穂乃果「どうやってこの場を抜け出そうか…」 (18)

ある日の部室での事。

海未「ですから、あなた達は…」ガミガミ

穂乃果「はい…」

凛「はい…」

にこ「くっ…はい」

園田海未の説教中。なぜ、彼女達が説教をされているのかは割愛するがこの光景は音ノ木坂学院アイドル研究部ではごくごく当たり前の日常である。

海未「あなた達は普段から自堕落な生活を送っているから…」

穂乃果「うん…うん…」

凛「はい…」

にこ「…」

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この時の彼女達の心中には反省の色などはなく

穂乃果(って言うか説教長くない?)

凛(凛、なんだか眠くなってきちゃったにゃ)

にこ(どうして年下の海未に説教されなきゃならないのよ)

と言ったものばかりである。説教が始まってから既に20分の時間が過ぎているが、説教における20分と言う時間が長いのか短いのかは置いておくとして、穂乃果は一刻も早く家に帰りたい理由があった。

穂乃果(早く帰って漫画の続きか読みたい)

今日は穂乃果が毎月楽しみにしている少女漫画の発売日である。

穂乃果(あ~もう、今日すっごく楽しみにしてたのに。先月の話で主人公が告白したんだよ?今回その返事をするんだよ?もう、すっごい気になってるのに。そんな日に限って…そんな日に限ってなんで海未ちゃん…説教長いの)



しかし、海未の説教は終わる気配がない。

穂乃果(う~ん、やっぱり返事はオッケーするのかな?)

海未「穂乃果?聞いているのですか?」

穂乃果「え?あ、うん」

海未「本当に聞いています?一点を見つめてボーッとしていましたよね?」

穂乃果「そ、そんな事ないよ?」

海未「いいえ、あなたから先程から反省の色が伺えないのですが?」

にこ(バカ…。何やってるのよ)

凛(穂乃果ちゃんのせいで長引くにゃ~)

それどころか穂乃果の態度が説教を長引かせている始末。

海未「それにあなたは今日も宿題を忘れましたよね?」

穂乃果「え?う、うん。そだね」

海未「そうだねじゃありません」

穂乃果(うわぁ~…やっちゃったぁ。これもう終わる気配がしないよ。早く帰りたいのに。もう、限界だよ。どうにかしなきゃ)

この時、穂乃果は普段勉学で使用しない頭をフル回転させた。

穂乃果(どうやってこの場から抜け出そうか。どうにかして凛ちゃんとにこちゃんと協力して…)

真っ先に思い浮かんだのは一緒に説教を受けている凛とにこと協力する事であった、が…

穂乃果(いや、これは無しだね。凛ちゃんとにこちゃんと協力して上手くいった試しがないもんね。だって、凛ちゃんもにこちゃんもドジっ子だし)

穂乃果が自分の事を棚に上げて断念したのには同じシチュエーションで失敗したと言う過去があったからだ。

ちなみに、凛とにこも穂乃果と同様

凛(穂乃果ちゃんもにこちゃんも結構お馬鹿だからな~)

にこ(無しね。二人が足を引っ張るものね)

穂乃果(なんか、他にいい方法は…)

そもそも、海未には隙がない。とにかく、真面目で融通が効かず曲がった事が大嫌いなのである。しかし、そんな彼女にもいくつか弱点が存在する。一つは彼女が恥ずかしがり屋である事。例えば、穂乃果が…

海未「だいたい、あなた達はですね」

穂乃果「え~そんな事言うけどさぁ、海未ちゃんだって穂乃果の家に宿題やりに来たのに穂乃果が席を外した瞬間にアイドルごっこ始めるじゃん」

凛「え~そうなんだ。真面目に宿題やってないんだね」

にこ「海未が一人でアイドルごっことはね~」

凛「にこちゃんみたいで恥ずかしいにゃ~」

にこ「ちょっと」

海未「そ、それは…」カァァァ

と言った具合にどうにか海未をやり込めるかもしれない。しかし、穂乃果は親友を傷付ける様な作戦はなるべくしたくなかった。それに、一歩間違えればま火に油を注ぐ恐れもあったのでこの作戦は穂乃果の中で却下された。

穂乃果(何か…他に何かいい方法は…あっ!)

穂乃果は海未のもう一つの弱点の存在に気がついた。海未のもう一つの弱点。それはもう一人の幼馴染南ことりの存在である。

穂乃果(ことりちゃんがいるじゃん。どうにかして、ことりちゃんに助けて貰えば)

穂乃果は過去、何度もことりに助けられている。ことりは基本的に穂乃果に甘い。穂乃果、海未、ことりの関係を的確に表現するとまさに三竦みであった。

穂乃果(お~い。ことりちゃーん。助けてぇ)

ことり「あはは…」

穂乃果(あれ?ことりちゃん?)

