神崎蘭子から逃げていた (57)

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なんだこいつ。

俺が神崎蘭子に抱いた第一印象だった。

遂に担当アイドルを受け持つことを上司から言い渡されたのは少し前の話だ。

「プロデューサー見習いを卒業、ですか?」

「そうだ。もういい頃合いだろうと判断した」
  
就活氷河期の真っ只中に、なんとか知り合いの紹介で芸能プロダクションに就職できたのは幸運だったのかもしれない。

プロデューサー見習いとして事務仕事や先輩のサポートが主な役割で、当時は担当アイドルを受け持っていなかった。

芸能の仕事といったら華やかな職業だと想像していたが、実際は書類作成とスケジュール調整に追われる日々。

なんか違うと感じつつも毎日の業務を淡々と処理し、仕事に慣れてきたというより感覚が麻痺してきたような状態。

これでいいのかという燻るような物足りなさと、まあいいだろうという妥協と怠惰の精神でバランスを取っていた。

変な目立ち方をすることもなく、のらりくらりとほどほどの人生を送ってきた俺にはきっと丁度いいんだ。

この就職難の時代に、仕事があるだけマシだと思うようにしていた。 

しかし、単調に毎日職場と自宅を行ったり来たりするだけの日常にも、とうとう変化が訪れた。
 
「このご時世、アイドル志望者は多いがプロデューサーはどこも人手不足でな。新しくスカウトされたアイドルがいるから、その子と組んでもらう」

「わかりました」
 
「資料は渡しておくから、あとはスカウトしてきたやつから話を聞いてくれ」

アイドルの名前は神崎蘭子。

まだ14歳の中学二年生だ。

蘭子を連れてきたのはスカウト専門の先輩。

元ラガーマンだという、見上げるほどの体格から通称熊先輩と呼ばれている。

確かにこの体格がなければ日野茜のタックルを受け止めたり年少組が腕にぶら下がったりということはできまい。

熊先輩はいつものように「がっはっはっ!」と豪快に笑いながら紹介してくれた。

これまでもキノコアイドルや暴走族アイドルなど、毎度毎度「どこでこんな子捕まえてくるんだ」という個性派ばかりを「面白そうだから」という理由で連れてきていた。

そして神崎蘭子も例に漏れず、変な子だった。

出会ったときのインパクトは恐らく、生涯に渡って俺の脳内フォルダから消去されることはないだろう。

まず目を引くのがその容姿。
 
フリル過多な黒のゴスロリとレース過多な黒の日傘。
 
バッチリ化粧をキメた白い肌。
 
深紅の瞳と長い睫毛。
 
アンティークドールのように作りものめいていて、こんな子が本当にいるのかというくらい現実感がなく、漫画か何かの世界からそのままで出てきたかのような超美人だった。

その上というか、それなのにというべきか。
 
「ククク……我が名は神崎蘭子。火の国より参りし堕天使よ。運命の扉は、今開かれたわ!」
  
「……えっ?」
 
目と耳の情報処理が脳の許容範囲を軽くオーバーした。
 
俺には蘭子が何を言っているかさっぱりわからなかった。
 
挨拶をしているのだろうというニュアンスがなんとなくは伝わる。
 
俺が頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると、熊先輩に「あとは頑張れよ!」とバシバシ肩を叩かれ、ようやく現実感が帰ってきた。

