曜「ラストミッション・ハレルヤチャンス」 (96)

今日私の親友、高海千歌は結婚します



…………私の全然知らない人と


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曜「どーしてなんだよぉぉぉぉ!!!」


曜「確かに?ちょっっっっと告白するのが遅つた気はするけど?」


曜「なんならまだしてないけど?」


曜「でも、でもずっと一緒だったのに…そんな…!」


曜「そんなの…あんまりだよ…」


曜「何か私悪かったかなぁ!?」


曜「いつも千歌ちゃんのこと考えて、いつも千歌ちゃんのこと想って」


曜「なのに…なのにどうして…?」


曜「どうしてなの!?!?」












曜「やり直したい……」

曜「高校の頃に戻りたい…」


曜「高校の頃に戻って、また一緒に青春して…」


曜「その最中に千歌ちゃんに告白して…薔薇色の高校生活を…!」


曜「お昼は偶には二人っきり、帰りには駅までお出かけデート!週末にはお泊りして……」



曜「…なんてね……遅いか…」


曜「いつだって後手後手」


曜「時々要領いい、なんて言われるけど…出会ったことをそれなりにこなしてるだけ」



曜「こんなはずじゃ…無かったんだけどなぁ…」


曜「あぁ…戻りたい…!戻って、やり直したい…!」









???「その願い叶えてあげまショーか?」


曜「誰…!?」


鞠莉?「こんにちは!妖精です☆」


曜「鞠莉ちゃん…?」


鞠莉?「No,No…私はその『鞠莉』って人ではなく……妖精デース!」


曜「……その歳でそれはキツイよ鞠莉ちゃん」


鞠莉?「シャラップ!曜!」

曜「じゃあもういいよ…その妖精さんが何の用?」


鞠莉?「よくぞ聞いてくれました…」


鞠莉?「私、所謂…『力無き人に力を授ける』タイプの妖精なのよ」


曜「力無きって…」


鞠莉?「だって…そうでしょう?」





鞠莉?「出会ってから二十何年、時間はたっぷりあったのに棒に振って」


鞠莉?「なんなら、卒業後にも幾らでもチャンスがあったのに…全て投げ捨てて」


曜「……」


鞠莉?「これを無力、と言わずして…何になるの?」


鞠莉?「でもダイジョーブ!そんな貴方にハッピーサプライズ!この私が魔法の呪文を教えてあげる!」


曜「…呪文?」


鞠莉?「……ええ!」







鞠莉?「もちろん……とびっきりの呪文よ…?」

鞠莉?「まず、右手の親指と人差し指で輪っかを作って頂戴…他の指は目一杯伸ばして」


曜「これ…よく鞠莉ちゃんがやってたやつじゃ……」


鞠莉?「そしたら、私の合図の後にこう言うのよ」




鞠莉?「『シャイニー・チャンス』って」


曜「……」


曜「やっぱ鞠莉ちゃんでしょ!適当なこと言って私をからかって!」


鞠莉?「嘘じゃないわよ!本当だってば!」



曜「一回やって騙してたらホントにどつくからね」


鞠莉?「騙された時点で目的は達成出来てるんだけどね」


曜「……」


鞠莉?「……なんてね!じょうだ」


曜「……帰る」


鞠莉「嘘!嘘だってば!ストップ!!」


鞠莉?「はぁっ…はぁっ……じゃあ…行くわよ…」


曜「ホントにこれで何か変わるの?」



鞠莉?「…変わるかどうかは貴方次第、だけどね」


曜「…え?」



鞠莉?「さぁ、行くわよ!」


曜「え、ちょ…どう言う意味…」


鞠莉?「あまねく星の息吹よ…」


鞠莉?「汝の過去と未来に祝福あらんことを…!」


鞠莉?「ハレルヤ<hallelujah>・チャンス<chance>」


鞠莉?「さあ!曜あの言葉を!そして求めよ!さすれば扉開かれん!」


曜「え!?あ…どういうこと!?」


鞠莉?「いいから!早く!」




曜「え…あ…え!?……ええと…」








曜「し、シャイニー…チャンス…?」



その言葉を放った瞬間、私の眼前は白で染まった



視界を埋め尽くす光の奔流


自分の姿が見えないほどの輝きで埋め尽くされる

まさに、神の祝福の如き閃光だった







曜「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「……ちゃん!……ちゃん!」



「よーちゃん!よーちゃん!」



曜「(頭が……痛い…)」





なんで、私は倒れてるんだろう…


私を必死に呼んでいるこの声の主は…誰?




