして雪に埋まったASは良い的だ。

 雪崩れによって圧縮された雪の重さは、一立方メートルあたり500kg以上。ジャックナイフ機動による機体姿勢の即時回復は難しい。
 かといって普通に起き上がろうとすれば致命的なタイムロスが発生する。甘めに見積もっても、姿勢回復までに5秒はかかるだろう。

 さらにそこまでして起き上がったところで、陣地が雪崩で押し流されてしまった現状、機動力は完全に死んだ状態だ。

 また、野戦砲も完全に無視はできない。10kmという距離に加えて数はたった一門。砲手もひとりだけ。
 この条件なら、本来は無いも同然の張りぼてだ。だが、あの砲兵の腕前は尋常ではない。

 2発目、ないし3発目で直撃させてくる――そんな可能性を捨てきれないほどに。

(機体は放棄するしかない、が……)

 機体を降りた後の問題が残っている。こちらは4名。向こうは5名。たったひとりの差だが、少人数であるほど人数差の影響は大きくなる。

 さらに装備の問題もある。こちらはホルスターに収めた拳銃と、兵装ラック内の自動小銃程度しかない上、弾薬も乏しい。

 対して先ほど見た私兵たちのタクティカルベストには、弾丸で満たされているであろうマガジンがいくつも差さっていた。

 現状の戦力で敵を制圧するのは難しい。ならば追加の戦力が必要だが――

「ウルズ3、救援は可能か?」

 問いかけに、βチームの指揮を取っているキャステロ中尉が苦い声音で返してくる。

『……難しいな。本来なら15分もかからんだろうが、この積雪じゃ……どんなに急いでも1時間以上は掛かるぞ』

 無理だ。どれだけ弾丸を節約したところで、そんなに長時間撃ちあいができる筈もない。15分でさえ厳しいだろうに、一時間とは。

(……万事休すか?)

 クルーゾーの表情に、初めて焦りの色が浮かんだ。

◇◇◇

 テレサ・テスタロッサは<デ・ダナン>の艦長席で、血が滲むほど強く唇を噛みしめていた。

 この作戦の一番の肝は、極限環境の中で如何にASによる待ち伏せと奇襲を成功させるか、という点にあった。

 逆に言えば、奇襲に成功しさえすればその時点でこちらの勝ちは確定するような作戦だったのだ。そんな気持ちが無かったと言えば嘘になる。

 もっと詰めるべき点はなかっただろうか。想定が足りなかったのではないか。部下たちに危険が迫りつつある今、そんな後悔が彼女の胸中で湧き上がっていた。

 無論、有り得ざる可能性に対して事前に全ての対策を練っておくなど可能であろう筈もない。彼女たちのプランは、過去の時点では完璧といってよかった。

(部下にそんな言い訳をするつもり?)

 だが、テレサ・テスタロッサはそれを許さない。そんな慰めを受容しない。ぐるぐると歪む視界を、無理やり前に向ける。と、

「情報部の見張りは何をしていた!?」

 一喝。彼女の片耳を、鋭く響く大音声が叩いた。

 リチャード・マデューカス。彼の声に、通信管制官が慌てた様子で報告する。

「げ、現地情報部員より入電! その、目標のトラックから野戦砲が出現したと……」

「遅いぞ! どうせ仕事は終わったとばかりに茶でも飲んでいたんだろう!
 野戦砲を押さえろと伝えろ! 現地で動けるのは連中だけだ! 砲手を釘付けにするだけでも構わん!」

「そ、それが野戦砲の周りに村人が集まっているらしく……隠密にことを成すのは無理だそうです。
 それでもやれというなら、その、情報部を通して正式な命令を寄越せと……」

「何をふざけたこと……!」

 そんなやり取りを見て。

 テッサは自分が平静を取り戻していくのを自覚していた。頭の中で渦巻いていた灼熱が、嘘のように引いていく。

 冷静になってみれば、マデューカスが本当に激昂しているのではないことも判別できる。そう見せているだけだ。それが彼の仕事なのだから。

 常を取り戻す一番の方法は、自分よりも激しく感情を発露させる人物を見ること。マデューカスはそれを理解している。

 その檄を飛ばしている副長が、横目でテッサをちらりと一瞥した。眼鏡越しの鋭い眼光が、彼女にこう尋ねている――『頭は冷えましたか?』と。

 深く息を吸って、吐く。肺を空にして、リセットを掛けた。ぎゅっと目を瞑る。そして開く。

「――現地の地図を出してください。チームαとβの位置を重ねて表示して」

「イエス・マム」

 新たな視界を得た彼女の指令に、発令所の面々が的確に動き出す。

 頭が冷静に働き続ける限り、彼らは有能な手足であり続けてくれる。かつてボーダ提督から習った艦長の責務(デューティ)。それを思い出した。いや――思い出させて貰った。

「ありがとうございます、マデューカスさん」

「なんのことですかな? 私は情報部の情けなさに憤りを覚えただけですが」

「そうですか。なら、作戦部(わたしたち)の意地を見せてあげないといけませんね」

 薄く笑みを浮かべすらして、テッサは素早くモニターに表示された情報に目を走らせ、この状況を打開する策を探し始めた。

 現地の天候は大荒れだ。緊急展開ブースターを使っても、追加の戦力は送り込めない。よって『<デ・ダナン>から救援を出す』という案を排除。

 野戦砲の存在も悩ましいところだ。

 正直に言えば、ヘクマティアルが部下に2発目を撃たせるとは思えない。
 爆薬による雪崩の回避は敵の神業的な爆破技術によるものだが、それでも咄嗟に行えるものではないだろう。
 事前に現地の地形を観測し、入念な計算を重ねた上での実行に違いない。

 野戦砲を撃ち、2度目の雪崩が起きればヘクマティアル達は自滅することになる。そんな愚かしいことはしないだろう――

 ――だが、そんな風に相手の賢さに期待するのはそれこそ愚か者の行いだ。

 破れかぶれになった者はなんでもする。この椅子に座って幾つもの作戦に携わってきた彼女はそれをよく理解していた。

 では無理やり現地の情報部員を動かし、野戦砲を押さえさせることは可能か?

 これも不可。部署の確執を抜きにしても、情報部の彼らは精々拳銃程度でしか武装していないだろうし、派遣された人数も二人だけ。
 例の砲兵は兵士としても腕利きだ。それが適切な武装をしているなら、数秒で返り討ちだろう。

 おまけに野戦砲の周囲には民間人が集まっているらしい……民間人?

 テッサは首をひねった。村中でいきなり大砲をぶっ放したので抗議しに来た――のではない筈だ。
 あの狡猾な武器商人が、そんな間抜けをするとは思えない。

 単に金を積んで黙認させたというのなら、逆に野戦砲の周りに人だかりができるのはおかしい。


「……カリーニンさん、貴方はソ連出身でしたね。
 ヘクマティアルが、どうやって野戦砲を撃つことを村の人達に了承させたのか、分かりますか?」

「ふむ……おそらくですが、アバランチコントロールを買って出たのではないかと」

「アバランチコントロール(雪崩れの制御)、ですか? 大砲を撃ちこんで、あまつさえ雪崩は起きちゃいましたけど……」

「そういう手法なのです。爆薬などで人為的に雪崩を起こし、大きな雪崩や、予想外の雪崩を防ぐというもので。
 本来はスキー場などの観光地で行われるものです。
 あのような寒村では人材も道具も用意できないでしょうから、ヘクマティアルが格安で提案すれば飛びついたでしょうな」

 ――彼らはまだ知る由もないが、カリーニンの予想は当たっていた。

 ココが村長と交わした商談の正体。格安でのアバランチコントロールの定期契約と、そのデモンストレーションを行う許可を取りつけるもの。

 正確にはそう見せかけて、M9を雪崩に巻き込むための布石だった。

「一般的な手法、なんですね?」

「野戦砲を使うのはいささか乱暴に過ぎますが」

 肯定を返すカリーニンに、テッサは再びモニターに表示された地図を見つめた。

 現状、現実的な手立てはキャステロたちチームβをクルーゾー率いるαの救援に向かわせること。

 足りないのは時間だ。この積雪では、ASの機動力が生かせない。ならば――

 テッサは情報士官に命じて、艦のAIである<ダーナ>を呼び出させた。超高性能AIである"彼女"は、高度な情報処理能力を持つ。

 行動を命じてから2秒。<ダーナ>が掻き集めた必要な資料・論文をさらに30秒かけて斜め読みし、テッサはキャステロ中尉へ通信を繋げさせた。

「本部よりウルズ3へ。貴方とウルズ2のM9は、<ヴァーサイルⅡ>を装備していましたね?」

『肯定です』

 <ヴァーサイルⅡ>は9連装の多目的ミサイルだ。武器商人相手には過剰な武装に見えるが、そもそもこれはヘクマティアルに撃つ為のものではない。
 雪山でM9が行動不能になり、回収もできないと判断した際、機体を爆破して証拠隠滅を行う為に用いる筈の保険だった。

「敵にやられたことをやり返してやります。チームαを救助するための最短ルート上に、いくつかポイントを設けました」

 キャステロたちが目にしているスクリーンに、周辺の地図と赤いライン、さらにそのライン上に表示される光点が追加される。

 どうやら、起伏の少ないなだらかな斜面を選んで光点は配置されているらしいが……

『この光点は一体?』

「地形と気象観測衛星からの予測情報を元に算出した、"雪崩れの起きやすい地点"です。
 ここに<ヴァーサイルⅡ>を撃ちこんでください。全層雪崩を連鎖的に引き起こして、一時的に積雪量の少ない地形を作り出します」

『なっ……』

 キャステロが絶句する。他の面々も同様だった。

 当然の反応だ。テッサは胸中で自分自身に頷かせた。目の前で雪崩を起こせと言っているのだから、反発も出るだろう。

「確かに危険な手ですが、これならASの機動性をほぼ完全に発揮できます。かかる時間も20分程度に短縮できるでしょう。
 雪崩れに巻き込まれないよう、立ち位置や信管の設定は計算してありますから――」

『いえ、危険だとかそういうことではなく……』

『テッサ、あんたそれ、いま考え付いたの? その、計算して?』

 どことなく呆然としたメリッサの声に、テッサはこともなげに「そうですけど……?」と返す。

 ああ、そうだ。SRTの面々は、揃って再認識させられた。彼女は最強の潜水艦を設計し、若干16歳でその艦長を務めている常識外れの天才なのだ、と。

 その理知。その豪胆さ。まさしく彼女は荒くれ者たちを束ねる海の女王だ。忠誠を誓うに値するほどの。

『アイ・アイ・マム! チームβよりチームαへ。これより救援に向かう。それとウルズ8、ミサイルはお前が撃て』

『俺が?』

『ただ撃ちこむだけならともかく、爆発の影響を計算せんとならんからな。
 爆発物の取り扱いなら、この中じゃお前が一番上手いだろう。あの爆弾魔に我々の力を見せてやれ』