ことりに助けて貰う為、アイコンタクトを取ろうとする穂乃果。が、海未も馬鹿ではない。同じ轍を踏まない様にあらかじめことりに言ってあったのだ。

穂乃果(あれ?ことりちゃん?今、目が合ったよね?いつもだったら助けてくれるよね?)

ことり「……」

頼みの綱であることりが助けてくれない。ここで、穂乃果は他の作戦を考える事にした。

穂乃果(ことりちゃんが助けてくれないなら他に何か考えないと。えっと…何か…何か…)

「ことりが助けてくれない」。穂乃果にとって予想外のこの出来事が穂乃果の心にダメージを与え、思考を鈍らせる。

穂乃果(えっと…えっと…あ~、ことりちゃんが助けてくれない。いつも、助けてくれるのに。もしかして…ことりちゃんに呆れらちゃった?いつも優しいことりちゃんに…あぁ、やばい、泣きそう)

最早、穂乃果にとって漫画の続きの事などどうでもよくなっていた。

海未「ですから」ガミガミ

穂乃果「…」

当然、海未の説教も聞いていない。ただ、涙目でことりを見つめる。その視線にことりも気づかない訳がない。

ことり(穂乃果ちゃん、ごめんね。海未ちゃんに言われてるの。庇ってばっかりいても穂乃果ちゃんの為にならないからって)

ことりは穂乃果に向かって目配せしながら手を合わせる。

穂乃果(ことりちゃん…呆れた訳じゃないんだよね?それはそう解釈していいんだよね?)

ことりのその行動が穂乃果の心を救う。そして、同時に理解する。

穂乃果(きっと、海未ちゃんに言われたんだよね?いつも、穂乃果がことりちゃんに助けを求めるから)

その結果、説教中にも関わらず穂乃果の心が安堵から来る幸福感で満たさせれると言う謎の現象が発生する。

穂乃果(ふふっ、良かった。本当に良かったよ)

当然、周りも穂乃果の変化に気がついた。

にこ(穂乃果…あんた、何でニヤニヤしてんのよ。これ以上火に油を注ぐんじゃないわよ)

海未「ですから………穂乃果?何故ニヤニヤしてるのです?」

にこ(ほらぁ…勘弁してよね)

穂乃果「いやぁ…見捨てられてなくて良かったと思って」

海未「え?」

口をついて出てしまった心の声。

穂乃果(あっ、しまった)

にこ(あんたは何を意味わかんない事言ってんのよ)

また、海未を怒らせてしまう。

海未「ふっ、ふふふふ」

穂乃果(え?)

にこ(え?)

突然、笑い出す海未に穂乃果とにこも驚いた。

海未「そんなの、当たり前じゃないですか」

穂乃果(え?何が?)

海未「私が穂乃果を見捨てる訳ないでしょう?大事に思っているのですから」

穂乃果「海未ちゃん…」

海未「全く。これ以上恥ずかしい事を言わせないで下さい」

穂乃果「う、うん」

海未「分かって頂けたならなによりです」

海未が穂乃果の言葉をどう勘違いして受け取ったかは不明だが何はともあれこの説教タイムが穂乃果にとって最高の形で終わろうとしていた。

穂乃果(なんか分からないけど良かったぁ。説教が終わったし何故か海未ちゃんの本音は聞けたし、ことりちゃんには呆れてなかったし)

海未「さあ、今日はもう…」

凛「もう食べられないにゃ~。むにゃむにゃ」

その瞬間、場の空気が固まった。

穂乃果(り、凛ちゃん?)

にこ(何を…)

凛「ん~……ふぁ~……ん?あれ?ここはどこかにゃ~?」

やけに静かだとは思っていた。でも、まさか寝ているとは穂乃果も思っていなかった。にこも凛の顔を見て固まっている。

穂乃果「り、凛ちゃん…」

凛「穂乃果ちゃん?あれ?凛、何をしてたんだっけ?」

どうして誰も気がつかなかったのか。気づいていればこっそり起こす事も出来たかもしれない。せっかく、いい雰囲気だったのに。穂乃果は恐る恐る海未の表情を確認する。

穂乃果「う、海未ちゃん?」

海未「………」

怒っている。しかも、とてつもなく。


海未「凛?あなた…寝ていたのですか?」

凛「海未ちゃん………そっか。凛、お説教が退屈で寝ちゃってたんだ」

穂乃果「ちょっ」

にこ「凛…あんた…」

海未「そうですか。退屈だったのですか?」

凛「え?あっ…」

凛は寝ぼけていた。そう解釈する事でしか今の発言は理解出来ない。

海未「へ~そうですか」

海未は感情が表情に直結するタイプの人間なので今どれくらい怒っているのかが穂乃果は直ぐに分かった。激怒である。

終わると思っていた説教の再開で穂乃果の心に失望感が広がった。

穂乃果(うわ~最悪だよ。終わると思ったのに)