いや、この甘く惚けるような声の主を私は知っている…


小さな頃、幼稚園の頃がずっと聞いてきたこの声


その声が今、私の頭上から響いている


曜「(それはつまり…)」





曜「千歌ちゃん!?」ガバッ


千歌「わ!びっくりした!」


千歌「もう…ちっとも起きないから心配したよー…」


曜「……ごめんね…?」


千歌「もう…曜ちゃんの出番は少し先だけど…まだ運動会は始まったばっかりなんだからね?」


曜「運…動会……?」


千歌「そうだよ!千歌もうワクワクが止まらないよ!」


曜「(起き抜けで回らない頭で何とか千歌ちゃんと会話し、情報を整理する)」


曜「(ここは浦の星、慣れ親しんだ愛する我らの母校の運動場だ)」


曜「(運動場に白線でトラックが作られている…きっと千歌ちゃんの言っていた運動会、というのは間違い無いのだろう)」






曜「(そして、目の前にいるのは…体操服姿の千歌ちゃん)」

曜「(体格も、身長もまさしく…高校の頃そのまんまだ)」


千歌「あ!私パン食い競争出なきゃいけないんだった!ゴメンまた後で!」


曜「あ、うん…頑張ってね…」





曜「どういう事なんだろ…?さっきまで確かに教会にいたはず…」

曜「…体操服の千歌ちゃん…久し振りに見たな」


曜「あの頃はなんとも思ってなかったけど…今見ると…その…アレがアレで……」








鞠莉?「あら?お楽しみだったかしら?」


曜「……鞠莉ちゃん…じゃなさそうだね」


鞠莉?「あら!どうして分かったの?」


曜「いや…それよく見たら学校指定のじゃないしブルマだし…なんで着てるの…」


鞠莉?「いーじゃない!風情があって」


曜「風情って……そんなことよりどうなってるの、コレ」


鞠莉?「どうなってるって…貴方が願ったのよ?」


鞠莉?「やり直したい、って」


曜「……」


鞠莉?「過去の自分の行いを正して、意中の人に振り向いてもらいたい……そういう意味じゃなかった?」


曜「それは………」


鞠莉?「なら、この時に…なんらかの大きな未練が残ってるってことね」



曜「未練?」



鞠莉?「ええ、ただでさえ未練タラタラの貴方の中でもさらに大きな大きな未練がね」


曜「……」イラッ

鞠莉?「今を変えれば未来が変わる、単純な因果関係よね」


鞠莉?「でも貴方はそれが出来なかった、いつまでもグズグズして変えることが出来なかった」


鞠莉?「そんな貴方に与えられたチャンスは『過去を今にして未来の今を変える』こと」


曜「……過去を、今に…?」


鞠莉?「カッコつけたけど…私に出来ることは要するに時間遡行…少しの間、過去に戻れる」


曜「時間…遡行」


鞠莉?「貴方はここで、やり残したことをやり遂げる事が出来る」


鞠莉?「そうすれば…未来は変えられる」


曜「やり遂げるって…なにを?」


鞠莉?「それは自分で見つけて下サーイ!私には分かりません!」


曜「……」


鞠莉?「ま、というわけだからあの子関係でやり残した事がないか、よく考えることね」


曜「千歌ちゃん関係で…やり残したこと…」


鞠莉?「じゃ、私はコレで!見つかったらマズいし」


曜「え、他の人に姿が見えないとかじゃないの?」


鞠莉?「そんな都合のいいことできまセーン!」


鞠莉?「自分、不器用なもんで……なんてね!」


曜「それ、好きだね…」






鞠莉?「じゃあね~チャオ☆」

鞠莉ちゃんもどきが去ると、少し離れた所の喧騒が耳に強く入って来た


曜「(やり残した事…やり残した事って言われても…)」



まあ、考えててもしょうがない、そのうち思い出すだろう…

そんな軽い気持ちで立ち上がり、トラックの方へと足を運んだ





ここは間違いなく、あの頃私が輝いてた、学生時代


心も体も、なんとなく…澄みきっている気がする


とりあえず私は、軽い体と千歌ちゃんの体操服姿を楽しむ事にした

曜「(どうしよう……)」



千歌「曜ちゃーん!」


曜「(どうしよう……)」





千歌「曜ちゃん!!!」


曜「わ!びっくりした!」


千歌「さっきから何回も呼んでるよ…」


曜「あはは…ごめんごめん」


千歌「もう……」


曜「(特に未練が見つからない)」

曜「(大きくやり残した事なんてない、そもそも…運動会にたいした思い出なんてない)」


千歌「大丈夫?なんだか今日ぼーっとしてるよ?」


曜「大丈夫、大丈夫」


千歌「ホントかな…最近日射病とか…怖いんだよ?」


曜「ありがと千歌ちゃん…平気だよ」


千歌「……そっか」


千歌「あ、今の得点が出たよ曜ちゃん」


曜「15対14…うちの赤組がちょっと負けてるね」



千歌「でも、ラストのリレーは2点入るから勝てば逆転できる…」


千歌「つまり…赤組の勝利は曜ちゃんにかかってるってことだよ!」


曜「やめてよ千歌ちゃーん…プレッシャー」


千歌「あっ…ごめんごめん」

曜「(見聞きしたり、思い出した結果分かったことがある)」


曜「(それは……私はこの運動会最後の競技、のそのまた最後の…アンカーだという事)」


曜「(そして、もう一つ)」



千歌「いやー…でも私も出たかったな、リレー!」

曜「そうなの?」


千歌「走るのも好きだけど、なんだかワクワクするじゃん!アレ!」


曜「…アレ?」


千歌「借り物だよ!曜ちゃん!」




曜「(ただの競争ではなく、借り物競争、であること)」



曜「(ここで見つからないと…もう見つからないかな)」

「位置について、ヨーイ!」





パァン!!!