「あ、はい。今日から君を担当するプロデューサーです。よろしく」

……どーすんだ、これ。

「煩わしい太陽ね」
 
「お、おう。今日は陽射しが強いな」
 
「魔翌力が満ち満ちている。そなたの願いを叶えよう! いざ約束の地へ!」
 
「ええっと? 今日は何か約束したっけ?」
 
「ふむ、我が言霊は読み解けぬと……?」
 
「んー……仕事の話をしてもいいのかな?」
 
「うむ!」

 
蘭子はいちいち大袈裟な言い回しをするせいで、会話をするだけでも一苦労だ。 
 
毎回毎回こんな調子なので他のスタッフと打ち合わせするときも間に入っていかなければならないし、初対面の人は確実に戸惑う。

 
できれば余計な仕事を増やさないでいただきたいのだが。

しかしながら本人は至って真面目で、レッスンはきちんと受けるし、元よりずば抜けたビジュアルと14歳とは思えない艶のある歌声は間違いなく素質がある。
 
見た目通りインドア派とのことでダンスは苦戦しているようだが、体力がついてくればなんとかなるだろう。
 
あるいは、あまりダンスを要求されない方向に路線を進めるのも一つだろう。
 
今後の計画を立てるためにも、まずは蘭子にアイドル活動の方針を聞いてみることにした。
 
色々こだわりがありそうだしな。

「神崎、アイドル活動をしていくに当たって、ステージのイメージとかはあるか?」
 
「当然である! 我が覇道は壮大な狂想曲と共に!」

お気に入りのおもちゃで遊ぶ子供のように目をキラキラと輝かせている。
 
見た目に反してこういう所は年相応なんだな。

「今こそ封じられし翼を解き放ち、魂を解放させる時!」

芝居がかった仕草で指を額に当てる。

「かつて崇高なる使命を帯びた無垢なる翼は黒く染まり、やがて真の魔王は覚醒する!」

……うん、やっぱり何を言っているのかよくわからない。

翼? 天使なの? 魔王なの?
 
おそらく、いわゆるダークファンタジー系なんだろーなとは思う。
 
俺も中学生の時はそういうの好きだったよ。

「なるほど。魔王とかそういうのが好きってのはわかった」

しかしこのままだとディスコミュニケーションが起こりかねない。
 
流石に面倒なトラブルや進行の遅延は御免蒙る。
 
俺は蘭子のプロフィールを思い出していた。

「たしか神崎は絵を描くのが好きだったよな? もし良ければ、イメージを絵にできないか?」

絵、という言葉を聞いた瞬間、蘭子は身構えるような様子を見せた。
 
驚く姿は急に幼く見える。

「んなっ!? 我にグリモワールを見せろというのか!? 禁忌に触れるな!」

「あー、すまん。無神経だったか。とはいえ、具体的にイメージを共有できると今後の方針を決めやすいんだ。可能であれば神崎の考えるアイドル像をモチーフに、衣装やPVをデザインすることもできるかもしれない」
 
多分その方が俺は楽ができる。

「衣装の、デザイン……!」

お、食いついてきた。
 
こんだけガッツリとした服を着てるんだし、衣装には興味があるか。

「だからどうだ? 簡単で構わない。ざっくりとしたイメージでいいから、衣装とか舞台とか、そういうのをイラストにしてきて欲しい」

「ククク……秘めたる真実を伝える秘術を使う日が来たか。よかろう! 次に太陽が断末魔を上げる時、魔術の構築式を展開しよう!」

結論から言えば、仕事は楽にはならなかった。

「かつて無垢な翼は黒く染まり、封じられし十二の翼はやがて真の魔王へと覚醒する!」

スケッチブックを指さしながら熱弁する蘭子。
 
太めの眉がキリリと上がり、目力がいつも以上に強く感じる。
 
天使だか堕天使だかそんな感じの衣装と、剣やら炎やら羽根やらが舞うやたら派手で仰々しいイメージの舞台。

「出来る限りのことはやってみる」

「加えてもう一つ、火の国の頃よりの野望がある」

「何か野望があるのか?」

「我が拘束具や、闇を纏いし杖とユニゾンを奏でん!」

んー、何だろう。
 
傘をモチーフにした衣装にしたい、とか?

