【ミリマスSS】P「唐揚げをPRする仕事が決まったぞ」紬「!!」 (27)

☆大分県/中津市

P「ここが中津市か~。初めて来たけど、いい所だな」

紬「ええ、のどかで落ち着いた土地ですね」

P「おっ、唐揚げ屋があるぞ」

紬「先ほどから専門店を多く見かけますね。さすがは本場です」

P「大分って唐揚げが有名なんだな。俺、この仕事を受けるまで知らなかったよ」

紬「なっ……!? 本気で言っているのですか?」

P「本気だけど……そんなに驚くことか?」

紬「大分県中津市と言えば、『からあげフェスティバル』発祥の地でもあるのですよ!?」

P「ごめん。そんなお祭りは知らない」

紬「……まったく、呆れますね」

P(紬って唐揚げに詳しいのかな。ちょっと意外だ)

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紬「ところで、本日の仕事についてですが……」

P「ああ、テレビで唐揚げをPRする食レポだ。期待してるぞ」

紬「……はい」

P「どうした? 浮かない顔してるけど」

紬「仕事をいただけることは嬉しいのですが、上手くできるか少々不安なのです……」

P「紬は心配性だなあ」

紬「あなたが能天気なだけかと」

P「能天気は言いすぎだろ。だけど、気楽に考えるのも大事なことだぞ?」

紬「気楽に、ですか……」

P「紬は緊張しやすいみたいだし、そのくらいの気持ちの方がバランスが取れるよ」

紬「つまり、私の性格は鬱々たるものだから少しは改善しろと……」

P「いや、そこまで言ってないから」

紬「簡単に性格が変われば苦労しません」

P「性格を変えろと言ってるんじゃないよ。今のままでも紬は素敵だ」

紬「はあ、どうも」

P「ただ、もうちょっとプラス思考でもいいと思うんだよなあ」

紬「プラス思考……」

P「不安な時は楽しいことを思い浮かべるんだ。『仕事が終わったら遊びに行きたい!』とか」

紬「なるほど、少しは気が紛れるかもしれませんね」

P「ちなみに仕事の後はスケジュールを空けてあるから、観光しような」

紬「……あなたは本当にのんきな方です」

P「いいじゃないか、せっかく大分まで来ているんだから」

紬「まあ、考えておきます」

P「どこか行ってみたい場所はある?」

紬「そう言われましても、土地勘がないので何とも……」

P「ちなみに、この近くだと紅葉の名所があるらしいぞ」

紬「今の季節にぴったりですね」

P「それ以外なら、ちょっと足を伸ばして別府や湯布院へ行ってもいいけどな」

紬「温泉地ですか」

P「別府では『地獄めぐり』が観光の定番なんだってさ」

紬「じ、地獄……?」

P「そうだよ」

紬「それはつまり、今日の仕事で失敗したら地獄へ落とすから覚悟しておけと……」

P「言ってねーよ」

紬「なんや……地獄って温泉のことなん」

P「入浴じゃなく、観光を目的とした温泉をそう呼んでるんだってさ」

紬「まったく、まぎらわしい言い方をしないでください」

P「はいはい」

紬「ともかく、まずは食レポの仕事です」

P「そうだな。紬って、唐揚げは好きなのか?」

紬「えっ? な、なぜそのようなことを尋ねるのです?」

P「いや、唐揚げをPRする仕事だからだけど……」

紬「まあ、嫌いではないです。……普通、でしょうか」

P「ふーん」

紬「ただ、楽しみではありますね。中津では、唐揚げが人気だということを感じられますから」

P「これだけ専門店があるんだもんな」

紬「しかもそれらの店は、それぞれ独自の工夫をしていると聞きますからね」

P「そうなんだ」

紬「はい。独自のタレを使ったり、新鮮な鶏肉にこだわったりしているのですよ」

P「へー」

紬「醤油ベースのタレを使う店が多いのですが、塩ダレの名店も存在しますし」

P「……」

紬「中津はすごいです。さすがは日本唐揚協会から『からあげの聖地』として認定されている土地ですね」

P「うん、ちょっと待って」

紬「何ですか?」