銃声とともにスタートを切る


これが高校生の体だ、特別に軽く感じる


そんな感慨に耽りながら、同級生をグングン引き離していく








曜「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」






半ば雄叫びのような声を上げて、トラックを駆け抜ける


もしかしたら、ここで人生が変わるのかもしれないのだから


曜「(とにかく、ここで悔いを残してはいけない…!)」

きっと、鬼気迫る表情をしていたのだろう


少し引き気味の先生の持つくじ箱から一枚、紙切れを引く


すぐさま、震える手にて紙を広げる



そこに書かれていた文字は…







『一番の友達』








この紙を見た刹那、思い出した


私が、『あの時の私が』どうしたか、を


あの時の私は、勝ちに拘って…近くにいた友人を引っ張っていき、勝利した

それに間違いとか、正解とか存在しないと思う


ただ、その時の私の選択だったのだ







千歌ちゃんを引っ張ってくる…?でもきっと千歌ちゃんはあの木陰にまだいる


そうなると、校庭をまるまる横断しなくてはならない



そんなことをしていては…到底他の走者のゴールに間に合わない





数秒の思巡の後、私は決断をして…走り出した

曜「千歌ちゃん!!!!」



千歌「え!?どうしたの曜ちゃん…!?レースは!?」




汗ばんだ手に握りしめていた紙を乱雑に取り出し、見せつけるように開く


千歌ちゃんの目を見て…大きく息を吸い、言葉を放つ





曜「私と!!走って!!!!」












千歌「……うん!」


曜「(高校生の私の足についていくのは少し苦しそうだったけど)」


曜「(私の見間違いじゃなければ千歌ちゃんはほんの少し、楽しそうだった)」


千歌「赤組、負けちゃったね」


曜「……うん」


千歌「近くにいた友達連れてこれば良かったのに」


曜「……一番のって書いてあったから」



千歌「…そっか」


曜「(結果として、赤組は負けた)」


曜「(これが正解かなんて、分からない)」


曜「(ただ今の私の選択、なのだから)」














鞠莉?「ハーイ!感傷に浸ってるところゴメンね~!」


曜「げ…」


鞠莉?「げ、とは何よ…」


曜「いや…何でも…」



鞠莉?「さて、そろそろ戻るわよ」


鞠莉?「どうやら…解決したみたいだしね?」


曜「……最初から何をどうすればいいか分かってたの?」


鞠莉?「いや、それは私にも分からないわ」


鞠莉?「だって、何を後悔するかなんて…人一人の匙加減で決まる…」


鞠莉?「流石に、妖精パワーもそこまで万能じゃないデース!」


曜「…そっか」

鞠莉?「それじゃ、さっさと戻るわよ!」


曜「それと後一つ…」


鞠莉?「ホワット?」


曜「…いつまでブルマ着てるの?」


鞠莉?「戻れば服は元通りよ!あっ、シャイニー☆!!!!」


曜「へ?うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」





またもや光の海に放り出される


2度目でも…目が慣れるはずもなく


私は意識をなだらかに落としてしまうのだった


曜「ハッ……!」


鞠莉?「あ、ようやく起きたわね」


曜「ここは…?」


鞠莉?「もとの教会、日時は結婚式当日」


曜「完全に元の日付って事…?」


鞠莉?「そ、ちなみに…おそらくちかっちの結婚相手も変わってないわ」


曜「……」



鞠莉?「あなたの進む道はその時々のあなたの選択の積み重ね」


鞠莉?「覚悟と責を以って、突き進むべき道」


鞠莉?「それ故に、変えることは相当難しい」


鞠莉?「だってそうよね?二十数年の積み重ねで起こる事を数回の出来事で覆そうなんて…おこがましいじゃない?」


曜「……」






鞠莉?「だからこそ、貴方は急所を突かないといけない」

曜「急所…?」


鞠莉?「そう…今を変える、過去の急所にメスを入れる」


鞠莉?「その機会に貴方はめぐり逢えたのだから…」

曜「……」


鞠莉?「あと言い忘れてたけど、時間遡行には回数制限があるから」


曜「え……?」


鞠莉?「回数にして、4回…今一回使ったからもう後3回ね」


曜「そんな……」


鞠莉?「ゴメンねー…こればっかしは私の実力だから…申し訳ない」


曜「4回飛んだらどうなるの…?」


鞠莉?「私が死ぬ」


曜「え……」

鞠莉?「なんてね!冗談冗談!」


曜「…タチが悪い」


鞠莉?「あはは…まあ、限りがあるのはホントよ?」


鞠莉?「だから貴方は最小の行動回数で、最大の功績をあげなければならない」