「検討しておく」

大人の言葉は便利だ。
 
蘭子は満足したようで、むふーと鼻息をたてながら腕を組んだ。
 
こうして希望を一通り聞いてみて思ったことは一つ。
 
これ、いくらかかるんだろうな……。

上司にプレゼンする資料は作ってはいるものの、蘭子の希望を全部そのまま再現っていうのはおそらく現実的ではない。
 
取り敢えず企画書を作って出してみよう。
 
弊プロダクションがブラックであることはわかりきっていたことであるが、こういった細かい資料作り含め大体の雑務もプロデューサーに丸投げである。

「やっぱり、予算は下りませんか……」
 
蘭子の希望に沿ったステージ案を提出してみたが、却下された。
 
新人アイドルにそこまでリソースを割けないというのは、まあ妥当な判断だろう。仕方ない。

蘭子のポテンシャルであれば、無難に普通のデビューから始めていけば大丈夫だろう。 
 
ひとまず蘭子に報告しておこう。

 
気乗りしない重い足取りでレッスン室に向かう。

確か今日のレッスンは終わっている時間のはずだ。
 
レッスン室では、蘭子は一人居残りで自主練習しているようだった。
 
鏡に向かって集中しているようなので、少しだけ扉を開けて、こっそり覗くことにした。
 
「我が名は神崎蘭子! 無垢なる十二の翼でこの地へ舞い降りた堕天使よ!」

ダンスの振りというわけではなさそう。
 
だとすれば、あれは本人なりのMCの練習か。
 
それにしても散々レッスンをした後なのだろう。
 
長時間かけたであろうこだわりのメイクが汗で落ちるのも気にせず。
 
運動は苦手だろうに、細い肩で息をして。
 
そんな状態なのに、こいつは本当に、好きなことには良い笑顔をする。

こっそり覗いている背徳感もあってか、心臓がドキドキと早鐘を打つ。

手に汗がじんわりと滲み、思わず唾を飲み込んだ。

単なる『アイドル』ではなく『担当アイドル』が、必死にもがいて輝こうとする瞬間を、俺は今、見ている。

見てしまった。
 
目が離せない。
 
耳が離せない。
 
蘭子は背筋を伸ばし、鏡に向かって、勢いよく手を突き出し、叫ぶ。

「聞け! 我が唄を! 刮目せよ! 我が演舞を! その咆哮に酔いしれるがいいわ!」

息を呑んだ。
 
蘭子の背中に、白と黒の翼が見えた気がしたからだ。
 
雄大に広がった翼からは二色の羽根が舞い落ちる。
 
荘厳さと神秘性に思わず体が少しのけぞり、背中に走った痺れがただならぬものを告げていた。
 
俺は無意識に拍手をしながらレッスン室に足を踏み入れる。

「ぴゃっ……!?」

小動物を思わせる声が耳に届いた。

お前そんな声も出せるのか。

「む、我が下僕か」

ゆっくりと中へ入る。
 
見知ったレッスン室のはずなのに、未開の地に踏み入れたように地に足が着かない。
 
心がふわふわと熱に浮かされたよう。
 
高翌揚、興奮、好奇心。
 
身体中で燻っていた何かが、胸の奥から込み上げ、足元を掬い、背中を押してくる。
 
そして、頭の後ろの辺りが警告を発していた。
 
止めろ。
  
それ以上は踏みこんじゃいけない。
 
ここから先は、きっと戻れない。
 
身体と精神の過負荷を予感し自己防衛反応がガンガンと鳴り響いている。

それでも、どうしても。

「なあ、何で神崎はアイドルをやろうと思ったんだ?」

蘭子は急な質問に対し少し目を泳がせてから、再度こちらに向き合う。
 
長い睫毛と濃い眉が意思の強さを感じさせる。

「堕天使への憧憬……それを語るには、火の国の時代を思い起こさなければならないわ」
 
汗だくで息を切らしているのに、ただのレッスン着なのに、その姿は生き生きとして輝いていた。

「その衝動の源泉は……私にも見えぬ。だが、無垢な翼に憧れぬ者はいない。それは、生まれし者の本能」

腕を開き、指先までぴんと伸ばす。

「私は、運命の導き手と邂逅した。彼の者が告げるには『君らしく輝ける場所がある』と。なんと力のある言霊よ」
 
ミュージカルのように、語りかけるように掌を差し出す。

「我が魂を輝かせ、この世界に唄を届けること、闇の力を広めること。それこそが我が使命!」

やっぱり言ってることはよくわからない。

だけど見ればわかる。
 
同じ空間に居れば感じる。
 
この子はなんて真っ直ぐなんだろう。
 
羨ましい程に、どこまでも愚直で、素直で、真面目で。
 
こんな素敵な笑顔を持っているのに。
 
それなのに、今の状況は俺のせいだ。

 
俺が蘭子のことを世に知らしめなくて誰がやる。 
 
そうだ、こんな素敵な子がいることを、もっと皆に知って欲しい。

 
そこまで考えて、ようやく行きつく。
 
ああそうか、それがプロデュースをするということか。

言ってることがよくわからないから?

蘭子のポテンシャルなら普通にやってればそこそこなんとかなると思ったから?
 
予算が取れないから無理だと言われたから?
 
