【ミリマス】桃子「だって、今日からお兄ちゃんは」 (19)

 車に乗り込んですぐに異変に気づいた。
 劇場の喫煙室前でよく嗅ぐ匂い。その微かな残りが私こと、周防桃子の鼻を確かに刺激した。

 「……お兄ちゃん。またこの車で煙草吸ってない? 桃子、やめてって言わなかったっけ?」
 「え? なにが?」

 いかにも「私は何も聞いてませんよ」という風な態度を装いながらエンジンをかけるお兄ちゃん。
 この人。私のプロデューサーっていう自覚はあるんだろうか。私がその程度の演技を見抜けないとでも思っているのだろうか。
 ……もう。仕方ないなあ。

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 「……あのねお兄ちゃん。お兄ちゃん、何年桃子のプロデューサーやってるの? ……もう一回聞くよ? 今度は正直に言ってね? 車で煙草吸ったでしょ」
 「……すまん」
 「いいよ。許してあげる」

 しょんぼりとうなだれるお兄ちゃんを見て笑みがこぼれそうになるのをなんとか我慢する。
 もう、本当にこの人は。
 ……まあ。彼のこういうところが好きなのだから仕方ない。惚れた弱みというものだ。

 「お? 恵美だ。あっはは。さすがだなー」

 なんとはなしにつけたラジオから、恵美さんの声が聞こえてきた。
 今では彼女はその癖になる声と緩急のついた語り口、端々から見え隠れする細かい気配りから今ではトップクラスの人気を誇るラジオパーソナリティだ。
 桃子もだいぶ前にコツを聞いたことがあるけどなんかバーンとかドーンとか言ってて全然理解できなかったな……。
 未来さんと一緒に暮らし出して頭の中身も未来さんに似ちゃったのかな……。

 「……恵美さん。言ってたよ。深夜ばっかりだから肌に悪いーって」
 「あー……ちょうどいいや。志保がな。今やってる昼帯のラジオの時間がずれるから移動した後の枠を恵美に頼もうと思ってたんだよ」
 「へー……いいんじゃない? 恵美さんと志保さんじゃ芸風? っていうかスタイルが違うから、志保さんの頃のリスナーさんが恵美さんの番組についていってくれるかはわからないけど。まああの2人同期でファンもかぶってるし、大丈夫かな?」

 そう、私が思ったとおりのことを口にすると。

 「……なんかさ。見方っていうのかな。俺に似てきたよな。桃子は」

 なんて、そんなことを口にするお兄ちゃんだった。

 「そう? ……誰かさんと一緒にいる時間が長かったから、かな?」
 「……そっか。まあ、そうだよな」

 今の私は半分くらいマネージャーみたいなものだ。一応アイドルなんだけどな。最近は舞台とかでばっかり仕事してるけど。

 「プロデューサーのマネージャーってのも、なんかおかしな話だよね」
 「マネージャー……そうだよね。お兄ちゃんを支えるって意味ではそうなのかも」
 「……イツモアリガトウゴザイマス」
 「感情がこもってないよ? どうせ言うならやり直して」
 「えー」
 「いや、えーって」

 本当に、なんなんだこの人は。
 いや……今思えば、私をスカウトした時からこんなんだった気がする。
 本当にむちゃくちゃで自由で、でも桃子のことを一番大事にしてくれる。
 そんなお兄ちゃんだからこそ、桃子は好きになったんだと思う。

 「いやでも、桃子には感謝してるんだぞ? これは昔からだけどさ。あー、あれは今でも覚えてるよ。桃子が中学生になった時さ」

 うわっ。またあの話か。

 「……またお弁当の話? 何回も飽きないね」

 もう10年も前の話なのに。本当にこの人はどれだけ嬉しかったんだろう。

 「あの桃子が弁当だなんてなあ」
 「お弁当なら今でも作ってるでしょ」
 「それはそれ、これはこれ。だよ」
 「そっか……最近、作ってあげられなくて、ごめんね」

 思わず、申し訳ない気持ちになって。そんな謝罪の言葉が自然とこぼれてしまう。
 桃子をこれまで大切に育ててくれたのはお兄ちゃんだったのに。
 ……桃子は、お兄ちゃんに恩返しとかできてるのかな。

 「気持ちだけで十分だよ……あの時も、桃子の気持ちが嬉しかったんだよ。本当だぞ?」
 「それは……別に、疑ってなんてないけど」
 「……本当か?」
 「お兄ちゃん、桃子をなんだと思ってるの?」

 前に比べたら素直になったと思うんだけどな。うん。
 うん。そのはずだ。春香さんにも、のり子さんにも、奈緒さんにも亜利沙さんにもそう言われた記憶がある。
 車に乗る前に買ったミルクティーを飲みながらぼんやりとそんなことを考えていると。

 「俺の可愛い恋人」

 焦った。むせなくてよかった。そのかわりに舌かんじゃったけど。

 「……いきなりそういうこというかな」
 「違うか?」

 違わないよ、と言いそうになってようやく気づく。
 私達が、今日のドライブで目的地にしていた場所にたどり着いたことに。

 「……そうだお兄ちゃん。あれ、ちゃんと持ってきてる? お兄ちゃんが今日にしようって行ったんだからね。わざわざこんな夜遅くにここまで来たんだからね」
 「もちろん。カバンの中に入ってるよ……桃子の誕生日だからな。今日は」

 運転中ということで私が預かっていた彼のビジネスバッグから封筒を取り出す。
 駐車場の明かりに照らすと、私と彼の名前が入った書類が透けて見えた。

 「あっ」
 「ん?」

 そして私は、私の左手、その薬指に光る指輪の輝きに目を奪われて。

 「桃子はね。お兄ちゃんの恋人じゃないし、お兄ちゃんも桃子の恋人じゃないよ」
 「え?」
 「だって。お兄ちゃんは今日から」

 驚く彼にもう一言……これもまたお弁当のことみたいに後々まで言われるんだろうけど別にいいや。
 これからも、こうやって2人で小さな喜びを重ねていきたい。
 そんな祈りをこめて、桃子はお兄ちゃんにこう言った。

 「桃子のお兄ちゃんでも恋人でもなくて……お婿さんになるんだから」

 叶うなら、今というかけがえのない宝石のような時間が永遠に続きますように。

終わりです!
桃子!誕生日おめでとう!!!!!!
桃子に出会えて本当によかったよ!!!!!
不甲斐ないお兄ちゃんだけどこれからもよろしくね!!!!!

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