海未「凛、前からあなたはおふざけが過ぎると思っていたのです」

凛「はい…」

穂乃果(怒るなら凛ちゃんだけにしてよ)

絵里「あの…海未?」

ここで、ずっと部室の端の方で静観していた絵里が割って入ってきた。

海未「なんでしょうか?」

絵里「海未が怒る気持ちは分かるんだけどね?あの…あんまり怒りすぎても…」

穂乃果(絵里ちゃん…ナイス…)

この時、穂乃果には絵里が神様に見えたと言う。

海未「お言葉ですが…怒っているのではありません。叱っているのです」

絵里「そ、そうなの?でも…もうちょっと優しく…」

海未「甘やかした結果がこれでしょう?説教中に居眠りしていたんですよ?」

絵里「そ、そうね…でも、程々にね…」

穂乃果(早っ…)

最近の絵里を見ているとあの時の彼女はどこに行ってしまったのか…穂乃果は時々そう思うらしい。

穂乃果(はあ…これはもう抜け出すのは無理だよね)

一応、穂乃果は微かな希望を探して部室を見回す。

穂乃果(花陽ちゃん…心配そうにずっとこっちを見てるなぁ…花陽ちゃんに助けを求めようか)

しかし、花陽に助けを求めるのは酷だろう。

海未「凛!分かっているのですか?」

凛「うぅ…はい…」

穂乃果(無理だろうなぁ)

それは、ライオンの前に子鹿を差し出す様な物だ。

穂乃果(あれ?そう言えば希ちゃんはどこにいるんだろう?)

希の姿が見当たらない。そうか、きっと彼女は今もどこかで善行を積んでいるのであろう。

穂乃果(もう…うん。諦めよう。無になろう。無に)

穂乃果は時間の流れに身を任せ考える事をやめた。

穂乃果「………」

海未「あなたはどうしてこうも」

凛「はい…はい…反省してます」

穂乃果「………」

海未「こないだってあなたは…」

凛「はい…すいませんでした」

どれくらいの時間が流れただろう。穂乃果にはもうどうでも良かったが…ついに、本当に終止符を打つ時が来る。

真姫「ねえ、海未?もう、いいでしょ」

海未「え?」

穂乃果「え?」

にこ「真姫?」

凛「真姫ちゃん」

誰も予想をしていなかった真姫の介入。今まで彼女は穂乃果達を庇った事はなく我関せずを貫き通していた。今日も部室の片隅で一人読書をして一切見向きをしなかった彼女が穂乃果達を庇ったのだ。

真姫「海未、もういいでしょ?凛もそろそろ泣き出すわよ?」

海未「ですが…」

真姫「それだけ叱れば流石に反省するわよ」

海未「そ、そうですね。三人とも…特に凛、反省するのですよ?」

穂乃果「はい…」

凛「はい…」

にこ「はい…」

真姫の介入に海未も驚いたのかその後、説教はあっさりと終了した。

しかし、なぜ真姫は穂乃果達を庇ったのか?

真姫「別に…特に理由はないわよ。ただ…三人とも反省してる様だったし」

と彼女は言うが

真姫「で…その…今日…この後、穂乃果の家に行ってもいい?いや、別に…ハマったわけじゃないのよ?ただ、中途半端は嫌と言うか…」

穂乃果「あ~うん。なるほど。そう言う事か。うん、いいよ。ちなみに今日、新刊の発売日だよ」

この間、穂乃果は真姫に少女漫画を無理矢理進めていた。その続きが真姫も気になっていたようだった。

今回の教訓として穂乃果は人に親切にする事の大切さを改めて学んだ。

穂乃果「………海未ちゃんにも貸してみようかな?」

少女漫画を無理矢理進める事が親切かどうかは置いておくとして。


希「どう?この間の海未ちゃんのお説教の一部始終」

穂乃果「え?ずっと隠れて撮ってたの?」

凛「凛達が辛い思いしてる時にそんな事してたの?」

にこ「って言うかなんなのよ、このナレーション。勝手に心の声まで再現して」

希「遠からずって感じやろ?」

穂乃果「いや~まあね。って全然違うからね?ちゃんと反省してたよね?」

にこ「当たり前じゃない。まあ…少し長いかなって思ったけどね」

凛「それは確かにあったにゃ。凛、寝ちゃいそうだったもん」

穂乃果「いや、寝てたよ?穂乃果達が我慢してたのに凛ちゃん寝てたからね?」

凛「そんな事ないよ」

希「じゃあ、もう一回確認してみようか?」

海未「なんだか、楽しそうな事していますね?」

穂乃果「あっ…海未ちゃん…」

海未「今日は少女漫画の発売日じゃなくて良かったですね」

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