『ウルズ8(スペック)が撃つのか? おいおい、俺達を雪崩に巻き込まないでくれよ』

『その時はお前に直接ミサイルを叩きこんでやるよ、ポンコツスナイパー』

 クルツとスペックの軽口の応酬に、部隊の雰囲気に明るいものが混じりだす。

 それは部隊の動きをスムーズにするための潤滑材、ユーモアの発露であり、明確な勝利の可能性を見出したことによる士気の高まりだった。

『決まりだな。ウルズ1より各位へ。我々チームαは、これより白兵戦に移行する。20分だ。20分だけ耐えろ。耐え抜けば我々の勝利だ』

◇◇◇

『ってなわけで、お前らとはこれでお別れだ。精々、風邪をひかないようにな』

 外部スピーカーの声と共に、眼前のASが頭部機関砲を発砲。火線上にあった雪上車が瞬時に穴だらけになる。

 その両脇に立っていたトージョとウゴは慌てて飛び退き、雪の上に伏せた。

 極低温のせいか、はてまた偶然か、車両は爆発することもなかったが、完全に役立たずとなり果てていた。

「あぶねーなコラー! 死んだらどうする!」

「むしろ直接的に殺されなかっただけよしとするべきでは……」

 去りゆくASの背後に拳を振り回して罵声を浴びせるトージョに、ぽつりと呟くウゴ。

 とまれ、どうやら彼らの雇い主の計画は滞りなく進んでいるらしい。自分達の役目は、これでお終いという訳だ。

「くっそー……とりあえず救援が来るまで待機だな。ビバークの準備するか」

「これでお嬢たちが捕まったりしたら、俺達は確実に氷漬けですか」

「怖いこと言うなよ……ほら、ホッカイロ要るか?」

◇◇◇

 爆砕ボルトに点火。コックピットハッチが吹き飛び――かけるが、ハッチ上に堆積していた雪の重みで途中停止する。
 そこから2、3度蹴りを入れて、ようやくハッチが雪の層を貫通。操縦席が地上と接続され、薄い光と新鮮な酸素が降りてくる。

 事前に機体頭部を動かして隙間を作っていたとはいえ、さすがに数メートルの積雪を完全に除去することはできない。
 脱出できただけ御の字だ。そう言い聞かせながらコックピットから這い出し、雪で出来た崖を登るような心地で手足を動かす。

 そうして厚い雲の下、薄暗くなっている丘陵に、クルツ・ウェーバーは苦労しながらも生身を曝した。

「20分、20分ね……結構な時間だこと」

 呟きながら、しかし油断なく周囲に視線を這わせる。

 その軽いノリから誤解されがちだが、彼はミスリルの中で――いや、世界中を見てもトップクラスの狙撃手であり、そして狙撃屋にとって戦場の把握は最優先事項だ。

 クルーゾーのM9から送られてきた映像と互いの位置情報で事前にある程度は把握できていたが、自分の目で見なければ分からないこともある。

 クルツが立っている丘陵は、この山脈の中で比較的勾配のぬるい斜面だった。

 雪崩の大部分がここを終着地としたようで、"雪だまり"のようになっている。
 結果として圧縮された雪による起伏が幾つも生み出され、地形を複雑にしていた。

 その起伏のひとつに目をつけ身を隠す。雪を何度か叩いて固め、伏射姿勢の際に照準が安定するようにするのも忘れない。

 実を言えば位置的に、クルツはヘクマティアルの私兵たちに対して有利な位置取りをしている。武器商人一向は、クルツよりも下方に流されていた。
 正確に言えば、クルツの方が彼女達よりも流されなかったというべきか。

 雪崩で機体が横転した際、咄嗟にクルツがM9の左腕を地面に突き立てたのは、狙撃に有利である高所を失いたくなかったからだ。

 結果的に自分のM9の左腕は酷い壊れ方をしたが、きっと許してもらえるだろう――いや、無理だ。あの整備親父がキレないわけがねえ。

「だからこそ、ここで点数稼いでおかねえとな――こちらウルズ6、いま位置についた」

『だったら早く援護しなさいっての! 銃声聞こえてるでしょうが!』

 ヘッドギアに仕込まれた通信機の向こう側と、クルツのいる下方から断続的な発砲音が響いている。ついでにメリッサ・マオの罵声も。

 私兵たちとの距離は、共に流されたメリッサ達の方が近い。すでに両者は接触し、撃ち合いが始まっている。

 慎重に起伏から顔を覗かせ、現場を確認する。スポッターがいない以上、いきなりスコープを覗き込んで視野を狭くするような素人くさい真似はしない。

 敵の数は三人。例の爆弾魔に、モデルのようなスタイルのナイフ使い、そして宗介の言っていた少年兵。

 自分と同じように雪の起伏に身を隠しながら景気よく自動小銃を撃ちこんでいる彼らに対し、
 私兵たちの陣地から20mほど離れた地点にある木立を盾にしながらメリッサとクルーゾーが散発的に反撃して接近を防いでいる。

 SRTはあらゆる軍事方面のスペシャリストが集められた最精鋭だ。ASの操縦技巧だけではない。白兵戦においても各自が一流以上の腕前を持つ。

 だがヘクマティアルの私兵もさるものだった。交替で弾幕を張りながらじわじわと距離を詰めている。

 人数と弾薬の差は如何ともしがたい。このままでは先にメリッサ達の弾薬が切れるか、数で制圧されるのはそう遠い未来の出来事ではないだろう。
 スペックたちの救援が間に合うかは微妙なところだ。

 手にしたボルトアクション式の旧式ライフルを構え、ボルトレバーを引いて薬室に弾薬を送り込む。
 メリッサ達と相対している敵との距離は目算で100m程。自分の腕前なら鼻先と言っていい距離だった。

「へいへいっと。いい位置を取れてんだ。いま一人減らす。姐さんに中尉殿、すみませんが弾幕を張って連中を釘付けにしていただいても?」

『留めるのは5秒が限界だ。やれるか、ウルズ6(ウェーバー)』

「2秒あれば十分だぜ」

 クルーゾーの声に軽口を返しながら、しかしクルツの目は既に氷の様な冷たさを帯びていた。

 レシーバーとトリガーに添えられる手の感触が消え、ライフルと一体化していく感覚が湧き上がる。

 獲物を前にした興奮も、外すかもしれないという恐怖もない。目の前の光景が、無味乾燥なただの情報に変じていく。

 メリッサとクルーゾーが木陰から僅かに身を晒し、少ない弾薬を盛大にふるまい始める。僅かに私兵たちの動きが止まる。

 スコープの先に映るのは、例の爆弾魔ウィリアム・ネルソン。

 今だ。

 引き金に掛かった指だけが、機械的に動く。

 ――寸前に、クルツ・ウェーバーは雪に潜り込むような心地でその場に身を伏せた。

 その数センチ上を、確かな殺気と共に鋭い気配が通り過ぎていく。

 連中の使っている自動小銃よりも口径の大きい、よく伸びる破裂音が耳に残る。間違いない、これは狙撃だ。

 気づいたのは偶然だった。いや、偶然ですらない。なぜ今のが避けられたのかクルツにも説明できなかった。

 だが、確かにそれは存在する感覚だ。自分はいま、複数の狙撃手に狙われている。

 ずりずりと這いずりながら後退し、雪の起伏に再度身を隠す。立ち上がって走るような愚は犯せない。
 雪の上でゴロゴロと体を回転させ、急ぎ狙撃された地点から移動する。

『ウルズ6、どうした!?』

 再び木立に身を隠したクルーゾーが通信機越しに訪ねてくる。マガジンが空になった途端、私兵たちは再び火力を展開し距離を詰め始めていた。

「くそっ。すまねえ、ウルズ6援護不能。敵狙撃手に狙われてる。たぶん、例のデルタと警察上がりだ」

 起伏の影から見てみれば、ここから50mほど下方に流された雪上車の影にひとり、さらに近くの起伏にひとり隠れている気配がする。

『あんたよりも凄腕ってわけ?』

「馬鹿言うなよ、姐さん。腕なら俺の方が上だ。一対一なら速攻で片付けてるぜ」

 そう、片付けられないこともない。地の利はこちらが得ている。高所を取っている以上、単純な撃ちあいならこちらが有利だ。

 問題は、相手が二人組ということだ。狙撃手と観測手で別れているのではなく、二人のスナイパーがこちらを狙っている。

 狙撃手同士の戦いで、勝敗を分けるのはどちらが先に相手を見つけられるかということだ。
 撃たれる前に撃つ。この鉄則は、スナイパーとの戦いにおいてはさらに意味が重くなる。
 一発当たりの戦果が大きい――単純にいえば命中率の高い狙撃手に撃たれれば、それはほぼ確実な死を意味するからだ。

 では現在のように狙撃手双方が相手を認識してしまうとどうなるか。

 基本的には膠着状態に陥る。

 こちらが相手を撃てるなら、それは相手もこちらを撃てるという状況であることを意味する為だ。
 高所を取れば身をさらす面積を小さくできるし狙いやすくもなるが、この距離で相手の腕を加味すれば信頼できる盾とはならない。

 腕はこちらが上だろう。地の利もある。勝つのは自分だ。だが、相手は二人。ボルトアクションライフルは構造上、連射が出来ない。

 結論――撃ち合えばひとりは始末できるだろうが、次の瞬間には自分も撃たれて死んでいる。

(膠着状態だな。くそっ――まだか?)

◇◇◇

「いまのを避けやがるか……」

 苦々しいレームの呟きを耳にしながら、彼の傍らで同じように雪上に寝そべっているココ・ヘクマティアルは難しく眉間にしわを寄せていた。

 風向きの変化を感じる。それも、こちらにとって悪い方向に。

 ココは戦場の空気を読む力に長けている。ヨナやレームの様な戦術的な視点ではない。もっと大きな視点ではあるが。

 本来、敵のASを行動不能にした時点でこちらの勝利は揺るがない筈だった。

 この状況で救援は望めない。彼らはおそらく精鋭揃いだろうが、兵の質はこちらも負けていない。勝敗を分けるのは装備の差だ。
 それならば『武器商人の私兵』が負ける筈はない。

 だが奇妙だ。敵の動きに鈍りがない。絶望的な状況を目の前にした、士気の低下がみられない。

(何らかの手段で救援を出す気か? いまから新たに歩兵を展開するのは無理だ。
 ならばASを? いいや、M9とはいえ、トージョ達の襲撃地点からここまで1時間はかかる。
 事前の情報で、分けた隊は二つだけというのは分かっている。近くに別働隊がいるということはない。
 では、こちらの予想していなかった装備・手段で、救援に必要な1時間を縮めること……これなら可能か?)