鞠莉?「…分かった?」


曜「……うん」

鞠莉?「よろしい!なら次に行きましょう!」


曜「え、ちょっと待っ…」




鞠莉?「過去を変え、未来を創る…人の行く末を我に示せ!」


鞠莉?「ハレルヤ<hallelujah>チャンス<chance>」


曜「あぁもう!前もこんな感じだった気がする!」












曜「シャイニー・チャンス!」


曜「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




曜「うーん……」


鞠莉?「ハーイ!起きたわね☆」


曜「……ここは?」


鞠莉?「場所は浦の星、時は…学園祭当日ね」


曜「学園祭か……」


鞠莉?「学園祭はどうしてた?」


曜「私は水泳部の方にずっと出ずっぱりだった…千歌ちゃんはクラスの舞台に出てたみたいだけど…」


鞠莉?「じゃあ、間違いなくそれね…」


曜「……」


鞠莉?「どう過ごすかは貴方の自由だけど…悔いなく過ごしなさい」


曜「うん…分かった」


鞠莉?「OK!いい子ね!…いい子にはお姉さんからアドバイス!」


曜「……?」







鞠莉?「困ったら…その時の考えに従うのもいいかも…なんてね?」

曜「でもどうしようかな……」


曜「(水泳部の仕事の割り当ても、舞台の配役も当然当日には決まってる)」


曜「(今からできることなんて……)」








曜「(いや違う、やるんだ…何としてでもやるしかない…)」


曜「折角、あの胡散臭い鞠莉ちゃんもどきに機会貰ったんだし…やれる事は何でもしないと……」



曜「取り敢えず…うちのクラスの出番を調べて…そこを誰かに代わってもらって……」


それから私は…あの頃からは考えられないほどの行動力を発揮して物事を推し進めていた


曜「なんとか頭下げてこじ開けられたのは30分…」


曜「始まる前の千歌ちゃんに会いに行くくらいは行ける…」


曜「そうすれば…何かが変わるかもしれない…」


曜「高校の時の仕事こんなにキツかったっけ…?ヤバイ…腰が…」


曜「仕事終わったし…体育館行かなきゃ…」







モブ「あ!曜!」


曜「……?どうしたの?」

運命の歯車、なんて言葉がある


思うに、いつだって起きる出来事は歯車になりうるのだ



何気なく押された歯車はころりころりと転がって、思わぬところにはまり



モブ「1人欠員が出て…お願い!劇に出て!」



運命の螺旋を回す要へと…姿を変えていく


曜「はあ!?ロミオ役!?主役じゃん!」


モブ「お願いっ…!今ここにいる人全員役と仕事があって手が離せないの…」


曜「いや…でもぶっつけ本番って…」










千歌「曜ちゃん…!」

千歌「曜ちゃん、私からもお願い…!」


千歌「忙しいかも知れないけど…曜ちゃんしか頼れないの…」



パールカラーのスッキリとしたドレス

頭に白の花を一つ刺しただけの、シンプルな様相


素朴ながら、華のある出で立ちだった


千歌「曜ちゃんがロミオなら、きっと私も上手く出来るから、ね…?」



千歌ちゃんは、ジュリエット役だった

幕間で全ての半分のセリフを詰め、舞台脇のカンペに半分を頼る



一幕を終えて、汗を拭う


千歌ちゃんの相手役との事で半分邪な考えで受け入れたけど


自分の事に精一杯で、何も入って来ない


ただ、台詞を瞬間で覚えて吐き出す


いつ、この舞台を止めてしまうか…緊張で胃がねじ切れそうだった

でも、これは私の責任


私の聞く限り以前文化祭で、私たちのクラスにトラブルは無かったはずだ


私がここに来た事でトラブルが起き、私には役割が与えられた


なら、それを果たすのみ



モブ「次、始まるよ」

曜「うん…分かった」


耳元での囁きに反応するように私は立ち上がり舞台袖へと向かって行った


かの有名なシーンは、思ったより早くやって来る



千歌「あぁ…ロミオ、貴方はどうしてロミオなの?」


千歌「その名を捨てることが出来ぬなら
せめて私を愛すると誓って下さい…」


千歌「そうすれば、私はキャピュレットの
名を捨ててしまいましょう……」



そして、最悪のタイミングでそれは訪れる




曜「(まずい…)」









曜「(セリフ飛んだ…)」


曜「(カンペも次のを用意してて回って来てない…)」


千歌「(曜ちゃん…?)」



曜「(どうする!?…どうする!?)」





曜「う……あ……」
















鞠莉?(あなたの進む道はその時々のあなたの選択の積み重ね)


鞠莉?(覚悟と責を以って、突き進むべき道)


鞠莉?(困ったら…その時の考えに従うのもいいかも…なんてね?)