馬鹿野郎。
 
目標もなく、目的もなく、責任もないなんて、生きながらにして死んでいるも同然だ。
 
今までのらりくらりとそれなりの人生を送ってきたと思っていたけど、それは違うだろ。
 
いや、心の底ではわかっていたんだろう。
 
直視したくなかったんだ。

 
物事にも、他人にも、自分にも、本気で向き合っていないだけということに。 

アイドルから、プロデュースから、逃げていた。
 
目を背けていた。

『妥当』とか『無難』とか、都合の良い言葉で飾られた責任放棄だ。
 
ただの思考停止の愚か者だ。
 
俺は『神崎蘭子担当プロデューサー』なんだ。
 
担当アイドルと向き合い、共に選択し、アイドルを輝かせ、責任は自分が背負う。

 
そういう役割じゃないか。 
 
「我も問おう。そなたは何故、この道を選んだのか?」

 
俺は一息吐いて、腹に力を入れる
 
「正直、プロデューサーを始めたことに大した理由はないんだ。だけどな、夢が出来た」
 
「ほう、聞かせて貰おうか」

言葉を口に出すのが怖かった。
 
覚悟を問われるのが嫌だった。
 
責任を負うのが面倒だった。
 
それでも、俺の直感を、蘭子の眩しいくらいの真っ直ぐさを、信じてみたくなった。

「ああ……蘭子を、トップアイドルにすることだ」
 
「……! 果てしなき天空への階段……それは、棘の道ぞ?」
   
「わかっている。だけど、俺だって蘭子が誰よりも輝けるって信じている」

だから、俺も頑張るよ。

一緒に階段を登っていこうじゃないか。
 
「その『瞳』に、曇りはないか?」
 
「ない」
 
「ククク……良かろう! 契約に従い、魂を共鳴させ、我らが歌声で大地を満たさん!」

そこからは怒濤の日々で、あまりよく覚えていない。

寝る間を惜しんで仕事をして、眠気を通り越して気絶するんじゃないかと思うときもスタドリで体に鞭を打ちながら、やるだけのことをやった。
 
先輩から段取りやスケジュール管理など基本的なノウハウのアドバイスを貰いに行った。
 
上司に伺いを立て、散々駄目出しをされながらも企画説明をした。
 
ときには蘭子を連れて営業に行き、その魅力を伝えて回った。
 
沢山の部署やスポンサーに頭を下げた。
 
とにかく駆けずり回った。

蘭子と一緒にいる時間も長くなり、自然と会話も増えていった。

「学校ではどんな感じなんだ」

「聖獣が如く寵愛を受け、我が進軍に賛美歌の調べが響いているわ」

「服とか、結構いい値段するんじゃないのか」

「無論、容易くはない。天の施しを蓄え、封印されし秘宝が眠る地へと赴くわ」

他にも好きな食べ物は、どんな曲を聞くのか、影響を受けた本や漫画は、服や傘のブランドはどこが好きか、いずれゴスロリファッションのメーカーとコラボをしてみようかとか等々。
 
思えば、こんなに会話相手についての話をするというのは久しぶりかもしれない。

少しずつわかってきたこともある。 
 
蘭子の言葉にはちゃんと意味があり、要所要所を押さえれば会話にそんなに支障は出ないこと。

 
『闇に飲まれよ』が『お疲れ様です』という意味であること。
 
『火の国』が出身の熊本のことであること。
 
そしてもう一つ、蘭子にとってきっと大事なこと。

「なあ、蘭子。一度聞いてみたかったんだが、いいか?」

「何事か?」

「どうして、そういうしゃべり方なんだ?」

「んな!? それは……」

真っ赤なリップを塗った唇をきゅっと結んで、ちらちらとこちらを見てから、ゆっくりと伝えてくれた。

「えと……その方が、話しやすい、から」

「……そっか。それならそれでいいんだ」

なんとなく、そんな気はしていた。
 
アイドルになった理由を聞いたとき、蘭子は『自分らしく輝ける場所』に惹かれたと言った。
 
つまり、以前は自分らしくはいられなかったということ。
 
自分らしくすればいいなんてよく言われるけど、結局のところそれは社会一般の範囲での『自分らしく』であり、本当に『自分らしく』していたら社会の枠をはみ出して弾き出されてしまうんだ。
 