 もし仮にそうなら、敵の増援が到着した時点でこちらの負けだ。

 "ヨルムンガンド"はこれ以上使えない。無理に使ったとしても、それではこの勝負を仕掛けた意味がなくなる。

 残り時間の猶予はどのくらいだ? 敵は増援が来るまで耐えればいいのだから、現在は弾薬を節約して守勢に回っている筈だ。
 操縦席の兵装ラックに収められる装備の量は限られている。積載されていた弾薬の予想数と、敵の発砲の頻度を比較。敵増援到着まで、あと――

 うぐぐ、と呻きながらココは指先でインカムのマイクを摘まみ、口元に近づけた。

「各員、予定変更だ。あと15分で制圧できないとこっちが負ける」

『15分!? お嬢、話が違うぜ。1時間は余裕があるんじゃ……』

 悲鳴を上げるルツ。声にしないだけで、部隊全員に動揺が走る気配が漂う。

「ごめん。想定よりも向こうの司令官が優秀みたいだ」

『卑下しないでください。ココは最高です!』

「ありがとう、バルメ――で、どうかな? 各員状況報告」

『難しいですよ、ココさん。相手はふたりですが、なかなか近づかせてくれません。弾薬も少ないだろうによくやる……』

『安全にやろうと思えば、時間をかけるしかないよ、ココ』

 銃声を背後にワイリが呻き、ヨナが嗜めるように呟く。

 向こうの戦況は厳しいようだ。
 現在、戦場は2つに分かれている。ここから離れた木立の傍で撃ち合いをしているバルメ達と、ここで狙撃手を相手にしているレームとルツ。

 レームと自分は盛り上がった雪の影に、ルツは雪上車を盾にしていた。

「レーム、ルツ。どっちかひとり、バルメ達の援護、できる?」

「無茶だぜ、ココ。頭を抑えられたのが痛い。そりゃ、精鋭揃いなのは分かっちゃいたけどよ、こんな化け物スナイパーがいるとは思わなかったぜ」

「レームよりも凄腕なのか?」

「超神兵の俺様よりもか? 冗談きついぜ。……だが、それを実戦で試したくない程度には凄腕だわな。"幽霊を呼ぶ"レベルかもしれん」

「幽霊? なにそれ」

「気にするな。狙撃手のお伽噺さ。ともかく、二人がかりで抑えるしかねえ。ルツ、頭を出すなよ。今はプレッシャーを掛け続けるだけでいい」

『それはいいけどよ、残り一人の警戒はどうするよ?』

 ルツの疑問はもっともだ。現在、姿を現してるASの操縦兵は3名。ASは4機だったのだから、ひとりがまだ雪の下に潜んでいる計算になる。

(残り1人は脱出できない状況なのか? あるいは、ASで立て直す機を見計らっている?)

 考えても仕方ない。潜在的な脅威であることに違いはなく、現状、それに前もって対処するには手が足りない。

「幸い、埋もれてる地点は分かってる。姿勢回復を始めてからでも対処はできるさ。
 厄介なのはこちらに気づかれずに機体を降りて、奇襲を掛けられることだよ。各自、爆発ボルトの作動音に気を付けてくれ。
 とはいえ、本質的に時間が足りないのは変わらないが……」

『ココが困ってるなら、是非もありません。仕掛けましょう』

 無線の向こうから頼もしくもそう言い放ったのはバルメだった。

(あ、なんかデジャヴ)

『ヨナ君、ワイリ。援護を――片方を釘づけにしてくだい。もう片方を接近して仕留めます』

◇◇◇

 ベルファンガン・クルーゾーは、俊敏で強靭な野生動物のように木の影から木の影へ飛び回っていた。

 カナディアンSAS出身の彼にとって、雪山はホームグラウンドだ。
 ミスリルに入ってからは披露する機会もほとんど無かったが、寒冷地訓練を受けた総時間数はこの中にいるSRTメンバーの中でトップだろう。

 寒さでかじかむ身体の末端。機動を制限する雪の枷。
 その全てを意にも介さず、クルーゾーは足を止めず自動小銃で敵を牽制し続けた。

 敵の方が数が多く、練度も決して低くない。こちらが足を止めたと見るや、即座に連携して取り囲もうとしてくる動きは脅威だった。

 偶然流された先が近くだったメリッサ・マオと共同戦線を張らなければ、あっさりと制圧されていたかもしれない。

(特に相良軍曹が言っていたあの少年兵は脅威だな。ジョナサン・マルといったか)

 こちらと相対する3人の内、最も若い小柄の少年。だが、動きは熟練の戦士そのものだ。

 山岳兵としての経験もあるのだろうが、なにより彼を兵士として成立させているのは天性のセンスと勘によるものだろう。
 アフガンゲリラとして育ち、人生の大半を戦場で過ごした結果としてスキルを積んだ相良軍曹とはまた別のタイプの少年兵だ。

 視界の端で、その少年兵が動きを見せた。最小限に身を晒し、クルーゾーに向けてライフルをフルオートで乱射してくる。
 
 クルーゾーは無理に応戦せずに後退した。すでに目を付けていた大木の影に最短ルートで滑り込む。

 数メートル離れたところにメリッサ・マオの姿があった。彼女も同じく、敵の猛攻に曝され、木を盾に耐え忍んでいる。

「ったく、景気よく撃ってくれるわね! ベン、そっちの残りマガジンは?」

「残りふたつ。それで終いだ。そっちは?」

「似たようなもんね。節約してぎりぎりってところだけど……そうさせてくれる相手でもないかしら」

 弾幕の僅かな隙を見つけ、メリッサが単射で撃ち返す。が、すぐに10数倍の数の弾丸が返却されてきた。

「これだもの。結構危うい状況よね。まあ、降参する気もないけれど」

「その意気だ。こちらでもフォローはする。あまり離れず――」

 クルーゾーは途中で言葉を切った。切らざるを終えなかった。

 背筋がぞくりと震える。雪の冷たさではない。そんなものには慣れている。

 だが――強者の殺気には慣れることがない。そのセンサーが鈍った者から、戦場では死んでいく。

 視界の端に黒い影がちらついた。こちらと同じく木立を盾に、凄まじい速度で、なおかつ恐ろしいほど静謐に接近してくる人影がある。

 ココ・ヘクマティアルの抱える私兵――ソフィア・ベルマー。ナイフ一本で軍事拠点を陥落させた怪物女!

 彼女は抜身のコンバットナイフと拳銃を手に、既に彼我の距離を10メートルほどに縮めていた。

 狂気の沙汰だ。自動小銃で武装した相手に、このような強引な接近を試みるなど愚かにもほどがある。

 それでもクルーゾーが相手を侮らなかった原因は、彼の武術家としての経験と戦士としてのセンスが齎した警鐘だった。

 曰く――あれは自身にとっての死神になり得る存在であると。

「マオ、使え!」

 弾の満たされたマガジンふたつを、メリッサに向けて放る。それだけで彼女なら状況を理解するだろう。

 クルーゾーは残り二人からの射撃から身を隠しつつ、距離を詰めてくるソフィア・ベルマーと相対した。

 アサルトライフルを構え、断続的にトリガーを引く。当たらない。木から木へ飛び移る様に身を翻すナイフ使いの挙動は恐るべきものだった。

 断続的に拳銃で反撃してくる相手に対し、クルーゾーもその場から駆けだす。メリッサが挟撃に合わないよう、ベルマーへの牽制を続けながら。

 ベルマーはそれに応じてきた。クルーゾーを追うように進路を変更する。いや、最初からそれが目的だったのか?

 銃弾の応酬を繰り返しながら走り続け、クルーゾーは木立を抜けた。遅れてベルマーが拳銃を発砲しながら続く。

 クルーゾーは雪原に身体を投げ出すように転がり、どうにかその一撃を避けた。外れた、といった方が正確かもしれない。
 同時、相手の拳銃は弾倉が空になったらしい。スライドが下がりっぱなしになったそれを、ベルマーが振り払うように投げ捨てる。

(貰った!) 

 わざわざ盾に出来るものの多い木立を抜け出したのは、そうしなければこの女の距離に捕まると確信したからだ。
 事前の資料で、敵がフィンランド軍の出だということは分かっている。敵は雪上での動き方を、こちらと同様に理解していた。

 自分が先に木々の群れを出ることになるので、その時点で銃撃を受ける可能性はあったが、敵が手にしているのは小口径の自動拳銃。

 AS操縦服には防弾機能がある。
 仮に命中しても、頭に受けなければそうそう致命傷にはならないだろうという打算がクルーゾーにはあった。

 既に小銃のセレクターはセミオートからフルオートへ切り替えてある。転がって膝立ちの姿勢に。

 ストックを肩に押し付け、木立から抜けた敵に残り少ない弾丸を全てプレゼントする。

 ――が、敵の動きはこちらの想像をはるかに超えていた。

 木立から飛び出してきた敵が、直角に進路を変更する。それまで慣性を無視するような有り得ざる機動に、照準が追いつかない。

 だが、クルーゾーとて一流の兵士だ。発砲の反動を宥めすかし、銃口の向きを制御。敵の動きに追随させる。

 しかし――当たらない。

 ベルマーは短く何度も進路を切り返し、こちらの照準から身を躱してくる。
 単に早いと言うだけではない。こちらの狙いの付け方が見透かされている。そんな有り得ざる妄想を抱きさえする足運び。

(どういう体捌きの技術だ!?)

