千歌「曜ちゃんがオリンピック選手になった」 (22)

千歌「ほへぇ……すごいなあ、曜ちゃん。明日、東京で……か」

ミト「バカ千歌! 仕事遅れてるよ!」

千歌「は、は~い……」

千歌(曜ちゃんに比べて……私はいつまでも普通のまま)

千歌(奇跡なんて……起きなかった)


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~~~
2年前


千歌「へ? 曜ちゃん、大学行くの?」

曜「うん! 私、スポーツ推薦で東京の大学に行くんだ!」

千歌「ああ、なるほど。曜ちゃんに勉強なんてできるわけないもんね」ニヤニヤ

曜「も、もう! ヒドイよ千歌ちゃん!」

千歌「そっかぁ……それじゃあ、もう会えなくなっちゃうんだね……」

曜「へ? ……千歌ちゃん、大学行かないの?」

千歌「私はほら、実家が旅館だから。卒業したら旅館を継ぐことになってるんだ」

曜「そんな……私、千歌ちゃんと一緒の大学に行けたらって……ずっと思ってたのに」

千歌「えぇ!? だ、だって私、勉強とかできないし……」

曜「私が行く大学、そこまで入試難しいわけじゃないし! 大丈夫、千歌ちゃんなら絶対行けるって!」

千歌「で……でも、ミト姉とかに申し訳ないし……」

曜「……千歌ちゃんは、私と一緒の大学に行きたくないの?」

千歌「え……ううん、違うよ! 行きたいに決まってるよ……」

曜「じゃあなんなの!? もう……千歌ちゃんは昔っから、いっつも自分じゃ決めらんないよね!」

千歌「そ、そんな言い方……」

曜「だからさ! 今の時代、旅館を継ぐにしたって大卒の方が潰しが効くんだから、千歌ちゃんみたいな普通の人は――あっ……」

千歌「普通の……人?」

曜「ごめん……私、そういうつもりで言ったんじゃ……」

千歌「曜ちゃんは……私のこと、そういうふうに思ってたんだね」

曜「ちっ……ちがっ……」

千歌「何が違うの? 分かってるよ……チカだって、ずっと自分のこと普通だって思ってた……だから、いつか何かを変えたいって」

曜「千歌ちゃん……」

千歌「でも無理なものは無理なんだよ。普通の人は、どうやったって普通にしかなれない……曜ちゃんはいいよね。生まれつき才能があって、誰の力を借りなくたって、どこまでも行けるんだからさ」

曜「……才能? 誰の力も……借りない?」

千歌「だってそうじゃん! 曜ちゃんはいつも――」


パシンッ


千歌「――っ!」

曜「ハァッ……ハァッ……」

千歌「いった……なにすんの……」ジンジン


曜「――千歌ちゃんのバカッッッ!!」パタパタ

千歌「曜……ちゃん……」

千歌「人の話……最後まで聞いてよ……」

千歌(曜ちゃんはいつも、一人でなんでもこなしちゃう)

千歌(それなのに、私はなんにもできなくて……曜ちゃんの背中ばかり見て、曜ちゃんの応援することしかできなかった)

千歌(だからきっと……曜ちゃんには、私なんて必要ない。私がいれば、曜ちゃんの足手まといにしかならない)

千歌(だから……これでいいんだ)



千歌(でも……でもさ)