それは現代社会の呪いだ。

俺だって、俺自身の自分らしさがなんなんだか、今だにわかっていない。

「下界の者の言葉を使えとは言わないのか? 我が闇の言葉は、心の鎧だ。弱い心を強い幻想で覆う鎧だ」

「蘭子がその方がいいって言うなら、蘭子が蘭子らしくいられるなら、そのままでいいよ」

蘭子はかっこいい語句を使うのが好きで、でもそれは会話が成立しにくいことも自覚してて、それでもなお好きだからこのしゃべり方をする。
 
きっと色んな矛盾を抱えて、息苦しかったのかもしれない。
 
だから、今はこのままでいい。

「『瞳』を持つ者がそう言うのであれば。だが、いつの日か真の言葉を紡ぐ時が来るであろう。それまで、しばし待たれよ」

嵐のように過ぎ去っていく日々も、大変だけど不思議と楽しかった。
 
「……で、これが完成した衣装だ」
 
「おお! 堕天使の衣か!」
 
豪華なステージはどうしても無理だったが、蘭子のイラストを基にした、白と黒の翼を背負う衣装は用意した。
 
「気に入ってくれたか?」
 
「これで舞踏会へ馬車を進めることが出来る! 魂が猛るわ!」
 
蘭子は噛み締めるように、えへへっと小さく笑った。
 
やっぱり可愛いなこいつ。
 
色々考えて、蘭子とイメージを擦り合わせ、1つ1つ実現させていくのは、やりがいがあった。

なんとか捩じ込むような形で、デビューライブの仕事は取れた。
 
ハコも小さく、今日デビューする新人アイドル達の一人という扱いだけど、こちらはやりたいようにやるだけだ。
 
蘭子がパフォーマンスをすれば、きっとそこは堕天使降臨の儀式の場となるはずだ。
 
舞台では新人のアイドルが歌っている。
 
やや動きは硬いが、会場にいるのはアイドルを見に来ている人々だ。
 
流石盛り上げてくれる。

さあ、次は蘭子の番だ。

「今宵は聖誕祭。ミサの幕開けよ」

バッ、といつものように腕を突き出し、こちらに掌を向けるポーズ。

「新たなる堕天使の祝福の日。私は佇まない、ただ進むのみ」

しかし、いつもより腕の振りが小さい。

「蘭子。調子はどうだ?」

蘭子は俺の表情を見て、細く息を吐く。
 
いかん、心配が顔に出ていたか。

「……禁断の舞台……下僕達に言霊は通じるのか?」

力ある眼はそのままであるが、やはり表情は堅い。
 
ああそうだ。
 
プロデュースは二人三脚であっても、どんなに衣装や舞台でお膳立てしても、最終的にステージに立つのはアイドルだ。
 
なんとか蘭子の力になりたい。
 
決して一人じゃないと伝えたい。

蘭子の白くて細い手をそっと握る。
 
滑らかさと瑞々しさはあるのに、少し冷たい。

「蘭子は、最高のアイドルになれる」
 
普通じゃないって、怖いよな。
 
だからこそ、ありのままの、蘭子が格好いいと思えることを、自由にさせてやりたい。
 
「蘭子、大丈夫だ。お前にしか出来ないことが、ここにある! だから今やりたいようにやればいい! 後のことは全部俺に任せろ!」

運命だって一蓮托生。
 
だって俺は、神崎蘭子のプロデューサーだろ?