 あれほどまでに進路を切り返せば、慣性の打消しで動きが止まるか鈍る筈だというのに、敵にはそれが見られない。

 何か特殊な歩法でも使っているのか、あるいは単純に、切り返す度、慣性を打ち消すほどに強く地面を蹴っているだけか。

 どちらにせよ人間業とは思えない所業だ。そしてその怪物は、こちらの弾丸を全て避けきった。

 反動が消える。クルーゾーの自動小銃は一番軽い状態にあった。つまり弾切れだ。

 立ち上がりながらライフルを捨て、クルーゾーは腿のホルスターから拳銃を素早く引き抜く。だが同時、敵は格闘戦の間合いに踏み込んでいた。

 敵の右足が閃く。足場の悪い雪上で放たれたとは思えない、鋭い鞭のような一撃がクルーゾーの右手にヒット。
 拳銃が弾き飛ばされ、雪に埋まる。捜したところで回収は難しいだろう。

「くそっ――」

 クルーゾーが悪態をつく、よりも早く。

 敵は利き腕に持ち替えたナイフを、素早くこちらの急所に向けて突き出し――

◇◇◇

「ベン! ベン!? ちょっと、生きてたら返事しなさいっての!」

 メリッサはヘッドギアのインカムに向かって呼びかけを続けていた。応答はなかったが。

 クルーゾーが突貫してきた敵のひとりを引き付けて走り去って、まだ1分というところだろう。だが、メリッサには数時間にも等しく思えた。

 彼らが向かった方角からの銃声が絶え、さらにこちらに残された敵二人からの猛攻を捌くのが厳しくなり始めているからだ。

 人数の差は、それが小数であればあるほど意味が大きくなる。3対2と2対1。どちらも人数差はひとりだが、後者は2倍の戦力差だ。

 それでもなお、まだ制圧されていないのはひとえにメリッサ・マオという兵士の技量と根性の賜物に他ならない。

 敵は2方向に分かれて距離を詰めようとしている。対してメリッサは、包囲されていない側に退きながら完全な挟撃を避け続けていた。

 とはいえ――厳しいことに違いはない。

 ひとりを押しとどめれば、フリーになったもう片方が銃撃し、距離を詰めようと動く。
 常に2方向を意識しなければならないという事実は、メリッサにとって重い負担となっていた。

「こちらウルズ2! チームβ、進行状況は!?」

『ウルズ3よりウルズ2へ。こちらは順調だ。あと10分もかからない。どうにか踏ん張れ』

 キャステロの声に焦りはない――ないように見せている。無駄に不安を煽らない、優秀な士官としての資質だ。

「スピード違反にならないようにね。パトランプはついてないんだから、信号はきちんと守らないと駄目よ」

 こちらも余裕そうに軽口を叩いて見せる。無理に急がせて向こうが落伍してしまっては話にならない。

 だが実質問題、この状況で10分というのは永遠にも等しい長さだった。
 弾薬はクルーゾーの残していったマガジンを足してどうにかましになったが、それでも足りない。
 というより、彼がその判断をしていなければ既にメリッサは死んでいる自信があった。

(こっちにも秘密兵器はあるけど――上手く作用するかは分からない。下手すればこっちも全滅だしね……いや)

 メリッサは首を振る。きっと奴なら上手くやるだろう。

 SRTの中でも、トップクラスのガッツを持つ彼ならば。

◇◇◇

 ソフィア・ベルマー――バルメは胸中で驚愕と称賛の感情を抱いていた。
 無論、向ける相手は自分の主たるココ・ヘクマティアル――では、ない。目の前にいるアフリカ系の偉丈夫に、だ。

 接近しきってしまえば、始末は簡単。そうたかを括っていた数分前の自分を恥じる。

 拳銃を蹴り飛ばしたところまでは順調だった。だが、こちらが放ったナイフによる一撃を、敵はあろうことか素手でいなして見せたのだ。

 蹴りを放った後の、無茶な姿勢からの一撃だったという要素はあるだろう。

 だが、それを差し引いても自分のナイフを無手で捌くような手合いにはお目にかかったことがない。

 バルメは認めた。目の前の男は一流の戦士だ。おそらく、自分以外では相手に出来ない。

 踏み込む。握り込んだナイフを振る。敵は半歩下がりその一撃を躱すが、これは想定内。バルメは鋭くナイフの切っ先を翻し、連撃を見舞った。

 一撃で仕留めるような戦い方はしない。それは大きな隙を生むことになる。ナイフ格闘の極意は切り刻むことだ。
 浅くても何度でも斬り、痛みと出血で弱らせ、動きの鈍ったところを仕留める。地味だが、これは堅実な、相手に一切の抵抗を許さない戦法でもある。

 刃は既に血で染まっていた。敵は上手く躱し、いなし続けているが、それでも素手と武器ありという格差は埋まらない。着々と負傷は増えつつある。
 
 だが――仕留めきれない。敵の防御は堅牢だった。
 こちらが少しでも深く刃を繰り出そうとすれば、円運動にも似た腕の動きでこちらの手首を捉え、ナイフの軌道を逸らし、反対に打ちこんで来ようとすらしてくる。

 CQCとも違う。おそらく東洋のマーシャル・アーツの流れを汲む戦闘技術。敵はその達人だろう。

(それでも勝つのは自分です)

 ふっ、短く息吹を吐くと、バルメはさらに一歩、強く踏み込んだ。

 時間は掛けられない。仕事は山積みだ。この男を仕留め、戻ってもう一人の制圧に協力し、スナイパーを片付けなければならないのだから。

 上方からの振りおろし――敵は半身になってその一撃を躱す。

 首を狙った切り上げ――スウェーバックによる回避。

 疎かになった下方に足払いを掛ける――敵はそれを見もせず、足を掲げてガード。

 その隙に乗じて死角でナイフを持ち替え、フェイントを組み込んだ胸部への刺突――拳で刃の腹を叩いて致命傷を避けようとする男。

 ガードされることを見越したバルメがナイフを捻り、男の突き出した掌に対し刃を立てた――男は素早い見切りで拳を引く。が、僅かに遅い。鮮血が飛び散り、雪に沁み込む。

 瞬時に行われる無数の攻防の積み重ね。だが傷が増えるのは男だけであり、バルメは息すら切らしていない。

 優位は揺るがない。あとはどれだけ戦闘の時間を短縮できるかという問題だ。

 その戦闘の間隙に、初めて男が声をあげた。その猛禽の様な険しい視線の中に、一抹の敬意を含ませてバルメを見つめてくる。

「……見事なものだ。ソフィア・ベルマー元少佐だったか」

 時間稼ぎ。そう判断して、バルメは更に1秒当たりの斬撃の数を増やす。

 それでも応えたのは、バルメ自身もこの男に尊敬にも似た感情を抱いていたからだったが。

「こちらのことは調査済み、というわけですね。正体不明の秘密組織に個人情報を握られるなんて、一女性としては危機感を抱かざるを得ません。
 それに、いまはバルメで通しています」

「失礼した。といって、名乗り返すこともできないが――そうだな、仮にだが<ファルケ>とでも名乗っておこう」

「鷹ですか。貴方にはぴったりの名です。ですがミスター・ファルケ、今回狩られるのは、貴方の方になりそうですが」

 拳と刃の応酬の中で、同時に二人は言葉を積み上げていく。

「確かに、ミス・バルメ。貴女のそれは既に技(スキル)ではなく術(アート)の領域に達している。私よりも上位の、な。ナイフと素手という差を鑑みてもだ」

「まさか卑怯とは言わないでしょう?」

「ああ、それは貴女が積み上げた修練の証であり、私はそれを尊敬こそすれ羨まない。兵士という職業ならばなおさらだ。
 仮に私がナイフを持っていてたとしても結果は同じだっただろうしな」

「お褒めの言葉、ありがとうございます――見逃してあげることはできませんが、降伏したいというのなら受け入れましょう」

「降伏? まさか」

 目の前の男――ファルケが笑った。口の端を吊り上げる、挑発的な笑みだ。

「確かにまともにやり合っても、貴女には勝てないだろう――だから、こちらも切り札を使わせてもらう」

「切り札?」

 バルメは攻防を止めず、素早く男の全身に視線を這わせた。マスタースーツという操縦系統の仕様から、AS操縦服は身体にぴっちりフィットするデザインになっている。
 武器を隠せるような場所はない。唯一ホルスターに収められていた拳銃は雪の中に没し、おまけにあれから大分場所を移動している。

 そんな男が、どこに切り札を隠しているというのだ?

 バルメの疑問を視線から読み取ったらしい。ファルケはバルメが突き出したナイフの一撃をどうにか軽傷でやり過ごしながら応えてくる。

「目に見えるものではない。私の切り札は、私の鍛えたアーツだ。そう――俗にいう"奥義"という奴だ」

「……」

「呆れたかね?」

「ええ、まあ」

 噴飯ものの発言だ。バルメはそう断じた。

 一発逆転の必殺技など、この世界には存在しない。あるのは積み上げた訓練の量による、単純な技能同士の凌ぎ合いだ。

 既に彼我の実力差ははっきりした。ASでの戦いでは、自分はファルケには勝てない。銃での撃ち合いも分がいいとは言えないだろう。

 だがこの間合い。ナイフ格闘の間合いは、バルメの支配する領域だ。ここでは誰であろうと負けるつもりはない。

「そうだろうな。だが、奥義は実在する。東洋の神秘という奴だ」

「急にインチキマジシャンの様な物言いが増えましたが……ならば、なぜそれを最初から使わなかったのです?」

「わざわざ宣言するのは、貴女のアーツに対する敬意が故、だ。
 私が"これ"を使えば、貴女は何も理解できない内に倒れているだろう」

 ファルケはそう言うと、これまでに見なかった強引さで正拳を突き出してきた。

 バルメは冷静に対処する。拳の軌道を見切って、ナイフを一閃。敵のAS操縦服を切り裂き、一際深い裂傷を刻む。

 目に見えるほどの出血。だがそれでも突き進む男の剛拳を、バルメは後退して回避せざるを得なかった。

 さらに合わせて男が後退し、間合いが開く。およそ4メートル。だが、それでもバルメなら一息で詰められる距離だ。

「そこまでいうのなら、奥義とやら、見せて頂きましょう――ですが、こちらも次の交差で終わらせます。
 奥義などではない、ただの愚直な一撃ですが」

 バルメは男の右腕を見つめながら呟いた。この傷は深い。後遺症が残るほどではないだろうが、放っておいていい傷でもないだろう。

 敵はもはや、先ほどまでの俊敏性は発揮できない。確実さを望むならもうしばらく切り合いを続けたいが、時間も圧している。

 ここで、仕留める。

「その一撃は、私に届かない」

 対するファルケは、傷の状況など意にも介さずというように、大仰な拳法の構えを取って見せた。

 似合わないウィンクなどしてみせて、冗談染みた声音で宣言する。

「なぜなら、その前に私が勝つからな」

残りは校正しつつ明日か明後日か明々後日、家に帰れた日に

◇◇◇

『――全チーム撤退。機体を起こして回収ポイントへ。βは到着次第、中破機体の補助に当たれ』

「ウルズ1、了解――終わったか」

 ヘッドギアに響く<ダナン>からの通信に、クルーゾーは人心地ついたように息を吐いた。

 狙撃、アーバレストの復帰、敵の取りつき、交渉――目まぐるしく移り変わる状況が、ようやく落ち着いたのだ。

「――そうですか。ならば、拘束を解いてもらっても?」

 だから、そのタイミングで耳元に届けられた肉声に、クルーゾーは目を見開いた。

 改めて認識した視界の中に、自分が拘束していたバルメの隻眼が写っている。意識を取り戻した彼女が、顔を半分だけこちらに向けていた。

「っ……これは失礼した」

 ばっ、と首元に回していた腕を離すと、バルメはよろけもせずに雪原を歩いて見せる。

(水月に、これ以上ないほどの完璧な一撃をいれたというのに――もう回復したというのか)