曜「……嗚呼其処にいるのはジュリエット」


千歌「(…?)」


曜「闇夜に溶かしたあなたの言葉、失礼ながら聞いてしまいました」


曜「その上で私は言いたい…ジュリエット!」












千歌「(………そんなセリフあった…?)」


曜「あぁ、貴方は可憐な花の如く美しい、側に置きたい、手元に留めて置きたい」



曜「ひとつ私が、豪胆な願いを口にする事を許してほしい」








曜「その名を捨て、過去のしがらみを捨て、未来への渇望をもって我が胸に飛び込んで来てくれないか!ジュリエット!」




千歌「……!」



曜「さあ!早く!!!」






真剣な眼差しで千歌ちゃんを見つめる



台詞は全部デタラメだ、台本の言葉なんて一つもない


ただ、今の私の頭の中で紡いだ言葉


ただ目と言葉で必死に、叫びを伝える


千歌「…………分かった」



千歌「分かりました、あなたがそう望むのなら私は喜んでそれを捨てましょう…そしてあなたの元へと飛び込んで見せましょう!」


千歌「なぜなら…!」





千歌「……とうっ!」

曜「……!」





小さく掛け声を出すと、千歌ちゃんは窓枠へ足をかけ、舞台装置の二階から飛び降りる


スカートを翻し、背中から落ちる形になって落下していく




……真下にいる、私に向かって

曜「うぐっ……!」ガシッ

足を気合いで踏ん張り、千歌ちゃんを受け止める







千歌「……あなたが、抱きとめてくれるから…そうですよね?ロミオ」



曜「……ええ、勿論ですともジュリエット」






一拍の後、観客から歓声が沸き起こる


まだ劇の序盤もいいとこだ


台本にない、台詞も挙動もめちゃくちゃな演技だったけど


心、のようなものが伝わったんだと思う


千歌「お疲れ、曜ちゃん」


曜「……お疲れ千歌ちゃん」


千歌「すごいよ!曜ちゃん一発なのに…あんなに上手に出来るなんて!」


曜「あはは…ありがとう…」


千歌「やっぱり曜ちゃんはすごいや…」






曜「……なんで、飛び込んで来てくれたの?」


千歌「え…?」


曜「ほら、途中の…私台本と全然違う事言い出して……」


千歌「あぁ……そりゃ突然でビックリしたけど…」


曜「けど…?」


千歌「なんとかなるかな?って思ったんだ」


曜「…………」

千歌「だってね、2人は惹かれあって恋してる」


千歌「きっとその事を考えれば…そうするだろうなって、思ったんだ」


千歌「それに曜ちゃん、真剣だったから」


曜「…………」


千歌「きっと、曜ちゃんなら受け止めてくれる、抱きしめてくれるって思ったんだ」


曜「…そっか」


千歌「ねぇ、曜ちゃん」


曜「なに…?千歌ちゃん」


千歌「…かっこよかった」


曜「……」


千歌「……こほん」


曜「…?」







千歌「我が愛する曜よ!その渡辺の名を捨て、我が胸に飛び込んで来るが良い!」


千歌「…なんちゃって」


曜「あはは…渡辺じゃ締まらないね…」


千歌「……曜ちゃんは…飛び込んで来てくれる?」


曜「……もちろんだよ」


千歌「…本当?」



ギュッ




曜「…………ホントだよ」



千歌「……うん、ホントだ」




息継ぎとばかりに胸いっぱいにを空気を吸い込むと、彼女の桃のような香りが鼻腔をくすぐる


晩秋の冷え切った空気が感じられなくなるような、暖かな温もりがそこにはあった



鞠莉?「お楽しみだったみたいね?」


曜「……うるさい」