千歌(どうせなら……笑って送り出してあげたかったなあ)

~~~
現在


千歌「はぁ……やっと仕事終わったよぉ……」

千歌「……曜ちゃん、今頃何してるかな」


ミト姉「千歌ー! 果南ちゃんが来てるわよ!」

千歌「あ、はーい」



果南「よっ、千歌。元気?」

千歌「果南ちゃん、久しぶり~。私は元気だよー」ニッコリ

果南「久しぶりって言っても、つい一週間前に会ったばかりでしょ?」

千歌「そうだけどさ~、やっぱり仕事って長い時間に感じるんだよね~。果南ちゃんは、ダイビングのお仕事は順調?」

果南「順調順調。近くに千歌とダイヤもいるし、鞠莉も帰ってきたしね」

千歌「ああ、生徒会長と理事長……」

果南「千歌はあんまり知らないか。顔合わせることも少ないだろうからね~」

千歌「そうだね~、卒業してからは一度も顔合わせてないし」

果南「私は定期的に会ってるよ? 千歌たちと同じ、幼馴染だからね」

千歌「そっか、いいなぁ……私、近くに住んでる幼馴染って、果南ちゃんしかいないし……でも、こうして会えてうれしいよ!」

果南「……会えて本当に嬉しかったのは、曜なんじゃないの?」

千歌「――えっ?」

果南「曜、明日オリンピックに出るでしょ? ここ最近は割とテレビにも出てたから、久しぶりに見たんじゃないかなってさ」

千歌「……うん、そうだよ。曜ちゃん、すっごく大人っぽくなってた」

果南「会いたい?」

千歌「私なんて……会う資格ないよ。喧嘩してから、一度も話さずに別れちゃったし……曜ちゃんだって、私の顔……見たくないと思ってる」

果南「……」


ポカッ


千歌「いたっ! もう、なにするのさ!?」

果南「曜がそんなふうに思ってるわけないでしょ?」

千歌「それは……」


果南「会ってきなよ」


千歌「え?」

果南「これ、あげる」

千歌「……東京オリンピック? って、もしかしてこれ……」

果南「見た通り、チケット」

千歌「も、もらえないよ! これ、高いんでしょ? 手に入れるの、すっごく大変だっただろうし……」

果南「どうせ千歌は買わないと思ってたから。私はいいの、仕事入っちゃったし」

千歌「でっ、でも……」

果南「じゃあこれ、捨てちゃおっか。どうせ私は行けないしさ」

千歌「うぅ……果南ちゃん、ずるいよ……」

果南「千歌の方が、よっぽどずるい」

千歌「……」

果南「ほら、行ってきなよ……曜のところに」


千歌「……うん」

果南「よし。……じゃあ、私は帰るから」

千歌「あ……まって!」

果南「ん?」


千歌「……果南ちゃん、ありがとう」

果南「――フフッ、どういたしまして」

~~~
翌日


千歌(はぁ……人多すぎだよ)

千歌(飛び込み台も大分席から遠いし、こんなんじゃ小さすぎて見えないって……)


『――渡辺、曜』


千歌(あっ……曜ちゃんの番だ)

千歌「――っ」

千歌(大人びてて、分からなかったらって思ってたけど……そんなことなかった)

千歌(曜ちゃんは……いつまでも曜ちゃんのままだ)


千歌(あれ……曜ちゃん、緊張してる?)


千歌(うん……間違いない。ずっと見てきたんだもん)

千歌(でも、あんなに緊張してる曜ちゃん……初めて見た)

千歌(練習、きついのかな)

千歌(オリンピックだから、それだけプレッシャーがあるのかな)

千歌(曜ちゃん……私が力になってあげたい……けど、私には何もできないんだ)

~~~
数十分前


コーチ「いつも通りやれば大丈夫」

曜「はい」

コーチ「どうにも渡辺は本番に弱いみたいだから……でも、緊張したら、今まで練習した日々を思い出せ」

曜「はい」

コーチ「絶対できる……アレだけ練習したんだ」

曜「はい……頑張ります」


曜(……無理だよ)

曜(高校までは、オリンピック選手に匹敵するんじゃないかって騒がれてたけどさ)

曜(いざ選手として選ばれてみれば、成績は寧ろ悪くなっちゃったし)

曜(結局私は、井の中の蛙でしかなかった)

曜(いや……それとも)

曜(いつも私に勇気をくれていた人が、いなくなっちゃったからなのかな)

~~~


『――渡辺、曜』


曜(……やっぱり駄目だ)

曜(怖い……どうしようもなく、怖いよ)

曜(ああ……こんな時に思い浮かぶのは、やっぱり彼女の顔なんだ)

曜(太陽のように眩しくて、明るい笑顔で、私を応援してくれる)

曜(あの幼馴染の笑顔が……千歌ちゃんが)

曜「……グスッ」

曜(全身が震えてる……背筋が凍り付く)

曜(仕方ないよね……結果は結果だもん)

曜(これでコーチは思い知る、私はこの程度の実力なんだって)

曜(降板になったら、大学を辞めて……内浦に帰ろう)

曜(――そう思ったら、少し軽くなった気がする)

曜(今なら……きっと飛べる)

「――曜ちゃん!」



曜「――っ」

曜(この声……この温かい声は……)


曜「千歌……ちゃん?」

曜「どこ……?」


曜(――ああ、いた)

曜(すごく遠い……それでも、あんなに特徴的な蜜柑色の髪は、彼女以外にいない)

曜(来て……くれたんだ)


曜「……ふぅ」


曜(震えは止まった……背中が熱い)

曜(大丈夫、いつも通りやれる……必ず)