 尋常でないタフネスだ。さらに驚くべきことに、バルメはしばらく足を進めると、雪の中に腕を突っ込んだ。

 クルーゾーが訝しげな視線を向ける中で、バルメはこともなげに雪中に埋まっていたナイフを取り出して見せる。

「――あの状況で、投擲したナイフの落ちる位置を完璧にイメージしていたと?」

「いいえ、そんな小難しい話ではありません――これはココがくれたものなので、たとえ地球の裏側にあっても分かります」

 真顔で紡がれたそんな台詞に、クルーゾーは咄嗟に反応することもできなかったが。

 バルメは拾ったナイフを鞘に納めると、クルーゾーに向き直った。拳を突き付ける。

「ミスタ・ファルケ。今回は私の負けですが、私がココの部下である限り、負け犬で有り続けることはできない
 ――次に戦場で出会った時には、必ずこの雪辱を返します」

「……武術を修めた者として、貴女のような練達者との切磋琢磨は何にも代えがたい経験だ
 ――次に見える時は、小細工なしで五分の勝負を」

 包礼拳で返したクルーゾーの言葉に、バルメは満足したように頷くと踵を返した。軽やかに武器商人の元へ走り出す。

 去りゆく背中に危ういところは一欠けらも見えない。対して、こちらは全身の裂傷がじくじくと熱を持っている。

 ナイフ使いの背中が完全に見えなくなった辺りで、クルーゾーは誰にも聞こえないような小声でぼそりと呟いた。

「二度とごめんだ……」

◇◇◇

◇◇◇

「ほらよ、兄ちゃん。返すぜ」

 レームが放ったヘッドセットを、クルツは憮然とした顔で受け取った。

「何だかなぁ、俺、今回はいいとこ無しだったぜ」

「おいおい、超神兵たる俺様とルツの二人掛かりでどうにか抑えてたんだ。むしろ誇れよ。
 お前さんがいなかったら、こっちはもっと楽が出来たんだぜ?」

「あーあー、嬉しいお言葉。一緒に基地までついてきて、凶暴な上司や整備隊長殿にそのことを話してやってくれよ。
 あと、そっちが俺を抑えてたんじゃない。俺がそっちを抑えてたの。オーケー?」

「へっへっへ、ふかしやがる」

 笑いながら、レームは防寒ジャケットの内ポケットから煙草を取り出した。寒冷地用のライターを使って着火。紫煙を肺に送り込む。

 その独特の赤いパッケージを、クルツは見逃さなかった。ぶーたれていた表情をパッと輝かせると、図々しく手を突き出す。

「あっ、マルボロじゃん。おっさんもそれ吸ってんだ。一本くれない?」

「煙草の趣味は良いらしいな。ほらよ」

 ライターごと投げてやる。クルツはヘッドセットと持ったのとは逆の手でキャッチし、片手で器用に取り出し、着火して見せた。

「サンキュー……ふぅー、一仕事した後の煙草は美味いぜ」

「全くだ。特にうちじゃ吸えねえことも多いからな。ひとしおだぜ」

「そりゃひっでぇな……うちの部隊に来るか? 喫煙スペースはそこら中にあるぞ」

「魅力的なお誘いだが、こっちの雇い主はもっと魅力的でね。ちょっとの禁煙くらいは目をつぶることにしてる」

「納得。若くて頭の切れる、美人のボスか。羨ましいね。うちの姐さんも、もうちょっと可愛げがありゃあ――」

『――可愛げがありゃあ、なんだって?』

「いぃっ!?」

 ヘッドセットから漏れる、地獄の底から響くようなメリッサの声にクルツは思わず咥えていた煙草を取り落した。

 どうやら回線が開きっぱなしだったらしい。そういえば、マイク感度も最大にしたままだ。

『呑気に談笑とは恐れ入るわー。帰ったら凶暴で可愛げのない上司とやらは何て言うのかしら?』

「いやっ、これは違くて! そう、姐さんに可愛げがあったらそれはもう姐さんじゃないっていうか――」

『いいからさっさと戻ってこいこの×××!
 1分以内に機体を復帰させなきゃケツに砲弾を突っ込んでハンマーで叩いてやる! 返事は!?』

「イエス・マム! ――ああ、くそっ。おちおち煙草も吸えやしねえはこっちも一緒か。
 じゃあな、おっさん――次は白黒つけようぜ」

 ライフルを担ぎ、騒がしく喚き立てながらその場を後にするクルツを見送って、レームは煙を吐き出した。

「次がないことを祈るぜ……あるとしても、狙撃戦はできんな。あんなんがいるんじゃ、俺もロートルかねえ」

 だが、おそらく"次"はくることになる。

 レームは雪上車に向けて歩き出した。仲間たちも集結しつつある。
 その中心で少年兵を随えた武器商人が、いつものように笑っていた。

(仲間にしたかった、か――嘘じゃねえんだろうが)

 だが、ココがそれだけの為に今回の作戦を計画したとは思えない。

 全滅の可能性というハイリスクさ。それなのにリターンが返って来るかは相手次第。

 ココ・ヘクマティアルは優秀な"商人"だ。その彼女が計画したとは思えない。いや――

 現状、自分に見える範囲ではそう思えないということだ。

(さぁて、ココは何を考えてるんだかね……)

 疑念を胸中に浮かべながら、レームは煙草を携帯灰皿に押し込んだ。

◇◇◇

 緊張から解放されて、テッサは艦長席の背もたれに全ての体重を預けた。

 雪に埋もれた<ガーンズバック>3機は全機復帰できた。回収ポイントまでの移動は問題ないだろう。

 隣で直立不動を保っているマデューカスも、僅かに力を抜いたようだった。テッサ以外に気づいた者はいなかっただろうが。

「お疲れ様です、艦長。一区切り付きましたな」

「ええ。ですが、これからやらなくてはいけないことも山積みです。
 さしあたり、ヘクマティアルから流された名簿と販路の確認、情報部との折衝……といったところでしょうか」

「それと、戦術データリンクへの干渉に関してもですな――やはり、内通者でしょうか?」

 後半は声を潜めるようにして、マデューカス。

 それに対して、テッサは迷いもせずに首を横に振った。

「チェックは必要ですが、8月の件で徹底的な洗い出しをした後です。可能性は低いでしょう」

「では、外部の線が?」

「私はそう考えています」

 テッサの断言振りに、マデューカスが眼鏡の奥の瞳を見開いた。てっきり艦長は否定するものとして外部犯の可能性をあげたのだが。

「艦長。私は電子的なセキュリティ技術について専門の知識を持ちませんが、それでもミスリルのそれが非常に厳重であることは理解しています。
 アマルガムとて簡単には突破出来ないでしょう。それを、一介の武器商人が成し得たと仰るので?」

「ええ。ココ・ヘクマティアルは武器を持っています。こと電子戦に関しては、至極強力な武器を。
 彼女の資料を見ていて気づきました――」

 言いながら、テッサは目を閉じた。そのまま間を空けないように意識しつつ、言葉を紡ぐ。

「――"おしゃべりラビット・フット"です。ヘクマティアルがキャンプ・ノーから誘拐した天才ハッカー。
 タイミング的に、この作戦の為に用意した手札でしょう」

「その兎何某ならば、M9のデータリンクに介入できると?」

「世界的に見ても稀有な才能を持った人物です。
 博士号も取得している、そこらのアングラ知識をかじっただけのギークとは訳が違います。
 ヘクマティアルからの十分な支援を得られれば、あるいは……」

「対策は?」

「防壁の見直しを計ります。当面は暗号化のパターンを変更して凌ぐことになるでしょう」

「では、その様に各部門に通達を」

「お願いします」

 隣でマデューカスが指示を飛ばし始めるのを余所に、テッサは瞑ったままの眼で天井を仰いだ。

 視界を閉ざしていても、<デ・ダナン>の中で彼女が思い描けない場所はない。

 瞼を隔てた目線の先には、発令所の動きをチェックするカメラがある筈だった。

 これはトラブルなどが起こった際、その事実関係を記録する為の物である。
 8月のガウルンによる占拠騒動の後も、このカメラの映像を本部に提出し、後にセキュリティ対策を強化する際に反映された。

 そのカメラも、もはや信用できない。そして、信用できないと思っていることを悟られてはならない。

 カメラの向こうにいるかもしれない、ココ・ヘクマティアルに。

(――ラビット・フットがどれほど優れたハッカーであっても、<ダーナ>のプロテクトを突破できるとは思えない)

 先ほどマデューカスに対し述べた考えは、意図的に誤解を招くような言い方をしてある。

 必要な処置だった。もしも自分の考えていることが正解で、その解に辿り着いていることをヘクマティアルに知られれば――

(最悪、彼女は<ダナン>を沈めるでしょうね)

 そう、追い詰められたものは形振り構っていられなくなる。

 そしてあの武器商人は、おそらくそれができるほどの力を手にしているのだ。すでに艦内の映像・音声を把握していないとも限らない。

 自分が組み上げた<ダーナ>もその初歩に踏み込んではいるが、おそらくヘクマティアルが擁しているのはもっと高度で、言ってしまえばSF染みた性能の物だろう。

(――量子コンピューター。M9の電子防壁を掻い潜った以上、既に実現していると見るべきでしょう)

 試合に勝って、勝負に負けた。そんなとこだろう。ヘクマティアルは、いつでもM9全機のリアクターを停止させられたはずだ。

 そして、それをしなかったのは――

(――本命の目的は、別にあった。わたし達を引き抜こうとしたのはあくまでついでね。いささか性急すぎる要求だとは思ったけれど。
 ヘクマティアルが言う"世界を平和にする為の手管"は、量子コンピューターの存在がその鍵となる筈。
 であれば、今回の接触の目的は、わたし達がそれに気付けるか、あるいは止められるかという確認でしょう)