P「詳しすぎない?」

紬「えっ?」

P「唐揚げについて詳しすぎるよね? 紬って、実は唐揚げが大好きだろ?」

紬「なっ、なに言うとるん……!? ふ、普通やし……」

P「金沢弁が出てるぞ」

紬「あう……」

P「隠す必要なんてないのに」

紬「……」

P「今回の仕事にピッタリじゃないか。好きな食べ物ならPRしやすいだろ」

紬「食の好みとPRのしやすさは関係ないと思うのですが……」

P「いやいや、本心から美味しいと思った方が、良いレポートができるもんだよ」

紬「はあ、そういうものですか」

P「だけど、困った時は定番のコメントでいいからな。『意外とあっさりしてますね』とか」

紬「……こってりしてるのが唐揚げの美味しさやと思うんやけど」

P「まあ、そうなんだけどね。あっさりしてると、女性人気もありそうな感じがするだろ?」

紬「女性人気?」

P「うん。『女性でもたくさん食べられますね』とかもよく使われるフレーズだな」

紬「…………」

P「おーい、紬? どうした?」

紬「なんやいね! 女の子がこってりした唐揚げ好きで何が悪いん!?」

P(ええー……)

紬「女の子ならあっさりしたものが好きなんて……そんなん決めつけんでよ……」

P「いや、決めつけてないから」

紬「どうせ、女性はみんな低カロリーでヘルシーな料理が好きって思っとるんやろ!?」

P「だから思ってないって! 話を聞いてくれ!!」

紬「……」

P「今の話は、あくまで一般論。困った時に使えるコメントだと思ってくれればいいから」

紬「……困った時に、使える?」

P「そうだ。本番になって、喋ることが何も思いつかなかったら焦るだろう?」

紬「……ん」

P「そんな時のためにフレーズを準備しておくんだ。黙り込むよりもマシだからな」

紬「つまり、不測の事態に備えておけと……」

P「そういうことだ」

紬「あなたのことを、少々誤解していたかもしれません。失礼いたしました」

P「いや、分かってくれたならいいよ」

紬「唐揚げが好きなことを否定されたと思い、つい熱くなってしまったのです」

P(本当に唐揚げへの愛情がすごいな……)

紬「さて、そろそろ収録現場へ向かう時間でしょうか」

P「そうだな。スタッフさんたちと合流して、挨拶もしないと」

紬「唐揚げのPR……頑張らんと」

P「紬ならきっと上手くできるさ、リラックスして行こう!」

紬「はい! 慣れない仕事なので不安ではありますが、全力を尽くします」

P「よし、その意気だ」

☆収録本番/唐揚げ屋

紬「さて、本日は……えっと……大分県中津市の唐揚げ専門店に来ております」

店員「どうぞ、いらっしゃいませ~」

紬「765プロの白石紬と申します。本日は……よ、よろしくお願いいたします」

店員「こちらこそ、よろしくお願いします。初々しいレポーターさんですね」

紬「は、はいっ! まだ新人でして……」

店員「そうでしたか。そう固くならずに、奥の方へどうぞ!」

紬「失礼いたします」

店員「東京からはるばる遠くまで、大変だったでしょう?」

紬「いえっ、とんでもないです!」

P(紬は緊張してるみたいだ。もっとリラックスして、頑張れ……!)

店員「うちの自慢の唐揚げです。どうぞ召し上がってください」

紬「はいっ、いただきます……ぱくっ……」

店員「いかがですか?」

紬「んんっ……これは……ぱくっ……ん~!! とても美味しいです!!」

店員「そうですか!」

紬「ええ! にんにくの効いた醤油味のタレが、しっかりと染み込んでいますね!」

店員「味付けにはこだわっているので、褒めていただけて嬉しいです」

紬「他にも薬味が効いていますね。……生姜やネギでしょうか」

店員「ははは、レシピは企業秘密ですよ」

紬「鶏肉への包丁の入れ方にも工夫がありそうですね。これは唐揚げ玄人にしか分からないこだわりです!」

店員「あはは……では別のメニューもどうぞ」

P(今度は興奮しすぎだ。店員さんがちょっと引いてる気もするが……大丈夫かな)