「お前の力は、世界を変える力だ! だからお前の魂を……見せつけてやれ!」

根本的解決なんて一つもできない。

魔術も魔法もありはしない。

ただ、一緒に階段を一段ずつ登っていくだけ。
 
蘭子は一息吐いて、ぎゅっと手を握り返してきた。

 
「……うむ! 我が友よ! その言霊、しかと受け取った! 今こそ我が魔翌力を解放せん!」 
 
遂にデビューライブは始まった。

 
そして、魂の輝きというやつを目の当たりにした。
 
舞台袖なのに、熱が、響きが、圧が、はっきりとわかった。
 
堕天使の生誕は、拍手と歓声の賛美歌で祝福されたのだった。

ステージでの時間は一瞬のようだったのに、ステージを捌けてからの時間はやたらと長く感じられた。
 
舞台裏に戻ってきた蘭子は肩で息をして、化粧をしていても頬が赤いのがわかった。
 
視界は霞んで歪んでるけど、声は震えてるけど、頑張った蘭子を笑顔で迎え入れよう。

「蘭子、よく頑張った! 最高のステージだった!」

当の蘭子は、ライブの堂々たる勢いはどこへやら。
 
スカートの裾を掴み、噛み締めるように声を出す。
  
「プ、プロ……デューサー……あ、あの……」
 
「どうした?」
 
「あの……私、やっぱり、普通じゃないし、それじゃダメなのかなって思ってた」

蘭子は顔を上げる。
 
深紅の瞳は熱を帯びて潤んでいる。
 
「でも、自分の世界を歌にしたら、みんな応援してくれた……!」

ああ、そうだ。
 
お前は、最高のアイドルなんだ。
  
「私は、このままでいいんだって、私らしくいていいんだって思えたの……! だから……ありがとう……!」
 
泣くな。
 
大の大人が泣くんじゃない。
 
ほら、蘭子だって泣いちゃったじゃないか。
 
わかっていても、目から熱いものが込み上げ、溢れ出し、頬に線を引く。

違う、違うよ蘭子。
 
お礼を言いたいのはこっちの方だよ。

 
蘭子は俺に、頑張れる理由をくれたんだ。 
 
どうでもいい生き方をしてきた俺に、大袈裟かもしれないけど、生きる理由をくれたんだ。

 
『自分らしく』なんて今だにわからないけど、蘭子に正面から向き合うとき、本当の自分になれたような気がするんだ。
 
だから、プロデュースさせてくれて、ありがとう。

デビューライブ後は順調に仕事が増えていった。
 
金をかけたPVを撮れるようになったし、遂にはルミエールというゴスロリファッションを扱うブランドとコラボが決まった。
 
蘭子がアイドルになる前から愛用していたブランドで、神崎蘭子モデルの傘を作ってくれるそうだ。
 
「おお……闇を纏いし杖……真なる神器とユニゾンを奏でるときが来ようとは……!」
 
心底嬉しそうに、蘭子は資料を手に取り、うっとりと見つめながらくるくるとターンをする。
 
「良かったな! 蘭子!」

「うむ! 誉めて遣わすぞ!」

「これは蘭子だからこそ取れた仕事だ。期待してるぞ」

「ククク……造作もないことよ。魂の赴くままに!」

このブランドとコラボできるアイドルはウチの事務所じゃ蘭子くらいだろう。 
 
蘭子が自分の好きなことをありのままにアイドルとして表現した、その結果がこうして実ったことが、心底嬉しい。

 
蘭子が資料を抱えているため、他の仕事をしようかとデスクに向かうと、背後にわずかな引っ掛かりを感じた。
 
振り返ると、蘭子が顔を真っ赤にしながら、スーツの端を摘まんでいた。
 
「先日は饗宴に酔いしれていたが、今宵は地に舞い降り、エデンへと歩を進めるための言の葉を紡ぐべく……ええと……だから、つまり……」

蘭子は口を何度かぱくぱくさせたり、目線を左右に行ったり来たりさせたりしてから、ぎゅっと自身の両手を胸の前で握り込んだ。

そうして紡がれた言葉を、俺はきっと一生忘れないだろう。

「我が友……いえ、プロデューサー。あの……わ、私、絶対あなたの期待に応えてみせるから……! そ、それだけ言いたかったの……」
 
呆ける俺を置き去りにして、脱兎のごとく蘭子は逃げていった。
 
頭をがしがしと掻き、背伸びをしてから、今日は晴れ晴れとした気分で仕事が出来そうだと再びデスクに向かいながらひとりごちる。

「おう、これからもよろしく頼むな。魂の友よ」

世界は変わる。

人は変わる。

世界は変えられる。

人は変えられる。

生きる意味を見出だすために。

自分達らしく生きるために。

これからもアイドルと共にプロデューサーを続けていきたいと、俺は思っている。
 



おわり

読んでいただきありがとうございました。

誤字がありました。

35レス目
我が魔翌翌翌力を解放せん!→我が魔翌力を解放せん!

でした。申し訳ありません

そうなのですね。ありがとうございます。

『魔力』です。これで合ってるといいのですが

なるほど。一つ勉強になりました。ありがとうございました。

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