鞠莉?「まあまあ、いいじゃないきっと大きく前進よ?」



曜「……うん」



鞠莉?「じゃ、そのままネクスト!行きましょう」


曜「え…もう!?」


鞠莉?「イエス!イケイケドンドンよ!」


曜「あ……うん…」

鞠莉?「ほいっ…到着!」


曜「……ここは…?」


鞠莉?「季節は桜の咲き誇る頃、筒を持った生徒たちが闊歩する沿道……確認しなくても分かるわ…」


曜「……卒業式…?」



鞠莉?「……ええ、卒業式その日ね」

鞠莉?「ま、卒業式にやり残した事なんて…分かり易くて良いじゃない」


曜「まさか……」



鞠莉?「まさかって…あなた告白もしないであの子と付き合うつもり?」



曜「それは…そうだけど…」


鞠莉?「なら…覚悟決めなさいよ」


曜「でも…」

鞠莉?「でも…何?」


曜「無理矢理告白するのは何か…違うっていうか…」


曜「しなきゃいけないからするっていうのは…ちょっと」



鞠莉?「……はぁ…あなたね…!」


曜「……何」

鞠莉?「じゃあ、何をキッカケに告白する?タイミング?ムード?」


曜「それは……」


鞠莉?「そんな小さな物に拘ってるから、あなたは幸せを逃すのよ」


曜「……ッ!」


鞠莉?「何かが欲しい時、大切なのはその物に貪欲になること、そして手に入れる為に行動すること…それだけよ」


鞠莉?「それをしない人は…ハナから諦めてるのと同義よ」


鞠莉?「人は欲深い生き物、何でも奪い…欲しがろうとする」


鞠莉?「だけど同時に、理性ある生き物でもある…」


鞠莉?「傷つけたくない、嫌われたくない…生態系の頂点の割には大分臆病な生物ね」


鞠莉?「そして、臆病なことを、自己犠牲を行動しない言い訳に使う」

鞠莉?「きっかけや、根幹の部分なんてどうでもいい」



鞠莉?「行動しなさい、曜」



曜「……」

曜「(私も……覚悟を決めた)」


曜「(終ぞすることの無かった告白を…ここでする)」


曜「(あのエセ妖精に発破をかけられたのは癪だけど…言っていることは正しい)」


曜「(…アイツは何者なんだ…?何故鞠莉ちゃんの格好をしている…?)」


曜「(そして何より…)」





曜「(何故私の手助けをする…?)」

曜「根幹の部分はどうでもいい、か」


曜「(何はともあれ…発破をかけられて進んだとしても、ここからする事は私の行動、私の進む道)」


曜「(私の意思でもって、推し進めるしかないんだ)」



千歌「……曜ちゃん…?」


曜「千歌ちゃん…」


千歌「…どうしたの呼び出して…みんな帰っちゃったよ」



千歌「あ、まさか告白とか…?あはは…」



曜「……うん」



千歌「え……」






曜「千歌ちゃんに伝えたい事があるんだ」

曜「ずっと前から、千歌ちゃんが好きだった」


曜「それはもう、覚えない頃からずーっと」


曜「それはきっと親友だから、仲のいい友達だから…」


曜「そう思ってた……」


千歌「……」


曜「気付いたのは、結構最近だった」


曜「一緒に居たい、側にいたい……これが、恋なんだって」


曜「他の子が仲良くしてると…ちょっぴりチクっとしたり…そう言うのも含めて恋なんだって」


曜「もちろん、迷いもあった…女の子同士なんて…どう思うか分からない」


曜「でも、大切なのは今どうしたいか…今を進む未来への意思だって、そう気付いたんだ」











曜「私は、今千歌ちゃんに恋してる…誠心誠意を込めて恋い焦がれてます」



曜「だからーーーー……」

曜「………」