 果たして、ヘクマティアルは<ミスリル>をどう評価したのか。

 取るに足らない存在だと思ったのか、果てまたアマルガムと争っている内は対応する余裕がないと判断したのか。

(何にしろ、ヘクマティアル――本当に、貴女を勝たせるわけにはいかなくなった。
 貴女が取るであろう手段は、おそらく最低でも数十万単位での犠牲が出る)

 誰かに相談することは出来ない。あからさまに動くこともできない。

 それでも、テレサ・テスタロッサはココ・ヘクマティアルと対決する。

(貴女は、どこかあの人に似ている――この世界に見切りをつけてしまった怪物、わたしの兄に。
 だからこそ、貴女のこと"も"わたしが止めて見せます)

◇◇◇

 ざふざふと雪を踏み鳴らしながら、ヘクマティアルはインカムに声を飛ばす。

「南、どこまで調べられた?」

『まあ、大体は。いまはソ連沿岸沖に潜航してるって。いやー、とんでもない化け物潜水艦だね』

 無線の相手はミナミ・アマダ――自分の数少ない友人にして、共犯者。そして量子演算機<ヨルムンガンド>を開発したブレイン。

 今回の作戦の真の目的は、あの部隊と接触し、機体及び母艦である潜水艦にヨルムンガンドで走査を行うことにあった。

 仲間になって欲しかったというのも嘘ではないが、それはあくまでおまけのようなものだ。

 ヨルムンガンドによる強制的世界平和――その実行に際して、彼女たちが障害になるかどうか。本当に知りたかったのはその一点。

 事前の調査で、<ミスリル>という組織の規模や構成は大まかに知ることができた。

 だがひとつだけ、異常に高いセキュリティを掛けられた情報項目があったのだ。

 ハッキング対策として情報そのものが電子化されておらず、僅かなメールでのやり取りからおぼろげに浮かび上がってきたその存在。

 世に出回っているものより遥かに高度な"存在しない筈の技術"。そしてミスリル内で唯一その運用を行っている部隊<トゥアハー・デ・ダナン>。

「で、どうだった?」

『たぶん、これだね。一か所、ヨルムンガンドでも通らない箇所があった。これはセキュリティレベルの問題じゃない。
 多分、構造自体が既存の技術体系と異なるんだろう。ヨルムンは言わば桁外れの性能の計算機だ。
 地球上のどんなパスワードでも瞬時に解析して開錠できるけど、使われてるのが火星人語なら話は別。
 分かったのは名前だけだ。"レディ・チャペル"』

「推測もできないか?」

『おそらく艦の制御系に作用するものだと思う。
 ログを漁ってみたけど、8月に一度だけ使用されてて、その際に操舵権のオーバーライドが起こってるから』

「それが船の制御中枢を担っているなら、沈めることは難しい、か……」

『おいおい、ココ。今回はあくまで調査だけって話だったじゃん。
 あと、"おしゃべり"が後ろで凄いうるさいんだけど。向こうが今回の戦術データリンクへの干渉、こいつの仕業だって考えてて――』

「"本当に"そう考えてくれてるなら、問題はないんだけどね」

『あー、はいはい。殺されやしないから少し静かに――うん? ココ、なんか言ったぁ?』

「相手は想像以上にヤバイかも、だ。ミス・アンスズ――テレサ・テスタロッサ大佐は強敵だよ。こちらの思惑に気づいていてもおかしくない」

『どうすんの? ソ連軍の潜水艦全部そっちに回す?』

「いや――ここは待つ」

『待つ?』

「彼女は強敵だが、弱点がある。所属している組織が、現在アマルガムと抗争中ということだ。
 おそらく最短で半年、長くても2年以内には両組織間で全面的な戦闘が発生するだろう。
 結果はアマルガムの勝利、良くて相討ちが精々だ。そしてアマルガムの組織形態は、ヨルムンガンドを擁する我々にとってすこぶる相性がいい」

 アマルガムは電子上のオンライン会議で組織の方向性を決議している。

 そこに入り込むためのパスワードは複雑な方法で定められているが、電子データである以上、ヨルムンガンドならば暴くのは簡単だ。

「アマルガムは乗っ取っても、自滅させてもいい。
 彼女がクーデターを起こしてミスリルの実権を握ろうとでもしない限り、我々の勝利は揺るがないというわけさ」

『逆に言えば、その子が自由に動けるようになれば私らヤバイってことじゃん』

「そうならないことを祈るしかないな。話は終わり?」 

『あとひとつ。例のASだけど、それにも"レディ・チャペル"と似たようなものが搭載されてる。例によって詳細は不明だけどね。
 ただ面白いことに、そのASの記録領域に日本の古文の問題が保存されてたんだよ。高校の宿題みたいだね、懐かしいものを見た』

「どこの高校のものか、調べられるか?」

『もう調べはついてる。ある学校の裏サイトでまったく同一の問題が挙げられてたよ。宿題は自分でやんなきゃダメだよね。
 ――都立陣代高校っていうらしい』

「……そのくらいの年ごろだとは思っていたが、まさか本当に高校に通っているのか? 学生と傭兵部隊との二足の草鞋とはね」

『気になるなら、さらに調べる? さすがに隊員のデータまでは吸い出さなかったから』

「いや、いい。ミス・テスタロッサが通っているというのならともかくね。
 じゃ、切るよ南――続きは"そっち"で話そう」

 待ってるよ、という返事を聞いてから、ココはインカムから指を離した。隣を歩く少年兵に微笑みかける。


「終わったよ。ごめんねー、たて込んじゃって」

「……電話の相手はドクター・マイアミ?」

「おや? ヨナ、日本が分かるようになった?」

「いや。でも最後の"ミナミ"だけ聞き取れたから」

「耳がいいことだ。今回もそれで助けられたしね――ヨナ隊員は優秀である」

「……ところで、ココ。向こうの指揮官と話してた内容だけど……」

「気になるかね、ヨナ」

「ああ――ココは、何を企んでいるんだ?」

 足を止める。少年兵も追随して歩みを止めた。

 目的地に着いていた。周囲には彼女の私兵が集結している。トージョとウゴを除いてだが。

 彼らの視線を真っ向から受けつつ、ココは小首をかしげて見せた。雪上車の後部座席を指さして、

「……なんでバルメが死んでるの?」

 無論、本当に死んでいるわけではない。ただ、顔中に脂汗を浮かべた彼女がぐったりとダウンしているという光景はなかなか珍しいものだった。

 レームが応える。

「強がってここまで走ってきたんだとさ。一発いいの貰ってるってのに。命に別状はねえだろうが、山を下りたら医者にも見せた方がいいな」

「未だに信じらんねえ。素手でナイフを持ったアネゴを倒すとか、相手はターミネーターか何かか?」

 肩をすくめるルツの横を通って、ココは車両の窓越しにバルメに話しかけた。

「バルメ、大丈夫か?」

「ああ、ココ……すみません。私が無様をさらさなければ、交渉も容易かったでしょうに」

「いいや、君は――君たちは本当によくやってくれた。レーム、トージョ達の方は?」

「無事だとさ。既に救助の手配もしてある――で、だ」

 レームはいつもの軽薄な笑みを引っ込めて、真剣な表情に切り替えた。

「聞かせて貰いたいね、ココ。今回の作戦の真意も、この後にやろうとしてる山についても」

 視線が色を帯びる。信頼、値踏み、期待。それら全てが混ぜこぜになった混沌を注がれて。

 ココ・ヘクマティアルは一切の動揺も躊躇いも怯懦もなく、いつものように薄い笑みを浮かべていた。

「ああ。諸君らに話す時が来た。さあ、行こう――我々に相応しい舞台が待っている」

◇◇◇

 暗がりに光るホログラムの不細工な人型。無数に乱立するそのひとつひとつが、世界を裏から牛耳るアマルガムの幹部たちであるなどと誰が思おう。

 邪気のない笑みを浮かべながら、アマルガムの幹部であるミスタ・Cuは彼らの遣り取りを耳にしていた。

 今の話題は、先の<トゥアハー・デ・ダナン>が行ったソ連での作戦行動についてだ。

 本来なら、紛争の調整を行うこの会議に上がる筈もない話題である。

 だが香港での一件以降、あの部隊はアマルガムの中でも注目度を上げていた。誰かが何の気なしに挙げた話題が、こうまで膨らむほどに。

『――ことの顛末は以上です。ミスリルのあの部隊も、今回は痛手を蒙ったようで』

『ふん! たかが武器商人相手にあの様とはな!』

『だが、それならミスタ・Kの失態は?』

『油断していたんだろう! まったく、あれは酷い損失だった――』

 話が愚痴・不満大会の方に流れそうなのを見越して、Cuはミュートにしていたマイクのスイッチをオンにする。

「まぁまぁ! あの時は結果として、両中国の軍備事情に介入できたのですから」

『ミスタ・Cuか――通信状態が悪いようだが? 雑音が入るぞ』

「申し訳ありません。少し背後が立て込んでおりまして……」

『ふん。まあいい。ところで今日は聞きに徹してたようだが、何か提案でもあるのかね?』

 水を向けてきたのはミスタ・Guだった。アマルガムの中でも、かなりの発言権がある人物だ。派閥造りに腐心しているとも聞く。

 自分にも何度か『声』が掛かったことがあった。今日を境に、もう誘いはなくなるだろうが。

「ええ。提案ではないのですが――本日をもちまして、私は<アマルガム>から去ろうと思うので、最後に挨拶を、と」

 どよめきが起こる。アマルガムに参加しているのは、戦争の調整で大きな利益を得ている者がほとんどだ。

 脱退させられるのならともかく、自ら辞める者などあろう筈がない。

『どういうことだ? 君はメンバーの中でもかなり精力的に動いていた方だったと思っていたがね』

「個人的な事情ですよ。立つ鳥跡を濁さず。ここで話しておけば、後のことは調停役のミスタ・Hgが対応してくれると思いまして。
 別にお別れパーティをして欲しいわけではありませんので!」