曜(だって……千歌ちゃんが見てるから!)

~~~


『えー、では、見事金メダルを獲得した渡辺曜さんにインタビューです』


曜「……正直、優勝できるなんて思っていませんでした」

曜「この結果を出すことができたのは、これまで指導してくださったコーチや、支えてくださった皆さんのおかげです」

『渡辺選手は、大学入学後の成績が芳しくなかったとのことでしたが……何か、心境の変化はあったのでしょうか』

曜「……いえ。今日まで、何一つ変わった事はありませんでした」

曜「勿論、練習メニューが多少変わったことはありましたけど……それで私の中で何かが変わったとは……とても言えないです」

『今日、ここに来るまでに何かが?』

曜「来てから、ですね。あそこに立つ瞬間まで、私は緊張しっぱなしでした」

曜「でも……聞こえたんです」

『聞こえた?』

曜「はい。彼女の声援のおかげで、私は実力を発揮することができました」

曜「私が優勝できたのは、彼女のおかげです」

『彼女……?』

曜「私の、幼馴染です」

曜「大切な……かけがえのない友人です」

~~~



千歌「ようやく帰ってきた……」

千歌(曜ちゃん……優勝なんて、本当にすごいなぁ)

千歌(最後に、曜ちゃんの姿が見れて……よかった)


千歌「……さて。私も、明日から頑張るぞ~!」


ミト「――千歌っ!」


千歌「わぁっ! もう、ミト姉……驚かさないでよ」

ミト「千歌……あれ、曜ちゃんでしょ?」

千歌「え?」

曜『――はい。彼女の声援のおかげで、私は実力を発揮することができました』

曜『私が優勝できたのは、彼女のおかげです』

『彼女……?』

曜『私の、幼馴染です』

曜『大切な……かけがえのない友人です』

曜『離ればなれになってしまったけれど、忘れることなんて……できるわけがない』

曜『そんな彼女が、この会場に来てくれた』

曜『私を応援してくれた』

曜『それだけで、私は頑張れるんです』


曜『私は――その幼馴染のことが、大好きです』

『その幼馴染の方に、何かメッセージを』

曜『……はい』


曜『応援してくれてありがとう……本当にうれしかった!』

曜『……大好きだよ。今も、ずっと』

千歌「曜……ちゃん」

千歌「私、バカだ……バカ千歌だ」

千歌「――っ」

ミト「あっ、千歌! どこいくの――」




千歌「ハァ……ハァ……」

千歌「曜ちゃん……曜ちゃん!」

曜「――千歌ちゃん」


千歌「曜……ちゃん……なの?」

曜「もう、当たり前じゃん! それ以外の誰に見えるの?」

千歌「曜ちゃん……どうしてここに?」

曜「大会が終わった後、すぐに内浦に帰る電車に乗ったんだ。インタビューとか、そういうの全部振り切ってきた」


千歌「どう……して」


曜「だって……千歌ちゃんに、会いたかったから」


千歌「そんな……バカだよ、そんなの」

曜「アハハ……確かに、自分でもバカやったなあって反省してる」

曜「でも、それだけ……千歌ちゃんに会いたかったんだよ」


千歌「なんで……わかんないよ。だってチカは普通で、役立たずで……曜ちゃんに、何もしてあげることなんてできない」


曜「違うよ……千歌ちゃんの言ってること、全然違うよ!」ガシッ

千歌「――曜ちゃん!?」

曜「私……千歌ちゃんのおかげで頑張れてたんだよ」

曜「千歌ちゃんが笑顔で応援してくれるから、私は千歌ちゃんのために頑張ろうって……」

曜「それなのに……千歌ちゃんがいなくなったら、私……頑張れないよ」

千歌「曜ちゃん……」

曜「ずっと傍にいてください」

曜「そうすれば私は、何だって頑張れるから」



千歌「……いいの?」

千歌「私……なんにもできないよ?」


曜「いいよ」


千歌「私……家事だってそんなにうまくないし……お料理も、最近始めたばっかで……ご飯とか、おいしくないかも……」


曜「千歌ちゃんの作ったご飯なら、なんだって嬉しい」


千歌「曜ちゃんに……ワガママばっかり言うかも」


曜「ううん……言って欲しいんだよ。千歌ちゃんのお願いなら、どんなことだって叶えてあげる」

千歌「……う……うぅ……」

千歌「グスッ……うぇぇ……」

千歌「今まで……本当にごめんね……」


曜「うん……許してあげる。だから――」




曜「一生、私の隣にいてください」





千歌「……はい」

END

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