鞠莉?「お疲れ様、曜」


曜「…………」


鞠莉?「……その分だと、告白できたみたいね?」


曜「…………」



曜「ぐすっ………」





コイツに泣き顔なんて見せたくない


でも、抑え切れなかった


かつて、弱い部分を見せた先輩と同じ姿に


耐え切れず、ぽろりぽろりと涙を落としてしまった

曜「うぁぁぁ…ぁぁ…ぁぁぁ!!」


鞠莉?「……立派よ、曜」ギュッ 


鞠莉?「教会で、グダを巻いてるあなたより、何万倍も立派で…輝いてる」


曜「ぐすっ……うぅ……」


鞠莉?「本音をぶつけ合えなかった貴方達より、ずっとずーっと………」





鞠莉?「それでいい…それでいいのよ……」

鞠莉?「よーし!教会にただいま!…なんてね!」


曜「……」


鞠莉?「これで残すは後一回…泣いても笑っても一度きりよ?」


曜「……うん」


鞠莉?「まぁ、その前に現状確認ね……どうなってることやら…」


曜「……」









果南「曜!」


曜「果南ちゃん…?」


果南「あ、鞠莉も…!」


鞠莉?「……」


曜「どうしたの?」







果南「どうしたもこうしたもないよ!千歌が………!!」


果南ちゃんの車に乗せて貰い、目的地を目指す


あの妖精もどきもしれっと乗っていたけど、今はそんなことどうでもいい


私は、とんでもない事をしたのかもしれないのだから

リノリウムの床は冷ややかな空気を否応なしに浴びせてくる


私が最初に目にしたのはベッドに横たわる千歌ちゃん


目は固く閉じたまま、病院服の所々に血飛沫が飛び散っている


多くの管が体に張り巡らされ、周りには絶えず機械音が響き渡る







そして何より…一目でわかる事が一つ


左半身の膝から下が、無くなっていた

曜「う……ぁ……」


果南「乗ってたタクシーにバスが横から突っ込んだって…」


鞠莉?「……」


果南「こんなの……こんなのってないよ…!」


果南「あんまりだよ!!!これからだっていうのに…!こんな…こんな事!!」











曜「…………戻して」


曜「最後の一回…それで戻してよ…」


鞠莉?「……」


曜「自分勝手だって分かってる…!でも!お願い…!ねえ…!」











鞠莉?「…出来るわ」


曜「じゃあ…それで…」


鞠莉?「いいの…?」


曜「え…?」


鞠莉?「…もしかしたら、この子はこれから回復するかもしれない」


鞠莉?「そうすれば…一度は温存できる、もっと確実に結ばれることが出来るかもしれない」


果南「ね、ねぇ…2人とも何の話を…」










曜「そんなことはどうだっていい!!!」

曜「私のせいで…千歌ちゃんは…事故に合った!傷ついた!」


曜「私が!私の負けを認めずに!ガタガタ掻き回したから…こうなった…」


曜「だから…!だから…!」


鞠莉?「……」



曜「今、私は千歌ちゃんに生きていて欲しい…」


曜「自分が言えた義理じゃないかもだけど…人の力かもしれないけど…それでも、最善を尽くしたい」


曜「だから…お願い…!」


鞠莉?「……何処に?」


曜「……2時間前」


鞠莉?「……」


曜「少し戻るだけなら…今とあまり変わらない世界のはず…」


曜「電話をかけて、千歌ちゃんを止める…そうすればきっと事故に遭わない…」









曜「それでもう、おしまい」


鞠莉?「……分かったわ」

果南「ねえ!何の話!事故に遭わないとかなんだとか…ふざけないでよ!」