 僅かな含み笑いのようなものが何人から漏れるが、引きとめようとする者はいない。

 そして、ミスタ・Hgの対応も素早かった。ホログラムが一瞬で全て消え失せる。会議場から強制退室(キック・アウト)させられたのだ。

「ふぅ、こっちは終わり。いい商売相手が何人かいたような気もするんですけどね――うん?」

 目の前で、暗転したはずの画面が切り替わり、先ほどまでとは別のチャットモードが起動する。

 接続を意味するホログラムがひとつだけ表示されていた。その名前は――

「――ミスタ・Ag?」

『やぁ、ミスタ・Cu。いや、元、を付けた方がいいかな?』

「何でも構いませんが、わざわざ何の御用ですか?」
 
『手段ではなく、目的を聞く、か――その君の聡明さは、前々から気にかけていたんだよ。辞めてしまうのは残念だ。
 コダールの部品調達にも、かなり貢献してくれただろう』

「まさか労いの言葉を貰えるとは思っていませんでしたが、その為にわざわざハッキング染みた行為を?」

『いや、理由が知りたかったんだ。君の背後が騒がしい理由と関係があるのかい? それなら――』

「それは関係ないですよ。ただ、妹から"そろそろ馬鹿げた八百長グループから抜けておけ"と言われまして。
 あいつがわざわざこんな忠刻染みたことを僕にすることは滅多にない。だから、その"滅多"は信用することにしているんです」

『そうか、妹君も賢いようだ――僕の愚妹と交換してほしいくらいだよ』

「フフーフ、それはやめた方がいいでしょう。あいつはきっと貴方と相性が悪い。
 それで、話は終わりですか? そろそろここも引き払おうと考えていまして」

『いや、最後にひとつ、質問をさせてくれ――キャスパー・ヘクマティアル』


 本名を言い当てられたことについて、元ミスタ・Cu――キャスパーは驚くことすらせずに、酷薄な笑みを口元に浮かべた。

「一応、プライバシーは守られているという話だったと思いますけど」

『ミスタ・Guからの勧誘を受けている連中を調べていてね。君の素性を掴むのが一番苦労したよ』

「では、後ろのこれは脅しで?」

「キャスパぁー、まだおわんないの? あの小型ASの相手、疲れるんだけど」

 背後から響いているのは銃声と爆発音の連続だった。

 部下であるチェキータが、対物ライフルを片手で軽々と持ち上げながら、部屋のドアを開けて首だけ突っ込んでくる。

 対人用として人間大にまで縮小されたAS<アラストル>が、キャスパーのセーフハウスに襲撃をかけてきたのが15分ほど前。

 キャスパーが擁する4名の私兵たちは、鋼鉄の執行者をここまでどうにか退け続けていた。

 チェキータにもう少し、とジェスチャーを返す傍ら、画面の向こうのミスタ・Agが肩をすくめる気配が伝わってくる。

『その件に関しては謝罪するよ。君が向こうに着くのは好ましくなかったからね。
 まさか、今日の会議であんな発言をするとは思わなかった』

「それなら、さっさと引きあげさせて欲しいものですけど」

『質問に答えてくれたらね。キャスパー・ヘクマティアル――君は、この世界を正しいと思うかい?』

「というと?」

『君なら気づいているだろう。ASという兵器の不自然さ。<ラムダ・ドライバ>なんていうSF染みた機構の存在。
 それをもたらす<ウィスパード>という人種。その他、諸々についてさ』

「その口ぶりだと、貴方は"間違っている"と思っているようですね、ミスタ・Ag」

『ああ、その通りさ。この世界は間違っている。10年以上も前から、誤った方向に進み出してしまったのさ。
 僕は、そんな世界を元通りにしたいと思っている――君もこっち側につかないか?」

「<アマルガム>を牛耳るのに手を貸せ、と?」

『あんなものに興味はないよ。それに僕は世界を正すのではなく、やり直すと言ったんだ』

「タイムマシンでも開発しましたか?」

『似たようなものかな。さあ、どうする?』


 問われて、キャスパーは黙考した。

 丸っきりの絵空事、というわけではないだろう。ミスタ・Agは<コダール>開発の立役者。

 <ラムダ・ドライバ>などという、人の意志を現実に反映させる胡散臭い装置があるのだ。
 彼が何を作っていたとしても驚かない。

 本当に世界をやり直すことができるというのなら。キャスパーは自問自答するような、小さな声で呟いた。

「僕は、その質問には答えられないな」

『時間が必要かい?』

「いや、そういうことではなくて――単に、どっちでもいいと思いましたからね」

 キャスパーの返答を、ミスタ・Agは予想していなかったらしい。YesかNoか、そのどちらかが返ってくると思っていたのだろう。

『どちらでもいい、とは?』

「仮に、この世界の歴史が本来の物からずれているとして、それを正しても僕のやることは変わらない。
 仮にアマルガムがなかろうが、冷戦が早期に終わっていようが、人は武器を手に取り、僕達は武器を売り続ける。
 どれだけやり直したところで、世界は平和になんてならない。だから、貴方の計画が成功しても失敗しても僕には関係ない。
 なら、精々楽な方を選びますよ」

『……残念だよ。まぁ、この勧誘は君がミスタ・Guに着くのを防ぐためのものだったから、
 アマルガムを脱退した時点で半ば意味は無くなっていたのだけれど』

「貴方に目を掛けて貰ったのは、光栄と言うべきなんでしょうね。ですが、それも今日まで」

『ああ。そうだね。さよなら、キャスパー・ヘクマティアル』

 通信が終る。ホログラムが消え去ったのを確認して、キャスパーはヘッドセットを取り外し、机の上に放り投げた。

 背後では銃声が止んでいる。ミスタ・Agが撤退命令を出したのだろう。ネクタイを緩めながら、キャスパーは溜息をついた

「あーあ、アマルガムは結構いい稼ぎ場だったんですが、それもここまでですね。
 ――ココが言ったのはこういうことか。ミスタ・Ag……とんでもない厄ネタだ。フフーフ、触らぬ神に祟りなし、っと」

「キャスパー、敵さんが何か急に撤退していったけど――あ、こっちも終わった?」

「ご苦労様です、チェキータさん。こちらの損害は?」

「アランがベアリングで頬を切ったくらいかな。あと分かってると思うけど、もうここは使えないわ。
 壁中穴だらけだもの。隙間風が酷くて風邪引いちゃう」

「では、さっさと撤収しましょう――我々は次の戦場へ」

◇◇◇

 結末は変わることもなく。

 アマルガムの企みはミスリルの残党によって阻止され。

 ココ・ヘクマティアルは最後のロケットを打ち上げた。

◇◇◇

◇◇◇

 バージニア州ポーツマス郊外。

 墓参りを終えたテッサは、ボーダ提督と自分達のこれからについて話していた。

「こっちは五里霧中だよ、テッサ。<ミスリル>再建の目途は経っていない……マロリー卿もいなくなってしまったからな。
 どうだ、もしいい金づるを捕まえたら、TDD-2を建造するというのは」

 冗談のつもりで、ジェローム・ボーダはテッサにそう嘯いた。彼女は兄との因縁に決着をつけた。
 もう、これ以上鉄火場にに足を踏み込むようなことはしないだろう。

 だが、予想に反してテッサは「そうですね……」と呟き、黙考してしまう。ボーダは慌てて言い直した。

「いやテッサ、今のは冗談のつもりで――」

「ひとつだけ、心配事があるんです。兄の企みと同程度に危険かもしれない、そんな計画を立てている人物がいるかもしれません」

「……誰だね? <ミスリル>は壊滅したが、伝手を使えばそれなりの対処は――」

「いいえ。おそらく無駄でしょう。ですが諦めたくはない。おじさま、ひとつだけ頼みが」

「なんだね?」

「――しばらく、飛行機には乗らないでください」

◇◇◇

 南アフリカ、ケープタウン。

 タンカーから降りたココ・ヘクマティアルは、私兵たちに自分の計画を明かした。

 ヨルムンガンド。同名の量子コンピューターを使用し、人類から軍事力を取り上げる強制的な世界平和の実現。

 手始めに空を封鎖するという彼女の言葉に、ヨナは訊ね返した。それで発生する犠牲者の数は?

「――たった70万人だって。それがどうした、ヨナ?」

「そんなの、絶対に駄目だ、ココ!」

◇◇◇

◇◇◇

 沖縄、米軍基地傍。

 救出作戦を待たず、自力で脱出してきた相良宗介は救出チームの面々と相対していた。

 爆破で大騒ぎになっている米軍基地を横目で見ながら、メリッサの問いに応える。

「見ての通りだ。武器を捨てたいのは山々だが、これがなかなか難しい」

◇◇◇

 カザフスタン、郊外。

 ヨナは手にしていたライフルを崖から投げ落とす。

 武器を捨てようとした。ヨナの私兵も、キャスパーの私兵も辞めた。もう、これは必要のないものの筈。

 だけど、最後の武器である拳銃を捨てることができなかった。

 武器の味を知ってしまったものは、武器を捨てることなどできない――そう、自分一人だけでは。

「何とかしてくれよ、ココ……!」

◇◇◇

◇◇◇

 東京、都立陣代高校。

 抱擁を交わす二人の男女。相良宗介と、千鳥かなめ。

「ずっと……傍にいて」

「もちろんだ」

 相良宗介は、自信満々に頷いて見せた。

◇◇◇

 西アジア某国。

 再会したヨナとココは、再びヨルムンガンドの是非を巡って言葉を交わしていた。

「私と世界、イカレているのはどっちだ?」

「僕は、世界もココもイカレていると思う」

 ヨナは微笑みを浮かべながら、断言した。

◇◇◇



「君さえいれば、武器などいらない」


「それでも僕は、ココについていくよ」


終わりです。よーしエタらなかった!!

依頼出してきまーすヒャッホー!