☆数十分後

P「いや~、いい収録だったぞ、紬!」

紬「……」

P「おーい、聞いてるか?」

紬「なんなん……なんでそんな嘘つくん?」

P「えっ」

紬「いい収録なわけないやん! どう考えても失敗やったし!?」

P「大丈夫だって。ほら、落ち着いて」

紬「うち、一人で暴走して……店員さんも困らせて……」

P「確かに、店員さんの優しさに助けられた面はあるな」

紬「……」

P「だけど悪いことばかりじゃないよ。テレビ局のスタッフさんにだって好評だったからな」

紬「えっ……?」

P「ハイテンションすぎる部分はあったけど、独創的で面白いと褒めてたよ」

紬「……」

P「何よりも、美味しそうに食べていたのが好印象だってさ」

紬「……でも、それは結果論です」

P「結果論?」

紬「いくら周りの評価が高くても、たまたま上手くいったことに過ぎません」

P「自分では納得できないと」

紬「その通りです。……ほんとに、うち……失敗ばっかりで……」

P(落ち込んでるみたいだな。こういう時は……)

P「気分転換だ! 観光に行こう!」

紬「えっ? あの……とてもそんな気分では――」

P「ここからだとバスに乗った方がいいな。観光するって約束だったんだから、早く行くぞ!!」

紬「ええっ、そんな急に! な、なんなん……もう~っ!?」

☆二十分後/バス内

紬「あなたは強引な人です……」

P「そんなに怒るなって。絶対に行って損はない場所だから」

紬「はあ」

P「ほら、見えてきたぞ」

紬「……!!」

P「紅葉の名所で、耶馬溪っていう場所らしいよ。綺麗だろ?」

紬「……確かに、風流ですね」

P「バスを降りて歩こう。身体を動かすと元気になるぞ」

紬「そうですね。景色を観ながら歩くのも、悪くないかと思います」

P「ちょうど紅葉のピークだな~」

紬「あなたが見せたかったのは、この風景なのですね」

P「来て良かっただろ?」

紬「ええ。石川の兼六園や鶴仙渓にも引けを取らないほど美しいです」

P「なら良かったよ。紬なら気に入ると思ったんだ」

紬「自然とは荘厳なものですね。私の悩みなど、小さいものに感じられるほどに……」

P「少しは気分転換になったか?」

紬「はい。……今日の収録は反省して、次は失敗しないように頑張ります」

P「だから失敗ってわけじゃないのに」

紬「でも、今は応援してくれる人たちもいるので……もっとアイドルとして期待に応えないと……」

P「なあ、紬。俺が一番行きたかった場所はこの先にあるんだ」

紬「……? あのトンネルですか?」

P「うん。『青の洞門』だよ」

紬「有名なのですか? 普通のトンネルにしか見えませんが……」

P「このトンネルはな、元々は江戸時代の僧侶が、ノミと金槌だけで掘ったものなんだ」

紬「手掘りでこの岩山を掘ったのですか!?」

P「30年くらいかかったらしい」

紬「……気が遠くなる年月ですね」

P「だけど、青の洞門ができたおかげで、人々は危険な断崖絶壁を通らなくてよくなった」

紬「他人の安全を願って掘り進めた、と」

P「その通りだ。誰かのために地道な作業を続けるのってすごいよな」

紬「そうですね、頭が下がります」

P「で、俺がここに来て言いたかったのはさ……紬も毎日よく頑張ってるよな、ってことなんだ」

紬「……私が、ですか?」

P「紬って最初は、チラシ配りで人に話しかけることも苦手だっただろ?」

紬「……」

P「なのに、今日はテレビでちゃんと喋ってたじゃないか。一歩前進だ」

紬「ですが……先ほどの収録は、前のめり過ぎでしたよね?」

P「それはこれから改善すればいいよ。少しずつ進もう」

紬「でも、そんなペースじゃ……うち、いつになったら一人前になれるか……」

P「いいんだよ。トンネルを掘るように、ゆっくり、な?」

紬「……ん」

P「紬がみんなの期待に応えようと頑張ってること、俺はちゃんと見てるよ」

紬「……はい、ありがとうございます」

P「もちろん、俺も紬のことを支えられるように頑張る。頼りないかもしれないけどさ」

紬「いえ……まあ、頼りないってことも、ない、かも……」

P「ん?」

紬「ですから……おっ、お慕いしておりますっ。……い、言わなければ分からないのですか?」

P「……」

紬「な、なんで黙るん!?」

P「いや、ごめん。嬉しくて固まってた」

紬「はぁ……。あなたは本当に、よく分からない方ですね」

P「それなら分かってもらえるように、これからも紬と一緒にいるよ」

紬「当然です。あなたは私をスカウトしたのですから、そばにいてくれなくては困ります」

P「ああ、任せてくれ」

紬「これからも末永く、よろしくお願いしますね。プロデューサー」


おわり

以上で完結です、ありがとうございました。

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