鞠莉?「短い付き合いだったけど…中々楽しかったわ」


曜「…最後に聞いていい?」


鞠莉?「何…?」


曜「何で…私を助けてくれたの?」


鞠莉?「うーん……秘密」


曜「なにそれ…最後くらい教えてくれてもいいのに」


鞠莉?「ふふっ…また今度、ね」


曜「……」

鞠莉?「さ、正真正銘最後の時間遡行、いくわよ」


曜「…うん」



果南「ねえ!ちょっと!」








鞠莉?「……過去の果て、未来の行く末に人はどう辿り着く?」


鞠莉?「最果ての地に人は何を見据える…?」


鞠莉?「愚かな人間に、神の祝福あれ…」


鞠莉?「ハレルヤ<hallelujah>チャンス<chance>」










曜「シャイニー・チャンス!」


曜「うぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

曜「………んぅ…」







ここは…元いた教会のベンチ……


これで良かったのかもしれない


千歌ちゃんを傷つけたのは、本当に良くないけど…これで全部、元の木阿弥


ちっぽけな私らしい、なんともお粗末な結末だ


でも……







曜「(……最後に一つ仕事が残ってる)」

千歌「はぁ…………」







鞠莉「ハロー☆」


千歌「あ…鞠莉ちゃん」


鞠莉「どう…?結婚する花嫁ってやつの気持ちは?」


千歌「どうって……まあまあだよ」


鞠莉「ちょっと……考え事?」


千歌「…………」

鞠莉「……忘れられない事があるとか?」


千歌「え……?」


鞠莉「初めて意識した時…初めて抱きとめられた時…初めての告白された時」


鞠莉「記憶の中で初恋が生き続けてる…とか?」


千歌「あ、あの…?」


鞠莉「……OK!OK!だいたい考えてる事は分かるわ」


千歌「ええと……」









鞠莉「『なんでそんな事知ってるの』…そんな所でしょう?」


千歌「……」


鞠莉「……ひとつ、為になる話をしてあげましょう」


ある女の子が過去を悔やんだ



女の子は必死で過去に起きた事を変えようと必死に行動したが、奇跡の扉が開くことは無かった



女の子は気付いた


変えるべき事は過去の出来事じゃない、今の自分だという事


女の子は辿り着いた


今嘆いてる過去よりも、未来を創造する今、そして今を動かす自分の気持ちこそが、何よりも大事だと




そうね…言うならば、貴方の創ったこの言葉を使わせてもらおうかしら……





"君のこころは輝いてるかい?"ってね


鞠莉「もし、あなたが悔いてる事があったとして、その事が良いか悪いは…わからない」


鞠莉「ただ、貴方の行く末を決めるのは貴方の
意思…未来を決めるのは今の貴方の決断」


千歌「……」





prrrrrrr…………





鞠莉「ほら、着信よ」


彼女の足掻きは結局、無様な結果に終わった


しかし、無垢な少女に…その小さな気持ちを気付かせる事は出来た…


彼女の駄々は風を起こし、心に小さな波を立て、遂には少女の足を動かすに至った


まだまだ未熟なあの子だけどこれくらいは…報酬を受け取ってもいいんじゃないかしら



人間は過去に理由を求め、未来に結果を求める生き物


でも、偶には今を見つめて…前へと進むのも悪くはないんじゃないかしら














鞠莉?「…………なんてね?」

おわり

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