おまけ ムンムンガンド・ふもっふ

 南アフリカ、兵器展示会場にて。

 ココとその私兵たちは、何とはなしにその中をぶらついていた。天田南博士との約束をすっぽかされた形になり、時間が空いてしまった為だ。

 周り中、兵器と武器商人だらけなそんな状況の中。ヨナはふと思い立ったようにココに訊ねた。

「ねえ、ココ。さっき、ここにあるのはほとんど改造キットだって言ってたけど……」

「うん? ああ、その通りだけど、何か気になるかい?」

「ほとんど、ってことは、少しは新しい武器もあるの?」

「多少はね。大抵はコンセプトモデルというか、目新しさが先行してまだまだ実戦では使い物にならないものばかりだが……」

 いいながら、ココはそういった兵器が集められている筈の一画を指示した。

 遠目から見ても、珍妙な兵器ばかりが並べられているのが分かる区画だが――

 その中でも、一際目を引く珍妙なシルエットを目にして、ココは動作をぴしりと停止した。

「……なにあれ」

 それは一言でいうなら、動物を模したマスコットキャラクターの着ぐるみだった。

 犬だかネズミだかよく分からないような外見。帽子に蝶ネクタイ、そしてつぶらな瞳が特徴的な、チャーミングな外見をしている。

 兵器展のマスコットにしては、あまりにも牧歌的過ぎる異色の存在だ。事実、その周辺だけ異様に人気がなかった。

「ネズミのマスコット……ですかね? ほら、ココが好きなミッ○ーマウスの親戚とかじゃありません?」

「馬鹿言わないでよバルメ! ○ッキーは、もっと、こう、可愛いんだから! あんなのとは似ても似つかないって!」

「あれはあれで愛嬌があると思いますが……」

 途端に声を荒げたココに気づき、私兵たちもなんだなんだとぞろぞろ集まってくる。そして件のキグルミを見て、誰もが適切な言葉を失った。

 否。ひとりだけ、興奮したように声を張り上げた者がいた。トージョである。

「あれは……!? 『ふもふも谷のボン太くん』の主人公、ボン太くんじゃねーか!」

「知ってるの、トージョ?」

「ああ……日本の旧いアニメーションのキャラクターでな。
 最高のスタッフと監督を集めて作られた、いまの水準からみても未だ見劣りしないクォリティの作品だったんだ。予算を使い果たして8話で打ち切りになったんだが、惜しいことをしたと思う。ファンの間じ

ゃ第三話でボン太くんが飛来する大量のミサイルを避けまくる伝説の5秒が有名なんだがな、確かに5秒間に100以上のコマを詰め込んだ無茶は相当のものだと思うんだがむしろ俺としちゃ2話のミュージ

カルシーンが見どころだと思うぜあの時代にアニメでミュージカルをやるっていうのはかなり異色というか時代を先取りしすぎていて過激派はボン太君唯一の汚点なんていうんだが何も分かっちゃいねえ

! ボン太君はふもふもの――」

「トージョ、早口で凄い気持ち悪いですね」

 バルメの一言で死んだトージョを無視して、ヨナがボン太君に駆け寄った。心なしか少年兵の瞳が年相応の輝きを帯びている気がする。

「うわぁ……! ボン太君……! ……でも、これも武器なのか?」

「くぅ、ヨナが眩しい……! とはいえ、会場案内のマスコットじゃないの? 担当者が空気読めなかった――」

『ふもっふ!』

「喋った! 喋ったよココ!」

 突如として喋りだし、それどころかふもふもと動き出した怪しげなキグルミに、ヨナ以外の私兵たちは思わず懐の銃を意識した。


 それを抜かずに済んだのは、バシュゥ、という空気が抜けるような音と共にキグルミの背部が展開し、中から髭を生やした白人の若い男性が降りてきたからだ。

「やあ、ヘクマティアル! 相変わらず景気が良さそうだな!」

「べアール社長!? なんでそんなとこから……」

 にこやかなオーバーアクションで手を広げる男に、ココが目を丸くする。いつの間にかココの傍に立ち位置を変えていたレームが、ココを横目で見、

「知り合いか、ココ?」

「まあ、一応。こちらはベルギーにあるブリリアント・セーフテックの社長、べアール氏だ。結構なやり手だよ」

「はは、お前に言われちゃ皮肉にしか思えんがな!」

「で、何でそんなところから? イベントコンパニオンに転向したとは知らなかったが」

「おいおい、冗談きついぜ。このボン太君はれっきとした兵器! 次世代を担うパワードスーツさ!」

「これが……? ああっ、ヨナ! そんな暗い顔しないで! ほら、飴を――飴をあげるから!」

 それまでの輝きっぷりから一気に奈落の底に転落したヨナの表情を見て、ココが慌てたようにポケットからキャンディを取り出しヨナに与える。

「イチゴ味だ……」

 菓子の甘さにヨナが平常心を取り戻すを待ってから、べアール社長は『次世代型パワードスーツ』について説明を始めた。

「知り合いの傭兵と共同開発したもんでな。豊富な各種センサに、ライフル弾さえストップする防弾性能!
 おまけにASのパワーアシスト機能を応用して、着用しても重さを感じずに俊敏に展開できる!」

「それだけ聞くと、結構な性能に思えるけど……それにしちゃ、閑古鳥が鳴いてるね」

「痛いところをついてくれるな……その通り。これはいけると思ったんだが、何故かさっぱり売れなくてな。
 例の傭兵に半分は引き取らせたんだが、それでも赤字なんでアフリカくんだりまで行商に来たってわけさ。泣ける話だろ?」

「で、ここでも相手にされないと」

「見ての通りな……なあ、ヘクマティアル。恥を忍んで聞くが、ボン太君は何故売れんのだと思う?」

(外見だろ)(形だな)(モチーフの問題でしょ……)(これを着るのはちょっと)(このガワじゃな)

 ココの背後に控える私兵たちの心はひとつだった。が、さすがにココの商売相手になるかもしれない人物に向かって、直接言うのは憚られたので、黙っている。

 そんな私兵たちを余所に、やれやれ、とココはかぶりをふってみせた。

「べアール。そんなことは一目瞭然だろうに……」

「なにっ!? 分かるのか!? 教えてくれ、ボン太君の一体何が!?」

 食いついてきたべアール社長に、ココは胸を張って自信満々に、


「――このコンセプトは、各国軍部が切り捨てたXM3までのASと全く同じものじゃないか!」

「……はっ!? そうか、それか!? ……ところでココ、お前の護衛、なんでみんな床で寝てるんだ?」

「え? あ、ほんとだ。ちょっとみんな! はしたないからそんなところで横にならないでってば!」

 ココの言葉に、よろよろと私兵たちが起き上がる。ふらふらと気力を振り絞るようにして手を上げたのはワイリだった。

「あのー……ココさん。XM3というのは……」

「うん? ああ、今でこそASは8メートルの大型兵器だが、最初期のコンセプトは3メートル以下のパワードスーツ染みたものだったんだよ。
 とはいえ、それじゃ火力も装甲も貧弱だからってことで、いまの方向に転換したんだけどね」

「……形、とかは」

「形? 形はこれで問題ないでしょ。脅威性の判別が難しくなるし、いいチョイスだと思うよ。個人的にはミッキ○の方がいいと思うけど」

「そうか、じゃあディズ○ーに掛け合ってみるかな」

「それはやめた方がいいと思いますけど」

 ワイリの突っ込みは、盛り上がる武器商人たちに聞き流された。

「それはともかく、軍受けしないのはコンセプトの問題だと思うよ。いまの技術を流用してるから、XM3よりはましだとしてもさ。
 一度切り捨てたコンセプトを軍部が受け入れようとしないのは、君もよく知ってるだろ?」

「確かにな。そういや、売れたのは軍とのつながりが薄い警察関係だけだった……だが、そこもほとんど買わなかったぞ?」

「安い買い物じゃないからねぇ。ちょっと調べればXM3の事例は出てくるわけだし、そのせいじゃない?
 べアールは若い世代だし、おそらくその傭兵も第一世代以前のASを知らない世代でしょ?
 XM3の件が思い浮かばなくても仕方がないとは思うが……」

「うーむ。ということは、あと20年も待って軍上層部の入れ替えを待てばあるいは……?」

「ああ、可能性はあるね! つまり数十年後の戦場では、大量のボン太君が闊歩しているかもしれないというわけだ!」

「我がブリリアント・セーフテック社製のボン太君がな! わっはっは、未来は明るいぞぅ!」

 そんな戦場は絶対に嫌だ。

 戦争に携わる私兵たちは、心の中で声を揃えた。

 だがそんな心中をよそに、べアール社長がとんでもない発言をする。

「ありがとう、ヘクマティアル。これで秘書にも言い訳がたつ。あいつ、売り切るまで戻って来るなとカンカンでな。
 そうだ! お礼にひとつ、ボン太君を差し上げよう! お前のところの護衛に使わせると良い!」

『え゛っ』

 濁った声を上げる私兵たちとは別に、ココは自身の顎に手を添えて唸って見せる。 

「ふぅむ。広告塔代わりというわけかい? 相変わらずやり手だな、べアール」

「はは、おだてるなよ――で、誰に着させる?」

「そうだな、それじゃあ――」

「おじさんはパスしとくぜ。狙撃することの方が多いし、ポイントマンに持たせてやんな」

「あっ、レームのおっさんずりぃ……お嬢、俺もいいや。狙撃するから」

 レームとルツが一抜けする。他の面々も我先にと続いた。

「私も砲兵なので……」

「アクセルやブレーキに足が届きそうにないので……ていうか運転席に座れそうにないです」

「爆弾を見つける時に、勘が働かなくなりそうで」

「ナイフ格闘はリーチが重要です。その短い腕はちょっと……」

 ぐるぐるとたらい回しにされるボン太君。(遥か後方で死んでいるトージョは、幸いにして標的から免れた)

 その中で、小さな手が自己主張するように挙げられた。手の持ち主は、口の中のストロベリー・キャンディーをかみ砕き、飲み込んでから、

「じゃあ、僕が貰ってもいい?」

 なんて、驚天動地の発言を口にした。

 その場にいた全員の視線がその人物、ヨナに集中する。

「え、ヨナが着るの? そんなの、そんなの……絶対に可愛いに決まってるじゃないか!」

「お、そっちの坊やか? ふむ、まあサガーラが着てたしサイズは大丈夫か……」

 あれよあれよという間に進んでいく話し合い。それを心なしかわくわくした表情で見つめるヨナに、バルメが心配そうに声を掛けた。

「よ、ヨナ君? 本当にいいんですか? あれを着て戦うなんてこと……」

「? なんで戦うんだ?」

「え?」

 きょとん、とした顔でそう返してくる少年兵に、私兵たちも疑問符を浮かべる。

「前から思ってたんだけど、ココの船は大きすぎて、たまに手が届かないところがあるんだ。
 あれを着れば、きっと届くと思うんだけど。それにちょっと楽しそうだ」

「……あー、ヨナ君。でもべアール社長は、あれを着て戦って欲しいと思ってるんじゃ」

「でも、ココは『受け取る』って言っただけだ」

「それはそうですけど……まあ、ココもヨナ君の頼みならそっちを優先するでしょうしね」

 というわけで。

 それからしばらくの間、HCLIのタンカー船では、ふもふもと歩き回る少年兵の姿が、本人が飽きるまで見られたという……

今度こそ本当に終わり

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